641  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/03/30  22:10  ID:???  


 「元寇も朝鮮出兵も大東亜戦争…総てが2正面作戦だったとしたら、貴官は笑うか?  」  
   
 転属先の中隊長が真顔で、申告を終えた俺にそう言った。『秘密を守れるか』と前置きした  
後でだ。俺は即答した。『この駐屯地の綽名…『訓練場』の意味を知っているつもりですが』  
と。俺の同期の数人が、此処の駐屯地を最後に、足取りが掌握出来なくなった。現代の日本で  
自衛官の失踪。何故かマスコミも喰い付いて来ないネタ。俺は此処で黙って退職すべきだった  
のだ。…この世界の裏側…異世界とも言えるそれを垣間見る前に。…『奴等』を知る前に。  


642  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/03/30  22:32  ID:???  

 海抜0m〜3000mの落差を誇る某県の、小さな駐屯地。存在意義など無いと散々叩かれていた  
その駐屯地が、実は歴代日本政権の負の遺産を一手に引き受けていたと俺が言っても…狂人の  
扱いは免れまい。『安曇族』。古代日本の『大和朝廷』にまつろわぬ者。異民族と言えばそれ  
までだが…奴等は人の形をしては居なかった。端的に言えば、西洋版人魚の逆バージョンだ。  

 「地下鉄などとても導入出来んよ…。まあ『裏日本』だから、そんな心配は無いがね」  

 三トン半の荷台で揺られながら『古参』の三曹は静かに語った。倉庫に偽装した建物の中は  
昇降施設だった。モーター音と隔壁の開く音が、幌を降ろした荷台にも響いて来る。俺は股の  
間に挟んだ『64式』の被筒を握り締めた。5.56oでは『お話に為らない』と言われたからだ。  


643  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/03/30  22:48  ID:???  

   
 「下車用意…下車!」  

 照明の眩しさに、俺は眼を細めた。幌が開かれ、三トン半の後部の足掛けが降車した車長と  
ドライバーによって下ろされると同時に、荷台の一番端に座っていた者が、「安全バンド」を  
外す。そして…先の号令だ。先ず最初の者が次ぎの者に小銃を渡し、先に下りてから受け取る。  
そしてまた…下車する者が居なくなるまでそれは続く。三トン半の荷台は、両端が格納可能な  
ベンチに為っている。ケツの関係も有るが、片方に15人は行く。無理すれば20人は行くが。  

 「班長は各班毎に人数を掌握!  整列は縦隊で!  班の間隔は通常!  以上!  」  
   
 重苦しい雰囲気が、俺達の間に行き渡っていた。此処は…何かが、違う。何かが纏わり付く  
と言えば良いのだろうか?  今にして思えば、あれは死者の生者に対する羨望と、怨念だった  
と俺は思う。…今更だが…俺は今生きている事を呪っている。奴等を見る前に死んでいれば、と。    



670  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/03/31  00:19  ID:???  

   
 「今回は何人、残りますかね?  小隊長?  」  
 「残ってくれなければこちらが困る。まだ第一階層だぞ?  」  
 「…覚えて居ますか…?  前々回、報告に帰還したのは自分と小隊長のみでしたが…」  

 整列した隊員の段列を見下ろしながら、詰所の一室で2人の隊員が語り合っていた。  
小隊長と呼ばれた方は、瞬時に羞恥により顔を赤らめた。思い出しても恥ずかしい事が  
有ったらしい。もう一人の方は意に介さずに右手に持った刃物を素振りし続けている。  

 「五体満足で還って来たとしても…使い物に為るのは一握り。自分も近々、『向こう』  
   へ配属予定だそうです。…此処に比べりゃあ、向こうの奴等の方がまだ、マシです」  
 「…誰から聞いた?  私の耳には届いて居ないが?  どうして貴官が知っている?  」  
 「会計課の友人からです。手続きが色々嵩みますのでね。情報が真っ先に入ってくる」  

 小隊長は窓を見たまま、唇を引き結んだ。紅の見るも鮮やかな唇が、言葉を発しようと  
開いたその時、硬い機械の立てる、金属音が鳴り響く。隔壁の施錠が解かれて行くのだ。  

 「…自分は喋りませんよ。此処の事は。何が有ったのかも、何をしているのかも…。  
   多分向こうへ即、転属させられるのも体の良い口封じです。立派に、死んできます」  
 「…行くな…と言いたいが…内示が出ているのでは仕方が無い、な…寂しくなる…」  
 「自分は以前、小隊長に言いましたがね。自分は壊れているから気に留めるなと。  
   …失言しました。山田2曹、榊2尉への用件終わり、帰ります…では、これで…」  

 ドアが静かに閉められた。残された小隊長は、ただ、階下を見下ろしていた。何人が  
『まともに』還って来るか?  隔壁が閉じられ、厳重に施錠されても…窓を、見ていた。  



673  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/03/31  00:44  ID:???  

 子供の頃、佐渡の金山跡に行った事が有る。真夏だと言うのに肌寒く、そして得体の知れない  
雰囲気が蔓延していたのを覚えている。あの時は、怖かったら母親の手を握り締めれば、すぐに  
宥めてくれた。しかし大人に為った、自衛隊員である今の俺の傍には…隊員しか居なかった。  
   
 「何処まで歩きゃあいいんだよ…」  
 「何か出そうで…怖いよな、なぁ、聞いてるのかよ…」  
 「六四式の前には敵は無しです!  いいですか…」  
 「喋るな!  騒ぐと、出てくるかも知れんぞ?  」  
 「やだぁ…止めてよね…ただでさえ、怖いのに…」  
   
 暗い。そして…広い。闇の中に緑色に浮かび上がる岩肌は、濡れていた。俺達が持つ懐中電灯、  
L字型ライトは緑色に『遮光』を施して有る。遮光板を入れたり、緑色のビニールテープを発光部  
に巻いたり、方法は隊員によって、違う。ただ今言えるのは…俺の班はどうも『ハズレ』らしい  
と言う一言だ。早くも息を切らせて居る奴に、喋りたがる奴。聞いても居ない武器の薀蓄を披露  
する奴に、仕切り屋と、さらにWAC。俺を含めたこの6人が、この班の総人員だ。変則的なこの  
編成数は、俺の記憶の中に残る『何か』に引っ掛かっていた。ちなみに通信手は、俺だ。定時連絡  
も俺が行う。チームリーダーの仕切りたがり君が自分がやると文句を言ったが、俺は聞き流した。  


674  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/03/31  00:59  ID:???  

 弾倉を配布されて、無線系の確認も済んだ後に、お偉いサンの『訓示』が有った。  
『諸官が何かを得て帰還する事を望む』と。結局これは教育なのか?  と最初俺は  
いぶかしんだものだ。今は確かに『教育』だと思える。『敵に勝利し、生き残る』  
ための教育だ。演習の仮想敵は人間だ。人を撃つにはまず禁忌感を感じるだろう。  
 しかし…ここは違った。撃つべき敵は『人間のみ』では無かったのだ。  
 俺が、いや俺達がその事を思い知るのには、そう大して時間は掛からなかった。  

 「今…何か聞こえなかった?  」  
 「何だ?  屁でもこいたか?  」  
 「違うの!  叫び声!  ほら!  」  
 「風だよ、風…全く…暗いからって臆病になんなよ!  」  
 「そうですよ、銃持った僕達に怖い物などありません!  」  
 「銃、担ごうぜ…?  重いよ…」  

 空耳と片付けるには、俺の聴覚は鋭敏に過ぎた。それは男の断末魔の叫び声だった。  



22  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/07  22:06  ID:???  

 俺の背後から水音が、した。引っ切り無しに滴り落ちる、水滴の立てる音だ。  
音が発生してから次の音が発生するまでの間隔がやけに短いのだ。鼻の奥が痛く  
なる程の生臭い臭気が、辺りに漂う。…海の、魚の、あの何とも云えない不快な  
臭い。思わず吐きそうに為る。それからの出来事は、正直、思い出したくも無い。  

 「…なんだ、アイツ?  頭から水でも被ったのか?  」  

 ヒイハア五月蠅いデブが、正面に立つ人間に気付いたのが悪夢の始まりだった。  
止せばいいのに光源を持ったままそいつに近づいて行く。単独行動を停める奴は  
何故か、居なかった。…俺を除いて。緑色の光に照らし出されたそいつの格好は、  
明らかに『陸上自衛隊員』だった。89式鉄帽を被り、64式小銃を背負い、迷彩服  
に半長靴。さらにサスペンダーに弾嚢装備。…頭から爪先まで全身が、濡れている  
事を除けば。そいつの顔を見た俺は、『腐った魚』を連想していた。目の間が異様  
に離れているが、輪郭はやけに幅が狭く、そこはかとない違和感がその不自然さを  
際立たせていた。俺はそっと小銃の切り替え軸を『タ』の位置へ移動させた。  



514  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/16  23:50  ID:???  


 「自分は、里井  天威二等陸曹です。今日からこの学校の特別教師として任命されました。  
   と、優しく言っていたら…この体たらくか?  フム…『全員気を付けィ!  』  」  

 教師の後に続く見慣れない闖入者の存在について騒ぐ、魔法学校の生徒達。未だ『念話』  
が使えぬと弁明する教師の言に耳を貸した男は、『娑婆流』にやる事を一瞬にして放棄した。  
 日本国が『帝国』と手を結び、相互の人材育成のためのプログラムを編成する必要性から  
この男、『さとい・あまい』こと、教育大隊内では『リー・アーメイ』と畏怖されるこの男が  
派遣されたのだった。教師として、己の為すべき事は?  天威は己の役割に悩んだものだ。  
 しかし、その悩みは大講堂に入って直ぐに吹き飛んだ。天威は甘ったれた餓鬼が大嫌いだ。  
子供は好きだが、躾けの為っていない自意識のみが拡大した『餓鬼』は、修正せねば。天威は  
黙った子供達の顔を壇上から見上げた。ツカミは…OKだったのか、皆天威を見降ろしていた。  
里井天威2曹の強烈無比な助教生活が、たった今から、始まろうとしていた。    …続く?  



519  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  00:10  ID:???  

天威は小声で傍らの若い女教師に囁いた。自分の予備知識を確認するためだ。  

 「キリャム先生?  この学校は確か初代皇帝のお声掛かりで創立され、卒業生は  
   国家魔導士として勤務する…そうでしたね?  彼等は戦闘をする。自分の認識  
   に相違有りませんか?  」  
 「は…はい…。私は…戦闘魔導士としては適正が無いと看做され…」  

 天威は怒りに似た感覚を抱いた。教師に一流の人材を配置せぬ、だと!  これでは  
帝国が衰退傾向に有るのも無理は無い。二流三流以下の人材を教師にするのだけは止め  
させなければ為らない。自衛隊では勤務優秀者や成績優秀者が助教に選抜される。  
 助教。教官の指揮下に付き、直接隊員教育を実施する隊員。教官は尉官だが、助教は  
若手の曹クラスが担当する。教育に携わる者が『一流』の姿を見せられない様では、  
被教育者は幻滅し、まず『舐めて』かかる。『舐められない事』は天威にとって急務だった。  

 「『気を付け』!  と言うのはその場に起立を促す号令である!  解ったら起立だ!  」  

 のろのろと、おずおずと立ち始める生徒達が全員起立し終えるまで、彼は待ち続けた。  


520  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  00:30  ID:???  


 「君達は国費により養成される魔導士候補生で有る!  依って自分は君達の  
   事を『諸官』と呼ばせて貰う!  見知らぬ者が来たからと言って騒ぐな!  
   諸官の中には宮廷に上がり、外交にも携わらなくては為らぬ者も出て来る!  
   異邦人との折衝にも当たらねばならん!  諸官は国家を今、この瞬間にも  
   担っている事を忘れるな!  …着席せよ」  

 のろのろと座る生徒等に、天威は硬く拳を握り、奮わせた。まあ臨時教育隊の  
一般2士相手の教育と思えば…!  しかしまだ奴等よりレベルは上だ。命令は、  
一応聞く。天威は全員座るのを辛抱強く、待った。3分経過後、全員着席した。  

 「気を付けィ!!!  」  
   
 天威は再び号令を掛けた。素早く起立した者は全体の3分の1。それに気付いて  
立ったのが3分の1。きょとんと座ったままなのが残り3分の1と言った所だった。  
 3分の1=20人。全部で60人の撰ばれし生徒達。連帯感と克己心と責任感を身に  
生徒に付けさせる。天威は自分の任務を今ハッキリと認識した。  
 もう、だれもこの男を停められない。男は使命に目覚めてしまったのだから。  



552  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  11:59  ID:???  

>>520  

 「最初に素早く立った者は壇上から見て右翼席に移動!  そのまま起立せよ!  
   周囲を見て立った者は中央席!  移動したら着席せよ!  …最後まで、座って  
   いた奴は左翼席へ移動!  そして着席!  …付記事項!    自分は誰が座って  
   いて誰が素早く起立したか全部記憶している!  以上!  かかれ!  」  

 天威の剣幕に気圧されたのか、生徒達は意外と速やかに天威の指示に従う。  
全員の移動と指示された動作を行うのを確認した天威はおもむろに口を開いた。  

 「右翼席の諸官!  貴官等は平均以上の知性を持ち合わせて居る優秀者である!  
   一度解説を受けたのみにも関わらず、命令に従える機敏さも備えているぞ!  
   中央席の者!  命令に従う態度は良い!  だがその躊躇する間が戦闘に措いて、  
   致命的な攻撃を受ける元凶となる!  左翼席の奴!  お前達は本当に魔道士候補生  
   なのか?  命令を理解する知性すら持ち合わせんのか?  自分の知っている、市井  
   の子供達の方がまだ賢い!  失格までとは言わんが、国家魔導士としての資質を  
   疑うぞ!  今度も失態を見せるならば国費を食い潰す寄生虫と看做し、皇帝にその  
   旨を自分と日本国の名に措いて上申する!  名誉挽回したいのなら命令に従え!  」  
   
 天威は頸をゆっくりと右から左に動かし見渡しながら生徒を見遣り、左翼で停めた。  
 右翼席の者は褒められた優越感に浸るでも無く、黙って天威を見ていた。適度な緊張感を  
保つその態度に、天威は満足した。中央席の者は右翼席をチラチラと横目で見遣っていた。  
少し「鍛えれば」、まず使える様になるだろう。そして左翼席の者は…劣等感と屈辱に苛ま  
れていた。入学してからこれまで、罵声など浴びた事など無いのが、その様子から天威は、  
理解出来た。魔法も使えないクセに、とあからさまに睨む者まで居た。修正のし甲斐が有る。  


553  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  12:29  ID:???  

勘に障った天威は左翼席に鋭い視線を飛ばす。天威は、5日前まで原隊の普通科連隊で  
敵の『諸国連合』と血みどろの戦闘を繰り広げて来た。教育期間に為ると、原隊から  
教育大隊へ助教として召集される『常連』なのだ。移動命令に従い着隊し、教育大隊長  
に『申告』を行った後に、次の命令が待っていたのだった。移動に次ぐ移動で、天威は  
ここに、魔法学校に居る。まだ、浴びた敵兵の血の匂いが抜け切らないままに。    

 「思い上がるなよ?  魔法が遣えてどうだと言うのだ?  自分は戦闘中、魔導士を  
   何人も何人もこの手で屠って来た!  幾つもの術をこの身体に喰らって来た!  
   炎熱!  氷雪!  雷撃!  疾風!  呪殺!  儀式大魔法!  だが自分は生きて  
   いる!  どう云う意味か解るな?!  貴様等の様な素人ではとてもこの自分を殺せん  
   と言う事だ!  「ジュガムイの戦い」は聞いて居るな?  王国連合の戦闘魔導士が  
   一斉に我が帝国連合軍を奇襲したが、全滅した戦いだ!  第33普通科連隊の名は  
   知っているだろう!  自分は5日前まで其処に居て、実戦を経験していたのだ!  
   貴様等など素手で何時でも殺せる事をその足りない頭に言い聞かせて置け!  」  

 ガタン、と誰かが背後で音を立てる。天威が振り向くと…キリャム教師が卒倒していた。  
どうやら自分の知らぬ間に『殺気』を放出していたらしい。教師は戦場を知らぬと言って  
いた。強烈過ぎたらしい。教師を抱き上げ椅子に凭れかけさせると、天威は咳払いをした。  
 私語を囁く者は…皆無だった。天威は満足し、頷く。これだ。この雰囲気だ。こうで  
無くてはイカンのだ。教育は真摯に行われなければならぬのだ。  
   
 「次は、『休め』だ。この号令が掛かったら、着席せよ。但し、着席していて、  
   『気を付け』が掛けられた時のみの場合だ。直立時に掛かった場合は、また  
   別の意味合いを持つ。今回は前者の意について用いる!  『休め』!  」    
     
 立っていた者全員が『我勝ちに』素早く着席する。天威は頸を左右に振った。まだ、駄目だ。  


567  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  17:00  ID:???  

>>553  

 「右翼席前列の最右翼の者!  気を付け!  」  
   
 指名された者が弾かれたが如く起立する。緊張感に引き締まった少女の顔は、凛々しい。  
天威は見とれる自分の不甲斐なさに喝を入れるかのように、「腹の底から」声を出した。  

 「所属・姓名を申告せよ!  」  
 「リイ記念帝立魔法学校、第一回生、マニュ・アーメイです…!  サトイアマイニソー…!」  
 「…マニュ魔導士候補生!  儀式大魔法概論・序説・第一文には何と記述があった?!  」  
 「儀式に参加する導士は心気を一にし、魔導の力を喚起せしめる事が重要である…。あ!?  」  
 「では、今の貴官等の行動はその一文を真に理解して居ないと言う事だ!  魔導士候補生の  
   名が泣くぞ!  命令されて従うのは良い!  だが、何故全体の行動を調和させる事を  
   考えん?!  貴官等は門外漢の自分から。統制と言う言葉の意味から解説されねばならんのか!  」  

 指名された生徒のみならず、他の生徒も顔を強張らせた。天威を見くびって居た証拠だった。  

 「敵を知り、己を知れば百戦してもまだお釣りが来る程に勝利可能だ!  俺が何度魔導士と戦って  
   来て生き延びて居るか理解出来たか?!  敵に最大限の敬意を払え!  畏れつつも怯えるな!  
   相手も人間種なのだ!  理解せねば勝てん!  貴様等の捏ねる理屈位は弁えて置かねばな!  」  

 天威の活舌は、悪罵を吐くゴロツキ並みの流暢さを、屈辱で聞くに堪えない生徒達の前で誇っていた。  


568  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  17:11  ID:???  

天威の声は大きい。大講堂は愚か、校内の最奥部に位置する学校長室までその声は響いた。  
老境に達した男と、目元をベールで覆い、盛装した女性が椅子に座り、大きな机を挟んで正対  
していた。老境に達した校長は、見るからに孫の様な年の女性に圧倒されている。ベールから  
露出したその口元は、匂い立つ色気が滲み出るが如く艶かしく、艶やかであった。    
   
 「…も、申し訳御座いません…ま、まさか…あの者がその…」  
 「何故(なにゆえ)、妾(わらわ)にあの者の事を伝えなんだ?  創立以来より代々の  
   校長へ伝えて置いた筈。「リイ・アーメイ」が着任するならば指導官を妾が勤めるとの  
   創立以来の約定じゃ。あの時は偽名では有ったが、これは確かにあの者の大音声よ…。  
   懐かしい…。まるで昨日の事の様…。さてもさても相変わらず女子には優しい奴じゃ…」  
 「な、何も貴女様の眠りを妨げる勇気など…我々にはとても出来かね…」  
 「まあ良い、褒めて遣わす。その御蔭で、あ奴の声で目覚める事が出来たのじゃからな。  
   明日よりキリャムとやらを外し、妾をあ奴の補佐に付けよ。それが『運命』じゃ」」  
 「人事は何分皇…失礼致しましたぁ!  お…お許しをぉ!  お慈悲をぉ!  」  
 「…復位せよと言うならするがの?  今こそ、妾の約定を果す番じゃ…。リイよ…」  

 女の口元が柔和に微笑んだ。その口元は、部屋の壁に掲げられていた肖像画の中の筆頭の人物に、  
よく似ていた。30枚にも及ぶ肖像画の中には、男性も居れば女性も居た。しかし、その人物と相似の  
関係に有る者は一人も居なかった。天威の怒号は、未だ止む事を知らず校内に轟き、響き渡っていた。  

 「しかしあの者の声と来たら…市井の物売り以上に大きいのでは…?  全く…」  
 「良家の子弟とやらはさぞかし堪(こた)えて居るだろうの…。あれが耳に心地良く聞こえて  
   こそ、『本物の戦闘魔導の遣い手』と為るのじゃ…。叱られる事は確かに不快…。じゃが…  
   それを真に有難く思える時…その者はもう居らぬ…。妾は送り出さねば為らぬ…。妾が妾で  
   在る為に…。あ奴に再び逢うために…。帝国を…建国するためにの…妾を許せ…リイよ…」  

 女はただ、その場で中空を見据えながら、遠く過ぎ去りし彼方の世界に思いを寄せて居た。  



586  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  21:01  ID:???  

嘗て、国家が有った。常夜の国と呼ばれたその地は、夜の一族が治めていた。  
日本国はその国家を隠れ蓑にし、地続きと為った人間族諸国を平定したと言う。  
それが、『第一次転移期』で有る。一旦拡大した『夜の国』の当時の領主は、  
『汎種族帝国』を建国し各種族の権利を尊重しつつ広大な領地を治めたと言う。  
 その時に、運命の悪戯は起こったのである。日本国の『再転移』。どのような  
理由かは誰にも解らない。だが再び『日本国』は元の世界に帰還したのだ。  
 置き去りに為った形となった陸上・航空自衛隊の各部隊の行く末を教えて呉れる  
のは、吟遊詩人の語る物語のみで有った。『帝国』政府は完全に彼等の痕跡をその  
記録文書から抹消していたので有る。何故、それが判明したか?  
 …『第二次転移』の御蔭で有る。近隣諸国の圧力は、帰還後さらに高まって居た  
のだ。第一次転移から、一年が経過していた。その間に『日本国』の存在価値は…  
他の国家で代用可能なまでに低下したのだった。世論で民族の危機が、叫ばれた。  
 日本はその国家の持てる力を全て『再転移』に費やした。そして三ヵ月後…再び  
日本国は帰って来たのだ。今は帝国領と為りおおせた、嘗ての転移位置へ。  
 第一次転移より数百年が経過していたのは、日本国に取って僥倖であった。未だ  
資源の価値を知らぬ人間族を手玉に取り、『帝国』の主戦力を担う事に成功する。  
 『生きる為に!  』伝説と為った同胞の活躍を知り、自衛隊の士気は最高潮を迎え  
ていた。それが現在、『俺』の知る『歴史』だった。  
 正直、俺が何故33普連に転属したのかも、記憶に無い。気が付いたのは、世田谷の  
自衛隊中央病院だった。女が傍に倒れていて…そして、枕元に剣鉈が置いてあった。  
死んだ女の名前も思い出せないまま、リハビリが始まった。何故か、剣鉈を見ると  
やるせない気分にさせられた。三人の女の顔が脳裏に浮かぶが、名前すら思い出せ  
なかった。しかし、身体で覚えた戦技、脳味噌の奥に叩き込まれた軍事知識は苦も無く  
思い出せた。階級だけは尉官の、若い女の看護師がそっと俺に教えてくれた事が有る。  
 「あの娘が貴方に生命を呉れたの」と。聞いた途端、何故か、俺は声を殺して泣いた。  
理由も、解らぬままに。切なく、そしてやるせない気分を抱えながら。  



588  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/17  21:21  ID:???  

記憶の無い俺は新たな名前を与えられた。何でも上官と名乗る1佐が言うには、  
   
『君は英霊と為った。生まれ変われ。君は他の模範と為るに相応しい最後を迎えた』  

と大真面目にのたまった。俺の戸籍は死亡したとして抹消されたらしい。  
 病院内のロビーで話していたその時、TVで映画が上映されていた。フルメタル・  
ジャケットだ。名前だけは、自分で決めたかった。丁度ハートマンが、撃たれて  
死んだ所だった。しかし彼の『海兵隊魂』は、彼の教え子達に受け継がれたのだ。  
   
 『…リーアーメイから、新しい名前を取ります。それ位は許して呉れませんか』  
 『好きにしたまえ。君の人生だからな…』  

 かくして里井天威としての、俺の第二の人生が始まったのだ。二階級特進も許される  
かと踏んでいたが、そんなにムシが良い話は転がっては居なかった。2曹のまま、だ。  
 まあ復職出来ただけでも御の字なのだが…普通科職種に転属するとは思わなかった。  
MOSと言う言葉が有る。言って見れば特技だ。運転、職種兵科等の、全てに番号が付与  
されている。俺の持っている職種特技は『特科』であり、普通科職種のものは何一つ、  
持っては居なかった。それでも何故普通科か?  木を隠すには森の中だ。極力知人に  
逢わない様との、上層部の判断のせいらしい。  

 「…なんなんだかね?  俺の存在は…?  まあ、真面目に仕事に打ち込むまでだ!  」  

 第二次転移後、俺はフラストレーションを解消するかの様に基本教練、射撃、法規  
学習に打ち込み、戦闘に没頭した。教育大隊に召集される様になった遠因で有る。  




627  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  12:05  ID:???  

 天威の午前一杯の時間を使った自己紹介と魔法戦闘講義は好評だった。その間に、全ての生徒  
に自己紹介はさせてある。60名を10人の六組に分け、「班」として行動させる事を確約させた。  
 一週間交替で、60名の中から生徒全体を統率させる『総務』も今回選出した。班のチームリーダ  
もだ。『総務』はチームリーダーも兼務する場合も有るので結構大変ではあるが、人数に余裕の無い  
場合は仕方が無い。ローテーションは総務を除いて『1週交替』。当然、『天威』の前でだ。  
 生徒名簿の空票を早急に入手しないと、生徒の役職割り振り等が出来ない。天威はまずそれを  
確認する必要性を感じた。そんな天威の内心を知るよしも無く、午前の部終了の『鐘』が鳴る。  

 「気を付け!  礼!  」  

 今回の総務の『マニュ・アーメイ』の号令の元に、一糸乱れぬ鮮やかさで全員が起立し、同じ  
タイミング、角度で頭を下げ、元の姿勢に戻る。天威の指導のささやかな成果だ。やはり魔法を  
絡めると効果が段違いだと、天威は満足し全員の顔を見渡した。そして、口を開く。  

 「午後の部は自分は見学させて貰う。魔法『実習』だからな?  後の行動は解っているな?    
   総務。食堂には生徒全員を引率して向かうように。総務の権力に従わない奴がもし居たら、  
   自分に報告せよ。そのものに自分のやり方で『教育』する。では、『別れ!  』  」  
 「別れます!  …各班長この場で人数をし…しょ…掌…握後…私に報告!  」  
 「マニュ!  先ずは退室させてからだ!  それからでも遅くは無い!  頑張れよ!  」  
 「解りました!  退室後、各班ごとにじ、じゅ…縦隊で整列、その後食堂へ全進する!  」  

 生徒達がぞろぞろと退室する中、天威は背後を振り向いた。思わず、笑みを浮かべてしまう。  
天威の大音声を一番近くで聞いていた筈のキリャム教師が…寝息を立てて『まだ』眠っていた。  
   
 「案外、大物かも知れんな…この先生は…?  起こすか…。メシの時間だし、な」  

 マニュの黄色い声がする。食堂へ向かうのだろう。…次は『歩調』について教育せねば、な。  
足音の不規則さに天威は快心の笑みを浮かべ、キリャムの肩に手を伸ばした。…起こすために。    



645  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  16:00  ID:???  

>>627  

 「ひひゃぁッ!!?  あわ、あわ、あああああ…す、すみませんすみませんすみばせんっ!」    
   
 天威が手を伸ばし、肩を揺すった途端にキリャムは目覚め、椅子から転げ落ちる。這いずって天威  
から必死に距離を取ろうとしていた。…殺されると思っているらしい事に気が付いた天威は刈り上げた  
右の横鬢を掻いた。「これでは戦闘どころの話では無いな?  」と天威は納得した。素直過ぎるのだ。  

 「貴女は今の所は味方です。…安心してください。…その…自分の脚で…立てますか?  」  
 「…実は…その…腰が抜けてしまって…。余りにもその…貴方が怖かったものですから…」  
 「では、失礼しますよ」  

 何を?  とキリャム教師が聞き返す間も与えずに、天威は教師を横抱きに抱え上げた。責任は自分に  
存在すると判断した天威の行為だった。取り合えず大講堂から出ない事には、と扉を目指し、誰も居な  
く為った講堂の最上段に繋がる通路を歩く。すると突然、目の前の扉が開いた。建造物の荘厳な造りに  
似つかわしい、盛装をした女が、立っていた。鼻から上を何故かヴェールで隠している。  

 「…また、女連れか?  お前と言う奴は!  退け!  キリャムとやら!  其処は妾の座じゃ!  」  
 「…腰が抜けて立てんのだよ、彼女はな。自分の責任だ。よってその後処理も自分がやらね…」  
 「ならば妾が運ぶ!  要らぬ嫉妬を妾にさせるな!  …折角の感動の再会を期待して居ったと  
   言うに…これでは…これではっ…この…愚か者がっ…解らぬのは解っては居たが…これでは…」    
 「あの…もしかして、お知り合いですか…?  」  
 「…失礼だが貴女は何方(どなた)かな?  自分の…記憶に…記憶に…記憶に…?  」  

 天威の頭と胸の奥が、チクチク痛んだ。喉元まで出ているあのもどかしい感覚が甦る。逢った事が  
有る。何処でだ?  何時だ?  何故こんな感覚がする?  女はその場で黙り込んでしまった天威から  
キリャムを取り上げ、音も無く歩み去ってしまった。その背中には…嬉しさと哀しさが見え隠れして  
いる様に…何故か天威の目には見えた。知っている。だが、皆目解らない。天威は、ただ、吠えた。  
 言葉に為らぬ思いを、己の感情の赴くままに。己の心の空しさを埋めるが如く。  



653  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  17:23  ID:???  

>>645    

 自衛官の得意技は、早寝・早飯・早糞。天威も例外無くそれをマスターしている。新隊員前期教育  
で全員漏れなく習得可能だ。自分の時間が欲しければ、例え下品でも嫌でも、身に付けねば為るまい。  
 人気の絶えたガランとした食堂で、食事を詰め込む天威の向かいに『盛装の女』が座る。…装飾の  
多い、グラスの中身は『赤い液体』だ。見るからに幾分かの『粘性』を湛えたそれからは…天威の鼻に  
慣れた、懐かしい薫りが漂う。『血』の匂いだ。天威は口の中の食物を飲み下し、それから口を開く。  
 口の中に物を入れて喋ると云う事柄は、良家の人間の習慣には無い。天威の記憶の、霞のかかった  
部分に残った『躾』の格言であった。水を使わず飲み下せなければ、年季を積んだ自衛官では無い。  

 「…貴女か。まずは礼だな。キリャム先生の件、痛み入る。何か、自分に火急の用件でも?  」  
 「午後より教官として妾が担当する。以後宜しく頼む。…名は許せ。敢えて秘さねば為らぬ理由が  
   有る。…最も、直ぐに解るであろうがな…。で、汝が担当する生徒じゃが、あの60名のみじゃ。  
   あれは半数での。半数は従来の教育で行う。妾の予定では従来組と『模擬戦闘』の予定も有るから  
   その心算で生徒を鍛えよ。…変な遠慮は無用じゃ。後キリャムじゃが、汝と同じ助教待遇で担当を  
   させる。汝の受け持ちの生徒をな?  お前の事じゃ、キリャムを外すと『彼女の面子』などと大抵…」  
   
 確実に目の前の女は自分の事を『深く』知っている。天威は確信した。自分の言いたい事まで言われたのだから。  


654  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  17:24  ID:???  

「…汝…お前…貴女は自分を知って居るのか?  知って居るなら教えてくれ!  イライラする!  」  
 「思い出せる。必ずな?  おお、おお、時間は良いのか?  ああ、時計とやらは帝国に普及はして居ら  
   ぬぞ?  日本国より妾が汝の受け持ち生徒分、腕時計とやらを取り寄せて置いた故、泣いて感謝致せ」  
 「…それはそれは恐悦至極に存じ上げ奉る。で、貴女の食事は…それのみか?  」  
 「そうじゃが。…こんな模造品よりお前の物が欲しい…と云ったらお前は黙ってそれを呉れるのか?  」  

 天威は黙って陶器の水を飲み干し、常装の上着の背中に手を廻し『剣鉈』を抜き、上着を脱いで  
シャツを捲り上げた。そして…腕を軽く切る。血が、陶器に向かい滴り落ちて行く。陶器に8分位に  
血が溜まったのを見て、ペンとハンカチーフを取り出し止血する。止血帯にするためだ。  

 「有益な情報と、感謝の証としての代償だ。受け取ってくれれば、嬉しい。これからも変わらぬ  
   友誼を頼みたい。協力を感謝する。自分には生憎、礼をするモノは何も無…あった!  腕時計の  
   予備が3つ用意して有った!  しまった!  …後で貴女にそれを贈る!  では、急ぐので!  」  
 「…気張れよ…山田2曹…」  

 慌ただしく食器を載せた盆を手に、返納に駆け出す天威の背を、陶器に口を付けながら女は見送る。  
その味と香りは疑いようも無く『遠い過去』に味わったモノと同一である事実に女は深く、満足した。  





662  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  19:38  ID:???  

654  

 午後の部。炎天下の中、生徒達が6列縦隊で整列していた。列ごとの間隔は左腕の長さと拳一個分。  
自衛隊ではそれを『通常間隔』と呼ぶ。貫頭衣姿で集合した生徒達を、天威は腕時計を配布後即座に  
時間を与えて、着替えさせた。時間は15分を与えた。…3分過ぎたが、全員が揃っている。  
 キリャムと日傘を差した『盛装の女』が少し離れた所で共に様子を見ていた。何故か『盛装の女』は  
重そうな『棺』を片腕で支えていた。天威が理由を問い質したが、微笑みでかわされてしまったのだ。  

 「第一区隊、総員60名!  事故無し!  集合完了!  」  
 「休ませ!  」  
 「せいれーつ、休めぇ!  」  

 全員が脚を肩幅に開くと同時に手を後ろで軽く組み、頭は天威を向く。天威は『作業服』に『弾帯』  
と『半長靴』を着用していた。対する生徒達は思い思いの『動きやすい』格好だった。統一感の無さ  
に天威の眉が心持ち顰められた。帝都駐留連絡部の管理する倉庫で衣服を調達の必要性を感じたのだ。  

 「余計な手間を取らせてしまい、謝罪する。今回は…」  
 「何の必要性が有ってこのような無駄な事を、サトイ先生は…」  
 「質問を許可した覚えは無いぞ、サジシャ候補生!  」  
 「理由をお聞かせ願いたい!  」  
 「午前の部に云って置いた筈だ!  質問する時間は後に与えると!  」  
 「確たる理由が…!  」  
 「二度、警告したぞ。即刻、黙れ。  これで三度目だ!  」  
 「この私が聞いているのだぞ…?!  」  
 「自分は『黙れ』と言ったっ!  」  
   
 天威はつかつかと歩み寄り、有無を言わさずその甘ったれた横っ面を拳で殴り付けた。自衛隊の教育  
では暴力は『御法度』であり、禁止されている。しかし…ここは『自衛隊』では無い。さらに特別な、  
理由が有る。質問した候補生の『身分』だ。特別扱いはしないと言ういい見本に為ると判断したのだ。  


663  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  19:47  ID:???  

 天威の予想通り、堪らずサジシャ候補生は吹き飛んだ。庇う者は生徒に居ない事に天威は満足した。  
キリャムが駆け出し、自分の背後に隠し、天威を睨み上げた。サジシャの頬に右手を当てながら、だ。  
 天威の右眉が心持ち、上がる。キリャムを見直したのだ。『帝国』には『神』の司る『治癒魔法』は  
存在しない。云わば『神から見放された』国家で有る。その代わりに『時間を操る魔法』を代用した。  
 時を進ませ、自然治療する。しかしその遣い手は少数に限定され、厳重に『管理』されているのだ。  
当然『帝国』以外の国家には存在すらしない。人間種にとって『異質』で有り過ぎるのだ。故に、人間  
種の『遣い手』は少ない。…ある種の『例外』か『天才』以外は。キリャムは『天才』の方だと天威は  
直感した。…道理でこの『名門』とされる魔法学校に居られるわけだと。  

 「こんなやり方…私は認めませんっ!  生徒に暴力だなんてっ…!  」  
 「退きなさい。その生徒が黙ってなぐ…」  

 天威は頸を左に大きく振った。天威の頭の有った部分の空気が瞬時に氷結した。サジシャ候補生の  
顔が驚愕に歪んだ。かわされるとは想像だにしなかったのだ。それが見えた他の生徒の顔も歪む。  

 「…特別講義を開始する!  全員注目!  列を乱して良し!  」  
 「き、貴様ァ…貴様キ様貴様ァァァァァァァァ!!!  」  
 「貴様は古代の敬称だ。勉強不足だな?  魔導士候補生の癖に?  今から自分の言う事を、  
   生徒諸官は心に刻み付けて置く様に!  サジシャ候補生、お前もだ!  」  

 次々と放たれる各種魔法を『避けながら』、天威は後退するサジシャ候補生を追う。炎、雷撃、  
氷刃を『正確に』天威は笑みを浮かべながらかわして行く。サジシャ候補生の整った顔が恐怖に  
怯えていた。自信満々鼻高々だった先程の様子はとうの昔に消えていた。距離が埋まり、離れる。  
その繰り返しの中、天威の『講義』が運動場の隅々まで朗々と響きわたる。  



683  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  20:30  ID:???  

>>663  

 「まず最初に言っておく!  諸官は自分の生徒だ!  従って部下でも有る!  親の身分が例え  
   『皇帝』陛下であっても自分は特別扱いはせん!  解ったかサジシャ候補生、お前の事だ!  
   そんな物はな、戦場では『全て平等に価値が無い!  』弾丸や魔法で変化された事象はな…  
   おっと危ない、そんなモノは斟酌しない!  悔しければお前達自身の力でこの俺に向かって  
   来い!  午前にも言って置いたが…」  

 火球がしゃがんだ天威の頭上を通り過ぎ、そのまま天威が飛んだ足元の大地が凍り付く。  
当たらない。躍起に為ってサジシャが連発するのだが、ことごとく天威にかわされる。  

 「講義中には質問の時間を『必ず』与える。まずは俺…自分の言う事を聞け!  お前達が  
   賢いのは理解している…っと!  だが、教えを請う側の誠意…位は見せてくれよ!  
   では、講義をはじ…めるっ!  魔導!  事象を意志の力で変化させる、遣えぬ者にっ…  
   とっては『摩訶不思議』なものだ!  信じられ…無いほどにっ!  」  

 肩で息を始めたサジシャとは対象的に、余裕たっぷりで天威は全てかわして行く。生徒達は  
その様子を移動しながら追いかけて行く。…誰も停める者など居ないままに。何と、キリャム  
教師まで興味深々で附いて来る程だった。…『盛装の女』は…何故か微苦笑していた。  

 「事象の変化!  それは無機物に対して働きかけるのが最も精神の疲労の少ない方法で…  
   有るっ!  術者及び術式施行者はっ…空間のX軸…Y軸…Z軸…今のは惜しいぞサジシャ  
   候補生?  を想定して、その対象の『空間』に、意志を集中させ、『変化』を励起する!  
   カジカ候補生、基礎魔導論の、第何章だ!  応えよ!  」  
 「はっ!  カジカ・セム候補生、第9章第12行目です!  」  
 「因ってその空間上に対象者が身を置かなければ…?!  解る者!  」  
 「効果なしです!  」  

 キリャム教師が勢い良く応えた。生徒はそれに気付く余裕も無く、眼前に釘付けだった。  



692  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  21:14  ID:???  


 「そう…効果無しですな先生!  どうした?  間隔が空いて来たぞ?  サジシャ候・補・生?  
   では何故こうも回避されるのか?  お前が教えて呉れているからさ?  目、腕、腰、脚、  
   筋肉の動き、口元…観察すれば直ぐに…今更隠すな?  解り易いな…?  予測可能だ!  
   戦闘で魔導を遣う際には余計な感情を表に出すな!  敵に有益な情報を与えてしまう!  
   キリャム先生は実力はあるのだがその分損を…疲れたのか?  威力が下がってきたな?  」  

 動く気力も無くなったのか、サジシャは天を仰いだまま動かなくなった。荒い嵐のような息だけ  
が響く中、天威が聞く者が惚れ惚れするような大音声で得意げに語る。息すら切らせて居ない。  

 「とまあ、そんな訳だ。連発するにも従前の魔導では体力が必要なのだが…今回は自分の…?  」  
 「…魔導には憎悪が重要な要素と為るものが存在する。…それは『呪殺』。皆、覚えて置くが良い」  
     
 天威が突然、胸を押さえ蹲る。先程までピンピンしていたのが嘘の様だった。そのまま、斃れ付す。  
言葉を引き継ぐ者が居た。『盛装の女』であった。『棺』を静かに下ろし、蓋を開ける。その中には  
『少女』が眠っていた…。『盛装の女』を妖艶と例えるならば、『棺の中の少女』は可憐と形容して  
良いだろう。『盛装の女』の唇が、華が咲いたが如くほころんだ。しかし、それは束の間の輝きだった。  

 「…不埒者が!  人間種はこれだから度し難い!  今、助けるぞ山田よ…暫し、待って居れ…」  

 日傘を持ったまま、女はサジシャ候補生の胸倉を掴み、半身を起こさせると軽く額を指で弾く。  
サジシャ候補生はその軽い一撃で、遠く離れた塀の辺りまで素っ飛んで行った。  

 「時を進ませる魔導はキリャムが見せた!  じゃが、時を戻す魔導の存在が有るのを、皆、  
   知って居るな?  その遣い手の事も!  その遣い手は空前絶後、妾一人のみ!  」  

 その場に居た者が一斉に膝を付き、頭を垂れた。…帝国の真の主には、敵う者は『帝国』には居ない。  
初代皇帝その人の臨席に、意識有る者は感動に震えた。肖像画は国家の隅々まで配布されていても、  
直接『帝国』で拝謁可能なのは『魔法学校校長』か『歴代皇帝』のみで有るのがその大きな理由であった。  



698  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  23:18  ID:???  


 「人間種に何故(なにゆえ)不可能か?  それは己を無制限に信ずる事が出来ぬからじゃ!  
   自意識過剰な人間種は居る!  しかれども、こんな事は『不可能』だと無意識下で決め付け  
   てしまう!  それ故に『力』は限定されるのじゃ!  妾の百年の時を経て、漸く会得した技を  
   見よ!  数百年の長き時に渡る、妾の思いの丈を!  」    

 彼女は脳裏に天威の、山田の全てを知覚する。人間の身体は日々壊れ、そして再生する。散逸した  
物質のひとつひとつを『知覚する』能力と『集中力』は…人間種には逆立ちしても無理な話だった。  
 だが、人では無い者がそれを試みたならば?  『知覚』はクリア出来るが、意志力が持たない。  
では、無限の時間を持つ、不死者であれば?  己に与えられた『無限』を呪う『不死者』がそれを  
試みたならば?  答えは一つ。その『想いの強さに因りけり』だ。  
 彼女は一つの、混ざり合った『魂魄』を知覚した。この『魄』が山田2曹の『以前』の記憶を奪った  
事を彼女は自覚した。『要らぬ真似をする…』思わず彼女は笑みを漏らした。山田の心の中に未だ  
『住む』者の事を忘れさせたかったのだろう。『死者』には勝てぬ。美化されてしまうのだから。  
敵わぬのならば、せめて一つに…。今の彼女には、その気持ちが骨髄に沁みる程に理解出来た。  

 「もう良い。戻れ…。そなた、妾に感謝するが良い…。もう少しで解剖の憂き目に遭っていた  
   所なのだぞ…?  今…我等が知る『山田』に戻す。…もう一度、勝負じゃ、娘よ…  」  
   
 スッと寄り添った『魄』が離れる。天威、いや『山田』の肉体と魂の『再生』は。終わった。  
記憶は肉体が保管している。脳と、心臓の『神経細胞』で。魂がそれを純粋に、正常に『知覚』  
したならば…復活は彼女の『理論上』、完成する筈だった。数百年間ただそれだけを想い、今まで  
の時を過ごして来た。失敗したならば…この場で胸を抉り、心臓を掴み出す事も厭わなかった。  
 それで、本当に死ねるのならば。それで不死者が滅びる事が、出来るのならば。  



703  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/18  23:48  ID:???  


 どよめきが上がった。彼女が振り向くと…棺から少女が半身を起こしていた。…人間では無い分、  
順応が早かったのだろう。山田が己の『死』を自覚して居ない事を、真剣に彼女は、祈った。  
 その時斃れ付した『山田=天威』の身体が、小揺るぎした。…誰も天威には注目しては居ない。  
彼女と…『少女』を除いては。彼女は『少女』の息遣いを傍に感じた。駆け寄って来たのだった。  

 「…わたし達…勝てると思う?  あの人の…中の…あの人に…」  
 「我等には時間が有る。飽きる程の、な?  しかし無茶な真似を…日本政府がそなたを解剖せぬ  
   と言う保障は何処にも無かったのだぞ?  そなたの提案を良く信じたものだ、あの国が?  」  
 「ん〜とね、榊2尉って人がね、約束を守ってくれた。すんごく綺麗な・・・男の人。あれ絶対…」  
 「…妾には解らぬ世界の、住人だな…?  そ奴は…。謝礼をたんとせねばなるまいて…」  

 天威が半身を起こし、辺りを見渡した。そして晴れ渡った空を見上げ…彼女等を見た。鋭い眼差し  
が、柔和に緩む。間違い無い。成功だ。ここは我慢する所では、無い。彼女は『少女』を見た。  
 『少女』が、頷いた。二人同時に、飛び出した。最早天威では無い『山田』が両手を広げた。  
彼女達はもう、迷わなかった。山田の胸に飛び込み、頬擦りする。もう、誰の目も気にしなかった。  

 「彼女に言われたよ…まだ来るのは早いってな?  為すべき事を為してからで無いと許さないと。  
   綺麗な花畑と川が有ってな?  さあ、渡るぞと思ってたら助走中にな…?  泣くなよ…おい…」  
 「妾が何年経ったと思って居るのじゃ愚か者め…!  他の娘の話など聞きとう無いわ…この、愚か者…」  
 「まあ山田らしいと言えば山田らしいんだけど、ね?  で、山田、人から何か施しをされた時の事、  
   何か忘れて無いかな?  あ、言葉にしなくてもいいんだけどね?  」  

 山田は2人の背中に手を廻し、力を込めて抱き寄せた。そして、目を軽く閉じ、一人で照れた。  

 「…解ってるよ。その解答は一つしか無いな…有難う。君達は俺の命の…恩人だ」  




721  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  02:07  ID:???  


 「済まんが今の俺は授業中だ。俺の解説は何処まで進んだ?  」  
 「…お前がそう言い出したら止めろ不粋だと言うても聞かぬ事は解って居るわ…。  
   『呪殺』について、妾が話した。じゃから今度はその続きをやれ。あちらで隙を  
   伺って居る戯け者が狙って居るぞ?  」  
 「…やだ…みんな美味しそう…」  
 「俺の教え子だ。…我慢しろ。気持ちは解るつもりだ。叶えてはやりたいが、な?  」  
 「はあ〜い…」  

 興味深々に見る生徒と教師の目が、山田には気恥ずかしく感じられた。今度は『自分』として  
自己紹介せねば為るまい。ともあれ山田は心苦しい者が有った。自己紹介すればこの場に居る、  
『人間種』全員が片膝を付いて頭を垂れる事必至だった。何しろ自分は『歴史上』の『軍神』で  
あり、『帝国人間種全ての恩人』とまでに神格化された存在であるからだ。事実上、『神』に  
当たる者が存在しない帝国にとって、それは…?  山田は想像するのを止めた。不遜に過ぎる。  

 「…午前の部に付記事項が有る。今までの自分は里井天威2等陸曹であったが、本来の名前が有る」  

 幾人かのカンの良い生徒が膝を付き、頭を垂れた。それを怪訝な顔をして見る者も居る。山田は  
深呼吸した。自らが納得しなければ、他人に真の想いは伝わらない。営内班長を拝命する時、先輩  
に言われた言葉だ。今はもう居ない、自分の新教の時の班長に贈られた言葉だった。口を開く。  

 「…俺は元、第一特科連隊、情報中隊所属、山田浩二2…元へ、曹長だった…で良いかな?  」  
 「…お前の他に誰が居るのだ?  もう少し勿体付けられぬか?  皆の憧れなのだぞ?  」  
 「…ねえ、みんなどうしちゃったの?  な、泣いてるよ?  ねえ、山田?  どうして?  」  

 一斉に皆、胸の中の2人と遠く離れた場所に居る1人を除き、膝を付き頭を垂れた。山田浩二。  
始祖皇帝が人間種の未来を見た者。使命感に燃え、憎き王国連合の『高位聖職者』どもを自らの  
犠牲を顧みず、全滅させた帝国草創時最大の英雄。『臣民的英雄』が彼等の目の前に生きていたのだ。  


722  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  02:14  ID:???  

彼が居なければ、人類種は他種族の奴隷とされていたかも知れぬとまでに言われた人格者だった。  
それこそ不敬罪すれすれに始祖皇帝以上に持ち上げる者まで居た。拙い事に近年はそれが顕著だった。  

 「しかし、今はただの里井天威2等陸曹として授業を続けたい。…その場に折り敷け」  
 「…全員楽にせよ。妾が許す。山田…いや、里井の話に傾注せよ」  

 皆、怯え、畏れながら山田と始祖皇帝の指示に従う。山田は眉を顰めた。こんな雰囲気では話辛い。  

 「で、どんな話?  聞かせてよ、やま…あ、今は里井だっけ…」  

 場の雰囲気を読んで『少女』が気を利かせてくれた。こんな配慮を出来るこの少女の存在が、今の  
山田に、いや天威にとっては有難く、実に適宜と言えた。自分を等身大に見てくれる者は、貴重だ。  
 漂う緊張感が緩むのが天威は肌で、解る。この雰囲気ならば話が通じ易い。山田は咳払いをして  
2人の背を軽く叩き、立ち上がった。名残惜しそうに見上げられるが、敢えて無視して立った。    

 「呪殺。それは今見た通り、非常に有効な術式に見える。しかし…」  

 天威は振り向いた。頭を起こしたサジシャと目が合う。信じられない、と言った目付きが痛々しい。  

 「今もサジシャ候補生が自分に呪殺を掛けては居るが…」  

 場が一斉に殺気立った。天威はそれを無言で手で制す。制裁を加えるのが目的では無い。これは  
授業の一環なのだ。天威はサジシャに一歩一歩、歩み寄った。サジシャの瞳が絶望の色を見せる。  


723  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  02:37  ID:???  


 「…一度露見すれば、破る事は容易い。サジシャ候補生、良い着眼だった。…賞賛に値する」  

 天威はサジシャの頭の右隣にしゃがみ、彼の気管を掴んだ。そしてゆっくりと力を込めて行く。  

 「そう、魔導は詐道だ。千の、万の、億の策を弄し、最後の最後で止めを…」  

 サジシャの瞳孔が恐怖に縮むのが見えた。こんな時、リー・アーメイならばどうするだろうか?  
山田の脳裏にふと、脈絡も無く浮かんだ。…他人の思うリーならば…「一罰百戒」だ。見せしめの  
ために殺す。残酷だが、『統率』のためだ。だが自分の尊敬する『ハートマン』であれば…?  

 「…刺す。それが王道であり、戦闘だ。だが今は授業中で、お前は俺の部下でもある。  
   俺は俺の名に措いて、里井天威2曹として、サジシャ候補生、貴官を許そう。だが…」  

 皆の期待を裏切っては為らない。『伝説の山田浩二の言葉』を、皆は今か今かと待ち望んでいる。  
山田は大学の頃の映研の俳優に為ったつもりで、自棄になって台詞を発した。  
   
 「山田浩二ならば止めを刺した!  敵は殺す!  例え命を捨てても!  例え相手が親兄弟でも!  
   皇帝の為に!  祖国の為に!  臣民の栄えある未来を信じてな!  総務!  今何時だ!  」  
 「17時20分で有ります!  やま…いえ、里井先生!  」  
 「良し!  慌ただしい講義であったが、此れにて午後の授業を終わる!  別れ!  」  
 「別れます!  …3班はサジシャ候補生の介護に!  後の者は…」  

 天威は振り返り、2人を見た。『少女』は笑顔で迎えて呉れた。だが『始祖皇帝』の口元は…。  
呆気に取られて居た。山田として天威はそれにふと気付く物が有った。…問い質さねばならない。  
『自分が何度』甦って居るか、を。いつか彼女に戯言に話した通り『帝国の情況』は進展していた  
のだから。自分の夢想を『戯れ』に話した通りに。内容は理想化された『不自然な』帝国だった。  


724  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  02:39  ID:???  

終わりだ。漸(ようや)く、リー・アーメイの初日が終わった。お休み、諸君。では、な?  




740  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  17:52  ID:???  

天威の長い一日は、終わったかに見えた。しかし…終わったのは『授業』のみで有った事を天威は  
気恥ずかしさと共に思い知った。食堂での歓迎会には何と学校の生徒のみならず関係者、生徒の父兄  
まで参加していた。垂れ幕が気恥ずかしい。『里井天威2曹』が二重線で消され、元は『始祖皇帝ご  
臨席』と書かれていたのだろう。しかし布の垂れ幕には『紙』が貼られ…『山田浩二曹長復活祭』と  
訂正されている。紙の下から露骨に透けて見えるのはご愛嬌だ。…自衛隊なら即座に作製し直しだが。  
   
 「800人は優に収容可能な食堂だぞ…?  生徒は120人で職員等で200人だろう?  一体…」  
 「…帝国創立を決意させたエーユーに一目逢いたいって人が一杯なの!  警備はね、一部  
   里井の仲間に協力して貰ってる。学校の外も人の山。…見たい?  」  
 「…悪いが遠慮する…お、おいおい、押すなっておい!  こら止めろ、俺は…!  」  
   
 まあ、『新規に』始祖皇帝御臨席の垂れ幕が掲げられているから、その努力は買わねばなるまい。  
天威こと山田は『少女』に背中を押されつつ食堂に入る。人垣が一斉に割れ、道を作る。俺はモーセ  
じゃない!  とまた不遜にも思ってしまう。道の終点には…『始祖皇帝』がヴェールを外して立って  
いた。こうして着飾った人間の中で見ると解る。人には到底、到達不可能な美の領域が存在すると。  
 天威の目には、始祖皇帝を含む全ての者の衣服、装飾品が哀しく為る位に霞んで見えた。天威は  
始祖皇帝の前まで来ると、片膝を付き頭を垂れる。『少女』もそれに習う。…忌々しいが仕方無い。  

 「久方振りじゃの…山田…あの時は世話に為った…礼を申すぞ…?  」  


741  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  17:53  ID:???  

山田として、『人間では無い英雄』としてどう演じるべきか?  山田は自分が映研に出入りして  
いた事に心から感謝していた。皆の期待に応えなければ!  …そのためには…素の自分は殺さねば  
為るまい。これは『帝国』の『士気』を高める一大スペクタクル名シーンなのだ…と山田はそれを  
1秒も掛からず認識した。…さあ、3、2、1…キュー、では無くて…今!  山田は面を上げた。  

 「不肖、この山田に、礼などと勿体無きお言葉を掛けられ恐悦至極に存じ奉る。一つより無き  
   この命を陛下のおん為に捧げ、死した身を又もや陛下に捧ぐ事が出来るそれがしは、存外の  
   幸せ者でござりましょう…今も…」  

 背に仕込んだ『剣鉈』を右手で抜く。自分の中の冷静な『常人』の部分が『オーヴァーアクション、  
演りすぎだ!』と騒いでは居たが、『その場のノリで生きる刹那的な部分』が無視を決め込んだ。  
 周囲に沈黙が訪れる。耳鳴りがする程の、沈黙であった。刻が全て、停まったかの様な沈黙の中、  
山田は左手の甲を薄く切った。血が、滲む。紅の線が甲に生まれ、それは直ぐに流れと為り石床に  
滴り落ちる。さあ、此処で決めるぞ山田浩二!  人生は、演劇だ!  俺は仮面を被り通して見せる!  

 「あの時と同じくこの血潮は紅く、そして陛下の為にこそ捧ぐべき物にてござりまする!    
   不肖、この山田の忠誠の証、是非とも始祖皇帝陛下にご賞味頂きたい!  」  


742  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  17:59  ID:???  

始祖皇帝が近づく。そして頭上に差し出した左手の甲にその艶やかな唇を付け、吸った。周りから  
溜息が漏れる。羨望と…嫉妬だろう。これは始祖皇帝に『何かをせよ』と強制したのに等しい行為だ。    

 「妾に命を捧げし頃より変わらぬこの血潮の味…妾はそなたの忠義を受け取ったぞ、山田…」  
 「勿体無きお言葉…山田浩二曹長は死しても永遠に陛下を守護せん事を此処に改めて誓いま  
   する!  …ここに集いし臣民、全てがその証人である!  そうであろう、皆の者!  」  

 どっと周囲に歓声が上がる。会場に臨席出来た者全てが『歴史』の一舞台の証人と為ったのである。  
始祖皇帝と英雄の邂逅の証人。『帝国』では正に子々孫々まで語り継がれるべき名場面となるだろう。  

 「やりすぎだよ…里井…。なんだか、わたしの知ってる『山田』じゃないみたい…」  
 「…本当の『俺』はお前達が知っていてくれる。『俺』はそれで充分嬉しい…」  
 「済まぬな…山田…。また…助けて貰うた…。恩に着るぞ…」  

 立ち上がり、用意された宴席に並んで移動する最中の喧騒の中、声を出さず唇の動きのみで3人は  
語った。これは全て質の悪い芝居なのだ、と。俳優が所定の役割を演じただけなのだ、と。  




746  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  18:28  ID:???  

宴は進む。もう立食パーティなどそっちのけで質問の嵐。天威こと山田は、『英雄山田浩二』の  
テューリングテストでも受けている様な気分に為った。『人間の山田浩二』では無く『英雄』として。  
 山田には難しくも何とも無い行為では有ったが、苦痛で有った。自分の守りたかった物は…最早、  
失われた。どんなに嘆こうが、それは還らない、掛け替えの無い『女』だった。生きていても、空しさ  
だけが残った。ならば『女』が愛した物を守るまで…。未だ純心だった、少年の日の、決意。  
   
 『愛するものは、死んだのですから、たしかにそれは、死んだのですから、  
   もはやどうにも、ならぬのですから、そのもののために、そのもののために…』  
   
 彼女の遺品の、『中原中也詩集』の詩の一節が、山田のその後の『生き方』を決めたのだ。  

 「奉仕の気持に、ならなけあならない」  
 「奉仕の気持に、ならなきゃあならない…。2回言わないと、ね?  里井?  『春日狂想』は?  」  
   
 天威は『少女』を見た。…そう、元は一つの命として…共に居たのだ。多分感覚で解るのだろう。  
天威の、現在考えている事が。どうして、笑える?  そんなに…優しく?  お前は俺の全てを見た。  
 汚い所も、隠したい事も、隅から隅まで細大漏らさず…どうして…?  天威は心で問いかけた。  

 「それでもやま…里井は、綺麗だったから…。真直ぐだったから…。応えに、ならないかな?  」  

 そうだ、少なくとも後悔はしていない。天威はハッとした。大学を出て、自衛隊に入隊し、現実を  
見た。しかし、己の理想の姿に為るべく努力した。博打もやらず、酒もやらず、女遊びもせず、ただ  
ひたすら『職務』と『読書』と『体力練成』を繰り返してきた。…御蔭で同性愛者と勘ぐられた事も  
度々有った。噂が立ってもそ知らぬ顔で、勤務していたら噂は消えた。全ての人に、奉仕を。そんな、  
生き方をして来たつもりだった。士は己を知る者のために死す。『少女』が優しく、天威に微笑んだ。  



748  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  18:29  ID:???  


 天威は宴席を中座し、『小用』に向かう。生理現象は我慢出来るが、限度は存在する。今日始めての  
『小用』だ。人間は排泄と『もう一つ』の行為中、一番無防備に為る。その期間を限りなく短く済ませ  
るため、水分を普段より余り取らないよう抑制する。天威に染み付いた『癖』だ。帝都は上下水道完備  
だ。…数百年前の、民間『残留者』の努力の結晶だった。  

 「はは…演りすぎたかな…?  しかし…皆の為ならば…な…」  

 独り言だ。どうしても多く為る。弾薬庫で昼間時、一人きりで2時間歩哨に立たされれば嫌でも癖に  
為る。排泄は速やかに完了する。これは基本だ。天威が手を洗い『便所』から出ると、見覚えの有る女  
が立っていた。昼間の食堂の…遅れて行った自分の分の食事を確保してくれた娘だ。礼は…していない。  

 「その節は有難う…。決められた時間外なのに食事を用意してくれて…」  
 「あの時は…御免なさい…山田さん…私を…許して…。でも、どうしても貴方がっ…」  
 「?  何の話だ?  話が見えないのだが…?  君は…?  ん?  何を…!!  」  

 女が天威の左手を取り、その手に自らの右手を重ねる。緑色の暖かい光が山田の左手を包む。山田の  
脳裏に恐怖が甦る。緑色の、光。倒しても倒してもその光の下、再び立ち上がる『狂信者』達の群れ。  
神聖『治癒魔法』の輝きだった。そしてその神聖魔法の遣い手は、帝国には『一人も』存在しない。  


749  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  18:30  ID:???  

山田はすかさず女の背後に回り音も無く『剣鉈』を抜き、その喉に当てた。女は『王国』側の間諜!  
山田は天威と言う鏡を使わず、その判断に従った。先ずは尋問だ。と、抑えた声が山田のすぐ背後より  
響く。始祖皇帝の声だった。山田は自分の耳を疑った。「その刃を仕舞え」と聞こえたからだ。  

 「…こんな間抜けな間諜を野放しか?!  とても情報戦略に力を入れているとは思えん!  
   それとも知っていて泳がせているのか?  お前は!  ここはお前の管轄だろうが!  」  
 「お前が喉を掻き切り、神々の玩具としての生を拒否した事を、覚えて居るか?  」  
 「…!!  な…?  あ…あの時って…俺のその…あの時か?!  」  
 「妾はそう言って居るだろうに…血の巡りの悪い奴めが…」  

 山田は女の喉から『剣鉈』を外し、反抗抑止を狙い、女の腹に押し付けた左手の力を弛める。そして  
2歩の距離を措き、不意の反撃に備える。まだ警戒は解けない。…相手は『帝国』の天敵なのだ。  

 「だから…謝りました…。貴方をずっと…見ていたから…子供の時から…!  真直ぐに生きて、  
   真直ぐに育って、苦難にあっても捻くれる事無く大人に為った…貴方を…!  」  
 「妾が漸くこの者を捕らえ、拷問を開始しようとした時、この者は申した。ただ、お前と共に  
   空を駆けたかったと訴えた。神々の玩具などにはさせる気など毛頭無かった、とな…。何か  
   掛ける言葉が有ったら申せ。今よりしばし、妾は目が見えぬし耳が聞こえぬ!  …果報者が」  

 …山田には此れまでの『付き合い』の経験から、始祖皇帝のその言葉が全く信じられなかった。  



754  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  19:29  ID:???  

山田は唾を飲み込んだ。『剣鉈』を鞘に仕舞い、一歩、二歩、恐る恐る近づく。…北欧神話等の中  
に残る、死神。勇者だけを迎えにやって来る、死神。自分にその資格が無い事を、山田自身は良く、  
知っていた。…15歳の頃に、その資格は無くなった筈だ。自己満足のために…山田は人を殺したのだ。  
還らぬ者のために。失われし者のために。己の荒れ狂う心を静める為だけに、空しき復讐を。  

 「…貴方の『罪』は知っています。しかしそれも…己の『欲』からでは無く…!  」  
 「違う…違う違う違う違う違う違うっ!  あれは俺のために殺った!  後悔など、  
   してはいないっ…!  しかし、それは『法』に照らせば明らかに『罪』!  」  
 「私は貴方の名が招聘名簿の筆頭に上がっていた事を知って…動揺しました。  
   このままでは他の者に貴方を奪われてしまう、と…。誰にも渡せない、と…。  
   そして貴方の『大切な人』を装いっ…。  貴方の誇り高さを知らずにっ…!  」  
   
 泣き出す『神の娘』こと『戦乙女』の可憐さと清純さ。山田の『人間』の『良心』の鎌首がじわじわ  
と頭をもたげて来る。人には優しく奉仕の心!  己が漢であるならば、泣く者あらば『支え』たれ!  
 山田は始祖皇帝を向き、小さく、言った。その耳目は自分の挙動を明らかに『監視』している。  


755  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  19:31  ID:???  

「…おい、聞こえてないな?  見えてないよ…な?  」  
 「無論、見えても居らぬし聞こえても居らぬっ!  」  
 「…今から慰めるからな?  停めても無駄だぞ?  」  
 「元より承知っ!  そうでなくては妾の山田では無いっ!  …為るべく短く済ませよ!  」  
 「了解…。じゃあ、3分くれ」  
 「2分じゃ!  これは譲れんぞ!  」  

 山田は『戦乙女』に近づき、彼女の硬く握り合わせた両手を、自らの手で優しく包んだ。背を屈め、  
そっと語りかける。涙の雫が…頬を痛ましく伝う。共感能力。その者の立場に為って思考する能力。  
山田の大きな特技で有る。許されぬ想いを抱く辛さが、山田の胸を打つ。その能力は『兵士』にとって  
必要不可欠だが、唾棄すべき能力だ。敵の目的、手段が解るのは利点だ。しかし、痛みや、やるせなさ  
まで解ってしまうと、余程の『人非人』で無い限り敵を殺せはしない。『戦乙女』が、目を開いた。  
ハッとして照れる仕草が…男と云う『獣』に『全く』免疫の無いのが解る。山田は口を開いた。  


756  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  19:33  ID:???  


 「今まで…見守って居てくれて、有難う。…俺が何時死ぬか解らないがその時は…」  
 「妾が死なせぬわ愚か者!  」  
 「黙ってるって自分で言ったぞお前!  」  
 「あと残り1分じゃ!  」  

 山田は『戦乙女』を抱き寄せ、その額に唇を軽く付け、それから抱く腕に一瞬力を込め、離した。  
その耳にそっと言葉を吹き込むのを、忘れずに。「有難う、これからもよろしく頼む」と。  

 「終わりじゃ、帰るぞ!  時にその…山田?  一つ頼みが…  」  
 「同じ事をしろと云うなら断る!  大の男がこっぱずかしい気障な真似を二度も演れるかっ!  」  

 宴席に戻る騒がしい2人を、『戦乙女』は首の辺りまで真っ赤に上気させながら見送っていた。  
山田にはその場で『演らねばならぬ』事が一つ、あった。それは『サジシャ候補生』へのフォローだった。  



786  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  23:01  ID:???  

 自分の席に就いた山田は、起立し、訓練を通じて、鍛えに鍛えたその大音声を張り上げる。まるで  
源平時代の武士の名乗りを上げるが如く、それは歓談の続く宴の席を貫いた。  

 「サジシャ候補生!  在席しているのならば自分、山田浩二の前へッ!  」  

 ザワザワと群集が互いに囁き合う中、人垣がまたもや割れて行く。キリャム教師に付き添われた、  
サジシャ候補生がその姿を現す。傷付けられ、すっかり覇気の無くなったその眼が、痛々しく山田を  
見上げる。あの後に『里井』の正体を知らされたのだろう。…目の周りには蒼痣がぐるりと取り巻い  
ていた。辛い。そうだ。辛いだろう。己の身の程を知らされ、己の誇りの拠り所まで『完全に』否定  
されたのだから。…キリャムは優秀だ。暴発するかも知れない生徒に付き添い、慰めて居たのだろう。  

 「…はい…サジシャ候補生…」  
 「自分の『恩人』がそんな覇気の無い事でどうするっ!  もっと大きな声を出さんかァっ!  」  
 「は…はいっ!  サジシャ候補生っ!  」  

 『恩人』と聞いてまだざわめきが復活する。さあ、衆目が集まる!  さあ取って置いたの名場面、  
演出いたして見せましょう、男一匹山田は浩二、少年少女の味方です、と来たもんだ!  行くぞ!  


787  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  23:05  ID:???  


 「皆様は先のジュガムイの、33普連の激闘を御承知でしょうか?  実は自分はその戦いに置いて、  
   『里井天威2曹』として記憶の無いまま従軍していたのです!  その時点で『山田浩二』は  
   死んで、存在していなかったのです!  精神と肉体の関係は自分よりも皆様の方が詳しいかと  
   存じ上げます!  そして『里井天威2曹』はこの学校、リイ記念帝立魔法学校に教師として  
   赴任したのです。その記念すべき日は何と、今日!  古強者『里井天威2曹』は訓練に措いて  
   このサジシャ候補生を指名し、模擬戦闘を行ったのです!  」  

 山田は席を離れ、サジシャの右手を取り、高々と上げた。サジシャが山田の顔を見上げる。  
話が違う、と目が訴えて居たが、山田は下手なウィンクで応えた。…サジシャは怪訝な顔を見せ  
黙った。まあ、意味は通じなくとも口を聞いてくれなければ有り難いと山田は心の中で苦笑した。  

 「サジシャ候補生は戦闘経験の無い素人同然!  対する里井2曹は対魔法戦闘経験に長けた  
   『自衛隊員』!  その場の誰の目にも勝敗は明らかで有りました!  」  

 山田は言葉を切り、反応を確かめる。頷く周囲の人間も居れば、露骨にサジシャに侮蔑の視線を  
向ける者も居る。…豪華な服を身に纏った、猛禽の目をした男が、瞳に動揺の色を浮かべながら  
こちらを注視していた。第31代現皇帝『サジグ』その人である。…一人息子は可愛いものだ。  


788  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  23:08  ID:???  

   
 「サジシャ候補生はこの学校で習得した魔導を49回も連発!  炎熱、氷刃、雷光、旋風を…!  
   彼は『未熟』ですが、持てる限りの力を尽くし戦い抜きました!  あの普通科隊員を相手に…」  

 どよめきが大きくなる。「何と…その若さで…」、「正に勇気有る少年!」賞賛の声が高まる。  

 「ことごとく回避されるサジシャ候補生の魔導!  しかし、サジシャ候補生はその名誉に掛けて  
   負けられ無かったのです!  己の背負う名に掛けて!  何故ならば…」  

 山田はもう停まらない。全てが終わるまで。芝居っ気たっぷりに左手で現皇帝の方向を差す。  

 「彼の父は第31代現皇帝陛下、『ザジグ』陛下の息子である故に!  彼は古強者の隙を突き、  
   必殺の禁呪である『呪殺』を遣ったのです!  その敢闘精神は賞賛に値します!  決して  
   敗北を認めぬこの心意気は、帝国の栄光を担う次代の若者にとって喜ばしき事と言えま  
   しょう!  …彼の必殺の、50回目の魔導は、過たず『里井天威2曹』の命を奪いました!」  

 山田はまた言葉を切り、今度はサジシャに笑いかける。…彼の眼は、自信を取り戻していた。  


789  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  23:10  ID:???  


 「丁度、始祖皇帝陛下が御視察にいらしたのが山田浩二…今の自分にとっては僥倖でした。  
   乱れた糸の縒りを戻すが如く…里井天威と山田浩二との合一をその御技と御慈悲を以て、  
   ここに復活の奇跡を顕現なされたのです!  山田浩二としては、誇りに掛けてサジシャ  
   候補生を生かして置く訳にはいけません!  しかし、今の自分は、教師、里井天威でも  
   あるのです!  自分は彼等有為の若者の才能を是非『教師』として伸ばしたく思います!  
   自分は『英雄』としてでは無く、一『教師』として、皆様の手厚きご支援の程を宜しく  
   お願い致す所存であります!  明日の帝国を担う、サジシャ候補生と他の候補生に栄光  
   有らん事を!  始祖皇帝の御名の下に!  」  
 『大嘘吐き…逆でしょう?  兵士の里井なら…殺すわ。山田が生かしたのよ…』  

 脳裏の『少女』の声が痛い。『解ってくれ』と念じると、鼻を鳴らして黙った。    
間髪入れずに全員の唱和が開始される。天威の記憶では『始祖皇帝の御名の下に』で終わる筈だった。  
が…予想は常に裏切られるものだ。希望的観測は、さらに悪い方向へと。そして、悪い予想は的中する。  
   
 「始祖皇帝の御名の下に!  山田浩二の偉業と共に!  」  

 唱和の最後が締まらん、と山田は内心で毒づいた。このフラストレーションは、訓練でしか  
解消出来ん類のモノだろう。しかし先ずは被服の入手から始めねば為るまい。山田は笑顔を消した。  


790  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/19  23:12  ID:???  


 「第一区隊、魔道士候補生!  集まれ!  4列横隊!  」  

 群集を掻き分け、必死な顔で魔道士候補生が集合を開始する。総務が人員を一々数えている。  
これも教育が必要だ。天威として此処は行動せねば為るまい。漸く数え終えたのか、報告が来る。  

 「魔道士候補生、総員60名、事故なし、現在員60名、集合終わり!  」  
 「遅い!  …まあ良い、初日だ。勘弁してやる。現在時2100!  一時間後に就寝!  総務、  
   宿舎棟まで全員を引率!  明日の集合は貫頭衣、通常礼装で舎前!  朝からお出かけだ!    
   以上!別れ!  」  
 「別れます!  各員列を乱さず退室せよ!  」  

 山田は気付いた。今日中に歩調を教育する予定だった事にだ。宴の最中に行われた椿事に  
来賓は度肝を抜かれていた。珍しい生物を目の当たりにした、とその表情が雄弁に語っていた。  
 自分もいい加減に抜け出して就寝の必要が有る。『古い知り合い』に再び『自分』として  
もう一度挨拶に赴かなければ為らないのだ。…記憶の有る今なら解る。『嘗ての上官』だった  
『男』が、この自衛隊帝都駐留連絡部に存在し、ただひたすら『その時』を待っている事を。    



814  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/20  15:05  ID:???  

山田は走る。腕時計を見る。『太陽電池仕様『G』』は2120を過ぎようとしていた。宿舎棟の入口  
に到達し、立ち止まり、息を思い切り吸う。…山田は、自分が天威に『染まりすぎた』と感じていた。  

 「総務及びチームリーダー!  集合!  着替える必要なし!  命令変更だ!  」  
 「一斑チームリーダー、サジシャ候補生集合終わり!  」  

 一番先に飛び出してきたのは以外にもサジシャ候補生だった。実は一斑のチームリーダーだった。  
多分、午後の授業で反抗してきたのはてっきり自分が『総務』に任命されるものだとばかり思って  
いたのに天威の「鶴の一声」でマニュ候補生に決定されたのが不満だったからだろう。その次は、  
マニュ候補生だ。山田はその姿を確認した途端、真っ赤に為って天井を向き叫んだ。俺は馬鹿だ!  

 「付記事項!  女子は男子に見られても恥ずかしく無い格好でだ!  …急げよ総務!  」  

 マニュは夜衣に着替えていた。…透けているモノだ。サジシャは凍り付いたが如くマニュを凝視  
している。山田は天井を向いたまま、彼の頭を自分の側に向けさせた。…男女混合なのを忘れていた  
山田の痛恨のミスだ。少年少女は健全に育てねば!  宿舎棟の部屋割りの再考を誓う山田であった。  
 …全裸でモノをぶらぶらさせて走ってくる男子魔導候補生を次に見た事がそれに拍車を掛けていた。  

「…服を着ろ!  貴官が恥ずかしく無くとも、周囲の者が恥ずかしくなる!  自分を失望させるな!」  


815  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/20  15:06  ID:???  

少女の「羞恥を湛えつつもそれでも真面目な」声は、そそるモノが有る。山田の悪友の言葉だ。  
それは真実かも知れないと、山田は実感していた。何か自分がかなりの変態嗜好の所有者に感じ、  
山田は急いで数学の公式を無秩序に頭の中で並べ立て、生じた『邪念』を思考から追い払う。  

 「…マニュ候補生以下6名、集合終わり!  」  
 「…休ませ!  」  
 「せいーれーつ、休め!  」  
 「…楽に休め。各班に伝達。命令変更。起床時刻0630、一旦寄宿棟前、以後『舎前』で通す。  
   覚えて置け?  舎前で0640に人員点呼を行う。服装は…見られても恥ずかしく無い格好だ。  
   そのまま朝食を取れるような、が最低条件だ。質問は有るか?  」  
 「ハイ、三班チームリーダー、カー・ヴェ候補生!  」  
 「何だ?  質問を許可する  」  
 「それは先程の『付記事項等』を踏まえての事でしょうか!  」  
 「…裸で出てきた貴官を見て確信した。言って置かんと『拙い』とな?  他には?  」  
 「無し!  」  
 「では、続けるぞ?  朝食喫食は0700より。集合は0820舎前。服装は『動き易い格好で』、だ。  
   0835授業開始。内容は整列時についての命令と動作と移動時に措ける『お約束』を教育する。  
   6班チームリーダー、フィム候補生、伝達内容を復唱!  」  

 魔導士の卵だけ有って、記憶力は目を見張るものが有る。山田は褒める事にした。実は『褒めて』  
は為らない。自衛隊の教育は一度展示すれば、全て『出来て当たり前』の世界なのだ。だから年配の  
自衛官は『褒められる』事を嫌味に感じてしまう。しかし彼らは…未だ『兵士』では無い。    


816  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/20  15:07  ID:???  



 「貴官等の記憶力には期待して良さそうだな?  各人、役職は持ち回りだ。全員、いつかは総務に  
   就く。勤務内容を良く把握し、交替者に確実に『申し送る』事が出来る様に努めよ。それが里井  
   が総務、班長を『右翼者』から選んだ理由だ。これからは『連帯責任』を適用する。一人も目標  
   時刻に遅れる事は許さん。何が必要なのかは各人、思う所がきっと有るはずだ。今日の就寝時間  
   は変更無し。確実に『消灯』せよ。勉強を続けたい者は…『天威』の部屋で一時間のみ消灯延期  
   を許可する。希望者を総務は5分後に報告。夜間には自分が巡回するので、騒ぐな。寝ろ。以上。  
   では解散…別れ!  」  
 「別れます!  各チームリーダーは班員に伝達…」  

 山田は胸の中でほくそえんだ。…ヒントは、与えた。後はそれで気付くかどうか、だ。新米隊員を  
引っ掛ける『単純』な罠だ。まあ、悪いが候補生達が気付く事は十中八九無いだろうと山田は思う。  

 『性格悪ぅ〜…。五分前行動なんて言われ無いと普通は気付かないよ?  』  
 『身体で覚えて貰うのが一番さ…。で、お前今何処に居る…って…俺のベッドか!  』  
 『わ〜、そこまで解っちゃうなんて、スゴ〜い!  』  
 『其処の革張りのケース持って部屋を今すぐ出て、階段に出ろ!  生徒が来る!  』  
 『このまま?  もう、せっかちなんだからぁん…』  
 『…服を着て、だ。くれぐれも、出遭った少年少年をたぶらかすなよ?  』  

 山田は己の安眠を期待できない事に今更ながら気付いた。『夜間』が人間種の時間では無い事にも。  


817  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/20  15:07  ID:???  


 消灯延期者はマニュとサジシャと、ギイ候補生。サジシャが言うには『生徒三傑』らしい。ギイの  
視線が山田を刺す。ピンと来た山田は急いで『心の壁』を張り巡らせるイメージを創る。  

 「不躾だな、ギイ候補生?  人の心を覗く時にはまず、一声掛けろ」  
 「…解っちゃいましたか…さすが英雄山田浩二曹長だ…隙が余り無い…残念だなぁ」  
 「里井天威2曹、だ。里井助教でも構わん。後な、授業中にそんな言葉遣いしたら連帯責任適用で  
   皆に罰則を与えるからそのつもりでな?  ギイ候補生?  …サジシャ候補生、私的制裁は許さん。  
   俺の部屋の机は大きいから、移動させてベッドに座って使用せよ。消灯時間は俺の遣り方で伝える。  
   以上。…質問は有るか?  …無し、の様だな?  では、別れ。勉学に励めよ、若人…」  

 背を向け、右手を上げ、軽く振って山田は場を離れる。階段を上る途中で、黒い物体が眼前に突き出さ  
れるが、山田は苦も無く避ける。夜目は鍛えて有る。…これまで経験した幾多の『訓練』と『実戦』でだ。  
『少女』が革ケースを突き出したのだ。この中身の『モノ』が無いと『真の隊員教育』は、始まらない。    


818  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/20  15:09  ID:???  


 「多分…応えてくれないと思うよ…?  約束でも…?  まだ持ってるかも解らないし…」  
 「いいや、持ってる。アイツから盗聴を取ったら何も残らん。周波数もメモリーに入ってる  
   筈だ。俺と奴しか知らん、な?  俺のコイツの音色を聞けば、奴はきっと連絡を入れる。  
   駐連…帝都駐留連絡部に里井として挨拶に行った時…顔を見た。小川の奴…俺の職種徽章  
   を見て  
   変な顔して見てたからな?  普通科のモノだったからな…?  俺は特科だから…」    

 ケースの中身は良く磨かれた『ラッパ』と、少々年代モノの市販の『携帯用高性能無線機』だった。  
ラッパは『ラッパ手集合教育』の際に購入した私物。『無線機』はその『教育』が終わる際に、  
『バディ』から贈られたモノだった。バディ、相棒…。新隊員前期を共にし、また巡り合った悪友…。  
 無理矢理にキャバクラに連れて行き、おねえちゃんに『イイ顔』を出来たと喜んで居た馬鹿野郎…。  
「噂の人だぁ…ホントにつれて来たんだぁ!  憲人ちゃん!  」とか言われてたな…。アイツ…。  

 「お前の音色は直ぐに解るって、ホントかな…?  」  
 「さあな?  ミュージシャン志望とか言ってたが、本当かどうか…」  

 屋根の上に出る。自分の見慣れた異世界の夜空とは、少し異なる星配置だが…その輝きは変わる事  
無く、山田と『少女』を照らす。遠い『あの日』、こうして深い森の中で見上げた…。数百年、過ぎ  
た事実を改めて実感する。『少女』が山田の腕を突付き、我に還らせる。ふと腕時計を山田は見た。  
2155、消灯の五分前だった。頭の中で山田は反芻する。懐かしき、『生の』消灯ラッパの旋律を。  



894  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  16:34  ID:???  

2200。山田は息を大きく吸い、ラッパに唇を当てた。懐かしい金属臭が、山田の胸を高鳴らせる。  
 朗々とそして叙情的に、山田の吹く消灯ラッパの旋律は星降る夜を震わせた。自衛隊帝都駐屯地の  
隊員宿舎の明かりが、一つ、一つ消えて行く。…正規の消灯時間にはまだ一時間も有ると言うのに。  
 自衛官の一日は、ラッパに始まりラッパに終わる。大体『録音』で賄われる事が多いが、生演奏の  
時も有る。各駐屯地によって違う。怖ろしいのは…結構、離れた距離に有る駐屯地にラッパの旋律が  
届いて居る事実だった。驚異的な肺活量だ。同じ旋律を2回繰り返し、余韻を残しつつ、山田のラッパ  
吹奏は終わりを告げた。山田はラッパを唇から離し、ケースに置き、代わりに無線機の電源を入れる。  
 弱弱しいLEDの紅い光が点灯した。ホワイトノイズが聞こえる。スケルチ調整をしようとノブに手を  
遣ったその時に反応が有った。比較的クリアな音声だ。FMはこれが醍醐味だと声の主は言っていた…。  

 「小川…だよな?  真面目くさって、『ハロー、CQ』って…ハムじゃ有るまいし…」  
 『やぁ〜まだぁ!  …ってこのネタで笑えよ?  ちゃんと?  なあ『ドカベン』?  朝に無視  
   されたんでビックリしたぞ?  この前期のベッドバディの顔を忘れたのかよってな?  』  

 途端に、相手の声のテンションが上がる。小川憲人三曹。現在、帝都駐留普通科連隊所属の隊員だ。  
声の渋みが一瞬にして無くなってしまうこの『ノリの良さ』が…当時の山田にはとても羨ましかった。  


895  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  16:35  ID:???  

懐かしい日々。直営売店で割り勘と云う約束でアイスを買い、踏み倒された事。『中の』床屋で  
散髪中『坊主にしようぜ』と仲間に言いつつ、一人だけスポーツ刈りで逃げた事…。それらの光景が  
瞬時に記憶から甦る。それでも、『いい奴』だった。山田の口元から思わず苦笑が漏れる。  

 「…久し振りだな、小川…?  今何してた?  多分、ここの警備の終わった後だろう?  」  
 『相も変わらず見事な音色で!  優秀隊員はやっぱ違うわ!  同部屋の奴、間違えて電気消し  
   やがった。今日の警衛隊のラッパ手、恥ずかしくて今夜の吹奏、辞退するぜ。あーカワイソ。  
   って俺は明日の警衛でやるんだけどな?  迷彩のアイロン掛けが空しいぜ…畜生ぉぉぉ!  』  
 「…スマン。明日は多分『甲武装』だ。…『カラミティ』来襲予定。上に貸しが作れるぞ?  
   駐屯地のS-3…警備主任に話せばな?  …小川?  おい、小川!  どうした、おい!  」  

 数瞬の沈黙が訪れた。『カラミティ』。…意味は災厄。自衛隊内でその単語が差す人物は一人しか  
存在しない。国会議事堂前をこの世の地獄に変えた優雅なる『存在』。数々の実績を上げた武装警察  
の『総力』を持ってしても1時間持たなかった『化け物』。武装警察が無能の烙印を押されその後、  
解体される切っ掛けを作った自衛隊の『大恩人にして同盟者』。始祖皇帝を指す『隊内隠語』だった。  


896  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  16:37  ID:???  


 『マジかよ…?  何時だそれ?  選りによって何で俺が上番のときに…!  くそ、クリーニング  
   したばかりだぞズボン…!  白手だって予備有るけど…ああ!  何とか延ばせんか?  それ?  
   同期のよしみで…な?  な?  な?  山田ちゅわ〜ん…ノリトからの、オ・ネ・ガ・イ!  』  
 「同期だから先にお前に情報を流したんたぞ…?  段取りつけ易いように。…午後イチの予定だ」  

 甲武装。それは通常礼装にライナーヘルメット(プラ製)、弾帯、半長靴、白手袋を着用した姿で  
ある。弾帯には銃剣を付ける。言わば『来賓』を迎える際の礼装だ。当然、入念な前準備が必要だ。  

 『わーった、わーったよ!  融通キカネーのは昔っからだからな!  でもやばいぞ?  武装警察  
   残党が帝都に潜伏中って話は、結構出てるんだぞ?  いいのかよ?  そんな美味しいネタ?  』  
 「…この際、徹底的に叩く。ああ、そこでは俺は里井天威2曹だからな?  山田って呼ぶなよ?  」  
 『…里木…だと?  』  
 「里井、だ。  …どうした小川?  俺、何か悪い事言ったか?  」  
 「いや…何でも無い…。2階級特進したって話…嘘だって解って嬉しくてな!  …S-2、保全の  
   方にも話を通すぞ?  情報漏れがどっからか知りたいろうしな…。じゃ、明日な!  里井!  」    

 無線が切れた。電源を切って、山田が一息つく。突然ポン、と肩に手を置かれて山田は振り向いた。  


897  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  16:37  ID:???  

「…妾に、早急にベッドバディの差す意味を至急、説明せよ。返答次第では、ただでは済まさぬ」  
 「勿論、『カラミティ』って意味も…だな?  …お前!  居るなら居ると言ってくれればっ…!  」  

 山田は『少女』を向き、半泣きの声で怒鳴った。『少女』の妙に無邪気な笑顔が山田を迎える。  

 「たのしそ〜に話してたから、邪魔しちゃ悪いかなっ、て思って。そんなに夢中だったんだ…?  」  
 「…折角聞き惚れて居ったと言うに…。話は校長室で聞く!  …異存は無いな?  ヤ・マ・ダ?  」  
   
 始祖皇帝の目が、笑って居ない。本気だ。山田は自らの軽率さと間抜け振りを心の底から、呪った。  
始祖皇帝が山田の襟首を引っ掴むと同時に、校庭へ跳んだ。山田の眼前に地面が迫る。死ぬか…?  
 山田は全身の力を抜いた。それも良かろう、と。所詮拾った命なのだ、と。恐怖など無かった。  
激突すると思った瞬間、ぐっと抱き抱えられる。…横抱きにだ。何故か着地の衝撃は…感じなかった。。  

 「なあ…」  
 「なんじゃ?  己の良心が余りにも痛んで痛んで、校長室まで告白が待てぬのか?  」  
 「…俺は俺として何回、甦った?  リイ記念帝立魔法学校の…リイはリイ・アメイのリイだな?    
   俺の名乗っていた名前は里井天威だが、読み方を変えればリイ・アメイだ。…伝承では…」  
 「…どの道、話さねば為らぬ、か…。よかろう、話して遣わす。付いて来ておるか!  娘!  」  
 「わたしには聞く権利が有る。そうよね?  防護結界は張れるよ?  誰にも聞こえないように…」  

 長い夜に為る。山田は己の言わねばならぬ事の残酷さを思うと、良心の痛みを抑えられなかった。  



910  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  21:09  ID:???  



 「あのな?  185cmの大丈夫がな…?  『御姫様だっこ』される情けなさと云う物をな…?  」  
 「難ならこのままそなたの生徒に見せてやっても妾は一向に困らぬがの?  生徒公認じゃ!  」  
 「あ…山田…さん…」  
 「や、やあ…。これにはとてもその…複雑かつ不可解な事情と云うものが介在しているわけで…」  
 「…あ〜あ、下手な言い訳…。心の中聞いてたらもうアタマ痛くなって来ちゃう…」  
 「…丁度良い。そなたも同席せよ。…そなたも実は関係者じゃ…。共に聞くが良かろう」  

 校長室に繋がる廊下を始祖皇帝に、横抱きにされたまま移動する山田は、そこに丁度通りかかった  
『戦乙女』の娘の姿を真正面に認め、弁明に掛かろうとするが、動揺と己の『醜態』で舌が回らなく  
なる。『少女』は山田の『エエ格好しい』の本性が解っているので、愚痴を零した。『漢として』が  
行動方針の山田は、『こうあるべきだ』の『理想像』に異様な程、こだわる悪い癖が有るのだ。  
 校長室のドアが『戦乙女』の手で開かれ、山田と始祖皇帝が入り、『少女』の手で閉じられる。  
 山田の耳を、空気の唸りにも似た圧迫感が襲う。『少女』の仕業だ。狙った獲物が集団の中で生活  
している場合、捕食する際に、周囲に気付かれぬ様にする結界を張る事が出来るのだ。その御蔭で、  
助かった事が1、2度有る。その後、指から精気を吸われ半死半生の目に遭ったのは言うまでも無い。  

 「…まずは妾の問いに答えよ。以前に聞いたのは『バディ』は相棒の意。『ベッド』は寝台じゃ。  
   この2つを並べれば、寝台の相棒。…そなた女性は要らぬと言うのはもしや…」  

 始祖皇帝を知る者は仰天するだろう。明らかに声が上ずり、動転の色を見せているのだから。  
椅子に座らされた山田は軽く溜息を吐き、両手を組み合わせその上に顎を置き、余裕たっぷりに口を開いた。  


911  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  21:10  ID:???  


 「あのな?  ベッドバディと言うのはだ、自衛隊は毛布とシーツでべッドメイクする。新隊員の  
   教育期間の時、2段ベッドの上下2名で組を作り、2人一緒に為ってベッドを『作る』んだ。  
   朝に為ったら解体して、元の毛布とシーツをキチンと畳んで置かねば厳罰を食らう。毎日毎日  
   教育期間が終わるまでそれが続く。前期新隊員教育時、その相棒だったのが…小川憲人こと…」  
 「ヤ・マ・ダ・ちゅわ〜ん!  って言ってた人なワケ。もう…面倒臭いからわたしが続けるね?  
   『カラミティ』は貴女を差す里井の仲間の暗号。意味は『災厄』。自分があの国で何したか  
   覚えてるはずよね?  貴女は?  明日の予定のそこら辺は知らないから、それは里井に聞いて」  

 2人の詰問のキツイ眼差しが山田を射抜く。普通の人間ならば漂う雰囲気に呑まれてしまう所だが、  
山田には既に免疫が出来ている。おろおろする『戦乙女』を手振りで制して、不敵な笑みを漏らし、  
口を開く。やり取りが楽しくて仕方が無い、と言った様子が何故か『キマッて』いる。  

 「俺の教育する第一区隊ぶんの被服受領を敢行したいんだ。まずはトップダウン方式で、お前に  
   駐連に電話か何かで連絡して貰おうと思ってね。話はガツンと一発大きいのが出張らんと、  
   ノラリクラリとかわされてしまう。生徒の付き添いで俺も行くから、当然お前も行くと思って  
   な?  違わないか?  違うんだったら謝罪するがな?  行きたくないのか?  あ、残念だなぁ…」  
 「…娘。一時結界を解け。此処から『電話』する。終わり次第再構成じゃ…この悪党めが…!  」」  
 「ハイハイ…で、結局言う事聞いちゃうわけね?  ドーテーの癖に、女の扱い巧いんだから…」  
 「それは言わない約束だろうが!  俺の心はたった今、マリアナ海溝より深く傷付いたぞ!  」  
 「わ、私は…気にしませんから、ね?  山田さん…そう怒らないで下さい…」  

 何のかんのと言われ様と何時もの『漫才』で力関係はイーヴンで有る事を確認する3人?  であった。  



926  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  22:08  ID:???  

 交換手を呼び出し、始祖皇帝が電話を繋いだ相手は…?山田は一瞬で自分の背に戦慄が走るのを  
自覚した。『自衛隊の最高指揮権を持つ者』と言えば一人しか居まい。呼び出した途端、『妾じゃ。  
覚えて居ろう?  何?  前政権?  …もう一度妾に来いと抜かすか?  来てやらんでも無いが?  
おお、思い出せたようじゃの。『駐連』とやらに明日の午後、出向くのでそれなりの誠意を見せよ。  
時刻?  午後イチとしか申せぬわ!  用件は伝えた、切るぞ!  』…電話はものの2分で終わった。  

 「終わったぞ?  で、妾の来訪をあの男に事前に話した理由を聴かせい。良ければ、じゃが」  
 「…物事には段取りが有る。まず来賓を迎えるに当たっては、警備体制の強化、駐屯地の清掃、  
   各部隊の参列者の選定、音楽隊の手配などなど、時間と人員の『心構え』が必要なのさ。  
   アイツに連絡したのは『ボトムアップ』で情報がそれと無く伝わる事を期待して、だ。あと、  
   『無敵』のお前を狙って帝都に巣食う『不満分子』を燻り出し、殲滅する作戦も向こうは立案  
   するだろうな。俺の知っている人間が保全か、警備の実務担当者ならそれ位は立案して当然だ。  
   『穴』の生残者が主に派遣されている現状なら…まあ、榊2尉がどう動くか、だな…」  
 「榊2尉がね、アブナいの。それはもう、もんのすご〜く!  えっと、貴女は…知ってるよね?  」  
 「…は、はい…。何かもう…あの方の想いが凄く切なくて…思わず共感してしまう程でした…。  
   もし自分が女ならばっ!  とか、お前を好かぬ女など目が節穴だ!  死んでしまえば良いッ!  
   とかもう…正に血を吐く様な叫びがもう耽美の世界と云うかその…山田さん、どうしました?  」  

 愕然として、山田は戦乙女を見遣った。自分しか知らない『官舎内』や『穴の中』の出来事のはず  
だった。自衛官には出世に響く『趣味』や『嗜好』が存在する。榊2尉は、『軍組織』では蛇蝎の如く  
嫌われる嗜好を抱いてしまったのだった。そう、この『漢』を目指す『莫迦道一直線』の男に対して。  




936  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  23:14  ID:???  

 妙な間が校長室を制圧する。山田は沈黙に耐え切れず、口を開く。始祖皇帝の視線が…正直痛い。  

 「俺は言ったがね…?  榊  三郎2尉に…。まあ、始めて逢ったのが幹部候補生の曹長で来た時で、  
   その頃はまだその…なんて言うか弟みたいに接してて、3尉昇進して見習い小隊長の時に、何かと  
   面倒見て、庇って、そんなこんなで3尉がBOCへ行き…。俺はその間『訓練場』へ志願して…」  
 「…で、その心はっ?!  …山田ッ!  迂遠な事を並べて誤魔化すで無いっ!  」  
 「…俺の心は壊れてる。期待には応えられないし、そんな趣味も無いと答えたよ…俺はな?  」  
 「でも、榊2尉は一途だよ?  死体に為った山田を抱き上げて運んだんだから…それでねそれでね」  
 「そ、それからどうしたんですっ?  わ、私興味が抑えきれませんっ!  是非とも聞き…」  

 山田は右手をヒラヒラさせて話を打ち切る。そして「ワザとらしい」咳払いを一つしてから、口を  
開く。正直、背筋の辺りに寒気が出て、肌が粟立つ程の殺気が始祖皇帝より放射されていたのだ。  
 話を変えるには今しか無い。山田はすぐに決意した。最早この場で殺されても、構わぬ、と。  

 「俺から質問させて貰うぞ?  …何故俺を俺として、山田として甦らせた?  コイツと一緒に  
   為った『里井天威』の俺では、お前は満足出来なかったのか?  ベッドで乱暴すぎた…」  

 山田は右へ跳んだ。しかし、半瞬遅かった。始祖皇帝の右平手が直撃する。頚椎の軋む音が骨を  
通じて山田の耳へと届く。山田は始祖皇帝のこの反応が…知りたかった。間違い無い。『まだ』だ。  
俺と、『同じ』だ。始祖皇帝が、駆け寄り、抱き起こす。やっと、自らの為した行為に気付いたのだ。  



938  名前:  小官  ◆qG4oodN0QY  04/04/21  23:32  ID:???  


 「山田?!  山田!  しっかりせい!  済まぬ…!  つい…妾は…なんと云う事を…」  
 「まだ、か…。安心した。娘なんて人の事言えた義理かよ…。…痛かったろ?  」  
 「ああ、痛い…痛いぞ…。妾の心が…。真に守るべき者を…自らの手で傷付けるなど…」  
 「それと同じ事をお前は俺にさせようと云うのか?  教え子達を戦場に送れ、と…。  
   伝承のリイは、有る日突然60名の魔導士と共に現れ…劣勢だった帝国軍を各地で支援  
   した…。最終的には全滅した。容赦無く、指揮下の者を見捨てて非情な戦略を立て、  
   王国連合の侵略を耐え抜き、逆侵攻するまでに士気を高め…最終的には死んだ。神罰  
   とやらを喰らってな…?  それが、日本帰還後に残った伝承だ…。そのリイの正体は…」  
 「…そこの娘と分かたれぬ、『里井天威』のお前じゃ…。お見通しであったか…」  
 「お前は…俺の知ってる…お前で良いのか?  刻の悪戯が作った2重存在ってオチか?  」  

 山田は抱き起こされる。首の痛みに耐えて、山田は笑って見せる。これ位は大目に見て貰わないと、  
正直割りに合わなかった。詩にはこう、書かれていた。『勇猛果敢はリイ・アメイ。冷徹無比はリイ・  
アメイ。魔導を遣う者達を、縦横無尽に躍らせて、狙うは敵陣奥深く、還りし部下は両手に満たぬ』。  
 …とても自分の出来る事では無い。他人に『死ね』と命令出来る程、山田の心は強く無かった。  
『人を殺せ』と誰かに嬉々として命令を下せる程、割り切った男には為れなかった。従う方が楽だ。  
そう言う人間だった。嫌な事は引き受ける。他の誰かには、させたくない。山田はそんな、男だ。  
伝承の中のリイ・アメイのイメージとは懸け離れた存在であった。通常では気付かないだろう。  


968  名前:  厨官  ◆qG4oodN0QY  04/04/22  12:23  ID:???  


「何故お前、世に出てる?  さっさと引っ込みゃあ良いのに、未だに権力を保持して…。王国連合には  
   『神々』が付いてる。均衡状態を維持するために仕方無い。そうだろう?  相変わらずお優しい事だ…。  
   お前、俺は言ったぞ?  帝国なんぞ倒されてナンボ、瓦解してナンボってな…?  大方の人間はな、  
   支配に慣れてしまう安逸に逃れ易い生き物なんだぞ…?  …誰が真っ当な統治をしろと言った?  
   ワザと搾取して、自由を制限して、不公平感を強めて、そして革命起こさせて…勝ち取った権益を  
   守るために自らの『血』を以て購わさせねば、己が権利に命を張る『気概』が産まれんと…」  
 「…許せなかった…!  虐げられる民草を…!  我が物顔で振舞う『神々』を…!  さっさと死んで  
   逃げたそなたに言われとうは無いッ!  妾がそなたを何度失うたと思って居るかっ…!  意識を閉じ込め  
   られ…同じ刻を…ッ!?  」  

 山田がニヤリと笑う。始祖皇帝は急いで口を押さえたが…一旦口から発声された言葉は、誰にも戻せない。  
   
 「…そう言う事か…リイ・アメイが何度も出て来る訳だな?  実は同じ事を繰り返していて、ささやかな  
   抵抗は、『分岐点』を捜す事、か…。で、俺が出てきたのは何回目だ?  実はそれが聞きたいんだが」  
 「リイ・アメイは6回…。そなたは初出じゃ…。『神々』とて…今回は予想しえぬと妾は思う…既にもう、  
   妾の知る展開では無い…。戦乙女がそなたに逢うのも予想は出来なんだし…昼間の生徒も生きておる…」  
 「…初心者プレイヤーかお前は…?  こんなの、最短ルートなんぞ大体解りそうなモンだろ…?  」  

 右脚を思いっ切り蹴り飛ばされる。『少女』の仕業だ。目に涙を溜めながら、山田を睨んでいる。  
痛みは何故か感じなかった。首は相変わらず、痛いのだが。  


969  名前:  厨官  ◆qG4oodN0QY  04/04/22  12:24  ID:???  


 「解っていてもね…出来ない事って有るんだよ…?  ここまで言えば…山田なら…解るでしょう?  」  
 「…俺が言いたいのはな、本気で『神々』と戦う気が有るんならな、死んで逃げた俺など忘れて、  
   力を溜めに溜めて、憤怒と共に対峙し、輪廻の鎖を断ち切ると言うのが最善の方法だと…」  
 「救い様の無い莫迦…!  本気でそんな寝事言ってるのを、解っちゃうのが一番腹が立つ!    」  
 「…安心した。…これでお前にも隠し事が出来る。読まれて居ないからな?  俺の本心は…」  
 「?  何よぉ…それぇ…?  っ!  …そっか…そうなんだ…言えない、よね…それは…」  
 「言うなよ?  言ったら俺は今度こそ殺されるからな?  多分手加減無しで速攻で!  」  

 山田は壁時計を見る。2335がもうじき過ぎようとしていた。巡察の時間だ。生徒の自主性に任せる  
と言う寝言など、きっと尊敬する『ハートマン軍曹』ならば『ふざけるな!  タマ落としたか!  』と  
罵倒の元に切って捨てるに違いない。立ち上がる前に言っておかねば為らない事があった。  

 「…多分な、俺の『復活』で、お前は予想よりも『力』を使い過ぎているだろう。…約束しろ。  
   今度俺が死んでしまおうとも、もう『ズル』は無しだ。死を舐めた人間には、気迫が無くなる。  
   俺は腑抜けには為りたく無い。それにお前には『神々』に対抗して貰わなくては為らんからな?  
   『余計な事』で消耗するな。『神々』の玩具にされるのはもう沢山だ。…俺がお前に代わって、  
   戦い、抗ってやる。…舐めた真似しやがって…。『漢』と『自衛隊員』を舐めたらどんな目に  
   遭うか、きっちり思い知らせてくれる…!  因果応報って奴だ…見てくされ、下衆どもが…!  」  
 「膝枕されてる事を除けば、凄く格好の良い台詞なんですけれど…。あの…動けますか?  」  
 「スマン…どうやら…動けんらしい…。神経…逝ったか?  早速だが…頼まれてくれるな?  」  

 今日2回目の、治癒魔法のお世話になる山田であった。まだ生きているから『ズル』では無いぞと  
強弁したのは、言うまでも無い。己の『やるべき事や為すべき事』が、やっと見えて来たのだから。  
『人間山田』と『助教里井』としての責任と任務を、果すための戦いが、始まる。  …第一部  END