990 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/04/23 21:30 ID:???

 「糞が! 糞が! 漏れるぅ〜! 我慢できねーよ! 俺の代わりに…」
 「行けるか! 行って来い! 但し、ケツに矢が刺さった『矢追い人間』に為っても
  俺は同情せんからな! 糞ったれ! 」

 隣のアホが俺に正露丸をくれと言って数分後、敵の襲撃が開始された。…止せばいいのに
現地の『いかにも』怪しげな、毒々しい色彩をした果物なんぞ食うからだ。だから都会育ち
は困る。珍しいモノに慣れすぎて、本能が鈍っているのだと思う。最初、部隊で野外調理を
された『温食』が、『レトルト飯』こと戦闘糧食2型になり、終には『缶飯』こと1型に…。
そして最近では…? 連隊S-4、『需品課』の知り合いがこっそり耳打ちして教えてくれた。
 
 『…その辺の野草で喰えそうな奴喰うしか無い。…本土補給処からの連絡が途絶えた』

 …と云う事だ。薄々は感じていた。通信手の俺は各指揮系の無線傍受を行っていたのだが、
とにかく大混乱だったのだ。或る無線のモールス信号で送られる通信を書き取り、暗号表と
首っ引きで翻訳すると、怖ろしい単語が浮かんで来た。『ニッポン ガ ショウメツ』や、
『レイカ ノ タイイン ニハ ゲンジュウ 二 ヒトク セヨ』などなど、だ。
 
 俺が連隊本部詰めの同期にその事を冗談交じりに話すと…殺されそうになった。厳重な
緘口令が敷かれているらしい。…コーラが飲みたい。米が喰いたい。味噌汁が飲みたい。
板海苔をバリバリ噛み締めたい。『腹が減っては戦が出来ぬ』は真実なのだ。…もう、嫌だ!

 「悪い夢なら醒めてくれ! 誰か俺達を連れ出してくれ! こんな所は、もう沢山だ…! 」

 俺の願いは遠からず、必ず叶えられるだろう。眼前の敵の『狂信者』どもの手によって。


130 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/04/25 16:25 ID:???

てと、嫌がらせ開始だ。心せよ。投下開始!

 …山田2曹は焦っていた。『現地』駐屯地で行方不明者が出た。そして、その捜索に部隊全部が駆り出されていた。
捜索班を率い、行動する事約1週間。班員は心持ち下品だが、勇敢で気の良い奴等ばかりだった。内地に残した女の
痴態を面白可笑しく話す神崎、任満金入ったら、キャバクラで『お大尽』を一回やってみたいと言っていた林崎、
自慰こそ一番と強弁していた山崎…。そしてその3人と何時も風俗詣でを欠かさなかった坂崎…。営内2班名物、
坂崎サーカスことカルテット『エロ4崎』…。今はもう、居ない。この捜索行で、一人減り、二人減り…そして、
三人目が、信じられないと言った顔で山田の目の前に横たわっている。

 「…残りは誰と誰だ? 」
 「一番、西士長! 」
 「六番、坂崎三曹! 」
 「…情報は、この先だ。で、貴官等の意見を聞こう。捜索続行か? 帰還するか? 」
 「山ちゃん、ここまで来たんだ。やろうや。…エロ共もそいつをやらないと化けて出らあな」
 「自分は帰還を主張します。行方不明のWAC一人に、それがお偉いさんの何だか解りませんが、
  貴重な教育を受けた隊員を消耗させる上の気が、自分には知れません。帰還が順当かと」
 「大学出は冷たいなぁ? 山ちゃん。…俺はお前に従う。だがな、此処まで来たんだぞ…」
 「…自分は班長の判断に従います。…結果が見えて居ますがね。自分の意志で脱柵した者に
  ここまで引っ掻き回されるのは正直、ウンザリですよ! …済みません、失言しました」
 「続行1に撤退1…。…俺は続行だ。済まんな、西」

 娼館に珍しい、黒髪の肌のきめ細かい綺麗な女が居るとの情報を掴んだ俺達は、威力偵察を敢行した。勿論、俺達
の班のみでは無い。数個班まとまっての襲撃だった。しかし、館の内部に突入したのは俺達の班だけだった。後の班
はバックアップに徹して居る。こんな『馬鹿な事』で死にたくない、とその行為が雄弁に語っていた。
 手練れの娼館が飼う『暗殺者』に、総員の半数が殺られた。死んだ奴等のためにも、成功させなければならない。

…続く?



134 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/04/25 16:50 ID:???

嫌がらせ続行! 投下>>130の続き!

 「西! お前は山ちゃんの後衛だ! 俺は此処で野蛮人どもに『銃剣格闘』の展示を行う! 
  俺の腕は知ってるだろうが! 行け! 早く! 山ちゃん一人で行かすな、ノロマが! 」
 「坂崎さんっ…一人では無理です! 」
 「馬鹿、お前、技術陸曹受かって2曹だろうが! 俺の上だろ?! もっとしっかりしろ! 」
 「行きましょう、山田2曹! 坂崎3曹! 1曹に昇進おめでとうございます! 」
 「抜かせ下っ端が! 帰ったらエロ本コレクション寄越せよ! ふんっ! とおりゃぁあ! 」

 狭い廊下の中、俺達は2名の襲撃を受けた。坂崎3曹は格闘に掛けては天下一品。内地では
銃剣道や徒手格闘の練成隊の常連召集メンバーだった。此処に来て『実戦』を経験し、その技
の冴えは格段に『磨き』が掛かったとの噂だった。俺達は坂崎3曹の背に目礼して、扉を蹴り
開けた。大きな寝台の上で絡み合う2名の男女。…内、1名の顔は写真よりも髪が伸びていた。
大股おっぴろげている女の背後で座位で執拗に責める男の顔を、俺は迷わず小銃弾で吹き飛ば
した。俺と西のを合わせて4発命中。即死だ。…女の方は陶然とした顔でまだ腰を振っていた。

 「理性が薬か何かで破壊されていなければ、御の字なのですが…。班長? 」

 …血を浴びた白い裸体は…俺の『過去』を思い出させるには充分だった。しかし現在、俺は
『任務遂行中』だ。頭を一つ振り、俺は気持ちを切り替え、低く静かに、女に声を掛けた。

135 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/04/25 17:20 ID:???

>>135

 「高橋瞳3曹…だな? 」

 俺の声が聞こえて居ないのか、彼女は浅ましくも快楽の残滓を貪っていた。西が目を背ける。
真面目な奴には刺激が強すぎる光景だった。…俺はそんな物で動じるほど…心が純粋では無く
なっているが。この時ばかりは『穴の中』の経験に心より感謝した。やがて頂点に達したのか、
女が崩折れ、前のめりに斃れる。扇の様に、長く艶やかな黒髪が白いシーツに、拡がる。

 「何故…探しに来たの? 」

 女がそのままの状態で、喋った。…背後の西が息を呑む様子が、顔を見なくても俺には解った。

 「君はまだ隊員で、俺達の仲間だからだ。そして、生きている。理由は以上だ」
 「隊員? 仲間? それが何なの…? そんな物のためだけに、どうして来たりしたのよ…」
 「それ以外に何が有ると言うのですか? 貴女は自分の…」
 「ここに居させてよぉ! 快楽を貪って何が悪いの!? 此処に居れば、辛い事や哀しい事を、
  男の人が、全て忘れさせてくれる! だけどあそこは違う! やれ責任…! やれ任務…!
  わたしが居る意味なんか無いじゃない! あんな人達の事なんて知った事じゃないわ! 」 

 キュポン、と間抜けな音が聞こえた。女が寝台の上から立ち上がったのだ。目から流れる涙が、
窓から差し込む月光に光る。こちらに歩いてくる。両手を広げて。…血を…浴びたままに。
 


137 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/04/25 17:26 ID:???

>>136

 「貴方達はわたしに…」
 「雌犬が! あの世であいつ等に…! 手前を探して死んでった奴等に詫びて来い! 死ね淫売が! 」

 女の顔が幾発かの激発音とともに、突然、柘榴の様に爆ぜた。思わず振り向くと…。坂崎3曹の小銃が、
吠えていた。女の腕に、身体に、脚に、そして胎に。坂崎3曹は、頭から血を浴びた地獄の鬼さながらの
姿と形相で…ただ、泣いていた。その気持ちは俺に痛いほど、伝わる。

 「坂崎3曹っ…! 」
 「高橋瞳3曹は、ここには居なかった。そうだな? …山ちゃん…? 」
 
 俺は無言で頷いた。こんな馬鹿げた結末は少なくとも、死んでいった奴等に聞かせていいものでは無い。
俺は全ての責任を取るつもりでいた。…坂崎さんが撃たなければ…多分俺が撃っていただろう。  END。

163 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/04/25 21:37 ID:???

>161 じゃあちょっとだけ第三章ダイジェスト(予定)。

 「神々の陣営を一番早めに切り崩すならば? それ向きの格好の人材が居る。我が軍にはな」
 「戦神、でしょうな…? あの…頼まれてくれるかな? 実はな…君でしか出来ん事が…」
 「い、嫌ですそんな恥ずかしいこと…! 裸で貼り付けで皆に見られるなんて…! 」
 「山田…? そなた、少々、趣味が歪んで居らぬか? …欲求不満ならば妾が居るからな?」
 「い、いや…効果的だと思ったので、な? 榊2尉、自分は犠牲が一番少なく済む方法だと…」
 「正論だ。しかし、それをやったが最後、我が軍は永久に戦神を取り込めなくなるだろうな」

 会議は踊る。まずは『現代』に措いて戦線の膠着状態を生成せねば、『過去修正』の話では無い。
戦略会議が『魔法学校』の『校長室』で行われている事実を知るものは…『帝国』では皆無に近い。

 「…しっかしなあ…『神殺し』なんぞ考えにゃあならん俺達、『自衛隊』って何なんだ? 
  おそらく最高の罰当たりだぞ? …『封神演義』は仙人だったがな…? どうした? 」
 「…臆したか山田? 臆したならば妾の『お守り』でも進呈するがの? 」
 「そんな要らん事を誰から吹き込まれた! って言うまでも無いか…」
 「はーい! わたしー! 充分お守りの資格アリでーす! 数百年間も蜘蛛の巣張りっぱな…」
 「…もしや死にたいか小娘…? 言って良い事と悪い事が在るのだと何遍言えば良い! 」
 「心配無い。足りなくなれば日本から『勧請』すれば済む事だ。報酬次第でこの私がやらん
  でもないが…? 恐れ多くもかしこみ、かしこみ…とな? なあ、山田2曹…? 」
 「熱っぽい瞳で何故俺を見るんです…? 榊2尉! 」
 「その妖しさが…私を危険な想像に叩き込んでくれる…。嗚呼…父様…私は汚れてしまいました」

 果たして『帝国軍』と『自衛隊』は『王国連合』を『神々の支配』より解放出来るのだろうか?
両陣営で幾度と無く陰惨な戦略戦術が駆使される! この戦いに終わりは来るのだろうか?
 最後に勝利を?ぎ取る者は? 泉下の『張良』閣下も照覧あれ! 勝てば官軍いざ行かん!  



440 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/06 21:09 ID:???

第二部・状況説明

 自衛隊帝都駐在連絡部への始祖皇帝の訪問は、嵐を巻き起こした。『武装警察』の残党と『王国連合』の
工作員に因るテロは、有ろう事か『駐連』前で展開された。掟破りのAH−64の『30o機関砲』での狙撃は
『駐連』警衛隊の協力と標的と為った始祖皇帝と御付きの『一団』により奇跡的に阻止された。
 
 (「…防護結界重ね掛けって結構、効いたよね? 」「…妾を庇う者は山田一人きりとは…」
  「せせせせっ、生徒が無事で何よりでしたっ…! 」「俺も混ぜろや、やぁ〜まだァ! 」) 

 魔導部隊の有用性を説こうとする山田=里井にとって格好のデモンストレーションとなったこの出来事は、
本国の圧倒的な支持と物資提供を得る格好の切っ掛けと為った。

 (「…人事異動が了承されたよ…やっと…貴様に逢えた…」「妾の山田に近づくな! 妖しき男(おのこ)
   めが! 」「…WACが聞いたら号泣モンですよ…それ? 」「ドキドキします…ああ…友情って甘美…」)

 それに伴い、『駐連』から榊 三郎2等陸尉、小川憲人3等陸曹の『リイ記念帝立魔法学校』への人員派遣が
追認された。これにより、従来教育で編成される魔導部隊と、新たに独自教育後、編成される事となった
『戦闘魔導士部隊』との本格的な比較実験計画が、文書として帝国、日本国両国に残された。これは日本国、
引いては陸上自衛隊の『面子』を懸けた、一大プロジェクトと認識され現在に至る。

 (「万事OK! まかせなさぁ〜い! 」「小川、女子の教育はお前には絶対やらせんからな! 」
  「…私が実施しよう。私ならば手心など加えんからな」「…榊2尉の笑った顔、何かコワい…」 )

441 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/06 21:11 ID:???

教官2人、助教3人体制で行われる、教育がどんな物に為るのかは…教育に携わる当の本人達にも見当が全く
付かないままであった。魔導重視か? 教練重視か? それとも実戦形式か? 山田助教の思惑は?

 (「結果は出す! それが自衛隊だ! 」「わー、かっこいー! 」「棒読みだぞ…ネエちゃん? 」
  「…あの…ほほほほ本当に…私が…? 」「もし怪我をしたら、何時でも私に言って下さいね? 」
  「…それ以上媚びたら、命が無いと思えよ女ども…」「フン、媚びなければ良いのじゃろう? 」 )

果たして生徒達に未来は有るのか? 試行錯誤の喧々諤々の中、ようやく教育第一週目が、始まろうとしていた。

 (「先ずは団体行動の教育からだろう。歩調すら揃わん奴等に、基本を仕込まないとな? )



456 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/06 22:49 ID:???

 「皆の者、妾を今より『カラミティ教官』と呼べ。始祖皇帝陛下などと毎回言うのは辛かろう? 」

 呆気に取られる生徒の前で山田は冷や汗を禁じ得なかった。その綽名は明確な『悪意』から奉られた
物なのだ。…実を言えば、元は山田が過去に付けた綽名だった。例の厚生労働省の高級官僚の処刑の際、
名前を失念したと言うより聞いていなかったので、便宜上、付けた。それが巡り巡って…今に至る。

 『里井…? バラしてもいいかな? その事? 』
 『俺を殺す気だな? 殺す気満々だろ? お前? 俺がどんな目に遭うか解って…! 』
 『案外、喜んでくれるかもね? だってさぁ…』
 「君達の教官を務める事に為った、榊三郎2等陸尉だ。君達の学習能力に期待している」
 「んで、俺が助教の小川憲人3等陸曹。階級は下だが、山田の同期だ。コイツ技術陸曹でズル
  して2曹に為っちゃった奴だから…って榊2尉…視線がキツイっすよ…ハイ、黙りますッ! 」
 「コイツも俺と、キリャム先生と助教を務める。面倒見てやってくれよ、生徒諸君? 」
 「私は今まで『食堂のお姉さん』でしたが、皆さんの怪我の『治療師』としての任に就きます。
  皆さん、今後とも宜しくお願いしますね? …私が敵に見えるかも知れませんけれど…」
 「ままま、魔導展示要員の、キリャムですっ! しっかり勉強して、がんばってねっ? 」
 「はーい、みんなの助手でーっす! いろんな『悩み事』、しっかり聞いちゃって対処しまーす! 」

 緊張にガチガチ震えている60名の生徒達の前で、教官達だけが和やかなムードで自己紹介を終えた。
初一発の授業は、先ずは基本教練。陸自三人衆の独壇場だ。その前に…教育せねば為らない事があった。

457 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/06 22:51 ID:???

 「着衣の乱れは心の乱れだ! 山田助教、被服着用手順展示! その場で脱げ! 」
 「…それ、露骨過ぎやしないかい…? 榊ちゃんよぉ…」
 「…ヤァ! 」

 手早く半長靴を脱ぎ、弾帯を外し、作業服を脱ぎ、シャツも脱ぎ、靴下とパンツ一枚に為る山田。
2分も懸らずその状態だ。おまけにしっかり畳んで足元に置いてある。『気を付け』のまま、微動
だにしない山田の均整の取れた体を、上官は熱っぽい眼で犯す。鋼の鞭の如く引き締まった身体だ。
無駄な筋肉など膨らませて居ない。多数の者が流麗かつ耽美なその半裸体に、見とれる。

 「し、下は…その…脱がせぬのか? 」
 「結構おっきいよ? …触った事有るくせにぃ…」
 「靴下の事じゃ! 」
 「私の趣味だ。茶々を入れないで貰おうか。先ず、シャツはOD作業服の場合は白。U首が望ま
  しい。作業服の下からシャツが見えてはいかん。次に、作業服上衣。…ジッパーはきちんと
  上まで上げる事。ジッパーの操作方法、小川助教、展示! 」
 「い? 俺もですか…? あんまり見ないで下さいよ…? 」
 「生徒諸君、列を崩して構わん。近くで見たまえ」
 
 小川が上衣を脱ぎジッパーを合わせる所を見せる。その他の職員連中は気を付けをした山田の傍で
作業着の下をまじまじと上げ下げしている。数個のボタンとボタン穴止めなのが不思議らしい。

458 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/06 22:52 ID:???

 「山田助教、解説! 」
 「ヤァ! …下衣がボタン止めなのは、匍匐前進の必要性からで有ります! 戦闘服である迷彩服は
  上下ともボタンとボタンホール仕様と為っております! この作業服は簡便性を考慮して、上衣を
  ジッパー仕様にして有ります! 私物ノーアイロン作業服は、上下ともジッパー仕様であります! 」
 「ただ、近年は迷彩服着用を義務付ける一般部隊が多数だ。故に作業服を着る機会があまり無い。
  山田助教、惜しいが下衣着用! 次は半長靴着用要領展示! 」
 「ヤァ! 」

 山田は半長靴を高々と掲げる。そして、靴の中を見せる。

 「…見ての通りだ。編み上げ靴で、山田助教は私物の衝撃吸収材を挿入している。そうしないと、
  走行の際に膝を必ず壊す。駐連需品倉庫で諸君等の足の寸法よりやや大きめのモノを与えたのは
  それを見越しての事だ。山田助教が私費で諸君等の為に衝撃吸収材を購入した。礼を言うように」

 山田は両方の靴ヒモを2本ずつ同時に両手で持ち、5秒も懸らず編み上げる。熟練の手つきだ。

 「慣れるとこうなる。諸君等は、一本ずつ片手に持ってしっかり編み上げ、結束するように。靴紐の
  端末処理は、靴の内側に入れる。作業衣の上衣の裾を下衣の内側に入れるのと同じ様にだ。最後に
  弾帯だが、布製旧弾帯とプラスチック製新弾帯が存在する。…今回は接続部の耐久性を考慮し、布
  弾帯を使用する。金具を合わせ…捻じって止めて完了。作業帽は深めに被れ。以上、展示終了」
 「あの〜、榊2尉? 俺は何時まで上げ下げしてりゃあいいんです? 」
 「着用方法は理解できたな? 15分で着替えて来い! 出来なければ罰則だ! 」

 山田の声が響くと同時に、生徒達が一斉に私室に向かって駆け出した。…本格的な教育が始まる。

806 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/09 02:19 ID:???


 「オイ、やぁ〜まだぁ〜! お前、女子用の下衣の事忘れてるぞ! ありゃボタンが前じゃなくて
  腰に有るんだろ? だから、ちょっくら俺が行って指導して来るぜィ! あ〜ばよぉッ! 」

 小川が間髪入れずに女子生徒の居室へと駆け出して行く。山田が榊2尉と『カラミティ教官』に敬礼
し、『後を追って良いか? 』と眼で合図する。アイ・コンタクトの連携は見事なまでに通った。その
まま腕を下ろして直り、右向け右をし、駆け出す。すぐ後に『少女』が付いて来ていた。

 「助手! あの覗き魔を止めないと大変な騒ぎに為る! お前の『力』が是非とも必要だ! 」
 「…わたしも、『名前』が欲しぃなぁ〜? 何か適当なの付けてよぉ、里井? 」
 「…考えて置く! 急ぐぞ! 」

 寄宿棟の女子と男子の領域を分けて、女子の領域は基本的に男子禁制にしたのだが、小川は着任した
ばかりで当然、知らない。女性は女性だけに為ると大体はざっくばらんに為ってしまうのを山田は遠い
過去の記憶から学習していた。女に対して己の『ファンタジー』を抱きすぎる傾向に有る小川にとって
それは致命的なダメージと為る筈だった。

 「…やっぱり吸うのは『指』から、かな? 」
 「もしかして、アイツも…なのか? …嘘だろ? あのド助平が? 」
 「そ、美味しそうな香りがプンプン匂って来るの。…本番、イイ? 」
 「…アイツに人間の女を抱けなくするつもりか? 残酷過ぎるぞ、それは! 」
 「ジョーダンよ、ジョーダン! …変な所、トモダチ思いなんだから…」

 異種族間の交接は、互いに取って筆舌に尽くしがたい快楽を得られる。…増してや『少女』はその
道のエキスパートかつエリート種族でも有る。精霊と人間と云う組み合わせは、悲劇を生む例が最も
多いのだ。元居た世界の民話には山程先例が存在する。その結果は…大抵精霊の純情さが裏切られる。
 『少女』は淫魔だ。しかし『夜の精霊』と捉えれば? 山田は2人の貴重な『友人』を失いたくはなかった。
寄宿棟の石段を駆け上り、中に入る。目指す当座の女子更衣室は、被服配布後すぐなので、大部屋だ。結果は…!

807 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/09 02:21 ID:???

 「はーい、おっじょうさんタチぃ〜! 君タチのお兄ちゃん、小川助教だよぉ〜ん…って、あら? 」

 『少女』が、開け放した部屋のドアに掛けたままの、小川の左手の親指を素早く取り、その紅唇に
咥え、何か吸うようなアクションを見せた。立っていた小川の膝が崩れると同時に、倒れ伏した。
 『精気』を吸われたのだ。勿論、手加減はしてあるらしい。小川の肌はまだ年相応の艶と張りを
保っていた。山田が真面目な顔で後を引き継ぐ。…完全に『教師』の顔だ。鼻の下など伸びて居ない。

 「付記事項! 女子の作業服、迷彩服下衣の停めボタンは、腰の片側の部分だ! 男性用と異なる!
  以上! あと10分! そのままシャツを着るな! スポーツ用乳押さえを渡しただろう! 急げよ! 」
 「里井って、そう言う細かい所…しっかり観察してるんだよね…? 下心が無いのがコワイけど…」
 
 茫然とする女子達に向かって、山田はふと微笑み、ウィンクまでして、冗談めかしてこう言った。
 
 「…存外の眼福で御座った。では、失礼…」
 
 失神した小川3曹の襟首を掴み上げながら、山田は静かに更衣室代わりの大部屋のドアを閉じた。
 
 「あーあ、ドーテーの癖に漢の色気なんか無理して出しちゃって…。でも、似合ってるよ…」
 「ドアを閉じてから言ってくれるのは、お前の優しさと解釈して良いんだな? 」
 「ご自由にどうぞ。あと、しっかり見ていらっしゃる御方の気配を感じない里井の鈍感さに
  もう、なにか、なんだか、その…哀悼の意を込めて、ご愁傷さまって言ってあげるから。
  え〜と、微笑んでウィンクした時ね、あの人の唇の辺り、ピクッ!…って聞いてる? 里井?」

 山田の背筋に沿って、冷たい汗が浮き出て来る。自分に取っても、命懸けの授業が…待っていた。


813 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/09 03:37 ID:???

生徒達の集合完了は、与えられた時間の15分を『30秒』オーバーした。集合完了とは、総務が全体を
整列させ、指揮者に敬礼して『魔導士候補生教育隊、総員60名、現在員60名、集合終わり! 』等と申告し、
敬礼し終わって始めて『集合完了』と看做される。ただ、時間通りに集合しただけでは…当然『アウト』だ。
しかし、その前に…。

 「山田2曹! 貴様は有ろう事か男子禁制の女子寄宿棟に立ち入り、自衛官に有るまじき言動及び行動
  を取った! 幾ら不心得者を捕らえる為だとは言え、罪は罪! 減給処分、戒告処分、引いては停職、
  退職勧告処分も有り得るが! 『カラミティ教官』の格別の御慈悲に寄り、自分が罰則を与えこの場
  で処分する! 山田2曹! 半ば右向けェー、右ッ! その場に腕立て伏せの姿勢を取れィ! 」
 「1、2ッ! 」
 
 榊2尉の鋭い叱咤と、凛々しい号令が山田に飛んだ。山田は号令に従い斜め45度右を向くと、1でしゃがみ、
地面に両手を付き、2の号令で脚を後方に伸ばす。自衛隊のペナルティ、『腕立て伏せの姿勢』の完成だ。

 「1! 貴様は先ず何を言ったァ! 」
 「1! 乳押さえと言いましたぁ! 」
 「2! セクハラ発言と感じなかったのかァ! 」
 「2!感じましたァ! しかし、職務上必要な…」
 「3! 誰が言い訳をしろと言ったァ! 私は許可したかぁっ? 」
 「3! 許可されませんでしたァッ!! 」
 
 1の号令で、山田地面に胸を付け、上げる。延々とそれが…目の前で続く。淡々と行う山田の様子に、
生徒達の膝が、震え始めていた。帝国の普通の家庭では『この程度の事で』罰を受けるなど…無い。
 榊2尉は号令とともに次々と山田の問題行動をあげつらって行く。榊2尉の号令が200回を数えた時、
生徒達は始めて『聞き慣れない号令』をその耳に知覚した

814 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/09 03:39 ID:???

 「山田2曹、その場に立て! 」
 「1、2! 」
 「以後、気を付けて行動せよ! 教育開始! 」
 「ヤァ! 」

 『腕立て伏せの姿勢』を取った逆順で、山田が立った。作業服の上衣が水を被った様に汗で濡れ、
胸は砂塗れに、その額は青筋が脈打ち、膨れ上がっていた。山田が気を付けの姿勢から、『半ば左向
け左』を行う。山田2曹が生徒達に、正対した。鋭い目が、生徒達を射抜く。そして…!

 「魔導士候補生教育隊、半ば右向けェー、右ッ! その場に腕立て伏せの姿勢をとれィ! 」
 「1、2ッ! 」(生徒全員で唱和)

 生徒達は知った。今度は自分達が『罰』を受ける番なのだと。しかし、先程の目の前の例と異なる
要素が有った。…指揮者で有る山田も、腕立て伏せの姿勢を取ったのである。…信じられなかった。
 
 「1! 貴様らぁ! 自分は何分後集合と言ったぁ! 」
 「1! 」(生徒全員で唱和)
 「2! 誰か応えろ! 誰でも良い! 」
 「2! 」(生徒全員で唱和)
 「3! 応えない限り、延々と続けるぞ! 」
 「3! 」(生徒全員で唱和)

 誰も応えないまま、腕立て伏せは20回続いた。体力の無い者の腕が、小刻みに震えて居る。山田は
先に200回をこなして居るのに、まだ余裕の有る顔付きをしていた。生徒の様子を眺め、微笑む。

 「21! そのまま腕を上げるな! 誰かが応えるまで、ケツを上げる事を許さん! 」
 「ああ…」

 生徒の一人がグシャッと崩れ落ちる。山田の次の鋭い叱咤が、生徒をさらに絶望に追い込んだ。

815 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/09 03:42 ID:???

 「連帯責任! 全員、始めからやり直し! 1! 」
 「1! 」  

 総務のマニュが、苦しい息の中、15分後だと言う事を切れ切れに呟く。山田はそれを聞き、言った。

 「集合完了も入れて15分だ! 貴様等、それを忘れるな! 常に、時間に余裕を持って行動しろ!
  23! あと9回で勘弁してやる! 誰かが潰れたらまた最初からだ! 」
 「20…さぁんっ! 」
 「声が小さぁいっ! 最初からやり直しッ! 1! 」

 腕立て伏せは…日が暮れても、30回を越える事無く、続く。これまでの合計で行けば…かなりの回数
となって居るだろう。この日、生徒達は…その身を以て『五分前行動』の意義を思い知ったのだった。

 「だらしない! それでも戦闘魔導士を志す候補生か! これ位ニッコリ笑ってこなして見ろ!
  …仕方無い…魔導士候補生教育隊、その場に立て! 」
 「1…2…」
 「はぁ? 何だァ? その声は? その場に腕立て伏せの姿勢を取れ! 」
 「1! 2! 」
 「出せるじゃないか! 出せるのなら最初から声を出せ! 1! 」
 「1! 」

 夕食の時間を告げる鐘が鳴るまで、結局、腕立て伏せは続いた。そして本格的な授業開始の初日が、
無為に終わった。しかし、生徒達に取っては『無為』では無い。時間厳守の大切さを、学べたのだから。



944 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/11 00:43 ID:???

 晴れた屋根の上、今夜も山田のラッパが鳴り響く。消灯20分前の予告ラッパを吹き終え、山田が残心
とともにラッパを唇から離す。眼を閉じ、真摯に何かに祈る男の貌は…何処か寂しげで美しい。トン、
と背後で軽く屋根が鳴った。…気配、息遣い無し。人間では無い。だが、夜風が匂いを運ぶ…。

 「お前か…。階段使え、階段! 吃驚して俺が落ちて死んだら責任取ってくれるのか? 」
 「…妾は取ったがの。もう7度目じゃが? 忘れたか…薄情者め! 」
 「…あの時ああは言ったがな…実は感謝している。夜警国家に徹し、民衆の権利を保護。
  そして暴発させずに指導。不死者のお前以外では誰も出来ん…よく、頑張ったよ…」
 「そなたが寝物語替わりに聞かせてくれた事を実行したまでじゃ。…褒めるな、愚か者…!
  調子が狂う! …妾が何度、人どもに呆れ果て、諦めて領地に引っ込もうと考えたか…!」
 「で、どうして皇帝が代替わりしてるんだ? 確か元老院審判の元、勝負をして勝利した者が
  皇帝位を継ぐ事に為っていると、学習したんだがな? …お前がどうして執事のイゴールに…」
 
 山田が正面を向いたまま問いかけた。心持ち、『彼女』の顔が常人の色と同様に為る。…照れていた。
 
 「…あ奴が策略を遣い居った! 2代皇帝イゴールは現在も妾の執事! 領地にて館の番をしておる! 」
 「無敵のお前が負けるなんぞ、信じられんがな、俺にはとても、な? 」
 「多くはそなたの責でも有る! …教えてやるから眼を閉じよ! 」
 「…消灯ラッパ、吹いてからな? その前に…そのオフショルダーは、見ているだけで寒そうだ。
  コイツでも着ろ。…安心しろ。着替えたばかりの汗臭く無い奴だ。羽織ってくれ」
 「…相も変わらず…余計な気を遣う男め…! だから要らん者どもにまで慕われる! …猛省せい! 」

 山田は差し出した上着を、戸惑いながらも焦って引ったくって羽織る『彼女』に向かい、優しく微笑んだ。

945 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/11 00:46 ID:???

 消灯ラッパが終わる。寄宿棟内巡察までまだ時間が有る。山田は屋根の上に寝転び、夜空を見上げた。
同じ様に左に横たわった彼女が、その胸に頭を乗せて来る。山田の心音をうっとりと聞くように、だ。

 「何か聴こえるか? 腹黒い、腹黒い、って鳴ってるか? 」
 「五月蠅い…黙って居れ…。雰囲気壊すと…解って居るな? 」

 以前は首の辺りに痣を創ってくれた事を山田は思い出す。それでも、この状況は…山田に取って拙い。
彼女を「可愛い」だなんて思い始めている自分の心が…未だ己の心に住む者に、物凄く後ろめたかった。

 「負けた理由をまだ、聞いて…! 」

 脳裏に強烈なビジョンが送り込まれた。上半身裸に為って『館』の一室のベッドで寝ている山田の胸で
…あられもない格好の『彼女』が…胸に今と同じ様に頭を載せて…幸せそうに眠っている光景だった。

 「…という代物を、元老院連中に見せ付けてやる、と脅迫された。『楽をなさいませ、お館様』
  とニヤリと笑ったイゴールの顔と…羞恥に震えた妾の顔を…そなたは想像出来る、な? 」
 「そうか…そいつは災難だったな? 謝ろう。…素直に、な? 」

 山田は『彼女』の艶やかな黒髪を優しく梳いた。誇り高い種族に取って、これは致命的な『攻撃』
だ。『羞恥攻め』が効くな、と山田は改めて認識した。…遣りすぎると死ぬかも知れんが。

 「今、不埒な事を考えたな…? 咎めては居らぬ…だが…他の者には…向けるな? 」
 
 今日も星空は…共に旅した『あの頃』の様に…降らんばかりの変わらぬ輝きを…誇っていた。



191 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/13 23:22 ID:???

…よし、ギャグだ。決定。いくぞ!

 競技会。自衛隊の練度を測るバロメーターである。中隊ごとにその能力を競わせ、
優勝した中隊へは『○○競技会優秀中隊』との『看板』が与えられる。各種職能の
大規模な競技会開催の中…それは行われた。中隊の調理能力を競う、競技会である。
 品目は、カレー。決められた時間内に、決められた分量を調理する。一挙にその数、
各々の中隊分と、審査員分。この競技会には…尉官や佐官の出る幕は、無かった。

 「番号、始め! 」

 森の開けた広場の中、3中隊がその威信を懸けて、カレー調理を担当する。各中隊、
10名の人数で、何十名分ものメシを用意しなければ為らない。ミスは許されない。
失敗すれば…当然メシ抜きだ。居並ぶ中隊の連中の無言の圧力が、彼らの肩に圧し掛かる。

192 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/13 23:37 ID:???

「只今付与された番号は各人の固有番号! 以後の行動は番号を以て示す! 
 右ェ、倣えィ! 1番、前! 5番、もう少し後退、よし! 直れィ! 」

 中隊でも古参の一曹、曹長クラスが気合を入れた声で整列させる。大隊長の
指示を以て、競技は開始される。整列終了後、式次第が述べられる。さあ、競技
の幕が、上がろうとしていた。

 「大隊長臨場、部隊気を付け」
 「本部管理中隊(第一中隊)(第二中隊)、気を付けィ!」
 「大隊長に敬礼」
 「頭ァ、右(中)(左)!」
 
 大隊長が答礼を返す。各中隊を見渡してから、直る。

 「直れィ! 」

 (その後こまごました号令が続くが、割愛)もう、各中隊選抜人員が焦れている
のが肌で解る大隊長は、ニヤリと笑う。我が大隊、士気軒高なり。…ただ、皆、
ハラが減っているだけだとは、露ほども彼は知らなかった。そして、口を開く。

 「各中隊、始め! 」

 S1の若手3尉がストップウオッチを押した。時間は1時間半。審査員全部のルーから
メシから盛り付けまでその時間内に全て完了しなければ為らない。中隊の分も同時に作る
が、配布は後からだ。見守る視線が…熱い。中でも本管中隊にはその『面子』が懸っていた。

193 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/13 23:46 ID:???

 本部管理中隊。云わば後方支援のエキスパートだ。実際、演習では彼らの中から
糧食班が選抜され、各NO中隊から人数を若干差し出させる、と云うのが昔のやり方だ。
 いまは、各中隊が同等の能力を持つように、と指導が入り、人員練成中である。
器材はあっても、人が居なければ話に為らない。各NO中隊は、本部管理中隊との人事
移動で来た人材を、この競技に投入していた。後方支援の本家は、負ける事を許されない。

 「どんな料理が出されるのか…楽しみです。ああ、各種香料の入り混じった香りが…」

 この広場を貸与してくれた『長老』が言う。しかし、永遠の若者たる彼らにとってその
称号は奇異どころかはっきり云って相応しく無い。大隊長は隣でムゥ、と唸る。御付の者が
見とれていたのだから。しかし、不満を顔には出せないのが、上に立つ者の辛い所だ。

194 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/13 23:56 ID:???

 「裁断班、作業完了! これより材料投入! 」
 「馬鹿! 手前! こら! そこ! 火加減! ああ、焦げるだろ! 」

 テッパチに迷彩服姿に、白マスクと使い捨てプラ製手袋は余り似合わない。
しかし、これは飽くまで調理なのだ。皆、大真面目だ。与えられた材料は、
同じ。これにどう、アレンジを加えるか? ルーは業務用カレーフレーク。
水加減と、野菜の分量、加熱時間が、勝敗を分ける。だが、一番大事なのは…?

 「3、2、1、今! それ、攪拌! …閉じろ! 」

 米飯だ。釜で炊くが、これも方法が指定される。カレーのキモであるメシが
焚けないと…中隊に配布されるのはカレールーのみだ。…予備など無い。
 失敗したが最後…他の中隊にアタマを下げて、貰いに行くしか道は無いのだ。
必死だな、と冷笑した奴がその場で袋叩きにされかね無い程、緊張感が張り詰めていた。

195 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/14 00:07 ID:???

で、各中隊が完成品を審査員の前に並べ終わったのが、5分前キッカリで有る。
品目は、野菜サラダ、カレーライス、福神漬け。各中隊の個性がもろに出る瞬間だ。
 本管中隊。サラダの野菜もカレーライスも盛り付けの形は良い。全体的に細やかだ。
第一中隊は戦闘部隊の気質を残した荒々しい出来で有る。野菜もぶつ切り、ごろごろ大きい。
見た目は『?』だが、食欲をそそる匂いだ。第二中隊。…同じ戦闘部隊なのだが…ちょっと
上品だ。なんと米が良い。立っている。他の中隊が焦げ目が有るのに対し、ふっくら美味しそう
に長けている。大隊長の心中は…サラダは本管中隊、ルーは第一中隊、米飯は第二中隊だった。
しかし長たる者、我儘は云ってはいけなかった。可愛い部下が心を込めて作ったのだから。

 「ああ、済みません、そちらのサラダとそちらの汁、それとそちらの穀物を頂けますか? 」

 長老が、明るく云った。…何の屈託も無く。大隊長はその日、一日中何故か不機嫌だったと言う。

                               END




249 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/15 10:59 ID:???

 僕達は2重に取り残された。日本にも、友軍にも。僕は神は信じない。でも祈りたくは為る。
夢なら、醒めてくれと。連隊長がいくら謝って呉れても、足りない気がするのは…僕だけだろう。

 「総統閣下がトチ狂う前に、社会の理想を見たのが『戦場』だ! …勝利と云う目的のために、
  各人が己の果すべき責務を担い、一心にただ、戦う! あらゆる階層から志願した兵士がだ!
  一致団結するその姿は、例う物無き美しさを誇る! ただ、間違えたのはな…! 」
 「…負けると解っていても、遣らねばならぬ! 皇道派の日本人しかり、本物の右翼ってのは
  こう、なんかヒロイックな自意識に被れてるんですよ! 最後に割を食うのが巻き込まれた
  人間なんです! 終わらせる事も考えて初弾発射して下さい! 坂崎班長! 」

 義を見てせざるは勇無きなり。勇有る者は必ず仁有り。文句は言っても、僕はこの人の生き様が
好きだ。どんな馬鹿を次は見せてくれるのか? どんな事を矢弾飛び交う中で語って呉れるのか?
 僕は、西 大輔。西2士と散々班長にからかわれ、鍛えられた。WACの駆け足の隊列にワザと
くっ付いて、『さあ、良く覚えとけよお前ら! 娑婆には無い、いいケツだろ? な? 』に始まり
『夜中に便所で射撃する奴! 弾倉空に為ったら明日がキツいぞ! 』等…娑婆ではとても聞くに
耐えない卑猥かつ猥褻な表現が…新教入りたての、当時の僕等の緊張をほぐしてくれた。

250 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/15 11:01 ID:???

 「どうせ死ぬなら美しく! ってグロ否定じゃ無いぞ? 生き方って奴だ! 」
 「…ドン・キホーテが常人のアロンソ・キハーノに戻って死んだ様にですか! 」
 「馬鹿! シラノの様に、『誰にも汚されぬ心意気』を持って、さ! 死体を壊せても、
  俺達の信じた理想、気高き魂は汚せは出来ん! 綺麗なまんまあの世に持っていく! 」
 「フーゾク通い『だけ』の達人が今更何を言うんです! …聞きましたよ? 本当の事…」
 「ばれたか…女の子とご歓談してただけだ。誰かの支えに、為りたかっただけさ…」
 
 人間には2通り有る。『馬鹿な人間』と、『馬鹿になれる人間』だ。僕は坂崎班長は前者だと
ばかり思っていた。だが…言動と中身は違うと思い知らされた。こんな状況でも、班長は平然と
している。…ハッキリ云って、僕達特科中隊の全滅は近い。移動速度と踏破能力に難が有り過ぎた
のだ。しかし、坂崎班長は笑っていた。聞けば、『アイツが助けに来てくれるさ』と言っていた。
 アイツ。僕の知っている人は…既に死んだと聞いていた。坂崎班長は僕にだけ、言ってくれた。

 「ホントにアイツが死んだなら、真っ先に俺に報告に来る筈だ。新教前期の班長と教え子の絆ってのはな、
  結構、濃いんだぜ? 西陸曹候補生よぉ? だから、俺は信じない。アイツは生きている。必ずな? 」

 敵が眼前に迫る中、僕達は静かに着剣した後に、また撃ち続ける。僕達の名は残るだろうかと思いながら。


336 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 04:11 ID:???

「起っきろよ起きろよ点呼だ急げっ、起っきろよ起きろよ点呼だ急げぇ〜っと! 総員起床! 」

 小川三曹が起床ラッパに合わせて歌い、叫ぶ。皆、飛び起き、ズボン、半長靴の順に履き、作業帽
と弾帯を引っ掴み、上着のジッパーを上げながら走る。起床は0630だ。それから5分間で寄宿舎前に
全員出て来なければ…最初からやり直しだ。何と全部脱がせて起床から始めさせる。それがルールだ。

 「ほらほらァ! 俺より遅い奴はお前、間に合わんぞ! 下りろ下りろ! ハリ、ハァリィ〜」

 小川が全員の最後尾から勢子よろしく追い立てる。実は将棋倒しに為らないよう、監視しているのだ
が、生徒は未だにその優しさを知らず…罰則をもたらす恐怖の対象としての役割しか認識して居ない。
全速力で候補生達が寄宿舎前広場に駆けて来て、集合する。有る程度形が揃ってはいるが…整頓せねば
『集合した』とは看做されないのだ。だから、総務が号令を掛けて、候補生隊を整列させる。

 「右へェ、倣え! …直れ! 」

 先ず総務が整列させる。片手間隔だ。基準は最右翼の最前列の一名だ。『倣え』で、最右翼列の者達を
除き、右に首を向ける。そして、最左翼列の者達を除き、同時に左腕を水平に真横に上げ、肩に触れる
か触れないかの距離を調節する。列が若干斜めに為りがちなので、左に並ぶ者達は気を付けねば乱れる。
また、2つ前の者の頭が見えない様、前後にも留意せねば為らない。大体最右翼の者が右手を真直ぐ前
に突き出し、間隔を取る。右翼列は結構忙しいのだ。列を作る際は、指定が無ければ身長順に並ぶのが
基本だ。だから…最右翼列は背が高い。ちなみに総務の立ち位置は基準の右に、片手間隔だ。

337 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 04:14 ID:???

 
 「番号、始め! 」「123456、1欠! 」

 『番号』で、右端の者を除く最前列の者が一斉に右を向く。『始め』の号令で力一杯叫んでゆくのだ。
ここで流れる様に進んで行かない、とちる、声が小さい、等に為ると…『番号やり直し! 』と号令を
飛ばされる。今日は…上手く行ったようだ。最後の『1欠』は、最左翼列最後尾の者が叫ぶ。この場合、
全員60名の1列10名で整列しているが、総務のマニュ・アーメイが列中より抜けているので最左翼
は9名。つまり、1名欠けている。だから「1欠」で有る。これが2名、3名に為ると…「2欠」「3欠」
と叫ばねば為らない。前日に各員の健康状態を把握しておかねば、これをミスする羽目に為る。背の小さい
者もなかなか大変なのだ。…まあ、総務がもっと気の毒なのがこの後で有る。…助教への報告が待っている。

 「マニュ・アーメイ以下60名、事故無し、現在員…」
 「敬礼はどうした! 総務! 報告からやり直せ! 」

 山田の叱責が飛ぶ。壇上で助教が報告を受けるのだが、列の指揮者は必ず報告をする前に敬礼を行い、
直ってから行わねば為らない。マニュは焦る余りにそれを忘れたのだった。急いで敬礼し、直る。

 「マニュ・アーメイ以下60名、事故無し! 現在員60名! 集合終わり! 」

 そして、また敬礼し、閉じる。受礼者が腕を下ろすまで、敬礼した者は腕を降ろしてはいけないのだ。
ちなみにマニュはそれで2回、小川三曹に引っ掛けられた。そしてその責任は…候補生全員で取る事に
なったのだ。その理由は…

338 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 04:19 ID:???

 「おはよう、魔導士候補生諸官! 」
 「おはようございます! 」
 「集合完了まで9分30秒…まあ、10分は切れたが、約束の9分にはまだ遠いな? 魔導士候補生、
  斜め右向けェー、右! その場に腕立て伏せの姿勢をとれぃ! 」
 「1、2! 」
 「今日は30回! 基準から声を出して行け! 始め! 」

 当然、助教たる小川も山田も、腕立て伏せの姿勢を取っている。飽くまで、教える者も責任を取って
いるとの覚悟からの行動だ。助教でコレを弁えない奴は…陸上自衛官たる資質を疑わざるを得ない。 

 「1! 」
 「1!(全体)」

 こうして、段々と緊急事態に対処出来る様、彼らは慣れて行くのだ。朝っぱらからこの調子だから、
気を抜く所は全然、無い。もし抜くとすれば…座学こと魔導の授業だ。しかし、これはこれでまた気が
抜けない。助教は甘いが教官がもう…容赦が無い。御蔭で治療士の戦乙女の人気が上がってたりする
のは御愛嬌だ。…さらには榊2尉以下3名が後ろでじっと生徒を座って見ているのだから始末が悪い。
 だが、生徒達はこの環境に慣れて行くのだった。基本的な能力が高い分、適応能力も高かった。


344 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 18:43 ID:???

 「さあ、皆、此処で停まれ! これより妾の授業を開始する! 列を崩してその場に折り敷け! 」

 魔導の授業は、今回は『実技』だ。従って、野外で行われる。晴天の中、なんと『カラミティ教官』
が遮光物も無しで歩いている。…トラウマは完全に払拭出来たらしい。…生徒達の後ろで黙って歩く
山田に手さえ振ってしまう溌剌さは…流石に頂けない。榊2尉が咳払いでたしなめると、露骨に舌打ち
してそっぽを向く。…子供っぽいと言えばそれまでだが。『少女』も付いて来ている。これは冷やかし
兼、護衛だ。生徒達の防護魔導では防げない程の魔導を『教官』が気まぐれに放ったりするので、助教
のキリャム一人では対応しきれない。そこで白羽の矢が立った。で、もう一人は…有る意味必須である。
防護魔導で防ぎきれぬ時が日に三度四度あったりする。云わば事後処理のための人員、『戦乙女』だ。

 「総務、報告は省略じゃ。助教、魔導の展示を実施せよ…と言いたいところじゃが、今日は気分が良い」
 
 すかさず榊2尉の咳払いが入る。生徒を甘やかすな、と言いたいのがその顰め面で解る。…渋面をして
いても女生徒達から溜息が漏れるのは…? 小川3曹曰く『セクハラだよ、セクハラ』と云う事らしい。
自衛官三人の服装は89式鉄帽に防護ベストに迷彩服。小川は何と小銃と銃剣を持ち出して来ていた。小川
曰く、『教官には有効では無くとも、ま、警告代わりさ。何もなけりゃそれに越した事は無い』との言だ。
 何だかんだ言っても、『穴の心得』は忘れて居ないらしい。『常に最悪の事態に備え行動せよ』と云う
教えだ。山田も常に『剣鉈』を所持している。…これには別の理由がまた、あるのだが。榊2尉は、実は、
素手の方が本人にとって一番やり易かったりする。…『カラミティ教官』が無邪気にニッコリ笑う。
 この笑顔が曲者なのだ。キリャム助教と生徒達は『カラミティ教官』の言葉を不安と共に待っていた。

345 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 18:45 ID:???

 「山田助教、それからそこの! 前へ! 妾の命により、今回は戦技展示を行う! 」
 「…ヤァ! 準備良し! …小川、お前の銃と銃剣貸せ。先に言っとく。…壊したら、スマン」
 「あいよ。これで恨みっこ無しな。下手な手加減、しない方が良いぜ? 相手は何せ…」

 どういう理屈かは知らないが…既に彼の相手は『武装』していた。眩しき白銀の金属光沢を放つ鎧に
その身体を包み、右手に鑓を、腰に長剣を下げていた。彼女の背には光り輝く翼に似た光背が広がる。

 「…戦闘専門の『神』だ。俺もな…? いや、何でも無い。まっさかあの優しそうな腐女子がねぇ…?
  人は見かけに依らんモンだね、全く…。ああ、解った! 今出てくるなよ…ここは『帝国』なんだ! 」
 「小川? 急に後ろ向いて誰と喋ってる? 俺は此処に居るんだがな? 」
 「ああ、発作だ。気にするな。駐連でも弾薬庫歩哨が長くてな…? スマン、忘れてくれ」

 『少女』がニコニコ笑っている。何か感付いているらしいが…山田の脳裏には倒すべき『敵』の事で
それを問い質す余裕が無かった。それほどまでに…隙が無い。銃に弾薬が装填されていないのが、山田
は始めて、呪った。小川は弾倉を両手に持って目の前でブラブラさせている。当然…実弾入りだ。榊2尉
に鉄帽を小突かれ、小川は悶絶する。事前の注意抜きの行為は余程の事が無い限り、自衛官は行わないのだ。
 …実弾を扱う際の態度が全く為って居ない小川に業を煮やしての暴力行為だった。まあ、『穴』還りの
自衛官にしては、小川はまだ自衛官らしい自衛官ではあるのは、当の榊2尉も同じであるから『アレ位』で
済んでいる。私語を慎めと言われない事をいい事にざわめいていた生徒達に沈黙が下りてくる。場の雰囲気を
をようやく、感じ取ったのだ。風と、そよぐ木と草の葉だけが音を立てている。


354 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 21:25 ID:???

 「退け! 不浄なる者よ! 我は戦神と我が名に於いて貴様を滅ぼす! 身を以てその罪を知るが良い! 」
 「俺を殺るだと? この俺をか? 面白い…。面白いぞ! …面白過ぎて笑いが停まらんぞ! 笑止! 」

 『その筋の趣味』を持つ人間が聞いたら『踏んで下さい! 』と哀願する事間違い無しの凛々しさと威厳に
溢れた台詞を聞いた瞬間、山田の顔が歪んだ。唇の両端が釣り上がり、白い歯を剥いて哂ったままに為る。
 ある種の凄みすら感じられるその鬼気迫る表情に陶然と為っているのが…教官2名だけだったりするが、
…キリャム助教と生徒達は眼前で始めて見る『生の敵の姿』の神々しさと威容にただ、圧倒されていた。

 「闇に滅せよ、卑小為る者め! 跪け! さすれば永遠の生を我が与えてやろう! 」
 「断る! 俺は人間だ! 人間賛歌は勇気の賛歌! 意味無き隷属など御免被るッ! 」

 戦乙女の空いた左手から、次々と神聖魔法を象徴する緑光が放たれて行く。それは正確に山田の居た位置の
地面を穿って行った。魔導は施術者がその場を『知覚』し『支配』しない限り、事象に変化をもたらせない。
だが、『請願の強さ』に起点を持つ神聖魔法はそのプロセス抜きで発動可能で有る。…つまり、回避手段が…
事実上、存在しない。それを避ける事の可能な『人間』は…事実上、『穴』出身者だけだ。出身者はそこで
人間としての大切な『心の中の何か』と引き換えにして…『力』を手に入れる者が大多数だった。

 「タァッ! ヤッ! タアッ! とぉぉっ!! 」
 「たかが短き生を生きる、人の子如きが賢しげにこうも振舞う! 許し難し! 」

 間合いに入り込んだ山田が、着剣した小銃による連続攻撃を繰り出す。最初に突き、かわされれば上方に
薙ぎ、それからまた切り下ろす。切り下ろした時点でカシン、と遊底が為る音がする。これが為らせるのは
格技徽章を持った『上級者』で無いと難しい。空の銃でそれをやり、空撃ち可能にするのが達人の証だ。
いま山田の遣う、六四式では、そうだ。…しかし山田の迷彩服の胸には、徽章関係は何一つ、無かった。

355 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 21:29 ID:???

 有名なレンジャー徽章も、射撃徽章も、格技徽章も、スキー徽章も、体力検定一級徽章も…何一つも無い。
所属部隊が、山田を放さなかったのだ。その資格を得るためには、体力検定徽章を除いて集合教育に参加を
しなくてはならない。と云う事は、所属する原隊から離れなくてはならなく為る。つまり…山田の代わりの
出来る人間がその部隊には誰一人として居ない証がそれだった。『無冠の帝王』。それが原隊での彼の綽名
だった。幹部と曹士の潤滑油、幹部の良き相談相手、曹士の不満を率先して上申する便利屋、何をやらせても
充分すぎる結果を出す…。『アイツが居なく為ったらその部隊は終わりだ』と言われ続けた男だった。

 「甘い、甘いぞ! 肉迫して我の鑓と『力』を封じた心算か! …滅べ! 闇の使徒め! 」
 「…っ!? グハぁッ…! 」

 戦乙女が、一瞬空いた山田の脇腹に左手を当て、神聖魔法を発動させる。『癒し』では無く『苦痛』を与える
効果を持つ魔法だ。そのダメージは内蔵を直接鷲掴みにされたに等しい効果を持つ。小川がしきりに頷いている。
『あれは物凄く痛いんだぞ? しかも尾を引く』と『実際喰らった事が有るかの様に』ワケ知り顔に呟いていた。
しかし、山田は苦痛の声を漏らしても…『笑顔』を崩さない。何事も無かったかの様に、間合いを保ち続けている。

 「…飽くまで引かぬか! ならば…! 」
 「引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ! 俺の任は、眼前の敵の殲滅っ、一事のみィ! 」

 何と山田の着剣小銃の切り下ろしは、神の武器を砕く。…言ってしまえばこの世界では『良く有る』事だった。
『有る理由で』根性と気合いの充分入った『人間』ならば、『運が良ければ』可能な場合がまま、有るのだ。
しかし…その六四式もただでは済まなかった。即座に戦乙女の空いた両手で放った緑光弾に依って鉄屑と化す。


362 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 22:42 ID:???

 先に仕掛けたのは山田だった。腰の後ろの自作スキャバード(鞘)に納めた剣鉈を順手(サーベルグリップ)で
抜き、その柄頭で戦乙女の左鎖骨をその鎧ごと強打する。…異音と共にだらりと戦乙女の左腕が垂れ下がる。鎖骨
を折られると、その側の腕が肩から上に、人体構造上の理由と激痛で上げられなくなる。しかし、神聖魔法の効果
は伊達では無い。温かみの有る緑光が瞬時に傷を癒す。…対王国連合の、高位聖職者相手の白兵戦闘が忌避される
理由はここに有る。一撃で相手に致命的なダメージを与えない事には、相手が何度でも立ち上がって来るのだ。
 突然、山田の迷彩服のあちこちに血が滲み出す。戦乙女が神聖魔法で、山田の受けた古傷を一斉に開かせたのだ。
これは効く。さらに腹部に膝で打撃を、側頭部に拳槌で打撃を加える事を忘れない、戦乙女の徹底振りだ。

 「剣は…抜かせんッ! 」
 「あっ…! も、もう…やめて下さいっ! 山田さん! これは…訓…! 」
 「敵は倒すッ! それが兵士っ! それが俺に与えられた任務ッ! 」 

その全ての目的は戦乙女が剣を抜くための時間作りだと看破した山田は、痛みに堪えつつも体当たりを
敢行する。怯えながらも放たれる戦乙女の緑光に右腕を貫かれ、左肩を砕かれ、右太腿を裂かれ、
左脚を薙がれても疾走を止めない。戦乙女からは最早、当初の威厳すら漂わせた態度や言動が霧散し、
普段の『素』の彼女に戻っていた。それでも攻撃を止めないのは…山田の鬼気からもたらされる、
本能的な、根源的な恐怖からだろう。使命に燃えた人間は、どんな怪物よりも始末が悪いのだ。

363 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/17 22:49 ID:???

神聖攻撃魔法をその身体に受け続け、ベストが千切れ飛び、テッパチは脱げ、裂けた迷彩服と半長靴だけに為った
山田はそのまま戦乙女に肩口から体当たりする。その拍子に戦乙女の持っていた剣を、己の『身体』を貫かせて、
封じる。芝生の上に押し倒し、露出したその白い喉に歯を当て、噛んだ所で…山田は体を起こし、大音声で叫んだ。
山田のその顔はあの寒気すら覚える笑顔では無く、晴れやかで爽やかな、男らしい笑顔に戻っていた。

 「教官! 山田助教、これにて戦技展示を終了します! 敬礼は省略! 」
 「天晴れ山田! そうでなくては妾の山田では無いぞ! このままその者の首の血脈と気管を噛み切れば
  文句無しにそなたの勝利ぞ! …良くその程度で済んだものじゃな? もしや…あ奴、手加減したかの? 」
 「あのね? 突っ込んでいいかな? 戦争ってね、一対一じゃ無いんだけど? あえて無視してない? 貴女? 」
 「…妾に下らぬ文句を付ける前に、あの『世界に2人きり』の状態を壊しに行かんのか? 」
 「もうしばらく、あのままで…ね? たまには『ご褒美』あげるのも、教官の務めじゃないのかなぁ〜」
 「その理屈は解る。しかし…何故かアレを見ていると…無性に腹が立って仕方無い! 極めて不愉快じゃ! 」

 終に戦乙女の上に倒れ臥し、気絶した山田の頬を…戦乙女が、静かに涙を流しながら…ただ、優しく撫で続けている。
その様子は…まるで、若い母親が遊び疲れて眠ってしまった我が子をただ、慈しむ様な…そんな雰囲気を漂わせていた。

 「貴方は…馬鹿ですっ…。本当に…仕様の無い子っ…。でも…でも…そんな貴方がとても…私は…愛しい…」

 10分後、業を煮やした『カラミティ教官』によって、この二人が強制的に引き剥がされたのは言うまでも無い事実である。 



393 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/18 01:58 ID:???

 消灯ラッパは、山田と小川が交替で吹く。小川の番の時、痴話喧嘩紛いの会話が聴こえるのを…山田は毎回不思議に
思っていた。山田は地獄耳だ。御蔭で、耳栓をしていても常人以上の聴力を未だに保持している。大体の者が難聴気味
に為ってしまうものだが…普段から耳栓を常備していれば、余り苦には為らない。生活の全てを、戦うためだけに。
 いつから、こうなってしまったのだろう…。自分の体から、今は嘘のように消えてしまった古傷の疼きが懐かしい。

 「お体の方は…まだ…痛みますか? 」
 「いえ、もう、何処も。…奴等が喜んで信仰する訳だ…。正直治癒魔法は便利過ぎて…俺には合いません」
 「正直、なんですね…? 子供の頃から貴方はずっと、変わらないまま…」
 「…『おねえさん』、と呼んで構いませんか? 死に掛けて、人生の走馬灯を見ました。…俺は貴女に逢っている」
 「! …じゃあ、今だけ『こうちゃん』って呼びます!! …覚えていて…くれたなんて…嬉しい…! 」

 山田幼少の頃…はっきり言って、彼の家庭は崩壊していた。帰らぬ父親、寂しさを他人で紛らわす母。日本中の何処
でもありふれた、お決まりのパターンだった。山田はいつも一人で、夜の公園で家の鍵を持って遊んでいたのだった。
そんな或る日の事…山田は遊んでいて、家の鍵を無くしてしまったのだ。泥んこに為りながら必死で泣かずに捜し続け
る山田の前に現れたのが…『おねえさん』だった。『一緒に捜そう? 』と折角言ってくれたのだが、無視して一人で
見つけてしまった山田に、『おねえさん』は微笑んでくれた。それから、毎夜、出会うようになったのだった。
ブランコで遊んだ。夜の神社を散歩した。シーソーでも遊んだ。沢山、沢山面白いお話を聞かせてくれた…おねえさん。

394 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/18 01:59 ID:???

回想から我に還り、山田は戦乙女に静かに聞く。あの時の別れは、突然過ぎた。『おねえさん』が今、
現れた、と思い駆け出した瞬間に、12歳の山田の目の前からスウッと消えたのだった。その日、山田は
静かにベッドに篭って、泣きじゃくった事を思い出す。捨てられたんだ、と思い、強くなろうと決意したのだ。

 「…何故…中学に入ってから…来なくなったんです? 」
 「…お父様に…叱責されました…そして、一時期、幽閉を…」
 「済みません…悪い事を訊いてしまいましたね…辛かったでしょう? 」
 「私が解放された時…『こうちゃん』の心と隣にはもう…別の人が居た…。本当に悔しかった…
  私の『こうちゃん』が、どんどん私から離れて行く…! 私の成長した『こうちゃん』を…
  ただの人間の女が奪おうとしているっ! …す、済みません…まだ私…修養が足りませんね…?」
 「…い、いえ…俺…いや、『ぼく』こそ、つい…。忘れて下さい…」 

 反射的に山田が腰の後ろに手を遣ったのを見て、彼女は慌てて謝罪する。決まり悪げに山田も謝る。
消灯ラッパまであと三十秒。山田は慌ててラッパを唇に当てた。各種ラッパは時間通りに吹かねば、
意味は無い。喫食ラッパは助教をやっているので吹けないし、国旗掲揚・降下時も吹けない。
 もっと日本国からの人手が欲しい。それが自衛官三人組の今のところの切なる願いだった。
消灯ラッパが響く。今日の音色は…何故か物悲しい。現在の山田の心境がもろに出ている音色だった。

395 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/18 02:00 ID:???

「…彼女を守るために…こうちゃん、勉強を一杯したのにね…? ごめんね…。おねえさん、
  こうちゃんの大事な人を…守れなかった…。あのときは不干渉が、解放の条件だったから…」
 「恨まない、と言えば嘘に為ります。だから…ぼくは…言います。…おねえさん、実は…」
 「こうちゃんは、正直ね…。あんな女、死んでしまえばいいって、思いました! だけど、
  本当に…ああなってしまうなんて…! お願い、信じてこうちゃん…私が、人の死を望んだ
  のが、あの時が最初で、最後なの…。まさか、離れたくない、こうちゃんの傍にずっと居たい
  からって、人間があんな事を望むなんて…私は…信じられなかった…。負けた、と思いました…」
 
 山田の眉が若干上がる。眼も鋭く為る。完全に尋問する『兵士』の顔だ。その顔で睨まれた戦乙女は
身を竦ませる。もう、彼は大人に為ってしまったのだと、諦めた。その瞬間、にっ、と山田が笑った。

 「…彼女の願いは、この『剣鉈』に留まる事。違いますか? おねえさん? 」
 「知っていたのですか…そうです。今度は、わたしが浩二君を守ります、と…」
 「…川に落としても、誰かが谷底に捨てても、コレだけは勝手にぼくの元に戻ってくる。
  何より雰囲気が…優しい。ぼくはすぐに解りましたよ。だからこれでぼくは奴等に…」
 「そう、だけど彼女は哀しんでいたのを…解っていたのでしょうに…こうちゃんは…」

 山田は眼を閉じ、星空を見上げた。少し息を吸った後、吐く。そして、戦乙女に、そっと微笑んだ。

396 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/18 02:01 ID:???

「ぼくは、人間です。だから、迷うし、やりたい事をやる。それが、たまたま復讐でした。
  そして、他の誰かに対して、彼女の愛した人達のために、自分の出来る何かをやろうと
  思いました。その何か何かの積み重ねで…今のぼくが、ここにいます。こんなぼくを…
  おねえさんは…軽蔑しますか? …嫌いですか? でも、ぼくはぼくを…」
 「辞められない…。自分の想いを、嘘にしたくないから…ね? そんなこうちゃんだから…
  おねえさんは…こうちゃんが大好きなの…。それなのにまた…誰かが私のこうちゃんを…」

 ギリッ、と彼女の口から歯軋りが漏れた。思い出しても悔しい事だらけらしい。この分では
絶対『干渉』したに違いないな、と山田は確信した。まさか小川の奴も『似たような存在』に
『守護(=監視)』されて居るのでは、と邪推してしまう。まあ、気のせいだろう。
 
 「私だけが知っている、こうちゃんの魅力に気付く『人間種』の女はそう居ないけれど…
  私の世界にこうちゃんが来てから他の種が放って置かないから…。あの人達、絶対、
  私のこうちゃんを狙ってるわ! もうおねえさん、心の中、不安だらけ・・・」
 「…取って喰われないだけマシですよ。…あ、もう血と精気は吸われましたがね? 」
 「…もう、迷いません…。私は…こうちゃんの心の中の『あの人』ごと…こうちゃんを
  守ります。そして…今度こそ…一緒に…連れて行きます…。もう誰にも…渡さない! 」

 それはぼくを死なせると云う事ですか? と山田はキチンと戦乙女に聞いたのは言うまでも無い。



919 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/25 23:31 ID:???

 「…百の空撃は、一つの直撃にすら劣る。手数が多すぎるし、ケレン味も無い。
  素直過ぎる! フェイントも為っちゃあ居ない! 訓練していてもこんなモノか! 」
 「人如きが、賢しげに! 喰らえ! 」

 貴族の嗜み、剣の会話こと『フラーズ・ダルム』は『この世界』でもお盛んらしい。
俺は俺の武器を使い遣らせて貰った。…着剣小銃で、だ。仮にフルールとマインゴーシュ
とでも呼べば良いのだろうか? お坊ちゃまは使用人にいい顔がしたくて得意満面に喧嘩
を売って来た。おろおろしている使用人の女の子の視線と想いの先は…まあ、な…?

 最初は付き合ってやった。払い、突き。間合いにもお情けで入ってやった。…当たって
遣るほど酔狂では無いつもりだったが…当てて来やがった。もう、俺はトサカに来たね。
 彼女に『お坊ちゃまを余り痛め付けないで下さい』と言われたのがもう、吹き飛んだ。


924 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/25 23:39 ID:???

上級貴族だが何だか知らないが、所詮地力に劣る耳長族だ。おちょくってやれば
すーぐ、挑発に乗って突き突き払いの連打連打だ。もーパターン。直線はかわされ
りゃ、すぐ背後を取れる。まあ、脚払いで転ばせて、庭園の薔薇群に頭から突っ込
ませたのだから、そりゃ恨まれる。でも、奴もさる者。左手のマインゴーシュは
伊達じゃあ無い。何と俺の必殺の突きを『奇跡的』に受け流しやがった。そして、
きっちり俺の左足を刺して行きやがった。そん時、彼女、頷いたね、俺に。

 『もう、いいです…。存分に…戦ってください…私のために』
 
 って、濡れた瞳でな? かーっ、燃えるじゃないか? ええ? おい?

941 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/26 12:01 ID:???

早メシ後の昼休みだがリクエストに応えよう。

 「…おじさん…? どうして…私達に小銃の撃ち方を今まで教えてくれなかったの? 」
 「…大人の意地、だったのさ。女子供が『人殺し』のことなんて覚える必要など…
  絶対、認めたく無かった。俺達が代わりに手を汚せば済む事だ、と思っていた…」

 開拓村。この『帝国』と日本国との友好関係を示すために作られた、一大農業地域。
『王国連合』では農奴に過ぎなかった彼ら農民が、始めて『自分の土地』を与えられた、
希望に溢れた『約束の地』だ。だが…脱走農民を看過出来なくなった一部の『王国』が
遂に『人狩り部隊』を送り込んで来たのである。我が国政府は楽観的に過ぎ…間に合わせの
『戦闘団』しか配置しなかった。各兵科から一小隊分抽出し、普通科を主力として編成した
『コンバット・チーム=CT』だ。演習で良く編成されたが…実際戦闘で編成されるとは、
世も末だ。敵の数は…我が方の約1.5倍。…自軍兵力では我が方の陣地防衛は出来ても、
奴等の真の目的である『元農奴』やその家族達を守る部隊まで編成出来はしない。

942 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/26 12:02 ID:???

 俺達は苦肉の策を取った。戦闘団中の予備銃や砲をかき集め、教官と為れる『真に優秀』な
人材を持って教育に当たらせ、襲撃予想日までに『撃てる』様にする事。文にすれば一行だが、
普通、数週間、数ヶ月に渡って教育すべき事を2週間で詰め込まなければ為らなかった。
 教官と為った俺達、陸自の曹連中は互いに顔を合わせれば、言ったものだった。

 「…なあ、『新品三尉』より使える奴等が多いじゃないか? 仕込み甲斐が有るな」
 「冗談! 俺だったらこの状況こそ恥じるね! …自衛隊の存在価値が全く無い! 」
 「…守るべきものに銃を取らせる俺達は…きっと地獄の鬼も許さないだろうな…」
 「違いないわ…きっと、泉下の『帝国軍人』の先人達に説教されるでしょうね! 
  何のために死んだと思ってる! とか、鬼よりコワイ顔して叱られるかもね…」

 官僚も逃げた。教育者も逃げた。役人も逃げた。入植者も逃げた。文字通り、俺達陸自が
日本国の代表と為った。…俺達の戦闘団からは何故か脱走者が『一人も』出なかった。普通科
連隊長の訓示が奇跡的に効いたのだろう。何気ない言葉が『覚悟』を促す効果も有る。
 日頃『信楽焼きの狸』とか言われていた奴の訓示だったが…その時何故か、心に沁みた。

943 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/05/26 12:03 ID:???

 『逃げる者は停めん。しかし、我々まで逃げれば、誰が彼らを守る?彼らだけでは無い。
  後方には同様の開拓村が多数存在している。当然、日本人も居るのだ。…我が連隊が
  現代の『良識有る正しき日本人』の姿を見せる事によって、信頼関係を磐石の物として
  見せようでは無いか! 捨石残地多いに結構! 諸官! 陸自の歴史に名を残そう! 』 
 
 ここまで言われて、逃げようとか逃げるとか言う勇気のある自衛官は、正直、居ない。まあ、
単に周りの雰囲気を気にして言い出せなかったに違い無いだろう。今の心境は、来るなら来いだ。

 「おじさん、あの土煙…もしかして…あれが…全部…? 」
 「そうだ! おいでなすったか! 特科小隊に連絡! 砲撃開始と伝えろ! 」

 伝えるまでも無く、視認した向こうが砲撃を開始した。俺達は『良き軍人』には遂に為れなかった。
『真に守るべき者』に『人殺しの道具』を扱わせたのだから。だが、それは死を以て償えるだろう。
その時始めて、俺達『日本国、陸上自衛隊戦闘団の自衛官だった日本人』は『良き隣人』と為るのだ。

40 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/05/27 14:27 ID:???
屋上へ出る階段でバッタリ出会ってしまって、互いを牽制している内に漁夫の利を掻っ攫われた者達は
いつしか会話に聞き耳を立てるに至っていた。上の話が進むにつれ、一方の柳眉が引きつり始めたのは…
危険な兆候だ。『多分バレたら半年は口訊いて貰えない』との『少女』の忠告が、辛うじて彼女に自制を
効かせる要因と為った。…彼女とて他人の意見を聞き入れる度量は有る。…その例は滅多に無いのだが。

 「…附かぬ事を訊くがの…もしや…お前はこれを知って…? 」
 「もうねぇ、ショーネンの頃の里井、もー、うん、凛々しいの。今は何かヒネた雰囲気が少ぉし
  あるんだけど、昔は「そのまままっすぐぅー! 」って感じの…って…怒ってるよ、ね…? 」
 「妾はいつも思う…。あ奴に笑顔を浮かべさせる、妾以外の全てのモノを破壊してやりたいとな? 
  …嫉妬と取られても構わん! あ奴の心を慰めるモノ! 妾以外の事をあ奴に考えさせるモノ!
  全てのモノを滅してやりたい! …じゃがそれを…当の本人に打ち明ける訳にはいかぬっ…」
 「間違い無く、即座に縁切るな。それか…不死者は殺せないから、『これが俺の遣り方だ』って
  目の前でスンごく優しく笑って見せて、死ぬか。その意味を貴女は…解るでしょ? 」

 なんと、教官がしおらしく、『コクン』と頷いた。絶対の孤独。隣を歩く者の居ない『生』。意味を
見出せぬ怠惰な日々。思えば、弟の『愚行』が無ければ、無駄に過ぎて行く『刻』を溜息を吐きながら、
見送る生を『領地』で送っていた筈だった。…そろそろあれを許すべきか? と彼女はふと思い出す。

41 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/05/27 14:28 ID:???
『少女』がフッ、と脱力した笑みを見せた。彼女の沈黙をどうやら『同意』と解釈したらしい。その
表情には心無しに、『わたしの圧倒的勝ちぃ! 』と大書して有る様に彼女には見え、もろに癇に障った。

 「その意味は、『テメエの勝手に創り上げた俺で満足してろ! 真実の俺は要らないんだろう?! 』
  痛烈な皮肉よ。哀しいね…。どうあっても、いずれ里井は、貴女より先に死んでしまうんだから…」
 「…だから、『同化』したか? 何故、山田を里井と呼ぶ! 腹立たしい! そんなに共に滅びた
  かったか?! 一つに為ったのがそんなに誇らしい事か!! そうじゃ! 今、妾の身を焼くは羨望!
  お前は今やあ奴に一番『近い』! どんなに身を摺り寄せても解らぬあ奴の『心奥』を覗け…」
 「声が大きい…。少しは黙って聞けんのか? …この私がな、こうも耐えているのだぞ? 」
 「さ、榊兄…じゃなくて、榊2尉…! いったい、いつからここに? 」
 「…隠行術は『穴』の基本だ。出来なければ『殺られる』だけだ。気息を…おまえに合わせ、気配
  を殺す。後は自意識の突出を抑え、場の事象の一つと為らん事だけを願う。…おまえは『知って』
  いるだろう。この言葉を私が誰から聞いたのか、そして私が…『何者』なのかも、な…? なあ、
  不死者のみが…破壊衝動を抑えている訳では無いのだぞ? …少しは周りにも配慮するのだな」

 突然現れたかに見えた榊2尉が、ずっとその場に居た事を知った『カラミティ教官』は羞恥の極みに
達したのか、榊2尉に掴みかかる。あわよくば引き裂いてくれる! との殺意が完全にある必殺の貫手
を、榊2尉は横から捉え、受け流し、その反動を利用して…彼女の体を壁に叩き付ける寸前で『停め』た。

 「…私は巡察中だ。不審者を見れば監視し、余計な事をせぬかどうか見極めねばならんからな? 」
 
 視線だけで焼き殺されない彼女の怒りの瞳を、関節を逆に極めながら、榊2尉は嫌味な程、涼しく受け流す。 

42 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/05/27 14:29 ID:???

 「止めろ。無駄だ。聞いているのは私だけでは無い。山田は地獄耳で、全部聞いている。不死者の
  想いなど…『彼』に懸かれば手に取る様に解っているだろうさ。…だから、憎まれ口を叩くのだ。
  嫌われる様に、嫌われる様に、とな…? 何せ私の想いすら…理解出来たのだからな…この…」
 「…榊2尉…里井にあの時、なんて言われたか、思い出してよ…。一人で惨めにならないで、ね? 」
 「お前は一体…何者なのじゃ! …有ろう事か、この妾の前で偉そうに説教するとは! 」
 「! ………ならば聞く! 両方の性を持っている私は、男か? 女か? 言ってみろ! 女め! 」

 『少女』が額に手を当て、俯いた。『カラミティ教官』がポカン、と口を開けたまま榊を眺めたまま
になる。そう、不死者の『完全な』美とはまた違うが、そう、人間にしては『整い過ぎた』美だった。
榊2尉は見る者によっては、男にも、女にも、見えてしまう。…これがその違和感の正体だった。
 両性具有者。錬金術者の羨望する、『人間』としての完全体だ。…しかしその存在は…自然界に於いて
は圧倒的少数者で…日本国の人間社会の多数派からは奇異の眼で見られる…『被差別者』だった。

 「山田は私を『素晴しい』と言ってくれたのだ! それも始めて! 嫌悪する事無く、肩を抱いても
  くれた! もし、もし、あの時の…私の思春期に山田に出会っていたとすれば、私は、私はっ…! 」

 感極まったのか、榊2尉が泣き崩れる。が、一瞬の事だった。すぐに涙を拭い、『自衛官』の顔に
戻る。その仮面の様な無表情さが、内面に吹き荒れているだろう『嵐』をその場の2人に思わせる。
 
 「他言無用。…明日も早いので、私は失礼する。就寝時間に騒いで『生徒』を起こすな。…以上だ」

 気勢を削がれた残された2人は、顔を見合わせ、自室にどちらが言い出すでも無く戻ったのだった。

43 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/05/27 14:33 ID:???
少数派は現代日本では生き辛い。異質なものは排除の方針さ。
こんなコテも居る。稀少動物扱いで、見逃してくれ。
煽り煽られ振り振られ。スレが荒れるは2chの華、ってなモンでな?
無機質や均質は、小官の『深い根っこ』の部分が一番嫌う類のモノさ!

…小官は、人間だよな? そして、諸君も。

7 名前: 小官 投稿日: 2004/04/23(金) 22:53

―もう、貴様しか見えない― 『榊2尉の危険な告白』

 誰かを真剣に恋した事が、貴様には有るだろうか? その者の為ならば、命すら惜しくは無い。
その者を守るためならば、どんな汚い事でもやって見せよう。…己にとってのそんな存在が、だ。
 私は、幸いにも見出す事が出来た。…しかし、それを、大々的に公表する事は私にとって致命的
なダメージと為る、と貴様は言う。私は、貴様だから愛したのだ。別に…『後ろ指』を差される想い
などでは無い。問題が有るとするならば、貴様が男で、この私も男だと言う、些細な一事のみだ。

 『榊2尉LOVEなんて言ってるWACが聞いたら泣きますよ? それはもう沢山…』

 泣かせて置けば良い! 汚らわしい…! 損得と美醜の2事のみで、男の価値を計る生き物などな、
軽蔑の対象とする以外に何を思えと言うのだ! 私の容貌が整っていてどうだと言うのだ! 貴様の、
貴様の清廉かつ清冽かつ誠実な生き様に比べれば、そのような美など美では無い! 漢が漢に惚れて、
何が悪いと言うのだ! 私は貴様を守りたい! その眼差しを、その微笑みを、その優しさを…全て!
 
 『しょ、小隊長…『穴』で言った事…ただの冗談ですよ、ね? 愛してくれ! なんて…』

 冗談? 冗談だと? 哀しいぞ…。貴様、私の心を疑うのか? 私は本気だ! 貴様は私の部下だ!
誰にも渡さん! 相手が誰であろうと、私は貴様を諦めぬ! だから…私だけを…見ていてくれ…!
そして、私をこれからも支えてくれ…! 私が此処に居るのは、ただ、貴様が居るからなのだ…!


307 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/01 04:23 ID:???

 『俺達は一番先に、死んでいくのさ。多分、普通科よりも、戦闘施設よりもな? 』

 隣で岩に押し潰されて死んだ先輩の有る日の言葉が、僕の耳に甦った。対空戦闘の骨幹、
『師団』高射特科部隊。師団の防空を一手に引き受ける、『大隊』だ。たとえ一人に為ろう
とも、高射特科部隊の隊員は、『一撃必墜』の精神を以て、戦わねばならない。短SAMは
まだ、発射可能な状態だ。射撃統制装置も『生きて』いる。…死んだのは『人間だけ』だ。

 「いける…! やってやる! やってやるぞ! 熱誘導だ! 熱誘導だから…! 」

 奴が火球を吐く、その前駆段階で、当てる。それが僕に与えられた最後のチャンスだ。
たった一人でも、僕が部隊を、そして師団を救うのだ。例えこの身がどうなろうとも、
師団の『仲間』と『同期』のために、戦うのだ。…娑婆の奴等には死んでも解るまい。
 一匹の巨大な『竜』の口元から、炎が見え始める。さあ、勝負だ。レンズの冷却が、終わる。



499 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/03 13:30 ID:???

 「で、何だ? 俺達にあの負傷した『突進系の低脳』を救援しに行け、と? 」

 露骨に小隊陸曹が顔を顰めた。勇猛果敢は良いが、損害度外視のあのグシャルが
また『いつもの』包囲殲滅に引っ掛かったのだ。その指揮下の軍勢は…入れ替わり
が激しいと言えば解るだろう。軍の要と為る『熟練兵』が育たないのも一因なのだ。

 『腰抜けと言われて行かぬ奴は男では無い! 行くぞ! 』

 台詞は立派で、先頭に立って行くその心意気は買うのだが…如何せん、『コスト』
意識の欠片も無い。運を天にどれ位、これまであの御仁は任せたか? 小隊長たる
僕は顔を付き合わせる度に苦言を呈したものだ。『軍勢の三割に損害が出た時点で
負けも同然です。突っ込む勇気は有っても、時流を待つ勇気は持ち合わせて居ない
のですか』と。彼は居並ぶ部隊長の前で唾を飛ばして言い放ったものだ。

 『我の真の心を知らぬ下衆め、消え失せろ! 一人正々堂々と戦いし我によくも…』 

 今度は彼も学ぶ事だろう。神に愛されている筈の、自分が傷付いたのだから。痛みを
知ることで彼が何を学ぶかは…この僕には見当も付かない。僕は彼では無いのだから。



599 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/05 02:56 ID:???
上は白のTシャツ、下は作業服下と半長靴の生徒達の集団が、4列縦隊で足並みを揃えて走る姿は、
壮観であった。助教の自衛官2人は、何と背嚢と水筒、小銃の完全装備で付き合っていたりする。

 「れんぞくほちょー、ちょー、ちょー、ちょー、数えィ! 」(山田)
 
 山田の良く通る大音声が校庭に木霊する。『駆け足』の際の掛け声だ。連続歩調。それは全体の足並みを
揃わせるための一種の『号令』である。これが無ければ、陸自の部隊そろっての『駆け足』は始まらない。
 
 「いぃち! 」(全体)
 「そぉれぃ!」(山田)
 「にぃ!」(全体)
 「そぉれぃ!」(山田)
 「いち、に、さん、しぃ、1、2、3、4ぃ! 」(山田+全体)
 「左、左、ひだり右っ! 」(小川)
 「そおれっ! 」(全体)
 「1、1、12ぃっ!」(小川)
 「そおれっ! 」(全体)
 「れんぞくほちょー、ちょー、ちょー、ちょー、数えィ! 」(小川)

 …この繰り返しが規定周回を終えるまで続くのだ。掛け声を掛ける役は一人づつ交代して行く。声が
小さいと、当然の如く…始めの者からやり直しだ。この御蔭で陸上自衛隊員の肺活量は並大抵のレベル
では無くなって行く。駆け足を続けるだけでも呼吸が苦しいのに、その上大声を出さねば為らない苦しさ
は…一度、体験をしなければ解らない辛さだ。しかし…魔導士候補生が脱落するより早く…脱落しそうな
者が居たりするのは…『彼女』の責任感の強い性格上、仕方が無いと言えば仕方が無い事ではあった。

600 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/05 02:56 ID:???
最後尾を務める、涼しい顔の小川と息も絶え絶えに併走しているのは…白Tシャツと黒のスパッツに
身を固めた『教師』だった。薄着だと、ローブを脱いだ身体の要所要所が発達しているのが一目で解る。

 「キリャムセンセー? …無理しなくてイイんだぜ? 」
 「せ、生徒が辛い思いをしているのにぃっ…黙って…見ているワケには…いきま…せぇん! 」

 彼女の体力が無いのでは無い。生徒達や自衛官達の『持久力』が発達している証拠だった。日に十周
以上の『ノルマ』を設け『駆け足』を励行させる。その週の一番距離を走った者に『ご褒美』を与える
方式は、名誉に五月蠅い『帝国臣民』の心をガッチリ鷲掴みにしてしまう有る意味、危険な加速装置だった。

 「さあ、今日授業で走った周回数も付けても構わんぞ? 今度は誰が教官のメダルを貰う?! 」
 「榊教官賞は、私のものですわっ! 誰にも渡すモノですかっ! 」
 「カラミティ教官賞は…サジシャかカーかゼヌだしなぁ…? いや、今日走れば追いつくっ! 」

 生徒が体を壊さぬ様、抑制させるのも助教の仕事である。準備体操やストレッチ体操の方法を先に
教育して置いたのが辛うじて、功を奏していた。…いきなり走らせる様な真似をしなくて良かったと、
山田・小川の両助教は安堵の余りお互いの肩を叩き合い、溜息を吐いたものだった。

 「こんな…みんな…強くなってっ! …さらに魔導も使えるんなんて…こんな疲れた後なのに…」
 「生徒の体力と精神力の分化のアイデアを出してくれたのは間違い無く、先生ですよ! 」

 最前列を走る山田が大音声を上げてキリャムに応えた。…キリャムの足取りが心無しか軽くなったか、
と小川はニヤつきながら思った。『誰にでも優しい奴は…残酷だな? 』と心の中で意地悪く思いつつ。

609 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/05 13:43 ID:???

 「そ、それではっ…魔導実習を…行い…ますっ…」
 「先生、休憩時間はまだ残っていますから…落ち着いて下さい」
 「そうは行きません…私のためになんか…五分前…行動…です・・・から…」

 意識の混濁が始まっている兆候だ。駆け足が終わっても、生徒に水を取らせない弊害がモロにキリャムに
響いていた事に今更山田・小川両名は気付いた。普通、今現在の日本の運動後の水分補給は最早『常識』で
あるのだが、『世間の常識』は『自衛隊の非常識』だ。戦場にガブガブ飲める程の『安全な水』は存在しない。
 有っても水は『化学兵器の除染』や『糧食調理』等、使用法は多岐に渡る。必然的に節約の対象と為るのは
個人携行の水筒中の水筒の水だが、実はそれは『己の飲むための水』では無い。『負傷した時の傷の洗浄』や
『死に行く者へ末期の水』の為に存在する、と『前期教育』で『脳髄の深くに叩き込まれる』のだ。
 『自衛隊の常識』に慣れてしまった彼らにとって…『一般人』で有るキリャムの反応は『事故』であった。

 「先生、先ずは木陰に入って…これを飲んで休んで下さ…」
 「…要りませんっ! 生徒が飲んでも居ないのにっ…私一人だけがっ…! 」

 キリャムは山田の差し出した水筒を跳ね飛ばす。宙に浮いた水筒を上手く捕まえたのは、…小川だった。
それに口を付け、水を口に『含む』。そいて右眉を上げ、山田を悪戯っぽく見る。山田は渋々頷き、眼を伏せた。
山田の苦り切った表情が、小川の今、やろうとしている行為が通常では不謹慎極まりない事を物語っていた。

610 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/05 13:44 ID:???
 「…!!! …貴方と云う人はっ…! 生徒が飲む前に自分がの…! 」
 「生徒諸君! これは緊急事態で有る! 相手が嚥下を如何しても拒否するための緊急措置だ!
  もし諸君等が通常時に実施しているのを見かけたら、即座に罰則を適用する! 良いな! 」

 小川は口移しでキリャムに飲ませたのだ。舌を駆使し、嚥下させる。ポゥッと為ったキリャムの口に水筒の口を
咥えさせると、一気に流し込んだ。…溢れた水が…白いTシャツにこぼれて行く。それを見てしまった山田は即座に
男子生徒限定で『号令』を掛けた。よろしく無い! このままでは青少年が『性』少年に為ってしまうっ!

 「…男子生徒気を付けィ! 回れェ、右ッ! 小川! 眼を閉じて木陰に運べッ! 助手! 『見て』いるな!?
  急いで団扇を持って来てくれ! 彼女の体温を下げねばならん! ああ、熱中症の対処だ! いいな! 」 

 小川が涼しげな木陰にキリャムを置いた途端に、小川のテッパチが眼に見えぬ誰かに殴られたかの様に吹っ飛んだ。
続いて腹部に打撃を受けたのか、前かがみになって宙に2cm程浮く。しかし何故か小川の表情は…『嬉しそう』だ。

 「…バッカヤロウ…ばれちまうぞ? も少し人目のつかん所でブベらぁ! 」

 小川の頬に棒の様なモノで殴られた赤い痕が付く。 2撃3撃と打撃は続くが、それでも小川は、倒れなかった。
女子生徒や山田の目は飽くまでキリャムに向き、丁度木に隠れた死角と為って小川の惨状は誰にも見られなかった。
 …校舎の方向から来た団扇と『古式ゆかしい金色の真鍮の大きなヤカン』を携えた『少女』を除いては。



415 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/09 23:24 ID:???

その頃教官達は、校長室で微笑みながら談笑していた、と聞こえは良いが、実の所は『褒め殺し合戦』だった。
互いを『敵』と認識し、腹の探り合いがてらに教育方針を話し合う彼らの姿を…給食の準備を終えた戦乙女が、
ある種の期待と興奮を持ちつつも狼狽しながら見守って居た。…人間にも関わらず、一歩も引かぬ榊2尉の姿は
例えようも無く凛々しく、そして…哀しく為る位に、『人外の者』に取っても、『美しく』見えた。

 「この温い調子でどう戦えと云うのじゃ? この人間の為り損な…いや、完全体であったな? 」
 「無駄に長生きをし過ぎた馬鹿殿様に一から説明している暇など…! おっと失礼? 始祖皇帝
  陛下の御心を煩わす程の事では御座いませぬ。万事自分と助教にお任せ下されば宜しいのです」
 「あの…もう褒め殺しって段階ではとっくに無い様な気が…? 私、ひしひしと感じます…」

 戦闘を経験させよ。カラミティ教官は淘汰の論理で話していた。榊や助教は違う。先ずは生徒全員を一定レベル
まで引き上げ、それから特性に応じた成長をさせる事を狙っていた。…基礎を作り、それから、特性を着けるのだ。
その基礎レベルが高ければ高いほど、特性持ちと為った後も連携が取れると言う物だ、と榊2尉は言っているのだ。

 「…それが山田の言う事なら呑むがの…何分、妾は直接あ奴の言い分を聞いては居らぬのでな? 」
 「公私混同が行き過ぎると、生徒の秩序が乱れて収拾が付かなく為ると部下が申して居りましたが」
 「…どの部下じゃ? それを馬鹿正直に妾に信じよ、と図々しくも抜かすはその真っ赤な唇か! 」
 「ず、ずれてます、議題がずれてますっ! どうしてこうちゃんの…って…えっ? …戯けめがっ! 」

 2人を停めようとして駆け寄った戦乙女の目が、外の小川の殴打される姿に釘付けに為った。ほんわかした彼女の
雰囲気が、『戦士』の物に瞬時に変わる。それも威厳すら漂わせるモノにだ。そのまま窓を開き、表に出て行った。
 その後…残された2人が繰り広げる校長室の舌戦は…遂に『軽い格闘戦』に至るまでヒートアップしたのだった。

416 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/09 23:25 ID:???

 「え〜と、後は、任せても…良いんだよね? わたし、里井にその…頼まれてるから! 行くね? 」
 「…構いません。これは私『達』の問題ですから。…こうちゃんには、黙っておいてね? 」
 「堂々とこうちゃん、て呼んじゃうのも問題なんだけれどなぁ〜? ま、いっか! じゃ! 」

 何かしら勘付いている『少女』は、その場に小川と戦乙女を残し、生徒達の元へ駆けて行った。小川は殴打されつつも
かなり生徒達から離れる事に留意した様だ。小川は倒れたままで、じっと見下ろす戦乙女に向かって苦しげに微笑む。

 「…あんまり叱らないでやってくれよ? 正直、アンタにビビリまくってるんだからな? アイツは? 」
 「…戦神と我、統監の名に措いて命じる! 姿を見せよ! 誰が守るべき勇者を殴打せよと説いたか! 」 
 「…そいつは大間違いだぞ? アイツはただ、俺の無様な生き様を見届けてやる、と言っただけだ…」

 頭を垂れ、身も世も無いと言わんばかりに震え上がる『もう一人』がその場に現われた。鎧に身を包み、鑓を携えては居る。
が、光背こと光翼が…模擬戦闘で彼女が見せた物よりもやや…『小さい』。その態度から明らかに『力』の差は明白で有った。

 「人間如きを構うとは統監に有るまじき行為、と私をこき下ろして幽閉に追い込んだその意気は、何処に消えた?!
  どの口でそれを言った! いま己のしている事は何だと我は聞いているのだ! 応えろ! 極東方面監察官! 」
 「おお怖…。アンタ、ホントは一体何様なのよってカンジだね…俺みたいな部外者にしてみりゃあさぁ…」
 「…『戦神の愛娘』にして、総ての戦士長の長たる統監殿に対し畏れながらも敢えて申し上げ…」

 詰問する『偉い方』の戦乙女の眉がピクン、と上がった。もう、触れてはイケナイ何かしらのスイッチが入ったらしい。

 「迂遠な敬称など要らぬわ! 己は良いのか己は! …我の育成行為をあんなに咎めて置きながらっ! 」 
 「…畏れながらっ! 己の理想とする戦士を『育成する』のは邪道の最たる物と説いたまで! その信念は変わりませぬっ! 」

 そろそろ当座のダメージの癒えつつ有る小川は、寝転んだまま面白そうに、2人の遣り取りをただ、聞き入っていた。 




687 名前: 小官 ◆oLVN.NZAkY 04/06/13 12:30 ID:???

 
 「生産せぬ輩が何を言うか! 何も生み出さぬ癖に、大きな口ばかり叩く! 恥知らずめ! 」

 もう、馴れっこの罵声だ。襲撃が止み落ち着いた頃に『開拓村』の守備隊を増強したいと意見具申すると
決まって飛んでくるのがこの台詞だ。もう俺達が50年以上も聞いている『ナントカの一つ覚え』の類いだ。
 『安全』と言う目に見えぬサービスを提供するのが俺達の役目だった。バランス・オブ・パワーの中でも、
テロリズムの嵐の中でも、俺達は沈黙を余儀無くされていた。しかし、時代は音を立てて変わり行く。

 「…恥知らずは誰の方だ? ひいひい逃げ回り、子供を置いて自分は逃げた、お偉い農家の言うことは違うな」
 「き、貴様らが無能だったせいだ! その分の謝罪と賠償もきっちりして貰うから、そのつもりで居ろ! 」
 「そうだな、俺達は無能だ。何せ、『戦闘は現在も継続して、流れ弾も見境無く飛んでくる状況』だからな」
 「な、何を言っているんだ…」

 俺達の査問のために集まった、『議長』の他の『開拓村』の住人が、議場を静かに一人、二人と退室して行く。
『これから』はどうやら以外に巧く、やって行けそうな気がした。少しは風通しも良くなる事だろう。奴の体も。




782 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 03:31 ID:???


 「敵の衣装を着れば強くなると思ったか?! 愚の骨頂の最たるモノだ! 死ね! 」

 俺は破れた迷彩服を着た男の頭を床尾板で叩き潰した。死体から剥ぎ取った服を
着れば、その能力を得られると信じての行為かつ更衣だったのだが、生憎、技術も
根性も信念も持たぬ、この世界の糞農民にはなんら加護をもたらさなかった。

 「戦国時代のメンタリティで生きるしか無いのさ…俺達は、正しい。他は悪人だ」

 先任陸曹が、吸っていた『マイセン』を『死体の山』に投げた。その瞬間、派手に
燃え上がる。一体一体、荼毘に付す暇など無かった。…疫病の根絶が最優先だった。
 それは性病。一旦罹患すれば、猛烈な勢いで拡がる。衛生概念など皆無の土民には
哀しいが、娯楽は子作りかその後ろを使った類似の行為しか無い。防ぐ手段は…。

 「哀しいな…。守りたかったろうにな…? コイツも…テメェの大切なモノを…」
 「…家族や友人、隣近所も一緒に送ってやった。俺達に出来る、せめてもの手向けだ」

 まだ、集落は残っている。人でなしとでも罵るが良い。敢えてその『汚名』を甘受しよう。
俺達は命令と己の信念に従い、任務を完遂するまでだ。 明日を生きる者の、世界の為に。

783 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 04:02 ID:???

 「…これをどう見たら、自衛隊員です、と看做せるんだ? 娑婆の奴等の目は…」
 「止めとけ。『部隊の精強さ』なんて語っても、一言半句すら聞かんだろうからな? 」

 巡察中にとっ捕まえた迷彩服とプラッパチを被った甘ったれた顔をした若者の弛緩した唇に、
俺は勿体無いが、磨き上げた半長靴の爪先をご馳走してやった。妙に白いエナメル質の固形物と
トマトケチャップ染みた液体を盛大に吐いてくれた。全く…農民の子は躾が為っちゃあ居ない。
食い物が有るからそんな勿体無い真似が出来るのだ。食い物は粗末にしてはイカンのだ!

 「あーあ、どーすんだよ? 前歯圧し折って? 後で怒鳴り込まれるぜ? サバゲしてた
  だけだ、とかまた誤魔化されたら、コトだぞ? って…まあ、バカだからここが安全な
  地域だと思って、こんな格好で現地人脅すのか…。!! おい、まさかお前…本気で…」
 「ゲリコマ発見、さ。こんなのが類似品扱いされるのは、本家の名折れだ! 死に値す! 」

 名誉は何よりも重い。今日明日にも自分が死ぬかも知れない。少なくとも、身の潔白は証明
したい。こんな糞野郎と一緒くたに罵られては、自分を育ててくれた先輩方にあの世で顔向けが
出来なくなる。名誉こそは我が命。白痴や低脳とは、人間の基礎部分、素質自体が違うのだ。



787 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 04:23 ID:???

 「単一価値観持ってる集団、か…。だがな…夢を見てはイカンな? 」

 女護ヶ島気分で出かけた不心得者の末路は…小官の目の前に逆さ吊りにされている。
それも萎びた粗末なナニを丸出しにしてだ。…種族維持のために、『搾り取られた』の
だろう。相手がその…なんだ、清純で、弓術の上手い凛々しい系の少女を連想し、脱柵
を敢行したのだろうが…待っていたのは…『女で有る事実』を『捨てた』戦闘種族だった。

 「撮影して部内新聞に載せよ。バカの末路、だとな? 」

 己の想像力の範疇で行動してはイカン。それは軽率過ぎる振舞いだ。情報収集が自分を救う。

788 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 04:29 ID:???

 「私怨で動く程、暇ではないさね」

 収穫感謝祭の出し物は何にするか揉めるのは、駐屯部隊の常だ。五人戦隊モノか、
子供向けのヒーローモノ、『顔パンマン』モノか、だ。大体、カッコイイとかWACに
言われてる奴が拝命したりする。…まあ、自衛隊のイメージアップを図るのだ、とか
言った理由で引き受けさせるのだが…顔の出ない役でそれを言い放つのは疑問だ。

 「バカヤロウ! 基本動作は威容が総てだろうが! 安心しろ! お前は美しい! 」

 納得させるのも、一苦労だ。だが、解らん奴に話す気は無い。黙って嘲笑するのみだ。


816 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 12:15 ID:???

 弾薬だって切れては居ない。訓練を受けた兵士は揃っている。攻勢に転じる日も近い。
しかし…武器が…この世界の64式の『粗悪模造品』だったりするのが…とても嫌だった。

 「模倣は出来てもな…『仏作って魂入れず』では話にならん! ゴミだゴミ! 」

 知識も有る。図面も有る。材料も有る。だが、それを為すには何かが足りない。
それは智慧だ。人間としての『芯』の部分、兵器としての『運用思想』だ。
 しかし彼の訴えは上の方で即座に却下された。修養が足らん。その一言だった。

 『まともで綺麗なのが欲しいだと? お断りだ! 機能美と云う奴は結果論だ。
  最初はどんな兵器でも不恰好に見えるモノさ。まあ、要は慣れだ。以上』

 要求性能を満たせば、存在価値は充分だ。命令・任務に好悪を差し挟める程、
『大人』の世界は甘くは無い。それが嫌ならば、眼を固く瞑って、耳を耳栓で
塞いで防音室に入り、心行くまで己の世界とやらに引き篭もって満足しているが
良い。戦う事を止めた、脳内賢者たる『人生の敗残者』にはそいつがお似合いだ。

 「生きてまだ戦える限り、俺達は負けては居ない。コイツと共に、やるまでさ」

 上申は却下されたが、彼は満足げだった。上層部の胎が読めたのだから。勇将の下に
弱卒無し。本気で攻勢に出る気力がまだ残って居る事を確認したかっただけなのだった。



824 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 12:36 ID:???

 「この国で一番平和を願ってるのは誰だろうな? 」
 「矢面に直接立つ誰かさん達だろうな…って、空しい事言わせるなよ…」

 複哨で歩哨に立つ。俺達の顔で緑色では無い部分は、眉と眼と開いた鼻の穴と
口の中だけだ。まるで『勝負』に臨む乙女の如く、『メイクアップ』は偏執的だ。
 偽装だって凝っている。萎れた葉が無いか相互監視は行き届いて居る。
 有線電話が鳴る。鳴る、と言ってもランプだけが点滅する。遮光はして有るが…
夜目の効く俺達や奴等には正直、眩し過ぎる程だった。切り替えはスイッチ一つで
可能だ。音は出したくは無い。…ここは最前線の一端を担っている『監視所』だ。

 『また無駄口を叩いているんじゃ無いだろうな? 定時報告が無いぞ! 』
 「…10秒で掛けて来ますか? 普通…? 今の所、大丈夫ですよ? 」
 『…残念だが、一部民兵がそっちで行動を起こしたらしい。…処理せよ』
 「…了解。こちらに来るようでしたら、守則に従い、刺、射殺を敢行します。
  迷惑極まり無いですがね…」

 繁みを掻き分ける若い男の必死な顔を見た。甘ったれた顔だ。相手が人形か何か
だとカン違いして、民兵活動に奔ったのだろう。俺は静かな、しかし良く通る声で
誰何した。『誰か! 』と。応えても応えなくても良い。殺す相手の名を知って置く
のも悪くは無い。罪悪感? 無いね。そいつを感じるのは『命令を出した奴』なのだ。



849 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 18:12 ID:???

 「古来、たった一人の暗殺者の侵入を防げた権力者は…居ない。守ると言うのは後手後手に為るものさ」
 「だからこそ、燃えるモノがあるんでしょうが! 侵入経路や行動を敵の身に為って考察するのが! 」

 センサーの感度が決め手の機械警備と人間の巡回。この2つの特性を生かし、駐屯地の一角に侵入者を
追い詰めていく快感は…経験して見なくては解らん心地良さだろう。『敵』。敵が居ないと、張り合いが
無い。幾星霜、数々の作戦計画を金庫の置く深くへ仕舞い込んで来たのだろうか? ここは実践の格好の
場なのだ。訓練では味わえぬ『緊張感』が隊員の貴重な経験として、刻み込まれるのだ。

 「もしかしたら、俺達自衛隊だけかも知れんな…? ここへ来て喜んでいる変人は? 」
 「真の意味で賢かったら、誰もワザワザ『漢たちの園』に入ったりなんかしませんよ。
  ある詩人の言葉です。『薔薇が無くちゃあ、生きて行けない』ってのが有ります」
 「薔薇、だと? お、お前…!! 」
 「情熱を、ロマンを注げる対象の象徴ですよ! 誰が『薔薇族』を連想…! あ…」

 今夜もどこかで当直勤務者が、仮眠でしか眠れぬ夜を過ごす。日本国民の、安眠の為に。


851 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 18:16 ID:???

 「所詮その程度のものなのだよ。教育の差さ。人間観察の経験も知れる」

 好きにやるがいいさ。個人を真に貶める事など不可能だ。心の砦が陥落しない
限り、俺は何度でも戦う。理想を持って、立ち上がる。…テロリストの心境が、
今、捕虜に為って始めて解る。俺は負けはしない。心意気まで、汚せるものかと。

852 名前: 名無し三等兵 04/06/14 18:17 ID:???

しーっ!!見ちゃいけません!!

853 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 18:20 ID:???

 「一言でも、連想可能なのさ。侵入者…怪生物…。普通にこちらの言葉に取り込んで
  しまえば、何ら特別なモノでは無い。通り一般のただの『敵』だ。畏れるな! 」

 そんなモノは居るが、『居ない』。特別では無いのだ。『敵』が居る。だから戦う。


858 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/06/14 18:28 ID:???

 「どこの世界にもバカが居るさ。文面をよく読まずに早とちりに揚げ足取り。
  見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ。こういう手合いは言わせて置くさ」

 情熱を注げる対象の無い人間など居はしまい。いたら、そいつは人間では無い。
単なる『動物』だ。極論、生きている価値など存在しない。資源を浪費する前に
死んでくれたら有り難い! 物資は限られているのだから。


219 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/18 04:13 ID:???

 「夢を…見たいのですよ」

 食料、水、酒、毛布、鉄…。物資の山を背にした男は、俺達『陸自の荒くれ』に静かに笑って見せた。
運送の、匠合組織の長であるその男は、『帝国』、いや俺達、『陸自』への全面的支援を決めたと言う。

 「貴方達は…美しいからです」

 ムクツケき男達の、垢染みて、髭も髪も伸び放題、ディーゼルエンジンの煤煙で真っ黒の俺達のどこが、
と云う眼が男を貫く。その時俺には何故か…男の笑顔がとても『綺麗』に見えた。『含羞』とでも言えば良いの
だろうか? はにかんだ笑顔が…憎めなかったのだ。俺達の催促する視線を感じたのか、男は続けた。

 「今だ嘗て…我々輸送業に従事する一族を…『人間』として見てくれた軍は無かった…!
  損害が出ても…それは運んできた私達の勝手だと面と向かって言い放たれたものです…」

 そうだ。俺達は知っている。『補給』の有り難さと、『物資』が涌いて出るモノでは無い事を。この世界の
『指揮者』はそれを未だ『軽視』する輩が多い。先ずはその認識こそを俺達は感謝すべきだった。御蔭で…

 「貴方達は違った! 叱責を覚悟で前に出た私達を賞賛し、手すら握って感謝して、遠路はるばる済まな
 かった、と何と治療まで…! 一度ならずも毎回、他の部隊へ行っても…貴方達は…! 優しかった! 」

 差別。優しさ。日本にも差別は有る。だが、俺達はそれを憎む教育をされて来た。常に『悪』を憎む民族の
美意識が、この世界に残る差別を…憎んだのだ。命を張って呉れる者には同じ様に、命を張って応えねば、
『自衛官』の恥だ。その潔さこそが、俺達の総てであり、行動理念なのだ。…まあ、憲法の範囲内なのは、
ご愛嬌と言えば、ご愛嬌だが。だが、これは国家の『自衛』の戦闘だ。俺達の独自色が、出せる。

 「信頼には信頼を、我等を守って流してくれた血には血を以て応えたい! 『帝国』に、いや、貴方達に
 大陸全土のこの私を含めた、総ての仲間が応えましょう! 今、この時を以て! 」

 俺達は誰に命じられたでも無く、テッパチを脱いで『10°の敬礼』を男に行った。信頼は、何よりも重いのだ。



227 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/18 11:43 ID:???

 「組織防衛のためか?! そんなに政府に尻尾を振って、恥ずかしく無いのか! 」
 「…気持ちは解る! だが…お前達はしてはいけない事をしてしまったのだ! 」

 激戦区から還って来た、西方の『気の荒い』部隊が国内で起こした事件は、拡大の一途を
辿っていた。『左翼』の『恒例』のお出迎えに…『或る阿呆』が発砲をしたのだ。与えられ
た弾薬は総て返納され、厳重な管理下に置かれていた『はず』だった。しかし、一部『隠匿』
を遣り果せた人間がそれを行ったのである。理由はどうあれ、この事件は『陸上自衛隊』が
『自国民への発砲』をしたと云う恰好の吊し上げの材料と為った。『人殺し』やら『殺人鬼』。
メディアは有る事や無い事を書きたてた。全国的に『西方』パッシングの嵐の中で、ついに
『基本的に起こる事が想像出来ぬ』事態が勃発したのだ。…『西部方面総監』が、立ったのだ。
人望も申し分無く、部下も付いて来た。…パッシングが、『西方』の『団結』を産んだのだ。

 『人殺し、か…その人殺しを他人にさせ、綺麗なままで居る心算の増上慢どもに、死者の
  無念を味あわせてやるのだ! あれは我々の守りたかった『国民』では無い! ただの
  『反乱分子』である! 憎しみの総てを込めて、討て! 非武装だろうが構うものか! 
  メディアは権力者だ! 魂の無い空論はラディカルな暴力の前には無力だ! 討て! 』 

 攻撃対象が『限定』された事は…『メディアや左翼』にとっては災難だった。その持てる
組織力の総てを以て、『西部方面直轄』の『調査隊』は彼らを狩り出して行った。拘束し、
戦場の記録映像、遺体の写真を見せ続けた。…一種の拷問に近いだろう。その行為をまた、
メディアが当然、『問題行動』と書きたて…終には…『西方』が武力を以て、立ち上がったのだ。

228 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/06/18 11:43 ID:???
…被害が、一般市民には最小限に留められた事が、理性の存在を伺わせた。だが、これは
『絶対に』許される事では無い。これこそ、『悪しき先例』を生み出す元なのだ。警察の手
には『組織の面子』に掛けて任せる事は出来なかった。心情的には同情したい。しかし…!

 「宣誓の理念を忘れたか?! 国民を守る事こそ存在意義! それを解っていて…何故だ! 」
 「誰かが、誰かがやらねばならんのだ! 戦うために! 明日も戦わざるを得ん、仲間達の
  ために! 内地で恥ずかしげも無く正論のみを振りかざす、低脳どもを何故…ここまで
  跳梁させた! 我々が静かに黙っていたからだ! 恥知らずには痛棒を食らわせるのみ!」
 「国民だ! 国民なのだ! 統一思想で統制された国に、視野の広い人間など多数生まれる
  はずが無いだろう! 諸官の行為はそれを加速するのみなのだ! 何故それが解らん! 」

 …説得は聞き入れられぬだろう。私は確かに聞いたのだ。彼らの『射撃用意! 』の命令を。
そして、私もすぐに下すだろう。…『仲間』を討つための命令を。悪しき先例を作らぬために、
汚名を着よう。もう、悲劇を二度と繰り返させぬために、殲滅を命じよう。残酷に、映像栄え
する様に、『殺せ』と。徳目である日本人の優しさは…2次大戦の敗戦後に徐々に消えて行った。
 誰のせいでも無い。我々がそれを、忘れて行っただけなのだ。功利と云う甘い蜜の代わりに。


97 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/07/02 19:19 ID:???

 「…逃げても、誰も笑いませんよ…? 」
 「部下を見捨てて逃げるような教育を…された覚えは、僕には無いから…」

 空を埋め尽くす、敵の魔法生物の群れ。地上を埋め尽くす、大軍。俺達は包囲殲滅を喰らっている。
皆、目端の効く奴は闇に紛れ、最初の頃に逃げた。立派な訓話を垂れる大隊長も、優しい中隊長も。
 …大方の幹部は総じて『己の為に』行動した。日本国はもう、哀しいが土台がもう腐っていたらしい。
己の役割を認識し、忠実に果す『大人』と云う存在を自認する奴等が真っ先にが消え失せたのだから。

 「一人ぐらい、部下が可愛くて可愛くて仕方なくて、一緒に死んで仲間に為りたい、と思う幹部が
 居たって…悪くは無いでしょう? 木造ニ曹? 」
 「俺にはそのケは有りませんがね…じゃ、ご褒美ですよ。『小隊長、命令を』」

 この幹部は、演習時の補給や部隊行動の段取りを何一つ付けられぬ『無能』で鳴らした幹部だった。
演習時でコレだから、実戦時は…? まあ、俺達曹の『意見具申』で万事OKとだけ言って置こう。 
 命令なんぞ、自分から出す事などついぞ無かった。いつも、『テキトーな他人』の意見を先に聞いていた。
部隊は『父系社会』だ。『俺に付いて来い! 』と云うアクの強さが無ければ『頼りない』と看做されるのだ。

 「では、お言葉に甘えて…『残留隊員諸官! 自分と共に陸自の歴史に為ろうでは無いか! テェー!』 」

 …いい声だ。まだまだ鍛えて遣りたかったが、そうも行くまい。お互いに生き残れたら…また巧く遣りましょう。

286 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/07/06 03:16 ID:???

 「でだ、結局…校舎半壊させて、得たモノは…」
 「戦乙女がもう一人と、戦神にコネが有る者を特定出来た事だけじゃ。のぉ? 『おねえさん』? 」

 意地悪く、カラミティ教官が背後を振り返る。有るはずの壁と窓が、無い。直接外の景色が見えている。
座椅子に座って恥ずかしげに俯いたままの彼女からは…先程の峻厳たる威厳が消え、柔らかい普段の
『治療士さん』の様子しか伺えなかった。その隣では、小川が『自分の新たな相棒』を『言葉攻め』で苛めて
いた。抗弁したいのに出来ないもどかしさに歪む彼女の様子を…小川は公然と愉しんでいた。

 「あ〜あ、どうするよコレ? 言い訳きかねーだろーなぁ? 神様がこんな事やっちゃってさ? ン? 」
 「五月蠅い痴れ者っ…! そもそもお前があの教師に不埒な真似をするからっ…」
 「へ〜? 気にしてくれちゃってるワケ? 『嫌いだ嫌だ早く死ね、お前になびく女など居るものか! 』
  ふーん…何処の誰チャンの台詞かなぁ〜? 好きにしろとか俺に言っといて、いざそうするとコレだ? 」
 「ノリ君ノリ君、あんまり苛めると後が怖いかも…? それともノリ君って…M男ちゃん? 」 
 「不浄たる夜の一族の眷属に同情される謂れなど無い! 私を誰だと思っている! 貴様等とは…」
 「ほう…? 不浄とな? もう一度、妾に折檻されて痛い目を見たいか? 良い度胸じゃ! 」
 「いいから全員黙れ! もう止めろ! 本題に入るぞ! 榊2尉! 発言を…って」

 業を煮やした山田が榊2尉に発言を求めたが…当の本人は泣きじゃくるキリャム教師を慰めていたりする。
『犬に噛まれたと思えば良い』との台詞に、『小川の相棒』の柳眉がまた逆立つ。なかなか本題に入れない。
 山田は待つ事にした。全員がこの不毛な状況に気が付き、『ケツ』を自分にただ、押し付けに来るまでに。

 

297 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/07/06 14:35 ID:???

 「…現在の戦線の劣勢は、ひとえに敵の『時間神』の活躍に依る。この度重なる介入が、帝国と
  我々の頭痛の種だ。…人間やその他の種が築き上げた物を一瞬で『無』にされる空しさは…」

 嫌味タップリに榊2尉が『人外の面々』を眺め遣る。それがどうした、と睨み返す教官。壊す担当は
わたしじゃ無いから、とそっぽを向く『少女』。いたたまれずまた俯く『おねえさん』。明らかに不満
そうな『戦乙女(バリバリ)』。それぞれ別の反応を示すが…何故か山田が一人だけ、『連中が迷惑を
かけてスイマセン』と仕切りに頭を下げていたりするのが涙ぐましい。…小川が山田の脇腹を突付いて
『お前が謝っても仕方無いだろーが』と小声で言ってるのを聞いたキリャム教師が…笑っていた。

 「甚だしく士気を削ぐ! しかし! この劣勢を覆し、膠着までに持って行く案が、私と部下達には
  存在する! …自分の意見、いや、部下の意見を拝聴して下さいますな? 『始祖皇帝陛下』? 」
 「ほう…? 聞こうでは無いか? 妾に興を抱かせるとは、なかなか研究したな? この女男は? 」
 「…長生きして置いてこんな事も気付かない愚者もいる者だと自分は呆れ果てましたよ、陛下? 」

 眼光だけで二人の舌戦を制してしまう山田のこの技術は、新隊員を教育する時に身に付けたものだ。
陸自では、『課業中』は決して暴力を振るっては為らないのだ。この程度の威圧感が出せないようでは、
とても営内生活で羽目を外したがる『最近の馬鹿で間抜けで放埓な、躾の出来て居ない若者』を『教育』
する事などとても出来ない。それでも聞かない奴には…? 集団から見放された人間がどんな眼に遭う
かは、大体『決まっている』。見込みが有るなら『言い、行為を伴う説諭』を行う。無いなら『疎外』だ。


298 名前:小官 ◆qG4oodN0QY :04/07/06 14:57 ID:???

 「山田2曹…では無く、里井2曹! 講義開始! …候補生諸官! 隠れて聞いて居ないで、出て来て
  聞き給え! 何時崩れるか解らん壁に集団で凭れると、ますますこの校舎の倒壊を早めてしまう! 」
 「諸官等の今後の行動予定も交えて話す! 総務、ラー! 壁を離れて、4列横隊に整列させその場に
  折り敷かせろ(座らせろ)! 全く…『遠足』の企画がパーだ。これを『戦場見学』に変更だな…」

 山田の言葉にキリャムの口元が強張った。…教え子を危険に晒したくは無い。しかし、いつかは…!
その千々の思いに揺れる切ない表情が…何故か榊2尉の心中の僅かな『男』の部分を刺激した。

 「この世界は『固まって居ない』! それが我々の共通認識である! しかるが故に、『純然たる意志の
  発露』たる『魔導』の存在が許される! いわば『日本国』は、この世界を固めるための『凝固材』と
  しての役割をこの『世界』に期待され、呼ばれたのだ! だが、それを望まぬ輩が居る! 反帝国勢力
  の存在、『王国連合』を支援する『神々』の存在で有る! 彼奴等は既得権益を奪われる事を恐れた!
  世界が『凝固』してしまえば、『影響力』も必然的に振るえ無く為るを得ん! そして…『第一次転移』が
  行われた! …で、良いんですよね? 『おねえさん? 』 この戦争の背景なのですが…」
 「…どうして其処の良い所でこうも落とすのだ! もう少し…格好良く締められんのか、ヤマダ! 」
 「伝聞だもん。里井はそういう所、律儀だから。貴女だって知ってるくせに…あ、もしかしてぇ…」
 「そこ! 黙って聞く! …そういう、約束だろう? な? 頼むよ…」
 「戦神の…お父様の意志は『戦さえ絶えねば良い。優良な戦士が得られればなお良い』です…。真実は中立に
  近いのです。いえ、もしかすると…心中は『帝国』寄りかも知れません…。進歩無き停滞を嫌う方ですから…」

 山田が頷いた。やはり合いの手を入れてくれるならこうでなくてはイカン、と言った満足げな表情が消え無い事を
ひとえに小川は祈っていた。『早くしないとぶち壊されるぞ? 』と視線で訴えると、伝わった。流石は相棒だった。


644 名前:教官 ◆qG4oodN0QY :04/07/19 12:52 ID:???

 「結局何が云いたいのだ? 結論から出発させるそなたにしては珍しい…」
 「まるで状況を知らない『誰かさん』に言い聞かせてるみたいなんだけどなぁ〜? 」
 「解った! ああ、もう…云うぞ! 今回の戦闘の目的はだ、『戦略的な膠着状況を
  創出する事』なんだ! 今もそれはそうなんだが…一触即発ムードが漂っているのは
  頂けん! と言う事で榊2尉、続きをお願い致します! 自分だと要らぬ茶々が…」
 
 短髪を掻き毟り、業を煮やした山田が榊2尉に再び振った。このままでは良い様に引っ掻き廻される、
と判断しての処置だった。不敵な笑みを浮かべながら、榊2尉が何時の間にか用意されたホワイトボード
の前に立つ。…元々その場に存在しなかったはずのモノなのだが、何故か有る。カラミティ教官が、人数
を数え直している。自信なさげに指すその仕草が…どこと無く少女っぽい事に山田が気付いた。

 「部下のケツを拭くのも、上司の務めだ。里井2曹、下がって良し! 」
 「…ああ、またイケナイ妄想が! …私…汚れてしまいました…」
 「どうして口に出すかねェ、このお姉ちゃんは…って睨むなよ! …苛めるぞ? 」
 「フンッ! 貴様など眼中に無い強さを誇るこの私をか? 」
 「…破壊魔ちゃん(はあと)」
 「…クっ! 」

 暴走気味の室内には自分を含めて9人。外には60名の生徒。そしてホワイトボードを持って来て、
榊2尉にマーカーを渡している、一分の隙も無く『ダークスーツ』を着こなす8頭身の男が居る!
 その腰には豪華な装飾を施された煌びやかな『細剣』が差されていた。シンプルなスーツに映える、
当時の『帝国』の金工技術の粋を集めて創られたその剣は…嘗て『皇帝』の座に就いた者に授与される
『証』だった。生きてそれを差すに至った『前皇帝』は五指にも満たない代物だ。『次代皇帝』誕生の際の
『戦闘』で、『前皇帝』の殆どが命を落とす。それがこの『細剣』が『告死剣』と綽名される由縁である。


645 名前:教官 ◆qG4oodN0QY :04/07/19 12:53 ID:???

 「…こりゃあ! イゴール! 貴様領地はどうした! 」
 「今襲い来るであろう、御館様の危難に比すれば領地など! 小生、ここに推参! 」
 「…妾はもう子供では無いわ! 守役など要らぬ! 帰れ! 」
 「貴婦人には有能な執事が必要不可欠かと愚考する次第にて候! 」 

 『黒猫』の瞳がカラミティを向く。『猫』頭の男。帝国が帝国では無かった遠き過去、『猫』と云う
生物が『日本国』より渡った時、この『猫』が言葉を喋る事や『変化』が出来ぬと知って嘆いた種が、
存在した。『2世皇帝・猫頭帝イゴール』の種で有る。猫頭を保ちつつ、人化する能力を持つこの種が
『猫』の存在と繁殖にどれ程の困惑と迷惑を重ねたのかは…それこそ筆舌に尽くし難い苦難の道のりだ。

 「…中々の達人だな? この私に存在すら…」
 「造作も無き事! ささ、論じられよ。駄々を捏ねる御館様はこの小生が看て差し上げまする故」
 「それは重畳。尾長い…いや、御願い致す。では、始める! 諸官、注目! 」
 (里井里井、『猫』が真面目に話すのって…違和感の最たるモノだよね? )
 (馬鹿! イゴールはな…! )
 (猫呼ばわり多いに結構! 相も変わらず少女の如きその御姿…さぞかし精気を吸い上げて来た
  のでしょうな…。罪深き事、罪深き事…。人間の獣欲は絶えぬ良い証拠が貴女のその姿! )
 (読むな! しかも嫌味風味だし、変に時代ががってるし…ますますネコらしく無いっ! )  
 
 榊2尉が咳払いをする。何時の間にか『少女』とイゴールが睨み合っていたのだ。イゴールの体毛の
密生した顔からは表情が余り読み取れ無いが、どうやら『余裕たっぷり』らしい。髭がひくひく動いて
いて、どこか得意げだ。対する『少女』は…不貞腐れていたりする。例の如く山田は…謝っていた。

 「本題に入る! 『時間神を我が陣営に創出せしめる』、これが当作戦計画を貫く骨幹だ! 」

827 名前:教官 ◆qG4oodN0QY :04/07/28 04:09 ID:???
 榊2尉の話が延々と続く中、ダレて来ているのは夜の一族2名と自衛官1名。欠伸をかます小川の
脇腹に真面目な『現相棒』の肘鉄が入る。イゴールが眼を輝かせて聞いているのが…可愛い。

 「『世界』は残酷だ。常に『空白』を埋める為のみに、次の『候補』を撰ぶ! その者が居なく
  為れば、それに近い能力の者が空いたその『空白』を埋めて行くのだ! そうして歴史は…」
 「迂遠な…! 結論は妾の『能力』が『時間神』に対抗するに値すと見て、協力を要請して…」
 「当たらずと云えど、遠からずって事よね? ね! 里井? 」
 「頼むから榊2尉の話を最後まで聞いてくれ…」
 
 ・神と云えど、我々日本人が想像する『絶対者』とは程遠い存在。だが、その名の能力は
  それに『近い』。そこが厄介極まり無い。しかし、『完全に無敵では無い』事が救いだ。
 ・以上の事から『この世界』はまだ『完全に硬化した』世界では無いのでは?
 ・多神教であり、神が『肉体』を持っている。→『神』の名称は役割に過ぎない。
 ・『神』に近しい能力を持つ者が次の『神』として『世界』に撰ばれるのでは無いか?
 ・そればかりは、試して見るしか方法が無い!
 ・では、まずどう試すのか? 相手は? 誰か適当な人材は? 居ないだろうが!
 ・居る。人外だが、友好的だ。それに…『時間神』に唯一対抗出来そうな能力を持って居そう。
 
 「…そんなんで上を説得したんですか? 榊2尉…」
 「上の認識は『時間神』は厄介だで共通だ。だから、多少無理を通したが…聞いてくれた」
 「で、動くのは…1師団のみですか? 」
 「『穴』出身者で編成された戦闘団を付けて呉れる。それに多いに期待するさ」
 「…厭離穢土な奴等だぞ? 死兵そのものだからな…あいつ等…」
 「おいおい、他人事か? 俺達も、だろう? 」
 「その絶望の中に『生』を見るか見ないかの違いだ。心の弱い者は死んで逃げるのだ。
  己の記憶の奥底までに植え付けられたであろう、『この世の終わりの風景』から、な…」

 『この世界』の者達が怪訝な表情を見せるのを尻目に、自衛官3人だけが異様に盛り上がって行く。
置いて行かれた感じが嫌なのか、しきりに『少女』が山田の迷彩服の裾を引っ張っていたりする。 

903 名前:教官 ◆qG4oodN0QY :04/07/30 23:43 ID:???

 「だんちゃーく…! !! 弾着、確認出来ず! 敵、時間神特殊能力使用と思われます! 」
 「普通科連隊に早急に連絡! 戻れと! 送信急げ! 」
 「間に合いません! …航空科より緊急報告! FH70の榴弾が炸裂! 死傷者…多数! 」

 前線は、押されていた。いや、押されている『フリ』をしているだけだ。嵩に掛かって、相手に油断を
生じさせてやるためにも、『尻尾を巻いて頭を物陰に突っ込んで尻隠さず』を地で行く逃げっぷりを
演じてやる必要が有るのだが…期せずしてそれは『演技では無く現実に』為りそうな気配だった。

 「戦場の『時間』を限定支配されただけで…この体たらくとはな…糞! 」 
 「信管関係は燃焼時間等は意味を成さなく為りましたし、最大のアドバンテージで有る通信伝達
 の速度も意味を成しません。…今まで現地部隊を無能扱いをして来たツケが廻って来たと…」
 
 士気に響き、展開している部隊が総崩れに為るのも時間の問題かも知れない。皮肉な事だが、
敵、『時間神』が時間を『停めている』御蔭で、各部隊に劣勢情報が蔓延せずに済んでいるのが
現状だ。師団を預かる陸将補として私には一体これ以上何が出来るのだろうか? ただ時間を
稼ぐためだけに…私の部下が『無意味に』死んで行くのだ。この終わりの無い『支配された時間』
の中で。

96 名前: 教官 ◆qG4oodN0QY 04/08/08 15:22 ID:???

フム。ネタ、か。

それなら、任せるが良い! 行くぞ!

 目付きの危ない『お餓鬼様』がガンを飛ばしてくる。視線を逸らしても食いついてくる。一般人との喧嘩は『御法度』だ。
しかし、そいつの目障りなピアスや擬似タトゥを見た瞬間、激しい嫌悪感を抱く。これが日本人の姿か、と。襟足の長さと
体格の貧弱さにプッ、と失笑を禁じ得なくなり、ついに表情に漏らしてしまうと、ちっぽけな自尊心を刺激されたのか、
近頃流行のフォールディングナイフを持って襲い掛かって来る。無益な事を…。

 「何ニヤニヤしてんだYO! 殺すZO! コラァ! 」

 甲高く、細い声が情けなさを更に加速させる。…新教前期過程すら耐えられまい! 貧弱貧弱貧弱ぅ! 虚弱体質!
部族紋様、トライバルの意味を知っててその身に刻んだのか? テメェの脳には美学も愚か、学の欠片も無いだろう!
 空かさず刃物を持って突き掛って来たその腕を己の身体の延長線上から外側に弾き、両手で捉え捻る。苦も無く、
固める。…力の無さは特筆モノだ。アバラの見える体格で、この185cm、75kgの自分に掛かって来る方が狂っている!

 「放せ! 放せYO! イテェYO! 」

 DJ気取りの喋りが物凄く鼻に付いて仕方無い。放してやっても逆恨みするだけだ。だから、問答無用でグイッと行こう!
乾いた音と女より高い悲鳴を上げ、その愚者は泡を吹いて気絶した。どうせ路地裏だ。互いの他に誰も見ては居ないのだ。
 育ちのと頭の悪い野良犬は駆除するに限る。自然界には淘汰の概念が存在する。自分がそれを適用するのも一興だ。

で、どうだろうか?



280 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/08/11 13:59 ID:???

 残響音が絶えぬ間に、馬上に居た人間が落馬する。俺達の護衛対象であった…『姫』だ。
文化的後進国は交易のために『朝貢貿易』を行う事を選択した。その第一の貢物が…解るだろう?
 いかに愛娘だか何だか熱く主張されても、こんな『もの』を今の日本の誰が受け取ると言うのだろうか?

 「うっわ〜、撃った奴、きっとお前張りに冷血漢だぞ? まだ14だぞ、『姫』? …親が見ても解らんな…
 …頭が無え。こんな事可能なのは…富士学校の研究用にウン丁かあるアレしか無いな? そうだろ? 」
 「…これでこの下らん任務から解放されるんだ。感謝する! …誰だが知らんが、な? 」
 「筋書きは出来てた…か。おいおい、睨むなよ? どうせコイツの死も利用するんだろう? 他国侵略の
 ためにヨォ? 友好国の重要人物が「他の国家に殺された」とか戯言を言って? 違うか? 」

 俺は遺体を抱き上げた。この少女は…『姫』では無いのだ。お決まりの如く、『替え玉』だ。俺もこのふざけた
物言いの『奴』もとっくに知っていた。護衛を心配し、己の事を一人で完全に出来、さらには騎乗までこなす…。
王族特有の高慢さなど欠片も見られない。共に旅をしていれば解る。素性は解らんが…いい子だった…。

 「…『姫』か…。おい、やるか? アレを? 」
 「ああ、敬意を表す。俺達の流儀で…な。この子は…俺達にとっては…『姫』だ」

 捧げ銃を死体に向けて行う俺達は…狙撃者から見れば愚の骨頂だろう。だが、俺達はこの子こそ、模範なのだ。
己に与えられた『役割=任務』を、全うして…死んでいったのだがら。さらば、『姫』。俺達の記憶の中で…これからを生きよ。




346 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/08/12 13:37 ID:???

 「いらっしゃいませっ! 何かお探しですか? 」
 「ぬおぅっ! アンタ誰だ?! いつものオバちゃん、何処へ行ったんだよっ! 」
 「…え〜と、高田さんなら…実家に帰りましたけれどぉ…」

 駐屯地。一般人の姿を捜すのも難しいこの敷地の中で、唯一常駐を許された区画が存在する。それは、購買区画。
直営売店、民間業者の売店、喫茶店、時計屋、床屋等…駐屯地で生活する隊員達のオアシスとも言える区画の事だ。
 ゲーセンまであったりするのだが…置かれるゲームがその…更新されないのがミソだったりする。ましてや、この…
『ニッポンを遠く離れた帝国最辺境部に位置する駐屯地』と来ればなおさらだ。

 「あんた…ええと…誰ちゃん? なんで此処に居るの? 誰が入れたんだこんなの? 警衛仕事してんのか? 」
 「この名札…見えませんか? このたび現地採用になりました、シーナですっ! 」
 「高慢チキチキなエルフが店員なんぞやれんのかよっ? プンむくれる前に森へ帰れ! 」
 「ひっどぉーい! 今日が初出勤なのにぃ! そういう貴方は誰ですか! 失礼な! 」
 「ほーら地が出やがった! オレは客だぞ、客? ああ、名乗ってやる! 聞いて驚け! 第20偵察大隊第一中隊
  陸曹候補士2等陸士羽馬田幸太郎! さあ、言って見ろ! 」
 「第二十ていさちゅだいた…」
 「プッ! 舌噛んでやんのー! ばーかばーか!」
 「…どうしてこんな所にいるんですかぁ! みんな仕事なのにぃ! 」
 「警衛明けなんだよ! そんな事も…って…待て! アンタどっから入ったんだ! 今日裏門閉鎖してるしっ! 」
 「ひ・み・つ(はぁと)」
 「駐屯地の植え込み使ったな! 警衛所まで一緒に来い! この…! 出入管理舐めんなゴラァ! 」
 「ひっはらないへくらはい、はなひてくらはい、いらい、いらいれすぅ〜!」

 シーナの仕事は前途多難であった。駐屯地に起居するほぼ総ての隊員が殺到する昼休みまで…あと僅か。



382 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/08/13 12:22 ID:???

 「…帝国では無く、『日本国』へ帰順するの…ですか? 」
 「そうです。ですから…この…わた…妾が逝くのです。帰順が我が王国の総意である事を示すために…」
 「帝国に帰順すれば…国内に駐留する昨日までの味方から略奪の危険が有るから…ですね? 『姫様』? 」
 「!!…は…はい…あの…そのっ…! …ごめんなさい…。気を附けます…」
 「そこで謝るから…咎めては居ません。もう少し、堂々として下さい…ああ、謝らなくても結構です」

 俺は噴き出しそうに為るのを必死に堪えた。モノ言いが丁寧に過ぎる。一人称も、無理をして変えている。
この世界独自の言語なのだろうが、『転移』した俺達には、ニュアンスまで変換されて何故か『理解可能』だ。
 世界の心憎い『配慮』とも言えるだろう。尉官の俺は英語と独語以外は守備範囲外だ。鼻がかった発音を
するおフランス語は正直、性に合わない。ガチガチに堅い独語の方が…話すには楽だ。第一、英語と大体、
学習する『ツボやコツ』が同じだから、楽が出来る。だが…学習する必要が無い言語は…正直、始めてだ。

 「あのなぁ…化けるツモリなら、も少し、偉そうにな? 王族ってモンは、えばってナンボなのよ? 」
 「姫様に無礼な口を訊くな! …いや…訊かないで下さいませ、この下…いえ…オガワ…様っ…! 」
 「とまあ、解り易い反応有難う、ただの端女サン? アンタもだよ…。演技する時は心から演らないと
  ウソ臭く見える。気を附けろよ? 何処で誰が見ているかワカランからなぁ? ですよね、塙2尉? 」

 たった2名の『護衛』と云う少なさが、日本国のこの国に対する関心の低さを示していた。付けてやっただけ
有難く思え、と云わんばかりのこの仕打ちに、何故か『端女』の方が『姫様』より烈火の如く怒っていたのは…
苦笑するしか無い。一人称が変わっている事も忘れて罵っていた位だ。奉仕されて当然。王族の王族たる所以だ。

383 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/08/13 12:33 ID:???

 俺達を送り出した『幸島1佐』は言ったものだ。『俺達2名が共に居る事』で日本国の面目が保てるのだと。 

 『…『穴』出身者を君に附けた。それが責めてもの私の親心で有り、本土の思い遣りだ。喜べ。以上だ』

 『穴』。風の噂には聞くが…それは果たして本当に存在にするのかどうか…俺にはとても信じられなかった。
『穴』が噂通りの所ならば…そこで生き残ったと言う、この男の『明るさ』と云うか『馬鹿さ』が…耐えられん。

 「はーなーわーにーいっ! 一時方向に騎影5騎! ミルで言やあ800ミル、距離1千! 見えてますね! 」

 しかし、実力は有る。それは認めよう。…俺達がここまで生き残って来たのも…『半分は』…奴の御蔭だろう。 
もう半分は、俺の判断力に大きいと自負している。しかしこの娘達を本国まで送り届ける意味を…俺は見出せ無い。
 日本は文明国だ。人を貢ぐと言う行為自体、良識を以て自認する各マスコミの創り出す『国内世論』は嫌悪する。
『奴』は言った。『大方『外交使節』でOKなんじゃないんですかねぇ? 真相はいつも闇の中ぁ〜ん』と…。
…深く考えるのは良そう。今は…護衛こそ、俺に与えられた『任務』なのだ。遂行こそ、最重要課題なのだ!

 「…振り切れんか? 小川三曹」
 「…アンタ馬鹿ですか? 小型翼竜に乗ってる奴等を馬と高機動車でどう振り切るんですか? キャリバー50、
 使えませんか? 死ねオラ! 退けオラって感じで! ダメ? つかえねー幹部だなぁ、オイ! きょうび…」
 「なら貴官がやれ! Dr.は俺がやる! 」
 「泥濘に突っ込ませたのは何処のドイツだこのド阿呆! そこの女連中でも守ってろ! 能無し! 」

 原隊で今まで会った陸曹がどんなに紳士的で、どんなに俺に対して遠慮して来たか…こいつと一緒に旅をして
始めて理解出来た気がする。コイツはいつも本音で生きている。言いたい事を言う。…羨ましい生き方をしていた。



703 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/08/21 20:42 ID:???

>>383
 追っ手は何とか振り切った。…我が方も行動不能に陥ってしまうとは、正直俺は夢にも思わなかった。

 「大体、三日間程度の不眠不休で80km行軍しただけの奴がな、この俺に訓戒垂れるなんざ笑止だね」
 「…オガワさん…ハナワさんをそんなに…酷く言わないで…? 御願いだから…仲良くして…」
 「ハン? 惚れたか? この能無しにか?! 何にもデキねークセに偉ぶってるだけのこのアホに?
  …って顔赤くすんなよ…。勿体ねー! アンタの方がよっぽど上等なんだぞ? 解ってるのか?! 」

 エンジンルームに頭を突っ込みながら、小川三曹は俺の事を貶し続けていた。彼にしてみれば当然だろう。
尉官の俺は、車両の整備の知識や技術も彼とは違い、持たないのだから、黙ってそれを見ているしかな… 

 「言いたく無かったがな…殺すぞテメェ! この娘等を好い加減に見習ったらどうだよ! 周辺監視
  すら忘れてるだろ! 敵はどっからでも来るんだぞ! 俺は今、銃すら使えん! この娘達もだ!
  そんな思考の柔軟さの欠片も無い! 防大や陸自で何を学んできたんだ?! アァ?! コラァ!! 
  文句が有るなら自分のやる事をやってから言え! 今日日、最近入隊の二士の方がまだ使えるぞ!」

 俺が小銃の握把を握り締め、銃口を向けようとした途端…スパナが飛んで来たのを最後に…俺は意識を失った。

704 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/08/21 20:47 ID:???

アレからどれくらい経ったのだろうか? 微かな痛みと心地良い冷たさが頭を覆うのに気付けば、
頭に瘤が出来ていて…水に浸した布が当ててあった。…かすかな、香油の、香りがした。

 「…上に立つ者の義務を忘れては…ならん。貴君はそれを、理解しているか? …しては居まい。
  己に出来る事は何かを断じ、率先して行動せねば誰も動いては呉れぬものだ…だから妾…私は…
  『日本国』へ往く事を決めたのだ。…国を、民を…苦しめぬためにな? 」

 俺は白い布を手に取り、匂いを嗅いだ。途端に『端女』の顔が羞恥に赤く為る。…もしや…これは…?

 「オガワとやらの入れ知恵ぞ! その方が汝の治りが早いとの『日本国の迷信』で有ると言った!
  もう起きられるのならば返せ! それは妾のっ…! 」
 「証拠写真は取ったぜ、ハナワちゃぁ〜ん! この、幸せ者っ! 塙2尉、姫様の、下着を嗅ぐ! 」
 「ハナワさん…」

 今にして思えば…一番この時が牧歌的で…幸せだったと思う。この後襲って来る事件に比べれば…。
4人を襲う者は、敵だけは無かった事を、俺達は思い知るハメに為る。『味方』すら信じられない状況。
 それが、俺達の前に立ち塞がっている事を…俺だけが『脳天気にも』認識出来て居なかったのだ。



172 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/09/04 04:03 ID:???

 「…睨み合いか…」

 幸島一佐は静かに部隊展開図を見て呟いた。配置が…拙い。士気も血気も盛んな普通科連隊は、待機命令に従うだけ
でも苦痛な筈だ。あの二人に託した使者の持つ『講和条約』が成立するまで持つのか? それが目下の頭痛の種だった。
 云わば『姫』の件は口実に過ぎ無い。条約の『裏書き』のために使者を務める者の『血統』が重視されただけだ。

 「側室の子と正室の子…どちらが死んでも、一向に構わん…か…。権力の化物め…」

 父王と折衝に当たったのは幸島一佐と、外務官僚だった。言質を与えようとしない、両者の得体の知れない腹の探り合い
に業を煮やした幸島一佐が提案した、『使者派遣』に両者が同意したのだった。勿論…失敗すれば責任は…

 「恃んだぞ…AHO…『穴』出身のお前こそ…我々『日和見派』の『切り札』だ…」
 「幸島一佐! 普通科連隊が、無断発砲を! …我が方は損害軽微! 内容は敵方の指揮官狙撃です! 」
 「この…馬鹿者どもが! 日本国を無限の戦争の泥沼に嵌らせた事を何故解らん! 」
 「幸島一佐? 何を怒ってるんですか? 戦争ですよ? ここは燃えるシチュエーションですよ? 」

 去り際の、彼、AHOの皮肉げな笑顔が幸島一佐の脳裏に浮かび上がった。『…俺の判断で俺は自由に動きますよ』と
言い放った彼の顔を。『ACE IN THE HOLE OGAWA』略して『AHO(アホウ)』。それが、彼に与えられた綽名だった。




170 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/10/06 22:22:06 ID:???

 「ホーれ、そっち言ったぞ? 特科! しっかり狙えよ! 勢子の役目はコリゴリだ! 」
 《…エリア単位、フットボールコート範囲で榴弾の的だ。どれ位集めて呉れたんだ? 》
 「さあなぁ…? ゴールデンブリッジは一つ切りしか無いしな? 細工は流々! 」

 風斬音が頭上に響く。そして、着弾。身を低めて耳を塞いで口を開けて居ても、腹に溜まるこの衝撃!
やはり砲兵は歩兵と並んでの戦場の女王で有る! 目の前に千切れた人体がバラバラ降って来るのも
今なら許せる。敵を特科射撃の射程内に釘付けにする、俺達普通科の戦果の具現化なのだから!

 「いいぞ、殺っちまえ、豊田、高遠! アナクロ野郎どもをミンチより酷くしちまえってんだ! 」

 特科は火砲に地名を付ける。FH70一台一台に、だ。火砲の一撃一撃が、こいつ等に蹂躙されている
日本の国土の叫びだ! この日、俺達は久し振りに、三ヶ月振りに風呂を使った。砂や泥ならまだ許せる。
が、肉片や骨片を浴びたままは、御免だった。…残酷? それは首を狩る奴らの方が残酷だろう。


929 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/10/18 17:32:16 ID:???

 「俺達が一番嫌いなモノは何か教えてやるよ! それは…人身売買だ! 」

 奴隷商人を断罪する。マスコミにも聞こえは良い。しかし、良心的な『奴隷商人』も居る事を忘れてはならない。
本国へ戻すために、『人間』をワザと『奴隷』扱いしている者の事だ。我が国マスコミは『言葉狩り』の例と同じく、
ミソも糞も一緒くたにしてしまう。必要悪と云うものを考えるだけの能力も無くしたのか…? どうでも良い事だが。

 「この人は違うんです! この人を殺すなら…先ず私から…! 」
 「可哀相に…心まで買われたか! 安心しろ! 俺達が必ず人間らしい生活を…」

 単純すぎる。どうして裏を読もうとしない? 高校で学習が停まるから、一面的なモノの見方しか出来なくなるのだ。
己に蓄積する情報量が多ければ多いほど、人は己の行動に懐疑的になりがちだ。それを克服するために、陸自では
『バカに為れ』と教育される。…だが、此処まで『馬鹿ぶりターボチャージャー全開』だと、失笑する気も起こらなく為る。
どうやら素の自分の感情で動いているらしい。こいつは頂けない傾向だ。先ず自分の立場を忘れている。

 「この業者の評判知っててそれでも断罪するんですか? 塙2尉? …実は解放代行業者なんですよ?」
 「奴隷商人は総て悪だ! そして我々は基本的人権を尊重する! 理由は充分だろう、小川三曹! 」

 この馬鹿を停めるには水月に89式小銃の銃尾を叩き込むしか無いだろう。俺、AHOこと小川は速やかに実行する
事にした。純粋真直ぐクンは実害のない状態で観察するのは面白いが…俺自身の生死に関わるとなれば別だ。

 「…下のものが迷惑なんですよ。そんな安っぽい正義感で行動されるとね」

 信じられない、と言った顔で俺を見る。俺は唇だけで哂ってやる。俺に殺されない事をコイツは感謝するべきだ。

930 名前: 小官 ◆qG4oodN0QY 04/10/18 17:55:37 ID:???

 「さてと…迷惑掛けたな? 行って良いぜ? 俺達の尋ね人はアンタ等の中には居なかった。それが解れば充分だ」

 俺は若い優男、『奴隷商人』に手を差し出し、起こしてやる。…若い女ばっかり連れてるから『女衒』と間違われるんだよ。
俺の目元に浮かんだ微かな非難の色を読み取った『奴』は、照れ笑いを浮かべる。…糞、何人か『喰って』やがるか?

 「…礼は出来ません…。しかし…」
 「他人にさせる事なら、か。止めて置けよ? 俺の中で、俺はアンタを善人にして置きたいんだ」

 男の含羞の笑いが眩しかった。そうだ。自分の為す『悪事』に心まで汚れて、染まってしまえば、それは真に『悪』と為る。

 「そうですね…貴方の捜している人達ならば…次の水場の競りに出るそうです。…凄腕の傭兵が揃っていますが…」
 「俺がそいつらに殺られる、と心底思っているお前さんかい? 美男子ぃ? お前さんと比べては腕はどうだい? 」
 「僕を超える腕の者など! …貴方に神々の守護があらんことを…」
 「生憎ソイツは間に合ってる。…ああ、スマン。有難うよ…。その真心だけを、貰って置くさ。…頑張れよ、若いの」

 コイツの細剣の腕は見事だった。正規のフェンシング選手の遙か上を行く腕だ。短長2刀の変幻自在の剣術は、対人
戦闘に慣れた俺でも手こずった。倒した時に塙のバカがしゃしゃり出て来たのが…俺の中の『美学』を刺激したのだ。 
 塙自身がコイツを倒したのならまだしも、俺を差し置いて裁こうとするのは『醜い』。…そういう事だ。陸自も部隊も何も
関係無いと思いたい。此処は砂漠で、日本国でも無い。有るのは…人間としての心の有り方だけだ…と、信じたい。
 …俺のこの思想自体が、人として間違っている。しかし、俺は俺を辞める訳には行かない。…生きて、行くために。 end