661 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/21(金) 23:45:43 [ I3HkQ/Bs ]
 ナイトロス王国首都フランシア。つい数ヶ月前までは夜でもガス灯が街路を照らし、富める大国を彩っていたものだ。
「暗い。街が死んでしまったようだ・・・」
 首相官邸の執務室から見える町並みは、夜間外出禁止令と灯火管制によって、かつての明るさを失っている。富裕層の多くが南大陸から避難し、工場も農場も操業が滞っていた。
「9月の工業生産高の予想は8月より1割以上減少する見込みです。首都そして半島の工場の操業停止や操業時間短縮が響いています。」
「今年の夏季農作物の総生産量は、前年度比微増と算出されました。」
「帝国軍本隊、国教会軍主力部隊は進軍速度をやや上げました。それによって先発隊の出発も早まると思われます。」
「防衛線への兵力配置は間もなく完了します。要塞砲の前線への輸送は断念し、首都近郊の最終防衛線へ配備しました。」
「第一飛竜機動艦隊と第一艦隊、整備がやや長引きます。戦艦主砲の検査と交換に手間取っています。」
「陸上ジエイタイ兵力の一部が沿岸部に移動。また輸送船の集結も確認しました。」
「オキナワに続き、キュウシュウ・シコク・ホッカイドウ島での産業の崩壊をキャッチしました。ニホン国の失業率は少なくとも50%、国内総生産は彼らの当初予定の4割以下と、情報局と外交省の連名で報告書が提出されました。」
「催促した未払い分は月末きっかりに金塊で支払うと、ニホン国営銀行から通知が届きました。」

662 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/21(金) 23:47:41 [ I3HkQ/Bs ]
 補佐官から入ってくる情報はどれも暗く、戦争の足音が近いのを実感させる。
「主要国の反応はどうだ?国王陛下があのような言い草であったから、無用な警戒は抱かれていないか?」
 国王はニホンとの協定の内容を、主要な国々に明かしている。
「はぁ。それならば、各国の大使館より連絡が相次いでいます。それによると・・・」
 ナイトロスとニホンに有利すぎると明確に批判したのがアスターとシェデル、コバルタは意見がまとまらず態度保留、ウェッセンラント・サマリム・ノステルは遺憾の意を表明しており、ネーブル・メリダなど南方の国々は表向き賛成している。
「アレは素人目にも贔屓過ぎる。反対する国は説得する他ないか・・・」
 ナイトロスは、ニホンから受ける悪影響を最も大きく受けている。物価の上昇は、経済の足を引っ張るほど高くなってきている。自国の兵站も犠牲にしている。この状況を粘り強く話せば、各国も渋々承諾するだろう。何より最も血を流すのは我が国なのだから・・・
「それに、一億の人間をいつまでも養うのは不可能だ。出来るだけ早く自給してもらわなければ困る。」
 ニホンに持っていかれる物もまた多いが、それらはニホンでしか取り出せないだろう。・・・そう考えれば大したことはない。
 光を絞った薄暗い室内灯の中、首相や補佐官の会議は夜遅くまで続いた。

663 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/21(金) 23:49:49 [ I3HkQ/Bs ]
 ・・・。
『ジーク02よりジーク13へ!着陸態勢に入る!』
『ジーク13了解!』
『イリューシン10・番号145−28、着陸態勢に入る』
 俺とリサ、中尉は着陸態勢に入り、着陸する。着陸した相棒は飼育係に任せて、宿舎に戻る。・・・前に中尉に呼び止められた。
「同志大尉、同志リサ。夜目は利きませんか?今夜の模擬実戦では、私はテルミット焼夷爆弾と黄燐爆弾の両方を地上に落しましたよ。」
「あんなの卑怯です!ですよね大尉!?」
「ん、いや・・・」
 中尉の(イリューシン10の)動きは夜間とは思えないほど、軽快で活発だった。昼間なら、あっと言う間に撃墜できたはずだ。
「お二方。『暗くて捕捉できなかった』は言い訳に過ぎません。小官は夜間攻撃も出来るように訓練をしたのです。」
 普段は街明かりを頼りに夜間は戦ってきた。灯火管制で暗くなって中尉の飛竜を見逃してしまいました、は確かに言い訳以外の何者でもない。
「中尉がここまで夜戦に優れているなんて知らなかったよ。負けてしまったし、酒と肉なら少し奢るよ。」
 リサを睨む。
「分かりました。大尉と折半します。・・・大尉、私は大尉のお金を預かっているのを忘れないでくださいね!」
 個人の感情で出資者を脅迫しちゃいかんなぁ・・・!

664 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/21(金) 23:52:15 [ I3HkQ/Bs ]
「まぁまぁ二人とも尻尾を降ろして。小官はこれから隊に戻って報告をしなければならないので、その件は後ほどお願いします。では」
 そう言うと、中尉は足早に去っていった。それを見送っていく。・・・?待ち構えていた少尉と合流して何か談笑してんぞ。報告すんじゃなかったのか?
「大尉?」
「うん?」
「か、帰りましょうか。明日は早いですよ」
 帰ろうかって、周りには俺とリサしかいない。飼育係と飛竜は飼育舎に行っちまったし。
「クソッ!あいつら・・・」
「どうかしましたか?帰りましょうよ。途中までは一緒ですよね?ルフトバッフェの話を聞かせてください!」
 あの世話焼きどもめ。後で鱗と髭の一本くらい引っこ抜くかなくちゃな。
「そうだな。・・・この前も話したが、彼らとナイトロス空軍の空戦方法は根本から異なっていて・・・」



685 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/27(木) 00:35:47 [ qF56izVk ]
 居並ぶ将軍達に向かって、帝国軍本隊からの伝令が伝令文を読み上げ始めた。
「皇帝陛下より、栄光ある帝国軍先発隊と友邦たる国教会軍の先遣隊の・・・」
 伝令は、ウンザリするくらいの美辞麗句に飾られた口上を述べ始めた。言いたいことは一番最初に言うべきなのに、まったく!
 言っていることを要約すると、『帝国軍と国教会軍の本隊は10月の中頃までにはそちらに到着するから、それまでに野営地などを引き払って南進を始めよ』?父上に文句は言いたくないけど、やっぱり勝手よねぇ。
「南方方面軍としても、これ以上この場に留まっていると、兵達の士気が下がってしまいます。それに陛下の勅言に逆らう理由もありますまい?」
 相変わらず、南方方面軍軍団長は強い者になびくわね。少しは自分の意志を持たないのかしら。ろくな兵力も供出しないくせに!
「そう!今こそあの南夷たちに鉄槌を浴びせる時だ!」
「審判の時は来たり!!」
 まるで勝っているつもりのような言葉ばかりだけど、徴集兵や下級騎士たちの士気の低下はかなりひどい。私が皇帝だったら、間違いなく遠征は中止しているわ。

686 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/27(木) 00:36:57 [ qF56izVk ]
「ほっほっほっ・・・エーテルガルド殿、浮かない顔をしておりますな。不安ですか?」
「ムッター将軍、私とて歴戦を戦い抜いた戦士であると自負しています。戦いに対する不安など、幾多の戦いの中で置いてきてしまいました。」
「これは失礼。女性の表情を読み違えるとは、聖職者としてあってはならないことですな!ほっほっほっ」
 ムッター将軍も駄目ね。自分の周りにいる大貴族・高位神官出身の騎士が、全ての兵士じゃないの!
「エーテルガル近衛騎士団長閣下!不安を人前で見せると、兵達が動揺します。気をつけてください!」
「失礼した。以後気をつけるようにする。」
 もう既に動揺しているわ。食べ物が無かったら、確実に反乱を起こしているくらいに。
「話はここでお開きとしましょう。将軍各位は、配下の参謀達と話をつけておいて頂きたい。」
『連合帝国の勝利の為に!』
 参加者全員で杯を掲げ、いったんお開きになった。

687 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/27(木) 00:37:50 [ qF56izVk ]
 ・・・。
「あーもー!帝国も国教会も勝利を当たり前って考えてる!苦労のない戦いなんてまずないのに!!」
「落ち着いてください団長。我々は最善を尽くすほかありません。」
「力不足ですが、我々も手を貸しますから安心してください。」
 副団長と数人の参謀が慰めてくれた。私が近衛天馬騎士団の団長に就任する前からの付き合いだから、会話も柔らかいものになる。
「ここ(天馬騎士団)以外に女性騎士の行き場所があったら、私が斡旋してあげられるんだけどね。」
 女子が軍人を目指そうと思ったら、天馬騎士団を目指すしかない。貴族の娘なんてまず来ない。来るのは騎士を志す平民か下級貴族、それか私みたいなはね返りばっかり。それがいいところなんだけどね!
「そのような寂しいこと言わないでください。私たちは、団長を支えるのに充実感を感じていますから!」
 寄せ集めの兵士の管理を任されたり、訓練そっちのけで兵糧の警備をやらされたり、並の軍人だったらさじを投げるようなことをやってのけているのも、彼女達と団員達の協力があってこそ。
「本当にあなたたちには頭が上がらないわ、・・・現在の我が軍の状況は?」

688 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/27(木) 00:38:59 [ qF56izVk ]
 話を真面目な方向に戻す。彼女達の表情も、軍務中のそれに戻る。
「陸上戦力は約5万。機動力のある騎兵が2万5千、徒歩の兵士が1万5千、軍属・魔術師などが1万です。」
「帝国が騎兵を中心に1万。辺境から集めた兵力が1万。残りの3万は国教会軍の手勢です。辺境の兵士はもう少し増やせると思います。」
「空中騎士団は、地上随伴分を含めると3000。純粋な戦力は竜騎士約600、天馬騎士約250です。」
「帝国は我々を含めて約350、国教会が約250、残りは我々が編成した寄せ集めの竜騎士・天馬騎士約250です。」
 空前の規模だけど、本隊はこの倍以上いるはず。万が一失敗したら、この国はおしまいね。
「これぐらいいたら、ナイトロスの守備は突破できるかしら?」
「それは・・・・・・実際に手合わせしてみないことには。団長の話を聞く限りでは、一筋縄で倒せるような敵では無いでしょう。」
 彼女達は、ナイトロスに行ったわけじゃなかった。副団長は私の留守を任せてたし、参謀も残しておいたから。
「私達を迎撃した敵は100や200じゃなかったし、飛竜やペガサスを撃ち落す高度な魔法も使っていたわ。私やあなた達は生き残れるかしら?」
 みんな揃って私の目を見て、それから目配せをして
「そうならないように我々がいます。生きて未来を掴みましょう。」
 副団長も良いこと言うようになったわ。私も頑張んなくちゃ!
「では、半月以内・・・10月中旬には出発できるように準備を始めなさい。財政は気にしなくていいわ。私の名前で借金しても構わないわよ。」
「「御意」」



697 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/30(日) 22:38:35 [ rLaoHRuI ]
 今夜の食事も・・・少ない。飢餓になるわけじゃないが、味気ない。
「ひもじい・・・腹減った・・・。」
 夏過ぎから減り始めた食事の量は、9月も終わりに近付くと、いよいよ目に見えて減った。そのくせ同じ料金を要求しやがる。
『おかわりは無し!』
 食堂に掲げられた看板が痛い。食料の多くは前線とニホンに直行だもんなぁ。ま、無いもんはしょうがないや。
「リサ!何かおごってくれ。お前は金持ちだろ?」
「みんなと大尉から預かったお金は、ほとんど王国の戦時国債と鉱山会社や油田の株式に替えましたから。お金は今持ってませんよ。」
 コイツは抜け目が無ぇな。500万シリングは利子付きで戻ってきそうだが。
「第一、私たちは夜間、外に出てはいけないですし、外はもっと物価が高いですって。小麦は5月より5割近く高いそうですよ。・・・それで儲けたんですけどね!」
「少尉と中尉は・・・駄目だな。」
 ここは物価が高くて困ると嘆いていた二人におごってもらおうとは・・・・うーん、言えないな。
「これもニホンのせいだなっと。リサ、明日は格闘戦に付き合ってもらうからな。」
「了解。」

698 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/30(日) 22:40:15 [ rLaoHRuI ]
 食堂や宿舎、訓練場を通り越して飛竜のいる竜舎に向かう。今頃は飛竜が食事の時間かな。
「大尉殿?何しに来たのですか?飛竜の餌はありますが、人間用の餌はありませんよ!」
 飼育係にいきなり出鼻を挫かれた。いやだって、飛竜の餌は人間でも食べれるんだぞ!・・・調理すれば。
「そんなやましいことするわけ無いだろ!相棒の顔を見に来たんだ。」
「そうでしたか。これは失礼しました。大尉殿の飛竜は食事中です。」
「ありがとう。」
 変なことが出来なくなっちまった。相棒ぐらい見ていくか。
 ガリッガリッ ガツガツ
「よぉ相棒!」
 骨付きの肉隗に齧り付いていた相棒が、こっちを見て肉や魚を体の下に隠した。警戒の眼差しで俺を見ている。
「お前の晩御飯を盗みに来たわけじゃねぇよ。安心しろよ。でも魚一匹か野菜一個くらいなら・・・」

699 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/30(日) 22:41:13 [ rLaoHRuI ]
 グルルッ・・・
 威嚇してきやがった。食い意地が張ってんな。
「ケチめ。お前、リサに似てきたんじゃないか?」
 グゥゥ・・・
 否定するかのように低い声で鳴いた。
「違うか。俺の相棒だから俺に似るのか?」
 ・・・
 今度は黙りやがった。俺に似るのは嫌なことなのか・・・
「お前、冗談きついぜ。・・・食事は盗まないから安心しろ。」
 それを聞いて安心したのか、相棒は食事の続きを始めた。

700 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/04/30(日) 22:42:19 [ rLaoHRuI ]
「隊長から聞いたんだけどさ、俺達10月中旬にはエルビヌメイン基地に転属らしいぞ。」
「でな、そこはこの前より寒くなるって。お前は大丈夫か?」
 相棒は海峡産の魚を美味しそうに食っている。同意も拒否の声も上げない。
「聞いてんのか?そんで、敵と生きるか死ぬかの戦いをするんだとさ。」
 相棒が動きを止めた。口では咀嚼してるが。
「俺は自分が死んでもどうってことないけど、親しい人間が死んだらどうするよ?隊長にリサ、隊の連中とかさ。」
 相棒は『困った』と言わんばかりに首を傾げた。
「毎日、不安で仕方ないよ。」
 そこまで言ったところで、相棒が体の下に隠した餌の中から、果物を一個咥えて俺の前に落とした。『食え』ということらしい。
「くれるのか?ありがとさん!それでこそ相棒だ!今夜は夜勤じゃないから、ゆっくり話そうぜ。」



705 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/04(木) 00:13:23 [ inOd/tU. ]
 最低限の荷物を背負い、基地司令の長々とした訓示を聞き流して発進場へと向かう。
「フランシアともしばしお別れか・・・」
 たかだか100キロ北に行くだけ、でも戦死したら見納めの景色だ。
「アレックス、眺めていないで行くぞ。見送りを待たせるんじゃない。」
「隊長には情緒というものが無いんですか?構わないですけどね。」
 発進場のまわりには、一時的に軍務を引き受ける訓練生や教官、基地の高官、ジエイタイの兵士が集まっている。
「私からジーク隊の面々へ言うことは特に無い。早く離陸しないと、離陸待ちの竜騎兵を待たせることになる。では、ジーク隊搭乗開始!」
 相棒に跨り、離陸の準備を始める。
『ジーク01より管制塔。離陸の許可を求める。』
『こちらフランシア基地管制塔。・・・離陸を許可。武運を祈る!』
『ジーク01よりジーク隊各騎へ!離陸!!』
 相棒が羽ばたき、ゆっくりと、徐々に加速しながら上昇していく。
(これからが正念場だ。頼むぞ相棒!)
 小声で話し掛けると、相棒は俺の方に首を向け、また正面を向いた。

706 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/04(木) 00:14:35 [ inOd/tU. ]
 勇壮な騎士の行軍のうしろから付いてくる兵士達の行軍はてんでバラバラ。ついでに言うと装備もバラバラ。
「これが今の連合帝国の真の姿ね。」
 士気が高いのは一部の帝国兵や国教会兵だけ。後は言われるままに集められて、見知らぬ場所に送られる恐怖だけを持った兵士達。
「そして私に残っているのは・・・」
 私の周囲には、私に忠誠を誓ってくれた優秀な部下たち。そして私を信用して付いてきてくれた、辺境出身の兵士たち。近衛騎士団の領地や私の給金は、既に大商人に差し押さえられてる。
「私のような政争に敗れた王族への不平や不満は多いと思うが、最善を尽くしてどうにか生き残って欲しい。来年の春まで生き残っていたら、いくらでも愚痴だろうが罵倒だろうが聞く。」
 簡潔に訓示を言い、粛々と準備を始めるように命令する。
「団長閣下のお言葉は以上だ。我々は地上軍と歩調を合わせて南下するので、上空警備と空き地への着陸を繰り返すと予想される。出発までは時間が残っているので、最後の確認をしておくように!」
 副団長の声を聞きながら空を見上げる。・・・真っ青。抜けるように青いわ。勝てそうも無い戦争に行くのでもなければ、絶好の飛行日和なのに。
「来年、この空を見れるかしら・・・?」
 前途は果てしなく暗いわね・・・。

707 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/04(木) 00:15:43 [ inOd/tU. ]
 北部の山岳地帯では早速雪が降り始めたというが、幸いにして、帝国軍本隊のいる地域は南部なので寒くはあるが、雪が降るほどでもない。
「国境にはいつ頃着くのか?」
 野営地に設けられたテントの中。皇帝の問いかけに、副指揮官の長子が
「南方方面軍根拠地には半月。留まらず抵抗を受けなければ、加えて一ヵ月半以内でナイトロス半島最南端に到着します。」
「ふむ・・・。」
 兵に多少の負担がかかるであろうが、親征軍直属の兵士だ。ある程度なら大丈夫だろう。
「根拠地には、補給を済ます間だけ滞在すれば良い。国教会軍本隊と鉢合わせするだろうが、それは仕方あるまいて。」
 国教会軍とは、ほぼ同じ日に合流すると予想されている。強行軍の速度を上げれば出し抜けるかもしれないが、落伍者等で総戦力が減ってしまうだろう。それはできない。
「陛下は心配なさらずとも、来年の春にはナイトロス半島全域に我が帝国の戦旗がはためいておりましょう!」
「そうか。そうならば良い。」
 皇帝の心の中に引っかかる物があったが、あっという間に吹き飛んでしまった。
(10万以上の兵が、わが手中にある。国教会軍と糾合すれば20万に迫る。負ける要素などないのだ。)
 心の中にそう言い聞かせた。

708 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/04(木) 00:16:31 [ inOd/tU. ]
 ナイトロス半島西岸の砂浜に、三隻の大型輸送艦から発進したホバークラフトが上陸し、その度に戦車や装甲車、完全武装の隊員が吐き出されていく。
「軍港に運んでも、あのような戦車や大型火砲を運ぶ手段が無いのでして・・・」
 なぜ軍港で荷降ろしをしないのかという、ナイトロスと南大陸各地の記者からの質問に、海上自衛隊の中堅幹部がこう答えた。
「戦車は一両あたり50トン、軽いものも40トン近くあります。これらがこの世界の橋を渡ったら、強固な構造でなければ落橋してしまうでしょう。・・・そうですね。確かに始めて半島に来た時は軍港で車輛を降ろしましたが、あれは運んでいたのが軽量の車輛だったからです。」
 この世界ではまだ珍しい内燃機関の音を轟かせる戦車の轟音を制するように、数多くの対戦車ヘリコプターが飛んでいく。多くはすっきりした姿をしているが、ほんの数機だけごついヘリコプターが混じっている。
 記者たちは無我夢中で記事のメモを取っている。一週間以内に、南大陸全域にこの情報は伝わるだろう。



716 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/05(金) 23:38:38 [ /CS8G/OA ]
 エルビヌメイン航空基地!近傍の(とは言ってもそれなりに離れてるけど)エルビヌメイン防衛線を掩護する為に造られた一大航空基地!
 俺はそう聞いてやって来た。航空ジエイタイの戦闘機も緊急時には離発着可能な滑走路、広がるヘリポート。そして数多くの飛竜を管理できる、やはり数多くの施設。ニホンの力を借りたとはいえ、見事なものだ。そう、見た目は・・・。
「大尉?早く『見回りに』に行きましょ!今日は山の方に行くから、収穫がいっぱいありますよ!」
 リサに言われて警らの準備を始める。飛竜で飛ぶんじゃなくて、徒歩での見回りだ。もちろん、正規の見回りではない。上も見てみぬふりをしている。
「山か・・・キノコや果物があればいいんだがなぁ。また木の実のクッキーが出てきそうだ。アレはアク抜きしてもえぐい!」
「じゃぁ大尉はあれっぽっちの配給で我慢できますか?まさか飛竜の餌をくすねますか?」
 飛竜の餌はそうは貰えねぇ。そして、配給の飯じゃ空きっ腹のままだ。結果として、今のように大自然から食料を集めている。
「腹が減っては戦は出来ぬってな!よし、用事の無い連中と・・・少尉を連れて行こう!」
「分かりました!呼んできますね!!」

717 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/05(金) 23:40:02 [ /CS8G/OA ]
 最終的に集まったのは10人てところか。
「アレックス大尉。中尉は呼ばなくて良いのですか?その前になんで私を呼んだのですか?」
「君は鼻の利く猫人族だろ?それは役に立つ。中尉は、熊や竜と素手で戦うなら必要かもな。だが俺達には鉄砲と魔法がある。」
 少尉は尻尾を垂らして髭を震わせると、そのまま黙って出発の準備を始めた。
「袋は用意したか?銃器も持っているな?隊長には連絡したか?」
「準備完了しました!」
「小銃も警備隊から借りてきました!」
「隊長の許可はもらってあります!」
「ケビシニアの将校にも伝えておきました!」
 採取や狩猟に行く集団というか、傍から見れば武装したピクニック軍団だ。
「そんじゃ行くか。」

718 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/05(金) 23:41:48 [ /CS8G/OA ]
 基地内から出入り口に向かって歩いていく。基地内には各国の空軍関係者とジエイタイの人間が多数いて、いろいろ歩き回っている。
「ジエイタイは動きが無いな。やる気あんのか?」
 俺達が基地に到着したその日に多数やって来たヘリコプターは、時折空に舞い上がるだけでこれといって活動していない。そういえば一日一回の定期輸送機以外、航空機全般がからっきし飛んでこない。
「整備はちゃんとしてるみたいですよ。ジエイタイの人はいいお客さんなんですから、いてもらわないと困るんです!」
 ジエイタイ自体、補給はそれなりに出来ているらしいが、彼らの家族はそうでもないらしくて、俺達の食料なんかを買って輸送機で家族に送っているようだ。
「あの硬貨はアルミニウムの純度が凄く高くて、基地に出入りする屑鉄屋が結構な値段で引き取ってくれるんですよ!」
「金を貯めるのは結構だが、金を天国で使うのか?」
 ニホンの通貨はナイトロスじゃ紙クズ同然でも、高い精錬・鋳造技術で造られた硬貨は、充分価値がある・・・とはリサの弁だ。毎朝、基地の裏で業者とニホン硬貨とナイトロスシリングの交換をしている。
「生きて帰るに決まってます!なにしろ大尉がいるんですから!」
 こんな場所で言うこっちゃないだろ!話しを聞いているのが、こういうやり取りに慣れたジーク隊員や少尉で良かったよ、全く。
「行くぞ。もう木の実は勘弁だ。香ばしいキノコを探そうな!」


727 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/11(木) 00:06:40 [ /CS8G/OA ]
『海軍歩兵師団、総員乗り込み完了!!』
『全艦、燃料弾薬食料の積み込み完了!!』
『ジエイタイ巡洋艦、抜錨しました!』
 フランシア軍港周辺には、ナイトロス王国海軍第一艦隊と第一飛竜機動艦隊の戦艦・飛竜母艦、付随する多数の戦闘艦、兵員や物資を満載した輸送船が集結している。そしてそれに同行する海上自衛隊の護衛艦数隻・・・
 演習でも、国王を日本本土へ送り届けた時にも無かった勇壮な光景である。あまりにも多くの船が集まったため、小型の軍艦は準備が終了し次第出港し、湾外で待機している。
「艦隊司令長官に敬礼ッ!」
 第一艦隊旗艦・戦艦ヘブンキャッスル甲板に並んだ司令長官や艦長・高級将校に向けて、国軍大臣や海軍司令長官その他の将官が敬礼する。
「海軍歩兵師団12000に戦艦4、飛竜母艦2・・・。作戦が失敗でもしようものなら、海軍関係者は軒並み首が飛んでしまうでしょうな。」
「最新装備の二個艦隊を、本国の守りを薄くしてまで派遣するのですぞ?失敗なぞするはずありません!」
「それに、海上ジエイタイの護衛巡洋艦が二隻も随行している!彼らの索敵能力があれば奇襲される心配もない!」

728 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/11(木) 00:08:26 [ /CS8G/OA ]
「海軍は威勢が良いな。ところで、連合帝国軍の水軍とは邂逅しそうかね?」
 国軍大臣が敬礼の姿勢を保ちつつ、海軍司令長官に尋ねた。
 連合帝国の東方方面軍水軍が、10月の初旬に相次いで母港を出港し、騎士団などを乗船させつつ南下させているらしいとの情報が寄せられている。
「我が海軍は海峡西側出口から出ますと、赤道より北上する海流に乗り目標まで到着します。一方の帝国水軍はその海流に逆らいながら(*正確には途中まで北極大陸由来の寒流に乗る)南下するのでこちらにやって来るのは遅れます。鉢合わせするでしょうが、半島からは距離がある場所だと思います。」
「それに備えて、戦艦を四隻も連れていくのですよ!東海岸の帝国水軍は間もなく世界から消滅します!・・・西岸の水軍は・・・」
 そして帝国西岸の水軍は以前の奇襲攻撃に怯えているのか、フリート・ビーイングを決め込んで、船を動かす気は無いらしい。
「北大陸西海岸の海上・航空戦力への対処は、ジエイタイに任せるという取り決めだ。彼らを信用するしかない。いざとなれば、第二艦隊と空軍の残存勢力で駆逐するまでだ。」
 様々な不安材料を考えても、帝国水軍との海戦で負けることはありえない。
「蒸気機関や魔法機関を備えた鋼鉄製のフネが、風頼みの木製帆船に負けるわけがない。国軍が問題視するのは」

729 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/11(木) 00:10:12 [ /CS8G/OA ]
「補給が滞って、海軍歩兵を見殺しにするようなことにはならないな?そのような事態になれば、現政権どころか王室の求心力低下に繋がる。・・・海軍はそのようなヘマをしでかすとは思っていないが。」
 海軍司令長官は一瞬目を逸らしたが、すぐに国軍大臣に目を合わせた。
「海路の安全が確保できれば、すぐにでも船団を差し向けます!補給に関してはそれで持たせます。恒久的に海軍歩兵師団を張り付ける訳ではないですから、長期的な心配をする必要は・・・ありません!!」
「海軍がそう言うなら、そういう事にしておこう。」
「制空権も制海権も我々が握ります!かつてのニホンが経験したという島嶼戦とは全く異なります!」
 機関出力を上げたヘブンキャッスルが、力強い警笛を鳴らした。それに答えるように、他の船も次々と警笛を鳴らした。
「彼らは・・・ナイトロスの結晶です。必ずや輝いてくれます。」
 訓練生の飛竜が上空を飛び回る中、自衛隊と在日米軍以外ではこの世界で最も打撃力のある艦隊が出撃していった。



742 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/14(日) 00:14:17 [ EtfWnSIM ]
「団長・・・このあたりもダメです。」
「そう・・・」
 副団長の報告を聞いても、なんてことは無い。予想はしていたから。でも、ナイトロスは手際がいいわね。
「所々に、比較的最近まで使われていたらしい建物を複数確認しました。規模から考えるに、小規模な守備隊が数週間から一ヶ月前までいた模様です。」
「そして、井戸は埋め立てられて残した荷物は無し。建物の多くも火が放たれてた、と」
「全くその通りです・・・」
 私たちが来るのを随分前から察していなくちゃ出来ない芸当ね。
「近衛天馬騎士団が強硬偵察した時には、もう撤退の準備をしていたのかも。」
 この旧支配者回廊での迎撃は諦めて、自分達の守りやすい場所で迎え撃つ気かしら?
「敵兵の姿は?」
「特にありません。早朝と薄暮に、偵察と思しき飛竜が飛んでくるのみです。」
 敵の姿が中々出てこないのが一番恐い。早々に姿を現して戦いを挑んできてくれたほうが、士気が高まる。

743 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/14(日) 00:15:11 [ EtfWnSIM ]
「ここは、ナイトロスの縄張りと割り切るしかない・・・寒くなってきたわね・・・。」
 帝都ほどでは無いにせよ、夜の森はかなり冷えてる。焚き火に照らされた木々の葉も大分色づいていて、冬が近いのを感じさせる。
「記録によると、ナイトロス半島周辺では11月頃から本格的に冷え込むそうですが、雪は山岳部以外ではあまり降らないそうです。」
「地上軍の雪中行軍に付き合わされたり、吹雪で地上に縛られることも無いの?北部都市国家同盟の時は散々苦労したんだから!」
 近くの小川で汲んできた水を鍋に入れて暖めながら、副団長に愚痴る。私の周りには副団長と警備の兵士を除いて誰もいない。警備の兵の中に告げ口するような人間がいるはず無いわ。
「あ〜あ。無理して天幕も買い付けておいた方が良かったかしら?」
「一般の騎士たちは、やはり野宿のままですよ団長?お一人で天幕の中で温みますか?」
「そんなことはしないわよ!さっきの話は、ムッター将軍に通しておいて。」
「御意です。」

744 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/14(日) 00:16:35 [ EtfWnSIM ]
 目線の先に、先発隊の本陣の野営地が見える。国教会と連合帝国軍の天幕が多数張られて、風に乗って歓声まで聞こえてくる。
「連中は何考えてんのかしら?!こっちは敵襲を警戒してわざわざ森の中に野営してるっていうのに!!」
 おまけに、潤沢とは言えない食料をぽんぽん使っている。私たちは慎ましくやりくりしているのに・・・。
「団長。彼らは東方方面軍が水軍と上陸軍で半島南端を制圧して、水軍の運ぶ物資が手に入るので問題無いと」
 ハァ〜〜!?抜かしてんじゃないわよ!
『国教会の信者たるもの、友軍の勝利を確信し、その上で行動するべきでございましょう。ほっほっほっ・・・』
 あの筋肉ダルマの反吐の出そうな笑顔が頭に浮かんでくる。連絡係として、私以上にあいつに顔を合わせる副団長に心底同情しちゃうわ。
 なんて言いつつも、東方方面軍水軍が物資を運び込んできてくれたら、ありがたいとも思っている。半島を打通してすぐに補給が受けられるなら、それに越したことはないわ。

764 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/19(金) 00:57:47 [ p6n2kxL2 ]
 フランシア軍港出港より数日。一時間に8海里から10海里の鈍足で、しかし、蒸気機関と魔法推進機関を利用して滞ることなく、艦隊は北上を続けていた。
「司令、これならば帆船で来ても良かったような気もします。この風なら、15ノットは出せます。」
「帝国水軍には我々の先進的な軍艦を見せ・・・海の藻屑になってもらう必要があるのだよ。帆船ではインパクトが足りないではないか?」
 ナイトロス海軍の帆走軍艦はその数を大きく減らしていて、沿岸・海峡警備ができる程度の数しかない。帆船で船団を組むなど不可能なのだ。
「・・・帆船は風次第だが、蒸気船は石炭があれば止まらず、魔法船は魔力が尽きるまで動きつづける。文明の進歩の賜物さ。黒煙は余計なゴミだが。」
 戦艦ヘブンキャッスル自身は無煙航行を行っているが、視界に入る輸送船や徴集された客船は、煙をもくもくと吐き出している。
「魔探に敵影は?」
『水上・水中・対空魔探いずれにも、敵らしき影はありません!』
「司令、ジエイタイ巡洋艦にも問い合わせますか?」

765 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/19(金) 00:59:21 [ p6n2kxL2 ]
「・・・異常があった時のみ伝えてもらえば良い。」
 第一艦隊司令長官は、二隻のジエイタイ巡洋艦にはやや失望していた。
「対空・水上レーダー、ソナー・・・いずれも探査範囲は我が軍の魔探より優れているが、コンゴウ級巡洋艦に比べれば相当酷い!彼らが言う、この世界の情報が足りなくて、レーダーやソナーの能力を最大限に活かせないなどというのは、泣き言だ。」
「走査対象の分析能力は、我が魔探に分があります。」
「コンゴウ級が来てくれれば良かったが・・・」
 現状で四隻しかないイージス艦を、地理情報の不足した北大陸東岸に出すはずも無く、地方隊に所属していたあさぎり型汎用護衛艦二隻が駆り出された。
「司令、あの巡洋艦もとい護衛巡洋艦は一通りの戦闘能力を持っていると、聞かされております。」
「それは器用貧乏とも言える。それに彼らの引き連れている補給艦は、石炭ではなく石油を搭載している。何の役にも立たない。」
「一応の友好国の軍艦を悪く言うのは、司令長官閣下と言えど感心できません。」
「ナイトロスと南大陸全ての海軍を滅ぼせる実力がありながら、それをしない、それができないことに不満を言っているだけだ。」

766 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/19(金) 01:00:53 [ p6n2kxL2 ]
 そんなことを言われている護衛艦二隻は、艦隊の前方に位置して、敵の接近に目を光らせている。
「天測班!現在位置は?緯度経度ではなく、目的地までのおよその距離だ!」
 艦隊は連合帝国の目を避けるため、陸地から50海里以上離れた所を航行している。位置の測定は、もっぱら天測ではじき出している。
『直線距離は約500キロメートル!目的地の南西方向にいます!』
 順調に行けば一週間かからずに到着できる距離だ。
「この距離だと、そろそろかな?」
「そろそろでしょう」
「飛竜母艦に通信!索敵飛竜の数を倍増!魔探は最大距離で走査!見張りを厳にし、ジエイタイとの連絡も密にせよ!艦隊陣形をいつでも変更できるようにしろ!そうだ、一度、第一飛竜機動艦隊司令長官と連絡を取る。」
「了解!」「ヨーソロー!」
 参謀や通信兵が次々と駆け出し、艦橋が騒がしくなった。
「帝国の実力、早速見られるか・・・」
 翌日の早朝、飛竜母艦クラウドドラゴンから離陸したマート型偵察飛竜が、海岸から15海里前後を航行する複数のキャラック船、ガレアス船を確認した。



791 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/22(月) 00:15:00 [ wZ5STlsc ]
 帝国水軍は一隻の脱落も無く、順調に南下していた。
「うん?ありゃぁ飛竜か?にしちゃぁ随分高く飛んでやがる」
 見張りの水兵の一人が、徐々に晴れ始めた霧の合間に、高空を飛ぶ飛竜を見たような気がした。
「おかしいなあ。この時間に飛竜を飛ばしてくるなんて聞いてないし、東方方面軍の竜騎士団は朝っぱらから勤勉じゃぁないし・・・」
 日の出から一時間も経っていないだろうか。一部のガレオン船に乗せた飛竜はもっと日が昇らなければ飛ばさない、沿岸を航行する艦隊を護る竜騎士は昼間しかいない。
「・・・あれ?」
 逡巡しているうちに、飛竜だと思った影は姿が消えていた。
「雲か霧だな。全く驚かせやがって!」
「おい!どうしたー?そろそろ交代の時間だ!」
「何でもない!気にするな!早く替わってくれー。目が疲れちまったよーー!」
 何かの見違いだと言い聞かせ、今あったことを心の奥にしまいこんだ。

792 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/22(月) 00:16:10 [ wZ5STlsc ]
「海峡突入までどれ位なのかね?」
 旗艦の艦内、司令官室で水軍司令官が部下たちに聞いた。他に幾人も人がいる。
「一日におよそ40海里ぶん南下していますので、あと二十日程度でしょうか?」
「うむ。この後もいくつかの港に寄らねばならぬから、25日ぐらいか・・・」
「そうでございましょう。」
 母港出港より半月強、母港よりさらに東から来た船は一ヶ月以上。北大陸帝国領東岸を制している自分達の最後にして最大の事業が、ナイトロス半島までの東海岸、海峡、南大陸沿岸の征服だ。
「東方方面軍、そして水軍設立以来の悲願が、我等の代で遂に成就するのだ諸君!」
 参謀、将軍、船舶に搭乗した騎士団の団長、貴族達が同意の意を示した。
「西方方面軍水軍は臆病風に吹かれたが、我等は退かぬ!ナイトロスは我等に対して何百年も手を出さなかった。つまり!対抗できるだけの力を持ち合わせていないのだ!」
 昂ぶった精神を抑えるために水を飲み干した。一息つくと
「数百の船と数万の兵がまとまったこの艦隊を、どうやれば撃滅できるか?それができるのは古竜のみだ!蛮族に滅ぼされるはずがない!!」
 懲りもせずに、某ファシズム国家のちょび髭総統のように演説を垂れつづけた。もっとも、それを聞いている方は不快には思っていない。その演説に陶酔していた。

793 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/22(月) 00:17:26 [ wZ5STlsc ]
 それから数刻ほど、水平線低い場所にあった太陽はやや高い場所に移り、霧も晴れ、空も秋季特有の箒や鱗のような雲を除けば、澄み渡った青空が広がった。
「司令官閣下!艦隊の一部の船から、飛竜のようなものが複数接近していると報告が・・・」
「それがどうしたのだ?時間は早いが陸地の竜騎士が飛んできたのでは」
「飛んで来た方角は南東方向です。そちらには陸地はありません。」
「この船の見張りにも確認させろ。見間違いかもしれないではないか!」
 伝令兵が駆け出して見張りに聞きに言ったが、報告は同じだった。それどころか
「私もこの目で見ました!あれは飛竜であります!」
 などと言ったので、司令官はいよいよ悩んでしまった。将軍や貴族達はそれぞれの乗船に戻っていて、相談もできない。
「閣下!あの飛竜は間もなく艦隊直上に到達します!ご指示を!!」
「ムググ・・・。これが、西方方面軍の言っていた・・・」

794 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/22(月) 00:18:14 [ wZ5STlsc ]
『な、なんだあいつら!』『何をする気だ!?』
 甲板の水兵の声が、漏れ聞こえてきた。かなり動揺し困惑している声だ。
「し、司令!」
「ご命令を!」
「く・・・」
 この状況では、味方とは考えにくい。飛竜を空に上げて、対空戦闘の準備を始めなければ!司令官は決断したが、いささか遅すぎた。
「全艦に旗信号・・・」
 司令官はここまでしか言葉を発することができず、意識も続かなかった。
 旗艦と乗組員はジュディ、グレース隊の急降下攻撃とジル隊の水平攻撃によって、炎に包まれた。



818 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/23(火) 23:42:57 [ wZ5STlsc ]
『出力をもっと上げろ!!』
『こちら機関室!これ以上石炭をくべたら破裂するぞ!』
『ギリギリまで温度を上げろ!』
『速力22ノット!』
『進路このまま!敵艦隊が射程に入り次第、全火器発砲!』
「「ヨーソロー!!」」
 帝国水軍を目指しているナイトロス海軍水雷戦隊は、機関が焼き切れんばかりに速度を上げていた。帆船相手なら、ここまで速度を上げなくても時間をかけずに追いつける。これほど焦る理由というのは・・・
「ジエイタイの巡洋艦は!?」
「10海里以上先行!!30ノット近く出ています!」
「急げ急げ!飛竜とジエイタイに敵を食われるぞ!」

819 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/23(火) 23:44:13 [ wZ5STlsc ]
 数十騎の飛竜の襲撃を受けた東方方面軍水軍は、混乱の極みに達していた。
 最初の攻撃で旗艦が攻撃爆沈され、指揮系統が麻痺してしまった。水軍の将軍たち所属の分隊ごとに迎撃の準備を始めたが、連帯を大きく欠いて、効果的な迎撃が出来ていないでいた。
 バガ!バン!
 最初の一撃を旗艦らしき大型ガレアス船に加えたあと、飛竜攻撃隊はブルードラゴンに所属する旧式飛竜部隊と、クラウドドラゴンに所属する新式飛竜の二隊に別れ、それぞれ艦隊の進路と退路に位置する船の攻撃を始めた。
『艦船の数が多い!急降下攻撃と水平攻撃のみを行う!』
『『了解!』』
 艦船の数が多すぎるので、低空での攻撃は弓矢や魔法のまぐれ当たりを受ける可能性がある。攻撃隊は命中率の低下に目をつぶり、ある程度の高度を保って攻撃を続行した。
 ヒュン!
 一部の帆船から魔法が打ち上げられ、さらに飛竜が飛び立ち始めた。
 それらを優先的に攻撃隊が破壊し、飛び上がった飛竜は戦闘飛竜が有無を言わせず叩き落していく。
 襲撃の時間は30分もかからなかった。その間に20の船が姿を消し、それに倍する数の船が炎に包まれていた。

820 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/23(火) 23:45:16 [ wZ5STlsc ]
 水兵達の恐怖はその直後に終わった。敵の飛竜が攻撃を中止し、襲来して来た方向に戻り始めたのだ。
「あれは・・・味方の飛竜だ!!」
 陸地から、30以上の飛竜が現れたのだ。今の攻撃による異常を察知した陸地の竜騎士団が、慌てて寄越したのだろう。
「連中、自分たちより数が少ないのに逃げていくぞ!」
「弱虫め!」
 艦隊上空を颯爽と通り過ぎる飛竜。沿岸から離れるのを恐れもせずに、敵を追撃していく。
「仇をとってくれよーー!!!」
 その勇姿は小さくなり、かすみの中に消えた。そして彼方でおよそ30の閃光が光り、彼らは二度と帰ってこなかった。

821 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/23(火) 23:47:24 [ wZ5STlsc ]
 敵の襲撃が終わったことで、艦隊は一応の安静を取り戻した。進路と退路を炎上中の船が塞いでいて、左右どちらかに避けるしかなさそうだ。
「将軍閣下・・・司令官閣下の生存は絶望的です。」
「次席指揮官になりうる者が複数いる。立て直しが済み次第、彼らのうちの生存者と会議を持とう。」
「承知しました!」
 現在の艦隊は、複数の将軍配下の艦隊を連合したもので、全体への命令を下せる権限を持っていたのは、戦死した司令官一人だった。
(今の攻撃は予定外だが、場合によっては私に幸運を運ぶかもしれないな・・・)
 乗せていた騎士団からは、今回のことで強く抗議されるだろうが、それを割り引いても次期艦隊司令官になる価値は充分にある!
(素晴らしい・・・)
 訪れるばら色の未来を夢想し、その将軍は目を閉じる。
 ・・・彼は艦隊司令官より恐怖や驚きの無い最後を迎えた。
 ハープーンミサイルは、彼の乗艦をコンマ数秒でただの木片に変えた。彼は異変を感じる前に肉体が四散してしまったのだ。

822 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/23(火) 23:49:37 [ wZ5STlsc ]
 全く未知の攻撃に、艦隊は新たな恐怖・・・よりは驚愕を抱いた。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」
 マスト上部の監視哨の見張りは、波間を突っ切って飛んで来たと思ったものを報告しようとして、8隻の船が木端微塵になるのを目撃した。
「て、敵襲だ!」
 それしか言いようが無い。少なくともそれが何であるか例えられる語彙を、彼は持っているはずが無い。
「おい見張り!どこからだ!何が起こった!」
「何かが飛んで来たと思ったら、船が吹き飛んじまった!吹き飛んじまったんだよ!!」
 そう叫んでから一回深呼吸をして、何かが飛んで来た方角を遠筒で凝視した。
「船・・・船だぞ!・・・こっちにくる!?」
 水平線に船が二隻見えた。徐々にだが大きくなっている。
「こっちに向かってくるぞ!でかい!!」
 その姿をもっと良く見ようと遠筒を覗き込んだ。二隻の船から光が見えた。
 それを報告しようとした見張りはマストごと76ミリ砲の直撃を受けて爆砕し、破片を浴びた水兵達が悲鳴をあげるよりも早く、もう一発が甲板に命中した。
 水兵達の恐怖が再び舞い戻ってきた。今度は激痛を伴ってはいない。苦痛を感じる前に体が消滅していった。

823 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/23(火) 23:50:40 [ wZ5STlsc ]
「ジエイタイの連中やってるな!俺達の獲物は残ってるか!」
「ジエイタイ巡洋艦は、敵艦隊側面の船を集中的に狙っている模様です!中心部と反対側の船は残っています!」
「よし!有効射程までの距離は!?」
『約5000メートル!軽巡は6000メートル!』
 近付く水雷戦隊が見たものは、数え切れないほどの煙の柱と火柱だった。ジエイタイ巡洋艦は、帝国水軍の後方に回り込む進路を取っている。
「統一雷撃および砲戦準備!」
「ヨーソロー!」
『戦隊旗艦より通信!雷撃距離は2000!他戦隊の位置に注意せよです!!』
 各水雷戦隊は隊形を単縦陣に組み直し、突入の準備を始めた。
 その頃には軽巡洋艦と駆逐艦の主砲が敵艦を主砲射程内に収め、順次砲撃を開始する。
 ナイトロスの砲弾が帆船に穴を開け、破片で乗組員を傷つける。
 護衛艦の速射砲は帆船を引きちぎり、CIWSの機関砲弾が水兵も騎士団員も漕ぎ手も魔術師も一緒くたに血煙へと変えていく。
「3、2、1・・・ッテェェーー」
 数隻の駆逐艦から一斉に魚雷に発射した。幾本もの白い線が阿鼻叫喚の地獄へと突進していく。
 ・・・半分は沈みつつあった船の船体に、残り半分は必死に逃げようとする船の船腹に命中した。


845 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/26(金) 23:13:47 [ wZ5STlsc ]
 つい一時間前までの喧騒が、嘘のように静まり返っていた。
 悲鳴はほとんど消滅し、木と木のぶつかる音、火のくすぶる音、ナイトロス駆逐艦と護衛艦の機関音と穏やかな波音だけが響き渡っている。
「水死体が全然無いな・・・」
 長めの棒で水面を突いていた古参の水兵が言った。
 正しくは人間の形をした水死体がまるで無く、海面で沸き立つ小魚をどけると体の一部が見つかる、という具合だ。
「数万人分の魚の餌か。釣りは当分控えよう・・・おい!そっちはどうだ!?」
「ダメだー!生存者はいない!ジエイタイの連中、手加減てモンが無ぇ!」
 この駆逐艦が捜索しているのは、護衛艦が速射砲とCIWSで念入りに帝国船を破壊した場所だった。
「でかめの水死体は棒で弾けよ!スクリューに巻き込んだら、ろくなことにならないからな!」

846 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/26(金) 23:15:42 [ wZ5STlsc ]
 ・・・。
「・・・以上が、水雷戦隊から届いた報告であります!」
「ふむ・・・」「見せてくれ」
 細かな評価はされていないものの、第一艦隊および第一飛竜機動艦隊の二人の司令には、つい先ほど終わった戦闘の報告が来ていた。
「飛竜部隊が艦船撃沈確実20、不明5ないし10、大破以下は10以上、飛竜撃墜が5、損害はジーン、スージー、クロードが各二騎、サム一騎が近距離で魔法攻撃を浴び、数日は出撃不可・・・悪くはないか。」
「水雷戦隊が撃沈確実100前後、不明50前後、大破以下20以上。損傷は、戦闘終了後にスクリュー軽損傷が一隻のみ。」
「閣下・・・重複分もあるでしょうし撃沈は100、損傷を与えたのは50と見積もってください。」
 二人の司令官は充分な戦果を挙げたと思ったが、ジエイタイの戦果を見ると目をむいた。
「飛竜撃墜37!たった二隻で!?」
「艦船撃沈200ないし250?悪い冗談・・・ではないか。この戦艦の足が速ければ、直接見に行ったものを!」

847 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/26(金) 23:17:34 [ wZ5STlsc ]
 マート隊が知らせてきた帝国水軍の艦船数は、大小合わせて350隻前後だ。不確実な分を除いても、6割以上がジエイタイによってほの暗い海底に叩き込まれてしまったのだ!
「コンゴウ級巡洋艦がすごいすごいと海上ジエイタイの将官はのたまっていたが、あの巡洋艦もすさまじいではないか!」
「詳しくは分からないが、コンゴウ級の対空兵器は敵味方の識別もできるのかもしれんなぁ。それがあれば、誤爆を警戒して攻撃隊を引き下がらせずに済んだかもしれないと思うと・・・」
 残念に思うが、自分たちの戦果も誇れるものだ。あえてそれ以上を今求めるのは、貪欲に過ぎるだろう。
「水雷戦隊に通信!あと30分戦闘海域で捜索活動をしたのち、退却せよ。」
『了解!』
『第二水雷戦隊より緊急通信!敵飛竜・・・を確認するも、ジエイタイ巡洋艦が全騎撃墜!数は12!」
 席を外した機動艦隊司令と席に座ったままの第一艦隊司令は、一度お互いの顔を見たが、何事も無かったかのようにそれぞれの仕事に戻っていった。
「では、私はブルードラゴンに戻らせてもらうよ。今の戦果を乗組員に伝えてくる。水雷戦隊とジエイタイとの会合地点と艦隊陣形の組み直しは、貴艦隊に任せる。」
「ごきげんよう。次に会うのは・・・目的地だと良いな。今度は必ず自慢の巨砲を見せてしんぜよう!」



878 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/29(月) 01:18:02 [ wZ5STlsc ]
 久しぶりにフランシアから届いた新聞には、こんな見出しの記事が書いてあった。
『王国海軍、連合帝国艦隊を撃滅!!』
「さすがは先進的な軍艦を持つナイトロス王国!小官のアスター連邦にはまだまだ不可能であります!」
「私のケビシニアでは、半世紀か一世紀は不可能かもしれません。」
 この二人、甘いな。口に出すのかは別として、疑う心を持った方がいいんだぜ!
「誇張に決まってるだろ。どんだけ帝国に船があるかは知らんが、記事を見ると一回の海戦で全部沈めたらしいというじゃないか。」
「すごいではありませんか同志大尉?」
「飛竜母艦と戦艦があるからって、一度には沈められないぞ。これはな、ニホン式に言うと『大本営発表』だろ。少しは残っているんじゃないか。」
 ま、取りこぼしがあったとしても、半島東部を跨いで攻撃できない俺達には関係ないことだ。じきに正式な発表があるだろうさ。

879 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/29(月) 01:19:32 [ wZ5STlsc ]
「東方方面軍水軍が壊滅?何かの冗談でしょう?」
 参謀達と打ち合わせ中に飛び込んできた副団長(本陣に詰めていた)は、蒼白な顔で「それ」を伝えてきた。
「旧支配者回廊を超えるまであと半月ちょっとなのよ。そういう冗談は士気を下げるわ!」
「冗談ではありません。先ほど、先遣隊本営に帝都からの伝令が来ました。三日前に『全滅』に等しい被害を受けたそうです。そのことを団長閣下に伝えようと急いで・・・」
 全滅・・・。そんな・・・そんな!
「残存戦力は!?」
「廃棄確実の20隻のみです。乗組員一万二千人と東方方面軍兵士一万九千人は、約二千人の生存者を残して全て海没しました!」
「荷物もね・・・・・・」
 くぅぅ、お腹が痛い・・・今までで最高に痛い!吐血したらどうしよう・・・そんなことはどうでもいい。取りあえずお偉いさんと話しをつけなくちゃ!
「ムッター将軍は何か言っていたかしら?」
「報告を受けた後、聖句と聖歌を唱和なさっておいででした。」
 まったく役に立たない筋肉馬鹿ね!
「みんな、本営に行くわよ!副団長!もう一仕事頼むわ!」

880 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/29(月) 01:20:11 [ wZ5STlsc ]
 連合帝国本隊本陣の仮説テントに設けられた即席の円卓会議では、皇帝を中心に話し合いが行われていた。国教会関係者は排除している。
「東方方面軍水軍の喪失は全くの予定外だ。この件に関し、東方領の貴族や将軍方はどのような意見をお持ちかな?是非聞きたい。」
 皇帝が部下に対して敬語を使う時は、怒っている。
「これは全くの予期せぬ事態でして・・・」
「付近の竜騎士団が反撃を行い、敵に対して大損害を与えたという報告も来ております!」
「そうではない!水軍がやられてしまったのは、もうどうしようもない。どう対策を取るか聞いている!!我々は帝国領から兵糧を徴集すれば良いが、先発隊はもう不可能である!」
 もちろんそれに答えられる者はいなかった。
 暫く沈黙が続いたが、親征軍副官(皇帝の長男)の一言で変わった。
「逆にお考えください陛下。先発隊の多くは国教会軍です。恐らく敵をある程度倒したところで、自滅するでしょう。国教会の力を抑えこむ良い機運です。」
「それもそうなのだが、エーテルガルドがおるからのぉ・・・」
 途端に皇帝の尻すぼみになった。一人娘に甘い子煩悩な父親なのである。
「大丈夫です。兄弟一同がエーテルガルドを責任もって救助します。」
「そうか。よろしく頼むぞ。」

881 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/29(月) 01:21:18 [ wZ5STlsc ]
 フランシア市の産業省内では、難しい折衝が続いていた。
「難しいですね・・・これ以上の輸出は、ナイトロス国民が飢えてしまいます。」
「では、鉱山開発で更に5000億シリングの追加投資を行うので」
「資金面では無く、供給できる量に限界が来ています。我が国の農業製品の輸出は、今以上に増やすのは不可能と考えてください。」
「そうですか・・・農場開発の資金に関しては、近々出資させていただきます。」
 ニホン外交官とナイトロス官僚たちとの会談は、このところこじれ続けている。もはやナイトロスからは余剰生産力が失われているからだ。
「ところで、海上自衛隊の活躍で・・・」
「素晴らしい活躍だったそうですね。国軍省から聞いております。」
「軍事力で物を要求するのは結構ですが、それが一般国民の敵愾心を煽るというデメリットもお忘れにならないでください。」
「ナイトロスは技術力では貴国に劣りますが、立派な主権国家であると自負しています。コバルタとアスターも同じことを言うでしょう。」



930 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/31(水) 00:05:12 [ wZ5STlsc ]
 早朝、寒すぎて目が開いた。掘っ立て小屋みたいなところで寝泊まりしてんだから、しょうがねぇか。二度寝もできそうに無い。
「何時だ?」
 外が暗い。まだ夜明け前かよ。点呼までは時間があるし、基地の散歩でもするか。
 周りで熟睡している連中を起こさないように注意して起き上がる。
「早く帝国の連中来てくれねーかなー・・・戦う前に凍死しちまうよー」
 帝国軍はここから飛んで一時間もかからない場所に居るんだから、先制攻撃すりゃぁいいのに。
 一度ならず具申したが、全部却下された。
「陸軍に華を持たせないといけなくてな。頑張ってくれ。」
 隊長にはそう慰められたが、納得できねえ。そんな中途半端な遠慮や騎士道精神モドキは捨てるべきだと思う。手柄なんてとったもん勝ちだ。
 が、空軍の影響力が三軍の中で強くないという冷徹な事実があるし、国軍省のお偉いさんにも考えはあるんだろう。

931 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/31(水) 00:06:23 [ wZ5STlsc ]
 竜舎に行こうとも思ったが、この時間は相棒も熟睡中だ。起こして機嫌を損ねられると、後々困ったことになる。放置だ。
「ジエイタイの方に行くか・・・」
 俺達より出来のいい天幕や簡易施設に寝泊まりしていて、(俺から見ると)惰眠を貪っている方々だな。昼間は整備兵が血眼になって機械の整備をしてはいるけど。
 陸軍の西岸基地にはそれなりの陸上戦力が集まってるとも聞くが、防衛線に赴こうとはしてないらしい。
「ヘリや戦闘機はいつ使うんだろう・・・?」
 俺のみならず、この基地の誰もが思っていることだ。使わないんだか使えないんだか。後者だったら笑えないぞ。
 映画で見た騎兵隊みたく、ピンチになって登場するのか?ジエイタイに限ってそんな気の利いたことはやんないな。
 いや、そんな余裕かましてるなら、とっくに帝国を爆撃してるか・・・弦を極限までしならせているはずさ!はずだろう。
「その時が来なくちゃ分からん。」
 この一言に尽きる。しがない一士官の俺には、未来なんて見通せないぞ!

932 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/31(水) 00:07:23 [ wZ5STlsc ]
 ・・・。
「ふぅ・・・」
 まともに寝ていないはずなのに、こんなに早く目が開いちゃった。
「団長殿、まだ起床の時間にはお早いようですが?もう少し休息を取ってはいかがですか。」
「いいのよ。早起きは健康にいいらしいわ。少し出かけてくるけど、気にしなくていいわよ。」
 夜警の兵にそう声をかけて、気を紛らわす為にあたりの散策を始めた。
 木々の葉の半分は落葉してしまって、まだ暗い空がまばらに見える。
「雪が降らないだけマシね。」
 この時季なら北方なら吹雪いていてもおかしくないし、帝都周辺も雪がちらつき始めているはず。
 幸い、この地域はまだ雪が降る様子は無い。
「そうじゃなきゃ凍死してるわ・・・」
 私だって屋根の無い生活をしてるし、下級の兵士に至っては落ち葉にくるまって寝ている。


934 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/05/31(水) 00:09:50 [ wZ5STlsc ]
「この匂い・・・まだやっている馬鹿がいたの!」
 上等な料理の残り香が微かに漂ってくる。お腹が空いているせいか、その手の匂いに敏感になっちゃった。
 ムッター将軍以下国教会の面子には、教義の清貧と倹約を説いて無駄使いを抑えさせたけど、隠れてやってるのかしら?
「・・・。」
 染み付いた習慣を止めさせるのが、そもそもの間違いかしらね。平民に近い生活を続けて、天馬騎士団に入団した私には理解しがたい習慣だけど。
 とりあえず敵と接触するまでは何とか持ちそうだし、これ以上文句言ったらどんな報復か分かったもんじゃないわ!
「味方を塞いでいるのが味方だなんて、馬鹿げてる。」
 そういう苦労を知らなかった私も、所詮は守られた人間だったってことね・・・国教会との折り合いに悩んでいた父上の苦労を、理解できた気がした。



949 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/06/03(土) 00:14:14 [ wZ5STlsc ]
 ・・・連合帝国東方方面軍本拠地・グリューネブルグ市沖合50キロメートル・・・
 二個海軍歩兵師団一万二千人のうちの三千人が、一般の輸送船や客船から強襲揚陸のできる小型舟艇に続々と乗り換えている。後続の為に上陸ポイントを確保する部隊だ。
 残りの9千人と重火器の類は、海岸に接岸可能な船舶で第二陣として待機している。
『各艦の対空魔探は、最大範囲での走査を継続!』
『ジエイタイ巡洋艦、飛竜母艦護衛に就きます!』
『各戦隊、突入隊形まもなく完了!』
『飛竜攻撃隊、出撃します!』
『対空、対艦、対地攻撃用意!!』
 魔法通信も、混線せんばかりに使われていた。

950 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/06/03(土) 00:15:36 [ wZ5STlsc ]
 奇跡的にこの距離まで接近しても、敵に気付かれることは無かった。連合帝国の飛竜は沿岸部から飛び出そうとしないので沖合いの艦隊には気付かず、まさか本拠地に乗り込んできるなど考えてもいなかったのだ。
 しかしこれからは、確実に敵の攻撃を受ける。先日沈めた分や南征に引き抜かれた分を除いても、かなりの駐屯戦力があるはずだ。
 事前に飛竜部隊の奇襲を行うが、騎影の光で勘付かれて迎撃される可能性もかなりある。反復攻撃もする予定だが、二回目以降は強襲になると予想されている。
 飛竜戦力の撃滅はジエイタイに任せてはどうかとの意見も出たが、議論の末に却下された。彼らの対空火器は、制圧後に続々とやって来るであろう敵に残しておくとの取り決めがなされた。
『ブルードラゴン、発進開始!』
『クラウドドラゴン、発進開始!』
 二隻の飛竜母艦に搭載されたほぼ全ての飛竜が、次々と発進していく。
 同時に重巡洋艦や戦艦からは、着弾観測、連絡用飛竜が飛び立つ準備をしている。

951 名前:171 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2006/06/03(土) 00:18:13 [ wZ5STlsc ]
「情報局での最新・・・と言っても二週間前の情報では、歩兵が一万前後、飛竜は一個飛竜騎士団を少し欠ける80〜90となっている。」
「アテにはならん!多少は変わっているだろう。一割二割増えていてもおかしくは無いぞ。」
「あの街には魔法学校があるぞ!魔術師が繰り出してくるだろう。」
「飛竜攻撃隊は、敵の残存艦艇と敵飛竜の攻撃が主目的。陸上戦力は艦砲射撃で減らす他無い。」
「戦艦の主砲は、百斉射もすれば使い物にならなくなる。大して使えないさ。」
 旗艦ヘブンキャッスル通信室の中では、各艦隊から派遣された連絡係の左官たちが、今回の攻撃の評価を勝手にしていた。
「艦砲射撃・・・街中に着弾しなければ良いですが。人口が10万以上の都市ですし。」
 海上ジエイタイから派遣された左官が不安そうに言うが
「攻撃目標は海岸と守備隊のいる付近だ。それに着弾観測もするから大丈夫。」
「・・・。」
「ニホンのあった世界は知らないが、この世界では一般人を巻き込まない戦争は、無い。必要悪と割り切る勇気も必要だと思う。」