49  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/10(日)  23:11:00  ID:???
西暦2020年11月21日  03:20  自衛隊札幌病院  佐藤の病室  

「まいったなぁ」  

 ドアを眺めつつ佐藤は呟いた。  
 さすがにドアを破られる恐れはないが、かといってこちらは出る事ができない。  
 困った話である。  

「こっちの武器は、と」  

 血まみれの椅子。  
 小ぶりの包丁。  
 昇進試験用の分厚いテキスト。  

「まったく、普段だったら自動小銃に拳銃に、武装した部下や友軍がたくさんだというのにな」  

 呟きつつも椅子の足をへし折り、足の部分に包丁をガムテープで固定する。  
やや離れた場所を攻撃できる槍の完成である。  

「しかしなぁ、相手人間じゃないしなぁ」  

 刃物を振り回しても相手は怯んでくれない。  
 もちろん怪我をさせても相手の戦闘能力は奪えない。  
 こいつら相手の場合には、格闘技のプロでも剣術の達人でもダメだ。  
 近距離で1対1の戦いをする以上、相手の数がこちらよりも多ければ、いつか限界が来る。  
 銃器で脳を撃ち抜くか、重火器でバラバラにするか。  
 なんにせよ、遠距離でも破壊力がある武器の使用が必要である。  
 民間人が生き残りエンドを迎えられるゾンビ映画がアメリカでしか成立しないわけだ。  


50  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/10(日)  23:12:15  ID:???
 取りあえずの武器を用意した佐藤は、病院内部の構造を必死に思い出した。  
 外部と通話できる電話はナースセンターか廊下の公衆電話。  
 あるいは事務室内部に存在する。  
 医官の個室にもあるかもしれないが、移動先をいくつも設定できるほど余裕がある状況ではない。  
 しかし、外部から容易に侵入できる部屋は危険である。  
 そう考えると、移動先は必然的に絞られる。  
   
「いや、待てよ」  

 彼はある可能性に行き当たり、病院内部の構造をより詳細に思い出した。  
 通常、高層建築物には非常階段の設置が義務付けられている。  
 別に10階20階建てといわず、5階や6階建ての物件であってもそうだ。  
 そして、当たり前であるが非常階段へ進入するには防火扉を開ける必要がある。  
 当然ながら、防火扉とは頑丈に作られている。  
   
「非常階段か。しかしなぁ」  

 脳内に浮かんだアイデアを再検討する。  
 非常階段は、当然だが逃げるためのものである。  
 そして、この病院には、夜とはいえ職員と患者が数多くいるはずである。  
 そのうちの一人でも、どういう経路で感染するか知らないが、とにかくゾンビ化する前に階段に入って息絶えたとしたら。  
 奴らが一体でも階段にいた場合、余り広くない空間である事を考えると、避難は容易ではない。  


51  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/10(日)  23:12:57  ID:???
「非常、階段?」  

 そこまで考え、佐藤は気付いた。  
 自分で声を出さなくとも、外に異常を伝える方法。  
 公共施設ならばほぼ全てに完備されている設備。  
 火災報知機。それを鳴らすためのボタン。  

「決まりだな」  

 佐藤は作戦を決定した。  
 廊下へと進出、火災報知機を作動させ、防火壁で院内各所を寸断。  
 非常階段より外部へと避難し、早急に外部の部隊と合流し、敵を殲滅する。  

「やっぱり俺は頭がいいな」  

 武器を構え、ドアに接近する。  
 耳を当てるが、廊下の様子はわからない。  
 可能な限りゆっくりと、物音を立てないようにバリケードをどかす。  
 深呼吸し、ドアノブのつっかえ棒を外す。  
 異常はない。  


52  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/10(日)  23:14:48  ID:???
 ゆっくりとレバーを倒し、ドアを少しだけスライドさせる。  
 廊下は不気味なまでに静まり返っている。  
 徐々にドアを開き、そして首を出して廊下を確認する。  
 彼の部屋は廊下のほぼ真ん中に位置している。  
 右を見る。  
 異常なし。  
 左を見る。  
 破壊されたドアが見える。  
 先ほど叫んでいた患者だろう。  
 そのままゆっくりと体を出す。  
 非常灯だけが照らし出す薄暗い廊下には、彼の作り出した影以外動くものはない。  
 武器を握り締め、ゆっくりと歩き出す。  
 暗い廊下は遠近感を狂わせる。  
 微かに聞こえる雨音は集中力を乱す。  
 驚くほどに安定しない心拍は注意力を失わせる。  

「せめて64式、いや、この際62式でもいい。とにかく銃を持っていれば気分は楽なんだがな」  

 呟きつつも非常ボタンへと接近する。  
 赤いランプが床や壁を照らし出している。  
 あと5m、あと4m。  
 ゆっくりと接近する。  
 よし、こいつを押して、あとは非常階段まで走ればいい。  
 防火扉は頑丈だからな。  
 引きこもってしまえばこちらのものだ。  
 あと3m、もう直ぐだ。  


53  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/10(日)  23:16:35  ID:???
「助けて下さい!」  

 突然、直ぐそばから大声が上がった。  
 武器を構えて向き直ると、そこには憔悴しきった様子の看護婦がいる。  

「静かに、静かにしろ」  

 小声で必死に制止する。  
 だが、相手はそんな事はお構いなしにこちらに飛びつき、泣きながら化け物が出たと繰り返す。  
 足音が聞こえる。  
 非常ボタンの方からだ。  
 相手はまだ振りほどけない。  
 足音は増えていく。  
 一人、二人、三人、何人いるんだ!?  

「付いて来い!逃げるぞ!!」  

 熱い抱擁を強引に振りほどくと、俺は看護婦の手を掴んで自分の病室目掛けて駆け出した。  
 あと少しだったのに。  
 しかし、非常ボタンも非常階段への入り口も、敵が接近する方向である。  
 咄嗟に駆け出してしまったが、考えてみれば押してから逃げてもいいわけだよな。  
 自分自身に呪詛の念を唱えつつ、俺は懐かしの病室へと逃げ込んだ。  



93  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/13(水)  23:23:33  ID:???
西暦2020年11月21日  03:24  自衛隊札幌病院  佐藤の病室  

 ドアを閉鎖し終わるまでに、永遠に近い時間がかかったように思えたが、実際には4分程度しか経過していなかった。  
 部屋の中はすすり泣く看護婦と俺の荒い息、そして時計の秒針が立てる神経に障る音しかない。  
 幸運な事に、相手は病室のドアを叩くだけで、中に入ってこようという意欲は感じられない。  
 冗談じゃないぞ。  
 傍らを見ると、先ほど作成したばかりのささやかな武器すらない。  
 どうやら廊下に落としてしまったらしい。  
 何ということだ。  
 看護婦一人のおかげで、俺はもうおしまいだ。  
 床に座り込み、ひたすらに泣いている看護婦を見る。  
 暗がりで見ても非の打ち所がない完璧なプロポーションだが、そんな事はどうでもいい。  
 今重要なのは、この女のせいで俺も死にそうということだ。  


94  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/13(水)  23:25:27  ID:???
「頼むから泣くのを止めてくれ。無理ならせめて声を殺して泣いてくれ」  

 小声で語りかける。  
 奴らは物音に確実に反応する。  
 それは先ほどの経験で痛感している。  
 だとすれば、これ以上物音を提供するのはあまり好ましい行動ではない。  
 何が何でもこの女には黙ってもらわないといけない。  

「そんなの無理よ!貴方おかしいんじゃない!!」  

 遺憾の意を表明したいな。  
 この女は物音を立てるのが好ましくない状況で、よりにもよって金切り声を上げてくれた。  
 俺の心の中での非難声明に答えるように、ドアの外の同志諸君は勢いよく扉を叩く。  
 それに反応した彼女は悲鳴を上げる。  
 この場合、この女を殺しても緊急避難は成立するのかな?  
 悲鳴と物を叩く音で満たされた室内で、佐藤は溜息をついた。  


95  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/13(水)  23:26:39  ID:???
「頼むから静かにしてくれ。奴らが音に反応する事ぐらいわかるだろう?」  

 とにかく冷静に語りかける。  
 興奮している相手に、武器を持たないこちらが興奮しても効果はない。  
 不毛な治安維持活動で学んだ教訓だ。  
 とにかく語りかける。  
 それで相手が従わなければ実力行使。  
 それも、逃げる気しかわかない程に徹底して。  
 錯乱した個人でも、暴れまわる暴徒でも、この基本的な対処法を守れば被害は減る。  

「どうしてわかるのよそんな事!どうせ死ぬんだわ!!」  

 さて、そろそろ実力行使に移ってもいいのかな?  
 うんざりした気分で看護婦を見た瞬間、胸のネームプレートが見えた。  
 どこかで見た苗字だ。  


96  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/13(水)  23:30:13  ID:???
「お前さん、もしかして二等陸曹の姉がいないか?」  

 不思議そうな声で佐藤が尋ねると、相手は沈黙した。  
   
「い、いるけどそれが何よ」  

 予想外の質問を投げかけられた反動で、相手は冷静さを取り戻したらしい。  

「そうか、アレにも家族がちゃんといたんだな」  
「姉の知り合いなの?・・・ああ、貴方があの一尉さん」  

 看護婦は俺の正体に気づくと、非常に嫌そうな顔をした。  
 どうせならいやらしい表情を浮かべてくれないかな。  
 とにかく、どういうわけだか、俺に対してあまり好意的な印象は持っていないらしい。  
 ふむ、今後は二曹の手紙の検閲は俺がやろう。  
 俺にとって不利益な事が書いてあるようならば油性マジックで上書きしてやる。  
 と、ようやく会話が成立し始めたところで、彼女は頭を抱えた。  

「おしまいよ!疫病神の佐藤一尉と同じ部屋なんて!おしまいだわ!!」  

 佐藤は頭の中で二曹を銃殺刑に処した。  


97  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/13(水)  23:31:58  ID:???
 とにかく、なんとしても気を静めないと、おかしくなってしまう。  
 再び泣き喚きだした看護婦と、ドアを勢い良く叩き続けるゾンビたちによって、佐藤の精神はズタズタだった。  
 彼はポケットから煙草を取り出し、ここが病室である事を無視して火をつけた。  
 ゆっくりと紫煙が立ち上り、そして天井から水が降り注いだ。  
 彼は、完全に鎮火した煙草を加えたまま天井を見上げた。  
 スプリンクラーが水を振りまいている。  
 その隣にある、小さな装置。  
 廊下からは非常ベルの立てる耳障りな音が聞こえる。  

「そうか、そうだよな」  

 思わず笑いがこみ上げてくる。  
 何も決死の覚悟で廊下に出る必要はなかったんだ。  
 火災報知機は、何もボタンを押す事だけが作動させる手段ではない。  
   
<火事です。火事です。全ての非常扉が閉まります。  
 シャッター付近の方はご注意下さい。  
 火事です。火事です。全ての非常扉が閉まります>  
   
 テープに録音された男性の声がスピーカーから流れる。  
 何か重いものが動く音と、金属が擦れるような音がそこかしこから聞こえてくる。  

「助かるぞ」  

 ずぶぬれになり、唖然とした表情でこちらを見てくる看護婦に、佐藤は極上の笑みを浮かべた。  



108  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/15(金)  00:32:15  ID:???
西暦2020年11月21日  03:30  自衛隊札幌病院  佐藤の病室  

 ゆっくりと扉が開かれる。  
 一人分の隙間が開かれると、佐藤はそっと頭を出した。  
 散々水が撒かれた廊下は酷い有様になっており、そして非常ベルは未だに煩く鳴り響いている。  

「大丈夫だ」  

 彼はそう室内に告げると、素早く廊下に出る。  
 非常灯によって照らし出された廊下は薄暗く、おかげで数名のゾンビたちが警告を告げるスピーカーに群がる姿が見える。  
   
「声を出すな、音を立てるな。俺について来い」  

 看護婦にそう告げ、佐藤は水浸しの廊下で音を立てずに進みだす。  
 後ろからは看護婦が立てる水音が聞こえる。  

「足音を立てるな」  
「無理言わないで」  

 押し殺した佐藤の声に、看護婦は小声で反論する。  
 実際のところ、佐藤も水音を立てている。  
 しかし、耳に障る音がしない。  
 対して看護婦は、ゆっくりではあるが普通に歩いているため、どうしても水が跳ねる音がしてしまう。  
 ここの所民間人と行動をしていない佐藤は、無意識に全ての人々が実戦経験を積んだ自衛官並みの動作をする事を求めてしまう。  


109  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/15(金)  00:33:44  ID:???
「いや、すまん。まあ、非常ベルのおかげでわかりはしないだろうがな」  

 苦笑しつつ詫びる。  
 そして二人は再び歩き始めた。  
 階段室前は、巨大な防火扉が閉まっている。  
 しかし、当たり前の事であるがその隣には出入り用の小さな扉が設置されている。  
 扉まであと5m。  

「もう少しだ。階段室に入ったら、とにかく一階に下りるぞ」  

 現在位置は三階。  
 階段を駆け下りればあっという間である。  
 あと4m。  
 後ろから再び水音が聞こえる。  
 先ほどに比べて、随分と大きい。  

「音を立てるなと言っただろう?」  

 不満げに振り向いた佐藤は、見たくないものを見た。  
 目を閉じてしゃがみこむ看護婦。  
 その前を、ゆっくりとゾンビが歩いている。  
 白濁した目は、明らかにこちらを指向しているようだ。  


110  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/15(金)  00:35:15  ID:???
「立てるか?」  

 遠慮のない声量で尋ねる。  
 非常ベルの音の中でもその声は届き、看護婦はこちら見て頷く。  
 佐藤は覚悟した。  

「扉まで走れ!」  

 叫ぶなり、ゾンビに蹴りを放つ。  
 防御も回避もしない相手は、胸にまともにそれを受けて倒れこむ。  
 足音が止まる。  
 振り向くと、看護婦はこちらを見て立ち止まっている。  

「走れ!早く!」  

 廊下の奥から水音が多数聞こえてくる。  
 見ると、佐藤たちが大陸では亜種と呼んでいた、運動能力が残っているタイプが三体、走っている。  

「走れぇぇぇぇ!!!」  

 未だに立ち止まっている看護婦の手を取り、佐藤は非常扉へ向けて一気に駆け出した  
 一瞬で距離が詰まる。  
 取っ手を引き、階段室へ看護婦を放り込む。  
 そのまま自分も飛び込み、後ろでに扉を閉じる。  
 何かが金属に激突する音が聞こえる。  


111  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/15(金)  00:36:32  ID:???
「間一髪だったな」  

 扉を叩く音が聞こえる中で、佐藤は安堵の表情を浮かべる。  
 だが、看護婦は先ほどの恐怖が消えないのか全く身動きしない。  

「おい、大丈夫か?」  

 尋ねると、微かに異臭がする。  
 それには触れずに、佐藤は言葉を続けた。  

「あの合金をブチ抜けるほどの奴はいないだろう。  
 さあ、さっさと下に降りて脱出するぞ」  

 当然のように手を引き、階段を降り始める。  
 看護婦は何も言わずに付いてくる。  
 二階。  
 何もいない。  
 一階に到着。  
 防火扉に死体らしき物が引っかかっている。  
 扉の先からは、悲鳴やうなり声のようなものが聞こえる。  

「まずいな」  

 佐藤が呟いた途端、上の階から扉が開かれる音がした。  

「地下だ、地下にいくぞ」  

 立ち入り禁止のプラスチック製の鎖が外れていないのを確認した佐藤は、看護婦の手を引いて地下へと駆け出した。  


112  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/15(金)  00:38:06  ID:???
 地階に到着した二人は、その余りにも凄まじい光景に沈黙していた。  
 廊下一面に血が塗られているようだ。  

「なに、これ」  

 看護婦が呟く。  
 なかなかに酷い光景だな。  
 さすがに言葉数は少ないが、佐藤は冷静な思考を保っている。  
 彼は大陸で、これよりも酷い光景を作り出した経験を持っている。  

「あの部屋から出てきたみたいだな」  

 血の跡はそこらじゅうの床についているが、開いている扉は一つしかない。  

「ここにいろ、警戒を怠るなよ」  

 とりあえずそう告げ、部屋の中を覗き込む。  
 二人の自衛官が倒れている。  
 あーあー、酷い有様だなこれは。  
 全身を食われている上に、首やら手足がバラバラだ。  
 冷静に観察しつつ、彼は腰に付けられた拳銃を回収した。  
 死体は起き上がってくる気配がない。  
 もう一人からも拳銃を回収し、他に武器があるかどうかを確認する。  
 何もない。  
 この事件が終わったら、国内であっても警戒配置では完全武装になる事を義務付けないとな。  
 そんな事を思いつつ、両方の拳銃を装填し、安全装置を掛けてポケットに入れる。  
 片方は当然手の中だ。  


113  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/15(金)  00:39:50  ID:???
「ちょっと!」  

 置いてきた看護婦が声を挙げつつ室内に入ってくる。  

「どうした?」  
「外から銃声がするわ!きっと自衛隊よ!」  

 俺も自衛隊員なんだがな。  
 と内心で苦笑しつつ、佐藤は廊下に出た。  
 微かにだが銃声が聞こえる。  
 89式自動小銃の連射音。  
 武装し、意思を持った自衛隊員だけが出す事のできる発砲音。  
 もちろん、連続して、途切れることなく。  
 佐藤にとって、それは実に心地よい音だった。  



128  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  00:13:37  ID:???
西暦2020年11月21日  03:42  自衛隊札幌病院  地下一階霊安室前  

「さて、と」  

 霊安室の隣にある倉庫から出てきた佐藤は、ポケットから出した拳銃を看護婦に手渡す。  

「何よこれ」  
「9mm拳銃と呼ばれている。  
 安全装置を外し、両手でしっかり持って、引き金を引く。  
 それだけで身を守れる便利な道具だよ」  

 実演して見せつつ、簡単に使用方法を教える。  

「俺は上の連中と合流してここに必ず戻ってくる。  
 だからこいつを持ってその部屋にいてくれ」  
「ちょ、ちょっと待って!」  

 無人を確認した倉庫を指差してそう言うと、看護婦は血相を変えて掴みかかってきた。  

「ここで待っていればいいじゃない!私たちが出て行く必要なんてないでしょ!?」  
「確かに、君が出る必要はないな。  
 だが、残念な事に俺はそうもいかないんだよ」  

 銃声が鳴り止まない上階を見る。  

「あそこには俺よりも経験が浅い連中がいる。  
 あいつらを助けてやらにゃあ、君の姉さんにシバかれてしまうからね」  


129  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  00:14:26  ID:???
 苦笑を浮かべつつ、拳銃の安全装置を解除する。  

「そういう次第なので、申し訳ありませんがこの室内に退避していてください。  
 室内は確認してあります。ドアを閉めてバリケードを作れば誰も入ってこれません」  
「そんな、こんなところに一人で!?」  
「大変申し訳ありませんが、ご了承願います」  

 抗議の声を上げる看護婦を室内へと押し込み、ドアを閉めようとする。  
 唸り声が聞こえたのはその瞬間だった。  

「安全装置を外して奥に行け!」  

 看護婦を突き飛ばすようにしてドアから離し、扉を閉める。  
 左から二体。  
 いつの間に下りてきたんだ?  
 ドアからは鍵を閉める音がする。  

「音を立てるなよ!」  

 相手に聞こえるように叫びつつ、佐藤は拳銃を構えた。  
 二体のゾンビは唸り声を出しつつこちらへ歩いてくる。  
 幸いな事に亜種ではないらしい。  
 頭を狙い、引き金を引く。  
 銃声。  
 音速で突き進む銃弾は、正確に相手の頭部を撃ち抜いた。  
 被弾した方は大きくのけぞり、そのまま床へと倒れこむ。  


130  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  00:15:12  ID:???
「これだからゾンビは!」  

 直ぐ隣の相方が射殺されたというのに、相変わらずこちらへ向かってくるゾンビから距離を開ける。  
 拳銃を構え、発砲。  
 狙いが外れ、胴体に着弾する。  
 しかし、相手は僅かに身じろぎするとこちらへ向けて歩みを再開する。  
 再び発砲。  
 今度は頭部に着弾し、相手は床に倒れこむ。  
 階段から銃声が聞こえてくる。  
 かなり近い。  

「撃つな!人間がいるぞ!」  

 一応伝えておく。  
 再び銃声が鳴り響き、蜂の巣にされたゾンビが階段を転げ落ちてくる。  
 ああ、これじゃあダメだ。  
 胴体は確かに蜂の巣だが、頭部は無傷だ。  
 佐藤は拳銃を構え、発砲した。  



131  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  00:15:58  ID:???
 そこから先の展開は速かった。  
 走ろうが跳ねようが、発砲にあたって何の制約もない自衛隊にとって、ゾンビなど敵ではない。  
 ましてや戦力はこちらの方が多く、銃火器も揃っている。  
 地下室で佐藤たちを回収した彼らは、強引に指揮権を掌握した佐藤の指揮の下、全てのゾンビを太陽が昇るまでに処理した。  
 ちなみに、今回の事件で死亡した日本人は54名。  
 負傷者も最終的にはゾンビ化するため、負傷者は0という惨事となった。  
 今回の事件を境に、自衛隊は国内でも完全武装を解く事はなくなった。  
 そして、別の病院にて完治した佐藤は、本来の予定に一日の遅れもなく大陸へと帰還した。  
 懐かしのゴルソン大陸日本国西方管理地域、ゴルシアの街、陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地へと。  


132  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  00:16:44  ID:???
西暦2020年12月1日  10:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

「今年も残すところ一ヶ月か」  

 懐かしの城に帰還した佐藤は、感慨深げにそう呟いた。  
 窓に近寄り、あちこちに立っている隊員たちの様子を見る。  
 この城を掌握してから随分と経つが、精神の弛緩は見られない。  

「失礼します」  

 扉が開き、二曹が入室する。  

「一尉、本土より通信が入っています」  
「俺宛にか?」  

 予定にない通信に、佐藤は嫌そうな顔をして尋ねた。  

「はい」  
「おかけになった周波数は現在使われておりませんとでも言ってやれ」  

 冗談を返しつつも立ち上がる。  
 次はどんな素敵な任務が待っているのか、彼は考えたくもなかった。  


133  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  00:17:31  ID:???
<お久しぶりです>  

 相手は、随分と久しぶりになる外務省の鈴木だった。  

「失礼しました。それで、ご用件は?」  
<そちらから見て北で、牧畜が行われている事はご存知でしたか?>  
「ええ、聞いています。何でも初の民間入植団が入っているとか」  

 入院中に見たテレビで見た記憶はあった。  
 広大な土地でのんびりと草を食む牛たち。  
 羊たちが歩き回り、豚たちが広々とした野原で寝そべる。  
 抜けるような青空にカメラが向き、JAは戦い続けます、皆様の食卓のために。  
 と結ばれる、転移前には考えられなかった内容である。  

<そこでちょっとした問題が発生しました>  
「そこで我々は何をすればよろしいので?」  

 軽く応じながら、佐藤は内心で呟いた。  
 問題が起こるたびにわざわざ呼びつけるんじゃない。  



156  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:41:35  ID:???
西暦2020年12月1日  10:03  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地  

<あそこは肉類の供給源になる、大変重要な拠点です>  
「そうでしょうね」  

 穀物や魚介類に関しては見通しが立っているが、肉類に関しては全く見通しが立っていない。  
 それは、石油やウランですら大陸で手に入れた日本が、未だ必要量を確保できない資源である。  
   
「それで、どういった問題を解決すればよろしいのでしょうか?」  

 治安維持はいいが、公安の真似事や強圧的な国家権力の走狗を演じるのは嫌だな、と内心で思う。  
 あの種の任務は、驚くほどに人間を他の何かに変えてしまう。  
 同期生から笑いながら捕虜を撃ち殺す警務隊員の話を聞いて以来、彼は出来る限り人心を荒廃させないよう気を配っていた。  

<簡単な話です。あなたが札幌の病院でやった事、あれをより規模を大きくして行っていただきたいのです>  
「また連中が出たんですか?」  

 札幌で過ごした最後の夜を思い出す。  
 あんなのが、閉鎖空間ではない場所で出てくるのか。  
 悪夢だな。  

<守備隊の士気は最悪です。  
 あなたと同じ自衛官とは思えないほどにね。まあ、最初に遭遇した時は私も驚きましたが>  

 無線を通して、恥ずかしながら、少し漏らしてしまいましたと苦笑した声が聞こえてくる。  
 意外に人間味があるなと鈴木の評価を改める。  


157  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:42:18  ID:???
<ダークエルフと、協力的なエルフをつけます。  
 ああそれと、施設科やその他増援も手配します。  
 とにかくなんとしてもあの地の平穏を取り戻してください>  
「微力を尽くします」  

 力無く答える。  
 そもそもが、佐藤に拒否権は無いのだ。  

<ああそれと>  
「まだ何かあるんですか?」  

 うんざりした声が思わず出てしまう。  

<今回の、いや、前回の出現も、人為的なものです>  
「人為的?まあ、そりゃあそうでしょう」  

 死体が勝手に蘇って人間を襲うなんていう話が、ごく当たり前にあっては困る。  
 まあ、この世界ではそういった困った話には事欠かないが。  

<正確には、エルフ第三氏族の関与、という表現が正しいのでしょう>  

 その言葉に、佐藤は緊張した。  
 自衛隊とそれに賛同するこの世界の住人たちの力をもってしても、エルフ第三氏族という存在は消し去れないものだった。  
 彼らは社会の闇に潜み、森の中に隠れ、減少の一途を辿ってはいるものの、好き放題をやっている。  


158  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:43:03  ID:???
<我々が些細な情報ですら厳重な統制を敷いて管理しているのは、それが敵に活用されては困るからです。  
 この世界はどういうわけだか人口が多い、それを活かすようなことをされては、大変に迷惑なのです>  
「知っています」  

 そんな事は言われるまでも無かった。  
 このご都合主義の世界ではどういうわけだか文明レベルに比べて人口が多い。  
 そんな世界に、現代の技術が流出すれば、恐ろしい事になる。  

<第三氏族は、なりふり構わない方法で、それを効率的に運用しようとしています。  
 貴方が大陸や北海道の病院で倒してきたゾンビたち、あれは彼らにとってのそう、性能評価試験のようなものだったのです>  
「性能評価試験?」  
<どうやれば死体を強く出来るか、ゾンビの増殖が起きるようになるか。  
 それを連中は、色々な手を使って試しているんですよ>  

 反吐が出る話だった。  
 自分たちの手駒が減りすぎた事を悟ったエルフ第三氏族たちは、二つの方法でその解決を図った。  
 一つ目、人間を使う。  
 二つ目、人間以外のモノを使う。  



159  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:43:46  ID:???
 一つ目に関しては、完全に失敗に終わっている。  
 自衛隊の戦力は、この世界で強かろうが弱かろうが関係の無い次元にある。  
 大量の戦死者を出し、彼らはこのままでは勝てないことを悟った。  
 難民を爆弾として使用したケースでは、それなりの出血を強いる事ができた。  
 だが、遠距離兵器が主体の自衛隊相手では、出来る事に限界がある。  
 そうこうするうちに自衛隊は対処方法を確立させ、大陸の人間たちは第三氏族の思うように動かなくなった。  

 では、二つ目はどうなのか?  
 彼らはそう考えたのだろう。  
 ドラゴンを誑かし、日本人と戦うように仕向けた。  
 まあ、ドラゴンの行動にそれはほとんど寄与しなかったが、とにかく彼らは絶滅してしまった。  
 日本の中に潜入しての破壊工作は上手くいくように思われたが、結局のところ発見され、闇に葬られた。  


160  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:44:29  ID:???
 それでは最後の手段。  
 協力的なとあるエルフは、情報提供の際に確かにそう言った。  
 最後の手段。  
 それは、あってはならないモノを呼び出し、使役する事。  
 精霊ではなく、化け物を呼び出し、作り出し、それを使役する。  
 儀式に使う物資と、精霊力以外は一切必要なく、事実上無限に兵力を増やす事ができる禁断の方法。  
 禁忌とされ、闇の世界でも完全に忘れ去られた外法。  
 長い時を生きるエルフだけが覚えていたそれを、彼らは使用している。  
 そしてその成果が、少しずつ現れてきている。  
 明らかに緊張した公安や外務省、情報本部などのメンバーの前で、暗い表情を浮かべたエルフはそう言った。  


161  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:45:12  ID:???
<ゾンビは最初の段階。  
 次は貴方方が亜種と呼んでいる運動能力を持ったゾンビ>  
「次は、どうなるんですか?」  

 唾を飲み下しつつ、佐藤は尋ねる。  
 昼間だというのに、やけに周囲が静かに感じる。  

<亜種に知能を持たせた、いわばパーフェクトゾンビというべき存在。  
 異世界から召喚した化け物、あなたが東京事件で遭遇したようなものです。  
 それらを組み合わせた化け物、つまりキメラ。  
 悪霊、つまりゴーストは、どんなに呼び出しても日が昇れば消えてしまうので、これは使わないだろうというのがこちらの予想です>  

 最後の一つは気休めにもならなかった。  
 確かにありがたいことはありがたいが、それ以前に出てくる化け物たちが、厄介の一言では済ませられない存在である。  


162  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:45:56  ID:???
「ですが、そんな連中を増産するには、それなりの物資や期間が必要なのでは?」  
<エルフにとっては安易に生産できるある種の触媒と、人体があれば問題ないそうです。  
 そして、この世界にはそれが大量に、それはそれは大量に存在しています>  

 佐藤の僅かな希望は、ご都合主義に塗れた世界が打ち砕いた。  

「なんてこった」  
<もちろん、魔女の婆さんがゾンビパウダーをさっと振りまけば、地平線を埋め尽くすゾンビ歩兵師団が出来上がる。  
 というわけではないようです。  
 安易に生産は出来ても、十分な数を増産し続けるには生産拠点が必要ですし、人間を集めておく施設も必要です。  
 化け物の召喚に関しても、出来る人間、いや、エルフには簡単だが、できない奴は一生出来ないもののようです。  
 もちろん、怪しげな魔法陣や、マナだか魔力だかが集まりやすい場所も必要だとか>  
「そしてもちろん、我々はそれらを放置しておくほど自殺願望は強くない?」  

 砕かれたばかりの希望は、形を取り戻そうとしていた。  
 確かにこの世界はご都合主義に塗れている。  
 だが、だからといって何でも出来るわけではない、ということか。  
 重くなっていた気持ちが軽くなる。  
 考えてみれば、ゾンビや化け物の集団が出てきたところで、砲爆撃で揉み潰してやればいいわけだ。  
 都心では不可能な事だが、大平原ならばなんだって出来る。  


163  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/06/19(火)  23:46:42  ID:???
<そういう事です。必要とあれば毒ガスでも核兵器でも、全てを使う覚悟と用意を進めています。  
 ああ、もちろんの事ですが、これらは墓場の中まで持っていってください>  
「心得ています」  

 左右を見回し、室内に誰もいないことを確認する。  

<そんな壮大なストーリーも隠されてはいますが、まずは目の前の外地産国産牛の確保が最優先です。  
 一週間以内に移動の準備を整えてください。後任の部隊は既に出発の準備を整えつつあります>  

 いきなりの話に、佐藤は全く付いていけなかった。  

「そりゃあ私も国産牛は好きですが、一週間ですか?  
 私は長い転戦の果てにようやく帰ってきたばかりなのですが」  
<まあ、正式な命令書もじきにFAXされるはずです。  
 移動の準備をしておいて下さい。通信オワリ>  

 ブツリと通信は切断され、そして佐藤たちは大慌てで移動の準備を開始した。  




637  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  22:59:29  ID:???
西暦2020年12月9日  21:00  ゴルソン大陸  日本国北方管理地域  

 日本国北方管理地域。  
 そこは日本人たちに肉類を与えるために整備された地域だった。  
 広大な牧場が重なり合い、要塞かトーチカにしか見えない家屋が点在している。  
 その中心に位置しているのが、陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊日本国北方管理地域第18地区駐屯地である。  
 センスの欠片も無い名称であるのは、ここが管理番号以外の地名を未だ与えられていない事が理由となっている。  
 通常の軍事拠点とは違い、この駐屯地は昔の城砦のような構造になっている。  
 深い空堀、高い城壁、窓の少ない頑丈な建築物。  
 出払っている施設科の代わりに国内の建築業者をかき集めて作られたそこは、砲爆撃以外の全てに耐えられそうだった。  
 幸いな事に、今のところはそうだった。  


639  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:00:01  ID:???
<<オタスケマン01より各機、降下に入れ>>  

 世闇を切り裂いて空を飛ぶ隊長機から指示が下される。  
 通信を受けたヘリコプターの集団は、徐々にエンジンの出力を落としつつ大地へ接近する。  
 サーチライトではなく無数の篝火によって照らし出されている地上には、無数のゾンビの姿がある。  
 ゾンビたちが四方八方から殺到しているその先には、この地域で唯一の自衛隊駐屯地の姿がある。  
 時折外壁から見えるのは小火器の放つ銃火だろうか。  
 まさにこの世の終わりの光景だった。  

<<イブニングライナー02よりオタスケマンチームへ、これより清掃を開始する>>  

 通信が入り、微かに識別灯だけを点滅させた戦闘ヘリコプター部隊が攻撃に移る。  
 鮮やかなロケットの炎を残して突進する対地ロケット弾、世闇を切り裂いて走る曳光弾。  
 そういった兵器がなんの躊躇も無く使用され、地面に毒々しい色の炎を作り出す。  
 その上空を軽やかに通過し、輸送ヘリコプターの編隊、コールサイン“オタスケマン”チームは駐屯地に向けて前進する。  
 それに答えるように駐屯地からの銃撃が激しくなる。  
 無反動砲や重機関銃も使用しているらしい。  
 絶え間ない曳光弾の線や、時折起こる爆発がそれを知らせている。  
 ゾンビが何体集まろうと越える事の出来ない壁を乗り越え、彼らは到着した。  
 距離を開けて設置されているヘリポートに次々とヘリコプターが着陸し、無数の自衛隊員や武器弾薬を吐き出す。  


640  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:00:32  ID:???
 絶望しかけていた民間人たちは、その光景に狂喜した。  

「一列に並んでください!ゆっくりと!全員乗れるようになっています!」  

 機体から降り立ったばかりの佐藤たちが声を張り上げる。  
 安全が確認されるまでの帰還、この地域の全ての民間人が退去する事になっていた。  
 その計画に従い、彼らは帰りの便に便乗して避難する事になっている。  
 人々は理性の許す限界の速さで次々とヘリコプターに乗り込む。  
 その速度は決して遅くは無い。  
 彼らは疲弊はしていても、あくまでも健康で無傷であるからだ。  
 ゾンビに襲われた、正確には負傷させられた人間は、無条件でゾンビになってしまう。  
 全裸での検査を強行した現地部隊の英断により、避難は順調に、そして遅延なく実行されていった。  


641  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:01:04  ID:???
「一尉、こちらです」  

 いつの間にか現地部隊の数名を捕まえていた二曹が耳打ちする。  
 全てを部下たちに任せると、佐藤は頷いて現地指揮所へと足を運んだ。  

「よく来てくれた」  

 この地域を統括している年配の二等陸佐は、疲れた顔に出来るだけの笑みを浮かべて佐藤を歓迎した。  
 彼は日本がこの世界に来なければ、三等陸佐止まりで生涯を終えるだろうと言われていた男だった。  
 お世辞にも有能ではない。  
 そんな彼だが、戦闘部隊で実戦を経験してからは、日常では見えない能力を発揮し続けていた。  

「お疲れ様です。早速ですが、状況をお聞かせ願えますか?  
 自分は上からここへ来るように、としか聞かされていないのです」  

 敬礼もそこそこに、佐藤は質問した。  
 それは通常ならば失礼に値する行為であったが、あちこちから銃声が聞こえる現状では問題ない。  


642  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:01:35  ID:???
「まず最初に忘れてもらいたいのは、ここへ来る前に調べたであろう情勢だ」  

 二佐は続けた。  
 うん、状況は極めて劣勢。  
 敵は亜種が中心だ。  
 我々は壁に囲まれたこの駐屯地以外の全てを失った。  
 まだ電話が通じるいくつかの拠点もあるが、あくまでも点に過ぎん。  
 面で考えれば全ての地域が危険だ。  
 敵の総数?  
 こんな事は言いたくもないがわからん。  
 千や二千ではきかないだろうがな。  
 増援はありがたいが、装甲車輌はこないのか?  
 現状ではこの駐屯地の外壁にしがみ付いて射的を楽しむ事しか出来ん。  



644  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:02:09  ID:???
「最後に聞いた情報では、車輌部隊は第一基地を出発したとしか」  

 佐藤は素直に答えた。  
 状況は最悪である。  
 この駐屯地にいるだけならば安全だが、打って出る事は不可能。  
 しかしそれでは永遠にこの地域は失われたままとなる。  
 上層部の求めている事は失地回復。  
 このままでは増加の一途を辿る敵にいつまでも拘束されることとなる。  

「それは良くないわね」  

 会話に突然参加したのは、部屋の端で沈黙を保っていたダークエルフだった。  


645  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:02:40  ID:???
「何が良くないんでしょうか?お久しぶりですね、シルフィーヌさん」  
「お久しぶりねサトー二尉、いえ、今は一尉でしたっけ?」  
「おかげさまで昇進しまして、それで、何が良くないのでしょうか?」  
「これをただの戦いと考えないで欲しいわ。  
 これは貴方たちの、いいえ、世界の運命がかかっている戦いよ」  
   
 唐突に彼女が放った台詞は、現状を考えるに笑って流せる内容ではなかった。  

「それは穏やかではありませんね。どういう事でしょうか?」  
「どうしてゾンビが生まれるか、知っているかしら?」  

 彼女は質問に質問で答えた。  
 だが、今は失礼を咎めている状況ではない。  
 佐藤は必死に考えた。  

「魔法とか、まあそんな何かで人間をゾンビに変えるのでは?」  
「考え方としてはそうね。  
 でも少し違う。  
 ゾンビは、魂を抜かれた人間に死霊が取り付く事によって生まれるわ」  


646  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:03:11  ID:???
 彼女の説明を要約するとこうだった。  
 追い詰められたエルフ第三氏族たちは、ゾンビを大量に用意することにした。  
 その為には人間もそうだが、死霊も大量に必要になる。  
 そして、その行為は恐ろしい結果を生む。  

「恐ろしい結果、どう恐ろしいんだ?もう既に十分恐ろしいんだが」  

 苛立った様子の二佐が会話に割り込む。  
 彼は手勢こそ少ししか失っていないが、広大な地域を失っている。  
 それは彼に対する評価どころか、未だ安定を欠いている日本国民の生活を揺るがす。  
 組織の中の個人としてよりも、公僕としての意識に不足するところが無い彼にとって、それは何よりも耐え難い。  
     
「簡単に言えば、この世界に軍勢が増え、そして人々の魂を喰らう事によって生み出される存在が現れるという事よ」  
「魔王とか、そういうものですか?」  
「そういうものよ。  
 もちろんそれだけではないわ。  
 魔王の生み出す軍勢は、ゾンビどころではない力を持っている。  
 貴方たちの力をもってしても、どこまで耐えられるか」  


647  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:03:43  ID:???
 室内は静まり返った。  
 状況は、どんなに楽観的に考えても良くはない。  
 だが、ではどうすればよいのかが誰にもわからなかった。  
   
「第三氏族を皆殺しにすればいいのか?」  

 佐藤は物騒な解決案を口にした。  

「簡単に言えばそうね。  
 もっと細かく言うと」  
「ゾンビを生み出している連中を皆殺しにすればいいんだな」  

 二曹が答えを言った。  

「そうね。まさにそうだわ。  
 でも、何処にいるのかがわからない。  
 大体の位置はわかるわ、地図で言うところの」  

 彼女は言いつつ、航空写真を組み合わせて作られた即席の地図に近づき、一点を指差した。  
 そこは、確認はされたが調査はされていない遺跡らしい場所だった。  


648  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:10:27  ID:???
「このあたりのどこか」  
「わかるっていうのはどういう事だ?」  

 二佐が質問した。  
 当然の質問である。  
   
「魔法を使うものは、その使われる力が大きいほどそれを感じるわ。  
 今回のこれは普通じゃない、大きすぎる力が使われている。  
 だからわかるのよ。ただし」  

 彼女は遺跡の周囲を円を描くようになぞった。  

「これくらいの範囲のどこか、というところまでしかわからないわ」  
「貴方の同族たち、そのどれくらいが協力していただけるでしょうか」  

 佐藤は質問した。  
 彼の頭の中では、一つの作戦が組みあがろうとしていた。  
   
「いくらでも、もっとも、それほど数は多くないけれども」  
「二佐殿」  

 礼を言う時間すら惜しみ、佐藤は尋ねた。  


649  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/18(水)  23:13:15  ID:???
「ヘリとダークエルフの増援を申請してください」  
「三角測定か」  
「そうです」  

 彼らの頭の中では、作戦案は既に共有されつつあった。  
 複数個所で敵無線を傍受し、その概略位置を測定する。  
 現代の軍隊では当たり前に行われているそれを、魔法という異世界の技術に対しても行おうというのだ。  
 彼らの作戦案は若干の修正を行いつつも本国に申請され、そして受理された。  
 もちろん、彼らの予測していたよりもより大掛かりに。    


698  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  22:50:00  ID:???
西暦2020年12月10日  10:00  日本本土  在日米空軍三沢基地  

「ほう、ほう、ほう、さすがは米軍ですね」  

 眩く照らし出された半地下式の格納庫の中に、鈴木の感心したような声が響く。  
 今、彼は在日米軍の物資集積所の中にいた。  
 彼の目の前には、磨きぬかれた大量の爆弾が置かれている。  

「今回の作戦には可動機の大半を投入します。  
 同盟国に対する義務云々以前に、我々には生き残る事が重要ですから」  

 彼を案内していた空軍将校が告げる。  
 それは、在日アメリカ軍で最大の破壊力を持つ集団が協力を惜しまないと宣言した事を意味している。  


699  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  22:50:43  ID:???
「ですがね、予算措置と補充は確約してもらわないと困りますよ。  
 我々は精神力だけで戦い続ける事は出来ないのです」  

 釘を刺すことを忘れない。  
 実は、在日アメリカ空軍は全責任を日本政府が負うという条件で燃料気化爆弾やクラスター爆弾を量産化研究のために供与している。  
 しかし、対地ミサイルや誘導爆弾に関しては自分たちの在庫をなんとか工面し続けていた。  
 その在庫を今回、失おうとしている。  

「我々とて、精神力だけで戦い続けられるとは思っていませんよ。  
 それを80年前に教えてくれたのは貴国です。  
 燃料その他と予算、名誉。  
 ご安心下さい。きちんと配分します」  
「そうしてください」  

 かくして、この世界では空前の規模の爆撃作戦が決行される事となる。  


700  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  22:58:21  ID:???
 しかし、彼らはお互いにわかっていなかった。  
 日本政府の真の目的は、在日米軍の本気での協力を得ることではなく、それを通して銃弾一つでも日本に依存しなければならない立場に追い込むことだという事を。  
 在日米軍が、日々目減りする武器弾薬食料を、脅威以上の何かと考えていた事に。  
 お互いが、そのような事を考えているという事を。  
 そして、お互いにそうせざるを得ないと諦めていた事を。  
 統合幕僚監部も、在日米軍司令部も、この世界で、出来る限り文明社会から追い出されないように生きていく事を決意していた事に。  
 双方の思惑の違いは意味の無い出血や浪費を巻き起こした。  
 まあ、それでも日本がこの世界では滅びようの無い超大国である事に変わりは無かったが。  


701  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  22:59:04  ID:???
西暦2020年12月12日  14:00  ゴルソン大陸  日本国北方管理地域  

 今日も北方管理地域には銃声が鳴り響いていた。  
 大量のゾンビというものは非常に恐ろしい存在ではあるが、それはあくまでもこの世界に限った話である。  
 色々な意味でこの世界のものではない自衛隊にとって、特に、城砦に篭った陸上自衛隊にとってそれは射的の目標でしかない。  
 交替で撃ち続けた彼らの城砦の周囲に動くものの姿は無く、装甲車輌の車列が銃撃を繰り返す場所にそこはなっていた。  
 最優先で弾薬と仕事を与えられた佐藤たちの部隊も、そんな風景の一つとなっている。  

「さすがに自殺していいかな」  

 延々と続く単調な射撃ゲーム。  
 その中でストレスを発散する事すら許されずに車の中で指揮を続けていた彼の精神力は限界に達しようとしていた。  
     
「我慢してください」  

 彼の横で地図を眺めている二曹が心にも無い言葉を発する。  
 本当ならば彼らは、ダークエルフと共に空を駆ける現代の騎兵隊となるはずだった。  
 だが地を這い、ストレスに晒される環境で引き金を引ける存在が必要だった。  
 その為に彼らはヘリを取り上げられ、変わりに装甲車輌を与えられた。  


702  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  22:59:55  ID:???
「我慢できるわけがあるか!」  

 佐藤は突然叫んだ。  

「俺は地べたで装甲車とむさ苦しい男たち、原田のクソ野郎は綺麗なダークエルフとヘリコプターで空中散歩!  
 俺は何かしたのか!?俺が何か政府の気に食わないことでもしたのか!?  
 何もしていない!俺は親父と同じように、国家と自衛隊員が生き延びるための全てをやった!  
 出来るだけやったんだ!脅威にも恐怖にも耐えた!全部やっつけた!勝ったんだ!尽くしたんだ!!」  

 今日の佐藤はいつもと少しだけ様子が違った。  
 その目は釣りあがり、瞳孔は少し開いている。  
 口は開きすぎて少し涎を垂らし、身振り手振りは異常に大きい。  

「失礼します」  

 二曹は危険を感じると直ぐに彼の頭を抱き寄せた。  
 無理やり頭を固定し、殴りつける彼から与えられる痛みに耐える。  


703  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  23:00:37  ID:???
 佐藤がギャグ系冒険小説の主人公のように下らない冗談や言動をしていたのには理由がある。  
 異世界に飛ばされ、第一基地で戦い、第二、第三基地を守り抜き、ゴルシア駐屯地を、東京を、礼文島を、自衛隊札幌病院を救った。  
 それだけの事をしてきた彼に、国家は昇進以外何も与えなかった。  
 休暇も、ねぎらいの言葉も、勲章も。  
 彼は常に精神の糸を張り詰め、戦い、救い、傷つき、悩み、ここに来ている。  
 そんな彼の精神は、限界を超えていた。  
 馬鹿のように振る舞い、それに気付かない周りの人間たちと冗談を楽しむほか、彼には精神の均衡を保つ方法はなかったのだ。  
 伝説の血を引くわけでもない、異世界の勇者でもない、愛国心に燃える狂信者でもない元三等陸尉の彼には、現実は余りにも過酷だった。  
 大勢の部下の命を預かり、貴重な武器弾薬を持たされ、国家の期待を一身に受け、発狂するわけにもいかない立場の彼は、もう限界だった。  


704  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  23:01:36  ID:???
「冗談じゃないぞ畜生!畜生!畜生!」  

 恥じらいも無く涙を流し、大声で叫びつつ自分を抑える二曹の背中を叩く彼は、連戦の勇士ではなかった。  
 限界を超えた場所に追い込まれたただの日本人男性だった。  
 こんな兆候は前から見えていたのに。  
 自分の胸にためらいも無く頭をこすり付ける佐藤を見つつ、二曹は思った。  
 自分を含めた誰もが彼を救おうとはしなかった。  
 所属、立場、信条、階級。  
 色々な事を理由に、誰も何も言おうとしなかった。手を差し伸べようとしなかった。  
 彼なら大丈夫。  
 彼は気にしていない。  
 その結果がこれだ。  
 装甲車を停車させ、無線を切り、ひたすらに周囲の脅威とも呼べない敵に銃弾を浴びせる。  
 彼がこれ以上恥をかかないように、追い詰められないように。  
 それほどに気が効くのに、わかっているのに、誰も何もしなかった。  


705  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/24(火)  23:02:45  ID:???
「ちくしょおぉ!くそぉ!あ・・・」  

 怒声を上げていた佐藤が声を漏らし、そのまま崩れ落ちる。  
 これ以上は彼の精神が耐えられないと判断した二曹が、強引に締め落としたのだ。  
 先ほどまでの狂態が嘘のように静かに眠る佐藤を見つつ、二曹は思った。  
 たぶん彼は目を覚ますと、またいつものように振舞うだろう。  
 拘束衣を着せられ、隔離された部屋の中で、カメラか窓に向かって言うのだ。  

「ボクが何をしたって言うんですか?そこにいるんでしょうセイラさん。ここから出してください」  

 いつもの調子で言うのだ。  

「ボクが一番ガンダムを上手く動かせるんだ」  

 そして何事も無かったかのように部屋を出され、指揮を取り、またこうして限界を超えるまで前線に出され続けるのだ。  
 いつか、周囲の人間がフォローしきれずに9mm拳銃弾を脳天に撃ち込むまで。  



716  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:37:25  ID:???
西暦2020年12月12日  14:15  日本国北方管理地域  陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地  指揮所  

 無線は静まり返っていた。  
 本来ならば指揮所に対して報告や指示を求める通信が入るはずのそれは、沈黙を保っていた。  

「何が起きたんだ?どうして誰も応答しない?」  

 駐屯地司令が苛立った声で尋ねる。  
 絶対に安全なはずの装甲車輌に搭乗した連戦連勝の勇士から通信が途絶えて十分。  
 彼の精神は安定を失おうとしていた。  

「通信が繋がっている様子がありません。こちらの呼びかけに雑音以外何も帰ってきません」  

 通信士が報告する。  
 もっとも、ここ十分の彼の報告は全て同じ内容だったが。  


717  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:40:13  ID:???
「戦闘ヘリも輸送ヘリもなんでもいい、とにかく偵察を出せ」  
「もう出しております」  

 慌てた様子で命じる駐屯地司令に、幕僚は静かな声で報告する。  

「あと数分もしないうちに映像が入ってきます」  
「良くやってくれた」  

 独断専行を咎めもせずに、駐屯地司令は礼を言った。  

「映像はいります!」  

 通信士が叫び、モニターに映像が映る。  

「なんだ、ありゃあ」  

 モニターに映し出されたのは、動かない輪形陣を作り、ゾンビや見たこともない化け物相手に防戦する部隊の姿だった。  



718  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:43:30  ID:???
西暦2020年12月12日  14:15  日本国北方管理地域  第18地区のどこか  

「撃て撃て撃て撃て!」  

 96式装輪装甲車の銃眼から撃ち続ける部下たちに、まだ若い三曹が叫ぶ。  
 彼の部下たちは、もちろん言われるまでもなく引き金を絞り、弾倉を交換し続ける。  
 そうしなければ、いかに頑丈な装甲車といえども、敵に囲まれて身動きが取れなくなってしまうからだ。  
 信頼に足る、そして上官に持ちたくない幹部No1の彼らの佐藤一尉が搭乗する装甲車が停車してから十分。  
 状況は悪化こそしないが、一向に良くならなかった。  
 敵軍(あくまでも便宜上の呼び方っだが)の戦力を一兵でも多く減らすという任務は達成できている。  
 しかし、積み重なった死体と、舗装どころか整地すら満足に行われていない地形は、彼らの逃げ道を塞いでしまう。  

「撃てぇ!」  

 彼らは撃ち続けるしかなかった。  
 いつもならば如何なる危険も切り抜ける彼らの上官は、応答のない装甲車に閉じこもってしまっているのだから。  


719  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:44:11  ID:???
「・・・・・・」  
「佐藤一尉?」  

 ようやく目を覚ましたらしい彼を抱きしめたまま、二曹は尋ねた。  

「・・・・・・」  
「佐藤一尉、指示をお願いします。みんな待っています」  
「・・・・・・」  

 しかし、二曹の上官である彼は、唖然とした表情で二曹を見上げる。  

「佐藤一尉?」  

 不安そうに尋ねた二曹に、自分の頭の位置を確認した彼は答えた。  

「我が人生に一片の悔いなし!」  

 直後に彼の顔面に肘鉄が喰いこんだのは言うまでもない。  


720  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:48:00  ID:???
西暦2020年12月12日  16:00  日本国北方管理地域  陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地  指揮所  

「それで佐藤一尉、一体何があった?」  

 ようやく駐屯地に帰還した佐藤に駐屯地司令が尋ねる。  
 定期業務に過ぎないはずの今回の任務をスリリングな体験に変えた原因を尋ねている。  
   
「それが、良く覚えていなくてですね」  

 ばつが悪そうに佐藤は答える。  
 彼は自分が錯乱していた事を完全に忘れていた。  
 人間の持つ自己防衛本能が、その能力を発揮した結果である。  

「自分が代わりに答えさせていただきます」  

 傍らに控えていた二曹が声を出す。  

「なんだ?何があったんだ?」  

 駐屯地司令が尋ねる。  
 この際、疑問に答えてくれるのならば誰でもいいという態度が現れている。  


721  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:48:59  ID:???
「車輌が段差を越えた際に、佐藤一尉は頭部を強打し、意識を失ってしまいました。  
 また、その際に通信機のスイッチが切れ、我々はその事に気付かずに介抱をしていました」  
「・・・それだけか?」  
「はっ、申し訳ありません」  

 生真面目に敬礼して詫びる二曹。  
 それで駐屯地司令は諦めた。  
 何か、実戦部隊の間でしかわからない事があったのだろうと彼は理解した。  
 それは法令を破らず、かといって当人たち以外には言いたくないことなのだろう。  
 ならば、繰り返さないのならばそれでいい。  
 決して無能ではない彼は優れた現実認識を示し、問題を終わらせた。  

「今後は、きちんとシートベルトを締めるように。  
 解散しろ。ちゃんと休めよ」  

 彼は佐藤やその他部下たちを解放し、自身も休息を取るために自室へと戻っていった。  


722  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:49:43  ID:???
「本当に何も無かったのか?」  

 与えられた宿舎に向かう道で、佐藤は二曹に訪ねた。  

「佐藤一尉が本土ならば警務隊に逮捕されるであろう事以外は何も」  
「そ、そうか、ならいい」  

 会話を強制終了させる二曹の言葉に彼は沈黙し、ただ道を歩いた。  
 男女の宿舎を分ける分岐路で、二曹は敬礼しつつ再び口を開いた。  

「警務隊に拘束されたくなければ、今後は気を強くお持ち下さい」  
「ああ」  
「それでは、失礼します」  

 情けない様子で答礼する佐藤に背を向け、彼女は自室へ向けて足を進めた。  
 これからは、自分たちが佐藤一尉を救わなければならない。  
 英雄ではあるが、気の良い、少しだけ有能なだけの平均的日本人男性である彼には、それが必要だ。  
 歩みを進めつつ、彼女はその事だけを考えた。  
 理由はわからないが、楽しかった。  


723  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:53:14  ID:???
西暦2020年12月16日  12:00  日本国北方管理地域  陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地  

 昼食を取る自衛官たちの上空を、無数B−52L型が通過する。  
 新型機を開発する事を許されなかった米空軍が、法律の隙間を潜り抜けて開発したその戦略爆撃機は、見るからに邪悪だった。  
 初代とは似ても似つかない形。  
 8機のターボファンエンジン、巨大な、瘤だらけの胴体。  
 大型化したそこには、信じられない量の通常爆弾を搭載する能力が与えられている。  
 その大群が、空を飛んでいた。  
 この世界の住人からすれば、この世の終わりにも見える風景。  
 それを見上げつつ、自衛官たちは安堵の息を漏らしていた。  
 力強いターボファンエンジンの爆音は彼らの代わり。  
 遠くから聞こえる巨人の手拍子に似た音は彼らの子守唄。  
 何事も無かったかのように再び現れる彼女たちは、彼らがベッドから出る必要が無い事を教えている。  


725  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:56:37  ID:???
「まさか、アメリカ空軍が出張ってくるとはな」  

 昼食を取りつつ佐藤が言う。  
 彼らの頭上では、黒い死神の大群が蠢いている。  

「政府は真面目に報告を受け取ったんでしょうね。  
 核兵器を使用しないのは、恐らく使いたくないのではなく、損得計算をしているからなのでしょう」  

 佐藤のコップにコーヒーを注ぎつつ二曹が答える。  
 何もかもを吹き飛ばす核兵器はこの種の問題に最適な兵器に見える。  
 しかし、長期的な視点で考えられる脳を持っている上層部は、それを使う事が嫌だったようだ。  

「まあ、ガイガーカウンターが鳴り続ける牛肉など誰も食べたくないだろうからな」  

 注がれたコーヒーを当然のように飲みつつ佐藤は続ける。  

「それで、どうして急にしおらしくなったんだ?  
 ああ、俺の魅力に遂に気付いたか。まあ当然といえば当然だあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」  

 顔面に遠慮なく注がれたコーヒーによって、佐藤は駐屯地中の人間が振り向くほどの悲鳴を上げた。  
 まあ、実際にはそれほど熱くは無かったのだが。  


726  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/25(水)  22:57:29  ID:???
 そんないつもどおりの光景を繰り広げる彼らの上空を、測定に出撃していたヘリコプターたちが通過した。  
 滑らかな動きでヘリポートへと向かい、着陸。  
 すぐさま扉が開かれ、ダークエルフや自衛官たちが大地へと帰還する。  

「急げ!」  

 原田三尉が声を張り上げて担架を担ぐ。  
 四機のヘリコプターから気絶したらしいダークエルフたちが次々と担ぎ出される。  
 ただならない様子に佐藤たちが腰を上げた時、駐屯地に設置された全てのスピーカーが奇妙なサイレンを鳴らした。  
 日本本土に設置された全てのスピーカーもそうだった。  
 残念な事にと表記するのか、幸運な事にと言うべきなのかはわからないが、大半の人々はその音に聞き覚えが無かった。  
 それは、文字で表記するのならば『プゥウゥゥーーーーーーーー』とでもなる音だった。  
 しかし、治安、国防、あるいはそれに関する全てに携わる人々には、特別な意味を持つサイレンだった。  
 それは、日本的な表現を用いるのならば以下のような名前だった。  
 『国民保護に関わる警報』  
 太平洋戦争後、とある政権が苦労して整備したものである。  
 使われるはずの無いその音は、日本中如何なる場所にいても聞こえた。  
 街中、地下街、電車内、航空機内、テレビやラジオのある室内。  
 緊急警報放送を受けることの出来る全ての場所で、その音は鳴っていた。  
 そして、日本と佐藤たちの長い一日が始まった。  



737  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/27(金)  00:08:29  ID:???
西暦2020年12月16日  12:15  日本国北方管理地域  陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地  

 駐屯地内部は実に賑やかだった。  
 無数の装甲車輌たちがエンジンを始動させ、黒煙を大気中にばら撒いている。  
 90式戦車の一団が隊列を整え、96式装輪装甲車の一団が自衛隊員を飲み込む。  
 89式戦闘装甲車の車列が移動準備を整え、戦闘ヘリコプターたちが空中へと移動する。  
 スピーカーが叫ぶ。  

「敵は最大級の魔術的儀式を開始したとの報告が入った!  
 ダークエルフたちは気絶か殉職、しかし位置は特定できた!  
 現在第一基地より空爆部隊が急行中!  
 全部隊は直ちに出撃、敵軍脅威を撃滅せよ!」  

 普段は硬く閉ざされているはずの扉が開かれ、基地守備隊が集まるゾンビたちに銃弾を浴びせかける。  
 装甲車、戦車、戦闘装甲車の順番で車列は出発し、最後に戦闘ヘリコプターが上空に付く。  


738  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/27(金)  00:09:36  ID:???
 日本人たちは、それほど魔法について造詣が深いわけではなかった。  
 しかし、彼らにとっての魔法レーダーであるダークエルフたちが、感じただけで死傷したとき、彼らは理解した。  
 控えめに言って、愉快ではない事態が進行していると。  
 統合幕僚監部の指示の元、ゴルソン大陸方面隊の全ての戦力に行動命令が下されたのは、無理もなかった。  
 よくわからないからこそ、それは過大評価する必要がある。  
 日本人たちは、そう考えたのだ。  
 大陸全土で、航空部隊が空中に舞い上がり、機動力のある部隊が出動していた。  
 本土も例外ではない。  
 燃料に余裕の出た航空自衛隊各機が緊急発進し、海上自衛隊の艦艇が港を出港する。  
 陸上自衛隊各方面隊は緊急出動の準備を整え、国民たちは出来るだけ安全な場所への移動を始めた。  
 何が起こるかわからない。  
 だからこそ、出来る限りの事をする。  
 極めて健全な思考に従い、日本を動かす救国防衛会議は行動を決断していた。  


739  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/27(金)  00:10:36  ID:???
<<戦闘団指揮官より各隊。現在各地より増援が急行中。  
   目標は北西30km地点の遺跡、現在航空自衛地が在日米空軍と攻撃を敢行中。  
   我々は結果に関わらず現場へ急行する。以上>>  

 無線機から通信が入る。  
 位置的に一番乗りするであろう第18地区駐屯地の彼らは、戦闘準備を完全に整えていた。  
 程よく緊張した下士官兵たち。  
 実弾を装填した兵器たち。  
 休む事なく頭を回転させる幹部たち。  
 全ての軍たちが理想とした、必要な時に全力を発揮できる軍隊がそこにいた。  
 戦闘ヘリコプターたちが加速を開始する。  
 その遥か上空を通過する飛行機雲たち。  
 微かに見える黒い点は、B-52かそれ以外か。  
 何はともあれ、彼らは現地へと急行していた。  
 音速に近い、あるいは音速以上の速度で。  


740  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/07/27(金)  00:11:49  ID:???
日本国北方管理地域  陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地北西31km地点  

 そこはロマンチックに言うところの超古代文明の遺跡だった。  
 闘技場のような楕円形の建築物。  
 辛うじて形をとどめている建築物だったらしい何か。  
 その中心に、エルフ第三氏族たちはいた。  
 航空自衛隊の偵察や爆撃に分散する事で対抗し、今までこの地で生き延びていたエルフたちだった。  
 第三氏族たちは、最後の仕上げに入ろうとしていた。  
 遂に継続してまともな数を召喚できるようになっていた異世界の化け物たち。  
 その王を呼び出そうとしていた。  
 儀式は佳境に入っていた。  
 無数の人間の女性を切り刻み、生きたまま引きずり出した臓物や血液をぶちまける。  
 泣き叫ぶ子供たちを惨殺し、逃げ惑う老人たちを殺害する。  
 そうやって作り上げた血の池地獄に切断した四肢で魔方陣を描く。  
 魔方陣は黒い光という器用な存在で輝き、何かが現れてくる。  
 エルフたちは狂喜した。  
 彼らの欲望を満たす、何もかもを破壊する存在がこちら側の世界へ来ようとしている。  
 もう少し、もう少しで全てを破壊できる。  



816  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/08/04(土)  00:51:01  ID:???
 魔方陣から、無数の黒い影が湧き出す。  
 地を這う魔物、見上げるような巨大な魔物、空を駆ける魔物。そういったなにか。  
 それらは狂喜する第三氏族や辛うじて生き残っていた人間たちを飲み込み、一斉にこの世界へと飛び出していった。  
 大地を砕き、空を切り裂き、聞くもおぞましい奇声を上げて大地を進む。  
 名前を語るのも憚られる存在たちは、この世界に生きる全てへの明確な敵意を示しつつ、この近辺で最も生き物が多い場所へと突進した。  
 それらが進む先にいるのは、誇張なしにこの世界で最強の存在。  
 日本国である。  


817  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/08/04(土)  00:51:45  ID:???
西暦2020年12月16日  12:20  日本国北方管理地域  第18地区上空  

<<こちらはAWACS、コールサインスカイアイ。第18地区駐屯地へ>>  

 遥かなる高空を進む空中管制機から通信が投げかけられる。  

<<警報、警報、多数の空中目標を確認>>  

 レーダースクリーンは敵を現す反応で光り輝いている。  

「制空部隊は前進、長距離攻撃で数を減らせ」  

 命令を伝えつつ、管制官は体の震えが止まらなかった。  
 なんなんだ敵軍は。  
 20や30を越える数が空中に集合している。  
 味方の制空部隊はあくまでも非常時に備えて上がってきているだけだ。  
 止められないぞこんなの。  
 怯えつつ、彼の中の訓練された部分は指示を出し、要請を伝え、増援を懇願している。  


818  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/08/04(土)  00:52:27  ID:???
「警報、警報、こちらは第18地区航空管制機、コールサインスカイアイ。  
 無数の敵航空戦力を確認。ブリップでレーダーが見えない。  
 120ノットで移動中の友軍部隊に接近中。警報、警報」  
<<こちら第一基地所属メビウス飛行隊、作戦エリアに侵入した>>  

 数えるほどしかブリップがない友軍支配地域に、八つの反応が現れる。  
 管制官は素早く状況を確認し、戦闘指示を出した。  

「メビウス飛行隊、戦闘を許可する。長距離攻撃を実施せよ」  
<<了解スカイアイ、メビウス1より全機、IFF作動確認、スカイアイの指揮下に入る>>  

 友軍機たちは素早く散開し、長距離攻撃の準備に入る。  
 だが足りない。  
 大空を埋め尽くす敵軍を倒すのには全く足りない。  
 このままでは人類は、いや、正確には日本国は終わってしまう。  
 レーダー画面を、コンソールを見る。  
 そこにあるのは動かない現実。  
 足りない味方、多すぎる敵、現状の打開には何の役にも立たない機器の群れ。  
     
「どうしたらいいんだ」  

 隣に座る同僚の呟きが聞こえる。  

「神様」  

 別の同僚が呟く。  


819  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/08/04(土)  00:53:14  ID:???
<<こちらはUSSジョージ・W・ブッシュ>>  

 突然、同盟国用の周波数から声が流れる。  
   
<<航空自衛隊管制機へ、当方は所属機の全てを投入する。  
   現在第一波が移動中、無口なんだが腕はイイ連中だ。上手く使ってくれ>>  
「こちらはコールサインスカイアイ、支援に感謝します」  
<<コールサインはラーズグリーズ、隊長は無口な奴だが、根はいい奴だ。そっちから呼びかけてやってくれ>>  
「了解」  

 在日米軍とのデータリンクが作動する。  
 沿岸部のデータが一気に更新される。  

「すげぇな」  

 再び同僚の声が聞こえる。  
 日本海が海上自衛隊と第七艦隊の艦艇で埋め尽くされているのがわかる。  
 空中給油機を囲むようにして本土から無数の航空部隊が接近してきている。  
   
<<ラーズグリーズ飛行隊へ、こちらは航空自衛隊所属AWACS、コールサイン、スカイアイ。  
   こちらの声が聞こえますか?>>  
「はい」  

 随分と簡潔な答えだな。  
 増え始めた手駒の使い方を考えつつ、彼はそんな事を思った。  



820  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/08/04(土)  00:54:20  ID:???
西暦2020年12月16日  12:30  日本国北方管理地域  第18地区  

<<第一基地飛行隊は全機出撃>>  
<<第18地区駐屯地、防空部隊は全て出動。地上部隊を守れ>>  

 無線機は随分と賑やかになっている。  
 敵が大量に押し寄せてきている事はわかっていたが、こちらも随分と投入しているようだ。  
 ドラゴン殲滅戦で名を馳せたメビウス飛行隊、朝鮮半島有事で一躍有名になったJWB所属ラーズグリーズチーム。  
 第三氏族に教訓を与えたウォードック飛行隊。  
 あいつらは対地攻撃が任務じゃなかったのか?  
   
「空で敵を撃てるなら何でもいいんでしょうね」  

 待機している装甲車の中で、佐藤たちは暢気に会話を楽しんでいた。  
 周囲では自走対空機関砲が空を睨んでいる。  
 今のところ、彼らは銃を手に空を見上げる事しか出来ない。  

「肝心な時に手駒が足りなくならなければいいんだがな」  
「それは大丈夫でしょう、B−52Lが大量に空中待機しているんですから」  

 特科を連れまわす事の出来ない彼らにとって、航空戦力は貴重な遠距離攻撃手段だった。  
 例えそれが近接航空支援の出来ない戦略爆撃機であっても。  


821  :物語は唐突に  ◆XRUSzWJDKM  :2007/08/04(土)  00:55:28  ID:???
 無線機は、どうしようも内容に思えた状況が好転していく様を伝えてくる。  
 敵は呆れるほどに湧き出してきたが、それだけだった。  
 ミサイルの爆発で吹き飛ばされ、機関砲で切り裂かれる。  
 実に貧弱だった。  
 航空部隊は獅子奮迅の活躍を見せている。  
 どれほど数を揃えた所で、雑魚は所詮は雑魚、そういうことなんだな。  

「上空は綺麗なんだな?」  

 空自と連絡を取り合っている通信士に尋ねる。  

「はい、大丈夫です。直衛でいくつかの部隊が張り付いてくれるそうです」  

 うん、一つの質問で予測される先を答える。  
 自衛官はこうあるべきだ。  

「前進する。直ぐに移動準備を整えろ」  
「既に完了させております」  

 二曹が狭い車内で器用に敬礼しつつ答える。  
 時々、俺は必要のない人間じゃないかと思えてくる瞬間だな。  
 そんな事を思いつつ、佐藤は居心地悪そうに椅子に座った。  
   
「一尉っ!」  

 運転席から悲鳴のような声が聞こえてきたのはその瞬間だった。