381  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2005/11/19(土)  00:49:13  ID:???  

ある化け物の話  


ある所に、優秀な結界魔術師がいました  
魔術師は『世界の理』とか『始まりの始まり』といわれる『何か』を知るために長い年月をかけて研究を重ね  
その副産物として一時的に空間と現象を操る術を手に入れていました  
ですが求める答えには未だに辿り着けません  
ある時、魔術師は研究材料が尽きたために30年ぶりに山を降りました  
ですが一文無しになっていた魔術師には研究に必要な物を探すために必要な金が在りませんでした  
魔術で必要な物を奪い取るという方法も在りましたが、  
その方法で世界中から必要な物をかき集めるのには時間も手間もかかり過ぎます  
そこで魔術師は敗戦を重ね、近くの町まで後退してきた帝国の将軍と交渉し  
しばらくの間、異世界の国からやってきた軍隊を足止めすることと研究材料の提供を契約しました  
どの様な契約であろうと、魔術師にとって契約は絶対です  
魔術師は約束までの期日の間、補給の上で非常に重要な回廊上の街道に居座ることにしました  
万が一のときに備えて一番弟子である娘に自分の築き上げてきた魔術技術を複製し  
「考えうる最善の方法で『真理』に辿り着け」そう伝えてあります  
たとえ自分が死んだとしても誰かが研究が受け継いでくれるなら魔術師に悔いはありません  
魔術師は契約を果たすために命を賭けるつもりでした  

最初にそこに現れたのは不恰好な武装自動馬車に乗った緑色の服に身を固めた男達でした  
銃剣を取り付けた連発式の小銃を手にした男達は彼に道から退くように命じました  
ですが魔術師は道は譲れないといって応じません  
道の両側は湿地帯で迂回なんてできそうもありませんでした  
数人が力ずくで魔術師を立ち退かせようとしましたが、結界の魔術師である男に近づくことはできませんでした  
指揮官が射撃を命じ、射撃が行われたものの結界に阻まれて届きません  
それどころか射撃した射手が逆に大きな手傷を負って後送されてしまいました  
いきり立った射手の戦友たちが魔術師を射撃しようとして同じように大怪我をしました  
自分達だけでは目の前の魔術師に対応できないと考えた指揮官は一時後退を命じました  

「この化け物め!」と言い残して  


382  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2005/11/19(土)  00:49:53  ID:???  


魔術師は大陸中の結界魔術師の中でも十指に入るほど優秀な魔術師でした  
彼の結界に何らかの武器で攻撃を加えれば、  
擬似的並行世界から同じ物を取り出して反撃するように作ってあります  
もちろん一定以上の物理攻撃を食らえば結界は壊れてしまいますが、  
そういうことがおきても大丈夫なように結界は8枚重ねにしてあります  
魔術師は自分の魔術に自信を持っていました  

緑の男達は手を変え品を変え何度も何度も繰り返しやって来ては魔術師を排除しようとしました  
もちろん攻撃が跳ね返ってくるのは最初の一度で判っているので直接攻撃を加えたりすることはありません  
工作部隊らしき緑の男達が夜の闇に紛れ結界ギリギリの位置に梱包した爆薬を山ほど仕掛けて爆破しました  
使用した爆薬の数倍もの爆発が起きましたが、結界は3枚破れただけでした  
次にやって来たのは大きな連射砲をつけた奇妙な形のゴーレムです  
その頭に付いた連射砲が何度も何度も火を噴きましたが、  
魔術師の結界をすべて破る前に自らの方が大怪我をしてしまい、無事だった仲間に引きづられてよろよろと逃げ帰っていきました  
朝方になると、改めて別の男達がやってきました。  
男達は何千歩も離れた位置から誘導できる爆発式の大型バリスタ離隔して設置し一斉に放ちました  
こんどはなんと6枚目の結界までを破壊することができましたが、  
それと引き換えにすべての発射機を破壊されてしまいました。これでは攻撃を続けることはできません  
彼らも引き返すしかありませんでした。  
撤退の命令が出るたび、緑の男達は全員一様に同じ事を口にして立ち去って行きました  

「この化け物め!」  

一向に魔術師という障害を取り除けないことに怒った緑の男達の指揮官は  
ついにとって置きの切り札を投入することにしました  


383  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2005/11/19(土)  00:50:48  ID:???  

魔術師が「とうせんぼ」をはじめてから一日と半日、白昼堂々とそれは現れました。  
鋼鉄の体と回る足という外見は以前現れた鉄のゴーレムとほぼ同じでしたが  
今回現れた『ソレ』は頑丈そうな無理やり箱に鉄板を貼り付けたような角張った体格をしていて  
頭には前に現れたものとは比べ物にならないくらい大きくて長い砲を備えています  
魔術師には読めませんでしたが、『ソレ』の側面には大きく『毘』という文字が書かれていました  
やって来た怪物は緑の男達が掘った穴に入り、頭だけを魔術師に向けると  
数千歩離れた丘の上からその光景を観察していた男達の足元をも揺らすほどの勢いで咆哮し砲を放ちました  
音の速度すらはるかに超えた速度で突入してきた砲弾は最初の結界に命中すると  
爆風を一点に集中し槍のように一直線に閃光を突き出しました  
頑丈な結界が二枚まとめて貫通されはじけ飛んで消滅します  
魔術師は予想外の事態に驚きましたが、すぐに勇敢な『ソレ』の冥福を祈り始めました  
結界を二枚重ねて貫通するほどの激しい攻撃です。  
それを二回も跳ね返されることになる『ソレ』が生きているわけは無い。魔術師はそう考えました  
ですが『毘』の文字を付けた化け物は何事もなかったように次なる咆哮を上げます  
再び結界に突き出される爆発と閃光の槍。今度は3枚まとめて打ち砕かれる結界  
今度こそはあの怪物も生きてはいまい。魔術師の祈るような希望は届きません  
新たな咆哮が街道に響き渡り、結界は最後の一枚を残すだけと成りました  

『ソレ』の顔は都合7度の反撃で傷だらけになっていましたが、未だ魔術師をにらみ続けています  
魔術師はいまだ平然と彼をにらみ続ける『ソレ』に恐怖しました  

慌てて残った魔力のすべてを最後の結界に注ぎ込み拳ほどの厚さのミスリル鋼板並みに鍛え上げました  
集中し研磨された結界は時間や空間すら捻じ曲げ物理的な実体をもって魔術師の前に立ちはだかります  



384  名前:  てさりすと  ◆V2ypPq9SqY  2005/11/19(土)  00:52:19  ID:???  

かまわず魔術師の立っているであろう場所に向けて放たれる咆哮  
しかし飛来したのは爆発と閃光の槍ではなく想像を絶する強度と速度を持って飛来する重金属製の長矢でした  
最後の結界は重金属の長矢を食い止めたように魔術師には見えました  
時間が捻じ曲げられていたお陰で普通なら観測できないほどの刹那の瞬間が、  
結界に命中した重金属の長矢の先端が押しつぶれていく瞬間が見えていたからです  

ですがそれは錯覚でした。  

長矢は結界によって先端から粉々に砕け先端から固体でありながら液体のようになりつつ  
徐々にそして確実に結界に浸透していきました  
ついには結界その物も自身の崩壊に巻き込み液化させながら貫徹しました  

その運動エネルギーの残滓が結界の裏側にいた魔術師に「終わり」を届ける直前  
魔術師は結界の先で未だに砲を向け続ける『ソレ』を見つめながら叫びました  







「  こ  の  化  け  物  め  !  」  




867  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:03:14  ID:???  

 魔弾の射手  

 ひとつ。エルフィール王国が西方世界で最強だった頃に  
 あらゆるエルフィールの権力に対抗して50年間頑張りぬいたという  
 そういうタイプのハーフエルフの一団を取り上げてみよう  

 この連中にオーラン帝国によって祖国での宗教の自由を失いアレフスタニアを永久に後にした  
 狂信的で原理主義的な獣人たちの血統を交えてみるんだ  

 きっと前代未聞の峻厳な強壮な不屈の種族が生まれることは請け合いだろう  

 この手ごわい連中を取り上げてだね。弱虫は生きられない環境で  
 蛮族や猛獣を相手とする耐えざる戦いをさせて200年ほどみっちりと鍛え上げる  

 さらに武器や魔術や馬術のずば抜けた技量を身につけれる所に置き  
 猟人や狙撃兵、騎兵にぴったりの地形を与えよう  

 そしてこの軍事的才能をカソリックやムスリムのような宿命論的で厳格な獣人達の宗教と  
 熱烈的で身を焦がすような愛郷心で磨きをかけさせる  

 これら一切の資源とあらゆる衝動を一身に兼備させるのだ  

 そこに生まれるのが君。あの現代ボードア人だよ  

 我々が今戦っているゲリラ達はそういう連中で構成されている  


―――ボードア鎮定作戦中。NHKの取材に応じた第26連隊長の発言より一部抜粋―――  



868  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:03:42  ID:???  


「気持ちのよい夜だな」  

96式装輪装甲車の上部に山と詰まれた各種物品を枕に星空を見上げていた小隊長が呟くのが聞こえた  
機銃座に取り付いていた私も釣られるようにして星空を見上げた  
そこにはさえぎる物は何も無い満天の星空  
宝石箱の中身をばら撒いた様な星の海に大きな月が二つ輝いている  

「――――はい。自分もそう思います」  
「こういうときには熱燗でもあれば言うこと無いんだけどなあ」  
「日本酒はさすがに無いですけど  
 熊本産の焼酎なら荷台につんでたと思いますよ・・・『商品』から引っ張り出しますか?」  

もちろんその分儲けは無くなりますけどね  

「いや、一応作戦中だからな。宴会は町に辿り着いてからにしよう」  
「その時は自分達も付き合いますよ・・・もちろん小隊長のおごりで」  
「その辺は今回の売り上げしだいだな」  
「・・ああ商売の神様。われらに大いなる商運をくださいませ」  

肌寒く成り始めたひどく静かな夜の何気ない会話  
この世界に来てからは妙な戦争に巻き込まれたり妙な風邪を引いたりと碌な事が無かったけど  
この変わり者の小隊長と仲良くなれたことだけは良かった出来事として記憶に残るだろう  

見た目には明らかに職務怠慢の常習犯でありながら、人一倍の戦果を挙げている変わり者  
最近では警戒巡回中の装輪装甲車で町から町に部隊から部隊に  
駐屯部隊が求めるあらゆる『商品』を運ぶ何でも屋まで始めている。  
何でも輸送隊の幹部に兄妹がいるらしくいろいろと物品の入手が可能なのだそうだ  
と言っても仕事を疎かにしている訳ではない。  
何を隠そう今現在も敵部隊の動向を探るために人里はなれたこんな無人地帯を偵察巡回中なのである  



869  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:04:13  ID:???  


・・・いや、まあ数時間前からエンジンすら動かしてなかったりするので  
今ははるか彼方の町でぐっすり寝ているであろう中隊長がみれば  
たぶん「任務怠慢だ」として怒鳴りそうであるが・・・訂正『間違いなく怒鳴る』  
まあ、中隊長は30kmの彼方にいるから見つかる心配なんてする必要はないだろう  
それより注意しないといけない連中はもっと傍にいるはずだ  

「『あいつ』もこうやって夜空を見上げてるのかねぇ」  

夜空に輝く双子月を見上げたまま小隊長は不意に問いかけてきた  

「あいつ」  
この問いかけには俺を含めてこの小隊の人間にしかわからないであろう言葉が含まれている  
その言葉はこのボードアの地に来て以来何度も顔を合わせてきた  
とあるゲリラ側に雇われた一組の魔術使い達のことを指しているに違いない  

「さて。どうでしょうか。彼女は夜目も利きますから今も頑張ってるんじゃないんですかね  
 もしかしたらこの近くに潜んでいて  
 今頃小隊長の頭に照準を合わせて引き金を引こうとしてるかもしれないですよ」  

俺は果ての無い星空から地平線の方へ視線を降ろしながら冗談めかして答えた  
寝転がって星空を見上げている小隊長と違って  
こっちは見上げるように視界を上げ無いと成らないので少しばかし首が痛くなってきたから  
前々から思ってけれど、ちょいとこの鉄帽ちょいと重すぎやしませんかね  
確かに以前この鉄帽に命を救われたことは事実だけれど、やっぱ重いです  

「くっくっく。よせよせ。獣の匂いはしないし例のお祈りの言葉は聞こえてないぞ」  
「聞こえるほどそばに近寄らてたらそれこそ小隊長の命はありませんよ」  

ちょいと皮肉を利かせた忠告に小隊長は「違いない」と言って笑った  
・・・ここは笑うところなのだろうか  
少しばかし気を引き締めてもらおうと期待して言った言葉すらこの人には楽しいらしい  


870  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:04:39  ID:???  


静かな星空の下、時計の針は止まる事無く進んでいく  
それに吊られるように徐々に予定出発時間が近づいてきている  
もし時の神様とやらが存在するなら全く以ってせっかちな人に違いない  
眠りについていた隊員たちが徐々に目を覚まし、今日一日の準備を整え始めた  
夜明けはまだまだ先だろうけどこの月明かりなら夜道だって怖くは無い  

「さてそろそろ出発するかぁ。・・神様、今日こそ「あいつ」に再会できますように」  
「妙なことを祈らないでください。本当になったらどうするんですか」  

小隊長を嗜める  
しかし本当の事を言うと言葉とは裏腹に俺も『あいつ』に再会できる日を心待ちにしていたりする  

・・・・・・・・・・  


871  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:05:20  ID:???  


『あいつ』  
 それは一間半の長さを誇る前装式マッチロックライフルをもった狙撃主の事だ  
 彼女はどこにでも現れる  
 最初に現れたのはエルフィールの軽騎兵隊が再占領した名も無き小さな村だった  
 その村を見下ろせる一本杉の上に彼らは陣取っていた  
 たまたま近くを通りかかった俺達が救助に駆けつけねば全滅していたかもしれない  
 たった10分間の間に13人が打倒されていた  
 狙撃手は馬に飛び乗ると生き残った軽騎兵の追撃を振り切り荒野に消えていった  
 次に現れたのはボードアの中心都市であるトランスヴァール  
 彼女の名が売れ出した、そして俺が始めてこの狙撃手のご尊顔を拝したのはこの時の戦いだった  
 この時狙撃手が狙ったのはたまたまこの街にある物資集積所を視察に訪れた連隊長  
 幸い防弾服を着込んでいたために大事には至らなかったがその後がすごかった・・・  

『この無線を傍受している全部隊へ!連隊長が狙撃された!繰り返す  
 連隊長が狙撃された!狙撃手を探し出して必ず始末しろ!』  

 無線機によって主席幕僚の怒声だけで構成されたこの放送が流れるや否や、街は一瞬にして戦場と化した  
 それをさらに集積物資を焼き払うために運の悪いゲリラ達が行動を起こした事がそれに拍車をかけた  
 出撃した戦車小隊の戦車が屋台を薙ぎ倒しながら走り回って街路と言う街路を次々と封鎖し  
 数分の間も空けずに街の出入り口という出入り口は軽装甲機動車と街の警備に当たっていた猟騎兵隊がとうせんぼ  
 それから約10分後には上空を飛び回るM-2重機関銃を側面から露出させたOH-6に支援され  
 小銃片手に親御さんには見せられない表情で楽しい家庭訪問を始める2個中隊を超える普通科隊員と  
 友軍エルフィールのマスケッターズ(フリントロック装備)の一個大隊が合計で800名強  
 挙句の果てにはどこで無線を聞いたのか爆装したのF-15の編隊が上空で近接航空支援の真似事の準備まで始める始末  
 気のせいだろうか。低空で旋回を繰り返す編隊の戦闘機の尾翼にリボンのマークが見えた気がした  
 そしてこれらゲリラ狩り部隊の最先方に立たされたのが、  
 連隊長が狙撃された通の反対側で街路警戒などと嘯きながらくだを巻いていたうちの小隊だった  


872  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:05:44  ID:???  

 この突如勃発した対狙撃兵戦闘が始まったその瞬間我々が何をしていたのか。  
 それは我々以外誰も知らない・・・と言うか、血迷っても教えられない  
 もし口をつぐむ彼らに「強制」「洗脳」とかの魔術で無理やり証言させれば次のように答えただろう  

 某小隊の隊員Aの証言「車内の面子で大富豪してました・・・もちろん金賭けて」  
 某小隊の隊員Bの証言「露天開いて商売してました・・・闇物資の横流しで」  
 某小隊の小隊長の証言「近くの喫茶店で涼んでました・・・アロハシャツ姿で」  

 もし中隊長や連隊長にばれようものなら如何なる処分が下るかわかった物ではない  
 これらの事実は小隊全員の無言の同意の元、歴史の闇に永久に葬られることになった  
 その様などうでも良い事実はともかく、無線がなり響いた後の我々の対応は非常に早かった  
 車外に飛び出していく小銃班を視界の片隅にカードを投げ捨てて俺も直ぐに機銃座に付く  
 そこに備え付けられているのは狙撃仕様のスコープ付きのMINIMI  
 こう幹を力任せに引いて今度は逆に押し込んで安全装置を外す  
 心躍るような爽快な金属音が鳴り響く。後は敵を見つけ出して引き金を引くだけだ  

 その瞬間音も無く飛来した新たな銃弾が連隊長の周囲に立ちふさがった護衛の頭を、  
 まるでボクサーのストレートをまともに食らった子供の頭のように仰け反らせた  
 護衛はそのまま崩れ落ちるようにその場に倒れこむ  

 ・・・ありゃ間違いなく死んだな。  

 同じ自衛官が狙撃されて死んだというのに頭は何処か冷静に状況の整理収集速度を活発化させる  
 周囲を注意深く見渡すがどこにも狙撃手の姿は見えない  
 いや、まて俺ならどこからこの広場を狙撃する?  
 近くの屋敷から?・・いやまずそれは無い  
 狙撃には間違いなく成功するがそれでは狙撃に成功しても脱出でき無い可能性が非常に高い  
 俺ならまず自分の逃げ道を徹底的に準備する  
 そのためには標的の護衛部隊の反撃を受けないようにある程度距離をとる  
 できれば状況をよく見通せるような位置がよい。  
 そう・・たとえば教会の鐘楼の覗き窓のような所に陣取るはずだ  


873  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:06:19  ID:???  


 300mほど先の教会。その尖塔の小さな空気穴に狙撃手は居た  
 だが姿は見えない。此処から見えるのは僅かに上下する銃口と銃身だけ  
 狙撃手は部屋の奥から空気穴を通しじっくりと目標だけを狙っている  
 潜伏場所がわかったというのにこれでは此方から逆狙撃することが出来ない  
 撃ち返せる場所があるとすれば、それは狙撃手の照準に合わさっている場所からだけ  
 狙撃手はテレビや映画のように隙間から身を乗り出すような無粋なまねはしない  

 狙撃場所の選択といい、どうやらこの狙撃手とは気が合いそうだ。  
 出来れば同業者としてはその仕事の完遂を見守ってやりたい所だがそういうわけにも行かない  

 俺は確固たる妨害の意思を込めて引き金を引いた  
 もちろん部屋の奥の潜んでいる狙撃手に当たる訳はないし、当てようとも思っても居ない  
 ただ単にお前は既に発見されたと教えてやろうしただけだ  
 普通の狙撃手なら敵に自分の居場所がばれたと知れば、まず間違いなく逃げ出すだろう  
 ついでにこれは小隊長に目標を発見したと教えると言う意味もある  
 一秒、二秒、三秒。射撃停止    
 空気穴から目標の銃口が引っ込む。同時に小隊長が叫んだ  

「3時の方向の教会の鐘楼だ!  撃て!」  

 小隊の射撃が集中する一瞬前、一度だけ影が空気穴を横切る。  
 このまま逃げる積もりか?確かにそれが狙撃主としては一番正しい。  
 しかし―――狙撃手は逃げなかった  
 狙撃手は挑発に応じ此方に照準を合わせてくる  
 部屋の中にたまたま飛び込んだ銃弾の弾痕から位置を逆算し  
 躊躇う事無く此方に照準眼鏡すら付いていない銃口を向けてきている  
 だが後から相手を探し出して照準を合わせるよりも  
 前もって照準を合わせている人間の方がはるかに早く狙撃を行える  
 その顔がMINIMIに取り付けた照準眼鏡の中心に移る。  
 狙撃手の口が一瞬、『私を見つけられたご褒美です』と言うように動いた気がした  
 おれは構わずにそのまま引き金を引き絞る  


874  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:07:01  ID:???  

 何も起こらなかった。  
 答えは簡単。実際には引き金を引くことが出来なかったからに他ならない  
 確かに引き金を引こうとした。ただ指が動かなかった  

『Lord,  make  me  a  channel  of  your  peace』(高貴なる者よ  私をあなたの平和の道具にしてください。)  

何処かから妙な祈りが聞こえてきた瞬間、思考以外のあらゆる機能が停止した  
指一本、いや筋肉の筋ひとつ凍りついて動かなくなったような感覚だった  

『Where  there  is  wrong,  I  may  bring  the  spirit  of  forgiveness』(いさかいのあるところに許しを)  

金縛りなんて生易しい感触じゃない文字通り体の全機能を乗っ取られる感覚が全身を満たしていく  

「畜生・・・詠唱魔術って奴か?」  

それはこの地に来る前の派遣前教育で何度何度もしつこいほど聞かされた  
全く持って卑怯極まりない『魔術使い』達独特の戦い方だった  
そのエルフィールの騎士だと名乗った教官は言った  


―――『魔術使い』は平凡な連中だ。何でも一通り出来るが何一つ完璧なものは無い  
『魔術師』のように莫大な魔力で敵をなぎ払うような戦い方できないし  
『騎士』のように己が身と技術を鍛え上げて正々堂々と敵を打倒する戦い方もできない  
 この三種の兵種が「正々堂々」と戦えば『魔術使い』は必ず負ける  
 だが、実際の戦場で最後まで立っているのは『魔術使い』だと断言できる  
 奴らは地上最強のイカサマ師だ。絶対に一人で戦おうと思うな  
 戦う時は敵を確実に圧倒できる戦力を叩きつけて何も出来ない内に始末しろ  


―――油断した。相手をただの狙撃手と侮った俺のミスだ  


875  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:07:29  ID:???  

 まずい  このままでは間違いなく殺される    
 サイトの中では大きなピアスをつけた美女が意味ありげな微笑を浮かべながら呪を口ずさんでいる  
   
『For  it  is  by  forgetting  self  that  on  finds(私たちは与えるので受け)』  

 そう確かあの時、あの教育で確かに教官から束縛の魔術から逃れる「おまじない」を学んだはずだ  

『It  is  by  forgiving  that  one  is  forgiven(ゆるすのでゆるされ)』  

 だが、寝ぼけ眼で聞いていた数ヶ月も前の教官の話など急には思い出せるものではない  
 普段の冷静な思考なら兎も角、このパニックを起こしている脳では不可能に等しい  

「畜生。動きを止めておいて狙撃するなんて反則だぞ!!」  

 動かない体でサイトに映る人影相手に無意識にそう叫んだ  
 自分が本当にそう叫べたのか、叫んだつもりだったのかは判らない  
 一つだけ判っているのは、この詠唱が終わる時自分の命も終わるという事だけだった  

『It  is  by  dying  that  one  awakens  to  eternal  life(己が身を捨てることによって、私は永遠に生き伸び続ける)』  

 人の体を奪っておいて勝手に捨てるな!!  
 サイトに映っていた狙撃手の銃口から閃光と『何か』が飛び出す  
 急に体に感覚が戻り、強烈なハンマーのような一撃が脳を揺さぶる  
 何かを考えるまもなく訪れた音の無い敵の銃弾は  
 まるで車両ごと地雷で吹き飛ばされたような激しい衝撃をもたらした  
 この戦いでの俺の記憶はこれっきりで途絶える  


876  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:08:10  ID:???  


 次に俺が意識を取り戻したのは装輪装甲車の中に転がされてしばらく経ってからのことだった  

「ああ勇者よ。戦闘中に気を失なってしまうとは何事だ」  

 開口一番ふざけたことを呟く馬鹿を無視して俺は自分の頭を確かめた  
 傷一つ無い綺麗な頭。だが、鉄帽には銃弾が命中した事を示す傷がハッキリと残っていた  
 撃たれた。鉄帽が無ければ間違いなく頭を打ち抜かれていた  
 狙撃に使われた銃がただの鉛玉しか撃てないマッチロックではなく  
 我々と同じNATO弾を使う小銃を相手が使っていれば俺はあの時に確実に死んでいたはずだ  

「降三曹。戦闘はどうなったんだ」  

無意識のうちに尋ねた。ただ彼女の結末が知りたかった  

「ち。ノリの悪い奴だな。  
 終わったよ。ゲリラは降伏したし狙撃手の居た教会の鐘楼は74の戦車砲で爆砕された  
 死体はまだ見つかってないが人間の身長ほどの火縄銃と血まみれのカソック(修道服)の断片が見つかった」  
「しとめたのか?」  
「知るか。撃ったのはおまえ自身だろ。撃たれた衝撃で忘れたのか?  
 どっちにしろあの出血量なら肩か胸か・・まちがいなく致命傷だ。まず生きちゃ居ないな  
 小隊長が陣頭指揮して捜してるから死体も直ぐに見つかるだろう」  

 俺が撃った?あの狙撃手を?  
 ほかの班員にも聞き返してみるがそれだけは間違いない事実だそうだ  
 撃たれる直前に体が開放された時、無意識に引き金を引き絞っていたらしい  

 後にわかった事だが、降三曹の狙撃者の生存に関する予想はだけは間違っていた  
 あの狙撃者の死体は見つからなかったのだ。その代わりにとんでもない物を見つけた  
 それは古い時代に火急の際の脱出路として作られた地下迷路  
 そこには最近誰かが通った足跡と血痕がどこまでも続いていたらしい  


877  名前:  魔弾の射手  ◆V2ypPq9SqY  2005/12/04(日)  10:08:53  ID:???  

 結局の所、アレだけの戦力を注ぎ込んだにもかかわらず、我々は狙撃手に逃げられたのだ  
 判明したのは狙撃手がとんでもないほど美人の魔術使いだと言うことだけ  
・・・・・・・・・・・・・・・  

以来、我々は小隊はあの狙撃主に復讐を誓って訓練を積んでいる  
今度は呪になど掛からずにまともに戦えるように対詠唱呪文の装備や準備も整える  
まるで告白に備えて準備を進める女生徒のように必要以上に準備を整え演習を繰り返した  
女の狙撃手が現れたと聞けば現地を訪れてその戦法を研究し対策を練った  

それはとても楽しかった。  

ある意味で俺は本当にあの狙撃手に惚れているのかも知れなかった  
たった一度しか触れ合ったことのないあの狙撃手に  
しかもその触れ合いが命のやり取りなのだから笑うしかない  
それは恋愛感情のような単純なモノではない。  
旨く説明は出来ないが、人間の生き方に惚れると言うのが一番近い感情かも知れない  

―――ただ敵を打倒する為だけに生まれ、そのためには手段を選ばないと言う  
無意味に一途な恋する乙女のようなそのあり方に俺は惚れてしまっていた  


俺は今日もボードアの地を行く  
君を打倒し乗り越えて見せると銃を持つ彼女の幻視に誓いつつ  
次なる行き先は一個旅団のマスケット隊がゲリラを包囲中であるという森林地帯  
彼女がゲリラ達と一緒にそこに居るとは限らない  
だが・・・小さな可能性を信じ我々はそこに向かっている  


もし再び出会えたなら今度こそ決着を付けよう。名も知らぬ狙撃の姫  




725  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:01:14  ID:???  

「食料輸送船ダーナに命中弾2横転します!」  
「いなずまより報告!敵サーペント三体を撃破!」  

 船団は敵海軍による襲撃を受けていた  
 護衛船団の旗艦を勤めている「ひえい」の艦橋は無数の怒号に包まれている  

「救助は後回しだ!速やかに敵性生物の撃破を行え!  
 それよりまだ敵の指揮竜は見つからんのか!」  

 船団司令のもう何度目になるのか分からない催促の声が放たれる  

「対潜ヘリが聴音中です・・・発見しました!  方位1−2−2  距離3500  深度540」  
「よし良いぞ  絶対に逃がすな!」  
「米駆逐艦チャンドラー  アスロック発射  命中まで約30秒」  

 司令部の緊張感が一時和らぐ  
 海洋生物の水上艦への襲撃は海竜の指揮によって初めて効果的な襲撃になる  
 まるでウルフパックのように巧みに海洋生物を指揮する海竜は厄介極まりなかったが  
 その海竜さえ始末してしまえば後は時間の問題で  
 襲撃者達は逃げ去っていくことは既に他の船団が襲撃を撃退した時に証明されている  
 勝利の確信。だが一瞬の隙が彼らの命取りになる  
 たった一瞬。それが竜の放った精霊が輪方陣の中の輸送船に向かうのを見逃させてしまう  
 その結果は直ぐに知らされることになった  
 海を震わして耐え難い爆音と閃光が船団を包み込む  

「だ、弾薬輸送船ビリジットに命中弾!」  

 2000t近い弾薬と砲弾が線香花火のように乱れ飛び一瞬にして木造の輸送船を海上から消失せしめた  
 その余波をもろに食らったダーナもまたその潜航速度を急速に増して海中に消えていく  
 あの爆沈の仕方では船員の命は絶望的だった  


726  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:02:00  ID:???  



 長い長い戦闘だった  
 日暮れと共に始まったコンボイと水生亜人種や化物との交戦は夜を徹して行われ  
 最後の襲撃を撃退した頃には既に朝焼けを迎えようとしていた  
 周囲を見渡せば見渡せば出港時には50隻を数えた輸送船団は当初の半分にまで磨り減っていた  
 船と船の間の海上には無数のサーペントや水竜を初めとする生物達の死骸が船舶の残骸が  
 行われていた戦闘の激しさを証明するかのようにあたり一面に浮き沈みしながら後方に流れていく  
 帝国の群狼作戦によって今日もまた多くの物資と船員達が波浪に消えていった  

 このままでは時間の問題で海上輸送力がすり減らされていくのは時間の問題だった  
   

 同日0900時  
 6回目の輸送船団が襲撃を受け沈没したとの報告を受けた  
 同盟諸国のあらゆる輸送任務を統括する大陸兵站総隊の司令部は  
 中小船舶によるコンボイによる危険海域での運行を終に一時停止することに決める  
 それは妥当な判断と言えた  
 すでにここ2,3日の輸送船舶の被害は凄まじい数を示している  
 1000t強の帆船が12余隻、2000tクラスの機帆船が5隻  
 それ以下の船舶となると両手両足を使っても数え切れない有様だった  
 これでは貴重な物資を前線に運んでいるのか、海中投棄に向かわせているのか分からない状態である    
 海上自衛隊の掃海艇や駆逐艦が全力で敵対生物の殲滅を行いつつあるものの  
 掃海が終わるのは何時になるのかも分からない  
 この状況を打破するために大陸兵站総隊は新たな手を打つことになる  

 海上輸送の補助作戦でしかなかった陸上部隊による陸上輸送の大規模化  
 大陸横断輸送作戦「ビクトリーロード」の始まりである  
 だがそれは海上から陸上へと戦いの場が移り変わったに過ぎなかった  


727  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:02:38  ID:???  

「まったく、たまには気の利いた報告の一つでも飛び込んで来ないものか」  

 そういって先ほど届けられたばかりの報告書を机の上に投げ捨てた部屋の主は  
 机の引き出しに押し込まれれている徳用マッチ箱から一本ばかり取り出すと  
 こちらは高級品である細長い葉巻に火をつける  
 硫黄の焼ける匂いと葉巻の芳しい香りが一瞬だけ彼の鼻腔を刺激する  
 やはり葉巻は良い物に限る  
 部屋の主は天井を見上げると一気に煙を吐き出したあと  
 そのまま無心になったように数ヶ月前から錆びるに任せたまま  
 天井から釣り下がっているシャンデリアを見つめ続けた  
 その部屋は部屋の主の訳の分からない兵站総隊長と言う名前の役職を考えるのならば  
 過剰気味ではないかと思われる程度には大きな部屋であった  
 職人の手による大きな執務机の上には比喩ではなく文字通り書類が高層ビルのように立ち並び  
 わずかに葉巻箱と筆記道具のある空間だけが薄い漆の表面を覗かせている  
 それらを覆う部屋の外周には本棚が装甲板のように立ち並び  
 よくぞ床が抜けないものだと思いたくなるほどに重厚な作りの本がみっちりと詰まっている  
 もちろん部屋の主にはそれらの文字を読めないために単なるインテリアの息を出ていなかったが  
 地震かなにかで天井が抜けたときには本棚だけで天井を支えかねないと思えるほどの存在感を持っていた  

「総隊長。フィアナ騎士団長が参られました」  
「ああ。お通ししろ」  

 部屋の主がやや惜しみながら吸いかけの葉巻を灰皿に押し付けて消火する  
 しばらくすると白銀の髪を短く刈り上げた短身の騎士が勢い良くドアを開いて入室してきた  
 彼の名前はフィン・マックール  
 フィアナ騎士団の指揮官にして自身も天下に名を轟かせる優秀な戦士の一人だった  

「良く来てくれた。騎士団長。何か飲むかね」  
「ありがとう。もらおう」  


728  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:03:11  ID:???  


 突然の来訪者に対し総隊長は必要以上に穏やかな口調で話しかけた  
 役職の上では彼の方が遥かに上位に位置しているのだが  
 所属する国同士の関係が微妙なために上位口調で話しかけるには少々問題があった        
 大体にして、偉そうに話しかけたからと言って何か徳があるわけでもない    
 ただ相手の気分を害する分だけ自分の気分が良くなるだけだ  
 下っ端の幹部や陸曹にはその手の事を生き甲斐のようにしている者も少なくないが  
 大抵そういう人間は部下達によって無能の烙印を押されている  
 どうせ何の特にもならないのなら下の者にたいしても丁寧な対応を取ったほうが良い  
 部屋の主はその程度の判断が出来る程度には有能だった  

「第17輸送車団はなんとかダナ補給処までたどり着いた。車団の損害は先ほどの報告の通りだ」  
「こちらでも確認した。・・・さすがにここまでくると神様に縋り付きたくなってくる」  

 出発時には300台を数えた荷馬車群が目的地にたどり着いた時には三分の二になっていた  
 積載量が約1tに満たないの食料運搬用の荷馬車の被害だけでも洒落にならなかったが  
 まだ何とか許容範囲の被害と言えた。海と違い護送車団の活動地区は陸上だ  
 馬車自体が破壊されたとしてもある程度の物資の回収が見込めたし、  
 それを余裕のある馬車や馬匹の餌などを積んでいた空荷駄に収容する事も出来る  
 そんなものよりも弾薬を満載した大型馬車が爆砕された事のほうが非常に痛い  
 慢性的な弾薬不足に悩まされている前線部隊にとって2万発の銃弾の価値は金にも勝る  
 その貴重な弾薬が一瞬にして灰燼に帰した  

 畜生、船さえ使えればすべてが解決するものを  
 1000t級の木造コルベット1隻でこの護送車団が運んだ物資以上の物を運べたのに  
 LOLOやRORO船舶が使えたのなら一度にその100倍は硬い  

 だが前者は危険すぎるとの総隊長自身の判断のおかげで港に引きこもったままであるし  
 後者の場合、襲撃などの被害や気象の影響はほとんど考えられないが  
 彼らが入港できるこの世界の港湾は片手で数えるほどしかない  


729  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:04:44  ID:???  

「性悪と間抜け揃いの神々に祈ってもどうにも成らない  
 それよりこれからをどうするかのほうが重要だろう  
 王国のラウンドナイツも赤枝騎士団どもも黒狼騎士団も  
 そして私の騎士団もこれ以上独力で輸送車団の護衛を果たすのは困難だ  
 そもそもの問題として我々はこのような戦いを想定して編成されていない」  

 緑茶をすすりながらマックールは言い放つ  
 喋り方は悪いが30を少し過ぎたこの小柄な騎士の言葉には穏やかな何かが含まれている  
 軽快にして短節、まさに騎兵部隊の指揮官にふさわしい態度だった  
 確かに彼の言う通り騎士団は護衛任務には向いているとは言いがたかった  
 騎士団と言うものは本来ならば甲冑を着込み長槍を持って  
 歩兵によって混乱状態に陥った敵陣に突っ込みその衝撃力で敵を粉砕するのが役割である  
 時代の流れで制服の上に胸甲を着込むだけの姿になったといえども役割は変わらない  
 それを軽騎兵の役割ですらない輸送車団の護衛に使われているのだった  
 当然のように不満は大いにあるが、それを公然と口にするほど彼もまた愚か者では無い  
 何より契約により目の前の男に従う事を誓っていては文句の付けようもない    
   
「各師団を脅迫して護衛部隊を抽出させている  
 編成完結にはいま少しの時間が必要になるが、予想以上に質の良い部隊が集まった」  

 総隊長の言葉に嘘は無かった  
 たしかに各部隊から抽出された部隊の質その物は非常に良好だった  
 高機動車に始まり軽装甲機動車、73式装甲車まであった  
 挙句の果てにはどこでどう手に入れて改造したのか  
 大型トラックの上に航空自衛隊の基地防空用のVADSを乗せた上に装甲板まで溶接してある物まである  
 だが、総隊長にとってはなによりも96式装輪装甲車があるというのがうれしかった  
 自衛隊には96式装輪装甲車ほどコンボイの護衛に適した装甲車は無い  
 89式装甲戦闘車などの装機車両に比べれば確かに戦場機動力や装甲防御力の面で不安は残るが  
 そもそも装輪車両を最前線の弾幕下で運用しようとするのが根本的な問題で間違っている  
 装輪車両とは警戒や今回のような非武装車両の護衛にこそふさわしい    


730  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:06:22  ID:???  

「それはめでたい。で?どれほどの部隊をこちらに廻してもらえる?」  
「おおよそで一個中隊強といった所か」  

 総隊長の用意した兵力を多いと見るか少ないと見るかは微妙なところだろう  
 確かに前線部隊が抽出した部隊は少なくないし総計では増強一個連隊戦闘団を編成できるほどの大兵力である  
 護送戦団はフィアナ騎士団が護衛する物だけでない事を考えれば一個中隊強と言うのは破格のプレゼントと言える  
 だが、フィアナ騎士団の担当する護送戦団は3個戦団900台強も在る  
 均等に割り振った場合、各戦団には一個小隊しか当たらない  
 実質的には300台を数える荷馬車の護衛に対し、4〜5台程度の護衛車両しかない事になる  

「もう少し分けてもらえないのか?・・・と言っても無理か」  
「残念ながら」  

 本当のことを言えば、無理に抽出しようとすれば何とか成らないことは無かった  
 自衛隊や在日米軍には独自の高速護送戦団がある。其処から護衛を引き抜けば良い  
 しかし完全に機械化された大中のトラックとAAVやAPCで編成されているこの輸送車団の輸送力は  
 騎士団が護衛しているような馬匹と車両の混成部隊とはそれこそ桁が違う  
 常時戦闘ヘリか航空自衛隊の支援戦闘機の支援を受けているほどに重要な輸送部隊だった  
   
「ならばそれで何とかしよう」  
「頼む。それで君の部隊の一番早い部隊で再編成にはどれほどかかる?」  
「一週間・・・いや5日で何とかしよう」  
「わかった。こちらも何とかそれに合わせよう」  

 その後事務的な言葉を二言ほど話し合い騎士団長が退出していくのを確認した総隊長は  
 先ほど吸い掛けていた葉巻に再び安物のマッチで火をつけて天井を見上げ  
 ゆっくりと煙が上ってゆくのをぼんやりと眺めた  



731  名前:  てさりすと  2006/01/22(日)  11:08:52  ID:???  



(まったく、誰も彼も大変だ)  

 何もかもが必要で、何もかもが足りない      
 誰もかもが必死で全力を尽くしているはずなのに情況は一向に好転しない  
 兵力も足りなければその足りない兵士に届ける補給物資すら足りないと言う有様  
   
(あとで適当な誰かに私当ての一級賞詞を推薦させよう。そうでもしないと割に合わなすぎる)  

 兵站総隊長は僅かばかりの至福の時を噛み締めるように味わった後  
 自己に与えられた任務に戻る事にする  
 幕僚から挙げられる書類に目を通し、署名と捺印を行ねばなら無い  
   
 陸海空自衛隊や在日米軍、そして王国軍  
 その兵站の問題をすべての責任を押し付けるために作り上げた  
 大陸兵站総隊というあやふやな組織の総隊長は  
 今日もまた書類と報告の海に溺れながら  
 既得権益を奪い合う各部隊の仲裁と言う戦場にも身を投げ出さねば成らなかった  
   
   

 最前線において華々しく戦われている戦争  
 その裏側でも目立たないが、しかしたしかに  
 前線の部隊にも負けない戦意を持って後方部隊も戦っている  





713  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/14(火)  23:46:17  ID:???  

 ヴァレンタインデー  

 それはある意味で自衛隊に置ける一つの鬼門とでもいうべき行事である  
 なにしろ職場的に女性からチョコをもらえる可能性が限りなく低い  
 ただ単に低いだけでなく絶望的に低い  
 町に出て個人的に交友のある人からチョコを得る幸運な隊員を除けば  
 下手をするとチョコの「チ」と言う言葉すら聞かない悲惨な隊員も少なくない  
 女性隊員の多い職種ならばチョコを手に入れることも夢物語ではなかったりするのだが  
 それは夢あふれ胸ときめかすような『プレゼント』として贈られるのではなく  
 義務とか義理とか言う言葉付きで『支給』とか『配給』されるものなのである  


「それを思えば、俺って幸運なんだろうなあ・・」  

 3尉は案内の皇女付きの侍従兵の後ろを歩きながらそうつぶやく  
 彼が皇女によってこの奇妙な世界に召喚されてから暫く  
 彼の活躍によって皇国軍は共和国軍を押し返し有利な戦況を呈し始めている  
 今日はその労を労うため、皇女自ら褒美を彼に与えると言う話だった  

「こちらで皇女がお待ちになっておられます」  
「分かった。ありがとう」  

 3尉は期待に胸をときめかせながら、皇女の居室のドアを開けた  
 なにしろこの皇女様  日本の文化や風習にとても興味を持っており  
 いままでも除夜の鐘を始とする数多くの日本の行事を  
 再現して楽しむと言う変わった趣味を持っている方なのだ  
 たまに妙な誤解でおかしなことをしでかす事もあったが  
 概ねの再現には成功している勉強家であった  
 そして今日は2月の14日である。とすればもらえるものは1つしかない  



714  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/02/14(火)  23:47:50  ID:???  

「おお。良く来てくれた。今日はお前に褒美を取らせようと思ってな  
 貴殿の右側にあるそれじゃ。」  

 労いの言葉もそこそこに皇女は部屋の片隅にある木製のコンテナを指差した  
 それを見た3尉の脳裏をなにやら嫌な予感がよぎる  
 皇女の指差した箱はとてつもなく大きかったのだ  
 それこそ「戦車」でも入りそうな大きさである  
   
「まさか、、そんなベタベタなオチはいくらなんでも」  
「・・・なにを警戒しているのじゃ?  
 まさか余がそなたを害するようなものを送るとでも思っているのか?」  
「いえ、そんなことは微塵も思ってません」  
「ならばよい。はよう中を確かめよ」  

 彼は言われるがままに開封というより解体に近い作業を開始した  
 彼の脳裏に、ある戦車の姿が浮かんでは消えるがかまわず作業を続ける  
 数分後。現れたそのプレゼントに3尉は目を疑った  
 箱の中から椅子に腰掛けたひげ面の中年の紳士が現れたのである  
 織田信長に良く似た紳士は大儀そうに目を開くと何も言わず彼に紙箱を投げ渡す  

「皇女様?これはいったい・・・?」  
「チョコレートなる洋菓子じゃが?そなたの国の行事じゃろう」  
「いえ・・そうじゃなくてこのお方はどちらさまで」  
「そなたの国の暦の2月14日  
 その日は『ヴァレンタインにチョコ』を貰うのだと聞いておる  
 だからヴァレンタイン傭兵隊長にお越しいただいただけじゃが・・」  

・・・    

 すみません。思いつきをやって見たかっただけなんです・・・  
 時間に間に合わせるのがいっぱいいっぱいで文章を考える余裕なかった・・  
 しかも二重投稿だ・・・  




919  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/04(土)  22:13:44  ID:???  

 降り注ぐ鋼の雨が辺りを穿ち、大地を掘り返しつくした戦場で  
 その再生能力ゆえにただ一人生き残った吸血鬼が叫んでいた  

「認めぬ!認めぬぞ!!  
 こんな結末は余は認めんぞ!!!!」  

 古の昔よりその地方には吸血鬼達が住む  
 吸血鬼達は鉱物の宝庫である山麓に潜み近寄るものをことごとく切り払い退け  
 グール達の軍隊で諸王国の軍団の攻撃すら幾度となく撃退したその場所は  
 まさに不死者の楽園とも言うべきその場所だった―――ほんの、1時間前までは  
 妙な服装で吸血鬼の聖地を侵した人間達をいつもの様に始末してから一週間後の事  
 報復にやって来た緑の軍団は問答無用で迎撃に出た吸血鬼の軍勢に死をばら撒いた  
 MLRS二個特科中隊による一斉射撃  
 15榴装備の二個特科大隊の全力射撃すら軽く凌駕するその破壊力を前に  
 たやすくグールや怪物たちは『グールや怪物』だったモノに成り果て  
 吸血鬼すらその屍を大地にさらした  
 だがこの最初の攻撃で死に絶えられたものは幸せと呼べただろう    
 50tの鋼鉄の化け物を主力とする鋼の騎兵に蹂躙されなくてすんだのだから  
   

「やかましいぞ化け物。貴様らの負けだ。とっととオッ死ね」    

 無慈悲な報復者の構える重機関銃が咆哮し  
 無数の鉛玉が吸血鬼に降り注ぎその身を蜂の巣にしていく  
 だが吸血鬼はこの程度のものでは死にはしない  
 その証左に、神話にすら歌われるほどの再生力を持つ彼らは  
 数多の英雄の必殺の攻撃を受けてなお生存し逆に挑戦者達を屠って来ている  
 それでもなお―――この吸血鬼の無敵の体をもってしても  
 ―――無慈悲に弾をばら撒く目の前の男『達』のほうが強い    


920  名前:  てさ  ◆V2ypPq9SqY  2006/03/04(土)  22:14:43  ID:???  

 頭が弾け腕が千切れ胸を抉られ足が意味を成さなくなっても攻撃は病まない  
 再生が追い付かない。再生した片端から吹き飛ばされていく    
 一撃で死なぬなら百撃を加え  
 100の弾丸で殺せぬのなら1000の銃弾を叩き込む  

 無間地獄を思わせるその攻撃を前に、吸血鬼ごときが生き残れるはずも無い  
 故に―――最後の吸血鬼がその銃撃に最後まで耐え切った事は本当に奇跡だった  

「ち・・・弾切れか。運がよかったな吸血鬼」  
「・・・なぜだ。なぜ500年以上も戦場で暮らし学び生き抜いてきた余が  
 たかが100年も生きられぬ人間ごときに負けるというのだ!!」  

 急激に衰えた再生能力の限りを尽くし辛うじて声帯を蘇らせた吸血鬼の慟哭が響く  
   
「あぁ?  たかが500年しか戦場を知らないアマチュアの分際で戦場を知った積もりか?  
 人間様をなめるなよ吸血鬼  
 『俺達(人間)』は4000年以上前から戦場で戦い生き残ってきた『戦争屋』だ  
 正面から突撃するしか脳の無い体力馬鹿共ごときに負けるわけがあるか  
 俺達に勝ちたけりゃ最低後3000年は修行を積んで出直して来い」  
「下等種の分際で何をほざくか!!!」  
「ならその下等種様の力を教育してやる  
 三曹。前進だ。奴を踏み潰してその上で踊れ」  
「よ、よせ!やめろぉーーーーーーーーーー!!!」  
   
 最後の吸血鬼がこの世を去るまでにかかった時間は約5分ほど後の事  
 それをもって50トンの鋼の騎兵が超信地旋回という名の踊りをやめた  

 不死者達の楽園はこの世から姿を消した  




157  名前:  てさ  2006/03/16(木)  23:35:02  ID:???  

武器輸出ネタに便乗してネタ投下    『ぱくす・じゃぽにか』  

「首相、フラク王国が我々の売りつけた小火器を利用して  
 ブリト王国に戦線を布告、幾つかの州を制圧しております」  
「あの国にも困ったものだね  
 あの辺りが騒乱に巻き込まれると資源確保に影響しかねない  
 どうすれば良いと思う?」  
「弾薬の輸出を制限して停戦を強制してはいかがでしょう  
 ブリト王国に対する武器輸出を仄めかして見るのも一つの手でしょう  
 それでもだめなら・・・・・」  
「世界の平和を守るために連合軍を結成して進攻?」  
「領土の切り取り自由と触れを出せば周辺国はすぐにでも飛びついてくるでしょう  
 当然、早期戦争終結の為に緊要地は我国が制圧せねばならないでしょうが」  
「かくして世界の平和は保たれ、人民の犠牲は最小限に抑えられる  
 我が国の資源確保も安定したあとで、だが  
 やれやれ、これじゃどっちが悪党か判ったもんじゃない」  
「善悪の判断は後世の人間に任せましょう  
 我々は我々のなすべきことをするだけです」  
「そうだな。この件は君に任せる  
 出来る限り我が国にとって有利になるよう計画を立ててくれ  
 私は議会に対する根回しをやってみよう」  


終了。て実際のところ武器輸出って悪いことだけじゃないんですよねえ  
アメリカがやってる様な方法で武器輸出によって戦争を抑止することも可能ですし  
(抑止するのは当然『我国の意にかなわない戦争』だけですが)  
失敗するとイイ戦争後のイラクになりかねませんが  
まあ、f世界にソ連のような影響力を持つ国が無い限り失敗することは無いでしょう  




437  機関銃陣地に突入せよ  てさ  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/11/27(月)  22:20:42  ID:???  
乙。そしてグッジョブ  
自分も久しぶりにショート投下。『機関銃陣地に突入せよ』  

 地獄の底から響いてくるような唸り声と共に放たれた悪魔の咆哮  
 まともに喰らえば一撃で頭蓋を破壊され、その勢いのまま大地に叩きつけられかねない。  
 アリミウスは数百を超える戦友達と共に瞬時に盾を掲げ上げそれを受け止めるべく身構える。  
 神託の鉄槌が如き一撃が文字通り雨のように降り注ぐ。  
 金属の合板によって強化されているはずの盾が一撃で不自然に歪曲する。  
 前衛の歩兵がその身を盾にして彼を庇わねば彼その物も貫き通されていたであろう  
 辛うじて耐えるが受け止めた腕どころか、体中の骨が軋みを上げ悲鳴を上げる。  
 耐え切れず崩れ落ちた戦友の数はひと目見ただけで膨大な数。  
 しかし、この程度の事は初めからアリミウス達とて想定している。  
 避けて、耐え、勝利を掴むために敵の決定的な隙を待つ  
 敵は更なる一撃を眼前の敵兵目掛けて叩き落さんとして、  
 魔道兵器に新たな魔力を込めるために動きを止める  

―――それは、決定的な隙。  
 アリミウスが跳ねた。否、全軍が弾ける様に突進する。  
 彼我の距離は約100m、それは短く、そして果てしなく遠い距離  
 装弾の為に太陽を狙うかのように空を見上げていた魔道兵器の銃口が下り始める  
 波頭の如く穂先を輝かせながら長柄の津波が障害物をなぎ払い、飛び越えていく  
 彼等は転がる寸前まで姿勢を下げたままさらに地面を蹴り付ける  

 あと十数歩で敵の胴体に槍を叩きつけられる距離  
 だが、先の一撃の打撃は、彼らの本来の動きを奪っていた。  
 魔力で身体能力が跳ね上がっていようが、その身はただの人間にすぎない。  
 敵の魔道兵器の一撃の衝撃で、突撃体制を崩され僅かばかりの遅滞が生じた  
 そしてうまれた僅かな、ほんの僅かな遅れ。―――そして決定的な遅れ。  
 アリミウスは最後に、眼前に輝く閃光に故郷に残してきた恋人の姿を思い浮かべ、その動きを止めた  




872  てさ  ◆V2ypPq9SqY  sage  2006/12/13(水)  23:26:35  ID:???  
攻勢再開!目標はベルリン!バルバロッサ作戦を開始する!  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
―――気が付いた時、俺は走っていた、  
 レンガをくみ上げて造られた、まるで中世物の歴史映画のような果てしない回廊をただひたすらに転がるように様に走り抜けていく。  
 急げ急げとせきたてる意識とは裏腹に、体はまるでそれを拒否するかのように重い。  
 なのに、どうして俺は、こんなところを全力で走っているのだろう。  

 昨日の俺は間違いなく街道脇の泉のそばに立てられた天幕で眠りに付いた。  
 隣の天幕には、俺を王様のところへ案内しようとしているシャム嬢や  
 馬鹿馬鹿しくてかえって笑えてしまうほど物々しい武装した兵士達が休んでいたはずだ。  
 寝ぼけたように動かない能をフル稼働させて考えてみるが、一向に状況が掴めない。  

 ちりちり  ちりちり  

 背後から何かが燃える音が聞こえてくる。  
 何事かと、不確かな意識で周囲を見渡そうとして、周りが何故か赤く彩られているのに気づく。  

 視界の隅を流れていく石造りの通路の壁が燃えていた。  
 正確に言うのなら壁際に積み上げられた荷物や絵画が、まるで暖炉に投げこまれた薪のように成っていた  
 その情景を見て初めて、何時の間にか薄暗闇を通り抜けて炎に包まれた場所を走っていることに気づく。  
 今すぐ足を止めて引き返さなければ、すぐにでも煙か炎に巻かれて焼死してしまうというのに、  
 制止するあいまいな思考や理性を置き去りにするようにして、今度は体だけが何かに追われるように前へと向かう  




571  某歌に影響されて  BYてさ  sage  2007/01/20(土)  07:09:54  ID:???  
夜の闇に紛れ、誰にも見送られる事も無く私達は基地を飛び立った  
月は何も知らず、唯私達を見守るだけだった  
辛うじて隊形を組み、まるで死骸に集る羽虫のように低空を這い進んでいく  
そこにほんの数ヶ月前まで大空を支配した勇猛華麗な竜騎士の姿は無く  
ただ勝利への意地のためだけに泥臭い出撃を繰り返すだけの敗残兵の姿だけがある  
異世界から現れた敵軍の圧倒的な制空力を前に奪われた、嘗ての名誉と青い空を取り戻すために。  
私が上官に示された目標は敵の資材置場となっている名も知らない町だった  
戦場になるとはとても思えない、街道沿いの小さな町  
上官は、国を守るという「正義」を御旗に、この町を焼き払う事を決意した。  
もはや敵部隊に真正面から挑む体力は我が国には残されておらず  
名誉も何も無い山賊のように、敵の後方部隊を叩いて進撃を一分一秒でも伸ばす事しか出来ない  
奇妙な液体を餌に、休む事も無く走り続ける鉄で出来たゴーレムのような物達  
彼らの足を止めるには、その餌を断ち切って飢え死にさせるしかない。  
『夜目』の魔術で目標を捕らえ、部下と共に一斉に魔術陣を構成し狙いを定める。  
そこにどんな人が居るのか、我々は知らない。  
どのような世界の、どのような国で、どのように暮らしていたのかも分からない敵兵や、  
運悪くその町に住んでいただけの我が国の民達  
どんな夢を持ち、どんな人々に囲まれて笑い会っていたのだろうか  
我々を歓迎するように、町の至る所から花火のような物が次々と撃ち上がって来る  
魔術のきらめく様な美しさとは無縁の、唯敵を撃ち貫き、その存在を破砕するためだけの光  
光の歓迎を潜る様に回避して、町の直前で海面から飛び上がるリバイアサンのように急上昇し、回避運動に移る。  
同時に魔術陣が開放され、炎や雷が雨のように降り注ぎ家屋や積み上げられた木箱が次々と燃え上がり、  
周囲に引火して火が辺りを包み込む。その効果はすぐさま現れた。  
誘爆した物資が町の三割ほどを消し飛ばし、紅蓮の火が町中を包み込む  
戦果を確認した私達は即座に魔術陣を放棄して予定道理急旋回をして高速飛行の出来る高空に遷移して逃走に移る。  
自分達の仕出かした事に目を背け、耳を塞ぎ、何もかもを振り払うように。  




572  というかほぼそのまま  sage  2007/01/20(土)  07:11:22  ID:???  
生き残った敵の対空砲火は激減していたが、ささやかではあるが空中に咲かせ続けていた。  
同胞を失った怒りや悲しみを示すかのように、或いは死者を弔うかに。  
次々と撃墜されていく戦友たちを生贄に、私は対空砲火から逃れきった。  
辛うじて生き残った仲間達と共に帰途に付く。  
ようやく、城に戻れる。そう考えた瞬間だった。  
突然の閃光と衝撃が私を襲った。  
大きく開いた胸の傷の痛みを堪え、後方に居た部下達に大声で散開を命じる  
だが、既に息のある者は一人としておらず、返事は返ってこない  
見えたのは敵の航空部隊と、散会した生き残りの火竜達をまるで兎を追い立てる獅子の様な姿  
流れ星のように光を後に引き、音すら後方に置き去りにして飛んできた彼らは次々と味方を大地に引き釣り落としていく  
問答無用で空から駆逐されていく味方の兵士達。  
その姿を見ながら、どうして自分だけ狙われないだろうと考え、その理由に思い至り思わず苦笑した。  
ああ、当たり前だった。既に自分は墜落していく真っ最中だったのだ  
月が遠くになっていき、やがてかすんで消える  
走馬灯のように家族や戦友たちの顔が浮かんでは、流れ去って消えていく。  
意識が途切れたのは、そのすぐ後のことだった。  
次に意識を取り戻したとき、私は砂漠に居た。  
大陸中央部に位置する広大な人を寄せ付けない砂漠。飛竜以外のあらゆる生物を拒む異界  
その、誰も居ないはずの砂漠の真ん中を進撃する敵のゴーレムのすぐ傍らに転がされていた  
地平線から押し寄せるような朝焼けの光の洪水の彼方を敵の航空部隊が流れ星のように光を後に引きながら消えていく  
敵の兵士の手厚い看護のお陰で私は命を救われ、気付いた。  
敵もまた、彼らの正義のために戦っていたのだと。  
どうしてだろう。敵も味方も平和と正義そして自国民の為に立ち上がったのに  
その為に、互いに傷つけあう事になり、血は流されあう事になった。  
しかし、どんな正義をかざしても、流れ出る真紅の血をとめる事は出来なかった  

私の戦争はこの日終わった。