942  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  14:37:26  ID:???  

西暦2020年3月10日  21:40  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第二基地  

 それから一週間をかけ、第一駐屯地はその全てをこの石油採掘拠点へと移動させた。  
 ダークエルフたちも、民間人たちも異論はなかった。  
 住み慣れた土地を捨てるのは悲しかったが、佐藤たちがそのまま採掘拠点に駐屯する事になったため、生存のために移住を決意したのだ。  
 あちこちにドワーフが製作した水晶球が設置されたその拠点は、それ以後一度も奇襲を受けることはなかった。  
   
「周辺に異常はありません」  
「地上レーダーと装甲車輌の巡回、精霊石だったか?とにかくそれらを駆使して監視しているんだ、異常があってたまるか」  

 綺麗に積み重ねられた書類の山と格闘しつつ、佐藤は忌々しそうに答えた。  
 ちなみに、その高さはおよそ2m。  
 一体どれほどの枚数なのか考えたくもない。  

「だいたい、前任者は何をやっていたんだ!こんなに書類を溜めやがって」  
「前任者もその前の方も殉職されております。  
 生前は度重なる襲撃のために書類整理どころではなかったようです」  
「知ってるよ、言ってみただけだ」  

 冷静に返してくる三曹に答えつつ、彼は書類仕事を続けた。  
 畜生、折角第二基地の司令官代行になったというのに、これじゃあただの事務員と違わないじゃないか!  
 ここ三日間ほどひたすらに書類仕事をしている彼のストレスは、限界に達しようとしていた。  
 一度も停止せずに動き続けているPCの傍らに座った備品の精霊も疲れた表情を浮かべている。  
 ちなみに、小銃などの火器だけではなく、電子機器や冷暖房設備にすら精霊が宿っている事がわかったのはここ数日のことだった。  
 第一基地の知り合いにそれとなく尋ねたところ、可哀想な者を見る目をされた事から考えると、自分たちだけに起こっている現象らしい。  
 ただでさえ上層部に嫌われているらしいのに、同期たちに狂ったとまで思われたのでは、俺の人生はおしまいだな。  


943  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  14:39:03  ID:???  

「それで一尉」  
「なんだ?」  

 キーボードを叩く手を止めて、佐藤は三曹を見た。  

「この間の戦争の前に起きた同時多発襲撃ですが、やはりエルフが絡んでいたようです」  
「エルフが?連中とは手打ちは済んでいるだろう」  
「今来た情報によると、どうやら第三氏族が派手に動いているそうで」  

 そこまで言うと、三曹はFAXで送られてきたばかりの書類を手渡した。  
 二日に一度、大陸派遣隊の幹部宛に送られている国内情勢をまとめた報告書である。  
 見ると、連合王国残党と交戦を行い、そこで捕らえた捕虜から得られた情報らしい。  
 同時多発襲撃は第三氏族からの強い要請によるもので、そこで発生した損害が、首都の早期占領の遠因らしい。  
 さらに、定期的に勃発する敵の組織的抵抗は、やはり第三氏族の手引きが合ったらしい。  
 具体的にはこの世界で最も権威のある『精霊教』、エルフの教えを唯一のルールとする宗教団体が徹底抗戦を唱えているらしい。  

「やっかいじゃないか、ええ?俺たちは自動小銃の前に鎌や鍬を持って飛び出してくる狂信者相手に戦争しなきゃいかんのか」  
「実に厄介です。ドワーフやダークエルフがこちらについているのが唯一の慰めですが」  
「まあ、連中の戦争指揮はお粗末の一言だから、それも慰めにはなるわな」  

 延々と続いてきた同族殺しの歴史は伊達ではなく、装備だけは一流と称される自衛隊ですら、この世界では全知全能の集団だった。  
 もとより技術力の違いというアドバンテージはあるが、それ以外の面でも自衛隊はこの世界を圧倒していた。  
 戦略・作戦・戦術といった概念や、情報を要素の一つとして考える事などである。  

「国内では普通科の大増員を行い、とにかく頭数だけでも揃えようとしているみたいですね」  
「ありがたい事だが、物資の方は大丈夫なのかね?」  
「それは自分が考える事ではありませんが、どうやらそれにも案があるようですね」  


944  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  14:43:46  ID:???  

 石油と食料に関しては、それなりに目処が立つようになっていた日本だったが、もちろんその二つだけでなんとかなるわけがない。  
 そこで救国防衛会議は、旧連合王国領内の死火山付近に食料と鉱物資源獲得のための新拠点を建設していた。  
 これは陸空の軍事基地に加え、肥沃な大地に広がる農場、周辺の山系に設置した鉱山などをまとめて作り、防衛の手間を省こうというものだった。  
 第一基地は漁業の拠点、そしてこの大陸の中枢として。  
 第二基地は石油採掘拠点、そして資源探査の拠点として。  
 新設予定の第三基地は、鉱物資源および農業の拠点とする。  
 それなりに筋が通ったプランではある。  
 一つ一つの拠点を巨大化させることにより、インフラの最低限の建設、戦力の集中の達成など、物事の原則に合致している。  
 このプランに問題があるとすれば、それはこの世界には人間の尺度では測りかねない神秘が実在していたという事だろう。  
 第三基地建設部隊が大規模な損害を受けたのは、翌朝の事だった。  



947  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  14:51:58  ID:???  

西暦2020年3月11日  11:00  日本本土  防衛省  救国防衛会議  

「とにかく対空部隊の展開を急がないと!」  
「いや、それよりも空自の進出を!」  
「時間がかかりすぎる!まずは民間人の避難から始めないと!!」  
「海まで誘引し、我々海自の」  
「「これは大陸上での問題だ!!」」  

 ここぞとばかりに発言した海自幹部に、陸自と空自の幹部が目の色を変えて反論する。  
 将来的には全てのシーレーンを護る事になる海自は、未来の肥大化が既に決定されていた。  
 大陸の情勢が落ち着けば全てを持っていかれる事がわかっている陸自と、恐らく現状維持で終わってしまう空自の反発は当然だった。  
 点数を稼げる今こそ、出来うる限りの戦果を上げておく必要がある。  
 陸空の幹部の頭の中にあるのはそれだった。  
 もちろん、数百キロも敵を誘引するなどという事が不可能であるという事もある。  
 という状況はさておき、救国防衛会議は混乱していた。  
 敵の襲撃と損害はいつもの事だったが、今回の出来事はそれでは済まされない。  
 何しろ、第三基地建設が遅延すれば、それは将来の食糧危機に直結するのだ。  
 おまけに護衛の部隊が壊滅した事により、現地にはJAに無理を言って出させた第一次、第二次調査団が取り残されている。  
 これが壊滅するようなことになれば、食料危機だけではなく、救国防衛会議のメンツは丸つぶれになる。  


948  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  14:57:55  ID:???  

「で、敵は結局なんなんだ?」  

 疲れた表情の統幕長が尋ねる。  
 ここの所国内情勢の安定に全力を注いでいた彼は、疲れていた。  
 敵軍に対しては命令を下し、責任と名誉を引き受ければいいだけの彼だったが、国内の場合には、北海道から沖縄までを行脚する必要があるからだ。  

「巨大な飛翔生物、簡単に言えば、ドラゴンです」  
「どらごん?我が自衛隊は巨大なトカゲにも勝てんのか?」  
「自衛隊員たちは精一杯やっております」  

 不思議そうに尋ねた統幕長に、陸将が悔しそうな表情を浮かべて答えた。  

「時速数百キロで飛び回り、炎を吐き、さらに数百体もいるトカゲです。  
 私の部下たちは、全滅と引き換えに十数体を撃退しています!」  
「みなさん落ち着いて」  

 陸将がヒートアップしかけたところで、鈴木が口を挟んだ。  

「もちろん自衛隊が本気を出せば、陸海空どこでも敵を撃退できる事はわかりきっています。  
 大切なのは、今、取り残されている民間人をどうするのか?  
 そして計画の遅延をどうするのかですよね?」  


949  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  15:07:29  ID:???  

 鈴木の一言は、怒鳴り声よりもよほど全員の頭に響いた。  
 壊滅した自衛隊、その横で震える民間人たち。  
 だが、彼らを働かせねば、日本が危機に晒される。  

「そうだったな。  
 現地から何か情報は入っていないのか?」  
「情報本部では未だ、現地での組織的活動を開始出来ておりません。  
 が、今回の件に関しては民間伝承なども含めて直ちに調査を開始します」  
「陸上自衛隊としては、本土に展開している対空部隊を直ちに現地に派遣したいと考えております。  
 その際には」  
「わかっております。海上自衛隊は一部輸送業務を停止してでも最優先でそれを送り届けます」  
「国土交通省としては、民間船舶の徴用に応じる事が可能ですよ」  
「協力に感謝します」  

 次々と活動方針が示される中、空将だけが沈黙を守っていた。  
 もちろん手がないのではなく、どの手を打とうかと考えているのだ。  

「滑走路の構築を急がせる事は可能ですか?」  

 唐突に彼は口を開き、国土交通省の男に尋ねた。  

「できます」  

 回答を聞いた彼は、思考をまとめ、口を開いた。  

「百里の航空隊から一個中隊を派遣します。  
 もちろんペトリオット部隊も。  
 陸自さんの高射部隊と共同で、防空網の構築を急がせます」  

 方針は即決され、防空網完成までに現地を支える護衛の選定が始まった。  
 まあ、その答は決まっていたのだが。    




953  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  16:51:03  ID:???  

西暦2020年3月19日  10:00  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地建設予定地  第一基地から300km  

「俺、除隊して親父の会社を継ごうと思ってるんだ」  
「なに死亡フラグ立ててるんですか?」  

 寂しそうに呟いた佐藤に、三曹が冷たく突っ込んだ。  
 彼らは今、本土どころか第二基地からですら遠くはなれた場所にいた。  
 大陸派遣隊第三基地建設予定地。  
 焼け焦げた残骸と、物陰に隠れる民間人たちのいる、陰気な土地だった。  

「ボクが、ボクが第二基地を一番うまく使えるんだ」  

 転戦を余儀なくされている佐藤は、ちょっと欝気味になっていた。  
 無理もないか。  
 殴りつつ、三曹は思った。  
 部下たちも口には出していないが、きっと言葉では言い表せない、『倦怠感』みたいなものを感じていると思う。  


954  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  16:57:02  ID:???  

「ぶったね!父さんにもぶたれた事・・いや、あるな」  

 地面に転がり、一人突っ込みをしている佐藤を無視し、三曹は周囲の地形を観察した。  
 遠くに広がる山々、澄んだ青空、調査では肥沃らしい平坦な大地。  
 今すぐ塹壕に飛び込みたくなるような地形である。  

「一尉、仕事を始めましょう」  
「そうだな。施設は直ちに対空陣地の設営を。  
 残りは塹壕だ。民間人の代表と現地部隊の生存者を連れて来い。  
 対空警戒を怠るな、鳥でもなんでもいい、雲以外の何かを見つけたら直ぐに報告しろ」  
「はっ、高射は到着が遅れるとの報告が入っています」  
「なんでもいいから急げと伝えろ。  
 早く来ないと死体収容以外の仕事がなくなるぞ、とな」  
「了解しました」  

 頭上から轟音が聞こえる。  
 慌てて小銃を手に隊員たちが展開を始める。  
 それがジェットエンジンの立てる轟音である事を理解している数名だけが頼もしそうな表情で空を見上げている。  

「空自より連絡、頭上を飛行しているのは友軍航空機、頭上を飛行しているのは友軍航空機」  
「対空レーダーの設置を急がんと、味方に弾幕を張ってしまうぞ」  
「最優先で急がせます」  



967  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  22:56:59  ID:???  

 高射部隊を展開し、頭上には航空自衛隊の防空部隊を展開する。  
 万が一の地上部隊の侵攻には、陸上自衛隊の一個普通科中隊でこれに対処する。  
 基地建設が終了した後には、今後の展開を考え収容機能限界までの部隊を配備する。  
 救国防衛会議の決定は、手堅いものだった。  
 自衛隊の実力を知る連合王国ならば、これに手向かう事はないだろう。  
 何しろ、現時点ですら相当な大軍を持ってして初めて勝利の可能性が出てくるほどの防備である。  
 限定攻勢を行ったとして、その結果は酷く不経済なものになる。  
 一度か二度、戦闘を行えば、手出しは控えるであろう。  
 彼らは理解していなかった。  
 確かに、連合王国には第101竜騎士戦隊という航空部隊があった。  
 だが、それは既に壊滅し、戦力を喪失していたのだ。  
 ここに攻撃を加えたのは、周辺山系に住むスカイドラゴンと、休火山を縄張りにしているファイヤードラゴンの集団だったのだ。  
 野生生物の集団に、戦略という概念も経済という考え方もあるわけがなかった。  
 そして襲撃は行われた。  


968  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:01:08  ID:???  

西暦2020年3月26日  05:59  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地  第一基地から300km  

 ようやく朝日が昇り始めた。  
 周辺の防衛設備の建設も終わり、それ以外の施設の建造が始まった基地は、一日が始まろうとしていた。  
 早朝から警備を始める部隊が整列し、不眠番が交代の準備を始める。  
 糧食班では朝食の準備が始まり、民間人たちもそれぞれの仕事を始める準備を行っている。  
 放送機材の前では、起床ラッパを流すための隊員が、テープレコーダーの準備をしていた。  

「10秒前、8,7,6,5,4」  
<空襲警報、空襲警報、民間人および非戦闘員はただちに防空壕へ退避せよ>  

 彼が放送をしようとした瞬間、それよりも上位の回線が割り込み、基地中に警報が鳴り響いた。  
 人々は立ち上がり、ある者は塹壕へ、またある者は防空壕へ向けて駆け出した。  
   
「状況は?」  

 戦闘服を着込みつつ、佐藤が足早に戦闘指揮所に駆け込む。  

「反応が100以上、IFF反応なし、敵航空部隊と思われます。第一基地に通報中」  



969  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:02:02  ID:???  

「高射は?」  
「既に戦闘配置についています。しかし、空自のペトリが来る前に敵襲を受けるとは」  

 悔しそうに三曹が答える。  
 十分な量の弾薬と交換部品を揃えるために、空自の高射部隊は未だ第一基地で足止めを受けていた。  
 とはいえ、航空支援があり、さらに高射特科が陣取るこの基地ならば、最悪でも全滅だけはないだろうと誰もが思っていた。  

「空自は防空戦闘を開始しました」  

 高射特科から報告が入る。  
 基地周辺部の防空を任されている彼らとは違い、空自は基地外周の広大な空域を担当している。  
 スクランブルおよび第二派は、空中集合せずに各個で突入を開始したらしい、ありがたいことだ。  
 とにかく今は、一体でも多くを事前に落としておく必要がある。  
 何しろ、こちらはここから動けないのだ。  
 それならば、敵は少なければ少ないほど被害が少なくなる。  
 可能ならば、全滅させてほしいくらいだ。  


970  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:02:55  ID:???  

「短SAM、中SAMともに発射準備完了!」  
「87式も戦闘準備を完了しています」  
「我々の方はどうだ?」  

 手際よく対空戦闘準備を完成させていく高射特科に負けずと、佐藤が尋ねる。  

「一応の対空戦闘準備はさせていますが、効果の方は疑問があります」  

 所定の方針通りに各陣地へと据え付けられた12.7mm重機関銃は、高射特科の装備と比べれば貧弱の一言である。  
 照準は手動と勘、対物と名づけられてはいるが、所詮は対人用の銃弾。  
 これを防空に使用するのは難しい。  
 だが、装甲目標や音速で駆け巡る航空機ではなく、生物に過ぎない敵に命中すれば十分すぎる威力を発揮するだろう。  
 そう考えた佐藤は、この基地に元々配備されていたものに加えて第二基地から持ち出せるだけ持ち出してきていた。  
 ここに加えて総勢一個中隊の普通科が放つ5.56mm弾も加われば、嫌がらせ以上の何かが期待できるかもしれない。  
 もちろん、それだけではなく、この基地にかき集められた携帯地対空誘導弾も空を睨んでいるが、いかんせん数が少ない。  

「敵は空自との交戦に全力を注いでいるようです!今第二派が戦闘開始!凄い、一瞬で六機を撃墜しました!!」  

 空自はかなり張り切っているらしい。  
 ありがたいことだ。  


971  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:03:53  ID:???  

西暦2020年3月26日  06:03  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地から30km  

<<敵機の反応を探知、警戒せよ>>  

 レーダーが、前方に数え切れない目標がいることを知らせる。  
 敵は生物と聞いていたが、レーダーに反応するのであれば問題ない。  

<<メビウス1、交戦を許可する>>  

 FCSの動作確認を行い、直ぐに最寄の二機にロックをかける。  
 よろしい、ロックオンにも問題なし。  
 既に交戦していた連中の話どおりだ。  
 敵は低速で、ミサイルを持たず、レーダーにきちんと反応する。  
 気を抜かなければ絶対に落とされない。  
 そのとおりじゃないか。  

「メビウス1、FOX2!!」  

 機体からミサイルが放たれるなんとも言えない感覚がし、次の瞬間には視界の中に放たれた空対空誘導弾が見える。  
 後ろから白煙を吐き出しつつそれは加速し、あっという間に見えなくなる。  
 減速をかけ、接触時間を少しでも遅らせる。  

<<撃墜確認、メビウス1が二機撃墜>>  
<<続けてFOX2!!>>  

 僚機も誘導弾を発射したらしい。  
 こちらも恐らく当たるだろう。  
 FCSその他は順調に稼働中、次行くか。  

「メビウス1、FOX2!!」  


972  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:06:16  ID:???  

<<撃墜確認>>  

 AWACSが冷静に戦果を伝えてくれる。  
 アフターバーナーを吹かし、敵集団左に回りこみつつメビウス1は更なる目標をロックした。  
 発射・申告・撃墜確認。  
 僚機も同様である。  
 さて。  
 機銃の動作確認を行い、レーダーを確認する。  
 敵は100以上。  
 機関砲でどこまで落とせるか、腕の見せ所だな。  

<<増援部隊が接近中、ミサイル警報>>  

 おっと、今回は俺たちだけじゃないものな。  
 機体を離脱させつつ、彼は敵集団を睨んだ。  
 ミサイルの次は機関砲だ、待ってろよ。  


973  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:07:02  ID:???  

<<撃墜多数!全弾命中を確認した>>  

 AWACSから報告が入る。  
 第二派もミサイル残弾は0。  
 よし、格闘戦を始めるか。  
 メビウス1はアフターバーナーを点火し、敵集団後方へと侵入した。  
 素早く推力を最低まで落とす。  
 だが、それでも双方の距離は縮まる一方。  

<<メビウス1、距離に気をつけろ、接近しすぎている>>  

 AWACSから警告に、心の中でうるせぇと呟きつつ、彼はトリガーを引いた。  
 知らぬものにとっては奇妙な音と振動が発生し、そして前方を飛行している敵が見えない壁にぶつかったかのように次々と墜落する。  
 よしよし、いい命中率だ。  
 失速寸前まで速度を落とした彼は、満足そうに表情を緩ませた。  
 左右から攻撃を開始した同僚たちも、昇進できかねないほどの凄まじい撃墜スコアを達成しているようだ。  
 ようやくこちらに気づいたらしい相手は、各個に戦闘機動に入りだした。  
 低空に下りて旋回を始めるもの、そのままの高度で回避機動らしいものを取るもの、高度を稼ぎ始めたもの。  
 バラバラに動き出した事は脅威だが、どれも呆れるほどに速度が低い。  
 自衛隊機は続けざまに最寄の相手に攻撃を行い、たちまち10機以上が撃墜される。  
 航空機に搭載されている機関砲は、並みの装甲車輌ならば装甲を貫通してしまうほどの破壊力を持っている。  
 どう考えても装甲車輌以下の敵ならば、貫通してその周囲のものを巻き込んでしまって当然だ。  
 素早く旋回し、敵集団に飛び込まないようにする。  
 いかに低速とはいえ、この速度で激突すれば、墜落は逃れられない。  
 日ごろの訓練に比べればGとも呼べない緩やかな感覚が全身を襲い、半径の小さい円を描いて再び射撃位置につく。  
 およそジェット戦闘機を用いて行われているとは思えないこの暢気な戦闘は、メビウス1以外の残弾が全て0になるまで続けられた。  
 もちろん敵は、未だ50機以上残っている。  



974  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:08:05  ID:???  

「おいおい、後は陸自さんに任せるしかないのかよ」  

 翼を翻して撤退していく僚機たちの最後尾を守りつつ、彼はそう呟いた。  

<<メビウス1、敵大型機がそちらに向かっている。凄い早さだ、音速近くまで出ている。警戒せよ>>  

 レーダーを見る、確かに一機、大型機らしい反応がこちらに向けて突き進んでいる。  

<<同じ高度で接近している!警戒せよ!全力で退避せよ!>>  

 今までの淡々とした様子ではなく、急に元気になったAWACSの反応を無視し、彼は考えた。  
 巨大な反応、異常な高速。  
 こいつがボスキャラか、よし。  

「交戦許可を求めます」  
<<メビウス1、残弾と燃料は?>>  
「無駄弾を撃たなければやれます。燃料はおよそ5分の戦闘機動が可能。あいつがあのまま地上部隊と接敵するのは避けたいです」  
<<了解したメビウス1、ジェットエンジンの速さを奴に思い知らせてやれ>>  
「了解!」  

 元気良く答え、彼は推力をいきなり全開にした。  
 ゆるゆると流れていた雲が、その速度を急速に増す。  
 エンジンが轟音を立て、機体が震える。  


975  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:09:13  ID:???  

「やってやるぜ!!」  

 彼は景気づけに叫び、そしていきなり操縦桿を横に倒した。  
 慣れているものでも顔を顰めるGがかかり、耐Gスーツが下半身を締め上げる。  
 周囲の景色が視認する余裕もなく流れる。  
 敵機と真正面に機首が向く。    
 距離は1km。  
 陸上の感覚で考えると相当な距離だが、音速で空を駆け巡る戦闘機から考えれば目の前だ。  
 素早く位置を確認し、そのまま加速。  
 一瞬の後に赤く、巨大な何かとすれ違う。  
 なるほどなるほど、ドラゴンだな。  
 上昇開始。  
 横に見えていた山々が消え、視界は全て青空となる。  
 エンジンは好調、相手はこっちに気を向けてくれるかな?  

<<メビウス1、敵はそちらに釣られた。警戒せよ>>  

 上出来だ。  
 わざわざすれ違うなどという挑発を行った価値はあったな。  

<<対空射撃警報、対空射撃警報、第三基地周辺では防空戦闘を実施中。接近はこれを禁ず>>  

 見る見るうちに上がっていく高度を確認しつつ、彼はAWACSからの通信を聞いた。  
 残り50機程度、速度はジェット機の半分以下、戦術機動らしいものは何も取らない。  
 頼むから、無傷で全滅させてくれよ。  
 陸上にいる同僚たちの事を思いつつ、彼は操縦桿を手前に引き続けた。  


976  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/03(日)  23:11:19  ID:???  

 高速で飛行するF−22Jは、彼の操縦に素直に従い、くるりと半円を描いて見せた。  
 上下が反転した世界で、彼は素早く操縦桿を回し、機体を水平に戻す。  
 再びアフターバーナーに点火、加速のGで全身を締め付けつつ、彼は敵機を飛び越した。  
 高度を確認し、思いっきり操縦桿を倒す。  
 凄まじいGが押し寄せ、一気に視界の端が黒くなった。  
 機体は無茶な機動に抗議するように振動する。  
 推力を絞り、操縦桿を倒し続ける。  
 奇妙な浮遊感の後、頭に血が上り始める。  
 水平計は、機体がまたもや逆さまになっていることを知らせた。  
 逆さまな世界で、敵機が足元の大空へと上昇しているのが見える。  
 くるりと機体を戻し、ロックオン。  
 機関砲が唸りを上げ、敵機は視界の中で崩れ始めた。  
 いかに巨大で、恐ろしい火炎を放とうとも、真後ろから機関砲の攻撃を受けたのではどうしようもない。  
 メビウス1の視界の中で、敵機は背中に穴が開き、翼がもげ、さらにあちこちから肉片を飛ばしつつ地面へと落下していった。  

<<メビウス1、撃墜を確認した。陸自の防空戦闘は継続中。基地に帰還せよ>>  
「了解スカイアイ、これより帰還する」  

 帰還のために旋回を実施しつつ、彼は落ちた敵機の事を一瞬だけ思った。  
 恐らくアレは、伝説のドラゴン的存在だったのだろう。  
 日本に手を出さなければ、そのまま生きていられただろうに。  
 一瞬で眼下の景色は飛び去り、そして彼は機体を第一基地へと向かわせた。  
 戦果的には十分すぎるが、燃料の面から考えると明らかに無駄なこの空戦は、後に日本にある方針を取らせる事になる。  





986  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/04(月)  23:21:25  ID:???  

西暦2020年3月26日  06:10  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地  戦闘指揮所  

「敵集団なおも接近中!空自は帰還していきます!」  
「よし、では我々の仕事を始めよう」  

 高射特科の指揮官は満足そうに頷き、直ちに中距離地対空誘導弾の発射を命じた。  
 万が一の誤射に備えて発射待機を命じられていた彼らは、嬉々として対空戦闘を実施した。  
 その様子は、基地の周囲から見ていた場合、次のようなものになる。  
 まず、対空戦闘の基本を知らぬものにとっては実に不可思議な布陣の陣地から、多量のレーダーパルスが発信される。  
 次に、その結果を受けた発射許可が全員に伝えられる。  
 そして発射。  
 基地各所から白煙が立ち上り、それを切り裂いて細長い何かが飛び出す。  
 オレンジ色の炎を吹き出して、それらは大空の彼方に向けて一瞬で飛び去っていく。  
 再び電波に乗った指令が発せられる。  
 白煙、細長い何かが飛び出す。  
 やがて、基地の遠方から連鎖した爆発音がかすかに響いてくる。  
 普通科隊員たちが潜んでいる塹壕から歓声が上がる。  
 再び連鎖した爆発音。歓声は大きくなる。  
 その間にも白煙と飛び去る細長い物体は続々と大空へ向けて飛び出していく。  


987  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/04(月)  23:25:15  ID:???  

 6機の発射機から、合計36発の誘導弾が放たれるのに、さほど時間は必要なかった。  
 幸運な事に、全ての地対空誘導弾はシーカーをきちんと作動させ、一機も脱落せずに目標へと命中した。  
 高射特科の幹部たちから、満足げなため息が漏れる。  
 残る敵機は24機、こちらにはまだ、短SAMや高射機関砲が残っている。  
 もちろん、それ以上接近された場合には、携帯地対空誘導弾や普通科の罠が待ち受けている。  
 なんとかなるな。  
 誰からともなくそんな呟きが発せられ、そしてそれは全員に伝わった。  

「まだ敵は残っている、気を抜くなよ」  

 高射特科の指揮官は部下たちを戒めると、レーダーを見た。  
 次は短SAMの出番だ。  
 全部撃墜してくれよ。  
 彼は内心でそう思い、そして口では発射命令を出した。  
 基地中からミサイルが放たれる。  
 現代的な防空戦から考えると、これは最早最終段階といえる。  
 だが、最終段階であろうとなかろうと、敵にとっては脅威だった。  
 多量に放たれた短距離地対空誘導弾。  
 その数28発。  
 十分すぎるほどの数だった。  
 次々と被弾し、レーダーから消えていく敵機たち。  
 レーダーを担当する幹部は、体の震えが止まらなかった。  
 俺たちは全部止めきれないんじゃないかと内心では思っていた。  
 実際にはどうだ?  
 基地から辛うじて見える距離で全てが撃墜された。  
 無敵じゃないか、俺たちは。  


988  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/04(月)  23:29:35  ID:???  

 彼がそう思うのも無理はなかった。  
 こちらは燃料と弾薬以外に何も消費しなかったのだ。  
 対する敵は、文字通りの全滅。  
 一機残らずあの世行きである。  
   
「素晴らしい、圧倒的ではないか」  

 満足そうに高射特科の幹部が発言し、誰もがそれに笑顔で頷く。  
 周囲からは祝福するかのような地響きが。  

「地響き?」  

 キャビネットが震え、何かが吼える声がする。  

「何事だ!」  
「西方陣地より緊急!敵巨大生物が接近中!!」  


989  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/04(月)  23:38:39  ID:???  

 彼は怒り狂っていた。  
 100年のにわたって誰も足を踏み入れなかった彼の家に、エルフの若い女がやってきたのは少し前になる。  
 彼女は言った。  
 愚かな人間が、貴公の住処を荒らしに来る。  
 奴らとは話し合いは通じない。  
 殺すか、殺されるか。  
 その時の彼は、鼻で笑って彼女を追い返した。  
 殺すか殺されるか?  
 下等な人間に何が出来る?  
 この森に住む精霊たちに誑かされ、同族同士で殺しあうことくらいしか能がないというのに。  
 やがて見た事のない格好をした人間の集団が現れた。  
 奴らは見る見るうちに集落を作り上げた。  
 そこで彼は、愚かな人間に教育を与える事にした。  
 おお人間よ、100年程度で忘れてしまうとは情けない。  
 こちらを殺す気か。やれるものならばやってみよ。  
 だが、愚かなのは彼だった。  
 気がつけば、十体以上の若い命が散っていた。  
 自身も、鱗を貫く謎の魔法で傷を負っていた。  


990  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/04(月)  23:47:51  ID:???  

 住処に帰った彼は、一切合財にけりをつけることにした。  
 一族を召集し、一撃で全てを終わらせることにした。  
 100を超える集団。  
 竜族の怒りを持ってすれば、いかなる存在とて止める事は不可能、だった。  
 何かが飛び込んできた事は理解できた。  
 魔力の欠片も感じない、高速の物体。  
 それが炸裂した時、最初に命を飛ばしたのは彼の息子だった。  
 次々と炸裂する物体、見えない敵。  
 長らく戦いと無縁だった一族は、ただひたすらに前進することしか出来なかった。  
 そして現れた銀の鳥。  
 放たれる何か。  
 我らより早いものなどいなかったのに、これは一体何事なんだ?  
 次々と落とされていく同族を、彼は眺める事しかできなかった。  
 唐突に現れた銀の鳥は、やがて唐突に飛び去っていった。  
 奴らを許すわけにはいかない。  


991  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/05(火)  00:01:50  ID:???  

 戦ってみて解った。  
 動きに余裕がありすぎる。  
 彼は勝ったと確信した。  
 敵は遊んでいる。  
 敵の戦いのルールは、まだ完成されてはいない。  
 だが、気がつけば、彼は落ちていた。  
 土ぼこり。  
 周囲からは悲しげに呻く同族たちの最後の声が聞こえる。  
 左前足が落ちている。  
 翼はズタズタだ。  
 背中が異常に軽い。  
 だが、まだ足がある。  
 生きている。  
 やってやる。人間たちを、一人残らず喰ってやる。  
 彼は人間の集落の方を向き、全力で走り出した。  


992  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/05(火)  00:10:06  ID:???  

西暦2020年3月26日  06:21  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地  西方陣地  

「目標六千!」  

 対地レーダーに取り付いた隊員が叫ぶ。  
 号令を待たずに全員がそれぞれの火器を構え、そして発砲許可を求める。  
 天空を睨んでいた自走高射機関砲が、その砲身を前方へと向ける。  
 基地中から装甲車輌が集結してくる。  

「目標!前方敵生物!撃ぇ!!」  

 89式片手に陣地へとやってきた佐藤が号令を発し、そして迎撃が始まった。  
 未だ正面部隊から消えていない自走高射機関砲が、軽やかに砲身を動かして発砲を開始。  
 轟音が鳴り響き、巨大な薬きょうが周囲に散らばる。  
 それに負けじと12.7mm重機関銃が弾幕を張る。  
 気の早い何人かは、銃声に押されて小銃や軽機関銃を発砲し始める。  
 戦車がいないことを除けば、そこは総合火力演習の場と言える賑やかさだった。  


993  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/05(火)  00:12:32  ID:???  

 双眼鏡の中で次々と被弾し、肉をそぎ取られ、それでも進撃を止めない相手に、佐藤は恐怖した。  
 何故だ。  
 直撃した機関砲弾が残っていた腕を吹き飛ばす。  
 何故止まらない。  
 残っていた翼が細切れになり、さらには肩までもが吹き飛ばされる。  
 どうして止まらないんだ。  
 小銃弾が弾かれる。重機関銃の弾丸が、傷口に突き刺さる。機関砲弾が肉を吹き飛ばす。  
 どうして奴は止まらないんだ。  
 視界の中で、ドラゴンは口を大きく開いた。  
 見る見るうちに、巨大な炎が現れる。  
 なんて、なんてこった。  
 あんなのを喰らったら全員が、死ぬ。  


994  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/05(火)  00:16:14  ID:???  

 突然、視界一杯に広がっていたドラゴンの頭部が消えた。  
 連続して放たれる機関砲弾が、そこを細切れの肉片に変えてしまったのだ。  
 脳からの命令を受け取らなくなった肉体は、それでもなお数歩前進し、殺到した対戦車ロケットの集中砲火を受けてバーベキューになった。  
 現代科学は、数百年の寿命を持ち、いかなる勇者でも傷一つ負わせられないだろうと言われたこのファイヤードラゴンを、惨殺した。  
 この日を境に、第三基地への襲撃は終わった。  
 僅かには生き残っているであろうドラゴンたちは、臨戦態勢の陸空自衛隊に恐れをなしたのか、二度と姿を現すことはなかった。  
 それを感謝しつつも不思議がった自衛隊員たちであったが、彼らは知らなかった。  
 彼らは、一つの種を絶滅させたのだ。  
 もちろんの事、全てを見届けていたエルフ第三氏族の女は、自衛隊の実力に恐怖していた。  
 アレは、自分たちだけではどうしようもない。  
 どこかの国を焚き付けるだけでも足りない。  
 もっと強い、何かが必要だ。  
 最良でも相打ちに持ち込めるような、邪悪でも何でもいいから強力な何かが。  
 彼女は可能な限り早くその地を離れた。  
 時間はあまりにも少ない。  
 万が一にでも自分たちの関与が発覚すれば。  
 今日のドラゴンは、明日のエルフだ。  





63  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  21:59:59  ID:???  

 おとうさんがこわいかおをしてる。  
 おかあさんもこわいかおをしてる。  
 となりのジェリーさんも、そのとなりのエンハスさんも、みんなこわいかおをしてる。  
 しってるか?おうさまがしんじゃったんだってさ。  
 なんでもしってるノビーおにいさんがおしえてくれた。  
 だから、おれたちはにげなきゃいけないのさ。  
 そうじゃないと、あたらしいおうさまにころされちゃうからね。  
 あたらしいおうさまはとってもらんぼうらしい。  
 たすけてくれたエルフのおねいさんがそういっていた。  
 あたらしいおうさまはどんなひとなんだろう?  
 おやまがみえてきた。  
 あのなかに、あたらしいおうちがあるみたい。  
 エルフのひとたちって、とってもしんせつなんだな。  


64  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:03:11  ID:???  

 少女が花の様な笑みを浮かべてこちらを見てくる。  
 大人たちも、感謝のまなざしを惜しげなく向けてくる。  
 これだけ喜んでくれると、こちらとしてもありがたい。  
 泣いたり喚いたりされては、時間ばかりがかかってしょうがない。  
 避難民の一同を護衛しているエルフの青年は、微笑を絶やさずにそう思った。  
 彼は、この先の洞窟に何がいるのかを知らされていなかった。  
 ただ、避難民を神聖な森ではなく、彼らに相応しい場所に案内するようにと命じられ、それに従っていた。  
 排他的ではあるが残虐ではない彼は、その先で起きた事を一生後悔する事になる。  


65  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:05:12  ID:???  

西暦2020年4月1日  16:21  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地  西方第32警戒陣地  

「一体なんなんだ?」  

 突如として地平線の向こうから現れた難民の集団に、この陣地を預かる三尉は怪訝そうな声を出した。  
 先頭を歩くのは笑顔の少女。  
 その周囲に老若男女の難民が、やはり笑顔でこちらに接近してくる。  

「撃ちますか?」  

 傍らで小銃を構えた陸曹が尋ねる。  

「それはいくらなんでもまずい。こっちは攻撃も何も受けていないんだ。  
 本部を呼び出してくれ、指示を仰ぐ」  
「了解しました」  

 攻撃を受けてからでは遅いんだがな、と内心で呟きつつ、彼は必要以上に素早い動きで通信を繋がせた。  
 彼の内心では、嫌な予感が時間の経過と共に無限に広がりだしていた。  



66  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:07:19  ID:???  

「はい、はい、了解しました」  

 手早く通信を切ると、三尉は命じた。  

「難民を収容する。  
 情報の漏洩に気をつけつつ、彼らを保護するようにとの事だ」  
「どういうことです?捕虜すら取らないというのが方針だったのに」  
「上は彼らを使って何かをしようと考えているようだ。  
 水と食料を用意しろ、心配しなくとも本部から補給が来るそうだ」  
「了解しました」  

 上が何か考えての事ならばしょうがない。  
 彼はそう考え、部下たちに難民を迎え入れる準備を始めさせた。  


67  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:08:41  ID:???  

 あたらしいおうさまのぐんたいはやさしかった。  
 エルフのおねいさんのいったとおりだったな。  
 おとうさんもおかあさんもおみずをもらってる。  
 わたしももらった。  
 すきとおったきれいなおみず。  
 とうめいなきれいなびんにはいってる。  
 ビスケットみたいなふしぎなおかしももらった。  
 へいたいさんは、やさしいえがおであたまをなでてくれた。  
 もうだいじょうぶ、だいじょうぶだからね。  
 やさしいへいたいのおにいさんは、えがおでそういってくれた。  
 そっか、こんなときはおれいをしなくちゃいけないんだよね。  
 エルフのおねいさんはいってた。  
 うれしいことをしてもらったら、このくろいいしをむねにだいて、みんなでせいれいのおうさまにおれいをいいなさい。  
 あたらしいおうさまのぐんたいも、きっとよろこんでくれるからね。  
 おれいしなくちゃ。  


68  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:10:49  ID:???  

「まったく、よかったよな」  

 小銃を地面に置き、食料を配る陸士たちを眺めつつ、三尉は安心した声を出した。  
 もし万が一にでも皆殺しにせよという命令が来たら、その最悪な展開を考えていたばかりに、彼は必要以上に安堵していた。  
 後方から報告が入る。  
 輸送トラックが接近しているという事だ。  
 難民の相手は陸曹に任せ、彼は数名の陸士と共に出迎えに向かった。  

「お、おい、なんだ?」  

 少し歩くと、陸曹の困惑した声が聞こえた。  
 後ろを振り向く。  
 一箇所に集められた難民たちが、食料や水を地面に置き、何かを手に持って祈りをささげている。  
 何らかの宗教的な意味合いがあるのだろう。  
 特に気にせず、彼は足を進めた。  
 だから、彼はその瞬間を見なかった。  


69  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:11:56  ID:???  

 陸曹は、全てを見ていた。  
 少女の手に収まりきらないその石は、奇妙なまでに黒かった。  
 目を閉じ、いだいなるせいれいのおうさま、と少女は唱えている。  
 他の難民たちも、口々に『せいれいのおうさま』とやらに感謝の念を唱えている。  
 おいおい、それよりも射殺命令が下されなかった幸運と、食料を与えた俺たちに感謝してくれよ。  
 苦笑している彼の目の前で、難民たちの持った石は赤くなっていく。  

「お、おい、なんだ?」  

 彼の漏らした声は、驚きのせいか必要以上に大きかった。  
 だが、難民たちは反応しない。  
 それどころか、微動だにしない。  
 石は次第に赤さを増していく。  
 まるで血液だ、いや、むしろ太陽だ、真っ赤な夕日のような色になっている。  
 さすがに恐怖心を覚えた彼は、少女に語りかけようとした。  
 だが、彼が口を開く前に、少女は前のめりに倒れた。  
 地面に正面から顔を突っ込み、そのまま無言で横倒しになる。  
 他の難民たちも、次々と地面に倒れこみ、そして動かない。  

「なんだ?何が起こったんだ?」  

 ようやく小銃を構えた彼の足元に、赤くなった石があった。  
 陸士たちが小銃を構える。  
 異常を察知した衛生が、医薬品を手に駆け寄ってくる。  
 石は、赤さを増した。  



70  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/07(木)  22:14:38  ID:???  

「どうなってる!おい!離れろ!伝染病か何かかもしれん!」  
「三曹!死んでます!全員死んでますよ!」  

 離れるように命じた陸曹に衛生科の若い陸士長が叫んだ。  
 熱いな。  
 いきなり周囲の気温が上昇した事に気づいた陸曹は、陸士長には答えずに足元を見た。  
 赤くなった石は、もはや湯気を上げながら白熱していた。  
 なんなんだこれは?  
 不思議そうにそれを眺めた彼の視界が、真っ白になった。  
 陸上自衛隊大陸派遣隊第三基地西方第32警戒陣地は、この瞬間に蒸発した。  
 爆音を聞いて駆けつけた救援部隊に運良く助け出された輸送トラックの運転手は、何が起きたのかわからなかったとだけ述べた。  
 この陣地の唯一の生存者である三尉の証言と、ダークエルフからの情報提供により、事の真相は判明した。  
 人間の生命力を糧として炸裂する爆弾のような物、それがこの破壊をもたらしたらしい。  
 らしい、というのは、あくまでも状況から判断するとそれしかありえないから、という意味である。  
 この爆発はそれほどの威力であり、陣地の跡にはクレーター以外何も存在しなかったからである。  
 いや、跡にはもう一つだけ残っていた。  
 復讐の念に燃える、残虐に生まれ変わった三尉である。  
 もっとも、彼は重度の火傷を負っており、物語に登場するのは随分と後になるが。  



81  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:05:20  ID:???  

 当然の事であるが、同様の事件は何度も発生した。  
 自衛隊は以後難民全ての受け入れを拒否、許可なく駐屯地に近づくものに対しては、遠慮なく銃弾を見舞う事になる。  
 情け容赦なく民間人を殺戮する自衛隊に対し、さすがに従うことは出来ない。  
 かくして、自衛隊はもっともやりたくない大陸における積極的な治安維持活動を行わざるを得なかった。  
 それに対しての民衆の反応は、大きく分けて三つだった。  

 自衛隊に対して表立って反抗し、殲滅されるもの。  

 自衛隊に喜んで従い、今までと変わらない生活を送るもの。  

 エルフに対して庇護を求め、そして下された指示に従い、表面上は普通の生活を送るもの。  

 前者に対しては簡単だった。  
 全ては銃弾と銃剣が解決してくれた。  
 従うものに対しては、管理の手間を除いて何も問題はなかった。  
 後者は厄介だった。  
 いつ何をするのかまったく検討がつかないのに、先制攻撃をするわけにはいかないからである。  
 そして、エルフと水面下では対立している自衛隊だったが、この世界においてエルフは神の様な扱いを受けていた事が、報復攻撃を躊躇させていた。  
 全面戦争など起こすつもりはない日本側としては、ひたすらに我慢を重ねるしかなかった。  
 もちろん、我慢するだけではなかったが。  


82  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:07:38  ID:???  

西暦2020年4月13日  10:00  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  会議室  

「さて、それではお話を聞かせていただけますか?」  

 小銃を抱えた自衛隊員を周囲に置いた鈴木が、それでも笑顔で尋ねる。  
 一方のシャーリーン第一氏族人界全権大使は、苦々しい表情で答えた。  

「今日ここへ来たのは、誤解を解くためよ」  
「誤解、ですか?」  
「そう、誤解。あなたたち、もしかしてエルフは一つの種族だと思っているんじゃないかしら?」  
「違うのですか?」  

 鈴木は驚いた表情を浮かべた。  
 もちろん内心では、少し調べれば誰でも知っているような事を話に来たのかと失望している。  

「あら、知らなかったの?確かにエルフという種ではあるけど、私たちはいくつもの氏族に分かれて暮らしているわ。  
 人界との関係を絶やさないようにしている私たち第一氏族、学術探求を好んでいる第七氏族、そして」  
「我々に対して攻撃を仕掛けている第三氏族ですな」  
「ええ、他にもあるけどね」  


83  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:10:55  ID:???  

 苦々しい表情でシャーリーンは言う。  
   
「それぞれの氏族は、別の種族といっていいほどに分かれているわ。  
 実際、第七氏族の連中は森を出て別の大陸で暮らしているし、第三氏族の連中もこの大陸中に散らばっているわ」  
「ほうほう、勉強になります。  
 それで、一体第三氏族の方々は何を考えているのでしょうか?  
 我々としても、これ以上の死者が出た場合にはそれ相応の覚悟をしているのですが?」  
「覚悟、というと?」  
「あなた方は、我々と全面戦争を望んでいる、と上が判断するという事ですよ。  
 我々にはね、シャーリーンさん。実にさまざまな武器があります。  
 吸っただけで死ぬ毒の煙、全ての植物を枯らし、未来永劫にわたって土地を汚染する毒薬、何もかもを焼き尽くす恐ろしい爆弾。  
 それらを遥か地平線まで飛ばす、あるいは遥かな大空から降り注がせる、そういった武器があります」  
「私たちエルフを滅ぼすとでも?」  

 鋭い眼光で鈴木を睨みつけるシャーリーン。  
 だが、彼女の視線を、鈴木は苦笑して受け流した。  


84  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:16:55  ID:???  

「まさかまさか。  
 この大陸に住まう全ての生物を焼き払い、殺しつくしてもまだまだ余裕があるほどの軍隊を持っているのですよ?  
 あなたがたエルフだけなどとみみっちい事は言いません。  
 聖なる森全てを消し飛ばし、我々の血の代償を払ってもらいますよ。  
 ご安心下さい、我々との全面対決を望むのであれば、それを後悔する時間すらなく皆殺しにして差し上げますから」  
「もしそんな事をしようとしたら、あなた方は生涯後悔する事になるでしょうね。  
 もっとも、その生涯はそれほど長いものじゃないから嘆いている時間は少ないでしょうけれども」  

 鈴木はにこやかに笑った。  
 どこまでも無邪気な笑みだった。  

「よろしい、ならば見せしめに、聖なる森から消して差し上げます。  
 感謝してくださいよ?さぞかし見ごたえのある風景でしょうから。  
 お代はあなたの同族全ての命で結構です。  
 それではお帰り下さい。  
 おい、彼女を森の入り口までご案内しろ」  

 鈴木の命令に、自衛隊員たちは素直に従った。  
 全く隙のない体制で、数名が彼女に近寄る。  


85  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:20:24  ID:???  

「・・・待って」  

 彼女は、唐突に口を開いた。  

「まだなにか?」  

 うんざりした様子で鈴木は尋ねた。  
 今にも席を立ちそうな様子を見せている。  

「何が、望みなの?」  
「我々はこの大陸で食料を、資源を、そして信頼に足る友人も手に入れています。  
 他に何が必要かと尋ねられても」「血の代償、それが必要なのね?」  

 シャーリーンの答えに、鈴木は満足そうな笑みを浮かべた。  

「そうです。難民たちを死に追いやり、そして我が国民を害した、その代償が必要なのです。  
 教えていただけるんですね?第三氏族の本拠地を」  


86  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:30:14  ID:???  

「奴らアカは」「アカ?」  

 しぶしぶ語りだしたシャーリーンの第一声に、鈴木は思わず口を挟んだ。  
 それは、あまりにも懐かしいフレーズだったからだ。  

「第三氏族は、エルフの中ではアカと呼ばれているわ。  
 血の赤、炎の赤、そういった意味よ」  

 鈴木は黙って聞いている。  

「奴らはエルフとは思えないほどに好戦的で、そして平和や友好といった言葉の対極に存在しているわ。  
 エルフ以外の存在を嫌悪していて、特に炎を扱う人間を嫌っている。  
 詳しい事情はよく知らないけれど、とにかくそういった連中よ。  
 大陸中に散らばり、常に人間同士の戦いを煽っている。  
 そして自分たちの策に踊らされて殺しあう人間を見て大喜びしているのよ」  

 汚物について語っているかのように、彼女の口調は不愉快そうだった。  

「あんな連中と同じ種族だと思われること自体が不愉快な存在よ。  
 知ってるかしら?連中は会合のたびに大協約の発動を求めているのよ、あなたがたに対して」  
「理由は?」  
「人間だから。人間が森の近くに住み着き、エルフを何人か殺したから」  



87  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:43:19  ID:???  

「馬鹿な。そもそも先に手を出したのはそちらでしょう」  

 さすがに憮然とした口調になった鈴木が抗議する。  

「もちろん、第三氏族以外の全員がそんな事はわかっているわ。  
 だから大協約は発動しないし、彼らの主張が主流になることもありえない。  
 まあ、そんな事はお構いなしでしょうけどね、連中は」  
「でしょうな。  
 連合王国の奇襲、我々に対しての各地での絶望的な抵抗。  
 全て第三氏族の皆さんの仕業という事は、調べがついています」  

 現地住民の協力者を用いての情報収集は、全ての敵対行動の影に、第三氏族がいる事を教えていた。  
 来るはずがない援軍を確約されて抵抗する残存兵力、普通の人間が持っているはずのない魔導具を使って攻撃してくる民間人。  
 そして、占領下の町で連日起こる民間人の惨殺事件。  
 全てが、エルフ第三氏族の仕業だった。  


88  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:50:38  ID:???  

「私たちとしても、もうそろそろ付き合いきれないわ。  
 最近の連中は、会合から出た自制するようにという指示すら忘れて戦いに没頭している。  
 禁忌とされた生命の石を多用し、何の罪もない人間を殺して回っている。  
 むやみやたらと魔導具をばら撒き、そして戦いを煽っている。  
 エルフだから、というだけでは、もう付き合いきれないところに連中はいる」  
「だからこそ、今日あなたがここに来た、というわけですな?」  

 笑顔を取り戻した鈴木が尋ねる。  

「そうよ、これ以上エルフの評判が下がる前に、第三氏族を何とかしてちょうだい。  
 森を焼く以外ならばなんでもいいわ。さっき貴方が言った全てを使ってもいい。  
 詳しい場所が知りたいならば案内するわ」  

 彼女の顔は、真剣だった。  
 嘘偽りを言っているようには見えなかった。  
 だから鈴木は、航空写真を取り出し、机の上に並べた。  

「連中の本拠地はどこですか?」  
「ちょっと待って、えーと、この基地がここだから、湖があって、東の・・・  
 ここね、この空き地になっている場所、この周囲よ」  
「なるほど、ここですか」  

 それは、航空偵察により集落がある事が判明している場所だった。  
 つまり、彼女の示した場所には、少なくとも何者かが居住している。  
 恐らくは第三氏族で間違いないだろう。  


89  名前:  物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  2006/09/08(金)  00:51:57  ID:???  

「なるほど、ところで、森を焼くというのは」  
「わかっているわ。多少は許容範囲よ。  
 少なくとも第三氏族の村周辺くらいはね」  

 鈴木の問いに、彼女は諦めたように答えた。  
 何一つとして焼く事は許せない、と言いたい所だが、鈴木の様子から、相当派手にやるつもりらしい事を知り、諦めたような口調となったのだ。  

「ありがとうございます。それでは四日以内に結果を出しましょう。  
 その時にまたお会いできると嬉しいのですが?」  
「わかったわ」  
「それでは、四日後に」  
   
 シャーリーンは鈴木の笑顔と自衛官たちの銃口に見送られて森へと消えていった。  
 一方の鈴木は、彼女を見送ると速やかに通信室へと走り、救国防衛会議へと連絡を取った。