413 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:50 [ SqklVMgM ]
かねてより連載させてもらってた第3部、一部ageます
アナザーワールド・トゥルーパーズ第3部 自衛隊の復讐です

自衛隊仮設空港前線陣地。今は自衛隊と大魔道士ジャルバ、黒の教団やら諸々の連合部隊との最前線だった。あのジャルバ復活に際した悪魔の御使いの発動を未然に抑えた自衛隊は、ノビルバーナ南方に出現した未知の大陸への侵攻作戦の準備を進めていた。
 本来、積極攻勢は望まない自衛隊だが、事態はもはや抜き差しならないところまで来ていた。生命線のコルバーナ油田はMOABの爆発で周囲数十キロにまで被害が及んで当面は復旧できる状態ではなかった。
第8師団が上陸して損害を被った第4師団に変わってコルバーナ油田地域の残敵掃討にあたっているが、激しい反撃で、前の戦争のようにはうまくいっていないようだ。
 ハインツの埋葬を済ませた博多島田組の面々は対馬警備隊と共に前線に居座っている。村本の遺体を収容したいという聡子の願いは残念ながらかなえることはできなかったが、村本と、そしてハインツの仇討ちという新たな目的が島田組親衛隊の新たな活力源となっていた。
 ぼくとエスタは少し休暇も兼ねていったん九州に戻ることになった。そういえば、彼女はまだ九州を訪問したこともなかったし、吉川ともいろいろと仕事の打ち合わせもしたかった。特別に市村三尉のヘリで九州まで送ってもらうことになった。
「うらやましいですねぇ。久しぶりに九州に戻れるんだから!」
「そうでもないよ、ほとんど仕事だからね。休暇と言っても4,5日だけだよ」
「まあ、かく言う俺も溜まってる有給をこの際使わせてもらうんだから原田様々ですよ!」
 ヘリは対馬でいったん燃料補給を行って再び離陸した。途中上空警備のF−4とすれちがった。いや、すれ違うというよりも、過ぎ去ったといったほうがいいだろう。
「こちら春日のバードマン。進路上に敵影ナシ!気をつけて!」
「了解!このまま春日まで直行する!」
 Fー4ファントムはあっという間に対馬方向に消えていった。

414 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:51 [ SqklVMgM ]
 「それじゃあ!いい休日を。エスタちゃん、原田さんに天神ってところにつれていってもらいな。いろいろおねだりしてみろよ!」
 市村は一言余計なことを言い残して春日基地の奥に消えた。きっとその足で中州で盛り上がるんだろう。ぼくたちは、まず仕事のためにN新聞本社に向かった。久しぶりに会社経費でタクシーに乗った。
「お客さん、大陸帰りですか?」
 運転手が珍しそうにぼくに尋ねてきた。エスタは初めて見る九州の車窓に夢中になっていた。
「ええ、まあ。こっちはどうですか?」
 タクシーの運転手との何気ない会話に懐かしさを感じたぼくは思わず聞き返した。運転手は通りを指さした。
「ガソリンがバカ高くなってしまいましてねぇ。まあ、この状況じゃしょうがないですが。こっちとしては渋滞がなくなったんでうれしい限りですがね。」
 見ると確かに、車の流れが妙に少ない。一般車がほとんど見えない。通りを流れているのはタクシーとトラック、ちらほらと企業の営業車が走っているくらいだ。
「レギュラーで900円まで値上がりしましたからねぇ。もっとも運送関係なんかはずっと前から配給制になってもうちょっと安く買えてるようですが、一般車はほとんど見なくなりました。」
 タクシーは天神に入った。人通りは相変わらずだ。と、タクシーは急ブレーキを踏んだ。
「あ、すいません。車がいなくなった代わりに自転車が増えましてね。ひやっとしますよ」
 ラジオからは高校野球の実況が聞こえてきている。こんな状態でもとりあえずやっているんだと感心する。
「プロ野球はさすがに中止ですね。もっとも1球団だけじゃ試合になりませんや」
「マスター、野球ってなんですか?」
 車窓に飽きたのかエスタが会話に加わってくる。ぼくは野球というスポーツからアマチュア、プロの概念までじっくりと彼女に教えてあげる羽目になってしまった。

415 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:52 [ SqklVMgM ]
 N新聞本社で久しぶりに吉川と再会した。
「おお!元気でやってるな!この子が噂のエスタちゃんかぁ」
 吉川はぼくへの挨拶はそこそこに早速エスタに興味を向けた。まったく、どこで誰に会っても同じ対応をしやがる。
「まあ、原田とエスタちゃんのおかげでうちの部数は鰻登りだよ。この間のアレはよかったな。危機一髪で巨大ゴーレムを撃破ってのは・・・」
 いまだハインツの死から日の浅いぼくたちの表情に気がついて吉川が言葉を止めた。
「すまん・・・・まあ、仕事の話もなんだから。今日はゆっくり博多をまわってこい。タクシー券は使っていいから。俺が経理にうまいこと言っておくからさ」
 彼なりのお詫びとお礼のつもりだったんだろう。彼が何枚かちぎって渡そうとしたタクシー券のつづりを丸ごと一冊ちょうだいした。
「悪いな吉川。」
「い、いや、遠慮するなよ・・・」
 何枚かをぼくたちに渡すつもりだった吉川の笑顔はいささかひきつって見えた。
「さあ、エスタ!今日は仕事はなしだ!出かけるぞ!」
「了解!」
 ぼくたちは颯爽とタクシーに飛び乗った。

416 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:53 [ SqklVMgM ]
 まずは福岡市内を一望できる福岡タワーに向かった。テロ攻撃で一部中破したと聞いていたが、早くも復旧して営業していた。高速エレベーターに早速乗り込んだ。
「すごい・・・。空を飛んでます!」
 展望室につくと晴れ渡った博多の街が一望できた。
「マスター!あれはコロシアムかなにかですか?」
 福岡ドームを指さしてエスタが質問してきた。ノビルバーナには騎士が己の武勇を競うためのコロシアムがあるが、それと勘違いしているようだ。
 福岡タワーを後にしてぼくたちはキャナルシティに向かった。近くのラーメンスタジアムは食材の調達が難しいのか閉鎖されていた。残念だったが、ぼくは久しぶりにCDと、エスタにはこっちでいろいろ動くための服を買ってあげた。
「お客さんくらいスタイルがよかったらこのキャミソールなんかどうですぅ?似合いますよぉ」
「ええ!これちょっと大胆じゃないですか?」
「今年の流行はセクシーで路線ですからぁ、これくらいオッケーっすよぉ」
 エスタはギャル言葉の店員と意気投合している。女のおしゃれ心は洋の東西どころか、異世界同志でも相通ずるものがあるんだろうか・・・
「マスター!写真撮ってください!」
「へ?」
 テンガローハットに茶髪、ぴちTの店員とポーズをとっている。
「市村三尉たちに、「せくしぃしょっと」の写真を送るって約束したんです!」
 市村・・・・あいつらはエスタを恋愛シュミレーションのキャラか何かと勘違いしていないか?
「へいへい・・・、はいチーズ!」
 撮した画像をでデジカメの画面で店員と確認する。
「これさぁ、超かわいくない?」
「超かわいいですね!」
 もう何も答える気にもならなかった・・・・

417 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:56 [ SqklVMgM ]
 夕方までエスタの買い物に付き合わされた上に荷物持ちまで仰せつかったぼくはへとへとだった。警固公園でしばしの休憩の時間をエスタにいただいて一息入れていた。
「変わらないなぁ」
 思わず風景を見てひとりごちた。カップルの高校生が手をつないで歩いていく。スーツ姿のサラリーマン。夕方の中継を準備するTV局のスタッフ。屋台の仕込みを始める人々・・・・。この世界にきてしまって彼らの生活は変わってしまったんだろうが、夕暮れ時の天神のせわしなさは相変わらずだった。
「ちょっとコーヒー買ってくる」
 ぼくはエスタに言って、西鉄福岡駅の自販機に走った。今のうちに水分補給しておかないと荷物持ちは耐えられない。久しぶりに買う自販機にとまどいながらぼくはエスタの待っているベンチに戻った。
「あっ」
 見るとエスタが3,4人の酔っぱらいのサラリーマンに絡まれている。
「姉ちゃん、どこの店なん?」
「なんぼ?」
「その金髪、付け毛やろ?」
 エスタをその手のご商売の方々と間違っているようだ。無理もない。金髪に緑かかった目。しかも今風の露出の高いキャミ姿。どう考えてもそういったご商売の方々に見えてしまうだろう。
「ねえ、同伴しようやぁ!」
「やめてください!」
 酔っぱらいの1人が彼女の手を掴んだ。これはまずい。
「やめてください。ぼくの連れです!」
 思わず大きな声で彼らを制止する。それに呼応して連中がこっちをにらむ。やっぱり酔ってるようだ。目が据わっているやつもいる。
「ああ?なんやおまえは?」
「彼女はぼくの連れです。変な誤解はやめて下さい」
 ぼくは再度同じことを繰り返す。
「つやつけとんやねぇぞ、こらぁ!」

418 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:57 [ SqklVMgM ]
 1人がぼくに殴りかかってきた。やばい!身を縮める。しかし・・・・、動きが妙に遅く感じる。すっという感じで彼のパンチをかわす。とにかく足をひっかけて相手をこかそうとしたら、みごとにうまくいった。
「マスター?」
 自衛隊にひっついて戦場をうろうろしていると身体がおぼえてくるらしい。ぼくはちょっと調子に乗ってみようという気持ちになった。「ベストキッド」の鶴の構えをやってみる。酔っぱらいはおもわず後ずさっていく。
「おい!なんしよるとかぁ!」
 その時、警固交番から警官が数人走ってくるのが見えた。せっかくの休日を職務質問でつぶされるのはもったいない。ぼくはエスタの荷物を担ぐとかろうじて使える左手でエスタの手をつかんだ。
「逃げるぞぉ!」
 ダッシュで駅を通り抜け、通りを渡って天神イムズに入り込んだ。
「マスター!博多もけっこうスリリングですね!」
 これは彼女の誤解を解くのに一苦労しそうな感じだと思いつつ、ぼくはそのまま地下街に降りて地下鉄駅へと向かった。

419 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:57 [ SqklVMgM ]
地下鉄で天神から一駅。中州川端で電車を降りて地上に出る。そのまま那珂川沿いに歩いた。
「わあ・・・・すごい!」
 中州名物の川沿いのネオンがぼくたちを出迎えた。名物の「白波」のネオンを初め無数のネオンが川沿いの小道を明るく照らす。そこには無数の屋台が軒を並べてその間を多くの市民が行き交っている。
「博多名物の屋台を味わわないと博多に来た意味はないよ」
 ぼく達はそのまま、見覚えのある屋台に入った。博多に来るごとに吉川とおじゃました店だった。
「らっしゃい!あ?原田さん!」
 屋台のマスターはぼくの顔を覚えてくれていた。ノビル王国に渡って1年以上ごぶさただったんだが・・・
「大将、ビール2本と、彼女にラーメン作ってあげて。ぼくはモツの鉄板焼き」
 状況が理解できないエスタをとにかく座らせて、持ってきてくれたビールで乾杯する。
「ここは何なんですか?」
 まわりをきょろきょろ見回しながらエスタが質問してくる。無理もないだろう。まわりはスーツのサラリーマン、
出勤前の水商売の女性。近所の洋品店の親父・・・などなどが入り乱れて酒を飲みながら大声で笑っているのだ。
「姉ちゃん、ここは博多名物の屋台ばい。うちのラーメン食わんと博多に来た意味はないったい!」
 店のマスターがエスタの前に博多名物とんこつラーメンを置く。
「さあ、食べて」
 ぼくとマスターに促されておそるおそる麺を口に運ぶ。
「おいしい・・・」
 エスタのつぶやきにマスターだけでなくまわりの常連客も嬉しそうな表情になる。
「あたり前やろうが!ここのラーメンは博多で一番やけんのお!」
「姉ちゃん、よかったのぉ。ここのラーメンば食べんで博多から出られんばい!」
「ところで原田さん、この姉さんは外人さんね?」
 マスターの質問にぼくはちょっと答えに詰まった。厳密にいえば外人さんだけど、実際はどうなんだろう?
「私はノビル王国からきました。エスタです。よろしくお願いします」
 ラーメンをあらかた食べ終わったエスタが明るく自己紹介する。
「おお!向こうの国から来たんね?」
「よお来たのぉ!」
「べっぴんさんやけど、原田さんの彼女ね?」
 だから事細かに説明したくなかったんだが、時既に遅しだった・・・・。
「よっしゃ、原田さんがこげんなべっぴんさん連れてきたお祝いせないかんけの!今から1000円で焼酎飲み放題!」
 マスターがこれまた粋なことを宣言する。常連客から歓声が上がる。
「エスタちゃんに乾杯じゃあ!」
「よっしゃ!今日は飲むけんのお!」
「ちょっと、かみさんに電話入れてくるけ、待っとって」
 またこのパターンだ。ぼくの前になみなみと焼酎がつがれたグラス(もちろんストレート)がどすんと置かれた。マスターの死刑宣告に等しい言葉がぼくにつげられる。
「原田さん、なれそめから全部話してもらうけん、覚悟しときいよ」

420 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:58 [ SqklVMgM ]
 翌朝、ぼくは博多駅にほど近いビジネスホテルの一室で目を覚ました。夕べのことはほとんどおぼえていない。屋台のマスターと常連客にしこたま飲まされてぶっつぶれてしまったのだ。
 エスタは?慌てて室内を見回す。と、ここはツインの客室のようだ。隣のベッドですやすやと眠っている。しかもちゃんとホテルの浴衣に着替えて、服は枕元にたたんで置いてある。エスタはひょっとしてぼくより酒が強いんじゃないだろうか・・・。ふとそんな疑問が頭をよぎった。
 と、ぼくの携帯が鳴った。市村からだ。こんな時間から何の用事だ?
「はい、もしもし。」
「ああ、原田さん?おはようございます。」
 いたって元気な市村の声に少しの安堵と、自分と正反対なハイテンションにいくばくかのいらだちを感じる。
「今日の予定はどうです?」
「午前中にN新聞で打ち合わせであとはフリーですけど・・・」
「じゃあ、ちょうどよかった。今日明日、こっちはフリーなんですよ。午後にN新聞に車、まわしますから!」
 一方的に市村は電話を切った。なんてヤツだ。

421 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:59 [ SqklVMgM ]
エスタを起こして午前中はまるまる吉川と今後の取材方針の打ち合わせを行った。今までと同じ、前線の生のレポートをってことで話はまとまった。正午になると時間通りに市村がタクシーでN新聞に乗り付けた。
「やあ、お疲れさまです。温泉いきましょう!」
「え?」
「マスター、温泉ってなんですか?」
 とまどうぼくたちを半強制的に市川はタクシーに詰め込み、博多駅から特急で大分に向かった。小倉から日田英彦山線、久大本線と乗り換えて天瀬温泉にたどり着いたころはもう、夕方近かった。
 天瀬の温泉旅館にチェックインしてさっそく温泉につかることになったが、エスタが温泉の入り方がわからないといって半泣きになっていた。
「家族風呂もありますからゆっくりどうぞ」
 仲居の言葉でぼくたちは「3人で」温泉に入る運びになった。タオルを上半身から巻けと口を酸っぱくして言いつけてぼくと市村が先に温泉に入った。露天風呂から渓流の絶景が見える。最高だ。
「原田さん、そろそろはっきりしたらどうです?」
 例によってその話を振ってくる。
「もうお互いはっきりしてるんだからいいじゃないですか。俺達も応援してるんですから・・・」
「まあ、そうはいっても・・・」
「それ!それがだめなんですよ。」
 しばらく市村の恋愛講義が続く。と、そこへエスタが声をかけた。
「お待たせしましたぁ!」
 脱衣所の戸を開けてタオル姿のエスタが入ってきた。
「わぉ」

422 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 00:59 [ SqklVMgM ]
市村が思わず声を上げる。ぼくは慌ててエスタに早く湯船に浸かるように言った。
「ひとりじめですか?」
 お湯の中で市村がぼくにひじをつんつんさせてにやけている。溺れるまで顔面をお湯につけてやろうかと一瞬思ったが、さすがにそれはがまんした。
「どうだい、九州を満喫できたかな?」
「はい、マスター!最高です」
 太陽の沈んだくじゅう連山から流れ星がいくつか流れるのが見えた。

423 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:00 [ SqklVMgM ]
 翌朝、博多まで戻ってみんなにおみやげを買ってあげることにした。コクーン卿には焼酎と辛子めんたいこ。王室警護隊のランドルフには手軽に調理できる「元祖博多ラーメン」詰め合わせを選んだ。西洋甲冑姿でふーふーさせながらラーメンをすするランドルフはじめ騎士団を想像してちょっと顔がにやける。
 対馬警備隊の面々や島田組親衛隊にはとりあえず大量のビールと焼酎を買っておけばいいだろう。隊長の前田にはかくべつに世話になった手前、博多土産の定番「博多とおりもん」を買っておいた。
 おみやげも買いそろえ、エスタと市村を連れて再度例の屋台に赴いた。深夜に発進するC−130に便乗してノビル王国に帰るだけだ。
「はい、市村さん。お約束の品物です」
 屋台のカウンターで3人並んで一息ついたところでエスタが市村に封筒を渡した。
「え?まさか・・・」
 市村はぴんと来たようで慌てて封筒の中身を取り出す。そして現物を確認すると大声をあげた。
「うぉぉぉぉ!マジでいいの?」
「はい。約束の「せくしぃしょっと」ですよ!」
 ぼくは気になって市村の手の中の写真を覗こうとするが彼はガンとしてぼくには見せない。無理矢理彼から写真をひったくる。写真は例の天瀬温泉の風景と浴衣姿のエスタだった。若干前屈みになった彼女の浴衣から胸の谷間が見え隠れしているベストショットだ!
「おいおい、これは・・・」
 ぼくの言葉を受け継ぐようにエスタが自信満々でぼくに言った。
「市村三尉がぜひ、「だっちゅーの」で写真を撮らせてくれって言うんで・・・。ところで「だっちゅーの」ってどういう意味なんですか?」
 ぼくは思わずビールを吹き出した。市村・・・、カウンターの下で思いっきり市村の足を踏みつけた。
「うぐっ」
「これは貸しですよ」
 痛がる市村にそっと声をかける。市村は痛みで笑顔をひきつらせながら言った。
「マジで大事にするよ。つーか、ここは俺のおごりでいいっすよ!あ、ほかのみなさんも飲んで!」
 市村はぼくたちだけでなくほかの常連客にも酒を勧めた。よっぽど彼的に「萌え」な写真なんだろう・・・。
ぼくは市村の行く末をちょっと心配しながら、彼のおごりの酒をたらふくごちそうになった

424 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:00 [ SqklVMgM ]
結局、連絡のC−130が離陸する15分前に春日に到着したぼくたちはぎりぎりで飛行機に乗ることができた。市村はすやすやと眠ってしまい、機内はぼくとエスタ、そして出向する自衛官、県庁の役人だけだった。
「毎度ご利用ありがとうございます。当機は水平飛行に入りました。シートベルトを外されても結構です。なお、本日のエスコートはチャーリーエンジェル1,2でございます。右手の窓からごらんになれます。」
 機内アナウンスが流れる。パイロットのしゃれだろう。歴戦のF−15が軽くバンクして応えている。
「九州はどうだった?」
 ぼくは隣のエスタに声をかけた。
「はい。最高でした。屋台とラーメンと温泉は最高によかったです」
「そっか・・・」
 しばしの沈黙、と、エスタがぼくの肩に頭をもたげてきた。さっきまで飲んでいた酒せいもあり、一気に心臓が早鐘を打ち出すのがわかった。
「また、一緒に行こうな」
「はい、マスター」
 ぼくはそう言って自分に身体を預けたエスタに視線を落とした・・・・・。様子がおかしい。
「どうした?」
 エスタは顔面蒼白になっている。異世界のモノで何か彼女に毒なモノでも混じっていたのだろうか・・・
「マスター、袋ください・・・・・」
「は?」
「頭がぐるぐるします・・・・早く袋・・・・」
 飲酒した後飛行機に乗るとアルコールが急速にまわることがある。典型的な症状だ。袋を渡すとエスタは博多最後の晩餐の名残を一気に吐き出してそのままぐったりと横になった。
「す、すいません・・・・」
 いびきをかく市村と思いっきり吐いてそのまま寝てしまったエスタに挟まれて、ぼくは県庁の職員や自衛官の痛い痛い視線に耐えなければならなかった。こうしてぼくの休暇は終わった(泣

425 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:02 [ SqklVMgM ]
 C−130は未明にコクーン卿の土地に作られた仮設空港に到着。ぼくは市村とエスタを抱えてとりあえずコクーン卿の屋敷にお世話になることになった。執事に手伝ってもらい彼らを客間のベッドに寝かせ、しばし仮眠をとった。無邪気なエスタと、ある意味で無邪気な市村の最強コンビにふりまわされたが、とても楽しかった。特に、エスタに九州を見せてあげることができたことがなによりだった。
 翌朝、王室警護隊長ランドルフがコクーン卿と朝食をとるために来訪したことを執事から聞いた。早速博多ラーメンをごちそうしてあげようとぼくは屋敷の厨房に立った。
 まず、たっぷりのお湯を沸かすと麺を放り込む。2分弱で麺をあげて水を切り、あつあつのスープ(これはインスタントだがしかたない)に入れる。麺をほぐして用意していたネギ、モヤシを添えてできあがりだ。
「おお!原田さん。お久しぶりです」
 ランドルフがぼくを出迎えてくれる。彼とはボルダー卿邸宅に踏み込んで以来だった。
「いっしょに朝食をどうぞ」
 コクーン卿が呼び鈴を鳴らした。執事達がぼくの作った博多ラーメンを持って入ってきた。
「これは?」
「原田様のお持ちになられたラーメンでございます」
 執事が恭しくコクーン卿とランドルフに答える。そして一礼して退出する。
「まあ、とりあえず食べましょう。」
 食べ方の見本を見せながら3人で食べ始めた。中世の田園風の屋敷で、貴族と騎士といっしょにすするラーメンはちょっと違和感があったが、我ながらできはよかった。もっともインスタントだから・・・
「おいしいですな」
「はい、なかなかこれは・・・」
 2人の評価も上々のようだ。ぼくは2人におみやげを渡すと失礼ながらも早々に退室することにした。
「残念ですが、対馬警備隊に戻ります」
 ぼくの言葉にランドルフがとんこつスープをすすりながら答える。
「警備隊なら昨日、コクーン卿の敷地の一角に撤収してますよ」

426 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:02 [ SqklVMgM ]
 大急ぎでエスタを連れて広大なコクーン卿の敷地を走って対馬警備隊の指揮所にたどりついた。
「やあ、原田さん。休暇はどうでした?」
 のんきに前田がぼくたちを出迎える。エスタは指揮所の入り口で幹部達に囲まれている。市村の受け取った例の「せくしぃしょっと」が話題になっているようだった。
「貧乏くじと言いますか、栄誉ある任務と言いますか、対馬警備隊は敵の本拠地に一番乗りできそうです」
 前田はぼくにいろいろと教えてくれた。玖珠戦車大隊、対馬警備隊。40普連。これに一部アメリカ海兵隊が参加する、「魔の大陸」上陸作戦が2週間後に開始されるそうだ。大魔道士ジャルバと、彼に合流したと思われるボルダー卿、コルバーナ皇帝の捕縛を目標に開始される自衛隊始まって以来の大作戦だ。
「我々はおおすみ。40普連と玖珠戦車大隊は佐世保の米軍強襲揚陸艦で上陸します。でも空母がないんで多少不安はありますがねぇ・・・。これは内密にお願いしますよ。」
 ノビル国王直轄地の海岸線に上空支援用の仮設空港が施設科を動員して突貫工事で作られているそうだ。いよいよ最後の戦いが近づいてきているのかと思うと少し、感慨深くなった。

427 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:03 [ SqklVMgM ]
ぼくたちはこの戦いが終わると元の世界に帰ることになるのだろうか。この国ともおさらばして、電波の嵐とと不景気の日本に復帰するのだろうか。その時エスタは・・・
「マスター、どうしました?」
 コクーン卿の広大な私有地の真ん中でぼくは考えた。
「うん、ちょっと考え事をね・・・」
 エスタはぼくの横にどっかりと腰を下ろした。その手には冷たいコーラが2本、握られていた。かつて戦後を生き抜いた先人達が豊かさの象徴のように感じたコーラだったが、昭和後期生まれのぼくには当たり前の飲み物だった。
「このコーラって不思議な味がします。くせになりそうです」
「だろ?だからコカ・コーラなんだよ」
 ぼくのうんちくにエスタはキャナルシティのブディック店員に勧められた「へぇボタン」を取り出す。中世の様な国とハイテクの国日本の共存も2年目を迎えていたが、現在進められている最後の戦闘に勝利すればその共存も終わってしまうのだろうか・・・
「なあ、エスタ」
「はい?」
「ぼくたちがこの世界から消えてしまったらどう思う?ぼくだけじゃなくて、市村三尉も対馬警備隊のみんなも島田組のみんなも、九州もぜーんぶ」
 エスタはだまりこんでうつむいた。さわやかな海からの風がぼくたちを、そしてぼくたちが座っている牧草地の草の上を通り過ぎていった。
「マスターや自衛隊のみんなにとっては元の世界に帰れるってことでしょう。それはうれしいです。でも・・・」
「でも・・?」
「私はいやです。マスターと離ればなれになるなんて・・・・」
 ぎゅっと彼女がぼくの手を握ってくる。ぼくも負けずに握り返した。この世界とぼくたちの世界を引き離そうとする見えない力に対抗するように。
「ぼくも同感だ」
 上空を訓練飛行中のF−4ファントムが飛行機雲をあげて飛び去って行くのが見えた。

428 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:04 [ SqklVMgM ]
 2週間後、ぼくとエスタそして対馬警備隊、島田組親衛隊の面々は輸送艦「おおすみ」の艦上にいた。ボルダー卿邸宅で魔道士が召還した「魔の大陸」が眼前に迫っている。おおすみは自衛隊のイージス艦、護衛艦に囲まれ、徐々に海岸に接近している。上空はコクーン卿の領地に作られた仮設飛行場から飛び立ったF−4ファントムや三菱F−1支援戦闘機、米軍の強襲揚陸艦から出撃したAV-8などで支援されている。攻撃機は上陸目標の砂浜から少し内陸の森林地帯を重点的に爆撃している。無数の子爆弾を内蔵したクラスター爆弾が派手にばらまかれる。そっち系のマスコミが見たら泡を吹いて抗議する光景だろう。
「海岸線まで5キロ!上陸開始!」
 おおすみの後部からLーCACが発進する。74式戦車を搭載して波間を突き進む。上空を時間を合わせてCHー47、UHー1の編隊が進む。
「さあ、原田さん時間ですよ!」
 在日米軍から貸与されたCH−53に乗った市村がぼくたちに声をかける。ぼくとエスタも隊員に混じって彼のヘリに乗り込んだ。
「よっしゃ、いくぞ!」
 市村は気合いを入れて勢いよく上昇した。おおすみが見る見る小さくなっていく。これから上陸する「魔の大陸」は中央部に多くの岩山を抱えて不気味に横たわっている。その周辺は森林で覆われいかにも気味の悪い感じを醸し出していた。
「ここまでべたな気持ち悪さもないよな」
 隊員の1人がぼくの心情を代弁するようにつぶやく。「降下3分前!」市村の声がヘリに響く。
「よーし!全員装填してロックしろ!」
 隊員達がなれた手つきで64式にマガジンを装着して弾薬を薬室に送り込む。
「これは違反だが、俺からのサービスだ」
 市村は勝手に取り付けたCDプレーヤーの再生ボタンを押した。すぐに聞き慣れた曲が流れてくる。隊員達だけでなく、幹部からも笑い声が聞こえた。
 彼のかけた曲は「ワルキューレの騎行」だった。

429 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:05 [ SqklVMgM ]
 ヘリは砂浜の真ん中あたりに着陸した。すぐに隊員がLZの周辺確保のためにちらばる。ぼくたちも頭を低くしてヘリから降りようとした。
「エスタちゃん!原田さん!」
 そこへ市村がぼくたちに声をかける。
「次は別府温泉だからね。無事でいて下さいよ!」
 ぼくとエスタは市村に親指を立ててそれに答えると隊員達に混じって、砂浜と森林の境界あたりまで走ってその場に身を伏せた。時折、敵の攻撃魔法らしき反撃があり、周囲の砂浜に土煙が上がっているが、事前の強力な空爆でその反撃力は脅威に値するものではないようだった。それでも直撃を受けた隊員が衛生科に引っ張られて海岸線に到達したL−CACに運ばれていくのが見えた。支援の74式戦車と89式歩兵戦闘車を先頭にして対馬警備隊の第1陣は橋頭堡拡大のために前進を開始した。
「気をつけろ!どこからおそってくるかわからんぞ!」
 森はかなり深い。ペガサスランサーなどの攻撃はなさそうだが、かわりにこちらも精密な航空支援はあまり期待できない。地上指揮官の指揮能力がたよりとなる戦闘になりそうだ。
「うおおおお!」
「でやぁっぁぁあぁl!!」
「きぇぇぇぇぇ!!」
 奇声と共にゴブリンや黒の教団の兵士が突進してきた。しかし冷静な歴戦の自衛隊員は確実に彼らの反撃を、もはや反撃ではない自殺的な突撃を殲滅していった。
「ウッドゴーレムだ!」
 コルバーナ油田攻防の後、ウッドゴーレムと呼ばれるようになった木の化け物が現れた。奴らは機関銃のように木の枝を飛ばしてくる。前田は先頭の小隊に素早く命じる。
「防壁班!前へ!」 
 強力な魔法防御を施されたジェラルミンの盾を装備した防壁班が先頭に立ってウッドゴーレムの攻撃を完全に防御する。その後ろからショットガンを装備した突入班が集中射撃を浴びせた。

430 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:05 [ SqklVMgM ]
 深いジャングルの行軍で対馬警備隊は長い縦隊になりつつあった。戦術的にあまりこのましい状態ではないが、数キロ先に村落を発見していた上空の戦闘機の情報に基づいて、ひとまずそこまで前進する指令が届いていた。
「急げ!遅れるな!」
 先頭の防壁班と突入班が山刀で切り開いた道を後続の部隊がさらに広げていく。ある程度広げてしまえば車両の通行はなんとか可能だ。しかし、頼みの89式や74式はかなり後方で遅れをとっている。ぼくたちや島田組のいる本隊が村落まで3キロくらいに近づいたとき、全部隊から一斉に無線が入った。
「敵襲!敵襲!」
 やはり敵もこのチャンスをうかがっていたのだろう。潜んでいた森の奥から一斉にゴブリンが襲いかかってきた。あちこちから64式の乾いた銃声が聞こえてくる。
「きゃっ!」
 エスタが思わず声を上げた。ぼくたちが乗せてもらっていたパジェロのフロントガラスにボウガンが数発当たったのだ。ガラスには軽くひびが入っていてその威力の強さが見て取れた。
「体を低くして!」
 助手席の隊員が撃ってきたと思われる木をフルオートで掃射しながら叫んだ。後ろを見やると、BMを捨てて歩いて進む島田組の面々が聡子をハインツが残した防御魔法を施したジェラルミンの盾で守りつつ、印グラムを乱射している。と、そこへ木を降りて数匹のゴブリンが聡子めがけて突入してきた。
「姐さんを守れ!」
 木元の号令以下、島田組の数名はイングラムを捨てて日本刀を抜いた。木元の日本刀が最初につっこんできたゴブリンを袈裟懸けに斬り倒した。ほかの組員も木元ほどではないが次々とゴブリンどもを斬り伏せていった。
「強えぇ・・・。下手すると俺たちよりも白兵戦は強いんじゃないのか・・・」
 パジェロの助手席で隊員がひとりごちた。

431 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:06 [ SqklVMgM ]
 航空機が確認したという村落は、正確には敵の駐屯地であった。小屋がいくつもあり中はどこも無人だった。、前田は周辺の捜索を命令した。着剣した64式であちこち隊員たちがつつき回る。
「気をつけろ。どこになにが潜んでいるかわからんぞ!」
 島田組も抜き身の日本刀を下げて見回っている。ハインツの仇討ちで乗り込んでいるだけのことはある。迫力満点だ。
「おい、緒方・・・」
 木元が一軒の農家を指さした。緒方は扉を開けて日本刀を構えてつっこんだ。誰もいないようだ。
「若頭、とりあえずは大丈夫なようです」
 そこは少しほかの小屋とは違った趣だった。若干作りが豪華な感じを覚えた。おそらく指揮官クラスの使用していた小屋なんだろう。緒方に続いて、木元とぼく、盾に守られた聡子とエスタが小屋に入った。
「ちょっと一服しようか・・・」
 聡子がそう言ったときだった。ぼくと木元の間を何かがかすめた。「きゃあ!」というエスタの叫び声が間髪おかずに聞こえた。
「屋根裏だ!」
 木元が懐にしまっていたイングラムを抜いて屋根裏に連射した。緒方はじめ組員もそれに続く。次々とマガジンを交換して天井が穴だらけになるまで掃射は続いた。耳が銃声でがんがんし始める頃、ようやく木元は掃射をやめた。天井がきしんで、次の瞬間大きな音を立てて天井が破れた。落ちてきたのは数名の騎士だった。死体はぼろぼろでよくわからないがおそらくダークエルフだ。
「あっ!」

432 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:07 [ SqklVMgM ]
その中に混じっている人物を見て思わずぼくは声を上げた。明らかに騎士ではない人物が混じっていた。そしてその人物は、ノビル国王に反旗を翻し、行方不明になったボルダー郷だったのだ。
「待て、う、撃つな・・・」
 ボルダー郷はもぞもぞと起きあがりながら命乞いをした。というか、あれだけ撃たれてかすり傷もない。悪運の強いヤツだ。木元は聡子の指示を仰ごうと後ろを振り返った。
「姐さん・・・・」
 木元はそのまま固まった。思わずぼくも振り返った。声も出なかった。聡子の胸には深々と矢が2本刺さり、
倒れた聡子をエスタが必死で介抱していたのだ。盾を持っていた組員も気がつかないうちの衝撃的なできごとだった。
「姐さん!!」
 木元が銃をほっぽりだして聡子に駆け寄った。組員が2名、ボルダーに代わって銃を突きつける。盾を持っていた組員は呆然としている。完璧な防御だったはずだが、まさかの屋根裏からの奇襲に盾の死角を偶然突かれてしまったのだ。
「・・・・木元、あいつは・・・?」 
 ぜえぜえと呼吸しながら聡子がボルダー卿のことを質問した。事情を知らない木元はぼくに視線を向ける。
「ボルダー卿、王国に反旗を翻しこの戦乱を起こした人物です」
 ぼくの言葉を聞き終わるが早いか、木元はすっと立ち上がると日本刀を引き抜いてボルダー卿に歩み寄った。まずい・・・
「てめえだな・・・おやっさんの敵は・・・」
 日本刀を振り上げる。
「よ、よせ!わしを殺したら、ジャルバ様の居所はわからんままだぞ!」
 ボルダー卿はしりもちをついた形で必死に手を振り回しているが、相当な使い手の木元が相手だ。一刀で殺されるのは目に見えていた。
「木元ぉ!!」
 今にも刀を振りおろさんとしていた木元の動きが止まった。彼にとって、聡子の言葉は絶対だった。聡子は体を起こそうとしたが、出血がひどいようでうまく起きあがれない。

433 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:07 [ SqklVMgM ]
「原田さん、エスタちゃん・・・手を・・・」
「そ、そんな無茶です!」
 エスタがあわてて聡子を寝かそうとするが彼女はそれを拒んだ。
「エスタちゃん、お願いだから・・・」
 エスタはぼくに視線を走らせた。ぼくに判断しろということだ。ぼくは聡子に視線を走らせる。訴えるような目で彼女はぼくを見つめている。ぼくは神妙にうなずいて聡子に肩を貸した。
「さ、エスタ。手伝って・・・」
 2人で聡子を抱えるようにしてボルダー卿のところへ連れていった。そのとき、銃声を聞きつけた対馬警備隊の隊員が扉の外までやってきた。
「どうかしましたかぁ!?」
 隊員の呼びかけに木元は聡子を見る。聡子と木元の間でアイコンタクトが交わされた。
「なんでもありません!ちょっと待っていてください!」
 木元は自衛隊員の応援を拒んだ。なにをしようというのだろうか・・・
「あんたがボルダーか・・・・」
 聡子が尋ねるとボルダー郷は無言で頷く。と、彼女はボルダー卿の胸ぐらをつかんだ。
「親玉はどこね?・・・・うちの人の敵はどこね・・・・」
 切れ切れの声でボルダーに質問する。その迫力にボルダーも震える声で答える。
「こ、ここから1日歩いたところにある丘の上でわしの帰りをお待ちでおられる・・・・」
「護衛は、護衛はどんくらいおるんね・・・・」
「いない・・・ジャルバ様は最強の魔道師だ。なあ、命は助けてくれ・・・・」
 再度命乞いするボルダー卿に聡子は最後の力を振り絞るように叫んだ。
「やかましい!今の話が嘘やったら、きさん、ヘリからたたき落とすけんのぉ・・・・」
 そこまで言った時だった。聡子はぼくの肩から腕を滑らせ、床に崩れ落ちた。

434 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:08 [ SqklVMgM ]
「聡子さん!」
「姐さん!」
 エスタと木元が同時に叫んで彼女に駆け寄って抱き起こした。顔色が相当悪い。素人のぼくが見てもその状態の悪さは見て取れた。
「緒方!おまえたちはこいつを自衛隊のみなさんところに連れていけ!」
 木元は聡子を抱きかかえたままで緒方に命じた。緒方はすぐさまボルダー卿を立たせて扉を開けて外に連れ出した。ほかの組員も聡子を振り返りながら後に続いた。
「原田さん、エスタちゃん、俺と姐さんだけにしてはくれないですか・・・」
「え、で、でも・・・」
「エスタちゃん、すまんが・・・・」
 ぼくは木元の考えを理解して立ち上がった。エスタはそれでも聡子から離れようとしない。ぼくは彼女の肩に手をかけた。
「さあ・・・」
 ようやくエスタは立ち上がった。
「エスタちゃん・・・・・・、原田さんから離れちゃいけないよ・・・・」
 力無く語りかける聡子に彼女は無言でうなずいた。

435 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/17(水) 01:09 [ SqklVMgM ]
外に出ると前田が駆けつけていた。ボルダー卿捕縛の知らせにかなり興奮している。
「原田さん、彼を捕まえた村本夫人と木元さんは・・・・」
 ぼくは無言で今出てきた小屋を見た。前田はその小屋と整列している緒方はじめ組員の様子を見て言葉を止めた。
「一服しよう」
 前田がぼくにタバコを勧めてくれた。エスタは閉じられた小屋の扉を涙を浮かべながらじっとみつめている。
「どうして・・・、ですか?」
 ぼくにしゃくりあげながら尋ねる。ぼくにもわからないが、木元と聡子は同じ目でぼくたちを見ていた。ここは2人だけにしてくれと。そして知っていた。木元の聡子への気持ちも。エスタの「なぜ」という疑問に答えることはできないが、ここは2人だけにしなければならない気がしたのだ。
 前田からもらったタバコを吸い尽くし、自分のタバコを半分ほど吸った時だった。木元が小屋から出てきた。組員が少しうろたえた様子で木元に話しかけようとするが、彼の表情を見て思いとどまった。
「若頭・・・」
 緒方が直立不動で涙を流しながらつぶやく。木元の表情はいつもの極道のそれに戻っていた。だが、彼の目は見たこともないくらい真っ赤で晴れ上がっていた。木元は泣いていたのだ。部下や自衛隊員の前では見せられない1人の男の表情を見せていたのだ。そして、木元がその表情を見せた意味を組員たちは即座に知った。
「うう・・」
「姐さん・・」
 木元は前田の元に赴いて、何か耳打ちした。前田は「で、ご夫人は?」と小声で返す。こっちには聞こえないくらいの声で木元が前田に報告した。前田は天を仰ぎながら木元の肩を叩いて手を回した。
「聡子さん・・・・」
 エスタが泣きながらつぶやいた。思えば、彼女が泣くのはほとんど見たことがなかった。よっぽどショックだったんだろう。ぼくは彼女の肩を抱き寄せた。
「聡子さんは旅立ったんだ・・」
「どこへですか・・・?」
「ご主人といっしょに遠くへね・・・」
 それを聞くとエスタはなにも言わずに体をぼくに預けた。


439 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:49 [ U1ST69q6 ]
では投下します

「若頭、本気ですか?」
 緒方が木元に食い下がった。聡子の遺体を収容し、迎えのヘリが着いたというのに木元は残ると言い張っているのだ。
「緒方、俺は姐さんに代わって最後まで見届けなきゃいけない。姐さんを頼むぞ・・・」
「さあ、早く!」
 パイロットにせかされて緒方以下島田組の面々がヘリに乗り込んだ。緒方は扉を開けたまま木元を見つめている
「若頭!!」
 緒方が自分の日本刀を木元に投げ渡した。
「使ってください!」
 木元は無言でうなずいた。聡子を乗せたヘリは木元を残したまま、沖に停泊している「おおすみ」に向けて飛び立った。「おおすみ」からノビルバーナの空港へ、それから春日基地に運ばれていくそうだ。
 聡子と島田組を乗せたヘリと入れ替わって米軍から貸与されたCHー53が敵駐屯地に仮設されたヘリポートに降りてきた。市村のヘリだった。
「前田隊長、おまたせしました!」
 CH53の後部ドアが開いた。そこには先客がいた。ヘリの無骨な内装に不釣り合いな立派な鎧。腰の長剣がかたかたと音を立てている。王室警護隊長ランドルフとその部下の騎士2名だった。3人とも顔面蒼白でふらふらだった。

440 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:50 [ U1ST69q6 ]
「ちょっと失礼・・・・」
 3人はヘリから降りると地面に座り込んだ。どうやらヘリに酔ったようである。
「いや、ボルダーを捕縛したと聞いて王国を代表して身柄の引き渡しにうかがったんですが・・・・、このヘリとやらには初めて乗ったもので・・・・」
 ようやく立ち上がり前田と握手を交わしたランドルフが恥ずかしそうに言い訳した。
「身柄引き渡しの前に、彼を伴って偵察に行きたいのですが・・・」
 前田がランドルフに状況を説明した。彼はしばし考えていたがため息をつくとそれを承知してくれた。
「いいでしょう。ジャルバを捕まえるなり殺すなりすればこの戦争は終わります。私も同行しましょう・・・」
 前田はボルダーを促してヘリに乗せた。続いて3名の隊員が乗り込む。それに続いてぼくとエスタも乗り込んだ。
「自分もいっしょにいいでしょうか・・・・」
 木元が前田に許可を求めた。前田は今度はぼくの方を見る。決めかねているようだ。無言で頷いた。
「すいません・・・」
 木元は一礼してヘリに乗り込んだ。
「このまま南方向に飛んでくれ!」
「了解!よし!テイクオフ!」
 前田と自衛官3名、ランドルフと騎士2名、ぼくとエスタに木元。ボルダーを乗せたヘリはジャルバが待つという丘を探して離陸した。

441 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:50 [ U1ST69q6 ]
「三尉、単機じゃ危険すぎやしませんか・・・?」
 副操縦士の北島が市村に進言した。市村は相変わらずハイテンションで操縦している。見かねた北島がもう一度市村に進言する。
「わかってるって。抜かりはないさ・・・」
 市村は自信満々に答えると鼻歌を歌いながら操縦に戻った。北島はその反応に不満げだったが、すぐに市村の余裕ぶりを納得した。
「こちらチャーリーエンジェル。運び屋、聞こえるか?」
 北島は市村を見た。これが彼の余裕の根拠だった。
「エンジェル、こちら運び屋。ちょっと散歩の仕事が入った。支援を頼む。」
「了解。対戦車ヘリが後数時間で活動を開始できるはずだ。それまでこっちで援護する。地上砲火に気をつけろ。こっちの速度じゃ援護しきれない可能性がある」
 ランドルフはボルダーを窓に立たせた。
「さあ。ジャルバのいる丘はどこです?」
 ボルダーは初めて乗ったヘリにおびえながらあちこち見回している。
「空からじゃまったく検討がつかんよ・・・」
 その言葉に木元が緒方から渡された日本刀を抜いて剣先をボルダーに突きつける。ボルダーは目をひんむいて後ずさった。
「姐さんの言葉を忘れたか・・・。下手な嘘つくとたたき落とすぞ・・・」
「わ、わかった・・・やってみる」
「やってみるじゃねえ!やるんだよ!このボケがぁ!!」
 木元は窓に食い入るボルダーの尻を蹴飛ばした。
「は、はい・・・!」
 尻を押さえながらボルダーは食い入るように窓を見つめた。反逆者とはいえ、仮にも枢機卿のボルダーにここまで強く出る木元の迫力にさすがのランドルフもびっくりするばかりだった。
 と不意にヘリが旋回した。前田が「おっ」というかんじで壁に手をついた。
「ドラゴンランサーだ!4騎、正面から来るぞ!回避運動!」
 さっきまでの気の抜けた表情から一変して市村がてきぱきと北島に指揮をとばす。そう言えば、まじめに任務にあたる市村を見ることは今までほとんどなかった。エスタも同じ感想を持ったのだろう。
「あんなまじめな市村三尉を初めて見ました・・・」

442 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:51 [ U1ST69q6 ]
「こちら運び屋!さっそくお客さんだ。そっちでうまく料理してくれ!」
「エンジェル了解!もうロックしてある。魔法攻撃に備えて回避運動を続けろ・・・。何でもそっちにはヘリ隊のアイドルが乗ってるそうじゃないか」
「そうだよ。それにそのアイドルの彼氏も乗ってんだ。しっかり頼むぞエンジェル!」
「三尉!来ます!」
 チャーリーエンジェルからの返事の代わりにドラゴンランサーの放った火の玉がヘリをかすめた。それと同時にチャーリーエンジェルはロックした目標にサイドワインダーを発射した。
「命中!命中!」 
 遠くで花火のように炸裂するサイドワインダーがヘリからも確認できた。さすがは歴戦のチャーリーエンジェルだ。4つの花火はドラゴンランサーを完全に撃破したことを意味していた。
「さすがは歴戦の勇士だ!掃除は完了だな」
 市村のほめ言葉をエンジェルは素直に受けることはできなかった。フリップに無数のアンノウンが映っているのを発見したのだ。
「まだだ、運び屋。無数のアンノウンが接近中だ。うちらではターゲットリッジだ。イージス艦に支援を要請する。待機しろ」
「りょ、了解・・・」
 交信を終えて市村が前田の方を振り返った。前田は交信を聞いていたようで平然と構えている。
「前田隊長、ちょっと偵察って、目標は何なんです?」
「ちょっとした目標さ。敵の親玉だ」
 市村が固まった。そんな話聞いていないぞって表情なのは目に見えてわかった。それ以上に驚いているのは北島だろう。明らかに顔がひきつっているのが見て取れた。
「じょ、冗談じゃないっすよ!敵の親玉って・・・。そりゃこれだけインタセプターもあがってきますよ・・・」
 さっきまでの余裕はどこへやら、市村がぼやいた。しかし彼もまた幹部だった。
「まあ、やるだけやりましょう・・・。エスタちゃんにもいいとこ見せないとな」
「すまんな、三尉」
 前田がねぎらいの声をかける。市村はふっと皮肉な笑みを浮かべた。
「内地に帰ったら中州でおごってもらいますよ!」

443 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:51 [ U1ST69q6 ]
「運び屋!スタンダードが飛来する!待機しろ!」
 エンジェルは素早く状況を市村に伝えた。さて、はたしてミサイルの数は足りるのだろうか・・・。足りなかったら?こっちでやるしかないだろう。第2派が飛来する頃には市村のヘリは敵に追いつかれるだろう。
「エンジェル2、またしても俺たちのスタンドプレーが必要かもしれないぞ」

444 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:52 [ U1ST69q6 ]
「来た!やっちまえ!」
 ヘリの正面でさっきよりも多くの花火が見えた。イージス艦からのミサイル攻撃だった。さすが、イージスの名前を持つだけのことはある。完璧な精度で次々とドラゴンランサー(だろう)を撃墜していく。
「こちらエンジェル!撃ちもらしがあるようだ。仕上げは任せろ。回避機動をとりつつ待て!」
 やはり敵の数の方がイージス艦で1度に対応できる数よりも勝ったようだ。6,7騎がそれでも突進してくる。
「速度を極力落としてバルカン砲で片づけろ。あまり速いとあたらないぞ!」
 エンジェルは僚機に指示しながらぎりぎりまで速度を絞る。すれ違いざまに落としてやろう。2機のF−15は低速ですれ違いざまにバルカン砲で3騎を撃墜した。
「あとはミサイルだ。これでカンバンだ!はずすなよ!」
 すれ違ってすぐに加速をかけて敵の後方上空に回り込む。エンジェルは素早くロックすると残ったミサイルを発射した。
「命中!命中!運び屋。とりあえずはオールクリア!すぐに交代が来る!」
「了解。このまま待つ!」
 市村がそれに答える。しかしエンジェルは市村の高度が少し下がっているのに気がついた。
「運び屋!回避運動で高度が下がってる!上昇しろ!」
 エンジェルの忠告を聞くまでも市村はすばやく上昇を始めた。

445 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:52 [ U1ST69q6 ]
 エンジェルは市村が上昇を始めるのを確認していた。どうにかこれで今日の仕事は終わったようだ。そう思ったときだった。レーダーの警告音が鳴り響いた。
「運び屋。対空砲火だ!ブレイクしろ!」
 エンジェルからの警告は市村も確認していた。北島が真っ青な顔で市村に指示を仰ぐように見つめている。
「馬鹿野郎!チャフ、フレア放出!回避運動だ!!」
 魔法にどこまで子供だましが通用するかわからないが、ミサイルに対してと同じようにチャフ、フレアを放出する。そして大きくヘリを旋回させた。
「うわっ!」
 ランドルフの部下が思わずしりもちをついた。無理もない。ヘリ初体験がこんな危険な飛行になろうとは誰も思わないだろう。
「ばかもん!それでも王室警護隊の騎士かっ!」
 ランドルフも部下をしかるが、その当人が座席にしがみついているのだから説得力はない。
「くそっ!悪魔の雷だ!」
 窓から見ていた隊員が叫んだ。次の瞬間、ヘリの天井に頭がぶつかるのではないかというような衝撃がぼくたちを襲った。
「うわっ」
「きゃあ!」
 全員が床に放り出された。どうやら命中したようだ。
「くそ!後部ローター破損!パワー落ちてます!」
 北島が半分泣き声で報告する。市村は操縦桿をめいいっぱい引っ張りながら叫んだ。
「メーデー!メーデー!」
「運び屋!やられたか!」
 エンジェルが市村に答える。
「エンジェル!救援だ。グリッド345あたりに着陸する。周りは森林だ。対戦車ヘリに普通科もよこしてくれ!」
「よし!位置は確認した。待ってろ!絶対助ける!」
 エンジェルは素早く市村の予想不時着位置を司令部に伝えた。あとはヘリ部隊がそれだけ早く行動を開始できるかだ。どうやら先ほどの彼の予言通り、ちょっと忙しいことになりそうだ。

446 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:53 [ U1ST69q6 ]
「みんな、床に伏せて頭を抱えろ!」
 市村が機体を必死で保ちながら叫んだ。コックピットでは無数の警告音が鳴り渡ってもはや手がつけられないありさまだった。
「だいじょうぶか?」
 思わず前田が市村に確認する。こんな状況にも関わらず市村は笑顔で前田に答えた。
「天孫光臨のようにやさしく降りてみせます!北島、おまえも衝撃体勢をとれ!」
 ぼくはエスタを抱いて床に伏せた。ここは市村の腕を信じるしか道はない。
「不時着するぞ!」
「た、たすけて・・・」
 ボルダーが床にへたばりながら誰彼かまわず訴えている。そのそばにはこんな状況にもかかわらず、抜き身を持った木元が控えている。相当な執念だ。
「だまれ、舌をかまれてしゃべれなくなったら一大事だ」
 木元の一喝でボルダーは脂汗を浮かべながらだまった。次の瞬間。ヘリ全体が上下左右に揺れた様な気がした。この世の終わりのようだった。エスタを抱きかかえたままその衝撃に数秒は耐えていたような気がする。ぼくはそのまま気を失った・・・

447 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:54 [ U1ST69q6 ]
 「原田さん!原田さん!」
 ぼくを呼ぶ声で目を覚ました。目の前にはめがねにひびの入った前田がいた。エスタは?本能的にそう思ってまわりを見回した。彼女は怪我したランドルフの部下を介抱している。彼女自身に怪我はないようだ。
「いてて!」
 聞き覚えのある声で横を見た。ぼくは不時着したヘリを背に横たえられていたようだ。声の主は市村だった。
「市村三尉・・・」
「ああ、原田さん。右腕をやっちゃったみたいです・・・」
 すでに添え木をされ応急処置のすんだ市村の右手は三角巾でつるされていた。ぼくは少しふらつきながらも立ち上がった。思ったよりも体が軽いことに安堵した。頭を打っただけのようだ。
「マスター。だいじょうぶですか?」
 ぼくに気がついたエスタが駆け寄ってくる。市村が冷やかしの意味を込めて口笛を吹いた。周囲を警戒する自衛隊員から笑い声が聞こえた。無傷だったら蹴っ飛ばしてやるところだ。
「みんな無事かい?」
 ぼくはエスタに尋ねた。それに代わって前田が答えてくれた。
「市村三尉が右腕骨折、王室警護隊が1名頭を打って負傷。北島一曹も左足骨折です・・・」
 見ると、市村の横に騎士が、そのまた横に北島が足に添え木をして座っている。後の者が無傷、またはかすり傷程度なのが奇跡だった。市村の実力に改めて脱帽する結果だった。
 ボルダーはまたしても無傷ですんでいた。着剣した隊員の銃口の前でおとなしく座っている。その横で木元も日本刀を肩にしてタバコを吸っていた。
「運び屋!運び屋!聞こえるか?」
 前田の持っていたレスキューラジオからチャーリーエンジェルの声が聞こえた。前田がそれに答える。
「エンジェル!こちら対馬の前田だ。運び屋は2名とも負傷している。ヘリも中破。単独での脱出は困難だ」
「了解。こっちも急遽、補給をすませて戻ったところだ。上空が少々やっかいになってる。対戦車ヘリと救援ヘリはもう数時間かかる。こっちでも援護するからもうちょっとがんばってくれ!」
「了解!」
 みんなが無線に気を取られているときだった。隊員を突き飛ばしてボルダーが森の中に消えた。

448 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:55 [ U1ST69q6 ]
 木元がボルダーの逃げた方向にイングラムを乱射する。手応えはなかったようで木元は舌打ちしながらマガジンを交換した。一瞬の隙をつかれた見事な逃亡だった。
「追跡するぞ!」
 ランドルフが剣を抜いて無事な部下に命令した。しかし、前田がそれを制止した。
「ぬっ。行かせてください!重要な捕虜なんですぞ!」
「わかってます」
 前田はレスキューラジオをとるとエンジェルを呼びだした。
「エンジェル。捕虜が逃亡した。これより追跡する。グリッド345から南下する。援護してくれ」
「了解!無理するな。不時着地点に救護班と普通科小隊が向かう予定だ。」
 前田は交信を終わると今度はヘリの中に潜り込んだ。なにをするんだろう。一同は立ったままそれを見守っている。
「よっしゃ!やっぱりあった!」
 前田が持ち出したのはM−16とレスキューラジオだった。
「ヘリの後部に残したままだったんだ。役に立つだろう。大木、川崎、岩丸。担架を作れ。」
 その言葉を聞いて市村は前田の意図を察した。負傷者を連れてボルダーを追跡する気なのだ。
「前田隊長。俺たちは残りますよ」
「い、市村三尉?」
 思わずエスタが声を上げる。こんな危険地帯に負傷者だけを残すなんてあまりに無謀だ。それはぼくでもわかるくらいだ。
「俺たちがいちゃ足手まといだ。あいつはどうせ親玉のところに逃げ帰るはずでしょ。行ってください」
 北島も市村と同じ考えらしい。前田に真剣な表情で頷いている。ランドルフも考えていた。動けいない部下を残していいものか・・・。負傷した騎士も市村たちに賛成だった。
「ランドルフ様、お早く。ボルダー卿を見失います。」
「どうせ、救助されて先にいい思いするのはこっちです。けが人の役得ですよ。さあ・・・」
 市村の再度の言葉に前田も決心した。M−16を北島に渡し、レスキューラジオを市村に渡した。
「死ぬなよ、三尉」
 前田が市村に敬礼する。市村も笑顔で敬礼を返す。北島も同じく敬礼を返した。
「中州のおごり、忘れちゃだめっすよ」
 無言で振り返ると前田は部下に出発を命令した。隊員はボルダーの逃げた方向へ出発した。ランドルフもそれに続いて出発を命じた。

449 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:55 [ U1ST69q6 ]
「市村三尉・・・・」
 エスタが市村のところに駆け寄った。
「エスタちゃん、行くんだ。大スクープだぞ」
「はい・・・」
 市村の覚悟にぼくは思わず感動した。カメラにその光景を2,3枚収めた。エスタは感極まって市村を抱擁した。
「無事でいてください・・・」
 抱きしめられる市村と目があった。市村はにやけらがらぼくにウインクした。こいつ、死ぬ気はさらさらないようだ。ちょっと安心すると同時に、役得と言わんばかりの表情に怒りがぼくの心にわいてきた。
「さあ、行くぞ!」
 ぼくにうながされてエスタは出発した。ぼくも残る3名を振り返って出発しようとした。しかし、それを市村が止めた。
「原田さんこいつを・・・」
 市村が渡したのは彼のシグザウエルだった。
「規則違反だが、俺は撃てない。いざという時、使ってください。弾は8発。上の部分のスライドに指をかけちゃいけませんよ。これであんたの好きな女を守るんですから・・」
 市村はにっこり笑った。いつになくまじめで、誠実な笑顔だった。彼はぼくの肩をぽんと叩いた。
「さあ、行ってらっしゃい。最後の戦いだ」
 ぼくは彼のシグを腰の後ろにさして振り返ることなく歩き始めた。彼らはきっと助かる。すぐに救援のヘリが来る。これは永遠の別れではないことを確信していた。

450 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:56 [ U1ST69q6 ]
 ボルダーは兵士ではない。なおかつ、さんざん木元に脅されてかなり動揺しているようだった、森の中は彼の逃亡の痕跡があちこちに残っている。それをランドルフたちを先頭に追跡する。
「ボルダー卿!いさぎよく出てらっしゃい!」
 時折、森に向かって叫びながらランドルフは前進した。エスタは時折後ろを振り返っていた。
「マスター、市村三尉たちは大丈夫でしょうか・・・?」
 彼女の問いに的確に答えられる者は少なくともここには誰もいない。前田の持つレスキューラジオにも未だに何の連絡もない。
「なに・・・大丈夫さ。きっと・・・」
 ぼくの言葉が終わらないうちに銃声が響いた。同時に狭い道を進むぼくたちの両側から黒い鎧の敵が襲いかかってきた。長剣で、銃剣でその奇襲の一撃を受け流す。前田はシグを抜くと隊員が64式で受け止めた剣を今一度振りかざそうとする騎士に2発発砲した。騎士は黒い鎧に赤い穴を開けてぶっ倒れた。
「くそ!近すぎる!」
 隊員の1人が叫びながら剣を上段に構えてつっこんできた騎士の腹に銃剣を突き刺した。ランドルフたちはもっと冷静だった。部下も含めて2人で剣を抜くと目に付いた敵に次々と反撃した。
「死ねぇぇぇえ!!」
 叫び声をあげながらぼくにつっこんできた騎士に、思わずさっき借りた市村の拳銃を抜いて2発撃った。軽い反動がぼくの両肩を襲って視界が一瞬なくなった。だがそれは本当に一瞬で、次の瞬間にはその騎士は仰向けに倒れて死んでいた。正当防衛とはいえ、初めて他人を撃った感触は、自分の命を守った興奮にかき消された。
「よし!前進しろ!」
 9名の騎士を片づけて一行は前進を再開した。ぼくは銃を再び腰の後ろに挟んで歩き始めた。

451 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:57 [ U1ST69q6 ]
 小高い丘の上でボルダーを見つけた。前田はしげみを利用して慎重に接近した。ボルダーは丘の頂上付近の開けた部分でうろたえながら左右を見ている。ランドルフと前田が目で合図して、自衛隊員、王室警護隊の騎士がボルダーの背後に躍り出た。
「動くな!」
「そのままだ!」
 自衛隊員が口々に警告の言葉を発する。ボルダーは振り返って少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに今まで見せたことない余裕の表情を浮かべた。
「愚かな・・・。ここまで追ってくるとは」
 そういうとボルダーは目の前の植え込みに恭しくひざをついた。刹那、身を切るような風を感じた気がした。何か恐ろしく不吉な気配がぼくを包んだ。いや、ぼくだけではない。前田や自衛隊員。ランドルフやその部下も一様に硬い表情でボルダーの跪いた先を見つめているのだ。
「ボルダーか・・・」
 甲高い、それでいて威圧感のある声が聞こえた。もはやぼくたちは目をそらすこともできなかった。黒いマントに身を包んだ敵の親玉、大魔道師ジャルバがぼくたちの前に姿を現したのだ。
「あっ!」
 一番最初に驚きの声をあげたのはランドルフだった。その反応に気がついたのか、ジャルバは視線をランドルフに向けた。
「ほお・・・。王室警護隊か・・・」
 黒衣に身を包んだ人物はまちがいなく、行方不明になった幼きコルバーナ皇帝だったのだ。皇帝は見下すような視線でランドルフたちを眺めていた。

452 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:57 [ U1ST69q6 ]
「ふうん・・・。驚きを感じているな・・・。まあ、無理もないだろうな」
 皇帝、いやジャルバは薄笑いを浮かべてランドルフたちを見やった。思春期の少年の外見だがその言動は明らかに違和感があった。
「異世界人もいるな・・・。まさか、召還させた大地にこんな連中がいるとは、さすがの余も予想外だったわ。グロス・ドラゴンランサーだけでなく、余のつゆ払いの悪魔の御使いまで葬るとはな」
 ジャルバの言葉を受けてボルダーがうやうやしく彼に言上した。
「はっ。つきましてはご命令通り、異世界人をおつれしました」
 その言葉にジャルバはボルダーをにらんだ。ボルダーはそれだけで蛇ににらまれた蛙のように縮こまった。
「ボルダー。うそをつくな。貴様がこやつらにとらえられたのはわかっておる」
「お、お許しを・・・・。結果的にはジャルバ様のご命令は達成いたしました」
「ふん」
 ジャルバが鼻で笑った、と思った瞬間、ジャルバの後ろの岩が砕け無数の岩の固まりがボルダーを貫いた。ボルダーの口と鼻から血が流れ出た。
「じゃ、ジャルバ様・・・」
 ボルダーはうつぶせに倒れてそのまま動かなくなった。残されたのは王室警護隊と自衛隊だけだ。ジャルバはぼくたちを順番に見やった。
「ほお、おまえは余に対して並々ならぬ憎しみを持っているようだな・・・・」
 ジャルバは木元を見ながら言った。そして再びぼくたち全員を見回した。
「手の武器はじゃまだ」
 目に見えない力が隊員や騎士を襲った。彼らの手の中の64式や長剣がみごとにぐにゃっと曲がって地面に落ちた。ただ例外に木元の持つ日本刀だけは何の変化もなかった。ジャルバはその結果を見て満足そうな笑みを浮かべた。
「憎しみを抱く異世界人よ。余はここだ。愛とやらも語れぬ男が余の命を奪えるかな?」
 ジャルバはぼくたちの心理を読んでいる。少なくとも喜怒哀楽は彼にはわかるようだ。脂汗を流しながら、ぼくたちは動くこともできないまま立ちつくした。
「木元さん、これは挑発だ!」
 前田が木元に忠告する。ジャルバはそれを止めようともしない。完全に木元を挑発しているのがわかった。

453 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:58 [ U1ST69q6 ]
「やろう!!!」
 我慢できなくなった木元が日本刀を抜いてジャルバに襲いかかった。外見はコルバーナ皇帝のジャルバに容赦なく上段から刀を振るった。ジャルバがふと笑ったように見えた。
「ぐっっ」
 木元の刀がジャルバに襲いかかる前に、木元の腹を大きな枝が貫いていた。そのまま木に押し倒されるように木元は仰向けに倒れた。
「ははは!異世界人も大したことがないわ!所詮感情に振り回される動物に等しいのか!」
 高らかにジャルバが笑った。と、彼はぼくたちに振り返った。無邪気な少年の顔が、恐ろしく悪辣な笑顔でゆがめられている。
「余は知りたいのだ。異世界人の心を。おまえたちは大いなる力を持っていても、時にはそれを使わずに無駄な苦労を招いている。その心が知りたい」
「人間は話し合う能力を持っている。殺し合うだけが能じゃないのだ」
 前田が無表情でジャルバに答えた。心を悟られまいと思ってのせめてもの抵抗なのだろう。ジャルバはそんな前田を例の悪辣な笑顔で振り返った。
「わからんな・・・。おまえは軍人だ。殺すのが仕事だろうに・・・。ほお・・・・」
 ジャルバはぼくに視線を移した。その瞬間射すくめられたように身動き一つできなくなった。
「おまえは軍人ではないな・・・」
 その瞬間、ぼくの中にジャルバが入ってきた。目の前の視界が一変した。

454 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:59 [ U1ST69q6 ]
 ぼくは宙に浮かんでいた。眼下に見えるのはノビル王国軍だ。黒の教団を攻め立てている。これは1000年前。なぜかぼくにはわかった。
「余の王国を滅ぼし余を封印した連中だ。余はコルバーナに残った黒の教団の部下を宮廷に送り込んだ。代々のコルバーナ皇帝をいつ余が復活してもいいよう、暗黒魔法で媒体にしていった。」
 次にぼくが見たのは前の戦役でのコルバーナ軍だった。次々と自衛隊の火力の前に倒れていく。
「コルバーナ兵には皇帝への絶対の忠誠心を持たせる必要があった。余の媒体としての皇帝を下手に殺されでもしたらやっかいだからな。彼らは見事に役割を果たした。代々、時間稼ぎをしてくれたのだからな・・・」
 なんということだ。皇帝への絶対の忠誠心。それはジャルバが復活するまでコルバーナ帝国を、皇帝の血脈を保つためだけの時間稼ぎだったのか・・・。
「おまえたちの方も、それはそれでいろいろ血なまぐさいことをやっておるではないか。わずか1000年で都市どころか自ら滅ぼす方法まで手に入れてな・・。ははは」
 ジャルバがぼくを挑発するように笑った。彼をにらもうにも姿が見えない。今はただ闇の中に自分だけが浮かんでいるような感覚だ。
「方法はあるが使わないだけだ。他人と理解し合い、わかりあおうとするからな。おまえにはそんなことできないだろ!」
 ジャルバはぼくの言葉にまたしても声だけで笑った。
「余にそのようなものは必要ないわ!余の求めるものは闇の世界だけだ。そして闇の世界で余を崇拝する者だけだ!異世界人よ、おまえらの能力をすべて余が会得した後はおまえたちには死だけだ。おまえたちの能力を手に入れれば、また異世界からどこかの島でも召還してそいつらの能力も食い尽くせばよい!おまえらはそれだけの存在なのだ!ははは」

455 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 00:59 [ U1ST69q6 ]
不意に視界が元に戻った。いつのまにかひざを突いて、額には脂汗がびっしりと浮かんでいた。
「マスター!大丈夫ですか!」
「原田さん、いったいなにが・・・」
 エスタと前田が駆け寄った。ぼくは2人を交互に見やった。少し離れたところでランドルフもぼくを注視している。ぼくはさっきまでの経験を深呼吸しながらやっとのことで伝えることができた。
「いなごだ・・・。別の世界からいろんな連中を呼び寄せてそいつらの、財産と技術を奪い尽くす。その繰り返しだ」
「じゃ、じゃあ我々は元の世界に戻る方法はないということか」
 前田がぼくに質問した。しかし、その回答を答えたのはジャルバだった。相変わらずさっきまでの場所に立ったまま、ぼくたちに好きなようにしゃべらせているのは余裕の現れなのだろう。
「おまえたちの役目は余に異世界の知識を与えることだ。それ以上の目的はない」
「では、その後我々にどうしろと?」
 前田の質問にジャルバは今度は少し無邪気な笑顔を浮かべた。この笑顔だけ見ると本当にあどけない少年にしか見えない。しかし、その口から発せられた言葉は少年のそれとはかけ離れていた。
「死ね」
 前田の表情が固まるのを見てジャルバは再び笑った。そしてすっと歩いてぼくたちに接近してきた。ランドルフと騎士が身構えるが、彼らの武器はすでに破壊されていて丸腰同然だ。いや・・・、まだ残っているぞ。ぼくのズボンにはまだ市村のシグザウエルが挟まっていた。
「異世界人はまだ少し生きていてもらおう・・・。王室警護隊か・・・1000年のつきあいだ。もう用はないな」
 ジャルバの背後の岩が砕けた。無数の破片が宙に浮かんだ状態で止まっている。ジャルバが騎士の方を見た。岩の中でひときわ大きいつららのような破片が騎士の心臓を一瞬のうちに貫いた。

456 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 01:00 [ U1ST69q6 ]
「前田隊長・・・」
 血を吹き出して倒れた騎士をうれしそうに眺めるジャルバの視線をさけながらぼくは前田に、目でシグザウエルの存在を知らせた。前田は目で頷いた。さりげなくぼくの左側に回った。ジャルバはそのやりとりに気がついていないようだ。いや、あえて気がついて黙っているのか・・・
「ランドルフ・・・。おまえにも用はない」
 ジャルバが口を開いた。前田はすばやくぼくのズボンからシグを抜くとジャルバに標準をあわせて残った6発を彼の胴体に撃ち込んだ。
「やった・・・」
 エスタが聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやいた。ジャルバは自分の穴のあいたマントを不思議そうに見つめている。だがいっこうに血が流れ落ちる気配がない。
「ふははっ!おまえらの猿芝居くらいわかっておったわ!」
 弾丸がマントの間からバラバラと落ちた。強力な防壁魔法のようだった。前田はじめ自衛隊員ががっくりと肩を落とした。もはや抵抗するすべがないのだ。落胆する自衛官を見てジャルバがおもしろそうに言った。
「異世界人よ、人と人とはわかりあうとか言っておったな・・・。」
 さっき地面に落ちた弾丸が2発、ジャルバの目の前に浮かび上がった。
「わかりあった者を殺された時の感情を知りたいのだ・・・」
 ジャルバの視線がエスタに向けられていた。エスタは恐怖で顔をひきつらせて動けない。とっさにそばにいた隊員がエスタを抱きかかえた。

457 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 01:01 [ U1ST69q6 ]
「きゃっっ!!」
 隊員とエスタが倒れた。ジャルバが哀れみとも蔑みともつかない笑顔でぼくを見た。
「エ、エスタ!」
 思わず彼女に駆け寄った。弾丸は1発はとっさにかばってくれた隊員の腕に当たっていた。しかしもう1発はチョッキを貫通して彼女の肩の付け根に命中していた。真っ赤な血で彼女のチョッキといわず、下のシャツといわず染まっていくのが目に見えた。ランドルフが駆け寄ってエスタを抱きかかえた。隊員が腕を押さえながら起きあがって彼女の傷を確認した。
「まずい・・・。肩の付け根だ。止血ができません」
 前田が自分のシャツを破いてエスタの傷口に当てるが出血はとまらない。どくどくと前田のシャツの切れ端が血で染まっていく。
「マ、マスター・・・」
 荒い呼吸をしながらエスタがぼくを呼んだ。ぼくは血塗れの彼女の手を強く握った。いつものように強く握り返す力が伝わってこない。弱々しく反応するだけだ。
「しゃべるな!しゃべっちゃだめだ!」
 これだけしか言うことができない。なにもできない自分が歯がゆくて仕方がない。そしてジャルバの不敵な笑みが憎らしくてしょうがなかった。
「そうか!この感情か・・・。混乱・・・そして、怒り、悲しみ。弱い存在だな、異世界人よ。愛する女が死ぬことでここまで弱くなるのなら、愛などは足かせにすぎないわけだ。ははは!その足かせに縛られて己に与えられた能力も使いきれないとは・・・!愚かすぎる!」
 ジャルバはぼくを見て高笑いした。エスタを抱きかかえたままのぼくはなにもできない。できることなら、ヤツをこの手で殺したかった。

458 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 01:02 [ U1ST69q6 ]
 そのとき、ぼくの気持ちを代弁するかのようなことが起こった。
「愚か者の異世界人め・・・その女の死をじっくり見つめろ!そして・・・・」
 ジャルバが言葉を止めて後ろを振り返った。彼の表情から笑顔が消えた。その表情は焦りとも、恐怖ともとれる表情だった。彼の後ろには血塗れの木元が立っていたのだ。彼の手には日本刀が握られていた。
「でやぁぁぁぁ!!!!」
 気合いの声とともに木元は日本刀をジャルバめがけて振り下ろした。ジャルバの幼さを残す首が、するっという感じで胴から離れた。それと同時に、彼の目前の空中に浮かんでいた弾丸、岩の破片が地面にバラバラと落ちた。
「やった・・・」
 ランドルフが呆然とした表情のままつぶやく。前田が、木元に駆け寄った。木元は刀を構えたまま荒い呼吸をしていたが、歩み寄ってきた前田ににやっと笑うとそのまま地面に突っ伏した。
「な、にが起こったんですか・・・」
 エスタが苦しそうにぼくに尋ねた。隊員がぎゅっと押さえた傷口からの出血は少し収まっているようだ。ぼくは彼女を抱きかかえたまま答えた。
「木元さんが、やったんだ・・・」
 前田が倒れた木元の脈を取った。しばらく様子を見ていたが、こっちを見て首を横に振った。文字通り、渾身の最後の一撃だったようだ。聡子の仇を討ったわけだ。極道の若頭の禁じられた秘められた愛の結末はあまりに悲しい結末に終わってしまった。だが彼自身その結果には満足しているだろう。そう思わずにはいられなかった。
「マ、マスター・・・」
 エスタが苦しげに声を上げた。起きあがろうとしているようだ。抱きかかえるぼくと、傷を押さえている隊員とでどうにか押さえつける。
「これで・・・戦争は終わりですね・・・」
「ああ、戦争は終わりだ」
 エスタはぼくの言葉を聞いて静かな笑顔を浮かべる。ヘリの音が聞こえてきた。どうやら救援が到着したようだ。
「もうすぐ助けが来る。特ダネだ。ぼくたち2人の特ダネだぞ!」
 ヘリが着陸して対馬警備隊の面々がヘリから飛び降りた。ヘリには負傷して残してきた市村、北島、そしてランドルフの部下がいた。
「エ、エスタちゃん!!」
 市村がヘリから飛び降りて来る。腕は三角巾で吊したままだが、驚異的なスピードでぼくたちのところまで走ってきた。
「市村三尉・・・」
 弱々しく答えるエスタに市村は涙声で叫んだ。
「約束の別府温泉だ!もう予約したんだ!しっかりしろよ!全部俺のおごりでいいからさぁ!!死んじゃだめだ!」
 市村の早口気味の言葉を聞いてエスタは目を閉じたままにっこり笑った。
「マスター、やりましたね・・・。とびっきりの「とくだね」ですよ・・・・」
 それだけいうとエスタの体はぐったりとぼくの腕にのしかかった。
「エスタ!エスタ!エスタ!」
 ぼくは叫んだ。叫び続けた。あらんかぎりの声で叫ぶぼくの上空を、チャーリーエンジェルのF−15が轟音をあげて通り過ぎていった。



461 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 23:57 [ zWPpUwcA ]
それでは、投下します

 意識不明のエスタと、木元、騎士の遺体を収容してヘリは飛び立った。眼下にジャルバの死体が見えた。木元の執念の一撃が彼の首を見事に切り落としたわけだ。
「彼女の容態はどうだ?」
 酸素マスクをかぶせられたエスタは真っ青な顔をしている。相当な出血があったのだ。衛生科の田中が脈を取りながら神妙な表情をしている。
「何とも言えないですね・・・」
 前田もランドルフもぐったりとして座り込んでいる。さすがに、敵の親玉との対峙は彼らの精神を疲労させたのだろう。それはぼくも同じだった。ふと外に目をやった。護衛のAH-1が平行して飛んでいる。
 いきなり、そのAH-1が火を噴いた。ものすごい早さで何かが上昇してきて彼らを一瞬のうちに葬ったのだ。ドラゴンランサーの比ではない。
「よくぞ、我が媒体を殺したな、異世界人よ・・・」
 ジャルバの声だった。どこからともなく聞こえてくる。前田とランドルフが驚いて周囲を見回すが当然周りにはなにも見えない。ジャルバはまだ死んではいないのだ。

462 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 23:58 [ zWPpUwcA ]
「なんだこいつは?こんなの見たことないぞ!」
 チャーリーエンジェルはレーダーを見て驚愕した。突如現れたアンノウンがマッハ2を超えるスピードで護衛のAH-1をたたき落としたのだ。
「こんな速いヤツは初めてだ!エンジェル2、本格的に行くぞ!」
 2機のF−15は一気にアンノウンの背後に回り込んだ。あっさりとロックオンできた。
「こいつは・・・」
 アンノウンは巨大な黒い物体だった。カラスとも戦闘機ともつかない。ただその大きさはカラスとは比較にならない。エンジェルは少し目を凝らして見てみた。黒い部分は影のように実体がないように見えた。まさか、とりあえず、ロックした目標に撃ってみる。
「よし!発射!」
 チャーリーエンジェルはサイドワインダーを発射した。きれいな弧を描いて確実にアンノウンを追尾していく。
「命中!命中!・・・・あれ?」
 ミサイルは確かに命中したはずだった。しかし爆発しない。アンノウンは大きく旋回するとこっちに向かって突進を始めた。エンジェルは少し焦り始めた。

463 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 23:59 [ zWPpUwcA ]
 「ミサイルが効かない?」
 ぼくはエンジェルの交信を聞いて慌てるヘリの操縦士を聞いていた。前田がぼくに近寄ってきた。彼の言葉はぼくの抱いていた疑念と完全に一致した。
「あれはジャルバじゃないんですか?」
「やはり・・・」
 前田の予想通りの言葉にぼくは思わず薄ら寒くなった。ジャルバはこの世界での媒体を殺された。この上ぼくたちを襲うのに、何の目的があるのか・・・。まさか・・・・・
「あっっ!!」
 ジャルバの言葉を思い出した。「媒体」・・・。ヤツはこの世界ではコルバーナ皇帝を媒体にしていた。それが死んだ今、ヤツは新たな媒体を探しているはずだ・・・。ぼくは副操縦士のヘルメットを無理矢理脱がせた。
「チャーリーエンジェル!気をつけろ。狙われてるぞ!」
 ヤツはこの世界でもっとも高速でもっとも強いF−15とそのパイロットを狙っている。ヤツの目的は異世界の知識技術を飲み込み、自らの力を高めることだ。
「ん?なんだって?俺が狙い?」
 エンジェルは焦っていた。言われるまでもなく、アンノウンはこっちに向かってきているのだ。
「そうだ!あの影はジャルバの本体じゃない。ヤツは実体がないんだ。この世界での媒体は殺した。新たな媒体を探している。おそらく、狙いは、エンジェルだ。あの中にあるはずだ。この世界での媒体・・・、コルバーナ皇帝の首が。それを吹っ飛ばせばヤツはこの世界に存在できなくなるはずだ!」
「冗談言うなよ!相対速度マッハ4で人間の頭に弾を当てろだって?それに媒体ってなんだよ?」
 チャーリーエンジェルの乗機のビーコンが鳴り始めた。敵機との異常接近を警告しているのだ。
「エンジェル、君がやらなきゃみんな死ぬんだ」
「くそったれ!無茶言いやがって!!」

464 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/19(金) 23:59 [ zWPpUwcA ]
エンジェルはとりあえずブレイクして敵機の突進をやり過ごした。すれ違った瞬間、何とも言えない寒気がエンジェルを襲った。今までに感じたことがない薄気味悪い気配を、完璧な気密の保たれたF−15の操縦席で感じたのだ。あの影の中に、見たこともない少年のような顔の気味悪い笑い顔を見たような気がした。
「こいつ・・・、やっぱり俺が目的か・・・」
 エンジェルは急上昇してツバメのようにひらりと宙返りすると、ジャルバの後方に回った。敵も形だけはF−15をまねたつもりだろうが本物にはかなわないようだ。
「エンジェル・・・、余の頭が見えるか?見えるはずもなかろう・・・。さあ、余の媒体となれ。思う存分その力を使ってともに世界を支配しよう・・・」
 ヘルメットを通してジャルバの声が聞こえてきた。恐ろしく不愉快で恐ろしく気味が悪い。これがあのブンヤの言うジャルバの声というのか・・・。思わずエンジェルはブレイクした。
「やばい!食いつかれた!」 
 エンジェル2の絶叫が聞こえた。エンジェルにブレイクされたジャルバはまずは相方に狙いを絞ったのだ。
エンジェル2の尾翼を影が襲った。F−15の尾翼がすぱっときれいに切り取られた。
「操縦不能!ベイルアウトする!」
 エンジェル2は間一髪脱出した。直後に彼の乗機はきりもみしながら急降下を初めて森の中に墜落した。
「野郎・・・、ぶっ殺してやる」

465 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:01 [ zWPpUwcA ]
 相方を落とされた怒りを込めてエンジェルは余裕でこっちに横っ腹らしき部分を見せて旋回するジャルバにバルカン砲をお見舞いした。しかし、手応えがない。やはり、あの黒い部分は影なのだ。
「余の頭だけを撃つことなどできぬ。あきらめろ」
 ジャルバは再びエンジェルと向かい合った。そしてそのまま突進を開始した。エンジェルはジャルバが迫ったそのとき、逆噴射させて急激に速度を落とした。機体が前のめりになる。
「頭だけを撃つ気はないさ。蜂の巣にしちまえばきれいさっぱり吹っ飛ぶだろ!」
 急激な減速で失速状態になりながらエンジェルはジャルバの前上方、すなわちもっとも面積が広く見え、もっとも長時間掃射できる角度を確保してバルカン砲を発射した。
「ああああああああああ!!!!」
 耳を切るようなジャルバの絶叫が辺り一面、いやぼくたち全員の視覚に直接響いた。次の瞬間、黒い影は花火のようにはじけ飛んだ。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
 それと同時にジャルバの恐ろしい絶叫も小さくなって聞こえなくなった。これで本当に終わったのだ。
「こちらチャーリーエンジェル!操縦不能!ベイルアウトする!」
 エンジェルは射出レバーを引いて機体から脱出した。パラシュートが開くのがヘリからも確認できた。
「ピックアップしろ!」
 操縦士が僚機に素早く指示を出した。生き残ったヘリがパラシュート降下するエンジェルを追いかけて高度を下げていった。

466 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:01 [ zWPpUwcA ]
ヘリは魔の大陸を抜けて海上に出た。ぼくは遠ざかる魔の大陸を見た。あの不気味な雲は晴れ、ほかの島々と同じく太陽の光が射し始めていた。眼下を見るとアメリカ海兵隊の本隊だろうか、海自の護衛艦に守られた大艦隊が上陸作戦を開始しているのが見えた。
「親玉をぶっ殺したんだ・・・。後は楽勝だろう・・・」
 前田がぐったりとした様子でランドルフに言っているのが聞こえた。ランドルフもぐったりして座り込んでいる。
「左様、見事にぶっ殺してやりましたからな・・・・」
 騎士にあるまじき下品な言葉を発したことに気がついて思わず前田と顔を見合わせた。
「原田さん!エスタちゃんが!」
 エスタに付き添っていた市村がぼくに声をかけた。大急ぎで彼女に駆け寄った。意識が回復したようだ。うっすらと目を開けている。駆け寄って手を握ってやった。
「終わったぞ、こんどこそ本当に終わったんだ・・・」
 エスタが何か言おうとした。酸素マスクの内側が白く曇った。田中がそれをはずしてやった。
「マスター・・・・・」
 轟音をあげてF−1の編隊が海兵隊の上陸支援のためにヘリの近くをすれ違った。うまく聞き取れない。
「え?何だって・・・・?」
 もう1度聞き返す。今度はCH−53の大編隊だ。上陸第2派の海兵隊員がこっちに歓声を浴びせた。おかげでまたしても聞き取れない。ぼくは彼女の口元に耳を近づけた。とぎれとぎれの苦しげな声でようやく彼女の声が聞き取れた。
「愛しています・・・・」
「ぼくもだ・・・」
 反対に彼女の耳元で答えた。彼女は安心したようにほほえむとそのまま目を閉じた。

467 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:02 [ zWPpUwcA ]
 ぼくはコクーン卿の土地に作られた、自衛官やアメリカ兵のための教会の中にいた。あれから3ヶ月。いまだに元の世界へ帰る方法は見つかっていない。九州の暫定政府はいよいよ覚悟を決めて、正式に政府として発足した。自衛隊とノビル王国軍は共同で魔の大陸に進駐し、在日米軍はその後方支援に従事している。コルバーナ油田は復興のめどがたち、両国の市民生活は平穏を取り戻した。
 だが、多くの人命を失った。ぼくの知っているだけで、村本隊長。島田組姐聡子、若頭木元。エルフにして島田組組員ハインツ、そして名もなき多くの自衛官たちだ。ぼくは覚えている限り彼らの冥福を祈った。彼らの勇敢な死、悲劇的な死によって今日の平和はもたらされたのだ。平和は与えられているのではない。そのときそのとき、その時代の人々の勇気ある決断でかろうじて保たれているものなのだと知った。
 幸運にも最前線で取材を続け、生き残ったぼくは心からそう思う。ぼくはこれまでの約2年を思い出しながら教会の重い扉を開いた。

468 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:04 [ zWPpUwcA ]
教会の前にはランドルフはじめとする王室警護隊が向かい合って抜刀して整列していた。ぼくが出てきたのを確認したランドルフは大声で号令をかけた。
「捧げ!」
 一斉に抜刀された長剣が交わりアーチを作った。
「行こうか・・・」
 ぼくの横に控えていた、ついさっきぼくの妻になった純白のドレスに身を包んだエスタがやさしくほほえみながら頷いた。ぼくは右手で彼女の左手をしっかりと握った。この世界に来てから何度目だろう。確かな彼女のぬくもりが感じられて心地よかった。
 王室警護隊の長剣のアーチを2人でくぐった。ランドルフが直立不動で敬礼している。その姿勢のままぼくたちを見ると、笑顔で軽くウインクした。彼らのアーチをくぐると今度は正装して着剣した64式を構える対馬警備隊の面々が両側に整列している。
「捧げ!筒!!」
 前田の号令で隊員たちは64式を正面に構えた。彼らの間をくぐり抜けて行く。その後ろには話を聞きつけたほかの自衛隊の連中がいてライスシャワーを浴びせてくれた。陸上の制服に混じって航空自衛隊の飛行服の隊員が見えた。サングラスをかけてかっこつけてこっちに手を振っている。さんざんお世話になったチャーリーエンジェルということはすぐにわかった。
「おめでとう、原田さん、エスタさん」
 正装した前田が敬礼してぼくたちにお祝いの言葉を捧げてくれた。その言葉を合図にして対馬警備隊の面々が空に向かって64式を撃ち始めた。明らかに規則違反だが、まあ、前田が何とかしてくれるだろう。

469 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:06 [ zWPpUwcA ]
 披露宴はコクーン卿の邸宅の庭園で行われた。自衛官とノビル王国の人々が入り交じった異色の宴会に、福岡から駆けつけた吉岡は若干とまどっているようだった。
「いや、まったくおまえも大したもんだ。ここまで現地の人とうちとけているなんてなぁ」
 会場ではコクーン卿が対馬警備隊の面々に囲まれて焼酎責めに遭っている。この機会とばかりにみんなであちこちから焼酎をかき集めたらしい。まったくいい連中だ。
「これは、原田さん」
 ランドルフが部下に肩を抱かれてやってきた。そういえばさっき、ヘリ隊の幹部にさんざん飲まされていた。ヘリコプター初体験で情けない姿をさらした罰ゲームとかで相当飲んでいるようだ。
「こ、国王陛下のおなりでございます!」
 ラッパとともに騎士が大声を上げた。ランドルフが部下に助けられて跪いた。自衛官もその場で敬礼した。国王は従者を従えてさっきまで焼酎責めにあっていたコクーン卿に挨拶して、そのままぼくたちに歩み寄った。
「どうしたらいいんだ?」
 耳元でエスタに尋ねるが彼女もあまりのことでどうすればいいかわからないらしい。とりあえず、ランドルフのまねをしてひざまずいて王を迎えた。
「原田殿、まあ、そう堅くならずに。皆の者も苦しうない」
 初老の王は上機嫌でいう。
「原田殿とエスタはこの世界で初めて婚姻した夫婦だ。今後も両国の友好のために仲むつまじく頼みますぞ!」
 これだけ言うと王は高笑いしながら去っていった。まるで水戸黄門だ。王が見えなくなると騎士の1人がグラスを高々とあげた。
「王の名のもとに、2人に祝福あれ!」

470 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:08 [ zWPpUwcA ]
 予想外のノビル王の登場で場がますます盛り上がってしまい、このままでは新婚旅行に出かけられないと思ったぼくは市村の携帯に電話をかけた。彼にはこの場からの脱出の手配を頼んであるのだ。
「あと2分でつきますから!」
 それだけ言って市村は電話を切った。まったく、いつもこんな感じだ。
「マスター、市村三尉は?」
「もう来るってさ・・・」
 少々疲れ気味でエスタに答えたぼくの耳にヘリのローター音が耳に入った。まさか、港までの車を頼んでいたのに。車で港まで行って、最近開かれた、関釜フェリーの余剰船で開通した定期航路を利用するつもりだったんだが・・・・。ぼくの心配通り、市村がUH-60で披露宴会場に乗り付けた。
「びっくりしたでしょ?特別に許可をもらったんですよ!」
 得意げな市村が操縦席からガッツポーズをぼくとエスタに見せた。対馬経由で新婚旅行先の別府温泉に向かってくれるそうだ。ぼくたちはヘリの後部に乗り込んだ。
「次回は我々も同行しますからな!」
 コクーン卿とランドルフ、騎士たちが笑顔で手を振ってくれる。
「この件は貸しですよ!」
 謎の言葉とともに前田が軽く敬礼した。その後ろで対馬警備隊が万歳三唱している。
「よっしゃ!ハネムーン特急便!テイクオフ!」
 市村が元気よく声をかける。隣の北島も元気よく答えた。
「了解!テイクオフ!」
 ぼくたちを乗せたUH-60がコクーン卿の邸宅から離陸した。自衛官と騎士たちの入り交じった集団がぼくたちに眼下から手を振り続けていた。

471 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:09 [ zWPpUwcA ]
海上に出て広い後部にぼくとエスタ2人だけになった。操縦を北島に任せた市村が缶ビール片手にやってきた。3人で乾杯してぐいっと飲み干す。
「まさかヘリで来てくれるなんて思いませんでした!」
 エスタが感激しながら市村に言った。新しい缶ビールを開けながら市村が照れくさそうに言った。
「ヘリ隊の連中が無理矢理俺と北島に有給をとらせたんですよ。そんで、前田隊長に特別に許可をもらって・・・」
 前田の「貸し」の意味が分かった。その時、市村のヘルメットに無線連絡が入った。
「ハネムーン特急便、福岡までエスコートするぞ!」
 市村があわてて窓から空を眺めた。びゅんという感じで2機のF−15が通り過ぎた。チャーリーエンジェルだった。いつの間にか披露宴の会場を抜け出して離陸していたのだ。
「ちくしょう・・・粋なまねをやってくれるぜ」
 市村が苦笑いして操縦席に戻ろうとしたのをエスタが止めた。
「市村三尉、あのときの約束覚えていますか?」
「へ?」
 きょとんとする市村とぼくにエスタは得意げな顔をしてテープレコーダを取り出して再生ボタンを押した。

472 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:15 [ zWPpUwcA ]
 エスタが撃たれたときの市村の言葉がしっかりと録音されていた。市村の顔が軽くひきつった。
「あ、そんなことも言ったかな・・・・あはは!」
 ううむ、我ながらよくできた妻だ。ひきつった笑いを浮かべる市村に新妻エスタはさらに追い打ちをかける。
「この前、博多に言ったときの「せくしぃしょっと」のお礼もまだですよ!」
 市村の負けだった。彼は顔をひきつらせたまま操縦席戻った。エスタはぼくに向かって笑顔で右手の親指を突き上げた。市村は操縦席に戻って北島に何か言っている。
「来月返すから・・・4万でいいから」
「えええ?まじっすか・・・」
 再び2人きりになったヘリの後部でぼくはエスタを抱き寄せた。彼女もぼくに体を預けてくる。
「なかなかやるなぁ。おかげで旅行費がかなり浮くぞ」
「もちろんです!私も「じゃあなりすと」ですから!」
 ぼくは優秀な秘書であり、かけがえのない妻をさらに強く抱きしめた。かつて東シナ海と呼ばれた海が太陽を反射して美しく輝いていた。

473 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/20(土) 00:23 [ zWPpUwcA ]
さあ、これで終わりです長い間お待たせしてすませんでした。
私生活がこの2年激動で、大学中退、就職、転職と続いてしまい連載がとぎれてしまいました。
途中まで掲載していた本スレも落ちてしまい、一時は創作意欲を失いかけました。
でもなんとか書き終えたのはひとえに本スレ、分家のみなさまのレスポンスのおかげです。
本スレも初期の頃はラノベ感覚大歓迎でしたが、最近は考証が主になり行き場がなくなったんですが、
ここを維持していてくださり、本当にありがたかったです。
大した文章も書けない自分がともあれ、完結まで書くことができました。
叱咤激励、やさしいレス、本当にありがとうございました。
書き上げたことを機会に、この場を借りて御礼申し上げます