771  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:41:17  ID:???  

「やっぱり足りないんだよねえ・・・。」  
「はい・・・。」  

ブラインドのかかった、薄暗い会議室。  
日本を導く役割にある男たちは頭を抱えていた。  

「備蓄の残りは?」  
「このペースで使えば、ざっと2か月分でしょうね・・・。」  
「まずいなあ、まずいよぉ・・・。」  

そう言った男はこの国の首相。  
こんな冗談のような状況下に首相になってしまったかわいそうな人物である。  

「金属類は?弾薬の増産に支障はないか?」  
「戦車三両と引き換えに鉄とシーライトの鉱脈をドワーフ達から譲り受けました。他の金属についてはまだ目処  
 がついていませんが・・・」  

そう発言したのは特別に出席していた自衛隊の統幕議長。某赤色国家の2度にわたる侵攻を食い止めたり、某半  
島の有事に巻き込まれたり、ゴジラに攻め込まれたり、不正規戦闘部隊を指揮したりと、波乱万丈の人生を送る  
こちらもかわいそうな人物である。  

「何だね?そのしーらいととは。」  
「タングステンですよ、つまり。」  


772  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:41:56  ID:???  

この世界で初めて友好的関係を結んだ種族、ドワーフとの交渉は、非常にうまくいった。  
広報、撮影を任務とする第301映像写真中隊がその時の様子を撮影していたが、それは後にそれを観た彼が思  
わず噴き出してしまうほどであった。なにしろ、戦車を譲ると聞かされたときのドワーフの顔は、見た人間がし  
ばらく忘れられない位、喜色満面だったからだ。  

「別世界への転移、帝国主義国家からの侵略、自衛隊の海外派遣・・・」  
「色々ありすぎて混乱してますが、まず死活問題は・・・」  

そう、この問題がこの場の全員の頭痛の種であった。  
燃える水。化石燃料。近代国家の命。  
そう、石油である。  

「探査機の情報はどうなっとる?」  
「まだ何とも・・・」  
「こうなると、使用制限しかありませんかね。」  

眼鏡をかけた男が、溜息とともにそう言った。彼は「機甲師団廃止」のマニフェストを掲げ、世の軍オタ達を驚  
愕させた某政党の手の者である。  

「今でも公共交通機関を除いて、一般車両の交通を禁止しているが、今度はどこかね?」  
「いるじゃないですか、現在最も活発に活動し、燃料を消費している集団が。」  
「つまり・・・」  
「自衛隊ですよ。」  


773  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:42:30  ID:???  

「・・・小隊長、何ですかいそりゃ。」  

”西方大陸”の東端、帝国と日本国の最前線である、ドワーフの国。勢力を伸ばす帝国からの軍事的保護を条件  
に日本と友好を結んだこの国には、西部方面隊と富士教導団から選りすぐった精鋭たちが駐屯していた。  
真昼の太陽の下で愕然と目の前の物体を凝視するのは、機甲科のマフラーも眩しい、偵察小隊の面々である。  

「何に見える?言ってみろ、大田。」  

偵察小隊長、前藤三尉は、そう言いながら、呆然とする太眉の男を指差す。  

「はあ、少なくともブラックアイには見えません。」  

大田一曹は、そう力なく返す。ブラックアイ(87式偵察警戒車)の乗員である彼には、目の前のものが何であ  
るか薄々感づいていたが、脳が理解することを拒否していた。  

「いいか、お上の都合で、前線の車両運用に制限がかかった。無論、偵察警戒車も、バイクもだ。と、いうわけ  
 で、本土から代替の機材が送られてきた。それがこれだ。俺達は今日から、こいつで斥候活動だ。」  

そういって、前藤は、新式の機材を指差す。  
クローム・モリブデン鋼からなる車体は軽量にして堅牢。その二輪タイヤは逞しく障害を突破する能力を有し、  
しかも燃料いらずの省エネ設計。人力によってどこまでも逝ける走破性を有する、陸の覇者。  

詰まるところ、自転車であった。  



774  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:43:11  ID:???  

 馬来戦線炎の風に  赤いカンナの花が咲く  汗にまみれてペダルを踏んで  
 行くぞ進むぞジョホールへ・・・  

「走れぇ、走れぇ、走れっ走れ日の丸銀輪部隊ぃーっと・・・」  
「くぉら、篠崎!ちったぁ黙って真面目にやらんかぁ!!」  
「はいはい大田一曹・・・」  
「歌いたくもなりますよ、全く、何で僕らがこんな・・・」  

漫才的会話と自転車こぎを器用に両立させながら林間の道を進むのは、”元”偵察警戒車乗員の大田と、その部下の篠崎一  
士、それから山田三曹である。彼らは斥候任務のため、目下敵勢力下へと潜り込んでいた。・・・自転車で。  
申し訳程度の装甲板に、OD彩色。遠目から見れば遜色ない銀輪部隊は見敵のため、ひた走る。  
舗装されていない、ゴツゴツとした道を、MTBは難なく走破する。コツさえ覚えればしめたもので、中々軽快に  
三人の自転車は進んでいった。  

「!?」  
「どうした山田?」  
「あそこ、ほら、あの木と木の間。」  

山田の大きくて長い指が指差す方向を、大田は凝視する。その細い目に、いくつかの人影が映る。何人かは騎乗  
していた。  
敵だ!  

「止まれ!あそこに隠れろ!」  

大田は小さく怒鳴ると、近くの草むらに自転車を倒し、それを防備に使うように伏せた。  
他の二人もそれに習い、同じ草むらに伏せる。  


775  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:43:41  ID:???  


「篠崎は本部に報告!山田!敵の規模は?」  
「20人程度・・・あちらさんも斥候ですかね?」  

オートバイには無線機キャリアがついているが、自転車にそんなもんはついてないので、篠崎は無線機を背負っ  
ていた。大田と山田は、背中の89式小銃をかまえ、伏射体勢をとった。  
緊張があたりを支配する。  

「連絡終わりました。」  
「敵さんとの距離は、ざっと120ってとこです・・・やりますか、一曹?」  
「馬鹿野郎、こっちはチャリだ、ずらかるぞ・・・」  

そおっと退散しようとした次の瞬間、迷彩のオートバイ・ヘルメットを被った大田の耳元を、クロスボウの太矢  
が掠めた。  

「やべ、見つかった!逃げろ!!」  

大田が叫んだ。  
あわてて自転車に乗り、三人は全力で逃亡を試みた。敵の騎兵がこちらに向かってくるのが、チラッと見えた。  

「ちぃ、騎兵だ!」  


776  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:44:13  ID:???  

この世界の馬は、少し小柄だ。その速さは競走馬ほどではないが、今の三人にとっては脅威であった。  
騎兵も弓を持っているのか、時折ピュンと風を切る音が聞こえる。  

「一曹、このままじゃジリ貧だ!騎兵だけでも迎撃しよう!」  
「ちっ、わかった。1、2の3で迎撃体勢だ!」  
「了解!」  

騎兵はざっと5騎。何とかなるだろう、大田はそう思った。  

「1、2の、3!!」  

それを合図に、3台の自転車が、一斉に滑る。  
急制動で土煙をあげながら減速し、ドリフトの要領で車体を反対に向け、それを盾として伏射体勢をとる。  
「自転車なんてトロイ乗り物で、馬に追っかけられたらどうするんすか!」という意見を汲んで訓練した、  
苦肉の策である。優れた隊員は優れた機械に勝るのである。  

「てぇ!」  

PAPAPA!PAPAPAM!  

89式小銃三門がいっせいに火を噴き、5,56mm弾の奔流が馬と、馬上で弓を構える兵士の肉体を穿つ。  
土煙と轟音を上げ、馬が倒れ、玩具の様に兵士が投げ出された。  
しかし、  



777  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:45:39  ID:???  


「ぎゃっ!」  
「山田!!」  

敵の最後っ屁か、山田の腿には、太矢が深々と突き刺さっていた。  
その悲鳴と同時に、最後の馬が倒れた。  

「大丈夫か、山田!」  
「本部、こちら忍野3!隊員一人重傷、救援を求む!」  

激痛に顔を引きつらせながら、うめき声を上げる山田。  
篠崎はおろおろしながらも、止血を開始していた。  
しかし、状況はさらに逼迫する。  

「しまった!連中、増援を呼びやがった!」  

騎兵の屍の向こうに、また人影が現れる。100人、200人、視認出来る人数は増えていく。  
騎兵と一緒にいた歩兵が、敵本隊を呼んでしまっていたのである。  


778  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:46:45  ID:???  

「止血できたか!」  
「はい!」  
「じゃあ山田は転がしとけ!撃て!撃ちまくれ!」  

PAPAPAM!PAPAPAM!  

たった二門の阻止砲火が始まった。先頭の敵兵がばたばた倒れるが、敵は屍を踏み越えて向かってくる。  
30発撃ちつくし、弾倉を取り替える間にも、どんどん距離は縮まっていく。  

「畜生!」  

PAPAPA!PAPAPAM!PAPAPAPAM!  

ついに顔かたちがわかる距離にまで肉薄された。自転車の車体に矢が爆ぜる。  
ああ、愛しのブラックアイよ・・・大田が諦めかけ、篠崎が泣き出したその時。  



779  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:47:35  ID:???  

BAOM!!  

轟音とともに地面が炸裂し、先頭の兵が吹っ飛び、ついでに大田たちも吹っ飛ばされた。  

「な、なんだぁ!?」  

木の葉のように吹っ飛ばされた自転車を尻目に、そこら中泥だらけ煤だらけの太田たちは上方を見上げた。  
夕焼け空に、二色迷彩が映える。発砲に気をとられて気付いてなかったが、辺りにはローター音が響き、  
回転翼からの突風が辺りを凪いでいた。  

「救援だ!」  
「守護天使だ!!」  

守護天使・・・AH-1Sはロケット弾の一斉射の後、ガトリング砲による掃射を開始した。  
70mm対地ロケットと、20mm砲弾の前に敵はなす術なく斃され、あれよあれよという間に太田たち  
の前に動くものはいなくなった。後に残るのは、揺らめく爆炎と、陽炎のみである。  
地上をすっかり清清しくして満足、という感じで、AH-1Sは帰投していった。  



780  名前:  行け!銀輪部隊  2006/01/23(月)  01:48:21  ID:???  

「大田一曹、通信です。”出番作ってくれてありがとな・・・”」  
「畜生め、やっぱりテクノロジーの勝利だよな・・・」  

ヘルメットを被りなおし、大田は山田を担ぐ。山田はうんともすんとも言わなかったが、どうやら気絶して  
いるだけのようだ。  

「帰るぞ。お前は無線機を持て。」  

吹っ飛ばされた自転車だが、どこも壊れておらず、至って快調だった。その事にほっとしつつ、その事を呪  
いながら、大田と篠崎は自転車を引いて、本部へと帰っていく。  

夕焼け雲を見ながら、なんだか泣きたくなった大田であった。  

終  





822  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:44:08  ID:???  

「こちら忍野3。敵部隊発見す。ストーンゴーレム8、魔術師16、上空に警戒中のワイバーン3。連隊規模と  
 認む。通信地点から東進中。オクレ。」  
『了解。地点A2にて待ち伏せをかける。帰還されたし。オクレ。』  
「了解。通信終わり。」  

第一外征混成団第一偵察団、第三偵察小隊。  
偵察車両とは名ばかりのチャリンコで斥候任務を今日もこなすのは、大田一曹とその部下たちである。  
通信を終わらせた篠崎一士がその旨を大田に伝える。大田は満足そうに、その細い目をさらに細めてにやりと  
笑う。  

「さあ、撤収だ。敵さんに見つからないうちに帰るぞ。後は戦車とバッタの仕事だ。」  

林の隠れ場から、防盾がわりの自転車とともにそっと身を起こし、彼らは撤収する。  
しばらくすれば、待ち伏せ部隊によって、双眼鏡越しに彼らが見ていた軍勢はたちどころに全滅するだろう。  
大田はわずかに虚無感を覚えたが、すぐにそれを振り払い、自転車にまたがった。  
ふと見上げた空は、憎いほど青かった。  


第二話    「教会を偵察せよ!」  


823  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:44:50  ID:???  




吹けば血風疾風の雲だ  一挙千里の突破戦  
握るハンドル必死の眼  敵の陣地に連れてゆく  
走れ  走れ  走れ走れ日の丸銀輪部隊・・・  

第一外征混成団のド国(ドワーフたちは所謂炭鉱場の様な集落をもって国としているため、国名が存在しない  
のだ)駐屯地では、この古めかしい軍歌がただ今流行していた。  

「よう、今帰ったぞ。」  
「お、ご苦労さん。」  

駐屯地入り口の警務に軽く挨拶し、大田達は駐屯地のゲートをくぐる。  
金網に囲まれた駐屯地は、まるでベトナムものの戦争映画から飛び出してきたかのような光景だ。  
簡易へリポートには最近大田達の命を救ったAH-1Sが停まり、その向こう側の整備テントでは90式戦車がエ  
ンジンを取り外された状態で鎮座していた。さすが、各方面のいいとこを選び出してかき集めた部隊だ。  
しかし、少しそこから目をはずせば、地獄が待っている。  

チャリ、チャリ、チャリ、チャリンコの群れ。  

どっからこんなにかき集めてきたんだコラ、と叫びたくなるほどの自転車が、駐屯地内を占領しているのだ。  
ちなみに大田達が本来騎乗すべき偵察警戒車やオートバイは、この駐屯地の外に点在する前線基地のトーチカ  
として、矢避けとなっているらしい。  


824  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:46:36  ID:???  

「大田じゃねえか。偵察の帰りか?ご苦労さん。」  

厳しい現実に再直面して欝になっていた大田は、その呼び声で現実に引き戻された。  
大田を呼んだのは、長身痩躯、背が低くガッチリ体型の大田とは正反対の男だった。  

「ん、西尾か。この前は世話になったな。」  

彼の名は西尾。階級は、大田と同じ一曹。航空科のヘリパイであった。  
大田とは同期であり、ここに派遣されてからはちょくちょく一緒に呑む間柄であった。  
乗機は、戦闘ヘリ、AH-1S。  
以前、大田を助けた、陸の守護天使のガンナーである。  

「いいってことよ。最近は観測ヘリも飛ばせねえから、専ら普通科の要請で飛んでるんだ。」  
「燃料不足でどこも大変だな・・・」  
「全くだ。おめえも体は大事にしろよ。チャリで死ぬなんてかっこつかねえぜ。」  
「そうだな・・・」  

大変なのはどの兵科も同じだった。  
普通科もついに装甲車の使用が禁止され、事実上銀輪部隊と化していたし、戦車も歩兵に随伴して行動するこ  
とは出来ず、単なる固定砲台のような運用のされ方をしていた。  
車両をおおっぴらに運用できるのは、本土と駐屯地の補給線をつなぐ輸送科の連中と、その護衛部隊だけだっ  
た。  


825  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:47:30  ID:???  


VOOOOOO・・・・  

と、感慨にふける二人の横を、ちょうど輸送科のトラック群が通っていく。  

「お、輸送科の連中だ。」  
「はぁ・・・いいなぁ連中。好き勝手クルマ乗り回せて。」  
「あの・・・一曹。」  
「なんだ、篠崎。」  
「そろそろ本部に報告出したほうがいいんじゃないすか?」  
「む・・・そうだな。また呑みに行こう、西尾。」  
「おう。それまで死ぬなよ。」  

西尾に別れを告げ、大田達は本部の天幕へと向かっていった。  
自転車を駐輪場に停めてからであるが。  


826  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:48:13  ID:???  

「第三偵察小隊、大田班。ただ今帰還しました。」  
「ご苦労。ま、座れや。」  
「ありがとうございます・・・っと。」  

混成団駐屯地、偵察団本部は、通信機がいくつかあり、その分の椅子があるだけ、という面白みのない場所で  
ある。その椅子のひとつに座って、小隊長の前藤三尉が大田達を待っていた。  
手にはなにやら週刊誌のようなものを持っている。  
大田は前藤の座っている向かいの椅子へどっかりと座り、ほかの隊員は大田の後ろに立った。  

「斥候任務は無事完了しました。今日中には連隊規模が壊滅でしょう。」  
「よくやった。・・・ところで、お前らの活躍が記事になってるぞ、読むか?」  
「本当でありますか?ぜひお願いします!」  

前藤は少しだけ笑いというか引きつりというか、微妙な表情を浮かべながら、手に持っていた雑誌を大田に渡  
す。大田は目を輝かせながら、興味津々の部下たちにも見えるように紙面を大きく広げた。  
そこには自転車に乗る自衛隊員の写真とともに、こんな見出しで文が書かれていた。  


827  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:48:53  ID:???  

『凄惨!!海外派兵自衛隊の実態!!〜侵略軍、日の丸銀輪部隊の再来〜』  

文面は言わずもがな。山下奉文中将の写真とともに、旧軍銀輪部隊の写真も載っていた。  
・・・空気が凍りついた。  
大田は口をあんぐりあけたまま真っ青になり、篠崎は涙目になってブルブル震えだした。ほかの隊員も、口々に  
侮蔑や呪いの言葉を吐いた。  

「しょ、小隊長どの・・・これは・・・」  
「笑えるだろ?流石は週刊○曜日だ。」  
「なんか・・・泣けてきますね・・・うぅ・・・」  

常日頃から営内でも「泣き虫」といわれている篠崎は、感極まって涙を流し始めた。  

「この職業の辛いところだ。どんな指弾を浴びたって、動かなきゃ誰か死んじまう。」  

前藤は後ろ手を組み、椅子から立って後ろを向き、厳かに言った。  

「・・・お前らには、すまんと思っている。しかし、」  
「俺たちがやらなきゃ、誰がやる、でしょう?わかってますよ。」  
「小隊長の口癖ですからねぇ。」  

驚いて前藤が振り向くと、大田達はニヤニヤ笑っている。この訓辞を聞くのも何度目か、という顔だ。  
彼は何度も同じ話を繰り返す癖があったのだ。  
前藤はばつの悪そうな顔をして、頼もしい部下たちに微笑んだのであった。(約一名、まだしゃくりあげて  
いるが)。  


828  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:49:37  ID:???  

「さ、帰ってきたばかりでなんだが、篠崎も泣き止んだので新たな任務を発表する。」  
「あの・・・まだ装具も脱いでないんですが・・・」  
「案ずるな。決行はまだ先だ。」  

そういいながら、前藤は大田達の前に一枚の地図を広げる。  
手書きで非常に雑ではあったが、この大陸の位置関係を記したもののようだ。  

「このドワーフの国は、西方大陸の北東に位置していると思われる。この国の南、つまり大陸南東には、人間  
 の王国があることは知っているな?」  
「はぁ・・・」  

”この世界”に飛ばされてから、日本がコンタクトをとった国は2つ。  
北方の鉱山帯のふもとに居を構えるドワーフの国と、東南の平原に住む、人間たちの王国である。  
その国の名を、オステン王国という。帝国とは、その宗教において対立しており、王の下に地方の領主たちが  
軍を指揮し、帝国との交戦も何回か行っていた。  

「国交の使節団を派遣したら、天皇陛下を出せ、とか言って突っぱねた国でしょう?」  
「よく知ってるな。あちらさんもプライドが高いからな。示威行動もいくらかとったが、一向にダメだった。  
 しかし先ほど、斥候がある情報をキャッチした。」  

そう言って、前藤は、地図上のドワーフ国とオステンのちょうど境目辺りにある黒点を指差した。  

「ここに、敵の傭兵隊が迷い込んだらしい。まずいことに、ここには王国の国教である宗教の大きな教会があ  
 る。王国軍も、この動きを察知してはいない。」  
「教会が帝国軍によって占領されている可能性がある、と・・・?」  

大田は地図から目を放し、前藤を一瞥する。  
前藤は何も言わない。ただ、薄く笑っただけであった。  




829  名前:  行け!銀輪部隊  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/26(木)  21:50:33  ID:???  

「そんなもん、空挺の連中に任せておけばいいのでは?」  
「ヘリは燃料を激しく食う。万一ヘリボン、または空挺作戦を実行したとして、敵部隊がただ野垂れ死にして  
 いただけだったらどうする?燃料の無駄だし、教会の不法占拠ととられ、敵国が増えるかもしれん。それに  
 、空挺団はここからかなり離れた前線基地にいる。地上作戦の実行にも時間がかかる。」  

第一空挺団からも外征団が派遣されていた。彼らは空挺作戦など本来の任務はやらせてもらえなかったが、そ  
の代わり敵戦線後方におけるかく乱や一撃離脱のゲリラ戦などで遊撃隊の役割を果たし、「第一狂ってる団」  
から「第一テロリスト団」「第一ヴェトコン団」などの新しいニックネームを拝領していた。  

「そう・・・ですか。で、我々にどうしろと?」  
「敵の有無を確認しろ。敵にも、教会にも気付かれぬように。お前と、成沢曹長の班が投入される。もし教会  
 が占拠されていた場合、お前たちの手で奪還しろ。敵との戦闘に備え、新式の武装を支給する。目的地まで  
 は、自転車なら一日で到達できる距離だ。今日はよく休め。以上。」    

そう一気に言うと、前藤は大田にピシッと敬礼をした。  

「了解。最善を尽くします。」  

大田はそれに、惚れ惚れするような返礼をする。  
彼の部下たちもそれに続く。それを別れの挨拶として、大田達は本部を後にした。  

「あの・・・」  
「なんだ、篠崎?」  
「日に日にやばい仕事にかり出されてるような気が・・・」  
「気のせいだ。」  





874  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:04:41  ID:???  

「で、新式の機材ってこれですか・・・」  

第三偵察小隊大田班の一人、柏一士が、消炎制退器に奇妙な物体を取り付けた89式小銃を取り上げてつぶや  
いた。「新武装」・・・84mm無反動砲の不足に伴い、より安価で、軽量な支援火器を求めた結果、製作さ  
れた、その物体。  
つまるところライフルグレネードだった。  

「これって制式化してましたっけ?」  
「しるか。カールグスタフ背負ってチャリをこぎたくはないだろう?柏と伊上はこの擲弾銃で支援任務だ。  
 篠崎はMINIMIをもて。小平は無線機。」  
「はい、班長・・・MINIMIまでもつんすか?」  
「最悪王国軍に追っかけられるかも知れんからな・・・備えあれば憂いなし。」  

装備が整い、大田班は、総員自転車にまたがる。  
銀輪偵察部隊は、運用初期の戦訓から3人一班から6人一班の構成へと強化されていた。  
火力も増強され、MINIMI、擲弾銃などの支援火器を装備した様は、さながら軽歩兵のそれである。  

「よし、これより任務開始する。出発!」  

大田が号令をかけ、それを合図に全員の半長靴がペダルを漕ぎ出す。OD塗装のボディが加速し、ホイールは誇  
らしげに回転する。  
銀輪部隊、堂々の出撃であった(傍から見ると相当にしょぼいが)。  


875  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:05:34  ID:???  

道なき道を、自転車は進む。  
辺りは静かな林。木はまばらで、地面も平坦であり、自転車での通行も容易であった。  
男たちは疲れを見せない。ただ淡々とペダルをこぎ、目的地の教会を目指す。  
駐屯地を出た時は低い位置にあった太陽は、ぐんぐんと蒼天を登っていく。  

「よし、ここら辺で休憩にするか。あの木の根元だ。」  

大田は部隊にストップをかけると、前方にある大木を指差す。そこが彼らの食堂となった。  
偵察部隊は通常、任務遂行中の喫食なんぞしないが、彼らが置かれた状況と、彼らの乗り物が、偵察部隊をよ  
り普通科に近づけてしまったのである。装備は雑嚢と、吊りベルトに弾帯と銃剣。機関銃手は弾薬箱も持って  
いた。雑嚢を下ろして、三名は食事をし、もう三名が周辺を警戒する。三十分交代の食事休憩だった。  

「一曹、ドワーフと仲良くしてるのに、何でオステンとは仲良くやれないんですかね?」  

擲弾手の柏はそう言うと、レトルトパックから押し出した白米に直接かぶりついて、その後パックのカレーを  
啜った。戦闘糧食U型はレトルト方式で、本日の昼食はその中でも一番人気のビーフカレーである。  

「わからん。強いて言うなら、俺たちはここの人間より、ドワーフに近いんだろうな、物の見方が。」  
「はぁ、物の見方、ですか。」  

大田は福神漬けをボリボリ噛みながら答える。柏は食事の手を止めて、きょとんとした顔で大田を見た。  
福神漬けを飲み込んだ大田は、さらにこう継ぎ足す。  

「伝統、格式、歴史・・・連中はそういうものを重んじる。そんなもんは、俺たち日本人が60年前に捨てち  
 まった物だ。だから、価値観の相違、というやつか。」  


876  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:06:09  ID:???  

あの国についての話を、大田は前藤から聞いていた。前藤は曹士上がりの幹部だが結構インテリなところがあ  
り、この世界の情報もちょくちょく仕入れている。そうでなければ、この世界にそんなに関心のない大田が、  
オステンの風潮など、知っているわけもなかった。  

「はぁ・・・博識ですね、一曹。」  
「へ、まあな。ドワーフの連中は貪欲だ。どんなに素晴らしい物を作り上げても慢心しない。新しいもの、今  
 の物よりもっと良い物が大好きだ。そこら辺、おれたちと似てるからな。」  
「酒場とかに行くと凄いですよね。その服の作り方を教えろとか、銃を見せてくれとか・・・」  
「そうだな・・・おい、もうすぐ30分だ、とっととゴミをしまえ。」  

新しいものが、古いものを嘲笑する。  
大田の脳裏には、そんな言葉が浮かんで、消えた。  
今は任務に専念しよう。大田はそう思いながら、レトルトパックを片付けた。  


それからさらに5時間ペダルをこぎ続け、大田達はやっとこ目的地に到着した。  
教会は小高い丘の上に建っていた。日は傾き、穏やかな風が吹いている。丘は一面の草原で、さやさやと風が  
草を凪ぐ音以外物音はしなかった。これで迷彩服を着て、銃を持った剣呑な男たちがゾロゾロ歩いていなかっ  
たらさぞかし美しい場所だろう、と大田は思った。  

「小平、成沢曹長に連絡を入れろ。ワレ・目的地ニ到達セリ、だ。」  
「了解。」  

草むらにまぎれて、男たちは進む。自転車は丘のふもとにおいてきた。  
明かりの灯る静かな教会。遠めに見れば平和なそこに、大田達はだんだんと近づいていく。  


877  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:06:49  ID:???  

「成沢班より連絡。到着はまだ、だそうです。」  
「あのボンクラめ・・・?何か聞こえるぞ、入り口のほうだな・・・」  

ソロソロと、大田達は物音を立てないように移動する。  
やがて、話し声が確かに耳に入る距離まで近づいた。  
野太い男の声と、女性の声だ。大田は注意深く会話を聞き取る。男の声音はいやらしいほど陽気で。  
女性の声は、間違いなく恐怖に染まっていた。  

「嫌・・・やめて、お願いします・・・」  
「冷てぇな、皆本隊からはぐれちまって、疲れてんだよ、そんな可哀想な俺たちを、慰めてくれる優しさはね  
 ぇのかい?」  

おちょくるような、男の声が大田の耳に聞こえた。  

「思いやりのねぇシスターだなぁ。」  
「どうせ異教徒だ、神に仇なす連中だ。思う存分やっちまえ。」  

下卑た声に、大田は胃の辺りがむかむかしてくる感触を覚えた。  
ふと後ろを向くと、部下たちも皆、怒り心頭という感じで顔をゆがめている。  

「・・・やるか?」  
「義を見てせざるを勇無きなり、です。」  

篠崎が、MINIMIの薬室に弾丸を送り込んで、言った。  


878  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:07:39  ID:???  

「装填したな?では・・・」  

隊員達が、ごくりとつばを飲む。大田は89式小銃をぎゅっと握り締め、片手を上げた。そして。  

「かかれぇ!」  

それを合図に、6人は一斉に教会の物陰から飛び出し、銃を構えた。  
眼前には、予想したとおりの光景があった。  

PAPAPAM!  

修道服を纏った女性に一番近い位置にいた男を、大田の単連射が襲う。  
粗末な皮鎧が弾け、赤い血を噴き出しながら男は地に伏した。  

PAPAPAPAPAPAM!PAPAPAM!  

突然の急襲に、叫び声をあげながら逃げる兵たちの背中を、5.56mm弾が抉り、魂の緒を掻っ切る。  
腰に帯びた剣を抜くそぶりも見せず、ただ彼らは逃げていた。  

「グレネード!」  

BAKOM!BAOM!  

柏と伊上の小銃がポン、と軽い音を立てて爆ぜると、逃げる兵士の群れの中に、2つの赤い花が咲く。  
その花弁は兵士を飲み込み、彼らの手足を宙に舞わせた。  


879  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:08:23  ID:???  

PAPAPAM!  
BAKOM!  

虐殺は、最後の男が倒れ伏すまで続いた。  
銃声が止むと、死屍累々。穏やかな草原の丘は、一転血に染まり、小銃擲弾の爆炎と、血の匂いが辺りを埋め  
尽くしていた。  

「大丈夫ですか、シスター。」  

大田はやっと89式小銃を下ろすと、あまりに突然の出来事に、へたり込んでいる哀れなシスターに声をかけ  
た。その美しい眼は恐怖に見開き、あまりの惨状に涙を流してさえいた。  

「あ・・・あなたたちは・・・」  
「我々は、自衛隊というものです。あなたたちを助けに来ました。」  

月並みな台詞だな、と大田は思った。  
しかし、助けに来た、という言葉に、彼女は僅かながら、緊張を緩めた。  

「お怪我はありませんか?」  
「あぁ・・・神父様が中に、助けてください・・・私は大丈夫ですから・・・」  

彼女の震える指先が、教会の扉を指差す。  

「わかりました・・・伊上、篠崎、中を探せ。」  
「了解。」  
「小平、本部と、ついでに成沢の能無しに連絡。任務完了だ。」  
「わかりました。」  


880  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/28(土)  15:09:49  ID:???  

大田はふと、自分の89式小銃を見る。  
それは、自衛隊員である彼らに与えられた力だった。  
力は純粋だ。善か悪かを決めるのは人間なのだ。  
自分の力が善であることを祈りながら、大田はただ、泣きじゃくるシスターの肩に手を置くしか出来なかった。  
日が沈みかけていた。  

終  






47  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/30(月)  01:23:44  ID:???  

行け!銀輪部隊番外編「大空の軽騎兵」  


「こちら忍野3、戦車はまだか!?」  
「戦車の支援は出来ない。代替の火力支援はもうすぐ出来る。それまで全力で逃走せよ。」  

銀輪部隊は創設以来の大ピンチに陥っていた。  
敵の大規模攻勢を察知して本部に報告したのは良いが敵に探知されてしまい、魔道士の火炎魔法から辛くも逃  
れて山道に逃げ込み、迂回して前線本部に帰還しようとしたら、とんでもないヤツに追っかけられる羽目にな  
ってしまったのだ。  

「わっ、きたぁ!!」  

篠崎が叫ぶ。  
山道の木々を薙ぎ倒し、それは現れた。模造された命。この世界における、陸戦の要。  
そう、ゴーレムだ。  
その石造りのボディを破壊できる火器を、悲しいことに銀輪部隊は有していなかったのだ。  
当然である。本来は無反動砲のHEAT弾を何発かぶち込むか、戦車砲その他でたこ殴りにするしか、この化け物  
を止める術はないのだ。斥候の軽歩兵たる銀輪部隊に、その様な糞重い装備など出来るはずもなく。  
ただただ追いつかれないように死ぬ気でペダルをこぐしかなかったのだ。  

「戦車がこないんなら、死ぬしかねぇじゃねぇかよ!!」  
「助けて一曹!!」  
「ぐだぐだ騒ぐな、ペダルこげ!急げ!!」  

ゴーレムは道幅など気にしない。  
ぶつかるものは薙ぎ倒し、障害は踏み潰し、ぐんぐんと自転車に迫ってくる。  
歩くスピードは遅いが、気分はインディ・ジョーンズである。チェーンよ唸れ、火花よ散れ、とばかりに、彼  
らはペダルをこいだ。いつか来る救援を信じて。  


48  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/01/30(月)  01:24:16  ID:???  

「(またヘリが来たら、俺は神を信じるぞ・・・)」  

大田は真剣に神に祈った。信心のない日本人であるが、溺れる者は藁をも掴むのだ。  

しかし、神がその意を汲んで派遣した天使は、ヘリよりもっと速かった。  
蒼穹に光る真っ青な、一筋の閃光。それは音よりも速く、大田達の上を飛び去り、巻き起こされた爆音と衝撃  
波が地上を席巻する。あまりの勢いに、銀輪部隊は吹っ飛ばされた。  
そして次の瞬間、大田達がまだ前後不覚に陥っているうちに750ポンド誘導爆弾が、ストーンゴーレムの足  
の付け根から上を細切れのバラバラに打ち砕き、さりげなくゴーレムの背中にひっついて制御をしていた魔道  
士をミンチ以下の肉片に変えた。  

「おぉ!!」  

またも木の葉のように吹っ飛んだ自転車など気にも留めず、大田は上空を見上げる。  
青い閃光・・・F-2支援戦闘機はスピードを落とし、誇らしげに旋回すると、来た方位へと帰還していった。  
大田達は何とか立ち上がると、徐々に消えていくF-2の姿に向けて敬礼をした。  

「空自にも外征航空隊が出来たって、本当だったんですね。」  
「ああ・・・これで守護天使に助けられたのは二度目だな。本当に神様信じるわ、俺。」  

鼓膜がいかれかけていたが、そんなことを話す余裕はまだあった。  
F-2の衝撃波で吹っ飛ばされ、爆弾の衝撃波でもう一度吹っ飛ばされた銀輪部隊はグチャグチャのドロドロだ  
ったが、最高のピンチを切り抜けた安堵感でいっぱいだった。  
自転車を探し出して、再びペダルを漕ぎ出したとき、かろうじて自立していたゴーレムの二本足が、地響きを  
立ててぶっ倒れた。  

終  



148  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/03(金)  17:49:37  ID:???  

UH-1Jのローター音が、教会の丘に響く。  
教会の中は荒らされた形跡があり、燭台などが床に倒されていた。そして、シスターの言うとおり、神父が一  
人、血を流して倒れていた。どうやら傭兵達を押し留めようとして、斬りつけられたようだ。  
傷は命に別状ない程度だったが、直後に気絶してしまったのだろう。結果的にそのおかげで助かったのだが。  
大田がその旨を本部に報告すると、5分程度で救援のUH-1Jが飛んできた。  
応急処置を終えた神父(意識を取り戻した途端、迷彩服にヘルメットに顔にペインティングの男たちが覗き込  
んだので、再び気絶してしまった)をヘリに放り込み、大田達も帰還の用意をはじめた。  
準備といってもいやな仕事である。皆殺しにした傭兵たちを放って置くわけにもいかないので、殺害人数の計  
測をし、埋めるか荼毘に伏すかしなければならない。  

「成沢班はどうした?」  
「任務は終わったので帰還する、と連絡が・・・」  
「すぐ呼び戻せ。あんな馬鹿タレでも、死体運びくらい出来るだろう。」  

大田達の戦果は、30人以上に上った。  
この小高い丘で、皆一様に背中に銃弾を浴びて死んだ彼らを引きずり、一箇所に集める。  
途中からやってきた成沢班一同に盛大な罵声を浴びせつつ(無論曹長にはやんわりチクチクと)、こき使い、  
淡々と作業を続けた。  
日が山際に没すころ、ついに一箇所に死体を集めた彼らは、その山を前に途方にくれた。  

「こんなに殺したのか?たった6人で・・・」  

誰ともなく、そんな言葉を口走った者がいた。  
教会の近くに死体を埋めるわけにはいかないので、丘のふもとにあった広い空き地に広く浅い穴を掘ってそこ  
に死体を放り込んだ。そこに、UH-1Jが運んできたいくつかのジェリカンの中身をぶちまける。  


149  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/03(金)  17:50:15  ID:???  

『祟られませんように・・・』  

大田はそう思いながら、先ほどヘリパイから渡されたマッチを擦り、赤く揺らめく火を放り投げた。  
直後、滑るように炎は死体の山に広がり、黒煙を上げながら燃え始めた。  
轟々と燃える炎は日暮れの薄暗がりを照らし出し、その周りの隊員も浮かび上がらせる。  
浮き彫りになった彼らと彼らの影は、さながら幽鬼のようでもあった。  
戦闘終了後の空しさと安堵感が、その場に漂っていた。  

「あの・・・」  

背後から聞こえた遠慮がちの声に、大田は怪訝そうに振り向いた。  
そこには修道服の女性が、所在無さげに立っていた。さっきの哀れなシスターであった。  

「?あぁ、シスターですか。向こうに行ってなさい、女性の見るものじゃない。」  
「あ、あの・・・その・・・」  
「?」  
「さ、先ほどは助けてくださって、お、お礼もまだだったので、その・・・」  
「???」  

そこで、彼女は黙り込む。  
せわしなく動く細い指とオドオドした仕草が愛らしい、と不謹慎にも思ってしまった大田はその思考を振り払  
うと、体を彼女の正面に向けた。  

「あ、ありがとうございました、本当に・・・」  

ぺこりと、軽い礼。大田は、身中にもやもやつかえていたものが、少しだけ取れた気がした。  


150  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/03(金)  17:50:58  ID:???  

「・・・礼なら連中に言ってください。奴らのほうが、よく働いている。」  

大田はおどけて肩をすくめながら、呆然と突っ立っている部下たちを指差す。  
彼女は慌てて、彼らに向けても次々礼を言った。言われたほうもまんざらではないようで、一様に頭を掻いた  
り、顔を赤らめたりした。  

「・・・貴方達は、魔道士なんですか?」  
「・・・え?」  
「あんなに沢山の人を、いっぺんに殺してしまうなんて・・・」  

ふと、彼女の口からこぼれたその言葉に、大田は自分たちがどのように見られているのかを、おぼろげながら掴  

めた気がした。シスターの白い手が、少しだけ震えているのがわかり、彼女は恥ずかしがっているのではなく、  

怯えているのだとわかる。当然といえば当然である。  
大田は、自分が人助けをした、と少なからず奢ったことを後悔した。  

「・・・別に。こいつらと同じ、ただの兵隊ですよ。」  

大田は、暗がりの中で爛々と燃える、兵士たちの亡骸を一瞥した。彼女にとっては、彼らは自分より力を持った  

、横暴な人間たちであり、大田達は、それをもっと強大な力で叩き伏せただけなのだ。  
彼女がつられてちらりとその炎に目を向け、すぐに目を背けた仕草が、大田の胸を抉った。  

「そう・・・ですか・・・」  
「そんなもんです。・・・さて、帰るか。篠崎ぃ!」  
「へ、はい!」  

いきなりの怒声に、日ごろ怒鳴られなれている篠崎もビクッと肩を震わせる。  
慌てて大田のほうに向き直り、篠崎はまたびっくりした。大田はもとから強面だが、今の彼は、揺ら揺らとした  

炎の明かりと相まって、何だか鬼気迫るものすら感じさせる表情をしていたからだ。  


151  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/03(金)  17:53:20  ID:???  

「本部に通達!処理完了、これより帰還する!」  
「りょ、了解しました!」  

有無を言わせぬ大声に、呆けていた彼らも慌てて体勢を立て直した。  

「お、おい、現場指揮官は俺・・・」  
「はいはい、成沢曹長殿。じゃあ号令はあなた様にやってもらいます。」  

大田は、困惑する成沢を軽くいなす。  
いい気なものだと、大田は思った。成沢班とは別行動だったが、大田班の行動が早すぎたわけではなかった。  
班の一人に事情を問いただしたところ、どうやら成沢がこの任務を嫌がっていた、と大田は聞いていた。通常の  
斥候任務より戦闘に突入する確率が高かったからだ。  
無能な臆病者め・・・大田は心中毒づきながら、教会に到着した時にうっちゃっておいたチャリを起こし、跨っ  

た。  

「そ、それじゃあ帰還する!」  

成沢の号令で、全員が一斉にペダルを踏み、進み始める。  
一刻も早くここから離れたい、と言わんばかりに、大田は強くペダルを踏んだ。  
燃え盛る死体を背に、第三偵察小隊の二班はその場を後にした。  
誰も、振り返りはしなかった。振り返ったら、大田に殴られるような気がしたからだ。  


152  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/03(金)  17:55:59  ID:???  


「統幕議長、作戦「鶴の恩返し」が成功しました。」  
「そうか・・・よくやった。」  

所変わって、新宿、市ヶ谷は防衛庁。最近はプレッシャーからか、眠れない日々が続いていた統幕議長は、久  
々の朗報にほっとした。  

「首尾は?」  
「帝国の傭兵隊、小隊規模を我が外征団の偵察隊が発見、排除しました。負傷者なし。民間人に怪我人がでま  
 したが、駐屯地の医療所に搬送、命に別状ない、ということです。」  
「周辺施設への被害は?」  
「教会があらされましたが、奪われたものはなし、壊されたものもない、と。」  

この任務には、民間人の救援と同時に、ある目的があった。  
それは、オステンの教会を守ることにより、日本国に対するオステン王国の態度を軟化させることである。卑  
劣なる帝国が王国の国教を襲おうとした所を、自衛隊が颯爽と救助する。この状況を作るため、オステンに情  
報を教えず、大田達が出張ることとなったのだ。  

「上出来だ・・・我が自衛隊のイメージアップも兼ね、いいこと尽くめだな。」  
「現地との融和は、外征軍の必須条件ですからね・・・」  
「ああ、将来的にはオステンへの駐留も予測できる。我々の出番は増えるだろうな。」  

そこで言葉を切ると、統幕議長はため息をついて、座っていた椅子に深くもたれかかった。  
作戦は成功したが、問題は山積だった。  
一つは弾薬。  
急ピッチの増産体制は続行していたが、その内薬莢に必要な真鍮が不足していた。  
鉄の薬莢なんて、まるで末期のドイツだ。金属の輸入場所と、そのルート探索は急務だった。  
そして、石油。  
なんといってもこれは痛い。  
前線部隊にさえ、銀輪部隊などを創設して誤魔化している有様である。死傷者も増加している。  
一刻も早く燃料のあてを見つけなければならないのだが、ドワーフの国に油田は見つからなかった。  
どちらも自衛隊の作戦能力に直結する問題だったため、統幕議長も頭を悩ませていたのだ。  


153  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/03(金)  17:56:33  ID:???  

『勝っても負けても、俺は地獄行きだろうな・・・』  

ぼんやりと、統幕議長は考える。たとえシヴィリアンの命令だったとしても、安全な車両類に制限をかけ、家  
族同然の隊員を危険にさらしている自分。一生償っても、償いきれぬ業を、彼はその椅子に座った時から背負  
ってしまったのだ。  
思考がループし、やがてどの道この状況から逃れる道はないと、何度目かの帰結にたどり着いた統幕議  
長はの  
っそりと椅子から立ち上がった。  

「どちらへ、統幕議長?」  
「少し仮眠をとらせてもらう。それじゃ・・・」  

とぼとぼと、統幕議長は歩き出す。  
疲れた背中は、そこいらの可哀想な中年男と大差はなかった。  





216  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/05(日)  01:58:13  ID:???  

「さぁ、今日も元気に職務遂行だ!!」  

一日たてば、大田は元通りだった。  

「一曹・・・眠いです・・・」  
「うるさい!たるんどるぞ篠崎ぃ、朝は元気に自衛隊体操だ!」  

時刻は、0530。いつもの稀少時刻より30分早い早朝に、大田は班員をたたき起こしていた。  
ピンと背筋を伸ばした大田は、皆眠くて死にそうになっている部下たちを一喝する。  

「任務明けなんですよ・・・」  
「俺だって任務明けだ!」  
「そりゃそうですが・・・」  

渋々、体操を始める大田の部下たち。任務達成の高揚から、眠れなかったものもいたが、大田はそんなこと知  
ったこっちゃなかった。大田とは長い付き合いの篠崎は、屈伸運動をしながらもこのハイテンションぶりに、  
少しだけ違和感を感じていた。  

『昨日のあの顔といい、一曹は何かあると、思いつめるからなぁ・・・』  

何年か前、大田の父親が急病で入院した時も、彼は終始こんな調子で、普段やりもしない体力練成をやりまく  
ったり、私物の突撃ラッパを吹きまくったりと、うざい位ハイだった。  
昨日の教会で何かあったんだろうな、と、篠崎は体を目いっぱい反らしながら思った。  
上体反らしで目に入った空は、早朝ではあるが、突き抜けるような青さだった。  


   第三話「ガチで殴り合え!」  


217  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/05(日)  01:58:43  ID:???  

「皇帝陛下、第二軍団からの応答がありません。どうやら壊滅したようです。」  

皇帝の白髪交じりの眉が、ピクリとつり上がった。  
”西方大陸”の西海岸にその首都を構える帝国、名をディルレという。  
その皇帝の居城であるツァイゼ城には、日に日に悪いニュースが飛び込むようになっていた。  
散在していた地方領主たちを束ね、逆らうものは殺し、勢力を拡大し続けた帝国は、今や”西方大陸”におい  
てオステン以上の力を誇り、大陸の派遣を握るのは、目前と思われていた。  
そう、あの国が現れるまでは。  

「ジエイタイ・・・か。」  

その名は皇帝の頭痛の種であった。  
王国を包囲するために、帝国はドワーフたちの勢力圏に侵攻した。たやすく陥落すると思われたその国は、異  
形の兵士たちによって堅く守られていたのだ。  
曰く、炎を吹き、一瞬にして命を吸い取る杖を持ち。  
鋼鉄の猛牛が噴き出す業火は、ゴーレムすら打ち砕く。  
火を噴く箱が、羽を回しながら空を飛ぶ。  
かろうじて生き残った帝国軍の兵士は、それだけ報告すると口から泡を吹いて死んだという。  

『やはり、奴らが・・・』  

皇帝は玉座に深く身を預け、思索を練り始める。  
異形の兵士たちを、どうすれば屈服させることが出来るのか。  
それは、彼の覇道を実現させるための、最重要命題なのだ。  


218  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/05(日)  01:59:19  ID:???  

「ねぇ、いいでしょ、ちょっとだけですから。ね?」  
「いいや、だめだ!」  

朝食を食べ終えてから、しばらくしてやって来た突然の来訪者に、警衛の二曹はいい加減うんざりしていた。  
彼の眼前には、背が低くて太った男が一人。顔がわからなくなるほどモジャモジャの髭を生やして、両手を合  
わせて彼を拝むようにペコペコしている。  

「あのロクイチっていうセンシャもいいけど、あの新しい奴も触ってみたいんだよぉ、いいだろぉ!?」  
「うるさい!キュウマルには指一本触らせんぞ!」  

男は、ドワーフの金工だった。  
鉱脈のカタに戦車を譲渡されてからは、日がな一日あちこちを弄繰り回し、材質を研究していた。  
しかし、その戦車は、現在彼らが使っているのとは違うものだった。彼は、新型の戦車を弄りたい、と熱望し  
ていたのだ。  

「あのカクカクの部分の材質が知りたいんだよ、ね?ちょっとだけで良いからさぁ!」  

そう、あの前面部分。  
覆いがかけてあって、材質をうかがい知ることは出来ないが、きっと自分が見たこともないような金属で出来  
ている、と彼は喝破していた。  
調べたくて調べたくてしょうがないのに、いくらラブコールを手紙にしたためても相手にされないので、つい  
に単身乗り込んできたのだ。  

「だ・め・だ!!」  
「お・ね・が・い!!!!」  
「おいおい、なんの騒ぎだ。うるさくてしょうがねぇぞ。」  

ついには大声の出し合いになった口論に、ちょうど通りかかった大田が割って入った。  
自分がうるさくする分には全くOKだが、他人がうるさいと我慢できない性分なのである。  



219  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/05(日)  02:00:40  ID:???  

「「こいつが・・・」」  

そこからは、二人の声が混ざってしまい、大田は何が何だかわからなくなってしまった。  

「何だかよくわからんが・・・なんか要望があるんならドワーフの長に言え。こっちに直接来ても駄目だ。」  
「なんだ、そうなの・・・じゃあ帰って長に話すか・・・」  

大田が言うと、名残惜しそうに男は帰っていった。  

「なんだったんだ、一体・・・」  
「ドワーフって、マニアが多いんだ、きっと・・・」  

自分が昨日に言った「ドワーフは我々と価値観が似ている」の言葉に、少しだけ戦慄を覚えた大田だった。  

「大田一曹、小隊長がよんどります。」  

呆然とドワーフの小さな後姿を見送る大田達に、背後から不意に声がかかった。  
偵察班、不意の召集であった。  

「おう、今行く。じゃ、見張りよろしく。」  
「頑張れよ。キュウマルはしっかり守ってやる。」  
「ナハハハ・・・」  

今日の警衛は、駐屯地業務隊、急円二曹。  
機甲科でありながら、90式に乗れなかった、キュウマルマニアだった。  


220  名前:  回線切れたorz  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/05(日)  10:28:28  ID:???  

「大田、帰ってきたばかりで悪いが、今日も偵察任務についてくれんか。」  

偵察小隊本部。  
やってきた大田に、そう出し抜けに前藤は言った。大田には、心なしか顔色が悪いように見えた。  

「そんな・・・一日明けですよ?」  

大田はいきなりの命に困惑する。  
昨日も一日チャリをこぎ、戦闘を潜り抜け、死体処理まで自分達でやったのだ。正直、大田もかなり疲れてい  
た。部下達はというと、体操の途中でぶっ倒れる奴もいた有様である。  

「みな疲れていますし、このままでは支障が出ます。」  

前藤はため息をついて、大田から目をそらしながら、言った。  

「・・・第二偵察小隊の一班が、連絡を絶った。任務の報告後、すぐにだ。」  

そこで、言葉を切る。  
大田の目が、はっと見開かれた。驚愕に顔がゆがんでいた。  


221  名前:  回線切れたorz  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/05(日)  10:29:18  ID:???  

「・・・そいつは本当ですか?」  

大田がうつむく。  
前藤は後ろを向いて、後ろ手を組んだ。それは、無言の肯定だった。  

「・・・我々の任務は?」  

ぼそりと、それだけを問う。  
お互い部下を持つもの同士、感情をむき出しにするわけには行かない。  
部下を叱咤し、共に戦うのが上司の役目。弱気にならないわけではないが、弱気を見せるのは、愚の骨頂であ  
る。その心構えを、大田も、前藤も、堅持しようと努力していた。  
前藤は地図を広げ、赤線のルートをなぞる。線の終わりの罰点で、指は止まった。  

「・・・まず、敵の脅威の有無を確認しろ。そして、この地図のポイントを探索し、第二小隊の連中を見つけ  
 ろ。燃料制限がひどくなった。自分の身は自分で守れ。」  
「強力な敵脅威と遭遇した場合は?」  

前藤は無言で、天幕の支柱に立てかけてあった黒い物体を持ち上げ、地図の上にゴトリとおいた。  

「こいつがお前の守り刀だ。小銃擲弾のHEATよりは強力だろう。」  

110mm対戦車榴弾、パンツァーファウスト3。  
それが、銀輪部隊、最強の兵器であった。  





575  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/10(金)  01:56:36  ID:???  

「とうとう俺たちも、こんなもんで武装するようになりましたか・・・」  

眼前を先行する柏が特製のおぶい紐・・・ではなくスリングで背負うパンツァーファウストを見ながら、篠  
崎が言った。柏は、ひいひいとあえぎながらペダルをこいでいた。  

「どうなってんでしょうね、連中・・・」  
「知るか、行けば判る。」  

漠然とした不安を抱えながら、行方不明になった連中とは違うルートを、彼らは行く。  
待ち伏せを防止するため、多少遠回りのルートが選ばれた。多少勾配の激しいこの地帯には、細い林道がい  
くつか通っていた。  
少しづつ目的地に近づく中、不意に大田が後続を手で制し、止めた。  

「隠れろ!」  

鋭い一声。  
大田の後続は慌てて自転車を放り、道脇の草むらに伏せる。無論、自転車も見えないように倒して。  

「一曹・・・」  
「しぃっ!」  

つい頭を上げそうになった篠崎の顔面を地べたに押し付けながら、大田は目を凝らす。  
死角だった林道の曲がり角から、三つの人影が徐々にあらわになっていくのを、大田の目は認めた。  

「3人・・・か。安全装置解除。」  

89式小銃の切り替え金座が、一斉にかちりと音を立てて「レ」を指した。各々、照星上に人影を収め、引  
き金に指をかけた。  
人影は、だんだんと近づき、とうとうはっきりとしたシルエットが判るまで肉薄した。  


576  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/10(金)  01:57:13  ID:???  

「・・・?あれは!」  
「ぬ、撃つな!」  

今か今かと待ちかねていた彼らは、大田の一喝に慌てて照準を外す。  
大田は視認した人影の服装に、目を疑った。  
戦闘服に吊りベルトをかけ、頭には鉄帽。89式小銃を持ち、一人はMINIMIを持っていた。  
向かいからの人影は、自衛隊員だった。  
足元がふらつき、辺りに注意を配っているようには見えなかった。  

「第二小隊の連中ですかね?」  
「判らんが・・・様子が変だぞ、あいつら・・・」  

大田は違和感を覚えた。敵がいるかもしれないというのに、まるで夢遊病患者のように力が抜け切っている  
。一班六人構成の筈が、三人しかいない。尋常ならざる事態を、大田は予想した。  
ついに、大田達が伏せる地点から10メートルほどまで彼らは近づくが、彼らはまるで気付かない。  

「一曹・・・」  
「よし・・・」  

大田が、小銃の被筒をぐっと握り、一気に立ち上がる。間髪いれず、3人に向けて銃口を向けた。  

「止まれ、誰何!」  

伏せていた篠崎たちの方が、ビクッとするほどの大声だった。  
しかし、当の彼らは、全く動じた様子もない。少し頭をかしげて、自分たちより頭一つ高い位置に立つ大田  
を見ただけだった。  

「・・・?」  

一瞬の逡巡。  
動いたのは、3人の方だった。大田は、咄嗟の動作に、一瞬躊躇してしまい、動きが遅れた。  
5.56mm弾が飛び出す、乾いた炸裂音が、森に響いた。  


577  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/10(金)  01:58:04  ID:???  

「おわっ!!」  

大田の足元が弾け、草葉がちぎれて宙を舞った。彼らは、何と片手で小銃をぶっ放したのである。  
しかも肩に床尾を当てることもせず・・・要するにろくすっぽ狙いもつけなかったため、銃弾は一発も大田  
に当たらなかったのだ。  

「き、貴様、何を・・・ってわぁ!」  

余りに突拍子もない出来事にさしもの大田も動転し、抗議の声を上げようとしたところを第二射が襲った。  
再び地面が炸裂し、大田はもんどりうって草むらに倒れこんだ。  

「か、隠れろ!」  

林道の両脇は土手になっており、そこから緩やかな下りになっていた。  
土手の頂上から安全な死角へ、銀輪部隊は自転車を放棄して飛び込んだ。頭を引っ込めても、ひっきりなし  
に発砲音が響き、隊員の神経を削った。  

「なにすんだ、この野郎!!」  

涙目になった大田の怒声も、炸裂音にかき消された。  
大田達はこの世界の兵士とは勇敢に戦っていたが、現代戦を経験していなかった。自分に向かって弾丸が飛  
んでくる恐怖で、篠崎は足がすくんでしまっていた。  

「ひゃぁ!」  
「助けて一曹!!」  

ほかの隊員たちも、似たようなものだった。  
なんで撃ってくるんだ、とか、反撃せねば、という感情は、もう端から失せてしまっていた。みな蹲り、ヘ  
ルメットを腕で押さえつけて、胎児の様に丸まってしまっていた。  

「お、お前ら、落ち着け・・・って、あれ?」  


578  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/10(金)  01:58:41  ID:???  

大田がやっと体勢を立て直し、どう落とし前をつけるか、という思考に切り替わった時、唐突に89式小銃  
の破裂するような発砲音が止まった。  
MINIMIの軽快な音は、もう少し長く続いていたが、やがてそれも止まった。  

「あれれ・・・?」  

嫌な静かさがあたりに漂った。リロードには、長すぎる時間だ。  
大田は、歯を食いしばって、土手の向こう側を覗く。そこに、ちゃんと彼らはいた。  
彼らは大田に気付いたのか、銃の引き金を引くが、銃弾は出ない。弾切れになってしまったのだ。  
まごまごした様子で、腰に吊り下げてある弾帯には目もくれず、ただ引き金を引く彼らに、大田はただ一言  
、こう言った。  

「・・・かかれ。」  




思う存分の私刑が終了すると、大田は倒れ伏す3人の顔を確認する作業に移った。うつ伏せになっていた奴  
は、つま先でけり転がした。  

「おい、こいつは日本人じゃないか?」  

ちょっとでこぼこが増えていたが、彼らの顔立ちは明らかに東洋人種のそれだった。  
無線手の小平が、小隊長から預かっていた、失踪班の顔写真と見比べて、言った。  

「・・・間違いない、こいつら、行方不明だった連中だ。」  



643  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/11(土)  23:15:08  ID:???  

「ほ、本当か?」  

小平の一言に、大田は狼狽しながらそれだけ言い、写真を覗きこむ。  
写真を大田達に見やすいように傾けながら、小平は写真の中の人物を指差した。  

「ほら、この写真の、これとこれと、これです。」  
「本当だ・・・こりゃえらいこった・・・」  

大田がそう言うと、他の隊員も次々と写真を覗きこみ、そのたび仰天した。  

「とりあえず本部に連絡だ。不明隊員3名発見。えーと、原田二曹、玉木一士、土谷士長・・・だな。錯乱  
 していたので、実力で制止した、と言っておけ。」  
「了解。」  

てきぱきと無線機の用意を始める小平を尻目に、その他の隊員は倒れ伏す三人を中心にして、これからどう  
するかを話すことにした。  

「殺さなくて良かったですね、一曹。」  
「全くだ。」  

大田はうんうんと頷いた。3人に私刑を執行した時、真っ先に小銃を振り上げて突っ込んだのは大田だった  
。それは大田なりの逆上だったのだが、そのおかげで火線は遮られ、他の逆上した隊員が小銃をぶっ放すの  
を阻止することが出来た。  

「しかしこいつら、何で俺たちに発砲したんでしょうね?」  

篠崎がぼそりと呟く。それは今、この場の全員が知りたい疑問だった。  
大田が腕を抱えて唸った。聞き出そうにも、三人を手ずから夢の世界へ送り届けてしまった今では、それも  
叶わない。  




645  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/11(土)  23:15:49  ID:???  

「造反か?」  
「反戦主義にかぶれたとか」  
「ふらふらしてましたし、ヤクでもキメてたのでは?」  

どの推測もこの3人がどうしようもない人間である、という結論にしかならなかった。  

「ちょっと調べてみるか。」  

そう言いながら大田はしゃがみこみ、1人の顔を覗き込む。  
殴打でボコボコになっている以外は、特に異常はないことを認めると、大田は彼の背に手を入れ、ひっくり  
返す。  

「?」  

大田の眉がピクリ、と吊りあがった。  

「何です一曹?」  
「お前ら、ちょっとこいつを見てみろ。」  

大田が男の後頭部を指差す。彼らは大田に言われたとおり、しゃがみこんで男の頭を凝視する。  
鉄帽の下の首筋が、プクリと膨れ上がっており、そこから細い、注意しなければ見落としてしまうような糸  
が伸びているのが見て取れた。  
その場の全員に、緊張が走った。  

「こいつは・・・」  
「何かに操られていた・・・というわけか。」  

大田は彼の首筋から伸びる糸を手に取り、引っ張った。しかし、皮膚が引っ張られただけで、切れたりはし  
なかった。その糸は、かなり丈夫に出来ていた。まるで操り糸のように。  


646  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/11(土)  23:16:29  ID:???  

「かなり遠くまで伸びてますよ、これ。」  

篠崎も、糸を引っ張りながら言った。  

「小平、本部に通達。」  

大田はそれだけ言うと、すっくと立ち上がった。  
そして、まるで演説のようにもったいぶって咳払いをした。  

「敵の脅威は存在している。偵察班を襲い、あまつさえ彼らを操って俺たちと戦わせたんだからな。それに  
 ・・・」  
「残りの3人が見つかっていませんしね・・・」  

パンツァーファウストを負ぶったままの柏が付け足した。  
大田は泥まみれのボコボコで地に倒れ伏す3人を見た。その痛ましい姿に(したのは大田達だが)彼の胸中  
には言い知れぬ義憤が沸き起こってきた。  

「ならば・・・あとは本部からの返答を待つのみだ。」  
「一曹、返事が来ました。」  

全員に、緊張が走る。通達次第では、強敵と対峙することになるかもしれないのだ。  

「・・・何といっている?」  

しかし、大田は不適に笑う。小平もそれにつられてにやりと笑い、言った。  

「打ち倒せ、と。」  

その一言で、銀輪部隊の任務は決定した。  
誰かがごくりとつばを飲む音が、大田の耳に聞こえた。  




733  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/16(木)  00:01:52  ID:???  

「えらいこった、えらいこった・・・」  

外征混成団本部。隊員たちは前線からの通信に大慌てであった。その内容はなんと、隊員が敵によって直接  
的に操られる、という事態が起きている、というものであった。  
新興宗教のマインド・コントロールなどではなく、首筋から糸を生やして、まるで傀儡の様に。  
この由々しき状況に、  

「至急情報部に調べさせろ!」  

と、指令が飛んだ。  
陸上自衛隊第一外征混成団、外征情報部。  
情報部、とはいっても、統合幕僚会議の情報部の任とは一線を画し、軍事的情報だけでなく、この世界の情  
報・・・鉱物、植物、動物、その分布・・・について、統合的に収集する、いわば本国研究機関の前線基地  
のような体裁をとっていた。  

「おい、起きろ。仕事だ、おい!」  

半長靴のずかずかという音と、無粋な大声に、PCの前で居眠りしかけていたこの天幕の職員たちは飛び起き  
た。  
情報部本部の天幕は大陸のそこらじゅうから集められた文献で埋め尽くされていた。技術力は中世レベルの  
この世界。コンパクトな媒体などあるはずはない。あるのは古めかしい紙媒体のみである。情報化は急がれ  
たが、なにしろこの世界の言語を解する人間が皆無(この世界の言語は発音、文法共に日本語ではあるが、  
表記体系が日本語と非常に異なっているのだ)であり、遅々として進まなかった。  
日ごろは紙片をめくる乾いた音しか響かないこの天幕は、突然の急務に、にわかにあわただしい雰囲気に包  
まれた。  

「は・・・操り、でありますか?」  
「そうだ、この世界で該当する魔法とか、生き物とか、該当するものを探してくれ、大至急だ!」  


734  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/16(木)  00:02:49  ID:???  

それだけ言うと、本部からの伝令は帰っていった。情報部の職員に残されたのは、通信によって送られてき  
た状況を記した紙片のみである。  

「えらいことになったぞ・・・」  
「この中からさがすのかよ・・・」  

途方にくれる職員たちの目に映るのは、日に日に増えていた文献の山、山、山。  
やる気が失せる、というより、不可能に近い仕事だった。  

「フォイ。君、何か知ってること、ないか?」  

一縷の望みをこめた目で、職員の一人が、ほぼ紙束に埋め込まれるように設置された椅子に座る、ずんぐり  
した男を呼んだ。  

「・・・?なんでぇ?」  

さっぱりと髭のない口元が、しかしもごもごと動いた。  
男はドワーフだった。日本が初遭遇した異世界の人間であり、ドワーフの中で一番初めに日本語の読み書き  
を覚えた男だった。  

「こいつなんだが・・・」  

フォイは渡された紙片を、じっと見つめ始めた。  
少しずつ瞳が紙面を滑る様を、職員たちは自らも文献を引っ張り出して調べる片手、固唾を呑んで見守った。  

「なんだ、こいつはフエルバじゃねえか。」  
「ふえるば?」  

拍子抜けしたような顔のフォイに、職員たちは間抜けな鸚鵡返しをした。  



736  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/16(木)  00:03:58  ID:???  

「ここら辺じゃ滅多にお目にかかれない、肉食植物さ。動きはしねぇが、蔓草みたいな蔦で動物を絡めとっ  
 て、食っちまうのさ。」  

そう言って、自慢げにフォイはふんぞり返った。  

「じゃあ、この情報にある糸って、なんなんだ?」  
「まあそう騒ぐなって。・・・いいか?フエルバは獲物を狩るとき、必ず二匹捕まえる。一匹はその場で食  
 っちまって、もう一匹は糸で繋いで、次の獲物を誘うのさ。」  
「そ、そんな奴がいるのか・・・急いで書き留めろ。他に知ってることはないか?」  

情報部は大騒ぎしながら、情報を整理し始めた。  




「打ち倒せ、といったって、一体どうすんです?」  

まさか気絶している3人の隊員を担いで討伐するわけにもいかんでしょう、と篠崎は冗談をかました。  
大田はそれが気に入らなかったらしく、篠崎を思い切り睨みつけた。  

「篠崎ぃ・・・」  
「じょ、冗談ですよ一曹・・・」  

それだけで篠崎はすくみあがってしまう。悲しい性だった。  
再び、大田は咳払いをする。  

「さて、これから任務を遂行するに当たって、まずはこの犠牲者の処遇だが・・・今本部がこの種の魔術、  
 それから魔法生物について検索している。それまで保留。縛り上げとけ。」  
「その糸をぶった切っちまえばいいのでは?」  


737  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/16(木)  00:05:01  ID:???  

「馬鹿野郎。切った途端に死んだらどうする。情報が少なすぎる・・・今は息してるし、そのままにしてお  
 くのが無難だ。」  

大田の命令で、伊上と篠崎が小銃のスリングと、自生していた蔦植物で3人をふんじばる。猿轡を適当に噛  
ませれば、気分はもう凶悪犯罪者だ。  
問題は、この犠牲者の護衛だった。しかしながら、六人一班の銀輪部隊、護衛にさける人足は、無い。  

「救援については、普通科の支援を要請した。・・・時間はかかるがな。小平、返事は来たか?」  
「はぁ・・・一曹、応援は来ないそうです・・・」  

無線機を手にしたままの小平が、途方にくれた声で伝えた。  

「なにぃ!?」  

大田はそう叫ぶなり、通信機を小平からひったくってがなりたてる。  

「おい!貴様、どういうつもりだ。俺たちにKAMIKAZEでもさせる気か!オクレ!!」  
「い、いや、自転車でそこにたどり着くまで、最低でも3時間はかかる。そのルートじゃ狭すぎて車両も通  
 れん。それに・・・」  
「?」  
「敵の正体が判明した。緊急を要する。オクレ・・・」  

敵の正体がわかる。それだけでも作戦の成功率はグンと上昇する。  
朗報に再び、大田の眉がピクリとつりあがった。  

「・・・で、何なんだ、その敵とは。オクレ」  
「それが・・・」  





738  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/02/16(木)  00:05:41  ID:???  

「・・・植物?」  

急増した大田の握力に、無線機の通話機が危うく圧壊しそうになった。  
舌の根の乾かぬ間に、大田は二の句をついで怒鳴る。  

「俺たちは機甲科偵察部隊だぞ!そんなもん、施設科の土いじりにやらせとけ!!」  

大口から唾が飛び散り、無線機のあちこちに付着した。  
叩きつけるような「オクレ」の後、無線手もかなり辟易した様子で、おずおずと話し出す。  

「だから、緊急を要するといっているだろう・・・早くしないと、その隊員たちは死ぬぞ。オクレ。」  
「・・・そりゃどういうことだ。オクレ。」  





759  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:23:19  ID:???  

フエルバは、温暖な森に生息する。外見上は、何の変哲も無い、ただの樹木の様な印象を受けるが、枝分か  
れの付け根に捕食用の「口」を持つ、珍しい肉食植物である。  
主に地表に根を張り、稀に樹木の節目に根付いて成長することもある。主茎の長さは最大で65エルヴェ(  
1エルヴェはエルフの、耳の根元から先端までの長さである)、直径は8エルヴェになる個体が発見され  
ている。  
主食は、森に生息する小、中型の動物である。自在に動く根で獲物を捕らえ、強い酸で満たされた「口」の  
中へ持っていき、獲物を溶かして吸収する。「狩り」のやり方は独特で、獲物を二匹捕らえ、片方を捕食し  
、片方に操り糸のような細い糸を刺し、操ることで新たな獲物を誘う習性がある。この糸には微弱な魔力が  
通っており、少しずつ刺した獲物を蝕み、果てには自己の体の一部としてしまう。  
森の中でいなくなった恋人と再会する、というナータ地方の昔話「オリョルの森」は、このフエルバの犠牲  
者の目撃談から派生したものではないか、という見方もある。実際何件か、ナータ地方において、子供や老  
人がフエルバの犠牲になった事例がある。その事例において、まだ息のある犠牲者に繋がれた糸を断ち切っ  
り、犠牲者が途端に死んでしまう、という痛ましい事件があった。断たれた糸に通う魔力が、繋がれた犠牲  
者の体に死をもたらす、との見方が有力であるが、原因は不明である。  
                                     『魔法植物の分布と生態』J.H.ウェスリントン著  


「・・・つまり、切るなと。」  

とてつもなく面倒な任務だった。  
いつまた動き出すか判らない操られた隊員はそのままにして、本体を八つ裂きにせよ。増援は、無い。  
隊員の命がかかっているとはいえ、戦力は少ない。  
しかも、迅速に敵を倒しても、隊員がたすかる保証はないのだ。  
大田は怒りのメーターが振り切れて、体の力が抜けていくのを感じた。  

「・・・了解、任務開始する。通信終わり」  

それだけ言うと、大田は受話器を置いた。  

「聞けお前ら、これから我々はあの連中を操っていたハエトリグサの化け物をやっつけに行く。」  


760  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:24:37  ID:???  

力ない様子を部下に見せるのは、矜持が許さなかった。大田は努めて意気軒昂に、班員皆に伝わる大声で指  
令を下す。  

「任務にあたって、班を二つに分ける。小平と林はここに残って連中を見張れ。敵襲の可能性は薄いが、何  
 かあったときは無理をするな。・・・見捨てるのも止むなしだ。」  

元々分の悪い任務なのだ。無茶はさせたくなかった。・・・それでも無茶なのだが。  
命ぜられた二人は、神妙な顔で、勢いよく返事をした。  

「他の三人は、俺と一緒に糸をたどって、討伐だ。・・・敵の習性からして、行方不明の連中が生きている  
 可能性は、かなり低い。敵を倒すことに集中するんだ。」  
「了解!」  
「りょ、了解!」  
「了解。」  

少しどもったのは篠崎だった。強張った顔から怯えが見て取れた。  
大田は咎めなかった。任務前に水を注したくなかったし、そんな余裕も無かったのだ。  
前進号令と共に、さらに人足の減った銀輪部隊は、操り糸を追って歩き出した。無論、徒歩で。  


”大陸”の内陸部、オステン王国の北西には、低い山が連なり、広葉樹林が広がっている。  
温暖で住みよい気候であるが、通行が不便なため人の手が余り入っていない地域である。陸上自衛隊は当面  
の防衛線としてこの山岳地帯を想定しており、点々と前線基地を創設し、少しづつであるが道路の敷設を行  
っている。  
この地帯を西に行くと、やがて広大な平原が現れる。オステン王国の街道には山岳地帯を迂回し、南からこ  
の平原へ行くルートがあるが、日本はまだこのルートを使わせてもらえない。オステンと正式な国交を結ん  
でいないからである。  
オステン領に近いこの森に戦線を構築するのも、実はイリーガルすれすれなのであるが。  


761  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:27:21  ID:???  

「起伏が激しいな・・・」  

そんなことはお構いなしに、大田達は歩いていた。小一時間、すでに糸は道から外れ、まばらな林の中、積  
もった腐葉土と草むらの上を走っている。大田は班を先導して、それを辿っていった。  

「あ、あの木の根元に引っかかってますよ」  

柏が指差した方向を見ると、確かに、大木の根元へ糸が伸びているのが判った。  
大田は、その幹の太さに一瞬唖然となる。幹というより、臼のような太さだった。  
林の中で、一際大きく見える大樹。養分を独占しているのか、周囲に樹木が生えていなかった。  
しかし大田は特に警戒もせず、糸をたどって樹へと近づいていった。  

「・・・?」  

最初に「何か」を感じ取ったのは、篠崎だった。  
縦隊の三番目にいた彼は、その樹の周囲・・・樹木が他になくて開けている・・・に踏み入った瞬間、全身  
に怖気が走るのを感じた。自衛官としては臆病、いや小心者の彼だからこそ、この場に走る「何か」・・・  

つまり、殺気を敏感に感じ取ったのだ。  

「い、一曹!」  
「!?」  

声をあげた時にはすでに遅く。  
突如視界が炸裂し、土と草が跳ね上がる。足元が崩壊し、四人の縦隊は散り散りに吹き飛ばされた。  

「ぐわっ!」  

一瞬の浮遊感の後、大田は背中から地面に叩きつけられた。  
山の地面は柔らかかったが、背中から胸板へ突き抜ける衝撃に、肺が縮み上がるような感覚を覚えた。  
朦朧とする頭を二、三回振り、必死に状況を確認しようと努める。吹き飛ばされた方向を見回すと、茶色く  
掘り起こされた地面に、点々と迷彩色が見て取れた。  


762  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:28:05  ID:???  

「生きてるか、お前ら!」  

咄嗟に叫んだ。  
その声に呼応して、三つの人影が、のろのろと動き出す。何とか全員生きていた。  
心なしか、泣き声も聞こえた気がした。おそらく篠崎あたりが喚いているのだろう。  

「退却だ、とにかく退け!」  

89式小銃の金座を「レ」に設定しながら、大田は援護の体制に入る。  
大田はこの時、自分達は炸裂魔法の類で攻撃された、と踏んでいた。ならば近くに魔術師が隠れている筈で  
ある。牽制のため、照準もつけずに引き金を絞った。  

「急げ!あの土手の向こうに隠れろ!」  

大木の周辺から死角になっている土手を指差しながら、小銃を乱射する。そこは大田達が糸をたどりながら  
やってきた方向で、そこなら敵がいる可能性は薄い、と踏んだからだ。  
我先にと土手の向こうへルパンダイブする部下達を少々情けなく思いながら、三十発弾倉が空になるのと同  
時に大田も逃げ出した。  

「なんだったんだ、今のは・・・」  
「敵の襲撃じゃないんですか?」  
「それにしちゃ・・・」  

土手際から頭だけひょっこり出して、双眼鏡で辺りを見回してみる。  
それらしい人影は無く、辺りには鬱蒼とした森と、炸裂による僅かな土ぼこりのみが見えた。  
しかし、違う発見はあった。双眼鏡で見ると良くわかる。  
たどっていた糸は、あの大木の根元から現れていた。兼ねてよりの目標をついに発見したのだ。  

「そうか・・・あの木が・・・」  
「どうしました?」  
「伊上、擲弾銃であの木を撃て。弾頭はHEATだ!」  


763  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:28:44  ID:???  

伊上は一瞬呆けた顔をしたが、一瞬睨みつけると我に返り、すぐに行動を始めた。発射器に擲弾を取り付け  
、金座を「タ」に設定した。土手のてっぺんに小銃の被筒を据え、狙いを定める。  
パン、と軽い音がして弾頭は銃身を離れ、硝煙が飛び散った。  
瞬間、命中する筈の擲弾は、その幹に当たる前に炸裂し、その皮を少しだけ吹き飛ばすのみに留まった。  

「な、なにぃ!?」  

大田は一瞬、目を疑った。擲弾がその幹に到達する刹那。  
炸裂で掘り起こされた地面から、一斉に細い蔓が飛び出し、擲弾を阻んだのだ。  
蔓の一本が弾頭を起爆させ、HEAT弾のメタルジェットは幹のはるか手前でその威力を殺された。  

「め、面妖な・・・」  

大田でさえ、目の前の異様な光景にたじろいだ。  
無数の蔓が足元をすくったのを、魔法の炸裂と勘違いしていたのだ。  
擲弾の爆煙が晴れると、蔓はその幹に絡みつき、動きを止めた。どうやらこれが元の姿のようだ。  

「柏、パンツァーファウスト!!」  
「はいっ!」  

待ってましたとばかりに大声で返答してから、柏はてきぱきとパンツァーファウストの射撃準備にかかった。  

「俺たちが注意を引く。合図したら撃て。」  

大田は柏と残り、他の二人を土手沿いに大木の側面に回りこませた。  
攻撃を阻む蔓をひきつけ、本命のパンツァーファウストをぶつける作戦だった。  
手ごろな位置に陣取り、早速伊上と篠崎に射撃を命じる。  
伊上はグレネード、篠崎はMINIMIを、照準もそこそこに撃ち始める。  
防御にはいった大木の蔓をへし折り、吹き飛ばしていく。蔓は盾のように、篠崎達の正面に集中しつつあっ  
た。  
それを、大田は好機とみた。  


764  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:29:48  ID:???  

「今だ!」  

大田が叫ぶ。  
しかし、計画通りに行けば発射された筈のパンツァーファウストが放たれることは、無かった。  
柏がいるはずの方へ目を向けると、  

「いっそーーーう!!」  

いつの間にか忍び寄った蔓に足を絡めとられ、逆さ吊りにされた柏が、スリングに結わえたパンツァー  
ファウストをぶらぶらさせながら泣き叫んでいた。  

「柏ぁ!」  

蔦は順調に柏を幹へと持っていく。  
枝の分かれ目がバキバキという音と共に裂け、大口をあけて、柏を飲み込む準備を完了させた。  
裂けた面の内側は、グロテスクな鮮紅色。ヌラヌラとしていて、生物の粘膜を連想させる色だった。  

「柏が食われちゃう!」  

篠崎はほとんど恐慌状態だった。  

「伊上、枝の分かれ目にグレネード!」  

大田は咄嗟に命じた。伊上は何とか照準を合わせ、大田の期待通りの部分に擲弾を打ち込んだ。  
捕食に気を取られていたのか、蔦が擲弾を阻むことは無かった。  
メタルジェットが裂け目の一部分を焼ききり、爆風で吹き飛ばした。  

「う、わああああ!」  

柏を掴んでいた蔦が、まるでもだえ苦しむかのように大きく振れる。  
不幸にもそのまま投げ飛ばされ、柏は土手の向こう側に転落し、大田達から見えなくなった。  
最大の攻撃手段が、戦線離脱してしまった。  


765  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:30:32  ID:???  

「一曹、柏が!」  
「わかっとる、くっそ!」  

悪態をついて大田は小銃を投げ捨て、空手に銃剣を持った。  

「一曹!?」  
「パンツァーファウストを取りに行く。お前ら、援護しろ!蔓に絡め取られるんじゃないぞ!」  
「は、はい!」  

それだけ言うと、大田は柏が落ちた土手へと走り出した。  
背後では、注意を引くための全力射撃の音だけが聞こえていた。  

「ッ!?」  

突然右手に反発力がかかる。引っ張られた腕を見ると、手首に蔦が絡み付いていた。無我夢中で銃剣の刃を  
当て、力任せに引っ張ると、さしもの丈夫な蔦も削がれるように切り千切れた。  

「柏!」  

柏の転落した土手には、転がった拍子に腐葉土が掘り起こされ、真新しい地面が真っ直ぐ、点々と顔を出し  
ていた。大田がその跡を目で追うと、土手の終わり辺りに泥だらけの迷彩服が倒れていた。  
銃剣をしまって駆け寄り、ぐったりとした体を抱き起こす。  

「しっかりしろ柏!」  

幸い柏には目立った外傷は見られなかった。しかし幾らかの鼻血が、あごを伝って迷彩服の襟を汚していた。  
泥と、幾らか血のついた頬を平手で叩いて、意識の確認を行った。  
二、三回、大田の平手が往復すると、柏は喉の奥から搾り出すような声を出して、目を開けた。  

「い、いっそう・・・」  
「大丈夫か、どこか痛むところはあるか?」  
「左腕が・・・うぅ・・・」  


766  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:31:27  ID:???  

どうやら胸も打ったらしく、柏はヒューヒューと苦しそうに喘ぐ。  
大田が少し左腕に触れると、びくりと過敏な反応を催した。よく見ると肘関節から先が、変に捻じ曲がって  
いる。  

「パンツァーファウストをもらうぞ。」  

大田は冷静に、しかしどこか義憤を帯びた声で言った。  
彼の肩に絡んだスリングをはずし、幾らか泥が付着した黒い重火器を担ぐ。  
それから柏の頭を上げ、胸元を緩めて呼吸しやすいようにした。  

「気は確かにあるな?」  
「はい」  
「苦しくないか?」  
「はい・・・」  

その返事をもらうと、大田は早速、土手をあがっていった。  
班長の後姿に、柏は少しだけ、ぼんやりと感激を覚えた。  

「一曹だ、パンツァーファウストを持ってる!」  

篠崎が、射撃の手を止めて、側面の土手からひょっこり現れた大田を指差した。  

「撃つつもりだ、援護射撃!」  

何とかかんとか自分を絡めとろうとする蔦と格闘していた伊上も、無理やり射撃姿勢にはいった。  
二人は敵を引き付けるべく、猛然と引き金を絞る。  

「人間様に逆らうとどうなるか、見せてやるぞ・・・」  

大田は努めて冷静を保とうとしたが、無理だった。柏の惨状を見て、怒りを抑えられなくなっていた。  
視野が狭まり、照準具と大木の幹しか見ていなかった。  
無論、死角から迫る蔦など、見えようはずも無い。  


767  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:32:07  ID:???  

「なぁぁぁ!?」  

大田も柏と同じような状態になってしまった。  
何とかパンツァーファウストを取りこぼさずにはすんだが、大ピンチだ。  
今度こそ逃がすまい、と、再び大木・・・肉食植物フエルバが大口を空けた。  

「伊上、もう一回撃てよ!」  
「今再装填してるんだ!」  

運悪く、ライフルグレネードによる援護が遅れ、大田は「大口」の中身がはっきり見える距離まで吊られて  
しまった。  
その時、大田は見た。  
奇妙な液体が蠢く、怪物の口内、そこに浮かぶ三つの塊。  
外形をすっかりなくしてもなお、それは人間と判断できた。鉄帽と、すでに棒のようになった小銃も見える。  
無我夢中でパンツァーファウストを担ぐ。逆さ吊りだから、ほとんど背負うような構えだった。  
自由な足を開き、バックブラストに配慮した。  

「くらえや!」  

バム、という音の後に、轟然と爆発が起きた。  
口内に吸い込まれるように飛び込んだ対戦車ロケットは、その体内で暴れまわり、内側から幹を破壊した。  
液体や幹の破片が飛び散り、大田もあおりを食らって吹き飛ぶ。  
脳が揺すぶられ、大田の意識はだんだんと薄れていく。  
故郷の家族が脳裏に浮かび、やがてヴェールを纏うように、ぼんやりと消えていった。  


「・・・そう、いっそう・・・」  


768  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:32:39  ID:???  

声が聞こえる。  
だるい。まぶたを開くのも重労働だ。  

「しっかりしてください一曹。目を開けてくださいよ。」  

やっと開いた、薄ぼけた視界に、鉄帽が三つ写った。  

「・・・生きてる」  
「運が良かった。吹っ飛ばされた時は駄目かと思った。」  
「木に引っかかったおかげで、重症を負わずにすんだんです。」  

体を動かすことに挑戦する。ぴりぴりと痛みが走るが、どうってことはなかった。  
上体を起こすと、一瞬くらりと眩暈をもよおす。見回すと、三人ともボロボロ。柏は、折れた左腕を、即席  
の三角巾で吊っていた。  

「大丈夫ですか、無理はせずに」  
「いや、大丈夫だ。敵はやったな?」  
「はい、バラバラです。周辺に敵影もありません。」  
「・・・遺体はどうだ?」  
「・・・確かに三人、確保しました。・・・顔は判別できませんでしたが」  

全員、顔色が悪い。何とか体裁の取れるよう、現場処理をやったのだろうか。  
何ともいえない、後味の悪い空気が漂っていた。  
任務には成功したが、銀輪部隊は大打撃を被っている。  
皆、これ以上何もしたくなかった。することもなかった。早くここを立ち去りたかった。  

「・・・帰るか。」  
「一曹、動けますか?外傷は軽そうですが・・・」  
「どうってこと無い。操られてた連中がどうなっとるか、早く知りたい」  
「わかりました」  
「現場の座標を記録しておく。篠崎、距離を測れ。伊上、方角みてろ。」  


769  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:34:22  ID:???  

全員無言で、今や本体をバラバラにされ、すでに役割を果たさない操り糸をたどって、大田達は撤収した。  
辺りは静かで、そこら中に飛び散った破片と、爆発のあとの消し炭と、諸々の肉片以外、激戦を証明するも  
のはなかった。  


一言もなく歩き続け、何とか操られた隊員達との遭遇地点にたどり着いた。  
測距などをやっていたので時間がかかり、辺りは薄暗い夜の帳が落ち始めていた。  

「・・・すみませんでした、我々が不甲斐ないばかりに」  
「情報がなきゃ、俺たちだってああなっていた、気に病むな・・・」  

比較的早期に本体を破壊できたおかげで、操られていた三人の隊員は正気を取り戻していた。  
時を追うごとに、フエルバは操る対象を侵食する。もっと時間がたっていたら、あるいは彼らはあの植物の  
虜となってしまっていたかもしれない。それを食い止めたのは、間違いなく大田達の勲功であった。  
しかし、大田は憂鬱な気持ちだった。  
彼らに「戦死公報」を届けなければならなかったからだ。  

「うぅ・・・」  

上司を助けることもかなわず、あまつさえ敵に操られて友軍に発砲したのだ。処分は覚悟している。  
彼らは口々にそう言った。  

「班長、通信はいりました。任務ご苦労、帰還せよ、と。」  
「さ、撤収だ。最後尾は伊上。先頭は林。自転車は使えん。どうせ戦死確認でバッタが来る。」  

遂に自転車をも打ち棄てた銀輪部隊は、星の瞬き始めた東へと向かって撤収を始めた。  
大田はふと疑問に思う。あれがこの世界の日常なのだろうか、と。アレは自然現象なのだろうか、と。  
技術や科学で上を行く日本であるが、落とし穴はいくらでも存在するのだ。今日の様な。  
自転車で落とし穴にはまりたくはないな、と思った。  


770  名前:  銀輪  ◆2LyZBX0jcM  2006/04/08(土)  20:34:54  ID:???  

言葉代わりに  日の丸振って  
呼べば答える  マライ人  
椰子の木陰の休止も済めば  
さらば征こうぞ  戦線へ  
走れ  走れ  走れ  
走れ日の丸銀輪部隊・・・  

駐屯地で流行の歌が、耳の裏側で響いていた。  
   終