909  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  22:45:22  ID:???  

西暦2019年。  
その年の北朝鮮は、国家成立以来初めてといってよいほどの豊作だった。  
闇市には商品が所狭しと並べられた。  
国民たちへは、国家から事前の計画の“半分に近い量”という空前の量が配給された。  
そして軍隊へは、定数に限りなく近い量が配給され、おまけに微量ながら酒や煙草といった嗜好品までもが数多く支給された。  
西暦2019年12月8日現在、近隣諸国を含めてその事を喜んでいる者は皆無だった。  

事の発端は実に下らない事だった。  
支給された酒で酔ったある兵士が、実弾を装填し、安全装置を掛けていない状態で韓国兵に向けて引き金を引いてしまったのだ。  
恐るべき陰謀もこれといった目的もなしに偶発的に始まった、戦闘は加速度的停戦ライン全域に広がった。  
遂に審判のときが来たと覚悟した北朝鮮軍は、どうせ殺されるならばせめて一太刀でもと、一斉に韓国軍に向けてありとあらゆる物を投げつけたのである。  
『共に手を携えて日本を叩こう』という政府の国内向けリップサービスで骨抜きにされていた韓国軍に、これを抑える力はなかった。  
そして本来ならば全てを管制するべき在韓米軍は、なんの下準備もなしに始まった大攻勢に対応し切れていなかった。  
当たり前である、何処の世界に酔っ払いの誤射で戦争が始まる危険性を事前に察知できる人間がいるというのか。  
とにかく、そんなこんなで米韓連合軍は初戦を敗退した。  



911  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  22:51:47  ID:???  

ありとあらゆる国際法を無視して突き進む北朝鮮軍。  
彼らは奪い、犯し、殺しながら韓国の主要都市を突き進んだ。  
食料状態が昔に比べて改善されたとはいえ、それでも彼らにとって韓国は宝の山である。  
止めようにも、むしろ指揮官や憲兵が眼の色を変えて商店や銀行に押し入っている状態で、下士官兵たちがそれを我慢できるわけがない。  
それに対して律儀にも避難民の保護を最優先に行動した韓国軍は、虎の子戦車部隊もご自慢の空軍も活躍させられぬまま、惨めに敗退した。  
米軍からの警報も、前線部隊の遅滞作戦もなく、とどめに政府首脳がサミットのために外国にいるという致命的な状態で、彼らの初動は遅れに遅れた。  
意味のない反米活動で、在韓米軍は有事に備えた司令部とその護衛を残して撤退していた。  
敵の侵攻が早すぎ、おまけに大量の難民が発生して国中が混乱していたために予備役の招集はまだ始まっていなかった。  
中国は彼らを助けに来るはずがなく、お隣日本は彼らの不断の努力により、早々と『専守防衛』を宣言して戦争への加入を拒否していた。  
もちろん頼みの綱の米軍主力は遥か太平洋の彼方である。  


912  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  22:57:32  ID:???  

とまあ、これが第二次朝鮮戦争の『火の七日間』と呼ばれた初戦である。  
もちろん貧乏で知られる北朝鮮軍が、事前の準備もなしに戦い続けられるわけがない。  
むしろ、一週間も暴れられたのが奇跡である。  
その後沖縄から出撃した合衆国海兵隊(彼らは未だに沖縄に根拠地を置いていた)は、在日米軍の総力を結集して上陸作戦を展開。  
一ヵ月後に到着する本国からの増援のため、安全な橋頭堡を確保し続けた。  
でまあ、その後は米軍によるコロネット作戦、別名、在庫一層セールと呼ばれる、鉄の暴風in朝鮮になるわけだ。  

しかし戦争は金がかかるのと自国民の血が流れる事が問題である。  
選挙が気になるミスタープレジデントは、極東アジア最大の友好国に最大限の平和維持貢献を求めてくる。  
『常任理事国になりたくないかい?』『もっと世界での発言力が欲しいだろ?』『とうとう完成しちゃったあの油田、なんとかしたいよね?』  
餌に大喜びで飛びついた国民の代表たる国会議員たちは、いつものようにあれやこれやと世界を呆れさせる激論を展開した。  
本当にその餌を食べられるかどうかを気にする者はいなかったらしい。  
そして決定されたのが、現地に駐屯地や空軍基地までを建設する『PKO活動』の承認である。  


913  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  23:03:55  ID:???  

西暦2019年12月8日  日本海上  海上自衛隊第一輸送隊  輸送艦おおすみ  

「で、俺たちがここにいるわけだな」  

 プロジェクターとスクリーンの間に割り込んだ旅団長が言う。  
 どうでもいいですが旅団長閣下、眼鏡が光を反射して怖いです。  

「俺たちの任務は確認するまでもなく単純明快だ、あの忌々しい半島に行って、誰が敵かもわからない状態で基地を作ってくるわけだ。そこで」  
「上陸まであと二時間、各員持ち場にもどれ、解散」  

 素早く副官が割り込み、旅団長の言葉をさえぎった。  

「鮫島君、いい度胸をしているね」  
「旅団長殿に任せたら、どうせまたロクでもないことを言い出しますからね」  
「ほほう?例えば?」  
「交戦法規は簡単だ、捕虜を取るな捕虜になるな、簡単だろ?とかですよね?」  
「・・・」  
「さあ旅団長かっか?書類が待ってますよ」  

 なんか後ろで言っているが、聞こえない聞こえない。  
 あの二人、ああ見えて英語はペラペラ、図上演習では無敵、レンジャー徽章持ちで防衛大学の主席と次席だからな、意味がわからんというか何者なんだ?  



915  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  23:09:54  ID:???  

「佐藤三尉殿」  
「うん?」  

 首を振りつつ会議室を出ると、困惑した表情の三曹が待っていた。  

「どうした?」  
「それが、外を見てください」  
「外?」  

 どういうわけだか開け放しになっているハッチを潜り、ラッタルを登って登って登って登ってようやく甲板に出る。  
 うん?綺麗な虹色の空じゃないか。  

「!!??な、なんじゃこりゃあ!」  
「この有様でして、しかも先ほどから海自の連中が妙に騒がしいのです」  

 言われてみてみると、工具箱を抱えた整備らしい一団が様々な装置を弄り回している。  
 しかもなんだ?浮上直後の潜水艦みたいに双眼鏡を構えた連中があちこちを見ている。  
 どういうわけだか天測を試みているのもいる。  

「おい」  
「なんでしょうか?」  
「事情を聞いてきてくれ、俺は艦橋に行く」  
「了解しました」  


916  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  23:14:47  ID:???  

「全ての装置、異常なし!」  
「機関正常!」  
「艦隊内の通信に異常なし!」  
「こんごうより入電、レーダー正常なれど反応なし!」  

 うーん、状況は良くわかった。  
 とりあえず何が起きてるんだ?  

「あ、こんごうより入電、レーダーに反応あり、これより確認する。だそうです」    
「どっちなんだ!」「わかりません!」  

 艦長が思わず叫ぶのも理解できるタイミングだった。  
 しかも相変わらず何が起きているのかがわからない。  
   
「自衛艦隊司令部より入電、状況を報告せよ、以上です」  
「わけがわかりませんとでも言っておけ」  
「はっ!こちら第一輸送隊、わけがわK」「そのままで報告する奴がいるか!」  

 やれやれ、どこにでもこういうのはいるんだな。  
 自分の上官である二人を思い出しつつ、俺はやれやれと呟いた。  
 しかし状況を報告せよ、とは、随分と冷静な質問だな。  
 本土の連中は何か知っているのか?  
 俺の疑問には、やはり本土の連中が答えてくれた。  


917  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  23:22:59  ID:???  

西暦2020年1月13日  隣の大陸  橋頭堡建設地  

「施設は仕事が速いなぁ」  

 結局上陸してしまった。  
 あのあと自衛艦隊司令部から入った情報は、  

 1、理由は不明だが、我々と本土では時間が一ヶ月ほどずれている。(本土ではもう新年の8日らしい)  
 2、不思議な事に国会議員たちが一人残らず消えてしまったため、防衛省が臨時に日本の指揮を取っている。(指揮ってなんだよ)  
 3、自衛艦隊や付近を航行中の船舶とは連絡が取れるが、北は礼文島、南は沖縄、東は硫黄島、そして西は我々を境に連絡が途絶。(何そのご都合主義状態)  
 4、我々の進行方向で防空レーダーに奇妙な反応が多数、スクランブルは韓国以外の地形を発見。(へーえ、たいへんだねぇ)  
 5、貴官たちに現地での情報収集を命じる。本土は既に食料・燃料が統制状態であり、速やかに関連情報を収集せよ、手段は問わない。(おいおい)  
 6、日本国は貴官たちの奮闘に期待する。(おい)  

 とまあ、こんなご都合主義にまみれたものだった。  
 その後は命令ならばしょうがないってことで、俺たちは現在この謎の大陸(衛星および航空偵察ではそうらしい)に降り立っている。  
 漏れ聞く話では、西暦2019年12月8日14:30分の時点で日本付近にいたものが全て来ているらしい。国会議員を除いて。  
 衛星軌道を回る人工衛星や外国船籍の船ですら来ているのに、国会議員は一切の例外を許さずに来ていないというのが面白い。  


918  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  23:33:33  ID:???  

「しかし、施設はさすがだな」  

 重機を手足のように扱いつつ、頑丈な設備を構築する施設科を見ていると、感嘆の言葉しか出てこない。  

「三尉殿、きちんと周囲を見てください」  
「ああ、すまない」  

 そう、今の俺の仕事は、トーチカと監視塔(とはいっても鉄骨ででっち上げたもの)鉄条網によって守られた基地の見張りだ。  
 いや、より正確には、周辺で背の高い草をひたすらに刈っている部下たちを見守る事だ。  
 俺の左右にはMINIMIやM2を抱えた隊員が待機している。  
 この情景をわかりやすく説明しよう。  
 我々は『歓迎!自衛隊海外派兵部隊!ここに上陸して下さい♪』と看板が立っているかのような、実に上陸しやすい場所に基地を築いている。  
 ここはまるで核でも落とされたかのように綺麗に削り取られている湾で、まるでシム○ティで港を作るために地形を整えたかのような場所である。  
 海に向かって幅200mほどの細い陸地が延びており、その一番先端に海自の基地がある。  
 内陸に向かって倉庫や司令部が立ち並び、我々陸上自衛隊はその海自の基地を守るために、森林の直ぐ隣に駐屯地を目下建設中なのである。  
 いやはや、こんな都合のいい地形、探せばあるんだな。  
 で、俺の部下たちは、駐屯地を囲むようにして広がっている豊かな草原相手に、殲滅戦を挑んでいる最中なのだ。  
 何しろ、これを何とかしない事には直ぐ隣で北朝鮮陸軍一個小隊がマイムマイムしていても全く見えない。  
   
「三尉、貴方の部下の生命以外に興味深いものがあるんですか?」  
「申し訳ありません、監視任務を続行します」  

 俺を呼ぶ時に殿が外れた時、こいつは心の底から怒っている。  
 気をつけねば。  


919  名前:  名無し三等兵  2006/05/30(火)  23:44:30  ID:???  

ノービス王国暦139年豊潤の月三日  聖なる森  

 この日は朝から火の精霊が元気だった。  
 聖なる森の守護者としてこれほど気分が悪くなる事はそうそうないが、今の状況はそれ以上ね。  

「なんなのだあいつらは」  

 風の精霊を使って遠見をしていたターレフの方が震えている。  

「あら、ターレフは随分とお怒りのようね」  
「お怒り?当たり前だ。あいつらを見ろ」  

 相当腹を立てているみたいね、物見に来たというのにそんな大声出してどうするのよ。  

「意味もなく草を刈っている。  
 秣にするわけでもない、もちろん本人が食べるわけでもない。  
 しかもどうだ?信じられない事に集めた草を焼こうとしているぞ。よりにもよって俺たちの目の前でだ。  
 俺はもう我慢できそうもない」  
「あらいやだ、こんな昼間から誰かと交わるつもりはないわよ?」  

 一瞬で彼の顔が赤くなる。  
 『エルフに交渉を任せる愚か者はいない』という諺の通りね。  
 まあ、本当の意味は高慢なものに交渉は出来ない、というものらしいけど。  
 しかし『婆さんゴーレムを投げる』といい、人間の諺っていうのは面白いわね。  



924  名前:  名無し三等兵  2006/05/31(水)  01:51:56  ID:???  

「そ、それでどうする?やるか?」  
「だから、こんな昼間から誰かと」「それはどうでもいい。奴らだよ」  

 あぁ、これだから馬鹿は嫌いなのよね。  
 若いからって愚かな振る舞いが何でも許されるわけではないのに。  

「あのねぇ、敵か味方かもわからない連中相手に勝手に事を起こしていいわけがないでしょ?」  
「でも奴らは聖なる森のほとりで火を使っている」  
「それは戦う理由にはなるかもしれないけど、貴方の判断で部族の総意と取られそうな行動をしていい理由にはならないでしょ?」  
「しかし奴らは愚かな人間に過ぎないじゃないか。精霊魔法の一つでもやれば尻尾を巻いて逃げ出すさ」  

 あーちょっとまって、頭痛くなってきた。  
 まったく、部族長も『若い者の経験になるから』とかいう理由でこんなの押し付けないでよ。  
 ただでさえ最近は南の砂漠化や西の連合王国の件で大変だっていうのに。  

「ちょっと考えてみて」  
「何をだ?」  
「聖なる森のそばで、最後に人間が火を使ったのはいつだか知ってる?」  
「知ってるさ、今から100年前だろ、連合王国とかいう愚劣な人間の集団に、聖なる森の守護者にして誇り高き我々エルフが哀れみをもって教育を与えた話だな」  
「いい?ターレフ、その下らない修飾語をたくさん思いつく脳みそで考えてみて?」  

 私はイライラしながら口を開いた。  
 そう、私は表に出る事を許されたエルフの代表者。  
 こんな馬鹿相手にいちいち声を荒げるわけにはいかないわ。  

「人間がこの森の近くで火を使ったのは100年前。それから100年こんな事はなかった」  
「ああそれで?」  

 あーこの顔は何も考えていない顔ね。  
 大方、聞き流してさっさと飛び出そうとでも考えているんだわ。  


925  名前:  名無し三等兵  2006/05/31(水)  01:54:38  ID:???  

「100年っていうのはね、人間にとってはとても長い時間なの。  
 私たちはこの森にいる限り時間という概念とは切り離されているけど、彼らは違うわ」  

 ここで言葉を切ってターレフの顔をしっかり見る。  
 うん、とりあえず聞いてはいるみたいね。  
 理解しているかどうかはわからないけど。  

「今あそこにいる彼らを20歳と仮定すると、100年前の出来事は遥かな祖先が体験した話よ。  
 それでも今まで何事もなかったのに、今ここで、急に火をたく理由はなんなのかしら?  
 それも、あんなに無防備に、当たり前のように」  

 だから調べる必要があるのよ、と続けようとした私をさえぎって、この馬鹿は口を開いた。  

「わからん。とりあえず今重要なのは、奴らがここで火をたいているという事じゃないのか?」    
「わからないからこそ、調べる理由があるんでしょ?  
 それとも何?貴方は死体と会話する能力を持っているのかしら?」  

 実際、戦う事自体には問題はない。  
 私はこれでも名の知れた精霊使いだし、ターレフは馬鹿とはいえ表に出る事を許されたエルフだ。  
 あそこにどれだけの人間がいるかは知らないけど、森の中から精霊魔法を使えば一方的に叩けるだろう。  
 でも、戦う前に確かめるべき事があるでしょうがっ!!  


926  名前:  名無し三等兵  2006/05/31(水)  01:59:45  ID:???  

「彼らが火を使っていることは私もわかっている。今重要なのは“なぜ”火を使っているか、でしょ?」  
「なんだ、そんな事はわかっているさ。奴らは愚かで鈍重な人間なんだ。聖なる森の守護者にして誇り高き」「ねえターレフ」  

 彼がたくさんの修飾語を使おうとしているところで私は口を挟んだ。  

「今度私の前でその下らない修飾語の集団を使ったら、貴方の表に出る権利を永久に剥奪するわ。わかった?」  
「わ、わかった」  

 慌てて頷いている。  
 エルフ族にとって、表に出て無事に帰ってくるという事は、成人になった事を意味している。  
 この資格を剥奪されるという事は、村中から軽蔑のまなざしを向けられつつ一生を送る事になる。  
 あまり脅迫みたいな事は言いたくなかったんだけど、しょうがないわよね。  

「よろしい、それで?」  
「い、いや、何しろ100年前だ。忘れてしまったんではないかと」  

 ああ神様、この愚か者に罰をお与え下さい。  
 それもとびっきり重い奴を。  
 そしてもうだめだ、こんなのと一緒に行動は出来ない。  

「ターレフ、貴方に重要な仕事を任せるわ。  
 いいこと?私が戻ってくるまで、この木を見守り続けるの。  
 私が許可するまで絶対に行動しない事、返事以外に口を開かない事。  
 それだけ守れば今日のところは見逃してあげるわ。返事は?」  
「わ、わかりました」  


927  名前:  名無し三等兵  2006/05/31(水)  02:02:08  ID:???  

 さて、と。  
 短刀がいつでも抜けるようになっている事を確認する。  
 周囲には異様に火の精霊が多いけど、大丈夫、風や水の精霊もいる。  
 念には念を入れて先に風の精霊の加護を得ておこう。  
 小声で呪文を詠唱する。これでどこから矢が飛んで来ても大丈夫。  
 よし、準備完了ね。  
 後ろを見れば、馬鹿はひたすらに木を眺めている。  
 うん、これで邪魔される事もないでしょう。  
 立ち上がり、海岸に向かって歩き始める。  
 どこからか見ていたのか、あちらは気づいたようだ。  
 何人かが集まってくるのが見える。  
 あの鉄の棒は何かしら?魔力は感じられないし、あんなゴツイ魔法使いってのは聞いたことないわね。  

「そこの貴方たち!」  

 私は声を張り上げた。  
 今にして思えば、私のこの言葉から全てが始まったのよね。  



932  名前:  909  2006/06/01(木)  00:33:42  ID:???  

西暦2020年1月13日  15:34  隣の大陸  橋頭堡建設地  

「なんだ?」  

 空気が綺麗なせいか、どうも視界がクリアだ。  
 まあ日中なんだからクリアなのは当たり前だが、こいつはちょっと常軌を逸してるんじゃないか?  
 何しろ草刈をしている部下たちの額に光る汗までもがしっかりと見える。  
 おまけに草を刈った鎌の端から微量に飛び散った草の汁もはっきりとだ。  
 意識を集中してみる。  

「ハァハァハァハァ」  

 草刈をする隊員たちの、荒い息がはっきりと聞こえる・・・・不愉快だ。  
 って、それはどうでもいい。  
 どうしてここまで感覚が鋭敏になっているんだ?  

「・・・今日のところは見逃してあげるわ。返事は?」  
「あ?何か言ったか?」  
「は?・・・いえ、何も」  

 振り向いて尋ねた俺に、三曹は最初は怪訝そうな、そして次に優しい発音で答えた。  
 安心しろ、俺はまだ狂っていないはずだ。  
 そうとも、視界の端で全裸のちっちゃい妖精さんが踊っていたりなんてしないさ。  
 うん、隊員の構えるMINIMIから、小さなドラゴンさんがこっちに挨拶していたりもしない。  
 俺の抱えている89式小銃の銃身に、小さいが戦闘服を着た少女が腰掛けていたりするはずがない。  
   
「なあ三曹、俺は疲れているのかな?」  
「大丈夫ですよ三尉殿、こんないい天気です、幻聴の一つや二つ、聞こえてくるものです」  
「そうだよな、うん・・・うん?」  

 何かが気になり、俺は振り返った。  


933  名前:  909  2006/06/01(木)  00:35:39  ID:???  

 隊員たちが汗をかきつつ草を刈るその向こう。  
 鬱蒼と茂った森の中。  
 誰かがいる。  
 二人だ。  
 銃火器は持っていなさそうだ。  

「三曹、戦闘配置」  
「はい?・・・・・了解しました、ダマテンで」  

 そのまま彼は監視塔の下を向き、なぜか持ち込んでいた砂袋を落とした。  
 大した音はしなかったが、それを見ていた隊員は、静かに最寄の倉庫へと入っていく。  
 直ぐに扉が開き、リアカーを押す隊員たちが現れた。  
 あれは、休憩を取っていた第二分隊か。  
 シートの下には・・・金属の擦れる音からして89式小銃、MINIMIもあるな。あとこの重い音は弾薬箱か?  
   
「MINIMIまで必要か?」  
「えっ?」  

 三曹は一瞬凍りついた。  
 だが、直ぐに感心する目になり、答えた。  

「自分は必要かと考えます、三尉殿」  
「そうか、外の連中はどうする?下げるか?」  
「順番にしましょう、一番外側からで」  

 小声で命令が伝えられていくのがわかる。  
 外側から下がれ、騒ぐなうろたえるな。自衛官はうろたえない。  
 なんつーか、まあ普通に動いてくれればいいさ。  


934  名前:  909  2006/06/01(木)  00:39:20  ID:???  

「よーし作業終了!戻って飯にするぞ!」  
「飯だー!喰うぞー!」  

 元気良く陸士長たちが叫び、そこに陸士たちの声が加わる。  
 おいおい、あんなに大きな声を出していいのかよ。  
 ま、相手は動いていないみたいだしいいか。  
 ゆっくりと、しかし確実に隊員たちはゲートを越える。  
 それに比例して銃を構えた隊員たちがゲート周辺に散らばる。  
 よし、今のところは順調だ。  

「そこの貴方たち!」  

 不意に女性の声が響いたのはその瞬間だった。  
 森から現れたのは、20代と思われる背の高い女性。  
 腰に短剣、全身は随分と機能的に見える戦闘服。  
 しかし銃火器の類は一切なし。投降者か?  
 いや、それにしては態度がでかい。  

「発砲用意、許可があるまで撃つな」  
「わかってます。欧米系みたいですな」  
「ああ、SASとかそういうのかな?」  
「一人である理由がわかりません」  
「とりあえず話してくる。いざという時は任せたぞ」  
「御武運を」  
「交渉ごとには必要ないな、それは」  

 手早く会話を済ませ、俺は監視塔から降りた。  
 はて、ロープを使った登攀はこんなに簡単なものだったか?  
 まあいい。  




948  名前:  909  2006/06/01(木)  02:00:05  ID:???  

「そこで止まれ!」  

 今まで出したことのない脚力を発揮した俺は、今すぐ習志野からお呼びがかかりそうな素早さで相手の前に出た。  
 ここなら監視塔からの銃撃の邪魔にはならないだろう。  
 しかしこいつ、実に良い女だ。  
 半透明の妖精さんがまとわりついていない事を除けば。  
 耳が妙に長いのは別にいい。  

「何者だ?何のようだ?」  

 安全装置を外してある小銃をさり気なく掴みつつ尋ねる。  
 森の中にいるもう一人は・・・何をやっているんだ?  
 ひたすらに木を睨みつけているが。  

「それはこちらの台詞ね」  

 うん、やはり良い声だ。  
 しかし質問に質問で返されるのは好みではないな。  

「質問しているのはこちらだ。  
 姓名と所属、目的を言え」  
「偉大なる精霊王に仕える森の精霊エルフ第一氏族人界全権大使よ。出来ればもう少し丁寧な物言いをしてくれると嬉しいわ」  

 いまなんつった?  
 精霊王?エルフ?  
   
「そうかい、自分は陸上自衛隊第一次朝鮮PKO派遣隊の佐藤三尉だ。  
 貴方が今踏み込んでいるのは我々の駐屯地の敷地内にあたる。申し訳ないが目的を教えてもらおう」  
「面白いことを言うわね。ここは遥か伝説の時代より我々エルフの物よ。  
 目的は、よりにもよって聖なる森の傍で火なんかを焚いた理由よ」  
「聖なる森?まぁそれはいい。そちらの国土を侵したことは謝罪します。  
 しかし我々も理由があってのことです。よろしければこちらの駐屯地で理由を説明させていただきたいのですが・・・そうもいかないな」  


949  名前:  909  2006/06/01(木)  02:02:26  ID:???  

 運悪くぶつかったヤクザに睨まれた事がある。  
 怒り狂った陸曹にどやしつけられた事もある。  
 だが、ここまでの殺気は初めてだ。  
 背後の森には、この“全権大使殿”に似たような格好をした連中が大勢いる。  
 弓矢に長剣、投擲ナイフのようなもの。  
 なんでもござれだな。  

「後ろの方々はご友人ですか?  
 見たところ友好的には見えづらい格好をしていますが・・・全員伏せろ!応戦しろ!!」  

 尋ねている間に相手は矢を放った。  
 目標は・・・リヤカー周辺か!  

「敵襲!敵襲!!」  

 銃声とは一味違う音が鳴り響き、続いて空気を切る音と共に矢が降ってくる。  
 硬い何かが柔らかい何かに突き刺さる、そんな一生忘れられない音が聞こえ、続いて隊員たちの絶叫が響き渡る。  

「応戦しろ!そこじゃない!向こうだ!!」  

 ようやくの事応射を始めた部下たちだったが、初の実戦に浮き足立っているらしい。  
 どうしてあれほどはっきりと見える相手に当てられないんだ!  


950  名前:  909  2006/06/01(木)  02:04:31  ID:???  

<<あっちよ>>  

 89式に腰掛けた少女が指差す。  
 その先には、今まさに矢を放とうとしている敵が一人。  
 この少女が何者かはどうでもいい、まずは攻撃だ。  

PAN!!  

 銃声が一つ鳴り、命が一つ消えた。  

<<こっち>>PAN!!  
<<むこう>>PAN!!  

 何なんだこの少女は、俺の知らない間に、自衛隊は個人用フェイズドアレイレーダーでも開発してたのか?  
 それと銃口から歓声を挙げて飛び出しているこの小さなドラゴンはなんなんだ?  

「三尉!下がってください!危険です!!」  

 四方八方に銃弾と破壊を撒き散らしている監視塔から三曹の叫びが聞こえてくる。  
 言われんでも下がるさ。  

「畜生、第三氏族ね」  

 なぜか一緒に避退している全権大使が忌々しそうに呟く。  

「お友達ですか?」  
「そんなようなも・・伏せて!!」  

 いきなり突き飛ばされ、俺は地面へと勢い良く飛び込んだ。  
 痛い。空気を切る音。着弾点はここか。畜生。  
 よりにもよって、俺は民間人らしい女性を盾にしつつ死ぬのかよ。  


951  名前:  909  2006/06/01(木)  02:09:23  ID:???  

「偉大なる風の精霊王よ、我に力を」  

 女性の声、そして突風。  
 俺が知覚できたのはそれだけだった。  
 いや、正確にはもう一つ。  
 <<与えよう>>という、脳に直接響くような音だ。  
 とにかく、それだけだった。  
 俺や彼女に矢が突き刺さる事はなく。  
 周囲にですら矢は来なかった。  

「なんなんだ?」  
「聞け!第三氏族よ!第一氏族との戦いを望まぬのであれば直ちに兵を引けぃ!!」  

 彼女が叫んでいるのが聞こえる。  
 なんだ?  
 こいつは本当に偉いのか?  
 俺の疑問に答えるように、森の中の連中はあれやこれやといいつつも次第に下がっていった。  

「衛生!急げ!!」  
「痛い!いたぃぃぃ!!!」  
「あ、足が、誰か、俺の足がうごかねぇ」  

 背後から隊員たちの絶叫が響く中、こうして俺たちの第一ラウンドは終わった。  





176  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  00:04:04  ID:???  

西暦2020年1月13日  19:40  隣の大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  

 アメリカ人たちならばファーストベースと格好良く横文字になるべきこの基地は、昼間の騒ぎにも負けず、なんとか落成式を迎えた。  
 基地を囲むようにサーチライトが灯され、随所に89式戦闘装甲車や90式戦車がエンジンを止めて待機している。  

「さて、それでは話して頂きましょうか、あれこれと」  
「その前にこのロープを解いてくれると嬉しいわね。私こういう趣味はないの」  

 全ての所持品を取り上げられ、そして実弾を装填した警務隊員に囲まれる中、その女性はにこやかに答えた。  
 顔面を殴りつけ、減らず口が叩けるとは大したものだな貴様。  
 と言ってもいいが、そこまでステレオタイプな『憲兵隊』を演じる趣味はないらしい警務隊員が、こちらに目線を向けてくる。  

「構わんよ」  

 すぐさまロープが解かれる。  
 痛そうに手首をさすりつつ、女性は軽く体を動かした。  

「全く、こんなにきつく縛る事はないじゃないの」  
「軽く縛って逃げられるよりはましなんでね。俺たちはそこまで間抜けじゃない」  

 答えつつも腰の拳銃を確かめる。  
 一応命の恩人ではあるが、襲撃してきた連中とそれほど縁が遠いわけではないらしいこの女性に、そこまで気は許せない。  



177  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  00:06:32  ID:???  

「で、どこから話せばいいのかしら?」  
「君の名前、どこかの組織に所属しているのならばその名前、階級や所属があるのならばそれも」  
「シャーリーン・オリーブドラブ、エルフ第一氏族、人界全権大使」  

 なんだそりゃあ?国防色のM14?  
 確かに指輪だの二つの塔がどうのだのって作品に出てきそうな外見をしているが、エルフ?人界全権大使?  
 ちょっと待ってくれよ。  

「あーそれでシャーリーンさん、確認なんだが、第一氏族ってのは、部族みたいなものかな?」  
「そうよ、私たちエルフは第一から始まって、多くの氏族に分かれているわ」  
「解説どうも、それで、その人界全権大使ってのは?」  
「あなたたち、一体どこの未開の部族なの?」  

 国防色のM14さんは呆れたような表情を浮かべてこちらを見た。  
 どうやら、この大陸ではエルフとやらはありふれた種族らしいな。  
 っていうか待てよ、大使?大使閣下ってことは、それなりに偉いんじゃないか?  
 うん、言葉遣いは直しておこう・・・いまさらな気はするが。  
   
「すいませんね、こう見えても一応大学は出ているんですが。  
 まぁそれはさておき、大使、ということは、外務省、えーと、他国との外交や折衝に当たる立場と考えていいのでしょうか?」  
「そうよ、私はエルフ第一氏族の人界、つまりドワーフや人間相手の交渉を行っているわ」  
「はぁ、わかりました。それで、我々のところに来た理由ですが」  
「前にも言ったでしょ?よりにもよって聖なる森のそばで火を焚いた理由を聞きに来たのよ。  
 控えめに見ても宣戦布告、いえ、むしろ戦闘開始とも呼べる行動よ?  
 私の知る限りは今日初めて会ったあなた方に、そこまでされるような何かがあったのかしら?」  

 お、おいおい、俺たちは遮蔽物の除去と余った草を焼却しただけだぞ。  
 戦闘開始だと?  
 糞、よりにもよって俺たち専守防衛の自衛隊が、先制攻撃に近いものをしてしまったというのか?  
 しかも、火を焚いたのも戦闘を行ったのも俺の小隊じゃないか!!  


178  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  00:08:46  ID:???  

「我々としてはそのような認識ではなかったのですが。  
 しかし、そうなるとまずいですね」  
「ええ、確かにそうね。第一氏族については私から話しておくけど、第三氏族の連中はしつこいわよ。  
 あいつらときたらエルフとは思えないほど戦う事が大好きだから。  
 ましてや森のそばで火を焚いていたなんて、まあ“大協約”の発動はないだろうけど」  

 ふむ、エルフの皆さんはご他聞に漏れず火が嫌いで植物が大好きなんだな。  
 だがね、俺が言っている問題というのはそれじゃないんだよM14殿。  

「既に今日の出来事は本国に報告済みなんです。  
 それでですね、どうやら私どもの上では、非戦の方法ではなく、攻撃の方法についての議論が行われているようなのです」  

 ウソでも脅してもなかった。  
 俺たちより一ヶ月未来に位置している本土では、随分と血生臭い出来事があったらしい。  
 転移による混乱、としか報告を受けていないが、自衛隊が国内に軍政を敷き、物流をある程度コントロールしているような状況だ。  
 よほどの大騒ぎがあったんだろう。  
 昼間の戦闘について、発砲についてではなく、相手の戦闘力についての質問しかしてこないくらいに日本は変化している。  
 そして攻撃の方法について云々もウソではない。  
 海に関しては二隻の増援が、空に関しては滑走路の完成を待って一個飛行隊が、そして陸に関しては混成戦闘団が、それぞれ増派されて来るという。  
 森を焼き払うには十分な戦力だ。  
 もちろん、我々がベトナム戦争のやり直しをする恐れなどない。  
 なんといってもそれが出来るだけの国力がないからな。  



179  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  00:24:19  ID:???  

「呆れた、森に手を出せば“大協約”が発動するわよ」  
「だいきょうやく?」  
「エルフ全氏族が加盟している盟約よ。  
 聖なる森に火を入れる者には死を与える、それだけの盟約。  
 今から500年前くらいにそれで国が一つ滅んだわ」  
「そいつは困りますな。まぁ、攻撃と言っても明日の朝一でいきなり、というものではありません。  
 お互い文明を持った種族同士、できれば話し合いだけで解決したいところですな」  
「そうね、ところで今日はもう帰ってもいいかしら?氏族長に貴方たちの事を伝えないといけないから」  
「ええ、入り口まで送りましょう」  

 彼女を森のそばまで送り、そして自分を呼びに来た警務隊員に連れられて本部へと移動する。  
 そこでは先ほどの会話を元に会議を開いていたらしい戦闘団長たちが待っていた。  

「三尉、まずは相手の情報から検討しよう。君たちの会話は申し訳ないが録音させてもらった。  
 会話での感触を元に攻勢までの行動方針を決定する、座りたまえ」  
「はっ、失礼いたします」  

 会議はすぐさま始まった。  
 こちらの聞きたい事は、実は先ほどの会話でほぼ聞いていた。  


184  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  02:02:44  ID:???  

西暦2020年1月14日  18:39  隣の大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  正面ゲート  

 施設の働きにより、基地はさらなる発展を遂げていた。  
 監視塔には車輌のガラスを取り外して設置された窓が用意され、サーチライトも拡声器も重火器も増強されている。  
 また、施設の建設よりも優先されてトーチカが設置され、さらには警戒に当たる車輌も増えている。  
 まあ無理もない、今は臨戦態勢どころか戦闘配置だ。  
 遠い将来満杯になる予定の倉庫よりもこちらが優先されてしかるべきだ。  

「それに、我々はこの基地の眼に、耳に、盾に、剣になるべき存在ですからね」  
「ああ、それが小銃一つで立ちんぼじゃあ、いざという時に何があるかわからない」  
「そういえば、お聞きになりましたか三尉殿」  
「海兵隊の話か?」  
「ええ」  

 転移当時の日本には、合衆国各地からかき集められた兵士と兵器と物資が満ち溢れていた。  
 何しろ直ぐ隣の半島では冷戦時代以来の代理戦争が盛大に執り行われており、日本列島はアメリカ本土と半島の間に存在している。  
 世界最高峰の民間の港湾、空港設備、そしてアメリカ軍の恒久基地を持ち、食品などもレーション以外は全て購入できる。  
 治安は良好、現地軍は友好的かつ強力とくれば、これを後方支援基地として使用しない手はない。  
 そんなこんなで、小は再編成中の大隊から大は空母機動部隊まで、日本は『第二の占領時代』と揶揄されるほどに米軍が駐留していた。  


185  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  02:06:45  ID:???  

「連中、どうやら政府に脅されて我々の指揮下に入るらしいですよ」  
「はて?俺が聞いた話では、再編成中の陸軍と海兵隊がそっくりそのままここに派遣されてくるって話だったぞ」  
「もうそこまで話が進んでいるのでしょうか?まあ、ありえないことではないでしょうが」  

 自衛隊の偵察衛星から情報を受け取ったアメリカ軍は、座標的にはあるはずの地点にアメリカ大陸の欠片も発見できずに発狂しかけた。  
 一応大陸らしいものはいくつか発見できたが、そこに2019年のアメリカの痕跡を見出すことは出来なかった。  
 それどころか、ロシアも中国もイギリスもフランスも。  
 あるべきところに陸地がなかったり、陸地はあっても痕跡は見つけられなかった。  
 そして、その結果が二人の会話である。  
 在日米軍を含む日本駐留中の全アメリカ軍は、自衛隊の指揮下に入る事となったのだ。  
 兵士の頭数が増える事に現場指揮官たちは大喜びしたが、上層部の人間たちはそこまで無邪気には喜べなかった。  
 なにしろ、頭数は増えたが、彼らを食わせるべき食料は減る一方なのだ。  
 JAに脅迫に近い要請をしてはいるが、長年の政策が功を奏し、食料自給率は向上予定のグラフすら完成していない。  
 燃料はタンカーや国家・民間備蓄基地からの供給を統制する事により、推定で半年分。  
 だが、人間は石油で腹を膨らませる事はできない。  
 これでは近代文明の切れ端と共に全員が息絶えてしまう。  


186  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  02:16:32  ID:???  

 その絶望的な未来を回避するため、日本人たちは実に懐かしい手法を取る事にした。  
 すなわち、戦争による領土拡大と資源獲得、および海外移民政策である。  
 正直な所、彼らには時間がなさ過ぎたのだ。  
 外務省の異様なフットワークの良さも、書類作成が間に合わないほどの増援部隊派遣も、全てはそのためだった。  
 そして佐藤たちがいるこの基地は、大陸への玄関として、万が一の際のダンケルクとして、認識されていたのである。  

「うるせぇなぁ」  

 二人が話す監視塔の上を、AH−64DJの編隊が通過する。  
 自衛隊的感覚では調達が未完の新型機、という位置づけになるこのヘリコプターは、明らかにオーバーキルになるであろうこの戦場へ投入されていた。  
 まあ、あのまま朝鮮半島に到着していたとしても、仕事の内容はあまり変わらなかっただろうが。  

「・・・ん?ありゃあ、昨日の奴か」  

 空から地面へと視線を移した佐藤は、一瞬で昨日の女性を発見した。  
 その言葉に三曹は内心驚きつつもライトを動かし、彼女をライトアップする。  


187  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/06(火)  02:17:50  ID:???  

「どうぞ三尉殿」  
「ありがとう」  

 マイクを受け取った佐藤は口を開いた。  

<<はい、そこで止まってください。直ぐにそちらへ行きます>>  

 するすると監視塔から降り、ダッシュ。  

「こんばんわオリーブドラブさん」  
「こんばんわサトーサンイ。シャーリーンでいいわよ。で、早速なんだけど」  
「交渉ですか?」  
「ええ」  
「それならばこちらへどうぞ。外務省の、まあ、我が国の貴方のような立場の人間が来ています」  

 すぐさま基地内へと誘導する。  
 目的地は外務省臨時出張所。  
 この世界にとっての災いが、その第一段階を開始しようとしていた。  




225  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  00:58:47  ID:???  

西暦2020年1月14日  20:10  隣の大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  外務省臨時出張所  

「はじめまして、オリーブドラブ人界全権大使閣下。  
 この基地の司令を勤める、吉永健三一等陸佐です。以後お見知りおきを」  
「こちらこそよろしくお願いしますヨシナガさん」  

 臨時出張所には基地司令を始め、陸海空のこの大陸における責任者と外務省から来たらしいスーツの男が揃っていた。  
 互いににこやかに挨拶し、そして椅子に腰掛ける。  

「早速ですが、本日のご用件は?」  
「第三氏族と話をつけてきました。今後、聖なる森の周辺で用なく火を焚かない事を条件に、先の戦闘に関しては不問とするそうです」  
「ほう?それはありがたい。ちなみに、用なく、というのは?」  
「戦死者を弔う時や、料理、それから照明などですね」  
「私の元に入っている情報では、あなた方は随分と火がお嫌いなようですが」  

 先日作成した報告書を見つつ、吉永一佐が言う。  

「私たちは確かに火は嫌いですが、さすがに人間に生活するな、とまで指示するような立場ではありませんから。  
 それに、我々エルフとて火で明かりを、暖を取りますし、料理で火を使い、死者を火葬します。  
 私たちだけ良くて、あなた方人間はダメというのは通らないでしょう」  
「いやまったく、そう言って頂けるとありがたい!」  

 吉永一佐との会話に突然外務省の男が割り込んできた。  
 周囲の自衛官たちからは冷たい視線が注がれるが、どうやら彼は気にしないようだ。  


226  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:04:02  ID:???  

「あなたは?」  

 シャーリーンが不思議そうに見る。  

「ああ、これは申し遅れました。  
 私、外務省新大陸課の鈴木と申します。  
 エルフの皆さんとの交渉は、今後全て我々外務省の人間が担当いたします。  
 どうか、よろしくお願いいたします」  

 いきなり喧嘩を吹っかけてきたな、おい。  
 居並ぶ自衛官たちの表情が硬くなっていく。  

「あらそうなんですか?それではよろしくお願いします。  
 それで、早速ですが先ほどの件については?」  
「ええ、ええ、直ぐに条約に調印いたしますとも。何か証文のようなものはありますか?」  

 二人の会談は俺たちを除外して順調に進んでいく。  
 いや、まあ外交を外交官が行うのは当然だから別にいいんだ。  
 ただなぁ、こうも露骨に線引きをされると、気分的に面白くない。  


227  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:07:22  ID:???  

「これです」  

 シャーリーンは、その豊かな胸元から一枚の妙な紙を取り出し、机の上に置く。  
 凄い場所から取り出すな。  
 なになに?誓約書、双方は・・・っておい。  
 これ、アルファベットじゃないか!  

「!!あ、ああ、なるほど、ここに私の名前を書けばいいのですね?」  

 ペンで『書名欄』と書かれたところを指しつつ鈴木が尋ねる。  
少し動揺しているところを見ると、  

「そうです」  
「では早速・・・はい、どうぞ」  
「ありがとうございます。先の不幸な出来事は互いに忘れ、よりより明日のために生きていきましょう」  
「全く同意します。それでですね、この件はこれで終わりとしまして、いくつか伺いたい事があるのですが・・・」  
「構いませんよ。何でしょうか?」  

 立ち並ぶ俺たち下っ端や、椅子に座ったままの佐官たちをそのままに、鈴木はこの世界についての質問を始めた。  


228  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:09:39  ID:???  

同日  22:40  隣の大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  正面ゲート監視塔  

「お疲れ様であります三尉殿」  
「ああ、本当に疲れた」  

 監視塔に戻った俺を、三曹と眠そうな部下たちが迎えてくれた。  
 すぐさまコーヒーが人数分用意され、振舞われる。  

「それで、交渉はどうでした?」  
「担当が外務省に移ったんだが、退出が促されなかったおかげで二時間立ちっぱなしだよ。  
 だが、非常に興味深い情報を大量に得たよ」  
「おお、それは素晴らしいですな、それで、例えば?」  

 現在休憩中の両者の対談は、素晴らしい成果を着々と挙げつつある。  
 まずはこの世界、どうも地動説が主流らしいが、いくつかの大陸と国家があることはわかっているらしい。  
 まあこれは本土からの情報で、人工衛星が壊れずに稼動し続けている事から、地球に酷似した惑星である事が判明しているからどうでもいい。  
 俺たちがいるのはゴルソンという大陸の東の果て、エルフの国家共同体のようなものがある『聖なる森』のすぐそばらしい。  
 東に俺たちの駐屯地、位置関係を考えるならば、それよりも更に東に進むと本土がある。    
 逆に、森を挟んで西には連合王国と呼ばれる国があるそうだ。  
 何でも昔にエルフと揉めたらしく、詳しい情報は不明とのこと。  
 森の南には砂漠が広がっているらしく、入った者の命を奪う毒の沼地があちこちに広がっているらしい。  
 森を抜けて北に向かうと、しばらくは草原が、さらにその先には岩場が広がっているとのこと。  
 その先に何があるかは調べた事がないそうだ。  


229  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:13:46  ID:???  

「となると、この大陸とやらには、エルフとか言う連中と、その連合王国とやらしかいないってことですか?」  
「そうなるな。開拓団と大規模な増援、どうやら、政府は満州国をもう一度作る気なのかもしれんな」  
「冗談じゃありませんぜ三尉殿」  

 肩をすくめつつ三曹は言った。  

「あの森を見てください、今すぐにでも自然保護区にしたくなるような立派な森だ」  
「木を大切にしましょう?」  
「まさかまさか、自分が言いたいのは、自分たちにはベトナム戦争パート2をやるような余裕はないし、そんな装備も持っていないということです。  
 大体、食料も燃料も余裕がないのにそんな事は出来ないでしょう」  
「となると、北を開拓か」  
「本当に満州国パート2か」  

 まぁ、どっちにしろ俺たちに選択権はないか。  
 日本の食料自給率は低い。  
 頑張ってシムシティするにしろ、連合王国とやらとドンパチやって略奪するにしろ、早くしないと選択肢が狭まるどころか国が崩壊する。  
 やれやれ、これは面倒だ。  
 悩む自由はあるのに、行動に自由がないのがさらに面倒だ。  
 何しろ俺たちは特別職国家公務員。  
 上から命令されれば、どんな善行も、悪行もしなければならない。  
 そして、現在の国の状況は、このまま座視すれば、緩慢な死を待たねばならない状態。  
 ならば、と誰もが考える状態だ。  
 この先何を命じられるのかは、考えるまでも無いだろう。  
 実に面倒だ。  


230  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:17:29  ID:???  

同日同時刻  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  司令官室  

「やれやれ、驚きましたよ」  

 煙草を吸いつつ鈴木が言う。  
 一時休憩という事で、彼は自衛官たちと共にこの部屋に来ていた。  
 彼の失言により、上は一佐から下は一士まで、到着時にあった好意的な印象は欠片も残っていない。  
 しかし、同期や恩人や恋人を、容赦の無い流言や陰謀で陥れてまで昇格をし続けた彼は、そこを気にするような男ではなかった。  

「まさかこんな世界できちんとした英語の文章を見る事になるとはね。  
 皆さんもあれを見たでしょう?」  
「彼女が持っていた外交文章ですな」  
「そうです、あれは文法もアルファベットの形も完璧な英語です。  
 まぁ言語の形として完成度が高いとかいう話はどっかで読みましたし、そんなこともあるんでしょうなぁ。  
 それよりも」  

 煙草を灰皿に押し付け、鈴木はにこやかに尋ねた。  

「彼女たちのレベルの武装をしている相手に、皆さんはどれくらいの期間で戦争を終わらせられますか?」  

 一気に室温が下がる。  
   
「私の見たところ、彼女たちの文明は銃器など持っていないでしょう。  
 よくて18世紀、下手をすればそれよりも昔、その程度の文明でしょう。  
 ありったけの装備と補給、それと米軍の支援。  
 それで皆さんは、どれくらいの期間で戦争を終わらせられますか?」  
「ちょ、ちょっと待ってくれ、いきなり何を言っているんだ?」  

 オーバーなアクションをしつつ、吉永一佐が遮った。  
 ついさっき停戦交渉が済んだばかりの相手と戦争?  
 この男は何を言っているんだ?  


231  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:32:01  ID:???  

「別に彼女たちと戦争をしようというのではありません。  
 森林地帯では空爆の効力は低いでしょうし、陸上部隊の投入は危険すぎますからね。  
 それよりも、連合王国とやらですよ」  

 二本目の煙草に火をつけつつ、鈴木は笑顔のまま続けた。  

「聞けば、連合王国は港を持っているそうですし、都合がいいことに、王都はその港町にあるとの事。  
 陸海空の総力と、アメリカ海兵隊の増援をもってすれば楽勝ですよね?」  
「そ、それはまあ、あのレベルの技術力しか持っていないと仮定すれば、問題はない。  
 だがしかしね、会った事もない相手といきなり戦争というのはどういうことなんだ?」  
「簡単な話ですよ」  

 紫煙を吹き出しつつ、鈴木は言った。  

「日本は、大規模な食糧の確保が今年度中に出来なかった場合、崩壊します」  

 彼の言葉は、室内を静まり返らせるのに十分だった。  

「もちろん事前に交渉はします。  
 我々外務省の人間は、食料買い付けのために世界中を駆け巡る予定ですし、開拓団には北の草原とやらを農地に変えてもらいます。  
 ですが、それだけでは時間が足りないのです」  
「だが、一時的な略奪では、今年度はしのげても、来年度は無理なんじゃないか?」  
「仰るとおりです一佐殿。  
 しかし、この冬を越せなければ、来年度の心配をする事もできない。  
 大切なのは、今です。  
 それに、開拓団だけでは人手が足りません。国民が必要としているのは、米だけではないのですから」  

 吉永一佐は黙り、目の前にいる若い外務官僚を見た。  
 我々が命を張る理由はわかった。  
 文字通りの侵略戦争をしなければいけないことも。  
 しかし、拒否する事はできない。  
 軍人にとって、国民の命と国益ほど重い物はないからだ。  


232  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/09(金)  01:39:13  ID:???  

 それに、悪いほうばかりではない。  
 事前に手を尽くして無理ならば、という但し書きがついている。  
 現時刻をもって戦闘開始、というわけではないんだからな。  

「まぁ、そういうことならば、まずは活発な偵察活動からですな。  
 強襲上陸したはいいけれど、右も左もわからないでは戦いようがありませんから。  
 一応確認しますが、本国からの許可を得ているんですよね?」  
「もちろんです、私が今ここにいるのは、そちらの上、統合幕僚会議からの正式な依頼ですよ」  
「ならば否応はありませんな。空自と海自の方もよろしいですか?」  
「正式な命令が届き次第、ですな」  
「明朝一番で偵察を出しましょう」  

 あまり乗り気ではなさそうな一等海佐と、今すぐにでも出撃命令を下しそうな一等空佐が答える。  
 階級が同一の指揮官がそれっている辺りが、この大陸派遣隊を取り巻く混乱した状況を表しているな。  
 そんな事を考えつつ、鈴木は時計を見た。  
 うん、そろそろ情報収集活動を再開しようか。  
 ゆっくりと立ち上がる。  
 同じ事を考えているらしい自衛隊指揮官たちも立ち上がる。  
 彼らは、再び外務省臨時出張所へと向かった。  




288  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/14(水)  22:43:51  ID:???  

西暦2020年1月15日  18:00  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  正面ゲート  

「それでは失礼します」  

 国防色のM−14大使はそう言って頭を下げると、森の中へと消えていった。  
 日付をまたいでも『会談』は終わらず、その後翌朝の七時まで続いた。  
 何しろ、聞けば答えてくれる相手がいるのだ、情報収集活動としてこれほど楽な事はない。  
 もっとも、人から聞いた話だけで判断材料とするのは危険である。  
 その為、地形に関しては実際に偵察活動および測量を行う事によって確認する事となったらしい。  
 それによって今後彼女から入る情報の正確性を確認しようというのだそうだ。  
 しかし、ここで仮眠を取ってから帰還するとは、なんとも豪胆な事で。  

「陸上の偵察は出さないのでしょうか?」  

 先ほどからひっきりなしにヘリコプターが離陸し、北へ南へ西へと飛び去っている。  
 監視塔で共に双眼鏡を握っている三曹が尋ねてくる。  

「バイク自体は頑丈でも、乗っている偵察隊員は生身の人間だからな。  
 ブービートラップや弓矢でも簡単に死んでしまう。  
 それに、地形がどうなっているのかわからないのでは87式を出せないだろう?」  
「まぁそりゃそうなんですが・・・」  
「どうした?珍しく歯切れが悪いじゃないか」  
「いや、その」  

 三曹は口ごもった。  
 この27歳のWACは、モデルでも通用するであろう外見と、90式の零距離射撃にも耐えるのではないかと思われる巨大な胸部装甲を持っている。  
 何でも歯切れ良く喋り、恐らく文字だけで表記すると30近い男性の『鬼軍曹』を想像する程に口が悪い。  
 その彼女が口ごもるとは珍しい。  
 何か重いものが落ちる音がしたのは、その瞬間だった。  


289  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/14(水)  22:46:27  ID:???  

「?」  

 音がしたのは彼の後ろだった。  
 見ると『敵味方識別帳』と書かれた分厚い本が落ちている。  

「なんだこりゃ?いつの間に支給されたんだ?」  

 なぜか拾わせまいと邪魔をしてくる三曹をすり抜け、本を手に取る。  
 最初のページには、自衛隊の書式には従っていないタイトルがあった。  

「なになに?ファンタジー作品における魔法生物設定資料集〜これで異世界に行っても大丈夫!〜第32巻?」  
   
 中身を見る。  
 吐き気を催すほど、あるいはトイレの個室で主砲による連続射撃を行いたくなるほどにリアルに書かれた生物の群れがあった。  
   
「なんだあこりゃあ?私物か?」  
「は、はい、申し訳ありません。自分の私物です」  
「そうか、しかしこりゃあ、役に立ちそうなものだな」  

 他のページを確認する。  
 エルフのページか。  

「なになに?実在はしていたけど、思っていたよりも高慢ではないようだ?」  
「え、ええ、伝え聞くところによるともっと高慢だとばかり思っていたので」  

 いつの間にか双眼鏡で森を眺めつつ三曹。  
 いきなりどうしたんだ?  



290  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/14(水)  23:04:07  ID:???  

「三尉殿」  
「なんだ?」  

 上官に話しかけているというのに、双眼鏡を手放そうとはしていない。  
 失礼な奴だ。  
 それに何処を見ているんだ?そっちは海だぞ。  

「可愛らしい女の子みたいだ、とか、思ってませんよね?」  
「ああ、大丈夫だ。脳内でもちゃんと彼と表記している」  
「ならいいです」  

 あぶないあぶない。  
 こいつはなんか自分を男性と考えるなんとか同一性障害らしい。  
 それで自衛隊に入ったそうだ。  
 が、あいにくと自衛隊は男女差別が厳しい。  
 なにしろ、数年前までは戦闘部隊への配置は形だけだったほどだ。  
 ここ数年続く好景気で、さすがに人手不足も限界となった現在では、逆に珍しくもない。  
 軍隊だけあり制度改正までは長かったが、こうと決まった後はあっという間にこの状態だ。  
 今じゃあWACなんて珍しくもなんともない。  


291  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/14(水)  23:34:11  ID:???  

「ヘリが何かを見つけたら、我々が出張るという事はあるのでしょうか?」  
「俺たちは正門警護が任務だからなぁ。  
 でもまあ、本土から警務隊が到着したらありえるな。とはいえ、表に出たいか?」  
「はい、出たいです」  

 三曹は即答した。  
 今度は空を眺めている。  

「危険だぞ、いつドラゴンやらオークやらが出てくるかわからんぞ?」  
「構いませんよ。交戦許可さえいただければ、我々には銃火器があります。  
 車輌だってありますし、支援要請すればきっとアパッチや特科の支援もあるでしょう?」  
「まあ、見殺しにされる事はないだろうな」  

 ただでさえ人手不足の自衛隊で、交戦による大量消耗など許されるはずもないからな。  
 減り続ける人員を護るため、特に陸上自衛隊では少数で多数を殺せる兵器の増強に走り続けている。  
 戦闘ヘリ部隊の増員、車輌の増強、特科の完全自走化。  
 陸海空の相互支援の促進とデータリンクによる総合的な戦闘能力の向上。  
 予算獲得のためのお題目ではなく、国防のための戦闘能力を維持するために、自衛隊にはそれが必要だった。  
   
「だったら、むしろこの新世界を楽しまないと」  
「お前なぁ、相手が大昔の装備だったとしても、矢を射られて、あるいは剣で切られれば俺たちは死ぬんだぞ?」  
「その前に射殺すれば問題はないでしょう?」  

 まあそうだけどな。  
 あっさりと射殺とか言うなよ。おっかない奴だな。  


292  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  00:06:57  ID:???  

西暦2020年1月16日  04:52  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地  第一会議室  

「状況を説明する」  

 交代が終わったばかりの俺たちは、現在完全装備でこの部屋に集合していた。  
 居並ぶ幹部たちに混じり、海自や空自も来ている。  

「夜間偵察中のヘリオス78が撮影した映像だ」  

 室内の照明が落とされ、スクリーンに映像が出てくる。  
 暗闇に閉ざされた世界に、一つだけ明かりがある。  
 飛行に伴う振動を感じさせないスムーズな接近とズームが行われ、その正体が明かされる。  

「こりゃあ、酷いな」  

 誰かが一同を代表して感想を述べた。  
 私語に対する叱責はなかった。  
 非武装の民間人に対する大量虐殺行為。  
 問答無用の国際法違反だ。  

「襲われている村落は、事前に得た情報によるとダークエルフの村落らしい。  
 なお、ダークエルフとは森を離れたエルフの事を指しているそうだ。  
 彼らは、えー、ドワーフという種族と共に行動する事が多いらしく、ここの村落でも共同で暮らしているそうだ」  

 年配の三佐が報告書を困惑しつつ読んでいる。  
 まあ気持ちはわかるよ。  
 お?吉永一佐が立ち上がったな。  



293  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  00:11:04  ID:???  

「彼らダークエルフとドワーフは、火や森を切る事に対して全く気にしないらしい。  
 また、ドワーフに至ってはもともと大地の精霊ということで、自前の炭鉱や鉱山を持つほどだという。  
 そういった資源を見つけ出すことにも長けているそうだ。  
 そして、両者共に人間ではないという事で、この世界の連中とはあまり折り合いが悪いという。  
 我々の友人として暖かく迎え入れるには十分な要素を兼ね備えている」  

 やれやれ、国益を重視する事はいいが、そこまで露骨に表現しなくてもいいだろうに。  
 と、なると、こんな時間にお偉方が勢ぞろいして、しかも俺たちが完全武装で非常呼集された理由は一つか。  

「大陸派遣隊は、全くの人道的見地から平和維持活動を実施する。  
 これは本国の承認済みだ。  
 疲れているところを申し訳ないが、全力を尽くして欲しい。以上だ」  
「敵軍の状況を説明する」  

 再び年配の三佐が前に出る。  

「画像解析によると、敵は連合王国の連中だ。  
 我々は平和維持活動のために出動するのであり、これに楯突くもの、あるいは従わないものは平和の敵だ。  
 容赦なく殲滅せよ。  
 これは本国からの命令でもある。以上だ」  

 その後は具体的な作戦の説明になった。  
 俺たちは先行するAH−64DJが交戦した後に着陸。  
 速やかに市街地に突入し、敵を排除。  
 ドワーフおよびダークエルフとの接触を持てとの事らしい。  
 簡単に言ってくれるぜ。  


294  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  00:50:33  ID:???  

西暦2020年1月16日  05:20  ゴルソン大陸  陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地西方上空  

<イブニングライナー01より各機、安全装置解除、攻撃用意>  

 暗視装置に照らし出された世界は、燃え上がる建造物に照らされて極めて明るい。  
 二番機のガンナーは、全ての火器の安全装置を解除した。  
 この対空砲火がない世界ならば、さぞかし爽快な攻撃が出来るだろう。  
 楽しみだぜ。  

<イブニングライナー01より各機、敵地上部隊を視認した。  
 各機は所定の方針に従い、最善と思われる平和維持活動を実施せよ>  
<イブニングライナー03、攻撃開始>  

 最右翼を進んでいた僚機が、いきなり多連装ロケットを発射した。  
 今日の俺たちは、装甲目標ではなく、軽装甲車輌を含む地上部隊を制圧するための装備だ。  
 一瞬で敵陣に着弾し、明るい光が周囲を照らす。  
 凄い大軍だな。  
 およそ800から1000。  
 完全にこの村を包囲している。一人も逃がさずに殺戮する気だな。  


295  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  00:51:41  ID:???  

<こちらイブニングライナー06、撃ちます>  

 競うように最左翼の僚機が発砲する。  
 機関砲を乱射しつつロケットの一斉発射。  
 よくもまあそんなことをして姿勢を崩さないものだ。  
 暗視装置の一角が異様に明るくなり、正体を考えたくないものが飛び散っているのがわかる。  
   
<こちらイブニングライナー03、うひょお、お祭り騒ぎだな>  

 一瞬で現場上空を通過する。  
 真っ赤に燃え上がる街。  
 街路に見えた人影は、武装しているようには見えなかった。  
 正確には、倒れている人影は武装しているようには見えなかった。  

<中央の塔に敵が集まってる!ああ、こちらイブニングライナー04だ!>  

 そのまま村を跳び越したりはせず、周囲を睨むように散開する。  
 機関砲が、ロケットが火を噴き、この村を取り囲むように展開していた人間の群れに地獄をプレゼントする。  
 盾を構えた連中が、弓を構えた連中が、土煙の通過と同時に消え去る。  

<攻撃の手を緩めるな。全員殺せ!>  
<イブニングライナー02、きちんと名前は名乗れ。こちらはイブニングライナー05>  
<敵は弓矢程度しか撃ってこない。敵脅威は極めて低い模様だ!撃ちまくれ!>  
<イブニングライナー02!名乗れと言っている!!>  


296  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  00:53:46  ID:???  

 初めての戦闘に興奮した各機が通信を交わしている。  
 うん、怯えているよりは遥かにマシだ。  
 冷静に部下たちの様子を眺めつつ、コールサイン『イブニングライナー01』は地上を眺めた。  
 中央の8階建てと思われる塔を中心に放射状に広がるこの村は、塔以外全ての建築物が炎を吐き出している。  
 塔の周囲には敵軍と思われる集団が多数おり、どうやら生存者はこの建物に立てこもっているようだ。  

<イブニングライナー01より各機、塔の周辺を狙えるか?>  

 すぐさま否定的な答えが返ってくる。  
 多少なぎ払う事は出来るが、建物に近づきすぎている連中は狙えない。  
 万が一にでも弾が当たってしまえば、大変な事になる。  
 彼らは、この塔の中に立てこもっているであろう人々を救出するために来たのだから、それは許されない。  
 地上部隊はまだなのか?  
 手早く周波数を切り替えると、イブニングライナー01の操縦者は無線へと呼びかけた。  
     
<こちらイブニングライナー01だ。地上部隊はまだか?>  


297  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  00:59:31  ID:???  

<本日も桜空輸をご利用いただきまして誠にありがとうございます。  
 こちらは機長です。降下地点まであと一分少々となりました>  

 まったく陽気な機長だ。  
 離陸前からこの調子だったが、まさか戦場でもこの調子とはね。  

<こちらイブニングライナー01、地上部隊はまだか?>  

 ああよかった、このまま戦闘が終わっちゃうのかと思ったよ。  
 まぁ、終わってくれて構わんが。  
 こちらはちょいと離れた場所を移動中。  
 まったく、連中は大したもんだな、人間相手にまったく躊躇なく発砲してやがる。  

 先行する戦闘ヘリ隊から連絡が入る。  
 えっと、周波数は向こうが合わせてくれてるからこのままでいいんだよな?  
     
<こちらエヴァーズマン。感度良好。なんでそっちは電車で、こっちはBHDなんだ?>  
<こっちがその系統の名前じゃあ縁起が悪いだろ?>  

 こっちだって縁起が悪いわい。  


298  名前:  前スレ909  ◆XRUSzWJDKM  2006/06/15(木)  01:00:27  ID:???  

<まあごもっともだ。それでスーパー61、用件は?>  
<その名前はやめろ。市街地、というほど広くはないが、そこの中央に塔がある。  
 敵軍がなぜかそこに集中している。敵しかいないかどうかを確認して欲しい>  
<了解した。こちらは村の東から突入する。周辺の掃除を頼む>  
<わかった。オワリ>  

 最後だけ規則に従った形式で通信は終了した。  
 既に部下たちの戦闘準備は完成している。  
 さあ地上戦だ。誰一人死なずに帰還するぞ。  

<こちらは機長です。これより降下を開始します。  
 シートベルトをしっかりとしめ、安全装置をご確認下さい。  
 なお、当機の定員は決まっている。減る事は許さない、以上だ!>  

 機長のアナウンスと同時に、ヘリは急激な降下を開始した。      
 見る見るうちに地面が接近し、そして急減速の後にヘリは地面へと降り立った。  

「よし、始めるぞ」  

 ドアが開かれ、俺たちは戦場へと足を踏み入れた。