252  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:37:30  ID:kXNttcw1  
西暦2020年8月21日  21:35  日本本土  防衛省  

「航空自衛隊より地上攻撃の許可を求める通信が入っています!」  
「海上自衛隊も同様です!」  
「どっちも黙らせろ!いくらなんでもそれは許可できない!!」  

 机を叩き、統幕長は叫んだ。  
   
「敵生命体は築地方面に逃走中!都心環状線を越えて築地四丁目に侵入しました!!」  
「なんだと!どうして押さえられないんだ!」  

 スクリーン上の地図がゆっくりと動いていく。  
 この地図が相当な縮尺で作られている事を考えれば、敵生命体の異様な移動速度がわかる。  

「どこだ!?何処に向かっているんだ!?」  
「わかりません!追跡中のヘリコプターから闇雲に逃げ回っているようです!」  
「先発させた部隊は!?」  
「通信が途絶えています!」  

 一同の視線がスクリーン上に集まる。  
 周辺地域は、巨大な壁や機甲師団によって隔てられているわけではない。  
 あくまでも、警察や軽装の普通科によって外部からの進入を禁止しているだけに過ぎない。  
 敵生命体が封鎖地域の外に出れば、酷い事になる。  
 そして、敵と移動中の戦闘ヘリコプターを示す光点は、確実に封鎖地域の外へと向けて突き進んでいる。  


253  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:39:19  ID:kXNttcw1  
「統幕長閣下」  

 コーヒーを片手に持った副官が、立ったままの統幕長のそばへとやってくる。  

「なんだ?もう悪い知らせは聞き飽きたぞ」  
「外線五番に、先発隊の佐藤一尉から電話です」  

 副官が言い終わるなる、彼は受話器を取り上げて赤く点滅する外線五番ボタンを押した。  

「佐藤一尉!どうなっている!敵はまだ健在だぞ!」  
<私は簡単に倒してご覧に入れましょうなんて一言も言ってませんよ。  
 こちらは私を入れて六名生存・・・畜生!今五名になりました。  
 それよりも提案です!砲爆撃を遠慮なく出来るやつですよ!>  
「言ってみろ」  

 答えつつ、統幕長はハンズフリー通話に切り替える。  

<・・・そうだ二曹!そこを左折しろ!  
 敵を晴海埠頭に誘導するんです!そこならば周辺被害を気にせずにやれます!>  
「晴海埠頭?そこに行くまでにどれだけの距離があると思ってる!!」  
<隅田川を越えさせれば直ぐですよ!  
 直進だ二曹!隅田川を越えるまでずっとだ!  
 こちらは現在晴海通りを南下中!>  

 そこまで言われて統幕長はようやく異常に気付いた。  
 先発で送り出した部隊は、確かヘリで投入されたはず。  
 なのに、電話口からは車のエンジン音、銃撃音が絶えず聞こえてくる。  



255  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:40:40  ID:kXNttcw1  
「さては、一尉、民間車輌を接収したな?」  
<非常事態なんです、そこは見逃してください>  
「統幕長!」  

 オペレーターの一人が声を上げる。  

「なんだ!今通話中だぞ!」  
「戦闘中のヘリコプター部隊より民間の車輌が一台、敵生命体に銃撃を加えつつ現場に侵入してきたと報告が入っています!  
 あ?いえ、訂正します。民間車輌が敵生命体を誘導するように南下を開始、築地六丁目に入りました!」  
「そいつには味方が乗っている!誤射に気をつけろと伝えろ!」  

 統幕長は叫び返す。  
 別のオペレーターが、話し終わるのを待っていたかのようなタイミングで報告する。  

「警視庁より入電、勝どき・浜松町・月島方面の避難はほぼ終了。築地は二から七丁目までの避難が完了しましたが、聖路加国際病院の避難が遅れているそうです」  
「佐藤一尉!死んでも勝鬨橋を渡れ!!」  

 入ってきた報告を聞いた統幕長が叫ぶ。  
 当初の現場に近い位置にある聖路加国際病院は、その立地と医療設備が整っている事から野戦病院として使用されていた。  
 そのため、動かす事など到底不可能な重傷者が多数、手術室や集中治療室にいるため、避難が大変に遅れていた。  
 間違えても敵をここに入れるわけにはいかない。  

<わかっています、現在勝鬨橋西交差点を通過中!上の戦闘ヘリにもこっちのやりたい事を伝えてください!  
 電話はこのまま繋いでおきます!ひとまずオワリ!>  

 誰かに電話を渡したらしい物音が聞こえ、そして銃声が一つ増えた。    



257  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/04(木)  01:42:27  ID:???  
「誰か!現地の戦闘ヘリコプターに伝えろ!晴海埠頭だ!そこまで奴をおびき寄せるんだ!」  

 叫び終わると、彼は副官からコーヒーを受け取る。  
 一口飲み、そして再び叫ぶ。  

「海空の責任者は来てくれ、晴海埠頭で決戦だ!」  

 佐藤の案は、ここが東京で、そして戦場であるという所から来る思考の硬直を破壊するものだった。  
 正直な所どうして誰もが気付かなかったのか自問したくなるが、東京にはなんでもある。  
 徒歩で送り込まれ、どうやら通信機も失ったらしい彼らが、携帯電話をどこから入手し、そして放棄車輌で移動できているように。  
 建物がこれでもかと密集している過密都市でありながら、まだまだ更地が残っている埋立地があるように。  
 そこは、どんなに火力を投射しても周囲に被害が広がりづらい構造をしている。  
 何しろ区画ごと海に飛び出しているのだ。  
 五丁目から南西に行けば、そこは更地が広がっている。  
 航空爆弾で急降下爆撃する事もできれば、艦砲を直接照準で撃ちこむ事も余裕である。  

「いけますよ!統幕長閣下!ここならば陸海空三軍の火力を存分に振るえます!」  

 副官に何かを命じつつ陸幕長が叫ぶ。  
 他の二軍の長も同様である。  
 副官に命じつつも、顔を輝かせてやれますと叫んでいる。  

「詳細を直ぐに詰めろ。動かせる部隊は好きなだけ使え。  
 あのクソ忌々しい化け物に、自衛隊の本当の力を教えてやれ。  
 ・・・ああそれと」  

 そこで、統幕長は思い出したかのように付け加えた。  

「ちょうど良い訓練になる。国民保護に係る警報を全国に流せ。  
 各都道府県警と共同で、有事の際の国民の動きを調べるんだ」  
「わかりました」  



275  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:31:39  ID:???  
西暦2020年8月21日  21:42  日本本土  東京都中央区勝どき2丁目  

「そうです!今勝どき駅を越えました!」  

 携帯電話相手に若い陸士が叫んでいる。  
 彼は小銃も手榴弾も失っているため、臨時の通信士となっていた。  

「追いかけてきてますよ!」  
「追いかけさせてるんだ!いいから撃て!」  

 陸士長と陸士が叫びあいつつ銃撃をしている。  
 叩き割られた後部ガラスの向こうには、咆哮を上げつつ迫る化け物の姿が見える。  
 左右には放棄車輌の群れ。上空には追尾する戦闘ヘリコプター。  
 いやはや、壮絶な光景だな。  
 他人事のように思いつつ、拳銃しか持たないためにこの場では眺めている事しかできない佐藤は前を見た。  
 後ろから迫りつつある化け物ですら逃げ出すような表情を浮かべた二曹が前方を睨みつけている。  
   
「いやしかし、渋滞してなくて助かったな」「話しかけないで下さいよっ!!!」  

 この状況下で退屈を感じている佐藤が話しかけると、二曹は声だけで人を殺せるような世にも恐ろしい怒号を発した。  
   


276  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:34:40  ID:???  
「はい、黙ります」  

 大人しくなった彼は、周囲の風景に目をやった。  
 この地区の避難は本当に終了しているらしく、動くもの一つない。  
 いや、あるとすれば赤色回転灯か。  
 ・・・赤色回転灯?  
 唖然とする佐藤を乗せた車は、全速力で黎明橋へ向かって突き進んでいく。  
 朝潮運河に架かるこの橋を越えれば、目的地である晴海埠頭は目の前である。  
 その橋の対岸、晴海側に、赤色回転灯が無数に見える。  

「なにやってるんだあいつら!!」  

 それなりに良い視力である彼は、対岸の様子が実に良く見えた。  
 展開準備を進めている機動隊員、旋回するヘリコプター、いつでも橋を閉鎖できるように準備している装甲車。  
   
「電話を貸せ!!」  


277  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:36:18  ID:???  
西暦2020年8月21日  21:42  日本本土  防衛省  

<警察が歩道橋前で展開してます!あいつら何やってるんだ!!>  
<本部!本部!警察がいるぞ!何やってるんだあいつら!>  
<警察車輌が道路を封鎖しています!こんな事は聞いていません!どうなっているんですか!?>  

 現場上空の戦闘ヘリコプター、佐藤一尉からの報告、周辺監視に出したRF−15DJ、全てが同じ内容を叫んでいた。  
 豊洲方面に向かっていた警視庁の封鎖部隊は、いつの間にか晴海通りに展開を行っていた。  
 それも、どこからか増援部隊を集めて完全に通りを閉鎖しようとしていた。  

「貴様!作戦をぶち壊しにするつもりか!!」  

 統幕長がいよいよ我慢できずに拳銃片手に立ち上がった。  
 流れるような動作で警視庁の代表に照準し、安全装置を外す。  


278  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:36:59  ID:???  
「ま!まってください!上層部でも制止できないんです!!」  

 彼の言っていることは全くの事実だった。  
 この時、警視庁の上層部は、控えめに言って大混乱だった。  
 事の起こりは、同僚を失った所轄署所属の警察官数名が、自衛隊からの貸与装備を手に出動した事だった。  
 署員を『喰われる』という前代未聞の出来事に激怒した署長は、自衛隊だけでケリを付けられる事を看過できなかった。  
 彼は出動した連中を制止するどころか、手すきではない者まで動員して署内の全ての武器弾薬と車輌を持ち出させた。  
 射撃訓練でパトカーを完全に貫通して見せた5.56mmNATO弾ならば、それを無数に射出できる機関銃さえあれば、仲間の仇をきっと討てる。  
 どうやら彼はそう考えていたらしい。  
 もちろん、錯乱していたようだ。  
 錯乱はしていたが、血気盛んだった彼は、周囲の武装した警察官全てに勝手に連絡を取った。  

「首都の治安は軍隊ではなく、警察によって保たれなければいけない。今こそ我々が立ち上がるべき時だ」  

 自衛隊部隊の先導程度しか出番がなかった全ての警察官が、持てるだけの装備を持って動き始めた。  
 上層部は政治的判断やら何やらで勝手に自衛隊と話をつけて、東京で戦争をしている。  
 治安を預かるべき警察が、それを見逃して良いはずがないのに。  
 この異常状態でフロントラインシンドロームになっていた彼らは、上を完全に無視して現場同士で話をつけた。  
 所属を、管轄を超えて彼らは一致団結し、この難関に当たっていた。  
 そして、現場に展開していた全ての警察官が、現実を思い知る瞬間がやってきた。  


279  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:38:04  ID:???  
 銃撃を繰り返す4WDが、猛スピードで装甲車の間を通過する。  
 すぐさま装甲車たちはエンジンを唸らせ、隙間を埋め、放水砲塔を旋回させる。  
 無数の照明が灯される。  
 晴海側の沿岸全てに展開している警察車輌が、ライトを灯し、サイレンを鳴らして威嚇を試みる。  
 機動隊員たちが自動小銃や軽機関銃を発砲し始める。  
 化け物は怯まない。  
 警察官たちにとっては慣れない銃火器ではあるが、数が揃っているために命中弾が増えてくる。  
 化け物は止まらない。  
 距離が詰まる。  
 撃ちつくす者が増えてくる。  
 射線上に人間がいるため、戦闘ヘリは発砲できない。  
 化け物が橋に入る。  
 装填を終えたものから射撃を再開する。  
 化け物は加速し、宙に舞った。  
 それは幻想的な光景だった。  
無数の照明、銃火、星空を背景に、化け物は宙を舞う。  
 そして、いとも簡単に装甲車を飛び越える。  
 動かなかった警察官たちが何人も踏み潰されて即死する。  

「退避ー!」  
「逃げるな!撃てぇ!!」  

 号令が飛び交い、混乱した警察官たちは銃撃を止めない。  
 化け物が尻尾を振るう。  
 固まっていた警察官たちは、その一撃だけで数十名が吹き飛ばされて死亡する。  
 さらにその先にいた警察官たちは、飛んでくる同僚に銃弾を当ててしまった後で激突される。  
 4WDの通過からこの間、わずか一分弱。  
 勇猛果敢だった彼らは、この一分弱で戦闘能力と戦意を完全に喪失した。  


280  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:39:18  ID:???  
「逃げろぉ!!」  

 離れた場所からその姿を見ていた巡査部長が叫ぶ。  
 凍りついたようになっていた警察官たちは、その言葉で瞬間解凍され、一斉に武器を捨てて逃げ出した。  
 誰もの心の中に恐怖があった。  
 銃弾は効かなかった。  
 仲間は一斉に殺された。  
 自分たちではどうしようもない。  
 そして、どうしようもない相手は、目と鼻の先にいる。  
 乗員の乗っている車輌は、一斉にアクセル全開で退避を始めた。  
 逃げ惑う警察官たちが、それらに跳ね飛ばされて次々と負傷する。  
 あっという間に全ての身動きは取れなくなる。  
 そんな人間たちの醜態を満足そうに見ていた化け物は、もちろん見ているだけではなく、精力的に殺戮を行っていた。  

<撃ちましょう隊長!!我々はその為に来ているんです!>  

 二番機から悲痛な叫び声が入る。  
 だが、上空からその様子を見ている戦闘ヘリコプターには何もできない。  
 彼らの持っている武装はあまりにも強力で、そして地上はあまりにも混乱しすぎていた。  
 現状では、どんなに気をつけても警察官を殺戮してしまう。  
 この世界では最強の存在の一つであるAH−64DJの集団は、目と鼻の先の敵相手に何も出来ずに旋回を続けた。  


281  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/06(土)  03:39:51  ID:???  
<まだ下では戦っている奴もいるんですよ!撃ちましょう!撃たせて下さい!!>  

 今度は三番機から悲痛な叫び。  
 どうにかして士気を回復したらしい一団が、化け物に対して銃撃を加えている。  
 次の瞬間、尻尾の一撃で銃撃は止む。  
 跡には、上空から見てもわかるほどの惨殺死体の集団。  
   
<射撃するな!警察官の退避を待て!!>  

 本部からは銃撃を待つようにとの命令。  
 ここに来ている戦闘ヘリ部隊の全員は、自衛官としての職務を果たすために全てを捨てていた。  
 撃墜も、殉職も、生き残った後の懲戒も全てを受け入れる覚悟だった。  
 その彼らが、今度は自衛官として命令を守るという職務を果たすために全てを見捨てなければいけない。  
 そして、何よりも人命を守るために、攻撃を待たなければならない。  
 最低でも、化け物の周辺に生存者がいなくなるまで。  
 皮肉にも程がある現実だった。  
 何よりも皮肉なのは、警察官たちの運命かもしれない。  
 ここに集結していた警察官たちは、自分たちの手で化け物を倒すために全てを捨てていた。  
 そして、実際には手も脚も出ず、挙句の果てには自衛隊による攻撃を身をもって邪魔するという結果になっている。  
 時間にしておよそ二分間、悪夢のような殺戮は、クラクションを連続で鳴らして突進する4WDによって幕を閉じた。  



308  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  16:53:52  ID:???  
西暦2020年8月21日  21:44  日本本土  東京都中央区勝どき2丁目  

「畜生、畜生、畜生畜生畜生畜生!!!!」  

 喚き散らす佐藤の運転する4WDは、クラクションを連発し、そしてハイビームを光らせて突撃を敢行した。  
 加速を続け、全力で突き進む。  
 倒れ伏した警察官を踏みつけ、車輪に死体を巻き込んだパトカーを擦り、突き進む。  
 口一杯に警察官を咥えた化け物が、何事かと4WDの方を向く。  
   
「あー畜生!怖ぇぇぇ!!!」  

 喚きながら車内に残された弾切れの89式でハンドルとアクセルを固定し、佐藤は運転席のドアを開けた。  
 死体が、パトカーがドアの外を駆け抜ける。  
 行くぞ、畜生、俺は行くぞ。  
 深呼吸し、そしてドアの外へと飛び出す。  
 浮遊感、風が勢い良くぶつかってくる。  
 そのまま迫る地面、地面、地面。  
 硬い何かと柔らかい何かに激突する。  
 全身に痛みが押し寄せ、意識が遠のく。  
 後ろでは4WDの断末魔が聞こえる。  
エンジンが唸り、金属がひしゃげ、何かが絶叫する音が聞こえる。  
 何とか意識を繋ぎとめ、痛む体に鞭打って後ろを見る。  
 至近距離に見える化け物に、4WDはめり込んでいた。  
 最後に見たメーターは、時速80kmを示していた。  
 化け物の左前足が、カンガルーバーにへし折られているのが見える。  
 ふふふ、カンガルーバーは偉大だな。  
 苦しめ苦しめ、ざまぁみやがれ!  


309  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  16:54:53  ID:???  
「一尉!立てますね!逃げますよ!」  

 駆け寄ってきた二曹たちに助け起こされる。  
 うん、見事な手際だ。  
 助け起こされながら佐藤は満足した。  
 二曹ともう一人は彼を引きずるようにしながら近くのパトカーを接収する。  
 残った三人は、担いできたジェリ缶を苦しむ化け物へと投げつけ、手榴弾を取り出す。  
 これだけの時間があったというのに、化け物は佐藤たちに襲いかかろうとはしなかった。  
 苦しそうに喚き、折れた足を眺めている。  
   
「早く乗れ!撤収するぞ!!」  

 素早く支度を整えた二曹が叫び、三人は手榴弾を投げるとパトカーに飛び乗った。  
 その声に化け物がこちらを向く。  
 言葉などなくとも、怒り狂っているのがわかる。  
 咆哮、そして化け物は尻尾を勢い良く振るい始める。  
 パトカーはドアが閉まるのも待たずに急発進。  
 タイヤを軋ませながら加速を開始し、暴れる化け物を尻目に一目散に逃げ出した。  
 そして爆発。  
 二つの手榴弾が爆発し、その爆発が撒き散らされたガソリンに引火した。  
 再び爆発。  
 気化したガソリンガスが燃え上がり、化け物を飲み込む。  
 さらに爆発。  
 エンジンをかけられたまま放置されていた警察車輌が宙に舞い上がる。  
 警察の封鎖線を突破したところで暴れていた化け物の周囲には、いくらでもガソリンがあった。  


310  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  16:59:21  ID:???  
「このままいけるかもしれないですね!」  

 陸士長が後ろを見て叫ぶ。  
 そこでは警察車輌が次々と引火し、爆発炎上していく地獄絵図があった。  

「人生ってのはうまくいかないように出来てるんだよ」  

 炎の壁を突き破って現れた化け物を見つつ、佐藤は冷静に言い放った。  
 彼らを乗せたパトカーは、サイレンの音も高らかに、全速力で逃走を開始した。  
 その後を追う化け物。  
 しかし、足を一本折った効果は大きく、その動きは先ほどまでに比べると緩慢である。  
 電池が切れたために交換された二本目の携帯電話からは、状況の報告を求める声が繰り返し聞こえてくる。  
 さすがに疲れた佐藤は、陸士長に電話を渡し、そして自分は後ろを見た。  
 自分たちを追いかける化け物が見える。  
 炎は消えたようだが、爆発の衝撃は確実に内臓にダメージを与えているだろう。  
 あと少しだ、そうやって追いかけてこい。  
 そしてお前は、殺されるんだ。  
 ざまぁみやがれ。  
 ニヤリと笑い、佐藤は前を向いた。  


311  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  16:59:54  ID:???  
同日  21:44  日本本土  東京都中央区勝どき2丁目上空  

「信じられない。何考えてるんだあいつらは」  

 路上から立ち上った炎を眺めつつ、隊長は呟いた。  
 警察官の虐殺を行っていた化け物は、今しがた飛び込んできた4WBに突撃され、続いてガソリンをかけられて燃やされていた。  
 確かにそれでも生きている化け物も凄いが、ここに至るまでの敵の活躍を見ればまあそんなものかと思いたくもなる。  
 しかし、あれだけの人数の警官隊がなすすべもなく壊滅させられた化け物相手に、手傷を負わせたあの自衛官たちは何者だ?  
   
「敵生命体は移動を開始、警察車輌に乗った友軍の追撃を再開しました!」  

 色々と考えつつも、彼の中の訓練された部分は、上層部への報告と、機体の操作を問題なくこなしていた。  
 どこかに怪我をしたらしく、化け物の動きは先ほどに比べると大した事はない。  
 誘導を行っている友軍のパトカーと、距離は一向に狭まろうとしない。  
 と、眼下のパトカーは綺麗なドリフトをキメつつ右折する。  
 化け物も叫び声を上げつつ後に続く。  

<こちら本部、現在晴海三丁目交差点を通過、あとは少しです>  

 本部から情報が入る。  
 ふと視線を上げると、暗視装置ごしに晴海埠頭が見えた。  
 その先に見えるのは、無数の護衛艦。  
 上空を素早く通過するのは航空自衛隊なのだろうか。  
 何にせよ、この長い夜は終わろうとしているな。  
 電線を、ビルの屋上を回避しつつ、AH−64DJの編隊は最後の直線へと進入していく。  


312  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  17:02:09  ID:???  
同日  21:45  日本本土  防衛省  

「付近に展開中の護衛艦隊は対地攻撃の準備を完了!」  
「航空隊は空中待機に入りました!」  
「豊洲方面より移動中の部隊より入電、現在春海橋を移動中!」  
「回収部隊は晴海埠頭に到着、友軍車輌の到着を待ちます」  

 次々と報告が入ってくる。  
 警察の妨害としか思えない行動もあったが、なんとか事態は収束へと向かっていた。  
 敵生命体はこちらの誘導を素直に受け、自衛隊の射爆場と化した晴海埠頭へ向けて突き進んでいる。  
 その後ろを付近からかき集めた普通科中隊が重武装で追尾中。  
 間に合った全ての護衛艦が東京湾で射撃準備を完成しており、航空自衛隊も命令一つで対地攻撃を始められる。  
 誘導を行っている佐藤一尉たちを拾うためのヘリも、離陸準備を終えて待機している。  

「よーし、よしよし、終わらせるぞ!終わらせてやる!」  

 カフェインの錠剤を大量の飲み下しつつ統幕長が叫ぶ。  
 眼前のスクリーンには、晴海五丁目交差点を越えて、海側の直線道路に佐藤一尉たちが進入した事が示されている。  
 直線道路の途中には、回収するためのヘリコプターが待機している。  
 あとすこし、もうすこし。  
 光点が回収ヘリに向けて突き進んでいく。  
 敵生命体は、どこかに負傷でもしたのか速度が一向に上がらない。  
 21時47分、光点が停止。  
 部下から回収ヘリが無事離陸した事が知らされる。  
 これ以上、攻撃を待つ必要はない。  


313  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  17:04:58  ID:???  
「全軍撃てぇ!!」  

 無線に乗った攻撃命令が付近一帯に伝えられ、そして自衛隊の総反撃が始まった。  
 最初に発砲したのは、晴海と新豊洲の間に無理やり侵入した二隻の護衛艦である。  
 イタリアOTOブレダ社製54口径127mm砲が滑るように旋回し、敵生命体を向く。  
 そして発砲。  
 距離が殆どないため、二秒弱で着弾する。  
 1km以上から瞬時に飛来した砲弾を避けられるはずもなく、化け物を取り囲むようにして爆発が発生する。  
 全身を一瞬にして傷つけられた化け物は、血も凍るような恐ろしい咆哮を上げて逃げ出そうとする。  
 しかし、続いて戦場に参加してきた21機の支援戦闘機に狙われたのでは、どうこうできるはずもなかった。  
 小爆弾による集中豪雨が局地的に発生し、煙と爆発が化け物の姿を完全に覆い隠す。  
 編隊が上空を通過し、再び艦砲射撃が再開される。  
 毎分約40発の発射能力は伊達ではなく、さらに二隻が交互に射撃を行うため、絶えず爆発が発生する。  
 いかなる生命体の生存であっても許さない攻撃は、その後三分間に渡って続き、全弾を射耗した護衛艦の射撃終了によって幕を閉じた。  
 容易に火力を用意できる海上、そして航空自衛隊の前に、化け物の頑丈な肉体はなすすべがなかった。  


314  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  17:07:03  ID:???  
同日  21:50  日本本土  東京都中央区晴海四丁目  

「油断するな、まだ動くかもしれん」  

 艦砲射撃も航空攻撃も終わっていた。  
 周囲ではライトを灯した戦闘装甲車や戦闘ヘリが警戒を行っており、さらに続々と到着しつつある普通科が警戒線を張っていた。  
 化け物は今のところ完全に活動を停止している様に見える。  
 四肢は吹き飛ばされ、胴体に巨大な穴が開いている。  
 その周囲に普通科は次々と重火器を設置している。  
   
「撃ち方用意」  

 中隊長が命じ、機関砲が、重機関銃が、次々と化け物の方を向く。  
死んだと思っていたのに逃げ出しました。  
 などという情けない事態を起こさないため、彼らは完全に化け物を抹殺するつもりだった。  
 そして、誰もが引き金に手を当てたその瞬間、化け物は光を放って消滅した。  

「う、撃つな!待て!待て!!」  

 拡声器から狼狽した声が流れ、そして誰もが化け物の方を見た。  
 そこに、自衛隊を長時間によって苦しめ、東京全域を大混乱に陥らせた化け物の姿はなかった。  
 全身を満遍なく損壊された、女子高生らしい一人の人間が倒れているだけだった。  

「どうなっとるんだ、これは」    

 唖然と呟いた中隊長の頭上を、轟音を立てて戦闘ヘリが通過していった  



315  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  17:16:56  ID:???  
同日  23:50  日本本土  防衛省  

「最低のオチだな」  

 副官からの報告を聞き終えた統幕長は、憂鬱そうにそう言った。  
 検視と所持品の検査の結果、現場に倒れていた人間は、都内の高校に通う女子高生に間違いなかった。  
 そして、大陸派遣隊に協力するエルフからの情報で、人間を化け物に変える魔法の類があることも間違いなかった。  
 つまり、自衛隊は総力を挙げて哀れな被害者を殺害した事になる。  
 これを最低のオチと言わずになんと呼べばよいのか。  
 統幕長は思わず頭を抱えた。  

「悲観するほどの事はありませんよ」  

 いつの間にか彼の傍らに現れた公安の代表が話しかける。  

「なんだと?」  
「現場付近から回収された物です」  

 机の上に、ビニール袋に入れられた短剣が置かれる。  

「なんだこれは?」  
「最初の現場付近で、少女の頭部に突き刺さっていた物です」  

 成分を分析したらしい様々なデータが書かれた紙が机上に置かれる。  

「成分はごくありふれたものですが、意匠などは誰も見たことがないものです。  
 どうやら、奴らは現場の近くから観戦していたようですね。  
 そして、どういうわけだか年端もいかない少女を、これを使って殺害した」  
「なん、だと」  

 統幕長の体が、怒りに震えだす。  


316  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  17:17:34  ID:???  
「付近の商店の監視カメラに、その様子が完璧に映っていました。  
 すでに私の部下が周辺を監視しています」  

 統幕長が、音速を超えているのではないかと思われる速さで振り向く。  

「その場所は、教えてもらえるんだろうな?」  

 その瞳には、危険としかいいようがない光が宿っている。  

「逮捕すると誓っていただけるのならば」  
「逮捕させるさ」  

 早くも受話器を取りつつ、統幕長は続けた。  

「生きていて、喋れればそれで十分だろう?」  
「もちろんですよ」  

 なんでもないように公安の代表は答えた。    



338  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  23:56:20  ID:???  
西暦2020年8月22日  02:50  日本本土  都内某所のホテル  

「乾杯!」  

 エルフとその協力者は、缶ビールを打ち合わせて祝杯を挙げていた。  
 テレビからは、今回の事件で発生した大まかな損害が流れている。  
 警察官190名死亡、500名以上が重軽傷。  
 民間人の被害者は未だ集計が終わらず。  
 日本全域に警戒警報が流れ、消費された税金は数知れず。  
 まさに大損害であった。  
   
「しかし、元は日本人であるとも知らずに、自衛隊の連中は随分と頑張ったな」  

 愉快そうに青年。  

「そうね、最後は巨大な船まで持ち出して向かってきていたわ」  
「陸海空勢ぞろいか、必死に殺した相手がただの民間人だったとわかった瞬間の奴らの顔が見たかったな」  

 笑いつつ、二人は二杯目に手をつける。  
 楽しそうに歓談し、すぐさま三杯目。  
 勝利の余韻が、二人を上機嫌にさせていた。  


339  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/08(月)  23:56:55  ID:???  
 そのホテルの前に、一台のタクシーが止まっている。  
 運転手は帽子を顔に当て、シートを倒して仮眠を取っている。  
 だが、彼の耳にはイヤホンが当てられ、そこからは周囲を飛び交う無線の内容が流れていた。  

<周辺の交差点は監視準備良し>  
<フロントに動きなし>  
<隣室にて待機中>  
「ホテル前異常なし」  

 襟元のマイクに囁きかけ、彼は仮眠を取っている態勢を続けた。  
 日本公安警察は、ホテル周辺の監視体制を完成させていた。  
 彼らの任務は逮捕ではない。  
 あくまで、自衛隊が到着するまでの現場確保を行う事だけが目的だった。  


340  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:00:03  ID:???  
 ホテルに近い路上に、一台のバスが停車していた。  
 バスは、どういうわけだかフルスモークだった。  

「いくぞ」  

 ガイド役の佐藤が、マイクを持って車内の全員に伝える。  
 全ての座席には、完全武装の自衛隊員たちが座っている。  
 ゆったりとした空間が売りのこの高級旅客バスは、兵員輸送にうってつけだった。  
 静かにエンジンがかかり、バスはその大きさに似合わない静かさで発車した。  
 前後にはごく普通のナンバーのありふれた車種の車が、どこにでもいるような男女を乗せて付き添っている。  
 しかし、彼彼女らの目は、見たこともないほどに暗い。  
 陸上自衛隊は、公安警察と手を取り合い、犯人逮捕という目的で行動を開始した。  


341  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:02:00  ID:???  
同日  02:55  日本本土  都内某所のホテル  

 一台のバスが、数台の車を連れて正面玄関前に滑り込む。  
 予定にない到着に、何事かとホテルマンたちが駆け寄ってくる。  
 バスのドアはまだ開かない。  
 先に、前後の車から無数の人々が降り立つ。  

「これは一体何事ですか?本日ご到着予定のお客様は、全てキャンセルされているはずですが」  
「お静かに、宿泊中のお客様が起きてしまいますよ」  

 一番年嵩の男性がホテルマンに言う。  
 ご丁寧に、人差し指で静かに、とジェスチャーをしている。  

「私はこのホテルの支配人ですが、これはどういうことなのでしょうか?  
 急に団体様を、となると部屋数が難しいのですが」  

 集まったホテルマンたちの中から、上等な物を身に纏った男が歩み出る。  
   
「公安調査庁のヤマダと申します。  
 このホテルに、昨日のテロ事件の犯人が宿泊しています。  
 我々は、これより強制逮捕を行います」  

 関連する省庁の人間を深夜に拉致してまで作り上げた令状を見せる。  


342  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:03:31  ID:???  
「い、いまからですか?  
 しかし、まだ他のお客様もいらっしゃいますし」  
「令状は正規の物ですよ?  
 それと、救国防衛会議議長閣下より、一切の妨害を実力を持って排し、損害に構わず犯人を逮捕せよとの命令も出ております。  
 大変申し訳ありませんが、ご了承願います」  

 断ち切るようにそう言い放つと、公安調査庁のヤマダと名乗った男は、バスに向かって合図した。  
 乗車口が開く。  
 暗く保たれている車内から、闇をそのまま纏ったかのように暗い目をした自衛官たちが、完全武装で次々と降車してくる。  
 彼らは、整列をしたり号令を掛け合ったりせず、事前に定められた手順によって、エレベーターや非常階段を目指して駆け足を始める。  

「ご安心下さい支配人」  

 公安調査庁のヤマダを名乗る男は、にこやかに告げた。  

「この国の法を犯していない国民に、我々は何もしません。  
 後で損害を全て請求してください、人命以外ならば、我々はいくらでも応じますよ」  

 フロントでテレビを見ていた若いカップルが、懐から拳銃を取り出して一同に合流する。  
 エレベーターから降りてきた初老の男性が、武装した一同を見て全く動じず、むしろ敬礼を受けつつ車へと乗り込んでいく。  
 非常階段から、子供連れの夫婦が現れ、女性と子供は車へ、父親は拳銃片手にフロントへと歩いてくる。  


343  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:04:35  ID:???  
「どうしました支配人?顔色がよろしくないようだ」  
「こ、これは、これは一体」  
「我々は、どこにでもいて、何でも見ている。という事ですよ。  
 ああ、そういえば」  

 愉快そうに笑いつつ、彼は続けた。  

「最近、貴方に対して脱税の疑いがかかっているようですね。  
 でも、ご安心下さい」  

 彼は、支配人の目を見て続けた。  

「私はこう考えています『愛国心溢れる支配人が、脱税などするはずがない』と。  
 そうですよね?貴方はそういう人ですよね?支配人」  
「き、協力するしますとも!もちろんですよ!私たちは何をすればいいんですか!?」  
「お静かに、お客様が起きてしまう」  

 気の毒になるほど狼狽している支配人の回答に満足そうに頷きつつ、彼は続けた。  

「このホテルから外に出れる全ての道を教えてください。  
 古い通路、工事中の通路、何でもいい。人間が通れる全ての道を」  
「直ぐに案内させますとも、ええ、ええ、お任せ下さい」  

 何か納得のいかないホテルマンたちに誘導され、自衛官たちはホテル内各所の逃走経路を次々と封鎖して回った。  


344  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:05:35  ID:???  
同日  03:18  日本本土  都内某所のホテル5F  

 昨日の仕事をやり遂げ、エルフと男性が互いを貪りあう部屋の前に、完全武装の一個分隊がいた。  
 彼らは射撃準備を完成し、指揮官である佐藤一等陸尉の命令を待ち焦がれていた。  
 その佐藤は、包囲が完成するのを待っていた。  

<B棟地下通路の封鎖完成>  
<本部より各員、全ての封鎖は完了している。増援部隊の到着は0340を予定。  
 これより、周辺住民の避難を開始する>  
<S10より本部、これより突入を開始する>  
<本部了解>  
<S10オワリ>  

 無線機にそう言うと、佐藤は前を見た。  
 誰もが射撃命令を待ち、そして不測の事態に備えて引き金に指を添えている。  

「入って直ぐ右のベッドの上です。お楽しみ中のようですね」  

 コンクリートマイクで盗聴を行っている公安の男が無表情で言う。  

「わかった、下がってくれ」  

 佐藤の言葉に頷き、男は拳銃を取り出しつつ隣の部屋に入っていく。  

「射撃用意」  

 佐藤の言葉に、一同の殺意は室内へと向けられる。  

「撃ぇ!!」  


345  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:07:33  ID:???  
 ホテルの廊下に、凄まじい銃撃音が響き渡る。  
 一同の眼前で、豪華なドアは打ち砕かれ、崩壊し、そして室内が視界に入ってくる。  
 銃撃によって調度品や家具が破壊され、向かいにある窓ガラスが砕け散る。  
 彼らは一気に突入せず、素早く左右に散開して壁に張り付く。  
 四人が手榴弾のようなものを取り出し、ドアだった穴から屋内へ放り込む。  
 爆発。  
 耳をふさいでなお聞こえる爆音と、目を閉じていてさえ明るく見える閃光が発生する。  
   
「突入!突入!!」  

 自動小銃を構えた自衛隊員たちが、一斉に屋内へと突入していく。  
 屋内では、両手を目に当ててのた打ち回る全裸の男女がいた。  
 自衛隊員たちは、遠慮なく半長靴で顔面を蹴りつけ、続けて両手両足を拘束する。  
 その間にも他の隊員たちが浴室を確認し、クローゼット内を確認し、安全を報告する。  
 窓の外から轟音が聞こえる。  
 サーチライトを照らした戦闘ヘリコプターたちが、ホテルの周囲を飛び回っている。  



346  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:10:36  ID:???  
「初めましてだな、クソ野郎ども」  

 佐藤は、全裸で縛られた男女を見た。  
 男性のほうはどこかで見たことのある若い男。  
 女性のほうは、完璧な美貌を持ったエルフだ。  

「国家の狗め!」  
「なんとも懐かしいフレーズだな。  
 なんでこんな事をしたのか詳しい事情を聞きたいところだが」  

 佐藤は拳銃を構えつつ言った。  

「俺はお前の言葉など何も聞きたくないし、お前から何かを聞き出せるとも思っていない。  
 いいかクソ野郎?」  

 彼は拳銃の狙いを定めた。  

「泣き喚け、お前に出来るのはそれだけだ」  

 彼は発砲した。  
 SIG−P220から9mm拳銃弾が発射され、それは音速で男の左肩にめり込んだ。  

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」  

 男が喚く。  
 だが、両手両足をプラスチックカフと呼ばれる特殊な手錠で拘束されているため、左右に転がる事しか出来ない。  
 すぐさま両脇の自衛官に起こされる。  


347  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:13:14  ID:???  
「おやおやどうしたんだい?  
 これからは悪い事をしちゃいけないよと言われるとでも思ったのかい?  
 東山忠信君17歳」  

 男の名前と年齢を告げると、佐藤は二発目を放った。  
 PAM!  
 銃声が室内に響き渡り、今度は男の右肩に銃弾がめり込んだ。  
 悲鳴を上げ、彼は再び転げまわろうとする。  

「こんな、こんな事が」  
「許されるんだよ」  

 佐藤は答えつつ、三発目、四発目を放つ。  
 男の右足、左足にも銃弾がめり込み、彼は拘束の必要がなくなる程に重症を負った。  

「今頃は都内の君の家にも部隊が突入している事だろう。  
 お父上は心臓があまりよろしくないそうだが、スタングレネードに耐えられるといいね」  
「畜生、畜生、調べやがったな」  
「そうだよ、君の事は調べさせてもらった」  

 薄笑いを顔面に張り付かせつつ、佐藤は答えた。  


348  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:14:13  ID:???  
「東山忠信、17歳。  
 国内某大学を中退し、NGO『日本愛の会』に入る。  
 そして例の大異変。  
 君は日本国を苦しめる手段として、エルフと共闘を行う事を決意した。  
 何か違うところがあったら訂正してくれ。被疑者死亡で書類送検と一言で言っても、いろいろと書かなければならない事があってね」  

 佐藤は薄笑いを浮かべたまま、五発目の拳銃弾を発射した。  
 エルフの体液で汚れた部分が打ち砕かれ、男は奇妙な声を出したまま気絶した。  

「さて、と」  

 佐藤は続いてエルフの方を向いた。  
 その美貌は、恐怖に歪んでいた。  

「これから、色々と話してもらうよ?  
 まあ、話したくなくとも、話せるようにしてやるから安心してくれよ」  

 彼が微笑みかけると、エルフは恐怖のあまり、失禁しつつ気絶する。  
 後ろから、大人数がやってくる物音が聞こえる。  

「お邪魔しますよ」  

 ドアだった部分から最初に現れたのは、拳銃を片手に持った公安調査庁のヤマダだった。  


349  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/09(火)  00:16:57  ID:???  
「お疲れ様です。  
 抵抗が激しかったため、やむなく無力化を行いました」  
「お疲れ様です、あれほどの敵ですからね。無理もない事です」  

 にこやかに挨拶を交し合う二人の脇を、大きな麻袋を持った男たちがすり抜ける。  
 彼らは床に転がされている男とエルフを袋に放り込むと、手早く後始末をして立ち去っていく。  

「彼らはどうなるんで?」  
「戸籍の存在しない囚人という扱いになります。  
 つまり、日本国から見て存在すらしていない人間という事ですな」  
「なるほど、まあどうでもいいや」  

 先ほどまで憎悪を向けていた対象の運命になんでもないと言い放ち、佐藤は窓の外を見た。  
 戦闘ヘリが旋回している。  
 遥か彼方の道路からこちらへ進んでくるのは自衛隊の車輌だろう。  
 この近辺は、完全に民間人の避難が完了している。  

「まったく、とんだ休暇になった」  

 佐藤は憂鬱そうに呟き、そして日本中を混乱に陥れたテロ事件は、完全に終結した。  





665  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:27:03  ID:???  
西暦2020年8月23日  10:20  日本本土  防衛省  

「これ以上の引き伸ばしは難しいです」  

 救国防衛会議の末席に座った、記者クラブの代表が言った。  
   
「対象Aは両手両足の負傷が酷く、現在のところ事情聴取は難しいです」  

 白衣を着た男性が言う。  

「対象Bはどうなんだ?五体満足で収容したんだろ?」  

 この二日間で極度に疲労した統幕長が、力ない声で尋ねる。  
   
「経過を見守りつつ薬物を投与しておりますが、我々が知っている、あるいは想像していた以上の事は聞き出せておりません」  
「というと?」  
「エルフ第三氏族である。復讐のために大陸の日本人と接触し、国内では対象Aと共に行動していた。背後関係は無し」  
「むぅ」  

 一言唸り、統幕長は黙り込んだ。  


666  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:29:40  ID:???  
 今回の事件の対処には、細心の注意が必要だった。  
 防諜の観点から言えば、対象AとBを国民の前で処刑し、一致団結して国難に対処する必要性を声高に叫ぶのが好ましい。  
 国民は一致団結し、日本国のためにならない存在に対して憎しみを持って行動してくれるだろう。  
 今後、二度とこのような事が起こらないようにするためには、それしかないとも言える。  
 しかし、疑心暗鬼からくる人間関係の問題が噴出する恐れがある。  
 安定の兆しこそ見えているが、依然として国民の暮らしは豊かになっていないのだ。  
 その状況下で、憎しみという能動的なエネルギーを国外ではなく国内に存在しているかもしれない敵に向けられるのは、好ましい事ではない。  
   
「先の会議で定まった方針でいくしかないか」  

 統幕長は言った。  
 犯人を公表し、処刑する。  
 それは、将来に渡って効果を発揮する反面、今の国内情勢に問題を与える可能性がある。  
 だが、冒頭でマスコミの代表が言ったように、いつまでも黙っているわけにはいかない。  
 国民には、早急に真実を交えた何らかの情報を提供する必要がある。  
 そこで、救国防衛会議は事件のその後について、一つの方針を定めていた。  


667  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:31:54  ID:???  
「国民が納得するでしょうか?」  

 再び、記者クラブの代表が言う。  
 初期の方針とは、あくまでも国外から侵入した敵により、今回の事態が引き起こされた。で終わらせるというものである。  

「同じ日本国民が、諸外国の人間と共同してこのような事態を引き起こしたという事実の公表は、現時点では問題の方が大きい。  
 それが今回の方針の理由であり、変更はない。  
 申し訳ないが、その方向で報道してくれ」  

 統幕長が答える。  

「わかりました。では私は各社との協議に行ってきます」  

 そう答え、記者クラブ代表は退室した。  

「処刑はエルフだけで?」  

 公安の代表が尋ねる。  

「そうだ。大々的に宣伝し、そして日本国の敵がどうなるのかを国民の目に焼き付けさせるぞ」  
「逮捕に参加した部隊はどうしましょうか?彼らは全てを見ている」  

 言外に、任せてくれれば何とかすると言いつつ、公安の代表が尋ねた。    

「それは問題ない」  

 統幕長は、ニヤリと笑った。  


668  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:37:48  ID:???  
「それにしても」  

 記者クラブ代表が退出した扉を見つつ、公安の代表が口を開いた。  

「人間、変われば変わるものですな」  
「何を言っている」  

 統幕長は笑みを浮かべたまま答えた。  

「太平洋戦争中、あそこは一番好戦的だった報道機関だったじゃないか」  

 政府の情報操作をさしたる異論もなしに受け入れた先ほどの記者。  
 彼の所属する報道機関は、旭日旗によく似た社章の会社だった。  
 彼らは平成時代初期の頃に自分たちが報道してきた事と正反対の趣旨を、言われるまでもなく声高に叫んでいた。  
 その代わり身の早さは、国内の主要マスコミのどこよりも早かった。  
 その事実を思い出し、一同は愉快そうに笑い出す。  

「しかし、佐藤の息子がさすがに気の毒になってきたな」  

 今しがたサインしたばかりの命令書を見つつ、統幕長は呟いた。  


669  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:41:30  ID:???  
西暦2020年9月6日  12:00  北海道  北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢  陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地  

「15日前、戦闘があった。  
 いや、戦闘ならば、この世界に来て以来、何度となくあった。  
 奴らは化け物を呼び出し、日本人の殺害を繰り返した。  
 運に恵まれぬ奴らに、勝利が続くはずはない」  

 早くも冷たくなり始めた風が、丘の上を通過する。  
 この日の気温は、驚くべき事に10度以下だった。  

「奴らは時代が変わっていることに気付かなかった。  
 下らないテロを繰り返して捜査の範囲を狭め、気付かないうちに逃げ場を失いつつあった奴らは」  

 正門に立つ警衛が、寒さで身震いをしている。  

「恐ろしい化け物を呼び出し、それを武器に日本国に向かって戦いを挑んだ。  
 それが15日前の戦闘。  
 化け物は雄々しく戦い、惨敗した。  
 都内で開けた場所へ誘導されるという愚を犯した化け物。  
 その無様さを目にした自衛隊は、一切の躊躇を捨てて殲滅した。  
 日本に平和が訪れた。  
 彼らのおかげで、それは永久に続くかに思われた」  


670  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:43:40  ID:???  
「何を縁起でもない事を言っているんですか」  

 呆れたような声が後ろからする。  

「いや、言わせてくれ二曹。  
 こうでも言っていないと気が済まん」  

 憂鬱そうな声で答え、佐藤は海を見た。  
 どこまでも続く水平線が目に入る。  
 陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地。  
 日本の最北端に位置する拠点である。  
 この世界に来る以前、ここは本当に小さな拠点でしかなかった。  
 しかし、現在は違う。  
 官舎が建設され、ヘリポートが、通信傍受のための施設が続々と建設されている。  
 この世界に転移した事が原因である。  
 ゴルソン大陸とそれに付随する群島は、この島に近すぎたのである。  


671  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/24(水)  01:46:55  ID:???  
「しっかし、なんだってこんな辺鄙な所にこなけりゃいけないのかねぇ」  

 恐ろしく澄んだ空気を吸い込みつつ、佐藤は呟く。  
 前回の事件の後、佐藤たちは解散を命じられずに、防衛省の敷地内で待機を命じられていた。  
 その待機命令が解除されたのが三日前。  
 装具をまとめ、命令書片手に輸送船に乗り込んだ彼らは、一昼夜かけて礼文島へと降り立った。  
 輸送船は佐藤たちと物資を下ろすとすぐさま出航してしまい、新兵の集団を引き連れた施設科らしい三尉が佐藤の元へとやってきた。  

「遠いところをお疲れ様です。  
 自分は施設科の笹山三尉であります。礼文島へようこそ、佐藤一尉」  

 大陸で、東京で過酷な戦闘を潜り抜けた歴戦の勇士がくると聞かされ、彼は大いに緊張していた。  
 だが、その彼の前に立つ一等陸尉は、やる気のない答礼を返し、口を開いた。  

「それで、俺たちはここで何をすればいいんだ?」  

 佐藤たちに渡された命令書には、重傷者を除いて速やかに輸送艦に乗り込み、現地で新たな命令を受領せよ。とだけ書かれていた。  
   
「これより三日間、佐藤一尉殿以下部下の皆様は、当分屯地にて休養を取っていただきます。  
 それ以後の事は、司令より直接お聞き下さい」  
「わかった、案内してくれ」  

 とりあえず休めると聞き、佐藤は表情を僅かに緩めつつ三尉に答えた。  
 だが、極めて遺憾な事に、彼らは三日間の休暇すら楽しむ事ができなかった。  



692  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/25(木)  00:47:34  ID:???  
西暦2020年9月6日  20:28  北海道  北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢  陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地  

「・・・と、少し長くなってしまったが、あとは各自で自由に飲んで欲しい」  

 20分以上の演説を終え、分屯地司令は壇上から降りた。  
 笑顔を浮かべてその隣に立っていた佐藤も、ようやくの事自分の席へと帰還する。  

「お疲れ様でした」  

 すかさず二曹が酒を注ぐ。  

「お疲れだったよ。それで、何故貴様は壇上に来なかった?」  

 そう、二曹は長きにわたる演説の間、他人の振りをしてひたすらに椅子を暖め続けていた。  
 本来ならば佐藤の隣に立っていなければならない存在であるのにである。  

「さあ佐藤一尉、熱いうちにどうぞ」  

 佐藤の冷たい視線を無視し、二曹はてんこ盛りのご飯を彼に渡す。  

「・・・まあいい。全員傾注」  

 既に佐藤を無視して飲み会を楽しみ始めている部下たちが、一斉に彼を見る。  
     
「随分と減ってしまったが、今日までご苦労だった。  
 明日明後日も休暇となっている。  
 それぞれの自宅に帰してやれないのは心苦しいが、何はともあれ諸君、ご苦労様でした」  

 佐藤は頭を下げ、そしてコップを突き出した。  

「乾杯!」  


693  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/25(木)  00:49:21  ID:???  
「佐藤一尉殿」  

 部隊内での乾杯も済み、各々が好きなように飲み始めているところに、この分屯地の普通科らしい一同がやってくる。  

「どうした?まあ飲め」  

 だいぶ酒も回り、ご機嫌になっている佐藤は気さくに酒を振舞う。  

「恐縮です。それで佐藤一尉殿、もしお時間がよろしければ、一つ教えていただきたい事があります」  
「なんだ?言ってみろ」  

 空になったビンを置き、新たな酒瓶に手を伸ばしつつ尋ねる。  

「その、お恥ずかしい話ですが、自分たちはまだ、実戦を行った事がありません。  
 そこで、是非とも佐藤一尉殿に、人を撃つための心構えなど教えていただけないかと」  

 それまで浮かべていた笑みを消し、佐藤は一同を見る。  
 誰もが、期待に満ちた表情を浮かべている。  
 そうか、こいつら。  
 佐藤は理解した。  
 いきなり前線になった現状が不安で、俺に何か、気分が盛り上がるような事を話して欲しいんだな。  


694  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/25(木)  00:50:36  ID:???  
「人を撃つための心構え、ね。  
 なんだろうな?俺も部下たちも、あまりそういったものは持ち合わせてないんだよな」  

 偉大なる日本国と民主主義のため、危険を省みずに七生報国の精神で事に当たるのだ。  
 と叫んでやろうかなと内心思いつつ、彼は口を開いた。  

「しいて言えば」  
「しいて言いますと?」  

 一同が身を乗り出し、一言たりとも聞き逃さないように佐藤を見る。  

「俺が始めて能動的に人間を撃った時、その時の衝撃は、数字にするなら100あった。  
 もちろんうろたえているわけにはいかなかったから、指揮はきちんととったがね」  

 佐藤は、一同の目を順繰りと見つつ続けた。  

「次はその驚きが半分の50に。  
 その次は25だ」  

 そこまで言うと、佐藤は口を閉じた。  
 誰もが続きを聞こうと彼を見る。  
 だが、その表情には期待という文字はない。  
 聞きたくはないが聞かなければいけないという義務感のようなものが浮かんでいる。  


695  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/25(木)  00:51:49  ID:???  
「その、次は?」  

 黙った佐藤に対して、一同の代表が尋ねる。  

「その次?」  

 佐藤は、二曹ですら見たことのない暗い表情を浮かべた。  
 そして、口を開いた。  

「もう何も感じない。  
 そこまでくれば、心配する必要はないさ」  
「悪夢を見たり、良心の呵責を感じたりというのは?」  
「なんというかな、そういうのとは別次元になるんだ。  
 良い事とか、悪い事とかいう尺度に、戦闘行為は当てはめようがないと気がつくんだよ」  

 佐藤の回答に、一同は理解はしたが、納得はできないという表情を浮かべる。  
 人間を殺すという行為を、そこまで簡単に割り切れるのだろうかという疑問を振り払えないのだ。  

「国の命令で、必要とされる行動を、必要なだけ取る。  
 そうとだけ考えておけば、自分も仲間も危険に晒す事はない。  
 変に気張っていると、一生気を抜けなくなる。  
 気をつけろよ」  

 それだけ言うと、佐藤は彼らに背中を向けて、黙々と飲み始めた。  


696  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/25(木)  00:52:43  ID:???  
 憂鬱になった一同がそれぞれの席に戻った頃、択捉島に、一隻の小型船がぶつかろうとしていた。  
 それは、何処からどう見てもこの世界の物であり、ついでに言えばボロボロだった。  
 船は、波に押されるがままに接近し、島の周囲にあるテトラポットの群れに突っ込んだ。  
 船体が破損し、船の中から悲鳴のようなものが聞こえる。  
 だが、夜の闇は全てを覆い隠し、波の音は悲鳴をかき消した。  
 完全にめり込んでしまった船体から、一人、二人と人影が現れる。  
 周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、船内から更なる人影が現れる。  
 人影たちは、町の明かりとは正反対の方向へ向けて、一目散に駆け出していった。  
 頑丈なコンクリートに激突した船体は、波に押されてさらに破損の度合いを増し、日が昇るまでには木材の残骸へと形を変えていた。  
 このような形で、佐藤たちの休暇一日目は終わった。  



175  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/02/10(土)  00:53:44  ID:???  
西暦2020年9月7日  06:47  北海道  北海道礼文郡礼文町  海岸  

「こっちですよ自衛隊さん」  

 軽トラックを降りた男性が、佐藤たちを先導して歩く。  
 周囲には駐在のパトカーやマスコミの中継車が止まっている。  

「こっちです、さあ早く」  

 野次馬が集まりつつある中、佐藤たちは完全武装で足を進めた。  
 妙なものを発見したという報告を北海道警から受けた分屯地は、すぐさま佐藤に新兵たちを付けて現場へと送り出していた。  
 この世界に来る前ならばまだしも、今や自衛隊はこの国の頂点に立っており、特に僻地ではその権力は絶大だった。  
 拳銃を一つ持っただけの駐在よりも、集団で頑丈そうな車輌に乗り込み、見たこともない兵器を取り扱う自衛隊の方が頼りがいがあるからである。  
 そして、起きた事自体に関してだけは報道管制を行っていない現状で、国民にとって暴力装置というものはそれほどまでに魅力的に見えるのだ。  

「なんだ、流木か何かじゃないか」  
「大げさな話だぜ」  

 新兵たちが安堵の声を漏らす。  
 確かに、彼らから見れば、それはただの流木か、流出した木材の残骸にしか見えなかった。  
 しかし、年配の駐在と、佐藤たちの目には、それは異質なものに見えた。  
 適度にカーブを持たせてある木材。  
 まだ錆びていない金具。  


176  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/02/10(土)  00:54:28  ID:???  
「こいつは船舶の残骸だな」  
「新しいですね」  

 足元の土を確認しつつ、二曹が呟く。  
 一直線に海岸から遠ざかる足跡が複数。  
 現代の靴がつけられる様な足跡ではない。  
 よく見れば、裸足のものまで混ざっている。  

「追跡しますか?」  
「一個分隊で出せ。連絡は絶やすな。  
 それと、本土に増援を要請しろ。島内全域にローラーをかける必要があるぞ」  

 二曹に指示を出し、佐藤は後ろを見た。  
 不安そうな民間人たち。  
 マスコミ関係者も例外ではない。  
 敵は報道であろうがなかろうが、民間人であろうがなかろうが、容赦はしない。  
 さすがの日本国民も、銀座の事件をもう風化させてしまう程に愚かではなかった。  

「本署からは自衛隊さんの下に付くようにと指示が来ました」  

 年配の巡査長が、明らかに緊張した手つきで敬礼する。  

「ご苦労様です。自分は陸上自衛隊の佐藤一等陸尉であります。  
 まずは島内の民間人に対する聞き込みをお願いします。  
 怪しい人間や痕跡を見なかったか?それと、悪ガキが思わず入り込んでしまうような廃屋の場所も」  
「わかりました、直ぐに始めます」  


177  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/02/10(土)  00:55:06  ID:???  
同日  07:44  北海道  北海道礼文郡礼文町  山の一角  

「ポイントD−12、異常なし」  

 小銃を構えたまま、一人の隊員が無線機へと呟く。  
 上空では何機かのヘリコプターが飛行している。  

「次、ポイントD−13へ移動する。分隊前へ」  

 分隊長が指示を出し、彼らは前進を再開した。  
 本土からの増援は出せないという冷酷な返答があり、この島に駐屯している彼らは、ありあわせの人材と機材で捜索を開始していた。  
 既に全島避難の命令が出ており、12時を過ぎれば、全ての民間人が避難を完了する予定である。  
 東京事件は、民間人たちにそれを了解させられるだけの衝撃を未だ持ち合わせていた。  


178  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/02/10(土)  00:55:44  ID:???  
「ポイントE−15、異常なし」  

 分屯地に臨時で設けられた指揮所では、難しい表情を浮かべた幹部たちが地図を睨んでいた。  
 礼文島は、非常に小さな島である。  
 だが、その表現はあくまでも、日本列島全体という大きな尺度で見た場合の表現である。  
 一個中隊の陸上自衛隊で全てを隈なく捜索する場合、この島は広大であるという表現が正しい。  

「続いてF−14、異常なし」  

 少ない通信士たちは、無線機から流れる情報を出来るだけ素早く伝えてくる。  
 しかし、地図上の捜査完了地域は、未だ半分を超えていない。  

「ヘリからは?」  
「避難中の民間人以外発見の報告はありません。  
 飛行空域を広げますか?」  
「いや、いい。普通科の上空に貼り付けておけ」  
   
 東京事件最大の教訓は、日本国内でありながら、満足な情報と支援を与える事が出来なかった点にある。  
 常にどこかの部隊が戦闘状態にあってもおかしくない今日、自衛隊は経験則をマニュアル化する努力を惜しまなかった。  
 とはいえ、いきなり全国に装甲車輌や重火器を配備できるわけもなく、まずは出来るところから取り組むしかなかった。  
 佐藤たちの部隊では、その出来るところは、諸兵科混合の中にヘリコプターを常備する事だった。  
 これは無反動砲を一つだけ与えられるような部隊が存在する中から見れば、大変な厚遇である。  
 機体だけではなく、それを運用できる兵員も機材も支援も与えられるのだから当然だ。  


179  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/02/10(土)  00:56:28  ID:???  
「んなこたぁーない」  

 実際に前線に立つ佐藤からすれば、無反動砲一つの方がまだ気が楽だった。  
 救国防衛会議が何を考えているのかはわからないが、とにかく佐藤にとっては、便利さよりも面倒さの方が大きい。  
 書類仕事は増える、期待される働きも大きくなる、そして、死ぬ部下も恐らく増える。  
 とにもかくにも面倒な事だらけである。  
 この僻地への島流しも単なる口封じかと思っていたが、一晩明ければこの有様だ。  
 今のところこちらに損害は出ていないが、相手によっては東京事件の二の舞になりかねない。  
 無線相手に喚き散らして装甲車輌を何が何でも手配するべきなのか。  
 それにしても寒い。  

「ポイントC−18の廃屋にて不審者を発見。  
 現在包囲体制にて待機中です」  
「Cを回っているのは・・・あいつか、俺が出る。  
 攻撃を受けるまで絶対に撃つなと言っておけ」  
「はっ」  

 Cの範囲を担当しているのは、かつては原田三尉と呼ばれていた男だった。  



733  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/03/05(月)  23:46:12  ID:???  

「大隊総員、傾注!  
 諸君、夜が来た。  
 無敵の施設科諸君、最古参の新兵諸君。  
 万願成就の夜が来た。  
 戦争の夜へようこそ!」  

 演台に登った大隊指揮官は、歪んだ笑みを浮かべてそう切り出した。  
 整列した自衛隊員たちは、誰もがその言葉に聞き入っている。  

「堰を切れ!戦争の濁流の堰を切れ!諸君!!  
 第一目標は王都全域!  
 西岸民議堂!精霊塔!国王私邸!渉外庁舎!王国軍司令部!  
 政官庁舎群!王宮!  
 南方別宮!セリーヌ離宮!近衛騎兵!  
 治安本庁!大蔵会議局!エルフ寺院!  
 商業地区、闇市、難民居住区、全て燃やせ!」  

 王都の中心を占める全ての地区に破壊命令が出た。  
 整列した自衛隊員たちは、誰もが反論せず、その言葉に聞き入っている。  

「中央貴族院!王都近衛騎士団本部施設!ナミルア大聖堂!」  

 地図上でしか見たことがない地域全てに破壊命令が出る。  
 先の王都攻略作戦で無視された建造物全てに照準が向けられる。  


734  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/03/05(月)  23:46:57  ID:???  
「大隊指揮官殿!地下臨時王国軍指揮所は!?」  

「爆破しろ!当然だ、不愉快極まる。欠片も残すな」  

「王宮前広場はいかがいたしますか大隊指揮官殿!」  

「砕け、国王の像は倒せ  
 物見の塔、大博物館、王立図書館、全部破壊しろ、不愉快だ」  

「記念橋は?」  

「落とせ、ロンドン橋の歌の様に」  

「王国戦争博、どうしましょうか?」  

「爆破しろ、かまうものか  
 目に付いた物は片端から壊し  
 食卓で目に付いた物は片端から喰らえ  
 存分に食い、存分に飲め  
 この人口10万の王都は、明日の早朝、諸君らの朝食と成り果てるのだ!!」  


735  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/03/05(月)  23:50:15  ID:???  
「お疲れ様でした」  

 演壇から降りた現場指揮官に、彼の副官が声をかける。  

「一度でいいから言ってみたかったんだ」  

 挨拶が終わるなり全員が食卓に飛びついた宴会を見つつ、陸上自衛隊臨時編成施設の大隊指揮官は感無量の様子で答えた。  
 破壊しつくされた王都に展開した現代科学文明の申し子たちは、その力を思う存分振るう機会を手に入れた。  
 隣の宿営地からは、民間の建設業者たちが挙げる宴会の騒音が響いてくる。  
 彼らは翌日の早朝から、王都再開発作戦の主力部隊として、その名前を内外に響かせる事になる。  
 再開発され尽くした旧王都は、以後日本国の大陸方面一の港湾都市としてさまざまな陰謀や事件に襲われる事になるが、それはまた別の機会に。  





764  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/03/07(水)  00:06:18  ID:???  
同日  07:58  北海道  北海道礼文郡礼文町  山の一角  

「今のところ動きはありません」  

 東京事件での行動から降格された原田一等陸曹が敬礼しつつ報告する。  

「ん、ご苦労。相手の姿はわかったか?」  

 答礼しつつ、佐藤は高機動車の陰から廃屋を見る。  

「自分たちが確認したのは三人までです。  
 全員がこの世界の民間人らしい服装をしています。  
 武装は刀剣を確認」  
「もっといると思うか?」  

 二階建ての住宅だったらしい廃屋の内部は、こちらからは見えない。  

「我々が来て直ぐに、見張りらしい三人は中に入っていきました。  
 逃げていかないのは、逃げられない理由があるからではないかと」  
「となると、難民か?」  
「おそらくは、ん?」  

 不意に、原田は空を見上げた。  

「佐藤一尉殿、今日は何日でしたっけ?」  
「七日だよ、九月の」  
「ですよ、ね」  
「なんだ?何がいいたい?」  
「空を見てください、一尉殿」  


765  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/03/07(水)  00:07:45  ID:???  
 言われた佐藤は、廃屋から視線を逸らして空を見た。  
 そして、絶句した。  
 北海道というのは、一般的に言って本州よりも寒い。  
 雪も、東北以外の地域と比べればありえない程に降る。  
 しかし、それは冬の場合の話である。  

「おい、なんなんだこれは」  

 恐怖感を覚えるほどの降雪だった。体感気温の降下も著しい。  
 高機動車のボンネットを見れば、停車したばかりだというのに湯気が立ち上っている。  

「一尉、これは異常ですよ」  

 駆け寄ってきた二曹が言う。  

「俺でもわかる。嫌な予感がするな。  
 ヘリを全部基地に戻せ。徒歩で捜索中の部隊も一旦引き上げだ」  

 風が吹き始めていた。  
 魂まで凍るような冷たい風である。  


766  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/03/07(水)  00:08:54  ID:???  
「全員装填、降伏勧告の後に連中を全員捕縛する。  
 出来るだけ生かしておけ」  
「どうぞ」  

 命じるまでもなく拡声器を用意した二曹が、電源を入れて佐藤に手渡す。  
 佐藤は廃屋の方を向き、冷たい空気を無理やり吸い込んで声を発した。  

「こちらは日本国陸上自衛隊である。  
 建物の中にいる諸君、諸君らは不法に日本の領土に侵入している。  
 速やかに投降せよ!従えば寛大な処置を約束する!繰り返す!速やかに」「出てきました!」  

 廃屋の扉が内側から開かれ、みすぼらしい格好の男女が次々と出てくる。  
 護衛らしい三人は、刀剣を手に持ってはいるが、それを振り上げて突撃を敢行する意欲はないように見える。  

「撃ちますか?」  

 原田が銃を構えて尋ねる。  

「頼むから、そう気軽に弾薬をばらまかないでくれ、あとで叱られるのは俺なんだぞ」  

 うんざりした口調で原田を止め、彼は再び拡声器を構えた。  

「三歩前に出て止まれ!一列に並び、大人しくこちらの指示に従え!」  

 男女は、文句一つ言わずに従った。  
 すぐさま自衛隊員たちが駆け寄り、武装を解除してトラックへと連れて行く。  

「俺たちも直ぐに基地へ戻るぞ」  

 その様子を眺めつつ、佐藤は部下たちにそう命じた。  
 既に雪は路上にまで積もり始めており、空は分厚い雲に覆われていた。