187 名前: 卓ゲ板から来ますた ◆/oj0AhRKAw 04/03/17 16:22 ID:???

仮題『タイトル未定』

 200×年、春。その日、九州が消えた。

 何の痕跡も残さず、忽然と。

 その事により引き起こされた様々な変化。それの対応に苦慮する日本政府。

「一体何が起こったのか?」
 その質問に答えられる者は、居ない。

 ・・・・今は、まだ。


188 名前: 卓ゲ板から来ますた ◆/oj0AhRKAw 04/03/17 16:25 ID:???

 200×年、春のある夜。九州地方を中規模な地震が襲った。
それほど大きくも長くも無かった事、阪神・淡路を教訓としていた事も有り、
奇跡的にも、被害は皆無と言って良かった。
 それでも、落下物による被害やら建物への被害は在ったのだが。
これ幸いと、胸を撫で下ろすのは、まだ早かった。
 ・・・・異変は、直に明らかになった。
「海外はおろか、本州にも連絡が取れない!」
 情報網、経済網が発達していなかった時代ならいざ知らず、
現代では致命的である。
続いて入った一報が、パニックを引き起こした。
「本州が・・・・、無い・・・・」
 まさかそんなはずは無い、と確認に出た者達は、自らの正気を疑う事になる。
 関門海峡は、極々狭い幅しか持たないはずである。橋を架けることが出来る位に。
確かに、関門橋は架かっている。・・・・九州側だけならば。
 信じ難い事に、土台に程近い所で、鋭利な刃物で切り取られたようにスッパリと断ち切られている。
その切断面は、あくまでも滑らかだ。
 程無くして、空港及び港湾、外界との連絡口であるべき施設から続々と異変を知らせる連絡が入り始める。
曰く、『四国が無い』、『本州が無い』・・・・。
挙句の果てに、韓国・ソウルへ向かったはずの旅客機が、全く異なる海岸線を持つ半島に不時着したとの連絡。
 県知事の要請を受け、救援機を出す自衛隊。

 彼らの行く先に待つ物の正体を知る者は、未だ居ない。

今回の投下終了。
ツッコミその他、大歓迎致します。


217 名前: 卓ゲ板から来ますた ◆/oj0AhRKAw 04/03/17 18:37 ID:???

とりあえず、F世界サイド投下します。
時間的には、>187-188の直前になります。

仮題『タイトル未定』

 膠着した戦況。前線での果てし無い睨み合いと、時折思い出したかのように繰り返される小競り合い。
思い返せば、前線に立つ兵士の殆どが物心つく前から・・・・、否、生まれる前から、
既に戦争が日常の中に組み込まれているように。
実際、此処に居る者の中には戦争の無い状態を知らない者も多い。
「良く・・・・、続く物だな」
 元々は神殿であったはずの出城の城壁の上から、点々と微かな夜光虫の光を放つ暗い海を眺める。
良く晴れた夜空には、乳を流したような星の河が流れている。
 遥か彼方に、敵が船上に灯す明かりが浮かぶ他は、特に異常は見当たらない。
間断無い海からの夜襲を警戒していたのは、もう随分と昔の事だ。
 吹き抜ける潮風の中に、城の中庭に沸く『砂油』の独特の臭いが混じっている。
此処に配属された当初は強烈な臭気に随分と悩まされた物だが、
今では大分慣れてきた。
「それにしても、だ・・・・」
 思考を口にしてしまっている事に気付き、顔を顰める。
独り言の癖まで、育ての親に似たくは無い。
例え、選んだ道が寸分の違いも無く同じであったとしても。

 海洋とそれに浮かぶ群島を棲家とし、漁労と交易で生計を立てていたはずの彼らが、
何故急に、大陸に対して野心を抱いたのか。それは今もって謎のままである。
確実に言える事は、我らとて、易々とこの地を明け渡す訳には行かないと言う事、唯一つ。


218 名前: 卓ゲ板から来ますた ◆/oj0AhRKAw 04/03/17 18:45 ID:???

 戦争が始まった当初は、誰もが直に終わるものと・・・・。
相手方の勝利で、あっさりと決着が付く物だろうと思われた。
我が国は、大地母神を信奉し、その教団が国家の中枢まで根深く浸透しているのだから。
 近隣諸国の殆どが、まさか我が国そのものでもある教団には、
侵略を食い止めるだけの武力がある筈も無いと考えていた。
それどころか、国民の殆ど、信者の大半がそう考えていた。
 そう思われていた事実が、陸上の戦いを不得手とする海洋民族に我が国への侵略を決意させたのだろう。
海洋に面し港に適した湾を多く持ち、尚且つ陸路の要所でもあるこの国の地理条件も、
侵略を強く後押ししただろうが。

「舐められたもんだな、全くよ」
 だが、未だに戦争は続いている。
始まった時は、ほんの赤子でしかなかった自分が、こうして一部隊を任されるようになるまで。

「母が戦うのは、子を守る為だ」
 そう言ったのは、教主である母だったか。それとも現在軍を掌握している伯母だったか。
双子として生を受けたこの二人は、呆れるほど良く似ている。
「獅子は、雌が戦うものです」
 そう言ったのも国の中核を為すこの二人のどちらだったか。確かに、母神の従えるとされる獣は獅子だ。
代々の教主は必ず端近に獅子を置いているし、なにより聖印自体がその牙と爪を模っている。
 ・・・・だが、何も人である教主一族がその性質をなぞる事は無いではないか。

 冷たい夜の潮風が、最近生え始めた産毛のような髭をそよがせるのを感じる。
「・・・・今日は、とっとと寝るか・・・・」
 ・・・・すっかり癖になってしまったらしい独り言を呟きながら、城砦内に戻ろうとする。


219 名前: 卓ゲ板から来ますた ◆/oj0AhRKAw 04/03/17 18:47 ID:???

 そんな青年の足を止めさせたのは、幼い頃から聞きなれた独特の風切音と、
わざと翼を打ち鳴らす音だった。
 海上の方から、篝火を受けて夜目にも白い鳥のような物が近づいてくる。
否、ただの鳥ではない。ただの鳥であれば、あれほどの速度は出せまい。
何らかの魔法的な強化が施されていない限りは。
 普通の鳥よりも遥かに大きい人間並みの大きさの体と、
それを宙に浮かせるのに充分なほどの長大な翼を器用に操り、
レンガ組みの城壁の上に降り立つ。そして開口一番。
「急いで全員叩き起こせ!」
 流暢に人間の言葉を操る。白い翼は夜でもはっきり視認出来ると言うのに、
また単独で偵察行に出ていたらしい。何時に無く慌てているようだ。
いつもの上辺だけバカ丁寧な台詞回しでは無く、下々のような乱暴な言葉遣い。
「奴ら、とんでもない物呼び出そうとしてやがる!」
 それだけ言うと、足元のレンガを強く蹴り、再び舞い上がる。
何事かと目を剥く当番兵を押しやり、激しく鉦を打ち鳴らした。
「一体何があったん・・・・」
「のんびりしている暇は無い! 此処は放棄するぞ!」
 青年の問いかけを途中で強引に遮って、俄かに騒がしくなった中庭に下りる鳥。
「海と空を見ろ!」
 ただ一言、それだけを告げて。

投下終了
おファンタジー住人その1その2登場・・・・。


421 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/19 18:55 ID:???

(仮題)貴様の血は何色だ!

「何だって言う・・・・」
 呟きながら海原に目を向けると、急速に引いていく潮と、取り残されて足掻く魚が、
海底の岩肌に傷付けられて血を流しているのが目に入った。
潮の臭いの中に、僅かに生臭い、血の臭いが混じる。
「とっとと逃げろ! 昔みたいに運んで欲しいのか!」
 呆然とあらわになった海底を見つめる青年に、慌しく舞い戻った鳥が叱咤の声をかける。
その声に我に返った青年が、再び地上に降りようとする鳥の、胴体にくくり付けられた小さな雑嚢を掴む。
鳥の体型は、多少人の物に似通っているようだ。
「だから、一体何があったって言うんだ?」
「くけ」
 勢いをつけて飛び立とうとしていた所を後ろから止められ、息が詰まったらしく奇妙な音を立てる鳥。
大して表情の変わらないはずの鳥の顔に、ありありと迷惑そうな表情が浮かんでいる。
「殺す気か!」
 頭のてっぺんに生えた冠羽を揺らして詰め寄ってくる鳥に、状況を良く掴み切れていない青年が問いかける。
いらいらとした感情を隠そうともしていない鳥の姿は、確実に人の物に近づいているようだ。
「だから、一体どうしたって言うんだよ?! あと、服着ろ、服!」
「見りゃ判るだろ・・・・って。おい、お前いくつだっけ?」
 問い返しながらも、背負ったままの雑嚢から一枚の布と数本の紐を取り出し、器用に衣服の体裁を整える。
 急に話を変えられ、相手の意図がつかめないままに、それでも右の小指の先を同じ手の親指で触れ、
示す青年。その動作に、鳥はため息をついて天を仰いだ。
「あーあーあー、そ〜れじゃ判んないか。もうこれ位前だからな」
 そう答えながら鳥自身も、翼の下から隠れるように生えた細い二の腕に触れる。
ほぼ同時に響き始めた、不気味な唸りに耳を澄ませる。


422 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/19 18:56 ID:???

「のんびり説明する暇は無いな。ちょっと失礼」
 ほんの数瞬の逡巡の後。それだけ言った鳥は、素早く青年の腰を捕まえ、
駆け寄る勢いのままに宙へと身を躍らせる。さすがに青年の体重を支えきる事は無理なのか、
最後の数メートルで手を離してしまったが。
 放り出された青年が抗議の声を上げるより先に、鳥は中庭に居る兵士の一人から火の付いた松明を奪い取る。
そして・・・・。
「おい! 一体何を」
 何事かを唱えながら、中庭の中央・・・・『砂油』の鉱床へ、手にした松明を放り込んだ。
中々火が着き難いはずの『砂油』が、一気に大量の黒煙と僅かな炎を上げて燃え始める。
「言ったでしょう? 『此処は放棄する』と」
 周囲の者達の目を気にしてか、常の、癪に障るような厭味ったらしい口調に戻った鳥が、
事も無げに答える。術士特有の、額の目が炎の照り返しを受けて怪しげな光を放った。
「烽火代わりにちょうど良いですからね。一応、本殿詰めの術士達には連絡しておきましたが・・・・、
いかんせん、術士の言はあまり信用されないですから」
 自身も術士の一員でありながら、鳥はそんな事を口にする。
そして、大きく息を吸い込み・・・・。
「全軍、退却! 命惜しくば、港まで走れ!」
 そう叫ぶと、青年を促して自分自身も走り始める。
・・・・常日頃から、空を飛ぶ事に慣れた足で。


423 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/19 18:57 ID:???

 当然の事ながら、港までの距離の半分も行かないうちに、我先に逃げ出す兵達に大きく間を開けられる。
息一つ乱さずに併走する青年が、呆れたような声をかける。
「あのさ、おばさん」
「そう呼ぶなって! ・・・・何?」
 おばさん呼ばわりされた鳥の返答は、此処まで流暢に返せたわけではないが。
辛うじて口に出せた音を繋げると、大体こんな感じになる。
「じゃあ、颶風。飛べば?」
「お前こそ、先に行けば良い」
 一枚の布を体に巻きつけ、あちこちを紐で留めただけの姿で言い返す颶風、と呼ばれた鳥。
みっしりと生え揃った羽毛のおかげで、それだけの姿でも特に不都合は感じないらしい。
「で、何が来るって?」
 答えをあまり期待しては居ないが、青年はとりあえず聞いてみる。
しかし、颶風は苦しそうにあえぎながらも返答を口にした。
「津波・・・・、と言っても敵方の術士の名じゃ無いけど」
 術士達は、大抵『真語』と呼ばれる表意文字で自ら名をつける。
それは大抵、自然界の事物を示す言葉でもあるのだが・・・・。
「『母の寝返り』も何も無かっただろ?」
 自然現象としての津波は、『母の寝返り』・・・・地震によって引き起こされる。
だが、その様な物は無かった。
「そりゃ、人為的に起こされたものだからな」
 冷静に返す颶風。息切れさえ起こしていなければ、むしろ泰然とした口調であっただろう。
「説明の方は後でする。・・・・出来たらな」


424 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/19 18:58 ID:???

 走りながらしきりに胸元や首周りに手をやる。
時折つるつる滑る海底の岩に足を取られながらも、走り続ける。
「自分で、『命惜しくば』なんて言っていて、それかよ・・・・」
 呟いた青年の目の前に、透き通った物が放り投げられる。
反射的に青年が手を伸ばすと、星明りを映してきらめくそれが、すとんと手の中に納まった。
 楕円に磨いた『母の涙』に血色の石で象嵌された爪と牙の聖印。
颶風が常に胸に提げていた物。
「それ、頼むな」
 そう言って、鳥は港の手前で足を止める。
勢いが付いていた青年は、止まりきれずに数メートル進んだ。
「おい!」
「神殿へ行って、術士を全員叩き起こしておけ!」
 それだけ言うと、颶風は背後の方に向き直り、津波との距離を確かめる。


425 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/19 18:59 ID:???

「さて、と」
 颶風は、辺りに人影が残っていない事を確認すると、深呼吸を繰り返す。
「止められればそれで良し、止められなかったら・・・・」
 続きはあえて口にしない。額にある『目』に意識を集中させる。
迫り来る海水の、圧倒的な質量。
「ま、やるだけやってみましょうかね」
 そう呟きながら、雑嚢から小ぶりのナイフを取り出し、鞘を払う。
『母の涙』を自らの手で削り出し、研ぎ上げた逸品だ。
「これ、結構痛いんだよなぁ」
 冠羽の垂れた、ちょっと情けない表情で天を仰ぐ。
一回瞑目した後、覚悟を決めたようにナイフを握りなおした。
 素早く二度、透き通った刃を閃かせて、腕に通る血脈に沿って切り開く。
溢れ出した透明に近い血が、空気に触れて滴った場所を夜目にも鮮やかに染めた。そして、詠唱。
「古き血の盟約に依りて、供物を捧げん。風よ、集いて我に従え」
 詠唱と共に、滴る血の流れが細くなる。決して出血が止まっているわけではないが。
請うように差し伸べられた腕に重圧を感じ、ナイフを落としてそれを支えた。
 『供物』として捧げられた物が何処へ消えるのか、颶風自身も知らない。
だが、効果があるのは経験的に判っている。
 僅かに血の色を帯びた風が吹き、迫る水の壁が僅かにその勢いを弱めた。
だが、その変化は微々たる物。
「くっ・・・・」
 額の『目』に、重圧を感じる。同じ『目』を持つ術士達の助力と共に。
すぐ目の前まで迫って来た津波に、さらに風を集めて対抗する。
 集められた風が、更なる『供物』を求め、体のあちこちから血がしぶく。
白い羽根が、血を吸ってまだらに染まった。
 『目』が熱い。頭が痛い。血が足りない。・・・・それでも、押さえ切れない。
 颶風は内心歯噛みした。貧血から来る眩暈に膝を突きながらも、更に風を捉えて津波を押さえつけようとする。
 風を集めるのと平行して、『目』を通して接触して来た術士達の精神を取り込み支配する。
幼すぎる数名は、丁重に弾き出したが。残った者には限界まで、力を搾り出させる。自らも含めて。
 岬の施設の幾つかが、守りきれずに波に飲まれた。それをはっきりと感じ取りながら、如何する事も出来ない。
避難が済んでいる事を祈るばかりだ。


426 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/19 19:03 ID:???

 もう、風を集め始めてからどの位時間が経っただろうか。
既に東の空が白々と明るみ始めている。
殆どへたり込んだ状態で猶、颶風は風を操り続ける。
他の術士達が、次々に『焼け切れて』行くのを感じながら。
 徐々に、水圧は収まっていく。後しばらく、持ち堪えればそれで良い。
しかし、颶風にも、他の術士達にも限界が近い。
 何かが切れる感覚と共に、残っていた最後の術士が『焼け切れた』。
「もう、少し・・・・」
 『目』に燃え上がるような痛みを感じながら、辛うじて持ち堪えたのはほんの数秒。
疲労の為か失血の為か。颶風自身も意識を失う。
 押さえ付けていた物が無くなった海水の塊が、颶風の体を飲み込み海岸に押し寄せる。
そして数隻の小船を岸壁に叩きつけ、穏やかに引いていった。

今回の投下はこれで完了です。


699 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/22 02:21 ID:???

色々と投下されて賑やかなのは、やっぱり良い物ですね。
分家の方に投下するべきか、とも考えましたが、今まで通りこちらに間借りさせていただきます。

(仮題)貴様の血は何色だ?

 青年は颶風の言いつけ通りに、術士を起こしに向かう。
術士達の宿舎の前には既に、あらかた身支度を整えていた術士達が集合していた。
颶風からの連絡が、既に届いていたのだろう。
 術士達をこれほど多く抱えている国は、他にはあるまい。
慌しく円陣を組む術士達を見ながら、青年はそう思った。
信者達の中から颶風が集め、教育と訓練を施して一つの単位として纏め上げた術士の群。
颶風の、『子供達』。
 此処に居るのは、その内のおよそ8割。
残りの2割は、訓練がまだ終わっていない者と各地との通信網に組み込まれた者とがおよそ半々。
その人数は、両手足の節を全て合わせ、更に全ての節の分だけ重ねた位か。
教団信者内に生まれた術者の、大半が此処に居る計算になる。
「説明しなくても良いってのは、まぁ便利だよな」
 予め群れとして認識された術士グループの中では、体験・記憶がある程度共有される。
実際に体験した本人がそれを許す限りは。術士同士の間でもプライバシーを保つ権利はある、とは颶風の言。
無理矢理暴く事も不可能では無いらしいが、「無作法な事だ」と術士達は嫌う。



700 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/22 02:23 ID:???

 『術士』と呼ばれる者には、必ず共通した身体的特徴を持つ。
その属する種に関らず、受光器官の近傍に、元々その種が持ちえないはずの感覚器官を持つ事。
教団の大多数を占める種を例に取れば、それは本来持ちうる物よりも、
遥かに広い波長を捕らえる事の出来るもう一つの『目』である。
 そして、その感覚器官に対応して発達した脳が、副次的に備えるようになった幾つかの能力。
一度対面した事のある者の位置や感情を離れた場所から把握し、同等の能力を持つ者とならば会話する事すら可能とする。
また、中には想念を現実と重ね合わせる能力を持つに到った者すら。
大抵は、そこまでの成長を遂げる事無く、大して長くも無い命を終えるのだが。
 術士達は極々弱い繁殖力しか持たず、一代限りで終わってしまう事が殆どだ。
術士同士の婚姻からは、命を繋ぐのも覚束無いほど弱々しい子しか生まれない。
術士という生き物が突然変異と言って良い様な、偶然作られた奇跡的な遺伝子の組み合わせによってしか生まれない事と関連しているのだろう。
 術士を生み出しやすい血筋と言う物があるらしい事は、割と知られている。
しかし、いくら『術士の目』を持って生まれたとしても、訓練を受ける事が出来なければただの役立たずに過ぎない。
生産活動に不向きだと判っている人間を、わざわざ産み出す者はそう居ない。
『術士の目』を持つ者を、狙って生み出そうとする者は居なかった。・・・・組織化された術士の集団の有用性が示されるまでは。



701 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/22 02:28 ID:???

 故郷から追い出されて行く当ても無い術士達を集め、
教育と教団の庇護を与える契約を結び協力させる。これはそもそも颶風の発案。
 術士達の首に鎖を付けるのに等しいこの案は、しかし当の術士達からは、感謝の念を持って受け入れられた。

 遠く離れた場所に居る者や、常人の目には移らぬ物と語る術士は、
周囲の者から『役立たず』だの『穀潰し』だのとして扱われる事が多い。
そして、その能力に相応しい訓練を受ける事も無く、共同体から弾き出される。
野良仕事の最中に網の編み方をしゃべり出したり、機織の最中にほれ薬の作り方を思い出したりするような人間を、
長々と養うほどの余裕は無いのだ。
 颶風が各地から術士を集め始める前にも、術士の訓練機関としての任を果たす組織が無かった訳ではない。
大陸の各地に拠点を持つ、『塔』と呼ばれる組織がそうだ。
 術士の素養のある者を引き取り、それぞれに合わせた訓練を施す。
卒業の証として、一般に用いられる表音文字で表される、親から与えられた名を捨てさせ、
その代わりに表意文字で表される、自分で付けた名を名乗らせる。
『塔』は、そのようなシステムとして機能しているし、
表意文字を用いる名を名乗る事は、それだけで術士としての身分証明となる。
 晴れて術士として認められた者は、大抵が故郷へ戻って生きた通信機としての扱いを受けるか、
感情を読む能力を生かし誰かに仕える道を選ぶ。
 物理的に影響を及ぼすほどの能力を持つに到った者は、『塔』に残り先人の記憶を伝えるのが殆ど。
颶風のように、それ以外を選んだのは例外と言って良いだろう。
発達させた能力の特性ゆえに、本人が『塔』に収まる事を由としなかったのだが。
 ただ、『塔』で訓練を受けるためには、寄付と言う名の莫大な謝礼を必要とする。
『塔』がその経営を寄付のみに頼っているのは、術士の自由を守る為と言えば聴こえは良いが、
一つの国家が術士を独占するのを防ぐ為。
 結局の所は、戦の火種になる事を恐れ、何処の国も手を出さなかった為である。
個人で、火種になりかねないほどの能力を持つ術士など、滅多に生まれる事は無いが。



702 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/22 02:30 ID:???

 颶風が『塔』で訓練を受ける事が出来たのは、単に幸運であっただけに過ぎない。
たまたま『大地母神』の教団の、中枢に位置する家系に生を受けただけの。

「準備、出来ました」
 術士達が右の人差し指の根元の節までと同じ数の重なり合った円陣を組みあげた。
その事を、陣には加わらなかった術士の一人が報告に来る。
「お前は、加わらなくて良いのか? ・・・・ヘス」
 大して自分と変わらない年齢の、獣面の術士の口の端からはみ出た牙と、
油を流したようなとろりとした光沢を持つ『術士の目』を等分に見ながら問いかける。
颶風の『子供たち』の中でも最年長のグループには、表意文字での名を持たない者も多い。
「集団作業は、あまり得意じゃないので」
 教団の中での颶風に良く似た言動。
『子供たち』の中でも年嵩の者は、時折生き写しとも呼べるような言動を見せる。
それなりに、個性が無いわけでも無いが。
「で、一体何をするつもりなんだ?」
 術士では無い者にも判らせる為か、細々とした指示をあれこれと、
必要も無いのに声に出して伝えるヘスに、青年が問いかける。
「津波を何とかするつもりですが」
 ヘスがあっさりと答え、その後にため息を一つおまけして続けた。
「私達の術力を全部束ねて、津波にぶつけるんだそうです。
数人程度の同調は皆経験がありますから、ま、何とかなるでしょう」
 表面上は平静を保っているように見えるが、相当緊張しているようだ。
常は健康的な血の色をしているヘスの鼻が、血の気を失って僅かに赤みを帯びている。
「・・・・そうか」
 自分が居ても、何もする事が無いと判断したのか、青年が踵を返して立ち去ろうとする。
立ち去る背中に向かい、ヘスが声を掛けた。
「お待ち下さい。師匠から、お話があるようです。・・・・今、『繋ぎ』ます」
 そう言って目を閉じたヘスの、眉間にぽつんとへばり付いたように見える『目』が強い光を放った。
何らかの術を使う時には、術士ごとに異なるが、大抵が何がしかの変化を見せる。
青年は、続くはずの言葉を待った。


803 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/22 22:09 ID:???

少々短いですが、投下させていただきます。

(仮題)貴様の血は何色だ!

「ちゃんと、指示に従って下さったようですね。ルース」
「で?」
 多少光は弱くなったが、相変わらず眉間の『目』を光らせ続けるヘスに、
ルースと呼ばれた青年が声をかける。
次第に地響きが大きくなる中、のんびり会話を楽しむ余裕など、当然無い。
出来るだけ早く話を切り上げてしまいたいのだ。
まだ休んでいるはずの者達を叩き起こすなりなんなり、やるべき事は他にもあるのだから。
「長話はしていられませんから、単刀直入に言わせていただきます」
 ヘスが口を開いた。流れ出る言葉に合わせるように、『目』の光も目まぐるしく強弱の変化を見せた。
「まず、後の事ですが・・・・」
 唐突にそんな事を言い出すヘス。・・・・いや、今は颶風、か。
「待て、一体何の話だ」
 颶風が何の話を始めようとしているのか掴みきれず、ルースが聞き返す。
ヘスの口を借りている状態で、颶風があっさりと答えた。
「ですから、私が女神の元へ召された後の話ですが」
 判りますよね? と、颶風が真顔で聞き返してくる。
随分と長い事一緒に居たが、颶風の妙な所で自他を区別しない癖には未だに慣れない。
 ルースは、思わず頭を抱え込みたくなった。人目が無ければ、迷う事無くそうしたのだが。
「戦の方は、あまり心配しなくても良さそうです。
これだけの津波が起きたのなら、海の方も体勢を立て直すのに相当時間が掛かるでしょうから」
 確かに、海の種族の方が何事にもスローペースなのは確かだ。
自分達に比べると海の者は成熟に年月が必要だし、その繁殖力も弱い。
何より、一度の出産でたったの一人しか生まれないのだから。
 一回個体数を減らせば、元の水準まで回復するのに長い時間が掛かる。
自分達の倍以上の時間が。


804 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/22 22:11 ID:???

 ルースが頷くのを確認して、さらに颶風は言葉を繋いだ。
「で、先ほど渡した聖印ですが。・・・・貴方が継いで下さいますか?」
 颶風から投げ渡された聖印は、一般の平神官が持つような物ではない。
球の聖印、円の聖印に次ぐ『楕円の聖印』。
『盾の長』の任にある者だけが持つ事を許される。
「教主も、いずれ貴方に継がせるつもりでしたから。
『いずれ』が、『今』になっただけです」
「だけどっ!」
 青年の反論を封じるように、ヘスが二対ある手の一つを上げた。
完全に颶風に肉体の制御権を明け渡している今、その手を上げさせたのは当然ながら颶風である。
「次に、術士達の事ですが」
 その次に続いた颶風の言葉は、ルースだけでなく、
偶々その会話を耳にした者達を驚かせるのに充分な内容だった。

今回は、これだけです。(´・ω・`)ショボーン



190 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/26 01:24 ID:???

さらに、スレの方向性をアレな方向へ向けてみたり。

仮題『貴様の血の色は何色だ?』

「術士達の事ですが‥‥、おそらく連れていく事になるでしょう」
 連れて行くのだか、連れて逝くのだかはさておき。‥‥おそらくは後者であろうが。
弟子の口を借りて、颶風は言葉を続けた。
「もし、『焼き切れた』者が出たら、女神の元へ送ってやって下さい」
 さらりと口にするには似つかわしくない、奇妙に重過ぎる内容。
『能力を使い果たした術士は殺せ』と、当の術士自身が命を下す矛盾。
淡々と、感情を交えない冷静な口調で続ける。
「一回焼き切れてしまえば、二度と目を覚ます事はありませんから。
意識を取り戻す事無く飢え死にさせるよりは、よっぽど慈悲深い措置だと思いますが」
 確かに颶風の言う通り、最善では無くともそれに近い手段なのだろう。‥‥その言葉が真実であるのなら。
「それを信じろ、って言うのか?」
 歯軋りと共に押し出されたルースの言葉に、颶風は事も無げに答える。
聞き分けの無い子供に、道理を言い含めるかのように。
「『焼き切れる』と、頭の中身がエライ事になるんですよ。茹で上がったみたいに」
 トントン、と傾げた頭を軽く指で叩きながら、ヘスの体を借りた颶風が言う。
手を下ろそうとして、ヘスの頭から突き出た耳を指先に引っ掛けてしまい、眉をしかめた。


191 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/26 01:25 ID:???

「生きているように見えても、そんな状態では死んでいるのと変わりませんからね。
大して長く持つ物でもないですし」
 だから殺せと、まるで感情を持たないかのように淡々と答える。
その様子に、青年が切れた。
「そんな事、出来るわけ無いだろうが! 大体、お前は平気なのかよ!」
 襟首のふかふかとした毛と襟首を一緒くたに鷲掴みにし、引き寄せる。
強く引っ張られて、ヘスが体勢を崩した。
うっとおしそうに2対の腕を動かし、ルースの手を無理矢理引き剥がそうとする。
「平気なわけ、無いじゃないですか!」
 血を吐くような叫びと共に、ヘスの額の『目』から、一筋の血が滴った。
鼻面で左右に別れ、濃褐色の毛並みに染みて黒く見える染みを残す。
颶風の感情の高ぶりが、中継点となっているヘスの『目』に負荷を与えた結果だ。
 確かに、颶風としては心中穏やかではないだろう。
此処に居る術士の全てが、颶風の教え子なのだから。
いや、それ以上かも知れない。術士達は、自他の境界線が殆ど、無いのだから。


192 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/26 01:27 ID:???

 ゆっくりと、青年の手から力が抜ける。締め付けから開放されて、ヘスは大きく息を吐いた。
乱れた襟元に手をやり、整える。
「・・・・他に、手は無いのか?」
「有ったとしても、間に合わないでしょうね」
 冷静さを装って、颶風が答える。そして、続けた。
「外道の策だと言うのは承知の上です。・・・・責任は取りますよ」
 颶風は、ヘスの体を借りて神殿の壁に刻まれた神像を見上げた。
東向きの壁一杯に彫刻された女神の姿は、彼らの基準からすれば随分とのっぺりした印象を与える。
「ではそろそろ、私も死者の列に加わるとしましょうか」
 そう呟き、額の『目』の光を弱めかけ・・・・。思い直したように、青年の方を振り返った。
「貴方は、後からゆっくり・・・・。
そうですね、少なくとも両手足分よりも年月が経ってから、来るようにしていただけますか?」
 ぽんぽんと、まるで幼子をあやすように青年の頭を撫でた。
そして、神像に向かって芝居っけたっぷりな礼を取ると、いきなりがくっと、力が抜けたようにくず折れる。
 頭痛に苦しめられているらしく、地面をのた打ち回るヘス。
既に颶風は去っているらしく、眉間の『目』は元のように真珠の光沢を帯びて静まり返っていた。
 あたりに一陣の、血の臭いを濃く孕んだ風が吹きぬけた。


632 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/30 20:24 ID:???

短いけれど投下いたします。

(仮題)貴様の血は何色だ!

――ある一自衛官の回想――
 地震の直後、だったろうか。奇妙な通報が入ったのは。
『人喰いの化け物が出た』
これだけなら、只の与太話。わざわざ自衛隊が取り合うような物ではない。
しかし、発信元が問題だった。
 通報してきたのは警察で、しかも応援要請がおまけにくっついて来た。
自分達の装備では対処しきれない、と。
 その要請を受けて、自衛隊が出動する事になったの、だが。
「なんじゃ、こりゃ」
 駆けつけた漁港に、でんっと鎮座ましましていたのはどう見ても。
「タコ? イカ?」
 としか見えないような、それとも全然違うのか、そんな妙な生き物で。
 それが、触腕を伸ばしては木の葉や雑草をむしっては食い、
むしっては食いしているのだから。常識を超えている。
思わず呆れた口調になるのは仕方のない事で。
「あ、ホラ。アンモナイトにソックリっすよ!」
 そんな事を暢気にのたまう部下に、思わず頭を抱えたくなったのは言うまでも無い。



633 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/03/30 20:26 ID:???

 Fサイド
 巨大な『岩』を平らに切り出す技術に驚嘆しながら、彼らは重い体を持ち上げた。
『岩』の手掛かりの無い面は、彼らにとって大した障害にはならない。
手足に付いた吸盤と、彼らの体を下から支える海水のおかげである。
 陸上に上がってしまえば、彼らの本来の生活圏である海中ほどの機敏な動きは望めない。
水圧と、天敵から身を守る為に発達させた天然の装甲が邪魔になる。
しかし、彼らにはどうしても陸に上がらねばならない理由があった。
 彼らの内の一体が、『岩』にぶつかって大きな音を立てた。
『岩』に削られて、殻に筋状の傷が付く。この程度の傷なら、痛くも痒くも無いのだが。
 周りに比べると一回り小さい、音を立ててしまった個体に、周りの者が目まぐるしく色を変えて叱責した。
音を立ててしまった個体は、まるで叱りつけられた子供のように・・・・、実際その通りなのかも知れないが、縮こまる。
 段差を超える時などに多少の音を立てながらも、出来る限り静かに進んでいるつもり、らしい。
その動きは遅々として進まない。
 いきなり強烈な光に照らされ、身を竦めた。彼らの知る、どんな灯りよりもはるかに強烈な。
 光に照らされた彼らの姿は、惨憺たる敗残兵の様を呈していた。
どの個体も、手足の数本は無くし、酷い者は殻にひび割れまで出来ている。
 彼らは、己の姿を見た相手が息を呑む気配を感じ取った。

今回は、以上。
もう少し、自衛隊について調べないといけませんなぁ。


735 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/04/19 16:53 ID:???

Jサイド
 ライトの投げかける光の輪の中に、巨大な巻貝のようなものが5つ。
巻貝であれば足を出しているべき所から、うねうねとした触手の束をはみ出させている。
殻の大半を軟体部が被い、ゆっくりとその色彩を変えていた。
 この世の物とも思えない光景。・・・・そもそも、様々な軟体動物を寄せ集めたような、こんな生き物は発見された例もないが。
 さて、どうするべきか。
 遠巻きに囲んで見張りながら、三浦二曹は一人思考を廻らせた。通報には、人喰い、とあったのだが。
特に襲い掛かってくる様子も無く、ひたすら無心に、草木を貪っている。
「大人しい、もんですねぇ」
 一人の自衛官が、そう呟きながらライトを動かした。
真っ直ぐに放射される光の束が、ごろごろと無造作に散らばる巻貝を照らし出す。
その内の一匹、一際大きな貝の、表面に走った亀裂の中で何かが光を反射した。
 蜘蛛の巣状に走ったひび割れが4つ。そのひびの中央に、殆ど埋もれるようにして止まった・・・・、銃弾。
 貝に食い込み、派手に亀裂を生じさせては居るものの、それだけだ。
弾着の衝撃は、貝殻が壊れる事によって全て吸収されてしまい、その内部に納められた器官には殆ど影響を及ぼさなかったと見える。
 巻貝の周囲に散らばる、濃紺の切れ端を纏わせた肉片。・・・・元は、警官であったであろうものであろうか。
雨が降ったわけでも無いのにアスファルトを赤黒く濡らすのは、大量に流れた血液。血だまりの中に、ぽつんと落ちた拳銃。


736 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/04/19 16:54 ID:???

「無駄弾は、撃つな」
 抑えた声で、三浦は指示を下した。
 市街地からは多少離れているが、深夜である事も有り、重火器などはさすがに装備していない。
現在の装備で、ダメージを与えるには、相当当たり所が良くなければ駄目だ。
貝殻の表面に伸びている軟体部はごく薄い膜でしか無いように見えるし、のたくる触手に当たった所で、相手は大した痛痒も感じまい。
 貝の開口部から銃弾を叩き込むか? いや、それには相当近づく必要がある。危険だ。
 考えを廻らせる三浦の耳に、けたたましい悲鳴が届いた。
手近な植物を食い尽くした巻貝が、取り巻く自衛官に興味・・・・と言うか食欲を示したのだ。
ライトの灯りではハッキリしないが、巻貝自体がどうも鮮やかな赤色に染まっている、らしい。
 三浦自身も、その触手の洗礼を受けた。何とか受身を取る事は出来た物の、抵抗虚しく引き摺られる。
 ふと、目が合った。
 ごろん、と放り出された、半分削げた白髪混じりの警官の頭と。
 一つしか残っていない虚ろな目と、その中身をこぼれ出させている頭。
 その傍ら、触手の束の中央に、黒い花弁のような物が寄り集まった輪が見えた。
ずるずると、触手が三浦を引き寄せるにつれ、花が咲くように開く。
 ―――アレが、口か!―――
 手足を絡め取られた身動きのままならない状態で、何とか銃口を向ける。
セレクターを操作し、ありったけの銃弾を叩き込んだ。
ろくに狙いも付けていないが、この至近距離だ。
そう外す事もあるまい。


737 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/04/19 16:56 ID:???

 弾槽がほぼ空になりかけた頃だろうか。不意に触手から力が抜けた。
途切れる事無く続いていた巻貝の体色変化がぱたりと止まって、生気の抜けたぼんやりした半透明に変わる。
 命を失ってなおへばりついてくる触手を振りほどいて立ち上がった三浦の目に、勢い良く転がって逃げていく巻貝の姿が入った。
「なんだったんだ? ありゃ・・・・」
 そう呟く誰かの声を耳にしながら、三浦自身、そう呟きたい気持ちに駆られた。
そうのんびりしている訳にもいかないが。
 触手に巻きつかれた場所に鈍痛を感じる。おそらく、痣の一つも出来ていることだろう。
その痛みは放置して、三浦はもう一つの命令を果たす為の行動を始めた。


今回はこれで終了。



885 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/05/10 16:32 ID:???

Jサイド
「私達の任務は対象の処理とサンプル回収。ベストを尽くして下さい」
 現場へ向かう車の中で、臨時の司令官がそれだけを言った。入隊してから、まだ幾年も経っていないような若造。
人喰いの怪物、と聞きつけて、自ら志願してきたらしい。常に白衣を着用する、変人で有名な高木二尉。
「了解、しました。ベストを尽くします」
 苦虫を噛み潰したような、面白く無さそうな顔で復唱するのは三浦曹長をはじめとする一個分隊の面々。
偶々当直に当たっていただけの彼らは、所謂『貧乏籤』、と言う物を引かされたのだろう。
少なくとも、彼らの内の数人は、内心そう考えているようだ。
「あ、それともう一つ」
 それくらいしか出来ないから、と率先してハンドルを握っていた高木二尉が、
今思い出した、とでも言うような調子で声を上げた。現場となった漁港は、もう、すぐそこである。
さすがに車で乗り付けられるような場所ではないので、手前で降りる事になるのだが・・・・。
「出来れば、原型を保ったままでお願いします」
 可能ならば生け捕りを、などとぶつぶつ呟く。・・・・噂に違わぬ変人っぷりである。
噂に曰く、大抵怪しげな実験をしているとか、何処で仕入れてくるのか判らないような知識を披露したがるとか、
濃緑色だったはずの標識色がいつの間にか藍色に変わっていただとか・・・・。最後の一つは、事実のようだが。
「では、頑張ってください」
 暢気に手なんか振っている高木二尉に返事を返す事も無く、分隊の面々は急ぎ足に埠頭へと向かった。


887 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/05/10 16:34 ID:???

 ライトの投げかける光の輪の中に、巨大な巻貝のようなものが5つ。
巻貝であれば足を出しているべき所から、うねうねとした触手の束をはみ出させている。
殻の大半を軟体部が被い、ゆっくりとその色彩を変えていた。
 この世の物とも思えない光景。・・・・そもそも、様々な軟体動物を寄せ集めたような、こんな生き物は発見された例もない。
通報には、人喰い、とあったのだが。特に襲い掛かってくる様子も無く、ひたすら無心に、草木を貪っている。

 さて、どうするべきか。
 遠巻きに囲んで見張りながら、三浦曹長は一人思考を廻らせた。
本来ならば、作戦を立てるのは幹部であるはずなのだが、この場に居る幹部自衛官は高木一人だ。
仕方があるまい。
「大人しい、もんですねぇ」
 一人の自衛官が、そう呟きながらライトを動かした。
真っ直ぐに放射される光の束が、ごろごろと無造作に散らばる巻貝を照らし出す。
その内の一匹、一際大きな貝の、表面に走った亀裂の中で何かが光を反射した。
 蜘蛛の巣状に走ったひび割れが4つ。そのひびの中央に、殆ど埋もれるようにして止まった・・・・、銃弾。
 貝に食い込み、派手に亀裂を生じさせては居るものの、それだけだ。
弾着の衝撃は、貝殻が壊れる事によって全て吸収されてしまい、その内部に納められた器官には殆ど影響を及ぼさなかったと見える。
 巻貝の周囲に散らばる、濃紺の切れ端を纏わせた肉片。・・・・元は、警官であったであろうものであろうか。
雨が降ったわけでも無いのにアスファルトを赤黒く濡らすのは、大量に流れた血液。
血だまりの中に、ぽつんと落ちた拳銃。


888 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/05/10 16:35 ID:???

「無駄弾は、撃つな」
 抑えた声で、三浦は指示を下した。
 市街地からは多少離れているが、深夜である事も有り、重火器などはさすがに装備していない。
現在の装備で、ダメージを与えるには、相当当たり所が良くなければ駄目であろう。
貝殻の表面に伸びている軟体部はごく薄い膜でしか無いように見えるし、のたくる触手に当たった所で、相手は大した痛痒も感じまい。
 貝の開口部から銃弾を叩き込むか? いや、それには相当近づく必要がある。危険だ。
 考えを廻らせる三浦の耳に、けたたましい悲鳴が届いた。
手近な植物を食い尽くした巻貝が、取り巻く自衛官に興味・・・・と言うか食欲を示したのだ。
ライトの灯りではハッキリしないが、巻貝自体がどうも鮮やかな赤色に染まっている、らしい。
 三浦自身も、その触手の洗礼を受けた。何とか受身を取る事は出来た物の、抵抗虚しく引き摺られる。

 ふと、目が合った。
 ごろん、と放り出された、半分削げた白髪混じりの警官の頭と。
 一つしか残っていない虚ろな目と、その中身をこぼれ出させている頭。
 その傍ら、触手の束の中央に、黒い花弁のような物が寄り集まった輪が見えた。
ずるずると、触手が三浦を引き寄せるにつれ、花が咲くように開く。
 ―――アレが、口か!―――
 ぽっかりと開いた怪物の口から目が離せなくなっている三浦の耳に、抑えた悲鳴が届いた。
その直後に、太い骨が折れる独特の音も。
 部下の悲痛な呻きに一瞬気を取られた三浦自身の左足に、不意に強い圧迫が加えられた。
戦闘靴が、ミシミシと不吉な音を立てる。このまま喰い千切ろうとでもいうのか。



889 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/05/10 16:38 ID:???

「くそっ!」
 辛うじて自由に動かせる右足で、トラバサミのように足を挟みこんでいる怪物の口を蹴り飛ばした。
だが、圧迫は緩まない。
 二度、三度。力を込めて打撃を加える度に、その衝撃ががっちりと咥え込まれた三浦の足にも響く。
 幾度目かの攻撃の後、軽い破砕音と共に僅かに押さえつける力が緩んだ。
その一瞬の隙に、強引に足を引っこ抜く。巻き付いた触手は相変わらずなのだが。
 手足を絡め取られた身動きのままならない状態で、何とか銃口を向ける。
セレクターを操作し、ありったけの銃弾を叩き込んだ。
ろくに狙いも付けていないが、この至近距離だ。そう外す事もあるまい。

 弾槽がほぼ空になりかけた頃だろうか。不意に触手から力が抜けた。
途切れる事無く続いていた巻貝の体色変化が、ぱたりと止まって生気の抜けたぼんやりした半透明に変わる。
 命を失ってなおへばりついてくる触手を振りほどいて立ち上がった三浦の目に、
勢い良く転がって逃げていく巻貝の姿が入った。
退避し損ねた部下の一人が、勢い良く跳ね飛ばされた。
「なんだったんだ? ありゃ・・・・」
 そう呟く誰かの声を耳にしながら、三浦自身も、そう呟きたい気持ちに駆られた。
そうのんびりしている訳にもいかないが。
 触手に巻きつかれた場所、咥え込まれたに足に鈍痛を感じる。おそらく、痣の一つも出来ていることだろう。
しかしながら、三浦はもう一つの命令を果たす為行動を始めた。

今回は、これで投下終了です。

292 名前:卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw :04/05/31 23:28 ID:???
Jサイド
出動終わって夜が明けて。
未明に出動した面々は、得体の知れない生き物と接触したと言う事で、現在隔離状態に置かれている。
検査が終わるまではこの建物から出る事は出来ない。
それを良い事に、怪しげな研究に没頭するつもりの者もいるようだが。
むしろ、隔離中に自らの手で検査を行うつもりで、研究設備の整った建物を隔離病棟に用いるよう具申したようだ。
 一応、食料は毎朝届けられるし、外部と連絡を取る事も不可能ではない。
ただ、食料その他を運んで来る者が顔も分からないような防護服に身を包んでいたり、
建物の出口に防護服を着込んだ見張りが立っていたり、
しばらくの間休暇を諦める破目になったりしただけだ。
・・・・特に体調を崩しているわけでもない殆どの者には、
特に最後の項目が大不評だったようだが。


293 名前:卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw :04/05/31 23:31 ID:???
「さてっと・・・・」
「随分楽しそうですね」
 鼻歌混じりに、なにやら着込んでいる高木に、
ガラスの向こうに居る三浦がマイクを使って話しかけた。
幾ら数メートルの距離があり、数枚のガラスに隔てられているからと言って音が通らないわけではないが。
わざわざマイクを使うのは、確実に用件を伝える為、だ。
(高木側では、襟元につけたピンマイクで音を拾っている)
 高木の身に付けている衣服は、奇妙と言うよりもむしろ異様であった。
つるつるした表面の防水布で作られた上着の袖口に、ラテックスの薄い手袋を医療用テープでしっかりと固定する。
御丁寧にも、きちんと密閉されているかどうか、鼻につんとくる液体に両腕を浸して確認。
 さらに、水色のかさばる宇宙服のような物を上から着込み、
エアロック付き、ガラス張りの手術室に入っていく。
エアロックの中で、消毒薬が噴射される音がマイク越しに聴こえた。
エアロックを潜った先には、ビニール製の簡易グローブボックスが設置されている。
直に手に入る中では、最大の物だ。
 グローブボックスのビニールを通して、例の『巻貝』が力無く転がっているのが見える。
妙に厳重に取り扱われているのは、それがどのような病原体を持っているのか不明な為。
 最悪のケース・・・・毒性と感染力が共に高い病原体が発見された場合は、
建物内の全てが死に到るまで放置される事になっている。
 今の所、戦闘で負傷した者意外は健康そのもの。風邪を引いた者一人居ないが。
体がなまっては大変と、階段や廊下を利用して訓練に励む者多数。
その事実は、隔離されている者たちに一抹の安堵をもたらした。
どうせヒマだろうから、と三浦が引っ張り出されたのは、解剖を記録する為のカメラマン。手術室内に設置された数台のカメラを、廊下とガラスを隔てたこの場所から遠隔操作するのが、その役目である。


294 名前:卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw :04/05/31 23:33 ID:???
 高木は、巻貝を対象にしてなど初めてなのだろうが、それにしては手際良く解剖を進めていた。
ペンチと鋸を駆使して殻を開け、柔らかい半透明の軟体部を取り出す。
 ついでに、微かに褐色を呈している体液の採取も忘れない。
毒々しい赤の、俗に言う『3つの花弁の百合の花』マークの付いたチューブに入れて封をする。
さらに、詰め物を入れた二次容器に入れ、百合の花マークのシールを蓋と容器本体に掛かるように貼り付けた。
後で、別の部署に回してで検査を行う為である。
 おそらく血液だと思われる体液の雫を、30センチ角はありそうな白い板に垂らす。
簡易的に血色素を判定する為の、薄層クロマトグラフィー。
これを、比較対照となる既知の生物よりのサンプルと同時に溶媒展開し、
色素の分離の様子を観察するのだ。
 比較対照には、厨房から挑発したホウレンソウとイカ、保存してあった輸血用血液を用いた。
この選択は、はっきり言って適当である。手近にあって、すぐに利用できる物を選んだに過ぎない。


295 名前:卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw :04/05/31 23:34 ID:???
 ぼんやりと透けて見える内臓の中に、紺色の塊が一つ、灰色に見える塊がもう一つ。
その周りには、どうやら植物らしい緑色。
グローブボックスの中に用意されたメスに持ち替え、高木は胃袋とおぼしき内臓を切り開いた。
ごろん、と内容物が転がり出る。制服に包まれたままの、噛み千切られた警官の脹脛。
その上についているはずの腿も、下にあるはずの足も見当たらない。
「おや?」
 警官の一部だった物には目もくれず、その隣に落ちた手、のような物に注目する。
それは、奇妙な形をしていた。
 肘関節の辺りでもぎ取られたとおぼしい手と腕。成人の物にしては、妙に小さい。
仮に女性の物であったとしても、小さすぎる。子供の、それも学童サイズの手。


296 名前:卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw :04/05/31 23:35 ID:???
 特筆すべきは、その外見。艶やかな灰色の毛に、掌と指の内側以外の全てを覆われている。
形状は多少異なるが、類人猿の手が近いかも知れない。
 親指だと思われる指が、他の指と向かい合うように付いているのは理に適っている。
だが、その『親指』とは逆の端についている指も、真ん中の三本の指と向かい合うように生えているのだ。
 手刀を作ってもらえるとわかりやすいだろう。
指を全て揃えて伸ばすと、親指の腹が人差し指に付く。
対して、小指は側面を薬指に触れさせる事になる。
 しかし、この『手』は違った。手刀を形作ると、親指は人間と同様に、小指はその腹を薬指につける。
 ぱっと見は毛深い人間か、猿の物であるように見えた。関節数やバランスは人間と変わらないのだ。
小指の付き方が異なる、ただそれ一点の差異の存在が強烈な違和感をもたらした。
 三浦に指示を出し、その『手』の記録にフィルム一本半を費やす。
高木は何気なく『手』をひっくり返し、無残に引きちぎられた断面を見た。


297 名前:卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw :04/05/31 23:36 ID:???
 青い。
 その『手』の持ち主は、少なくとも筋肉に青系の色素を蓄えているらしい。
それが脊椎動物のミオグロビンと同じ働きをするのかどうか、までは不明だが。
 『巻貝』の解剖そっちのけで、高木はその『手』に夢中になった。
 まずはレントゲン。骨格は、小指部分を除けば異様なまでに人間と同一。
様々なデータの採取も忘れない。重量、体積。共に、常識の範囲に収まる。
 次に表皮を切り開いた。
露出してすぐは脂肪組織とも筋肉組織とも区別が付かない、一様に淡黄色の内部が、
みるみるうちに青と変化無しの薄黄色に分かれる。どうやら、空気に触れる事によって変色が起こるようだ。
「ヘモシトシン、ですかね」
 地球上では、軟体動物の血色素として知られる物質である。その構造はヘモグロビンとさほど変わりない。
・・・・ヘモグロビンはポルフィリン−鉄錯体を中心とし、ヘモシトシンはポルフィリン−銅錯体を中心として構成された色素タンパクである。
 血管中でゼリー状に固まった透明の血液を、苦労してサンプルチューブにこそげ落とす。
その作業の間にも、謎の生物の血餅は、空気中の酸素を取り込んでみるみる青く染まっていった。



423 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/06/09 23:48 ID:???

Fサイド

「・・・・何人、残った?」
 差し始めた曙光に照らされて赤く染まった広場に、
ごろごろと転がる力の抜けた人体を視界に納めながら、ルースが擦れた声で問いかけた。
何やら薬湯を準備していたらしいヘスが、僅かに額の『目』を光らせてから答える。
「地方へ配属された者達は無事、のようですが」
 ヘスが、どうでも良い事を先に口にする癖があるのは知っている。
ルースは、じりじりとした焦燥を感じながら、続きを促す。ヘスは、ゆっくりと指の節を数えた。
「此処に居る者では・・・・。そうですね、私も入れて中指の中、といった所ですか。師匠の予想より、ずっと多い」
 用意した薬湯を自分でも呷ると、ヘスは倒れ臥した者達の中へ分け入り数人に飲ませる。
その数、6人。いずれも、比較的年若い。
「『弾き出された』者も、若干名は居るようですが。それでも、重畳でしょうな」
 ヘスは手早く、倒れ伏した者達の眼窩を検めた。
生ける屍と成り果てた者の額の『目』は溶けて流れ落ち、
無色であるはずの静脈血が空気に触れて鮮やかな動脈血の色に変じていた。
 『焼け付き』を起こした術士の、典型的な症状を示している。こうなっては、もう助かるまい。
 手際良く生き残りの術士達の治療に当たるヘスを呆然と眺めていた青年が、我に返る。
術士達を束ねる要となっていたはずの颶風は、一体どうなったのか。
それを、慌しく担架の手配をするヘスに尋ねてみた。
 返ってきた答えは、「意識が無い事以外、生きているのか死んでいるのかすら判らない」と言う、何とも頼りない物。
そして、ルース自身も次々に入る被害状況の整理に追われ、それどころでは無くなる。

あまり書き溜めていないので、一節だけですが。


934 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/10/01 18:17:27 ID:???

Jサイド
 モニターの向こうには、温かみのある木の壁とその前に並んだお偉方の面々。
対して、此方を向いて据え付けられたテレビカメラからは、
寒々とした印象のリノリウムの床に立つ高木二尉の姿が送られているはずだ。
「ではこれより、報告を始めさせていただきます」
 突貫作業で運び込んだモニターとビデオカメラの前で、現在判明している事柄の説明を行う。
直接顔を会わせる事無く、わざわざそんな手間を掛けたのは、ひとえに現在も隔離を解かれていない為。
 報告とは言っても、大して判った事は無いが。
むしろ、判らない事の方が圧倒的に多い、という事実を報告する他無い。
 『巻貝』が、どうやら地球上の生物とは異なる系統樹上に位置する生物であるらしい事。
そして、逆に『手』の持ち主が、どうやら人類に近似した生物であるらしい事。
 極論を言ってしまえば、判明した事はこの2点に尽きる。
前者の事柄は、『巻貝』が核酸をまったく持っていない事から。
後者は、収斂進化と言うだけでは片付けられない、奇妙な類似点からそうと窺い知れた。
 もう一つ、『人類に対して悪影響を及ぼす細菌・ウィルスは発見されなかった』との、
非常に幸運な発見もあるが。


935 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/10/01 18:19:06 ID:???

「まずは、人を捕食すると思われる『巻貝』から・・・・」
 淡々と、感情を交えずに説明を続ける。
交戦時に見せた動作、解剖所見。
胃内容物の分析に、組織・細胞の標本写真。
血液と思しき体液の、成分分析結果。
「済まないが、もう一度今の所を説明してもらえるかね?」
 鶴のように痩せた、好々爺と言った風情の老人が、高木二尉の説明を途中で遮る。
確か、偶々九州を訪れていた、国の研究機関のえらいさんだと、事前に説明を受けた人物だ。
ノーベル賞の候補にも挙がった事のある人物、ではある。生物学・・・・特に細菌学の世界的な権威。
「『巻貝』の体液中には、血色素を持った血球が2種類、
アメーバー様の運動をする血球が3種存在し、血漿中には多数の葉緑体が・・・・」
「随分、多いですな」
 血球の詳細なデータを求める声に、高木は手元のパソコンを操作する。
プロジェクターを通してスクリーンに映し出した画面が、細々としたデータリストに切り替わった。
「データの方を見ていただければお解りでしょうが、血球の内2種類は、ヒト赤血球及び白血球であると思われます」
 端的に言ってしまえば、犠牲者となった警官とまったく同じ糖タンパクを持っている。
白血球のDNA鑑定の結果を待つまでも無く、ほぼ確実にこの警官の物であろう。



936 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/10/01 18:20:25 ID:???

「では、このヘム銅を含む血球が本来の?」
 この『巻貝』が、どのようなメタボリシスを持っているのか、今だに明らかにはなっていない。
しかし、捕食した生物の持つ血球をそのまま流用している公算が高い。
「いえ。胃内部より発見された、未知の生物の血球とほぼ同一であるという分析結果が出ております」
 未知の生物・・・・『巻貝』の胃から発見された、ヒトの物に酷似したあの『手』の事だ。
つまり、『巻貝』は酸素を運搬する為の色素を持った血球を、自前では用意できない事になる。
・・・・もしかしたら、血漿がフルオロカーボン様の性質を持っているのかも知れないが。
「続けても宜しいでしょうか?」
 高木の言葉に、老人が鷹揚に手を振って促す。
 プロジェクターの画面が、2枚の染色標本写真に切り替わった。画面の向こうで、音にならないどよめきが上がった。
「『巻貝』及び『手』双方の標本を、酢酸オルセインで染色した物です」
 そんな事は、スライドのタイトルとして画面に映し出されている。見れば判る。
 酢酸オルセインは、核酸とそれを多く含む核を染め上げる染料だ。
生物の細胞核を鮮やかな紫に染め、分裂周期を端的に示す。
「『巻貝』はDNA及びRNAを持っておらず、どのような物質を遺伝子として用いているか不明です」
 説明を行う高木の声を聞いているのか居ないのか、画面の向こうは音も無く静まり返っている。
先ほどまであった、小声で意見を交わす声も聞こえない。
 それはそうだろう。
地球上には、『核酸を持たない生物』など、机上の空論・思考実験の中にしか存在しないのだから。
それが、生きて動き、あまつさえ人を襲い、喰らう。
その衝撃はいかほどであろうか。


937 名前: 卓ゲ板から(略 ◆/oj0AhRKAw 04/10/01 18:21:21 ID:???

「次に、『巻貝』の消化管より発見された生物について、報告させていただきます」
 上滑りする高木の声も、ただ虚しい。
「染色体数は46本であり、その内44本が対を成し・・・・」
 ・・・・誰も、聞いていない。
「最後に、『手』の外観を見ていただきます」
 高木のその口上と共に、また画像が切り替わる。
あの『手』を、解剖前に角度を変えて撮影した写真が数枚。
胴体から引きちぎられたと思しき断面も、鮮明に映し出されている。
その、体毛の長さと小指のつき方を除けば人類の物に酷似した形状と、
軟体動物にしか有り得ないとされている青い血液とが、この上も無く鮮明に。