552 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/02/07(木) 21:55:45 ID:???
西暦2021年2月1日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地

「これはこれはこれは」

 懐かしの任地へと帰還した佐藤は、愉快そうな声音で言った。

「俺はどこかで道を間違えてしまったのかな?」

 彼の眼前には、強固なコンクリートと金網で構築された巨大な城壁が見える。
 その壁はかつてのゴルシアの町を覆っており、さらに視界に入る様々な場所に広がっている。

「ゾンビ渦対策ですよ」

 助手席に座った二曹が答える。。
 先の戦乱で一番恐ろしかったのは、地上を走り抜ける化け物の群れだった。
 それらは肉体の一部を銃弾で打ち砕かれようと疾走を続け、陣地へと殺到した。
 もちろん火力を集中すれば勝てない相手ではなかった。
 しかし、全周へ向けて満足な火力を投射できるはずもない。
 血の教訓から生み出された回答がこれだった。
 昔懐かしの要塞。
 人類の生存圏を固守するためには、それが一番だった。
 頑丈な城壁と綿密に構築された火制ゾーン、あちこちに設置された銃眼。
 要塞こそが、古風な戦術を取る敵軍へ対処する唯一の現実的手段だったのだ。

553 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/02/07(木) 21:56:22 ID:???
「先の戦役の教訓として作られたようです。
 まあ、未だ内部は建設途中なんですけどね」

 助手席から振り返りつつ二曹が答える。

「今のところは前線の拠点だけですが、いずれは全ての市町村で建設されるそうですよ」
「よく財源が持つな」

 佐藤は当たり前の感想を漏らした。

「誰しも死にたくはない、そういう事なんでしょうね」

 汚職も不正も許さない。
 公務員は国益と国民の生命財産の保全に全力を注ぐべし。
 嫌ならば退職し、金を返せ。
 それも嫌ならば・・・
 救国防衛会議は、未だそのようなお題目を維持し続けられる求心力と支配権を有していた。
 そして、たったそれだけの事をするだけで、国防費には随分の余裕ができていた。

554 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/02/07(木) 21:57:26 ID:???
「前線で戦う我々からすれば嬉しい話だ。
 それで、住民からの反対は?」
「化け物の出現と同時に城門の前へバリケードとキルゾーンを構築し、最後まで住民の受け入れと死守を行った自衛隊にですか?」

 二曹は愉快そうに笑った。

「そんな非国民は、まず最初にここの住民に殺されますよ」
「それは心強い」

 佐藤も愉快そうに笑い返した。
 どうやら、この駐屯地の留守を任せた連中は、期待以上の仕事をしてくれたらしい。

「まあ、犠牲がなかったわけではないんですけどね」

 車列は真新しい墓石の集落を通過する。
 いずれにも、日本名が刻まれていた。

「12人だったかな」
「さらに2名が、本土で入院中です」

 無理をすれば、どこかで犠牲が出る。
 その当たり前の事を、この地に残された部隊は人命という形で証明していた。
 日本国籍も、選挙権も持たぬこの地の非戦闘員のために。

555 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/02/07(木) 21:58:00 ID:???
「もう一個中隊をここへ派遣するというのは本当なのでしょうか?」
「本当だろうな。まあ、新兵なのだろうが」

 一行の到着を確認した跳ね橋が、ゆっくりと下ろされる。
 城壁の上に武装した自衛隊員たちが現れ、平和そのものの町を警戒する。

「うん、よろしい」

 佐藤は満足そうに呟き、車列が前進するのを待つ。
 城門の上を見ると、鉄板が剥き出しになった粗末な小屋が見える。

「敵軍が相手ならば、あそこからズドンか」
「弓矢に対する教訓、にしては物々しいですね」

 見たところ、城門の上の小屋は単なる詰め所ではなく、防備された機関銃座のようだ。
 城壁はそれなりの厚みがあったはずだから、スペースから考えてかなりの量の部品と弾薬もストックされているのだろう。
 佐藤はさらに満足した。

「防空を除けば、ここはとても安全な駐屯地ですよ。
 まずはリハビリに力を注いでください」

 車列が止まり、二曹はそう言いつつドアを開けた。 

556 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/02/07(木) 21:58:57 ID:???
西暦2021年2月15日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地

「・・・それでは、失礼いたします」

 報告を終えた行政官が退出していく。
 日本政府に正式に市町村の運営を許可された行政官は、厳しすぎる規則と、この世界では破格の報酬によって人気職となっていた。
 それは管轄する自衛隊指揮官の独断によって任命され、1年単位の短い任期と厳しい監査機関によって成る制度だった。
 もちろん足を引っ張りたがる対立候補による妨害もあるが、成果主義による評価制度により、それなりの効果を出していた。
 盗賊や反日勢力には躊躇なく向けられる銃口が、些細な汚職で後頭部に突きつけられるのだ。
 このような理不尽な制度に志願するのは、本気で発展を望むものか、あるいは協力者と自身に過大な信頼を置くものだけである。
 結果として、制度は順調に機能していた。
 救国防衛会議は、良き前例を作り出すためならば、多少の犠牲は無視する姿勢だからである。
 
「今度の行政官は無能ではないようですね」

 報告書を眺めつつ、総務省派遣監督官が言う。
 
「前の人間は、明らかなグレザール派の人間でしたからね」

 公安調査庁派遣監督官が答える。
 
「あんなに役に立つ人はそうそういなかったんですけどね」

 愉快そうに笑いつつ続ける。
 佐藤の不在時に任命された前任者は、不穏分子の摘発に非常に有用だった。

557 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/02/07(木) 21:59:38 ID:???
「だからって、142人も処刑する必要はあったのか?」

 未だにかなりの数量がある報告書を見つつ佐藤が答える。
 彼はこの町の行政監督官であり、この駐屯地の司令官だった。
 代理の人間が勤めてはいたが、それでも責任者は彼だった。
 当然、戦闘や負傷や休養は関係なかった。

「あれでも押さえた方なんですよ」

 公安調査庁派遣監督官は答えた。

「おかげで日本国籍を持った不穏分子も処理できましたし。
 本当ならば彼の業績に答えて、処刑は銃弾ではなく戦車砲弾を使いたかったくらいです」

 笑顔でとんでもない事を言い放つ。
 しかし、この世界に来た日本国の立場を考えると、彼の持つ役職の重要さと発言力は計り知れない。
 誰もが容易に入手できる、あるいは提供できる情報は、日本国を滅ぼしかねない。
 冷戦中に固体ロケット技術やレーダー技術を提供するのとはわけが違う。
 先進的な製鉄の技術を漏らすだけで、前線の自衛隊員が受ける敵の圧力はかなり変わる。
 ちょっとした政治に関する教訓だけで、100年後の世界情勢は激動する。
 遙かな未来から現れた日本人の持つ情報は、この世界の全てを変えかねない。


863 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:45:33 ID:???
西暦2021年2月15日 13:01 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地

「特に厄介なのは、人道主義者ぶった日本人ですよ。
 この大陸に渡るのにもそれなりの規制があったはずなのですが」

 彼の言うそれなりの規制というのは、一週間近くかけて行われるその人物の素行調査の事を指している。
 小学校1年生の担任にまで遡って行われるその調査は、人権やプライバシーという言葉が国益よりも優先された時代を嘲笑うものだった。
 それですら、潜在的な売国奴の駆除には不足している。
 救国防衛会議の恐怖感は相当のものだった。
 何しろ、敵は罪悪感もなければ、それが悪行であるという認識すらないのだ。

「全ての人々に平等な人権と生活を」

 公安調査庁派遣監督官は歌うように言った。
 彼にとって、国益を損ねる存在は、いらないひと、だった。

「理想と妄想だけで物事を語る人々には、それなりの場所をご用意しようとはしているんですけれども、予算と時間が問題でして。
 まあ少なくとも、現在導入されている公開処刑と密告の奨励は効果があったようですがね」

 売国奴は調査の後に適切な処理をする。
 密告者には優先配給権を与える。
 虚偽の申告は強制労働。
 小学生の考えたような刑罰ではあるが、できる限り公平に厳格に適応しようとした場合、それは恐るべき効果を発揮する。

864 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:46:01 ID:???
「本当にあった怖い話も結構だが、宣撫工作は大丈夫なのか?」

 書類に決済印を押しつつ佐藤が尋ねる。
 
「この町に対しては大丈夫です。
 本土の方は私の同僚たちが上手くやってはくれているようですが、残念ながら完全とはいかないようですね」

 つい先日も、プリンタと暗号化したHDDを用意し、機密扱いの情報を持ち込もうとした不穏分子が魚の餌になったばかりである。
 その人間は、正規の手続きと調査を経て大陸へ派遣される予定のとある技術者だった。
 
「どうしても、強力な全体主義というものは望まれないようでして」

 公安調査庁派遣監督官は続ける。

「下らない主義主張を振りかざす時間があったら、田畑を耕していれば少しは役に立ったのに。
 馬鹿な連中です」

 楽しそうに言いつつ、彼は書類をめくった。
 そこには、翌日処理される必要のある人物の名前が記載されている。

「頼むから水際以前の段階でもっと検挙してくれよ。
 我々は国益の拡大と保全、そしてそのために敵兵を射殺する事が任務なんだ。
 守るべき人々から敵を見つけ出す事はそんなに得意じゃないんだよ」

 佐藤は困ったように言った。
 実際に困ってはいるが、もちろん彼は引き金を引くべき時を理解している。
 国益と、国民の生命財産の保全と発展に必要ない者は、公務員として生きている必要がない。

865 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:46:38 ID:???
 佐藤だけに限った話ではない。
 この世界に来た公務員たちは、様々な経験を経てそれを了解していた。
 というよりも、了解できなかった人間たちは、公務員の職を解かれていた。
 あらゆる意味で余裕を失った日本国政府、正しくは救国防衛会議は、そうする必要があった。

「大陸への浸透は、極力は本土の同僚たちが何とかしてくれるはずです。
 ですが、力及ばず入ってきた場合には、申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」

 書類から目を離し、佐藤の目を見つつ公安調査庁派遣監督官は言った。

「予算の大半は自衛隊の皆さんに持っていかれてはいますが、我々も努力は怠ってはいません」

 暗い目をして笑顔を浮かべつつ、公安調査庁派遣監督官は続けた。

「いろいろと、活動を続けております。
 ご安心下さい、いずれ皆さんを困らせるような事はなくなるでしょう、ずっと」

 なんと答えたらいいか悩む発言ではあったが、佐藤は笑顔になった。
 どうやら、近い将来に問題の発生はなくなりそうだと理解したからだ。

「それはありがたい、よろしく頼むよ」

 佐藤は朗らかに答えた。

866 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:47:05 ID:???
西暦2021年2月16日 12:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街

 国益や最大多数の利益に反する存在には容赦しない一方、真っ当な日本国民に対する手当と配慮は並々ならぬものがあった。
 当然といえば当然である。
 国家や自治体という存在は、税金によって運営されている。
 従って、公務員たちはその所属階級を問わず、全てが税金によって給与や賞与、手当を与えられる形になる。
 そんな彼らにとって、日本国民という存在は老若男女を問わず、いわば雇用主的存在である。
 雇用主に従わない、あるいは雇用主に損害を与えるような事など、労働者としてあってはならない事である。
 そう言った観点から、彼らは判断し、行動していた。
 もちろん、救国防衛会議という絶対的存在が彼らの後頭部に常に銃口を向けていたという事もあるが。

「我々は良識ある日本国報道関係者として行動する」

 佐藤たちのお膝元、ゴルシアの街にはこの日、そんな最大多数の利益に反する存在がいた。
 彼らは自分たちの主義主張こそが正しく、そして平和につながっている。
 それ以外全ての理論思想主張が間違っており、戦争へつながっている。
 そんな思想に染まった、戦闘的平和主義者と呼ぶべき、あるいは平成時代の汚物と呼ぶべき存在だった。

868 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:48:08 ID:???
「なぁ、ちょっと待ってくれよ」

 そんな一団の中。抗議に近い声音で声を上げた男がいた。
 報道の腕章を付け、それなりの性能を持つデジタルカメラを首から提げた男だった。

「俺は今回の活動を全面的に知っている訳じゃないんだぞ。
 報酬の話もまだ決まっていないし、そもそも何をすればいいんだ?」

 袖口が痛んでいる防寒着を纏い、それでも目は油断無く周囲を伺っている男が尋ねる。
 年齢は31歳、海外を駆けめぐった経験から体は鍛えられており、経年による色気を醸し出している。
 強い意志を感じさせる顔つき、日本人離れした体つきをしている。
 彼は日本人戦場カメラマンとしてそれなりに名の知られた男だった。

869 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:48:29 ID:???
「決まっているわ」

 一同のリーダー的女性が答えた。
 彼女は野党の名の知れた幹部の長女だった。
 男性に生まれていれば、今頃は二世議員として与党相手に噛みついてくれただろうと期待された人材だった。
 本人の意向もあり、政界入りはせず、現在は与党の汚職やスキャンダルを指摘する、野党のための国民の代弁者的存在だった。

「私たちは現在の与党的存在である救国防衛会議が隠している、日本国の国家的危機を暴くためにここに集まっている。
 彼らは自分たちの考えが、絶対に正しいと盲信している。
 それを国民たちにも信じさせようとしている。
 私たちは、そんな事はないと声を上げるため、ここに集まったのよ」

 今年30歳になったばかりの彼女は、ますます美しくなる一方の顔を興奮で染めつつ続けた。

「信治、貴方はそんな事でいいと思っているの?
 救国防衛会議の考えこそが全ての日本国で、本当にいいと思っているの?」
「そりゃあまあ、今の軍事政権の連中がやっている事が100%正しいとは言わないさ。
 でも、ある意味しょうがないところはあるんじゃないか?」

 彼はあえて場の空気を読まずに言葉を続けた。

870 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:48:50 ID:???
「確かに軍事政権は素晴らしいものだと叫ぶ気はないさ。
 人権どころか人命すら軽くなっている世の中が住みやすいというつもりもない」
「だったらなんだっていうのよ!?」

 苛立った様子の女性が叫ぶ。
 彼女は信じられなかった。
 大学時代にいわゆる親密な関係になり、その後も密接な関係を保ってきた男が、自分の意見に反対しようとしている。
 彼女にとって、それは大変に不快な事だった。
 
「強圧的な政府は、民主主義的観点から見ればあってはならないものだ。
 それは俺にもわかる。
 だが、今の日本国を取り巻く現状は、国内外を問わずにそれを許す状況じゃないのか?」
「どういう意味よ、それ」

 押し殺した声で彼女は尋ねた。

「国民生活の統制なしに、今の状況はありえなかった。
 鉄砲と戦車による、躊躇も遠慮も例外もない恐怖によってのみ、この国は崩壊から免れられた。
 そういう考え方は、ないか?」

 彼の言っている事は、国民とその生活を保全するためならば、国家にも緊急避難が認められるという考え方だった。

871 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:49:14 ID:???
「まさか貴方までそんな危険思想に毒されているなんてね」

 彼女は言った。

「本土でもこの地でも起きた先の争乱は、現政権と自衛隊の能力を上回っていた。
 彼らは野蛮な突撃と後先考えない攻撃で偶然勝てたに過ぎないわ。
 この世界では、日本の科学技術だけでは生き残れない敵がいる」

 彼女は、父親が存在していた頃に構築した情報網によって、それを知っていた。

「私たちは、国民へ正しい情報を伝える必要があるのよ。
 救国防衛会議は自分たちが対処できない事を隠そうとしている。
 国民たちへ真実を隠そうとしている。
 私たちは、それを暴こうと、何も知らない国民たちへそれを教えてあげようとここへ集まっているのよ」

 興奮で上気した顔を笑顔で歪め、彼女は演説を続けた。

872 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:49:34 ID:???
「それはジャーナリストとしてやらなければならない事よ。
 信治、どうしてそれがわからないの?」

 大げさなジェスチャーで彼女は尋ねた。

「そんな事を国民へ知らせてどうする?
 対処のできない強敵が存在する事を知って、国内にどんな影響がでるか考えないのか?」
「そんな事は国民が考えて判断すればいいのよ。
 日本は民主主義国家なんだから」

 当事者意識が皆無の回答を聞いた彼は、全てを諦めた。
 付き合いの長い彼女との今後も、ここに集った見知らぬ同志たちの今後も。
 そして答えた。

「俺は、そんな無責任なジャーナリズムにはつきあうつもりはない」
「だからこそ、民衆と責任を分かち合うために、この地へきたんじゃない」

 彼女は矢継ぎ早に言葉を続けた。

「この地で大衆行動を起こし、それを報道し、日本国民を行動させるために」

873 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2008/03/16(日) 22:50:22 ID:???
 結局の所、公務員でも民間人でもない報道機関の人間という立場で、名を残したいだけなんだな。
 彼女の言葉を聞いた彼は、心の中で思った。
 知る必要のない事を暴き、必要十分以上に騒ぎ立てる。
 そんな事をして、国民にどのような得があるというのか。

「知らしめ、行動させるのは、解決策が見つかってからでもいいんじゃないか?
 年金や財源の話とは訳が違う、生きられないかもしれないという話だぞ。
「だからこそ、知る権利が国民にはあるのよ!
 そして、私たちは国民へ知らしめる義務があるのよ!」

 遂に彼女は絶叫した。
 だが、そんな彼女の魂の叫びを無視し、彼は続けた。
 
「国民を混乱に陥れてどんな意味があるというんだ?
 折角安定し始めた国内を、再び混乱に陥れかねないぞ」

それはいわゆる正論という物だった。
 大抵の物事にはタイミングというものがある。
 そして今は、そのような事を楽しんでいられる時期ではない。




407 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:46:47 ID:???
ある村での失敗

「気に食わんな」

 富永一等陸尉は、完全に水溜りへ沈んでいる車輪を眺めてそう言った。
 現在彼の率いる小隊は、与えられた任地へと移動する最中だった。
 目的地はこの先10kmほどの地点にある砦。
 海に面した箇所にあるそこは、この付近一帯の海岸を見張る拠点として最適だった。

「歩きますか?」

 既に背嚢を背負っている三曹が尋ねる。

「それは当たり前だが、気に食わん」

 三曹は軍用輸送車両の大きな車輪を完全に飲み込む水溜りに目を向けると、素早く答えた。

「自分も全く同意します。
 ですが、まずは拠点へ移動するのが最善かと」

 目深に被ったヘルメットの影から一尉の視線が周囲に向かう。
 次の瞬間、彼は声高に叫んだ。

「荷物を取り出し、ゼロ警戒態勢で移動する!こんな平原で敵なんかいるわけないんだからな」



408 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:47:18 ID:???
 車両を放棄した一同は、警戒態勢を取りつつも目的地へ向けて歩き続けていた。
 既に周囲は暗くなっており、街灯などあるはずもない道端は闇の中へ沈もうとしている。

「そろそろ限界だな」

 いい加減先頭を歩く隊員の後姿も見えなくなってきた頃に、一尉は呟いた。

「全員スター・ライトスコープを着用!」

 上官の意思を理解した三曹が叫び、一同は命令を正しく理解して暗視装置を装着した。
 全員の装着を確認し、一尉と三曹も手早く装着を済ませる。
 わずか二分ほどで一同は行軍を再開した。

409 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:47:53 ID:???
「これはまさに魔法だな!」

 途端に陽気になった一尉が隣の三曹に笑いかける。

「この緑の世界は最高ですよね!」

 三曹も愉快そうに返す。

「ああ!これさえあればなんだって見える!
 前を歩いている奴のケツだってな!」
「それはそうです、これで見えないものなんてあるはずがありません!」

 そんな二人を無視し、隊員たちは重い機材を担ぎ、抱え、引きずりながら進み続ける。
 やがて、前方に微かな明かりが見える。
 しかし誰も気づかないのか、彼らは声も上げずに進み続ける。

410 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:48:37 ID:???
「おい、あれ、明かりじゃないか?」

 随分と光源に接近してから、一尉はようやく声を上げた。
 隊員たちが驚いたように「本当だ」「明かりがあるな」と勝手に私語を始める。

「助かった、きっと誰か人間がいるぞ。
 わけを話して道を教えてもらおう」
「そうですね、なあに、頼み込めばきっと教えてくれるでしょう」

 一尉の提案に三曹も同意する。
 
「もう少しだ!頑張って歩こう!」

 一尉が声を張り上げ、一同は歩みを速める。
 先ほどの敗残兵のような重い足取りではなく、確かな歩幅と軽やかともいえる歩調で。


412 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:49:06 ID:???
深夜 村の入り口

「祭り?」
「そのようですね。しかし、なんとも賑やかだ」

 ようやく村の入り口へ到着した彼らの眼前では、賑やかな祭りが佳境に入ろうとしていた。
 全裸の若者や若い女性たちが酒を飲みつつ踊り、それを周囲の者たちが聞いたことのない歌で盛り上げる。
 決して綺麗とは言えない小屋が立ち並ぶ村の広場は、一歩間違えば乱交パーティーの現場だった。

「なんだいあんたら」

 酒瓶らしいアルコール臭のする小瓶を持った男が一尉に近寄る。
 泥酔による判断力の低下がなせる業なのか、その表情には警戒心の欠片も感じられない。

「この付近にあるはずの砦に用があるものです。
 何かご存知でしょうか?」

 その言葉を聞いた男は、途端に笑顔になり村人らしい人々に声をかけた。
 
「おおいみんな!新しい領主様だぞ!!」

 男の叫びに、人々は笑顔と歓声で答えた。

414 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:49:41 ID:???
 戸惑う一尉たちの周囲に人々が集まる。
 男もそうだが、若い女性たちはさらに困る。
 何しろ手を伸ばせば触れる距離に、完全無修正の金髪美女たちが勢ぞろいしているのだ。

「俺たちは幸せ者だな三曹」
「そうですね一尉」

 鼻の下を伸ばした上官二人は天にも上る気分でそうコメントした。 
 上官が上官ならば部下も部下で、異文化コミュニケーション万歳と叫んでいる愚か者までいる。

「あー代表の、村長はおりますか?」

 できるだけ女性たちを見ないように一尉は言った。
 すぐに萎びた老人、もちろん全裸の、が現れる。

「ワシが村長ですだ」
「我々は日本国陸上自衛隊の者です。
 この先の砦を接収するために来ました。
 道案内できる方を貸していただきたいのですが」
「私に任せて村長さん」

 会話に割り込んだのは、やはり全裸の美女だった。
 長い髪、細かい描写はできないが見事な体型の、国内ならば人気沸騰の、これまた金髪美女だった。


416 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:50:31 ID:???
「おお、あなたならば問題ない、頼みましたよ」
「任せて村長。さあ、道は暗いけど早速いきましょう?」

 にこやかに告げた彼女の耳は、尖っていた。
 そこから先は一瞬だった、全員が荷物を捨て、小銃を構える。
 狙いをつけ、引き金に指をかけ、一尉は撃つなと辛うじて叫べた。

「撃つなよ、撃つなよ、絶対に撃つなよ」

 そう命じつつ、しかし照準を外せとは命じない。

「失礼ですが、なぜエルフがここに?」
「私たちは第三氏族ではなく、誇り高い第七氏族よ。
 聞いたことは?」
「第七氏族?」

 一尉は不思議そうに言った。
 必死に思い出す素振りをする。
 まるで演技のようにも見えるが、以外とこういった動作を無意識にしてしまうものである。


418 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/03(木) 00:50:55 ID:???
「なんか、聞いたことはあるな」
「そう、私たちは第七氏族は、真理の追究と実践を目的としているわ」
「それと全裸である事には密接な関係が?」

 一尉は怪訝そうにたずねる。

「当たり前よ。精霊の息吹を感じるには、こうして邪魔なものを取り払うのが一番なのよ。
 ところで」

 そこで彼女は自衛官一同を見回した。

「見てくれるのは女として嬉しいけれど、引き金に指をかけて、というのは穏やかじゃないわね」
「あ、ああ、これは失礼」

 一尉は慌てて隊員たちに狙いを外させた。
 命令に従って銃口を下げるものの、誰も安全装置をかけようとはしない。

「そうしてくれると助かるわ」

 銃口を向けられないだけで彼女は安心したらしい。
 緊張が全くない笑顔で言葉を続ける。

「領主様たちをお城へと案内するわ。
 私についてきてちょうだい」

 こうして、彼らは一連のファーストコンタクトを無難にクリアした。




863 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2008/03/16(日) 22:45:33 ID:???
西暦2021年2月15日 13:01 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地

「特に厄介なのは、人道主義者ぶった日本人ですよ。
 この大陸に渡るのにもそれなりの規制があったはずなのですが」

からでした。
大分分割愛スマソ。

519 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/06(日) 20:18:42 ID:???
「出て行って」

 彼女は感情を感じさせない声音でそう言った。
言いつつ、ポケットの中に納めた小型密造拳銃に手を伸ばす。
 戦場で虐げられる人々と野蛮な軍隊を思う存分見てきたはずなのに。
 彼女は思った。
 どうして?どうして彼は軍国主義的危険思想を持つ不穏分子になってしまったんだろう。
 この拳銃を分けてくれた奇妙な話し方の革命同志の言葉を思い出す。

「ちゅうちょするだめ!敵全部必殺これわかってます」

 彼が後ろを向いて無防備になったならば、射殺しよう。
 安全装置を解除し、その時を待つ。
 そうしている間にも男は荷物をまとめ、一同へ別れの言葉を放つ。

521 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/06(日) 20:19:21 ID:???
「裏切りごめん、と言っても許してくれないんだろうな。
 でも後ろから撃たないでくれよ」

 彼は奇妙なまでに朗らかな笑顔でそう言い放つ。
 誰もが一瞬あっけにとられたその瞬間にドアノブを勢いよく引き、そのまま壁の陰へと隠れる。
 開いた扉の向こうには、自動小銃を構えた自衛官たちがいた。

「何よあんたたち!!」

 彼女は叫びつつ立ち上がった。
 その返答は銃声だった。



523 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/06(日) 20:19:51 ID:???
西暦2021年2月16日 14:10 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街

「馬鹿じゃないのかこいつら」

 並べられた死体を前に、情報幕僚が毒づく。

「頭のいい馬鹿と悪い馬鹿の一個分隊といったところですな」

 恐怖や驚愕にゆがんだ顔と、隠し撮りされた手元の写真を見比べつつ公安調査庁派遣監督官は答えた。

「これでよし、と。
 8人全員の死亡を確認しました。
 もういいですよ」
 
 手早く写真を懐にしまうと、彼は部下たちに命じた。
 すぐに死体袋を持ったスーツ姿の男たちが現れ、手慣れた様子で回収作業を開始する。

「そう気軽にバンバン殺さないで欲しいな」

 高機動車から降り立ったばかりの佐藤は、口を開くなり面倒そうに言い放った。

「彼らには、生きていられると困るんですよ」

 上機嫌な様子で衛星電話を取り出しつつ、彼は言った。
 そのままどこかへと電話をかける。


527 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/06(日) 20:21:05 ID:???
「はい、はい」

 作業を続ける部下たちを眺めつつ、佐藤は公安調査庁派遣監督官の通話を盗み聞きしていた。

「はい、ご安心下さい。
 我々の関与が発覚する恐れはありません。
 はい、そうです。全員処理しました」

 笑顔で物騒な事を言う。
 それも心底嬉しそうに。
 水筒を口に運びつつ佐藤は思った。
 治安維持活動に関わりすぎると、人間はおかしくなってしまうんだな。

「一尉」

 そんな佐藤へ二曹は声をかけた。

「面倒な連中は消え去ったわけですし、いいんじゃないんですか?」
「奴らの行方を捜しに、絶対に人が来るぞ」

 佐藤は面倒そうに答えた。

「俺は面倒ごとは嫌いなんだ。
嫌だぞ、ここを報道関係者の墓場なんかにするのは」

 搬送される死体を横目に愚痴る。

「大丈夫ですよ」

 報告を終えた公安調査庁派遣監督官が会話に参加する。

528 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/06(日) 20:21:29 ID:???
「彼らの死体はここから少し行ったところにある廃墟で焼却処分される予定です」
「焼却処分?」

 人間の死体に対する表現ではない言葉に佐藤は不思議そうに尋ねる。
 そして、直後に後悔した。

「自由と平和を愛する彼女らは、不運にもこの付近を荒らし回る盗賊に誘拐され、人質になった後に殺害されます。
 そしてその死体は鎮圧作戦に巻き込まれ、盗賊の首領が潜む砦ごと焼かれてしまうのです。
 嗚呼、何という悲劇でしょう!
 自由と平和を運ぶ伝道師たる彼女らには、この世界は野蛮すぎたのです!!」

 大げさな身振りで叫ぶ公安調査庁派遣監督官。
 いつの間にか来ていた馬車に死体が積み込まれていく。


535 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/04/06(日) 20:24:13 ID:???
「拠点を落とすのにはそれなりの苦労が伴う訳なんだが。
 俺たちがそれをしなければならない理由があるんだろうな?」

 税金と人命の浪費は冗談じゃないぞ。
 ただでさえここは地の果ての拠点なんだ。
 弱卒一人、拳銃弾一発でも大切に使う必要がある。

「いまだに生き残っている反社会的な報道局で頑張って愛国的な報道をする記者がいましてね」

 タバコを取り出して一服しつつ彼は続けた。
 その記者は民間武装警備員を雇う予算も満足に与えられず、それでも意地で最前線を取材したいと。

「熱意はとてもあるようだが、能力はどうなんだ?
 まあ、民間人を救出するためという事ならばいいが」
「そういう人間は、あの新聞社では取材のイロハも教えてもらえないんですよ。
 まぁ、それ以前に社会人としてどうだという所もありますが、宜しくお願いしますよ。
 ちなみに、現地にいる誰に雇われたのかわからない盗賊上がりの傭兵たちは、全員射殺してかまいませんので」

 それでは、と笑顔で敬礼し、公安調査庁派遣監督官は部下を引き連れて町の中へ消えていった。



155 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/05/28(水) 01:12:18 ID:???
西暦2021年2月16日 18:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街南東10km地点

「動きはありません」

偵察から戻った隊員が報告する。

「驚くほどずさんな警備状況ですね。
 皆殺しにしてくれといっているようなものですよ」

 その後に丁寧にされた報告は、彼の受けた印象を補強するものだった。
 敵は自分たちが何を目的としているのかもわからないような状態で、日本国の管理地域に拠点を設けていた。
 一人で行動している日本人女性を人質に取り、預けられた死体を時間まで地下に保存しておくこと。
 
「それでは始めようか」

 佐藤の言葉を持って、この非常に簡単な鎮圧作戦は始まった。


156 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/05/28(水) 01:12:44 ID:???
 ハンドサインだけで号令を下された自衛隊員たちは、無言と無音を維持したまま砦へ接近した。
 手には自動小銃、足には拳銃。
 戦闘服には手榴弾が取り付けられている。

「3人」

 先頭の陸士が小声で伝える。
 全員が小銃を構え、周辺を警戒する。

<<撃て>>

 無線で短く命令が発せられ、既に照準を済ませていた陸士は引き金を絞った。
 銃声が周囲に鳴り響き、放たれた銃弾は数十メートルの距離を一瞬で飛び越えて若い盗賊の頭蓋骨とその内部を破壊した。

「今の音は何だ!?」
「何事だ!」

 現状を把握できていないらしい盗賊たちの言葉が聞こえてくる。
 先頭の陸曹が突入を命じる。

「なんだあこりゃあ!」

 扉を開けて表に出てきた盗賊が叫んでいる。
 どうやら射殺された若い盗賊を発見したらしい。
 そこへ容赦なく銃弾を叩き込みつつ、自衛隊員たちは突入を継続する。
 無人になった扉の左右に複数の隊員が取り付く。
 年嵩の陸士長が手信号と顎で命じ、二人の陸士が手榴弾を用意する。
 他の隊員たちが扉から顔を背けるのを待ち、安全ピンを外し、一瞬の間をおいて投擲。
 二度の爆発と同時に、爆風と破片が開口部から飛び出す。
 再び陸曹が手信号で突入を命じ、隊員たちは無言のまま突入を開始した。


157 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/05/28(水) 01:13:07 ID:???
西暦2021年2月16日 18:08 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街南東10km地点

「手早かったな」

 まるで演習の後のようにリラックスして戻ってきた隊員たちに佐藤が声をかけた。

「人数も武装も練度も事前に教えられた連中が相手なんです、演習みたいなもんですよ」

 笑顔で陸曹が答える。
 至近距離での発砲か白兵戦でもやったらしく、その顔面には返り血がこびり付いている。

「それで、捕まってた記者は?」

 質問された陸曹はその表情から笑みを消した。
 沈鬱な表情を浮かべ、砦付近で衛生の手当てを受けている女性を見る。

「色々と不愉快な思いをしたようですよ。
 お会いするのでしたら二曹を先頭にしたほうがいいでしょう」
「そのようだな。敵の生存者は?」

 部下たちに撤収の準備をさせていた二曹を呼びつつ佐藤は尋ねた。
 
「全員射殺しました。人数も確認済みです」
「ならいい、二曹、あちらの女性のところへ予備の被服をお届けしろ」
「了解しました」

 女性の状態を見た二曹は、持ち込んでいた予備の被服を片手に女性へと歩いていった。


158 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/05/28(水) 01:14:08 ID:???
「ありがとうございました」

 予備の戦闘服を身に纏い、ミネラルウォーターで顔を洗った女性は、佐藤に弱弱しい笑みで礼を言った。

「いえ、到着が遅くなり申し訳ありませんでした。
 大陸管理局から聞いた話では、我々の駐屯地へ取材にこられたとか?」
「はい、滞在は今日を入れてあと一週間を予定しています」

 この大陸への玄関口に設けられている大陸管理局は、全ての人間に目的と目的地、滞在期間の記録、大陸を離れる際の確認を義務付けている。
 その理由について、表向きには行方不明事件の早期発見のためとなっている。

「民間の方への協力は惜しみません、何かお困りのことがありましたらいつでも門を叩いてください」
「ありがとうございます」

 笑顔でそう告げた佐藤に対し、女性は自分の足元に一瞬視線を落としてからそう答えた。
 逃亡を防ぐためか、盗賊たちは彼女の靴を取り上げ、使用不可能にしていた。

「街中をあれこれと見て回られたいとは思います。
 ですが、この付近は危険です。大変申し訳ありませんが、街までご同行願います」

 そう告げると、佐藤は笑顔で軽装甲機動車を手で示した。

「あ、あの、ありがとうございます!」
「いい記事を書いてくださいね」

 元気良く頭を下げた女性に対して、佐藤は笑顔で答えた。

159 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/05/28(水) 01:14:30 ID:???
「出発するぞ」

 女性を乗せた車両が出てからおよそ10分後、炎上する砦を背後に佐藤は出発を命じた。
 内心では、公安調査庁派遣監督官に対して怒りを抱いている。
 あの男は、日本人女性が拉致され、不愉快な体験を強制されている現場を無視し、後始末を佐藤に命じた。
 彼が一言命じれば、この世界における協力者がそれをやめさせただろうにである。
 
「あのクソ野郎が」
「一尉」

 無表情のままそう呟いた佐藤に、二曹が声を掛ける。

「なんだ?」
「駐屯地からです。施設がヘリポート建設のために来たとか」
「ヘリポート?聞いていないが?」

 書類仕事の遅さに定評のある彼だったが、さすがにそれほど

「とりあえず、戻るまでは搬入にとどめさせます」
「そうしろ。ああ、可能ならば道の舗装を依頼しておけ」

 窓の外を眺めつつ命じる。
 不意に異常を感じる。
 良く見れば、暗い森の一角が不自然に明るくなっている。

「駐屯地に連絡、到着が遅れるとな」

 何気なく彼がそう告げるのと同時に、併走する車両から異常を告げる報告が入ってきた。
 地図では何もないはずの地域で、火災が発生していると。




773 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/06/19(木) 23:59:24 ID:???
西暦2021年2月16日 18:20 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街南東8km地点
 
「なんだこれは?」

 その異常さから調査終了までは発見当時を維持されている死体たちを見つつ佐藤は口を開いた。
 ゾンビや身の毛もよだつ化け物、もちろん通常の死体も見慣れている彼にとってもなお、目の前の光景は異常だった。
 親が子を、子を親が、とは20世紀末から21世紀初頭の事件でよく耳にしたが、それを一つの村レベルで、というのは聞いたことがない。

「生存者はありません、全員が互いに殺しあって死亡したようです」

 集落の中を調べていた二曹が報告する。
 火災のおかげで発見できたこの小さな集落は、自衛隊の製作した地図に記載されていないものだった。
 しかし、そこにあったのは恐らく数時間前までは生存していたであろう人間たちの残骸だけである。

「ですが、これは」
「わかっている、あそこを見てみろ」

 佐藤が指差した先には、およそ10歳前後の少女数名によって討ち取られた老人の死体が転がっている。
 老人の持つショートソードによって反撃を受けた少女たちは、その時の負傷が原因で失血死したらしい。
 対して少年たちは、別の大人によって攻撃を受け、相打ちとなったようだ。
 その隣では、なべや包丁を持った母親たちの集団が、激烈な白兵戦の末に全滅したらしい姿がある。

「この村でアニメとゲームとインターネットが流行っていたのが原因だな」
「きっと漫画も流行っていたんでしょうね、それでどうしますか?」

 佐藤の呟きに適当に返しつつ二曹は尋ねた。
 このような異常な状況は全く想定されていない。

774 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/06/19(木) 23:59:45 ID:???
 尋ねられた佐藤は周囲を見回した。
 ゾンビ化されては困るため、死体の焼却は決まっている。
 だが、それだけではこの異常な状況を放置することになる。
 魔法的なものが原因だったら仕方がないが、まずは違う原因から探るか。

「食料と水のサンプルを取れ、薬草の類もあればそれも。
 死体は全て一箇所に集めて焼却しろ。一度町に戻り、その後に再度調査とする」
「死体を焼いてしまってよろしいので?」
「あえてゾンビを出現させる必要もないだろう。
 体組織のサンプルをとりたいところだが、我々では何をどうしたらよいのかわからん。
 直ぐにかかれ」

 直ちに作業が開始された。
 彼らは焼失していない全家屋からサンプルになりそうなものを回収し、それをできる限りの方法で密閉した。
 その間にも死体は集められ、弔いの言葉と共に焼却された。

775 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/06/20(金) 00:00:53 ID:???
「直ぐに出発する、周辺警戒を怠るな」

 一通りやるべき事をやった彼らは、逃げ出すように村を後にした。

「そうです、明らかに異常な事態です」

 無線機へ報告する二曹を後ろから見つつ、佐藤は先ほどの情景を思い出した。
 大人も子供も、老人までも、誰もが互いに殺しあう状態。
 一体何をすればそのような事が起こりえるのだろうか?
 ただ殺しあったわけではない。
 彼は死体たちの表情を思い出した。
 笑うという表現が正しく思えないほどに、誰もの口が裂けんばかりに開かれていた。
 
「報告終わりました、街のほうでは異常はないようです」

 通信を終えた二曹が報告する。

「よろしい、とりあえず原因が特定されるまでの期間、基地内の人間は浄水器を通した水と本土から持ち込んだ糧食以外の摂取を禁止しよう」
「水の中に何か怪しげなウイルスでも?」
「それはわからんが、違ったら勿体無いで済むだけの話だ。
 俺の部下たちが笑みを浮かべて殺しあう可能性は最低限に抑えたい」
「了解しました、徹底させましょう」

776 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/06/20(金) 00:03:22 ID:???
西暦2021年2月16日 20:15 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地 第一会議室

「困りますねぇ、こういうものを持ち込まれますと」

 会議卓上に置かれた白い粉末を眺めつつ外務省の鈴木は言った。
 大陸で続発している集団暴走事件、その原因を探るべく情報本部と共同で調査を行っていた彼に入った報告は、実に不愉快なものであった。

「ええと『狂王の笑み』でしたっけ?」

 書類を確認しつつ目の前に置かれた物質の名前を読む。
 それは遥かな昔、放蕩の限りを尽くした独裁者が作らせた麻薬だった。
 使用した者の思考を研ぎ澄まし、感情を豊かにし、無尽蔵の力を与えるという完璧な秘薬である。
 
「全く、よくもまあ下劣な作戦を思いつくものです」

 呆れたように言い放った彼の前には、捕縛されたエルフ第三氏族の女性三名がいた。
 全員が縄で縛られ、手錠を掛けられ、猿轡を噛まされた上に目隠しをされている。
 
「常用者は支離滅裂で攻撃的な思考をするようになり、それでいて何もかもが楽しくなる。
 筋肉を傷つける程の怪力を振り回し、周囲にいる人間全てが倒すべき敵に見えるようになる」

 鈴木の目は冷たくなっていく。

「それを、こともあろうに民間人居住区の水源に散布するとはね。
 ますますもって生かしておくわけにはいかない存在ですね、あなた方は」

 彼は後ろに控えた情報本部の要員たちに合図した。

777 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/06/20(金) 00:06:21 ID:???
「必要な手段を取って情報を収集してください。
 その後の処理はお任せします」

 彼の合図を受けて男たちは無言でエルフたちへ歩み寄った。
 公式には、彼女たちはこの時に死亡した事になる。

「鈴木さん、これからどうするんですか?」

 いつぞやの派手な格好をした彼の部下が尋ねる。
 廊下を歩く彼は、いつの間にか東洋人的な笑みを浮かべる標準的官僚に戻っている。
 
「井戸の中に放り込んでおけばOKなんていうトンでもない麻薬の撲滅ですよ。
 まあ、実働するのは自衛隊になりますがね。
 外交ルートから圧力を掛けようにも、この大陸にはわが国以外の国家なんてありませんから」
「麻薬、この世界にもあるんですね」
「それはまあ、文明社会があり、薬学が存在していればありえない話じゃないでしょう?」

 彼の言葉を聴いた部下は、暫し考え込んでいる。

778 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/06/20(金) 00:09:40 ID:???
「室長」
「なんだ?」

 いつになく改まった声音で声を掛けた部下に、彼は真面目な声音で答えた。

「あれ、利用できませんかね?」
「利用、というと?」

 真面目なままの声音で返されたことに部下は安堵の笑みを浮かべる。

「麻薬を使って敵国を足元から破壊ですよ!
 少ない労力で最大の効果ってやつです。
 うまく浸透させれば敵国軍を内部から瓦解させることもできますし、外貨の獲得にもきっと役立ちます!」

 笑顔で恐ろしい事を言い放つものだ。
 部下の顔を見つつ彼はそう思った。

「最低でも八つの集落で散布されたという事は、原材料がこの大陸でも十分供給できるに違いありません。
 さっきのエルフたちを締め上げて早急な確保が必要です!」

 部下の女性は、相変わらずの笑みのままそう言い放った。




409 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/13(日) 23:46:49 ID:???
西暦2021年2月16日 20:18 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地 ヘリポート

 部下の女性の提案を聞きつつ、鈴木はヘリポートへと到着した。
 周囲では完全武装のまま警戒に当たる警務隊員の姿が点在している。
 作戦行動中は、いかなる場所にあろうとも警戒を怠ってはならない。
 これは大陸へ派遣された自衛官たちの共通認識だった。

「大変興味深い提案ではありますが、却下ですね」

 鈴木は真面目な表情を消し、東洋人的笑みで答えた。

「私の部下ともあろう人間が、高々数年程度の短い期間の利益しか見ることができないとは。
 嘆かわしいを通り越して、私は悲しいですよ」

 わざとらしく目頭を押さえ、首を振る。

「いいですか?我が国は、誇り高い勝利だけが許されるのです。
 もちろん、圧倒的な武力を背景にした強圧的な外交もですけれども。
 麻薬王、などという称号は、世界の覇者を目指す我が国には相応しくありません」
「ですが!」

 部下の女性は食い下がった。

「君も外務省の人間なのですから、5年10年と近い未来を見るのではなく、50年100年先を見て物事を考えなさい」
「もちろん未来を見据えての話です。
 海上自衛隊の簡易戦闘艦拡張による通商破壊、航空自衛隊では戦略爆撃隊の編成とそれによる国土の破壊。
 自衛隊が想定しているものは、確かに大きな効果があるという認識は私も持っています」


410 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/13(日) 23:47:49 ID:???
「それでいて、どうして麻薬をばら撒こうと?」

 改めて部下の提案に興味を覚えた鈴木は、再度真面目な表情を浮かべた。

「援護射撃ですよ」
「援護射撃?」

 自分の言葉に不思議そうに聞き返した鈴木に、部下の女性は笑顔で答えた。

「自衛隊の軍備拡張計画が終了し、全面戦争に突入すれば、必ず我が国は勝利するでしょう。
 私はそれについて何の疑いも持っていません。
 しかし、WW2型艦艇の大艦隊を建造し、戦略爆撃機をどんなに揃えても、最後は銃を持った自衛隊員が皇帝の前まで行く必要が出てきます。
 その時に備え、敵国を内部から破壊するという今からできる援護射撃です」
「未来の世界大戦を見据えてならば、その案は非常に魅力的でしょうね。
 しかし、さらにその先を見た時にはどうでしょうか?
 我々は、自分たちのばら撒いた麻薬と、そして麻薬をばら撒いたという事実と戦わなくてはなりません」

 そこまで未来の事を考えてどうすると反論しようとした部下を、鈴木はジェスチャーだけで押さえつけた。

「私たちは、50年100年先の子孫たちに謝罪や賠償をさせるわけにはいかないのです」

 彼の言葉に、部下は黙らなかった。

「そんな事、我々が軍事的に圧倒的な存在となれば気にする必要などなくなるではないですか?」
「それでも、人道的に胸を晴れない事をすれば、子孫たちに負い目を負わせてしまう。
 我々がやって良いのは、我々の世代で清算できる程度の悪行までです。
 申し訳ありませんが、麻薬王になる夢は捨ててください」

 最後の一行を断ち切るような口調で言い放つと、鈴木はヘリポートの方を向いた。
 彼らを運ぶための輸送ヘリコプターは、その輪郭が視覚できる距離まで接近していた。


411 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/13(日) 23:49:39 ID:???
西暦2021年2月20日 23:45 日本本土 東京都千代田区外神田某所 秋葉の原事務販売5F

「予算いったねー」

 真夜中だと言うのに全員が揃っている事務所の中で、今年49歳になるこの会社の社長は、朗らかな笑みを浮かべて言った。
 鉛筆からサーバーまで、事務に関連する様々な物を取り扱うこの会社は、大陸でのK級販売品貿易に参加し、大きな利益を得ていた。
 K級販売品とは、普通に販売しても問題がない物品の事を指している。
 例えばコピー用紙やボールペンが該当する。
 リバースエンジニアリングのしようがない、あるいは行ったとしても意味を成さない物品が指定されている。
 日本国内では個人でも一山いくらで購入できるありふれた物だが、中世程度の技術力しか持たないこの世界ではそれらは金貨をいくら積んでも惜しくない夢の商品になる。
 この世界に来てある程度時間のたった日本国は、専売制に戻った塩はともかくとして、民間企業の生き残りを図るためにそれらの物品の輸出を行っているのだ。
 ある程度以上の供給を行えば価格は低下するのが当然であったが、救国防衛会議は諸外国に対しての談合には一切の制限を行わなかった。
 日本円に換算して1円でも多く、外貨を獲得する必要があったからだ。

412 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/13(日) 23:51:18 ID:???
「来月の臨時ボーナス、期待していますよ」

 彼と歳が一つしか違わない課長がコーヒー片手に言う。
 安価な外国製品の供給が途絶えた時には倒産を覚悟した彼らだったが、その心配は必要なくなった。
 そもそもが、事務用品という物は常に需要が存在する。
 それは、日本列島が別世界に召喚されるという異常事態であっても例外ではない。
 外国が消滅しても、官公庁も民間企業も組織として成り立っているうちは常に消耗品を使用し続ける。
 確かに予算の関係から高額な電子機器の売り上げは激減したが、継続しての売り上げは立つのだ。
 そうして細々と生き延びようとしていた時に政府から来た海外輸出の話。
 その内容は、驚くべきことに日用品と金を交換するという夢の様な話だった。
 他の会社と共にそこへ参入して半年。
 国内の金の換金レートが下落した事から利益は減った。
 しかし、レートが下がったとは言っても金である。
 以前に比べれば多額の現金が入るようになった。
 結果として、従業員規模60人のこの会社は臨時ボーナスを期待できる状況となる。

413 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/13(日) 23:52:13 ID:???
「はいーお水お待たせしました!」

 既に自分だけ飲んだのだろう、口元を濡らした23歳の女性社員が、水道水を満載したボトルを持って登場する。

「じゃあ乾杯しよう!」

 社長が叫ぶと同時に、このフロアにいた全員がコップを持って殺到する。
 ボトルの中身を分配し、社長が音頭を取って乾杯する。
 一気に飲み干し、彼らは直ぐに仕事へ戻った。
 何時になっても疲労を覚えない、どんなに働いても脳が冴え渡る現状を好ましいと考えつつ。
 同様の光景は、このビル全てで見られた。
 他のフロアにテナントとして入っている企業でも、どういうわけだか水道水が一番人気となっていたのだ。




528 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/22(火) 01:32:40 ID:???
西暦2021年2月21日 22:49 日本国領海 佐渡島沖合い20km 海上保安庁第九管区保安本部所属 巡視船『えちご』

<停船せよ。停船せよ。停船せぬ場合、30秒後に警告射撃を実施する>

 スピーカーからは発砲前最後の警告が流れている。
 ゴルソン大陸に近い海域を担当する第九管区保安本部では、他の管区からの巡視船の増派を多く受けている。
 海自の護衛艦や航空機、それに数ある巡視船がいる中で自分の指揮するこの船が不審船を発見できたのは嬉しい限りだな。
 夜間双眼鏡を片手に船長は満足げな息を漏らした。

「安全装置解除、警告射撃用意!」

 部下たちのやり取りが聞こえる中、船長は報告書の作成に備えて現状を再確認した。
 現在この船は海上レーダーに反応のあった不審船を追尾している。
 異常な速度で航行する漁船らしき反応を発見したのが2120時。
 その船が盗難届けの出されている漁船である事が判明したのが2132時。
 接近したえちごからの旗りゅう信号、発光信号、音声信号のいずれにも応答しない盗難船が増速したのが2158時。
 そこから逆算すると、夜中の追跡劇はかれこれ50分以上続けられている計算になる。
 既に周辺海域には四隻の巡視船が展開しており、陸には戦闘態勢に入った陸上自衛隊と警察もいる。
 しかし、できれば最初に発見した自分たちが捕まえたいという心理が働くのが人間である。

529 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/22(火) 01:33:32 ID:???
「船長、臨検隊の準備完了しました」

 自動小銃と防弾チョッキ、それに救命胴衣を身に付けた臨検隊隊長が報告する。
 船を止めるまでが船長たちの仕事だが、止めた後は彼らの仕事となる。
 転移前の事件により防弾を強化した船に乗る船長たちとは違い、彼らは最悪の場合銃火の中へ飛び込まないといけない。

「負傷者を出さないよう頼む」
「心得ております。それでは失礼します」

 敬礼を交わし、彼は部下たちの待つ船室へと駆けて行った。

「警告射撃を実施します!」

 やや興奮した部下の叫び声と同時に、25mm多銃身機関砲が発砲される。
 護衛艦の装備する艦砲に比べれば随分と小さい物だが、小さな漁船に対しては十分な破壊力を持っている。
 曳光弾の輝きが盗難船の上方を通過する。
 目標は減速の様子すら見せず、むしろこちらに対して舵を切った。
 接近すれば発砲できないとでも考えたのだろう。
 
「舵そのまま、臨検隊発砲用意」
「舵そのまま!臨検隊は近接防護発砲体制にて右舷へ!」

 副長が命令を復唱し、待機している臨検隊へ指示が出される。
 ある程度以上に接近された場合、船の備砲は射角の関係から使用できなくなる。
 不審船がそれを狙っているらしい事は明白であるが、残念な事に海上保安庁には用意があった。
 近接防護発砲とはややこしい名前であるが、要するに極度に接近した敵船舶は備砲を除く携行火器で蜂の巣にしてしまおうというわけだ。


530 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/22(火) 01:34:21 ID:???
「右舷第1から第3機関銃座発砲準備完了、安全装置解除を確認」

 この世界に来て時間の経つ海上保安庁でも、警察に習って重武装化が進められている。
 苦しい予算の中でも強引に進められている大型巡視船の追加もそうだが、従来の船艇においてもそれは例外ではない。
 その最たる例は、12.7mm機関銃座の増設である。
 元より巡視船には25mmや40mmといった大型の機関砲が装備されているが、それ以外となると89式小銃や拳銃と一気に威力が低下してしまう。
 装備の強化のために海上自衛隊から来たアドバイザーは、これがいけないと指摘した。
 
「海上保安庁は、もっと近距離戦闘に特化して頂く必要があります」

 その一等海佐は、予算関係から反論してくる海上保安庁の上層部にそう反論した。
 彼曰く、海上自衛隊の大規模な拡張が終わるまで、海上保安庁には海の警察ではなく、海軍として振舞って頂く必要がある。
 したがって、追加建造する船艇は当然として、従来のものに対しても戦闘能力の向上をして頂きます。
 
「予算は?装備は?ミサイルでも積み込めと言うのか?」

 海の警察としての誇りに基づく反感と、どうしたら良いのか分からないという困惑を混ぜた反論に対し、彼は明確な回答を直ぐに出した。
 12.7mm重機関銃の増設である。

531 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/22(火) 01:35:56 ID:???
 近距離目標に対しては携行火器で十分ではないのかという疑問は、この世界においては愚問であった。
 元の世界では存在しない強固な外皮・装甲を持つ存在との近接戦闘は、離島や近海のシーレーン確保に当たる海上保安庁においても想定されうる。
 ぼかした表現であるが、要するに巨大海蛇とか巨大蛸とか、そういった化け物との戦闘を想定する必要がある。
 海上自衛隊は、近海や船団護衛という場面において必要な場合には、海上保安庁にそういった存在との戦闘も求める。
 そういう事であった。
 大陸派遣隊のために増産が進められている12.7mmM2重機関銃は、こうして海上保安庁にも配備される事となる。
 陸海空自衛隊の緊急予算による追加生産に加え、警視庁、海上保安庁と需要と顧客が急増しているメーカーは狂喜した。
 防衛産業各社が来るはずがないと諦めていた戦争の時代である。
 それも、自分たちの頭上に核ミサイルが降ってこないとわかっているタイプの、いわば望んでいた戦争だ。
以前からの顧客である防衛省は作っただけ買うと景気の良い事を言い、新規の顧客である警察と海上保安庁も、数量はさておき導入を開始した。
 陸上自衛隊では正面装備の拡張として、航空自衛隊では数量は少ないが基地防衛用として。
 そして海上自衛隊では、根拠地防衛と従来の艦艇への追加装備として。
 ここに警視庁を含む各都道府県警に海上保安庁まで加わるとあっては、ラインの増設まで検討しても良い。
 当然のことながら、今後世界に羽ばたく日本国である以上、これらの需要は落ち着く事すらあれど減少する事はない。
 多量の発注に対するボリュームディスカウントにある程度ならば気前良く応じられるほどに気持ちの良い話であった。

532 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/22(火) 01:36:53 ID:???
「不審船さらに接近!近接防護発砲範囲!」

 右舷見張りからの報告に船長は意識を戻す。
 サーチライトにライトアップされた不審船は、既にはっきりと視覚できる距離にある。
 
「マイク貸せ」
「どうぞ」

 用意を整えていた副長からマイクを受け取り、不審船へ最終警告を出す。

「こちらは海上保安庁巡視船えちごである。
 これは最終警告である、接近を止め、直ちに停船せよ。接近を止め、直ちに停船せよ。
 この警告の終了後1分以内に指示に従わない場合、船体射撃を実施する」

 マイクを切り、副長の方を見る。
 彼は最終警告が終わった時点からストップウォッチで時間を計っている。
 既に近接防御発砲の準備は完了している。
 
「1分経ちました」

 副長が報告する。
 夜中の追跡劇もこれでおしまいだな。
 船長がそう思った瞬間、船体に何かが激突する音が聞こえた。

533 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/07/22(火) 01:38:46 ID:???
「発砲を受けています!」

 右舷見張りが叫ぶと同時に、船長も叫んでいた。

「近接防護発砲!」

 そこから先は一瞬の出来事だった。
 船長の命令を受けた全員が反撃を開始した。
 三つの銃座から12.7mm弾が、そして8名の臨検隊員たちが89式小銃を、不審船の船橋と船上の人影めがけて発砲した。
 装甲などあるはずもない船橋は一瞬でその上半分を穴だらけにされ、そして小銃弾が殺到した人影は甲板へと打ち倒された。
 反撃がなくなったことを確認した彼らは、直ぐにその目標を船の機関室へと変える。
 船橋を破壊したからには、燃料切れになるかエンジンを破壊しない限り不審船は止まらないからである。
 鉛玉を全身に浴びた不審船が航行不能になったのは、それから五分後の事であった。
 沈没までに行われた調査により、船内からは非常に好ましくない物品が押収された。




690 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/08/16(土) 23:53:16 ID:???
西暦2021年2月22日 10:20 日本本土 防衛省 救国防衛会議

「厄介な話です」

 公安調査庁のヤマダを名乗る男は、各員に配られている書面を見つつ言った。

「前々から可能性は指摘されていましたが、まさか本当に発生するとは」

 彼の手元には、公表されなかった強盗事件の報告が記されている。
 今から一週間前、都内某所の区立図書館にて強盗事件が発生していた。
 犯人は極道会という冗談のような名前の広域指定暴力団に属する男である。
 この男は図書館のいくつかの図書を、普通に借りようとした。
 しかし、彼は以前借りた本を返却していなかった。
 そのために貸し出しを拒否した図書館員に対し、暴力を振るったのだ。
 強引に図書館から退出しようとする男は、市民の通報を受けて駆けつけた警察官によって現行犯逮捕される。
 それだけならば、いい歳をして感情も制御できないのか、と笑い話で済む。
 しかし、暴力を振るってまで持ち出そうとしたそれらの書籍は、笑って済む内容ではなかった。

691 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/08/16(土) 23:53:48 ID:???
 中学校の途中から学ぶ事を放棄していたこの男は、どういうわけか25歳になった今、多種多様な歴史書を意地でも持ち出そうとしていたのだ。
 ある本は日本の歴史であり、別の本は漫画で描写された世界史であり、他の本はキャラクターがコミカルに解説する技術の発展の歴史だった。
 つまり、彼は地球人類が何千年もかけて築いてきた歴史と、その結果を持ち出そうとしたのだ。
 今からでも勉強して社会の役に立ちたかったので、と本人は供述したが、当然ながら誰も信じようとはしなかった。
 そういうわけで、彼の身柄は地元の警察署から公安調査庁の所有する、とある施設の地下尋問室へと移された。
 
「どういうわけか、極道会では歴史書や入門書の類が高額で取引される事になったそうです」

 尋問の結果を記した書類を見つつヤマダは報告する。

「彼の返還していない図書と、先日の佐渡島沖不審船事案で回収された書籍は一致しています。
 なお、不審船の乗組員の一人は極道会の幹部である事が確認されています」
「持ち物から回収された粉末は、大陸で使用された麻薬と同じ成分との報告があがっています」

 外務省の鈴木が後を続ける。

「外務省としては、このような重大犯罪に対しては、再発を防止できる対策をしていただける事を期待します」

 鈴木の言葉を受け、警察庁の代表者が立ち上がる。
 彼はもはや懐かしいとさえ言える東京事件の際の担当者の後任だった。
 年齢は27歳、いわゆるキャリア組と呼ばれる集団に属している。

692 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/08/16(土) 23:54:26 ID:???
「既に全国6箇所の拠点への強制捜査の準備を始めました。
 明日の19時には開始できる予定です。捜査関連部署を筆頭に、各都道府県警機動隊、SAT、SIT、それに空港警備隊や重武装選抜警官隊も動員します」
「陸上自衛隊からは各地の普通科と装甲車両、輸送ヘリコプターの提供が可能です」

 警察庁の代表が意気込んで全国一斉強制捜査のメンバーを読み上げ、そこに陸将が支援を申し出る。
 
「警察活動は我々だけでも十分です。自衛隊にはその間の重要拠点防備と海岸警備を担当して頂ければ結構!」

 先の東京事件のような市街戦ならばともかく、純粋な警察活動に手出しは無用と彼は断ち切るような口調で申し出を断る。
 
「海岸防備を軽視されては困るんですが」

 大変に失礼な態度を受けた陸将は、苦笑しながら反論した。
 警察官の階級に例えるのならば警視長や警視監、つまり県警本部長クラスに匹敵するのが陸上自衛隊における陸将である。
 それに引き換え、警視という階級は陸上自衛隊に例えると二等陸佐程度である。
 
「原発や官公庁は当然として、いまやこの国を取り巻く全ての海岸線が監視対象になっているのです。
 そこに展開している警察官たちを、警察庁の一存で引き上げてもらっては困ります。
 ただでさえ人手不足で日本海側は自衛隊の担当地域になっている位なのですから」

 しかし、陸将はこの場での無礼をあえて無視した。
 正直なところ、自衛隊と警察の階級差も知らない人物を相手にしていられるほど、現状に余裕は無いのだ。

693 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/08/16(土) 23:55:46 ID:???
「次に私どもからですが」

 文部科学省の代表が立ち上がり、発言を開始する。

「国会図書館を含む全国の図書館、これらに対しての防備が必要と考えております。
 具体的には四つ、侵入と盗難の防止、本事案のような強盗の撃退、市民サービスの継続です」

 ここで再び警察庁の代表が手を上げ、発言する。

「侵入と盗難の防止は防犯設備の充実で対処してもらうしかないでしょうな。
 強盗の撃退については、現地の警察署にパトロールの強化を命じましょう」

 その言葉に一同から失笑が漏れる。
 パトロールの強化をしたところで、いない時に強盗が現れたらどうするのだ?
 周囲の空気を察した彼は、顔を赤くした。
 彼は全く失敗を経験せずにこの地位まで上ってきた官僚だった。
 それ故に侮蔑に慣れていない。

694 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/08/16(土) 23:58:40 ID:???
「それでしたら、自衛隊さんから図書館司書に軍事教練でも提供してはいかがですかな?
 先ほどそちらの陸自さんから指摘を受けたように、我々は人手不足で常駐を置けるほどの余裕はありません」

 自動小銃を肩にかけて、児童たちに絵本を朗読している図書館員をイメージした一同が笑い声を漏らす。
 当然ながら、笑い声には憐憫も含まれている。
 議事の最中に冷静さを失い子供のようにわめき散らす存在を、救国防衛会議は必要としていない。
 警察庁の代表の、どうやら輝かしかったらしい履歴はこれで仕舞いとなる。
 

「当面は武装した予備自衛官を動員します。
 今後についての解決策は防衛省と文部科学省の間で協議を持ちましょう」

 陸将が笑顔で応じ、統幕長を見る。 
 サインの意味を正しく理解した統幕長は、全員に向かって命令を発した。

「図書館の防備強化については先ほどの通りだ。
 予算措置については補正予算案を財務省と練ってくれ。
 また、本事案が解決するまでの期間、民間人の海外渡航を禁止する。
 沿岸部および港湾施設の警備は従来どおりの運用とし、救国防衛会議の許可無く部隊を移動させる事は硬く禁ずる
 強制捜査については、各地の陸上自衛隊普通科および警察の合同部隊でこれにあたる。以上だ」


696 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/08/17(日) 00:00:28 ID:???
西暦2021年2月23日 19:30 日本本土 東京都新宿歌舞伎町 クラブ『GOKUDO』

 突然、往来が途絶えた。
 いつもならば歩道を埋め尽くすほどに行きかう人々は消え去り、路上には駐車車両しか存在しない。
 店の前に立っていた客引きや、それを見守る若い構成員たちが困惑する。
 
「どうなってやがる?」
「わからんが、どうにも嫌な予感がするな。中に知らせて来い」

 頷いて店内に入っていく仲間を見送った彼の視界に、赤い光が見えた。

「手入れか?」

 彼の視界には、こちらへ向けて接近する警察車両の集団が映っている。
 しかし、強制捜査にしては様子がおかしい。
 それに、護送車の横にいる暗い色の角ばった車両は、どうみても自衛隊の装甲車である。

「こりゃあ、大変だ」

 他人事の様に呟いた彼は、足が震えている事に気がついた。
 どうみても相手は、こちらを殺しに来ている。
 きっと、自分たちは皆殺しにされてしまう。
 だが、黙って殺されたりはしないぞ。

「武器を持ってこい!ありったけだ!!」

 彼ほどではないが怯えている客引きに対して、彼は大声で命じた。



918 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:06:41 ID:???
西暦2021年2月23日 19:33 日本本土 東京都新宿歌舞伎町

「クラブGOKUDOって、ベタな名前ですよね」

 先頭を進むパトカーの中で、まだ23歳の若い巡査は助手席の先輩に言った。
 
「どこの誰が運営しているのか分からないよりも、はっきりと極道会と看板をつけている方が安心感があるそうだ」

 助手席で拳銃の安全装置を確認している年上の同僚は、そう答えて拳銃をホルスターに戻した。

「そんなもんなんですか?」

 前方を見つつ呆れたように彼は訪ねた。
 このクラブは暴力団が運営していますと言われて、安心感など出てくるのだろうか?
 女性よりも腰に下げた9mmけん銃の方によほど魅力を感じる彼にとっては縁のない世界の話だった。

「暴力団でまともというのも変だが、大きな看板を背負っている組の支配下にあれば、明朗会計なんだとよ。
 まあ、こちらとは見張りやすくて助かるから、それだけでも十分だがね」

 生返事を返しつつ、ハンドルを握る彼はそれにしても、と窓の横へ視線を向けて続ける。

「どうして自衛隊なんかが出張ってくるんですかね?
 我々だって拳銃を持っているし、そもそも天下の往来でこちらに向かって堂々と発砲する奴がいるはずが」

 ないでしょう?と続けようとしたが、それは無理だった。
 突然屋根を抜けて殺到した銃弾が、彼の操るパトカーとその同僚を穴だらけにしてしまったのだ。

919 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:09:13 ID:???
<<応戦せよ>>

 隊内無線で命令が下され、96式装輪装甲車の上部に設置された重機関銃が敵を向く。
 そして、微調整の後に発砲が開始された。
 銃撃に対する防御など考えているはずも無いビルへ向けて、必殺の銃弾が放たれる。
 窓ガラスが砕け散り、外壁が見る見るうちに破壊されていく。

「警察官は装甲車の影へ!応戦はするな!」

 拡声器から増幅された声量で命令が放たれ、警察官たちは慌てて装甲車の陰へと逃げ込む。
 その間にも銃撃は継続され、ようやく統制を取り戻した彼らが気づいた頃には、銃撃戦は終結していた。

「至急至急!攻撃を受けている!敵は機関銃で撃ちまくってくる!増援を早くよこしてくれ!」

 まだ損傷していない無線機に向かって警察官が叫んでいる。
 それを尻目に自衛官たちは装甲車の後ろに並び、発砲を続ける敵へ対して容赦の無い反撃を開始した。
 とはいえ、市街戦の準備を整えた正規の陸軍に対し、いかに重武装しようとも民間人が勝てるはずも無い。 
 クラブ『GOKUDO』までの道は、僅かな時間で切り開かれた。
 敵は建物の中に頑丈なスチール机や雑誌、その他家具を並べて防壁としたかったようだ。
 しかしながら、12.7mm弾はそのような柔らかいもので止まるような貧弱な物ではない。
 
「前進!ん?」

 目標へ向けて出動しようとした時、彼らの前方に横道から複数の車両が飛び出してきた。
 それらは衝突しそうなほど短い間隔で、道路を封鎖するように縦列駐車をする。

920 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:11:17 ID:???
「やったれぇぇ!」
「ころぉぉせぇぇ!!」

 それらの車両から雄たけびを上げて男たちが飛び降り、車列を縦に発砲を開始する。
 彼らは手に見慣れた拳銃や自動小銃を持ち、ご丁寧な事に機動隊の防弾盾を構えている者もいる。
 それで全ての謎は解けた。
 どうして東京事件の際に現場から消えた武器弾薬が度重なる捜査と呼びかけでも発見されないのか。
 どうして広域指定暴力団とはいえ民間人が自動小銃を多数使用できたのか。
 どうして彼らはここまで必死なのか。
 自衛隊と警察の合同部隊は、一瞬だけ沈黙した。
 そして次の瞬間、彼らは一斉に猛反撃を開始した。
 何の躊躇もなしに対戦車ロケット弾が発射され、手榴弾が投擲され、機関銃弾が放たれる。
 国産の高級車で構成されたバリケードはそれら全てに敗北し、あるものは構成員を巻き込んで爆発し、別なものは鉄板も人体も関係なく切り裂かれる。
 戦闘は一分と経たずに終了した。
  
「至急至急、こちら警邏302、敵は警察および自衛隊の遺棄銃火器で武装、多数の警察官が死傷、被害確認中、SATの派遣を要請する」
<<こちら本部、SATは手が空いていない、現地の自衛隊と共同し、無力化を実施せよ>>
「警邏302了解!」

 怒鳴るようにして無線を切る。
 彼が本部と不毛なやり取りをしている間にも、自衛官たちは戦争準備を整えていたらしい。
 装甲車が重苦しいエンジン音を立てて前進を開始し、物陰に隠れた複数の自衛官たちがロケットや重機関銃を構える。

922 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:12:42 ID:???
「おいおい」

 その光景を目にした彼は、そう呟くのが限界だった。
 次の瞬間、一斉射撃が開始され、殺到する銃弾とロケット弾によってクラブの正面玄関は完全に破壊された。
 装甲車の上に設置された機関銃が旋回し、二階部分へ銃撃を開始する。
 その間にも降車した自衛官たちは前進を継続し、遂に建物の玄関横へと到達する。

「手榴弾!」

 陸曹が叫び、五人の陸士が複数の手榴弾を手に取る。
 素早くピンを抜き、破壊されたドアだった部分へと投げ込む。
 閃光、轟音、絶叫。
 スタングレネードと通常の破片手榴弾をミックスした攻撃は、破滅的な打撃を店内に加えたらしい。
 あくまでも逮捕を前提とする警察と違い、軍隊の攻撃には容赦というものが無い。
 特に、理性が吹き飛び、実戦経験が不足し、怒り狂っている軍隊には。

「撃てぇ!」

 号令と共に銃弾の嵐が叩き込まれ、再び複数の手榴弾が投擲される。
 ここまで来て陸曹はようやくハンドサインを用いる。
 二名ずつ突入、三秒後、二秒後、一秒後、今。
 彼らは完全に破壊され、所々で火災すら発生している屋内へと突入を開始した。

923 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:14:44 ID:???
 照明が破壊された店内は薄暗かったが、あちこちで燃えている装飾品や人体が照明代わりとなっている。
 そのおかげで、一階部分の制圧はスムーズに進んだ。
 まあ、生存者が皆無であった事もその原因の一つであるが。

「一階二階制圧完了」
「次だ」

 報告と命令を手短に取り交わし、一同の関心は上階へと移される。
 この建物は四階建てとなっており、一階と吹き抜けになっている二階部分が店舗、それ以上が事務所となっている。
 目当ての物品が店舗にあることが無い事を知っている彼らは、だからこそ容赦の無い攻撃を実施できた。
 ここから先は、少しばかり丁寧に攻撃する必要があるな。
 手榴弾を片手に階段を上っていく部下たちを見つつ、陸曹はそう思った。

924 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:15:35 ID:???
西暦2021年2月23日 19:36 日本本土 東京都新宿歌舞伎町 クラブ『GOKUDO』3F

「どうすりゃいいんだよ」

 受話器を叩きつけつつこの場を任されている極道会若頭は呟いた。
 先ほどから始まった自衛隊の攻撃は、全くの躊躇が無かった。
 階下との連絡は完全に途絶え、先ほどからどの番号へ掛けても電話が繋がらない。

「若頭、駄目です。無線も使えません」

 屋上から降りてきた年配の組員が報告する。
 通信の妨害があったという事は、次は電気か?
 彼の想像を肯定するように、電気が消え、組員たちがざわめく。

「畜生、全員ぶっ殺してやる!」
「若頭ァ!やってやりましょう!」

 戦意は旺盛であるが、旺盛な根拠は何も無い。
 だから俺は嫌だったんだ。
 彼は憂鬱そうに内心で呟いた。
 あの薬物は今までの合成麻薬やなんかとは随分違う。
 それに、自衛隊や警察の銃火器を回収して武器にするなどやっていいことではない。
 さっきの通り、実際に使用されたところを確認されれば、連中は容赦なく攻撃してくるに決まっている。


926 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:17:38 ID:???
「おい、窓際に立つな、狙撃されるぞ」

 拳銃片手に窓から外を伺う部下に声を掛ける。
 しかし、その警告は遅かった。
 三人の部下の頭部が弾け、遅れて銃声が響く。

「やばいっす!」

 屋上で無線機を扱っていた一人が階段を駆け下りてくる。
 怪我を負った様子はないが、全身が血に塗れている。
 通信とライフラインの切断、狙撃、いよいよか。
 彼が最後の覚悟を決めた時、唐突に電話機が鳴った。
 誰もが唖然とし、そして最初に立ち直った彼が受話器を取る。
 一瞬息を吸い込み、覚悟を決めて尋ねる。

「・・・もしもし?」
「初めまして、自分は陸上自衛隊の交渉人です」

 電話の相手は、驚くほどに平坦な口調で丁寧語を話す男だった。


928 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/09/01(月) 00:22:14 ID:???
「降伏を勧告します。
 従わない場合、攻撃を再開します」

 平坦な口調で淡々と話す相手は、大声で怒鳴りたてるよりもよほど恐ろしい。
 そして、その言葉の内容から相手の目的が見えてくる。
 殲滅でも確保でも、別にどちらでもいいというわけか。

「回答は?」

 どうするべきか。
 警察ではなく自衛隊からの呼びかけ。
 つまり、今までの警察への働きかけは全て無駄になったわけだ。

「裁判は受けられるのか?」
「回答は?」

 ああ、わかったよ。
 古参の連中を見回す。
 全員が同意したように首を縦に振る。

「降伏する」

 こうして、一連の取り締まり作戦は終了した。
 もっとも、取締りなどという言葉は警察に協力するための名目であり、事実上は殲滅であるが。