148  名前:  1  02/11/20  01:42  ID:x6ttaDps  

時を同じくして、山狩りを行っていた機動隊に動きがあった。  
「こちら捜索イチ。ゲンポンへ、不審者の集団を発見!  発砲の許可を!」  
「こちらゲンポン。検挙は待て。相手の人数は?  本当にマルケーなのか?」  
「マルケーに間違いありません!  数は今ここから確認できるだけでも二十名ほど。こちらを警戒するように観察しています!」  
「こちらゲンポン。投降を呼びかけろ」  
「無駄です!  向こうはほぼ全員が刀剣類を手にして武装しています!  今にも斬りかかってきそうです!  せめて威嚇射撃の許可を!」  
その時だった。  
盾を構えて先行していた第一班の班長が突然甲高い声で無線で緊急の報告をしてきた。  
「こちら捜索ナナ!  向こうで黒い服を着用した何人かの女がこちらを向いてなにかを呟いています」  
坂口はその内容に思わず激昂した。  
女がつぶやいてなにが緊急だ。  
「女がつぶやいている?  そんなくだらないことをいちいち報告してくるな!」  
怒鳴りつけた直後、無線で一班の班長は自分が確認するような口調で続けた。  
「様子が変です!  なにか彼女らの手元が発光して…」  
そして一班の無線はそこで途切れた。  
次いで、目を覆う閃光と共に、激しい衝撃と爆発音があたりに響き渡った。  
「うわああああああぁーーーーー!!?」  
坂口警部補は第一班の隊員達が炎に巻かれて空高く吹っ飛ばされる瞬間をはっきりと直視した。  
隊員らを守っていたであろうジェラルミン製の防護盾が、後方である彼のとなりに激しい音をたてて落下してきた。  

ラクチェの放った火炎魔法は一瞬で一班の機動隊員五名を焼き尽くし、七名の隊員を宙に舞わせた。  
「こちら二班!正当防衛です!撃ちます!」  
身の危険を感じた二班の班長は咄嗟に腰からニューナンブを引き抜いた。  



161  名前:  続き…  02/11/20  19:13  ID:/r+Rw1Wp  

二班の機動隊員らは班長に続いて次々とリボルバー拳銃を抜くと暴発防止用ゴムパッドを取り外した。  
その時、前方で救助にあたっていた三班から甲高い悲鳴が聞こえた。  
「なんだ!  報告しろ三班!」  
坂口は無線に向かって怒号を上げたが、立て続けに起こる部下達の悲鳴とパニックに陥った叫び以外に応えるものはなかった。  
全く状況がつかめず、坂口は歯軋りした。  
そして、二班の班長はもうもうと立ち込める煙の中から黒い影が躍り出てくるのを見た。  
三班の隊員が後退してきたのだと思った彼はその影に無防備に駆け寄った。  
「おい!  一体どうし…」  
相手と目が会った。  
鋭い蒼い瞳…それしか班長には分からなかった。  
刹那、白刃が一閃され、班長の首から鮮血が迸る。  
ひゅう…断末魔の悲鳴すら出せずに身体が仰け反り、彼は地面に倒れ伏す。  
「班長ォーーー!!」  
部下が叫ぶ。  
機動隊員らの目の前には、血の滴る剣を二刀し、返り血にその白磁の如き肌を朱に染めた女剣士が悠然と立っていた。  
女が隊員らの方を向いた瞬間、十丁の38口径拳銃の銃口が、一斉に女へ向けて撃鉄を上げる音が聞こえた…  
「…面白い」  
殺気立った機動隊員らを睥睨し、女は透き通るような声で一言呟いた。  


42  名前:  1だおー  02/12/04  01:37  ID:???  


「三班との交信途絶!  二班確認できるかオクレ」  
「(パタタタタ!タタタン!)」  
「今の銃声は何か!状況オクレ!二班!?」  
「(ザッ)現在謎の武装集団の襲撃を受けて(ダガガガガ!!)不能!応援求む!」  
「集団の特徴は?  誰が応戦している!?」  
「(ザッ)神沼三尉がボウガンらしき武器で撃たれた!繰り返す!神沼三尉が撃たれ(パラララ!)」  
「どうなってるんだ…この森は…」  

接近戦というとこんな感じかな?    




111  名前:  1だおー  02/12/05  00:01  ID:???  

塹壕から這い出た佐久間はサスペンダーから手榴弾をひったくるとピンを抜き、数にものをいわせて我が物顔で前進をしてくるゴブリン兵団に投げつけた。  
刹那、気味の悪い悲鳴を上げて十匹ほどのゴブリンが吹っ飛んだ。  
彼は着剣した64式を手に、部下と共に雄叫びをあげながら浮き足立つゴブリン兵団に突撃をかけた。  
「ギエェーー!」  
奇声と共にわらわらとゴブリン兵が視界に入ってきた。  
佐久間は腰だめに64式を構え、落ち着きすら感じられる正確さで目の前の敵を単発撃ちで次々と倒していく。  
他の隊員も、程度の差はあれ訓練どおりの動きで敵を制圧しているようだ。  
その一瞬の安心が悲劇の始まりだった。  


112  名前:  1だおー  02/12/05  00:07  ID:???  

鋭い風切り音だった。  
佐久間は自分の足に鈍痛が走るのを感じ、慌てて足を見下ろす。  
「うっ…!?」  
ふとももに長い棒が突き立っているではないか。  
いや、棒ではない、矢だ。  
「スナイパーだ!伏せ…」  
叫ぼうとした瞬間、どこからか無数の矢が部隊へむけて雨あられと降り注いできた。  
何人かの隊員が悲鳴を上げて地面に転がった。  
「救護班ー!」  
あちこちから甲高い叫び声が聞こえた。  


113  名前:  1だおー  02/12/05  00:13  ID:???  

「ハハハ!  思い知ったか異世界兵」  
森の奥深くから透き通った女の声が木霊してきた。  
「邪悪なる種族に手を貸す者どもよ、神の名の下に成敗されるがいい!」  
一方的に宣言するような言葉を発したかと思うと、森の木々が不思議なざわめきを起こし始める。  
「な…なんだ?」  
隊員らは不気味そうな表情で辺りを見回す。  
その時だった。  
「うぎゃあああ!?」  
この世のものとは思えない絶叫が響き渡った。  


114  名前:  1だおー  02/12/05  00:16  ID:???  

木が襲い掛かってくる!?  
佐久間はその異常な光景に目を見張った。  
周囲の木々が枝や根を触手のように動かしながら、隊員達を絡みとっている。  
隊員らも必死で応戦しているが、ライフル弾ごときでは傷をつける程度の威力しかない。  
部隊はパニック状態に陥っていた。  


185  名前:  1だおー  02/12/06  03:29  ID:???  

初老の自衛官、沖村は目の前で繰り広げられている惨劇に呆然としていた。  
長い、笹の葉のような耳をした褐色の肌の人々がバケモノの襲撃に逃げ惑っているではないか。  
「沖村一曹殿、これは一体…!?」  
彼の隣で実弾演習で使用するはずだったパンツァーファウストVを抱えた若い陸士が声を上げる。  
「分からん、だが酷すぎる」  
見れば、襲われている者のほとんどは女子供である。  
ふつふつと、沖村の心にこんな残虐なことを平気で行っている襲撃者たちに対する怒りがこみ上げてきた。  
(もしも、恵那がこんな目にあったら…)  
そう考えたらいてもたってもいられなかった。  


186  名前:  1だおー  02/12/06  03:36  ID:???  

「こ、この子の命だけは…!」  
「ゲッゲッゲッ!皆殺しにしろって命令だぁ悪く思うなよぉ」  
ゴブリンが無慈悲に剣を振り下ろそうとしたその時だった。  

タァン!!  

「ゲボッ!?」  
乾いた音と共にゴブリンの首から鮮血が迸った。  
「ナンダァ!?」  
他のゴブリンたちも突然の出来事に動揺する。  

タァン!!タァン!!タタァーン!!  

「グハッ!?」「ギャア!?」  
乾いた音が連続し、バタバタと急所をなにかに撃ちぬかれたゴブリンが地面に転がる。  


187  名前:  1だおー  02/12/06  03:41  ID:???  

「沖村一曹殿!?」  
若い陸士が驚きの声を上げた。  
狙撃用64式小銃を構えた沖村はそれに耳を貸さずに引き金をしぼり続ける。  
100メートル彼方で、次々とバケモノが倒れてゆく。  
短時間に十人を超える死者を出したのにバケモノたちは蜘蛛の子を散らすように反対方向の森へと逃げていった。  
「やったか…」  
沖村はスコープから目を離すとそう呟いた。  
感情に駆られて発砲してしまったのに少しだけ自嘲する。  
「定年まじかだというのにな」  



206  名前:  1だおー  02/12/06  23:47  ID:???  

ルナフレアは目の前の見たこともない服を着た人族をじっと見つめた。  
確か、ヤマカワと名乗った。  
この地方では聞かない名だ、かといって旅人には見えない。  
三十年は生きていないだろう、若い顔つきだった。  
しかし、独特の戦士のオーラが感じられる。  
ちょうど、父がこんな感じの鋭いナイフのような雰囲気をかもし出していた。  
「えっと…言葉は通じるよな?」  
ヤマカワが遠慮がちに尋ねてきた。  
「ええ。言語変換の魔法はかけておいたわ」  
「マ、マホー?」  
突然、ヤマカワの目が驚きに見開かれた。  


207  名前:  1だおー  02/12/06  23:54  ID:???  

「どうしたの?  貴方の国ではないものだった?」  
ルナフレアは少し間の抜けた答えを返した。  
「アンタ、こんな状態で冗談なんか…」  
言おうとして山川ははっとした。  
背後で屍を晒している化け物、聞いたこともない人種の美女。  
少ないが紛れも無い現実である情報を整理し、山川は改めて少女を見つめた。  
「君は…何人、なのかな?」  
「ダークエルフ。どうしたの?そんなに珍しい?」  
「あ、ああ。まあな」  
ルナフレアは怪訝な表情でヤマカワを見た。  
おかしな人間だわ、とはっきり感じた。  


208  名前:  1だおー  02/12/06  23:59  ID:???  

「あなたこそ何なの?  この迷いの森に一人でやってくるなんて、凄腕の狩人でもしないわよ」  
「迷いの森?  富士演習場じゃないのか?」  
ルナフレアは怪訝を通りこして疑惑の眼差しで男を見た。  
「…もう一回聞くわ、あなた、何者?」  
「日本の自衛隊だ。ここにいるのはアメリカ軍との共同演習中にヘリが墜落して…」  
ヤマカワの説明を聞いて、ルナフレアは目を見開いた。  
男の話している単語はどれも聞いたこともないし理解もできない。  
しかし嘘をついているわけでもなさそうだ。  
「待って、ここでは無用心だわ。私の里についてきてくれない?」  


209  名前:  1だおー  02/12/07  00:11  ID:???  

鬱蒼と茂る森の道なき道を男女二人が歩いていた。  
レンジャー隊員である山川だが、正直、このダークエルフ族とやらの少女を追うので精一杯だった。  
まるで体重というものが存在しないかのように、木々の合間をひょいひょいと進んでゆく。  
大した装備を持っていない山川だが、慣れない行程にさすがに疲労がたまってきていた。  
「どうしたの、ヤマワカ?」  
「山川だ。…ちょっとばかし、疲れただけだ」  
レンジャーの自分が「疲れた」などとこんな少女に向かって話すことになろうとはある意味屈辱であった。  
しかし無理をすればよいというものでもない。  
山川はそこまで頑なな人物ではなかった。  
「アテテ…」  
どうやらマメがつぶれたようだ。  
厳しい行軍ではよくある。  
「…ごめんなさい。ちょっと見せて」  
「え、っわ!?」  
突然目の前に現れた少女の顔に、山川は思わず声を上げた。  
北朝鮮の工作員が突然目の前に現れたら、迷わず肘打ちを喰らわせるところだが、あいにく少女が相手では対処の仕方が分からない。  
「こんなになるまで我慢してたの…」  
申し訳なさそうな表情を浮かべてルナフレアが山川の半長靴を脱がせた。  


210  名前:  1だおー  02/12/07  00:20  ID:???  

「お、おい。バンドエイドあるからちょっと貼らせて…」  
「静かにしてて…私が治してあげるから」  
山川は何を言っているのかよく分からずにいた。  
しかし、次の瞬間、山川は驚きに思わずその場から飛びすさった。  
少女が傷口に手を当てたかと思うと、何か温かいものが傷口に浸透してくるような感覚が走った。  
しかも、少女の掌は微かに青白く発光している。  
「な、何をしたんだ!?」  
人間は得体のしれないものに本能的に恐怖を感じる。  
反射的に山川は怒鳴り声をあげてしまっていた。  
その瞬間少女はビクッと体を震わせ、戸惑った表情を浮かべた。  
「し、心配しないで。ダークエルフだからって回復魔法が使えないわけではないの」  
「は…はぁ?」  
山川はその時、不思議なことに気がついた。  



214  名前:  1だおー  02/12/07  00:37  ID:???  

「あ、あれ?  マメが…」  
見ると、綺麗さっぱり傷が塞がっている。  
かさぶたすら残っていない。  
まるで手品を見せられた気分だった。  
「これ、まさか君が…?」  
ハッとした表情で少女を見た山川は半信半疑で尋ねた。  
少女は、笑顔を浮かべてコクリと頷く。  
「すまなかった…怒鳴っちまって」  
気の毒なことをしてしまったな、とさすがに感じた彼は後ろ頭をかいて素直に謝った。  
すると少女はそんな山川を見て思わずくすっと笑った。  
「あなた、本当に何も知らないのね?」  
「ん、ああ」  
何かを見透かされそうな真っ直ぐな瞳に、思わずドキリとした彼は慌てて目をあらぬ方向へ逸らす。  
「さ、もう行きましょう。日が暮れるまでには帰らないと危険だわ」  
山川に脱いであった半長靴を渡し、ルナフレアは言った。  


501  名前:  1だおー  02/12/14  23:22  ID:???  

「殺された国民の仇討ちだ。存分にやれ!」  
手にした89式小銃に弾薬を叩き込み、重武装の先遣上陸部隊二百名に向かって三佐は叫んだ。  
「ただし、仕返しをしに行くんじゃない。あくまで我々の行動は軍事行動だ。敵国とはいえ民間人に向けて発砲は硬く禁ずる」  
「了解!」  
「よろしい。では全員LCACに搭乗。…武運を、祈る!」  
魔の島へ向けて、勇士達を乗せたホバークラフトが爆音を上げて突き進んでいった。  
未知の戦いの、始まりであった。  


576  名前:  1だおー  02/12/16  23:30  ID:???  

基地内にて  

「ちょっとアンタ!ここは関係者以外立ち入り禁止なのよ。出てってちょうだい!」  
「関係者以外?…だったら私は関係者だよ。騎士カワグチはこれをあたしにくれたもの…(ポッ)」  

川口のプレゼントの竜の鱗を取り出すクレア。  

「はぁ?こんな気味悪いもので通行許可が出せるわけないじゃない。さっさと出て行かないと警務隊呼ぶわよ」  
「(ムッ)アナタ、侍女の分際で口荒いですね」  
「誰が侍女よ!誰が!?」  
陸を指差すクレア。  
「違ぁーう!私はれっきとした自衛官!WAFよワ・フ!」  
「パブ?」  
「(ブチッ)」  


679  名前:  1だおー  02/12/20  22:34  ID:???  

ちょっと前に異世界側のテロ攻撃について話してたけども、ちょっと書いてみた。  

九州が異世界に召還されてだいぶ経った。  
大分県臼杵市、召還後に変わったことといえばせいぜい名物のトラフグが獲れなくなったことぐらいだった。  

一日目  午前6時32分  
臼杵警察署  
「はいこちら臼杵署」  
担当の中年警官は珍しく鳴ったベルにはっとした。  
「あぁーおまわりさん?  ちょっとすぐきてくれんか?」  
初老の男性の声だった。  
「はぁ?何かありましたか?」  
田舎特有の呑気な口調に、気軽に警官は聞き返す。  
「いやのぅ、今しがた浜辺ん方を犬連れて散歩したんじゃが、なんかおかしい船がようけうちあげられちょるんじゃ」  
「船?誰か乗っていたんですか?」  
「いや、空っぽじゃったわい。じゃけどわしゃ漁師じゃったから分かるんじゃがの、どうも難破した様子じゃないんやわ」  
男の言葉に警官はしょうもない話だと内心感じていた。  
異世界だかにやってきてからというもの、浜には見たこともない物が多数流れ着いている。  
船などまともなほうだ。  


680  名前:  1だおー  02/12/20  22:41  ID:???  

「分かりました。何人か向かわせますんで、案内してくれますか」  

午前7時8分  

「おーいこっちこっち!」  
三名の警官の姿に、がっちりした体格の初老の男が手を振ってきた。  
おそらく通報者だろう。  
彼の他にも、土曜日で学校が休みなのか、近所の少年グループが見物に来ていた。  
「おまわりさん、異世界の船やないかえぇ?」  
少年の一人が警官に声をかけた。  
「ほぉ!そりゃ凄い」  
警官も笑いながら応える。  
確かに、数隻の小型のボートらしきものが浜辺にうちあがっている。  
「はぁ。こりゃほんとに異世界のものかもしれないな」  
巡査部長が感心したような口調で眺めた。  
「調べてみますか?鑑識は呼ばなくていいでしょう?」  
「ああ、そうだな」  


681  名前:  1だおー  02/12/20  22:47  ID:???  

ボートの数は全部で四艘、いずれも木製。  
しかし、流れ着いたとは思えないほど傷がついていない。  
警官もそれには少し疑問を抱いたのか、何か手がかりはと念入りに船の中を調べ始めた。  
「オール…骨董品みたいなランプ…これはモリか…」  
特に不審なものは見当たらない。  
しかし、最後の一艘を調べたとき、警官らは驚くべきものを発見した。  


682  名前:  1だおー  02/12/20  22:57  ID:???  

「こりゃなんだ!?」  
「どうした!」  
「ボ、ボウガンです!矢もこんなに…」  
警官らは驚愕の眼差しでボート内の物品を凝視した。  
槍、ボウガン、矢、そして長剣。  
様々な種類の刀剣類が積まれているではないか。  
しかも、更に重大な事実を警官の一人が発見した。  
「…パンだ。かじりたてのパンがあるぞ!」  
これらが物語る事実は一つ。  
何らかの目的を持った人間が複数、深夜の闇にまぎれて九州に潜入したのである。  
しかも、最悪の場合武装して。  



968  名前:  1だおー  03/01/07  03:21  ID:???  

物珍しそうに自衛官の食事を覗き込む猫耳娘。  
「…欲しいのか?」  
年配の陸曹がどこか気まずい表情を浮かべて尋ねた。  
「にあ!」  
ぶんぶんと首を縦に振る猫耳娘、彼女の視線の先には戦闘糧食「ますの野菜煮」がある。  
「ほ、ほれ」  
缶詰を差し出す若い陸士。  
「ありがとにゃぁ!」  
缶詰を手にとるなり、満面の笑みを浮かべて脱兎の如く走り去ってゆく。  
「ご飯もらったにゃぁ!みんな出てくるにゃぁ!」  
しばらくして茂みの向こうで彼女の声が聞こえてきた。  
若い陸士が興味を覚えて茂みの中を覗き見てみる。  
「え、ええー!?」  
陸士は仰天した。  
あのどうみても13〜4歳にしか見えなかった娘が、なんと三匹、いや三人の猫耳の子供をひざに載せもらった缶詰を与えているではないか。  
「…子持ちやったとは」  
陸士は驚きの表情を隠せないでいたが、あの陸曹はその光景を見るとどこか懐かしそうに目を細め、自分の背嚢から「とり飯」と描かれた大きめの缶詰を開け始めた…  



209  名前:  1だおー  03/01/10  01:56  ID:???  

てさりすと氏の世界観に山川にご登場願う、かなりしっちゃかめっちゃかなのを連載します(ご勘弁くだされ)  

仮タイトル「福岡防衛線」  

いつもと変わらぬ乾燥した雑踏の中、彼女は気だるそうに待ち合わせの場所の時計柱にもたれかかっていた。  
年の頃は19歳くらいか、脱色した金髪、整った目鼻立ちに丹念なメイク、そして醒めた瞳。  
チラチラとスケベそうな中年サラリーマンが彼女を一瞥して通り過ぎてゆく。  
冬場の厚着の上からでも分かる、彼女のラインに発情しているのだろう。  
彼女は煙草を苛立ったように一本手慣れた手つきで口へ運び、三ヶ月前に別れた男が貢いだライターで火をつける。  
ややあって、待ち合わせていた男がやってきた。  
彼女は煙草を吸っていなかったかのように街路樹の根元に落とし、偽りの笑みを浮かべた。  
男は親の七光りで有名大学に入ったという取るに足りない輩だった。  
彼女はこの男には金以外に要求するものなどない。  
その金も得るのは特に難しくはない。適当におだて、夜はベッドで満足させてやればいいだけのことだった。  
男なんてそんなもの、本当に下らない生き物だ。  
彼女はそう思いながら、表情は笑顔で男の腕に抱きついた。  


210  名前:  1だおー  03/01/10  01:57  ID:???  

「現在九州全域には非常事態宣言が発布されております。仕事が済んだ方は寄り道などをせずすぐに帰宅してください」  

誰も真剣に聞いていないであろう市の広報車がスピーカーをがならせながら通過していく。  
異世界に召喚だかなんだか知らないが、最近は夜一人で出歩いていると警察にそれだけで職務質問される。  
彼女は内心でうざいと連呼していた。  

「それでねぇ。今度は思い切って外車を買おうかと思うんだよ…。おい、聞いてるのか?」  
「え?うん!聞いてるよ」  

余所見をしていたら機嫌を損ねたらしく、焦った彼女は意図的にその豊かな胸を男に押し付けて猫なで声で囁いた。  

「…今日はなんだか変な気分なんだぁ」  

男は平静を保っているつもりなのだろうが、へえといやらしい笑みを漏らす。  

(ガキみたいね…)  

彼女は侮蔑の言葉を声に出さずに吐き捨てた。  


211  名前:  1だおー  03/01/10  01:58  ID:???  

同日深夜  

陸上自衛隊春日駐屯地  西部方面普通科連隊  

「起床ー!起床ー!  非常呼集だ!」  

突然の当直の怒号に営内の明りが一斉に燈った。  
ドタドタと数秒前まで眠っていたとは思えない機敏さで隊員らが服を着替える。  

「完全武装だ。ただごとじゃないぞ」  

連絡を受け取った各指揮官は末端へと素早く情報を伝えてゆく。  
隊員らに動揺が広がる。  

「連隊長、どういった事態でありますか?」  

グラウンドに部隊が集結する中、部下の一人が思わず尋ねた。  
連隊長は戦闘帽を丁寧に被ると静かに一言だけ告げた。  

「治安出動だ」  

西部方面普通科連隊を始め、16・19・40普連に出動命令、そして熊本の42普連の二個中隊が市街警備に駆りだされていた。  
駐屯地のゲートが開くと同時に、ヘッドライトの光に黒いシルエットを写して車輌群が列を連ね、福岡市街地と県境へ向けて吐き出されていった。  
自衛隊初の出動は、闇に紛れての行軍となった。  



230  名前:  1だおー  03/01/11  02:21  ID:???  

西部方面普通科連隊  第二中隊  

ゴトゴトと揺れる暗いトラックの荷台に搭乗した隊員らは皆無言であった。  
銃を抱くようにして持ち、時折思い出したかのように腕時計を確認したりする。  
確認しても、思ったよりも時間は経っていない。  

「や、山川先輩…。異世界の連中と戦争するんでしょうか?」  

耐えかねた若いメガネをかけた陸士が隣で目を瞑って身じろぎ一つしない隊員に話しかけた。  

「………」  
「先輩、起きてるんでしょう?」  

不安そうに陸士はその隊員の肩をゆする。  
ややあって、その鋭い眼光を放つ瞳を陸士に向け、彼は少し柔和な微笑を浮かべて一言だけ呟いた。  

「怖いか?」  

からかっているような口調だったが陸士は少し考えた後、しきりに小さく首を縦に振った。  



231  名前:  1だおー  03/01/11  02:22  ID:???  

「は、はい。怖いっす。モロに…」  

陸士の反応は真剣そのものだった。よく見ると不安からか小刻みにビンボーゆすりを繰り返している。  
こいつはもともと兵隊には向いていない、と山川は感じた。  
猛者揃いの部隊で、何の目的かは知らんが健気に訓練についていきている。  
根気強い性格で根が優しいのは結構なことだが、それはシャバでの価値観だった。  
困った新米だ、と内心ため息をついて山川は言った。  

「雪沢、俺のケツについてくれば死なんようにしてやる。力んで銃を暴発させんようにしてりゃいいさ」  

ぶっきらぼうな言葉だったが、陸士には一番心強いものだったようだ。  

「は、はい。がんばります」  

雪沢の口癖のワードを聞いたことで、山川はニヤリと口の端を歪めた。  
気弱な後輩がようやく黙ったようなので、彼はもう一度瞼を閉じる。  
無機質なエンジンと荷がゆれる雑音をBGMに、山川正輝三等陸曹は浅い眠りについた。  



232  名前:  1だおー  03/01/11  02:49  ID:???  

恵那は帰宅すると真っ先にバスへと向かった。  
思い出したくもない、あのケダモノに触られた身体を早く洗いたかったのだ。  
シャワーとはいえ、湯の温かさが身に染みるようだった。  
バスから出た彼女は身体を拭いて着替え、パタパタとスリッパをつっかけながら  
キッチンに行くと、  
冷蔵庫からビールを取り出しプルタブを起こした。  
それからソファに身を投げ出し、近くのリモコンを探り寄せTVをつけた。  


233  名前:  1だおー  03/01/11  02:57  ID:???  

本州にある局のチャンネルは全て砂嵐、辛うじて残っている九州の何局か  
を選択する。  
相変わらず彼女には興味もわかないニュース番組ばかりだった。  

『本日未明、防衛庁の公式発表がなされました。発表によりますと、  
陸上自衛隊の一部の部隊を治安維持のために出動させたとのことです。  
現在入ってきている情報によりますと、九州各地の主要都市の市庁舎や  
重要施設に武装した自衛隊が警備目的に展開中であり、中には施設への立ち入り  
を拒否した市役所と指揮官とが口論になるなどの問題が…』  


234  名前:  1だおー  03/01/11  03:03  ID:???  

恵那はビールに口付けながら、全く興味も沸かない映像をぼーっとした目で  
眺めていた。  
飽き飽きした彼女がTVを消したとき、外がにわかに騒がしくなった。  
こんな夜中に、かなりの数のトラックの走行音が聞こえてきたのだ。  
暴走族ではなさそうだった。  
彼女は窓のカーテンを開けて外を見てみた。  
アパートの四階から、地上を見下ろす。  
そして、息を飲んだ。  
彼女は生まれて初めて、戦車という「兵器」を見たのだった。  



239  名前:  1だおー  03/01/11  14:16  ID:???  

コンクリートジャングルの中に建つ一際高いビルの屋上に女はいた。  
しっとりとした黒髪、それと対照的な白い肌。  
妖艶な血のように紅い唇…。  
黒く、様々な紋様の刺繍されたドレスのようなものを身に纏い、黙って  
福岡の町並みを見下ろしている。  

「恐ろしい街だ…」  

女は抑揚なく呟いた。  
すると、背後で闇から抜け出てきたかのように女と同様の黒装束に  
身を包んだ少年が現れた。  


240  名前:  1だおー  03/01/11  14:24  ID:???  

少年は片ひざをついて恭しい態度で報告する。  

「セリア族長、どうやら異世界の軍隊が勘付いたようです」  
「…思ったよりも早かったな」  
「あの悪趣味な魔術士の連中がしくじったかもしれませぬ」  

セリアは忌々しげに眉をひそめる。  

「馬鹿が。異世界軍とまともにやりあって勝てると思ったか」  

そう吐き捨てたとき、彼女らの頭上を何かが爆音を立てながら通過していった。  
自衛隊の輸送ヘリの編隊である。  

「異世界軍…!?」  
「ここも危ないな。場所を変えるぞ」  
「御意」  


241  名前:  1だおー  03/01/11  14:38  ID:???  

西部方面隊  方面総監部  大会議室  

居並んだ幕僚らを見渡し、情報担当の部長が緊張感に満ちた声  
で説明を始めた。  

「大分県で起きた例の密入国者の集団は調査の結果、帝国側の工作員で  
あることが判明した。彼らは昨日、発見した県警の警官三名を焼き殺し逃走。  
機動隊が制圧に向かったが阻止線を強行突破。その際警官四名殉職、八名が  
集中治療室送りになりました。工作員らはその後高校の校舎に押し入り教員二名  
を殺害、生徒二百人を人質に立てこもった。事態を重く見た警察は急遽SATによる  
突入を敢行。SATが工作員19名の内7名を射殺。  
しかし残りの12名は消え去ったそうだ」  


242  名前:  1だおー  03/01/11  14:47  ID:???  

「警察も大失態だな」  

ため息をつく自衛官ら。  

「しかし消え去ったとはどういうことだね?」  

ざわつく幕僚らの何人かがそう疑問を口にする。  
情報部長は頷くと手にしたファイルをめくり、それから部下に資料を配るよう  
指示した。  

「これは立てこもっていた教室の事後の写真です」  
「こ、これは?」  

幕僚に動揺が走った。  

「そう、消えたんです。文字通り、目の前から…」  

資料で彼らに渡されたカラープリントには、教室の真ん中に複雑な紋章を  
描いた「魔方陣」がはっきりと写っていた。  

「我々の常識が通用する相手ではありません。警察の犠牲者の多くも、刃物で  
切りつけられたのではなく、謎の超能力による攻撃を受けて亡くなっています」  
「謎の超能力だと?」  

部長は少し躊躇った後、静かに口を開いた。  

「…魔法であります」  


254  名前:  1だおー  03/01/12  00:04  ID:???  

正門に二人の隊員が看板を立掛け、傾いていないか確認した。  
看板には「陸上自衛隊西部方面普通科連隊第二中隊臨時駐留地」としっかりとした漢字で記されている。  
設置が完了したとき、八二式指揮通信車を先頭に本隊が到着してきた。  

「ご苦労さん。このまま入っていいのか?」  
「ええ、プレイグラウンドの方に入ってください」  

ハッチから半身を出した指揮官と先遣隊員がそうやりとりした後、中隊は正門を通過してグラウンドへと向かった。  
正門の木製の自衛隊の看板の隣には、「私立清鳥女子高等学校」と堂々とした石版に刻まれていた。  



255  名前:  1だおー  03/01/12  00:05  ID:???  

「降車ぁ!」  

怒鳴り声と共に荷台から隊員がばらばらとグラウンドに降り立った。  

「この高校の文化棟が臨時の宿営場所となっておる。各自、荷物をそこへ置いて○九○○までに現在地へ集合せよ!  
尚、ここは民間施設につき、扱いには重々気をつけるように。質問は?」  
「なーし!」  
「では解散!」  

武装した隊員らがぞろぞろと文化棟へと向かう。  

「山川先輩、ここ女子校ですよね?」  
「ああ」  
「すっごい敷地面積広くないですか?  ここまでくるのにトラックで五分くらいかかりましたよ」  

雪沢は興味津々といった口調だった。  



256  名前:  1だおー  03/01/12  00:06  ID:???  

「それがどうした」  

別に感想という感想もなく、山川は聞き返す。  

「いえぇ、市街地のど真ん中にこんな場所があったなんて初めて知ったんでびっくりしたんです」  
「しかも、女子高ってか」  

山川は喉の奥でくっくと笑う。  

「絶対マンモス校ですよ」  

メガネのズレをくいっと直しながら、雪沢は楽しそうに応える。  

「異世界の野朗どもと戦争するのが怖かったんじゃないか?」  
「う…、でもなんか戦争っぽい雰囲気なんて全然ないですし、案外僕らの出番なんてないかも…」  
「雪沢」  
「はい?」  
「俺がレンジャー訓練いったときにな、夜は暗くて静かだから大丈夫っつって居眠りしてたヤツが真っ先に教官の餌食になった。  
俺が敵なら、ヘラヘラしてるおめえみたいな奴を真っ先に狙う」  



257  名前:  1だおー  03/01/12  00:07  ID:???  

山川の言葉に雪沢は喉をごくりとならせた。  

「お役所仕事の自衛隊がこんなに早く出動命令出すなんて、ただごとじゃねえ。  
おまけに景気良く実弾もプレゼントしてくれるなんてな」  

彼はそう言うと自分の持っている六四式自動小銃のマガジンを外した。  
紛れも無い真鍮の弾丸が顔を覗かせる。  

「………」  

雪沢は再び真剣な顔に変わり、まじまじと自分の持つ小銃に目を落とした。  


(本日分糸冬)  


39  名前:  1だおー  03/02/18  17:52  ID:???  

色んな方々から労いの言葉をいただきありがたい限りです(  ´∀`)  

>>35-38  

福岡にて治安出動中の陸自展開地  

「山川先輩、例の噂知ってますか?」  
「なんだ?暇だからってどこで噂なんか仕入れてきたんだよ?」  
「いやですね。さっきここ(山川らの部隊は女子高に展開している)の生徒さんらが怖い怖いって話しながら帰ってくの見たんですよ」  
「何が怖いんだ、もしかして俺たちがか?」  
「…いえ。なんでも、何組の何々ちゃんが突然行方不明になったとか、もしかしたら異世界のモンスターに拉致されたんじゃないかって」  
「バカバカしい」  
「いえ…でもあながち嘘でもないかも。さっき珍しく警察が本部の方に用事があるみたいで入ってったのみましたし」  
「じゃあなんだ、今度の任務はバケモノ退治か?」  
「さあ…でもこの世界、もうなにがあってもおかしくない事態になってるのかも…」  

この四日後、警察は拉致されたと見られる五人の少女の遺体が発見されたと発表。  
福岡郊外の山中で自衛隊と「何か」が交戦に入ったとの未確認情報も寄せられた…。  



50  名前:  1だおー  03/02/18  23:52  ID:???  

ご要望に答えて…(世界観は「福岡防衛線」と同じです)  

福岡郊外  

殺風景な景色だった。  
周囲は鬱蒼と茂る森。  
しかしぽっかりと場所が拓けたそこはバブル崩壊の後に倒産した株式会社の建設中だった何件かの雑居ビルの屍骸が立ちつくしている。  
計画ではもっと山を開きかなりの規模のニュータウンやショッピングセンターを建設する予定であったのか、ビル自体の大きさはかなりのものである。  
だが今見た限りでは、いったい何の目的の建物であったかは推測も難しいほどの劣化した姿だった。  
肝試しにやってくる若者達でもなければ誰も近寄らない場所である。  
時刻は夕刻。  
薄闇のビル群の中をいくつかの陰が横切った。  
紺色のワッペン、物々しいフェイスシールドの着いた紺色のヘルメット、背中には「福岡県警」と文字のついた防弾チョッキを着用した五人の男たちだった。  
福岡県警  対銃器小隊。  
拳銃などの武器で武装した犯人を検挙するために機動隊に設立された精鋭部隊である。  
彼らは一際大きく見えるデパートとおもしき建物の入り口前で停止した。  

「捜索1よりゲンポン(現地対策本部)へ。ビルの入り口へ到着した。これより突入する!」  

緊張感に満ち、額に汗を滲ませ隊長の野島巡査部長がメガに押し殺した声で話しかけた。  



51  名前:    03/02/18  23:53  ID:???  

「こちらゲンポン。了解。状況を開始せよ」  

野島はその気遣いのない無線担当にむかっ腹が立ったが、今はそんなことはいってられない。  
(人質は無事か…?)  
そのことのみが気がかりだった。  
警察官として、何度か任務をこなしてきたが、人質がいる事態は長い警官人生でも初めてであった。  
一週間前から突如として多発する行方不明になる女子校生。  
事件の因果関係は不明だが、少なくとも判明しているだけで既に八名の少女が消えている。  
その内の数名であると思われるのが、この廃墟ビルの中にいるかもしれないとの通報があった。  
廃墟ビルが老朽化し人気がないとはいえ危険になったので、解体要望を出すために市役所の担当員が三名昨日調査に訪れた際に、一人が悲鳴をあげた瞬間にビル内の暗闇の奥から「何か」に足をつかまれひきずり込まれたのである。  
命からがら逃げ帰っ同僚は、その役員は「女の子の声が聞こえる」と言い奥へ進み被害にあったと説明。  
現在分かっているのは、「生死不明ながら複数の人質がいる」という一点のみである。  
(物騒な世の中になった…)  
いや、むしろ今までの日本が平和過ぎたのかもしれない。  



52  名前:  1だおー  03/02/18  23:54  ID:???  

「全員、拳銃用意!」  

野島の命令に部下達は腰に提げてあるニューナンブ拳銃を取り出し、シリンダーの38口径弾を確認した。  

「安全装置外せ。これより突入する!」  

ガラスの入っていない正面口をすり抜けるように突入してゆく対銃器小隊の警官たち。  
割れたガラスを踏むと独特の鋭い音が静寂に包まれたビル内に響き渡る。  
暗闇の中、数名の部下と手にした拳銃以外に頼りとなるものは一切存在しない。  
後続の機動隊は犯人を制圧もしくは人質を救助できた場合、もしくは自分達では対処不能となった場合にのみ突入が可能とされていた。  
要は、偵察か悪く言えば捨て駒である。  
アメリカ警察のSWATのような突入部隊もノウハウも福岡県警には存在しないからだった。  
日本警察の最後の切り札であるSATは異世界のテロリストとの戦闘で現在人質救出作戦ができるような状態ではないらしい。  


195  名前:  1だおー  03/05/29  03:27  ID:???  

魔術師の試験内容を緩和して化学のみに限定した防衛庁。  

担当官「またまたお集まりいただいてありがとうございます。  
前回の反省をふまえまして皆さんの専門である化学関係の問題を作成しました」  

ちなみに担当官は過労で入院していた。  

担当官「では始め…」  

…翌日…  

『試験会場流血の惨事  陸自試験担当官三名重軽傷』  

28日未明。防衛庁エルフィール地方連絡部にて試験中だったエルフ族の女性が試験の担当の自衛官三人を魔法で致傷させるという事件が起こった。  
警視庁エルフィール特別派遣警察本部の調べによると、容疑者は傭兵採用試験を受験に来ていたエルフ族の女性(二三九)。  
事件当日、試験問題を読み、試験の内容に異議があると担当の自衛官(三〇)に問い詰めた。  
容疑者は「万物は火・水・土・風で構成されている。こんなバカな問題はない」と担当官を罵倒。  
これに激昂した担当官が「元素記号くらい覚えてこい。この無学歴者め」と反論。  
怒り心頭した容疑者は精霊魔法なる物を使用し担当官らに全治二週間の怪我を負わせた疑い。  
担当官の同僚(三一)は「彼は連日の徹夜で気がたっていた。必死で作った問題に文句をつけられて怒ったのも頷ける」と同情の意を漏らしている。  
今回の事件で、この世界の常識やエルフ族の文化・風習・価値観を考慮せずに問題集を作成した防衛庁の責任が問われている。  
公式発表はまだ行われていないが、傭兵採用法の是非をめぐって国会で野党からの批判が高まるのは明らかである。(九州朝○新聞二面より)  



203  名前:  1だおー  03/05/29  23:57  ID:???  

九州朝○新聞  「声」の欄  

匿名希望  19歳女性  学生  
「話し合えば分かる」  
この異世界に九州が召喚されてきてだいぶ経ちました。  
最初は混乱もたくさんありましたが、  
今はようやくボランティアの人たちの献身的な活動によって  
落ち着いてきています。  
ですが私は最近気がかりなことがあります。  
それは連日メディアを通して伝えられてくるこの世界の痛ましい戦争の姿です。  
どうして種族や国が違うというだけで殺しあわなければならないのでしょう?  
そして、私が一番憤っていることは、平和憲法を持つ日本が  
これらの戦争に自衛隊を派遣して直接人を殺していることです。  
政府は国民の生命や生活を守るために必要なことだと説明していますが、  
果たしてそうなのでしょうか?  
もっと平和的な手段で平和は守れるはずです。  
どうして自衛隊なのですか?  
ボランティアやNGOの人々の活動を知らないのでしょうか?  
自衛隊に殺された国の兵隊さんにも家族がいるのです。  
一部に独裁に苦しむ国の人々を解放しているという報道がありますが、  
私には疑問しかうかびません。  
60年前の日本もアジア諸国を植民地から開放してやると大義名分を  
振りかざして侵略を行いました。今のこの国とそれに既視感を覚えるのは  
私だけでしょうか?  
皆さん、今私達の国は再び過ちを犯そうとしています。  
今こそみんなで声を上げ、平和をこの世界にももたらしましょう。  
人間には言葉があるのです。話し合えばみんな分かり合えるのです。  



632  名前:  元1だおー  03/12/01  01:53  ID:???  

それでは導入部分から逝きまつ  


「地の果てへようこそ。新品さん」  

空自のC-130輸送機から五時間の旅を終え、地面に脚を降ろした僕に、中堅であろう整備隊員が声をかけた。  
僕は、目の前の光景に呆然として何も答えられない。  

アスファルトの不足に未舗装同然の滑走路。  
プレハブ以上の建築物の見当たらない施設群。  
妖魔の襲撃に備えて張り巡らされた鉄条網と対人地雷のワイヤー。  

こんなの、どっかで見たことあるぞ……。  
そう、なんかのベトナム戦争映画でこんな基地の風景が写ってた。  

後悔。  

この一言に尽きる。  


633  名前:  元1だおー  03/12/01  01:54  ID:???  

やっぱり進路というのは軽はずみに決定しちゃいけない。  
高校三年の頃、うっかり防衛大なんか受けて通っちまったのがそもそもの間違いだった。  
地連のおっさんがあんまり熱っぽく自衛隊の環境の良さと福利厚生の堅実さをアピールするし、  
就職難のご時世ということにも後押しされ、書類に印鑑押してしまったのが今でも悔やまれる。  
何も防衛大でなくても良かったじゃないか。一流でなくとも、他にも行ける大学はあったんだ。  
貴重な青春を汗と涙に投げ打ってまで自衛官にならんでもよかったじゃないか。  
教官の怒号と先輩のいびりに泣きながら、演習場でゲロを吐き、消灯時間にパシリに走らされ、銃の部品をなくして殴られ、  
四年間の懲役のような日々に耐え抜いた。  
青春ものの映画なんかだと、ここで立派に旅立っていく若者達が描かれるんだろうが、  
そんなもんの主人公になる気は僕には毛頭なかった。  
任官拒否。  
絶対に任官拒否してシャバに戻って人生をやり直すんだと心に決めていた。  
が、あまりにも残酷な現実が僕の、いや、この日本を一瞬にして飲み込んだ。  


634  名前:  元1だおー  03/12/01  01:56  ID:???  

200X年  
日本は異世界へと召喚され、生命線の確保のために、宣戦布告を行ってきた帝国に対して  
自衛権を発動。  
戦争が、始まったんだ。  
説明はそれだけかって?  
戦争なんかに興味のない僕にはこれ以上はよく分からないんだよ。  
自衛隊と帝国軍が初めて衝突した戦闘でどこの部隊がどんな活躍をしたとか、ハイテク兵器を前に帝国軍はあっと言う間にやられて  
同盟国の連中の度肝を抜いたとか、ちらほら聞いたことはあるけど、詳しくは覚えていない。  

任官拒否が不可能になったという信じられない話に茫然自失となっていた僕にとっちゃあ、  
そんな軍オタしか喜びそうにない話しに耳を傾けている暇なんてなかった。  


635  名前:  元1だおー  03/12/01  01:57  ID:???  

悪いことは続くもので、せめてもの進路希望で「会計課」と書いたものの、この非常事態にそんなもんが受理されるわけもなく、  
めでたく実戦部隊である普通科への配属が決定してしまった。  
神様、僕ってそんなに悪いことしたことありましたっけ?  

この日ヴェ戦争(ヴェロスニア帝国とかいう国の他にもその同盟国とも戦ったらしい)での自衛隊の戦死者数は222人。  
10万人相手によくこれだけの死者で済んだもんだと他人事のように思ってたが、お察しの通りこの222人の内、106人が普通科である。  
酷い話では斥候に出たまま帰ってこないので探しに行ったら首をはねられて晒されてたなんてシャレにならなすぎる事件もあったらしい。  

基礎的な教育期間が終わりに近づき、僕は半ば本気で脱柵(先輩に教えてもらったが自衛隊では脱走のことをこう呼ぶそうな)を考えていた。  
が、そんなある日。  
上官に呼ばれ、僕は他の者とは違った配属がいいのかと尋ねられた。  
僕はこれはチャンスだと感じ  
「普通科でなければどこでもいいです!」  
と答えてしまったのである。  
後悔先に立たず。  
僕は分厚い書類と、外務省へ出頭する命令書を受け取った。  
最初は何が何だか分からなかったが、決められた日時に外務省へ行って担当の部署へと回されたとき、  
ようやく話が見えてきた。  


636  名前:  元1だおー  03/12/01  01:58  ID:???  

「いやぁ。さすがにあんな危険地域に非武装の職員を派遣するわけにはいかないので、  
ここは自衛隊さんに行ってもらうのが適任かと思いましてね」  

つまりである。  
日本は連戦連勝。そりゃそうだ、MLRSやらクラスター爆弾やら反則もいいところの武器を使って勝てないわけがない。  
勝って進撃したはいいものの、占領した地域の統治という新たな問題が発生した。  
しかし、あのイラク戦争を見ても分かるように、統治というのは危険と隣り合わせだ。  
外務省もイラクのときのように職員を犠牲にしたくないのだろう。  
……担当の職員を見る限り、犠牲者を出したくないというより責任問題になるのを恐れているといった方が正しいように思えたけどな。  

僕は泣きたくなった。  
っていうか泣いた。  
イラクのときだって戦争中よりも統治段階に入ってからの死者数の方が多かったじゃないか。  
書類を読んでまた泣いた。  

『旧帝国領地方都市エクト  派遣人員  陸上自衛隊より三名を選考』  

たった三人でどうやって統治しろってんだよ!  

イラクのときの米軍はバグダッドだけでも数万人規模を駐留させていた。  
が、こいつは……。  

暴動でも起こったら、もうお終いだ。  
気分はもう戦国自衛隊。  

父さん母さん逝って参ります。  


637  名前:  元1だおー  03/12/01  01:59  ID:???  

なんだかんだ言って、僕はやはり日本人のようだ。  
こうして輸送機に乗り、いつのまにやら現地入りしている。  

「三尉。司令部まで送りましょうか?」  

さっきの整備隊員が給油トラックの中から再び声をかけてきた。  

「あ、はい。お願いします」  

僕は父親ほど歳の離れたその整備隊員の好意に甘え、助手席に座った。  
異世界の土を踏んだという実感は、まだ沸いては来なかった。  


638  名前:  元1だおー  03/12/01  02:01  ID:???  

「辻原英気三尉……。ふむ。  書類の内容は読ませてもらったよ。君も大変だな」  

司令部とは名ばかりの薄暗い天幕の中で、ここの事務責任者の佐官は呟いた。  

「はっ!」  

直立不動の姿勢で、精一杯の虚勢を張って僕は答える。  
しょうもない自衛官らしさが身についたもんだと内心ためいきをつく。  

「では早速だが、君はもう部下には会ったのかね?」  
「は?」  

僕は彼の言っていることの意味が分からなかった。  
部下?  上官じゃないのか?  

「……もしかして君の方には書類が行ってないのかね?」  

てっきり誰かの隷下に入って働くものだとい思っていた。  
はとが豆鉄砲を食らったような顔をしている僕を見た佐官はそういって一つ、  
やれやれといったため息をつくと自分の机の中から何かを探して取り出し、  
僕に寄越した。  

「辺境とはいえ都市一つを管理するんだ。最低でも幹部が必要だ。  
しかし、何の価値もない辺境都市へベテランの幹部を割くほど今の我々に余裕はない……」  

僕は全てを悟った。  
ああなるほど。  
そうかいそうかい、そんなに僕ぁ自衛官として利用価値がないのかい。  
危険地域だとかいうだけじゃない。よりにもよって無能だから左遷されたんだ。  
自衛官なんか辞めてやると今まで言ってきたが、  
こうして存在価値を否定されるような見方をされるとさすがにいい気はしない。  


639  名前:  元1だおー  03/12/01  02:03  ID:???  

僕が渋面を作っているのを見て、むっつり顔だった佐官も苦笑いして言った。  

「左遷されたと思ってるのかね?」  
「い、いえ。そんなことはありません」  
「心配するな。戦争はベテランに任せておいた方がいいと判断してのことだ。  
今更、君のような新品を部隊に入れて戦場に出しても混乱していたずらに損害を出すだけだ。  
君は会計課希望ということもあってこっちに回されただけだろう」  

ホンマかいな。  
半信半疑だったが、佐官の話は筋が通っているし一見嘘はなさそうだ。  

「それに報告によれば、君が赴任する都市は比較的治安は安定しているそうだ。  
そんなに危険な仕事もしなくて済むはずだ」  

なんだそうなのか?  
僕は素直に安心した。  


640  名前:  元1だおー  03/12/01  02:03  ID:???  

今日のところはこの空港(というより野戦基地)に宿泊することになった。  
同時に、先に到着していた二人の部下となるべき隊員とも顔を会わせる予定だ。  
昼の佐官から聞いた話といい、嫌なことばかり思い浮かんでくるので、僕は早めに動いた。  
書類を脇に、三人の寝泊りしている天幕へと向かう。  
本格的な基地を整えるのだろうか、基地内あちこちに資材が山積みにされている。  
10分ほど歩いて、天幕についた僕は入り口から声をかけた。  

「エクト暫定管理小隊の者はいるかい?」  

すると中からドタバタと慌てる音が聞こえてくる。  
そして、蜂の巣をつついたかのように中から慌てて飛び出してきた人影が二人。  
今日書類を渡されて知ったが、皆、僕より若い。  
整列した二つの顔を見渡してみる。  


641  名前:  元1だおー  03/12/01  02:04  ID:???  

「すみませんでした!  三尉殿の到着日時が知らされておりませんでしたので!」  

背の高い男が敬礼をかざして叫んだ。  
佐久間勇一三曹。彼は曹候出身で21歳。  
美形ではないが、真面目そうな顔をした好青年という感じだ。  
正直、僕よりずっと自衛官らしい面構えだと思う。  

「あのぉー。出発はいつなんでしょうか?  自分もうここの暮らしには飽き飽きしてて……」  

佐久間とは対照的に、上官に対する敬意も何も感じられない気だるそうな声で尋ねてきたのは前島秀二一士。  
予備自衛官補出身のためか、首筋まで伸ばした髪の毛と前髪がかからないように迷彩柄のバンダナを巻いた  
その姿はとても自衛官には見えない。  
どっかのゲーセンで遊んでそうな風貌だ。  
年齢も19歳。よく見るとまだ幼さが残った顔をしている。  

彼の口調、普通の自衛官なら、ここで怒鳴りつけるところだろうが、  
僕はそんな熱血をやるほど真面目じゃないんでやめておく。  


642  名前:  元1だおー  03/12/01  02:04  ID:???  

「まあ二人とも待てって。俺も今日来たばっかりだし」  

僕は周囲に誰もいないことをいいことに、幹部隊員の威厳もクソもない口調で二人に話した。  
佐久間三曹は驚いたように目を見開き、前島一士は相変わらずニヤニヤしている。  

「俺は辻原英気。一応、今から君らの隊長になった」  

見たトコ、こいつらもここへ至るのには何やらワケありだったみたいだな。  
不意に、今日初めて聞いた言葉が頭に浮かんだ。  
『地の果てへようこそ』か。  
まぁいいや。  
こいつら三人で、何ができるかは分かんないけど、仲間がいるのは結構心強いもんだ。  
そして、俺は幹部として初めて部下を持った。  
たぶん、防衛大出身で一番自衛官らしくない僕だけど、こいつらにとっては上官なんだよな。  
僕にしては珍しく、責任感というものが背筋を伸ばした。  

明日は、いよいよ出発だ。  



650  名前:  元1だおー  03/12/01  21:39  ID:???  

続きー  

直線距離にして三百キロ。  
無論、道路は舗装されてなどいない。  
魔物が出る山を抜け、山賊の矢の雨の中を全速力でかいくぐり、  
僕ら三人を乗せた大型トラックは空港を出発して一週間をかけてようやく目的地の近くへとたどり着いた。  
なんかもう、一生分のスリルを味わった気がする。  
インディ・ジョーンズばりの緊迫の連続だった。  
……いや、どっちかっていうと地獄の黙示録かな。  
山賊が撃ってきた矢があちこちに刺さり、雨漏りのひどい幌を恨めしげに見上げて僕は感嘆を漏らした。  

「撃ってきたのが火矢だったら今頃生きてねぇよなぁ……」  

このトラック、長距離を移動するために燃料を大量に積んでいる。  
引火したら一巻の終わりだったはず。  


651  名前:  元1だおー  03/12/01  21:40  ID:???  

生きてるって素晴らしい!  
……といえるほどまだ安心はできない。  
この森も山賊が出没する地域らしい。  
帝国時代は厳しい取締りがあったのでそう深刻なものでもなかったらしいが、  
事実上の無政府状態である今は山賊化した傭兵団や帝国軍残党が出没する危険地帯に変わってしまったということだ。  
先日も、笑顔さえあれば人間皆分かり合えるとテレビで力説していた日本人ジャーナリストが惨殺死体で発見された。  

今は外で雨衣(自衛隊のレインコートのことだ)を着た前島一士が小銃を手に歩哨に立っている。  
佐久間三曹は寝袋に入って既に眠りについていた。  
大型免許を持っているのは彼だけということもあり、運転は一日彼に任せきりだ。  
疲れているのだろう。  
僕はペンライトを車外に光が漏れないように気をつけながら点灯し、荒い作りの地図を広げた。  
目的地まであと五○キロといったところだ。  

雨音だけがしとしとと響く不気味な静けさを頭から追い出すように、  
僕は地図とペンライトをしまって寝袋を頭から被った。  


652  名前:  元1だおー  03/12/01  21:41  ID:???  


「みぃえたぁー!  見えましたよ三尉ー!」  

双眼鏡を覗いていた前島一士が元気よく叫んだ。  
をを文明世界!  
やっとこさ石造りの街道に出て安堵していたら、ようやく目的地へ到着だ。  

「はぁ……もう運転しなくていいんですね……」  
「佐久間三曹。今までご苦労さん」  
「いえ!  任務ですから!」  

今時珍しい熱い男だよまったく。  

「それで三尉どの。街の中に入ってどこへ行けばいいんですか?」  

街を観察するのに飽きたのか、前島一士が尋ねてくる。  

「旧領主の館だって書いてある。とりあえず街の人に聞いてみよう」  

僕はこの苦難の旅から解放されたという安堵感から、  
これから起こる数々の問題のことを考える余裕など持ち合わせてはいなかった。  


653  名前:  元1だおー  03/12/02  01:35  ID:???  

「……三尉、なんかこの街」  

珍しく前島一士が沈んだ口調で言った。  
運転席の佐久間も、街の様子を間近で見て戸惑いを隠せないようだ。  
僕自身、動揺している。  

街は、まるで寂れたゴーストタウンだった。  
大通りであるというのに人気はまばら。  
人々の着ている服はみすぼらしく、身体もやせこけている。  
屋台も数えるほどしかなく、活気などとは程遠い。  
この街は戦略的価値がないので戦争の被害は直接は受けていないはずだ。  
何故、こんなに荒廃しているのか皆目見当がつかない。  
この街エクトは、四十年前に帝国に滅ぼされたパスティル共和国の都市の一つであった。  
敗戦後は植民地として帝国の統治下におかれていたが、今回の日本との戦争で帝国は大敗し、  
帝国勢力は一千キロも後方まで潰走。  
今こうして、新たな管理者である僕らを迎えているわけだけど……。  


654  名前:  元1だおー  03/12/02  01:36  ID:???  

「植民地支配のなれの果て、ですか」  

佐久間が呟く。  
重々しい思いが込められているような、そんな口調だった。  

「と、とにかく旧領主の館を探そう」  

どう答えていいかわからず、僕は話をそらした。  
街の治安ばかり気にしていたが、街の人々がどんな暮らしをしているのかなど一度も考えなかった。  
複雑な感覚がぐるぐると頭の中で回っているようで、情報が整理しきれない。  
だが、これからの見通しがあまり楽観できるものでないことは確かだった。  
やっぱり、自衛隊なんか入るんじゃなかった……。こんな、色んな意味で酷い場所が赴任先だなんて。  


655  名前:  元1だおー  03/12/02  01:37  ID:???  

「では止めましょうか?」  

佐久間がこちらを覗って尋ねる。  

「そうしてく……あっ!?」  

佐久間が余所見をしたほんのわずかな瞬間、突然トラックの前に人が飛び出してきた。  
僕は慌てて手を伸ばし、ハンドルを大きく切った。  

「どわっち!?」  

突然大きく揺れた車内で前島一士が悲鳴を上げる。  
あまり速度は出していなかったこともあり、事故だけは避けられた。  
しかし、飛び出してきた人は地面に倒れてこちらを見上げている。  

「い、いけねぇ!」  

僕はトラックから素早く降りると、急いでその人のもとへ駆け寄った。  

「すみません!  不注意でした!  大丈夫ですか?」  

見ると、まだ子供だった。  
これは……髪は短いが、女の子か?  
手にしていたバスケットが地面に転がり、中からいくつかの未熟な野菜類が散乱していた。  
こけた頬に薄汚れた野良着のような服。  
この異世界特有の水色の髪の毛と大きな瞳だけが生気を感じさせる。  
素朴な可愛らしさのある娘だ。  


656  名前:  元1だおー  03/12/02  01:39  ID:???  

「あ……うぁ……」  

少女は怯えきった様子でその瞳に涙を浮かべ、身体を震わせている。  
まるで肉食獣に睨まれた小動物のような痛々しい表情だ。  

「ねえキミ、キミ。大丈夫?」  

声をかけると、肩をビクリと大きく震わせて僕の顔を凝視した。  
あ、ひょっとして僕らのことが怖いのか?  
ここは異世界だ。文明のレベルは僕らの世界の中世程度のものらしい。  
いきなり日常生活のなかにトラックみたいなデカイ機械が現れたらビビるのも無理もない。  
僕らでいうとこの、UFOが突然現れて宇宙人が降りてきたってとこか。  

「大丈夫だよ。お兄ちゃんは怪しい者じゃないから」  

僕はしゃがんで彼女と同じ目線にあわせ、恐ろしく月並みな言葉をかけた。  
ほかにどう言えってんだよ。自衛隊の者ですとか言ったって分かるはずがないだろうに。  
っていうかこんな幼い女の子を泣かせちまったのはさすがに良心が痛む。下手なことはできない。  


657  名前:  元1だおー  03/12/02  01:40  ID:???  

「ごめんごめん。余所見してたらついね……」  

僕は散らかった野菜類を拾い集めてバスケットの中へ戻してやる。  
それにしても、まさかこんな不良品も同然のしなびた野菜を主食にしてるわけじゃないよな。  
いや、ありうる。この子の姿から、とても栄養状態が良好とは言い難い。  

「……………」  
「はい。どうぞ」  

野菜を入れ直したバスケットを渡してやる。  
ようやく、震えも収まって僕の顔をきょとんと愛らしい瞳で見つめてくるようになった。  
ようし、ここは思い切って。  

「ねえ、キミはこの街の人だよね?」  

手を貸して立たせてやりながら、尋ねてみる。  

コクン…  

少女は少し間をおいて、躊躇いがちに頷いた。  
よかった。会話が成立したぞ。  
僕は内心しょうもない喜びを感じながら、今度は腰を折って少女の目線にあわせ、尋ねた。  


658  名前:  元1だおー  03/12/02  01:41  ID:???  

「前までこの街で一番エライ人が住んでいた場所ってドコか、知らないかな?」  

気のせいだろうか、  
一瞬、少女の表情が驚きと恐怖に凍りついたように見えたのは。  

「…………」  

ややあって、少女は静かに身体の向きを変え、スッとその細い指を向こうの方に指差した。  

「え、あの建物?」  

コクン…  

少女は僕が理解したことを確認するように一瞥をくれると、何も言わず、  
野菜の入ったバスケットを胸に大事そうに抱きしめて一目散に路地裏へと駆け出していってしまった。  

「あっ!  ちょっと……」  

声をかけたときには、もう少女の姿はどこにも見えなくなってしまっていた。  

「ホントかよ……あれが旧領主の館…?」  

僕は再び少女が指差した方角に向き直る。  

街を見下ろす小高い岡の頂上。  
そこにはまるで、下界の荒廃に侮蔑の笑みを浮かべるかのように、  
遠目にさえ確認できる豪華絢爛な館が、腰を据えていた。  



676  名前:  元1だおー  03/12/03  00:27  ID:???  

「優しい方ですね。三尉は」  

丘へ登るしっかりと舗装された道。  
ハンドルを握る佐久間が何の前置きもなしにそう言った。  

「そうか?」  

優しいって、さっきの女の子のことだろうか。  
そんな特別なことをした覚えはないけど……。  

「ええ。自分はそう思います」  

微笑を浮かべ、こちらに視線だけ向けて佐久間は答える。  
彼は時々、年下とは思えない大人びた雰囲気を醸しだすときがある。  
そんなところが、僕は嫌いではなかった。  

「三尉どのー。今日からあの館に寝泊りするんすかぁ?」  

前島一士が相変わらずのいい加減な態度で尋ねてくる。  
僕は防水カバンの中に大事に保管していた書類の束の中から、これから関係ありそうな数枚を取り出す。  
彼に聞かれなくても、そろそろ詳細を知っておかなきゃいけない。  
道中、山賊やらに怯えてまともに読む機会がなかったんだよな。  

「ああ。書類ではそういうことになっている。ん?  あと……」  

これは、なんだろう?  


677  名前:  元1だおー  03/12/03  00:27  ID:???  

「あと?」  

前島一士が怪訝な口調で僕が言いよどんだ言葉を鸚鵡返しする。  

最後の項目がどうも変だ。  

「『尚、当該施設に現在居住している現地住民は小隊指揮官の判断によって現地スタッフとして雇用、もしくはスタッフとして不適であると判断した場合、就職先を斡旋することを条件に当該施設からの退去を指示できるものとする』ってこりゃなんだ?」  

二人に聞こえるように朗読してみたが、どうみても不可解な内容だ。  
現地住民というからには、あの館には今も人が住んでいるということだろうか。  
確か、あの領主の館の主は自衛隊がどこかの大きな戦いで勝利し、  
帝国軍が後退する際に遅れまいと館を飛び出していったという。  
所有者は確実に不在のはず。  
じゃあ一体誰が?  

「三尉……」  

僕が考えをめぐらせていると、佐久間はトラックのブレーキを踏んだ。  
そして僕を呼び、視線を前方へ注いでいる。  


678  名前:  元1だおー  03/12/03  00:28  ID:???  

「うっわぁー……」  

次の瞬間、僕と前島は情けないため息をついた。  
目の前には、つまらない金持ち自慢特集の番組なんかで出てくる、海外の大富豪の豪邸の数倍に匹敵するような、  
立派な門がその偉容を誇っていた。  
極めつけは水のたたえられた幅十メートルはある堀と、門を繋ぐ吊橋。  
門と一体となった石塀は館をぐるりと囲んでいる。  
これはもう、館というより城だ。  
平和な時代になったら、ちょっとした観光名所になるんじゃなかろうか。  
そんなバカバカしい感想が脳裏をよぎっては消える。  
吊橋は今は上げられ、門も閉まっているようだ。  
佐久間はどうするのかという意味で僕を呼んだのだろう。  

「着いたようですが……」  
「あ、ああ」  

なんとまあ……すさまじい建物だな。  
一戸建てが夢のまた夢である日本人には理解不能なスケールのデカさだ。  

「すっげぇなぁ。いくらかけて建てたんだろ?」  

前島が庶民じみた疑問を持つ。  


679  名前:  元1だおー  03/12/03  00:29  ID:???  

「ちょっと待ってろ」  

僕は再びトラックから降り、堀の前まで小走りで近づいた。  
えーと、ホントこんな場合はどうすりゃいいんだろ?  
インターホンは……あるワケがないか。  
仕方ない、書類によれば人がいるはずだし、呼べば開けてくれるだろう。  
僕は堀から十メートルほど先の門へ向かって、息を大きく吸い込むと、  
腹の底から大声を上げた。  

「ごめんくださぁーい!」  

十秒ほど待ってみる。  
反応なし。  

「どなたかおられませんかぁー!」  

さらに十秒。  
反応なし。  

「開けてくださぁーい!」  

「開けてぇー!」  

「開けろゴルァー!」  

十秒待ってみる。  
反応なし。  


680  名前:  元1だおー  03/12/03  00:30  ID:???  

「ぜぇぜぇ……」  

こんちきしょうめ!  
僕はいつの間にかヤケクソになって声を出そうと息を吸い込んだ。  

「三尉ー?」  

するとそれを遮るように前島が間延びした声で僕を呼んだ。  

「何だ!?」  
「いや、相手に気付かせるだけなら、トラックのクラクション使えばいいんじゃないっすか?  
ほら、この館、マジ広そうだし。塀に阻まれて声が届いてないんじゃ?」  

……確かに。  
僕は急に自分がやったことが空しくなった。  


パッパーーーーーーーーーーー!!  パパパーーー!!  

さっきのこともあり、僕はあえて凶暴なクラクションの鳴らし方を試みた。  
ちょっと、族っぽい。  

「三尉殿……何もそんな攻撃的な鳴らし方しなくても?」  

佐久間が困ったような顔で言う。  
ええい。こちとら遊びできてんじゃねえんだ。  
遠路はるばる命がけでやってきて吊り橋一つで進路を阻まれて黙ってられようか、いや黙っていられない。  


681  名前:  元1だおー  03/12/03  00:31  ID:???  

「何を言うか三曹!  いいか。クラクションはな、もっと殺伐としているべきなんだよ。  
呼んでる相手といつケンカが始まってもおかしくない。刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか!」  

どこかで聞いたことのある無茶苦茶なことを言いながら、僕は気前よくクラクションを押し続ける。  

「ん?」  

ややあって、その城壁のような壁の上にちらほらと人影が見え隠れし始めた。  
よかった。やっと気付いてくれたようだ。  
僕はクラクションを鳴らすのをやめると、またトラックから降りて堀の前まで走……  
ろうとしたけど、走れなかった。  



683  名前:  元1だおー  03/12/03  00:31  ID:???  

「死ね魔物めっ!」  

鋭い女の声が塀の上から響き渡った。  
僕にはそれしか分からなかった。  
次の瞬間、佐久間の怒号が僕をトラックへと引き戻す。  

「危ない三尉!  連中が弓を構えてます!」  
「っ!?」  

僕は普段の三倍の機敏さで身体を反転させるや否や、飛び込むようにトラック車内へと逃げ戻った。  
直後、フロントガラスにベチベチと鈍い音を立てて何本もの矢が直撃した。  
フロントガラスはまるで投石を受けたかのようにひび割れ、視界が白く曇った。  
時折、矢が当たってカチンカチンと金属音を奏でる。  
すみません神様。前言撤回です。世の中ラヴ・アンド・ピースです。  

「後退しますっ!」  

佐久間は僕が命令するよりも早く、クラッチをガクガクと操作してバックに入れる。  
遠路三百キロを走破した、ご苦労なこのトラックのエンジンが唸り、一気に来た道を逆戻る。  


684  名前:  元1だおー  03/12/03  00:32  ID:???  

「畜生聞いてねえぞっ!  あいつら俺たちを殺す気か!?」  

攻撃を受ける理由が分からぬ上、あまりにも非常識な相手側の行為にさすがに憤りが隠せない。  
いきなり話しも聞かずに撃ちやがるなんてどうかしてるぞ。  

「いやぁ、アレは多分誤解されてると思いますよ」  

意外にも、あの前島一士が答えた。  

「何でだよ?」  
「いえ、だってこの世界の人たちって車なんてみたことないんでしょ?  
60年前の日本人だって、アメリカ人を鬼だとか信じてたわけですし、  
いきなりクラクションをバンバン鳴らしてりゃね。ホラ、『魔物め』とか叫んでませんでしたっけ?」  
「……」  

つまり……全部僕のせいということだ。  

「だから言ったじゃないですか三尉……」  

二人の視線が痛い。  
……正直、スマンカッタ。  
迂闊なことは慎んだほうが良さそうだ。  
冗談半分にやったことが命に関わる世界なんだよここは。  

「それで、これからどうしますか?」  
「むーん……」  

さすがにモウコネエヨウワアアンとはいえない。  
どうしたものだろうか。  



689  名前:  元1だおー  03/12/03  18:07  ID:???  

今日はやっと冥土さんでるよー。では続き…  

小一時間後。  


「こんなもんで大丈夫ですか?」  
「知らない」  
「知らないってそんな無責任な……」  
「責任を持てる根拠がないんだよ」  
「……ですよね」  

中学生のようなレベルの会話を交わし、  
ボディアーマーとヘルメットを装着した僕と前島一士がとぼとぼと丘を登る。  
彼の手には、急ごしらえの白旗が握られている。  
テレビで白旗をあげて投降する帝国軍兵士の姿を見たことがある。  
白旗はこちらの世界でも戦意がないことを示す道具なのだ。  
誤解されているだけなら、これを見せれば話くらいは聞いてくれるはずだ。  
が、やはり絶対に大丈夫と胸を張れるような根拠にはならないだろう。  
佐久間三曹は後方でトランシーバーを持って待機している。  
万が一のことが「また」起きたら助けに来てくれるように指示してある。  

「三尉……」  

前島一士が足を止める。  
館が見える位置までやってきたのだ。  


690  名前:  元1だおー  03/12/03  18:09  ID:???  

「話があるんだ!  あなた方の責任者とお会いしたい!」  

向こうでぼそぼそと何かを話しあう声が微かに聞こえてくる。  
ややあって、向こうから初めて回答があった。  

「貴様は何者だ!  名を名乗れ!  ここがご不在とはいえランクロード様のお屋敷と知っているのか!?  
無礼にも程があろう!」  

僕と前島一士は顔を見合わせた。  
驚いたのは向こうが叫んだ言葉の内容にではない。  
声が若い女性のものだったからだ。  


691  名前:  元1だおー  03/12/03  18:11  ID:???  

「どうした!  答えんか!」  

困惑して黙ったいたら、再び鋭い女性の声が聞こえた。  
僕は気を取り直してとにかく的確な答えを返すことにした。  
ランクロードという名は目を通した書類の中に記載されていた。  
前のここの領主である。  

「そのアルビス・ランクロードという人物はもうここの領主ではないでしょう?  
自分らは日本国より派遣されてきました。ここの後を引き継ぐ暫定管理部隊の者です。  
書類によれば、この街へ我々がやってきた時点でここの領主を含める全権は私、  
辻原英気に移譲されたことになっています。あなた方が何者かは知りませんが、  
責任者を呼んでもらわないとこちらも困ります」  

簡潔にまとめたつもりだったが、もう少し段階的に説明すればよかったかな。  
どうしよう。確かに俺みたいな若僧がやってきて  
この街の全権が手中にあるだなんて言っても信じてもらえないかもしれない。  


692  名前:  元1だおー  03/12/03  18:13  ID:???  

向こうは何故か沈黙してしまった。  
おいおい、答えたんだから、なんかリアクションしてくれよ……。  
いかん、間がもたない。  
詫びを入れれば許してくれるかな……。  

「あっ!  すいません。先刻はどうも誤解を招くようなマネをしてしまいまして……。謝罪します。でも……」  

情けなく頭を下げるのは現代日本人の十八番である。  
……ええいうるせえこっちは命がかかってんだ!  

「ま、待て!  すぐに上の者を呼んで来る!  そこを動くな!」  

あれ?  
またもや僕は前島一士と顔を見合わせた。  
幸い、自分と領主についての説明は分かってもらえたようだが、  
さっきまでの高圧的な態度からの、この一変ぶりはなんだろう。  
ひょっとして客人を攻撃してしまったということに気が付いたのか。  
どうやらそのようだ。  

その証拠にしばらくして、遂に重々しい音を上げて、上げられていた橋と閉ざされていた門が開き始めた。  

しかし、僕たちは橋がかけられ、巨大な門が開ききり、中から現れた人々に我が目を疑った。  


693  名前:  元1だおー  03/12/03  18:14  ID:???  

「さ、三尉……」  
「ああ、こ、こりゃあ……」  

思わず、後退る。  

橋の奥の門の前に静かに歩み出てきた人々。数は十数名。  

驚くことに全員が、若い女性、あるいは明らかに未成年の少女だったのだ。  

更に目を見張ったのが、彼女達の服装だ。  

彼女らは紺色のエプロンドレス姿に加え、首にはワインレッドのボウ・タイ、  
頭には純白のカチューシャ。  
以前、オタクの友達の部屋で見たことがある。  
いわゆる「メイド服」を着ていた。  


694  名前:  元1だおー  03/12/03  18:15  ID:???  

一番先頭に立つ『彼女』が、彼らのリーダーなのだろうか。  
スラリと背は高く、露出部分の少ないメイド服の中で、  
わずかに見える手や顔の肌は透き通るように白く、  
更に多種多様な髪色の存在するこの異世界でも珍しい、柔らかな光沢を放つショートの銀髪が印象的だった。  
立ち姿も絵になるもので、両手をそっと腰辺りで交差させているので、非常に折り目正しく感じられる。  
だが年齢は、僕とそう離れていない、もしかすると、前島より若いかもしれなかった。  
大人びた雰囲気をかもし出しているが、顔つき自体はまだ幼い。  
ただ一点、無表情なのが気にかかる。  

しかし、そんな今まで見たこともないような美少女が現れて、いい加減な性格の僕はいつもなら大喜びするところだが、  
今の状況はそうはいかなかった。  

銀髪の少女の背後に従うようについている、十名を越える少女達はなんとクロス・ボウを手にしてこちらを睨みつけていたからだ。  
旧領主の家のものだろうか、家紋入りの胸当てや腰の矢筒など、アーチャーの武装をしたその姿は、  
異様であると同時に冗談抜きな殺気を孕んでいる。  

その今まで見たこともない状況に不安と戸惑いを隠せない我々に、銀髪の少女は一言だけ言った。  

「………当館でハウス・スチュアートを務めております。リオミアと申します。お話しを、お伺いしましょう」  

声には抑揚がなく、同時に無表情な彼女のアイスブルーの瞳が迷彩服姿の僕たちを、じっと見つめていた。  
か細い、いや、繊細な声だと、僕は思った。  
正直に言おう。カワイイとかいう気持ちになる少女なら見たことはある。  
だが、綺麗だと感じた少女は、僕の人生で彼女が初めてだった……。  



706  名前:  元1だおー  03/12/05  00:14  ID:???  

感想をくれるみなさんのおかげです。さて今日の更新……  


「その……大変失礼なことを尋ねますけど、リオミアさん、本当にあなたがここの最高責任者なんですか?」  

不思議な雰囲気を秘めた少女だが、未成年の彼女が責任者というのはどうもにわかには理解できない。  
彼女の背後に控える女性らの中には彼女より年上らしい女性もいる。  
何故なのだろうか。この世界の知識に乏しい僕には推測すらもできない。  

「はい、そうです。ランクロード様と臣下の方々がおられぬ今となっては、私が館に住む者共の長となります」  

淀みなく答える彼女の声は、氷水のように冷たく感情を感じさせない。  

「つまり、あなた方はそのランクロードに仕えていた従者か何かですか?」  

「はい。ランクロード様の所有するメイドです」  

『所有』という言葉に、僕は変な言葉を使うんだなと感じたが、この時点でその言葉の意味を察することは、  
平和ボケした日本人の僕には到底無理な話だった。  


707  名前:  元1だおー  03/12/05  00:15  ID:???  

「つまり帝国の人間ってことか……。どうしてここに残留を?  逃げ遅れたとか?」  

逃げ遅れたというのなら、空自あたりに要請して帝国側に引渡しが必要だな。  
帝国人がいたとあっては、長い間植民地支配されてきたこの街の人間の反感を買う危険性だってある。  
しかし謎なのが、どうして今まで彼女らは帝国勢力が退いた状態でこの館を維持してきたのだろうか。  
このように武装しているとはいえ、街の帝国に恨みを持つ住民たちに襲撃されたりしなかったのだろうか。  
僕は珍しく推測を試みた。  
もしや、この街の統治は事実上、この館の彼女らがやっているのではないだろうかという推測だ。  
しかし、どうも説得力に欠けるな。街で会った女の子は、この館を畏怖の対象としてみていたようだけど、  
彼女らはそんなに恐ろしい存在なのだろうか。  
そんな考えが頭に浮かんでは消える。  

「いいえ、帝国の『人間』はランクロード様と臣下の方々のみです」  

「は?  だって今仕えてるって……」  

「私どもはただのメイドです。帝国人ではありません」  

つまり現地雇用のお手伝いさんだってことか?  
さっぱり分からないな、じゃあどうして雇い主がいなくなってるのにこの館にいるんだろう?  

「なんだ雇われてただけですか、失礼しました」  

とりあえず僕は率直な感想を口にする。  
僕がそういうと、リオミアの背後にいたメイド数名が驚いたような顔をした。  
どうしたんだろう。  


708  名前:  元1だおー  03/12/05  00:16  ID:???  

「…………」  


しかしどうも気まずい空気だな。  

本題に入る前に今までの経緯から、一から説明する必要があるように感じた僕は、彼女に確認をとる。  

「帝国が敗走した現在で、この地域を管理下……まあこちら風に分かりやすく言うと占領しているのはどこかご存知ですか?」  

「ええ。異世界から召喚された恐ろしい魔導機械を操る国だと聞きました」  

彼女は眉一つ動かさずに答える。  
やはり、感情を読み取ることはできない。  
しかしまあとりあえず、戦争の経過については知ってはいるようだ。  

「魔導機械ねえ……」  

僕の後ろで白旗を持ったままの前島一士が苦笑を漏らした。  


709  名前:  元1だおー  03/12/05  00:17  ID:???  

「こちらから質問してよろしいでしょうか?」  

「え?  はいもちろん。どうぞ」  

「あなた方は……その国の人なのですね?  先刻の魔物と紛うような鉄の箱も、魔導機械の一つでございましょう?」  

「ええ。その通りです」  

彼女だけはえらく冷静だな。ハウス…なんとかだってのも頷ける。  
っていうか、そのハウスなんとかってのはなんなんだろう?  

「七三式大型トラックってゆーんだよ」  
「前島一士!」  

僕が注意すると、前島一士は全く反省していない様子でニッと白い歯をみせた。  
…ったく、こいつはもう。  

「ここへ参られた理由は……」  

おや、向こうから切り出されたか。  
しようがない、ここは単刀直入に言うべきだろう。  


710  名前:  元1だおー  03/12/05  00:18  ID:???  

「非常に申し上げにくいのですが、ここはもう帝国領ではありません。我々はここエクトの暫定管理のために派遣されてきました」  

「暫定……管理?」  

馴染みのない単語だったのだろう、彼女は軽く首を傾げた。  

「ここの前領主が行っていたことを引き継ぎます。まあ僕が新しい領主ってことですかね」  

僕はこのとき、それこそ何の躊躇いもなくこんなことを言ってしまった。  
彼女らにとって領主という存在がどんなものなのか全く理解できていなかったんだ。  

「なっ!?」  

一斉にリオミアを除く全てのメイドが動揺の声をあげた。  
その狼狽ぶりは予想以上のものだった。  
しかしこいつらいくら前の御主人だからって何でこんなにこだわってるんだろう?  

……僕のこの発言が実は、人の命に関わるような大失言であったとは、このとき知る由もなかった。  

ざわつくメイドたちを一瞥するだけで黙らせ、リオミアは僕に無言で先を促した。  
僕は少しでも相手の緊張を和らげようと…いや、実際緊張しているのは僕の方だった…  
胸ポケットをまさぐって一枚の名刺を取り出した。  


711  名前:  元1だおー  03/12/05  00:20  ID:???  

「申し遅れました。自分が管理小隊隊長、このたび日本国陸上自衛隊より派遣されました辻原英気三等陸尉です」  

彼女に軽くお辞儀して、名刺を差し出す。  
彼女は、今までの無表情さにほんの少しだけ、好奇の念のようなものを示した。  
彼女の海を思わせる蒼い瞳が、  
ピクルスくんとパセリちゃん(自衛隊のマスコットキャラだ。結構カワイイぞ)  
のプリントされたよそ様用の名刺を観察している。どこか滑稽な光景だったが、口には出さないでおいた。  


「……新しい領主様……なのですね」  

ややあって、彼女はわずかに顔を歪ませ、何かを覚悟したかのような口調で呟いた。  

「まあ実際はそんな大仰なものでもないんですけどねぇ……」  

確かに後継ということではそういうことにはなるけど、僕は貴族でもなんでもないただの自衛官だ。  
そんな大層なものじゃない。  

「そっそんな!  リオミア様!?」  
「我らの領主様はただお一人のはず!」  

すると突然背後のメイドの数人が騒ぎ始めた。  
おいおい……なんかしらんがひょっとしてヤバいのか?  
あっ!  前島の野郎、俺の真後ろに移動しやがった!  


712  名前:  元1だおー  03/12/05  00:21  ID:???  

「私はこの館の全ての者の命をあずかっています。あなた方“純潔の猟犬”だけの判断でここの者全員を危険に晒すわけには参りません」  

「……っ!」  

抑揚のない声にも関わらず、圧倒的な威圧感で武装したメイドたちを黙らせるリオミア。  
このコ、すげえ。  
どんな人生を歩めば、こんな雰囲気を帯びるのだろうか。  
彼女を見ていると、何故か背筋がゾッとした。  
氷の結晶のような、純粋な冷たさとでもいうのだろうか。  

「事情は……理解しました。こんなところで立ち話などさせてしまい申し訳ございませんでした。どうぞ中へお入りください」  

僕の方へ振り返った彼女は、感情の読めない無表情で恭しく頭を下げて一礼すると、右手を門の方向へスッと差して僕たちを促した。  
会話がかみ合っているようでかみ合っていないためか、どうも釈然としないが、どうやら誤解は解けたし中にも入れてもらえるようだ。  
詳しい説明と質問は中へ入ってからでいいだろう。  
だがリオミア以外のメイドたちは、領主が代わることがよほど重大なことなのか、茫然自失な表情になっている。  
いったい、彼女らはなんなんだ?  
こんな若い女性たちがボウガン持って館を守ってるなんて聞いたことないし、  
ただのお手伝いさんがどうしてそこまで帝国の雇い主なんかにこだわってるんだろう?  
リオミアという銀髪の少女の謎めいた口調とその存在感いい、どうも嫌な感じがする。  
この館には、いったいどんな世界が築かれているというのだろう。  


713  名前:  元1だおー  03/12/05  00:23  ID:???  

「詳しいお話と、他の者への説明は私が行います。どうぞ……」  

「あっ!  ちょっと待ってくれ、仲間はもう一人いるんだよ。今から呼ぶからもう少し待っててくれないですか?」  

「もちろんです」  

僕は慌てて腰のトランシーバーを取り出してトークボタンを押す。  

「佐久間三曹、佐久間三曹。こちらは状況を終了した。おくれ」  

リオミアが少しだけ、僕のその行動を不思議なものでも見るような表情で観察している。  

『三尉!  無事ですか!?』  

トランシーバーから佐久間の声が聞こえてきた瞬間、  
メイドたちが驚きに息をのんだ。  
が、今のこの状況はそんなことに構っている場合ではない。  
僕は用件を早く済ませることにした。  

「ああ。なんとかね。話はついたから、今からトラックをこっちに回してくれ」  
『了解』  

短い通信が終わった。  
美女美少女揃いメイドたち全員が、僕を注視しているのというのに、  
この状況では全く嬉しさが沸いてこなかった。  
彼女らの顔に浮かんでいたのは、未知なるものへの畏怖と警戒心だったのだ……。