215  名前:  元1だおー  04/02/27  20:57  ID:???  

時は既に夕刻になろうとしていた。  
帝国兵が民兵の死体の散乱する議事堂周辺の片付けをする中、  
議事堂内には新たな支配者である帝国軍の本陣が移されていた。  

「……伏兵とは小癪なことよ」  

豪奢な椅子にどっかと座っているケイルダインは従軍神官戦士に傷の手当てを任せていた。  
左腕を貫通されたが、屈強な彼ならば癒しの魔法をかけておけばすぐに治癒するだろう。  
あのニホン兵と相対したとき、豪槍を振り上げんとした瞬間に遠方から狙われたのだ。  
あと数瞬動くのが遅れていたら、心臓を貫かれていたに違いない。  

「どうか自重なさってください。将軍は我らの象徴なのですから」  

包帯を巻き終えたヴェルーア教のまだ若い神官戦士は心配そうに眉をひそめる。  
しっとりとした黒髪が印象的な邪悪なる女神官の微笑みだが、ケイルダインは不快に感じなかった。  

「強者を打ち倒してこそ武人というものよ。ヴェルーア教のように利己心のみでは戦はできぬ」  

しかし本心とは違った答えを彼は無意識の内に返していた。  
が、信仰する宗教を否定的に言われたにも関わらず、彼女はどこかおかしそうに微笑む。  

「ふふ……それでこそ弱者を支配する強者に相応しゅうございます」  

そっと目を伏せ、邪悪なる神々に祈りを捧げる。  
願わくば、この男に加護あらんことを。  


216  名前:  元1だおー  04/02/27  20:58  ID:???  

「俺は神仏にすがるほど柔ではない」  

「…そうでしたね」  

くすりと柔和に微笑み、彼女は祈りを止めた。  
その彼女の微笑みから逃げるように、ケイルダインは椅子から立つ。  

「だいぶよくなった。行ってくる」  

「ご武運を」  

主の出陣に恭しく礼する神官戦士の女は、どこか悲しげにも見えた。  





217  名前:  元1だおー  04/02/27  20:59  ID:???  

「初日から篭城するハメになるとはな……」  

テラスから、敗走してきた日本側の兵士らを見て景は呟いた。  
総力戦ではやはり兵力も練度も差がありすぎたのだ。  
既に兵の半数以上を失い、こちらから打って出ることはできなくなっていた。  
篭城で時間を稼ぎ、援軍の到着を待つよりない。  
しかし、無線からもたらされる情報といえば最前線で苦戦する陸自の断片的な情報しかなく、  
果たして援軍がくるのかどうか。  

「いよいよマズくなってきちゃったね……」  

さすがに不安になった景は傍らにいる後輩に呟いた。  
しかし、いつものやんわりとした言葉は返ってこない。  

「イッちゃん?」  

振り向くと、いつの間にやらどこかへ消えてしまっている。  
気が抜けたので煙草でもとポケットをまさぐっていると、  
兵士らのへたり込んでいる庭の中で見覚えのある姿が目に留まった。  

「あっ……!」  

庭の負傷兵らの中で、ユニクロの服がやたらと目立っている。  
彼女は確か医大生だったはずだ。  
いつもの抜けた態度ではなく、きびきびとせわしなく動いているのが新鮮だ。  



220  名前:  元1だおー  04/02/27  21:01  ID:???  

「ほかに誰か怪我した人はいませんかぁ〜?」  

真剣なのだが間延びした声で兵士らに呼びかける。  
一見して頼りないが、そんな彼女を若い兵士達は我々の世界でいうナイチンゲールに出会ったような眼差しで眺めていた。  
白衣は着ていないが、彼女のその柔和な笑みは人を安心させる。  

「へえ……イッちゃんも頑張るじゃん」  

景は何もしていない自分に少しだけ居心地の悪さを感じつつ、苦笑を漏らした。  






221  名前:  元1だおー  04/02/27  21:02  ID:???  

横目にちらりと佐久間が彼女のそんな姿を一瞥していた。  

「あーっ!  佐久間さんダメですよぉ!」  

その視線に気付いたのか、彼の方へ振り向いた衣緒は突然素っ頓狂な声を上げた。  
さすがの佐久間もなんのことか分からずにぽかんとしていると、つかつかと歩み寄ってきた彼女に腕をつかまれた。  

「おっ…おい」  

「じっとしててください!  怪我してるじゃないですか」  

見ると、確かに二の腕を少し切ってしまっている。  
退却の途中、突撃してきた騎兵にランスを投げられ避けきれずにかすめてできた傷だった。  
しかし、この程度の怪我など、演習ではザラだ。特別に治療を受けるようなものではない。  

「いい。これくらい赤チンつけときゃ治る」  

「だぁーめですよぉ!  ちゃんと消毒して包帯巻いておかないと、破傷風になっちゃいますよぉ!」  

ぶっきらぼうに言う彼に、意外にも退かずに彼女はまるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように諭すと、  
救急キットから消毒アルコールと包帯を取り出してさっさと手当てを始めてしまう。  
彼はそんな彼女に当惑しながらも、あの笠間議員の娘に情けをかけられていることに大きな抵抗を感じていた。  
気合の入った職業自衛官には、その特殊な立場上か融通が利かない人間が多い。  
海自の人間が迂闊に陸自を卑下しようものなら、乱闘騒ぎは必至なくらいだ。  
しかし見方を変えれば、極限状況下で耐え抜く自らのキャパシティを信じるプライドが高いということでもある。  
面子が命。これはアウトローの佐久間にも例外ではなかった。  



223  名前:  元1だおー  04/02/27  21:03  ID:???  

「離せ。これくらい自分でできる」  

今度は邪険に振り払うと、銃を背負い直してさっさと去ろうとする。  
だがさすがに悪態が過ぎたか、と彼も思った。  

「自衛隊の人はガンコですねぇ」  

意に反して、うふふ、と柔和に笑って彼女は救急キットをごそごそとまさぐる。  
なにをしているのかと思えば、手当てに必要なものを用意しているではないか。  

「はい。そういえば佐久間さんって自衛隊のヒトですもんね。これくらいできますよねぇ」  

申し訳なさそうに苦笑し、彼女は佐久間に用具を差し出す。  

「あ、ああ。まあな」  

彼はいまさら謝ろうに謝れず、どこか気まずい思いでそれを受け取った。  

「気をつけてくださいね。私、やっぱり暴力はいけないことだと思います……」  

「そうだな、それは同感だ」  

彼女は自分の意見に同意されたことに思いがけない驚きを感じた。  
佐久間は精悍な顔に疲れた笑みを浮かべた。  


224  名前:  元1だおー  04/02/27  21:04  ID:???  

「自衛隊や戦争知らない奴ほど、無責任に反戦って叫んだり自衛隊の国軍化だとか叫んだりするもんさ」  

現役隊員の本音がちらりと漏れる。  
そのどこか哀愁の漂う横顔に、衣緒は微かに胸の鼓動の高鳴りを感じた。  
それが異性への昂りなのか、彼への純粋な驚きなのかは彼女自身分からなかい。  

「大変なんですねぇ……」  

その言葉に、よく分かっていないようなぽやっとした表情で、彼女は労いの言葉を返した。  
いつも佐久間なら、このクソ文民が、と内心に悪態をつくところだが、  
今回は不思議と感傷的な気持ちになる。  

「そう言ってくれる国民が、もっといてくれれば、自衛隊ももっと変わった組織になってたのかもしれんがな」  

珍しく皮肉げに笑みを浮かべ、彼は去って行った。  



738  名前:  元1だおー  04/03/04  14:03  ID:???  

領主の執務室に集合した自衛隊員三人と志願兵の指揮官らは椅子に腰を下ろし、  
どこか憔悴した面持ちで顔を俯かせていた。  
そんな中で、僕はあえて声を強くに語りかけた。  

「予想以上に敵軍が手強かったのは今日の戦闘で十分に理解できた。  
こうなったら持久戦で敵に損耗を強いるしかない」  

ここで弱気になってはダメだ。  
失策によって戦局は大きく悪化した。だが、それを悔いたりしている場合じゃない。  
大勢死なせてしまった。だからこそ僕はもうそんな過ちを繰り返したくない。  
責任の重大さに気が遠くなりそうだが、佐久間が上官である僕を殴ってまで奮い立たせてくれた意味が今なら分かる。  
あの敵将軍を討ち取ろうと真正面から向かいあった瞬間、鐘楼に登った佐久間が『総司令官がなにしてる!』と怒鳴ってきた。  
ハッとしたとき、目の前で豪槍を振りかざそうとした敵将が佐久間の狙撃を受けて怯んだ。  
周囲の味方がほぼ壊滅していることに気付いた僕はその時咄嗟に退却の声を上げて館に向けて駆け出していた。  
その後、館で佐久間と前島に合流したが、出会い頭に僕は佐久間に殴り倒された。  
総指揮官はどんな状況下でも生き残ることを考えなければならない。  
漫画に出てくるような最前線で戦う将軍など馬鹿以外の何者でもない、と。  
指揮官を失った軍は間違いなく死ぬ。しかし兵が半数以下に減っても指揮官さえ生きていれば戦闘の続行は可能だ。  
防衛大出はそんなことも分からないのかと佐久間は今までで最も憤慨した様子で叫んだ。  
極限状態での戦闘を経験したことのある彼だからこそ沸いてくる感情だったのだろう。  


739  名前:  元1だおー  04/03/04  14:04  ID:???  

「城壁を突破されないように猟兵を配置。  
佐久間は狙撃に、俺は前線指揮を、前島は主に銃が作動不良を起こしたりしたのに対処してくれ。  
それから、夜は夜襲に備えよう。  
敵は馬鹿じゃない。こっちの隙を見逃したりはしないぞ」  

細かい指示を徹底し、僕は他に盲点がないかを尋ね、誰も意見がなかったのを確認すると、  
皆の顔を見渡して拳を軽く握った。  

「半数以上の兵を一気に失うなんて、理論的には壊滅もいいとこだけど、俺たちはまだ負けてなんかいない。  
明日を信じるしかないんだ。気合を入れていけ!」  

「はっ!」  

「いえっさぁ」  

その夜、二回に渡って襲撃が起こったが、照明弾とごく少数だが  
ミリタリーショップからの拝借品である暗視ゴーグルのおかげで切り抜けることができた。  
夜が明けるころには、皆交代で寝ることができ、少しは立ち直ってきたかもしれない。  
備蓄食料は十分にあるし、兵士の士気は最初に比べると低いことは否めないが深刻なほどではない。  
無線に呼びかけ続けている以上、ここが今どういう状況なのかは司令部に伝わっているはずだ。  
増援がいつきてくれるかは分からないが、倉敷や笠間がいるという事実を考えても、なにかしらの対応策は講じられるだろう。  
それまで、敵を食い止められればこちらの勝利だ。  
それまで…なんとか。  




740  名前:  元1だおー  04/03/04  14:04  ID:???  


陥落した評議会議事堂の近くには無人となったヴェルーアの教会があった。  
今、その祭壇の前では異様な光景が広がっていた。  
供物の如く積み上げられた死体の山。  
それを囲うように魔方陣が描かれ、その前ではあの神官戦士が呪文の詠唱を一心不乱に続けている。  
周囲に漂うのは異界からの瘴気なのか死体の腐臭なのかは分からず、混沌たる空気が充満している。  

「冥界の皇。屍人の君主。豊穣と対をなし殺戮の海に生まれし邪なる権威よ。  
ここに我が盟約に従いその眷族を差し出せ。  
血を欲するか?  生者が憎いか?  欲望に忠実たる誇り高き獣どもよ。  
現れよ!  欲するがままに!」  

鬼気迫る祈祷に応えるように、死体の山がまるで生きているかのように蠢いた。  
中からなにか、タールのような黒い液体が滲み出してくる。  
が、そこまで変化が起こった時点で、呪文を詠唱する女が胸を抑えてその場に突っ伏す。  
肩で息をし、まるで何者かに喉を締め付けられたかのように浅い呼吸を繰り返す。  
その傍らに、微かなランプの光に大男の影が映し出された。  

「どれくらいかかりそうだ?」  

「……あと二日も、あれば」  

なんとか答えを返し、彼女は気を失った。  

「よかろう」  

ケイルダインは頷くと、そっと彼女の身体を抱き上げ、その場をあとにした。  


741  名前:  元1だおー  04/03/04  14:05  ID:???  


「突撃ぃ!  一気に突き崩すのだ!」  

上級騎士の号令に兵士が梯子を、傭兵がその両翼を守る陣形で壁に向かって突撃をかけてくる。  
しかし、武装メイドの一斉射撃にバタバタと数が減り、堀を渡って壁にたどりつく頃には半数ほどまでになっている。  

「銃貸せ銃!  早くしろってばよ!」  

前島は弾切れのショットガンを弾込め担当のメイドに放り投げると口早に叫んだ。  
慌ててリロードした銃を手渡すメイドからひったくるように手に取ると、  
城壁に梯子をかけようとしている敵兵士に連続射撃する。  
せいぜい二十メートルも離れていない近距離だ。鳥撃ち用の散弾でも集束弾の状態なので殺傷力は十分にある。  
運悪く顔面に銃弾を受けた敵兵士は悲鳴を上げて転がった。  
前島はそれには構わず、かけられた梯子を銃のストックで弾き飛ばす。  
佐久間隷下の武装メイド数人がようやく弾込めを終え一斉射撃に移り、  
ようやく襲撃を撃退することに成功した。  

「……こちらポイントC、敵は退却。オクレ」  

安堵感にその場にへたり込み、彼は無線連絡を入れる。  


742  名前:  元1だおー  04/03/04  14:06  ID:???  


領主の部屋でその報告を聞いた僕はホッとして椅子に座り込んだ。  
こんな緊張の連続がもう二日だ。  
新しい展開といえば、政府が前線の全面縮小、つまり尻尾巻いて逃げろという決定を下したというくらいだ。  
しかし、完全に瓦解した戦線では敵の真っ只中に取り残されている部隊も数多く存在する。  
決断が遅すぎた。撤退すら困難を極めるだろう。  

「膠着状態か……」  

戦闘帽を脱いで頭をかきながら、僕は誰に言うでもなく呟いた。  
先行き不安だが絶望的でもない、という微妙な状態はどうにもしっくりこない。  
だが、これ以上悪くなってもらっても困る。  

コト  

眉間に皺を寄せて考え込んでいると、  
間の前のテーブルに湯気の立つカップが置かれた。  

「どうぞ。根を詰めるのはよくありませんよ」  

彼女の人前では滅多に見せない微笑がそこにはあった。  
僕は思わずドキリとして彼女に向き直る。  


743  名前:  元1だおー  04/03/04  14:07  ID:???  

「ああ。ありがとう……」  

彼女の気配りか、程よい熱さの茶に口をつける。  

「なにか変わった様子はあるかい?」  

特に話題もないので、そんな事務的な話を振ってしまう。  
まあ、ここは戦場だ。仕方がない。  

「いえ。皆血気盛んですよ」  

「リオミアも?」  

僕は冗談のつもりで聞き返す。  

「ええ。そうですね……  
あの頃以来、初めて何かの為に戦おうという気になっています」  

「あの頃?」  

緊張が解けていたのだろうか、彼女はなにか重大なことをこぼしたようだった。  
ハッとし、彼女は慌てて取り繕おうとする。  


744  名前:  元1だおー  04/03/04  14:14  ID:???  

「あの頃?」  

緊張が解けていたのだろうか、彼女はなにか重大なことをこぼしたようだった。  
ハッとし、彼女は慌てて取り繕おうとする。  

「い、いえ。奴隷になる前の話ですので大したことでは……」  

その様子にはどこか嘘臭さがあった。  
不審…とまではいかないが、疑問には感じた。  

「なあ。よければ聞かせてくれないかい?  
リオミアの昔の話をさ」  

率直な言葉に彼女の血相が変わる。  

「いえ……そんな私の人生など」  

「いいや。知りたいよ。  
それに、開戦前のあの夜に確か何か言おうとしてなかったっけ?」  

頭の隅にずっと気になっていたことだった。  
今なら聞けそうな気がする。この後も先も分からぬ状況下だからか、躊躇はなかった。  
が、  

「……う…」  

彼女は突然、気分が悪くなったかのように口に手を当てて俯いてしまった。  


745  名前:  元1だおー  04/03/04  14:20  ID:???  

「ど、どうしたの?  別に言いたくなければ無理にとは…」  

僕は罪悪感を抱いた。彼女のことを知りたい一心に、彼女の気持ちを考えていなかった。  
思わず立ち上がり、彼女の側へと駆け寄る。  

「違い…ます」  

しかし、彼女は弱弱しく首を横に振る。  
顔は蒼白となり、身体は小刻みに震えている。  
体調を悪くしてしまったのだろうか。無理もない、連日の戦闘に加えて非戦闘員の彼女の雑用は過酷を極めているのだから。  
だが、彼女は僕の手をギュッと握ると、何かに怯えたように唇を震わせて僕の顔を凝視した。  

「何か……負の力に満ちた存在が…ここへ…」  

「お、おい。一体どうしたんだ!?」  

彼女のただならぬ様子に、僕は彼女が精神を病んでしまったのだろうかとさえ思った。  
シェルショックシンドローム(砲弾後遺症)のような、戦闘のストレスにさらされた人間がしばしばかかるといわれる精神病だ。  
尚も気分が悪そうにうずくまってしまった彼女を抱きかかえ、僕は慌てて唯一の医療関係者である笠間を呼ぼうとする。  
しかし、次の瞬間、館が、いや地面が揺れた。  

「なんだっ!?」  

激しい振動に壁に掛かっていた絵画やインテリアが倒れてくる。  
反射的に、訓練で砲弾が近くで炸裂した際に仲間を破片から守るよう、上半身を彼女に覆い被せる。  


746  名前:  元1だおー  04/03/04  14:27  ID:???  

揺れが収まると、彼女が僕の手を丁寧に振り解く。  
何かに憑りつかれたかのようにふらふらとテラスへと出て行く。  
我に返った僕は慌てて止めに走った。  
テラスに出て、彼女が手すりに寄りかかるようにして何かを見つめている。  

「な…!?」  

彼女の隣まで歩み寄った僕は、その光景に我が目を疑った。  

「そんな……あれは…」  

リオミアがうわ言のように呟く。  

「ドラゴン・ゾンビー……」  

リオミアの顔が、恐怖に歪んだ。  




71  名前:  元1だおー  04/03/07  14:52  ID:???  


オオオオォォォン……  

空気を歪ませたような不気味な遠吠えが街中に響き渡り、  
館で立て篭もる我々にまで届く。  

「な…いつの間にあんなバケモノ入り込んできたんだよ!?」  

全長三十メートルを超えようかという巨竜の屍に目を見張り、思わず叫ぶ。  

「あれは……おそらく死者の体を贄として怨霊を憑依させた人造体です……  
あの場所は、おそらくヴェルーアの忌まわしい教会があった場所……おそらく…  
敵軍の中に術者が…」  

呼吸も苦しげに、リオミアが言葉を搾り出す。  
彼女の言葉の意味も重大だが、今は彼女自身の身体の方が大事のようだ。  
僕は彼女に肩を貸して立たせてやり、なんとか領主の部屋のベッドまで運んでやる。  
そっと寝せてやり、後のことは僕に任せてくれと見栄をきる。  
彼女の助言は正直欲しいところだが、この状態では到底無理だ。笠間に診てもらわねば。  
無線には各部隊から報告と指示を求める声が洪水のように入ってきていた。  
彼らに答えてやる前に、僕はもう一度テラスから街の様子を観察する。  
するとドラゴン・ゾンビーがきしゃり、きしゃりと嫌な関節の軋む音を立てながら移動を開始した。  
目的地は、間違いなくここだ。  
あんなバケモノを撃破できるような武器はこちらにはない。  
迫撃砲も、携帯無反動砲すらないのだ。  


72  名前:  元1だおー  04/03/07  14:53  ID:???  

「おいおい大将さん大変だぜこりゃぁ!」  

バタバタと騒々しい音を立てて部屋に駆け込んできたのは倉敷だった。  
テラスに設置したままのTVカメラを慌てて回し、バケモノの全容をしっかりと捉える。  

「こりゃあ特ダネだぜ」  

「生きて帰れたらの話でしょが」  

興奮する倉敷に冷ややかな視線を送り、僕は無線機を取りに戻った。  

「あっ!?  飛んだっ!」  

倉敷の声が同時に響いた。  
振り向くと、かなりの距離があるにも関わらず、街からここまで不恰好に羽ばたきながら、  
確かに飛翔したドラゴンゾンビはあっという間に館近くまで接近してきている。  
畜生!  あんなボロボロの身体でどうして飛べるんだよっ!?  
軟着陸した後、よたよたと起き上がりながら、バケモノは生ける者を探すように首を左右に振った。  
城壁にいる兵士らが凍りついているのを確認したのか、咆哮とも狂喜ともつかぬ雄叫びを上げる。  
ゾッとするような遠吠えに、半ば恐慌状態に陥った兵士らがショットガンを乱射する。  
しかし、肉を削ぎ、血を滴らせながらも、バケモノはダメージを受けた様子は全くない。  
効果がないことを悟った城壁の兵士らが慌てて逃げようとするが、意外にも俊敏に動いたバケモノは彼らを目前に捉えると、  
その大顎を開ききり、身体の奥底から緑と黄を混ぜたような不気味なブレスを吐きつけた。  


73  名前:  元1だおー  04/03/07  14:54  ID:???  

「ぎゃあぁあぁ!?」  

ブレスに飲み込まれた兵士らが、身の毛もよだつ断末魔を上げた。  
それからの光景は地獄のようなものであった。  
ブレスを受けた兵士らはまるで無数の蟲に身体を食い尽くされるかのように、身体がボロボロと朽ち果ててゆく。  
バケモノのブレスは致死性の毒ガスのようなものなのだろうか。  

「死霊の息吹……触れたら命を食われ…る」  

リオミアがベッドからうわ言のように僕に訴えかける。  
楽しいファンタジー世界だよ全く!  

「リオミア、苦しいだろうけど少しだけ協力してくれ!  奴の弱点や倒し方を知らないか?」  

汗をタオルで拭いてやりながら、僕は躊躇いを感じながらも彼女に尋ねる。  

「ゾンビである以上…火…に弱いはずです。でも、あれだけの大きさとなると…」  

火炎瓶の残りは少ないし、火炎放射器なんて大層なものは当然ここにはない。  
第一、奴の目の前に身体をさらすなど自殺行為に等しい。  

「他に弱点は!?」  

焦りつつも、彼女に必死に問いかける。  

「…術者が…作られたアンデッドであるのなら…敵軍の中にダークプリーストなどの支配者がいるはず…  
それを倒せば」  

この館の外は完全に包囲封鎖されている。打って出て特定の敵を撃破することなど不可能だ。  
クソが!  八方塞じゃねえか!  


74  名前:  元1だおー  04/03/07  14:55  ID:???  

「おいちょっと!  倉敷さんそんなところにいたんじゃ危険ですよ!  室内に避難してください!」  

「も、もうちょい……」  

次々と自軍の兵士が殺戮されていく映像を、何かに憑かれたように撮影し続けている。  
リオミアの容態に加え、この極度のストレスにさらされている僕は、思わず倉敷をテラスから室内にひきずり込んだ。  

「いってえなぁ!  民間人になんてことすんだよ!?」  

「人が死んでいく様を嬉しそうに撮影する奴にそんなこと構ってられっか!」  

さすがにキレかけた僕はヒステリックに叫んだ。  
彼女が物言いたげながらも黙ったのを確認して、僕は部屋を駆け出していった。  
ドアの側に立て掛けてあった六四式を引ったくり、安全装置を解除する。  
バリケードに何度か立往生しつつ、外へかけ出る。  
今は元を断つよりも目前の脅威を排除することの方が先決だ。  
前庭の噴水前に備蓄してあった火炎瓶の入った箱から瓶を取り出し、周囲にいた兵士数人に手渡し、攻撃に指示をする。  
その際に、敵は火を受ければ確実に死ぬと半ば嘘に近い説明を入れた。  
その場しのぎだと言って危険な命令を下したくはなかったからだ。  
兵士はみんな、僕より若いのだから、たとえ親しくない者でも後輩や弟のように感じてしまう。  
兵士としては失格だが、自分の性格について今更悔やんでも仕方がない。  

「行くぞ!  全員俺について来い!」  

兵士らに火炎瓶とチャッカマンを配り終えた僕は、力強く叫んだ。  
彼らの目に、できるだけ頼もしい指揮官と写るように。  


75  名前:  元1だおー  04/03/07  14:56  ID:???  


「さ、さ、佐久間センパイなんですかこりゃあぁ!?」  

城壁の階段内に一時避難し、銃を抱いて身を竦めた前島がガチガチと歯を噛み鳴らしながら半狂乱に叫んだ。  

「さあな。ネリェントスで俺が出会ったのとはちょっとばかし違うな」  

腰の雑嚢から貴重な手榴弾を二・三個取り出しながら、佐久間は冷静に答える。  
時折、城壁が踏み壊されているのか、地響きのような音と鈍い衝撃が起こり、  
埃がパラパラと天井から落ちてくる。  

「……上等だ。クソ野郎が」  

前島は佐久間の表情を見て思わずゾッとした。  
佐久間は、明らかに笑っていた。口の端を吊り上げるように、曲月を描いて。  

「前島。貴様はここから一歩も出るな。援護射撃も要らん。  
ろくに撃ったこともない奴に背中撃たれたんじゃ浮かばれんからな」  

余計な装備を外し、身軽になった佐久間は縮こまった前島にそういい残すと、小銃を手に駆け出していった。  
前島は、呆然とそれを見送ることしかできなかった。  

「……俺も甘いな。部下に死ねと命令できんのでは」  

階段を下りながら、彼は今度は自嘲の笑みを浮かべた。  


76  名前:  元1だおー  04/03/07  14:57  ID:???  


ドラゴン・ゾンビは既に城壁を乗り越え、突破口を開くためだろうか、残敵掃討と正門の破壊に移っているようだった。  
佐久間は素早い動作で生垣の影に飛び込み匍匐全身を行い、バケモノの死角から接近を試みる。  
バケモノは内側から正門にたどり着くと、閂を蹴り壊し、吊橋の鎖を力任せに叩き切った。  
まるであさま山荘で機動隊の突破口を開くモンケーンだ。  
佐久間は舌打ちすると、手榴弾の安全ピンを口で引き抜いた。  
生垣からパッと立ち上がり、全力疾走でバケモノとの距離を縮める。  
バケモノが振り向こうとした瞬間、佐久間は手榴弾を腐った肉の中にねじりこんだ。  
異物を取り込んでしまったことに気付いたのか、ドラゴンゾンビーは骨の見える尻尾を乱暴に振り回す。  
佐久間はそれを身をかがめてかわすと、ドラゴンの胴の下の隙間を転がって反対側へと逃れる。  
次の瞬間、ドラゴンの腰辺りが弾け飛んだ。  
佐久間はその反対側にいたので、バケモノ自身の体が遮蔽物となり無傷である。  
彼の無謀ともいえる攻撃は、一方で最良の戦い方でもあった。  
ゾンビの図体のでかさにつけこみ、接近戦を挑むなど、並の人間では不可能な芸当だ。  
しかし、彼は激戦を生き抜いてきた「戦士」であった。  

「死ねといっても死なんだろうが……動けなくはなるだろう」  

ニヤリと笑みを浮かべ、彼は激痛によろめくバケモノから離れる。  
怒り狂ったバケモノは顎を開いてブレスを吐きかけようとする。  
が、今度は頭部に何かがぶち当たったかと思うと、瞬時に炎に包まれていた。  

「佐久間!  下がれ!」  

佐久間は火炎瓶を手にした上官の姿を向こうに見た。  


77  名前:  元1だおー  04/03/07  14:58  ID:???  


「あぐっ…!?」  

女神官の顔が苦痛に歪んだ。  
教会内で魔方陣の中心で精神統一を行い、ドラゴンゾンビと極度の同調状態にあった彼女には、  
使役しているドラゴンゾンビの苦痛がそのまま自分に跳ね返ってくるからだ。  
今の彼女は、目を閉じ表情は変わらぬものの、額には脂汗がびっしりと浮かび、呼吸も荒い。  
アンデッドモンスターの中でも創造・使役が難しいドラゴンゾンビーを操るのは、術者に大きな負担をかける。  
本来ならば十人前後の闇司祭が必要なこの怪物に、彼女はたった一人で創造から使役までこなしている。  
下手をすれば、完全なる負の力に精神汚染されて廃人になりかねない危険な行為だった。  

「シャーナ!」  

ケイルダインは彼女の腰からじわりと鮮血が滴り落ちていることに気がついた。  

「大丈夫でございます……されど、今日はもうこれ以上の働きは期待できそうにありません……うっ!?」  

女は今度は頭を手で覆った。  
何かを振り払うように、頭や顔をかきむしる。  
見ると、女の白い顔の肌の半分ほどに、赤く火傷をしたように水ぶくれができていた。  

「がぁあ……ぐうぅ…」  

怪物を支配下に置く精神疲労に加え、本体自身が損傷を受けているのか、  
苦しげに声を漏らす。  


78  名前:  元1だおー  04/03/07  14:58  ID:???  

「もうよい!  下がらせよ!」  

「はい……」  

息も絶え絶えに、女は答えた。  
ケイルダインは気を失いかける彼女に駆け寄り、腰の傷口を、その巨躯に似合わぬ優しげな手つきで押さえてやる。  
女は少しだけ微笑みを浮かべると、眠るように気を失った。  





79  名前:  元1だおー  04/03/07  14:59  ID:???  

「逃げ出した……のか?」  

銃を構えたまま、全員が徹底抗戦の覚悟を決めていたのだが、  
大きく吠えたかと思うと翼を広げて飛び去って行ってしまった。  
見た感じでは、そこまでダメージを与えていたようには見えなかったけど。  

「三尉!  考えるのは後です!  敵が雪崩れこんできますよ!」  

佐久間が訳が分からずに呆然としていた僕の肩を揺さぶった。  
そうだ、そうだった!  
正門が破られ、吊橋も降ろされてしまったんだ。  
城壁上の兵士らは……ダメだ全滅している。  
わずかな時間だったが、被害は甚大だ。  

「総員、館内まで退却!  想定通りに各自の持ち場につけ!」  

無駄に阻止線の維持にこだわっては被害を増やすだけだと判断した僕は、  
完全な篭城戦への決意を固めた。  
その直後、鬨の声と共に敵兵達が正門を突破してきた。  


80  名前:  元1だおー  04/03/07  15:00  ID:???  

「ひええぇ!?」  

いつの間にかこちらへ前島が走ってきていた。  

「佐久間センパイ酷いじゃないっすか置いてくなんてぇ!」  

泣きそうな顔をして前島が佐久間にすがりつく。  

「悪い。忘れてた」  

全く謝罪の念の感じられない無表情で呟くと、彼はニッと笑みを浮かべた。  

「だが、お前にもやってもらうことができたぞ」  

「え?」  

彼は狙撃仕様の六四式を構えた。  
銃声。  
百メートル以上先で馬から騎士が転げ落ちた。  

「こういうことさ」  

自衛隊員三人が、一斉に六四式を構えた。  



60  名前:  元1だおー  04/03/16  02:13  ID:???  


三日月が綺麗な夜だ。  
屋根裏にいる僕は暗視ゴーグルを脱いで一息ついた。  

「静かになったな……」  

死体の散乱する庭内を眺め、誰にいうでもなく呟く。  
皆疲労が溜まってきたのか、誰も応える者はいない。  
現在、館で生き残っているのは義勇兵二十名とメイド志願兵四十名。  
昼、騎馬隊の侵入に戦局が一変した。  
白兵戦に持ち込まれてはこちらに勝ち目などないんだ。ラストサムライが嘘映画ではないと初めて知った。  
激戦の末、向こうもかなりの損害を被ったはずだが、まだ戦闘能力は十分にある。  
敵がまだ千五百人くらいは戦力があるのに対して、こっちは壊滅寸前だ。  
篭城したからには時間は稼げるだろうが、援軍が来る様子もない。  
あのドラゴンゾンビがまたやってきたら……、とマイナスの要因ばかりが脳裏をよぎる。  

「ここを頼む」  

「あ……は、はいっ!」  

ライフルを抱いたまま眠りそうになっていたメイド兵に歩哨の交代を命令し、  
僕は屋根裏部屋から降りた。  


61  名前:  元1だおー  04/03/16  02:14  ID:???  

真っ暗な廊下を手探りで進み、微かに明りの漏れるドアを開ける。  
領主の部屋だ。  
室内には無線担当に前島、そしてベッドに寝かされたリオミア、看病にあたっている笠間の姿があった。  

「あ、三尉……」  

前島がうつらうつらとしていた顔を上げて僕を仰ぎ見た。  
僕は無言で頷き、リオミアのベッドに移動する。  
笠間がベッドに上半身をあずけて寝息を立てていた。  
リオミアも、昼に比べてかなりよくなったようだ。呼吸も安定して眠っている。  
それに安心した僕はテーブルの椅子に腰掛ける。  

「状況は?」  

彼女らを起こさないように小声で前島に尋ねる。  

「国会で予算関係でもめてますよ。  
戦死者は増える一方なんで補償金だけでも莫大な金額になるし、  
弾薬も燃料も不足してますし何よりお金も国民の協力もないから八方塞がり。  
その上俺っちの同期で脱柵する隊員が多すぎて、  
ノイローゼになった陸曹が脱柵しようとした若い陸士を撃って大怪我させたってラジオでも言ってました。  
2ちゃんねるの軍事板と自衛隊板でクソスレと厨房が大量発生してますね、多分」  

前島は冗談で言っているのだろうが、笑う気にはなれなかった。  
撃った陸曹の気持ちも、逃げようとした陸士の気持ちも分かるからだ。  
どっちも悪いし、どっちも悪くない。ただ、互いに自衛隊員であり、そして人間だったという単純な悲劇だ。  
誰だって、死にたくなんかないもんな。  


62  名前:  元1だおー  04/03/16  02:15  ID:???  

「あの……」  

「ん?」  

黙っていると、前島が遠慮がちに僕に声をかけてきた。  

「ちょっとここ頼めますか?」  

「なんか用でも?」  

「ええ、ちょっとトイレに」  

「分かった、行ってこい」  

「すんません」  

こいつにしては珍しくきちんとした態度で出て行く。  
いったいどうしたんだろうか?  
僕は無線機のヘッドホンを手に取りながら、少しだけ心にひっかかっていた。  






63  名前:  元1だおー  04/03/16  02:16  ID:???  

「ミルシェ……!  いるかい?」  

前島はこっそりと物置部屋の奥に声をかけた。  
こそり、と何かが動く音がして、微かにあの音が聞こえる。  

ちりん……  

前島は微笑むと、くすねてきた食べ物を雑嚢から取り出す。  

「今日、大丈夫だったかい?  怖くなかった?」  

ふるふる……  

少女はパンを小さな口でかじりながら首を振る。  

「そっか、良かった」  

前島はそっと彼女の横に座り、ヘルメットを脱いで床に置く。  
彼女がもそもそと食べるのを暗闇の中で聞きつつ、ややあって躊躇いがちに口を開いた。  

「ミルシェ。兄ちゃん、ミルシェに謝らなくちゃいけないんだ」  

少女が食べるのを止めて隣の若者の顔を見上げる。  
どうして?  と尋ねるように。  
その無垢な少女の視線に耐えかねたかのように、  
前島は今まで見せたことのない悲しげな表情で語り始めた。  


64  名前:  元1だおー  04/03/16  02:16  ID:???  

「兄ちゃんな、多分、ミルシェと一緒にここから出ることはできないと思う」  

少女の顔が凍りつく。  
きゅっと迷彩服の袖を握り、力いっぱいに首を振って拒否の意志を表す。  
前島はその手を優しく握ってやると、涙を浮かべる少女を真っ直ぐに見詰める。  

「ミルシェ、よく聞くんだ。多分、明日か明後日あたりが最後になると思う。  
どんなことがあってもここから出ちゃダメだ。静かになって、回りに人の気配がなくなったらこっそりこの館から出るんだ。  
もし敵に捕まっても、無理矢理館に閉じ込められていたって言うんだ。  
そうすれば少なくとも命だけは……」  

とうとう涙を流して前島の胸を力の限りに叩き始めるミルシェ。  
前島はそっと、その小さな身体を抱きしめてやった。  






65  名前:  元1だおー  04/03/16  02:17  ID:???  

「佐久間さん。ここにいたんですねぇ」  

衣緒は相変わらずの気の抜けた笑顔を浮かべたまま、  
玄関前の大階段踊り場に構築されたバリケードで、  
銃を抱いて座っている佐久間の元にえっちらほっちらとした足取りで近づいた。  
暗闇の中で、ジロリと彼の視線が彼女を捉える。  

「何しにきた?  こんなところをウロチョロされたら邪魔だ」  

小声だが重い声質に、衣緒は思わず身を堅くした。  

「あ、あの。佐久間さん、今日ずっと水も食べ物もとってないみたいだったんで……」  

彼女は背負っていた自分のリュックを手に取り、中からカンヅメをいくつか取り出す。  
彼女らしい、桃缶やフルーツポンチ缶など食べやすく栄養価が高く、なにより可愛らしいものばかりだ。  

「一日くらい食わなくても死にはせん」  

一瞥しただけでぶっきらぼうに言い返し、彼は彼女から視線を外して玄関を睨む。  
敵の死体が二、三人ほど転がっている。  


66  名前:  元1だおー  04/03/16  02:18  ID:???  

「で、でも……」  

「笠間」  

「えっ?  はいなんでしょう?」  

佐久間は腰から何かを取り出すと、彼女に押し付けるように渡した。  
彼女が慌てて渡された物がなんなのかを確認する。  

「え、えええ!?」  

それがトカレフであることに気付いた衣緒は、思わずそれを落っことしそうになる。  

「護身用だ。撃つときは腹を狙え。一番当たりやすいし高確率で殺せる」  

「わ、私鉄砲なんて撃ったことないですぅ!」  

「撃ったことがある、ないの問題じゃない。撃たなきゃ貴様が死ぬだけだ」  

「あぅ……」  

泣きそうな顔になって手の中の拳銃に視線を落とす。  
しかし佐久間は我関せずといわんばかりにそっぽを向いて歩哨任務に専念した。  
どれくらい時間が経っただろうか、衣緒はぽつりと呟いた。  


67  名前:  元1だおー  04/03/16  02:19  ID:???  

「佐久間さん……私のお父さんのこと、嫌いですか?」  

佐久間は黙ったままだが彼女の言葉に反応する。  

「……ここだけの話、自衛官でアイツを好きだという者はいない。  
例えいたとしても、そいつは実戦を経験したことのない者だ」  

ややあって、彼はそう答えた。  
衣緒はふっと笑った。  
佐久間はその笑みの意味が分からなかったのか、視線を彼女に泳がせた。  

「昔なら、お父さんの言っていることが正しいって、私言えたんです……『平和に勝る政治はない』って……」  

珍しく笑顔の失せた彼女の顔に何の反応も見せず、佐久間は黙ったままだった。  

「でも……『平和』ってなんなんです?  
この世界じゃ、どんなに話し合いで解決しようとしてもうまくいかなくって……  
お父さんはそれを自衛隊を出してお脅してるからだって……」  

佐久間はくっくと喉の奥で笑った。  
気付いた衣緒が黙ったので、彼は皮肉げに語った。  


68  名前:  元1だおー  04/03/16  02:20  ID:???  

「話合いで解決するには、  
飢えていない者同士か、価値観のある程度同じ者同士でないと不可能だ。  
明日食べる物がない人間に愛を説いたところで、何の意味がある?  
相手を同じ人間だと考えていない人間に対等な立場を説明して、何の意味がある?」  

「そんなことっ…!」  

「じゃあ貴様、今のこの状況下で『話し合い』で解決してみろ」  

「………」  

再び黙る衣緒。  

「うっ……っく…」  

俯いて黙っていたかと思うと、彼女は肩を震わせていた。  
それが嗚咽だと佐久間が気付くのに、そう時間はかからなかった。  

「薄々分かってたんです……私は甘ちゃんで、お父さんは自分の都合で平和を叫んでいるのを……  
でも、学校でもテレビでも、『平和』って言葉を信じないといけないって……」  

彼女自身、どう伝えればよいのか分からないのか、理路整然とはいかない。  
涙と鼻水で、彼女の顔は酷い有様だった。  
そこに、白いタオルが差し出された。  
驚いて顔を上げると、佐久間が無表情に手を差し伸べている。  


69  名前:  元1だおー  04/03/16  02:21  ID:???  

「日本はそういう国なんだ、気付くのが遅かっただけだ。  
皆が言っていることを正しいと思わなければいけない、仲間外れになりたくない。  
大多数の言う『正義』に埋もれていれば安全だ、正しいはずだ。  
そんなガキじみた習性で成り立ってんだ。今も、六十年前の戦争の時もな」  

「うううぅ……うう……」  

泣き崩れる衣緒を、冷ややかながら、どこか哀れんだ目で彼は見つめていた。  
かつての自分も、自衛隊が国民のために戦い、それを国民も信じてくれるはずだと純粋に信じていた。  
結果は、いうもまでもない。  
もしかしたら、彼女がわざわざ自分の所へやってきたのも、  
彼女も自分と同じ思いをしたことがある人間だからなのかもしれないと、彼はなんとなしに考えた。  

「ぐす……クシュっ!」  

くしゃみをする衣緒に、彼は偽装と保温用に持ってきていた迷彩柄のポンチョを彼女に渡してやった。  
彼女は差し出されたポンチョと彼の顔を交互に見つめ、ややあって微笑みを浮かべて受け取った。  
もそもそとポンチョを羽織る彼女に一瞥もくれず、佐久間は銃を持ち直し、誰もいない玄関を再び睨んだ。  
衣緒が鼻をかんでいる音が一際静寂の館に響き渡る。  
ジロリと佐久間に睨まれた衣緒は蛇に睨まれたカエルのように硬直した。  
そんな彼女を見て、佐久間はふっと口元を緩めた。  

「あっ……」  

衣緒が驚いたように目を丸くする。  
彼が笑ったところを、始めて見たからだった。  


70  名前:  元1だおー  04/03/16  02:22  ID:???  

「……!」  

闇を睨んでいた佐久間の目が細まる。  
傍らに置いていた暗視ゴーグルを手繰り寄せ、スイッチを入れて覗く。  

「佐久間さん……ごはん、食べてくださいよ。せっかく持ってきたんですよ」  

落ち着いた衣緒が優しい口調で促す。  
しかし、佐久間は聞こえていないかのように微動だにしない。  
衣緒は自分が避けられているのだと判断したのか、寂しそうな表情になってその場から立ち去ろうとポンチョを脱ぎ、  
佐久間の側まで持っていく。  
と、突然佐久間は近くに来た衣緒を力任せに押し倒した。  

「きゃあっ!?」  

思いもよらない事態に、彼女は短い悲鳴を上げる。  

「さ、佐久間さんダメです!  こんなことを私にしたって……」  

「怪我したくなかったら黙ってろ!」  

佐久間は暴れる彼女の手足を封じて彼女に覆いかぶさる。  

「だ、誰か……」  

衣緒が助けを呼ぼうと叫びかけたときだった。  
月明りが微かに入り込んでいる玄関の上のステンドグラスに、黒い影が差したかと思うと、  
次の瞬間粉々に割れて二人に降り注いできた。  
直後、先刻の黒い影の正体が明らかになる。  


71  名前:  元1だおー  04/03/16  02:22  ID:???  

「あ…ああ…」  

そのあまりにも禍々しい姿に言葉も出ない衣緒。  

「カミカゼかますとはやってくれるな……」  

降りかかったガラスを振り払いながら、佐久間は忌々しげに呟いた。  

オオオオオォン…  

相変わらず不気味な遠吠えが衣緒の心臓を鷲掴みにする。  
その彼らを濁った瞳で睨みつけ、ドラゴンゾンビは大顎を開いた。  
息を吸い込んだところをみると、死の吐息をためているようだ。  

「いちいちうるさい奴だ……」  

佐久間は咄嗟に雑嚢をまさぐると中から拳銃のような形のものを取り出した。  
彼はそれを目前のドラゴンめがけて躊躇なく発射した。  
しかし、発射された弾丸はドラゴンの額を兆弾し、明後日の方向へ弾け飛んで行ってしまった。  
軽い脳震盪でも起こしたのか、ドラゴンは一瞬だけ怯む。だが、ダメージらしいものはほとんど見受けられなかった。  
衣緒は佐久間の攻撃が失敗に終わったことを悟り、自分の運命を予想した。  
が  

「よし、目をつむれ!」  
「えっ!?」  

次の瞬間、佐久間は衣緒の目を手で覆った。  
それとほぼ同時に、弾かれて天井に突き刺さった弾丸……照明弾が炸裂した。  
本来なら空高くに打ち上げられて炸裂するはずの照明弾の明るさをもろに直視してしまったドラゴンゾンビーは、  
その明るさにまるで身を焼かれたかのように甲高い悲鳴を上げて仰け反った。  


72  名前:  元1だおー  04/03/16  02:23  ID:???  

「ビンゴ……」  

佐久間は不適に笑った。  
この暗視ゴーグルなしではほとんど周囲の状況が分からぬ暗闇で行動していたのであれば、  
向こうは相当に知覚を研ぎ澄ませているはずだ。  
それを逆手に取る戦術は、対ゲリラ訓練で佐久間は教官から聞きかじったことがあった。  
今あのバケモノは、視覚を白一色に奪われているはずだ。これで少しは時間が稼げる。  

「行くぞ!  腰抜かしてる場合か!」  

呆然とする衣緒を引っ張り上げ、佐久間は階段を駆け上った。  
館のあちこちから銃声が聞こえてきた。おそらく大規模な夜襲だ。  
敵は本気でここを落とさなければヤバくなってきたようだ。  



271  名前:  元1だおー  04/03/18  02:32  ID:???  


屋根裏の銃眼からけたたましい音を立てて、ポンコツ機関銃が猛突撃をかけてくる敵に弾丸を浴びせかける。  
きちんと整備していたのが幸いしてか、想像以上に軽快だ。  
しかし、たった一丁ではこれだけの波状攻撃を制圧することなど到底不可能な話だ。  
撃ち漏らした敵兵はわらわらと玄関に殺到している。  
一分もしないうちに、機関銃弾は底をついた。  
そして、館全体が重く揺れる。  
あのバケモノがホールで暴れまわっているのだろう。  
しかし銃眼潰しにやってこないのはある意味不幸中の幸いだ。  
こちらの篭城戦術がまだ完全に理解できていないのだろうか。  
僕はそんなことを興奮した頭で考えながら、弾の込め終わった狩猟用ライフルをメイドから引ったくり、  
暗視ゴーグルで敵兵の姿を確認しながら狙撃を加える。  
が、動体応用射撃は思ったよりも難しく、走る敵にはなかなか命中しない。  
クソ!  ダメだ!  
外の敵に構っている場合じゃない。今は侵入してきた敵を撃退することが先決だろう。  
僕はここをパーシェに頼むと、弾切れのライフルを置き、代わりの散弾銃を手にした。  
六四式の弾は撃ちつくしていた。  
屋根裏から駆け下り、バリケードを超えながら一階玄関へ向かう。  
だが着く前に、バリケードで侵入してきた敵に応戦する佐久間の姿が現れた。  


272  名前:  元1だおー  04/03/18  02:32  ID:???  


「状況は!?」  

「玄関を中心に一階の半分以上は敵に制圧されました!  
今は二階への撤退を指示していますが、いかんせん広い館なんでまだ命令伝達が行き届きません!」  

報告しつつ、佐久間は前方の角の暗闇から飛び出してきた敵兵数人に、  
近距離ですかさず腰から引き抜いたマカロフを御見舞いする。  
暗闇に閃光が瞬き、何が起こったのかもわからなかったであろう敵兵らが倒れる。  
そんな中、僕はあることに気がついた。  

「おい、前島はどこいった?」  

佐久間はマカロフのマガジンを交換しながら、ようやく気がついたといった風に首を振った。  





273  名前:  元1だおー  04/03/18  02:33  ID:???  

「ミルシェっ!」  

前島は倉庫のドアを荒々しく開けた。  
この状況下ではあの娘をここにおいていくのは得策ではない。  
連中の血走った形相を見た限り、非戦闘員だからと生命の保証をするようには思えなかったからだ。  

「どこだっ!?  ミルシェ!」  

前島は返事がない暗闇に再び叫んだ。  
だが返事も、あの小さな鈴の音も聞こてはこなかった。  
焦った彼は、彼女が潜んでいた辺りを暗視ゴーグルを被り直して確認する。  
そこには、小さな鈴が、何者かに引きちぎられ、踏み潰された残骸が残っていた。  

「み……ミルシェ…?」  

彼は一瞬、その場に立ち尽くした。  
遠くのから銃声が散発的に聞こえるのが、その静寂をより際立たせる。  
彼女はどこへいった?  
この遺された痕跡から、恐ろしい推測が頭に浮かぶ。  
まさか……!  
ややあって、彼は全身が総毛立つのを感じた。  
この感覚は、あのとき、そう、自衛隊に入るきっかけになった、あの事件の時と同じだった。  




274  名前:  元1だおー  04/03/18  02:34  ID:???  

部屋にはランプの明りが灯されていた。  
薄暗いが、廊下の闇とは比べ物にならない明るさであった。  
串刺しにされ、床のカーペットを朱に染めて横たわるメイド服姿の少女。  
その手には異世界の武器が握られ、  
周囲にはその武器によって打ち出される小さな鉄の筒がいくつも転がっていた。  

「で、このガキ、どうする?」  

死体の転がる部屋の真ん中で、  
節くれだった自分の腕に抱えられたメイド服姿の少女を、  
まるでうまそうなメシにありついたときのように見下ろしながら、  
古参の傭兵は呟いた。  
周囲の仲間も、似たり寄ったりの表情で下卑た笑いを漏らしている。  
その様子に、無理矢理つれてこられた腕の中のメイド少女の顔が恐怖に歪む。  
恐怖のあまり身をよじらすことも、悲鳴を上げることもできず、  
ただ見開かれた瞳から涙を際限なく流すことしか出来ない。  


275  名前:  元1だおー  04/03/18  02:35  ID:???  

「へっ!  まあちょいと熟れちゃいねえが、なぁに、ここんとこ女日照りだったからなぁ」  

「おいおい、騎士どもに見つかったら厄介だからな。早く済ませろよ」  

「分かってら。へへへ」  

少女を死体の血で汚れたベッドにまるで人形のように放り投げ、  
男はズボンを脱ごうと武器を置いた。  
少女がベッドの奥へと後ずさる。その時だった。  
乾き、何かが弾けたような音と共に、テーブルに置かれていたランプが倒れ、運悪くも炎が消えてしまった。  
一気に暗くなった室内に、傭兵らは狼狽した。  

「な、なにが起こっ……」  

「うるぁああああああ!!」  

雄叫びを上げ、一人の男が暗闇から飛び出してきた。  
その場にいた傭兵達が振り向くより早く、マズルフラッシュが瞬いた。  
まとめて五人の傭兵が七・六二ミリ弾の直撃を受けて肉塊に変わる。  


276  名前:  元1だおー  04/03/18  02:36  ID:???  

「どけぇえええ!!」  

バリケードを飛び越え、男が狂ったように咆哮する。  
傭兵たちが狼狽する中、ミルシェの姿を暗闇の中確認すると、  

「早く二階に逃げろ!  早くっ!」  

有無を言わさぬ声で少女に叫ぶ。  

「お、おのれぇ!」  

抜剣した傭兵が無茶苦茶に切りかかってくる。  

「うるせえぇぇ!!」  

前島はなんの躊躇いもなくその男を射殺した。  
室内の敵はこれで一掃できたはずだ。  
弾切れのマガジンを交換し、ミルシェがバリケードを超えて階段の方向へと逃れるのを確認してから、  
時間稼ぎのためにその場に腰だめに六四式を構えて踏みとどまった。  
こんな高揚感、いつぶりだろうか。  
鉄パイプで泣き叫ぶ不良どもの頭をかち割ったあの事件以来だ。  
精神科では、潜在的な精神病の一種だと診断された。  
普段は堕落しているが、『大切な人』や物が危機にあっているのを見ると、  
アドレナリンが過剰分泌され普段からは想像できない暴力衝動に駆られる。  
だからなんだってんだ、と彼は思っていた。  
大切な人を守れないなんて、糞以下じゃねえか、と。  


277  名前:  元1だおー  04/03/18  02:37  ID:???  

「来いやぁ!」  

興奮状態の傭兵たちが襲い掛かってくるのを感じ、  
彼はトリガーを引き絞った。  
しかし、弾は発射されなかった。  

ガチッ…!  

彼の六四式は鈍い音を立てて作動しなかった。  
弾切れではない。マガジンは交換したばかり……  
まさか、ジャムった!?  

「しまっ…」  

即座に悟った彼が焦りを感じる前に、彼の喉元にパイクが突き立っていた。  
声にならない呻きを漏らし、彼は後ろのバリケードに吹っ飛ぶ。  

「ははははっはぁ!  やった!  異世界兵を討ち取ったぞ!」  

ゲポ、と聞いたことのない嫌な音が声帯から漏れるのと、下品な傭兵の大声が聞こえる。  
しかし、もはや彼はそんなことはどうでもよかった。  
ああ、自分はもう死ぬのだと、彼自身驚くほど簡単に知覚できた。  
彼の混濁する脳裏に、ある風景が映し出された。  


278  名前:  元1だおー  04/03/18  02:38  ID:???  


真昼間の屋上、二人の男女の姿がそこにはあった。  
どこから持ってきたのか、ベンチに横になって制服をだらしなく着崩した少年と、  
豊かな髪をポニーテイルにまとめた物静かそうな少女だった。  
微かに吹いてくる風が心地いい。  

『前島君……いつもここにいるね?』  

先に口を開いたのは彼女のほうだった。  

『いいんちょと違って頭わりぃから教師からも見捨てられてんだわ』  

邪険に扱うでもなく、かといって友好的でもなく少年は気のない返事をする。  

『そんなことないと思う。前島君、きっと、その……』  

『ほら、とりえもないっしょ』  

自嘲的に笑い、彼は寝返りをうった。  


279  名前:  元1だおー  04/03/18  02:38  ID:???  

『でも……私は進学クラスにいる人よりも前島君の方が人間的だと思うよ』  

『バッカバカし。点数とれねえ奴は人間じゃねえって、物理の木村が言ってたっしょ?』  

『そんなことないよ……』  

少女の端整な顔が困惑に歪む。どうして分かってもらえないのだろう、と。  
しかし、少年自身、彼女が言いたいことも、そして自分への気持ちも理解していた。  
彼女の言うとおり、そこまで馬鹿ではなかった。  
だが、彼は彼女を自分の堕落した生活に引きずりこみたくはなかった。  
彼は教師から見れば完全な不良だったが、厳密にはそうとも断言できない。  
暴力沙汰は嫌いだし、群れるのも嫌い。  
煙草や薬も金の無駄だと考えているし、派手な格好するのも面倒。  
ただ、のんびりとしていたいだけ。それが許されない環境だというだけの話だった。  
それを分かってくれたのは、彼女だけ。  


280  名前:  元1だおー  04/03/18  02:39  ID:???  

「そ、…んな…こと…ないよ…な?    いいんちょ…」  

意識が遠のいていく中、前島は走馬灯というものを初めてみた。  
それは彼の唯一の後悔。  
何故あのとき彼女を受け入れてやらなかったのか。  
そうしていれば、あの事件も防げたかもしれない。  
だが、もう……  

ちりーん  

ああ、心地いい音色だなぁ。  
少女の鈴の音色に抱かれ深い海の中に沈むように、彼の命はその灯火を消した。  


682  名前:  元1だおー  04/03/22  01:15  ID:???  


状況把握と前島を探しに出ていた佐久間は、僕に落ち着いた口調でさらりと告げた。  

「前島が、死んだ……?」  

振り向いた僕は愕然とした表情を隠せなかった。  
そのあまりの自然な口調に、一瞬なんのことを言ったのか理解できなかった。  

「戦死です。あの娘を庇って……」  

佐久間は僕の顔色を心配しながらも冷静な口調を崩さなかった。  
後ろではパーシェが必死になって泣き叫び前島のいる一階に戻ると暴れるミルシェを捕まえている。  

死んだ?  
あのいつもヘラヘラと笑っていたあいつが?  
そんな馬鹿な……  

「か、確認したのかよ!?」  

思わず食って掛かるように肩を掴んだ僕に、佐久間は冷徹に断言した。  

「しました」  

「うっ……」  

佐久間は僕を睨むように見つめていた。自分自身分かっていた。彼は悪趣味な冗談など言わない。  
僕の手を振り払うと、まるで諭すように言う。  



684  名前:  元1だおー  04/03/22  01:16  ID:???  

「三尉。これは戦争なんです」  

彼はそれだけ言うと、別の銃眼に向かうために部屋を出て行った。  

「自分も……昔はそうでしたから言いますが自分を責めてもしょうがありません。  
そんなことをしても事態は好転しないんですから」  

佐久間が出て行く足音が、どこか無情に聞こえた。  


「佐久間さんっ!」  

佐久間は甲高い女の声に振り向いた。  
その瞬間、頬に鈍痛が走る。  
平手を張った衣緒が、珍しくも目を吊り上げて肩を震わせていた。  

「何をする」  

「あんな言い方しなくたっていいじゃないですか!」  

キッと睨みつけ、彼女は怒りをぶつける。  
しかし佐久間は別段驚いた風もなく、無表情だった。  
ややあって、彼はおもむろに口を開いた。  

「お前は優しい人間だな……」  

そういうと彼はふっと薄い笑みを浮かべる。  


685  名前:  元1だおー  04/03/22  01:17  ID:???  

「ふざけないでください!  仲間の人が亡くなったんですよ!  それなのに……」  

「俺が泣き叫んでいて、一体誰が敵を食い止める?  
貴様がやってくれるのか?  
ここは青春を謳歌する学校でも法の秩序の及んだ日本国内でもない、戦場だ。  
仲間の死を悼むくらいならまず目の前の敵を殺せ。怒りを敵に転換するのも手だ」  

「人でなしっ!」  

衣緒は再び佐久間の頬を張った。  
彼は避けようともせず、目を薄く閉じてされるがままである。  
彼女は我を忘れていたのか、彼の唇からは僅かに血が流れていた。  
自分のやったことにようやく気付いたのか、彼女はバツが悪そうな表情をする。  
しかし、佐久間はそんな彼女に向かい首を横にふった。  

「……そういっていられるなら、お前はまだ正気さ」  

「え?」  

口の端の地を手でぬぐい、彼はさっさとその場を去って行った。  


686  名前:  元1だおー  04/03/22  01:18  ID:???  


一方、僕は皆の前でOD色のケースの蓋を開け、中から鈍く光沢を放つ金属の塊を取り出した。  
旧日本軍の指揮官らの気持ちが、現代人であるはずの僕に痛いほどよく分かった。  
さぞ、絶望感と罪悪感に苛まれていただろう。  

「みんな……これを二人に一人づつ持ってくれ」  

皆が顔を見合わせる。  
彼らはこの異世界の武器の威力はよく知っているし、扱い方も簡単なので習った。  
しかし、貴重なので自衛官しか携行しないと説明していたはずだ。  

「……どう使うかは、各人の判断に委ねるよ」  

血色の悪い僕の顔を見て、彼らはようやくその意味を察したようだ。  
メイドの中にはたがいに抱き合って涙する娘も何人かいる。  
まるでひめゆり学徒隊の少女達だな。  
俺はどうやら極悪人として歴史に名を残しそうだ。  

「あたしは要らないよ。今まで撮影してきたデータが壊れちまう」  

「そうですね……」  

精神的に強いのか現状が分かっていないのか、倉敷は一部始終をビデオに納めながら言った。  
僕はただ、うなだれるしかない。  
もう、抵抗も無駄な気がしてきた。  
無線機からは救援の来るような連絡は一切来ない。あのドラゴンが出てきてからは電波の状態が悪いようだ。  
負の力、とリオミアが言っていたけど、それとなにか関係があるのだろうか。  
いや、もういい。どうでもいいことだ。  


687  名前:  元1だおー  04/03/22  01:19  ID:???  

「さあさあ!  みんな。おいしい料理を作ったから腹いっぱいに食って頂戴な」  

そんな中パーシェが鍋をオタマでカンカンと叩いて叫んだ。  
沈んだ雰囲気だったその場に、明りが差し込んだかのようだった。  
軍用のガスコンロで炊いた、彼女の自信作のビーフシチュー。  
各員の飯盒に注ぎ渡され、皆はそのおいしそうな湯気に思わず表情を穏やかにする。  
皆、無言でシチューをすすった。戦闘続きでろくに食っていなかった空腹に、染み込むような味だ。  
旨い、旨いなぁ。この世にはこんな旨いものがあったんだな。  
その温かなシチューに、ぽつり、ぽつりとしょっぱい涙が落ちる。  
いつもなら、腹が減った、待ってましたと騒がしい部下が、いないんだ。  
ああ、そうだ。あいつはもう死んでしまったんだ。  
これが、これが人が死ぬってことなんだ。映画や漫画じゃない、現実に人がこの世からいなくなるということ。  
僕はもうシチューを食えなくなっていた。  
声を押し殺すように、肩を震わせ、部屋から出て行くと、廊下の角で尚も泣いた。  
それこそガキみたいに。  
ああ、畜生、結局俺は弱っちい人間だ。善人はおろか悪党にすらなれないような。  

「……ツジハラさん」  

不意にかけられた女の声に僕はハッと後ろを向いた。  
薄暗いが、あの白い肌にメイド服ははっきりと分かる。  


688  名前:  元1だおー  04/03/22  01:20  ID:???  

「リオミア!  何してんですか、寝てないと……」  

僕はその病的に白い肌を心配し、慌てて涙をぬぐって今にも倒れそうな彼女に駆け寄った。  

「ニホンの人は……何でもかんでも自分で背負いこんでしまうのですね…」  

彼女はそっと肩にかけられた僕の手を取った。  

「まるで私みたいです……」  

ふっと自嘲的に笑い、彼女は呟く。  
一体彼女は何を言っているのか分からなかった。  
体調が悪い上にストレス過多なこの状況でノイローゼにでもなってしまったのだろうか?  

「早くベッドに……」  

「ツジハラさんっ!」  

次の瞬間、彼女は僕の胸に顔をうずめた。  
突然のことに声が出ない。  

「私は……決心がつきました」  

彼女は顔を僕の迷彩服にうずめたまま嗚咽混じりに言った。  
だから一体何を言っているんだ!  


689  名前:  元1だおー  04/03/22  01:21  ID:???  

「け、決心ってなんのことですか?」  

「あの時言おうとしたことです……私は…」  

彼女が顔を上げて僕を見る。  

「敵襲ーーーー!!」  

その瞬間、屋根裏から佐久間の怒号が館に鳴り響いた。  
そして、あの不気味な咆哮が聞こえたかと思うと、さっきまで僕がいた領主の部屋が凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。  
まだ部屋に残っていた何人かは帰らぬ者になってしまっただろう。  
もし廊下で泣いていなかったら、僕も今頃、と思うとゾッとする。  
粉塵が晴れると、ドアから淀んだ瞳がぎょろりと周囲をなめまわしているのが垣間見えた。  
野郎!  領主の部屋に特攻かましやがったな!  

「あ……あ……」  

ドアのすぐそばで倒れたままの女性が一人。  

「笠間さん!?」  

逃げ遅れたのか!  
見ると、足を怪我したのかその場から動けないでいる。  
助けなければ、と即座に思った僕だったが、散弾銃を持ってきていないことに気付いた。  
部屋に置いてきたままだったんだ。  
腰の九ミリではあのバケモノ相手では無力に等しい。  
その上、リオミアも……  


690  名前:  元1だおー  04/03/22  01:22  ID:???  

「う……うぅ……」  

リオミア!?  

「ぁああああぁあぁ…あぁ…」  

彼女の背中で、何かが蠢いていた。  
そして次の瞬間、メイド服を破り、中から現れたもの。  

「は、羽っ!?」  

羽毛が宙を舞うのを信じられない思いで見つめ、僕は一歩後退った。  
彼女の周囲にはまるで彼女を守るかのように魔方陣のような光が出現し、まばゆい光を放っている。  
それが収まり、彼女はその場にうずくまった。  
両手で肩を抱き、荒く息を吐いている。  

「くっ……まだ力を解放するには早いのに……」  

額にびっしりと脂汗をかき、彼女はよろよろと立ち上がろうとし、失敗してその場に突っ伏す。  
慌てて彼女の元へ駆け寄り、抱き起こす。  

「り、リオミア!  一体これは……」  

目の前の彼女に起きた現象が信じられないのと、そして今まで感じていた彼女への疑問が混ざり合い、  
口をついて出た言葉だった。  


691  名前:  元1だおー  04/03/22  01:23  ID:???  

「私は……そうですね、馬鹿馬鹿しいかと思われるかもしれませんが……」  

儚げな表情で、彼女は語る。  
自分自身の『真実』を…  

「私は、天使です。それも、堕ちた天使」  

てんし…?  あの、天国なんかにいるあの?  

彼女はそっと、背中の羽を動かす。  
僕の目前に風切り羽が差し出された。  
これは…?  

「羽が……黒い」  

「過ちに楽園を追放された者の証…です」  

羽を隠すようにたたみ、悲しそうに言う。  
そんな……天使だなんて存在があったということ時点で僕の理解の範疇を超えている。  

「うっく……それよりも、イオさんを助けないと……」  

彼女は立ち上がろうとしてまたもよろめき、僕に支えられる。  
ドラゴンゾンビーはドアを胴体が抜けられないらしく、這いずって逃げようとする笠間の足に  
食いつこうともがいている。  
ギシギシと柱が軋み、今にも壊れそうだ。早く救出しなければ。  
リオミアもとてもではないが動ける状態ではない。  
クソッ!  もうどの道マジで潮時のようだな……  


692  名前:  元1だおー  04/03/22  01:24  ID:???  

「三尉!  援護してください」  

佐久間?  
屋根裏から駆け下りてきたのか、彼は僅かに焦りの色を見せながら、六四式狙撃銃の最後らしきマガジンを装填した。  

「待て!  九ミリでは援護なんて無理だ!」  

「元よりあてにしてませんよ!」  

彼はこの状況下であるにも関わらず、振り向きざまに冗談ぽく笑いかけ、そして脱兎の如く駆け出した。  

「おおおおおぉぉーーーっ!!」  

佐久間は突撃姿勢に銃を構え、跳ね上がる銃身を押さえつけて六四式を乱射した。  
ドラゴンゾンビは頭部に集中的な被弾を受けたため、悲鳴を上げて怯んだ。  

「佐久間さん!?」  

「生きてるか?  文民」  

その隙をつき彼は弾切れの小銃を捨て、笠間をそれこそ物のように肩に担いで救出をはかった。  
廊下をなんとか走ろうとするが、突然彼が足を取られたかのように転倒した。  
彼の足には、矢が突き立っていた。  


693  名前:  元1だおー  04/03/22  01:25  ID:???  

「いたぞニホン兵一派だ!」  

弓を手にした兵士が廊下の向こう側で叫ぶ。  
バリケードが全て突破されたのか!?  
敵兵がこんな場所にまで到達しているなんて。  
周囲を見渡しても、味方はもう数えるほどしか残っていない。  
生き残っていた武装メイドがライフル銃で廊下の向こうに現れた敵兵をすかさず射殺するが、  
もはや多勢に無勢。後ろの階段からも次々と現れる敵兵に、もう抗うことなど無意味にさえ思えた。  

「三尉ぃ!  彼女を……早く彼女を!」  

佐久間の怒号に僕は我を取り戻した。  
彼は、負傷した足をものともせず、歯を食いしばって彼女を再び担ぎ上げようとする。  
僕は腰の九ミリを抜いて駆けつけようとした。  
しかし、佐久間はまたもや転倒した。  
笠間は投げ出され、苦痛に思わず悲鳴を上げる。  
なんと、佐久間の足には今度はあのバケモノの鋭利な牙が突き立っていた。  
ゴキリ、と骨の砕ける嫌な音が聞こえ、佐久間が激痛にもだえる。  

「三尉っ!  早く!」  

その声に、僕は弾かれるようにその場を駆け出た。  
一直線に走り、投げ出された拍子に気を失った笠間のところへ到着すると、彼女をなんとか抱き上げた。  



705  名前:  元1だおー  04/03/22  02:42  ID:???  

「行ってください!  三尉っ!」  

僕は情けない言葉を吐くこともかなわず、佐久間の言われるがままに走り出した。  
振り返らなかった。振り返れなかった。  
彼がどうするのか、もう分かっていたからだと思う。  

「がは……全く臭え息だぜ……」  

足に喰らいつくバケモノと目があう。  
濁っているが、その瞳は憎しみに満ちていた。  
どうやら、腰を吹っ飛ばされたのを覚えていたらしい。  
三尉は、もう退避したな。  
自分がくたばりかけてるってのに、こんなに冷静だ。  
やっぱり俺は狂ってるらしい。  
こんなとき、江藤二尉なら、上田三曹なら、どんな判断を下しただろう。  
あの狂気の戦場で、最後まで狂者ではなく自衛隊員であり続けた上官の顔が不意に脳裏をよぎる。  

「兵隊が許可なく死ぬな…か。  
江藤二尉……国民を守って死ぬんなら……いいですよね?」  

失血に気が遠くなりながらも、彼は手榴弾の安全ピンに指をかけた。  
すると、そっとその手を握るもう一つの手。  
視線を移動させると、血だらけで、もう虫の息のメイドが微笑んでいた。  


706  名前:  元1だおー  04/03/22  02:43  ID:???  

「シュレス…ヴァイラ…?」  

佐久間は意識が混濁する中で目を見開いた。  
彼女は確か二階の防備を固めていたはずだ。その彼女がここにいるということは……  
コイツ、敵兵にやられてここまで這いずってきたのか!?  

「御一緒……させてください…」  

そう言うと、彼女は最後の力を振り絞って身を乗り出し、佐久間に口付けした。  
そしてそれきり、動かなくなった。  

「この世界の人間は……馬鹿ばっかりだな……」  

彼は彼女の亡骸を抱き寄せた。  
瞳に、久しく忘れていた涙をためて。  

「地獄の底で、自衛隊式に教育してやるよ……」  

そして彼はそのまま、安全ピンを引き抜いた。  






707  名前:  元1だおー  04/03/22  02:44  ID:???  

爆風に身を縮め、僕は全てを悟った。  

「へっ……俺が始めた戦争だ。俺が死ぬまでやり遂げないとな」  

僕は自分でも狂っていると自覚しながらそう呟いてから笑った。  
武器は拳銃一丁。上等だ。部下を全員逝かせて僕一人生き残ったんじゃ格好がつかない。  

「いいえ……あなたは生きます……」  

僕はその声にハッとした。  

「あなたは、私の初めての主人なのだから……」  

振り返ると、黒き翼を広げ、手にはまるで死神が持つような大鎌を持ったメイドが立っていた。  
その病的に白かった肌は、今は健康的に浅黒く、頬には何かの紋章らしき刺青が浮かび上がっている。  
ゾッとするような美しさだった。聖と邪の両性を併せ持った、狂気の美。  

「私は聖なる存在にして邪の属性を持つ者。聖なる審判により地獄の門を開く者……」  

目の前の堕天使は鎌を構え、まるで宣告するかのように言う。  

「私は、堕天使・リオミア。はるか昔、贖罪の烙印と共に楽園を追放され、人間として魔を狩ることを宿命付けられし者!」  

目を覆うような光と共に、彼女の闘気が爆ぜた。  
そしてその衝撃に跳ね飛ばされた僕は気が遠くなるのを感じた。  


708  名前:  元1だおー  04/03/22  02:44  ID:???  

『英気!  防衛大なんて母さん許さないわよ』  

母さん……  

『父さんもだ。不景気で公務員が安定しているとはいえ、お前ほどの学力があれば将来の約束された一流大だって無理ではないんだ』  

父さん……  

『母さんはね。学校は子供の個性を尊重してくれる場所であるべきだと考えてるの。自衛隊なんて自由の無いところに入ってどうするの?』  

あんたがいつ僕の個性を尊重したよ……?  

『母さんの言うとおりだ。お前の未来は明るいんだぞ。もっと視野を大きく持ちなさい』  

じゃあなんで望んでいる史学科や文学部に行かせてくれないんだ……?  

僕は生かされた人生なんて嫌だ。  

何かに真剣になりたいんだ。  

レールの上じゃない、本当の自由という地面を歩きたいんだ。  



生  き  て  い  る  こ  と  を  実  感  し  た  い  ん  だ  。  




709  名前:  元1だおー  04/03/22  02:46  ID:???  

「う……」  

背中が痛い。  
あれから一体どれくらい時間がたったんだろう?  
周囲は驚くほど静かだった。  
銃声も、怒号も、悲鳴も聞こえない。  
僕はひょっとしてもう死んだのだろうか?  

「……っ」  

起き上がり、目を開く。  
視界に飛び込んできたのは……  

空?  

どうして、僕は館の中にいたはずなのに。  
気付くと、もう世が空けていた。  

「ここは…!」  

僕は気付いた。  
そこはやはり館の四階だった。  
屋根がなくなっていたのだ。  
ぽっかりと、円を描いて綺麗さっぱりと屋根がくりぬかれている。  


710  名前:  元1だおー  04/03/22  02:46  ID:???  

「!……あれは!?」  

上空を風と共に通過してゆく対戦車ヘリを見た僕は目を見開いた。  
それが、最新鋭戦闘ヘリコプター、AH-64Dロングボウ・アパッチであると知る由もなく、  
その大顎が如き機首下の対戦車チェーンガンが吠える。  
肉片すら遺さず、逃げる敵兵の一隊がこの世から血煙と消えうせた。  
戦闘妖精はホバリングから再び空へ舞い上がると、逃げ惑う帝国兵らに容赦ない局地制圧用ロケット弾の雨を降らせる。  
妖精の胴体には、星のマークが誇らしげに塗装されている。  

「在日米軍……!  参戦したのか!?」  

呆然と空を見上げ、呟く。  
いつの間にやら、救援が来ていたようだ。  
なるほど、笠間議員の奴、自衛隊があてにならないからって米軍に泣きついたな。  
朝日の中、弄ぶかのように残敵を掃討する戦闘ヘリは、どこか皮肉ですらあった。  
前島が死に、佐久間が死に、そして大勢の志願兵もメイドも死んでいった。  
僕たちが命がけで戦い抜いても勝てなかった相手を、いとも簡単に屈服させているのだ。  
一週間以上戦いぬいて、全てをかけて戦った敵を、ただ指を動かすだけで圧倒する。  
これを皮肉といわずになんというのか。  


711  名前:  元1だおー  04/03/22  02:48  ID:???  

「ぐ……くくっ…」  

なんのために戦っていたんだろう?  

「畜生……」  

死んでいったみんなの命はロケット弾一発分の値打ちもなかったってのか?  

「ちく……しょお……」  

なんてザマだ。これだけ大勢の人間を死なせておいて、僕は生き残っちまって。  
敵を倒したのは、結局米軍だ。  
無力感、絶望感。もう耐えられない。  
もう、僕は生きていても……  
腰にはまだ護身用の九ミリが突っ込んである。  
僕はそれをゆっくり抜くと、こめかみに銃口をあてがった。  

「みんな……ごめんなさい…」  

こうするしかない。こんな僕が責任を取るには、こうするしか。  


712  名前:  元1だおー  04/03/22  02:49  ID:???  

「死んで責任が取れるとでもお思いですか?」  

ハッとして僕は後ろを振り向いた。  
褐色の堕天使が、審判の大鎌を持って立っていた。  
背後には、祓われて骨だけになったドラゴンゾンビの遺骸や敵兵の死体がそびえている。  
僕は即座に悟った。彼女がやったのだと。  
敵兵士の死体には目立った外傷がないのを見ると、彼女はあの鎌で魂を奪い、文字通り「地獄送り」したのだ。  
僕が気を失った後、迫り来る敵兵をあの鎌で何人何十人何百人と死の世界へと叩き落したに違いない。  

「ひっ…!?」  

一瞬でそこまで考えた僕は彼女から恐怖のあまり後退った。  
無様に尻餅をついたまま、無表情な彼女を見つめる。  
きっと今の僕は、恐怖に引きつった顔をしているに違いない。  
と、彼女はそんな僕に失望したのか、悲しげな表情を浮かべ、ふっと空中に舞い上がった。  

「ま、待ってくれ!!」  

僕は慌てて叫んだ。  
彼女が空中で静止する。  

「み、見ろよ!  助けが来たみたいだ。俺たちは勝ったんだよ。は、はは……」  

あまりにも目の前の現実が現実離れしていて、  
僕は何をどう話していいのか分からず、意味不明な言葉しか口から出てこない。  
自決しようとしていた今さっきのことすら混乱していて忘れてしまいそうだ。  


713  名前:  元1だおー  04/03/22  02:50  ID:???  

「だ、だから……だから降りてこいよ。もう、終わったんだ」  

声が震えていた。  
僕は何をそんなに恐れている?  

「戦争は、終わったんだ……」  

辺りに静寂が訪れた。  
僕とリオミアは互いにただただ見詰め合った。  
何も語らず、ただじっと。  

「私は禁をまた犯しました……」  

先に口を開いたのは彼女の方だった。  
僕は、疑問を投げかけることもできずに、ただ聞くのみ。  

「私は誰も愛してはならなかったんです」  

彼女の銀髪を、朝の風がくすぐる。  

「私は人間でもなければ、天使でもない。  
悪人でもなければ、善人でもない。  
……存在自体が矛盾しているのです」  

庭に散乱する死体を高みから見つめつつ、彼女は語り続ける。  


714  名前:  元1だおー  04/03/22  02:51  ID:???  

「存在が矛盾しているように、私は感情の偏向もまた、ありませんでした。  
でも、今の私は明らかに『正の個性』を持ってしまっています」  

僕は次第にその遠まわしな言葉の先に何が待っているのかを想像するのが怖くなっていた。  

「だ、だからなんなんだよ!?  それがなんか悪いことなのかよ!?」  

「……私はいわば罪人です。禁を犯せば罰が待っています」  

彼女は徐々に空高くへ上昇を始めていた。  

「待てっ!  待ってくれリオミア!  また、また戻ってくるんだろう!?  なあ、リオミア!  リオミアァーーー!!」  

僕は届かないことが分かりながらも、必死になって残っている屋根をよじ登ろうとした。  
彼女は悲しげに、そんな僕を見下ろしている。  

畜生!  ちっくしょお!  

君まで僕の前からいなくなってしまうのか!?  


715  名前:  元1だおー  04/03/22  02:52  ID:???  

「俺は君が神様の世界で犯罪者だろうがなんだろうが……」  

彼女の頬を涙が伝った。  

「俺は君を愛してるっ!」  

彼女の周囲に何か戒めのような赤い輪がいくつか現れると、  
段々と彼女を締め付けるように狭まってくる。  
あっという間に拘束された状態となったリオミアは、儚い笑みを浮かべて唇を僅かに動かした。  
最早ようやく表情が分かる程度の高さにまで上昇していた彼女の言葉は僕には聞き取れなかった。  
しかし唇が伝えた言葉……読唇術など知らない僕でも、読み取れた。  

ワ  タ  シ  モ  ……  

次の瞬間、彼女を拘束する輪が紅く発光し、彼女の姿が消えてゆく。  

「待ってるからな……ずっと待ってるからな!!  いつでも帰ってきてくれ!!」  

手でメガホンをつくり、彼女と自分の運命を呪いながら力の限りに僕は叫んだ。  


「俺はここにいるからっ!!」  


朝日が完全にエクトを照らした瞬間、彼女は完全に姿を消した。  




716  名前:  元1だおー  04/03/22  02:53  ID:???  


エピローグ  

あれから三年の年月が流れた。  
街は復興し、現在は『首都』として機能している。  
種明かしをすると、僕らに帝国打倒の協力を申し出てきた盗賊ギルドの長サキュアは、  
なんと帝国に植民地支配される以前のこの地域一帯を治めていた王族の血筋だという。  
彼女は米軍がいなくなった頃合をみて、民にこの街にかつての国家が再興したことを宣言した。  
米軍が瓦解した自衛隊の戦線を立て直すためにはこんな僻地に構ってられないので撤収した後となっては、  
書類上はこの街は無政府状態となっていたため、止める奴なんかいなかった。  
意外にも彼女は部下からの人望も民からの敬意も厚く(この辺は教会を味方につけていたのに由来するようだ)、  
なかなかいい国づくりをしている。  

あのジャーナリストの二人組みは、米軍に便乗して去って行ったが、  
まだラジオが聞けていた二年くらい前まではその決死のドキュメントで一躍有名人になっていたようだった。  
『悲惨な戦争に反対した強い女性』として、女性人権団体に強い女性の代名詞とまで報じられてたっけな。  
だがその影に、一人の自衛官の死が横たわっていることを知る者は少ない。  


717  名前:  元1だおー  04/03/22  02:54  ID:???  

それはさておき僕はといえば、  
命令無視により全権限を剥奪され、米軍からトンズラした後も  
警務隊の迎えもこない(そんな余裕はなかったんだろうさ)ので、  
破壊され尽くした領主の館をコツコツと再建しながら日々を過ごした。  
メイドの多くはこの館に残ってくれたので、生活に不自由することは一応なかった。  
街は復興を遂げ、更に発展の兆しすら見える。  
僕らが命を賭して守った街。愛着では言い尽くせない感慨がある。  
でも、僕の心には二人の部下の死と、最後までその想いを伝えられなかった女性の喪失が重くのしかかっていた。  

風の噂では、日本が消えたという。  
きっと、帰還魔法が完成して元の世界へと戻ったのだろう。  
現に、まだ生きている無線の周波数を回してみても、どこも引っかからない。  
自衛隊も撤退したのだ。  
僕は、完全に孤立してしまったわけだ。  


718  名前:  元1だおー  04/03/22  02:55  ID:???  


かたん…  

僕はいつも朝に領主の部屋のテラスのドアを開けてから一日を開始する。  
ここは日当たりがよく、春にはよく小鳥がさえずりにやってくる。  
今日もいい天気だ。  
こんな日に、彼女がお茶を淹れてくれると最高だったよな。  
彼女は今どうしているのだろうか。  
堕天使としての宿命にまだ贖罪の旅を続けているのだろうか。  
僕はサキュアからある程度の政治的発言力を認められていた。  
真っ先に提案したのは、この街を京都のような宗教色豊かな街とすることだった。  
天界に存在を許されぬ堕天使である彼女が惹かれたのも今なら理解できる。  
彼女が夢見た理想郷。どんな神々でも祀られる、八百万の神々の住まう国、日本。  
そこまで実現できるかは分からないが、少なくとも、彼女を迎えるためにやっておかねばならない。  
それが僕に課せられた使命だ。  


719  名前:  元1だおー  04/03/22  02:56  ID:???  



僕は執務室に戻る前にもう一度テラスを振り返った。  
当然、そこには誰もいない。  

だが、いつか……  

いつかそこに、天使が舞い降りることを信じて、僕は今日を生きる。  

この世界で僕に、生きる意味を与えてくれた、一人の天使のために。  



=完=  


2ch軍事板『自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた』  
長編小説  
『箱庭のメイド達』  

スレ住人の皆さん、長い間ご声援ありがとうございました。  





242  名前:  元1だおー  04/08/10  17:13  ID:???  

『箱庭のメイド達』外伝その2  


「……演習、にございますか?」  

執務室に集められ、僕からの説明を一通り聞いたメイドらの長であるリオミアがまだよく分かっていない様子で呟いた。  

「そ。防衛庁の方が規律の厳守と練度向上の強化月間だとかでうるさくってさ」  

適当に作成した訓練計画書に視線を落としながら、僕はため息混じりに答える。  
ここエクトでの生活にも慣れてきて、最初の頃は先行き不安なほど起こっていた諸々の事件も落ち着いた矢先、  
また面倒なことが今度は本国からやってきやがった。  
そもそも、たった三人でできる演習などたかがしれている。  
部隊としての戦闘力など無に等しいのに、練度がどうのといわれても困るだけだ。  
しかし命令といわれれば逆らえないのが自衛隊の悲しいところ。しかも仮にも幹部の僕が曹士に混じって不平を漏らすわけにもいかない。  

「とりあえず、三日後今言っ通りにやるから、街にもよろしく伝えておいて」  
「わかりました。そういうことでしたら……」  

リオミアは僕が頼むと、その端正な顔に真剣な表情を浮かべてうなずいた。  

・・・・・・・・・・  

「ねー三尉。演習ってどんなことやるんですかぁ?  メイドさん達には教えて、なんで俺っちには教えてくんないんですかぁ?」  

その日の夜。エクト駐留の隊員三人で風呂へ行く途中、前島がどうにも納得できないといった雰囲気でしつこくたずねてきた。  

「あったりまえだろ。この中で総合演習を経験したことのない奴はお前だけなんだから」  



244  名前:  元1だおー  04/08/10  17:15  ID:???  

異世界での戦争が始まってからの特殊なケースでの入隊により、前島は本来三ヶ月あるべき基礎教育を二ヶ月しか受けていない。  
そのため、隊員として完成される最終ステップである総合演習を経験しないままにここへ配属されてしまっていたのだ。  
せっかく演習をするのだから、前島には自衛官ならば誰もが通る「少しばかり」の地獄を見てもらおうと思ったわけだ。  
前島に演習内容を知らせなかったのは、きちんと「状況下」に入ってもらうためだった。  
終わりが見えていたのでは、手を抜いたり諦めたりと弊害が出てきてしまうからだ。そもそも、本当の戦争に終わりなど最初から見えていることなどないのだから。  

「まーがんばれよ」  
「うへぇ……」  

前島はいつもの陽気な顔を青くしてため息をついた。  

ー演習当日ー  

早朝  

演習開始の第一段階。  
まずは非常呼集のラッパからだ。  
放送装置にはタイマーをつけて、設定した時間になったら鳴り響くようにしてある。  
僕はベッドに入ったまま、カウントを開始した。  
そして……  


245  名前:  元1だおー  04/08/10  17:16  ID:???  

パーーーーッ!  パカパカカパッパパーーッ!  

まだ外には朝もやがかかっている早朝の館に、けたたましいラッパ音が響き渡る。  
僕はベッドから下着姿のまま跳ね起き、衣類と装備品の入ったクローゼットへ駆け出し……  

「おはようございます。領主様」  

そのままベッドから派手にすっこけた。  
そこには、きちんとたたまれ、必要なものすべてを整えて用意して待っているリオミアの姿があったのだ。  

「り、りおみあぁーーー!?」  

僕は呆れ果てて半泣き状態で叫んだ。  

「ど、どうなされましたか?」  

リオミアはなぜ僕が怒っているのかわからないらしく、驚いたように目を白黒させている。  

「演習なのにそんなもん最初から用意して待ってちゃ意味ないでしょうが!?」  
「そ、そうなのですか?  私は早く御用意ができるようにと……」  

彼女は狼狽し、めずらしく尻すぼみに言い訳をした。  
……まあ今回は初めてだししょうがないか。  
気を取り直して僕はとにかく彼女から戦闘服と装備品を受け取り彼女の手を借りずに装着すると、  
急いで館内アナウンス用のマイクへと向かった。  


246  名前:  元1だおー  04/08/10  17:16  ID:???  

「エクト駐留隊員に告げる!  非常呼集!  非常呼集!  武器庫を開放し武器を受領。完全武装にて館前に集合!  動作急げ!」  

放送を入れるなり、僕自身も領主の部屋から駆け出して武器庫へ向かう。  
すでに担当の佐久間が武器庫を開放し、六四式小銃と銃剣を取り出していた。  

「前島は?」  

そういえばあいつだけ武器庫に姿が見えない。  

「半長靴はくのに手間取ってます」  
「ったく」  

僕は苦笑しながら9ミリ拳銃を棚から取り出し、ホルスターに入れて弾帯(丈夫なベルトのようなもの)に装着した。  

「す、すんません!」  

ややあって慌てて前島がかけこんできた。  

「遅いぞっ!」  

佐久間が曹らしい野太い声で一喝する。  
前島は更に銃剣を弾帯に装着するのにも手間取った。確かに、慣れないうちはアレは難しいもんだしな。  
そう思いながら、僕は一足先に館の外へと出て行った。  
途中、何事かと寝巻き姿で起きだしたメイドらに出会い、そのあられもない姿にドキリとしたが、今はそれどころではない。  
僕が外へ出ると同時に、後から慌てて追いかけてきた佐久間と前島が僕の前に整列した。  


247  名前:  元1だおー  04/08/10  17:18  ID:???  

「報告しますっ!」  

佐久間が僕に立て銃(たてつつ)の状態で敬礼をする。  

「エクト駐留小隊、小隊長一名を除く二名、集合終わり!」  
「休ませ」  

さすがは佐久間。慣れたものだ。  
緊張とドタバタで肩で息をしている前島とは大違いだな。  
僕も適度な緊張感を保ちつつ、腹に力を入れて声を出す。  
状況付与、と呼ばれる演習前のシミュレーションの説明だ。  

「200X年。○月×日。エクト近郊に盗賊と思われる一団が出没するとの情報が領民よりもたらされた!」  

訓練計画書を見やりながら、朝もやの館前で、たった三人の部隊が「架空の戦争」の準備をする。  

「我々エクト駐留小隊はこれを確認するため、巡回、必要に応じて偵察行動を行い、確認された場合はこれを排除する!」  

リオミアが、普段は見せない僕の緊張に満ちた姿に怯えを感じでもしたのだろうか、館の窓からこちら不安そうに伺っている。  

「これからの我が隊の行動は、駆け足にて目的地まで前進、小休止を取った後、策敵に移る!  以上、質問は?」  

「なーしっ!」  

「よろしい。では、小隊長の前、縦隊、集まれ!」  

号令により、二人は僕の前に縦に並ぶ。  

「控えー銃っ!」  

二人が六四式を教練動作で持ち上げ、手に銃を持った状態、つまり控え銃の体勢をとる。  


248  名前:  元1だおー  04/08/10  17:18  ID:???  

「前へー進めっ!」  

歩き出す二人。  

「駆け足、進めっ!」  

城門を抜けたところで、僕はこれから地獄ともいえる訓練の始まりの号令をかけた。  
完全武装に六四式を持った状態で走るのは、ほんの数百メートルもいかぬ内に息が上がる過酷なものだ。  
予定ではエクト近郊の森林前まで、約五キロ。  
前島にとって、人生でもっとも辛い数日間になるだろうな。  

「いちっ!  いちっ!  いちにぃ!」  
「そーれ!」  
「間隔歩調ぉー!  数え!」  
「いち!」  
「そーれ!」  
「前島ァ!  声が小さいぞ!」  
「は、はいぃ!」  

・・・・・・・・・・  

「おうぇ〜〜……」  

草原につき、装具点検を終えた瞬間、案の定というか、前島は草むらにうずくまって胃の中のものを吐き出してしまった。  

「大丈夫か……?」  

佐久間が近寄り、背中をさすってやる。  
前島の顔は、汗と鼻水でひどい有様だった。  


249  名前:  元1だおー  04/08/10  17:19  ID:???  

「辛いのはお前だけじゃない。俺も三尉も同じ装備で同じ距離を走ってるんだからな」  
「……うっす」  

かすかに、前島がうなずく。  
かわいそうだが、自衛隊にいるのであれば、この程度の辛さは覚悟しておかなければならない。  
この陰りの見えてきた戦争の中ならばなおさらだ。  

「よし。食事時間に三十分とる。各自かかれ」  
「了解」  

敬礼したのは佐久間だけだったが、僕は前島に対し特に何もいわないでおくことにした。  
食事時間も前島は激しすぎる運動に食欲がないのか、地べたに座り込んだまましばらく缶飯を眺めていたが、  
ややあって意を決したかのように無理やり口の中にかきこみ始めた。  
こいつ、思ったより根性あるのかもしれないな。  

「ようし、出発するぞ。日没までに街の外周を可能な限り巡回する。隊形については分隊縦隊」  

僕は手製の地図を手に、二人と共に歩き始めた。