891  名前:  国亡き軍  04/02/03  01:42  ID:???  

「わざわざ外務省を通しての要請とはな」  
銀髪を生やした年配の男がそうつぶやいた。喋った言葉は日本語では無い。  
「最近の交渉は、ほとんど我々が防衛庁や関係部署に直接掛け合っていたというのに、こういった回りくどい  
手順を踏んでくるとは」  
「まあ、事が事ですから。本来の正式なルートを使うのも当然です」  
男の問いかけに答えた青年の言葉も同じ言語だ。  
二人の着ている服装も、日本人にとって、この異世界に召喚されるまでは一部の者を除いて全く馴染みの無い  
いでたちをしている。  
「いずれ来るのは予測していた事だが・・・」  
男は溜息をつきながら、昨日閲兵したばかりである配下の兵士達の姿を思い出した。  

数ヶ月前、彼らは祖国を失った。全く唐突に、理不尽な出来事によって。  
帰るべき場所を無くした者達は悲嘆にくれ、生きることに絶望し、自殺者する者や内紛を起こす者まででる始末となった。  
軍の長である男は激務の間をぬって兵士達の元へ出向き、彼らを元気付ける為に言葉の限りを尽くし呼びかけてまわった。  

いつの日か故郷へ帰れる    希望を捨てるな    その日まで諦めずに耐え抜こう  

男の必死な呼びかけは兵士達の沈んでいた心を揺り動かし、決然とした態度はバラバラになりかけていた者たちを  
再び結束させた。  
苦境にあるからこそ生まれる連帯感が、男と配下の兵士の間に強い絆を作っていた。  


892  名前:  国亡き軍  04/02/03  01:43  ID:???  

日本政府が出した要請とは、その兵士達を戦地へと派遣して欲しいというものだった。  

彼らが日本に戦争協力する事はこれが最初というわけではない。  
日本がこの世界に召喚され、「帝国」と戦うようになってから、男の軍隊は戦場で自衛隊や他国の軍の支援を行っている。  
だが、それらの活動は人的損害が少ない戦闘や後方支援といった協力に限定されている。  

数少ない同胞を失いたくない彼らは、日本に頭を下げ、現状の理解を求め、戦略物資を提供するなどの根回しによって  
何とか今の状況をつくりだしていた。  

しかし、先日行われた帝国との大規模な会戦で自衛隊の累計死者数はとうとう4桁に達した。同盟国の損害も同様に大きい。  


893  名前:  国亡き軍  04/02/03  01:44  ID:???  

「我々は日本の善意によってこれまでロクに戦わずにすんできた。しかし、こうなってしまっては後方支援や物資の  
提供くらいで善意を買う事はできない」  
男は天を仰ぎながらそう漏らした。  
「要請」という形を取ってはいるが、これは実質「命令」だろう。  
軍人としての誇りを考えれば、他国の政府からこのように命令される事など耐えられるものではない。  

だが、男が責任を負わなくてはならないのは軍の問題だけではなかった。  
祖国を失ったのは兵士だけではない。多くの民間人も同じ境遇にある。  
日本の庇護があって生き長らえている民間人が存在する以上、軍がプライドにかまけて要請を拒否する事などできない。  
「今の我々は他の同盟国、それにエルフやドワーフと同じように、日本が無くては生きていく事はできんのだ。生きるために・・・  
彼らを日本に差し出すしかない・・・」  
「兵達は閣下のお気持ちを十分理解しています」  
瞠目する男を労わるように青年は応じた。  
「我々は祖国の為、国民の為に戦うのです」  


894  名前:  国亡き軍  04/02/03  01:45  ID:???  


「・・・直ちにトーキョーへ発つぞ。総理官邸と防衛庁にアポをとれ。既にあちらは用意をすませてるだろうがな」  
男は勢いよく席を立つと、青年に指示を飛ばしながら戸口へ向かった。  
「必要な部署にはすぐ連絡しろ。『海兵隊を大陸に派遣する』、とな」  

男の肩書きは第5空軍司令官兼「在日米軍司令官」  

異世界へ召喚されたもう1つの軍勢の長である。  



385  名前:  国亡き軍  04/02/10  08:16  ID:???  

出かける前の人が少ない時間にSS投下  

前々スレでちょこっと書いた続きです  


「オレ達に代わってこの辺鄙な中世世界に送られる連中に」  
「ついでにこれからナイト様やウォーリアーと泥に塗れて殺しあうマリンコの奴らに」  
「「乾杯!!」」  
最近では飲めない日の方が多いバドワイザーが一杯に注がれたジョッキが一瞬にして空になり、その直後から  
外国人が「これぞアメリカン」と形容するであろうバカ騒ぎが始まった。  
しかし、ここ数ヶ月の苦労を考えりゃこのくらいのバカは多めに見てもらいたい。  
なんせ俺達はこの大陸で唯一戦闘任務を帯びていたアメリカ人なんだからよ。  

日本が大陸派兵を決行して間もなく、横田の司令部ではこれに追従する方針を発表しやがった。  
まあそれ以外の選択肢があったとも思えんが(異世界への召喚後しばらくは、米軍が東京を占領して日本を征服する  
計画があるなんて噂が立ってえらいピリピリした事もあった)よりによってその先鋒に選ばれるとは・・・  


386  名前:  国亡き軍  04/02/10  08:16  ID:???  

なんで今まで俺達だけがこんな事やらされていたかっていうとだ、もうね、タイミングが悪い悪い。  

召喚される直前、中東とか中央アジアじゃ情勢がまたヤバイ空気になってた。  
で、そういう時に真っ先にお声がかかる第7艦隊、日本を出発。  

次、お声がかかった第3海兵遠征軍、1部派兵。  
しかも上の戦略転換だとかで沖縄の海兵隊自体削減されちゃってて、残ったのは4000人くらい?  

んで空軍、引き抜きはあったにせよ、平時定数の8割は残ったまま。  

陸軍は、言うまでも無し。  

つまり空軍以外全然戦力が足らなかったわけです。  


387  名前:  国亡き軍  04/02/10  08:17  ID:???  

とはいえ相手は所詮中世の軍隊なんだから何とかなる、って思ってたら、なんか自衛隊洒落にならない被害が出てるし。  

そこで海兵隊が尻込み。  
「合衆国の海兵隊が何ビビッとるんじゃ〜!エルフの手先のおフェラ豚め!」  
某軍曹にでも叱って貰いたいところだが、補充人員のあてもない組織として下手に死傷者が出る戦いに行きたくはないっぽい。  

海軍はというと、戦闘部隊はほとんど第7艦隊頼みのはずが、主力の77任務部隊はほとんどお出掛かけ中。  
しかもこんな時に限ってブルーリッジも日本を離れてたものだから、指揮系統で一悶着。  
残った戦力の運用に関しても「ウチ達は在日米軍の指揮下じゃねーYO!」とか言って文句をつける始末だ。  

陸軍に至っては、「オイラ達、補給屋と情報屋しかいないんで。おまいらガンバッテ(はあと」・・・役立たずめ。  

結局、在日米軍司令官直轄で話が早い、それに被害が少なくてすみそうって事で空軍の派兵が決定した。  
更に敵の航空戦力(ドラゴンやらペガサス)にはロクな空戦能力も無いということで、対地攻撃が主任務になるって事になり、  
第35航空団からF-16一個中隊、つまり俺らの部隊が派遣される事になったわけ。  


388  名前:  国亡き軍  04/02/10  08:18  ID:???  

実際この世界の奴らと戦闘?してみた感想、空軍マンセー!!これにつきるね。  
連中ってばヴァイパー(F-16)を攻撃できる武器も戦法も持ってねーでやんの。  
日本じゃあ陸自のヘリが落とされた話が誇張されて、ドラゴンやら魔法やらの脅威が相当なモノと思われてるらしい。  

ホントのとこはどうかというと、『400mile/h  オーバーで飛ぶ俺らにそんなモノ効きません(wプゲラ』って事。  
ヘリが落ちた話もほとんどホバってるところ狙われただけみたいだし、もうね、オレ様最強気分。  

帝国軍の一大反攻みたいな時、俺ら駆り出されたんだけど、云万の大軍を蹴散らすのに掃討含めて20ソーティかからんかったわ。  
そんなこんなもあって自衛隊やらこの世界の同盟国?とかからは俺らかなりウケがいいべ。  
隊長なんか『騎士の称号』みたいなモノ貰ってやがんの、一人だけズルイ。  
まあ空戦と対艦攻撃しか取柄の無い(プッ)空自よりは装備も錬度も上だし、ここでは役に立ってるみたい。  

とはいえ、相手がそんな連中でもこれだけ長く戦地勤務はいい加減ウンザリしていたとこへ、ようやく交代のお知らせが届きました。  
結局パイロットからは一人の戦死者も出さずに済み、大陸最後の夜もこうして陽気に過ごすことができているわけだ。  
(損傷やら事故でF-162機がお釈迦になったのが実質全被害)  


389  名前:  国亡き軍  04/02/10  08:19  ID:???  

ふと、そんな場の雰囲気にも関わらず、なにやらしんみりした空気のやつらがいる。  
「お〜いクリス、ジョーイ、何しみったれた顔してるんだ?」  
隅っこのテーブルに座って何やら話し込んでる二人にちょっかいをかけてみる。  
「こんなド田舎から多少はマシな田舎のミサワに戻れるんだぜ、ステイツに帰れないのは仕方ないが、もうちょっと楽しそうにしなよ」  
「・・・日本に戻れるのはうれしいよ、だけど・・・」  
「けど、なんだ?」  
「・・・だけど、こっちに残れた方がイイのかもしれないな、って思ったりしてね」  
「ハァ?」  
クリスのやつ何を言い出すんだ?  
せっかくの帰還命令で皆が浮かれてる時にここに残りたいって・・・まさか、  
「ひょっとして、こっちで女でも引っ掛けたのか?(w」  
「そんなんじゃないよ!(#・・)/」  
「女じゃなけりゃ何があるってんだよ、こんな所に」  
「・・・ここなら飛べるんだ、好きなだけ」  

クリスのぽつりと言った言葉の意味が最初よくわからなかった。  
「飛べるって、どこでも飛べるじゃないか。俺達は」  
「でも、この世界で飛ぶ機会が一番多いのはここなんだ。日本じゃ、もうあまり飛べない」  
好きなだけ飛べる・・・そういう事か。  



802  名前:  国亡き軍  04/02/13  21:04  ID:???  

>>389の続き書かせて頂きますね  


日本からの報告によると、司令部と空自はイーグルの運用を全面停止する方針で調整中らしい。  
理由はというと、「戦う相手がいないから」との事。  
さっきも言ったように、この世界には戦闘機に空戦を挑めるような敵はいないらしい。  
今までは、未知なる敵の存在とかを考慮して運用を続けていたらしいが、その心配も無いって決断が下ったようだ。  
さすがに全機予備入りって事は無いと思うが、飛ばし続けられる機体はほんの数機だけだろうな。  

こういう作戦機の削減が始まった背景には、燃料のストックがいよいよ厳しくなってきた事もある。  
前線任務の俺達はそこまで大規模な飛行規制を受けてるわけじゃないが、日本の基地では飛行時間の低迷が深刻らしい。  

上の連中は燃料消費の少ないヴァイパー以外の攻撃・爆撃機、要はF/A-18系やF-4の運用ももっと制限するべきとか言ってるらしいが、  
海軍海兵自衛隊が揃って反対してる。  



803  名前:  国亡き軍  04/02/13  21:05  ID:???  

実際どの機体が一番効率良いのかはまだ議論中らしいが、ともあれイーグルのパイロットは御愁傷様。  
「オレ達、空じゃ最強だぜ!!」だったのにいきなり三行半とは、大変ですな〜(笑)  

ちょっと話が逸れたが、つまりクリスが言いたいのはその事ってわけだ。  
こいつは空を飛ぶのが本当に好きなヤツだ。  
飛ぶ機会が減る日本に戻るより、まだ飛行時間が稼げる大陸に残りたいって事か。  

「なるほどな、そんな事考えてもみなかったが・・・」  
ふと、脇で黙って会話を聞いていたジョーイに目を向ける。  
「クリスの言い分は判るとして、ジョーイ、お前までどうしたんだ?あっちには嫁さんとガキが待ってるんだろ?」  
普段のこいつはこっちがウンザリする程の愛妻家の親バカだ。  
嫁さんとのノロケ話を何十回聞かされ、ガキの写真を何百回見せられた事だか・・・  


804  名前:  国亡き軍  04/02/13  21:05  ID:???  

「あいつらの事を考えるとな、俺もここに残った方がいいんじゃないかって気がしてさ・・・」  
「はぁ?」  
またさっきと同じパターンだ。  
こいつまで何を言い出しやがる、家族の為に残ったほうがいい?  
「俺が今こうやって戦争やってるから、あいつらは日本で生活してられるんだ・・・」  
「それは日本に残ってる軍人達も同じだろ?」  
「今はな・・・」  
「今は?」  

「クリスの事から察しがつくだろ?この先、空軍の稼動機はどんどん減る。燃料の供給源が見つからん限り、いつかは無くなる」  
「・・・それで?」  
「そうなる間にも、空軍はどんどん縮小していくだろう。当然、人員削減もあるだろうな」  
思わず口に含んでいたバドを吹き出した。  
リストラ・・・前線任務についてる間、そんな事思いもよらなかった。  
そ、そりゃああるだろうな、組織が延命する為に余計な部分を削ぎ落とすのは・・・余計?  
「前線にいれば余計者扱いされないだろうって事か?」  
俺の問いにジョーイが頷いてみせる。  


805  名前:  国亡き軍  04/02/13  21:06  ID:???  

確かに、今軍を追い出されるのは、正直なところ激しくキツイ。  
日本人ですら職にあぶれた連中がわんさかいる社会では、外国人の就職先なんてロクなモノが無いと言っていい。  
アメリカ人が最も安定した仕事を得られる場所は軍なのだ。  

大使館と在日米軍司令部の必死な働きかけがあって、来年度国家予算案に「おもいやり予算」がこれまで通り計上される事になった。  
真偽の程は知らんが、こいつを通す為に駐日大使が与党幹部と財務次官に土下座したという悲惨な噂まである。  
とはいえ、おもいやり予算だけで軍全体の維持を行うのはまだまだ足りないうえに、軍に関係していない民間のアメリカ人の処遇にも  
金を出さなきゃならない。  
その為、在日米軍の大陸派遣(俺達の事だ)や貯蔵弾薬・燃料の提供、そして今度の海兵隊派兵決定といった対日協力への見返りとして  
軍や在日アメリカ人への救援策や追加予算が講じられる事になっている。  

こういった日本政府の後ろ盾があっても、特に空軍の維持は難しいのは目に見えている。  
海兵隊の派遣が決まったのも、一個飛行中隊を増派するよりも一個海兵大隊の派遣が容易だからだろう。  
かわりに増えるのは流されるアメリカ人の血の量だ。  

仮に今、空軍を追い出されて新しい職場を得ようとするなら、海兵隊ぐらいしかマトモな仕事は無いのだ。  
そして、海兵隊の任務が俺達みたいに気楽なものじゃないのは考えなくてもわかる。  



807  名前:  国亡き軍  04/02/13  21:07  ID:???  

「俺は家族の事は大事だが、職業軍人になったからには合衆国の為に戦争に行くのも、そこで戦死するのも仕方ないと思ってた。  
だけど、今は死ぬのが怖いんだ」  
「なんで今まで国の為に戦うことを躊躇しなかったのか、わかったんだ。俺が死んでも、残された家族の面倒は政府が、ステイツが  
みてくれるって信じてた。けど、今俺が死んでも、ロクな補償が得られるか?確かに危険手当も戦死補償もあるさ、だけど連邦予算も  
ロクな財源も無いのに、ホントに支給できるのか?  だから、事故でも起こさない限り、死ぬ心配が無いここに居たいんだ。  
少なくとも、空軍が機能し続ける限り・・・」  

リストラを恐れて単身赴任を引き受ける亭主、いや、社会状況を考えりゃより一層切実な問題だな。  
家族も恋人もステイツに残してきた一人身の俺はそんな心配の事忘れていた。  

「それで、2人ともどうする気なんだ?」  
「俺は明日にでも残留願いを出すつもりだよ」  
クリスはもう残る気でいるようだ。  
ジョーイはまだ考え込んでいる。  
「いずれにしても、だ。こうやって騒げる機会はしばらく無えんだぞ。悩むのは明日にして今はバカになりな!」  
俺は二人を急き立てると、こいつらの深刻な気持ちを毛ほども理解していないだろうバカどもの元へ連れ出した。  



808  名前:  国亡き軍  04/02/13  21:08  ID:???  

イヤ、この騒いでるバカ達も、表に出してないだけで腹ん中ではクリスやジョーイと同じように悩みを持ってるのかもしれない。  
ほとんど無力の中世風軍隊を虐殺するような任務、その代償として日本から得られた予算で存続する軍隊。  
世界最強の合衆国軍、今や完全に日本の傭兵に成り下がった、国を亡くした奇異な軍勢。  

クソッ、これまで気にせずにいた不安が次々浮かんできやがる。  
何で今まで俺はこんな気楽でいられたんだ?  
あるいはただ現実から目を背けていただけなのか・・・  

どうでもいいや、さっきあいつらに言ったばかりじゃないか、悩むのは明日にしろって。  
俺は新しいバドのビンを取り出すと一気に呷った。  
今夜はしこたま酔ってやる、この気分を明日に持ち越さない為に・・・  



国亡き軍
119  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/17  00:23  ID:???  

見渡す限り全て群青の海、艦はジリジリと陽光の照りつける元を東へ向かって進んでいる。  
横須賀を出航し浦賀水道を抜けてから丸1日南下しているので、日差しはかなり強い。  
こんな空の下、露天のブリッジに出るなんて事は本来ゲンナリさせられる以外の何物でもない。  

「間もなく進出限界地点を越えます」  
冷房の効いた艦内から副長がそう伝えてくる。  
「了解。ところで副長、君もブリッジへ上がったらどうだい?ついでに何か冷たいものでも持って来てくれるとうれしいね」  
「非常に魅力的な申し出でありますが、航行中に上級士官が揃ってホエールウォッチングに興じるのは如何なものでしょう?」  
「おいおい、ホエールウォッチングはないだろう。一応艦長自ら見張りに出てるという建前なんだ」  
「それじゃあ見張り中に艦長自ら飲み食いするなど言語道断ですな」  
むう、副長の野郎、冗談の返しが何だかトゲトゲしいぞ。  
自分は発令所で、私だけ外にいるというのが不満なのか。  
そう拗ねないでほしいな、そっちはエアコン効いててこっちは40℃近くある灼熱の司令塔だぞ。  
とはいえ私も今の状況を非常に楽しんでいるのだが、やはり少々後ろめたい。  
一応軍艦(いや、正確には補助艦なのだが)の艦長としてこういう特権、独占する位ならば辞退するのがスジであろう、  
他のクルー達の手前。  
しかし、そういうこちらの考えも知らない珍客の希望があったために・・・  


120  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/17  00:23  ID:???  

「ほえーるうぉっちんぐとはなんだ?」  
この場にそぐわない、固い口調とはどこかずれた感じの可愛らしい声が私に質問をかけてきた。  
傍らを振り返ってみると、日除けの為に目元以外の顔を布で隠した声の主がこちらを見上げている。  
海がよく見えるようにと、狭い足場にわざわざ箱を置いて踏み台にしてやっているのだけどな〜。  
私がけっこう上背があるせいもあるのだろうけど、それにしてもやはり小っこい。  
「whale・・・この世界にもいるのかは知りませんが、我々の世界の巨大水棲哺乳類です。特に人を襲うわけではないので、そいつの  
側まで近づいて眺めるレジャー遊び、といったところですか」  
「ほえーる、か。」  
声の主は面白そうにほえーるほえーるとつぶやくと、さっきまでそうしていたように双眼鏡を構えて海原を眺めだした。  
「確かに何か華が欲しい場面ではあるな、一応未踏の世界へ立ち入る世紀の瞬間!なのだし、そう思わんか船長?♪」  

・・・どうやら副長の皮肉もジョークにしか聞こえていないようだ。  
戦闘艦のブリッジにマッチしていないこのお嬢さんが、限界点越えを外で見たいと言ったのがそもそもの原因だ。  
彼女だけで外に出すわけにもいかず(実際は見張員も居るのだが、大事な客を士官の付き添い無しにしてしまうのも問題なので)  
私も同行しているわけだが、お陰で進出限界地点(空中給油された空軍機が到達できた最終観測点)を船外で迎えるという楽しみ、  
未だ人の立ち入らない海原へ踏み込む瞬間を海原を眺めながら味わう権利を、艦内のクルー達を押しのけて得てしまった。  
みんなスマン、仕方ないんだよ〜。  
この嬢ちゃんから目を離すなと命令されてるんだから。  

溜息をつきつつ周囲を一瞥していると、いやでも我が艦の甲板が目に留まる。  
前甲板に並んだVLS。ここから発射されるトマホークが合衆国の敵を粉砕していた頃が、酷くなつかしい。  


121  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/17  00:24  ID:???  

なぜ私の艦が子供を乗せてこんな海域を航行しているのか、事情は少々複雑である。  
日本列島が異世界へ召喚されてからというもの、米軍の各部隊は各々ができる限りの手段を用いてこの世界での居場所を  
見つけようとしていた。  

真っ先に自衛隊の援護を買って出た空軍は、大陸の戦場でかなりの戦果を挙げて評判は上々。  
あっちでは完全に自衛隊の指揮下に入ってしまってるそうだが・・・  

南西諸島方面に海賊や帝国の私掠船が出没しだすと、駐日大使館と在日米軍司令部はこれらを日本への侵略行為と見なし、  
安保条約の「共同防衛」実施を正式に表明(国連安保理の問題は棚上げ)、離島に上陸した海賊退治に海兵隊が投入された。  
(※大陸派兵が決まる以前の話)  
おかげで沖縄では住民の米軍容認が広がりだしてるとか。  
喜ばしい話と思うのは不謹慎かな?  

第7艦隊の大部分を欠いた海軍も、残った艦艇・航空機を日本周辺の警戒に回して海自との協力を続けている。  

各軍の弾薬庫は、武器弾薬の増産がなかなか進まない自衛隊の貴重な補給源となった。  

しかし、かように様々な行動が為されている中に、動きたくても動けない部隊も存在した。  
私達が属する第7潜水艦群もそんな部隊の1つだった。  



592  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/21  11:38  ID:???  

部隊といってもこの世界に召喚された原潜は二隻のみ。  
太平洋艦隊司令部はおろか、第7艦隊司令部との連絡も途絶えた我々は在日米海軍指揮下に入っているのだが、ぶ  っ  ち  ゃ  け  ヒ  マ  で  し  た  

異世界の戦争とは、原潜の使える場所がなかなか無いのだ。  
木造帆船相手に魚雷を使うわけにもいかない。  
副長なんかは「北極の浮氷をぶち抜ける強度があるんだから、セイルで敵の船底を破壊しちまえばいいのでは?」なんて某古典SFのような  
戦法案を上伸しているが、まだ許可は下りていない。  
噂では以前ハワイで日本の海洋実習船を沈めた事故を連想しそうだから、という理由のせいらしい・・・あくまで噂だ。  
つうか私だってあんまり使いたくないぞ、そんな戦法・・・  
なので現在のところ海上警備は水上艦や哨戒機に任せてある。  

敵の帝都へ必殺のトマホークを撃ち込めないかという話もあったが、人工衛星もこの世界の正確な地図も無いため、内陸部にある敵の首都を  
巡航ミサイルで狙うなど現状では無理な話だ。  
敵後背地への特殊部隊の輸送計画等立てられているらしいが、まだ具体的な話は伝わってこない。  

そういうわけで我々サブマリナーはやる事もなく欝々と日々を送っていた。  
海自の潜水艦が巨大イカを殺ったというニュースが流れたが、そんな任務ですらその頃の私には羨ましかったものである。  

そうした中、海軍司令部でも原潜の使い道について盛んに議論された結果、原潜の特性を活かしたある任務が考えられた。  


593  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/21  11:38  ID:???  

この異世界は元の世界と多くの類似点を持っているが、地形も非常に似通っている。  
日本の西には巨大な大陸があり、インドシナやインドに似た海岸線が続く。  
フィリピンの辺りは小島がいくつか確認できた程度だが、さらに南方にはインドネシアのような諸島が存在しているらしい。  
ただし、緯度的に日本辺りより東の海というのは、この世界の人々にとって全く未踏の存在という事がわかった。  
GPSはおろか天測用のロクなデータも無い為、航空偵察は日本本土より3000km強の範囲でしか行われていないがマリアナ・パラオ等、  
探索範囲にあるはずのミクロネシアにあたる島嶼も発見できていない。  
そして、現在我々が接触に成功した異世界の住人達も、東の海に関する情報をほとんど持ち合わせていなかった。  
この世界の航海技術では恐らく太平洋レベルと思われる大洋、しかも巨大イカのような化物がいるうえに中継地となる島嶼が全く無い  
海域を越える事はできなかったのだろう。  

我々に与えられた任務とは、まだ人の立ち入っていない海図も無い海域、この海の調査を原潜にやらせてみないかというものだった。  
実にUSA、フロンティアスピリットを擽られる任務といえよう。  

日本の調査船は、燃料の節約と日本近海の早急な開発の為に派遣は難しい。  
一方、2隻の原潜はすでに装填済みの燃料で、少なくとも3年以上の運用が可能である。  
その後は炉心変更やら各部の点検等が必要になるのだが、日本にそのための設備は今のところ無い。  
(日本の基地では現状の整備ですら不便極まりないのだ)  
新たに原潜整備用の施設を建造するのは、資源的にも予算的にもほとんど絶望的といっていいだろう。  

この無駄に遊んでいる、今しか使える時期のない能力を有効活用するにも都合がよい。  
もっとも、本格的な海洋調査船でない以上、得られる情報も限られているのだが。  


594  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/21  11:39  ID:???  

横田の司令部も諸手を挙げて賛成、早速GOサインが出た。  
流石はベトナムで戦争やりながらも月に人間を送った国民だと、我が事ながら少々呆れてしまった。  

で、日本の各省庁にもこの計画を打診する事になった。  
あわよくば日本との交渉の良い取引材料になるのではという期待も持たれていた。  
こんな機会そうそうあるものではないし、当然協力の申しでがあると思われていたのだが・・・  

結果からいうと、返ってきたのは「良い旅路を」といった感じの応援のお便りだけだったそうな。  
肩透かしを喰った上層部だったが、日本の省庁にとっては我々の海洋冒険に付き合うヒマは無いらしい。  

この任務で新しい陸地や海域を発見できれば、資源の策源地・移住先など多くのメリットが見込めるというのに。  
まあ、省庁側にヒマが無いというのは本当らしいのでしょうがない。  
日本は現在、大陸進出によって虎口を乗り切るという方針をとっている。  
新満州(この名称は今も論議を呼んでるそうだ)やシベリア(仮)といった無人の(又は人口の少ない)荒野を開拓するのに、  
官民揃って大忙しというわけだ。  




216  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/26  07:44  ID:???  

我々にしてみれば、もうちっと先を見据えた計画を立ててもよいだろうと思うのだが。  

後になって、とりあえず各省庁からちょっとした依頼がきた。  
国土省からは今度の航海で得たデータの提供、運輸省からは発見した陸地への航法援助用発信機の仮設置、農水省からは海洋資源の  
サンプル回収等々。  
原潜に積める資材にも限度がある為、いずれも簡単な調査の依頼等だけである。  
当然、どこからも人材の派遣は無い。  
いや、ひょっとすると日本人達は今だに戦闘艦に乗るのが嫌なのかもしれないな?  

上の人間は、今回の計画が日本へ対する交渉材料としてあまり効果が無かった事に落胆しているようだが、こちらにとっては  
便乗者が居ないならそれはそれで気楽な旅路にできるとウキウキしながら準備を進めていた。  
私自身、航海の準備でこんなに心躍る気持ちを抱いたのは久しく無い事だ。  
大航海時代の人々と同じ体験が(彼らより条件は断然緩いけれども)よもや原潜の艦長になってからできるとは。  
クルーの大半も同じ気持ちらしい。  

在日米軍の将兵と違って、日本に腰を据えていない我々は、家族を元の世界に残してきている。  
家族と、恐らく永遠に離れ離れになってしまった私達にとって、今回の任務はその辛さを忘れさせてくれる一助になってくれている。  
イヤ、少々自棄になってしまっているのかな(苦笑)  

ともかくそうやって準備を進めていた我々だったのだが、そこに思わぬところから声がかかった。  


217  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/26  07:45  ID:???  

「左舷10時に水柱、何かいます」  
見張りについている上等兵曹が叫んだ。  
私も左舷に向き直り双眼鏡を構える。  
かなり近い。  
艦から2000mも離れていないだろう海面に聳える水柱、いや、既に崩れようとしている水柱の中に、何かいる。  
海面からにょっきりと突き出した、白い、棒状の物体。  
なんだあれは?と思っている間に物体は急に傾きだし、今度は盛大な水飛沫を上げて海に消えた。  

「鯨や海豚には見えんな・・・」  
水中に潜んでいたのか、私はソナー室に呼びかけた。  
「ソナー室、兵曹の報告は聞いたな?何か拾えたか?」  
「海面に何かがぶつかる音が聞こえましたが、他に変わったモノはありません」  
これだけ近くだというのにソナーでは何も聞き取れていない。  
正体不明の相手か、念の為に警戒レベルを上げるべきだろうか?  


218  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/26  07:46  ID:???  

「シーサーペントだな」  
私が発令所に指示を出そうとするのとほぼ同時に、左舷を眺めていたお嬢ちゃん−エリス・アルディール嬢が愉快そうに言った。  
「シーサーペント?」  
「うむ、外洋に住まう大蛇の化物だ。小船や漁船を沈める話は聞くが、大船をわざわざ襲っては来ないそうだ」  
大船と言うのがどの程度のものを指すのかわからないが、原潜のサイズがこの世界で小船に分類されるとも思えない。  
いや、むしろこれだけの大きさの艦船をこの世界の人々が作ったことも多分無いんじゃないか?  
「ならば我々に害を与える心配は無さそうですね」  
「わからんぞ、私も伝聞でしか知らぬのだからな。ひょっとするとこの船よりもデカイかもしれぬ」  
おいおい、物騒な事言わないでくれ。  
私が彼女を嗜めようと口を開こうとした瞬間、再び海面に水柱が上がった。  
その位置はさっきよりも艦に近づいている。  
「ほえーるうぉっちんぐができそうだな、船長」  
エリス嬢がけらけら笑いながら振り向いた。  
全く、クソ度胸があるというか、恐れ知らずなお嬢ちゃんだ。  


219  名前:  不思議の海の星条旗  04/03/26  07:47  ID:???  

―2週間前  

航海の準備もほぼ終わり、あとは出航日を待つばかりであった我々の元に、司令部から急な増員指令が届いた。  
大方何処かの省庁が、やっぱりちゃんとした調査をやりたいから正規の職員を送ってくるとか、話を聞きつけた自衛隊辺りから便乗させて  
ほしいとか、そんな話だろうと予想した。  

真相は予想の斜め上だった。  
てっきりむさい日本人のおっさんが送られて来るとばかり思ったのに・・・  
「・・・というわけで、こちらが随行調査員として同行されるアルディール氏だ。氏の安全、『くれぐれも』頼んだぞ、中佐」  
「初めまして船長、エリス・アルディールだ。道中の事よろしく頼む」  
反射的に私は答えていた。  
「お断りします」  
アナポリスの門をくぐって20余年、これほどはっきり命令拒否を口に出した事は無かった。  

基地まで足を運んできた駐日アメリカ大使館職員に紹介されたのは、日本人ではなくこの異世界の住人、さらにどう見ても10代前半にしか  
見えない女の子だった。  
んな少女を艦に乗せてお守りを頼むなんて言われたら、拒否るのもマトモな士官の常識的反応だろう。  

もっとも先方もこちらの反応を予想していたらしく、大使館員は少女にしばしお待ち下さいと断りを入れると、私を部屋の隅に引っ張って行った。  
とりあえず話を聞けと諭される。  



743  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/01  08:39  ID:???  

ハゲた大使館員の説明によると、このお嬢さんは現在訪日中の反帝陣営某国からの親善大使御一行の同行者、それも大使閣下の姪っ子との事である。  
なんでも我々の任務の話が御一行の耳にも達したところ、それならば是非とも便乗者を出したいという話になったそうだ。  

「この世界の者にとっても、東の海への進出は興味深い事なのだよ。君達にしても、多少はこの世界の知識を持った同行者がいたほうが  
何かと助かるだろう?」  
「それはそうですが、もっと他の人選は無かったのですか?よりによってこんな子供を、なぜです?」  
「エリス嬢の父君、アルディール子爵はカの国で高名な知者にして冒険家だったそうだ。彼女は幼少の頃から子爵の探検に付き合って  
難所や秘境に入る知識・経験を積んでいるらしい」  
・・・とんでもない親だな。  

「冒険の経験があるのはわかりました。しかしですね、本任務の指揮官としましては、出航直前になってあのような子供の乗艦を  
命じられても任務に支障をきたすと判断せざるをえません。この件に関しては海軍司令部へ意見具申させて頂きます」  
「中佐、話はまだ終わってないぞ。それに今回の件は大使館・在日米軍司令部・海軍司令部が協議して、困難な事は承知の上で  
決定されたのだ」  

本当に「困難な事は承知」してるのかよ、怪しいものだな。  
ただでさえ潜水艦に乗艦するのは水上艦よりも過酷な任務だといわれているのに。  
外の景色もロクに眺められない、艦内に閉じ込められるプレシャー。  
ロス級に至っては、下っ端の水兵には自分用のベッドすら与えられないほどの狭苦しさだ。  
ディーゼル時代に比べれば随分マシとはいえ、潜水艦に初めて配属された新兵がノイローゼになるのは珍しい事ではない。  


744  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/01  08:40  ID:???  

ん?よく考えれば海軍司令部がそんな事に気付かない筈無いと思うのだが・・・。  
では、大使館からの突き上げがよっぽどのものだったのだろうか。  
こちらの思いを察したらしく、大使館員が話を再開する。  
「そもそもこの話はエリス嬢が自ら志願されたものだそうでな」  
「志願?」  
「ああ。実はな、さっき話したアルディール子爵は2年程前に東の海へ出かけたきり、帰って来ないそうだ」  
「それも冒険ですか?」  
「なんでも人魚の住む島を探しに行ったとかいう話だ」  
・・・その子爵、やっぱりとんでもないバカだ。  
リアルコロンブスかマゼラン、あるいは風船おじさん・・・こんな世界じゃどちらも同じようなものか。  

「そういう訳でだ、今回の計画を知った彼女はどうしても同行させて貰いたいとこちらへ掛け合ってきたのだ」  
「そういう訳って、まさかその子爵の捜索をやれと?」  
これには私もカチンときた。  
腐っても我々は合衆国海軍軍人、100歩譲って相手が合衆国市民ならともかく、なんだってこんな異世界の冒険バカ親子の捜索手伝いを  
せにゃならんのだ。  
「まあ落ち着きたまえ。更にな、これには親善大使閣下からも要請がきている。大使はアルディール子爵の実兄でな、形ばかりの捜索で  
よいから行って欲しいとの事だ。子爵が消息を絶ってから、エリス嬢は酷く塞ぎこむようになってしまったそうで、今回の訪日に参加させたのも  
気晴らしにでもなればと思っての計らいだそうだ」  
確か今回の親善大使は公賓扱いだったな。  
傷心旅行で総理大臣のもてなしを受けられるとは、結構な御身分だ。  
「そこに我々の太平洋(仮)調査の話というわけだ。正直、大使達も子爵の生存は期待していないそうだが、彼女の立ち直るきっかけにでも  
なればと思い、是非同行させ欲しいと頼まれたんだよ」  


745  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/01  08:41  ID:???  

「つまりあの娘のセンチメンタルな心のケアを手伝えってわけですか?冗談じゃないですよ!大体そんなナイーブな娘が  
長期間原潜に乗る事に耐えられると思いますか?」  
ますます腹が立ってきた。  
この話、やっぱり無茶苦茶だ。  
いい加減にしろよ、このハゲ・・・とは流石に言えない。  
「一体あなた方は何がしたいんですか、私にあの娘のカウンセラー役を押し付ける事に何の意味があるというのです?」  
怒りを越えて呆れてしまった私は、かなり投げやりな口調になっていた。  

「・・・あの娘の心の問題など知った事ではない」  
突然、大使館員の口調が変わった。  
さっきまでの淡々とした役人口調が、より一層冷徹な調子になっている。  
やばい、怒らせたか?  
しかし大使館員は私に怒りの視線を向けるでもなく、むしろ妙に冷めた目で明後日の方を眺めている。  
これで怒っているならば、なんだか余計に凄みがある・・・  
「中佐、我々は何者かね?」  
「は?」  
急に態度が変わったと思ったら、今度は妙な事を言い出したよこの人は。  
どうしたんだ一体?  
「何って・・・アメリカ人ですよ、我々は」  
とっさに何と答えていいのかわからず、口に出した後で間抜けな回答をしている事に気付いた。  


746  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/01  08:42  ID:???  

「そうだ、我々はアメリカ人だ」  
え?当たりですか?  
『それ当たり前だろ!』と心の中で一人突っ込みを入れかけていたのに・・・  

「では中佐、『今の』我々はアメリカ合衆国の国民か?」  
また妙な質問を・・・  
「当然です。我々は、」  
答えかけたところで、私は言葉に詰まった。  
私達はアメリカンだ、しかし合衆国の国民かと言われたら・・・『今』この世界にUSAはあると答えられるだろうか?  
「そうだ、アメリカンという概念としての共同体と、アメリカ国民という実際の国籍はイコールとはいえない」  
こいつ、私が答えに躊躇するのを予想していたような言い方だな。  
「近代国家は三つの要素で成り立っている。領土・主権・国民だ。この世界の我々に、それがあると思うかね?」  
ってまた質問かよ。  
次々と投げかけられる問いに私が戸惑っていると、大使館員は自分で解答を喋りだした。  
「領土、現時点でなんとかそれらしいモノは軍の敷地くらいか。だがあれも安保条約や協定によって日本から提供されている土地だ。  
日本政府の裁量でいつでも我々から取り上げられる。主権、それを行使する為の行政組織を我々は持たない。大筋において、  
霞ヶ関の「要請」に応じるという今の状況が、主権国家のあるべき姿とは思えん。国民、さっき言った通りだ。  
国民の権利を保障するはずの体制はアメリカ本土にしか存在していない」  
「・・・つまり今の我々は無国籍人、実質的に難民といえる。大使達の努力や軍の活躍もあって、アメリカ人の権利は  
今のところ旧来と変わらず保持されているが、それが実に危ういものだというのはこれで分かるだろう?」  
・・・ずいぶんと気分が重くなる話をしてくれるな。  




200  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/12  20:39  ID:???  

「元の世界への帰還が絶望的となった場合、この先我々が取りうる選択肢は3つある」  
大使館員は私に向き直ると、微笑しながら人差し指を立ててみせた。  
「1つ、全軍を用いて直ちに日本を占領する」  
「なっ!?」  
今さらりととんでもない事言いやがったぞこいつ!  
思わず周りを見回した。  
誰かに聞かれてたらどうすんだよオイ!  

っと思ったが、この部屋には私とこのハゲ、あとは例のお嬢さんがいるだけなのだ。  
私の叫び声に驚いたらしく、ソファに座っていたエリス嬢がこっちを見ている。  
私は作り笑いを浮かべると、何でもないと伝えるために顔の前で手をヒラヒラして見せた。  
まあ我々の会話は英語なので、彼女に聞かれても問題は無い。  
勿論さっきからの私の失礼な発言も理解されていないだろう。  
私の言ってる事がわかれば絶対抗議されてるだろうな・・・  

「安心したまえ、ちゃんと盗聴対策も済ませてある。外交官はその辺の事に関して軍人よりも慎重だよ」  
ったく、驚かせやがって・・・  


201  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/12  20:40  ID:???  

「とりあえずこれが最も単純明快な解決法なんだがな。ただ成功の確率は低い。我が軍の戦力は全軍合わせても3万、  
第7艦隊の主力を欠き、地上兵力は沖縄の海兵隊4000人足らずに各軍特殊部隊が少数いるだけだ。一時的に東京を  
制圧できても、その後には1億2千万の日本人を統括するという難事がある。再びGHQを始めるだけの人材を揃える事など  
できっこない。在日アメリカ人の総数でも10数万人しかいないというのに」  
流石に本気じゃないようだな。  
もっとも、この話し方からすると、実行可能な戦力があれば本当にやりそうだぞ。  

「そして2つ目は」  
今度は指を2本立ててみせながら次の選択肢の話に移った。  
「全員揃って日本に帰化する」  
エエーーーーー!!?>  Σ( ̄□ ̄;)  
これまた突拍子もない事を。  
「基本的権利を得るにはそれが一番近道だ。もっとも、流石に全員に日本国籍を与えるなんてのはあっちが認めないだろうけどな」  
そりゃあ無理でしょうね、ただでさえ日本は移民や帰化に厳しいというのに。  
この世界に来てそれが緩和されてるとはとても思えん、そこに云万人のアメリカ人が帰化申請しても・・・  
「現実的なやり方となると、在日朝鮮人のようにまずは永住権を求めるほうが先になりそうだ。まあ今の状況の延長のような感じさ」  
あ〜さすがにその辺はわかってるようだ。  


202  名前:  不思議の海の星条旗  04/04/12  20:41  ID:???  

「そして3つ目が」  
最後くらいマトモな案を頼む・・・  
「我々がアメリカ人である事を示しつづける為、新しい政府を創設する。差し詰め亡命政権のような代物かな」  
う〜ん・・・既出の二案よりはましか。  
「その際どういった政体にするとか、領土問題をどうするか、あくまで日本国内に留まるのか別の土地に移住するのか、  
解決せねばならない問題は山積みではある。それでも、我々がアイデンティティーを保つのには最も有効な選択だ」  

大使館員はそこで言葉を切ると、ポケットから煙草を取り出し口に咥えた。  
私にも勧めるように差し出してきたが、私は喫煙者でないので断る。  
むしろテーブルに置きっぱなしのコーヒーが飲みたい。  
口を付ける前にこの野郎に引っ張り出されたせいで出されたままなんだよな、もう冷めちゃってるよ。  
大体話が長い、どんどんあの娘と関係無い話題になってるじゃないか。  
一体何が言いたいんだ、早く切り上げて欲しいよ全く。  



751  名前:  不思議の海の星条旗  04/05/08  22:34  ID:???  

21章>>202の続き  

「今話した3つは大使館と軍司令部が話し合った末に絞られた案だ。ああ、もちろん個人が勝手に異世界の外国へ移住するとか、  
そういう手段はここでは省いている。あくまでアメリカ人全体を対象とした場合の話だな」  
私が腹の中で呪詛の文句をグチグチつぶやいていると、いきなり話を再開されたので少々ビビった。  
「で、君はどの案が良いと思うかね?」  
「どれと言われますが・・・それは軍人が意見するような問題ではありません」  
「そうだな。同時に我々程度の外交官が安易に決断してよい問題でもない」  

そこで煙草を一息吸うと盛大に紫煙を吐き出した。  
空調のせいで私の方に煙が飛んでくるのは勘弁して欲しい。  

「つまり現状ではどの案を選ぶかもなかなか決められないのだ。我々が勝手に選択してよいものか、全アメリカ人による投票でも  
実施する必要があるのか、どうしたものかね。自前の行政組織を持たないのはとかく不便だよ」  
ワシントンに無断で軍を動かしておいて、今更勝手も糞も無い気がするんですけど・・・  


752  名前:  不思議の海の星条旗  04/05/08  22:35  ID:???  

「まあ選択肢が多いに越したことはない。いざ実行する時に備えて準備をしておく必要がある。そして、日本にケンカを吹っ掛けるにしても  
新たにアメリカを造るにしても、我々単独よりこの世界の諸外国からの協力があった方が有利だ」  
むむっ、またきな臭い話に戻ったぞ。  
「とはいえ、これまで我々は他国との交渉のチャンネルを持てなかった。そんな暇も余裕も無かったし、なにより外務省が  
邪魔だったからな」  
大使館員は苦々しく言った。  
大陸への空軍の派遣時、相手国との交渉に大使館が深く関われなかった事を言ってるのだろう。  
当時はまだ異世界への転移直後の混乱が続いており、大使館は国内の在留民間人への対応とかで人手も足りなかったんだから  
しょうがなかった事と思うのだが。  
結果として大陸派遣部隊の指揮権は日本側に握られてしまっているけれど。  

「今回の親善大使からの接触は、新しい外交ルートを開くチャンスでもあるのだよ。以前よりは日本国内も落ち着いて、  
大使館にも諸外国と交渉の場を持つ余裕が多少はできた。この機会を逃さない手は無い。我々の元に自衛隊にも劣らない  
軍備があるというのは各国も気付きだしている。原潜の能力を彼らに見せ付けるのは、更によい宣伝になるはずだ」  
私は腕を組むと壁にもたれかかった。  
「なるほど、霞ヶ関や民間のアメリカ人を相手にするのに飽きたから、異世界の住民相手に外交ゲームをやりたいというわけですか」  
ハゲ野郎を睨みつけながら、固い声で言い放ってやった。  
「ゲームの駆け引きの一環で、私はあの娘のお守りをしなければならないわけだ」  

発言が無礼極まりないものになっているのは自分でもわかっている。  
しかし、何となく嫌味の1つでも言わずにはいられなかった。  
何時の時代も外交官と軍人の間には避けられぬ溝が存在している。  



754  名前:  不思議の海の星条旗  04/05/08  22:36  ID:???  

「まあな、急に態度が大きくなった外務省の人間やら、泣きついてくる民間人の相手をするのにうんざりしているのは否定しないよ」  
大使館員は苦笑しながら答えた。  
「しかしね、君が子供のお守りをするために海軍士官になったわけじゃないと不満を漏らすなら、私だってあんな仕事をする為に  
国務省に入ったんじゃないと言いたいね」  
自分はやりたくない事やったんだからこっちも苦労しろってわけですか。  

しかしこの命令、ここまで詳細を聞かされては、納得はできないが了承せざるを得ないか・・・  
一応、大使館と軍のトップしか知らないであろう話を聞かされてしまったわけだし。  

結局のところ、軍隊は外交の道具にすぎないわけだ。  
しかもこの世界でアメリカが持っている道具は軍隊しかない。  
ならば我々が何とかするしかない。  

わかってる、わかっているのだ・・・けどやっぱりイヤだーー!!  
大人気ないのは重々承知している。  
それでも、母港でやっていた観光客を見学で乗せる程度ならともかく、ドルフィンマークを持たないあんな小娘を、作戦行動で私の艦に  
乗せるなんて!  
ずぅぇーーーーったいにイヤーーー!!