187 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/01(火) 22:13:39 ID:???
西暦2020年1月22日 02:04 ゴルソン大陸毒の沼地周辺 石油試掘チーム拠点
「こちら第二分遣隊、第一小隊か?第二か?どっちの生き残りだ?」
<<さっきも言っただろう、こちらは第一分遣隊、佐藤二尉だ。君は誰だ?>>
第一分遣隊ってことは、この先の新設の駐屯地の連中か。
それより、第一基地は何をやっているんだ?
このまま見殺しにする気なのか?
「失礼しました。自分は第二分遣隊第一小隊の杉田三曹です」
<<状況を報告しろ>>
「現在我々は未知の敵に攻撃を受けています。
分遣隊指揮所は壊滅、最先任の自分が残存兵力の指揮を取っています」
<<敵は何だ?北朝鮮か何かか?>>
「いえ、その、信じてください。ゾンビや骸骨や悪霊です」
勇気を出して伝えた三曹の報告は、彼にとっては信じがたい事にあっさりと受け入れられた。
<<そうか、まさかとは思うが、悪霊は銃弾が効かないとかはあるか?>>
無線機を握り締めたまま、三曹は沈黙した。
あっさりと信じてくれるのか?
この佐藤二尉殿ってのは一体何を経験してきたのだ?
188 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/01(火) 22:14:42 ID:???
「効きません。向こうの攻撃は無条件に効くのに、こっちのはまるで通じません!」
<<そうか、距離を開けて逃げろ。間もなくそちらへ到着する。なんとしても生き延びろ!>>
「り、りょうかい!オワリ!」
悲鳴のような返事をし、三曹は通信を切った。
何を使ってこちらに向かっているのかは知らないが、増援がきてくれれば少しは生き残る可能性も上がるだろう。
せめて。
彼は、寝巻きのままトーチカの端で震えている民間人たちを見た。
せめて、彼らだけでも生きて逃がそう。
それが俺たちの仕事だ。
「バリケードを解く準備をしろ!
管理棟まで移動するぞ!」
「無茶ですよ三曹!悪霊に見つかったらおしまいです!!」
ドアに小銃を向けたままの陸士が叫ぶ。
上官も戦友も短時間で失ってしまった彼は、自制心や理性も失っていた。
目は血走り、その両手は恐怖に震えている。
189 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/01(火) 22:15:52 ID:???
「黙れ!俺の命令が聞けないのか!?」
「どうするんだっていうんだ!ここを出たら絶対殺されるぞ!!」
悪霊すら逃げ出すであろう三曹の怒号に、陸士は敬意を捨てた態度で応じた。
周囲の陸士や民間人たちは不安に満ちた表情でそのやり取りを見た。
「ならいい、今この場で貴様を殺してやる」
三曹はいきなり無表情になり、89式小銃を構えた。
安全装置を解除し、陸士の頭部に照準する。
「なっ、さささ三曹!?」
あまりの事に銃を構える事すら忘れた陸士が悲鳴を上げる。
「やめてください三曹!」「黙れ陸士長!彼を武装解除しろ!」「おい!抵抗するな!従え!」「三曹!!」
三曹とにらみ合っている陸士はようやく気づいた。
一番混乱しているのは、三曹だ。
トーチカの中は悲鳴と怒号に満たされた。
190 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/01(火) 22:18:18 ID:???
西暦2020年1月22日 02:09 ゴルソン大陸毒の沼地周辺 石油試掘チーム拠点
爆音とライトで静寂を破壊しつつ、トラックの集団が拠点へと到着した。
試掘拠点は、控えめに言って地獄だった。
あちこちに敵味方の死体が転がり、どう見ても死体にしか見えないものや、明らかに骸骨なもの、あるいは空を飛び回る人影などがいた。
「距離を詰めるなよ!撃てっ!」
手早く展開を終えた事を確認した佐藤は、部下たちに射撃命令を下した。
銃声が鳴り響き、そして彼の視界の中で敵やよくわからないものは次々と倒れていく。
「シルフィーヌさん!あれはやはり!?」
「ええ!悪霊です!」
銃声に負けないように大声で尋ねた佐藤に、これまた大声でシルフィーヌは答えた。
古来より、古戦場には動く死体や骸骨、悪霊が現れていた。
本来ならばそれらを鎮める為の僧侶なり神父がいるはずなのだが、どうして彼らにはいないのだろうか?
まあいい。
「悪霊は任せてください!行くぞ皆の者!」
ダークエルフたちが雄たけびを上げ、神聖魔法を詠唱しつつ勝手に駆け出す。
「佐藤二尉っ!」
三曹や陸士たちが抗議の声を上げるが、佐藤はそれを無視して敵集団を睨みつけた。
「飛び回ってるのは彼女たちに任せる!まずは地上にいるのから蹴散らせ!!」
「り、りょうかい!」
191 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/01(火) 22:20:07 ID:???
どうしてダークエルフが神聖魔法を?という当然の疑問を持った三曹の動きが鈍くなる。
だが、放たれた白い光が悪霊を消滅させたのを見ると、疑問を持つ気が失せた。
餅は餅屋と割り切り、陸士たちに物理攻撃が通じそうな相手への射撃を命じる。
頑丈なオーク、痛みを感じないゾンビ、そして死の世界から蘇った骸骨。
物理的な攻撃が通じる彼らは、鉛の塊によって容赦なく打ち倒された。
「一斑は管理棟を押さえろ!二班は生存者の捜索!残りは小隊指揮所を守れ!」
トラックの前に仁王立ちしたまま佐藤は素早く指示を下す。
散らばったダークエルフたちは、神聖魔法を唱えつつ悪霊を次々と消滅させている。
「なんだよ、普通に勝てるじゃないか」
拍子抜けしたように呟いた佐藤の視界に、迷彩服を着た一団が現れた。
武器を持たず、ものによってはヘルメットを被っていない。
腕がないもの、足を引きずるもの、首が垂れているもの。
「う、うってぇ!あれも敵だ!!」
明らかに狼狽した三曹が喚き、陸士たちは何も考えずに発砲した。
視線の先にいるのは元味方だという事は誰もが理解していたが、ゾンビに躊躇していたらこちらが殺される。
映画や小説、ゲームによって知識を得ていた彼らは、一歩たりとも近づけさせないための弾幕を張った。
反撃も回避行動も取らずに進んでいたゾンビたちは、銃弾の嵐になすすべもなく破壊された。
全身を砕かれるもの、両手両足をちぎり飛ばされ倒れるもの、頭部を破壊され、そのまま動かなくなるもの。
良い方向に恐慌状態になった彼らの活躍で、それ以上の死者は出なかった。
369 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:17:53 ID:???
西暦2020年1月22日 02:39 ゴルソン大陸毒の沼地周辺 石油試掘チーム拠点 管理棟
「残敵掃討は続いているが、ひとまずは安心して大丈夫だろう」
時折銃声の聞こえる拠点の中心で、佐藤は椅子へと腰掛けた。
彼の周囲には前進を続けた小隊指揮所があり、さらにその周辺には元々ここに駐屯していた第二分遣隊の生き残りが休息している。
「それで?」
「はい、不思議な事にこの管理棟内部へは敵の浸透は一切なかったとの事です」
「いっさい?どういうことだ?施設の奪取が目的だったとでもいうのか?」
「いえ、それはわかりませんが」
困惑する三曹を横目に見つつ、周囲を見回す。
疲れ切った第二分遣隊の一同、未だ怯えている民間人。
人的損害もさることながら、こちらに与えた精神的な打撃はかなりのものだな。
石油プラントにいるというのに煙草を加えた佐藤は、心の中で呟いた。
この日ここにいた連中は、夜というものに恐怖感を持つことになるだろう。
特に、護衛が役に立たなかった民間人たちは、踏みとどまって作業を続行しようという気はなくなるに違いない。
やれやれ、ようやくの事石油が見つかったというのに、これでは先が思いやられるな。
370 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:18:32 ID:???
「佐藤二尉!」
うんざりした気分で煙草に火をつけようとした佐藤に、通信機を背負った隊員が声をかけた。
「なんだ?」
「駐屯地より入電、敵集団が接近しつつあるとの事です!指示を求めています!」
「連合王国か?」
「はい、連中の国旗を確認したとの事です」
「発砲を許可する、駐屯地に近づけさせるな。救援に向かう!全員を集めろ!!」
「はっ、全員集まれ!駐屯地に移動するぞ!」
連戦だというのに、佐藤の部下たちは文句一つなくトラックへ向けて走り出した。
第一基地からあっさりと追い出された彼らにとって、今や駐屯地は自宅といえる存在なのだから無理もない。
次々と隊員が荷台に飛び乗り、そして満員になった車輌から向きを変えていく。
「佐藤二尉殿、自分たちも連れて行ってください」
車輌に向けて歩き出した佐藤たちに、第二分遣隊の三曹が声をかけた。
その後ろには生存者たちの集団がある。
371 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:19:33 ID:???
「名前は?車輌は持っているか?」
「失礼しました。第二分遣隊第二小隊の長渕三曹です」
非礼に気づいた長渕は、名乗りつつ敬礼をした。
特にそれは気にせず、佐藤は簡単な答礼をして尋ねた。
「長渕?第一小隊の杉田三曹はどうした?」
杉田の名前を聞いた数名の陸士たちは、何故か表情を強張らせた。
しかし、長渕は普通に沈痛な表情を浮かべ、口を開いた。
「杉田三曹殉職のため、現在部隊の指揮を任されています。
自分たちだけでは同程度の攻撃を受けた場合に抵抗しきれません。
指揮下に入らせてください。
この施設は一時的に放棄します。今の時点ではそれしかありません」
「わかった、それで車輌は?」
「73式大が二両、弾薬庫には武器弾薬も多数あります」
「よし、こちらの一斑を預ける、少し融通してくれ。
民間人から乗車させるように、三曹!」
「はっ!直ぐに作業を開始します!長渕三曹、案内をお願いします」
「こちらです」
372 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:21:00 ID:???
西暦2020年1月22日 03:15 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一分遣隊駐屯地
「左の集団を狙え!!」
監視塔の中で留守を任された沼田陸士長が怒鳴っている。
視界一杯に広がる敵に向けて射撃を行っていた陸士たちが、その命令に従って左の集団へ射撃を集中させる。
たちまち悲鳴と絶叫が響き渡り、突撃を開始していた騎馬隊は壊滅した。
<監視塔!何が見える!?>
繋げっ放しの有線電話から、トーチカを任された別の陸士長の怒鳴り声が聞こえる。
撃退を確認した沼田は有線電話に向かって怒鳴った。
「敵ばっかりだ!畜生!M2の弾薬がなくなっちまう!誰か持ってきてくれ!」
視界の端にあるベストセラーの機関銃は、その能力を完璧に発揮したために射耗寸前となっていた。
89式やMINIMIは未だ弾薬に余裕があったが、機関銃の分もそれらで撃つとなると、弾薬がなくなるのにそう時間は必要ない。
373 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:21:30 ID:???
<無茶言うな!この状態で掩体から出たら一分と持たない!89式持ってるだろ!それを使えよ!>
当然の回答が帰ってくる。
敵は山ほど弓兵を集めてきたらしく、撃っても撃っても矢の雨は降り止まない。
「言ってみただけだ!向かって右!歩兵の集団が突撃の様子だぞ!」
<弾がなくなっちまう!二尉はまだなのか!?>
「こっちに戻ってきている!そのうち到着するはずだ!右!突撃始まったぞ!!」
控えめに言って、現地は大混乱だった。
土嚢と鉄板、防弾ガラスによって守られた監視塔は、高所にあるという利点を最大限に生かして状況を統制していたが、あいにくと敵の数が多すぎた。
コンクリートと無数の小銃によって守られたトーチカも、弾薬庫まで補給に行けないという現状では先が見えている。
困った事に、敵は頭上から雨のように矢を降らせる戦術を取っており、その数は膨大。
そして、そこへ砲火を向けようにも、津波のように寄せてくる歩兵の大群に邪魔される。
手持ちの弾薬を数えつつの防御戦闘は、早くも崩壊の兆しを見せていた。
374 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:23:56 ID:???
「かなり苦戦しているな」
一方こちらは車輌部隊を率いて戦場へと急行している佐藤である。
無線機からは弾薬の欠乏と支援を訴える通信が流れ続けており、困った事に、襲撃を受けているらしい第一基地からの通信も流れてくる。
「これは、航空支援は無理だな」
とうとう戦闘ヘリコプター中隊の出撃命令まで流れ出した無線機から離れ、佐藤は運転手に言った。
「弾薬の分配を行う。
先発は軽装甲と高機動車、トラックは負傷者と民間人を連れて後から合流しろ。
迫は?」
弾薬や人員のリストを眺めていた三曹が素早く答える。
「迫撃砲の資格を持ったものが何人かいます。
護衛をつけて臨時で迫撃砲班を作りましょう」
「急げ」
ヘッドライトで照らし出された大地を睨みつつ佐藤は思った。
畜生、なんだってこんな全面攻勢が始まるんだ?
何が起きてるんだ?
375 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:31:33 ID:???
西暦2020年1月22日 03:24 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一分遣隊駐屯地
遂に監視塔からの銃撃が止んだ。
先ほどまでの凄まじい銃撃は、恐らく最後の弾薬を景気よくばら撒くためなのだろう。
銃眼からの攻撃を指揮していた陸士長は、来るべき時が来たと覚悟した。
「俺以外に二人、志願しろ。
弾薬庫まで行って鍵を破壊、全員に配って回るぞ」
「無茶ですよ陸士長!」
故障した89式に着剣している一士が反論する。
「なんだ?銃剣突撃する覚悟は出来ているのに、矢の雨の中を走る勇気がないのか?」
「それとこれとは別です!現状であそこまで走れるわけがありません!」
「ならお前は弾薬が来るまで待ってろ。俺が取ってくる。志願するものは?」
だが、銃撃を行っている者以外は沈黙を保ったまま動こうとしない。
「しょうがない、陸士長。私とあなたで行きましょう」
諦めたように最年長の一士が立ち上がり、出口へと歩き出す。
「じ、じぶんも行きます。死にたくないけど、どうせこのままじゃあ」
暴走族崩れの18歳の一士が立ち上がり、やはり出口へと歩き出す。
「人数増えれば、確立は上がりますよね」
東大を卒業し、その後何故か陸士へと志願した24歳の一士が出口へと歩き出す。
376 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:39:19 ID:???
先ほどの沈黙がウソの様に志願者たちが現れ、そして出口の前で陸士長を待つ。
「ほら陸士長、行きましょう。どうせ死ぬなら、少しでも格好はつけたいところですから」
苦笑しつつ、最年長の一士が言う。
陸士長は、感動を表に出さないように気をつけつつ、にこやかに言った。
「よし、全員で駆け足だ。いいな、気合を入れろ。精神力でカバーだ」
「時代錯誤も甚だしいけど、たまにはいいですよね、そういうの」
「うるせー、行くぞお前ら!」
陸士長が気合を入れ、陸士たちがそれに答える。
佐藤の支援がそこに呼応した。
突然夜空に照明弾の明かりが灯り、周囲に光を与えた。
一発、二発、三発、そして爆発。
敵味方の誰もが呆けたように光り輝く照明弾を見上げた直後、敵集団の中心で爆発が発生した。
人が、土砂が、舞い上がり、悲鳴の連鎖が発生する。
<待たせたな、迫の支援の後突撃する。車輌を撃つなよ>
377 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:47:44 ID:???
無線機から佐藤の声が流れ、クラクションと銃声を連打しながら車輌部隊が突撃してきた。
突然の乱入者に敵の馬が悲鳴をあげ、そして人間たちも悲鳴を上げる。
飛び込むロケット、降り注ぐ迫撃砲弾。
そして爆発、倒れなかった不運な者たちは、狼狽したまま叩きつけられた銃弾によって切り裂かれる。
また降り注ぐ迫撃砲弾。
叩きつけられる銃弾。
急に今までとは違う規模の攻撃で奇襲された敵軍は、完全に混乱していた。
車輌部隊は敵に位置を認識する余裕を与えずに機動を続け、反時計回りに敵集団の後方へと回り込んだ。
「二尉殿だ!来てくれたんだ!」
「移動するぞ!今のうちだ!」
力強い援軍に勇気付けられた陸士長たちは、敵の攻撃が止んだ隙に弾薬庫めがけて駆け出した。
その隣では、別のトーチカからやはり飛び出した陸士たちがいる。
見れば、監視塔からもやはり弾薬補給に飛び出した連中がいる。
「これだけいるんだ、無理やりにでもドアを蹴倒して中身を持ち出すぞ!」
先頭を走る陸士長は叫び、直後に痛ましいが幸運な現実を見た。
378 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 02:53:51 ID:???
「こりゃあ・・・今は考えないで運び出すぞ!かかれ!」
彼の命令で陸士たちが弾薬庫の中へと飛び込んでいく。
開かれた扉の横では、ワイヤーカッターや木槌を持ったまま絶命している陸士たちの姿がある。
どこかの班で同じ事を考えた連中が、扉を開けたところでやられてしまったのだろう。
もちろん陸士長は悔しかったが、眼前に迫る敵軍を排除するまで、悲しみや怒りといった贅沢な感情は諦める事にした。
彼が複雑な心境をどうにか処理している間にも陸士たちは作業を続け、普段ではありえないほど乱雑に弾薬箱を運び出していく。
「あるだけ持っていけ!受領書だの所属だのはどうでもいい!急げよ!」
律儀にも整列しようとし始めた陸士たちを怒鳴りつけ、陸士長は手短な弾薬箱を無理やり開けた。
すぐさま実弾を回収し、装填を行う。
戦場に輸送する事を前提にしているため、弾倉に既に入れられている弾薬を入るだけポケットに詰め込む。
周囲では、箱を掴んで駆け出すもの、慌てたあまり地面に中身をぶちまけるもの、陸士長と同じように、まずは自分用の弾薬を確保しているものなどがいる。
その間にもエンジンの立てる頼もしい騒音と爆発音、敵の悲鳴は止まらない。
弓兵が脅威であるとわかっているか、あるいは敵歩兵の足が止まったのか、現在の攻撃は敵の弓兵に対して行われているようだ。
「よーし!掩体まで運ぶぞ!かけあーし!」
弾薬箱を抱えて走り出した彼らの頭上を、鋼鉄の戦竜たちが通過していった。
379 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 03:03:42 ID:???
西暦2020年1月22日 06:40 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一分遣隊駐屯地
佐藤の突撃によって一気に自衛隊の優勢へと流れた戦闘は、最後に戦闘へと加入した戦闘ヘリコプター小隊によって終了した。
夜間暗視装置と優れた照準装置によって戦場を把握した彼らは、あくまでも冷静に敵軍を消滅させた。
0421時、統制を完全に失った敵軍は、多くの遺棄死体を残して敗走、追撃を行ったヘリコプターたちによってさらに多くの屍を晒した。
一方の自衛隊側は、車輌部隊は連続の夜戦によって消耗しており、そのまま駐屯地警備へと移行。
多少の損害は出たが、この晩の戦闘も自衛隊によるワンサイドゲームで幕を閉じた。
後にわかった事だが、採掘拠点襲撃、第一基地奇襲、そしてこの駐屯地への攻撃。
その全てが、エルフ第三氏族に扇動された連合王国の仕業であった。
彼らはこの地方の動かせるだけの兵力と魔術師、死霊使いを動員してこの悪夢を生み出した。
残念な事に、通常兵力では自衛隊に勝てるわけもない。
そして、下手な魔術師が数十人集まっても勝つことが出来ないダークエルフの前に、人間が呼び出した悪霊など脅威のうちには入らなかった。
この夜を判断材料とし、救国防衛会議は全会一致で連合王国に対する早期の全面攻勢を決議。
王都攻略作戦を発動させた。
381 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 03:13:39 ID:???
西暦2020年1月22日 15:00 日本国 都内某所
明らかに活気がない街中に設置された街頭テレビが灯る。
特にやることもなくうろついていた人々や、絶望的な中でも仕事がなくならない人々が何事かと視線を向ける。
65型の巨大な液晶テレビは、勇ましい音楽と共に画面へ日本国旗を映し出した。
救国防衛会議が出来て以来、日本放送協会によって放映されている、日本政府放送が始まった。
『新大陸で活躍する自衛隊!』
走り回る隊員たちや、地上を攻撃する戦闘ヘリからの映像、動き続ける重機などが画面に登場する。
映像が切り替わり、第一基地に整列した隊員たちが笑顔で敬礼する。
『私は戦います!』
一人の女性自衛官が笑顔で言う。
周囲の自衛官たちは笑顔を崩さない。
『私も戦います!』
一人の若い男性自衛官が笑顔で言う。
先ほどもそうだったが、モデルか何かと思うほどに美形である。
と、その集団の中から小さな男の子が現れる。
見たところ、中学生であろうか。
382 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/05(土) 03:14:59 ID:???
『ボクも戦います!』
周囲の自衛官たちが一斉に笑う。
しかし、それは嘲りではなく、あくまでも好意的な笑いだ。
画面が切り替わり、日本国旗が現れる。
『自衛官に志願した国民には、優先配給権が与えられます!
さあ!あなたも自衛官に志願して、国家とあなたの家族のために貢献しましょう!』
音楽が終わり、スポンサーの名前が現れる。
もちろん、国営放送なので政府機関の名前ばかりだ。
『この番組は、
護りたい人がいる、陸上自衛隊。
国民の代表として、日々努力を続けます、内閣府。
国家のために、民主主義のために、皆様の生活のために、労力を惜しみません、外務省。
の、提供でお送りしました。
明日もこの時間に放送を行います。
それでは皆様、良い一日を』
643 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/10(木) 23:58:21 ID:???
西暦2020年1月22日 11:32 日本本土 防衛省 救国防衛会議
「日本政府放送の効果はそれなりに上がっていますね」
報告書を眺めつつ鈴木は満足そうに言った。
グラフによると、仕事のない若年層はかなりの数が入隊を希望しているらしい。
「軍国主義の復活だという苦情も出てはいるようですが」
「なにより軍国主義を復活させようとしているのですから、彼らの心配はもっともですな」
居並ぶメンバーたちは、“平和主義者”が聞いたら卒倒しそうな台詞を次々と並べる。
別の世界に飛ばされるという異常事態に、強権を発動しやすい軍国主義は非常に便利だった。
物流を統制し、思想を統一し、そして行動を制限する。
民主主義体制では許されるはずがないことである。
しかし、日本国を取り巻く現状はそれを許さない。
食料や資源の備蓄は減る一方。それらの自給率はいつまで経っても向上しない。
そのような条件下で、代表が変わるたびにころころと政策が変わる民主主義は、政治形態として適していない。
「まぁ、愛国心溢れる軍人だからこそ、国家のためだけに尽くせるという訳ではありませんけどね」
苦笑しつつ、鈴木は別の書類に目をやった。
あっけないほどに簡単に見つかった化石燃料資源。
だが、見つけるのは簡単でも、それを供給するまでには長い道のりが必要のようだ。
644 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/11(金) 00:00:39 ID:???
「現地の施設は一時的に放棄されている状態です。
建設班は、現在第一分遣隊に合流し、駐屯地に保護されています」
「やっかいですねぇ。本土から増援を出すしかないでしょうこれは」
書類を机の上に投げ出しつつ鈴木が言う。
会議は進んでおり、現在は折角発見した資源地帯の防御についてを話し合っている。
「沿岸部の貼り付けを減らす事はできないぞ」
「警察庁としては武装さえまわして貰えるならば直ぐにでも治安維持活動に協力できます」
困り果てた統幕長が言い、それを見逃さなかった警察庁の代表が発言する。
「機動隊や数の少ないSATでは、いざという時に対処できないでしょう?」
「いやいや、撃ち方さえ教えてもらえば、あとはこちらで行いますよ」
現在、日本の沿岸のほとんど全てを自衛隊は監視下に置いていた。
レーダーによる監視ももちろん行っているが、小型船舶などによる接近に対処するためである。
「短剣だの弓矢だのといった装備の連中に、私どもは負けるつもりはありません。
マシンガンと暗視装置を回してもらえれば、あとはこちらでも対処できますよ」
自衛隊による軍事政権下になって以来、警察はその立場を下げる一方だった。
「マシンガン?警察なのにM2を使うんですか?あれは対物ですよ?」
とぼけた顔で統幕長が尋ねる。
内心ではマシンガンではなくて、89式小銃、つまりアサルトライフルが欲しいんだろうな、と笑っている。
645 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/11(金) 00:01:32 ID:???
「ああ、それですよM2。
整備の仕方を教えていただければSATで運用できるでしょう。
彼らはエリート部隊ですから」
その言葉に統幕長と鈴木は笑みを押さえる。
対物機関銃を人間に使う?
最初から人に対する攻撃ならば、それは国際条約違反ですよ?
もちろん面と向かって非難はしない。
知らない人間が何を言おうと、それは失笑以外に何も生まない。
「まぁ警察の方の意見は伺いました。
前向きに善処させていただきましょう。
まずは九十九里あたりから部隊を引き上げて、代わりにお願いします。
書類は後日発行します」
軍事用語に知識を持つ人々が内心で官僚の無知をあざ笑うような一幕もあったが、安全と思われる方面からの引き上げは決定された。
一度決まってしまえば、あとの行動は早かった。
すぐさま命令と書類とがやりとりされ、予防接種その他を済ませた一個大隊が採掘拠点へと派遣された。
第一分遣隊駐屯地からは避難した民間人だけが移動し、第二分遣隊を吸収した佐藤の部隊は、そのまま現地へと残された。
人と割り当てられる物資が増え、相変わらず装甲車輌は回されてこない現実に彼はうんざりしたが、不貞腐れるわけにはいかなかった。
その日のために残されていた兵力全てを投入しての王都制圧作戦が開始されたからである。
それは、在日アメリカ軍と海上自衛隊、そして輸送船に詰め込まれた陸上自衛隊の総力を挙げた壮大な花火大会だった。
754 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:28:23 ID:???
西暦2020年1月30日 07:00 連合王国王都近海 聯合艦隊旗艦 イージス護衛艦ながと
それは科学文明の総力を挙げた、現代の無敵艦隊だった。
世界最強を誇る合衆国海軍空母機動部隊、それを取り囲む海上自衛隊第一、第二護衛艦隊。
背後に控える合衆国海兵隊および海上自衛隊第一輸送隊。
念には念を入れてと用意された潜水艦隊。
全てを人力で賄っていた第二次世界大戦当時から見れば呆れるほどに人員は少ないが、戦闘能力の面でいえばこれ以上の戦力はありえない。
「開始時刻です」
薄暗いCICで若い一等海佐が報告する。
この作戦で空母以外を統括する海将は、軽く頷く事でそれに答えた。
「撃ち方始め」
「了解、撃ち方始め」
海上を進む日米合同艦隊から大量の白煙が立ち上る。
さまざまな形状のランチャーからミサイルが発射され、綺麗な軌跡を描きつつ、目標めがけて移動を開始する。
太平洋戦争以降初めての大規模な敵前上陸作戦は、こうして開始された。
755 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:29:19 ID:???
「全弾正常に移動しています」
「A部隊前進を始めました」
「米空母より入電、<艦載機の発進を開始。周辺地域は任されたし>以上です」
「通信、レーダー共に感なし。敵の抵抗は皆無です」
「揚陸部隊は準備を完了」
「弾着まであと30秒!」
次々と報告が入る。
敵の抵抗などあるわけがないのだからそれはいいとして、ミサイルが全て正常に動作しているというのは良いニュースである。
海岸から王城までを綺麗に切り開くための攻撃のため、一発でも多く命中した方が、最後の詰めがやりやすいのだ。
「弾着まであと15秒!」
ディスプレイに映し出されたレーダーマップには、目標へ向けて突き進むミサイルの嵐があった。
海面は非常に静かだ、揚陸艦隊が前進を行っている。
米海軍の巡洋艦、海上自衛隊の護衛艦からなるA部隊は、攻撃開始地点に到達したらしい。
うん、全て定刻通りだな。
「A部隊攻撃を開始!」
「だんちゃぁーく、今っ!」
殺戮が始まった事を示す報告が、同時に入った。
756 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:30:13 ID:???
ノービス王国暦139年豊潤の月二十日 連合王国王都 軍港
軍港は、控えめに言っても混乱状態だった。
何かを切り裂く音、凄まじい高音、そして無数の爆発。
立派な海軍司令部に何かが突き刺さり、一瞬の間の後に内側から爆発した。
立ち並ぶ倉庫が弾けとび、灯台も気がつけば無くなっている。
「敵襲だ!」
「魔術師か!?探せぇ!」
「違うドラゴンだ!上から来てるぞ!」
「矢を射るんだ!魔術師!ファイヤーボール!!」
怒号と命令が入り混じり。
次の瞬間には爆発と悲鳴がそれに取って代わる。
「おい!ホーリー生きてるか!?」
倉庫の残骸に潜んでいた俺の隣に、同僚のオドネルが飛び込んでくる。
好んで使っている湾曲刀を片手に、荒い息を吐いている。
「オドネル、まだ生きてたか。運がいい奴だ」
「うるせぇ。ジャックを見なかったか?さっきから探しているんだが」
「ここだよー!」
煤と鮮血に塗れたジャックが、ズタボロのローブをはためかせて駆けて来る。
転んだ拍子に瓦礫の山へと飛び込む。
再び爆発、今度は平らなところを狙っているらしい。
荷置き場が吹き飛び、走り回っていた同僚たちが消し飛んでいく。
「畜生、何が起きたって言うんだ?どうなってるんだ!?」
757 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:32:01 ID:???
「落ち着けオドネル!立ち上がるな!吹っ飛ばされるぞ!!」
無数の爆発が起こる中、彼ら三人は必死に瓦礫の影に潜み続けた。
勇敢に空へ矢を放っていた兵士たちが爆発で吹き飛ばされる。後には何も残らない。
ファイヤーボールを放っていた魔術師たちが、飛ばされてきた瓦礫に押しつぶされる。
悲鳴が聞こえたのは一瞬で、次の瞬間にはそこは静寂が支配する墓場になった。
「こんなのは久しぶりだな」
「裏ギルド潰し以来じゃねえか?」
「あれは凄かったなぁ」
俺たち三人は、興奮した口調で話し合う。
何か話していないと、気がどうにかなってしまいそうだった。
裏ギルド潰しとは、王国暦138年に起こった裏ギルド、魔物退治や人探しではなく、殺人や誘拐などを行う犯罪組織の鎮圧作戦の事である。
この戦いでは敵味方合わせて100人を超える魔術師が戦闘に参加し、飛び交う魔法のお陰で深夜でも昼間かと見間違えるほどの激しい戦闘となった。
周辺の建物は全て燃え上がり、そこかしこに無残な死体が転がっていた。
だが、それでもこれに比べれば、ただの演習みたいなものだ。
この世界でも有数のこの軍港は、今や正体不明の敵の遊び場になっている。
建物はなぎ倒され、人間は押しつぶされる。
「なんだありゃ!こっちへ来るぞ!!」
オドネルの叫ぶ方を見る。
何かが炎を吹き出しつつ迫ってくる。
甲高い音がきこえ・・・
彼が何かを考えられたのはそこまでだった。
次の瞬間、空中で信管を作動させた対地ミサイルは、その内部に納められた炸薬を爆発させた。
その威力は、人間三人を消し飛ばすには十分すぎるものだった。
758 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:34:44 ID:???
西暦2020年1月30日 07:02 連合王国王都近海 A部隊
無抵抗の目標に対して高価な対地ミサイルの使用はコスト的に無駄ではないのか?という健全な発想により、この部隊は結成されていた。
軍艦旗と星条旗を掲げた彼女たちは、ミサイルの猛爆に晒される守備隊の目の前で見事なターンを見せた。
横腹を示し、そして砲が海岸を向く。
「艦砲でも十分無駄だとは思うけどな。
全艦撃ち方はじめ!」
内心のボヤキを思わず口に出しつつこの部隊を率いる海将補は攻撃命令を出した。
次々と砲弾が放たれ、白煙が風に流されていく。
口径こそ第二次大戦時代の駆逐艦程度だが、その連射速度は圧倒的である。
眼前に広がる港湾らしい場所に次々と爆発が起こる。
「どんどんやれ!上陸部隊の障害は全て排除しろ!」
艦長が叫んでいるのを横目で見つつ、海将補は眼前の光景に目をやった。
準備砲撃は上陸寸前まで行われる。
頼むから超魔法とか伝説の勇者とか、そういうのは勘弁してくれよ。
現代科学の粋を集めた海軍艦艇の中で、彼はそう願った。
759 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:40:49 ID:???
西暦2020年1月30日 07:10 日本国 都内某所
静寂に支配された街中に設置された街頭テレビが灯る。
特にやることもなくうろついていた人々や、絶望的な中でも仕事がなくならない人々が、期待に目を輝かせて視線を向ける。
65型の巨大な液晶テレビは、悲しくなるような音楽と共に画面へ日本国旗を映し出した。
日本政府放送が始まった。
ガラスが割れた建物、燃え上がる何か、倒れ伏し、動かない自衛官たち。
「一時間で30人が戦死!」
全日本国民の希望だった石油採掘拠点が燃えていた。
採掘設備自体は燃えていないが、周囲に配置された防御拠点は、その大半が破壊されていた。
暗闇の中で逃げ出そうとしたのだろう、一台の軽装甲機動車がトーチカに突っ込んだ状態で燃えている。
ハンドルを切り損ねたのか、別のトーチカに斜めに衝突している73式中型トラックが燃えている。
グシャグシャに潰れたボンネット上で、強制的に火葬されている死体が見える。
フロントガラスは血で真っ赤になっている。
「石油採掘拠点は無数の敵軍の攻撃を受け、完全に破壊。
採掘施設自体は無事だが、護衛の自衛官および民間の業者に夥しい死者が出た」
画面が切り替わり、防衛省広報室が映し出される。
壮年の統幕長が演台に立つ。
760 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:42:27 ID:???
「奴らは我々日本国民を殺害した!
あの拠点にいたのは虐殺部隊でも略奪部隊でもない、ただの民間人とその護衛だけだった!
奴らはそれを虫けらのように殺した!
そして日本国民諸君の生活をさらなる危機状態へと追いやった!
親愛なる日本国民諸君!許せるか!?奴らのせいで電気が消え、車が動かなくなり、物流が崩壊し、そして諸君たちが飢えに苦しんで死んでいく未来が!!」
マスコミのフラッシュの嵐にも負けず、統幕長は演台で声を張り上げた。
「私は許せない!我々救国防衛会議は、一時的な緊急避難の手段として諸君ら日本国民の生命と財産を保障しなければいけない!
諸君らを飢えさせてはいけない!死なせてはいけない!失業すら、可能ならば避けたいのだ!
我々は立ち止まらない!我々は諦めない!!我々は勝利する!!!
日本国民生存の道を閉ざす障害があるというのならば、それを打ち砕く!」
761 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/16(水) 21:47:13 ID:???
統幕長の後ろにある巨大な液晶ディスプレイが灯る。
このときのためにわざわざ用意された映画館顔負けのサウンドシステムが起動する。
爆発音、ミサイルの、攻撃機の飛行音、人々の喧騒。
黒煙を絶え間なく吐き出す港が見える。
画面右上にLIVEの文字がある。
現代科学のみがなしえる圧倒的な情景に、居並ぶ記者たちはただ唖然とその光景を見ていた。
だが、街頭でそれを見ていた国民たちは、その情景に飲み込まれ、よくわからずに興奮していた。
「この世界は仄聞しただけでも相当に安定していないという。
当然ながら民主主義という概念はなく、前時代的な圧制と貧困が世界中にあるらしい。
我々は連合王国に始まり、圧制や貧困と向き合い、そして必要ならばそれを解決する必要がある!
この世界で唯一の民主主義国家として!我々日本こそが、世界を未来永劫に渡って導いていかなければいけないのだ!」
広報室に詰め寄せたマスコミ関係者から歓声が上がる。
それはこの部屋に限った話ではなく、全国各地の街頭テレビ前でも同様だった。
兵力の減少に悩んでいた自衛隊は、無数の志願兵たちをどのように限られた予算内でやりくりするのか、むしろそれを心配するようになっていた。
770 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/21(月) 02:13:40 ID:???
西暦2020年1月30日 07:15 連合王国王都
揚陸部隊の針路は三つ。
艦隊から見て左右の海岸、そして破壊された港湾。
未知の生物に怯えつつも行われたSEALSの事前調査と、ソナーによる探査の結果、揚陸艇の上陸は可能と判断されていた。
無理だったら左右の部隊に合流させればいい。
聯合艦隊上層部はそう考えていた。
「先頭が発艦を開始します」
報告が入る。
ホバークラフトたちは気合を入れた兵士たちを満載し、強襲揚陸艦から出撃した。
時折聞こえる爆音は、先行しているSEALSの要請を受けた砲撃だろう。
771 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/21(月) 02:14:19 ID:???
いくぞ!GOGOGO!!」
海兵隊軍曹や陸上自衛隊の陸曹が怒鳴り声を上げる揚陸艇が、エンジン音も高らかに前進を開始する。
敵陣からは矢一本飛んでこない。
「全速だ!機関全速!」
通常の艦艇とは異なるエンジン音をがなり立てつつ、揚陸艇たちは三つの部隊に分かれて前進を続けた。
その上空をミサイルや砲弾が通過し、そして海岸に爆発が発生する。
集中攻撃を受けた港湾部分では、既にその大半が煙に覆われている。
どうやら大規模な火災が発生しているようだ。
<A集団は揚陸地点をBに変更せよ。現在敵に反撃の兆候なし>
艦隊から命令が入り、中央を進んでいた集団は左の海岸へと針路を変更する。
残り30m、敵からの反撃無し。
残り20m、敵の姿すら見えない。
残り10m、エンジン音は変わらない。
衝撃が伝わり、海岸に乗り上げた事がわかる。
だが、エンジン音はますます高まり、そして揚陸艇は止まらない。
772 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/21(月) 02:16:03 ID:???
「装填と安全装置を確認しろ!」
全ての揚陸艇で、兵士たちは自分の武器を確認していた。
ホバークラフトである利点を最大限に利用し、前進はまだ止まっていない。
「は、班長殿」
「なんだ!?」
まだ若い一士が、怯えた声を出して尋ねる。
答える三曹は、血走った目、力強く握り締めている拳、そして必要以上に大きな声を出しているが、奇妙なほどに冷静だった。
「じ、自分らは、生きて帰れるでしょうか?」
状況を全く考えていない一士の言葉に、班長は昔見た映画の台詞を引用して答えた。
「ビビるな!命をくれてやれ!お前らもだ!ビビるんじゃないぞ!!
こっちには最新兵器と米軍がついてるんだ!
あとはビビらなきゃ勝ちだ!絶対に勝ちだ!!」
それは映画の露骨な盗作だったが、その言葉を聞いた陸士たちは精神的余裕を少しだけ取り戻せた。
気持ちで負けたら殺される。
だいたい、こっちは最新兵器に艦砲と米軍の航空支援、対する向こうはせいぜい弓矢。
怯える事などないじゃないか。
海兵隊だって一緒に上陸するんだ。
そうだ、怯える必要なんてないんだ。
むしろ命をこちらからくれてやる気合で圧倒してしまえばいいんだ。
物量と精神力。
戦争を行う上で両立すれば無敵の組み合わせを持った彼らは、遂に連合王国王都の目前まで到着した。
773 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/21(月) 02:17:19 ID:???
ランプがグリーンに変わり、目の前のハッチが大地へと振り下ろされる。
あちこちから煙と炎が上がる、地獄が視界一杯に広がった。
「降りろぉ貴様らぁ!!降りろ降りろ降りろ!!」
「OK!Girls!!Move!Move!Move!」
陸曹と軍曹が全ての騒音を無視した怒号を上げる。
新兵たちは何の疑いもなく揚陸艇から飛び出し上官の指示を待つ。
湾岸や世界各地の紛争地域で実戦を経験している古兵たちは、遮蔽物を探しつつ全速で飛び出す。
「前進だ!動く奴は全部撃てぇ!」
叫ぶ陸曹を中心に、陸上自衛隊の一同は前進を開始した。
その左右では、小隊単位で固まった海兵隊の一同が進んでいる。
と、そこへこの混乱の中でも中隊規模の勢力を持った敵集団が現れた。
見慣れない集団に、彼らは混乱しているらしい。
「一曹殿!あいつら武装してますよ!」「撃てと言っただろう!」
「Enemy Incoming!!!」
陸上自衛隊と海兵隊の対照的な叫びが上がり、そして一斉射撃が始まった。
それはまさに虐殺だった。
遮蔽物のあまりない地形で、伏せもせずに銃弾の嵐に晒される。
それは、演習場の的と大して変わらない存在である。
敵集団は、警告の叫びを上げる間もなく壊滅した。
822 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:49:24 ID:???
西暦2020年1月30日 07:41 連合王国王都内 王城まで2km
上空を攻撃機が通過する。
随分と速度を出していたところを見ると、どうやら敵の航空部隊をまた見つけたようだ。
「進むぞ」
短く海兵隊大尉が命じ、直ぐに一等陸尉も同意する。
海岸線で一度交戦した後、敵らしい敵とは遭遇していなかった。
まあ、時折炎の塊や矢が飛んでくる事があるにはあった。
しかし、前衛を勤めるレンジャーや海兵隊にとって、姿を晒すローブの男女やライフルよりよほど目立つ弓矢など、脅威のうちには入らなかった。
「前進だ、腰を上げろ」
「MoveMove!」
上陸時と同じように、陸曹と軍曹は仲良く号令を下し、そして兵士たちは前進を開始した。
彼らがのんびりと休憩を楽しんでいたのには、当然ながら理由があった。
今は辛うじて市街地だが、ここを抜けると王城まで遮蔽物のない道が続くのだ。
狙撃や砲撃があるとは思えないが、だからといって気持ちよく休息できる場所ではない。
そして、敵の司令部は昔ながらの城砦にある。
空爆や砲撃には無力だが、歩兵による突撃には十分すぎる防御力を有している。
823 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:52:59 ID:???
「まったく、面倒な話だ」
日本語に明るい海兵隊大尉は、そう呟くと煙草を咥えた。
こちらには史上最強の艦隊があるんだ。
日本本土には空軍の空爆部隊も展開している。
ちょっとあの城まで行ってきて、血みどろの戦いをする必要なんてないのだ。
「そうぼやかないで下さいよ大尉」
苦笑しつつ一尉は煙草に火をつけた。
彼もあの城まで突撃するという名誉は辞退したい心境だったが、爆撃で何もかもを吹き飛ばす事のまずさはわかっていた。
敵の王に生きていられては困るのだ。
どこかに落ち延び、徹底抗戦など唱えられては困るのだ。
国家を、軍隊を動かす諸侯ともども必ず捕らえ、確認を行った上で全員を始末する必要がある。
日本にも在日米軍にも、第二第三のイラクを楽しむ余裕はないのだ。
「わかっているよ一尉。さあ前進しよう」
ブツクサと呟いている上官たちに呆れた表情を浮かべている下士官に押し出されるように、彼らは歩き出した。
目標は敵司令部、ロマンチックに表現するのならば、圧制と貧困の原因が巣食う悪の本拠地である。
824 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:54:08 ID:???
あちこちから銃声が響いている。
時折聞こえる鈍い音は、近くに矢が突き刺さる音か。
「撃ぇ!」
号令と共に轟音が響き渡り、オレンジ色の何かが塔へと突き進む。
一瞬の後に矢を無限に吐き出していた塔は消し飛び、悲鳴と警告の叫びが敵陣より聞こえてくる。
「航空支援はまだか!?」
「敵航空部隊と交戦中との事!片付けてから来るそうです!」
まったく、何が敵航空部隊だ。
せいぜいがセスナ並みの速度しか出せないドラゴンとペガサスの集団だろうが。
とはいえまあ、頭上から火炎や石材を投下されてはたまらない。
駆除してくれるのはありがたいことなんだろうな。
目の前のこいつらは、手元の戦力でどうにかするしかないか。
「艦隊より砲撃警報!ミサイル来ます!!」
「まてまてまてまてぇ!!退避だ!何でもいいから遮蔽物の陰に隠れろ!」
我慢の限界に達した艦隊からミサイルの支援が来たらしい。
頼むからあの立派な城には当てないでくれよ。
瓦礫の中から目標の人物を探すってのは面倒すぎるからな。
大尉の祈りは天に、というか対地ミサイルのシーカーに届き、ミサイルは頑丈そうな正門に飛び込み、それを一撃で粉砕した。
凄まじい、という他に表現の仕様がない爆発が発生し、砕かれた石材や人体の残骸が舞い上がるのが視界に入る。
825 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:54:48 ID:???
「大尉!危険だから下がって!下がれ!!」
その様子を満足そうに眺めていた大尉を一尉が引っ張り、そのまま物陰へと押し倒す。
次の瞬間には人間サイズの岩石が二人のいた場所を通過し、その後ろにあった木に激突する。
「悪いな一尉」「そう思うのならちゃんと伏せてください」
粉塵と号令、悲鳴が飛び交う中で暢気に会話する二人の前に、飛ばされてきたらしい敵兵が落下した。
重そうな鎧を身につけた彼は、地面に叩きつけられ、肉体構造が衝撃に耐え切れず崩壊し、もちろん耐えられなかった鎧と共によくわからない物体へと変化した。
盛大に血を浴びた二人は、悲鳴を上げるわけでも激昂するわけでもなく立ち上がった。
「軍曹、負傷者はいるか?」
「一曹、ウチはどうだ?」
二人は奇妙なほどに冷静な口調で下士官に尋ねた。
「はい、ご安心下さい。誰一人欠けることなく戦闘続行可能であります」
「なんとか全員生きています。まだ行けますよ」
二つの軍隊の下士官は、次々と入る部下たちからの報告をまとめて伝えた。
結構な爆発ではあったが、奇跡的に死者は無し。
敵軍は頼みの綱であった城門を失い大混乱。
「よろしい、ならば前進だ。敵に立ち直る時間を与えるな。行くぞ!」
「我々も前進する。海兵隊に遅れを取るな」
826 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:56:05 ID:???
武器を構えた兵士たちは前進を開始した。
破壊された門からは、いち早く立ち直れた古兵たちが飛び出してくる。
的確に状況を判断し、瓦礫を避けつつこちらへ向けて突撃を開始する。
遥かな昔ならば、ここで目を背けたくなるような凄惨な戦いが繰り広げられたであろう。
ところが、そこで起きたのは、極めて事務的に行われた現代の戦闘だった。
前進していた兵士たちは、上官の命令を待たずに遮蔽物へと隠れ、発砲を開始。
自動小銃と軽機関銃が唸りを上げ、敵兵たちは回避行動すら取らずに殲滅された。
「前進再開!城門を超えるぞ!!」
辛うじて生き残った数名が退避していくのを見つつ、一尉は命令した。
周囲には燃え盛る残骸と舞い上がる粉塵、BGMは悲鳴と絶叫。
その中を、陸上自衛隊とアメリカ合衆国海兵隊は突き進んでいった。
目指すは謁見の間。
現地民からの情報によると、敵の国家元首はそこで軍議を開いているらしい。
城内に突入すれば、そこまでは階段を二回登ればいいだけという情報だ。
「気合を入れろ!あと一息だ!!」
一尉の叫びに、全ての兵士たちは足を速めた。
827 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:57:19 ID:???
西暦2020年1月30日 08:32 連合王国王都郊外 王城の北西2km
「突入した部隊は敵の司令部を制圧したそうです」
草が突然喋った。
よく見ると、そこから何か、細長いものが伸びている。
「敵の国王はやはり逃亡した後のようです。
敵軍司令部は壊滅、現在首都内では勧告に応じない相手に掃討戦が行われているようです」
「周辺に異常なし」
「情報どおりならばここに来るはずだ。見逃すなよ」
「了解しました」
いくつかの草が動き、そして再びその場は静かになった。
「周辺に異常な・・・前方250、数16」
何か金属が擦れる音がかすかに聞こえる。
そして、その場は静かになった。
やがて、大地を力強く踏みしめる音が連続して聞こえてくる。
現れたのは、豪華な馬車を二台連れた、騎兵の集団だった。
先頭を突き進んでいた数頭の馬が戸惑ったように立ち止まり、そこに乗っていた男たちは剣を抜いた。
豪華な馬車が止まり、そこからも剣を持った男たちが出てくる。
馬車を囲むようにして進んでいた騎兵たちも停止し、やはり剣を抜く。
周囲は静かだった。
命令も、怒号も、鳥の声も、足音も、何も聞こえなかった。
そこは、静か過ぎた。
828 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 15:58:47 ID:???
「何者かは知らんが、姿を見せよ!我らは栄光ある連合王国近衛騎士団である!
素直に下れば命は助けよう!下らぬのであれば、討つ!」
大声で警告を発したのは、近衛騎士団21代目騎士団長である。
彼は幾多の反乱で常に最前線を駆け抜け、連合王国で最も強く、勇敢な男である事で有名だった。
ボンクラ揃いで有名な貴族の子の中で、唯一といってよい、有能な上級士官だった。
彼は公平で、勇敢だった。
指示に従わぬ有力貴族の子の首を跳ね、手柄を立てた平民の兵士に惜しげなく金貨を与えた。
そのような上官の下に、無能な、あるいは臆病な部下がいるはずもなかった。
数代前までは弱兵の代名詞だった近衛騎士団は、生還率と任務達成率の高さで知られる精鋭部隊だった。
普通の敵ならば、名前を聞いただけでも逃げ出すであろう。
飛んでくる矢を切り落とす騎士、ファイヤーボールが飛んでくるのを確認してからでも対応できる魔術師。
命令が下ればゴーレム相手にでも突撃できる勇敢な兵士たち。
近衛騎士団とは、そのような集団なのだ。
だが、相手が悪かった。
そこに展開していたのは逃亡兵狩りを楽しむ盗賊団でも、新たな支配者に寝返ろうとする裏切り者の集まりでもなかった。
世界最強のアメリカ合衆国軍特殊部隊だった。
829 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/26(土) 16:01:55 ID:???
電波で命令が下され、そして銃撃が始まった。
何かが破裂するような音が連続して聞こえ、音の速度を超えて飛来した銃弾が騎士団長に命中した。
命中弾は五発、頭部に一発、胸部に二発、下腹部に二発である。
脳を含む重要な臓器を一瞬で破壊された騎士団長は、32年4ヶ月の命を散らせた。
「騎士団長!」
騎士団長は、巨大な見えない手で殴り飛ばされたかのように馬上から吹き飛ばされた。
大声を上げて彼に駆け寄ろうとした臨時団長補佐は、急激に体が重くなっていく感触に気づいた。
それは、重力を操る魔法ではなく、彼の手に命中した銃弾が動脈を吹き飛ばした事が原因だった。
そのまま彼は、地面に向けて勢い良く突撃した。
起き上がる事は、二度となかった。
部隊を率いる二人が一瞬で戦死したが、残された騎士たちに、それを慌てる時間的余裕は与えられなかった。
発砲は繰り返され、その度に騎士たちは頭部に、腹部に重大な損害を受けて地面へと倒れ伏した。
この豪華な馬車を護衛していた全ての人間が打ち倒されるまでにかかった時間は、3分である。
834 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/28(月) 00:20:25 ID:???
西暦2020年1月30日 08:36 連合王国王都郊外 王城の北西2km
「馬車の中にいる奴!出て来い!ゆっくりとだ!!」
護衛部隊は視界に入る範囲内では全て射殺を確認している。
あとはこの馬車の中にいるのが誰なのかを確認し、そして射殺すれば終了だ。
さて、迎えのヘリを早く要請しよう、銃声を聞きつけて敵が集まってきたら面倒な事になる。
叫びつつ別のことを考えるという器用な事をする隊長の前で、馬車の扉がゆっくりと開かれた。
最初に出てきたのはアキハバラにいるような扇情的な格好ではなく、ヴィクトリア王朝時代のようなきちんとした格好のメイドだった。
完全に怯えきっており、瞳には涙を溜めている。
彼女は周囲に散らばる護衛の死体に目を留め、そして勢い良く嘔吐し始めた。
ふむ、これは脅威にはならなそうだが。
自分の娘ほどの少女を射殺する事に罪悪感を感じつつも彼は小銃を構えた。
「待ちなさい!」
凛とした声が拡声器を使ったわけでもないのに周囲に響き渡った。
次に馬車から出てきたのは、見事なプロポーションの女性だった。
それも、コルセットで無理やり腰を締めているようなものではなく、あくまでも自然体のである。
だが、それを見ても隊長はなんとも思わなかった。
強いて言えば、彼女を大地の肥やしにしてしまうことをもったいなく思うくらいである。
835 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/28(月) 00:21:24 ID:???
「馬車から離れろ。両手は上に挙げて、ゆっくりと歩け」
周囲から部下たちが銃を構えて近づいてくる。
国王の娘なのか奥方なのかは知らんが、彼女は毅然とした態度を崩さずに両手を挙げた。
「よーし、他にはいないのか?」
「この馬車にはいないようです!」
「聞こえているだろう!早く出て来い!!」
二台目の馬車に向かった連中が賑やかだ。
どうやら、向こうが本命のようだな。
視線を向けた隊長の視界に、馬車から引きずり出される太った男が入った。
兵士に髪を掴まれ、地面に引き倒されているのは、どうやら話に聞いていた国王で間違いないようだ。
「でかしたぞ」
隊長は笑顔を浮かべつつ国王らしい男に歩み寄った。
兵士の手を払いのけ、男を立ち上がらせる。
「失礼しました国王陛下、お怪我はありませんでしょうか?」
「な、なにものだ貴様ら、私に手を上げてただで済むと思うなよ!」
勇敢な事に、男は大声で隊長を怒鳴りつけた。
だが、言い終えると同時に周囲に倒れる近衛騎士団が視界に入ったらしく、顔を青ざめさせて黙り込んだ。
836 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/28(月) 00:27:28 ID:???
「それで?あなたは連合王国国王陛下で間違いありませんな?影武者や他の人間ではありませんな?」
隊長はあくまでも冷静に尋ねた。
尋ねられた国王は不思議だった。
目の前の男は何をそんなに確認したがっているのだろう?
自分が国王以外の何者でもないことぐらい、考えずともわかるだろうに。
「貴様は何を聞いているのだ?この私が連合王国国王以外の何者だというのだ?」
完全に混乱していた彼は、不幸な事にその回答と周囲の状況から導き出される結論に気づかなかった。
まあ、死の恐怖を感じることなく死ねるというのは、それなりに幸福ではあったかもしれないが。
乾いた銃声と女性の悲鳴が周囲に響き渡り、そしてそこは再び静かになった。
死体が散らばるそこに輸送ヘリコプターが飛来したのはそれから一時間後だった。
栄華を誇った連合王国は、日米合同攻撃隊の襲撃に、一時間三十六分しか耐えられなかった。
844 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 00:18:33 ID:???
西暦2020年1月30日 18:30 日本国 東京都千代田区外神田4−14−1
常時消されている巨大なディスプレイが鈍い音を立てて起動する。
全く先の見えない未来と、電力制限のためにほとんどの商店が閉店しているこの街で、すがるべき何かを求める人々が上を見上げた。
通常の五分の一しか運行していない電車が、薄暗い駅を通過する。
勇ましい音楽が流れ、日本国旗が映し出される。
「日本政府広報!」
ミサイルを放つ艦隊、疾走するホバークラフト、小銃を連射する兵士たちが次々と画面に現れる。
画面が切り替わるごとに人々は歓声を上げた。
吹き飛ぶ港湾、なぎ倒される敵兵。
血しぶきを見ても、人々は歓声以外の何も上げなかった。
「日米合同平和維持部隊は、連合王国に対し積極的な平和維持活動を実施。
日本国民全てに脅威を与えた連合王国政府は、首都陥落と独裁者が排除された事により、1月30日1420時、無条件かつ無期限の停戦に合意した」
一同は静まり返った。
首都の陥落と国家指導者の排除による無条件無期限停戦?
つまり、つまりそれは。
「親愛なる日本国民諸君。
自由と平和を愛する日本国は、圧制を打倒した」
爆発のような凄まじい歓声が上がった。
異世界移転からさほど時間を待たずに死んだ街は、人々の歓声によって一時的に蘇った。
845 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 00:19:52 ID:???
「救国防衛会議は、全会一致で積極的な民主化支援活動を決定。
数日中にインフラの復旧および近代化のための部隊を派遣する。
それと同時に、地域経済の活発化のため、食料の買い付けを大々的に開始する。
この幸運を、親愛なる国民諸君と共に喜びたい。
我々は、平和と友人、そして食料を同時に手に入れる事に成功したのだ」
人々はより一層高い歓声を上げた。
いきなり始まった戦争、それがあっという間に終わり、いつの間にか食料の供給源まで手に入ったのだ。
これを喜べないわけがない。
もちろん彼らは知らない。
その影に、自衛隊の恐るべき作戦がある事を。
846 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 00:21:11 ID:???
西暦2020年1月30日 21:00 日本本土 防衛省 救国防衛会議
「いやはや、国民の皆さんは無邪気ですな」
情報本部から回ってきた資料を眺めつつ、鈴木は愉快そうに言った。
戦争アレルギーが完全に消滅している事を実感した統幕長たちも、安堵の笑顔を見せている。
もちろん、国民に嘘がばれなかったからではない。
夕方の放送は、真実を語っていた。
だが、全てを語っていたわけではなかったのだ。
「知恵が回る奴は直ぐに気がつくだろうな」
「そうでしょうな。その前に次の手を打たないといけません」
統幕長の言葉に鈴木が頷いた。
そして今までこの会議で最も立場の低い、そう、代理で来ている文部科学省の男よりも立場の低い男が口を開いた。
彼は、全国農業共同組合連合会から来ている男だった。
誰もが成果を誇らしげに報告するこの会議の場で、決して彼の責任ではない事で日々言い訳を言わされている男だった。
ちなみに、空気に耐えかねた前任者たちのおかげで、会議発足から一年と経っていないのに、16代目連絡員だった。
「先ほど報告が入りました。
地質調査チームを中心とする第一次調査班は、舞鶴港を出たそうです。
機材、肥料などを満載した第二次調査班も現在準備を整えています」
「うん、護衛に関しては陸上自衛隊に任せてくれ。
成分的に安全が確認され次第、直ぐに入植を始めないといけない。期待しているよ」
「お任せ下さい。
アメリカ並みの広大な農場を建設してご覧に入れます」
847 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 00:22:02 ID:???
今まで農業活性化を唱えていたばかりに組織内で閑職に回されていた彼は、充実感で一杯だった。
かつて彼は、良くて同情、大抵の場合には侮蔑の表情で見られていた。
JAや農林水産庁で、政府主導による国産農作物の大々的な増産を唱えるという事は、そういう事だった。
今は違う。
誰もが彼の事を気まずそうに見る、眩しそうに見る。
今まで飲み屋で彼と意見を共にしていた若手たちは、喜んで彼の後ろを付き従っていた。
そしてそれを疎ましく思った上層部は、彼を救国防衛会議に送り込んだ。
持つのは一週間か、二週間か?
上層部の人間は楽しみにその日を待っていた。
全ては裏目に出た。
彼は精神も体も病まずに帰ってきた。
武装した自衛隊員を連れて。
「貴方方では日本は救えない。
これは私の意見でもあり、救国防衛会議の決定でもあります」
彼は楽しそうにそう語り、上層部全ての者の地位の保持を交換条件として、物理的に不可能でない限り彼の提案を受け入れさせた。
責任はいらない、だが権限は貰う。
そういう事だった。
責任無き権限、それは実に魅力的なものだった。
その日から、彼の春は始まった。
「当たり前の事だが、言ったからにはやってもらうぞ」
回想に耽った彼を、統幕長の言葉が現実へと引き戻した。
「もちろんです閣下。我々にご期待下さい」
848 名前: 前々スレ909 ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 00:23:09 ID:???
「さて、ところで食料はどうなっている?」
「何も言わないでも彼らは出してくれますが、まだまだ足りませんな。
回収部隊の方はそれなりに成果を上げていますが、もう一頑張りが必要なようです」
当然の事ながら、自衛隊は食料の強制徴収など行っていなかった。
ただ装甲車輌とトラックの集団で、支配者が変わった事を伝えて回っただけである。
一個機械化歩兵中隊と、一個大隊を乗せられるだけの空のトラック部隊は、各地の村で食料を積載しつつ、大陸東部を走り回った。
衛星写真と航空偵察のおかげで、この大陸の通行できそうな地域はわかっていた。
そして、その地域の範囲内にいくつもの街があることも。農地があることも。
だが、それだけではなかった。
殲滅した敵軍の食料庫。
そこには大量の備蓄物資があった。
もう食べる者がいない以上、回収してよろしいですね?
偶発戦闘を終えた現地部隊からの報告に、救国防衛会議は狂喜した。
かくして、首都制圧部隊は治安の回復もそこそこに、行ける範囲の敵軍に対する全面攻勢を開始した。
現地住民に可能な限り恨まれず、かつ敵軍の戦力を減少させ、食料を手に入れるための全面攻勢を。
853 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 22:37:29 ID:???
西暦2020年2月14日 23:40 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一分遣隊駐屯地
あぁやっぱりね。
負傷者を満載した車輌部隊が逃げ込んでくるのを監視塔から眺めつつ、佐藤は内心で呟いた。
悪霊だの魔法だの、上層部が真に受けてくれるわけがなかったが、だからとは言っても、その結果を見るのは辛かった。
「受け入れを急がせろ。
それと、本土に緊急連絡、救国防衛会議の誰かが出るまで呼び出し続けろ」
「一尉?」
三曹が怪訝そうに見る。
今日の睡眠は恐らく潰れるというのに、佐藤の声には奇妙なまでの力があった。
「もう我慢の限界だ。
これ以上無駄な犠牲を払うわけにはいかない。
上の連中に現地の状況と敵への対抗手段を認めさせて、何が何でもあそこに展開するぞ」
父親譲りの固い決意を抱いて、彼は無線機を手に取った。
彼の要請は速やかに救国防衛会議へと伝えられ、そして意外な事にあっさりと通った。
二時間後には彼の部隊は石油採掘拠点へと到着しており、ダークエルフの魔術師たちと共に鎮圧を開始していた。
854 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 22:38:12 ID:???
「撃てぇ!」
最新兵器と魔法の組み合わせは、自衛隊の前に立ちふさがる全てを打倒した。
号令と共に発砲される銃弾は肉体を持った敵を粉砕し、空を飛び回る悪霊に対してはダークエルフたちの魔法が放たれた。
戦術というものから程遠いところにいる敵軍は、文字通りあっという間に粉砕された。
ただ一体を除いて。
「撃て撃て撃て撃てぇ!連中に我々の血の重さを思い知らせてやれ!!」
大声で叫びつつ佐藤は最前線を突き進み、必死にその脇を駆け抜ける三曹が周囲に目を光らせる。
<管理棟正面です!敵の抵抗激しく殉職多数!増援を!!>
無線機から悲鳴が流れ出る。
すぐさま佐藤は部下たちを率い、そこへと向かった。
既に周囲には敵の姿などない。
856 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 22:50:12 ID:???
「一尉!助けてください!」
今まで何故か敵を寄せ付けなかった管理棟前には、無数の死体と骸骨が合わさって出来た醜悪な化け物がいた。
垂れ下がった片腕から血を流した陸士長が悲鳴を上げ、直後に飛んできた頭蓋骨によって絶命する。
「なんだ、なんだありゃあ」
誰かが漏らした呟きが、一同の内心を代弁していた。
その巨大な化け物は、管理棟の二階まで届こうかという巨大な物だった。
小銃弾程度では歯が立たない。
「撃てぇ!」
それでも佐藤は命令を下した。
こんなものを見て、何もしなければ精神が狂ってしまう。
彼の意見に同調するところ大だった部下たちは、言われるまでもなく発砲を開始した。
嫌な音を立てて銃弾を受け取る化け物。
それの返答は、人体のパーツだった。
小銃を握り締めた手が、恐怖に歪んだ頭部が、半長靴を履いたままの足が、勢い良く飛び出し、数名の陸士を殺傷する。
「あれは、あれは」
恐怖に歪んだ声を出したシルフィーヌが、飛来する死体を気にせず叫んだ。
「逃げて!あれはゾンビロードよ!!」
857 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 22:51:49 ID:???
「ぞんびろーど?」
彼女を物陰へと引っ張り込みつつ佐藤は訪ねた。
「ただのゾンビとは違うのか?」
「全然違います」
怯えた表情のまま彼女は答えた。
「ゾンビロードは、怨念が凝り固まって出来た化け物です。
あれに殺された人間は、いずれあれの体の一部となります。つまり」
「時間が経てば経つほどに、強く、巨大になってくるわけか」
その証拠に、殉職した自衛官たちの死体が、何かに吹き飛ばされたかのような勢いでゾンビロードの肉体に飛び込んでいく。
正面装甲は二割増しかな。
頭の中の、どこか冷静な部分で佐藤はそう考えた。
もちろん体は悲鳴を上げつつ、小銃を連射している。
「ききませんっ!一尉!伏せてください!!」
三曹が必死に佐藤を瓦礫の影へと引っ張る。
他の陸士たちも彼を引っ張り、そして佐藤が瓦礫の影に身を隠すと同時に、コンクリートに人体が激突、湿った音を立てて潰れた。
858 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 22:53:58 ID:???
西暦2020年2月15日 02:05 ゴルソン大陸 石油採掘拠点
戦闘はこう着状態だった。
瓦礫や建物の影に身を潜めた自衛隊隊員たちに、その後殉職者は出ていなかった。
だが、残り一体になった敵は、元気良く攻撃を続けていた。
「畜生、なんとかならんのか」
物陰に身を潜めたまま、佐藤は忌々しそうに呟いた。
自家発電装置によって照明が途切れていない無人の管理棟に照らし出された敵は、声のようなものを上げつつ攻撃を続行している。
と、唐突に照明が消えた。
誰も燃料を補給しなかったために、遂に発電機が止まったのだろう。
草木も眠る丑三つ時。
だが、目の前に化け物がいる以上、幽霊に怯える必要はない。
とはいえ、幽霊にはそんな事は関係なかった。
「いちいっ!」
三曹が可愛らしい叫び声を出す。
指差す方を見ると、管理棟の窓という窓に人影がある。
一階から三階まで、全ての窓に自衛隊員らしい人影があり、不思議な事に、敵はそのことに気づいていないようだった。
「誰だ?どこの部隊だ?」
佐藤は部隊の特定を試みた。
しかし、管理棟内にいる隊員たちは、一言も発さず、そしてうつむいているために顔もわからない。
859 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 23:00:30 ID:???
「誰なんだあいつらは」
佐藤が呟いた途端、状況は動いた。
うつむいていた自衛官たちは、一斉に窓を『すり抜け』、化け物へと取り付いた。
髑髏を投げ捨て、死体を引き剥がす。
突然襲い掛かられた化け物は、死体の集合体である腕を振り回してそれを追い払おうとするが、幽霊に物理攻撃は通じない。
必死の抵抗も空しく、化け物は徐々に形状を変化させた。
「一尉!見てください!!」
胴体を強制的に解体されているゾンビロードの、その胸の中に一つの腐った死体があった。
生前はさぞかし良い暮らしをしていたのだろう。
腐った肉や血液に犯されてもなお仕立ての良さを感じさせる服装。
頭部が特に破損しているが、とにかく肉つきの良い体。
佐藤は知らなかったが、それは打倒されたはずの圧制と貧困の原因、連合王国国王だった。
それを見た彼は、誰に言われるまでもなく理解し、そして命令した。
「撃てぇ!真ん中の奴だ!!!」
彼の命令に、部下たちは従った。
860 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM 2006/08/31(木) 23:03:09 ID:???
・・・そして戦闘が終わったとき、彼らは目にしたのです。
自分たちを助けてくれた英霊たちが、空へと登っていくのを。
かくして英霊は去り、日本と民主主義は守られました。
建物へと入った彼らは、直ぐに理解しました。
建物の中に作られた、護国神社。
それは内側から破裂したように壊れていました。
まるで、無数の普通科隊員が飛び出したかのように・・・
皆さんもゴルソン大陸で窮地に陥った時には、この地に散った英霊の事を呼んでみてください。
ひょっとしたら、もしかしたら、英霊が、あなたの事を助けてくれるかもしれません。
ゴルソン大陸冒険ガイド P241 自衛隊の目撃した神秘その33より抜粋