570 名前: 物語は唐突に 04/03/01 21:44 ID:???

 突撃によって距離が詰る。
 だが、連続した攻撃を受けていた事により、奴らはまともに対応できないようだ。
 ふむ、いい感じだな。
 広瀬が頭のどこか冷静な所で分析をしている間にも部隊は突撃を続け、とうとう最前列が敵部隊と接触した。

「シネェ!!」

 銃剣を突き出した一士が怒鳴り、銃剣は敵兵の腹部へと突き刺さる。
 そのまま発射し、敵兵は反動で後ろへと吹っ飛んだ。
 他の敵兵たちが彼を殺そうと向き直るが、次々とそこへ殺到してきた隊員たちがそれを許さない。
 射撃でなぎ倒し、銃剣で突き刺す。
 接近しすぎた連中は既に格闘へと移っている。

571 名前: 物語は唐突に 04/03/01 21:47 ID:???

「アブねぇ!」

 斬撃を小銃で受け止める。
 なんとか銃身は持ってくれたようだ。が、こいつはもう射撃できんな。
 そのまま銃底で顎を殴りつける。
 敵兵の顔が上を向き、骨が砕けたらしい顎が変形しているのが分かる。
 そのまま蹴り飛ばすと他の敵兵へと向き直る。
 振り上げたままの銃を横から殴りつけ、首がおかしい方向に曲がったのを確認する。

「DeeeRyaaaaaa!!!」

 畜生、後ろからか。

PAPAPAN!!

 銃声がし、後ろから来ていた殺気が消える。

「気をつけろ!」

「ありがたい!!」

 短く会話し、他の敵兵へ向き直る。


572 名前: 物語は唐突に 04/03/01 21:48 ID:???

「おりゃああ!!」

 顔面に銃底を殴りこんでやる。

「ああ、ストックにヒビ入りやがった!」

 嘆きつつも向き直り、銃を一旦手元に戻す。
 向かってくる敵兵に銃剣を向け、右足を大きく踏み込んで姿勢を下げる。

「死ねェ!!!」

 気合を入れ、銃剣を突き出す。
 狙い通り相手の胸へと突き刺さる。肉を裂き、肋骨をへし折るのが分かる。
 そのまま相手の慣性とこちらの勢いで深く突き出し、力が抜けたのを確認して死体を蹴り飛ばす。
 まだまだ沢山殺さなきゃならん、休んでいる暇などない。  
 返り血に塗れた顔を狂気で満たしつつ、彼らは戦闘を継続した。


573 名前: 物語は唐突に 04/03/01 21:51 ID:???

 彼らと戦闘を行った暗黒教神殿守備隊総勢310名のうち、生き残れた者は一人もいなかった。
 その大半が戦闘によって死亡し、生き残った重傷者達も時間の差こそあれ、全員が治療を受けられない事から死亡したからである。
 神殿の中で恐怖に震えていた敗残兵たちもいるにはいたが、広瀬一尉率いる狂気の集団は、彼らに生きる事を許せるほど寛容ではなかった。

「敵兵は全滅の模様。あとはこの下だけですな」

 地下の様子を窺う隊員たちを眺めていた広瀬に先任が報告する。
 彼の背後では未だ余裕のある弾薬を分配している隊員達の姿がある。

「よし、長丁場になるかもしれん、もう一度小休止しておくか。周辺警戒は怠るなよ」

「はっ」

 広瀬一等陸尉率いる狂気の軍団は、この先本当の狂気と遭遇する事となるのだが、一息を入れている彼らにそれを知る由はなかった。




708 名前: 物語は唐突に 04/03/03 21:15 ID:???

「上田三曹殿」

 周囲に絶え間なく視線を向かわせつつ佐久間陸士長が尋ねる。
 89式小銃を握る手は、薄明かりの中であるにも関わらず力が入りすぎているのが分かる。

「どうしたんだ?」

 できる限り優しい声を出して答える。
 ただでさえ緊張しやすい闇の中で万が一にでも誤射が発生すれば、それは全員が弾薬を射耗するまで終わる事などありえない。
 果たして兆弾の嵐が収まったとき、何人が無傷でいられるか。
 正直なところ、上田としては最前列以外は弾倉をつけることすら止めたかった。

「あ、あのですね」

 ああ、思わずどもってしまう。
 ていうか無理だ、こんな状態じゃ緊張しないほうがおかしい。
 ん?そういえば俺は何を聞こうと思ってたんだったか?


709 名前: 物語は唐突に 04/03/03 21:27 ID:???

「まあ落ち着けや」

 目の前にガムが現れる。

「それでも食っとけ。気が楽になるぞ」

「はっ、ありがたくあります」

 受け取り、口の中に放り込む。
 清涼剤の爽やかな風味が、歯垢とニコチンに支配されている口の中に広がっていく。

「いいものですね」

「だろ?駐屯地に戻ったらマルメン一箱な」

「ひ、一粒で一箱でありますか?」

 そりゃいくらなんでもあんまりだろう三曹殿。という言葉は、唾液と一緒に飲み込んだ。
 それほどまでにガムが与えてくれた清涼感は格別だったのだ。

710 名前: 物語は唐突に 04/03/03 21:28 ID:???

神基暦2129年5月22日魔法都市ネリュントス市内 暗黒教地下神殿

「聖なる光よ、闇を切り裂き、不浄なる者どもに安らかな眠りを!!」

 詠唱が終わり、貴重なマナを伴って光がゾンビに襲い掛かる。
 私自身の持つ資質もあり、光はゾンビ達の醜く腐った体を浄化しつつ次々となぎ倒していく。

「いいぞシルフィー!!その調子だ!!」

 なんとかという(名前は忘れた)剣士が叫びつつゾンビを切り裂いていく。
 しかし、多勢に無勢、いくら私達が頑張ったところでゾンビの数は少ししか減らない。

「ワァァァァァァ!!」

 また一人、疲れによって生まれた一瞬の隙を突かれた剣士がゾンビ達に食われていく。
 そもそもが無理なのよ!なんなのこの数は!
 視界一杯に広がるゾンビの群れを睨みつける。
 私達は郊外の古井戸に眠る秘宝を探しに来ただけなのに!いつの間にやら大混戦。
 倒しても倒してもゾンビは涌いてくるし!!

711 名前: 物語は唐突に 04/03/03 21:29 ID:???

「おいシルフィー!端を突っ切るぞ!」

 なんとかという(例によって名前は忘れた)剣士が私の肩を掴む。
 気がつけば、8人で来たはずの私達は、既にその数を4人にまで減らしていた。
 それに対してあちらは100体以上はいるみたい。いやねぇ。
 走り出した3人に続き、私も突進を開始する。
 腐った体液やら肉片やらに加え、周囲が

「大体!」

 メイスを振り下ろし、前に出たゾンビの頭を叩き潰す。

「私達エルフは!」

 少し進んだところで飛び出してきたゾンビの首を横殴りにし、その首を飛ばしてやる。

「ゾンビにならなくても!」

 軽く10体はいるのではないかと思われる集団が現れる。

「不老不死なのよぉぉぉぉ!!!」

 手早く詠唱し、氷の精霊を呼び出す。
 動きのとろいゾンビ達はよける間もなく凍らされ、そしてそこに飛び込んだ私によって粉々に砕かれる。

「美しい」

 恐ろしき不浄なる者ども達の中で華麗に舞う彼女を指す事のできる言葉はまさしくそれだけだった。
 彼女の前では余計な言葉など無用だった。
 それはまさしく軍神が我々に下さった宝石であった。
 彼女は気高く、強く、優しく、そして美しかった。
 ああ、彼女にならば「ああああああああああああ!!!!」

712 名前: 物語は唐突に 04/03/03 21:31 ID:???

「ああああああああああああ!!!!」

 後ろから悲鳴が聞こえる。
 あの声は吟遊詩人ね。
 まったく、戦闘中に自分の世界に入るのはいいんだけど、毎度毎度それで私達がお守りをするのは勘弁だと思ってたのよねぇ。
 まあ、それもこれっきりみたいね。ちょっぴり残念。
 これでこちらは残り3人。ちょっと、きついわねぇ。

「って、じゃまぁ!!!」

 素早く詠唱を終え、今度は風の精霊を呼び出して集団を切り刻む。
 そのままメイスを振るって二体同時にゾンビを倒す。
 剣士が数人いるにもかかわらず、このパーティーの中で最強の存在であった彼女は、その破壊力を遺憾なく発揮していた。

 彼女が大暴れしている場所は暗黒教地下神殿、清涼剤の効能に感心している佐久間達までわずか数十メートルの距離であった。



353 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:05 ID:???

同日1506 魔法都市ネリュントス地下

「なんか騒がしいな」

 傍らを進む同僚が言う。
 確かに騒がしい、なにやら争うような声、なにかが砕ける音、怒鳴り声。
 そんなものが腐臭あふれる風に混じって聞こえてくる。
 おおかたろくでもないものだろう。いやだねぇ。

「物音がする、気をつけろよ」

 また佐久間陸士長が注意されてる。
 やれやれ、根はいい人なんだけどなぁ、いまいち日本の平和さが抜けていない。
 いい人であるのは間違いないんだけどね。
 しかし上田三曹は大した人だ。ここにくるまでに既に確認殺害戦果が50を超えているってんだから、まさしくキリングマシーンってやつだな。
 江藤二尉はそれ以上だけど、なんていうか、それはもう人類の規格外じゃないか?

354 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:07 ID:???

「おい」

「ん」

 前方に人影が見える。
 素早く後続に停止するように合図をすると、周囲を見回し危険がないかを確認する。
 左右上下異常なし。
 もう一度人影を見る。
 金髪のポニーテール。下はスパッツ上は赤い長袖。その腕には鈍く光る腕時計。

「おーい!助けに来たぞーーー!!!」

 相方が叫びつつ人影に向けて走っていく。
 人影の方もこちらに気づいたらしく、両手を前に出してやってくる。
 消耗が激しいらしく、声も出せず、ヨタヨタと歩くことしかできないらしい。可哀想に。

「もう大丈夫ですからね!さあ・・・・・わぁぁぁ!!!」

 駆け寄った同僚が尻餅をついて逃げようとする。

「どうした!?」

「ぞ、ゾンビだぁぁぁ!!」

 相方が叫ぶのと、その喉笛にゾンビが喰らいつくのは数秒の誤差しかなかった。

355 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:15 ID:???

PAPAPAN!!!「撃てぇ!撃てぇえ!!」

 銃声と共に前方から怒号が聞こえてきた。
 兆弾を避けるために全員が姿勢を低くし、壁際に寄る。

「誤認ではないな!」

「ゾンビです!ものすごい数です!」

 確認を取り合う陸曹たちの声が聞こえてくる。
 おかげで状況が把握しやすいが、ありがたいなどとは思えん。

「落ち着け!負傷者はいないか!?後列は発砲するな!佐久間陸士長!」

「はっ、佐久間陸士長ここです」

 姿勢を低くしたままの姿勢であるにもかかわらず、すぐさま佐久間がやってくる。
 平和ボケはしていても、さすがは陸士長というわけだな。

「前列へ行って速やかに鎮圧せよ。兆弾には気をつけてな」

「はっ!」

356 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:18 ID:???

「おい!大丈夫・・・じゃないな」

 最前列は地獄だった。
 救出されるはずだった行方不明者たちは、腐って崩れだしているその肉体を駆使して隊員たちに掴みかかっている。
 一方、非戦闘員、それも救出に来たはずの日本国民を相手に銃を向けなければいけないため、数名の隊員は躊躇して発砲することができない。
 自分を奮い立たせながら発砲している隊員たちも、その効果の無さに怯えつつ、ただひたすらに発砲を繰り返している。

「陸士長!ご、ご命令を!陸士長!!」

 完全に錯乱している一等陸士が俺に掴みかかってくる。
 その小銃にはどういうわけか弾倉が付いていない。

「う、撃てぇ!撃てぇぇぇぇぇ!!!」

 混乱と恐怖で飽和状態になった俺は、自分自身を奇妙に冷静な視点で見つつそう命令をくだすしかなかった。

357 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:23 ID:???

 佐久間の号令が響き渡った瞬間、恐怖に怯えていた男たちは、一斉に戦闘を開始した。
 ゾンビと取っ組み合いをしていた隊員たちが見事な格闘を見せ、ゾンビたちを殴り倒す。そのまま集団に向けて発砲。
 近寄ってくるものには容赦なく銃剣を突き刺し、蹴り飛ばす。
 そのたびに台湾製の大量生産品のTシャツが、海外物の高級品が、千切れ、舞い上がる。

「撃てぇ!撃てぇぇぇ!!」

 絶叫しつつ、佐久間は既にわけがわからなくなっていた。
 とにかく、目の前にいるものを倒さねば。
 それだけを考え、発砲し、叫んでいた。

358 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:27 ID:???

神基暦2129年5月22日魔法都市ネリュントス市内 暗黒教地下神殿

「ええい!やめなさいったら!!」

 腰にまとわり付いてくるゾンビを蹴り倒す。
 まったくもう!冗談じゃないわ!

「ワァァァァァ!!」

 ありゃ、また一人やられたわ。
 周囲をゾンビたちに取り囲まれる。
 あれ?

「っていうか、私しか残ってないじゃないのよぉぉぉぉぉぉ!!!」

359 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:29 ID:???

同日1515 魔法都市ネリュントス地下

「ん?」

 今、何か聞こえたな。
 女性の声のようだが、何を言っているのかわからないところを見ると異世界人のようだ。

「弾がぁ!陸士長!弾が、弾がぁぁぁ!!」

 弾が尽きたらしい一士が喚く。

「うるさい!これを使え!!」

 怒鳴りつけ、一瞬落ち着いたところで弾倉を渡す。
 なんだろう?あの声を聞いてからやけに落ち着くな。
 もう一度聞こえないだろうか?気になる。なんだったんだあの声は?

 大勢の人間が走ってくる音が聞こえたのは、その時だった。

 後ろを振り向いた瞬間、強い光が、俺の視界一杯に、広がった。

360 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:36 ID:???

「佐久間!大丈夫か!?」

 ライトを振り回しつつ現れたのは、江藤二尉だった。
 全力疾走してきたらしいその顔面は汗だくだ。
 その後ろには小銃を構えつつ走ってくる隊員たち。

「助かった」

 思わず呟いてしまった。
 これだけいれば、なんとか敵軍を全滅させられるだろう。
 だが、素早く我に返り、現状を要約して報告する。

「敵です!援護を!!」

361 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:39 ID:???

同日数分前

「急げ!急ぐんだ!!」

 鳴り止まない銃声を聞きつつ、やはり役不足だったかと悔やむ。
 佐久間はいい奴なんだ。仕事も要領よくやるし、部下たちからの信頼も厚い。
 ここいらで奴にも成長を促そうと思ったのだが。
 せめて、せめて生きていてくれ。それだけでいい。
 ライトを振り回し、全力で疾走する。
 徐々に後ろの部下達が離されていくのが分かるが、今はとにかく佐久間たちの元へと急がねば。
 やがて、徐々に灯りとマズルフラッシュが見えてきた。
 こちらに背を向けているのは・・・!!

「佐久間!大丈夫か!?」

「敵です!援護を!!」

 ライトに照らし出された奴は、短時間だというのに明らかに成長していた。

362 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:41 ID:???

「誤射に気をつけろ!撃てぇ!」

 どうしたのだろう?二尉殿は佐久間陸士長を見るなり凍りついたかのように止まってしまった。
 まあ、号令役は私だから問題ないですけどね。

「もう助からない!成仏させてやれ!!」

 考え事をしつつも部下たちを叱咤激励し、自身も射撃を行う。
 やれやれ、いつの間に自分はこのような人間になってしまったのでしょう?
 まあ、とにかく今は眼前の敵を倒さねば。
 そう思った瞬間、江藤二尉殿が動いた。

363 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:43 ID:???

「どけ!」

 佐久間陸士長を突き飛ばし、ホルスターからいつの間にか抜いた拳銃で忍び寄っていたゾンビの眉間を撃ち抜く。
 そのまま右手で持っていた89式小銃を振り上げ、続けざまに単射で連射のような射撃を行う。
 やっぱりあの人、ご自分の小銃を改造されていたようだ。まあ、いいけど。
 放たれた5.56mmNATO弾は、驚くべきことにその全弾がゾンビたちの眉間に命中し、その全てを倒した。
 凄いとしか言いようがない。っていうか、あなたはもしかしてゴルゴ13?
 呆れていた私の視界にそれが入ったのは、まったくの偶然だった。
 無反動砲を構える隊員。その表情にあるのは恐怖と狂気。
 照準は、乱戦を続けるゾンビと、隊員たち!!

「やめろ!」

 上田が飛び掛った数瞬後、照準が大きくずれた無反動砲は発射された。
 続々と押し寄せてきているゾンビたちの後方、我々から見てその右側の壁に。
 弾頭が壁にめり込む。
 永遠に等しい一瞬が経過し、そして爆発が発生した。

364 名前: 物語は唐突に 04/03/09 03:44 ID:???

神基暦2129年5月22日魔法都市ネリュントス市内 暗黒教地下神殿

「偉大なる森の王よ、偽りの姿を映し出し、悪しきものたちに虚構の現実を!」
「偉大なる風の王よ、その力を我に貸し、悪しきものたちに裁きの烈風を!」
「偉大なる光の王よ、裁きの光をもって、悪しきものたちに永久の眠りを!」

 立て続けに召喚ってのは疲れるから嫌なのよねぇ。
 文句を言っている間に効力が現れ始める。
 無数の幻影が出現し、ゾンビたちがあちこちにその視線を向けたところで烈風が巻き起こる。
 切り裂かれ、壁に、天井に叩きつけられていくゾンビたち。
 続けて光り輝く精霊弾が次々とゾンビたちにめり込む。
 一瞬の間の後、ゾンビたちは周囲を巻き込んで盛大な爆発を起こした。

「やったぁ!」

 叫ぶと同時に、私は尻餅をついた。
 もう、立っているのも辛い。
 調子に、乗りすぎちゃったみたいね。
 ゾンビたちの手が視界一杯に広がり、そして爆発が発生した。



238 名前: 物語は唐突に 04/03/17 20:46 ID:???

同日1530 魔法都市ネリュントス地下

「畜生!だれだ!誰がやった!」

「見えないー!!何も見えない!!」

「やめろ!撃ち方やめ!撃ち方やめ!!」

 怒号と悲鳴と命令が響き渡る中、俺はなんとか状況を把握しようとしていた。
 上田三曹の言葉。そして直後の発射音と爆発音。
 そして、この火薬ガスの匂いと粉塵。
 ・・・なんてこった。
 どっかのバカがこんな閉鎖環境で無反動砲を使いやがった!!

239 名前: 物語は唐突に 04/03/17 20:48 ID:???

「落ち着け!粉塵が収まるまで後退する!各員発砲を控えつつ後退!」

 言うなり弾倉を交換し、粉塵の中に飛び込んでいく江藤。
 それを呆れたように眺めつつ、上田は叫んだ。

「後退ぃーこぉーうーたいー!!」

 号令にあわせ、自衛隊員たちは一斉に撤退を開始した。
 極端に悪い視界の中、互いに声を掛け合い、なんとか粉塵の外に出ようと、彼らはあがき続けた。
 不思議なことに、その内の一人も襲われることは無かった。
 全員が、かすり傷程度は負っているものの、へっぴり腰で粉塵の外に離脱できたのだ。
 いや、そこにはいるはずの人間が二人欠けていた。

「え、江藤二尉と上田三曹は?」

「誰か知らんか!?」

 佐久間が叫ぶ。その顔色は悪い。
 無線など入るはずも無い地下で、よりにもよって部隊長と先任がいなくなるというのは、悪夢以外の何物でもない。

240 名前: 物語は唐突に 04/03/17 20:50 ID:???

「誰も知らんのか!?おい!誰か返事をしろ!!」
 
 どいつもこいつも唖然としているばかりで返事すら満足にせん。
 なんとか言えよ!自衛隊員だろ!!
 内心では怒り狂っているのを自覚している。
 だが、口から出てきたのは罵声ではなく命令だった。

「ええい!仕方がない!全員とにかく下がれ!発砲するな!!」

 手前で腰を抜かしている一士の服を引っ張りつつ怒鳴る。
 畜生、粉塵で何も見えない!
 もしこの中から敵が出てきたら・・・
 そう思うだけで全身に寒気が走る。

「ああ畜生!何もみえねぇ!!」

 綺麗な音色の声が聞こえたのは、苛立たしげにそう叫んだ瞬間だった。

241 名前: 物語は唐突に 04/03/17 20:52 ID:???

神基暦2129年5月22日魔法都市ネリュントス市内 暗黒教地下神殿

「・・・」

 気がつくと、私は煙の立ち込める中、ゾンビたちの大群に圧し掛かられて倒れていた。
 服にゾンビたちから出てくる腐った血液や考えたくない何かが染みているのがわかる。

「・・・ムキィーーー!!!」

 あー!気持ち悪い!!冗談じゃないわよ!今回の冒険の前にわざわざ新調した服なのよぉ!
 それを、よりにもよって、土とゾンビの何かで汚されるなんてぇ!!

「冗談じゃないわよぉぉぉ!!!!」

 手短に伸びていた腕を蹴飛ばし、近くに転がっていた頭を放り投げる。
 高かったのに、高かったのにぃ!!
 気がつけば、いつの間にやら土砂やゾンビから脱出している私。
 婆さんゴーレムを投げる(※火事場の馬鹿力)とは言ったものね。

242 名前: 物語は唐突に 04/03/17 20:53 ID:???

「!?けほっけほっ」

 しまった、騒いでいたら土煙を吸い込んだみたい。
 あー気持ち悪いぃ喉が痛いぃー。

「けほっ、偉大なる風の王よ、げほげほっ、その力を、ごほごほ、我に貸し、悪しきものたちに裁きの、ゲフンゲフン、烈風を!」

 ・・・あーやっぱり無理か。
 こんな咳き込みながらじゃ呪文の詠唱なんて無理だものね。
 なーんて呟いている間に、気前の良い風の王は烈風、とまではいかないものの、強風を巻き起こしてくれる。
 見る見るうちに土煙はどこかへと飛び去り、そして、私は彼と出会った。


931 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:12 ID:???

「これはこれはこれは、笠間議員殿でありますね」

 会議室で出迎えたその自衛官は、敵意と侮蔑を隠す事のない表情でそう言った。

「本日は一体どのような御用向きでありましょうか?私どもなどで何かお手伝いできる事があるといいのですが」

 座るように促すと、私が座るのを待たずに椅子に座る。
 タバコに火をつけ、遠慮なく紫煙を吐き出す。
 まずいな、出だしからこれか。

「あ、ええ、今日ここに来たのはですね」

 ああ、上手く口が回らない。
 どうやったら『殺人者』と罵った相手に娘を助けてもらえるか。
 問答集を用意せずに来た事が悔やまれる。
 しかし、娘を救うためだ。今は贅沢を言っている場合ではない。


932 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:13 ID:???

「実はですな、エクトの件なのですが」

 そこまで聞くと、名前も知らない自衛官は得意そうな笑みを浮かべた。

「ああ、エクトですか?あそこは放棄しました。政府のほうへは既に書類が回っているはずですが?」

「ほ、ほうき?どうしてだ!!あそこには自衛官も民間人も居るはずだろうが!」

 咄嗟に立ち上がり、自衛官の胸倉を掴む。
 倒れたコップから珈琲がこぼれ、自衛官の足にかかるが、そんな事はどうでもいい。

「手を離していただけませんか、笠間議員殿。人殺しとは言えども、我々も日本国民です。暴行は犯罪ですよ」

 目を細め、ぬけぬけと言い放つ自衛官。

「き、貴様ぁ、わざと、わざとだな!私の娘が居るのを知ってわざと放棄したな!そうだろう!そうなんだろう!!」

 一発殴ってやろう。
 頭に血が上る。この人殺しどもめ、私の娘を殺す気なんだな。許さん。
 右手に力を込める。思いっきり振りかぶる。

933 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:15 ID:???

「放して下さいと、いっているでしょう?」

 渾身の力を込めて握っていたというのに、自衛官は蚊でも振り払うかのように易々と私の左手を離す。

「まあ落ち着いてください笠間議員殿。座りましょう」

 椅子に座ると床に落ちたタバコを拾い、何事もなかったかのようにそれを吸いだす。

「娘さんがいらっしゃるそうですな。報告は聞いております。ですが、どうしようもないのですよ」

 紫煙を吐き出す。

「現地は既に一個中隊を超える大軍が押し寄せており、今更増援に向かったところで遺体の回収を行う事すらできるかどうか。おまけに、付近の部隊も作戦行動中であったり

再編成中であったりで、直ぐに増援を送れる状況にある部隊は皆無なのです」

「い、いろんな部隊から出せば言いだけの話だろう!なんだかんだ言い訳をしおって!!」

「いやいやいやいや、笠間議員殿、あなたは戦争を知らな過ぎる」

 紫煙を吐き出す。

「それはまあ、数だけ集めて送り込む事はできます。ですが、送り込む事しかできませんよ?指揮系統も補給も、その他あれこれも整わず、数に負かされ、各個撃破されるの

がオチでしょうがね。
 まあ、あなたからすれば我々など何人死のうが関係ないのでしょうが、我々からすれば自衛隊とは大きな家族なのです。
 父親である我々上官が、どうして子供である部下達に無駄死にして来いと命令できるでしょう?」

934 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:16 ID:???

「わ、私の娘がいるんだぞ!ウダウダ言ってないで部隊を送れ!」

「なるほどなるほど」

 紫煙を吐き出す。

「議員様の娘がいらっしゃるのだから、損害などかまわず部隊を派遣せよ、と?」

 タバコを灰皿に押し付けて消すと、自衛官は笑い出した。
 それは、これこそが『嘲りに満ちた笑い』であると呼べるようなものだった。
 しかし、目の前にいる自衛官に怒りは涌いてこなかった。
 彼は、全身で『お前が今までに言ったこと、したことを思い出てみろよ』と伝えてきているからだ。

「クックック・・・いや、失礼しました。ちょっと懐かしい事を思い出したもので」

 にやつきながらそう言うと、自衛官は胸ポケットからタバコの箱を取り出した。

「しかしあれですなぁ、自衛隊反対派の笠間議員殿から出撃命令を下されるとは。長生きしてみるものですなぁ」

「き、貴様!真面目に話す気はないのか!!」

 机を叩く。
 先ほどから倒れたままの湯飲みが転がり、床に落ちて砕けた。


935 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:19 ID:???

「あーあー、もったいない。国民の血税で買ったものなのですから大事にしましょうよ」

 自衛官はそれを見てそう言うと、二本目のタバコに火をつけた。
 深く吸い込み、紫煙を吐き出す。

「真面目にしろと言われましても、自分はこれでも真面目にやっているのですが。何かお気に召さなかったところがありますようで。どうも申し訳ありませんです」

 タバコをくわえたまま頭を下げる。

「あ、謝って欲しいわけではない。私は部隊を派遣しろと言っているのだ」

 私の言葉を無視した自衛官は、窓際へと移動するとカーテンを開いた。

「おー見える見える。笠間議員殿、ご覧くださいよ」

 こちらを見ずに自衛官が言う。
 気に入らないが、会話を進めるためにも移動してやる。
 窓から見える風景は、お世辞にも良いとは言えなかった。

「あ、そうかそうか、文民様のお言葉を拝聴しなくてはね」

 自衛官が窓を開ける。

936 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:20 ID:???

「我々はぁーよーきゅーするー!」「よーきゅーするー!」

「自衛隊は解散しろー!!」「人殺しぃーてめぇらぁ!恥ずかしくないのか!!

「日本は謝罪しろー!」「謝罪しろー!!」

「はーいどうも文民の皆様〜!」

 自衛官が笑顔で手を振る。
 しかし、周囲の雑音でかき消され、その声は下まで届かない。
 
「ほらほら笠間議員殿。ご同輩方が沢山いらっしゃいますよ。手を振らなくてもいいのですか?」

 不思議そうに、そして嫌味を存分に含んだ声で聞いてくる。
 私は、怒りよりも疑問が強まっていた。
 どうしてこの自衛官はここまで私に敵意をむき出しにしてくるのか?
  
「どうされたんですか議員殿?ああ、もしかして、どうして私めのような下賎な身分のものがこのような態度を取るのかがご理解できないので?」

 そういうと自衛官はこちらに向き直り、敬礼した。

「失礼しました。自分は陸将補の斉藤三弥というものです・・・・ネリュントスの件では、部下共々大変お世話になりました」

 殺気と怒気と、嫌味を存分に含んだ声でそう言い放つ。

938 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:30 ID:???

 思い出した。ネリュントス攻略作戦で全責任を負った自衛官。
 斉藤三弥陸将補。
 確か聞いた話では死んだ部下の遺族に自分の貯蓄と給料を裂いて年金をだしたらしい。
 と、いうことは・・・

「あ、ああ、あの時は済まなかったね君。どうだろう?私は議員などやっているものだから金銭的には余裕がある。君の生活に潤いをもたらす事ができるとできると思うが?



「結構、でございます笠間議員殿」

 笑顔で断られる。

「自分は賄賂が欲しくて拒否しているわけではありません。何度も申している様に、部隊を送る事は不可能なのです」

 その表情に諦めを感じる。
 どうやら、目の前の陸将補とかいう階級の男(笠間は悲しい事に階級に関する知識が全くなかった)は嘘を言っているようには見えなかったからだ。

「ですが」

 斉藤は窓の外を向くと、抑えた声で言った。

「在日米軍ならば、わかりませんな。彼らは航空兵力が豊かです。それを運用できる部品のストックもあるはずです。きっと、政府関係者から何か彼らの特になる事をちらつ

かせれば、独断で部隊を出してくれるかもしれませんね」

 在日米軍?そうか!

「ふ、ふん!ならば貴様らなどに用はない!斉藤とやら、覚えていろよ!!」
 笠間は彼に指を突きつけると、鼻息を荒くしつつ部屋から出て行った。

939 名前: 物語は唐突に 04/03/24 16:31 ID:???

「よろしいのですか?」

 部屋を掃除していた副官が尋ねる。
 その表情は不安そうだ。

「いいじゃないか、在日米軍が勝手に動いてくれればこっちものだ。可能な限り使ってやろうじゃないか。なに、こっちには日米防衛協定がある」

 それに、奴には借りがある。これくらい言わねば気が済まん。
 言葉には出さずにそう続ける。

「は、はあ」
 
 しかし、副官の不安そうな表情は晴れない。
 無理もないな。
 新しいタバコに火をつけながら斉藤は思った。
 国会議員、それも反自衛隊派の筆頭のような笠間にあのような態度を取ったのだ。
 よくて退官、悪ければ社会的に抹殺。世間様から後ろ指を指される生活か。
 そこまで考えて彼は再び笑い出した。

「気にするな。今更我々の社会的地位が落ちるなんて事はないんだ。言いたい放題やりたい放題やろうじゃないか」

 そうだ、我々は悪逆非道な自衛隊なんだ。御国のために好き放題やってやろうじゃないか。
 影のある笑みを浮かべつつ、斉藤はそう決意した。


174 名前: 物語は唐突に 04/05/04 00:57 ID:???

 雪・・・雪が降っていた。

<・・・皆さんおはようございます。本日の天候は雪。2月26日午前10時現在、首都圏各地の交通網は・・・>

 ラジオから気象予報士の声が流れる。
 エンジンの放つ振動が小気味よく車体を震わせている。

「とうとう、ですね」

 助手席の男が口を開いた。
 胸ポケットが膨れている。
 いや、その形からして、何かの塊が服の下にあるようだ。

「本当に、いいのか?」

 運転席で目を閉じていた男が言う。
 その表情は苦悶に満ちており、事情を知らぬものが見れば病人と間違えるほどその表情は歪んでいた。

「自分は覚悟はできております」

「アリマス口調は直せといっただろうが」

 助手席の男の言葉に苦笑しつつ、運転席の男は答えた。
 目を開き、周囲を見る。

175 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:05 ID:???


「笠間ぁー!車からでてこいーー!!」

「鬼!悪魔ぁぁ!!」

「よくも恥ずかしげも無く当選できたな貴様ぁ!!」

 思わず怯えてしまうほどの恐ろしい表情をした男女が、彼らの車を囲んでいた。
 いや、正確に表現するならば、彼らの車も取り囲まれていた、となる。
 しかし、男女の叫んでいる先は彼らではない。
 群集の怒りの矛先は、数メートル先で立ち往生している高級車の中であった。
 笠間直人衆議院議員。
 ネリュントス攻略作戦の一件で有名になった議員である。
 自分の娘を救うために在日米軍を口八丁手八丁で動かし、そしてその責任を満足に取ろうともせずに逃れ続け、一度は辞任したものの、党の力で再選した人物である。


176 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:07 ID:???


「さて、行くか」

 運転席の男がエンジンを切り、ドアロックを解除する。

「最後まで、お供させていただきます」

 助手席の男もドアロックを解除し、そして二人は車外へと降り立った。
 周囲はドアを開けることも困難なほどの群集に満たされており、雪が降るほどの気温にもかかわらず暖かかった。
 二人は群衆の中を器用にすり抜けつつ、目標へと向かっていく。
 彼らの向かう先には、この群集のリーダーである戦没自衛官遺族会会長がいた。

177 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:12 ID:???


「でてこいよぉ!笠間ぁ!!」

 頑丈に作られている高級車のウィンドーを叩きつつ、遺族会会長が叫ぶ。
 彼は、息子と娘両方が自衛官として戦地に赴き、そしてその両方が殉職したという経歴の持ち主であった。
 悲しい事に、遺族会を束ねる立場の人間として問題のない事情を持っている。

「おらぁ!人殺しの家族とは口きけぇってか!!あ!?」

「何が面白いんだよてめぇ!!!」

 後ろから荒っぽい声が聞こえる。
 見ると、旭日旗によく似た腕章をつけた赤日新聞の記者が、商売道具であるカメラを取り上げられ、遺族たちに殴られていた。
 いつもならば誰もが心の中で待ち望み、そして現実と法律のお陰で実現しない光景である。
 しかしこの日、笠間の当選で殺気立っている遺族たちの前には、法律など通用しなかった。 
 あちこちで報道陣が襲われ、放送機材が破壊され、記者たちがリンチを受けていた。
 その大半が女性や高齢者であるため、機動隊員たちは遠巻きに解散を呼びかける事しかできない。
 鎮圧しようとし、万が一骨折でもしようものなら大変な事になるからだ。

178 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:14 ID:???


「でてこいよぉ笠間ぁあっぁああああああ!!!」

 怒りが限界を超えたらしい会長は、口から泡を吹き出しつつ窓へと飛び掛った。
 だが、ぶつかる直前、二本のたくましい腕が彼のことを掴んだ。
 先ほどの二人組みであった。

「車から離れてください」

「なんだてめぇ!笠間の一味・・・か・・・」

 怒りに表情を歪ませて、今度は二人へと飛びかかろうとしていた会長だが、突きつけられた二丁の拳銃に最後まで言葉を発する事ができない。

「け、拳銃よぉぉぉ!!」

 その光景を見た主婦が叫び、そして群集は更なる興奮へと包まれた。

179 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:15 ID:???



「ど、どうするつもりだそんなもの」

 周囲の群衆が散らばっていく中、会長は持てるだけの勇気を動員して二人を睨みつけていた。
 腕を掴まれている以上逃げる事はできない。
 おまけに相手は二人。そのどちらもが拳銃を持っている。
 と、二人とも掴んでいた腕を離した。

「あとは」「自分たちが」

 呆気に取られる会長を尻目に、二人は車の方へと向き直ると、訓練を受けたもののみにできる無駄のない素早い動作で拳銃を構えた。
 そして、同じく呆気に取られている車内の笠間へ向け、射撃を開始した。

PAM!PAM!PAM!PAM!PAM!PAM!PAM!PAM!PAM!PAM!

 防弾加工を施されている窓に次々と銃弾が命中し、それをヒビだらけにし、そして砕き、車内を目茶目茶にした。
 笠間の頭が、胴体が、腕が、次々と打ち砕かれ、飛び散り、車内へとへばりつく。
 死亡を確認した二人は、満足そうな表情を浮かべると、お互いの頭部へと拳銃を向けた。

『PAM!』


180 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:21 ID:???

 後の調査により、この事件の犯人は退役した自衛官である事がわかった。
 二人はネリュントス攻略作戦に参加し、そして精神に重度の障害を負って退役している。
 その後の経歴は悲惨を極めている。

 まず、今回の事件を画策した加藤道夫元陸士長は、退役後精神病院に入院する。
 無数の死体に囲まれる悪夢を繰り返し見る事により、昼夜を問わず幻覚を見るようになった事が原因と見られている。
 当時の笠間議員による『人殺し』発言の影響により、父親は解雇(後に裁判により会社とは和解)、母親は市民団体による抗議デモが原因で重度の精神病に冒される。
 21歳だった妹は一方的に婚約を破棄され、そのショックにより自殺。
 彼の家族は、笠間によって殺されたのである。

 加藤に共感し、今回の事件に参加したのは吉田美津夫元一等陸士。
 彼の家族はさらに悲惨さを極めている。   
 まず、市民団体による連日連夜の抗議デモにより、彼の両親は心中を行う。
 さらに、押し寄せたデモ隊に暴行を加えられ、彼の祖父は意識不明の重態となり、後に死去。
 精神病院から一時退院を許された彼が見たのは、祖父・両親が急遽入居した墓と、市民団体により荒らされた自宅であった。
 その後、彼の消息は事件直前まで不明となっている。
 自衛隊関係者にとってまさしく悪夢となったこの事件だが、二人のやった事はテロであり、警視庁は『情状を酌量する余地はある』としつつも、二人を殺人罪で起訴、被疑者死亡により書類送検とした。

181 名前: 物語は唐突に 04/05/04 01:23 ID:???

二人が事件直前まで暮らしていたアパートからは、以下のような声明文が発見されている。
 そこから読み取る事ができる彼らの絶望は計り知れない。
 だが、彼らの行った事はテロリズムであり、それは法治国家として許される事では決してない。
 事態の再発防止に向け、関係各省庁に働きかけていくと同時に、現在もなお苦しみ続けている同僚たちのため、我々は行動しなければならないだろう。
                                                          斉藤三弥陸将補

『今回の事件は我々が単独で起こしたものであり、自衛隊とは関係がない。経歴を調べればわかるが、我々はこうせざるを得ない状況下にあり、そしてそこへ追い込んだのは、ありふれた表現であるが“社会”である。
 我々は、ただ、悔しかったのだ。
 命を賭け、国民を救うためにあの地獄に赴き、そして多くの犠牲を払いつつも任務を遂行したのにもかかわらず、それを悪行のように責め立てられ、罵倒され、そして家族を殺されたことが悔しかったのである。
 我々は、これから行う事がテロリズムであると理解して行動する。
 理解されたいとは思わない、同情してほしいとも思わない。
 我々は、ただ行動する。
 これは、我々なりの家族への弔いである。
 願わくば、我々の後に続くものが出ない事を。
 最後になるが、笠間議員の娘さんには大変申し訳ないと思っている。
 が、これは彼の行った非道に対する報いであり、できれば自衛官ではなく、我々のみを呪ってもらいたい。

                                                   加藤道夫・吉田美津夫』


811 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:07 ID:???

「だ、だれかぁぁぁーーー!!」

 また悲鳴と銃声だ。
 この森に入って三日と少し、もう悲鳴も銃声も聞き飽きた。

「またか」「畜生、やつら見つけたらブッコロしてやる」

 周囲を歩く同僚達が怒りと諦観に溢れた感想を漏らす。
 既に中隊は全体の八分の一が死亡するなり後方へ搬送されるなりしている。
 俺達の帰還も時間の問題だろう。
 それまで、できれば五体満足で、無理ならせめて、せめて生きた状態で。


812 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:09 ID:???

 やつら・・・エルフと呼ばれる敵性住民との交戦は終わる気配を全く見せない。
 事の起こりはこの世界の住人ならば容易に予測できるものだった。
 異世界に召還された日本は、どういった理屈か分からないがその人口を大きく減少させていた。
 政府の発表では、著名人や学者など、ある程度世間で名を知られた者以外の50歳以上の人間が消滅し、それと同時に世界の全てとの音信が途絶えたらしい。
 その後、悪夢のような食料統制、第一次帝國戦役、第二次帝國戦役をへて、我々日本人はようやく隣の大陸へ植民地を獲得した。
 JAの音頭の元、数百名から成る官民合同開拓団と、あちこちからかき集めて強引に充足率100%になった一個師団が植民地への展開を終えたのは平成20年の事だった。
 その後の記録はまさしく血塗られた、という形容詞が相応しいものとなっている。

813 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:10 ID:???

 平成21年12月11日、北方森林地帯にて開墾作業中の民間人8名がエルフ過激派による襲撃を受け5名が死亡、3名が行方不明。
 平成21年12月13日、開墾現場にて警戒中の機動隊員12名がエルフ過激派による襲撃を受け死亡。
 平成21年12月14日、北方森林地帯近辺の製紙工場建設現場にて、エルフ過激派による大規模な襲撃が発生、建設作業員48名が死亡、16名が行方不明。
 平成21年12月15日、国会により『エルフ問題特別措置法』が制定、二個大隊が植民地へ増派されることが決定。
 平成21年12月16日、エルフ過激派による市街地への大規模テロが発生、89名の民間人、30名の警察官、18名の自衛官が死亡、60名の民間人が行方不明。
 平成21年12月17日、日本は堪忍袋の緒が切れた。

814 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:11 ID:???

 キレた日本政府の対応は徹底していた。
 直ちに自衛隊と警察合同の鎮圧部隊を派遣し、国内及び植民地付近のエルフ過激派関連施設を強襲、192名の過激派エルフを殺害する。
 数日後から始まった長老派による仲裁を拒否し、航空自衛隊の植民地進出を決定し、習志野空挺団による過激派殲滅作戦を計画する。
 捕虜にしていたエルフから拠点の情報を得られたのは、平成22年1月13日のことである。
 日本政府は狂喜乱舞した。
 彼らの拠点は広大な森林と肥沃な平地、そして油田が存在する夢のような場所だった。
 具体的に言うならば、そこは植民地北方森林地帯。
 そう、全てが始まった場所である。



820 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:24 ID:???

 遥かかなたで轟音を立てて重砲が砲撃を始める。
 巨人の手拍子と表現できるような、重く、腹に響く轟音が聞こえてくる。
 まあ、その姿は肉眼で見えるほど近くにはいないから見えないけどな。

「だんちゃーく、今!!」

 ドカンなんていうレベルではない。
 こんな平地だからこそできる大隊一斉射撃、それも使い道などあるわけもない本土中からかき集められた使い切れないほどの弾薬を用いた、出し惜しみなしジャンジャンバ

リバリどちらさまもって感じの盛大な奴だ。
 あえて擬音にするとすればZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!ZUVO!って、ジ○ジョかよ。
 その賑やかな音に、俺は最大限姿を隠したまま双眼鏡を取り出し、敵陣地を見た。

821 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:27 ID:???

「おーおー舞い上がってるなぁ」

 双眼鏡の中に広がる光景に思わず声が出る。
 木々に囲まれた敵拠点(まあ、どうみてもただの村にしか見えないが)に次々と155mm砲弾が降り注ぎ、空中で炸裂し、何もかもを吹き飛ばしている。
 さすがは陸上自衛隊、職人芸のようないい砲撃だ。
 無数の光弾を吐き出していたトーチカが、あちこちから矢が飛び出していた木々が、ズタズタになって死んでいる同僚達が、次々と舞い上がり、飛び散る。
 小銃弾程度ならば逸らす事のできる奴らの魔法も、VT信管によって空中爆破する155mm砲弾の前には気休めにもならない。




830 名前: 物語は唐突に 04/06/14 12:54 ID:???

「前進よーい!」

 小隊長の号令と共に砲撃が止み、周囲は不気味なまでの静寂に包まれた。
 前方から聞こえてくるのは何かの呻き声、木々の焼ける音、そして同僚達の息遣い。
 89式小銃を握る手に力が入る。
 ふと、出撃前の説明を思い出す。

(この作戦が終了しない限り、日本に明日は無い。日本国民一億五千万の命運が、諸君らの双肩にかかっている)

 わざわざ統合幕僚会議議長閣下が駐屯地まで来ての演説会。
 しかし、そこで語られたのは日本国民全ての命と今後を左右する作戦と、その背景だった。
 他の人のために死ぬのは正直嫌だが、しかし手を出さずにいれば俺も死ぬ。確実に。
 そう考えると不思議と心が落ち着いた。
 生きて帰れば英雄、死ねばそんなの関係なし。何もしなければどうせ死ぬ。
 それらならば、それならばせめて、英雄として戦ってやろうじゃないか。
 そして、絶対に生き残ってやる。生き残って英雄色を好むを実現してやるんだ!

「総員前へぇーすすめぇー!」



443 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:34 ID:???
日本暦4年12月08日1209 日本近海 深度50m 海上自衛隊所属潜水艦おやしお

「目標12時の方向、距離1500。情報どおりだな」

 潜望鏡を覗いていた艦長が呟く。

「魚雷発射準備、信管は手筈どおりにな。間違えても通常信管を使うなよ」

 脇に控えた副長がすぐさま指示を行う。
 それは電話を通じて発射管室へと伝わり、海士たちが魚雷を装填する。

「発射準備よし」

 受話器を握ったままの副長が報告する。

「発射」

「了解、魚雷発射します」

 艦長の短い命令は直ちに実行され、信管を過敏に設定した魚雷が発射される。
 命中すれば確実に撃沈だというのに、潜望鏡内の船は回避行動を取らない。
 それどころか、海中を突き進む魚雷に気づいてすらいないようだ。

「命中まで10秒、8、7、6、5」

 発射と同時に動かしたストップウォッチを眺めつつ副長が秒読みを行う。

444 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:35 ID:???
「・・3、2、1、命中」

 潜望鏡内に写っている船の船尾に巨大な水柱が立つ。
 船尾側の船体が飛び散り、舞い上がり、砕ける。
 見る見るうちに目標は傾斜し、海中へと引き込まれ始める。

「メインタンクブロー、浮上せよ。陸自へ連絡」

「はっ、メインタンクブロー、浮上戦用意。陸上自衛隊はハッチ付近へ集合してください。

 艦長の命令をてきぱきと艦内へ伝える副長。
 最後の命令は艦内放送で行うことを忘れない。

445 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:38 ID:???
<陸上自衛隊はハッチ付近へ集合してください>

「小隊長殿」

 船室で寛いでいた若い陸尉に、年嵩の陸曹が声をかける。

「うん、よーし諸君、仕事の時間だ。ハッチ付近へ集合するぞ」

 そう言いつつ立ち上がり、傍らに立てかけてあった89式小銃を取る。
 ハッチを開け、通路へと出る。

「総員駆け足!小隊長殿に続け!!」

 陸曹が号令を発し、完全武装の陸上自衛官達は艦内通路を駆け出した。


446 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:40 ID:???
王国暦127年黎明の月22日 ファルナス王国沖合

「沈むぞー!船から離れろぉ!!」

 ちゃっかりと自分はボートに乗り込んだ船長が大声で怒鳴る。
 なんだよあの野郎、ちゃっかりボートを確保しやがって。
 既に『大海の淑女』号船体の大半が海面へと没しつつある。
 船尾が吹き飛んだって事は、おそらくは通信室につめていた魔道士は救難信号を発する暇もなく死んじまったんだろうな。
 それにしても船長の野郎、自分だけ助かろうなんて考えが・・・なんかあのあたりの海面盛り上がってないか?

447 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:45 ID:???
「沈むぞー!船から離れろぉ!!」

 ああ畜生、どうして俺の船が・・・大体、さっきの爆発はなんだったんだ?
 今回の積荷は食品や加工品だし、爆発するようなものはなかったはずだ。
 海賊の仕業でもない、シーサーペントにしては手口が妙だ。
 ・・・まあいい、とにかくここを離れなければ。

「船長!!!」

「なん・・・だ」

 体が傾くのが分かる。
 いや、正確には傾いているのはこのボート・・・いや、海面が盛り上がっている。
 一体何が・・・・
 彼が考えられたのはそこまでだった。
 次の瞬間、彼と彼の親しい部下達が乗った救命ボートは、海面へと飛び出したおやしおに叩き飛ばされ、波に飲まれて海面下へと引きずり込まれてしまったからだ。
 当然ながら、彼ら全員が衝撃で即死している。

448 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:45 ID:???
日本暦4年12月08日1211 日本近海 海上自衛隊所属潜水艦おやしお

「浮上完了、船体も安定しています」

 手摺に捕まって衝撃に耐えていた副長が、各所から上がってくる報告をまとめて艦長へ報告する。
 同様に手摺に捕まっていた艦長は、例によって手短に命令した。

「ハッチ開放、浮上戦開始」

「はっ、ハッチ開放!陸上自衛隊は艦上へ!」

449 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:47 ID:???
「よーしハッチ開放の許可が出たぞ!装填!」

 居並ぶ部下達が一斉に89式小銃に装填する。
 乾いた金属音が艦内通路へと響き渡り、そして全員が戦闘準備を完了する。

「ハッチ開きます!」

 待機していた海士が叫び、そしてハッチが開いた。

「手順通りに動けよ!行け!!」

 先頭に並んでいた陸士が梯子を凄まじい勢いで駆け上がり、そのまま艦上へと飛び出す。
 真下を進んでいた次の陸士も、その次の陸士も同様だ。

「異常なし!」

「異常なし結構!総員我に続けぇ!!」

 89式小銃を肩にかけた陸尉が梯子を駆け上り、その後に陸曹が、その下にいる残りの陸士たちが次々と続く。
 あらかじめ定められた場所に次々と駆け込んだ彼らは、安全装置を解除し、周囲を見回した。
 あちこちに浮かぶ浮遊物。
 その大半に人間がしがみ付いていた。
 陸尉は、自身の89式を構えつつ叫んだ。

「撃ぇ!!」


450 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:48 ID:???
数日後 ファルナス王国 港町ゼーン

「やはりニホンの会社じゃないとダメだな」

 家財道具を没収された船長の家を見つつ、食品業者が言う。
 船長はそれなりに裕福な人間ではあったが、しかし損害の額は彼の全財産を投入してもまだ足りないものだった。

「そうだな、奴らは料金もそこそこながら、早く、大量に、そして確実に運んでくれる」

 同じく大損害を被った木材加工業者が言う。
 次々と馬車によって運び出される家財道具を眺めるその表情は険しい。
 どれもこれも、それほど値が張りそうではないからだ。

「ああ、今回は格安だからここに頼んだんだが、失敗だった」

「うん、さて、早速ニホン大使館へと連絡を取らねば」

「そうですな。この損害はそうそう埋まりそうもない。当分はお互い辛いですな」

 二人の業者は元船長宅を後にした。
 彼らには今回の件で生じた損害を一刻も早く埋めなくてはならないという困難な仕事が待っている。
 いつまでも死人に文句を言っている時間はないのだ。

451 名前:物語は唐突に :04/06/19 21:49 ID:???
海中 海上自衛隊所属潜水艦おやしお

「しかしアレだな。潜水艦を用いた通商破壊とは、ようやく日本政府も潜水艦の正しい使用法を学んだようだな」

 艦長席で珈琲を飲みつつ艦長。
 その表情は朗らかなものであり、彼の本来の性格はこうであり、今までの態度は戦闘の緊張から来るものだったことがわかる。

「ええ、護衛艦では魔道士に通報されてしまう可能性がありますからね」

 その傍らで同じく珈琲を飲みつつ手摺に寄りかかっている副長が答える。
 既に戦闘状態は解除されており、現在は作戦行動中とはいえ必要最低限の数しかブリッジにはいない。
 残りの人間達は、仕事を終えた陸上自衛官たち同様、艦内で寛いでいる。

「さて、もう何件か残っていたはずだ。さっさと終わらせて帰港しよう」

「はて、まだ燃料には余裕がありますが?」

 不思議そうに尋ねる副長に、艦長は笑顔で答えた。

「娘の誕生日が近いんだ。できれば家で祝ってやりたい」

「それは・・・全力で努力しないといけませんな」



884 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:08 ID:???
1533 魔法都市ネリュントス地下

「佐久間!しっかりせんか!銃を構えろ!!」

「佐久間陸士長!目を覚ませ!」

 江藤二尉と上田三曹が怒鳴るのが聞こえる。
 分かっている。異世界人は例え女子供であったとしても、十分な殺傷能力のある魔法を放つ事ができる。
 つまり、戦闘区域で見た場合には、遠慮なく銃を向け、少しでも動いたら抵抗したとして射殺してもかまわない。
 躊躇していれば、最悪一個小隊がなすすべもなく全滅する可能性もあるため、それは暗黙の了解として不問とする。
 一部のマスコミや政府とはそう言う約束になっている。
 違う。違うんですよ二尉殿、三曹殿。
 上手く言葉にできない。
 こいつは、この人は、敵意などない。
 ワタワタと振り回す手。必死に何かを伝えようとする口。真面目な表情。
 これは、敵ではない。

886 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:09 ID:???
「佐久間!しっかりせんか!銃を構えろ!!」

 相手に見とれて動かない佐久間を怒鳴りつけつつ、実は俺も見とれていた。
 なんというか、一言で言って美しい。それに尽きる。
 金色の髪、すらりと伸びた肢体、控えめでありつつも自己主張を忘れていない胸の膨らみ。
 素晴らしい。
 美しいという言葉は、まさしく彼女のためにあると言ってもかまわないだろう。

「二尉!江藤二尉!!」

 上田の叫び声が耳に入る。
 まずい、俺も見とれて動作を行っていなかったようだ。
とはいえ、こいつ・・・この女性に対し攻撃してもいいものなのか?
 どうみても、敵には見えない。

887 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:21 ID:???
「だーから私は敵じゃないってばさ」

 まいったわねぇ、いくら言っても攻撃態勢を解いてくれないわ。
 っていうか、どうやら言葉が通じてないみたい。
 もーしょうがないわね、翻訳の魔法を使うしかないか。
 やれやれ、アレは疲れるのに。
 あとでご飯でも奢ってもらわないと割に合わないわね。

「えーと・・・知恵を司る神よ、未熟なる我に力を貸し、新たなる知恵を!!!」

 見た目には何も起きていないけど、これであいつらの言葉が理解できるようになるはず。

「おい貴様!何者だ!動くなよ?動けば撃つ!!」
「二尉殿、かまう事はありません、ブッコロしましょう!」

 あらら、ずいぶんとまずい状況のようね。

888 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:33 ID:???
「ちょ、ちょっと待って!殺さないで!」

 慌てて両手を上げる。
 確かこいつらはこうすれば攻撃しないはず。

「よーしそのまま地面に伏せろ。両手は後ろに!早くしろぉ!」

 ジドウショウジュウとかいう魔道具を構えたまま相変わらず攻撃態勢を解かない連中。
 あーもう、こうなったらストリップでもなんでもやってやるわよ。

「はいはい伏せてやるわよ伏せればいいんでしょうぉー」

 どうせもう服は汚れてるしねぇ。
 いまさら土ぐらいついてもかまいませんよ。

「いいぞ、そのまま!動くなよ!佐藤一士!」

「はっ!」

「手錠をはめろ、注意しろよ?他の者は周辺警戒!早瀬一尉へ伝令をだせ!」

「はっ!おい!動くなよ!」

「生存者を探せ!これだけいるんだ!どこかにいるはずだ!急げ!」

「永井一士他二名、これより伝令に向かいます!」

 なんか忙しそうな連中ね。
 まあ、異世界だろう何だろうと、軍隊なんてこんなもんなんだろうけど。


889 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:34 ID:???
同日1516 魔法都市ネリュントス地下

「なんてことだ」

 悔しそうな顔をした早瀬一尉が呟く。
 隊員達の持つ懐中電灯によって照らされる周囲には、蜂の巣になった元日本国民の遺体が数多く転がっている。
 交戦中に感情に負けてしまった結果なのだろう、所々に苦悶の表情を浮かべた自衛隊員たちの死体もある。
 

「生存者は皆無。か」

 力なく呟いた彼の後ろで何かが動いた。
 それに気づいた隊員たちが小銃を構え、ゆっくりと近づいていく。

「・・・けて・・・たすけてぇ・・・」

 顔を見合わせ、次の瞬間そこへ駆け出す隊員達。
 射殺されたゾンビをどかし、その下に倒れていた女性を助け起こす。

「生存者発見!」「衛生急げ!!」

 報告があがると同時に、広瀬一尉は全力で駆け出していた。

890 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:39 ID:???
「しっかりしてください!」

 その女性は見たところ20代前半と思われた。
 髪の色は茶色、服のあちこちは破れており、漂ってくる匂いから何をされたのかはおおよその見当がつく。
 畜生、異世界人どもめ。皆殺しにしてやる。
 暗い怒りに燃えつつ、俺は女性に歩み寄った。
 表情をコントロールし、可能な限りの笑みを浮かべる。

「もう大丈夫ですからね。直ぐに本土へお送りいたします」

 その言葉に女性はなんとか笑顔らしきものを浮かべる。

「帰れるのね、日本に。ありがとうございます、ありがとうございます」

 涙を流しつつ感謝の念を伝えてくる。
 が、不意に表情を強張らせると、いきなり俺の腕を掴んできた。

891 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:47 ID:???
「友達が、友達がこの先に。お願いです。助けてあげてください。お願いします。私の友達も」

 この先?まずいな。それはまずい。
 負傷者もずいぶん出たし、弾薬もこのままでは怪しい。
 第一、生存しているという保障が・・・
 笑顔で相槌を打ちつつもこんなに考えられる自分に嫌気が差すな。

「ご安心下さい。お友達もすぐに救出します」

 その言葉に女性は安堵の表情を浮かべる。

「よかった。私、単位が危ないの」

「そうなんですか」

 相槌を打ちつつ、俺は彼女がもう助からない事をわかっていた。
 その目は俺ではない何かを見ていたし、顔色は埃と垢に塗れていても青ざめているのがわかるからだ。

「帰ったら、教授におねが、いにいかな、いと。ああ、はやくかえ、ら、ないと・・・・・・」

 俺の腕を掴んでいた手が力なく地面に落ちる。
 ようやく現れた衛生兵が瞳孔を調べ、次に脈と呼吸の有無を調べる。
 そして、右手で開いていた瞳を閉じると「ご臨終です」と告げる。

「ご苦労。負傷者の治療に戻ってくれ」

「はっ」

 畜生、異世界人どもめ。
 奴らにも同じ気持ちを味合わせてやる。
 絶対にだ。覚えていろ。絶対に復讐してやる。皆殺しにしてやる。

892 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:48 ID:???
「広瀬一尉!」

 後ろから大声がする。
 振り返ると、江藤二尉と十数名の隊員がこちらに向けて敬礼をしていた。

「地下への先遣隊の編成完了しました。ご命令を!」

「・・・・・・撤収準備だ。生存者の捜索が終わり次第この施設から撤退する」

「一尉!?」

 江藤が掴みかかってくる。

「理解しろ二尉!もうどうしようもないんだ!ここまで減少した戦力で何ができる!」

「ですが!」

「我々には隊員達を本土へ帰還させる義務がある!忘れたわけではあるまい!?」

 その言葉に江藤の手から力が抜ける。
 だが、続いて上田が口を開いた。


893 名前:物語は唐突に :04/06/29 02:49 ID:???
「お言葉ですが一尉殿。我々は自分達の意思でこの任務に志願しました。
 江藤二尉殿以下我々12名は、こちらのシルフィー殿と共に探索を続行し、生存者の発見、救出に全力を注ぐ予定であります」

 真っ直ぐな目でこちらを見てくる。
 なんだなんだ、どいつもこいつも綺麗な目をしおって。 
 そういう目をするな!・・・・ええぃ。

「無反動砲も持っていけ。地下で使う機会があるとは思えんがな」

「では!?」

 顔を輝かせた江藤の胸に人差し指を突きつける。

「言っておくが江藤二等陸尉。一人でも部下が減っていたらお前をぶっ飛ばす。俺たちはいつまで待てるかわからん。場合によってはお前達を置いて撤退する。それでもいい

な?」

「はっ!了解しました!」

「よろしい、直ちに行方不明の邦人救出にかかれ。以上だ」


894 名前:物語は唐突に :04/06/29 03:06 ID:???
同日1525 魔法都市ネリュントス地下

「これより移動を開始する!各員十分に注意せよ!前進!!」

 江藤二尉殿の号令と共に部隊は前進を開始した。
 総勢13+1名。重火器を持ち、魔法使いを伴っているとはいえ、その数は一個戦闘班。
 しかし、その戦意は旺盛、実戦経験もうんざりするほど積んでいる。
 そしてこの二人。
 
 魔弾の射手『上田三等陸曹』
 接近戦の神『江藤二等陸尉』
 
 共にこの世界に来てから頭角を現し、各地で畏怖を持って語られる生きた伝説。
 それがいるのだ。
 そうそう簡単に負けはしないだろう。
 おまけにここは狭いトンネル。壁は固めた土と石材、所々に補強用の木材。
 無反動砲は使えないものの、自動小銃で戦う場所としては理想的だ。

895 名前:物語は唐突に :04/06/29 03:08 ID:???
「ねえエトー」

「なんだ異世界人」

 途端に頭をはたかれる。
 景気のいい音が響き、ヘルメットがずれる。
 華奢な外見してやがるのに、どっからこんな馬鹿力涌いてくるんだ?

「シルフィーよ、シ・ル・フィー!あなただって『日本人』って名前じゃないんでしょ?ちゃんと名前で呼んでよ!なんなのよさっきから異世界人異世界人って失礼ね!」

 MINIMIのような勢いでまくし立ててくる。
 まったくうるさいな。

「わかった。わかりました。それでシルフィー殿」「シルフィー」

 腰に手を当て、こちらを睨んでくる。
 なんだよ、わかったよ。

「それでシルフィー。どうした?」

「うん、よろしい」

 途端に笑顔になって頷く。
 どうして女ってのはこうコロコロと表情が変わるのかねぇ?

896 名前:物語は唐突に :04/06/29 03:15 ID:???
「でねでねっ。あなたの祖国の事なんだけど」

「ああ、それがどうかしたか?」

「いろいろ教えて欲しいの!」

 両手を組んで可愛らしい声を出してくる。
 上目遣いの仕草とあいまって、その破壊力は絶大だ。

「・・・いや、12・3の女の子ならともかくとして、いい年をしてそれ・・・は、いいんじゃないですか?自分は好みであります」

 途中で殺気を感じたときには遅かった。
 慌てて最後は言いなしたものの、俺の喉元にはいつのまにかシルフィーが取り出した鋭いナイフが鈍く光っており、困った事に周囲の仲間達はそれを故意に無視しているようだった。

「でしょでしょ?でさーどんな所なの?」

 俺の首筋に突きつけていたナイフをしまい、再び笑顔になるシルフィー。
 はぁ、もうどうにでもしてくれ。


897 名前:物語は唐突に :04/06/29 03:21 ID:???
「あの、江藤二尉殿」

 振り返ると、呆れた表情の上田、ニヤニヤしつつ見てくる一士たち、そして同じくニヤニヤしている佐久間が視界に入る。

「早いところ任務を片付けてしまいましょう。シルフィーさんもいいですね?」

「はーい♪」

 もう、どうにでもしてくれ。
 諦めてそう思ったとき、不意に今の状態が気になった。

「なあ」

「なーに?」

 小首をかしげてこちらを見てくるシルフィー。
 金髪がかすかに動き、とがった耳の端が見える。
 畜生!可愛すぎるぅ!!

「あぁ、えーと、ゴホン。どうして君は同行を申し出たんだ?」

 俺はさきほどの出来事を思い出しつつそう尋ねた。

898 名前:物語は唐突に :04/06/29 03:25 ID:???
「そこをどけっ!江藤!聞こえんのかぁ!?」

 俺の眼前に89式小銃の銃口がある。いくつも。
 その先には鬼のような表情を浮かべた陸士たち。そして、短銃を抜いてこちらにしっかりと照準している広瀬一尉。
 原因は簡単だった。俺が射線に立ちはだかっているからだ。
 俺の後ろには怯えているシルフィーが・・・

「なによーあんたたち!アタシはちゃんと降伏したわよ!」

 おびえている・・・

「そもそも降伏以前にアタシあんたたちと戦ってないし!異世界兵は民間人を殺す気ぃ!?」

 おび・・・

「いーわよいーわよ。殺したいなら殺しなさいよー!こちとら伊達に冒険者名乗ってるんじゃないんだからねー!」

 お・・・・

「どうしたのよ!?さあやりなさいよ!化けて出てやる!呪ってやるぅ!祟ってやるぅ!」

「うるさい!少し静かにしていろ!」

 少しは怯えろよ。交渉しづらいじゃないか。



362 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:19 ID:???
同日1535 魔法都市ネリュントス地下

「・・・の!・・・二尉殿!・・・江藤二尉!!」

「ぬぉ」

 ふと我に返ると、眼前に明らかに怒っている上田の顔があった。
 よほど怒っているらしく、その声は押し殺したものとなって・・・いや、これは。
 
「この先、か?」

 目の前には怪しげな扉がある。
 数名の陸士が取り付き、トラップの有無や扉の向こうを窺っている。

「シルフィー殿によると、この先に何かを感じるそうで。実際、自分も少々気色悪いです」

 言われてみると、確かにこの不自然なまでの空気の冷たさと、何かが皮膚にまとわりつくような違和感は気色悪い。
 異質な何かがこの先にあるのは間違いない。

「失礼します」

 そこへ扉を調べていた一士の一人が報告に来る。

「ご苦労佐藤一士。どうかね?」

「はっ、トラップらしき痕跡は見当たりませんでした。また、施錠もされていないらしく、開けようと思えば直ぐに開けることが出来ます」

 佐藤一士も違和感を感じるらしく、報告するその表情は微妙に冴えていない。

363 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:20 ID:???
「シルフィー」

「なにエトー?」

 俺の斜め後ろにいるはずのシルフィーを呼ぶ。
 現れたシルフィーは、誰からか貰ったらしい糧食を食べていた。

「なにやってんだお前」

「だってお腹空いたんだもん」

「飯なんぞ後で好きなだけ食わしてやるからちょっとばかり質問いいかな?」

「いいよー、あ、それじゃあワタシも何か作ってあげるね」

「そいつはありがたい」

 到底戦場で行われる会話とは思えないものを交わすと、俺は本題に入った。
 あまり和やかにしていると上田に殺されかねないからな。 

「この先、どんな感じなんだ?上田から聞いたが、その感想ではアバウトすぎる」

「そーねぇ・・・うーん」

 考え込みだしたシルフィーを一同は大人しく待った。
 問題が発生した場合、専門家を焦らせてもロクな解答が得られるはずがない事を、彼らはこれまでの経験で知っていたからである。

「とにかく、感じるのよ」

 ようやく出てきた答えは、まったく役に立たなかった。

364 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:20 ID:???
 諦めた江藤は部隊を前進させた。
 扉の先に3名の斥候を出し、異常がなければ全員が前進するという手堅い方法である。
 だが、そのような配慮は必要なかった。
 扉の向こうは、所々に怪しげな柱が林立する、実に怪しげな広間だったからである。
 その中心部分にはかすかに発光する魔方陣。無数の女性たち。人型こそしているものの、どう見ても人間には見えない化け物。そして・・・服装から邦人とわかる死体の山



「全員物陰に隠れろ。シルフィー、連中の言葉を翻訳してくれ、どうやらお前さんがたとは違う言語らしいからわからん。上田、狙撃用意」

 手早く指示を伝えると、物音一つ立てずに一同は物陰へと潜んだ。
 可能な限り静かに弾倉を交換し、各自で狙いをつける。

「それじゃ訳すわね」

 傍らに伏せるシルフィーが呟き、相手が話し出すのを待つ。

365 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:22 ID:???
「おおおおお」

 女性たちのどよめきが広がる。
 無数の日本人女性たちの遺体が広がる魔法陣。
 その中心に立っている何か。
 エルフのように伸びた耳。尖った牙。醜く歪んだ顔。奇妙な形状の胴体。大きく膨らんだ腕。無数の触手。
 それは見るからに邪悪な存在だった。
 しかし、暗黒教徒からしてみれば、それは信仰の対象、神である。
 女性たちは感激の涙を流し口々に「魔王様」というと、全身を地面へとひれ伏して主の光臨を祝った。

「人間よ。一つだけ言いたい事がある」

 それは口を開いた。

「はい、何なりと魔王様」

 一番近い位置にいた高位司祭が、全身を喜びで振るわせつつ言った。
 まともな美意識を持っている人間ならば誰もが欲情するであろうその顔は上気し、美しい瞳は感激と興奮のあまり潤んでいる。
 しかし、彼は汚らわしいものでも見るかのような表情を浮かべ、そして言った。

「私は魔王様ではない、上級魔族だ。無礼な間違いをするでない」

 歩み寄った上級魔族は、逞しい腕で高位司祭の首を切り飛ばし、そして血液を垂れ流す肉体を掴んだ。
 どう控えめに見ても女性として完璧なプロポーションのそれに喰らいつき、噛み砕き、咀嚼し、嚥下した。

366 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:32 ID:???
「あ、あれは魔王ではないわ。しかしなんてこと。上級魔族だなんて・・・」

 一方こちらは様子を窺っている自衛隊員たち。
 その先頭で通訳をしつつ、シルフィーは本気で怯えていた。
 実際に魔王が光臨したとすれば、もはやそれはどうしようもない。
 異世界人の軍隊は確かに鬼神のごとき強さを持っているが、本物の神にはかなうはずもない。
 その意味では確かに助かった。
 しかし、魔族というのは途方もなく強い。
 おまけに、今回の相手は上級魔族。
 14人の人間とエルフでどうにかなるような相手ではない。
 しかし、江藤達はそう判断しなかった。
 物陰から素早く飛び出すと、適度に間隔を開けつつ射撃体勢を取ったのだ。

367 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:33 ID:???
「全員動くなぁ!動けば殺す!武器を捨て、両手を頭の上へ!早くしろぉ!!」

 悪鬼のような表情を浮かべて江藤が怒鳴る。
 その目は既に狂気を帯びており、少しでも逆らえば確実に引き金を引くと確信できる。
 他の隊員達も同様である。
 床に転がる乗客たちの遺体に目をやり、殺意の篭った視線を信者達に送り、そしていつでも一斉射撃が行えるように小銃を構えている。 
 だが、上級魔族と呼ばれた男は不敵な笑みを浮かべ、こちらを見ている。
 江藤はその態度にキレた。

「そこのお前!早くしろ!殺されたいのか!!?」

「我を滅ぼすと?ふむ、なかなか面白い冗談だな異世界人。やってみたまえ」

 余裕を持つ事は大切だが、愚かだな。
 笑みを浮かべて小銃を構え、そして我々は射撃を開始した。
 室内を満たす轟音、マズルフラッシュ、硝煙の匂い。
 だが、銃声が止んだとき、奴は無傷で立っていた。

368 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:34 ID:???
「それで、終わりか?」

 なんてことだ。こんな馬鹿なことが・・・
 俺たちの放った銃弾は、全てが空中で眼に見えない何かにぶつかり、ひしゃげていた。
 やがて、地面にポトリと落ちていく。

「う、うてぇーうてぇーーー!!」

 恐怖に震える誰かの叫びと共に、俺たちは再び射撃を開始した。
 次々と銃弾は飛んでいく。
 そして、そのほとんどが見えない壁にぶつかり、そして地面へと落ちる。
 時折、大きく外れた弾が床や異世界人に命中するが、目の前の男には一発も命中しない。
 江藤達と共にここへ来ていた佐藤一士は恐怖に怯えていた。
 信じられない事に、前方の男はあれだけの5.56mm弾を一つ残らず防いだ。
 冗談じゃないぞおい!一体何発撃ったと思ってやがる!!!

「これだけか。つまらん」

 奴はそう言うと、こちらへ向けて右の手のひらを向けた。
 なんなんだ?
 そう思った瞬間、奴の右手は光りだした。
 ま、まさか・・・・

「ライトニングだ!!!」

 佐久間陸士長の叫び声が聞こえる。
 やばい、逃げなくては。
 彼が考えられたのは、そこまでだった。

369 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:43 ID:???
「佐藤ぉーーーーー!!!」

 光り輝くライトニングボウが佐藤一士を消し飛ばした。
 そう、文字通り消し飛ばしたのだ。
 かろうじて見える程度の速度で着弾した瞬間、佐藤一等陸士は全身から眩いばかりの閃光を放ち・・・そして、消え去ってしまった。
 肉片一つ、戦闘服の切れ端すら残さずに。
 畜生、畜生・・・・畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!!!!

「撃てぇぇぇぇ!!!ぶっ殺せ!!!」

 最初に叫んだのが誰だったかはわからない。
 しかし、次の瞬間には全ての自衛官が怒りにその表情を歪めて一斉射撃を開始した。
 自衛隊の装備とは思えないほど素直に稼動してくれる89式自動小銃は、ここまでの道中と変わらず、完璧な動作を繰り返して5.56mmNATO弾を発射し続けた。
 だが、全員が射耗し、弾倉交換を始める段階になっても、上級魔族はそこへ立ち続けた。
 退屈そうな顔をしつつ。
 江藤二尉が歩き出したのは、その時だった。

370 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:50 ID:???
「なるほど、撃つだけ無駄、とういうことなのですな?上級魔族殿」

 江藤は怯えたような表情を浮かべつつに言った。
 その顔は畏怖の念に満たされており、服装を変えれば暗黒教の信者になれそうなほどだった。
 小銃を握る手には力が無く、隙を窺っている様子もない。
 その姿は、まるで自分を取り囲む警官隊に投降しようとしている強盗犯のようだった。
 
「ようやく学習できたな異世界人。さあ、どうする?もっと私を楽しませろ」

「そうですな・・・・ここは一つ」

 そこまで言うと、江藤は言葉を切り、彼を見つめた。
 緊張が、張り詰めるだけ張り詰めた。
 誰もが江藤の次の行動を見守った。
 
 江藤は、89式小銃を投げ捨てた。

371 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:51 ID:???
 ノロノロと、地面にひざまずく。
 両手をしっかりと地面に付け、そして頭を垂れる。

「命乞い、か。惨めだなぁ異世界人」

 そう笑った上級魔族の背後で、いつの間にか回り込んだ一士による一斉射撃が開始された。
 しかし、一斉に放たれた銃弾は、例によって魔法障壁によって阻まれ、空中で静止する。

「効かぬわぁ」

 再び右手を向ける。
 その手の中に輝きが生まれる。
 最初に佐藤一士を消し飛ばした魔法を放とうと、上級魔族が目を細めた瞬間。

「今だ!!」

 命乞いをしていたとばかり思われていた江藤が叫ぶ。
 いつの間にか伏せ撃ちの体勢になっていた上田が目を狙い、続けざまに5発発砲する。
 一発目、わずかに外れ、頬を傷つける。
 だが、そこまでだった。
 残りの四発は、不意を付いたはずなのに止められてしまう。

「効ぃぃかぁぬぅわぁぁぁぁぁぁ!」

 得意そうな表情の上級魔族が、大声で叫びつつ左手を上田に向ける。
 その場にいた誰もが死を覚悟した。

372 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:54 ID:???
BASYUN!!

 佐久間の放った110mm対戦車弾は、呆気に取られた一同の見守る中、上級魔族の背中へと突き進む。
 そして・・・魔法障壁に激突した。
 今まで通りならばそれで終わるはずだった。めり込み、やがて地面に落ちる。
 ところが、今まで通りにはならなかった。
 対戦車ロケット弾というものは、物にぶつかる事によって初めて爆発するものである。
 そう、魔法障壁に激突したロケット弾は、設計どおりの性能を発揮し、成型炸薬の放つ超高温の奔流を叩きつけたのだ。
 そして、物体は防いでも空気は防がない魔法障壁は、破片以外の全てを通した。

「ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉぉAAAAAAAAAA」

 背中を焼き尽くされ、その温度によってさらに全身を焼かれつつ、上級魔族は遂に地面へと倒れ伏した。
 そこへ殺到する銃弾。
 今度は障壁は発動しない。
 全身に5.56mmNATO弾を次々と叩きつけられる。
 その腕が、足が、腹が、次々と引き裂かれ、周囲へと飛び散る。

「ええええいぃぃぃこぉざぁかぁしぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 喚き散らす上級魔族。
 先ほどまでの余裕に満ちた態度は消え去り、そこには苦痛と悔しさに喚くだけの存在がいた。
 既に両手両足が千切れているため、惨めに地面を這いずり回る事しかできない。
 と、その頭部に江藤の小銃が突きつけられた。

「テメェは俺の部下を殺した。だから死ね」

PAPAPAN!PAPAPAN!PAPAPAN!PAPAPAN!!!!

 頭部はグチャグチャに砕け散り、それが先ほどまで生物であったとは思えないグロテスクなオブジェに姿を変えた。

373 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:55 ID:???
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」「じょ、上級魔族さまぁあ!!」

 司祭たちの悲鳴が鳴り響く。
 しかし、先ほどまでそこに立っていた上級魔族は頭部を含む全身を破壊されており、微かに筋肉が痙攣しているだけだった。

「おい!集まれ!復活されたら面倒だ!」

「はっ!!」

 江藤の言葉に隊員たちが集まる。
 そして、命令されるまでも無く死体目掛けて一斉に発砲した。
 次々と送り出される銃弾によって遺体はまさしく粉々という表現が正しいほどに分解されていく。
 骨が砕け、肉が引き裂け、怪しい色をした液体が飛び散る。
 信者たちは見ていられなかった。
 上級魔族の痛々しい姿をではない。
 遺体を砕く自衛隊員たちの、マズルフラッシュに照らし出される狂気に歪んだ笑みを、だ。

 本来ならば最強を誇るはずの上級魔族は、現代科学と自衛隊員たちの狂気の前にあっけなく倒された。

374 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:58 ID:???
「生存者を捜索し、撤収するぞ」

 先ほどまでは動いていたものに背を向け、江藤は言葉少なめにそう言った。
 と、そこへ暗黒教の司祭が飛び掛った。

「しねぇぃぃぃぃぃ」

 涙と鼻水と涎とを撒き散らし、血走った目と振り乱した髪によって、その外見は化け物としか言いようが無いものになっている。
 大型のナイフを振りかざし、一気に距離を詰める。
 そして、残り1mを切り、ナイフを突き出したところでその左眼に89式小銃の銃口が突き刺さった。
 突撃の勢いと突き出した威力が合わさる。
 水晶体が弾け、飛び散り、視神経が押し込まれる。

PAPAPAN!!

 衝撃で頭部が砕け散り、脳髄と頭蓋骨がシェイクされたものが飛び散る。
 頭部を大きく破損させた遺体は、勢いよく地面へと叩きつけられる。
 筋肉が痙攣を起こしてはいるものの、明らかに死んでいる。

「なるほどなるほど、そういうわけなんだな諸君」

 部屋の片隅に集まっている司祭たちを見る江藤。
 その表情は極めて暗く、狂っていた。

375 名前:物語は唐突に :04/07/08 07:59 ID:???
同日1620 魔法都市ネリュントス市内暗黒神殿地下祭殿

「あ、あんたらの仲間が来たんだな」

 トムが怯えきった表情で階段の上を見る。
 そこからは絶え間ない銃声と悲鳴が聞こえてくる。

「ねぇトム君!降伏しよう!自衛隊は捕虜を取るのよ!」

 腹部に怪我をしているOLが言った。
 彼女はストックホルムシンドロームに見事にハマり、このトムという若い少年の事を愛し始めていた。
 とはいえ、連戦連勝を続ける自衛隊の事は彼女も知っている。
 そして、例え自分が手伝ったところでどうしようもないことを。
 だからこそ、降伏を呼びかけている。
 そして、トムの方も彼女を愛していた。
 ロクな人生を送ってこなかった彼にとって、自分のことを愛してくれるという存在は初めてだったからだ。
 だからこそ、彼は悩んだ。

376 名前:物語は唐突に :04/07/08 08:01 ID:???
「う、うん、そうだね・・・いや、でも魔王様を裏切るわけには・・・」

 手の中にあるナイフを眺めつつ、力ない表情で呟く。
 どうすればいいんだ。魔王様は俺の全てだ。しかし彼女は俺の事だけを見て、俺の事を愛してくれる。
 どうしたらいいんだ。どうしたら。
 ・・・そうか、簡単な事じゃないか。彼女も暗黒教の信者にしてしまえばいいんだ。
 そうすれば彼女の命は助かる。なんだ、簡単じゃないか。
 時間にすれば一瞬の事だった。
 そして、その一瞬が、命取りだった。

 PAPAPAN!!

377 名前:物語は唐突に :04/07/08 08:05 ID:???
 牢獄の中から眺めていた彼女の視点ではこうだった。
 彼女の愛するトム少年は、自分の必死の呼びかけにより、カルト教の教祖よりも自分を信じようと必死に悩んでいた。
 あと一歩だった。あと一歩で彼は私の方を向いてくれる。頑張らなくては。
 そう心に誓った瞬間、爆竹のような音が鳴り響いた。
 そして、トムは背中から血を噴き出しつつ、彼女の視界から飛び去った。
 ここが戦場である事を十分承知している彼女は、現実を正しく理解した。

「・・・・・・・・い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

378 名前:物語は唐突に :04/07/08 08:09 ID:???
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ビンゴ!人質発見だ!
 上の階の信者たちを皆殺しにしてしまったため、一体どこに人質を隠しているのかわからなくなったのは痛かったが、まあ、結果オーライっていう奴だな。
 そう思いつつ、彼は足早に敵兵へと近づいた。
 油断無く銃口を向けつつ、脇に転がっているナイフを蹴り飛ばす。 
 そのまま左を向く。
 そこには、彼と彼の仲間たちがはるばるこんな地底の底まで来る理由であったものがいた。
 そう、231便の乗客たちがいた。

「我々は陸上自衛隊です!もうご安心下さい!直ぐに本土へお送りいたします!」

 とうとう言えた。
 まさに感無量だな。
 しかし、どうしてこの人たちは唖然とした表情をしているんだ・・・?
 ああ、なるほど。

「ご安心を、こいつはもう動けませんよ。それに、この上の階には大勢の仲間がおります。もう大丈夫ですよ」

 そう言ってもまだ唖然としている。
 可哀想に、よほど怖い目にあったんだな。
 まあいい、あとは医者やカウンセラーに任せよう。

「江藤二尉ぃー!人質を発見しました!!!」

379 名前:物語は唐突に :04/07/08 08:13 ID:???
 俺の叫び声に反応し、すぐさま仲間たちがやってくる。
 最初に現れたのは予想通り江藤二尉殿だ。

「よくやった佐久間!!衛生!直ぐに来い!!」

 どやどやと隊員たちがやってくる。
 救急箱を持った衛生兵が、小銃を肩に下げつつ飛び込んでくる。
 文句を垂らしつつ担架を担いでいた一士たちがやってくる。
 やった、俺たちはやったんだ。
 とうとう、とうとう救出できるぞ!!

380 名前:物語は唐突に :04/07/08 08:21 ID:???
 トムが、死んだ。
 私の愛したトムが、死んだ。
 目の前の自衛隊員が何か言っている。
 「ダイジョウブデスカ?」ええ、私はね。
 それより、トム君を見てあげて。
 彼はいい人なの。私を愛してくれたの。私が愛してたの!!!
 助けてよ。ねぇ。現代医学は凄いんでしょ?ねぇ!

「助けてよ!!!」

381 名前:物語は唐突に :04/07/08 08:24 ID:???
「助けてよ!!!」

「落ち着いてください!もう大丈夫ですから!」

 撤退の準備を始めていると、女性の金切り声と衛生兵の叫び声が聞こえてきた。
 どうやら錯乱状態にあるらしい。可哀想に。よほど辛い目にあったんだろうな。
 倒れている見張りらしい男に飛びつこうとしている。
 なるほど、よほど恨みがあるらしい。
 自分の手で殺せなかったのは残念だろうが、佐久間の三点射撃のおかげで奴は完全に、もうこの上なく完璧に死んでいる。
 まあ、そこらへんは諦めてもらうしかないな。
 さて、それよりも撤収準備だ。 


414 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:05 ID:???
同日1907 魔法都市ネリュントス市内

「急げ!急ぐんだ!!」

 その言葉に反応し、射撃を続けていた一士たちが後退を始める。

「落ち着け!防御線を崩すな!」

 相変わらず単射での的確な射撃を繰り返す上田が怒鳴る。
 現在は監禁されていた邦人を救出しての撤退中である。
 最初に気づいたのが誰かは忘れたが、とにかく気がついたとき、彼らの背後には無数の化け物たちがいた。
 奴らは魔法を使い、鋭い爪で切り裂き、そしてかなりの数を撃ちこまないと死なないほど硬かった。
 本来ならば全速力で逃げ出したいところだが、全員で背を向けて走ったら最後、一人も地上へは戻れない。

「・・・・・万物の精霊よ、この者たちに精霊の祝福を!!!」

 隣から凛とした声が響くと同時に、いい加減言う事を聞かなくなり始めていた体が軽くなる。

「どう?少しは楽になったでしょ?」

 シルフィーが笑顔で話しかけてくる。
 返り血と汚水に塗れているというのに、相変わらず美しい。

「おう、ありがたい」

 なんとか様になっている笑顔が浮かんでいるといいのだが、と余計な事を考えつつも前方を向き、射撃を行う。
 予想外の展開ではあったが、なんとか20人の生存者を救出できるようだ。
 しかし、正直驚いたな。まさかあんな小さな子供が生き残れていたとは。
 シルフィーのスカートを掴んでいる少女を見る。
 こちらの視線に気づき、「なに?」という表情でこちらを見てくる。
 半ば腐った母親の死体にしがみついていた彼女は、可哀想な事に口が利けなくなっていた。

415 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:06 ID:???
「もう、大丈夫だからな」

 左手を銃から放し、頭をなでてやる。
 光り輝く何かが視界の端を通り過ぎ、数名の悲鳴が上がる。
 畜生、何がおきたって言うんだ。

「二尉、二尉殿!!」

 血まみれになった一士が叫ぶ。
 その左腕はズタズタになっている。

「た、助けてください!助け・・・」

 突然、火炎が彼を飲み込み、一瞬で他の数名も飲み込む。
 天井が崩落し、凄まじい土埃が周囲に立ち込める。

「全員伏せろ!同士討ちに気をつけろ!!」

 上田が叫んでいるのが聞こえる。
 なんだ?何が起きている!?

「風の精霊よ、その力を貸し、邪なる者達に裁きの刃を!」

 シルフィーの叫びと共に突風が吹き荒れ、土埃が前方へ向けて吹く。
 化け物の悲鳴が轟き、そして周囲は静かになった。

416 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:08 ID:???
「そ、そんな・・・」

 土埃がなくなった結果、絶望的光景が目に入った。
 先ほどまで生存者達を励ましつつ戦闘を行っていた一士たちは崩落した天井の向こうに分断されていた。
 時折銃撃音が響いてくる事から未だ生存しているのが分かる。
 先頭を行く俺達と、最後尾を勤める彼らが分断されているという事は、ということは。

「イヤァーーーーー!!!」

 生存者の一人が叫ぶのが聞こえる。確かあの人は子連れだったはず。
 飛び込むような勢いで土砂へと飛びつき、そして両手で埋まってしまった子供を救い出そうとしているようだ。

「奥さん落ち着いて!落ち着いてください!」
 
 佐久間がその手を押さえようとするが、逆に振り払われてしまっている。
 と、左足を掴まれる。
 全身を焼かれた女性が、既に炭化している我が子を右手で抱え、明らかに機能していないであろう白濁した両目でこちらを見上げている。

「お、お願いします。私の子供を、わたしのこどもを日ほんへ・・・」

 そこまで言ったところで力尽きる。

「二尉ぃー二尉どのぉーー!!」

 銃声と共に絶叫が土砂の向こうから聞こえてくる。
 なんてこった・・・なんてこった!!

417 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:10 ID:???
「二尉ぃー助けて、助けてくださいーーー!!」「畜生!弾がない!誰かないか!!」「出してくれ!ここから出してくれ!!!」「私の子供!私の子供ぉぉ!!!」

 絶叫が響き渡る。
 ここまで来たのに、せっかくここまで来たのに。どうして最後の最後でこんな目にあわなきゃいけないんだ。

「エトー・・・」

 俺を呼ぶ声が聞こえる。
 この声はシルフィーの様だ。良かった・・・不謹慎な事だが、彼女は無事だったらしい。
 しかし、振り返った俺は絶句した。

「エトー・・・貴方は・・・無事、だったのね。良かった・・・」

 彼女は・・・シルフィーは・・・崩落した天井の角材で、そのか細い背中を押さえつけられていた。

418 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:12 ID:???
「し、シルフィー!!」

 慌てて駆け寄り、角材をどかそうとする。
 しかし、彼女の胴体よりも分厚いそれは、俺一人が頑張ったところでびくともしない。
 
「しっかりしろ!しっかりするんだ!う、上田!佐久間!!」

 俺の叫び声に上田と佐久間が駆け寄ってくる。
 が、彼女を見るなり首を振る。

「何をしているか!早く手伝え!!早く!」

「よくみてください二尉殿」

 奇妙なまでに無表情の上田が指差したその先には、裂けたシルフィーのわき腹と、そこから飛び出た内臓・・・・

419 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:15 ID:???
「泣かないで、エトー・・・」

 シルフィー、死ぬほど痛いだろうに。
 どうしてそんな笑顔ができるんだ。いや、畜生。この笑顔には見覚えがある。
 そうだ、開戦初期に目の前で逝った同期のアイツと同じだ。

『なあ江藤、ここの空は、本当にきれい、だなぁ・・・』

 激痛も死の恐怖も、何もかもを超越したあの表情。この笑顔は、出血多量で逝った昔の同僚と同じだ。
 そうか、彼女はもうダメなんだな。
 頭ではわかっているのに、口は全然違う言葉を吐き出す。

「シルフィー、俺に飯を作ってくれるんじゃないのか!?なあシルフィー、シルフィー!!作ってくれるんじゃないのかよ!!」

 初めて死体を見た新兵のように自分が取り乱しているのがわかる。
 ここはそっとしておくのが一番だと経験ではわかっているが、感情がそれを許さない。

420 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:16 ID:???
「ごめんねエトー、ごめんね。私、約束守れないよ」

 ああ、シルフィー謝らなくていいんだよ。悪いのは非力な俺なんだ。
 女一人護れない俺がいけないんだよ。だからそんな顔をしないでくれ。責め立ててくれ、なじってくれ。

「エトー・・・暗いよ、どこにいるの?エトーォ・・・」

 急速に彼女の声が小さくなっていく。
 特徴のある耳が垂れ下がっている。瞳が濁っている。

「ここだよ!俺はここだよ!」

 薄れゆく意識でも聞こえるように、大声を出す。
 銃を投げ捨て、両手で彼女の左手を握る。

「エトー、あったかい・・・」

 それが、彼女の最後の言葉だった。 


421 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:17 ID:???
同日1940 魔法都市ネリュントスのどこか

 それからどうしたかはよく覚えていない。
 とにかく気が付いたときにはどこかの屋上にいた。
 12人で突入したはずの俺達はその人数を3人にまで減らしており、そして生存者たちもまた、その人数を15人にまで減らしていた。
 先に撤退した部隊は既にここを放棄していたらしく、周囲には他に人っ子一人いない。

「落ち着かれましたか二尉殿?」

 周囲を油断なく窺っていた上田三曹が声をかけてくる。

「あ・・うん、すまなかった」

「気にせんで下さい」PAM!

 笑顔で答えつつ空を飛んでいたガーゴイルを撃つ上田三曹。
 相変わらずその射撃の腕は落ちていないらしい。

Pi−Pi−!!

 無線の呼び出し音が聞こえる。
 恐らくは先に撤退した部隊からの呼び出しだろう。直ぐに救援を呼ばねば。

422 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:18 ID:???
 江藤二尉はどこかと連絡を取っているらしい。
 内容から判断するに、救出部隊がこちらへ向かってくるようだ。ありがたい。
 不意に、戦闘服の裾を引っ張られた感触がした。
 振り返ると、例の少女が不安そうな顔で俺の服を掴んでいる。

「大丈夫だ。絶対に家に帰してやる。もう少しの辛抱だからな?」

 笑顔ができていればいいのだが、そう思いつつ苦労して腕をあげ、少女の頭を優しく撫でてやる。
 途端に少女は顔を輝かせ、ポフ、という擬音が似合う感じで抱きついてきた。
 そのままグリグリと顔をこすり付けてくる。

「モテモテだな陸士長。落ち着いたら警戒に移れよ」

 苦笑しつつ上田三曹が離れていくのが分かる。
 落ち着けたよ、ありがとうな。
 左手で少女を抱き、その感触を確かめ、そして決意する。
 せめて、せめてここにいる人たちだけでも助けてやる。例えこの身が果てようとも。必ず。絶対に、だ。


424 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:23 ID:???
「一機だけ?他には・・・無理なのですね?・・・・・・はい、わかりました。いえ、お気遣いなく。オワリ」

 はて、江藤二尉殿は救援がくるらしいのにずいぶんと暗い表情をされている。
 何か問題でもあったのだろうか?
 ・・・待てよ、なるほど。それは・・・しょうがない、か。

「上田、聞いたな?」

 何かを決意した表情の江藤二尉殿が話しかけてきた。
 
「はい、何も問題はありません」

「そうか・・・・・・すまない」

 黙って頭を下げる二尉殿。

「江藤二尉殿。おやめ下さい、兵の前で士官が下士官に頭を下げるなどもってのほかです」PAPAPAN!!

 会話をしつつ、ごくごく自然な動作で射撃を行う上田。
 驚く江藤の視界の外れで、頭部を吹き飛ばされたガーゴイルが落下していくのが見える。

「まったく、たいした腕だよお前は」

 苦笑しつつ、江藤は銃を構え直した。

425 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:26 ID:???
同日2002 魔法都市ネリュントス コードネーム”オタスケマン01”LZ

「きたぞー!!!」

 上空からの襲撃に備えていた佐久間陸士長が叫ぶ。
 暗闇を切り開き、一筋の光が見えてくる。
 それと同時に、聞き慣れた、そして頼もしいエンジン音が聞こえてくる。

「オタスケマン01だ!救援ヘリだ!!助かるぞーー!!!」

 上田三曹の叫びと共に、それまで死体のように大人しくうずくまっていた生存者たちがその顔を上げる。
 どの顔も、希望に満ちている。

「おっしゃあ!やっと家に帰れるな!!」

 階段を睨みつけつつ江藤が言う。
 その表情も明るい。

<こちらオタスケマン01、サバイバー聞こえるな>

426 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:27 ID:???
 無線から声が流れる。
 やれやれ、無線機というものがこれほどまでにありがたく思えたのは入隊以来初めてだな。
 すかさずマイクに飛びつき、そして告げる。

「感度良好、こちらサバイバー。江藤二尉以下17名だ」

<もう間もなく到着する。ライトが見えるだろう?>

「そちらは視認できている。一応ライトを振るか?」

<いや、暗視装置はある。サーチライトはお前たちを安心させるためにつけただけだ。ライトを消し次第着陸する。そちらも用意てくれ>

「了解。心遣いに感謝する。交信終ワリ」

427 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:28 ID:???
「みなさん!これからヘリコプターが着陸します!風圧を避けるため、全員階段出口の裏側に回ってください!!」

 交信を終え、佐久間に頷くと、彼はすぐさま大声で生存者たちに指示を下し始めた。
 我々に従うことのみが現状で生き残る手段だと分かっている彼女らは、すぐさま屋上に突き出す形になっている階段出口の裏に回りこむ。
 やがて、ヘリの放つローター音とエンジン音は、その大きさと頼もしさを増しつつ接近してきた。
 サーチライトが消える。

「姿勢を低く保ってください!ヘリコプターの後部へは回り込まないように!テールローターに巻き込まれます!
 ご安心下さい!全員が搭乗できます!慌てずに!怪我のひどい方から運びます!」

 佐久間が落ち着いた口調で怒鳴る。
 距離は近づいているものの、着陸に伴い回転数は徐々に落ちているために、怒鳴ればなんとか爆音に混じって聞こえる。
 彼の言葉を聞き、女性たちは姿勢を低くしていく。

428 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:31 ID:???
 攻撃を避けるために消していたはずのサーチライトが突然灯る。
 スピーカーの電源が入っていることを示す微妙なノイズが聞こえ、そして大音量が辺りに響き渡った。

<こちらは陸上自衛隊です。ただいまより救出活動に入ります。みなさま、ご安心下さい!当機にはみなさま全員を乗せることのできる容量がございます!>

 パイロットの奴、ずいぶんと気が利くな。
 おかげで搭乗作業が楽になりそうだ。

「さあ、もうヘリコプターが来ましたからね、安心してください」「大丈夫よ、もう助かるわ!」

 背後で、OLが仲間たちに励まされている。
 医官は輸血パックやらなにやらを持ってきているはずだ。彼女も助かるだろう。
 考えている間にもヘリは高度を落とし、やがて凄まじいダウンウォッシュが来る。

「階下への監視を怠たらないでください!」

 一番無防備になる瞬間を突かれてはたまらない、階下を睨んでいる俺に佐久間の怒号が聞こえる。
 おいおい、上官は俺だぞ。
 そう心配しないでもいいだろうに。
 15分かけて散々調べた結果、少なくとも物理的にこの階へ上がってくるにはこの階段を使うしかないし、その階段にはブービートラップを仕掛けてあるんだ。気づかれず
にここまでくるなんて無理だよ。

429 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:33 ID:???
 そうこうしているうちに、UH−60Jは着陸した。
 するなり扉が開き、医官が医療鞄を抱えて飛び降りる。

「お待たせいたしました!一番怪我がひどい方はどなたでしょうか!?」

 彼は飛び降りるなり俺に向かって叫んできた。

「今忙しい、佐久間!」

「はっ!佐久間陸士長ここです」

 素早く佐久間が飛んできて敬礼する。

「岡崎さんから運ぶように、それと、副操縦士に協力してもらって荷物を下ろせ」

「はっ!こちらです!!」

 直ぐに医官を連れて佐久間は走り出す。
 ふむ、この調子ならば全ては丸く収まりそうだな。

430 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:35 ID:???
「さあ落ち着いて!ゆっくりとでいいので乗り込んでください!」

「さあ次はこっちだ!中身は84mm無反動砲と弾だ!せーの!!」「よっ!」

 六人目の民間人が乗り込んできた。
 残すところ九人か、うん、これなら大丈夫だろう。荷物の搬出も進んでいるようだしな。
 妨害は皆無だし、熱源探知では大雑把ながら死体以外の反応もなかった、ヘリの調子もいい。
 この悪夢のような作戦の最後を飾るにしては素晴らしい展開だな。
 そう、物語のおしまいは『めでたしめでたし』と我が国では決まっているんだ。そうこなくては。

431 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:40 ID:???
 搬出作業は順調に進んでいる、というか完了した。
 89式とMINIMI、その弾薬が一杯。84mm無反動砲と弾薬、手榴弾も一箱付いてきた。
 さらに予備の無線機と暗視スコープが二個。
 そして、全てを吹き飛ばすことのできる量のC−4と信管。
 うん、これだけあれば十分だ。
 この際血が付いている事など気になるか。
 救出活動も順調らしい、残すところは三人らしい。
 うん、素晴らしい。
 視界に閃光が生じたのはその瞬間だった。

BAKOM!!!!

「敵襲!回転数を上げておけ!上田!敵襲に備えろ!佐久間ぁ!!」

 さて、C−4の爆破手順はなんだったかな?

432 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:41 ID:???
 状況は絶望的だった。
 畜生!畜生!さっきまでは全てが順調に進んでいたのに!
 階下のブービートラップの発動と同時に、神殿の周囲を無数のガーゴイルがうろつき始めた。
 この極限状態の中で目覚めた上田三曹の神業的射撃のおかげで今のところはなんとかなっているが、一刻も早く離脱せねば。
 畜生、早く逃げたいのに。でも民間人を置いていくわけには行かない。ましてや彼女たちは女性だ。
 性差別万歳!!ああ俺が熱烈な男女平等論者だったとしたら。いや、そうだったとしても自衛官だしな、こりゃどうしようもないや。
 ・・・はぁ、ひとまず二尉が呼んでるし、指示を聞きにいくか。

433 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:42 ID:???
 最悪の事態は最悪のタイミングで起こるとは、かの有名なマーフィーの法則である。
 なにもこの場で起こらなくてもと思うのだがな。おっと、悪いねガーゴイルくん。

PAN!

 確認撃墜戦果21、と。
 やれやれ、空自だったら今頃伝説のACEになっているのにな。
 ん、22匹目だ・・・PAN!はいお疲れさん。確認撃墜戦果22、と。
 まあ弾は使いきれないほどあるんだ。安心して戦うか。
 ん?23匹目だ・・・PAN!

434 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:43 ID:???
「佐久間陸士長参りました!固守ですか?」

「そうだ、君には申し訳ないが、一人で彼女らがこの街を越えるまで護衛してもらう」

「は?」

 ふむ、やはり理解に苦しむといった表情をしているな。

「聞こえなかったか陸士長。君は、この狂った街から、あの女性たちを一人残らず離脱させるんだ」

「あ、あの二尉殿」

「なんだ?忙しいから手短にな」

 言いつつ階下を睨む。
 おいおい、団体さんのご到着かよ。

435 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:44 ID:???
PAPAPAN!!
PAPAPAN!!

「悪いな陸士長」

「いえ」

 この作戦でこいつもだいぶ射撃に慣れてきたようだな。それに、突発戦闘も落ち着いて出来る様になっている。
 うん、こいつならいい幹部になれるだろう。

「一人で、とのことですが、二尉たちは?」

「伝達ミスだったな。あのヘリには最低二人は乗れない者が出てくる」

「・・・ということは!?」

「そうだ、俺と上田は残る。これは決定事項だ。文句があるのならば、所定の手続きを行い後日法務将校に申し出ろ。以上」

「そんな!二尉たちだけで・・」「おっと見くびるなよ佐久間ぁ」

 案の定止めにかかって来た佐久間を凄みのある笑顔で押さえつける。
 やはり階級をちらつかせただけでは駄目か。やれやれ。

436 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:49 ID:???
「俺はレンジャー資格を含めあれこれ持っている。上田はあの通り射撃のプロだ。一般兵に過ぎないお前の出番はないだろ?」

 二尉殿はどうあっても残るつもりだ。
 だとすれば、生存確率を少しでも上げるために自分も残らねば駄目だ。絶対に駄目だ。これ以上戦友を捨てる事など出来ない。絶対に。

「しかしっ!」

「最大の危機における個人の正しい行動とは、個人の存続ではなくて、誇りに基づいていなければならない。だからこそ、船長はかれの船とともに沈んでいき、”番兵は死ぬ

が降服はしない”。死すべき何物をも持たない人間は、生きるべき何物をも持っていない。ということだ」

 心中が思いっきり露呈した怒鳴り声で追いすがろうとした俺だったが、二尉殿は長ったらしい台詞を言い出した。
 
「ロバート・A・ハインライン『落日の彼方に向けて』ですな」

 それは高名なSF作家の作品に登場する台詞だった。

437 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:50 ID:???
「なんだ、お前意外と博識だな」

「つまりは、そういうことなんですね」

 説得を諦めた佐久間は、江藤の言葉には答えずにそう言う。
 “番兵は死ぬが降伏はしない”自衛官の宣誓を思い出す。
 
 事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期するものとする。

 二尉たちは身をもって任務を完遂せんとしているのか。
 全く、大した人たちだ。本当に。

「復唱せよ!」

「はっ!」

 踵を合わせ、視線を上げ、顎を引く。
 閲兵式通りの手順をやっている暇はないはずだが、今はそうしなければいけない時だ。佐久間はそう判断した。
 そして、江藤もそれに答えた。

「佐久間陸士長に以下の通り命ず。
 日本国民を可及的速やかに安全地帯へと輸送し、直ちに救援部隊を編成。孤立する友軍を救出せよ。復唱!」

「日本国民を可及的速やかに安全地帯へと輸送し、直ちに救援部隊を編成。孤立する友軍を救出せよ!
 了解致しました!!」

 広報ポスターに使えるほど見事な敬礼をする。
 こちらへ向けて飛び込んでくる化け物が視界に入ったのはその瞬間だった。

438 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:51 ID:???
 体勢を変え、小銃を構え、発砲する。
 二人の動きは、まるで打ち合わせたかのように揃っていた。

PAPAPAN!PAPAPAN!

   PAPAPAN!PAPAPAN!

「まったく、絵になるシーンで邪魔するな」

「まったくですな。しかし、本当にお二人だけで」

「そのための弾薬だよ」

 後ろを見やる。
 89式、MINIMI、その他あれや、これや。

「あれだけあるんだ。お前が帰還して、飯食って、クソして、書類を書いて、法務将校の尻を突っつきながら戻ってきてもまだ余裕があるさ」

 わざと余裕を持った言い方で伝える。
 そうでもしないとこいつは信じないだろうからな。

439 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:55 ID:???
「それなら自分も残れば」「万が一だよ。万が一」

 やんわりと奴の発言を遮る。
 わかってる。お前の言いたい事はわかってるんだよ佐久間。
 二人よりは三人の方が確立は高い。
 でもな、それは0.01が0.02になるようなものなんだ。どうせ助からないんだよ。
 それならば、犠牲は少ない方がいい。

「ヘリがエンジントラブルでも起こしてみろ。
 おそらく重症を負うであろうパイロット二人と拳銃しか持ってない医官、そして泣き喚く女と怪我人を連れて友軍支配地域まで行かなきゃいけないんだ。これは骨が折れる
どころじゃないぞ」

「・・・・・・わかりました。ご武運をお祈りします」

 神妙な表情で敬礼する佐久間。
 やれやれ、ようやく諦めてくれたか。

「ああ、そっちもな。万が一民間人にかすり傷一つでも負わせてみろ。上田に頼んで狙撃してもらうからな」

「うぇ、そいつは勘弁ですな。気をつけます。二尉殿と三曹殿もお気をつけて」

「わかりました。さあ陸士長、早くヘリに乗ってください」

 いつの間にか背後に立っていた上田が促す。
 無数に上空を飛び回っていたはずのガーゴイルは、気がつけば一匹残らず射殺されていた。

440 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:56 ID:???
「上田三等陸曹、確認殺害戦果は?」

「ここまでで62体。屋上に到着してから現在までを合計すると99体です」

「惜しかったな。俺はさっきの襲撃で103体だ」

 凄い、凄すぎるよこの人たち。
 俺なんか確認取れてるのはせいぜい42体。
 三桁いってる二尉は化け物と呼んでも差し支えないし、上田三曹なんて数でこそ劣ってるけど、魔王みたいなの殺ってるんだ。
 
「ほら、俺たちの競争を邪魔しないでくれ。上田三曹。覚えているな?」

「はい、勝った方が特別手当を全額もらう、ですな」

 マジで!?これだけ長期の作戦で、おまけに確認殺害戦果が三桁超えるなんて、手当てだけで一千万は超えちまうよ。
 相手の分ってことは、二千万!?

「そういうことだ。ホレ、燃料がもったいないからとっとと行け」

「はっ。佐久間陸士長、護衛任務に就きます」

 敬礼する。

「許可する。交戦規則を遵守し、日本国民を可及的速やかに安全地帯へと護送せよ」

 二尉殿が答礼する。
 回れ右し、駆け足でヘリへと駆け寄る。
 そのまま振り返らずに扉を閉め、窓から二尉たちを見る。
 もう、涙を流してもいいだろう。

441 名前:物語は唐突に :04/07/09 01:58 ID:???
「やっぱり気づいていたようですな」

 こちらを一度も振り返らずにヘリに駆けて行く佐久間を見ながら上田が呟く。

「そりゃそうだろうよ。アイツはアレでなかなか感のいい奴だからな」

 既に向き直り、階下を睨みつつ江藤が答える。
 ヘリのローター音は次第に甲高くなり、やがて強風が暴風に変わる。

「見送ってやってもいいんじゃないですか?絶対気にしますよあいつ」

「・・今ヘリを見ると、気持ちが揺らぐ」

「確かにそうですな」

「それより」

 階下に視線を向けたまま、口を開いた。

「すまんな、貧乏くじを引かせてしまって」

442 名前:物語は唐突に :04/07/09 02:00 ID:???
「どうした?」

 妙な声を出した上田を見ようと、江藤が振り返る。
 彼らは目撃した。

 衛生兵に喚き散らしていたOLが、負傷しているはずなのに窓から手を振っていた。

 佐久間が、窓に張り付いていた。血と土埃で汚れた顔を涙で濡らして。

 あの小さな女の子が、WACに抱えられて窓からこちらを見ている。

 失語症のはずのその口が大きく動き、何事か叫んでいる。何度も、何度も。同じ言葉を繰り返している。

 
 おぢさん、ありがとう。

 ヘリコプターの立てる轟音。大声で叫んでも辛うじて聞こえるかどうかの環境。聞こえるはずがない。
 はずがない。そんなはずがない。
 しかし、その声は、二人の耳に確かに届いた。

443 名前:物語は唐突に :04/07/09 02:04 ID:???
「・・・まいったなぁ、お互い、もうおぢさんと呼ばれる歳になってたか」

 不思議と笑いがこみ上げてきた。

「ですなぁ、自分はともかく、二尉殿はまだそこまでいっていないはずなんですがねぇ」

 答える上田の声も笑いに満ちている。
 なんとも満たされた気分だった。
 調子のいいヘリのエンジン音。安全地帯へ向けて進んでいく民間人。それを見守る軍人二人。
 まるで映画だった。出来の悪い、ありがちなストーリーの小説だった。どこかで見たような、使い古された設定のアニメだった。
 そんな英雄の役を、万難を排し、捕らわれの小さなお姫様を悪い魔法使いから救い出す役目をこなせるとは。

「しかし勇者がおぢさんじゃあなぁ」

「どうにも、しまりが悪いですな」

 二人とも満たされた笑顔を浮かべつつ、階段から溢れ出ようとする魔物の群れに向きかえった。

「じゃあ、物語をしめるとするか」

「地獄の底までお供します、二等陸尉殿」

444 名前:物語は唐突に :04/07/09 02:09 ID:???
 輸送ヘリコプターUH−60J、コールサイン”オタスケマン01”は、次第に高度を上げて建物から離れだした。
 その後、エンジンの出力を可能な限り高度を上げつつネリュントス上空を通過し、郊外の本部目指して最大速力で移動し、歓声を持って迎えられた。
 普通科と衛生科の志願兵たちを乗せ、回収地点目指して離陸したのは2025。
 しかし、回収地点だった建物は全壊しており、江藤祐樹二等陸尉、上田和夫三等陸曹両名の生存は確認できなかった。
 なお、捜索の際に優勢なる敵軍一個中隊と遭遇。
 佐久間陸士長の活躍もありこれを殲滅。我が陸上自衛隊の底力を内外に広く知らしめることなった。
 今回の作戦で殉職した自衛官達および今なお行方不明の自衛官達の家族に対する保障の充実を強く希望するものであります。
 なお、江藤二等陸尉、上田三等陸曹の両名に対しては、その活動の功績を認め、勲章の授与を強く希望するものであります。

                                                                       斉藤三弥陸将補

445 名前:物語は唐突に :04/07/09 02:11 ID:???
 同日2238。退路確保に残った中隊が同市内より完全に撤退。

 同日2340。邦人救出作戦に参加した全隊員が同市内より撤退、これにより、本作戦は終了した。 

 なお、佐久間陸士長は精神に軽い失調状態が見られるため、現在医官による加療が行われている。
 また、重軽傷者の数が多く、さらに装備品の多数も失われているため、現在我々は非常に危険な状況に晒されている。
 可及的速やかなる補給と増援を切望する。以上。

                                                     同日2350付け 邦人救出作戦司令部作戦報告書より

446 名前:物語は唐突に :04/07/09 02:13 ID:???
 帝国側は後の人質交換に応じなかったため、一ヵ月後、第七師団約6000名がネリェントスへ突入。
 が、街の中は既にもぬけの殻となっていた。
 そして、神殿内の他、帝国の魔獣使い宿舎横の檻の中から、多数の人骨が発見される。
 DNA検査の結果、行方不明者約200名の内、100名近い人質の死亡が確認される。
 三ヵ月後にとある都市の奴隷市場で放心状態で発見された女子高生を最後に、自衛隊は隊員の損害の多さなどを理由に捜索を事実上打ち切る。
 史上最悪の一日は、その概要を見ただけでいかに悲惨であったかがうかがい知れるものだ。
 自衛隊員のなかには精神病を患う者も続出し、いかにこの世界が我々の常識では測れない場所であるかを痛感させた。
 日本国内では反戦運動が激化。殉職した自衛官の葬儀に、戦前の軍国主義を彷彿とさせるような表現が多用されているとして平和団体によるデモ隊が衝突して葬儀が中止と
なる事件も発生した。
 231便の犠牲者の遺族からなる原告団が自衛官の行った行動を理由に国を相手に訴訟を起こすなど、問題は山積している。
 231便の犠牲者の遺族には、強い同情を覚えると同時に、身の安全ばかりを考え、速やかな行動をできなかった自衛隊に強い怒りを覚える。

【関連記事は第三面】 赤日新聞第一面 記者 赤井邦道

                                                               魔法都市ネリュントス市街戦 完


316 名前: 物語は唐突に@今っ 04/12/10 01:46:03 ID:???

平成21年12月1日2100時 新大陸北西部 第二師団展開地域

 村が、燃えている。
 赤々とした炎が視界いっぱいに広がる。
 その視界の端に転がっているのは何だ?
 あれは、ウチの中隊がいつも使っている宿屋の娘じゃないか。
 全裸で、人形のように転がっている。
 それに群がっているのは何だ?
 本管小隊の連中だ。
 目をぎらつかせ、下半身を露出している。
 どうして、どうしてこんな事が起きているんだ?
 何がどうなっているんだ!?

「おい!貴様ら何をしているか!!」

 気が付けば、俺は部下たちと共に小銃を構えていた。

317 名前: 物語は唐突に 04/12/10 01:51:51 ID:???

「こ、これはこれは、毒島小隊長殿、偵察にしてはかなり早い帰還ですね」

 青い顔をした陸士が、両手を挙げながらゆっくりと立ち上がる。
 他の陸士や陸曹も同様だ。
 どいつもこいつも、嫌なヘラヘラ笑いをしている。

「失礼しました。小隊長殿からお先にd・・・」「ここで何をしているかと、聞いているんだ!!」

 銃口をしっかりと陸士の頭へと向け、引き金に指をかける。
 こいつらは、何かおかしい。単に狂っただけとは思えない。

「何を騒いでいる」

 中隊長殿の声がしたのはその時だった。
 宿屋のドアが開き、拳銃を片手に持った中隊長が出てくる。

「おい、貴様ら、天下の往来で一体何をしている?」

 下半身丸出しで両手を挙げている連中と、全員がそれに銃口を向けている俺の小隊を順に眺めた彼は、気が付いたように赤く燃える空に気付いた。

「おい!村が燃えているじゃないか!それに貴様ら何をしている!早く消火しろ!!」

 随分と慌てた彼は、一番手前にいた陸士の肩を掴もうとし、その下に転がっている人物に気付いた。
 距離が有るここからでも判るほどに目が大きく開かれ、続いて拳銃を握った手に力が入るのが判る。



319 名前: 物語は唐突に 04/12/10 02:00:00 ID:???

「貴様ら、一体・・・何を考えている!!」

 吼えるように叫ぶと、中隊長殿は拳銃を陸士の頭部へと突きつけ、躊躇せずに発砲した。

PAM!!

 殴り飛ばされたかのように陸士は横へと吹っ飛び、頭部の内容物を浴びた別の一士が悲鳴を上げる。
 しかし、その悲鳴を聞いた中隊長は、今度は彼の頭部へと銃口を向け、発砲する。

PAM!!

 続けて三人目・・・に、銃口を向けようとした所で、残った連中が中隊長へと飛びつく。
 そのまま宿屋の中へと一同は飛び込み、にぎやかな物音が聞こえてくる。

「し、小隊長殿!中隊長殿を助けないと!」

 先任陸曹の蓬田が俺の肩を掴む。
 しかし、防衛大学を出てまだ日が浅い俺にとって、目の前に転がる二つの銃殺体は、嘔吐するには十分すぎた。

「お、オェェェ」

「ちっ、中隊長殿をお救いする!二名付いて来い!」

 蓬田は叫びつつ前進した。
 だが、宿屋の前に着いたところで本管の連中が声を張り上げる。

「だ、誰かぁ!来てくれぇ!」

 奴等の叫びにあわせ、あちこちの建物から中隊の皆が出てくる。
 あるものは上半身をはだけ、またあるものは下半身をむき出しにしている。


320 名前: 物語は唐突に 04/12/10 02:01:53 ID:???

「な、なんてことだ」

 思わず声が洩れる。
 この中隊、腐ってやがる。

「やぱりドクヲちゃんか」「しょうがないなぁ」「しょせんは新品か」「本土から来たばかりだしな」

 口々に中隊の連中が話すのが聞こえる。
 毒島和夫三等陸尉。防衛大学を出てすぐさま現地へ配属された新人自衛官。
 名前の最初と最後を取ってドクヲ。2ちゃんねるの有名キャラクターらしいが、今はそんなの関係ない。

「きっ、貴様ら、自分達が何をしているのかわかっているのか?」

 声がうわずる。
 俺の後ろにいる陸士や陸曹たちは大丈夫なのか?

「わかっているかだってよ?」「誰かこたえてやれよ」「はいはーい!せんせぇ、ボクたちは略奪をしてまーす」「HAHAHAHAHAHA!!」

 口々に楽しそうに笑う一同。
 な、なんなんだこいつら?中隊丸ごとヤクでもキメてるのか?

「ドクヲちゃんーキミにもちゃんと女用意してるからぁ、そんな野暮なものは捨てて楽しもうぜ〜」

 第ニ小隊長の荒木がニヤニヤしながら手招きする。
 あの野郎、この中隊に入った時から性格が気に入らなかったが、こうも腐っていたとはな。

「まぁ、真面目なドクヲちゃんの事だ。穏便には済みそうもないな」

 誰かがそういうと、奴等は俺たちに小銃を向けてきた。
 その数50丁以上。
 前略お父様お母様、あなたがたの息子はもうまもなく臨終です。



483 名前: 物語は唐突に 2005/06/03(金) 02:02:13 ID:???

「敵だ!」

 警告の叫び声。銃声。悲鳴。
 窓を突き破った矢がロッカーや事務机、そして不運な署員に突き刺さる。

「gyulyuuuueuuru」

 意味不明な叫び声を上げ、矢を喰らった署員たちは血液と泡を口から吹き出しつつ痙攣を始める。
 誰もがそれを無視し、あるいはあえて視線を外し、眼前の扉へと目を向ける。
 奴らがやってくるのは時間の問題だ。


484 名前: 物語は唐突に 2005/06/03(金) 02:02:47 ID:???

 一体何がどうなったのかはわからない。
 とりあえずわかっているのは、一人の若い巡査が「これはきっとタイムスリップか時空移動ですよ」と言った時に、はっきりとそれを否定できるものが一人もいなかったことだ。
 ここは都内に存在する、特に何の変哲もない警察署である。
 ややくたびれた外見。最後のお勤めを全うしているノンキャリアの署長。使命に燃えず、かといって全てに諦観しているわけでもない先輩達。有能だったり無能だったりする同僚達。
 建物について述べるとすれば、鉄筋コンクリート製築20年、インターネット環境ありといったところか。
 別に地下に巨大なワニはいないし、武器庫にグレネードランチャーやアサルトライフルがあるわけでもない。
 ごくごく普通の、どこにでもあるような警察署である。
 だが、この警察署の現状と周囲が普通であるのかというと、全く違う。
 誰にでもわかりやすく表現するならば、現在この警察署は鬱蒼と茂ったジャングルに囲まれ、そして無数の敵の襲撃を受けている。
 それも、継続的にだ。
 相手が誰かって?わかっていたら苦労しない。
 救援はだって?来てくれるんなら暴力団だって両手を挙げて歓迎するよ。
 ここがどこかって?知っているんなら誰でもいいから教えてくれ!!!

485 名前: 物語は唐突に 2005/06/03(金) 02:03:11 ID:???

 ガラスを踏みしめる音がする。
 正体を考えたくない液体を踏みしめる湿った音がする。
 何者かの息遣いが聞こえる。

「げ、撃鉄起こせ」

 大山巡査部長の震えた命令が聞こえ、そしてここにいる全員が可能な限り静かに撃鉄を起こす。
 機動隊の装備に身を固めた同僚達が警棒を構え、誰かが失禁したのか刺激臭がする。
 既に不運な同僚達の痙攣や呻き声は聞こえない。
 再び足音。
 扉に物陰が現れる。

「い、いいか、よく狙えよ。無駄弾はやめろ」

 再び震えた命令。
 言われるまでもない。
 既に弾薬はほぼ尽き、まともに戦える数だって怪しくなってきた。
 物陰が動き、そして次の瞬間、やつらは一斉に入ってきた。

「撃てぇぇぇぇ!!!!」

486 名前: 物語は唐突に 2005/06/03(金) 02:03:33 ID:???

PAMPAMPAM!!!PAM!PAMPAM!!

 階下から銃声が響いてくる。
 悲鳴、何かを殴りつける音。重い物が倒れる音。絶叫。
 そして銃声。
 階下から響いてくるのは、聞きたくもない音ばかりだ。
 俺の周囲にいるのは怯える機動隊装備の警官ばかり。
 それも、拳銃ではなく警棒ばかりを装備した奴らだ。
 まあ、俺だってかわらんがね。

「じ、巡査部長殿、本当に地下の囚人達は放置していてよかったのでしょうか?」

 この間配属されたばかりの新米巡査が怯えつつ言う。

「じゃあお前が助けに行って来い、一人でな」

「そ、そんな」

「嫌なら黙ってろ。いいか?俺たちは自分の身を守るので精一杯なんだ。奴らなんぞ気にするな」

 本当ならば、上の階で震えている民間人や婦警だってどこかに投げ捨てたいくらいなんだぞ。
 と、心の中だけで付け加える。
 それを言わないのは、いつかはひょっとして、何らかの偶然で日本へ帰れる機会があるかも知れないという微かな希望と、何とか自分の精神を支えている職業意識を維持するためである。

「銃声が、止みましたね」

 傍らの巡査長が落ち着いた声で言う。
 その言葉に、周囲の警官達の震えは一層酷くなった。
 装具が噛み合う音が大きくなり、歯の根をかみ合わせる音がそこに加わる。
 俺にどうしろって言うんだ。
 助けに行ったら俺たちも危ない。俺は死にたくないんだ。

487 名前: 物語は唐突に 2005/06/03(金) 02:03:56 ID:???

「死ねぇぇぇ!!!」

 防盾を振りかざし、警棒も振り上げた巡査飛び出し、銃弾の尽きた不運な同僚を切り刻んでいた何者かに突撃する。
 それを合図に、機動隊装備の巡査達は、長剣や短刀で武装して敵相手に、一斉に突撃を開始した。
 先頭にいたそれの頭部に警棒がぶつかり、脳髄と血液が飛び散る。
 しかし、他の連中が勇敢な巡査を左右から串刺しにする。
 刃に塗られた毒が直ぐに回り、勇敢な巡査はヘルメットから血液などを垂れ流しつつ床に倒れる。

「デェェェリャァァァ」

 大声を上げた別の巡査が警棒で側面から無防備な頭を殴りつける。
 チタン合金製の警棒は相手の頭蓋骨をたやすく砕き、相手は無言で床へとふっとび、動かなくなる。
 防盾を構えた巡査長がそのまま相手に突撃し、接触を確認したところで勢いよく足を踏み潰す。
 悲鳴を上げたそれは、突き出された警棒がまともに目に突き刺さり、奇妙な悲鳴と痙攣をしつつひっくり返る。
 遠慮なく踏みつけつつ警官隊は前進し、ある者は絶命し、またある者は相手を倒す。
 と、ガラスの割れる音が周囲から響き、次いで矢の雨が室内を襲った。
 警官達は次々と床へと倒れ伏し、コンクリート製の床と合金製の防具が立てる嫌な音を周囲に撒き散らしつつ絶命していく。

「後退だ!後退しろ!!」

 弾の尽きた拳銃を振り上げつつ巡査部長が叫び、まだ生き残っている警官達は次々と階段へ通じる廊下へと殺到する。
 そこへ矢が次々と射掛けられ、後列の警官達がさらに死んでいく。

「死ねぇぇぇ!このやろぉぉぉ!!」

 倒した事務机の影からファイルや花瓶などを投げつける巡査を全員が無視し、互いに罵りあいつつ警官隊は後退していく。
 しかし、涙と涎を垂れ流しつつささやかな抵抗を続ける彼はそれに気づかない。
 そして、無数の刃に突き刺され、彼はようやく心の平穏を取り戻した。




497 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 03:40:44 ID:raQj3+Nu

「いたぃぃ」
「みずくれぇ」

 三階の会議室に設けられた臨時の野戦病院は地獄のようだった。
 今までの戦闘と先ほどの一階攻防戦で負傷した警官たちが、満足な医薬品などあるはずも無い状況下で呻いているからだ。
 一応知識として応急処置は知っているが、あくまで彼らは警察官。
 救急隊に引き継ぐまでの事しか知らないし、知る必要も無い。
 しかし今、彼らは教本を読み漁りつつ、破いたシーツやカーテンを同僚に巻いている。
 麻酔薬など既に尽き、抗生物質や消毒薬も底を尽いている。

「ほら、水だぞ。ほら」

 重症の同僚刑事を支えた刑事たちが、必死に笑顔を浮かべつつコップを差し出す。
 震える手でそれを受け取り、そして刑事は絶命した。
 床にコップが接触し、水がぶちまけられる。

「おい、行くぞ」

 涙をこらえつつ、年配の警部補が同僚たちを立ち上がらせる。
 力なく刑事たちは立ち上がり、会議室の片隅へと向かっていった。


498 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 03:41:08 ID:raQj3+Nu

「弾薬はもう倉庫には無い。
 あとは各自が持っているだけだ」

 疲れ果てた様子の署長が言う。
 既に外れたカツラを直す気力も無いらしいが、それを笑う余裕のある人間もいない。

「連中の武器にはかなり強力な毒薬が塗られています」

 この状況においても鑑識としての能力を維持し続けている壮年男性が報告する。

「即効性の上に、基本的に即死します。おまけに連中は刀剣を使っているので、防刃ベストと機動隊装備でも掠ればやられます。
 対策は今のところありません」

「んなことはわかっとる!」

 署長が机を叩いて苛立ちを表明する。
 もっとも、この作戦会議に参加している全員が戦闘に参加しない鑑識官の言動に苛立っており、それについて何か思うものは鑑識官以外にはいない。

「問題は、やつらが何を使っているかではなく、我々がどう生き残るかだ」

 だからそのために連中の装備について説明しているんじゃないか。と、口には出さずに鑑識官は呟く。
 とはいえ、実際に彼はわかりきった事を口にしているだけであり、おまけに現状の打開につながる事を何か言っているわけでもない。
 報告するのが鑑識の仕事とはいえ、怒られても仕方が無い。


499 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 03:41:36 ID:???

「一応東側階段はバリケードと防火壁で封鎖してある。連中がこちらに気づかれずに突破できるとは思えんが、西側階段はどうだ?」

「現状では警棒で武装した警察官20名で様子を見ています。
 しかしながら機動隊としての装備を整えているのはそのうち11名、正直なところ、敵が本気で突破に出たら阻止できる可能性は限りなく低いです」

 包帯を巻いた警邏課長が答える。
 ちなみにこの警察署は東側と西側にそれぞれ階段が設けられているのだが、一階攻防戦を何度か経験した彼らは、早々に防御対象を減らすという作戦に出ていた。
 積み上げられたスチールデスク・ロッカーの山と、下ろされた鋼鉄製防火シャッターによる防壁は、爆薬やロケットランチャーでも使用しない限りは突破できないと断言できるほどに強固に構築されている。
 しかしながら、それは突破を図る敵を排除できる火力があるという前提でのみそう言える。
 決して無能な警官ではないが、軍人ではない彼らにはそこまで頭が回らない。
 それが後に、悲劇を生む。


503 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 04:03:49 ID:???

「くるぞ」

 婦警の私物だった手鏡で階下の様子を探っていた警部補が静かに報告すると、二階西階段を守っている警官たちは一斉に緊張を強めた。
 彼らの手元には弾の尽きた拳銃と、長剣や弓矢相手に戦うにはあまりにもリーチが短すぎる警棒だけ。
 身を守ろうにも防盾と防具は数が限られており、それとて万能ではない。
 とどめに、相手の武器には即効性の猛毒が塗られている。
 高まる緊張感と反比例し、彼らの戦意は落ちる一方であった。

「ロッカー前へ」

 部隊長を代行している警部補が声を殺して命令し、重い鉄製ロッカーを担いだ巡査たちが前へ出る。
 その後ろには消火器を持った別の一団が控えており、安全ピンを外して命令を待っている。

「消火器、用意」

 手鏡から視線を外さずに警部補が左手を振り上げ、消火器の一団が腰を浮かす。

「やれっ!」


504 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 04:04:45 ID:???

 号令と同時に警部補が腕を振り下ろすと、消火器を持った警官たちは、一斉に雄叫びと消化剤を撒き散らしつつ階段へと躍り出た。

「ロッカー!!」

 続いてロッカーを担いだ警官たちが階段へと姿を現し、そして階下へ向けてロッカーを投げつける。
 硬い階段や柔らかい何かにぶつかる音を立てつつ、ロッカーは転がり落ちていく。

「後退!」

 最後の命令で警官たちは空になった消火器を階下に投げ捨てつつ廊下へと逃げ込む。
 すかさずそこへ防盾を構えた警官たちが前進し、廊下を完全にふさぐ。

「弾薬が残っているものは前へ」

 拳銃を構えた警官たちが、盾の隙間から消化剤の立ちこめる階段を睨む。
 しかし、次第に視界がクリアになっていくというのに、そこに動くものの姿は無い。

「連中、逃げたんですかね?」

 視線を前方に向けつつ一人の巡査が呟くと、すぐに答えが返ってきた。
 もっとも、それは意味のある言葉ではなく、無数の弓矢だったが。


505 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 04:09:34 ID:???

 結果は壊滅的だった。
 盾を構えていた者は無傷であったが、その間から銃を構えていた警官たちは、ある者は顔面を、またある者は胴体を、次々と矢によって貫かれつつ絶命していった。
 それは一方的な虐殺だった。
 盾を構えている警官たちは必死にその影に身を潜め、僅かでもその影からはみ出ている者には次々と弓矢が突き刺さる。
 そこに塗られているのは猛毒。なすすべも無く血を吐き、痙攣し、冷たい床へと倒れていく。

「後退しろ!三階へ上がるんだ!!!」

 上ずった声で警部補が叫ぶが、敵の更なる攻撃を受けつつあった彼らにそれを素直に実行できる余裕は無かった。
 弓矢による攻撃が止んだ途端、敵は長剣による突撃に出たのだ。

「かかれぇぇ!!」

 恐怖心に負けることなく闘争心を生み出せた巡査長の号令で、防盾を構えた彼らは逆襲を始めた。
 突撃してくる敵に勢いよく盾をぶつけ、倒れたところに警棒を振り下ろす。
 肉に包まれた骨が砕ける感触が伝わり、それを確認した彼らは更なる目標を探す。
 だが、その間にも数名が腕を切られて昏倒、絶命していく。



507 名前: 物語は唐突に 2005/06/04(土) 04:12:32 ID:???

「後退だ!後退しろ!早く下がれ!!」

 一足先に三階へと通じる階段を駆け上りつつ警部補が叫ぶが、頭に血が上っている警官たちには届かない。
 彼らは次々と階下から湧き出る敵兵に襲い掛かり、倒し、倒される。
 ある警官は敵の頭蓋骨を一撃で叩き割り、またある警官は腹部に無数の剣を突き刺されて絶叫する。
 やや無表情さが混じり始めた顔でそれを眺めつつ、警部補は三階へと到達した。
 この時署内の生存者数は、非戦闘員を除いて13名。
 彼らの全滅は、時間の問題であった。




105 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:21:15 ID:???

「殉職多数!二階部分まで完全にやられました!」

 ヘルメットをどこかに置き忘れてきた巡査が叫ぶ。
 彼の背後には後方に向けて盾を構えつつ、震えが止まらない様子の警官たちが続いている。

「馬鹿野郎!火ぃつけられたらどうするんだよ!!」

 三階踊り場のバリケードの向こうから、キャリア組の巡査部長が怒鳴りつける。
 防火扉の隙間からは、さらに多くの警官たちが立てる悲鳴や罵声が次々と流れ出ている。

「ンナことはどうでもいいから早く扉を開けて下さいよ!こうしている間にも連中はいつあがってくるk」

 防火扉にすがりながら叫んでいた巡査の左目から突然鋭い何かが飛び出し、彼は沈黙した。
 そのまま巡査部長の視界から彼は消え、重たい何かが床にぶつかる音と、男たちの怒号や絶叫が聞こえ始まる。

「おい!どうしたおい!何とか言え!!!」

 正しく状況を認識できない彼は、よせばいいのに怒鳴りつつ防火扉を開き始めた。

「あんた何をやってるんだ!!」

 新卒で配属されたばかりの巡査が怒鳴り、それと同時に臨時の野戦病院と化していた場所は、絶叫と奇声が支配する地獄へと姿を変えた。

106 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:21:51 ID:???

「シネェ!!!」

 メスを振りかざした監察医が、哀れな巡査を切り刻んでいた何者かへと襲い掛かり、鋭い刃で左側頭部に重大な損傷を与える。
 それは奇妙な呻き声を上げて倒れる。
 背後から勇敢な監察医を殺害しようとした他の者に対して勇敢な巡査長が特攻、点滴用の支柱を胴体に串刺す。
 危険なまでに無能な巡査部長が招いた事態は、悲惨な野戦病院を血みどろの戦場へと変えていた。
 重症の患者たちを放置し、即席の医師や看護婦たちは、辛うじて動ける患者たちと共に生存をかけた死闘を演じていた。

「よっしゃあ!!」

 突進の勢いを緩めず他の一体へと突撃した彼は、一斉に突き出された刃と接触、全身に裂傷を負う。

「いてぇぇGubububububububu」

 一気に全身へと回った毒素は勇敢な彼の体内各所に深刻な内出血および劇症性糜爛を発生させ、血色の良い巡査長を見るも無残な肉塊へと変化させる。
 全身から汚染された血液を噴出しつつ、彼は走り続けて壁へと激突し、衝撃で跳ね飛ぶようにして床へと倒れた。

「動けるものから後退しろ!防盾前へ!」

 辛うじて自我を確保している機動隊上がりの巡査部長が怒鳴り声を上げると、先ほどまでバラバラに戦っていた警官たちの動きが変わった。
 各自手短な敵を殴り倒しつつ、あっという間に彼の周りに方陣を組んだのである。
 彼らは、皆機動隊経験者やSATへの入隊を希望し、自主的にトレーニングを積んでいた男たちばかりであった。

「弾が残っている奴は発砲自由!残りは俺に続け!!」

 彼の命令を聞いた男たちは、一斉に鎮圧を開始した。

107 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:22:19 ID:???

「下は、もうダメですな」
「ええ、あの様子では助けに行くだけ無駄だ」
「仕方がない、な」

 彼らの死闘は、当然ながら四階にも聞こえていた。
 しかし、度重なる殉職、そしてこの非常事態に、上階に立てこもっていた上司たちは非常な決断を下した。

「防火扉を閉めろ」
「は?」

 その命令を聞いた巡査たちは、不思議そうな顔で上司たちを見た。

「聞こえなかったのか?扉を閉めるんだ」
「あ、あの、警部殿?」

 理解できないと言う表情のその巡査に、警部補は拳銃を向けた。
 周囲の巡査たちが息を呑むのがわかる。

「扉を、閉めるんだ」
「し、しかし警部殿!まだ下には生存者が!!」

 奇妙なまでに無表情の警部に巡査が怒鳴る。
 しかし、警部の表情は変わらなかった。
 彼は、無表情を保ったまま再び言った。

「扉を、閉めろ。最後の警告だ」

 言いながら彼は、拳銃の撃鉄を起こした。
 安全装置などついている筈もないリボルバー式拳銃である。
 当然、後は引き金を引けば弾が発射される。
 巡査たちは、歯を食いしばりながら頑丈な防火扉を閉じた。

108 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:23:05 ID:???

「さてさて、どうしようか?」
「どうしようもないでしょー」
「そうなんだよねーまいったまいった」

 ここは四階にある署長室である。
 先ほどから暢気な声を出しているのは、この警察署のNo1である署長、そして彼の腹心である副署長である。
 若い巡査たちに階段を任せた彼らは、貴重な電力を無駄遣いしてエアコンがつけられているここ署長室内において、方針会議と言う名の酒盛りを行っていた。

「どーするよ吉田さん、このままじゃあ俺たち討ち死にだよ〜」
「どーもこーも、おしまいでしょう、全部」

 吉田という名の副署長がコップにウイスキーを注ぎつつ投げやりに答える。
 ずいぶんコップからこぼれているが、もはやそれを気にするほど素面ではない。

「あーもーもったいないなぁ。高いんですよそれー」

 署長がぼやきつつ、机へとこぼれた液体をなめる。
 かなり行儀が悪い行為だが、彼らにとってそんな事はいまさらどうこう言う問題ではなかった。
 付き合いが長く、そして年上である副署長に対して、彼はプライベートでは敬語を使ってしまう癖があった。

「別にいいじゃないかーまだまだ飲みきれないほどあるんだからよー」

 あまりにも浅ましい上司の姿を見た彼は、呆れたように言いながらコップの中身を飲み干した。
 銃声がしたのは、彼がコップを机に置くのと同時だった。

109 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:23:50 ID:???

「死ねコノヤロォォォー!PAMPAMPAM!!!」
「やめろ!!PAMPAM!!」
「よせっ!!PAMPAM!!」

 遂に来るべきものが来たと考えた二人は、緩みきった笑みを浮かべ、酒瓶を片手、もう片方に拳銃を持ち、廊下へと移動した。
 だが、そこに広がっていた風景は、彼らの想像を遥かに超えていた。

「よぉ、クソ署長どの」

 全身を返り血で真っ赤に染め、片手に押収品のサバイバルナイフを持った巡査が言った。

「ずいぶんと旨そうな酒だな」

 未だ銃口から硝煙の立ち上っている拳銃を構えた巡査が言った。

「あんたも、死ね」

 鮮血と脳漿のこびり付いた警棒を持った婦警が言った。
 彼彼女たちの足元には、背後から突き刺され、殴られ、撃たれて絶命した警部や警部補たちの死体が転がっている。

「は・・・はなせばわk」「「「シネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!」」」

110 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:25:08 ID:???

「どーするよ」

 抜けるような青空の下、若い巡査が呟いた。
彼の手の中には、血まみれのサバイバルナイフがある。

「どーするったって、どうしようもないよ」

 何者かが内側から叩き続けている屋上の扉を見つつ、別の巡査が答えた。

「あーやだやだ、ホント、警官になんてなるんじゃなかったわ」

 全身に返り血を浴び、制服の所々が裂けている婦警が呟く。

「横田よぉ」

 傍らに弾切れの拳銃を投げ出した巡査が声を出した。

「あ?」

 血まみれのサバイバルナイフをなんとなく弄んでいた巡査が答える。

「・・・」

111 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:25:45 ID:???

「なんだよ?」

 しかし、声をかけた巡査は黙っている。

「どうした?おい、山田?」

 しかし、山田と呼ばれた巡査は黙っている。

「俺たちが、何したって言うんだよぉ。おれ、もうやだよぅ・・・」

 山田は下を向き、肩を振るわせつつ泣き始めた。

「やだって言ったってお前、どうしようもないものはどうしようもないんだよ。泣くなよ。
 なあ、女性の鈴山さんだって我慢してるんだぜ?」

「わ・・・私だって・・・泣きたいわよ。
 でも!泣いたってしょうがないんだから!誰も助けてくれないんd<・・・よ・・・>」

 不意に三人以外の声が聞こえた気がした。
 三人はキョロキョロと屋上を見回すが、非常用へリポートが設置されているために見通しの良い屋上に人影は見られない。

「空耳・・・か?」

112 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:26:16 ID:???

「いいえ、何か聞こえたわ」

 横田の呟きに、警棒をつかみつつ鈴山が答える。
 二人は泣き続ける山田を無視し、油断なく屋上を見回す。
 何かが、妙だ。
 どこかで嗅いだ事のある臭いが立ち込めている。

「この臭い。どこかで嗅いだことがあるぞ」
「ええ、私もつい最近ね。あれは・・・」

 二人は一瞬考える顔をし、次の瞬間、互いの顔を見合わせつつ叫んだ。

「「火災現場!!!」」

 飛び跳ねるように横田が手すりへと飛びつく。
 そこから、状況は良く見て取れた。
 盛大な炎が一階の窓から噴出している。

「火事だ!奴ら火をつけやがった!!!」

 彼の叫び声と同時に、火災報知機のベルが警察署中に鳴り響いた。

113 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:26:42 ID:???

「おわりだぁー!みんなしぬんだぁぁーーーー!!!」

 だらしなく失禁しつつ山田が叫ぶ。
 スプリンクラーの奮闘も空しく火災はその威力を増し、既に正面玄関側からは盛大な黒煙が立ち上っている。

「黙りなさいっ!!」

 そんな彼を鈴山は蹴り飛ばした。
 泣きたいのは彼女も一緒である。
 しかし、泣き叫んだところで誰が助けてくれるわけでもないのだ。
 異常なまでに気の強い彼女は、情けない男性を怒鳴りつける自分というキャラクターを演じることにより、見事に自我を維持し続けていた。

「あーもーちくしょぉーーー!!誰かー!聞こえないかー!!!!」
<感度良好。オクレ>

 自棄になって絶叫した横田に、無線機は・・・・・・・・・・・応答した。

114 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:27:33 ID:???

「・・・へっ!?お、おい!聞こえるのか!?」

 一瞬唖然とした彼は、次の瞬間には送受信機を握りつぶすかのように激しく掴みつつ叫んだ。

<感度良好。こちらは陸上自衛隊の救援部隊だ>
「じ、自衛隊ぃ!?な、なんでもいい!助けてくれ!!!」
<了解している。君たちの場所を特定するのに時間がかかった。黒煙の位置でいいんだな?>

 どうやら救援隊は、盛大に立ち上っているこの黒煙を発見して呼びかけてきたらしい。

「そっ、そうだ!早く来てくれ!早く!!!」
<了解。現在最大速度で移動中。もう見えるはずだ。こちらコールサイン『オタスケマン01』、そちらの人数は?>
「三人だっ!早く!早く助けてくれ!見たことも無い連中に襲われてみんな死んだ!おまけに奴ら火ぃつけやがった!早く!しんじまうよ!!!」
<狼煙じゃないのか!?了解した!そちらを視認、これより降下する>

 無線の応答と同時に、それまで炎の上げるGOOOOOOOOOOOOOU!という嫌な音に混じり、大気を何かが叩く音が大きくなり始めた。
 次第に音は轟音へと変わり、黒煙を撒き散らしつつ吹きすさぶ突風へと変わった。

「どこだ!?見えないぞ!!」
「上よ!」<上だ>

 山田の叫びに、鈴山と無線が答え、三人の視界に先ほどまでの交信相手、陸上自衛隊正式採用輸送ヘリコプターUH−60Jの雄姿が見え始めた。
 頑丈そうな、そして力強い爆音を立てるエンジン。
 出力を落としているにも関わらず、圧倒的なまでの存在感を示しているプロペラ。
 そして、薄い鉄板で構成されているのだが、この世の何者からも護ってくれそうな安心感を与えてくれる胴体。
 コールサイン『オタスケマン01』は、突風に押されて転がるようにヘリポート上から退去した三人の目の前に着陸した。

「大丈夫か!?」

 着陸したばかりの胴体が開き、89式小銃にボディーアーマー、そして頑丈そうなヘルメットを付けた自衛隊員たちが次々にヘリポートへと降り立つ。
 三人は、そのあまりにも頼もしすぎる光景に、緊張を緩めすぎ、気絶した。

115 名前: 物語は唐突に 2005/07/14(木) 03:28:21 ID:???

日本暦0001年2月10日日曜日 某警察病院 日本

「目が覚めましたか?」

 鈴山が目を覚ますと、彼女の視界には看護婦の笑顔があった。

「すぐに先生を呼んできますね」

 彼女が何か語りかける暇もなく、看護婦は廊下へと飛び出していった。
 起き上がり、周囲を見回す。
 清潔なベッド。腕につながった点滴。電灯が灯り、エアコンが稼動している室内。なにやら雑誌を読んでいる山田と横田。

「よぉ、起きたか」「おはよーさん」

 能天気な挨拶をする二人。

「お、おはよう。ここは?」
「都内のびょーいん。自衛隊の救助隊を見たら、俺たち三人とも気を失っちまったみたいでさ。起きたらここだった。
 先生に診てもらったら風呂入れてもらえよ。お前さん、かなり臭いぜ?」

 ニヤニヤしながらそう言った山田の顔面に、鈴山の投げた時計が激突したところで、この物語は唐突に終わる。
 彼らと彼女の苦悩と死闘の日々は、まだまだ序曲が始まったに過ぎなかった。
 しかし、前歯が折れた山田を必死に介抱する二人(そして激痛にもがき苦しむ彼)には、そんな事は知る由も無かった。



150 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 00:58:05 ID:???

平成32年12月6日1307時 東京湾 海上自衛隊第11次PKF派遣艦隊 

「みなさま、あの禍々しい姿が見えるでしょうか!?
 私の眼下には、今海上自衛隊がアフリカへと派遣する、日本史上最大規模の戦闘集団がいます!
 彼らは平和維持活動、そして復興支援を隠れ蓑に、数百人の軍人、そして無数の武器をアフリカへと送り込もうとしています!!
 私は今日ほど平和民主主義の無力さを痛感したことはありません!」

「うるさいな、テレビを消せ」

 薄暗い室内で、一人の男が呟いた。
 直ちに部下らしい男性が動き、未だ何かを喚いているテレビを消す。

「まったく、誰でもいいからあのヘリを撃ち落してくれんかね」
「閣下、物騒な事を言わないで下さい」

 何やら恐ろしい事を言い放った彼に、部下らしい男は進言した。
 しかし、諌めるような口調とは裏腹に、その男の顔は奇妙なまでに楽しげだった。


151 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 00:59:15 ID:???

「皆イラついているのです、そんなことを言ったら、全員で嬉々として軽SAMをぶっ放してしまいますよ?」
「うむ、そうしたいのは山々だが、向こうで弾が足りなくなっては困るからな、止めておこう」

 愉快そうに言いながら、彼は手元の書類へと目を落とした。
 完全充足状態の一個大隊、そこに特科と施設科と機甲科、おまけに高射特科まで追加した実質の旅団。
 そしてそれを大洋を越えて輸送できるだけの艦艇。
 いやはや、我が国も随分と強力になったものだ。
 おまけに、出掛けに総理じきじきに言われた言葉。

「申し訳ないが、君の部隊には実戦訓練を積んでもらう。そのための旅団派遣であり、アフリカでのPKFである。
 殉職者を出すな。装備を無くすなとは言っておくが、発砲は君の自由だ。
 そのための根回し・法整備は万全なので安心してほしい。
自衛隊最後の出撃だ。思う存分、やってこい」

自衛隊は来年度より日本国防軍へと昇格する事が決定していた。
総理は、国軍昇格前に、自衛隊の戦闘能力を知っておきたかったのである。
一瞬でその意図を見抜いた彼は、唖然とした後、ニヤリと笑った。

「お任せ下さい。国家の、そして国民の期待に答える。そのための自衛隊です」


152 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:00:03 ID:???

<全艦に警報。不審船舶接近中。水上戦闘用意>

 彼の回想を邪魔するかのように、スピーカーから声が流れた。
 二人の男は弾かれる様に窓へと飛びついた。
 そして、唖然とした。
 警笛をけたたましく鳴らし、発光信号を繰り返す護衛艦の間を縫うように、一隻の大型タンカーが、こちらへと突撃していたのだ。

「なんだあれは!?」
「タンカーですな」

 冷静に答えた男に、彼は冷ややかな視線を向けた。

「桐山君、君は私がタンカーも知らない人間だと思っていたのかね?」
「いえ、しかしね斉藤団長、あれはタンカーで、おそらくテロです。
 ですが船の中にいる我々に、何ができます?」
「まぁ、そうだな」

 力なく彼が同意した瞬間、二人を、いや、この海域全てを閃光が包んだ。


153 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:00:51 ID:???

「・・う!・・団長!・・・斉藤団長!!」
「ぬぉ!」

 大声で名前を叫ばれ、斉藤は目を覚ました。
 
「何だね桐山君、もう着いたのかね?」
「何をアホな事をいっとるんですか!?起きて下さい!非常事態ですよ!!」

 再び怒鳴られ、彼はようやく覚醒した。
 周囲には不安そうな医官が数名おり、さらに様々な医療機器が見える。

「な、なんで私はここに?いや、それより不審船舶はどうなった?」
「わかりません。全部わかりません。今がいつなのか、ここがどこなのか、そして、何が起きたのか」
「はぁ?何を言っているんだ君は?若年性健忘症にでもなったのかね?」
「説明は後です。艦隊司令がお呼びです」

 桐山の言葉に、彼は素早く行動した。
 全身に異常がない事を確認し、制服の襟を直し、呆気にとられる桐山たちを尻目に通路を駆け出したのである。


154 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:01:59 ID:???

「待って下さい斉藤団長!!団長!!」

 後ろから桐山の叫び声が聞こえるが、そんな事はお構いなしに彼は駆け続けた。
 ハッチをくぐり、ラッタルを駆け上り、海士を蹴散らしながら彼はなおも駆け続けた。
 ようやく目当てのハッチを見つけた彼は、蹴破るようにしてそれを突破、甲板へと出た。
 そして彼は目撃した。
 そこは、見知った東京湾ではなく、見渡す限りの大海原だった。

「ま・・・まったく・・どこへ行く気なんですか!?常識的に考えて、艦隊司令がここにいるわけがないでしょうが!!」
「桐山クン?」

 息を切らせながらようやく追いついた桐山の叫びを、斉藤は無視して尋ねた。
 その微妙な声音の変化に気づいた桐山は、呼吸を整えつつ口調を変えた。

「はっ、何でしょうか閣下」
「もしかしてもしかするんだが」

 奇妙にフレンドリーな口調で、彼の上官は質問を始めた。

「はい」
「現在位置は不明かね?」
「はい」
「無線も衛星も、応答なしかね?」
「はっ?はい」
「ひょっとして、天測もできない?」
「・・・はい」

 何一つ報告していないというのに、現状を見事なまでに把握している上官に、桐山は戸惑いを隠せない。
 だが、そんな彼を無視し、斉藤の内心は驚きに満ちていた。


155 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:03:39 ID:???

(おいおい、マジかよ。まさかよく読んでいたラノベ的展開に会うなんてなぁ。
 しかし、こんな事が本当に起こるとは驚きだ。さてさて、どうしたもんか?
 現状はまったく把握できないらしいし、見渡す限り陸地も見えない。うーむ、とりあえずは陸地を探して、ここがどこか調べないとな)
<陸上自衛隊の斉藤陸将補殿、幕僚長桐山一佐殿、艦隊司令がお呼びです。至急艦橋までお越し下さい>

 思案を始めた彼を妨害するかのように、スピーカーが大音量で彼の名を呼んだ。


156 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:05:03 ID:???

2日目1906時(計測開始時刻よりの仮定) 現在位置不明 海上自衛隊所属おおすみ級輸送艦13番艦『なまむぎ』艦橋

 艦橋に到着した斉藤たちは、すぐさま艦隊無線へと案内された。
 彼の覚醒を知った艦隊司令が、早速会議を申し込んだからである。
 しかし「船かヘリを回してもらえば直接そちらに向かいますよ。やはり会議は顔を合わせてというのが一番です」という斉藤の言葉により、ひとまず会議は先延ばしとなった。
 すぐさまあれこれと命令がやり取りされ、彼らは大隊幕僚を引き連れて艦隊旗艦であるイージス護衛艦『そうりゅう』へと移動する事となる。
 着艦すると同時に扉が開かれ、彼らは書類鞄やノートパソコンを抱えつつ、作戦室へと案内される。
 そこには、この艦隊を指揮する人間全てが何やら難しい顔をしつつ待っており、斉藤たちが着席する暇もなく会議は始まった。


157 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:05:29 ID:???

「斉藤さん、お体の方は?」
「まあまあですよ山本さん。お気遣いありがとうございます。私の幕僚たちはご存知ですな?よろしい、それでは会議を始めましょう」

 形だけの挨拶を皮切りに、会議というか現状報告が始まる。
 とはいえ、報告内容に変わりはない
この艦隊は現在位置不明の状況で、孤立無援である。
 艦隊各設備・装備には一切の異常がない。
 全ての周波数に応答および傍受無し。衛星も応答無し。
 レーダー・ソナー共に感なし。
負傷者・行方不明者はいない。死者もなし。
 結論、現在位置不明。現在日時時刻不明。状況、不明。


158 名前: 物語は唐突に 2005/07/15(金) 01:12:21 ID:???

「まあ要するに、何もわかりませんって話ですな」

 暗くなった会議室に、斉藤の声が響く。

「そうですな。さて、それを踏まえた上での今後の活動ですが」
「陸地を探すほかないでしょう。レーダーでもヘリでもじゃんじゃん使って」

 議論を始めようとした山本に、斉藤が軽い調子で答える。
 居並ぶ艦長たちがやや不快そうな顔をし、桐山が咳払いをする。
 一瞬会議室の空気が悪くなるが、山本は気を取り直して再び話し始めた。

「・・・ええ、そうなります。しかし、現状では艦隊針路の決定もできないありさまでしてな」
「そりゃあ、直進でいいんじゃないですかね?座礁が怖いからアクティブソナー打ちっぱなしで。
 何もわからない現状では、何かが見つかるまでまっすぐ現針路を進むしかないでしょう」

 再び斉藤の発言。
 艦長たちが表情を固くし、桐山の顔色が悪くなる。
 しかしながら、斉藤の言う事は現状の打開にはまったく持って正論であった。
 その後いくつか議論は交わされたが、最終的にはレーダー・ソナー・ヘリコプターに加え、サーチライトや手すきの人員全てでの全周警戒を絶え間なく続けつつ、現針路を進み続けると言う事で一応の決着がついた。
 彼らが針路を変更するのは、日が沈み、そして二つの月が昇ったその日の夜になる。
 二日目2100時、レーダーに陸地が捉えられたのである。


369 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:47:12 ID:???

3日目0845時 現在位置不明 海上自衛隊所属おおすみ級輸送艦13番艦『なまむぎ』艦橋

「揚陸準備!」

 戦闘服を身に纏い、装弾した小銃を抱えた斉藤が大声で命令した。
 既に視界一杯に広がっている陸地を前に浮き足立っていた陸士たちは、そんな彼の命令を受け、速やかに訓練を受けた職業軍人としての行動を開始した。
 あちこちで陸曹たちが声を張り上げ、最下層にある揚陸艇へと装備や陸士を放り込んでいく。
 上空ではヘリコプターたちが乱舞し、何機かは陸地へ向け、偵察隊を乗せて突き進んでいく。

「うん、素晴らしい光景だと思わないかね桐山君」
「ええ、訓練の成果が遺憾なく発揮されていますね」
「うんうん、お?海自さんが対潜警戒始めたな」
「潜水艦なんていないと思いますけどね。まあ、いるんならキロ級だろうがなんだろうが、この際Uボートでもガトー級でも大歓迎なんですが」
「まったくだな。さて、私たちも行こうか?」
「いやいやいやいや閣下、駄目ですからね」

 笑顔で歩き出そうとした斉藤の腕をしっかりと桐山が掴む。
 
「き、きりやまくん?」
「勇敢な指揮官を演じて書類から逃げようたってそうはいきませんよ・・・つれてけ」

 いつの間にか斉藤の背後に立っていた幕僚たちに命じ、なまむぎ内部にある船室へと連行するように命じる。
 程なく彼は船室へと連行され、山のような書類(それも刻々と増加している)を相手に、決死の遅滞防御戦闘を余儀なくされることとなる。


370 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:47:55 ID:???

 昨日2100、艦隊の先頭を進んでいた護衛艦が陸地らしき反応を確認。
 速やかに離艦したヘリコプターおよび見張り員により、それが巨大な陸地であることが確認される。
 無線を使用しての艦長会議が開かれたのが2340時。
 例によって斉藤が独特の口調で上陸拠点を構えたいと述べ、一時会議は荒れた。
 数隻のイージス艦に守られた船の中にいる間は安全であるが、陸地へと移動してしまえば、今度はさまざまな危険が予測されるのだから当然である。
 しかしながら、人の痕跡を発見するためには、陸地を空陸から捜索する必要がある事を彼が説いた時、誰も異論を挟むものはいなかった。
そして、独特な口調を崩さないままで彼が現状維持を貫く事で何かが変わるとは思えないことを述べた時に、それに反論できる人間がいなかったことが仕上げをした。
 かくして海岸橋頭堡を設けることが決定され、その結果として斉藤は恐るべき数の雑務を行う羽目に会うこととなる。


371 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:52:27 ID:???

3日目1700時 陸地より2km 海上自衛隊所属おおすみ級輸送艦13番艦『なまむぎ』某船室

「嘘だ嘘だ嘘だ!僕の気持ちを裏切ったんだね!どうしてなのさ!桐山君!」

 どこかで聞いたような台詞を吐きながら、斉藤が増える一方の書類相手に手を動かしている。
 だが、ドアのところに並んでいる隊員たちを見てから、その能率は下がる一方である。

「どうしてって、全てが順調に進んでいるからに決まっているじゃないですか」

 自身もちゃんと書類仕事をしている桐山が答える。
 斉藤の方を見ながら喋っているにもかかわらず、その決済速度は異様といえる速度を維持し続けている。

「安心してください、今のところケガ人は一人も出ていません。揚陸に失敗したという報告も0です。
 あなたの部下たちは何の問題もなく任務を継続しております」
「俺に大きな問題があるんだがね」
「では、問題がないようにやって下さい。創意工夫と率先垂範は士官を立派に見せますからね」
「俺は将官なんだがねぇ」
「だったらもっと立派にやって下さい」
「・・・」


372 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:54:35 ID:???

3日目1710時 海岸橋頭堡 陸上自衛隊第17戦闘団先遣隊駐屯地建設現場

「オーライ!オーライ!オーライ!はいストップ!」

 ディーゼル音を立てながらバックしていた73式特大トラックが停車し、周囲で待機していた隊員たちが素早く取り付いてその中身を搬出にかかる。
 警務隊員たちが施設科と外周フェンスを立て、高射特科が機甲科や特科と揉めつつ掩体壕を建設する。
 余った普通科は、一部が防御拠点となる壕を、残りの全員が施設・需品科との連合を組んで宿泊施設の建設を行っている。
 危険すぎるアフリカでの任務を準備していただけあり、彼らには使い切れないほどの物資が用意されていた。

「いやいや、立派なものですね」
「まったくだ」
 
 海岸橋頭堡の建設指揮を任された寺門一佐とその部下である米田三佐が、手際よく作業を進める隊員たちの脇でのんびりとそんな会話を交わしている。
 彼らの傍らには司令部用の需品を展開している幕僚たちがおり、この旅団を運営するために必要なあれこれを次々と展開している。

「寺門一佐殿、衛星通信設備も展開するんですか?」

 既に現状の説明を受けたにも関わらず、衛星通信設備の設営を命じられた陸曹が不思議そうに尋ねる。

「そうだ、常に受信待機状態で維持させろ」
「了解しました」

 応答がない以上、電源をつけているだけ時間の無駄では?という質問は深く押し殺し、陸曹は部下たちに衛星通信設備も展開するように命じた。
 もちろん、小声で優先順位を最後にするよう付け加えるのも忘れない。


373 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 16:02:25 ID:???

3日目1940時 海岸橋頭堡 陸上自衛隊第17戦闘団先遣隊駐屯地

「警戒陣地、主防衛陣地、宿舎および指揮所の建設は完了しました。
 明朝1000より周辺偵察および物資集積所の建設を開始する予定であります」
「うん、ご苦労」

 ようやく書類仕事を始末し、海岸へと降り立った斉藤が頷く。
 桐山は先ほどから幕僚数名を連れての視察に出かけており、現在この部屋には桐山と寺門しかいない。

「斉藤団長、正直な所どうなんですかね?本当に異世界へ飛ばされたと思いますか?」
「判断材料が少ない現状での結論はそうだな。考えてみろ、この地球上に電波も衛星も捕らえられない場所があると思うか?」
「確かに・・・これでゴブリンや聖騎士でも出てくれば閣下の大好きな分野になりますね」
「読み物としては大好きだがな、経験などしたくもない。
 考えてみろ、我々は飯を食い、燃料を消費し、そして数に限りのある弾薬を使用するのだ。
 本国からの補給がない状態で、どこまで生きられる?」

 斉藤の現実的な問いかけに、寺門の表情が暗くなる。

「いや、すまん。君の問いが冗談だということはわかっている。
 そうだなぁ、もし君の言うような状況になれば、私は嬉々として戦闘命令を下令するだろうな。
 何しろ交戦規則は実質『捕虜を取るな。捕虜になるな』だからな」
「ヤバイっすね、それは」

 思わず素に戻った寺門が答える。

「ヤバイよヤバイ、超ヤバイ。どれくらいかっていうと北朝せん・・・」

 彼がそこまで言ったところで、窓の外が昼間のように明るくなった。





369 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:47:12 ID:???

3日目0845時 現在位置不明 海上自衛隊所属おおすみ級輸送艦13番艦『なまむぎ』艦橋

「揚陸準備!」

 戦闘服を身に纏い、装弾した小銃を抱えた斉藤が大声で命令した。
 既に視界一杯に広がっている陸地を前に浮き足立っていた陸士たちは、そんな彼の命令を受け、速やかに訓練を受けた職業軍人としての行動を開始した。
 あちこちで陸曹たちが声を張り上げ、最下層にある揚陸艇へと装備や陸士を放り込んでいく。
 上空ではヘリコプターたちが乱舞し、何機かは陸地へ向け、偵察隊を乗せて突き進んでいく。

「うん、素晴らしい光景だと思わないかね桐山君」
「ええ、訓練の成果が遺憾なく発揮されていますね」
「うんうん、お?海自さんが対潜警戒始めたな」
「潜水艦なんていないと思いますけどね。まあ、いるんならキロ級だろうがなんだろうが、この際Uボートでもガトー級でも大歓迎なんですが」
「まったくだな。さて、私たちも行こうか?」
「いやいやいやいや閣下、駄目ですからね」

 笑顔で歩き出そうとした斉藤の腕をしっかりと桐山が掴む。
 
「き、きりやまくん?」
「勇敢な指揮官を演じて書類から逃げようたってそうはいきませんよ・・・つれてけ」

 いつの間にか斉藤の背後に立っていた幕僚たちに命じ、なまむぎ内部にある船室へと連行するように命じる。
 程なく彼は船室へと連行され、山のような書類(それも刻々と増加している)を相手に、決死の遅滞防御戦闘を余儀なくされることとなる。


370 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:47:55 ID:???

 昨日2100、艦隊の先頭を進んでいた護衛艦が陸地らしき反応を確認。
 速やかに離艦したヘリコプターおよび見張り員により、それが巨大な陸地であることが確認される。
 無線を使用しての艦長会議が開かれたのが2340時。
 例によって斉藤が独特の口調で上陸拠点を構えたいと述べ、一時会議は荒れた。
 数隻のイージス艦に守られた船の中にいる間は安全であるが、陸地へと移動してしまえば、今度はさまざまな危険が予測されるのだから当然である。
 しかしながら、人の痕跡を発見するためには、陸地を空陸から捜索する必要がある事を彼が説いた時、誰も異論を挟むものはいなかった。
そして、独特な口調を崩さないままで彼が現状維持を貫く事で何かが変わるとは思えないことを述べた時に、それに反論できる人間がいなかったことが仕上げをした。
 かくして海岸橋頭堡を設けることが決定され、その結果として斉藤は恐るべき数の雑務を行う羽目に会うこととなる。


371 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:52:27 ID:???

3日目1700時 陸地より2km 海上自衛隊所属おおすみ級輸送艦13番艦『なまむぎ』某船室

「嘘だ嘘だ嘘だ!僕の気持ちを裏切ったんだね!どうしてなのさ!桐山君!」

 どこかで聞いたような台詞を吐きながら、斉藤が増える一方の書類相手に手を動かしている。
 だが、ドアのところに並んでいる隊員たちを見てから、その能率は下がる一方である。

「どうしてって、全てが順調に進んでいるからに決まっているじゃないですか」

 自身もちゃんと書類仕事をしている桐山が答える。
 斉藤の方を見ながら喋っているにもかかわらず、その決済速度は異様といえる速度を維持し続けている。

「安心してください、今のところケガ人は一人も出ていません。揚陸に失敗したという報告も0です。
 あなたの部下たちは何の問題もなく任務を継続しております」
「俺に大きな問題があるんだがね」
「では、問題がないようにやって下さい。創意工夫と率先垂範は士官を立派に見せますからね」
「俺は将官なんだがねぇ」
「だったらもっと立派にやって下さい」
「・・・」


372 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 15:54:35 ID:???

3日目1710時 海岸橋頭堡 陸上自衛隊第17戦闘団先遣隊駐屯地建設現場

「オーライ!オーライ!オーライ!はいストップ!」

 ディーゼル音を立てながらバックしていた73式特大トラックが停車し、周囲で待機していた隊員たちが素早く取り付いてその中身を搬出にかかる。
 警務隊員たちが施設科と外周フェンスを立て、高射特科が機甲科や特科と揉めつつ掩体壕を建設する。
 余った普通科は、一部が防御拠点となる壕を、残りの全員が施設・需品科との連合を組んで宿泊施設の建設を行っている。
 危険すぎるアフリカでの任務を準備していただけあり、彼らには使い切れないほどの物資が用意されていた。

「いやいや、立派なものですね」
「まったくだ」
 
 海岸橋頭堡の建設指揮を任された寺門一佐とその部下である米田三佐が、手際よく作業を進める隊員たちの脇でのんびりとそんな会話を交わしている。
 彼らの傍らには司令部用の需品を展開している幕僚たちがおり、この旅団を運営するために必要なあれこれを次々と展開している。

「寺門一佐殿、衛星通信設備も展開するんですか?」

 既に現状の説明を受けたにも関わらず、衛星通信設備の設営を命じられた陸曹が不思議そうに尋ねる。

「そうだ、常に受信待機状態で維持させろ」
「了解しました」

 応答がない以上、電源をつけているだけ時間の無駄では?という質問は深く押し殺し、陸曹は部下たちに衛星通信設備も展開するように命じた。
 もちろん、小声で優先順位を最後にするよう付け加えるのも忘れない。


373 名前: 物語は唐突に 2005/07/20(水) 16:02:25 ID:???

3日目1940時 海岸橋頭堡 陸上自衛隊第17戦闘団先遣隊駐屯地

「警戒陣地、主防衛陣地、宿舎および指揮所の建設は完了しました。
 明朝1000より周辺偵察および物資集積所の建設を開始する予定であります」
「うん、ご苦労」

 ようやく書類仕事を始末し、海岸へと降り立った斉藤が頷く。
 桐山は先ほどから幕僚数名を連れての視察に出かけており、現在この部屋には桐山と寺門しかいない。

「斉藤団長、正直な所どうなんですかね?本当に異世界へ飛ばされたと思いますか?」
「判断材料が少ない現状での結論はそうだな。考えてみろ、この地球上に電波も衛星も捕らえられない場所があると思うか?」
「確かに・・・これでゴブリンや聖騎士でも出てくれば閣下の大好きな分野になりますね」
「読み物としては大好きだがな、経験などしたくもない。
 考えてみろ、我々は飯を食い、燃料を消費し、そして数に限りのある弾薬を使用するのだ。
 本国からの補給がない状態で、どこまで生きられる?」

 斉藤の現実的な問いかけに、寺門の表情が暗くなる。

「いや、すまん。君の問いが冗談だということはわかっている。
 そうだなぁ、もし君の言うような状況になれば、私は嬉々として戦闘命令を下令するだろうな。
 何しろ交戦規則は実質『捕虜を取るな。捕虜になるな』だからな」
「ヤバイっすね、それは」

 思わず素に戻った寺門が答える。

「ヤバイよヤバイ、超ヤバイ。どれくらいかっていうと北朝せん・・・」

 彼がそこまで言ったところで、窓の外が昼間のように明るくなった。





416 名前: 物語は唐突に 2005/07/21(木) 23:36:09 ID:???

3日目1940時 海岸橋頭堡 陸上自衛隊第17戦闘団先遣隊駐屯地 北西警戒陣地

 闇の中、何かが動き、声を発した。

「三曹殿」

 闇の中から、押し殺した声が返ってくる。

「なんだ?」
「何かあったら、撃っていいんですよね?」
「そうだ。ただし、安全装置は解除するな」
「なぜですか?」

 当然のように三曹が下した命令に、不満げな声が返ってくる。

「もし友軍を誤射したらおまえ、責任取れるか?」
「いえ、それはそうですが」
「その代わり、誰何に一回でもこたえなかったら即座に安全装置を解除しろ。二回目で答えなかったら撃ってかまわん」
「・・・わかりま、誰何っ!!」

 まだ若い一士が誰何するのと、何者かが彼に襲い掛かるのは、ほぼ同時だった。


417 名前: 物語は唐突に 2005/07/21(木) 23:38:44 ID:???

「ワァァァ!!誰かっ!助k・・・」

 悲鳴が途切れ、湿った音がする。

「何事だ!」

 三曹が怒鳴りつつ懐中電灯を灯そうとして、胸元にある何かに気づく。
 それが何かを考える余裕もなく彼の喉仏に鋭いナイフが突き刺さり、自衛官歴20年の三等陸曹の人生を強制終了させた。

「畜生!誰なんだこいつら!なんなんだこれは!?そうだ!照明弾を上げろ!すぐに上げるんだ!!ライト持ってる奴はすグフッ」

 大声で命令を下していた二尉に人影が殺到し、あっという間に彼の全身にナイフを突き立てる。
 立て続けに上位者を失った陸士たちは、辛うじて伝わっていた照明弾打ち上げを実行した。
 マグネシウムが焼ける音と共に、空中に照明弾が踊った。
 そして彼らは自分たちを襲っている相手を目撃した。
 黒尽くめの、小柄な体格。手には、鉈のような刃物が握られている。
 その足元には、喉や頭部を切り刻まれた、三曹の遺体。


418 名前: 物語は唐突に 2005/07/21(木) 23:40:37 ID:???

「何だこいつら!」
「班長殿!畜生!衛生はどこだ!?」
「誰か!三曹!二尉殿!畜生!!」

 口々に陸士たちは怒鳴りあい、発砲許可を下せる権限を持っている人間を探した。
 しかし彼らにとっては極めて不運なことに、頼るべき上官たちは事態の把握のために大声を出しており、そこを狙った所属不明の敵によって集中的にやられてしまったのだ。

「班長!三曹殿!!発砲許可を!このままでは我々は!」
<こちらは斉藤だ。敵襲ならば発砲を許可する。それ以外ならば直ちに事態を把握せよ>

 オロオロしている三曹に数名の陸士たちが詰め寄った瞬間、音量最大の拡声器から増幅された斉藤の声が駐屯地中に聞こえ始めた。
 それを聞いた陸士たちは、互いに頷き合うと直ちに周囲へと向き直り、安全装置を解除した。


419 名前: 物語は唐突に 2005/07/21(木) 23:41:44 ID:???

3日目1942時 海岸橋頭堡 陸上自衛隊第17戦闘団先遣隊駐屯地 北東警戒陣地

PAPAPAN!!PAPAN!!
PAPAPAPAN!!!

 照明弾の上がっている北西陣地のほうから銃声が絶え間なく響いている。。

「二尉殿」
「全員安全装置を解除しろ。絶対に二人以下で動くんじゃないぞ」

 照明弾の明かりに照らし出されたその年配の二尉の顔は、恐怖ではなく歓喜に歪んでいた。
 よぅし、これで遂に人間相手にぶっ放せるぞ。
 2012年に勃発した第二次朝鮮戦争で実戦経験を持つ彼は、その時の突発戦闘以来人間を撃つという行為に非常に喜びを感じるようになっていた。
 もっとも、戦争終結以来そのような機会はなかったけれども。

「MINIMIもキャリバー50も装弾しておけ。発砲の際には許可はいらんぞ。怪しいものは全部撃て」
「はっ!」

 半島以来の彼の部下たちは、大喜びでそれぞれの武器に弾を送り込んだ。
 何かを力強く叩くような音が聞こえ出したのは、そんな時だった。


420 名前: 物語は唐突に 2005/07/21(木) 23:45:44 ID:???

「なんだ?」

 その音は、何か重いもので地面を強く叩きつけるような音だった。
 その音が、闇の向こうから聞こえてくる。
 連続で、たくさん。
 彼は、その音に聞き覚えがあった。
 あの音は、どこだったか?
 確かこの前の休暇のときだ。
 そう、あれは・・・競馬場!!

「敵襲!!!」

 二尉が記憶の引き出しを開けるのと、平原に面している場所の陸士が叫ぶのは同時だった。


421 名前: 物語は唐突に 2005/07/21(木) 23:46:56 ID:???

「発砲を許可する!撃て!!」

 二尉が叫ぶまでもなく、陸士たちは事前の命令と恐怖感に命じられて89式の引き金を振り絞っていた。

PAPAPAN!PAPAPAN!PAPAPAN!

 暗闇の中に銃弾が吸い込まれ、馬の嘶きや何かが倒れる音が連鎖的に聞こえる。
 しかし、大地を蹴る音は止まない。
 止まないどころか、その速度は一気に加速する。

「おい!フルオートじゃないんだ!引き金を定期的に引け!」

 大声で怒鳴りつつ、二尉も発砲を開始する。
 いくつかのMINIMIとキャリバー50が発砲を開始し、味方には安堵感を、敵には恐怖感と銃弾を与える連続音を立てる。
 遊撃戦力として用意されていた陸士たちが陸曹に連れられて平原側の塹壕へと次々と駆けていく。
 その頭上に照明弾が踊り、彼らは目撃した。

「なんだ、あれは」

 思わず、二尉は声を漏らした。
 そこには、平原をこちらへと向けて疾走する、馬のような生命体の群れがあった。
 その距離は、刻々と詰まっていた。




527 名前: 物語は唐突に 2005/07/26(火) 01:55:42 ID:???

 最初に死亡したのは、塹壕を最後に離れた若い一等陸士だった。
 彼の名前は米山治夫(23)
 大学を卒業後、なんとなく自衛隊に入ったという経歴の持ち主である。
 このよくわからない世界に到着した彼は、所属する小隊ごとこの北東陣地に貼り付けられた。
 日ごろ自分を虐める陸士長が悲鳴を上げて逃げ出した時は思わず嘲りの笑みを浮かべたものだったが、まさか一分と経たないうちに同僚たちと彼の後を追いかける羽目になるとは、さすがに想像できなかった。
 そんな彼の耳に、何かが触れた気がした。
 その正体を確かめようと、彼は振り返ろうとしたが、それはもう永遠に不可能となった。
 勢い良く振るわれた長剣は、彼の右側頭部から左へと抜け、鼻から上の部分を一気に引きちぎった。
 脳を失った胴体は、勢い良く地面へと投げ出され、しばらく両手両足をじたばたとさせていたが、後続の騎馬たちに次々と踏みつけられ、土煙の中で赤い肉塊へと姿を変えた。


528 名前: 物語は唐突に 2005/07/26(火) 01:56:48 ID:???

それを皮切りに、騎兵たちは次々と逃げ惑う自衛官たちを虐殺し始めた。
首を跳ね飛ばされるもの、馬に踏みつけられるもの、胴体に剣を突き刺されるもの。
実に多彩な手段で、彼らは殺されていった。
当然ながら塹壕を維持し続けていた他の隊員たちは、それを黙ってみていたわけではない。
怒りで、恐怖で絶叫しつつ、弾薬や手榴弾を遠慮なく投射した。
あちこちで爆発が起こり、塹壕より高い場所にあったものは片端から銃弾を浴びていく。
その中には未だ生存していた逃亡兵も含まれていたが、もはやこの場にいる全ての生き物はまず自身の生存を第一と考えており、友軍誤射などという些細な事を気にする余裕は持っていなかった。


529 名前: 物語は唐突に 2005/07/26(火) 01:58:08 ID:???

BAKOM!BAKOM!!

 不意に、何かが吼える音が聞こえた。
 死闘を繰り広げる一同は、それがなんであるかを気にすることは無かったが、音の主は容赦なくそこへと乱入した。
 手榴弾とは比べ物にならない爆発が発生し、大量の土砂を巻き上げる。
 妙に高い位置から機銃が掃射され、大量の血煙と土煙を発生させる。

「キューマルだ!!」

 誰かの叫び声が聞こえた。
 しかし、それに答えたのは更なる爆発と、大量の機関砲弾であった。
 連続で閃光が走り、敵がなにやら喚く声が聞こえる。
 しかし、一瞬の間もおかずに発生した爆発の連鎖によって、それはかき消される。
 そう、陸上自衛隊の誇る(数的には)主力戦車、90式戦車改が、89式戦闘装甲車を率いて前線へと到着したのだ。
 そこから先は、先ほどの苦戦を忘れさせる程の一方的展開であった。
 主砲が、機関銃が、そして機関砲が唸り、そこへ士気を回復させた隊員たちが続く。
 対戦車兵器を持っている様子の無い敵軍は、情け容赦の無い火力の集中によって一気に壊乱、死者を回収する様子も見せずに後退していった。
 後に残されたのは、照明弾の放つ不気味な明かりに照らし出された、血まみれの陣地だけだった。






996 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/09/05(火) 00:23:49 ID:???

うめついでにACE COMBAT ZEROの改変など

 『前前スレ909』
本名 物語は唐突に
2ch趣味カテゴリ軍事板
自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた 住人の一人

 俺は死ぬはずだった
でも死ねなかった
痛む体を引きずって
たどり着いた場所は
荒らされまくったスレだったんだ

何も無い光景

それがなんだか
悲しくてしょうがなかった
でも そこで
強く生きる人々がいた
俺は彼らに助けられたんだ


998 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/09/05(火) 00:26:46 ID:???

軍板にSSなんて
必要ないかもしれない
でも 無くすだけで
変わるんだろうか

俺はまだ戦場に居る
次スレの近くだ
確かめたいんだ
SS投下の意味を
そしてそれを少しでも楽しんでくれる人々の意志を

次スレに答えなど
無いのかもしれない

でも探したいんだ

そう 今はそう思う
それでいいと思う