602 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:06 [ 2YSmd4TQ ]
それでは投下します
タイトル「異世界の狂信者」です

前回までのあらすじ
侍の末裔、才蔵の村で大喧嘩した自衛官片桐と、聖女スビア。片桐がやけ酒を隣村であおっている間に才蔵の村は猿人に襲撃されてしまう。捕虜になった才蔵とスビアを救うべく、猿人の後を追う片桐はなんとか猿人たちの追跡に成功する。
 たった一人で猿人に立ち向かう片桐。あらゆる知恵を絞り猿人を翻弄したあげく、才蔵たちの救出に成功する。スビアの怒りは収まっておらず、片桐は彼女の別れを覚悟するが、才蔵の取りなしでどうにか元のさやに収まることになった。
 再び、古代ロサールの謎を求めて旅に出る2人だが、才蔵の情報で、耳長人の国をさけるべく広大な森の突破を計画する。その途中に遭遇したのはガルマーニで別れた元親衛隊フランツ中尉だった。彼の話では耳長人に襲われ、レジスタンスのリーダーで元Uボート艦長ハルス大尉が捕まったという。
 スビアに負傷したフランツ中尉を託し、才蔵の村に向かわせた片桐は単身、ハルス大尉を助けるため、未知の民族耳長人の都市へ向かった。

603 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:06 [ 2YSmd4TQ ]
 未知の民族である耳長人の都市を求めて片桐は馬を走らせた。せっかく、彼らを避けるため森を越えようとしたのだが、戦友とも言えるハルス大尉のことを思うと見捨てるわけにはいかなかった。馬を走らせながら片桐は考えていた。耳長人がどんな連中かはわからないが、人間の自分がのこのこ乗り込んでいいものだろうか・・・。ふと馬を止めて片桐はバックパックからポンチョを取り出した。それを泥で汚して粗末なマントらしく見せると頭からすっぽりかぶった。
「こいつでどこまでだませるか・・・」
 再び片桐は馬を走らせた。

604 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:07 [ 2YSmd4TQ ]
 翌日には再び片桐は海岸近くに接近していた。目の前にはガルマーニほどではないがかなり巨大な都市が見えた。10メートル近い城壁がその都市の警備の物々しさを物語っている。そしてその城壁に備えられたいくつもの大砲は片桐を驚かせた。構造自体はガルマーニで見た戦車砲と変わりはなさそうだが、その大きさは軽く自衛隊の155ミリ砲に匹敵する大きさだった。都市と言うより要塞に近い。
「こいつは、すごいな」
 マント姿の片桐は街の門目指してゆっくりと馬の歩を進めた。門の近くに馬を預かる小屋を発見した。耳長人も馬に乗っているのだろうか。愛馬を預けるべく片桐はその小屋に近づいた。小屋には管理人らしきガンドールがいるだけだった。
「預かり料は5サマライだ。そこに勝手につないでくれ。餌はこっちでやっておくから」
 ガンドールはそばの小屋を顎で示すと片桐から金を受け取った。ガンドールはフードをかぶった片桐の顔をのぞき込んだ。
「お客さん、クーアードか・・・。今この街に寄るのはあまりすすめられないな・・・」
「ちょっと用事があってね」
 片桐のつっけんどんな答えにもそのガンドールはまったく表情の変化を見せなかった。
「そのマントは正解だ。エルドガンの前じゃこれをかぶっておいた方がいい。このパサティアナじゃ、誰がロサリストかわかったもんじゃないからな」
 ガンドールの言葉から片桐はいくつかの情報を得た。エルドガンとは、どうやら耳長人のことらしい。そしてこの都市の名前はパサティアナというようだ。
「ロサリスト?」
 片桐の質問にガンドールは初めて大きく目を見開いて表情の変化を見せた。
「知らないのか?」
「聞いたことないな」
 ガンドールはますますその目を大きく見開いて片桐を見た。そして何か勝手に納得したのか、ぽんと手を叩いた。

605 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:07 [ 2YSmd4TQ ]
「お客さん、北から来たんだね。ここから北にはエルドガンはいないからね。エルドガンは本来森にしか住まない。でも猿人やらアンバードのためにここから北には彼らは住んでないんだ。この街から南で森は終わって後は山々が広がっている。森を追われたエルドガンの国さ。」
「東はどうなんだ?」
 思わず片桐は質問した。ガンドールはここで言葉を止めて片桐の方を見た。警戒しているわけではなさそうだ。むしろ話したそうな表情と見て取った。片桐はさらに5サマライ、ガンドールに渡した。
「東は森だ。森に覆われた山を越えるとそこからは気候が変わる。乾いた平原が地平まで続いている。東の果てに古代ロサールの聖地があると言われているが、誰も見たヤツはいない。誰があんな恐ろしいところにいくもんか!」
 片桐は自分の説が正しかったことを知ってほっとした。やはり、あのまま東に進むのが上策のようだったのだ。はやる気持ちを抑えながら彼は愛馬を小屋に導いた。
「こ、こいつは!」
 小屋に入った片桐は思わず我が目を疑った。小屋につながれている馬は六本足だった。しかも頭の形も若干、普通の馬とは違っていた。その六本足の馬の頭は、馬と言うより牛だった。大きな鼻の穴。短く延びた角。大きさこそ馬と違わないが、その外見は片桐の知っている馬ではなかった。
「なんだ?ボスポースがそんなに珍しいか?」
 ついてきたガンドールが片桐に笑いながら問いかけた。
「このボスポースは草食なんだろうね?」
「あたりまえさ、さ、あんたの愛馬もしっかり面倒見てやるからな」
 ガンドールは四本足の片桐の愛馬に少しも驚くことなく優しく世話を始めた。彼に質問の途中だった、ロサリストについて質問したかったが、あまりに彼の仕事が熱心だったため、片桐は質問をやめた。少なくとも、愛馬の安全は確実なようだった。これでよしとしよう。

606 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:08 [ 2YSmd4TQ ]
 パサティアナ市内はガルマーニと比べて少し陰鬱な感じがした。人通りも多く、たくさんの商店が開いているが、人々はうつむき加減で歩いている。耳長人と呼ばれるエルドガンの外見も大して現地のクーアードと変わりがないように見えた。ただ、彼らの外見で目を引くのは、ぴんととがった耳と、赤、青の髪の毛、そしてやや青みがかった肌の色くらいだった。彼らはマント姿の片桐の素顔を見ようとすれ違いざまに観察していた。だが片桐は、馬小屋のガンドールの警告を信じて、耳だけはフードで覆い隠していた。時折、同じようにフードで頭をすっぽり覆った通行人を見かける。どうやら、彼らがクーアードの市民のようだが、どう見ても日陰者に近い存在のようだ。しかし、まわりのエルドガンはおおっぴらにクーアードに対して暴力を振るうわけでもない。むしろ、哀れみに近い視線を投げかけているのを感じた。
「こいつはおかしな雰囲気だな」
 片桐はまずは情報収集と、近くに酒場を見つけて扉を開けた。酒場には大勢のエルドガンと少数のガンドールがいた。彼らは一斉に片桐を見た。
「いらっしゃい・・・」
 マスターのエルドガンは伏し目がちに片桐に言った。それに構わず、片桐は酒を注文した。
「お客さん、こっちも商売だ、酒は出すけど、いざこざはごめんですよ」
 酒を出しながらマスターが小声で片桐に耳打ちした。その言葉に思わず、マントに見せかけたポンチョの中に隠した89式を手で確認した。
「もちろんだ。ところで、最近生け贄になるクーアードって誰かいるのかい?」
 片桐の質問にマスターは真っ青になった。もっとも、マスターのエルドガンは青っぽい肌をしているのでその表現は少し適切さに欠けるものではあったが。
「お客さん、勘弁してくださいよ。どこにロサリストがいるかわかんないんですよ!奴らにはグンクも手を焼いているんですから」
 グンクとは彼らエルドガンの王を示す称号らしい。片桐は今まで集めた情報をまとめて少し疑問を抱いていた。少なくとも、耳長人と言われるエルドガンは間違いなく強力なポルを持ってこの街を支配している。それは城壁の大砲を見てもわかった。しかし、彼が出会ったエルドガンはいきなり襲撃を仕掛けるほどクーアードに好戦的な意志は持っていないようだ。むしろクーアードにかかわりたくないところすらある。
「わかった・・・すまなかった」

607 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:09 [ 2YSmd4TQ ]
とりあえず、カウンターを離れて隅っこのテーブルに片桐は腰掛けた。ふと見ると、壁際でエルドガンの少女がテーブルに腰掛けている。
「占いませんか?」
 少女の問いかけに片桐は彼女のテーブルに歩み寄った。少女は人差し指をたてて片桐に見せた。どうやら占いの料金のようだ。
「これでいいかい?」
 片桐は少女に1サマライを手渡した。少女は無言のまま頷くと片桐に彼女の向かいに腰掛けるように促した。
「目を閉じてください・・・」
 片桐の額に少女の手が当てられた。冷たい。しかし次の瞬間、冷たかった少女の手が熱を帯び始めた。ポルを集中させていることがわかった。そしてそのぬくもりが片桐の額から頭全体へと広がった。心地よい、サウナに入ったときのような感覚が片桐を包んだ。
「終わりました・・・」
 静かに少女が言った。片桐は目を開けた。青い髪の少女は少し驚いた様子で片桐を見つめている。酒場のマスターや他の客はもはやマント姿の片桐に関心はないようで、たわいもない世間話に花を咲かせていた。
「ポルの力で占いができるのか・・・」
「エルドガンは他の種族よりも強いポルを持ち、それぞれ様々な力を使います。占いや、簡単な治療。武器にも使います」
 少し寂しげに笑いながら少女は答えた。そして片桐に向き直ると再び口を開いた。
「あなたはこの世界の者ではありません・・・」
 少女は静かに言った。
「そしてあなたの求める異世界人はこの街にいます。でも、彼はロサリストの厳重な監視下にいます。とてもあなただけでは救うことはできない・・・」

608 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:09 [ 2YSmd4TQ ]
「ロサリストとは何者なんだい?」
 できるだけ少女に恐怖感を与えないように、片桐は質問した。それが功を奏したのか、少女は少し笑った。
「やはり、あなたは異世界の人ですね。なにもご存じない。ロサリストとは、古代ロサールの人々を神とあがめているのです。わたくしたちもロサール人を神と思っていますが、彼らはより過激なのです。わたくしたちが、自分たちで考え、築き上げたこの街や国を否定しているのです。古代の掟に従って原始的な生活をすべきだ、と・・・」
「つまり、過激派ってことか」
「その言葉はわたくしにはわかりません。しかしあなたの考えていることとそんなに違いはないでしょう」
 片桐は少女にもう1サマライ渡した。彼女は首を振った。
「けっこうです。あなたが知りたいことはわたくしが占うまでもありません。さあ、ここを出てください。裏口で待っています。」
 片桐は少女のいきなりの誘いに不信感を露わにした。それを悟ったのか少女は悲しげな顔をして片桐に言った。
「わたくしを信じてください。わたくしはロサリストではありません」
「君を信じる確かな証拠がないよ」
「これでいかがです?」
 少女はいきなり片桐の手を取ると、自らの頬をさわらせた。例のポルが暖かみを帯びて伝わった。それと同時に片桐の脳に直接、彼女の記憶が入ってきた。

609 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:10 [ 2YSmd4TQ ]
 彼女の両親はロサリストと呼ばれるエルドガンにいきなり家の外に引き出された。泣き叫ぶ少女をロサリストは殴った。壁の前に立たされた両親は必死で抵抗するが、ロサリストに殴られ蹴られ倒れた。そこをロサリストの銃殺隊が彼らを容赦なく撃った。罪状は、「占いで古代ロサールの神々を冒涜しようとした」と言うことだった。
「これは・・、君の記憶だな・・・」
 臨場感あふれる彼女の記憶にいささかうろたえながら片桐は尋ねた。少女は悲しげな顔のまま無言で頷いた。
「ロサリストは神の名を語り、グンクの権威を否定し、すべての階級を解放すると言っていますが、実際は違います。すでにこの南では多くの要塞都市がロサリストに占領されました。このパサティアナにグンクが落ち延びてかろうじて自由を保っていますが、すでに市内には大勢のロサリストが侵入して次々とクーアードを捕まえています。クーアードは古代ロサールを尊敬していますが、その多くは過去の歴史としかとらえていません。それが罪だというのです。」
「でも、誰もが階級の縛りから解放されるのはいいことではないのかい?」
 片桐の質問は無意識的にも戦後の日本人の感覚だった。その質問は少女を驚愕させた。
「とんでもない。ロサリストはそうは言っていますが、実際は違います。えん罪と密告の世界だけです。彼らは階級から解放された人々が本当にそれをうれしく思っているのかとても気にしています。そして少しでも気にくわないと思っている人々を、生け贄と称して殺しているのです。「平等の敵」として・・・」
 少女は言葉を続けた。
「だからあなたのような異世界の方はこの国に足を踏み入れてはいけません。真っ先に殺されます。ロサリストは新しい価値観をおそれています。彼らの言う、平等な社会という、密告と陰謀に満ちた世界を壊されるからです。ロサリストに支配された街は、みなロサールの子孫を自称するジョニーチの支配を受けます。ジョニーチはあらゆる階級にロサリストをスパイとして放って密告させるのです。この街もまもなくロサリストの手に落ちるでしょう。そうなればまっさきにあなたは殺されます。」
 片桐はよくわからくなってきた。この情報をまとめるには彼女の助けがないと不可能だろう。
「わかった。君の言う通りにしよう」
「とりあえず、わたくしの家であなたをかくまいます。その後あなたを逃がすことにしましょう」
 クーアードにまったく無関心なエルドガンの中にあって彼女の申し出はありがたかったが、同時に一抹の疑念も抱かせた。しかし、この状況では動きがとれない。片桐は彼女の申し出を受けることにした。

610 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:10 [ 2YSmd4TQ ]
 目立たないように酒場を出た片桐は少女の言いつけ通り、裏口にまわった。少女は片桐を見つけると手招きして、路地裏の目立たない部屋に彼を導いた。
「ここは君の家なのかい?」
 部屋はまるでワンルームマンションだった。6畳ほどの広さの部屋にベッドがあるだけだ。
「そうです、・・・そういえばお名前を聞いていませんでしたね」
 少女の問いかけに思わず片桐は笑ってしまった。
「俺は片桐、君の言うとおり異世界人だ」
「わたくしはエル・ハラといいます」
 聞くとエルは占い師の称号で彼女の純粋な名前はハラというそうだ。
「で、さっき君が話したことを順序立てて説明してくれないか?」
 エル・ハラは先ほど片桐に話したことをさらにくわしく語り始めた。

611 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:11 [ 2YSmd4TQ ]
エルドガンは古代ロサールの支配のころからこのあたりの森に住んでいたそうだ。だが、ロサール滅亡後、北から蛮人アンバードや猿人が侵略してきて森を追われた。南の山岳地帯に逃げ込んだエルドガンは本来持っていたポルの力を使い、慣れない山岳での生活を定着させた。その後、数百年かけて再び平地の森の近くまで勢力圏を回復したエルドガンは要塞としてこの都市を築いた。元々森の住人だったエルドガンがアンバードや、猿人から森を取り返すのは時間の問題だった。
 だが、このとき、古代ロサールを強烈に信仰する勢力が山岳部のエルドガン本拠地を急激に支配してしまった。エルドガンの王、グンクは追われてとうとうこのパサティアナにたどり着いたわけだ。
「グンクにとってロサリストの蜂起は不幸なタイミングとしか言いようがありませんでした。」
 確かに、1000年近い慣れない生活でエルドガンは森の生活を忘れかけていた。それでも故郷を取り戻すために今一歩に迫ったときに背後からの一撃に襲われたのだ。しかもその勢力が同じエルドガンだったのも不幸であっただろう。生き残った都市も、誰がロサリストで誰が味方かわからない中、次々と陥落していった。ロサリストの統治は全く保守的であり、全く革新的とも言えた。
 森の民であったエルドガンの文化を復活させ、古代ロサールの神々に忠実であるため、彼らが長い山岳生活で培った文化は否定され、それを推進した科学者、軍人などは真っ先に粛正された。そして、思想的に「反ロサール的」であるとされた人々は次々と投獄、処刑された。占領された街はロサリストのスパイがうようよし、市民たちも安寧に暮らすことはできない。そして最後に残ったこのパサティアナもロサリストのスパイが多数侵入し、市民はひっそりと暮らす状態なのだ。その指導者がジョニーチと呼ばれる人物である。
 ジョニーチはスパイ制度を占領した都市に導入し、次々と反乱分子を抹殺していた。彼らの最終目標は、森に帰ること、とスローガンされているようだ。
 片桐は彼女の言葉を聞いていくつか納得する部分もあった。ハルス大尉やフランツ中尉を襲ったのはきっとロサリストの偵察隊だ。

612 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:12 [ 2YSmd4TQ ]
「エル・ハラ、事情はよくわかりました。俺はつい最近さらわれたクーアードを助けにきたんです。彼がどこにいるか、知りませんか?」
 美しいエルドガンの少女は少しうつむいた。
「グンクもロサリストのアジトを探してはいるのですが、難航しているようです。警備隊に追いつめられたロサリストは自らのポルを使って自爆してしまうのです」
 彼女がそう言ったとたん、街の遠くで爆発音が聞こえた。プラスチック爆弾でも爆発させたような音だった。
「またロサリストが警備隊を道連れに神の元へ旅立ったようです・・・」
 エル・ハラは窓を見ながら悲しげにつぶやいた。その悲しげな目はどこかさらなる悲哀を帯びたもののように感じてならなかった。

613 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:12 [ 2YSmd4TQ ]
 片桐はこの少女、エル・ハラの部屋に身を隠すことにした。片桐は彼女を「少女」と思っているのだが、エルドガンはほとんど不老であるという。ひょっとしたら彼女も900歳くらいかもしれない。そう考えて思わず片桐はポンチョでこしらえたマントの下で身震いした。
「永遠の命を持った森の民が山に逃れて要塞暮らしか・・・。」
 エル・ハラが調達してくれた食事にありつきながら片桐がつぶやいた。
「森を取り戻すための試練です。それに、エルドガンはかなり他の人種に対しては排他的でしたから、クーアードとガンドールのように手を取って共に戦う仲間もいなかったのです」
 彼女は悲しげに笑うとワインを飲んだ。なるほど、この街のガンドールはエルドガンに対してもことさら友好的には見えない。ましてや、クーアードはロサリストを恐れてこそこそしている状態だ。それをエルドガンたちは無関心に見ているばかりだった。それにしても、彼女はかなりいい飲みっぷりだ、と片桐は思った。やっぱり彼女は900歳なのかもしれない、と思った。
「そのかわり、エルドガンは山で様々な技術と資源を得ました。それを他の人種に比べて強いポルを応用して強力な武器を手にしました。そのおかげで森のすぐ近くまで戻ってくることができたのです。」
 彼女の話を黙って聞いていた片桐には、ふつふつと疑問が沸きあがってくるのを感じた。この少女、一介の占い師にしては妙に理知的で、それでいて妙に無防備だ。この異世界で生き残ってきた片桐の本能が警戒信号を発信していた。

614 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:13 [ 2YSmd4TQ ]
 深夜、片桐は床の上で横になっていた。まさか、ベッドでエル・ハラと一緒に寝るわけにはいかない。そんなことをしてしまうと、スビアの怒りが爆発するだろう。3年もの純潔期間という鉄壁の掟がじゃましてつい最近、2人は大喧嘩をしたばかりだった。幸い、才蔵のとりなしで元のさやに収まったが、彼自身その鉄の掟にうんざりしかけていた。遙か昔の大名ならまだしも、現代日本人の片桐にはこの掟はつらいものがあることは事実だった。
「いっそ、結婚しちまうってのもあるか・・・」
 そう思って片桐はこの世界の習慣を思い出した。この世界には結婚の習慣がないのだ。その代わり別れるのも自由である。ふと、少し離れたベッドのエル・ハラと目があった。
「片桐、眠れないのですか?」
 少し起きあがってエル・ハラが尋ねた。もともと薄着のこの世界の人々だがエル・ハラも例外ではない。寝乱れた彼女の衣服の隙間から、彼女の身体がいかに豊かであるかを物語る部分が見え隠れしている。
「わたくしが気になって眠れませんか?」
 寝乱れた自分の姿に気がついているのかいないのか、エル・ハラはいたずらっぽい笑みを浮かべて片桐に問いかけた。
「そんなことはありません!」
 明らかに自分を誘惑しているとわかっている。彼女の言動はわかりやすすぎた。だからこそ片桐もその誘いに乗ることはなかった。安っぽい映画のような展開に片桐はより彼女に対する疑問と警戒を強くした。くるっと彼女と反対方向を向くと少し眠るために神経を集中させた。

615 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:13 [ 2YSmd4TQ ]
 少しうとうとしただろうか。片桐はさっきのエル・ハラの誘惑を考えていた。彼女が自分の肉体を犠牲にしてまで自分を引き留める理由は何だろう・・・。その答えはほとんど1つだった。
「この街に味方と呼べる人物はいないようだな・・・」
 片桐は寝返りを打ちながら考えた。ロサリストは間違いなく、それ以外のエルドガンも彼の味方になりそうではない。才蔵の「草」であるバートスの言葉を思い出した。
「よくわからない連中」
 この言葉がまさに言い得ているように感じた。と、片桐の目にベッドが見えた。そして思わず飛び起きそうになった。エル・ハラがいないのだ。今片桐は、奥のベッドに一番遠いドアよりの壁を背に横になっている。さっきうとうとした隙に、エル・ハラはドアを開けて出ていってしまったのだ。
「ここにいるのか・・・」
 その時、小声で話す男の声が聞こえた。片桐は思わず肩に掛けたままの89式を握った。
「はい・・・」
 続いて聞こえた声は小声だが間違いなかった。エル・ハラだった。2,3人の足音が聞こえてドアが開かれた。エル・ハラと3人のエルドガンだった。
「酒場に現れた異世界人か・・。よくやった。ジョニーチ様もおまえの父親の件は考慮してくださるだろう」
「ありがとうございます・・」
 こいつらはやはりロサリストだ。片桐は疑いようもない事実を確認して、そっと腰のホルスターからシグザウエルを抜いた。すでに装填はすんでいる。ロサリストのエルドガンは短剣を抜くとそっと片桐に忍び寄った。
 適度な間合いを保って片桐はロサリストに発砲した。3人のロサリストはばたばたと倒れた。それを確認すると片桐はさっと起きあがって、エル・ハラの腕をつかんだ。
「やっぱりロサリストだったか。いろいろしゃべりすぎたのが失敗だったな」
 片桐の言葉にエル・ハラは悲しげな表情を浮かべるだけだった。スビアとはまた違うこの世界の美しい顔に思わず片桐の腕の力がゆるんだ。エル・ハラは片桐の腕から逃れるとドアに向かって走り出した。
「早く!彼らが自爆します!」
 その言葉に片桐がさっき撃ち倒したロサリストを見ると、連中の1人がポルを自分の腹に集めているのが見えた。
「ポルンゴ・ロッサー!」
 瀕死のロサリストが最後と力を振り絞って叫んだ。
「そういうことは早く教えてくれ!」
 悪態をつきながら片桐もエル・ハラに続いてドアをくぐって外に飛び出した。その背中を押すように爆風が片桐とエル・ハラを襲った。思わず、片桐はエル・ハラを後ろから抱きしめ爆風から守った。

616 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:14 [ 2YSmd4TQ ]
 片桐は爆発現場からかなり離れた空き地にエル・ハラを連れていった。撃つつもりは毛頭なかったが拳銃は構えたままだった。空き地はかなりの広さだった。少々の物音も聞こえないだろう。それに、下手に自爆された場合に逃げることも容易だった。
「さあ、ロサリストのお嬢さん。いろいろ聞かせてもらおうか」
 片桐はエル・ハラをちょっと乱暴につきとばし、空き地の石の上に腰掛けた。拳銃はぴったりと彼女の心臓を狙ったままだ。本意ではないがこれくらいしないと片桐の決意を疑われてしまいそうだったのだ。
「わたくしの話を聞いてもらえないのでしょうか?」
「聞くことは聞くが、俺の質問に答えるだけでいい。もう嘘っぱちのレクチャーはごめんだ」
「わたくしたちの歴史のことは本当です!」
「そうか、じゃあ、どの部分が嘘なのか。さらわれた異世界人がどこにいるのか話してもらおう。自爆しようとしても無駄だ。俺は君の足を撃ってここからおさらばするからな・・・」
 月明かりの下で悲しげな顔をしたエル・ハラは美しかったが、片桐はその美しさに油断することはなかった。観念したのか、彼女は口を開いた。
「わたくしは、占い師ではありません。この国の王、グンク・ニルの娘です」
「で?」
「ジョニーチはわたくしを脅迫しました。わたくしの占いの能力を利用して反ロサリストを割り出すことに協力しないと、父を殺すというのです。わたくしが協力すれば父の命は助けるというのです。だからわたくしはあの酒場で占い師のふりをしていたのです」
 片桐は眉一つ動かさないでエル・ハラの話を聞いていた。ついさっき、派手な嘘をつかれた上に殺されかけたのだ。すんなりと信用できるはずがなかった。
「あの酒場にいたのは全員ロサリストのスパイです。街の外から来た人は必ずと言っていいほど、酒場によっていろいろと話を聞きますから・・・」
「君は俺にうその記憶を見せてだました訳か・・・。君の身の上はとりあえずわかった。では、君の父親だ。父親はグンクなんだろ?なんで警備隊に守ってもらわないんだ?」
 当然といえば当然の疑問だった。しかし、エル・ハラの答えを聞いて片桐は愕然とした。
「父はすでにジョニーチの手に落ちています。警備隊は隊長のタロールが指揮して、この街で抵抗を続けているだけなのです。この街はグンクの支配下であるという嘘は、外部の人間を街に引き入れるための方便なのです」

617 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:15 [ 2YSmd4TQ ]
つまり、すでにパサティアナはロサリストの手によって陥落しているのだ。残った警備隊の方がむしろ少数というのだ。片桐は敵の根拠地にのこのこと乗り込んできてしまったわけだ。
「え?じゃあ、君の父親はもうロサリストに捕まってしまってるのか?」
「はい・・・。おそらくあなたの探す異世界人と共にジョニーチのアジトに幽閉されています。」
「かんべんしてくれよ・・・」
 彼女の言葉に、思わず片桐の口から愚痴の言葉が出た。

 それから片桐は空き地で散々、エル・ハラと話し合った。彼女の言葉を「はい、そうですか」と信用するわけにはいかなかった。彼女も、今までの嘘を片桐に詫びて本当のことを話していると誓ったが、それでも片桐の警戒心は薄れることはなかった。
「おい!あそこにいたぞ!」
 その時、数名のロサリストが空き地に来るのが見えた。手にはなにやら大きなライフルのようなものを抱えている。そのライフルはやはり、ゲベールと同じ構造のようだった。ただ、その威力は片桐の知っているゲベール以上だった。対戦車ライフル弾が着弾したかのごとき土煙が片桐のそばであがった。
「ここはやばい!逃げるぞ!」
 片桐はエル・ハラの手を取った。だが、彼女は片桐の手をふりほどいた。
「あなたがわたくしの話を信じないなら、わたくしも考えがあります!」
 そう言うと、エル・ハラはすっと立ち上がった。「あそこだ!」という声と共にロサリストが次々とエル・ハラめがけて発砲した。大きな土煙が次々とあがった。
「わたくしがここに彼らの命令であなたをお連れしたなら、彼らは仲間のわたくしを撃つことはないはずです。もしも、わたくしの顔を知っていてもあなたを見つけた以上わたくしは用済みなのはおわかりでしょう!こんな状況で今更あなたに嘘をついたところで意味はありません!わたくしの言葉を信じてくださいますか?」
 片桐は思わず彼女の肩をつかんで地面に伏せさせた。
「わかった、わかったからもう無茶はよしてくれ。まったく、不老不死で長生きしてるんならもうちょっと考えてくれ」

618 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:21 [ 2YSmd4TQ ]
そう言う片桐にエル・ハラは真っ赤になって反論した。思えば彼女が初めて感情的になった瞬間だった。
「わたくしはまだ18です!」
「それは失礼・・・」
 そう言うと片桐は少しおどけて彼女から手を離した。少し恥ずかしくなったのかエル・ハラは地面に伏せたまま片桐に言った。
「これからタロールのアジトに行きましょう。そこでこれからのことを考えます。」
「どうやってここから抜け出すのです?」
 片桐の質問にエル・ハラは驚いた顔をした。
「あなたがずっと隠している武器をお使いになればよいでしょう?」
 初めて見せたエル・ハラの人間的な感情に少しとまどいながらも、片桐は89式を構えると、単発で3人のロサリストを戦闘不能にして空き地を脱出した。

619 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:21 [ 2YSmd4TQ ]
 警備隊長タロールのアジトはおよそ豪華とは言えなかった。スラムのような地区の2階家が警備隊のアジトだったのだ。
「グンクラート・ハラ様!よくぞご無事でした!グンク・ニルが捕まり、あなたが行方不明となって以来、全力でお探ししていたのですぞ」
 タロールは警護隊という名にふさわしいとは思えない格好だった。緑の髪の毛にローマ調の服。長剣とピストルのような武器を持っていた。ゲベールの改良版だろう。「グンクラート」とはグンクの娘、すなわち「王女」の意味だそうだ。エル・ハラは本名は、グンクラート・ハラということになる。 タロールは彼の王女を一心不乱に見つめていた。その視線に、エル・ハラはとまどったように時々視線を逸らしている。
「ここにはもう20名も残っていません。早く、グンク・ニルを救わないと大変なことになります」
 タロールはエル・ハラに状況を告げた。タロール曰く、グンク・ニルはジョニーチ自ら処刑するため、今日の夜、城ではなく彼らのアジトに連行されるという。
「片桐、あなたの探す異世界人も一緒のはずです。力を貸してください・・・」
 エル・ハラは懇願した。これまでの片桐への嘘も改めて謝罪した。
「いいでしょう・・。ただし、お互い協力するということで・・」
「もちろんです」
 2人は握手を交わした。そこへタロールが彼女の元へやってきて報告した。握手している片桐を胡散臭そうに見ている。
「グンクラート・ハラ様、お父上の幽閉場所がわかりました。これから私が赴いて確認して参ります」
「なぜ、ロサリストはグンクを城から出したんだ?」
 片桐の質問にタロールは無表情で彼に向かって答えた。どうやら彼は片桐を信用してはいないようだ。
「市民への警告だ。ロサリストはたとえ城であろうとも忍び込み敵対者を粛正するという意味だ。グンクを城の外に拉致して殺せば、その効果は計り知れない」
 そう言ってタロールは身を翻すと外に出ようとした。片桐はそれを追いかけた。
「俺も一緒に行こう」
 思わずタロールは驚いてエル・ハラを見た。少し頬を赤らめた彼女が無言で頷くのを確認するとタロールは顎をしゃくった。
「こっちだ」

620 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:22 [ 2YSmd4TQ ]
 深夜の市街は誰一人通行人もない。そこをタロールはスラムの狭い道を抜けて広い商業地域に出た。この時間、どの商店も閉まっている。
「異世界人、グンクラートはおまえを信用しているかもしれないが、俺は別だ。本来エルドガンは他の種族は信用しない。今まで、森で山でエルドガンは誰の助けも借りずに生きてきたんだからな」
 タロールの言葉を片桐は笑って返した。
「長い人生、友達もいないと寂しいぞ」
「友はいる!エルドガン同士は絶対の信頼でつながっている!だからこそ・・・」
 少々タロールが言葉に詰まった。その理由を片桐は知っていた。肩をすくめながらタロールに言った。
「だからこそ、ロサリストにつけこまれたんだろ?あんたらは極端すぎるみたいだからな。長い間山にいたせいで感情表現がへたくそになっちまったんじゃないのか?」
 片桐の的を得た反論にタロールは、「ぐっ」とうなると黙って歩いた。片桐はちょっと彼をからかってみることにした。
「それにしてもエルドガンは他人を信用しない割に嘘が下手だな。あんたグンクラートに惚れてるだろ?」
 その指摘が図星だったのか、タロールはぴくっと肩をふるわせた。そして片桐の方を振り返ると、まさに鬼の形相で言った。
「そ、そのような冗談は、こ、金輪際許さんからなぁ!」
 それだけ言うとタロールはとある商店の角を曲がって路地に入った。商店の壁に地下室の通風口が見えた。
格子がはめられているがその中は十分見ることができた。
「この箱を持ってこい。そうすれば表通りからは見えないはずだ」
 タロールと片桐は箱を盾にして地面に伏せると格子の窓から中を確認した。中には後ろ手に縛られたエルドガンが見えた。やはり、他のエルドガンと同じく若い。
「おお、グンク・ニル・・・。ご無事だったか」
 タロールがため息をつく。その隣に座らされている人物はエルドガンではない。片桐の見覚えのある人物だった。ドイツ海軍の制服が目に入った。元Uボート艦長ハルス大尉だった。多少服が汚れている程度で怪我はないようだ。

621 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:23 [ 2YSmd4TQ ]
「今やるか?」
 片桐はタロールに言った。タロールは室内の見張りの数を確認した。ロサリストが3名。手には空き地で片桐を襲った大きなライフルが見えた。ライフルと言うより、戦国時代の抱え大筒に近い形状だ。
「もうちょっと様子を見よう。本当に見張りがこれだけなら決行だ」
「この街から脱出する段取りはついているのか?」
「街の入り口の馬小屋で働くガンドールを買収してある。門にはロサリストはいない。」
 タロールの言葉に片桐はそのガンドールのことを思い出していた。彼には自分の愛馬を預けている。門に見張りがいたところで別にその役目は大してあるわけではない。外部の人間を街に引き込む方が重要なのだから。そしてスパイ網を駆使して捕まえて、神の名において殺すわけだ。
「おい!怪しいクーアードを捕まえたぞ!」
 その時、地下室に新たにロサリストが入ってきた。見張りのロサリストが立ち上がって入り口のドアを見ているのがわかった。
「今度は女か?殺しがいがあるな!」
「殺す前に変なことするんじゃないぞ!」
 捕虜を連れてきたロサリストはそう言ってドアを閉めた。見張りのロサリストは捕虜を縛っている。
「ありがたく思え。ジョニーチ様自らがおまえの首を切ってくれるんだ!」
 ロサリストは縛りあげた捕虜をハルスの隣に座らせた。それを見た片桐は思わず声を出しそうになった。そして、縛られたハルスも新入りの顔を見て驚いている。
「なんでこんなところに・・・・?」
 その新入りの捕虜とは間違いなく、スビアだったのだ。

622 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:23 [ 2YSmd4TQ ]
 片桐は自分がかなり混乱しているのを認めざるを得なかった。スビアは負傷したフランツを連れて才蔵の村へむかったはずだ。今頃才蔵の家臣に守られて自分の帰りを待っているはずだ。片桐は最悪の事態を想像した。
 もしも、スビアの報告を聞いた才蔵が、彼の村の支配をもくろむロサリストから村を守るために先制攻撃を仕掛けようと軍勢を出発させていて、そこをロサリストに襲われ彼女も捕まったとしたら。この世界の親友である才蔵を失い、愛するスビアも命の危機にさらされていることになる。
 だが、その想像はロサリストの会話のおかげで現実でないことが判明した。
「しかし、おまえも無謀だな。人捜しか何か知らないが、たった数名の護衛でこんなところをうろつくなんて・・・」
「あの殺した連中はサムライとかいうヤツの部下だったらしいな。どっちにしろ敵だ。神の敵だ!」
 スビアは片桐を捜して才蔵の部下と共にうろうろしていて捕まったようだ。ひとまず、片桐の最悪の想像は完全に否定されたが、状況は依然として最悪に近いと言えた。そこへ、再び地下室のドアが開かれた。
「こ、これはジョニーチ様!ポルンゴ・ロッサー!」
 「ポルンゴ・ロッサー」とは「ロサールの神々に栄光あれ」という古代ロサール語のことだった。彼らはこれを合い言葉にしているようだ。ロサリストが一斉に立ち上がってその人物を迎えた。タロールはその名前を聞いて体を堅くした。ジョニーチ。彼こそがロサリストの指導者だった。エルドガンにしてはやや小太りで青白い肌と黒い髪の毛が印象的だ。ジョニーチは捕虜を一通り見回すとスビアに目を留めた。
「この捕虜は先ほど連行してきました!例のサムライの部下と一緒にいたそうです!」
 ジョニーチは報告を聞きながらスビアの顎を持ち上げた。
「わたくしはアムター村の聖女です!このような無礼が許されると思っているのですか?」
 彼女の言葉にジョニーチはただでさえ細い目をさらに細くして笑った。
「ほお!古代ロサールの神々だけでなく様々な神々をあがめるという北の森の聖女か!おまえの首は背教者グンク・ニルと同じく、念入りに斬ってやろう!神も背教者の死を喜ばれるだろう」
「ポルンゴ・ロッサー!」
「ポルンゴ・ロッサー!」

623 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:24 [ 2YSmd4TQ ]
 ロサリストたちがジョニーチに口々に答えた。それに答えるようにジョニーチはスビアを乱暴に突き飛ばした。
片桐は怒りのあまりシグの狙いをジョニーチに定めたが、どうにかそれを思いとどまった。今、彼とタロールだけではジョニーチを含めて4名のロサリスト倒すのは難しい。軽く舌打ちしながらシグをホルスターにしまおうとして片桐は、チョッキの胸の部分にふれた。なんとかなるかもしれない・・・。
「おい、タロール」
「どうした?」
 片桐はチョッキに引っかけたあるものを取り出しながらタロールに提案した。
「今やろう!」
「バカな!ジョニーチと3人のロサリストをこの位置からどうやってやっつける?」
 片桐はさっきチョッキからはずした「あるもの」についてタロールに説明した。彼は驚いた様子で片桐に再度確認した。
「本当に中のグンク・ニルはそれで死ぬことはないんだな?」
「ない」
 タロールは片桐の言葉を聞くと決心したように腰のピストルを抜いた。
「単発じゃ役に立つまい」
 そういう片桐にタロールは少し笑って答えた。初めてタロールが笑うのを見た、と片桐は思った。
「こいつはゲベールの様な単発じゃない。見ろ、ここに弾を詰めた筒がある。こいつを差し込んで撃つんだ。」
 タロールのピストルは激鉄の近く、スライドの部分に5センチほどの木の筒がくっついていた。その中に弾丸が詰まっていて、発射すると余剰のポルが筒の中の弾丸を薬室に送り込む構造だった。魔法力を応用したオートマチックの拳銃だった。彼のオリジナルらしい。多少の次弾装填における構造上の不正確さも、彼のポルでカバーして安定した連射ができるそうだ。
「よし、じゃあやろう」
 片桐は腰から銃剣を引き抜くと窓の格子が刺さった部分を慎重にえぐった。そうして3,4本の格子を抜いて隙間を作った。タロールに最後の確認をした。
「こいつが破裂するまで目は開けるなよ」
「わかった」

624 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:24 [ 2YSmd4TQ ]
 片桐は「あるもの」、対テロ訓練で使用するはずだったフラッシュ・グレネードのピンを抜いた。そして一呼吸おいて地下室に放り込んだ。目もくらむ閃光と音、煙が地下室を覆った。
「今だ!」
 片桐の合図でタロールが鉄格子を転がるように体当たりで壊して地下室に滑り落ちた。片桐は煙が晴れてきた室内で、例の抱え大筒のような武器を持ってうろたえるロサリストを2名、4発でしとめた。そしてそのまま、タロールのように地下室に滑り込んだ。
「逃がすか!」
 片桐は入り口を探して逃げようとするジョニーチを足を撃ち抜いた。ロサリストの偉大な指導者は大声をあげて地下室に転がった。タロールはもう1人のロサリストをピストルで殺したところだったが、転げるジョニーチを見てすばやく彼にとりつくと首にさっと短剣を走らせた。あっけない。ロサリストの指導者の最期だった。ジョニーチはがっくり膝をついてそのまま床に突っ伏した。彼の部下がいれば「ポルンゴ・ロッサー」を連発する悲劇的状況なのだろうが、彼の部下はもう殺された後だった。
「グンク・ニル!お助けに参りました!」
 タロールは縛られた王に跪いて軽く挨拶を交わすと短剣で彼の縄をほどいた。片桐も目を白黒させているハルスとスビアを解放した。そしてシグを腰のホルスターにしまうと89式を構えて入り口に狙いを定めた。
「ジョニーチ様!」
 スビアを連行したロサリストが無警戒で入り口のドアを開けた。それに向けて片桐は3発撃って彼を倒した。どうやら近くのロサリストはこれだけのようだ。

625 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:25 [ 2YSmd4TQ ]
 フラッシュ・グレネードの衝撃からようやく我に返ったスビアは片桐を見つけてその胸に飛び込んだ。
「ああ、片桐!ごめんなさい!わたくし、あなたが心配で才蔵様にお願いして探しに出かけたのです。それでこの街を見つけて、才蔵様がつけてくれた護衛といっしょにこの街に入ったんですが、いきなりロサリストに襲われて・・・」
「そんなことだろうと思いました。まったく無茶をして・・・」
 片桐はぎゅっとスビアを抱きしめるとハルスの方に向き直った。ハルスは見たとおり、元気で体をほぐしていた。長い間ここに監禁されていたようだ。
「しかし、片桐三曹に助けられるとは思ってなかった。この恩は生涯忘れないよ」
「再会のお祝いは後にしろ!行くぞ!」
 タロールが合図したのをきっかけに片桐たちは入り口から外に出た。まずは、アジトに戻ってグンクラート・ハラとタロールの部下たちと合流するのだ。
 街に出ても商店街は相変わらず静かなままだった。ロサリストでないエルドガンは徹底的に静観を守るようだ。静かな街を走りながらグンク・ニルがつぶやいた。
「これが我がエルドガンが培ってきた伝統なのか・・・。排他的な考えを改めなかった結果が王まで見捨てることになるとは、皮肉なものだ」
 ロサリストへの恐怖もあるだろうが、基本的に他人事に干渉しないエルドガンの習性も大きいのだろう。街は相変わらず静かだった。

626 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:26 [ 2YSmd4TQ ]
 アジトのドアを開けるとエル・ハラが片桐に抱きついてきた。まるで待ちかまえていたようだ。
「片桐!父を救ってくださったのね!」
 背後のスビアの鋭い視線を感じながらどうにか彼女を引き離す。タロールも怖い顔をして片桐を一別した後,
部下に命令を下した。片桐は敏感に、エル・ハラの変化を感じ取っていた。彼女の部屋での誘惑とは違うにおいを感じた。やはり、エルドガンは嘘や芝居のたぐいが苦手なようだ。だが、しばらくは彼女のなすがままにしておく他ない。
「よし!打ち合わせ通り!街から脱出するぞ!」
 タロールは部下とひとかたまりになってグンク・ニルとエル・ハラを守りながら外に出た。すでに数名のロサリストがアジトの外で待ち伏せていたが片桐の89式であっという間に倒された。
「片桐!あなたはやはりすごいわ!わたくしの見込んだ方だけのことはあります!」
 エル・ハラは片桐の左手にしがみついて笑顔で言った。タロールのきつい視線を感じながら片桐はそのまま街の門まで走った。
「早く!追っ手が来るぞ!」
 馬小屋のガンドールが門を開けて待っていた。彼の小屋にいたボスポースはこのときのために備えられていたのだ。その中に、片桐とスビアの愛馬も混じっていることを確認すると、片桐はガンドールに向き直った。
「君も来い!ここにいちゃ殺されるぞ」
 ガンドールは笑顔で首を横に振った。
「まだ、やることが残ってるんでね。さあ、行った!」
 そう言うとガンドールは小屋の中に駆け込んだ。街の方からボスポースに乗ったロサリストが数十騎、追いかけてくるのが見えた。指導者を殺されてかなり殺気立っているようだ。逃げ切れないと判断したタロールの部下が乗馬してロサリストに突入した。
「無謀だ!」
 片桐の言葉むなしく、彼らはロサリストの大筒で次々と吹き飛ばされた。それでもゲベールで応戦して時間を稼いでいる。タロールはグンク・ニルを自分のボスポースに乗せると海岸に向かって走り出した。
「わたくしはあなたと一緒に行きます!」
 片桐の背中にまたしてもエル・ハラが飛びついてきた。もはやボスポースは残っていない。馬番のガンドールが小屋からゲベールを出してロサリストの追っ手を撃ちながら言った。
「早く!行くんだ!」
 そう言ってガンドールが再びゲベールを構えた瞬間、彼の至近距離にロサリストの弾丸が着弾し、哀れなガンドールは吹き飛ばされた。片桐はスビアとハルスが彼女の愛馬に無事にまたがって門をくぐるのを確認すると自分も街の外に飛び出した。
「あのガンドール・・・、ボスポースの世話しか頼んでいなかったのに・・・」
 理解できない様子でつぶやくエル・ハラに片桐は前を向いたままで答えた。
「世の中、ああいう連中もいるんです。みんながみんな他人に冷たい訳じゃない・・・」

627 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:26 [ 2YSmd4TQ ]
 片桐とエル・ハラ、スビアとハルス、タロールとグンク・ニルを乗せた馬とボスポースは必死に海岸向けて走っていた。そこで急にエル・ハラが叫んだ。
「片桐、わたくし初めて人を愛するということを知りました。それが異世界人でも構いません!」
 背中のエル・ハラの突然の告白に片桐は舌打ちした。見え透いた魂胆で、普段ならかわいらしいものだと言えるが、今は状況が違っていた。
「エル・ハラ、いやグンクラート、つまらないカマかけをしないでください!あなたがたはやはり、嘘をつくのが下手なようだ。俺はスビアと愛しあっています。あなたは同じようにあなたを愛している人物をきっと知っているはずです」
「そんなこと、詭弁ですわ!」
 エル・ハラはムキになって反論した。だがその視線が、彼女の父を乗せて必死にボスポースを駆る人物に向けられていることはよくわかっていた。彼女はタロールの反応を確認しているのだ。なにもこんな時にそんなことをする必要もないのはずだが、いやこんな時だからこそだろうか。若い者の考え方はわからん、と片桐は思った。
「これ以上こんな時に、ばかげた茶番に巻き込まれるのはまっぴらごめんです!」
 突き放すような片桐のせりふにエル・ハラは彼の背中で身を堅くした。
「あなたたちの人生は長いんだ。1回くらい惚れた男に当たって砕けてもいいんじゃないですか?見え透いた芝居で相手を傷つけるよりよっぽどいいと思いますがね!」
「わたくしはグンクラートです!そのようなまねができるはずがないでしょう!」
 エル・ハラがそう言ったとき、2人の議論を中断させるように、追っ手のロサリストのはなった砲弾の様な銃弾が2人を襲った。至近距離で炸裂した銃弾は馬上の2人を吹き飛ばしたのだ。砂浜だったのが幸いしたようだ。2人はどうにか起きあがった。彼の愛馬も無事なようだ。
「エル・ハラ、怪我は・・・」
「どうにか・・・」

628 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:27 [ 2YSmd4TQ ]
 砂浜に投げ出された2人は無事だった。しかし目の前に追っ手が迫っているのが見えた。片桐は89式を構えた。
「スビア!ハルス大尉を連れて才蔵殿の村へ!」
 村までそう遠くない。彼女が助けを求めて走れば間に合うかもしれない。そう思った。
「片桐!あなたはどうするのです!」
 今は議論の暇はない。片桐は先頭集団のロサリストを89式で次々と撃ち倒しながら再び叫んだ。
「早く!才蔵殿にこのことを知らせてくれ!」
 ロサリストの方を向いたまま片桐は叫んだ。今この瞬間、スビアだけでも才蔵のところへ送らないと本当に全滅してしまう。ボスポースは彼の思ったよりも俊足で、ロサリストの馬術もかなり長けている。包囲されてしまえばあの抱え大筒で殲滅されてしまうだろう。
「グンクラート!」
 悲壮な叫び声に思わず片桐は振り返った。いつの間にか、グンク・ニルをスビアの馬に移したタロールがピストルを構えてボスポースを疾走させている。揺れる馬上という悪条件でタロールは片桐とエル・ハラに狙いを付けるロサリストを2人、次々と撃ち倒した。だが、その陰に隠れていたもう1人の追っ手の銃弾がタロールの愛馬を撃ち抜いた。タロールは前のめりに砂浜に投げ出されたが目の目に迫った追手を素早く剣を抜いて倒すと大声で叫んだ。そしてそのまま転がるように片桐とエル・ハラのところに駆けつけた。
「グンクラート!お逃げください!」
 その様子にエル・ハラは呆然とした。が、次の瞬間、片桐の腰からシグザウエルを引き抜くとタロールに襲いかかろうとするロサリストに次々と発砲を始めた。その狙いは全く定まっていないが、追っ手の突撃を止めることは成功した。タロールは王女の行動を見て驚いて叫んだ。
「グンクラート!早くお逃げください!」
「いえ!幼少の頃からわたくしを守ってくれたあなたを見捨てるわけにはいきません!」
 そう言うとエル・ハラはマガジンに残った銃弾をタロールに飛びかかろうとしたロサリストに撃ち込んだ。2発命中してロサリストは倒れた。とんでもない状況で愛の告白に等しい言葉を放った王女にタロールは呆然とした。だが、それを許す状況ではない。数名のロサリストがつっこんできた。
「ちくしょう!」

629 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:27 [ 2YSmd4TQ ]
 片桐も起きあがって89式を撃ちながら、タロールとエル・ハラを援護すべく撃ち出した。グンク・ニルを収容していったんは砂丘を登り始めたスビアが驚きの声をあげた。
「片桐!なにをしてるのです!?」
「スビア!早く2人を連れて才蔵殿の村へ行ってください!」
 片桐の声に少し離れたところにいるスビアは驚いた様子だった。愛する自分を放っておいて、エルドガンを命がけで助ける片桐の気持ちが理解できなかったのだ。あの2人の妙にべたべたした光景を思い出して彼女は嫉妬の感情に心奪われそうになった。心から沸き上がる嫉妬の感情はスビア自身で押さえられるものではなかった。
「片桐!わたくしとそのエルドガンとどっちが大事なのです!」
 スビアの叫びを聞いて片桐は舌打ちした。やっぱり誤解されている。あれだけ聡明なスビアが嫉妬の感情で自分を疑っていることが少々ショックだった。だが、事態はそんな個人的な心情を優先させる状況ではなかった。ロサリストはさらに後方から数十騎でボスポースを全力で駆って片桐たちに突進しようとしていた。片桐は89式のセレクターをフルオートに切り替えた。

630 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:31 [ 2YSmd4TQ ]
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
 だが、片桐が発砲するまでもなくロサリストは片桐たちの目前で次々と倒れていった。突然の出来事に後続のロサリストもボスポースの動きを止めた。片桐が後方の砂丘を振り返った。
「突撃!」
 聞き覚えのある声と、馬のいななきが聞こえた。ゲベール隊の射撃の後、才蔵率いる騎馬隊が一斉に突撃を開始したのだ。片桐は才蔵の部下に大筒を向けるロサリストを狙い撃ちした。4,5名のロサリストが倒れたところに長槍の騎馬隊が突入した。
「片桐殿!」
 隊列からはずれて甲冑姿の才蔵が片桐に近寄ってきた。馬から降りてがっちりと片桐の手を握った。
「スビア様からお話は聞いていました。水くさい!ハルス大尉の救出なら我々に相談してくれればよかったのに・・・」
「いや、この助けで十分ですよ!我が友よ!」
 甲冑の才蔵と迷彩服の片桐ががっしりと友情の抱擁を交わすのをきょとんとして見ているタロールとエル・ハラだったが、片桐がそれに気がついて才蔵にエルドガンたちを紹介した。才蔵はグンク・ニルと王女のエル・ハラに恭しく挨拶すると言った。
「よくぞおいでくださいました。この上は我が村で全力でお守りいたします」
「心遣い感謝いたします・・・」
 グンク・ニルは才蔵にとりあえず返礼するが、いまいち才蔵の言葉を信用してはいなさそうだった。それを認めてタロールが王に代わって才蔵に質問した。
「我々はエルドガンです。他の種族には関わりを持とうとしない人種です。それなのになぜ・・?」
 才蔵は片桐を魅了したなんの屈託もない笑顔を同じく、タロールにも向けて答えた。
「我が領地に助けを求めて来た客人を助けるのは当たり前。見捨てたとあっては、この富田才蔵の義がすたります!理由はそれだけです」
 あっけらかんとした武士の返答に、タロールはもちろん、グンク・ニルも唖然としてしまった。

631 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:32 [ 2YSmd4TQ ]
 才蔵の屋敷にたどり着いた一行はそれぞれ部屋を提供された。片桐とスビアにも部屋が提供され、そこで片桐はスビアにあちこちにできた擦り傷の手当をしてもらった。が、部屋の雰囲気は最悪といって良かった。
「まったく、あんな無茶をして・・・」
 地下室への突入、ロサリストとの追撃戦で片桐はあちこちに擦り傷を作っていた。彼女の愚痴も無理もないことだった。そしてそれ以上に彼女が疑問に思い怒っていることがあった。
「そして・・・あのエルドガンの王女とはどういう関係なのですか?わたくしを放っておくほどの関係があったんではなのですか?」
 予想したとおりの質問が片桐に投げられた。片桐は、エル・ハラとタロールのことを彼女に話した。なにもあんな時に、他人を当て馬にしなくてもいいんだが。そこは若さ故の暴走と片桐も大目に見ていた。
「本当にそれだけですか?!」
 だが、スビアは大目に見ていないようだった。片桐の脳裏にあの大喧嘩の記憶がよみがえった。彼女は立ち上がって片桐に背を向けた。
「わたくしは不安なのです!あなたと意志を確認はしましたが、本当の意味で愛し合ってはいない状態であなたがいつ、わたくしから離れてしまうのか・・・」
 彼女が抱いているのは嫉妬の感情だった。それは才蔵と初めて出会った時に片桐も感じた感情だったからよくわかる。片桐も立ち上がって後ろからスビアを抱きしめた。言葉とは裏腹に彼女は片桐に体を預けた。
「3年とはなんと長い年月なんでしょう・・・。掟とはいえ、あまりにつらすぎます」
「でも、きっちり3年と決まってるわけじゃない・・・。それにその掟が俺とあなたの間の信頼関係の障害になっているのも事実です。」
 片桐はスビアの耳元でささやいた。彼女は少し体をふるわせた。
「それは認めます。わたくしもそう思います」
「ではなぜ?俺はあなたと愛しあいたい。あなたもそうだ!そしてそれを遮る掟が俺たちを不幸な方向に導いていることもわかっているのに」
 片桐がここまで自分の要求をはっきりと表明したのはこれが初めてだった。それを察したのかスビアが真剣な表情で彼に答えた。

632 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:32 [ 2YSmd4TQ ]
「実は、あなたにはまだ言っていないことがあるのです」
 そう言うとスビアは片桐の手から逃れて彼に向き直った。
「わたくしと愛し合うということは、聖女の血を受け継ぎ、子孫を宿し、守り育てることです。あなたはその生涯をこの世界で過ごし、その命をわたくしとわたくしたちの子供に捧げるのです。他の者のように自由な意志で別れることはできません。これは古くからの聖女の血を引く者のならわしです」
「もしもそれを破ったら?」
 スビアはその質問に悲しげな表情を浮かべた。そしてその口から出た言葉は一見、その表情にふさわしいものであるように思えた。
「そうなれば、わたくしはあなたを殺します。殺さなければいけません。村の人々もあなたを殺します。わたくしを聖女と認めるこの世界のすべての人々があなたを殺さねばならなくなります。だからわたくしは怖いのです。あなたがこのことを知ったら、わたくしのもとを去ってしまうのではないかと思って。だから今まで言えなかったのです・・・」
 つまり、生涯を仲良く暮らしていけばいい。そのかわり、別れたときはこの世界すべてが敵になる。そう言う理屈だった。
「あなたは異世界の人。いくらわたくしを愛していてもいつかは元の世界へ帰るかもしれない。そう思うと、このことを言うのが怖かったのです・・・。あなたと愛し合えないのはつらいけど、あなたがわたくしの前から消えることの方がもっと怖いのです!」

633 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:33 [ 2YSmd4TQ ]
 そう言うとスビアは片桐に抱きついて激しく嗚咽した。恐ろしく単純だが、明快な掟と言えた。聖女と愛し合い、聖女の子孫を命の限り育て上げることが義務。この世界では一般人はある期間純潔を保って肉体関係を結んだ後は別れるのも自由だ。しかし、大事な聖女の血を保つにはこれでは不十分だ。いつになくうろたえ、嗚咽するスビアを抱きしめながら片桐はこの掟について考えていた。そして思わず口に出した。
「それって結婚しろってことかぁ・・・」
 片桐の口から聞き慣れない言葉が出たのを聞いてスビアは涙に濡れた顔をあげた。
「結婚?」
 彼女の疑問は当然だった。結婚の制度がないこの世界ではなるほど、厳しい掟だろう。だが、片桐の世界には結婚という制度がある。そしてそれは非常にその制度と似ていると思った。
「スビア、俺の世界では愛し合う男女が誓いの言葉に承諾するんです。キリスト教という宗教ですが・・」
 片桐がそう言ったとき、引き戸の向こうで声が聞こえた。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。」
 軽いノックの後、引き戸が開かれた。外には着流しを着た才蔵と肩から腕を吊したフランツが笑顔で立っていた。片桐とスビアは思わず離れた。てっきり喧嘩していると思ったのか、才蔵が場の雰囲気を察すると慌ててそれを取り繕った。
「これは失礼!スビア様の声が聞こえたので、また喧嘩か?と心配して駆けつけたら、このようないきさつだったので・・・。つい立ち聞きしてしまいました・・・」
 才蔵が片桐に目で合図しながら笑顔で言った。そしてフランツの腰をつついた。するとフランツも口を開く。
「失礼だが、話は聞きました。いいではないですか?厳しい習わしだが、考えてみれば結婚するのと同じ様なもんだ。」
「フランツ中尉、結婚とはなんです?」
 少し落ち着いたスビアの質問にフランツは驚いた。
「なんだ、片桐三曹。君は結婚の意味もまだ教えていなかったのか?」
 フランツに言われて片桐は初めてそのことに気がついた。この世界に結婚の概念がないと聞いて、彼女には結婚の話は何一つしていなかったのだ。

634 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:33 [ 2YSmd4TQ ]
「結婚とは、愛し合う者が神の名において、生涯お互いを大切にする事を誓う儀式みたいなものです。先ほどスビア様が言われた掟に近いですな。まあ、もっとも別れると殺されるなんてことはありませんが、別れた場合には我々の世界なりにそれ相応の報いがありますがね」
 フランツと才蔵は喧嘩ではないとわかって少しうろたえながら笑った。結婚の意味を理解したスビアはフランツに問いかけた。
「フランツ中尉、先ほどの異世界の誓いの言葉、もう一度言ってくださいますか?」
「ええ、ホントはもっと長いですが・・・・。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。」
 フランツの言葉を聞いてスビアはきょとんとしている片桐に振り返った。いつになく真剣な眼差しで彼を見つめている。
「片桐・・・、誓ってくださいますか?わたくしたちを死が分かつまで、わたくしを愛してくれますか?」
 突然の展開にとまどった片桐は視線をうろうろさせた。普段からそのつもりでも、いざとなればなかなか言葉には出せない。その視線が才蔵とフランツに向けられた。2人は声に出さないように必死に「はいと言え!」とジェスチャーしていた。それを見て思わず吹き出しそうになりながら答えた。言われるまでもなく、彼の返事は決まっていた。
「はい・・・。そうじゃないとこの世界に自分からはなっから残ったりはしませんよ」
 その言葉を聞いてスビアは再び片桐の胸に飛び込んだ。それを見届けた才蔵とフランツは無言で引き戸を閉めて立ち去った。片桐の胸の中でスビアが安心したよう笑っている。
「しかし・・・、早くそんな習わしがあると言ってくれればよかったのに・・・」
 スビアを抱きしめながら片桐が言った。2人が本当の意味で結ばれるための最大の障壁は実はとても低いものだと知って片桐は内心安心した。
「ごめんなさい・・・。でもわたくしもびっくりしました。あなたの世界にそんな習慣があって、しかもそれがわたくしが最も心配していたことと同じことだったなんて」
「俺も神様に誓ってしまったんです。あなたが「消えろ」と言っても消えませんよ・・・」
 そんな言葉を交わすとどちらからともなく、お互いの唇を求めた。いつもより、長く熱いキスだった。

635 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:34 [ 2YSmd4TQ ]
 庭の離れで酒を酌み交わす才蔵とフランツは、片桐たちの部屋の明かりが消えるのが見えた。これでやっと2人の愛も成就できることになりそうだ。
「いや、我ながらとんだおせっかいですな・・・」
 酒を飲み干しながら才蔵が笑った。才蔵は一度ならず片桐とスビアの関係の危機を救ったのだ。フランツはその才蔵に酒を注いであげながら答えた。
「自分もあの2人の関係を知ってびっくりしました。あれだけ愛し合いながらも・・・その、あっちの関係がなかったとは・・・」
「人間、いくら愛し合っていても、お互いの根本の価値観の違いで思わぬすれ違いがあるということですか・・」
 才蔵はフランツに注いでもらった酒を飲み干すと彼に返杯した。
「今夜、結ばれたのは彼らだけではないみたいですよ・・・、ほら」
 フランツは庭園の奥を指さした。才蔵がそっちの方を見ると、エル・ハラとタロールの姿が見えた。2人は少しばかり会話を交わしていたが、エル・ハラが覚悟を決めたようにタロールに抱きついた。
「ははは!我が屋敷ながら肩身が狭い!ははは!」
 才蔵は高らかに笑った。屋敷の上から赤い満月、ゾードの赤い光が降り注いでいた。

636 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:34 [ 2YSmd4TQ ]
 翌朝、エルドガンの一行は才蔵の村を旅立った。グンク・ニルもタロールも、ロサリストの指導者は死んでしまったが今だに多くの要塞都市を占領するロサリストと戦うという。
「才蔵殿、本当にお世話になった。あなたの恩は生涯忘れない」
 そう言って握手するグンク・ニルに才蔵は笑顔で答えた。
「この村から南はあなた方の森です。我々がそれを侵すこともありませんし、別の勢力が侵そうとした場合、我々が全力でそれを防ぎます」
 才蔵の言葉にグンク・ニルは再び驚きを隠せない表情になった。その表情の意図を察した才蔵は彼が言葉を発する前に再び口を開いた。
「それが武士道であり、騎士道です。ですな?ハルス大尉」
 才蔵の言葉に、フランツと一緒に見送りに出たハルスは無言で頷いた。今や、サムライとプロイセン騎士は熱い同盟関係で結ばれているのだ。エル・ハラは片桐を見た。その彼の横にはスビアがいた。
「片桐、スビア様。ありがとう。わたくしの父を救い、わたくしの本当の気持ちに気づかせてくれて・・・。片桐に対するわたくしの行動についてはお詫びします」
 そう言ってエル・ハラは彼女のそばに控えるタロールの腕にしがみついた。照れくさそうにタロールが口を開いた。
「片桐、君は異種族だ。エルドガンは異種族と心を通わせることはしない。だが、君たちは別だ。」
 それだけ言うとタロールは彼の王女をボスポースに導いた。彼らと共に、護衛の才蔵の部下が一緒に出発した。エルドガンを見送ると才蔵が片桐とスビアに振り返った。
「さて・・、あなたたちだが。ここに留まれと言っても留まるつもりはないようですな」
 ため息をつきながら才蔵が言った。
「才蔵様、わたくしは古代ロサールの謎が知りたいのです。そしてそれを使ってこの世界を平和にしたいのです。どうか、わかってください・・・」
 スビアの言葉に再び才蔵はため息をついた。その気持ちはフランツもハルスも同じだった。

637 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/06(月) 01:35 [ 2YSmd4TQ ]
「片桐三曹、スビア様。我々とともに静かに暮らしましょう!エルドガンも自らの手で遠からず平和を手にするでしょう」
 フランツの言葉に2人は首を横に振った。この世界で得た友人たちの進言をも受け入れない決意があったのだ。古代ロサールの謎。それを解く手がかりが見つかった以上、行けるところまで行くつもりだった。
「才蔵様、ハルス大尉、フランツ中尉。お言葉はありがたいですが、わたくしたちは行きます。そして必ず戻ります。どうか祈ってください」
 スビアの決意に満ちた言葉に3人は顔を見合わせた。そして彼女の横にいる片桐に向き直った。
「片桐殿、いいのですか?」
 才蔵の再度の確認に片桐はスビアの肩を抱きながら笑って答えた。
「夕べあなたたちの前で誓ったはずです。死が2人を分かつまで一緒にいると」
 その答えを聞いて才蔵は笑って肩をすくめた。これ以上引き留めても無駄と悟ったのだ。それを見てハルスとフランツも同じく笑って肩をすくめた。
「まったく、片桐三曹もスビア様も変わったな。昨日いったいなにがあったのか。決意の固さが違うように思えてなりません・・・」
 事情を知らないハルスが言った。才蔵とフランツが慌てて彼の口をふさごうとするが遅かった。片桐とスビアは真っ赤になってうつむいた。
「お待たせしました!準備はできてます!」
 バートスがローズとセピアを連れて門まで走ってきた。片桐とスビアの愛馬には弾薬の他に彼によって多くの水と食料も備えられていた。片桐とスビアは、才蔵、ハルス、フランツと代わる代わる握手を交わした。騎馬にまたがった才蔵の部下が護衛のために彼らを待っている。才蔵はそれを見ると2人に声をかけた。
「部下に森のはずれまで送らせましょう・・・。どうか、元気で!」
「スビア様、お幸せに!」
 フランツが敬礼しながら2人に笑顔でウインクした。ハルスも敬礼で2人を送った。
「さあ、スビア、行こうか・・・」
 片桐とスビアは才蔵の部下に護衛されて東の森へ出発した。愛馬の心地よい振動に揺られながら片桐はスビアに振り向いた。彼女も同じように片桐を見ていた。
「片桐、きっと、みんなのところへ2人で戻りましょう・・・」
 そう言ってスビアは左手を片桐に差し出した。片桐は右手でその手を握りしめた。昨日までとは少し違う感じのする彼女の手は温かかった。
「ああ、きっと戻ろう!」
 彼らの目前には未知の世界、森の向こうに広がる大平原が広がっていた。その先にある古代ロサールの聖地に向けて2人は愛馬を走らせた。