202 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:42:40 ID:???
(原案協力 物語は唐突に氏)
ノンフィクション作家 矢倉 百合
小閑出版
《森よ眠れ》より
203 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:43:20 ID:???
まえがき
この悠久の歴史を持つ大陸、ゴルソンに一つの広大な森がある。
眠りの森
まるで眠っているかのように山脈の合間に寝そべる広大な森である。
エルフの一氏族に七千年を越えて守護されてきた、この世界にはよくある辺境の森。
今は彼らの必死の努力により緑は深く、鳥のさえずる美しい森は迷い込んだ人々を魅了する。
しかし、かつてここでこの世界の運命を決する死闘が繰り広げられたのである。
眠りの森防衛戦。
陸上自衛隊一個師団七千五百名と冥界から蘇った魔獣兵団総勢二十万との壮絶な総力戦が一ヶ月にわたり続いた血戦≠フ場である。
召喚後の日本は数々の苦難と遭遇し、幾多の戦いを経験したが、ここまで大規模な戦闘はあまり例がない。
なにより、ハイテク兵器で圧倒的な優位にあった自衛隊が、初めて経験した劣勢の戦いであった。
しかし、当の日本人である我々は、この戦いがこの世界に及ぼした影響や意義を、そしてそこで戦った自衛官達のことをあまり知らない。
この戦いに至るまでの経過、そして何故この辺境の森が戦火に包まれたのか、様々な資料をもとに、書き残したいと思う。
204 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:44:16 ID:???
(中略)
吟遊詩人は謡う
世界の終わりが近づきし時、絶望に抗った者達がいた。
異世界より出でたる太陽の国。百万の敵を前に立ち上がりたるは、八千の勇者達……
205 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:46:17 ID:???
経過
2021年
5月12日
眠りの森に陸上自衛隊普通科一個中隊がエルフ族との協定により派遣される。
中隊の任務は森の日本寄りであるとされるエルフ族の警護だけで、政治的な意図のみで戦闘はあまり想定されていなかった。
中隊隊員とエルフ族は当初距離をとって生活していたが、次第に打ち解け、賓客としてもてなされるようになる。
6月28日
異世界人による世界の歪みを許すことはできないとする宗教集団現世の審判者≠ェ冥界の門を開く。
詳しくは割愛(中田 修司 著「狂信者は止められなかったのか?」を参照)
7月1日
西方の大都市エヴェルランドが何者かの襲撃により壊滅する。
調査に向かった陸自一個小隊が都市の残骸を埋め尽くす異形の生命体の写真を撮影し本国へデータ転送。
7月6日〜10日
審判の日がやってきたとパニックに陥る都市が続出する。
暴動や集団自殺が多発し、治安の乱れが世界規模に拡大。
206 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:47:45 ID:???
7月11日
航空自衛隊のRF−4E偵察機が敵戦力の主力を空撮。
この世界のどの陣営にも属さない、破壊のみを目的とする怪物の集団はその数を増やし続け、その時点で総勢十万を数える。
日本国政府はようやく危機的状況を理解し、対処に乗り出す。
7月14日
統合幕僚会議にて、陸海空三自衛隊でそれぞれ違った見解が発表される。
陸幕は「現状のように大陸に拡散配置している部隊だけでは掃討は不可能に近い」
海幕は「制海権は確保できるが、内陸においての支援は不可能に近い」
空幕は「現在建築中の大陸の滑走路が完成しない限り支援は不可能に近い」
突然の大規模な脅威に虚をつかれた形であり、絶対防衛圏さえ不確かであったため、貴重な初動時間がここで失われる。
この時間の浪費と陸海空での協力体制の貧弱さについての論争は今も解決していない。
7月15日〜22日
戦闘の最前線にたつことが予想される陸上自衛隊が急遽部隊を編成する。
この編成は場当たり的であり、攻勢の編成なのか守勢の編成なのかさえ不明瞭なものだった。
攻撃し殲滅するのか、守りに回るのかさえ決まっていなかったからである。
7月25日
敵は一路日本の方向を目指して進軍を開始。
その進路上にある都市や村々を焦土としながら破竹の勢いで進む。
同じ日、ようやく情報本部が敵の目的と冥界の門の正体を把握する。
世界を終焉させる審判者である≠ニするこの世界の宗教指導者達に対し、
外務省及び防衛省はあくまで空想上の存在≠ニして冥界の軍勢を客観視する立場を表明。
このとき殲滅を約束した統幕議長は後に「邪神の軍勢に戦いを挑むつもりか、と各国代表が目を丸くしていたのが印象的だった」と述懐している。
207 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:54:12 ID:???
7月27日
日本国政府は召喚以来最悪の危機であり、同盟国と連携しこの脅威を排除すると公式発表する。
同日、ようやく統幕は作戦計画を練り上げる。
概要
1.敵の進撃は速く、不測なものであるため、ただちに反撃の部隊を送ることは難しい。
2.上記をふまえ、一度敵をある一点に集中させ、この進撃を留めることが急務である。
3.敵は一直線に日本に向かう進路をとっており、その進路上の天然の要害である眠りの森≠ノ守備の重点を置く。
4.眠りの森で敵を遅滞させている間に在日米軍と第七師団等を中核とした反撃部隊の編成と装備の揚陸を行う。
この計画は軍事的に戦力の逐次投入にあたるとして当初問題になったが、選択肢としてはこれは仕方がないことであった。
一気に十万を超える敵を殲滅できるほどの部隊を編成・出動させることは不可能であり、内陸のため海自の支援、そして航続距離の関係で制空権が望めないとあっては、思い切った作戦はとり難かった。
7月29日
眠りの森守備隊総司令官として陸上自衛隊・西部方面隊の方面総監である山城 守道(やましろ もりみち)陸将補が着任する。
山城陸将補は当時五四歳。防衛大学の卒論に「野戦築城とその防御効果」を発表するなど、その頃既に時代遅れとされていた前時代的な戦闘の研究者だった。
しかし、その才能が思わぬ形で役立つ時がやってきた。
眠りの森はハイテク兵器の力のみに頼れぬ、軍勢同士の戦いが予想されたからである。
山城陸将補はただちに大陸へと発ち、まず急遽編成されていた部隊と合流。
その部隊と眠りの森の先遣中隊を麾下に、山城支隊と改称する。
8月1日
山城陸将補以下、千二百名の山城支隊が眠りの森で部隊編成を完結。
209 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:55:14 ID:???
8月2日〜6日
山城陸将補は、エルフ族の案内者と共にくまなく眠りの森を調査し、防衛計画を練る。
また、物資空輸のためのヘリポート建設を急がせる。
森を切り開くことへのエルフ族からの反発などの問題もあったが、どうにか作業は進むことになる。
8月7日〜30日
山城陸将補は森には天然の洞窟が多数あることに着目し、そこを利用して強固な秘匿陣地を造ることを計画する。
また、神木が頂上に根を下ろす、森の唯一の山であるクルミ山(標高役二百メートル)に特科隊(砲兵隊の自衛隊呼称)の陣地を敷設するよう指示。
これに猛烈に反発をしたエルフ族であったが、同じ日に森へ逃げ込んできたエルフ族難民が冥界の軍勢が次々と各所の森を焼き払っていることを知らせ、ここで食い止めなければ世界の森が消えてしまうと説得し、了解を得る。
敵は早ければ一ヶ月後、つまり9月中にやってくることが予測され、急ピッチで作業が進む。
また、本国に増援部隊を可能な限り送るよう要請し、30日までに施設科隊とその装備一式が二個大隊増派される。
9月1日
この日までに新たに五つの都市と二つの国が滅ぼされ、状況を重くみた日本国政府と統幕は眠りの森の防備を更に強化するため、増援を送ることに決定。
山城陸将補がよく知る部隊が最適であるとして陸上自衛隊西部方面隊第四師団から五千名が随時眠りの森へと出発。
この第四師団の派遣は当初、反撃部隊の編成と輸送に支障となるとして反対意見もあったものの、山城陸将補の「現有戦力のみでの森の維持は不可能」とする再三の要請により決定される。
210 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:56:53 ID:???
9月25日
大方の予想を外れ、敵は動きを一時とめる。
冥界の門が小さくなっていることが原因だった。
狂信者達が中途半端な術で召喚したため、長く保たなかったのである。
この情報が知らされたが、山城陸将補は作業を休ませずに陣地構築とクルミ山の要塞化を進める。
また、航空自衛隊の増援部隊が到着する。空自ではあるが、航空機ではない。
基地防空用の20o対空機関砲(VADS)の部隊である。
彼らは当初対空射撃を担当するものとばかり思っていたが、山城陸将補は森の中に偽装して配置した。
この20o対空機関砲は水平射撃能力もあり、地上戦の防御火力として運用することを考えたのである。
地上戦など想定していなかった空自隊員らは戸惑いを隠せなかったが、後にこの対空機関砲は絶大な威力を発揮することになった。
10月29日
クルミ山に重火砲を重点配備したクルミ山要塞の体面が整う。
また、第四戦車大隊の七四式改戦車を森の各所に偽装配備するのも完了。
これは森林内では戦車の機動性が活かせないことや、その莫大な燃料供給と備蓄に回せる余裕が無かったからである。
この時までに、森林内は十字砲火を浴びせる形をとったトーチカが二百ヵ所以上、火砲を秘匿した陣地が百ヵ所以上構築される。
各トーチカや陣地は人一人分程度の地下トンネルで連絡されており、弾薬や人員の移動が可能となっていた。
施設科隊の能力の高さと、初動から施設科隊を増派させたためである。
山城陸将補は施設科隊は戦闘が始まった場合普通科隊の充足にあてるよう計画しており、戦車よりも彼らの増派を要請したのである。
弾薬と食糧の備蓄も力を入れていた。
敵を食い留めることが任務であり、最悪追いつめられて包囲される状況も考えられたからである。
そんな場合でも敵が無視できぬよう抗戦できる態勢を整える必要があった。
重火砲が生き残っている限り、たとえ森の大部分が占領され森を突破されても、ゲリラ砲撃で敵を悩ますことができる。
11月2日
一部志願者を除いたエルフ族の避難が始まる。
211 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:59:09 ID:???
12月21日
全陣地を繋ぐトンネル網が一応の完成を迎える。
同日、冥界の軍勢が移動を開始。
その頃、当初の予想を遙かに上回る二十万を越える怪物の集団に変貌していた。
12月26日
戦車隊や一部普通科連隊の幹部が先制攻撃を具申するも、無駄な弾薬と戦力の分散は認められないとして却下される。
2022年
1月1日
年の明けたこの日、眠りの森の北方に冥界の軍勢が到達。
制空権が敵に奪われる。
高射特科隊の隊員・相馬孝弘二等陸曹は「凄まじい数の悪鬼の来襲は、まるで黒い雲が意志をもって襲いかかってくるようだった」と日記に記している。
この日の日没までに、配備されていた短SAMや近SAMはほぼ全て破壊され、沈黙する。
陣地を露呈させてしまうため、山城陸将補は緊急時以外の対空攻撃を禁止。
212 元1だおー sage 2007/01/03(水) 10:59:48 ID:???
開戦当時の眠りの森守備隊の戦力は以下の通り
・守備隊司令部およびその直轄部隊
・第四○普通科連隊
・第一三普通科連隊(東部方面隊から唯一まとまって派遣された連隊だった)
・独立普通科連隊(山城支隊の普通科隊。主として中部・東北方面隊の各普連の寄せ集めだった)
・第四戦車大隊
・第三特科群
・第四特科連隊
・第四高射特科大隊
・独立特科大隊(山城支隊の特科隊とその他の大陸部隊からの寄せ集め)
・第四通信大隊
・集成支援連隊(主として施設科・衛生科。大陸の各部隊より割かれてきた)
・第三四四施設中隊
・航空自衛隊拠点防空団(空自各基地の基地防空隊の集成部隊)
弾薬十日分(補給無しで師団全力攻撃での場合)
食糧備蓄三十五日分
拠点防衛戦のため、燃料は必要最低限の量だった。
充足率は各部隊により違い、連隊と呼称されているが千名に満たないものもあった。
戦闘中は施設科隊員の多くは普通科隊に吸収され、充足にあてられた。
213 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:00:30 ID:???
1月2日
午前中まで飛行系の悪鬼と各守備隊との間で小規模な戦闘が起こる。
正午より、ミノタウルスと呼称された攻城悪鬼の一群を戦闘に眠りの森へと敵主力が進撃を開始。
各陣地と特科隊指揮官から司令部へ攻撃許可の要請が相次ぐも、接近させて一気にキルゾーンで叩くという山城陸将補の判断により発砲は厳禁される。
13時29分
命令が下され、秘匿陣地に配備されていた火砲が一斉射撃を開始。
森を捨てられないと残って戦いの様子を見ていたエルフ族の一人、ミウ・イーリアは
「まるでクルミ山の御神木、そして焼かれていった森の精霊達が怒りの咆哮を上げているようだった」
とその砲撃のすさまじさを書き残している。
13時55分
甚大な被害を受けながらも、敵は遂に森の内部へと侵入。
最前線を守っていた陸上自衛隊第四師団・第四○普通科連隊のトーチカ陣地帯と衝突。
四○連隊は自動小銃・機関銃・迫撃砲・対戦車火器でこれに猛反撃。
敵は数で圧倒すべく森へ殺到しようとするも、クルミ山砲台が強力な阻止砲火を浴びせこれを駆逐。
森の水際で数十メートルを奪い合う熾烈な火力戦を展開。
飛行系の敵は森の中へは大挙して押し寄せにくく、戦闘は有利に進む。
14時44分
眠りの森の後方よりMLRS六両によるロケット砲攻撃が開始される。
この支援は絶大な損害を敵に与え、この日の戦闘の勝敗を決めた。
しかし、MLRSの弾薬は少なく、開戦から二日後に撃ち尽くすことになる。
16時30分
この日の大規模な戦闘が終わる。
敵の損害については諸説あるが、およそ一万から一万五千の損害はあったといわれている。
一時は五万以上の損害を与えたといった見方もあったが、予想以上の敵の生物離れした防御力に思ったほど損害は与えられていなかった。
しかし初日は水際を守り抜いた形となり、隊員の士気も多いに盛り上がる。
214 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:01:53 ID:???
1月3日
12時20分〜13時30分
嵐の前の静けさを破るように、敵軍がスローウォーカーと呼称される強固な装甲をもつ悪鬼を前面に一斉攻勢にでる。
クルミ山砲台や各陣地の火砲が狙い撃ちするも、直撃でなければ撃破できない敵を前に森への侵入を許してしまう。
14時〜15時
四○連隊が対戦車火器で必死の応戦をするも、倒しても倒しても新手がやってくる状況に少しずつ劣勢になっていく。
また、初めていくつかのトーチカを放棄・退却することになる。
四○連隊・連隊長は偽装された第四戦車大隊の待機する地帯まで後退を指示。
15時10分〜17時
第四戦車大隊の戦車が敵に砲撃を開始。
ライフル戦車砲から高速で撃ち出される徹甲弾に敵は大損害を受け、進撃が止まる。
森に入ったことで敵の動きが制限されていたことも要因だった。
この時までに自衛隊側は負傷者七五名を出し、眠りの森の約十五パーセントほどの面積が敵に占領される。
また、夜間に敵の進路上に対戦車地雷を敷設したが、この時敵に発見され戦闘となり、隊員四名が戦死する。
四○連隊に所属していた赤間信也一等陸士(当時)はこの夜のことを後のテレビ取材でこう述べている。
「地雷を埋めていたら、森がざわめいたんですよ。
こりゃなんかヤバイんじゃないですか、って先輩に聞いた時でした。
闇の中から溢れ出すみたいに怪物ども、ええ、あれは人型の怪物でしたね、手が刃になってる気色の悪い生き物です、
そいつらが何百匹って襲いかかってきたんです。こっちは三十人。どうしようもありませんでした。
銃を乱射して、無我夢中で味方の陣地に逃げ込んだんです。それで点呼してみると、先輩の村井士長と同期の佐川くんがいませんでした……」
四人の遺体は、翌日森の木の枝に変わり果てた姿で吊されていた。
215 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:02:44 ID:???
1月4日
早朝未明
山城陸将補の命令を無視し、一部部隊が反撃を開始。
幾つかの陣地を取り戻すが、前線に突出部をつくることになる。
一説には山城陸将補の影響力の少ない四師団以外の独立部隊であったとされる。
11時22分
突出部が敵の総攻撃を受け、包囲され孤立。
司令部に救援要請。
山城陸将補は自力での脱出を命じるが、不可能であるとの返答にやむなく救援部隊を送る。
この救援部隊の派遣により前線守備に穴があき、互角であったパワーバランスが崩れる。
13時12分
中央戦線が敵に突破され、前線が大きく後退する。
四○連隊の損耗率がこのとき二割を越える。
そのため予備部隊として温存していた一三連隊を戦線に投入。
この混乱時、戦線を維持するためにクルミ山砲台をはじめとする火砲は支援砲撃を絶え間なく続け、弾薬の消費が早まる。
すでにこのとき、山城陸将補の予想を超え火砲の弾薬は備蓄の半分近くを消費しようとしていた。
216 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:03:41 ID:???
20時10分
戦闘開始後初めての補給ヘリがヘリポートに到着。
弾薬と医薬品を降ろし、負傷者を乗せて出発。
しかし、たった四機のヘリの積荷では師団全体の補給には到底足りなかった。
山城陸将補は護衛付きの陸路での補給物資輸送を具申するも、本国は反撃部隊の輸送を優先するとしてこれを拒否。
この日の自衛隊側の損害は戦死・行方不明十七名、負傷二百二十四名。
戦線は最重要防衛拠点であるクルミ山へ近づこうとしていた。
増援、補給がこないことへの隊員の士気低下が深刻化する。
四○連隊隊員だった中原竜治陸士長は著者の取材にこのころのことを
「まともに戦おうってのがどだい無理な話だったんですよ。中MATとLAMは弾切れ、デカイのがきたら手榴弾で足を止めるか照明弾でめくらましをして逃げるかしかありませんでした」
と述懐している。
217 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:04:23 ID:???
1月5日
敵の攻勢が小康状態の内に山城陸将補は戦線をクルミ山まで後退させる。
四○連隊は損耗率三割を越え、事実上の壊滅状態となる。
この日は積極的な戦闘は一切行われず、退却と部隊再編成が行われた。
特筆すべき事項のないこの日でも、戦死八名、負傷百八十名を出し、敗色濃くなる戦況がにじんでいた。
死傷者の大半は敵に立ち向かえる重火器の弾薬が尽きていた部隊に集中していた。
それでもこの日補給は来なかった。
1月6日
山城陸将補は補給が来ないことに対して本国へ「もはや退却もやむなしとす」と打電。
これに対し防衛省は「あと一ヶ月抗戦せよ」と返信。
山城陸将補は部隊に弾薬の節約と、陣地を放棄する場合は爆薬を設置し敵が到達した際に爆破するよう命令する。
この日、遂にクルミ山に敵が突撃を敢行。
守備隊は果敢に反撃をするも、弾薬が底をつきかけている状態だったため思うように戦えなかった。
日没までにクルミ山の重火砲のほとんどは砲弾が尽き、迫撃砲と航空自衛隊の20o対空機関砲がかろうじて前線を支える火力となっていた。
この日の死者は十六名、負傷百三十七名。
ヘリによる重傷者の移送を要請するも、ヘリは一機も来なかった。
夜明けまでに重傷者二名が息を引き取り、この日の死者は十八名となる。
「これはもう正規戦ではない。もはや我々はゲリラ戦でしか戦えなくなっている」
−山城陸将補の手帳より。
218 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:05:21 ID:???
1月7日
重火器の弾薬がほぼ底をつく。
山城陸将補はクルミ山要塞の放棄を決定。
地下トンネルより主力の撤退が開始される。
同日、クルミ山は敵手に渡り、自衛隊は地下トンネルを爆破する。
1月8日
エルフの里一帯の強固な陣地に立て籠もり、自衛隊は態勢の立て直しを試みる。
偽装配備された戦車と20o対空機関砲が防御火力の主力だった。
この頃は巨大なタイプの敵に対抗できる対戦車火器は底をつき、進路上に対戦車地雷やトラップを設置するか、トンネル工事用だったダイナマイトやTNT爆薬を束ねた手製爆弾で肉薄攻撃を仕掛けるしかないという有様だった。
それでもまだ自衛隊側は事前に構築していた陣地のおかげで苦戦の割には損害は少なく、士気は低いもののまだ六千名強の隊員が健在だった。
それにくわえ森はその複雑な地形と木々の繁茂を深めており、敵は大軍での身動きがとれなくなっていた。
1月9〜13日
この期間、自衛隊はゲリラ戦と正規の火力戦を巧みに使い分け敵を翻弄した。
攻め寄せる小型の敵をおびき寄せ、小銃と機関銃で殲滅し、大型の敵は小型の敵に援護されていない場合に手製爆弾で足止めをしたり、空自の20o対空機関砲の3点射撃で間接などの弱点を狙い撃ちした。
トンネル通路で敵の後方へ周り背後を襲うことさえあった。
しかし死傷者は増え続け、四日間で死者二十名、負傷者三百二名を出す。
そして、戦車と20o対空機関砲の弾薬も底をつく。
219 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:06:39 ID:???
1月14日
森の後方より最後の車輌を使って重傷者を運び出す。
既に師団としての戦闘力は消滅しており、各員の小火器と手榴弾だけが戦う武器だった。
山城陸将補は残存隊員らに地下陣地内で訓話を行う。
戦局は我々に圧倒的に不利である。
しかし我々はけして諦めてはならない。
ここを失えば後はなく、敵は一路日本へと向かうだろう。
家族のため、愛する者のいる国のために、諸官らには更なる奮闘を期待したい。
もはや弾薬は底をつき徒手空拳同然である。だが我々は負けられないのだ。
我らだけの苦戦としてはならない
1月15〜20日
ゲリラ化した自衛隊員らの散発的な戦いが始まる。
燃料庫に残った燃料を使い、火炎瓶やナパーム弾をつくり、敵集団に奇襲攻撃をかけたのである。
戦線はじりじりと後退し、ヘリポートも敵手に渡る。
死傷者は増え続け、この五日間で戦死七十名、負傷八百名を数える。
独立普通科連隊にいた夏目浩一陸士長はこう話す。
「指揮系統は寸断され、敵に損害を与えるために戦っているのではなく、
自らの身を守るために戦っている、そんな状況でした……」
220 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:07:41 ID:???
1月21日
山城陸将補はこれ以上の抗戦は不可能であると判断。
救出部隊を本国へ要請。
反撃部隊は不完全であろうが相当数輸送されていると思ったのである。
「眠りの森より後方の城塞都市エピシュケムにて決戦を行うため、救援は待たれたし。独力での脱出を期待する」
この作戦を立案した統幕議長は、この事後眠りの森からの通信は途切れたとしているが、実際は通信は生きていたとされている。
この攻防戦が終わった際、公式発表をした統幕議長はこう語った。
「通信が絶えたため、全滅したと判断した」
221 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:08:30 ID:???
1月23日
山城陸将補と残存隊員は最後の反撃を敢行。
それまでの戦闘で度々報告されていた指揮を執る上位種の存在に着眼し、それを攻撃することを立案。
敵の頭脳と思われる人型の上級悪鬼の陣取るクルミ山の頂上に向かって敵に発見されていないトンネルで接近する。
クルミ山へのトンネルは7日の時点で爆破されていたため、夜の闇に紛れてクルミ山山頂を目指し一気に奇襲攻撃。
この時参加した部隊は司令部の若手隊員や対空機関砲の要員だった空自隊員まで、健在な者なら全て加えた寄せ集めだった。
もはや拳銃や機関拳銃といった貧弱な武器しかなく、それすら持たぬ者はエルフ族の残していった魔石の一種の発火石を改造した手製爆弾といった有様だった。
およそ三百名の反撃部隊は午後11時頃に壊滅したとされている。
222 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:09:41 ID:???
反撃部隊生存者、野々村脩二等陸士(当時)はこう語る。
「私は武器を背負ってついていく役目でした。
武器といっても手製の爆弾や火炎瓶ばかりで、敵に見つかったら陣地跡を見つけて隠れるしかありませんでした。
……現に私は、そうして生き延びたんです」
山城陸将補をよく知る司令部付き隊員だった笹島直人一等陸士(当時)は防衛省の聴取に対し
「山城陸将補以下十名ほどの隊員が最後まで頂上を目指していました。
他の隊員は武器が尽きた場合隠れるよう指示されていたんです。
はい、それも山城師団長の命令です。
師団長は最後の最後まで戦っていました。
あの先に果たして敵の親玉はいたのか……今となっては分かりませんが」
襲撃部隊三百名の内、生き残ったのは百五十名だった。
この時の戦闘で、山城陸将補は戦死したと思われる。
ここに自衛隊の組織的抵抗は終結する。
そして、この時点で五千名以上の隊員が森の洞窟内で息を潜めて隠れていた。
武器弾薬は完全に底をつき、抵抗は自殺行為となった。
それでも、山城陸将補が力を入れた縦横無尽に走らせたトンネル、更に水と食糧の備蓄が幸いし、隊員の多くは命を長らえることが可能だった。
223 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:10:44 ID:???
1月24日
事態が急変。
エヴェルラント近郊の冥界の門がその姿を消し、眠りの森の敵が次々と弱体化し、やがて退却を始める。
1月25日
眠りの森から敵が姿を完全に消す。
ヘリポートにヘリが飛来。負傷者を搬送する。
224 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:11:44 ID:???
2月2日
日本国政府から公式に国民に事態終息宣言。
内閣総理大臣は
「冥界の門を封じた米国特殊部隊に深い感謝の言葉を贈りたい」
と発言。
統幕議長は
「師団長は時代錯誤の作戦思想を持っており、そういった人物のために多大な犠牲を出してしまったことを深くお詫び申し上げると同時に、遺族の方々に報いるためにも前線指揮官の処分については厳しく行っていきたいと思っております」
と自らの責任については言及しなかった。
この後、マスコミでは眠りの森守備隊の指揮官は無能揃いであったという報道が過熱。
米国特殊部隊のみで決着がついていたはずだとする批判が相次いだ。
225 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:12:44 ID:???
当時米国特殊部隊SEAL指揮官だったレイモンド・カーター中佐は筆者の取材にこう答えた。
「眠りの森守備隊の頑強な抵抗により敵主力が一点集中していたのが功を奏した。
作戦立案や情報収集、そして潜入の時間確保は彼らの奮戦によって捻出されたものであり、
補給の途絶えた状態であそこまで戦い抜いたJSDFの勇士達には軍人として敬意を表する」
しかし、責任を現場に全て押しつけることが政府でも世論でも大勢を占めており
かつての帝国陸軍並の進歩性のない古い作戦思想により無駄な犠牲を強いた山城師団長
というイメージが固まり、眠りの森守備隊は犠牲者ばかり多い無駄で悲惨な戦場を戦ったとされた。
226 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:13:30 ID:???
<戦いの痕に残されたもの>
眠りの森の地獄を生き抜いた隊員達の多くは、その後口を閉ざし、原隊や再編成先の部隊へと散っていった。
ゴルソン大陸にそのまま残った隊員らは、不思議な体験を少なからずしているという。
貴族の街として有名なゴシュディカに駐留した生還者・林久司陸士長は、ある日高慢なことで有名な貴族女性にこう尋ねられた。
「アナタ実戦経験があるそうね。いったいどこで戦ってきたんですの?」
彼は少し躊躇い、答えた。
「眠りの森で……」
すると高慢な貴族女性は突然目を見開き、従者を呼んで彼を歓待する宴を開くよう命じたという。
「眠りの森守備隊の隊員は、どんな場所でも英雄扱いでした」
彼は楽しげにそう語り、それから目に涙をためてこう絞り出した。
「僕なんか、ただ弾を運んでいただけなのになぁ……」
彼のいた小隊は、三十五人のうち、二十名が戦死していた。
眠りの森守備隊の名は、この世界では勇気と自己犠牲の象徴となった。
227 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:14:14 ID:???
一歩踏み出すと豊かな大地が気持ちの良い音を立てて足を掴む。
前を行くエルフ族の女性が感慨深げに私に語りかけた。
「ここにニホン人がやってくるのは久しぶりで、皆喜んでいます」
私は意外な言葉に目を丸くした。
人間嫌いなエルフ族が日本人がやってきて喜んでいるなど、考えられないことだったからだ。
しかも、この森を荒れ果てた地に変えてしまった張本人なのである。
自分達の故郷を踏みにじった連中がやってきたら、人間でもいい気はしないだろう。
「みてください……」
エルフ女性は見晴らしの良い開けた場所で立ち止まり、ある場所を指さした。
森の中央にぽつりと盛り上がった、小さな山。
クルミ山だ、と私は息を呑んだ。
228 元1だおー sage 2007/01/03(水) 11:15:10 ID:???
「みなさん、参拝にくるんですよ」
私は彼女の言葉がいったい何を意味しているのか分からなかった。
参拝とは、御神木を詣でにきているのだろうか。
あの頂上の御神木は、戦闘で倒れてしまったと聞いたが。
「ここで世界を救うために勇敢に戦った八千の勇者達に感謝を贈るためです。宗教の垣根を越え、種族の垣根を越え、今この森にはたくさんの人々がやってきます」
私はクルミ山を目を凝らして確認した。
青々と茂る木々の合間に、人の列が垣間見える。
「いつもここで野イチゴを摘んでいくんです。クルミ山のトッカ隊の人達は、ここのイチゴを随分気に入ってくれました」
私はエルフ女性にはっとして視線を向けた。
少女の顔に、深い悲しみと慈しみの感情が浮かんでいる。
「この森と、あの人達の命を引き替えに、世界は救われたんです……」
野イチゴは、その後そっとクルミ山の錆びた榴弾砲がそのまま残る陣地跡に供えられた。
森に今も残る陣地跡。錆びた大砲、戦車、そして銃器類、中にはヘルメットまで転がっている。
かつての激戦を物語るものたち。
それはまるで、何かを後世の人々に訴えかけるかのように、赤茶けた錆びの涙を流し続けながら、この時の止まった眠りの森で、眠り続けている。
終