643 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 00:57 [ GQ0r381E ]
できました。
身も心も結ばれた2人の旅はさらに続きます
タイトル「異世界のユートピア」です
前回までのあらすじ
耳長人の国をさけ、森の走破を計画した自衛官片桐と聖女スビアは、ガルマーニで別れた元親衛隊フランツ中尉と思わぬ再会を果たす。負傷した彼の話では、元Uボート艦長ハルス大尉が耳長人に連れ去られたという。負傷したフランツを侍の末裔である才蔵の村に運ぶようスビアを説得し、片桐は単身で耳長人=エルドガンの要塞都市パサティアナに乗り込んだ。エルドガンの他種族に心を開かぬ態度にとまどう中、占い師エル・ハラに出会った片桐は彼女にエルドガンの歴史と現在の状況を聞く。パサティアナはロサリストと呼ばれる狂信者の集団に乗っ取られようとしていた。
エル・ハラのすすめで彼女の部屋に身を隠す片桐だが彼女の無防備で誘惑的な言動に不審を抱く。そしてその疑惑は事実であった。ロサリストを自ら部屋に招いたエル・ハラを捕らえて尋問する片桐だが、彼女の身の上、現在の状況が嘘だと知り愕然とする。エル・ハラはロサリストに捕らわれた王、グンク・ニルの娘だった。ロサリストに脅迫され、やむなくスパイとして占い師を装っていたのだ。
捕らえられたグンク・ニルとハルスを助けるため手を組んだ片桐とエル・ハラは警備隊長タロールと合流する。タロールとエル・ハラは愛し合っているが、お互い感情表現の未熟さでそれを伝えられない。王とハルスの救出劇のさなか、片桐を捜しに出たスビアもロサリストの手に落ちていることを片桐は知った。
壮絶な救出、脱出のさなか、感情表現のできないエル・ハラは片桐に偽りの愛の告白をし、スビアはそれを見て怒った。そして窮地に追い込まれた片桐を救ったのは、親友の才蔵だった。片桐はスビアに、エル・ハラの行為はタロールへのカマかけであると説得するが彼女は納得しなかった。長すぎる純潔の掟が彼女を嫉妬の心で狂わせていたのだ。幸い、フランツと才蔵のフォローで2人は、本当の意味で結ばれた。
平和を取り戻すべく旅だったエルドガンたちと同時に、片桐とスビアも未知の平原へと旅だった。愛すべき友人たちの祝福を背中に・・・・。
644 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 00:59 [ GQ0r381E ]
才蔵の部下と森のはずれまで同行した。鎧武者の護衛は2人にとってありがたく、心強いものだった。森のはずれで一行は止まった。
「スビア様、片桐様、ここまでです。どうかご無事で」
騎馬武者が頭を下げた。片桐も才蔵と、彼の部下の心遣いに感謝した。
「才蔵殿によろしく伝えてください・・」
「はっ。では・・」
才蔵の部下たちはくるっときびすを返すと森の奥に向かって馬を走らせ、そのまま森の奥に消えた。今2人の目の前には森はなく、広大な平原が地平線まで続いている。この世界の人々も知らない、少なくとも数百年から1000年は誰も行って帰った者はない未知の世界だった。
「さあ、新しい世界に旅立ちだ・・・」
645 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:00 [ GQ0r381E ]
それから10日、2人は何もない平原を進んだ。正確にはいろいろとあったが、彼らの脅威と言えばどう猛な肉食獣であるジャキータと呼ばれる動物くらいだった。ジャキータは姿はライオンみたいだが動きはカバのように遅く、数も多くなかった。野生のボスポースやスビアも聞いたことのない草食動物がいる世界だった。
「こいつで最後か・・・」
小高い丘の上の野営地で片桐はつぶやいた。本来、現代戦術では見通しのよい丘の上に野営するなど非常識だったがこの世界では通用しない。極力、自分の目で敵が見えるところの方が安全だったのだ。
そして片桐はカセットコンロにかけた鍋に最後のインスタントラーメンを投下したのだった。だんだん、平成の物資がなくなっていく。そうやって俺はこの世界に完全に同化していくのだろう、と片桐は思った。それ自体はなんの苦痛もなかったが、やはり平成の味を失うのは寂しかった。幸い、才蔵の村で米、みそ、醤油などは入手したが、米以外、それを活かす材料がないのがつらかった。現代人の片桐は狩猟はできても、獲物を解体する術をしらないのだ。
「片桐、今日もラーメンなのですか・・・」
スビアが残念そうに彼の肩に抱きつきながらぼやいた。無理もない。森を脱して10日、彼らの食事はすべてラーメン、戦闘糧食のとり飯、ドライフーズの雑炊などだったのだ。米はあるがおかずがない。現代人の片桐と豊かな森で育ったスビアの胃袋は明らかに不満を訴えていた。
「川でもあれば魚を捕れるんだけどなぁ」
だが、片桐の言葉の通り、この10日、川らしい川も発見できていなかった。食料は当分問題ないが、飲料水が心許ない。
「たまには違う食べ物を食べてみたいと思いません?片桐、がんばって・・・」
1度愛を交わすと、どんな高貴な女性でもその男性の前では猫のようになるという本を読んだことがあった。高貴な聖女のスビアは今や猫のように片桐に甘えている。そんな彼女のためにもちょっとがんばってみようと思う片桐だった。
646 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:00 [ GQ0r381E ]
「片桐!起きてください!」
翌朝、スビアの声で片桐は丘の上で目を覚ました。彼女の声は久しぶりに緊張した声だった。
「クーアードが丘の下でジャキータに襲われています!」
その言葉を聞いて片桐は飛び起きた。森を出て以来、他人に遭遇するのは初めてだったのだ。この未知の平原はまさに、前人未踏の地に思えていた。今までの海岸地域なら馬で数日の距離で集落に出くわしていたが、今回は違っていた。今、初めて片桐はこの平原の住人であるクーアードに遭遇したのだ。
「あそこです!」
スビアの指さす方向に双眼鏡を向ける。皮の鎧らしき装備を着たクーアードが猛獣のジャキータ相手に長剣を構えている。彼の腕には何本かの腕章が見えた。腰には単発式らしきピストル。おそらく銃を撃つ間もなく襲われたのだろう。その姿は勇敢ではあったが、同時に無謀とも見えた。男は剣を構えてシャギータの突進に備えているが、その姿はどう見ても蛇ににらまれた蛙のようだった。
「助けましょう!」
そう言ってスビアはゲベールを構えた。今や片桐以上の射撃の名手である彼女が放った弾丸は正確にジャキータの眉間を撃ち抜いた。それを確認して片桐とスビアは男の方へ近づいた。
「おい、だいじょうぶか?」
片桐が男に声をかけた。男はさっと腰のピストルを抜いた。
「なぜ助けた?目的は何だ?」
男は片桐に詰問するように言った。男の目は警戒と殺気でぎらぎらしている。
「そりゃ、襲われている人がいたら助けるに決まってるじゃないか」
片桐の答えを聞いて男は警戒姿勢を崩さないままいやらしく笑った。何か勝手に解釈したようだ。
「そうか・・・・、女連れでここをうろうろしてるってことは、あの腑抜けの街から追い出されたんだな」
「腑抜けとは失礼な!わたくしはアムターの聖女スビアです!腑抜けなんかではありません!」
怒ったスビアの言葉にも男は相変わらず笑ったままだ。そして上から下まで彼女をいやらしく見つめた。
「アムターなんてところはこのヨシーニアにはないぞ!あるのはギルディと腑抜けの街だけだ」
この男と話していても埒があかない。片桐はスビアを促してキャンプに戻ろうとした。すると男がまた声をかけた。
647 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:01 [ GQ0r381E ]
「おい!俺を倒さないのか?俺は腕章を6つ持ってるボサニートだぞ!」
「君がボサニートでもなんでも俺たちには関係ない。せっかく助かった命だ。大事にしろ」
片桐の言葉を聞いて男は何か悟ったようだ。いったん下げかけたピストルを再び立ち去ろうとする2人に向けた。
「おい!待て!」
男が大声をあげた。ピストルも同時にあげている。男の行動を予測していた片桐は振り向きざまに89式を3発ほど男の目前の地面に撃ち込んだ。轟音と土煙で男は後ろにひっくり返った。形勢を悟った男は手のひらを返したような態度になった。
「わかった!わかったよ!おまえらの望みは何だ?何でもくれてやる!」
男に銃を構えながら片桐はスビアを見た。彼女も男の行動が全く理解できない様子で肩をすくめるだけだった。と、ふと片桐の目にさっきスビアがしとめたジャキータが目に留まった。そういえばまだ朝食も食べていないことを思い出した。
「じゃあ・・・・、あの動物を解体する方法と料理法を教えてもらおうか」
648 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:01 [ GQ0r381E ]
ジャキータを解体方法を実演しながら男は話しかけてきた。
「こいつのさばき方を知らないところを見ると、やはりあんたらはヨシーニアの人間じゃないな・・・」
トルンドと名乗った男は納得したようにつぶやいた。そしてそばで見張りに立つスビアに振り返った。
「おい!しっかり見張ってくれよ。この辺は森に近いからな。エルドガンのデボサニートがうろついてんだ!」
トルンドの物言いにスビアは真っ赤になって怒って何か言おうとしたが、彼を手伝う片桐が目でそれを制した。そしてトルンドに向き直った。
「デボサニートってなんだい?」
「それも知らないのか・・・。俺はボサニートだ、奴らは俺よりもランクが上なんだ。それだけ大勢殺してるってことだ。俺より下の連中はサニートって言う。屁でもない連中だ。俺の親父もサニートだったが、実際大したことなかったもんな・・・」
トルンドの言葉に片桐は思わず手の動きが止まった。スビアも驚いて振り返った。
「なんだ?おかしなことか?男がまず最初に殺すのは父親に決まってるじゃないか?この焼き印をつけた本人の親父をな!」
そう言ってトルンドは腕につけられた焼き印を見せた。彼曰く、この焼き印で自分はその父親の子供かわかるそうだ。
「あなたは狩人じゃないのですか?」
思わずスビアがトルンドに質問した。それを聞いて彼は例のいやらしい視線をスビアに向けて答えた。
「そうさ。俺たちが狩るのはクーアードだ。男は殺し、女は自分のものにする。そして子供を産ませ、焼き印を押し、男はほっぽりだす。女は奴隷にするんだ。大昔からの決まりだよ」
なんという殺伐とした世界なのか。思わず片桐は身震いした。つまり、この土地では出会った者同士、いつ殺し合いが始まってもおかしくない。指すか刺されるかの世界というわけだ。パサティアナの門で馬番をしていたガンドールの言葉を思い出した。「あんな恐ろしいところ」・・・。
「で、でも・・・。あなたのその装備はどうやって手に入れたのです?」
うろたえながらスビアが質問した。相変わらずトルンドの目線はスビアの四肢をいやらしくはい回っている。ここまであからさまだと、さすがに片桐も嫌悪感を覚えた。
「ギルティだ、あそこだけは昔から殺し合いはやっちゃいけない。そこで殺した敵の証を持っていくとそれと交換に武器が手にはいる。ちょうど、俺も行く用事がある。その後、家に帰るんだ。」
そういってトルンドは血塗れの腕章を2人に見せた。この腕章は自分の身分を示すと同時に通貨の価値も持っているようだ。これを持っていることこそ、多くの人間を殺した証拠になり自分の名誉になると同時に、必要ない腕章はギルティで物資と交換するわけだ。そのギルティとは片桐が想像するに中立地帯の村落であるはすだ。彼らは生産手段を持たず、その技能を殺し合いに極端に特化させているのだ。その理由はおそらく、食糧資源のないこの平原地帯での人口を押さえるためだろう。理屈だけで言うととても合理的だが、片桐にも、森で育ったスビアにも理解し、受け入れられるシステムではない。
649 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:02 [ GQ0r381E ]
トルンドにジャキータの解体方法を教わった片桐とスビアは、彼の言うギルティに向かった。馬で数時間のところにギルティはあった。やはり、片桐の予想したとおり、村落だった。村人はほとんどガンドールだった。彼らは激しい戦闘には向かない。きっと大昔からこのような殺し合いが続く中、彼らが生き残るために作り上げた中立地帯なのだろう。その中の一軒の建物にトルンドが入った。村の中のクーアードはやはり、トルンドと同じく、重武装であった。そして見慣れない片桐とスビアを敵意に満ちた目でじろじろと見ている。彼らの腕には腕章がいくつも結ばれているのが見えた。その数プラス・アルファの人間を殺してきた証拠だ。
「片桐、わたくしこんな恐ろしい世界は初めてです。信じられない、自分の親をまず殺すなんて・・・」
スビアは周囲の恐ろしい殺気立った雰囲気に思わず片桐にしがみつきながら言った。その意見に関して、片桐も全く同意だった。
「早いところこんな世界からおさらばしよう。トルンドは街があるって言っていたし、そこへ向かおう」
2人がそんな会話を交わしたとき、建物からトルンドが顔を出した。
「おい、片桐!中に入れよ。さっきのジャキータを殺した証拠を出してくれ!」
そう言われて2人は建物の中に入った。中は酒場も兼ねているようだ。大勢の重武装のクーアードが酒を飲んでいる。中には徒党を組んでいる連中もいた。
「ああやってグループを作って効率的に殺す連中も多いが、俺は一匹狼なんだ」
トルンドはそう言いながら、銀行の窓口のようなところに案内した。窓口にはガンドールがいた。彼はうさんくさそうな顔をして片桐とスビアを見た。そして不愛想に一言いった。
「ほお・・、この女ならいい値で引き取ってやる」
スビアを奴隷と思ったのだろう。ガンドールの第一声だった。思わず片桐はそのガンドールにつかみかかりそうになった。それを慌ててトルンドが止めた。
「いや、違うんだ。ジャキータをしとめた。これが証拠だ」
そういってトルンドはジャキータのたてがみと、骨を出した。ガンドールはそれを受け取って窓口の下をごそごそ探った。そして腕章を片桐に差し出した。
650 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:03 [ GQ0r381E ]
「下級戦士サニートの腕章だ。どうする?物資と交換するか?」
「俺がやったんじゃない。彼女がやったんだ。」
片桐の言葉にガンドールは仰天した。スビアは得意げにゲベールを構えた。その騒ぎに気がついたのか、酒場の連中も片桐たちに注目している。特に集団でたむろしていた連中は明らかな敵意の目を向けているのが片桐にもわかった。
「おい、よせ!」
トルンドがそれを見てスビアにゲベールを引っ込めさせた。この国で女がでしゃばることはかなりのタブーであるようだ。彼女の代わりに片桐が腕章と引き替えにゲベールの弾薬を購入した。
「まずいな・・・。トラボロに目を付けられたかもしれない。あいつらはこの辺じゃ一番大きな集団のボスだ」
「目を付けられたら何かまずいことでも?」
片桐の質問はトルンドにとっては愚問以外の何者でもなかった。
「俺とおまえは殺されて、スビアは奴隷にされるぞ。ヤツの子供を産ませられる」
それを聞いてスビアは身震いした。気高い聖女である彼女がそれを想像しただけで卒倒しそうになるであろうことは片桐にはわかっていた。
「心配するな、俺の家に行こう。俺も3日前に殺したデボサートの腕章でボスポースを買った。ボスポースならすぐに俺の家につく。」
さっきまでのトルンドの懐疑的な態度を忘れないように、片桐は彼と行動を共にすることにした。ともかく、今は少しでも安全と思える選択をしなければいけない。
651 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:03 [ GQ0r381E ]
トルンドの言う「家」とは平原に散らばる小高い岩山だった。ギルティからさらに数時間でそこに到着した。そこには10人近い女奴隷と、数名の男の奴隷もいた。
「男の奴隷もいるのか・・・」
片桐の独り言にトルンドが笑った。
「こいつらは北の腑抜けの街から追い出された連中だよ。腕章を持ってないから殺す価値もないんで奴隷にしてるんだ。それに、やたらと賢いヤツも混じってる。気にくわないが役に立つからな」
そう言ってトルンドは男奴隷に火の準備を命じた。もう1人には馬の世話を命じ、残った連中には岩山に登って周囲を見張るように命じた。トルンドの岩山は4,50メートルの高さで一見すればその登り口は発見が困難だ。そしてその頂上付近の平地に3つの小屋があった。女奴隷の部屋。男の部屋。そしてトルンドの部屋だった。トルンドはその日の気分でいっしょに寝る奴隷を決めているようだった。子供たちも数人いたが、決して優遇されているわけではないようだ。女奴隷の付属品という感じで扱われていた。
「こんな扱いを受けて、あんな平原に放り出されたら誰でも父親に殺意を持つわけだ」
片桐は銃を手入れしながらスビアに言った。横で同じくゲベールを手入れするスビアも奴隷たちの生活ぶりを見て同意した。少し離れたところにいる2人に気を使うでもなくトルンドは食事の準備ができるまでの相手を女奴隷の中から捜していた。そして相手を見つけると無理矢理彼の小屋に連れ込んだ。それを見る女奴隷も男も、一別すると各自の作業に戻るだけだった。
「なんて光景でしょう・・・。こんなところにいるだけでも寒気がします」
片桐は考えていた。このまま北にあるという「腑抜けの街」を目指すべきではないか、と。どんな街かは知らないが少なくともここよりは穏やかな街であることが想像に安い。
「さあ、準備ができた!片桐!スビア!ジャキータの串焼きは最高だぞ!」
トルンドが大声を上げて2人を呼んだ。
652 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:04 [ GQ0r381E ]
夜、片桐はトルンドの小屋で、スビアは女の部屋で休んだ。男2人の雑魚寝。少なくとも片桐には才蔵の屋敷や、アムターでの生活にはほど遠いここの設備をそう呼ぶほかなかった。ジャキータの毛皮の毛布は暖かいが、粗末な小屋で2人で寝転がるのはどうも心地が悪い。寝袋を持ってくればよかったと後悔した。片桐とスビアが使う寝袋は「寝具はある」というトルンドの言葉をあてにして、愛馬のバックパックの中だった。
確かに、ジャキータの串焼きは絶品だった。ギルティで手に入れた酒もおいしかったが、片桐はパサティアナで、エル・ハラに感じたのと同じ猜疑心をトルンドに持っていた。もちろん、王女のエル・ハラほど彼に教養があるわけではない。
「なあ、片桐・・・」
トルンドが口を開いた。
「あのスビアっておまえの何なんだ?」
ごく基本的な質問だった。片桐は眠りかけた振りをしたまま答えた。
「俺と彼女は生涯ずっと愛し合うんだ。そう決まっている」
「ばかな?確かに、彼女は美しいが、そのために男のおまえは命をかけるのか?」
片桐にはごく当たり前の行為でもトルンドにとってはカルチャーショックのようだ。そんな彼にすこし自慢げに片桐は答えた。
「そうさ、そうするだけの価値があるからな。彼女には・・・」
そう言うと片桐は寝返りを打ってトルンドに背を向けた。寝床の中でシグザウエルを抜いて安全装置をはずした。彼の狙いはおそらくスビアだ。昼間見せていた彼のいやらしい目。さっきの質問と言い、わかりやすいくらいだった。少しでも起きあがる音がすればシグを突きつけホールドアップさせるつもりだった。
だが、いつまでたってもトルンドが動く音はしない。あきらめたのか・・・。そう思うと片桐は少しうとうとした。
653 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:04 [ GQ0r381E ]
女奴隷の小屋の中でスビアは今までにない悪臭に耐えて横たわっていた。水も満足にないこの岩山で彼女たちの衛生観念は期待できるものではなかったが、これほどとは彼女も考えていなかった。いつも片桐と使用する寝袋を使わなかったことを後悔していた。スビアはトルンドの妙に自分たちに親切な態度を怪しんでいた。
女奴隷たちは子供もいる者も含めて寝静まっている。彼女たちが哀れむべき対象であることはわかっていたが、それがイコールで有力な味方になるとも思っていなかった。ため息をついてスビアは目を閉じて寝返りを打った。片桐の提案通り、腑抜けの街を目指した方がいいような気がしていた。
「あっ・・・・・」
その時、スビアの首筋に違和感のある感触が走った。ジャキータの毛皮の毛布の中でゲベールを握りしめた。目を閉じていてもわかる。彼女の首筋に感じるのは短剣の冷たい感触だった。
「声を出すな・・・」
彼女の背後でささやくその人物も目を閉じたままでもわかった。スビアは思わず毛布の中で身を堅くした。声の主はトルンドだった。彼はスビアの毛布の中に入ると背後から彼女を抱きしめながらささやいた。
「こんな世界に来た以上、あんな軟弱な男は捨ててしまえ。俺の女になれよ」
そう言ってトルンドは、彼なりに、やさしくスビアの髪の毛をなでた。それだけで彼女にとっては屈辱だったが首に突きつけられた短剣がその抵抗を妨害していた。
「片桐はどうしたのです・・・」
怒りを押し殺してスビアがトルンドに問いかけた。歯を磨く習慣がないのだろう。肉臭い息を吹きかけながら彼が答えた。
「あいつは殺さない。一応、命の恩人だ。それに、俺にやつを殺させるな。おまえが俺の女になればあいつを殺すことはしない・・・」
その答えを聞いてスビアは決心した。片桐はまだ死んでいない。おそらく、トルンドの小屋で寝ているだけだ。だとすれば、手はひとつしかなかった。
654 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:05 [ GQ0r381E ]
「そうですか・・・」
意を決してスビアは寝返りを打ってトルンドと向き合った。トルンドの興奮した臭い息が当たって思わず顔をしかめそうになるが我慢して笑顔を浮かべた。
「あなたがわたくしを見る目が昼間から熱いことはわかっていました・・・」
「そうだろ、そうだろ!」
トルンドは音を立てて鼻息を出しながらスビアを見つめている。もはや短剣も彼の手にはない。彼の両手はスビアの美しい黒髪をなで回すことでふさがっている。それを我慢しながら、スビアは右手で背中のゲベールを確認し、左手をゆっくりとトルンドの下半身に滑らせた。
「わたくしがあなたの情婦になればいいとおっしゃるのね?」
ひきつりそうになりながら笑顔を保ってスビアは尋ねた。もはや完全に欲望に支配されたトルンドは無言でうなずいた。それを合図にするようにスビアは左手でトルンドの股間のものを思いっきり握りしめた。
「ぎゃあああ!」
大声をあげてトルンドはスビアの毛布から飛び退いた。それと同時にスビアはゲベールを彼の額に突きつけた。トルンドは痛みで顔をひきつらせながら寝そべっている。お互い寝たままの状態でしばし、2人は無言だった。
「撃てるか?」
痛みが収まり、にやにやしながらトルンドが起きあがった。狙いをはずさないようにスビアも彼の動きに身体を合わせて起きあがった。彼の挑発に答えるようにゲベールの激鉄を起こした。
「おまえには撃てない。俺は無抵抗だ・・・」
そう言うと、トルンドは再びスビアににじり寄った。
「おまえが撃てないのはわかっている。ヨシーニアで生きていないからな。無防備な聖女様・・・」
と、トルンドの動きと言葉が止まった。スビアはトルンドの背後の影を見た。片桐がシグザウエルをトルンドの後頭部に押し当てているのが見えた。片桐は怒っていた。まさか、彼の気がつかないうちに小屋を抜け出し、スビアに迫っていようとは思わなかった。自分の軽率さを後悔していた。トルンドは人間を狩っているのだ。人間が気がつかないうちの行動することはできるはずだった。
「スビア、こっちへ」
片桐の言葉に、スビアはゲベールを手にしてトルンドにシグを突きつける片桐の背中にしがみついた。今まで気丈に振る舞った反動の恐怖が彼女を襲っていた。その震えを背中で感じた片桐は怒りにまかせて引き金を引こうとした。
「待って、片桐」
655 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:06 [ GQ0r381E ]
それを引き留めたのは他ならぬ、スビアだった。彼女は片桐の背中にしがみつきながら言った。
「彼に、彼の言う「腑抜けの街」まで案内させましょう。わたくし、こんな野蛮なところもう限界です」
彼女の意見に同意した片桐は銃を突きつけながらトルンドに支度をさせた。
「俺がすんなり言うことを聞くと思っているのか?おまえたちはこのヨシーニアを何も知らないんだぞ」
「旦那様!旦那様!」
その時、周囲を見張っていた男の奴隷が叫ぶのが聞こえた。
「トラボロたちがやってきます!」
その名前を聞いてトルンドの顔が青ざめるのがわかった。片桐もその名前を思い出していた。ギルティで見かけたあの集団のリーダーだ。トルンドにとっては絶望的だったが、片桐にとっては大して状況は変わりはしなかった。むしろ、少しだけ有利に働いたかもしれない。
「さあ、俺たちの道案内をするか、戦士らしく奴らに立ち向かうか決めるんだな。俺たちはどっちにしても北へ向かって出発するが・・・」
片桐の突きつけた選択はトルンドにとっては悲惨すぎたようだ。
「ヤツのゲベールは500メートル以上飛ぶ上に、狙いも正確なんだ。剣で斬りかかる前に殺されちまう!道案内すればいいんだろ!」
トルンドの「好意」を受け入れて片桐は安心した。その足で麓をよく見渡せるところまで来ると、人間の頭の大きさに近い石を土手に置いた。敵は5名。月明かりを背に岩山に向かってきている。絶好の夜間照明だ。片桐は石に頭を隠すように89式小銃を構えると、左端の戦士に狙いを定め、6発でそいつを仕留めた。そして、すばやく移動した。間髪入れずに、さっき置いた石にゲベールの弾丸が命中した。
「まじかよ・・・」
敵は1人殺したと思って大声をあげた。89式のマズルフラッシュだけで目標の位置を判断して、スコープもなしでそれに命中させるとは・・・。自衛隊のA級射手以上の腕前だ。
「さあ、片桐!行きましょう」
スビアが馬にまたがってやってきた。トルンドは荷物をまとめて自分のボスポースに乗り込もうとしている。騒ぎを聞きつけた女奴隷が彼に連れていってくれるように迫っている。
「女子供はすっこんでろ!」
トルンドは馬上から手近な女奴隷を蹴飛ばして出発しようとした。思わず片桐がそれを止めて彼に詰め寄った。
「おい、置いていくのか?」
「どうせ殺されはしない。奴らにとっては主人が替わるだけだ。行くぞ!」
それだけ言うと彼は裏道に走り出した。仕方なく、2人も後に続いた。
656 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:06 [ GQ0r381E ]
500メートルも弾丸を飛ばす強力なポルを持つトラボロは脅威だったが、幸い彼らが徒歩だったのが功を奏した。片桐たちは彼らに1日近くの差をつけ北に向かっていた。その間、スビアはトルンドに口を聞くこともなく、寝るときもゲベールから手を離さなかった。片桐とて、今すぐにでもトルンドを撃ち殺したい心境だったが、今彼を殺して道に迷ってうろうろしているところをトラボロに追いつかれでもしたときのことを考えると、そうもいかなかった。
3日目に入ると、風にかすかな潮の香りが混じるようになった。北の果て、アムターから東北東の海岸が近いことを示唆していた。やがて、小高い丘を登ると都市がその大きな姿を見せた。
「あれが腑抜けの街だ」
馬上でトルンドが顎でしゃくった。都市は海岸線に幅数キロにわたって堅固な城壁を持っていた。その城壁も高さが30メートル近く、衛兵の詰め所が至る所に見えた。そしてその外壁のさらに奥に同じような堅固な城壁が見えている。そこから数キロ離れた海岸に小さな村が見えた。ヨシーニアの制度で言うところのギルティだ。双眼鏡で覗くと、機帆船に似た船が数隻、砂浜に引き上げられているのが見えた。
「俺はあのギルティに身を隠す。早くしないとトラボロが追いついてくるからな・・・」
そう言うトルンドの言葉が後ろを振り返って止まった。片桐も思わず振り返った。
「やばい・・・!」
片桐たちの後方にトラボロと10人近い戦士がボスポースを駆ってまさに突撃を開始しようとしているのだ。
「早く街に逃げましょう!」
スビアの言葉に異論はなかった。3人はそれぞれの愛馬をギャロップさせて街の門目指して走った。敵も全力で追いかけている。500メートル。馬上という悪条件を考慮しても3,400メートル以内に追いつかれるとトラボロの射程内と思っていいだろう。
657 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:07 [ GQ0r381E ]
「きゃっ」
スビアが短く悲鳴をあげた。彼女のすぐ近くを敵の弾丸がかすめたのだ。城門まで数百メートルに迫った。城壁の上から衛兵らしき人々が片桐たちを見ているのが見えた。
「入れてくれ!」
大声で叫ぶが、衛兵たちは様子を見ているだけだ。3人は街の門までたどり着いた。片桐とスビアが下馬して門を叩きながら叫んだ。
「頼む!開けてくれ!」
そうしている間も流れ弾が門に命中して鋭い音を出していた。
「やばい!やばい!腑抜けの奴ら、見殺しを決め込んで・・・・・」
トルンドの言葉が止まった。口から血を吐き出すと、うつろな顔をしてそのままうつぶせに倒れた。彼の背中には親指ほどの穴が空いていた。トラボロの射程距離に入ってしまったようだ。観念した片桐は門を背にして89式を構え、門と自分の間にスビアを割り込ませた。この距離だとまだ、彼の防弾チョッキで弾丸は防げるはずだ。
「片桐!無茶しないで!」
「この距離ならまだヤツと差し違うことができる・・・」
89式のセレクターが「3」に合わせてあることを確認した。スビアは死ぬ気の片桐にすがりついた。
「片桐!やめて!あなたが死ぬだけです!」
658 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:07 [ GQ0r381E ]
彼女をふりほどこうと彼が構えを解いた瞬間、片桐の左脇腹にゲベールの弾丸が命中した。トラボロのポルが放った弾丸の圧力がチョッキを通じて片桐に伝わった。そしてそのまま後ろに吹き飛ばされた。
門にスビアごと激突してしまう!そう思って片桐は身構えた。
が、彼とスビアを待ちかまえていた堅い門扉はそこにはなかった。そのまま2人は土の地面に放り出された。間一髪、門の通用口が開かれたのだ。主人たちに習って2人の愛馬も門をくぐるのがひっくり返った片桐も見えた。次の瞬間、門は閉じられ、トラボロたちの発射する弾丸はむなしく鋼鉄の門扉に当たるだけだった。
「ごほっ!ごほっ!」
左脇腹の激痛で思わずせき込む片桐をスビアが抱きしめた。
「ああ・・。お願いだから死なないで・・・・」
門の中にいた警備隊が恐る恐る2人に近寄ってきた。みんなクーアードでローマ調の薄着の上に革の鎧や装飾具をつけ、ピストルやゲベール、長剣で武装している。
「だれか、早く手当を!撃たれたのです!」
スビアが悲壮な大声で警備隊に叫んだ。それを片桐は手で制した。気でも狂ったのか、という目で彼女は片桐を見た。彼女を安心させようと片桐はせき込みながら口を開いた。
「だいじょうぶだ・・・」
そう言う片桐の右手に、トラボロが放ったゲベールの弾丸があった。自衛隊員を砲弾の破片から守る防弾チョッキは強力なポルで発射された弾丸をどうにか弾いたのだ。
「まさか・・・、ゲベールの弾を防ぐとは・・・」
その様子に警備隊はざわめき、スビアは喜びのあまり片桐を抱きしめた。ざわめく警備隊をかき分けて1人の武装した指揮官らしき人物が、起きあがった片桐とスビアに近づいた。クーアードでやや茶色がかった黒髪に、兵士らしいがっちりとした肉体が美しい青年だった。
「お助けするのが遅れて申し訳ない。なにぶん、あなた方の素性がわからないものでして・・・。なにしろ、野蛮人とクーアードの女性、そして見たこともない服の3人が一目散にこっちに向かってきたのですからな」
ドロスと名乗った青年士官はそう言って救出の遅れを詫びた。一通り自己紹介が終わるとドロスが言った。
「この街は自治都市リターマニアといいます。神聖ロサール王国の都市のひとつです・・・」
スビアの目が輝いた。ついに、古代ロサールの名前を冠した都市に着いたのだ。ドロスは2人を第2の門に案内した。
659 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:08 [ GQ0r381E ]
「あなたがたのボスポースから必要な荷物をお取りください。ここから先は動物の持ち込みが禁止されます。彼らの管理は警備隊にお任せを・・・」
彼の言葉に従って荷物を背負った片桐は門の前に立った。ドロスは門の柱に備えられた伝声管のようなものに命令を発した。すると、巨大な門が音もなく開いた。
「さあ、リターマニアへようこそ・・・」
門の向こうは大きな通りだった。ガルマーニを彷彿とさせる街路だったが、兵士はいない。護身用の短剣程度の装備をした市民たちがにこやかに歩いている。片桐には以前、NHKで見た。ポンペイの再現CGを見るような印象を与えた。だが、ポンペイにはないものがリターマニアには多くあった。
「あれは、電線だ・・・」
思わず片桐がつぶやいた。街路のあちこちに電線のような細い線が張り巡らされている。それに連結された車が街路を静かに走っていた。路面電車とタクシーを合わせたような乗り物だった。
「あの線でポルを調整して、中央の官制センターで交通整理をしているのです」
ドロスが片桐に説明した。見ると、彼の言うとおりだった。信号のない交差点でも事故もなく路面タクシーはスムーズに流れていった。その交差点の店ではスピーカーから大声でセールを知らせる文句が流れている。
「ポルを応用した放送設備です。全市で聞くことができます」
つまりはポルを使ったラジオだった。ドロスは市街をすいすい歩いて行く。片桐とスビアもそれに続くが、通行人は好奇心旺盛に彼らを見ている。
「いったん、わたしの家へ行きましょう。それから評議会に出頭しましょう」
660 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:08 [ GQ0r381E ]
ドロスの家は繁華街からさほど離れていない閑静な住宅街にあった。どの住宅も庭付き一戸建て。日本人なら誰もがうらやむ空間だ。だが、日本家屋とは違い、温暖なこの世界の建築様式で中はとても開放的だった。それでいて、個人のプライバシーに配慮された造りだった。彼の家では彼の伴侶(妻ではない)が待っていた。(パートナーという方がいいのかもしれないが便宜上「伴侶」とする)
「タローニャ、お客様だ!」
彼女とキスしながらドロスが片桐たちを紹介した。タローニャは笑顔で2人を歓迎すると客間の一室を彼らに提供して荷物を置かせた。そしてドロスの待つ食堂に案内した。つい昨日までの殺伐とした世界とは正反対の環境に、片桐もスビアも少々戸惑った。
「まあ、ゆっくりしてください・・・」
ドロスは2人にイスを勧め、2人が座るとグラスに酒を注いで差し出した。
「さて、スビア。君はアムターの聖女と言うが、アムターとは西の森にある村のことかな?」
フレンドリーだが礼節をわきまえた口調でドロスはスビアに質問した。
「そうです。わたくしはその村の聖女です」
「ほお、すると。異世界人の召還魔法を代々受け継ぐ血筋なんですね・・・。とすると・・」
ドロスは今度は片桐に向き直った。だがその表情は威圧的でもなく穏やかな表情だった。
「片桐、君は彼女によって召還され、森の蛮人からアムターを救い、その後スビアと旅に出た異世界人だな」
片桐は驚きのあまり言葉を失った。こんな身の上話を彼が知っているはずがないからだ。
「まあ、落ち着いて。この都市にいる魔道師がこの大陸で起きるポルの動きを常に探知している。3ヶ月ほど前、アムターで2度にわたって召還魔法が行われたことも把握しています。その推理の結果を言っているだけです」
ドロスの言葉には嘘も偽りもないようだった。そして次に彼は2人に質問した。
「で、そのお2人がどうしてここへ?」
片桐とスビアは今までの話を嘘偽りなくドロスに話した。彼にはすべて話してもいいような雰囲気がただよっていた。そして彼も2人の話を疑うことなく聞いてくれた。
661 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:09 [ GQ0r381E ]
「わかりました。わたしが今からこの話を評議会に報告してきます。その上でこの都市に滞在できるか審査があります」
「審査?」
「そうです。この都市の周りはヨシーニアとかいう野蛮な連中が闊歩する地域です。だからこの都市は滞在を許す人材を常に審査するのです。この都市の平和と秩序を守るために。心配しなくてもいい。あなたたちならきっと大丈夫だ」
そう言ってドロスは部屋から退出した。それと同時にタローニャが入ってきた。
「さあ、彼は朝まで戻りません。彼の言いつけで休む準備はしてあります。ゆっくり休んでください」
2人に割り当てられた部屋は申し分ない広さと快適さだった。浴室も付属していた。スビアは久しぶりに湯で身体を洗って上機嫌だった。そして片桐もふかふかのベッドと旨い酒に上機嫌だった。少なくとも、ドロスとタローニャの言動から推測するに、ヨシーニアは論外として、ガルマーニ以上の快適さだった。
「片桐、わたくしたち、やっと人間らしい生活に戻ることができたようね」
上機嫌で風呂上がりのスビアがベッドの片桐に飛びついてきた。
「一応、習うことは習ったが、あんな動物も解体しなくてもいいようだしね・・・」
風呂上がりの彼女のいい匂いを楽しみながら片桐が答えた。そして枕元のグラスを取って酒を注ぐとスビアに差し出した。
「2人の幸運に!」
片桐もスビアも満足していた。才蔵の村を出て以来、久しかった文明人との再会を喜んでいたのだ。
662 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:10 [ GQ0r381E ]
翌朝、ドロスが2人を起こしに部屋を訪れた。枕元にシグザウエルだけを残して2人ともすっかり無防備な姿で寝ていたものだから、片桐が驚いて飛び起きた。
「申し訳ない。評議会から出頭命令が来ているんで・・・。さあ、準備して」
ドロスは街に出ると例の路面タクシーを止めた。中は無人で前に2,後部に3の座席があった。セダン車を想像させる造りだった。ドロスは前の右座席に乗って彼のポルを正面のパネルに送った。するとタクシーはすっと発車した。彼のポルがパネルを通してセンターのオペレーターに伝わって行き先への最短ルートを割り出すという。まさに、魔法を使ったコンピューターだった。
「これから評議会があなたがたの在留資格を審査しますが、昨日わたしに語ってくれたことを言えば大丈夫なはずです」
ドロスが笑顔で言った。彼が言うのだからまあ、信用する他はない。と、興味がわいて片桐は彼に質問した。
「万が一だめだったら?」
「この街にいることはできません。追放刑になります。この街に持ち込んだ荷物と共にヨシーニアに放たれるのです。追放刑はこの街の最高の刑です・・・」
ドロスが少し表情を暗くして言った。その言葉にさらにスビアが疑問を投げかけた。
「追放が最高刑なら死刑はないのですか?」
「わたしたちはロサールの神の元に行くことが人生の目的です。なぜ、それを他人の手で助ける必要があるのです?しかも罪人に・・・」
ドロスの考えはスビアにも片桐も新鮮だった。神聖ロサール王国において、ロサールの先人は神に等しい存在である。死は神に近づく唯一の手段である。その死を迎えるまでクーアードもガンドールもエルドガンも現世の運命を受け入れ、耐えるのだ。神の手による死=すなわち、戦争による戦死、病死など以外は不本意な死とされ忌み嫌われる。だからこの都市には死刑がないのだ。その代わり、殺伐とした世界ヨシーニアへの追放刑があるのだ。
「だから殺人もこの街ではほとんどありません。過失的な殺人はごくまれにありますが、その被害者は救済すべき人物としてまつられ、加害者は外の世界に追放になります。でも、これはリターマニアだけの法律です。神聖ロサールの他の自治都市ではこの限りではありません。他の自治都市は評議会で議論した古代ロサールの教えを独自に解釈して様々な法律を作っているのです」
その言葉に思わず片桐は質問をした。この街以外に都市があるならそれはどこにあるのか。当然といえば当然の質問だった。
「ここはヌーボル唯一の神聖ロサールの都市ですが、この北にはコロヌーボルと呼ばれる大陸があります。そこには多くの自治都市があり、それぞれロサールを神とあがめながら暮らしています」
片桐はもっと彼に質問したかったが、タクシーが評議会の建物の前で止まったのでその質問を断念した。
663 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:10 [ GQ0r381E ]
評議会は図書館のような大きな建物の中にあった。3階建てのビルに案内された片桐とスビアは大きな部屋に通された。そこには大きな長い机に座った5人のクーアード、2人のガンドール、1人のエルドガンがいた。彼らの正面のイスを勧められて2人は座った。
「では、まず、君たちの記憶を検査する・・・・」
中央のクーアードが宣言すると、エルドガンが歩み寄って片桐の額をさわった。パサティアナでエル・ハラに占ってもらった時のような暖かい感覚が片桐を包んだ。
「終わりです」
エルドガンは言うが早いか、スビアに同じ動作を施して数秒で同じ言葉を言った。
「では次の審査だ」
その審査は他分野にわたった。心理学、これはフロイトに似た心理実験だ。それに社会学、言語学、物理学、宗教学、比較文化学=この担当のガンドールは片桐の答えにかなり興味を示した。などなど・・・。たっぷり5時間近く、片桐とスビアは質問責めにあった。そして最後にエルドガンが最初と同じように記憶を確認して2人が嘘をついていないかを確かめて審査は終わった。
「やあ、ごくろうさま。結果が出るまで1時間ほどあるからこっちで休んで」
ドロスが2人を別室に案内してくれた。応接室のような部屋のソファーに2人がぐったりと座り込んだ。
「いったい、ありゃなんなんだい?」
片桐の質問にドロスは笑顔で答えた。
「あれが在留審査なんだ。この結果で君たちがこの街に在留できるか決まる。在留できれば、出て行くまで市民権が得られるんだ」
そう言う、ドロスに伝令の職員が部屋に入ってきて彼に告げた。どうやら審査の結果が出たようだ。
664 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:11 [ GQ0r381E ]
「アムターの聖女スビア、異世界人片桐・・・・」
片桐とスビアは、先ほどの圧迫面接の会場のような部屋に案内されていた。そこで中心のクーアードが2人の名前を呼んだ。別にどうだということはないが、ちょっと緊張する。
「まずは聖女スビア。君の血筋、継承しているロサールの奥義はこの都市の上級市民にももったいない肩書きである。しかし、この都市にはそれ以上の称号はない。よって本評議会は、聖女スビアを上級市民待遇の客人として迎え入れることを許可する」
それを聞いてスビアは誇り高く微笑むと評議委員に一礼した。委員は片桐の方を向いた。
「さて、片桐。君の評決だが。はっきり申し上げて君の結果は聖女スビアに比べてかなりよくない。君のいた世界での君の軍人としての評価ができないのだ。君の言う「憲法」とやらが君の軍人としての功績を評価不能にしている。しかし、この世界に来てからの君の功績は特筆に値する。次に、君の心理的傾向だが、これも軍人らしからぬ個人主義的傾向が見受けられる。さらに、権力に対する常なる疑問。これらの感情は君の軍人としての資質に大きくマイナス要素となるが、目下その結果は判断できない。」
かなり辛辣で失礼な物言いに片桐はちょっと怒りを覚えたが、それを口に出すほど粗野でもなかった。評議委員はさらに続けた。
「また、我々が最も注目したのは君の、信仰心の薄さだ。君の世界では少なくと複数の宗教が存在するが、君はそれらのどの宗教に関しても強い信仰心がない。ある神の誕生を祝い、そのすぐ後に別の神にその年の幸福を祈り、さらに別の神で先祖の霊を弔うなど、我々には理解不能な感覚だ。」
無理もなかろう。クリスマスを祝ったと思ったら正月で初詣、家族の法事は仏式だ。現代日本人ではごく当たり前の行為でも、彼らには奇異に映るであろう。
「君の信仰への帰依の低さは、君の世界の国民性として一定の理解を示してもこの都市においてはプラスにならない。以上の結果、君はこの都市での滞在に不的確であると結論せざるを得ない。しかし、ドロスの報告にあった君のゲベールを跳ね返す鎧や、君の持っているゲベールの技術。そして君の世界におけるポルを一切使わない科学知識に関しては我々は君から多くのことを学ぶことができる。」
評議委員のもったいぶった言い回しに片桐はいらいらし、スビアははらはらしている。
「異世界人片桐、君のリターマニア在留の条件として、君の持つ知識と技能をドロスに教授し、この都市の発展に寄与することを要求する。そして君にはそれを条件に上級市民待遇の在留資格を本評議会は約束する。以上だ」
そう言って評議委員たちはさっさと退出してしまった。
「やれやれ・・・」
思わぬ長々としたお説教に片桐はかなりいらいらしていた。しかし、当面2人はこの都市に在留できる資格を得たのは幸運だった。2人とも、もしくはどちらかが追放刑になったときのことを想像すると片桐は思わず背筋が寒くなった。
「さあ、窓口へ行こう・・・」
ドロスが2人を迎えに来て、部屋から連れ出した。
665 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:13 [ GQ0r381E ]
窓口への道すがら、ドロスはリターマニアにおける法律を片桐たちにざっと教えてくれた。そしてそれは片桐の知っている法律にごく近いものだった。一通り説明が終わる頃、ドロスは窓口にスビアと片桐を導いた。
「ここで市民登録番号と、年金を受け取ってください。これで君たちも立派なリターマニア市民だ!」
片桐が受け取ったカードには6桁のこの世界の数字が刻印されていた。そして年金として6000サマライが受給された。評議会の建物を出ると、ドロスが言った。
「当分はわたしの家にいてください。タローニャも承知しています。わたしはこれから仕事だ。君たちは期間在留者なので仕事はありません。今日はゆっくり市内観光でもしてください。では!」
そう言ってドロスは雑踏の中に消えていった。広い都市で片桐とスビアが残された。
「さて、どうしたものかな」
思案に暮れる片桐にスビアがとびっきりの提案を投げかけた。
「あなたの服です。軍服のままじゃ目立って仕方ありません。まず服を買いましょう」
名案だった。片桐は彼女の提案を受け入れ、手近なブティックに入った。愛想の良い、美しい店員が片桐の体格にあったぴったりの素材を選んでくれた。それを試着して鏡の前に立った片桐は驚いた。
「どうだい?」
片桐はローマ風のゆったりとした衣服に身を包んでいた。さっきまで存在した自衛官の面影はなかった。早速それを購入すると、通りを走っていたメッセンジャーのような人物に自衛隊の制服と防弾チョッキを預けるとドロスの家まで宅配するように依頼した。
666 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:13 [ GQ0r381E ]
そして2人で腕を組んでウインドウショッピングとしゃれこんだ。この世界でスビアと愛を交わして以来、こんなデートは初めてだったのでどちらもとてもはしゃいでいた。道行く市民はうわさで聞いた異世界人と聖女に会うと挨拶を交わし、自宅に招いた。それを丁重にお断りしながら2人は、こじゃれたレストランを見つけた。
「久しぶりに俺の手料理以外のものも味わおう」
もっぱら料理は片桐の仕事だった。聖女として大事に育てられたスビアは料理の腕はいまいち、というよりからっきしだったのだ。
「いらっしゃいませ」
丁寧なお辞儀で出迎える店員に案内され、2人は奥の豪華なテーブルに通された。他のテーブルでは紳士淑女がおだやかに談笑しながら食事や酒を楽しんでいる。
「まさか、あなたとこんなところで食事を楽しめるなんて思ってもいませんでした」
スビアがうれしそうにグラスを傾けながら言った。洋の東西どころか、世界が違っても女性はロマンティックでエキサイティングなデートを欲するものなのだろうか。それは片桐とて同じだった。2人は料理と酒を存分に楽しみ、給仕のサービスに心から満足した。
667 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:14 [ GQ0r381E ]
夜も更けた頃に片桐たちは例のポルで動くタクシーでドロスの家に戻った。家ではドロスとタローニャが待ちかまえていた。彼らは片桐とスビアがリターマニアに在留することを許可されたお祝いをしようと待っていたのだ。
「やあ、すっかりごきげんのようですね」
笑顔でドロスが迎えてくれた。そして片桐たちを客間に通した。テーブルにはグラスと若干の料理が用意されていた。きっと外食して来るであろうとの配慮だった。
「片桐、評議委員会で話したあなたの世界の話を私たちにも聞かせてくださいな」
タローニャが酒を注ぎながらたのんできた。ドロスも興味を持っているようだ。片桐は才蔵に話した福岡の話をまず語った。ドロスは驚いている様子だった。
「なんと!この街の城壁の何倍もの高さに登るのにポルは使わないのですか?」
エレベーターの話を聞いてドロスは驚きの声をあげた。
「ええ、この建物です」
片桐は自分の部屋に置いた荷物から高崎士長が残した「福岡市ガイドマップ」を取り出してドロスとタローニャに説明した。彼らは写真に写ったタワーや福岡ドーム、天神のビル街を見て驚嘆した。
「すごいですわ・・・。なんて神秘的なんでしょう」
タローニャは市内の夜景が写った写真を見て感動の声をあげた。それを見てドロスがタローニャの手を取った。
「そうだ!片桐たちにも見せてあげよう!用意してくれないか?」
ドロスの言葉にタローニャは合点がいったようで、さっそく酒といくらかの料理を包み始めた。
「その絵ほどではないが、わたしの権限で見られる最高の場所にご案内しよう!」
ドロスは片桐とスビアの手を取ると家の外に連れ出した。タクシーを拾って外壁まで出ると衛兵に挨拶してドロスは3人を上に案内した。
「ほお!これはすごい!」
思わず片桐が声をあげた。外壁の上からは夜なおにぎわう、リターマニア市内の夜景が一望できた。そしてその先の海。さらに先にはコロヌーボルと彼らが呼ぶ大陸に光る街の明かりが見えた。その上には美しい星空が広がっている。片桐の知っている星座はないが、それでも感動を呼ぶ美しさだった。思えば、この世界に来て、星空を美しいと思って見たことがないことを思い出した。
4人はそこで乾杯し、夜景を肴に思い思いの会話を楽しんだ。まさに、片桐とスビアにとっては古代ロサールの名前を冠した理想郷の夜を心ゆくまで楽しんだ。
668 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:15 [ GQ0r381E ]
翌朝、片桐とドロスは仕事に出かけた。片桐には仕事はないのだが、何もしないというのではドロスとタローニャに申し訳ないと思ったのだ。ドロスの仕事である、外壁の哨戒任務に同行したのだ。高い城壁に登って外の世界、殺伐としたヨシーニアからの侵入者がないかを見張るのがドロスの仕事だった。この任務は昼夜関係なく行われていた。過去、多くのヨシーニアの戦士がこの都市への侵入を試みたという。
「ドロス、君たちは双眼鏡は知ってるかな?」
片桐は自分の双眼鏡をドロスに貸した。彼はそれを覗いてみた。数百メートル先もはっきり見えるはずだ。
「いや、ぼやけてよく見えないよ」
笑いながらドロスは片桐にそれを返した。片桐はレンズの仕組みを彼に説明しながら双眼鏡の縮尺を調整した。外壁から100メートルほど先にある灌木を標準にして調整していると、何か光るものが片桐の目に入った。
「どうした?」
双眼鏡を見ながら固まっている片桐にドロスが話しかけたときだった。片桐はいきなりドロスの胸を突き飛ばした。それと同時に片桐も外壁の壁に身を隠した。
「いきなり何をするんだ!」
ドロスが抗議の声をあげた時だった。彼のすぐ近くの外壁にゲベールの弾丸が命中して鈍い音をたてた。
「みんな!伏せろ!」
片桐は周囲の衛兵にも叫んだ。兵士たちは片桐に習って胸壁に身を隠した。レンズの調整が終わった双眼鏡をドロスに渡して片桐は言った。
「俺たちを追ってきたトラボロだ。まだがんばってたんだ・・」
ドロスはそっと胸壁の間から双眼鏡で片桐の示した灌木を確認した。いつになくドロスが緊張した顔つきになっている。
「ヤツはこれまで何人も衛兵を殺している。まずいな・・」
片桐はちょっとした作戦を思いついた。ドロスに少し離れたところで双眼鏡を胸壁の上にあげ、太陽に反射させるように頼んだ。そしてその後は手を引っ込めておくようにと。彼は素早く移動すると片桐の合図を待った。
669 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:16 [ GQ0r381E ]
「さて・・・。まだいるかな」
片桐は胸壁からほんの少し頭を出して先ほどの灌木を見た。まだトラボロは灌木の影で獲物の衛兵を捜していた。それを確認して片桐はドロスに合図した。ドロスはそっと双眼鏡のレンズを太陽に反射させた。
「ドロス!手を引っ込めろ!」
片桐の声にドロスは慌てて手をひっこめた。それとほぼ同時にトラボロの放ったゲベールの銃弾がドロスの隠れる胸壁に命中した。それを確認して片桐は89式を構えて頭をあげた。トラボロはゲベールに弾丸を装填している。
「いまだ・・」
片桐はスリー・バースト・ショットを3回繰り返した。灌木ごとトラボロはずたずたになって倒れた。彼が動かなくなったのを確認して、片桐は外壁に立ち上がった。500メートルの射程を持つトラボロの弾丸が飛んでこないことを確認した衛兵が歓声をあげた。そしてそれを最も感動したのはドロスだった。
「片桐!君は命の恩人であるばかりか、警備隊が最も手を焼いていた野蛮人まで葬るとは!」
ドロスは片桐に抱きついて喜んだ。衛兵の歓声も市民にまで聞こえ、外壁の周りには大手柄をあげた片桐を賞賛する声で隣の者の会話も聞こえないほどになった。
670 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:16 [ GQ0r381E ]
勤務時間を終えてドロスと家に帰った片桐とドロスをスビアとタローニャが出迎えた。それぞれキスを交わすと、客間に備えられたポルで動くラジオを示した。
「本日、警備隊長ドロスと、異世界からの在留市民片桐の手により、ヨシーニアの大悪人トラボロが射殺されました。トラボロは衛兵6名を射殺し、リターマニアに侵入を試みること数回。常習的な殺人者で市民を恐怖に陥れていましたが、今日、勇敢な人々の手でその殺戮を永遠に不可能にしたのです・・・」
タローニャはこのニュースを聞いてドロスと片桐に順に祝福の抱擁を捧げた。
「ドロス、あなたはこれで評議委員候補になれますわ!」
「いや、タローニャ。今日の手柄は片桐のアイデアあってなんだ・・・。今日の英雄は彼だよ」
ドロスは片桐の成果を自分のものにすることもなく、むしろ、自分のことであるかのように誇らしげにタローニャとスビアに語った。タローニャはますます興奮しているようだった。
「本当にすごいわ。今夜の「神の御心」の選抜を前にして幸運が続きますわね!」
聞き慣れない単語を耳にして不思議がる片桐とスビアに気がついてドロスが笑顔で言った。
「今日は年に1度、神の祝福を受ける市民が2名選ばれる日なんだ。もちろん、市民登録番号を交付された君たちも選ばれる権利がある!今日の幸運があればきっと選ばれるよ!」
そう言ってドロスは彼の部屋にタローニャを連れて入っていった。彼の言う「神の御心」まで市民はそれぞれ休むなり、愛し合う者と時を過ごすのだそうだ。どうやら、この都市最大の祭典らしい。片桐もスビアを連れて彼らに与えられた部屋に戻った。
「いったい何が始まるのでしょうか?」
仕事が終わってベッドに転がった片桐にくっつきながらスビアが言った。片桐はそんな彼女を抱きかかえながらぶっきらぼうに答えた。
「さあね。きっとあのレストランの無料券なんかが当たるんじゃないのかい?」
その片桐の冗談にくすっと笑うとスビアは彼の胸に身体を預けた。
671 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:17 [ GQ0r381E ]
日も暮れた頃、ドロスとタローニャ、片桐とスビアは客間のラジオの前にいた。今この瞬間、リターマニアの市民は当直の衛兵を除いてほとんど、同じようにラジオの声に聞き入っているという。
「それでは、評議会の厳正な抽選により、本年の「神の御心」対象者を選出します。市民登録番号をそれぞれ確認ください。」
どうやら、抽選は市民登録番号で行われるようだ。片桐も自分のカードの番号を確認した。ドロスは満面の笑みを浮かべて発表を待っている。
「では、最初の番号を発表します。099456・・・」
その瞬間、ドロスは天を仰ぎながら落胆のため息をついた。タローニャも笑顔でため息をつくと悲嘆にくれる恋人を抱きしめた。
「ああ、わたしの番号は099486なんだ。また今年もだめだったよ・・・」
ニアミスに苦笑して恋人に抱きしめられてドロスはぼやいた。タローニャも抱きしめながら答えた。
「わたくしは全然大はずれですわ。来年もありますから、元気を出して!」
ラジオは市民登録番号と市民の名前を発表した。そしてしばらくして再び放送が再開した。
「では、2人目。今年の最後の「神の御心」を得た人物を発表します・・・」
ドロスとタローニャは緊張の面もちで、片桐とスビアはとりあえず参加する権利が得られた幸運を喜ぶ程度で発表を待った。
「198223・・・・です。」
さっきとかなりかけ離れた番号を聞いてドロスが肩をすくめた。片桐も自分のカードを見た。彼の番号も全然違っていた。ドロスの落胆ぶりを見るに、「神の御心」とはこの都市の福祉やサービスの充実を見るに、相当な豪華な権利や賞品のようだった。
「わたしは今年もはずれたようだ・・・。タローニャ、君もかい?」
ドロスの言葉にタローニャも笑顔で肩をすくめた。
「ええ。だめだったわ。スビア、あなたはどう?」
タローニャがそう言ってスビアを振り返った。彼女は何度も自分のカードの番号を確認していた。
「片桐!どうやら、わたくしの番号みたいです!」
一同が仰天した。その時、ラジオから番号から判明した幸運な当選者の名前が読み上げられた。
「198223・・・。上級市民待遇の滞在者、聖女スビアが当選です!おめでとうございます!」
672 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/11(土) 01:17 [ GQ0r381E ]
その瞬間、ドロスはスビアを祝福の抱擁で抱きしめた。続いてタローニャも同じく抱擁した。スビアは訳がわからないまま、彼らの行為を受け入れた。
「いったい、何がわたくしに当たったんでしょうね」
彼女が片桐に問いかけたとき、ドロスの家のドアを叩く音が聞こえた。彼が素早くそれに答えてドアを開けた。そこには大勢の警備隊が待ちかまえていた。
「聖女スビア、おめでとうございます」
警備隊は口々にスビアに祝福の言葉を投げかけた。敬意の込められた言葉にスビアも笑顔で彼らに応じていた。それを見届けてドロスが片桐の腕を取った。
「さあ、行こう」
そう言うドロスに片桐は思わず問いかけた。
「どこへ?」
「わたしの友人の家だよ。「神の御心」に選ばれた者はその権利を行使するまで異性との接触は原則できないんだ。あとは、タローニャに任せよう。さあ、彼女を祝福しよう!」
そう言ってドロスはスビアにフタタに祝福の抱擁をして、片桐にもそれをするように促した。愛する聖女を抱きしめながらも片桐は突然の出来事にとまどっていた。
「よくわからないが・・・、おめでとう」
「わたくしも、よくわかりませんが、ありがとう!」
笑顔でスビアは片桐の抱擁を受けた。それを見届けるとドロスは片桐を家の外に連れだした。外には警備兵が数名いて、ドロスの家を厳重に警備している。どうやら、当選したスビアはかなり重要な役割を負うことになるようだ。
「片桐!よくわからないけど、楽しみにしていて!」
上機嫌でスビアが叫んだ。片桐も釈然としないが、周囲の祝福ムードに安心してスビアに手を振った。そうしながら、自らの家を出たドロスに質問した。
「いったい、スビアは何に当選したんだい?」
その質問にドロスは満面の笑みで答えた。むしろ今の彼女の立場を代わりたいと言わんばかりの笑顔だった。
「神の御心さ。彼女は古代ロサールの神の心にふれることができるんだ!ああ、わたしができることなら代わりたかった!」
その答えでは理解できない片桐は再度同じ質問をドロスに投げかけた。興奮で片桐がこの都市の決まりを知らないことをようやく思い出したのか、ドロスはまるで、スビアの身の上がうらやましいと言わんばかりの笑顔で言った。
「彼女は幸運だ。数十万のリターマニア市民から選ばれたんだよ。「神の御心」に!彼女は次のゾードの夜に生け贄として神の世界に旅立つ権利を与えられたんだ!」
ドロスの幸福に満ちた言葉を聞いて片桐はその顔から血の気が失せるのを感じた・・・。