879 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/07(火) 01:15:40 ID:???
西暦2020年12月16日 12:30 日本国北方管理地域 第18地区

「一尉っ!」

 悲鳴のような声を聞いた佐藤は、運転席を見た。
 恐怖に歪んだ顔をした一士、彼の向こうに広がる光景。
 狭苦しい装甲板の隙間から見える外の世界。
 そこは、地平線が見えなくなるほどの敵軍集団の姿で埋め尽くされようとしていた。

「前進しろ、突っ込んだらギアをローに入れろ」
「一尉っ!?」

 運転手の一士は再び悲鳴のような声を出した。
 だが、彼の足は確かにアクセルを踏み込んでいる。
 車内の人々を無視し、彼は状況を管制する快感に酔い始めつつ無線機に向かって命令を下した。

「全車前進、ありったけの弾薬をくれてやれ。構う事はない、全部ひき殺せ。
 砲撃、空爆、なんでも要請しろ。撃ち殺せ、踏み潰せ、蹂躙しろ!」

 車列は前進を始めた。
 90式戦車が、89式戦闘装甲車が、96式装輪装甲車が、全ての戦闘能力を発揮し始める。
 全ての銃座と銃眼と砲台から破壊を撒き散らしつつ、ディーゼルエンジンの咆哮を轟かせつつ。

880 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/07(火) 01:16:24 ID:???
 加速度的に増す嫌な予感は、予知能力者や霊能力者でなくても分るほどに巨大になっていく。
 頑丈な装甲、この世界では無敵の装甲車輌、無数の支援部隊。
 そういったものに囲まれていても、それはなくならない。
 彼らは焦っていた。
 何が起こるか全くわからない。
 しかし、眼前の大部隊をあと二つも呼び出されれば、自衛隊は大陸から追い落とされてしまう。
 そうなれば、折角逃れたはずの日本の滅亡が、再び駆け足でやってくる。
 今度はどうしようもない。
 穀倉地帯が、鉱物資源が、石油資源が目の前にあるなか、日本は崩壊する。
 今まで闘ってきた事が全て無に帰り、それを責める人々と共に、消えてしまう。
 そんなことは、この場に居合わせた誰もの許容範囲外だった。
 だから彼らは諦めなかった。戦闘を継続した。
 アクセルを踏み込み、銃弾を、砲弾を撃ち込み、その次をさらに、その次を装填し、放ち続けた。

881 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/07(火) 01:17:25 ID:???
西暦2020年12月16日 12:45 日本国北方管理地域 第18地区上空

「呆れたもんだな」

 上空で空の脅威に備えていた合衆国空軍のとある中尉は、眼下に広がる光景に率直な意見を漏らした。
 大地を黒く染めて殺到する敵軍。
 100や200ではきかない。
 1000や2000でもまだ足りない。
 それ以上の桁の敵軍の真っ只中を、陸上自衛隊の戦闘車両たちが突き進んでいく。
 その周囲に降り注ぐ砲弾、ロケット弾、航空爆弾、ミサイル。
 まさにこの世の終わりの光景だった。
 次第にその光景は拡大されていく。
 地面が、敵が接近する。

「投下!投下!」

 後部席から報告が届く。
 機銃を撃ちっぱなしにしつつ機首を持ち上げにかかる。
 この世の終わりを回避するために遥か日本本土から駆けつけた彼は、大空を見つつ次の襲撃を行う準備を始めた。

882 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/07(火) 01:18:08 ID:???
「左翼の敵軍に爆撃を実施中」
「いいから前進を続けろ」
「了解」

 絶え間なく弾幕を張る車列の中心で、佐藤は冷静さを取り戻していた。
 向かって左で連続した爆発が発生する。
 待機に入っていたB−52Lの何機かが、全ての荷物を投げつけている。
 続いて右側で連続した爆発。
 どうやってかは知らないが、付近まで接近してきている特科による支援射撃だ。
 甲高い音、もっと甲高い音。
 爆発音、衝撃。
 空自か米空軍による近接航空支援である。
 
「先導の90式、機銃弾を射耗!」
「全速で進ませろ。踏み潰せばいくらかは倒せるだろう」
「了解!」

 戦車砲の咆哮も、機関砲の連射音も、徐々に減りつつある。
 だが、エンジンはまだ無事だ。
 車体も耐えている。
 内部にいる我々は無傷だ。
 ならば問題ない。何も問題ない。

883 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/07(火) 01:18:55 ID:???
「前方に障害物!違います!なんだありゃあ!?」

 何度目になるかわからない悲鳴。
 みれば、巨大な何か、わかりやすく表現するとゴーレムのような岩の化け物が、大地からゆっくりと立ち上がっている。

「あいつに殴られたら装甲車はやばいな。避けろ」
「りょ、了解!」

 冷静に言ってのけた佐藤に戸惑いつつ、死にたくはない運転手はハンドルを操作した。
 このとき、車列の中にいた戦車部隊の自衛官たちは、素晴らしい技量を発揮した。
 敵を遠慮なく踏み潰して位置を変え、ぶつかった者をなぎ払いつつ主砲をめぐらせ、車体が停止する前に砲弾を発射した。
 一瞬で砲弾は敵に突き刺さり、そして内部に収められた信管と炸薬を作動させる。
 無数の歩兵を殺傷するために作られた榴弾は、主力戦車に比べて遥かに脆弱な存在であるそれを瞬殺した。

「針路そのまま、目標までどれくらいだ?」

 運転手に命じつつ、佐藤は二曹に尋ねた。

「この速度ならばあと20分、そろそろ見えてくるはずです」
「ならば加速が必要だな。段差や障害物に気をつけろよ」

 再度運転手に命じつつ、佐藤はさらなる支援を得るために無線機へと向かった。
 彼らの向かう先には、古代遺跡があった。
 ダークエルフたちの貴重な命を代償に位置を特定した、エルフ第三氏族たちの拠点があった。
 その上空には、禍々しいというほか表現の浮かばない黒い雲が広がっている。
 雷雲を纏い、徐々に広がりつつあるそれは、この世界の最後を暗示しているかのようである。
 その中心へ向け、徐々に残弾がなくなりつつある戦闘車両の車列は迷うことなく突き進んでいった。


973 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 22:44:12 ID:???
西暦2020年12月16日 13:05 日本国北方管理地域 第18地区のはずれ

 外れと表記されているが、そこは地域名がないだけで距離的に言えば別の地区とでも言うべき場所だった。
 闇夜よりなお黒い雲に満たされたそこには、生命反応と呼べるものが何もなかった。
 草木は枯れ、鳥どころか虫一つ見当たらない。
 時折起こる落雷は、どうも気象学を無視している様にしか思えない。
 そんな場所へ、彼らは到着した。
 弾薬こそ減っているが、一人も欠ける事無く、傷一つ負わずに。

「さすがは現代科学文明だな」

 弾薬もバッテリーも十分な車内で、佐藤は笑顔で言った。
 雲霞のごとく湧き出ていた敵軍の姿はない。
 強引に突っ切り、そして増速して走り出した車輌部隊に追いつけず、遥か後方で支援部隊に叩かれ続けている。

974 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 22:44:55 ID:???
「車輌で行ける所まではいくぞ、出せ」

 運転手に命じ、彼らはさらに前進を開始した。
 空は暗く、地面は不気味にひび割れている。
 その中を、ライトを煌々と照らした車輌部隊は前進していく。
 彼らの前進にあわせ、遺跡の中から無数の敵が出現する。
 古びた甲冑を纏った異形の騎士団。
 見上げるような一つ目の化け物。
 それらは武器を振り上げ、雄たけびを上げて突進を開始する。

「一尉?」

 その光景を見ていた二曹に尋ねられた佐藤は、全く動揺を感じさせない口調で命じた。

「撃て」

976 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 22:45:50 ID:???
西暦2020年12月16日 13:20 日本国北方管理地域 第18地区のはずれ

「周囲に敵はおりません。
 車輌の点検終了。全車戦闘可能。
 先ほどと同数が相手ならばもう一度できます」

 報告を集計した二曹が告げる。
 それを聞いた佐藤は軽く頷くと、ハッチから身を乗り出し、マイクを入れて口を開いた。
 
「出発する!戦車前へ!」

 佐藤は声高に宣言し、すぐさま装甲車の中へと潜り込んだ。
 小休止と点検、弾薬の再分配を行った彼らは、出発時となんら変わらない戦闘能力になっている。
 前方に広がる遺跡は、分りやすく例えるとローマ帝国のコロシアムを連想させる巨大な建築物である。
 戦車の両脇に普通科部隊を進ませてもなお余裕のある巨大な門を潜り、そして彼らは遭遇した。

977 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 22:46:36 ID:???
<<前方に死体の山があります。中央に一人生存者らしい、訂正、敵のようです>>

 無線機から先頭の戦車長の報告が入る。
 彼らは次々と増速し、遺跡の内部へと入り込む。
 砲塔を旋回し、あるいは普通科を降車させ、戦闘準備を整える。

「良く来たな人間!歓迎するぞ!」

 たった一体だけ、舞台らしい場所の中央に立っていたそれは、遺跡中に聞こえる声量でそう言った。

「知能があるみたいですね」

 装甲車の中でその様子を見つつ二曹は言った。

「そうみたいだな。覚悟しろ魔王め!とでも言ってみるか?」 
「時間の無駄でしょう」
「そうだな、撃て」

979 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 22:49:19 ID:???
西暦2020年12月16日 同時刻 日本国北方管理地域 陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地

 薄暗い指揮所内では、ホワイトボードに書かれた戦況と無線の交信内容に誰もが注目していた。

「佐藤一尉の部隊は遺跡へ突入したようです」

 通信士の報告に誰もが注目し、戦況図に新たな記載がされる。
 誰もが着崩れた戦闘服を着ている中で唯一完璧な背広姿の鈴木は言った。

「そうですか。それでは連絡を絶やさないようにしてください。
 それと、米軍へ連絡を」

「なんと伝えますか?」
「状況、カッツェンボルン。グスタフを待て」

980 名前: 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 22:49:49 ID:???
「は?」

 聞きなれない言葉に、通信士は思わず聞き返す。

「状況カッツェンボルン。グスタフを待て。です。
 その通り送れば伝わります」
「了解しました」

 事前に定められた暗号文らしいと認識した彼は、それ以上の疑問を押し殺して言われたとおりの言葉を伝えた。

<<状況カッツェンボルン了解、フォンブラウンは待機に入る>>

 帰ってきた内容を伝えると、鈴木は驚くほどの無表情になった。

「佐藤一尉の部隊と連絡が取れなくなったら教えてください。
 私は少し休憩を取らせていただきます」

 前半を通信士に、後半を指揮官に言うと、彼は指揮所に隣接した部屋へ足早に移動した。
 指揮官以外の殆どの人間が先ほどのやり取りに不可解な顔をしていた。
 しかし、ごく一部、仮想戦記と呼ばれるジャンルを好んでいた者たちは、その言葉の意味を理解し、顔を青ざめさせた。




60 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/08/30(木) 21:26:43 ID:???
西暦2020年12月16日 13:22 日本国北方管理地域 第18地区のはずれ

「どーなっとるんだこれは」

 佐藤は唖然とした表情で前方を見ていた。
 先ほど大声量で歓迎の意を表明した相手は、一瞬で死亡していた。
 胴体を含む無数の場所に被弾し、そして今、普通科隊員たちによって止めの銃弾を叩き込まれている。

「この世界では強いと表現される防御力が、幸運な事に5.56mmNATO弾の貫通力に負けていたのでしょう」

 物足りなさそうな様子の二曹が淡々と語る。
 戦闘は、終了していた。
 この遺跡の中に動くものはなく、そして彼らは無傷でそこに立っている。
 聞けば本土では非常事態宣言に近いものまで発令されたというのに、こんなオチとはな。
 佐藤は煙草に火をつけた。
 奇声が上がったのはその瞬間だった。
 全員がそちらを見る。
 遺跡内部へと続くらしい通路。
 そこから無数の化け物が這い出してくる。
 
「撃て!」

 虐殺は再開された。

61 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/08/30(木) 21:27:26 ID:???
 それから五分、戦闘は継続されている。
 もっとも、通路の入り口に対して円陣を組んだ彼らが引き金を絞り続けているだけなのだが。

「となると、我々はその魔王とやらを倒しにいかないといけないわけですな」

 無線機に向かって溜息と紫煙を同時に吐き出しつつ佐藤は言った。
 敵の指揮官らしきものを倒したというのに一向に状況が終わらない理由を、無線機の向こうにいる鈴木とエルフの協力者は教えてくれた。
 敵の本当の指揮官を倒したのならば、現在戦闘中の敵軍は消えて無くなるはずである。
 それが消えないという事は、つまりこの遺跡のどこかに倒すべき敵がまだ生存している事になる。

「わかりました。車輌から降りなければならないのは嫌ですが、好き嫌いを言っている場合ではありませんな」
<ご理解に感謝します。御武運を>
「ありがとうございます。どうやら我々にはそれが大量に必要なようです」

 無線を切り、下車する。
 既に二曹以下選抜された隊員たちが整列している。
 全員が屋内を制圧するという訓練と実戦の経験を持ち、そして空挺レンジャーの資格を持った精鋭たちである。

「中に入って敵のボスを倒してこいとのご命令だ」
「自分以下全員、準備は完了しております」

 二曹が敬礼する。
 佐藤は色気のある答礼をし、自分の小銃を肩にかけた。

「さっさと行って、ちゃっちゃと済ませてくるぞ」

 彼らの出撃を待っていたかのように、敵は潮を引くように遺跡内部へと消えていった。


62 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/08/30(木) 21:28:58 ID:???
西暦2020年12月16日 13:27 日本国北方管理地域 遺跡内部

「ありがたい話だな」

 先導する陸士たちの背中を見つつ、佐藤は言った。
 遺跡内部は頑丈な石造りの斜坑で、ただただ地下へと降りていくだけだった。
 途中に敵は確かに存在したが、そんなものは自動小銃の敵ではなく、そして恐れていた小部屋や曲がり角からの奇襲は一切なかった。
 
「油断は禁物ですよ。特に敵の考えが読めないときは」

 油断なく警戒を続けている二曹が小声で注意する。
 ここは完全な敵陣である。
 どんなトラップ、あるいは隠し玉が用意されているかわからない。
 ぞろぞろと歩く二個分隊。
 懐中電灯だけが光源となる暗闇の世界で、彼らはいつ果てるとも知れぬ道を歩き続けていた。
 通路は何度か折れ曲がりつつも地下へと進み続け、やがて微かな光が見える。

「三人先行しろ、動くものを見たら遠慮なく撃てよ」

 陸曹に指名された陸士が三人、物音を一切立てずに小走りで先行を始めた。
 彼らは部隊から離れていき、やがて立ち止まった。
 二人がその場に留まり、一人が駆け足で戻ってくる。
 
「巨大な空間があります。奥にステージのようなものも」
「敵の姿は?」
「ネズミ一匹いませんよ」
「罠だろうが、乗らないわけにはいかんよな。俺と一個分隊で内部を調べる。
 二曹たちは通路を確保、非常時には全力で」「支援に駆けつけます」

 言葉を遮った二曹を佐藤は睨んだ。
 しかし、二曹はそれを平気で無視して部下たちに指示を告げる。

63 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/08/30(木) 21:46:12 ID:???
「戦闘開始と同時に三名が地上へ伝令に進む。残りは敵の規模によるが支援せよ」

 一同は苦笑しつつ戦闘準備を進める。
 
「二曹、貴様な」
「ここまで来ておいてけぼりはなしですよ一尉」

 赤くなった顔を隠すように二曹は乱暴に答え、自身の装備を点検した。
 その様子を見つつ、佐藤は戦場では誰もが素直な自分に出会えるという名言を思い出していた。
 まあ、俺ほどのイケメンならば仕方がないかと口に出してしまうのが彼の限界だったが。

「動くものは撃て!」

 顔面に無数の打撲を負った佐藤が、唇から血を流しつつ叫ぶ。
 それでも隊員たちは訓練と実戦経験から学んだ通りに行動し、室内を次々と点検する。
 自分たちの頭上、背後の壁面、目に入る限りの全て。
 部屋は非常識なほどに広大だったが、彼らの視界の範囲で異常や敵意を示すものは何もなかった。
 たった一つを除いて。

64 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/08/30(木) 21:46:56 ID:???
 唐突に数名の隊員が発砲する。
 誰もが発砲する隊員ではなく、銃弾の飛んでいく方向を見る。
 そこには、今まさに銃弾を受け、倒れようとする女性らしい姿があった。
 見事なプロポーションは女性でしか創り出せないものであったが、紫の髪と人間ではありえない巨大な羽が彼らに発砲を許可した。
 それは着弾の衝撃で吹き飛ばされつつ地面へと倒れた。

「確認しろ」

 二曹が短く命じた。

「回避!逃げろ!!」

 駆け出しつつ佐藤が絶叫した。
 直ぐに全ての隊員がそれに従い、一同は全力で入り口から離れた。
 直後に落石。
 正確には落石してきていた巨大な岩が、入り口付近を押しつぶした。
 猛烈な粉塵が巻き起こる。
 逃げ惑う隊員たちの悲鳴が聞こえる。
 戦闘開始から数秒、彼らは地上から孤立した。


275 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:14:08 ID:???
西暦2020年12月16日 13:40 日本国北方管理地域 遺跡内部

 ようやく粉塵は収まろうとしていた。
 もちろん室内はライトで照らされている場所以外暗闇に閉ざされていたが、それでも絶望的な状況である事は誰もがわかる。
 彼らが入ってきた入り口は、完全に押しつぶされていた。
 岩というよりも岩盤と呼ぶべきそれは、多少の対戦車ロケット弾ではどうしようもないように見える。
 
「被害確認」

 軽く咳き込みつつ佐藤が命じる。
 点呼が行われ、一人も欠けていない事がわかる。
 続いて装具点検。
 小銃一つと三つのライトが岩盤に押しつぶされた事がわかる。
 彼らは、未だ戦闘能力を有していた。

「警戒を怠るな!」

 陸曹たちが命令する。
 陸士たちは言われるまでもなく、懸命に目を凝らした。
 幸いな事に、今のところ問題はない。

「何か動いています!」
「それなら撃てよ!」

 陸士の叫びに佐藤が答え、彼らは発砲を再開した。
 どこかに消えてしまったはずの、敵の大群が現れたのだ。

276 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:15:06 ID:???
「敵襲!全周警戒!!」
「前だ!銃弾を叩き込んでやれ!!」

 ようやく収まりつつある土煙のなかで、彼らは戦闘を継続し続けた。
 叫び、引き金を引き絞り、次々と弾倉を交換した。
 もちろん敵も黙って見てはいない。
 叫び、引き裂かれ、打ち倒されていく。
 次々と銃弾を撃ち込まれ、絶命していく。
 それらは確かに恐ろしい存在だった。
 何もかもを引き裂くであろう強靭な肉体。
 触れただけで人体を切断できる鋭い爪。
 頑丈な鎧をやすやすと噛み砕ける牙と顎を持つものもいた。
 しかし、それだけを武器に自衛隊に戦いを挑むのは、例え不意打ちだったとしてあまりに無謀だった。

277 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:16:00 ID:???
「異常なし!」

 この部屋の出口を点検した陸士が叫ぶ。
 彼らの周囲には無数の化け物の残骸が転がっており、傍目にも危機を脱した事がわかる。

「損害は?」

 周囲を見回しつつ佐藤が尋ねる。

「負傷者が二名、重傷者一名、これはもう助かりません。
 それと殉職五名です」

 同じく周囲に警戒の目を向けている二曹が答える。

「そうか、随分とやられてしまったな」

 一切の感情を感じさせない声音で答えつつ、彼は歩き出した。
 立ち止まったそこには、左腕と胴体の一部を抉り取られた一人の陸曹が、血の塊を口から吐き出しつつ倒れていた。

「すまんな」
「任務ですから」

 手短に詫びた佐藤に、陸曹は激痛をものともせずに笑顔で答えた。

278 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:17:01 ID:???
「手早く願います」
「わかった。遺言は?」

 腰のホルスターから拳銃を取り出しつつ佐藤は尋ねた。
 
「すまんが俺が実行可能なもので頼む」

 無表情の佐藤にそう言われた陸曹は、少し考えてこう言った。

「佐藤一尉殿、宇宙を、手にお入れ下さい」
「実行可能なもので頼むといっただろう」

 苦笑しつつ、彼は拳銃を構えた。

「だが、この世界程度ならば任せておけ。お前らの死は無駄にはせん」
「感謝します」

 そう答えると、陸曹は目を閉じた。
 佐藤は目を見開いたままで拳銃を構えなおし、発砲した。

279 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:18:03 ID:???
西暦2020年12月16日 13:59 日本国北方管理地域 遺跡最深部
  
「何処まで降りるんだ」
「これ以上は、ガス検知器なしでは嫌ですね」

 呆れたように呟いた佐藤に、二曹は冷静に答えた。
 あれからいくつかの広間を越え、その代償として四名の陸士たちを失った彼らは、疲労しつつも戦闘能力を残していた。
 どうやって入れたのかはわからないが見上げるほどに巨大なドラゴンに対戦車ロケットを打ち込んだ。
 群がる化け物の集団に銃弾のスコールを浴びせかけた。
 死してなお動き回るゾンビの集団を再起不可能なほどに粉砕した。
 そうして、彼らは歩き続けていた。
 
「ようやく終わりみたいですね」

 通路の先から微かに見えてきた明かりに、一人の陸士が安堵の声を漏らす。

「もうネタも尽きただろう。いよいよ親玉だといいな」
「そうですね。あと二回ほど交戦したら、伝説の剣か弾薬箱を探しに行かないといけません」
「銃剣があるだろう。それに無限に広がる精神力を持ってすれば、帝國軍人にできない事はない」
「私は普通の陸上自衛官なので、弾薬と部下なしには何も出来ませんね」

 よほど疲れているらしい二曹は、佐藤の言葉に普通に返答している。
 その後も下らないやり取りを繰り返しつつ、彼らは最後の部屋へと入った。

280 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:25:05 ID:???
西暦2020年12月16日 14:00 日本国北方管理地域 陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地

「遺跡内に突入した部隊から連絡が途切れてどれくらいになりますか?」

 自分のテントから戻ってきた鈴木は、顔色が良くない駐屯地司令に訪ねた。

「最初で最後の伝令が出てきてから五分ほどですね」
「そうですか。米軍を呼び出してください」

 渋る通信士を急かしてようやく繋がった相手に、彼は伝えた。

「グスタフ用意」
<フォンブラウンは待機中。君たちの艦艇を離してくれ>
「駐屯地司令殿?」

 聞いていた状況とは違う展開に、鈴木は駐屯地司令に状況の説明を求めた。

「やれ」

 尋ねた鈴木に対して、駐屯地司令は傍らに立っていた陸曹に短く命じた。
 陸曹は素早く背後に回り、見事なスリーパーホールドを決める。
 二秒ほど彼は抵抗し、そのまま崩れ落ちる。

281 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:27:39 ID:???
 倒れこんだ鈴木を一瞥だけすると、指揮官は口を開いた。

「米軍には適当に答えておけ。海自には死んでも離れるなと伝えろ。
 指揮下全ての部隊に通達、これより我々も戦争に参加する。
 志願者を一個中隊集めろ」

 そこまで言うと、彼は懐から取り出した辞表と遺書を自分の椅子へ置き、腰の拳銃を取り出した。

「我々自衛官は家族だ。家族は守らなければならない。
 諸官たちが己の意地を見せてくれる事を切に期待する。
 私に賛同するものは十分後に正門前に集合せよ。以上、解散。」
 
 彼の言葉を合図として、陸上自衛隊の暴走が始まった。

282 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/09/19(水) 00:28:40 ID:???
西暦2020年12月16日 14:05 日本国北方管理地域 遺跡地上部分

「繰り返します。増援と施設科が必要です」

 地上に残された中で最高位の二尉は、指揮通信車の中で繰り返した。
 いつまで経っても戻らぬ佐藤たちに痺れを切らした彼らは、少数の偵察隊を出した。
 地下深くまで潜った彼らは、巨大な岩盤が崩落し、通路を完全に封鎖している光景を目にした。
 そして今に至るわけである。

「削岩機、天井を支える支柱、その他色々、厄介ですよこれは」
<了解した。全て用意する>

 困り果てた二尉の言葉に、相手は当然のように回答した。

「どれくらいで到着しますか?」
<第一波はヘリコプターで移動中。あと10分といったところだ。
 車輌部隊は敵軍と交戦中のために時間がかかる。
 なんとしても現場を確保し続けてくれ>
「了解しました」

 この戦役にケリをつけるための役者たちが、揃おうとしていた。  

475 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/11(木) 00:15:34 ID:???
 西暦2020年12月16日14:05から18:00までに繰り広げられた激戦は、陸上自衛隊の歴史の中でも特筆すべきものである。
 後に日本で出版されたほぼ全ての史書はそう記している。
 彼らは重砲から拳銃にいたる全てを駆使し、大は戦闘団から小は個人で志願した民間人支援者の全てが一騎当千の言葉に相応しい活躍をした。
 輸送ヘリコプターに資機材および兵員を満載し、敵の司令部頭上に立派な抵抗拠点を構築した。
 車輌部隊は広大な戦域を計算しつくされたルートで哨戒しつづけ、捕捉した敵集団の全てを粉砕した。
 特科および戦闘ヘリコプター部隊は後先を考えずに砲弾を投げつけ、機関砲弾や対地ロケットを叩き込み、敵軍に甚大な損害を与えた。
 本国は、これらの戦闘行動になんら手出しができなかった。
 正しくは、手出ししようと考えもしなかった。
 それ所ではない事態が進行していたのだ。

476 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/11(木) 00:16:23 ID:???
 今回の敵は、いわば魔王や冥王とでも呼ぶような存在である。
 そのようなものが地上に現れれば、当然のことながら、反応するものたちがいる。
 いわゆる物の怪、魑魅魍魎の類である。
 まあこれはあくまでも和風な表現であり、実際に出現したのはゾンビやキマイラといった即物的な化け物である。
 日本本土での化け物の出現は、礼文島事件や東京事件を例に見れば恐ろしい事である。
 あっという間に院内でゾンビが増殖した札幌事件を例に出しても良い。
 幸いというべきか、ゾンビに関してはマニュアル化された対策と、土葬の文化がない風土が功を奏した。
 日本本土では自然死および事故死、殺人などで死亡した者を除く発症者はおらず、それらは警戒態勢に入っていた自衛隊により速やかに処理された。
 化け物に関しては本土での出現例は0、元々生息していたその他の所謂モンスターもいないため、対ゾンビ戦闘で多少の騒ぎが起きたに過ぎない。
 大陸派遣隊は、逆に想像を絶する量の化け物に襲撃され、少なからぬ犠牲を出しつつ戦闘状態へと入っていた。
 そこでは悲惨な敗北、あるいは誇らしく語られる勝利があった。

477 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/11(木) 00:17:04 ID:???
西暦2020年12月16日 18:00 日本国北方管理地域 遺跡地上部分

「目ぼしい敵は全て撃破しました。
 遺跡周辺の安全は確保されているといえます」

 自然とこの部隊の指揮官になった二尉が報告する。
 仮設指揮所の中で地下道補強作業の進捗を監督していた駐屯地司令は、その報告に無言で頷いただけだった。

「地下道の補強は順調です。
 この調子ならば、立派な核シェルターになりますよ」

 部下たちに何事か命じつつ、施設科の一尉が軽口を叩く。
 今後の北方管理地域復興に支障が出るほどの物資を使い、彼らはそれを行っていた。
 岩盤が崩落したという事は、友軍救出の前にするべきことがある事を意味している。
 彼らは調査を終えるなりそう叫び、セメントや鉄骨を贅沢に使って補強作業を開始した。
 誰もがその傍目には暢気な作業を批判したが、駐屯地司令はそれを支持した。
 地下の巨大な岩盤を取り除くには、そこに部隊を投入するための通路が必要である。
 そのためには、多少の回り道は仕方が無い。

478 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/11(木) 00:18:18 ID:???
「それで、あとどれくらいで岩盤の除去が始まるんだ?」

 理解はしていても、駐屯地司令はそう尋ねずにはいられなかった。
 彼らの足元では、友軍が、恐らくは今も戦闘中なのだ。
  
「作業場の確保は始まっています。
 通路の確保もほぼ完了。
 一時間以内に削岩機を投入できます」
「それを使って、どれくらいで抜けられる?」

 駐屯地司令の質問に、施設科の一尉は肩をすくめて答えた。

「一時間以上無制限、です。
 我々は目の前の岩盤がどれだけの厚さかを知りません。
 五分削れば向こう側が見えるかもしれませんし、崩落の危険と一時間戦っても半分も進んでいないかもしれません」 
「発破で吹き飛ばすわけにはいかないんですか?
 通路はコンクリートで固めているんでしょう?」

 我慢し切れなかった二尉が口を挟む。

「ついでにせっかく作った通路も潰してしまうかもしれません。
 その種の危険は、あえて冒したいとは思えませんな」

479 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/11(木) 00:19:08 ID:???
 専門家の言葉に二尉は口を閉ざす。
 彼はあくまでも歩兵、あるいは戦闘車両との戦い方しか習っていない。
 地面の掘り方など、塹壕の作り方しか知らない。

「とりあえず、準備が整うまでは時間を下さい。
 あとは交替で休まず削り続けます。
 佐藤一尉たちについては、信じましょう。現状では、我々に出来る事は祈る事と信じる事しかありません」

 二尉はそこまで言うと、迎えに来た部下たちに軽く頷いた。
 地下道の入り口を見ると、ケーブルや装置を抱えた隊員たちが、次々と中へ入っていく姿が見える。

「準備が出来たようですね。
 それでは、地の底へ行ってまいります」

 各種工具を装着し、彼は敬礼した。
 陸上自衛隊施設科、いわゆる工兵隊は、彼らの戦闘を開始した。
 そしてそのころ、地下深くでは佐藤たちが死闘を繰り広げていた。

697 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:45:02 ID:???
西暦2020年12月16日 17:50 日本国北方管理地域 地下最深部

「やっとか」

 もはや無駄口を叩く力すら失った佐藤が呟く。
 通路の終点にあった部屋は、結局何の変哲もない広間に過ぎなかった。
 さらにその先、もっと下、扉を越えた先。
 いつ果てるとも知れぬ傾斜路を下り続け、彼らは歩き続けていた。
 途中で何度も小休止を取ることにより、彼らは体力的にはそれほど疲弊していなかった。
 だが、何もない、という状況が、彼らの気力を奪っていた。

「突入しますか?」

 小銃を構えた二曹が尋ねる
 先ほどの小休止で回復したのか、その声には気力が感じられる。

「まずは調べろ。
 ここまで連れて来て死なせたのでは部下たちに祟られてしまう」
「それはいまさらでしょう。
 二人先行しろ」

 軽口で返しつつ、二曹は部下に命じた。
 いまだに気力を維持し続けているその二人の一等陸士たちは、無言で頷き部隊に先行する。

698 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:45:45 ID:???
 アーチのようになっている部屋の入り口から内部を窺い、ゆっくりと片手をあげると指を一本立てる。
 どうやら、久々に仲間以外の何かを発見したらしい。
 弛緩していた部隊の空気が一瞬で張り詰め、全員が安全装置を解除する。

「そんなところにいないで、入ってきなさい」

 部屋の中から大音量で誘いの言葉が聞こえてくる。

「せっかくのお誘いだ、断ったら失礼だろう」

 一同が佐藤を見る中、彼は苦笑しつつ答えた。
 もちろん、89式自動小銃を構えている。
 彼らは誘いに乗り、ゆっくりと室内に入る。
 まず三名が小銃を構えずに入室、室内や天井に異常がないことを確認する。
 その広い大広間は、石造りだった。
 部屋の中央には赤い絨毯が敷かれ、視線で辿るとその先には玉座らしい立派な椅子がある。
 そこに座り、こちらを見ているのは一人の老人だった。

「どうしました?入室に許可は必要ないですよ」
「それはありがたいですな」

 軽い調子で答えつつ、佐藤たちは入室した。

699 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:48:20 ID:???
「それでまず、なんですが」

 そこまでいうと、佐藤は何の躊躇もなく小銃を構えて発砲した。
 しかし、音速で放たれた銃弾は相手の手前で何かに衝突し、ひしゃげて床に落下する。

「まあ、そうでしょうな」

 初めから知っていたかのように佐藤が言う。

「ようやくここまで辿り着きましたね異世界人」

 老人は何事もなかったかのように言い放った。

「おめでとうを言わせてもらいますよ!
 この遊びを勝ち抜いたのは、あなた方が初めてです!」
「遊び?」

 佐藤は不思議そうに尋ねた。

700 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:49:04 ID:???
「そう、私が創った素晴らしい遊びです」
「一尉、こいつは何を言っているんですか?」

 二曹が尋ねる。
 しかし、佐藤にもわかるはずがない。
 相手の言っている事は意味不明なのだ。

「私はこの、平和で安定した世界に飽きていました。
 そこで、色々な人々と遊んでみました。
 ですが、この世界の人間たちは世界を征服したら満足してしまった。
 エルフたちは自分たちの生存が保障されたら下らない遊びしかしなくなってしまった。
 モンスターたちは愚劣すぎましたし、ダークエルフたちは遊び相手として無力すぎました。
 そこで、異世界から適当な国を呼び出したのです。
 そう、お察しのとおりあなた方の祖国、日本です」
「何を言っている?」

 佐藤が相手に尋ねる。
 しかし、相手はそれを無視して言葉を続ける。

701 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:49:45 ID:???
「日本はこの世界の悪役であるダークエルフを救い、連合王国を滅ぼし、そして私に異世界の戦い方を見せてくれました。
 それは非常に愉快で、有益で、面白い体験でした。
 しかし、それもつかの間の事。世界は安定期に入り、そして私は再び退屈になった」
「それで、この騒ぎか」

 佐藤はようやく理解した。
 今回のエルフ第三氏族が起こした騒ぎ、それは、目の前の老人の考えた、いわばゲームだったのだ。

「まさにその通り。
 私は、政治的な、あるいは人種的な戦争、そういう下らないお話は飽きていたのです。
 私の求めていたのは、絶対的な悪を滅ぼす正義の勇者、君たちの言葉で言うところのヒーローがほしかったのです」
「なるほどなるほど、つまり、すべてはあんたの考えたゲームだったわけだ」

 佐藤は驚くほどに平坦な口調でそう言った。
 相手は愉快な様子を隠そうともせずにそう続けた。

702 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:50:48 ID:???
「なかなかに理解が早い!さすがは異世界の勇者だ!
 突然異世界に呼び出された、そのままならば死すべき存在。
 そんな存在が必死に生き抜いていく姿は、私でさえも感動させるものがありました。
 私はこの感動と愉快な体験を与えてくれた君たちにお礼がしたい!
 どんな望みでも叶えてあげましょう」

 その瞬間の佐藤を支配していたものは、怒りでも憎しみでもなかった。
 もちろん嬉しさや充実感でもない。
 ああなるほどね。
 言葉にするとそう言った表現になる、一種の理解だった。

703 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:51:50 ID:???
 この世界に召喚された日本は、おかしいほどに恵まれていた。
 生存のために邪魔な国会という存在は、議事堂や官僚機構といったものを残して消滅していた。
 船舶も軍備も、技術も国民も物資も、すべてがある状態で、この世界に来ていた。
 召喚、という現象自体がもちろんおかしい事だが、それにしても、生存のための行動に必要なすべてが揃いすぎていた。
 隣の大陸には豊富な物資があり、橋頭堡を築いた途端にこの世界を良く知る協力者も得ていた。

「俺たちは、お前のおもちゃではない」

 佐藤は静かに言った。
 相手は、明らかに失望した表情を浮かべた。

「だが、望みを叶えてくれるとあれば話は別だ」

 相手は失望の度合いをさらに強めた。
 それを無視して佐藤は言った。

704 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/10/25(木) 23:52:32 ID:???
「日本を、国民を、これ以上苦しめないでくれ。
 元の世界に返してくれというのはあんたの望みに反するから無理だろう。
 だから、頼む。
 これ以上日本国を苦しめないでくれ」

 その言葉を聴いた相手は、失望した表情を消し、楽しそうな表情を浮かべた。

「その言葉は予想外でしたね。
 わかりました、もっと楽しいゲームをご用意します。
 がんばって、もっと私を楽しませてください」

 老人は楽しそうに笑うと姿を消した。
 あとには、不気味な化け物が一体、老人が座っていたはずの玉座に残されているだけだった。
 部屋中に響き渡る大音量で、老人の声が響き渡る。

「あなたのその聡明な頭脳に免じて、条件付で願いを受け入れましょう。
 さあ勇者よ!武器を取り、民のために目の前の悪魔を打ち倒しなさい!
 さすれば民を苦しめる化け物たちは、この大陸に限っては消え去るでしょう!!」

 こうして、佐藤たちのこの迷宮でのラストバトルが始まった。

838 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:03:02 ID:???
西暦2020年12月31日 11:00 東京

 その日は朝から雪が降っていた。
 温暖化の影響でもう二度と都内で見ることはないとまで言われていた雪は、都内全域の交通網を順調に麻痺させつつあった。
 すべては異世界へ召喚されたことが理由だった。
 いろいろあって大陸から自主的に生産設備を引き上げていた日本国は、召喚直前当時、控えめに言って重工業国家だった。
 それでも発達した環境保全技術は、少なくとも国内の河川レベルならば汚染を消し去る程度のことはできる能力を有していた。
 しかし、地球環境はもはや、先進国の10や20が環境を最優先にした程度ではどうしようもないところまで来ていた。
 世界の大半の地域で空気と水、そして大地は汚染されていた。
 そんな世界で、関東平野に雪が降ることなど金輪際ないだろう。
 気象庁は、そう予報していた。

839 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:04:06 ID:???
 しかし、召喚が日本を取り巻くすべてを、まさに文字通り変えた。
 四季は彩を取り戻し、科学技術によって浄化されつつあった環境は、科学技術ではなく大自然というシステムにより、その全てを平常運転に戻した。
 だからこそ2020年のこの日、関東平野は大雪に見舞われていた。
 地上を走る鉄道や道路網は軒並み渋滞し、あちこちで遅延や事故が多発していた。
 そんな中、防衛省の片隅にある薄暗い会議室では、この国を指揮する人々による会合が行われていた。
 室内は暗い。
 部屋の奥に置かれたスクリーンの内容を見るためである。

「道を開けろ!」

 目を血走らせた一等陸士がカメラに向かって叫ぶ。
 視聴者に酔いを感じさせるほどに無様な動きで画面は動く。
 上空を旋回する戦闘ヘリコプター、エンジンをかけたままの戦車が画面に入り、流れていく。

「ヘリはまだか!」「衛生急げ!」

 人々の叫び声が交錯するなか、カメラはようやく撮影対象を見つけた。
 ズームイン。
 担架に載せられ、隊員たちに付き添われた佐藤が現れる。
 暗転。


840 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:04:37 ID:???
 再び映像が映し出される。
 敵軍指揮官が倒された地底の遺跡、その最深部の映像だ。
 現代の建設技術で建造したとして不安を覚えるほどの広大な空間。
 その片隅で、それは倒れていた。
 銃弾や手榴弾の破片、銃剣などで破壊されたそれは、四肢をばらばらにされて明らかに絶命している。
 再び暗転。

「生存者たちの証言は?」
「神に会った。そのように言っています」
 報告書を片手に鈴木が言う。

「神に会った?それはなにかこう、文学的な表現なのか?」
「いいえ、違います。言葉遊びの類ではありません。
 もちろん彼らが、疲労がポンと飛ぶものを多量に服用していたわけでもありません」
「じゃあ何なのだ?」

 統幕長は苛立った様子で先を促した。

841 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:05:35 ID:???
「古来より、人々は神という存在を崇めてきました。
 神は奇跡を起こして人々を助け、そして天罰によって人々に教訓を与えてきた。
 それは絶大な力を持ち、奇跡としか呼べない物事を実現させてきた。
 そう言われています」
「海を割ったり塔を崩したり、前者はともかく後者は我々でもミサイルで可能だがな。
 それがどうしたというのだ。
 あまりにも哀れな我々を助けるために全知全能の神か八百万うちの誰かが増援に駆けつけてでもくれたのか?」

 うんざりした様子で統幕長は言い放った。
 彼が聞きたいのは戦闘の結果得られた情報であり、今後の対策立案に役立つなにかだった。
 極度に疲弊した隊員たちの、錯乱した言葉ではない。


842 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:06:32 ID:???
「暇だから新しい遊びを考えてみた」
「はあ?」

 鈴木は報告書を見つつ、意味のわからない言葉を言い放った。
 統幕長は呆けたような声でそれに答えた。

「彼らが遭遇した人物の発言、その要約です」
「それが彼らの言う自称神さまの言葉か?
 馬鹿馬鹿しい!なんだそれは!」

 海幕長が叫び、机を叩く。

「大方狂人か何かだろう。
 そんな妄言を大真面目に報告書に書かれても困る」
「無数の小銃弾を空中で防ぎ、化け物を召喚し、瞬間移動する狂人ですか。
 そこまでしてくれるのならば、本当に狂人であっても私は信じてもいいと考えますがね」

 淡々と答えつつ、鈴木は報告を続ける。

「救出された隊員たちによると、それはこの世界を引っ掻き回して今まで遊んでいたそうです。
 人々を戦争へと駆り立て、魔物を使役し、エルフたちを騙し、ダークエルフを虐殺して、遊んでいたそうです。
 しかし、飽きてしまった。この世界を構成するもので遊ぶことに」
「だから、異世界から適当な国を呼び出し、遊び場に加えた?」

843 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:07:33 ID:???
「そうです。にわかには信じられませんが。
 しかし、今回の作戦の推移を考えてみると、どうやら信じるしかないようですよ。
 何しろ、敵軍は事前行動も何もなしに突然現れ、大地を埋め尽くしました」

 パソコンが操作され、何枚かの写真が映し出される。
 砲撃を続ける戦車、発砲煙によって埋め尽くされている塹壕。
 その向こういっぱいに広がる異形の化け物たち。
 続いて霊安室からあふれ出るゾンビ、横転した救急車から這い出る何か。

「国内では今までテロ以外では現れなかったゾンビも出現しました。
 それなのに、彼らが地底で死闘を終えたと思われる時刻に、全ては消滅した」
「あいつは確かに言いました」

 映像の中で、暗い表情をした二曹は抑揚のない口調で報告していた。

「あの化け物を呼び出した直後に奴はこう言ったのです。
 さあ勇者よ、武器を取り、民のために目の前の悪魔を打ち倒しなさい。
 さすれば民を苦しめる化け物たちは、この大陸に限っては消え去るでしょう、と」

 二曹は淡々と続ける。

「自分がここで報告できているということは、そうなのでしょう。
 でもそれがなんだっていうんですか。化け物が消えたって!佐藤一尉は!」

 医官や警務隊員の腕が伸び、注射針のきらめきが画面に入ったところで映像は消された。

844 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/12(水) 01:08:48 ID:???
 室内が明るくなる。
 プロジェクターを停止させた鈴木が、部下に照明をつけさせたのだ。
 部屋は明るくなったが、空気は重く、人々の顔は暗く沈んでいた。
 幸運の女神にそっぽを向かれるどころではない。
 どうやら正真正銘の神様らしい相手に、宣戦布告なき攻撃を仕掛けられているのだ。
 そんななか、何事もなかったかのように着席した鈴木は、動揺を感じさせない口調で言い放った。

「我々はこの想定外の問題に対し、何らかの対策を講じる必要があります」

 さすがは官僚。
 居並ぶ誰もがそう評価するほどに、淡々としていた。


877 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/31(月) 03:00:47 ID:???
西暦2020年12月31日 13:00 東京のはずれ

「おねえちゃんだあれ?」

 拘束衣を着せられた佐藤が、ガラス玉のような目をして二曹に尋ねる。
 普段であればこの先に待っていたのは制裁だが、今は違う。
 未だかつて誰もみたことのない優しい表情を浮かべ、彼の頭を撫でる。

「彼はいつ頃“帰ってくる”のですか?」

 その様子をマジックミラー越しに眺めつつ、鈴木は医師に尋ねた。

「照明を消せば今すぐにでも帰ってきますよ。
 まあ、手に負えないほどに錯乱してしまいますがね」

 佐藤の一挙一動を監視しつつ医師は答える。

「彼はこの世界に来てから、ずっと連戦を続けてきていました。
 以前にも一度、重傷を負った事もあります。
 なぜ今回に限って?」
「よほど恐ろしい目にあったのでしょう。
 あるいは、自我を崩壊させかねない、何か衝撃的な経験をしたのかもしれません」
「それで自分の精神を守るために?」
「状況から察すると、そうですね」

 医師はカルテを手に取った。
 彼は精神医学が専門ではあったが、それ以外の知識を持ち合わせていないわけではなかった。

878 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/31(月) 03:01:44 ID:???
「彼は現代医学の限界に挑戦するような重傷を負って野戦病院に担ぎ込まれました。
 そこで応急処置を行われ、すぐさま空路で第一基地の自衛隊病院へ」

 あまりにも大量の履歴が記載されているため、その次を告げるにはページをめくる必要があった。

「途中何度も心停止と蘇生処置を繰り返し、その後は緊急手術の連続。
 そして一週間の意識不明状態。
 これで何の異常も出なければ、その方がおかしい」
「ですが脳に障害は出ていなかったはずです」

 事前に調査した記録を元に鈴木が尋ねる。

「ええ、私もそう聞いています。
 ですが、彼の場合は脳の損傷や障害が原因ではありません。
 何か強いショックが原因で、およそ10歳の頃まで意識が退行してしまっているのです」

 ミラーの向こうでは、二曹に促されてベッドに入る佐藤の姿がある。
 二曹は立ち上がり、ドアの方へと歩いていく。

「現役復帰は難しいですか?」

 しばらく沈黙していた鈴木が尋ねる。

「現状では難しい、としか回答できませんな。
 先ほどもいいましたように、今の彼は10歳の少年も同然なのです。
 何かのショックで元に戻ったとして、もう大丈夫と断言できる材料がありません」

 二曹はドアのところで立ち止まり、壁にある照明のスイッチへと手を近づける。

879 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/31(月) 03:02:35 ID:???
「いかん!」

 医師が叫ぶのと、病室の照明が消えるのは同時だった。

「わぁぁああっぁああぁああ!!!!」

 佐藤の絶叫が病室に響き渡る。

「殺せ!殺せ!!撃つんだ!早くしろ!!」

 未だ意識が戦場にある佐藤は、絶叫しつつベッドを引き倒し、即席の遮蔽物の陰に隠れる。

「二曹はどこだ!敵はどこだ!銃をくれ!!増援はどこなんだよぉぉぉ!!」
「一尉!自分はここです!一尉!!」

 二曹が駆け寄ると同時に看護員たちが照明をつけ、警棒を構えて室内へとなだれ込む。
 
「乱暴はやめてください!」

 暴れる佐藤を押さえ込みつつ二曹が叫ぶ。

880 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2007/12/31(月) 03:03:28 ID:???
「どういうことなんですか、これは?」

 呆然としつつ、鈴木は医師に尋ねた。
 
「最初にも少しいいましたが、陸上自衛隊一等陸尉の彼は、暗闇の中でだけ戻ってきます。
 まあ、ごらんの通りひどい錯乱状態でして、格闘技の心得を持っている事からうかつに鎮静剤を投与する事もできないのです」

 全身を使って必死に押さえ込む二曹から逃れようと、佐藤は必死に体をよじっている。
 しかし、明るくなったせいかその動きは次第に緩慢になり、そして遂に彼は抵抗をやめた。

「今日は随分と早く落ち着きました。
 同僚に会わせるというのは、彼の状況からすると良くないと思っていたのですが、どうやらプラスに働いたようですな」

 あくまでも冷静に所見を述べつつ、医師は鎮静剤を持って病室へと向かおうとする。

「私も彼に会う事はできるでしょうか?」

 その後ろ姿へ鈴木は声をかけた。

「まあ構いませんが、恐らく貴方の事を誰だか認識できないと思いますよ」
「それでもいいのです」

 鈴木は一旦言葉を切り、服装を正した。

「私は日本人の一人として、彼に礼を言わなくてはならないのです」


904 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/01(火) 23:57:56 ID:???
西暦2020年12月31日 13:05 佐藤の病室

「ふむ、やはりDプラス、いや、これは・・・E!」

 病室へ入った彼らの耳に入ったのは、明らかに自分を取り戻した佐藤の言葉だった。
 彼の言葉は、涙を流しつつ彼の事を抱擁している二曹へと向けられている。

「良かった、本当に良かった」

 彼のコメントは普段であれば大変な事になる内容だったが、二曹はそのような些細な事を気にする必要性を感じていなかった。

「これはまた、医師を辞めたくなる瞬間ですな」

 どこか嬉しそうに医師は言い、そして鈴木の方を見た。

「どうやら、気持ち良く御礼が言える状況になったようですよ」


905 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/01(火) 23:58:38 ID:???
「お久しぶりですね佐藤一尉」

 未だに二曹に抱きしめられている佐藤に、鈴木は声をかけた。

「ああどうも、お久しぶりです」

 先ほどまで錯乱していたはずなのに、佐藤はいつもの調子で答えた。

「どうやら、私は怪我だけではない状態で収容されていたようですね」

 着せられた拘束衣をちらりと見つつ、佐藤は恥ずかしそうに言った。

「あまり醜態を晒していないのであればいいのですが。
 二曹、そろそろ離れてくれ、そうでないとマイサンが大変な事をしてしまいそうだ」
 
 佐藤の言葉に、二曹は顔を赤くして離れる。

906 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/01(火) 23:59:55 ID:???
「いやはや、久しぶりに文明的なところに来た気分ですよ。
 それで、私はいつ退院できるんですか?」
「申し訳ないが、しばらくは経過観察をさせていただく必要があります。
 大変恐縮ですが、ご了承願いますよ」

 医師は申し訳なさそうに、しかし有無を言わせない口調でそう告げた。
 こういったケースの場合、本人の申告だけでは許可を出す事はできないのだ。

「まあ、休暇だと思って休みますよ」
「そうしてください」

 それまで沈黙を守っていた鈴木は口を開いた。

907 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:00:33 ID:???
「貴方は上官が人事院から直接叱られるほどに休養が少なすぎました。
 傷が癒え、現役復帰が許可されるまでの期間、ゆっくりと休んでください」
「そうしますよ。随分と、休んでいない気がしますからね」
「ええ、それで、ものは相談なのですが」

 鈴木はニヤリと笑い、佐藤の目を見た。

「日本国のために、もう少しだけ体を張っていただく事はできませんか?
 いえ、もちろん簡単な事ですよ?」
「体一つで異世界を平定してこいとかは勘弁してくださいね。
 もちろん護衛最低限の大使館武官とかも嫌ですよ」
「いえいえいえいえ、もっと簡単な事ですよ」

 鈴木はその笑みをさらに深めた。
 平たく言えば、それは悪魔の笑みのようなものだった。

908 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:01:04 ID:???
西暦2020年12月31日 20:00 佐藤の病室

「畜生、いつか殺してやる」

 病室に勢揃いしたスタッフと機材を眺めた佐藤は、そう呟いた。
 いつか助けたダークエルフの一族、氷の精霊とやら、怪しげなローブの集団。
 医師、医師、医師、看護士と技師の群れ。
 いろいろなものをとらえる各種カメラや測定器。
 全身に設置された測定器。
 
「ただベッドに寝ていていただいて、傷を癒していただければ結構ですよ」

 鈴木の言葉に思わず感動し、頷いてしまったのが失敗だった。
 すぐに彼は携帯電話を取り出し、あちこちへと電話をかけた。
 それから数時間、慌ただしく色々な人間が出入りし、このような状況となった。

909 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:01:35 ID:???
「まあそう言わないでくださいよ。
 一応実験の結果では良好なものが出ているのですから」

 スーツの上に白衣を羽織った鈴木が愉快そうに笑う。

「今回のじっけ、治療の結果では、多くの日本国民が救われますよ。
 もちろん自衛官も」

 鈴木の言い分はこうだった。
 間に合えば四肢の切断すら回復できるこの世界の魔法を使えば、多くの人々が救われる。
 例えば全身麻痺の交通事故の犠牲者が、戦闘の結果四肢がとりあえず接合されただけの自衛官が。
 五体満足になれる。
 魔法は、病気は治せない。
 だがしかし、逆に怪我に関しては絶大な効果を発揮する。
 実験と言いかけたのは気になるが、まあいいだろう。
 佐藤はそう思った。

910 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:02:06 ID:???

 怪我さえ治ってしまえば、あとは精神科医を騙せれば現役復帰できる。
 そうなれば、自分は再び前線へ戻れる。

「初めてなので、優しくお願いします」

 気色の悪い事を言いつつ、佐藤は姿勢を正した。
 遺伝子レベルで差異が見られないこの世界の人々が日常的に、それも長期間使用しているのならば問題ない。
 そう思い、目を閉じる。

「心拍数が増大してますよ一尉。落ち着いてください」

 うるせえ。
 鈴木の言葉に内心で呟きを返しつつ、佐藤は心を落ち着けようと努力した。
 ふと、目の前が心地よい冷たさに包まれる。

「落ち着くがよい佐藤よ。
 わっちも手伝う。何も考えず、身をゆだねてくれれば良い」

 どうやら精霊の親玉様も手伝ってくれるらしい。
 それならばなおの事問題はない。
 彼はそう判断した。
 あの事あるごとに異世界人を虐殺したがる原田を諫められる存在だ。
 自分程度に狂っている人間ならば、造作もない事だろう。
 安心して、身をゆだねよう。
 それに、それなりにスペシャリストの集団も来てくれているわけだ。
 何も問題はない。

911 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:02:46 ID:???
西暦2020年12月31日 23:59 施設屋上

「年の初めの試しとて、終わり無き世の目出度さを」

 誰かが詠っている言葉が聞こえる。
 何とも古風な事だ。
 苦笑しつつ、佐藤は上空を見上げた。
 綺麗な夜空だな。
 日本以外全てが変わってしまったこの世界では、夜空とは芸術品と同義の存在である。

「本土での正月とは、幸運だったな二曹」
「一尉がご無事だった事だけで十分ですよ」

 既にかなりのアルコールを摂取している二曹は、随分とご機嫌なようだ。
 
「もう少しで新年ですね」

 いつの間にか隣に来ていた鈴木が言う。
 彼の手には、日本酒がなみなみと注がれたコップがある。

912 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:03:45 ID:???
「生きて新年を迎えられて、本当に良かったですよ」

 医師には内緒で酒の入ったコップを持っている佐藤が答える。

「日本国民全てが、本来ならば等しくそのような認識を持つべきなんですけどね」

 また小難しい話を始めると、佐藤は興ざめした表情で鈴木を見る。

「ですが、皆さん自衛隊の努力のおかげで、何事もなければ来年の末も同じ事ができます。
 もちろんその先も、さらにその先も。
 こんな事は、自衛隊がいなければ絶対に起こりえない事でした」

 文官からかけられた思いもよらない言葉に、佐藤は絶句した。

「私たち武官以外の人間は、あなた武官に感謝しなくてはなりません。
 あなた方が体を張り、傷つき、倒れ、それでも戦い続けてくれたおかげで、この国の今と未来があります。
 そのことについて、私は感謝の気持ちと言葉を惜しむつもりは毛頭ありません」

 そこで鈴木はコップを置き、佐藤の方を向くと、深々とお辞儀をした。

「本当に、ありがとうございました。
 そして、これからもよろしくお願いします」

913 :物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM :2008/01/02(水) 00:04:17 ID:???
「頭を上げてください鈴木さん」

 佐藤はあわてた様子で彼の頭を上げさせた。

「文官の皆さんがいるからこそ、我々は前線で戦う事ができます。
 救国防衛会議があるからこそ、我々には誇りと名誉が保証されています。
 我々こそ、これからもよろしくお願いしますと言わせてください」

 佐藤の言葉に鈴木は苦笑しつつ頭を上げ、そして、一同による合唱が行われた。

「5・4・3・2・1・0」

 カウントダウンは終わった。
 そして、佐藤が、鈴木が、二曹が、その場に居合わせた全ての人々が、口を揃え、言った。

「新年、明けましておめでとうございます」

 日本国の、新しい1年が始まった。