648  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:19:07  ID:???  

西暦2020年7月15日  21:27  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  中庭  

 銃撃が発生したのは、実に下らない理由からだった。  
 このとき、中庭に展開していたのは、新入り小隊の全員だった。  
 彼らの精神状態は最悪だった。  
 慣れない異世界での生活、言葉では言い表せない威圧感を持った、あるいは殺気を漲らせた先輩たち。  
 そして、仲間が気絶させられた。  
 小隊長は、全員を代表して佐藤一尉にこってりと絞られた。  
 そして与えられた任務、中庭警備。  
 所々に篝火が焚かれたそこは、実に薄気味悪い場所だった。  
 最初に発砲したのは、この小隊の中でも最年少の20歳の一等陸士だった。  
 彼は、篝火の近くで、同僚と共に周辺を警戒していた。  
 侵入した敵兵は四人、目的は不明。  
 彼の頭の中では、先ほどから一つのイメージがリピートされていた。  
 小銃を構えて警戒する自衛隊員。  
 その背後から小柄な影が近寄る。  
 銀色のきらめき、何かが吹き出す音、倒れる自衛官。  
 映画じゃないんだ、アニメじゃないんだ、こっちだって四人もいるのに、いきなりやられるわけがない。  
 彼は小銃を持つ手に力をこめた。  
 その瞬間、向こうの木立の影に、小さな影が見えた。  
 彼は、迷わず発砲した。  


649  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:22:13  ID:???  

 もう一組の侵入者は、小柄な、幼い姉妹だった。  
 彼女たちは、驚くべき事にシルフィーヌたち以外のダークエルフの生存者だった。  
 祖国が滅んだ時、たまたま出かけていた隊商の、最後の生き残り。  
 それが彼女たちの家族だった。  
 人間よりも遥かに長命なダークエルフだったが、それでも容赦のない弾圧の前に、一人、また一人と倒れ、次第に数は減少していた。  
 そんな彼女たちがここに来た理由、それは、ニホン帝国の優れた医薬品を手に入れ、病に倒れた彼女たちの母親を助けるためだった。  
 伝染病が発生した場合にのみ使用されるその医療技術は、知らぬ者のいない伝説となっており、それは人里から離れたダークエルフとて例外ではなかったのだ。  
 とはいえ、ここは人間たちが暮らす街の中心部。  
 この大陸の覇王となったニホン帝国軍の城である。  
 玄関から尋ねていって『すいません、最近体調が優れなくて』というわけにはいかない。  
 その為に、彼女たちは家族に黙って決死隊を結成したのだ。  
 医薬品があるとしたら、一体何処なのか?  
 てんで見当がつかなかった彼女たちは、一番近い見張りのいない入り口、厨房を目指して歩き出した。  
 一等陸士が発砲したのは、まさにその瞬間だった。  
 マズルフラッシュが中庭を照らし出し、何かが砕け散る。  

「撃て撃て撃て撃てぇぇぇ!!!」  

 突然の発砲に混乱した三尉が叫ぶ、陸士たちは、言われるまでもなく乱射を開始した。  
 中庭は、たちまち賑やかになった。  


650  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:24:54  ID:???  

弾薬庫前の三尉は、悩んでいた。  
 銃声からして恐らくは小隊一斉射撃。  
 それだけの数の敵襲があったのか?それとも怯えて乱射しているだけなのか?  
 分隊単位で持たされているはずの通信機は何も答えない。  
 恐らく、小隊長も分隊長も通信士も乱射に加わっているのだろう。  
 突然の銃声に驚いたのか、敵は盗聴器の可聴範囲から出てしまったらしい。  
 しかし、これを放置するわけにはいかない。  
 いかないが、既に敵の目標と思われることは判明している。  

「よし、一個分隊ここに残れ、あとは来い。行くぞ」  

 部下たちに命じると、彼は中庭へ向かった。  
 既に城内は厳戒態勢であり、恐らく敵は脱出できないだろう。  
 ならば、目前の脅威を排除する事が先決である。  
 彼は、そう考えた。  


651  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:28:33  ID:???  

西暦2020年7月15日  21:30  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  中庭  

「なるほど、貴様らは見えもしないいるかもわからない相手に、貴重な銃弾を浪費したというのだな?」  
「も、申し訳ありません」  

 草木が砕かれ、あちこちに弾痕が残る中庭で、三尉は怒り狂っていた。  
 現場に到着した時、このひよっこ小隊は盛大に銃弾を消費していた。  
 三尉たちはすぐさま加勢しようとしたが、マズルフラッシュに照らし出される影に銃撃が集中するさまを見て、すぐさま射撃中止を叫んだ。  
 既に何度も実戦を経験している彼らには、恐怖から始まった誤認射撃である事がすぐさまわかったからである。  

「いい射撃訓練だったろう。こんなに無駄遣いをしやがって」  

 ひよっこたちの足元に散らばる空の弾倉を睨みつけ、三尉は憎憎しげに呟いた。  
 普段は点けられていない屋外灯が照らし出す中庭は、静かなものだった。  


652  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:33:55  ID:???  

「いっその事銃殺にするか?」  

 報告を受けた佐藤は、思わず呟いた。  
 ここは僻地である。  
 もちろん備蓄はそれなりにしてあるが、それでも浪費が許される場所ではない。  
 小隊一斉射撃は、それなりの備蓄を揺るがすには十分な量の弾薬を消費してしまった。  

「どうしますか一尉?」  

 尋ねる二曹の口調も怒りに満ちている。  

「侵入者も、二人は逃走したようです」  
「残りの二人は?」  
「現在別室にて所持品検査を行っています」  

 報告によると盗賊らしい二人組みは、どうやったか警戒網をすり抜け、逃走していた。  
 だが、ダークエルフの姉妹らしい二人は、厨房で腰を抜かしている所を警戒中の隊員によって発見され、拘束されていた。  


653  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:40:50  ID:???  

 そこへ、所持品検査を終えた陸曹が入ってくる。  

「なにかまずいものを持っていたか?」  
「いえ、簡単な開錠用具と短刀が一つ、あとは水筒程度しか持っていません」  

 宝目当ての盗賊か?  
 だが、絶滅危惧種といっても過言ではないダークエルフが、自衛隊の駐屯地に物取りに来るのは不自然だ。  

「それで、こんな時間に入ってきた目的は聞き出せたか?」  
「それが、どうも相手は我々の事を知らないようでして」  

 陸曹は困惑した様子で答えた。  
 何を聞いても『帝国兵に辱めは受けない』だの『殺したければ殺すがいい』だのとご立派な事を言うだけで、彼女たちは何も答えなかった。  
 シルフィーヌ率いるダークエルフがこちらの陣営にいるという話も『良く出来た法螺話だ』というだけで、信じようとしない。  
 挙句の果てには、陸曹たちの隙を突き、武器を奪って自殺しようとすらした。  

「たまたま生き残っていた別の部族、という事か」  

 かつて存在したダークエルフの国、その生き残りが、まだ存在している。  
 喜ばしい事ではあるが、だからと言って諸手を挙げて歓迎するわけにはいかない。  
 それが敵対的な存在ではないという保障は何もないからである。  

「よろしい、私も話を聞いてみよう。うまくすれば、この周辺の情報が何か入るかもしれんしな」  

 佐藤は立ち上がり、ダークエルフが捕らえられている部屋へと向かった。  



654  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:48:11  ID:???  

西暦2020年7月15日  21:35  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「うーむ、まいったねぇこれは」  

 態度を変えようとしない少女たちを前に、佐藤は困り果てた声を出した。  
 水でも飲んで落ち着かないかい?  
 帝国兵の施しは受けない  
 そうか、じゃあお腹も別にすいていない?  
 帝国兵の施しは受けない  
 ていうか、俺たちは君たちに何かした?  
 自分の胸に聞いてみるんだな  
 会話は全く成立しなかった。  
   
「つーか、俺たちはそもそも帝国軍とやらじゃないんだがねぇ」  

 困ったような笑みを浮かべて佐藤は二曹に言った。  

「帝国軍、じゃない?」  

 ダークエルフの少女は、ようやくの事反応を示した。  


655  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  12:58:37  ID:???  

「俺たちは自衛隊、正確には陸上自衛隊だ。  
 母国の名前は日本国、帝国主義なんかじゃもちろんないぞ、れっきとした民主主義国家だ」  
「みんしゅ、しゅぎ?どうでもいいが、お前たちはグレザール帝国じゃないのか?」  
「グレザール?ああ、あの話の通じない連中か。そんなんじゃない、さっきも言ったが、俺たちは日本国陸上自衛隊だ」  

 どうやら、辺境の地では相当に情報が錯綜しているらしい。  
 グレザール帝国というのは、かつてダークエルフの国を滅ぼしたという強大な大陸国家の事である。  
 帝政を敷き、純潔の人間による世界の統治を国是に掲げている。  
 その国力、軍事力は強大で、どうやら連合王国ですら彼らには抵抗できないらしい。  
 外務省と情報本部の収集した国際情勢によると、どうやら現在は別の異種族国家と戦争をしているらしい。  
 日本との関係は、一時は食料の交易を行っていたが、現在のところ国交は断絶状態にある。  
 その理由は、日本側の輸送艦艇に興味を覚えた先方が、技術情報を全て渡さないのであれば、今後は一切の輸出をストップすると通告してきたからである。  
 この世界においての絶対的なアドバンテージである科学技術を売り渡すわけもなく、外務省としてはなんとかお茶を濁す方針で逃れようとした。  
 だが、帝国側が最終的には戦争か隷属かを求めている事が判明すると、日本は全ての交渉を打ち切った。  



656  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  13:05:58  ID:???  

「あんな野蛮な連中と一緒にしないでもらいたいな。  
 それで、違うとわかってくれた所でもう一度聞きたいが、君たちは何のためにここにきた?」  
「そ、それは」  

 少女が言い出そうとすると、相方のもう一人が素早くそれを止める。  
 彼女たちの考えている事はつまりはこうだった。  
 帝国兵ではないことはわかった。  
 しかし、相手は人間である。  
 つまり、弱みを見せれば必ずつけこまれる。  
 隠れ家には十名程度いるとはいえ、あくまでもこちらは少数。  
 対する相手はどれだけいるのか検討もつかない。  
 万が一相手がこちらを滅ぼす気になれば、なすすべもなく殺されてしまう。  
   
「俺たちは別に取って食おうっていうんじゃない、こんな時間にやってきた理由が、不快なものかどうかを知りたいだけだ。  
 言わないならば言わないで結構だが、言うまでは帰宅できないと考えてくれ。  
 それじゃあ今日は夜も遅い。申し訳ないが、今晩はここに泊まってもらうよ」  

 そういうと、佐藤は立ち上がった。  

「まって」  

 先ほど止められた少女が、口を開いた。  
 佐藤は彼女の方を向いた。  
 年は19か、18か、いや、17か?  
 ダークエルフ特有の、たまらない美貌を持っている。  


657  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  13:20:54  ID:???  

「話してくれる気になったかな?」  
「私たちを、家に帰してください」  

 だが、少女が口にした内容は、佐藤の聞きたかったものではない。  

「だから、ここに来た理由を教えてくれたらと言っているだろう?」  
「話します」  

 必死に相方が止めているが、それでも少女は口を開き続けた。  

「その、薬を、薬を分けて欲しいのです」  
「薬?どんな薬だい?」  

 勤めて優しい口調を維持し、佐藤は尋ねた。  
 小声で、二曹に衛生を連れてくるように言う。  

「母上が、私たちの母上が、凄い熱と痛みで苦しんでいるのです。  
 お願いです、貴方方の優れた薬を、私たちにも分けて欲しいのです」  
「分けるのは、まあいいんだけどね」  

 佐藤の言葉に、少女は覚悟を決めた。  

「今はありませんが、いくつか金や宝石もあります。  
 それでも足りなければ、私の、私の体も」  
「いやいや、そういうんじゃない」  

 目に涙を溜めて一気に言う少女に、佐藤は苦笑しながら答えた。  


658  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  13:26:44  ID:???  

「症状がわからないことには薬の出しようがない。  
 我々が持っていないような薬が必要になるかもしれない。  
 どうだろう?我々には医者とある程度の薬ならばある。  
 案内してくれれば、君の母上を救うことが出来るかもしれない」  
「お、お医者様を?」  

 少女は驚いた。  
 この世界では、医者という存在は大魔術士よりも貴重な存在である。  
 彼らは薬草を薬に変える知識を持ち、話を聞いてどんな治療をすればいいのかを判断する能力も持っている。  
 神聖魔法では、怪我は治せても、病気を治せないのだ。  
 目の前の男は、その医者を、薬もつけて出してくれると言っている。  

「何が目的なの」  

 相方、彼女の妹が、ボソリと呟いたとしても不思議ではない。  
     
「目的?もちろん病人を治す事だが?」  
「そうじゃない、その見返りに何が欲しいの?」  
「ああ、そういう事か」  

 佐藤はようやく理解した顔を浮かべ、口を開いた。  


659  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  13:38:01  ID:???  

「我々は、この近辺の情報が欲しい。  
 地形ではなく、資源や敵軍のものがね。  
 君たちはどうやら街には住んでいないようだが、そういった情報を耳にしているんじゃないか?」  

 彼女は理解した。  
 目の前の男たちは、下卑た理由ではなく、あくまでも現実的な利益を求めているのだ。  
 そして、山に隠れ住んでいるダークエルフたちには、確かにそういった情報があった。  

「あったとして、欲しいのは情報だけなの?」  
「他に何か我々に必要な何かを持っているのならば、協力を求めることがあるかもしれんがね。  
 少なくとも、今欲しいのはそれだけだ」  

 少女たちは黙り込んだ。  
 大方は損得勘定をしているのだろうが。  
 そんな事を思いつつ、佐藤は二人を見つめた。  
 相当な美貌だが、食生活はかなり劣悪なのだろう。  
 体つきに余裕がない。  
 服装も粗末なものだし、持っていた短刀も、金属疲労が目に見えている状態だそうだ。  
 苦労したんだろうな。  
 それと同時に、相手が持っていると想定される情報を予想する。  
 連合王国残党、あるいは盗賊団の情報か。  
 もしかしたら、こちらがまだ発見していない資源の情報が入るかもしれない。  
 なんにせよ、あったとして、という言い方をした以上、何らかの情報を持っていると考えるのが妥当だろうな。  

「わかりました、母上を、救ってください」  

 ようやく決断したらしい少女たちに答えつつ、佐藤は予想を続けていた。  


660  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  13:45:56  ID:???  

西暦2020年7月16日  13:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街近郊  

「ひーかるーうみ、ひーかるおおぞら、ひーかーるー」  
「一尉殿、一体何処に海があるんですか?」  

 調子よく歌っている佐藤に、二曹は容赦なく突っ込みを入れた。  
 現在彼らは、完全武装の一個小隊と共にダークエルフの隠れ家に向けて移動していた。  
 夜遅くに本国から届いた命令は、彼の現在の行動を承認していた。  

「いやねぇ、随分と久しぶりに外出した気がしてね。  
 ここの所城の外の事は若いのにまかせっきりだったし。  
 いやぁ空気が美味い」  

 本来ならば、彼がここに出てくることはありえない。  
 だが、一歩間違えれば虐殺を行いかねない三尉か、昨夜大チョンボをやらかしたばかりの新入りに、こういった任務を与える事は出来なかった。  
 それに、佐藤自身が、たまには外出したかったのだ。  
 そんなわけで、彼らは今、ここにいる。  

「こっちです」  

 誘導する姉妹の姉が手を振る。  
 妹の方は、既に隠れ家へと帰り、こちらの事を伝える事になっている。  


661  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/30(土)  13:50:22  ID:???  

「しかしなぁ、まだ65歳です、という表現には驚いたな」  
「ですね、私たちよりよほど年上とは」  

 ダーク“エルフ”というくらいなのだから当然予測すべきだったが、彼女たちは部隊の誰よりも高齢だった。  
 もちろん、彼女たちの時間の尺度から考えれば、まだまだ少女に過ぎないが。  

「さてさて、風邪か肺炎か、はたまた恐ろしい伝染病か、伝染病は勘弁して欲しいな」  
「防護服はありませんからね」  
「そろそろ到着のようです」  

 上官たちの無駄話を聞き流していた陸士長が報告する。  
 見れば、手に剣や斧を持ったダークエルフたちが、緊張した表情でこちらへ接近していた。  
 部下たちに発砲は控えるように命じつつ、佐藤は一同の前に歩み出た。  
   
「日本国陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊ゴルシア駐屯地司令の佐藤と申します」  

 敬礼し、名乗る。  

「早速ですが、病人を見せていただけないでしょうか?」  
「あ、ああ、こっちだ。来てくれ」  

 礼儀正しく名乗りを上げられるのは予想外だったらしく、相手は面食らった様子で隠れ家へと一同を案内した。  




691  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  15:10:12  ID:???  

<こちらイブニングライナー01!本部応答せよ!!>  

 パイロットが必死に叫ぶ。  
 しかし、無線機からは空電以外の何も帰ってこない。  
 何もかもから通信が途絶えたのが五分前。  
 燃料も弾薬も全てが十分にある。  
 だが、それは何の気休めにもならなかった。  
   
<おい!後ろからついてくるぞ!発砲許可は!?>  

 ガンナーから明らかに狼狽した声が入る。  
 レーダーには先ほどからしつこく追尾してくる敵機の反応がある。  
   
「なんなんだありゃあ!!」  

 パイロットは罵りの声を挙げた。  
 次の瞬間、レーダー上の反応は加速を開始した。  


692  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  15:11:53  ID:???  

<どうする!>  
<やるぞ!>  

 素早く決断した二人は、機体を分担して操作した。  
 一人は火器管制を蘇らせた。  
 全ての火器が待機状態になる。  
 続けて機体が空を向く。  
 速度計が見る見るうちに回り、何かが彼らを追い越す。  
 透き通った羽、巨大な眼球、細長い胴体。  
 それは、どう見てもトンボだった。  
   
<撃つぞ!一緒に始末書書けよ!>  

 機関砲が滑らかに動く。  
 飛び越した相手を思考する。  
 安全装置解除、目標は前方。  
 発砲。  


693  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  15:12:29  ID:???  

 機体に振動が生じ、機関砲弾の発射が体感できる。  
 綺麗な光が前方へと放り出される。  

<なんだぁ!畜生逃げやがった!!>  

 レーダーは敵機が見事な回避機動を描いた事を知らせていた。  
 曳光弾の軌跡がガンナーの必死の努力を伝えるが、レーダーはそれが無駄な射撃である事を知らせている。  

「なんなんだありゃあ」  
<おい!AAM使うぞ!>  
「しょうがねえ、やるぞ」  

 相手はこっちに向かってきている。  
 ヘッドオンで勝負かよ、上等だ。  
 陸上自衛隊最新鋭戦闘ヘリコプターと、異世界の同名のトンボは、互いに正面を向き合った。  


694  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  15:23:07  ID:???  

「しかし、魂消たな」  
<ロケットランチャー装備のトンボかよ>  

 勝負は、彼らの勝ちだった。  
 あくまでも偏差射撃に過ぎない相手とは違い、空対空誘導弾を使用した彼らは、発射するなり急旋回を実施。  
 機体側面を通過するロケット弾に肝を冷やしつつ、レーダーが知らせた敵機の撃墜に安堵していた。  
   
<それで、通信は?>  
「だめだな、相変わらずだ」  

 周囲は相変わらずの闇だった。  
 星明りと月が知らせるところによると、見渡す限りの野原のようだ。  

「糞、天測しようにも、ここは地球じゃないか」  

 パイロットは罵りの声を漏らした。  
 異世界に慣れていた彼らにとっては忌々しい事に、ここは地球と思われる惑星だった。  
 もちろん、ロケットランチャーを装備した小型機サイズのトンボがいる事から、地球ではない事はわかっている。  

<なんか暗くなってないか?>  
「曇ってきたんじゃ・・・」  

 相方に答えつつ、パイロットは上を見た。  
 そして、声を失った。  

「じょうだん、だろ」  

 彼らの頭上に、巨大なマンタがいた。  



716  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:43:38  ID:???  

 今すぐ教本に載せたくなるほどに見事な擬装が施された隠れ家の中は、意外なほどに綺麗だった。  
 隠れ家というと、散らばった酒瓶、疲れ果てた男たち、そして薄汚い室内といったイメージがあるんだが。  
 診察を行っている医官を横目で見つつ、佐藤は周囲を見回した。  
 隠れ家というより、別荘といった表現が正しいな。  
 良く整理された室内、栄養状態に余裕はなさそうだが、健康そうな男性たち。  
 それとも、俺の認識が偏っているのか?  

「うーん」  

 診察を終えたらしい医官がこちらを見る。  

「どうだ?」  
「破傷風ですね」  
「まずいのか?」  
「なんとも言えません。  
 軽度の症状に加えて、傷口が酷く化膿しています。  
 痛みと発熱はこれが原因ですね。  
 手持ちの機材と医薬品で対処は出来ますが、完治できるかと言われると難しいです」  
「そうか、気道切開は?」  
「酷くなれば必要になります」  



717  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:44:33  ID:???  

 破傷風、それは誰もが感染の可能性がある病気である。  
 世界中の土壌に菌は存在しており、怪我から感染する。  
 口が開けにくい、首筋が張る、寝汗をかくといった症状が見られ、次第に症状が増し、呼吸困難、歩行困難に至る。  
 治療をしないと全身にけいれんがおこり、最終的に窒息などで死に至る可能性がある。  
 初期状態ならば簡単な外科手術と投薬で完治するが、重症になると非常に厄介な病気である。  
 ICUを備えた本格的な医療設備など、第三基地まで戻らないと存在しない。  
 ヘリや車で輸送すればなんとかならないこともないが、現地民のためにそこまでの便宜供与は認められない。  
 火をつけ、物を凍らせ、烈風を起こし、不死者を浄化する魔法も、病気だけはどうにもならないらしい。  

「怪我は治るのに病気は治せないというのは、便利なんだか不便なんだかわからんな」  
「あの」  

 腕を組んでわかったような事を言う佐藤に、姉妹が声をかけた。  


718  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:45:16  ID:???  

「母上は、母上は大丈夫なのでしょうか」  
「気休めはやめて下さいね」  

 小声で医官はそう言うと、部下たちの所へと歩いていった。  
 どうしろっていうんだよ。  
 厄介な事を言ってくれる。  

「必ず治すという確約は出来ませんな。  
 ですが、皆さんが我々に協力してくれるというのならば、治るかもしれません」  
「何を、しろと言うのだ」  

 一同の代表らしい男が、険しい表情で口を開いた。  

「実に簡単なことですよ。  
 我々は百年以上の長きに渡って練り上げられた医療技術を持っています。  
 貴方方から見ると妙な事をしている様に見えるかもしれませんが、邪魔をせずに協力していただきたいのです」  
「それだけか」  
「それだけ、と言いますと?」  
「だから、金とか女とか、そういうのは」  
「そういうのちょっとねぇ、出来ればこの周辺の情報とかを欲しいんですが」  
「情報?」  

 佐藤の回答は、男にとっては予想外だったらしい。  


719  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:46:00  ID:???  

「そりゃあまあ、私も健康な男なので、女も金も欲しいですけどね。  
 我々に必要なのはそれよりも情報なんですよ。  
 資源だったり存在しているかもしれない敵軍のものですね。  
 そういったものは、皆さんにはないのですか?」  
「あ、いや、あったとして、それだけでいいのか?」  
「構いませんよ」  

 佐藤はそう答え、部下たちに直ちに治療を開始するように命じた。  
 場合によっては手足を吹き飛ばされた負傷者を助けなければいけないだけあり、彼らの行動は非常に素早い。  
 機材を展開し、医薬品を確認する。  

「それでは始めます。関係がない人は退出してください」  
「よーしお前ら、周辺の探索にかかれ、皆さんも申し訳ありませんが退出をお願いしますよ」  
「佐藤一尉」  
「ん?」  
「あなたもですよ」  
「お、おう」  

 かくして、一同は屋外へと追い出された。  


720  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:47:47  ID:???  

西暦2020年7月16日  13:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ダークエルフの隠れ家  

「なかなかに快適そうな環境だな」  

 建物の周辺には、隠蔽された井戸やそれなりに作物が取れそうな畑などがあった。  

「彼らが今まで生き残ってこれたのもわかりますね」  

 感心した様子で二曹が言う。  

「うむ、これだけの拠点を周辺住民にばれないように維持していたとは。  
 しかも、一日二日じゃないぞ」  
「はい、大したものです」  

 周辺を偵察している部隊からは、特に何の報告も入らない。  
 城に残してきた部隊からも同様である。  


721  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:49:04  ID:???  

「平和が一番だな」  
「そうですねぇ」  

 ほのぼのとしている佐藤たちの隣では、心配そうな表情を浮かべたダークエルフたちが、小声で何かを相談している。  
 頼むから、いきなり気が変わったりするのは勘弁してくれよ。  
 横目で見つつ、佐藤は内心で思った。  
 いわゆるライトノベルと呼ばれるものを好んでいるらしい二曹によると、医療行為はそれを知らない異世界住人に誤解を招く恐れがあるらしい。  
 動けないケガ人に接吻しているように見える人工呼吸。  
 あるいは死者を強姦している様に見える心臓マッサージ。  
 セクハラにしか見えない触診。  
 よくわからない薬を飲ませる投薬。  
 拷問に見える注射。  
 だからこそ、十分な同意を貰った上での治療実施が好ましい。  
 二曹は、佐藤にそう進言していた。  


722  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  20:52:22  ID:???  

「我々も周囲を見回ってくる」  

 じっとしているのが落ち着かないらしいダークエルフたちは、佐藤にそう申し出た。  
   
「申し訳ありませんが、周辺は部下たちが探索中です。  
 万が一にでも貴方方に攻撃を加えてしまっては申し訳ない。  
 今は、我慢してください」  
「我らが黙ってやられるような者だと思われては困る」  
「お互いにやりあってしまってはもっと困るんですよ」  
「・・・わかった」  

 なんとか彼らを押し留め、佐藤はため息を漏らした。  
 今も治療が行われているであろう建物を見る。  

「治ってくれるといいんだがな」  
「今は、医官殿を信じるしかありませんね」  

 二人の心配は、手袋を外しつつ退出してきた医官の表情によって解決された。  

「可能に関しては継続的な治療で大丈夫でしょう」  
「破傷風は?」  
「投薬の効果がなければ難しいでしょう。  
 さすがにここで気道切開はやりたくないですから。なんにせよ、今日出来るところはここまでです。  
 ドタバタしないのならば入って結構ですよ」  

 その言葉を待っていたダークエルフたちは、流星のような素早さで建物へと入っていった。  





749  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:25:05  ID:???  

西暦2020年7月19日  12:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ダークエルフの隠れ家  

「しかし、君の言ってくれた事は大いに役立ったよ」  

 病人を動かすわけにもいかないために、佐藤たちはここに展開していた。  
 一時的なもののため、簡単な陣地と天幕程度しかない。  
 そのため、本日のメニューは戦闘糧食と塩素臭い水だけだった。  

「この世界の知識、ですか?」  

 塩素臭い水を不味そうに飲みつつ二曹が尋ねる。  

「ああ、医者が治療を行うといえばそれで済むだろうと考えていたからな。  
 それでだ、知っていたら教えて欲しいんだが」  
「はい、恐らくこの世界の住人が、あのような行動をするような事は、通常ないと考えられます」  

 二人が話しているのは、午前中に部下が発見した物についてだった。  
 それは、巧妙に消された焚き火の後だった。  
 土をかぶせ、落ち葉を乗せる。  
 恐らく、偵察ではなく気分転換の散歩のつもりで歩いていたら、何も発見できなかった。  




750  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:25:53  ID:???  

「敵軍の残党か」  
「もしくは盗賊団か、どちらにせよ、厄介です」  

 彼らがいる場所は、あくまでも一時的に展開しているに過ぎない。  
 周辺の情報はないし、十分な戦力も持っていない。  
   
「これは、早いうちに話を聞かせてもらわないとまずいな」  

 佐藤はそういうと、手早く食事を済ませて建物へと向かった。  
 屋内では、今のところ順調に回復へと向かっている女性を始めとして、ダークエルフたちがなにやら密談をしていた。  

「お忙しい中失礼しますよ。  
 その後お体の方はいかがですか?」  

 ヘルメットを取りつつ佐藤が尋ねると、女性は柔らかな笑みを浮かべて答えた。  

「おかげさまで、だいぶ熱も痛みも引きました。  
 イカンさんによると、怪我よりも病気に気をつける必要があるそうで」  
「ええ、そのようですね、それよりも、報酬の件についてお話が」  
「そういえば、どのような物なのでしょうか?  
 命を救っていただいたのです、いかなるお礼でも私はお受けいたします」  

 女性は決意を浮かべた表情でそう言った。  


751  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:27:23  ID:???  

「そう言って頂けるとありがたい。  
 ここは一つ、前払いと言う事でお願いしたいのですが、この周辺に連合王国残党や盗賊団などはいるのでしょうか?」  
「ああ、いる」  

 ここ数日で協力的になったダークエルフの男性が放った言葉は、佐藤の表情を青ざめさせるのに十分だった。  

「数は?」  
「全部はわからんが、200か、300か、それよりも多いという事はない」  
「ふむ、隠れている場所はわかりますか?」  
「あんた達の街よりもずっと北に言った場所にある村だ。  
 連中は、元いた村人を若い女以外皆殺しにしてそこにいる」  

 初耳の情報が連続して入ってきた。  
 自分たちの統治範囲内に、敵が中隊規模で存在している。  
 しかも、村一つが実は滅んでいたらしい。  


752  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:28:07  ID:???  

「そのような話は初耳なんですが?」  
「ああ、そうだろうさ。  
 あそこの村の連中は、グレザール帝国から流れてきた奴らだからな。  
 この大陸の人間とは折り合いが悪いのさ」  

 情報網が発達していないこの世界ならば、ありえるかもしれない。  
 現に、その村の存在自体を今聞いたのだ。  

「連中がここまでくる恐れは?」  
「俺たちはダークエルフだ。隠れ里を作らせたら世界一だ。  
 残念な事に、好きでそうなったんじゃないがな」  
「なるほど、ところで、我々はその隠れていた連中を相手にするために一度城に戻る必要があります。  
 そちらの女性と、同行を希望する方と一緒に来ていただいても構いませんか?」  
「城に、か?」  
「そうです。我々は敵襲に備える必要と、それがないのならばこちらからの攻撃が必要なのです」  
「わかりました。直ぐに支度をしましょう」  
「ええぇ!?」  

 佐藤の言葉に女性が躊躇せずに答え、男は驚いた声を出した。  


753  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:28:55  ID:???  

「イカンさんの治療はまだ終わっていません。  
 ならば、イチイさんの言うとおりにするしかないでしょう」  
「だけど!」  
「ねえあなた、そろそろ彼らを信用してもいい頃でしょう?  
 彼らは私たちの娘を無事にここまで送り届けてくれて、しかも私を助けてくれたのよ」  
「それは、そうだが、しかし」  

 男はなかなか決断できずにいた。  
 無理もない。  
 ダークエルフの国家が滅びる時、彼も心を閉ざすに相応しい出来事を連続して経験していた。  
 最初の隠れ家を軍に通報したのは、彼と極秘裏に取引をしているはずの商人だった。  
 結果的に次の隠れ家と彼の長男の命を奪ったのは、命を助けた旅人の通報だった。  
 彼の長女を目の前で犯し、殺害したのは、賄賂を渡した直後の軍人だった。  
 人間を信用する必要はない。  
 信じれば、必ず裏切られる。  
 彼はそう考え、それに従って今日まで、家族を守ってきた。  


754  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:31:12  ID:???  

 そこに現れた目の前の男たち。  
 ウソか本当かはわからないが、他のダークエルフの一団も助けた事があるらしい。  
 そしてその一団は、連合王国を打ち負かしたニホン国に加わっているらしい。  
 目の前の男たちは、ウソを言っているようには見えない。  
 こちらを皆殺しにする機会はいくつもあったというのに、それをしようともしない。  
 妻も、娘も、息子たちも、既に彼らを信用している。  
 現に、妻の命は救われつつあるらしいのだ。  

「城に行ったとして、俺たちをどうするんだ?」  
「幸い、空き部屋にはかなりの余裕があります。  
 街中で暮らすのは辛いでしょうから、そこにお願いしますよ」  
「わかった。俺たちも直ぐに支度しよう」  

 先ほどまでの態度から、恐らく自分だけは自衛隊を信用せずに、万が一の際に家族を守ろうとしているのだろう。  
 まあそれはそれでいい。  
 にこやかな笑みを浮かべつつ、佐藤は内心で呟いた。  
 グダグダと言われたのでは時間ばかりがかかってしょうがない。  

「二曹、撤収する。  
 車輌と護衛を要請しろ」  
「了解しました」  


755  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:31:54  ID:???  

西暦2020年7月21日  14:15  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「それでは、増援は望めないと?」  
<そうだ>  

 通信機からは、第三基地司令の冷酷な声が流れてくる。  

「しかし、近隣の村には一個中隊規模の敵軍がいるという情報が入っているのです。  
 こちらの偵察もそれを確認しています」  
<そちらの担当範囲にですらそれだけの数がいるという事は、こちらはもっとその可能性があるということだ。  
 我々とて、戦力に余裕はないのだ>  
「ですが」  
<それに、定期哨戒中のコールサイン『イブニングライナー01』が連絡を絶っている。  
 いいか?AH−64Jがだぞ?報告も救難信号もなしにだ。  
 まだ存在は確認していないが、とにかく敵襲があるとすれば、こちらの可能性のほうが高いのだ。  
 それに、貴官にとって、その城以外に防衛の必要があるものはないが、こちらにはそれがいくらでもあるのだ。  
 理解したまえ、終わり>  

 相手は、冷たく言い放つと通信を一方的に切った。  

「やはりダメですね」  

 隣に控えていた二曹が言う。  
 偵察の結果、敵軍の所在は確認されていた。  
 彼らは占領した村で、酒池肉林の幸せな生活を送っているらしい。  


756  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:35:33  ID:???  

「不透明な物資の流れを伝えてもこれとは、奴にはまともな思考能力は無いのか?」  

 忌々しげに呟きつつ、佐藤は煙草を口にくわえた。  

「一尉殿、この部屋は禁煙です」  
「わかってる、表に出るさ」  

 煙草を加えつつため息を吐くという器用な真似をしつつ、佐藤は中庭へと歩いていった。  
 そこでは、彼にさらにため息を吐かせる現実が待っていた。  
 今日も今日とて飽きもせずに臨戦態勢の三尉たちが、メイドたちに怯えられつつ、訓練を続けていた。  
 ご苦労な事だ。  
 煙草に火をつけつつ、彼は城壁を見た。  
 そこには、再び彼にため息をつかせる光景があった。  
 周辺に敵がいるという情報のおかげで、完全に怯えきったひよっこ小隊の面々が、昼間から目を血走らせて警戒に当たっている。  
 そろそろ慣れろよ。  
 呆れつつも煙草を楽しむ。  

「ドラゴン討伐戦の映像で、第三基地司令殿が怯えているというのは本当のようですね」  

 いつの間にか隣に来た三尉が、自身も煙草を吸いつつ言った。  



757  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/01(日)  23:38:28  ID:???  

「迷惑な話だよ。  
 考えても見ろ、一個中隊を養える食料の供給源があるんだぞ?  
 つまり、俺たちの近くには、一個中隊を支えられる兵站組織がいるって事だ。  
 それなのに、俺たちは何かあった場合には独力で戦わなければならない」  
「大丈夫ですよ。こっちには自動小銃も機関銃も装甲車輌もある。  
 奴らがどんな手を考えようとも、必ず仕留めて見せます」  
「仕留めるってなぁ」  

 猟師じゃないんだぞ、と続けようとして、佐藤は目の前のメイドに目が留まった。  
 スラリとした肢体、短い髪、精悍な顔つき、全てが彼の好みだった。  
 隣の三尉は、流れるような動作で小銃を構えた。  

「撃つな、拘束するんだ」  
「抵抗するかもしれません」  
「したら撃て」  
「・・・・・・了解」  

 しぶしぶ、といった様子で三尉は従い、部下たちに目配せをした。  
 そのメイドが取り押さえられるのに要した時間は、15秒だった。  




140  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:01:19  ID:???  

西暦2020年7月21日  14:30  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「二度目のご来場ですな」  

 両手両足を厳重に縛られた女性に、佐藤はそう切り出した。  
 相手は一瞬目を丸くする。  
 だが、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべ、答えた。  

「さすがは、ニホン国の人間ね」  
「おや、あなたは我々の事をニホン帝国とは呼んでくれないのですか?」  
「そりゃまあ、この稼業は情報が命だからねぇ」  

 つい先日まではニホン帝国と呼んでいた事はおくびにも出さず、女性はしれっと言った。  
 魔王の軍なのだ、いや、奴らはニホン帝国と言うらしい、ちがうちがう、あいつらもグレザール帝国の連中さ。  
 連合王国を一瞬で破壊した日本に対する民間人たちの認識はメチャメチャであった。  
 さすがに旧王都付近では、インフラの大々的な構築が行われているという事もあって日本国と呼ばれている。  
 しかし、一歩地方に足を踏み入れれば、多彩な呼び名が自衛隊員たちを待っていた。  
   
「なるほどね。確かに情報に疎い盗賊など、役に立ちませんからな」  
「それで、私をどうしたいのさね?  
 先に言っておくけど、男の悦ばせ方なら自信があるよ」  
「それは実に魅力的な提案ですね、個人的には」  


141  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:02:26  ID:???  

 目の前の女性を見る。  
 後ろ手に縛られているせいで強調されている胸はかなりのボリュームを持っているようだ。  
 スタイルはモデル並みに整っているし、やや薄汚れてはいるが、顔も悪くない。  
 とはいえ、現状は個人的欲求を満足させて良しとする状況ではない。  

「取引をしましょう」  
「取引?」  
「貴方の命を保障する代わりに、この付近にいる連合王国残党の事を知っているだけ話してください。これが一つ目です」  
「ふーん、ひとつめ、ねぇ」  

 女性は目を細めつつ笑みを浮かべた。  

「二つ目は、なんなんだい?」  
「貴方の提供する情報次第で変わりますね。それで、お話いただけますかな?」  

 内容次第では、わかっているな?と言外に匂わせつつ、佐藤は煙草を咥え、火をつけた。  
 士気の維持と言うだけで配給が持続されている日本製煙草は、依然として品質を維持し続けていた。  



142  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:05:16  ID:???  

「随分といい煙草を吸うねぇ。一本もらえると何か思い出すかもしれないよ?」  

 女性はその匂いに随分と心惹かれるものがあったらしい。  

「いいだろう、喫煙者は私の同志だ」  

 佐藤は快く煙草を与えた。  
 もちろんの事ながら、二曹は勢い良く反対した。  

「何を考えているんですか一尉!だいたいこの部屋は禁煙です!」  
「二曹、捕虜の人権は守らないとダメだぞ」  

 答えつつ、女性の煙草に火をつける。  
 驚いたように電子ライターを見つめていた彼女だったが、驚きは一瞬で、次の瞬間には目を細めて煙草に火をつける。  
 二曹の怒鳴り声と一尉の宥める声が充満した部屋の中に、一筋の紫煙が立ち上った。  

「こいつは、いいねぇ」  

 どうやら女性はかなり気に入ったらしい。  
 恍惚とした、という表現が誇張ではない表情を浮かべている。  


143  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:06:53  ID:???  

「それで、話してもらえますか?」  
「いいさね。連中はここから一日ほどの村に集まっている。  
 数は三百人ほど、魔術師はいない。弓兵も数えるほどしかいないね」  

 女性は煙草を吸いつつすらすらと答えた。  
 それは、佐藤たちが掴んでいる情報に限りなく近く、そしてそれを補強する内容だった。  

「随分と詳しいですな」  
「何人か、あのクソ野郎どもに手下がやられてね。  
 それで機会があったらと思って調べさせたのさ」  
「ほうほう、それで、情報はその程度でおしまいですか?」  

 兵科まで調べているその情報収集能力に舌を巻きつつ、佐藤は平然と続きを促した。  

「まさか、あんたたちがどこまで掴んでいるかは知らないけど、連中、やる気だよ。  
 ここ二日ほど、妙に酒盛りをやってる。剣の手入れにもかなり力を入れているしね」  
「連中が俺たちに勝てると、あんたは思うか?」  
「思わないね」  

 答えは即答だった。  
 佐藤は興味深そうな目を女性に向けた。  


144  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:45:37  ID:???  

「ほう、どうして?」  
「あんたらは、あの王都をあっという間に攻め滅ぼした。周辺の軍隊も同様にね。  
 その後で、ああいった残党を無視した。  
 つまりそれは、それだけの余裕があるって事だろう?」  
「よくわかっているな」  

 おいおい、つい数日前までは存在すら知らなかったんだぞ。  
 と、内心で冷や汗をかきつつも、佐藤は勝者の余裕をなんとか漂わせていた。  

「どうだ?そこまでわかっているならば、俺たちにつかないか?」  
「あんたたちに?それで、どんな得があるんだね」  

 女性は佐藤の目を見据えた。  

「俺たちはお前たちに手を出さない。お前たちが俺たちに手を出さない限り。  
 どうだ?簡単で、そして得のある話だと思わないか?」  
「盗賊のあたしらを、見逃すと言うのかい?」  
「俺たちに手を出さない限りはな。それで、どうする?」  
   
 女性は佐藤の目を見続けている。  
 黒い目をしているな。  
 女性はそう思った。  
 綺麗な黒だ。  
 奇妙な兜の下にある髪もそうだ。  
 意志の強そうな眉毛も黒だ。  
 黒髪の神兵。  
 幼い頃に聞いた伝説を。  


145  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:53:09  ID:???  

 彼女は幼い頃に聞いた伝説を思い出した。  
 それは竜を従えた神の兵隊の話だった。  
 彼らは突然現れた。  
 彼らの髪は黒く、そして瞳も黒かった。  
 彼らは強かった。  
 従うものを助け、立ちふさがるものには死を与えた。  
 彼らの前には、伝説の竜も、ハイ・エルフも関係なかった。  
 やがて彼らは世界に秩序を生み、そして消えた。  
 それが今の世界の原型。  
 愚かなるダークエルフたちは、黒髪の神兵が消えたのをいい事に、世界を闇に閉ざそうと動き始めた。  
 偉大なるグレザール帝国は、それを食い止めるために多くの勇者たちとエルフを仲間に戦った。  
 そして、正義は勝利し、世界は救われた。  


146  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  00:58:10  ID:???  

西暦2020年7月21日  21:30  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  近郊  

「後半部分はどう見ても嘘なんだけどね」  
「なんだ?」  
「なんでもないさね」  

 なんなんだこの女、一人でブツブツと呟いて。  
 小銃片手に森の中を歩きつつ、佐藤は隣の女性を盗み見た。  
 ・・・ぬぅぅ、いい女だ。  
 暗視装置の生み出した明るい夜の中でも、彼女の美貌は少しも損なわれていなかった。  
   
「・・ギャ」  
「たす・・」  

 かすかに周囲から悲鳴が聞こえる。  

<ズールーリーダーより各員、静寂だ。うるさいぞ>  

 口元のマイクに呟く。  
 かすかに聞こえていた悲鳴は消え、周囲は風とは関係なしに動く木々の音以外なくなった。  


147  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  01:09:29  ID:???  

「あと少しですね」  

 道なき道を進んでいるというのに、佐藤の横を少しも遅れずに続いている二曹が声をかけた。  

「しかし連中、夜間歩哨をもう少し選んだ方がいいな」  
「ですね、警告の叫びを上げる余裕もなく皆殺しでは、歩哨に立つ意味がありません」  
   
 つい先ほど、一人の若い敵兵の頚部を引き裂いた銃剣を片手に、二曹は愉快そうに笑った。  

「遅れている奴はいないな?」  
「おりません」  

 反対側を進む三尉が小声で答える。  
 現在、彼らは敵軍が潜伏している村のすぐ近くまで来ていた。  
 敵が攻勢を企んでいると聞き、街に到達する前にその戦意を挫こうという佐藤の作戦を実行するためである。  
   
「配置についているな?」  
「大丈夫です。それよりも、よろしいかったんですか?あのような重装備で」  
「構わん。それに、一個小隊で一個中隊を叩こうと言うんだ。多少の贅沢はさせてやらんと兵が苦労する」  

 佐藤が率いているのは、小隊は小隊でも、機関銃分隊二つを加えた増強小隊だった。  
 今回は三個分隊ずつ、つまり実質二個小銃小隊を分けて配置し、十字砲火を形成するという、手堅い作戦だった。  
 現在のところ進捗は順調で、既に敵の歩哨は壊滅状態に陥っている。  
 こちらは展開も完了し、指示を待つばかり。  
 視界の先にある敵軍の野営地は、見たところ完全に寝静まっている。  
 ようし、始めようか。  
 佐藤は、邪悪な笑みを浮かべた。  





178  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:30:50  ID:???  

西暦2020年7月21日  21:31  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  近郊  


「ねえ」  

 邪悪な笑みを浮かべた佐藤に声をかけたのは、ここまで同行していた先ほどの女性だった。  

「手短に頼むよ」  
「そういえば、どうして私に気がついたのさ?」  

 彼女は、裏の世界でも名の通った盗賊だった。  
 それが、ただ中庭を歩いていただけで拘束されたのだ。  
 不思議に思っても無理はない。  

「あなたは、私たちのことを怖いと思いますか?特に、この三尉を」  

 塗料を塗りたくり、小銃を片手に待機している三尉を示しつつ、佐藤は尋ねた。  

「あのねぇ、こう見えても、アタシは名の通った盗賊だよ?  
 気合の入った兵隊を見て怯えてるようじゃあ手下がついてこないじゃないさね」  
「それが答えですよ。  
 あの城では、誰もがこいつらに怯えていた。  
 まぁ、突然やってきた新たの領主の、それも尋常ではない様子の兵隊ですから、無理もない事ですがね。  
 その隣を、美人なのに見覚えがないメイドが平然と歩いていたら、それは誰だって不審に思うでしょう」  

 後半はやや呆れたような発音で佐藤が言う。  


179  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:31:56  ID:???  

「まいったねぇ、アタシとした事が、そんな下らない事でバレるとはね」  
「さあ、納得してくれたところで静かにして下さい、始めますからね」  

 佐藤は女性を黙らせ、前方の村を睨んだ。  
 所々から酒を飲んでいるらしい男たちの歌声や歓声が聞こえてくる。  
 どうやら、こちらの接近は気づかれていないらしい。  
 しかし、こんな無用心な連中の存在に気づかないとは、俺も弛んでいたんだな。  

「一尉殿、攻撃を始めないんですか?」  

 陸曹を従えた三尉が尋ねた。  
 佐藤に声をかけてはいるが、その視線は村へと向かっている。  

「始めるぞ」  

 佐藤は襟元の送信機に向かい、小声で呟いた。  

「撃ち方はじめ」  



181  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:33:13  ID:???  

 夜の闇を切り裂いて、無数の銃火が現れた。  
 連続して銃声が鳴り響き、そして村の中から悲鳴が溢れ出す。  

「出来るだけ逃がすな。連中に立ち直る余裕を与えるなよ」  

 直ぐ隣で部下たちに命令を下している三尉に命じつつ、佐藤は視界に広がる地獄を見た。  
 いくつもの建物に分譲しているらしい敵軍は、控えめに言って大混乱だった。  
 彼らは、完全な奇襲を受けていた。  
 それもそのはず、この村は少なくとも一個小隊規模の歩哨によって警戒されていたのだ。  
 通常ならば、それらに発見される事なくこのような奇襲が起こる事はありえないだろう。  
 だが、佐藤たちにはそれが可能だった。  
 数名の盗賊と、無数のレンジャー資格者がそれを可能にしていた。  

「左!弓兵だぞ!撃てぇ!」  

 佐藤の命令が下り、銃声がそれに答える。  
 大地に足を踏ん張り、今まさに弓を放とうとしていた敵兵たちは、全身を引き裂かれて壊滅した。  

「一尉、敵が逃げます」  

 三尉の言葉に夜間双眼鏡を覗くと、剣を手にした男たちは、大慌てで森に逃げ込もうとしているのが見えた。  
 ふむ、あの太った男が指揮官か?  


182  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:33:47  ID:???  

「逃がすなよ三尉」  
「わかっております」  

 素早く小銃を構えた彼は、男たちに向けて短い連射を叩き込んだ。  
 佐藤の視界では、太った男の頭部が消え去り、周囲の男たちの胴体から何かが飛び散る情景が広がっていた。  

「双眼鏡でわざわざ観察するものじゃないな」  

 不快そうに言いつつ、村へと視線を移す。  
 敵軍は相変わらず統制を取り戻していなかった。  
 続々と建物の中から剣を持った男たちが飛び出しては来るが、彼らは周囲から鳴り響く銃声に驚き、仲間の死体に怯え、そして銃弾で死んでいった。  

「圧倒的じゃないか、我が軍は」  

 愉快そうに彼は呟き、敵兵の数をざっと数えた。  
 百人いるかいないかか?  
 残りはどこへ行ったんだ?  

「二曹」  
「敵は大半をどこかへやったようですね。まずい事になりました」  
「城は無事か?」  
「今のところ襲撃を受けたという報告は入っていません」  




184  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:36:28  ID:???  

「ふむ」  

 銃声の鳴り響く中、佐藤は残りの二百人の行方を考えた。  
 この周辺で奇襲の準備をしているのか?  
 いや、さすがにそれだけの人数を見落とすほどこっちは無能じゃない。  
 では、まだ建物の中にいる?  
 いや、○ナバ物置じゃあるまいし、そこまでの人数が入るとは思えない。  
 いや、イ○バ物置は百人入ってもではなく、乗っても大丈夫だったか。  
 いや、そんな事を考えている場合ではない。  
   
「周辺警戒を怠るな。どこへ行ったと思う?」  
「もちろん命じてあります。  
 敵の兵站部隊のルートを辿るべきかと。恐らくはその先に」  

 一個中隊を養える兵站ルート。  
 その先には、当たり前の事だが物資集積所か何かがあるはずだ。  
 そして、そこに物資を集めるための組織がある。  
 武力による徴発だけで、物資を集め続ける事などできるのか?  



186  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:37:00  ID:???  

「三尉」  
「はっ」  

 いつの間にか長距離行軍の準備を整えた三尉が、一個分隊と共に現れた。  

「ん、よろしい、一個分隊を率いて撤退する敵軍を追尾しろ。  
 敵の兵站拠点を発見次第連絡だ」  
「了解しました」  
「攻撃はもう直ぐ終わる。そしたら頼むぞ」  

 命令を伝え終わると、佐藤は村へと視線を戻した。  
 戦闘は終わろうとしていた。  
 敵軍はとうとうこちらを認識せずに、撤退を決意したらしい。  
 男たちの集団が、銃弾によって削り取られつつも村から離れつつある。  
   
「行きます」  

 佐藤の隣を三尉率いる偵察班が駆け抜け、集団の後を追って村から離れていった。  

「前進する!生存者に気をつけろ!!」  

 彼は声を挙げ、前進を開始した。  
 眼前に広がる村では、銃弾を受けた男たちの呻き声が絶えず聞こえていた。  


187  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:41:00  ID:???  

西暦2020年7月21日  21:42  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  近郊  

「うわぁ、こいつはひでぇな」  

 自分の命令で発生した地獄の中で、佐藤は他人事のようなコメントを発した。  

「生存者に気をつけろ!」  

 口々に警告の言葉を発しつつ、前進を続ける部下たちを眺める。  
 死体を蹴り飛ばし、様子がおかしいものには容赦なく銃剣を突き立てる。  
 今のところ、三人ほど死んだ振りをしていた敵兵を殺害しているが、こちらに損害は発生していない。  

「弱すぎますね」  

 佐藤の隣で小銃を構えつつ警戒していた二曹が言った。  
 確かに、敵はあまりにも弱すぎた。  
 奇襲をかけ、さらに夜闇から自動小銃や機関銃で攻撃を仕掛けたのだから一方的になるのはわかる。  
 しかし、それにしても敵は弱すぎた。  




190  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:50:43  ID:???  

「何かあるな・・・ん?」  
「どうされました?」  
「見てみろ」  

 並べられた死体を指す。  

「なんですか?ああ、これは」  

 二曹は納得したらしい。  
 そこには、兵隊といわれて思い浮かぶような男たちの姿はなかった。  
 どれも年配の、この世界ならば老人と呼んでも差し支えのない年代の男性しかいなかった。  

「予備役か?」  
「この世界の軍隊制度から考えると、徴兵された村人かなにかかと」  
「ふーむ、それならば弱さも理解できるか」  

 納得しつつ、一際大きな建物に視線が向く。  
 あの中では、強制的な奉仕活動に従事させられていた女性たちを衛生科が治療しているはずだ。  
 何かに違和感を覚える。  
 建物は普通だ。  
 ならばなんだ?  
 死体もいい、それはそこらじゅうにある。  
 違う、血飛沫のかかった壁、そこにある国旗。  
 それは、見た事もない国旗だった。  


191  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/11(水)  23:53:18  ID:???  

「おい、ありゃあどこの国旗だ?」  
「え?ああ、確かに見た事がありませんね」  

 二曹も見覚えがないらしい。  

「あれはグレザール帝国の国旗じゃないか」  

 二人に女性が声をかけた。  
 見ると、手下を連れた女性が、死体の山に顔を顰めつつこちらへ歩いてくるところだった。  

「連合王国の国旗がないところを見ると、この連中、グレザール帝国の軍隊だね」  
「帝国の?うーん、それはまずいねぇ」  

 見る見るうちに憂鬱そうな表情になる佐藤。  
 旧連合王国領の統治すら完成していないのに、また新しい戦争が出来るわけがない。  
 それなのに、俺たちは盛大に始めてしまった。  
 司令部にどう報告したらいいものか。  

「焼いちまおう」  
「は?一尉、いまなんと?」  
「なんでもない。民間人を保護し、撤退する。急げ!」  





679  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:17:32  ID:???  

西暦2020年7月23日  13:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「はい、そうです一佐殿」  

 通信機に向かった佐藤が恐縮した様子で話す。  
 基地に帰還した後、佐藤と二曹はなかった事にするか、それとも事実を偽造するかで盛大に衝突した。  
 だが、いずれはバレるであろうという判断と、これが悪しき前例になる事を考え、正直に司令部に報告する事になった。  
 指揮権剥奪の上待命を申し付けられるか、はたまた銃弾をもう一発だけ使用して現世逃避するように命じられるか?  
 佐藤の内心は憂鬱さと恐怖で一杯だった。  
   
<まずい事をしてくれたな一尉。と言いたい所だが、まあいい>  

 しかし、通信機から流れ出た言葉は、彼の想定の範囲外にあった。  

「は?」  
<まあいいと言ったんだ。こちらの所属はバレていないな?  
 武士みたいにやあやあ我こそは陸上自衛隊一等陸尉であるとか言っていないな?>  
「ああ、それは大丈夫です。先ほど報告したように、闇夜に乗じての十字砲火ですから。  
 連中、こちらの存在すらきちんと視認しているかどうか」  
<・・・はい?わかりました。一尉、外務省の鈴木さんと変わる>  

 ごそごそと人が動く音が聞こえ、聞き覚えのある役人の声が通信機から流れ出した。  



681  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:19:35  ID:???  

<聞こえますか?外務省の鈴木です。お久しぶりですね>  
「お久しぶりです、それでご用件はなんでしょうか?」  
<グレザール帝国軍と交戦したという事ですが、敵軍は連合王国と大差のない存在で間違いありませんね?>  
「ええ、あれが標準だとすれば、連合王国と変わりません」  

 おいおい、まさかこの男、また戦争する気かよ。  
 答えつつ、佐藤はこの先自分が見舞われる運命が、なんとなく予測できた。  

<こちらで掴んでいる情報でも同様です。  
 ご安心下さい、万が一、連中と戦争になったとしても我が国が敗北する事もないでしょう。  
 彼らの戦術面ではどうでしたか?>  
「戦術面はわかりませんな、何しろこっちの奇襲から立ち直ることなく壊走していきましたから。  
 ああ、つまり大した事がないってことか」  

 勘弁してくれよ。  
 佐藤の心の中は、その一言で埋め尽くされていた。  
 チートコードを入力したら物資が無限に沸いてくるわけじゃないんだぞ。  


682  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:20:08  ID:???  

<ご安心下さい、勝手気ままに戦線を拡大するつもりも余裕も、まだ日本にはありませんよ>  
「まだ?」  
<覇権国家同士は、いずれ衝突する運命にあると考えて当然でしょう?>  
「日本はこの世界において覇を唱えると?」  
<当たり前でしょう?>  

 鈴木は呆れたような声を出した。  
   
<我々日本人が元の生活水準を取り戻すには、拡大は避けては通れない道です。  
 そして、剣と魔法の世界で拡大を行うには、信頼と友情よりも重視すべきものがあります>  
「リアルシヴィライゼーションでもしているつもりか?」  
<私はね、佐藤さん。  
 高給が欲しくて外務省に入ったんじゃない。  
 世界のみんなと仲良くしたいんです、などと小学生みたいな目的でもない。  
 外交という道具を駆使して、日本国をより一層発展させ、世界一の超大国にするために外務省に入ったんです。  
 その為に戦争が必要ならば、躊躇する必要はない。  
 そう判断したからこそ、連合王国を滅ぼし、グレザール帝国との戦争も止むなしと考えているに過ぎません>  
「なるほどねぇ」  

 佐藤は納得した。  
 少なくとも危険な男ではなさそうだ。  
 公共の利益と合致する自身の目的のために、必要と判断した行動を取る。  
 公務員として、恥ずべき行動ではない。  


683  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:20:48  ID:???  

「それで、自分たちはどうすればいいのでしょうか?」  
<時期が来るまでは情報収集に当たってください。  
 貴方の担当している地域は、非常に重要な意味を持つ可能性があります。  
 こちらの情報が漏れない範囲で、可能な限りグレザール帝国の情報を集めてください>  
「僅か一個中隊で?」  
<必要な人材、機材などは、自衛隊の上の方で回すでしょう。  
 そこは私が口を挟める事ではないからわかりかねますが、救国防衛会議は、可能な限りご協力しますよ>  

 それじゃあ日本の総力を挙げてのバックアップがあるという事じゃないか。  
 おいおい、俺はそんな重大な任務を取り仕切るような人間じゃないぞ。  

「わかりました。微力を尽くします」  
<尽くしてください。少なくとも俸給に見合った額はね。  
 それでは一佐殿に代わります>  

 公務員としては信頼できるが、人間としては好きになれそうもない奴だな。  
 そんな事を思いつつ、佐藤は一佐に必要と思われる物資や支援を要請した。  


684  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:22:26  ID:???  

西暦2020年7月24日  10:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  
   
「申告します、情報本部の鈴山義男二等陸尉以下四名、ゴルシア駐屯地情報小隊に配属となります」  
「ここの駐屯地司令をやっている佐藤だ。機材は到着している、部屋を案内しよう」  
「よろしくお願いします」  

 ゴルシア駐屯地は、平和な田舎町に置かれた出張所から、日本の今後の方針を左右する鍵を握る前線基地へと変わっていた。  
 今までは定期便が滞らないだけマシ、という状態だった彼らだったが、今は違う。  
 本土から昼夜兼行でやってきた情報戦の専門家たち。  

「えーそれでは次に風呂場を案内しよう。  
 男女の使用時間はきちんと分けられている。本土の駐屯地と同じ感覚で利用せよ」  

 二曹が新入りたちを案内している。  
 迫撃砲に、無反動砲に。  

「おい!ゴムパッドが足りんぞ!どうなってる!」  

 戦車小隊。  

「エンジン止めろ!馬鹿野郎!排気ガスが直撃しているぞ!」  

 窓を開けて医官が怒鳴る。  
 ちょっとした病院並みの設備も作られる事になった。  



685  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:23:07  ID:???  

「しかし、かなりの戦力が集められているようですね」  

 施設科が総力を挙げて正門前の橋を補強している様子を眺めつつ、鈴山二尉は言った。  
 あの橋は相当に頑丈に作られていたらしいが、さすがに戦車小隊を支えるという苦行には耐えられなかった。  
 それでも、渡りきるまでは耐えたというのは素晴らしいが。  

「そうだな、今の我々は増強中隊というにはあまりに強力な戦力だ。  
 戦車を含む装甲車輌、それ以外の一通りの兵科が揃っている。  
 要請すれば、重砲以外のありとあらゆる支援も飛んでくるしな」  
「セメントも随分と来ているようですが、要塞化もするのですか?」  

 中庭に積み重ねられている物資を見つつ、鈴山二尉が尋ねる。  

「そうだよ、ここも国内と同じように、駐屯地と呼ばれる基地にするんだろうさ」  
「なるほど。しかしここに配属で本当に助かりました」  
「安全だからか?そうとも言い切れないかもしれないぞ」  
「いえ、自分たちは確かに任務とあれば野グソでもなんでもしますが、日常生活まで不衛生なのは勘弁ですからね」  
「ああ、他の駐屯地の連中は苦労しているそうだからな」  

 職業柄、この大陸に展開している部隊の苦労は耳に入るんだろうな。  
 心底安堵している様子の鈴山たちを見つつ、佐藤はそんな事を思った。  


686  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:24:17  ID:???  

「ついたぞ、お前さんらの新居だ。  
 敷金礼金はタダだが、風呂トイレは共同だ」  

 そこで佐藤は鈴山たちの方を向き、笑顔を浮かべた。  
 男が二人、女も二人、プラス鈴山か。  
 しかしこいつら、一晩徹夜で輸送されたぐらいで情けない表情を浮かべているな。  
   
「よろこべ、男女は別室で、なんとメイドさんがつく。  
 特別職国家公務員しか味わえない贅沢だ。しっかりと味わえ。  
 こちらから送っている地域情報は頭に入っているな?」  
「はっ」  
「ならば店開きは1300時までに終了させろ」  

 その言葉に鈴山二尉は不思議そうな表情を浮かべる。  

「お言葉ですが、自分たちは一時間もあれば準備を完成させられます」  
「1300時に偵察から定時通信が入る。  
 それまでに準備を完成し、食事を取り、脳を働くようにしておけ。  
 貴様らに限り、食事も風呂も、今日中は自由に出来るようにしておいた」  
「ありがたくあります!直ちに準備にかかります」  

 荷物に飛びつくようにして作業を始めた一同を満足そうに見ると、佐藤は自室へ向けて歩き出した。    
 大規模な兵力の増強、兵科の増加、物資の補給。  
 それらは全て、彼の決済を必要とする書類の増加を意味していた。  


687  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:25:39  ID:???  

 西暦2020年7月31日  22:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

 西暦2020年7月最終日になったその夜も、佐藤一尉は書類仕事に勤しんでいた。  
 机の上には書類が満ち溢れ、机の隣にも書類が満ち溢れ、ついでに彼のベッドの上も、書類で満ち溢れていた。  

「なあ二曹」  

 隣で同じく事務作業に勤しんでいる二曹に、佐藤は弱々しい声で語りかけた。  

「なんですか?」  
「人は・・・人は書類なしではわかりあえないのかな?  
 俺は、それって悲しい事だと思うんだ」  
「用がないなら話しかけないで下さい」  

 二曹は素っ気無く返すと、再び書類仕事へと戻った。  
 室内は、再び静かになった。  
 物を書く音、判子を押す音、書類をめくる音。  
 長い夜に、なりそうだな。  
 遠ざかる意識と戦いつつ、佐藤はそんな事を思った。  


688  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/15(日)  23:26:42  ID:???  

「三尉」  

 同じ頃、薄暗い森の中で一人の陸曹が尋ねていた。  
 佐藤の命令でグレザール帝国軍を追尾していた彼らは、この夜も気の休まらない生活を余儀なくされていた。  

「なんだ?」  

 昼は無言で突き進み、夜は周囲を監視しつつ休息を取る。  
 そのような生活を続けているにも関わらず、彼は少しも疲労していない様子で先を促した。  
 もちろん、その両目は夜間双眼鏡を駆使しての周辺監視を続けている。  

「どうやら連中の拠点が近いようですね」  

 陸曹の言葉通り、三尉の視界の中には日没後にも関わらず、前進を継続している敵軍の姿があった。    
 彼らの行動パターンは、基本的に日中のみ行動し、日没後は休息を取るというものだけだった。  
 それが、今晩に限り、日没後も松明を使いつつの前進を継続している。  
 今日に限っては急ぐべき何かがあるとしか考えられない。  
 全く警戒態勢を取っていないところから見て、追撃、もしくは監視されているという自覚は持っていないようだ。  
 だとすれば、陸曹の考察は正しい事になる。  
   
「確証が欲しいな、追尾をもう少し続行しよう。  
 それと、出迎えの部隊と食料を申請しろ」  
「了解しました」  

 結論から言うと、陸曹は正しかった。  





127  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:31:39  ID:???  

西暦2020年7月31日  23:13  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  森の中  

「港町ですね」  
「やはり連中の拠点か、貴様の言ったとおりだったな」  

 夜間双眼鏡の中では、大量の篝火が焚かれた城塞都市が広がっている。  
 海に面してはいるものの、あまりにも支配地域から離れすぎているために放置されていたこの街は、そこかしこにグレザール帝国の旗が翻っていた。  

「はい、三尉殿は現在偵察中でして。  
 間違いありません、ここは現在、グレザール帝国の占領下にあります。  
 そうです、ええ、わかりました、オワリ」  

 報告を行っていた別の陸曹が駆け寄る。  

「撤退の許可が出ました。  
 無用の戦闘を避け、原隊に復帰せよとの事です。  
 増援部隊は明日出発予定。途中からは車輌で帰還できるようです」  
「よろしい、装具をまとめろ。下がるぞ」  
「はっ」  

 彼らは道中と同じように、可能な限り素早く、そして出来る限り静かに移動を開始した。  
 死に物狂いで城塞都市へと移動している敵軍には、万が一にも見つかる事はありえないように思えた。  
 そしてそれは事実だった。  
 そう、グレザール帝国軍には、見つからなかったのだ。  


128  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:32:40  ID:???  

「嫌ですね」  

 先頭を歩いていた陸曹が小声で言った。  
 足早に城塞都市を離れる彼らは、驚くほどに静かだった。  
 枝を踏まず、草にぶつからず、装具を鳴らさず、どんな特殊部隊でも満足できる静寂を保ったまま、行動を続けていた。  
 もちろん、力を入れすぎたり転んだりして痕跡を残すような間抜けはいるわけがない。  
 だが、気がつけば彼らは、無数の敵意に晒されていた。  

「10、20か。嫌だな」  

 全く口を動かさずに、三尉が応じた。  
 歩く速度を変えずに、静かに小銃の安全装置を解除する。  

「敵意はすれども気配なし。嫌だ、嫌だな」  
「3カウント?」  
「限界まで撃つな。まだ街に近い」  

 周囲に目線を向けつつ、三尉は言った。  
 そして、彼は大空へと舞った。  


129  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:33:18  ID:???  

「三尉!!」  

 小銃を構えつつ陸曹が叫ぶ。  
 だが、彼が異変に気づいた頃には、後頭部を殴打されていた。  
 無論、静かにその場に倒れこむ。  

「三曹殿!」「狙って撃て!」「狙うって何処に!!うわぁ!」  

 慌てふためく陸士長に、若い一等陸士が答えようとした途端、彼も大空の住人になっていた。  

「畜生!」  

 見えない目標、やられる仲間。  
 残された彼らが発砲しない理由はなかった。  

PAPAPAPAPAN!!!  
     
 銃声とマズルフラッシュ。  
 急激に明るくなった森の中で彼らが見たのは、数十人の。  

「エルフだ!!!」  


130  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:33:53  ID:???  

西暦2020年8月1日  10:47  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「定時報告に応答がない?」  

 ようやくの事先月分の書類を始末し終えた佐藤は、浴場の中でその最悪な報告を聞いた。  

「おいおい待ってくれよ。三尉たちはアレでもレンジャーを多く入れた実戦経験豊富な連中だぞ・・・  
 それが全滅したっていうのか!」  

 慌てて立ち上がった彼だったが、二曹に容赦のない蹴りを受けてそのまま浴槽の中へと倒れこむ。  

「まだわかりませんが、何かが起きた事は確かです。  
 救援はヘリで出しますか?」  
「車輌だ。それと司令部に報告する。上がるから出ろ」  
「はっ、失礼します」  

 敬礼して立ち去る二曹を睨みつつ、佐藤は司令部に要請すべき事柄を脳内でまとめていた。  


131  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:34:51  ID:???  

「偵察行動中の友軍と通信が途絶えました。  
 こちらからの呼び出しにも応じません」  

 挨拶もそこそこに、佐藤は素直に現状を報告した。  
   
<それは厄介な話だな、どうする?>  
「我々は直ちに救援部隊を出します。  
 第三基地に航空偵察と救難ヘリの手配をお願いします」  
<わかった、直ぐに出ろ、オワリ>  

 極めて短いやりとりが交わされ、佐藤たちは移動を開始した。  
 偵察警戒車を先頭に、戦闘装甲車や装輪装甲車が次々と城を出陣する。  
 城壁のあちこちに増員された隊員が立ち並び、街は騒然となった。    


132  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:35:34  ID:???  

西暦2020年8月1日  10:50  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  森の中  

「三尉、起きてらっしゃいますか?」  

 足首を押さえて眠るという器用な姿勢の三尉に、陸曹が恐る恐る声をかけた。  

「なん、とかな。全員無事か?」  
「そのようです。数名が打撲を負っています。自分もです」  
「奇襲をかけて一人も殺さないとは、随分と甘い連中だな」  

 小声で二人は会話を続ける。  
 小さな洞窟の中に作られたらしいこの牢獄は、呆れるほどに頑丈そうな木の檻によって蓋をされていた。  

「敵は?」  
「少なくとも小隊規模以上、エルフですよ連中」  

 その言葉に、三尉の顔はドス黒くなる。  
 エルフ、卑劣な方法で部下を殺した害獣ども。  
 絶滅させねばならない人類の敵。  


133  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:36:51  ID:???  

「武器は?」  
「奪われました、通信機もです」  
「畜生め」  

 忌々しそうに三尉が呟いたところで、檻の方が賑やかになった。  

「なんだ?」  
「その、三尉殿」  
「?」  
「見ても、驚かないでくださいね」  
「エルフなんぞ見慣れているよ。ああ、生きているのは久しぶりかもしれんがね」  

 痛む足をかばいつつ立ち上がった彼は、檻の向こうに立っている人物を見て絶句した。  
 相手は、視線に困る格好をしていた。  



135  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:38:34  ID:???  

「陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯部隊第3普通科小隊指揮官の原田政義三等陸尉。以上」  
「他に言う事があるだろう!!」  

 三尉の絶句から約二時間が経過している。  
 今のところ、その間に交わされたやりとりは以上である。  
   
「貴様ぁ!我々を舐めているなぁ!」  
「別に」  

 実に二時間ぶりに、三尉は別の言葉を発した。  
 もちろん相手は激怒した。  

「き、きさまぁ!そのでかいだけの図体の上にある首を切り落とすぞ!!」  
「やれば?」  

 三尉はとうの昔に生存を諦めていた。  
 自分たちは、あのエルフに捕まってしまったのだ。  
 生還など、望むだけ無駄である。  


136  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:42:57  ID:???  

「チッ」  

 だが、相手はそれ以上挑発には乗らず、舌打ちをして椅子に座る。  
 ちなみに、三尉は周囲から剣を突きつけられて立っている。  
 そのような状況下でも、三尉は冷静に事態の把握に努めていた。  
 相手は目の前の女を入れて五人。  
 全員が武装しており、適度な間隔を保っている。  
 大暴れしたところで、誰かにブスリとやられておしまいだろう。  

「気味の悪い目で見るなっ!そのニヤニヤ笑いを止めろ!!」  

 周囲を探る三尉の視線に、目の前の女が怒鳴る。  
 年は、外見上は17か8、いい筋肉をしているな。  
 特にふくらはぎの締まり方が凄い。  
 相手の外見は、非常に見やすかった。  
 夏祭りの資料映像に出てくる、さらしを巻き、ふんどしをした若い男性を思い浮かべて欲しい。  
 その中身を金髪の若い女性にすれば、三尉の視界が容易に再現できる。  
 もちろんの事、エルフらしく素晴らしい美人である。  
 その美人でスタイルの良い女が、さらしとふんどしスタイルのまま軍曹語録を発している。  
 ニヤニヤしないわけがないだろう。と、三尉は内心で呟いた。  



138  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/10/18(水)  00:43:43  ID:???  

「陸上ナントカというご大層な名前はいい!  
 貴様らはグレザール帝国軍に決まっている!目的は何だ!また我々の仲間に手を出すつもりか!!」  
「隊長!こいつらの首を刎ねて、さらし者にしてやりましょう!」  
「シンディもルーシアも、こいつらに連れて行かれたんですよ!!」  

 周囲の女エルフどもが五月蝿いな。  
 しかし、連中と俺たちでは外見があまりにも違うだろうに、全くエルフの連中は愚かで困るな。  
 視界の端に、集められた装具がある。  
 装填されたままの小銃、少なくとも外見上は壊れていない通信機、無造作に置かれた手榴弾。  
 自爆テロも悪くはないが、通信機を送信したままにするか。  
   
「自爆てろ?なんだそれは!」  

 いかんいかん、口に出していたか。  

「答えろ!つーしんきとはなんだ!」  

 だまってりゃあわからんだろう。  
 しかし、考えを口に出してしまう癖は治さないとな。  

「答えなし!?じゃあなんだ!今喋ったのは魔女のバァさんか!?」  

 しかしマニアックなネタを知っているな。  
 ニヤけそうになる自分を必死に抑えつつ、三尉は目の保養を続けた。