454  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/28(火)  23:47:51  ID:???  
西暦2020年8月15日  21:58  日本本土  

「ご覧下さい!自衛隊の誇る最精鋭部隊、習志野空挺部隊が登場しました!!」  

 テレビの中では、女性のレポーターが興奮した様子で叫んでいる。  
 彼女は大陸から帰還したばかりの習志野空挺部隊、その帰還式典を中継していた。  

「・・・のように、自衛隊は大陸での積極的な民主化活動を、精力的に行っているようです。  
 それではスタジオに戻します。大木さん?」  
「はい、大木です」  

 画面が切り替わり、都内のスタジオが映し出される。  
 神経質そうな眼鏡の男が画面中央に座っている。  

「自衛隊の活動もあり、食料、資源の大陸からの供給は、ますます活発になっていく事でしょう。  
 それでは次のニュースです。  
 新潟県新潟市で警察官が殺害された事件で、新潟県警はテロを含めた様々な視野から捜査活動を行っていると発表しました。  
 新潟県警本部前から、吉田さんのレポートです」  

 食料、資源が大陸から流入を始めているこの時期、日本国内は平和だった。  
 石油の安定した供給から電力制限は解除されており、また、配給される食糧も、従来に比べると質・量共に向上していた。  
 救国防衛会議はそれをどこそこ省のおかげと強調せず、あくまでも『我々が行った』という表現を行っているため、国民の多くは彼らを心から支持していた。  


455  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/28(火)  23:48:37  ID:???  
「国民の支持率はなおも向上しています」  

 救国防衛会議の面々は、その言葉を聞いても表情が優れなかった。  

「また、資源、食料の供給も、初期投資に力を入れたおかげで順調です。  
 現状を維持できれば、今年度秋には相当量の収穫が望めます。  
 資源に関しても同様です。  
 鉄道の敷設が順調に進んでいる事から、石油の供給も好調です。  
 パイプラインの建設さえ終われば、さらなる安定供給が望めるでしょう」  
「もうそれはいい」  

 経済産業省の代表の報告を遮り、統幕長は警視庁の代表に話を振った。  

「上陸した敵の工作員は発見できたのか?」  
「えー、現在のところ捜索中であります」  
「逃走経路は?敵の目的は?協力者はいると考えていいんだな?」  
「敵の目的は不明です。  
 また、敵は現在も逃走中であり、車輌を奪われたという通報、あるいは不審者を見たという報告もありません。  
 この事から、反体制的な思想を持つ人物が協力しているものと思われます」  

 そこまで言うと、警視庁の代表は語るべき言葉を失った。  
 現在警察が掴んでいる情報および想定している事は、全て伝えてしまったからである。  


456  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/28(火)  23:55:50  ID:???  
「公安の方はどうなのかね?」  

 着席したままのオールバックの男性に統幕長が尋ねる。  
 刑事警察とは異なる情報源と思考を持つ公安警察の代表ならば、何かを掴んでいるかもしれないと思ったからである。  

「それならばまず、そちらの情報本部に尋ねてみるべきではありませんか?」  
「それはもう聞いた。警視庁の方と変わらぬ見解だった。  
 国内の思想犯についてならば、そちらの方が詳しいだろう?  
 なにか、ためになる情報はないのか?」  

 統幕長の質問に、公安の代表は溜息を漏らしつつ答えた。  

「運転免許を持っていて、自家用車を所持している思想的に反体制的な人物。  
 それだけでもかなりの人数があります。  
 それに加えて、昨年の自衛隊との戦闘で身内を殺された者もかなりの人数です。  
 友人や親戚や同志がそこで死んだ者も、と考えていくと、私はこの会議室にいても安心できないくらいです」  

 静まり返る室内で、彼は言葉を続けた。  

「もちろん我々は我々なりに行動を開始しています。  
 ご安心下さい、必要な情報が手に入れば、皆さんにお知らせしますよ。  
 失礼、電話のようです」  

 言いたいことだけ言うと、彼は携帯電話を取り出しつつ勝手に退出していった。  
 後に残された一同は、自分たちの敵が想像以上の多い事に青くなりつつも、今後の方針についてを話し合おうとした。  
 扉が破るように開け放たれたのは、その瞬間だった。  


457  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:02:57  ID:???  
「統幕長!!」  

 飛び込んできたのは、部屋の外で待機しているはずの副官だった。  
 会議中は内線電話を使わなければならないのにも関わらず、彼はノックもせずに全力で飛び込んできた。  

「何だ?落ち着いて言ってみろ」  

 一瞬で非礼を咎めるべきではないと判断した統幕長は、極力穏やかな口調で尋ねた。  

「新潟市内で爆弾テロです!」  
「なんだと!!」  

 警視庁の代表が叫びつつ立ち上がる。  
 直後に彼の携帯電話が鳴り始める。  

「ここで通話して構わん。  
 それで、被害状況は?」  
「じぇ、JR新潟駅内部の五箇所で爆発がありました。  
 駅構内に進入していた各線が被害を受け、被害者の総数は不明との事です!」  
「ふざけやがって!やりやがったな!!」  

 民間人に多数の被害が出たと聞いた瞬間、統幕長の理性は消え去った。  
 誰もが唖然と彼を見る中で、電話に答えていた警視庁の代表が口を開いた。  


458  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:08:23  ID:???  
「爆発は連鎖的に発生したようです。  
 新幹線乗り場付近の喫茶店で第一の爆発。  
 次に付近の男性トイレ、ゲームセンター、その先のファーストフード店、最後は更にその先の連絡通路という順番だそうです」  
「被害状況は!?」  

 吼えるように統幕長が尋ねる。  

「わ、わかりません。  
 爆発の影響で新幹線ホームが崩落しており、また、駅の反対側に逃げようとした民間人が将棋倒しになっているとの事です」  
「警察はすぐに緊急配備と救援を。  
 陸上自衛隊からも出せるだけの応援をだせ」  
「「わかりました!」」  

 警視庁の代表と陸幕長は、同時に答えるとそれぞれの携帯電話相手に怒鳴りだした。  
 メンツを丸潰しにされた挙句に多くの国民を殺傷された救国防衛会議の行動は早かった。  
 駐屯地で待機していた部隊は軒並み防衛出動の名目で狩りだされ、民間の医療機関からは拉致同然に医師や看護士が動員された。  
 発生から二時間が経過した23時、新潟駅前は、ロータリーから近隣の百貨店まで全てを徴発した自衛隊による野戦病院へと形を変えていた。  


459  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:17:34  ID:???  
西暦2020年8月16日  00:15  某ホテル  

「ハハハ!大成功だ!」  

 テレビで伝えられる新潟駅の惨状を眺めつつ、若い男が愉快そうに笑っている。  

「おいおい、見てみろよ、防護服なんて着てやがる!  
 毒ガスなんてね〜よ〜」  

 テレビの中ではレポーターが着剣した小銃を抱える自衛隊員たちを背景に、犠牲者の総数を報告している。  

「・・・ということで、現在の時点で死者は100名以上、今後も増えると予測されています。  
 現場からお伝えしました」  
「100人か、まだまだだな。  
 もう少しうまくいくと思ったんだが」  

 悔しそうに女性が言う。  
 見たところ、本気で悔しそうだ。  


460  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:19:43  ID:???  
「まあまあ、次があるさ次が。  
 こっちの武器は、まだまだあるんだろ?」  

 優しく慰めつつ男性が尋ねる。  
 先ほどまでニュースを見て大喜びしていた人物とは、到底同じには見えない。  

「あ、ああ、そうだな。  
 まだまだあるさ、安心しろ」  

 慰められた女性は、気を取り直して笑みを浮かべた。  
 それを見た男性も笑みを浮かべる。  

「なら大丈夫さ。どうせ警察なんかに俺たちは見つけられない。  
 それに、見つけられたってあいつらは手出しできないさ」  
「そう願っている。  
 さあ、それよりも今宵も共に楽しもう」  
「おうよ」  

 男女は互いに淫靡な笑みを浮かべ、ベッドの中へと消えていった。  
 彼らの隣には、大きく膨れた旅行鞄が二つ、転がっていた。  



463  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:50:15  ID:???  
西暦2020年8月16日  07:15  日本本土  防衛省  救国防衛会議  

 爆破テロから一夜明けた会議室内は、通夜のように静まり返っていた。  
 あちこちで、疲労を隠せない様子の代表たちが、それでも現状の把握と事態の解決のために電話と格闘していた。  

「第四次集計です」  

 警視庁の代表が、ヨレヨレの書類片手に立ち上がる。  

「座ったままでいい、読んでくれ」  

 一晩でどうしてと尋ねたくなるほどに老け込んだ統幕長が言う。  

「はい、死者142名、重軽傷が290名、行方不明が300名以上と思われます。  
 1000名を超える人がなんとか無傷で逃げ延びてはいますが、だからと言って、この数は・・・」  
「なんでそんなにいたんだ?」  

 疑問を覚えた統幕長が尋ねる。  
 爆発が発生したのは22時11分。  
 確かに新潟駅は多くの人々でにぎわうターミナル駅だが、夜の十時を超えて2000近い人々が屯している場所だろうかと疑問に思ったのだ。  

「昨日の新潟は風が強く、一部の架線に樹木が接触した影響で、いくつかの路線が停止していたのが原因です」  
「クソっ、それで、犯人の目星は?防犯カメラには何か映っていないのか?」  
「ダメです。爆発の影響とその後の火災で、駅員室は全滅。記録装置ごと破壊されています。  
 他の店舗に関しても、爆発とその後の消火活動の影響が大きくテープをいくつか回収できたに過ぎない状態でして」  
「失礼しますよ」  

 憂鬱そうな統幕長と、もっと憂鬱そうな警視庁の代表の会話に、公安の代表が割り込んだ。  


464  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:51:12  ID:???  
「何かわかったのか?」  
「ええ、色々と」  

 顔を輝かせた統幕長に、彼は答えた。  

「誰だ!どこのクズ野郎がこんな事をしたんだ!!」  

 徹夜明け、かつ多くの民間人が犠牲になった後というだけあり、統幕長の理性は非常に弱くなっていた。  
   
「どこそこの誰々さんと断定はできません。  
 ですが、犯人の目星になる情報です。  
 一週間前に、大陸に行っていた若い日本人男性が一人、現地で行方不明になっています」  
「ああ、一人いたな。居住区から勝手に抜け出した若いのだな」  

 記憶を辿る表情になった統幕長が答える。  

「ええ、彼を今朝、ウチの人間が新潟港で発見しました。  
 大陸と往復していたコンテナの中から発見されたそうです」  
「そいつが犯人か!」  
「落ち着いてください。  
 残念な事に死体で、です」  

 いきり立つ統幕長を宥めつつ彼は続けた。  


465  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/11/29(水)  00:51:52  ID:???  
「ですが、死体とその周囲の状況が随分と喋ってくれましたよ。  
 若いのはエルフとこっちに渡ってきたようです。  
 随分と信用していたようで、最後は全裸になったところで後ろから一刺し。  
 短剣が後頭部から脳まで突き抜けていました。  
 一緒にいたと思われるエルフは一人と推定され、頭髪の長さからして女性の可能性が高いです」  

 現代警察の科学捜査は、一つの死体と僅かな遺留品からそこまでを簡単に突き止められる。  
 だが、統幕長はその結論でむしろ混乱してしまう。  

「まてまてまて、こっちの事を知らない女性のエルフが、金髪の長髪でうろつけばすぐにわかるだろう」  
「ええ、ですからこちらの事を知っている者と行動を共にしていると考えて間違いありません。  
 それでですね、新潟県警は県内全域にローラーをかけるようですが、我々は違うと考えています」  

 公安の代表は、嫌らしい笑みを浮かべた。  

「じゃあ、どこなんだ?」  
「新潟から検問にかからずに行けて、そして更なるテロを起こすのに最適な人口密集地があります。  
 そこは今回のテロからはかなりの距離があり、誰もがまさかと思ってしまう」  
「ま、まさか」  

 統幕長の顔が青ざめる。  
 公安の代表の笑みは、歪みを増していた。  

「そう、日本の首都、我々がいる、東京ですよ」  







706  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:06:42  ID:???  
西暦2020年8月16日  10:15  日本  東京都新宿区某所  

「嫌な感じだな」  

 防弾チョッキにヘルメットを着用した警官が、噴出す汗を拭いつつ巡回を行っている。  

「嫌だなぁ、確かに。  
 このクソ熱いのに、絶対に防弾とメット装備の上で巡回するようにだときたもんだ」  
「そうじゃない。テロがあったのは新潟だろ?  
 検問だって張ってるのに、どうして都内でここまで警戒が必要なんだ?」  
「そりゃあお前、アレだけ派手にやる連中だぞ。  
 新潟を狙って東京を狙わない理由はないだろう」  

 不思議そうに尋ねた同僚に、彼は呆れたように説明した。  

「しかし新幹線は吹っ飛んで、高速その他は全て検問だろ?  
 どうやって都内に入ってくるんだ?」  
「検問は検問であって封鎖じゃない。  
 ヤバい物を持っているんなら一般道を使う手だってある。  
 検問が怖いのならば宅配便で送るって手だってあるしな。  
 それに、新幹線がなくなったって、在来線があるだろう?」  
「おまえ、前の職業はテロリストか?」  

 いくつか思いついた移動方法を述べる彼に、同僚は呆れたように言った。  
 巡回を続ける警官たちは臨戦態勢にあったが、都内はおおむね静かだった。  
 もちろん、この世界では最大の大都市である東京で、人影が絶える事などなかったが。  


707  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:13:26  ID:???  
「おまわりさん、ちょっといいですか?」  

 歩き続ける二人に、一人のサラリーマンが声をかけた。  

「はいはい、なんでしょうか?」  
「すいません、なんかウチの会社の前に変な石が置かれてまして」  
「石?どれくらいの大きさですかね?」  
「こぶし大っていうんですかね?  
 そんなに大きいものじゃないんですが、新潟の事件のあとですし」  
「はぁ、まぁ一応見てみますか」  

 明らかに気乗りしない様子の警官たちは、サラリーマンに誘導されてビルの前へと移動した。  
 そこでは地面に置かれた石を取り囲むように人が集まっていた。  

「はいちょっと開けてくださいね。失礼しますよ」  

 人の間をすり抜けつつ、警官たちは石へと近づく。  

「ほんとにただの石だな」  
「警邏9より本署、住民からの通報で、不審物調査のために現場に到着しました」  

 一人が感想を呟き、もう一人は無線で報告を行った。  


708  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:14:02  ID:???  
「そうです、見たところただの石です」  

 報告している警察官に緊張がなかったとしても、彼を責める事はできない。  
 石ころ一つで血相を変えて報告する警官がいるとしたら、むしろそちらが問題である。  

「おい、色が変わってないか?」  
「だよな、なんだあれ、赤くなってるぞ」  

 サラリーマンたちが口々に言う。  
 突然、石に近かった女性が崩れるようにして倒れた。  
 すぐさま警官が駆け寄り、女性を抱き起こす。  

「大丈夫ですか!?私の声が聞こえますか!  
 おい!救急車呼べ!」  
「わ、わかりました!」  
   
 警官たちは互いに声を上げ、そして次の瞬間、彼らは周囲の人々と共に消し飛んだ。  
 この日の爆発は、多少の時間差を置いて都内各所で発生していた。  


709  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:16:59  ID:???  
西暦2020年8月16日  15:00  日本本土  防衛省  救国防衛会議  

「本日都内で発生した同時爆発テロの死傷者は、現在のところ290人、今後も増えると予測されています」  
「警視庁は何をやっていたのかね?」  

 報告を終えた警視庁の代表に、統幕長は疲れ切った声で尋ねた。  
 自衛隊からは既にエルフのテロリストが国内の協力者と共に潜入しているという情報を伝えてある。  
 にもかかわらず、都内では合計11件の爆破テロが発生しており、死傷者の数は今もなお増加中である。  

「我々は出来うる限りの事をやっています。  
 問題は、敵が従来の組織的なテロ集団ではなく、個人的に行動する点にあると、本庁は分析しています」  
「で、その新時代のテロリストに警察では対処できないと?」  
「そんな事は言っておりません!」  

 警視庁の代表は、机を叩きつつ叫んだ。  

「既にSATを即応体制で待機させておりますし、機動隊も全て、休暇中のものも呼び戻して準備させています」  
「それでは能動的な行動しか取れないではないか!」  

 今度は統幕長が叫ぶ番だった。  
 既に事態は別件逮捕などの強引な捜査ですら許容範囲に入るというのに、国内の治安維持を担当している刑事警察が何を悠長な事を。  
 統幕長の怒りはもっともである。  


710  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:18:06  ID:???  
西暦2020年8月16日  15:00  日本本土  防衛省  救国防衛会議  

「本日都内で発生した同時爆発テロの死傷者は、現在のところ290人、今後も増えると予測されています」  
「警視庁は何をやっていたのかね?」  

 報告を終えた警視庁の代表に、統幕長は疲れ切った声で尋ねた。  
 自衛隊からは既にエルフのテロリストが国内の協力者と共に潜入しているという情報を伝えてある。  
 にもかかわらず、都内では合計11件の爆破テロが発生しており、死傷者の数は今もなお増加中である。  

「我々は出来うる限りの事をやっています。  
 問題は、敵が従来の組織的なテロ集団ではなく、個人的に行動する点にあると、本庁は分析しています」  
「で、その新時代のテロリストに警察では対処できないと?」  
「そんな事は言っておりません!」  

 警視庁の代表は、机を叩きつつ叫んだ。  

「既にSATを即応体制で待機させておりますし、機動隊も全て、休暇中のものも呼び戻して準備させています」  
「それでは能動的な行動しか取れないではないか!」  

 今度は統幕長が叫ぶ番だった。  
 既に事態は別件逮捕などの強引な捜査ですら許容範囲に入るというのに、国内の治安維持を担当している刑事警察が何を悠長な事を。  
 統幕長の怒りはもっともである。  



711  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:21:37  ID:???  
「爆発が発生した場所に部隊を派遣し、警戒と救出活動を取るだけならば我々でも出来る。  
 君たち警察は、そこから一歩踏み込んだ、治安維持と捜査活動が仕事だろう!  
 それが部隊を即応待機にさせました?そんな事はこっちだってやっている!  
 犯人の目星は!?武器の供給ルートは!?敵が潜伏していると思われる場所はどこなんだ!?」  
「武器に関しては、現場を調査している鑑識からは、現在のところ爆薬などの反応がないということで難航しております。  
 したがって、敵の正体や潜伏場所、供給ルートなども全て捜査中としか申し上げられません」  
「まてまてまて、爆薬の反応がない?」  

 警視庁の代表の言葉に、統幕長は怒りを忘れて尋ねた。  
   
「はい、軍用爆薬から黒色火薬まで、なんら痕跡は発見できないという事です。  
 ですが、爆発直前の現場からの報告で見慣れない石を発見したというものがあり、爆発物は何らかの物体に擬装されて配置されている事はわかっています」  
「陸幕長」  
「はい、幸いにも大陸から休暇で帰国している部隊があります。  
 すぐに事情聴取を行います」  

 報告書に目を通さない、という習慣を持ち合わせていない二人は、エルフ・石・爆発、というキーワードから、すぐに該当する事例を思い出せた。  
 かくして、長く続いた大陸派遣任務から一時帰国を果たした不運な一等陸尉が、休暇返上で本国での任務を与えられる事となる。  
 その一尉は、佐藤という苗字だった。  


712  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:22:21  ID:???  
西暦2020年8月16日  18:00  日本本土  防衛省  救国防衛会議  

「はい、状況は確かに自分の部下が大陸で遭遇したテロ事件に酷似しています。  
 ダークエルフの協力者からの情報では、問題の爆発物は生命の石と呼ばれているものだそうです」  

 休暇中に突然呼び出され、そしてここへと連れてこられた佐藤は、無表情で報告した。  
 なんとなく、この先の展開が読めているからである。  

「佐藤君、君は大陸でこの種の事件に実際に遭遇しているんだよね?」  

 統幕長が尋ねる。  
 嫌な予感を覚えつつ、佐藤は答えた。  

「はい」  
「ふむ、陸幕長?」  
「問題はないでしょう、国内では既に防衛出動の状態ですしね」  

 嫌な予感はますます強まっている。  
 次の統幕長の言葉が、佐藤には容易に予測できた。  


713  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/07(木)  18:23:50  ID:???  
「ふむ、それでは佐藤一等陸尉、君は公安の下に付き、テロリストの発見と排除の任についてくれ。  
 正式な書類はすぐに出そう」  
「・・・了解しました」  
「お待ち下さい!」  

 諦めたように答えた佐藤に対し、警視庁の代表は立ち上がって叫んだ。  

「捜査活動を行っているのは我々刑事警察です!  
 公安と自衛隊まで動き出すのでは、捜査活動に支障が出ます!」  
「その刑事警察が犯人を発見できないから、我々が動くのだ。  
 情報の共有は出来る限り行うし、刑事警察の顔は出来る限り、立てる。  
 それで良いではないか」  

 着席したまま、公安調査庁の代表が言う。  
 その瞬間、警視庁の代表は理解した。  
 今回の事件は、情報本部、公安調査庁、公安警察の連合軍対、刑事警察の戦いであると。  
 彼の理解は、間違っているにも程があった。  
 救国防衛会議は防衛省主導で作られた組織ではあるが、どこそこ省、何々庁といった省庁間のしがらみを越えた、日本国という存在そのものである。  
 彼らの目的は国家とそれを構成する国民の生命財産の保全であり、下らないパワーゲームではない。  
   
「わかりました。情報の共有は密接にお願いしますよ。  
 それと、実働部隊にはSATからも増援を出しましょう」  

 情報戦に関わる恐らくは精鋭部隊と、実戦経験を持つ自衛隊の戦闘部隊。  
 そこにわざわざ警視庁の貴重な手駒であるSATを投入したがるという事は、どうやら彼らはパワーゲームを楽しみたいらしい。  

「しかし、指揮系統は統一してもらうよ」  
「純粋な警察活動として支障が出ない範囲でならば、否応はありません」  
「わかった。それでいこう」  

 統幕長はこめかみを押さえつつ答えた。  





67  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:27:48  ID:???  
西暦2020年8月16日  19:11  日本本土  防衛省  

「一尉!!」  

 臨時の合同捜査本部の一席に座っていた佐藤は、入室するなり怒鳴り声を上げた二曹に視線を向けた。  
   
「うるさいぞ二曹。外で話そう」  

 非難する表情を浮かべた通信士たちの視線を受けつつ、彼は二曹を押し出して廊下に出た。  

「どういうことですか?どうして自分たちが休暇を取り消されたんですか!?」  
「そう怒るな。命令なんだから仕方がないだろう」  
「しかしっ!どうして本土にも部隊はいるのに、大陸から帰還したばかりの我々が出張らないといけないのです!」  

 当然のことながら、二曹がここまで激怒しているのには理由があった。  
 非常呼集がかけられた時、彼女は見合いの最中であった。  
 明らかに不満げな青年実業家に詫びつつ、見合いの失敗を確信していた。  
 まぁ、非常呼集に理解を示せないような人物と結婚をするつもりは彼女になかったが。  



68  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:28:31  ID:???  
「それは、私から謝りましょう」  

 どこからともなく現れた公安の代表が話しかけた。  

「どちらさまで?」  
「公安の方だ」  

 不審そうに尋ねた二曹に、佐藤が小声で教える。  

「本来ならば全て警察で終わらせるべき事件なんですがね。  
 しかし、連続している事件は既に警察力だけでは対処できないところに来ています。  
 早急に事態を解決しなければならない」  
「その為に、大陸で治安維持活動に従事していた我々の協力が必要なんだそうです」  
「治安維持活動と言っても」  

 それほど大それた事はしていないと反論しようとした二曹に、公安の男はさらに続けた。  

「いつ何があるかわからない状況で、ストレスに耐えつつ日常を維持できる。  
 そして、いざと言う時には銃弾で敵を殺傷する事を平然と実行できる。  
 我々には、そういう人材が必要なんです」  
「そして、武力による威圧も?」  
「ええ、もちろん」  

 公安がほしかったのは、治安維持活動を行う日常に耐性があり、そして人間に発砲する度胸を持った、見える武力だった。  
 秘密裏に闇から闇へと消し去っていく殺し屋ではなく、テレビカメラの目の前で圧倒的な武力を振るう軍隊が必要だった。  
 だからこそ彼は、うってつけの存在である目の前の一等陸尉たちに最大限の配慮を示している。  


69  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:30:01  ID:???  
「今のような異常事態下では、武力による威圧が一番最適であると、我々は考えています。  
 食料も資源も仕事も用意してくれる、しかし、従わないものには圧倒的な力を振るう存在こそが、安定に役立つとね」  
「捜査はそっちでやってくれるんですよね?」  
「ええ、皆さんは偵察は得意かもしれませんが、捜査に関する経験はあまりお持ちではないでしょうからね」  

 全くの正論なのだが、もう少し言い方があるだろうにと思いつつ、佐藤はあいまいな笑みで答えた。  

「ええ、お互いの任務を頑張りましょう」  

 笑みを見せつつ立ち去る公安の代表を見送りつつ、二曹は報告した。  

「部下たちは比較的落ち着いています。  
 既に与えられた装備の点検を済ませ、待機状態に入っています」  
「よろしい、飲酒はダメだが、喫煙や仮眠は許可する。  
 それと、ヘリの使用許可も出ている。お前も来い」  
「挨拶ですか?」  
「そうだ、顔を繋ぐのは大事だからな」  

 二人は敷地内に作られた架設へリポートへと歩き出した。  
 即効性が求められる治安維持活動に投入されるだけあり、彼らには車輌や航空機を含むありとあらゆる支援が与えられていた。  


70  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:31:53  ID:???  
「よぉ、休暇取り消しになった部隊ってのは、お前らの事か」  

 ヘリポートに到着すると、火のついていない煙草を加えた一尉が二人に挨拶をした。  

「その声は聞き覚えがあるな」  
「あるだろうよ、コールサイン桜空輸とは俺の事だ」  

 地上なのにパイロットグラスをかけたままの一尉は陽気に挨拶した。  

「いつぞやは世話になったが、今回も頼むぞ」  
「あいよ、しかし、まさか日本国内で武装した部隊を輸送する事になるとは思わなかったね。  
 まぁなんでもいい、俺の身内も新潟の一件でやられている」  

 その言葉に、佐藤と二曹は揃って敬礼した。  

「必ずや、仇を」  
「ま、その前にウチのガンナーがやっちまうかもしれないがな」  

 軽く答礼し、一尉は機体の傍らでくつろいでいる一団を指した。  
 釣られて視線を向けた二人は、一団よりも機体に仰天した。  

「ガンナーって、ミニガンを持っていくんですか!?」  
「上は何でも使えとさ。  
 安心しな、降り立つ場所までの安全は俺たちが保障するよ」  

 軍隊ものの創作物とは違い、望むだけ与えられる装備と人員に、佐藤は任務の困難さを改めて思い知った。  


71  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:33:47  ID:???  
西暦2020年8月21日  21:10  日本本土  東京都中央区銀座六丁目  

「こちら交機202!車輌を捨てて退避する!」  

 巡査長は無線機に向かって叫ぶと、既に殉職している同僚を置いてパトカーから逃げ出した。  
 ボンネットを一撃で叩き潰されているこの車は、いつ爆発してもおかしくない。  

「下がれー!早く下がれー!!」  

 遮蔽物の陰から銃撃を繰り返す警官隊から叫び声が聞こえる。  
 巡査長は、一瞬だけ敵を睨み、そして仲間へ向けて駆け出した。  

「おい!後ろ!後ろ!」  

 警官隊の誰かが叫び、そして巡査長は後ろから防刃ベストごと体を二つに裂かれて絶命した。  
 勝ち誇ったような叫び声が上がり、死と破壊は続行された。  

「畜生!自衛隊はどこにいやがるんだ!!」  

 憎憎しげに叫んだ警察官の頭上を、報道のヘリコプターが軽やかに飛翔して行った。  


72  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:34:40  ID:???  
 その化け物は、唐突に出現したらしい。  
 最初の通報者は、そう言っていた。  
 携帯電話から通報してきた若い女性は、道路の真ん中に見た事もない巨大なライオンがいきなり現れたと叫んでいた。  
 直後に車のブレーキ音、衝突音が電話越しに聞こえ、クラクションと何かの絶叫、人間の悲鳴が連鎖してその電話は切れた。  
 次に入った情報は、パトロール中の警察官からだった。  
 悲鳴を上げた多数の民間人が避難している、何か巨大なものがこちらに向かってくる。  
 そこで報告は途絶え、二度と繋がる事はなかった。  
 更なる続報は民放局から現場中継という形で入り、そして自衛隊はこの時点でようやく事態を知った。  

「どうしてこちらに情報が来ない!」  
「SATが出動態勢に入っています。  
 既に警視庁所属のヘリも離陸しているそうです」  

 救国防衛会議は紛糾していた。  
 全ての参加者が警視庁の代表を睨みつけ、そして顔面蒼白になった彼は電話の相手に状況の説明を求めている。  
 どういうわけだか警察の情報は駄々漏れで、そしてそこから伝わってくるのは、契約不履行。  
 日本国の治安維持を行う代わりに給料を貰うという、警察官としての最低限の契約を忘れ、パワーゲームを楽しんだという証拠が続々と入ってくる。  

「機動隊がこちらから給与した武装を持って出動しています!」  
「各県警のSATが出動準備を完成させました!」  


73  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:36:42  ID:???  
「説明しろ!今すぐここに警察庁長官と警視総監を連れて来い!!」  

 激怒した統幕長が机を叩いて叫び、彼の傍らでは副官や将官が忙しなく動いている。  

「そうだ!防衛出動だぞ!なに?交通網が避難民で麻痺している?  
 ヘリを使えばいいだろう!航空法なんぞ知ったことか!」  
「港湾局が護衛艦の優先通行権を与えると言っています」  
「街中に艦砲射撃なんぞ出来るか!だが感謝すると伝えろ!」  
「羽田が航空機の避難を拒否した?ぶつかったらそっちの責任だと言って通信を切れ!」  

 額に青筋を立てた三軍の将官たちは、部下たちに次々と指示を与えていく。  
 防衛出動という大義名分を得ている彼らは、この国で一時的に最高の権力を握っている。  
 敵軍を殲滅するまでの間、彼らにとってこの世界最大の都市は、演習場よりも融通が聞く場所でしかなかった。      

「統幕長、待機している部隊を派遣します」  
「いいから早く離陸させろ、街中での発砲も許可する」  
「はっ!」  

 陸幕長が敬礼し、次の瞬間には佐藤たちに出動命令が下された。  


74  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:38:19  ID:???  
同日  21:15  日本本土  東京都中央区上空  

<こちらは機長、あと五分だ。降下用意>  

 インカム越しに機長より状況が伝えられる。  
 機内ではそれぞれの武器を握り締めた自衛官たちが、無言で座っている。  

「まさか東京上空を完全武装で出動する日が来るとは思いませんでした!」  

 エンジンの轟音に負けない声で二曹が叫ぶ。  
 その顔には緊張がある。  

「出来れば一生こないでほしかったがな!」  

 叫び返しつつ、佐藤の心の中では自分の言葉を強く反芻していた。  
 一生こないでほしかった。  
 まさにそうだ。  
 よりにもよって、陸上自衛隊が首都に完全武装で出動する必要が出てくるとはな。  
 電力制限が撤廃された都内は、全ての闇を消し去るように明かりを煌々と灯らせ、UH−60JAを照らしていた。  



75  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:40:50  ID:???  
同日  21:17  日本本土  東京都中央区銀座六丁目付近  

「いいぞ!もっとだ!もっとだ!」  

 目を輝かせたエルフが車の中で叫んでいる。  
 傍らでは、表情を輝かせた青年がハンドルを握っている。  
 フロントガラスの向こう、渋滞している車列の先では、燃え上がる車輌をバックライトに、警察官を牙に突き刺した化け物が雄たけびを上げている。  
 化け物は大きく、醜く、頑丈だった。  
 警察官の使用している9mm拳銃弾では、致命傷はおろか怪我すら与えるのは難しい。  
 その上空を、報道のヘリコプターが旋回している。  

「上のアレ、落とせないか?」  

 青年が尋ねる。  

「できるわよ、待っていなさい」  

 エルフが答え、そして次の瞬間、化け物は何かをヘリコプターに向けて発射した。  


76  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:41:58  ID:???  
同日  21:18  日本本土  防衛省  救国防衛会議  

「・・繰り返します、こちらは現場上空です。  
 化け物が、化け物が警察官を食べています!  
 あ、今こっちを向きました」  

 レポーターの声に、怒鳴りあっていた一同は画面の方を向いた。  
 そして見た。  

「・・れは、あれはなんでしょうか?  
 犬のような、狼のようなギャギュ!!!!」  

 化け物の口が開き、何かがカメラでは識別できない速さで飛び出した。  
 妙な声を聞き、カメラがレポーターの方を向く。  
 ヘリコプターの壁面が穴だらけになり、女性レポーターは妙な声を残してグロテスクな肉の塊へと変わっていた。  
 カメラマンの悲鳴、甲高いエンジン音。  
 機体が異常な挙動を示しつつ急降下し、穴の向こうにビルの壁が映った瞬間、画面は砂嵐へと変わった。  

「・・・ヘリが撃墜されたぞ!」  
「移動中の部隊を呼び戻せ!敵は対空火器を装備しているぞ!」  
「周囲の民間機を撃ってもいいから追い払え!被害が広がるぞ!」  

 一瞬だけ固まった会議室は、再び賑やかになった。  


77  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2006/12/27(水)  22:44:33  ID:???  
同日  21:18  日本本土  東京都中央区銀座六丁目付近  

 大破したヘリコプターが石のように落ちてビルへと激突、爆発する。  
 一瞬にして燃え盛るビル。  
 破壊された壁面から、火のついた人が次々と飛び降りていく。  

「大成功だ!」  

 狭い運転席で男性は飛び上がって歓声を上げ、傍らのエルフにキスをする。  
   
「ありがとう、私もとっても嬉しいわ」  

 エルフは顔を赤く染めて喜びを伝える。  
 唖然と見守っていた周囲の人々が逃げ出す中、二人は車内で幸せそうにその光景を見ていた。  
 既に一般警官たちも逃げ出しており、この近辺には建物の中と大破車輌の中に取り残された人を残して無人となりつつある。  
 特等席から殺戮を見学したい二人にとって、ここは最高の劇場だった。  

「おかあさーん!痛いよー!!」  

 その最高の劇場で、雰囲気をぶち壊しにする観客がいた。  
 二人の車の隣で、母親からはぐれたらしい少女が一人、大声で泣き喚いている。  
 逃げ出す群衆に突き飛ばされ、踏みつけられたらしい。  
 少女の服装は汚れ、手足からは出血があり、さらに肩を脱臼しているらしい。  
 愉快そうな表情を浮かべたエルフは、窓を開くと無言で短剣を少女に向けて投げつけた。  





168  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  16:56:16  ID:???  
同日  21:19  日本本土  東京都千代田区丸の内1丁目  東京駅上空  

<対空火器があるんだぞ!>  
「近くで構わんと言っている、そこで下ろしてくれ」  

 帰還中だったヘリの中では、パイロットと佐藤が言い合いをしていた。  
 防衛省から来た命令は明確だった。  
 敵は対空火器を装備しており、空からの侵入は危険なため帰還せよ。  
 搭乗している部隊は車輌部隊と合流し、敵脅威を殲滅せよ。  
 なお、既に車輌部隊は現場へ移動中。  
   
「車を待っていたのでは間に合わない」  

 佐藤は冷静に言った。  
 内心では今すぐ小銃を突きつけてでも現場に急行したいが、それにはパイロットの協力が必要不可欠である。  
 だからこそ、彼は出来るだけ冷静さを保っていた。  
 だが、彼の心の中では自衛官としての義務が声高に主張していた。  

 強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、  
 事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。  

 俺は自衛官として宣誓したじゃないか。  
 対空火器が何だ、俺は危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務めないといけない身分じゃないか。  
   


169  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  16:59:47  ID:???  
 覚悟を決めた彼が小銃の安全装置を解除しようとした時、ヘリの通過を確認したらしい車輌部隊から通信が入った。  

<上空を移動中のヘリコプター!どこへ行く!俺たちを拾っていけ!!>  

 基地においてきた予備隊の三尉が叫んでいた。  
 彼の声は切迫しているが、まだ狂気は感じられない。  
 佐藤は安堵を覚えつつ、パイロットに何か話しかけようとした。  
 だが、それより前に彼は口を開いていた。  

「こちら桜空輸、我々は貴隊との合流を命じられている。  
 敵は対空火器を有しており、我々は接近できない。搭乗している部隊を降下させる」  

 無常ではあるが、命令違反はしていない。  
 佐藤たちよりも大陸での任務が少なかったらしいこのパイロットは、未だ自衛官としての常識を残しているようだ。  

<撃ち落されたいのか!今すぐ俺たちを現場に連れて行け!>  

 三尉の叫び声に、佐藤は慌てて下を見た。  
 車道も歩道も関係なく逃げ惑う人々によって、道路は完全に麻痺していた。  
 あちこちで赤色回転灯を回したパトカーや救急車が立ち往生しており、どうやら交通事故を起こしたらしい自家用車が残骸となって路上に点在している。  
 その路上に、武装した自衛官たちが次々と降車し、小銃を振りかざしつつ前進を試みている。  
 隣では、盾を構えた機動隊員たちも前進を試みているようだ。  
 小銃をこちらに向けて立っているのは、あれが三尉だな。  



171  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:01:56  ID:???  
<総員対空戦闘用意!上の腰抜けヘリを狙え!>  

 正気を失いだした三尉の怒号が聞こえる。  
 あいつならば、本気で撃つだろうと佐藤は内心で覚悟した。  

「ああもう!わかったよ!」  

 覚悟を決めたらしいパイロットは叫んだ。  
 しぶしぶというよりも、彼の内心で良識が常識に勝った感じの声音である。  

「おまえらの大将を運んだら次はおまえらだ!銃を向ける相手を間違えるんじゃねぇ!!」  

 叫ぶなり電線や気流の存在を無視した急旋回を実施すると、ヘリコプターは乗客をミンチにするかのような荒っぽい機動で現場へ向けて移動を開始した。  
 周囲の風景が流れ、天地がまるで逆転したかのように動く。  
 平均感覚が失われ、佐藤はすっ飛んで二曹を押し倒していた。  

「一分だ!何かに掴まってお祈りでもしてろ!」  

 二曹に蹴り飛ばされた佐藤の耳に、パイロットの怒号が入った。  


172  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:03:42  ID:???  
同日  21:20  日本本土  東京都中央区銀座五丁目  三階建てのビルの屋上  

「ジャスト1分だ!良い夢見れたか!?」  

 先ほどまでの殺人的な機動は終わり、ビルの屋上すれすれに機体を制止させたパイロットが叫ぶ。  
 ドアが開かれ、そして最初に二曹が飛び降りる。  

「降りろ降りろ降りろ!!」  

 二曹が叫び、そして言われるまでもなく隊員たちはヘリコプターから飛び降りた。  
 小銃を持った隊員は安全装置を解除し、重火器担当の隊員たちは武装をヘリから下ろす。  
   
<残りを運んだら近くで待機する!いいな!ここまでしたんだから絶対殺せよ!>  

 全員が屋上に展開した事を確認したパイロットは、そう叫ぶとヘリを上昇させた。  
 思わず見惚れるほどに見事な旋回を実施し、車輌部隊の方へと飛び去っていく。  

「全員安全装置を外せ、だが、逃げ遅れた民間人が残っている可能性もあるため、動くものを片っ端から撃つんじゃないぞ!前進!」  

 佐藤が号令を下し、彼らは屋上のドアへと前進を始めた。  
 と、そのドアが内側から勢い良く開かれる。  

「なんだてめぇら!!」  

 拳銃を持った男たちが現れる。  
 警察官には到底見えない。  

「撃つな!撃つなよ!」  

 一斉に小銃を構えた隊員たちを制しつつ、佐藤は一歩前に出る。  
 目は血走り、構えた小銃は安全装置が解除されている。  


173  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:04:54  ID:???  
「自衛隊だ、そのオモチャを捨てて直ぐに逃げろ」  
「なんだと!もういっぺん言ってみろ!」  

 状況をわかっていないのか、それとも虚勢を張っているのか。  
 相手は佐藤の言葉に素直に従おうとしない。  
 隊員たちが一瞬で全員を射殺できるように、静かに展開していく。  

「最後の警告だ。武器を捨て、この場から立ち去れ。  
 我々の行動を妨害するのならば、貴様と仲間たちは国家の敵だ」  

 佐藤は小銃の筒先を手前の男の顔面に突きつけ、そして言った。  

「蜂の巣になりたいか!?」  

 脅しの効果は抜群だった。  
 何しろ、自衛隊は民間人相手にも平気で発砲できる事は周知の事実になっている。  
 ましてや、カタギの職業ではなく武装もしている自分たちが例外になれるわけがない。  
 男たちは、上位者に命令されるまでもなく武器を捨てた。  

「下まで案内しろ」  

 日ごろの余裕を完全に失っている佐藤に命じられ、彼らは大人しくビルの玄関まで先導役となった。  



175  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:07:47  ID:???  
同日  21:24  日本本土  東京都中央区銀座六丁目  路上  

「いました。あそこです」  

 遮蔽物に身を隠しつつ、陸士長が小声で報告する。  
 ゆっくりと前進していた佐藤たちは、それを聞いて停止した。  
 化け物は負傷した避難民や警察官を、実にうまそうに食べている。  
 こちらに気付いた様子はない。  

「9mm拳銃弾では致命傷を与えられないっていう話だ。  
 横田陸士長、二人連れて適当なビルの上から発砲しろ。だが、効果がなかったら直ぐに退却だ」  
「復唱、横田陸士長ほか二名、ビル屋上より」「いいから行け」  
「はっ!」  

 最後尾にいた三人が駆け足でその場を離れていく。  

「我々はどうしますか?」  

 二曹が尋ねる。  

「上からの銃撃が始まったらこっちも一斉射撃だ。  
 無反動砲は悪いが、路上に出て発砲しろ。ここじゃ狭すぎるからな」  
「り、了解」  

 無反動砲を背負った陸曹が青い顔で答える。  

「重機関銃は適当な位置を見つけて展開、ヤバイ時は武器を置いて逃げろ」  
「はっ」  

 機関銃班が答える。  
 東京の路上を舞台に、自衛隊と化け物の戦闘が始まろうとしていた。  



176  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:09:46  ID:???  
<ゴルシア14よりゴルシア1、二つ隣の三階に展開しました。準備完了>  

 先ほど離れた三人から報告が入る。  

「ゴルシア14、始めろ」  
<了解>  

 通りの向こうから、聞きなれた自動小銃の射撃音が聞こえてくる。  

「突撃!!!」  

 佐藤が号令を下し、隊員たちは一斉に路上へと躍り出た。  
 最初に飛び出したのは、やはり身軽な小銃班員である。  
 道端に転がる死体を無視し、放棄された車輌の陰へと潜り込むとすぐさま射撃を開始する。  

「ウラァァァァ!!」  

 恐怖を振り払うために雄たけびを上げつつ84mm無反動砲を構えた陸曹が飛び出す。  
 彼は味方にバックブラストの影響を与えないため、一番遠くに行かなくてはならない。  

「急げ急げ!!」  

 アドレナリンの影響か、M2重機関銃を軽々と抱えた機関銃班も飛び出していく。  


177  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:14:10  ID:???  
同日  21:24  日本本土  東京都中央区銀座六丁目  とあるビルの三階  

「撃てぇぇ!!」  

 コールサイン:ゴルシア14こと横田陸士長は、銃撃音に負けない叫び声を上げていた。  
 眼下に広がる化け物は、信じがたい事に小銃弾を弾いていた。  

「効いてませんよ!」  
「いいから撃て!」  

 悲鳴を上げた陸士を怒鳴りつけつつ、彼の心の中は恐怖に満ちていた。  
 敵には小銃弾が効かない。  
 つまり、自分たちはあと数十秒であそこで喰われている警察官と同じになってしまう。  
 糞、どうして自分が。糞。  
 恐怖に彼が負けそうになった瞬間、別の方向から銃撃が開始された。  
   
 パパパンは89式  
 バババンはM2  
 バシュッと聞こえたら、そこはもう激戦区  
     
 大陸に派遣された自衛隊員たちが非公式に語っている音での武器識別に従うのならば、都内の一等地であるここは激戦区だな。  
 銃撃音に力づけられた彼は、心の中でそう呟きつつ、背負った110mm個人携帯対戦車弾に手を伸ばした。  



179  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:16:56  ID:???  
「撃てぇ!撃てぇ!!」  

 叫びつつ、佐藤の内心も恐怖で埋め尽くされていた。  
 相手は小銃弾を弾いている。  

「無反動砲急げ!手榴弾!!」  

 佐藤が叫び、隊員の半数が銃撃を止めて手榴弾を取り出す。  
 銃撃を無視していた化け物は、そこで初めて敵対行動を取った。  
 巨大な尻尾を、五月蝿そうに振るったのである。  
 停車していた国産の軽自動車が紙くずのように吹き飛ぶ。  

「嘘だろ、おい」  

 自分に迫る0.8tの金属の塊を目にした陸曹が呟き、次の瞬間、彼は傍らに転がった無反動砲を残して肉塊へと変わった。  
 金属と湿った何かがアスファルトと摩擦しつつ吹き飛んでいく。  

「撃てぇ!撃てぇ!」  

 隊員たちは、仲間を殺された怒りも、そして目の前の化け物への恐怖も忘れて射撃を継続していた。  
   
「手榴弾!」  

 再び佐藤が叫び、手榴弾片手に唖然としていた陸士たちが、我に返って投擲を開始する。  
 全員が遮蔽物の陰へと身を伏せ、そして爆発。  
 そのまま放棄車輌に引火したらしく、続けてオレンジ色の閃光が広がる。  




181  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:28:48  ID:???  
「撃て撃て!何をしている!!」  

 隊員たちの後ろを佐藤は駆けつつ叫ぶ。  
 我に返ったものから銃撃が再開される中、彼は無反動砲の元へと辿り着く。  
 本体に残っている陸曹の片手を取り外し、敵の方を向く。  
 無数の炎に囲まれた敵は、どうやらエサを焼かれて怒っているらしい。  
 信じられない。  
 照準機の向こうの敵を睨みつつ、彼は思った。  
 5.56mmNATO弾も、M26A1破片手榴弾も、相手には効かないのか。  
 見た限りでは、辛うじて体の数箇所から出血が見られるだけである。  
 と、冷静に状況を説明しつつも、彼の中の訓練された部分では、無反動砲の射撃手順が進んでいた。  
 傍らでは、いつの間にか付いて来ていた二曹が小銃を発射している。  

「撃つぞ!」  

 佐藤は叫び、そして発射した。  
 装填されていた榴弾が飛び出し、敵めがけて一直線に飛んでいく。  
 だが、敵はそれを脅威と思ったのかひらりとかわし、榴弾はその先に放棄されていた車輌に突き刺さって爆発する。  

「嘘だろ・・・伏せろ!」  

 明らかにこちらを向いている敵を確認した佐藤が叫び、小銃を撃っていた隊員たちは慌てて伏せる。  
 だが、重機関銃を連射していた機関銃班には、その声は小さすぎた。  



182  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  sage  2007/01/02(火)  17:34:05  ID:???  
「効いてますよ!!!」  

 曳光弾を睨みつつ、射撃していた陸士長が叫ぶ。  
 小銃弾では弾かれてしまう、無反動砲はよけられてしまう。  
 だが、さすがにこいつは無理みたいだな。  
 笑みを浮かべつつ銃撃を繰り返す彼の視界の中で、敵は再び尻尾を振るった。  
 乗用車が吹き飛び、そして次第に大きくなってくる。  
 銃弾を飲み込み、穴を開け、大きくなってくる。  

「ダメだ!退避しろ!」  

 機関銃班が消滅したのを見た佐藤は叫んだ。  
 もはや彼らの装備している武器では対処の出来ない相手だった。  
 機関銃班は全滅し、無反動砲ではよけられてしまう。  

「どうするんですか!?」  

 路地裏へと逃げつつ二曹が叫ぶ。  

「どうしたらいいんだ!いや、すまん、待て」  

 思わず怒鳴り返してから我に返って彼は謝った。  
 自動小銃は効かない、無反動砲は回避される。  
 重機関銃は効果があるようだがこっちが回避できない。  
 対空装備を持っているという事は戦闘ヘリも投入できず、こんな市街地では戦車は投入できない。  
 どうしたらいいんだよ。  




242  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:17:05  ID:kXNttcw1  
西暦2020年8月21日  21:26  日本本土  防衛省  

「どうしたらいいんだよ」  

 頭を抱え込んだ統幕長が呟く。  
 現地では戦闘能力を喪失した部隊から、撤退を求める連絡が入っている。  
 関係各機関からは指示を求める通信が入り続けている。  
   
「航空自衛隊の一部の飛行隊が勝手に上空に展開を開始しました!」  
「海上自衛隊より艦砲射撃の要請が入っています!」  
「木更津駐屯地より入電!戦闘ヘリコプター部隊が無許可で離陸!」  
「何だと!?直ぐに司令に繋げ!」  

 最後の報告に席を立って彼は怒鳴り返した。  
 対空火器の脅威があるというのに、陸自は情報の連携すらきちんと出来ていないのか。  

「繋がります」  

 オペレーターが冷静に報告し、そして統幕長は受話器を掴んだ。  



244  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:22:28  ID:kXNttcw1  
「どうなってる!何をやっているんだ!?」  
「報告します。第四対戦車ヘリコプター隊は、全機が銀座付近に移動中です」  

 絶叫する彼とは対照的に、基地司令は冷静な声で報告した。  

「直ぐに呼び戻せ!今すぐだ!」  

 怒りに燃える統幕長は、再び叫んだ。  
 戦闘を管制するために、彼の精神は磨り減っていた。  
 救国防衛会議は、消滅した日本政府の代わりに国家を動かす存在である。  
 つまり、内閣総理大臣も防衛大臣も消えてしまった現在、統幕長の任にある彼は三役をこなさなければならないからである。  

「貴様は!貴様らは自衛隊員としての職務を忘れたか!」  
「眼前の国家の敵を見逃す事は、本職の職務に含まれておりません。  
 閣下、ご決断を。今は自衛官の安全を配慮していられる情況ではありません」  

 最後の一言は、統幕長の言葉に響いた。  
 確かに、事態は一刻を許さない。  
 いかなる犠牲を払ってでも、敵を殲滅する必要がある。  
 敵が銀座付近を出れば、二次被害も含めてどれほどの損害が出るかわかったものではない。  




245  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:24:46  ID:kXNttcw1  
 彼自身も、ここが日本の都市でなければ重砲でもミサイルでも何でも使って敵殲滅を命じている。  
 しかしここは東京。  
 よりにもよって日本の首都である。  
 損害に構わず攻撃を命じるわけにはいかない。  
 そして、建物や電線がある事から、自由な機動を取れるわけではない対戦車ヘリコプターなど、間違っても投入するわけにはいかない。  
 いかないが、ここは覚悟を決めるべきところかもしれない。  

「全員了承しているんだな」  
「はい、覚悟の上での出撃です」  
「ならいい。状況が変わったら連絡する」  
「感謝します」  

 通信は切れ、そして統幕長は椅子に座り込んだ。  
 一同が心配そうに見る。  
   
「俺はいい、現状を報告しろ」  

 慌てて仕事に戻る一同を見つつ、統幕長は脳内でシミュレートしてみた。  
 駄目だ、戦闘ヘリならまだしも、砲爆撃だけは許可できない。  
 効果的な消火活動など望めるはずもない現状では、どんなに気を配っても大火災になってしまう。  


246  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:26:42  ID:kXNttcw1  
同日  21:29  日本本土  東京都中央区銀座六丁目  上空  

<ひでぇなありゃあ>  

 二番機から通信が入る。  
 大陸のあちこちに分遣隊を出している彼らは、全力出撃を行っても総勢で六機しかいなかった。  
 それでも対空火器の脅威さえなければ、一個機甲大隊相手でも十分に翻弄できる戦力である。  
 問題は、相手が小銃弾を弾くほどに頑丈で、そして戦車など話にならないほど機動力を持っていることか。  
 内心で呟きつつ、編隊長は地上へと通信を投げかけた。  

「こちらレインボー1、地上に展開中の部隊、聞こえるか?」  
<こちらゴルシア1!佐藤一尉だ!撤退命令はまだか!?死傷者多数!弾薬も残り僅か!どうなってるんだ!?>  

 地上部隊は想像以上に消耗しているらしい。  
 これでは共同作戦を行うどころか、数刻持たずに全滅してしまうだろう。  

「落ち着いてくれゴルシア1、こっちはAH−64DJ六機だ。  
 敵の位置はわかるか?」  
<PAPAPAN!!あっちこっち走り回ってやがる!二曹下がれ!こっちへ来たぞ!退避!総員退避!総員たいhzzzzzzzzz>  

 銃声や悲鳴交じりの通信は、雑音を残して途絶えた。  

<見えました、六時の方向>  

 左側を飛行していた僚機から報告が入る。  
 逃げ惑う隊員たちの後ろを、巨大な何かが追いかけている。  

「レインボー1より各機、オールウェポンズフリー、友軍を救え。散開」  

 この状況で全機から暢気に復唱が帰ってくるわけもなく、彼らは対空脅威が存在している空での戦闘を開始した。  



248  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:28:43  ID:kXNttcw1  
同日  21:30  東京都中央区銀座七丁目  路上  

「三尉!生きていますか!?三尉!」  

 吹き飛ばされてきた電柱に倒された佐藤を二曹が助け起こす。  
 見たところ擦り傷以外に怪我はない。  
 残念な事に、隣に倒れている通信士は駄目なようだ。  
 怒号と銃声が飛び交う中で、二曹は冷静に診察を行った。  
 私は応急処置は得意な方ではあるが、さすがに路上に飛び散った脳を処置する方法は知らないからな。  
   
「俺は一尉だ!」  

 二曹の手の中で、佐藤は異議を申し立てた。  
     
「起きているのならばさっさと立ち上がってください」  

 無情にも手を離すと、二曹は傍らに置いた小銃を手に取った。  



249  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:31:22  ID:kXNttcw1  
「畜生!軍法会議にかけてやる!」  

 後頭部を地面にぶつけた佐藤は、元気に喚きつつも自力で起き上がろうとしている。  

「じゃあその前に一尉殿には名誉の殉職を遂げていただく必要がありますね」  
「ウソですごめんなさい」  

 慌てて立ち上がり、佐藤は装備を改めた。  
 89式小銃は無残に折れ曲がっている。  
 どうやら、これが肋骨の代わりに体の手前で衝撃を受け止めてくれたのでかすり傷で済んだらしい。  

「感謝する、休め」  

 小銃の傍らで倒れている戦闘服姿の精霊に敬礼すると、佐藤は腰に挿した拳銃を取り出す。  
 こっちは無事のようだ。  
 装填を確かめ、安全装置を再度かける。  


250  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:34:21  ID:kXNttcw1  
「生存者は貴方と私を入れて六名、内一名重症です。弾薬は尽きかけており、重火器は全て失われました」  
「敵はどうした?」  

 二曹は答える代わりに空を指差した。  
 戦闘ヘリコプターだけが出す事のできる、周囲全てを威圧する飛行音が聞こえる。  

「友軍のヘリ部隊が駆けつけてくれました。  
 建物に邪魔されて敵を殺す事は出来ていませんが、なんとかこっちは生き残れています」  
「上からは?」  
「そもそも連絡が付きません」  

 二曹は頭部を失った通信士に押しつぶされた野戦通信機を指差した。  
 糞!  
 車輌部隊を迎えに行ったヘリも帰ってこない。  
 戦闘ヘリは来たが、通信機が壊れたとなれば連携は取れない。  
 よりにもよって、東京のど真ん中で孤立するような事があるとは。  


251  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2007/01/04(木)  01:36:01  ID:kXNttcw1  
「東京のど真ん中?」  
「どうしたんですか?」  
「どっかに死体ないか?鞄でも良い」  

 急に左右を見回した佐藤を見て、二曹は心配そうな顔をした。  
 どこか、良くない場所を打ったのかもしれない。  
 だが佐藤は違った。  
 彼の頭の中で作戦案が練られていく。  
 上空から聞こえる戦闘ヘリコプターの音。  
 もっと上から聞こえるジェット機の爆音。  
 東京湾には自衛艦隊と在日米軍がいる。  
 都内の地理はどうだった?  
 市街地じゃない場所がある。  
 そう、あれは、あそこは確か警察密着24時で見ただろう。  

「携帯電話を手に入れろ!指揮所に連絡を入れるんだ!」  
「しかし、指揮所に何を連絡するんです?」  

 指揮系統を復活させようという考えに至らないところを見ると、どうやら二曹も冷静になりつつも混乱しているらしい。  
 だが、自身の思いつきで脳内が埋まっている佐藤はその事に気付かない。  

「俺の閃きってやつだよ」  
   
 不適に笑いつつ、彼は手ごろな鞄をあさりだした。  
 どんなに好意的な見方をしても、その姿はただの火事場泥棒だった。