323 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:11 [ F/gxaDpQ ]
外伝です。タイトルは「長い夜」
第1部から第2部くらいまで見てくださっていたらキャラクターに感情移入できると思います

今でも忘れられない出来事がある。最初の戦役でコルバーナ王都に着々と進攻しているころのことだ。ぼくとエスタは40普連の小隊と、土地に詳しいランドルフの王室警護隊の騎士数名と行動をともにしていた。もう国境を超えて2日目だ。敵の反撃も激しくなり、この小隊でも数名の負傷者を出して隊員たちは疲れきっていた。
「この先にドラゴンランサーの邸宅があります」
乗馬した騎士がこの小隊の隊長である吉村一尉に報告している。そろそろ夕暮れが近い。ドラゴンランサーも昼間の襲撃は自衛隊のたいした脅威にはならなかったが、夜間や森林での急襲は恐ろしいものがあった。戦闘機やヘリと違い音もなく襲ってきて、至近距離からクロスボウを放ってくる。
「よし、第一班は先行して確保しろ。おい、無線よこせ。」
吉村は無線で司令部を呼び出す。
「企救丘より北方。ポイントチャーリーから4キロ南東の邸宅で待機する、送れ」
「企救丘、夜明けまで現状で待機せよ」
 それを聞いた隊員たちから歓声が上がる。数日間彼らは休みなしで戦っていたのだ。久しぶりに夜ゆっくりと屋根の下で眠れる事になりそうだった。そこへ先行した偵察班が戻ってきた。異常はないようだ。
「よし、今夜の宿に出発だ」

324 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:12 [ F/gxaDpQ ]
日がすっかり暮れ、弱い雨が振りだしていた。
「マスター、これは・・・」
エスタが邸宅をカメラに収めながら思わずつぶやいた。無理もない。その邸宅は昔見た「風と共に去りぬ」のタラの邸宅のような、荘厳なたたずまいを見せていた。
「大田、道元、司令部を設置するぞ」
吉村がてきぱきと部下に指示を出す。ぼくたちも吉村に続いて邸宅の大きな扉の前に立った。吉村が手をかけると扉は思ったよりも軽がると動いた。
「こりゃすげえ・・・」
扉の向こうは大広間だった。この小隊くらいだったら余裕で寝泊りできそうだ。あたりにはソファーやらテーブルが乱暴に散らばっている。大広間の奥には大きな階段。踊り場があってそこから左右に分かれている。
「第2班。2階だ。」
数名の隊員が階段を上がって2階を調べている。その間に吉村は広間の奥の小部屋に無線を運び込んだ。
「小隊長、異常ありません。でも、2階はめちゃくちゃです。とても寝られる状況じゃないですな。」
「この大広間で十分だ。田中、踊り場で軽傷者の手当てだ。かすり傷でも一応手当てしとけ。」
田中と呼ばれた衛生科の隊員が肩を貸していた隊員を連れて踊り場に向かった。

325 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:14 [ F/gxaDpQ ]
「よし、第3班。代わりの陸曹が明日到着する。代わって指揮をとる者は誰かいるか?」
吉村の言葉を聞いて大森という少し大柄で強面な隊員がぴくっと反応した。
「小隊長、自分がやりましょう。自分がこの班では最古参です、なあ山本?」
山本と呼ばれた隊員は大森とは対照的な外見で、大森から目をそらすようにうなづくだけだった。吉村はその様子が気に入らなかったのか、大森の問いかけに答えずに立ち去った。
「小隊長も今夜一晩の代役に何を慎重になってんだか、おい、山本。タバコだ」
山本はおずおずとタバコを差し出すと大森に渡した。ご丁寧にライターで火までつけてあげている。思わずぼくは2人に話し掛けてみた。
「君たちは学校の先輩後輩かなにかかい?」
ぼくの問いかけに大森がうざったそうに答える。
「そんなんじゃないですよ。竹馬の友ってやつですよ。なあ、山本?」
制するような目で大森に見つめられた山本はぼくとも目をそらすようにしてうなづいた。そのときだった。
「大田!第3班の指揮をとれ!」
吉村の一声で大森の顔がさっと青ざめた。
「小隊長!」
大森が吉村に詰め寄った。
「なんだ?」
「小隊長、さきほど自分がこの班で最古参と申し上げたでしょう。」
「ああ。」
「だったら自分が代役として指揮をとってもいいんでは・・・」
吉村は地図を見ながら平然と聞いている。しばらくの沈黙の後彼は口を開いた。
「大田が代役だ。以上」

326 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:15 [ F/gxaDpQ ]
それだけいうと、吉村は無線が置かれた小部屋に入っていった。取り残された大森はしばらく苦虫をつぶしたような顔で立ちすくんでいたがやがて気を取り直したようだった。
「山本、おれの荷物あっちに置いとけ」
山本がおずおずと大森の銃と荷物を抱えて大広間の隅に持っていくのをエスタが怪訝そうに見つめている。
「マスター、あの人たち、ちょっと変です」
「ああ、普通の部隊の仲間ってだけじゃなさそうだ・・・」
 この世界の人間であるエスタにもわかるような違和感のある2人の関係をこの小隊の人間はなぜ気にもとめないのだろうか・・・。一抹の疑問だけがぼくの中に残っていた。

327 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:16 [ F/gxaDpQ ]
この邸宅に到着してしばらくすると弾薬の補給と衛生科の応援として現地採用されたエルフが1名やってきた。ハンスというエルフだそうだが、非常にてきぱきと田中の手伝いをこなしている。彼らの邪魔にならないようにエスタに2,3枚写真を撮るように頼んでぼくも沸かしてもらったお湯でカップ麺を作って平らげた。
「原田さん、マージャンはどうです?」
大森がぼくを呼んだ。彼はいつのまにか広間の真中に大きな机といすを4つ用意して待ち構えている。
「面子がいるのかい?」
「そんなのはすぐどうにかなるものですよ。おい、山本!」
近くのソファーで横になっていた山本がびくっと体を起こす。
「山本、マージャンだ」
山本はおずおずとうなづいてテーブルにつく。大森はその間も広間を見回している。
「北見、どうだ?」
大森と同じ班の北見がタバコを床に落として踏みつけながらうなづく。大森はにやりと笑うとぼくにイスを勧めた。
「さあ、面子がそろいましたよ」
ぼくの心の中に残る大森と山本の関係に対する疑問からだろうか。彼の誘いを断る気持ちがなくなっていた。
「そうこなくちゃ。点は5でいきましょう。祝儀はとりあえずなしで」
「いいでしょう」

328 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:17 [ F/gxaDpQ ]
撮影を終えたエスタがぼくの後ろにやってきてぼくたちのやっていることを不思議そうに見つめている。
「何してるんですか?」
「ねえちゃん、ゲームだゲーム。ま、こんな高度なゲームねえちゃんじゃすぐに覚えられないがね!」
大森のこの言葉に一同は非難するような目を大森に向ける。だが彼は悪びれた風でもない。
「ねえちゃん、見てるだけだったらちょっとコーヒー沸かしてくれないかね・・・」
さすがにぼくも聞き捨てならなかった。思わず声をあげようとした時だった。
「大森、彼女は原田さんのスタッフだ。失礼なことはするな。」
何時の間にか広間に戻ってきていた吉村が一喝した。
「俺は中隊本部に言ってくる。緒方一曹!頼んだぞ」
小隊のまとめ役である緒方が部屋の隅のソファーから軽く手を上げた。吉村はそれを確認すると邸宅を後にした。
「幹部ってのはなんでああなのかね。吉村一尉は京大だったか?山本、おまえも京大だったな?」
大森の問いかけに山本はマージャン牌を手から落とした。
「あ。ああ・・」
「まあ、原田さん、こいつは優秀なんでよ。俺は京大には落ちましたがねぇ。たいしたもんでしょ」
 大森が饒舌になればなるほど山本の動揺が広がっていくのが目に見えてわかった。北見はそれを見ながら何も反応していない。非難とも賞賛ともつかない、無機質な視線を向けるだけだ。

329 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:18 [ F/gxaDpQ ]
「大森、あんたの番だ」
「わかってるよ。原田さんにうちの班の紹介をしてるんだよ。班長が負傷して代理の班長がなぜか、よその班の大田になっちまう奇妙なわが班のな!!」
大森の皮肉が聞こえたのか緒方が立ちあがった。小隊の視線が緒方に向けられる。
「大森、いいかげんにしろ。」
緒方は静かに言った。大森は緒方を一瞥するとすぐにマージャン牌に視線を戻した。
「一曹、自分は世の中の理不尽について話しているだけです。一般論ですよ。自衛隊にもコネやら上官の覚えがいいといろんな役得があるものなんですねぇ。大学受験のように、なあ山本」
ここでも山本だった。ぼくは思わずエスタのほうを振り向いた。彼女の怪訝そうな表情がこの空気の異常さを物語っている。
「大森!いいかげんにしろといってるんだ!!」
緒方の罵声が大広間に響いた。ハンスまでもがこの空気の異常さに怪訝な表情を浮かべている。
「わかりましたよ・・・」
軽くため息をつくと大森はぼくのほうを向いた。すこしにやけた表情。おもわず背筋が寒くなった。
「原田さん、あなたの親ですよ」

330 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:19 [ F/gxaDpQ ]
マージャン自体は淡々と進んだ。ぼくは山本と大森の奇妙な関係を探ろうと世間話を仕向けたが、たいした事はわからなかった。
山本は京大を卒業して幹部候補生を受験したが失敗、一般隊士に合格して幹部をねらっている。不況の現在ではよくあるパターンだ。一方の大森は、山本と同じ京大を受験して失敗。その後別の私大に進んで山本と同じような経歴を歩んでいる。彼らの共通点は同じ高校の同級生というだけだ。大森の父親は自営業。山本の父親は大学教授っていうことくらいしか両者の違いはなかった。 
そのとき、邸宅の大きな扉が開いた。一同の視線が扉を開けた人間に集中した。王室警護隊の隊長ランドルフだった。
「やあ、皆さん。吉村一尉からの預かり物です。」
ランドルフは表で待っている現地人に振り向いて何か運び込むよう命令した。大きなクーラーボックスだった。
「ビールだそうです。全員インフルエンザの予防接種を終えてから飲むようにとのことでした。」
隊員たちからひときわ大きな歓声があがった。無理もない。連日の行軍と戦闘で疲れきった状態での隊長の粋な計らいだった。田中はハンスに予防接種の準備をさせている。
「ハンス、俺はちょっとこいつの縫合で手が離せない。注射はできるかね?」
「はい、田中さん。任せてください。」
田中はハンスの返事に安心して隊員の腕の縫合に集中した。緒方が立ち上がった。

331 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:20 [ F/gxaDpQ ]
「よし!第1班から順番に接種を受けろ!終わったらビールを受け取れ!」
階段の踊り場の下にクーラーボックスが設置された。ぼくとエスタも一応接種を受けておくように指示が出された。自動的にマージャンは一時中断という形になった。騎士たちもおずおずと腕を出して注射を刺されている。普段は勇猛果敢な騎士団だがさすがに注射は初めてのものばかりでおっかなびっくりだった。
「緒方一曹!小隊長です!」
無線室の隊員が緒方を呼んだ。注射の済んでいた彼は腕を脱脂綿で押さえながら無線室に消えた。注射の終わった隊員たちは手に手にビールを持って乾杯している。騎士たちも初めてのビールを気に入ったようだ。ランドルフも満足げな顔をして見ている。
「大森!」
注射が終わってビールを一気に飲み干した大森が緒方の声で振り返った。
「まもなく小隊長が戻ってくる。偵察任務だ。同行しろ」
大森の顔が引きつる。無理もない。こんな雨の夜、しかもみんなはビールをやってよろしくやっているのだ。
「偵察か・・・、こんな日の偵察はやっかいだなぁ。山本?」
大森は鋭い視線を山本に向けた。エスタがすばやく山本に視線を走らせたのがわかった。山本は北見やほかの仲間に視線を走らせた。北見の無機質な表情が大森に向けられているだけだ。
「お、俺がいきます。俺マージャンってどうも好きになれなくて」
山本はそそくさと装備を持って準備をはじめた。
「山本さん、なんで・・・」

332 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:21 [ F/gxaDpQ ]
思わず声をかけたエスタを大森が大声でさえぎった。
「ねえちゃん。よそ者が口出すことじゃない。山本は志願したんだ。自衛隊では志願は受け付けないんですか?一曹?」
返答を迫られた緒方に隊員たちの視線が注がれる。事情のよく飲み込めないランドルフはきょとんとしている。緒方もまた無表情で大森の質問に答えた。
「よかろう、山本行ってこい。」
山本は準備するとしとしと雨の落ちている邸宅の外に出てこうとした。
「おい、山本!」
大森がそれを止めた。
「タバコ置いていってくれや。俺のは切れた。」
「あ、ああ。」
山本はまだ2,3本も吸っていない箱を大森に差し出して今度こそ雨の中へと消えていった。

333 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:22 [ F/gxaDpQ ]
マージャンが再開してしばらくたった。もう夜も10時を回ろうとしていた。働きづめの日々でいきなりの休息を与えられると時間が過ぎるのが意外と遅いものだ。
「大森、タバコもらうぞ」
ビールを一気に飲み干した北見が山本からせしめたタバコに手をつけた。そのままくわえタバコで牌をいじっている。
「けちな野郎だ。人のタバコを」
大森は北見に悪態をつきながら自分で吸っていた煙草を床に落として踏んだ。北見はにやっとしながら大森に返す。
「人のことが言えるのか?」
北見は短くなったタバコをビールの空き缶を切って作った灰皿に乗せて手でもみ消そうとした。
「いてっ!切っちまった」
缶の切り口でだろうか。北見は手を切ったようだ。
「大丈夫ですか?」
ぼくの問いかけに手を振って答えながら北見はティッシュをポケットから出した。そのときだった。

334 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:23 [ F/gxaDpQ ]
「ぐっっ!!ぐぇぇ!!!」
奇妙なうめき声をあげた北見の顔が見る見る青ざめていく。苦しげに手をばたつかせながら椅子から転げ落ちた。異変に気がついた緒方が駆け寄ってくる。
「田中!田中!こっちだ!」
緒方に呼ばれて田中が階段を駆け下りてくるのが見えた。エスタはあまりに出来事に青ざめたままで立ち尽くしている。
「ぐぐぐぐ・・・・」
のどを締め付けるようなうめき声を上げて北見はそのまま事切れた。
「だめです、一曹・・・」
田中が北見の脈を取りながら言った。すでに北見の目に生気はない。
「なんでやられた?」
緒方が大森とぼくに問い掛ける。
「いきなり苦しみだしたんですよ。あっという間でした」
北見の体を調べた田中が青ざめた表情のまま緒方に声をかけた。
「一曹、まだはっきりとはわかりませんが。北見は毒でやられてます。それもコルバーナ軍のよく使うやつです」
小隊全員に緊張が走った。どうして敵もいないこの屋敷の中で北見は敵の毒でやられないといけないのか?当然過ぎる疑問が一同を沈黙の中に引きずり込んだ。

335 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:24 [ F/gxaDpQ ]
「間違いないのか?」
「ほぼ間違いありません。」
緒方の再度の確認に田中ははっきりと断言した。
「入り口を固めろ!全員集合しろ!」
緒方の大声で固まっていた隊員たちがわれに返って動き始めた。手に自分の銃を持って緒方のところに集合するのにわずかな時間もかからなかった。みんながそろって少し沈黙が流れる。緒方だって予想外の事態にとまどっているのだろう。
「一曹!スパイに違いない!ここに現地の人間がいくらもいるじゃないですか!」
大森が開口一番ハンスやランドルフの連れてきた現地人を指差す。
「ば、ばかな!彼らは私の使用人や国王陛下からお預かりしている部下だぞ!」
ランドルフが大声で大森に抗議する。しかし大森はまったく意に返さない。
「どうかな?あんたの部下の騎士だって怪しいもんだ。ずっといっしょに行動していたんだからな」
「なんだと!」
騎士の1人が思わず剣に手をかけた。大森も銃を騎士に向けた。一触即発の空気があたりをつつんだ。この険悪な空気にかまうことなく大森は続けた。
「だいたい最初から気に入らなかったんだ。騎士の連中といっしょに行動するなんてね。しかも、うざったい記者までついてきて、しかもそいつまで現地の女をつれていやがる。スパイ天国じゃないか!」

336 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:25 [ F/gxaDpQ ]
大森は今度はエスタに銃を向けた。思わずぼくは彼女の前に進み出た。彼女がぼくのすそを握っている。かすかに震えている。
「大森!貴様いいかげんにしろ!」
ようやく緒方が大森の銃を無理やり取り上げた。それでもなお緒方に食い下がる。
「一曹、こいつら以外に誰がいるってんですか?もし、あのハンスがスパイなら注射を受けた俺たち全員危ないんですよ!それとも荷物運びがビールに一服盛ったのかもしれない!この女だって信用できたもんじゃないね!!どうです?」
「待て、彼女はぼくとずっと行動を共にしている。ちゃんとした市民階級の人間だぞ!」
あまりの侮辱にぼくも思わず声を荒げて反論した。緒方は田中に簡易キットで北見の周りの毒物反応をチェックするように命じた。緒方はぼくの方を向いて問いかけた。
「原田さん、申し訳ないがエスタさんのことについて聞かせてください」
「いいでしょう」
ぼくは即答で了解した。緒方はわかっている。大森が不必要に隊員たちを動揺させていることをだ。これを打開するには協力者が必要だった。
「よし、大森。貴様がそこまでいうなら聞いてみようじゃないか・・・」

337 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:26 [ F/gxaDpQ ]
結局、ハンスやランドルフの使用人たちは身元も何もはっきりしていることが判明した。もちろん、騎士たちやエスタも同様に潔白なのはあきらかだった。北見の体や周りを調べていた田中が緒方に報告した。
「一曹、おかしいんです。北見の指、タバコのフィルター、灰皿かわりの空き缶。どれからも毒が出てきません。まあ、簡易キットですからどこまで当てになるかわかりませんがね」
「なんだと・・・・」
緒方は初めて顔をしかめて考え込んだ。凶器もなし、犯行に使われた毒物も反応なし。犯人もここにはいない。一体全体どうなっているのかさっぱりわからない。
「面倒だ!現地人の身元なんてどこまで保証できるかわかったもんじゃねぇ!全員縛って絞り上げたら手っ取り早いじゃねえか!!」
がまんの限界に達した大森がエスタの手をつかんだ。
「きゃっ、なにするんですか!?」
「やめろ!」
「ひっこんでろ!」
思わず飛び掛ったぼくを大森は思いっきり突き飛ばした。
「大森!!」
緒方の声に大森の動きが止まった。緒方の手には拳銃が握られている。

338 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:26 [ F/gxaDpQ ]
「大森、彼女を離せ。」
「本気ですか?一曹?」
緒方が激鉄をおろした。誰かが生唾を飲み込む音が邸内に響く。緒方の額から汗が流れ落ちた。どれくらい時間が流れただろうか・・・
「わかりましたよ」
大森はエスタの手を離した。エスタは半泣きでぼくに駆け寄った。大森は額に流れ出た脂汗を拭いながら不適な笑みを浮かべて緒方に問いかけた。
「一曹、どうします?これで犯人探しは振り出しだ・・・」

339 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:27 [ F/gxaDpQ ]
一同の重苦しい沈黙が何分続いただろうか。いきなり大きな音を立てて扉が開いた。さっとみんなの視線が注がれる。吉村だった。
「小隊長・・・」
誰かがポツリとつぶやくが吉村はそれには答えなかった。1人、隊員を背負っていながら氷のような表情で立ったままだ。
「田中、山本がやられた。脇に矢が刺さった。」
さっと田中が吉村に駆け寄って田中を床に横たえた。すぐに脈を取るが首を横に振った。
「だめです。毒矢だったんでしょう・・・」
隊員たち、いやきっとぼくやエスタ、騎士たちもだろう。みんなの顔がひきつった。また毒だ。
「この小隊は呪われてるんじゃないのか・・・」
誰かがぽつりとつぶやいた。たった数十分の間に2名の隊員が毒で死んでしまった。非現実的だが、そもそもこの世界自体が現代社会の我々にとってはある意味、非現実的なのだ。しかし、ぼくはひっかかっていた。非現実的なこの世界でこの小隊の雰囲気だけがある意味、現代日本独特の人間関係の雰囲気を醸し出しているのだ。
明らかに異質な上下関係、無関心な同僚。それを阻止できない上司・・・。
「マスター、呪いだなんて・・・」
エスタがぼくに言おうとしたそのときだった。緒方がヘルメットを床にたたきつけた。ほとんど飛び上がるように隊員たちが緒方の方を一斉に振り返った。

340 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:28 [ F/gxaDpQ ]
「もうたくさんだ!」
まとめ役のベテラン一曹の突然の豹変に吉村が少しうろたえながら声をかける。
「緒方。どうしたんだ?」
その吉村に緒方はきっとにらみつけるような視線を投げつけた。吉村が少し後ずさるほどの殺気だった。
「小隊長、あなたも知っていたんでしょう?いや、知っていたはずだ。第3班の連中もな!」
その言葉に3班の隊員たちは一様にさっと顔をひきつらせた。なかでも大森のうろたえようは筆舌につくしがたかった。
「なんのことですか?一曹・・・・」
あくまでしらを切る大森に緒方は額がくっつかんばかりに近づいてから小隊全員、いや外まで聞こえるほどの大声で叫んだ。
「山本のことだ!!」

341 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:29 [ F/gxaDpQ ]
山本のこと・・・。第3班のみならず、小隊全員の顔が一様に青ざめた。この小隊にいたなら誰でも気がついているはずのこと。ぼくやエスタ、騎士たちですらうすうす何かあると考えるくらいのあの雰囲気。この謎が緒方の口から語られようとしていた。
「緒方一曹、いったい彼らの間になにが・・・」
ランドルフやエスタに代わってぼくが緒方に問いかけた。山本と大森の異常な関係。そしてそれを黙認するかのような小隊。そして今回の北見の変死。その真相の一端が緒方から語られた。
「山本の父親は大学教授だったんです。国文学だか古典文学だかの権威だったそうなんですが、彼は学会を追われました。セクハラ疑惑でね。」
「マスター、セクハラってなんですか?」
エスタの質問にぼくは自分のバックパックから広辞苑を取り出して彼女に渡した。
「ランドルフ隊長たちにも説明するんだ。」
緒方は続けた。

342 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:29 [ F/gxaDpQ ]
「大森はどいういわけか、そのネタをつかんでいたんです。そして一緒に幹部候補を目指していた山本を追い落とすためにこのネタを使った。ばらしてしまっていいのか?ってね。」
「まさか、彼は同じ仲間を蹴落とすために脅迫をしていたというのか?」
あまりのことにランドルフまでが声を上げた。忠義忠誠が信条の騎士団の彼としては信じがたいできごとなのだろう。緒方はランドルフに無言でうなずいた。
「ばかな・・・」
ランドルフの驚愕と怒りの混じった視線に大森は苦笑とも何ともつかない表情を浮かべた。もはやさっきまでの威勢の良さはない。
「山本だけじゃない。この小隊のほとんどが大森に弱みを握られて山本へのいじめを黙認していたんですよ」
なんということだ。ぼくが感じていた、現実的感覚と非現実的感覚の妙なブレンド。非日常の世界において感じる妙に生々しい現実感の正体は、ぼくたちの世界ならではの事象が原因だったのだ。非現実的な世界で命のやりとりをしながらも、日常世界への欲求なのだろうか、いじめとその黙認という集団社会で日常的に発生しているようなことを続けることで隊員たちは現実感を確認していたのか。

343 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:30 [ F/gxaDpQ ]
「小隊長、あなたも大森に弱みを握られていますね。それが何かは私は言いません・・・」
隊員たちはうつむき、ある者は肩をふるわせていた。山本の死で初めて明るみになった事実。自分たちが見捨て、生け贄にすることで自分たちの保身を保つことのできた人物がこの世から消えてしまったことで皮肉にも彼らの苦悩が明るみになったのだ。
「ま、まさか・・・」
沈黙を破って田中が不意にテーブルに駆け寄った。ぼくもテーブルに駆け寄る。おそらくぼくと田中の考えは一致しているだろう。
「ハンス!ピンセットとメスだ!」
ハンスがすぐにメスとピンセットを持ってくる。田中は灰皿に残っていた吸い殻を丁寧にバラバラにし始めた。エスタもぼくの傍らでそれを見守っている。
「マスター、いったいなにが・・・」
「君たちの潔白の証拠さ・・・・」
田中は吸い殻の中からその証拠をピンセットで摘んで取り出した。
「緒方一曹・・・、ありました。凶器です。」
一同は沈黙したままだった。

344 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:31 [ F/gxaDpQ ]
「一曹、吸い殻の中に2個ガラス片が混じっていました。」
田中が取り出したのはわずか4,5ミリの小さなガラス片だった。やはり、北見はこのガラス片で指を切ったのだ。田中は残ったタバコケースからタバコを出すと次々とそれを切ってガラス片を見つけだした。
「山本が・・・・やったんだな・・・」
すべてのタバコからガラス片が発見された。あまりの衝撃に隊員たちは声もでない。ようやく緒方がかすれた声で田中に確認した。
「簡易キットで調べたらすぐにわかります。大森はタバコはほとんど山本からせしめていました。タバコのフィルター近くにこいつをしこんでおけば、いつかは火をもみ消す拍子に指に刺さるでしょう」
田中の言葉が終わらないうちに大森がその場にへたりこんだ。しかし誰もそれを助けようとはしない。
「なんで、そこまでして・・・。俺を殺してまで・・・」
言葉にならない大森に、思わずぼくは声をかけた。
「大森さん、あんたは山本の夢を壊したんだ。幹部になるって夢を。あんたの中にあったはずだ。山本への嫉妬が。あんたの醜い嫉妬が小隊をめちゃくちゃにして、ついに山本を死なせたんだ。」
ぼくの言葉が核心を突いていたのか、気に障ったのか今までおとなしかった大森がぼくの襟首につかみかかった。

345 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:31 [ F/gxaDpQ ]
「あんたになにがわかるんだ!?あいつの親父は卑怯者だ!そんな親父を持つあいつがすんなりと大学に合格して、俺と一緒に自衛隊に入ってこの上、あっさり幹部になるなんて許せねぇ!」
「大森、離れろ!」
緒方がぼくと大森の間に割って入った。大森は軽く笑いながらぼくから離れた。山本への潜在的な嫉妬が大森をここまでかき立てていたのだった・・・。嫉妬。人間誰しも持っている感情だがここまでくると異常の領域だった。そして、この非日常の中でその異常さが日常世界で誰もが抱える嫉妬の感情と重なってしまった結果、この小隊はここまでおかしくなってしまったんだろう・・・。
「大森さん・・・・」
今まで黙っていたエスタが大森の名前を呼んだ。大森は薄笑いを浮かべながら力無くエスタの方を振り向いた。

346 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:34 [ F/gxaDpQ ]
ぱしっ!
エスタの右手が大森の頬を叩いた。あまりの展開にだれもなにも言えなかった。エスタは目に涙を浮かべて邸宅から外に駆け出した。
「原田さん・・・・」
あまりのことに固まってしまったぼくにランドルフが軽く耳打ちしてくれた。それで我に返ってあわててエスタを追いかけて外に出た。彼女は雨の中で突っ立ったままだった。
「エスタ・・・」
「マスター、すみません。つい・・・、私、じゃあなりすと失格ですね」
ぼくはどう言っていいかわからずにそのまま、彼女の手を取って軒下に招き入れた。
「さあ、このままじゃ風邪をひくぞ・・・」
ぼくは彼女の肩を抱いて再び邸内に戻った。

347 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:35 [ F/gxaDpQ ]
邸内ではランドルフの使用人が大声を上げていた。言われもない疑いをかけられて怒り心頭だったのだ。ランドルフも自分の部下を侮辱された手前、彼らを押さえることはできないようだった。
大森への無表情な視線、今思うと隊員たちなりの静かなる非難の視線だったんだろう、は今や一触即発の危険な視線に変わっていた。大森は自らの招いた事態に窮しているのか、開き直っているのかさっきのひきつった薄笑いを浮かべるばかりだった。
「申し訳ありませんでした!!」
不意に、吉村がランドルフの使用人に頭を下げた。その突発的な事態に思わず使用人たちも一瞬沈黙する。
「当方の身内の恥のためにみなさんに多大な迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした!」
吉村の再度の謝罪に使用人たちも互いに顔を見合わせている。それを見た緒方が頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!この件は警務隊に報告し、今回のみなさまへのご迷惑については当方で全責任を負いたいと思っております!」
緒方の謝罪に続いて隊員たちが次々と緒方に続いた。
「わかりました。今日の件は自衛隊のみなさまの内部で処理していただきたい。王室警護隊としては一切の関知はいたしません。」
ランドルフがきっぱりと言い放った。彼は「これでいいんでしょう?」というような視線をぼくに向けた。ぼくも無言で彼にうなずいた。

348 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:35 [ F/gxaDpQ ]
「小隊長、本部からです!」
無線室の隊員が吉村を呼んだ。吉村は大森と山本の遺体を本部に搬送するように緒方に命じた。2名の隊員に挟まれて出ていく大森がぼくの方を振り返った。
「あんたにはわからねぇよ」
ぼくはなにも答えなかった。
わかりたくもなかったし、それをエスタやランドルフに説明するつもりもなかった。こっちの世界のごたごたでこれ以上この世界の人間を巻き込みたくはなかったのだ。

349 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:36 [ F/gxaDpQ ]
「ねえ、マスター。」
翌朝、迎えのヘリに乗り込んだぼくにエスタが話しかけてきた。
「私わからないんです。自衛隊のみんなはこの国のために戦ってくれてます。大きな敵とです。でも、その大きな敵と戦う仲間同士でどうして傷つけあうんですか?」
ぼくはタバコに火をつけながら考えた。日本人に自由と権利が与えられて50年。日本人はその権利と自由をいつのころからかはき違えてきたんじゃないのだろうか。
それがいつしか、自己の保身の権利、さらに自己の保身のために他人を脅かすことも許されると勘違いしたんじゃないだろうか。ぼくを含めて、そんな心が日本人の中に芽生えていて、それがこの世界の非日常の中で色濃く出てしまったのが今回の事件の結果じゃないのだろうか。だとすれば、それは自由と権利を手に入れた人間が誰しもぶつかる、公と私の壁なんじゃないだろうか。そうとさえ思える・・・
「ねえ、マスター?」
エスタの無邪気な問いにぼくは一言での答えを見つけることができずに適当に答えた。
「それが人間なのかもしれないね・・・」
「私はそうは思いたくないです」
間髪を入れない彼女の反論にぼくはなにも言えなかった。そのかわり、彼女の手をぎゅっと握りしめるほかはなかった。

350 名前:いつかの228 投稿日: 2004/11/09(火) 00:43 [ F/gxaDpQ ]
以上です。今回はかなりダークかつ異色だったと思います。
かなりわかりにくいんで補足です
魔法やらは一切でないです。異世界での戦争とそれに従事する人間だけです。
現代日本で日常的に繰り広げられる組織内での嫉妬、嫌がらせ、いじめ。
これが非日常の異世界で、かつ命のやりとりのなされる戦場でどう発展するか。
そしてその情景が異世界側。日本人側。両方の視点を持つ主人公から。3点で見てみようとした実験作です
だから、ネタバレすれば、大森は悪役なのか?山本は被害者なのか?吉村一尉はどうなのか?
緒方一曹は正義なのか?ランドルフの手打ちは妥当なのか?エスタの感情は一般的な感覚なのか?
そして主人公の感情や分析は果たして第三者として正しい分析だったのか?
ライトじゃないけど本筋っぽくないんでここにあげさせてもらいました