750 名前: 元1だおー 03/12/06 17:03 ID:???
「遠くから見ても分かるくらいだったんだから、予想はしてたけど……」
「こりゃあ……もうほとんど文化遺産ですね」
僕らは門を通って百メートルほど行った噴水広場近くでトラックから降りた。
この世界の宗教に登場する美しい女神をかたどった像が、水瓶から清らかな水を絶えずあふれ出ている。
天気の良さに、水飛沫が綺麗な虹をつくっていた。
その絵画のような光景に目を細めながら、僕は周囲を見渡してみた。
ゴルフができるのではないかと思えるほど広大な庭の芝や植え込みは綺麗に剪定されており、
門へと続くしっかりとした石造りの道の両脇は、色とりどりの花で彩られ、何匹もの蝶が踊るように宙を舞っている。
狭い住宅環境に加えてパンピーな僕らにはあまりにも現実離れした風景だ。
「トラックはここに停めていこう。あのリオミアって人に案内してもらわないことには、
館がどれくらいの広さがあるのかさえ分からないからな」
下手にトラックを動かして、なんか高価なものや貴重なものを壊したら取り返しがつかない。
きっと、僕の俸給(自衛隊では給料のことをこう呼ぶ)なんかじゃ一生かかっても払えない額のものばかりに違いない。
くわばらくわばら……生活するのもちょっとした気を遣ってないといけないなんてな。
751 名前: 元1だおー 03/12/06 17:04 ID:???
「ツジハラ様!」
リオミアたちが駆け寄ってきた。
トラックの速度に追いつけなかったのだろう、息を切らして走ってくる。
「驚きました……。このような大きな物がそんなに速く走るとは思いませんでしたので……」
リオミアは上品に胸をおさえて息を整えながらそう言った。
彼女の視線は、この華やかな庭のなかで唯一ゴッツくて、鈍いOD色の光沢を放つ大型トラックに注がれている。
「すいませんでした。停められそうな場所がここら辺しかなかった……」
「申し訳ありませんでした。配慮が不足しておりました。どうかお許しください」
僕が謝ろうとするのを遮り、彼女は大きく頭を下げた。
お、おいおい。なにもそんなことする必要はねえってばよ。
752 名前: 元1だおー 03/12/06 17:05 ID:???
「あ、いえそんな……頭なんか下げなくてもいいですよ」
どっちかというと、広場のど真ん中に駐車して悪いのは僕らの方だ。
どうも調子が狂うな。
日本にいたときなんて、演習帰りに弁当を買おうとスーパーの駐車場に停めようとしたら、
店員に客が驚くから迷惑だ、出て行けって言われたことならあるけどさ。
しかしまあ、軍人が一般市民に追い返される国なんて、地球もこっちの世界も広しといえども日本だけなんだろうな。
…ついでにいうと軍人って言葉もNGワードだ。
「寛大なるお許し、感謝いたします」
「あ、ああ」
再び頭を深々と下げるリオミア。
バカ丁寧なんてレベルじゃないぞこりゃ…。
戸惑いに近い感情を抱きながら、
その後僕はリオミアに導かれて館の本館へと案内されていった。
753 名前: 元1だおー 03/12/06 17:06 ID:???
「うひゃぁ……」
その建物を見上げて僕は馬鹿みたいに開いた口が塞がらなかった。
外観は高校のころの世界史の資料集に写真で載っていた、ゴシック建築の宮殿を思わせ、
壮麗ながらも一種の近寄りがたさのようなものを感じさせる。
きっと、僕のような凡庸な人間など、今まで受け入れたことなどないのだろう。
どういえばいいのか、分からないが、どうも好きになれない雰囲気だった。
「「ようこそお越しくださいました……お客様」」
立派な玄関の両脇に身じろぎ一つせずに立っていたメイド二人が、
綺麗にハモってから僕に向かって一斉に頭を下げる。
「ど、どうもご苦労さまです」
いつもの癖で、僕は咄嗟に被っていたヘルメットを脱いで会釈した。
あんなに丁寧にお辞儀されて返事もしないんじゃ失礼というか、どうもきまりが悪い。
754 名前: 元1だおー 03/12/06 17:07 ID:???
「!? も、もったいなきお言葉でございます!」
しかし彼女らは僕の言葉にビクリと驚くと、更に深く身体を折って頭を垂れた。
「えっ……。あ、あの……」
な、なんだなんだ? 俺なにかまずいことでもまた言っちまったか?
「ツジハラ様。お手間をかけて申し訳ございません。
しかし、そのような下賤な者どもにお情けなど不要にございます。どうぞこちらへ……」
リオミアが割って入ってくる。
彼女は冷徹な口調で僕に話した。
言葉こそ丁寧だが、その中にはどこか有無を言わさぬ迫力があった。
しかしなんだよ、下賤だとか言って。
同じメイドじゃないのか?
755 名前: 元1だおー 03/12/06 17:07 ID:???
「い、いやでも……」
やっぱり納得できない。
しかし、次の瞬間、僕は愕然とした。
二人のメイドは、さっきからと全く同じ姿勢で、僕に対して頭を下げたまま上げていなかったのだ。
見ると、ブルブルと微かに怯えたように震えている。
なんて、こった……。
僕はいったい彼女らがどうしてこんな態度をとるのか、
全く理解ができないゆえに、背筋に言いようのない寒気を感じた。
「は、はぁ。分かりました。行きましょう……」
これ以上、彼女らを怯えさせてはいけない。
ただ単にそう思った。
リオミアに問い詰めることは諦め、僕は大人しく彼女に従った。
案内をする彼女の華奢な背中が、その時の僕には、どこか恐ろしいもののように思えてならなかった。
756 名前: 元1だおー 03/12/06 17:08 ID:???
館の中に入り、本来ならばその荘厳さに圧倒されるところなのだろうが、
僕には何故かあまり気にはならなかった。
そんなことより、今日になって今までに見てきた様々な出来事を考えるのに思考のほとんどをもっていかれていたんだ。
リオミアは沈黙する僕を別に不審に思うわけでも機嫌を覗うわけでもなく、
黙々と木製であるにも関わらず軋み一つあげない階段を登ってゆく。
僕はただ、彼女の背中を追うだけだ。
途中に出会ったメイドたちは皆、僕らを見掛るや否や、その全員が頭を下げて通り過ぎるのを待つという行動に出た。
まるで、大名行列だ。
居心地悪いこと限りない。
よほど男尊女卑の染み付いた男でないとこの光景を気持ちよく思うなんてことはまずありえないだろう。
しかし新たに、気になることも出てきた。
この館の人間で、まだ男性に会ったことが一度もないことと、
出会ったメイドたちが皆うら若い美女や年端もゆかぬ少女ばかりだということだ。
喜ばしいことだとか冗談を言う気にもなれない。
現実的に考えてもみろ、はっきり言ってこの館は異常だ。
モーニング娘みたいな美少女ばっかりのいる中学や高校なんてあるはずがないだろう。
757 名前: 元1だおー 03/12/06 17:09 ID:???
僕はここにきてようやく、この館の謎と暗部の存在に気付き始めていた。
だが、それが一体どんなものなのか、まだ確実には理解できてはいなかったように思う。
ホント、危機感のない馬鹿だったよ。
「どうぞこちらのお部屋へ……」
リオミアが一際立派な扉の前で立ち止まり、扉を開けて中へ入るよう丁寧に促した。
僕ははあと曖昧な声で答えてから入室する。
「………」
僕は室内の様子に声も出せなかった。
室内はまさに富の限りを尽くした造りになっていた。
外国の一泊数百万の最高級ホテルをそのまま私室にしたといった感じだ。
即座に悟った。ここは領主の部屋にちがいない。
758 名前: 元1だおー 03/12/06 17:09 ID:???
「ツジハラ様。こちらへおかけになってください」
寝室・居間・食堂、もう一つは、執務室か?
執務室とおもしき立派な机とテーブルの置かれた部屋へ案内され、
テーブルの椅子を勧められた。
リオミアはわざわざ椅子を引いてくれており、俺が座ろうとするとこれまた御丁寧に椅子を丁度良く引きなおす。
「す、すんません」
「畏れ入ります」
彼女は深くお辞儀をすると、それから僕の向かいに座った。
しかしこのテーブル、無意味にデカイので、向かい会っているという気分があまりしない。
これだけでもどこかの大企業や国会の会議が開けるのでは思えてしまうほどだ。
ややあって、彼女が無言だったのでこちらから切り出そうと、
僕は携えていたリュックから必要書類を取り出した。
759 名前: 元1だおー 03/12/06 17:10 ID:???
「えー……さっき門で話したとおり、自分はここエクトの暫定管理に派遣されてきました辻原と申します。
今から重要なことをお話ししますけど、他にここへ呼んでおいた方がいいと思われるような重役の方はおられませんかね?
聞いた話では、リオミアさんがここのハウス……えーと」
「ハウススチュアートでございます。御心配には及びませんツジハラ様、身分的にこの館で私以上の者は現在おりませんゆえ、
私に全て話していただいて結構です」
「そ、そうっすか……」
淡々と淀みなく話す彼女に圧倒されながら、僕は書類に視線を落とした。
「暫定管理に関する無期限特別法概要……まあこの辺は自衛官の僕が読んでもワケわかんないから省くとして……。
えっとそう、ここらへんだ。『暫定管理官の特別権限』と『暫定的管理方法および該当地域住民の義務と権利』。
今から話すのは僕とこの街の人に直接関わる重要な説明だから、よく聞いてください。必要ならメモを取ってもかまいません」
「理解しました」
リオミアは微動だにせず答える。なんか、ロボットに話しかけてるみたいで違和感があるなぁ。
760 名前: 元1だおー 03/12/06 17:10 ID:???
それから僕は延々二時間に渡って細々とした説明を行った。
大きく分けて
一つ
ここの前管理者的立場であった前領主の権利は剥奪され、
それらの権利は全て管理部隊の指揮官、つまり僕に移譲されたこと。
一つ
管理部隊の指揮官は誠意をもって管理地域の管理及び支援にあたること。
一つ
非人道的、または風習的に許容できない場合を除いて、
該当地域の住民は原則として管理部隊の決定及び指示に従う義務を負うものとする。
ただし、前述の『許容できない場合』が発生した際には、管理部隊に陳情・抗議を行い、
指揮官はこれを外務省へ報告し指示を仰ぐことを義務とする。
一つ
抜き打ちで査察が入る場合があるが、その際査察官の立ち入りを拒否することはできない。
といったあくびが出てきそうな内容だ。
761 名前: 元1だおー 03/12/06 17:11 ID:???
「……ふぅ。というわけですけど、何か質問はありませんか?」
途中、12〜3歳くらいの可愛らしいメイドさんが運んできてくれた(これって労働基準法違反じゃねえのか?)お茶をすすり、
僕は二時間前から全く姿勢を崩さないリオミアに尋ねた。
この人ホントにロボットじゃないのか?
「畏れ入りますが……。私どもの処遇はどうなられますでしょうか?」
遂にきたか、と僕も思わず姿勢を正した。
「命令書では、現地スタッフ……つまり管理機構の職員として雇用せよと明記されています。
あなた方に異論がなければ、このまま自分が新しい領主ということであなた方の身柄は保証しますが……」
「まことですか?」
「ま、まことですよ……ただ」
「ただ……?」
僕が言葉を切ると、彼女は珍しく不安げな表情で鸚鵡返した。
762 名前: 元1だおー 03/12/06 17:12 ID:???
「ここを去りたいと思ってる人とかいないんですか?」
別に他意があったわけじゃない。
普通に、日本人の感覚として出た言葉だった。
「申し訳ありません。それは、どういう意味でございましょうか?」
しかし、リオミアは少し眉をゆがめて僕を凝視している。
まるで僕が何を言っているのか理解できていないかのようだ。
いや、彼女はこのとき、実際理解できなかったのだろう。
「どういう意味って、ほら、もうここを辞めて実家に帰りたいとか、
個人的な理由でここを出たいって思ってる人もいるんじゃないですか?」
先刻の玄関にいた二人のメイドとか、きっと、先輩メイドにいびられたりしてるんじゃなかろうか。
僕自身、自衛隊で銃の部品をなくしたときに血反吐を吐くほど腕立て伏せをやらされて、
それ以来教官が来ると震え上がっていたもんだ。
その僕は現に自衛隊を嫌って辞めたいと思っている。別につきたくてついた職業じゃねえし。
あのメイドたちもきっとこんなロクでもないメイド仕事なんて好きでやってるわけがないだろう。
見たトコ、あのコたちの仕事なんて、日がな一日玄関につっ立ってるだけだろう。やってらんねえはずだ。
763 名前: 元1だおー 03/12/06 17:13 ID:???
「個人的な……理由にございますか?」
「そう。僕もさ、実は自衛隊なんかさっさと辞めちまいたいんだけどねぇ」
僕はお茶の入ったカップを手に取ると、西日の差してきた窓を見やりながら口をつけようとした。
「そういった者はおりません」
断言しやがったよこの人……。
みんなに聞いてもないのになんでそんなことが言えるんだ?
「どうして? 親御さんに会いたいって人もいるんじゃないの?」
ここの労働環境が悪そうだからとかは、さすがにいえなかった。
「この館にいる者に、帰る場所がある者など、存在しないからです」
「え……そりゃあどういう…」
今度は僕が彼女が何を言っているのかわからなかった。
彼女は、何の感情もこもらない相変わらずの口調で説明した。
764 名前: 元1だおー 03/12/06 17:13 ID:???
「我々は皆、ランクロード様から奴隷身分から引き立ててもらった者ですので」
僕は、カップを握ったまま、しばらく何もいえなかった。
彼女はそんな僕にはおかまいなしに、話を続ける。
「主に仕えること以外に、私どもは生きる術を知りません」
「………」
「主なき今、我らの生を支えてくれるのは……」
彼女が、初めて感情を表情に表した。
その感情は、『諦め』だった。
実際は違ったのかもしれないが、少なくとも、僕にはそう見えた。
「ツジハラ様……いえ、領主様。これより我らは命の限り、貴方様に御仕え申し上げます」
あまりにも哀しい、少女の瞳だった。
765 名前: 元1だおー 03/12/06 17:14 ID:???
この瞬間からだったろうか、僕の人生の方向が変わり始めたのは。
「この世界は……」
僕は頭を下げるリオミアを呆然と見つめながら、呟いた。
「イカレてやがる……」
長い長い、僕の闘いの、始まりの一日だった。
822 名前: 元1だおー 03/12/09 00:33 ID:???
ここで個人的なことを書きすぎるとまた荒れそうなので自粛…
深く考えずに萌えてくらはい。
夜の帳が落ち、辺りはまとわり付くような闇に覆われていた。
電気のないこの世界、しかも街とも距離があるこの館周囲の暗さは半端じゃない。
ランプの光に慣れていない僕にとっては、薄暗い室内はどこか不気味で嫌だった。
ここは領主の部屋だ。
佐久間三曹と前島一士も加えて、エクト暫定管理機構の総力が結集している。
僕らは領主の執務机をテーブル代わりに座り、中央に防災懐中電灯(ラジオや蛍光灯機能までついてるアレね)を立てて
光を確保し、諸々の書類やファイルを広げて会議を開いていた。
薄暗い室内に加えてこれじゃあ、なんかよからぬことを企てているみたいだな……。
823 名前: 元1だおー 03/12/09 00:35 ID:???
「武器・弾薬・燃料は特別な保管場所が必要ですね」
佐久間がトラックの積荷のファイルを見ながら言った。
「大丈夫っすよ。こんな広い屋敷、倉庫になりそうな空き部屋の一つや二つはあるでしょ」
椅子を反対向きにして座っている前島が言う。
この野郎二人とも上官なのになんてえ態度してやがんだ。
「鍵付きで関係者以外立ち入れないような部屋が望ましいです」
「分かった。明日リオミアに聞いてみよう」
僕はメモ帳にボールペンでそのことを書きとめる。
「自分からはこれだけですが、三尉、今後の日程は?」
「そうだなぁ。まずは最低限の暫定機構としての環境を整備しないと」
やらなければいけないことは、意外にもたくさんあった。
824 名前: 元1だおー 03/12/09 00:36 ID:???
「もとい、生活環境の構築ですよね」
前島がニヤリと白い歯を見せる。
まだまだ高校生気分が抜けていないようだ。
「まぁ、そういうことだ」
僕は書類をガサガサと束ねながら、会議の終了を二人に告げた。
彼らはそれぞれ僕とは違う部屋を割り当てられていた。この領主の部屋ほどではないが、どちらも凄い部屋だそうだ。
しかし、意外にも、というか僕自身もそうなのだが、生活する分にはどうも馴染めないと漏らしていた。
佐久間は職業自衛官で無駄が嫌いだし、前島は若いあんちゃんだからこんな歴史情緒溢れる部屋を見せられてもあんまり嬉しくないんだろう。
若い僕らが欲しいのはTVやCDラジカセ、ゲーム機ってこった。
「ん……?」
佐久間が背後に何かの気配を感じたのか、後ろを振り向いた。
825 名前: 元1だおー 03/12/09 00:37 ID:???
「皆様、御食事の御用意ができましたのでお呼びに参りました」
リオミアだった。
「おっと、待ってましたぁ! 三尉、行きましょうよ」
前島が無邪気に尋ねてくる。
まあ、腹が減ってるのは僕も同じだし、別にいいか。
「そうだな」
「では御案内いたします。付いてきてください」
三人の迷彩服姿の男が、席を立って彼女の後を追った。
領主の部屋があるのは三階、食堂があるのは一階だ。
「わお。かわいコちゃんハケーン!」
「馬鹿。少しは慎まんか前島一士」
「にゃはは」
佐久間と前島がそんなことを話しながら階段を下りてゆく。
その少し後ろを、僕が続く。
僕は夕方の、あのリオミアの言葉を思い出していた。
826 名前: 元1だおー 03/12/09 00:38 ID:???
『命の限り、貴方様に御仕え申し上げます』
なんだって、こんなことに……。
僕みたいな、何の価値もない男に、何を期待してるってんだ。
自衛官として使えないから、左遷されたような男だぞ?
何かに秀でてるわけでもない。防衛大でもビリだったし自慢できる経歴があるわけじゃない。
例え一般社会に戻っても、別に資格を持ってるわけでもないから、ハローワーク通いするのは目に見えてる。
それでもキツいから自衛隊を辞めたいとかぬかしてる人生の敵前逃亡ヤロウだ。
「三尉。どうしました?」
「顔色悪いっすよ。体調悪いんすか?」
突然、二人から声をかけられた。
この二人にも、旅の途中で随分と迷惑をかけたな。
やっぱり、僕のことを無能な指揮官だと思ってるんだろうか。
人の上に立つような人間じゃないんだよ。僕は……。
827 名前: 元1だおー 03/12/09 00:39 ID:???
「三尉?」
二人が黙りこくる僕を心配そうに見つめていた。
「い、いや。何でもないんだ」
僕は慌てて答えた。
何を弱気になっちまってんだ。気合入れろ自分!
この二人の命だって預かってんだぞ。
「領主様がお入りになられる。粗相のないよう注意なさい」
「心得ております。リオミア様」
リオミアが他のメイドたちに指示を出しているのがちらりと目に入った。
きびきびとした動作にキリリと締まった表情。
彼女みたいな人物こそ、人の上に立つべき人柄なんだろうな。
「どうぞ…」
彼女は優雅に頭を下げ、食堂へと誘う。
それに続いて入り口付近に並んだ十人程のメイドたちも、一糸乱れぬタイミングで同じ角度で頭を下げた。
「よく訓練されてますねー?」
それを見た前島が呟いた。
……少なくともオメエよりは訓練されてるししっかりしてるだろうよ。
828 名前: 元1だおー 03/12/09 00:40 ID:???
「さぁてっと。メシメシー」
「馬鹿タレ、自衛隊員たるもの節操をわきまえんか!」
佐久間が前島の襟首を引っ掴んで静止している。
「ほらほら、どうでもいいから早く入れよ」
「しかし三尉……」
「いいんだよ佐久間三曹。どうせ馬鹿は死ななきゃ直らないんだ」
「あっ! 何気に酷いこと言いますね三尉ー!」
そんなことを言い合いながら、僕らは食堂へと足を踏み入れた。
そして……
「うおおおおおーー!?」
僕ら三人は、馬鹿みたいに一斉に驚きの声を上げた。
絢爛豪華!
庶民では味わえぬ至高の食材!
一流の料理人が腕を振るった最高の芸術作品!
僕は即座にそんなアホ丸出しなナレーションを入れた料理番組を思い出した。
ただ、今目の前に広がるこの光景は、紛れも無い現実である。
「さ、三尉殿ー! これは自分のような陸士階級の者が食してよいのでありますかー!?」
前島が初めて真面目に敬語を使って僕に尋ねてきた。
それほど、今テーブルに並んでいる料理は圧倒的な存在感と美味なる匂いを漂わせていた。
829 名前: 元1だおー 03/12/09 00:41 ID:???
「領主様。三人分御用意いたしましたが、よろしかったでございましょうか?」
リオミアが僕に尋ねてきた。
えっ!? 今なんていった!?
三人分! このテーブルいっぱいの御馳走がか!?
どうみても十人分ぐらいはあるだろうこの量は!
「い、いいのか?」
「申し訳ありません。何か問題がおありでしょうか?」
「いや、そうじゃなくて、こんなにたくさんの御馳走を僕らだけでいただいちゃってさ…」
リオミアは僕の言葉に、不思議なものでも見るかのような表情を浮かべた。
そして次の瞬間、突然はっとした表情に様変わりすると、突然頭を下げた。
えっ? なんだなんだ?
「……申し訳ございません。こちらの世界の料理がお気に召さないとは知らずに」
「えっ!?」
「すぐに新しいものを作らせましょう。御要望がおありでしたらどうぞ仰ってください。
……あなた達、すぐに片付けなさい」
「かしこまりました……」
リオミアがパチンと指を鳴らした瞬間、
部屋の四隅に控えていたメイドたちが一斉に目の前の料理を片付け始めた。
830 名前: 元1だおー 03/12/09 00:42 ID:???
「うわああぁ! やめてぇー!?」
前島が悲鳴を上げた。
こりゃいかん。珍しく僕は頭の回転が速かった。
人間食い物のことになると凄いもんだ。
「い、いいよ! この料理を食べます! 食べさせてください!」
僕が慌てて彼女らを制止する。
すると飛び上がらんばかりに驚いた彼女らはまたもや頭を下げて異口同音に「申し訳ありませんでした!」……。
うーん。なんでこんなに疲れるんだろう…?
831 名前: 元1だおー 03/12/09 00:43 ID:???
……………
「これもうんめぇー! 俺、自衛隊に入ってホントよかったっすよ!」
「そうだな。ここのところ、まずい缶詰と味のしない乾パンばっかりだったしな」
「そーそー。在日米軍供与のMREなんて、食った日に腹壊しちゃいましたもんね」
談笑しながら、士・曹・尉の僕ら三人は今までの人生最高の夕食を楽しんでいた。
てゆーかここは本当に自衛隊組織内なのだろうか?
まあ指揮官の僕がこんなんじゃ仕方ないか…。
この自衛隊という組織は職種・部隊によって恐ろしく落差がある。
一日中デスクワークの部署もあれば、「狂ってる団」とまで言われ一日中全力疾走してるような部隊もある。
ひょっとしてオタクの自衛官にとっちゃあ、今の僕の仕事も苦にはならないのかなぁ?
「うーっぷ……そうだ、リオミアさん」
「リオミアで結構でございます。領主様」
「あ……うん。その、一つ尋ねたいことがあるんだけど」
「私めに答えられることならば何でも……」
「この料理を作った料理人さんのこと、知ってる?」
「はい。存じております」
「そのぉ、向こうが忙しくないならここへ呼んでくれないかな?」
「料理人どもをですか?」
いつも無表情なリオミアが、意外そうな表情を浮かべた。
832 名前: 元1だおー 03/12/09 00:44 ID:???
「うん。一言お礼を言わないと」
「お礼……にございますか?」
「ああ。頼むよ」
リオミアは戸惑ったように沈黙した。
そんなに僕の頼みは変だったろうか?
「しょ、少々お待ちください」
ややあってリオミアはそそくさと食堂を出て行った。
僕は出された高級そうな香りのするワインに口をつけながら待つことに……あっ!?
「前島お前まだ未成年だろう!?」
「えー? いいじゃないですかココ日本じゃないですし」
「日本なんだよボケ! バレたら俺の首が飛ぶんだぞ、すぐに飲むの止めろ」
「ちぇー」
前島が名残惜しそうに最後の一口を口に入れる。
…こいつやっぱり自衛官としてダメだよ。
833 名前: 元1だおー 03/12/09 00:45 ID:???
「領主様。連れて参りました」
そうこうするうちにリオミアが帰ってきた。
「料理長のパーシェです」
リオミアが紹介する。
「パーシェと申します。領主様、本日はお呼びいただき私ども感激の極みにございます」
頭を下げたまま、彼女は僕へ賛辞の言葉を送った。
「顔を上げてください。そんな緊張しなくていいですって」
僕はほろ酔いも手伝って陽気に言った。
「…し、しかし私めのような卑しい身分の者が…」
「なーにワケわかんないこといってんのさ。領主様直々の御命令であられるぞ!」
前島は意外と酒に弱かったらしく、もうべろべろになってやがる。
いわんこっちゃねえ。
834 名前: 元1だおー 03/12/09 00:46 ID:???
「は、はいっ! 大変失礼いたしましたっ!」
前島は冗談で言ったつもりだったのに、料理長は真に受けてしまったようだ。
しゃちほこばった姿勢で頭を上げた。
気の毒に……。後で前島にはビシッといってやらんとな。
それはさておき…
「へぇ……」
料理長、パーシェは僕と同い歳くらいの女性だった。
南方系を思わせる浅黒い肌と真っ赤に燃えるような紅髪が印象的だ。
きりりと吊りあがった双眸は髪色同様に情熱的な光を宿している。
実直そうな、女版佐久間三曹といった感じだろうか。
体格も女性にしてはがっしりとしており、柔らかなメイド服は一見して窮屈そうだ。
むしろ、タンクトップ姿で海に漁に出てそうな健康体だ。
ただ、女性特有の身体のラインは決して失われておらず、均整の取れたプロポーション。
そして何より……なんというか、デカイ。グラビアアイドル並、いやそれ以上か?
メイド服のエプロンが締め付けているので、余計に強調されていて目の保養…ではなくて目のやり場に困る。
しかしまあ、こんな若い女性があんな凄い料理を作ってたのか。
同じように皆感じたのか、僕たちは顔を見合わせた。
835 名前: 元1だおー 03/12/09 00:46 ID:???
「お若いですねぇ」
率直な感想を述べる。
「畏れ入ります。まだ未熟ゆえ、料理にはまだまだ改善の余地がございますことは重々承知しておりますが……」
「待った待った! 別に料理がまずいとか文句言うために呼んだわけじゃないですよ」
なんで普通に挨拶ができないんだろう。
そうか奴隷か……。
平和や平等が当たり前の国で育った僕には到底理解できない世界だよ。
僕は気持ちいい程度の酔いがさっぱりと醒めてしまったのを感じた。
しかし、呼んでしまったからには挨拶の一つでもしておかないとな。
「料理おいしかったです。祝い事でもあったらまた食べたいくらいですよ」
「は……?」
パーシェが目を丸くして僕を凝視した。
「まあ、なんです…。ここの人たちとは仲良くやっていきたいので、顔を覚えてもらっといた方がいいと思いましてね。
多忙なところを呼び出したりしてすみませんでした。これからも毎日三食、よろしくお願いします」
僕はいい終わると席を立って、ガチガチに固まっているパーシェの手を少し強引に引っ張り、握手を交わした。
緊張がほぐれればいいと思ってやったことなんだけど……。
それを見た周囲のメイドたちが息を飲むような驚きの声を漏らした。
836 名前: 元1だおー 03/12/09 00:47 ID:???
「な、なりません!? 領主様!」
突然、大声を上げてパーシェが手を振りほどいた。
その場が、一瞬にして氷ついた。
「…………」
「あ……」
パーシェが愕然とした表情で自分の手を見ている。
自分がやったことに気付き、彼女は固まってしまった。
また、あの目だ。
怯え、不安、恐怖……。
ここへ来て、散々見てきたあの目。
ただ単に友好を築きたいのに、それすらも身分と未知への恐怖に阻まれてうまくゆかない。
でも、その時の僕は別にそんなことはどうでもよく思えた。
冷めたとばかり思っていた酔いが、思わぬところで力を発揮したようだ。
「同じ手だね」
僕は彼女をまっすぐに見据えた。
837 名前: 元1だおー 03/12/09 00:48 ID:???
「……は?」
彼女は僕の真意が読めないのか、目を丸くして一歩後退った。
「パーシェさんの手、俺や佐久間や前島のとそっくりだよ。荒れて、汚れて、苦労が染み付いた手だ」
同じだ。安月給で守る価値もない国のために命張ってる僕ら自衛官と。
いや、彼女らの方がもっと悲惨だ。自分の身分や命を、自分自身でどうにもできないんだからな。
まったく、ファンタジー世界は常識外れな場所だよな。
それに日本のファンタジー組織、自衛隊がやってくるんだからお笑いだよ。
お互い、損な人間だよな? そう思わねえか?
僕は酔ったことで目が据わっていた。
彼女の情熱的な瞳に俺はどう写ってんだろな。
俺には、あんな凄い料理が作れる君が、
俺なんかじゃとてもかなわないようなスーパー・ガールに見えてるってのによ。
「………」
パーシェは尚も凍りついたまま僕の表情を覗っている。
これ以上、何を言っても無駄だな。
838 名前: 元1だおー 03/12/09 00:49 ID:???
「もう下がっていいよ。変に気を遣わせて悪かった……」
僕は静かにそう言うと、テーブルの上のワインセラーからワインをひったくると、
苛立ちを隠すために一気にラッパ飲みした。
畜生、なんでこんなに悲しいんだよ……?
「りょ、領主様!?」
リオミアが慌てて止めにやってきた。
しかし俺は聞き分けのない子供のように酒を飲み続ける。
「三尉、止めて下さい」
見かねた佐久間も席を立った。
その瞬間、もとより酒にめっぽう弱い僕は意識を失ってその場にひっくりかえった。
967 名前: 元1だおー 03/12/14 16:25 ID:???
「ぐ……」
頭が死ぬほどいてえ……。
一体今何時だ?
部屋は薄暗い。
仰向けになった僕には、天井が見える。
変な天井だな…。
ああ、そうか。領主の部屋のあの馬鹿みたいにデカイ天蓋付きのベッドに寝かされてるんだな。
僕はそこまで考えると、そのままの体勢で腕を動かし、左手首のGショックを確認した。
「ちっ……夜が明けてやがる……」
あんな醜態晒した上に、課業時間に起きれなかっただなんてな。
僕が部下なら陰口叩きまくってるところだろうな。
情けねえ。
佐久間や前島になんと言おうか。
「御目覚めになられましたか……? 領主様」
「わっ!?」
横から突然声をかけられた僕は慌てて飛び起きた。
968 名前: 元1だおー 03/12/14 16:26 ID:???
「り、リオミアさん!?」
彼女はベッドの側にジッと佇んでこちらを見下ろしていた。
「なかなかお目覚めになりませんので心配しておりました」
彼女は抑揚なくそういう。
ホントにそう思ってんのかぁ?
「うぐ……」
痛む頭を押さえつつ、僕は足を床へ降ろした。
「大丈夫でございますか?」
「ああ……なんとかね……」
僕は枯れた笑みを浮かべた。
その時になって、僕ははっと気付いた。
「なかなか目覚めないって、君、もしかしてずっとここに?」
「はい。御目覚めになった時、私めどもがいないのでは失礼というものでございます」
淡々と答える彼女。
969 名前: 元1だおー 03/12/14 16:27 ID:???
側に立ったまま、昨夜からずっと、まるで彫像のように立ち尽くしていたのか?
僕は彼女のその整った、それでいて冷たい表情を浮かべる顔をじっと見つめた。
なぜだか知らないが、申し訳なさとともに、胸がしめつけられるような熱い感情を抱いた。
「領主、様?」
彼女がその無表情に、ほんのわずかだけ心配そうな表情を浮かべて僕の顔を凝視した。
急に恥ずかしくなった僕は、慌てて顔をそらす。
「あぁ〜う……身体がだりぃ」
その場をごまかすため、僕はおおきく伸びをした。
倦怠感に顔を歪め、僕は脱がされた半長靴を探す。
が、そんなことをするまでもなく、リオミアがささっと僕の降ろした足に取り付いて靴を履かせてくれた。
「……あの」
「きつうございませんか?」
「いえ、別に……」
恥ずかしいやら頭痛が酷いやらでもう何か言うのは止しておこう。
しかし、靴を誰かから履かせてもらうのなんて子供のとき以来だろな。
970 名前: 元1だおー 03/12/14 16:28 ID:???
「あ、そういえば他の二人はどうしてるんですか?」
僕は思い出したようにリオミアに尋ねた。
自衛隊が決して欠かさない日朝点呼も今日はやっていない。
馬鹿な上官のせいで暇を持て余しながら待機しているのだろうか。
「それでございましたら、サクマ殿から伝言がございます」
「あ、そう。なんて?」
「本日予定されていた行動は私めの許可をもらったので即時取り掛かる、とのことです」
佐久間三曹……。
僕は頼りがいのある部下に感謝しつつも、もはや自分が幹部として有名無実化しているような疎外感に襲われた。
彼がいなければ、一体この小隊はどうなっていただろうか。
自分の立場も忘れて飲んだくれる上官……か。
最低だな。
971 名前: 元1だおー 03/12/14 16:29 ID:???
「あの、領主様?」
「ん?」
僕が暗い表情をしているのを、やはり感情のこもらぬ表情で覗き込み、
リオミアは言った。
「朝食がまだでございます。すぐに御用意いたしますので、食欲がおありでしたら……」
「いえ、まだメシはいいです」
僕は丁寧な言葉遣いで促してくる彼女を遮った。
彼女は意外そうに眉を歪め、今度は僕のことを気遣い始めた。
「食欲がないのでございますか?」
「いや、それもあるけど、仕事に取り掛かってる部下をほっとくわけにはいかないよ」
「何か、不都合がございますでしょうか? サクマ殿は上官の命令無しに行動するのは軍規違反だと申しておりましたが、
領主様ならば大丈夫であられると……」
「そうじゃなくって、汗水流してる部下を放って自分だけメシ食ってくつろいでる場合じゃないってことですよ」
「……はぁ」
リオミアはどうも納得がいかないようだ。
972 名前: 元1だおー 03/12/14 16:30 ID:???
説明するのもめんどくさいが、一応僕という卑小な人間の性質を知ってもらうためにも説明を試みる。
「あのですね、明日仕事があるってのに酒に酔いつぶれて夜が明けても起きない。
その上自分らが仕事してるのにちんたらとメシを食ってるようなダメ上司ってどう思います?」
執務室の机の上に放り出されたままだった戦闘帽を手に取り、被りながら彼女へ問う。
「配下の者に仕事を任せられたり、ご自分がくつろぐのは、よからぬことにございますか?」
彼女はどうも領主という絶対的立場をそういうものだと思っているらしい。
いや、かつての領主はそうだったということか。
ひでえ奴だな。きっと部下からは陰口を叩かれまくっていたに違いない。
「じゃあ例えばさ、君がだらけてて、他のメイドが君をハウススチュアートだって信頼してついてきてくれるかい?」
僕が言ったことに、彼女はひどくうろたえたようだった。
彼女は考え込み、ややあってその桜のように淡い血色の唇を開いた。
「……いえ」
躊躇いがちに、一言だけ。
まるで僕の心証を悪くしないように気をつけているようだ。
973 名前: 元1だおー 03/12/14 16:31 ID:???
まあ、いいさ。
僕はツカツカと執務室を出ると、ドアをリオミアが開けるより早く開いて階段へ向かった。
彼女は慌てて僕の後ろをついてくる。
ぱたぱたと控えめな足音が聞こえてくることに、
彼女がそんな細かいところまで気を遣っていることに驚きさえ感じた。
「で、ですが、領主様と私めどものような下賤な身分の者を同じ例えにするなど……」
彼女は尚も身分がどうのとややこしいことを言ってくる。
そんなワケがわからないものを強要することの方が僕にとっては不快だということがまだ分からないらしい。
きっと、この世界。彼女が生きてきた人生ではそれが当たり前だったのだろう。
だが生憎と、僕はそんな価値観クソ喰らえだって思ってる人間なんで、
それに従って横柄な態度に改まるなんてことだけは願い下げだ。
ついでに言うと自衛隊の上位下達も大ッ嫌いだ。
「なんで? 同じだよ。組織の中で生活するって点でもそっくりさ」
階段を下りながら、僕は皮肉交じりに話す。
974 名前: 元1だおー 03/12/14 16:32 ID:???
「そ、そういうことではなく、身分の問題にございます」
「リオミアさんは自衛官じゃないだろ?」
話しながら、またもや玄関の扉を彼女より早く開けて外へ踏み出す。
うー…おてんとさまが眩しいや。
玄関の横を見ると、昨日のあの二人のメイドが昨日と同じように深々と頭を下げていた。
僕はまた「ご苦労さん」と声をかけ、一際庭の中で目立つ大型トラックを視界に認め、
その方向へ向かって歩き出した。
「は、はい。ですからまったく身分というものが……」
リオミアはずかずかと先へ進む僕のペースに翻弄されるように後ろをついてくる。
「自衛官じゃないなら僕と同じ目線でモノがいえる立場ですよ」
「は、はぁ?」
「リオミアさんは文民ですからね」
「ブンミン?」
「そう。僕らのいた日本って国はね、僕ら自衛官より一般市民の方がエラいの」
特にえらいのが自称平和市民団体ってやつさ。
975 名前: 元1だおー 03/12/14 16:33 ID:???
「御冗談を。そんな国聞いたことがございません」
「そうだな。冗談みたいな国さ」
噂では、今の日本では命がけで戦う自衛隊や資源採掘プロジェクトチームの派遣を、
占領政策だと言って連日その『善良』な平和市民団体の方々が国会やら街頭やらで即時撤退を求める抗議運動をしてるんだとか。
その連中は、今の日本の食糧のほとんどがこの世界の輸入品だということを知ってるのだろうか?
撤退などしようものなら、輸入を断たれ一ヶ月と経たずに飢饉が発生するというのに。
食料と資源の確保のために派遣され、命を落とす自衛官や官民問わず諸々のプロジェクトチームのメンバーの数はもう三桁にも登っている。
政府のせいだと彼らは批判するが、じゃあお前らは餓死していいのかってんだ。
僕だって好き好んでこんな場所にきたわけじゃねえってのに。
「そ、そういう意味では……」
そうこう言っている内に、トラックの停車場所へ到着した。
リオミアは何かまだ言いたそうな雰囲気だったが、部下との会話の邪魔をするわけにはいかないと
即座に判断したのか、ぴたりと黙り込んだ。
まったく、大したメイドさんだよ。
976 名前: 元1だおー 03/12/14 16:34 ID:???
「ああ。三尉ぃ」
トラックから物資を降ろしていた前島が僕に気付いて声を上げた。
……しかしこいつ幹部に欠礼するなんて大した野郎だな。
「おはようございます。三尉殿」
佐久間もトラックの荷台から現れ、思わずこちらも背筋の伸びるようなビシッとした敬礼をかざした。
「具合は大丈夫なんすか?」
「いや……正直もう寝込みてぇ」
「体調が優れないのでしたら、午前中はお休みになっていてください。作業がひと段落したら報告に向かいますので」
「いや、そんなわけにゃいかないよ。昨日のこともあるしな」
「危険物を取り扱うのにミスを犯しそうな人間に任せるわけにはいきません」
佐久間が冷静な声で僕に言った。
くそう……なにもそんな言い方しねえでもいいじゃねえか。
977 名前: 元1だおー 03/12/14 16:35 ID:???
「そうか……」
だが彼の言うことは正しい。
言い返す理由も気力も見当たらなかった。
しかし佐久間はこう続けた。
「ええ。そういうことにすれば、上も納得しますよ?」
佐久間はそういうとニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
こいつ、いらん世話焼いてくれるぜ。
……ありがとうよ、三曹。
「すまん……」
「大丈夫っすよ! 三尉は休んどいてください。こういうのは兵隊の俺らの仕事っす」
前島が腕まくりをしてぐっと力瘤を見せる。
結構、僕はいい部下を持ったのかもしれない。
978 名前: 元1だおー 03/12/14 16:36 ID:???
それから僕はさっきとは打って変わってよたよたと館内に戻ると、一つため息をついた。
「はぁ……。使えない男は使えない男らしく、体調管理に気ぃつけないとな」
リオミアはどう答えていいのか分からなかったらしく、沈黙したまま後ろに控えていた。
「あっ! そうだ」
「いかがなさいました?」
「風呂……入ってなかった……」
これだけ広い館なら、風呂の一つくらいあるだろう。
ここへ到着するまでの8日間、身体を拭くくらいしかできなかったからな。
正直、今臭ってないか心配なくらいだ。
「湯浴みでございますね。昨夜、サクマ殿とマエシマ殿はお入りになられました」
「そうかい。今すぐとは言わないけど、できれば入りたいね」
これでも日本人だ。身体を清潔にしておかないと気がすまない。
リオミアはこの日初めて役目を仰せつかったことに、どこか生き生きとした口調だった。
979 名前: 元1だおー 03/12/14 16:37 ID:???
「では御案内いたしましょう。御着替えはいかがいたしますか?」
「ああ。替えのがあるからそれを着るよ」
「左様ですか。ではこちらへ、御着替えは私めが後ほどお持ちしますので」
「あ、そう? 悪いですね」
「いいえ。恐縮にございます」
彼女の話によると、浴場は別館にあるとのことだった。
一階の渡り廊下を歩きながら、改めてこの館の巨大さに圧倒される。
これじゃあ、館内の構造を覚えるのも一苦労だ。
先を行くリオミアに、今日ここの見取り図があるなら持ってきて欲しいとお願いしておいた。
ざっと見た感じ、この館はいくつかの大きな棟から成っている。
本館、西館・東館、メイドの寄宿舎、馬小屋豚小屋鳥小屋そして武道場と倉庫……。
これらに加えて小規模ながら農園まであるんだから、なんとまあ、ちょっとした駐屯地に匹敵するなこりゃ。
それらの維持管理を全てメイドたちが行っているというのも凄い。
庭師や馬番、農園の農夫まで皆メイドだという。
980 名前: 元1だおー 03/12/14 16:38 ID:???
「何でですか?」
「ランクロード様はその方が見栄えがよいと申されておりました」
「それってただのヘンタイじゃないんですか?」
そういやぁ、元の世界の北のどこぞの国の首領様でそんな感じの奴がいたっけ。
「へ、ンタイ?」
「……いや、なんでもないです」
そうこうしているうちに、風呂場についた。
重々しい扉を開けて中に入ってみると、銭湯並のだだっ広い脱衣場。
しかし、装飾品やら高価そうなインテリアまで置いてあって、なんとなく落ち着かない。
とりあえず、初めてということもあり、浴室内を確認してみる。
「………」
すげえ…自衛隊駐屯地の大浴場より広い。
もうもうと立ち込める水蒸気に視界が霞んでいるが、どうやら温泉を引いているらしく、常に湯船は満たされているようだ。
が、その湯をげろげろげろと気色悪い音を立てながら吐き出してる獅子顔の蛇腹にはあきれ返ってものも言えない。
風呂場、などという庶民じみたものというよりは、悪趣味なラブホテルの壮大版だ。
まあ、風呂に違いはないわけだけど。
981 名前: 元1だおー 03/12/14 16:38 ID:???
「それじゃあ入ってきます」
頭を抱えつつも僕はリオミアにそう言い、いつの間にやら彼女が持ってきた石鹸とタオル、
シャンプー(後で知ったがこの世界でこんなもんを使うのは王侯貴族のみ。つまり超高級品だったというわけだ)を受け取ろうとした。
「はい。どうぞごゆるりとおつかりなさってください」
が、彼女は差し出した手にそれらを渡そうともせずにそう言った。
「あ、あの……」
空を切った手が空しい。
「はい…なにか?」
「それ、僕が使っていいんですよね?」
「もちろんでございます」
「じゃあ、渡してくださいよ」
「……何故でございますか?」
リオミアはさらりと答えた。
982 名前: 元1だおー 03/12/14 16:40 ID:???
「いや、何故って、それがないと身体が洗えないじゃないですか」
「ですから、何故それを領主様へ御渡しする必要があるのでございましょう?」
「………」
ひょっとして……。
「リオミアさん、もしかしてさ、前の領主が風呂入るときって、その…、なんだ…、君も一緒に入ってた…のかな?」
どうか査察官が来たときにセクハラで訴えられませんように。
「はい。領主様のお体をお清めさせていただいておりました」
さらりと言うようなことでございましょうか?
僕は開いた口が塞がらなかった。
ラブコメやらだと、ここで純情な少年が彼女のあられもない裸身を想像してしまって顔を真っ赤にする、
なんて展開になるんだろうが、現実はそんなもんじゃない。
いくら美少女でもあかの他人に風呂で見つめられてるのって、すげえ嫌だろ?
しかも僕はちょっぴりえっちなラヴコメディの主人公なんかじゃない、
暫定管理小隊に所属する自衛隊員というゴッツイ立場だ。
今後この館で頭を抱えながら仕事に励まないといけない、この風呂場も職場の内なのだ。
しかしまあ気合の入った変態だったんだな、ここの前の領主はよ。
もし出会うようなことがあったら鼻っ柱へしおってやるぜ、まったく。
別にフェミニストというわけじゃないが、怒りこそあれ人権蹂躙の変態野郎に共感や同情の念など抱きようがない。
983 名前: 元1だおー 03/12/14 16:41 ID:???
「はぁ……」
いろいろ言いたいところだが、風呂場で人権学習の真似事やるのはどうもマヌケだ。
頭もまだ回復しちゃいないし。
「どうなさいました?」
「いいからそれ貸してください。身体くらい自分で洗えますから」
「なっ!? なりません!」
彼女はよほど度肝を抜かれたのか、飛び上がらんばかりのリアクションだった。
僕は進まない会話に苛立ちを覚え、つい意地悪い発言をしてしまった。
「なんでですか? 領主の命令に逆らうんですか?」
「あっ……」
彼女の表情が凍る。
無表情に、どこか抗えぬものへの服従を強要される諦観のようなものが垣間見えた。
なんでこんな強制じみたことを言わなきゃならないんだよ。
別に彼女が悪いわけでもないのに、僕が悪いわけでもないのに……。
クソが! ランクロードとかいう野郎、万が一出会ったら実弾演習の的にしてやらあ!
そんなできもしない悪態を日本人らしく脳内だけでつきつつ、僕は彼女からようやくお風呂セットをゲットする。
彼女は、どこか悲しそうだった。
ひょっとして、彼女は自分の仕事を否定されているような気持ちなのだろうか。
少しだけ、彼女と話していて彼女のことが分かったような気がする。
生きる意味であったメイドとしての仕事を取り上げることは、つまり生きる意味を取り上げているのと同じ意味ということになる。
仕事なんてマンドクセ、と言っている僕ら日本人とはワケが違うんだ。
984 名前: 元1だおー 03/12/14 16:42 ID:???
「……じゃあ、服、机の下のバックパックの中に入ってますから、持ってきておいてください」
「えっ?」
「そいじゃあさ……」
僕は彼女の背後に素早く回りこむと、背中を押して彼女を脱衣場から追い出した。
「あっ!? りょ、領主様!」
「お願いしますよリオミアさん。これもお仕事の内さ」
そういって僕は彼女の肩を二度ほど叩いた。
「………」
彼女は呆然と僕の目を見つめた。
そしてややあって
「しょ、承知いたしました! すぐにお持ちいたします!」
弾かれたようにお辞儀して廊下を走っていった。
「ふーん……」
その慌てっぷりは、初めて見た。
985 名前: 元1だおー 03/12/14 16:42 ID:???
ずっと無表情で、何を考えているのか分からない印象があったが、
意外な一面が見れたような気がして、僕は彼女への親近感が沸いてくるのを感じた。
なんだ結構、かわいいところもあるんだな。
「さぁて……ひと風呂あびるかぁ」
そうして僕は、脱衣場で服を脱ごうと迷彩服のジッパーに手をかけた。
52 名前:元1だおー :03/12/15 01:27 ID:???
しょうもない裏設定
文字通り「ファンタジー世界」なので、
こちらの世界の時代を正確にあてめたりすることは困難かと思われます。
奴隷制に関しても、まあ、エロゲにしばしば登場する肉奴隷の部類だと思ってください。
そういった人権を剥奪され、ただ主人に服従する女子を育成・養育する非合法組織が
犯罪多発都市や犯罪組織内部には多々あり、奴隷市場などで富裕な者が競り落とすといった形態
がとられています。
開戦後、自衛隊には当初、警察権がなかったため取り締まることができなかったので、現地指揮官の独断
で取り締まったところ、週刊誌に違法行為だとスッパ抜かれて指揮官が更迭されたという事件も起こっている。
その後警務隊に限って権限が与えられたが、
現在は警視庁から派遣された機動隊などによって取り締まりが行われている。
が、帝国勢力圏内と自衛隊が駐留していない場所ではまだ公然とそういった
行為が行われている。
メイドを近代軍隊的に教育するという案は、佐久間あたりが提案しそうですが、
三尉の性格に加え、国民感情に配慮して管理というのは外務省と防衛庁の
共同作業ということになっており、査察を行うのは外務省職員及び民間の調査員なので
自衛官が現地住人を軍事教練していることが発覚しようものなら国内で政府への批判が
高まるのは必至。
ということで、実はあまり好き勝手なことはできないのが実状なのです。
ただでさえ左翼勢力が自衛隊が管理することが占領政策だと批判しているわけですし。
異世界へ行っても制約が多いのはどうやら変わらないようです。
304 名前:元1だおー :03/12/24 03:00 ID:???
久しぶりの更新
「これで武器関係は全部です」
カチャン、とクローゼットの中に六四式狙撃銃を立て掛け、前島が言う。
クローゼットの中には衣服ではなく、黒く鈍い光沢を放つ自動小銃が収められていた。
ここは以前、高価な古着や布などを保管しておく部屋だったらしいが、前領主が逃げ出す際に
高く売れるものは全て持ち出してしまったのでほとんど空部屋状態だったため、武器庫として使うことになった。
七・六二ミリ口径の六四式自動小銃が四丁と、狙撃仕様のものが一丁。
その他に、分解されてケースの中に入れられている六二式機関銃一丁。
そして九ミリ拳銃三丁とピストル型照明弾発射機一個。
弾薬は七・六二ミリ弾が五百発と九ミリ弾九十発、エクト暫定管理部隊の最大火力である手榴弾一ダース。
発煙筒などもいくつかある。
火薬が使用されているものは全てここに入れているわけだ。
305 名前:元1だおー :03/12/24 03:01 ID:???
できれば、一度も使わないで全てを終えたいもんだ。
っていうか、こんなポンコツ兵器揃いでどうしろってんだ?
六二式機関銃なんかにいたっては、あの生真面目な佐久間ですら
「バラしときましょう。定期的に整備するだけ無駄です」とまでいわせしめたクソ機関銃だ。
トリガー引いただけでぶっ壊れる、世界最悪の銃だ。
どんくらい酷いものかというと、演習でずだだだだっと連射できたら隊員たちが「おおー」と驚くくらいすぐ壊れる。
部品の数も多いので整備も大変。組み立てておくと少し荒っぽく動かしただけで銃身が外れたり小さな部品が欠落するんで厄介。
バラして箱の中に放り込んでおく方が部品の紛失もなくて安心だ。
306 名前:元1だおー :03/12/24 03:01 ID:???
八九式自動小銃やミニミ軽機関銃といった新型(というほど新しくもないが)で性能の安心なものは、
全て最前線など重要な方面へ回されてしまい、
僕らのような辺境の部隊にはこんな半世紀近く前の代物ばかりがやってきているというわけだ。
故障の心配なく使えるのは拳銃だけだ。
……と佐久間に苦笑しながら言ったら、
『ライセンス生産された日本製P220は重要な部品の寿命が短いんです。
見てくださいほら、このスライド、少しヒビが入ってるでしょう?
これは命中精度の低下や作動不良、最悪の場合暴発の危険があるんで使わない方がいいです』
ここは銃のゴミ捨て場か……?
『まあ、グリースガンやM1ライフルが混じってなかっただけ良しとしましょう』
……激しく欝だ。
『拳銃は使える部品と使えない部品を分けてまともなのを二丁ほど組み立てておきます。
幸い六四式の方は全部まだ使えそうですし。なんとかなりますよ』
まるで旧軍の共食い歩兵銃だな。
先行き不安な現実に頭を抱えながら、銃の分解結合を行う佐久間を残し僕らは武器庫となった空き部屋を出た。
307 名前:元1だおー :03/12/24 03:02 ID:???
「せめて重機関銃か無反動砲くらい欲しいっすよね」
前島がいい加減な感想を述べる。
「そんなもんが来たとして、お前扱えるのか?」
「……いえ。俺、教育課程二ヶ月しか受けてないですし」
戦線の拡大と、元から人員不足気味だった自衛隊は深刻な人手不足に陥っていた。
ベテランの隊員は前線に、僕みたいにやる気のない奴は後方支援といった効率的な配置になってはいるものの、
頭数が少ないのはいかんともしがたいらしく、
防衛庁は予備自衛官補の募集条件を恐ろしいほど緩和して健康ならどんな奴でも入隊させるようにしてしまった。
前島はそのクチだ。
308 名前:元1だおー :03/12/24 03:03 ID:???
本来、新入隊員には前期と後期でそれぞれ三ヶ月ずつ、計六ヶ月間の教育課程が義務付けられている。
しかし、戦線の拡大に補充人員が追いつかず、日本国内の常備自衛隊員の七割近くが国外派遣、
つまり前線投入されているという恐ろしい状態が発生してしまった以上、人員の補充は急務であった。
予備自衛官と即応予備自衛官が前線補充隊員の中核を担い、予備自衛官補のような
たったの二ヶ月しか教育を受けていない素人同然のインスタント隊員を国土防衛に充てるという苦肉の策をとった。
前島は射撃の成績と銃の分解結合が早いというだけでここへ回されたという。
つまり、事実上日本本土はまともに銃も扱えないような連中が守っているということだ。
その上、辺境とはいえ一応派遣部隊である僕らの武器がこんなポンコツ揃い。
日本には兵器工場が存在しないため、必要な武器や補給物資の生産も滞りがちだという。
国民はそんな命がけの現場の苦労も知らないで、ワイドショーで自衛隊がこんな残虐な兵器を使って異世界人を殺している、
というニュースを見て街頭でデモを起こし、人気アイドルグループは反戦コンサートを開いてる始末だ。
非常事態だから、官民一丸となってこの苦境を乗り切ろう、とは全くなっていないのだ。
……いろんな意味で、日本は大丈夫なんだろうか。
309 名前:元1だおー :03/12/24 03:04 ID:???
ま、いいか。僕一人が悩んだってしょうがないさ。
俸給分の仕事はするさ、あれでも納税者様だしな。
「武器庫はつくったから、今度は発電機の設置だな」
僕は歩きながら呟く。
小型ながら低燃費で、ある程度まとまった電力を供給してくれる日本製発電機をトラックに積んできていた。
電力が確保できれば、パラボラアンテナを屋根に立てて、はるか後方の都市にある自衛隊本部と連絡が可能になる。
更に近々、気球衛星を上げることで衛星通信による日本本国とも電波が受信できるようになるらしい。
そうすれば、ラジオ番組に衛星放送も楽しめるようになる。
……TVないからラジオだけなんだけどな。
ま、とりあえず暫定管理機構としての生活基盤は出来上がるわけだ。
「ハツデンキ……とはなんでございますか?」
この館の責任者として、傍らに控えていたリオミアが尋ねてくる。
310 名前:元1だおー :03/12/24 03:05 ID:???
「電気を造る機械のことですよ」
「デンキ、でございますか?」
彼女は小首を傾げた。
まあ分からないのも無理はない。
「そ。まあ見てれば分かるますよ。魔法みたいなものさ」
「領主様。魔術のお心得があるのでございますか?」
「魔術……?」
んなワケねーべや。あんなバケモノじみた力、凡人を絵にかいたような僕に備わってるはずがねえ。
ちなみに魔術、魔法の類はこの世界において自衛隊を最も苦戦させた。
現在の戦死者二百二十二名中、魔法攻撃による死者は八十名を超えている。
全くの未知なる存在ゆえ、対処法はおろか基礎知識すらなく、低空飛行していたヘリや
非装甲車輌が相次いで撃破されるという史上最悪の『魔法都市ネリェントス市街戦』では
一気に四十名もの死者を出す惨事となった。
しかしまあ、九三年のソマリアの米軍もそうだったが、ハイテク装備で勝る自衛隊に対して
敵側の死者数は推定三千人という差があったのも事実だが。
311 名前:元1だおー :03/12/24 03:05 ID:???
……あの戦闘の後、戦死者の棺が輸送機から、まるで荷物のようにまとめて降ろされてくるのをTVで見て、
自衛隊を脱柵する隊員が激増したんだよな。
ったくよぉ。自衛隊の制止を聞かずに敵地に取材に行って勝手に惨殺された女カメラマンのときは、
いっぱいの花で飾られた棺を警察の儀杖隊がゆっくりと降ろして火葬場に運んでいったってのに。
メディアじゃ平和のために散った勇気あるジャーナリスト扱い。
とっくに死んでたそいつの救出に行って二人機動隊員が負傷、
内一人が重態で集中治療室送りになったことには全くといっていいほど触れやがらねえでさ。
312 名前:元1だおー :03/12/24 03:06 ID:???
「領主様?」
「……あ」
眉間に皺を寄せて突然黙りこくってしまった僕に、
リオミアが機嫌を損ねてしまったのではないかと、気が気でないといった表情で
声をかけてきた。
しまった…なにやってんだよ自分。
「まぁ……ね。一応パソコン検定二級だよ」
説明するのもマンドクセので、いい加減なことを教えておく。
「す、素晴らしゅうございます」
意味分かっていってんのか……?
僕は思わず苦笑を漏らした。
「りょ、領主様?」
「いや、ごめんごめん」
彼女が狼狽する様が、どこか、なんというか、微笑ましい。
夜盗に襲われたり、この館へ来て立て続けにおきた非現実的な出来事に加えて、
重圧を感じさせる身分になってしまったストレスの中、久しく忘れていた笑いだった。
彼女、案外癒し系だったりしてな。
何か問題でもあったのだろうかと難しい顔をしている彼女を横に、僕は次の仕事に取り掛ろうと、
トラックへ機材を取りに向かった。
381 名前:元1だおー :03/12/25 21:37 ID:???
>>373
マジですか!
もちろん大歓迎です。
…そこで、ですね。
設定が実はあるんで貼っておきますね。
魔法都市ネリェントス
神話時代の終焉より間もなく、人類と亜人種との間に勃発した魔導大戦。
双方の人口の三割を減少させた悲惨な戦いの後、
戦火を逃れた双方の魔術師たち、そしてその家族が寄り集まってできた隠れ里が起源とされている。
一千年の歴史の中、街には退魔の城壁がそびえ、有名氏族の子息が集まる魔法学園が林立するようになった。
伝統的に永世中立を掲げていた自治都市であったが、永らく続いた平和と繁栄の結果、都市の有力者が帝国に懐柔されるという腐敗を招き、
結果として帝国に併合される。
それ以後、禁忌とされていた破壊や負の力を司る古代魔法を始め、人体実験を伴うあらゆる体系の魔法の研究が奨励されるようになる。
かつての美しき繁栄は失われ、現在では『ネクロポリス・ネリェントス』と人々に恐れられている。
野心あるダークプリースト、黒魔術師らにとって、正義を僭称する宗教やギルドに邪魔されることなく研究に没頭できる環境がそれに拍車をかけ、
帝国も新しく発見された軍事転用可能な魔術に関して高額の賞金を与えたため、人道を説くものは一笑に伏され人心は乱れた。
382 名前:元1だおー :03/12/25 21:38 ID:???
スラムは血と憎悪にまみれ、活気があるのは闘技場と奴隷市場のみとなった。
帝国の勢力は拡大を続け、その世界制覇を疑う者は少なくなっていった。
そんな中、突然大きな誤算が発生した。
反帝国同盟の国々が共同で異世界より謎の列島を召喚したのだ。
しかし帝国の軍部は楽観視していた。ハイエンシェントクラスの魔獣やアルマゲドンを代表とする終焉魔法を完成させたわけではなかったからである。
が、運命のあの日。
神基暦2128年 11月
精鋭の騎士団を中心とする東方征伐軍3万がシーバスト共和国国境にて謎の勢力と遭遇する……。
たった一日足らずで、不敗の軍団は半数の兵を失う。
敵兵へ、一太刀もあびせられずに。
帝国上部が震撼する暇も与えず、その異世界より召喚されし破邪の軍は次々と帝国軍を駆逐。
帝国は魔法都市ネリェントスに、対抗手段の考案を命令する。
ある暗黒神の司祭が言った。
異世界の軍は、自国民の血が流れるのを極端に嫌う。それを逆手にとればよい。
羽田空港発の日航ジャンボ機231便が、まるで誘われるかのように、魔法都市へ進路を変えたのは、間もなくのことであった。
389 名前:元1だおー :03/12/25 23:35 ID:???
作戦経過記録
神基暦2129年 5月22日
0530 状況開始
0603 普通科中心の二個中隊が城壁を突破。
0622 目的の建造物に突入班・警戒班到着。生存者の捜索を開始。
敵の多くは傭兵。抵抗少なし。
0629 四肢を切断されて地下室で吊るされている遺体を7体発見。
生存していると思われる民間人325名の内、益田清美さん(19)・藤井敏明さん(32)
秋元正人さん(22)・立木景さん(17)・立木澪さん(15)・村上亜紀さん(22)・佐藤良美さん(27)であると
後に遺留品と隊員の撮影したビデオによって確認。
0635 部隊に撤退命令。しかし激昂した現場指揮官がこれを拒否。
捕虜の傭兵から生存者のいる建物を聞き出す。
0650 退路確保に一個中隊、捜索に一個中隊を割いて行動開始。
390 名前:元1だおー :03/12/25 23:38 ID:???
0721 市場周辺の路地でバリケード。部隊が停止した直後トラック二台及び指揮通信車に
シュートアロー(魔法矢)が数十本直撃。
22班班長・谷良治一曹戦死、他7名が負傷。
0751 脅威を排除しつつ、別行動中隊は都市中央の広場に到着。
広場中央にて、多数の生存者と思われる遺体を発見。
遺留品、撮影された映像などから、後に遺体は修学旅行中だった
都立黒川女子高校2年3組の35名全員の死亡が確認される。
遺体は損傷が激しい上、状況的にみて搬送不能だったため、ガソリンを散布して焼却。
(後のこの行動が人権蹂躙にあたるとして当時の指揮官3名が遺族と市民団体に訴訟される。
内1人は「命を蹂躙されつくした彼女らをせめて同じ日本人の手で弔ってやりたかった。
申し訳ございませんでした」と遺書を残し駐屯地内のトイレで自殺しているのが発見される)
0846 再度、撤退を指示。しかし現場の中隊内で意見が分かれ、二個小隊のみが撤退を開始する。
0921 撤退中の二個小隊が襲撃を受ける。召喚獣の群れに襲われ、隊員8名が戦死。19名が負傷。
指揮官が航空支援を要請。ブラックホーク2機が急派される。
1022 包囲されている小隊の上空にブラックホーク2機が到着。機銃などによる支援射撃開始。
1136 ブラックホーク1機が空間断裂の高等魔法の直撃を受け墜落。
パイロット2名が死亡(推定) 当日の夜にキャビンの機銃要員の隊員も死体が
アンデッド化されてさまよっているのを目撃したとの未確認情報あり。
1210 別行動部隊が捕虜にした魔術師から更に正確な生存者の場所を聴取する。
(後に尋問中に非人道的行為が行われたとして指揮官が警視庁に書類送検される)
1250 退路確保に残った中隊も包囲されつつあり、退路確保を断念。ゾンビーやそれを改良したおぞましい
魔法生命体の多数の襲撃を受け、
このときまでに隊員10名が死亡、負傷は30名を超える。
391 名前:元1だおー :03/12/25 23:38 ID:???
1320 暗黒神地下神殿入り口で攻防戦。
1440 別行動部隊、地下神殿へ突入。
1506 敵と遭遇。敵は生存者と思われる人間「だった」者たち。
正当防衛としてこれらを攻撃、推定で40〜50名を排除。
(後にこれが殺人罪にあたるか否かが国会で討議される)
発狂する隊員が出るなど、部隊としての行動が困難になる。
1516 別行動部隊は撤退を決定。しかし、江藤祐樹二尉以下有志の隊員12名が突入を続行。
1907 神殿内より、江藤二尉・上田三曹・佐久間陸士長が生存者15名と共に脱出。
2002 激戦の中ヘリが到着、積載量過多だったが、
江藤二尉と上田三曹がヘリ搭乗を辞退したため生存者は全員救出される。
両名は死亡ではなく行方不明扱いとなる。
(後に両名への勲章授与が検討されたが、国内の反戦運動の高まりに上層部が取りやめを指示)
2238 退路確保中隊全面撤退。
2340 ネリェントス内から全部隊が撤退。
392 名前:元1だおー :03/12/25 23:39 ID:???
帝国側は後の人質交換に応じなかったため、一ヵ月後、第七師団約6000名がネリェントスへ突入。
が、街の中は既にもぬけの殻となっていた。
そして、神殿内の他、帝国の魔獣使い宿舎横の檻の中から、多数の人骨が発見される。
DNA検査の結果、行方不明者約200名の内、100名近い人質の死亡が確認される。
三ヵ月後にとある都市の奴隷市場で放心状態で発見された女子高生を最後に、捜索は事実上打ち切られる。
史上最悪の一日は、その概要を見ただけでいかに悲惨であったかがうかがい知れるものだ。
自衛隊員のなかには精神病を患う者も続出し、いかにこの世界が我々の常識では測れない場所であるかを痛感させた。
日本国内では反戦運動が激化。殉職した自衛官の葬儀にデモ隊が衝突して葬儀が中止となり、
231便の犠牲者の遺族は国を相手に訴訟を起こすなど、問題は山積している。
(某新聞より抜粋)
592 名前:元1だおー :03/12/30 23:52 ID:???
景気付けに更新
「三尉ぃー。こっちはOKっすよ」
前島が叫ぶ声が館の裏側から聞こえた。
発電機の騒音が気にならないように、館から少し離れた場所に設置したからだ。
そして今僕は長距離通信用のパラボラ・アンテナを立て終わり、屋根で一息ついているところだった。
通信機との接続は佐久間がやってくれている。
さっき、接続が完了したことをトランシーバーで伝えてきたから、後は前島の発電機が動き出すのを待つだけだ。
「よーし。じゃあ回してみれ」
「あいあいさー」
日が暮れるまであと少しといった時間になって、
今日の締めくくりとばかりに発電機の始動に踏み切った。
前島がガロンガロンとレバーを引くと、ダダダダッと発電機が発電を開始する。
「ふぃ〜。終わった終わった」
前島は一仕事を終えたことに満足したらしく、
油で汚れた手を拭きながら中庭に姿を現した。
御手伝いをしろ、とでもリオミアあたりに言われたのか、背後に何人かメイドさんがついてきている。
が、どうも居心地が悪そうにしているのは、別に仕事の手伝いらしいことなど一つもできなかったからだろう。
593 名前:元1だおー :03/12/30 23:54 ID:???
「どうだった?」
屋根の上から尋ねる。
「これでも工業高校卒です。あれくらい説明書見れば分かりますって」
へぇ。アイツも結構やるじゃんか。
ちょっぴり部下の意外な一面に感心しながら、僕は危なっかしい足取りで屋根を降り、天窓を開けて四階へ戻る。
「よっと」
「領主様」
「うおっ!?」
天窓から降りた瞬間、いきなり横から声をかけられた僕は思わず飛びあがった。
「り、リオミアさんですか……」
「驚かせてしまい、申し訳ございませんでした」
「いいですよ、別に。もうだいぶ慣れちまったし。……で、何か用ですか?」
「はい。非常に申し上げ難いのですが……」
すると彼女は眉を歪めて忌々しげな表情を浮かべた。
僕は思わず姿勢を正した。彼女がこんな表情をするのはただごとじゃないな。
594 名前:元1だおー :03/12/30 23:56 ID:???
「評議会の者どもが訪ねてきております」
「えっ評議会!?」
書類で読んだ。
評議会とは、帝国統治時代は帝国の隷下で街の統治活動を行い、
帝国無き今はその評議会が一時的な自治政府機構としてエクトの維持管理を行っている。
評議会はギルドと呼ばれる商工業の同業者組合の頭や、地主といった名士の類が寄り集まって構成されている。
市長やその他役員はその中から選出されるといった、まあ見た感じ民主的だ。
しかし、リオミアはなんでそんなに忌々しげに彼らのことを言うのだろうか。
「なんでそんなに評議会の人たちのことを言うんです?」
OD色の作業着から着替えるために急ぎ足で領主部屋へ戻りながら、RPGキャラよろしく
すたすたと後ろについてくる彼女に尋ねる。
595 名前:元1だおー :03/12/30 23:57 ID:???
「あのような卑しい者どもを領主様の目に触れさせるのは心痛うございます」
さらりと言うリオミア。
「それ、ランクロードに吹き込まれたんですか?」
「!」
「……まあいいです」
なんとなくそんな気がしたんだが、案の定か。
民は為政者の食い物、自分は食物連鎖の頂点に立つ王者、か。
ランクロードとかいうクソゲス野郎の考え方が分かってきたぜ。
嬉しくもなんともないけどな。
「あ、あの……」
「ああ。すぐに会いに行くから伝えといて。応接室くらいあるんでしょ? お茶でも出して待たせておいてくんないですか?」
「は、はい! 仰せのままに」
部屋に戻ると、リオミアのときは使わなかったわざわざ防水カバンの中に入れて持ってきて、
ここに着いてからはハンガーにかけておいた陸自の制服を取り出し、急いで袖を通す。
ネクタイをキュッと締め、制帽をサッと被って、やたらと豪奢な姿見でおかしな点がないか確認する。
防衛大の頃から叩き込まれてきてるからな、おてのものさ。
596 名前:元1だおー :03/12/30 23:58 ID:???
「ううぅー。緊張すんなぁ」
つまりこれから市長さんたちと会議するわけだ。
ある程度予想はしていたけど、どうしよう……きちんと説明できるだろうか。
親父ぐらいの歳の人ばっかりなんだろうなぁ。
こんな若僧が新しい領主だと?なんていびられないかなぁ。
いや、待てよ。
この街の頂点に位置していたであろうこの館の人間がこんな領主様絶対主義に汚染されてるんだから、
街の人間もまた然り、ということになってるんじゃなかろうか。
それはそれで話しにくそうだな……。
ま、いいや。悪ノリするわけじゃないが、ここの領主は僕なんだし。
もう後戻りなんてできやしない立場になってるんだ。
「はぁ……これで特別手当が一日たった百円じゃやってらんねえよなぁ」
ぼやきながら、僕は部屋を出た。
597 名前:元1だおー :03/12/30 23:59 ID:???
「領主様……その御洋服は?」
今までずっと迷彩服か深緑の作業服だったので、足早に戻ってきた彼女は初めて見る自衛隊の制服に目を丸くする。
「こっちの世界でいうとこの正装ですよ」
「な…! あのような者どもにお会いなされるのにそんな御大層なものは……」
「必要なんですよ」
説明もかったるそうに彼女の声を遮り、応接室はどこか尋ねる。
そして毎度のことながら、付いてくると言ってきかないリオミアを先導として廊下を歩いていった。
「どんな人が来てました?」
「市長と役員全員、各ギルドマスター、近隣の農村の村長なども来ております」
うへぇ、マジやりにくそうだな。
生まれてこの方命令されるばかりだった僕が、自分よりずっと年上の大人に命令しなきゃならない。
気が重い。
598 名前:元1だおー :03/12/31 00:00 ID:???
「ここでございます」
「う、うん」
着いてしまった。
中から微かに人の話声が聞こえてくる。人が大勢いるだろうと容易に想像できた。
ひょいとすればLR同時押しで逃走してしまいたい気持ちを抑え、ドアノブに手をかける。
精一杯の虚勢を張って、僕は室内に入った。
「おお…!」
「か、彼が…!?」
「領主様」
「あの異世界の……」
うわっ!?
いきなり視線がイテエ……。
二十人以上の初老から老人までの、いかにも責任者といった雰囲気の男たちの様々な視線が全て僕に注がれている。
多くは好奇、畏怖、驚愕、いくつかは嘲りも含まれているだろう。
僕が入室したことで、その場の雰囲気がガラリと変わった。
彼らに一体僕はどんな風に見えているのだろうか。
599 名前:元1だおー :03/12/31 00:00 ID:???
ちょっとかなり、僕的にはピンチな雰囲気。
よ、よし! 面接じゃないけど、とにかくこういうのは初印象が大切だ。
できるだけ、さわやかにいこう。
「ど、どうも皆さん初めまして。日本国より新しく着任いたしました辻原と申しま……」
「このお方こそニホン国より参られた新たなる領主であられるエーキ・ツジハラ様である! 皆の者、心せよっ!」
ええーっ!?
リオミアさんあーたいきなりなんて最上級に尊大な態度なんだ!?
「おお領主様……」
「領主様…」
彼女の言葉に弾かれるように、その場にいた全員が僕に向かって頭を下げた。
状況・立場・彼らの印象・居心地全て最悪。
リオミアさん、気持ちは嬉しいんだけどちょっとこれはシャレにならな過ぎる。
いかんフォローしなければ! 今後の僕の立場しいては生活に影響してくる。
「あーあーあー! リオミアさんリオミアさん! ちょっとちょっと……」
また何か言い出さないか心中穏やかでないのだが、努めて平静を装い
慌てて彼女を呼び寄せる。
600 名前:元1だおー :03/12/31 00:01 ID:???
「誰がそんな紹介頼んだんですか! 責任者同士の会議なんですから自分に任せて下がっててくださいよ!」
さすがの僕も、評議会のメンバーに聞こえないように小声ながらも辛辣な言葉を浴びせてしまう。
「も、申し訳ございません……」
僕の言葉を耳にするや、
彼女は今の威勢はどこへやら、まるで塩をふりかけられた軟体動物みたいにしおしおと萎縮する。
まったく、申し訳ないと思ってるなら少しは配慮してくれよなぁ。
「りょ……領主様」
と、突然背後から声が上がった。
僕が振り向くと、どこか疲れ果てた雰囲気のする小太りの中年男性が汗を拭きながらおどおどとこちらを見ていた。
「あ、はい。なんでしょう?」
僕はその哀れなまでの卑屈オーラにどこか安心し、さらりと聞き返した。
601 名前:元1だおー :03/12/31 00:02 ID:???
「そ、そのですね……本日こうして領主様に謁見の席を設けていただいたことに感謝するとともに……」
「あー。すいません。どうにもこの二日はこっちも忙しかったもので。会議はこちらから申し込もうと思っていたんですけど」
会議くらいで感謝だの謁見だのと大仰な単語を並べ立てるその男性に、案の上だったかと即座に感じ、
僕は手間を省くつもりで言葉を遮った。
心証を悪くしてしまったのか、はたまたどうすればいいのか分からないのか、中年男性は顔を真っ青にしている。
僕はそれに居心地の悪さを感じながらも、長テーブルの上座に少し躊躇いながらも腰を下ろし、
どれも不安そうな評議会の面々の顔を確認してみる。
誰も、何も話さない。
この館にきて少し理解できるようになった。きっと、僕が許可していないからだろう。
しようがないな…。
「えーとですね。まあ、自分の自己紹介は今さっきの通りで別に変わりはないんですけど、
会議を始めるにあたって今度はここにおられる方々の名前と役職名を教えてくれませんか?」
評議会の面々が驚いたような顔をしてざわついた。
う……僕またなんか変なこと言っちまったかな?
が、ざわめきも長くは続かず、ぴたりと止んでしまった。
……大方、後ろに控えてるリオミアが睨みつけでもしたんだろうな。
602 名前:元1だおー :03/12/31 00:03 ID:???
「わ、私が市長のカータースでございます。領主様」
最初に言葉を発したのは、あの小太りの中年男性だった。
「え、市長さんだったんですか?」
思わず、日本で自衛官がこんなことをこぼしたら市と自衛隊に十年越しの軋轢が発生しそうな発言をしてしまった。
それくらい、違和感ありまくりな市長であった。
とてもじゃないが、人の上に立つような人物には見えない。
「は、はいぃ。ははは。皆にそう言われます」
僕は失言にはっとしたが、どうやら彼のほうはなんとも思っていないようだ。よかったよかった…。
「じゃあ、この中での責任者はカータースさんということですね」
「は、はい……」
別に叱責しているわけでもないのに、気の毒なくらい萎縮して答えるおっさん。
しょうがねえな、これ以上どうこう言っても進まねえしめんどい。
さっさと次にいこう。
603 名前:元1だおー :03/12/31 00:03 ID:???
「では部下の方のお名前と役職の方を……」
「は、はい」
補佐役や書記といった数人の部下を紹介する市長。
市長ほどではないものの、一様に彼らは不安そうな面持ちであった。
そんなに、僕のことが怖いのかねぇ?
ん?
僕はふとムサいおっさん連中の中に若い女性がいるのを発見した。
僕よりも四〜五歳は年上だろう。
しっとりと濡れたようなパープルのセミロングの髪、あえて色香を際立たせるように引かれているアイシャドウ、
露出度が高く、なまめかしい光沢を放つ皮製の服を身につけており、男の欲望の視線を捕らえて放さないであろう
豊かな胸が腕くみした間から覗いている。
だが目立ったのはそれだけではない。
彼女一人だけが、僕に対して畏怖の表情を向けていなかったのだ。
どこか値踏みするような、何を秘めているのか分からない妖しい瞳が僕を捉えている。
何度も言うが、いくら美女美少女がいたとしても、僕は生憎ラブコメの主人公じゃないんで、彼女に対して感じたのは
『なんじゃあこのフェロモン姉ちゃん??』というどこかひいた感想だった。
日本で非番の日、彼女に出会ったなら、垂涎ものの反応だっただろうが、こんな神経すり減らしっぱなしの現場じゃあ
そんなもんだ。
605 名前:元1だおー :03/12/31 00:04 ID:???
「領主様。次はギルドの者どもを御紹介いたします」
「え? あ、うん……」
慌てて市長の方へ視線を返す。
危ない危ない。会議中にこんな反応だったら自衛隊内なら上官からビンタ喰らってるところだ。
ちらりとあの妖艶な女性の方を一瞥すると、彼女はくすりと妖しく笑っていた。
しかし僕はドキリとするとかいう以前に、この姉ちゃんも何かの責任者だということの方に頭がいってしまっていた。
キャバクラ組合でもこの世界にはあるのだろうか?
市長はそんな僕にはお構いなし(多分、声をかけて機嫌を損ねでもしたら大変だと思ってたんだろう)に、
各ギルドマスターの紹介を続けている。
様々な商工ギルドの名前を一度に言われても、とても覚え切れそうにない。
これは後で書類に纏めておいた方がいいな。
そして、遂にあのフェロモン全開の姉ちゃんの番になった。
「えー…そちらの彼女は盗賊ギルドのマスターにございます」
「ふーん……って、と、盗賊ぅ!?」
突然素っ頓狂な声を上げた僕に、市長が椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。
606 名前:元1だおー :03/12/31 00:05 ID:???
「え、えええとですね……」
呂律が回らないまま、額にびっしりと汗をかく市長。
「サキュア・ナイトロードと申します。領主様……」
代わりに言葉を発したのは当人だった。
シーフマスター・サキュアは妖艶な笑みをたたえ、僕を見つめている。
「我がギルドに何か問題がございますでしょうか?」
まったく恐れを知らない、淡々とした口調で尋ねてくる。
「問題……というか、盗賊というのは、そのぉ…犯罪組織なわけですよね?」
僕は他に言葉も見つからず、直球にそう言うしかなかった。
彼女のその深い碧眼に圧倒されていたということもあるが。
「その通りですわ」
躊躇いもなく、彼女は即答する。
607 名前:元1だおー :03/12/31 00:06 ID:???
「ひ、非常に申し上げ難いのですが、日本の法律と照らし合わせても、犯罪組織を公認するわけにはいかないんですけど……」
こうも面と向かって肯定されては、対応もなにもあったもんじゃない。
自然と、僕の言葉は尻すぼみしていた。
「つまりそれは、我がギルドを潰すおつもりであるということでございますか?」
「潰すだなんて大袈裟なものではないんですけど、公機関として公認はできませんし、
犯罪組織である以上、その存続を容認するわけには……」
「前領主の時世では、税さえ納め、領主に従属するのであれば存在も活動も認められておりました。
そういった『契約』もないと?」
「生憎ですがありません」
公共機関である自衛隊が査定もなしに特定の組織に肩入れしたり契約したりできるはずがない。
こればかりはハッキリといえることだ。
「そうなれば、領主様の御身も保障しかねますが?」
背筋がゾクりとする微笑を浮かべ、彼女は静かに言った。
「……脅迫するんですか?」
怖いとかそういうこと以前に、その物言いがムカついた。
コイツ何様のつもりじゃ。
608 名前:元1だおー :03/12/31 00:07 ID:???
「とんでもございませんわ。ただ、我らとて明日の生活がかかっておりますゆえ」
「防衛庁の上層部に問い合わせて、後日決定を知らせるのはどうでしょう?」
「そんなことを仰って、もし我らに不利な決定でしたら?」
「ではどうしろと?」
「多くは望みませんわ。ただ、我らの存在を認めて欲しいのです。何も公文書に載せろといっているのではございません。
ただ、『なにもなかった』こととして認知して欲しいのですよ」
「つまり、報告書に犯罪組織が存在している記載をするな、と?」
「その通りでございます。今日ここへ参じたのも、いずれは我らの存在を知ることになられますゆえ、
早めに陳情しておいた方が得策と思ってのこと……」
「………」
609 名前:元1だおー :03/12/31 00:08 ID:???
「御心配には及びません。我らのギルドは正統派にございます。黒い仕事は主としておりません」
「犯罪に黒いも白いもあるんですか?」
「……領主様はまだこの世界の暗部をよく御存知ないように見受けられます」
「それがどうかしたんですか?」
「いえ……。ただ、我ら程度の盗賊にここまで頑なになられるようでは、この先危険でございますよ」
「どういう意味です……?」
その人を食った態度に腹立たしさを覚えながらも、気にかかることを言う彼女に聞き返す。
が、彼女が答えるより先に、誰かが僕の隣を横切った。
「リオミア?」
「領主様への侮辱、もう許せぬ」
僕はそこまできて、彼女の両手に短剣が握られているのに気が付いた。
彼女どこにあんなもの隠してたんだ!?
610 名前:元1だおー :03/12/31 00:08 ID:???
「あら……。久しぶりね、可愛い子猫ちゃん。あなたに私が殺れるとでも?」
「リオミアっ! 止せ!」
僕は慌てて席を立ち、リオミアの手を取った。
「…領主様」
リオミアがはっとした表情で僕の顔を見つめる。
「それ以上何かやったら、両方とも傷害か殺人未遂の容疑で逮捕しますよ」
僕はそういって腰の、佐久間が護身用にと渡してくれた拳銃を抜いた。
彼女が今にも凶器を繰り出してきそうな恐怖があったので、すかさず照準を合わせる。
拳銃がどんなものなのか知らないのか、またはこちらを舐めきっているのか、サキュアは
銃口を前に眉一つ動かさずにこちらを笑みをたたえて見つめている。
「……私の用件はこれだけにございます。それ以外のことは我らには関わり薄きことゆえ、
本日はここでお暇させてもらいますわ」
彼女はそういうと、何事も無かったかのように席を立って出口へと歩んでいった。
611 名前:元1だおー :03/12/31 00:09 ID:???
「領主様。よい判断を期待しておりますわ……」
優雅に振り返り、サキュアは僕にウインクして見せる。
だがあいにくと、今の僕にとっては気色悪いだけだ。
「女狐め……」
リオミアが、サキュアの出て行った扉を、まるで射殺さんばかりの殺気に満ちた瞳で睨みつけていた。
僕は、無意識の内に起こしていた撃鉄を慎重に降ろし、疲れ果てたように椅子へと戻った。
「りょ、領主様?」
評議会やその他のギルドマスターたちがおろおろとした様子で、遠慮がちに声をかけてくる。
「会議……続けましょうか」
僕は憔悴した表情に苦笑いを加えてそう呟いた。
630 名前:元1だおー :04/01/01 13:57 ID:???
あけましておめでとうございまする。
新年早々、ちょいネタ投下(前言ってた警察もの)
突き抜けるような晴天。
寒風は厳しいものの、外へ出かけるのにはもってこいの日だった。
過疎化が進んだ田舎ということもあってか、周囲に人影は見受けられない。
その代わり、森の合間から時折顔を見せるタヌキなどの動物や、空を呑気な
鳴き声を上げながら遊覧飛行する鳥達がより一層その場の雰囲気を静かに印象づけていた。
雪が積もり、今は休耕期の田畑を縫うようにはしっている道路に一台の車が、田舎とはいえゆっくり過ぎる
感で走行していた。
『えー長野本部より巡回各車。警視庁の公式見解として密入国した異世界人は武装したゲリラ部隊の可能性が高い。
発見、あるいは遭遇した場合は検挙は待ち本部へ報告せよ。繰り返す。密入国した異世界人は刀剣類で武装している可能性が……』
車内の警察無線から相変わらずの棒読みで聞こえてくる報告に、運転席の若い巡査が不安そうな表情を浮かべた。
631 名前:元1だおー :04/01/01 13:58 ID:???
「部長。異世界の人間って一体どんな連中なんですか?」
助手席に座り、地図を広げて巡回ルートを検討している初老の巡査部長が、その問いに全く緊張感も見せずに答える。
「あー? まあなんだ。中国からの密入国者みたいなもんじゃない?」
「そ、そんなもんですか?」
「さあ。おれっち、ゲームもファンタジー小説もやらねえし読まないからよくわかんねえよ」
地元出身の部長だけあって、人目につかないこういうときは、素のまま話す。
「……! あ、あれ!?」
「どしたー?」
後部座席の部下の声に、助手席から顔を覗かせ、間延びた口調で尋ねる部長。
「ほらあれ! あれ足跡じゃないですか?」
「んー? あらホントだ」
「おい永沢。停めろ停めろ」
「は、はい」
周囲数キロに渡って無人もいいところの田舎に、突然新雪の中にいくつもの新しい足跡。
不自然なことに、その足跡は田畑を突っ切るように残っている。
普通の人間ならこんなことはしないはずだ。
632 名前:元1だおー :04/01/01 13:58 ID:???
「かなり多いな。十人以上はいるぞ」
「こんな場所へハイキングもないだろうし……」
パトカーから降りた県警所属の機動隊員四名は、口々にそう呟きながら、田畑に残された足跡を追い始める。
「おー永沢ぁ」
「え? はい。なんでしょう?」
「おめえ、車に残っとけや。無線係がいるし」
「は、はぁ」
四人の中で一番若年の警官、永沢は一人残されることに少々つまらなさそうな表情を浮かべたが、
上司の命令だ。別に言い返す理由もないので一人でおとなしく沿道に停められたパトカーへ引き返す。
「部長……これ、間違いないですよ」
「……じゃあ、ピストル、タマ入れとくか?」
田畑のど真ん中で、三人の警官は顔を見合わせると、ごそごそと慣れない手つきで腰のホルスターから拳銃を
取り出し、ポケットに手袋のまま手を突っ込んで弾丸を取り出し、シリンダーに込めながら歩き始めた。
「あらら……タマが…」
白い雪の上に小ぶりな38口径SP弾がぽろりと零れ落ちる。
部長はほとんど使わない拳銃にしっくはっくしていた。
633 名前:元1だおー :04/01/01 13:59 ID:???
「あの使われなくなった馬小屋に続いてますねぇ」
部下の一人が弾丸を込め終わったシリンダーをもとに戻しながら言う。
「……人の気配がするな」
巡査長が直感的にこれがただごとではないことを悟った。
「異世界人ねえ……。俺が若い頃は赤軍派だったけどな」
「もしかしたら赤軍派より怖い連中かもしれませんよ」
「マホーってやつかい? ハイカラなもんだねぇ」
呆れたように呟きながら、部長は雪に足をとられないようにえっちらほっちらと歩いてゆく。
雪がサクサクと音をたてるのが、やけに静かなこの一帯に響いていた。
「ありゃりゃ。足跡途切れちまった」
バブル時代に立てられた牧場施設の一部だったようで、比較的まだ建物もしっかりとしており、
足跡は雪がきれると同時にかき消えていた。
「報告いれとかなにゃあ」
部長がため息をついた。
634 名前:元1だおー :04/01/01 14:00 ID:???
「……?」
巡査の一人が倉庫らしきバラックの一つを覗き込んだ。
あちこちに盗難防止なのか板がうちつけられており、僅かに開いた窓から中を覗うが、
室内は真っ暗でよくわからない。
しかし、巡査は、「誰か」の視線をこの中から確かに感じた。
「どしたー? 上原ぁ?」
「いえ。この中に人が……」
「人ぉ? いるのか?」
「さぁ……」
「いるんか? いないんか、どっちや?」
部長も、窓から中を覗いてみようと巡査のいる場所へ歩いていく。
そして、部長はあることに気付いた。
周囲の馬小屋などは入り口にしっかりと錠がしてあったり板が打ちつけられているのだが、
そのバラックだけ、入り口に錠がかかっていない。
「! 誰か何かしゃべってる……」
部長が注意する前に、巡査が呟く。
まさにその瞬間だった。
635 名前:元1だおー :04/01/01 14:01 ID:???
バガンッ!!
内側から蹴破られたドアが、その正面にいた巡査を跳ね飛ばした。
巡査が何が起こったのかすら分からずにひっくり返るのと同時に、
暗い室内から黒い影がバタバタと飛び出してきた。
部長と巡査長は、その黒い影が自分たちより圧倒的に多いことをすぐさま悟った。
しかし、彼らとてドスを構えたヤクザや鉄パイプ片手に単車で突っ込んでくる暴走族を相手に
一歩も退かない百戦錬磨の機動隊員である。
非常事態に、狼狽はしたものの、部長は今までののほほんとした表情から一変して声を張り上げた。
「止まれっ!」
部長は拳銃を構えて叫んだ。
黒い影は尚も増えている。
総勢10〜12人はいるだろう。
ひっくり返った巡査は、這いずるように反対方向へ逃れ、突然現れた集団と対峙した。
「うおおおおおおーーー!!」
野太い男の雄叫びが周囲にこだました。
部長は、影の一人が手に見たこともないような巨大な剣を持ってこちらへ向かってくるのを確認した。
636 名前:元1だおー :04/01/01 14:02 ID:???
「止まれっ! 止まらないと撃つぞ!」
相手はまるで意に介さず、こちらへ猪突猛進に向かってくる。
その明らかな殺意を知った部長は、警察官人生で初めて、人間に向けて銃を発射する決意をした。
パンパンッ!
部長のしっかりと構えた日本警察制式ニューナンブ38口径拳銃の銃口に閃光が迸る。
弾丸は男の大腿部に集中して吸い込まれていくはずだった。
しかし、弾丸は奇妙な風切り音を立てて明後日の方向へ飛んでいってしまった。
部長は焦った。
そんな馬鹿な! 確かに手ごたえはあったはず。
「しぃぃあああああ!!」
男の剣が、部長めがけて振り下ろされる。
部長は、今まで感じたことのない激しい衝撃を肩に感じた。
「なっ…!?」
だが襲撃者は目を見開いた。
この斬撃を受けて、血を吹いて倒れなかったものはいない。
しかし、この異世界人の初老の男は苦悶の表情を浮かべるだけで、傷は一切負っていないではないか。
襲撃者には理解できなかったが、防弾チョッキをコート下に着込んでいたのだ。
637 名前:元1だおー :04/01/01 14:03 ID:???
「部長!」
巡査長がその隙をついて立て続けに三発、襲撃者へ向かって発砲を繰り返した。
しかし、やはり弾丸は命中しない。
「無駄ぁああああ!!」
男が、再び剣を振りかざした。
一方、バラックのそばにいる巡査も、拳銃を構えて部長の援護へ回ろうと試みていた。
が、次の瞬間、目の前に新たな襲撃者が現れた。
栗色の髪に、蒼い瞳。まだあどけない少女だった。
寒さに備えてか、それとも顔を見せないためか、顔を目深にマフラーを巻いているので、詳細は
分からないが、確かに襲撃者は小柄な女だった。
その両手には、やけに少女にフィットした印象のダガーが握られている。
「ふぅううう……」
少女が静かに気をためるように唸り、ダガーを逆手に構える。
巡査は、その少女に明らかに戦闘術の心得があるのを見抜いた。
柔道や剣道などの競技的なものではない、相手を殺すことのみを考えた、マーシャル・アーツの類だ。
もう一人、彼女の背後に、ローブに身を包んだ得体の知れない奴が控えている。
そいつは、ボソボソと何かを呟きながら、こちらを睨みつけているようだった。
638 名前:元1だおー :04/01/01 14:04 ID:???
「はぁあああああ!!」
少女がまるで野生のウサギのように軽やかに跳躍した。
しかし巡査は躊躇わなかった。
部長は明らかに意思を持って殺されそうになっている。
こいつらは今まで経験してきた頭の足りないヤンキーや族とは違う。
そう、こいつらは、明らかな殺意を持ったテロリストに等しい。
巡査は、部長と違い、とにかく射撃を繰り返すことで相手を怯ませようと思った。
巡査は残弾を気にすることもなく、シリンダー内の弾丸を全て吐き出した。
乾いた銃声が、のどかな空を震撼させる。
「きゃうっ!?」
ナイフを持った女らしき襲撃者が悲鳴を上げて地面に飛び上がって転がった。
足に38口径弾が命中したのだ。そのスラリと伸びた太股を手で押さえ、手の間からは
鮮血が溢れている。
「パナシェ!?」
後ろに控えていたローブの人物が慌てて駆け寄る。
そのとき、ローブがずれてその人物の顔が明らかになった。
639 名前:元1だおー :04/01/01 14:05 ID:???
「なっ…!」
巡査は驚きのあまり声がでなかった。
その人物は、彼が今まで出会ってきた、いやTVの中に登場する女性よりも美しかった。
ただ、ただ一点だけ、「人間」と違う点があることを除いて。
その美女の耳は、笹の葉のように長く尖っていた。
「動くな! 公務執行妨害と殺人未遂の容疑で検挙する! 大人しく武器を捨てろ!」
巡査はもう弾切れの拳銃を構え、その得体の知れない女に叫んだ。
怯んではいけない。怯めばおしまいだ。
彼はガチガチに固まった拳銃を構えた両手を必死になって抑えていた。
「ルゥム! エチカ! ランス! もうここにいては危ない、逃げよう!」
事を静観していた何人かの内の一人が叫んだ。幼い少女の声に聞こえた。
「待てよファウ。このジジイをぶった斬ってから……」
大剣を構える大男がそう言おうとした瞬間、
苦痛にあえぐ部長は力を振り絞って携帯無線を手にした。
「永沢ぁああ! 県警本部に緊急連絡ーーー!!」
640 名前:元1だおー :04/01/01 14:06 ID:???
遠くから銃声が聞こえてきたことで、パトカーの側で右往左往していた永沢は車内から響いてきた
上司のかつてない怒号に、凍結した道路に素ッ転びながらも慌てて無線機にかじりついた。
周波数を変更し、早口にまくしたてる。
「こ、こここここちら長野警機3号車!
不審な足跡を追って牧場跡地へ捜索へ向かった岩下巡査部長以下3名が
密入国した異世界人と思われる不審者と遭遇! じゅ、銃声、銃声が聞こえます!
現在巡査部長ら3名が異世界人の一味と応戦中の模様! 繰り返す……」
パトカーに残った若い巡査の、震えた叫び声が、のどかな田園風景にすいこまれていった。
『帝国軍遊撃傭兵団長野に現る』
翌日の朝刊の一面に、この文字が躍った。
そしてこれが、日本警察と帝国傭兵団との、凄絶な攻防の幕開けであった。
693 名前:元1だおー :04/01/04 06:54 ID:???
「疲れたぁ……」
日付が変わろうかという深夜になって、僕はようやく解放された。
部屋へ戻るなり、ベッドへ倒れこむ。
靴を脱ぐのもマンドクセ。
そのままベッドにうつ伏せになっていると、誰かが靴を丁寧に脱がせてくれた。
リオミアか……。
「ありがと……」
「おそれ入ります」
相変わらず恭しい態度で返してくる。
もう、何故あんな武器を隠し持っていたかなんて、聞く気力もない。
会議で以前リオミアにしたのと同じ説明を繰り返し、最後に質問に応じると言った途端
質問が際限なく浴びせられるハメになった。
遠慮がちだが、どれも難解な問題で、答えもほとんど「後日お伝えします」か「前向きに善処します」しか返せなかった。
解決できたのは、領主が街の娘の……その、なんだ、初めてを奪う権利、つまり初夜権はどうなるのかを、
全面撤廃だと即答して娘さんのいる人たちを安心させたことくらいだ。
しかし、えらい感謝のしようだったな、ありゃあ。
つーか、そんな権利が公然と存在していたこと自体が驚きだ。
694 名前:元1だおー :04/01/04 06:55 ID:???
「うー…でも風呂入ってこなきゃ……」
もう眠ってしまいたい衝動を抑え、体を起こす。
僕はいつも自衛隊の窮屈な半長靴では不便なので、館内では持ってきたスリッパを履くことにした。
すかさずリオミアが僕の足下へ運んできてくれる。
「では支度いたします」
「マジで? ありがと」
「いえ。畏れ入ります」
彼女は僕の日用品をそのままぶちまけているテーブルの上からタオルや風呂セット(これは私物だ)を
丁寧な手つきで取り上げ、スリッパをペタペタと鳴らしながら部屋を出て行く僕の後を追ってくる。
廊下は薄暗く、メイドも就寝している者が大半なのか、一人も出会わない。
「リオミアさん」
「はい」
「なんであんな物騒なものを持っていたんです?」
僕は後回しにするのもよくないと考え、歩きながら尋ねた。
695 名前:元1だおー :04/01/04 06:56 ID:???
「領主様を守るためにございます」
「そういうことを聞いてるんじゃないですよ」
「失礼しました。しかし他に理由などございませんので……」
「まあ、護身用の武器を所有するのはまあ百歩譲って許可するけどね、
今度から僕の許可もなしにああいう行動にはでないでくれ。寿命が縮まったよ……」
「申し訳ございません。以後、徹底いたします」
頭を下げて、寂しげに彼女は言った。
いや、僕がそう感じただけかもしれないけど、寂しそうだった。
彼女は彼女なりに必死にやっているのだろう。
同時に、それを汲んでやれない自分が情けなくもあった。
「僕はこれでも自衛官なんだ。どっちかというと、君たちを守る立場なんだよ。
だから、できればもうあんな武器なんて持ち歩かないでくれると安心だ。
いざって時は僕がなんとかするからさ」
ため息混じりに言うと、彼女は小首をかしげる。
「……それは命令にございますか?」
「命令じゃないよ。お願いだ」
「……お願い、にございますか?」
「そ。個人的な、ね」
苦笑いしつつ、肩を竦めてみせる。
696 名前:元1だおー :04/01/04 06:57 ID:???
「……難しいです」
「は?」
「私は、人から命令されるか、命令するかのどちらしかありませんでしたので……」
彼女は、まるで自らの不甲斐無さに失望しているかのような複雑な表情を浮かべて呟いた。
僕には聞こえないように、呟いたつもりだったのだろう。
「領主様のお言葉は、難しゅうございます……」
「………」
僕は、答えるべき言葉が、思い浮かばなかった。
難しく考えなくていいよ。この一言が口から出なかった。
何故だろうか。
彼女は、きっと僕みたいな人間では想像もつかないような過酷な人生を歩んできているんだろう。
その中で、ようやく培った価値観を、根底から覆すようなことを僕は言っているんだ。
萌えアニメやギャルゲーの主人公みたく、てめえの都合のいいことだけ並べ立てて、女の子に押し付ける
なんてこと、僕にはできない。
そこまで、無責任じゃない。
697 名前:元1だおー :04/01/04 06:58 ID:???
「では、ごゆるりとおくつろぎください」
風呂の前で、彼女はまた僕に対して頭を下げた。
僕は、どこかぶつけようのない激しい苛立ちを、腹の底に抱えているような気持ちになった。
朝がきた。
ガキの頃、夏休みに「きぃぼぉーのあぁさぁーだ」ってラジオ体操でさわやかに言ってたけど、
今の僕にはそうとは思えなかった。
「領主様……。朝にございます」
しかしまあ、仕事とはいえこのコには疲れってものがないのかね。
昨夜だって、雑務があるからとか言って僕より遅く寝たみたいなのに、
僕よりずっと早く起きてるんだから凄い。
自衛官が言う言葉じゃないんだけどな。
698 名前:元1だおー :04/01/04 06:59 ID:???
「ん……起きてるよ」
「御食事の支度はできております」
「あんがとございます……」
眠気眼をこすりながら、僕はのそのそとおき始める。
私服の、上はシャツ、下はジャージといった格好の僕は、スリッパをつっかけながらOD色の作業服を
取りに行く。
が、そんなことをするまでもなく、リオミアが丁寧に腕に抱いてこちらへ持ってきていた。
窓から差し込む朝日が、彼女の銀髪をきらきらと照らす。
僕は、目が覚める思いでその姿を見つめた。
「領主様。袖をお通しします」
「えっ? い、いやそれくらい自分でやるから……」
見とれている内に、背後を取られてしまった。
こうなると、もう降参するしかない。
僕は彼女のいうとおり、袖を通してもらうことにした。
さすがにズボンは自分で履くと断ったが。
699 名前:元1だおー :04/01/04 07:00 ID:???
「あー三尉。おはよございまっす」
食堂へ向かう途中の廊下で、前島とでくわした。
「お前、顔に似合わずきちっと起床できるんだな。インスタント隊員の割には感心感心」
「へへっ。お湯入れて三分じゃなくって、駐屯地入れて三ヶ月ですか?」
「三ヶ月どころか二ヶ月じゃあな。いくらお湯が熱くても、まだ食えないだろうに」
「同感っす」
そんな皮肉混じりの冗談を言い合いながら、食堂へ向かう。
…ちりん…
「ん……?」
鈴の音?
ふと後ろを見ると、リオミアの少し後ろを、おずおずとした表情の小柄な女の子がちょこちょこと付いてきている。
誰だろう?
よく見ると、彼女の豊かな緑色のツインテールの髪を束ねているアクセサリーが、鈴だった。
700 名前:元1だおー :04/01/04 07:01 ID:???
「ああ、そのコっすか?」
「ああ……。誰だ?」
「名前ミルシェちゃんっていって、俺っちの身の回りの世話をしてくれてるんすよ」
「へぇ。お前にも専属メイドがついてるんだな」
てっきり僕のリオミアだけかと思っていた。
……が、『専属メイド』なんて言葉が自然と出てきたことに、
僕は少しここの空気に自分が慣れてしまったような気がした。
なんとなく、ヤだ。
「気の利いたいいコっすよ」
でれでれとだらしなく、前島が言う。
当の少女は、ふるふると不安そうに僕と前島の顔を交互に見比べている。
前島の言うとおり、おとなしく賢そうな印象を受ける。
まだ十二〜三歳くらいだろうか。もっと幼いのかもしれない。
「おめえなぁ、とりあえず言っとくけど、間違っても手なんか出すなよ。発覚でもしようものなら責任問題になる」
無性に心配になった僕は、とりあえず釘をさしておく。
さすがにこんな子供にそんなことはないだろうが、その他のメイドが心配だ。
すると前島は意外そうな顔をした。
701 名前:元1だおー :04/01/04 07:02 ID:???
「じゃあ両者合意の上なら?」
「はぁ?」
僕はそのストレート過ぎる言葉に声を失った。
「ば、馬鹿いえ! 俺たちは仕事でここに来てるんだぞ」
予測不能な反撃に狼狽しながらも、僕は慌ててそういった。
「でも、彼女つくっちゃダメなんて規則、ありませんでしたよね?」
おいおい、屁理屈ばっかりこねやがって。
「あのなあ。俺たちは無期限とはいえ、いつかは交代要員と交代したり、あるいはここに自治政府が発足すれば
自動的に出て行かなきゃいけないんだぞ。お前の日本にいたときと同じ中途半端な意識で恋愛なんかできねえんだよ。
わかったか? そもそも、こっちの世界の人間の価値観ってのを考えろ。恋愛も別れるのも結婚するのも自由って
わけじゃねえんだ。恋愛を楽しむだけ楽しんで、撤退命令が来たらいい想い出をありがとう、はいさようならってわけには
いかねえんだ。ナンパや合コンで出会った女とは違って彼女らにしてみれば一生を左右するんだぞ。それくらいわかるだろ?」
「………」
前島は、ぐっと言葉を詰まらせた。
そのまま、苦い顔をして黙りこくる。
やれやれ、若いのは結構なことなんだがな。
702 名前:元1だおー :04/01/04 07:03 ID:???
「……俺は中途半端な気持ちなんかじゃないっす」
前島が、小さく呟いたのを、その時、微かに耳にしたような気がした。
…ちりん…
横を見ると、前島に寄り添うように、ミルシェと呼ばれた少女が、彼の顔を見上げていた。
前島はそんな彼女に、ニッと屈託のない笑顔を見せる。
……ちりん……
彼女の鈴が、嬉しそうに鳴った。
鳴ったように、聞こえた。
920 名前:元1だおー :04/01/11 05:03 ID:???
食堂に入ると、先客がいた。
「三尉、昨日はご苦労さまでした」
佐久間は、出されている朝食に手をつけもせずにじっと待っていたようだ。
上官を差し置いて食えはしない、ということか。
体育会系だな。
まあ防衛大OBの僕は意外なことにも部活でいびられたりはしなかったが。
意外に思うかもしれないが、防衛大は伝統的に体育系クラブのイジメや
先輩の異常なまでのしごきというのは少ない。
某体育大と防衛大の部が合宿を同じ施設で行った際、
防衛大は先輩と後輩が関係なく一緒に風呂に入り、シャンプーの貸し借りを
平気でやっているのを見て驚いたという話もある。
階級社会は嫌いだったが、世話になった先輩や尊敬できる先輩も、結構いたっけな。
……今、前線に送られている先輩も、いるんだろうな。
「ああ。でも、まだまだなんか苦労が絶えなさそうだよ」
「まあ、戦争するよりは気が楽でしょう……」
「確かにな……」
席について、三人揃って朝食にする。
921 名前:元1だおー :04/01/11 05:03 ID:???
「そういえば、食料とかを購入する費用はどこから出ているんでしょう?」
何分かして佐久間が、ゆで卵を剥きながら、新鮮なサラダを見つめて呟いた。
「裏に菜園と家畜小屋があって、この館の人間だったらある程度自給自足できる生産量があるらしいぞ」
リオミアにちらりと説明を受けたときのことを思い出しながら答える。
「それの維持管理も全部、女の子がやってるんですよね……」
いきなり横から眉を歪めた前島が呟く。
「……辛いよな」
「前島?」
どうしたんだろう、今日の前島は朝からどうも変だ。
「三尉」
どうしたのか尋ねようと思っていたら、急に彼は改まった表情で僕の方を向いた。
なんだなんだ。こいつの真剣な表情なんて、初めて見たぞ。
「今日、自分がやる仕事ってなんかありますか?」
「は、はぁ?」
こいつ、変なもんでも食ったのか?
自分から仕事を欲すなんて、こいつには天地がひっくり返ってもありえないことだ。
922 名前:元1だおー :04/01/11 05:04 ID:???
「……別に、午後に補給ヘリが来る以外はこれといってないけど」
「じゃあ、自分を館内の一部署の支援に回してください!」
な、なんと!?
「……い、いいけど」
「ありがとうございまっす!」
呆然とする僕の目の前で、パンを口いっぱいに頬張り、牛乳をがぶ飲みして一緒に飲み込み、
前島は急ぎ足で食堂を出て行った。
……ちりんちりんちりん……
彼が出て行った後、食堂の外から鈴の音が聞こえてきた。
ミルシェが前島を追いかけてちょこちょこと走っていったのだろう。
「……大丈夫、でしょうか?」
「そう願いたい、な…」
残った僕と佐久間は、鳩が豆鉄砲くらったような顔を見合わせた。
前島よ、この三日間の内になにがあったんだ?
山積する難題のことも忘却し、僕はただその一点が頭から離れなかった。
「あ、佐久間、そういえば君も……?」
「自分も?」
突然自分に話を振られ、戸惑った顔を見せる佐久間。
923 名前:元1だおー :04/01/11 05:05 ID:???
「その……専属メイドさん、いるんだろ?」
「はぁ、一応、お世話になっております」
「どんな人?」
「そうですね……非常に優秀で人柄もよい方ですよ」
具体的なようでどこか実像の浮かんでこない答えだ。
まあ、いつか会うことになるだろうし、別に詳しく聞く必要もないか。
だが、佐久間の顔に少しばかり赤みがさしているように見えたのは、気のせいだろうか。
924 名前:元1だおー :04/01/11 05:06 ID:???
薄暗く、まるで神に見放されたかのようなスラムの中に、一軒の酒場があった。
まだ陽も高い時間帯なので、小汚い店内に客はまばらだ。
一人の体格の良い男が、店の奥、人目につき難い場所でちびちびと時間を潰すように
酒を舐めていた。
男の身なりは御世辞にも綺麗とは言い難く、
店を出ればその辺に転がっている物乞いと大して変わりはしない。
ただ、生きることに疲れた物乞いと違うのは、その強固な意志を秘めた双眸だった。
「……ザマないですわね。ケイルダイン」
突然、気配も覗わせずに現れた美女に、男は視線を向けた。
「相変わらず、クソ溜めのような街だな……」
男は表情に何の変化も表さず、ただ不機嫌そうに答えた。
「あら、そうでなくては困るわ。闇がなければ黒い生き物は生きていけないもの」
優雅な物腰で男の向かいに腰掛け、肩肘をついて女は話しを続けた。
「で、こんなチンピラの頭領に何の用?」
女…シーフマスター・サキュアは男に向けて剃刀のような鋭利な視線を送った。
925 名前:元1だおー :04/01/11 05:07 ID:???
「まずお前はどこまで我々のことを掴んでいるか聞かせてもらおう」
「相変わらず横柄な態度だこと……」
サキュアは呆れたようにため息をつき、幼い少年が運んできた麦酒に一口だけ口をつけた。
「山賊の動きが活発になっているみたいだけど、あれは貴方の傘下の連中でしょう?
縄張り意識しかない頭の悪い今までの連中とはワケが違ってるわ。
噂では山の奥や滅多に人の訪れない村々を勢力下において力を蓄えてるそうじゃない。
その手際といい、山賊風情や素人にできる芸当じゃないわ。違うかしら?」
「そこまで把握しているのなら話は早い」
男は不敵な笑みを浮かべた。
サキュアは、その笑みの奥に隠された野心を、どこか冷めた気持ちで見つめる。
「帝国軍残党の再編成はほぼ完了した。傭兵や山賊も戦力に加わっている。
我々は決起するのだ。この街を拠点に、本国の帝国軍の反攻作戦の支援を行う」
「……たった三ヶ月で無敵を誇っていた貴方たちを壊滅状態に追い込んだ軍隊を相手に、
どうやってそんなことを?」
サキュアは、不味い麦酒に顔をしかめながら尋ねた。
926 名前:元1だおー :04/01/11 05:08 ID:???
「異世界軍の勢いは最早止まっている。もとより、奴等の兵力は脆弱だ。
増強される様子もない。たかだか十万の兵を広大な戦線に配置しているだけに過ぎん」
「分かりませんわね。そのたかだか十万の兵に百万の帝国軍が一週間で敗れた……。
いくら戦線が拡大しているとはいえ、そう易々と倒せる相手でないのは貴方が一番よく知っているのではなくて?」
男は、サキュアの問いに酒を一杯一気に飲み干してから答えた。
「くっくっく……。ネリェントスでも実証済みだが、異世界軍の補給遅延と魔導兵器の故障多発は
深刻さを増している。連戦連勝にも関わらず、どういうわけか前線の敵兵士どもの士気は低い。
おそらく、本国に何か問題でもあるのだろうよ」
そこまで聞いて、サキュアは昨晩会ったあの異世界軍の将校のことを思い出した。
まるで軍人らしくない、とてもではないが修羅場をくぐっているようには思えなかった。
あんな若者が領主に据えられるなど、
この男の言うように、異世界軍は予想以上に疲弊してきているのかもしれない。
927 名前:元1だおー :04/01/11 05:09 ID:???
「で、この街に駐留している異世界軍兵士の数は?」
「そんなこと、私が教える義務があって?」
「ふんっ。がめつい女だな。ここで手放しで協力すれば、ここが帝国領に復帰した暁には
便宜を図ってやってもよいのだぞ」
「生憎、私な現実しか見ない主義ですの」
全く動じないサキュアに、男は不承不承、金貨の入ったズタ袋をを取り出して寄越してやる。
「……三人ですわ。内一人は領主」
袋の重みを確かめ、彼女は答えた。
「馬鹿をいうな。いくらなんでも……」
男は馬鹿にされたと思ったのか、眉を歪めて殺気をみなぎらせた。
サキュアはその殺気にも全く動さず、男へ皮肉げな笑みを見せる。
928 名前:元1だおー :04/01/11 05:10 ID:???
「あら、あなたが言っていたことと合点がいくではないかしら?」
「……本当なのか?」
「盗賊は金にだけは忠実よ」
男は考え込んだ風だったが、すぐに顔を上げた。
「だとしたら恐るるに足らん」
満足気に頷く。
「……それで、私に何をしろと仰るの?」
「くくく……。そうこなくてはな。決起は三ヵ月後だ。それまでに工作せねばな……」
男は、目の前の美女にねめつけるような視線を送った。
5 名前: 元1だおー 04/01/12 03:11 ID:???
椅子にどっかと座り、眉間に皺を寄せてヘッドフォンを片耳にあて、目の前の機械と格闘する男が一人。
無線機なんて、まともに説明を受けたことが一回もない恐怖の代物だ。
がーががーぴぃー
ええい、やかましい奴だ。
説明書にあったとおりにパラボラアンテナと電源などのコード接続は済んでいる。
あとは通信を試みるだけなんだが、これがなかなか繋がらない。
いろいろ、ボタンやらスイッチやらをいじくってみるが、いかんせん、通信隊員でもない素人同然の僕がやっていることだ、
限界がある。
「えーと……メガヘルツの変更…ここでスケッチをして…?」
説明書とにらめっこしているが、さっぱり分からない。
一昔前の漫画とかだと、ここで機械を力まかせにぶっ叩くと、ガタガタいって動き出すって展開になるんだろうな。
が、国民の血税で購入している備品相手にそんなこと畏れ多くてとてもじゃないができない。
これ一台でウン百万円、僕の年収を超える額になるのだ。
「こりゃあ骨が折れそうだ」
肩を回しながら、僕は一人ごちた。
6 名前: 元1だおー 04/01/12 03:11 ID:???
カチャ…
「ん?」
ふと、誰かの気配を感じて後ろを振り返る。
「お茶をお持ちしました」
見ると、リオミアがテーブルに見るからに高価そうなティーセットの用意をしていた。
メイドさんにティーセット。なんとも絵になる組み合わせだ。
「おっ。ありがたい」
まだ仕事に段落はついていないものの、湯気が冷めない内にいただいた方がよさそうだ。
僕は無線機の置かれている机から離れ、リオミアのいるテーブルへ移動する。
慌てて彼女が椅子を用意してくれようとしたが、さっさと僕は自分で椅子を持ってくる。
「いやぁ。お茶を入れてもらえる立場になるとはね」
熱い茶をすすり、僕は誰に言うでもなく呟いた。
「……?」
その感慨深げな呟きに、リオミアがなんのことか分からず小首を傾げる。
7 名前: 元1だおー 04/01/12 03:12 ID:???
「防衛大学にいたころは先輩の、部隊配備されてからは上官のお茶用意はいっつも自分の仕事だったもんでさ」
リオミアは驚いたように目を丸くした。
「何故召使いをお雇いにならなかったのですか?」
「人件費がかかるからね」
「奴隷を買えば安いはずでございますが」
何気に凄まじいこと言うなぁこのコ。
「うちの国に奴隷なんていないよ」
奴隷みたいな職場はあるにはあるけど。
そう、とどのつまり僕ら(自衛官)みたいな。働けど働けど、我が暮らし楽にならず。
まあ、どこぞの金融業社みたいに殴る蹴るは当たり前、自殺するまでこき使われないだけまだましか。
「………」
リオミアは珍しく難しい表情を浮かべている。
「どしたの?」
僕は、また迂闊なことを口走ってしまったかとハッとなった。
8 名前: 元1だおー 04/01/12 03:13 ID:???
「領主様」
「えっ。なに?」
「領主様の祖国のこと、聞かせてくれませんか」
躊躇いがちに、彼女は尋ねた。
「祖国? 日本のことかい」
「はい」
「聞かせてって言われてもなぁ」
思わぬ質問に困惑する。
なんでまたそんなつまんなさそうなことを聞きたがるんだろうか。
「奴隷がいないのに、なぜ豊かなのです?」
心なしか、身を乗り出すように彼女は言う。
ふぅん、そういうことに興味があるんか。
意外というか案の定というか、やはりこの世界の人間にとっては興味をひく事柄のようだ。
「まぁ、機械が発達してるからね」
「機械にございますか?」
「うん。指一つで洗濯してくれるやつとか、食べ物を温めてくれるヤツとか、箱の中が冷えててその中に生ものを
入れておくと長持ちするのとか、馬より速く走れる、ああ、あの僕らが乗ってきたやつね……。
一般庶民でもそれくらい誰でも持ってるから」
彼女にとっては想像を絶する世界なのだろう、半分も理解できていない様子だ。
しかし、急に神妙な表情を浮かべると、静かに尋ねてきた。
9 名前: 元1だおー 04/01/12 03:14 ID:???
「ではなぜ人を見下さないのです?」
「え?」
論点がまったく見えてこないんだが。
「豊かな者ほど、人を見下します。領主様は、我ら下賤な身分の者でも見下しません。何故でございますか?」
そういうことか。
なんともはや、この世界の闇、か。
あの盗賊ギルドのマスターの言葉を思い出す。
「憲法ってのがあってね、その憲法に、人は生まれながらにしてみんな平等で豊かに生きる権利がある、って書いてあるんだよ」
「けんぽう?」
「僕の国で一番偉い法のことさ」
「生きる……権利…」
まるで噛みしめるように、彼女はその言葉を反芻する。
なにがそんなに衝撃的なのか、よくわかんないけど。
「まーだからさ。失業したり病気したりしても、お役所に泣きつけば少なくとも死んだりすることはないよ。
みっともないけど、ゴミあさりすれば、それだけで生きていける量の食べ物だって確保できるし」
「ゴミをあさってですか?」
「そ。僕らの国は、豊か過ぎて、わざわざ輸入した食糧を食べ残して捨てちゃうんだ」
「………」
彼女の顔が目に見えて引きつった。
にわかには信じられないのだろう。
10 名前: 元1だおー 04/01/12 03:15 ID:???
「変な国だろ?」
さすがに苦笑し、僕は言う。
彼女は、なにやらまた考え込んでいるようだったが、
しばらくすると改まった表情で答えた。
「そうでしょうか?」
「え?」
「私は、よい国だと思います」
「な、なんでよ?」
意外な答えに、僕は動揺を隠せない。
「さあ、私のような卑しい身分の者に難しいことは分かりませんが……」
彼女は、少し考え込むそぶりを見せた。
ややあって、彼女はぽつりと呟くように言った。
「私たちを、初めて人間として見てくれた、領主様の祖国だから……だと思います」
僕の『祖国』だから?
人間相手に人間として見るのなんて、当たり前のことだろうに、何をそんなに感動するというのだろうか。
しかし、つまり僕らにとって当たり前のことが当たり前じゃないのか、この世界は。
それを思うと、背筋に冷たいものを感じずにはいられない。
11 名前: 元1だおー 04/01/12 03:16 ID:???
「は、ははっ。禅問答みたいだね」
僕は苦し紛れに適当なことを言って話をそらす。
「ゼン?」
彼女はあっさりとその話に乗ってくる。
本当に、感心するほど真面目な娘だ。
「僕らの国の宗教。一般には仏教っていうんだけどね」
そう言って、また一口紅茶をすする。
「そういえば、中学の頃、修学旅行で京都に行ったっけな。
ああ、京都って街はね、歴史的な仏教の寺院がたくさんあって、
一般の人もそれを見学できるようにしてあるところだよ」
「キョート……」
彼女は想像しかできない京都の町並みを、必死に思い描いているのだろうか。
そんないいものでもないぜぇ。
寺なんて見てても眠くなるだけだって。
12 名前: 元1だおー 04/01/12 03:17 ID:???
「ま、厨房にそんなもん見せたってしょうがないんだけどね」
僕は、率直な感想をこぼした。
「何故です? 我らの世界では、歴史的な教会は高位の聖職者しか入場できません。
素晴らしい街ではありませんか」
リオミアは理解できないといった表情で問う。
「だって、寺なんて興味ないもん」
「………」
リオミアは、日本という国のことが、ますます分からなくなったようだった。
祖国、か。
そういえば日本をそんな風に考えたことって、なかったな。
21 名前: 元1だおー 04/01/12 12:43 ID:???
「なんだぁその格好!?」
即席ヘリポートとなる前庭に十名ほどのメイドと共に集合していた僕と佐久間は、
遅れて現れた前島の姿をみて声を上げた。
彼は上は泥だらけのシャツ一枚、下は同じく泥だらけの作業服のズボンといういでたちだった。
まるで演習帰りだ。
「いやぁ遅れてすんません」
彼は「前島電気店」と描かれたタオルで汗を拭きつつ、呑気に説明する。
なんでも、畑仕事を手伝っていたらしい。
「……迷惑だったんじゃないか?」
「ええ、下手すると俺より力ありますよ、農婦メイドさんたち。だから雑用を主にしてました。なっ?」
…こくり…
いつの間にか彼のそばにくっついていたミルシェが頷く。
「まぁ、迷惑にならなかったんならいいけどよ」
「役に立ったかって聞いても、『精進しますのでお許しください』とかワケわかんないことしか
答えてくんなくて困りましたよ」
やっぱ思いっきり迷惑かけてんじゃねえか。
僕は農婦メイドの人たちのそのときの心境を察すると気が重くなった。
22 名前: 元1だおー 04/01/12 12:44 ID:???
「そういえば無線、通じたんすか?」
「なんとかな」
小一時間といわず苦労したけど。
「さぁて、滅多にこないお客さまだ。丁重にお出迎えといこう」
ため息をついて、僕は皮肉混じりに言う。
日用品や陳情のあった物資を運ぶ補給ヘリは、主に戦線への補給を任務としているので、
こんな僻地への補給は要請があった場合を除いて月一度きりということになっていた。
トラックに積んできていた初期に必要な設営機材は全て設置済み。
あとは今日のヘリで運んでくる当面必要な細かい物資を搬入するだけだ。
「領主様」
「ん、何?」
リオミアが怪訝そうに僕に尋ねてきた。
「どうしてお外でこうして立ち尽くしているのでございますか?」
彼女たちには、重くない荷物も多いのでそれらを搬入するのを手伝ってもらうつもりだ。
「あっ。まだ説明してなかったんだっけ。あのね、もうすぐヘリが物資を積んでやってくるんだ」
「へり?」
「まあ、見てれば分かるよ」
このとき、めんどくさがってきちんと説明しなかったのはまずかった。
腕時計を確認すると、予定時刻までもう間もない。
23 名前: 元1だおー 04/01/12 12:45 ID:???
バドドドドド……
ややあって、遠くから大型ヘリ独特の重いローター音が聞こえてきた。
「おっ。きたきた」
快晴の青空に小さな点が現れ、みるみるその点は大きさを増して機影に変わる。
「佐久間三曹、発煙筒」
「了解」
指示を出すと佐久間はポケットにしまっていた発煙筒を取り出し、庭の中央へピンを抜いて転がした。
すぐに赤い煙が空へもうもうと立ち上る。
旋回していた補給の大型ヘリ……CH-47はその目印に気が付いたのか、ぐんぐんと高度を下げてきた。
二基の巨大ローターが巻き起こすダウンウォッシュがたちまち強くなってくる。
強風に落ち葉や細かい砂などが巻き上げられ、顔に叩きつけられるのに、思わず顔を覆う。
上空を見上げると、富士の演習の時に見たとき以来の、巨大なシルエットが爆音と共に迫ってきていた。
これはいつみても迫力があるもんだな。
「リオミア、これがヘリコプターっていって……」
僕が思い出したように隣のリオミアに説明しようと顔を向ける。
が、そこには無表情ながらも額に汗をびっしりとかいたリオミアの顔と……
24 名前: 元1だおー 04/01/12 12:46 ID:???
「いやあああぁー!!」
「きゃあああああああーーーー!!」
「ま、魔物が、魔物が襲ってきたわーー!!」
腰を抜かす者、脱兎の如く逃げ出す者、泣き喚く者と、とんでもないパニック状態に陥ったメイドたちの姿があった。
僕はその阿鼻叫喚ぶりにあんぐりとだらしなく口を開いたまま固まってしまう。
なして、なしてこんなことに……。
「わっ! ミルシェちゃん」
「………っ」
前島のズボンに、目に涙を浮かべ、恐怖にブルブルと震えながらしがみつくミルシェ。
「三尉……。指揮官というものは、部下に必要最小限でいいですから情報を与えておくものですよ」
佐久間が困ったような口調で僕を諭した。
そして結局、その日の搬入作業は四人(リオミアだけが手伝ってくれた)でやるハメになってしまった。
25 名前: 元1だおー 04/01/12 12:46 ID:???
=小一時間後=
「では自分らはこれで……」
「はい、ご苦労さまでした」
ヘリのパイロットに敬礼し、飛び立って行くのを見届け、ようやく僕は一息ついた。
「ああぁー疲れたぁ……」
なして幹部隊員の僕がこんな肉体労働せにゃならんのじゃ。
中庭に降ろした物資を、今度は館の中や倉庫へ運び込まなければならない。
こればかりは他のメイドたちも手伝ってくれるだろうから少しは楽になるだろうけど。
「……ん?」
不意に、妙な視線を感じた僕は周囲を見渡した。
すると、すぐにその正体が分かった。
「あれって、最初にここに来たときの……」
あの武装メイドたちだった。
騒ぎを聞きつけてここへやってきたのだろう。
あれからずっと監視してたのか。
しかし、なんというか、僕らとは気合が違う目つきをしてるよな。
クロス・ボウを手に武装していたメイドたちは、ランクロードが他のメイドとは別枠に育てた子供たちらしい。
リオミアはあえて言及を避けていたようだが、つまり従属のみでなく、
強固な忠誠心を持った、メイドというよりは私兵のようなもののようだ。
26 名前: 元1だおー 04/01/12 12:47 ID:???
ランクロードの言葉以外には決して従わない。
それゆえ彼女らはこう呼ばれた“純潔の猟犬”と。
どうやったら人へ忠誠心なんてものが抱けるのか僕には経験がないからよく分からないが、
後で佐久間に尋ねたところ「元いた世界の、北の独裁者の国の人間を思い描けばいいです」と言われた。
……なるほど、あの国をイメージすればなんとなく理解できた。
洗脳か……、冗談じゃない。
しかし、彼女らがいてくれたから、街はある程度の治安が守られ、館も襲撃されずに済んだとリオミアは言う。
純潔の猟犬こと武装メイド隊の隊長が、街で自警団を組織して治安維持にあたっているという。
どうりで、貧しいに関わらず治安が悪いという話題が昨晩出なかったわけだ。
ここいらで話し合っておくのもいいかな、今は警備員扱いにしているけど、
いずれは武装解除してもらわなければならないわけだし。
そう簡単に武器を置いてくれるとは思えないが……。
リオミアの話が本当なら、彼女らはまだランクロードという気の違ったような前領主に忠誠を捧げていることになる。
いきなり喉元をパックリ、なんてシャレにならないことにならないのを祈るばかりだ。
27 名前: 元1だおー 04/01/12 12:48 ID:???
「や、やぁ」
「!」
彼女らはこちらへ僕が近づいてくるのを見て表情をサッと変えた。
警戒心むき出しといった感じだ。
「警備ご苦労さん。毎日大変だね。この館の警備員としてこれからも頼むよ」
できるだけ自然に、僕は彼女らに話しかける。
純潔の猟犬のメンバーは二七名。
ここにいるのは十名ほどだから、三分の一ほどのメンバーがいるわけだ。
「………」
彼女らは、一言も発さずに僕を警戒視している。
おうおう、声かけられてその態度かいな。
まあいいさ、リオミアだって最初の頃はこちらの話をわかってもらうだけなの
に随分と時間がかかったんだしな。
しかし、一言も口を利いてくれないのはさすがに気まずいな。
あ、そうだ、「はだしの○ン」でアメリカ兵がやってたみたいに……。
「ガム食べない?」
ポケットの中から、たまたま持っていたブルーベリーガムを取り出す。
まだ封は切ってないから、ここにいる人数分はあるはずだ。
28 名前: 元1だおー 04/01/12 12:49 ID:???
「……?」
武装メイドらは、差し出された物体がなんなのか分からないらしく、
怪訝な表情で仲間と顔を見合わせている。
「心配しなくても、ただのお菓子だよ」
ガムを差し出されただけだというのに、その大真面目な様子。
僕は思わず笑ってしまった。
そして、ガムの封を切って一枚取り出して食べてみせる。
「ほれ」
僕は笑顔で再び彼女らにガムを差し出す。
「………」
隊長格だろう、彼女らの中で一番年長らしい、
グレーの髪と肉感的な唇が印象的な二十歳そこそこの女性が躊躇いがちに受け取った。
部下の見守る中、手にしていたクロス・ボウを肩にかけてガムの銀紙から取り出す。
まじまじとその見たこともない物体を観察し、試しに匂いをかいでみる。
ブルーベリーガムの甘い芳香が鼻腔をくすぐったのだろうか、
恐る恐るだが口に入れた。
29 名前: 元1だおー 04/01/12 12:50 ID:???
「!……あ、甘い!」
初めて、彼女は声を上げた。
目を白黒させて、頬を押さえている。
そ、そんなにおいしいものか?
初めて食べるものだから、そう感じたのか、はたまた、甘いものに飢えていたのか。
どうも、後者のような気がするな。
隊長のその表情に驚いたのか、部下たちはさっきまでの警戒感は微塵もなく、
ガムを珍しそうに見つめていた。
「三尉ー。このダンボールはどこに運べばいいっスかぁ?」
遠くから前島の声が聞こえてきた。
そういえばまだ全部仕事は済んでいなかったんだっけ。
「じゃあね。仕事がんばって」
「え? あ、ああ……」
部下たちがガムに次々と手を伸ばしてくるのにたじろぎながら、
隊長の女は僕に気の抜けた返事をした。
320 名前: 元1だおー 04/01/15 19:35 ID:???
事務機器の入ったダンボールがそこかしこに置かれ少々乱雑な雰囲気になった領主の部屋で、
今回はリオミアも交えて会議を行っていた。
「と、いうわけでだ。リオミアさんはこの館にいる者全員の履歴書作成に協力してくれ。
前島、お前の明日の仕事はリオミアのその履歴書をパソコンに打ち込む作業だ」
仮にもこの館のメイドは日本国政府が雇った現地スタッフという立場だ。
履歴書くらい作っておかないと業務に支障をきたす可能性もあるし、
正確な人事の把握もできない。
「承知いたしました」
リオミアは責任感を感じさせる頼もしい返事をする。
「えーい了解」
前島よ、その態度はどうにかならんのか。
「それじゃ今日の課業はこれでおしまい。あとは風呂入って寝ろ」
僕は大仰に手を振って会議の終了を告げた。
321 名前: 元1だおー 04/01/15 19:36 ID:???
「領主様、どちらへ行かれるのですか?」
風呂へ行くラフな格好ではなく、普段着である迷彩服を着たまま部屋を出て行こうとしている
僕を見たリオミアが呼び止める。
「ああ、まだこの館を全部見て回ってないでしょう。暇な時に見ておこうと思ってさ」
「それでは私もお供させていただきます」
「いいよいいよ。見取り図はもらってるし、一人でも大丈夫。リオミアさんは明日の作業の準備でもしててください」
こんなことに手を煩わせるまでもない。
ただでさえ彼女は多忙を極めている身だ。
「で、ですが、館には……」
しかし、リオミアは途端に不安な表情になった。
いつもは冷静で無表情なはずなのに、どうしたのだろうか。
「え? なに? なにか問題でも?」
「い、いいえ」
ホントにどうしたんだろう、口ごもるなんて。
322 名前: 元1だおー 04/01/15 19:37 ID:???
「ひょっとして他のメイドさんに変に馴れ馴れしく接するなとか?」
「そ、そんなことではございません……」
「じゃあどういうことです?」
「い、いえ。メイドの宿舎などは領主様が踏み込むにはあまり綺麗とは言い難いので……」
リオミアはどこか焦ったように答えた。
どうも要領を得ないが、これ以上詮索しても無駄だろう。
こうしていては時間がもったいない。僕はまだ何か言いたげな表情を浮かべるリオミアを尻目に部屋を出た。
323 名前: 元1だおー 04/01/15 19:38 ID:???
「はぁーこんな豪邸持ったって、広すぎて逆に不便じゃないのか」
四階から順を追って確認しているが、各階の部屋の位置を確認するだけで小一時間はかかっている。
今ようやく一階だ。
しかし、隅々まで調べるのも億劫になってきていた矢先だった。
薄暗く、一見するだけではまず気が付かない廊下の突き当たりに、
何か通路のようなものが見えた。
近づいてみると、下りの階段だった。
「地下……か」
見取り図を見るが、地下へ続く階段の位置以外、なぜか詳しい記載がない。
空白状態なのだ。
変だな。
見ると、薄暗いが階段にランプはきちんと灯されている。
人が全く使っていないわけではないようだ。
立ち入っていいものか、しばし逡巡したが、ここの領主は自分だということに思い至って、
決心がついた。
恐る恐る、一歩づつ足を踏み出す。
薄暗い、引きずり込まれるような不気味な通路が口をあけている。
324 名前: 元1だおー 04/01/15 19:38 ID:???
コツッ コツッ……
半長靴の靴底が石造りの床を鳴らし、闇の中に音が吸い込まれてゆく。
二十メートルほど下っただろうか、随分深くまで掘り下げられた地下室だ。
松明が赤く大きな扉を照らし出していた。
鍵はかかっていない。
僕は扉を押し開けた。
「うわ……」
とうにワイン保管庫などではないと感づいていたが、その光景には思わず背筋が凍りついた。
「監獄……か」
扉の向こうにズラリと並んでいたのは、赤錆が目立つが頑丈そうな鉄格子の林だった。
ざっと見ただけでも五つはある。
しかし、奥行きもあるようなので、総数はもっとあるかもしれない。
325 名前: 元1だおー 04/01/15 19:39 ID:???
こんな場所がこの館にあるなんて。
僕は恐怖心と好奇心という奇妙な感覚を抱きながらも、奥へと進んだ。
映画のセットなんかとは違い、本当に使われていたであろう牢屋を横目に見る。
薄汚れた毛布や、ゴキブリの這い回っている鉄製の皿が無造作に転がっており、
ゾッとせずにはいられない。
もしかして、リオミアが言おうとしていたのはここのことだったのだろうか?
監獄を通りすぎ、廊下の突き当たりに来ると、角になっておりまだ奥に続いていることが分かった。
扉が二つ。
一つは大きく頑丈そうな扉。
もう一つは普通の木製ドアほどのものだ。
木製ドアには錠がかかっているので、中に何があるのかは確かめようがない。
残るは……
「よっ…!」
予想以上に頑丈に造られている。かなり重い。
女性なら二人がかりでないと開けるのは困難かもしれない。
ようやく通れるほど扉を開き、僕は中へ進入した。
326 名前: 元1だおー 04/01/15 19:40 ID:???
これは……?
僕は一瞬呆然と立ち尽くしてしまった。
そこは、ピカピカに磨き上げられた黒大理石の床の部屋だった。
十五メートル四方くらいだろうか、部屋の四隅には重厚な甲冑の置物、
壁には前領主の家のものであろうタペストリー。
真正面の壁に、不気味な石像が置かれている。
これは、ガーゴイルだろうか。昔RPGで見た覚えがある。
もちろん実物など見たことはないが、非常に精巧に作られており、
目をそらすと動き出してきそうだ。
悪趣味極まりない。こんなのより、オタクの部屋に飾られてるマルチの一分の一フィギュアの方がまだいい。
扉はまた二つある。
が、僕は突然立ち止まった。
そして、耳を澄ます。
327 名前: 元1だおー 04/01/15 19:41 ID:???
「こっちの部屋……」
何かが聞こえる。人の声のようだった。
じっとりと手のひらに汗がにじみ出る。
何か、何か嫌な予感がする。
だが、ここで退いてはいけない。そんな気がした。
思い切って、静かにドアノブを回す。
想像以上に静かに開いたドア。
僕はこっそりと中へ踏み込む。
そして僕は、絶句した。
328 名前: 元1だおー 04/01/15 19:42 ID:???
「あぐぅ……うぐ…」
「あ……許し……て…」
だだっ広い部屋の中。
二十人を超えるメイドがそこには集まっていた。
そして、そして。
「ウェリル。貴様の主は誰だ?」
メイド達の中で、最年長とおもしき女性が、グレーの髪のメイドの頭を、
髪の毛を引っ掴んで上げさせた。
彼女の顔は、痣だらけで、鼻からはおびただしい量の血を流している。
意識は朦朧としているらしく、わずかに開いた瞳も焦点があっていない。
半裸に見えるほどズタズタにされたメイド服は、鞭で打たれて破れてしまったようだ。
赤く腫れあがり、出血している部分さえある。
「あぅ……ランクロードさま…ですぅ…」
「そうだっ! ランクロード様だ!」
狂ったように彼女の耳元で叫び、女は縛り上げられた女の鳩尾に鉄拳を叩き込んだ。
329 名前: 元1だおー 04/01/15 19:43 ID:???
「うげ…ぇ…」
声にならない呻き声を上げて、グレーの髪の女は気を失った。
すると、女は目配せをして部下に何かを命じる。
部下のメイドが、水ダルからバケツに水を汲み、
気を失った女に何の躊躇もなくぶっかける。
「ゲホッ…」
冷水を浴びせられ、気を取り戻す。
同じような仕打ちを受けているのは、彼女だけではなかった。
部屋の中にはどう使うのかも分からないような拷問器具が並べられており、
それぞれにメイドが張り付けられていた。
僕はハッとした。拷問を受けているメイドたちの顔には皆見覚えがあった。
そうだ。今日、何の気もなしに話しかけ、ガムをやった武装メイドらだ。
なんで、なんで彼女らは仲間からこんなことを……。
その理由は愕然たるものだった。
そんなまさか、まさかあれは……あの女が忌々しげに見せているものは。
しわくちゃになった、ガムの袋……。
330 名前: 元1だおー 04/01/15 19:44 ID:???
「誰だっ!?」
声も出せずに立ち尽くしていると、侵入者の存在に気付いた武装メイドの一人が叫んだ。
「異世界人!」
武装メイドたちが一斉に武器を構えた。
多彩なものだ。長剣、曲月刀、ナイフにショートランス、なんでもござれだ。
僕は本能的に拳銃を抜いた。
今自分の命を守ってくれるのは、間違いなくこいつだけだ。
「おまえら何してるっ!!」
虚勢ではなく、心の底から出た声だった。
怖いと思うより、怒りがこみ上げてきた。
ふざけんな……ふざけんなよ。こんなアホみてえな理由でリンチかっ!?
331 名前: 元1だおー 04/01/15 19:45 ID:???
「これはこれは……『新』領主様ではないですか」
あの女が前へ出てきた。
僕は拳銃のスライドを引き、初弾を装填することで相手を威嚇する。
尋常じゃない。僕は直感する。
メイドたちの目は集団心理というのだろうか、全員据わっている。
人一人殺すくらい、平気でやりそうな顔してやがる。
しかもそれが少女ばかり、メイド服を着ているのだから、異常さに拍車がかかっている。
「これはアンタの指示か!?」
「それが何か?」
女は全く動じた様子もなく、さらりと答える。
「自分がやっていることが、イカれてるって自覚はないのかよ!」
震えそうになる銃口を必死に抑え、叫ぶ。
「この者たちは敵国人である貴様になびいた。極刑に値するところを、躾程度で済ませてやっている。
寛容なくらいだ……」
「んだとコラぁ!」
血だらけ痣だらけになり、縛られ、物のように吊るし上げられているメイドたちを見て、僕の語気は自然と荒々しくなる。
内ゲバするメイドなんて冗談じゃねえ!
332 名前: 元1だおー 04/01/15 19:46 ID:???
「あんたらを集団暴行の現行犯で逮捕する。抵抗すんなよ!」
僕が叫ぶと、メイドらの表情に殺気が滲んだ。
「我らを罰すると……?」
「そうだ! 私刑行為は日本国の法律では認められてなどいない!」
メイド長は鼻で笑った。
「我らはニホンなどの法には従わない。従うのはランクロード様だけだ」
「まだそんなこと言ってるのか!? その男はもうここへは帰ってこない!
あんたらが縛られる理由はもうないんだ!」
その言葉に、メイドたちの顔が狂気に歪んだ。
「いいやっ! あのお方は必ず還ってこられる! それまで、我らはこの街を守るのが使命!」
メイド長は絶叫した。
その狂気を孕んだ声に、僕は本能的に恐怖を感じずにはいられなかった。
自分が絶対に理解できない存在に遭遇したとき、人はこれほどまで恐怖と不安を覚えるものなのか。
333 名前: 元1だおー 04/01/15 19:47 ID:???
「……貴様は邪魔だ。いつか消そうと思っていたが、あの『裏切り者』のおかげで寝首もかけない」
「裏切り者?」
「貴様について片時も離れぬハウススチュアートのリオミアだ。あの女、ランクロード様に気に入られていたというのに、恩知らずなことよ」
そんな、リオミアが……?
酔いつぶれたとき、ずっと側にいたのも、僕一人で移動するとき必ずついてきていたのも、
武器を隠し持っていたのも、まさか全部僕の安全のためだったのか!?
僕は愕然とした。
そんなそぶり、一つも見せなかったのに。
「しかし、獲物自らここへやってきてくれるとは好都合。今宵、再びこの街をランクロード様の下へ戻すことが叶うやもしれん」
「俺たちを血祭りに上げる気か……?」
背中を見せて逃げ出したい衝動を抑え、僕は可能な限り平静を保って尋ねた。
何も知らずに不意を突かれたら、佐久間も前島もひとたまりもない。
しかも、そもそも身を守るための小銃は武器庫に鍵をかけて保管しているのだ。
334 名前: 元1だおー 04/01/15 19:48 ID:???
「このシュレスヴァイラ、全てをランクロード様に捧げた身。御主人様の領地を侵す者は誰であろうと……」
僕の問いには答えず、メイド長はズラリと両手にシミターを抜き放った。
「殺す」
シュレスヴァイラの血のように赤い唇と、白刃が不気味な光沢を放つ。