162  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:25:41  ID:ZVMsNQjF  

レーベンスの防人たち  第1話(1)  

200X年。中央アジアのカレンシア共和国はアメリカからテロ支援国家と名指しされた。  
カレンシアはテロ組織との関わりを否定したものの、月日が経つにつれてアメリカの強硬  
路線は国連や反対する国々を押しのける形で戦争へと向かっていた。  
そしてついにアメリカはカレンシアを攻撃。2日目には地上戦が始まった。  
地上戦には同盟国のイギリス軍と共に日本の自衛隊の姿もあった。「テロ撲滅への協力」  
と「日米同盟遵守」を掲げて送り出された自衛隊は米英軍と共にカレンシア軍と戦った。  
「カレンシア特別措置法」と言う特別立法で憲法が禁じた集団的自衛権を誤魔化しつつ  
自衛隊はカレンシアで戦っていた。陸自は北部方面隊の第2師団を送り込んで戦闘に投入。  
次いで中部方面隊の第13旅団がカレンシアに向けて移動していた。  
その第1陣である第46戦闘団が開戦から30日目にカレンシアに到着した。  
「中隊長。連隊長の命令で各中隊長はすぐに集合するようにとの事です」  
第46普通科連隊第2中隊長の吉川克也一尉は副官である皆川理恵二尉の報告を受ける。  
ここはカレンシア中部にある陸自の宿営地だ。この宿営地に第46戦闘団はいた。吉川は宿営  
地内にある第2中隊本部のテントから出て連隊本部のあるテントに向かう。  
「雨でも降りそうな雲だな」  
外に出て無意識に見た空の様子を見て吉川は思った。確かに空には雨雲を思わせる灰色の  
雲が漂っている。しかし、吉川にとっては関心の無い事で直ぐに連隊本部へ向かう事を考えた。  
「俺達は何をしに来たのですかね」  
宿営地の警備をしている第2中隊第1小隊の桜井宏樹二等陸士がぼやく。戦場に行くのだと  
思っていたら宿営地から一歩も出る事が無く日々が過ぎていたからだ。  
取りあえずの任務として第46戦闘団の普通科が宿営地の警備を担当していた。だが、宿営  
地を攻撃する敵はいない。こうして第46戦闘団にとっては拍子抜けし、やや緊張感が緩む  
状態になっていた。  
「戦争に来たのに一発も撃っていないですよ。これじゃ何しに来たのか」  
桜井は89式小銃を下向きに振って先輩である藤田裕幸一等陸士に言った。  
「けどよ。俺は出来れば戦場に行きたくはないな。わざわざ危険な所に行かなくてもいいじゃ  
ないか」  
藤田は桜井に言う。  


163  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:30:29  ID:ZVMsNQjF  

レーベンスの防人たち  第1話(2)  
「そうだ。藤田の言う通りだ」  
そこへ2人の上官である横山祐貴二等陸曹が話しかける。  
「確かに最初の任務は米英軍と協力しての戦闘だった。だがな、それが必要ないなら  
それがいい。戦闘になれば傷つく者が出るんだ」  
横山は桜井に話す。  
「戦闘になれば傷つくのは当然なのでは?」  
「いや、俺が言っているのはこの部隊だけじゃない。幹部や隊員にカレンシア兵の家族  
の心が傷つくと言っているんだ」  
妻子を持つ横山ならではの話だ。  
「そうですね。俺はまだ独身ですけど両親が泣くのは嫌です」  
桜井は納得する。  
「それにしても天気が悪いですね」  
藤田が言うと横山と桜井も灰色の雲に覆われた空を見上げる。  
(なんだか不気味な雲だな)  
見上げた桜井は雲を見てそう思った。  
一方で連隊本部のテントには46普連の3つある普通科中隊や戦闘団編成で旅団から分割  
配備された部隊の隊長が集まっていた。  
「さて、カレンシアに来てから我が戦闘団はこの宿営地に留まっていた訳だが」  
第46戦闘団の指揮官であり、第46普通科連隊の連隊長の実松賢治一佐が話し始める。  
カレンシアの戦闘は開戦から30日目で米英日の連合軍により国土の7割を占領。首都も米  
第4歩兵師団が占領し、残る北部地帯でカレンシア軍の残存を掃討するに至っていた。  
「ついさっき、派遣隊本部よりの命令で25普連の交代に投入される事になった。交代完了後に  
戦闘団は第2師団の指揮下に一時入り、カレンシア軍掃討作戦を行う」  
実松の言葉に集まった面々は身を引き締めた。これからが本番だと感じたからだ。  
「明日、我が戦闘団は初めて実戦を経験する。そこでは予想出来ない事態が待ち受けてい  
るが日々訓練で鍛えた諸君や隊員達はそれを乗り越えられれると信じている」  
実松の柔らかで重い言葉で激励する。  
「出発は明0600時。解散」  
この言葉で集まった隊長達は立ち上がって実松に敬礼してテントを出る。一気に人数が減る  
と静かになった連隊本部のテント。実松は一人明日の出発に思いをはせた。  



164  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:33:42  ID:ZVMsNQjF  

レーベンスの防人たち  第1話(3)  
外は小降りながら雨が降っていた。  
「やっぱり降ったか」  
横山が頬を伝う雨の滴を手で拭いながら言った。  
「雷も鳴ってるな」  
藤田が言う。その通りに砲声の様な重い音が轟いていた。  
「雨が降るんですね。ここでも」  
桜井が言った。ある意味偏見だがそう思わせる風景が宿営地の周りにはある。それは  
荒涼たる大地。草木がない痩せた土地がそこにはあった。  
「雨が強くなった」「服越しのシャワーだな」  
藤田の言葉に横山が冗談を言う。雨は強くなってそれは大地を叩くようだった。  
「くっそう、シャツまで濡れてきた」  
桜井はシャツやトランクスにまで浸透する雨水に辟易していた。  
「了解しました。各小隊に伝えます」  
中隊本部に戻った吉川は皆川に明日の出動について話した。次いで中隊に属する4つの  
小隊の隊長に集合する命令を伝達せよと皆川に命じた。  
「おい、皆川。このパソコンおかしいぞ」  
吉川は皆川が事務に使うノートパソコンの異変が目に入った。その画面は消えたり点いたり  
を繰り返し、ファイルを開けたり閉じたりしている。  
「えっ?まさかウィルス?」  
皆川は驚いてパソコンの前に立つが余りの異常さに手が出せない。それは吉川も同じであった。  
「それはもう駄目だな」  
「え〜、自腹で買ったものなのに〜」  
手の出せないパソコンに吉川は匙を投げる。皆川は悔しそうにパソコンを見ている。  
「ん?地震か?」  
その時、地面が揺れるのを吉川は感じた。それはパソコンに向かっている皆川を地面に関  
心を呼び込む程大きくなって行く。  
揺れはテントの骨組みを軋ませ、簡易の机からあのパソコンや書類を纏めたファイルを落とす。  
吉川と皆川は立つ事が出来なくなり地に座り込む形になっていた。  
そしてテントの出入り口から白く強い光が漏れた。  



165  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:41:38  ID:ZVMsNQjF  

レーベンスの防人たち  第1話(4)  
まるで長い間寝ていた様な気分だった。と誰もが思っていた。  
桜井は瞼を開く。  
(何で寝てたんだ?)  
桜井は身体を起こして周りを見る。同じく寝ていた身体を起こす横山と藤田。  
「何がどうしたんだ?」「雷が光ってから記憶がないです」  
横山と藤田は状況を把握しようとやりとりをするが何も分からない。  
「横山二曹!あれを!」と桜井が叫ぶ。  
「何だ?あっ!」  
横山が桜井に振り向くとそこには荒涼たる大地から開けた草原があった。そしていつの間  
にか雨は止んでいたが灰色の雲はあった。  
「何処なんだ…ここは?」  
藤田が戦慄して言った。余りにも風景が変わったからだ。  
「こちら横山班。小隊長」  
横山は小型の無線機のマイクを引っ張って第1小隊隊長の本名正則三尉を呼ぶ。  
「横山班どうした?」直ぐに返事が返る。  
「宿営地周辺の土地が変わっています。まるで違う場所です」  
「それはこちらも確認した。横山班は警戒を厳にせよ」「了解」  
交信が終わると横山は桜井に残る横山班の隊員を呼ぶように命じた。  
中隊本部では吉川と皆川も目覚めていた。2人は外に出て状況確認を始めた。  
宿営地内では同じく目覚めたばかりでぼんやりと立つ隊員や確認作業の為に部下へ  
命令を下す一尉の姿が見えた。  
「吉川一尉」  
皆川が外を指している。それに吉川は驚く。  
「どうなっているんだ?全然違う風景だ」  
「あの地震とあの光が原因でしょうか?」  
「多分そうだろう。今は各小隊の状況確認だ。俺は第1・第2小隊。皆川は第3・第4小隊」  
「はい」  
皆川は急いで第3小隊のテントに向かう。吉川も第1小隊のテントに向かう。  
(何が起きているんだ?いや、これから起きようとしているのか?)  
吉川は心中では戸惑っていた。  


166  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:43:04  ID:ZVMsNQjF  

レーベンスの防人たち  第1話(5)  
連隊本部では机から落ちた無線機やパソコンを本部管理中隊の隊員が拾い、整頓している。  
「各隊の状況は?」  
実松が連隊副官の河井広司二佐に尋ねる。  
「まだ報告がありません」  
「そうか、こんな理解不能な状況ではな」  
実松は何か不気味な違和感を覚えていた。長年の勘が次に何か起こると予言している。  
(これからどうなるのだ?)  
いつもは温厚で落ち着いている性格の実松は見えない何かに苛立ちを感じていた。  
第1小隊の確認を終えて第2小隊の確認も終わると吉川は横山班の警備している地点に  
来た。そこは宿営地の東に位置していて、金網の柵や警備に立つ所に土嚢が積まれてい  
た。いつもは2、3人で交代して警備しているが警戒を強めている今では横山班の全員が  
89式小銃やMINIMI機関銃を手に変わり果てた周囲を警戒している。  
「異常は無いか?」  
吉川の問いに横山は「ありません」と答える。  
「中隊長。これは何が起きているのですか?」  
横山の問いに吉川は「まだ分からない」と答える。  
「不安がる事は無い。直ぐに状況が分かる」  
指揮官の役割として部下を不安がらせない様に言ったが、余りにも大きな変化では効果は  
無さそうだ。  
(俺も不安だ。さっきから胸騒ぎがする)  
吉川は表に出してはいないが、嫌な胸騒ぎが吉川を蝕んでいた。第六感がしきりに何かを  
伝えようとしている。  
「中隊長!」  
その時、桜井が叫んだ。  


169  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:48:37  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(6)  
桜井は柵の向こうの草原を指差す。そこには草原に立つ1つの黒い影がある。  
「突然現れました」  
怯えながら桜井は言った。  
「突然?」「ええ、突然に」  
この桜井の言葉に周りの隊員が動揺する。  
「動物だろう」  
横山はそう言いながら双眼鏡でその影を見る。1分ぐらい見続けると横山は黙って双眼  
鏡を吉川に渡した。  
「何があった?」  
吉川は双眼鏡を覗く。そこにはサイの身体に2本足。そして一つだけの目が付いた頭をし  
た生物がいた。  
(何だあれは?)  
見た事の無い生物に吉川は困惑する。双眼鏡を黙って渡した横山の気持ちが理解出来た。  
(!?)  
更にその生物の周りに同じ生物が集まるように「突然」現れた。そしてこちらへ向けて歩き出す  
のが双眼鏡で確認出来た。  
「横山。連隊本部に報告。未確認生物5匹がこちらへ向けて前進中」「はい!」  
すぐに横山は無線機で連隊本部に報告した。どうやら別の場所からも報告があったらしく横山  
の言葉を疑わずに「監視せよ」と返事が返る。  
「中隊長。あれは凶暴ですかね」  
横山が聞く。  
「見かけで判断しちゃいけない。案外大人しい草食動物かもな」  
吉川は笑みを見せて言ったが内心ではますます強くなる胸騒ぎを感じていた。  
「確かに未確認生物です」  
外に出て双眼鏡で生物を確認した河井が言った。  
「見た事が無い生き物だ」  
同じく双眼鏡で確認した実松。  
「100mまで近づいたら威嚇発砲だ。さすがにここへ入れる訳にはいかんからな」  
実松はこう命じた時に報告が入る。  
「未確認生物がこちらへ向けて走り出しました」  
「何!」  


171  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:50:41  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(7)  
「くっ来るぞ!」  
突然走り出した生物に横山班の隊員が怯える。中には89式を構える者もいる。  
「落ち着け!奴は走っているだけだ」  
横山は懸命に部下を落ち着かせようとする。  
「横山二曹。威嚇発砲の用意だ。それと第1小隊全員をここに」  
吉川は2つの命令を下し、横山は即座に実行した。  
その間にも生物は太い胴体に不釣り合いな大きな足で大地を蹴りながら宿営地  
より500mまで迫る。  
「連隊本部より警戒中の各隊へ威嚇発砲を許可する」  
連隊本部からの許可が降りると宿営地東側で警戒中の部隊の中には早くも威嚇発砲  
をしている。  
「あれは門を担当している第1中隊の連中だ」  
銃声の方向から藤田は言った。  
「俺らも撃ってもいいじゃないか。威嚇と言わず当てりゃいいんだ」  
桜井が興奮して言った。  
「威嚇発砲。撃て!」  
横山の命令が飛ぶ。堰を切ったように隊員は89式やMINIMIを空中へ向けて発砲する。  
この時の生物との距離は200m。  
「止まらない…」  
銃声が聞こえないのか生物は走る。  
(こうなったら当てるしか!)  
吉川は独断での行動を考える。ここにいる横山班の面々や宿営地を守るにはあの生物に  
実弾を叩き込むしか無い。  
だが、生物は吉川の思考よりも早く行動した。宿営地まで100mに迫ると生物は両足で大地  
を蹴り、跳んだ。  
その姿に隊員全てが凍り付いた。  


172  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:52:52  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(8)  
「退避!下がれ!」  
吉川は即座に命じて横山班を柵から下がらせた。その直後に1匹の生物はフェンスに  
体当たりした。  
体当たりの衝撃は強く、柵の金網は内側に向けて破れた。その生物は逃げる横山班の姿を  
見つけると裂けた様に大きな口から鮫のような鋭い牙を見せて奇声を上げる。  
「ばっ、化け物だ!」  
桜井は走りながら振り返ってその姿を見て言った。  
「撃て!身体や頭に当てろ!」  
吉川は化け物と距離を開けると即座に命じた。恐怖に引きつる隊員は引き金を引く。  
「わ!」  
「くそ!」  
化け物はまるで危険を感じ取った様に素早く左へと動く。放たれた銃弾は金網を叩く。  
「第1小隊撃て!」  
装備や弾薬を持って来た第1小隊が戦闘に加わる。今度は右に動いた化け物だったが、  
腹部に2発の銃弾を受ける。  
「やった!」  
歓声が上がるが吉川は「油断するな」と戒める。  
化け物は唸るような声を上げながら腹部から紫の血を流し、赤い目で吉川達を見ている。  
「止めを刺せ、撃て!」  
吉川の号令で第1小隊は一斉に射撃する。だが、その化け物は最後の力とばかりに垂直  
に飛び上がる。  
「何い!」  
目を丸くする第1小隊の頭上へ化け物は落ちる。  
「ぐあ!ああああ!」  
逃げ遅れた一人が背中から胴体を化け物の足に押し潰されて叫ぶ。  
「田村!」  
「撃て!撃て!」  
仲間の憤激から放たれる銃弾は化け物の全身に吸い込まれた。そして化け物は紫の血を  
撒き散らし、長い奇声を上げて倒れた。  


173  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:54:42  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(9)  
「田村!おい、田村!」  
藤田が化け物に押し潰された隊員へ駆け寄る。しかし、田村は苦悶の表情のまま静かに  
なっていた。  
「畜生!何で!田村が!」  
藤田は泣き叫んだ。田村は藤田の友人だった。  
「横山班はここで警戒せよ」  
第1小隊長の本名はこの場の警戒に横山班を置いて本隊が他の場所の救援に向かう事に  
した。  
門から3匹の化け物が宿営地に進入していた。門を警備していた第2中隊第1小隊はその  
半数が化け物に倒された。1匹こそ倒したが残る2匹は第1中隊の射撃で牽制されつつも宿  
営地の奥へと進んでいた。  
「小隊ごとに1匹づつに火力を集中しろ!これ以上は進ませるな!」  
第1中隊長の高倉義弘一尉が野太い声で命じる。  
「おい、そこの戦車!こっちへ来い!」  
高倉は第46戦闘団に配属されている第13戦車隊第1小隊の74式戦車へ近づいて命じた。  
「今、部下に弾薬を運ばせています。補給完了までは出せません」  
戦車小隊を指揮する黒瀬裕也三尉はそう言って高倉の命令を拒否する。  
「馬鹿野郎!弾が無くてもいい。化け物に体当たりすればいいんだ」  
「たっ体当たり!?」  
「そうだ。何十トンあるんなら大丈夫だろ」  
「わっ、分かりました。やりましょう」  
こうして強引に戦車小隊は体当たり作戦を開始した。場所が場所なので黒瀬の乗る1両の74  
式が化け物を相手にする。宿営地の中は小隊4両が一度に動くには狭いからだ。  
「前進!」  
黒瀬は操縦手の岸田三曹に命じて74式を化け物の眼前に進ませる。  



174  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:57:53  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(10)    
「支援射撃!撃て!」  
高倉の命令で黒瀬を支援する射撃が行われる。この射撃に気を取られたのか74式には気づ  
かない。  
「行くぞ。化け物!」  
74式の38tある車体が化け物の右足にぶつかる。  
「全速!奴を押し倒すぞ!」  
次いで74式はディーゼルエンジンを唸らせて化け物を押し倒そうとする。化け物は足下  
を攻める未知の鉄の固まりに驚き戸惑う。そして避けようと右足を動かしてよろめき、右へ  
倒れる。  
「やったぞ!」  
黒瀬はその様をキューポラから覗いて見た。  
「今だ!撃て撃て!」  
倒れた化け物へ止めの射撃が加えられる。5.56ミリの銃弾の雨が化け物の息の根を止  
めた。  
「もう一匹!」  
黒瀬はいる筈のもう一匹を求めてキューポラの窓から周囲を探す。上半身を外に出して  
探せば広い視界が確保出来るが未知の化け物相手と言う事が黒瀬の行動を制限してい  
た。  
「影?」  
黒瀬は何かの影に覆われたと感じた。それと同時に砲塔の天井に何かがぶつかる音が響く。  
それは何度も繰り返されて砲塔をこじ開けようとしている。  
「後退!奴は真上だ!」  
黒瀬は急いで岸田に命じた。ここでも視界の悪い戦車の弱点が露呈したのだ。化け物はそ  
の牙で74式の砲塔を叩いていたのだ。  



175  名前:  エビチリ  2006/04/23(日)  23:59:47  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(11)  
「戦車をやらせるな、撃て!」  
74式を襲う化け物に第1中隊が射撃する。今度はその第1中隊に関心を持って身体を向ける。  
そして両足を踏ん張って跳ぶ用意をする。  
「くっ、跳ばせるな。その前に倒せ!」  
だが、遅かった。化け物は跳んで第1中隊に向かって落ちる。  
「こっこの化け物お!」  
図太い神経の高倉はこの時ばかりは恐怖で顔が引きつる。周りの隊員も同じで中には顔を伏  
せて目を閉じる者もいる。  
(南無三!!)  
化け物の赤い目が高倉を捉えると高倉は最期を覚悟した。閉じる事が出来なくなった双眸は  
牙と長い舌をはっきりと写す。  
だが、次の瞬間。その化け物が真っ二つに分かれた。分かれた化け物の身体は第1中隊の前  
に落ちた。  
「どう言う事だ?」  
高倉はこの急変に驚く。  
「良かった。間に合った様だな」  
その高倉に話しかける女の声があった。  
「あっありがとう」  
高倉は感謝しつつもその姿に疑問を持った。短い黒髪の女が甲冑を着込んでそこにいたのだ。  


176  名前:  エビチリ  2006/04/24(月)  00:01:13  ID:???  

レーベンスの防人たち  第1話(12)  
「メイア!大丈夫か?」  
女の後ろから大声で叫ぶ声がする。なんとそこには74式では無い角張った砲塔を持つ戦車  
と、その戦車の砲塔の上に立っている人間がいた。  
「姫様!私も、ここの者も大丈夫です!」  
メイアと呼ばれた女は叫んで答える。  
「おい、お前は何者だ?」  
高倉はいつもの調子でメイアに聞く。高倉の態度に多少眉を歪めたメイアだったが冷静に  
答えた。  
「私はレーベンス王国近衛騎士団のメイア・ジョーイズです」  
「え?」  
理解できない高倉。そこへあの戦車が近づく。  
「あれは土浦の武器学校で見たぞ三式中戦車だ。でも何でここに」  
黒瀬がその戦車を眺めて言った。  
三式中戦車は高倉の前に止まる。そこでメイアは三式の砲塔の上に立つ少女を紹介する。  
「レーベンス王国王女ゼント公ソフィー王女であります」  
「王女?」  
そこには自信あり気に戦車から高倉を見下ろす甲冑を着た長い金髪の少女がいた。  
(何がどうなっているんだ?化け物の次は王女だと?)  
こうして第46戦闘団は今だ掴めない異世界へと足を踏み入れたのだった。しかし、彼ら  
はまだこの世界を知ってはいない。  

(第一話完)  (続く)  






121  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  16:56:51  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話(1)  
「説明をしてくれ。ここは何処なんだ?お前達・・・いや、あなた方の事を」  
高倉は言葉を丁寧に直しつつメイアに聞いた。この状況はここにいる自衛隊員の全て  
が望んでいた事だった。  
目の前に現れた違う風景、化け物に甲冑の美女、旧軍の戦車と王女。余りにも理解で  
きない要素が多過ぎるからだ。  
だが、メイアは何かを感じ取った様に遠くを見る。  
「説明は後にしましょう。まだゴンズが残っています」  
「ゴンズ?」  
「あなた達が戦ったモンスターの事です」  
そうやり取りをするとメイアはゴンズがいる方向へ駆けて向かう。  
「キッカワ。メイアを追って」  
三式中戦車の砲塔に立つソフィーがキューポラの扉を開けて指示する。すると、そこからカ  
ーキ色の軍服に戦車兵特有のヘルメットを被った大尉の男が上半身を出した。  
「本物の旧軍か…」  
高倉は息を呑んだ。そこには紛れもない旧日本陸軍の将校がいたのだ。  
三式は車長であろう大尉の指示を受けながら後進で来た道を戻る。宿営地の中では戦  
車の行ける所が限られるからだ。  
「ボサっとするな!警戒を緩めるな!」  
我に返った高倉は部下も三式や甲冑美女に王女に我を忘れていた。そんな部下を叱咤  
すべく高倉は荒い口調で命ずる。  
(ええい、もうどうにでもなれ!)  
高倉は心中では自棄になっていた。もはや自分の理解が出来ない事が今も続いて起きて  
いる。ならば悩んだり、無理に理解するのを今は止めようと高倉は考えた。  


122  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  16:57:53  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話(2)  
吉川率いる第2中隊は1匹のゴンブを追っていた。ゴンズは宿営地内のテントを破って走  
り、時には追う吉川達へ突進するかの様な態勢で威嚇する。それに第2中隊は手を焼い  
て倒せずにいた。  
「包囲をしようにも皆は腰が引けている様だな」  
吉川は周りの部下を見て思う。89式を構えている腕が僅かに震え、唇は引きつり、目は大  
きく開いてゴンブを凝視していた。1匹を倒したとは言え、ゴンズは恐るべき未知の敵だ。  
慣れるにはまだ時間が短いのだ。  
「ここは倒すより、宿営地から追い出す作戦で行こう」  
吉川は配下の小隊長に無線で指示する。射撃で敵を外へと誘導せよと。  
「こっちだ、こっちに来い」  
道盛博三尉率いる第2小隊がゴンズの気を引くべく散発的な射撃をする。それにゴンズは  
赤い目で睨んで第2小隊へ身体を向ける。  
「良い子だ。こっちだぞ」  
道盛は9ミリ拳銃をゴンズに向けながらそんな事を言う。余裕がある訳では無く、自身の不安  
を打ち消す為に口が動く。  
ゴンズは第2小隊に狙いを定めてゆっくりと近づこうとする。それは徐々に下がる第2小隊より  
も早い歩みだ。  
「第2小隊が危ないな。第1・第2・第3小隊射撃開始」  
吉川の命令でゴンズの背後と両側面に展開した各小隊が連発で射撃を開始する。それにゴ  
ンズが驚いて前へと逃げる格好になる。  
「退避!」  
第2小隊は血相を変えて逃げるゴンズを避ける為に左右へ散らばる。ゴンズは第2小隊に目も  
くれずに走る。  
「やり過ぎた。あれでは誘導出来ない」  
吉川は舌打ちして後悔した。あの化け物がここまで驚くとは思わなかったからだ。  



123  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:02:07  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話(3)  
「中隊長」  
側にいた第1小隊の隊長である本名が吉川を呼ぶ。  
「あの先には横山班がいます」  
「では、横山班に牽制させる。外に追い出せ」  
「了解」  
本名は無線で横山班に指示する。  
「あの野郎が来るのか…」  
横山班に指示が届き横山二曹からゴンズが接近中であると藤田が知ると、それまで友人  
を失った為に落ち込み沈んだ顔が重く憎悪に満ちた表情に変わった。  
「倒すんじゃない、外に追い出すんだ」  
横山は念を押すように言った。  
「ですが班長。倒せるのであれば倒すべきです。敵を放置しては危ないです」  
藤田は異論を唱えた。横山は藤田が冷静さを失っている事を知っている。  
「これは小隊長の命令だ。無理をするなと言ってるんだ」  
「ですが…」  
それでも意見をしようとする藤田に横山はこう言って意見を封じた。  
「これは命令だ藤田一士」  
明らかに高圧的な言い方で横山は藤田に命令する。  
「…分かりました横山三曹」  
藤田がしぶしぶ命令を承諾した時ゴンズの迫る地を蹴る音が聞こえる。  
「射撃用意!」  
横山は藤田との会話を止めて89式を構える。  
「いいか。あの化け物が来たら地面を撃て」  
横山はそう指示するが不安が大きい。藤田が言う事を聞くかどうか。  
それは隣にいる桜井もだった。先輩である藤田が冷静では無いのは付いて行く新兵の  
桜井にとっては心細い限りだ。  
奇声と共にゴンズが横山班の前に現れた。  
「撃て!」  
横山の命令で89式とMINIMI  の銃火がゴンズの足下の地面を抉る。  


124  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:03:24  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話  (4)  
「くそ!この野郎!」  
藤田はそう罵りながら89式をゴンズ手前の地面に向けて撃った。今は悔しさを口で叫び  
地面に弾丸を撃ち込む事でぶつけていた。  
この射撃が威嚇である事にゴンズは気づいた。  
ゴンズには理由は分からないが吉川以下の人間達は己を倒そうとしてはいない。  
腰の引けている敵ならば倒せる。ゴンズはそう算段する。  
ゴンズは奇声で長く吼えると横山班へ突進する。  
「散開!散れ!」  
横山は咄嗟に命じた。隊員達は生存本能から既に身体は逃げる方向に動いていた。  
「だから言わんこっちゃ無い」  
藤田は逃げながら悪態をつく。  
「倒せる時に倒さんからこうなる」  
テントの影に隠れた藤田は89式を構え直す。ゴンズは横山班の隊員達を追い散らすと  
嘲笑うかの様に低く鳴いている。  
「なめてやがる」  
藤田の表情は再び増悪に満ちる。  
「藤田さん」  
藤田の背後から声が。桜井だ。桜井は藤田の後を追って逃げて来たのだ。  
「いたのか桜井」  
「ええ、こらからどうするんです?」  
「あいつを殺る。お前と一緒にな」  
藤田の命令に桜井は少し遅れて「はい」と答えた。  
それから藤田はゴンズに近づくべく腰を低くしながら前進した。桜井も同じく続く。  



125  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:04:33  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話(5)  
横山は3人の隊員を掌握してゴンズと対峙していた。横山と3人は89式とMINIMI  を  
構えて睨む。ゴンズも赤い目を細めて横山達を睨む。  
(これは蛇に睨まれたカエルてものか?)  
横山は自嘲する。射撃を加えればいいものを、銃を構えたまま固まっているでは無いか。  
このままでは埒が無い。横山は決断する。  
「射撃用意」  
と低い声で命じる。隊員達は引き金に指をかける。  
「撃て」と横山の口から出ようとした寸前に別の方向から射撃音が響く。密かにゴンズへ接  
近した藤田と桜井の射撃だ。  
ゴンズは驚いた様に短く鳴いて後ろに下がる。だが、ゴンズの腹には1発だけ当たり、紫  
色の血が滴り落ちる。  
「奴は手負いだ。撃て!」  
横山は命じた。3人の隊員は一斉にゴンズへ射撃を始める。  
だがゴンズは血を流しながらも左右に素早く動いて銃撃をかわした。  
「くそ、手負いだから逆にしぶとくなったか!」  
横山は地団駄を踏んだ。  


126  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:05:41  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話(6)  
藤田と横山は1回銃撃し終えると近くにあった73式小型トラックの影に隠れて  
ゴンズの様子を見る。  
「なんて野郎だ。腹に1発喰らっているのに」  
腹から紫の血を垂れ流しながらも衰えを見せないゴンズに藤田は驚嘆する。  
「もう一撃だ。桜井行くぞ!」  
藤田は立ち上がって89式を構える。桜井も自棄になって「はい!」と答えて同じく  
構える。  
しかし、この動きをゴンズは察知した。赤い目が回るように動いて藤田と桜井を捉え  
る。  
「死ねやあ!」  
藤田が叫びながら89式を連射する。桜井も意味不明な言葉を叫んで89式を連射し  
た。  
「あ、くそ!」  
藤田は悔しがる。ゴンズは左に動いて銃撃を避けた。そして今度は藤田と桜井を横か  
ら襲おうとゴンズは構えた。  
「あっ、わわわ」  
桜井は狼狽えてしまった。藤田も手持ちの弾が無くなって立ち尽くす。どうやら横山班  
の全員が弾が無くなったらしい、時折「班長弾がありません」と叫ぶ声がある。  
(こうなったら銃剣で)  
藤田は腰にベルトから下げている89式に装着する銃剣を使ってゴンズと戦おうとした。  
「撃て!撃て!」  
そこへ藤田の背後から命令する声が飛ぶ。次いで銃撃が飛んで来た。  
「中隊長」  
吉川が率いる第2中隊主力だ。  
「状況は?」  
吉川は藤田に聞く。  


127  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:06:58  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話(7)  
「あの1匹が我々の威嚇射撃の意図に気づいて反撃。班の隊員はバラバラになりました」  
「そうか…やはり倒すしかないな」  
吉川はそう言うと9ミリ拳銃をゴンズへ指す様に向けて中隊に指示を下す。  
「中隊は全力であの化け物を倒す!撃て!」  
中隊が持つ全火力。9ミリ拳銃に89式小銃・MINIMI  機関銃が1匹のゴンズへ向けて放  
たれる。しかし、吉川は見た。射撃の瞬間にゴンズが飛び上がった事を。  
「またか!」  
吉川は上空を見上げた。そこには紫の血を空に散布しながら跳ぶゴンズの姿があった。  
至近ではあいつは何処に落ちるかは分からない。吉川は散開を命じる。  
吉川は逃げながら見た。ゴンズが赤い目を見開いて口を大きく開いて牙をさらけ出す。これ  
を見て吉川はゴンズが死ぬ前に何としても人間を一人でも道連れにしようとしている事に気  
づいた。  
(逃げてくれ!皆!)  
落下する敵を銃では食い止められない。吉川は隊員が少しでもゴンズの落下地点から遠く  
に逃げる事を願った。  
その時、ゴンズが鳴いた。それは長く響いた。  
吉川は目を疑った。甲冑を着た人間が剣でゴンズの右足を斬ったのだ。その斬撃のせいか  
ゴンズは隊員達の所には落ちずに甲冑の人の前で落ちた。  
ゴンズは片足を失いながらも左足で立ち上がろうとする。  
甲冑の人は剣を構え直してゴンズに止めを刺そうとする。そこへエンジン音が近づく。そし  
て89式やMINIMI  とは違う銃声が響いた。  
その銃声は戦車からだった。74式とは違う角張った砲塔の戦車が車体前面に装備してい  
る機関銃で接近しながらゴンズを攻撃している。  
銃撃はゴンズの身体を再び地面へ叩き付けた。また長く鳴いたゴンズは今度は息の根を  
止められた。  


128  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:08:28  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話  (8)  
(女だと?)  
吉川は甲冑の人をよく見た。そこには短い黒髪の女だった。吉川は正直に「これは  
何だ?」と感じた。この状況で女性自衛官が日本から持ち込んだ衣装で女騎士に  
扮装している訳が無い。では、これは誰だ?と。  
更に吉川の前に「これは何だ?」と思わせるものが現れた。ゴンズに止めを刺した戦車  
だ。74式とは明らかに違う角張った砲塔をした戦車、旧陸軍の三式中戦車と砲塔の上で  
座っている金髪の甲冑少女がいた。  
吉川は困惑の度を増した。化け物に次いで甲冑を着込んだ女に旧軍の戦車だ。どう繋が  
りがあるか吉川には想像が出来なかった。  
だが、指揮官として状況を進んで把握しなければならない。そこで吉川は短い黒髪の甲冑  
女に話しかけた。  
「貴方は誰だ?」  
吉川は丁寧に言った。そうすると甲冑女は振り向いて言った。  
「  私はレーベンス王国近衛騎士団のメイア・ジョーイズです」  
つい、さっき高倉に言ったのと同じ事をメイアは言った。  
「王国騎士団?」  
吉川はまるで次元の違う話だと思った。吉川がいる現代世界には王国を名乗る国家や騎士  
団と言う組織を聞いた事が無い。あっても昔の話にしか聞こえない。  
「こちらも名乗ったのだ。貴方の名は?」  
メイアが聞き返す。  
「私は日本国陸上自衛隊第46戦闘団第2中隊長、吉川克也一等陸尉です」  
今度はメイアが次元の違う話だと感じたが、そのカルチャーショックは意外にも短い。  
「日本の方ですか」  
メイアがそう言うと吉川は疑問に思う。何故、日本を知っているのか。  
「そなたも日本人か」  
三式の砲塔で立ち上がった。金髪の少女が嬉々として言った。  
「吉川殿。こちらは  レーベンス王国王女ゼント公ソフィー王女であります」  
すかさずメイアが吉川に紹介する。  


129  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/06/04(日)  17:09:23  ID:aBIqGBhK  

レーベンスの防人たち  第2話  (9)  
「おっ、王女!?。」  
吉川は驚きつつも頭を下げて礼をする。それにメイアはこの男は高倉とは違うなと思った。  
「恐縮するでない。私は嬉しいのだ」  
ソフィーはにんまりと笑って吉川に言った。  
「そう言えば、そなたはキッカワと申したな」  
ソフィーは思い出した様に言う。  
「ここにも同じ名の者がおるぞ、キッカワ、出て来て」  
ソフィーは三式のキューポラの扉を叩いて呼んだ。すると中からカーキ色の旧陸軍の戦闘服  
を着た将校が現れた。  
「キッカワ。あそこにそなたと同じ名の者がおるぞ」  
ソフィーが吉川を指して言った。その将校はにこやかな顔をして「それは奇遇ですな」と答えた。  
そして将校は吉川に話しかける。  
「私は大日本帝国陸軍大尉。吉川健二郎だ。ここで同じ日本人に出会えるとは嬉しい限りです  
な」  
その将校はそう名乗った。だが、名前を聞いた途端に吉川の表情は固まった。  
「…まさか祖父が…」  

(続く)  









815  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/08/25(金)  23:58:11  ID:+tMSaF+O  

レーベンスの防人たち  第3話(1)  

宿営地より北の丘に人影があった。  
漆黒のマントを羽織り、黒い甲冑を着た男が居た。  
「新手の奴らも強いな」  
男は宿営地の方向を遠目で見ながら言った。  
男の名はベイン。魔族の騎士だ。  
ベインは右手に収めている石を見た。赤黒いその石はベインの掌で粉々に  
砕けていた。これがゴンズを操っていた道具だ。しかもこの石の力は魔族の  
力を更に高める要素があった。ゴンズが強かったのもこの石のせいだ。  
ゴンズが全て倒れると石は役割を果たして砕けたのであった。  
「さて、異世界の者達よ。これからが本番だぞ」  
こうベインは言いながら掌の石を地面に捨てていずこかに消えた  


816  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/08/25(金)  23:59:44  ID:+tMSaF+O  

レーベンスの防人たち  第3話(2)  

吉川は目の前にいる帝国陸軍大尉を凝視して固まっていた。  
何故ならその陸軍大尉が死んだ筈の祖父を名乗るからだ。  
「本当に吉川健二郎なのですか?」  
吉川は思い切って聞いてみた。  
「ええ、そうです」  
陸軍大尉はにこやかに答えた。その表情に父親の実家で見た  
祖父の写真と重なる。  
「私は貴方の孫ですよ」  
「孫…」  
吉川の言葉に健二郎は言葉を失う。  
「なんと、お主は孫がいたのか」  
健二郎の横でソフィーが嬉々として言う。  
「こんな所で出会うとは何という幸運じゃ」  
続けてソフィーはこの状況に感動していた。それを見た健二郎も  
心の中で何かかが納得した。  
(そうか…幸運だな確かに)  
健二郎は三式中戦車から降りると吉川の所に行く。  
「会えて嬉しいぞ孫よ」  
健二郎はこう言い吉川に握手を求めた。  
「俺もです爺さん」  
吉川はこう言いいながら健二郎と握手した。  
「爺さんは無いだろ。俺はまだ20代だぞ、もうすぐ三十路にはなるがな」  
「それもそうだ」  
祖父と孫は大いに笑った。  


817  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/08/26(土)  00:00:42  ID:GEUiAcYd  

レーベンスの防人たち  第3話(3)  

健二郎は語った。何故、ここにいるのかを。  
昭和19年の夏。フィリピン防衛の為に編成された独立混成第1戦車隊の隊長として  
輸送船でフィリピンに向かっていた。  
だが、その途上で輸送船が嵐に遭う。そして皆の意識が薄れた。意識が戻ると輸送  
船はこの世界にいた。しかも陸地の上に輸送船が乗り上げた形で。  
「それからだ。奴らが来たのは」  
健二郎は少し俯いてから語り続けた。  
ゴンズが襲って来た。健二郎の命令で歩兵火器だけは荷物から出していた為にある  
程度の抵抗が出来た。三八式歩兵銃に百式短機関銃・九九式軽機関銃に九二式重  
機関銃を船上から撃った。更に輸送船が自衛の為に搭載していた機関銃も船舶工兵  
が操作して戦闘に参加した。  
だが、あの跳躍で輸送船の甲板に乗り移ったゴンズは次々と兵士達を殺した。  
それでも生きる為に銃を撃ち、手榴弾を投げ、軍刀や銃剣で刺してゴンズに立ち向か  
った。文字通りの血みどろの戦いを演じた。  
そこへメイア率いる近衛騎士団が救援に来た。  
魔族との戦いに慣れた近衛騎士団はゴンズを倒し、傷ついた健二郎達を介抱した。  
「それから城に行き。国王のゼント公に謁見。その場でソフィー王女に気に入られて  
今に至る訳だ」  
健二郎が話し終えると吉川はある程度の納得をした。元の世界では健二郎は「比島  
方面で戦死」と通知されていた。戦後になって輸送船で移動中に行方不明になった  
事が分かり潜水艦にやられたらしいと思われていた。この曖昧な部分が今ここに埋ま  
ったのだ。  
「にしても、変な縁だな。こんな世界で孫に会うとは」  
健二郎はしみじみと言う。  
「確かに変な縁です。二代揃ってこんな所に来る事になるなんて」  
また2人は笑う合う。それは会えないと思っていた親戚同士が出会った事への喜びだった。  


818  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/08/26(土)  00:04:43  ID:GEUiAcYd  

レーベンスの防人たち  第3話  (4)  

吉川一族の邂逅が終わると第46戦闘団は周囲の警戒と共に宿営地内の整理や負傷者の  
治療を始めた。主要な部隊長は実松のいる連隊本部のテントへ集まる。  
「皆。ご苦労だった」  
実松は集まった部隊長達にこう謝辞を送る。  
「ついさっき、我々は未知の敵と戦った。それについてジョーイズ・メイアさんに話をして貰う」  
実松が言い終えるとテント隅にいたメイアは皆の前に立つ。  
「ご紹介に預かりましたレーベンス王国近衛騎士団のジョーイズ・メイアです。では、この世界  
についてお話をします」  
メイアは話始めた。ここはレーベンス島を国土にするレーベンス王国であると。この王国は  
200年前からゼント一族が王として統治している事と言う基礎知識から始まりようやく本題に入った。  
「2年前。王国南部に魔族が現れ王国への侵略を開始しました。これに我が王であるゼント公  
リッオットV世は陣頭に立ち魔族と戦いました。ですがその渦中で傷を負い倒れました。これに  
救援をしようとした諸国が我が王国の敗北が近いと感じ、諸国は連携して魔術師を集め王国を  
結界の中に閉じこめました」  
これに自衛隊側からどよめきが起きる。中には「なんて冷たい国々だ」と言う者もいた。  
「確かに諸国のこの対応はあまりにも冷酷です。ですが、王国の騎士や人々の意気は衰えてい  
ません。何としてでも魔族との戦いに勝つのだとそれまで以上に戦って来ました。大雑把ですが  
これが今現在までの王国の置かれた状況です」  
メイアが話し終えると今度はソフィーが話す。  
「そこで貴方がたにこの王国の代表としてお願いがある。我が王国と共に魔族と戦ってくれまいか」  
ついさっきまでの好奇心旺盛で元気な姫君の姿では無く、気品ある王女の姿でソフィーは皆に願い出る。  
それを見た実松が話す。  
「皆、聞いてくれ私は王女の願いを受け、王国を守る為に戦おうと決めた。皆はどうだ?意見が  
あるなら遠慮無く言え」  
実松は自分の決断を口に出すと皆に意見を求めた。上下社会である自衛隊で部隊長の決定  
は絶対だが実松はあえて意見を部下に求めた。  
「私は連隊長の決定に従います」  
最初に吉川がこう言うと次に高倉も「同じく決定に従います」と続き、承諾する返事が次々と返っ  
て来る。  


819  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/08/26(土)  00:06:38  ID:GEUiAcYd  

レーベンスの防人たち  第3話(5)  

しかし、その中で違う意見を言う者がいた。第3中隊長の高屋健吾一尉だ。  
「私は反対です。もしかしたら、ここにいれば元の世界に帰れるのではないでしょうか?その為に  
宿営地から出ずにいる方がいいと思います」  
高屋は周囲の戦いへ賛同する中で懸命に訴える。  
高屋の意見を聞いた高倉は反論する。  
「そう言っても帰れる保証が無いだろう。それにこの状況で高見の見物で居られる訳が無いだろ  
う?ここはゴラン高原やサマワとは違うんだ。連中は人間と見れば容赦無く襲いに来るぞ」  
だが高屋も黙ってはいない。  
「その時は我が戦闘団の火力で宿営地を守り通すのです。その方が犠牲者は少なくて済む筈  
だ」  
「確かに戦いに進んで出るよりかは犠牲は少なかろう。だが、お前に出来るのか?目の前で魔族  
に襲われる人々を無視して己の生存の為にここに居続ける事が。俺には出来んから連隊長の  
意見に賛同したんだ」  
「ですが、それは故郷である日本を切り離す事ですよ。未練は無いんですか?」  
「無いと言えば嘘だな。今すぐにでも日本に帰りたい。だが、目の前の人々が故郷を失おうと  
しているんだ。それを守ってやらなあいけんと俺は思う」  
高倉は広島弁が混じりながら高屋に言った。  
「高屋一尉」  
2人の話を聞いていた実松は高屋を呼ぶ。  
「君の言う事も一理ある。隊員皆の事を考えれば元の世界に帰る事を第一に考えるのは当然  
だ。だが、私は高倉一尉と同じ考えで戦いに参じようと決めた。だが、高屋一尉の意見も最も  
だ」  
実松はここで言葉を切る。  
「残る者はここに残ってもいい。明日の朝、また皆の意志を確認する。今日はここで解散」  
実松がこう言うと集まった部隊長達は連隊本部のテントから出て行った。  



820  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/08/26(土)  00:07:34  ID:GEUiAcYd  

レーベンスの防人たち  第3話(6)  

テントには実松と副官の河井にソフィーとメイアが残った。  
「実松殿。感謝する」  
ソフィーが頭を下げて礼を言う。  
「いえ、王女。まだ私の部下の意志が固まっていません。礼を言うのはまだ早いですよ」  
実松はソフィーに言った。  
「けれど貴方はこの国を救おうと思われた。それだけでもありがたいのです」  
ソフィーは真っ直ぐな視線を実松に向けて言う。  
「そうです実松殿。この国では人々の意志に大きな意味があるのです」  
メイアが言った。  
「意志か」  
実松は反芻して呟く。2人の言葉は人としての何かを問いかける様に思えた。それは魔族によ  
って窮地に陥り周辺の国々から見放されてしまった時だからこそ個人の意志や心が重要なのだ  
ろうと実松は考えた。  
(救ってやらないとな。やはり)  
実松は決意を新たにした。  

(続く)  











113  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/10/10(火)  00:04:12  ID:???  

レーベンスの防人たち  第4話  (1)  

藤田裕幸一等陸士はテントの中にいた。  
このテントは戦死した隊員の遺体を収容する所だ。  
彼らの遺体は寝袋で包み、誰であるかを示す名前が書かれた紙が付けられていた。  
藤田は田村康成一等陸士の側に行く。  
入隊して初めて親しくなったのが田村だった。苦楽をを共にした仲だ。  
「康成。何でお前が・・・」  
ぽつりと言いながら藤田は一枚の写真を寝袋の上に置く。その写真には笑顔の女性が  
写っている。  
「ようやく告白して彼女が出来たのにな」  
藤田は無言の田村に話す。  
藤田の周りでも亡くなった戦友に別れを告げる者が何人かいる。中には立ったまま無言で  
涙を流す隊員もいた。  
「さよならだ」  
藤田は友人に別れの挨拶をした。  

「どう思う?」  
吉川克也一等陸尉は中隊の副官である皆川理恵二等陸尉にこの宿営地に残るかレーベ  
ンス王国を救うべく戦うか聞いた。  
「自衛官としては連隊長の決めた事には従います」  
皆川はまずこう言った。  
「私個人としてはこの土地に住む人々を守る戦いに行くのは賛成です」  
皆川は吉川をまっすぐ見つめて言った。  
「だがそれは元の世界に帰る事を諦める事になるぞ」  
吉川は念を押すように言う。  
「ここにいても帰れる保証は無いじゃないですか。それなら誰かの役に立てる事をするべきです」  
「そうか」  
吉川が皆川の心境を聞き終えた時に一人の二等陸士が報告に来た。  
「正門前に現地人と思われる集団が近づいています」  
「現地人?」  


114  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/10/10(火)  00:05:58  ID:???  

レーベンスの防人たち  第4話(2)  

本名正則三等陸尉は双眼鏡でそれを見た。  
平原に30人程の人々がこちらに向かっている。  
(形は人間だが、もしかしたら・・・)  
本名は不安を感じた。この世界ではモンスターや魔法がある世界だ。あの人々が魔族が化けた  
ものだと言う可能性がると本名は考えた。  
「止まれ!これ以上進めば攻撃する!」  
本名は宿営地警備の為に作成されたマニュアルに従い拡声器で警告を発する。  
もしもこれで止まらなければ威嚇発砲をし、更に止まらなければ敵と認識して発砲する事になる。  
(止まれ・・・止まってくれ!)  
本名は願わずにはいられない。警告を理解出来なくてあの人々が接近し続ければ最悪の事態。  
彼らを射殺する事になる。  
「止まったようです」  
本名に隊員が報告する。見れば確かに止まった。だが、彼らはこちらを見つめて動かずにいる。  
(さて、どうしたものか)  
本名は困った。彼らは何をしたいのだろうか?それが問題だ。  
「横山三曹。彼らと話をしろ。何がしたいのか?と聞いて、ここには近づくなと伝えろ。」  
本名は横山祐貴三等陸曹を使者に出した。  
横山は藤田と桜井宏樹二等陸士が護衛として付けて彼らの所に向かう。  
「私は話をしに来ました。代表は誰ですか?」  
横山は丁寧な言葉使いで自分の目的を彼らに言った。だが彼らは少し怯えた様子だ。  
「俺が代表だ」  
横山の前に出て名乗り出たのは若い青年だった。  
「あなたが、代表ですか。では少しあなた方について聞きたいのですが」  
横山はまるで役所の人間が使うような言い回しで聞く。  
「ここにいるのはトバイス村の住人だ。俺は村長の息子でベックだ」  
青年ベックはすぐさま答えた。  


115  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/10/10(火)  00:07:48  ID:???  

レーベンスの防人たち  第4話  (3)  

「その村の方々が何故?」  
「俺達は突然現れたモンスターから逃げる為に村から逃げた。そこにあの砦があったので  
モンスターが去るまで入れて欲しいと思ったんだ」  
ベックは訴える口調で横山に言った。  
横山の前にはくたびれて緊張に表情が固い村人達がいた。  
(話は本当だろう。出来れば宿営地に入れて休ませてあげたい)  
横山は無線で本名にベックの話を伝えた。  
「取りあえず、その村人をそこで待たせておくんだ。次の指示を待て」  
本名からはこう返事が来た。今から中隊長の吉川に報告し、吉川から連隊長の実松に報告  
する。そして実松が決断するのだ。こう考えると横山はもどかしさを感じた。  
「今少し待って下さい。貴方の要求は伝えました」  
横山はベックにそう言う。だが、ベックは不思議そうな顔をした。  
「どうやって伝えたのです?まさか魔術ですか?」  
無線機なんか知らないこの世界の住人には離れた所にいる人間へ動かずに言葉を伝える  
術を魔術だと思ったようだ。  
「いや、これを使ったのですよ」  
横山は左肩に付けた警察官が使うものと似た小型の無線機を指した。  
「これは遠くにいる人間と話し合う事が出来る仕掛けなんです」  
この世界の住人に別世界の技術を話していいのだろうかと思ったが「魔術師」などと思われ  
たくは無い為に簡単にしくみを教える事にした。  
「すごい魔術だ!」  
ベックは驚いて言った。それに横山は苦笑いを少し浮かべた。  


116  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/10/10(火)  00:10:22  ID:???  

レーベンスの防人たち  第4話  (4)  

同じ頃、連隊本部では村人について報告が来ていた。  
「実松殿。お願いだ!」  
連隊本部にいたレーベンス王国の王女ソフィーがすがる様に言った。  
「もちろんですよ王女。私は最初から救うつもりです」  
第46普通科連隊の連隊長である実松賢治一等陸佐はソフィーに優しく言った。  
「すぐに彼らの収容を準備せよ。補給科は村人達に水とご飯を用意、衛生科も負傷者がいる  
かもしれんから準備しておけ」  
実松がその様に命令を下すとソフィーの目には涙が溜まり、自然と頬を流れた。  

村人達はベックが砦と思った。宿営地に入る。彼らは横山の案内で村人専用に急いで立て  
た大型テントに収容された。そこで補給科の隊員から水と野外炊具1号で炊いた米で作った握  
り飯を与える。怪我をした村人には衛生科の隊員が診て治療した。幸いにも擦り傷程度の怪我人しかいないので衛生科の隊員は消毒と包帯にバンドエイドを補給科の隊員に渡して負傷者の治療が続く衛生科のテントに戻った。  
「村人にしては若い連中ばかりだな」  
様子を見に来た吉川が横山に言った。村人達を見ると10代〜30代の者がほとんどで後は幼い  
赤子しかいない。  
「私もそれが少し気になったんですよ。まさかと思いますが」  
横山が村人に聞こえない様に言う。  
「老人達を置いて来た?」  
吉川も聞こえない様に言った。  
「かも知れません」  
2人は重い気分に苛まれた。彼らはここに来るまでに非情な決断をせざる得なくなったのだろう  
と考えた。  


117  名前:  エビチリ  ◆NYKahXpmWk  2006/10/10(火)  00:13:45  ID:???  

レーベンスの防人たち  第4話  (5)  

「うっ・・・ううっ」  
突然、握り飯を食べていた12、3歳ぐらいの少女が泣き出した。  
少女は「おじいちゃん」「おばあちゃん」と繰り返した。それに少女の隣にいた母親であろう女性  
が抱き締めてなだめていた。  
「何で・・・何でおじいちゃんとおばあちゃんを・・・置いて来たの?今からここに呼ぼうよ!」  
少女は泣きながら訴える。それに母親も周りの村人、何よりもベックが後悔している様な表情を  
浮かべる。  
「ベックさん・・・」  
横山は思い切って聞いてみた。ベックは暗い表情をしながら言った。  
「実は、俺達は村から逃げる途中で父である村長と一緒に老人達や病人を置いて来ました」  
吉川と横山は黙って聞く。  
「親父は言いました『ワシら老人が一緒では足手まといになるから置いて行け』と。俺は説得  
しようとしたんだが・・・親父や他の老人達に病人も置いて行けと強く言ったんだ・・・。そして  
託された。村の未来を・・・」  
テントの中は重く沈痛な空気となった。少女の泣き声だけが響いている。  
「中隊長・・・」  
横山は目で訴える。三曹が一尉に意見が出来るものでは無い。だが横山は目で訴える。  
吉川は横山が何を言いたいかを理解していた。