154  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:15  ID:???  

 夕日落つるマンセルヘイムの大平原でケンタウロスの少女は何者からか逃げていた。  
 何者であるか逆光でハッキリと確認できないが騎馬のようだ。ケンタウロス族はす  
べからく駿馬と言われるが少女はそこまでの足は持ち合わせてはいない。  
 追いつかれた。  
 棍棒が振り下ろされる。  

 グシャァ  

 一撃だった。脳液をブチまけて少女は即死した。殺戮者の騎馬は少女の死体を見下  
ろし舌なめずりした。  



155  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:19  ID:???  

 日本列島が俗に言うF世界に召還されてからもう一年が経つ。  
 暴発した北朝鮮の韓国侵攻と在日米軍基地へのミサイル攻撃により日本は本格的に戦争  
へと巻き込まれていった。日米安全保障条約に基づき日本海封鎖作戦に参加すべく各港湾  
で護衛艦の艤装が進む中、事件は起こった。北朝鮮から発射された長距離弾頭ミサイルが  
東京へと迫ってきたのだ。こんごう級や米軍のイージス艦の迎撃も失敗し、あわや首都壊  
滅かと思われたが偶然にも召還に巻き込まれため事無き(?)をえた。  
 後にその瞬間を見た空母キティホークの士官は証言する。  
 『アトランティスの再現だ』、と――――。  
 一方、召還された日本では現状を把握するにつれ第二次朝鮮戦争以上の問題が発生した。  
 即ち、食料と資源の絶対的不足。休耕地の再開発やゴルフ場廃止と農地転用、官民一丸  
となった省エネと対策をとったが皮肉にも決定的な解決策は戦争だった。  
 召還時西の大陸では北方の帝国と沿岸と内陸の同盟諸国の紛争が勃発していた。同盟諸  
国との交渉中政府高官が戦争に巻き込まれて死亡、さらに国内でも帝国の仕業と思われる  
テロ事件が起こると政府は非常時の超法規的処置として同盟諸国側に参戦(後に北方戦役  
と呼称)、講和条約で帝国南部マンセルヘイム地方、通称『新満州』を割譲させた。  



156  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:21  ID:???  

 新満州では石油など地下資源が埋蔵されている。  
 面積は北海道の約三倍で地形は変化に富んでいる。  
 沿岸部少し内陸の大平原は農耕に適しているらしい。  
 上記の理由から日本国民がF世界で生き残るため殖民が奨励され、失業者対策もあり第  
一次殖民団は五万人が殺到した。同時に守備隊として陸空の自衛隊千人が派遣される事に  
なる。  
 石油は確保したものの、本国の国民生活の維持に優先的に回され自衛隊の消費分も艦船  
や航空機が優先し燃費の悪い戦車は大半がトーチカと化していた。移動手段は馬が主流に  
なりさながら西部劇の世界に迷い込んだ様になった。地元遊牧民の協力もあり新満州でも  
生活のノウハウは得たが殖民スケジュジュールの遅れは確実視されていた。  
 そんな渦中、事件が起こる。  夜な夜な家畜が何者かに襲われ奪われる事件が続発した  
のだ。  
 目撃者の証言では犯人は馬に乗っており鈍器をもって襲いかかってきたらしい。襲撃者  
は帝国軍残党だとも噂されたが真相は判明せず時間だけが刻々と過ぎ去っていった。  



157  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:23  ID:???  

 秋山一曹率いる十人規模の騎馬隊は訓練と哨戒を兼ねて駐屯地から遠出していた。  
 燃料不足の現在、最も機動力があるのが馬である。本土ではF世界相手にはオーバース  
ペックの上費用がかかりすぎるためF16ら音速機は次々と予備役入りし、大戦時のレシ  
プロ機が復活しているという。  
 小一時間も走ったくらいだろうか、秋山の鼻を異臭がくすぐった。  
血と腐敗臭がする。風上に向かうと何かが倒れている。  
「・・・・ケンタウロス、しかもまだ子供だ」  
 死体は頭蓋骨が割られ脳髄がはみ出している。内臓も他の動物に食われたのか空っぽだ  
った。  
マンセルヘイムの遊牧民の情報で人間と交流のある種族、エルフやドワーフ以外にもあま  
り関わりの無いケンタウロス族がいる事は知っていたが、ファーストコンタクトが宇宙人  
紛いだとは想像すらしていなかった。  
 風に乗って蹄の音が聞こえる。遠方には七騎の騎馬が噴煙を上げて迫ってくるのが見え  
た。  
 後に秋山は語る。『ケンタウロスほど大草原に適応した生物はいない』、と―――――  




158  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:24  ID:???  

 屈強な騎馬が七騎、秋山たちと対峙した。  
 ケンタウロスの集団は鎧こそ着ていないが全員槍と弓で武装している。  
 後ろの何人(何頭?)かがケンタウロス語呟いているのが分かった。大方悪口だろう。  
 群れの中央に構えていた一際逞しい騎馬が進み出てきて秋山と変わり果てた少女の亡骸  
を交互に見、口を開く。  
「我こそはケンタウロス族が一支族“蒼き疾風”の部族の者、アッティラである!  貴殿  
の名と貴部隊の目的を聞かせられたし!」  
 腹の底から響く見事な声の共通語(大陸東方後。何故か日本語である)だった。彼は群  
れのリーダーらしい。  
「小官は日本国陸上自衛隊所属、新満州駐屯部隊の秋山勇吾ある!  現在は馬術訓練中に  
死体を発見したしだいである!」  
アッティラに負けじと秋山も腹から声を出す。何気に時代劇がかかっている。  
 警戒しながら近づくとアッティラは死体と秋山を交互に見、死体を担ぎ上げた。  
「最近移住してきた異世界人か‥‥まあいい」  
 手で仲間に合図すると彼らはやってきたのと同じ様に噴煙を上げ駆けていった。  




159  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:26  ID:???  

「秋山一曹、やつらもしや‥‥」  
「家畜泥棒ではないか、だろ?」  
 まだあどけない顔をした下士官の言葉を遮った。  
「可能性はあるな。犯人は乗馬がうまかったというし」  
「でしたら‥‥」  
「落ち着け、第一証拠が無い。それに盗人がご丁寧に自己紹介してくるか?」  
 そこまで言われれば返す言葉は無い。  
「“蒼き疾風”、だったな。連中の部族の事、遊牧民に問い合わせてみるか」  
 馬首を返し秋山隊は駐屯地へと向かった。ケンタウロス族とはファーストコンタクトとな  
る。友好関係を結ぶか、それとも戦いとなるか判らないが事前情報は是非入手したかった。  

 一方、アッティラ率いるケンタウロスの集団も若く気の荒い者が不平を言い立てていた。  
「何故だアッティラ?  異世界人を殲滅しなかった!?」  
 不平を吐くこの騎馬は先ほど秋山達に侮蔑の言葉を吐いた者であった。  
「少なくともツベルマを殺したのは連中では無い。亡骸の腐敗具合から見ても明らかだ」  
「分からんぞ!  別の誰かが殺った事もありうる!」  
 すでに若者は興奮していた。他の者が止めようとするが収まる気配は無い。  
「異世界人の主力武器は火筒だ。先の帝国との一戦でも白兵戦は極端に避けていた。それに  
火筒の柄で殴ってもこんな傷にはならない。第一我々の任務はツベルマの捜索であり異世界  
人の殲滅では無い!」  
 アッティラは背負った死体に目をやる。脳髄をブチ撒け全く内蔵の無くなった酷い状態だ。  
「しかし警戒すべき集団ではある。斥候の手配を要請するとしよう」  



160  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:27  ID:???  

それから一週間程無事に過ぎた。  
家畜泥棒の出現は無く、今夜は新月だが日本の都市部ではありえないくらい星が瞬く。  
 秋山は寝つけなかった。軽く柔軟運動をしたがやはり眠れない。  
(そういやユギオUの前夜も眠れなかったな・・・・)  
 ふと召喚前の夜を思い出した。あまり眠れず朝を向かえ“北朝鮮、韓国に宣戦布告”の報を聞  
いたのだ。  
(・・・・馬鹿々しい)  
 布団を引いて無理にでも寝ようとすると叫びが耳を打った。  
「敵襲!  敵襲ぅっ!」  
 敵襲の報を聞きとっさに拳銃と棒状の何かを引っつかみプレハブ小屋を飛び出した。  
(やれやれ、ジンクスってのはあたるものだ)  
 彼は走り出して初めて棒状の物が日本刀である事に気がついたが足を止めはしなかった。  



161  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:28  ID:???  

 駐屯地内は喧騒に包まれていた。新月ゆえに同士討ちを恐れてやたらと銃火器を使うわけにも  
いかなかった。照明はあるものの襲撃者は巧みに光を交わし疾走する。夜襲に慣れているのは明  
白であった。ぼんやりとだが襲撃者は人馬である事が分かる。  
 数人が槍を持ち出し三、四人で障害物を背にしファランクスを形成する光景がある。一瞬、人  
馬が躊躇した隙を突いて別の人間が人馬を攻撃する。  
 中には六十四式で銃剣術を駆使する者もいた。暗闇で危険なのか、それともジャムったのか射  
撃を一切行わず次々と捌いていく。  
 秋山の前にも人馬が迫る。鈍器を振り上げ疾走してくる影が見えた。  
 暗いが人馬の向こうには戦っている自衛官がいるのが分かった。拳銃を諦めスラリと抜刀する。  
 彼は童貞ではない。先の北方戦役では塹壕に踏み込まれた時、銃剣で帝国騎士三人を仕留めて  
いる。  
 人間の戦士と人外の化生が重なった。棍棒がドワーフ族謹製の“満州正宗”が交差する。  
人馬は十歩程駆け倒れた。右脇腹から腸をはみ出させ痙攣し、そしてただの肉塊と化した  



162  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:30  ID:???  

 昨夜の家畜泥棒は大半が返り討ちにされた。駐屯地から数体が逃げ出したのを見た者がいたが  
死体の数の三分の一の数もいなかったらしい。  
 人的被害も軽微だった。負傷者はいたが命に関わる程ではなく死亡者は皆無だった。被害は建  
物少々と鶏が一匹踏み殺されただけだった、が――――  
「・・・・ウゲェ、これは・・・・!?」  
 集められた死体を見て衛生科の自衛官は絶句した。手足がバラバラだったり内臓や脳が飛び出  
た死体なら北方戦役で経験済みだったが、襲撃者のそれは想像の範疇外であった。  
 ケンタウロス型の死体には皮膚という皮膚が全く無い!  
 襲撃者に増悪を抱いた者が引っぺがしたとは思えなかった。第一そんな時間は無いし、出血も  
かなりも量になる。初めから皮膚が無かったとしか考えられない。  
 遊牧民の長老に問い合わせたところ、皮膚の無いケンタウロスの様なナックラビーという怪物  
がいる事が分かった。ナックラビーは別の次元、魔界ともいうらしい――――から来るともいわ  
れ草原の何処かに召喚されたものと思われた。  
 満州方面部隊に召還施設捜索の指令が発されたと同じ頃、負傷した若いケンタウロスが駐屯地  
にたどり着いた。  



163  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:31  ID:???  

 駐屯地から馬で約半日の距離の小高い丘には遺跡がある。  
帝国成立以前の天文観測所とも魔道実験場ともいわれているが定かではない。  
 現在遺跡の広間では四人(四頭?)のケンタウロスが立てこもっている。アッティラ率いる斥  
候隊の生き残りである。元々は七人で構成されていたが度重なるナックラビーとの交戦で三人が  
脱落している。残った四人も大なり小なり負傷していた。  
 アッティラ隊はナックラビー発生の原因となった魔方陣を発見した。大方、不良魔術師がぞん  
ざいな実験をしたのだろう。魔方陣自体は破壊したが遺跡の周囲は十体以上の皮膚無し人馬に囲  
まれている。  
限界だった。既に矢の残量も尽きかけている。窓から見下ろすと同族に群がり肉を食らうナック  
ラビーが見える。  
(ここに篭って四日・・・・救出の望みも皆無。草原の勇士らしく討ち死にするしかないのか・  
・・・?)  
 他の者も覚悟を決めている様だった。身体はボロボロだが武器の手入れは怠っておらず何時で  
も打って出られる準備はできている。何体かのナックラビーが遺跡を目指して上ってくるのが分  
かった。決戦は近づいている。  
「皆聞いてくれ。我々は何だ?  誇り高い草原の民、ケンタウロスだ・・・・!」  
 秋山と出会った時と変わらず威厳ある声が響く。  
「このまま座して死を待つか?  否、一体でも邪悪な者共を打ち滅ぼし――――」  
 PAAAANG!  
 乾いた音が演説を遮った。  



164  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:32  ID:???  

すぐに我に返って外を確認すると騎兵が十騎ばかり雁陣を組んで突撃してきた。  
 緑色の戦闘服をまとい火筒を携えた集団は迎え撃つナックラビーを次々と撃破していった。  
 後方に行方不明になった同族の姿が見える。彼が知らせてくれたのだ。  
「援軍だ!  天は我々を見捨てなかったぞ!」  
仲間達を激励するアッティラだが広間の入り口が不意に開き、邪な笑顔を浮かべたナックラビ  
ーが現れた。アッティラは身構えるがストンと皮膚無しの首が落ちる。  
「よう、意外と元気そうだ♪」  
そこには満州正宗を携えた秋山の姿があった。  

 誤解と戦い、対立と不信は終わった。  
 満州方面部隊とケンタウロス族とのささやかな宴が開かれた。  
 ケンタウロス族の酒癖の悪さもあり酒は無いが本土から持ってきた茶が振舞われた。茶は草  
原の民にとって貴重品であり、大いに喜ばれた。  
 ナックラビー事件以降、ケンタウロス族と移民団は互いに不戦協定を結ぶ事になる。すぐに  
良き隣人にはなれないかもしれないが、時間が解決してくれるだろう。  



165  名前:  戦史編纂室  04/04/11  20:33  ID:???  

 宴も盛り上がってきた頃、秋山はアッティラにある天幕へと誘われた。そこには可愛らしいケ  
ンタウロスの子供が眠そうな顔をこすっていた。  
「どうだ、なかなか可愛いであろう?  我輩の息子だ」  
 子煩悩な父親は息子を抱きかかえる。父に抱かれ子の顔から笑顔がこぼれる。  
「勇者アキヤマ、この子に名を授けてくれぬか?  強き者から名を授かるは至高の名誉。よき名  
が欲しいのだが・・・・?」  
「俺が?  うーん、そうだな・・・・」  
 彼も自分の子すらいないのに他人の子の名づけ親になるとは夢にも思わなかった。  
 気を取り直して考える。歴代の名競走馬をさらうがシックリとくるものが無い。さらに思考し  
ケンタウロス族に相応しい名を思い出す。  
「小さな駿馬よ、おまえに名を授けよう。かつて俺の生まれた世界の大陸を駆け“草原の狼”と  
讃えられた覇王の名だ。その名に恥じぬ草原の勇者になってくれ!」  
 秋山の言葉が分かるはずも無いがケンタウロスの赤ん坊は父の腕の中で上機嫌に微笑んだ。  
 数十年後、小さな駿馬は全ケンタウロス族を束ね、“新満州にその人あり”と呼ばれる大ハー  
ンへと成長するのだが――――それはまた別の物語である。  

 (草原を駆ける風  完)  




840  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:34  ID:???  

『一世紀四半の帰還』  


 日本召還により資源、食糧の問題は政策の第一課題になったといっていい。  
 新満州の開発が遅れているため省エネ政策はさらに突き詰めていく事になった。防衛庁も例外では無い。まず  
北方戦役でオーバースペックと判断されたF15は大半が予備役処分となった。しかし航空戦力の優位性を崩す  
わけにはいかず、対策として大戦期のレシプロ機の再設計再開発が行われる事になる。  
 勿論唯当時そのままを再現してわけではない。エンジンは現代の高性能な物を搭載し、イギリス軍のモスキー  
トの様に木材部品を増やしコストダウンを図るなど改良されている。  
問題はどんな機体を開発するかだった。試作機として何種類か作られたがどの機体を量産するかは技術者達の  
意見(趣味?)の別れるところであったのである。量産するなら零戦だろう、いやいや後継の烈風だ、むしろ疾  
風の方が評価が高い、桜花や秋水をちゃんとした形で造ってあげたい、まず実戦に参加しなかった機体は除こう  
などなど。  
だが共通している事項もあった。GPSの全く使えなくなったこの世界で索敵は太平洋戦争期にまで落ち込ん  
でいる故、高速で足の長い偵察機が不可欠である。  
 偵察機彩雲(半木製)の再設計が決定した。  




842  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:36  ID:???  

 眼下には紺碧の海がどこまでも広がっていた。島田一曹は一瞬、自分の任務を忘れそうになった。  
 今回のフライトは彩雲の飛行試験を兼ねた五島列島南沖の哨戒である。何時ぞやの様に海賊艦隊の領海侵犯を  
許すわけにはいかない。左翼政党が議会で衰退した今、迎撃を批判する者は市民からソッポを向かれるゆえ遠慮  
ないらない。  
 時間と燃料を確認する。もうそろそろ帰還の時刻だ、と思ったその時、水平線で何かが光った。  
(この海域に海自の艦船はいないはず。まさか噂の海賊ギルド新造艦か?)  
島田はアンノウンを確かめるべく機首を光へと向けた。新生彩雲の最大速度は約700km、万一の事態を想定  
し望遠カメラの有効距離ギリギリまで上昇する。  
 光の正体は船だった。その船体は大きく100m前後、反射があるという事はガラスか金属が露出していると  
思われる。F世界にしては珍しい装甲艦タイプである。  
 島田はその船に違和感を感じた。三本マストに挟まれて本来無いはずの物があったからだ。  
(はて?  見間違いか?)  
 確認するため慎重に高度を落とす。それは確かに存在した。  
「流れ雲から本部へ、不審船を確認。位置は・・・・」  
 本来無いはずの物、“煙突”からは煙は昇っていなかった。  

 不審船からも上空の彩雲が自分達を伺っているのが分かった。  
 甲板に煤けた軍服を纏った男が上がり空を仰ぎ見る。  
 長く尖った耳とやや吊り上った瞳、そして日に焼け過ぎた様な褐色の肌が彼を人為らざる者である事を証明し  
ていた。ダークエルフ――――邪神を崇拝し他種族に仇なす暗黒の妖精族、そう云われている。  
 聞きなれない言葉が彼の口から紡ぎ出された。目の前の空気が揺らぐ。“大気のレンズ”――――風の精霊シ  
ルフに干渉し空気のレンズを創造し遠方を見通す呪文である。  
 彩雲に書かれた日の丸を認めると口元が緩む。  
(感謝・・・・百年を超える月日を越え戦魂達の願い成就されかし・・・・!)  



843  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:36  ID:???  

 謎の艦船の出現は直ちに佐世保基地に報告された。写真から日清戦争以前の艦船に近い事から前近代的な交  
戦が予想されたため、ある程度戦闘力のある海保の保有艦よりも護衛艦の派遣が検討された。  
 訓練のため硫黄島へ向かった新造艦『あかぎ』を呼び戻す案も出されたが、余計な混乱を招くと却下されや  
はり新造艦の『ちょうこうじゅん』の派遣が決定した。  
 超甲巡――――戦前アメリカの大型巡洋艦アラスカ級に対抗するべく計画された巡洋戦艦。計画だけで消え  
てしまったが――――の名を継ぐ新型イージス艦になる、はずだった。改こんごう級として建造される予定で  
あったが第二次朝鮮戦争そして北方戦役で建造が遅れ講和条約後やっと竣工したものの、ミサイル兵器は電子  
部品の不足のため減らされ代わりに127ミリ速射砲を前部甲板に増設し艦隊決戦を想定した改装がなされた。  
 不審船を発見した海域から予想航路を割り出し哨戒する事二時間、レーダーが艦影を捉えた。  一応、あら  
ゆる回線でコンタクトを試みるが回答は無かった。無線は搭載されていないものと考えられる。  
 危険ながら主砲を照準を合わせながらに接近してみる事にした。例え攻撃してきてもちょうこうじゅんの性  
能ならば撃沈は容易と判断されたからだ。水平線の彼方から百数十年前の艦が姿を艦橋から確認できる位置ま  
で接近する。無線が通じない以上、旗信号で交信を試みてみた。  

“停船セヨ”、“貴艦ノ所属ヲ明ラカニセヨ”  

 不審船側もこちらの旗信号に気がついたらしく甲板の乗員が旗信号を返す。  

“貴艦ノ要請ヲ了解シタ”  

 不審船のマストに旗が薫る。その旗は白地に赤で太陽を模した記章が染められていた。  



844  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:38  ID:???  

護衛艦ちょうこうじゅんの艦長は相手の行為を条約違反と判断した。もっとも、この世界で海洋国際条約が  
締結されているわけでは無いが、慣例として所属旗を偽る行為は卑劣とされ海賊として処分されても文句は言  
えなかった。    
主砲発射の命令が下る。まず圧倒的な戦闘力の差を思い知らせて拿捕するため煙突に砲撃をかける。  

ゴゥ、ゴゥ!  

 127ミリ速射砲が2発、正確に煙突を貫いた。思いがけない攻撃に甲板での混乱ぶりがよく見える。砲撃  
が効いたのか不審船は停船した。ちょうこうじゅんは油断無く速射砲を構え拿捕するため接近する。降伏を促  
す旗信号を甲板員が出そうとした刹那、声が響いた。  

『攻撃を中止していただきたい!』  

 驚いた事に甲板にいた者だけで無く、艦橋でもその声は聞こえていた。  

『我々は敵では無い!  当艦は大日本帝国海軍所属、巡洋艦“畝傍”である!』  



845  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:39  ID:???  

 畝傍の艦長であるダークエルフと護衛数名が乗り込んでくる。ちょうこうじゅん艦長と会談するためである。  
 案内する仕官も緊張を隠せない。沿岸諸国や新満州のエルフ族からダークエルフは悪辣非道の化身と聞かさ  
れていたからだ。顔を合わせる前にも拳銃の確認は怠らなかった。会談に参加するちょうこうじゅん側の人間  
も武器の携帯せずにいた者は一人としていなかった。  
畝傍を率いるダークエルフの青年(エルフ、ダークエルフは外見からは年齢が分からないが)はクラウスと  
名乗った。乗組員の大半は畝傍の末裔であり、日本が召還されたと聞き艦を修理して馳せ参じたという。  
「しかし・・・・」  
 艦長は怪訝そうに顔をあいかめた。  
「故郷への帰還は理解できる。だがダークエルフである貴官が何故畝傍の生き残りに力を貸すのか?」  
 艦長の疑問ももっともである。新満州では禁止されているが沿岸、内陸諸国では宗教的な事情や多種族との  
折り合いから表面上ダークエルフはゴブリンらと共に討伐の対象になっている。暗黒社会と繋がりが無い限り  
彼らと交流するなどありえないのだ。  
「疑念は至極当然、確かに我々と人間とは敵対関係だが畝傍は別。彼らには恩義があるが故に」  
 クラウスの口から百年以上前の出来事が語りだされた。  




847  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:40  ID:???  

クラウスを初め仲間の多くは傷つき病んでいた。  
 沿岸諸国での人間とエルフの連合との抗争に破れ、南方へと落ち延びていった。暗黒社会との繋がりが無け  
ればとっくに滅ぼされていただろう。何とか船を調達して南方海洋国家の目も届かない群島にたどり着いた時  
には五十人を割っており、そのほとんどが子供だった。罹患している者も多い  
 このまま緩慢な滅亡を迎えるのかと諦めかけ、薬草を探して密林を彷徨っていた時、不意に見知らぬ人間に  
遭遇した。その男はバツが悪そうに口を開いた。  
「おっと、驚かせてしまったかな?  で、ここはフィリピンなのか?」  

 クラウスは見た。密林が終わり海岸見えるとそこにはガレオン級を超える船舶があった。乗組員は百人  
を下らないであろう。疲弊したダークエルフ族には到底かなわない戦力である。  
 殲滅されるしか無いのか――-―しかしクラウスの予想はよい意味で裏切られた。  
 水兵達はクラウスの手当てを始めたのだ。薬も飲まされた。キニーネというらしい。  
 別の斥候隊が集落を発見し医療活動を始めた。初めは受けつけなかったがクラウスに投与された薬が効き始  
めると恐る恐る治療を受けつけだした。  


「おまえ達は何処から来たのか?」  
 すっかり元気になりクラウスは水兵に尋ねてみた。  
「日本という国から。そこに帰るはずだった・・・・」  
 水兵は顔を曇らせた。神隠し(召還)に遭遇し帰れない故郷を思った様だ。  
「諦めるな、何とかなるかも知れない。恩義に報いるため調べておこう」  
「いいって、気持ちだけでいいよ」  
 何とかなる、その言葉は気休めでは無い。1千年以上昔、大陸内部で召還実験が行われた時百人程の傷つい  
た兵士が現れたという。手当てのかいあって命を取り留めた彼らは感謝の印に鉄の王冠を譲り、再び逆召還で  
元の世界に返っていったと伝えられている。  
 その後百年、畝傍の乗組員は誰一人生きていない。それでもクラウスは帰還の方法を探し続けた。  




848  名前:  戦史編纂室  04/05/09  12:41  ID:???  

「それで一世紀四半の帰還というわけか・・・・」  
 ちょうこうじゅん艦長はついため息をついた。  
「そういうわけだ。ウネビの子孫達にニホンの土を踏ませたい」  
 クラウスに対する警戒は消えかけていたがいきなりダークエルフの率いる軍艦を本土に入れる事はできない。  
とりあえず佐世保に報告し指令を待つ事になった。下った指令は新満州への一時寄港と事実関係の調査であっ  
た。  
 二ヵ月後、正式に畝傍の日本への帰還が許可された。  

 春の風が吹くお台場には多くの見物客が訪れていた。中には政府閣僚や制服自衛官の姿も見える。  
 今日は船の科学館に畝傍が展示されるのだ。二式飛行艇移転後、新たな大型展示物には多くの集客が望める  
と思われた。展示にあっての式典にはクラウスも招かれていた。  
 防衛庁制服組の演説が続く中、クラウスはかつての畝傍の乗組員との記憶を思い出していた。必ず故郷へ帰  
還させてやる、そう誓ってから百年以上の時間がかかってようやく成就できたのだ。  
(畝傍の戦士達よ、やっと約束を成就させたぞ・・・・安らかに眠ってくれ・・・・)  
 英霊達が答えるかの様にクラウスの肩に桜の花弁が一枚、舞い降りた。  

(一世紀四半の帰還  完)