659  名前:  名無し志願兵二号  04/02/01  08:19  ID:???  

 膠着状態の続いていた戦線に動きがでたのは、僕が赴任してから十七日目のことだった。  
 これまで塹壕の中で、ひたすら警戒と待機を続けていた僕達にとって、その動きは歓迎  
すべきものだった。  
 例えそれが自分の死を持って終えるとしても。  

 弾薬の備蓄を完了した特科の連中は、それまでの鬱憤を晴らすかのように、盛大な  
弾幕を張っている。  
 弾着地点から数千メートルは離れているはずの、この塹壕まで崩れるのではないかと  
いうほどの激しい砲撃。弾幕のむこうでは鉄火の嵐が吹き荒れていることだろう。それは  
多分、この世に現出した地獄だ。  
 敵最前列にはは、甚大な被害が上がってるはずだ。  


660  名前:  名無し志願兵二号  04/02/01  08:21  ID:???  

 しかし、それと前後して始っていた帝国軍の魔法使いによる攻撃魔法が、こちらを  
襲っていた。  
 特科の砲撃とは比較にならない間遠な間隔で炸裂する魔法は、その効果に置いては  
二十榴に引けを取らない凄惨な地獄を、こちらにも創り出していた。  
 前ぶれもなく突如として立ち上る火柱。衝撃と熱風。量産される挽き肉と消し炭。  
 少なくとも命中率では、魔法に軍配が上がる。  

「一分後に総員突撃だ」  
 班長が命令を伝えてくる。  
 初弾は装填済み。銃剣はこの戦線に赴任してきた時以来付けっぱなし。いつでも行ける。  
 僕は突撃の結果死ぬかもしれないことよりも、この塹壕から出られることの方が嬉し  
かった。ここは余りに湿っていたし、寒かったんだ。  


661  名前:  名無し志願兵二号  04/02/01  08:23  ID:???  

 時間きっかりに友軍の魔法使いによる支援攻撃が始った。敵の魔法使いがいると思しき地点に幾つもの雷が落ち、特科の砲撃も激しさを増す。砲弾には煙幕が混じっていた。  

「突撃!」  
 鬼のような曹長に追い立てられるように、僕達は塹壕を飛び出す。  
「うらぁー」  
 おもいおもいの訳のわからない雄叫びをあげながら、僕達は敵の戦線に向かって  
駆けていく。  

 先頭を駆けていく曹長が敵の矢を受けて倒れたのは、塹壕を出て1キロほども  
進出した時だった。  
「タンク!」  
 誰かが叫ぶ。  
 煙幕の向うから十数騎の弓騎兵が現れていた。曹長を撃ったのはこいつらだ。  
 その姿を見ると同時に、僕は引き金を引いていた。  

 弾幕の中をほぼ無傷で潜り抜けてくるヤツらを、僕達は“タンク”と呼んでいた。  
 “タンク”は今出てきたヤツらのように騎兵が大半だったが、ただの歩兵の群の  
こともあったし、本物の竜に乗った竜騎兵の場合もあった。  
 ただ例外無く、ヤツらはしぶとかった。  



784  名前:  名無し志願兵二号  04/02/02  02:12  ID:???  

>>659-662の続きです。  

 今度のヤツらもそれは同じだった。  
 タンクのヤツらに向かって、僕を含めた班の連中が一斉に火線を集中させるが、  
効果は無かった。銃弾はその多くが外れ、わずかに当たった弾も、見た目からは想像  
もできないほど強固な鎧によって弾かれる。  
 各種の魔法や『神の加護』とやらで強化されたタンクとは、そんなやっかいなヤツ  
らだった。  
 兵力差や補給のせいで膠着状態に陥ったこの戦線では、まさに第一次大戦時に置ける  
戦車そのもの。このまま前線を突破されれば、そこから戦線そのものが崩壊しかねない。  


785  名前:  名無し志願兵二号  04/02/02  02:14  ID:???  

 多分今回の戦闘で出てくるタンクは、こいつらだけなのだろう。戦争技術では自衛隊  
とは比較にならないほど遅れた帝国軍だったが、さすがに戦力集中の原則くらいは  
知っていた。タンクが出てくる時は、大抵単一の部隊としてやって来る。  
 つまり今目の前に迫りつつあるヤツらさえ何とかすれば、この戦闘はこっちの勝ちだ。  
……多分。  


786  名前:  名無し志願兵二号  04/02/02  02:15  ID:???  

『第三班待避しろっ』  
 曹長に代わって指揮を引き継いだ士長の命令がインカムから聞こえたが、それは無理  
というものだった。何せヤツらは僕に向かってまっすぐに突っ込んでくる。逃げるには  
距離が近すぎたし、この平原には隠れられる様な地物も無かった。  
 このままでは  
1:曹長のように弓で射殺される。  
2:あのぞっとするようなでかい剣で斬り殺される。  
3:馬に蹴り殺される。  
 の三択だ。  
 だから僕は……  

4:雄々しく立ち向かう。  
 を選んだ。同じ死ぬのならかっこ良く死のうと思ったからだ。  



 今夜はここまで。  


284  名前:  名無し志願兵二号  04/02/16  02:53  ID:???  

4:雄々しく立ち向かう。  
 を選んだ。同じ死ぬのならかっこ良く死のうと思ったからだ。  


 タンクどもが僕のところまで来るのに、後10秒くらいは掛かる。  
 僕は自分でも驚くくらい落ち着いていた。弾倉を新しいものに取り替え、一つだけ  
持たされていた手榴弾から安全ピンを引き抜く。  
 目測でタイミングを図りつつそれを足下に落すと、僕はそのまま銃を構え、三点射  
で撃ち始めた。  

 土煙を上げつつ突進してくるタンクどもは、小銃弾などものともせずに急速に迫っ  
てくる。さすがにこれほど近くまで来ると、魔法で弾道を変えるのにも限度があるの  
か命中弾もでているが、それすらも非常識な強度の鎧に弾かれる。  
 だがそれでも構わなかった。銃撃はヤツらの弓矢による射撃を牽制できただけで上  
出来だ。  
 僕は充分奴等をひきつけると、足下に転がった手榴弾をそっと蹴り飛ばし、自分は  
急いで地面に伏せる。  

 次の瞬間、ほんの3m先で手榴弾は炸裂した。  


285  名前:  名無し志願兵二号  04/02/16  02:54  ID:???  

 僕は何とか爆発に耐えた。  
 地面で爆発した手榴弾は、その爆風と破片を上方へと向かわせる。3m離れて地面  
にぴったりと伏せていれば大丈夫だと言っていたのは、さっき死んだばかりの曹長だ。  
 曹長は正しかった。  

 僕は急いで立ち上がると、すぐ側で落馬して立ち上がろうとしていたタンクの顔面  
に銃剣を突き込んだ。フェイスプレートのスリットから差し込まれた切っ先は、銃弾  
のようにそらされることもなく奴の顔面に突き刺さる。  
 それでもまだ動いていやがったので、そのまま三発撃ち込んでやった。  
 もう動かなかった。  


 あの爆発で鼓膜が破れた僕は、日本まで後送されて今入院中だ。  

 結局僕が自爆覚悟でやったことは、タンク一騎を倒しただけだった。  
 しかし隊列を乱されたヤツらは突進力を削がれ、対応時間を得た自衛隊から重機に  
よる飽和攻撃を喰らって殲滅されたらしい。  




746  名前:  名無し志願兵二号  04/02/25  02:43  ID:???  

名無し戦記(仮)  
1-1  

 その現象が起った時、異変に一番最初に気づいたのは、ネット関係者達だった。  
 海外のサーバーが一斉に障害を起したからだ。  

 次に気づいたのは気象関係者。  
 気象衛星からの写真に、異様な雲が写っていた。その雲は日本全域をくまなく覆い隠し  
ていたが、今の時期にそのような雲は発生するはずがなかった。だいたいその直前の写  
真では、日本列島は全域晴れ渡っていたのだ。  

 その現象が発生したのは日本時間の午前1時すぎであったが、事態のあまりの異常さに  
多くの者が夜中に叩き起こされ、夜明け前には首相官邸に閣僚が集結する騒ぎとなってい  
た。  

 この時点で判明していたのは以下の通り。  

1.有線無線を問わず、日本国以外の地域との通信/連絡が途絶。(一部例外あり)  

2.海上に“霧の壁”としか言いようの無いモノが出現している。高さは成層圏外まで続  
いていると見られる。  

3.“霧の壁”は船舶航空機共に突破不能。霧の中に突入すると、いつの間にか突入した  
ポイントに出てきてしまう。  

 しかし日本国民の大半は、未だこのことを知らずにいた。  


747  名前:  名無し志願兵二号  04/02/25  02:44  ID:???  

名無し戦記(仮)  
1-2  

 夜が明けて社会は動き始めたが、それでも多くの国民はその現象に関しては無関心だっ  
た。関心を持てるほどのことはまだ何も解っていなかったせいだ。大抵の者は目の前の生  
活に忙しく、よく判らないものには関わらなかった。  
(後に、この無関心も現象の一部だったとする説が出ている)  

 昼になって漸く、政府から準“有事”として非常事態が宣言され、とうとう国民も無関  
心ではいられなくなった。  
 人々はマスコミからの情報を求め、次に互いにうわさ話を交換しあった。一部では悪質  
なデマ流言蜚語も流れていたが、暴動などにまでは発展しなかったのは、国民性というの  
もあるが、非常事態を受けて出動を開始していた警察の警戒体勢のおかげでもあろう。  

 先に挙げた警察以外にも、非常事態が宣言される数時間前から、慌ただしく事態に対応  
していた者達がいる。  
 防衛庁及び陸海空自衛隊、海上保安庁、消防庁。これらの組織は、国民の眼に留まらな  
いところで粛々と活動し、あるいは待機を続けていた。  


748  名前:  名無し志願兵二号  04/02/25  02:45  ID:???  

名無し戦記(仮)  
1-3  

 主に海上保安庁と海上自衛隊によって確認された壁の内側は、南は琉球諸島から北は樺  
太までの細長い海域で、西は日本海の中ほど、東は硫黄島までが含まれていた。  
 壁の内側に含まれていた一部国外地域とは連絡がついたため、情報交換などもしたのだ  
が、事情がわからないでいるのは何処も同じだった。  

 現象が起って三日が経ち、大人しい国民達もさすがにヒステリーを起しそうになった頃、  
唐突に霧の壁が消えた。  

 その三時間後。  
 対馬沖を一隻の木造帆船が航行しているのを、海自のP-3Cが発見した。  



403  名前:  名無し志願兵二号  04/02/29  07:11  ID:???  

名無し戦記(仮)  
2-1-1  

 六ヶ月前。  
 宰相の下に秘書官のラリーが報告に現れた時、宰相は気難しげな表情で書類を眺めてい  
た。内容は迫りくる帝国に関するものである。  
 宰相は報告書を放りだして溜め息をつく。  
「今度はどんな凶報だ?  もう何を聞こうと儂は驚かんぞ」  
「いえ、凶報ではございません。むしろ吉報かと。神託がありました」  
「神託、だと?」  
「はい。先程連絡がございました」  
「で、何と言ってきた?」  
「数ヶ月後に東海の先にあるホウライ島に、魔王軍を打ち破るための援軍が現われる。と」  
 中原連合王国宰相、鉄血のテディことセオドア・ガーンズバックは、ラリーからの報告  
を聞くと顔をしかめる。  
「たいそうな神託ではないか。普通神託などというものは、もう少し遠まわしな、どうと  
でもとれる言い回しをするものではないのか」  
「はい、仰せのとおりです。それが普通の神託でございます」  
 宰相は無言で先を促す。  


404  名前:  名無し志願兵二号  04/02/29  07:13  ID:???  

名無し戦記(仮)  
2-1-2  

「神託は神官達の中でも特に神聖なる者達に下されます。ですが大抵の場合それは神託で  
はなく、彼らの持つ異能の力によって成される予知でございます。ですから曖昧などうと  
でもとれる言い回しで、その神託は伝えられます  
 ですがごくまれに本物の神託が下されます。本物の神託は神の御業故、誤解の生じる余  
地のない直裁な言葉となります。  
 もっとも、そう見せたいが故の虚言であることもしばしばあります」  
「詳しいな。流石はパーネルに連なるだけのことはある」  
「恐れ入ります」  
「では、お前はどう見る。この神託は嘘か真か」  
「真にございましょう。少なくとも神官庁は、これを真の神託と受け取ったかと」  
「だろうな。この時期に嘘の神託をよこしてくるようであったら、その者達はあの尖塔か  
ら吊されねばならぬ」  
 宰相はしばし考えた後、秘書に指示を出す。  
「神官庁からの使者に伝えよ。この神託を余人に伝えることなかれとな。お前もこの件に  
関しては他言無用だ。伝えるべき者には儂から伝える」  
「はい、仰せのままに」  


405  名前:  名無し志願兵二号  04/02/29  07:14  ID:???  

名無し戦記(仮)  
2-2  

 三日前。  
 東海全域にわたって濃密な霧が発生したときいた時、ナイジェルは一ヶ月前から続く待  
機に、漸く終わりの兆しが見えてきたことを感じた。  
「この時期にこのような霧が発生することは?」  
「朝方ならばまだしも、晴れた日の昼になっても消えないような霧は、聞いたこともござ  
らん」  
 ナイジェルの問いに答えた現地駐在員の答えも、この霧がただならぬものであることを  
示していた。  
「この霧が晴れ次第ホーライ島に行こう。  
 プーサン水軍に船を出させねばならんが……提督の感触はどうだった?」  
「然るべき筋に充分なつけ届けをしております故、全く問題ござらん」  
「よろしい」  

 ナイジェル・ニクソン男爵がこの東方辺境に派遣されたのは、三ヶ月前のことだ。鉄血  
のテディの二つ名を持つ、ガーンズバック宰相から直接依頼された任務であった。もちろ  
ん彼は二つ返事で引き受けた。  
 そして尋ねたのだ。何故私めにそのような大任をまかされるのか、と。  
 返事は、  
「卿の二つ名に期待してのことだ」  
 ナイジェルの二つ名。“物狂いのニクソン”  
 彼の珍奇好みは祖父の代からの物で、連合王国の社交界に広く知れ渡っていた。  
「魔王軍と張り合おうという軍勢だ。おそらくは儂等の想像の斜め上を行くようなもので  
あろう。しかしそのような奇っ怪なものであろうと、卿ならば上手く受け入れ交渉するこ  
ともできるであろう。もちろん卿の舌先三寸にも期待しておる」  

 二ヶ月間の旅はなかなかに過酷なものであったが、ナイジェルにはその道中も楽しめる  
ものだった。連合王国の外に出るのは初めてだったから、見聞するモノ全てが珍しかった。  


406  名前:  名無し志願兵二号  04/02/29  07:15  ID:???  

名無し戦記(仮)  
2-3  

 霧の発生から三日。立ちこめていた霧は嘘のように消え、水平線の彼方には以前は存在  
しなかったはずの島影が見えていた。  
「では行こうか」  
 見知らぬモノへの不安はあったが、より大きな好奇心に押されてナイジェルは出立を宣  
言した。  
「出航!」  
 艦長が号令を発すると、ドラムが打ち鳴らされ、それに合わせて一糸乱れぬ統制が取れ  
た動きで櫂が動きだす。  
「見事なモノですな。さすがはプーサン=カーライル王国水軍きっての軍艦」  
「おほめに与り恐悦至極。目的地はあの島でよろしいのですな?」  
「お願いします」  
 島までの距離は目測でおよそ20浬。帆走を併用すれば昼前には到達する予定であった。  

 それを発見したのは、マストの頂上にいた見張りの水兵であった。少し前から聞こえて  
いた異様な音に警戒を厳にしていた艦は即座にそれに対応する。  
「バリスタ用意!」  
 甲板長の号令で強力な弩が一斉に巻き上げられ始める。  
「待って戴きたい。アレがわたし達が探しているものであるならば、攻撃はなりません。  
むしろ攻撃しても効かない……いや、反撃を受けて大変なことになるやも知れません」  
「貴殿は我らがセラフィン・エステ号を侮辱なさるか!」  
「我らの使命は彼のモノ達と同盟を結ぶことにある!  敵対するものとはっきりするまで  
は、こちらからの手出しは避けて戴く」  
「……よろしい。貴国との契約であるから貴殿の要請には従おう。しかし小官には艦の安  
全を図る義務もある。戦闘準備は進めさせて貰う」  
「いいでしょう。しかし戦いの号令は私の許可を取ってからにして戴く」  

 そうこうしている間にも、空を飛ぶ異界の物体は凄まじい疾さで近づきつつあった。  



480  名前:  名無し志願兵二号  04/03/11  01:49  ID:???  

名無し戦記(仮)  
3-1  

 海自から不審船舶発見の連絡を受けた海上保安庁は、ただちに現場海域へと巡視船を  
派遣した。不審船といっても北の工作船などではありえない。今時木造の帆船。しかも  
櫂を併用しているということだった。  
 第七管区海上保安本部を経由して伝えられた情報に従い現場に急行したのは、巡視船  
ではなく、近場にいた巡視艇、PC207<やえぐも>だった。  
 そして彼らが不審船を発見したのは、対馬沖僅か5浬の海域であった。  

 霧の壁が消えたとはいえ、異常事態が未だ進行中なのは、壁の外だった地域との連絡が  
依然として途絶したままな事からも明らかだった。その外から来た船に、<やえぐも>  
は慎重に接近する。  
「艇長。いかなる周波数による呼びかけに対しても応答ありません」  
「そうか……。まさか本当に見た通りのガレー船なのか?」  
「そうとしか思えません。甲板上には大型のクロスボウや、投石器らしきものが設置さ  
れているのが確認できます。あと乗員の着ている物もやけに時代がかっています」  
 どう対応して良いやら困ったが、いつまでも困惑だけしている訳にもいかない。不審  
ガレー船は、針路をこちら向けて近づきつつあった。  
「無線による呼びかけは中止。拡声器に切り替えよう」  
「了解」  


481  名前:  名無し志願兵二号  04/03/11  01:50  ID:???  

名無し戦記(仮)  
3-2-1  

 飛行物体はエステ号の上を一度だけ航過すると、しばらく周囲を飛びまわり、やがて  
いなくなってしまった。  
「ナイジェル殿、アレはいったい何か?」  
「申し訳ないが艦長、私も知らないのです。ただ、あのような物を持っている者達と同盟  
が組めるようであれば、西からの脅威も恐れるにたらぬとは思いませんか」  
 艦長は複雑な表情で黙り込んでしまった。  

 目的地でもある未知の島まで指呼の距離に近づいた頃、再び異界の物体が姿を現した。  
 ただし今度は船である。  
「今度は帆も櫂もなしに走る船か」  
 艦長がげんなりとした表情で呟く。空を飛ぶ異形のものには恐怖も憶えたが、相手が  
船なら話は違った。しかもこちらよりも小型で、大型の武器を積んでいるようにも見え  
ない。ただ、自分の常識が通じないモノに一日に二度も出会ってしまったことが、たま  
らなく嫌だった。  
 多分それは他の仕官達も同じなのだろう。皆似たような表情をしている。しかし水兵  
達は無表情に、黙々と操船と戦闘準備を進めていた。  
 それを不審に思ったナイジェルは艦長に尋ねる。  
「先程もそうでしたが、水兵達は随分と落ちついたものですな」  
「若い水兵には、未知のものを恐れるほどの頭も無い。ヤツらの頭にあるのは、酒と女  
と今夜の飯のことだけでしてな。そして若くない水兵は……。海で不思議なものを見る  
なんてのはよくあることです。感動も恐怖も擦り切れてるんですよ」  
 ナイジェルにはソレだけとも思えなかったが、それ以上の質問はしないでおいた。他国  
の海軍のことだ。あまり詮索してもしょうがないと思ったからだ。  


482  名前:  名無し志願兵二号  04/03/11  01:50  ID:???  

名無し戦記(仮)  
3-2-2  

「とりあえず、あの船に近寄って戴けますか」  
「目的地はあの島だったはずでは?」  
「プーサンの港に見たこともない船が近寄ってきたら、貴官ならいかがなさいますか」  
「なるほど。あの船は我が艦を臨検するために現れたと言うのですな」  
「さよう。ならば敵意が無いことを示すためにもまずはあの船と接触し、然るべき  
手順を踏んだ上で堂々と入港すべきでしょう」  
「了解した。ただし、一国の軍艦として、本当に臨検させるわけにはいかぬことも  
承知して戴こう」  
「まぁ、その辺はこれからの交渉次第でしょう」  



584  名前:  名無し志願兵二号  04/03/12  03:16  ID:???  

名無し戦記(仮)  
4-1  

 ガレー船と<やえぐも>の距離が100mほどになったところで、そのガレー船は一斉に  
櫂を収納し縮帆しはじめる。拡声器による呼びかけは既に行っていたが、これがこちらの  
呼びかけに応えたものであるかどうかは不明だ。  
「アレはどう言うことだと思う?」  
「抵抗の意思が無いことを示しているかと」  
「何語が通じたのかね?」  
「さて?」  

 ガレー船は全長60m位で、マストは三本、櫂は三段になっていた。木造のこの手の船と  
しては大型の部類といえる。マストには何種類かの旗があったが、どれもこれも見た事の  
ないものだ。甲板上には対艦用と思われる武装も並んでいたが、それらは全て他所を向い  
ており、この点も抵抗の意思の無いことを示しているように思われた。  
「構造や帆の形からすると沿岸用か。外洋航行も可能だろうが、太平洋で運用するのは厳  
しそうだな」  
「韓国船なのでしょうか?」  
「ああいうものを持っているというのは、聞いたことがないな。歴史的復元物だとしても、  
毛色が違いすぎる」  
「たしかに。大航海時代前後の地中海の船ですね」  
「なんにせよ向うはこちらの出方を窺っているようだ。あの船の後方に回り込んで右舷10m  
に並ぶぞ。微速前進」  
「了解」  


585  名前:  名無し志願兵二号  04/03/12  03:17  ID:???  

名無し戦記(仮)  
4-2  

 謎の船までおよそ300ヤードまで近づくと、その船から大声て話しかけてきた。  
「向こうには随分と大きな声を出すヤツがいるな」  
「しかし一体これは何を言っているのでしょう?」  
「貴殿が知らぬのなら、小官が知っているわけもありませんな」  
 艦長の言う通りだ。ナイジェルは交易国家である中原連合王国の貴族だったから、異人  
達の使う言語もいくらかは知っていた。しかし謎の船からの呼びかけは、そのどれとも違  
うものだ。  
 ゆっくりと近づくにつれ、呼びかけに使われていた言葉が幾つか違うものに変る。  
『お前は*****の領域に侵入している。ただちに止まれ』  
「お、やっと判ることを言うようになったな。よし、櫂を上げろ、帆を畳め!」  
 ナイジェルはホッとしていた。言葉も通じなかったらどうしようかと思っていたのだ。  
新しい言葉を憶えるには、少々歳をとりすぎている。  
「さて、こちらは停船しましたぞ。相手を刺激しないように、たっぷり100ヤードは離れ  
ているし、バリスタも投石器にも兵は配置しておりませぬ。これで常識の通じる相手なら、  
前か後ろに回り込んでからゆっくりと近づいてくるはずです」  
「有り難うございます。でも、もし向うがまっすぐ突っ込んできたら?」  
「あの船には衝角はないし、大した武装も積んでおらぬようですから、船ごとぶつかって  
きたところで大した被害はでないでしょう。それにもしそんなことになったら反撃するま  
でです」  
「解りました。とりあえずむこうの出方を見ましょう」  


586  名前:  名無し志願兵二号  04/03/12  03:18  ID:???  

名無し戦記(仮)  
4-3  

 <やえぐも>がガレー船と並ぶ。ガレー船側ではつい先程までは水夫らしき者達が忙し  
く動いていたが、いまは甲板の高さの差でそれらも見えない。  
 すぐに舷側に明らかに水夫ではない人影が現れる。  

「なんか言ってるな」  
「英語で名乗りを上げているように聞こえますが」  
「いまユナイテッドキングダムって言ったな?  イギリス人なのか?」  
「その前にはセンターフィールドって付いていました」  
「センターフィールド・ユナイテッドキングダムのナイジェル・ニクソン男爵が、王国を  
代表して国交交渉に来た。そう言ってるな」  
「私にもそう聞こえました」  
「うーむ。嘘をつくには馬鹿馬鹿しすぎるし、小道具も懲りすぎている。かといって信じ  
るには非常識すぎる。全くもって理解不能だ。  
 とりあえず私が応対しよう。君は本部に連絡を。チャンネルは繋いだままにしておいて、  
そのまま実況中継しておいてくれ」  
「了解」  



758  名前:  名無し志願兵二号  04/03/13  03:31  ID:???  

名無し戦記(仮)  
5-1  

 霧の壁が晴れたと思ったら、壁の外の世界は一変していた。  
 日本と樺太にあった以外の、全ての近代文明が消失していた。そうはいっても、過ぎ去っ  
た過去の悪夢のような最終戦争が起きたわけでもなく、ただ世界は変っていた。  
   空自による偵察と海自による周辺海域の観測の結果、少なくとも日本周辺における地形  
海流その他には大きな変化は無く、天体観測の結果も異変以前となんら変わりはなかった。  
 見知った土地には見知らぬ人々が住み、見知らぬ国家を形成している。地球上の日本以  
外の全てが、違う歴史を辿って成立した世界になっていた。  
 いわゆる並行世界だ。  

「結論から言いましょう。日本国は今までとは違う世界に来ています。  
 詳しくはただ今から配る報告書を読んでもらうとして、政府としては早急に行動を起さ  
ねばならない問題が山積みしています」  
 首相は眼の下に隈の浮いた顔で閣僚達に告げた。  
 閣僚達も同じく疲労困憊した顔でそれを聞く。報告書の内容に関しては、非公式段階で  
既に伝わってきているため、改めて目を通す者はいない。  
 山積みの問題に関しても、各大臣達は官僚によって作成された対策案を幾つか持ちよっ  
て来ている。あとはこの閣僚会議で、どの対策案を採用するかを決めることになる。  


759  名前:  名無し志願兵二号  04/03/13  03:32  ID:???  

名無し戦記(仮)  
5-2  

 閣議は紛糾した。  
 何処をどうやっても足り無いのだ。食料もエネルギーも。世界から切り離された経済に  
関しては、もはや切り捨てることが決まっていた。とにかくは生存が第一とされた。  

「やはり全てを国家統制の下に置くしかないか」  
「有事法制の拡大解釈により、法制上の問題はクリアーできるはずです」  
「次の選挙では勝てそうもないな」  
「次の選挙が出来るのならば、それだけでも充分でしょう。今必要な処置を講じなければ、  
次の選挙などありませんぞ」  
「さよう。餓死者六千万人を出して、混乱の中に滅びるよりはましだ」  

 おおよその方針が決まった頃、海上保安庁から連絡が入った。  
「九州方面を統括する第七管区より報告。  
 センターフィールド・キングダムを名乗る国家の、使者がやってきました」  
「それは、つまり、この世界の国家ということだね?」  
「そのようです。彼らは英語によく似た言葉を話し、意思の疎通に問題はないとのことで  
す。対応の指示を乞うとも言ってきております」  
「もちろん丁重に御迎えしろ!  対応は外相に一任する。随時報告を頼むよ」  
「判りました。それでは会議も大方決まったようですので、私は省に戻ります」  
「頼んだぞ」  



228  名前:  名無し志願兵二号  04/05/05  03:01  ID:???  

名無し戦記(仮)  
6-1  

 部屋まで案内してくれたのは、沿岸警備水軍ツシマ砦の提督だった。彼が言うには、  
中央からの官吏がやってくるまで、もうしばらく待って欲しいという。現在いる島のさら  
に向うにある、本国の首都から来るということだが、およそ600マイルは離れているらしい。  
 ナイジェル達の常識に従えば、600マイルを移動するにはどう頑張っても五日以上は掛か  
る。しかし提督の言葉を信じるならば、日が暮れる前にはやってくるという。  
 信じ難い話ではあったが、空を飛ぶあの物体の事を思い出したナイジェルは、黙ってそ  
れに頷いた。  

 ナイジェル達が通されたのは、対馬海上保安部の応接室だった。ごく普通のお役所の応  
接室だが、彼らにとっては見慣れぬもので溢れていた。  
「これはいったい何をするものだ?」  
「この椅子に張られている革は、一体なんの革だ?  このような色と手ざわりは初めてだ」  
「こんなに透き通ったガラスがこんなにもふんだんに使われているとは、ここは王族の住  
まいか?」  
「それにしては内装が質素過ぎる気もするが?」  
「ここは沿岸警備水軍の砦だといっていたはずだ。きっとこれくらいは、ここでは当たり  
前の物なのだ」  
「この黒い飲物は、もしかして珈琲か?」  
 遣ホーライ使節団の随員として宰相府より送られてきた官僚たちは、早速応接室を値踏  
みしている。ナイジェルもそれに加わりたいが、ぐっと堪えて皆を注意する。  
「我らは連合王国の使節として、国益を損ねぬことを期待されている。交渉も始まらぬ内  
から浮ついてどうする」  
 随員達はばつの悪そうな顔をして居住まいを正す。  
 常識や面子に凝り固まりがちな上級官吏を避けたのはナイジェル自身だったが、さすが  
に皆若すぎたかとナイジェルが思っていたところに、提督ともう一人の男がやってきた。  


229  名前:  名無し志願兵二号  04/05/05  03:02  ID:???  

名無し戦記(仮)  
6-2  

 提督と共にやってきた男は外交専門の官吏だった。  
 互いに儀礼的な挨拶を名乗りを交わすと、軽い緊張を孕んだ沈黙が場を支配する。互い  
に相手のことを全く知らないのだ。にもかかわらず、自分達にとって有利な取り決めを相  
手と結ばねばならない。  
 ナイジェルには、ニホンジンと称する見慣れぬ風貌の者達が、突然現れた自分達にどう  
対応していいか扱いかねているのがよく判った。つまり彼らは自分達の身に何が起ったの  
か、まだ理解していないという事だ。先程現れた外交官に至っては、外交上の弱みを隠し  
ていることも判った。それがなんなのか解れば、国交交渉はかなり有利に勧められる。  
 ただしナイジェル達にも弱みはある。突如現れた者達の武威をあてにせねばならないほ  
ど追い詰められているわけではなかったが、彼らの武力に期待を寄せているのも事実だった。  

 先に沈黙を破ったのはニホンジンの方だった。  
「いつまでもこうしていても、らちが開きませんね。  
 正直に言いましょう。私達は何が起っているのか把握していません。もしあなたがたが  
そのあたりの事情をご存じであれば、ぜひお訊かせ願いたいのだが」  
 ナイジェルは慎重に相手の表情と言葉を吟味する。  
 ニホンジンは嘘は言っていない。しかし知らないということを告白することは、外交上  
大きな損失だ。そしてニホンジンはその事を承知した上で告白し、なおかつ余裕がある。  
 ナイジェルの得た感触はそんなところだ。これが当っているとしたら、ニホンジンはこ  
の外交的損失を挽回できるだけの何かを持っていると判断できる。  
 その何かが軍事力であろうことは明白だ。  


230  名前:  名無し志願兵二号  04/05/05  03:03  ID:???  

名無し戦記(仮)  
6-3  

 ナイジェル達の乗ってきたエステ号が、彼らの持つ最強の軍船というわけではなかった。  
しかし最強の船を持ってきたところで、それは量的拡大であり、質的には大差ない。  
 対してニホンジンが使っていたジュンシテイには、彼らの軍船とは全く違う質的な差違  
を感じた。その差違は、既に滅亡した西方諸国と帝国の質的差と同じようなものだ。何か  
が噛み合わず、結果は一方的なものになる。  
 ジュンシテイだけではない。ニホンジンは空を飛ぶ機械も持っている。ナイジェル達に  
も空を飛ぶ乗り物がないわけではなかったが、ニホンジンの物に比べると、それは飛ぶと  
いうより宙に浮くだけのものでしかなかった。  
 恐らくニホンジンは、エステ号から互いの格差を推測し、少なくとも軍事的には優位で  
あると判断したのだろう。  
 そしてその推測はナイジェルの判断と一致する。  
 ナイジェルはしばし逡巡する。普通の交渉事なら、相手の無知につけ込むべだ。しかし、  
交渉相手が騙されていたことに気付いた時どうなるか?  
 自身と同等以上の力を持つ相手を騙すのは、長期的に見て得策ではない。それにこれま  
でのニホンジンの対応からすると、彼らは充分に文明国であるらしい。少なくとも、何が  
しかの理由がなければ、いきなり戦争をふっかけるような真似はしないように思えた。  

 ナイジェルは慎重に言葉を選びながら、なぜ自分達がやってきたのかを話し始めた。  




406  名前:  名無し志願兵二号  04/05/06  02:41  ID:???  

名無し戦記(仮)  
7-1  

 中原連合王国の使節団が到着してより三日後。  
 首相は対馬から送られてきた報告を聞いていた。  
「まずは吉報からです。  
 食糧問題は解決の目処がついたそうです」  
 連合王国を盟主とする東方諸国同盟の余剰生産物をかき集めれば、何とか不足分を補え  
そうだということが判ったのだ。  
「もちろんこれは正確な資料をもとにしたものではありません。ですが度量衡が大幅に違  
うのでない限り、大きな差は無いということです。この件に関しましては、既に農林水産  
省及び経済産業省にも情報はいっていまして、現在合同プロジェクトチームを立ち上げて、  
連合王国使節団との間で詳細を詰めています」  
「しかしよくそれだけの余剰生産があったな」  
「それに関してですが、もう一つの重要情報から先に説明しましょう」  
「それが凶報の方か」  
 報告によれば、使節団は神託によってこの地に来ていたという。そして神託の内容は、  
魔王軍と戦う軍勢の出現を予言していたものだった。  
 驚愕と馬鹿馬鹿しさからしばし黙り込んでいた首相がようやく口を開く。  
「つまり私達は、魔王と戦うために呼ばれたというのか」  
「使節の話を信用するならばそのようになりますし、つじつまもあいます」  
 首相は頭を抱えたくなった。  


407  名前:  名無し志願兵二号  04/05/06  02:42  ID:???  

名無し戦記(仮)  
7-2  

 しかし一国の指導者としては、頭を抱えている訳にもいかない。彼は報告の続きを促した。  
「それで、魔王とは一体何者なのだ?」  
「詳細は不明です。現在判っているのは、大陸の端、元の世界ですとヨーロッパの辺りに  
ある帝国の皇帝だということだけです」  
 現在いる世界が元の世界と地理的にはほぼ同一であることは、使節団の持っていた地図  
との照合で明らかとなっていた。  
「遠いな。報告では彼らの科学技術は、せいぜい14-5世紀位だということだったな?  確  
かに大航海時代の始りではあったが、ヨーロッパとアジアではほぼ無関係ではないのか?」  
「それに関してですが、そもそも使節団を派遣してきた中原連合王国自体が、中央アジア、  
私達の地図ではアフガニスタン辺りにあるようです。そして彼らの管理する交易路を通じ  
て、大陸の東西でかなりの交流があったようです」  
「交流があれば諍いも起きるか。そんなところばかりは、いずこも同じなんだな」  
 秘書の説明に、首相は溜め息をついた。  
「ああ、そうか。私達が手に入れられる食料というのは、その帝国に売るはずだった食料  
ということだな」  
「はい。現在ヨーロッパ方面との交易はほぼ途絶しているそうでして、彼らとしても農産  
物の在庫をどう処分したものか困っていたようです」  
「しかし、まずいな。相手の事情がそうだとすると、貿易と彼らへの戦争協力がセットに  
されるのではないか」  
「恐らくそうなるでしょう」  
「……これは私や内閣の権限だけでは決められんな」  
 首相はキリキリと痛みだした胃をさすりながら、思案する。  
「まだ何かあるのか?」  
「はい……些細な偶然かもしれませんが」  
 秘書は躊躇いがちに言った。  
「先程の魔王の国なのですが……。侵略戦争を始める前までは、ベイヤン大公国という名前  
でした。そして戦争開始と同時に国名を改称し、大ドイツ帝国と名乗っているそうです」