184 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:17 [ f6x3fjNw ]
「ピピピピピ!」
 ぼくは目覚まし時計の無機質なベルで目を覚ました。「N新聞ノビルバーナ出張所」の一室だ。あ
の戦争=今では「コルバーナ戦役」と呼ばれる戦争、が終わって間もなく1年になろうとしていた。
 結局、九州を召還した魔法使いとコルバーナ皇帝は戦後のどさくさで行方不明になったままだ。つまり、
元の世界への帰還の目処は全く立っていないわけだ。
 洋の東西(?)に関わらず、戦後の混乱はすさまじいものがあった。結局、大陸のほとんどをノビル王国
が併合し、コルバーナは公国としてわずかな森林地帯を所有するのみとなった。コルバーナは天然資源
が豊富な国で、石油、鉄鉱石、銅、スズが産出され、ノビルバーナ沖の無人島からはボーキサイトが産出
していた。つまり、九州で必要な物資の多くがこの大陸から調達できるわけだ。しかもノビル王国は基本
的に農業国であり、食糧の供給も盛んに行われた。
 ここで問題になるのが我が九州がノビルに輸出するモノだ。銃器や内燃機関など、九州の軍事的根幹
に関わる品目は当然禁輸されたが、電力、電気製品などは盛んに輸出されるようになった。おかげでぼく
の仕事も大幅に楽になった。記事を九州に送るときは、自衛隊の船やヘリにお願いしていたのだが、今で
はノートパソコンからメールを使って送れるようになっている。携帯電話の通話もノビルバーナ地区では開
業された。
 もちろん、こうした状況は首都のノビルバーナ周辺だけではあった。国王や枢機卿の威光を低下させな
いためにも、全土の近代化は許されなかったわけである。
 一方、旧コルバーナの各地の資源産出地には多くの日本人が出向いていた。九州には炭坑が多かっ
たせいもあり、採掘技術をまだ持っていた企業がこぞってノビル王国に鉱山を開いていった。鉱山夫は給
料がいいため、各地の鉱山には多くのノビル国民が集まり、ゴールドラッシュの様相だった。
 また、文化交流も盛んで、特に魔法文化と日本文化の交流が盛んに行われた。エルフの中には厳格な
日本文化に感動し、自分の家に和室をつくってそこで精霊を召還する、茶道ならぬ、魔道を開いたヤツも
いた。

185 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:18 [ f6x3fjNw ]
 そんな平和な日々が続いていた矢先だった。ぼくは目覚ましに起こされて日課のメールチェックを行った。
「新着メールがあります」
の表示を見てそれをチェックする。今では同僚になった大学同期の吉川からだった。
「旧コルバーナの炭坑が謎の集団に襲撃されて死傷者多数」
とのことだった。これは朝から大事件だ。ぼくはカメラを持って出かける支度をした。
「エスタ!出かけるぞ!」
 今ではぼくにとって公私ともに欠かせない存在になったエスタはすでにいつでも出かけられる準備を整
えていた。
「マスター!いつでもどうぞ!」
「やれやれ。弟子に後れをとってどうする!」
 ぼくのカメラの精のロバート・キャパがぼやいていた。

 ノビルバーナ郊外の第19普通科連隊駐屯地に向かったぼくとエスタは早速現場の炭坑に向かうヘリへ
の同行許可をもらった。
 ノビルバーナには19普連が、コルバーナ王都には特科と対馬警備隊が駐屯している。ノビルバーナ郊
外のコクーン卿の土地には空自のF−4ファントムが駐在し、コルバーナ軍残党に備えていた。
「原田さん、今回の事件はちょっとやばいかもしれませんよ」
 ヘリに同乗した。市村三尉がぼくに言った。
「なんでも、例の炭坑には九州の貝島鉱山が出刃っていたらしいんですが、駐在員と炭鉱労働者がそりゃ
あもう、ほとんど皆殺しだそうです。今までのコルバーナ軍のゲリラじゃあ、ここまでできないですからね」
 UH-1と護衛のAH-1は30分ほどで現場に到着した。なるほど、市村の言ったとおり現場はすごい状況だ
った。先の戦争で常に前線で取材をしてきたぼくでも、現場に散乱する遺体のひどさには目を覆わんばか
りだった。自衛隊員でも新米の隊員は思いっきり吐いている。
「こりゃひでぇや」

186 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:19 [ f6x3fjNw ]
市村の口からはそれ以上の言葉は出なかった。彼の言うとおり、それ以上の表現のしようがない惨状だ
ったのだ。真っ黒になって炭化した遺体。バラバラで何がなんだかわからない遺体。駐在員の事務所の
前では処刑されたのだろうか、数名が首を斬られて転がっている。その中には明らかに日本人らしい遺体
も混じっている。
「エスタ、こりゃ写真は新聞には使えないよ、ひどすぎる」
「そうですね・・・・。」
 彼女は怒りを押し殺しながら黙々とシャッターを押し続けていた。
「市村三尉!」
 周辺を捜索していた隊員が市村を呼んだ。生存者がいるらしい。市村に続いてぼくたちもその場へと走
った。
 生存者は貝島鉱山の駐在員とエルフの男性のようだった。市村の差し出した煙草を駐在員はペコリと頭
を下げてもらっている。
「いったいなにがあったんだい?」
 比較的落ち着いているエルフの男性の方にぼくは話しかけた。彼は真顔で、そして神妙な声で答えた。
「伝説のダークエルフだ・・・・。それと見たこともない羽の生えた馬に乗った騎士。ゴブリンの兵隊。ありゃ
間違いない。」

187 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:21 [ f6x3fjNw ]
改行がうまくできてないみたいだ・・・
「全部読む」とか別窓で見てもらうと見やすいようです

エルフの話によれば、ノビル王国の建国は約1000年前、そのころこの大陸はダークエルフと呼ばれる
種族に支配されていた。エルフよりも強力な魔法を使い、羽の生えた馬に乗る騎士団を率いて全土を荒ら
し回っていたそうだ。そこへ今の国王の祖先の一族がより強力な白魔法で対抗して大陸からダークエルフ
を追い出し、彼らの住む島を封印したそうだ。
「ということは、そのダークエルフ共がこの炭坑を襲ったというのかい?」
「ああそうだ。あいつらの魔法は今まで見たことがない。悪魔の雷ていう一瞬で受けた者を炭に変える魔
法を見たんだ。そいつは本当に炭になっちまった。」
 彼はそう言って側の遺体を指さした。なるほど、見事に黒こげで炭化してしまっている。
「しかし、なんで今頃そんな連中が現れたんろうかな?」
 この問いの答えをぼくは対して期待してはいなかったが、そのエルフはあっさりと答えてくれた。
「黒の教団の儀式が行われたんだよ。」
「黒の教団?」
「ああ、ノビルに伝わる邪教集団でな。暗黒魔法の信者共だ。王の命令で禁止されているが地下に潜って
密かに儀式を行うんだ。そのたびにどこかの村に2,3匹、はぐれゴブリンがやってくる。魔の世界の扉を
開くからなんだ。」
 とすると、彼の話が本当なら黒の教団がどこかで暗黒魔法の儀式を行い、魔の世界からダークエルフ
を召還したからこの事件が発生したと言うことになる。
 ぼくの推理に答えるように彼は続ける。
「でも、今度みたいにやたら大勢ダークエルフ共が出てきたなんて話は聞いたことがない。こりゃあえらい
ことになるぞ・・・・」
 そこまで話したところでそのエルフは駐在員と共にヘリで病院に搬送されていった。
「黒の教団・・・・、暗黒魔法・・・・・ねぇ」
 1年ほどこんなSFの世界に居続けると、この手の話もすっかり慣れっこになってしまう。ぼくは隊員と話
をしているエスタを呼んで帰り支度を整えるように言った。

188 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:22 [ f6x3fjNw ]
翌日から、大陸各地で似たような事件が多発し始めた。各地の鉱山が襲われ、石油パイプラインが切断
された。生存者の口々からダークエルフと羽の生えた馬の騎士団の目撃談が話されるようになった。それ
を聞いてぼくはコクーン卿を訪ねた。
「やあ、原田さん、どうされました?」
 ぼくが九州からこっちに来る前からの友人のコクーン卿は豪勢な屋敷の一室にぼくを招き入れた。ぼく
は博多から空輸してもらった麦焼酎を土産に彼に渡した。
「おお!これは久しぶりにいい酒を飲める!さ、どうぞ!」
 コクーン卿は呼び鈴を鳴らして執事に、氷とお湯を持ってくるように命じた。焼酎のお湯割りが大好きな
魔法の国の貴族というのもなんというか、奇妙に見えたがまあ、彼を焼酎党にしたのは他ならぬぼくだ。
「原田さん、あなたの訪問の理由は分かってます。最近のダークエルフ共の件でしょう?」
 乾杯して最初の1杯をあおった後、コクーン卿は言った。
「残念ながらお答えできませんな。これはあなたの国で言う最高機密ですからなぁ」
「そうですか・・・・。あなたなら教えてくれると思ったんですが・・・・」
 彼好みの4分6分でお湯割りをつくってあげながら、ぼくは秘密兵器を取り出す準備を始めた。これは最
期のカードと思っていたんだが、仕方ない。
「いずれ、あなたのお国にも情報は伝えます。もともとそういうお約束でしたからね」
「なるほど・・・。」
 ぼくは、今だ!と言わんばかりに例のモノを彼の前に差し出した。
「まあ、これはぼくのおみやげです。」
 それを見てコクーン卿は顔色を変えた。
「うっ・・・・。まあ、いいか。私とあなたの間柄だし・・・・・・な」
 ぼくが彼に差し出したのは、彼が大好物の博多名物「辛子明太子」だったのだ。

189 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:22 [ f6x3fjNw ]
 ぼくの必殺技に見事に屈したコクーン卿は今回の事件に大いに関係の深い出来事を話してくれた。こ
の国の貴族階級である枢機卿の中には、我々との交流をよく思わない勢力があるという。魔法原理主義
とでもいうのだろうか。彼らは魔法社会の特権で生きてきた。日本人との交流と近代文明の流入は魔法
を原理としてきた彼らの特権を奪いかねないというのだ。
 それを最も強硬に主張していたボルダー卿という人物は先日来、自分の領地に引きこもっているそうだ。噂では彼の領地には黒の教団と思われる複数の人物が頻繁に出入りしているという。
「我が国としても内偵中で、なんとも言えないんですがね」
 コクーン卿は言いにくそうに言葉を選んでいたが、どうやら近々ボルダー卿の領地への捜査が行われる
そうだ。そしてその捜査に日本側の協力を仰ぎたいと言うことだった。
 黒の教団相手では今までにない強力な暗黒魔法の反撃が予想される。だからコルバーナ軍との戦闘
経験のある自衛隊の派遣を要請したいということだった。
「でも、それは難しいと思いますよ、これじゃ内政干渉だ。」
 ぼくはこう反論するしかなかったが、事態が一変する事件がその翌日発生した。

190 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:23 [ f6x3fjNw ]
 吉川から携帯で連絡が入ったのは午後も遅くなったころだった。
「はい、もしもし・・・」
「おい!大変だ!テロだ!」
 吉川の第一声はこれだった。テロっていっても北朝鮮もイスラム過激派もこの世界にはいない。だったら
一体誰が・・・・
「哨戒中の自衛隊のレーダーにも映らないミサイルのようなモノが福岡タワーを直撃したそうだ。それから
中州にも数発落下したらしい。」
 ぼくはあの炭坑の生き残りのエルフの言葉を思い出していた。
「悪魔の雷・・・・・」
 福岡タワーは半壊し、中州の繁華街では雑居ビルが数件全焼した。死傷者も30名を超え、九州がこの
世界に召還されて初の大惨事となった。連日ニュースはこの事件を書き立て、ボルダー卿関与も連日書
き立てられた。それを受けて、ついに福岡県警から新設のSATがボルダー卿捜査に投入されることとなった。
 ぼくもコクーン卿のコネを使ってその強制捜査に同行することができた。事前にエルフに頼んで防弾チョ
ッキに強力な魔法防御を施してもらって準備は万端だった。
 ボルダー卿の屋敷を普通科中隊が包囲し、王室護衛隊が隊長のランドルフに率いられて到着した。完
全武装のSATがMP−5などを装備して屋敷の周囲に密かに配備された。
「王室警護隊である!ボルダー卿!御開門願いたい!」
 ランドルフの大声にも屋敷は静まり返っている。しばらく待ってランドルフが部下に無言で指示した。騎士
たちが下馬して屋敷の門をこじ開けようとした。
「うわっ!」
「ぐあっ!」
 屋敷の窓からロングボウが撃ち出されて数名の騎士が倒れた。
「救出しろ!」
 ジェラルミンの盾を持った機動隊員が矢を跳ね返しながら倒れた騎士を引きずって後退する。それを見
届けた県警の指揮官が無線に叫んだ!
「突入せよ!突入せよ!」
 屋敷の周囲に潜んだSAT隊員が行動に移る。あっという間に屋敷の壁に取りつくと、MP−5の銃床で
窓を破りフラッシュグレネードを投げ込む。ぱっと目を覆う光が屋敷の数カ所で発生し屋敷の中からざわめ
きと叫び声があがる。
「突入!ボルダー卿を確保せよ!」
 命令以下、SATが次々と廷内に突入する。ロングボウを発射する窓に向かって機動隊が催涙弾を撃ち
込んで沈黙させていく。ぼくもジェラルミンの盾に守られながら正面玄関から屋敷に入っていく。時折、MP
−5の3連射の銃声が聞こえる。

191 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:24 [ f6x3fjNw ]
「1F確保!2Fに突入!」
 暗い廷内にMP−5のレーザーポインタと隊員の持つライトが飛び回っている。
「確保しました!」
 2階で隊員の声があがった。ぼくも機動隊員と共に2階へと向かった。うまくいけばボルダー卿逮捕の瞬
間をカメラに収めることができるかもしれない。
 奥の一室にボルダー卿はいた。短剣を構えた従者とフードを深くかぶった魔法使いと3名だった。短剣
を構えた従者はMP−5のレーザーポインタを全身に浴びている。盾を構えた機動隊員の後ろからランド
ルフが叫ぶ。
「ボルダー卿!ノビル王国の友好国民への攻撃容疑で拘禁いたします。」
 それを聞いて従者がランドルフに突進した。たちまち、MP−5の射撃が彼の足を撃ち抜き制圧された。
魔法使いがなにやら呪文を唱えた。隊員が思わず彼に発砲し、彼は倒れた。
「ばかもん!なぜ撃った!」
 変な呪文を唱えられて貝島鉱山の駐在員の二の舞を恐れた隊員の恐怖は理解できた。
「す、すいません!」
 しかし、次の瞬間一同は呆気にとられた。撃たれた魔法使いが必死に呪文を唱え終わるとボルダー卿
の姿は一瞬でその場から消え去ったのだ。どうやら、魔法使いは瞬間移動の呪文を唱えたようだ。
「確保しろ!」
 命令以下、機動隊員が撃たれた魔法使いのまわりに群がった。フードをめくると今まで見たことない人
種の魔法使いだ。
「む、ダークエルフか」
 ランドルフの言葉に機動隊員たちはざわめいた。
「おい!ボルダー卿をどこへやった?」
 ランドルフの問いかけに魔法使いは答えず、なにやらまた呪文を唱え始めた。
「やめさせろ!」
 機動隊員が彼の口を手でふさごうとしたが、彼はその手にかみついて呪文を唱え続ける。
「痛っ!野郎!」
「異世界人どもめ・・・・、思い知るがいいわ」
 呪文を唱え終わるとダークエルフは血を吐き出して息絶えた。次の瞬間、大地を揺るがす轟音と震動が
ぼくたちを襲った。
「なんだ?」
 深度に換算して5くらいだろうか。数十秒で地震は収まった。残されたのは足を撃たれた従者とダークエ
ルフの射殺体だけだった。
「あ!隊長!」
 階下で逮捕者の警備に当たっていた隊員が大声を上げた!

192 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:24 [ f6x3fjNw ]
「どうした!」
「逮捕者が次々と自殺しています!早く猿ぐつわをかませ!」
 逮捕者が舌をかみ自殺を始めたというのだ。中には手錠をされた状態でガラスを手で破り、その破片で
首を斬った者もいた。
「おい!お前ら!どういうつもりだ!」
 ガラスで首を斬りつけたものの、失敗した逮捕者にランドルフは尋ねた。彼は不敵な笑みを浮かべてラ
ンドルフに答えた。
「王室警護隊ならばわかるだろう。魔道士様が最終召還魔法を死の瞬間唱えられた。魔の世界の扉が開
かれたのだ。伝説の軍団が異世界人と背教者共を皆殺しにしてくれよう・・・・」
 逮捕者46名、うち自殺した者34名を、騎士団に負傷者5名を出し、ぼくたちは空気も重苦しくボルダー
卿の屋敷から撤収した。

193 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:25 [ f6x3fjNw ]
 ノビルバーナの事務所に帰ったぼくたちは夕食を取る元気もなかった。仕方がないので空輸してもらっ
たカップラーメンで質素な夕食を取る運びとなった。カップラーメンで腹を満たした後は、とりあえず冷蔵庫
からビールを出して晩酌としゃれ込もうと思った矢先だった。
「原田さん!」
 事務所のドアをノックすることもなく市村が駆け込んできた。
「やあ、市村三尉、ビールでもどうだい?エスタ!市村三尉にグラスをたのむよ」
「アイサー!マスター!状況開始します」
 妙ちきりんな自衛隊用語を口走りながら彼女がキッチンに消えた。運ばれてきたグラスに注がれたビー
ルを一気に飲み干して市村は一息ついた。
「大変ですよ。ノビルバーナの南にまた変な陸地が現れたんですよ。陸地の上空には変な雲がかかってて
いかにもって感じの雰囲気です。本国は今じゃ大騒ぎですよ」
 ぼくは彼の言葉にピンときた。死に損ねた黒の教団の言葉・・・・「魔の世界の扉が開かれた」。あの言葉
の意味がわかったような気がした。その時、キッチンに再び引っ込んだエスタが大声をあげた。
「マスター!」
 またゴキブリでも出たのかと思って、市村とキッチンへ向かう。キッチンのテレビを見てぼくは唖然とした
普段この時間は九州のローカル番組の時間で、温泉特集でもやってる時間だ。だが、画面に映し出され
たのは、今日機動隊と王室警護隊が取り逃がしたボルダー卿だったのだ。
「魔法を使った電波ジャックです・・・・」
 エスタが言った。そう言えば、エルフが魔法を使っている側で携帯電話を使うと通話が途切れるという不
具合がNTTに数件寄せられているそうだが・・・・。これが事実とすればこの電波ジャックをやらかした連
中の力は相当なモノだろう。
「愚かなる異世界人と、邪教徒に屈した国民に告げる。我ら黒の教団は、邪悪なる異世界人と邪教徒を殲
滅し、この国を再び暗黒魔法の支配する国にするために蜂起した。ノビル国王は直ちに退位し、大魔道
士ジャルバ様による専制の復活を宣言せよ。」
「何言ってんだ?こいつ?」
 事情をよく知らない市村が首を傾げる。テレビの中のボルダー卿は続けた。
「異世界人にはこれより、魔の世界の伝説の騎士団による攻撃を開始する。国民よこれは聖戦である。
全土の黒の教徒たちよ。立ち上がり、槍で剣で己の持てる魔法で異世界人を殺せ。抹殺せよ・・・・・・」
 画像が乱れ始めた。さすがに電波ジャックは奴ら(今のところよくわからないが)には少々きついのかも
しれない。
「・・・・・・・これにより、この国に、大魔道士ジャルバ様の・・・・が訪れるであろう」
 ここまででボルダー卿の映像は途切れた。次の瞬間にはいつもの別府温泉特集が映るばかりだった。
「なんなんです?ありゃ?」
 市村がぼくに問いかけながら冷蔵庫のビールをあつかましく勝手に拝借しようとしたときだった。事務所
全体が大きく揺れて耳を切り裂く爆発音が聞こえた。窓を見ると港に泊まっていた輸送船が炎を上げている。
間違いない。奴らのテロだ。しばらくすると64式の銃声が聞こえ、警戒に当たっていたんであろう。普通
科小隊のパジェロだののエンジン音が聞こえた。
「CMの後は、大分県の秘湯にカメラの初潜入です!」
 明らかに場違いなテレビのレポーターの声が静まり返った事務所に響いていた。

194 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:26 [ f6x3fjNw ]
 翌日以降、王国全土で発生していた鉱山やパイプライン襲撃のテロは収まりつつあった。だが気になる
情報も舞い込んでいた。多くの黒の教団と思われる人々が次々と、コルバーナ公国領となった森に姿を消
しているというのだ。
 ぼくはそれがどうも気になって仕方がなく、国境に一番近い自衛隊の駐屯地に出向くことにした。コルバ
ーナ油田と呼ばれる、例の旧コルバーナ王都郊外にある対馬警備隊駐屯地だ。ノビル王国初上陸以来
の友人、村本三佐もいるし、ちょっとばかり気が楽だった。
 警備隊に送る物資補給のヘリに便乗させてもらってコルバーナ油田の隣の駐屯地に降り立った。顔見
知りの隊員が何人かいた。
「お!原田さんだぞ!」
 ぼくを見つけたというよりも、ぼくにくっついてエスタがやってきたという期待からだろう(泣)。大勢の隊員
がヘリポートに集まってきた。残念ながら彼女はノビルバーナの事務所に残って今回はぼくだけだとわか
ると、隊員たちは口々に不満を漏らした。
「なんだ、原田さんだけか・・・」
「ちぇ、おもしろくないなぁ」
 そんな隊員たちの言葉に半分の愛嬌と、半分の怒りを覚えながらぼくは警備隊本部に向かった。
「おお!原田さん!お久しぶりですねぇ」
 数ヶ月ぶりに会った村本は元気そうだった。
「いや、この先の国境の森に変な連中が出入りしてるって聞きましてねぇ」
「いや、早速取材ですか。仕事熱心ですなぁ。おい!お茶を出さんか!」
 村本は大声で部下に命じる。
「まったく、最近の新米ときたら、本国で仕事がないから自衛隊に入った連中が多くて・・・・」
 新米だろう、見たことない隊員がお茶を運んできて、ぼくと村本の座った応接机にせんべいを一緒に置
いていった。
「にわかせんべいですか・・・・」
「そうなんです。家内がね。昨日送ってくれたんですよ。」
 村本の奥さんは九州がこっちの世界に移ってからは対馬を離れて博多の県営住宅で暮らしているそうだ
やはり、村本もとしてもそっちの方が安心だそうだ。
「で、例の森に入った連中のことですが・・・・」
 熱い玄米茶を飲み干し、煙草に火をつけながら村本が言った。
「さっき上からも通達がありましてね。先日の電波ジャックもあって、調査しろってことなんですよ。私も同行
しますが・・・・・・。どうします?」
 村本の問いを断る理由はなかった。

195 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:29 [ f6x3fjNw ]
森は思ったより深かった。むしろジャングルといった方がいい。偵察隊の2個小隊は車両の警備に分隊
を残し森に入った。
「大丈夫ですか?国境の侵犯になりませんかね?」
「ノビル王国とコルバーナの間での条約で我々にはフリーハンドが与えられています。大丈夫でしょう」
 森は深く、とても情報のような大勢の人間が住めそうにもなかった。一体彼らはどこに消えていったんだ
ろうか。
「隊長!隊長!」
 先頭を進む分隊から連絡が入った。
「石の化け物!ゴーレムです!うわっ!鬼だ!ゴブリンだ!」
 先頭の分隊が教われたらしい。村本は即座に行動に移る。ぼくも隊員たちに遅れまいと後に続いた。先
頭の分隊はすでに損害を出していた。
「岩本士長がっ!岩本士長が!」
 現場は森の中でも見通しの比較的よくなった野原だった数体のゴーレムが前進してきている。ゴブリン
共も、死体の山を築きながら突撃を繰り返す。岩本という士長はいきなり現れたゴーレムに踏みつぶされ
たようだ。
 救援に駆けつけた村本と小隊は火力でゴブリンを圧倒するが、やはり先の戦争でも手こずったゴーレム
の動きを止めるにはかなりの労力が必要だった。敵を殲滅した小隊は野原に向けて前進を開始した、そ
の時だった。
 いきなり、先頭の隊員が空から飛んできた何者かにさらわれた。
「わぁぁぁぁぁ!」
 叫び声を残して彼は視界から消えた。
「後退しろ!後退だ!」
 上空に盲滅法にMINIMIを乱射しながら小隊は森の切れ目まで後退した。
「来るぞ!上だ!」
 誰かの声に反応して隊員たちがあらゆる火器で上空を掃射する。命中したのか、叫び声を上げて騎士
が地上に落下してきた。コルバーナ軍の兵士ではない。噂の伝説の騎士団だろうか。そのすぐ後、彼の
乗馬だったであろう、羽の生えた馬も力尽きて落ちてきた。一緒に落ちてきた彼の槍を見て隊員が叫んだ。
「三田!三田がやられた!」
 槍の穂先には串刺しにされた三田と呼ばれ隊員だった死体が刺さったままだった。
「なんてことだ・・・」
 ぼくは目の前の光景にカメラのシャッターを切るのすら忘れていた。だが、これで終わりではなかった。

196 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:29 [ f6x3fjNw ]
「わぁ!」
「なんだ!」
 今度は後方から叫び声と銃声が聞こえる。そのパニックはすぐにぼくたちの方にも訪れた。木々の間か
ら手に手に斧を持ったゴブリン共が襲ってきたのだ。数名の隊員が負傷したようだ。
「森から出るんだ!」
 村本の命令を待つまでもなく、2個小隊は襲ってくるゴブリンを払いのけながら後退を始めた。その行く
手に、今度は木の化け物が現れ、木の枝を機関銃のように飛ばしてくる。チョッキやヘルメットで防護され
ていない手足に刺さった枝で隊員たちは次々と負傷していく。
 カールグスタフで木の化け物を吹っ飛ばしながら森を脱出した小隊は負傷者を車両に乗せ撤収の準備
を始めた。そこへ例の空飛ぶ騎士団が車両に乗った隊員に投げやりで襲いかかった。上空にありったけ
の弾丸を撃ち上げながら、偵察隊は駐屯地に帰り着いた。
 小隊は死傷3割以上で戦闘不能だった。そこへ駐屯地めがけて木の化け物やゴーレム、ゴブリンが突進
してきた。特科が砲撃を開始して駐屯地から森林までの地平に土煙が上がった。しかし、ゴーレムは直撃
以外ではダメージもほとんどない状態だった。前の戦争の時よりも防御力が増しているのが見て取れた。
 支援にAH-1が4機駆けつけてヘルファイアでゴーレムを沈黙させた。しかし、ゴブリンは人海戦術ならぬ
鬼海戦術でこれでもかと押し寄せてきた。時折、悪魔の雷と呼ばれる攻撃魔法が駐屯地に飛来した。直撃
さえ食らわなければ大した被害はないが、直撃を受けた隊員は全身やけどの重症だった。
「隊長!これまでです!特科が砲弾を撃ち尽くします!」
 ゴブリンの群は駐屯地のまわりの金網と有刺鉄線に達していた。隊員が投げる手榴弾で十数体を吹き
飛ばすが数千体のゴブリンのごく一部に過ぎない。駐屯地の各小隊が弾薬の残量が危険な状態であるこ
とを報告していた。
「くそ!支援が足りない!」
「弾丸待ってこい!」
「やられた!」
 このままではゴブリンの群が金網を破って駐屯地に乱入するのは時間の問題だ。村本は決意した

197 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:30 [ f6x3fjNw ]
「撤収だ!撤収しろ!」
 ありったけの車両が動員され、負傷者が乗せられ、弾薬の切れた重火器が牽引された。ヘリポートに次
々とヘリが着陸し、隊員を収容していく。上空では数機ずつ飛来するAH-1がありったけのロケット弾やバ
ルカン砲でゴブリンの群や木の化け物を攻撃するが圧倒的に支援が足りなかった。
「これで最後です!」
 最後の重傷者をヘリに乗せた時、ヘリポート直前の金網が破られてゴブリン共が乱入してきた。すでに
車両隊は強行突破して離脱に成功したようだった。
「よし!離陸しろ!」
 村本がUH-1に乗り込んで離陸を始めたとき、彼の脇のチョッキのない部分にロングボウが刺さった。バ
ランスを崩してかろうじてヘリに捕まる彼にぼくは手を差し出した。
「早く!村本さん!」
 ぼくが彼を引き上げかけた瞬間、彼の姿はぼくの前から消えた。
「隊長!」
 傍らの隊員が悲痛な声を上げた。生き残った空飛ぶ騎士がヘリにぶら下がった村本を串刺しにして飛
び去ったのだ。
「あそこだ!」
 隊員が指さす方向に全力で離脱しようとする騎士が見えた。撃とうにも村本に当たってしまう。まだ村本
は生きているのが見えた。カメラの望遠レンズ越しに彼が何か言おうとしているのが見えた。いや、隊員
は彼の言おうとしていることを理解していた。
 明らかに、その騎士は村本を盾にヘリを落とそうと狙っている。彼の投げ槍はともかく、強力な魔法があ
ればそれはたやすいことだ。挑発するようにもう一度、騎士はヘリのすぐ側をゆっくりと飛んだ。
「隊長!」
 ヘリの隊員が必死に村本に声をかける。肩当たりを槍に貫かれて必死に身体を支える村本は何か言お
うとしている。そして、騎士が再び再接近したときに村本は最後の力を振り絞って隊員たちに叫んだ。
「撃て!撃て!」
 2、3秒の沈黙の後、隊員たちは一斉に64式を発砲した。仲間ごと撃ち落とそうとしている隊員たちの決
意を察した騎士は一瞬、兜の中の顔をこわばらせたように見えたが、それも一瞬だった。数十発の弾丸
が彼を蜂の巣にした。落下していく騎士が落ちるのを誰も見ようとしなかった。ヘリの中には隊員たちのす
すり泣きの声が聞こえるだけだった。

198 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:31 [ f6x3fjNw ]
この戦いで自衛隊は60名近い死者を出し、コルバーナ油田を失陥した。幸い、産出量の多いことから九
州本土の石油備蓄は大幅に増加して約3年分にまで増えていたが、油田失陥と隊員の大損害は官民問
わずにショックを与えることになった。
自衛隊は前線を約50km後退させざるを得なかった。コルバーナ油田から最寄りの基地はヘリの緊急着
陸用に建設された仮設飛行場だけだった。この飛行場を失陥すれば、ノビル王国の制空権の確保はノビ
ルバーナの航空自衛隊しか遂行できない。急遽、19普連と玖珠戦車大隊が増派され、飛行場は鉄条網
と塹壕で囲まれることになった。
 この大陸のもっとも狭くなっている部分の飛行場が今後の戦闘の焦点となることは明らかだった。
ぼくはヘリでそのままノビルバーナへ戻った。隊員たちはみな失意のどん底だった、60名近い仲間と信
頼すべき隊長であった村本を失い、生命線とも言える油田も放棄せざるを得なかった。すでにヘリポート
には情報を聞いた衛生科の救急車やら負傷者を収容する仮設テントやらが用意され撤退した隊員や衛
生科でごった返していた。さすがに、取材する気力もなくぼくは事務所に戻った。
事務所で留守番をしていたエスタは、もう情報を知っていたのだろう。何も言わずにソファーに座り込んだ
ぼくに冷えた缶ビールを渡してくれた。
「ありがとう」
それだけ言ってぼくは一気にビールを流し込んだ。今まで味わったことのないまずいビールの味だった。
何も言わずにぼくを見つめるエスタと視線が合った。彼女は青い目をしていると思っていたのだが、よく見
たら緑がかった色をしているんだな・・・・。まったく関係ないことが頭に浮かんだ後、不意に涙が抑えられな
くなった。

199 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:32 [ f6x3fjNw ]
「大勢死んだよ・・・。村本隊長も、ここに来た時に知り合った隊員も大勢。なんで・・・」
 何も言わずにエスタはぼくを抱きしめてくれた。
「マスター、あなたのせいじゃありません。」
「違うんだ。この戦争も、前の戦争も、全部ぼくたちのエゴで始まった戦争だ。石油が欲しい、鉄が欲しい。
こんなことになったのに、みんな今まで通りの生活がしたいからってだけで始めた戦争なんだ!ぼくたち
のエゴが隊員たちを殺したも同然なんだよ。」
 エスタはぼくが早口で何もかも言うのを待ってからやさしく言った。
「それはマスターの国の事情です。この国の人はみんな感謝してます。コルバーナを倒し、この国に平和
をもたらしました。それだけじゃなくて、電気や今まで見たこともない力を与えてくれました。マスターの国も
ノビルも仲良くやっていってるじゃないですか。それでいいじゃないですか」
 彼女はそう言うとぼくの頭を自分の膝に乗せてやさしく頭をなでた。
「マスター、今日はゆっくり寝るんです。眠りの世界は全てから解放されて安らかです。」
 確かに、肉体的にも精神的にもぼくは疲れ切っていた。
「すまない・・・・」
 それだけ言うとぼくは急速に眠りの世界に堕ちていった。
「いいんです、私はあなたがいるだけで・・・・」
 眠りにつく瞬間、エスタが何か言ったのが聞こえたがそれを聞き返す気力もなかった。

200 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:33 [ f6x3fjNw ]
このあたりから加筆しています。
2年近いブランクをごまかすために多少まとめに修正を加えました。
長くなってしまって恐縮です

ドンドンドン!
翌朝、激しいノックの音で目を覚まし、ソファーから起きあがった。いや、ソファーと言うより一晩中ぼくに膝
枕してくれたエスタの膝といった方がいいだろう。
「はい・・・?」
ドアを開けた瞬間、ぼくの眠気は一気に吹き飛んだ。
「原田さん・・・ですね?」
 ぼくの目の前に立っているのは身長190センチはあろうかという巨漢、というだけではない。黒のスーツ
にサングラス。短髪の強面。つまり見るからに極道の男が立っているのだ。
「原田さん・・・ですね?」
もう一度、静かだが含みを聞かせた声で男が問いかける。「は、はい」。間の抜けた声でそう答えるのがや
っとだった。
「姐さん・・・」
男が一歩下がる。ドアの影から上等な和服、おそらく京都の老舗のモノだろうを着た女性が現れた。
「あ、あああの・・・?」
女性と例の巨漢、同じ様な黒のスーツを着込んだ極道たちがずかずかと事務所に入り込む。この騒ぎで
ようやくエスタも目を覚ました。合計5名の黒服に着物の女性はぼくの前に立ちはだかると、無言でぼくを
眺めている。

201 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:35 [ f6x3fjNw ]
と、いきなり
「このたびはまことにお世話になりました」
女性の言葉を合図に一斉に極道たちが頭を下げた。ぼくは状況がさっぱりつかめずに目を白黒させるばかりだ。
「私、村本の妻、聡子と申します。このたびは主人の最期を見届けていただいたそうで遅ればせながらご挨拶に参上した次第でございます。」
村本隊長・・・・あなたは一体・・? その心の中の疑問に答えるように聡子が言葉を続ける。
「私の実家は島田と申しまして、世間様には顔向けできない生業でございますが、主人はそんな私を妻にして、対馬に渡りました。私もあの事件(この世界への召還らしい)以来、夫に言われて博多の実家に戻っ
ており、ご挨拶が遅れましたことをお詫びいたします」
博多の島田といえば、泣く子も黙る島田組だとすぐにわかった。ということは村本隊長の奥さんは島田組長の娘ということか・・・・。
「そ、それは、大変なときにわざわざおこしいただいて・・・・恐縮です」
ぼくはとりあえず、聡子を応接イスに案内して、状況をつかめぬエスタにお茶を用意させた。応接イスに座った和服の30後半の女性。その後ろに直立不動で立ちすくむ喪服の極道は、どうしてもぼくに威圧感を
与えないはずがなかった。
「今日は原田さんにお願いがあって参りました。」
茶を飲んで一息ついた聡子はぼくに言った。
「主人は次期島田組組長のイスを蹴って対馬警備隊に赴任しました。父も堅気を守る商売にかわりはないと快く見送ってくれました。そこで・・・」
ここで聡子は目つきを哀れな未亡人から一気に、極道の妻の目に変えた。
「主人が常々言っておりました対馬警備隊のみなさんにご挨拶したいのですが、ご同行願えますか?」
「いや、警備隊は再編成されて前線の空港にいますが、その、民間人を許可なく連れまわすことは・・・・・」
ぼくの返答を待たずに聡子は後ろの組員を振り返った。組員は持っていたアタッシュケースから書類を取り出し聡子に渡した。
「西部方面隊総監部の許可証です。よろしゅうございますね?」

202 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:38 [ f6x3fjNw ]
事務所の外に出たぼくとエスタはあっけに取られた。黒塗りのBMWが6台。20名以上の喪服の組員が整列して待機していた。ノビルバーナの市民たちはあまりの光景に遠巻きに見守るばかりだ。
「主人の話を聞いて破門覚悟で私に同行してくれた親衛隊です。」
そう言うと聡子は喪服の親衛隊に鋭い声で命令した。
「お前たち!支度しな!」
6台のBMWのトランクからジェラルミンの盾と手に手にイングラムが運び出され、聡子にはこれまたクラシックな、ドラムマガジン装着のトミーガンが渡された。さすが、博多の島田組だ・・・・。
「原田さん、お嬢さん、こちらの車にどうぞ。」
強面の組員に案内され、ぼくとエスタは最後尾のBMWの後部座席に乗ることになった。
「シートベルトはしなくてもいいですよ、ここには警察はいませんからね」
若頭だったという木元が笑いながらぼくに言った。
「すごい車ですね、自衛隊の車より全然乗り心地がいいです」
何も知らないエスタは高級車のクッションや外観を珍しがっておおはしゃぎしている。人間、何も知らない方が変な気を使わずにいいんだろうか・・・
「ははは!このBMは姐さんや組長を守るための特別仕様だからね。ライフルくらいならどうってことない
んだよ!」
エスタの極道にも物怖じしない態度を気に入ったんだろうか。木元は豪快に笑いながら言った。
「出発するよ!」
聡子の声が無線のスピーカから響いた。静かに、高級車らしい軽やかなかすかな震動がBMWの車列が出発を開始したことを告げていた。

203 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:40 [ f6x3fjNw ]
BMWの車列は通りの市民の視線を集中されながらノビルバーナ市街から郊外に出て、2時間ほどで川沿いの田園道路に出た。川沿いにこのまま3時間ほどで空港に到着する予定だ。
「ちょっと一息いれようか」
聡子の号令以下、車列は道の脇に停車した。律儀にハザードランプをつけて止まるBMWもあった。ぼくは木元の気さくさでだいぶ緊張がとれていた。エスタは元々極道に対する先入観がないせいか、まったく
緊張していない。いい気なもんだ。
「ちょっと失礼」
トイレをしようとぼくはBMのドアに手をかけた。木元は煙草をくわえて外を眺めている。ぼくがドアを開けて外に足を踏み出した瞬間、木元のすごみのある声が耳に飛び込んできた。
「待てい!外に出るな!」
思わず、車に駆け込んでドアを閉めた。彼の叫び声は他の組員に向けられたモノであったが、さすが若頭組員は彼の命令通りすばやく車内に戻っていた。
「いったい、何が・・・」
ぼくの問いに答えることなく木元は無線のマイクに向かって叫んだ。
「姐さん!変な野郎が飛んできます。」
窓から見ると、100m程先に例の空飛ぶ騎士が1騎、こっちを伺っているのが見えた。どうやら、初めて見るBMWを警戒しているようだ。空飛ぶ馬、我々の伝説に習ってペガススと呼ぶようになったが。そのペガ
ススにまたがり、全身鎧に身を固めた騎士は明らかに警戒しつつ、敵意を見せていた。
「若頭、撃ち落としてやりましょうか?」
運転席の若い組員がイングラムを構えて窓を開けようとする。助手席の木元も何も言わない。
「やってやりましょう」

204 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:41 [ f6x3fjNw ]
「やめろ!」
組員が窓を開けようとするのをぼくは思わず止めた。戦闘モードに入った血走った目がぼくに向けられる思わず、声を出したことを後悔する。
「原田さん、どうされました?」
いきり立つ組員を目で制しながら木元がぼくに尋ねてきた。
「あいつはおそらく飛び道具で攻撃してくるでしょう。今、窓を開けるのは危険です。それに相手がダークエルフの場合魔法攻撃をかけてから突進してくるでしょうから。」
「なるほど、実体験に基づいてってわけですな」
そう言うと木元は無線のマイクを取り出した。
「全車、しばらく様子を見ろ。くれぐれも先に手を出すな。何してくるかわからんぞ」
木元が言い終わらないうちに目の前が光に包まれた。
「きゃあ!」
「なんだ!」
BMWが巨体を揺らす。例の騎士はダークエルフのようだ。射程数キロの悪魔の雷を食らったようだ。ぼくは思わず身をかがめる。BMWが爆発すれば一巻の終わりだ。

205 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:43 [ f6x3fjNw ]
だが、BMWはその巨体を揺らしただけでそれ以上なんのダメージも受けていないようだった。いくら防弾加工を施したと言っても人間を炭にしてしまう程の威力の魔法を受けてこれですむなんていったい・・・・。
「よし、緒方。かましてやれ」
木元のお墨付きをいただいた緒方と呼ばれた運転手の組員は、待ってましたとばかりにパワーウインドウを開けた。騎士は魔法が効果がないことを悟ると槍を構えて突進を始めた。
他のBMの組員もパワーウインドウを開けてイングラムの銃口を騎士に向けている。マイクを持った木元
が聡子に確認を取る。
「姐さん」
BMWに搭載された全ての無線のスピーカから聡子の冷酷な命令が響いた。
「やってやんな!」
至近距離から十数挺のイングラムから発射される9ミリ弾を受けてペガススは瞬時に肉片となって、ぼとっという感じで地面に落下した。ダークエルフは被弾を免れたが手綱がからまって地面でもがいている。緒
方がサイドブレーキの横に隠していた日本刀を持ってBMWから飛び出した。ダークエルフの側まで走ると、蹴り上げて兜を吹っ飛ばし、日本刀を大きく振り上げた。首をぶった斬る気だ。
「見るな!」これから起こるであろう惨劇を見せるべきでないと判断したぼくはエスタにあさっての方向を向かせた。
「待てい!緒方!殺すな!」
中世風の田園に響きわたる木元の声で、緒方は日本刀を振り下ろす直前でかろうじて手を止めた。聡子がトミーガンを持ってBMWから降りてくる。緒方は先走ってしまったことを今更ながら自覚し、聡子を呆然と
見つめている。
「緒方・・・・」

206 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:46 [ f6x3fjNw ]
いかなる叱責も甘んじて受けようとしていた緒方に彼女から意外な言葉がかけられた。
「よくやったね」
「は、はい!」 
直立不動のまま、思いっきり緒方は頭を下げた。そして、組員たちに取り押さえられたダークエルフに向き直った。
「おのれ、異世界人め。いい気になるなよ」
啖呵を切るダークエルフに聡子はいきなりトミーガンで顔面を殴りつけた。
「やかましいわぁ!おんどれは!」
思いっきり方言丸だしの啖呵に意味がわからないはずのダークエルフも思わず黙り込むほどの迫力だった。
「おのれはよそ様の車に傷ばつけて何を偉そうなこと言いよるとかい!」
聡子はそう言ってぼくたちの乗っていたBMWを指さした。確かに、悪魔の雷が直撃した部分の塗装が剥げてボディがこぶし大凹んでいる。それとこれとは関係ないんだが、あまりの迫力にダークエルフも黙り込む。
「おのれは、どこの者じゃ?」
「我は魔の帝国の主、大魔道士ジャルバ様の配下・・・・、後悔せぬうちにこの地を去れ!」
鼻血を流しながら精一杯の虚勢だろうか、大魔道士の名前を出したダークエルフだったが、眉毛一つ動かさない聡子にかなり動揺しているようだった。
「おんどれは、博多島田組を脅迫するんやのぉ・・・」
聡子はぐいっとダークエルフの胸ぐらを掴んで顔をくっつけんばかりに近づけた。
「博多の極道なめたらいかんけのぉ・・・・・・木元!」
木元を呼びつけ何か命じた。木元と緒方がダークエルフを引っ張って連れていった。
「奥さん・・・・」
ぼくはちょっとタイミングが悪いかなと思いつつ、気になっていたことを聞いてみた。
「さっきの魔法を跳ね返す装甲なんていったいどこで・・・・」
「ああ、あれですか・・・・ハインツ!」
ハインツと呼ばれた男がぼくの前に姿を現した。ぼくより早く、エスタが「あっ」と声を上げた。

207 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:47 [ f6x3fjNw ]
「ハインツと申します。お見知りおきを・・・」
彼が直立してぼくに頭を下げたときにぼくも気がついた。彼の耳は大きくとがっていたのだ。エルフだった。
「ハインツはコルバーナ軍の魔法使いでしたが、嫌気がさして九州に流れてきたところを私どもが面倒を
見てあげていたのです。」
「はっ、姐さんはじめ皆様のお気持ちにお答えすべく、今回微力ながらお役に立てればと・・・」
極道になったエルフ・・・。しかし物言いといい、身のこなしといい。まさに極道のそれそのものだった。エルフは本来は適応能力が高いのかも知れない。
「姐さんがこちらに渡るということで、私の魔法が役に立てばと思い、車両に魔法防御をかけさせていただきました。恥ずかしながら、私コルバーナ軍で1級魔法使いをやっておりましたので・・・」
なるほど、コルバーナ軍の上級の魔法使いだったらこの強力な魔法防御も納得できるというものだ。博多島田組、まさに未知の魔法世界でも敵なしになるかもしれない・・・・。
「さあ、出発しましょう。木元と緒方は後で追いつきます。ハインツ、お二人を車にご案内しな」
 聡子はきびすを返すと彼女専用のBMWに颯爽と乗り込んだ。ハインツはもう一度ぼくたちに頭を下げた。
「姐さん方のご指導を受けまして、何とか半人前というところです。いろいろとご指導お願いします」
ハインツに彼の車へ案内されながらエスタがぼくに耳打ちした。
「マスター、あの女の人、かっこいいですね」
ぼくはもはや、緊張でパンツまで汗をかいていて彼女に説明する気力もなかった。
「今度吉川に、「極道の妻たち」ってビデオを君に送ってもらうように頼んでおくよ」
 数日後、ノビルバーナを流れる川の川岸に、簀巻きにされたダークエルフの水死体が上がった。

208 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:49 [ f6x3fjNw ]
空港に到着したBMWの車列は当然、現地の自衛隊員の注目の的だった。自衛隊の前線は空港から3km先、ちょうど、山岳と川で平地が狭くなっている部分に橋頭堡が置かれ、空港周辺は特科と第2防衛ライ
ンとなって、大陸中部における自衛隊の軍事的イニシアチブを維持する最期の拠点として最大級のレヴェルで防御されていた。
「対馬警備隊はどこですか?」
隊員たちの余計な詮索を避けるためにぼくが代表して19普連の連隊本部に問い合わせにうかがった。
「あんた、あのBMWの人たち?困るんだよねぇ」
新任の本部員であろう、ぼくの顔を知らない幹部がいかにも迷惑そうに言った。そりゃそうだろう。
「許可証はあるの?ここは民間人が入れるところじゃないんだよ」
「はぁ」
「まったく、鉱山ができて商社が入りだしてからこれなんだから・・・・、だいたいねぇ・・・・・」
横柄な幹部の言葉が途中で止まった。ぼくの後ろには追いついてきた木元が立っていたのだ。
「西部方面隊総監部の許可証です。対馬警備隊はどこにおられますか?」
木元は静かにだが、これ以上うだうだ言わせないという気迫のこもった声で幹部に問いかけた。
「あ、あ、あの。前線の左翼あたりで再編成展開中であります」
幹部にはこれだけ言うのが精一杯だった。木元は無表情のまま一礼すると連隊本部を後にした。

209 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:50 [ f6x3fjNw ]
対馬警備隊の戦区に到着した我々は、当然ながら奇異の視線の洗礼を浴びることとなった。
「おい、あれ。原田さんじゃないのか・・・」
「エスタちゃんもいるぞ。どーなってんだ・・・・」
古参の隊員たちの怪訝そうな視線と言葉を気づかないふり、聞こえないふりをしてぼくたちは指揮所に向かった。
たしか、村本隊長の後任が先日派遣されたらしい。前田という人物らしいのだが・・・。
「こんにちわぁ!」
近所に回覧板でも持ってきたかのような緊張感のない声でエスタが指揮所になっているノビル風の農家に入り込む。こんなときほど、彼女の存在がありがたいことはない、と心から思った。
「わぁぁ!エスタちゃんじゃないかぁ!」
古参の幹部が喜びの声を挙げる。それを確認してぼくも指揮所の農家に入り込む。とたんに、幹部の顔色が変わる。
「あ・・・・、原田さん・・・・・?」
そりゃそうだ。ぼくの後ろには十数名の完全武装の極道がいるのだ。
「前田さんはいるかな?」
可能な限り申し訳なさそうに、苦笑いを出しながらぼくは幹部に質問した。彼もそのぼくの表情を察したのか、面倒に関わりたくないと思ったのか、すぐに前田隊長を連れてきた。前田は50前後のひょろっとし
た感じの男だった。だが、その外見とは裏腹に意外と肝が太いようだった。聡子たちの一団を見ても顔色一つ変えずに、
「ああ、村本隊長の奥様ですね。話は聞いてます。ささ、どうぞ」
という感じで聡子を応接間にしている離れに通した。

210 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:52 [ f6x3fjNw ]
聡子と前田の間でなにかしらの協定が結ばれたようだ。聡子と島田組親衛隊は対馬警備隊戦区において行動の自由を得たようだった。
「総員、傾注!」
塹壕陣地に残すべき最低限の歩哨を除いて対馬警備隊が指揮所前に集合した。急ごしらえの演題には前田がのっかって部隊員におきまりの訓辞をしている。その後ろには聡子以下、20名の島田組親衛隊
が直立不動で控えている。
「では、前隊長の細君であられる、島田聡子様にご挨拶をいただきます」
指揮所の幹部が聡子を演台にお勧めする。聡子は隊員たちに深々と一礼すると静かに語り始めた。
「皆様、わが夫村本を慕っていただき・・・・」
ここで彼女の言葉が途絶えた。耳を切り裂きそうな爆発音と爆風が周辺で立ち上がった。
「悪魔の雷だ!」
歩哨の叫び声がかろうじて隊員たちに届く。どうやら、対馬警備隊戦区に集中的に攻撃が浴びせられているようだ。敵の反撃が近いのであろう。
「総員退避だ!」 
実戦経験がないであろう前田が軽装備で集合してパニックの兆候を見せている警備隊隊員に号令しようとした。その時だった・・・
「あんたたち!」
爆音と怒号を切り裂くような甲高い声が戦場に響いた。

211 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:53 [ f6x3fjNw ]
声の主は聡子だった。戦場で予想もしない高音の声に思わずパニックになりかけた隊員も耳を傾けた。
「あんたたち!それでも主人の部下かい!?うちの主人はねぇ!あんたたちをねぇ!休暇のたびにあた
しに向かって誉めまくっていたんだよ!こんな優秀で勇敢な部下はいないってね!」
聡子の発言が続いている間も、悪魔の雷は降り注いでいたが、隊員は彼女の声に回避運動も忘れてその場に立ちつくした。
「主人があんたたちを守って死んだって聞いて博多から来てみればなんね!この情けなさは!あんたたち!それでも自衛隊ね!?」
聡子の言葉はなおも続く。
「たかが、わけのわからん魔法使いの魔法くらいでびびってから、そんなこつで自衛隊なんち名乗りなさんな!」
聡子の言葉が途切れて数秒。逃げ出しかけた隊員に沈黙が訪れる。そして次の瞬間。聡子は和服の袖をまくり上げた。
「おお!」
隊員たちからおどろきの声があがった。むき出しになった聡子の左肩には、それは見事な「登り龍」が描かれていたのだ。
「あんたたち!九州男児の根性見せないやぁ!!」
「うおおおおお!!!」
戦国時代の兵士たちのような鬨の声が対馬警備隊の面々から響きわたった。

212 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:54 [ f6x3fjNw ]
 自衛隊の作った飛行場を中心とする防御陣地はきわめて前時代的であった。つまり、第1次世界大戦の塹壕システムの踏襲であった。まず、歩兵のいる塹壕。そして戦車隊の待避壕。その後ろに予備部隊の待機陣地、特科の陣地、その後方に空自の飛行場が存在した。
そこに、黒の教団、コルバーナ残党の大部隊が突撃を開始したのだ。悪魔の雷の集中砲火の後、地平を埋め尽くすゴブリンとゴーレムが突撃を開始した。
 自衛隊側も支援攻撃機と特科の支援射撃を始めた。地平線に土煙がもうもうと上がるのが、ぼくのいる対馬警備隊戦区の塹壕=つまりは最前線だな、からもはっきりと見えた。
「いいぞ!やれやれ!」 
 テンションが上がりすぎてノリノリになってしまった新米の隊員が塹壕から身を乗り出して大声で叫ぶ。古参の隊員たちが素早く止めに入る。
「三田村!落ち着け!頭をさげろ!」
 その言葉空しく、新参の彼はハイテンションのまま、クロスボウに眉間を射抜かれる。羽の生えた馬に乗った騎士=ペガサスランサーと呼ばれている と、コルバーナのドラゴンランサーが空中から突撃を開始していた。特に、ペガサスランサーはその速力で一気に地上の隊員を槍で突き刺そうと突進してきた。だが、次の瞬間、数機のペガサスランサーは一気に血飛沫を上げて地上に落下した。
「皆殺しにしてしまいな!」

213 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:56 [ f6x3fjNw ]
いつのまにか、塹壕に積まれた土嚢の上に片足を立てて、仁王立ちになった聡子はMー60機関銃を上空に乱射している。そのまわりを親衛隊が魔法でコーティングされたジェラルミンの盾で防御している。
「よし!奥さんに遅れるな!」
 先手を取られてしまった自衛隊は負けじと空中に弾丸の雨を打ち上げる・
「来たぞ!やっちまえ!」
 1列横隊で突進してくるゴブリンに狙いを付けたカールグスタフが炸裂した。醜い鬼共は原型をとどめないくらいに粉々になってあたりにちらばった。
「おかしい・・・・」
 各所で効率的に撃破されていく敵軍を双眼鏡で除きながら前田がひとりごちる。なるほど、それは素人のぼくでも理解できる。これまでの戦闘で自衛隊の火力は敵もわかっているはずだ。それを承知で波状攻撃の突撃を繰り返す。その理由とは・・・・
「時間稼ぎだ!」
 ぼくと前田は同時に叫んだ。一瞬彼と目が合う。ちょっと照れくさいがそんなドキドキしている場合ではない。
前田は無線のマイクを持つとすぐさま玖珠戦車大隊を呼び出した。
「対馬の前田です。送れ」
「玖珠の田嶋です」
「なんだ、田嶋ちゃんか?久しぶりだな」
 玖珠戦車大隊も交代で新任の部隊長が就任したと聞いていたが、それにしても妙に親しい・・・

214 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:56 [ f6x3fjNw ]
「おかしいとおもわんかね?これ」
「うん、俺もちょっと不思議だったんだよね、前田ちゃんどう思う?」
 およそ軍用の通信とは思えないフレンドリーな、いやほとんど携帯で話す女子高生のノリで2人は軍議を進めていく。
「うちの対馬に集中的に来てるっぽいから、田嶋ちゃんはうちの陣地の後ろで待機してて。」
「オッケー。また連絡ちょうだい!」
 通信を終えて再び双眼鏡を眺める前田におそるおそる聞いてみる。
「あのー、玖珠の田嶋三佐とは・・・・」
「ああ、田嶋ちゃん?大学から幹部候補になったんだけど、高校からのつき合いなのよ。同期の桜」
 そばでずっと話を聞いていたエスタがぼくに声をかけた。
「マスター、「どうきのさくら」ってなんですか?」
 ぼくはあまりに緊張感のない会話に半分呆気にとられながらもなんとかそれを彼女に説明した。
「なるほど!じゃあ、私とマスターは「どうきのさくら」ですね!!」
「あはは、そうだね・・・・」
 もはや彼女の間違いを指摘する気にもならなかった・・・・

215 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:57 [ f6x3fjNw ]
 3波に渡るゴブリンとペガサスランサーの波状攻撃が終わると、戦場にしばしの静寂が訪れた。
「総員、装備を点検しろ!」
「弾薬もってこい!」
「衛生科はいないか!」
 塹壕陣地のあちこちで声があがる。ぼくとエスタは小休止の陣地を取材してまわるために出発した。
自衛隊に死者は2名でたものの久しぶりの勝利らしい勝利と言えた。
前田の好意で、友田とかいう隊員が護衛についてくれた。彼は前の戦役以降に入った新入りのようだ。
大学を休校して自衛隊に志願したらしい。
「原田さん、俺ももっと取材して下さいよ。大分の実家に写真送りたいんですよぉ」
「はいはい、大活躍したらいくらでも取材してやるから、それまで命を大事にしときなさい」
 現役大学生とあってこうるさいヤツだが、まあ悪いヤツではない。しかし、心配なのは彼の銃の腕前だ。
ホントに撃てるのか?かなり彼の腕は細い。
 ぼくは塹壕を出てゴブリンの死体の群の撮影をすべく無人の荒野に躍り出た。
「マスター、危なくないですか?」
 エスタが陣地から声をかける。あれだけこっぴどくやったんだ。大丈夫だろう。
「すぐもどるから」
 ぼくは手近なクレーター、おそらく81ミリが炸裂したんだろう、のまわりに転がるゴブリンにカメラを向けた。
その時だった。
「きぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 
 人間離れした声に思わず後ろを振り返る。死体の中にもぐっていたんだろう。無傷のゴブリンが斧を振りかざしてぼくに迫ってきていた。その距離はいくらもない。
「やばい!!」
 人間、危機を前にすると足がすくむと言うが、今まさにぼくはその状態だった。首筋からすごい勢いで汗が噴き出すのがわかる。

216 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:58 [ f6x3fjNw ]
パン!パン!パン!

 聞き慣れたNATO弾の銃声がスイッチになったのか、ぼくの身体がすっと軽くなった。とっさに身をかわしてクレーターに飛び込む。
「なんだ?いったい」
 おそるおそるクレーターから顔を出したぼくの目の前に、さっきのゴブリンの生気のない顔があった。
「あ、あはは!やった!」
 友田が震える手で64式を構えている。こいつ、やるときはやるな・・・・。
「やりましたよ!これで取材してくれますね?新米隊員、特派員を救う!って。ははは!」
 大はしゃぎの友田にぼくは一瞬呆れたが、まあ助けられたことは事実だ。
「おい!どうした?友田」
 近くの三曹が声をかける。もちろん友田は大張り切りで報告した。
「はっ、原田氏に遅いかかった敵兵を1名射殺しました!」
「そうか!でかした!」
 こうなったらしょうがない・・・・。 この日の戦闘の記録の最期に友田の写真付き記事をしぶしぶ本国に送ってやることにした。

217 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:58 [ f6x3fjNw ]
前田の予測した「時間稼ぎ」の謎が解けないまま戦場は夜になった。赤外線暗視スコープを装着した隊員が交代で前線を見張る。「ドラゴンキラー」のAHー1も前線のさらに前方を哨戒している。
 前田と田嶋のはからいで隊員たちは歩哨勤務を除いて飲酒が許可された。そこかしこで歓声が上がる。
いくら鍛えられてるとはいえ、彼らも人間だ。これだけ短期間に多くの死を見てきていた。これくらい羽目を外さないとやってられないだろうし、今後の士気にも影響があろう。
 自分のテントでメールチェックをしていると島田組若頭の木元がやってきた。
「原田さん、姐さんがお呼びです。」
「すぐにうかがいます。」
 はてさて、一体今度はどんな用件なんだろうか・・・。そう言えばエスタの姿が見あたらない。おおかたカメラでも持ってあちこちうろちょろしているんだろう。彼女は対馬警備隊と市村三尉のヘリ隊のアイドルだった。

218 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 00:59 [ f6x3fjNw ]
 ぼくは前田が用意した博多島田組のテントに入った。昼間は圧倒的な貫禄で隊員を鼓舞した聡子だったが、夜になると少し気落ちしているようだった。
「私はこちらに主人の最期の地を確かめるために来たんです。」
 木元を後ろに控えさせながらも簡易テーブルに向かい合わせたぼくに話しかける。
「ここからはるか50キロも先、変な連中の跋扈する森で主人の亡骸が眠っていると思うと・・・」
「姐さん・・・」
 木元が思わず声をかける。天下の博多島田組姐とはいえ、人妻だ。気持ちは痛いくらいわかる。
「奥さん、お気持ちはお察ししますが独断専行はくれぐれも・・・。差し出がましいようですけどね」
 木元に視線を送りながらぼくは忠告した。木元もわかったというようにうなづく。やはり、かなり堪えているようだ。この精神的ダメージと本来の勝ち気な性格が変に作用すると危険だ。ここは戦場だ。
「奥さんの様子、どうでしょう・・・・」
 テントの外で木元と話し合ってみることにした。木元がビールをぼくに渡してくれる。
「あ、どうも・・・」
「ああ見えて姐さんはかなりおやっさん(村本)に惚れてましたからねぇ。」
 木元もぐいっとビールをあおりながら言った。
「私は今回の件は反対だったんですが、小さい頃から存じ上げてる姐さんの性格です。本気で止めることはできませんでしたよ。」
 最後は半分自嘲気味に木元は話した。ぼくは木元の言葉からふと感じ取ったことを思わず口にした。
「木元さん、奥さんのことをずっと・・・・」
 とここまで言って自分の言っていることの重大さに気がつき、言葉を止めた。

219 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:00 [ f6x3fjNw ]
「原田さん、極道の世界も堅気の世界もこの分野だけは境目がきっちりしているものです。ここだけの話と聞き流しておいて下さい。私も久しぶりに飲んだんで口が滑ったようだ・・・」
「はい・・・差し出がましいことをすいません」
 気まずい沈黙が流れ様としたときだった。通りかかる隊員たちの間にハインツの姿が見えた。
「ハインツさん!こっちに来てどうです?」
 この沈黙から逃れたい一心でぼくは彼に声をかける。しかし彼はこっちに黙礼して立ち去った。
「ハインツはあんな感じなんですよ。エルフってみんなこうもマイペースなんでしょうかねぇ」
 木元は上等なジッポで煙草に火をつけながらつぶやく。確かにエルフと人間は性質が少し違うが、彼のあの寡黙さ控えめな態度はどうやら種族による違いではないような気がした。
「ハインツは中州でちんぴらもどきに絡まれて倒れているところを姐さんに助けられたんです。それから姐さんにくっついて離れやしない。最初は極道の世界の右も左もわからずかなり私も指導したもんです。ようやく最近いい若衆に育ってくれてこっちも安心してるんです」
 隊員たちの喧噪の中に消えていくハインツの後ろ姿はどこか哀愁とも、悲壮感とも言えない雰囲気を醸し出しているように見えた。

220 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:01 [ f6x3fjNw ]
 自分のテントに戻るとエスタが先に帰ってきていた。
「おいおい、どこにいたんだ?」
「あら、マスター。市村三尉に呼ばれていたんです・・・・」
 クーラーボックスをがさごそしながら彼女は答える。
「ビール、もらっていいかい?」
「はい」
 彼女がビールとつまみのエイのヒレ焼きを準備する間、ぼくは聡子と木元の事について話した。
「マスター、愛する人が先に死んでしまうって悲しいことですね。」
 クーラーボックスの缶ビールを渡してくれながらエスタが言った。
「ああ、表面上はとりつくろってもな、やっぱ辛いと思うよ。」
 缶ビールのプルタブを開けてエスタと軽く乾杯しながらぼくは答える。しばしの沈黙。簡易発電器の単調な音だけがあたりに響いている。
「マスターは死んだりしませんよね?」
 いきなりのエスタの問いにぼくは思わず目をぱちくりさせた。
「は?」
「死んだりしませんよね?」
 なおもエスタは食い下がる。想定外の質問にぼくはとまどいながらビールを飲み干した。手持ちぶさたになったので自分でクーラーボックスから次の缶ビールを取り出す。
「そ、そうだなあ。ぼくは取材してるだけだから死ぬ確率はそんなにないと思うよ」
 簡易ベッドに腰掛けて2本目のビールを空けながら、模範解答らしい解答をエスタに返す。
「そんなんじゃないんです!」
 いきなり、彼女がぼくの胸に飛び込んでくる。勢いで満タンに近い缶ビールがぼくの顔にかかった。
「うわっ!」
 慌てて顔を袖でぬぐう。と、エスタと目があった。ブルーっぽいけど緑がかった瞳が間近に見える。

221 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:01 [ f6x3fjNw ]
こいつ、じっくりみてみるとけっこう、いやかなりかわいんだな・・・
一気にビールを飲んだ勢いだろうか。心臓が早鐘のように打っているのがわかる。
「死んだりしませんね?」
 なおもぼくの腕の中で食い下がるエスタ。けっこう豊かな胸の感触が伝わる。
「は、はい・・・・」
 彼女のもろもろの女性的魅力で半分敬語でこう答えるのがやっとだった。にっこり笑う彼女の唇がすこし濡れているのが見えた。
「よかった」
 さらに強くぼくに抱きついてくる。ぼくたちの座っている簡易ベッドが、少しきしんだ。ぼくは思わず彼女の金髪っぽい髪をかきあげた。
「あ・・・・」
 もうぼくの理性も限界だった・・・・彼女の顔を持ち上げそっと指でなぞる。すべすべした肌の感触がぼくの指を伝って、脳へ信号として送り込まれる。最高に心地いい。
 エスタをベッドに横たえた。彼女は何も言わない。少し荒い呼吸をしながらただぼくを見つめるだけだ。ぼくはそんな彼女の胸元に手を・・・・・

222 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:03 [ f6x3fjNw ]
「はーらーだーさーん!!!」 
 ばさっと言う音と共に聞き慣れた声がぼくの耳に飛び込んでくる。
「原田さん、いいモノがあるんですよ!」
 少しほろ酔いの市村三尉ということは一発でわかった。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「わぁぁぁぁぁああああああっっ!!!!」
 ぼくと市村が大声を上げるのはほぼ同時だった。ぼくは思わずがばっと起きあがる!がもう遅い・・・
「たいへんだ!一大事だ!」
 大声をあげまくる市村にまわりの隊員たちが集まってくる。
「どうしましたぁ!!三尉どのぉぉぉ!!」 
 対馬警備隊のベテラン三曹が精鋭の隊員を率いてぼくのテントに突入してきた。
「だいじょうぶですか?原田さ・・・・・・・・・・・・ん?」
 彼が見たものは、放心状態で立ちつくす市村三尉、ベッドの上で顔をひきつらせるぼく、そしてそのぼくの首に両手を絡ませるエスタだった・・・・

223 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:04 [ f6x3fjNw ]
「まったく、エスタちゃんも酔った勢いでなんということを・・・・」 
 騒ぎの収まったぼくのテントの中で市村がビールをあおりながらなげいている。このビールはぼくの自腹なんだが、この際は何も言うまい。
「原田さんに内緒でとっておきの芋焼酎をごちそうしてあげたらこんあことになるなんて・・・」
 そう、ぼくたちが島田組の面々と会う前にエスタは市村に呼ばれていた。
そこでしこたまぼくに内緒で芋焼酎を飲まされて、その後ぼくが島田組のテントに赴むいている間に帰ってきて、あとは知っての通りだ。
「エスタちゃんにあげた焼酎を原田さんにも飲ませなきゃって思って参上したらなんですか?この状況は?」
「いや、あれはその・・・なんというか。あれだよ、あれ」
「対馬警備隊の、我々輸送ヘリ隊のアイドルのエスタちゃんの酔っぱらった隙をついてですか?」
 市村だけではない。ぼくのテントには今や、対馬警備隊の古参幹部、ヘリ隊のパイロットが駆けつけているのだ。ただならぬ雰囲気がぼくを完全包囲していた。

224 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:05 [ f6x3fjNw ]
「おい、お前ら外に出てろ!」 
 不意に市村が言う。みんなしぶしぶ外に出ていってテントにはぼくと市村と、すやすや寝ているエスタだけになった。
「原田さん。」
「は。はい」
 ぐっと近寄ってくる市村にぼくは思わす後ずさる。
「好きなんでしょ?」
「は?」
「エスタちゃんですよ。好きなんでしょ?」
 ほとんど酔っぱらいのからみとしか思えない市村だが、目は真剣だった。
「エスタちゃんは間違いなくあんたのことが好きなんですよ。俺も警備隊のみんなもヘリ隊の連中も知ってます。あんたの気持ちはどうなんですか」
「そ、そう言われても・・・」
 とは言いつつも、ぼくは市村の言葉にこの1年半を思い出していた。

 ノビル王国初上陸以来、ぼくをサポートしてくれたエスタ、最初はぼくに無礼を働いたって自害しようとまでした。魔法と科学文明を理解し、ぼくのよき助手になってくれたエスタ。襲撃を受けたぼくの心配をしてくれたエスタ・・・・

225 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:06 [ f6x3fjNw ]
 思い出すときりがない。でも、この1年半、彼女のいない生活は考えられなかった。そしてこれからも・・・
「ぼくには彼女がいないと・・・・・ぼくには彼女が必要なんですよ」
 とっさに、本音でだろうか、そう市村に答えた。
「そうですか・・・」
 しみじみと聞いていた市村だったが、ちょっと間をおいていきなり態度が豹変した。
「よしわかった!わかりました!おい!みんな入ってこい!」
 さっき追い出した幹部連中がわいわいと戻ってくる。
「よし!原田さんとエスタちゃんは相思相愛だ!これからは自衛隊総力をあげて2人を応援するんだ!」
「了解!」
「原田さん、心配しなくていい。我々陸上自衛隊は全員あなたの味方だ!」
 市村はばんばんとぼくの肩を叩く。ここにきてぼくはあの本音トークを激しく後悔し始めた。
「それでは2人の華々しい前途を祝して・・・・かんぱーい!」
 ぼくのテントで始まった酒盛りはその後明け方近くまで続いた・・・・・(泣

226 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:07 [ f6x3fjNw ]
翌朝、痛む頭を抱えながらテントを出た。テントの中には市村はじめヘリ隊の面々と対馬警備隊の非番の幹部が大勢眠っている。しかも酒臭いことこの上ない。
「マスター、水です・・・」
 同じく二日酔いのエスタがぼくに冷えたミネラルウオーターを持ってきた。
「ああ、ありがと」
 それだけ言うのがやっとでぼくはそれを飲み干して近くの土嚢に座り込んだ。彼女もぼくの横に腰を下ろす。
「だいじょうぶかい?昨日市村三尉にそうとう飲まされたんだろ?」
「はい、でも・・・・」
 ここまで言ってエスタはちょっとうつむいた。
「マスターとのおしゃべりは覚えています」
 おしゃべりだけじゃないだろう・・・・、かなり気まずい。
「え、あ、ああ・・・・」
 ぼくがその答えに窮していると、島田組に入ったエルフ、ハインツが歩み寄ってきた。
「おはようございます」
 静かに一礼する彼に、少し落ち着きを取り戻す。
「奥さんはどうですか?」
「はい、今は朝食を召し上がっています」
 と、ハインツはぼくに少し近寄ってきた。

227 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:07 [ f6x3fjNw ]
「実は、明け方から不審な波長を感じていまして・・・・。姐さんに報告しようにも姐さんは魔法をご存じありません。どうしたものかと・・・」
「不審な波長って、わかるんですか?」
「マスター、エルフは周囲で使われている魔法をある程度探知できるんです、彼くらいの上級になるとかなり遠くまでもわかるといわれています」
 エスタの解説にハインツは黙礼してぼくに向き直った。
「私もかなりの魔法を見聞きしてきましたが、今回の波長は今までと違うのです、なんと言いますか、恐ろしいのです。こんな気持ちは初めてです。」
 ぼくは今までの経験から、これは何かの前触れと感じた。この世界の人間は我々にない感覚が備えられている気がしてならない。そしてそれはかなりの確率で的中する。
「よし、木元さんを呼んできてくれ。一緒に前田さんのところへいこう」
 一応、若頭の木元を通しておくと言うことも忘れずにぼくは前田のテントへ向かった。

228 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:08 [ f6x3fjNw ]
 木元と聡子、ハインツをつれてぼくとエスタは前田のテントに出向いた。
「むう・・・。しかしこれは自衛隊では対処できないですねぇ」
 ハインツの報告に前田は考え込んだ。せめて魔法を発動している連中の場所がわかればいいのだろうが・・
「今の段階では詳しい場所は特定できません。コルバーナ公国の森林地帯としか・・・」
 ハインツが申し訳なさそうに頭を下げる。しかしそれだけでも重要な情報だ。
「ハインツ君、といったかな。君の経験上、敵の発動している魔法はなんだと思う?」
 前田の問いにハインツは少し考え込んだが、はっとしたように顔を上げた。
「大魔道士ジャルバの復活魔法・・・・・」
 一同は沈黙した。というのもこの世界の魔法の構造がいまいちよくわからないためだ。
「でも、最終召還魔法はボルダー卿の屋敷で・・・」
 この世界の住人のエスタがハインツに反論する。
「あの魔法は魔の大陸を召還するだけです。そこに封印された大魔道士ジャルバは眠ったままです。
 彼を復活させるにはある程度の時間が必要だったのです」
 時間!前田が推理した、敵の無謀なまでの突撃。あれはジャルバ復活の時間稼ぎだったのか。同じ思いを描いたのであろう。前田もぼくと同じ表情を浮かべている。
「で、そのジャルバが復活したらどうなる?」
 木元が思わずハインツに問いかける。本来そんな立場にないんだろうが、状況が状況だけに無理はない。誰もそれをとがめる者もいなかった。
「この大陸のあちこちに封印された悪魔たちが蘇るでしょう。一斉に・・・」
 その時だった。地の底からうめく声のごとく地震が発生した。
「いよいよです・・・・」
 うろたえる面々を前にハインツが静かにつぶやいた。

229 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:08 [ f6x3fjNw ]
地震はかなりの規模だった。一部で塹壕が崩壊したが死傷者はいなかった。
「総員点呼!」
「装備を点検しろ!」
 対馬警備隊は損害もなく無事だった。島田組の親衛隊もいつでも動ける状態だ。
「あ、あれはなんだ?」
 観測班が地平を指さして叫んだ。コルバーナ油田の方角に異常な黒雲がわき上がっている。雷雲ではない。
もっともっと、黒く濃い不気味な雲だ。寒冷前線の入道雲でもない。
「ついに始まりました。ジャルバ復活の序曲です」
 ハインツがテントの外に出て空を見上げる我々に、いや、我々ではないみんなに語りかけるようにつぶやいた。
 黒雲はすごい勢いで周囲を覆い尽くしていった。その雲の下では何が起こっているのかはわからない。ただ、ぼくにでも感じる「邪気」というんだろうか。恐ろしい気配だけは感じることができた。
「みなさん、塹壕から出ないで下さい。」
 ハインツが塹壕の前に歩み出た。なにか呪文を唱えている。そしてそれと同時に、青白い、暖かい何かが陣地を覆った。
「な、なんだ?こりゃ!」
「何が起こった!」
 前線の各部隊は動揺している。前田は各連隊に「塹壕から出るな」と無線を送り続けた。

230 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:09 [ f6x3fjNw ]
「これは、防壁魔法の強力な部類です。」
 塹壕に入った我々にエスタが言った。
「これを使うのは使い手の生命力をかなり必要とします。ハインツさんはやっぱりコルバーナでは相当な使い手だったんでしょう」
 なるほど、ハインツの作った防壁から先には例の黒雲は入って来れない。境界線あたりでばちばちと火花が散っている。ぼくはカメラのシャッターを4,5枚切ってみた。
「マスター、これはたぶんカメラには写らないです。精神と精神のぶつかり合いですから。」
「じゃ、じゃあ、ハインツはどうなるんだい?」
 いつの間にかぼくたちの塹壕に入ったのか、聡子がエスタに問いかける。
「さあ、ハインツさんの精神力次第です」
 この間にもハインツの精神とジャルバの魔力が上空でぶつかり合っていた。自衛隊員は空を見上げ、ハインツの勝利を願った。雷鳴にまじって得体の知れない笑い声の様なものまで聞こえてきている。

231 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:10 [ f6x3fjNw ]
「うおおおおおおおおおお!!!」 
 ハインツは脂汗を流しながらジャルバの魔力を受け止めていた。この部分、大陸の最も狭い部分で抑えないと大陸全体にジャルバの魔力が及んでしまう。彼は苦痛に耐えながら彼自身の運命を感じていた。
「俺は、島田組に世話になって、そしてこの大陸に戻ってきてみんなを救うのが運命だった」
 自衛隊の圧倒的戦力と皇帝の死守命令に嫌気がさしたハインツは1人、前線を抜け出してノビルバーナまでたどり着いた。ここで彼は自爆魔法で自爆するつもりだった。しかし、自衛隊の装備や隊員たちの気さくな人柄を見て、彼らの国を見たくなった。どうせ死ぬならということで港湾労働者に混じって九州に渡った。
 そこで目をかけられたのが聡子だった。博多島田組に入って木元たちに鍛えられた。そして、聡子の主人、
村本の殉職を知った。聡子の性格を知っていたハインツは志願してこの旅のお供を決意したのだ。
「それもこれも運命だったんだ。姐さんを救うのが俺の課された運命だ」
 ハインツはさらに気合いを込めてつきだした両腕に力をこめた。

232 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:10 [ f6x3fjNw ]
「黒雲が晴れるぞ!」 
 観測班から叫び声が上がった。はるか向こう。コルバーナ油田の方から青空が見えてきた。
「がんばれ!ハインツ!」
 木元が涙ながらに大声を上げる。陣地の先数十メートルに躍り出たハインツの表情は見えないが、木元の方を向いて一瞬笑ったよう見えた。
「マスター・・・」
 一同に混じってハインツを見守るぼくにエスタが小声で声をかけてきた。
「ハインツさんは死ぬ気です」
「えっ」
 ぼくはおもわず聞き返した。エスタの話では、ハインツは精神力を駆使した防壁魔法を幅十数キロに渡って展開している。これだけでも相当な負担だが、それ以上にジャルバの魔力を受け止め続ける負担が大きいようだ。
「うおおおおおおおおお!!!!」
 最後の力を振り絞ったハインツの雄叫びが聞こえた。それと同時にこっちにむかっていた黒雲のすべてが彼の防壁魔法ではじき返された。ハインツはがっくりと膝をついてその場に崩れ落ちた。
「ハインツ!」
「衛生科!前へ!」
 前田や聡子、衛生科の隊員がハインツに駆け寄っていく。ぼくとエスタもそれに続いた。
「ハインツ!大丈夫かい!」
 いち早く駆けつけた木元がハインツを抱きかかえるが、すでにその身体に生気がほとんどない。

233 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:11 [ f6x3fjNw ]
「木元さん・・・・・、やりました。姐さんは無事ですか・・・・?」
「ああ、無事だ。すぐにヘリが来るぞ。BMWよりちょっと乗り心地が悪いけどな」
 木元は半分涙声でハインツに言い聞かせる。それを聞いてハインツは軽く笑う。
「兄貴、いいんですよ。もう・・・・」
「ハインツ・・・・」
 聡子が木元に変わって話しかける。
「姐さん。おやっさんの敵、打ってください。自分は最期までお供できないようです。不義理をお許し下さい」
「バカいうな。おまえがいないとこんな魔法だかなんだかわかんない世界で動けないだろ」
「姉さん、この国も九州も同じです・・・・気持ちですよ・・・・」
 衛生科が到着した。しかし、ハインツには外傷はなく、衛生科も手間取っている。
「は、原田さん。エスタちゃん・・・姐さんを頼みます・・・・」
「暇ができたら、行って下さい。国境の川沿いに村があるんです・・・秋になるときのこがいっぱいで・・・
 おいしいんですよ・・・・私の故郷なんですがね・・・・・そりゃあ・・・・・・・・」
 そこまで言ってハインツの会話は終わった。前田が慌てて衛生科に脈を取らせる。隊員は無言で首を横に振るばかりだった。
「ハインツ・・・・」
「くそ。このバカ、かっこつけやがって」
 島田組の面々のすすり泣きが聞こえてくる。無理もない。異世界の人間ながら、現代日本の若者以上に仁義を押し通した人物の死を迎えたのだ。その死はある意味美しさまでも感じられる死であった。
「総員!」
 前田が不意に大声を上げた。落ち着きを取り戻しつつある対馬警備隊の面々が傾注する。
「島田組、ハインツ組員に敬礼!!!」
 塹壕の上、迫撃砲陣地の中、装甲車の上で隊員たちはみんなを救うために、いやここのみんなではない。
この国の全ての人を救うために死んだエルフに最上級の敬意を払って敬礼した。

234 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:12 [ f6x3fjNw ]
 ドドドドドドドドドドドド!!!!
ハインツの遺体を収容した後すぐに地鳴りが発生した。
「隊長!田嶋三佐です!」
 前田のもとに無線機を抱えた隊員が駆け寄ってくる。
「こちら前田、送れ!」
「前田ちゃん、油田がおかしい。見てみな」
 無線の声に反応して前田が双眼鏡で油田の方を見渡す。と、前田の手が止まった。
「な、なんだあれは・・・・」
 遙か地平の油田から巨大な石の頭部と思わしきものが浮かんでくる。なんて大きさだ。今までのゴーレムの比ではない。
「あ、あれは伝説の悪魔の御使い・・・・」
 エスタが呆然とした表情でつぶやく。
「悪魔の御使い・・・?」
 ぼくは彼女に聞き返す。彼女は肩を恐怖でふるわせている。
「私も子供の頃に聞いたことがあるだけです。大魔道士の復活に際してつゆ払いのために蘇る魔道士のしもべ。その魔力は山を消すことくらい造作はないそうです・・・・・」
 なるほど、頭部だけでコルバーナ油田の油井の倍はある大きさだ。つまりゴジラ級のゴーレム。それに超強力な魔法付きとなると、実際山の1つや2つ消すことくらい造作もないだろう・・・・
「総監部の大村一佐を呼べ!今すぐだ!」
 前田は無線機を持つ隊員に大声で指示する。すぐにコクーン卿の邸宅の大村とつながった。
「対馬警備隊の前田です。すぐにMOABの使用を要請します!」
 MOAB=マザー・オブ・オール・ボム、爆弾の母と呼ばれている通常兵器最強の爆弾だ。
「そんなことをしたらコルバーナの油田とパイプラインが復旧できなくなるぞ!」
 本部の大村は当然反対する。それにそんなもの使ったら村本の遺体も・・・・
「今使わないと50メートルのゴーレムと戦術核に匹敵する魔法攻撃にさらされますぞ!」

235 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:12 [ f6x3fjNw ]
 前田の言葉を証明するように悪魔の御使いは口から巨大なあの魔法、悪魔の雷を発射した。
「うわっ!」
「きゃああああ!」
 視界が一瞬にして奪われる。強力な閃光が周囲をおおった。そして次の瞬間・・・
「隊長!あ、あれを・・・」 
 かろうじて回復した視力をたよりに油田の方を見てみる。油田の近くにあった小高い丘がなくなった。
いや、丘のあった場所には遙か後方のここからでもわかるきのこ雲があがっている。
「やべえぞ、こいつは・・・・」
 さすがの木元も汗を拭ってつぶやいた。
「大村さん!」
 総監部でもこの爆発を確認したようだ。大村が受信機の向こうで空自に指示を出しているのが聞こえた。
「ただちに空自が出動する。総員は塹壕内に退避せよ」
「はっ、了解しました!」

236 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:13 [ f6x3fjNw ]
 九州の方からF−15と米軍のF−117が飛んでくるのが見えた。前田は空自のバンドに周波数を合わせた。F−15とFー117の交信が聞こえてくる。
 「ナバロン!沖縄からごくろうさん!ここからはチャーリーエンジェルがエスコートする!」
 エンジェル1はちょっと後悔していた。初めてこの国と接触したのも俺。そしてこの世界に来て最大の脅威に対峙するのも俺だ。ハリウッド映画のように英雄なることはむずかしいらしい。
「ナバロン!やっこさんはちょっと暴れん坊のようだ。エンジェルで攪乱する!」
「了解ナバロン!無理するな!」
 アメリカさんめ!こっちの世界じゃ無理しないと何事もうまく行かないんだよ!エンジェル1はエンジェル2と別れて悪魔の御使いの両側にまわった。頭部は完全に露出して肩あたりまで出現した巨大なゴーレムはチャーリーエンジェルの2機を認識したようだ。
「エンジェル2!化け物が俺たちに気がついたぞ!」
「エンジェル2了解!合コンを開始する!」
 エンジェルは悪魔の御使いの周囲を旋回し始めた。ゴーレムの目玉らしき物体が2機を追いかけて右往左往している。
「やっこさん、俺たちのどっちにするか迷ってるらしい。目が肥えてるな!」
 ナバロンと呼ばれたF−117が爆撃進路に入った。
「エンジェル!コンパは1次会で切り上げでいいぞ!」
「ナバロン、こっちもこんなでかい彼女はゴメンだ!後は綺麗に精算してくれ!」
 ナバロンは悪魔の御使いの眉間(らしき部分)にロックした。
「いいぞエンジェル!ブレイクしろ!」
 ナバロンは2発のMOABを投下した。その時、油田の中から悪魔の御使いの右腕が飛び出した。
「やばい!エンジェル1!回避しろ!」
 巨大な手のひらがエンジェル1の目前に迫る。エンジェルの首筋に脂汗がにじんでくる。
「やべぇやべぇやべぇぞ!」
 神業に近い素早さでエンジェル1は悪魔の御使いの中指をロックしてそのまま全弾発射した。
うめき声のような雄叫びをあげて悪魔の御使いの中指が吹っ飛んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁl!!!!!」
 絶叫と共にエンジェル1のF−15が吹き飛んだ中指の間をすり抜けた。次の瞬間・・・

237 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:14 [ f6x3fjNw ]
「みんな!目をそらせ!」
 前田の叫びが聞こえるか聞こえないかのうちにすごい閃光がぼくたちを包んだ・・・。
小型核兵器並の威力を持つMOABが2発も炸裂したのだ。その閃光たるやすごいものだった。
「エンジェル2!ナバロン!こちらエンジェル1!コンパはお開きだ!」
 無線からF−15とF−117が無事なことが確認された。
「マスター!怖い・・・・」
 エスタが今までにない爆発の威力におびえている。ぼくは塹壕の中でしっかりと彼女を抱きしめた。
ぼくにとっても未知の閃光でかなりの恐怖は感じていたが、その中で彼女の体温だけはしっかりとぼくに確かに伝わっていた。
「あんた・・・・」
 村本の亡骸を見捨てる選択しかなかった聡子が塹壕で頭を抱える。それによりそうようにして木元が彼女の肩を抱えているのが見えた。この瞬間が永遠に続くように思えた・・・・

238 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:14 [ f6x3fjNw ]
「総員点呼!」
 爆発が収まってしばらくして、自衛隊員や島田組親衛隊が塹壕から這い出した。戦車や装甲車には爆風だろうか、前面に泥や砂がこびりついている。50キロ近く離れてこの爆風だ。石油たっぷりの油田に燃料気化爆弾を投下するという前代未聞の作戦の結果が推測できた。
 ぼくとエスタは互いを支えるようにして塹壕を這い出した。どっちも顔中ほこりまみれだ。まわりの隊員や組員もほこりまみれで茶色の顔をお互い見合わせている。
「マスター、王都が燃えています・・・」
 エスタの言葉に油田の方を見る。地上に出た原油と地下の原油。膨大な量の原油に引火した炎はまるでなにかのイミテーションのように見えた。しかしその下には、壊滅した油田と放棄された駐屯地。そして村本はじめ収容できなかった自衛官の遺体が確かに存在するのだ。
「姐さん・・・・」
 同じくほこりまみれになった木元と聡子も油田を見つめている。
「おやっさんの、おやっさん達の壮大な火葬ですよ・・・・」
 木元の言葉に聡子の目から初めて涙がこぼれた。今まで我慢していただろう。止めどなくあふれてくる。
「う・・・う・・・」
 木元は何も言わずに聡子の側に直立したままだった・・・・。聡子の涙に答えるように油田からひときわ大きな爆発が起こった。

239 名前:まとめの228 投稿日: 2004/09/15(水) 01:15 [ f6x3fjNw ]
「マスター・・・」
「うん?」
 水筒の水をタオルにしみこませ顔を拭ったぼくにエスタが問いかけた。
「これからどうなるんでしょうか・・・・」
 彼女がぼくにしがみついてきた。その身体は恐怖ととまどいで小刻みに震えているようだった。ぼくは思いっきり彼女を抱きしめた。
「わからない、わからないけど・・・。ぼくたちは「じゃあなりすと」だ。自衛隊の、この国の行方を見守るのが仕事だ。こんな堅苦しいことしか言えないけど・・・・。これからもぼくと一緒にいてくれるかい?」
 頭に浮かんだ言葉をつなぎ合わせてやっと口にした言葉だった。エスタは理解できないと言った感じでぼくを見上げている。
「つ、つまり。ずっとぼくのそばにいてくれないかってことだよ・・・」
 ようやく、彼女はぼくの言葉の意味を理解してくれたようだった。顔に満面の笑みを浮かべてぼくにさらに強くしがみついた。
「はい!私も「じゃあなりすと」です!マスターにどこまでもついていきます!」
 いまいちよくわかってないかもしれないエスタをぼくは力一杯抱きしめた。