767 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:10:33 ID:???
西暦2020年9月7日 08:30 北海道 北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢 陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地前
「なんだよこりゃあ」
猛吹雪の中、フロントガラスの向こうから見える光景に、佐藤は思わず声を漏らした。
増築作業が行われていた分屯地は、巨大な氷のオブジェへと変わっていた。
後部ドアが開き、吹雪と共に二曹が飛び込んでくる。
「ダメです!中に入れません!」
ヘルメットにこびり付いた雪を落としつつ二曹は報告を続けた。
「まるで氷の城です。分屯地を囲むように、巨大な氷の壁が出来ています。
部下の中には壁の向こうに城のようなものを見たという者もいます」
「ふむ、雪女でも出たかな」
「何処の世界に自衛隊の基地を氷漬けにする雪女がいますか!」
冷たい外気に晒されて、顔色が未だ戻っていない二曹が怒鳴る。
「ここの世界にだよ。ありえない話じゃないだろう?」
だが、佐藤に冷静に返され、黙り込む。
魔法にゾンビに幽霊、エルフにモンスターとなんでもありのこの世界ならば、確かにありえなくもない。
768 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:11:48 ID:???
「本土の部隊とは連絡が取れんか?」
黙り込んだ二曹を無視し、佐藤は通信機と格闘している隊員に声をかける。
「ダメです。雪の影響か全く通信が出来ません。
民間人の避難誘導を行っているはずの海自ともです」
「うむ、どちらにせよこのままでは全員凍死だ。
一度港まで下がるぞ。さすがに海自も出航していないだろう」
「そうしたいのですが」
ここまで沈黙を守っていた運転手が会話に参加する。
「エンジンが、かかりません」
「はぁ!?」
言われてみると、確かに車内の温度は先ほどまでも下がっている。
何よりもエンジン音がしない。
769 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:12:31 ID:???
助手席のドアが外から叩かれる。
「なんだ?」
雪が入るのを我慢して窓を開ける。
「報告します!二号車三号車共にエンジンが停止しました!
寒さのせいか再始動できません!」
「わかった!車内で待機しろ!」
「わかりました!」
凄まじい風雪のおかげで、至近距離で大声を出しても意思の疎通が難しい。
しかし、仮にも寒冷地用の軍用車輌だぞ。
それが走行中ではないにしても簡単にエンジン停止したりするものなのか?
それも三台同時に。
自分の中で、嫌な予感が次第に大きくなってくる。
「二曹」
「はい」
雪を落としていた二曹がこちらを見る。
「無反動砲、あったっけか?」
770 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:13:46 ID:???
西暦2020年9月7日 08:37 北海道 北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢 陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地
氷で出来た巨大な壁に、砲弾が突き刺さる。
第三世代の戦車ですら当たり所が良ければ一撃で撃破できるそれは、氷の壁を一撃で貫いた。
「崩れるぞ!退避!!」
基部を打ち抜かれた壁は、凄まじいとしか形容しようがない吹雪に押され、ゆっくりと崩れていった。
今まで見えなかった壁の向こうが見える。
「なんだありゃあ?」
視界には、巨大な城があった。
札幌雪祭りで作られるようなオブジェではない。
欧州旅行のパンフレットに載っているような、人間が暮らす事を前提にしている建築物である。
「全員装填しろ。動いたからって何でも撃つなよ。
原田一曹」
「はっ」
「車輌を任せる。友軍を呼び出し続けろ。
それと、俺たちとの通信が途絶えたら撤退しろ」
「了解しました」
敬礼する原田を残し、佐藤は部隊を率いて壁の内側へと歩き出した。
771 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:15:29 ID:???
「凍っていますね」
「凍っているな」
歩哨の最中にこの寒波に襲われたらしい一士が、空を見上げたまま凍っている。
「クソ、なんなんだこりゃあ」
よく見れば、車輌やヘリも漫画のように凍り付いている。
「一尉!」
二曹に呼ばれた方向を見る。
増築中の建物たちが、どれも完全に凍り付いている。
「俺たちが出た時、何人残っていたか覚えているか?」
「最低でも一個小隊以上はいたはずですね」
「誰も出てこない、つまり全滅、か。こいつはどう考えても人為的なもののはずだ。
液体窒素をぶちまけたって、こうも綺麗に何でもかんでも凍るはずがない」
「今日の気象予報では、確か晴天だったはずですしね」
「そうだ、さて、どうする?」
彼は二曹に尋ねると、眼前の城を睨みつけた。
「入るしか、なさそうですよ」
明らかに実用的なサイズではない巨大な入り口を見つつ、二曹は答えた。
772 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:17:32 ID:???
「よくぞここまで来た人の子よ」
「何を言っている?」
思わず呟いた佐藤に、二曹ではない女性が突っ込みを入れる。
入り口を抜けた先は、雪国というよりも氷の国だった。
氷の廊下、氷の壁、氷の天井。
そして、雪女西洋版としか形容できない女性。
氷の玉座に座る彼女の周囲には、自衛隊員が数名、小銃を構えたままの姿で凍り付いている。
「あー、我ながら間抜けな台詞である事は自覚しているんだがね」
佐藤は後頭部を掻きつつ続けた。
「ここは国有地であり、陸上自衛隊の施設である。
速やかに退去しなさい。しない場合には」「実力をもって、排除する、かえ?」
「人の言葉は最後まで聞くものですよ。
まあ、でもそうですな。速やかに退去しなさい。最後の警告である」
佐藤は左手を上げた。
彼の周囲にいた隊員たちは、散開し、小銃を構えた。
773 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:20:19 ID:???
「出て行くのは構わんが、この砦をお前たちで元に戻せるのかえ?」
「心配するな。人命は無理だが、この程度の氷、問題ではない。
それよりも、こちらの命令に従うのか?従わないのか?はっきりしてくれ」
佐藤の言葉を聞いた相手は、怒りを露にするどころか愉快そうに笑い出した。
「さすがは異世界の兵よ。豪気な事だ」
「楽しそうなところ申し訳ないが、どうするんだ?これは最後の質問だ」
自身も小銃を構えた佐藤を無視し、女性は玉座のような椅子から立ち上がり、凍り付いている隊員に近づく。
「何をする!?止まれ!」
「そう騒ぐでない」
色めき立つ自衛官たちを制し、女性は凍り付いている隊員の顔に手を添えた。
次の瞬間、彼を覆っていた氷は消え去った。
「なっ!何をした!?」
瞬間解凍された隊員は、そのまま床へと崩れるように座り込む。
漫画のように凍りついた状態から一瞬で解凍されたというのに、その外見には何の異常もない。
774 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:21:56 ID:???
「騒ぐでないと言ったぞ。
異世界の英雄が、これしきの事でうろたえてどうするのかえ?」
女性はやや失望したようにそう言い、そして改めて佐藤の方を向いた。
良い女だ。
正面から姿を見た彼は、小銃を構えたまま心からそう思った。
非の打ち所のないプロポーション。
見るものに与える心理的影響までをも考慮して設計されたような顔。
もったいないなぁ。
徐々に引き金を絞りつつ、彼はそう思った。
「それは困るのぅ」
銃口を向けられた女性は、余裕の笑みを浮かべたまま片手を振るった。
一瞬の出来事だった。
佐藤の視界の中で、自身の両手と小銃が凍り付いていく。
「いっ!一尉っ!!」
二曹の悲鳴が聞こえる。
頭を回すと、二曹も同様に、いや、散開している隊員全ての両手と小銃が凍り付いていく。
ダメだ。こいつはとんでもない相手だ。
自衛隊員たちの悲鳴を聞きつつ、佐藤は内心で呟いた。
なんとかしないと、全員が雪祭りのオブジェにされてしまう。
776 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:26:08 ID:???
「まったく、話をするのにどうしてここまでせねばならんのか」
憂鬱そうな声が聞こえたのはその瞬間だった。
視線を向けると、先ほどの女性は困ったような笑みを浮かべていた。
「それで、話は聞いてもらえるのかえ?」
「この状態で断ったら男らしいんだがね、聞かせてもらおうかな」
凍りついた両手はそのままに、佐藤は床へと座り込んだ。
「蛮勇は男らしいとは言わん。
まあいい、察しは付いていると思うが、わっちは雪と氷を司る、お前たちの言葉で言うところの女神じゃ」
「最近の女神は軍隊に喧嘩を売るんですな。随分と野蛮になったものだ」
「黙れ!」
黙ってみた。
「まったく、この砦にいた連中といい、お前といい、どうして異世界兵は減らず口を叩きたがるのじゃ。
いや、いい。それでな、わっちはお前に話がある」
「弁護士を通してください」
「べんごし?何だそれは?」
「弁護士をご存じない?では総理大臣というものをご存知ですか?」
「変わった名だが、その大臣がこの砦の長なのか?」
「いえ、失礼しました。忘れてください」
うーむ、自動小銃が武器ということは知っているらしいが、こちらについて精通しているわけでもなさそうだな。
ならば、武器庫に行けばなんとかなるだろう。
あそこには火炎放射器がいくつもある。
777 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:28:26 ID:???
「それで、お話というのは?」
「うん、簡単な話だ。わっちを助けて欲しい」
「助ける?俺たちを一瞬で無力化できる力を持っている存在を?」
そして彼女は話し始めた。
自分がどうしてここに来て、何故助けて欲しいのかを。
グレザール帝國は、当たり前だが魔法を使う。
そして俺たちは、これも当たり前だが魔法を使わない。
大軍同士がぶつかり合う戦争ならば、確かに俺たちは無敵だった。
空爆で叩き、砲撃で潰し、そして銃撃で止めを刺す。
機動力が数の差をカバーし、銃という遠距離兵器が魔法の優位性を覆す。
この世界の軍隊が勝てるはずがない。
しかし、この世界最強の存在であるグレザール帝国は、この世界においては無敵だった。
魔法使いが敵の魔法を打ち消し、そして相手が苦手とする分野を学んだ魔法使いが相手を叩く。
距離が詰まれば、今度は数の暴力がものを言う。
剣士、槍兵、馬上の騎士。
一瞬で全てを凍らせたとしても、それらを踏み倒して次が、その次が来るのでは、いかに力を持っていようともいつかは屈する時が来る。
彼女はそうして、家族を人質に取られているらしい。
778 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/07(水) 00:30:21 ID:???
「それで?俺たちにその家族を救出して欲しいと?」
「そうじゃ」
「いやいや、なかなかに面白い話ですね」
相手の返答を聞いた佐藤は、顔を歪めて笑い出した。
「なんじゃと?何が面白い?」
真っ白な相手の顔に、明らかな怒りの炎が生まれる。
「人質に取られた家族を救うために、他人の仲間を人質に取るとはね。
質の悪い冗談だ。ふざけるのも大概にしろ」
両腕を凍らせたまま、佐藤は相手の目を見た。
怒りに燃えていた瞳が、急速にその熱を失っていく。
もう一押しだな。
「助けが欲しいのならば、どうして頼みにこない?
なぜ最初から戦いを挑んでくる?
仮にも女神を名乗る存在ならば、いきなり力に頼る方法がいかに愚かか、わかるだろう?」
相手の目から視線を外さない。
怒りが消えたその瞳には、戸惑いと、罪悪感が生まれている。
あと少しだ。
140 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 00:04:11 ID:???
西暦2020年9月7日 08:40 北海道 北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢 陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地
「俺たちは、俺たち日本人は、会うもの全てに武力を振るうほど野蛮ではない。
こんな出会いでお互いに憎み合うことほど、無益な事はない。
話し合おうじゃないか?その上で、どうするかを考えよう。双方にとって利益が生まれる形にどうしたらなるのかを」
相手の目が考える目になっている。
とりあえず、どうしたものか。
「い、ちぃ」
瞬間解凍された陸士は、やはり生きていたようだ。
なんとかこちらに視線を向け、小声で呟いている。
しかし、武装した男性自衛官が女座りをしている姿は気持ち悪いな。
「大丈夫か?いいから動くなよ。
それで、話し合いをする気はないか?俺としては、出来れば話し合いたいんだが?」
「・・・そうじゃな、いきなり凍らせて、すまぬ」
女性は片手を振るった。
まるで手品だった。
いや、もちろん種も仕掛けもない魔法である事はわかっているが。
とにかく俺たちの両手を凍らせていた氷が、一瞬で消える。
両手が重く感じるほどの重量だったというのに、水滴一つ残さずに。
143 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 00:08:22 ID:???
「撃つなよ」
一応部下たちに命じ、そして俺も小銃を下ろす。
もちろん安全装置は解除したまま、装填したままだが。
「それで、他の連中も解凍してくれると助かるんですが」
「氷を溶かせばよいのか?」
「そう、溶かしてくれ。全員」
再び女性は手を振るった。
凍りついたままの隊員たちが、一瞬で解凍される。
まるで示し合わせていたかのように、彼らは一斉に床へと座り込む。
「まずは感謝させてもらいますよ。
それで、改めて、ですがお話をうかがわせて貰いましょうか」
たぶん撃ち殺しておいた方が楽なんだろうなと内心で思いつつ、佐藤は尋ねた。
148 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 00:11:45 ID:???
西暦2020年9月7日 11:50 北海道 北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢 陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地
「まったく、佐藤さんと係わり合いがあると、退屈している時間がありませんな」
鈴木は、開口一番にそう言い放った。
グレザール帝国軍に強制されたとはいえ所属しており、そこで対魔法戦法を任務していた精霊(本人はその表現を嫌っていたが)の亡命。
佐藤から入った報告に、東京は狂喜乱舞した。
すぐさま外務省から鈴木が連れ出され、彼はヘリ・航空機・ヘリという順番で、この辺境の島に文字通り飛んできた。
「それで、お相手はどちらにいらっしゃるんですか?
可能な限り早く会いたいのですが」
基地を覆っている氷雪には興味を示さず、彼は書類鞄を持ち直しつつ尋ねた。
「こちらです。他にも難民がおりますが、そちらは?」
「報告書は読みました。下級兵士とその家族でしたっけ?
ウチの若いのを連れてきてますから、それに任せます」
「あの、後ろの女性ですか?」
佐藤はそっと後ろを見た。
官僚とは思えない派手な格好の女性が、二曹に笑顔で語りかけている。
「イチイさんカッコイイですね〜
私もああいう人が上司だったらいいのになぁ。
あ、いやいや、もちろん鈴木さんもカッコイイですよ!」
引きつった笑みを浮かべた二曹というのは初めて見たな、と苦笑しつつ、佐藤たちは応接室へと歩いていった。
154 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 00:19:06 ID:???
「これはまた、北海道の自衛隊は変わった趣向を好むんですな」
完全に凍りついた通路を歩きつつ、鈴木は感心したように呟いた。
「そんなわけがありますか。
暖房をつけると先方が嫌がるので、仕方なくここだけこうなっているんですよ」
ドアノブに注意して触りつつ佐藤が答える。
「失礼します。外務省の鈴木さんがお越しです」
ドアを開く。
凍りついた部屋の中心で、雪と氷を司る自称女神は氷で出来た椅子に座っていた。
「お前が交渉をする人間か?」
「お初にお目にかかります。日本国外務省の鈴木と申します。
早速ですが、何か我々にお願いしたい事があるとか?」
そこから先の対談は、脇に控えているだけの佐藤にとってはあまり愉快な事ではなかった。
先方は日本国に対し、その魔法の力と知識、グレザール帝国軍時代の情報を提供する。
日本国は先方に対し、家族の救出およびその後の保護を行う。
要約すれば、これだけの内容だった。
もちろん無能ではない佐藤は、その救出作戦とやらに自分が動員されるはずがないと考えていた。
自衛隊には、彼よりも優秀な隊員はいくらでもいるのだ。
そう、彼は信じていた。
158 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 00:25:32 ID:???
西暦2020年9月21日 09:50 公海上 海上自衛隊 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」
まだ歴史の浅い海上自衛隊第五護衛艦隊の旗艦は、イージス護衛艦の命名規則を破ってあえて母港の名前が付けられていた。
所属艦艇全てが新鋭護衛艦というこの豪勢な護衛隊群は、いくつもの不幸な現実の前に誕生している。
練度や戦力には疑問があるものの、形的には二個空母機動艦隊を持つ中国海軍。
海軍と呼べる存在はないが、いつ弾道弾を発射するかわからない朝鮮半島、そういった全てのものから日本を守るため、彼らは存在していた。
ノドン・テポドン・東風2号などなど、数多くの弾道弾と、その迎撃を妨害するであろう全てを排除できる様に作られた艦隊だった。
新たに結成される事になった現代の無敵艦隊は、その圧倒的過ぎる(一部では『ぼくのかんがえたむてきのかんたい』と呼ばれた)戦力から、根拠地が見つからなかった。
どこの地域住民たちも、そんなものが来る事を望まなかったのである。
防衛省上層部は頭を抱えた。
予算は既に計上されており、計画は実働していた。
だが、新たに用地を取得していたのでは到底間に合わず、かといっていまさら新規護衛艦群計画をなくす訳にはいかなかった。
官僚が最も重視する事は自身の利益であるが、所属する組織の面子もまた、彼らにとっては大切なものだったからである。
そこに申し出たのが、大湊の地域住民だった。
2007年から経済崩壊が騒がれていた北海道とは違い、静かに崩壊の道を進んでいた東北地方の一地域。
大湊の周辺住民たちは、危険といわれつつもなんら対策を打ってくれなかった文官に見切りをつけ、武官に目をつけたのだ。
162 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 00:28:21 ID:???
拡張される基地。
その維持には、多くの物資が必要である。
そして、そこに住まう多くの青年たち。
彼らは品行方正で、安定した収入を持ち、かなりの人数がある。
基地を設置する事による経済波及効果は計り知れない。
もちろん、国と防衛省と防衛施設庁からの資金提供もありえる。
反対派からは、万が一の際に攻撃を受けたらどうするのかという反論があったが、県知事はその事について大して考えなどなかった。
日本国内のどの場所にミサイルが落ちようとも、核攻撃を受ければ日本人に生きる道はない。
多額の負債と減る一方の財源に精神を痛めつけられていた時の知事は決断した。
そこから先はトントン拍子に話が進んだ。
元々存在していた海上自衛隊大湊基地の拡充が決定され、本当の意味での地域住民たちの支援を受けつつ、五番目の護衛艦群は住むべき家を手に入れた。
地域住民は投下される補助金と経済波及効果による恩恵を受け、そして大量に移住してきた新しい住民たちを歓迎した。
179 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 01:11:54 ID:???
「司令」
「なんだ?」
双眼鏡で前方の空を眺めていた艦隊司令に、艦長が声をかける。
「あと三十分ほどで陸地が見えてくるはずです」
「そうか、一応警戒態勢を取らせろ」
「了解しました」
艦隊内部に放送が流される。
全ての武器が準備され、機関が即時全速準備を整え、レーダーが本格的に稼動を始める。
「お客さんたちはどうした?」
「上陸の準備を整えています。
現在はヘリ格納庫にて待機中です」
「出来れば我々で最後まで手伝ってやりたいのだがな」
「ですが、我々の武装では強力すぎます。支援するつもりが、皆殺しにしてしまいかねません」
「言ってみただけだよ」
苦笑しつつ、司令は再び海を見た。
こんなわけのわからない世界で、氷だか雪だかの女神さんの家族を助けに自衛隊が出動か。
今どき、ライトノベルでももう少し作りこんだシナリオを書くがね。
180 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 01:13:25 ID:???
同時刻 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」格納庫
「休暇が欲しい」
「私だって欲しいですよ。さあ、腰を上げてください」
床に体育座りした佐藤を蹴飛ばしつつ、二曹はそう言った。
「いやだ!ボクが一番ガンダムを上手く扱えるんだ!」
「わかりましたから早く立って下さい」
呆れた顔で二曹は答える。
さすがに恥ずかしくなったのか、佐藤は素直に立ち上がり、装具を改めた。
「何というか、サトウは随分と変わっているな」
そのやりとりを離れたところから見ていた自称女神は、呆れたように呟いた。
「儀式のようなものです。佐藤一尉はいつもいつもいつも最前線に無理やり投入されますからね。
ああやって、精神の均衡を保とうとしているのでしょう、きっと」
傍らに立っていた原田がフォローのような事を言う。
佐藤と共にこの世界のありとあらゆる場所で戦闘を行ってきた彼らには、所属、という枠を超えた連帯感のようなものが芽生えている。
異世界人相手となれば味方にも銃を向けかねない原田であっても例外ではない。
182 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 01:19:03 ID:???
「怒りの精霊を飼っているにしては、随分と冷静じゃな」
「怒りの精霊?そういった知り合いはいませんが?」
感心したように言う相手に対して、原田は不思議そうな顔で答えた。
「なんじゃ、気付いていなかったのかえ?
そなたの中には怒りの精霊が巣食っておる。
普通は敵味方の区別が付かなくなり、やがて死に絶えるものじゃが、不思議な事もありんす」
「あーなるほど、確かに言われてみると、そういったものがいてもおかしくありませんな、自分は」
「仲間か家族を殺された?」
その言葉に、原田の目つきが変わった。
「そうですよ、まさしくそうです。私の部下たちは良い奴らだったのに。
目の前で、助けようとした相手に、全員、殺された。殺されたんだ」
視界が赤くなる。
赤。
彼の部下たち全員を殺した色。
「お前たち異世界人に。全員、骨も残さずに」
不意に、目の前が暗くなり、心地よい冷たさが訪れた。
184 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 01:20:16 ID:???
「なっ、何を?」
気がつけば、両目を隠すように手が添えられていた。
「落ち着いたかえ?
わっちはこれでも精霊という枠を超えた存在じゃ。
齢も数百を超えているし、お前の様な人間もたくさん見た」
暖かい冷たさと言うべきか、高熱を出している時に使う、冷却ジェルシートのような、落ち着く冷たさである。
いつの間にか、原田は冷静さを取り戻していた。
なんだろうこれは。
落ち着いた脳で、彼は考えた。
ああ、これは、母親の手だ。
少し冷たい、でも優しい感触。
「原田一曹!何をやっている!」
完全にリラックスしていた彼に、佐藤が怒鳴った。
慌てて手をどかし、目を開き、直立不動になる。
「俺が代わる!一歩後ろにさガッ」
下がれ、と言い掛けた所で、彼のわき腹に89式小銃のストックがめり込んだ。
奇妙な声を残して佐藤は床へと倒れこむ。
「佐藤一尉!貴方は空気を読む事ができないんですか!?」
怒りに顔を歪ませた二曹が怒鳴り、佐藤の周辺にいた隊員たちは他人のような顔をしてそこから遠ざかる。
186 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/25(日) 01:21:49 ID:???
にわかに賑やかになった格納庫の中に、拡大された艦長の声が響き渡る。
<艦長よりご搭乗のお客様に連絡いたします。
本日も親方日の丸クルーズをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
当艦隊は予定されたポイントへと到着しました。
お客様に置かれましては、厳正なる規律を保持し、一致団結事態の打開に当たっていただければと思います。
なお、当艦隊は全てのお客様がお戻りになられるまで移動するつもりは一切ございません。
心置きなく、任務に励むように。以上>
「さあ二曹!艦長もああ仰っている事だし!直ちに部隊をヘリに載せ、現地へと向かうぞ!
俺たちの戦いはこれからだ!」
わき腹を押さえつつも叫び、佐藤はヘリ内部へと駆け込んだ。
苦笑した隊員たちがその後に続き、未だ怒りが消えていない表情の二曹がそれに続く。
いつまでも唖然としているわけにはいかず、原田は装具を抱えて歩き出した。
「お前さんは、優しい人間じゃの。
だからこそ、怒りの精霊に目を付けられた。
わっちが見てきた男どもも、みんなそうじゃった。
そして、みんな死んだ。
常に冷静であれ。これを忘れん事じゃな」
後ろからかけられた言葉に、彼はなんとか頷けた。
302 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/27(火) 00:18:31 ID:???
未来 月曜日 20:00 日本国内 某民家
「まずはこちらの映像をご覧頂きたい。
どこにイージス護衛艦がいるか、お分かり頂けただろうか?」
テレビ画面には巨大な港湾施設が映っている。
大小さまざまな船舶がせわしなく行き来し、上空から見ても巨大な事がわかるガントリークレーンは、ゆっくりと、しかし確実に動いている。
次第にカメラはズームインし、一隻の護衛艦が映し出される。
観客たちが、思わず声を漏らす。
「お分かり頂けただろうか?
圧倒的な戦力と巨大な船体で知られる現代の護衛艦であっても、この港にかかっては一隻のボートに過ぎないのである」
カメラ、高速でズームアウト。
再び巨大な港湾都市が遠景で映し出される。
「そこで今夜は、この巨大な港湾都市が生まれるまでを、当時の人気番組、日本政府広報からお届けしよう」
303 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/27(火) 00:19:12 ID:???
国旗が現れ、ファンファーレのような音楽が鳴り響く。
画面が切り替わり、一人の自衛官が椅子に座っている。
初老で眼鏡で小太り、だが、その瞳は画面越しに見ても狂気に満ちている事がわかる。
「私があそこに行ったのは、西暦2020年代でした。
今の若い人にはわからないでしょうが、あの頃は本当に大変だった」
記録映像が流れる。
テロップにモザイクが入っているが、映像自体は当時ありふれていた、大陸戦線での報道映像である。
突進する戦車、上空を乱舞する戦闘機、ミサイルを発射する護衛艦。
映像は再び自衛官に戻る。
「当時陸上自衛隊の施設科にいた私は、司令部から旧王都、今のあの町を復興させるように命じられました。
長く続いた連合王国の支配によって旧王都は腐敗しきっていました。
正直言って、どこから手をつけてよいのかわかりませんでした」
映像が切り替わり、薄汚い街並みが映し出される。
崩れた建物、狭い路地、立ち枯れた木。
ナレーションが入る。
「当時の無線交信が記録に残っている。
第一次偵察部隊からの通信である」
304 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/27(火) 00:20:33 ID:???
<酷い!酷い有様です!直ぐに衛生と重機を!あちこちに病人と死体が転がっている!!酷い!あんまりだ!!>
<落ち着いてください。ゆっくりともう一度現状を報告してください>
最前線の隊員と、指揮所の女性自衛官の交信が再生される。
画面が切り替わり、中年の域に入った女性自衛官が画面に現れる。
「とにかくあの時は落ち着かせるのが一番だと考えました。
通信の相手は極度に興奮していて、このままでは危険だと考えたからです」
画面が切り替わり、前進を続ける車列のイメージ映像が表示される。
再度ナレーション。
「この後増援部隊が到着するまで、彼女は前線部隊と交信をし続けた。
増援部隊到着後に敵の残存兵力の攻撃を受けた事を考えると、まさに間一髪だった」
画面が切り替わり、一人の二等陸尉が現れる。
「当時はとにかく混乱していて、通信機に叫ぶのが精一杯だったんです。
おかげで全体の計画が遅延してしまったりして・・・
もう二度と、取り乱して報告したりはしないよ」
305 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/03/27(火) 00:21:44 ID:???
ナレーション。
「戦闘と計画的な再開発によって、旧王都は大規模な外科手術が継続的に行われた。
それから20年、ゴルソン大陸の一角には、元気に発展を続ける巨大都市の姿があった」
航空写真。
それは次々と拡大され、大陸の一角からそれを埋め尽くす一つの都市が現れる。
会場からは、観客たちの漏らした声が聞こえる。
「現在もこの巨大都市は、そこに暮らす人々と共に、元気に成長を続けている」
映像がスタジオに切り替わり、椅子に着席した男女が映し出される。
そのうちの一人、年配の女性が言った。
「それでは今週のザ・ベストです!」
613 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/17(火) 23:55:52 ID:???
西暦2020年9月21日 12:30 上陸地点
「ちゃんと迎えに来てくれよな」
艦隊へと戻っていくヘリコプターを見送りつつ、佐藤はそう呟いた。
彼の周囲には周辺警戒に当たる隊員たちの姿がある。
「佐藤一尉、指示をお願いします」
いつの間にか彼の横に現れた二曹が言う。
「前進する。日が沈むまでに目標地点に到着するぞ」
彼の言葉に隊員たちは頷き、そして彼らは移動を開始した。
目標は、この先にある小さな砦。
その中にいるとされている、精霊たちである。
614 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/17(火) 23:56:27 ID:???
「しかし、おかしいといえばおかしいよな」
隊列の真ん中を歩く佐藤が、誰ともなしに呟く。
「なにがでしょうか?」
前を見たまま二曹が尋ねる。
「俺たち陸上自衛隊が、海自さんの艦隊まで使って精霊を助けに行くんだぞ。
生まれてから随分と経つが、こんな話は初めてだ」
「夢があって良いじゃないですか」
「ああ、俺たちが見送る側だったらそうだな」
佐藤の返答を聞いた二曹は、彼の方を不思議そうに見た。
「どうかされたんですか?何か悪いものでも拾って食べられたのですか?」
「いや、なにね。こんな事がこの先も続くのかと思うと、ちょっとな」
615 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/17(火) 23:57:25 ID:???
彼の返答を聞いた二曹は衝撃を覚えた。
いつもならばここで普段の調子に戻るはずである。
その佐藤が、反応するどころか将来への不安のような事を言い始めている。
「一尉、その」
「考えてもみろ」
珍しくうろたえた二曹に彼は続けた。
「俺たちも前線に出るというのに、あのネーチャンと来た日には、原田の野郎とイチャイチャしているんだぞ?
どうして俺にもああやってくれないんだ?
俺はこの先も、あんな光景を見せられながら前線に行かないといけないのか?
もっと僕にも優しくしてよ?」
最後が疑問形になったのは、彼のヘルメットに高速で89式小銃のストックがめり込んだのが原因である。
普通の人間ならば脳挫傷を起こしかねない衝撃であったが、極めて残念な事に、佐藤は痛みしか与えられなかった。
「ここで彼を殴った事を、二曹は生涯後悔する事になる」
「縁起でもない事をモノローグのように言わないで下さい!」
二曹は怒鳴りつつ半長靴で蹴りつけ、そのまま倒れた彼を置いて行軍を続けた。
616 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/17(火) 23:58:22 ID:???
「怪我一つないとは、主人公補正って奴ですかね」
後ろを歩いていた陸士長が笑いつつ彼を助けて言った。
殆どの隊員が倒れた彼を放置して進む光景を見て、さすがに見るに見かねたらしい。
「そんなものがあってたまるか」
助け起こされつつ佐藤は答えた。
「第一、それならば俺の周りにはもっと美人がたくさんいなければならないだろうが」
「確かにそうですな」
苦笑している陸士長と共に、彼は隊列に復帰した。
617 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/17(火) 23:59:31 ID:???
西暦2020年9月21日 16:30 森の中
「よし、ここらで大休止だ。
原田一曹、部下と共に警戒態勢を取れ。
それ以外は休憩」
それだけ言うと、彼は地面へと座り込んだ。
長い前線経験が、部下の前でそうする事を彼に許していた。
「原田一曹殿、十分間だけお願いします。
その後は佐藤一尉殿が周辺警戒の訓練を行いたいそうです。大休止の間ずっとね」
「はぁ、わかりました」
気の抜けた返事を残して原田は去っていった。
ついでに二曹も去っていき、残された佐藤は先ほどの陸士長に話しかけていた。
618 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/18(水) 00:00:48 ID:???
「俺、この作戦が終わったら実家を継ごうと思ってるんだ」
陸士長は一瞬驚いた顔をし、そして次の瞬間には笑みを浮かべて答えた。
「なるほど、それでは自分は御社の部長職を希望します」
彼の回答に佐藤は満足そうに頷き、そして笑顔のまま答える。
「いいね。俺たちの会社をでかくしようぜ、日本一の企業にね」
「それはいいですな。そうと決まれば帰国次第自分は彼女に結婚を申し込みますよ」
佐藤は愉快そうに笑った。
「いいねいいね、とりあえず無事に帰ったら酒おごれよ」
「わかりました。はて?妙な物音が聞こえますな。
ちょっと調べてきます。なに、直ぐに戻ってきますよ」
「フッ、貴様が出る必要はない、私直々に相手をしてやろう」
楽しそうに死亡フラグを立て続ける二人の前に、死神が現れた。
その死神は、陸上自衛隊の戦闘服を身に纏い、二等陸曹の階級章をつけていた。
それは佐藤の恐怖に引きつった顔を楽しそうに眺め、言った。
「佐藤一尉殿?交替の時間ですよ・・・立ちなさい」
「ゲェー!二曹!」
呂布と遭遇した雑兵のような声を挙げた佐藤は、そのまま問答無用で連行されていった。
なお、今回の大休止は一時間を予定している。
619 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/04/18(水) 00:02:05 ID:???
西暦2020年9月21日 17:30 森の中
自動小銃やその他重火器を抱えた隊員たちが配置に着く。
照準が前方の砦に向けられ、そして誰もが命令を待つ。
「始めろ」
佐藤の命令をもって作戦は開始された。
最初に攻撃を開始したのは、敵陣に危険なまでに接近した火炎放射器を装備した隊員だった。
彼らは前方の人間に向けて、一切の遠慮なくトリガーを引き絞った。
一直線に伸びる火炎が、水分を多く含んだ人体を燃え上がらせる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
敵陣から絶叫が聞こえる。
だが、彼らはそれに動じず、別の目標に向けてトリガーを引き絞る。
再び絶叫が聞こえ、そしてそれと同時に警告の叫びが上がる。
「撃て」
再び佐藤は命令を下し、今度は銃火器による攻撃が開始される。
薄暗い周囲を照らし出す人体にライトアップされた敵軍は、なすすべもなく攻撃を受ける。
暴れる馬をいなしていた騎士が馬上から吹き飛ばされ、ようやくの事統制を取り戻そうとしていた槍兵たちがなぎ倒される。
自衛隊による虐殺が始まった。
222 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/08(火) 22:57:16 ID:???
「左だ!」
佐藤の叫びと共に夕闇を切り裂いて炎が走る。
絶叫が聞こえ、燃え盛る何かが走り回る。
それなりの戦力がいたはずのこの砦は、完全に自衛隊の射爆場に成り下がっていた。
現代戦ならば的にされておしまいの火炎放射兵たちは、ここでは最強の兵器だった。
彼らは四方八方に遠慮なく火炎を放ち、そしてその攻撃は確実に敵の命を奪っていった。
悲鳴と絶叫が支配する戦場に、馬の嘶きが乱入したのはその時だった。
「三時方向!」
火炎を放つ隊員たちのちょうど後ろにある藪を突き破り、無数の騎兵が現れる。
彼らはサーベルを振り上げ、雄たけびを上げ、そして直後に悲鳴を上げた。
黙ってみているはずがない佐藤たちによる攻撃が開始されたのである。
「撃てぇ!」
佐藤の命令と共に銃撃は開始され、まず最初に先頭にいた指揮官らしい男が落馬した。
直後に彼の愛馬も地面に倒れる。
5.56mmNATO弾は決して大きな破壊力を秘めた装甲貫徹力を持っているわけではないが、人間に対してならば十分すぎる威力を持つ。
ましてや、音速で殺到する銃弾に対して騎兵突撃をかければ、その威力はより一層高まる。
223 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/08(火) 22:57:49 ID:???
「思っていたよりも早く終わりそうだな」
安堵したように言いつつ、佐藤は敵陣を見た。
既に敵軍の組織的抵抗は不可能に思われる。
上位者も部下たちも、一切の区別なくして飲み込む高温の火炎。
それは空爆や砲撃に比べれば随分と狭い範囲ではあるが、スケールの小さいこの戦場では十分な面制圧である。
無謀にも攻撃を挑んできた敵兵たちは既に大半が焼死しており、それ以外の者たちは武器を捨てて撤退の最中であった。
「追撃しますか?」
「弾がもったいない、周辺警戒だけしておけ。突入用意」
部下たちに周辺警戒をさせると、佐藤は直ぐに砦の中へと侵入を始めた。
224 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/08(火) 22:58:37 ID:???
「おしまいだ、もうおしまいだ」
両手で頭を抱えた男性たちが連行されていく。
大半がローブを着ている。
「なんなんだこいつら?」
先の戦闘の間、彼らは全く登場しなかった。
もし出てくれば、正確には攻撃に成功していれば、こちらとて無傷ではすまなかった。
「おい」
直ぐ隣を連行されていた男に声をかけられる。
「さっさと歩け!」
男を連行していた隊員が、後頭部を殴りつける。
だが、男は苦痛に表情を歪ませつつも、こちらに顔を向けてくる。
「いい、何か用か?」
隊員を制し、佐藤は尋ねた。
226 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/08(火) 23:01:01 ID:???
「お前ら、何者だ?どうやってこの島に来た?何が目的だ?」
「それをお前が知る必要はない。連れて行け」
必死に尋ねてきた相手に冷たい言葉を残し、佐藤は男を連行させた。
相手の質問内容は、佐藤を安心させるものだった。
何処の国の軍隊で、何を目的にどのような手段でここへ来たのか?
それが全て伝わっていないのならば、この作戦は大成功である。
「目標は発見できたか?」
「かあさまはどこ?」
佐藤の問いに答えるかのように、一人の少女が現れた。
透き通るように白い肌。
将来が楽しみになるバランスの取れた体つき。
「実は、私は君の父親ダァ!」
全く遠慮のない一撃が佐藤の頭部を襲い、彼は通路の壁へと激突した。
「大丈夫だ。直ぐにあわせてあげるからな」
遠のく意識の中で、彼は二曹のそんな言葉を聞いた。
227 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/08(火) 23:03:08 ID:???
西暦2020年9月21日 20:41 上陸地点
暗闇を切り裂き、轟音を立てるヘリコプターが離陸していく。
残党と遭遇する事もなく、特にトラブルもなく一行は上陸地点へと到着していた。
感動的な親子の再会を演出するため、ヘリコプターは少女と数名の隊員のみを乗せている。
艦隊では偶然ハンディカメラを持っていた隊員が撮影の準備をしている事は言うまでもない。
「最後まで気を抜くなよ。着艦するまでが作戦だ」
お約束とも言うべき台詞を佐藤が言い、それに答えるかのように矢の雨が彼らを襲った。
「敵襲!各個に応戦!」「応戦しろ!射撃自由!」
陸曹たちが声を挙げつつ発砲を開始し、それに射撃で陸士たちが答える。
先ほどまでの弛緩した空気は消え去り、彼らは再び殺戮機械へと変身した。
「木が邪魔だ!薙ぎ払え!」
二曹が声を張り上げ、重い装備を纏った火炎放射兵たちがそれに答える。
全てを焼き尽くす超高温の火炎が、奔流となって木々に襲い掛かる。
絶叫。
燃え上がる木立の間から、火達磨になった男たちが飛び出す。
彼らが体組織の重大な熱傷による死亡を遂げる前に、自衛隊員たちは銃弾の雨を降らせてそれらを沈黙させる。
敵の攻撃は既に止んでいる。
228 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/08(火) 23:04:16 ID:???
「何でもいい!動くのは全部撃て!」
原田が叫び声を上げ、銃撃音が続く。
彼らは燃え上がる木々と人体を照明に、動くもの全てに必殺の銃弾を叩き込み続けた。
やがて空気を叩く独特な音が聞こえ、揺らめく炎とは違う、科学文明だけが出せる強烈な光が現場を照らし出す。
「ヘリだ!弾薬の少ないものから乗れ!」
二曹が叫び、隊員たちは着陸地点を確保するために外周へと散らばる。
敵の攻撃はない。
ヘリコプターはドアを開け放ったまま地面へ接近し、車輪が砂浜に触れるか触れないかの限界で制止する。
「乗り込め!早く乗り込め!」
中から海士が叫ぶ。
装備を抱えたまま陸士たちが飛び乗り、続いて火を消した火炎放射兵が乗り込む。
最後に小銃を構えた陸曹たちが搭乗しようとし、ようやく誰もが気がついた。
一同を代表し、二曹が叫ぶ。
「佐藤一尉!」
彼は、戦場の真ん中で一人立っていた。
彼の首筋には一本の矢が刺さっており、どうやらこれが彼の帰還を許さないらしい。
ゆっくりと一同の方へ向き直り、彼は膝を付く。
そのまま両手を空へと突き出し、力の限り叫ぶ。
「プラトーン!」
「一尉を助けるぞ!続け!」
この期に及んでもネタに走る佐藤を見捨てず、二曹と原田は機外へと飛び出した。
世界記録を更新できる速さで駆け寄り、突き出したままの両手を掴むと全力疾走を再開する。
そのまま機体に飛び込み、ようやくの事彼らはこの島から離れる事となった。
386 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:20:20 ID:???
西暦2020年9月21日 21:05 公海上 第五護衛艦群
絵になる女性たちの感動の再会の後、甲板の上はいつもの静けさを取り戻していた。
そこへ静寂を破り、ヘリコプターが飛来する。
格納庫が開かれ、海士たちが所定の位置に付く。
海は凪いでおり、風も驚くほどない。
当然のことながら、ヘリコプターはなんの妨害も受けずに着艦に成功する。
扉が開かれ、格納庫から飛び出してきた医官たちがそこへ駆け寄る。
「直ぐに手術だ!道を開けろ!」
首筋に矢を生やしたままの佐藤が担ぎ出され、これ以上矢が動かないように注意しつつ運ばれていく。
続いて不安そうな表情を浮かべた二曹たちが甲板に足を下ろす。
「佐藤一尉、大丈夫だろうか?」
原田が尋ねる。
だが、硬い表情の二曹は何も答えない。
「二曹?どうした?」
「いっ、いえ、なんでもありません。きっと生還なさるかと」
「まあ、そうだな。二曹、君も休め。他の者たちもご苦労だった」
様子のおかしい二曹を気遣った原田がそう言い、一同がヘリから離れるのと、艦隊中に警報が鳴り響くのは同時だった。
387 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:22:11 ID:???
同時刻 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」CIC
「アンノン一機、島中心部より艦隊に向けて接近中・・・バカなぁ!?音速が出ています!間違いありません!」
レーダーを覗いていた海曹が叫ぶ。
「間違いないか!?本当に音速を出しているのか!?」
先ほどまで感動の再会を果たした親子と談笑していた艦隊司令は、その顔から笑みを消し去って叫んだ。
「間違いありません!真方位2−7−0より急速に接近中」
「友軍機の誤認ではないな?」
「IFF反応なし」
「こちらの呼びかけに応答ありません」
部下たちの答えを聞いた司令は決断した。
「全艦第一戦速、対空戦闘用意」
「了解、全艦第一戦速。対空戦闘用ー意!」
司令の言葉を聞いた部下たちが復唱を繰り返していく。
「第一戦速ヨウソロー!」
機関室から復唱があがる。
主機のガスタービンが、その甲高い音を高める。
「対空戦闘用ー意!」
レーダーが戦闘出力に切り替わり、127mm砲が動作確認を行い、VLSの安全装置が解除される。
388 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:24:02 ID:???
単縦陣形を保ったまま、日本人の艦隊は戦闘準備を完成させていく。
無数の電波が放たれ、目に見えない警戒網が完成していく。
電波反射から把握された敵の位置と未来位置に向け、砲が向けられる。
「対空ミサイル、撃ぇー!」
「対空ミサイル発射!」
復唱をかねた報告が上がり、艦隊随所より白煙が立ち上る。
もちろん被弾ではなく、それは攻撃を意味している。
放たれたミサイルたちは徐々に加速を行い、目標へ向けて突き進む。
そして閃光、一瞬遅れて爆発音。
「命中、本艦他3発、目標消滅」
「当然だ」
満足そうな声音で司令が答える。
この艦隊は赤い空母機動部隊や、成層圏を駆け上る弾道弾を迎撃する事を第一の任務としている。
たかだかマッハ1程度で接近してくる単体の目標など、迎撃できないはずがない。
「作戦は終了だ。帰還する」
「対空目標新たに三体!いえ、四、五!?増加中!」
帽子を被りなおしつつ言った司令に逆らうように、状況は動き始めた。
最終的に、艦隊は一切の損害を受けずに現場海域を離脱した。
それは当然過ぎる結末であった。
389 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:27:09 ID:???
西暦2020年11月11日 11:00 札幌市豊平区平岸1条12丁目1-32 陸上自衛隊豊平駐屯地 自衛隊札幌病院
「いやはや、死ぬかと思ったよ」
首に包帯を巻いた佐藤が愉快そうに笑う。
この日、彼の病室には部下たちが面会に訪れていた。
「医者が俺の首にメスを入れようとしたその瞬間、警報がなって対空戦闘だろ?
正直諦めたね」
「あれから随分と時間を置いての摘出になったそうですね?」
彼の父親から送られた果実の詰め合わせから林檎を取り出しつつ二曹。
「ある程度麻酔を投与した後だったからね。
今は時間が足りないので悪いが我慢してくれとか医官に言われたよ。ああ、包丁はそこだ」
林檎を剥いてくれるのだろうという判断から、彼はベッドの横の収納棚を指差した。
だが、二曹は不思議そうな表情を浮かべつつ林檎を齧った。
「・・・いや、なんでもない。お前らも好きに喰ってくれ」
歓声を挙げつつ果物を奪い合う部下たちの中で、佐藤は悲しそうな顔をした。
「ああ、コレは失礼しました。一尉殿も何か食べられますか?」
「いつもすまないねぇ。しかし口移しとは、君もすきものダァ!!」
空気を切る音を立てて彼の口に林檎が激突した。
390 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:29:07 ID:???
「よーく味わって下さい。それでは自分たちは次の任務がありますので、本日はこれにて失礼します」
「ドウモアリガトウゴザイマス」
器用に歯で林檎をキャッチしたものの、顎がどうにかなったらしい佐藤は奇妙な声しか出せない。
「次の任務ってなんだ?俺は聞いてないが」
「ゴルシアの街の管理ですよ。もともと我々はそれが任務だったはずです」
「そういやそうだったな。原田と二曹は残れ、ちょっと話がある」
「はあ、わかりました」
二人を残し、隊員たちは退出していった。
今日は全員が非番であったからこそ、こうして面会に来る事ができた。
しかし、非番であるからこそ、彼らには今しか出来ない、やらなければいけない事が山のようにあるのだ。
391 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:33:09 ID:???
「それで、お話というのは?」
原田が尋ねる。
「あの街は平和だ」
「え、ええ、そうでしたね」
突然語りだした佐藤に面食らいつつ、なんとか相槌を返す原田。
「だから、俺が戻るまで決して油断するな。
そして、一人も死なせるな。いいな?」
「「了解しました」」
いつになく真剣な様子の佐藤に、二人の陸曹は敬礼で答えた。
「それと原田」
「はっ!」
「お前、あの精霊だかなんだかのネーチャンとはどこまでっ!?」
突然いつもの様子に戻った佐藤だったが、彼は最後まで言葉を発する事ができなかった。
いつの間にか収納棚から包丁を取り出していた二曹が、彼の股の直下に包丁を突き刺したのだ。
「平和ボケというのは怖いものですね、佐藤一尉。
手元が狂ってしまいました」
「え、ええ、そうですね二曹殿」
「それでは、失礼します」
「ええ、失礼してください」
真っ青な表情の佐藤を残し、原田たちは退出した。
彼らが再会するのは一ヵ月後、佐藤が全快してからの事になる。
393 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 22:35:12 ID:???
西暦2020年11月21日 02:42 札幌市豊平区平岸1条12丁目1-32 陸上自衛隊豊平駐屯地 自衛隊札幌病院
「暇だ」
草木も眠る丑三つ時後半。
北海道最大の都市である札幌の夜も、その中にある自衛隊札幌病院も静けさに包まれていた。
その一室で、佐藤は退屈そうに呟いた。
首の傷は順調に癒えており、今年の年末は大陸で部下たちと共に過ごす事が既に決定されていた。
書類は指揮官代行のあの新人三尉が処理する事になっており、更にここは日本国内自衛隊駐屯地内部の病院である。
やるべき事もなければ、不躾な深夜の襲撃者もいない。
しかし、彼にとって一度眠れなくなると夜は長かった。
そして、特にこの夜は長かった。
405 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/20(日) 23:58:44 ID:???
同時刻 自衛隊札幌病院地下 霊安室
「この部屋の本当の意味の出番が来るとはな」
この日、霊安室には二人の人間がいた。
彼らは霊安室の管理を担当していた。
「聞いたか?こいつら大陸で班ごと全滅したらしいぜ」
「班ごと?それは穏やかじゃないな」
眉を顰める片割れ。
大陸での戦闘は、現代兵器を使用している事から、一見すると非常に派手である。
しかし、実際にはそれは攻撃を受ける側から見た話であり、する側から見れば演習と変わらない。
不意の遭遇戦や奇襲で死傷者が出るには出るが、それはあくまでも少数でしかなかった。
その状況下で、一個戦闘班が全滅するというのは、考えにくい。
「例の魔法ってやつか?」
「それも飛び切り強力な奴だったらしいぜ。
見てた奴の話だと、警告の叫びもなくバタバタと倒れてそれっきり」
「やばいなそれ」
「しかもだ、これは実際に見た奴から聞いたんだが、黒い霧みたいなものが全員を包んで、体の中に吸い込まれていった。
いや、正確には霧が体の中に飛び込んでいったそうだ」
「やばいな、それ」
薄気味悪そうに死体が安置されている特別な棚を見る。
死体を保存するためのそれは、冷蔵装置の低い唸り声を発しつつ静かに佇んでいる。
406 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:01:15 ID:???
「派遣されなくて良かったな、俺たち」
「滅多な事いうんじゃない。あいつらは、俺たちの代わりに死んだも同然だぞ」
心底安心したように呟いた片割れを、もう一人は険しい表情で注意した。
「あ、ああ、すまん」
「まあ、お前と同じ気持ちがないわけじゃないがな。それでも言っていい事といけない事はあるだろう」
「そうだな、どうかしてたよ」
霊安室の中は、それきり静かになった。
冷蔵装置の唸り声、二人の自衛官が立てる僅かな音。
それだけだった。その時までは。
「何か、聞こえないか?」
「やめてくれよ、こんな時間にする冗談じゃないぞ」
不意に尋ねた片割れに、もう一人は嫌そうな声で答えた。
「いや、気のせいじゃない、よく聞いてみろ」
頑なに譲らない片割れに、もう一人は耳を澄ませた。
冷蔵装置の音に混ざり、確かに何かが聞こえる。
408 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:03:40 ID:???
「なんだ?これ」
片割れが呟いた瞬間だった。
部屋の電気が点滅を始める。
「お、おい?」
「あ、ああ」
怯えた二人は、部屋の電気を見上げた。
先ほどまで揺らぐことなく室内を照らしていた蛍光灯が、不気味に瞬いている。
「こ、こまるな。ちゃんと蛍光灯は交換してくれないと。なぁ?」
震える声で、片割れは言う。
だが、もう一人は蛍光灯から目を離さない。
「おい?どうした?」
「蛍光灯なら、今日の昼間に交換したよ」
「で、電力に異常かな?」
「ここは病院だぞ。異常があれば非常発電機に切り替わるはずだ」
蛍光灯の異常な動作にあわせ、奇妙な音は大きくなる。
何かを引っかくような、何かを叩くような。
音の種類と数は増えていく。
410 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:06:07 ID:???
「報告だ!報告しよう!」
突然、片割れが叫んだ。
「報告たって、何処に何をするんだよ?」
「なんでもいいよ!とにかく誰か呼ぼうぜ!」
恐慌状態になった片割れは、もう一人の答えを待たずに電話機に飛びついた。
そして、そこで凍りついた。
突然、静かな唸り声を発していただけの棚が、轟音を発しだしたのである。
死体が入っている扉だけが、一斉に。
「なんだよこれ!?なんなんだよ!?」
持っていた受話器を取り落とした事にも気づかず、片割れは喚く。
音はさらに大きくなる。
頑丈に作られているはずの棚が震える。
蛍光灯の点滅はさらに強まり、消えている時間が長くなる。
扉の金具が嫌な音を立てる。
「あいつら死んだんじゃないのかよ!なんで音がするんだよ!!」
遂にしゃがみこんだ片割れは、両耳に手を当てて叫ぶ。
蛍光灯は遂に消え、音はさらに大きくなる。
412 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:10:53 ID:???
西暦2020年11月21日 03:15 自衛隊札幌病院 佐藤の病室
「こんばんわ睡魔ーまってたよー」
わけのわからない事を言いつつ佐藤が眠りに落ちようとした瞬間、彼の病室の引き戸がゆっくりと開かれた。
「どちらさまでー?」
突然の来訪者に彼は布団の中から尋ねた。
わずかな月明かりからは、ナース服の引きちぎられた若い女性の姿が見て取れる。
「その黒の下着は、良美ちゃんかな?どうしたそれ?」
通常では考えられない姿に、さすがに意識を覚醒させた彼は、認めたくない現実を目の当たりにした。
すぐさま起き上がり、ベッドを挟んで窓側に退避する。
「何があったか知らないが、そこで止まれ!止まるんだ!近寄ったら攻撃する!勘違いなら謝る!止まれっ!!」
彼が声を張り上げている間にも相手は部屋の中へと入ってくる。
月明かりに照らし出された正面を見た彼は、自身の考えがあっていることを確認した。
413 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:11:38 ID:???
その顔は食いちぎられたらしく、醜く崩れていた。
目は白濁し、口は半開きになっている。
服は掴みかかられたのか、正面部分が完全に破れてしまっている。
この状態でも取れないというのは、いったいどういうブラなんだ?
そんな事を思いつつ、彼は面会者用の椅子を片手に掴んだ。
「俺の言っている事はわからんな!?すまんが、成仏してくれよ!」
佐藤が椅子を振り上げるのと、相手が掴みかかろうと両手を前に出したのは同時だった。
そのまま相手はベッドに足をぶつけて倒れこみ、佐藤は布団に顔面をうずめた相手に対し、容赦なく椅子を振り下ろした。
もちろんそれだけでは収まらず、二度、三度、彼は椅子を振り下ろし、ようやくの事で相手の動きは止まった。
その頃には、佐藤は血まみれの姿となっていた。
「冗談じゃないぞ、どうして本土でゾンビ相手に戦わないといけないんだ」
喚きつつも彼は冷静に行動した。
廊下に顔を出し、明らかに人間ではない様子でうろつく人影を見かけると、素早く室内に戻り、扉に鍵をかける。
次いで収納棚を強引に引きずり、扉の前へと置く。
血と脳漿まみれになった椅子の足を折り、ドアレバーに固定してつっかえ棒の代わりにする事も忘れない。
414 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:13:06 ID:???
「問題は、これからどうするかだな」
月明かりの中で、死体を油断なく睨みつつ彼は呟いた。
微かに廊下から悲鳴が聞こえる。
誰か、不運な奴がまた死んだんだろうな。
「ん?悲鳴?」
不意に、彼の中で名案が閃いた。
この窓の外は自衛隊駐屯地じゃないか。
声をあげれば普通科でも戦車でも、必要ならば支援戦闘機でもやってくる。
「善は急げだな」
腰を上げた彼は、窓へと近づいていく。
だが、そんな彼を引き止めるように、ドアを叩く音が聞こえる。
さすがに生存者だとは考えない。
しかし、ドアを叩く音はあくまでも理性を感じさせる。
力に任せて本能の赴くまま、という音ではない。
「どちらさんで?」
勇気を出して尋ねた彼に答えるように、ノックの相手はドアを激しく叩き出した。
しかし、固定されているドアレバーは全く音を立てない。
どうやら、あまり歓迎したくない相手に声をかけてしまったらしい。
416 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:18:31 ID:???
「まいったねぇこれ」
困ったように彼は呟いた。
ドアを叩く音はますます増えている。
どうやら何体かがいるらしい。
「おーい!誰か助けてくれー!」
窓の外から声が聞こえる。
どうやら、隣室の住人が同じ事を考えたらしい。
それに混ざり、微かに雨音が聞こえてくる。
北海道の建築物は、基本的に頑丈に出来ている。
そうしなければ、冬の寒さに耐えられないからである。
それなのに聞こえる雨音。
外を見た佐藤は驚愕した。
いつの間にか月明かりは消えており、猛烈な雨が窓を叩いていた。
人間の声など、少し離れれば直ぐにかき消されてしまう。
418 物語は唐突に ◆XRUSzWJDKM sage 2007/05/21(月) 00:20:55 ID:???
気がつけば、ドアの音は止んでいた。
助けを求める声は未だに続いている。
すると、突然何かを叩く音が聞こえだした。
「やめろ!来るな!」
声はより一層大きくなった。
しかし、その声は建物の中に向けられている。
何かを破壊する音が聞こえる。
「来るな!!やめろ!!やめ、やめてくれぇぇ!!!!」
絶叫が聞こえ、そして静かになる。
どうやら、表に助けを求めるには、命を賭ける必要があるらしい。
「どうしたもんかな」
困り果てた佐藤は床へと座り込んだ。