198  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:40:30  ID:???  

西暦2020年4月14日  10:30  日本本土  在日米空軍三沢基地  

「ほう、ほう、ほう、さすがは米軍ですね」  

 眩く照らし出された半地下式の格納庫の中に、鈴木の感心したような声が響く。  
 今、彼は在日米軍の物資集積所の中にいた。  
 そこは、第二次朝鮮戦争にけりをつけるための兵器たちが、行き場もなく眠っている場所だった。  

「燃料気化爆弾、あるいはデイジーカッター、もちろん通常の爆弾もあります」  
「AC−130も?」  
「ええ、最新型の電子戦仕様もありますよ。  
 航空自衛隊が相手でも、10分は生き残る自信があるというあれです」  
「これは頼もしい。まあ、連中はレーダーなどという便利なものは使わないでしょうが」  

 共に歩いていた空軍士官が、愉快そうに笑い声を上げる。  

「それは嬉しい。ならばB−52と言えどもまだまだ出番はありそうですな」  
「ええ、もちろんですよ大尉」  

 一緒に大声を上げて笑いつつ、鈴木は内心で焦っていた。  
 米軍の連中、これほどまでに兵器を持ち込んでいたとは。  
 一刻も早く連中にこれらを使わせて、発言力を奪わなければならない。  
 できるだけ、血が流れないように。  


199  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:42:52  ID:???  

 在日米軍の存在は、救国防衛会議にとって恐ろしいものだった。  
 実戦経験が豊富な、二個師団一個飛行隊一個空母機動部隊が、国内にいるのだ。  
 しかも彼らには自衛隊の行動は筒抜けで、おまけに装備は自衛隊に勝っている。  
 幸いな事に今は一体感を持っているが、それとていつまでもとは限らない。  
 何しろ彼らは、あくまでも『日本に駐留しているアメリカ人』なのだから。  
 救国防衛会議は熟慮に熟慮を重ね、非情な決定をした。  
 それが、鈴木が今まさに実行しようとしている『血を流さずに、燃料弾薬を浪費させる』作戦である。  
 今回の『エルフ第三氏族に対する国際平和維持活動』は、合衆国軍を主体とした大部隊を動員するものだった。  
 その人員・燃料・弾薬・装備は大半が米軍のものであり、今回の作戦によって恐らく彼らはかなりの損害を被る事になる。  
 文字通りの意味ではなく、将来的な意味で。  
 それに気づかないほどアメリカ人は鈍い存在ではない。  
 しかし、既に日本からの援助なしでは数ヶ月と持たないところに来ている彼らに、拒否権などありはしなかった。  
 だがまぁ、いいか。  
 彼らはそう考えた。  
 何しろ合衆国本土は連絡がつかないどころではない、大陸ごと消えてしまったのだ。  
 恐らくは最後の文明国である日本と、対等に付き合っていくのは不可能である。  
 自衛隊は決して侮るべき存在ではないし、一億を超える国民を管理維持していくなど悪夢以外の何者でもない。  


200  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:45:00  ID:???  

 ならば。  
 ならば、我々は日本国の剣として、必要不可欠な存在として生きていくしかない。  
 彼らはそう判断したのだった。  
 それは祖国を諦めるという悲壮な判断ではあったが、この異常な世界では、至極まっとうな判断だった。  
 彼らには兵士も、武器も、施設を建造するための装備もあったが、それだけだった。  
 アラモの砦は作れても、彼らには物資や援軍を運んでくれる騎兵隊は、日本以外にはなかったのだ。  
 救国防衛会議は、在日米軍のうち、陸軍二個大隊、空軍一個中隊および海兵隊の艦艇に出動要請を行った。  
 在日米軍はこれを受け、直ちに該当する部隊に対して出動命令を下した。  
 極めて残念な事に、陸軍および海兵隊に関しては間に合わなかった。  
 彼らが移動を終えるまでに、四日という期限は過ぎてしまうからだ。  
 本土にいるほかの部隊も論外だった。  
 移動命令を下し、需品をかき集め、船舶に乗せ、現地に展開し、戦闘に突入するのには時間が足りなさ過ぎる。  
 たった一つを除いて。  
 陸上自衛隊第一空挺団は、速やかに戦闘態勢へと移行した。  
 弾薬に関しては第一基地より補給を受け、人員その他は輸送機のピストン運行によって全てを移動させた。  
 昼夜を問わずに行われたこの戦略機動は見事成功し、そしてエルフ第三氏族の命運は、今まさに尽きようとしていた。  


201  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:45:37  ID:???  

西暦2020年4月17日  04:30  ゴルソン大陸  聖なる森  エルフ第三氏族の村付近  

 薄暗い森の中で、無数の男たちが歩いている。  
 彼らは奇妙な模様の服を身に纏い、細長い何かを持っている。  
 全身には草木が括り付けられ、そして顔には黒い塗料を塗っている。  
 先頭には、緊張した表情のエルフが二人、案内をしている。  

「ここです、この先になります」  

 女性のエルフが立ち止まり、一同に目的地に到着した事を知らせた。  
 もう一人のエルフは弓矢を手に周囲を見回している。  

「バッドカルマよりスカイアイ、聞こえるか?」  

 一人の男が無線機に語りかける。  
 すぐさま応答が帰ってくる。  

<スカイアイ受信>  
「こちらは目標の南西にいる。始めてくれ」  
<了解>  

 短い交信が交わされ、そして作戦は開始された。  



203  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:47:27  ID:???  

 この作戦の目的は極めて簡単だった。  
 敵首脳部の抹殺、および継戦能力・意思の破壊。  
 具体的には、急遽本土より動員された第一空挺団および合衆国特殊部隊を使っての包囲殲滅。  
 そして、その前段階としての空軍機による空爆だった。  
 最後の地上部隊が配置についた事を確認したAWACSは、空中集合を終えて待機していた航空部隊に命令を下した。  

<スカイアイよりウォードック隊、作戦を開始せよ>  
<こちらウォードックリーダー、了解、作戦を開始する>  

 遥かな高空、この世界ではドラゴンすらそうそう上がってはこない高度で交信が交わされ、そして空に溶け込む色の何かが移動を開始した。  
 大陸に進出している航空自衛隊基地に間借りした合衆国空軍が、攻撃を開始したのである。  


204  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:49:31  ID:???  

<リーダーより各機、攻撃許可が出た。悪党を潰すぞ>  

 隊長機より命令が下され、四機の支援戦闘機は轟音を立てつつ進路を変更する。  
 高度計は、恐ろしい勢いで降下している事を知らせる。  
 速度計は、機体が加速を続けている事を知らせる。  
 燃料計は、まだまだ戦える事を知らせている。  
 眼下では森林地帯が終わり、美しい湖が広がっている。  

<投下用意>  

 対岸が見えてくる。  
 加速を切り、機体を水平に保つ。  
   
<スカイアイより地上部隊、航空部隊は爆撃行程に入った。警戒せよ>  
<バッドカルマ了解>  

 無線機から地上部隊と空中管制機の交信が流れる。  
 わざわざこちらに知らせてるのか?  
 心配せずとも完璧にこなして見せるさ。  


205  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:54:11  ID:???  

<目標を視認した、安全装置解除。爆撃を開始する>  

 対空砲火なし、レーダー警報もなし、空中管制機からの警報もなし。  
 静かなもんだ。  
 FCS異常なし、機体も快調、もちろん体調にも異常なし。  
 目標は次第に接近してくる。  
 我々は、それぞれに一機だけでも目標を壊滅できる数が搭載されている。  
 それが四機。  
 おそらく、地上部隊は戦果確認以外やることはないだろうな。  
 俺たちを本気にさせたお前らがいけないんだぞ。  


206  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:55:06  ID:???  

西暦2020年4月20日  04:35  ゴルソン大陸  聖なる森  エルフ第三氏族の村付近  
   
<投下!投下!>  

 無線機から爆撃に入ったことを知らせる声がする。  
 姿勢を低くした男たちの頭上から、駆け抜ける航空機の音、風を切って接近する何かの音が聞こえる。  
 航空機が飛び去り、遅れて黒い何かが素早く村の上空に接近した。  
 男たちは更に姿勢を低くし、そして木々の陰に体を隠した。  
 黒い何かは、航空機に比べればゆっくりと村の上空へ接近した。  
 その頭脳、頭脳というほど立派なものではないが、とにかくそれは、あらかじめ決められていた高度に達した事を知った。  
 普段は厳重にかけられている安全装置は、解除されていた。  
 それは、あらかじめ定められた回路へと電流を流した。  
 ハッチが開き、極めて可燃性の高い危険な物質が空気中に撒き散らされる。  
 まだ仕事の終わっていなかったそれは、規定の時間が過ぎた事を確認し、最後の回路を起動した。  


207  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:57:15  ID:???  

 空気が振るえ、そして空中に巨大な火炎が現れた。  
 それは、全ての人工物と木々、そして空を見上げていた第三氏族を粉砕した。  
 超高温の炎が現れ、全てを焼き尽くした。  
 その火力は、爆風に辛うじて耐えた木々を一瞬で炭化させるほどだった。  
 このとき村にいた第三氏族たちは、屋内外を問わずに絶命した。  
 爆風はまだ衰えず、物理法則にしたがって周辺へと広がった。  
 森の中で警戒に当たっていた者も、これで絶命した。  
 よくマスコミが報じる窒息などではない。  
 火炎で一瞬にして焼き尽くされるか、あるいは可燃物全てに引火して焼死するか、衝撃波で心肺を押しつぶされて即死するか。  
 とにかく何らかの死因で彼らは死んだ。  
 爆発から三十秒以内で死んだ第三氏族の数は、驚くべきことに500人に上った。  
 それは、当時この村にいた第三氏族のほぼ全てだった。  


209  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  21:59:09  ID:???  

<各部隊は所定の方針に従い、敵組織を殲滅せよ>  
<ウォードック隊は帰還せよ>  
<了解、これより帰還する>  
<東側は制圧した、現在のところ抵抗なし>  
<西側で火災発生中。現在位置で待機する>  
<北側にて数名射殺、抵抗なし>  
<南側に生存者は発見できない、前進を継続する>  
<静かなもんだ、爆撃で全滅したんじゃないか?>  
<西側の火災が酷いな、森へ燃焼する恐れはないか?>  
<わからんな、ナパームはあまり使用しないという話だが>  
<どうでもいいだろう、お、いたぞ、剣を持った男が三人・・・射殺した>  
<こっちもだ、四人、いや五人だな。消火活動をしているようだが、なんだありゃ>  
<どうした?>  
<仕組みはわからんが、手から水を出してる>  
<無駄口はやめろ。いいから撃て>  


210  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  22:00:13  ID:???  

 敵拠点の周囲に展開した部隊は、冷静に射撃を継続した。  
 突然の空爆に晒され、さらに周囲の森から銃弾が飛んでくるという事態に、敵は反応できるわけもなかった。  
 村は爆撃を受けて壊滅、その周囲は燃え盛る火炎が支配している。  
 なんとかそこから逃れようとしても、全周に展開した日米合同部隊がそれを許さない。  
 容赦なく銃弾を叩き込み、合同部隊は前進を続けた。  
 対するエルフ側は、なすすべがなかった。  
 燃料気化爆弾の集中攻撃という悪夢以外の何者でもないものを喰らい、仲間たちはいきなり消滅した。  
 命よりも大切な森は勢い良く燃え上がっており、そして消化しようにも何かが飛んできて残り少ない仲間たちは息絶えていく。  
 双方がにらみ合いを始めたところで仲裁に入ろうと考えていた他の氏族たちは、体の震えを押さえるので精一杯だった。  
 停戦に貢献して恩を売るどころの話ではない。  
 彼らは銃声が途絶えるまで必死に身を潜め、そして周囲が静かになったのを確認して惨状を目にした。  


211  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/12(火)  22:06:01  ID:???  

 何もかもが押しつぶされ、立ち上る煙以外に動くものがない旧第三氏族の村。  
 なぎ倒され、炭化した木だったもの。  
 青々とした葉を勢い良く燃え上がらせている木々。  
 あちこちに血を撒き散らし、動かない第三氏族たち。  
 それは、エルフにとっては紛れもなく地獄だった。  
   
<こちらシーゴブリン、消火部隊が降下を開始した。護衛せよ>  

 上空から二機の輸送ヘリコプターが降下してくる。  
 平地になった第三氏族の村上空でホバリングし、安全を確認して着陸する。  
 すぐさま扉が開かれ、東京消防庁と書かれた銀色の防火服を着た男たちが展開する。  
 無反動砲に似た何かを構え、消火活動を開始する。  
 もっとも、消火というより、炎の破壊といった表現が正しい。  
 彼らは圧縮空気によって勢いを手に入れた消火剤を発射したからである。  
 先ほどまで勢い良く燃え盛っていた木々は、それが青葉であった事も手伝って二十分ほどで鎮火した。  




446  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:03:37  ID:???  

西暦2020年4月24日  19:30  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  会議室  

「こんばんわシャーリーンさん」  
「こんばんわじゃないわよ」  

 会議室に入るなりにこやかに挨拶を送った鈴木に対して、シャーリーンの表情は険しかった。  
 無理もない。  
 多少焼く程度ならば目をつぶるという条件ではあったが、結果は多少どころではない。  
 第三氏族の村は、完全に消滅していた。  
 もちろんそれだけには留まらず、周辺に展開していたらしい無数の第三氏族と、彼らが隠れ家にしていた樹木も消滅していた。  


447  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:06:17  ID:???  

「ああ、その件ですな」  

 鈴木は申し訳なさそうな表情を浮かべて詫びた。  

「可能な限り周囲に損害を出さずに済ませるようにとしつこく言ってはあったのですが」  
「言ってはあったのですが?」  
「どうやら指揮官が損害を出そうとしないあまりにあのような小規模な攻撃となってしまいまして。  
 まったく、万が一にでも敵が逃げ出したらどうなっていたのやら」  
「ちょ、ちょっとまって!小規模?あれが!?」  

 先ほどまでの怒りを忘れて、シャーリーンは驚愕した。  
 伝説の火炎の王を呼び出したのか、それとも巨大な竜を飼育しているのか?  
 ニホン国の戦力と、それを使用する目的がどこにあるのか、会合では日夜議論が交わされているというのに。  
 目の前の男は、どうやら本心から『小規模な攻撃』が行われたと言っているらしい。  
 各国の大使と交渉する機会のある彼女には、それが本心から言われている事がはっきりとわかった。  
 だからこそ、これほどまでに驚愕している。  


448  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:07:40  ID:???  

「ええ、もちろんお怒りになられるのも無理はありません。  
 ですがご安心下さい、軍には二度とあのようなやるだけ無駄な攻撃はしないようにしっかりと言ってあります。  
 次に第三氏族やそれをかばう連中を発見した場合には」  

 そこで彼は言葉を切り、満面の笑みを浮かべた。  
 もっとも、それは魔王ですら裸足で逃げ出すような邪悪なものだったが。  
 それを至近距離で見るという不運に見舞われたシャーリーンをしっかりと見据え、彼は口を開いた。  

「我が軍が本気を出すとどのような事になるのか、しっかりとお見せしますよ」  

 シャーリーンは完全に怯えていた。  
 自分たちの同族は、とんでもないものに手を出してしまった事に、ようやく気づいたのだ。  

「え、ええ、わかったわ、第三氏族が何処にいるのか、早急に探し出すわ」  
「ご協力には心から感謝しますよ、シャーリーンさん。それと、可及的速やかに成果の方をお願いします」  
「わかったわ」  


449  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:11:59  ID:???  

西暦2020年5月1日  15:00  日本国  東京都千代田区外神田4−14−1  

 常時消されている巨大なディスプレイが鈍い音を立てて起動する。  
 フル稼働する原子力発電所のおかげで、最近では午後に限り送電が再開されていた。  
 町はある程度の活気を取り戻しており、駅前に限っていえば、食糧の配給が行われているためにむしろ活気に満ち溢れている。  
 食器を持った人々が、新たなニュースを見るために顔を上げる。  
 勇ましい音楽が流れ、日本国旗が映し出される。  

「日本政府広報!」  

 歓声と敬礼に見送られて基地から出動する車輌部隊、轟音を立てて飛び立つ航空部隊、そして、大空を舞う空中管制機が画面に映し出される。  
 画面は切り替わり、コックピットからの視点になる。  
 高速で駆け抜ける湖面、そして次第に大きくなる森。  
 遥か下を飛んでいる航空機の一団が、何かを落とした。  
 そのまま飛行機は画面の外へ、落下している何かにズーム。  
 それが黒い色をしているのがわかった瞬間、全てが光に満たされた。  
 遅れて聞こえる爆音、荒れ狂う炎、吹き飛ぶ何か。  
 カメラが明度を修正し終わった頃には、豊かな森林は赤黒い土によって作られたクレーターへと変わっていた。  


450  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:18:51  ID:???  

「救国防衛会議は、ゴルソン大陸にて続発していたテロ事件の首謀者をエルフ第三氏族と特定、自衛隊に対して制圧を命令した。  
 三軍は直ちに行動を開始、諸君らの生活を脅かしていたテロリスト集団は、その本拠地を完全に破壊された」  

 焼け野原で小銃を構えて警戒する自衛隊員、インパルスを駆使して消火活動に当たる消防隊員の姿が映る。  
 その隣には、怯えた表情のエルフたちがいる。  
 画面が切り替わり、破壊された村で取材に応じる民間人が現れた。  
 瓦礫に半分埋まっている愛犬の死体からカメラへ振り返り、怒りに燃える表情で口を開いた。  

「死んだエルフだけが良いエルフだ!!」  

 画面が会議場に切り替わり、無数のフラッシュに照らし出された統幕長が現れる。  

「救国防衛会議は今回の成功を受け、現地民との積極的な協力による治安回復行動を決定した。  
 本日ただいまを持って、我が国はエルフ第一氏族との共同作戦を開始する。  
 親愛なる日本国民諸君、敵はこれまでに数万の罪のない旧敵国軍人、友好国民を扇動し、死に至らしめた。  
 今出ていた民間人は、我々の用意した俳優ではない。  
 この瞬間にもゴルソン大陸各地で起きている、エルフ第三氏族の卑劣なテロ活動の被害者である」  


451  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:21:11  ID:???  

「これは民主主義への挑戦だ」  

 統幕長はマスコミ各社を眺めつつ言った。  

「我々は断固、退けるべきである。  
 エルフ第三氏族の破壊と混乱ではなく、我々日本国の民主主義が生み出す自由こそが、  
 この世界を未来永劫に支配するべきなのだ!」  

 居並ぶ幕僚や記者たちは、一斉に立ち上がると拍手した。  

「救国防衛会議議長は、大陸各地に点在するとされている第三氏族全拠点への総攻撃を発表した」  

 拍手する人々が遠景で映し出され、そして画面下に『引き続き情報を求める方は、http://kyu-koku.ne.jpへ』と表示が出る。  
 人々は歓声を上げると、すぐさま携帯端末からアクセスを開始した。  



453  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:23:49  ID:???  

西暦2020年5月3日  11:30  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地  

 日本の土木技術は、高い技術水準と優れた建設機器によってその能力を維持し続けていた。  
 21世紀初頭から大きな問題となっていた海外からの出稼ぎ組の増加も、管理技術の向上と洗練という方法でそれを長所へと変えていた。  
 そして今、陸上自衛隊施設科と合衆国海兵隊工兵大隊、民間からの有志の『機械化建設集団』の合作が、落成式を迎えようとしていた。  

「・・・というわけで、私、吉田一等陸佐はここに宣言します。  
 私はこの基地を使い、必ずや日本国の食糧難、経済危機を救ってみせる。  
 我々にはそれを可能とする武器と隊員たちがいる!  
 この放送をごらんの皆様!我々大陸派遣隊第三基地の今後に是非ともご期待下さい!」  

 拍手喝采、繰り返されるストロボの閃光。  
 満足げに頷いた吉田は、仮設演台を降り、取材陣を引き連れて昼食会場へと移動した。  
 大規模な鉱物資源と広大な耕作地帯。  
 これらが順調に製品化までこぎつけられれば、日本を取り巻く問題は、元の世界への帰還を除いて解決する。  
 マスコミ各社は、用語解説の軍事研究家やハンディハイビジョンカメラ、遠距離盗聴器と遜色のないボイスレコーダーなどを用意して基地司令への取材に当たった。  


454  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/23(土)  23:29:54  ID:???  

 同時刻、にぎやかな基地の雰囲気から逃げ出すように、車輌の縦列が移動を開始していた。  
 先頭を走るのは近代化改修モデルの87式偵察警戒車改三両、その後ろに同じく近代改修済みの82式指揮通信車。  
 続いて96式装輪装甲車や軽装甲機動車などがゾロゾロと続いている。  
 指揮通信車には、当然の事ながら佐藤が乗っていた。  

「ぼーくらはみんなーいーきているーいきーているからうたうんだー」  

 遺憾な事に、彼の精神状態は極めて遺憾なありさまとなっていた。  
 しかし、その傍らにいる三曹は、特に突っ込むような事はしなかった。  
 この部隊にいる全員が、同じ事を考えていたのだ。  
 どうして基地建設予定地防衛を果たしたのに、それに対する褒美が装甲車輌と新たな任地なのだ?  
 労働に関する法律や規則、慣習を全て無視したこの仕打ちに、彼らはやりきれないものを感じていた。  
 もっとも、労働基準法は自衛官には適応されないのだが。  


465  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  00:41:57  ID:???  

 車輌部隊の新たな任地は、連合王国の西の果てに存在する古城だった。  
 彼らには、そこで一国一城の主として、付近一帯の偵察活動と資源調査をサポートする任務が与えられたのだ。  
 この世界の騎士たちならば泣いて喜ぶであろう褒美だが、有事の際に生還の可能性が薄いこの遠隔地への配置は、佐藤たちにとって嬉しい物ではなかった。  
 何はともあれ車輌部隊は、周辺の地形や交通路建設予定地の選定などを行いつつ、新たな任地へと向かった。  
 途中、何度かモンスターとの遭遇戦が発生したが、装甲車輌と機関銃というこの世界では無敵の組み合わせは、それら全てを容易に粉砕した。  
 その日の夜、大休止や詳細な調査を行いつつも移動を続けた部隊は、目的地へと到着した。  
 適度に発展し、戦火にも晒されず、しかし駐留していた軍隊は、自衛隊との交戦を別の場所で行ったために存在しない城下町へと。  
 時刻は2031時、ライトを煌々と照らした車輌部隊は、無用のトラブルを避けるために、郊外に臨時の駐屯地を展開した。  
 トラックが必要最低限の荷物を降ろし、施設科が鉄条網を張り巡らせる。  
 周辺に人影は見当たらないにも関わらず、油断のない表情の普通科隊員たちが巡回を行う。  
 三両の偵察警戒車は、可能な限り死角を作らないようにして展開している。  
 急速を行う隊員たちにとってはあっという間の、警戒に当たる部隊にとっては長い夜が始まった。  


464  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  00:41:18  ID:???  

西暦2020年5月4日  07:30  ゴルソン大陸  旧連合王国西方辺境領  ゴルシアの街  

「こんにちわーこんにちわー世界のー国からー」  
「一尉、そろそろ機嫌を直してください」  

 縦列で大通りを進む車輌部隊の中で、古い歌を歌う佐藤に三曹が声をかけた。  
 彼らは、今後の拠点となる予定の城へと向かっていた。  
 航空偵察の結果では、城はこの車輌部隊を展開するのに十分な広さを持っており、さらにこの世界の軍隊相手に篭城するには最適の構造をしているらしい。  
 そして、情報本部の分析では、ここにいるはずの敵部隊は既に壊滅し、恐らくは基地を管理する中隊程度の敵しか存在しないという話である。  
 装甲車輌の持つ威圧感だけで開門は可能だろう。  
 誰もがそう考えていた。  
 何かが装甲にぶつかる音がする。  
 繰り返し、繰り返し、繰り返し。  

「なあ三曹」  
「なんですか一尉?」  
「威圧感だけでなんとかなるはずじゃなかったのか?」  
「なんとかならなかったんでしょうね。それよりも、どうしますか?」  

 モニターに映し出された城門を見る。  
 恐らく、機関砲を少しだけ撃てば、直ちに木材の欠片へと変わるであろうそれは、厳重に閉ざされていた。  


467  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  00:44:52  ID:???  

「撃ちますか?」  

 照準機を覗き込んでいる砲手が尋ねる。  
 現在の指揮通信車は、車内の管制装置から機関銃を発射可能となっていた。  
 それも、各車輌とのデータリンクや車載の各種探知装置と連動してのものがである。  
   
「まぁ待ってくれ、聞けば相手は女の子だそうじゃないか」  

 そう、今必死にこの装甲車に矢を放っているのは、恐らく17・8と思われる少女たちだったのである。  
 事の次第はこうである。  
 街へと進入した部隊に対し、数名の民間人が突然火の玉を放ちだした。  
 RPGによる攻撃と勘違いした砲手はこれを全力で排除。  
 いくつかの建物と一緒に数十人をなぎ払い、そして相手はそこで降伏した。  
 ところが、案内に従って到着した城門は閉ざされており、そして監視塔や城壁から矢が雨のように降り注いできたのである。  
 直ちに部隊は散開、攻撃に移ろうとした。  
 だが、照準機に現れたのは、今にも泣き出しそうな顔の少女だった。  
 砲手は当然ながら佐藤にそれを報告し、そして彼は慌てて射撃中止を命じた。  
 かくして時系列は現在に戻る。  

「拡声器は生きているな?」  
「大丈夫です。ですが、降伏勧告に敵が応じるかどうかわかりませんよ」  
「応じるさ。おい、橋を上げている部分を狙えるか?」  

 彼は今にも発砲を開始しそうな砲手に尋ねた。  


468  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  00:46:37  ID:???  

「もちろんです。ご命令とあれば今すぐにでもできますよ」  
「よろしい、他の車輌には反対側の鎖を狙わせろ。  
 軽装甲に突入準備、敵が降伏に応じなかった場合、速やかに城内へ突入、敵対勢力を抹殺せよと言っておけ」  
「しかし、相手は少女ですが」  
「武装した少女だ。つまりそれは敵軍だ」  

 彼は冷たい口調で言った。  

「なんだ?女の子には優しくしましょうとでも言うつもりか?  
 相手は優しくしてくれんぞ」  
「・・・申し訳ありませんでした」  
「認識を改めるんだ。  
 敵対するのならば、可愛らしい少女でも、ご老体でも、全て射殺する必要がある。  
 そうじゃなきゃ、こっちが殺される。  
 ここは、そういう戦場なんだ」  

 治安維持活動の中で、何名かの民間人の自爆テロと、それによる損害を目の当たりにしていた彼は、冷酷だが必要な認識を獲得していた。  
 モニターの中で、偵察警戒車が砲身を動かすのが見える。  
 二両が左側、もう一両が右側。  
 目標は、跳ね橋を引き上げている巨大な鎖の基部。  
     
「撃て」  

 佐藤は、冷たく、そして簡潔に命令を下した。  



469  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  00:51:44  ID:???  

 轟音、そのようにしか表現できない音が周囲を支配した。  
 三基の25mm機関砲と、一基の12.7mm機関銃が火を噴き、城門の左右の上に弾着の煙が舞い上がる。  
 硬い何かが破砕される音と炸裂音が鳴り響き、そして跳ね橋は勢い良く落下した。  
 砲声に比べれば随分控えめな音を立て、橋はあるべき場所に戻った。  
 射撃は中止され、砲身は城門へと移動した。  

「あーあー、こちらは日本国陸上自衛隊大陸派遣隊です」  

 突如として静寂が支配した戦場に、佐藤の声が響き渡った。  
 最大出力で拡声器が出すその声は、この世界の住人たちを恐怖させるには十分な威力を持っていた。  

「既に西方辺境領騎士団は全滅してます。  
 我々は、この城の正当な支配権を有しています。  
 無益な抵抗は止め、ただちに開門しなさい。  
 一分間の猶予を与えます。以後、一切の降伏は受け入れません。  
 ただちに降伏しなさい」  

 佐藤は拡声器を切り、三曹に一分を計らせた。  
 今のところ、敵に動きは無し。  
 頼むから降伏してくれよ。  
 城内での掃討戦の面倒さを思いつつ、彼は内心で呟いた。  



482  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  12:40:21  ID:???  

西暦2020年5月4日  07:31  ゴルソン大陸  旧連合王国西方辺境領  ゴルシアの街  

「なるほど、そうなるとあの城の中に街の人はいないんですね?」  
「はい、仰る通りでございます」  

 案内役の男が床にひれ伏したまま言う。  
 圧倒的過ぎる自衛隊の戦力に恐れをなしたのか、彼らは極めて従順な存在となっていた。  

「一尉、時間です」  
「よろしい、目標城門」  

 事務的な佐藤の命令により、三両の87式偵察警戒車は、その砲身を城門へと向けた。  
 城壁の上からは、少女たちのすすり泣きらしき声が探知されている。  

「撃て」  

 電波に乗った佐藤の命令が伝わると同時に、再び轟音が周囲を支配した。  
 機関砲からは、閃光、砲弾、轟音の順番で次々と砲弾が吐き出され、そして城門は十秒と持たずに木材の欠片へと変わった。  
 機関銃ならばまだしも、現代軍の軽装甲車輌を破壊するための機関砲が相手では、ただの木の城門などティッシュペーパー以下だった。  
 あっという間に城門は砕け散り、そしてその先にある中庭から悲鳴や絶叫が聞こえ始める。  
 城壁や監視塔から矢が飛んでくる。  
 勇敢な事だと苦笑しつつ、砲手は人間の反応がある場所に向けて重機関銃の制圧射撃を実施した。  
 赤外線熱探知機は、次々とオレンジが青に変わっていくことを知らせている。  


483  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  12:40:58  ID:???  

「ありゃあ城内に入ってくるのを待っているな」  
「でしょうね」  

 雄たけびを上げつつ城内から突撃してくるかと思いきや、相手は静寂を保ったままなんら反応を示さない。  

「こっちの油断を誘っているのか?」  
「少女たちのと甘い生活にニヤニヤしながら城門を潜ったら、魔法でドカンと?」  
「ありえん話ではない。向こうから見ればこっちは機甲師団なみの威圧感を持っているはずだからな。  
 おい、迫撃砲は使えるか?」  
「二個分隊がなんとか、それ以上は展開場所の関係から中庭には落とせません」  
「城に打ち込むのはまずいからな、よし、やらせろ」  


484  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  12:41:32  ID:???  

 再び電波に乗った命令が下され、軽装甲機動車に分乗した迫撃砲分隊が、中庭に向けて容赦のない砲撃を開始した。  
 動きのない自衛隊の一同に、街の住人たちは不思議そうな表情を浮かべた。  
 矢を持った少女相手にしり込みするほど情けない集団なのか?  
 だったら俺たちでも。  
 誰からともなく無謀な事を考え始める輩が出始め、そしてそれを、迫撃砲の発射音と直後に聞こえた炸裂音が威圧した。  
 曲射砲という概念すら存在しない世界の城壁に、迫撃砲弾を防ぐすべはなかった。  
 連続した爆発が発生し、城門から悲鳴が再び漏れてくる。  

「砲撃中止、突入だ」  
「了解」  

 砲撃が収まると同時に、三台の軽装甲機動車がエンジン音も高らかに前進を開始した。  
 崩落を恐れ、車間距離を開けつつ全力で橋を渡りきり、城門の残骸を乗り越えて中庭へと侵入する。  
 そこは、敵が銃火器を持っていない事を除けば、プチ硫黄島のような場所だった。  
 あちこちに迫撃砲のもたらした破壊の爪痕が残っており、迫撃砲弾や貫通してきた機関砲弾に殺傷された人体の残骸が散らばっていた。  
 恐れていた魔法や弓矢による抵抗はなし。  


485  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  12:45:18  ID:???  

「降車!降りろっ!!」  

 陸曹が怒鳴り、陸士たちが素直に応じる。  
 噴水だったらしい石材の残骸の向こうにある、巨大な扉が開く。  
 剣で武装した、現代風に言うならば美少女騎士団とでも言うのだろうか、とにかくそれが現れる。  

「撃ぇ!」  

 敵対行動を確認したこの小隊の三尉は、一瞬も躊躇せずに射撃を命令した。  
 第三基地から追い出されるようにここへと来た隊員たちは、フラストレーションの命じるままに引き金を絞った。  
 銃声が連鎖して聞こえ、そして敵兵たちは突撃を開始しようとした姿勢のまま壊滅した。  
 何人かは泣き喚きながら突撃できるという幸運を掴んだが、十歩と進まぬうちに小銃弾を浴びて倒れ伏す。  

「城内に突入する!指揮官を探せ!」  

 先陣を切って三尉が駆け出す。  
 どれが指揮官なのかはわからないが、とにかく部下たちは上官に従って前進を開始した。  
 開かれたままの扉を通過し、テレビゲームや映画に出てくるような豪華なホールに突入する。  
 だが、そこで彼らを待っていたのは、怯えきった使用人らしい人々、武器を捨て、ひれ伏している美少女騎士たちだけだった。  


486  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/24(日)  12:53:18  ID:???  

「三尉、佐藤一尉からです。無用な殺傷は弾薬の無駄だと」  
「・・・わかっていると伝えろ」  

 舌打ちを辛うじて抑える。  
 やっぱり俺の経歴は全部把握されているんだな。  
 彼は、全滅した大陸派遣隊第三基地西方第32警戒陣地の唯一の生存者だった。  
 全身の火傷と骨折、裂傷は、現役復帰までに数ヶ月が必要であると推定されていたが、異常なまでの治癒力と不屈の復讐心で、彼は現役に復帰していた。  
 だが、復帰後に民間人に対する異常なまでの警戒心と射殺件数が問題となり、佐藤の部隊へ配属されていた。  
 いつも疲れた表情を浮かべ、そして戦闘時以外はやる気のない様子ではあるが、この大陸に派遣されてから昇進を続けているあの一尉は、無能ではないらしい。  

「全員を中庭に集めろ、武器は全て捨てるんだ。  
 一人従わなければ、三人殺す。いいな?」  
「わっわかりました!直ぐに集めます!だから殺さないで下さい!!」  

 三尉の言葉に少女は大声で答えた。  
 その瞳にあるのは感謝と恐怖。  

「早くしろ!」  

 だが、三尉は満足げな表情を浮かべるどころか、怒鳴り声を上げた。  




545  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/25(月)  23:37:46  ID:???  

西暦2020年5月4日  07:54  ゴルソン大陸  旧連合王国西方辺境領  ゴルシアの街  

「まぁ結果オーライって奴だな」  

 続々と物資を下ろすトラックの群れを眺めつつ、佐藤一尉は呟いた。  
 恐怖政治は趣味ではないが、従わないものと不運な三名を射殺した後は、相手は非常に従順だった。  
 おかげで城内の制圧は順調に進み、今では中庭に物資の搬入すら始まっている。  

「通信を最優先で急がせているな?」  
「ご安心下さい、既にアンテナの構築が始まっています」  

 数名の案内人と共に、高所作業を始めている施設科が頭上に見える。  
 いやはや、任務とはいえあんな高い場所に登らされるのはごめんだな。  
 自分で命じておきながら、彼はそんな非情な事を思った。  


546  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/25(月)  23:39:21  ID:???  

「指揮所は?」  
「この城の前の持ち主が使用していた軍議の間を徴用しています。  
 既に設備の構築が始まっています」  
「よろしい、弾薬、燃料は?」  

 佐藤は満足そうに頷きつつ、再び尋ねた。  

「この城の宝物庫だった場所に。  
 もちろん抜け穴の存在については調査させています」  
「うむ、まあ食料は厨房を借りるとして、水は?」  

 完璧な回答に、彼は再び満足そうに頷いた。  
 そして、気になっていた事を尋ねた。  

「施設が浄水装置を用意していますが、杞憂ですね。  
 一尉殿もこの町は見られたでしょう?」  
「通過してきたんだから当たり前だ」  


547  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/25(月)  23:41:07  ID:???  

 車輌を大量に扱う陸上自衛隊にとって、この世界で最も苦しいといえる事。  
 それは、路上に捨てられた死体や残飯、汚物を踏みつけた車輪を清掃する事である。  
 戦闘部隊はまだいい。  
 そこについているのは、交戦の結果殺傷した敵兵であり、清掃するにしても納得が行く。  
 だが、佐藤たちのようにさしたる戦闘もなしに移動してきた部隊は違う。  
 そこにあるものは、路上にあるありとあらゆる汚物の集合体であり、保健所の職員が見れば、発狂した後に火炎放射機を持ち出すような物体だからだ。  
 しかし、この街にはそれがなかった。  
 城内だけならばまだしも、路上にも、周辺の街道にもなかった。  
 それどころか、驚くべきことに、街道には公衆便所と思われる建物すらあった。  
 街中も同様だ。  
 河川はさすがに汚染されていたが、それでも上流は綺麗なものだった。  
 この世界では王都ですら完備されていない上下水道設備が、ここにはあったのだ。  


548  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/25(月)  23:43:55  ID:???  

「どういう事だ?」  
「自分に言われても」  

 不思議そうに話し合う二人のところに、捕虜の代表と警務隊員がやってきた。  

「どうした?また反抗する者が出たのか?」  
「はっ!いいえ違います一尉殿、彼女が何か伝えたい事があるそうです」  
「構わん、話せ」  

 警務隊員に促された彼女は、命を助けてくれた礼を述べた。(狂気に満たされた三尉が全員射殺を命じる3秒前に、彼はそれを止めていた)  
   
「礼はいい、それでなんだ?」  
「はい、サトーイチイ様、お願いがございます」  
「命乞いや解放の要請ならば聞かんぞ」  
「いえ、私たちに清めの時間を下さい」  
「清め?」  

 不思議そうに尋ねた佐藤に、彼女は清めとは何かを答えた。  


549  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/25(月)  23:45:56  ID:???  

西暦2020年5月4日  08:30  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地    

「いやはや、驚いたねどうも」  
「ですが、非常に良い意味での驚きです」  

 生き返ったような表情の佐藤と三曹が、煌びやかな装飾の施された部屋でくつろいでいる。  
 どこから引っ張り出してきたのか、二人とも礼装をしている。  

「公衆衛生、というほど体系化はしていないが、そういった概念があること自体が不自然だとは思ったが」  
「まさか、それが宗教的な理由だったとは、驚きですね」  

 捕虜の代表が言った内容は、驚くべきものだった。  
 この一帯を治めていた領主は、この地域に何代も前から続く『女性は清潔を良しとする』という考えを持った宗教団体の教祖も勤めていたらしい。  
 その教えによると、女性とは生命を生み出し、男性を支え、国を富ます存在であり、一日に二回、入浴をしなければいけないらしい。  
 そして、その女性と共に暮らす男性も、一日の終わりには必ず入浴をし、女性を穢すようなことがあってはいけないとの事。  
 この時代の人間にとって、それは不便かつ不可解な教えだが、その教祖様は従わない者に対して容赦のない弾圧を行っていたそうだ。  
 同時に彼は、自分や自分の軍勢が町民ごときの汚物に穢されるという事が耐えられなかったらしい。  
 飲み水その他は上流の河からのみ取る事を許し、下流の河へ通じる下水道を建設させたらしい。  
 聞けば、ご苦労な事にダムまで作って生活用水の安全を確保したそうだ。  


550  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/25(月)  23:47:03  ID:???  

「しかし、その何とかという神様には感謝だな。おかげで飲み水にも伝染病にも心配はない」  

 集められた汚物は、時折なされるダムからの大規模放流によって、水洗便所のようにさらなる下流へと流す仕組みになっているそうだ。  
   
「この時代の人間から見れば、まさしく天才ですね」  
「そうだな、幸い、街の住人もこの生活を当たり前と考えているようだし、今後ともこの生活を続けてもらおうじゃないか」  

 実にありがたいことだった。  
 一部の元傭兵の志願者とモザンビークPKO帰りの幹部たちは、口を揃えて『ほんとここはソマリア以下だぜ!』と事あるごとに叫んでいた。  
 それほどまでにこの世界の衛生状態は劣悪だった。  
 あちこちに中隊単位で展開している日米合同部隊は、全ての部隊が街の付近に駐屯地を建設していた。  
 例え目の前に空き城があったとしても、彼らは断固として街中に足を踏み入れる事を拒んだのである。  
 それを考えると、佐藤たちの環境は恵まれているにも程があった。  
     
「綺麗な水、美味い空気、そして食い物・・・は、今日も戦闘糧食かよ」  
「一尉殿、そんな事を言ったのがバレたら、明日からフケ飯ですよ?」  
「そんな事とは一体何かね三曹?貴様、畏れ多くも糧食班長殿がお作りになられた食事にケチを付ける気か?」  
「では、私はもう一度城内の見回りを行ってきます。  
 防御計画の立案、忘れずにしておいて下さい。では」  

 顔面蒼白になって責任転嫁を始めた佐藤を無視し、三曹はぞんざいな敬礼と冷たい言葉を残して指揮所を出て行った。  
 残された佐藤は、五秒ほど中庭だけ書き込まれた図面を眺めた。  
 きっちり五秒後、彼は無線で一個分隊を呼び出した。  
     
「お呼びでしょうか?」  

 彼は部下たちに城内の詳細な見取り図を、捕虜にも手伝わせて製作する事を命じると、睡眠を取ろうと隣室で横になった。  



566  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/26(火)  22:38:12  ID:???  

西暦2020年5月4日  10:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「しかし、上官殿に対してそれは」  
「黙れ陸士長、私も貴様の上官だぞ」  
「なるほど、上官殿の命令じゃあしょうがありませんな。一尉、恨まないで下さいよ」  

 ボソボソと聞こえる会話をなんとなく聞いていた俺は、全力でソファーから逃れた。  
 直後に俺がいた場所に襲い掛かる書類・書類・書類。  
 重さにして二キロはあるだろうか。  
   
「いくらなんでも、冗談の域を超えているぞ。覚悟は出来ているんだろうな三曹」  
「私の二曹への昇進の辞令もその中にありましたよ一尉」  
「昇進おめでとうよ二曹っ!君の今後の活躍に日本国は期待しているよっ!さぁ仕事を始めようかな〜」  

 能面のような無表情の二曹から顔を背けるようにして、佐藤は朗らかに言った。  
 だが、その声音と手が震えている事を、誰もが確認していた。  
 まぁ無理もないな。  
 と、部下たちを廊下へ出しつつ、陸士長はそう内心で呟いた。  
 悪いのは、あんたですよ一等陸尉殿。  
 彼は再び内心で呟き、自身も退出すると扉を閉じた。  


567  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/26(火)  22:39:39  ID:???  

 それから一ヶ月、時間は平穏に過ぎていった。  
 大陸各地に展開した日米合同部隊は、いくつかの掃討戦で第三氏族に対して多大な出血を強いた。  
 まだまだ本土には展開可能な部隊が残っている日本側に対して、もう後のない第三氏族は、次第にその影響力と同族を失いつつあった。  
 日本から露骨な脅迫を受けている第一氏族は、治安関係者の誰もが満足する成果を上げていた。  
 加えて、元連合王国の官僚団を統治下に置いた日本の方針が、第三氏族の希望を打ち砕いた。  
 共産ゲリラよろしく農村地帯に撤退した第三氏族を待っていたのは、年貢の大幅な削減のために希望に沸いた農民たちだった。  
 都市近郊ならばまだしも、遠く離れた田舎までコストとマンパワーを割いて回収に行く余裕は、日本にはなかったのだ。  
 集めても腐らせるだけの年貢は必要ない。  
 極めて健全な発想により、農民たちの生活環境は向上した。  
 年貢の削減に喜ぶ農民たちに、それでも旧体制の復活と現政権の打倒を説いた第三氏族たちは、次々と通報を受けた特殊部隊に殺害されていった。  
 治安の回復を受け、日本はさらに中隊単位での駐屯地を三つ追加した。  
 もはや、この大陸は日本の物だった。  



568  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/26(火)  22:40:44  ID:???  

 橋を架け、道を作り、鉄道の建設まで始めた日本は、景気が次第に回復し始めていた。  
 他国との交易が消えた事は痛かったが、大規模な国土開発という内需が無制限に膨れだしたのだ。  
 建設会社はこぞって大陸に支社を立て、国から受注したインフラ構築を推し進めた。  
 西暦2020年7月11日、その時点で、日本は国家の維持に必要な鉱物資源の大半を、採取するか発見するかしていた。  
 もちろん、モンスターや険しい自然環境、大規模な盗賊団に変わった連合王国残党など、厄介な問題がないわけではない。  
 しかし、科学技術の発達は、それらの障害を押しつぶして大陸各地に日本の拠点を創りあげていった。  
 とはいえもちろん、一ヶ月やそこらでインフラが完成する訳がない。  
 特に、コストの面で無駄と判断される場所の開発は、遅れる遅れない以前に放置されている。  
 何しろ、日本国には科学技術はあっても、余裕がないのだ。  
 ここ、佐藤一等陸尉が治めるゴルシアの街もそうだった。  
 そこには周辺山系の恩恵で温泉があった。  
 街中は清潔に保たれ、新たな支配者に喜んで従う人々がいた。  
 食料も種類、量ともに生活には問題ないほど採れ、付近の湖からは淡水魚も手に入る。  
 木材資源もある程度手に入るし、山系のこちら側からならば鉱物資源すら手に入るかもしれない。  
 この街は、楽園だった。  
 だが、本土から見るとここは遠すぎた。  
 遠すぎる上に、山を日本側に一つ越えれば、そこには政府が全力を上げて開発している資源地帯があるのだ。  
 かくして、将来に備えて完璧な舗装道路が建設されたこと以外、この街は放置されていた。  


569  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/26(火)  22:41:41  ID:???  

西暦2020年7月14日  10:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「佐藤一尉」  
「なんだ?」  
「平和ですね」  
「平和だな」  

 駐屯地が置かれている城のバルコニーから、佐藤と二曹は街を見ていた。  
 新たな支配者の住まう街。  
 そこは清潔で、安全で、食料も仕事もある。  
 人が集まるのは必然だった。  
 とはいえ、その清潔さを保つための行動はなされており、無秩序な人口増加はなかった。  
 何しろ、自衛隊の黙認を受けた教団関係者は、難民だろうが旅人だろうが関係なしに、不潔な人間に対して入浴するか退去するかを迫ったのだ。  
 必然的に、新たに住み着いた人々は、嫌でも清潔にせざるを得なかった。  
 まあ、綺麗な水も温泉も豊富にあるこの街では、その日の食事に困る者でも身奇麗でいられるのだから、これは無理な話ではない。  
 農民ですら、街に来る時には粗末であっても清潔な服を着ているのである。  
 平和で、豊かな生活。  
 それは、自衛隊員たちの精神を弛緩させるには十分だった。  
 だからこそ、本土から放置されているような生活であっても、彼らは荒まずに暮らせていた。  


570  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/26(火)  22:42:15  ID:???  

「きたぞー!定期便だ!」  

 監視塔から叫び声が聞こえる。  
 定期便とは、本土からの物資の補給の事である。  
 隊員たちは、その声に歓声で答えつつ、城から飛び出した。  
 見れば、大通りを軽装甲機動車に護衛された二台のトラックがやってくる姿が見える。  
 輸送隊は、そのまま鉄板その他で補強された橋を渡り、中庭へと進入する。  

「お疲れさん」  

 いつの間にか先頭に立っていた佐藤が、笑顔で出迎える。  
 フケ一つない佐藤たちとは対照的に、埃まみれの三尉が車内から現れ、敬礼する。  

「報告します!第41次輸送小隊、無事到着しましたっ!」  
「確認した。目録を見せてくれ」  
「はっ!こちらになりますっ!」  

 妙に元気の良い三尉は、素早く目録を取り出した。  
 ご苦労、と言いつつ目録を受け取った佐藤は、素早くその中身を確認した。  
 食料、水、医薬品、娯楽品、嗜好品、私物、被服、消耗品、各種電子機器や武装の保守パーツ、そして弾薬、弾薬、弾薬、弾薬、弾薬、弾薬。  

「なんだこれは?」  
「はっ!自分を始めとする第41輸送小隊は、このままゴルシア駐屯地に配属となります!  
 以後、よろしくお願いいたします!」  

 いつの間にやら整列していた、妙に平均年齢の低い小隊員たちは、元気良く敬礼した。  


571  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/26(火)  22:43:54  ID:???  

「定期便はわかる、弾薬もありがたい。  
 だが、どうして増援が来る?  
 しかも、車輌三台に一個小隊だ。あいつら、輸送部隊といいながら、全員が普通科だそうじゃないか」  
「何か、大規模な作戦が予定されているのでしょうか?」  
「あるいは、厄介払いか?」  

 中庭で黙々と訓練を続ける小隊を見つつ、佐藤は憂鬱そうに呟いた。  
 誰もが弛み、油断する中で、あの悲劇的な経験を持つ三尉とその部下たちだけは臨戦態勢にあった。  
 聞けば、全員がこの世界に来て同僚を失っているらしい。  
 それに加えて今度は新兵の集団。  
 訓練で最高成績を収めたために、今期の代表としてこの駐屯地に配属となったらしいが、どうにも嫌な感じがする。  
 この世界に来て以来戦闘を続けるベテラン。  
 復讐心を隠そうともしない戦争狂。  
 同期の代表の即席新兵。  
 そんな連中を集めて、上は何を期待している?  
 休暇のようなこの配置、生前贈与のように景気良く与えられた弾薬。  
 嫌だな、本土から遠く離れたここで、何かが起ころうとしている。  
 主人公は、また俺か。  
 佐藤は、暗い表情を浮かべた。  


581  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/28(木)  00:04:59  ID:???  

 ここで時系列は遡る。  
 ところで諸君は、サラリーマンのサラリーとは何を意味する言葉か知っているだろうか?  
 サラリーマンの『サラリー』は、古代ローマ時代に兵士たちに与えられた塩を意味するラテン語『サラリウム』に由来している。  
 その『サラリウム』はラテン語で塩を意味する『サール』に由来し、『サール』は塩を意味する英語『ソルト』の語源ともなっている。  
 まあそれはどうでもいいのだが、とにかく物流が現代のように出来上がっていない古代では、塩はただの天然調味料ではなく、大変に貴重な物だった。  
 そしてそれは、この世界でも同様だった。  
 限られた一部の食料を除き、ほとんどの物を自給できない日本でも、さすがに塩は貴重品とはならなかった。  
 新大陸の住人を、奴隷とするか労働者とするかで悩んでいた経済産業省の人々は、その事実に目を付けた。  
 試しにと、塩を代金に穀倉地帯開墾を試みたところ、そこには驚くべき数の人々が殺到した。  
 人々は、粗末な食事と取りあえずの寝床を用意され、一週間の労働を行った。  
 一週間後、人々は事前に聞かされていた量の塩を全員が渡されるという現実を目のあたりにした。  
 彼らは、勢い良く立ち上がると、募集事務所へと詰め掛けた。  
 武装した自衛官に護衛されているにもかかわらず、完全に怯えきった担当者は、何用かと尋ねた。  
 人々は言った。  

「次の仕事はいつですか?」  

 日本が急速にその勢力を大陸各地に伸ばせたのは、決して科学技術と自衛隊のおかげだけではなかった。  
 もちろん、その後に塩が専売制に戻された事は言うまでもない。  
 救国防衛会議政権下で、日本製の塩はこの世界の最高級品として、その他様々な輸出品とともに、日本国民を潤していく事となる。  
   


582  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/28(木)  00:06:03  ID:???  

西暦2020年7月15日  21:25  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「問題が起きました」  

 自室で睡眠に入ろうとしていた佐藤のところに、あの復讐心に燃える三尉がやってきた。  

「なんだ?さっき交代したばかりだろうが」  

 憂鬱そうに文句を言いつつ、それでも彼は起き上がり、装具を整えた。  

「城内に侵入者です。人数は合計四人」  
「合計?二派にでも別れてるのか?」  
「はい、全員が女性のようです」  

 四人の女性?  
 夜這いだったら大歓迎だが、恐らく違うのだろうな。  
 彼の分の小銃も担いだ二曹が入室してくるのを見つつ、彼は思考を切り替えた。  


583  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/28(木)  00:06:54  ID:???  

「被害は?」  
「警戒に当たっていた一士、あの新入り小隊の若い奴が二人、気絶させられ、縛られておりました」  
「何か気づいた点は?」  
「気がついたら縛られていたそうです」  

 あまりにも使えない答えに、佐藤はため息を漏らした。  
 きちんと発見し、誰何するか静かに報告するかしてくれれば問題はなかったのに。  
   
「相手は凄腕って事か」  
「射殺させますか?」  
「まだだ、ただの凄腕盗賊か、それとも何らかの任務を持っているのか、それが知りたい」  
「お言葉ですが、被害が出てからでは遅いと思われます」  

 三尉は執拗に食い下がった。  
 まあ、復讐心からだけではないだろう。  
 弾薬庫や燃料倉庫に火を放たれれば、こんな城、たちまち燃え尽きてしまう。  


584  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/28(木)  00:07:32  ID:???  

「いい訓練になるじゃないか、むろん、妙な素振りがあったら射殺してよろしい」  
「了解しました。巡回は四人で?」  
「そうだ、それと指揮所前に一個分隊を集合させろ」  
「了解しました」  

 自衛隊員たちは、可能な限り素早く、そして傍目にはのんびりと戦闘準備を整えた。  
 監視塔からの報告では、今のところ相手に気取られてはいないらしい。  
 さて。  
 指揮所の中で、報告を受けつつ佐藤は呟いた。  
 歩哨を静かに無力化し、縛りつけ、人目につかないところに隠しておきながら、傷一つ付けないというこの紳士的な連中は、何が目的だ?  
 今のところ、被害の報告も銃声も耳に入ってはいない。  
 敵の目的はなんだ?  
 詳細に作られた城内の見取り図は、定期的に入る報告を書き込む部下たちの手によって、敵が弾薬庫と食料庫に近づいている事を教えていた。  


585  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/28(木)  00:10:54  ID:???  

西暦2020年7月15日  21:27  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  
   
<姐さん、ちょっと待って>  
<あんたの発音は気に食わないねぇ>  

 盗聴器から入ってくる声は、弾薬庫に近づきつつある相手が、30代前半と、20代前半の女性であろう事を知らせていた。  
 弾薬庫の前には、武装し、耳にイヤホンを当てた歩哨が二人、装填して安全装置を掛けた小銃を持って立っている。  
 その向かいの部屋には、暗視装置をつけ、いつでも通路に出れる状態の三尉たちがいた。  

「三尉、やりますか?」  
「まあ待て、連中の目的を調べよとの命令だ」  
「了解」  

 押し殺した声で彼らはやり取りを交わし、そして再び息を潜めた。  


586  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/28(木)  00:11:30  ID:???  

<・・・っていうし、きっと宝物庫にはお宝があるに違いないさ>  
<でも、帝国軍は凄い強いっていうし、大丈夫なの?>  
<あんた、さっきの事をもう忘れたのかい?  
 前にここにいた西方辺境領騎士団の方がよほど気合が入っていたじゃないさ。  
 なんだいあのビクビクしたボウヤたちは。まるで盗賊になりたてのひよっこじゃないさね>  

 盗聴器から聞こえてくる会話に、三尉たちは笑いを噛み殺した。  
 確かに、本土から来たばかりのあの新兵たちは、彼らから見ればひよっこもいいところだった。  
 ベテランの醸し出す迫力に圧倒され、三尉たちの殺気からは逃げ回り、やや情緒不安定気味なところすらあった。  
   
<そーら、見張りだ。二人、準備はいいね?>  
<行けます>  
「安全装置外せ、一気に仕留めるぞ」  

 三尉たちは小銃を構え、ドアを開ける準備をした。  
 中庭から一斉に銃声が響きだしたのは、まさにその瞬間だった。