358 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:20 [ k1VSwKGg ]
「おい、まだ着かないのか?遅れちまうぞ」
がたがたと不整地の道路を進むトラックの助手席で片桐が運転席の浅木に声をかけた。
「はあ、それが行けども行けどもこんな感じでして・・・」
「まったく。おまえ何回、日出生台に通ってんだよ」
片桐は無線で後続のトラックに乗っている高崎を呼びだした。
「片桐三曹、かれこれ2時間、こんな山道をドライブしてるんですよ。コンビニどころか人家もないですな」
「高崎士長、携帯電話もだめか?」
スピーカからがさごそと雑音が聞こえた。高崎がポケットでも探っているのだろう。
「だめですな。圏外です。」
軽くため息をついて片桐は無線のマイクを戻した。かれこれ2時間。こんな状況だ。片桐三曹以下、7名の隊員は日出生台演習場で使用する実弾の輸送に従事していた。彼らの運転する2台の73式トラックには大量の小銃弾、手榴弾、84ミリのカールグスタフなどが搭載されて演習場では、本隊がその到着を待ちかまえているのだ。
片桐は今年27歳。一般曹候補士からたたき上げでやってきているいわば「職業軍人」だ。大昔に、流行した「コンバット」のサンダース軍曹がイメージにぴったりだと上官からは言われている。部下にとっては部下思いだが雷が落ちるとおっかないことこの上ない。まさに理想的な三曹といえるだろう。
「コンビニでも見つけてさっさと到着しないとな・・・・」
こんな失態をマスコミや自衛隊に好意的でない市民団体にでも見つかったら大変だ。しかし片桐の希望とは裏腹に相変わらず、周囲は広葉樹の森と、目の前には轍のほとんど見えない道が続くばかりだ。
「三曹、どう考えてもおかしいですよ。」
荷台の後ろから須本が声をかけた。

359 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:21 [ k1VSwKGg ]
「いくら大分の山奥っていっても2時間も未舗装の道路を走っても人家ひとつないなんて・・・」
「だったら何だ?狐にでも化かされて同じところをぐるぐる回ってるとでもいうのか?」
そうは言いつつも片桐もこの指摘には同意していた。いくら迷子とは言え、何度か通ったことのある道だ。いくらなんでも見覚えのある場所が見てみてもいいはずなんだが・・・
「三曹、登り坂が終わります。街が見えるんじゃないですか?」
浅木がハンドルを握りながら報告した。片桐は双眼鏡をとりだした。やれやれ、こんなところで双眼鏡を使うなんて、隊の連中にばれたらいい笑いモノだ・・・
「え?」
「あれ?」
車列は小高い丘を登り詰めたようだった。そしてそこで片桐たちが見たモノは、日本ではまずあり得ない地平線だった。延々と小高い丘が連なっている。
そしてその大地は豊かな広葉樹で一面覆い尽くされているのだ。
「日田は?由布岳は?久住連山はどこだ?」
片桐は思わずうろたえて双眼鏡であたりを見回した。太陽の向きを確認しつつ東方向を見ると、明らかに集落らしきモノが見て取れた。

360 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:22 [ k1VSwKGg ]
「村だ・・・。でもどこだ?中津江まで出てきちまったのか・・・」
ひとりごちる片桐でもわかっていた。中津江なんかじゃない。そもそもその集落にはここから見る限り舗装された道路が通っていないのだ。
「とにかく、あそこまで行って道を聞くしかないな・・・・」
運転席でぽかんと口を開けている浅木に発信するよう命じかけたときだった。横の茂みから何者かが飛び出してトラックの前に立ちふさがった。
「なんだ?」
片桐は目の前の人物を凝視した。暗色の服と革製であろうブーツに身を包んだその人物は外国人に見えた。しかしその外見は世界のどの人種とも似通っていない。
ちょっと高い鼻。緑色の髪の毛・・・・。
そしてなにより、その身長の低さ・・・・。1メートルちょっとといったところだろうか。
「あ、あ、ああああ・・・・」
浅木は物語の7人のこびとにも似た人物との遭遇で顎がはずれんばかりに口を開いている。後ろでがちゃがちゃと金属音が聞こえて片桐は我に返った。後ろを見てみると須本と中垣が自分の小銃に実弾を装填している。

361 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:23 [ k1VSwKGg ]
「おい、須本、中垣。なにやってんだ?」
「三曹、おわかりでしょう?こりゃあ尋常なことじゃないですよ。身を守るモノが多いに越したことはない」
普通だったら懲戒モノの規則違反だろうが、須本のこの言葉は少なくとも現在の状況を的確に表現しているに違いない。後続のトラックの高崎からも無線連絡が入る。
片桐は目の前のこびとが73式トラックの外観を好奇心にあふれた様子で(少なくとも片桐にはそう見えた)眺めているのを確認しながら高崎に答えた。
「高崎、斉藤と岡田に実弾を装填させろ。」
「え?」 
マイクの向こうで高崎は固まった。まさか、片桐三曹はなにを考えているんだ?いくらこんな状況だからといっても・・・。だが高崎の頭の中にはとてつもなくばかげてはいるが、今この状況を説明できる仮説が構築されていた。もしも、それが事実であったならば、この片桐の命令は妥当であると言えよう。
「いいな?」
再度の片桐の確認で高崎は考えることをやめた。自衛隊では上官の命令がまず優先される。高崎は斉藤と岡田にそれぞれの小銃に実弾を装填するよう命じた。2人は高崎と同じ反応を見せながらも訓練通りその動作を終えた。

362 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:24 [ k1VSwKGg ]
「三曹、完了です」
 全隊員の準備が完了したのを確認して片桐はトラックのドアノブに手をかけた。彼の意図を察した浅木が思わず声を上げた。
「三曹、やばいっすよ」
「心配するな、武器は持ってないようだ。いざとなったら援護しろよ」
 それだけ言って片桐はドアを開け放って外に飛び降りた。ドアの開く音に驚いたのかこびとは少し肩をびくっとさせたようにも見えた。片桐はまず、とりあえず笑顔を作ってみることにした。人類皆兄弟。笑顔は敵意のないことを示す共通語だ。
「や、やあ・・・」
 若干ひきつった笑顔でこびとに話しかける。数秒の間をおいてこびとも片桐に敵意がないことを悟ったらしい。その高い鼻を持つ顔をほころばせた。
「あんたたちの来るのを待っていたんだよ。俺はバストーっていうんだ。村では長老が待ってる。」
 言葉が通じることがあまりに意外で片桐は少しうろたえた。
「ば、ばすとぉ?って君の名前か?」
 2,3回生唾を飲み込んでからようやく片桐はバストーと名乗るこびとに言葉を返すことができた。
「そうさ、そんなに珍しい名前じゃないよ。あんたは?」
「自分は陸上自衛隊三等陸曹の片桐だ」
 バストーはひょいと首を傾げた。

363 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:24 [ k1VSwKGg ]
「あんた、りくじょうじえいたいさんとうりくそうって言うのか?長い名前だなぁ」
「あ、いやいやそれは肩書きみたいなモノで、名前は片桐だ」
「まあ、いいや。じゃあ、片桐、その大きなモノに俺も乗せてくれよ。村まで行こう」
 そう言うとバストーはすたすたとトラックに歩み寄った。運転席ではびびりまくった浅木が89式小銃をバストーに向けていた。
「こ、これ以上近寄るな!」
 震える声で浅木はバストーに叫んだ。バストーはそれに動じるわけでもなくけらけらと笑った。
「あんた、おもしろいモノ持ってるな、それどうやって使うんだ?」
「銃を見たことないのか?」
 手で浅木を制しながら片桐がバストーに訪ねた。日本で銃を知らないやつなんていない。だったらここはいったいどこなんだ。もはやその自問が意味をなさないと知りつつも片桐はそう思わずにはいられなかった。
「ないね。パタトールならいくらでも見たことあるんだけど」
「パタトール?」
 今度は片桐が聞き返す番だった。バストー曰く、どうやらそれは弓矢の一種のようだ。
「パタトールはすごい。特にアンバードの持つパタトールは強力なんだ。」
 またわからない言葉が出てきた。アンバード、話の流れから人種や国名のようだが、当然世界地図にはそんな名前の国は存在しない。
「アンバードってのは森の悪魔なんだ。俺たちガントールとクーアードの村をいつも襲うんだ。」
 バストーと会話するごとに片桐たちの知らない言葉が次々と飛び出してくる。浅木と片桐の間のシートでバストーは次々と語り始めた。

364 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:25 [ k1VSwKGg ]
 彼の話によると、バストーたちこびとはガンドールと呼ばれているようだ。そしてクーアードというのは、彼の話曰く、片桐たちに近い人種のようだった。そしてアンバードとは鬼のような外見で森に潜み非常にどう猛で、常に村を荒らしている連中のようだった。
 この世界はヌーボルと呼ばれていて、バストーにもそれがどのくらいの大きさかは知らないそうだ。噂では歩いて100日の距離にクーアードが大勢住んでいる聖地があるそうだが、村の人間は誰も知らないそうだ。
村の周辺には転々と集落が存在し、そこではクーアードとガンドールが共存して生活しているようだ。村々は独立し、互いに交流はしてるそうだが、ここのところのアンバードの襲撃で村々の連絡は途絶えがちということだ。
「で、バストー、なんで君はそんな危険な森にいたんだ?」
 がたがた道で徐行するトラックの中で片桐は問いかけた。バストーは少し考えてからこういった。
「長老様がアンバードの襲撃に困って伝説のロサールの魔法を使ったんだ。あ、ロサールってのは伝説の古代王国でね。魔法でヌーボルを支配していたらしいんだけど、大昔に滅びちゃったんだって。でも、クーアードは彼らの魔法を少しずつ伝承していて、長老は村が受け継いだ魔法であんたたちを召還したらしいんだ。」

365 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:26 [ k1VSwKGg ]
 片桐は考えた。じゃあ、俺たちは元の日本からどこかわからない、彼らのいうヌーボルにワープでもしてきたというのか。
「バストー?なんで俺たちなんだ?俺たちはただ普通に演習に向かう途中だったんだぞ!どこの誰だかしらない山賊退治になんでおれたちが?」
 矢継ぎ早にまくしたてる片桐にバストーは目を白黒させながら聞いていたが、ぶっきらぼうに答えるだけだった。
「そんなこと、俺があんたたちをよんだわけじゃないんだから・・・。長老に聞いてくれよ」

366 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:27 [ k1VSwKGg ]
 20分前後で車列は村の外壁に到着した。
「三曹、こいつは・・・・」
 浅木がサイドブレーキを引きながら思わずこぼした。無理もないだろう。村は藁葺き、煉瓦や木で組み立てられた粗末な家々がならび、その周囲を外壁らしき土壁のようなモノが覆っているのだ。その外壁にも投げ槍らしきモノや焦げた跡があちこちに見られた。アンバードとやらの襲撃の跡だろう。
「さあ、片桐、長老のところへ行こう」
 バストーはトラックの到着にうろたえる村の人々に挨拶しながら片桐の手を引っ張った。トラックは村の外にひとまず留めて徒歩で村にはいる。
「なあ、俺の部下もいっしょにいいか?」
「ああ、いいんじゃないの」
 村の中心に片桐たちはバストーの案内で進んだ。村人はバストーのようなこびとと、片桐たちと同じような人間たちで構成されていた。ガンドールとクーアードなんだろう。クーアードは人間と同じ背格好だが、髪の毛の色や目の色が人類にはない色をしている。たしかに黒髪や金髪もいるが、青、緑、赤・・・いろいろな色の連中がいた。そしてみんな一様に美しい。男女問わず、まるで彫刻のようだ。

367 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:27 [ k1VSwKGg ]
 自衛隊員たちはヘルメットにチョッキのフル装備に実弾を装填した89式小銃で身を固めておずおずと村の道を歩いていった。村人に敵意はないようだが、不気味なことには変わりない。本来なら大分の山奥の演習場にいるはずが、どういうわけかこんな未知の世界にいるわけだ。
「長老とソリスが待ってる」
 バストーが早足で歩きながら片桐に声をかけた。
「ソリスって?」
 またしても聞いたことのない単語が出てきて多少うんざりしながらもバストーに聞き返す。
「クーアードの中で神聖な存在の女性さ。代々女性がソリスになって長老と一緒に村を治めていくんだ。そしてソリスは伝説の神々と話をして、村の将来について神様の指示を仰ぐんだよ」
 巫女さんと王女様みたいなものだろう、と片桐は想像した。彼の頭には卑弥呼に近いイメージがうかんでいた。おそらく、この村は村人の衣服や建物の様式からして、現代日本とはかなりかけ離れた文化水準にあるようだ。卑弥呼のような存在で村を統括していてもさほどおかしくもなかろう。
「三曹、おれたちいったい・・・」
 高崎がほかの部下に悟られないように片桐に尋ねた。
「きっと神隠しにあったのさ。油断するな。」
 片桐はそれだけ言うとバストーに続いて村の通りを足早に歩を進めた。高崎は片桐の言葉を聞いて先ほど、バストーと出会ったときに考えた自分の仮説が彼の考えと一致していることを知った。それを知ったところでどうにかなるわけではないが、とりあえず隊長の片桐と同じ考えであることが彼をほっとさせたのだ。

368 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:28 [ k1VSwKGg ]
 村の中心、ひときわ大きな邸宅へバストーは片桐たちを案内した。トラックには須本、浅木を残している。万が一、どかんとやられたらどうにもならない。都合片桐たち5名が長老とソリスという人物の待つ邸宅に赴いたのだ。
「長老、アービルから召還したクーアードをお連れしました。」
 バストーが中庭とおぼしき場所で大きな声で報告した。邸宅は古代ローマを彷彿とさせる柱が強調された趣で片桐たちを迎えている。と、そこへ柱の間からぬっと老人が現れた。彼が長老のようだ。
「バストー、ご苦労だった。アービルから来た勇者よ。わしが長老のザンガンだ。」
「陸上自衛隊三等陸曹の片桐です。いろいろとおききしたいことがあります。」
 ザンガンと名乗る長老は片桐の言葉を手で制した。ちょっとむったした表情を浮かべたが片桐は我慢してザンガンの言葉を待った。
「ロサールから代々伝わる魔法で、そなたたちを呼び寄せるのは初めてではない。アービルの戦士たちがこの村に来るのは90年ぶりだ。」
 ザンガンの言葉に片桐は思わず聞き返す。

369 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:28 [ k1VSwKGg ]
「90年前・・・。いったい連中はなにをしたんですか?」
「だいたいのことはバストーから聞いているだろう・・・。この村を始め、ヌーボルはアンバードの襲撃に絶えずさらされておる。普段は我々で何とか撃退できるのだが、90年から100年に1度、奴らは決まって大規模な攻撃を仕掛けてくる。そのときに、我々はロサールから受け継いだ魔法を駆使してその苦難を乗り切ってきたのだ。この村が受け継いだ魔法とは。パンサン。すなわち戦士の召還だった。90年前もアービルの戦士、すなわち、我々とは異なる世界の戦士の力でこの村を守った。バストー、彼らの置きみやげをお見せしろ」
 長老の命令でバストーは柱の陰へ消えた。そしてすぐに何か抱えて中庭に戻ってきた。彼の持ってきた品物は片桐たちを驚かせるに十分だった。
「これが90年前に呼び寄せたアービルの戦士の持ち物だ。」
「三曹!こ、これは・・・・」
 高崎が思わず声を上げた。高崎に言われるまでもなく片桐もこれには間違いなく見覚えがあった、大昔の記録映画にたびたび登場する。英軍が第2次大戦まで使っていたシルクハットのようなあのヘルメットだった。
「90年前の記録によれば、そのとき召還されたアービルの戦士はおよそ200名。クーアードだったそうだが、そなたたちとは若干姿が違うようだ。彼らは自らがここに呼ばれた使命を果たすと、再びロサールの魔法でこの世界から消えたとされている。」

370 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:29 [ k1VSwKGg ]
「使命ですか・・・?」
 片桐は学生の頃読んだ雑誌の内容を思い出していた。第1次世界大戦中。トルコの戦線で丘に突撃した英軍の兵士が200名、霧の中に入ってそのまま消えてしまったという話だった。
「そう、使命だ。彼らのさらに100年前には赤い服を着たクーアードが煙の出る武器でアンバードを退治したという記録もある。さらに昔には銀色の鎧を着たクーアードが見たこともない大きな動物にまたがり、大きな槍でアンバードに突撃したという記録もある。」
 長老の言葉に高崎が真っ青な顔をして片桐に耳打ちしてきた。
「三曹、赤い服ってまさか、イギリス兵じゃないですよね?19世紀にアフリカで行方不明になった英軍はいくらでもいますよ。それに銀の鎧に槍って十字軍ですか?行方しれずの十字軍の一団なんて話も聞いたことありますよ。」
 高崎の疑問の言葉を引き継ぐようにザンガンは言葉を続けた。
「中には悲惨な最期を迎えたクーアードもいたようだ。丸腰で、食事の最中に召還された船乗りらしいクーアードはなすすべなくアンバードに殺されたとある。200年前の記録だがな・・・」
 もはや、片桐には高崎の仮説をさらに発展させた仮説が頭で構築されつつあった。殺された無防備な連中はきっと船員だ。マリーセレスト号の船員だったんではないだろうか・・・。まさか、神隠しといわれる謎の事象は彼らの伝承の魔法によるものなんじゃないのか。
「長老、ここに召還されたクーアードたちはその使命を果たした後どうなったんですか?」
 ここまで話を聞いて、片桐なりに推測した結果を分析すれば最大の疑問点はこれしかない。ザンガンは顎に蓄えた白いひげをなでながら片桐に返した。

371 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:30 [ k1VSwKGg ]
「我々に伝わるパンサンはとても不安定だった。パンサンは神々と交信してソリスの魔力を介在して戦士たちを召還する。戦士たちはソリスの望んだ使命を達成し、再びソリスの儀式を受ける。そしてこの世界から消えていくのだ。アービルへ帰る儀式は村の裏の山にある神々の遺跡で行われるんだが、わしも帰りの儀式は見たことがないんだ・・・・」
 つまり片道切符の可能性も大いにあるってことか・・・。片桐は部下に悟られないようにだが軽く舌打ちした。実際、神隠しにあった多くの兵士たちは元の世界に帰ってきてはいない。
「で、我々に課せられた使命とは?」
 片桐の質問にザンガンはうなずいた。そして柱の奥を振り返ると恭しくひざまづいた。
「スビア様、アービルの戦士たちに使命をお伝えください」
 ザンガンの言葉に応えてソリスと呼ばれる神聖な女とやらが姿を現した。その姿は片桐たち自衛隊員を驚かせた。てっきり、年輩のおばさんか、ロリコン趣味の連中の喜びそうな少女が出てくるのかと思いきや、彼女は村で見かけたごく普通のクーアードだった。年齢は20代前半。少し赤毛の髪の毛と古代ローマのようなシルクっぽい衣服以外は。しかし、村で見かけたどの女性よりも気高く美しかった。日本人でも西洋人でもないが、純粋に美しいと思えるその姿は隊員たちを釘付けにした。

372 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:30 [ k1VSwKGg ]
「よく来てくださいました。私はスビア。この村のソリスです。まずはあなたがたを突然ヌーボルに召還した無礼をお詫びしたいと存じます。」
 なるほど、外見はともかくその言動は神聖視されるにふさわしいものだ。片桐はこの世界の状況をしるために少しカマをかけてみることにした。
「スビア様、私は陸上自衛隊三等陸曹の片桐ともうします。こっちは高崎士長。副官みたいなモノですな」
「陸上自衛隊ですか・・・初めて聞きますね・・・」
 スビアは片桐の自己紹介に明らかに嫌悪感を見せた。西洋系でもない東洋系でもない美しい顔を少ししかめている。 このやりとりを聞いたザンガンがあわてて片桐の前に立ちふさがった。
「待ちなさい。ソリスの前では自分から話してはいかん!」
「え?」
「ソリスとの会話はわしを介してのみ許されているのだ。彼女に話しかけてよいのは神々だけなんじゃ」
 なんというめんどくささだろう・・・。思わず片桐がため息をついた。そのリアクションがさらに気にくわなかったのだろう。スビアはその顔にさらに嫌悪感をにじませた。
「今日のところはかまいません。私が神々に祈ったあなた方の使命とは、まもなく襲ってくるアンバードを皆殺しにすることです。アンバードの大群はおよそ100年に1度私たちを襲います。ゾードと呼ばれる赤い満月の出た次の日、彼らはやってきます。その攻撃から私の村を守ってほしいのです。」
「なるほど、よくわかりました。しかし、スビア様にひとつ申し上げねばならないことがございます。」
 向こうの主張はわかりすぎるくらいわかった。要するに代理戦争の依頼だ。彼らは独力でアンバードの襲撃を防げないからわざわざ彼らの言うアービルから代わりに戦ってくれる連中を呼び寄せているわけだ。
片桐たちの前が、第1次大戦中のイギリス軍部隊、その前にはマスケット兵、十字軍・・・。
「私たちは武器は持っていますが、それを使用することは許されていません。」

373 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:31 [ k1VSwKGg ]
 片桐のその言葉にスビアは一瞬きょとんとした。
「それはどういう意味です?」
「言葉のままです。我々は武器を持っていますが、法律がそれを実際に使うことを許していないのです。残念ながらお力にはなれませんな」
 彼女やザンガンに憲法9条や自衛隊のあり方なんかを言ってもわかるはずもないことだ。片桐はかいつまんでわかりやすく説明したつもりだった。しかしスビアはいっこうに理解できないようだった。嫌悪感に加えていらだちすらその表情に浮かべながら言った。
「では、あなた方はその武器をいつ使うのです?」
「内閣総理大臣、あなた方で言うところの長老の許可がないとたとえ、我々が殺されても使えません。」
 自分で言っていてとても理解できないであろうことは片桐は承知していたが、現在の自衛隊ではこれが規則であるのだから仕方がない。
「そんな、馬鹿な話が・・・・」
 ザンガンもあまりのショックに言葉が続かないようだ。無理もない。頼みの綱が戦えないと言うのだ。
「片桐三曹!」
 トラックの浅木から無線が入った。
「どうした?」
「変な連中が近づいてきます!」
 片桐と浅木の無線越しのやりとりを不思議そうに見ていたスビアが尋ねた。
「片桐三曹、いったい誰と話しているんです?」

374 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:32 [ k1VSwKGg ]
「村の外においてあるトラックに残した部下とです。変な連中が近づいているそうですが、お心当たりは?」
 片桐の皮肉めいた質問にスビアはさっと顔を曇らせた。素早くザンガンに向き直る。
「アンバードだ!アンバードが来たぞ!」
 ザンガンはよろよろと邸宅の外に出て村人に大声で叫んだ。村人のうろたえ具合が邸宅の中の片桐にもよくわかった。
「片桐三曹、あなたとのおしゃべりはいったん打ちきりです。アンバードの襲撃です。村の外の部下を中に入れてあげなさい。彼らのパタトールは恐ろしい威力があります。」
「浅木、村の中にトラックを入れろ!」
「その後は?」
「待機だ」
 片桐は浅木に短く指示を出すとスビアに向き直った。彼女は毅然とした表情で片桐を見返している。
「力は貸してくださらないのね」
「さきほど申し上げたとおりです・・・」
 片桐の返答を聞くとスビアはきびすを返して柱の奥に消えた。会見は終わりだった。
「三曹、いいんですか?」
 高崎が問いかけた。
「自衛隊は内閣の承認なしでは武力行使を禁止されている。ましてや海外での武力行使などもってのほかだ。トラックに戻って待機だ。」
 自分でもこの返答には納得していないが、自衛官としては部下にこう指示するほかはなかった。

375 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:32 [ k1VSwKGg ]
 片桐たちがトラックの止めてある門の前に戻ってくるとその大きな扉は閉じられていた。外壁には奇妙な武器を抱えたガンドールやクーアードが男女問わず張り付いて襲撃に備えている。
「あれがパタトールか・・・」
 パタトールは長さ80センチほどの棒が十字にくみ合わさったものだった。女たちは外壁の土にとがった棒を次々と刺していく。あれがどうやら矢のようだ。構造上大した飛距離も出ないだろう。
「高崎、トラックの陰に隠れて待機してろ」
 片桐はトラックの助手席に乗り込んだ。バストーが中で頭を抱えてふるえている。彼は片桐を見ると彼にしがみついてきた。
「片桐!助けてくれないのか?このままじゃアンバードに皆殺しにされちゃうよ!」
 彼らの武器を見ればその貧弱さは見て取れる。しかし・・・
「三曹、憲法9条を破る気ですか?」
 2人の話に割って入ったのは荷台にいた岡田だった。前々から憲法だの日米安保だのとうるさいやつだった。大学では世界人類研究会とかいううさんくさいサークルで平和運動をやっていたと言うが、なんでこんなヤツが自衛隊に入隊したのかは、片桐たちの間でも謎だった。
「破る気はない。だが、人としての最低限の道ははずさないつもりだ。」
「それは武力行使の準備があるということなんですか?」
 岡田がかみついた。毎度のことだがこいつはこうなってからが長い。片桐はタバコをポケットから取り出して火をつけた。そういえば、ずいぶん吸っていなかったことに気がつく。

376 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:33 [ k1VSwKGg ]
「積極的な武力行使はしない。だが、自衛のためならやむをえん。」
「三曹は公僕の自衛官でありながら、国民の総意によって決められた憲法に違反して武力行使を行うんですね。軍国主義の復活ですよ!」
 岡田は根本的に認識が欠落してる。ここは憲法とかなんとかが通用しないであろう場所だ。今近づいているアンバードとやらが、日本の実状と憲法を尊重してくれるのか?あり得ないだろう。隣国の中国もそれを尊重するどころか、やりたい放題やっているというのに。こんな得体の知れない国の連中が「私たちは憲法で戦闘行為はできません」で「はい、そうですか」と見逃すわけがない。やり合わないに越したことはないが、最悪の事態も想定しておくのは常識だ。
 片桐の説明にも岡田は納得しない。
「どの世界の人間だろうと話し合いをすれば解決できるんです」
 この議論もここまでだった。アンバードが村の外壁に到達したようだ。
「よし!発射!」
 村人が原始的な弓矢=パタトールを次々と発射していく。外壁の外で聞いたこともない叫び声があがった。
「おいおい、なんだよ・・・」
「少なくとも人間じゃないな・・・」
 トラックの陰で待機する中垣と斉藤が言葉を交わした。その瞬間、轟音とともに外壁に土煙が上がった。
「なんだ?」
「迫撃砲みたいな音です!」
 須本がトラックの陰から外壁の様子をうかがう。2,3人のガンドールが倒れている。須本は初めて見る死体におもわず胃の奥からこみ上げてくるモノを我慢できなかった。
「来るぞ!」

377 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:34 [ k1VSwKGg ]
 外壁に次々と着弾する未知の兵器で後退した村人は物干し竿のような槍やRPGで出てくるようなロングソードを構えて横一列に並んだ。その中にスビアも混じっているのを片桐は見逃さなかった。村を守るために男女問わず戦っている。その横隊に時々、例の炸裂する飛び道具が飛来してそのたびに数名が倒れた。
「奴らが外壁を越えたらパタトールの一斉射撃だ!」
 剣や槍を構える村人の前に数名のパタトールを持ったクーアードが歩み出た。次の瞬間、外壁によじ登ってきた生物は片桐たちが未だかつて見たことのない生物だった。
「あれが・・・、アンバード・・・」
 身長は2メートル近く。青みがかった肌にちりちりの黒髪が大きめの頭におまけのようにのっかっている。手には棍棒や斧らしき武器が握られ、衣服は腰巻きのようなモノだけ。その形相はまさに、鬼をイメージさせた。浅木が思わずその場にへたりこんだ。
「あ、あああ・・・」
 トラックの中にこもっているバストーもシートにちぢこまっている。たしかに、迫力満点だ。
「三曹、やばくないですか?」
 高崎に言われるまでもなかった。数こそ20匹もいないが、体格といい、その動きといい、クーアードもガンドールも白兵戦ではかなわないのは目に見えていた。しかも、奴らの中に奇妙な三日月型の棒を持った連中がいた。そいつがその両端を持って、ちょうどベンチプレスのように前に突き出すと、目に見えない何かが発射されて爆発が起こるのだ。バストーががたがた震えながらつぶやく。
「やばい・・・、パタトールを持ったアンバードが3人もいる・・・。もうだめだ・・・」
 アンバードは自衛隊には目もくれずに村人の横隊に突撃した。目の前の獲物しか目に入っていないようだった。

378 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:34 [ k1VSwKGg ]
片桐は思わずトラックを降りて少し離れたところで繰り広げられる白兵戦に目をやった。明らかに村人が押されている。その中で勇敢に粗末なパタトールで応戦しているスビアを見つけた。彼女は一瞬、片桐の方を振り返った。さっきまでのプライドにあふれた表情はない。片桐に向けられた視線は間違いなく、恐怖する普通の女性の目だった。
「あっ!」
 片桐が思わず声を上げた。彼女が目をそらした隙をついて1匹のアンバードが投げ槍を投げた。間一髪それはスビアをはずれたが右腕をかすったようだ。彼女はその場に腕を押さえて座り込んだ。
「三曹!」
 たまりかねた高崎が再び声を荒げながら片桐を呼ぶ。必死に戦う村人の後ろでガンドールの子供やクーアードの老人がひとかたまりになって震えているのが目に入った。

 それは片桐自身がびっくりするくらいだった。彼は半分無意識に腰からシグザウエルを抜くと安全装置を解除しながら駆け出していた。
「片桐三曹!」
 高崎のすっとんきょうな声を無視して瞬く間にパタトールを操るアンバードの前に躍り出た。ここでアンバードは初めて片桐の存在に気がついたようだ。青い肌に醜い表情の顔を片桐に向けた。

379 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:35 [ k1VSwKGg ]
ぱん!ぱん!

 両手で構えて2発、片桐はアンバードの顔に向けて発砲した。9ミリ弾はその音と同時にアンバードの醜い顔に着弾してその顔をさらに醜くした。緑色の体液が着弾した部分から吹き出す。そしてそのまま仰向けにアンバードは倒れた。 銃で殺せる!片桐は興奮しながらも分析した。   
「ちくしょう!三曹を援護するんだ!」
 高崎もトラックの陰に伏せていた須本と中垣を連れて突進した。89式のスリーバーストを確実にアンバードに撃ち込んでいく。弾薬を無駄に使うな、という片桐の教えを忠実に守った正確な射撃だった。だが、胴体に次々と着弾する5・56ミリ弾を受けてもアンバードはなかなか倒れない。すでに10発近く命中してもまだたったままのヤツもいる。
「ちくしょう!!!」
 浅木と斉藤もようやく覚悟を決めて射撃を開始した。
「おい、岡田!」
 浅木はトラックの陰に隠れたままの岡田を呼んだ。岡田は無表情のまま動こうとしない。
「岡田!三曹たちを援護するんだ!」
 再び浅木が岡田に声をかける。岡田はようやく浅木を見る。
「おまえたち、こんなことが許されると思ってるのか?」
「ばかやろう!目の前で人間が死んでるんだぞ!助けなくてどうする!」
 撃ち尽くしたマガジンを交換しながら浅木が大声で叫ぶ。
「そんなこと問題じゃない!これは憲法違反だ!」
「勝手にしろ!」
 浅木は岡田との議論をしている暇はないと判断して射撃に集中した。

380 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:36 [ k1VSwKGg ]
「スビア様!あ。あれを!」
 ザンガンが隊列の後ろに後退したスビアに指さした。片桐たち自衛隊員が見たこともない武器でアンバードと戦っている。彼らの武器から発せられる大きな音で彼女の耳は少し痛かった。
「高崎!須本!中垣!頭だ!頭をねらえ!」 
 片桐は追いついた高崎たちの後ろに下がってマガジンを交換した。すでに数体のアンバードが無惨な死体をさらしていた。目の前の敵にしか興味のないアンバードたちも仲間を一瞬にして肉塊にした新たな敵に闘志をむき出しにして突進するが、弾幕で動きを封じられ、弱点の頭部を撃たれて絶命していった。
 最後の1匹が倒れたときには片桐はすでにマガジン4本を撃ち尽くしていた。
「やった!やったぞ!」
 村人から歓声が上がった。
「アービルの戦士がやってくれた!!」
 負傷者を家々に運ぶ村人たちは次々と隊員たちに感謝の言葉を贈りながら通り過ぎていった。片桐はトラックの弾薬箱から9ミリ弾のマガジンを取り出して装填した。
「高崎、やっちまったな・・・」
 横で同じく89式のマガジンをチョッキのマガジンポーチに補給する高崎はにやっと笑った。
「これで連中を見捨てていたら俺はあなたを嫌いになるところでしたよ」
「片桐!すごいじゃないか!」
 さっきまでトラックで震えていたバストーがぴょんぴょん飛び跳ねながらやってきた。この動作が彼らガンドールの喜びの表現らしい。
「90年前の記録だとアービルの戦士のパタトールはあんなにいっぱい発射できなかったそうだぞ!みんな横1列になって戦ったそうだ!こんな秘密兵器があるなんて・・・長老もソリスも知らなかったって!」
 なるほど、90年前のエンフィールドライフルでやつらを止めるにはナポレオン時代の戦術しかあるまい。だが片桐たちには自動小銃がある。
「長老とスビア様に言ってくれ。人類の技術は常に進歩しているのですってな!」

381 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:36 [ k1VSwKGg ]
その夜、村はお祭り騒ぎだった。アンバードの攻撃をくい止めたお祝いということだ。見たことのない酒や料理が振る舞われた。
「うわっ、きついな・・・。ウォッカ以上だ」
 斉藤が村人から渡されたコップの酒を飲んで思わずぼやいた。それでも美人のクーアードの娘にお酌をされていい気になってぐいっと飲み干した。輪からはずれて岡田が憮然とした表情を浮かべている。岡田からすれば片桐の行為は、憲法違反、規則違反以外の何者でもない。片桐たちに言わせれば、指揮命令系統から完全に孤立し、未知の領域で出会った友好的な人種と、自分たちの危機を救った正当防衛なのだろうが。
「まったく岡田はしょうがないですな」
 少し顔の赤くなった高崎が片桐に話しかける。
「あまり飲み過ぎるなよ」
 片桐は高崎にそれだけ言うとお祭り騒ぎの村の広場から離れた外壁の上に登った。てっぺんに座り込んで、村人からもらった例の強い酒を少し飲んでみた。強烈だが悪くない。
「お祭りはお嫌いですか?」
 不意に後ろから声をかけられて片桐は思わず腰のシグに手をかけた。が、すぐに声の主に察しがついてその手を離した。
「今はそんな気分ではありませんな」
 声の主、スビアは片桐の横に座った。
「あなたはなにを後悔しているのです?」

382 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:37 [ k1VSwKGg ]
 スビアの問への答えを片桐は少し考えた。岡田の理屈で言えば、いかに村人が危険であれ、自衛隊が武力行使するのは違反であり、許されることではない。それは片桐自身わかっている。しかし、その結果、死ぬはずだった村人は生き残り、こうして楽しく夜を迎えている現実もある。
「あなたが昼間言ったアービルの掟に違反したことですね・・・。私にはその掟が理解できません。目の前で抵抗もできずに殺される者がいるのに助けてはいけないなんて。」
「私は軍人です。軍人は最高司令官の命令なしに動いてはいけない。それがどんなに理不尽なことでも・・・。そう思ってきました。しかし、その最高司令官のいないこの世界では私が指揮官です。後悔はしていません。」
 スビアにとっては意味の分からない単語もあっただろうが、彼女はうなずいた。
「あなたの事情はどうあれ、この村をアンバードから守ってくれたことはみんな感謝しています。」
 片桐は初めてスビアの方を振り返った。彼女は初めて片桐に笑顔を見せていた。こうして土手のような外壁に座っているととても神聖な存在には見えない。しかし、彼女が片桐たちをこんな世界に呼び出した張本人なのだ。それを思うと自然に片桐の心に壁ができていった。
「今夜はよく話をされますな。神聖なご存在にもかかわらず。我々を歓待して懐柔するおつもりですか?その大事な使命のために」
 スビアにとってこの言葉は最大限の侮辱に値した。本来、ソリスは長老を介して以外ほかの者と会話することはできないのだ。それを破ってまで片桐と会話しようとした彼女のプライドは傷ついたようだ。

383 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:38 [ k1VSwKGg ]
「あなたには失望しました。たった7名の部下しかいなくて不安でしかたなかったんです。でも今日の戦いぶりで少し安心しましたが・・・、やっぱりあなたは信用できません!」
 酒の勢いと今までの緊張から来る疲れといらだちも手伝って片桐もおもわず声を荒げた。
「信用?我々を勝手にこんなところに呼んでおいて、信用?あなたがどんな存在か知りませんが、直接話をしただけで我々に恩を着せるようなまねはやめていただきたい!来たくて来た訳じゃないんだ・・・」
 ここまで言って片桐は少し後悔した。ちょっと感情的すぎたと自分でも自覚していた。
「わかっています。それは私もよくわかっています・・・」
 片桐は彼女の言葉にあえて応えなかった。片桐自身、今の状態におかれていることの責任すべてを彼女に求めるのはためらわれた。こんなか弱い女性がこの村の全員の命を預かっていることのつらさは、7名の部下を預かる片桐としてもよく理解できたからだ。
「でも、でも、私はどうすれば・・・・、村を襲ってくるアンバードは私たちでは太刀打ちできない。アービルの戦士の力を借りるしか道はないのです!私だって怖いんです。でも村のみんなを守れるのは私だけなんです!私だけ・・・・」

384 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:38 [ k1VSwKGg ]
 昼間に見せていた気高さがまるで嘘のようだった。いや、むしろ今の彼女の方が年齢相応のようにすら思えた。
「あなたがたには本当に申し訳ないと思います。でも、私にはこれしかないのです。私だってソリスの家に生まれなかったらこんな苦しみは味あわなくてもよいのに・・・」
 無理もないだろう、ソリスとして英才教育は受けているのだろうがまだ20そこそこの女の子だ。そのほっそりとした肩に村人たちの命が掛かっているのだ。
「すみませんでした。アービルから来たあなたにこんなことを言ってもしかたがありません。アンバードは1つだけこの村を救う条件を出しています。私です、私が彼らのモノになれば村を助けてやると言っています。あなたがたの力が望めない以上、私はその要求に応えたいと思っています。」
 片桐の中である種の感情がふつふつとわき上がっていた。決して酒のせいではない。初めてスビアを見たときからの感情だった。
「ばかな!それはいけません!その要求の意味は・・・・」
 片桐の言葉をスビアが大声で制した。
「私も21です!その意味くらいわかっています!」
 少しの間沈黙が2人を包んだ。片桐は、ふと決心した。こんなナンセンスでばかげた発想は自分でも笑いが出るくらいだったが、そう思う彼自身その感情は抑えることができそうになかった。
「スビア様、いえ、スビア・・・」
 無礼なのは承知だったが片桐はそう言わずに入られなかった。生まれて初めてそう呼ばれたのであろう、スビアは少しとまどいながら片桐の方に顔を向けた。

385 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:39 [ k1VSwKGg ]
「実を言うと、私の気持ちは決まっています。ここで戦います。戦いたいのです。」
「その理由は?」
 スビアの真剣な表情が赤い月明かりに照らされている。そのせいか、彼女の元来の美しさにさらにみがきがかかり、ほとんど天使か女神のようだ。片桐は思わず正面を向き直った。
「個人的な理由です、それには部下をつきあわせられませんが、部下と明日相談します。時間を少しいただけますか?」
「それはけっこうですが、片桐三曹。私はあなたの心変わりの理由を聞いているのです。」
 そこまで言わせるのか?と片桐はたじろいだ。気高く無邪気な聖女は片桐の答えを待っている。片桐はコップに残っていた酒を一気に飲み干した。
「理由はあなたです!」
「私?」
 現代日本の女性ならすでにわかるはずの会話だったが、ここは残念ながら現代日本でも、会話の相手も都会の女性ではない。
「あなたがここにいるからです。それが理由ではいけませんか?」
 片桐の言葉の意味がようやく理解できたようだ。スビアは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいた。そしてすぐに昼間の表情に戻った。
「私にはあなたの気持ちには答えられません・・・・」
「なぜ・・・・?」
「なぜって・・・」
 スビアは今までになくとまどっている。
「こんなこと、許されていないのです」
「私の国では、自分の気持ちを伝える自由はあります。」
「でも・・・」
 スビアはますますとまどいの表情を色濃くしながらそのまま、駆け出した。
「スビア!」
 思わず、走り去る彼女に声をかけた片桐だったが、その言葉に彼女が振り返ることはなく邸宅に消えていった。

386 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:40 [ k1VSwKGg ]
 翌朝、片桐は隊員全員を集めた。今後の方針を話し合うためだ。命令すれば全員動く。しかし実践では役に立たないケースも多々あることが予想される。それに片桐がもっとも気になるのは岡田の存在だった。現在のところ、岡田の反戦思想に染まっている隊員はいないが、状況が緊迫するにつれて感化される隊員も出てくる可能性がある。平時においては岡田の思想も一理あるかもしれない。だが、命がかかっているこの状況では彼の思想は隊員の命の危険を及ぼす可能性すら考えられる。
「いいでしょう、三曹についていきましょう」
 状況を説明すると高崎が一番に賛同した。それを見た須本と斉藤、浅木も後に続いた。
「士長も行くなら俺たちもいきますよ。それにあいつら、いい連中だ。」
「元の世界じゃ日陰者だった自衛隊だ。せめてこっちではヒーローになりたいですよ」
 中垣は少し迷っていた。そこへクーアードの子供が笑顔で隊員たちのところへやってきた。
「はい、これ!」
 子供は無邪気な笑顔で見たこともないがきれいな花を須本に手渡した。
「お守りの花!ミスタルっていうの!」
「ああ、ありがとう!」
「アービルの戦士はあたしたちの守り神なんだから!がんばって!」
 子供はにっこり笑うと恥ずかしかったのか大急ぎで家に駆け込んでいった。それを見た中垣も決心を決めたようだ。今まで自衛官であることでこんな笑顔を子供から向けられたことがあっただろうか・・・。中垣にとって片桐に賛同する理由はこれしかなかったし、これだけで十分だった。
「命は惜しいですがね。やりましょう!」
 岡田はそれを見ると軽く舌打ちしてその場を立ち去った。止めようとした高崎を片桐が制した。
「いいんですか?」
「ヤツも悩んでるんだ。がちがちに封じ込められ、けなされた自衛隊とここの人々の俺たちに対する感情のギャップにな」

387 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:40 [ k1VSwKGg ]
 その夜は満月だった。赤い月明かりが片桐たちが村にやってきた道を照らしている。翌朝はアンバードがやってくる。しかもこの前よりももっと大勢。片桐は万全の体勢を考えていた。
 外壁には門を挟んでカールグスタフにMINIMIを配備した。屋根の上には須本。彼は五輪候補にもなった狙撃手だ。そして片桐は門の外で村人を神々の住む山に退避させる時間を稼ぐ。そのための仕掛けは万全だ。道路沿いに手榴弾をしかけた。安全ピンを抜いて石の下敷きにする。一気に大勢で外壁まで迫られるとカールグスタフの効果も薄い。時間を稼ぐ必要があったのだ。
「いかにもうさんくさい感じだな・・・」
 片桐はあらかた仕掛けを終えて道を見渡した。手榴弾を仕掛けた場所には明らかに怪しい石がおかれている。これでは怪しまれても仕方がない。せめてクレイモアでもあれば道の両端に仕掛けて吹っ飛ばせばおしまいなんだが・・・。
「準備は終わりましたか?」
 いつのまにか、村の門を出て来たスビアが片桐に歩み寄ってきた。
「危ない!道から離れて!」
 思わず彼女の手をつかんで道の外にひっぱりだした。万が一、仕掛けの石を蹴っ飛ばされでもしたら一大事だ。しかし、そんな事情を知るはずもないスビアは前夜の片桐の言葉に続く侮辱的な行為に怒りを露わにした。

388 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:41 [ k1VSwKGg ]
あなたがアービルの人間でなかったら今頃は死刑になっているところです。」
「死刑?多いに結構。でもせっかくの仕掛けを台無しにされたらたまりませんからね・・・」
 片桐は皮肉を込めて、道の石を指さした。スビアはそれを見て「あっ」とつぶやくと、
「ごめんなさい・・・・」
 と、しおらしくなった。それをみた片桐は軽くほほえむと、彼女の手を取って安全な場所へ導いた。
「ところで・・」
 村の門に近い道ばたの倒木に座ってタバコに火をつけた片桐がスビアに尋ねた。今考えたら一番最初に聞いておくべきことを聞き忘れていたことに気がついたのだ。
「この村の名前はなんというのです?」
「アムター・・・。豊かな森というロサール語だそうです。」
 スビアもそういいながら片桐の横に腰を下ろしたが、片桐のタバコの煙に思わずせき込んだ。
「あ、火を消しましょう」
 あわててタバコの火を消す片桐のあわてようにスビアは思わず笑顔がこぼれた。
「あなたは不思議な人です。片桐三曹。部下には厳しくも優しくもあり、戦うことにはとまどいながらも、勇敢に戦い・・・・・・、そして私に堂々と愛を語りながら今はとてもうろたえています」
「あなたこそ、不思議ですよ。スビア。気高く、誇り高いが村人に優しく、常に村人のことを考えている。そして、村人のために俺たちを呼び寄せたのに、俺たちのことも常に考えています。そのくせ、中身は年頃の女の子だ。残念ながら俺はあなたに一目惚れしてしまった。」
 彼女のせりふをまねて返した片桐にスビアはけらけらと笑った。赤い満月が彼女の赤い髪をさらに神秘的に照らしているのが目に入った。ストレートヘアを時々かきあげながら話すスビアはとてもソリスとあがめられる存在には見えない。

389 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:42 [ k1VSwKGg ]
「自由に愛を語る。あなたの国は不思議です。もしも身分の違う者同士が恋に落ちたらどうなるんですか?」「我々の国には身分はありません。誰もが自由に暮らし、仕事を選び、意見を述べ、愛すのも自由です。」
 まあ、建前ではあるが片桐は日本の仕組みについて簡単に彼女に説明した。当然のことながら彼女の反応はとても信じられないといった感じだった。
「信じられません・・・、でも、戦うことだけはあなたはかたくなに拒みました。あなたの部下の、岡田もいまだに戦うことを拒んでいます。戦うことの自由はないのですか?愛する者や愛する土地を守るために戦う自由はあなたの国の人々には与えられていないのですか?」
 片桐はこのスビアの自分自身の境遇を重ね合わせた質問に答えることができなかった。

390 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:42 [ k1VSwKGg ]
 翌朝、片桐は村の外の道に立っていた。手には89式小銃を構えてたった1人で。彼の周りにはアンバードの突進を止めるための仕掛けが用意されていた。これは賭だった。アンバードはスビアを要求している。総攻撃の前になにかしらの交渉を求めてくるだろう。そのときにうまく、司令塔のアンバードを殺すことができれば、戦いはかなり有利に進むはずだ。
「三曹、大丈夫かなぁ」
 外壁の上でカールグスタフを構える浅木が思わずつぶやいた。高崎は同じくカールグスタフを構えながら浅木に言い放った。
「三曹は大丈夫だ。打ち合わせ通りにやるんだぞ」
 そのとき、屋根の上の須本から合図が入った。どうやら現れたようだ。

391 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:43 [ k1VSwKGg ]
 片桐の目にもはっきりと見えていた。轍のない細い道を長い列を作ってアンバードがやってくるのが。片桐は生唾を飲み込むと89式の安全装置を解除して「連発」に切り替えた。アンバードの縦列は片桐に近づいてくるがやはり攻撃は仕掛けてこない。思った通りだ。後ろを振り返って高崎に合図する。
「第1段階は成功だ。」 
 双眼鏡で片桐の様子を見ていた高崎が叫んだ。しかし、高崎には疑問があった。村の入り口から片桐のところまでおよそ300メートル。仕掛けがうまくいったとして片桐が戻って来るにはちょっと距離があるかもしれない。このことは片桐にも意見したが、「どうにかなるさ」で終わっていた。
 岡田はトラックの中で頭を抱えていた。こんなこと許されるはずがない。こっちから喧嘩を売るなんてあっちゃいけない。本来なら話し合いで解決すべきなんだ。
 ふと顔を上げた岡田の視線に何かが写った。それは一瞬で家の中に隠れたが、間違いない。ガンドールの姿だった。村人はスビアとザンガンと一緒に神々の遺跡に退避したはずなんだが。

392 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:43 [ k1VSwKGg ]
 たいして広くない道路に広がったアンバードが片桐のすぐそばまでやってきた。と、そこで彼らは進軍をやめた。1匹のアンバードが片桐に近寄ってきた。手にはひときわ大きなパタトールが握られている。弦や矢は見えない。相手は鬼だ。魔法のたぐいであろうことはなんとなく片桐にもわかっていた。
「この距離で食らったらばらばらだな・・・」
 片桐とアンバードの距離はもう4,5メートルも離れていなかった。と、歩み出てきたアンバードがいきなり雄叫びをあげた。地球上のどの動物とも似ていない、しかし不快な音であることだけは間違いなかった。
「どうやらスビアを渡せと言ってるようだ・・・」
 雄叫びの中に彼女の名前が聞き取れたのを片桐は逃さなかった。ということは今しゃべっているこいつが指揮をとっているなり、リーダーである可能性が高いわけだ。片桐は一呼吸おいて89式を構えなおした。
アンバードの雄叫び、おそらく彼らにとっては演説なんだろう、が終わった。いよいよ作戦開始だ。
 アンバードたちは黙って片桐の反応を待っているようだ。緊張で額から汗が流れ落ちるが、それにかまうことなく片桐は89式をすばやくリーダー格のアンバードに向けた。そいつは一瞬、首を傾げたように思ったがそれを確認することは片桐にはできなかった。フルオートで発射された5・56ミリ弾が30発。アンバードの頭部はきれいに消し飛んだ。
「三曹がやったぞ!!」
 双眼鏡で確認した高崎がカールグスタフを構え直す。いよいよ始まりだ。

393 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:44 [ k1VSwKGg ]
 村の後方にある小高い丘のてっぺんに神々の遺跡があった。神々の遺跡はストーンヘンジの様に巨石が円形のアーチを描いて築かれている。これがなにに使われていたのかはわからない。しかし、アービルから戦士を召還するときは必ずここで儀式が行われたという。今、この儀式の場は負傷した村人や、老人子供であふれていた。スビアは村の方を見ながら考えていた。片桐たちはたった7名でアンバードと戦おうとしている。決して戦ってはならぬと言う、アービルの掟を破ってまで。そして片桐はスビアのために戦うと言っていた。
「ソリス、あの者たちなら心配ないでしょう・・・」
 ザンガンがひざまずいて彼女に言うが、彼女の耳には入っていない。そこへ、バストーが息を切らせながら丘をかけ登って来てザンガンに報告した。
「アンバードが現れたようです・・・」
 その報告が終わらないうちに、片桐たちのパタトールが発するあの独特な大きな音が丘まで聞こえてきた。戦いが始まったのだ。スビアは自問していた。片桐たちに任せたままでよいのか。彼らもまたとまどい、恐れながら、この村のために戦う決心をしてくれたのではないのか・・・。そして片桐はこの戦いに生き残って再び自分の前に姿を現すのだろうか・・・。
 そう思ったとき、彼女は無意識に自分のパタトールを持って駆け出していた。
「ソリス!いったいどちらへ!?」
 ザンガンの問いかけに走りながら振り返ったスビアは村人に直接呼びかけた。
「私たちの村のために戦うアービルの戦士たちを助けるのです!」

394 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:44 [ k1VSwKGg ]
 リーダー格のアンバードは89式の一連射であっさりと倒れた。ほかのアンバードたちはあまりのことに状況が理解できないようだ。これはチャンスだ。片桐は撃ち尽くした89式を放り出して村に向けて走り出した。
アンバードたちは走り出した片桐を見てようやく状況を認識した。口々に叫び声をあげて片桐めがけて走り出した。
「やっと動き出したか・・・」
 片桐は走りながら後ろを振り返ると高崎たちに合図した。
「よし!発射!」
 一斉にカールグスタフを発射した。次々と着弾した85ミリ弾はアンバードを次々と肉片に変えていく。それを切り抜けたアンバードが数匹、片桐を追いかけてトラップエリアに入った。石を蹴飛ばすと信管を短くした手榴弾が次々と炸裂した。後続のアンバードは突然の爆発にその動きを再び止めた。そこへ、カールグスタフとMINIMIの連射がアンバードを襲った。片桐は道のすみっこにある倒木に隠した9ミリ機関拳銃を取り出すと、弾幕をくぐって彼に追いすがろうとするアンバードに連射を浴びせた。止まることはできない。撃ち尽くすとすぐさまそれを捨てて、また道ばたに隠した銃を拾って追いすがるアンバードを打ち倒す。
 4挺の9ミリを撃ち尽くしてやっと片桐は村の門をくぐってそれを閉じた。すでにアンバードは近くまで迫っている。かなりの数を奇襲で殺したがまだ7,80匹は残っているだろう。
「三曹、外壁に奴らが取っつきました!」
 高崎が大声で片桐に叫んだ。
「よし!須本、援護しろ!散らばって各個撃破しろ!」
 アンバードの魔法で繰り出される強力なパタトールは村の門を打ち破った。数体のアンバードが斧を持って村に乱入してくる。門に近い民家の屋根の上で須本がそのうちの1匹をスコープにとらえた。
「くらえ!」
 1発でアンバードの眉間を撃ち抜くと須本は次々と村に入って来るアンバードを血祭りにあげていく。
「くそ!」
 数匹撃ったところで須本が悪態をついた。送弾不良を起こしたのだ。あわててスライドを引くがなかなかうまくいかない。ふと、須本は外壁を見た。すでに高崎たちは後退していた。1匹のアンバードがパタトールを構えている。
「やべえ!!」 
 故障した89式を投げて屋根から飛び降りようとした。しかしそれよりもほんの一瞬早く、アンバードの放った見えない魔力のパタトールが須本に直撃した。

395 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:45 [ k1VSwKGg ]
「須本がやられた!」
 中垣は民家の陰でカールグスタフに装填した。外壁の上でパタトールを構えたアンバードが数体見えた。須本の敵だ。吹っ飛ばしてやる。そう思ったときだった。中垣は背中に痛みを感じると同時にせき込んだ。
「ぐふっ」
 咳と同時に血を吹き出したのが彼自身からも見えた。思わず後ろを振り返る。いつの間にか、3匹のアンバードが彼の後ろに回って槍を背中に突き刺したのだ。アンバードはいったん槍を引き抜いた。中垣は民家を背中にしてアンバードに振り返った。
「ちっくしょおおおお!!」
 中垣は血を吐きながら叫ぶと目の前に迫ったアンバードの腹めがけてカールグスタフを発射した。

 アンバードの強力なパタトールの直撃をさけるため、トラックは民家の間に隠されていた。その中でさっきガンドールらしい影を見た岡田はまだ迷っていた。村のあちこちで銃声や爆発音が聞こえている。隊員たちは散会して民家を盾にアンバードを各個撃破しているようだ。
「さっきの陰はなんだったんだ・・・」
 岡田は再び影が消えた民家を見て驚いた。岡田にはそれが何であるかはわかっていたが、自分自身でそれを認めたとき、果たして自分の信条である「不戦」を守れるか自信がなかったのだ。
「まさか・・・」
 民家のドアのところに間違いない。ガンドールの子供が不安そうな顔をしてたたずんでいるのが見えたのだ。

396 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:46 [ k1VSwKGg ]
 片桐は後悔していた。確かに、奇襲攻撃でかなりの数のアンバードを倒したが、予想よりも村に乱入したアンバードの数が多い。幸い、民家は密集していて小柄なこっちは隠れながらやつらを襲うには有利だっが数が違いすぎる。
「浅木!後ろをとられるな!」
「はい!」
 浅木と民家の窓から目に入ったアンバードを片っ端から撃っていく。後ろの窓から撃っている浅木が片桐に叫んだ。
「三曹!パタトールです!」
「退避しろ!」
 間一髪、裏の窓から飛び出した瞬間。さっきまで2人がこもっていた民家がきれいに吹き飛んだ。
「浅木、無事か?」
 ほこりまみれになりながら片桐は体を起こした。どうやら負傷はしていないようだ。あたりを見回す。と、さっきのアンバードと目があった。向こうも片桐を認識して再びパタトールを構えている。間に合うか・・・。
「くそっ!」
 89式をフルオートでアンバードに浴びせて撃ち倒す。アンバードは頭を粉々にされてぶっ倒れた。それを確認してマガジンを交換する片桐の耳に浅木の声が聞こえた。
「三曹・・・」
 民家のがれきの下に浅木がいた。どうにか引っぱり出す。
「足が折れたようです・・・」
 痛みに顔をしかめながら浅木が報告する。片桐はその辺の木材で添え木を作って浅木を吹き飛ばされた隣の民家に運んだ。
「ここで待ってろ」
「で、でも・・・」
 片桐の命令に浅木は納得しない。
「命令だ・・・」
 そこへ高崎が民家に駆け込んできた。高崎もあちこち追い回されたようだ。
「高崎、浅木は見ての通りだ。ここにアンバードを近づけちゃまずい。派手に行くぞ!」
「了解!」 
 高崎は皆までいわずとも片桐の意図を察した。そして言うが早いか、民家の窓から目に付いたアンバードを連射で撃ち倒す。
「浅木!無理すんなよ!」
 片桐と高崎は派手に発砲してアンバードを挑発しながら民家の外へ飛び出した。

397 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:46 [ k1VSwKGg ]
 だんだん銃声がトラックに近づいてくるのが岡田にもわかった。ガンドールの子供はそれに気がついて完全に足がすくんでしまっているようだ。そこへ民家の影からアンバードが1匹、子供を見つけて叫び声をあげた。子供もそれに気がついたが足がすくんで動けないようだ。まだ、ヤツはトラックには気がついていない。
「くそ!くそ!くそ!」
 岡田は89式の薬室に弾丸を送り込むとトラックを飛び降りてアンバードの前に立ちふさがった。アンバードは子供と自分の間に立った岡田が、自分たちのリーダーを殺したヤツ(片桐)と同じ格好をしていることを確認すると怒りの矛先を岡田に向けた。何か叫び声をあげている。
「武器を捨てろ!下がれ!」
 岡田も負けずとアンバードに叫ぶがそれが通じるはずもない。不意にアンバードが突進を始めた。
「来るなぁぁぁ!」
 岡田は89式の引き金を引いた。心地いい振動とともに確実に弾丸が発射されてアンバードの顔面を打ち砕いた。全段撃ち尽くして岡田は撃ってしまった衝撃とフルオートで発砲した反動でその場にへたりこんでしまった。
「やっちまった・・・・」
 そこへガンドールの子供が泣きながら岡田に抱きついてきた。
「・・・・ありがとう・・・」
 泣きながらやっとお礼を言ったその子供を岡田は強く抱きしめた。命を救った実感が岡田の体に少しずつ広がっていく。だがその実感も長くは続かなかった。民家の影からさらに2匹のアンバードが現れたのだ。
「つかまってろ!!」
 撃ち尽くした89式を片手で、子供を片手で抱えると岡田は安全な場所を探して猛ダッシュを開始した。この子だけは俺が救ってみせる。そう心に誓いながら。

398 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:47 [ k1VSwKGg ]
 斉藤は中垣とはぐれてしまっていた。周りは銃声と時折聞こえる爆発音、そしてアンバードの雄叫びばかりだった。密集した民家の通りで斉藤は完全に孤立してしまっているようだった。こんなことならMINIMIを持って来るんだった。激しく後悔した。
「早く三曹と合流しないとやばい・・・」
 斉藤はいつ、民家の影から現れるかしれないアンバードを警戒しながら銃声のする方へ進んだ。少なくとも銃を撃っているのは自衛隊員だ。
「うっ」
 いきなり後ろから口をふさがれて斉藤は恐怖で頭が真っ白になった。ズボンの股間あたりがなま暖かくなるのが自分でもわかった。
「落ち着け。味方だ・・・」
 おそるおそる振り返ると、斉藤の口をふさいだのは見覚えのあるクーアードの青年だった。
「ど、どうして・・・」
「あんたたちを助けるためさ。」
 見ると得意げにポーズを決めるバストーだった。
「さあ、斉藤。片桐たちのところに行こう!」

399 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:48 [ k1VSwKGg ]
「ありゃあ、岡田じゃないですか?」
 民家の影で89式のマガジンを交換している片桐に高崎が報告した。片桐が振り返ると、子供を抱えた岡田が2匹のアンバードに追われながらこっちに走ってくるのが見えた。
「岡田!急げ!」
 高崎の言葉を耳にして岡田がさらにダッシュをかける。片桐は岡田を収容した後アンバードを迎え撃つために89式を構えた。だが、追いつけないと悟ったのか、アンバードの1匹が腰蓑に下げたトマホークのような斧を持って岡田に向かって投げつけた。斧は岡田のチョッキを貫通して彼の背中に突き刺さった。
「ぐえっっ!!」
 前のめりに岡田は倒れた。子供は無事なようだ。もう1匹のアンバードが倒れた岡田に近づいてきた。片桐はそいつを慎重に標準を定めて撃った。精密な射撃にあまり自信のない片桐だったが、うまく1発でそいつを撃ち倒した。
「高崎士長!」
「わかってます!!」
 片桐の言葉よりも早く高崎が岡田を助けに走り出した。片桐はもう1匹のアンバードに狙いを定めた。残ったアンバードは仲間が撃たれたことにひどく腹を立てているようだ。地団駄を踏んで今にも突進を開始しようとしている。
「来る!!」
 片桐が引き金を絞ろうとしたそのとき、アンバードの目に深々と粗末な木の矢が突き刺さった。大声を上げてアンバードはその場に倒れた。いったい誰が?民家の屋根が連なる方へ高崎が目をやった。
「あっっ!!」 
 高崎の素っ頓狂な声で片桐も思わず屋根の方に目をやった。
「どうだ!片桐!やっつけたぞ!」
 そこには得意げにパタトールを構えるバストーがいた。

400 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:48 [ k1VSwKGg ]
「斉藤と村のみんなで生き残ったアンバードを追いつめたんだ!早く!」
 バストーが片桐をせかす。しかし、片桐にはまだここでしなければいけないことがあった。
「高崎士長!斉藤の支援に急行しろ!」
「了解!バストー!案内してくれ!」
 高崎とバストーは村の門に向かって走っていった。片桐は道に倒れている岡田に駆け寄った。
「岡田!しっかりしろ!」
 声をかけると岡田が頭をゆっくりと上げた。彼の腕の中には怖がって震えているガンドールの子供がいた。
「三曹、ガンドール1名、救助完了です・・・・」
 それだけ言うと岡田の体からがっくりと力が抜けた。子供が力のなくなった岡田の腕から這い出してきた。片桐はその子をぎゅっと抱きしめた。岡田が命を懸けて守った命だった。
「このおじさんが助けてくれたんだ・・・」
 その言葉に片桐は岡田の亡骸に視線を走らせた。そうか・・・。子供を救ために撃ったのか。片桐はようやく落ち着いた子供に優しく話しかけた。
「ぼうや、このおじさんの名前は岡田だ。君が、大人になるまでその名前を、忘れちゃいけないぞ・・・」
 最後は半分涙声になってうまく伝わらなかったかもしれない、と片桐は思った。だが、彼自身、自分の目からこぼれる涙を止めることができなかった。

401 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:49 [ k1VSwKGg ]
 「おい!斉藤!生きてたか?」
 バストーと駆けつけた高崎が、村人と一緒にアンバードを追いつめている斉藤に声をかけた。斉藤はその声でようやく生きた心地を取り戻した。彼は、村人と一緒にその辺をうろつくアンバードを片っ端から襲い、どうにか外壁まで追いつめたのだ。
「高崎士長!こいつらが最後です!」
 生き残った4匹のアンバードは外壁を背に追いつめられてもなお、村人を威嚇するように叫び声をあげている。すでにパタトールを持っている者は生き残っていないようだ。手には斧や槍が握られているだけだ。
高崎は、村人の中にスビアとザンガンを見つけた。
「長老、こいつらどうします?降伏させますか?」
 高崎の質問をザンガンはスビアに取り次ぐ。スビアは少し考えてそれをザンガンに伝えた。その間、高崎は少しいらいらしながら待たされる羽目になった。
「ソリスはアンバードの降伏は受けないと言っておられる」
 えっと言う感じで高崎はスビアを見た。彼女の表情は硬く、その決心は揺るぎないようだが、高崎はためらった。敵に降伏のチャンスを与えず殺してしまうことは・・・。
「俺がやろう!」
 片桐だった。彼は外壁の近くに落ちていたカールグスタフを拾い上げながら言った。そのまま、弾薬が装填されていることを確認するといまだに叫び声をあげているアンバードに向けた。
「みんな!耳をふさげ!」
 高崎が村人たちに叫んだ。村人たちがこれから起こるであろうことを素早く予想し、高崎の指示に従ったことを確認すると、片桐は迷うことなく無反動砲を発射した。
「ぎゃふっ!」
 激しい爆発音と爆風で生き残ったアンバードは消し飛んだ。それを呆然と見ていた村人は再び奴らの叫びが聞こえなくなったことを確認すると歓声をあげた。

402 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:49 [ k1VSwKGg ]
「勝った!」
「やったぞ!」
 片桐はカールグスタフを力無く手放した。がしゃっという金属音が彼の耳に入った。高崎が近寄ってきた。
「三曹、岡田は・・・・?」
 高崎は片桐の悲しげな表情を見てそれ以上なにもいわなかった。
「片桐三曹!高崎士長!」
 クーアードに助けられた浅木が2人のところへやってきた。浅木はこの場に自衛官がこれだけしかいないことを見ると、残りの仲間の運命を悟ったようだ。
「でも、やったんですね。俺たち・・・」
「ああ、やった。この村と、村のみんなを救ったんだ・・・」
 片桐は喜びにわく村人の中にいるスビアを見つめながらその言葉に応えた。スビアは片桐の視線に気がついて少しうつむくと、その場を離れて自分の邸宅に戻っていった。

403 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:50 [ k1VSwKGg ]
 夜、村は再びお祭り状態だった。隊員や村人の埋葬を終えた人々は再び広場で踊り、酒を飲み、歌った。彼らは戦いの勝利とその勝利に命を捧げた勇者に敬意を表して、今までよりもいっそう激しく踊り歌った。高崎と斉藤は疲れからか早々にダウンしてしまった。浅木はけがをした村人と一緒に手当を受けている。
 片桐はまた、輪の中を抜け出して1人で外壁に座り込んでいた。彼は死んだ仲間を思い返していた。射撃の得意だった須本・・・。臆病だが努力家の中垣、そして、岡田・・・。
 彼らには認識票はない。あるのは生き残った者の中にある思い出だけだった。俺は果たして正しい選択をしたのだろうか。
「相変わらずにぎやかなところは苦手でいらっしゃるのね」
 スビアだった。片桐はなにも言わずに自分の横に座ることを勧めた。彼女もそれに無言で答えるかのように片桐の横に腰を下ろした。
「明日、あなたがたを元の世界に帰す儀式を行います」
 スビアは目の前に広がる暗い森を見つめたままで言った。
「でも、その前に言っておきたいことがあるのです」
 今度はスビアは片桐の方を見つめた。片桐もスビアを見つめた。月明かりの下で2人視線が絡み合った。
「これは、ソリスとして適切な発言かどうかわかりません・・・。あなたは私のために、私の愛のために戦うと言われました。正直、それは私にとってとてもうれしいことです。でも、私はあなたの愛に応えることはできません。ソリスは愛を交わした伴侶と生涯いっしょにいなければいけないのです。つまり、明日もとの世界に帰ってしまうあなたの愛を受け入れることはできないのです・・・」
 ここまで一気にまくし立ててスビアは頭を抱えた。ここまで面と向かって自分に愛を語ってくれた片桐を裏切るようで、そして片桐の気持ちを知りながらお払い箱のように彼を元の世界に帰さなくてはいけない自分自身の立場がにくかった。

404 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:50 [ k1VSwKGg ]
「俺も言っておきたいことがあります。俺は部下には戦えとは命令していません。彼らはみんな自分から志願したんです。彼らそれぞれに戦う理由はありました。そして俺自身にも。」
 片桐はそれだけ言うと立ち上がってその場を立ち去ろうとした。これ以上未練がましい行動をすることが自分自身でもいやだったのだ。彼女はこの村のソリスだ。そしてその上で御法度である愛について見解を示してくれた。それで十分だ。
「待って!片桐三曹」
 スビアが片桐を呼び止めた。彼女に背を向けたままで片桐は立ち止まった。
「あなたが私を愛したというあかしをください。私はあなたの愛に応えられない。でもあなたの気持ちは受け止め続けたいのです。」
 昨日とはうって変わって美しい月明かりが照らす外壁の上でスビアは立ちすくんでいた。片桐は彼女に歩み寄った。
「目を閉じてください。」
 彼女は言われるままに目を閉じた。続けて片桐は確認するように問いかける。
「俺の世界のやりかたでいいんですか?」
 一瞬、躊躇するように顔をしかめたが、スビアは目を閉じたままうなずいた。月明かりが、不安と期待で微妙な表情を浮かべるスビアを照らしている。しかし、それでも彼女は彫刻のように美しかった。片桐はその彫刻のように美しく、あたたかい唇にそっと口づけした。

405 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:51 [ k1VSwKGg ]
 翌朝、神々の遺跡の前に村人、片桐、高崎、浅木が集まった。スビアは遺跡の端に置かれた大きな石の上に立って呼吸を整えた。そしてザンガンに無言で頷くと村に伝わる伝承の言葉を語り始めた。
 村人は固唾をのんで見守っている。高崎も思わず片桐に語りかけた。
「ほんとに大丈夫なんすかねぇ・・・」
「彼女を信じろ・・・」
 片桐はそれだけしか言う言葉がなかった。いや、たとえどんな結果になろうと彼女を信じる。その気持ちだけが片桐を支配していた。それに答えるかのようにスビアは呪文を唱え続けた。
「あっ」
 バストーが思わず声を上げた。遺跡の巨石がちょうど神社の鳥居のような形状を作っている部分の空気が揺れた。まるで水面の波紋のように空間が揺れ始めた。その中心からまるでホログラムのようにこの世界とは別の光景が映り始めた。
「あ、あれは・・・・」
 斉藤が思わず叫んだ。そこに映ったのは福岡ドームだった。ストーンヘンジの中心に福岡ドームや福岡タワーが見えているのだ。高さ2メートルほどの鳥居の内側の部分に大きく福岡市内の光景が映ったところでスビアが呪文を終えた。
「あそこに見えるのはあなた方の世界ですか?」
「これがアービルの世界・・・」
 ザンガンが思わずつぶやいた。鳥居の向こうからは空港を離発着するジェット機の爆音も聞こえてくる。
「さあ、高崎、斉藤、浅木を抱えてやれ」

406 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:51 [ k1VSwKGg ]
 片桐は高崎の肩をぽんぽんと叩いた。バストーが高崎に大声で呼びかけた。
「ありがとう!」
 次々と村人が声を上げる。「ありがとう!」「さよなら!」。高崎はザンガンを見た。ザンガンも笑顔で頷いている。
「斉藤、行くぞ」
 3人がおずおずと鳥居に近づく。高崎が右手を差し出した。すうっとその手は福岡の映っている方へ消えた。再び彼はザンガンを振り返る。
「成功だ。さあ、行きなさい」
 高崎は浅木を抱える斉藤と一緒に向こうへ飛び出した。一瞬、視界が真っ黒になったが次の瞬間彼がいたのはももち浜だった。博多湾を望む砂浜に3人は立っている。周りではサーファーや水着のギャルがきょとんとして高崎たちを見ている。
「帰ってきたんだ・・・」
 高崎は後ろを振り返った。高さ2メートルほどの長方形の空間がまったく別の光景を映していた。さっきまで自分たちがいた世界だ。 その向こうには片桐や、バストー、ザンガンが見える。
「さあ、三曹も早く!」
 高崎は片桐を呼んだ。

407 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:52 [ k1VSwKGg ]
 片桐は高崎に続いて元の世界へ踏みだそうとした。しかし、その足が止まった。思わず、スビアの方を振り返った。彼女は無表情でこっちを見ている。しかし、よく見るとその顔がひきつっているのがわかった。
「ああ、くそ・・・」
「どうしたんだよ、片桐。元の世界に帰れるんだぞ!」
 バストーが様子のおかしい片桐に叫ぶ。片桐はバストーを手で制して、巨石の上のスビアに歩み寄った。片桐が近づくごとにスビアの顔に動揺が広がっていくのがわかった。
「片桐三曹、どうしたのです。元の世界への扉は開いたのですよ」
 震える声でスビアが片桐に語りかける。スビアは早く終わらせたかった。自分への愛を命がけで示した男がこの場から消えてしまうことを。
「高崎士長!」
  なかなかやってこない片桐に高崎は声をかけた。
「三曹!早く!」
 高崎は自分たちのまわりに集まってきたサーファーや海水浴客に目もくれず片桐を呼んだ。片桐は向こうで少しとまどっていたが、高崎に呼びかけた。
「すまん!俺はこっちに残る!」
「え?ええええ!?」
 浅木も斉藤も我が耳を疑った。今を逃せば元の世界に戻るチャンスはないかもしれない。それをわかった上で残ろうというのか?
「三曹、冗談はよしてください!」
「いや、冗談じゃない・・・・」
 片桐は淡々と高崎に言った。ザンガンがうろたえている。村人もざわついている。しかしもっとも冷静に受け止めているであろう人物、ソリスであるスビアは違っていた。片桐は自分のために残ろうとしている。彼女自身、片桐を愛していることはわかっていた。しかし、ソリスとしてこの結末を知っていたからこそ、片桐の愛の告白は受けることができなかったのだ。
「片桐三曹、早く、行きなさい!」

408 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/13(土) 01:52 [ k1VSwKGg ]
動揺から彼女が発することができたのはそれだけだった。向こうの世界のうろたえるのを見た高崎はすべてを察した。三曹、あんたやっぱり・・・。
「三曹、うまくやってください!こっちもうまく処理しますから!」
 高崎は向こうの片桐に敬礼した。片桐はそれを見て笑顔で敬礼を返す。高崎は最高の士長だ。高崎に続いて浅木も斉藤も片桐に敬礼を捧げる。
 お互いの世界を隔てて敬礼を交わして数秒後、世界を隔てる境界が波打ち始めた。再び、二つの世界をつなげる境が閉じられるのだ。それを雰囲気で察した高崎も片桐も敬礼を交わしたままだった。
「片桐!」
 ザンガンが叫んだ瞬間、石で作られた鳥居状の中で開かれた別世界への扉は閉じられた。高崎や浅木、斉藤の姿も、バックの福岡ドームも消えて、後は神々の遺跡しか見えなくなった。
「もう後戻りは出来ないぞ!この世界とアービルとの扉は完全に閉じられたんだぞ!」
 ザンガンが片桐に大声で怒鳴るが、片桐は気にしない。彼はまっすぐに巨石の上で彼を見つめるスビアに歩み寄った。
「スビア、あなたを愛するには生涯、いっしょにいなければならないんでしたね?」
 片桐は笑顔でスビアに問いかけた。スビアは片桐の行動のあまりの唐突さに固まっていたが、この言葉の意味を察すると今まで押し殺していた感情を一気に放出するかのように片桐に抱きついた、片桐もその彼女をしっかりと抱き留めた。
 一部始終を見守った村人から新たに歓声があがった・・・