73  名前:  元1だおー  04/02/08  14:49  ID:???  


「ったく!  なんなんじゃあのクソ自衛官!?」  

獅子顔からゲロゲロとお湯が湧き出ている館の風呂で、  
久しぶりの湯浴みに関わらず彼女は不機嫌も露わに湯船の中で腕組していた。  

「しょうがないですよぅ……。密航したのは本当なんですし……。  
あーあ。パパ心配してるんだろうなぁ……」  

白い肌を労わるようにさすり、今はメガネを外している衣緒は呟いた。  

「いいよなぁ。イッちゃんは罰金肩代わりしてくれる家族がいてさ」  

頭に手を回して、景はため息をつく。  

「パパに頼んで先輩の分も払ってもらいましょうか?」  

「えっ?  ホント?」  

「は、はい。ここまできたら一蓮托生です」  

「イッちゃんエライっ!」  

「きゃっ!?  抱きつかないでくださいよ先輩ぃ!」  

修学旅行中の女子高生のようなはしゃぎように、風呂の外で待機しているリオミアは眉をひそめた。  


74  名前:  元1だおー  04/02/08  14:51  ID:???  

ニホン人についてはよく知らないが、違法行為を咎められて送還される身分だというのに、  
どうしてこんなに悪態をついたりはしゃいだりしていられるのだろうか。  
現代日本人の、特に若い世代のケンチャナヨ精神について知らないリオミアにはこの二人の珍客は  
どうも理解に苦しむ存在に思えた。  

「あー良い湯だった」  

そんなことを考えていると、豪快に風呂場からの扉が開けられた。  
二人のニホン人女性は、リオミアの姿に気付くと驚いたように目を丸くした。  

「あれぇ?  ひょっとして待ってたんですかぁ?」  

衣緒が曇ったメガネをかけつつ、声を上げる。  

「はい。罪人とはいえ日本からの客人でございますので」  

冷たい自分の言葉に気を悪くするかと思いきや、突然茶髪の女性はカッカと高い声で笑い飛ばした。  

「なはははっ!  罪人だなんて言うねぇメイドさん。ねえ、名前はなんてーの?」  

素っ裸のまま、バンバンと肩を叩いてくる景に、リオミアは珍しく気圧された。  


75  名前:  元1だおー  04/02/08  14:52  ID:???  

「り、リオミアにございます」  

「きゃあ!  可愛い名前ですぅ」  

「そ、それはどうも……」  

二人の勢いに完全に圧倒され、リオミアは冷や汗をかいていた。  

「さぁてさて。これで風呂上りに酒があれば最高なんだけどなぁ」  

身体を拭いて着替え終えた景がクイっと酒を飲む仕草をしてリオミアにウインクした。  
リオミアには彼女のこの図太い神経がいったいどこからやってくるのか理解できなかった。  

「そういったことは領主様に御伺いしてください」  

「領主ぅ?  ああ、あの冴えなさそうな自衛官ね」  

景のこの一言に、リオミアの眉がピクリと動いた。  

「その様なことを仰られてよいのですか?  御国を守られている軍人様に対して」  

「国を守ってるぅ?  ハッ!  反吐が出るわ。そもそも自衛隊なんて憲法違反の違法組織なのよ。  
こっちだって守って欲しいなんて一言も言ってないし、この世界で戦争をしろだなんてことも言ってないわい」  

「……せ、先輩いいすぎですよ」  


76  名前:  元1だおー  04/02/08  14:52  ID:???  

「いいんだよイッちゃん。現にこうしてリオミアさんたちの土地であるここに進駐して支配下においてんだ。  
これって占領政策だよ?  日本じゃ有事法を振りかざして国民に戦争参加を強制するなんて軍国主義だぜ軍国主義!」  

リオミアはあきれ果てて何もいえなかった。  
この二人は相手が軍隊であるにも関わらず、何の畏れもなく批判を口にしたのだ。  
『僕らの国じゃあ、自衛官より国民の方が偉いのさ。文民統制ってやつでね』  
領主様が仰っていたことが冗談でなかったなんて……。  

「そんな心配そうな顔しなくたっていいって。あたしらは自衛隊の連中と違ってマトモだからさ。  
君も大変だよね。普通に暮らしていたらある日突然あいつらが進駐してきて街を乗っ取っちゃったんだからさ」  

「あ、いえそんなことは……」  

いったいこの女性は何を言っているのだろう?  

「隠さなくったっていいんですよぅ。怖かったでしょう?  鉄砲で脅されたりしませんでしたか?」  

リオミアには知る由もなかったが、  
この二人の得ている情報といえば日本のマスコミの異常なほどの反体制的捏造報道が基なので、  
自衛隊はネリェントスでの人質救出の失敗なども災いし、  
まるで悪逆非道な旧日本軍の再来のようなイメージしか持っていなかったのである。  
それ以前に、反体制=善と安直に信じ込んでいる辺り、この二人は真におめでたい思考回路をしている。  
拉致事件が明るみになるまでA新聞やS党の「拉致は日本政府のデッチ上げ」の主張を信じていたクチだ。  


77  名前:  元1だおー  04/02/08  14:53  ID:???  

「こんなコスプレみたいな格好させられちゃってさ。なに考えてるんだろなあの連中」  

「いえこれは前からの……」  

「分かった。分かったよ。あたしが労働環境の改善を直談判してやっから」  

「え、ええぇ?」  

「行くぞイッちゃん!」  

「はいぃ!」  

勝手に盛り上がってずんずんと脱衣所を出て行く二人を唖然とした表情で見送りながら、  
どうすることもできずにリオミアは立ち尽くしていた。  


78  名前:  元1だおー  04/02/08  14:54  ID:???  

「頼もーっ!」  

蹴破るように領主の部屋のドアを開け放ち、シャンプーの香りを匂わせながらづかづかと部屋に入室する景。  

と  

室内の光景に、景は目を丸くして固まった。  
迷彩服姿の自衛隊員と、もう一人は誰だろうか?  
皮製の黒い服を着た、小柄な少女。  
二人が目を見張ったのはその手に握られている少女には不釣合いな無骨なナイフであった。  
それを迷彩服姿の若者につきつけ、今にも襲いかかりそうだったところを、たまたま踏み込んでしまったということに気付くのに、  
二人は少々の時間を要した。  

「や……やあ……」  
「チッ!」  

突然の事態に素早く反応した少女は一気に跳躍すると、まるで踊るかのように自衛官の背後を取った。  
そのあまりにも素早い身のこなしに、自衛官はどうすることもできずに情けない声を上げて羽交い絞めにされる。  


79  名前:  元1だおー  04/02/08  14:55  ID:???  

「動くな。領主を殺すぞ」  

首筋にナイフをあてがい、少女は低い声で恐喝する。  
慌てたように女二人は顔を見合わせ、茶髪の女のほうが大きく頷いてなにやら前へ出てきた。  

「キミ!  ダメだよ。そんな奴のために自分の手を汚しては」  

「……何を言っている?」  

思わぬ言葉に少女が怪訝な表情を浮かべた。  
だが女は構わず続ける。  

「日本の占領政策が間違っているのはあたしはよーく分かってるんだ。  
いきなりあたしを信用しろなんてムシのいい話だけど、大丈夫、悪いようにはしない。  
そいつにもよく言ってきかせるから今は武器を置いてくれないか?  武器ではなんの解決にも……」  

C級刑事ものドラマに出演してそうな安っぽい説得のセリフをなんの恥じらいもなく語る景。  
次の瞬間、どこから取り出したのか、彼女の顔のすぐ側のドアにダガーが目にも留まらぬ速さで突き立っていた。  

「黙れ」  

ドスのきいた声で、少女は殺気に満ちた視線をたたきつけた。  


80  名前:  元1だおー  04/02/08  14:56  ID:???  

「は、はーい」  

話し合いでどうにもならないと悟ったか、平和信仰を捨ててあっさりと万歳の格好を取る景。  
話し合いなんてものは、相手もそれを望んでいるときしか通用しないということに頭が回らなかったようだ。  

「生憎だが……。この領主に生きていてもらっては困るのでな」  

妖魔の少女が、薄く笑った。  




81  名前:  元1だおー  04/02/08  14:57  ID:???  

高級娼館『真実の涙』のいつもの最上級ルームに訪れたケイルダインは、  
朗報を受け取っていた。  

「領主は死んだらしいわ」  

相変わらずソファに寝そべったままサキュアはまるで近所の猫がいなくなった程度の話題のように言った。  
ケイルダインは内心、計画通りにことが進んだことに満足感を覚えたが、顔には出さずに室内を見回した。  

「あのダークエルフはどうなった?」  

違和感があると思えば、そうだあの妖魔はどこへ行った?  

「帰ってこないところを見ると……捕らえられたか殺されたかどっちかですわ」  

落胆の表情すら浮かべず、サキュアは思い出したかのように説明した。  

「そうか」  

しょせんは盗賊。あのダークエルフも捨て駒にされたらしい。  
口ではああ言っていたが、人間の部下を行かせて失うよりも、妖魔を行かせた方が割がいいと踏んでいたのだろう。  
やはり、この女はいつか始末する必要がある。  
ケイルダインは眉一つ動かさずにそう考えた。  


82  名前:  元1だおー  04/02/08  14:57  ID:???  

「鉄の怪蝶が今日にも残りの兵士を迎えに来るそうですわ。これでこの街から事実上ニホンは撤兵することになる……」  

鉄の怪蝶…ヘリのことである。  

「何故分かる?」  

あまりにも早く正確な情報を話すシーフマスターに、ケイルダインは疑念の思いを抱いた。  

「あの館のメイドには少々人脈がありますの」  

「なるほどな……」  

飄々とした態度を崩さないサキュアに、気のない返事をしてみせる。  

「無血占領ができるならそれに越したことはない」  

「あなたらしくないですわね……。こんな姑息な手口を使うなんて。騎士道精神はどこへいったのかしら?」  

明らかな侮辱に対し、ケイルダインはフードの奥で眼光をぎょろりと目の前の女に合わせる。  
しかし、次の瞬間珍しく自嘲的な笑みを漏らし、一言だけ呟いた。  



84  名前:  元1だおー  04/02/08  14:58  ID:???  

「……武人としての志など、とうに捨てた」  

抑揚のないその言葉にもかかわらず、サキュアには今の彼がどこか寂しそうに見えた。  
彼もまた、変えようのない現実に押しつぶされた敗北者なのだ。  
哀れな男だ。彼女は、そう思った。  



419  名前:  元1だおー  04/02/11  03:09  ID:???  

午後の中庭に、一機の白いヘリが降り立った。  
民間機である。  

「栗原航空の藤間と申します。防衛庁の要請で参りました」  

人の良さそうな中年のパイロットが、コックピットから会釈する。  

「ご苦労さまです。自分は陸上自衛隊の佐久間三曹であります」  

待っていた佐久間がコックピットに向かって挨拶代わりに敬礼をした。  


「あのフェロモン姉ちゃんも何考えてんだろなぁ……」  

四階の中庭側廊下から降り立った民間ヘリを眺めつつ、僕はなんとも嫌そうな顔をして呟いた。  

「貴様にもいずれ分かる」  

壁に身をあずけて腕組をしているダークエルフの少女が、まるで全てを知っている風に突き放した。  
それに眉をひそめ、リオミアが僕の顔を見つめた。  

「この妖魔の言を信じるので?」  

昨日から何回聞かれたか分からない質問にため息をつく。  


420  名前:  元1だおー  04/02/11  03:10  ID:???  

「信じるしかないっしょ……リオミアや佐久間の調査結果くらい、読みとれないわけじゃないよ」  

昨晩、徴税関係の仕事が一段落しようとしていたとき、突然テラスの窓が開いた。  
強い風が吹いているわけでもないので不審に思った瞬間、目の前にギラリと光るナイフが現れた。  
ワケも分からずビビリまくっていると、あの民間人二人がずかずかと部屋に入ってきた。  
で、右往左往する彼女らがリオミアや佐久間を呼びに行ってくれて、みんなが領主の間に八時だよ全員集合となった。  
するとそれまで僕を羽交い絞めにしていた少女が、僕を解放してからある文書を取り出した。  
それは、サキュアからのものだった。  
その内容は、驚くべきものだった。  
二千人規模の帝国軍残党が、山奥などに集結中だというのだ。  
そして、現在自分が帝国軍の間諜、つまりスパイ活動を任され、僕たちの情報を売っているということ。  
最も驚いたのは、今度はその帝国軍を裏切るから協力してくれというのだ。  
その理由については、まだ詳しくは明かせないことも書かれていた。  
信じるのか信じないのか、選択の余地はなかったといえる。  
リオミアと佐久間の予想が、最悪の形で的中したってことだ。  

「しかし盗賊ギルドの真意が……」  

「呉越同舟って考えじゃないかな。教会を庇護していたことといい、帝国勢力に再来されては困る理由が結構あるんじゃないかな?」  

そう言いながら、ダークエルフの少女に意味ありげに視線を送る。  
少女は、肯定とも否定とも受け取れる不適な微笑を浮かべた。  
それにため息をつきながら、僕は続ける。  


421  名前:  元1だおー  04/02/11  03:11  ID:???  

「まあ、キミの姉さんが何考えているのかはさておき、俺たちが本当に二千人も相手に勝てると思ってるのかい?  
自衛隊の力を過大評価しすぎてるよ」  

民間のヘリを徴用するようになっただなんて、予想以上に事態は悪化しているのかもしれない。  
『帝国軍残党集結中。数は二千。増援送られたし』と上層部に報告はしたが、  
返ってきた答えは『前線で帝国軍に不穏な動きあり。帝国軍残党集結の確実な証拠を収集せよ』の一点張りだった。  
遂に、前線でくるべきときがきたのだろうか。  
このままじゃ戦略拠点であることを理解できずに陥落した太平洋戦争のガダルカナル島の二の舞になるぞ。  
隊員三人に銃が四丁程度じゃどう考えたって、勝てるわけがない。  

「私は姉様の命令に従うだけだ。そんなこと知ったことではない」  

「無責任やなぁ〜」  

「将たる者、不可能を可能にするものであろうが」  

「俺は将官じゃなくって尉官なんだよ。それも会計課志望の」  

精一杯の皮肉を言ってから、僕は西日に目を細めながら、平穏な窓からの風景を眺めた。  
とても、これから二週間後に戦争が始まるという実感は沸かない。  
何かの悪い冗談ではないのだろうか?  
いや、この世界ではそういう悪い冗談の方が『真実』に近いことは、今までの経験で証明済みだ。  


422  名前:  元1だおー  04/02/11  03:13  ID:???  

「撤退しか……ないか」  

「っ!」  

その場にいる僕以外の二人、特にリオミアの血相が変わった。  

「ごめん……どう考えても、無理だよ」  

「領主様…」  

まるでこの世の終わりのような表情で、リオミアは僕に詰め寄ろうとする。  

と  

「よぅ。取り込み中のトコわりぃけど」  

遠慮のかけらも感じられない元気のいい声が横から入ってきた。  

「倉敷さん、笠間さんも…」  

荷物を背負ったあの二人が立っていた。  

「この街、ヤバイのか?」  

「あなたは知らなくていいことです」  

ただでさえ苦悩してるってのに、この女の言うことは無遠慮でどうも好きになれない。  


423  名前:  元1だおー  04/02/11  03:13  ID:???  

「いいや、知る権利はあるね。なんだか複雑っぽいけど」  

「これは自衛隊の機密事項なんで教えることはできません」  

僕の公務員じみた語彙の少ない答えに、鼻で笑うと、倉敷は的を得たりといわんばかりの  
皮肉をこめているかのような笑みを浮かべた。  

「戦争が始まるんだろ?  そうなんだろう?」  

僕は肯定も否定もしなかった。  
この連中に協力してやる義理などない。  
僕が無言でいることに、短気そうな彼女にしては意外にも、腹をたてた風もなく、  
今度はどこか不安そうな表情で尋ねてきた。  

「この街……放棄するのか?」  

「……おそらくは」  

自分自身に確認するように、僕はそれだけ搾り出すように答えた。  

「援軍は呼べないんですかぁ?」  

能天気な口調で笠間が身を乗り出してくる。  


424  名前:  元1だおー  04/02/11  03:14  ID:???  

「はい……」  

「なんでですかぁ?  自衛隊は世界で二番目に凄い軍隊なんでしょう?」  

「それは防衛費の話ですよ」  

「でもでも、最初はあんなに勝ってて強かったじゃないですかぁ」  

「補給線が延び切っているのに加えて、補給物資自体が不足し始めてるんですよ」  

この女、戦争をなんだと思ってやがんだ。  

「ふーん」  

知りませんでしたぁ、と言わんばかりに感心する笠間に軽い殺意を抱きつつ、僕はため息をつく。  
こいつと長く喋ってると途中でキレそうになるなぁ。  

「あなた達二人は、あのヘリで先に帰還してもらいます」  

厄介払いは早めに済ませておいた方がいい。  

「やだって言ってもダメなんだよな?」  

「はい」  

キッパリと断言する。  
すると、倉敷は突然改まった表情になり、一つ提案を出した。  


425  名前:  元1だおー  04/02/11  03:15  ID:???  

「一つだけ、頼み聞いてくんねえかな?」  

「なんですか?  時間がないんです。早くしてください」  

すると倉敷は頭をポリポリとかきながら、申し訳なさそうに切り出した。  

「ちょっくら、市場でもいいんだ。写真撮らせてくれよ」  

「あのねぇ……」  

この後に及んでまだ言うか。  

「わ、私からもお願いしますぅ」  

「ダメです」  

二人の熱意は結構なものだ。  
だが、結局僕らをクソミソに書く連中に温情をかけてやろうなんて気持ちは、  
さすがに沸いてこない。  
が、意外なところから声が上がった。  


426  名前:  元1だおー  04/02/11  03:16  ID:???  

「よいではありませんか領主様」  

「り、リオミアさんまでなに言ってんですか?」  

リオミアはどこか寂しそうに、続けた。  

「領主様……この街を去られるのなら……このシャシンというものに、街の景色を焼き付けてください」  

僕はハッとし何も言えなくなった。  

「私達のことを……忘れないでほしいんです」  

「……」  

沈黙が重い。  
どれくらいそうしていたろうか。  
僕は憮然とした表情で答えた。  

「分かりました。ヘリは待たせますんで、三時間だけ待ちましょう」  

二人が歓声をあげてバタバタと廊下を走っていくのを見送り、  
僕はリオミアが声をかける前に無線機のある部屋へと足早に去って行った。  


427  名前:  元1だおー  04/02/11  03:17  ID:???  

「三尉!  司令部から命令が届きました!」  

「増援が来てくれるのか?」  

わずかな望みを抱き、思わず身を乗り出す。  

「いえ、民間人二人と共に、当該地域より撤収せよとのことです」  

佐久間は残念そうに、簡潔に答えた。  
やはり…ダメか。  
頭から冷水をかけられたかのような失望感が僕を襲った。  

「三尉、命令です。行きましょう」  

肩を落とす僕を気の毒そうに覗いながら、佐久間が促す。  
僕は重い足取りで、民間ヘリの待つ中庭へと向かった。  

「リオミア……」  

中庭ではリオミアがぽつんと立っていた。  
他のメイドたちには、僕らが去ってから真実を告げると言っていた。  
無用の混乱を避けるためだ。  


428  名前:  元1だおー  04/02/11  03:18  ID:???  

彼女の銀髪が、夕焼けに朱に染まっている。  
思えば、彼女なしにこの二ヶ月は語れない。  
なにからなにまで、彼女は世話してくれた。  
それももう……今日でおしまいか。  
彼女達はこの後どうなるのだろうか。  
また、前の領主のような人でなしに奴隷として扱われるのだろうか。  
最悪……  
考えたくないが、日本に与していた反逆者として血祭り。  

「……」  

とうとう彼女の目の前まで来てしまった。  
彼女が、手の届くほどの距離にいる。  

「分かっています。何も仰らないでください…」  

彼女は俯き、まるで苦しんでいるかのように眉を歪めて僕をじっと見つめた。  


「さようなら。ツジハラさん……」  


その場に、一陣の風が吹いた。  
彼女は、俯き、それきり何も言わなくなった。  


429  名前:  元1だおー  04/02/11  03:19  ID:???  

「離陸しますよ。隊員さんたち、早く乗ってください」  

ヘリのエンジンが始動し、ローターが回転を始める。  

どうすることもできない。  
僕はいつも。  
いつも周囲に流されて、なにも貫けない。  

無難な人生を守るためには必要なことだ。  

でも……  


そんなのはもう嫌だ!  




430  名前:  元1だおー  04/02/11  03:20  ID:???  

「三尉」  

佐久間がいっこうに動こうとしない僕に苛立ったように声を上げた。  

「佐久間三曹。前島一士……」  

僕は、彼らに向かい直り、踵をならして改まって話しを始めた。  

「今まで、至らない上官の俺に真面目に従ってくれて、ご苦労だった」  

これが、僕の選択……  

「さ、三尉何を突然……」  

戸惑った前島が叫ぼうとするのを遮り、僕ははっきりと言った。  

「俺は、ここに残る」  

前島がハッとした顔をし、一方佐久間はヘリから降りると、無表情だが威圧感を漂わせてこちらへやってきた。  

「命令違反ですよ」  

「構わない」  

気圧されそうになるが、きっぱりと答える。  


431  名前:  元1だおー  04/02/11  03:22  ID:???  

「ひ、一人で残ってどうすんですか!?」  

思い出したかのように前島が叫ぶ。  

「放棄されてる武器だけでも、なんとかなるようにやってみるさ」  

まだ終わったわけじゃない。  
一発も撃たずに負けただなんて、誰が認めてやるもんか。  

「やってみなきゃわからないさ。日露戦争だって、勝てない戦争を勝ったんだぜ?」  

いっそ晴れ晴れとした表情で、僕は大袈裟に手を広げて見せた。  

「さ、三尉!」  

「ん?」  

「お、俺も残りまっす!」  

僕は目が点になった。  
まさかこいつが…何の理由で?  

「い、いいのか?」  


432  名前:  元1だおー  04/02/11  03:23  ID:???  

「はい。  へへ、情けねえや……ミルシェに『お兄ちゃんだと思っていい』なんて言っといて。  
お兄ちゃんが妹置いて逃げるなんて、ありえないっすよね」  

照れながら、彼はヘリからひょいと飛び降りた。  

「俺……いや、自分は三尉のお陰で決心つきました!」  

前島は、初めて僕に対して、直立不動の敬礼をとった。  
僕は、微笑を浮かべて前島の肩をぱんぱんと叩く。  
すると、隣で誰かがため息をついた。  

「……佐久間」  

「しょうがないですね。下士官のいない部隊はまともに機能しません。軍隊の基本ですよ」  

「すまん……もしものときは、責任は俺が取る」  

「何言ってるんですか。一人で責任取れるほど偉くないでしょう?」  

珍しい彼の冗談に、思わず苦笑を漏らす。  
僕は頼もしい部下達に抱きついてやりたいとさえ思った。  
照れ隠しのように、僕はヘリで成り行きを傍観していたパイロットのおっさんに駆け寄る。  


433  名前:  元1だおー  04/02/11  03:24  ID:???  

「すみません藤間さん……彼女二人を、無事に届けてやってください」  

「いいのかね?  君らは若いのにこんな場所で……」  

おっさんが、心配そうに尋ねてくる。  

「いいんです。ここには……」  

僕は、自分でも、恥ずかしくなるような言葉を口にしていた。  
しっかりと、彼女にも聞こえるように。  

「ここには我々の守るべき人たちがいますから」  

そう答え、僕は振り返ってリオミアを見つめた。  
呆然と立ち尽くす彼女の宝石のような瞳が、涙に潤んでいた。  



550  名前:  元1だおー  04/02/11  23:11  ID:???  

「おーおー感動的だねぇイッちゃん?」  

「はいぃ!  私もう涙で前が見えませぇん!」  

ヘリの中から自衛隊員たちの様子を眺めていた二人は、  
一人は冷ややかに、もう一人は感動に胸打たれた雰囲気だった。  
珍しく何事か考え込んだ様子の景は、静かに呟く。  

「このこと記事にしたら、戦争美化に繋がるって言われるんかな……?」  

幼い頃から正義の味方でありたいと望んでいた。  
強大な国家権力に立ち向かうジャーナリスト、それが彼女の選んだ『正義』だった。  
だが、今の彼女はその考えが独善的だったのではないかと気付き始めていた。  
『正義』の形は一つではない。  
いや、そんな形容詞で片付けられるほど、本当の『正義』は生易しくない。  
現実に、人間が死の覚悟をするというのは、口にするほど簡単ではない。  
目の前の隊員たちは、それを笑いながら……  


551  名前:  元1だおー  04/02/11  23:11  ID:???  

彼らのことを、多くの日本人は馬鹿だと思うだろう。  
自分を正義の味方だと思い込んでる、何を勘違いしているのだと。  
では、そうやって安全な場所で嘲笑している連中は、彼ら以上に何かを命をかけて守れるのだろうか?  
そんなワケがない。  
私は彼らについて記事を書き、反体制的な内容ならば評価を得、体制的、いや、彼らの覚悟を人として立派だと敬意を表すれば、  
多くの読者は私を右翼的な人間だと片付けておしまいだ。  

「畜生……なんかそれも気にいらねえな」  

曲がったことが嫌いな彼女は心底、そう思う。  

「……よぅ大将さん」  

「なんですか?」  

景は、いつの間にか若い指揮官に声をかけていた。  

「今、何が一番必要なんだ?」  

彼女の質問に、隊員は目を丸くする。  


552  名前:  元1だおー  04/02/11  23:12  ID:???  

「武器弾薬と人員ですよ。ま、ない物ねだりですけどね」  

「そうか……」  

苦笑しつつ答える指揮官に微笑みを見せ、彼女は帽子を目深に被った。  

「お嬢ちゃんたち、もう離陸するよ」  

十分に回転数を上げたヘリが、飛び立とうと羽ばたく。  

「じゃあ、さようなら。倉敷さん、笠間さん」  

「ああ。でも、死ぬなよ……大将さんよ」  

「もちろんそのつもりさ」  

見る者を魅了するような笑顔で隊員たちは敬礼した。  
景は、その若者達の顔に見とれながら、地上が遠くなってゆくのを実感していた。  
どこかで、あんな笑顔を見たような気がする。  
ああ、そうだ。  
平和学習で見た、出撃前の特攻隊員の、笑顔だ。  
景は、彼らを追い込むことしかしてこなかった自分に、初めて気付いた。  
かつての日本も、国民が好戦に偏り、多くの若者を無駄に死なせたように。  
ヘリの中で揺られながら、衣緒が肩で寝息を立てているのに苦笑しながら、彼女はそんなことを考えていた。  


554  名前:  元1だおー  04/02/11  23:15  ID:???  


徹夜で防衛作戦の骨子造りに頭を使った結果、  
僕はある結論に至った。  
チャリで街を走っていて常々感じていたことから、ヒントを得たといっていい。  
人間、どんな経験が役に立つのか分かったものじゃないな。  

「サキュアさんのお膳立てのおかげで、敵は無血占領を狙って堂々と隊列あるいは徒党を組んで街へ入場してくるに違いない。  
そこが狙い目だ」  

僕は眠気覚ましのリオミア特製のお茶を飲んでから、  
部下と机の上の地図を囲んで顔をつき合わせた。  

「何でです?  こっちゃタマだって少ないのに、市街地じゃ当たりにくくないっすか?」  

前島が片手をひょいと上げて質問する。  

「戦術の基本ってやつさ。  
いいか、敵は大勢、こっちは少数。  
…ところで前島、ナポレオンは知ってるよな?」  

「あー。我が辞書に不可能の文字はないってやつっスよね?」  


555  名前:  元1だおー  04/02/11  23:16  ID:???  

「そうさ。俺たちはそれに倣う」  

「?」  

二人とも、僕のもったいぶった物言いに怪訝な表情を浮かべている。  
いいじゃねえかよ、一晩悩みぬいた作戦なんだぜ。  
そう内心に思いながら僕はボールペンで、街の主要道路及び部隊規模で通れそうな路地をトントンといくつか指し示した。  

「いいか、市街地という特殊な環境を考慮に入れるんだ。  
この街に二千人も一気に通れる道があったか?  当然ない。  
だから、敵は街の掌握とこの館の制圧を目指すには入り組んだ道を部隊を分けて進むしかない。  
つまり自然と戦力が分散されることになる。  
ところで前島、自衛隊に入って敬礼の他にまず何を習った?」  

突然振られた質問に、前島はうーんと唸ってから、自信なさげに答えた。  

「え、えーと……早飯早糞芸のうち、です」  

「惜しい。時間厳守だよ」  

「?」  



557  名前:  元1だおー  04/02/11  23:17  ID:???  

「極端な話だがな、一人と百人で喧嘩したって絶対に勝てない。  
だがもし、その百人がてんでんばらばらに一人ずつやってきたら、  
それは結局一対一ということになる。  
相手が雑魚なら一対一なら勝てる。それを百回繰り返せば絶対に勝てない喧嘩を勝つことができる。  
これには時間が重要なわけさ。軍隊で時間厳守を基本とするのはただの精神教育じゃない。  
戦力の集中という基本を兵士にこなせるようにするという側面があるんだよ。  
つまりな、戦力を分散させてしまえば、それはただの数の上の戦いじゃあなくなる。  
ナポレオンが強かったのは、この各個撃破の用兵が上手だったからなんだよ」  

防衛大で嫌々教えられていたことを、実践することになるのは意外だったが、  
どこか、これは自分にしかできないことであるという充実感があった。  
僕らの中で、ある程度専門的な戦術・戦略知識があるのは僕だけなのだから。  

「それに考えてもみろ。部隊が分散されてしまえば、それだけ各部隊との連携が必要になってくる。  
でもな、敵は建物に遮られてうまく情報は伝わらない。連中には無線機なんて便利なものがないからな」  

僕は不適に笑って見せた。  


558  名前:  元1だおー  04/02/11  23:18  ID:???  

「ですが……武器の不足はいかんともしがたいですし」  
「人員の数もどうしようもないすよ?」  

そこなんだよなぁ。  
まあ、なんとかならないわけではない。  

「そこは、俺に任せてくれ」  

「何か手が?」  

頷き、少しだけ不安混じりに、僕は答える。  

「今まで俺たちがこの街の人たちにやってきたことを、信じるしかない」  

その後僕らは、トラックに乗って評議会議事堂へと向かった。  



179  名前:  元1だおー  04/02/15  17:08  ID:???  

議事堂前の広場に集まった、老若男女の人々。  
何が始まるのか不安げに周囲と囁き合っているようだった。  
以前は民衆をここへ集める理由といえば、公開処刑か重税の発布などであり、  
今回もそうでないかという噂が広まっているようだ。  
が、この際そんなことはどうでもいい。  

「皆さん!  わざわざ集まっていただき、ありがとうございます」  

僕は備品の拡声器を手に議事堂の玄関前から声を発した。  
拡声器によって少々変調した僕の声に民衆は最初驚いたようだったが、  
これが異世界のマジックアイテムなのだと納得したのかすぐに静まった。  
僕は、できるだけ落ち着いて話を開始した。  
そしてこれは、人々にとっては耳を疑いたくなるような話に違いない。  

「……以上、この街へ帝国軍が雪崩れこんでくるのは時間の問題となっています。  
そして我々自衛隊にも、撤収命令が出されています」  

話が終わる頃には、すすり泣きとも嗚咽ともつかぬ声があちこちから聞こえていた。  
あまり聞いていて気持ちのいいものではない。  

「おおお……神よ」  

「おしまいだ…もうおしまいだ!」  

絶望に打ちひしがれ、口々に嘆く人々。  


180  名前:  元1だおー  04/02/15  17:09  ID:???  

その様子には、長年の植民地支配の傷跡の深さが覗えた。  
彼らの思考の中には支配されること以外の生活がないのだ。  
良い支配か悪い支配のどちらか一つだけ。  
それを思うと、哀れさと共にどこかゾッとする。  
だが、それはいつか彼ら自身の手で断ち切らねばならない。  
僕らがこれからやることは、その始まりだ。  

「今日自分がここに来たのは、これを伝えにきただけではありません」  

「?」  

自衛隊撤退の報告だけかとばかり思っていた人々が、  
何事かと顔を上げた。  
ようし、良い感じだ。  

「皆さんに問いたいのです」  

拡声器の音量をマックスにし、全ての人々に聞こえるように呼びかける。  


181  名前:  元1だおー  04/02/15  17:09  ID:???  

「日本の統治は、帝国よりも人道的に進めてきたつもりです。  
それを失いたくないですか?」  

我ながら恩着せがましいとは思うが、これくらいは言わなければ始まらない。  
が、民衆はしんと静まっている。  
僕はあえて何も言わずに誰かの発言を待った。  
『自発的』であることに意味があるんだ。  

「も、もちろんでさぁ。  
おらの家は領主様の二公八民の御触れのお陰で娘を売らずに済んだんだ」  

ややあって、躊躇いながらだがみすぼらしい格好の中年の男が呟くように言った。  
すると、徐々にではあるが、ちらほらと賛同の声が上がり始めた。  

「俺もだ。作物を売った金で末の息子に初めてまともな服を買ってやれた」  

「家族で腹いっぱいに飯が食えるようになっただ」  

やがて、僕自身に語りかけてくるように人々は日本統治下の生活の楽さを口にした。  

「そうか、良かった」  

とりあえず、反感がもたれていないことは証明できたわけだ。  
少々罪悪感を抱かないでもないが、一気に畳み掛ける。  


182  名前:  元1だおー  04/02/15  17:10  ID:???  

「帝国がここに戻ってくれば、それを失うことになります」  

人々がうっと喉をつまらせる。  

「自分は……上からの命令は無視してここに残ることにしました。  
この街を、また暗黒の時代に戻したくないからです」  

すると驚きと希望の光を見出した人々から声が上がった。  

「りょ、領主様が守ってくださるのでございますね!?」  

彼らからしてみれば、命令に背いてまでここに残ったということは、  
英雄の登場する騎士道物語のようにこの街を救ってくれると思ったのだろう。  
安堵感のような雰囲気がその場に漂う。  
しかし、あえて僕は冷徹に話した。  

「違います。この街を守るのは、あなた達自身です」  

「ど、どういうことでございますか?」  

安堵に代わって戸惑いが民衆を支配する。  


183  名前:  元1だおー  04/02/15  17:11  ID:???  

「今から志願兵を募ります。  
職業や身分は一切問いません。志願する気のある方、  
つまり飢えない生活を望む人は、武器を取るしか道はありません」  

ざわざわと民衆が騒ぎ始めた。  
自分たち自身に選択を委ねるなど、考えもしなかったのだろう。  

「予測として開戦までの猶予は約二週間。それまでにこの街での戦闘に備えます。兵は多いに越したことはありません」  

突き放すような僕の言葉に静まり返り、誰もなにも言わない。  

「選択するのはあなたたち自身です。では自分はこれで……」  

不安を抱きつつも、僕にはこれ以上は何もできないだろう。  
ヒトラーのように扇動的な演説をやったところで、戦時に恐怖に支配されてしまえば馬脚を現すだけだ。  
なんとなくで戦う兵士より、確たる意志を持った志願兵の方が強いに決まっている。  
とはいえ、あの反応では望み薄かもな。  

「従属しか知らなかった人間に、自ら立ち上がることは……難しいだろうさ」  

募兵事務所となる議事堂窓口に任命した役員以外誰もいないのを眺めつつ、  
先行き不安そうな表情の佐久間と前島に聞こえるように呟く。  


184  名前:  元1だおー  04/02/15  17:11  ID:???  

「何人集まるでしょう?」  

佐久間が半ば諦めたような口調で尋ねてくる。  

「一千集まれば上等だろうな」  

これが正直な予想だ。  

「守る側は攻める側の三分の一でこと足りる……しかしそれは正規兵同士、それも篭城した場合です。  
こっちは武器を持ったこともない民兵、向こうは激戦をくぐりぬいてきた猛者ばかり。  
三千対二千でも勝てるかどうか……」  

分かってるよ、それくらい。  
この世界、そんなに甘くはないだろうさ。  

「防衛庁はなんて言ってきた?」  

それでも不安を増長させたくない僕は話をそらした。  

「命令違反は厳罰に処す、とだけ」  

「増援ばかりか補給すらあてにできそうにないなぁ…」  

余計に不安を堆積させてしまった自分のマヌケさに苦笑しつつ、  
僕はため息をついた。  


185  名前:  元1だおー  04/02/15  17:12  ID:???  


「なんだこりゃあ……」  

佐久間の基礎教育によって整列を覚えた民兵部隊を前に僕は唖然とした。  
あれから一週間経ち、募兵窓口に志願してきた人数が二百を超えた時点で佐久間に近代戦術にある程度対応できるような教育を命じたのだが、  
僕はてっきり志願者のほとんどが青年・壮年の男性だとばかり思っていた。  
が、今日初めてその顔ぶれをみた瞬間、僕は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。  

「全員傾注!  部隊長殿がお見えだ」  

「はいっ!」  

佐久間の陸曹らしい鋭い声に血気盛んに応えた着の身着のままの兵士たちは、  
そのほとんどが少年・少女だった。  

「驚きましたか……?」  

「あ、ああ。すんごくね」  

佐久間の心配そうな耳打ちに、僕はかろうじて答えた。  
現時点での総志願者が四百二十名という話にもならない少なさにも閉口していたものの、  
その内容まで不安を抱えているとは思いもしなかった。  
なんでも、大人は植民地支配に怯え切っており、未来を夢見てやってくるのは若い彼らだけだったという。  
最年少は十二歳の少女ときた。  
マスコミにばれたら袋叩きだろうな、こりゃ。  



187  名前:  元1だおー  04/02/15  17:13  ID:???  

「わずかではありますが噂を聞きつけた近隣の村の狩人の若者や流れ傭兵なんかもいます。  
まともに戦力として使えそうなのは二百人ちょっとですかね」  

「二百プラス三人対二千人……増援のない現状では秘策を練らない限り絶望的な戦力差だな」  

「何か考えが?」  

「あるにはあるけど、勝利……いや撃退する決定的なものになるかどうか」  

戦闘帽を目深に被り、焦燥感を兵士らに気取られないように気をつける。  

「せめて爆薬があればな……」  

「手に入りませんか?」  

「黒色火薬じゃ相当量必要だし、それだけの量がこの近辺にはないんだよ」  

「……だとしたら火炎瓶でなんとかするしかないですね」  

「ガソリンや灯油はある程度備蓄があるからな」  


188  名前:  元1だおー  04/02/15  17:14  ID:???  

市街地各所に可燃性爆発物を敷設し、敵部隊が通過する際、先頭と最後尾でこれを点火、退路を断つ。  
孤立した敵部隊の頭上に、潜んでいた家屋の屋根から更に火炎瓶を投擲し損害を与える。  
敵が反撃に出そうになったら、僕ら自衛隊の狙撃を援護として後退。  
これの繰り返しにより敵に損害を積み重ね、夜間は佐久間が敵指揮官を狙撃し士気の低下を誘発する。  
戦術だけを並べればこんな感じだが、そう簡単にいくわけがないのは重々承知だ。  
なにより、敵を孤立させるための爆発物が揃わないのだ。こればかりはどうしようもない。  
どうしたものか……  

パタパタパタ  

ん?  


「三尉!  あれを!」  
「あっ!」  

民兵達が異変に気付き、騒ぎ始めるのを止める前に、僕は空を見上げていた。  


189  名前:  元1だおー  04/02/15  17:15  ID:???  

「ヘリが来た!?  俺たち連れ戻しに警務隊でもやってきたか?」  

「いえ、あれは……民間機です!」  

民兵達が驚き隊列を崩して逃げ出したり仮武器の木製槍を振り回して敵が来たとはやり立ったりしている中、  
僕は着陸する三機の大型ヘリの方へと駆け出していた。  
ヘリのローターがひょんひゅんとまだ回転している。  
僕は警戒心をもって近寄った。  
こんなヘリが来る連絡など受けていない。最悪、警察か警務隊という可能性がある。  
と、  

「いよぉ!  大将さん元気だったか?」  

サングラスを外しながら、茶髪の女性が気楽そうな表情でヘリから降り立った。  

「く、倉敷さん!?」  

「えへへへ……私も」  

ひょいとヘリから降りてくるもう一人の女性。  
あのメガネと気の抜けた顔は…  

「笠間さんも!」  

いったいどうなってるんだ。  


190  名前:  元1だおー  04/02/15  17:18  ID:???  

わけがわからずにいると、彼女はすたすたとこちらへやってきたかと思うと  
胸を張って僕の肩をバンバンと叩いた。  

「こないだ言ってた『必要なもの』、持ってきてやったぜ」  

「え?」  

なんの話だ?  
彼女に何か頼みごとなどしただろうか?  
そういえば、ないものねだり、とは言ったが……  

「まあ見てみな」  

彼女はまるで何かの作品を披露するかのように大仰に手を広げて促す。  
僕は不承不承、彼女のいうとおりに中をのぞいてみた。  

「こ、こりゃあ……」  

思わず目を丸くする。  
ヘリの中には所狭しとごたごたとした荷物が積まれていた。  
そしてよくみてみると、その多くが何かしら『危険』なブツだった。  


191  名前:  元1だおー  04/02/15  17:19  ID:???  

「最初は自衛隊にかけ合ったんだけどよ。前線に全部回すっつって全然貸してくんなかったんだよ。  
で、自衛隊以外で手に入る武器を総ざらいしてきたんだけど……」  

「わぁお。三尉、これみてくださいよ!」  

頭をぽりぽりとかきながら説明する景など全く眼中にない前島が、  
物資の中からあるものを見つけて歓声をあげた。  

「と、トカレフじゃねえか!?」  

鈍く黒光りするそれは僕でも知っている。  
『黒星拳銃』と呼ばれる中国で大量にコピー製造され、  
日本の暴力団などに広く密輸されている旧ソ連製の大型拳銃だ。  
でもなんでそんなもんがここに?  

「ああ。それ警察の押収品の中から失敬してきたやつだな。  
ヤクザ屋さんに感謝しな」  

おいおい……。  

「こっちはマカロフか……なるほど、接近戦では重宝しそうだな」  

佐久間が手馴れた手つきで拳銃を構えてみる。  

「ふっ……P220より扱いやすいな」  

薄く笑う佐久間の顔は、まるで野生の戦士のように精悍だった。  


192  名前:  元1だおー  04/02/15  17:21  ID:???  

「で、メインはこっちなんだけど……」  

景はそういうとシートがかけられていて中身が分からなかった物資を公開した。  

「じゃーん!  お望みの銃だぜ!」  

次の瞬間、僕は思わず叫んでいた。  
この、黒光りする鉄の塊は……  

「りょ、猟銃!?」  

「ええっとですねぇ。ライフルが32丁、ショットガンが171丁ですぅ」  

笠間がファイルを手にたどたどしく説明を加えた。  

「だ、弾薬は?」  

「うーんと……。よく分かんないことが書いてるんですけど……」  

笠間はえへへと間抜けた笑いを漏らすと、僕に手にしたファイルを渡した。  
なになに……  
ライフル弾約二千発。こいつは銃と口径を統一しているから問題ないな。  
散弾は12番・20番ゲージのスラッグ弾・六粒弾・九粒弾あわせて約五千発か。  
みると、銃の横に山のように積み上げられているのは箱入りの弾薬のようだ。  


193  名前:  元1だおー  04/02/15  17:22  ID:???  

物資の山の中にはどこでこんなものを手に入れたのか分からないようなブツも多々見受けられた。  
民間で武器になりそうなものは総ざらいしてきたって言うのは本当みたいだ。  
猟銃のほかにはスタンガン、出刃包丁、痴漢撃退用催涙スプレー、日本刀、  
ミリタリーショップから徴用したのかナチスドイツ軍のヘルメットや山岳猟兵の戦闘帽、防弾チョッキまである。  
多くは役に立つのか疑わしいものばかりだったが、  
ありがたいことに削岩用の発破に使われるTNT爆薬がどっさりと積まれているのには安堵すら覚えた。  
これで作戦の成功率はグッと上がったに違いない。  

「しかしこれだけのものをよく集められましたね?」  

「ああ。有事徴用だって押し切ったから一応合法だよ。  
ま、色々と際どい交渉はしなきゃならなかったけどね。  
某右派政党と有事法作ったあの首相に感謝しなよ」  

「む、無茶苦茶っすねえ」  

あの前島ですら呆れ果てている。  

「しかし……なんでですか?」  
「ん?  何が?」  

疑問に思っていたことを尋ねる。  


194  名前:  元1だおー  04/02/15  17:24  ID:???  

「あなた、自衛隊も戦争も嫌っていたんじゃ?」  

「あぁ。それね」  

少し遠い目をして、彼女は話し始めた。  
物資を確認している他の者には聞こえない小声だった。  

「日本に送還されてからさ。なんか疑問に思えてきたんだよ、あの幻のような平和が」  

自分自身に問いかけるような雰囲気だった。  

「あんたらが、命かけてこのちっぽけな街を守ろうとしているってのに、  
日本じゃ国会でくだらねえ憲法論議に時間費やして。  
渋谷に行けば援交の女子高生がたむろしてて。  
自分たちがカッコイイって勘違いしてるカラーギャングのガキどもはオヤジ狩りした金でヤク買ってラリッてる。  
そんなイカれた連中ほったらかしといて教師は『教え子を戦争に送るな』って毎日街頭で誰の命も救わない署名活動してさ。  
あげくにゃこっちの世界に来たのが原因で失業しちまったのが原因だとかほざいて、  
自分の子供を虐待死させた両親が被害者面して法廷で供述してる……」  

彼女は少し恥ずかしげに、自分もイジメが原因で高校を中退していたことを打ち明けた。  
そして、それでも未来に希望を捨てずに大検を受けて卒業した後ジャーナリストになったことも。  


195  名前:  元1だおー  04/02/15  17:26  ID:???  

「いったい何が正しくて、なにがおかしいのか……そんなものを判断するのは、あの国では難しいんだよ。  
だからさ、あたしも人の言うことに惑わされてそれに染まっちまうよりも、  
自分で正しいと思えるものを信じてみようって気になったんだよ。  
で、あたしはあんたのやっていることが正しいって信じた。  
だからだよ」  

半ば押し付けるように指差す彼女にたじろぎながらも、  
その気持ちをなんとなく理解した僕は  

「よく、わかりませんが……」  

困ったように苦笑した。  

「自分らのことを、応援してくれてるのはありがたいです」  

彼女はニッと歯を見せた。  
どこかその笑顔が、頼もしく見えるのはなぜだろうか。  


196  名前:  元1だおー  04/02/15  17:26  ID:???  

その後、兵士にも手伝ってもらって物資を降ろし、ヘリを見送ることとなった。  
彼女らには思わぬところで世話になってしまった。  
物資を降ろし終えたヘリが飛び立つ準備にエンジンを温め始める。  
ややあって回転数を上げたヘリが飛び立ってゆく。  
が  

「なにしてるんですか!?  早くヘリに……」  
「あたし達はここに残るぜ」  

荷物をドサリと地面に放り、手をパンパンとはたきながら彼女は平然と言い放った。  

あんですと!?  

「ふざけないでください!  ここは戦場になるんですよ!?」  

冗談じゃない!  ただでさえ苦戦が予想されるってのに、足手まといな民間人なんか置いてられるかよ!  
しかし僕が本気で怒りを露わにしているにも関わらず、彼女はニヤニヤと笑いながら腕を意味ありげに組んでみせる。  

「増援の来るあてあんのかい?」  

なんだって?  


197  名前:  元1だおー  04/02/15  17:27  ID:???  

「ないですよ!  だから尚更……」  
「あたしらがここにいるなら、増援が来てくれるかもしれないじゃねえか?  
なんたって、あたしらは民間人だかんな」  

僕はそれを聞いて思わず口をつぐんだ。  
そういえば、確かに……。  
民間人がいるのであれば、救援を送ってくれる可能性も上がるかもしれない。  
だが、そううまくいくだろうか?  
この非常時に、たかだか不法入国の民間人二人のために。  

「それにな。こっちには実は最終兵器があんだぜ」  

「最終兵器?」  

まるで僕の心中を見透かしていたかのように、倉敷はニヤリと笑った。  

「こう見えてもナ、イッちゃんって結構有名な国会議員の一人娘なんだぜ」  
「なっ……!?」  

この電波入ってるんじゃないかってコが!?  
今も「にへら」っと抜けた笑顔のこのコが!?  
うそだろ!  


198  名前:  元1だおー  04/02/15  17:28  ID:???  

「あっ!」  
「どうした?」  

前島が何かを思い出したかのように突然叫んだ。  

「笠間ってまさかあの笠間直人衆院議員!?」  

えっ!?  
その名前だったら僕でも知ってるぞ。  
討論番組とかにもよく出演してる議員だ。  

「はいぃ。パパです」  

ほんわりと笑顔で彼女は頷く。  
が  

「……死んだ自衛官の遺族への補償金を税金の無駄遣い呼ばわりしたあの笠間か」  

佐久間が横で、冷徹な彼にしては珍しく不快感も露わに呟いている。  
まあ、他の人間ならまだしも、自衛官にあの名前は不快以外のなにものでもない。  
自衛隊が派遣される前までは、『自衛官の命を危険に晒すのはかわいそうだ。内閣は血も涙もない』と連日国会で叫んでいたが、  
ネリェントスでの大敗を機に内閣が有事法を拡大解釈しての戦費確保の一環として国会議員の給与を半分に減らすと強行し、  
一方で戦死した隊員の遺族への補償を充実させると発表した途端、  
彼は態度を一変させて叫んだ『この国はいつから人殺しの家族に金を恵むようになったのかね?』。  

「あの男の娘か……」  

ゾッとするような冷たい目で、佐久間は目の前ののほほんとしたメガネ少女を見つめていた。  


199  名前:  元1だおー  04/02/15  17:30  ID:???  

「三尉、いいんでないですか?  あの男の一人娘を想う気持ちにかけましょう」  

そっと、彼女らに聞こえないように僕に耳打ちしてくる。  
佐久間が本心でいっているのか皮肉で言っているのか、僕には判別できなかった。  

「……現実的に考えようぜ?  ナ?」  

更に景がウインクする。  
僕は指揮官だ。  
戦いの先々のことまで考慮に入れて作戦を考える必要がある。  
この際、奇麗事は言ってられない。  
言ってられないんだ。  

「……分かりました」  
「ありがとよ!  大将!  あ、ちょっと待っててくれよ」  

歓声をあげ、彼女はヘリから降ろした自分の荷物らしき大きなバッグ類を取りに走っていった。  
なにが始まるのか眺めていると、  
ややあって、彼女はなんと肩に担ぐあの報道用TVカメラを抱えて笠間と一緒にえっちらほっちらとやってきた。  
なんとまあ気合の入った連中だな。  


200  名前:  元1だおー  04/02/15  17:32  ID:???  

「せんぱぁい。準備オッケーですぅ」  

「おーし!  じゃあ回して」  

「さん、にぃ、いち、キュウー!」  

「はい。倉敷景です。  
今私は異世界の土を踏んでいます。  
旧帝国領、現在は自衛隊の管理下にあるエクトと呼ばれる街です。  
私達は、一週間前にここに一度保護されました。  
そして、ゲリラ集結の恐れから出された自衛隊の撤収命令に便乗し、  
本国へと送還されることになったのです。  
ですが、今私はこうして再びこの街へ戻ってきました。  
それは、この街で起こるであろう事件を克明に、装飾なく記録するためです。  
実はこの街にいる日本人は私達だけではありません。  
私達を本国へと送還するのを見届け、街の人々の安全を守るために危険を冒して残った人たちがいるのです。  
この忘れられた地で、人々のために身を挺する人たちがいるのです」  

なんとなんと。  
結構な役者っぷりだな。  
呆れ半分に感心していると、笠間のカメラがこちらに向いた。  


201  名前:  元1だおー  04/02/15  17:33  ID:???  

「みてください。  
命令違反を犯してまで、この街のために残った自衛隊の三人です。  
彼らの平均年齢は二一歳。あまりに若い部隊です」  

一旦話しを区切ると、彼女はスタスタと唖然として突っ立っている僕らの方へと歩いてくる。  
そして、突然持っていたマイクをこちらへ向けた。  

「今のお気持ちはどうですか?」  

「え!?  ええと……」  

「なるほど、緊張しているのですね?」  

「え、ええまあ」  

奇襲攻撃に近いインタビューにしどろもどろとなりながら、僕は慌てて話を合わせた。  

「このように、決戦の日が刻々と近づく中、現場での緊張は最高潮に達しています。  
倉敷景でした」  


202  名前:  元1だおー  04/02/15  17:37  ID:???  

「いやぁー。ドキュメント撮るのも楽じゃないねえ。  
あ、この映像、あたしの知り合いのTV局に気球衛星中継で送信すっから。  
メディアで国民の目に触れちまったら、上も君らを手荒には扱えないはずだよ」  

「あんたのその神経は自衛官以上かも……」  

そのあまりの神経の図太さに感服すら覚えつつ、  
僕は苦笑を漏らした。  
こうして、大きく戦力を補強しつつも、我々は珍客を迎えることとなった。  
決戦の予想される日まで、あと一週間だった。  



649  名前:  元1だおー  04/02/18  01:06  ID:???  


ゴッ!  ゴッ!  ボコッ!  

「ようし、開いた」  

ハンマーで四階の屋根裏の壁に顔一つ分ほどの小さな穴をいくつか開け終え、  
僕は汗をぬぐった。  
今開けた穴からは前庭を見渡すことができる。  
向こうに見えるこの館を囲う城壁の上では、ショットガンを手にした武装メイドの姿がちらほら見える。  
あの阻止線が突破された場合、この穴……銃眼から敵を狙撃する。  
そうならないようにしたいが、おそらくそれは難しいだろう。備えておくのに越したことはない。  

「二階と三階の状況は?」  

後ろで狩猟用ライフルを銃眼に突っ込み、照準の具合を確かめていたリオミアに尋ねる。  

「一足先に窓の打ち付けも終わったようです」  

彼女は猟銃を背負い直し、狭い屋根裏で立ち上がった。  

「良好だ」  

工具箱を持ち上げ、僕は作戦本部となる領主の部屋に戻った。  
途中、懐中電灯をつけないと暗くて通れない場所もいくつかあり、  
その上全ての窓を閉め切った上に板を打ち付けていたので新鮮な空気が入ってこず、  
居住性はかなり悪くなっていた。  
しかも、二箇所を除いて外からの扉も全て打ち付けられ、内側にはバリケードを築いて侵入不能にしてある。  
かつて『あさま山荘』で一千人の警官隊と対峙した連合赤軍のメンバーの気持ちが少し分かる。  
まともな神経ではやってられないだろう。  


650  名前:  元1だおー  04/02/18  01:07  ID:???  

「猶予はあと二日……最悪明日いっぱいだな」  

街の住人の周辺村落への避難は完了している。  
敵が欲しいのはここを制圧下においたという勝利の持つ意味だ。  
だとしたら、たとえ街に住人がいなくても我々を一人残らず駆逐するために襲い掛かってくるに違いない。  
そしてまず間違いなく占領の象徴であるこの領主の館はどんな手を使ってでも落としにかかってくる。  
波状攻撃に耐えるため、館の要塞化は必要だ。  
それが大方完了したのには、まあ満足できる。  

「こちら辻原。佐久間三曹おくれ」  

部屋に戻った僕は無線機の周波数を合わせ、市街地にいる佐久間と交信を試みた。  





651  名前:  元1だおー  04/02/18  01:08  ID:???  

「サクマ様、袋の中から声が……」  

シュレスヴァイラが突然鳴り響いた携帯無線の音に、思わず隣にいた佐久間に飛びついた。  
佐久間は彼女の手を邪険に振り解くと、  

「ああ、三尉だ。寄越してくれ」  

と思い出したように彼女に命令した。  

「は、はい……」  

佐久間の冷たい口調に身を縮め、彼女は迷彩柄の雑嚢を恐る恐る手に取り彼に渡す。  

「はい。こちら佐久間」  

佐久間は無線機片手、双眼鏡を片手に通信に応じた。  
彼とシュレスヴァイラが今いるのは評議会議事堂の近くにある鐘楼。  
街で最も高い建造物であり、ヴェルーア原理教の不気味な鐘の音をかつては毎日のように響かせていたらしい。  
しかし今となっては無人状態、鐘はとっくに佐久間の支持で取り払われ、変わりに運び込まれたのは佐久間の狙撃銃や  
猟銃、そしてそれらの弾薬と火炎瓶数個であった。  
ここは絶好の狙撃ポイントだと、佐久間にはよく分かっていた。  


652  名前:  元1だおー  04/02/18  01:08  ID:???  

「はい。火炎爆弾の敷設は完了しました。余ったTNTはパイプ爆弾を作るのに使おうと思います」  

双眼鏡で街の外に広がる風景をつぶさに観察し、敵影がないか監視しつつ、上官に報告を続ける。  

「兵士の練度はこれ以上は望めそうにありませんね。  
簡単な適応を測って猟銃を扱えそうな奴を選抜しましたが、  
射撃訓練もせいぜい一人三発程度、これでは的に当たればいいほうですね」  

泣き言は言わず、ただ事実のみを伝えることに、彼の自衛官らしい真面目さが覗えた。  

「……はい、もちろんです。退際はわきまえていますよ。  
それが決心できない指揮官はボケナスですからね」  

彼はそう締めくくり、交信を終了した。  
先日までは敗戦色濃厚だったものの、今は開戦してみなければ分からないというレベルになった。  
あとは指揮官次第だ。  
そういったことを考えながら、佐久間が六四式狙撃銃の狙撃スコープの調整を始めようとしたときだった。  

「どうした?」  

「御主人様……もうお昼時でございますわ」  

シュレスヴァイラが少し怯えたように告げた。  


653  名前:  元1だおー  04/02/18  01:09  ID:???  

「ああ。レーションが一緒に入って……」  

「私が持ってきております。よろしければ……」  

おずおずと、彼女は自前の雑嚢を持ってくる。  
中から出したのは、なんとおにぎりだった。  
佐久間が以前、日本食の話でちらりとその形などを教えてはいたが、まさか作ってくるとは。  
しかし必死に作ったのだろうが、形はどれも歪だった。  
そしてそれ以前に、佐久間はこの世界の人間をあまり信用していなかった。  
ネリェントスのトラウマである。  

「貴様が持ってきたものだ。毒が入ってないと保証できんだろう。レーションでいい、早く出せ」  

興味など微塵も示さず、彼は冷たく言い放った。  
彼は彼女を下僕と見てなどいないが、人としても見てはいなかった。  
拳銃を持ち出して彼女に突きつけたあの事件以来、  
佐久間は彼女に頼んでもいないというのにつきまとわれることに多少の苛立ちを感じていた。  
この世界の人間、しかも元帝国側の人間だった者を信用などできない。  
しかし、前領主の束縛から解き放たれた彼女は、あまりにもか弱かった。  
彼女にとっては、佐久間は自らの存在意義同然となっていたのだ。  
だが彼はその他力本願な生き方にも嫌悪感を感じていた。  
人の人生はその人のものであり、決して他人に渡すようなものではないのだから。  


654  名前:  元1だおー  04/02/18  01:10  ID:???  

「御主人様……」  

尚も哀願するような声が佐久間の癇に障る。  

「なんだ。いい加減に……」  

いい加減うんざりしてきた彼は、一言きつく言ってやろうと狙撃銃を置いて振り向いた。  
すると、彼女はその歪なおにぎりを半分ほど食べていた。  

「……こ、これを食べればよろしいです」  

毒見のつもりだったのだろが、彼女は酷く怯えた様子だった。  

「この世界の連中、どいつもこいつも馬鹿だらけだな……」  

はき捨てるように彼は言った。  
その態度にシュレスヴァイラはどこか悲しそうにおにぎりを包みに入れ直そうとした。  
しかし、その手を強引に佐久間が止めた。  

「貸せ。飯はさっさと食うのが自衛隊員の掟なんだ」  

ぶっきらぼうな口調だが、彼の頬が少しだけ赤くなっていたことに、彼女は安心したように微笑んだ。  


655  名前:  元1だおー  04/02/18  01:11  ID:???  


「だ、だだ誰だ!?  で、出て来い!」  

前島は慌てて背負っていた六四式自動小銃を持ち直し、暗闇に向かって構えた。  
館の中は窓を閉め切っているので、明りのない部屋は昼間にも関わらずまさに一寸先も見えない状態だ。  
銃の扱い方を武装メイド数人に教え、休憩がてら昼食をいただこうと食堂へ向かう途中、  
小さな人影がこの食糧倉庫に逃げ込んだのを目撃したのだ。  
先日のダークエルフの侵入のように敵の工作員が潜んでいる可能性は十分高い。  
何も物音がせず、前島は焦りのあまり、一発威嚇射撃を試みようかとトリガーに指をかけた。  
もしも、飛び出てくるようなら一発で仕留めてやる。  
人を撃ったことなど今まで一度もないが、やれるはずだ。  

「………おにいちゃん」  

微かな、耳を澄ましていなければ聞き逃してしまったであろうか細い女の子の声だった。  
暗闇から、まるで悪夢を見てしまった幼子が怖さのあまり兄と一緒に眠りたいと部屋へやってきたときのような。  

「……み、ミルシェ?」  

前島は肩の力が抜け、銃口が下がる。  
彼は耳を疑ったに違いない。  
彼の専属メイドであるミルシェは、つい先日他のメイドと共に郊外へ疎開したはずだ。  

……ちりん……  

だが間違いない。この鈴の音は、彼女の髪飾りのもの。  


656  名前:  元1だおー  04/02/18  01:12  ID:???  

「わっぷ!?」  

ちりんっ!  

暗闇から何者かに飛び掛られ……実際は抱きつかれ……前島は廊下側にしりもちをついてしまった。  

「……おにいちゃん」  

「や、やっぱりミルシェじゃんか!  何してるんだよこんなところで!?」  

慌てて半身を起こし、少女の顔を確認する。  
少女は今にも泣きそうな顔をしているが、彼に会えた事で安心したのか微笑みを浮かべていた。  

「……一人ぼっちは…いや……」  

「んなこといったってなぁ」  

困ったように頭をかく。  
すると、彼女は絶望的な表情を浮かべて彼に詰め寄った。  

「……おにいちゃん……わたしのこと、きらい?」  

「そんなわけないだろ!」  

涙ぐむ少女の瞳に、彼はもう自分がどうしようもないことに気がついた。  


657  名前:  元1だおー  04/02/18  01:13  ID:???  

昔から、自分は人が良すぎて損ばかりしていた。  
堕落した生活を送っていた高校時代に、たまたま不良どもに強姦されそうになっていた  
顔見知りだった普通科の生徒会長をその辺に落ちていた鉄パイプ片手に、  
連中を半殺しにして救ったが、その後に少年院に送られそうになったことも、とんだ災難だ。  
少年院に送られる代わりにぶち込まれたのが、人員不足に悩む自衛隊だった。  
そして、今はこうして……  

「ったく、しょうがねえな」  

前島は苦笑しながら、彼女の頭をなでてやった。  
そういや生徒会長、元気にやってっかな?  
俺はこんなところでマジもんの戦争やってっけど、今はいいとこの大学だろうか?  
そんなことを考えながら、彼は疲れていたのかそのまま寝息を立てるミルシェの温もりを感じていた。  





658  名前:  元1だおー  04/02/18  01:15  ID:???  

屋根裏でロウソクの微かな明りがぼんやりと室内を映し出していた。  
今となっては夜も昼も分からない状況だが、腕時計は今が夜であることを刻んでいる。  
僕は明日か明後日中にも開戦することにさすがに不安を隠しきれず、  
ケースに入れていた六二式機関銃の組み立てをマニュアル片手にやっていた。  
手元だけはL字型の軍用ライトで照らしているものの、どうも光のあて具合が悪く見え難い。  
そもそもこんな暗闇で一人で組み立てられるはずがない銃なのだ。  

「お手伝い致しましょうか?」  

もう諦めかけていたとき、屋根裏に上ってきたリオミアのメイド服がロウソクの光に淡く映える。  

「ああ、ありがたいです。これ持ってこの本を照らしててくれませんか」  

「はい」  

それから、組み立てながらケースの中の部品を取ってくれるなど彼女の手伝いのお陰で、  
なんとか組み立て終えることができた。  

「ふう……なんとか終わったな」  

傍らに機銃を二脚を立てて置くと、僕は油で汚れた手を拭こうとタオルを捜した。  

「領主様……」  

すると彼女は僕の手を取り、自分のメイド服のエプロンで丁寧に拭いてくれた。  

「あ、そんなことしなくても」  

銃の油で汚れてしまった彼女の純白だったエプロン。  
申し訳なく、思わず謝ってしまう。  
しかし彼女は微かに笑って、いいのです、とだけ言った。  


659  名前:  元1だおー  04/02/18  01:16  ID:???  

「それより領主様、お腹が空きませんでしょうか?」  

「え?  ああ、そういえば夕飯食べてなかったっけ」  

「夜食を持ってきております。どうぞ召し上がってください」  

彼女はそういうと、置いていたバスケットから皿とパン、そして葡萄酒を取り出した。  
皿はよくみるとグラタンだった。まだ温かく、実においしそうだ。  

「料理長が丹精込めて作ったそうですよ」  

「パーシェさんか。今度あったらお礼言わないとな」  

僕はスプーンでグラタンをつつきながら、感謝の念を抱いた。  

「……でも、本当に良かったんですか?」  

「何がですか?」  

途中で食べるのをやめ、神妙な面持ちで僕が問いかけたことに彼女は首を傾げた。  

「非戦闘員も同然の君らが……ここに残るのを志願したことだよ」  

「ああ……それですか」  

リオミアは少しホッとしたようだった。  


660  名前:  元1だおー  04/02/18  01:16  ID:???  

「領主様には……分かり難い思いかもしれません」  

「どういうこと?」  

「凄いことではないですか?  
奴隷身分だった私達に、『自ら自由を勝ち取る権利がある』なんて……。  
どこからそんな発想が沸いてくるのか、私には理解できません」  

「なるほどね……」  

これ以上は聞くまい。  
彼女らも、生半可な覚悟ではないんだ。  
武装メイド以外のメイドでも、リオミアやパーシェのように残った者は約十五名ほど。  
戦闘時には、銃の弾込めや負傷者の介護、炊き出しなどを担ってもらう。  

「領主様」  

「ん?」  

グラタンを平らげ、ワインをちびちびとやり始めた頃、リオミアが静かに口を開いた。  

「キョートのお話を、もっと詳しくしてくれませんか?」  

「京都の?」  

「はい」  

まるで夜のレストランで恋人と語らうようなしっとりとした雰囲気に、少し僕は焦ってしまう。  
ロウソクの淡い光に照らされた彼女の白い肌が艶かしい。  


661  名前:  元1だおー  04/02/18  01:18  ID:???  

「京都ねぇ……俺も修学旅行で一回行っただけだからなあ」  

苦し紛れに、僕はあえて明るい口調で話し始めた。  

「シュウガクリョコウ?」  

「ああ、中学の頃にね」  

「チュウガク?」  

「……え、えっとね」  

一から教えないといけなかったのは少し面倒だったが、  
僕の学生時代の面白い話とかを混ぜながら説明すると、彼女は見ていて楽しいくらい豊かに表情を変えてくれた。  

「せえらあ服というのは、領主様の以前着ていた服のようなものですか?」  

「うーん。あれよりももっと可愛いよ」  

「いつか着てみたいです」  

彼女の何気ない一言に、思わず僕は彼女のセーラー服やブレザー姿を想像してしまった。  
オタクが見たら狂喜しそうな光景だろうな。  


662  名前:  元1だおー  04/02/18  01:19  ID:???  

「きっと似合うと思うよ」  

僕は笑いながら言った。  

「私…ニホンに行ってみたいです」  

「そうかい?  こいつが終わったら、俺は極悪人になってるか英雄になってるか…前者の方が濃厚だけど、  
まあなんとか便宜図ってみるよ」  

「本当ですか……?」  

「ああ。命張ってくれてるんだ。それぐらいは報酬の内さ」  

そういって、僕は一口ワインを舐めた。  
あまり酒に強くない僕だ。酔いがもう回ってきたのか、頭が少しぼんやりする。  

「リオミア……?」  

ふと気がつくと、彼女が隣に座っていた。  
そっと、僕の肩に頭を委ねてくる。  

「ツジハラさん……私……実は…」  

何か躊躇いがちに、彼女は話そうとしていた。  
しかし、何故か今は何も聞きたくはなかった。  
そして彼女の鼓動さえ伝わってきそうな距離に、僕は酔いも手伝ってか思わず彼女の肩に手を回した。  


663  名前:  元1だおー  04/02/18  01:20  ID:???  

「あっ……」  

彼女は一瞬驚いたように身を固くしたが、  
ややあって、もうそれ以上何も言わずに僕に寄り添ってくれた。  
彼女の体は、華奢で、やはり温かった。  
ずっとこうしていたい。そんな気持ちにさせられる。  

「三尉ぃ!  大変ですっ!」  

突然屋根裏への扉をぶち破って現れた前島に、  
僕は驚きのあまり飛び上がるように彼女から離れた。  

「なななな何!?」  

うまく言葉が出てこないが、とりあえずそれだけは言っておく。  

「ぜ、前線で帝国の反撃作戦が始まったみたいっす!  とんでもない様子で、とにかく領主の部屋まで来てくださいって三曹が…」  

僕とリオミアは恥ずかしさもどこへやら、顔を見合すとすぐさま駆け出した。  
これはもしかしたら予想よりも早く、ここへも敵がやってくるかもしれない。  
そんなことを、僕は考えていた。  




108  名前:  元1だおー  04/02/20  10:20  ID:???  

無線機から流れてくる情報は錯綜していた。  
随所で寸断された戦線。  
孤立し各個撃破されてゆく小隊。  
弾薬の不足。  
空に空自の直衛機の姿はなく見えるものは異形の妖魔ばかり。  
小隊長の戦死に一介の陸士長が部下を指揮する苦汁の対応。  
燃料不足に動かぬ戦車隊。  
パーツの共食いの末に稼動機体が半数以下にまで減少したヘリ部隊。  
そして救援のあてもない。  
戦闘に必要なほとんどのものが欠落している状態で彼らは必死の抵抗を続けていた。  
無論、潰走も時間の問題だった。  
ダンケルクの兵士達も、このような気持ちだったのだろうか。  
いや、彼らはいつかここへ戻り帰りを待つ国民のため敵を打ち負かしてやるという気概に燃えていただろう。  
しかし、自衛隊にはそんなものは存在しない。  
戦闘能力の半減した八万の陸自と妖魔使いと魔導兵団まで擁した帝国軍の推定兵力六十万。  
ただ無様な敗走の過程を刻むのみ。  

「このことは口外しないように。士気を下げるわけにはいかない」  

「……はい」  

僕は敗戦色の濃いこの戦争に、自分自身意外なほど落ち着いて指示を出していた。  
大本営発表だな、こりゃ。  
まさか同じ事を自分がやることになるとは思わなかった。  

「それから、おそらく明日にでも我々も会敵が予想される。  
斥候との連絡を密にせよ」  

「はい」  

こうして、眠れぬ夜が明けた。  


109  名前:  元1だおー  04/02/20  10:21  ID:???  

「ピュリッツァー賞も夢じゃねえかもな」  

朝日もだいぶ昇ってきた時間。  
領主の部屋のテラスで、  
安全用にナチスのフリッツヘルメットを被った景は望遠レンズ越しに広がるその光景に息を飲んだ。  
小高い丘を超え、現れた集団。  
馬にまで鎧をつけ、重厚な鎧に身を固めた騎士達と、それに並走する歩兵隊。  
装備のバラバラな部隊は傭兵団だろうか。  
警戒しているのか、街とは一定の距離をおいているが、  
やがて百人くらいの単位で三個隊を街道へ向かわせ街へ進め始めた。  
本陣はまだ動かず、先遣を出したのだ。  
これを見る限り、少なくとも残党の指揮官は馬鹿ではない。  

「自衛隊の人たち大丈夫でしょうかぁ?」  

本人は真剣な顔をしているつもりなのだろうが、  
どこか間延びした雰囲気で衣緒が景に尋ねる。  

「大丈夫でいてもらわないと困るよ。あたしらの命だってかかってんだから」  

「ですよねぇ」  

この緊迫した状況下においても、彼女らはまだマイペースだった。  
すると、景はセッティングしていたTVカメラを操作すると、突然緊張した表情に変わってマイクを持った。  

「見てください皆さん!  遂に帝国軍残党と思われる軍団が街道から姿を現しました!  
信じられない光景です。隊列を組み、戦旗を翻しながらこちらへと向かってきます!」  

彼女はあくまでドキュメントを撮るつもりらしかった。  


110  名前:  元1だおー  04/02/20  10:22  ID:???  

完全武装に身を包み、六四式を手にして防衛拠点である議事堂に待機していた僕は無線に叫んだ。  

「佐久間三曹!  状況報告!」  

『A路より騎士一個小隊、歩兵二個小隊。B路より歩兵一個中隊。威力偵察と先遣の両方でしょう』  

街を見下ろす鐘楼から佐久間が双眼鏡で見て取った情報を送ってくる。  

「大通りを通ってここを制圧しにくる気だな」  

僕はこの三ヶ月で作り上げた街の地図(まさか有事に使うとは予想していなかったが)を広げてそう判断した。  
いよいよか……  
戦闘に備えて二週間。覚悟はしていたつもりだが、不安は隠しきれない。  

「ここまできて言うことはもう何もない。行くぞ、みんな!」  

「おおー!!」  

隠し切れないなら、紛らわすしかない。  
僕は議事堂内から出ると、広場に待機していた散弾銃を手にした少年志願兵たちを睥睨し、出撃を告げた。  
兵士達の士気は意外にも高い。これなら善戦も期待できるかもしれない。  
怖いさ。正直怖い。  
でも、戦わねば、もっと怖いことが起きる。  
戦争ってのはそんなものだ。  
戦争をしなければ全てうまくいくなんて理屈は日本の平和主義者の幻想でしかない。  
鬱になってる場合じゃないな。  
これから起こる全ては、館に残ってるあの二人が記録してくれるだろう。  
俺の生き様みとけってか、なんとだかなぁ。  


111  名前:  元1だおー  04/02/20  10:22  ID:???  

「三尉、こっちです」  

先に待ち伏せ場所である商店の屋上に待機していた前島が手招きしてくる。  
僕は背後の少年兵たちに作戦通りにするよう指示し、前島のいる屋上へ行くために建物内に入っていった。  
屋上に上ると、道を挟んである向かいの建物の屋上に銃を持った兵士たちがちゃんと位置についているのを確認する。  
向こうは僕が見ているのに気付くと、親指を立てて準備完了を伝えた。  
僕は苦笑してしまった。これではどっちが自衛官か分かったもんじゃないな。  
僕も気合をいれないと。  

「爆弾はうまく隠してあるな。よし、じきにここを奴らが通るぞ。タイミングが重要だ」  

「分かってますって」  

前島が点火器の安全装置を外しながら応える。  

!  

馬の嘶き、鎧の衣擦れ音。  
来た。  
僕はこちらよりも早く気付いたのか、こちらをじっと見ている向かいの建物の兵士に頷いて見せた。  
すると全員が気取られぬように身を伏せる。  
無言でいると、ヘルメットをコンコンと前島がつついてきた。  
そして不安そうに二個ある点火器の内の一個、前方を塞ぐ方を僕に渡してきた。  
自分が戦闘の口火を切るのが不安なのだろう。  
いいさ、やってやる。もとはといえば僕が発案者なんだ。  
僕は点火レバーに指をかけた。  
不気味な静寂が辺りを支配する。  


112  名前:  元1だおー  04/02/20  10:23  ID:???  


「アルゴス殿、やけに街が静かだと思いませぬか?」  

部下の言葉に壮年の騎士隊長は頷いた。  

「この気配、ただごとではないな。  
家にこもっておるのではない。誰もいないのだ」  

そう呟くと、彼は伝令兵を鋭く呼んだ。  

「市内の様子をつぶさにケイルダイン将軍にお伝えしろ」  

「はっ!」  

伝令兵はすぐに後方へと走り去って行った。  
それを見送ってから、騎士が上官に尋ねる。  

「して、これからいかが致します?」  

「しれたことよ」  

壮年の騎士隊長は鼻で笑った。  

「この街に駐留する異世界軍の連中は我らに戦術を用いて対抗しようとしておるのだ。  
確か三人と言うたな。  
街がこの様子だと、民を徴兵して待ち構えておろうな」  

「では後続を待って……」  

まだ若い部下に、騎士隊長は不適に笑った。  


113  名前:  元1だおー  04/02/20  10:24  ID:???  

「兵力差は衆寡適さずといえど、しょせんは農民どもの寄り集まり。  
我らの敵ではない。ここで待って怖気づいたととられては心外よ」  

彼はそう言うと、腰の長剣をズラリと抜き放った。  

「聞けぇい!」  

ゴーストタウンとなり、静寂に包まれている街に朗々と響き渡る大声。  

「我らはヴェルーアの騎士団にある!  
貴様らの主であるぞ!  
大人しく異世界人の身柄を差し出せば褒美を取らそうぞ!  だが…」  

高々と剣をかざし、圧倒的でさえある自信をもって騎士隊長は宣言した。  

「歯向かうのであれば容赦はせんっ!  
一族郎党生きておれると思うでないぞ!!」  

これだけ静まりかえった街だ。伏兵がいるのであれば十分に聞こえたはず。  
なんの反応もないことに敵は近くにはいないと踏んだ騎士隊長は掲げていた剣を闘いの後のように降ろした。  


114  名前:  元1だおー  04/02/20  10:25  ID:???  

「ふんっ!  腰抜けどもめ……」  

彼は嘲笑を浮かべて馬腹を蹴った。  
黒毛の軍馬が鎧をきしませて力強く歩み出す。  
だが、次の瞬間、凄まじい轟音が辺りをまるで雷鳴のごとく震わせた。  
兵士達が耳を抑える暇もあたえず、今度は目の前に炎の壁が聳え立った。  

「ぎゃああああああぁ!?」  

一人前進していた騎士隊長は、その炎の中に飲み込まれ、断末魔の叫びを上げて炭と化した。  

「くっ!?  馬鹿な!  炎の精霊を呼び出したというのか!?」  

その炎の強力さに誤解した部下の騎士が叫ぶ。  
TNT爆薬で爆破散布されたハイオクガソリンの燃焼力は半端ではない。  

「一旦退くぞ!  後方に伝令を……」  

副官であった騎士が思わぬ攻撃にパニック状態となった馬と歩兵を制しつつ力の限りに叫ぶが、  
炎を前にして自分の跨る馬すらも恐慌に陥り、それどころではない。  

「おのれ……この借りは必ず…」  

返すぞ、といい終わらぬ内に、彼はハッとした。  
両側の建物の屋上に、何かを手にした者たちがいつの間にか現れているではないか。  


115  名前:  元1だおー  04/02/20  10:26  ID:???  

「しまった!  伏兵だ!  早く退…」  

彼の叫びをかき消すように、またあの爆音が地を震わせた。  
見ると、元来た道、つまり退路が炎に塞がれている。  
してやられた!  全ては敵の術中だったのか!?  
彼が咄嗟に悟った瞬間だった。  

パカッ!  

何かが背中に叩きつけられ、彼の纏っていた鎧に当たって砕け散ったようだ。  
投石か?  彼は自分の経験からそう判断した。  
しかし、それは間違っていた。  
何かが猛烈な熱に焼けただれる音を聞いた。  
それが自分の体であることを理解したのは、周囲で火達磨になってのたうつ歩兵達を馬上から見てからだった。  
そして彼は馬から振り落とされ、そのまま自分が焼けてゆくのを、朦朧とする意識の中で感じていた。  




116  名前:  元1だおー  04/02/20  10:27  ID:???  

「火炎瓶はあと何本ある!?」  

「あと一個!」  

「それ投げたらバリケードまで退却する!  テムズたちもだ、いいか!」  

『はい!  領主様!』  

携帯無線に叫んでから、僕は背負っていた六四式小銃を手に取り、ボルトを引いて初弾を送り込んだ。  
退却を支えるのは、こいつと前島の一丁の六四だけだ。  
少年兵らに正確な射撃は期待できない。  

「前島!  急げ!」  

「ちょっとチャッカマンがつかなくって……あ、ついたついた!」  

前島が手にした火炎瓶に点火したのを確認し、僕は小銃を屋上から下へ構えた。  
思わずそこに広がる光景に息を飲む。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。  
ゴムを溶かし粘着性を高めた特殊火炎瓶の炎が燃え移りのたうちまわる兵士たち。  
すでに焼け焦げた死体。  
主を失い、パニックになった軍馬は味方の逃げ惑う歩兵を蹴り殺している。  
畜生!  自分でやっといてなんだが、最悪だ!  

「行け!  撤収ー!」  

僕は叫び、銃口を『人』に向けたままトリガーを引き絞った。  



396  名前:  元1だおー  04/02/23  08:24  ID:???  

市内から乾いた銃声が風に乗ってくるかのように微かに聞こえる。  
メイド服の少女はそれに耳を澄ましながら、いつもは付き従っている若き領主の身を案じていた。  
この館を頼む。彼の命令は確かに彼女の仕事であった。それゆえ、反論の余地もない。  

「よぉ。心配なのかい?  あの大将さんが」  

同じようにテラスにいたあのニホン人の女性がニヤニヤと笑いながら尋ねてきた。  
リオミアはその笑顔が命をかけて戦っている者の話をする態度なのかと腹立たしさを感じたが、  
表情には出さずに素直に応えた。  

「はい。もちろん」  

「ふぅん。大した人望やねぇあん自衛隊員」  

その物言いにも反感を感じずにはいられない。  
しかし、こんな状況下でこの二人といざこざを起こしたところで事態は好転しないし労力の無駄でもある。  

「まぁ……命令無視してまでここに残るくらいだから、案外根性ある性格なのかもしれんがね」  

そっけなく呟いてから、彼女はまた望遠カメラの調整にファインダーを覗いた。  
リオミアは、昼食の炊き出しの手伝いをしようかと厨房へ向かおうとテラスから出ようとする。  

「あっ!」  

そのとき望遠カメラを覗いていた景が声をあげた。  

「どうしました?」  

「本陣が……動いた」  

それは、更なる激戦の幕開けであった。  


397  名前:  元1だおー  04/02/23  08:26  ID:???  


「伝令!  市内にて敵の抵抗激しく、アルゴス騎士隊長隷下の部隊はほぼ壊滅!  
傭兵どもは現在途中にて止めさせておりますが、いかがいたしますか?」  

伝令兵が息を切らせて本陣に駆け込んできた。  
彼を見下ろす総大将ケイルダインは落ち着いた口調で伝令兵に尋ねる。  

「異世界軍の魔導兵器か?」  

「い、いえ。油を瓶につめ、それに火をつけて投げる手製の武器にございます」  

「異世界軍には知謀に長けた将がおるようだな」  

ケイルダインは表情に変化は表さずに呟く。  
ニホン人は全ての民が読み書きは言うの及ばず高度な数学まで解するという。  
軍の将校ならば三人の兵力でも勝てる戦略を考えられないわけでもないとはある程度予想はできていた。  
しかし諜報能力のない彼らが我々の襲撃を知っていたとなると、サキュアが裏切ったのは確実なようだ。  
あの女にはゆくゆくしかるべき報いを受けてもらわねばなるまい。  
が、その前にこの街を落とす必要がある。  


398  名前:  元1だおー  04/02/23  08:26  ID:???  

「将軍!?」  

「俺が出る」  

「ですが将軍自らが出陣なさるのは危険かと……」  
「これが我ら騎士団の戦い方よ」  

ケイルダインは部下の心配をよそに精鋭の部下達を従えて街の方へと馬を進めた。  
たとえ馬鹿げた騎士道精神だとしても、これが彼らの武人たるプライドであった。  

「な、なにをしておるか!  将軍が動かれたのだ。本陣も動くぞ!」  

「おおぉおおおおー!」  

しかしケイルダインがとったこの行動は、計らずとも自衛隊が最も恐れていた事態を招く結果となった。  
自衛隊は各個撃破を目標としてたが、もともとが寡兵である以上もっとも危険な状況は敵の波状攻撃によって対応しきれなくなることであった。  
そして、これからその最悪の状況に転じるのに、そう時間はかからなかった。  



399  名前:  元1だおー  04/02/23  08:27  ID:???  


「佐久間三曹、様子はどうだ?」  

評議会の二ブロックほどの距離にある防衛線に到着した僕らは、  
前方の道を睨んでいた佐久間の側に駆け込んだ。  

「こっちが待ち伏せしているのを察知したのか、途中で止まってますね。  
なにかしらの作戦を立ててやってくるはずです」  

「そうか……」  

とにかく、緒戦は圧倒できた。これで少しは時間が稼げるはずだ。  

「猟兵隊は一列に布陣しておけ、敵がきたら命令に従って一斉射撃だ」  

「はいっ!」  

猟兵隊、つまり銃を持った兵士達だ。まあ、鉄砲隊では少々ダサいからな。  

「ここは俺に任せて佐久間は鐘楼に登っておけ。  
敵はただでさえ多いから、その指揮系統を乱さないと勝ち目は薄い」  

「了解」  

佐久間は六四式狙撃銃を抱えると後方へ下がって行った。  


400  名前:  元1だおー  04/02/23  08:28  ID:???  

「ふぅ…」  

緊張は途切れないが、ヘルメットを脱いで息を整える。  
さっきは初めての実戦だった。  
そして、初めて人を殺した。  
剣や槍とは違って、ずいぶんとあっさりとしたものだ。  
銃の発明が、いかに戦争を簡単なものにしてしまったかよく分かる。  

「三尉、無線が鳴ってますよ」  

「ん?  ああ」  

何かを考える余裕もないようだ。  
僕は腰からトランシーバーを取り出した。  
相手は館にいる倉敷だった。珍しく緊張した雰囲気で、僕にテラスから見える光景について説明した。  

「なんだって!?  全軍動いたのか!?」  

その情報は最も恐れていた事態を意味した。  


401  名前:  元1だおー  04/02/23  08:29  ID:???  

「ヤバげな雰囲気っすね?」  

さすがの前島も緊張している。  
僕は頷いて銃のセレクターレバーを「タ」から「レ」に変更した。  
ここを突破されれば、もう館まで敗走するしかなくなる。  
議事堂はあくまで簡易の拠点でしかない。立て篭もるのは愚の骨頂だった。  
敵がどう出てくるのか考えるが、  
こんな特殊な状況下では敵がどう判断するかは相手の指揮官の人格まで分からなければ推測は不可能だ。  
嫌な予感を感じていると、部下の少年兵が道の奥を突然指差した。  

「領主様!  あれを!」  

「……!」  

道を埋め尽くす人、人、人。  
ざっと見えるだけでも五百は下らないだろう。  
鋼鉄の鎧と盾に守られた重歩兵だ。これを全面に出しているということは、  
こちらが銃火器を保有していることをある程度予想していることになる。  
間違いない。敵の指揮官は一度は自衛隊と戦ったことのある奴だ。  
敵との距離は約三百メートルといったところか。ショットガンの有効射程距離にはまだ及ばない。  
だが、その迫力に圧倒されたのか、怯えた表情で今にも銃のトリガーを引いてしまいそうな兵が何人もいた。  


402  名前:  元1だおー  04/02/23  08:30  ID:???  

「全員よく聞け!  指示があるまでトリガーに指をかけるな!」  

なんとかバラバラに銃撃してしまうという失態は演じずに済みそうだったが、  
実戦経験のない兵士、それも少年兵が主力ではやはり不安が残る。  

「ようし射撃用ぉ意!!」  

僕の命令にスラッグ弾を装填した散弾銃が一斉に筒先を並べる。  
その光景はまるで滑空銃の時代の歩兵の決戦風景のようであった。  

「まだだ……もっとひきつけて」  

ゆっくりと歩を進めてくる敵軍に息を飲みながら、僕は不安と緊張に身を固くする。  
向こうは徐々に歩く速度を上げてきた。距離は縮まってくる。二百、百九十、百八十……。  

「撃ぇーっ!!」  

距離が目測百メートルを切った瞬間、僕は怒号のように叫んだ。  
一斉に百丁以上の散弾銃の銃口に閃光が迸り、  
ヘルメットをしているにも関わらず、その銃声の大きさに耳が遠くなる。  
前方ではスラッグ弾が盾と鎧を貫通した兵士がバタバタと倒れる。  
しかし、実戦慣れしているのか大きな動揺は見受けられなかった。  
しまった!  銃撃というものをある程度知識として知っているのか!  


403  名前:  元1だおー  04/02/23  08:31  ID:???  

「ポンプアクション!」  

逆に自分の撃った銃の銃声に鼓膜をやられている自軍の兵士達を叱咤する。  
兵士らは弾かれたように排莢を行い、次の射撃に備える。  
最初の一斉射で倒れたのは五十前後。今まさに抜刀して襲い掛かってきているのが百ぐらい。  

「撃てぇ!!」  

轟音と共に更に半数が倒れる。  
僕は白兵距離にまで接近した残りの五十に向けて六四式を掃射した。  
突撃をかけてきている第一波はこれで片付いた。  
だが、次の瞬間僕らは我が目を疑った。  

「騎兵突撃っ!?」  

目先の敵に気を取られ、第二波が既に肉薄してきていることを認識するのが遅れたのだ。  
軍馬を駆り、旋風の如く疾走してくる騎兵軍がまるで魔法のように目の前に現れた。  

「クソっ!  撃て!」  

しかし不意をつかれたためか、猟兵隊の銃撃は組織性に欠け散発的なものとなっていた。  
当然、素早く動いている騎兵にはほとんど命中していない。  
僕と前島はバリケードに乗り上げるように身を乗り出して六四式を乱射した。  
だがその突進力はこちらの火力を大きく凌駕していた。  


404  名前:  元1だおー  04/02/23  08:32  ID:???  

カシッ  

六四式のマガジンの弾が切れたので予備マガジンと慌てて交換する。  
しかし、六四のマガジンはこんな切羽詰った状況のときほど致命的に交換しにくい構造になっている。  

「うわっ!?」  

なかなかマガジンが入らないことに焦っていると、黒い影がバリケードを飛び越えて乱入してきた。  
しくじった!  阻止線を越えられるのは最悪の事態と仮定していたが、こうもあっさりと破られるとはさすがに予想していなかった。  
映画『アラビアのロレンス』ではラクダの騎兵隊が銃で武装した敵軍の拠点を突破していたが、  
脆弱な武器で騎兵隊と戦うリスクを甘く見積もりすぎていた。  
だが、ここでそうやすやすと退くわけにはいかない。  
ここで敵を食い止め損耗させなければ、時間も稼げないので援軍が到着するまでもちこたえられない。  

「クソがぁっ!」  

マガジンをしっかりと装填し、僕は怒涛の如く乗り越えてくる騎士達を掃射でなぎ倒す。  
しかし、周囲は既に蹂躙された戦場と化していた。  
銃声がバラバラな間隔で聞こえるが、練度の低さと恐怖心から命中している様子ではない。  
しかも現代の日本の猟銃は安全対策に欧米のものに比べて装弾数をわざと減らしてあるので、  
弾切れに焦っているところを次々と馬上から刺突されて討ち取られている。  
その光景に歯を食いしばる。畜生実戦を甘く見すぎていた!  
あくまで自衛隊の強さは組織化されているからだ。  
こんなゲリラ戦に毛が生えた程度の戦闘など想定していないから戦術も粗が多かった。  
だが今そんなことを悔いても仕方がない。  


405  名前:  元1だおー  04/02/23  08:33  ID:???  

と  

「雑魚どもにかまうな!  狙うは敵将の首一つっ!」  

黒い軍馬を駆り鬼神の如く槍を振るう武将が怒号を上げた。  
奴が指揮官か!  
僕はマガジンの残弾を確認して奴の目の前に立ち塞がった。  
相手も、こちらに気付いて真正面と向かいあう。  

「面白い」  

ケイルダイン・クァンは、銃口を前に凄絶な笑みを浮かべた。