673  名前:  元1だおー  04/09/23  21:55:54  ID:???  

元1だおー新連載でーす!  

『遠き絆』  

構成  

第1話<特殊新隊員課程第1期  二等陸士  木場  直樹>  
第2話<特別教育群第8中隊41班長  三等陸曹  坂橋  誠>  
第3話<ナハルルキの牙  誇り高きヴェアルの血統>  
第4話<守秘区分なき報告書>  
第5話<レソップ高原一帯における小規模戦闘による被害報告書>  
第6話<フリージャーナリスト  笠間衣緒  著  《私の愛した人々》>  
第7話<編成解除>  
最終話<長期休暇行動計画表>  

起承転結まで考えがまとまったので、以前皆さんの言っておられたアイデアやネタを織り交ぜて書いていきたいと思います。  
なにぶん仕事がてらの作業なので随分と間が空くこともあるでしょうが、よろしくお願いします。  
一話が完成次第、うpさせてもらいます。  




697  名前:  元1だおー  04/09/25  01:26:29  ID:???  

第1話  <特殊新隊員課程第一期  二等陸士  木場  直樹>  


何で僕はここにいるんだろう?  

消灯後、駐屯地とは名ばかりの宿営地に建てられたプレハブ隊舎の天井を見つめながら、僕はそう思った。  
支給品すらまともに与えられていないから、寝巻きのジャージは私物の上下だった。  
安そうなパイプベッドが、寝返りを打つたびにぎしぎしときしんだ音を立てる。  
あの「宣誓文」というものにハンコを押したのが入隊日であるとするならば、あれ以来移動の連続だった今日までは、  
疲労がたまっていても仕方がない。  
ごちゃ混ぜ状態で押し込まれたこのプレハブにいる者は皆、既にいびきをかいていた。  
そんな中ただ一人だけ僕は両手を組み頭の上にのせた。  

時差があるとはいえ、日本も今は夜だろう。  
都会育ちの僕には聞き慣れない夜の森の木々のざわめきが気になって眠れないだけでなく、  
日本に残してきた最愛の女性の顔がさっきから脳裏をよぎり、眠気を遠ざけていた。  


698  名前:  元1だおー  04/09/25  01:27:34  ID:???  


由佳も、同じように病院の天井を見つめながら、何かを考えているのだろうか?  

船に揺られ、この異国の地へやってきて、更にトラックに吐くほど揺られ、連れてこられたのは見たこともない大森林の中だった。  
ここがどこなのかという説明も、班長とかいう人達からはなかった。  
いつも無愛想な陸曹とかいう階級の自衛隊員たち。  
その有無をいわさぬ雰囲気から、僕は自分の立場がまるでベルトコンベアに載せられトラックで異国へ出荷されていく品物のように思えてきた。  
誇張や冗談ではなかった。何も知らされず、何も与えられないこの状況は、普通じゃない。  
ただ一つ、部隊の編成だとかいうのを明日行うということだけが、二、三回ほど見ず知らずの同期となる人と話した際の噂だった。  

まだ自衛官になって二週間足らず。覚えたことといえばベッドメイクの仕方と基本的な教練動作と呼ばれる、  
わかりやすく言えば「右向け右!」とかの動作くらいなものだ。  
それとて、完全に覚えるほどやったわけではない。制服さえ着ていないから、自分が自衛隊員になった実感など得られようはずがなかった。  




699  名前:  元1だおー  04/09/25  01:28:14  ID:???  

僕は何故ここにいるのか、再び自問自答する。  

何回も、何回も…  

そうする内に、僕はここへくる前の記憶と、夢との境目を往復し始めた。  
僕と、この日本という国のすべてを変え、翻弄した出来事の数々。  

一年前。  


高校に入学して間もない時期だった。  
そこは近県含めて類を見ないマンモス校だったので、  
大小問わず新入生に対する部活の勧誘は賑やかなものだった。  
今まで部活らしい部活をやってこなかったし、自分自身あまり活発な性格ではないと分かっていた僕は、  
体育会系の部活は最初から行くつもりはなかったし、かといって何か特技ややりたいことがあるかと問われれば、  
首を傾げるしかない。  




701  名前:  元1だおー  04/09/25  01:29:35  ID:???  

無目的に入学して無目的に生きる。  
友達がいないわけでもいじめられているわけでもなかったが、僕の学園生活はどこか退廃的に感じられた。  
つまり僕は、平凡で無趣味な、世の中にとって害にもならなければ役にもたたない衆愚の一部だったわけだ。  
そのことに気づいたのはいつだっただろうか。  
小学生の頃に父が病死したときだったろうか。  
それともその死因が過労によるものだったことを知った頃だったろうか。  
いや、正確にいつそうなったかなんて決定的なものなんてなくて、  
ただ気だるい午後の授業中そんなことをぼんやりと自分の存在意義を考えることを面倒くさく感じていたら、  
いつしかそうなっていただけだった。  
それを肯定もしなければ否定もしない。心地よくも悪くもない日々だったから。  

こうして僕は無感動に生き、何の感慨もなく人生を終えるのだろうか?  
それも別にいいか、と窓の外を眺める。  




702  名前:  元1だおー  04/09/25  01:30:35  ID:???  

それでも完全に平穏無事な人生というのはやはりありえなかった。  
僕にとってそれが、いい意味での転換期だったのではないかと、今では思っている。  

きっかけは体育の時間だった。  
軟弱とまではいかないが、けして運動神経がいいとはいえない僕は、あまりこの時間が好きではなかった。  
団体競技ではできるだけ目立たないポジションにいるようにしていたのだが、そうもいかない競技というのも世の中にはある。  
その日のクラス対抗のサッカーの試合のとき、  
サッカー部所属の奴が思い切り素人の僕に向かってスライディングをかけてきたのだ。  
避けきれるわけがなく、僕は転倒。  
幸い骨折などはなかったものの、夏も近い季節だったので当然半袖。全身すり傷だらけで保健室に行く羽目になった。  
まあ相手も謝っていたし、特に腹を立てる理由もなかった。  
しかし困ったことに、僕は保健室へ行ったことがなく、学年毎の身体検査も教室や体育館で行われていたので正確な位置すら知らなかった。  
マンモス校というのはこの辺が面倒だった。無駄に敷地が広いので、同じ学校でも縁のない場所が多すぎた。  
付き添いに来てくれるという保健委員を大丈夫だからと断ったのはやはり間違いだっただろうか、とその時の僕は少し後悔した。  


703  名前:  元1だおー  04/09/25  01:31:44  ID:???  

保健室は学校のほぼ中央、事務棟の中にあるということだった。  
まず事務棟を探してみるが、なかなか見つからない。  
実はこの学校、幼稚舎から大学までの幼中高大の一貫校なのだ。  
そのため、学校の中央は大学が近いこともあってか、円形の花壇の真ん中に噴水があり、周囲はレンガの広場という、  
まるで公園のような、随分と趣向を凝らした造りになっている。  
その周りを建築様式を統一した建物が並んでいるのだから、この中から特定の建物を探すのは苦労がいった。  
誰かに聞けばいいのだろうが、平日の授業時間中ということもあって周囲には人がいなかった。  
参った。なんだかんだいって、怪我をしたまま長い間うろうろしているのは辛い。  
せめて傷口についた砂だけでも落としておかなければ、最悪化膿してしまうかもしれない。  
そう思った僕は、花壇の花への水撒き用の水道を花壇の中に見つけると、申し訳ないと思いつつも、  
花の植えられていない部分を選んで花壇の中へずかずかと入っていった。  
ホースを蛇口から外し、水を出す。  
思っていた以上に勢いよく飛び出した水が、傷口に直撃する。  



704  名前:  元1だおー  04/09/25  01:32:22  ID:???  

「……いってぇ〜」  

水流の強さも手伝ってか、かなり染みる。  
そのなんともいえない鈍痛に僕は身をよじった。  
腕を洗い終わったので、今度は膝。この際もう靴下や靴が濡れるのは仕方がない。  
そう思って足を蛇口の下へ差し出そうとしたときだった。  

「ちょっとあなた!  なにしてるんですか?!」  

突然声をかけられた僕は驚いて振り返った。  
花壇の外、つまり広場の方向を確認する。  
目に飛び込んできたのは、初夏の日差しに映える真っ白な白衣だった。  

「その花壇には種が植えられてるんですよ!  なんてことするんですか!」  

相手が誰なのか確認する間もなく、その女性は血相を変えて叫んだ。  


705  名前:  元1だおー  04/09/25  01:33:18  ID:???  

「す、すいません」  

そのおだやかではない様子に僕は慌てて花壇から出ようとする。  

「あっ!  ダメです!  そっちを通ってください!」  

「あ、はい」  

どうやら僕が歩いたところは種が植えてある場所だったようだ。  
しまったと感じ、冷や汗をかくがやってしまったことはしょうがない。  
そう思いながらようやく花壇から出た僕のもとに白衣の女性がツカツカとやってきた。  
近くで見るその女性は、色白の、一言でいえば、そう……美人、だった。  
背は女性では比較的高い。170に届くくらいはあるだろう。  
スラリとした長身に、ダボダボの白衣がミスマッチだった。  

「どうして花壇を荒らしたりしたんですか!  それにあなたは高等部の生徒でしょう?  どうしてこんな時間にこんな所にいるんですか?!」  

女性はあまりファッションに無頓着なのか、あまり似合っているとは思えないオヤジ趣味なフレームのメガネの位置を人差し指で直しながら、  
厳しい口調で僕に問いかける。  


706  名前:  元1だおー  04/09/25  01:34:06  ID:???  

が、厳しいといっても、意地の悪い体育教師に比べれば優しいものだ。  
ふてぶてしいとまではいかないが、僕は別に縮み上がったりはしなかった。  
むしろ、この女性は性格的に無理をして僕を叱っているように見えるので、そのことがどこか滑稽ですらあった。  

「き、聞いてるんですか?!」  

「あ、いえ……」  

あまり無表情、そして無言でいるのを馬鹿にされたと勘違いしたのか、女性は一層眉間に皺を寄せた。  
せっかく綺麗なのにもったいない。  
何事に対しても無関心の僕にしては珍しく、純粋にそう思った。  

「授業中、怪我……しちゃって」  

「え?」  

僕はとりあえず肘の擦り傷を彼女に見せてみた。  


707  名前:  元1だおー  04/09/25  01:34:53  ID:???  

「保健室、探してたんですけど」  

それ以上説明する言葉も見つからず、僕は女性のきょとんとした目を見つめた。  
ややあって、ようやく事情を理解したのか、女性は突然素っ頓狂な叫び声を上げた。  

「大変!  ち、ちょっと早くこっちへ!」  
「え!?  あ、あの……」  

彼女は困惑する僕などお構いなしに手をつかむと、そのままずんずんと引っ張って歩き始めた。  

「あ、あの!  だから保健室に行く途中なんですよ!」  

僕はこの温厚なのか強引なのか分からない女性に、たまらず声を上げた。  
豊かな黒髪を揺らし、女性は振り返った。  

「何言ってるんですか!  私、保健医ですよ?」  
「え?」  


…………  



708  名前:  元1だおー  04/09/25  01:35:46  ID:???  

「はい。代えの絆創膏はこれくらいでいいかしら?」  

保健医の女性は、そういって僕の前にきちんとした薬袋に入った絆創膏を差し出した。  

「あ、ありがとうございました」  

丁寧に手当てされた肘や膝の傷口をさすりながら、僕はまだどこか困惑気味に言葉を返す。  

「ふぅ……びっくりしちゃった。怪我してるなんて、先に言ってくれないと困ります」  

彼女はようやく安堵したのか、一息ついて椅子に腰掛けた。  
さすがはマンモス校の保健室といったところか、今僕と彼女のいる部屋は個室となっており、まるで病院の診察室のようだった。  

「今電話で連絡があったわ。怪我が酷いようなら体育、休んでいいんですって」  

落ち着いた口調で話し、僕を真っ直ぐに見つめてくる。  
僕はこんな若い人が保健医だったことを入学してそろそろ半年経とうかという今日初めて知った。  
年齢的には……24〜5歳だろうか?  
背の高い女性と聞くと、なんとなく強気な人を想像してしまいがちだが、  
彼女はその口調と表情を見れば、非常に温厚な性格であることが読み取れる。  


709  名前:  元1だおー  04/09/25  01:36:32  ID:???  

「怪我は大したことないですけれど、今日のところはサッカーはやめておいた方がいいです。  
また何かの拍子に転んだら大変ですから」  

「あ、はい」  

「帰ったら体育の先生に私がそう言っていたと教えてね」  

彼女はそう話すと、僕にすぐに授業に戻りたいかを尋ねた。  
僕は別にサッカーなど興味がなかったので、首を横に振った。  
すると、彼女は席を立ち、しばらくしてマグカップを両手に持って帰ってきた。  

「コーヒー、飲みますか?」  

彼女の優しく微笑んだ顔は、オヤジ趣味のメガネの効果も手伝ってか、観る者に安心感を与えるものだった。  




710  名前:  元1だおー  04/09/25  01:38:01  ID:???  

その日は、感傷的な気持ちにさせてくれそうなほど夕焼けが綺麗だった。  
朱に染まった教室で、僕は帰り仕度をしていた。  
体育の時間に起きた唐突な出会いに思いを巡らしながら。  

「よう、木場」  
「ん?」  

不意に横から声をかけられた。  
見ると、この学校のサッカー部のユニフォーム姿の男子生徒だった。  
……確か、彼は今日僕にスライディングをかけて怪我の原因を作った張本人だったか。  
部活の休憩時間を利用してここへやってきたのか?  

「そのよ…今日は悪かったな。つい興奮しちまって、な」  

申し訳なさそうに、彼は後ろ頭をかいた。  
悪い奴じゃないんだな、と思った。  


711  名前:  元1だおー  04/09/25  01:38:46  ID:???  

「いいよ。気にしてない」  

「ん、そうなのか?  はぁーよかったぁ〜」  

彼はぱっと表情を変えると、僕の隣の席に腰を下ろした。  

「木場って、もっと気難しい奴かとばかり思ってたからさ」  

「僕が?」  

彼の言葉は少し意外だった。  
そんな僕の表情を読み取ってか、彼は体育会系の小気味のよい口調で話した。  

「なんだよ。知らなかったんか?  
結構お前って女子に人気あんだぜ、クールでカッコいいってさ。うらやましい限りだぜ」  

「そ、そうだったのか?」  

別にクールにキメている気などまったくなかったのだが、  
普段から何事にも無関心そうな顔をしていたのが誤解されたのだろうか?  


712  名前:  元1だおー  04/09/25  01:42:04  ID:???  

「別に、そんなことはないと思うけど……」  

「ふうん。前から思ってたんだけどよ。何でいっつも一人でいるんだ?  人嫌いじゃないんだろ?」  

「そうだけど…」  

「見た感じよ。友達はいるけど、親友はいないって感じだぜ」  

「そうだね……」  

僕の、そこことをまるで気にしていない様子に疑問を持ったのか、彼は身を乗り出すようにして言った。  

「そうだね、っておいおい……。いいのか?  それで」  

「いいのかって?」  

僕は彼の言葉の意味が分からず、首を傾げた。  
彼は信じられないといった表情で僕を行している。  
……何か、気に障るようなことを言っただろうか?  



713  名前:  元1だおー  04/09/25  01:43:17  ID:???  

「親友がいねえってことをだよ。気にならないのか?」  

「……別に」  

「な、なんでだよ?」  

「親友だとか、いなくても生きていけるし……」  

彼はいったい何が言いたいのだろうか。  

「……寂しいとか、感じねえの?」  

「……別に」  

「そ、そうか……」  

彼はやがて僕を気味の悪いものでも見るかのような表情でその場を去っていった。  
嫌われたかな。  
僕はなんとなく、そう思った。  




645  名前:  元1だおー  04/10/09  23:30:02  ID:???  

校舎を出てから、僕は少し気がかりになっていたことを思い出した。  
やっぱり、行った方がいいだろう。  
僕は再び事務棟前の広場へと足を運んだ。  
そして、先客がいたことに気づいた。  

「あら?」  

僕が目を丸くして突っ立っているのに気づいた彼女は、にこやかに笑って振り返った。  

「どうしたの?  どこかまだ悪いところでも?」  

予想外の来訪者に彼女は似合わぬ泥だらけのジャージ姿のまま花壇から出てくる。  

「あ、いえ……。今日、花壇荒らしちゃったから、元通りにした方がいいかと思って……」  

彼女は僕の話を聞くと、あらあら、と意外そうな表情を浮かべた。  


646  名前:  元1だおー  04/10/09  23:30:45  ID:???  

「そんな……しょうがないことだから気にしなくてよかったのに」  

「いえ、そういうわけには……」  

僕は近くのベンチに鞄を置き、制服の上着を脱いだ。  
彼女はそんな僕の様子を見て、少し思案顔になった後、快く了承してくれた。  

「ありがとう。正直私、一人じゃ大変だって思ってたところだったから」  

「そうなんですか?」  

「ええ。この広場周辺の花壇は全部、私が面倒見てるから」  

「えっ!?  花壇全部ですか?」  

思わず僕は辺りを見渡した。  
花壇は綺麗に手入れされており、雑草はまったく見当たらない。  
しかしこんな広い場所を彼女一人がやっているとは、想像もできなかった。  
それよりも、何故保健医の彼女がそんなことを?  
用務員のおじさんとかがやっているとばかり思っていた。  


647  名前:  元1だおー  04/10/09  23:31:47  ID:???  

「そうよ。任せてもらってるの」  

彼女は、えっへん、と冗談ぽく胸を張った。  
長身で大人びた雰囲気のする彼女がそんなしぐさをすると、かなり違和感がある。  

「なんでですか?」  

「なんでって?」  

彼女は僕の質問に首を傾げる。  
この人はどうも自分のペースに物事を考えているようだった。  

「先生、保健医なんじゃ……?」  

ああ、そっか。と彼女はようやく合点がいったようにうなずいた。  

「私、子供の頃はお花屋さんになりたかったのよ」  

「………」  

簡潔すぎる答えに、僕はどうリアクションしていいか分からずに沈黙してしまう。  



649  名前:  元1だおー  04/10/09  23:32:43  ID:???  

どうしたものか……。どうやらこの人、本気で言ってるようだ。  
少し、気まずい。  
どう答えたものか。  
1.可愛いんですね?  
2.いい大人なのに?  
3.馬鹿じゃないの?  
駄目だ。いろんな意味で……  

「……君、今私のこと変な女だって思ったでしょ?」  

そんな僕の心中を見透かしたように、じとりと彼女は僕を睨む。  
どうやら顔に出てしまったようだ。  

「いえ……そんなことは」  

「いいんですよ。むしろ褒め言葉だから」  

そう言って彼女はまた微笑みを浮かべた。  
どうやら本気では怒っていなかったようだ。  


650  名前:  元1だおー  04/10/09  23:34:33  ID:???  

でも、褒め言葉って、どうしてだろうか。  
少し引っかかったが、それ以上聞くのはよくない気がしたので、尋ねるのは止めておいた。  
つまりは花が好きで、好きでやらせてもらっているわけだ。  

「はい。じゃあコレお願いするね?」  

ようやく納得した僕は差し出されたゴミ袋を見て、疑問を抱いた。  

「ゴミ袋、ですか?」  

「うん。花、詳しいんですか?」  

「……いえ、まったく」  

どうやら彼女は、僕のスペックをよく見抜いているようだった。  

「じゃあお願いね。雑草、馬鹿にならないんですから」  

その微笑に、僕は逆らえなかった。  



651  名前:  元1だおー  04/10/09  23:35:15  ID:???  


日没も近い頃になって、ようやく僕らは作業を終えた。  

「ふぅー……ありがとう。おかげではかどったわ」  

「いえ。…よっと」  

広いだけあってか、思った以上に雑草は芽を吹いていたので、かなりの重労働になってしまった。  
雑草でいっぱいになったゴミ袋をその場に降ろし、僕は汗をぬぐう。  
そこに、泥だらけの軍手をはずし、代わりにタオルを持った彼女の手が差し出された。  

「はい。使っていいわよ」  

「いいんですか?  ありがとうございます」  

おとなしそうなこの人らしい、水色のタオルだ。  
受け取って顔を拭く僕を見ながら、彼女は面白いものでも見つけたかのように言う。  

「最近の若者にしては礼儀正しくていいわねぇ」  

この人のマイペースさには慣れてきたので、  
苦笑し、僕は素直に突っ込んでやる。  

「先生だって若いじゃないですか」  

彼女はあらあら何も出ないわよ、と言ってクスクスと笑った。  
僕もそんな笑顔につられ、頬が緩む。  


652  名前:  元1だおー  04/10/09  23:36:54  ID:???  

人とこうして話して、楽しいと感じたのは、久しぶりだった。  
それから僕らはゴミ捨てと用具の片付けに広場から歩き出した。  

「あ!」  

途中、彼女は何かを思い出したようにはっとした表情を浮かべた。  

「君って私の名前知らなかったわよね?」  

僕も言われてやっと気づいた。  
先生、と呼んでいて差し支えなかったからだ。  

「私のフルネーム、秋里由佳よ。今日はありがとうね」  

「あ、僕は…」  

「木場直樹君でしょう?  体育の先生から聞いたわ」  

「あ、そうですか」  

ゴミ置き場でゴミ袋を降ろし、倉庫に用具を片付けながら、  
僕らが学校の門を出たのはもう辺りが暗くなった頃だった。  


653  名前:  元1だおー  04/10/09  23:38:17  ID:???  

秋里先生は、取ったばかりの免許と車で僕を送ると言い出した。  
普段の僕なら、きっと断っただろう。しかし、このときは何故かすんなりと好意に甘えることにした。  
このどこか頼りなく、マイペースで、おとぼけた保健の先生と、もっと話していたい。  
そう、心のどこかで感じ始めていた。  

「そろそろ季節の花々が咲いてくるから、暇があったら見に来てね」  

家の前で降りる少し前、先生は微笑んでそう言った。  


三日後、相変わらず授業は面白くもないし、これといった用事もないので、放課後僕は再び広場へ足を運んだ。  
季節の花々を見に、という口実を胸にだ。  

「あら……木場君?」  

予想外に、先生は僕の名前を覚えていてくれた。  
おとぼけた先生なので、すっかり忘れてしまっているとばかり思っていたけれど  
彼女はベンチに腰掛けて読書している最中だった。  
栞を本に挟み、ぱたんと閉じてから、彼女は立ち上がった。  

「花を見に来たの?」  

あいかわらずの笑顔で、彼女は少し首をかしげた。  


654  名前:  元1だおー  04/10/09  23:39:01  ID:???  


僕のように中途半端な落ちこぼれには、自分を変えるきっかけは意外と簡単なものだったのかもしれない。  
暇を見つけ、彼女に会いに行く毎日が始まった。  
できるだけ自然を装っての好意だったが、彼女は気づいていたのか、はたまた天然で気にもしていなかったのか、  
僕が毎日のように花壇へ訪れることを不審に思っている様子はなかった。  
やがて、僕は先生と放課後以外でも話し合うようになっていた。  
最初は図書館、次は植物園、最後には商店街。  
どうやら先生は、僕のことを花に興味を示した純情な少年だと思っていたようだ。  
それでも別に良かった。  
花を前に、少女のように笑う彼女は、たまらなく愛おしかったから。  
先生といられる時間は、かけがえのないものだったから。  
いや、そのときはまだ自覚が足りなかったのかもしれない。  
あの時間が、当たり前で、ずっと続く、そんな平和が当たり前だったから。  
僕は青空の下、のんびりと先生との距離を縮めていった。  
先生は断片的にしか自分のことを話さなかった。突っ込んでたずねても、うまくかわされてしまった。  
少し気にはなったが、些細なことだった。  
そして、先生との関係の転機は意外な形で訪れた。  

そう…  

その日、この国は異世界に召喚された。  





442  名前:  元1だおー  05/01/15  22:00:34  ID:???  


ー日本での反戦運動についてどう思われますか?  

『さぁ?  勝手にすればいいんでないですか?』  

ーなぜですか?  

『別に自分には関係ないですし』  

ー戦争と自衛隊は無関係ではないでしょう?  

『まあね。でも、自分には直接は関係ないですよ。自分、別に顔も知らない人らのために戦ってないですから』  

ーでは、なんのために戦っているのですか?  

『班のみんなと、こっちにきて優しくしてくれた異世界の人達と、今つきあってる女の子のため、かな。みんな、帝国のこと怖がってるし』  

ー国のためではないのですか?  

『自分、高校中退なんで頭悪いんで。すみません……くにって、なんなんですか?』  


                             キレシュト山脈越境作戦前線より後方二十キロの陸自キャンプにて  
                             A出版  「マスコミの見た戦争」  p78  ある新隊員と記者の会話  より抜粋  



443  名前:  元1だおー  05/01/15  22:02:23  ID:???  


       「遠き絆」  




444  名前:  元1だおー  05/01/15  22:03:12  ID:???  


帝国軍の乾坤一擲の反撃が米軍の介入によって撃退され、キレシュト山脈を境に両勢力の戦争が膠着状態に戻った。  
そう、何月だっただろうか?  
私が先輩のもとを離れ、あの「世界」の真実……いや「現実」を知るために再び日本を出国したのは。  
今振り返れば良かったのかもしれない。  
父が元自衛官に殺害されたあの事件に、巻き込まれた可能性は十分にあったのだから。  
ラジオで事件のニュースを聞いた私は、何故か泣かなかった。  
悲しくはあったが、あれは必然だったのではと心の中で感じていたからだろう。  
母を幼い頃に亡くし、親族の多くは父の傲慢さを嫌っていたから、私を快く思っているはずがなかった。  
旅に出て、初めての夜を異世界の港町で過ごしたとき。  
私はそのとき初めて、自分以外誰もいない部屋の中で一人ぼっちになったのだと実感した。  
きっと、「彼」もこんな絶望と孤独と戦いながら生きていたのだ。  
彼の気持ちを少しでも理解できると、不思議なことに自分が少し強くなったように思えた。  
私は翌朝、しっかりとした足取りで宿を出た。  

まだ見ぬ『現実』と向き合うために。  
……佐久間さん、私に勇気をください。  


445  名前:  元1だおー  05/01/15  22:04:01  ID:???  



「あー、繰り返すように今ぁ、我が国は極めて深刻な状況下にある。  
有事的状況の長期化、人心の乱れ、先の見えぬこの環境に不安を覚えている者も多いだろう。  
しかしながらぁ、君たちの先輩たちはこうしている今も日本の平和のためにぃ、  
この日本のみならず異国の地においても献身的な活躍をしている。  
君たち志願して国防の任につく隊員はぁ、この基礎課程での二ヶ月に及ぶ厳しい訓練により鍛えられたぁ、  
精強なるその肉体とぉ、精神力によりぃ、  
君たちを今まで支えてきてくれれたこの国そして地域のためぇ、えーしいては家族のためぇ……」  

壇上の偉い人の説教は一向に終わる気配がなかった。  
今にも船をこいでしまいそうな同期もいたが、僕は一応意識はしっかりとしていて、  
この名前も聞いたこともない「偉い人」のお話の内容につっこみを入れ続けていた。  



446  名前:  元1だおー  05/01/15  22:04:51  ID:???  


この体育館に並ぶ「隊員」の中に「志願」して入った者が何人いるのだろう?  
経歴はさまざまだ。少年院から出てきたばかりのヤンキーもいれば、就職にあえいで入ってきた大卒もいる。  
だが誰だって、この「有事的状況下」つまり「戦時中」に好き好んで志願などするはずがない。  
僕だって、大学に落ちさえしなければ、戦争が原因で父親が失業さえしなければ、こんなところにはいない。  
座学だけで一回も本物の銃を触ったことがない僕らが、「精強」だって?  
朝から晩まで体力練成といって走ってばかりだった僕らが。  
ジャージ姿で日がな一日、竹槍突撃の練習ばかりやっていたような僕らが。  
家族?  
大学に落ちて帰ってきたときの第一声が「お前のためにいくらかかったと思ってる」だったあの連中が。  
もとより、あいつらは他人に近かった。  
住んでいる場所が同じなだけ。会話だってなかったのだから。  

「えぇー、自衛隊員としての使命を自覚しぃ、誇りをもってその職務の遂行にあたることを切望する次第であります。  
以上をもってぇ、私の祝辞と訓辞とさせていただきます」  

誇り?  
暇なマスコミが「お粗末な訓練」と写真をとっていくくらいの価値しか見出されていない僕らが。  
このおじさんは、そのくせにたかだか月給十万のために死ぬまで戦えっていうのか?  


447  名前:  元1だおー  05/01/15  22:05:36  ID:???  

「防衛庁長官代理に対し、敬礼」  

「敬礼っ!」  

入隊したことになっている日から、二ヶ月。  
今日初めて袖を通した制服姿で、僕を含む即応予備自衛官補課程三百名が、一斉に、いや、一斉にする予定だった  
タイミングで、ばらばらに立ち上がり、ぎこちない敬礼をかざした。  
一般人の抱く「自衛隊」というイメージとは程遠い、お粗末さ。  
建前だけの拍手が聞こえてくる。  
拍手の半分は、雑音。  
外は雨だ。  
誰の期待もなく、誰も祝福などしない式典を、象徴するかのようだった。  




448  名前:  元1だおー  05/01/15  22:07:25  ID:???  


「人手が足りなくてね。本土の若い野郎共は誰もこっちに来たがらないんだ」  

治安の関係上、自衛隊の野戦基地近くに建てられた数少ない民間の飲み屋で、  
私は資源の調査・発掘に従事している委託企業の技術者と同席していた。  
この世界を女一人で歩き回ることが危険すぎるのは、今までの経験上、身に染みて知っていた。  
まずはキャラバンではないが、少なくとも同行する集団を探さないことには始まらない。  
一日港町を歩き回った挙句、結局行き着いたのはここだった。  
様子は違えど酒場が情報の窓口とは、やはりここはファンタジー世界らしい。  

「そういえば君は……こんな地の果てに珍しいな」  

「ええ。私は」  

バッグからカメラを取り出してみせる。  
中年のがっしりとした技術者は、酒に頬を赤くしながら納得といった表情を浮かべた。  

「最近は治安は悪くなる一方だ。  
帝国統治下の厳罰がなくなったもんで、軽い気持ちで盗賊が出てくるようになりやがった。  
皮肉だな。まるで戦後のイラクだ……」  

軽く頭を振ると、彼は沈んだ表情になる。  


449  名前:  元1だおー  05/01/15  22:08:14  ID:???  

「……?」  

「悪いことはいわんよ。帰国しな。君みたいな若造が生きて帰ってこれるほどこっちは甘くない」  

彼はそう言うとコップになみなみと注がれた焼酎を半分まで飲み干した。  
かつて私と同じような人間を見たことがあるのだろうか。  
いや、ここは自衛隊基地とも近く、彼もきっと自衛隊員とは仕事上でも密接な関係にあるはずだ。  
帰らぬ人となった馴染みの隊員が、いたのかもしれない。  

「この間だってそうだ。かわいそうにな……  
僻地だからってろくな装備持たされずに派遣されてた自衛官三人が帝国の残党に皆殺しにされた事件。  
知ってるだろう?」  

「……ええ」  

「ここはそういう所なんだ。あきらめろじゃない、やめておけ。特に君は女だから……」  

「ごちそうさま」  

私は席を立つと代金をテーブルに置き、そのまま出口へ向かおうとした。  
心配してくれるのは嬉しいが、この世界へと飛び込んだ以上多少の危険など承知のうえだ。  


450  名前:  元1だおー  05/01/15  22:09:21  ID:???  

「おおーい。あてはあるのか?」  

彼は酔い始めた様子で、私の背中に声をかける。  

「ありませんが、他あたってみます」  

「本気かぁ?」  

彼が慌てて席を立つ。  

「はい」  

私は微笑み、駆け寄ってきた彼に答える。  

「ったく」  

彼は頭をがしがしとかきむしると、苦笑を浮かべた。  

「しょうがねえな……」  




451  名前:  元1だおー  05/01/15  22:10:08  ID:???  


僕は輸送機の中で長い夜を明かし、今は『大陸』の土の上にいた。  
基礎教育後の配属先は、やはり普通科隊だった。  
直配という形で、物資の隙間に詰め込まれるように  
同期の十名以上がそれぞれの部隊への配属を決められて同じ輸送機に乗っていたが、  
基地に到着した今はがやがやとした空気の中ではぐれてしまった。  
もとより友達と呼べるような同期などいなかったので、別に構わないものの、知った人間がいないのは少し不安だ。  
輸送物資の積み下ろしと僕ら配属されてくる新隊員の出迎えの隊員で周囲はあわただしい雰囲気の中、  
なんとなしに目を細め、朝日を見上げる。  
不思議と日本よりも、まぶしく感じた。  

「木場二士ー!  こーばーにーしぃー!」  

僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。  

「はい。木場二士」  

僕は答え、声のした方向へと人ごみを掻き分けながら進む。  


452  名前:  元1だおー  05/01/15  22:11:10  ID:???  

「あっ、いたいた。君だね?  木場直樹くんは」  

陸自の迷彩服を完璧に着こなした細身の三曹が僕を待っていた。  
比較的端整な顔に、なかなか似合うメガネをかけた若い陸曹だ。  
僕はイメージにあった「鬼軍曹」といった感じの上官でなくて、内心ほっとした。  
しかし、自衛隊という組織は見た目だけで全てを判断できるほど甘くはないのは二ヶ月を通してよく知っている。  
僕は警戒心を完全には解かずに答えた。  

「はい。自分です」  

簡潔な答えに彼は少し拍子抜けしたように目を丸くし、ややあって苦笑すると、  
片手をおもむろに差し出した。  

「?」  

「荷物多いな。一つ持ってやるよ」  

今度は僕のほうが目を丸くした。  
まさか上官である三曹が手を貸してくれるなど、考えてもいなかったからだ。  
何か裏があるのだろう。新隊員がいきなり脱走しないようにするためだろうか?  


453  名前:  元1だおー  05/01/15  22:12:06  ID:???  

「あ……いえ、これくらいは」  

「ん?  そうか」  

僕が小声で遠慮すると、意外とあっさりと手を引っ込めた。  

「ここじゃ空自の人らの邪魔になっちゃうから、  
すぐ行こうか。ついてきて」  

「あ、はい」  

三曹は微笑を浮かべながら、僕に背を向け、僕は慌ててその背中を追った。  
空港施設から離れ、陸自のキャンプへと向かう途中、三曹は苦笑しながら僕の顔を見つめた。  

「教育隊で、上官に会ったらまず何をするか習わなかった?」  

「あ、すいません。自分は木場直樹です。よろしくお願いします」  

「ははっ。別に催促したわけじゃないからそんな緊張しなくていいよ」  

三曹は胸ポケットからタバコとジッポを取り出し、  
火をつけながら言った。  


454  名前:  元1だおー  05/01/15  22:14:02  ID:???  

「じゃあせっかくだし俺も自己紹介しようか。  
俺は大山。出身は北海道。こないだまで少年工科学校にいたんだけど、  
特例で今はこの通り陸曹になったばっかりの、一応の木場くんの上官だよ」  

「少年……工科学校?」  

聞いたことのない学校名に僕は首をかしげた。  

「そっか、知らないんだ?  
まぁ二ヶ月なんて教育期間で教えられることなんてたかが知れてるよな。  
少年工科学校っていうのは、陸自の自衛隊生徒、つまり少年自衛官の入る学校なんだよ」  

「え、じゃあ何歳の頃から……」  

「んー。中学出てからだから、もう五年になるかなぁ」  

「え、じゃあまだ二十歳なんですか?」  

「まーね。君は何歳だったっけ?」  

「……十七です」  

「へぇ。君も大変だね」  

そういって大山三曹は苦笑した。  


455  名前:  元1だおー  05/01/15  22:15:08  ID:???  

入隊の理由を聞かないでいてくれたことに、少しほっとする。  
しかし、僕と三つしか歳の違わないような隊員が陸曹になるなど、  
いよいよ日本はお終いなのかもしれない。  
他人事のように、僕はそんな感想を抱く。  
そうしていると、大山三曹はみすぼらしいプレハブの前で立ち止まった。  

「さて、新しき我が隊にようこそ」  

プレハブの入り口の隣に、「特841班」と書かれており、  
その下に大山三曹の名前と、僕の名前が書いてあった。  





366  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/11/18(金)  21:53:41  ID:???  

短編  『我ら現在地』  



農作業とは全くの無縁な環境の下に育った自分には、この光景の意味する事実の半分も理解できていないのだろう。  
そう思いながらも、俺はこの光景、風景、そしてその中に生きる人の姿を観察することに興味を削がれることはなかった。  
好きだった。  
田舎へ対する、そしてこの『世界』へのある種の羨望と期待。  
素人目にも豊作であることが分かる田園風景と、その奥にある村を視界に収めながら、俺はただ、一日中そうして暇をつぶしていた。  

「また覗いてるのか?  お前も暇だな」  

ぶっきらぼうな声が車内から聞こえてきた。  
俺は双眼鏡を手にしたまま、軽い苦笑を応えにそのまま風景を眺め続ける。  

「まだ命令は来ないんですか?」  

ああ、と寝袋を片づける音を立てながら、車内から先輩が応える。  

「すっかり忘れられてるなー」  

戦車隊員用のヘルメットを被ったまま、無線機番をしながら文庫本を読む車長の声にも苦笑を返しながら、俺は視界の端にようやく目的の人影を見つけた。  


367  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/11/18(金)  21:55:46  ID:???  

少しだけ双眼鏡から注意を逸らし、腕時計を確認する。  
午前八時ちょうど。  
あの姉弟は、自衛隊員の課業開始時間きっかりに仕事を始めている。  
この一週間で見つけた、些細な彼らの習慣。  

「センパイ。コーヒー入りましたけど?」  

ひょっこりとわざわざ車内にまで湯気の立つカップを片手にやってきた後輩に気付き、しばし観察を中断する。  

「砂糖はいくつ入れた?」  
「三つです」  
「クリープは?」  
「スプーン二すくい」  
「じゃあ飲む」  

飾り気のないステンレス製のカップを手に取り、再びハッチから上半身を乗り出す。  
装甲の上にカップを置き、少し冷めるのを待つことにする。猫舌だった。  


368  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/11/18(金)  21:57:06  ID:???  

「敵さんの動きは?」  
「異常なーし」  
「よーろしい……」  

この八二式指揮通信車に搭乗する四名に与えられた任務。  
別名あるまで当該地域の敵情を偵察せよ。  
そう、視界に写る彼らは敵国人だ。  
それ故、彼らに話しかけることも、こちらの居場所を露呈することもできない。  
それでも良かった。  
自分達が忘れ去られていること。それはこの地域がさして重要な場所でないことを物語っている。  
この風景が戦火に包まれるのは、見たくなかった。  
戦争はもう終わる。  
その噂は最近、現実味を帯びて隊員の間で囁かれている。  
帝国は、召喚された日本との熾烈な戦争により深刻な内政不安と一部騎士階級・同盟国・部族の造反などにより戦争遂行能力の限界に達しているというのだ。  
内部敵対者による皇帝の暗殺成功により、今は戦闘が膠着しているのだと。  
真意など、幹部ですらない自分に分かるはずがない。  
ただ、そうであって欲しいと願うだけだった。  
双眼鏡越しに、農作業を始める姉弟の声の聞こえない笑顔。  
もう終わらせていいじゃないか。戦争なんて。  

「敵機甲戦力一、定時に距離近づくも現状異常なし」  
「よーろしい」  




369  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/11/18(金)  21:58:44  ID:???  

車長が文庫本に栞をはさんだ。  
敵もここに部隊を駐留させていないわけではなかった。  
視界に写る屈強なアース・ドラゴンと、それにまたがる騎士の姿。  
正確には帝国の属国であるここの数少ない警備戦力らしかった。  
無骨な装甲とも見える鎧に身体を覆った地竜に似つかわしくないすらりとした少女の凛とした面影。  
巡察時間は把握している。この時間だけ、我々の視界内に姿を現す。  
あの姉弟が、深々と平伏する。  
怜悧な騎士の顔に、柔らかな笑み。  
敵である自分らにはけして向けられることのない、人としての、敵兵の素顔。  
時間が、優しく過ぎていく。  



370  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/11/18(金)  21:59:29  ID:???  


「今日の昼飯何ー?」  
「レトルトカレーです」  

またか。  
視界内に、バスケットを開けて昼食を取る姉弟の姿。  
不意に、あの騎士さんも、どこかで食事をとっているのだろうか、という想像が思い浮かぶ。  
彼女はいったい何が好きなんだろう。  
どこに住んで、どんな生活を営んでいるんだろう。  
敵である自分らに、どんな感情を抱いているのだろう。  
果てしない興味に、静かに胸が熱くなる。  
終わってしまえ、戦争なんて。  
今日は夕日でも写真に撮ろう。  
師団司令部、我ら、適地にて現在地。  
されど、平和なり。  

終わり  






916  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/12/05(月)  22:11:30  ID:???  

短編『月夜の慕情』  


私は風になる。  
一陣の、風に。  
風はけして後ろへ退かない。  
もう元の場所へは、戻らない。  
月明かりが、まるで私を誘うかのように煌めいている。  
走る速度を上げる。  
もう、敵陣に近い。  
……ごめんなさい。  
心の中で謝る。  

「いいか。命を粗末にするんじゃないぞ」  

捨て駒だった私に、その人間族はそう言った。  

「へぇー!  魔法ってこんなんだったんだ?」  

人間族であるはずの彼らは、自分達を恐れることがなかった。  

「日本を見てみたい?  ああ、君たちなら大歓迎だよ!」  

彼らは、異世界の国の民族。  
日本人という、太陽に祝福されし、民族。  
邪悪であるはずの我らを、闇の種族である我らを、その光で照らしてくれた、日いずる国の民。  


917  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/12/05(月)  22:12:50  ID:???  

『何してる!?  早く戻れっ!』  

無線機から、班長の声が聞こえる。  
私の、お父さんになってくれた人。  

『ルシアナ!  聞こえないの!?』  

上空で見守ってくれているヘリコプターのパイロットの女の人の声が聞こえる。  
私の、お姉さんになってくれた人。  

『ルシアナぁー!』  

若い男性の、声。  
心が震えた。  
でも、でも……。  
応えてはいけない。  
私はもう生きて帰らない覚悟なのだから。  
懐の緑色のバッグをより強く抱きしめる。  
ごつごつとした固体の爆薬が詰まっている。  
一番破壊力のある爆薬だと、習った。  
好都合だ。  
塵になって、消えてしまえば、死体もなく消えてしまえば……  
暗殺の証拠や捕虜にならないようにと自らの存在を滅する手段を携えることを強要されることの多かった私たち。  
でも、今の感情はそういったものではなかった。  
ただ、自分の醜い死体を、彼の目に触れさせたくなかったから。  


918  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/12/05(月)  22:14:22  ID:???  

『なんでだ!?  君は日本のためになんか死ななくていいんだ!  誰も君たちにそこまで求めてなんかいない!』  

ううん。違うよ。  
私は役立ちたいの。  
あなたと、お父さん、お姉ちゃん、そして、死にゆく運命だった私たちを救い、何の打算もなしに受け入れてくれた、日本人という血を分けぬ血族のために。  
部族のみんなも、そう。  
あなた達と過ごした日々。  
嬉しかった。  
楽しかった。  
幸せだった。  
憎しみと悲しみの底に身を縮めていた私達に、今まで感じたことのない、想いを教えてくれた。  
私の忌まわしい黒い肌を綺麗だって言ってくれた、あなた。  
……ただ一人、私の真の名を教えた、あなた。  
その行為の意味をあなたは知らなかったけれど、最期はあなたの顔を思い浮かべも、いいですよね?  
できることなら、あなたにこの想いを知って欲しかった。  
でも、これでいい。  
これで、いいんです……  


919  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/12/05(月)  22:15:40  ID:???  

闇の中、夜目の利く我らに勝機はある。  
風の如く森を抜け、敵陣を捕らえる。  
敵兵達が口々に叫び、私を止めるために矢を射かけてくる。  
全神経を集中させて、かいくぐる。  
鋭い風音を鳴らせて頬を、手足をかすめていく。  
城壁と見まごうほどの立派な陣地だった。  
鋭く突き出た防御用の柵を足場に、内部へと駆け込む。  
敵兵の数が増え、私に斬りかかってくる。  
でも相手をしている場合じゃない。  
今も、味方が苦戦している。このままでは、前線が崩壊してしまう。  
本来、この世界のただの人間族の軍隊に日本の自衛隊が負けるはずはない。  
しかし、地下の魔法装置によって、高位の魔物やアンデッドを召喚し、使役しているのだ。  
鋭敏に魔力を感じられる我らでなくては、位置を特定することも難しい。  
私たちにしか、できないんだ!  

「おのれぇ!  忌まわしいデックめが!」  

敵兵が叫ぶ。  
何とでも言うが良い。  
すれ違い様にナイフの刃を突き立て、地下へと続く階段を駆け下りる。  
気付くと、私の身体はもうぼろぼろだった。  
出血に意識が朦朧としてくる。  
彼の、顔が脳裏を過ぎる。  
ああ、どうか私にあと少しの力をください。  
点火レバーに指をかけながら、私は祈る。  
……全ての未来を、信じて。  


920  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/12/05(月)  22:17:38  ID:???  

「前線の特願戦隊より報告」  

「この忙しいときに……!  早く読み上げろ」  

「ダークエルフ族の一部隊が……その」  

「どうした?  まさか、寝返ったのか?」  

「いえ!  爆薬を……」  

「何、爆薬を?」  

「爆薬を抱いて、敵の本陣や魔法装置に……特攻をかけたそうです」  

「な……んだと?」  

「前線の偵察隊より報告!  敵の魔導兵団、及びアンデッド軍団が後退を開始しました!」  

「し、師団長!  勝利です!」  

「副師団長」  

「は?」  

「防衛庁長官に、繋いでくれ。……大至急、だ」  




921  名前:  元1だおー  ◆SzP2gBo9JY  2005/12/05(月)  22:19:18  ID:???  


『亜人種族に日本国籍を付与?  高まる反発』  
今月四日、内閣官房長官が緊急記者会見を開き、  
防衛庁と外務省の協議の結果、現在自衛隊の隷下にて志願兵(防衛庁発表では志願者)として後方支援に当たっている数種の少数民族に関し、  
条件付きでの日本国籍の付与を検討するとの公式発表がなされた。  
これに対し、在日外国人から差別であるとの抗議が殺到し、  
外務省や防衛庁、国会議事堂前でデモが行われるなど、物議を醸している。  
また、斉藤統幕議長が某TV局の取材に対し  
「多くの日本国民や在日外国人は、この国に対して権利を主張することはあっても、義務や忠誠などを遂行した例はあまり聞いたことがない。彼らは日本人以上にこの国のために戦ってくれている」  
と答えたことに野党から軍国主義の賛美である、人権団体からは旧日本軍の少数民族への戦争参加の強要に見られる前代未聞の人権侵害が行われているとの批判に辞任に追いやられるなど……  


<終>  




692  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:35:18  ID:???  


読み切り中編  

元1だおー  




バディのいた風景  







大陸の地に散った日本人ならざる日本人達に捧ぐ  








693  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:36:12  ID:???  



某県某市  陸上自衛隊某教育隊  

僕、竹内孝明が自衛隊に入隊した理由は三つあった。  
一つは、三年前に召喚された日本が大陸の覇権、というより資源確保のための『帝国』との戦争に事実上勝利したこと。  
事実上というのは、停戦≠ネらば受け入れる用意がある旨を帝国特使が日本国政府に伝え、  
消耗しきっていた双方は『帝国』の大陸からの撤退という譲歩により戦争の一応の集結を見たからである。  
ネリェントス攻略作戦失敗や、その後の笠間議員の在日米軍密議事件で世間が揺れている頃の話だった。  
もう一つは、不景気だったこと。自分のような高卒に、各種手当てのついた公務員の身分は魅力だった。戦争さえないなら特にだ。  
最後に、これがもっとも大きかったのだが、自衛隊で純粋に特殊な経験をしてみたいという冒険心だった。  
これは戦時中から考えていたことで、学校では変人扱いされていたけれど、  
将来特に何かやりたいことがあるかと聞かれれば何もない僕にとって、  
戦争さえなければ自衛隊はこの世界のあちこちに行くことのできる数少ない職業であり、それはとても興味のそそられるものだった。  
あえて並べればこんなものだが、正直なところ、  
大学で勉強する熱意もなく、かといってニートにもなりたくはない、というあまり誇れた動機ではなかった。  



694  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:36:42  ID:???  

そんな自分だから、教育隊では地獄を見るという漠然とした不安もあった。  
けれど、入隊してから僕を待ち受けていたのは、予想外に早い、未知との遭遇だった。  
そう、僕が知らない内に、この日本という国は、色々と試みていたみたいで……  



今日は教育隊に来て二ヶ月のもう夏真っ盛り、つまりそろそろ野外総合演習や期末点検も近づいたある日だった。  
訓練場に区隊集合している僕はどこか物寂しげなラッパ吹奏を聞きながら、降りていく日の丸に不動の姿勢で敬礼をかざしていた。  
一個中隊が揃って遠くの国旗に向かっている様子は、客観的に見ればかなり壮観ではないかと思う。  
国旗降下の終わりを告げる小気味いいラッパを聞いて、各班ごと解散、という区隊長の言葉に班長らがそれぞれの班員に課業終了を下達していく。  
真夏の暑さに首筋に汗をかき、睨むような表情ばかりだった新隊員らに笑顔が咲く。  
国旗降下が終わった後、新隊員のやることは決まっているのだ。  
飯か風呂かPX。班当直や区隊当直、中隊によっては中隊当直を除く新隊員らにとってのリフレッシュ・タイムの始まりだ。  




695  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:37:14  ID:???  

「レプ!」  

僕は振り返ると真っ先に後列の『バディ』に声をかけた。  
後列に『バディ』を並ばせるようになったのは、別に日本人が格上だとかいった理由ではなく、  
教育隊として、どう見ても斉一にならない異種族″ャ成の『バディ』を前列に並ばせるわけにはいかなかったからだ。  
僕の声にピクンと耳が反応した『バディ』がこちらに跳ねてくる。  

「あい!  レプ二士!」  

たどたどしいが、元気に満ちた言葉で応えたのは、僕のバディ、レプだった。  
一見すると十三、四歳くらいの赤毛の少年に見えるレプは、作業帽から可愛らしい犬耳をぴょこりと覗かせ、  
尻にはふさふさの尻尾が、特別に切り込みを入れられたズボンから生えている。  
彼は『ワーウルフ』……獣人族の一人だった。  
他の隊員、つまり僕の同期達も、自然とそれぞれのバディと連れだって思い思いの課業後の予定を話していた。  



696  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:37:46  ID:???  


「俺達食堂行くけど、他行く奴いねえ?」  

同期の一人が声を上げた。  

「……今日の献立は何だ?」  
「おめえらエルフ好物の野菜カレーだぜ」  
「……共に行こう。我が盟友よ」  

エルフ族のセティスが随分と堅苦しい言葉遣いで言うと、彼のバディの坂本が苦笑する。  
食堂へ行く六人が、ジャンケンで指揮者を決めて隊列を組んで歩いていく。指揮者はダークエルフのルシスだった。  
教育隊では、屋外での単独行動は基本的に禁止されている。  
必ず、二人以上で隊列を編成し、指揮者を立てて歩調を合わせて目的地に行進せねばならない。  
面倒この上ないが、それも教育の一環で、それで金をもらっているのだから仕方がない。  
しかし、自衛隊の深緑の作業服姿で美しい顔をしたエルフやダークエルフ、獣人族などの多種多様な種族が、  
一様に歩調を合わせて歩いている光景は異様なものがあった。  
僕たちはもう見慣れたが、二ヶ月前ほどではないにせよ今でも外柵沿いにはマスコミの車などが止まってカメラを向けていた。  
日本が召喚されてから諸々の事件・事態の責任を負って前内閣が総辞職した後に新しく就任した内閣は、  
反戦融和政策を打ち出し、管理下にある大陸からの難民受け入れなどを積極的に行った。  



697  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:38:26  ID:???  

前政権が国を守るために必死になって半鎖国政策をとってきたのを、  
資源問題も解消に向かいつつあり、更に戦争が事実上集結したとなっては意味を成さなくなり、  
召喚された日本は大きな転換期を迎えていた。  
戦時中から問題だった広大な大陸の管理(支配・統治という言葉はタブーらしい)  
のコスト増大と自衛隊の兵力不足にも抜本的な解決策を検討するとし、その一環として採用されたのが『外人志願者制度』と呼ばれるものだった。  
危険な大陸の未開地へ正規の自衛隊員を派遣するリスクというものを今までに思い知らされてきた政府は、  
日本の絶対防衛圏内のみに正規自衛隊部隊を配置し、その他は特務部隊によって維持・管理すべきだとの防衛大綱の見直しが決定されたのだ。  
特務部隊とは、少数の正規自衛官を指揮官とし、その隷下に日本国に忠誠を誓った異種族の隊員を置くという前例のない試みだった。  
国会やメディアでもこれは大きく取り上げられ、日本国籍を有さない他民族に武器を持たせることの危険性や法的な不備について議論が紛糾した。  
しかし、予想外に国民世論は割れた。反対意見の方が若干ではあるが少なかったのである。  
ネリェントスや停戦間際の帝国の乾坤一擲の反撃による死傷者の数に、  
国民に一部の反戦団体のような偏ったものではなく、全体として厭戦意識が上昇していたため、  
何より大幅なコスト削減により自分達の税負担の少なくなるこの制度への支持率が高まったのだ。  



698  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:38:57  ID:???  

戦後、自分の国を守るのに自分達の血を流さない伝統は、ここでも生きていたのかもしれない。  
教え子を戦場に送るな、と叫んでいた団体は、この制度に反対としながらも、かつてのようなデモや抗議をしなかった。  
自分の教え子でなければ、誰が死のうがどうでもよかったのかもしれない。  
いや、どうでもよくはないが、命の優先順位はあくまで日本人が一番であり、異種族は二の次だったのは事実だろう。  
命に貴賤はないと叫んでいたのは、いったい誰だったのだろう。そう感じる者は多かったが、口に出しはしない。  
誰もが自分の血を流さず、税の負担も少ない夢のような案を否定できない立場にあったのだ。  
戦争というものが現実の存在となったとき、理想論がどれほど無力なものかを思い知り、打ちのめされていた日本人に浮上したのは、  
自分の国は自分の手で守ろうと立ち上がる気概ではなく、いかに自分の手を汚さずに身を守るかというエゴイズムだった。  



699  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:39:29  ID:???  


「間隔ほちょー数えっ」  

唱うような美声で、ダークエルフが歩調を取っているのが聞こえる。  
可決されるまで、日本人の誰もがこの制度の決定的な問題点を懸念していた。そう、果たして志願者が集まるかどうかというものだ。  
帝国を撃退したはいいが、管理という詭弁を弄し、実効支配を敷くこの日本という国の自己中心的な国家政策に、  
賛同するこの世界の人々がいるわけがない、というのが一般的な認識だったのだ。  
しかし、予想を大きく裏切り、志願者は殺到した。  
試験採用枠二千に対し、志願者の数は二万を超えていた。  
主として獣人族・ダークエルフ族・淫魔族・吸血鬼・領海内の一部マーメイドなどで、  
志願種族は全部で二十種族に登った。種族全体で動ける者全員が志願した部族さえあった。  
しかし、マスコミも取材はするものの、あまり大きく報道することは無かった。  
後ろめたかったのだ、日本人の誰もが。いや、後ろめたいのではない。情けないのかもしれない。自分達の手で自国さえ守れないという事実に。  
かつて発足したばかりの自衛隊がそうであったように、彼ら外人隊員達に、国も国民も無関心を決め込んだのだった。  
戦争が終わったのが大きかった。国民の大多数は再び国防から関心を失いつつあったのだ。生々しい現実から目を背けたかったのだろう。  
日本人は昔から、臭い物には蓋という、血の教訓を次に生かせない民族だった。  
そんな国のために、命を捨てる覚悟などする気は、僕には毛頭ない。  



700  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:40:03  ID:???  

自衛隊に入ったのも、就職難だからで、別に国が守りたいわけではなかった。  
しかし、二ヶ月を過ぎて、僕の心には、自分自身言い表しようのない違和感のようなものが芽生えていた。  

「わぅー!  レプもかれーは大好きですぅ」  

パタパタと尻尾を振りながら、レプが僕を見上げてくる。頭一つ分、彼とは身長差があった。  
なら一緒に行けば良かったのに、と思うが、それが彼の僕への気遣いだというのは分かっているから、あえて何も言わない。  
『バディ』  自衛隊で使われる、運命共同体となることを義務づけられた二人組の呼称。  
日本の旗を持つ以上、自衛隊員として、そして日本人としての最低限の素養が必要だとされた彼らには、  
三ヶ月の教育期間が設けられ、そこで正規の新隊員と共に教育を受けることでそれを身につけることになった。  
その一期生の一部が編入されたのが、僕の教育隊、それも僕のいる中隊だった。  

「レプ、カレー食べたいなら今日PX食堂の方でカツカレー安い日だよ?」  
「わぅー!?  それは本当なのでありますか!?」  
「……昨日話したばっかりだったろ?」  

PX行く奴いねえ、との同期の声を聞き、そちらに歩いていく。  
……会った時のことを思い出すと、この二ヶ月で彼らと僕たちは驚くほどの強い絆を持ったように思う。  



701  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:40:45  ID:???  

新隊員過程を異種族の世話をしながら過ごすなど聞いていなかった僕たち第二中隊の新隊員らは当初、  
彼らと初めて会った時、どう接すればいいかわからなかった。  
先に隊舎について居室で待機していた彼らとの体面。  
僕の場合、レプとの出会いは、後から他の同期に聞いた話と比べれば、すんなりとしたものだった。  
君が……レプくん?  
居室に入った僕の目に飛び込んできたのは、まるで野良犬のように窓際のベッドの一つに丸くなって寝ている可愛らしい少年の姿だった。  
気配に気付いた彼は、目にもとまらぬ身のこなしで跳躍し、僕の目の前に着地すると、犬が行儀よくお座りしたような姿勢で、  
私物の入ったバッグを抱えた僕を曇りのない真っ直ぐな瞳で見上げた。  
あい!  よろしくおねがいいたします!  ごしゅじんさま!  
今振り返れば、すんなりとはいったけど普通ではなかったな。  
でも、他の同期達のように、高慢なエルフに貴様は我が盟友にふさわしくない!≠ネんて言われなかっただけ良かったのだろう。  
彼らとの生活が始まってから、いざこざは絶えなかった。  
数え上げればきりがないが、レプに限ってみれば、まず、入浴の風習がなかった。  



702  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:41:22  ID:???  

獣人族であり、流浪の民の出身の彼は、生まれてからずっと水のほとんどない砂漠で育ったため、  
日本に来るまでバケツ一杯以上の量の水をみたことさえなかった。出会った初日、班長に引率されて行った浴場で、  
身体の洗い方をまるで幼児に教えるように教えてやったのが、レプとの関係の始まりだった。  
たーいんわ、わがくにのへいわとドクリツを守るジエータイのシメイをジカクし……つねにとくそーをあきない……  
そこ、あきない、じゃなくて、やしない、だよ  
わうー……ムズカシイ  
自分も右も左も分からない新隊員で忙しい中、レプの面倒まで見なければいけない生活は想像以上にハードだった。  
エルフ族やダークエルフ族などと違い、人間らしい教育をほとんど受けていないレプは特に無知な分野が多かった。  
飲み込みは早いものの、時としてそれは僕を苛立たせ、思わず彼に辛く当たってしまうことも多かった。  
タカアキ……この教程にかいてあること……  
それくらいなら隣の居室のダークエルフのあいつに教えてもらいなよ。あいつは字が読める  
わぅー……アイロンかけてる途中だから話しかけられなくて  
僕だって今は靴磨いてんだ!  いちいち俺なんかに頼るなよ!!  
最初は僕に限らず、バディの世話に不満を漏らす新隊員は少なくなかった。  
しかし、それは入隊式を境に次第に少なくなっていった。理由は一つ、過酷すぎて互いに支え合わねばやっていけないことに気付いたからだ。  



703  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:41:54  ID:???  

僕にとってそれが具現化したのは、戦闘訓練が始まった頃だった。  
総合訓練場での血反吐を吐くような戦闘訓練の後の隊列を組んでの駆け足の中、  
体力の限界に達した僕は今にも倒れそうな状態でよたよたと走っていた。  
竹内ぃ!  てめえ何さぼってんだ?  あぁ?  
班長の怒号と共に、蹴りが尻に叩き込まれる中、隣にやってきたのは、レプだった。  
タカアキ、ショージューを……  
死にかけている僕を心底心配そうに覗き込み、そっと僕の手から小銃を取り上げる。  
ずしりと重いこの六四式小銃さえなければ、ただの駆け足でしかない。なんとか僕はその日の訓練を乗り切った。  
……ごめん  
わう?  
訓練後の武器手入れの時、僕は思わずそう呟いていた。  
レプはずっと二丁の小銃を抱え、僕の横を併走してくれた。励まし続けながら、決して見捨てることなく、嫌な顔一つせずに。  
冷たく当たる僕を、何の打算もなく支えてくれた。僕はその時初めてバディの意味を理解したのかもしれない。  
わぅ……ひきがねしつぶの組み立て……  
貸せよ  
わぅ?  
ったく、なんでこんなややこしい造りになってんだろな、この銃は……ほら、できたぞ  
……ありがとうタカアキ  
いいよ、こんくらい  
レプと僕はそれ以来、何をするにも一緒だった。最初は面倒に感じていた日本の生活の指導も、今ではむしろ楽しいくらいだった。  



704  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:43:11  ID:???  

レプは、純真無垢な少年だった。  
僕は今まで、ここまで真っ白な心を持った人間を見たことがない。  
喜怒哀楽を隠さず、誰かを騙したり、陰口を囁いたりせず、無条件に人を気遣い、とるに足りない些細なことに感動する。  
僕は親友というものを、どこか嘘くさく、馴れ合いの中に生まれる幻影のように感じていた。  
今では、それが自分が誰も信じず、見返りがなければ人と関わりを持とうとしない心の貧しさゆえに、  
親友というものを持ったことがなかったからではないかと思うようになっていた。  
自衛隊という閉鎖世界で、過酷な生活と訓練に忙殺される中、人との関わりだけではなく、人を頼り、同様に助けなければならない環境は、  
人は、一人では何と無力なことなのかを思い知らせ、そして、人は一人ではないから大きなことをなしえることを肌で理解させる。  
レプは、僕が生きてきた十八年で、初めてできた親友なのかもしれなかった。  

「タカアキ。カツカレー!  かつかれー!」  
「はいはい。分かったよ」  

僕らはPXに向かって行進を開始した。  
身長差は関係なく一分間百二十歩、歩幅は七十五センチ、腕の振りは前に四十五度、後ろに十五度。  
指揮者はレプだ。  



705  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:44:19  ID:???  


「タカアキ、明日はどこへ行くわぅ?」  
「お前はどこ行きたい?」  
「わぅ!  もっかいエキマエの焼き肉食べ放題に行きたい!」  
「いつもいつも安上がりな外出だなぁ」  
「わぅ?  嫌わう?  あ、お疲れ様です!」  

すれ違う三曹にぴしりと敬礼をするレプ。  
上官に欠礼は許されない。指揮者になって雑談しながらそういったことにきちんと気を配れるようになれば、自衛隊生活が馴染んできた証拠だ。  

「タカアキ殿、レプ」  

背後から隊列に加わってきた同期の姿に僕は後ろをちらりと一瞥する。  
ダークエルフの志願者、ルールカだ。  
まだ少年の幼さを残す、僕らと同年代の新隊員だった。班は違うが区隊が同じだから、レプほどではないが仲の良い相手だった。  
僕の班の十二名の内、六名が亜人種などの異種族だった。  
獣人のレプが一人、ダークエルフが二人、エルフが一人、インキュバスが一人、竜族が一人だ。  



706  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:45:38  ID:???  

異種族が半数を占める僕の所属する第二教育中隊は、他中隊から『ゲテモノ中隊』と蔑んで呼ばれ、  
柄の悪い他中隊隊員との間で乱闘騒ぎが起こったこともあった。  
食堂で列に割り込んだ他中隊員をハーフエルフの隊員が注意したところ、  
日本人様に指図するんじゃねえ、と相手が逆ギレし、  
その態度に激昂したハーフエルフのバディの隊員がそいつに掴みかかったのを発端に、  
不良隊員達と『ゲテモノ中隊』こと第二中隊との間で警衛隊が駆けつける程の全面戦争に発展したのだ。  
精霊魔法がテーブルをひっくり返し、ビースト化した獣人たちが不良どもを千切っては投げる阿鼻叫喚の修羅場だった。  
中核になっていた二十人が警衛隊に捕まったが、何故か特に罰はなかった。  
第二中隊長の棚村一尉は、若い頃を思い出して実に爽快だったぞ、我が中隊の圧勝だったようだしな、  
とその性格ゆえに三佐に昇進できないという噂を肯定する言葉を翌日の中隊朝礼で残し、それ以来このことは一種のタブーになった。  
喧嘩では第二中隊に勝てないことを証明したと一部の新隊員は喜んでいたが、将来的に三曹の昇進に響かないか心配する者もいた。  



707  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:46:27  ID:???  


「ルールカ、どうしたんだ?」  
「シゲ殿が明日皆で海水浴なるものへ行く者がいないか探しておられたのですが」  
「シゲちゃんが?  ああ、そういや結構前にそんなこと計画してたな」  
「タカアキ殿とレプはどうなされる?」  

とても同い歳とは思えない老成した口調で、ルールカは尋ねてくる。  
自衛隊は縦社会だが、反面、横の繋がりも強固だ。回覧板を回すわけでもないのに、こうして情報があっという間に浸透する。  
また、概して志願者は正規隊員、つまり僕のような純正日本人隊員に対して敬意を払う傾向があった。  
堅苦しいからやめようや、とある隊員が提案したが、宗主国の人間なのだから尊称されて然るべき、と返されて断念したらしい。  
高校を出て間もない多くの新隊員は、宗主国、という言葉の意味を知らなかった。  
尊称されようが、されまいが、第二中隊の新隊員同士の結束は硬くなったし、次第に誰も気にしなくなって今に至っている。  

「わぅー!  海海ー!」  
「行きたいか?」  

大きく頷くレプは、どうやら砂漠育ちで海が珍しいらしかった。  
海水浴場なら焼きトウモロコシとかかき氷とか売ってるだろう、と教えると目を輝かせた。  

「では、私の方からシゲ殿にお伝えしておきましょう」  
「ああ。よろしく」  
「わぅー!」  





708  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:47:07  ID:???  



二二五○(午後十時五十分)  

ベッドに入った状態で、僕らは一日を締めくくる儀式を迎えようとしていた。  
居室の外の廊下から、非常階段を下りてくる当直陸曹の足音が静まりかえった隊舎に微かに響き、  
ドアを開ける音と共に廊下に立っていた今日の一班の班当直の新隊員が代表して気をつけの号令を廊下に響かせる。  

「報告します。一区隊、班当直三名を除く総員三十三名、事故無し、現在員三十三名。就寝準備完了」  
「ん、各班ごと消灯」  

若い当直陸曹は本来なら確認すべき居室内の新隊員らの姿を確認することなく、それだけを残してさっさと去って行ってしまう。  
二ヶ月を過ぎ、もうミリミリに締め上げなくてもいいだろう、と若い当直陸曹は気をきかせてくれたようだ。  
夏制服に教育隊の班当直を表す、白い下地に青い線の一本入った腕章を着けた班当直の姿が居室の入り口に立った。  
この夏場に驚くほど白い肌のエルフの若者、セティスだった。  
入隊当初、エルフ特有のプライドの高い性格が災いし、班内で一番揉めた人物だった。  



709  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:47:51  ID:???  

まず、エルフと同等か、それ以上の種族は人間と竜族以外はいないという選民意識を持っていた。  
防衛庁と外務省、更には文部科学省の協議の結果、  
外人隊員の中での民族差別の一掃は日本国憲法の内容からしても絶対条件とされていたため、  
種族別に部隊を分けることはあえてしなかった。  
そのため、エルフとダークエルフが衣食住を共にするという、  
この世界の常識からすれば狂気の沙汰に等しい部隊が誕生することになったのだ。  
教育隊での僕らのような正規隊員とのバディ制度も、これに関係している。  
あくまで日本人と同じという意識を持たせることが重要だとされていたのだ。それはマスコミへのアピールという側面ももっていたように思う。  
入隊当初、面と向かった対立はなかったものの、エルフとその他の種族との目に見えない隔たりは僕らの悩みの種だった。  
他にも、ダークエルフは孤立するし、竜族は恐れられるし、獣人は常識がないなど、問題は山積していた。  
食堂では、綺麗に種族ごとに席が分かれ、その現実が表面化していた。  
だが、さして教育隊は事態を重く見ていなかった。  
そもそも、教育隊という場所はそんな単独行動が許されるほど甘い課程ではない。  
雪解けが訪れたのは中隊対抗駅伝大会の前の頃だった。  
食堂での他中隊との乱闘騒ぎの後ということもあり、ゲテモノ中隊に負けるなという共通意識が駐屯地内に蔓延していたのだ。  



710  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:48:30  ID:???  

中隊朝礼で、中隊長は言った。  
おめえらは負ける  
事実、そうだった。  
エルフ族は日本特有の蒸し暑い気候は不慣れで、長距離走はとても無理だった。  
竜族は元の姿に戻らねばただの人と変わらないし、あの姿では走ること自体無理な話だ。  
頼みの綱は獣人族だが、自衛隊の駅伝大会は原則的にグループ走だ。  
つまり、三人一組、五人一組などで一区間を走り、全員がゴールしない限りタスキを渡せないのだ。  
第二中隊は大会の公平性を期すとして、単一種族でのグループ走を教育群司令部から禁止されていた。  
獣人族だけがぶっちぎりで差をつけるという戦法は通用しない。  
中隊内で、エルフ族の立場が悪化した。  
頑なな彼らは、自分達だけで練習するばかりで、編成表の多種族と顔を会わそうともしない。  
そんなある日、怨敵とされるダークエルフ族の新隊員が訓練場のエルフ族の集団に一人歩いて行って、こう問いつめた。  

中隊の名誉と、お前達エルフ族の名誉と、どっちが重いんだ?  

睨み付けてくるエルフ達に怯むことなく、そのダークエルフは冷静だった。  

恥知らずなダークエルフよりは名誉に厚い!  

エルフの一人が吐き捨てるように言い返す。  
ダークエルフは静かに首を横に振った。  



711  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:49:27  ID:???  

俺は中隊の名誉の方が、そしてニホンの名誉の方が重い。  
このニホンという国に部族は救われ、安住の地を約束してもらった。俺の不治の病だった妹も救ってもらったんだ。  
その恩に報いたい。  
だからここに志願した。こうしてジエータイインとして取り立てて頂いた以上、部族の誇りや他種族への恨みは二の次だ  

エルフ達の表情は次第に変わっていく。  

俺はこの中隊を愛している。  
暗殺者として孤独に生きてきた俺を仲間として迎えてくれたこの中隊を。  
お前達は愛していないのか?  

その日が、中隊にとっての転機、いや、もしかしたらこの世界でも歴史的な転機だったのかもしれない。  
ぽつり、ぽつりとだが、エルフ族は課業外の合同練習に参加するようになってきたのだ。  
僕の班でもセティスが加わり、グループ走のメンバーが初めて全員参加で練習が行われるようになった。  
夏に突入し、セティスは少し走っただけで汗だくになって息を切らした。  
高校時代に陸上部だった同期は、セティスの弱点を見つけ出し、そこを強化するメニューを組んだ。  
セティスは身軽で瞬発力はある。足りないのは肺活量だ。すぐに肺活量を増やすには腹筋を鍛えるといい。  
区隊のホープであるレプも、セティスのことをいつも気遣った。  
僕は僕で、彼の筋肉痛が酷くならないように、入浴後のマッサージや湿布貼りなどに協力した。  



712  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:50:24  ID:???  

こうして中隊が一つにまとまっていく中、遂に迎えた駅伝大会。  
第二中隊は参加チーム十五チームの中、七位という結果に終わった。  
大会終了後、しょうがねえな、と苦笑する僕ら正規隊員の横で、泣き崩れる隊員達がいた。  
エルフとダークエルフが、共に肩を抱き合って、泣いていた。  
ほとんどの異種族隊員達が悔しさのあまり、涙を流した。そこに種族の壁はもうなかった。  


セティスは今では皆のことを『盟友』と呼び、末代まで語り継ぐと大真面目な顔をして話す、相変わらず高慢だが憎めない奴だ。  

「消灯する」  
「うん、おやすみ」  

別に決められているわけでもないのに、電気のスイッチに真正面から向き合い、  
まるで魔法でも唱えるかのような真剣な眼差しでスイッチを切るエルフの姿は、いつ見ても笑いを誘った。  
真っ暗になった居室内で、ボロのエアコンの音だけがうるさいが、もう慣れた。  
今日は華金、明日は休養日だ。新隊員にとって一週間で一番嬉しい日である。  
ややあって、十一時を回ったことを知らせる消灯ラッパの吹奏が心地よく耳に入ってきた。  
今日は炎天下での基本教練という、戦闘訓練の次にやりたくない訓練だったためか、身も心も疲れ果てていた僕は、  
尾を引くような長い消灯ラッパの音を聞き終わらない内に、夢の世界へと旅立っていた。  




713  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:51:32  ID:???  


翌日  

○八三○(午前八時三十分)  

私服に着替え、当直室で外出証を受領した僕らは、正門前に隊列を組んで行進していた。  
海水浴に行くことになったのは、僕とレプ、起案者のシゲちゃんこと重松二士を含む十人だった。  
全員がそれぞれのバディと一緒で、計五組のバディが共に外出する形になっていた。  
レプは入隊当初、難民として日本に渡航した際に、NGO団体からもらったダボダボの上下ジャージしか服を持っていなかった。  
入隊してからしばらくたって初任給が支給された時、僕が似合いそうな服を買ってきてやってから、ようやくレプは外出できるようになったのである。  
生まれてから私服というものを持ったことがなかったレプは、初めて服を着ると飛び上がって喜んだ。  
それはユニクロのセールで買った安物揃いだったのにもかかわらず、  
彼は洗濯してから大事にアイロンをかけ、たたんでロッカーにしまうほど大事にしていた。  
レプを始め多くの異種族隊員らにはファッションという概念がないため、  
日本社会に順応できるようにそういったものを教えてやるのもバディの務めの一つだった。  
何度か教えたものの、いまいちよく理解はしていないレプだが、  
今日も僕が買ってきたジーパンとTシャツ、靴はコンバースという無難な格好で出てきていた。  



714  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:52:16  ID:???  

認めたくはないが、自衛隊の服を着ていないレプは、美少年と形容して差し支えない容姿をしていた。  
情熱的に赤い髪の毛はシャンプーをするようになって輝きを増し、さらさらと風に揺れ、汚れを知らない円らな瞳は母性本能をくすぐられる。  
耳がある関係で、レプのような獣人族の隊員は僕らほど髪の毛を切らないで良いという規則が作られていた。  
それに加えて中性的な華奢な体つきをしているため、今のレプはまるでボーイッシュな女の子のように見える。  
だが、獣人族のレプはこの貧弱そうな身体に驚くべき身体能力を秘めている。  
戦闘訓練など、他中隊がわざわざ見に来るくらいだ。  
伏せた状態で前方の約十五メートルのボサまで速駆け移動するときなど、  
班長が号令を発してから二秒もかからずに移動しているという人間離れした能力を見せ、  
最後の突撃発起の時は、全員敵を威圧すべく雄叫びを上げながら突撃を敢行するのだが、  
猛獣が獲物に襲いかかるかのような雄叫びに、初めてのときなど同じ班員が腰を抜かしたほど迫力のある声を駐屯地に響かせた。  
反面、こういった泥臭い訓練に不向きなのがエルフ族の隊員だった。セティスは僕と同じくらい戦闘訓練を嫌っている。  
だが、セティスは実弾射撃で中隊トップを争った。第二中隊の射撃の上位十人は、全員エルフ・ダークエルフ族だ。  
ちなみに実弾射撃の成績は、僕は五十点中二十六点、レプは二点だった。レプはクリック修正の計算法が理解できなかったのだ。  



715  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:53:10  ID:???  


「左向けぇー止まれ」  

指揮者の重松二士から号令をかけられた僕らは警衛隊員の前で一糸乱れぬ教練動作で停止した。  

「外出証の提示」  

重松二士の指示に、しっかりとズボンに縛着した身分証と、その中に入っている青いプラスチック・プレート式の外出証を警衛隊員に見せ、  
いいよ、と気軽な警衛隊員の声にそれを再び大事にポケットにしまう。  

「右向け前へー進め」  

同じように隊列を組んだまま、僕らは正門を出た。  
昔から自衛隊の街として、新隊員の若者を受け入れてきたこの街も、おそらく困惑していることだろう。  
バスに乗り込んできた亜人種の面々に、バスの運転手と乗客は目を丸くしたのを見て、僕はそう思った。  





716  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:54:18  ID:???  


海水浴場に到着してから、レプは目の前に広がる海原に大はしゃぎだった。  
泳ぐということを娯楽とする感覚がない異種族の同期達は、買ってきた海パンと露出した肌に最初居心地悪そうにしていたが、  
日本人の多くが気にせずに泳いでいるのを見て、慣れてきたようだった。  
休日ということもあり、海水浴場は賑わっていた。  
田舎で、綺麗な砂浜が自慢のここは、シーズンとなれば県外からも人が集まるらしい。  
今回、重松二士を中心に若い連中が集まれば、ナンパをしようという話が持ち上がらないでもなかったが、  
教育隊にいる以上、そんなことは無理なことは皆重々承知で、純粋に泳ぎにきたのだった。  
また、海に馴染みのない種族に海での遊び方というものを教えたいという同期思いな重松二士の思いもある。  
僕は一通り泳いでから、浜で一休みしていた。  
照りつける日差しをしばらく肌に感じたかった。  
隣でレプが、買ってきた焼きトウモロコシをがつがつと食べている。  
紺色の地味なスクール水着のような海パンに少年体型のレプは、どこからどうみても自衛官には見えなかった。  

「あの、ちょっといいですか……?」  

女性の声だった。振り向くと、そこには四、五人の水着の少女達の姿があった。  
声をかけられる理由が分からなかった僕は思わぬ状況に、一瞬ぎょっとしたが、ややあって彼女らの目的が判明した。  
彼女らはバッグからカメラや携帯を取り出し、僕ではなく、トウモロコシを幸せそうに食べるレプに視線を注いでいる。  



717  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:55:38  ID:???  

なるほどね。  
苦笑した僕は、代表者らしいメガネをかけた少女に言った。  

「こいつでしたら、いくらでも写真撮っていいですよ」  

高校生くらいだろうか、僕が言うが早いか少女達は歓声を上げてレプに群がった。  
レプは自分に何が起きているのか分からず、三本目のトウモロコシをくわえたまま、きょとんとしている。  
そのあどけない様子が彼女らをヒートアップさせたらしく、カメラの撮影音が激しくなった。  
気付けば、波打ち際でも同じようにダークエルフの同期が女の子達に写真を撮られていた。  
やれやれ、いいよな顔のいい連中は。  
僕はそう思いながら、同時に、理由はどうあれこうして好意的に彼らの写真を撮りに来る日本人がいることが嬉しかった。  
入隊してからの彼らを取り巻いた外出先のフラッシュのほとんどは、マスコミの後先考えない人権侵害に等しいものだったのだから。  

自衛隊内の雰囲気はどうですか?  
日本国政府に忠誠を誓われたそうですがどんな気持ちですか?  
最前線に送られることに不安はありませんか?  
一部にあなた達が入隊を強制させられたとの報道がありますが事実なのですか?  

浴びせられる容赦ない質問からバディを救うのも、僕たちの務めの一つだった。  
ある日娯楽室のテレビで異種族隊員に関するニュースをやっていて外人志願者制度の闇に迫る≠ニいう特集が目にとまった。  



718  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:56:21  ID:???  

そこで、外出中だったのかインタビューというものが何なのかよく分かっていない様子の異種族隊員を捕まえた女性レポーターが、  
日本国政府から部族の方々へ圧力があったらしいということについてどう思われますか、と唐突な質問を投げかけていた。  
いったいどの種族・部族なのか、そして政府が圧力をかけたという真実も曖昧なその質問に、  
困惑したウサギ耳の異種族隊員は助けを求めるように隣のバディらしい若者を見つめる。  
身分証を縛着しているチェーンがポケットに見えたことから、明らかに正規新隊員だと分かる。  
正規新隊員は見るに見かね、バディの手を引いてその場を去ろうとした。  
カメラはドキュメンタリーな感じで二人を追い、  
女性レポーターがまるで悪をあばこうとする決死の取材だといわんばかりの厳しい口調でマイクをその正規新隊員に向ける。  
どうして連れて行くのですか?  聞かれて何か都合の悪いことがあるのですか?  
全員が志願して入隊したと話しても信じないことを分かっているのか無言だったその隊員は、  
顔にモザイクがかかっていたが、私服の様子などからみて僕らと同じように若い新隊員であることがうかがえた。  
最後にはその新隊員は執拗なテレビクルーに頭に来たのか、撮るな、と不機嫌そうに言ってカメラに手を被せた。  
映像のテロップには、監視についていた私服自衛官に連行される亜人種の若者、と浮かんでいる。  
演出というものが、どれだけ真実をねじ曲げているのかを知った僕らは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じたのだ。  



719  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:57:05  ID:???  


「やれやれ……ニホンの貴婦人方は熱烈な歓迎ぶりですね」  

レプがビーチバレーをしましょうと女子高生達に拉致されていくのを見送ってからしばらくして、ルールカがやってきた。  
苦笑を浮かべるその端正な顔は、男の僕が見ても格好良いと思う。  

「平和なもんだよ」  

僕は遠くでビーチバレーをしているレプと少女達を眺めながら少し憮然として言う。  
好意的なのは嬉しいが、彼女らは政治や国防など頭になく、ただ可愛い、カッコイイという感覚で異種族隊員達を見ているのだろう。  
例え彼らの立場を理解していたとしても、国防や戦争というものを現実として感じている者はあの少女達の中には、まずいないだろう。  
この国で、全てを分かって彼らを好意的に受け止めている者はいないのではと思う。  

「素晴らしいことです」  

立ったまま静かに応えるルールカを、僕は見上げた。浅黒い肌が、エキゾチックな魅力を醸し出している。  
ルールカはいつも冷静で表情の変化に乏しいため、冗談なのか本気なのか分からなかった。  



720  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:58:08  ID:???  

「なぁ」  
「はい?」  
「こんな国の平和ためなんかに、死ぬんじゃないぞ……」  

僕は本音を漏らしていた。  
死んでほしくなかった。  
かけがえのない、同期達に。  
こんな、血の上に成り立っている平和を、当たり前のような顔をして享受している国のためなどに。  
民族としての誇りのない国民、責任回避に躍起になる政府。  
その犠牲者が、彼らだ。  
誰の責任でもなく、全ての日本人の責任だった。  
後からいくらでも、私は反対していた、と言えるのだから、自分の発言や無関心に気をつかう必要はない。  
目を背けようとすればいくらでもできる。  
政府が悪かったといえば自分の責任は無くなると思っている無責任さ。  
それは、民主主義の弊害などではなく、日本人の意識の歪さによる結果だ。  
徴兵制の復活には反対、しかし、自分が戦場に行くのでなければどうでもいい。  
純粋なレプ。憎めないセティス。誠実なルールカ。  
何故彼らに、この国の人間ではない彼らに背負わせたんだ。  
政府でも帝国でもない、僕たち日本人全員が彼らを巻き込んだのだ。  

「タカアキ殿」  
「……なんだよ?」  
「人を殺したことはおありですか?」  

ルールカの言葉を理解するのに、僕はしばらくかかった。  

「な、ないよ!」  
「そうですか」  

ルールカは微笑んだ。  
話題の過激さとは裏腹に、涼しげな表情だ。  
しかし、何故突然こんな話を始めるのか、僕には分からなかった。  


721  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  15:59:32  ID:???  


「素晴らしいことです」  
「何がだよ?」  
「私は大勢この手で殺めました」  

さらりと口からこぼれたその言葉に、僕は息を呑んだ。  

「それが当たり前でした。部族のため、妹のため、数え切れないほど殺しました。戦場で、暗殺で……」  

ルールカは僕の隣に世間話をするような自然な様子で腰を下ろした。  

「私には歳の離れた妹がいます。  
妹は生まれつき身体が弱く、暗殺者として使い物にならなかったため、病に伏したとき、  
口減らしに死なせてしまおうと部族で話し合われました」  

僕は何も言えなくなっていた。  
この涼しげな美しい少年に、そんな血なまぐさい過去など、まるで想像できなかった。  

「私は妹を救うため、より多く殺すようになりました。帝国の命令以外の、私怨での暗殺依頼も請け負って」  

彼は波打ち際を見つめながら、思い出すように語り続ける。  

「私は妹のためだけに生きていました。妹のためなら、どれだけ汚濁にまみれても辛くはなかった。  
そして、ただ一つ私は願っていました。  
妹が病から解放され、いつか、生まれてからずっと笑顔を見せたことのない妹が、笑ってくれることを……  
それさえ叶えば、私は地獄の業火に焼かれてもよかった」  



722  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:00:16  ID:???  


滔々と語るルールカの横顔を、僕はじっと見ることしかできなかった。  

「それは思いもよらない形で叶いました」  

「ある日私の部族は帝国軍の撤退を助けるために、ある街を死守せよと命令されました。  
押し寄せてくる異世界の魔軍を相手に、戦えば死、退いても帝国軍に敵前逃亡で処刑される運命でした」  

「どの道助からないと絶望した私は、最後は妹のそばにいてやろうと決め、防衛拠点の神殿に隠れました」  

「部族の仲間も、もう疲れていました。親兄弟、妻や子供を亡くした者ばかりだったのです。  
私達は、最後の時を待ちました。そして、神殿の扉が開いた」  

「なだれ込んできた魔軍は、私達を殺そうとはしなかった。それどころか……連れ去られた妹は、一週間後不治の病から解放されて戻ってきた」  

「私は問いました。あなた達はいったい我らに何を望みますか、と。こんな厚遇を受けて、何の見返りを要求されるか怖かったのです」  

「しかし彼らは苦笑してこう答えました。敵にならなければそれだけでいいよ≠ニ」  

「そして開放されて数ヶ月が過ぎて、私は見ました。妹が、歩けるほどに回復した妹が、一人、花を摘んで微笑んでいる姿を……」  

「それから新しく、私には生きるべき理由ができました……」  

ルールカが顔を上げてこちらを見た。  

「それが、このニホンという国に尽くすことです」  



723  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:00:56  ID:???  


空をカモメが長閑な鳴き声を出しながら飛んでいく。  
僕は、鈍器で頭をなぐられたかのような衝撃に襲われていた。  
分かっていたはずだった。彼らが、全てを納得してここにいることを。  
日本人としての後ろめたさに、自分が心のどこかで、彼らに日本を嫌いになって欲しいと望んでいたのだ。  
嫌って、嫌々任務についている、それなら、日本人は納得し、それなら仕方がない、政府が悪いのだと言い逃れができる。  
政府を批判することで、自分に責任がないのだと錯覚できるのだ……。  
だが、彼らはそうではない。そんな安直な覚悟ではないのだ。  
それが僕には、最も辛いことだった。  

「わぅー!  ミユキさんずるいわぅー!」  
「あーもうっ!  レプくんかぁーわいい!」  

遠くの無邪気なレプの表情が胸を突いた。  
僕は、この国が余計に嫌いになった。彼らが愛するこの国が、憎くてしょうがなくなった。  





724  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:02:42  ID:???  


二週間後  


課業外、教練用作業服のプレスが終わってアイロン台を返納するために娯楽室に行くと、大勢の同期達がテレビに釘付けになっていた。  
どうしたんだ、とその中にいたルールカに尋ねると、反乱だ、とどこか興奮した口調で答えが返ってきた。  
反乱、という言葉がいったい何をどう表すのか推測できなかった僕は、急いでアイロン台を集積棚に返納すると同じくテレビに向かった。  
テレビ画面には、大陸各地域で武装蜂起、というテロップが大きく浮かんでいた。  
まさか、と僕は思った。  
帝国との戦争の事実上の終結に影響を受けたのは、日本だけではなかったのを思い出したのだ。  
帝国の大陸からの撤退は、日本と同盟関係にあった反帝国陣営やパルチザン組織にとっても大きな転機だった。  
日本の自衛隊が届かぬ地域も多かったとはいえ大陸を掌握していたため、表だった変化は現れなかったものの、  
政権交代後の政策変化により自衛隊の撤退が大陸のあちこちで始まった結果、地域紛争が発生し始めたのは、以前から問題になっていた。  
そして、今日のこのニュースは、ついに日本に対して宣戦布告をした新興国家連合の出現を伝えていた。  



725  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:04:33  ID:???  

敵であった帝国と違い、かつて味方として自衛隊と行動を共にしていたため、  
自衛隊の弱点も、補給が十分でないことも全て分かっているのだ。  
そして、反戦融和政策をとる現政権なら、自衛隊に守られていなかった在留邦人を人質にとれば、  
独立も、日本への一方的な食糧支援の打ち切りも認めさせることができると踏んでいたようだ。  
反旗を翻した新興国家群は、大陸でも穀倉地帯として日本が重要視していた場所であり、日本政府としても手放すことができない。  
しかし、人質となった在留邦人の数は何と一千人を超えていた。  
戦争が終結したため、民間企業の進出や、様々な団体が視察や研究目的に駐在していたらしい。  
急遽、撤退中だった自衛隊は再編成され、交渉と平行して邦人救出作戦の準備も進められるであろう事を軍事評論家の中年男が話している。  
また、不穏な動きを見せている国や武装集団はこれだけではないという資料もフリップに示していた。  
一通りの説明が終わった後、政府の対応は、と映像が切り替わる。  
防衛庁の記者会見で、制服の肩に幾つもの星を光らせた統合幕僚長が映し出される。  
幕僚長は深刻な表情で、今後の自衛隊の動きを説明した。  
まず、人質をとって要求を突きつける新興国家群に対して精鋭の自衛隊部隊を急派して対応すること。  
そして次に、不穏な動きを見せる国や武装集団を暗に示し、そういった脅威集団を牽制すべく、  
その危険のある地域へ、一時的な措置として外人志願者部隊を派遣すること。  



726  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:05:19  ID:???  


外人志願者部隊……?  

僕たちは、バディの姿を確認した。  
そんな、そんなことが……あるわけが。  
そう思った瞬間、聞き慣れない調子のラッパ音が隊舎を駆けめぐった。  
起床でも消灯でも国旗降下でも、昼休みを知らせる間延びたラッパでもない。  
どこか、まとわりつくような緊張と不安を聞く者の心の奥底に混入させるようなラッパだった。  

「非常呼集ラッパだ……」  

娯楽室の誰かが、呟いた。  






727  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:06:03  ID:???  

二日後  



「少ないな……荷物」  

ベッドの上に纏められたレプの荷物を見下ろして、僕は思わず呟いていた。  
夕焼けが居室を朱に染め、ぽつんとベッドの上に置かれた雑嚢やテッパチが物悲しい陰影をつくっている。  

「おそれおおくもテンノーヘーカからたまわった装備であります」  

レプはどこで覚えてきたのか、多分意味を分かっていない時代錯誤な言葉で答える。  
これからは私服は必要ないからといって、レプは僕に、まるで返納物品のように綺麗に折りたたんだ私服を渡した。  
全然僕のサイズと違うこの服を、どうしろってんだ。  
苦笑して僕は、余裕があるなら持って行け、と突き返した。  
レプの中では、私服は自分のものというよりは僕から貸してもらっているような感覚だったのかもしれない。  
もともと新隊員の私物などロッカー一つに収まってしまう程度の物しかないのだから、少ないのは当たり前だ。  
しかし、レプの私物はそれを顧みてもなお少なかった。  
他の異種族隊員にしても同じだった。あっても、部族に伝わる魔法具や武具といった類だ。  
刀剣類は規則で持ち込めないので、そういったものに限られてくる。  
空っぽになった古びたロッカーは、見ているだけで人の心をその中身同様に空虚な気持ちにさせる。  



728  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:06:57  ID:???  

それはレプも同じだったのか、すぐに閉めると、無くさないように紐で首にかけていた鍵から紐を取って、鍵穴にさした。  
最後に、ロッカーの扉にマグネットで貼ってあった『レプ』という名札を少し見つめてから、はがした。  
ベッドのベッドパッドは洗って畳まれ、クリーム色の毛布の端は、まるで機械で切り取った断面のような見事な四角形を調えていた。  
バウムクーヘン、上手になったな。最初はあいつ、たたみ方さえしょっちゅう忘れてたのに。  
初めてこの居室に入ってきたときと同じ姿になったレプのベッドとロッカーを見ると、  
ここにレプという少年が暮らした痕跡は何一つ残っていないことに気付く。  
当たり前のことだ。しかし、僕にはそれが怖くてしようがなかった。  
もし、レプと生きた時間が幻だったと言われれば、そうかもしれないと思ってしまいそうで、不安だった。  

「レプ……」  
「わぅ?」  
「怖いか……?」  

聞いてはいけない問いだった。  
だが、そのとき僕は、聞かなければいけないような気がしていた。  
バディの不安を、恐怖を、不平を、不満を、あらゆる思いを聞き、記憶に刻まなければいけない。そう思っていた。  
今日、僕たちのバディは、旅立つ。いや、そんな生やさしい言葉ではない。  
これは『出征』だ。  
政府は異常事態に対してなりふり構わなかった。  
現在教育中の外人志願者隊員を総動員し、  
大陸北部で不穏な兵力集結を続ける都市国家群と、その同盟の王国の軍に対する牽制とする。  
新興国家群のテロに等しい武装蜂起への対応に正規部隊を向かわせる余裕のなさにより、  
驚く間もなく僕たちのバディは出発準備を命令されていた。  
あと少しで教育隊を卒業するこの時期に、あまりにも意外な形でバディは異国の地へ出征していく。  
正規隊員である僕らを残して。  


729  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:07:51  ID:???  

「怖いわぅ」  

レプは正直に答えていた。そもそもこの獣人の少年は、嘘をつくということを知らない。  

「でも、大丈夫わぅ」  
「なんで?」  

レプは天井を見上げ、うーん、と考える仕草を見せた。  
舌っ足らずな彼には、説明ほど難しいものはないのかもしれない。  
彼はややあって、ぱっと表情を輝かせて僕を見た。  

「タカアキや班のみんなや班長や、ミユキさんや、焼き肉屋のおじさんや、それとそれと……」  

やはり考えはまとまっていなかったのか再び、うーん、と呻る。  

「いっぱい、いっぱいの人のためなら、レプ、戦える」  

一点の曇りもない、いつもの純粋な少年の顔だった。  

「ニホンのために戦ったら、天国の父様や母様も、レプのこと、きっと誇りに思ってくれる。ニホンの人も、きっと喜んでくれる」  

彼は、日本にきてからの記憶をたどっているのか、遠い目をした。  
僕はこのバディのことをあまりにも知らなかった。彼がどんな少年時代を送ってきたのか、断片的にしか知らない。  
それでも良かった。  
重要なのは、レプにとって、どれだけ楽しい思い出がこの教育隊での日々にあったかなのだ。  
僕と過ごした時間を、十八年の人生で最も楽しかった日々を、彼も同じように思ってくれているかなのだ。  
それ以外のことは、僕にとってはどうでも良かった。レプは僕のバディ。唯一の、親友。それだけでいい。  
例えルールカのように人を殺めた過去があろうが、目を背けたくなるホロコーストを経験していようが、大切なのは、ただそれだけだ。  


730  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:08:24  ID:???  

「レプの国は、この国。この緑がたくさんあって、広い海がある、この国。レプ達を殴ったりしない、優しくしてくれる人達のいるところ」  

レプは、今まで見せたことのない落ち着いた、大人びた表情を浮かべた。  

「だからレプ、大丈夫わぅ。大丈夫、だけど……」  

その落ち着いた表情が、実は悲しみに暮れているものだと理解したとき、レプはよろりと僕の胸に顔をうずめた。  
絆創膏を貼った、か細い指が、僕の作業服の襟を握る。  
ぺたりと耳は垂れ、尻尾も力無く丸まっている。  

「タカアキと、離れたくない……」  

消え入るような声で、レプは呟いた。  
僕は何も言わず、そっと彼の赤毛を撫でてやった。少しだけ、尻尾が嬉しげに揺れた。  
何故こんな別れ方をさせる。  
何故一緒に卒業させてくれない。  
何故大陸の連中はまた戦争を始めたんだ!?  
誰かも分からぬ相手への憎悪が膨れあがった。  
しかし、それはすぐに消える。  
作業服越しのレプの頬の温かさが、そんな考えてもしょうがないことを、溶かしてしまうようだった。  
僕は撫でる手を、そっとレプの頬に添えた。  
レプと目線を合わせて、溢れそうになる涙を気取られないように、ぐっとこらえて、笑う。  



731  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:08:56  ID:???  


「レプ。俺とお前はずっとバディだ。俺も……お前のためなら、どんな敵が相手でも、戦える」  
「本当わぅ?」  
「ああ」  
「……ありがとう」  

夕日に照らされるバディの顔を、僕ははっきりと記憶に焼き付けた。  
どこかから誰かが泣く声と、怒鳴るような歌声が聞こえてきた。  
以前、酒に酔った中隊長が隊舎に乱入して唱っていた軍歌だ。  
調子はずれに、涙混じりの男達の歌声は、次第に隊舎に広がっていった。  





732  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:09:37  ID:???  



《貴様と俺とは同期の桜  
   同じ教育隊の庭に咲く  
       咲いたならば散るのは覚悟  
           見事散りましょ国のため》  

《貴様と俺とは同期の桜  
   同じ教育隊の庭に咲く  
       血肉分けたる仲ではないが  
           なぜか気がおうて分かれられぬ》  

《貴様と俺とは同期の桜  
   離れ離れに散ろうとも  
       華の都の靖国神社  
           同じ梢に咲いて会おう》  




733  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:10:14  ID:???  


いつの時代だよ、これは。今は二一世紀だぞ。  
だが、その馬鹿馬鹿しさの中にある皆の思いが波になって襲いかかり、僕は堪えきれなかった。  
結局僕も、バディを抱きしめて、わんわんと泣いた。  

黄昏の中、三ヶ月を駆け抜けたこの教育隊、この居室で……バディがいた風景で。  





734  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:11:06  ID:???  



それからの僕の卒業式までの日々は、まるで抜け殻のような日常だった。  
大陸の情報は邦人を人質を取られた新興国家群の武装蜂起に関するものばかりで、  
外人志願者部隊の情報は、出港の様子が取り上げられただけだった。  
海上自衛隊の輸送艦は正規部隊に回されていたのか、二千人の外人志願者部隊の乗り込んだ船は、民間から徴用したフェリーなどだった。  
埠頭に集結し、乗り込んでいく亜人種達の顔は一様に使命感に満ちていて、  
旧式の装備品を統一性もなく支給されている部隊の士気とは思えなかったのが印象的だった。  
マスコミを最初から信用していないのか、防衛庁の広報官や外人部隊の指揮官の正規隊員がインタビューに答えるだけで、  
生の異種族隊員の声は流れなかった。  
熱を入れて報道されるのは、大陸の人質の安否だけだった。  
それ自体は悪いことでは別にない。  
例え異種族隊員の情報をもっと流したところで、彼らの熱意が国民に正確に伝わりはしないだろうという諦めもある。  
国民にとって戦争は忌むべき非日常であり、日常を過ごす上で一刻も早く忘れたいものだし、できることなら直視もしたくない。  
気にするのは自分達の税負担の増加や徴兵制の復活など、日常を侵されるかどうかの範囲だ。  
日本人でさえない異種族の話など、関心があるわけがなかった。  





735  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:11:57  ID:???  


僕たち数の半減した第二中隊の隊員達は、静かに期末点検を終え、無気力に卒業を待った。  
班長達も新隊員の心の喪失感を分かっているのか、元気のない僕らを怒鳴りはしなかった。  
たった三ヶ月の間に、心と身体の一部のようになっていたバディが出征してしまった。  
自分達は、どうだ。  
安全な日本の駐屯地内で、三食を食堂で食えて、温かいベッドで眠れる。  
やりきれないのだ。僕を含めた第二中隊の新隊員達は。  


新しい情報が飛び込んできたのは、卒業間近の最後の休養日の風呂上がりだった。  
卒業を間近に、今までの訓練課程に比べれば、荷物の整理や床のワックスがけなど、  
自由で穏やかな時が流れていたが、第二中隊の隊員にとっては苦痛でしかなかった。  
卒業前ということで、他中隊の新隊員らは同期との最後の思い出作りに、  
この時期だけ例外となる禁酒規則を破った宴会を密かに行ったりしていたが、  
僕らはただ、一日中駐屯地内の居室で寝ころんでいた。人数が半分になってしまった各居室は、不気味なほど静かだった。  
分刻みの生活を三ヶ月続けてきた中でも、珍しく何もすることがなかった僕は、娯楽室にテレビを見に行った。  
その時、同期の一人が娯楽室から血相を変えて飛び出してきた。  
どうしたんだ、と聞くより早く、彼は僕を見て叫んだ。  

「ロスーキ都市国家群が宣戦布告したぞっ!」  

その瞬間僕は全身から血の気が引く音を聞いた。  
ロスーキ都市国家群は、危険な兆候が見られるとしてレプ達外人志願者部隊が向かった国だ。  
僕は娯楽室に駆け込んだ。  



736  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:13:23  ID:???  

ニュース速報で、あの軍事評論家が説明している最中だった。  
日本の自衛隊が警戒態勢を敷いている今、無茶な行動には出ないだろうとの予想を裏切り、  
外人志願者部隊を引きつけるだけ引きつけて宣戦を布告した都市国家群の思惑は、新興都市国家群と似たようなものだとしていた。  
帝国との戦争以来、この世界の弱肉強食の利害関係を忘れ、あまりにも日本は弱味を見せすぎたのが原因だった。  
日本の自衛隊を恐れながらも、弱点を知った大陸の権力者達は、弱った獅子の首を取ることを躊躇しなかったのだ。  
新興国家群の脅迫に対し、人命尊重の精神で武力行使に出ない日本国政府の対応は、  
くすぶっていた火種である都市国家群に、自分達にも日本を相手にして勝算があると判断させてしまったのだ。  
支配領域に足を踏み入れても何の抵抗もないことに、安心していた先遣隊二百名は、奇襲攻撃を受けて既に全滅。  
撤退をしようにも、本隊はあまりにも相手の領内に深入りしすぎていた。  
帝国との戦争を日本に任せ、ひたすらに戦力を温存していた都市国家群の軍は、  
四万の大軍をもって千八百名の外人志願者部隊を包囲していた。  
合戦を想定していない上、補給線の確保や航空支援なども皆無だった外人志願者部隊は、完全に孤立。  
現在も戦闘が継続中らしかった。  

「に、二百人も死んだのか……!?」  
「嘘だろ!」  

娯楽室一杯に集まった同期達が信じられないといった様子でテレビを見ている。  



737  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:14:17  ID:???  

これは嘘だ。嘘に違いない。嘘であってくれ。  
出征する日のレプの夕焼けに照らされた顔が不意に浮かんだ。  
二百人。今この第二中隊にいる新隊員の数よりも多い。  
そんなにも多くの、異種族隊員が、死んだ。  
もし、その中に、レプがいたら……。  
そんなはずはない。レプみたいな明るさだけが取り柄の奴を、先遣なんて重要な部隊に組み込むわけがない。  
きっと大丈夫だ。きっと。  
だが、今も戦闘は続き、しかも包囲されている。  
テレビで見た出港時のあの旧式の装備と、補給の望めない状況下で、どこまで持ちこたえられるか分かったものではない。  
その事実と、レプが間違いなくその渦中にいるという現実が、僕の頭を駆けめぐって、絶望という二文字を浮き彫りにした。  
今、いったいレプはどうしているんだろうか。  
戦闘に参加していないだろうか。負傷していないだろうか。  
そこまで考えて、今の自分の姿に気付いた。風呂上がりのジャー戦姿だ。  
僕らはいったい何をしている。  
同じ自衛官で、同じ教育隊で、同じだけの訓練しか受けていない彼らは、今戦場にいるのに。  
僕の中で、何かが切れた。  
ざわざわと同期達が話し合う中、僕はある決心をした。  



738  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:14:57  ID:???  


「みんなっ!」  

僕は娯楽室に響き渡る大声を張り上げた。  
一瞬で、同期達は静まりかえった。  
僕はつかつかと歩いていってテレビを消し、振り返って宣言した。  

「俺はバディを見捨てたくない」  

同期達が息を呑むのが分かった。  

「お、俺達だってそうさ」  
「でもどうしようもねえんだもんよ……」  

予想したとおりの反応が返ってくる。  

「確かに、な。何もしてないだろ?」  
「そうだよ。仕方ない……」  
「仕方ない?  何か行動を起こしたのか?」  

嘲笑するように同期を見つめ、尋ねる。  

「それは……命令だし」  

誰かが言ったその煮え切らない言葉に、頭が一気に沸騰した。  

「お前らバディより命令の方が大事かっ!?  命令に逆らったら死ぬのか?  この自衛隊に、そんな厳罰あったか!?」  

あいつらはみんな、文字通り死ぬ覚悟までしていた。僕らは、言い訳しかしていない。  



739  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:15:39  ID:???  


「つまり何もしてこなかった俺達は、ただ命が惜しいだけの腰抜けだ!  バディを見捨てて、のうのうとテレビの前で悶々としてるだけのな!」  

血走った目で、僕は同期達を睨めつけた。  

「……俺はそんなのもう嫌だ」  
「じ、じゃあ、どうすんだよ?」  

恐る恐る尋ねてきた同期に、ゆらりと視線を向けて、僕は言う。  

「直訴すんだよ。俺達を前線送りにしてくれって血判持って、お上にな」  

同期達がどよめく。  
馬鹿な、おかしい、といった言葉が聞こえた。  
そんなこと、どうだっていい。もう僕は自分が正気だなんて思っちゃいない。  
どうせ、これからマスコミに嗅ぎつけられて、散々な目を見るのは分かっている。  
軍国主義者と罵るがいい。馬鹿な奴だと蔑むがいい。狂っていると恐れるがいい。  
僕はもう迷わない。  
バディのため……親友のためなら、どんなに怖くても、どんな相手でも、戦えると誓った。  
これはその一発目だ。  
待ってろ、レプ。  
お前には、教えたいことがまだたくさんあるんだ。見せたいものもたくさんあるんだ。  
お前は僕より幸せになるべきなんだ。  





740  名前:  元1だおー  2006/04/08(土)  16:16:23  ID:???  




守ろう、一緒にお前の祖国≠。  

そして帰ろう……この、お前が愛した、平和な日本≠ノ。  



 (終)