542  名前:  新条3曹の冒険  マタギ戦記  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/09(木)  23:14:36  ID:???  

 唐突で悪いが、俺は誰かに叫びたい  
 それもどんな難聴者にでも一発で意味が通じるぐらいに大きな声で叫びたい  

『腹が減った!』  と  

 そう。俺事新条司三等陸曹は腹が空いている。途方も無く空いている  
 なぜか意味も無く空を飛ぶトカゲが素敵なステーキに見えたり  
 青白くチェレンコフ光の様な光を放つキノコがマツタケの親玉に見えたり  
 何かを食うたびに卵を産む緑色のトカゲを思い出して本格的に飼いならしたくなるぐらい腹が空いている  
 ご先祖様が体験した東南アジアでのデスマーチには適わないかも知れないが  
 意味も無く感情が高ぶったり塞込んだりする程度には腹が減っている  
   
 理由は簡単。しばらく何も食していない  ただそれだけ  
 もし具体的に言うとすると  もう4日ほど水しか口にしていない  と言う辺りだろうか  

 ああ。どうしてこんな事に成ったのだろう  
 弾薬庫歩哨についていた私が見回りのために巡回を始めようとしたその時  
 妙な光がパワァァって感じに頭上で光ったのは覚えている  
 覚えてはいるのだが、其処から先のことがまったくと言って思い出せない  
 気がついたら自分ひとりでこのわけの分からない世界に居たのだ  
 そう。火蜥蜴が堂々と徘徊していたり  
 イノシシの親玉が槍をもって群れで追っかけてくるというフザケタこの世界に  
 せめてもの救いは弾薬庫事召喚されたお陰で弾薬には全くといっていい程困らない事ぐらい  
 召喚された当初こそ弾薬に手をつけることを躊躇ったが、  
 空腹が転移後三日目にしてその弾薬に手をつけることを決意させていた  
 一度手をつけてしまえばもう後戻りは出来ない  
 弾薬の詰まった缶をこじ開けて紙製の弾薬箱を取り出した俺は  
 目に入った仰天生態系というべき珍獣達にストレス解消と食料確保のために銃口を向けたのだった  
   


543  名前:  新条3曹の冒険  マタギ戦記  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/09(木)  23:15:13  ID:???  

 そうしてこの世界で生活を始めてから三ヶ月と少し  
 最後に口にした『二足歩行のワニような生き物』はもう胃どころか腸にも残ってはいまい  
 ああ・・少々筋張っていたがなんと美味だったのだろう・・・  
 なぜか動物の癖に火を吐いたり銃剣の刃も通らないような鱗を持っていて  
 仕留めるのに苦労したが、奴のお陰で1週間は食いつなぐ事が出来た  
 今一度・・今一度奴を発見できないものか・・  
 そう考えて山林を歩き回り獲物の痕跡を探したが一向に見つからない  
 もしかすると二足歩行のワニような生き物は『山親父』に該当する生き物だったのかもしれない  
 昔狩猟にはまっていた同期に聞いた事を思い出す  

「どんな山にもボスって言うのがいる  
 大抵年取った熊とか猪なんかがそれに当たるんだが  
 こいつらが狩られたり事故かなんかで居なくなると  
 不思議としばらくの間、山中の動物が姿を隠すんだよ。野生の感?て奴なのかな  」  

 いやはや、いやな習性もあったものだ  
 動物の危機感知能力が優れているのは身をもって体験できたが  
 これではオマンマの食い上げである。猟師さんも困ってしまうのである  
 しかし嘆いた所で獲物がノコノコと出てきてくれる訳でもなく  
 仕方なく俺は住処にしていた弾薬庫を離れ、遠出する準備を進めた  


544  名前:  新条3曹の冒険  マタギ戦記  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/09(木)  23:15:57  ID:???  

『きゃぁぁーーーー−』  

 その場所違いな奇妙な遠吠えを聞いたのは旅を始めてから3日目の事  
 実質的に一週間を山菜とたまたま見つけた蜂の巣を一つ食べただけですごし    
 空腹に正気を失いかけていた俺が明らかに毒キノコにしか見えない  
 チェレンコフキノコ(仮称)に終に手を伸ばそうとしていた時だった  
 俺は直ぐにキノコを投げ出しそばの木に立てかけてあった89式小銃を手に取った  
 直後、二足歩行のワニのような生き物が同じ方向から咆哮するのが聞こえてくる  
 即座に声が聞こえてきた方向を確かめる  
 悲鳴が聞こえてきたのはそう遠くない場所からだった  
 距離にすれば2、300m。しかも風上の方向から聞こえてきているという大幸運  
 しかも獲物が少なくとも二匹は居る  俺は足音に構うことなく全力で走った  
 本来の狩のセオリーから言うと静かに音源に近寄る所なのだが  
 どうやらワニもどきが何か見つけた獲物を追いかけているらしい  
 風下に位置しているという有利もある。うまくいけば両方仕留める事が出来るかもしれない  
 火事場の馬鹿力というのか、食欲のなせる業なのか  
 ほとんど絶食のような状況が暫く続いているというのに  
 俺は一分もしない内に音源が聞こえてきた付近に到着する  
   
 どこだぁ〜  俺の飯はどこだぁ〜  

 脳の中に沸き始めた怪しい成分が幻聴ともに奇妙な高揚感を生み出しているのが自分でも分かる  
 安全装置を外しっぱなしの銃を構えながら俺は草を掻き分けながら音源の場所にたどり着いた  
『いやぁ!こないで!こないでぇ!!』  
『誰か!助けて!助けて!!神様!!!』  

 その間、悲鳴のような遠吠えがまるで誘導電波のように俺を呼び続けているのが聞こえていた  
 なにやら人の悲鳴のように聞こえないでもなかったが、おそらく気の迷いに違いあるまい  
   


545  名前:  新条3曹の冒険  マタギ戦記  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/09(木)  23:16:36  ID:???  

 俺が草を掻き分けて飛び出したそこは  
 ちょっとした広場のような場所になっていた  
 もちろん日本で見かけるような公園のように広々とした場所という意味ではない  
 自然公園よろしく適度な視界を持った林であるという事だ  
 そして適度な視界イコール適度な射界があるという事である  
 辺りを見渡した俺は直ぐに体長2m強ぐらいのワニモドキの姿を発見する事に成功する  
 前に仕留めたワニモドキと同じタイプだがサイズが倍ほども違う  
 なんていう幸運だろう。これなら一ヶ月は食いつなげる  
 そう考えている奴が自分を狙っているとも気づかず、  
 ワニモドキは岩場に追い詰めた獲物を前に、食事前の神への祈りのように咆哮を続けていた  
 この位置からでは木が邪魔になってもう一匹の獲物の姿を捉えることは出来ないが  
 雰囲気から察するにどうやら抵抗を諦めているようである  
 もう先ほどまで聞こえていた奇妙な遠吠えはもう聞こえていない  
 既に仕留められたのか、恐怖に身がすくんで声も出ないのか  
 どちらにせよ。俺がすることに変わりはない  
 おれは射界に収めた竜のわき腹に、60mほどの距離から一連射を撃ち込んだ  
 咆哮。いや悲鳴というべきか、突然の襲撃に恐慌をきたしたワニモドキは  
 大地を震わし大声を上げると『何事か』と叫ぶようにこららに向き直った  
 あらら・・5.56mm弾が2、3発命中した程度では死んでくれないようだ  
 ならば仕方あるまい引き金に掛けた指に力を込め、三点射で何度も何度も銃弾を目標に叩き込んでいく  
 命中  命中  また命中  
「餌ゲェ〜チュッッ!!」  
 そう叫びながら放った弾丸は誰かに自慢したくなるような百発百中の成果が現していくが  
 こうも目標がデカくて近いと外すほうが難しいのかもしれない  
 弾奏を空にした頃、ワニモドキは動きを止めた  


546  名前:  新条3曹の冒険  マタギ戦記  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/09(木)  23:17:19  ID:???  

(やったねパパ。今夜はハンバーグだ)  

 脳内に現れた息子(鉄バット装備)がそう叫んでいる幻聴が聞こえてくる  
 やけにリアルな音声に思わず相槌を打ちそうになるが  
 そもそも俺が未婚であることを思い出せば、やはり幻聴以外ではあり得ない  
 頭を振りかぶって幻聴と幻覚を脳内から追い出し、いそいそと弾奏を取り替えた俺は念のために  
 ワニモドキの頭に至近距離から2,3発銃弾を叩き込んで反応を確かめてみる  
 脳漿がはじけ飛ぶが体はピクリとも動かない  
 ワニモドキは死んでいた。いや、死んでいなかったとしてもたった今確実に仕留めた  
 これで一安心である。とりあえず当面の食料ゲッツである  
 となるとあとの作業は一つ  
 もう一匹の獲物をどうにかしないといけない  
 出来れば長期保存の観点から生け捕りにしたい所だが・・・  
 銃口を竜が睨んでいた方向に向けながらゆっくりと目標を視界に納められるように回り込む  
 だが、現れたのは鹿や犬のような生き物を想像していた  
 俺の予想とは全くといって良いほど違う生き物だった  

 すらりと伸びた細長い手足。敗れた衣服の隙間からかすかに見える白い柔肌  
 頭に大型犬の耳のようなものが付いていたり、  
 尻尾のようなものが見え隠れしているのが非常に気になるが  
 明らかにそれは俺が良く知る生き物だった  
   
『・・だ、誰なの・・・あなた』  

 人  人間  ヒューマン  呼び方は言語と表現の数だけあろうともそれは間違いなく人間だった  

『・・・もしかして・・山の神様ですか?』  

 怯えたように破れた衣服から除く素肌を隠しつつ  
 訳の分からない言葉で話しかけてくるその人間を前に、俺は言葉を失った  





935  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:06:16  ID:???  

>>546の続きいきます  


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・誰か、助けて!」  
   
 地竜に追われ息も絶え絶えになるほどの速度で走りながら彼女――シャムは助けを求めた      
 先ほどまで同行していた案内の狩人は既に逃げ去っており  
 ここから先はシャム一人で快足を誇る竜から逃げ延びなければならなかった  
 だが入り組んだ林の中とは言え、  
 神殿暮らしの長いシャムの脚力では野生動物の王である竜種から逃れるわけは無い  
 飛び掛ってきた竜の鋭い爪による一撃を辛うじて紙一重で交わし  
 なんとか逃げ出そうとしたところを木の根に足を取られ無様に地面に倒れ付す  

「あぅ!」  

 とっさに起き上がろうとした所を鋭い竜の尾が薙ぎ払い彼女を岩肌に叩き付ける  
 その強烈な衝撃に呼吸もままならない。  
 悲鳴を奏でるはずの喉笛は最早掠れた風音しか響かせなかった  

(ああ・・・・・・私こんな所で死ぬんだ  
 あんな我侭な王様の命令なんかのためにこんな所で・・・・・・)  

 香竜の森にこの我を打倒し得る戦士が現れたという神官長の予言があった  
 面白くも糞も無い老いぼれの戯言ではあるがこのような話を捨てては置けん  
 神官シャム・ハート。貴様はその真偽を確かめよ  
 もしそのような者が居れば、あらゆる手を尽くし我の前に引きずって来るのだ  
 一月探して現れなければ戻ってくるがよい  
 我を謀ろうとした老いぼれの死を特等席でその目に刻ませてやろう  


936  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:06:56  ID:???  

 王はそう言って彼女を神殿から追い出した  
 断るという選択肢は初めから彼女には与えられていない  
 少しでも反論や拒否でもしようものならシャムの頭と体は永遠の別れを告げる事になっただろう  
 反撃に出たところで竜の群すら単独で屠る最強の王に新任神官如きがかなうわけも無い  
 シャムは生きるために竜の住む死の森へ足を踏み入れ  
 そして当たり前のように死に直面していた  

 竜は嬲る様にゆっくりと近づいてくる  
(神様・・・・・お願いです・・・・・私はこんな所で死にたくない)  
 竜は止まらない。それどころか神などこの世に居るものかとばかりに  
 大地を揺るがさんばかりの勝利の咆哮を天に向かって吠え立てシャムを睨み付ける  
 シャムはついで襲い来るであろう鋭い牙による痛みを想像しその身を固めた  
 だが、やって来たのは竜のその鋭い牙のよる痛みではなく  
 軽快な軍楽隊の小太鼓のような連続する破裂音  
   
 恐る恐る耳をピンと緊張させたまま目を開けたシャムの視界に飛び込んできたのは  
 体中血まみれになった竜の頭が弾け飛ぶその瞬間と  
 竜の頭を弾き飛ばした火を吐く奇妙な鉄の槍を構えた兵士らしき姿だった  
 森の中に溶け込むような衣服を身に纏ったその人影に思わずシャムは尋ねた  

「・・・・貴方は誰?」  
 緑の兵士は答えない。唯し敵では無いと判断したのか奇妙な槍を下ろす  
「もしかして・・・・・・貴方は森の神様?」  

 竜すら屠り、自然と同化するような存在  
 彼女のその問いに明確な理由など無い  
 魔法使いで無いのなら神様かも、という単純な思考が原因だった  
 緑の兵士は答えず。ただ惚けたように彼女を見下ろしていた  

 --------------------  


937  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:07:53  ID:???  

「こんなもんかな」  

 竜を鱗と肉に分離させるという作業に一段落つけ俺は振り返って理解しがたい現実と直面する事にした  
 念の為に言って置くと理解しがたい現実と言うのはこの世界の事ではない  
 確かに訳の分からない世界だったが三ヶ月強の月日を数えるに至り、いい加減慣れて来ている  
 いやはや、さすが南極やシベリアにすら人間を居住させているだけあって人類の環境適応能力は偉大である  
 理解しがたいというのは、後ろからこの作業を見守っている彼女の事である  
   
 人間で言うのなら学生ほどの年頃だろうか  
 泥に汚れているとは言え、透き通るような白磁の肌に  
 今は破れて使い物になっていないが白一色の高そうな衣服を着込んだその姿は  
 本来ならまるでテレビで見た木造船の船首像のように美しく見えるだろう  
 今は破れた服装のまま放置するのはあまりに可哀想なので迷彩外皮を羽織らせてあるが  
 それでも隠しようの無い百合のような線の細さがすこし目に痛い  
 人間の耳に当たる部分に大型犬のような犬耳が出ていたり  
 フサフサの尻尾がふらふらと揺れていたりする事に違和感を感じてしまう  
 その事やこの森の事など、いろいろ問い質したい事もあるのだが  
 どうしても言葉が通じないので無言に成ってしまうのである  
 時折、彼女のほうから  

『あの、森の神様?よろしければ私と一緒に王都に来てもらえないでしょうか』  
『あのー。私の言葉通じてますか?』  

 などとなにかと話しかけてくれるのだが、  
 意味が分からないので曖昧に返事する事しか出来なかったのだ  
 双方が同じような事を数回繰り返すうちに、いつの間にか重苦しい無言の時間が流れ始めていた  


938  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:08:37  ID:???  

 しかし何時までもこうしていても仕方が無い  
 此方からもう一度、接点を持ってみよう  
 ワニモドキの肉を串刺しにしたものとその血抜きの血を受けた鉄帽を手に俺は彼女に話しかけた  
         
「なあ君  腹は減ってないか?」  
『え?あ、はい。何でしょう?』  
   
 悲しい事に予想道理の肯定なのか否定なのか判別不可能な言葉が返ってくる  
 しかしそれは既に想定済みの反応だったりするので構わず  
 彼女の正面に鉄帽を置いてその上に座る事にした  
 血を受けた鉄帽とは別の本来の装備品であるフリッツ形に良く似たほうである  
 その周りに串刺し肉を順番に突き刺して火であぶっていく  
 暫くの間、沈黙と肉の焼ける音が辺りを支配する  
 油の滴る肉を適度にひっくり返しながら話しかける  

「そういえば、君の名前はなんていうんだい」  
『はい?』  

 ふたたび急に話し掛けたためか、彼女は此方に目を合わせてくる  
 言葉の長さと表情から考えるに、何らかの疑問系の言葉だったのだろう  

「俺は新条司って名前なんだ。君は」  
『・・・ごめんなさい。あなたが何を言ってるのか私には分からないんです』  

 すまなさそうに首と耳をかしげながら彼女は何事かを告げてくる    



939  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:09:09  ID:???  

 たった今気づいたのだが、よく考えればこのように彼女が返事をしてくれた所で  
 それが名前なのか、それとも別の何かを答えているのかの判断のつけようが無い  
 さてさてどうしたものか。かくなるうえは手話でも試みてみるか?  
 肉を引っくり返す手を止め、俺は自分自信を指差しながら改めて話しかけてみる  
「俺は」「新条  司」今度は相手を指差しながら「君の名前は?」とたずねてみる  
 彼女は首を傾げたまま此方を見詰め続けるが構わず何度も繰り返す  

『「ツカサ」・・・あなたは「シンジョウ  ツカサ」と言う名前なのですか?』  
「そう。俺は新条司って名前だよ」  

 恐る恐ると言った風情で此方を指差しながら彼女が確かめるように何度も俺の名前を繰り返す  
 その度に俺も何度も頷いて肯定する  

 通じた  

 言葉は分からなくても人間、意思の疎通は可能なのである  
 なんとなく、九官鳥とかオウムに言葉を教えている気分になるがこの際気にしない方がよいだろう  
 思わずこぼれた笑みにつられたのか彼女も笑みを零す  

「それで?君の名前はなんて言うんだい?」  
『「シャム  シャムハート」』    
「シャムシャムハート?」  
『違います。「シャム・ハート」です。妙な呼び方をしないでください』  

 何か気に障ることでもあったのだろうか  
 何度も訂正するように彼女はシャム・ハートと自分の名前を繰り返す  


940  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:09:45  ID:???  

「シャム・ハートね・・うん。アラビアンって感じのいい名前だ  
 よろしくな。シャムさん」  
『あはは・・・やっぱり何を言ってるか分からないですよ「ツカサ」様』  

 長く短い自己紹介がやっとのことで終わった  
 この世界のことについていろいろ問いただしたいが  
 どうせ言葉も通じないし、今はこれで良しとしよう  
 ちょうどよい感じに焦げ目の付いた肉を少しかじってみる  
 カリカリの香ばしい食感がゆっくりと胃を満たし、  
 言いようの無い至福の瞬間が世界を支配する  

 ああ。神様。日ごろ信じて無い貴方を今だけ信じます  

 一週間ぶりの食い物を普通に受け付ける頑丈な胃に感謝しつつ  
 この幸福感を誰かに共感してもらいたくてシャム嬢にぐいっと肉を差し出した  

「ほらシャムハートさん。あんたも食いなよ。うまいぞ」  
『これってさっきの竜の肉・・いえ私は結構です』  
「ん。どうした。あんたも腹減ってるだろ」  
『竜の肉には悪魔が宿ってるって神官長が、私達が食べると死んじゃうって言ってましたし』  
「遠慮するなって。ほら。ワニモドキの肉なら腐るほど在るんだから」  

 なぜか異様なまでに手振り身振りで「全力で遠慮させてもらいます!」って感じの  
 シャムハート嬢に強引に肉を持たせて食べるように促す  
 しばらくそのままの体制で恐る恐るこちらの様子を伺っていたが  
 俺がバクバクと食いまくっていくのを見てようやく決心したのかワニモドキの肉を口に運んだ  
 ・・・・・寸前にか細い腹の音が聞こえた気がするが気にしない  


941  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:10:26  ID:???  

『・・・おいしい』  

 一口食べて驚いた顔をした彼女はそう呟くとその味が気に入ったのか  
 そのままもくもくと口に運んでは満足そうに頷いている  
 よかった。せっかくのご馳走なんだから喜んでもらえると嬉しさが倍増する  
   
 それを見ながら俺は鍋に手を伸ばし、竜の血を無理矢理体内に流し込む  
 生臭いし飲み難いし鉄臭いという史上最悪な竜の血だけで構成されたこのスープは  
 その実非常に得がたい完璧な総合栄養食である。非常に糞不味いという欠点さえ無視すれば。  
 何しろ天然ミネラル満タンだ。鉄や塩はおろかありとあらゆる物が収縮されている  
 イヌイットやインディアンも野生の鹿の血を愛飲されていたりする辺りがその証明でもあるだろう  
 細菌感染が非常に怖いが、現状でそんな事はあまり気にして入られない  
 しかしこんなに不味い代物でも  
 やはり誰かと一緒に食べるとわずかながらだが上等な食料に思えてくるから不思議だ  

 薄暗くなりかけた夕闇の森の中を照らすように焚き火の炎が揺らめいている  
 危険な森の中の、言葉も通じない相手と鍋を囲んだ夕食  
 だが穏やかなこの三ヶ月ぶりに誰かと一緒に食事を取った風景は  
 朝焼けの太陽の輝きのようにまぶしく記憶に記録されるだろう  

 ・・・て。感傷にふけっている場合じゃねェ。  
 ワニモドキの解体は途上なのである。さっさとバラシテ処理しておかないと  
 野生動物は寄ってくるわ臭くなって食い難くなるわと問題だらけである  
 さっさと仕事に戻らねば。そう思って席を立とうとした瞬間  

――――――警戒用の鳴子が甲高い音を立てて地面に落ちた音が響いた  


942  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:11:01  ID:???  

 何かが来た。落ちた鳴子は北東に向けて設置していた物だ    
 竜の死体のある方向から放射状に何かが接近してきている  
 何が近づいてきているのかは分からないが、  
 複数の鳴子の反応から頭の回る奴らだということだけは分かる  
 統率が取れていることの証拠に奴らはほぼ均等に距離を詰めて来ている  

 即座に銃を取り装填を確かめ椅子代わりに使っていた鉄帽を被る  

「シャムさん。コッチだ」        
『あの音は・・・・ツカサさま?あの?痛っ・・・・痛い!』  

 脅えたようにこちらを見上げるスピット嬢の手を強引に引っ張り岩場に移動させる  
 その間にも段々と近づいてきているであろう接近者の方角へ注意をはらう  

 徐々に近づいてきたそれは段々と人影になり始め金属の光沢が僅かに焚き火の炎を反射する  
 その正体は一向に不明だが、なにやら物々しい格好で迫ってきている事は間違いなかった    

『何なんですか!突然・・・モガッ』  
「静かに。何かが来た」  

 その口を押さえ身振りで声を出すなと合図する  
 こちらの意思が通じたのかそれとも脅えて何もいえないのか  
 シャム嬢も息を潜めて近づく人影に目線を向ける  

「誰何!!!」  

 つい癖で現れたの人影達に問いかけるが当然通じるわけもなく返事は無い  
 武装した兵士たちはなにやら警告の言葉と感じたのか立ち止まってこちらを見据える  


943  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:11:42  ID:???  

 しばらくの警戒の後、危険は無いと判断したのか  
 再び弓や弩を構えたままゆっくりと近づいてくる  
 隙の無い動き、隙の無い配置だった  
 この状況ではこちらの武器がいかに自動小銃とは言え  
 一瞬で飛び道具を持つすべての人間を排除することは出来ない  
 目の前に現れたのは間違いなく訓練を受けている  
     
『おい貴様。先ほど竜の死体を見つけたが、あれは貴様がやったのか』  

 泥と草木で薄汚れた弓道用の胸当てのようなものを着けた  
 犬耳男が一歩前に出て何事か話しかけてくる  
 悲しいかな。何度も言いますがワタクシ。ワンワン言語に通じておりませぬ  
 まあ状況から考えるに、降伏勧告か何かの要請、もしくはその類のものだろうとあたりをつける  
 ふと思った。あたりを着けたは良いが、どう返事をしたらよいのでしょうか・・・・?  
 ワンワンワーン  とか?・・・・・なんか問答無用で殺されそうだからやめておこう  

『近衛騎士団!?助けに来てくれたのですか』  
『シャム様!!?ご無事でしたか!もう竜に食い殺されたかと!!』  

 突然の背後からの声。此方の懊悩など知らないシャムが彼らの方に駆けていく  

「なんなんだ一体・・・」  

 シャム嬢はその勢いのまま先頭の男に飛びついていく  
 ・・・どうやらお知り合いのようである。  
 よかった。始めてあった人の集団が野党の群れとかだったら嫌過ぎるからなぁ  


944  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:12:24  ID:???  

『皆様。私のため等に、よく来てくれました』  
『ありがたきお言葉  このトルネドにはもったいのうございます』  
『『『神官殿!』』』  
   
 感動の再開シーンらしきものが目の前で繰り広げられている  
 言葉が分からないので実際の所どういうやり取りがなされているのかは分からないが  
 弓を構えていた兵士たちまで一斉に武器を納め駆け寄っていくからには似たようなものだろう  
 銃を下ろした俺はその様子を伺う  

『・・・しかしシャム様。そのお姿・・いったい何が』  
『これはあの方・・・ツカサ様が私を・・・』  
『なんですと!!』  

 指揮官らしき男の視線がシャム嬢の全身を確かめるように上下したと思うと  
 突然はっとした表情で今度は此方のようすを伺う  
 なにやら先ほどまでの楽しげな雰囲気はいつの間にやら消え去り  
 あからさまな敵意がシャム嬢を除く全員から発せられているのが確認できた  
 しかもその対象は間違いなく俺に向けられている  
 いちばん端の一人に至っては剣に手をかけている始末である  

「ありゃ?」  

 なぜか分からないが、やばい状況である  
 武装兵達は徐々に間隔を広げ先ほどと同じように包囲隊形をしき始める  

 状況が分からない  わからないので状況を再確認してみよう  
 知り合いと再開することに成功したと思われるシャム嬢が彼らに飛びついていった  
 で、シャム嬢の様子を確かめたあのオッちゃんが突然こっちを睨み付け今に至っている  


945  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:13:01  ID:???  

 つまり彼女の外観上の問題が俺に敵意を向けさせる原因に――――  

「あ」  

 シャム嬢の現在の服装を思い出した俺は    
 たった今自分が恐ろしい誤解の対象にされていると直感で感じた  
 迷彩外皮を着せているとは言えワニモドキに引き裂かれた元々の服の方はそのままである  
 チャックやボタンのつけ方なんて分からない彼女は  
 外皮の前を開いたままの、ほとんど半裸に等しい服装だった    

―――不味い。不味い  非常に嫌な予感がする  

 こう。なんというか、  
 通りかかった殺人事件現場でそれと知らずに拾った凶器をもっている姿を  
 通行人に見つかってしまい通報されてしまったような状況なのでは――――――!!!    
   
『トルネド!違うのです!これは竜が・・・・』  
『シャム様。もう心配いりません。すぐに始末して見せます』    
『心配せずとも大丈夫です。神官殿。われわれは何も見ませんでした  
 後は、奴さえ始末すれば神官殿の将来に禍根は残りません』  
『だから違うの!!』  

 立ちふさがるスピット嬢をにこやかな表情で押しとどめた武装兵達が  
 同一人物とは思えない形相で此方を睨み付けてくる  
 ・・・どうしてだろう。  
 言葉が通じないというのに容易にその目の前のやり取りの内容が想像できてしまった  

『貴様が何者であるかは知らぬ  
 だが、神官殿に手を出したその罪―――万死に値する!!!』    


946  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/05(日)  21:13:39  ID:???  

 抜剣した兵士たちがにじり寄ってくる    

 ああ神様仏様。信仰心薄い私ですが、最後に、最後にひとつお願いを聞いてください  
 もう無茶な願い事は言いません。貴方を馬鹿にするようなことも今後一切口にしません  
 だからもしこの世に本当にいるのならお願いします  









「もう何もするんじゃねぇ!!!!」  


 助けてくれとは言わない。泣き言も言わない  
 だから何もしないでくれ。頼むから何もしないでくれ  
 俺はポケットから取り出した閃光手榴弾を彼ら手前に放り投げながらそう叫んでいた  





231  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/19(日)  21:04:25  ID:???  


 老いた近衛騎士は剣を掲げ、彼らの『敵』を包囲するように陣形を広げ進撃を命じた  

――もはや語るべき言葉は無い  

 近衛騎士は王を守る最後の盾であり究極の剣だった  
 自身の名誉と誇りのために剣を取り戦う貴族や騎士とは違う      
 ただ主君を守り主君の名誉を守るために戦う騎士達  

 近衛騎士が剣を抜くという事は避け様の無い戦いの始まりを意味した  
 勝利か死、そして主命による停戦のどれかを手にするまで戦いが終わる事はない  
 たとえ眼前の敵がうろたえて許しを請おうともそれらの法則は変わらない    

「勝利に際してはその身をもって凱旋旗の土台となり  
 敗北に際してはその屍をもって王とその名誉を守る最後の盾となる」  

 それが近衛騎士が近衛騎士であるための条件であった  
 彼らは何の迷いも無く剣を抜いた  

『敵』は王の使者たる神官を辱めた  
 将来は神官長にまでなろうかという女神官の未来を汚し  
 王の領内で神官を手にかけただけでも許しがたい王に対する侮辱だった  
 万が一この事が周囲に広まればさらに王と神官の名誉は汚されてしまうのは目に見えている  

――ここに、戦いの幕は開いた  


232  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/19(日)  21:05:57  ID:???  

 解体された竜の死体が前進する近衛騎士の脳裏を掠める  
 状況から見て目の前の男がその実行者である事は間違いない  

 神話に謡われるような魔法なのか竜殺しの聖剣でも利用したのか  

 いかなる業で竜を始末したのかは判らない  
 だが、そんな事は騎士達には興味の無い事である  

 彼らの鉄で出来た鎧はあらゆる魔力の活動を極限まで減衰させ  
 その強固な装甲は魔力で強化された鉄以外の金属剣の大半をはじき返す  
 万が一、敵がその装甲すら打破する業を持っていた所で騎士の進撃は止まらない  
 一人が死のうとも、あるいは全滅の運命に際したとしても最後の一人が必ず敵を打ち斃す  
   
 そう、たとえ敵が神であろうと精霊であろうと打ち倒し、王と神官の名誉を守らなければならない  

 最前線の騎士たちが竜にも劣らぬ時の声を響かせながら歩速を上げていく  
『敵』が答えるように叫びながら何らかの塊を手前の地面に投げる  
 その直後、敵はこちらに足を向けるようにして後方に身を投げ出し耳を塞いだ  
 騎士達はその光景に目を疑った  

―――それは戦場に置いて考えられない行動だった  
 いかなる状況に置いても、敵に背を向けると言う行為をしてはいけなかった  
 名誉不名誉の問題としてではない  
 純粋に背後の状況が判らなくなり身構える事も出来なくなるからである  
 前から飛んでくる矢なら例え見えずとも  
 射手の動作などから判断して咄嗟に回避する事も万が一の確立で出来るかも知れない  
 だが、後ろから放たれれた矢は射手がよほどの下手糞でもない限り確実に命中する  


233  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/19(日)  21:06:58  ID:???  

 しかし敵はその危険を犯してでもその体制をとらなければ成らなかった  
 要するに敵はそういう体勢をとらないと、どうしようもない事をやらかしたという事になる  

 普通の騎士や兵士達ならば、その光景にうろたえてその場に立ちすさんだだろう  
 反応の早い者は咄嗟に自らも地面に伏せていたかもしれない    
 だが近衛騎士達は止まらない    
 逆に今が好機とばかりに思い思いの構えで剣を振り上げ『敵』に切り込んでいき  
 老騎士だけがその身を盾にして神官の前に立ちふさがる  
 突進する騎士達は勝利を確信していた  
 鉄はあらゆる魔力の運動をきわめて脆弱にさせる物  
 それはつまり、あらゆる魔術をきわめて無力化できるという事でもあった  
 鋼の鎧を着ている騎士達に並みの魔術は通用しない  
 それこそ大詠唱を伴うような魔術でも無ければその身を貫けないのだ  
 ならば何を身構える必要があるだろうか  
 仮にあれが黒色火薬の類であったとしても、あの程度の量では騎士達を殺害する事は不可能だった  

 敵が自ら大地に倒れ付すというのならばその背に剣を突き立て  
 永遠に大地に横たわらせてやろうと騎士が剣を構えなおす  
   

―――だが、思い知るがいい  鋼の騎士達よ  
 この世にはお前達の想像を超える戦い方があるという事を―――  


『今!!』  

『敵』がそう叫んだ声を騎士の一人が辛うじてその耳に捕らえた    
 だがその言葉が騎士に通じたとて何の役割を果たせただろうか  
 その次の瞬間に世界は真っ白になった  


234  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/19(日)  21:07:28  ID:???  

―――閃光が辺りを支配した  
   
 騎士達は自分の身に何が起きたのか判らなかった  

 目が見えず、耳が聞こえない  

 五感の内の二つを一瞬にして失うという悲劇に見舞われた彼らに並行感覚を保つすべなど無い  
 全力疾走に移っていた事も手伝って、のた打ち回る様に一斉にそのままの勢いで地面に倒れ付した  
 その着地の衝撃をまともに受けた騎士達は呼吸も出来ない  
 辛うじて地面に剣を突き立て姿勢を維持したものとて、並行感覚が失われた事では同じだった  

 白い世界が彼らからすべてを奪っていたのだ  

 だがその世界の出現も時間にすれば1秒に満たぬ極短時間の出来事に過ぎない  
 数秒を待たずして白色の世界は消え去り徐々に深淵の黒に包まれつつあった世界が帰ってくる  
 世界の復帰に従うように彼らの体の感覚と思考能力も同調するように元に戻り始める  
 耳と目を襲う激しい痛みにわずかに意識を取り戻した騎士達の感情と思考を支配したのは  
 転倒の痛みに対する怒りでも感覚の喪失にたいする恐怖でもなかった  
『敵』を殲滅すると言う決意ですらない  

 唯一つ「なにが起こったのか」という疑問だけだ  

 だが、その疑問とて長くは続かない  
 戻り行く感覚とともに意識も覚醒しているのだ  
 騎士達は30を数えない内に元の目的を思い出し攻撃を再開しただろう  
 そうなれば状況は白色の世界が訪れる前に戻り『敵』は容易に打倒されるに違いなかった  



 ・・・そう『敵』である『新庄』が30秒間何もしなければ  


235  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/19(日)  21:08:22  ID:???  

 爆音と閃光が世界を支配した  
 その瞬間に新庄の体ははじける様にして背後の閃光の発生源を目指して走り出す  
 否、その目はその先にある老騎士と目と耳を塞いでいる神官を目指していた  
 倒れる騎士の間を縫う様に全力で走りながら小銃を構えなおす  
   
―――新庄3曹が投じた兵器の名を『閃光手榴弾』という  

 取り立てて威力のある武器ではない  
 単純な殺傷能力の話をするのであれば  
 陸上自衛隊の通常装備である破砕手榴弾の方がはるかに対人殺傷能力に優れている  

 当然の事だった  

 そもそもこの手榴弾は『人を殺さない用に作られた手榴弾』なのだ  

 対テロ作戦時、人質を獲って立てこもった敵を制圧するために生まれた  
 鎮圧側の秘密兵器にして最後の決戦兵器  

 単に殺傷能力が無いだけならば何の意味も無いおもちゃに過ぎないが  
 その閃光と爆風がもたらす衝撃によって敵から  
 一瞬の間だけ感覚と思考を奪い混乱させる事が出来るとあれば話は変わる  

 一瞬  

 そう、その数秒に満たない『一瞬』が世界の全てを動かしてきたのだ  
 それは戦場に置いても同じ事である  
   


236  名前:  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/19(日)  21:09:11  ID:???  

 一瞬の差、一瞬の間  
 言葉は降り積もる雪のごとく無数にあれど  
 その『一瞬』が生と死を、勝利と敗北を分かつ決定的なモノなのだ  

 いまだ残光を放ち続ける閃光手榴弾を飛び越し新庄は  
 無意識のまま剣を構えていた老騎士の剣をフルスイングした小銃の銃尾で弾き飛ばす  
   
 手に走った銃尾が砕けるほどの衝撃に思わず悲鳴を上げて銃を投げ捨てたくなるが  
 歯を食いしばり新たな力で小銃を握り締める事によって辛うじて保持することに成功する  

『ぐっ!!小僧!!』  

 老騎士がうめくように新たな動作に入ろうとするが間に合わない  
 大きく振り被った勢いそのままに体を反転させた新庄がその肩と速度をもって老人を弾き飛ばす  

 奇襲に成功した新庄と奇襲を受けた騎士達との戦いはこれで終わった  
 最早新庄の突撃を阻むものは何一つ存在しない  
 その勢いのまま彼は目標に向かって突進して行き、目的を達成した  



 そして閃光手榴弾の『一瞬』の束縛を振り切って戦闘能力を取り戻した騎士達はあるものを見る事になる  
 剣を奪われた老騎士の姿と神官を人質にしたまま老騎士に剣を突きつけるその姿を  

「動くな。この二人の命が欲しくないのか」  


 新庄は騎士達には通じぬ言葉でそう騎士達に告げた  
 だがその新庄の意思は、悪魔による死の宣告よりはっきりと騎士達にその意味を知らしめた  
     




360  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/25(土)  22:16:53  ID:???  

む。ちょいと時間が過ぎたが構わずアームズウエイ  
・・・・・・・・・・・・・・・・・  
「動くな。この二人の命が惜しくないのか」  

 並み居る兵士を前に俺はそう宣言した  
 俺の言葉が彼らに通じるとは思ってはいないが  
 人質を獲って剣を突きつけるという体を張った意思疎通でその意味は通じたらしい  
   
『ぐっ・・・・・・不覚だ。こんな若造に我等が遅れを獲るとは・・・』  
『・・・・・はぁ・・・・・さすがに違う人種で言葉も文化も違うというのは判るけど  
 さすがに女性の扱いにこれは無いと思うなぁ・・・』  

 剣を突きつけた武装老年の男が呻き  
 人質にとったシャムが嘆かわしいとでも言わんばかりにため息を付いて  
 こちらを振り返るようにしてジトっと眺めてくる  
 老人の反応の方は予想通りといえば予想通りなので差ほどは気に掛からないのだが  
 さすがに教会のマリア像のような清純な雰囲気の白磁の美女に  
 文字通りの目と鼻の先でこういう態度をとられると言うのは非常に身に堪える  

 これでは先に手を出したのは老人と武装兵達が先だと言うのに  
 まるでこっちが悪党のように思えてきてしまうではないか  

 いや・・・・・実際問題人質を獲っている俺の方が明らかに悪党なのであるが  
 いかなる大義名分があろうとも、やむにやまれる措置であろうとも  
 軍人だろうと傭兵だろうと人質を獲った時点で、それもうただのテロリストに過ぎなくなる  
 これだけは、どんな言い訳も通用しない  


 ・・・・・・つまり、今日から俺もテロリストの仲間入りと言う事か?!  

―――さようなら世界の(まっとうな)正規軍の皆さん  
 こんにちは、世界の犯罪者とその他の各種過激派の皆さん―――  


361  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/25(土)  22:18:02  ID:???  

 砂漠を背景に、飛行機が大好きなターバンを巻いた髭面の、  
 ある意味世界でもっとも有名なアラブ人が手招きしている姿を幻視する  
     
 ・・・・って、そんなことは絶対認めないし絶対イヤだ!!  
 俺と奴らは別の存在でなのである  
 主義主張の違う相手に自分の考えを押し付ける連中と俺は違う  
 今回は緊急事態だから人質を獲ったのであって、普段なら絶対に人質など獲らないのだ  
 そう!いわば違いの判るテロリスト・・・・・じゃなくて正義の味方なのだ  

 ・・・・・・すでにこの考え方自体がテロリストの仲間入りの証であると言うような気もするが  
 その辺は深く追求しない事にしよう  
 ・・・うん。その方が精神の健康のためになるはず・・・・  

『しかし貴様、私だけならまだしもシャム様まで人質に獲るとはそれでも戦士のつもりか!  
 王の名誉のために、この恥知らずを打ち倒せ!!』  
『いい加減にしなさいトルネド。あなたは私と神官長を殺すつもりですか』  

 こちらの思惑に構わず老人が躍起になって何かを叫ぶが  
 シャムがそれに負けない声で老人を睨み付けて叱咤するように言い放つ  

「あのーもしもし?  あなた方一応人質なんで  
 もうちょっと大人しくしてくれたりすると当方としては非常に助かるのですけど」  

 そして当然のように俺の抗議の言葉は無視される  
 ・・・・・うーむ。言葉が通じない事をいいことに逃げ出す作戦会議でもされたら困るので  
 普通は人質同士の会話はさせない方がいいのだが・・・  
 どうやら、口ぶりと雰囲気から察する所  
 勝手な事を仕出かした知り合いをシャム嬢が叱責しているようにも見える  

 ・・・・・・もう少し、状況を見守ってみようか?  


362  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/25(土)  22:18:53  ID:???  

『しかしシャム様・・・・』  
『しかしも何もありません。イズドバル王は私にこの者を連れてくるように命じ、  
 さもなくば神官長様を誤りの未来視で王を謀ったとして磔にすると言われました  
 当然、私がこの者を発見する事に成功しながら連れ帰る事に失敗したと王が知れば私も磔にされかねない  
 あなたは、私と神官長様の死を望んでいるのですか?』  
『いえ、私はただ王とあなたを侮辱したこの者を』  

 老兵がなにやら弁解じみた事を言おうとするが  
 構わず最後の審判を下し判決を読み上げる女神のようにシャムは続ける  

『何も無かった。と私は答えましたが。  
 あなたは神官の言葉を信じないのですか』  

 ・・・・その横顔は、はっきり言って怖い  
 無表情な微笑みで目だけが笑っていないと言うのが余計に怖い  
 土台がすばらしく綺麗な為にその微笑にすら非常に迫力を感じてしまう  

『そも!この者を連れ帰れ。と仰られたのは王ご自身です  
 それを妨げるとあれば当然、近衛騎士トルネドが王に逆らった事になる  
 王の命に従うのが近衛騎士ならば、今すぐ部下に剣を収めさせなさい』  
『・・・・はっ。お仰せのままに』  

 その彼女には老兵も逆らえないのか、すぐに仕草で周囲を取り囲んだまま動けない騎士達に合図を出す  
 一斉に武装兵達が動く気配に道端に飛び出してしまった猫のように思わず身を固める  
 ・・・・が、その心配は杞憂だった。  
 そのままが全員が剣を収めた所を見ると  
 シャムの正体が襲撃に失敗した部下を責める女頭目という最悪のパターンでは無いらしい  


363  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/25(土)  22:20:00  ID:???  

『ツカサ様。もうこの者達に無礼な真似はさせません  
 安心して剣をお下げください』  

 彼女がゆっくりとしたやわらかい動きで剣を持つ腕に手を回し  
 自分の胴を抱く俺の手を押しのけようとする  
 そこに何を感じたのか、自分でも判らない  
 ただ、気づいた時にはそれが自然な事であるように剣を下していた  
 やわらかい感触が手の中から零れ落ちるように逃れてしまった事に少しだけ未練を感じる  

『ありがとうございます。ツカサ様  
 その気であれば、その魔法の杖で我らを皆殺しにすることも出来たでしょうに  
 このようにわれらの命を救っていただきました。ご温情に感謝します』        
     
 開放された事に感謝しているのか胸の前で手を合わせシャムが一礼を行う  

「いや、その。悪かった」  
   
 その可憐な仕草に、思わずぶり返して来た罪悪感が胸を襲う  
     
『しかし・・・それにしても言葉が通じない事が、これほど不便な事とは知りませんでした  
 まずは、この問題から解決させましょうか。―――トルネド』  

『はっ』  

『しばらく部下を連れてこの場を離れなさい  
 これより、この場に置いて契約を行います』  

 その言葉に、老兵の目はとんでもない事を聞いた  
 と言わんばかりに大きく見開かれた  





526  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/04/02(日)  10:54:54  ID:???  

「本当によろしいのですかな」  
「ええ。王もこのことを考えて私を使者に立てたのかもしれない  
 どの様な相手であれ力ある者を王都に招くには契約の儀によるのが一番確実です」  

 シャムに確認するように尋ねた老騎士に答えた  
 その答えに不安の色がある事は隠し切れていない  
   
「シャム様がそう仰られるのなら私に反対はできませんな」  

 だが老騎士は目の前のシャムの強い決意の色を認めていた  
 一度、決めた道は自分の足で最後まで進む    
 そう言わんばかりの真摯な決意のまなざしを  老婆心如きでいかに押さえ込めようか  

「確かツカサ殿と申されましたな  
 シャム殿が貴殿を信用する以上、私もそなたを信じることにする  
 これをそなたに持って行ってほしい」  

 老騎士は奪われた剣の鞘のつり紐を手早く解き新庄に差し出す  
   
「その剣でシャム殿をお守りいただきたい」  

 新庄が黙って受け取ったのを見た老騎士はそう告げてシャムに一礼する  
 シャムはわずかに頷き返し部下を引き連れて去ってゆく老騎士を見送った  

『・・・・で。結局なんだったんだ?』  

 訳も分からず、ただ単に鞘を差し出されたから受け取った新庄だけが  
 これまたとりあえず、と言うように剣を鞘に収め所在無く立ち尽くしていた  


527  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/04/02(日)  10:55:26  ID:???  

「許してください  ツカサ様  
 私の任務のため、貴方の意志にかかわらず私と契約を結んでもらいます  
 神々を我らの友とする業であるが故に、常に貴方は私と共に在らねば成らなくなりますが  
 代償はいずれ、我が身に可能な物ならば幾らでも捧げます」  

 シャムは問いには答えない  
 ただ一方的に契約の儀を執り行う事を謝罪し、同時に宣誓する  

「女神アルルに使えし謡神官シャムハート  
 王命により山神たるシンジョウツカサとの契約をこの場にて執り行う」  

 新庄の鼻先の虚空に可憐な指先で五角形の魔術陣を描きながら宣誓は続く  
 いつしかそれは歌うような呪文の詠唱へと変化していた  
 それに伴うようにただ空中に描かれているだけだった指の軌道が実体化し  
 巨大な魔術陣が其の姿を徐々に現し始める  

『ど・・どうなってるんだ?新手の手品か?』  
   
 魔術の心得などない新庄には状況が掴めない  
 ただ目の前に顕現していく門の様な魔術陣の姿を見つめるだけだ  

「私と共に参れ  私と共に生きよう  
 私の身と貴方の身は違うものなれど、私たちの歩む道は一つ  
 私が求めに応じよ  私は貴方の求めに応じよう」  
『なんだ・・・これ。言葉の意味が分かる・・・のか?』  

 一つ一つの言葉に篭められた無色の力の流れが新庄の体を強く締め付ける  
 その身を圧倒する神秘に逃げ出したくなる  
 それを忘れさせるほどの絢爛たる奇跡がなければ新庄は逃げ出していただろう    
 すべてを忘れ、見とれさせるほどに神秘を身に纏わせる神官の姿がなければ  


528  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/04/02(日)  10:57:17  ID:???  


 シャムは契約を謡う  
 神に祝福されし祝詞は神曲のごとき神秘を振りまき、  
 それ自体が意味ある魔術となって儀式を進めていく  
 その詞の言葉の一つ一つは稚拙な、作り物のような淡い言葉に過ぎない  
 しかし其処に籠められた意思は、術の力を借りて容易に訊く者の胸を打つ  

「勝手な事を承知で言います  
 シンジョウツカサ  私と共に来てほしい」  
『なっ・・?』  
 シャムが呆然と立ち尽くす新庄の左手に右手を重ね合わせ  
 左手で魔術陣に見とれる新庄の顔を、その胸元近くで見上げる自分の方へ向けさせる  
 見下ろせばそこに、朱に頬を染めたシャムの顔  
 ゆっくりと爪先まで伸ばすように立ち上がりなら目をつぶる  
 互いの口が触れるか触れないかの―――微かな接触  
 けれど、確かな力を持った契約の法  
 魔術陣の輝きはそれを祝福するかのように一層輝きを増し  
 あたりにあふれるマナを二人に流し込んでゆく  
「んっ・・・・・契約は此処に、成立する  
 私の名はシャムハート  
 女神アルルに使えし謡神官にして森神シンジョウツカサの加護を受けし者なり」  
 薄れ行く魔術陣を背景に  
 緊張に耳を引き付けながら、赤く染まる顔が新庄を見上げる  
「私の歌と言葉は、あなたに届きましたか?」  
 その姿に思わず抱き締めたくなる様な衝動が走るが  
 辛うじて其れに耐え、わずかな間を空けて応じる  
「この耳で、確かに」  
 今まで通じなかった言葉が、急に通じるようになったことには疑問を持たない  
 不思議とそれが当たり前のことの様に感じながら、そう語りかけていた  



488  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2006/05/05(金)  14:41:49  ID:???  


「よかった。言葉が通じるのなら私の術に失敗は無かったんですね」  
 胸に手を当て、安心したと言う風に深呼吸をしながら彼女は呟く  
「術ってさっきの手品みたいな奴の事かな  
 すごかった。急に言葉が通じるようになるなんてどういう原理なんだ?」  
 その言葉をあっさりと理解して、疑問の言葉を口にする    
 恐らく。彼女の言う術とは先ほどの歌見たいな奴の事だろう  
「むぅ。手品とは失礼ですね。あれでも儀式歌としては高度な技術なんですよ  
 呪歌による『誓約宣言』と接触行為による『契約』の二段重ねの対人束縛術で  
 相手が人型ならば神霊とだって契約できるんですから」  
 どうやら原理を説明してくれているようだが、まったくと言っていいほど判らない  
 よくわからない。よくわからないが、すごい技術『らしい』と言うことだけは判る  
「呪歌?あぁ。さっきの魔法みたいな歌の事か?」  
「魔法と言うほどの技術ではありませんが。概ねはその通りです」  
「なるほど。じゃあ接触行為って言うのは」  
 先ほどの口付けの事だったのか。そう続けようとした声を  
「忘れてください」  
 静かな、聖母のような笑顔で  
 一切の反論を許さないと言うように発せられたその言葉が遮った  
 すがすがしいほどに清純で、そして頸烈な一言  
 息を呑み、その言葉の意味を脳が理解する事を拒むような声だった  
「はい?」  
 とっさに喉から出たのは、頭の悪いとしか思えない疑問の言葉    
 しかし、その言葉にどれほどの威力があったのか  
 反論を許さぬ神託を告げる女神のようだったシャムは  
 自らその鎧のような雰囲気を崩し、悪戯を咎められていじける子供のように言葉を続けた    
「だから忘れてください、と。あれは止むを得ずの行った儀式歌です  
 その、別に助けてもらった感謝の気持ちとか、恩返しとか  
 そういう深い意味は一切ありませんので、速やかに忘れてください」  
「そうだよなぁ・・・別に口付けぐらい大した事じゃないしな」  
「『ぐらい大した事じゃない?』」  
 あ、これは自分でもわかる不用意な言葉だった  


489  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2006/05/05(金)  14:43:14  ID:???  


「いや。その。深い意味は無いんだ」  
「そうですね。少しでも考えての発言なら、  
 女性を目の前にして今の言葉はあり得ませんからね」  
 目の前には再び鎧に身を固め反論を封じる女神様が現れる      
 気のせいだろうか、今回は軽い殺意を身に纏って居られる模様  
 まさに蛇に睨まれた蛙、こちらを睨みつけるでもなく見つめてくる彼女の目が正直、怖い  
「まあいいでしょう。それより質問があります」  
 頭を振って話を変えてくれたことにホッとしながら返答する  
「まぁ、俺に答えられることなら何でも答えるけど」  
 打算も偽装も何も無い正直な言葉が自然と口から出る  
 といっても正直な所、答えられること自体はそう多くは無いだろう  
 いかに此処が訳の判らない山の中といえども守秘義務は守らねばならない  
「はい。ではお答え願います  
 シンジョウさん。貴方は何のためにこの森に参られたのですか」  
 そうとは知らず、此方があっさりと回答を約束したのが嬉しかったのか  
 先ほどまでの迫力などどこに消えたのかというほど興味津々といった風に尋ねて来る  
「悪いが答えられないな」  
 間髪いれずにそう答える  
「む・・・・・むぅぅ。たった今、なんにでも答えると言ったばかりなのに・・・・・  
 もちろん言えない理由ぐらい教えてもらえるんですよね」  
 此方の回答がお気に召さなかったのか  
 いや、回答の拒否をした時点で質問者であるシャム嬢のお気に召すわけが無いのだが  
 感情もあらわに彼女は膨れっ面で此方を睨みつけてくる  
「なぜなら・・・・・」  
「くだらない理由なら相応の結果を覚悟してもらいますよ  
 一応この森は、私の国の所有物って事になっているので不法侵入なんですからっ」  
 可愛らしい膨れっ面のまま、恐ろしい言葉を投げかけてくる彼女が怖い  
 が、何しろこの質問に答えるのは不可能なのだ  
「なぜなら、俺にも判らない」  
「・・・・はい?」  
 今度こそ理解できないといった風に口を軽く開いてポカンと開いて呆ける彼女  


490  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2006/05/05(金)  14:43:50  ID:???  


 できればもう少しこの百面相を眺めていたいが、状況を知りたいのは此方も同じなのである  
 此方の現状を説明して、協力を求めるのが筋と言う物だろう    
「だから、なぜ俺がこんな森に居るのか、俺自身にもわからない  
 とある職務を遂行中に、突然空が光ったと思ったら、この場所に飛ばされてて  
 それ以来数ヶ月  この森で狩人の真似事をして何とか生き延びてきただけだし」  
「ふぅむ。妖精にでも化かされたんでしょうか」  
 ひょこひょこと耳を動かしながら考え込むシャム嬢  
「できれば、その辺の事はこっちの方が教えてほしいくらいなんだけどなあ」  
「あのですね。本人にもわからない事を他人の私が知ってるわけないでしょう」  
 あ、呆れられた  
 んー、確かにその気持ちは判るのだがそうもあっさり言われると傷つくなぁ  
「そういえば、君はどうしてこんな場所に」  
「私ですか?  私の方は簡単な理由ですよ。王様の命令で  
 『自分を打ち倒す戦士がこの森に現れると予言が会ったから探して連れて来い』    
 って言われただけですから。  判りやすいでしょう」  
「へぇ。結構長い間  この森に住んでいるがそんな妙な奴とは会った記憶が無いなあ」  
 出会ったことがあるのは獲物であるワニもどきを初めとする未確認生物の群れと  
 それこそ化け物というしかない物理現象を無視して空を飛ぶ巨大な羽付の「ワニもどき」とその一党位である  
「何を言ってるんですか?どう考えてもこの予言の『戦士』って貴方の事じゃないですか」  
「は?」  
 突然、意味不明な言葉がシャム嬢の口から放たれる  
 正直『車が人間に跳ねられた』というニュースがNHKで放送されるよりショックを受けた  
 王様を打ち倒す戦士?誰が?俺?!  
「だから、予言に出てきた『王を打ち倒す戦士様』でしょう?」  
 シャム嬢が此方を指差すようにしながら問いかけてくる  
 もしやと思い、後ろを振り向いてみるが当然のように誰も居ない  
「あの、もしかしてそれ俺のこと?」  
 恐る恐る自分を指差しながら疑問を提示してみる  


491  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2006/05/05(金)  14:44:43  ID:???  

「はい。竜を倒したあの手並みやこんな危険な森の中で何ヶ月も暮らす生存能力  
 どちらを見ても第一級の戦士の手並みです」  
 あっさりと即答が帰ってきた  
 まるで、『人間が車を跳ねた』というニュースを聞いた某ペンギン村の住民の反応の様だ  
『それっていつもの事だろ?それがどうかしたの』と  
 事件の何がニュースなのか理解できない住民の様なあっさりとした態度である  
「―――勘違いだ。シャムさん。間違いなく勘違いだぞ  その認識  
 俺はただの職務に忠実で不運な一下士官だぞ」  
「えぇ!!」  
 驚くところなのだろうか。今の回答・・・・・  
「だから、俺は三等陸曹と言って下から数えたほうが早い下士官だよ  
 他所の国風に言うと伍長とか、良くて軍曹あたりの」  
「それってどれ位の部下を率いてる階級なんですか?」  
「まあ、部隊にも寄るけど俺が面倒を見てる数なら2,3人ぐらいかな」  
「まさかぁ。ご冗談を  
 竜もアッサリ仕留める様な武器を与えられる人がそんなに下っ端な訳ないですよ」  
 手と尻尾をフラフラと動かし冗談を窘める用にシャム嬢は笑う  
「竜?あのワニもどきの事?―――まあそっちはどうでも良いか  
 それより、この自動小銃を何か特殊な武器と勘違いして無いかな  
 こんなの俺の元居た国だと、兵隊なら誰でも持ってるぞ?」  
「誰でも?あんなに強力な武器を?」  
「誰でも持ってる」  
 嘘は一切付いていない。本当にアフリカの未開民族だってAK辺りを装備してる  
 それこそ、リベリアのお尻丸出し将軍とか、コンゴの人食い族とかでも―――だ  
「そんな武器で何と戦うんですかっ  
 もしかして竜とかですか?天竜とか守護獣とか、まさか神々の軍勢とでも戦争してるんですか」  
「いや・・・単に人間だけど、それに此処60年ほど俺の国は戦争なんてしてないし」  
「人間相手にこんなに強力な武器を?  
 いえ、それより何十年も戦争しなくて済むという事は貴方の国が世界を統一したんですね」  
「ん―――というよりその60年ほど前の戦争てのが経済問題とか利権問題で大国と揉めたのが原因でね  
 同盟国とともに世界を敵に回して国が焼け野原になるまで戦ったんだけど結局、負けたんだ  
 以来、俺の国は専守防衛で戦争はしない事にしてる」  


492  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2006/05/05(金)  14:45:37  ID:???  

「世界を敵に―――いえ、これだけの武器を作れる国ならそれも不可能では無いかも知れません  
 でも、こんな強力な武器を量産している桁外れの工業力を持った貴方の国が、  
 負けるほどの大国が存在する世界―――」  

 一瞬の放心、直後意識を取り戻したのか祈るように手を重ね呟き始める  

「―――神様。感謝します  
 日頃常々あなたは何もしてくれないなどとぼやいていましたが  
 私をこの世界に産んで下さっただけでも十分な恩恵を与えてくださっていたのですね」  
 短い祈りが終わる  
 ふと気づけば世界は闇夜の時間を終え朝焼けを迎えようとしていた  
「まあ、言うほど悪い世界でもないんだけどね。俺の居た世界も・・・・・  
 それより一つ提案が在るんだけど」  
「何でしょう」  

「一つ条件を飲んでくれるなら、さっき言ってた王様の所に付いて行っても良いよ  
 その王様に自分は敵意を持っていないと伝えて誤解も解いておきたいし」  

「―――それは。こちらとしては大変ありがたいのですが・・・・  
 その条件というのをお教え願えますか?その、できる限り善処しますので」  

「わかった。じゃあ―――――美味い飯と酒を提供してくれ」  

「―――はい?」  

「だから、美味い飯とお酒」  
「あの―――それだけですか?」  
「それだけ」  

「―――わかりました。私にできる限りの物を準備させていただきます」  
「OK。なら、すぐ出発しよう  
 いい加減この食生活には飽き飽きしてた所なんだ」  



874  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:37:09  ID:???  


 ちりちり  ちりちり  
   
 相変わらず響く謎の音、その響きは徐々に近づいてくる。  
 背後を振り返ってその音の正体に気づき、同時にここが現実の世界でないことにも気づいた。  
 そして、走っている『誰か』が自分自身でないということにも。  

 音の正体は髪の毛が焦げる音だった。  

 本来は遥かに長く艶やかであっただろう髪が、だ。  
 産まれてから今まで、男の俺はこんな膝まで届きそうになるほど髪を伸ばしたことは無かった。  
 服装にしても迷彩服ではなく、襤褸切れの様な半袖半ズボンの代物だったし、  
 この世界に来てから一度たりとも手放さなかった9mm拳銃すらも携えていない。  
 そして、何よりも『人間』の俺には、こんな獣の尻尾のようなものは生えてはいない。  
 そう思いつけば、後は気が楽だった。  
 火の中を走っていると言う恐怖も興奮も一瞬にして覚め、まるで映画でも見るかのようにその光景を眺め続けた。  
 夢特有のご都合主義の賜物なのか、髪の毛の先が焦げる事があっても  
 むき出しの白く細い手足には一切の火傷すら負わず、ただ煤汚れで軽く汚れる程度。  
 これじゃあ、国産映画以上のご都合主義だ。俺の想像力は残念ながらその程度の物だったらしい  
 場面にしても、ただただ火の中を走り抜けるだけで「壁が崩れてきて大ピンチ!」とか、そういうのが一切無い詰まらない映像だけ  
 ……ハリウッド並みのスペクタルな夢は要求しないが、韓国の消防映画程度は面白みが欲しいものだ。  

 そのうち、夢の中の俺ではない『誰か』は燃える通路を咳き込みながら何とか突破して、表に出ることが出来た。  
 その勢いのまま走り抜けて、何かに足を引っ掛けて転がり露にぬれた林の広場に仰向けに倒れる。    
 『誰か』と視界を同じくする俺にも、夜空に燦然と輝く幾億もの星の輝きが視界いっぱいに飛び込んできた。  


875  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:41:30  ID:???  

「助かった……の、カナ」  

 倒れた『誰か』が、どこかで聞いたことがあるような女の声で囁いた。  
 確かに、ここに居る限り焼け死ぬことだけは無いだろう。  
 辺りにはどのような危険があるかは分からないが、少なくとも燃えるものは見つかりそうにも無い  

「―――とおさまも、かあさまも、にいさまたちも、ミンナころされたのに、私だけ、助かった、の?」  

 答えの返ってこないはずの、誰にとも無く投げかけられた質問  

「ああ、皆、我と我の騎士達が殺した。そしてお前も、ここですぐに死ぬ」  
   
―――その、帰ってこないはずの質問に答える声。  
 『誰か』がはねるように飛び起きて声の聞こえてきた方角を睨み付けるようにして身構える  

 完全に炎に覆いつくされてしまった先ほどの通路。その方角から声は聞こえた。  
 それは、どう見てもありえない光景だった。炎の海の中を悠然と歩いて来る板金鎧の群れの先頭、そこにその男は居た。  
 少しだけこの先の展開に期待が出来そうな状況になって来たが、果たしてどうなる事やら。  

「しかし、よくもまあ我の騎士達が敷いた包囲網から抜け出したものよ。  
 もっとも、まさか誇りある王族が奴隷の成りをして逃げるとは、我も想像していなかったが」  
   
 剣を肩に担ぐようにして歩くその姿は、まさに王者の風格だった  
 鎧の上からでも分かる均整の取れた体格、  
 何かの冗談にしか見えない獣耳にすら威厳を感じさせる引き締まった面構え  
 ただそこに居るだけで場の引き締まるような、そんな男。  


876  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:42:50  ID:???  

「しかし、旧臣の剣にかかるのは王族の恥と言うもの。新たな王としての情けだ。自害することを許す」  

 幅広の短剣が、鞘ごと『誰か』の足元のあたりに投げ落とされる。  
   
「……や、いやよ。どうして、私達が殺されないといけないの?  私達は何もしてないのに、どうして」  
「……『何もしなかった』それこそが汝ら一族の罪だ。さあ疾く逝くがよい。  
 我とて、本来ならばこのような所で貴様と話している暇すらないのだ」  
「……いやよ、私はしにたくない。こんな所で、しぬわけにはいかないもの  
 家族の、とおさまや、かあさまの仇を取るまではっ」  
「ほう。ならば今すぐ掛かってくるがよい。  
 もっとも、あの無能な王と王妃の娘にその様な勇気があるとは思えぬが」  

 明らかに挑発でしかない嘲笑に、突っ込む間も無いほどあっさりと、『誰か』は引っかかった。  

「とうさま達の悪口を言うな!」  

 鞘から剣を力任せに引き抜き、『誰か』は男に向かって走り出す  
 泥臭い、洗練された部分はどこにも無い、ただ勢いに任せただけの突進  
 とっさに剣を身構える騎士達を片手で控えさせ、男は『誰か』を迎え撃つ  

「さがれ。貴様らの剣にはもったいない。  
 追い詰められての事とはいえ我に立ち向かうとは面白い。直々に相手しよう」  

 男は身構える事すらせずにそれを待ち受ける  
 突き出された『誰か』の短剣をあっさりと手甲ではじき、バランスを崩した『誰か』の首の横に剣先を這わせる。  
 それで勝負は終わった。あっさりとした、あっけないまでに簡単な終劇。  




878  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:43:53  ID:???  

「つまらぬ。やはりこの程度か。  
 王族なら方術の一つでも使うと思ったが、ただ突っ込んでくるだけ。  
 最早、用は無い。早々に―――」  
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」  

 勝利を確信し、油断した男が剣を動かすよりも早く『誰か』は体を跳ね起こし  
 首筋にある凶器すら無視して剣先で男の顔をなぎ払うべく腕を逆袈裟に払い上げる。  
 なりふり構わぬ全力の一撃が、体勢を移行させる事すらまま為らぬ男を襲撃した。  
 殺った。思わずそう確信したほどの壮絶な一撃。  

 闇の中、血が霧雨のように舞った。  

 全ての動きが、止まって見えるほど緩慢に感じられた。  
 血に塗れた剣先から流れ落ちた真っ赤な血が手を染め、次いで地面に沈む。  
 徐々に広がりつつあるその血溜りが、致命的な何かがあった事を証明している  
   
「よもやこれほどとは、な」    

 傷口に手を当てた男が傷口に付着した血に一瞥もくれずに冷静にそう呟き、『誰か』が応じるように皮肉に嗤う。  
 止まっていた世界が、その嗤いこそが起爆剤であったかのように動き出した  

 そして、力なく、『誰か』は崩れ落ちるようにして男の胸に崩れ落ち、それを支えた男には毛ほどの傷すらなかった。  
 決死の一撃。それすらもただ男は頭を仰け反らせて半歩後退しただけで回避され、『誰か』の自爆以外の何の効果ももたらさなかったのだ。  
 男はただ一人冷静に静まり返った空間の中で言葉を続ける  


879  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:44:42  ID:???  

「この気概、行動力。殺すには惜しい傑物よ。しかし将来の禍根は断たねばならぬ。  
 ―――さらばだ最後の王族。次の人生ではその蛮勇を我の民の為に使うが良い」  
   
 傷口のある首筋を抱き支えていた『誰か』の首の後ろに剣が回され、勢い良く薙ぎ払われ―――  

 ―――そこで俺は目覚めた。  
 毛布を跳ね除け、枕代わりに使っていた別の毛布の下から拳銃を手に取り、すばやくあたりを見渡す。  
 小奇麗な防水布の壁と天井、そして蚊帳代わりの間仕切りの茶色の糸で織られたカーテン  
 足元には、恐ろしいまでに磨き上げられた半長靴がしっかりと揃えられている  
 間違いなく、昨日眠りに付いた街道沿いの天幕である  

「なんつうか、気分最悪な夢見だ」  

 何の因果であんな夢を見たのか知らないが、どうにも気分がスッキリとしない  
 うろ覚えの夢の記憶を何とか思い出そうとがんばるが、どうにも思い出せない。  
 ただ、下克上が起こったらしい事と「誰か」があっさり殺されてしまったところだけは覚えている。  
 フロイト博士に診断させたらなんて結論が出るのか、戦々恐々である  
 ただ、夢の中でどのような物語が進んでいたのかは知らないが、  
 出来る事ならば『誰か』に勝たせて上げたかったような印象が残っている。  
   
『お目覚めですか?ツカサ様』  

 先ほどの独り言が聞こえたのか、天幕の前で控えていたのだろう少女が  
 洗面器代わりの桶とタオル代わりの分厚い布を携え天幕に入ってくる。  


880  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:45:27  ID:???  

 夢の中でみた少女と同じような犬耳に肩の所まで伸ばした赤髪を三つ編みにして、半袖半ズボンという少年のような服装  
 印象に残るほど美形でも無ければ体型が良い訳でもなく、全てはこれからに期待と言うところだろう  
 残念な事に、俺には彼女の言葉も、その他大勢の獣耳の人々と同じように何を言っているのか分からない。  

「おはよう、そしてありがとう。カルア。毎日毎日悪いね」  

 おそらく彼女もこちらの言っている言葉の意味は理解はしていないだろう。  
 俺の言葉が通じる相手はこの世界でただ一人。  
 良く解からないが、『契約』というのを結んでしまったシャムだけだ。  
 誰かに俺の意志を伝えるには、彼女を通じて発する外無い。        
 俺の言葉に不思議そうに首をかしげたカルアから、桶を受け取って顔を洗う。  
 わざわざ暖めて持って来てくれたらしく、水は暖かくて気持ちが良かった。  
 彼女―――カルアは一応、国賓待遇と言う事になっている俺に付けられた従卒のようなものだ。  
 高々三等陸曹の身分で従卒が付くなんてどう考えても在り得ない話だが、  
 まあ、当直陸曹と当直陸士のような物だと思っておけば大して気にも為らなかった。    
 洗面道具をカルアに返し、迷彩服の上着を羽織る  
   
『お着替えをお手伝いします』  

 ボタンを止めようとしていた俺の手の動きをカルアが遮った。  
 何事かと動きを止めた俺の前で、ボタンを一つ一つ留めようと手を動かしていく  

「いや、いいって、これぐらい自分でやれるから」  

 あわてて彼女を静かに押しのけ自分でボタンを止めていく  
 小学生じゃ在るまいし、自分より小さな子供に服を着せてもらうなんて、男にとってこれ以上ない羞恥プレイだ。  
 脱がせる方ならまだしも、着せてもらうなんて論外である。  


881  新条3曹の冒険  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:47:13  ID:???  
「シンジョウ殿。何か、先ほどから騒々しいですけれど。なにか問題が?」  
「―――助けてくれ。シャムさん」  

 騒動を聞きつけてやって来たシャム嬢のお陰でやっとの事で収束に向かった。  
 俺が怒っていない事、自分のことは自分でやりたいと言う事を彼女を通じカルアに説明し、  
 やっとの事で納得してもらい、天幕から退出してもらう。  

「やっぱ、言葉が通じないって言うのは問題だなぁ……」  
「ふふふ。ですね」  

 お互いに苦笑しあう。そういえば、出会った時の自分達も同じような状況だった  
 幸いにして契約とやらで、シャム嬢とは言葉が通じるようになって状況はかなり改善したが、  
 どちらにしろ言葉、ひいては意志が通じないと言うのはやはり、人間社会で生きるには大変不利な話だった。  

「所でシンジョウ殿、我々の方のミスで少し問題が起きまして。  
 トルネドや騎士団の各隊長も交え、今後のことについてこれから相談したいのですがよろしいですか?」  
「はあ、なにかな」  

 居住まいを正し、尋ねる。  

「詳しい事は、会議の場で話しますが  
 ……実は我々の先発隊の一部が確保した村で戦闘に巻き込まれてまして」  
「……戦争が起きた?」  
「戦争では……いえ、戦争のような物です。叛徒が我々の町を襲撃しました」  

 悲しそうに彼女は続けた。  



892  てさ  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/14(木)  19:21:20  ID:???  
『す、すみません!なにか不手際がありましたか?!』  

―――それにしても言葉が通じないと言うのは厄介である。    
 カルアを押しのけて自分の手でボタンを留めた事で何か思う所があったのか  
 驚く程の勢いで頭を下げ続けている。……と、いうより余りの勢いに実際にビックリした  

「いいって。何も怒ってないから、ただ自分のことは自分でしたかっただけで」  
『すいません。すいません!許してください!』  

 怒っていない事をアピールしようと、できる限り平静を装い話しかけてみたが当然此方の言葉は伝わらない。  
 何を思ったか、余計に激しく頭をペコペコと上下させ続けている。  

『以後気をつけますから、お役御免だけはお許しくださいっ。  
 もしここをクビに為ったら、弟妹みんな飢えて死んじゃいますっ  だから……』  

 む―――。ここ数日でこういう遣り取りにいい加減慣れて来ているが、  
 いい加減こういうコトが続くと流石にお腹いっぱいである。  
 理不尽な叱責には長年の自衛隊生活で対応しているのだが、  
 理不尽な謝罪にはまったくと言っていいほど免疫を作る機会が無かったのだ。  
 この誤解を解くには如何すればいいのだろう。  
 一番いいのはシャムの通訳を通じて言葉を通せばよいのだが、  
 この状況下で彼女を置き去りにしてシャムを探しに行く決断力は俺には無い。  
 一体どうしたら良いのだろう……  


931  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/18(月)  01:26:18  ID:???  
 シャムに案内されたどり着いた作戦会議の天幕のなかの円卓の席に腰を下ろす。  
 宿営地の真ん中にある要人用の天幕に集まった人々の顔色は総じて良い物ではない。  
 まあ、これから通過する予定の町が何者かに襲撃を受けていると聞けば、大抵の人間の顔色は悪くなるだろう。  
 カルアを初めとする従者達が準備した席が全て埋まり、全員が集まった事を確認した老騎士が口を開いた。  

『さて諸君。現在確認が取れている最新の状況を説明しよう』  

 老騎士の状況説明の内容はシャム嬢の通訳によると以下のようになった  
 まず、ここから半日の距離にある町が旧王家派と思われる賊徒の襲撃を受けた。  
 住民や町そのものが負った被害はさほどでは無いものの、  
 我等が準備集積してあった糧秣等が焼き払われ、壊滅的な被害を受けていると報告。  
 町の治安部隊や斥侯隊の活躍によって既に賊徒は町の一角に包囲されているものの、  
 運悪く町に遊びに出ていた領主の一族等が囚われの身になっており、現在膠着状態に入っていると言う物だ  
 既に斥侯の騎士達が突入を図ったものの、予想以上の抵抗に会い救出作戦は頓挫と言う有様  
   
「……最悪。こいつは長引くパターンだ」  
「はい。残念ながら、そうなる可能性は非常に高いでしょう」  

 思わずこぼした言葉にシャムが静かに応じる  

「本来、我々の任務は貴方を王都で待つ王の所まで護衛するのが私達の任務です  
 故に、此処は賊の抑えに一部部隊を残し、近隣の軍団が出てくるまで包囲を支援  
 本隊は王都への旅を続けたい所なのですが」  

 問題は、集積してあった糧秣が焼き払われてしまった事にある。  


932  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/18(月)  01:27:26  ID:???  
「別の町や村等に行けば補給を受けられますが、その場合、  
 かなりの距離を遠回りすることになり、たとえ強行軍を行ったとしても期日に間に合うかどうか非常に怪しくなります。  
 期日に合わせるには現在の径路で行軍を続けなければならないのですが、この山越えの径路を行くには最低でも後4日分は糧秣が必要です」  

 老騎士がシャムの言葉の後に何事か呟く。そのまま即座に訳してくれる  

「トルネドが言うには、もちろんこの程度の量、この町の住民から徴収すれば直にでも準備できるそうです。  
 しかし、卑しくも近衛の名を冠する騎士団が敵を前に戦いもせず、糧秣だけを民から取り上げて、  
 王都に向かって行軍したとなれば賊徒を前に逃げ出したことになり国家の威信にかかわる。  
 だから我々はこれより全力を上げて賊徒の討伐にあたりたい。故に少しばかりご迷惑をかける事を許して欲しい。と言っています」  
「まあ。こっちはお客に過ぎないし、そっちの指示に従うよ」  
「感謝します」    
   
 実際、俺はこの騎士団にとってお客に過ぎないのである。  
 期日に間に会わなくても、賊徒と軍が殴り合っていようと俺には関係ない。  

「……でも一つだけ言って置く。俺はどっちの味方もしないぞ。  
 旧王家派とか言うのに恨みがあるわけでも命を狙われたわけでもない  
 他人の戦争に巻き込まれるのなんて御免だ」  

 もちろん、俺を襲ってくると言うのなら容赦はしないが、  
 何もしないのであれば、安全な場所から見守らせて貰うだけである。  
   
「……分かってます。これは私の国の問題ですから」    

 平然としながらもどこか諦めめいて、寂しさすらともなう声  
 なんともいえないその姿に罪悪感を感じ、俺は目を逸らし席を立った  

・・・・・・・・・・  
ゲリラ更新終了  


344  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  sage  2007/02/22(木)  14:33:08  ID:???  
 市街地の中心で激突する白銀と青銅の軍団。  
 振り落とされる槍の穂先を掲げ上げた軍団盾が受け止める。  

 交差する鉄の火花。  

 絶え間ない打撃の雨を潜り抜け、剣兵と騎士が長鑓兵の隙だらけの敵兵の喉下に剣を突き立てる。  
 直後、倒れ行く長鑓兵の背後から現れた斧兵の一撃がその騎士を背後の従卒ごと薙ぎ払い後方へと叩き返す。  
 両者の戦いは激しさを増していく。  
 打撃には更なる剣戟を持って、喊声には怒声を持って応じる。  
 加熱する戦場の熱に際限は無い。  

 その戦場交響曲を脇目に、一人の男が鎧も着ずに駆け抜けていく。  
 友軍の兵士に止めを刺そうとした兵士を側面から全速力を持って蹴り飛ばし、  
 死にかけた兵士を救出して味方の医療士の所まで引き摺って来る。  
 繰り返し、繰り返し、何度も何度も  

「シンジョウさん。ここは危険です。お下がり下さい」  
「―――まだだ。まだ生きている人間はたくさん居る」  
   
 英雄や戦士が、敵を打ち倒し名誉を掲げ上げるものならば  
 敵を倒す事も無く味方の命を救うために命懸けで戦場を駆ける彼をなんと評すればいいのか  




346  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  sage  2007/02/22(木)  14:36:14  ID:???  

 剣気と殺気は際限なく加速を続ける。  
 振り下ろされる一撃一撃は確実に負傷者と死者を増加させていく。  
 一刻以上に渡って繰り返し行われている殺戮は、  
 通常の軍ならば両軍を一人残らず殺しつくして余りある。  
 その戦いがいまだに続いているのは、  
 共に負傷した兵を魔術で治療し、再び戦場に復帰させる狂気の戦いを続けて居るがため。  

 民や兵士の為にこそある医療技術を単なる戦術の一要素として取り扱う。  
 医療士の数を頼りに力押しでの反乱軍制圧を目指したトルネドも、  
 市街地での各個撃破を恐れ賛成した私も、この戦い方を異常だとは思っていない。  
 それどころか私は、自分の身を餌にした。  
 契約によって、私のそばを離れる事が出来ない彼を戦場に引き釣りだして、  
 危険に晒し竜すら一瞬にして屠る『自動小銃』の力で敵の主戦力を殲滅させようとした。  
 目の前の敵を打ち倒す事が彼の唯一の安全への手段である上に、彼にとっては其方の方が最も簡単な手段だ。  
 自分の身を守るための戦いを否定しなかった彼ならば、戦ってくれると信じていた。  
   
 しかし、結果は言うまでもなく私の期待はずれに終わった。  
 彼の選択した反応は、もっとも危険で自らを一番危険に晒すおろかな選択。  

 第一、彼の行動は何の解決にもなっては居ない。  
 助け出された兵士は治療を受け、再び戦場に戻らなければ行かないのだから。  
 ある意味では、死んだふりや動けないふりでもさせておいてあげた方が彼らのためになっただろう。  



347  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  sage  2007/02/22(木)  14:37:49  ID:???  

 ただ、うかつにも美しいと思ってしまったのだ。  
 ―――何の打算も無く、ただ人命を救うがために全力で駆け抜けていくその姿を。  

「あーあ。なんて扱い難い人なんでしょうね」  

 馬鹿な事はやめろと言う心の声を無視して野戦救護所の結界の中から震える足で踏み出す。  
 戦いに直接関与するなんて私達の仕事じゃないというのに、何をしているのやら。  
 押し合う軍勢のやや後方に立ち、戦闘支援の為の呪歌の陣地を築きながら自問自答する  

「まあ、彼を王様の所まで連れ帰れないと私も殺されかねないですし」  

 結界から足を踏み出せば、戦術支援を行う謡神官など狙い撃ちにされて死ぬ。  
 その結末が怖くないわけではない。私は死ぬのは怖い。  
 だけどそれよりも、自分の姦計で戦場に引き釣り込んでしまった彼が傷つく姿を見る事の方がもっと怖い。  
 目前の味方を助ける勇気もわずか、敵に対する高ぶりも皆無。  
 胸に抱くのは、この展開を招きこんでしまった経緯と自身の行動に対する自問自答の念。  

「―――なら、私もやれる事はやっておかないと」  

 故に恐怖や感情を押しのけ、ただ理性と義務感から術を紡ぐ。  
 すべては数日前の、あの森の奥で彼に助けられた時にこの運命は決まっていたのかもしれない。  
   


348  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  sage  2007/02/22(木)  14:52:57  ID:???  
『我が名はシャム・ハート、精霊といだいなるものに代わりて汝らに尋ねる  
 地に伏せ、倒れ、それどもなお立ち上がり敵を打破するものたちよ』  

 術の発動の直前、もう一度だけ彼の姿を目に焼き付ける。  
 万が一ここで死ぬ事になろうとも死後の世界でもその姿を思い出せるように  

 霊子の渦の構成を入れ替え、世界の法則に介入  
 同時に影響下の兵士達の肉体を強制的に強化し、精神を連結する  
   
       レギオン  
『我が名は軍団。我は数多きものなりて』  

 一瞬にして、軍団全員の意思と思考、感覚のすべてが統合される  
 私の意識を中心に、いや『我』の意識も其処に統合された  
 最早個人の区別など不要。『我』は『我』にして『我ら』  
 騎士団そのものが、一個の生命としてこの世に生れ落ちていく  
   
『改めて問う。汝らは何者なりやと』  
『『我らは軍団!我らはただ祖国の敵を打ち倒すものなり』』    

 すべての騎士と兵士達が問いに答えてくる  
 これで術式は完成。後は敵を打ち倒し殲滅するのみである    
 なに、手傷を追う事は恐れなくていい。彼が必ず助けてくれるであろうから  

 さあ、敵を打ち倒し、『我ら』の勝利を得よう。  
   

『全軍抜刀!全軍突撃!『我』の敵を駆逐せよ!』