314 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/11/05 19:28:27 ID:???


 人が人を裁く。その制度に未だ違和感を抱くこの世界の住人に、裁判制度を理解させる事自体が難しい。

 …『神』。

 便利な言葉だ。『力有る者』がそう、呼ばれる。…俺達もこの世界では…『神』だ。いや、日本人全員がだ。
炎を携帯し、智慧を語り、各種の方言を操るだけだと云うのに…。差し詰め、兵器を操る下っ端の俺達は、
『戦神』と呼ばれる事も有る。しかし、一番似合っているのは…

 「総て、奪え。殺せ! …日本人が、生き延びるためだ! 俺達はその礎だ! 死神呼ばわり多いに結構!
 生存圏を確保しない事には、我々はその繁殖力の貧弱さから自滅を免れ得ん! 野生に還るのだ!
 本能に従え! お上品にお澄ましましましていたら、美味しいモノは他人のモノだ! 行け! 殺せ! 」

 国民の良識を自認するマスメディアは今や俺達の行為を讃えている。彼ら自衛官は良心を眠らせて、敢えて、
国民のために悪を、虐殺を為すのだと。そうだ。広大な大地と溢れんばかりの資源を持ちながら、何ら有効活用
しない『怠惰』なこの世界住民は、存在自体が『悪』だ、と今の統制経済下でネガティヴキャンペーンをやれば、
バカは飛びついて来る。後は…カリスマ指導者が『鼓手』と為れば、独裁政権の完成だろう。

 「…と、俺が言ったらお前らやるか? やる奴いたら俺が殺すぞ? んぅ? 融和っきゃねーだろ? あん?
 数で負けてるんだ。そして相手は日々増える。見ろ、ほーら、あの草陰でもオマツリの真っ最中だしな?
 羞恥心で完全に負けてる。…美しく滅ぶのも悪くは、無いかもな? …己の良心に従って、なぁ? 」

 小隊の連中は照れ笑いで濁した。反逆。その言葉を避けたが、皆、解っている。政府方針は上記の通りだ。
従う義務が俺達には有る。だが…日本人が始めて『真の民主主義』を血を流して獲得するのも悪くは無いと俺は…
思う。これから何人、賛同者が増えるか解らない。 『真の神』はきっと居るだろう。居るはずだ。…俺達の心の中に。






499 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/11/13 03:36:51 ID:???


 「兵士の資格とは何かって? …簡単だ。悩まずに命令に従える人間の事さ。どんな命令であろうとも、な」

 そう言いながら、子供の喉首を掻っ切った砲班長の笑顔を俺は鮮明に覚えている。俺達の中隊は或る村に分宿し、
駐屯した。数日が過ぎ、友好関係らしきものが醸成され始めたその時だった。大隊本部からの暗号通信が届いたのだ。
 通信小隊の信務MOS持ちが暗号を翻訳し、中隊長に示した一行の文章が、俺達を一瞬にして『人間』から『兵士』に
変えたのだ。その馬鹿が馬鹿正直に文章を翻訳しなければ…それは起こらなかっただろう。…俺の事だが。

 『発:10D  宛:10AA1Co ムラハジュウジンノシュウラク、ソッコクイドウセヨ』

 俺達、『師団高射大隊』は、師団から直接命令を発動可能な、師団にとって便利な存在だ。勿論本来の任務は『防空』
なのだが、名古屋の豪雨の災害派遣の際には、『メインの普通科だけでは足りない』と言って、ひょい、と鉢植でも動かす
か、OSのパッチファイルか何かの様に『継ぎ当て』をさせられた。…西枇杷島で各種メディアに映ったのは大半が俺達だ。

 「…移動したら気付かれる。…全滅必至だろうよ。なあ、先任? 」

 少工出身の中隊長は苦笑いしながら先任陸曹に言った。そうだ。飛行型の獣人達を年代物のキャリバー50とL90で
バタバタ打ち落としたのは当の俺達だった。そんな俺達をどうして暖かくこの村は迎え入れたのか? 答えは、一つ。

                                    復讐。

 「…ただ移動するだけでは足りんでしょうな。我々の行動は秘匿されねばならない。そうですね? 中隊長? 」

 静かに中隊長は頷いた。…小隊長達は完全に、蚊帳の外だ。『防大出の坊ちゃん連中が! 』と中隊長から度重なる
叱責を、中隊長室や幹部室に入るたびに、中隊の陸曹や陸士は聞かされて来た。…自然と軽く見る雰囲気も出るのは
仕方の無い事だろう。三士からの叩き上げのI幹は陸自では怖ろしい者の一つだろう。…と、俺は思う。


500 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/11/13 04:06:24 ID:???


 「せめて…彼らが苦しまぬ様に…『処理』せよ。…残酷だが…彼らを一人でも生かして逃がせば…」

 そうだ。師団の行動が読まれてしまう。俺達の任務は重ねて言うが『防空』だ。随伴する防衛対象はその都度
変更されるが、演習時の作戦に措いて『主役』を防衛するのが大半だ。まあ、陣地を構築して、その地区の空に
『進入禁止』ゾーンを作ったりもするのだが。…戦略眼のある奴が見れば、俺達の部隊の配置先を見れば一目で
その作戦目的が解ってしまう。…近SAMが無用の長物と化した現在…勝手知ったるL90を扱える、一癖も二癖も
ある古株連中を再編成して為った、通称『一中隊(いっちゅうたい)』。一人でも対空戦闘を継続するよう教育された、
『凄いが、どこか変な所のある人の集まり』。それが…高射部隊の特徴だ。そして、類は、友を呼ぶ。

 「さあ、聞いたな? 行動開始だ。吐くんだったら今のうちにゲロを吐いて置け、若い衆! 」

 L90の教育を受けた人間は、最低でも20は超えている。それから後の世代は短SAM・近SAMだ。キャリバー50
の教育は受けては居るが、それだけだ。廃棄が決まった兵器の扱いなど…学習させる暇は陸自には、無い。

 「殺られる悪夢なら何回も見てますよ! ゲームでいつも殺されてますから! …フライトシミュですがね! 」

 対空火器は一番先に潰される。それが原則だ。そして、師団のために死ぬ覚悟が出来ているのが、戦闘職種たる、
俺達の『ちっぽけな誇り』だ。同情してくれるのは、同じ普通科の先駆けと為って障害を排除する『戦闘施設』の連中
だけだろう。まあ、なんだ、ただ、己が何のために居て、そして何のために死ぬのかを自覚する連中と言って置こうか?

 「今回は殺す側だな。一足先に逝って貰って、俺達は後で地獄で精々可愛がってもらうとするか? なあ? 」

 苦笑や失笑が俺達の間に湧き上がる。不謹慎だとは思う。だが、偽悪的にでも為らないと、この手の『お仕事』は
勤まらないのだ。『誰かのために、他の誰かの命を《不本意》にも奪わねば為らない職業』に就く者の心理としては。 




618 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/11/16 11:32:00 ID:???


 「ハン? 今日日、精神年齢は実年齢マイナス10歳だぞ? 二十歳以下の人間なんざァ、『教育』受けネェと
 使い物にもなりゃしねェ! 娑婆っ気抜くにゃあ、一任期でも短すぎるんだよ! このワカゾーどもには! 」

 人を殺すなんて出来ません、と吐いた陸士のケツを蹴り上げる古参陸曹に、俺は全面的に同意した。この急場に
為っても、まだ甘っちょろい理想論を吐くなど、イカレているを通り越して、筋金入りの何とやらだ。…撃たれないだけ
マシだと…おいおい!

 「貴様等箸にも棒にもかからん半人前以下の役立たずがこれまで消費した、陸自の資源と食料と、国民の税金!
 全部返せ! おっと、自衛隊全部が税金泥棒っつー言い訳は聞こえんからなぁ? あん? 言う勇気も無いだろ? 」

 顔を真っ赤にしてパクパク口を開いているその若い陸士は…突き付けられた小銃の銃口の前に、言葉を出せなかった。

 「さあ、聞くぞ? この村の連中を一人でも多く殺し、後の部隊に繋ぐか! それともこの俺に撃たれるか! 手前、
 ヲタグッズ買うためにサラ金に借金こさえてたよな? 誰がケツ拭ってやったと思ってる? この俺だろ? 点検の際、
 誰が隠すテク教えてやったと思ってる? 手前がヲタだとばれそうに為った時、誰が庇ってやった? 言って見ろ! 」
 「…班長ですッ! 」
 「小難しい理屈は考えんな! いいか、お前が殺す、と思うな! 俺のために殺る、と思え! お前の大好きな、ヲタ文化、
 それを生み出すお気楽な連中を守るためだ! 変な罪悪感抱く暇が有れば、さっさと電源車を起動! 電源手だろ! 
 いつまで火砲を手動で動かして置く! L90にケーブル展張に接続は済んでいる! 送電待ちなんだよ! 」

 怒鳴らなければ、動けない。そんな情けない若者達が…陸自の中核を張れるまで生き残れるのか? 俺は、胸の中で
苦笑しつつ、接続為った有線電話のコードドラムを持って高機動車のむき出しの後部に駆け上った。陣地設置まで後僅か。




747 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/11/20 04:48:22 ID:???

 空。それはこの世界の人間にとっては…獣人、有翼人、そして…神々のものであった。しかし、その掟を無視するかが
如く、2人の男女がNOEを敢行していた。男は陸自の迷彩服と装備と背嚢を、そして女の背には、光の『羽』が生えていた。

 「気合の入った中隊ってのは良いねえ…! 特に時間に正確な所はっと! 最後のミーティングが…5分後っと! 」
 「…どうして偽悪的に振舞う事を止めんのだ! 失敗するとは考えんのか?! こんな無茶な事を…! 」
 「へえ〜? ならばどうして付き合ってくれるんですかねぇ? 貴女様は? こんな無茶な事に? うぅん? 」
 「…訊くな下郎が! 決まっているだろう! 貴様の情けない死に際を見るためだけだ! 」
 「素直じゃないねぇ…ま、いいか。…あの天幕だ。ちゃんと下ろしてくれよ? 」 

 表紙が血染めに為ったシステム手帳が、男の手でめくられて行く。古びた手帳に書かれた殴り書きの文字。
余程切羽詰まった状況で書かれたものらしく、所々誤字脱字や、ページが飛んでいる箇所が有る。

 「離すぞ! …良いか! 死ぬ時は必ず私が…! た、対空砲火だと?! 」
 「な…! とーぶん先だぁぁぁぁぁぁぁぁぁろおぉぉぉおぉおぉおがぁっ! う、うぉぉぉぉおおおおおお! 」

 光の羽が、霧散する。加速が付いたままに、男女は一塊となり天幕に突入した。奇跡的にL90の榴弾破片も、男に
掠りもしなかったらしい。男が首を左右に振りつつ身を起こすと、迎えたのは一丁の9o拳銃の銃口と、その他大勢の
89式、64式小銃の銃口だった。男は唇の端を上げ、哂った。そして銃口の群れを気にする風も無く、朦朧としている女の
背後に回り、助け起こした。余裕タップリのその行動と表情は、何故か自然には見えなく、何処か、演技めいて見えた。


748 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/11/20 04:56:05 ID:???

 女が自分で立つのを待ってから、支えていた手を離し、大きく広げて深呼吸し、男は腹から声を出した。大音声だ。

 「みなさぁん! 最高ですかぁ! 最高ですかぁ! 最高ですかぁ! …って受けネェだろうなぁ…福永法源の真似…」
 「この馬鹿…! 時と場所と状況を考えないのも限度があるぞ! 早く名乗らんと殺される状況なのだぞ?! 」
 「人生は一度キリの劇場! そして舞台! 俺の好きに演じて何処が悪いってなモンよ! AHO惨状! モトイ…」
 
 ドン! 男の足元に衝撃が伝わる。…9o拳銃から実弾が発射されたのだ。発射した中隊長と男の目が合い、にこやかに
細められる。一触即発。そんな雰囲気が、辺りを蔓延する。場に殺気が満ちて行くのを、女はひしひしと感じていた。

 「良いネェ良いネェ! 漫才は止めろと来たもんだ! 中井三佐殿! ここから、生きて『帝』…いや日本に帰る手段を
  俺が知ってるって言っても、信じる度量は有りますか? ま、数年前のカワイイ教え子の、ほら吹きオガワの云う事
  なんですけど。区隊長賞を苦虫噛み潰した顔で授けて頂いたのを今でも誇りに思って…」
 「私語厳禁、無駄口を叩くなと教育した筈だがな? 小川? 今は…3曹か! よく為れたな? 」

 張り詰めていた場の雰囲気が、一瞬にして暖かいモノに変わり、緩んだ。コイツは『仲間』だ、と。…どこかしら安堵感が
蔓延する。中隊の包囲、殲滅の危険を身に感じているにもかかわらず…。何故か女は嫉妬していた。男を包む意味不明の
暖かさ、そしてこの『許し』に満ちた雰囲気に…。ただでさえ隔たりのある、自分と男との間の『壁』を痛切に感じさせるのだ。

 「まあ見る目が有ったんでしょうよ、普通科には。 高射特科は変に暗くて真面目でイケマセンやね? 区隊長? 」
 「馬鹿に為れ、とは言ったが、大馬鹿者に為れとは言った覚えは無いぞ、小川。…本題に入れ」

 小川の頬に張り付いていたニヤニヤ哂いが消えた。女が大好きな、男の表情の、『兵士』の顔がすぐに現われる。
  





571 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/12/19 13:12:59 ID:???


 「特定少数を活かすために、多数を虐殺するのか? こんな卑劣な手段で」
 「嫌なら私を殺せ。しかし、各方面隊直轄部隊や、各師団は動いている。もう遅い。停められんよ」
 「…貴様等は、愚を冒しているに過ぎん! 天に吐いた唾は必ず己に還る! 」
 「もう、引き返せないのだよ…。淘汰するかされるかは、OGKだ。ああ、クリスチャンでは無いぞ?
 Only Gods Knows、八百万の神々のみ知る、さ。…しかし日本人の方は生き残るだろうよ…」

 それは、卑劣な作戦だった。インフルエンザワクチン。毒性を低めたウィルスを人体に注入する事により、
抗体を人体中に生成させるの事が目的だ。しかし、耐性の無い人間にしてみれば…ウィルスを直接注入
されているに等しい。…この世界の住人である『彼ら』には…我々の持つ雑菌ですら危険であると言うのに…。
 その真逆もまた然り、だが、我々には培ったそれまでの『医療技術』が有る。入国制限は今も生きていた。
 
 「ウィルスの変異パターンなど、人などの予想範囲を遙かに超えている事は貴様も…! 」
 「それで滅びるならば滅べば良い。それまでの存在だったのだろう。どの道、このまま野蛮人なんぞに
  豊富な資源を浪費されて指を咥えて涎を垂らして見ているだけなら…数年も持たんのだからな」

 資源の備蓄は底が露呈しそうな程だ。所詮物資の補給の無い、大量消費生活など、営めるものでは無い。
哀しい事に、戦後世代は贅沢にも…物資の窮乏のもたらす真の苦痛を知らない。斯く言う俺も、同じだ。 


572 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/12/19 13:18:24 ID:???

…陸自は、戦時中の『石井部隊』並みの卑劣さを持つ連中によってある目的の元に、動かされた。
有る特科部隊は、『演習』で、訓練弾を渡され、この世界に提供してもらった『演習場』で撃て、と命じられた。
航空科はヘリで、『ある地方で害虫駆除』のために、ある液体の『エアロゾル散布』を集落に敢行を強制された。
普通科はつい昨日済ませた連中も『破傷風のワクチン注射』を受け、各集落で一週間以上の分屯を命じられた。
衛生科は…総てのこの世界の分屯地より撤収を完了した。少数の俺達『融和派』の有志を除いて…!

 「私を殺しても、もう遅いのだ! 生存競争は始まってしまったのだよ! はははっははっははっはははっ! 」

 …小川。貴様の言う通りに為りそうだ。インカにアステカ。今なら鈍い俺でも解る。戦闘で戦い、生存競争を
勝ちぬくならば、こうまで寝覚めは悪く有るまい。日本のために『戦って死ぬ』ならまだ俺達は浮かばれよう。
 俺はゆっくりと、小銃の引金を、目の前の2尉に銃口を向けて絞って行く。コイツが、この腐れた絵図を描いた。
それを内閣総理大臣はどんな顔で聞いたのだろうか? 隠し切れない軽蔑を顔全体に浮かべながら、俺は
逆鉤の落ちる固い音と、5.56oの軽すぎる連続発射音を聞いた。…今死ねるだけでも感謝しろ、糞野郎!
 なあ、誰か、教えてくれ。生存競争に勝てたとしても、誰が何のために生き残るのか…? 

 「感染するのは弱者なのを何故解らんのだ…女や子供…老人が真っ先に犠牲に為る…。貴様等の大好きな、
 『純血の日本人』が生まれぬ引金を引いたに等しい結果を、何故、何故解らなかった! 馬鹿ヤロウ…! 」

 残された時間は、無い。俺は報告を済ませると、紙資料を総てデジタルカメラで記録し、メモリーカード数十枚と
ともに脱出を試みる。さあ、来たぞ?同族殺しの始まりだ! …相手は…嘗ての『仲間』だが…。




580 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/12/19 19:07:24 ID:???

>>572

 「な、なんて殺し方だ…同じ日本人なのに! 」

 殺す相手をまだ『ヒト』だと思っているのか? 俺にしてみれば『敵』は息をする動物以下に過ぎん。
両目に親指突っ込んで脳まで損傷させなければ無力化出来ない。それが真実だ。日本人も糞も無い。
体中の筋肉を痙攣させてのたうちまわるそいつの眼窩から、血が止め処無く、溢れ出ていた。

 「…敵を人間だと思ってる、貴様等が甘いだけさ」

 『穴』に篭って見ると良いのだ! この腐れ馬鹿どもも! 『奴等:半魚人』と血みどろの戦いを行えば良い。
タコの化け物に精神をいじくられそうになる恐怖を感じると良いのだ。そして狂わされた先程までの『仲間』相手に
弾薬、食料、資材の奪い合いを演じてみるが良い。…きっと人間への深い絶望を抱いて一生を贈るハメに…

 「おまえだって、陸上自衛官だろうが! 」
 「そうだが、俺は俺なのさ。…貴様等みたいに心から『犬』には為れん。卑小な者にはなれんのさ」
 「何様の…! 」

 五月蠅い。俺は力一杯首を踏みつけてやる。…予想外に軽く高い音が響いた。首の骨は、結構丈夫なのだが、な?
残り2人は小銃を握ったまま、撃とうともしない。オイオイ…銃口が震えてるぞ? 殺る気があるのか? ンゥ? …ふう。

 「さあ、撃てよ? どうした? 貴様等なんぞのCQBでは、俺を停められんぞ? 貴重なデータは灰同然で、
 俺の所持しているメモカだけが総て! 欲しけりゃ俺を殺して奪うしか無いんだよなぁ…キミ達ぃ? さあ、さあ、さあ! 」
 



259 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/01/07 16:22:15 ID:???

「暴走…? 違う…。 これは…魂の…咆哮…? 『死なせない…?』 何故…? 貴方は戦うために…生まれてきたのに…? 」

 何処か夢見るが如く、焦点の合わぬ瞳が74式戦車を見詰めている。乗員の意思に反して、爆走し、後退し続ける戦車。
74式は土煙を巻き上げ、縦横無尽に着弾する『魔導弾』を回避して行く。履帯の耐久限界を試す様な、その機動の原動力は…?
 どうやらあの『機械』は『命』を持ったらしい。『魔導』の遣い手は首を傾げながらも、魔導を放つその手を弛めなかった。

 「停まれ74(ナナシ)! 俺達は行くんだ! 仲間を見捨てて…逃げられるか! 」
 「74ぃ! 馬鹿! 誰が逃げてくれって頼んだよォ! これじゃあ狙えネェだろうが! 」
 「云う事聞けよ! おい! 停まれって! なあ! お前を動かしてるのは俺だぞ! 」
 「糞ッ! 装填出来ません! 74! 停まれよぉ…これじゃあ…あんまりだよっ…」

 乗員達が涙ながらに叫ぶも、停まらない。操縦手の意思に反し、戦車は後退し続ける。乗員の4名は舌を噛みそうに為りつつも、
5人目の仲間、『74式』にそれぞれ、訴え続けていた。戦いたいのに、乗員の意に反して『ただ逃げ続けるだけ』の戦車に向かって。
 皆、死んで逝った。生きながら焼かれて逝った者、凍り付いた者、感電した者…しかし、彼らは『戦って死んで逝った』のだ。

 『生きてこそ、次に生かせるんだよ、若僧ども! 死に急ぐな! お前等を、この俺が死なせはせん! 』

 乗員はそれぞれ、確かに聞いた。低い濁声だが、厳しい中にも優しさを感じさせる、『男』の声を。『魔導』の遣い手の紅唇が綻ぶ。
三日月形の、『嘲笑』の形へと。追う者と追われる者。穢れ無き少女と、戦闘経験無き『鋼鉄の軍馬』。戦車の乗員は…誰も知らない。
 彼らが戦車に『74(ななし)』と名付ける以前から、戦車が『意志』を持っていた事を。幾多の若者達が、彼の中を通り過ぎて逝った事を…。


260 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/01/07 16:29:30 ID:???


 『若僧! よく聞け! 貴様等は死の意味を履き違えている! 美しい死など無いッ! 有るのは無だ! 無のみ! 
  貴様等はこの俺とは違い、何かを産み出す事が出来る! 破壊以外の何かをッ! だから…生きろ! 何かを…』

 超信地旋回。74は、それぞれの履帯を逆方向へ機動させ、その場で急停止かつ急旋回する。魔導弾が砲身を掠め、
大地に着弾する。未だ砲身は無傷だ。塗装も剥げ、装甲も細かい傷だらけだ。数々の『お色直し』を経た『お肌』の歴史が
よく解る。…女がまた笑った。花の咲くが如くに。女好き揃いの乗員達がそれを見る事が出来ぬのは不幸だった。

 『無駄な事をだと? 無駄では無いさ! 俺が斃れようとも、こいつ等はきっと戦う! こいつ等さえ無事なら、次が有る!
 そいつがお前らとの大きな違いさ! お前らや俺は使い捨てかも知れん! だが、こいつ等は…己の意志で戦うんだ!
 俺やお前らの様に戦う事を義務付けられた存在では無い! だから…人間は素晴しいッ! だから俺はこいつ等を守る!』

 女の柳眉が逆立った。人間では無い者と、人間に為りたかった兵器。…当の人間達を置き去りにしたまま、戦闘は続く。
戦車達の機動性能、不整地走行能力が幾ら高いと行っても、NOE、ナップ・オン・ジ・アース、地表から数メートルの高さを
保持して飛び回る魔導生物・魔導の使い手の機動力には及びも附かない。いまや戦車大隊は壊滅状態に達していた。
そんな中、一機、いや、ただ一騎、気を吐き続ける戦車がこの『ナナシ』だった。

 『俺は生きる! 生きて、こいつ等を送り届ける! 明日の為に! 戦い続けるために! それが俺の存在理由! 』



711 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/02/08 02:39:23 ID:???


「貴方の落としたのはこの…? 」
「劣化しない銃身と無限の弾数を持つ小銃。あと、同じ条件の銃剣だ。
 金や銀の銃剣や銃など出してみろ? その場でコマすぞ? ァアン? 
 それが駄目なら俺の小銃、桜マークの付いた64式に銃剣だ! 早く! 」

 綺麗な泉につい、銃剣を装着した小銃を落っことした俺の前に現れたのは…
『泉に棲む女神様』だった。斧を落っことした正直者は金銀の奴を両方貰った。
しかし、この戦闘状況中の俺に取っては…金銀など何の価値も持たなかったのだ。

 「さあ、能書き垂れてないでさっさと俺の小銃を寄越せ! 早く! 」
 「正直者には違いないのですが…もう少し言い方と言うものが…」
 
 女神様の眉が心持ち、顰められた気がしたのは俺の僻みだろうか?
綺麗なものを汚したく為るのは、人間の哀しい性だ。…恨むなら、己を恨めよ
女神様! 溜まりに溜まった陸上自衛官の性欲! その身に受けて貰おうか!


712 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/02/08 02:52:28 ID:???


 「…不埒な事を…考えていますね? 」
 「ああ、心の中は自由だからな? だが、俺は哀しいが紳士なんだ。
  意馬猿心に行動出来ないし、さらに陸上自衛官で有る誇りが有る。
  理性有っての人間だ。…去れよ。もう、私物のツールナイフしか…」
 「…正直者には、やはり報いが無ければなりません。これを授けましょう!
  『湖の姫』から預かった剣を、ちょうど持て余していたのですよ? 」

 無理矢理『女神様』に古い剣と鞘を押し付けられた俺は、それを身に付けて
以来、傷一つ負うことも無く、戦場を往来し、いつしか数十名の騎士達の『長』
と為っていた。一つ、あんたに聞きたい事があるンだ、女神様。

 『アヴァロン』…。こいつに聞き覚えがあるンなら、この剣は…?まあいいさ。
未来永劫、こいつと共に戦ってやるよ。鞘は肌身離さず身に付けとくよ。剣よりも、
余程価値が有る鞘。この剣の名を…知っている者は知っている。

 俺の生き様、得と、御覧ぜよ! 照覧あれ! 『女神様』! いつかアンタを…

               迎えに行くよ。
 





85 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/02/19 00:07:01 ID:???


 「恥ずかしく無いのか、だと? ああ、何ら恥ずる所は俺に無い! アンタに俺は同じ事を聞くぞ! 
  恥じろよ! 神々の娯楽のためだけに戦士を集め、送り込む! その行為を! 俺の命は…! 」

 俺は小川憲人。そして此処は…『穴』の第6層だ。半魚人どもや蛸の親玉がワンサカ湧くこの空間に、
北欧ファンタジーの闖入者が居るのは…陸上自衛隊員の俺よりも相応しいかも知れない。

 「俺が生き残る事で、他の何も知らん奴が此処に送り込まれる事も無くなる! そのためには狂った
  仲間を『処理』する事も俺は厭わない! ましてや良心に恥じる事も無い! 仲間を…! いや、
  誰かを守る事が出来るなら! 鬼畜と言われようと構うか! 汚れる事が出来ん奴に何が出来る! 」

 …受け売りだ。俺には…感情は、無い。元々無いモノを有る様に見せ掛けるのは、その逆よりも簡単だ。
山田…お前は、強いよ…。だから、お前は此処で生き残れたのだろうさ。俺達は、コインの裏表なのさ。

 「…それが貴様の真意ならば美しい事この上無いだろう。しかし、私には解るのだ。哀しい事、なのだがな…」

 ハン、解っていらっしゃる! 流石戦乙女、戦士の心はおテのモノって奴か! 本音で語ってやるとするか!

 「…山田に出来て俺に出来ん。そんな事が有って堪るかってケチな自尊心と、俺の命は俺のモンだと云う、
 ポリシーさ。生きて、生きて、生き延びる。少しでも、この緊張感を愉しみたいのさ。シャバじゃ無理だからな」
 「獣め…」
 「フン、その獣に助けられたのは誰だ? 引ん剥かれて助けを求めたのは? 少なくとも俺は、アンタを…」
 「言うな! …怖くなる」

 まあ、狂った俺の『元仲間』に友好的に話しかけたこの馬鹿は、危うく『純潔』とやらを失う所であったワケで。
つい、一時間前の出来事だわな? で、窮屈そうに俺の迷彩服の換えを着てるのさ。勿論、翼を消してな? 



87 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/02/19 00:31:44 ID:???


 「で、俺のこれから行う『行い』は勇者認定でもされる程、立派なワケか? アイツもやったワケだが? 」
 「…勇者の基準が、有るならば、な…」

 冷戦の遺物、小型核地雷。起爆装置だけは、最新型だ。山田はコイツを背負い、『第10層A』に鎮座ましまして
いた、『ちょー巨大な蛸(ヤドカリ?)の化け物』を吹き飛ばしに出かけ、そして一人生還したと言うツワモノだった。
 で、このキョヌー姉ちゃんを襲ったのは、その時失敗した生き残りって寸法なワケだ。海産物喰って、どれだけ
生き延びたのかちぃと興味が有ったりするがね、俺は。…起爆可能な奴が1個、手に入ったのがメッけモンだ。

 「ブロークン・アロー。色々裏工作もあったワケだよ。ワザと核弾頭を日本海に沈めてみたり、な…」
 「…? 誰に向かって話している? 」
 「アタマの中の妖精サンさ」
 「愚弄しているな? 愚弄しているだろう! 許さんぞ下…」

 女を黙らせるには、こうするのが一番だと、俺はハリウッドから学んだ。日常生活で、『人間の採り得る行動』の
パターンは、俺は学習して来ている。それを発揮したまでの事だ。…もっともこの行為が最良では、無いだろうが。

 「生き残ったら、アンタに感謝する。幸運のでは無く、死の女神様のキスだがね。…同意の上では無いがな? 」
 「…後悔、しないのか? 楽には…出来んぞ? 一生、こき使うやも知れんぞ? それでも…」
 
 顔真っ赤にしてやがる。混乱の極みにあるな、こりゃあ? 暫く、放って置くとするか! …『第10層B』まで、先は長い。

 「ま、待て! 何処へ行く! 」
 「英雄に為りに行くのさ。…軍神かも知れんが。間違い無く、二階級特進コースに近い所へ、な」

 俺が正気を保ち続ける保証は全く無い。しかし、俺はオトシマエを付けに行く。…これまでの、自分の行動に。




167 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 05/02/25 15:39:34 ID:???

 
  「自分が自分で無くなって行く恐怖は、俺には無縁だからな」

 弾倉に実包を詰めながら、小川は呟いた。興味深そうにその慣れた手付きを見る、戦乙女の
妙に少女っぽい姿に唇だけで笑みを浮かべ、小川は誰に聞かせるでも無く、その先を続けた。

 「『穴』に入った奴は…感受性の強い奴から、『ささやき』が聞こえる様に為る。精神への、な。
 殺せ、奪え、戦え、恨め…。まあ、ネガティヴな感情をエンドレスで励起されるのさ。第五層まで
 は常人でもOKだが、それ以降に為ると…ヤバい。『自分』を持って居ない奴は…乗っ取られる」

 G−3の30発入り弾倉が小川の手で、次々とフルロードされて行く。堅いスプリングを無理矢理
膂力で押し込んで行く作業は、弾倉を扱った事の無い奴だと筋肉痛は必至の作業だ。

 「ならば何故、先程の…」
 「…揺らがせたのさ。自分をな。恐怖、誘惑、歓喜…。隙を見せれば、奴等は其処へ付け込む。
 そして…支配を開始する。それまで正気を保って居られた人間も、コロリとすぐに狂気へ奔る。
 昨日までの仲間が、いきなり銃口を向けたり…」
 「!! 」
 「ハハハ、冗談さ。こんな事やったと新教の班長に知れたら、腕立てじゃあ済まんな、俺…」

 顔を怒らせて、傍らに置いたG−3の銃口を戦乙女に向けた小川は銃口を下げ、微笑んだ。

 「この下郎が…驚かせるとは不届き千万! 笑うな! 悪戯にも程度が有…」
 「…俺は…巧く笑えて居るかい? 俺は、本当は何も感じては居ないのさ。お前のその反応を見て
  笑って見せたり、怒って見せたりするだけだ。面白いかどうか。それが今の俺に残されたモノなのさ…」

 その言葉を聞いた途端、戦乙女は小川の笑顔が、虚無感すら漂わせる無表情な仮面に見えた。






432 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/04/22(金) 17:53:38 ID:???

・32章で遣った、『アレ:第二部』の続きだ。興味が有るなら過去ログを! 以上! 始め!


 「区隊長…実はですね…あら? あらら? 」
 「…仕舞った覚えも無い癖に、馬鹿な事をする…」

 小川は迷彩服の胸ポケット、ズボンの腿ポケットを探るが、目的の物を発見出来ない様だった。キツそうな目付きをした
金髪北欧ネーちゃんが、呆れた風に首を振り、小川の肩を叩き、右手で中井三佐を指差した。その中井三佐の手には…

 「これは…偉く古びてはいるが…俺のシステム手帳だな? 小川2士? 」
 「ハィ! 小川にぃーしっ! 」

 普段の小川の声から1オクターブ高い声が小屋の中に響く。バリトンからテノールへの劇的な変化だ。ネーちゃんは
ニヤニヤ笑いながら、小川の肩を小突いていた。中井三佐はそれを咎めるでもなく、小川をただ睨みすえていた。

 「…何だそのカワイイ言い方は…? 私は始めて聞くぞ? オマエは三曹では無いのか? 」
 「色々とな、事情がな、その…三つ子の魂百までなワケでな? 教育は身体に染み付いてこそ…」
 「小川2士! 私語止め! 質問に答えよ! 」

 中井3佐の叱咤する声が、気ヲツケ状態の小川の背筋をさらに垂直に伸ばさせた。

 「ハィ! 小川2士! それは区隊長が戦死された時に書き残した手記であります! その手帳が持主を失ってから、
  400年は経過しています! 区隊長は本来ならばこの獣人村で名誉の戦死、そして部隊は玉砕を遂げています! 
 以上!」 
 「その理由を『簡潔に』述べよ! これは命令だ、小川2士! 」

 金髪ネーちゃんは幾分面白くも無さそうな目で、二人の遣り取りを聞いていた。勝手に2人の世界を『創ってしまった』
らしく、『他者』の理解し得ない『状況』を産み出している。この『陸上自衛隊』と云う組織自体が少し『おかしい』のでは無い
か、と思っていることが、小川には彼女のふとした表情の変化で読み取れてしまうのが、哀しい。

 「幕僚監査部の怠慢によるもので有ります! 獣人の生態を、王国側の密偵のもたらす情報そのままに教本に編纂し、
 フィールドワークによる実証をせずに、各部隊に垂れ流し、結果的に『獣人族』全てを敵に廻すに至ったのがその理由です! 」




27 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/05/06(金) 13:33:59 ID:???


 「人間には限界が有る。だからこそ、尊い! だからこそ、美しい! 滅びの中の美こそ大和魂! 」
 「あの〜隊長…。自分達、豚鬼なんですが…」

 王国連合が誇る精鋭…。シェブロンを付けた奴等の活躍は、小官の持っていた常識を軽く、超越して
くれた。あの頼もしい、『地上の王』とまで普通科に称えられた『90式』が120o滑腔砲の砲身を持って
振り回される様は、悪夢以外の何物でも無かった。こんな事があるはずが無い! 配下の豚鬼に、
思い切り小官のアホ面をぶん殴られて、始めて正気に戻った位だ。…哀しいがコレは現実だ。

 ならば、戦わねば為るまいて! この身を以って! 全身全霊を以って! 憎むべき虐殺者に! 

 「奴等とて人間! 優れて居ようが人間だ! 貴様等の可愛さ全開を以って、突撃だ! サ○リオ隊! 」

 小官の取って置きの、命名だ。正に日本的な部隊だ。フィジカル的に『カワイイ』と思えるモンスターどもを
民間協力の下に選び出し、訓練する。そして、毒物・爆発物を対象者に届ける死のメッセンジャーとするのだ。
 …彼らの生還を期す為に、爆発物は装備させては居ないが…なんだと! 

 「しょーかん! まっくが! まっくが! 」
 「マァァァァァァッァァァあック! 馬鹿野郎…! あの、馬鹿野郎ッ…! 」

 サンリ○部隊の一員、ネズミか猫の合いの子のような外見をした通称『マック』。敵の女剣士に抱かれた時、
奴が笑った様に見えたのは小官の気のせいでは無かったのだ。…有ってはならない、自爆作戦だった。

 「やめろ! やめるんだ! 貴様等が犠牲に為る事は無い! 日本人の戦いは日本人がやるべき…! 」

 嗚呼、本国に帰れば、何の餌の心配の無い愛玩動物と為れるものを…! 彼らは次々と自爆、自死して行く!
豚鬼の泣き喚く中、小官の耳に、彼らの囁きに似た、命を賭けた叫びが届いた気がした。

 「戦場で死ぬるは、男子の本懐! 」

 小官はその場で不動の姿勢を取り、『捧げ銃』の姿勢を取った。配下の豚鬼もそれに倣う。許せ、小動物達よ。
戦士としての『生き方』と『逝き方』を教えてしまった、この小官を。君達に許されるならば…地獄で会おう。





163 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/05/11(水) 01:26:57 ID:???

 王都の郊外で、紅く光る照明弾が何発も高く、打ち上げられた。住人達はそれを指差しながら魅入っていた。

 「ジョウさん…どうしたの? 」

 少女は、それを共に見ていた娼館の下働きの男が涙を流すのを怪訝に思い、尋ねた。男は照れ笑いを浮かべた。

 「…君達を、解放する時が来た。それが…嬉しくてね…。今まで…済まなかった。君達はたった今、自由民と
 為る。今までのオレは、娼館の下働きのジョウ・アローブローだった。君達の愚痴を聞くしかなかった、無力な
 男だった。…だが、それも今日までだ」
 「自由民って…ジョウさん? 私たちは奴隷で…」
  
 地面が、揺れる。男に取っては懐かしい響きだ。少女は耳を塞ぎ怯えた素振りを見せる。男は自室の扉を開け、
少女と共に転がり込む。部屋の中は倒れた壁や崩れた梁で滅茶苦茶になっていた。

 「…なんなの? 何が起こっているの…? 」
 「特科が始めたか…! カサレリア! オレは矢吹丈! 陸上自衛隊、大陸東部方面調査隊、2等陸曹だ!
  日本国が、基本的人権の尊重の理念を守るため、このオレを始めとする人間を王国各地に送り込んだ! 」



164 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/05/11(水) 01:32:39 ID:???

 「その…服…! まさか…」

 矢吹丈は着ていた服を脱ぎ、崩れた壁の中から斑模様の鞄を引っ張り出す。その中から同じ模様の服を出す。
真新しい、迷彩服だった。崩れた梁の上から、ガムテープで固定してあった細長い布包みを外す。…小銃だ。
 
 「君の知っている優しいジョウを…ここに、置いていくよ…」
 
 風采の上がらない男が、凛々しい戦士に変貌して行く様を、新米娼婦の少女は信じられぬ、と言った表情で見る。

 「…さよなら。もう、ここに戻る事も無い。お元気で、カサレリアさん…グッ! 」
 「いや! 行かせない! …わたしの…ジョウ…」
 「…オレは…行かなくてはならんのだ! 」

 装備を着装し終えた矢吹2曹が背を向けた途端、少女が身体ごとぶつかって来る。少女のか細い手が、血に、濡れ
て行く。男が戯れに渡した、ツールナイフが背に突き立っていた。それでも、男はすがる少女を振り解き、走り去った。
少女のすすり泣く声が耳に残る。男の良心が悲鳴を上げては居るが、目を閉じてそれを遠くに追いやる。徐々に、男の
顔から『人間味』が薄れて行く。次に目を開いた時、男は完全な『兵士』の顔を取り戻していた。

 「このオレは3年待ったのだ! この時を! この瞬間を! 」

 自分のためにでは毛頭、無かった。それは…仲間のため。そして、未だ解放されざる、下層民のため。     END




663 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/06/14(火) 15:15:19 ID:???

 監視所…。深さ1m、縦3m、幅2mの穴を掘ってターピーシートを張って
支柱を真中に立て、シートの上に偽装材を置いただけの…粗末なものだ。

 「たまには温食…喰いたいっスよ…班長…あー! 」
 「ん〜? 準備しなかったお前が悪いのさw 」

 愚痴を零す陸士の前で、陸曹は袋麺のチキンラーメンを振って、ニヤリと
哂う。さらに背嚢から小型のプラスチックケースを取り出す。簡易ストーブだ。
燃料のガスボンベ。そして…!
 
 「水を沸かす。ウム…?! 鍋、忘れた」
 「ぎゃははは、ハンチョー、だせーの」
 「…昔はな、ライナーの上に被せるテッパチが有ったからな?
 水筒のケツのアルミカップ使うか…。点検地獄が怖いが…」
 
 陸士が慌てて、OD色のポリタンクを持ち、カップに水を注ぐ。このくらいの
気働きが出来ないと、部隊では『気の効かん奴』呼ばわりされる。…当然…
アルミカップは陸士の貸与物だ。陸士にとって陸曹は『神にも等しい』。

 「焦げないな? このカップ? 」
 「ああ、知り合いに魔導士、いましてね、ちいと物品保護魔法、かけて貰った
  んですよ? 結構、便利でしてね? …どうしました? 班長? 」
 「お前! それだ! 俺達はそれが必要だったんだ! こうしては居られん! 
 撤収! 大隊本部に上申に行くぞ! …この戦争、勝てる! 勝てるぞ! 」

 …銃身寿命、その他諸々の機械的損耗と無縁と為った自衛隊。米軍状態と
なった自衛隊の採る道は…ソフトウェア保護、つまり人的資源の尊重となった。
 あとは弾薬、燃料…。これを彼らがどうしたか?…魔導応用の可能性は無限だ。




855 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/06/28(火) 00:05:03 ID:???


 「糞…糞! 糞! 西原! 上口! 関根! 皆…あの一部に…! 」

 それは醜怪な肉塊そのものだった。死臭すら、見る者に催させるモノだった。
死者の抜け殻、死体を繋ぎ合わせて、死霊魔術の粋を尽くして作られた魔法生物。
そう『フレッシュ・ゴーレム』だ。フランケンシュタインの創った、怪物だ。だが…

 「はっはあ! 異世界人め! 材料は全て貴様等の仲間だ! どうだ!
 撃てるかぁ? 仲間を? 捨てられた仲間達の声が、聞こえるだろう? 」

 全長、15mのそれを創るのに、数個連隊規模の死体が必要だったろう。見知った顔
を見つけた隊員の顔が、歪む。死者への冒涜は、日本人には耐え難い屈辱だった。

 『…俺達の魂は、あの中には居ない! 思う存分、やれよ、野郎ども! 潰せ! 』

 絶望的な思いで化物を見上げ、見下ろす男達の傍から声が聞こえたような気が、彼ら
にはした。彼らの操る兵器達から…それは響いて来る気がした。そうだ。彼らの操る兵器は、
いわば『寄せ集め』だ。潰され、破壊された兵器を回収し、使える部品を寄せ集めて創った
モノもある。使用不能と断定されたものから、パーツを分捕って仕上げたものも有る。
 魂は、其処に宿っていたのだ。共に戦おう。兵器達からの声は、そう言っていた。

 「死者を汚すあの汚物を浄化する! 空自のミナサンも願いは同じ! 行くぞ! 吶喊! 」

 無機物vs有機物。その行方は…彼らのみぞ知る。                     end




933 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/05(火) 15:56:41 ID:???


 「この森は・・・私たちの森なのに・・・どうしてッ?! 」

 弓矢、ロングボウを手にした娘の耳の先は…尖っていた。
一人の『人間』が『聖域』に侵入したとの見張りの報告を受け、
彼女の一族による『人間狩り』が開始されたのだが…仲間は
一人、また一人と逆に『狩られて』しまっていた。時には、雷の
如き轟音と異臭とともに。ある時には、喉を切り裂かれ、行き場
を失った呼気の高く澄んだ音とともに。何よりも不思議なのは…

 「男は殺す癖に、女は傷付けるだけ!? どう云う心算かッ!」

 草叢の揺れた箇所に、娘は弓に矢を番え、放つ。だが、出て
来たのは耳の長い小動物一匹だった。異世界から来たの人間が
彼女等一族を揶揄するために良く引き合いに出す、動物だった。
 娘の顔が歪む。虫の声が、彼女の耳に痛い程五月蠅く聞こえる。

 「森の精霊? フン、何処がだ! 森と一体にも為れん奴等
 に、その呼称は過大だな? 精々異物扱いが関の山だ! 」

 声が上から響く、と娘が気付いた時は、口を塞がれ、利き腕
を固められていた。必死に抗う娘だが、抗うにつれ痛みは益々
増してゆく。流す涙が熱い。与えられた屈辱に怒る、涙だった。

 「捕まえたぞ、兎ちゃん? さあ、今度は俺を捕まえて見ろ! 」

 異世界人が持ち込んだ動物の名で揶揄されるのは、高慢で
鳴らす彼女の一族には、嘗て受けた事の無い最大の侮辱だった。



935 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/05(火) 16:17:07 ID:???


 「狩人の威信に懸けて…殺す! 殺すぞ! 」

 娘が男を見ることが出来たのは、後姿だけだった。
黒髪を刈り上げ、斑模様の服を着た『異世界人』。
 森を汚し、静かだったこの世界に戦乱をもたらした
最も恥ずべき『人間族』。精霊たちの声は…小さく為る
一方だった。長老達は彼らの排除を試み…禁じられた
魔族の召喚まで行ったのだが…彼らの『力』の前には
無力だった。何でも、

 『数百年だぁ? おととい来い!こちとら2600年の
 年期をつんだ宗教国家だぞ? さあ選べ! 』

と、魔族の君主はあろうことか異世界の聖職者達に
より退けられたと娘は聞いていた。そしてこの、冒涜だ。
 弓に矢を番えたその時、また、声がした。

 「耳を澄ませよ兎ちゃん? 虫の声が止んでるぞ?
 自分が自然の一部だと自覚せんから、読まれる」

 高く鋭い音とともに、弓の弦が切れた。投擲剣だった。
樹に突き刺さる音でしか、それが放たれた事に彼女は
気付けなかったのだ。

 「さあ、兎ちゃん、一族が衰退する前に、俺達と手を
 組めよ。男の種なら、当方なら腐るほど有るぞ?
 昨今はムネのちっちゃいのが流行りらしいからな」

 男の声がするが何故か虫の声が、止まないままだ。
狩るものと、狩られるものが逆転した、瞬間だった。




118 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/14(木) 12:10:45 ID:???


 「徒手空拳は『軍人の恥』だ」
 「抜かせ! 何も持たない癖に! この大剣の…」

 大型のオークが厚かましくも人語を操るこの光景は、
俺に嫌悪感を抱かせるのには充分だった。徒手格闘。
 型の出来不出来を論じるに過ぎないのだ、との悪口も
有るが、要は応用なのだ。…それと必要なのは…

 「思い切りの良さ、さ」
 「はあん? 何だぁ? 」

 大剣を振り被るオークの側面に素早く回りこみ、半長靴の
底を当てる、足蹴りで膝を横から潰す。グシャリ、と嫌な音と
感触が伝わる。体重の乗った蹴りは俗に言う、『拳の三倍』の
威力を持つ。オークは痛みに耐える事無く、のたうち廻る。

 「蹴り技は、ここぞという時に使う。足は機動力を支える命だ。
 その足を遣られては…」

 俺は脚を上げ、三重顎に阻まれたオークの喉目掛けて踏み
下ろした。当然、全体重を掛けて。殺す意志が重要なのだ。
その意識すら持てん奴は、どの道、お呼びでは無い。

     心の甘さなど、オークに食わせてしまえ。 




133 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/14(木) 20:03:24 ID:???


 「屈強な女戦士…ねえ…その割りにゃあ、筋肉の発達がなぁ」
 「…何だぁあの格好…肌の露出が多過ぎだぞ? 水着の方がマシだな」
 「おーい、ウルシの木でも擦り付けてやれや若い衆! かぶれるぞ〜」

 偵察中隊に配属された、冒険者ギルド派遣の女戦士は、斑模様の服の
男達に文字通り『視姦』されていた。この世界に来てからと云うもの自衛官は
『品行方正に振る舞う事』を防衛庁の通達により、強制されていた。しかし…
根が『カネ・オンナ・サケ・バクチ』大好きな大多数の男性自衛官は我慢の
限界に来ていたのだ。…彼らの性衝動を止めるには、新聞に載るぞ、と云う
強烈な一言が必要だった。だが、ここにはマスコミ関係者は居ない!

 「や、止めろ、さ、さわるなぁ! 」
 「はぁ? 嫌よ嫌よも好きの内、とくらぁな! 剥いちまえテメェら! 」
 「おお、柔らけぇ、女の手だねぇ」
 
 男子隊員数名の手で、女戦士の申し訳程度の鎧が、引ん剥かれて行った。

 「おい、準備出来てるかぁ! 若い衆! 」
 「ハイ! 小池一曹! 」

 背後を振り向いた年嵩の男は、ニンマリと笑った。そこに見えるは、自衛隊が
誇る野外浴場だった。小銃を構えた女性隊員の士長が、裸の女達を案内している。
…DDTをぶっ掛けて害虫駆除する、と言う訳には行かない時代の、苦肉の策だ。

 「…ま、役得って奴さね。衛生観念身に付けて貰うためにも、必要な処置なのよ。
  ほーらネェちゃん、サッパリしてこいや! 若い衆! 次行くぞ次! 」

 小池一曹率いる偵察分隊、通称『風呂入れ隊』は今日も大活躍の予定だ。



269 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/17(日) 04:23:49 ID:???


 「俺たちの存在価値など決まっているさ。国民の負託に応えることさ。
  無駄飯食い、税金泥棒…。汚名を一身に甘受し、訓練を続けてきた。
  実行もしない作戦…いや、運用計画を、秘区分付けて、金庫の中に
  放り込んできた。何の為に辛い思いをせにゃならん、と、任期制の
  隊員は代々申し送るが如く、言い続けて来たろう。さあ、時は来た!」

 村瀬先任陸曹は、居並ぶ中隊員を前にして言った。総じて彼より若いか、
同年齢だ。『若い』No中隊だった。彼が育てた、と言う思い入れも有る。
 
 「村瀬! まだるっこしい言い方は止せよ! 実弾が『敵』に死ぬほど
  撃てる! それで済むんだよ! 実体の有る『敵』にな! 仮想じゃ
  無いやつで、標的じゃない奴だ! 撃てば返してくれる素敵さんだ! 」

 元、火砲整備班の加藤一曹だ。村瀬の一年先輩だったが…先に陸曹に為った
のは村瀬だった。元、が付くのは、整備班が後方支援隊管轄に為ったので、中隊
に残るには…実働部隊員として残る以外、方法が無かったからだった。

 『テメエの中隊で整備出来ないで、デカイ面出来んだろう? なぁ? 』

 加藤が飲み会の拍子に漏らしたその一言は、大半の陸上自衛隊員の心の内を
語ったものだった。『自己完結』こそ、陸自のモットーだった筈だった。どんな
に小さな中隊でも、通信や火砲、需品等、機材の整備能力は維持してきた筈だ。
 たとえちっぽけな誇りだと言われようとも、それを支えに、頑張ってきたのだ。


270 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/17(日) 04:34:25 ID:???

 「支援隊に行った鳴沢も石原も、この際声を掛けて呼び戻そうや! 第一中隊、
  ここにあり、ってな! 上が引っ掻き回すなら、下で固める! 陸曹魂を
  魅せてやろうぜ、村瀬よぉ! 」

 中隊長や幹部は『お飾り』だ。どうせ数年経てば『入れ替わる』。挿げ替えられた
首が良いなら従うが、部隊の中核は『曹』なのだ。この際少ない『士』は逆に貴重だ。
『曹』の意思を継ぎ、部隊の『色』を担ってくれる存在なのだから。

 「目標正面の的! 仰角10°! 1600ミル方向! しっかり狙えよ、高橋! 」
 「先任、直前までレーダーで追随、たのんますよ! 電源手! 電圧見とけ! 」

 高射部隊は、悲壮感を持って、敵、火龍を迎え撃たんとしていた。…幹部が逃げた後も。

 「射統MOSも火砲MOSも持ってる通信陸曹、石原2曹推参! 」
 「射統整備のエキスパート、ナルちゃんこと鳴澤2曹もきましたよぉ〜」
 「良く来た! 次が有ればお前ら活躍出来るぞ! 」
 
 皆、笑った。死ぬ事よりも、この中隊から、仲間外れにされる事が皆、怖かった。
皆が、一緒だ。度重なる訓練で嫌な所も良い所も知り尽くした、かけがえの無い仲間だ。
 素晴らしい笑顔を皆、浮かべながら…L90中隊は迫り来る火龍部隊を待ち受けていた。   



671 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/30(土) 12:50:48 ID:???

            最後の竜騎士に捧げる砲声(うた)

 「えげつ無い事するもんだねえ、上の方もなぁ…」

 大平原で、陸上自衛隊、第一高射大隊本部管理中隊のレーダー班員は
左右に振れるデカいアンテナ部を見ながら慨嘆した。索敵のためでは無い。
電磁波発振源としての、火砲と並ぶ『攻撃兵器』としての運用だった。 

 「それに従う俺達も相当なモンだがね」

 年嵩の班員が応えた。自衛隊歴は長そうだ。何せテッパチの顎紐を外しっ
放しでも、周りの隊員は文句一つ言わない。尉官は口をモゴモゴさせている
のだが、彼の睨み一つで黙ってしまう。彼の機嫌を損なえば、レーダー班は
尉官の命令には何一つ反応しなくなってしまうのだ。

 「命令には絶対服従が、俺達自衛隊員だろうが? 」

 その彼に気安くこうも話しかけられるのは、『同期入隊』と云う絆を持つ者だけ
に限られる、この男だけだった。…ある意味、自衛官らしいとも言える、何故か
浮世離れした、詩人の様な感性を持つ人間だった。だからこの『異世界』にも、
理解を示す事が出来る。

 「それは、ただの逃げだよ。…根源的な良心からのな…」



672 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/30(土) 13:15:47 ID:???


 竜騎士。ドラゴンライダー。この兵種を目にした陸上自衛隊は、徹底的な根絶を図った。
何せスピードが微妙過ぎて、航空自衛隊の航空兵力では迎撃不可だったのだ。基地防衛
のための兵器は割けない。そこで、師団高射の出番となったのだが…ミサイルに特化した
最近の防空態勢では、誘導兵器としてのミサイルは正直…お呼びでは無かった。

 「…電磁波の影響をモロに浴びたからな…可哀相に…今じゃあ、竜も奇形化してるってよ」

 戦争初期は87式AW、退役しつつあるL90等の、機関砲で対応していたが、やがて政府は
その弾薬消費量が及ぼすコスト上昇に懸念を表明し、ある命令を陸自の師団高射特科全般
に出した。

 『竜騎士を発見、視認しても砲撃で迎撃は不可。ひたすらレーダーで追随せよ』

 強烈な電磁波の、生体に及ぼす影響を知り過ぎている隊員は、その命令の意味を明確に知る
事に為る。…政府は、竜の、引いては竜騎士の断種を目指していると知ったのだ。根っからの
『兵士』が多いNo中隊などは『戦わずして何が自衛隊だこのヤロー! 』と涙を流して叫んだと
聞く。現に、この男も涙を流したクチだ。…戦う事こそ、礼儀だろうと、牧歌的だが思っていた。

 「飛べない翼竜、足が奇形化した竜騎士一族の子供達、か…本国には聞かせられんな? 」
 「ま、本国にゃあ、各種の毒電波が飛び交ってるがな? 」

 男たちが苦笑する。そうでも言わなければ遣り切れなかった。自分達を偽悪化しない事には、
この『卑怯さ』は解消出来なかった。現在、10キロメートル離れた所で展開しているL90を装備
した第三中隊の火砲は…覆いの下で錆付いていると男達は聞いていた。


673 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/30(土) 13:42:10 ID:???

 まだ若いレーダー班員が、コンテナ状の機材モニター室より慌てて転がり出てくる。

 「敵襲! 目標は大型! ドラゴンライダー! …一騎のみ! 3中陣地に三秒で来ます! 」
 
 年嵩の男は舌打ちをした。班員が弛んでいる証拠だと思ったのだ。大方居眠りでもしていたのか、
と、その顰められた眉の間が雄弁に語っていた。舌打ちが漏れるのを、隣に居た男は聞いた。

 「仕方無いさ。相手はNOE(ナップ・オン・ジ・アース:低空飛行)を5pでやれる奴等だ。しかし…」

 何故、姿を表わしたのだ? 男はいぶかしげに思った。これまでの彼らの経験則から、竜騎士は
索敵にしか運用されなくなって来た筈だった。明らかにこの速度は…竜のブレスを意図した速度だった。
 二輪車の爆音が響く。伝令だ。レコンだけの装備だったが、この世界の広大さから、中隊に2台は常備
となったシロモノだった。オフロード用の市販品をOD色に塗り、寝かせた時に脚を挟まないだけの部品を
取り付けた程度の改造しかして居ない。どうせ飛んでくるのは弓矢か魔導弾だ。

 「伝令! 小隊長に…あ、意味無いな…小隊陸曹に伝令! 」
 「ああ、俺だ。どうした小林、何か有ったか? 」
 
 年嵩の男が応えると同時に、第3中隊の陣地の方角から砲声が響く。砲撃は禁止されている筈だった。


674 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/07/30(土) 13:47:55 ID:???

「第三中隊長より伝令! 敵名乗りを聞く! 内容は我最後の竜騎士アン・ ヴァイオラと竜ベルガ! 
 貴隊に最後の戦闘を望む! 戦える竜騎士は最早我等一組のみと! 我が隊は応戦す! 以上! 」

 続いて第一中隊の近SAMが、第二中隊の短SAMが次々と発射されて行く。近SAMは兎も角、短SAMは
命中する確率などドラゴンブレス後では妖しいものだった。それでも、発射した彼ら、No中隊の心境が、
感受性の強すぎる彼には、痛いほど理解出来た。

 「戦士には戦士の遣り方が有る、か…。古い浪漫だと哂われようとも…俺達は…戦士なんだよな…? 」 

 巨大な竜が、レーダー班の展開する陣地をフライパスして行く。満身創痍の竜の目が、満足げに笑っている
かの様に、男には一瞬、見えた。男は肩から下げていた64式小銃を降ろし、立射で居銃し、発砲した。
年嵩の男も、伝令隊員も、小銃を手に取り、発砲を開始した。モニター室より出てきた他のレーダー班員も、
置かれていた銃を手に取り、それに倣う。
 
 「なんで撃つんだ?! 命令を無視するツモリか! 」 
 
 レーダー小隊長が怒鳴るが、居並ぶ人間からは無情にも無視される。それでも喚く小隊長の水月を、年嵩の
男が鉄製の銃尾板で容赦無く突く。小隊長の呼吸が止まり、その場で蹲る。男がその前に立ち、静かに言った。

 「命令じゃ無い。これは歌さ。最後の竜騎士に捧げる……砲声(うた)だ」

 ドラゴンライダーが、力の限りに剣を持った手を振るっていた。 戦えた喜びを示すかのように。      end




752 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/08/01(月) 20:16:38 ID:???


 糞の臭いと血の臭い。臓物が食み出た死体を見るのは、戦場ならではだろう。
火薬と銃をこの世界に持ち込んだ、俺達、陸上自衛隊の隊員が直視しなければ
ならない光景だ。空自の奴等も海自の奴等も、死体は見るだろう。だが、残酷さに
かけては…陸自の方が上だと俺は思う。深呼吸をする。…焼肉の匂いだ。

 「ウマイっすよ、班長! 久し振りの牛肉っス! 」

 敵の塩漬け肉を、中隊演習でよく使っていた『鉄板』で焼いている。それだけの事
だが…感性がどこか、イカレてしまったのだろう。生の人間の『ほおるもん』を見て、
平気で喰えるようになってしまった俺達の神経は…娑婆でのうのうと生きるウラナリ
どもには野蛮かつ非常識に見えてしまうに違いない。

 「おお、沢山喰え! 敵の補給物資を奪うのは、勝利の大いなる第一歩だ! 」

 生きる、と言う事を忘れた奴に、とやかく言われる筋合いは無い。肉はパック詰めで
生産されていると思っている、土と風と太陽の匂いを知らん奴らの方が悪い。

 「あれ、美味いんでしょうかね? 」

 舌なめずりするデブの視線にあるものは…敵兵の臓物だった。50キャリバーで薙ぎ
倒した有象無象の成れの果てだ。人間だろうと思うが、まあ、俺達の世界の人間では
無い。『人間では無い』。だから、良心の呵責など覚えない。…そう言う事にしておこう。

 「んぅ? やめとけ。人間の肝臓は。古典では、喰ったら精が付き過ぎて…」

 人間が人間を殺し、『喰う』。自然界では自然の事として容認されるやも知れん。最もな
事だ。しかし…文明を手に入れた俺達の世界は…カニバリズムは否定されて等しい。


753 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/08/01(月) 20:27:50 ID:???


 「奴は勇敢でした! 俺達に一心不乱で向かって来ました! 勇者の肉を喰って…」

 そうか、コイツは南九州出身だった。コイツの遙か遠いご先祖様は、勇者の肝を喰らい、
勇者の力を得ようとした、荒々しい気風を持つ風習が有った。しかし、俺は知っている。
肝、肝臓を喰らい過ぎたある『女』の末路を。応仁の乱。それは、核兵器が使用された程度
と同じ位、人間の死亡率が高かった時代だった。死体など珍しくも無かった時代だった。

 「『鬼』に為りたいのか? お前は? 」

 女は家族の肉を喰った。その味を覚え、好んで食す様に為った。とりわけ、人間の肝を。
やがて女の目は爛々と輝く様になり、筋骨隆々となり、髪と言わず体中に剛毛が生える様に
なり…そう、物語で語り継がれる『鬼』の姿そのものに成り果てたと聞く。

 「だって、『勿体無い』っスよ? 」

 俺達は良心は捨てた。国民が正しく、綺麗で居られるために。それは、後悔はして居ない。

            だが、人間で有る事を忘れるわけにはいかない。

 それは俺達、敵と正面から対峙する陸上自衛官の最後の、正気を保つ心の砦なのだ。

                           end



933 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/08/06(土) 00:02:50 ID:???


 自給自足の生活には、限界が存在する。人恋しく為った時が、そうだ。物資が足りていて、満ち足りた気分に為る。
しかし、話し相手が居ない。そんな時…何時も自分で『もう一人』を作り、話し掛けていた。孤独には、慣れていた。
目に見えない『妖精さん』とでも話すかの様に、俺はずっと自分と話していた。…『ここ』で彼女を、知るまでは。

 「お〜い、二ソ−さぁ〜ん! 居るんでしょ〜?! 」

 森の入口に設営した、個人用の小銃掩体。そこが俺の唯一の居場所、『ファールヴァウト陸上自衛隊駐屯地』だ。
現地の言葉で、『忘れられた森』と云う。自衛隊が、いや、日本国が俺の目の前より去ってから…半年が過ぎた。
帰れるチャンスは幾らでも転がっていた。現に、転移兆候も、同期や上、民間人の知り合いからも仕入れてはいた。
 しかし…日本国の存在は俺にとって…いや、孤独を愛する俺にとっては…お節介な奴の集りでしか無かった。

 「…ここには来るなと言って有るだろうが、シーナ。老にまた、叱られるぞ」

 人間は、一人では生きて行けない。それは、物資面に限っての事だ。他人の考える事なんぞ、ほぼ、予測可能だ。
そんなヒキコモリ同然の思想を持つ俺にとって、他人と巧くやらねば為らない陸自の生活は…簡単で、単調だった。
 何せ、馬鹿のフリをするだけで良いのだから。言われた事さえ完璧にこなし、たまに冗談に反応し、笑えばいい。
酒に付き合い、愚痴を聞き、酔わずに情報を仕入れるだけ仕入れれば良い。たまにドジをやり、嘲笑されれば良い。
 協調性の無い奴だと看做される要項を、消去していけば…典型的な陸上自衛官の出来上がりだ。そして、笑いを
取れるよう、冗談の一つでも言えれば人気者だ。こちらが腹の中ではどう思おうとも、完璧な偽善者は善人に見える。 


934 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/08/06(土) 00:18:55 ID:???


 「また、聞かせてよ! ニホンの話! コンビニの話! 」
 「…まぁだ覚えてたのか…その前に、だ」
 「苦労したんだよ? マーキーにひっかれれてさぁ…」
 
 耳の先が長い事を除けば、この少女はさして、俺達人間族と変わらぬ容姿を持つだろう。最も、胸や尻が薄い事を
嘆く、成熟した女性を好む俺などには最早子供以下にしか見えんのだが、まあ、世の中が歪んだ少女趣味を肯定する、
日本国では、俺はただの思想的マイノリティに過ぎん。この世界でも人種的にマイノリティに成り下がってしまったのが、
救いだ。えもいわれぬ芳醇で豊かな香りが、少女に呉れてやった俺の予備の水筒から漂う。思わず唾が出てしまう。

 「酒か! 猿酒だな! 木の虚から酌んできたのか、偉いぞシーナ! 」
 「えへへ…もっと褒めてよぉ…」
 
 俺は、日本国の話をする。少女は、食料等を俺に供給する。半年、繰り返したが、幸い俺のネタはまだ尽きない。
俺の話のネタが尽きた時、この奇妙な相互依存関係が終わる。この邪気と意味の無い戯れが、終わる時だ。
それは俺の肉体的な死を意味するだろう。何故なら…俺の心は既に、死んでいるからだ。何にも無い自分を、空虚な
自分を悟って、無力な自分を嫌い抜き、早く死にたいとすら思って居たのだ。…自衛隊に入ったのも…それが答えだ。

 「…もう少し…生きてみるか…」
 「ニソーさん? 」

 最前線で戦った。小銃を撃った。銃剣突撃を敵の騎兵相手に仲間と行った。しかし…生き残るのは何時も俺だけだ。
死にたいと思う俺が、生きる。死にたくないと言って臓物を食み出させのたうち回る他人が、死ぬ。それを数多く看取った
俺が不条理さを感じたと言えば…嘘に為る。俺はただ、見ていただけだ。何も感じずに、仲間の手を握ってやるだけで。


935 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/08/06(土) 00:38:04 ID:???

 
 むしろ、死んでいく奴等を羨んだ。早く楽に為れるのだ、喜ぶべきだ、と。浮世は憂き世だ。そして、穢れに満ちている。
出家遁世こそ、安寧に近いと俺は信じ、自衛隊の訓練、演習生活に満足感すら覚えていた。自分で無くとも良いのだ、
と心の何処かで思いながら、自分の『役割』を果たして来た。普通の人間ならばここで自衛隊に『帰属意識』が芽生えた
だろうが…言うまでも無く俺は、全てを軽蔑し切っていた。それを軽蔑する自分自身でさえも。何も大切な物など無かった。

 「シーナ…幸せか? 」
 「? 」

 今までは、だ。今ではこの少女と話す為だけに、世の中の偶然とやらを支配する者が俺をここまで生かしたのだろうと
勝手に俺は思っている。まあ、俺の中のその他大勢の俺は、ご都合主義だ、早く死にたいんだろう、と何時も囁くのだが。

 「俺は…幸せでは無いが、不幸せでも無い」
 「へんなの」
 「変人呼ばわりは心外だな? これまで結構、巧く仮面を被って来たのに? 」

 人に心など開いた例は無いが、開いた様に見せかける事は可能だ。そうして、今まで自分を『守って来た』。この仮面を
かなぐり捨てる時は、その見せた相手を殺す時だけだ。それまでは完璧な『人間』を演じる。『人でなし』と云う生物は、多分
俺の事だろう。良心も持たず、憐れみも持たず、ただ、眺めるだけだ。他人の抱く感情をシチュエーション毎に学習してきた
俺にとって、この時には泣けば良い、この時には笑えば良い、とこれまでの人生で実行してきたに過ぎない。



937 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/08/06(土) 00:52:08 ID:???


 「む〜ん」
 「痛でででででっ! シーナ! これは素顔だ! 素顔! 」

 少女が俺の両頬を摘み、抓った。俺の、仮面だ、と云う言葉に反応したのだろう。…素直な娘だ。比喩など通じないのは
むしろ俺にとっては痛快事だ。ひねくれ、捻くれた俺の荒んだ心の樹海を和ませてくれる、言ってみれば一陣の涼風だ。

 「あれ、何だろ? 土煙…」
 「…老に知らせろ、シーナ。また森を荒らしに人間達が、来たとな? 」
 「ニソーさん、すっごーい! 当たり! 」

 俺のやった双眼鏡で、少女が確認した。64式小銃の残弾ならば腐る程有る。撃ち殺す事も可能だ。俺は連隊でも、
5本の指に入る程の射手だった。無理矢理狙撃班に入れられそうに為った時は拒否した。わざと問題行動を起こして。
そうして中隊で、俺の株を上げたのだ。要らぬやっかみなど正直、御免だった。

 「シーナ、その後、何時もの通り木の上で監的だ。行け! 」

 元より捨てた命だ。好きに使うまでさ。己の、欲するがままに。やっと見つけた、居場所のために。    第一章 終わり





404 名前: 小官 ◆JoqzD6iI4E 2005/09/07(水) 02:29:25 ID:???


 背中に背負った無線機が『○八○○、状況終わり』とノイズ混じりの陰気
そのものな声で、分隊に知らせて来る。張り詰めていた重い空気が、霧散する。
 
 「…帰ったらソープ行くぞソープ! 」
 「パチだろパチ! エヴァで稼ぐぞ! 」
 「通販で買ったエロゲだろ〜がオメーのは…俺の名前で取るなよ高橋! 」
 
 状況終了が告げられた時、彼等の意識は娑婆の刺激に向けて飛んでいた。
禁欲生活を1週間の長きに渡り強いられた若者の欲望と欲棒は、猛りに猛り、
みなぎらんばかりだった。小銃を持たされ、背嚢を担がされ、あまつさえ、
対戦車誘導弾まで持たされた日々が…終ろうとしていた。

 「空砲、残っちゃいましたけど、どうします? 」
 「残弾処理やっときゃいいだろ? あぁん? テメエの頭は…」
 「帽子掛けでアリマス! 班長! 」
 「…実弾撃たせろよ実弾…糞…ってお前…それ」
 
 ニッコリ笑って差し出す手には、何と金色に光る真鍮と、鈍く光る…銅の
輝きが有った。班長が渇望していた筈の、5.56mmの実包だった。曳光弾まで
ある。見比べる何対の目に、得意げに高橋と呼ばれた陸士が笑って見せる。

 「米軍の物資投下訓練有ったでしょう? 回収に成功したんですよね」
 「…すげえ…こんだけあれば…撃ち放題だぞ…89式で…」
 「ま、上に報告するかは班長次第ですがね? どうします?」
 「よくやった、エロゲマスター高橋! さあ、残弾処理開始ぃ! 」

 その時、彼等の目の前の空間が揺らいでいたのを、不幸か幸か、気付く者は
誰も存在しなかった。彼等が二度と、己の抱いた欲求を果たせる日が来る事が
無い事を、知らぬままに。 



700 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/09/26(月) 04:15:56 ID:???

今回、小官モードで書き込む。スレを収拾するにはこれが一番だ。
『あれ』の続きを演る。興味がある人間は過去スレで抽出せよ。以上。

 「小川の奴…巧く説得出来ればいいんだがな…」
 「彼奴が説得と言う柄か? 完璧に人選を間違えて居るわ」
 「…三佐に可愛がられていたのは奴だからな…」

 山田と皇帝は、魔導士達を見遣りながら話していた。戦力は60名の戦闘魔導士
候補生。日本国は…なんと『戦力』を与えなかった。憲法9条を楯に取った訳では
無い。『帝国』との同盟を解消した訳でも無い。国民の非難を、恐れていたのだ。

 「犠牲が大きすぎたのが…痛かったな。時間神の力を手に入れるのに、あれほど
  の消耗で済んだだけでも僥倖と言うのが何故、解らない? …糞どもが! 」
 「…千人単位の犠牲で、妾は時間神の力を手に入れる事が出来た。それが…
  日本国を守るべき人間の血で贖われたのが気に喰わぬのだろうて…済まぬな」

 先の戦いで、時間神を相手にした『帝国』と『自衛隊』は、多大な犠牲を払い
ながらも勝利を収めた。『神』を倒す。いや、力有るものを倒せば、類似の力を
持つ次なる者に、『世界』はその地位を与える。その『理』を利用した彼等は…
見事『始祖皇帝』に力を与える事に成功したのだった。


701 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/09/26(月) 04:24:16 ID:???


『義務は果たした。だから、後は自前でやれ、か。良かろう』

 本国からの命令を読み終えた榊2尉は二ヤリと凄惨に笑った事を山田は思い出す。
彼の出した指示はSFファンだった山田を頷かせるに足るものだった。

 『…神話、伝承、昔話の類を集めろ。内容は一つ! 各地で散っていった、同胞、
  陸海空自衛隊の逸話だ! 時間神の力は我等に有る! 死人がもう一度死んでも、
  現政権には何の影響も無かろう! 違うか、山田…いや、天威!!』

 榊2尉の立案した運用計画は、時間の彼方へ消え去った自衛隊を、『現在』に呼び
戻すと言うものだった。そしてその手始めが…獣人村で全滅した高射部隊の帰還だった。
 現世と過去を繋ぐ『門』を維持するのは、山田が戦闘魔導士候補生として鍛えた生徒
では無い。従来の教育を受けた者達が現世で儀式魔導を使用している。指揮は…

 『…一旦閉じていい? 疲労が激しいみたいなの…わたしも…』
 「わかった…だが、『吸う』なよ? 」

 淫魔が取っていた。山田の魂と繋がっていたため、その残滓で思念も繋がっていた。
そのための措置である。時間神は『切れ目』を創る。しかしただ、それだけだ。その
切れ目を維持するには…正直、力は勿体無さ過ぎる。その処置が…
 
 「マニュ! 休んで良し! 接続解除を命ず! 」
 「ハッ! 1班、2班儀式やめ! 3班は再接続に備え待機! 」

 戦闘魔導士候補生の活用だった。





149 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/10/06(木) 23:41:02 ID:???


  「…銃とやらが、壊れたのか? 」

 此処は第9層B。俺の持つG−3は限界を迎えていた。銃身寿命が来たのだ。赤熱した銃身を海水に附け、騙し騙し
第8層より使っては来たが…ハッキリ言って命中精度とは無縁の代物に成り果てていた。ご自慢のローラーロッキング
も、イカれるのは時間の問題と言った所だ。部品が一つイカれると他の部品に負担が掛かる。機械の…宿命だ。

 「…前門のヴァギナ肛門のアヌスってなモンかね。ご馳走を眼にしても、発射出来なきゃ意味が無い」
 「槍としては使えよう? 」
 「テメエ、魚人どもの群れに突っ込んで俺に無駄玉使わせたのは誰だと思ってる? テ・メ・エだよっ! 」
 「…怒って居るでは無いか。感情が無いと抜かしたくせに…!! 」

 ネーちゃんが蹲る人影を見つけていた。ルミライト(化学反応発光体)の薄ぼんやりとした光の中に浮かび上がるそれは…
旧迷彩服を着用した…骸骨だった。『14普連永遠為れ 』と背後の壁に刻み付けてあった。…最初は、『穴』の戦いに駆り
出されたのは付近の…中部方面隊の人間だったのだ。彼の脳裏に最後に残ったのは無念だったろうか? 満足だったの
だろうか? …左手に抱えた六四式と右手に持った銃剣は…この塩っ気タップリの『穴』の環境に関わらず…!!

 「止めろ。戦士の…兵士の魂は兵士自身のモノだ。お前のやろうとしているそれは冒涜以外の何物でも無い…」
 「…な…!! 」
 「退け。彼の意思…無念は俺が引き継ぐ。魂の叫びが篭もっている銃と銃剣を引き継ぐ。…皆の想いを背負うんだ」 

 …死神。そう、勇敢な戦士の魂魄を集め、神々の享楽のためだけに永遠に戦わせるために。骸骨に手をかざした瞬間、
俺の口から信じられない言葉が漏れた。熱く、そして静かに湧き上がるそれは…俺の始めて経験する『衝動』だった。
ハッキリ言って、俺の持つ弾薬は64式向けの『弱装弾』では無い。ここは技本を信じるしか無い。

 俺は小川憲人。陸上自衛隊員でも有るが…祖霊信仰やアミニズムが染み通った日本人でも有る。俺は…先へ進む。 




888 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/10(木) 21:10:52 ID:???


 「ふはははははっはっはははっはは! 蛮族どもがぁ! 」

 小官は安室 零2尉である。今回は我が愛する陸自宿営地に投石等を行う餓鬼どもに
厳重たる注意を行うために付近の集落に出向いた次第では有るが…どうやらこの世界の
唯一神の狂信教徒に襲撃を受けてしまったので有る。幸い、こちらから攻撃する事は無く…

 「安室2尉! 目標は正面の『敵』っすね! 」

 喜々として89式装甲戦闘車のスイス・エリコン社製KED35o機関砲の照準を担当する奴が
小官を振り向く。弓矢の直撃でカンカン五月蠅い車内にいい加減ウンザリしてきた小官は、
重々しく頷いてやる。純然たる恐怖こそが、愚民どもを沈黙させるのだ。

 「相手は20mしか離れて居ない集団だが、派手にやれ。主砲の使用を全面的に許可するぞ? 」
 「ヒャッホゥ! 逝くぜ白人ども! 貴様等の大好きなフリカッセにしてやるぜぇ! ハッハぁ! 」

 どうせ暗黒時代の愚民なのだ。保護する謂れなど文明人たる我々には、全く無い。むしろ
限られた食料と生存圏確保のために虐殺こそが正義なのだ。…何も知らない左翼かぶれの
民衆どもは、食料備蓄が尽き掛けているのを報道管制により知らされぬまま、我々の行為を
『虐殺』として糾弾している。それを思うと滑稽さに溢れた嘲笑に、涙すら出てくる。

 「貴様等は正義だ! 小官が歓喜と共に貴様等に命令する! 貴様等は無罪だ! 
  目標、正面の敵集団! 35o機関砲、テェー! 」
 「了解! いきまっせぇー! 」

 機関砲が吼える。集落の男達が吹き飛び、ただの肉塊に為る様は小官を興奮の渦に叩き込む。
これだ! 正統派ファンタジー世界でチート全開にズルをするこの快感こそが小官をいきり立たせる!



890 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/10(木) 21:32:30 ID:???


 「掃討せよ! 64式小銃以上の背丈を持った男は殺せ! 女は処女以外殺せ! 処女は犯して殺せ! 」
 「安室2尉…そいつは皆殺しって意味じゃあないですか? 」
 「そうとも言うな? いや、餓鬼は連れ去って奴隷がデフォルトだ。イエニチェリ、知ってるだろう? 」
 「はぁ? 何スかそれ? 」

 …世界史を勉強して無い以前に、陸自の高卒陸士には無学モノが多い。やはり大卒や社会人陸士が欲しい。
打てば響くし、さらには此方の思う一歩先を予測して行動してくれる心地良さが堪らない。まれに、高卒陸士にも
優れた素質を持つモノも居るが…大抵部隊のほうでそいつの素質を陸自向きでは無い、と潰すのだ。小官は、
そんな陸士達や、そこから陸曹に為った者に慕われる『アウトサイダー』である。

 「アムロさん、教会と孤児院、見つけました! アムロさん好みの若い有髪の尼僧もいます! 」
 「そうか! よくやった! じゃあ餓鬼の前で『性教育』でも始めるとするか! 」

 小官は小隊陸曹に案内されるまま、意気揚々と清潔な『神の家』に乗り込んだ。一神教徒の陸曹が喜んで、
この世界の神のシンボルをぶち壊している。流石はカトリックと言うべきであろうか? 差し詰め、ここで清貧に
いそしむ者が悪魔崇拝者に見えるに違いない。…そうだ。回復魔法なんて見た日には、感性はそうも為ろう。

 「お願いです! 子供達、子供達だけは…! 私は何でもしますから! 」

 この世界の下級尼僧服を着た、清楚な20代前半の美人な白人娘が、小官の手下、地位士長と熊欄士長に小銃を
突きつけられている。奥の壁には連発発射でボロ雑巾に成ったこの世界の男性聖職者の遺骸が無造作に放置済みだ。 
 いいぞ、いいぞ! この台詞だよ! 数分後には口に出した事を後悔する台詞だ! さあ、先ずはこの問いからだ!

 「お嬢さん? 処女だな? 」

 含羞の表情を見せる女に、小官は落胆する。ち、経験済みやも知れんな? まあ、挿入してしまえば解るさ! ハハハ!





21 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/12(土) 12:33:25 ID:???

 「アウ・・が…グギ…」
 「人を殺して何も感じないのか、だと? ああん? 最初から、何も感じなければいいのさ。
  それか、こう言う手合いを人間と認定する枠から外せばいい。…屠殺に感情が要るか? 」

 弾丸を使うのが惜しいので、俺は64式の銃尾板で痙攣し続けている男の後頭部を砕いた。
クメール・ルージュ方式だ。ポル・ポトは偉大だ。糞以下の連中には、撲殺で充分だ。

 「平和の歌を歌ってりゃア、それで済むと思った僕ちゃんたち? 暴力の味はどうだい? 」

 安保闘争の警察の機動隊が、こんな高揚した気分を先に味わえたと思うと、羨望で心が妬ける。
違うのは…俺達が本当に『ぶち殺すつもりで容赦無く暴力を振るっている』事に尽きる。

 「喰うモンが無いから、口減らしさ。飽食の時代を生きたバカ者ほど選り好みしやがる。やる事
 もやらずにな? 税金も納めずに、働かずに、主張ばかりしやがってよぉ! オラァ! 何か…」

 銃口の前で震え上がる、『F世界の人間を守ろう』運動に参加した若者達だ。『暴力には屈しない』
と粋がって見せた女子○生は、真っ先に俺の手で撃ってやった。貴様の様な糞餓鬼を生かすために
…俺の…戦友が何人も何人も死んで行ったのだ。しかも、笑って。『日本が平和であればいい』、と。
『若者達に明日を見せなきゃ、駄目ッすよ班長』と。…他にやりたい事だってあったろう。入隊した事を
後悔した時だって有ったろう。娑婆の人間に蔑まれる時だってあったろう…。しかし、奴等は…。

 「痛みも知らずに理想を語るな屑どもが! だから俺達が痛みを教えてやらなきゃいけなくなる!
 貴様等が守ろうとしている連中は…貴様等を悪魔としか看做しちゃいないんだ! 解かれよ! 」

 俺達の見た光景をこいつ等に見せたら発狂は間違い無いだろう。何処の世界で切り取った手足で、
子供達が笑いながらチャンバラをする? 生きたまま女陰から口まで焼けた鉄串を突っ込んで、
苦しむさまを肴にしてその廻りで踊りまくる男女が居る? …俺達の奮う暴力はむしろ慈悲なのだ。

 「班長、このまま置き去りにしてやりましょう。俺達、正直、付き合いきれません」

 そうだな。精々現実を味わうといい。二度とは経験出来ん体験をして来るといい。己の身体と精神を以って。



250 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/15(火) 04:57:18 ID:???


 「…あの馬鹿…どこまで捜しに行きやがった…小隊陸曹! 」

 安室 零 2等陸尉は渋面を作った。しかし、念入りな黒と黄緑と深緑の
フェイスペイントのお蔭で苦々しげな表情は一般人では読み取れないだろう。
 彼は何時も名前のせいで損をして来た。同姓同名同階級に、職種は違うが
安室 零と言う馬鹿がいたのだ。尽く規格外れのそいつの言動や行為が、
皆、彼の仕業であると誤解を受けてしまう。現在の部隊に移動してきた当初、
誤解が解けるまで、上官や部下の隊員はまともに口を利いて呉れなかった。
 誤解を解くのは…彼の日常業務の勤務振りと、温和だが折れぬ言動だった。

 「…水音? …水の匂いか…あいつめ! 自分一人で水を…! 」

 安全な水源探し。彼等の小隊はその命令を受理し、もう一週間も行動していた。
3t半二台に73式改が一台。3t半一台に携行食料・水・弾薬を満載し、捜す
事6日目。流石に…もう限界だった。食料が切れたら現地調達せよ、何て言う命令
は、この世界で無ければ絶対に出さない命令だったろう。そう、ここは異世界だ。

 「小隊陸曹! 水を発見したなら早急に連絡せよとあれほど…って…」

 水音を頼りに茂みを掻き分け草を踏みしだきながら漸く開けた場所に出た安室が
見た最初の物体は…なんと女体だった。それも全裸だ。腰から下まで、綺麗な水で
満たされた泉に浸かり、髪を両手で束ねながら洗っていた。初夏の森の色をした
彼女の瞳が、多分怪物に見えたであろう、完全武装の迷彩野郎の自分を映していた。
彼女の長い耳がピクリ、と動く。…ここで安室は己を取り戻した。




252 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/15(火) 05:23:29 ID:???

「しししいっしいししつれいしましたぁ! 自分は帝国分遣隊 西部方面隊所属、
  今は水源探索特別任務に従事する安室 零二等陸尉であります! 同姓同名の
  人間がおりますが全くの別人であります! 今回はエルフ女性の水浴を覗きに
  来たわけではなく飽くまで部下の探索を目的とした行為であり飽くまでこれは
  事故であり日本国政府はなんら干与するものではなく飽くまで自分個人の過失
  であり事故で或る事を了承して頂きたく存じたて上げまつる次第でありますっ! 」

 肺活量は日頃の持続走で鍛えてあるので、これ位の台詞は息継ぎ無しでも楽勝だった。
しかし、今回…全くの初対面の相手に伝えると言う事を完全に忘れていた安室ではあるが…
何時もの冷静さまでは失っては居なかった。それは大きく、そして美しく、柔らかそうだった。
とても華奢なエルフ女性に付いていて良い代物では無かった。それを隠す事は、この世界に
造物主がもし居たならば―多分罪だと断ずるだろう程―その双乳は綺麗だった。安室は瞬きすら
出来ずに彼女の全ての造形美を堪能していた。…彼女の背後の草叢から興奮した裸のエルフ
男性が飛び出て来て、彼女が悲鳴を上げるまでは。安室は素早く銃と背嚢を置き、裸のエルフ
男性を阻止に掛かる。…殺す事は出来ない。日本国の外交上、非常に微妙で面倒な事になるからだ。

 「田夫野人は男の恥だ! 何故無粋な真似をする! 何故美しいものをそのままにしておけない!」

 徒手格闘は、BOCでの選択では選ばなかったが、課業後の趣味のサークルで嗜んでいた。取り押さえる
自信はあった。さらに相手は、非力なエルフだ。筋力では遅れを取らないし、得意の魔法も水に沈めて
しまえば、言語を使う魔法ならば封じられる。そしてその予想は…二分も経たずに実現した。

 「もう大丈夫ですよお嬢さん、暴漢は無事、無力化し、自分が制圧致しました! 」
 
 男の頭を水に付けたまま安室は自信満々で彼女を振り向いた。グリーン系のフェイス
ペイントの中、白い歯だけがやけに悪目立ちをして居るだろうと安室は思った。が…
彼女は自分では無く、自分の背後の、エルフ男性の出てきた草叢を見ていた。安室は
その理由に気付いた。無残にも彼女の衣服が…踏みにじられ汚されていたのだった。


253 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/15(火) 05:24:39 ID:???

「…了解! 5分待て! 」
 
 エルフ男性の両手を、背後に回して、彼の両手の親指を強化プラスチック製の
タイラップで拘束し水辺に転がすと、安室は自分の背嚢を探った。そして、貴重品
で有る、民生品のジップロック袋(冷凍食品用)に入れた迷彩シャツ、トランクス、
靴下一式と、今では同じく貴重品であるスーパーの大袋に入れた迷彩服上下を取り出す。
個別防水処理は完璧だ。

 「これは私物で、迷彩服は官品です。少し大きいでしょうが、いやあ、モノの
  役には立つでしょう! なあに、男子たるもの、女性の危機には細かい事を…」
 「あの…これ等をどうやって着るのですか? 」

 安室は30分間にも亘る時間を、彼女への着付けの講義に費やす事と為った。
そしてその行為を、物音に気付き、彼を探しに来た小隊陸曹と小隊員数名に
バッチリ目撃されていたことに彼はまだ、幸福にも気付いては居なかった。 
              
                つづく?



729 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/11/27(日) 03:42:48 ID:???


 「俺が使い魔、か…いや、使われるのが嫌な訳じゃあ無いさ」
 「…どうしたと言うのだ…ムダグチ? 」
 「俺は牟田口だ! 糞! 小娘風情が偉そうに! この! 」

 俺がこの小娘に官舎から儀式魔法とやらで召喚されてから一月が過ぎた。
苗字のせいで旧軍を知る者から、せせら笑いと軽蔑の眼差しで見られるのは
慣れてはいたが腹が立つのは確かだ。無能の代名詞『牟田口廉也』。お袋が
再婚したせいで俺は牟田口の姓を名乗る事になったのは…最近の事だった。
 
 「ムダグチぃ…」
 「牟田口! 指揮しろ指揮! お前の兵はお前の言う事しか聞かんのだ! 」
 
 この世界に召喚されてから、この小娘に良い様に『使われて』来た。最初が、
泣き顔だったのが俺の保護欲を刺激してしまったのだろうと自己分析する。まあ、
肉棒握ってシゴき上げてる最中で召喚されて、小娘に顔射ブチかました俺が…

 「でも、妾はムダグチの言う事しか聞かんぞ? ジイの言う事に逆らってばかり
  いる。結局ムダグチが直接指揮を執ればよかろうになぁ…んんぅん! 」
 「そんな生意気言うんだったら、もう揉んでやらないんだからな? 」
 「ムダグチぃ…もっとぉ」

 止めだ糞! ああ、頭に来る! 無補給略奪に基づく作戦なんてやったら…
きっとインパール云々とか言われるんだろうなぁ…あのWACたんによぉ! 

 「…もっとしてくれたら、補給命令を出さんでも無いぞ? 」
 「ぐむう・・・」

 魅力的なお誘いだが、御免を蒙るぞ! …俺の属性はキツイ御姉様なのさ!
ああ、谷三佐…無茶な命令を俺に出してくれ! 俺を使ってくれ! 手足の如く!
オキ二のバ○ブの如く、この俺、牟田口、いや旧姓、柳生廉也をな!




318 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/12/24(土) 18:54:32 ID:???


 「ん〜! 空気が旨いねえ! 」
 「山の彼方の奥深く、幸い棲むと人は言う…思えば遠くへ来たもんだ、と」

 陸上自衛官、男2人のバディの片方が装具を外し、小休止を始めた。半長靴の
靴紐まで解いて、彼は丈の短い草が密生する草原に寝転ぶ。…勿論、草原は
毒虫、毒草の調査(クリーニング)済みだ。片方はぼけっとしている様に見えるが、
周辺監視を欠かさない。視点を決めずに景色を見る。警備の専門用語で『八方目』
と言う。動く物が有れば、瞬時にそこに目が行く様に訓練されている。

 「毛生え薬はどぉこにあるぅ〜、と」
 「ハゲの夢だぜフサフサは、か? 」

 彼等の所属する、F世界派遣部隊は『企業協賛』で維持されていた。不思議な物体
を発見次第持ち帰れ。至上命令だった。何が有用で何が無用かは、送った先で判断
する。一見無用に思えても実は、との例は研究開発分野では枚挙に暇が無いのだ。

 「…この前騙して送った獣人、どうなったかな? …解剖されて無きゃあいいが」
 「外務大臣のペットだとさ。萌え〜、とか本人言ってたそうだぜ? 毛とパーツの生え方
 あんまりにも趣味的だったからな? あ、そいつから愛を込めて下手糞な字でお前宛。
 読むか? …スマン…監視中だったな? 」


319 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/12/24(土) 18:58:57 ID:???


 数瞬の沈黙が2人の間に流れた。小鳥の囀り、風の起こす草のざわめきが、
彼等の周囲を支配し始めた時、監視中の方が一言、囁くように呟いた。

 「幸せ、そうか?」
 「ああ、読もうか? ちイにそうさん、おげんさです力・・・」
 「…だったら、いい。大きな声出すな」

 最近では民間人もこの分野に参入して来ている。彼等のアドヴァンテージはひとえに、
『先駆者』で有る事だ。これまでに文字通り『血と汗と涙』を流して蓄えた知識は、黄金の
盾となって彼等を業界の『ガリバー』として君臨させるに役立っている。

 「…1600ミル方向、距離1000、何か揉めてるな? ウチの国の腐れ餓鬼ども5と…エルフ1」
 「ピノ(ピノキュラー:双眼鏡)使わずによく見えるなぁ? 遠視か? どれどれ…」

 監視していた方が、休憩していた方に囁く。休憩中の者が私物の、民生品の双眼鏡を
使う。エルフの少女が、最近売り出し中の『民間人ハンター』と言い争う場面が飛び込んできた。

 「おい、あの貧乳の背後に有る、ありゃあ…」
 「今回の目的のブツ、『アマランス(:永遠に咲く華)』だ。本当に有ったとは、な…」

 陸自が蒐集した古文書の数は、石碑に描かれたものも含めれば…その体積は東京都都庁ビル
を軽く凌駕する。その中に描かれ、伝説とされて来たモノが彼ら陸上自衛官の駆け足の範囲内に
あるのだ。

 「休憩終わり! 着装! 着装後に恩着せ作戦開始! 」
 「了! 」

 装具装着に1分。彼等は駆け出す。…価値の解らぬ者どもに踏み荒らされる前に横取りだ!



326 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/12/24(土) 21:16:15 ID:???

>>319

 「待て待て待てぃ! 先取特権我に有り! ニッポン政府『筋』御用達、陸自F派遣隊推参! 」
 「ゲ…ここ、アンタ達の縄張りなのかよ! 違うだろ! 見つけたのは…」

 理屈馬鹿には、すかさず小銃で胸をポイントしてやるのが議論を制するコツだった。暴力なら
権力側の専売特許だからだ。彼等、民間人には『危険区域不法侵入』の弱みが常に付きまとう。

 「特別立法第794条違反で死体に為りたいか? 有害な感染症を持ち帰って、土葬死体を墓から
 甦らせたのは貴様等アマチュアの責任の無さだ! 帰ってスリーダイアのエンブレム付けた雇い主
 に言っとけ! 次に不良品や談合やらかしたらコマッちゃんや他の方へ発注チェンジするってなぁ! 」
 
 嵩に掛かって言ってのけるお調子者の相棒のテッパチを、冷静な方が小突く。銃口は民間ハンターに
向いたままだ。勿論エルフ少女と『目的のブツ』を紳士的、ジェントリーに背後に庇うのを忘れては居ない。

 「お前にそんな権限は無い。だが、我々の報告如何ではそうなる可能性も有る。企業間でも大変だが、
 契約は我々に優先権が有る。大体において君達は、ここには『居ない』事にして処理されているんだろう? 」 
 「しかし俺達、餓鬼の遣いじゃ…」

 彼等の足元に5.56oの穴が複数穿たれ、土煙と落葉の破片が舞い上がる。ここは日本の『外』なのだ。

 「アタマの悪い奴等だな? 肥料にされたいのか、って相棒は言ってるんだよ! 解かれよ低脳が! 」
 「お前にしては上出来だ。今までは問答無用で撃ってたからな? 丁度良い、射撃用意! 目標正面の…」
 「ひ、ひぃぃぃぃぃ〜! 」

 装備を置いて背を向け逃げ去る五人の足元に、小銃弾を無駄にご馳走するのもアフターケアの一環だ。


327 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/12/24(土) 21:35:56 ID:???


 「さあてお嬢ちゃん? いや、見た目通りの御歳でも無いからオバアチャンか? 痛ェ! 」
 「お前は黙れ。我々は先程の奴等と目的を同じにする…スマン。違う。君の背後に用件が有るんだ」

 地衣二曹が調子よく喋る相棒を制し、目的を同じにする、まで喋った途端、エルフ少女が両手で己の
体を抱きしめた。どうやら日本の若者は『まともな大人の女性』を相手に出来ない世代が本流と化した
らしいと地衣ニ曹は苦笑し、率直に喋る事にした。しかし少女の態度はますます硬化して行った。

 「やっぱり、わたしに用があるんですね?! …来ないで! イヤァ!  」
 「チイチイ、不思議世界の本流ルールだなこりゃ。この子、この華、『アマランス』の精だ」
 「チイチイは止めろ! …我々は適切な条件で君の…」
 「わたしはここが好きなの! ここから動きたく無いの! な、なにするんですか…それで…」

 携帯円匙を少女にこれ見よがしにちらつかせる相棒のテッパチをまた小突く。地衣ニ曹は交渉を再開した。

 「…君の身体の一部でも良い、我々に分けて呉れないか? それだけで良いんだ」
 「オジサン達は蕾(ツボミ)が希望なのんw …! …さっきから痛いッスよ地衣2曹! 」
 「…痛いのは…嫌です…」

 含羞に頬を赤らめ、そっと呟くエルフ少女、アマランスの精の姿に地衣二曹は思わず生唾を飲み込んでいた。
15で陸自に入隊して、娘がいたらこのくらいには為っているだろう。地衣と相棒は未だ独身で営内生活者だった。


328 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 2005/12/24(土) 21:49:41 ID:???


 「我々は君の身体を培養して、コピーを作れるかどうか検討する。君自身をどうこうしようとするのは
 その結果如何だ。その間、我々が君を保護する。そう言う契約でどうかな? ええと…」
 「おはなちゃんで花子ちゃんってのは…ブげラぁ! …植物が脊椎動物に逆らうたぁいい度胸だなぁ? 」
 
 エルフ少女の裏拳が相棒の鼻に見事にヒットした。少女は地衣二曹に小さく、そっと頷いた。地衣二曹は
皮手袋を脱ぎ、少女の頭に優しく、そっと手を触れ、撫でた。『アマランス』を中心とするF世界で始めての
『陸自駐屯地』が建設される端緒となった、小さな小さな事件が、後に全F世界を巻き込む事になるのは…

     その場で和やかに遊ぶ、地衣二曹とその相棒、華の精…は未だ、知らずに居た。     終





130 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/04/25 16:25 ID:???
てと、嫌がらせ開始だ。心せよ。投下開始!

…山田2曹は焦っていた。『現地』駐屯地で行方不明者が出た。そして、その捜索に部隊全部が駆り出されていた。
捜索班を率い、行動する事約1週間。班員は心持ち下品だが、勇敢で気の良い奴等ばかりだった。内地に残した女の
痴態を面白可笑しく話す神崎、任満金入ったら、キャバクラで『お大尽』を一回やってみたいと言っていた林崎、
自慰こそ一番と強弁していた山崎…。そしてその3人と何時も風俗詣でを欠かさなかった坂崎…。営内2班名物、
坂崎サーカスことカルテット『エロ4崎』…。今はもう、居ない。この捜索行で、一人減り、二人減り…そして、
三人目が、信じられないと言った顔で山田の目の前に横たわっている。

 「…残りは誰と誰だ? 」
 「一番、西士長! 」
 「六番、坂崎三曹! 」
 「…情報は、この先だ。で、貴官等の意見を聞こう。捜索続行か? 帰還するか? 」
 「山ちゃん、ここまで来たんだ。やろうや。…エロ共もそいつをやらないと化けて出らあな」
 「自分は帰還を主張します。行方不明のWAC一人に、それがお偉いさんの何だか解りませんが、
  貴重な教育を受けた隊員を消耗させる上の気が、自分には知れません。帰還が順当かと」
 「大学出は冷たいなぁ? 山ちゃん。…俺はお前に従う。だがな、此処まで来たんだぞ…」
 「…自分は班長の判断に従います。…結果が見えて居ますがね。自分の意志で脱柵した者に
  ここまで引っ掻き回されるのは正直、ウンザリですよ! …済みません、失言しました」
 「続行1に撤退1…。…俺は続行だ。済まんな、西」

 娼館に珍しい、黒髪の肌のきめ細かい綺麗な女が居るとの情報を掴んだ俺達は、威力偵察を敢行した。勿論、俺達
の班のみでは無い。数個班まとまっての襲撃だった。しかし、館の内部に突入したのは俺達の班だけだった。後の班
はバックアップに徹して居る。こんな『馬鹿な事』で死にたくない、とその行為が雄弁に語っていた。
 手練れの娼館が飼う『暗殺者』に、総員の半数が殺られた。死んだ奴等のためにも、成功させなければならない。