478 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:18 [ ZKlfER1s ]
>>358から>>408にかけて連載した別作品の続編を書いてみました。
酒の勢いで書いたので前作はラストが若干うだうだですが、そこはご愛敬w
前のヤツを読むのが面倒な方向けに「前回までのあらすじ」も添付します
それでは、投下します

タイトル「異世界の千年帝国」です

479 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:19 [ ZKlfER1s ]
 前回までのあらすじ
 日出生台演習場に武器弾薬を移送中の片桐三曹以下6名の自衛官は、突如見知らぬ世界ヌーボルに召還された。
アムター村の聖女スビアが蛮人アンバードの襲撃から自分たちを救うために、古代ロサールの魔法で片桐たちを召還したのだ。そこはガンドールと呼ばれるこびととクーアードと呼ばれる人間が混住している村だった。元の世界に帰る方法は、アンバードを倒し、ヌーボルに召還された目的を達成することだった。
 聖女スビアに一目惚れした片桐は彼に同意した部下とともに戦いに望む。須本、中垣、岡田の3名は戦死するが目的は達成され、元の世界に帰ることができるようになった。しかし、片桐はスビアに愛を告白し、自らこの世界に残ることを決心した。

480 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:20 [ ZKlfER1s ]
 ゾードと呼ばれている赤い満月の夜が来ても、アンバードは襲撃してはこなかった。あの襲撃から半月たっていた。村人ともに粗末な外壁の上で見張りに立つ片桐はまっすぐ正面を見据えていた。
 村人は手に89式小銃を持っている。高崎士長たちが元の世界に帰った後に残されたトラックには大量の武器弾薬が積まれていた。片桐は彼らに武器の使い方を教えてこの村を自衛できるようにしたのだ。
 片桐は残り少なくなったタバコに火をつけた。もうすぐこの味ともお別れだ。
「俺・・・我ながら大胆なことをやったもんだ・・・」
 片桐にとってスビアとの出会いは運命的であった。片桐とて女性との交際経験はないわけではない。しかし、彼が今までに出会ったどの女性よりもスビアは美しく、純粋だった。だからといって、彼女との生活のためにこの世界に残るということは高崎の言うとおり、「正気の沙汰ではない」ことだった。冷静な指揮官として隊内での評価の高かった片桐らしくない行動だった。
 だが片桐自身それは後悔していない。
「片桐・・・」
 アムター村の聖女スビアが片桐に声をかけた。
「スビア、どうしたんです?こんな遅くに」
「あなたに相談があって来ました・・・」
 村人たちの前で堂々と愛を語った片桐だったが、スビアとの関係は現代日本からしてみればかなりプラトニックなものだった。そもそもこの世界に結婚という概念はなく、男女はいわば夫婦ではなく、パートナーとしてともに生活するのだ。そのかわり、カップルはお互いの愛を表明した後少なくとも3年は、その愛に偽りがないことを証明するために純潔を守る。つまり、片桐はあと2年11ヶ月は彼女にいわゆる「手をつける」ことはできないわけだ。
「相談・・・ですか?」
「はい、あなたにしかできない相談です」
 スビアはこの世界のことも含めた話を片桐に始めた。

481 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:20 [ ZKlfER1s ]
 「と、とんでもないです!」
 村の長老ザンガンはスビアの申し出を聞いて仰天した。腰をぬかさんばかりの驚きとはこのときの彼を言うのだろう。
「危険すぎます!」
「いえ、わたくしは決めたのです」
 スビアも一歩も譲らない。聖女と言われているがこんな時には、二十歳そこそこの女の子をかいま見せる。
「この世界に安寧をもたらすためにもわたくしは行くのです!」
 片桐への彼女の相談とは、このことだった。

482 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:21 [ ZKlfER1s ]
 あの夜、片桐に語ったスビアはこの世界の歴史を教えてくれた。
 この世界、ヌーボルはかつてロサールと呼ばれる国が支配し、平和に満ちていた。人々はロサールのもたらす魔法で繁栄を謳歌していた。しかし、突然謎の滅亡を遂げたロサール。世界は一変した。それまで押さえ込んでいた、蛮人アンバードが森を支配し、人々は村落にこもって生活するようになった。時代が流れ、ロサールの魔法の知識も徐々に失われると村落にまでアンバードが侵入してくるようになった。かろうじて保たれていた他の村々との交流も途絶えがちになり、このままではアンバードが完全にこの森を支配することになる。
「遙か遠くに、ロサールの都だった聖地があると聞きました。そこに行ってかつてこの世界に安寧をもたらした古代魔法を修得し、世界を再び平和にしたいのです。聖女として生まれてきたわたくしは、村人だけでなく、世界の人々の平和を望んでいるのです!」

483 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:22 [ ZKlfER1s ]
 片桐はスビアのこの純粋な気持ちに心打たれた。世界を支配できる魔法を会得しながら、それを支配ではなく平和共存のために使う。 単純だが純粋な気持ちだと思った。元の世界の大統領たちに聞かせてやりたいせりふだった。
「わかりました・・。そこまで言うならわしも止められますまい・・・・」
 片桐が夕べのことを思い出している間に結論が出たようだ。ザンガンがとうとう折れた。
「片桐、スビア様のことをくれぐれも頼むぞ・・・。それから、スビア様の願いだ。おまえにひとつ力を授けよう・・・」
「力?」
 ザンガンは片桐に歩み寄った。彼の額に手を当てる。
「今、話したい相手のことを想像しろ」
「誰でもいいのか?」
「よい・・・」
 片桐は考えた。高崎は無事に帰ってどうしているだろう・・・。その瞬間、片桐の視界が真っ暗になった。
「話しかけてみろ」
 ザンガンの声だけが聞こえた。とりあえず、言われたとおりに話しかけてみる。
「高崎、高崎!」
 暗闇の中かから声が聞こえてくる。聞き覚えのある高崎の声だ。寝ていてベッドから飛び起きたということまでなぜかわかった。
「三曹?片桐三曹ですか?」
「そうだ、俺だ」
「夢じゃないですよね・・・・」
「たぶん夢じゃない・・・」
 片桐はうろたえる高崎を落ち着かせてこれまでのいきさつを説明した。
「こっちも大変でしたよ。結局我々は土砂崩れに巻き込まれて、三曹を含め4名死亡ってことになりました。自衛隊が公式にこんな話を認めるわけにはいきませんからな。しかし、三曹も大変ですな。3年も蛇の生殺しとは・・・」
 高崎がくすくすと笑うのがなぜかわかった。照れ隠しに軽く咳払いする。
「そうか、また何かあったら連絡する」
「了解、お元気で」
 視界が戻った。ザンガンの顔が目の前に見えた。

484 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:22 [ ZKlfER1s ]
「今のはいったい・・・・」
「古代ロサールの魔法のひとつだ。目を閉じ、話したい相手を想像するんだ。精神と精神がお互いにつながれば話ができる。つまり、初対面の人間には使えぬということだ。 おまえはポルの量が多い。いろいろ修得するとよい」
「ポル?」
 ザンガンの話によれば、ポルとは簡単に言えば精神力だ。すべての魔法はポルを使い発生させる。魔法の種類に応じてポルを消費するが、消費されたポルは休息することで補うことができる。
「それから・・・」
 ザンガンは1枚の紙を片桐に手渡した。紙には大きな大陸が描かれている。地図のようだった。
「大昔に命知らずが書いたとされるヌーボルの地図だ。どこまで正確かはわからんがね」
 大陸はオーストラリア大陸を逆さまにしたような形だった。ちょうどキャンベラのあたりだろうか、この村の位置が記されている。そのまわりにいくつかの村があるようだが、他の地域は白紙だ。まったく頼りない地図だ。ザンガンはもう1つ、何か詰まった袋を片桐に手渡した。
「持っていけ。この村では使うことはないが、よその村で何か使うときに役に立つ。900サマライある」
「いけません!それはザンガンがこつこつ貯めていたものではありませんか!」
 スビアが大声をあげる。どうやら通貨の一種らしいことが片桐にもわかった。
「よいのです、スビア様。どうぞお使いください」
 スビアはザンガンを抱きしめた。
「ありがとう、ザンガン。わたくしを許して。でもこの世界でこれ以上、わたくしのような境遇の者を作ってはいけないのです・・・!」
 スビアの両親はアンバードとの戦いで死んでいた。このために、若い彼女が村の聖女としてのプレッシャーに耐えながらこの村を率いてきたのだ。それ以来、ザンガンのところで彼女は育ったのだ。そのザンガンは彼女を優しく抱きしめた。
「さあ、スビア様、お行きなさい。村人一同、あなたと片桐の無事を神に祈っておりますぞ・・・」

485 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:23 [ ZKlfER1s ]
 翌朝、村の門の周りに村人たちが集まっていた。片桐とスビアを見送るためだ。みな、一様に寂しそうな顔をしている。
「片桐・・・・無事で帰ってこいよ」
 ガンドールのバストーがいつになく神妙に片桐に話しかけた。片桐は笑って彼の肩を叩いた。
「おまえこそ、村を守るんだぞ!」
 そう言って片桐は数名の村人に手を借りてトラックの奥から偵察用のオートバイをおろした。こいつがあったのは幸運だ。片桐は確かめるようにエンジンキーを回した。心地よいエンジン音があたりに響く。
「うわあ!!」
 村人は初めて聞くバイクのエンジン音に驚いて後ずさった。これでどこまで走れるかわからないが、少なくとも荷物を担いて歩く手間は当分考えなくていいようだ。荷物はざっと見積もってもかなりあった。水、食料はもちろん、89式小銃。護身用のシグザウエル。弾薬、手榴弾はバックパックに詰められるだけ詰め込んだ。これらをバイクの両側にバランスよくつり下げた。
「さあ、でかけましょう」
 片桐はバイクにまたがってスビアに声をかけた。彼女はおずおずと片桐の後ろに乗り込んだ。
「俺の腰に手を回して、で、これをかぶってください」
 片桐は自分のヘルメットを彼女にかぶせた。バイクの腕には自信があるが、万が一のことを考えてだ。
「銃は教えたとおりに使うんだぞ!弾は今あるだけしかない。無駄につかっちゃいけないぞ!」
 片桐に銃の操作を習った村人が手を挙げた。それを確認した片桐はバイクのエンジンを思いっきり吹かした。
「さあ、出発しますよ」
「はい・・・」
 軽くうなずくスビアを見て片桐はバイクを発進させた。それを村人たちの後ろで見守っていたザンガンが小さくつぶやいた。
「いにしえの神よ、彼らを守りたまえ・・・・」

486 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:23 [ ZKlfER1s ]
 バイクは快調に不整地の道を走っている。スビアは片桐にぎゅっと捕まっていた。片桐は彼女の豊かな胸の感触が彼のベストのせいでほとんど感じられないのを少し残念に思った。
「スビア、大丈夫ですか?」
 自分に浮かんだよこしまな感情を打ち消すように彼女に質問した。ヘルメットをかぶったスビアはそれからはみ出した長い黒髪を風でなびかせながら答えた。
「大丈夫、わたくしたち、風を追い抜いて走っていますわ!」
「とりあえず。海に出ましょう!」
「海?」
 大声でスビアが質問を返した。確かに、地図上はこのまま左(すなわち地図上では東)に進めば50キロほどで海に達する。しかし彼女は村からほとんど出たことがない。海の存在を知らないわけだ。
「巨大な湖ですね。行ってください!そこにわたくしの村と友好関係のある村があるはずです!」
 片桐はバイクのスピードを少し上げた。ヌーボルに来て初めてアムター村以外の集落を目にするのだ。好奇心が沸いてくるのを押さえられない。
「片桐!怖いわ!もっとゆっくり走ってください!」
 とたんに後ろのスビアから抗議の声があがった。片桐は苦笑しながらスビアに答えた。
「免許は持ってますからご心配なく!」

487 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:24 [ ZKlfER1s ]
 3時間ほど走ると片桐たちは森を抜けた。土地はほとんど平坦で走るのにさほどの技術も要しなかった。だがそのかわり、周囲の状況を確認できないストレスもあった。今ようやく森を抜け、片桐はバイクを止めた。
「スビア!海ですよ!」
 彼らの眼前には大きな広い砂浜が広がっていた。ゴミ一つない美しい砂浜だ。そしてその海は遙か水平線が見えた。これは同時に、少なくともこの大陸のこちら側には目に見える距離で島は存在しないことを意味していた。
「片桐!あそこ!」
 スビアが指さした。片桐は首に下げた双眼鏡で彼女の指さした方向を見つめた。1人の男が見たこともない怪物に襲われている。大きさはおよそ3メートル。ワニのように見えるが、その頭には角が生えている。
「それはクブリルだわ!急がないと!」
 スビアの言葉を聞いて片桐は素早くバイクを発進させた。男は砂に足を取られながら必死にクブリルから逃げているが、クブリルは4足歩行で着実に彼を追いつめているように見えた。そして、片桐のバイクの発する奇妙な音を聞きつけるとその注意を彼に向けた。
「気がついたようです!」
 スビアの言葉を聞くまでもなかった。クブリルはその凶暴な顔を片桐たちに向けると、およそ心地よくない叫び声を発した。片桐はクブリルから20メートルほど離れたところでバイクを止めると89式を構えた。それと同時に驚くほどの早さでクブリルは片桐たちに突進した。

488 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:24 [ ZKlfER1s ]
パパパン!!!

 確実に89式の5・56ミリ弾はクブリルの脳を直撃したはずだった。しかしクブリルはその頭から青い血を吹き出し、大声を上げただけだ。怒りの雄叫びということは初めて見た片桐にもわかった。
「くそっ!」
 もう一連射片桐はクブリルに浴びせた。それでもクブリルは青い血を流しながら片桐たちに突進を開始した。
「来るわ!」
 スビアがバイクの後ろで大声をあげた。片桐は89式のセレクターをフルオートに切り替えた・・・。しかし、次の瞬間、クブリルはぴたっと動きを止めた。そしてそのままぐったりと倒れて動かなくなった。
「いったい、どういうことでしょう・・・」
 スビアが不思議そうに言った。
「ヤツの脳が自分の死を体に伝達するのに時間がかかったんでしょう・・・・」
 間一髪のところを救われた男は口をぽかんと開けて一部始終を見ていた。片桐はバイクを降りてその男の元へと歩み寄った。
「あ、あなたはいったい・・・・」
 男の問いかけに片桐は少しとまどった。まさか、異世界の日本国から来たとは言っても信じてはくれまい。
「アムター村から来た。片桐だ」
 聞き覚えのある言葉を聞いて男は顔を明るくした。男は30歳前後、やはり古代ローマ風の服装をして黒髪だ。
「アムター村から?よく来られましたな!さあ、村はこっちです」
 男の案内で村に赴くことにした。片桐はバイクを押して男の後に続いた。

489 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:25 [ ZKlfER1s ]
 村は海沿いの岩場の上に作られていた。アムター村と同じく、周りを岩で作った外壁で囲んである。やはり外敵の脅威はここでも大きいようだ。
「ここはシュミリ村です」
 タボクというあの男が説明してくれた。スビアは片桐にこの村はアムター村との友好関係がある村と教えてくれた。彼女が目指そうとしていた村のようだ。アムター村と同じく、長老がいた。タムロットという長老はスビアを見て感激の涙を流した。
「ようこそおいでくださいました。スビア様、こんなにご立派になられて・・・・」
 スビアが言うには、子供の頃両親と訪れたことがあるらしい。どんな用事だったかまでは覚えていないと言うが・・・。タムロットの感激ぶりから推測するにかなり重要な訪問だったことは見て取れた。
「で、こちらの方は?」
 タムロットがスビアに質問した。片桐の格好を見て不思議な顔をしている。無理もない、彼は迷彩服に防弾チョッキを着込んで、ゆったりとした古代ローマ風のこの世界の一般的な服装とはかけ離れているのだ。
「彼は片桐です。わたくしの村を救うために異世界から来ていただいたのです」
 スビアの答えにタムロットは思い出したように目を大きく開いた。
「おおお!そういえばスビア様が以前来られたときにご両親が召還された異世界人の置きみやげがございます!」
 長老は片桐たちを村のはずれに案内した。
「これは・・・」
 その置きみやげを見せられてまず驚いたのは片桐だった。見覚えのある長い足、美しいたてがみ・・・。タムロットの言う「置きみやげ」とは2頭の美しい若い馬だった。
「15年前に召還した異世界人の乗っていた動物です。今はその子供たちが2頭います」
 片桐は納得した。スビアの両親がこの村に赴いた理由は、異世界人の召還のためだったのだ。そして、この馬の親に当たる馬に乗った人物を召還し、元の世界か別の世界へ送り出した。そのとき残された馬が出産してこの馬たちがいるわけだ。
「長老、この馬を貸していただけないでしょうか?」
 片桐は不意にタムロットにお願いした。バイクも捨てがたいが、残りの燃料を考えたらそう長く乗ることはできないだろう。
「それは結構ですが、これに乗れるのですか?」
「ええ、そのための道具さえあれば」
 片桐の言葉にタムロットは世話をしている村人に何か命じた。村人は近くの小屋から鞍を持ってきた。
「異世界人がこれを使って乗っておりました。我々は使い方を知らないのでしまっておいたのです」
 片桐はその言葉を聞くが速いか、スビアの手を取った。
「さあ、こいつの乗り方を教えましょう!」

490 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:26 [ ZKlfER1s ]
 スビアは要領がよかった。たった半日で乗馬のこつを修得した。片桐は自分の幸運に感謝した。学生の頃、両親に連れられて何度か乗馬スクールに通ったことがあったのだ。「人間、無駄に覚えておくことはない」と言っていた父親に改めて感謝した。
 2頭の馬にはそれぞれ名前を付けることにした。スビアが気に入った馬にはローズ。片桐が乗る馬にはセピアと名付けた。
「ここから歩いて3日ほどのところに大きな都市があります。最近大きくなった都市です。あなたがたの旅の目的にかなうかわかりませんが、参考までにお教えします」
 旅立ちの前に、タムロットが教えてくれた。
「感謝します。みなさんもお元気で」
 スビアがタムロットに挨拶を返した。村人に見送られ片桐たちは出発した。長い長い砂浜を軽快に2頭の馬は進んでいく。
「まったく幸運でした」
「どうしてバイクをあそこに残したんです?」
「正直、ガソリンが心細かったのです」
 片桐の言葉に馬上のスビアは首を傾げた。
「ガソリンとは・・・・、あれを動かすポルのようなものです。それがなくなるとあのバイクは動かなくなるのです」
「よくわかりました。それにしてもこの動物はかわいらしい・・。わたくしすっかり気に入りました」
 スビアはローズの首を優しくなでた。彼女がご機嫌なのを見て片桐は一つ提案してみようと思った、
「これから我々は見たこともない世界に足を踏み入れます。そのためにはあなたを縛る掟が時に重大な危険を及ぼすこともあるでしょう・・・。」
 スビアは片桐の言葉を誤解して顔を紅潮させた。
「わ、わたくしはそんなふしだらな女ではありません!まだあなたと愛を交わして一月もたっていないというのに・・・!」
「いえいえ。そのことではなく、長老格以外と話をしてはいけないという掟です。もし、俺に万一のことがあれば
あなたは天涯孤独の身となる。今のうちに他人とコミュニケーションをとる練習をしておいた方がよいのではないのですか」
 自分が片桐の言葉を多いに誤解していたことを気がつくと彼女はますます顔を紅潮させた。
「あ、そ、そのことですか・・・。努力はしてみましょう・・・」
 それっきり彼女は黙ってしまった。片桐は軽く苦笑いするとしばらくスビアの機嫌が収まるまで黙っておくことにした。

491 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:26 [ ZKlfER1s ]
 シュミリ村を出て2日は海岸沿いに進んで平穏な旅路だった。幸い、あのどう猛なクブリルにも遭遇することなく、全くの平穏な旅路だった。3日目、スビアが永遠に続くと思われた砂浜の先に何かを見つけた。
「都市のようです!」
 片桐は双眼鏡をのぞいた。なるほど、海沿いに大きな都市が見えた。周囲は煉瓦のような城壁で囲まれてその内側は今まで見た村の建物よりも大きい、2階3階建ての建物が見える。片桐がこの世界に来て初めて目にする巨大な都市だ。
「すごいわ・・・あんな大きな都市は初めて見ました」
 スビアが感激したように言う。片桐は双眼鏡で都市の様子を眺めていた。そのときだった。
「何者だ!」
 誰何の声で片桐は思わず肩に下げた89式に手をかけた。声を発したのは砂浜の切れ目の森から出てきた一団だった。今までのローマ風の衣服と違い、黒い革製の鎧のようなものを身につけている。手にはパタトールではく、ボウガンそっくりの武器を持っていた。その武器を持った兵士が4名。指揮官はそれとは違って黒いライフルのようなものを持っている。
「どこから来た」
 指揮官が片桐に質問した。その威圧的な言い回しから明らかに敵かどうか疑っているのがわかった。
「アムター村から来た。こちらは聖女のスビア様だ」
 片桐が代わりに答える。その言葉を聞いて一団は少しうろたえた。
「こ、これは失礼しました。てっきりガルマーニへ侵入するゲリラかと思い・・」
 隊長らしき人物が丁重に頭を下げた。
「では、ガルマーニにご案内します。外部からの客人にはヘラー自らお会いになる決まりでして・・・」
 一団は馬におっかなびっくりしながら片桐たちを先導し始めた。その先には巨大なローマ風の都市が見えている。
「スビア、油断してはいけません・・・」
 片桐はスビアに近づいてそっと耳打ちした。片桐は警戒していた。明らかに今までの村とはその雰囲気が違ったからだ。
「わかっています・・」

492 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:27 [ ZKlfER1s ]
 ガルマーニは巨大な都市だった、まず門には片桐たちを誰何したのと同じ格好をした衛兵が詰めていた。外壁は高さ10メートル近く、その上には4,50メートルおきに衛兵のいる詰め所が見て取れた。都市は今でも拡大しているようで、あちこちで工事が行われている。片桐とスビアは乗馬を門の外につなげた。
「日に2,3度草を食わせてやってくれ」
 衛兵にそう頼むと、隊長に付き添われて都市の中に足を踏み入れた。ガルマーニ市内は片桐の想像以上に巨大だった。人々はせわしなく歩き、兵士たちの列が時折行進していった。兵士は、ボウガンのような武器を持って、腰には長剣を下げている。指揮官はライフルのような武器を持ち、同じように長剣を下げている。一糸乱れぬ行進で街を徘徊している。
「すばらしいですわ・・・」
 スビアがその光景に感動したようにつぶやいた。たしかに、片桐もその光景にある種の関心はあった。だが、彼の直感に近い部分で警告を発している気がした。だがそれが何かは彼自身よくわからなかった。
「さあ、こちらです」
 隊長が片桐たちを案内した。大きな通りで彼は歩くのをやめた。彼らの目の前には大きな通りが走っていて、その向こう側にも多くの市民が同じように止まっている。
「いったいこれは・・・」
 スビアが隊長に質問しようとしたときだった。通りの向こうから巨大な箱が走ってきた。片桐にはそれがバスのようなものであるとわかった。しかし、彼の知っているバスとは違い、ディーゼルの臭いガスもうるさいエンジン音もなく、その窓には多くの市民が乗っているのが見えた。
「ポルを使った公共交通機関です。おかげで我々は街の端から端まで自由に動くことができます」
 魔法を動力にした自動車だった。隊長はバスが通り過ぎると片桐たちを促した。
「さあ、ヘラーがお待ちです」

493 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:27 [ ZKlfER1s ]
 隊長が案内したのは街の中心にある巨大な神殿風の建物だった。その中は豪華な彫刻や絵画で彩られ、多くの黒い服の軍人が行き来している。宮殿と言うよりは軍の司令部のようだ。
「さあ、こちらです」
 隊長はその宮殿の3階のドアをノックした。中から入るように促す声が聞こえて隊長はかしこまってドアを開けた。
「アムター村の聖女様ご一行をお連れしました!」
 ドアの向こうはヨーロッパ風の広間だった。その中心に据えられた長テーブルで数名の人物が食事をとっているのが見えた。テーブルの中心に座った人物が口を開いた。
「ごくろう。彼らを残して下がれ」
「はっ!」
 隊長はすばやく後ずさるとドアを閉めた。残されたのは片桐とスビアだけだった。
「さあ、遠慮しないでどうぞ・・・」
 テーブルに座っていた1人が立ち上がって片桐たちに座るように促した。片桐はこの一見友好的な会談にも一抹の不安を抱いていた。しかし、今彼が持っているのは腰のシグザウエルだけだ。
 促されて2人はテーブルの真ん中あたりのイスに腰掛けた。片桐の隣の人物は背が高く、端正な顔立ちをしている。そして彼の髪の毛を見て片桐は驚いた。この世界の住人ではありえない、見事な金髪だったのだ。
「ようこそ、アムターの聖女。さあ、とりあえずはどうぞ・・・」
 中心に座っている人物が言うと、目の前のグラスになみなみとワインらしき赤い液体が注がれた。それを合図にして一斉に座っていた面々がグラスを手に立ち上がった。
「勝利のために・・・・・ジーク・ハイル!」
 一同は一気にグラスを空けた。片桐は異世界で聞いた聞き覚えのあるフレーズに軽いショックを覚えた。間違いなく、今のはドイツ語だ。
「さて、聖女の付き添いの君の名前を聞いていなかったな」
 中心の人物が問いかけた。片桐は答えた。
「自分は日本国陸上自衛隊の片桐三曹です」
 質問者の目が驚いたように大きく見開かれた。その周りの人物も一様に驚いた表情を浮かべた。
「日本・・・・・、かつての同盟国だな。私はボルマン。マルティン・ボルマンだ」
 片桐は驚愕した。目の前の初老の人物がボルマンと名乗っている。60年前に死んだとされるナチの幹部を名乗っているのだ。その動揺を見越したようにボルマンは笑った。
「無理もなかろう。ここにいるのはすべてドイツ人だ。君は何年生まれかね?」
「1977年です」
「ほお・・・あのときから32年後に生まれた訳か・・・」
 ボルマンは感慨深げな表情をした。片桐は落ち着こうとグラスのワインを飲み干した。
「あなたがボルマンとしても、どうしてそんなに若いのです?本物のボルマンだったら100歳をとうに越えているはずだ」
 片桐のとんちんかんな質問にボルマン以下、部下たちは大声で笑った。ドイツ人特有の低く大きな笑い声だった。

494 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:28 [ ZKlfER1s ]
「それは君たちの飲んだワインだ。このワインはガンドールの住んでいた森で見つけたブドウみたいな実から作ったのだ。ドイツワインが恋しくなってね。ところが、その実には思わぬ効能があったのだ。さて、片桐君、ガンドールの寿命を知っているかね?」
「だいたい、100から150年と言われています」
 ただならぬ片桐の様子に警戒しながらスビアが答えた。ボルマンは模範的な回答をした生徒をほめるような目でスビアを見た。
「その通り。だが、この実があった地域のガンドールの寿命を調べると、続々と300歳、600歳という連中が出て来るではないか。調査の結果、その原因がこの実にあることがわかった。君たちが飲んだグラスで寿命は30年は延びたはずだ。その間の老化も遅くなるはずだ・・・。もっとも不老不死ではい。老化が遅くなるというだけのものだがね。」
「片桐、この人物を知っているんですか?」
 スビアがそっと片桐に質問した。先ほどからの片桐の態度がおかしいことにスビアも気がついていたのだ。
彼女の声が聞こえたのだろう。ボルマンが高らかに笑った。
「アムターの聖女よ。私もこの片桐三曹と同じ世界から来たのだよ。もっとも私の方が遙か前にたどり着いたのだがね・・・」

495 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:29 [ ZKlfER1s ]
 ボルマンは語り始めた。1945年4月30日。ベルリンから脱出したボルマンは一握りの親衛隊員とまだドイツ軍が占領していたデンマークへ向かった。コペンハーゲンから2隻のUボートで大西洋に抜けた。目的地はアルゼンチンだった。
「Uボートには私の財産と、武器弾薬が満載されていた。しかし、大西洋に出てすぐに、英軍の駆逐艦に見つかったのだ」
 爆雷が次々と投下されて2隻はほとんど沈没寸前だった。しかし、ソナー手が大西洋上ではあり得ない場所に陸地を発見し、ボルマンたちは生き残りをかけてそこに上陸した。
「それがこの都市、ゲルマニアのある場所だ。現地人は聞き違えてガルマーニと呼んでいるがね」
 ボルマンたちは乗組員40名と親衛隊員50名だけだった。海の近くにあった村に食料を分けてもらいに訪ねると、そこはアンバードに襲撃されている最中だった。歴戦の親衛隊員はそれをあっという間に撃退し、村人は狂喜乱舞した。親衛隊の中には技術者や科学者も混じっていた。村人に城壁の建築や、ボウガンの作り方を教え、アンバードを完全に村の周囲から追い払った。村人の求めでボルマンが村の指導者になったのは半年もたたないうちだった。
「私たちは、このワインを飲み不老の体を手に入れた。その永遠にも近い時間を使ってこの都市を建築し、現地のクーアードたちに教育を施した。そして彼らにも扱える強力な武器を開発し、彼らに与えた。噂を聞きつけた、周囲のクーアードたちが続々とゲルマニアに訪れ都市は大きくなった。その技術の結集がこれだ!」

496 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:29 [ ZKlfER1s ]
 ボルマンは衛兵を呼んだ。黒い服の衛兵がドイツ式敬礼をして入室してきた。手には例のライフルがある。
「客人にゲベールの威力をお見せしろ!」
「はっ!マイン・ヘラー!」
 衛兵は窓を開けて指を指した。彼の指し示す方には30メートルほど先に塔が見えた。その先端に人間の頭ほどの丸い石が見えた。衛兵はライフルの要領でそれを構えると引き金を引いた。「かしゅっ!」と、せき込むような音が聞こえた。そしてその音が聞こえると同時に、塔の上の石が砕けた。
「クーアードの持つポルを使ったライフルだ。ドイツ式でゲベールと呼ばせているがね。火薬の代わりにポルを推進薬にして鉄片を飛ばすのだ。銃よりは威力は落ちるがこの世界では十分な破壊力だ。それからまもなく戦車も開発が完了する。君も見ただろう、公共交通機関を。あれの応用だ。」
「すごい・・・、なんて兵器なんでしょう」
 スビアが素直に感嘆の表情を浮かべる。その彼女をボルマンがなめ回すような目で見ているのを片桐は見逃さなかった。
「で、こんな兵器をそろえる目的は?とても自衛のためとは思えませんな・・・」
 ボルマンは再び席に着いた。片桐たちにも促す。席に着いた片桐はワインをすすった。今彼がこの都市に入る前に感じた違和感ともつかない警戒感の謎ははっきりしていた。
「我々はまもなく進撃を開始するのだ。かつて古代ロサールが支配していた土地を、蛮人どもから奪い返すのだ。クーアードの生存権を確立して平和な社会を作るのだよ。そうだ・・・」
 ボルマンは視線をスビアに向けた。

497 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:30 [ ZKlfER1s ]
「今夜、片桐君と一緒にコロセウムにおいでなさい。すばらしいものをお見せしよう・・・」
 スビアは片桐に視線を向けた。判断に迷っているようだ。片桐もむげに彼の申し出を断る理由もなかった。ここに長居する気もなかったが、ボルマンの心証をあえて悪くする必要もないだろう。
「わかりました。」
 スビアの答えにボルマンは満足げに頷いて、傍らのドイツ人を呼んだ。
「ハルスマン!この客人をゲストハウスにお送りしろ!」
「はっ、マイン・フューラー!」
 ハルスマンと呼ばれた背の高いドイツ人は片桐たちに頭を下げた。
「それでは少し外でお待ちください。準備して参ります」

 片桐とスビアはボルマンに食事の礼を述べると外に出た。ボルマンはハルスマンを近くに呼んで耳打ちした。
「あの女。聖女とか言っておったな」
「はっ、この世界では聖女はまさに聖なる存在と呼ばれております。」
 ボルマンはワインを一気に飲み干していやらしい笑いをうかべた。
「わが世継ぎを産むにはうってつけの女だ・・・」
 ハルスマンはちょっと顔をしかめた。あの美しい女とボルマンの取り合わせはさすがの彼にも違和感を感じたのだ。
「あの女が日本人を見る目は愛し合う者の目だ。いづれじゃまになる。」
「殺しますか・・・?」
「手に余れば拘禁してキャンプに送ってもよかろう」
 今はもうハルスマンはさっまでの表情を浮かべてはいなかった。任務に忠実なドイツ人の顔に戻っていた。
「はっ!マイン・フューラー!」

498 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:30 [ ZKlfER1s ]
 ハルスマンに案内されて片桐たちは外に出た。近くの士官に命じて車を回すように言った。
「自動車まで開発したんですか?」
 思わず片桐が質問した。ハルスマンは笑いながら指さした。
「はい、フォルクスワーゲンとまでは行きませんが・・・」
 見ると、確かに自動車に近い形の物体がこっちに向かって来るのが見えた。木のホイールでタイヤは皮で覆われていた。ボディは薄い鉄板で簡単に装甲が施されている。エンジン音は先ほどのバス同様ほとんどなかった。運転兵が後部のドアを開けて片桐とスビアを乗せた。ハルスマンは助手席に座った。静かに車は発進した。
「いくらポルが強くてもこんな大きなものを動かすことは相当難しいはずです・・・」
 スビアが車窓を興味深く見ながら言った。ハルスマンは助手席から後ろを振り返りながら言った。
「スビア様、アクサリーという石のことを聞かれたことはありませんか?」
「・・・あります。古代ロサールの神秘だった謎の石ですわ」
「左様、この都市の郊外の山からそれを産出することに成功しました。その場所と精錬方法は極秘なのでお教えはできませんが・・・」
 アクサリーとは簡単に言えばポルを増幅させる媒体であるようだ。普通のクーアードのポルではあまり大きな物質を動かすことなどはできな。しかし、ポルをアクサリーに経由させて物質に働きかけることでその力は増大するのだ。
「それに、ここまで大勢のクーアードが同じようにポルを使いこなせるなんて・・・・」
「それは我がドイツの徴兵システムで教育可能でした」
 ガルマーニでは多くのクーアードが2年ほどの兵役を課せられているのだそうだ。その間、ドイツ人の教官がみっちりとドイツ式訓練でポルの使い方を教え込むという。車はハルスマンの説明が終わる頃にちょうどゲストハウスに到着した。ゲストハウスは3階建ての木造。北欧建築の特徴が色濃い様式だった。
「片桐軍曹、拳銃はフロントに預けていただけますか?」
「三曹だ・・・」
 片桐は不承不承拳銃をフロントに預けた。ハルスマンはそれを見届けると2人を3階のもっとも豪華であろう部屋に案内した。
「では7時にお迎えにあがります・・・」
 うやうやしくスビアにお辞儀するとハルスマンはドアを閉めた。なるほど、部屋はたしかに豪華だった。ボルマンの趣味だろうか、完全なヨーロッパ様式のスイートだった。片桐はとりあえず、ふかふかのベッドに身を投げ出した。アムター村を出発してからほとんど野宿に等しい宿泊だったので、ベッドの心地は懐かしいものだった。片桐はさっきまでのボルマンとの会見を思い出していた。歴史の教科書に出てきていた人物との会談はおよそ奇妙だったが、彼の語りはこの都市の繁栄ぶりを見るに間違いなく事実であろうことが想像に安かった。そして今夜、自分たちになにを見せるのか・・・、おおかたの想像はついた。
「片桐・・、夜までどうやって・・・」
 スビアが片桐に歩み寄ってきた。彼はすばやく彼女を抱き寄せるとベッドに横たえて熱いキスを浴びせた。
「これは掟に違反していますか?」
 抱き締めながら片桐が問いかけた。スビアはほほえみながら彼の肩に体を預けた。
「ここまでなら許容範囲ですわ」
「では、一緒に夜まで優雅にシェスタとしゃれこみましょう・・・」
「同感です。わたくしもくたくたですわ・・・」
 2人はしばしの仮眠を楽しむことにした。

499 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:31 [ ZKlfER1s ]
 街に作られたコロセウムはローマのそれを彷彿とさせた。今、この客席には数万の市民が集まって、真っ暗な中心部を見つめている。そこへ一筋のサーチライトのような明かりがともされ、中心のステージ脇に立っているラッパ手に向けられた。ラッパ手は口にラッパをくわえると荘厳なソロを奏でた。それにかぶせるようにドラムの単調なリズムが聞こえてくる。
「ごらんください」
 片桐とスビアに随行するハルスマンが暗闇を指さした。そこからはたいまつを抱えた数百の黒服の兵士が一糸乱れぬ行進で中心部に向かって進んでくる。その後方には旗を手にした部隊が続く。無数のサーチライトがこの部隊を照らし出した。彼ら兵士の持つ旗は見間違う事なき、ハーケンクロイツである。
「ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!」
 片桐とスビアの周りの市民がその旗を見るや大声で歓呼し始めた。ライトが中心部の舞台を照らした。壇上にはボルマンがナチ党の正装で彼ら兵士たちを敬礼で迎えている。ボルマンの姿が照らし出されるや、市民の歓呼は最高潮に達した。
「すごい・・・・」
 初めて見る光景にスビアはただただ驚きの声を上げた。それを見てハルスマンは満足げな表情を浮かべている。行進は旗を持った部隊に続き、ゲベールと呼ばれるライフル部隊が続く。その後方にはボウガンを持った部隊がやはり一糸乱れぬ行進で入場してくる。
「いよいよ今夜の主役のおでましです」
 ハルスマンが2人に耳打ちする。出てきたのは数台の戦車だった。
「まだ量産はできていませんがこれだけで相当な戦力になります。」

500 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:32 [ ZKlfER1s ]
 15両の戦車は、本場の戦車に比べて貧弱に見えた。木のホイールに皮のキャタピラ。薄い鉄板の装甲はオリジナルとはほど遠かったが、この世界の攻撃には十分な防御力を持っているように見えた。そして、主砲も50ミリ砲くらいの大きさに見えたが、昼間見せられたゲベールの威力から考えると十分な脅威だった。
 たいまつの部隊はボルマンを中心として左右に展開し、一糸乱れぬ動きで大きなハーケンクロイツを映し出していた。戦車がボルマンの正面に停車すると音楽も、部隊の動きも止まった。とたんに市民の歓呼も収まり、数万の人々で埋まったコロセウムは水を打った静けさに包まれた。

「諸君!!」
 ボルマンが第一声をあげた。
「我らクーアードのたゆみない努力が今日、ついに実を結んだ!ここにそろった15両の戦車がついに完成したのだ!!これはアンバードのいかなる野蛮な攻撃も通用しない!」
「ジーク・ハイル!!」
 客席の市民が歓呼の声を上げた。その声が収まるのをボルマンは待った。
「古代ロサールが滅亡して長きにわたった、我々クーアードの苦境は今日この日を持って終結する!我々は生存権を確立し、この地に君臨する!古代ロサールの偉人に代わり、この世界に安寧と平和をもたらす偉大なる生存戦争に乗り出すのだ!」
「ジーク・ハイル!!」
 ほとんど絶叫に近い市民たちの歓呼の声がコロセウムを包んだ。それを満足げに見たボルマンはさっと、別の方を指さした。サーチライトが彼の指の先のものを照らし出した。それに気がついたスビアは驚きの声を上げた。

501 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:32 [ ZKlfER1s ]
「あ、あれは・・・」
 ライトに照らされたのは柱に縛り付けられた数名のガンドールだった。それを見た市民が口々に罵声をあびせる。それをボルマンは余裕綽々と言った感じで制した。
「奴らガンドールはその矮小な肉体を利用し、我ら勤勉なクーアードの生産した食料を無駄に消費し、あまつさえ、アンバードに荷担した。この劣等な人種さえいなければ我らの苦境は半減したはずだ!諸君!!今こそのろしをあげるときだ!我らクーアードは民族の生存と繁栄のための戦いを開始するためののろしをだ!」
 ボルマンが合図を送った。戦車の砲塔が彼ら無抵抗の哀れなガンドールに向けられた。彼らは足をばたつかせ悪態をついているのが見て取れた。ハルスマンは半笑いでそれを見ている。
「見ちゃいけません!」
 片桐はこれから起こるであろう悲劇を推測してスビアを抱き寄せた。
「ファイア!!」
 大きな咳払いのような音が立て続けに響いて、それと同時にガンドールたちは土煙で見えなくなった。それを見た観衆はよりいっそうの歓声をあげた。
「諸君!子を軍に送りだした母親よ!父を送り出した息子たちよ!夫を送り出した妻たちよ!今こそ、誇りに思うのだ!クーアードは最強の武器で劣等民族を駆除し、高等民族たる我々の手で真の理想郷を作り上げるのだ!我らの勇敢な兵士に輝ける勝利を!ジーク・ハイル!!」
 観衆のボルテージは最高潮に達した。、口々に「ジーク・ハイル」と叫び、隣の者と抱き合い。感涙をこぼす者さえいる。ボルマンは行進する黒の兵士に敬礼を捧げて見送っている。その後ろには数十名の親衛隊の制服に身を包んだドイツ人が見えた。

502 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:33 [ ZKlfER1s ]
 ハルスマンに送られて2人はゲストハウスに戻った。片桐はもはやここに1分でもとどまりたくなかった。
「わたくしも同感です」
 スビアと意見の一致を見た片桐はフロントに降りた。
「俺の銃を出してくれ」
 フロントのクーアードは首を縦に振らなかった。
「それはハルスマン様の許可がないと・・・」
 片桐はフロントの首根っこをつかんだ。指をのどに食い込ませて再び質問した。
「出してくれるかな?」
 フロントは顔面蒼白になりながら首を縦に振った。シグザウエルを受け取って街に出た片桐は簡単にナチスのことをスビアに話した。それを聞いたスビアは明らかにショックを受けているようだった。
「まさか、クーアードをまとめるためにガンドールを敵にして殺すなんて・・・」
「やつらの常道手段です。俺もうかつでした。この街に入ったときに気がつくべきでした。ここにはガンドールが1人もいないことにね・・・」
 片桐がこの都市に来て本能の部分で感じた警戒感はそこだったのだ。スビアはそれを聞いてはっとした。彼女も同じ様な疑問が引っかかっていたんだろう。片桐は街の入り口に向かって進んだ。街路には人がほとんどいない。まだコロセウムで熱狂しているのだろう。
「止まれ・・・」

503 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:34 [ ZKlfER1s ]
 人気のない街路の真ん中に人影が見えた。片桐は腰のホルスターに手を伸ばした。
「無駄だ、君は四方から狙われている。」
 声の主はハルスマンだった。見るといつの間にか、長剣やボウガンを構えた兵士に囲まれている。片桐はスビアを自分の後ろにやって後退した。
「聖女スビア様、フューラーがお待ちです。ご同行願います」
 ハルスマンが手にワルサーP38を構えながら言った。スビアは片桐にしがみついた。もはや2人の後ろには建物の壁が迫っていて逃げ場はない。
「片桐・・・、わたくしを撃ってください。あんな男にとらわれるくらいなら・・・」
 片桐はその言葉にショックを受けた。そんなことできるわけがない。しかし、彼女の言うとおり、ボルマンの手に落ちるくらいなら、彼女の望み通り愛する者の手で運命を決めるのも彼女の権利だ。
「それはいよいよの時だけにしましょう」
 そう言って振り返ったときだった。すでにスビアの姿は片桐の後方にはなかった。建物の陰に隠れていた兵士に口を押さえられてハルスマンのところへ引っ張られていく最中だった。
「スビア!」
 思わず叫んだ片桐の後頭部に強烈な衝撃が走った。がっくりひざを突いてそのまま倒れ込む。片桐が意識を失う前に見たのは必死に抵抗するがハルスマンの手に落ちたスビアの姿だった。

504 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:34 [ ZKlfER1s ]
どれくらい眠っただろうか・・・。片桐は目を覚ました。背中の感触でどうやら粗末だがベッドに横たわっているのはわかった。
「目が覚めたか、日本人・・・」
 その言葉に頭をあげる。まだ少し痛みが走るがそれにかまわず片桐は起きあがった。周囲を見回すと、そこは巨大な牢獄だった。壁は大きな岩でびっしりと覆われ、わずかに数カ所の窓には格子がつけられている。中にいるのは皆クーアードだった。その中で片桐の一番近くにいた人物が声をかけた。
「私はハルス大尉、U-689の艦長だった」
 金髪に白髪が混じりの男だった。少々汚れているがドイツ海軍の軍服を着ていることがわかった。
「自分は陸上自衛隊三等陸曹、片桐です。ここはいったい・・・」
 改めて周囲を見回すと、そこには大勢のドイツ軍の軍服を着た兵士がいた。ほとんどは海軍の制服だが、2,3名親衛隊の制服の者も混じっていた。
「ここは政治犯の収容所だ。それと同時に絶滅収容所でもある・・・」
 ハルスが力無くつぶやいた。そして窓の1つに片桐を見せた。彼はその光景に絶句した。大勢のガンドールが強制労働に従事している。しかもその労働内容といったらまったく意味があるとは思えなかった。一団のガンドールはひたすら穴を掘るだけだ。別の一団は彼らが掘ったであろう穴を埋め戻している。時折、力つきたガンドールは巡回する兵士のゲベールで容赦なく射殺されていった。
「なんてことだ・・・」

505 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:35 [ ZKlfER1s ]
 思わず片桐が目を背けた。ハルスは片桐の肩に手をやった。
「幸い我々は強制労働は課されていない。そのかわり、永遠に似た苦痛を与えられているのだ。」
 そう言ってハルスはテーブルのポットを持った。コップを片桐に渡すとポットの中身を注いだ。それは赤い液体だった。片桐がボルマンとの会食で見たあのワインだった。
「水分はこれ以外与えられない。我々は不老の体を維持しながらここで思想を転向するまで閉じこめられるのだ。」
 死よりもつらい拷問といえた。ある意味、あっさり殺すのではなく、極力生きながらえさせて洗脳する。その方が効果的に洗脳できるのだ。ドイツ人らしい効率的なオルグの方法だった。
「だが我々もじっと閉じこめられているだけではない」
 ハルスは牢獄の中央にあるテーブルを動かすように命じた。数名の海軍兵士がそれをどかした。そこには2枚の板が敷かれている。
「中はトンネルだ。25年かけて掘り進めた。君は運がいい。明日、外のレジスタンスと呼応して脱走する計画があるのだ」
 片桐はこのハルスの言葉に希望を見いだした。そして希望を持ったと同時に気になることもあった。
「自分と一緒にいた女性のことはなにか聞いていますか?」
 ハルスはそれを聞くと悲しげな顔をして首を横に振った。

506 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:35 [ ZKlfER1s ]
「君と一緒にいた聖女のことは知っている。しかし、彼女はボルマンのところに連行されたようだ。」
 片桐は絶句した。あの会食で見せたボルマンのスビアに対するいやらしい視線を思い出した。ボルマンが彼女を獲得したならば、その目的はひとつしかない。しかし、ボルマンがその目的を達成する前に誇り高い聖女で、いとおしい片桐の恋人は自ら死を選ぶであろう。もはや一刻の猶予もないように思えた。それを察したハルスは片桐をひとまずは安心させる情報を教えてくれた。
「ボルマンは新鋭の戦車隊と出征した。今、彼女はヤツの司令部に幽閉されているだけのはずだ。焦らずにまずはここから抜け出してレジスタンスと合流するんだ・・・」
 ここでごねたところでどうにもならないとわかっている片桐はハルスの意見に従うことにした。それと同時に心に誓った。必ずスビアを助け出すと。
「まずは夜を待て。ここの警備は厳重だが親衛隊ほどじゃない。それまでゆっくり休むんだ」
 片桐はハルスの忠告に従うことにした。ワインを飲んで粗末だがパンを食べて腹を満たした。その間、ハルスはここに幽閉されているドイツ兵の運命を話してくれた。
「ボルマンが指導者になり、ゲルマニアを建設してからしばらくしてからだ。彼は自らをフューラーであると宣言した。現地のクーアードがヘラーと言ってるのを聞いただろ?そして、自らの権威を大きく確実なものにするためにボルマンは、ガンドールの弾圧を始めたのだ。共通の敵を作ってしまえばクーアードは団結し、ボルマンの権力を支持するからな。我々海軍兵士の多くはその政策に反対して投獄された。ここにいる親衛隊員はボルマン自らがフューラーを名乗ることに反対したため投獄されたのだ。ヒトラーの遺言では今でもフューラーはデーニッツだからな・・・。だが今は彼らも同じ志を持つに至った。フランツ中尉!」
 ハルスは親衛隊の士官を呼んだ。フランツはこれまたがっしりした金髪のドイツ人だった。
「ボルマンはヒトラー総統の考えを受け継いだと言っているが、大嘘だ。ヤツは自分の利益だけのためにこの世界を混乱に陥れている。第3帝国なき今、我々はこの世界の人々と共存していくしかない。外のレジスタンスと協力してクーデターを起こす計画がある。ぜひ、協力して欲しい。」
 どのみち、スビアを救出するにはボルマンの本拠地に乗り込む他はない。それには味方も武器も必要だ。彼らの計画に乗ってみるのも一計だ。片桐は快諾した。

507 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:36 [ ZKlfER1s ]
 赤い満月、ゾードが南中した。格子の入った窓から片桐はその赤い月明かりを眺めていた。この月明かりの下で髪をなびかせていたスビアを思い出した。たった2日離れているだけでこんなにも寂しく感じるとは・・・。ふと、片桐は出発前にザンガンに教えられたあの力を試してみる気になった。目を閉じてスビアのことを思い浮かべてみる。
「片桐?・・・片桐ですか?・・・・」
 ごくかすかだが、彼女の声が聞こえる。まだまだ不慣れでポルの力が一定でないようだ。電波の悪い携帯電話のようだった。
「スビア・・・、必ずあなたを助けます。けっしてあきらめてはいけません」
「いけません・・・、わたくしのことは構わず逃げてください・・・・」
 片桐は心揺らいだ。彼女の気持ちが痛いくらい伝わったからだ。それは自己犠牲の精神だった。そのせいか、ただでさえ不安定だったポルがますます不安定になったのか・・・、スビアの声がますます小さくなった。
「必ず!必ず、迎えに行きます!」
「・・・・・!」
 最後の声は聞き取ることができなかった。片桐は目を開けた。少なくとも彼女が生きていることだけは確認できた。それだけで片桐は戦う気力が沸いてきた。この牢獄を脱し、レジスタンスと合流してできるだけ速くボルマンの司令部に潜入しスビアを救い出す。たったこれだけのことじゃないか、とすら思えた。

508 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:37 [ ZKlfER1s ]
「さあ、時間だ・・・」
 フランツが言った。広大な収容所の隅っこから鳥のような鳴き声が聞こえた。レジスタンスの迎えの合図だった。窓を見張っていた海軍兵士が合図した。歩哨がいないことを示す合図だった。
「行くぞ!」
 ハルスが床板をはずしてトンネルに潜り込んだ。フランツに続いて片桐も潜り込む、その後ろに海軍兵士が続々と後に続いた。片桐はふと「大脱走」の一場面を思い出した。あれは連合軍の兵士がドイツ軍の収容所から脱出する映画だったが、今はドイツ兵と自衛官が一緒に脱走をはかっているのだ。ちょっと笑いが出そうになった。
 トンネルはさすが25年かけて掘られたものだった。しっかりと天井にも板が張られ、崩壊の心配を感じさせる要素はなかった。四つん這いになって数十メートル進むと突き当たりに出た。ハルスが土がむき出しになった天井に手をやった。そのまま素手で土をほじくり返す。すぐにハルスの手が地上に出た。
「成功だ・・・!」
 ハルスが周囲を警戒しながら外へ出た。フランツに続いて片桐も地上に飛び出した。
「こっちだ・・・」
 少し先の茂みから声が聞こえた。トンネルの出口は収容所の柵のすぐそばだった。20メートルほど離れた場所でクーアードの歩哨がゲベールを提げて立っている。片桐は体を低くして声の聞こえた茂みに駆け込んだ。
「よく脱出できましたな」
 片桐を迎えたのはガンドールの一団だった。手にはワルサーやボウガンがあり、よく訓練されていた。リーダーのサクートが片桐と握手を交わした。その間にも続々とトンネルからはドイツ兵が踊りだしてくる。牢獄にいた20名ほどの兵士が全員脱走するのにそう時間は要しなかった。
「ではアジトに行きましょう・・・」
 サクートの先導で脱走者たちはおぞましい収容所に別れを告げた。

509 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:37 [ ZKlfER1s ]
 アジトはガルマーニの外壁工事が行われているすぐそばの洞窟だった。そこはかなり大きな洞窟でガンドールだけでなく、クーアードも多く待機していた。皆手にはゲベールやボウガンがあった。ドイツ兵は洞窟の奥から大きな木箱をいくつか運び出してきた。
「片桐三曹、君にはこれを貸そう。使えるかね?」
 フランツが片桐に手渡したのはサイレンサー付きのステンSMGだった。以前英軍の輸送船を拿捕したときに押収した武器だった。
「ボルマンは昼間に戦車と1000名の兵士を連れて出陣しました。目的は東の森にあるガンドールの村です。」
 サクートがハルスに報告した。彼の報告では司令部には数十名の兵士と数人のドイツ人が残っているだけだ。完全に油断していることが見て取れた。
「よし、司令部を攻撃して市内を掌握しよう。できるだけ戦闘はさけて転向をうながせ。ドイツ人に指揮されている部隊は例外だ。容赦するな!」
 今やガンドール、クーアード、ドイツ人の混成部隊は2手に分かれて市内に潜入を開始した。
「フランツ中尉、自分は司令部に潜入したいんですが・・・」
「片桐三曹、だったら俺と一緒に来るんだ」
 フランツは数名の部下を連れて市内の裏道に入った。深夜の街路は静まり返っていて誰もいない。その中を片桐たちは素早く駆け抜けた。フランツが通りの角から次の通りを確認して動きを止めた。街路に警備の兵士が立っているのだ。

510 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:38 [ ZKlfER1s ]
「まかせろ」
 フランツは背後からそっと兵士に忍び寄るとMP−40の銃床で兵士の頭を殴りつけた。一撃で兵士は昏倒した。
「縛ってその辺に隠しとけ」
 フランツは部下に命じた。片桐とフランツは安全を確認した角を曲がった。その先はボルマンの司令部がある。大きな司令部の周囲には歩哨はほとんどいないようだった。周りには2メートルに満たない塀があるだけだ。片桐たちは造作もなくそれを乗り越えると司令部内に侵入した。
「別働隊も反対側から侵入しているはずだ。片桐、君は目的を果たしてこい。集合場所は正面ロビーだ。聖女様によろしくな・・・」
 フランツが片桐の肩をぽんと叩いた。片桐もフランツの肩を叩き返して行動を開始した。外壁の出っ張りを利用して2階のテラスに登った。テラスは端から端まで続いていて窓の多くからは明かりがこぼれている。兵士たちが大勢いると言うことだ。その窓を一つ一つ確認しながら片桐は進んだ。一番端の開け放たれた窓から女性の叫び声が聞こえた。
 直感で片桐は確信した。間違いない、彼女だ。片桐は駆け出したい衝動を抑えながら窓の下にとりついた。そっと中を覗いてみる。
「やめなさい!」
「騒ぐんじゃない!」
 背の高いドイツ人がソファーにスビアを押し倒している。必死に抵抗する彼女の細い腕が見えた。そのドイツ人がハルスマンということは一目でわかった。

511 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:38 [ ZKlfER1s ]
「静かにしろ!」
 ハルスマンはスビアを平手で叩いた。そしてぐったりしたスビアの上に覆い被さった。このドイツ人がこれからしようとしていることを瞬時に理解した片桐は怒りで顔を紅潮させた。さっと、音も立てずに室内に侵入すると、ステンの銃床で思い切りハルスマンの後頭部を殴りつけた。
「あっ!」
 怒りのあまり手元が狂ったのか、ハルスマンは間一髪でそれをかわして片桐に飛びかかった。手に持っていたステンが床に転がった。もつれ合って床を転がった後、片桐はハルスマンの腹を足で押して彼から離れた。2人のちょうど中間あたりにステンが転がっているのが見えた。
 それに飛びついたのは2人同時のようだったが、一瞬ハルスマンが速かった。間に合わないと悟った片桐はブーツを彼の顎めがけて振り上げた。ハルスマンはそれを両手で受け止めて再び片桐を床に押し倒した。それと同時に太い腕を片桐ののどに押しつけた。
「片桐・・・、まさか強制収容所から抜け出してくるとはな・・・・。」
 獲物にとどめを刺すような獣のように興奮で目をぎらぎらさせながらハルスマンは腕に力を込めた。片桐も必死で彼の脇腹にパンチを食らわせるがびくともしない。
「久しぶりに人間を絞め殺すんだ。楽しませて・・・」
 がしゃん!という音ともにハルスマンの頭から血が流れ出た。腕の力がゆるんだ。片桐はそれを確認して一気に起きあがって、反対にハルスマンの首を締め上げた。ハルスマンはしばらくの間、足をばたつかせていたが、やがてぴくぴくと痙攣してそのまま動かなくなった。
 スビアは割れたワインボトルを持ったまま立ちつくしていた。彼女の一撃の助けがないと片桐はハルスマンに絞め殺されていたのは確実だった。ハルスマンだった死体から手を離して、そばに落ちていたステンを拾い上げた。

512 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:39 [ ZKlfER1s ]
「片桐・・・」
 片桐の無事な姿を確認したスビアはその胸に飛び込んできた。片桐もまた彼女をしっかりと抱き留めた。肩が震えているのがわかった。無理して気丈に振る舞っていたのがすぐにわかった。
「どうしてもっと早くきてくださらなかったのです?本当に怖かったのですよ!」
「スビア、今こうしてきたではありませんか・・・」
 片桐はきつく彼女を抱きしめた。しかし、その再開の余韻に長く浸っているわけにはいかなかった。すでに司令部のあちこちで銃声が響いていた。レジスタンスが戦闘を開始したことを意味していた。
「さあ、ここから逃げましょう!」
 片桐がドアを開けようとしたとき、そのドアが外から開かれた。開けたのはボルマンとの会見でゲベールを撃った衛兵だった。そいつは片桐の持っているステンの一連射で後ろに吹っ飛んだ。スビアはその衛兵からゲベールとベルトに提げられた弾薬箱を持ち出した。
「わたくしになら使えるはずです」
 片桐はスビアからゲベールを受け取って構造を調べてみた。ごく簡単な構造だった。弾丸は銃身の後ろから込め、ボルトを締める。激鉄の先にはアクサリーと呼ばれるほんの小さな石がついている。トリガーを引くとその激鉄が下りて、増幅されたポルの力で弾丸が発射される構造だ。
「本当に大丈夫ですか?」
 片桐の問いかけに答えずにスビアは、柱の向こうから現れた抜き身の長剣を持った兵士に向けてゲベールを発射した。せき込むような音と同時にその兵士は肩から血を吹き出してうずくまった。
「大丈夫なようですね」
 新たな弾丸を込めながらスビアが笑顔で答えた。片桐は若干彼女の適応力に辟易しながらも彼女の手を取った。
「待ってください!」
 さらにスビアはハルスマンの死体から小さなカギを取り出すと部屋の中にある書棚のような家具の扉を開けた。中には片桐の89式と防弾チョッキ、ホルスターがしまわれていた。
「他の装備はローズとセピアと一緒に外の小屋にあります。衛兵がよく調べていないようでまだ見つかってはいません」
「あなたは優秀な自衛官になれそうですよ」
 使い慣れた装備を身につけながら片桐はただ感嘆するばかりだった。

513 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:40 [ ZKlfER1s ]
 正面ロビーに達するにはいくつかの難関を越えねばならなかった。ドイツ人に指揮された敵兵はいくつかの場所にバリケードを作って抵抗していた。多くの部隊はレジスタンスに降伏したようだ。今片桐とスビアの目前にも、廊下一面にバリケードを作ってレジスタンスに応戦している一団がいた。
「突破するしかありませんな・・・」
 連中の背後にある部屋から様子を見ながら片桐はつぶやいた。3名のドイツ人と数名のクーアードがバリケードに隠れてレジスタンスに発砲している。片桐たちには気がついていないようだ。89式のセレクターをフルオートにして片桐は深呼吸した。そして呼吸を整えると意を決して柱の影から飛び出した。
「日本人だ!」
 ドイツ人の1人が気がついて振り向きざまにワルサーを発砲した。弾丸は片桐の耳元をかすめたが、それにかまわず彼はトリガーを引いた。そのドイツ人ごと敵は全員撃ち倒された。本来ならスリーバーストショットで撃ち倒すべきだったのだろうが、残念ながらこの状況では難しい。
 反撃の収まったバリケードにレジスタンスが突入してきた。ドイツ人は全員死亡。クーアードは3名が重傷だったが命は助かりそうだ。レジスタンスは生き残った敵兵を連行していった。
「片桐!生きていたか?」
 フランツが駆け寄ってきた。彼はスビアを見つけると礼儀正しく一礼した。
「お目にかかれて光栄です。アムターの聖女スビア様。フランツと申します」
「片桐の脱出に力を貸していただいたことに御礼を申し上げます」
 一通り挨拶の終わったフランツは片桐の方を向いた。すでに司令部の銃声は収まっている。ほぼ制圧したようだ。

514 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:40 [ ZKlfER1s ]
「司令部は制圧した。ハルス大尉の別働隊が市内を回ってレジスタンスの参加を市民に呼びかけているところだ。残っていたSSは全員射殺した。君のやってくれた連中も含めてな。海軍の兵士はハルス大尉の名前を聞くとたちどころに武器を捨てたよ。まずは大勝利だ」
 片桐はまずは安堵した。当面スビアの安全は確保できた。そして気になることがあり、外に出た。外には捕虜が整列させられている。その中で見覚えのある衛兵を見つけた。
「君は、門番をしていたな・・・」
 片桐の質問に、これからの自分の将来を危惧していた衛兵が顔を上げた。
「俺たちの乗ってきた馬の世話を君にお願いしたと思うんだが・・・」
「はい!ヘラーの命令でこっちで休ませてあります!」
 レジスタンスの許可をもらって片桐とスビアはその衛兵に案内役をまかせた。衛兵は司令部の裏手にある小屋に2人を案内した。
「あそこです。あの動物が抱えていた荷物もそのままにしてあります。」
 片桐が扉を開けてみた。2頭の馬がのんきに草を食べているのが目に付いた。
「ローズ!無事だったのね!」
 スビアがうれしそうにローズを抱きしめた。ちゃんと餌も水も与えられているようでどちらの馬の健康状態も良好に見えた。
「ちゃんと餌をやっていてくれたようだな」
「はい!そりゃあ、初めて見る動物ですからきちんと言われたとおりに・・・」
 衛兵はここぞとばかりに自分の仕事をアピールしているようだった。片桐はその衛兵を見て肩をすくめると彼の肩を叩いた。
「俺たちが旅立つまでの間、馬の世話を君にお願いしたいが、引き受けてくれるか?レジスタンスには俺から言っておこう」
 片桐の言葉に衛兵の表情がぱっと花が咲いたように明るくなった。当面自分の身の安全が保証されたのだ。無理もないだろう。

515 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:41 [ ZKlfER1s ]
「捕虜が逃げたぞ!」
 そのとき、銃声とともにレジスタンスの大声が聞こえた。フランツが小屋まで走ってくるのが見えた。
「門番が逃げた!まずい。ボルマンが戻ってくる・・・」
「戦うしかないようだな・・・」
 フランツの表情が暗くなった。確かに、道はそれしかないことはわかっていたが、戦力差がありすぎる。
「司令部にパンツァーシュレッケがあるのが見つかった。しかし相手は15両の戦車を持っているんだ。それに歩兵だけでも1000人だぞ。こっちは寝返った捕虜を入れても300名にも満たない・・・」
「わたくしに考えがあります」
 スビアが顔を上げて言った。フランツも片桐も怪訝そうな顔で彼女を見つめた。
「クーアードに語りかけるのです!」

516 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:41 [ ZKlfER1s ]
 翌朝、市内の広場にスビアの姿があった。その周りにはハルス、フランツ、片桐、サクートはじめガンドールのレジスタンスが集まった。ものものしい様子に市民は遠巻きにそれを見守っている。
「ガルマーニのクーアードよ、わたくしはアムター村の聖女スビアです!」
 第一声は緊張のせいか、いささか震えているが、聖女自らの言葉にクーアードたちはざわめいているのがわかった。
「ボルマンはあなたがたに、強力な武器とすばらしい文明を授けました。これは疑い様のない事実です!しかし、あなたがたは大切なことを忘れていませんか?この世界はクーアードだけのものではありません。ガンドールの運命を忘れてはいませんか?」
 彼女の声に引き寄せられるように市民たちは続々と広場に集まった。今や広場は埋めつくされんばかりの市民でいっぱいだった。その市民に向けてスビアは再び言葉をかけた。
「ここにいるクーアードでガンドールがどうなっているか本当に知っている者は?」
「遙か遠くに追放されたはずだ!」
「集団で遠くに移住したと聞きました」
「アンバードに荷担したガンドールは殺され、それ以外は西に移住したはずだ!」
 口々にうわさで聞いた話を声にあげた。それを聞いたサクートが叫んだ。
「それはボルマンたちの嘘だ!奴らは俺たちを収容所に入れて強制労働させているんだ。しかもその労働も全く無意味なものだ!穴を掘っては埋める。それだけだ!奴らは俺たちに反抗する気力をなくさせるためだけにこんなことをさせているんだ!それに耐えきれなくなったら、奴らのゲベールの的になるだけだ!」
 サクートの言葉に市民たちは衝撃を受けているようだ。互いに顔を見合わせている。群衆から声があがった。

517 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:42 [ ZKlfER1s ]
「嘘だ!スビア様はそこのガンドールにそそのかされているだけだ!」
 市民がとたんにざわめき始めた。自分たちの信じていたことをいきなり否定されてもすんなり受け入れられないのだろう。
「本当だ!」
 今度はハルスが声を上げた。
「俺はボルマンと同じ異世界人だが、彼の政策に反対して30年、収容所で過ごした。その間、多くのガンドールが収容されて殺された。村ごと捕まって収容所送りになった連中も見てきた。ボルマンは独裁者だ。ヤツは諸君の力を利用してこの世界に自分の帝国を作ろうとしているにすぎない!」
 群衆は静まり返った。もはや彼女の言葉に反論しようとする者はいなくなった。スビアはそれを確認して再び口を開いた。
「ボルマンはまもなく戻ってきます。あの男はこの街が占領されたことを知っているでしょう。レジスタンスを皆殺しにするために容赦ない攻撃をはじめるでしょう・・・。一緒に戦ってください!」
「ボルマンがひどいことを考えていることはわかりました。しかし、わかりません!何のために戦うのですか?何のためにですか?いったい何のために?」
 市民から疑問の声があがった。その答えにスビアは少し考えているようだった。再び市民からどよめきが起ころうとしていた。しかし、それを素早くスビアは制して答えた。
「わたくしたちの祖先も、わたくしたちも古代ロサールが滅亡後、苦しい日々を送ってきました。しかし、わたくしたちは誇りがありました。クーアードとガンドールと手を取り合ってこの苦境を乗り越えてきた誇りです。あなたがたにはその誇りは残っていないのですか?偽りの繁栄にあなたがたの誇りは奪い去られてしまったのですか?ボルマンの見せた幻の繁栄を買うために売ってしまったのですか?」
 スビアは一気にまくし立てた。ボルマンの演説や演出には足元にも及ばないと自分でもわかっていた。一か八かの賭だった。市民は再び静まり返っていた。片桐もスビアの言葉を聞いての市民の反応を手に汗を握って見守っていた。この市民の反応次第で、これから起こるであろう戦いの運命は決するのだ。そして、その賭はスビアの勝ちだった。
「我らクーアードの誇りのために!」
「ガンドールととも異世界の独裁者と戦おう!」
「スビア様の名のもとに戦うぞ!」

518 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:42 [ ZKlfER1s ]
 市民が完全にレジスタンスについたことを確信してハルスが叫んだ。
「みんなで武器を持って集まってくれ!持ってない者には支給する!」
 フランツは片桐を見やった。片桐も我がことのように得意満面な表情になっているのが自分でもわかった。
「たいしたお嬢さんだ・・・・」
「お嬢さんではありません。聖女です・・・」
 フランツの言葉を聞いてスビアが笑顔で2人に歩み寄った。そしてそのまま片桐に抱きついた。フランツが驚いた表情でそれを見ている。
「緊張しました。わたくし、こんな大勢の前で話なんてしたことないんですもの」
 それを聞いてフランツが大声をあげて笑った。そしてスビアを抱き留めている片桐の肩をぽんぽんと叩くと言った。
「いやはや、たいした聖女様だよ!俺もできることならお仕えしたいくらいの度胸だ!」

519 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:43 [ ZKlfER1s ]
 脱走した衛兵の報告を聞いてボルマン軍はきびすを返してガルマーニ郊外まで迫っていた。自動車の上で双眼鏡を構えた副官がボルマンに報告した。
「やはり占領されているようですが・・・」
 後部座席でボルマンが外に唾を吐き捨てた。かなりイライラしているようだ。
「砲撃を加えてうろたえたところを歩兵と戦車で一気に蹴散らせ。敵は少数だ。」
「市民に犠牲が出ます。まだ戦車の主砲は試作段階でまともな標準は遠距離では期待できません」
 ボルマンは車のドアを激しく蹴った。そんなことは副官に言われなくても百も承知であった。
「だったらパンツァーシュレッケの有効射程ぎりぎりまで接近して砲撃しろ!」
 副官はその言葉を聞いて無言で頷いた。そして伝令に命令を伝えた。
「戦車隊は横隊で散開。距離500で待機。歩兵隊もそれに続け」
 伝令が各隊にただちに命令を伝える。各隊の指揮官のドイツ兵は命令を忠実に実行した。

520 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:43 [ ZKlfER1s ]
「来るぞ・・・」
 城壁の上でハルスは双眼鏡を片桐に渡した。片桐はかなり接近したボルマン軍の様子を見てみた。
「これはまた、フリードリヒ大王の時代だな」
 彼の言うとおり、ボルマン軍は城壁から500メートルほどのところに展開している。戦車は最後尾。その前にドイツ兵に指揮された100名ほどの歩兵が10隊ほど、2段構えの横隊で整列している。片桐はボルマン軍の両翼を見てみたが、時折灌木がある程度だった。
「サクートの別働隊が見えないようですが」
「彼らはうまく隠れているはずだ。後は手はず通りにことが運べば完璧だ」
 片桐は城壁の内側を見下ろした。市街のあちこちにはクーアードが潜んで油の入った壺にいつでも火をつけられるように準備している。それを指揮するスビアが片桐に手を振っているのが見えた。
 一方、城壁にも仕掛けを施した。手榴弾をいくつか仕掛けてわざと爆発させる準備をフランツが終えて戻ってきた。
「あの戦車の砲はまだ試作でまっすぐ飛ばないって本当ですか?それが嘘ならこの仕掛けも全くむだになっちまう」
「捕虜の情報にかけるしかないですな・・・」
 片桐がそう言ったときだった。いよいよボルマン軍の攻撃が始まった。戦車が砲撃を開始したのだ。
「やっぱり、警告もなく無差別砲撃だ」
 ハルスがひとりごちた。これでスビアの言葉を疑っている市民も納得するだろう。しかし、多くの市民は彼女の言葉に応えて今では武器を持ち、いつでも戦える体勢を整えて、城壁に、建物の屋上に待機している。
最初の砲弾は城壁の手前に着弾した。しかも不発弾だった。
「これは・・・あの情報はホントなのか?」
 第2弾は城壁の真ん中あたりに着弾したがこれも不発で城壁に少し大きな穴を開けただけだった。
「くそ!仰角をあげろ!市内に落ちれば不発でもダメージはでかいはずだ」
 戦車隊を指揮するドイツ兵は砲身の角度を変更して一斉砲撃を命じた。

521 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:46 [ ZKlfER1s ]
「来るぞ!伏せろ!」
 片桐は市内に潜む市民に叫んだ。しかし、その声は弾着音にかき消された。市内のかなり奥まったところに着弾した。今度はちゃんと爆発したようで火の手が上がるのが見えた。女や病人を街の外に避難させていて正解だった。そうしている間にも砲弾は次々と着弾したが爆発する砲弾は2割に満たなかった。
「そろそろだな・・・」
 フランツは部下に命じて城壁の一部を爆破させた。砲弾で破壊されたと見せかけるようにタイミングをずらしての爆破だった。片桐もスビアに合図をおくった。
「さあ、火をつけるのです!」
 市民たちは街のあちこちに仕掛けた油の壺に火をつけた。真っ赤な火と黒煙があがった。

「やった!燃えているぞ!」
 ボルマンは双眼鏡で街の様子を見てはしゃいだ。そして全軍に前進を命じた。
「もう少し制圧砲撃を加えてもよいのでは・・・」
 忠告する副官の進言をボルマンは無視した。もはやこの戦いは勝ったも同然だ。ハルスと片桐は最後まで生かしておいてこの手で八つ裂きにしてやろうと思っていた。あの女・・・。もったいないが火あぶりにでもしてやれば市民への警告になるだろう。
「城門に砲撃を集中しろ。戦車が門をくぐればこの戦いは勝ちだ!」

522 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:47 [ ZKlfER1s ]
 「前進して来るぞ!」
 市民たちが城壁にとりついた。戦車は前進しながらは発砲してこない。弾込めができないようだ。戦車を盾に歩兵の横隊が一糸乱れぬ行進で前進してくる。ボルマンはなめてかかってきているのだ。こんなに大勢のレジスタンスと市民が手に手にゲベールとボウガンでボルマン軍を狙っているとは思っていないのだろう。
 戦車がいったん前進をやめた。砲を城門に向けている。
「ファイア!」
 一斉砲撃だった。砲弾は城門の周りに次々に炸裂して、大きな木の城門が吹き飛んだ。それを確認してボルマン軍は前進を始めた。ゲベール隊が歩きながら城壁を狙って発砲を開始した。銃弾が城壁の煉瓦に当たって砕ける音が聞こえた。
「よし!撃て!」
 ハルスの合図で市民たちが一斉に射撃を開始した。次々と横隊の兵士たちが銃弾に、矢に倒れた。しかし指揮官の号令で後列の兵士が前に進んで隊列を維持している。片桐はセミオートでドイツ兵を狙って撃つが、まだ遠いためなかなか命中しない。フランツがパンツァーシュレッケを構えた。
「中尉、弾は5発です!狙ってください!」
 ドイツ兵がフランツに念を押す。「わかってるさ」と笑顔で答えるとフランツは横隊の真ん中の戦車めがけて発射した。弾丸は見事に真ん中の戦車に命中して砲塔が吹き飛んだ。市民から歓声があがった。
 それを合図にして両翼に隠れていたサクートの率いるガンドールがボルマン軍に突撃を開始した。彼らは地面に潜ってボルマン軍を待ち伏せていたのだ。奇襲にあわてたドイツ兵が横隊を両翼のガンドールに向けるべく横隊を動かした。
「今だ!撃て!」
 ハルスの号令で城壁の市民が再び一斉射撃を行った。隊列が移動のため乱れたボルマン軍は次々と撃ち倒された。それでもうまく方向転換した横隊はガンドールに向けてゲベールを一斉射撃した。ぱたぱたとガンドールたちは倒れたが、それでも突撃をやめなかった。新たな弾を装填される前にガンドール隊はボルマン軍の先頭の横隊に襲いかかり白兵戦を開始した。今や、ボルマン軍もボウガンやゲベールを捨て抜刀して迎え撃っている。ナイフを口にくわえたガンドールが戦車の砲塔から内部に侵入して、動きのとれない戦車兵を血祭りにあげた。

523 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:47 [ ZKlfER1s ]
「こんなショートレンジの戦闘じゃ撃てません!どうします?」
 フランツはハルスに尋ねた。ガンドール隊は勇敢だが彼ら全軍で当たってもボルマン軍の第1線を白兵戦に巻き込んだにすぎなかった。
「よし!行くぞ!」
 ハルスは市民とレジスタンスを城門に集めた。片桐はハルスに続いて城壁を下りた。
「ハルス大尉、いったいなにを・・?」
 片桐の質問にハルスは「愚問だ」と言わんばかりの笑顔を向けた。そしてワルサーを抜くと片手に抜き身の剣を持った。
「ナポレオンは自ら先頭に立って部下の士気を鼓舞したそうだぞ!」
 片桐はハルスの作戦を悟って89式に着剣した。訓練ではやっていたが、まさか実戦でやるとは夢にも思わなかった。武者震いが出るのを感じた。

524 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:48 [ ZKlfER1s ]
 城門から出たハルスとレジスタンスは横隊を組んだ。先頭はゲベールとボウガンの部隊だ。片桐も先頭の列に加わった。ハルスが剣を天に振り上げた。訓練もしていないレジスタンスと市民が一歩一歩前に進んだ。
ボルマン軍もそれに気がついて、戦闘に参加していない部隊が横隊を組んで迎え撃とうとしている。
「ファイア!」
 ボルマン軍の指揮官が号令した。ゲベール隊が一斉射撃をおこなう。数名のレジスタンスが倒れたが前進は止まらない。レジスタンスと市民は第2射も受けたが止まらず、ボルマン軍と黒目が見えんばかりの近さまで進んだ。そこで前進をやめてゲベールを構えた。ボルマン軍は後列の横隊はすでに抜刀して白兵戦に備えている。片桐は89式のセレクターをフルオートにした。これで少しでも敵戦力を削っておきたいところだ。と、ふと横を見て片桐は銃を落とさんばかりに驚いた。片桐の横にはゲベールを構えたスビアがいたのだ。
「ど、どうしてこんなところに!?」
 片桐の質問にスビアはゲベールを構えたまま答える。
「わたくしも戦います。聖女であるわたくしが逃げたら戦いは負けです!」
「ねらえ!」
 ハルスの号令が聞こえた。ボルマン軍も標準を合わせるが2度の一斉射撃でも逃げないレジスタンスにかなり動揺しているようだ。銃口が上下左右に揺れている。
「それはわかりますが、なんでわざわざ一番前にいるんです?」
「わたくしは剣は苦手です。このゲベールの方が向いている、それだけです」

525 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:49 [ ZKlfER1s ]
「ファイア!」
 双方、ほとんど同時の一斉射撃だった。しかし、動揺の大きいボルマン軍の銃弾はほとんどが上方へそれた。反射的に恐怖を抱いて銃口を上に向けたためだ。一方のレジスタンスはスビアが一緒にいるという心理効果も相まって正確に敵を撃った。戦闘の隊列を指揮していた親衛隊の士官は額をボウガンで射抜かれて倒れた。慌てて下がった横隊に代わって無傷の抜刀した横隊が現れた。片桐はフルオートでその横隊をなぎ倒した。
「突撃!」
 ハルスがワルサーを乱射しながら前進を開始した。彼の前にいた数名の抜刀した敵兵が倒れた。それに続いてレジスタンスたちも抜刀してボルマン軍に襲いかかった。片桐とスビアも後列に押されるようにして前進した。片桐は慌ててマガジンを交換する。
「スビア!俺の陰に隠れて!」
 ゲベール以外武器を持たないスビアをかばうように片桐は先頭で剣を構えていた敵兵に銃剣を突き立てた。もはや戦場は黒服のボルマン軍とローマ調の白い服を着たレジスタンスが入り乱れる大混戦となった。
大混乱の戦場で片桐はスビアをかばいながら撃破された戦車の影に隠れて、走り回るボルマン軍の兵士をセミオートで撃ち倒した。戦車の影からのぞくと、後方にボルマンが無傷のゲベール隊に守られて自動車に乗っているのが見えた。副官と時折襲ってくるガンドールを拳銃で撃っているのが見えた。 狙撃しようにも遠すぎる上、ゲベール隊の人垣で狙うことができない。
 そこへサクート率いるガンドール隊が襲いかかった。ゲベール隊は隊の中でも精鋭のようだ。落ち着いて第1掃射で半数近くのガンドールを撃ち倒した。サクートもワルサーで数名のゲベール兵を撃った。弾を込めたゲベール隊は再び一斉射撃をおこなった。

526 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:49 [ ZKlfER1s ]
「サクート!!」
 片桐はサクートのガンドール隊が彼を含めてすべて撃ち倒されたのを見て戦車から駆け出していた。
「スビア!あなたはそこにいてください!」
 彼女は彼の言葉を無視して後に続いた。片桐はそれに気がつかず、弾を込めている横隊にフルオートで5・56ミリ弾を浴びせた。全弾撃ち尽くすと神業的なスピードでマガジンを交換し、指揮官の親衛隊大尉を蜂の巣にした。それを見たレジスタンスも剣を振りかざして片桐に続く。もはやボルマンと片桐の間には数十メートルの距離と数名の兵士しかいない。
「ここは任せてください!」
 片桐の後に続いたレジスタンスたちが残った兵士に斬りかかる。片桐は片膝をつくとまず、彼に気がついた副官を3発で撃ち倒した。自動車の座席の上に立って片桐を狙っていた副官は後ろにはじき飛ばされた。
ようやく片桐に気がついたボルマンがワルサーP38を片桐に向けようとした。しかし、それよりも早く片桐はトリガーを引いていた。
「なにっ?」
 弾詰まりだった。慌ててコッキングレバーに手を伸ばすが、ボルマンは片桐に両手で構えてワルサーを向けた。

527 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:50 [ ZKlfER1s ]
「八つ裂きにできないのは残念だが、わし自らの手で殺してくれるわ!」
 間に合わない!そう思った片桐の頭上を何かが音を立てて通過した。そしてそれは、ボルマンの眉間を確実にとらえていた。ぼすっっ!という感じでそれはボルマンの頭を撃ち抜いた。
「あ・・ぐ・・・」
 ボルマンは座席に崩れ落ちた。目はすでに生気を失っている。片桐は自分の命を救った何かが飛来した方を振り返った。スビアだった。彼女の放った銃弾が間一髪、片桐を救ったのだった。
「やった!スビア様がボルマンを倒したぞ!」
 レジスタンスの1人が叫んだ。その声は、次々と戦場に伝わり、今だ抵抗を続けていたボルマン軍もそれを聞いて次々と降伏した。
「片桐・・・!」 
 ゲベールを放り出してスビアは駆け出した。片桐は自分の命が助かった安堵でその場に座り込んだ。そこへスビアが後ろから抱きついてきた。
「スビア、今度という今度はあなたの勇敢さに御礼を言わなければいけないようです・・・」
「そんなことより、あなたは怪我はないのですか?」
 後ろから抱きつくスビアの顔を右手をあげてなでながら片桐は自分の傷の有無を確認した。
「どうやら無傷のようですな・・・」
 ハルスとフランツが駆け寄ってきたときに、ようやく片桐は立ち上がることができた。このときになって初めて、スビアに対してかっこわるいと後悔する感情が生まれていた。だが、その自己嫌悪をスビアは一掃してくれた。
「片桐、あなたはなんて勇敢なの?たった1人で敵の30人以上を撃ち倒してしまったのですよ!」
「スビア様!ご無事でしたか?ボルマンを自ら撃ったとはおみごとです!」
 ハルスがスビアに一礼しながら言った。フランツがサクートをおんぶしてやってきた。サクートは肩に銃弾を浴びているが生きていたのだ。サクートはフランツの背中で笑顔で叫んだ。
「これで戦いは終わった。スビア様、片桐、あなたたちのおかげだ!」
「スビア様万歳!」
 彼らの周りに集まったレジスタンスと市民が口々に万歳を叫んだ。

528 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:50 [ ZKlfER1s ]
 「どうしても行くのですか?」
 ガルマーニの広場には大勢の市民たち、ドイツ兵が集まっていた。その代表としてハルスがスビアに質問した。スビアは彼女のお気に入りのローズの上でうなずいた。
「わたくしは古代ロサールの謎を求めているのです。この世界全部がこの都市のように平和になるために・・」
「片桐、君も同じ考えなのか?」
 ハルスの質問に片桐も馬上でうなずいた。彼らは嘆願に集まっていたのだ。新たなこの街の指導者として、スビアにここに残って欲しいと。残念そうにハルスはため息をついた。それに続いてフランツが質問した。
「何か必要なものはありませんか?何でも用意します!」
「この都市の人々の、わたくしたちの旅への祝福だけで結構です。・・・ありがとう、フランツ中尉」
 スビアの言葉にフランツはいささか感激の涙をこぼしかけている。
「光栄です、スビア様。なにか困ったことがあればいつでもおいでください。我々評議会が全力で、スビア様と片桐三曹を助けます!」
 この街は当面、ハルス、フランツ、治療中のサクートの3名の合議で運営することになった。いずれ全市民の選挙で指導者を決めることになる。民主主義がまもなく産声をあげるのだ。
「ところで、どちらに向かうご予定ですか?」
 ハルスの質問にスビアが答えた。
「南です。当分は海沿いに進みたいと考えています。」
 その答えにハルスは少し表情を曇らせた。そして率直に意見を述べた。
「南ですか。お気をつけください。南にはクーアードがいるのですが、連中はちょっと妙な連中でして。ボルマンですら手を焼いておりました。とにかくやっかいな連中です」
 ハルスの話だけでは大した手がかりは得られずに片桐たちは巨大都市ガルマーニを旅立った。市民たちやドイツ兵の別れを惜しむ声がいつまでも耳について離れないようだった。

529 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 00:51 [ ZKlfER1s ]
 砂浜をのんびりと馬で進みながら片桐はスビアを見つめていた。その視線に気がついたスビアは少し頬を赤らめながら片桐を見つめ返した。
「あなたといると楽しい。新しいあなたを発見する楽しみが満ちているのですから・・・」
「あら、わたくしのどのような部分を新たに発見したとおっしゃりたいのです?」
 片桐は愛馬のセピアをぐっとローズに近づけた。そしてスビアの腰に手を回した。
「なかなかあなたの戦いぶりは男勝りでしたよ。元の世界の自衛隊でもあなたみたいな男まさりの隊員はいませんな。」
 スビアはその言葉に頬を膨らませた。
「失礼な人・・・」
「で、そんな今のあなたはとても女らしい・・・」
 片桐の誘導尋問じみた言葉にすっかりやられたスビアは顔を真っ赤にした。これだけ見ると本当に、あの勇敢な聖女の面影はまるで感じない。そう思って片桐がより強くスビアを抱き寄せようとしたときだった。
「うっ」
 片桐の左腕に激痛が走った。見ると1本の矢が左腕のチョッキのない部分に突き刺さっている。本能的にそれを抜こうとするが力が入らない。目の前がぐるぐる回り始めるのがわかった。
「片桐!片桐・・・しっかり!」
 スビアの声が子守歌のように聞こえた。そのまま愛馬から落ちると片桐は意識を失った。
つづく


531 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/24(水) 01:10 [ ZKlfER1s ]
【異世界用語辞典】順不同
アンバード=蛮人 アービル=別世界。この場合、片桐たちの日本を指す
アムター=スビアの村の名前。古代ロサール語で「豊かな森」の意
アクサリー=ロサールの伝説の石。これを使うことで魔法の力=ポルを増幅できる
ガンドール=人種名。こびとの総称。 ガルマーニ=ボルマンの都市名。ゲルマニアのなまり
クーアード=人種名。人間の総称。 クブリル=海に住むどう猛な生物。ワニに似ているが頭部に鋭い角を持つ
ザンガン=アムター村の長老。両親を失ったスビアを育てた
サマライ=通貨単位。  サクート=ガルマーニのレジスタンスを率いるガンドール
シュミリ=村落名。海沿いの村。スビアの両親が訪れた。異世界から召還した馬を育てていた。
スビア=アムター村の聖女。自衛隊を召還する。片桐と恋に落ちる。世界を平和にするため古代ロサールの謎を求めて旅に出る。ヒロイン
セピア=シュミリ村で育てられた馬に片桐がつけた名前
ゾード=赤い満月の夜。なぜそうなるかは不明 タボク=片桐に救われたシュミリ村の村人
タムロット=シュミリ村の尊重。スビアを敬愛している
ヌーボル=異世界の総称。地形はオーストラリア大陸に似ているが詳細は不明
バストー=片桐が最初に出会った異世界人。ガンドール
パタトール=武器。アンバードやアムター村の人々の武器。原始的な弓が原型
パンサン=異世界の戦士を別の世界に送る古代ロサールの魔法。高崎士長たちはこれで九州に帰った
ハルス大尉=Uボートの艦長。ボルマンに反抗して強制収容所に30年服役した
ハルスマン=ボルマンの副官。長身のドイツ人。 フランツ中尉=元親衛隊。ハルスの副官的存在
ヘラー=ドイツ語のフューラーがなまった。 ボルマン=ナチ党幹部。ヌーボルにたどり着き独裁政権を作った。
ポル=魔法力。人それぞれその力は違うがすべての魔法の原動力
ミスタル=アムター村周辺に咲く花。 ローズ=スビアの愛馬。
ロサール=遙か昔に滅亡した古代の国。民族名。