840 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/23(土) 23:27:37 ID:tg0YXH72
「同志大尉、腐った特権階級の匂いがプンプンするのであります!」
「同感だ。」
俺や中尉を含めた100人ばかりが最上階の一番デカイ部屋に入ると、血で真っ赤な皇女様とその部下が、豪奢な服を着た偉そうな男と他の貴族達が睨み合いをしていた。
中尉の言葉には頷ける。退廃ってぇヤツだぜ!
『兄上・・・分かり合えずに残念です』
何やら言い合っていた皇女様と男(兄上ということは皇太子だったのか)の話し合いは、決裂したようだ。皇女様から凄い闘気と殺気が吹き出していた。
貴族や護衛の兵士も剣を抜いている。俺達は銃・・・と行きたいが、貴族と俺達の間にいる天馬騎士のお嬢さん達に流れ弾が当たっちまう。
距離だってそんなに離れてないし、弾の装填をしている間に斬られるのがオチだ。室内で魔法なんて危なくて論外だ!
「敵を排除しろ!!」
隊長が言うより早く、剣を抜いて走り出していた。天馬騎士は既に槍を振り回して大暴れしている。
(俺達、必要ないだろ・・・)
敵の人数はやたらと多いので、俺達にもかなり向かってきた。
「セイヤァァ!!」
俺には小太りのオッサンが斬りかかってきた。随分高そうな剣を振るっちゃいるが、振り回しているのと大差ない。
「剣ていうのはなぁ・・・こうやって使うんだよ!」
剣を振りかぶって突撃してきたオッサンに剣を突き立てた。勢いに乗った肥満体は、刺さるだけでは終わらず身体を貫通して剣の柄にぶつかってやっと止まった。
・・・やべぇ!こんなに深く刺さったら、引っこ抜くのに時間がかかっちまう!
841 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/23(土) 23:29:32 ID:tg0YXH72
「中尉!!」
「何でありますか!」
「この剣を引っこ抜いてくれ!!」
「ダー!! ふんっ」
中尉は気合一発で顔が潰れるほど敵兵を殴り倒すと、血の海でのたうち回るオッサンの腹から生えている剣の柄を握った。
「ウラー!」
『ゴェッ』
中尉が剣を引っこ抜くと、蛙のような悲鳴を上げてオッサンはくたばっちまった。こっちは急いでんだ。悪く思うなよ?
「どうぞ、同志」
「脂で切れ味が絶対落ちてるぜコレ・・・雑談してる暇はなさそうだな!」
また何人かが俺達に向かってきた。明らかに怯えているが・・・
「フフフッ 拝金主義のブタ共め・・・このアレクサンドル イワノビッチ コジェドフが共産主義の名の下に成敗してくれる!!」
「どこの正義の味方だ!? ヤァッ!」
「こういう長口上を一遍はやってみたかったのであります! とぉ!」
剣戟が響いているが、敵の優位は数だけで他は俺達が優っている。その優位もどんどん失われているようだ。
プシュン プシュ
「!?」
銃声に近いが、とても小さい音が響いた。体勢が悪くならない程度に音のした方を見ると、ジエイタイの兵士が銃を撃っているところだった。
音消しをしてるのか?こんな場面じゃぁ大した意味も無かろうに。まぁ、この混戦で敵だけ撃つってのも結構すげぇよな。
一発一発で敵は倒れているみたいだし、ジエイタイというかニホンは皇女様に味方すると完全に決めたようだ。
(おめでとう皇女様!)
842 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/23(土) 23:30:21 ID:tg0YXH72
・・・。
ガキン! カン!
兄上の剣は一回ごとの攻撃が重い!流石に侵攻軍の副官を務めた軍人と言ったところかしら?
それでも・・・格式ばっていて実戦では使えないわ!ただ、私も連戦で疲れてきてる。とりあえず挑発してみましょ。
「兄上!そのような服装では動き辛いのではありませんか!?」
兄上の眉が吊り上るのがわかる。
「エーテルガルドッ 父上のッ 意思も知らずにッ このような愚かな真似をしてッ ただで済むとッ 思ってるのかッ!!」
これぐらいで息を上げないでよ・・・
「父上ならご存命ですよ兄上!」
「何ッ!?」
明らかに動揺している。死んだと考えてたのね。父上は瀕死の重傷でまだニホンの医者のお世話になってる。
「父上は存命中に私に帝位を禅譲してくださった!つまり!!帝位を会議で決めるなら私を倒すことです兄上!!」
私の槍を受け損なった兄上が後ずさった。そんなに怯えなくてもいいんですよ?
「嘘だ嘘だ!皇帝陛下はあの戦で勇ましく戦死なさったのだ!!死者を愚弄し自らを次期皇帝と僭称する魔女め!!」
「兄上のわからず屋!」
再び兄上が剣を繰り出してきた。
843 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/23(土) 23:32:12 ID:tg0YXH72
しかし、さっきみたいな切れ味は無い。遮二無二攻撃してきても先が読めれば何てことは無い。
「ヤァァ!!」
キィィン・・・!
私の槍が、兄上の剣を吹き飛ばした。体勢を立て直される前に槍を兄上の首に当てる。
「これでおしまいです兄上・・・」
兄上は肩を震わせた後、ガックリと脱力した。それを見た敵も剣を捨てて味方に投降している。勝負あったわね。
「閣下、第一皇太子殿下はどうなさいますか?」
副団長が尋ねてきた。覚悟、決めないと駄目よね。
「第一皇太子とその妻子は・・・処刑。直ぐに始めるわよ。」
「貴様!妻子は関係ない!!」
「・・・第一階層に送った捕虜の中にいるはずよ。連れてきなさい」
「御意」
「エーテルガルド!呪ってやる!!」
「好きに呪ってください兄上。最初に言ったではありませんか、『帝位継承権を放棄してください。そうすれば兄上と家族の身の安全は生涯保障します』と。そうでなければ邪魔者は消すしかありません。」
兄上と私が権力とは無縁だった頃の、楽しい思い出が唐突に湧き出てくる。でも、それを強引に押し戻した。
時間をおかずに、赤ん坊の泣き声と命乞いをする女性の声と呪詛の言葉を吐く男の声が城内に響いたが、槍が空気を切る音が三回してそれは静かになった。
844 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/23(土) 23:33:29 ID:tg0YXH72
・・・皇帝が笑顔で肉親を殺したとか言ってる奴は俺の前に出て来い!!
あの時の皇帝を、俺はリサと一緒にはっきりと見ている!
(中略)
クレーグ大公殿下が慰めておられなかったら、今のような皇帝にはならなかったはずだ!・・・
アレックス ゴールトン自著伝『大空の竜騎兵』より
850 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/25(月) 22:39:47 ID:tg0YXH72
第二王子を乗せたMH−53は、まだ市のあちこちから煙の立ち上っている帝都ハフニノープルにそびえる王城の中庭にゆっくりと着陸していった。
「王子殿下、到着しました」
「うん」
若干の乗り物酔いに足元がふらつきながらも、帝国の地に初めて足をつけた。
『王子殿下に敬礼!!』
ナイトロス王国空軍の竜騎兵たちが、王子を捧銃で迎えた。
それに敬礼を返してからこちらに向かってきた、かの副団長に声を掛ける。
「エンツェンベルガー副団長殿。エーテルガルド第一皇女殿下にお会いしたいのですが・・・姿が見えないようですけど」
最後が砕けた言葉遣いになってしまった事に赤面したが、それを咎める人間はこの場にいない。
「団長か・・・皇女殿下のいる場所まで案内します。来てください。」
自衛隊員とナイトロス兵が護衛に就こうとしたが、王子はそれを制して一人で副団長の後ろを歩いていく。
城内に入ると、血と硝煙の匂いが立ち込めていた。死体は片付けられ、捕虜は移動させられているので、警備に当たっている天馬騎士や片づけをしている使用人以外は姿が無かった。
「エーテルガルドはどうしてるのかな?」
「・・・見れば分かると思います」
851 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/25(月) 22:40:48 ID:tg0YXH72
階段を何階か上がって廊下を歩き、幾度目かの曲がり角を曲がると。副団長は一つの部屋の前に立った。
「この中にいらっしゃいます。通路の先に歩哨を立たせておきますので、用が出来ましたら声を掛けてください。」
副団長はこの場から去るつもりらしい。悩んでも仕方ないので部屋の中に入ることにした。
「・・・エーテ?」
「? クレーグなの?」
皇女は質素なベッドの上に寝転がっていた。水浴びをしたのか、髪は濡れて質素な服に張りついていた。
「何だか落ち込んでるみたいだね。」
「兄とその家族を殺したの。この手でね」
「そうなんだ。」
「何とも思わないの?あなたの目の前には肉親を殺した鬼畜がいるのよ?」
「君が選んだ道なら、私はそれを肯定するよ。」
「・・・。」
「エーテ、つらい時には泣いていいんだよ。」
時間を置かず、室内からは慟哭と懺悔が聞こえてきた。
「憎いとばかり思っていたのに、子供の頃の強くて優しい兄上の事ばっかり思い出すの!う、うう・・・」
「人はね、成長すると変わってしまうんだ・・・」
852 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/25(月) 22:41:41 ID:tg0YXH72
・・・。
「リサ、疲れたなぁ・・・」
「はい・・・」
ここに到着してからずっと戦いっぱなしだったんだよな。
クレーグ王子殿下のお出迎えをした後、俺たちは夕食まで自由行動が許されている。出来ることなんて休むぐらいしか無いけどさ。
「リサ、これで顔を拭け」
煤や土埃まみれになっていたリサに、首に巻いていたマフラーを差し出す。これもだいぶ汚れちまってる。
「中尉は元気だなぁ」
「そうですね」
中尉は休みもせずに捕虜の誘導やら瓦礫の撤去をしている。体力そのものが違うぜ!
「大尉も私のマフラーで顔を拭いてください。男前が台無しですよ?」
言うとおりにして俺も顔を拭く。二人が同じ動作をしてる姿は滑稽だろう。
853 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/25(月) 22:42:49 ID:tg0YXH72
「なぁリサ」
「何ですか?」
「結婚しようか」
「はい・・・て、い、いいいきなり何を言い出すんですか!!」
耳元で喚くんじゃねぇ!
「お前を抱いちまったし、色々と迷惑もかけたしさ。今の関係が続くよりは一歩深めたほうがいいと思うんだ。」
顔を真っ赤にしちゃって!処女でもないのにウブな反応だなぁ!!
「100万以上です。」
「へ?」
「結婚式の予算は100万シリング以上でお願いします。・・・大尉のポケットマネーで!」
「がめつい奴だ・・・いいとも。豪華なのを催そうぜ!」
『同志大尉、同志リサ。何事ですか?』
中尉が近寄ってきた。少尉以上の地獄耳だぞ。
「お前も呼んでやるからな。」
「中尉と少尉が滞在してるうちに開きましょうね。」
『はぁ?』
854 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/25(月) 22:44:29 ID:tg0YXH72
自衛隊の進駐部隊は、帝国西部方面の主要都市レプスブルグとその衛星都市を幾つか制圧し、街路沿いに部隊を進めていく準備の真っ最中だった。
東北からアラスカの緯度に相当する日本国土を上回る面積を、直接支配はしない。
戦略的に重要な場所以外は兵を置かず、間接統治に近い形になると、政府では考えている。
帝都に駒を進めていた特殊作戦群や空挺団からは、クーデターと皇女エーテルガルドの権力掌握の成功の報告が飛んできている。
万が一クーデターが失敗した時に準備されていた、侵攻部隊の編成を解く命令が早速なされた。
帝国人の国家への帰属意識はそれ程でもなく、権力層で争いが起きても、火の粉が降りかからない限りは関心が無いようである。
貴族や聖職者たちもナイトロスへの侵攻で疲弊していて、大規模な反乱が起きる兆候も今のところ無い。
日本本土では資源調査隊や防疫班が結成されていて、暫定統治を行う文民と共に出発する準備は出来ていた。
更には東大陸と、帝国の領土北限より更に北のツンドラ地帯、北極大陸へも探検隊が出される。
日本には二度目の植民地経営の時代が始まろうとしていた。
855 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/25(月) 22:46:19 ID:tg0YXH72
エーテルガルド フォン ハフニスティン(1980〜2072、在位2006〜2072)
・・・破綻しかかっていた帝国を建て直し、更には工業化をもたらした偉大な"再生帝"。
軍務のほとんどを近衛天馬騎士団で過ごす。槍術の使い手でもある。
北大陸戦役で虜囚となった後、ナイトロス王国のクレーグ第二王子と婚約する。
"早春の政変"で北大陸戦役を生き残った第一皇太子を排除して、皇帝に即位する。
同時にクレーグ王子を大公として結婚する。国号をハフニー共統帝国に改名した。
身内重用や治世初期の反対派への厳しい対処は批判の的であるが、功績はそれを上回るものがある。
治世中に帝国は中世から工業化時代へ進歩を遂げ、西部を日本から取り戻し、国民生活は向上した。
帝国議会の制度を整えて、治世の後半は皇帝が政治へ介入する手段を自ら制限している。
標準暦2072年に老衰で崩御。葬儀には世界中から弔問客が訪れた。
手記に残された数々の情報から、彼女が完璧から程遠い一人の人間であることが分かっている。
"エーテルガルド一世"を名乗ったが、二世は今でも名乗る者が出ていない・・・
『帝国最終王朝興隆史 第一巻』より
862 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/30(土) 00:00:13 ID:78EztlSw
・・・レプスブルグ・・・
日本北大陸行政府(旧領主館)には元の支配者である帝国の国旗と、彼らから支配権を委譲された日本の旭日旗がはためいている。
この世界の勝手が良く分からない日本(列島連合)政府は、現実的対応として帝国の関係者も行政に関わらせることにしたのだ。
少人数ではあるが、帝国軍も西部の各地域に駐在可能となった。彼らは日本の施政が『西部を帝国に返還しなくても良い』のかどうかを皇帝に報告するのだ。
レプスブルグ周辺は大型船が接岸できる港湾設備の作業が急ピッチで進んでいる。今は海上自衛隊と米海軍の揚陸艦か、本土と大陸の中間地点を遊弋しているキティホーク/エセックスを経由して飛んでくる輸送ヘリで資材や人材を搬入している。
そんな中で官僚団が到着して、帝国西部の管轄は自衛隊から各省庁に移り、主に食料資源の収集を前提とした開発が開始される。
行政府の立ち上げ式典を執り行う頃には旧連合帝国の残党による襲撃は鳴りを潜め、断続的な盗賊の出現に警戒するくらいにまで治安が回復していた。
しかし日本政府の主眼は、全くと未開発といっていい東大陸である。
『東大陸移民団急募! 衣食住は政府が保証します!』と言ったポスターや宣伝が盛んになされ、余剰となった人的資源を東大陸に向けようとしていた。
在日外国人の国家も、時期を見て東大陸各地に設立される見込みが立っている。
翻って西部は原住民との対立が懸念された為、数万人程度が派遣される程度だ。
それでも日本が最初に開発できる広大な領域である。期待のレベルは内閣の実力者が後援の建設業界関係者を引っさげて式典の演説しているのだから間違いない。
最初の大規模プロジェクトである道理整備事業の起工地点でテープカットが行われ、式典は平和裏に終了した。
863 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/30(土) 00:01:53 ID:78EztlSw
・・・ハフニノープル・・・
「美しいぞエーテルガルド。父親として言う事はもはや無い。」
車椅子で動けるまで回復した前皇帝が、娘の晴れの姿を見て目頭を熱くした。
「父上。父上が療養なさる場所と帝都はそれほど離れておりません。ちゃんと会いに行きます。」
「何を言っているのだ。会いに来なくともお前には立派な伴侶がいるではないか!彼を大事にするぞだぞ」
荘厳なドレスを着込んだ新皇帝の隣には、ナイトロス王族の礼装を着たクレーグ第二王子が立っている。
「義父上、陛下は私と彼女の部下が立派に支えてみせます!」
「うむうむ」
「申し訳ありませんが、まもなく宣誓式を執り行います。会場ではナイトロス国王やアスター連邦書記長他の国賓方が待っております。」
近衛天馬騎士団副騎士団長の職を辞して、新設の補佐官職に就いたエンツェンベルガーが、式典の主役を控え室から呼び出しにやってきた。
「行きましょうか」
「ああ。なるべく威厳を持って登場しよう。宣誓の文面は決めたのかい?」
「ま、まぁね。当たり障りの無いのにしたわ!そんな事気にしてないで早く行きましょ!」
若き女帝と夫は、扉から溢れ出す光の中へ歩みだしていった。
864 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/30(土) 00:03:08 ID:78EztlSw
・・・グリューネブルグ・・・
「抜錨〜!」
『抜錨ヨーソロー!』
グリューネブルグ市沖に停泊していた二つの艦隊は、母港フランシアへ帰る為に錨を上げていた。
4隻の戦艦はいずれも砲身を消耗していて、交換しなければならない時期に差し掛かっていた。
2隻の飛竜母艦も、搭載していた飛竜部隊の補充と休養を兼ねて同時に母港に帰港する。
代わりに旧式装備の第二艦隊が、政情不安のコバルタ連邦を刺激しない範囲で艦艇を派遣せいてくる。
グリューネブルグ近辺の敵は完全に沈黙し、帝国中央からの領有放棄命令を受け入れるしかなかった。
駐留している海軍歩兵師団も、本土からの陸軍部隊と順次交代していく予定だ。
海岸には戦災復興の合間を縫って、多くの市民が帰っていく船を見つめていた。魔法学校の熱心な生徒や講師は、船の動きなどを観察している。
圧倒的破壊力を誇った鋼鉄の塊がいなくなっても逆らうつもりは彼らに無い。
領主が課していた交易税や通行税の類がほとんど撤廃されたので、人を殺した憎い敵でも生活を向上させてくれた恩人でもある第一艦隊と第一飛竜機動艦隊を複雑な気持ちで見送った。
865 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/30(土) 00:04:24 ID:78EztlSw
・・・フランシア・・・
「同志!おめでとうございます!」
「リサさんを不幸にしちゃいけませんよ!」
「二人とも・・・ありがとう!!」
ジーク隊の関係者や親しい人間を一通り呼んだアレックスとリサの結婚式は、大いに盛り上がっていた。
二人の姿が教会から現れると、次々と花びらや紙吹雪が二人にかけられる。
「帰国するする前にいい物が見れました。自分も子供の写真を送るので待っていてください。」
「うん。まぁ程ほどにな」
「なんだか私も許婚とくっつきたくなってきちゃいましたよ」
「いい機会だから告白しとけ。相思相愛なんだろ?」
「アレックス!」
アレックスを隊長が呼び止めた。何かをアレックスに投げつける。
「二人がいちゃつき過ぎていて教会内では渡せなかったが、これは私からのプレゼントだ。」
「これは・・・少佐の階級徽章ではないですか?」
「おめでとう。今日から君がジーク飛行中隊の隊長だ。私は士官学校の教官として君達の後輩の指導に当たることになったよ。」
「ありがとうございます!隊長もみっちりとひよっこを鍛えてください」
通路の先にアレックスの乗騎のジーク(飾り付け済み)が待っていた。竜騎兵の夫婦のしきたりである。
タキシードの新郎とウェディングドレスの新婦が仲良く乗り込んでいく。
『前途を祝って出発だリサ!(相棒、重いのは勘弁して飛んでくれよ)』
『はいアレックス!(重いとはなんですか!)』
二人を乗せた飛竜は羽ばたき、蒼空へと飛び立っていった。
871 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/31(日) 23:09:38 ID:78EztlSw
・・・日本列島連合 九州 鹿児島県 種子島 種子島宇宙センター・・・
『太陽電池パネル、予備原子力電池、水循環器、空気循環器、イオンエンジン・・・オールグリーン』
『月面ケフェウスクレーター基地との通信開始・・・』
『全乗組員、宇宙ステーション"高天原"から探査船"天鴿船"に移乗完了しました』
『最終発射シークエンス開始!』
来賓室から見た管理センターの映像は、宇宙ステーション脇に建造された氷星有人探査船の発射が近づいて、だいぶ騒がしくなっている。
俺のナイトロスじゃロケットを高度百キロの宇宙圏へ上げるのに大騒ぎなのに、全く技術レベルが違うな。
「まだロケットは一回も打ち上げに成功してないでしょ?空軍管轄で一回数百億シリングの花火を何回やれば気が済むのかしら!?」
「心を読むんじゃない!」
「読まなくたって、表情で大体分かるんですよ?」
「・・・まぁまぁリサ。お前の財団の出資への見返りはちゃんと出すから、もうちょっと我慢してくれよ」
最近はあまり一緒に住んでいないというのに、どうしてここまで心を見透かされるんだ?
「30年以上連れ添えば、相手の心理くらい嫌でも感じられるようになりますから。トリダイヤモンドにJ9Wの追加発注かダッソーのミラージュ2000Bを注文ね」
恐ろしい。それは無理な相談だぞ!クビが飛ぶ。お前も豚箱行きだ、
「ニホンの航空宇宙産業にも投資してるんだから、元は取れてるだろうが・・・」
「冗談よ。気の長い投資のつもりでいるから」
872 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/31(日) 23:10:35 ID:78EztlSw
『高天原と天鴿船との連結コネクタ、順次開放開始!』
『姿勢制御システム、作動開始しました』
『氷星周回衛星八咫烏Uの現地データとのリンクを開始』
『太陽観測衛星陽光Wの太陽放射線及び磁気情報とのリンクを開始』
「お二方、私の企業年金の為にもミラージュ2000は買っていただけませんか?コバルタと共同開発したジャギュアでも構いませんよ?」
「ロラン・・・女と寝てただろ?」
「な、ななぜ分かったのですか!?」
「本当に寝てたんですか。アレックス、各国の要人が集まってる所でそんな事言っちゃだめ。」
現役を引退しているロランは、相変わらず女と寝てるようだ。嫁サンが墓ん中で泣くぞ。
南部民族連合や出身のダッソー・ワイバーン社との付き合いはまだあるから、別に貧乏生活というわけでもない。
「ま、まぁ二人とも折角ニホンの有人宇宙船の出発式に招いてもらったのですから、静かに時を待ちましょう。」
コイツ、話題を逸らしたな・・・ちょうどニホンの首相が来たところだ。追求はこの辺で勘弁してやろうか。
「・・・妻への愛は永遠ですよ・・・そのくらい分かってます」
873 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/31(日) 23:11:54 ID:78EztlSw
『電源系統最終チェック開始します』
『プログラムの立ち上げ正常に終了』
『イオンエンジンに燃料注入開始。点火試験を行う』
『搬入資材のチェック完了』
「この花好き猫人は朝まで鼠人の美人武官と寝ていたのであります。同志大将閣下」
「やっぱりか」
「私たちに開発されたおかげ?」
「コジェドフ・・・大将、あんまりではないですか!リサさんもそれは違いますよ!」
コジェドフはもう中将で、俺より一階級下になったのか。竜人族の寿命を考えれば大出世だよな。
「宇宙は良いですね同志。ハヤシ宇宙望遠鏡で見た氷星にニホン人がいけるなんて羨ましいのであります。わが連邦ではコロリョフ博士のチームがロケットの設計をようやく始め・・・おっと、公然の秘密ですが今の話はナシであります」
公然の秘密を公然と言うコイツも、少しは頭がやわらかくなった様だな。ユーモアがあるのは良いことだ。
「コジェドフ。俺はもうそろそろ引退するんだから、後の事は本当に頼むぞ」
「同志、アスターとナイトロスは離れすぎていて」
「馬鹿トカゲめ。『グローバルスタンダード』とやらの世界だ。お前だってすぐに世界規模で活動するようになる。リサはその手本だぞ」
「そうですね同志。恐らく私が最後まで生きそうですから、やれることはやってみましょう」
874 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/31(日) 23:13:10 ID:78EztlSw
『カウントダウン、100、99、98・・・』
『メインエンジン点火準備!』
「あなたたち、相変わらず仲が良さそうね。」
「アレックス大将。お久しぶりだ」
帝国の皇帝陛下とクレーグ閣下だ。手をつなぎながら歩くなんて、人前で正々堂々と良くできるなぁ。
「ご機嫌麗しゅうございます。しかし、世間一般では私とリサとロランとコジェドフに陛下は悪友みたいに伝えられておりますよ?」
「むむっ、事実ね。公的な場では特に色々とお世話になったわ。感謝しきれなくて困っちゃう」
そう言って皺の増えた顔を綻ばせた。皺が増えただなんて、これは顔に出せない。リサの表情が変わったが、何も言わなかった。当たり前だよリサ!
「リサ理事長。よい伴侶として役立っていますね」
「ご謙遜を陛下・・・」
??
管制センターの映像に加えて、今度は宇宙ステーションの船外カメラの映像が映った。
「あらあら、旅人の出発が近づいたみたい。基幹技術を独占されてるのは悔しいけど、こんな時ぐらいは祝ってあげましょう」
875 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/31(日) 23:16:26 ID:78EztlSw
『10、9、8、7・・・』
『全連結コネクタ開放!』
『メインエンジン点火!!』
船外カメラの映像が一瞬白く染まる。噴射口からの光か。
『3、2、1、0!宇宙船天鴿船号、高天原より発進!』
カメラが大きくぶれて、宇宙船が外へ外へと出て行く。
管制センターでは書類が宙を舞って、歓声で満たされている。
来賓室でもニホンの首相に出発成功を祝う各国の要人が集まっている。俺は・・・国王陛下が行ってるみたいだし、後でいいや。
気象衛星、通信衛星、軍事衛星、天文衛星、月探査、他惑星観測衛星、宇宙ステーション、月面基地と来て、数千万キロ離れた氷星への有人探査・・・ニホンの宇宙事業は、一通り終了したんだな。
だが、俺たち原住文明が科学なり魔法学なりで宇宙への進出を目指している以上は、彼らはその先へと突き進んで行くだろう。
悲観すべきことじゃない。彼らは先例を示してくれているんだ。俺達は今は彼らに追随し、やがて追いつくはずだ。
そこから先は俺には分からない。魔法と科学が一つになるかも知れない。
・・・ニホンが来たおかげで、俺たちが生きている内に知りえなかった未来を知ることが出来た。それだけも中々悪くないさ。
876 :171 ◆IJDVx.pBRY:2006/12/31(日) 23:23:54 ID:78EztlSw
本編終了。
去年5月から約一年半、読んでいただきありがとうございます
途中だらけたり、空気が読めなかったり・・・
反省すべき点もいっぱいです
私が投下をしてから他の職人さんも一気に増えたのですから、良くも悪くも職人さんを増やした原因の一つである思ってます
本編は終わりですが、『ここはどうなった』とか『この伏線はどうした』といった要望には出来る限り受けます
リクエストもなるべくなら・・・
とにかくありがとうございました。よき年を迎えて下さい
888 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/01/14(日) 22:25:37 ID:QHVxrVAs
遅れましたが返信!
>>877-886
ありがとうございます。他の方々もぜひ完結してほしい限りです
>>887
「クロジンデ、ヨハンナ、エーリカ。ここの統治は上手く機能しているみたいね。」
「夫は歳に似合わずよくやる。フランツィスカも陛下をお助けしているようだ。」
「あなたたちも早く公務に戻ってきなさい」
平民出身で傭兵天馬騎士から出世し、今はレプスブルグ領主の正妻・側室となった三人が、帝都から皇帝の代理で会合に来ていた。
会合そのものは参加者のほとんどが酔いつぶれたのでお開きになっていたが、身重で酒を飲んでいなかった三人と帝都にとんぼ返りするフランツィスカ執政官だけが、深夜に静かな話し合いができたのだ。
「現在、このレプスブルグがニホン統治下の大陸西部で数少ない帝国勢力が自治を行っている地域。分かってるわね?」
三人はうなずく。他の地域は直接的・間接的に日本の統治が及んでいるが、レプスブルグ周辺は統治をニホンから信託されている。
ニホンも人手が足りないので、資源回収以外に労力を回したくないのだ。治安が悪くならない限りは、かなり自由に振舞える。
「陛下は西部が再び帝国領になる事を望んでおられる。ここがニホンの手に渡ればその道は遠のく。」
「そうならないように領主を監視?陛下は心配性ねぇ〜。主人はちゃんとやってるわよ。」
「それは陛下も承知している。よく出来た執政者だと褒めておいでだった。ただ、いつニホンの息を受けた者が若い領主に近づき、そそのかすか分かったものではない」
要するに現在の親帝国のレプスブルグ領主を、なんとかして守れとのことだった。
「現在の帝国では地方領主による統治は原則不可能だが、帝国に復帰の際には特例処置でその地位を保障しても良いそうだ。」
やや早急すぎるが、彼女たちは公僕として皇帝の意向に沿わないといけない。
「検討するが、この話は夫にはできない。変に勘繰られてしまうだろう。あくまで自然体で政治を進めてもらう。」
「そんで、私たちが裏でちゃーんと睨みをきかせておくから!」
「陛下を悲しませてりはしなわよ。安心して下さいと伝えてね。」
「陛下が前面に出るわけにもいかないから、本当に頼むわよ・・・」
領主がへべれけになって帰った時には執政補佐官は帝都に帰り、妻達やその知り合いはあちこちで眠り込んでいた。自分に関する重要な事が話し合われていたとも知らずに。
「・・・何をやってるんだろう僕は・・・」
他のSSもカモンですよー
896 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/01/26(金) 01:00:37 ID:rAQ5azsw
>>889
学生から正社員(第二次産業)にジョブチェンジするので厳しいです
>>890
「やれやれ、やってられないな」
「全くだ。アニメなどというものにうつつを抜かすなど愚の骨頂!」
ホジャスとその仲間がアニソン合戦をしていた頃、隣の部屋に竜人族の士官たちが入室した。
彼らはアスターのナイトロス大使館所属武官である。歌というものはどの民族にとっても娯楽なのだ。
「我々はアニメ曲など興味ない。もっと良き曲があるというのに」
トイレに向かったウェーバーは隣の個室から聞こえる曲に気づき、耳を傾けた。
(ニホンの曲・・・?)
恐らくは日本製と思われる曲と歌声が聞こえてきた。なんの気も無しに室内を覗いてみた。
「!!?」
彼女は見てしまった。
『・・・Hay teachers leave us kids alone・・・』
『・・・I'm gonna join the band・・・』
竜人族がノリノリでロックを歌っていたのだ。普段見せる威厳とはかけ離れた姿に腰が抜けそうになる。
(・・・私は何も見てない。私は何も聞いていない。私は・・・)
ブツブツと何か言いながら、ウェーバーはアニソンを歌い続ける自衛官やナイトロス兵の部屋に戻っていった・・・
歌いすぎて眠り込んで遅刻してしまったアスター武官たちが、西アスター砂漠でサボテンの棘の数を数える作業のために一時的に転属が決定したのは、翌日のことである。
終了。農協牛乳!!!
901 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/20(火) 01:10:56 ID:c9LJEcFQ
さて、誰もいないようですのでちょっぴり投下しますか
『オイル・クライシス』
902 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/20(火) 01:13:02 ID:c9LJEcFQ
総理大臣や各省庁の大臣たちの前に、いくつかの瓶が置かれている。その中には黒っぽい粘着質の液体や土の塊のような物が入っている。
「これはこの世界で採掘した原油です。」
総理が幾つかを手に取って眺めていると、それを持ってきた経済産業省の事務官が告げた。
蓋を開けてくださいと言われて開けてみると、確かに独特の石油臭が鼻をつく。
「前任の総理が調査を依頼していたものです・・・」
総理は顔をしかめた。コバルタ日本大使館包囲事件での不手際の責を問われて、長期政権を誇っていた前総理は退任に追い込まれている。今の総理はその政権で官房長官を任じられていた。
「今までは既存の油田から石油を採掘していましたが、これからは本格的な油井の開発をしなければなりません。」
「私に聞くまでも・・・」
「わが国には石油メジャーがありません。一度に全ての石油鉱床開発は不可能です!」
アメリカがこの世界に転移してきていたら、国内の石油メジャーが信じられない速度で各地の油田を開発していただろうが、日本国内の石油関連企業にそこまでの力は無い。中東やサハリンでの経験から一応の開発能力を持っているのが救いだろう。
いずれは全てを開発しないといけないだろうが、今は『全てを同時に』は不可能で『どれかを中心に』開発していくしかない。
903 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/20(火) 01:15:16 ID:c9LJEcFQ
瓶一つ一つの原油についての説明が始まった。
「まずはこちらがサマリム共和国からシェデル人民共和国の南北に広がる鉱床の石油です。」
原油の質は硫黄分が多くて脱硫処理に手間がかかる。ただし日本から最も近く、既にこの世界の資本によって開発されていて、現に日本はこの地にパイプラインを建造しつつある。
「ナイトロスとサマリム、予備施設を建造予定のポートテセナール国の三国のみと契約することで事足ります。」
「・・・。」
「次にアスター社会主義連邦共和国東海岸沿い鉱床の石油です。」
硫黄分が少なく天然ガスに富んでいるので、油田以外にもガス田が開発できそうであった。さらに海沿いにあるのでタンカーへの積み込みも楽だと予想されている。
「ただし、アスターは少々遠距離にある事と社会主義国家でして・・・」
距離は元の世界で中東から運んでいたことを考えれば問題ではないが、社会主義という不確定要素を含んでいた。
現在のアスターは書記長を最高指導者とした集団指導体制で、日本と思想的に対立するつもりはなさそうだと外務省や公安は報告してきている。
日本国内の政治学者が「マルクスがいたら感涙するだろう」と言わしめた紅翼旗を掲げるアスター・ルージュの国は、かつての内戦の傷を癒しきっていないので日本政府に資本投下をするように積極的に呼びかけている。悪意は無いのだろうが、何かあるのでは勘繰ってしまうのだ。
904 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/20(火) 01:17:38 ID:c9LJEcFQ
「もう一つがネーブル自由国からメリダ帝国に広がる鉱床の石油です。」
原油の質は標準的だが、エタノールやメタノールを多量に含んでいた。
「金銭にめざといナイトロス・サマリム、渡した資金で五ヵ年計画を進めるであろうアスターのいずれでもないのですが・・・」
この地は先の二ヶ国にケビシニアを含めた三ヶ国以外は数万人から数十万人程度の少数民族国家が乱立していて、パイプラインの敷設ルートや鉱床の分割をめぐる衝突が起きるのは火を見るより明らかだった。すぐ北で内戦状態のコバルタ情勢も懸案になっている。
「ロシアの苦労を分かりたくはない・・・?」
ここで総理は気付いた。兼ねてから聞かされていた大規模な石油鉱床は三ヶ所なのだが、瓶は後二つある。
「こちらは・・・北大陸凍土地帯の『オイルサンド』です。」
オイルサンドとは砂岩に石油成分を含んでいるものである。カナダではそれの大規模な鉱床が広がっていた。
「ツンドラの下に大量に眠っているのが確認されました。潜在的埋蔵量は先ほどの三鉱床を上回るでしょう」
ただし、石油の抽出や廃棄物処理で莫大な製造コストがかかるとも伝えられた。
「これが東大陸で採取された原油の一部です。」
自衛隊を伴った調査団が火力に物を言わせて原住生物を追い払った後に調査した場所で見つけた物で
「質は悪くなく、埋蔵量は随一だろうということです。しかも東大陸にはこのレベルの鉱床が幾つかあると地質学者は見積もっています。」
905 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/20(火) 01:19:44 ID:c9LJEcFQ
地球より年を取った惑星ゆえに化石資源の埋蔵量は多いのだが、選り取り見取りも困ってしまうものだ。
「政治家は既に開発を進めているサマリム周辺の鉱床を求め、経済界は高品質原油と天然ガスを採掘できるアスターの鉱床開発を求め、研究機関は脱石油の為にメリダの鉱床開発を、国民は新天地の石油に夢見ています。」
悩ましいところである。どれも一長一短だった。
国会の権限や国民の参政権が小さくなっているので、内閣総理大臣の決定はそのまま国政に反映できるのが現在の日本列島連合だ。その分、失政に対して厳しくなっている。
「今決めろとは言いませんが、ご相談をよくなさって決めてください・・・南大陸の鉱床にはそれぞれ多額の資金が使われたことをお忘れなきよう・・・」
他の大臣たちはひそひそと内緒話をしだしている。
間もなく石油備蓄が完全に無くなりそうな状況で悠長に決められるというのだろうか?
各国の気が変わらないうちに結果を出さないといけないだろう。そして良家のボンボンで終わるか優れた執政者になるかの境目でもある。
911 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/27(火) 01:49:39 ID:SEuh/FC20
20XX年、惑星文明は宇宙へと進出し、発展は留まる所を知らない・・・はずであった。
始まりは東大陸の辺境地域。入植が始まって半世紀以上経っても、この広大な大陸には人類未踏の地が多数残されていた。
『第12偵察小隊から本部へ!巨大生物です!巨大生物が現れました!』
その地で訓練を兼ねた探索をしていた日本列島連合自衛隊の本部には、このような通信が入ってきていた。
『第12偵察小隊、巨大生物とは何か?』
『昆虫です!大きな昆虫です!昆虫来ます!撃て!撃てぇ!!(ガガガ・・・)』
無線通信に47式小銃やM2ブローニング改の発砲音が加わり、にわかに本部は慌しくなる。ただちに本国へと連絡がなされた。
『こちら第12偵察小隊、現在巨大生物と交戦中!応援を要請します!!・・・多すぎる!撃ちまくれーー!!』
『了解した。普通科一個大隊と戦車中隊をただちに派遣する』
本国から現場の衛星写真が送られてきた。その鮮明な画像には、全長数メートルはあろうかという昆虫が無数に写っていた。
「くそっ!どこにこんな生物が隠れていたんだ!」
参謀の一人が悪態をついた。
912 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/27(火) 01:50:26 ID:SEuh/FC20
『本部!巨大生物から攻撃を・・・うわっ・・・酸だーーー!!』
『ぎゃぁぁーー!』
『こち…第……小…、敵…攻………けて…滅…』
それっきり、第12偵察小隊との連絡は途絶えた。
少人数で火力も弱い偵察部隊では持ちこたえられなかったのだろう。重火器を備えた普通科と大火力・重装甲の戦車部隊なら・・・
その考えは甘かった。
『54式戦車中隊指揮車から本部へ!砲撃で巨大生物を多数撃破したものの、敵の酸攻撃により複数の車両が戦闘力を喪失。これより戦闘力を維持した車両は攻撃を加えつつ後退します!』
『我が大隊は負傷者多数!撤退の許可を!(ズン! ダダダッ)』
散々な被害を受けて攻撃隊は敗退し、本部もこの地を放棄するしか選択肢が無かった。
913 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/02/27(火) 01:51:52 ID:SEuh/FC20
その後、巣をつつかれた蜂のように拡散する巨大生物の群れは、東大陸の国家群では対処のしようが無いほどに増加し(古竜の生息地域に近づいた群れはブレスで殲滅された)、拡散する原因を作ったと思われる日本に救援を求めてきた。
日本は本国から多数の戦闘車両や航空機、果ては試験運用中のロボット兵器まで繰り出し、これらを殲滅した。
被害は大きかったが得られたものも大きかった。
まず巨大生物の遺伝子を手に入れたこと。直ちにクローンが製作されて実戦で使用可能かテストされることとなる。
もう一つが新兵器を実戦で使用できたこと。南・北大陸の国々との演習では見つからなかった不具合や問題点を幾つも見つけて、改良することが出来たのだ。
これらは長いこと実戦に使用されなかったが、技術(と魔法)が距離と光速の壁を超えて星の世界へと飛び立ち、他の文明と接触し始める頃に再登場する。
あくまで平和的に接触する統一政府に対して戦闘行動を起こした文明に、その鉄槌は何度も振り下ろされた。
最初に宇宙戦力を撃滅し、巨大輸送ユニットで大気圏内から巨大生物を投下する。それで駄目ならレーザー/プラズマ兵器を搭載した自律戦闘ロボットや高出力魔法を発射する巨大ゴーレムを敵惑星の地上に展開させる。
これを耐え切った『偉大な』敵文明には、各種兵器で武装する地上戦闘部隊と、重力遮断・慣性制御・機械=神経結合・空間魔法・プラズマ兵器という科学と魔法学の快挙で誕生した飛行歩兵部隊が、彼らの前に降り立って『壊滅』させた。
虫とロボットと天使は他国に畏怖と恐怖の、統一政府の軍事力シンボルとなった。
917 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:52:49 ID:nG6HT6KY0
2010年春 ナイトロス王国・首都フランシア近郊の陸軍基地
この日、通常ならば軍関係者しか出入りしない軍事基地は各国の首脳や観戦武官、それに招待された一般客でごったがえしていた。
ナイトロス王国が毎年開催している閲兵式なのだが、今年はいつにも増して観客の数が多かった(招待人数分の募集が無い年も多かったのだ)。
それには理由がある。
『ナイトロスが新兵器を導入するらしい』という噂が日本を中心に広まっていたのだ。
情報源は自衛隊関係者ともナイトロス軍に出入りする業者とも言われていたが、それは不明だった。ナイトロス王国はこの件については沈黙していた。
ただ、火の無いところに煙は立たないというわけで、好奇心の強い人間たちが押しかけてきたというわけである。
軍人たちは勿論新兵器が存在していた場合にそれを調査・報告するために来ている。
政治家たちは久しぶりに揃って外遊する共統帝国の皇帝一家と話し合うために来ていたりする。
閲兵式自体は歩兵や騎兵の隊列行進、戦竜やそれに牽引された野砲の行軍と、上空ではリタ型戦略爆撃飛竜、J6型戦闘飛竜など最新鋭飛竜、最後に複葉機の編隊飛行と式典は恙無く進んだ。
が、新型の飛竜や動力航空機とは言っても配備から数年経っているので目新しいものでもなく、戦竜もアスター連邦の中古とあっては来賓や観客は落胆するしかなかった。
918 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:53:23 ID:nG6HT6KY0
そんな落胆は最後で裏切られることとなる。
行進の最後に参加した歩兵部隊はそれまでの火器とはだいぶ異なる銃を持っていた。
「あれはAK47?」
観戦武官の陸上自衛隊にはその武器の正体を直ぐに掴めたが、双眼鏡で確認した程度では見た目だけなのか純正品なのか区別は出来ない。
事前に新型銃の配備計画は日本にもたらされていたものの、ナイトロスの軍開発局周辺の防諜が堅く、盗撮・盗聴をしようにもアスターで魔探研究の過程で開発されたという物質探知システム(空港のX線調査機みたいなもの)のせいで上手くいっていなかった。監視衛星はようやく打ち上げが始まったばかりで運用にはもうしばらく時間がかかるとされて役に立っていない。
もう少し双眼鏡でよく観察すると、AK47とはつくりが少し異なることに気付いた。
「・・・どうですかな我が軍は?」
いい所でナイトロス軍高官が話しかけてきた。もしかしたら邪魔しようとしたのかもしれない。
「素晴らしい兵器をお持ちのようで、感服する限りです」
「ニホンからそう言われるとは感謝の極みです。では、こちらの兵器はいかがでしょうか?」
919 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:54:02 ID:nG6HT6KY0
今度こそ誰もが目を剥かんばかりに驚いた。
「せ、戦車!?」
容姿はMK.TやAV-7よりはルノーFT-17によく似ていて、それよりは一回り大きくどちらかと言えば不釣合いな大きさの砲を背負っていた。
「格好良いでしょう?」
「え、ええ!」
こう答えるのがやっとで、精神的衝撃から立ち直ろうと脳内は混乱していた。
(戦車を造るほどの技術力は無いと言っていてのに、話が違う!)
砲塔のハッチから戦車長が身体を乗り出して来賓に向けて敬礼する。高官と自衛隊観戦武官(たち)もそれに敬礼で返した。
見せつけるかのように歩くような速度で戦車隊は進んで行き、姿を消した。
920 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:54:45 ID:nG6HT6KY0
・・・ナイトロス陸軍の格納庫・・・
「どうにかエンストしなかったなぁ!」
「ヒヤヒヤしたよ!!」
戦車の周りで整備をする技師や整備兵が次々に安堵の息を漏らしていた。
「この『ビエラ』を閲兵式にあわせて動かせだなんて、上もふざけた事を抜かす・・・熱っ!」
オーバーヒートしたエンジンから噴き出した蒸気が手にかかり、整備兵の一人が手を押さえた。
「ナイトロスの威厳というやつもあるんだろう」
「案外、クレーグ閣下の里帰りに良いもの見せたかっただけかもな」
振動で故障した車載用高射魔導砲を魔法回路を点検する魔法技師が、脂汗をかきながら応える。
「諸君!毎分120発しか撃てないパチモノの自動小銃に負けるわけにはいかない!早期に配備されるかどうかは君達の腕にかかっているのだ!!!」
開発責任者の叱責にその場にいたものはうんざりする。
(数キロ走っただけで故障する時速5キロの芸術品を採用するのか?)
足回りで無理をしている戦車の道のりは多難で、始まる前に終わるかもしれなかった。
921 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:56:38 ID:nG6HT6KY0
・・・ナイトロス・フランシアの王宮・・・
「ははうえー!あしたはどこ行くのー?」
「明日はね、オキシゼって言う街にいくの。ハインリヒ、今日みたいにいい子にしてるのよ」」
「はーい! ねぇははうえー・・・?」
「何?」
「パンジャンドラムリオンしょごーきとイカリングシメジのにんぎょー買って!アヤトリレーでもいいよ!!」
「・・・もう寝ましょうかハインリヒ。リヒャルトがぐずってきちゃったの」
「はーい。じゃぁエンツェンベルガーさんとちちうえを呼んでくるねー!」
パタパタと可愛らしい音をたててハインリヒが外に出て行った。何でもしたがる年頃なのよね。
「よしよし。今日はちょっと疲れちゃった?もう寝ましょうね」
リヒャルトも初めての長旅と環境に疲れちゃったのかな。もっと私があやしていたほうがいいとは思うけど・・・
922 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:57:24 ID:nG6HT6KY0
「陛下、世話係を連れてまいりましたので後は彼らにお任せください」
「分かったわ。もう少しで寝そうだから気をつけて」
エンツェンベルガーとクレーグに先んじて寝室に入ってきた専属の侍従たちに二人を託した。
「おやすみハインリヒ。オキシゼ離宮のお風呂にはお父さんと一緒に入りましょうね」
「ハーイおやすみなさーい」
母親としての仕事は今日はこれでおしまい。
「二人とも行きましょうか。全員集まってる?」
寝室の入口で待っていた腹心の部下と夫に目線を移す。
「はい」
「君が来ればいつでも始められるよ」
扉を閉めて、為政者としての顔に戻す。
「無理はしなくていいよエーテ?二人も子育てをしているんだから」
心遣いは感謝するわクレーグ。
923 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:58:37 ID:nG6HT6KY0
会議のために割り振られた応接室に向かう通路で、二人と簡単な打ち合わせをする。
「ナイトロス陸軍からN-1自動小銃輸出の打診が来ております」
「一部の銀行が債務の早期返済を求めてきているよ。帝国財産の差し押さえも辞さないと息巻いている」
「N-1?あの銃のこと?パンツァーや航空機の方は来なかったの。銀行は帝国債の立て替えで代用が効くか提案してみましょうかしら」
帝国議会が未だ開設途上にある状態では、私が色々と判断しなくちゃいけない。かと言って独断で決めるつもりも無いから政府の高官と話し合って方針を決める。
例え場所がナイトロスであっても、私が母親になっても、晩餐会で時間が夜中にずれ込もうとも、この日課は変えない!
「陛下?」「エーテ?」
「な、何でもないから早く行きましょう!」
怪訝そうな二人の顔を見ないように、二人の前を歩く。
「エーテ、もしかしてこのところご無沙汰だから不満なのかい?三人目ができるかも知れないけど子・・・いたっ」
心配してくれるのは嬉しいけど、そっちのほうじゃないのよ!
924 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 22:59:56 ID:nG6HT6KY0
・・・フランシア市の高級レストラン・・・
「君の社会主義に」
「同志の資本主義に」
「「乾杯」」
久しぶりの再開に杯を交わした。翌日も会合やら会議があるので、アルコール度数の低い酒で乾杯だ。
「同志中佐。同志が首都防空部隊のエリートでありますか。J6に乗っていた同志は羨ましかったのです」
「エリートってほどでもな。同期の現場からの生え抜き連中の中ではトップではあるな。お前もコバルタ内戦の義勇兵参加の功績で少佐に昇進したそうじゃないか!」
「ニワトリ相手なら、眠っていても自分のイリューシン28でブレスと爆弾を叩き込めるのであります!」
イリューシン28でコバルタのミーティアやバンパイアのような戦闘飛竜を返り討ちにしたって噂もある。軍務で今搭乗しているJ6でも先の二騎相手には苦戦するというのに・・・
「どうしましたか同志?」
「何でもないぞ!俺の少ない小遣いで奢ってやるんだから、残さず食えよッ!」
「そこは遠まわしに『適度に食え』というものだと思うのですが(相変わらず同志は同志理事長に財布を握られているのですか。かわいそうに)」
「どうしたコジェドフ!世渡りの上手いお前なら笑顔で喜んで食うだろうが」
「で、では」
925 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 23:02:34 ID:nG6HT6KY0
料理をつつきながら、さっきまで参加していた立食式晩餐会のことを話し合うことにした。軍関連の話はやめとこう。佐官な俺とコイツの立場が悪くなりかねない。
「ロランの奴来なかったなぁ」
「ダッソー・ワイバーンのオーナー夫人と親しげに話しておりましたが」
「ダッソーのオーナーは老い先短い老人で、夫人は30代始めの女性だったような」
まさか・・・
「『そんな安物官能小説みたいな展開あるわけない!』ですか同志が言いたいのは?」
「む、俺の思考を見透かすんじゃないぞ!しかし・・・」
妻子持ちなのに盛ったあのオス猫なら口説きかねんな。
「ロランは年上好みか?嫁は幼馴染だって言ってたぞ」
「ダッソーに取り入るつもりなのではないでしょうか?」
いやまさかそんなことは無いはず、だ。
926 :171 ◆IJDVx.pBRY:2007/03/13(火) 23:05:40 ID:nG6HT6KY0
「リサ殿が来なかったのは意外であります。てっきりコネ作りに来るものかと」
「あいつは代理を立てて、本人はナントカっていう珍しい元素の買い付けに奔走してたな」
「一山儲けるのですか?」
「さぁな。鉱山やら油田の運用益や証券取引で結構来てるはずだが、リサは儲ける過程を楽しむんだとよ」
「子育ては」
「そこは聞くな!」
「・・・」
「お前のエゴールはどうなんだ?」
「それがですね同志、幼年学校で友達ができたと帰るたびに教えてくれて、それがもうかわいいといったら無くて、休暇のたびに楽しみで・・・」
こいつの子煩悩はそのままだ。頻繁に送られてくる手紙からもよく分かっていたが、ここまでとは。
食べるのも忘れて延々と話し続けるコジェドフ。周囲の紳士淑女の冷たい目線に耐えながら聞くしかなかった。
「エゴールは帝国産のソーセージが大のお気に入りで・・・」
「へぇ、ほぉ」
「・・・同志中佐、エゴールは何がお気に入りですか?」
「ソーセージ、帝国のだろ」
「食えない人間族でありますな同志は」