117  名前:  間違った世界史  04/02/08  20:06  ID:???  

     エルフェニルの興亡  

 地球に極めて近似した惑星、その人口2億の世界は、たった80万のエルフと呼ばれる種族によって支配されている。  
 支配を支える力は魔術。マナと呼ばれる元素を代謝することによって神秘の力を行使する。  
 また、マナ代謝生物には犬並みの知能と従順で飼われるドラゴンがあり、これは飛行滑空と火炎弾吐射の能力を持つ。  
 これらの力が人間種族を圧倒し、被支配存在へと追いやっていた。  
 この「マナ」は、具体的には植物の形で採取される。  
 大地に、水に、陽光に希薄に存在するマナは植物中に濃縮され、ドラゴンなどのエサとなる。  
 この植物に菌を植えつけ育てたキノコにはさらに高濃度のマナが濃縮されて、エルフ達は主にこれを力の源とする。  
 例えば乾燥させた木材は、ただ燃焼させた時の12倍のエネルギーをマナとして内包していた。  
 これが食用のキノコ類ともなれば、76倍の熱量を持ち、代謝遺伝子によりほぼ100%の効率で風や光に変換できる。  
 しかし、エルフ達の世界支配のために無計画に消費されたマナ資源は尽きようとしていた。  
 世界中で資源再生速度を超える勢いで採取し尽くし、植物中のマナ濃度はエルフの支配世界「エルフェニル」創成期の3割にまで低下した。  
 このままではエルフェニルは衰退し、体格筋力で劣るエルフと人間の関係は逆転してしまうだろう。  
 この危機を回避すべく、存在が仮定されていた並行世界からマナ資源を引き込む計画が立案された。  



118  名前:  間違った世界史  04/02/08  20:07  ID:???  

 平行世界の存在を証明する情報は以前から得られていた。  
 潮汐の極大期と海流、低気圧が重なったとき、海面の極薄い領域が置換され、平行世界の生物や木片が流れ込んでくる。  
 この現象を解析した結果、海や大気の流体層を平行世界と接続することが現在の技術でも可能であると判断された。  
 実験の地として選ばれたのは、ある弧状列島。すでに侵略し搾取し尽くしたこの地を平行世界と入れ替える。  
 潮汐、潮流、星の運行から機会を選んで空間の衝合を起こす。  
 下は海底まで、上は大気圏までの流体空間がつながり、エルフ達の目の前に藍色のもやに煙る大地が現れた。  
 反動による衝合が起るまで380年、この列島はこちらにつなぎ止められる。  
 先見偵察隊として、8体のドラゴンと、これに騎乗する8人のエルフが空から上陸した。  
 そこには予期せぬ人間の都市が存在し、エルフ女性「トルオール」と自衛隊レンジャー予備役「マナブ」の1回目の邂逅が起こるのだった。  


 こちらではマナ資源は手つかず、あちらでは石油他資源は手つかずの平行世界モノ。  
 海外SF、「重力の影」に準拠。  
 こんな設定どうでしょう。  

 それはさておき、政府広報課  ◆F2.iwy/iJkさんの新作が待遠しいです。  



360  名前:  間違った世界史  04/02/09  22:51  ID:???  

>>349-351  
 乙カレー。自分も投下してみます。  


>>117-118の続き      対馬上陸  

 対馬の北の海上、初夏の空を翔ける8つの影。  
 翼幅12m、全長8m、重量1.8t、時速約180kmで軽快に巡航しているそれは、まさに漆黒のドラゴン。  
 前足が変化したらしい翼は滑らかな皮膜が張って、風にあおられビリビリ振動している。  
 飛翔生物の常識を外れて羽ばたきもしないで飛行していられるのは、長く伸びた尻尾がマナを推力に変換しているからだ。  
 頭部にも同様の器官があり、進行方向の大気に干渉して空気抵抗の低減と整流効果を発揮している。  
 全能力をそれに注ぎ込めば、翼をたたんで自由落下しての最高速度、時速800kmですら操縦安定性を失わないのだ。  
 彼らの背にはそれぞれ一人ずつ、浅黒い肌をもち銀髪をなびかせる小柄な人影がまたがっていた。  
 ただの人間ではない証拠に、とがった耳が髪から突き出し風にゆれている。  
 みな似たような黒光りするスケイルメイルを身に着け、7本のレイピア(刺突剣)を腰に下げている。  
 その影は自衛隊のレーダーにも映っていたが、領海外の機影の消失に混乱していた彼らが気づく前に、散開して島々の影に消えた。  

 場所は変わって、ある漁港。海に突き出す防波堤の中ほどで、一人の男性が釣竿を振っていた。  
 数十分前からここで海や空を見ている彼にも世界の変化を知ることはできない。  
 彼にそれを気づかせたのは、島影から不意に現れ、数十m先の防波堤突端に舞い降りた巨大なドラゴンだった。  
 羽ばたいているわけでもないのに垂直離着機のように強烈な風が吹き寄せる。  
 その背にいたのは小柄な女性、銀の短髪のせいか、少女のように年若く見えた。  


361  名前:  間違った世界史  04/02/09  22:52  ID:???  

 エルフはみな戦士である。  
 強大で破壊力を持ち空を翔けるドラゴンを相棒とし、みずからも魔術を行使する。  
 彼女、トライ・ナイ・トルオールも強力な魔術戦士だった。  
 エルフとしては若輩の89歳。  
 しかしこれは、380年かけて行われるマナ資源採取実験に一貫して関わることを期待されているためである。  
 半島に設けた拠点から南下して、やがて召喚された大地の木々の一本まで目視できるほどに近づいたころに散開。  
 単騎で海岸線に沿って移動するとすぐに人工物を発見した。  
「これは、港か?」  
 直線で構築された灰色の岸には白い船が並び、陸地にはこまごまとした建造物。  
 動き回る人影も見える。  
 とりあえず海に突き出した灰色の陸地先端に降りるよう、愛竜に信号を送る。  
 エルフにもドラゴンと同じマナ代謝能力があり、空間に大気干渉力場を展開できる。  
 その力場を干渉させることで意思の疎通をしているのだ。  
 魔術を使うときに似た感覚があって、ドラゴンの戸惑いが伝わってくる。  
 せまい足場への着地は難易度が高い。  
 自らの緊張を隠して、最大限に優しく、しかしはっきりと降下の命令を下した。  

続く  




537  名前:  間違った世界史  04/02/11  22:40  ID:???  

>>360-361の続き  

 訓練どおりの降着に満足したトルオールはドラゴンの背からすべるように飛び降りる。  
 舞い降りた目の前、一息で駆けよれる距離に現地人、耳から察するにただの人間だ。  
 しかし彼女の観察するところ、その人間はただ立ちつくしているだけではなかった。  
 彼の視線はドラゴンと石堤の根元までの距離をさっと測り、海に飛び込むか陸まで走るか思案した後、様子見のためあえてその場ににとどまっている。  
 彼女らの世界の人間どもとは大違いである。  
 どれほどのものか試してやろうと、トルオールは右手を向けて意識を集中する。  
 エルフの能力が発現、腕を軸として気流のリングが形成される。  
 タバコの煙でつくる輪っかと同じ、ソリトン化された気流。  
 意思に応じて加速収束される。十分なエネルギーを乗せると、撃ち出した。  
 不可視の弾丸は音もなく大気を渡り、標的をもみくちゃにしながら弾き飛ばす。  
 転がり受身を取るそいつが彼女の知る人間と同じなら、背中を向けて逃げ出すか、ひざまずき許しを乞うところだ。  
 だが素早く起き上がったそいつは、脚に力をためる姿勢で身構え彼女から視線を離さない。  
 支配種たるエルフに屈服しない人間にカチンときて、トルオールはドラゴンに火球射出の命令を下した。  
 軽く威嚇して反抗の意思を砕いてやる、と。  
 ドラゴンは従い、脚の位置を正し体軸を目標に向けて射出姿勢をとる。  
 その頭を軸として二つのソリトンリングが形成される。  
 前のリングには口から供給される自己発火性の気体(水素化ケイ素など)が溜められ、一部が空気と反応して淡いオレンジに発光する。  
 後のリングは燃料リング安定させるために作られ、射出後は運動エネルギーを与え続けて自らは消耗する。  
 燃料リングのみでも射出は可能だが、安定化リングと一つの系を造ることで、直進安定性が飛躍的に向上する。  
 無風条件下で着弾修正を繰り返せば、800m先のわらぶき小屋を炎上させる狙撃が可能だった。  



540  名前:  間違った世界史  04/02/11  22:41  ID:???  

 ソリトン火球はドラゴン本来の攻撃行動ではない。もとは中途半端に白煙を噴いて威嚇する程度の能力でしかなかった。  
 彼らをパートナーとしたエルフがその能力を理解し、長い年月をかけて磨き上げられた技だ。  
 エルフとドラゴンが寝食をともにし、何十年という修行があって初めて習得できる。  
 チャージが終わり、発光するリングはゆっくり前進しながら収束していく。  
 瞬間、ドラゴンの鼻先で空気が弾け、放たれたオレンジ色の火球は白煙の尾を引きつつ、その人間の後方の船のマストに当たって爆発した。  
 轟音が響き、膨張した火球が熱線をばらまく。  
 脅し目的のために威力は抑えたが、目標によっては金属ケイ素の粉塵も巻き込んで撃ち出すため、薄い鉄板なら熔解させる。  
 弱装だったがFRPのマストは熔解し、あたりの人間たちは腰を抜かすか逃げ出すか。  
 その混乱の中ではっきりと目的を持って行動した者が二人。  
 火球射出と同時にダッシュしてトルオールに跳びかかった彼と、とっさにソリトンリングを展開して飛び逃れた彼女。  
 男は目標を切り替え、射出姿勢で固まったドラゴンの目に手の中の物を浴びせ、反転して陸地に向けて駆け出した。  
 残されたドラゴンは苦痛の咆哮を上げて首を激しく振り回す。  
「きさまいったい何をしたーっ!」  
 トルオールは叫び不可視の弾丸を連射する。  
 空中浮遊にリソースを取られ、支えのない空中で放ったそれに威力はなく、ただ転ばすだけの効果しかない。  
 相手の武器が何かわからないのに近づく危険は冒せない。  
 先回りして石提の根元に着地し逃げ道をふさぐと、足を踏みしめ両手を突き出し、最大威力のソリトンリングを構築する。  
 これを受ければ並の人間は逆巻く暴風に手足を折られ、運が悪ければ首が折れて絶命するだけの威力を持つ。  
 こちらにかまわず突っ込んでくる人間は、羽織っていた服を外して投げつけてくる。  
 反射的に放ったソリトンリングはそれを巻き込みばらばらに引き裂いて、消滅した。  


541  名前:  間違った世界史  04/02/11  22:41  ID:???  

 飛び散る布切れの中をすり抜け、人間が喉笛を狙って貫手を突き出す。  
 とっさに背を反らしてかわすが、くるりと上を向いた手のひらが顔面をえぐるように跳ね上げられる。  
 背筋に怖気が走る。思わず目を閉じ苦痛を覚悟するが、前髪数本と額につけた頭環を奪われるだけですんだ。  
 全力で飛翔し逃げ出す。  
 絶対に手の届かないところまでに逃げても、身体の震えは止まらない。  
 ドラゴンの背に移動して様子を見るが、まだ視力は回復していないようだ。  
 それでもいい。測的も修正もトリガーも、自分がやろう。  
 トルオールの意思に応じてドラゴンが形成した3つのリングがオレンジ色に発光する。  
 ソリトン火球三点射は今の彼女たちが行ない得る最大の攻撃だ。  
 一切の手加減なしにあの人間を消滅させる、という決意の現れだった。  

続きます  



722  名前:  間違った世界史  04/02/12  23:23  ID:???  

>>537-541の続き  

 標的はすでに石提を降りて、陸に引き上げられた船の合間に逃げ込もうとしていた。  
 狙いを定めるが、いまだ荒い彼女の鼓動が集中を乱す。  
 ふと訓練を思い出す。そう、鼓動のリズムに射出タイミングを合わせればいいのだ。  
 ドラゴンと感覚を共有し、一つのシステムに昇華したトルオール。2秒かけて3つの火球を放った。  
 轟音とともに閃光が走る。余波を受けた地上の船が将棋倒しに転がり、破片とともに不快な騒音を撒き散らす。  
 灼熱と崩壊が支配する領域、その手前を狙ったはずの人間が駆け抜けていった。  
「ばかなっ!?」  
 こんな近距離で外すはずがない。  
 呆然と上を向き、ひたいに手を当て、失敗の理由に気づいた。  
「頭環が無い!」  
 エルフたちが身につける頭環にはドラゴンの鱗が使われている。  
 正六角形のそれは、有機高分子が強力に脱水されてできた極細の炭素単結晶繊維が巻きつけられて形成されている。  
 年経るごとに成長、積層されて、表面は緻密で打撃をはね返し、内側は柔軟な多孔質で衝撃を吸収する。  
 7.62mmNATO弾程度なら軽くはじくだろう。  
 その特性ゆえにスケイルメイルなどに利用されているが、もう一つの重要な特性、マナの整流機能も持っている。  
 ドラゴンはこの鱗を持つがゆえに、他の何者にもまねできない飛行能力を持つ。  
 エルフたちはこれを身につけることで、魔術を扱う感覚を数倍にも拡大していた。  


723  名前:  間違った世界史  04/02/12  23:24  ID:???  

 ソリトン火球は空気よりも比重が大きいため、長距離狙撃では狙点を上方に修正する必要がある。  
 頭環を着けているつもりで着けていないとは、望遠鏡を覗いているつもりで素通しのパイプを覗いているに等しい。  
 トルオールの失敗は、距離を実際の数倍に勘違いして、標的の上を狙ってしまったことにあった。  
 訓練も大事だがとっさの時には野生の勘に従った方がいい、という教訓と引き換えに、彼女は頭環と心を盗まれた。  
 初歩的な失敗は彼女の怒りを鎮め、あの人間に対する感情は賞賛へと変わっていく。  
 なにせドラゴンとエルフに戦いを挑み、生還したのだ。名前ぐらい聞いてみたかった。  
 もう見えなくなった彼に心残りを感じながらも本来の任務を思い出す。  
 植物の試料の採取と、置換前の島の地形との差違の確認。  
 自分のせいだが、周囲が騒がしくなってきた。  
 人間でも集落を作り組織化されていれば、軍隊か、それに順ずるモノが出てくる可能性がある。  
 その場を離れようとドラゴンを飛翔させ、どこへ行くか思案する彼女の耳に、聞き慣れた爆音が響く。  
 さっと視線を巡らせれば、青空に突き立てられた白煙の柱。  
 その隣に上昇して行くオレンジの火球。かなりの高度に達したところで、安定化エネルギーを使い果たして崩壊、爆発した。  
 直上への火球2発は緊急時の集合信号だ。誰かの身に何かあったらしい。  
 彼女は愛騎とともに仲間の下を目指して翔んだ。  


次回に続く  



823  名前:  間違った世界史  04/02/13  22:15  ID:???  

 自分のSSの反応が薄くて、続けるかどうかの試金石に裏設定落としてみます。  
 これは幻想的と現実的と、どっちに取れますか?  

 ドラゴンは飛翔、火球射出などの能力を行使するためにマナを消費する。  
 この「マナ」とは物質ではない。あえて言うなら、場のエネルギーとでも呼ぼうか。  
 これは太陽光に普遍的に存在し、惑星大気に捕獲されるが、そのままでは希薄すぎて利用できない。  
 濃縮する必要があり、それを行っているのが、生態系第一生産者の植物である。  
 それも一年草では時間が足りず、年経た古木ほど高濃度のマナを蓄積している。  
 具体的に言うと、呼吸している生体中にセルロースの分子が長時間存在し続けることによって、その分子構造中にマナが捕獲されるのだ。  
 エルフに使役されているドラゴンは草食だが、その歯は通常の草食動物と違い、すり潰すよりも噛み砕くことに特化している。  
 マナを捕獲しているセルロースの構造を破壊しないためである。  
 適度に砕かれた木は、まずアルカリ性の消化液で処理され、リグニンやタンパク質などが分離される。  
 さらに酸性の消化液で不純物を取り除かれ、純粋なセルロースとして、マナ吸収に特化した腸に送られる。  
 この腸は吸収効率を上げるため、一部のサメ、エイなどと同じようにらせん状になっており、一対二つ存在する。  
 セルロース繊維はいったん粘液に溶かれてほぐされ、少量ずつらせん腸に送られる。  
 腸の入り口で水分の大部分を再吸収され、平面状に伸ばされた繊維は蠕動運動によって移動しながらマナを吸収される。  
 最終的に薄く長いセルロースのかたまりが出来るわけだが、金魚のフンのように尻から長くぶら下げるわけにはいかない。  
 らせんの一周ごとに千切れやすく噛み込みが入れられる。  
 一対の腸の出口は一つにつながっていて、平面状の排泄物はここで重ねられ、もっとも体積効率のよいロール状に収納される。  
 一定量溜まると腸の活動が停止して、ひとかたまりのセルロースを排泄する。  
 いわゆる「エンボス加工済み二枚重ねミシン目入り柔らか巻紙」である。  




133  名前:  間違った世界史  04/02/15  02:10  ID:???  

../1076/1076157892.html#722の続き  

 蒼穹にただよう二酸化ケイ素の白煙。あの下に仲間がいる。  
 視力が戻っていない乗騎を誘導し高度を上げると、開けた視界に密集する町並みがとびこんできた。  
 かなりの規模だ。  
 故国、判定者同盟の首都フタンほどではないが、辺境にある彼女の一族所領などとは比較にならない。  
 たいていの建物はドラゴンの翼を広げたほどの大きさもないが、白亜の壁にガラスをはめ込んだ巨大建築もちらほらある。  
 よく整備された道には行き交う人間。  
 彼女と相棒が姿を見せるたびに、みな足を止めてこちらを見上げる。  
 車輪のついた色とりどりな箱が走っている。人間たちが使っている箱馬車にも似ているが、牛も馬も繋げられてはいない。  
 目的地はすぐに知れた。濃い黒煙が立ちのぼっていたからだ。  
 詳しく観察しようと高度を下げて、そこら中に打たれた石柱から、黒いロープが張り巡らされていることに気づく。  
 歴史で習った、かつて人間が使ったという竜阻止柵に似ている。  
 安全な高度にとどまり、旋回しつつ黒煙の下を観察する。  
 広い十字路の中、石柱から引きちぎれたロープにからまってもだえるドラゴンがいるが、乗り手の姿はない。  
 周囲には炎と黒煙を吹く箱が転がり、この高度でも感じるほどの熱を放っている。  
 そのドラゴンはプロトプテルス種、彼女のポリプテルス種よりも滑らかな体表を持ち、わずかだが優速である。  
 プロトプテルス種は希少なので保有している者は少ない。先行偵察の8騎の中でも1騎だけ。  
 持ち主の名はカンマ・プテロ・ラクトン。  
 首都プタンへの水運を独占して莫大な富を得たカンマ家の総領息子。  
 別にカンマ家の者が水運業務に携わっているのではなく、そのノウハウとインフラを持つ人間を傘下に独占しているのだ。  


134  名前:  間違った世界史  04/02/15  02:10  ID:???  

 地球で言うとユーラシア大陸南部に位置する判定者同盟では、人間の往来を制限するため馬車牛車が通るような道がない。  
 ドラゴンに騎乗するエルフにとって地面の道などたいして意味はないし、地方の所領なら自給自足できて運輸の必要もない。  
 しかし、同盟維持教育のため、ある年齢のエルフ少年少女は首都に召喚される。所領を持たない同盟直属戦士も住居を持っている。  
 みなドラゴンを連れているので、周辺では調達できないほど大量の物資が必要だ。  
 そこで大河を利用して山岳部からドラゴンのエサとなる木材の供給しているのだ。  
 首都にはエルフにはない技術を代替させるためや、単純労働のための人間も多い。  
 数多の工房の維持、彼ら自身の生活のための物資も必要だ。  
 いまやエルフの文明を維持するために必要不可欠となった人間とは、君臨するが搾取せずな関係を保っている。  
 この全ての生活を支えているのが、カンマ家なのだ。  
 強い者が正しいとされるエルフ社会において、金で権勢を得る者は好まれない。  
 トルオールのように、他国との小競り合いの絶えない辺境境界付近で育った者はその傾向が強い。  
 彼は、かの一族の者としては能力は確かだが性格に難があり、一族の権勢で実験計画に送り込まれたとうわさされ、いい感じを持っていなかった。  
 トルオールは自分のドラゴンに旋回待機するよう命じて単身降下する。  
 すぐに見つかった嫌みな彼は、乗騎を守るように刺突剣を構え、片っ端から人間に魔術を放っていた。  
「信号を出したのはおまえだったのか。状況の報告を求める」  
「オレの、オレのドラゴンが罠にはめられたっ!。片翼が折れてる。飛べないっ」  
 トルオールは眉をしかめ、しばし瞑目する。  
 故国でなら治療もできようが、この状況では遺棄するしかない。  
 嫌いな相手の乗騎とはいえ、乗り手に似ない、よく出来たドラゴンだったのだ。  
 黙祷を終えたら、大事なことを聞き出さなければならない。  
「罠とは?、どのような?」  
「あれだ、そこいら中に張ってあるロープがからまって、なんとか着地したが、あの四角い奴らがぶつかってきやがったっ!」  
 指さすそれは炎上している。ドラゴンの火球を撃ち込んだのだろう。  


135  名前:  間違った世界史  04/02/15  02:11  ID:???  

「おれはここに残る。人間どもめ、殺せるだけ殺してから、自爆してやる!」  
 言って腰に下げた革袋(ドラゴンに騎乗する時のクッションも兼ねる)にふれる。  
 中身は炭の微粉。風に乗せ着火すれば、町の一角は吹き飛ぶだろう。  
 任務を忘れた身勝手な言い分だ。  
 乗りこなす過程で苦楽を共にした愛騎への想いはわかるが、優先されるは一族の利益であり、エルフ種族の繁栄だ。  
 このまま放置してカンマ家に恥をかかせてやろうという考えが頭をよぎる。  
 しかし、種族の行く末を決める計画に選ばれたという自負が、彼女の誇りを救った。  
 ラクトンの耳をつかんで引っ張り、鼻先がくっつくほどに顔を寄せ、怒鳴る。  
「いいか、おまえが為すべきは帰還し報告することだ。それが後続を同じ不幸から救う。もう言わないぞ、わかったか!!」  
 大声と正論で怒りを吹き飛ばされた彼は、今度こそ泣き出した。  
「うっ、ひっく、だって、こいつをこんなところに残して帰るなんて、えっく」  
「わかった、わかるから、もう会えないと決まったわけでもないじゃないか」  
 なだめすかして、自分のドラゴンの所まで連れて浮上する。  
 その時背後から爆音と熱線が襲った。  
 振り返れば彼のドラゴンの周囲で燃えていた塊が、次々爆発していく。  
 炎を吹き飛ばそうと大気干渉場を展開するドラゴンだったが、四方を囲まれていては、意味がない。  
 呆然とするラクトンの目の前で、断末魔の竜巻とともに、彼の未練は消滅した。  


次回に続く  



270  名前:  間違った世界史  04/02/16  00:19  ID:???  

>>133-135の続き  

 先行偵察隊のうち、人間と接触したエルフは3人。  
 残りの1人、エルフ女性、アルマ・アシ・ステアリンのコンタクトは友好的なものとなった。  
 ごく若い者の多い計画参画者の中では、彼女は人格的にも性的にも成熟した女性である。  
 年齢を示す長い髪は腰のあたりで束ねられ、個人装備のスケイルメイルも胸の膨らみと腰のくびれに合わせてある。  
 落ち着いた重鎮として若者を束ねることを期待されて、実験計画に呼び込まれた。  
 海岸線を低速で滑空するドラゴンの背中、大気整流圏からてのひらを突き出すと、対気速度が彼女を転がるように押し飛ばす。  
 放り出されて数瞬、無重力を楽しむ。自前の大気干渉場を展開すると、空中で回転していた体がぴたっと静止した。  
 乗騎に追いつくように加速し、手近な木の枝をつかみ取ってドラゴンの背に戻る。  
 子供の頃によくやった遊びと同じだ。ひさしぶりに心が浮かれる。  
 植物の試料を採取しつつ移動した彼女は、人間の集落を発見した。  
 開けた砂浜の奥、石提を越えたところに並ぶ白い布は天幕だろうか。人間が集まっている。  
 最能率速度で旋回待機するようドラゴンに命じ、砂浜に降下し単身で向かう。  
 不用心そうに見えるが、槍でも弓でも投石でも、大気干渉場を展開したエルフには届かない。  
 内部が音速近くまで加速されたソリトンリングを構築し、逸らして、弾いて、人間の武器を無効化できるからだ。  
 例外として、かつて人間の国で強力な弓が開発されたことがあった。  
 成人男性が全身の力でコッキングした弩弓から撃ち出される鉄製の重い矢は、エルフの作り出す風の障壁をも貫いた。  
 その国はもうない。  
 エルフの引き連れる数千のドラゴンが包囲し、その火球によって焼き滅ぼしたのだ。  
 長寿のエルフにはこの戦争に参加した者がまだ生きているが、進んで語りたがる者はいない。  
 この戦いの戦訓として、いかな弩弓といえどドラゴンの鱗を貫くことはできないことが知られた。  
 死ねばていねいに葬られてきたドラゴン、その鱗をエルフが甲冑として使い始めたのも、この頃である。  
 しかし砂浜に降陸したのはまずかった。舞い上がった砂埃が目にしみる。地面がもろくて歩きにくい。潮風が鼻につく。  


271  名前:  間違った世界史  04/02/16  00:20  ID:???  

 派手に降りたせいだろう、そこにいた十数人の視線が痛い。内心の冷や汗を隠して、余裕の笑みで近づく。  
 4本の支柱に支えられた白い天幕の下には、布か何か敷かれた上に、明らかに野菜と見えるものが並べられている。  
 現地人の市だろう。  
 ここで品物を購入すれば多大な成果を上げられる。さて、どう交渉したものか思案する。  
 上目遣いに人間たちを観察してみた。よく見れば彼女らの世界の人間とは微妙に違う。  
 ドラゴンの鱗と同じ漆黒の髪、エルフと同じ黒目、やさしげな彫りの浅い顔立ち。  
 金髪碧眼で毛深く濃ゆいエルフェニルの人間よりも好ましく感じる。  
 こういう時は強引な方がいい。売り子と思われる中年女性の前にしゃがみ、束ねられた鮮緑の葉を指差して褒めちぎった。  
「これきれいですね。葉っぱもしゃきっとしてて、鮮度がいいですね。ご自分で育てられたのですか?」  
 彼女らの言葉が通じるはずもないが、相手もほほをゆるめて口を開く。  
 互いに何を言っているのかわからないが、なんとなく心が通じるのを感じた。  
 ころあいを見て硬貨を取り出す。  
 通貨はエルフが人間たちの文化に取り込まれつつある事例の一つだった。  
 人間の技術によって作られたそれは黄金色に輝き、実際高い価値を持つが、漆黒を貴ぶエルフの目には安っぽく映る。  
 それでもこの現地人は交換レートに納得してくれたようだ。  
 極薄軽量な素材の袋に葉野菜の束を入れて、なにやらおまけもつけてくれる。  
 いや、気づけば多くの人が彼女を囲み、笑顔で品々を渡してくれるのだ。  
 ステアリンはこの世界が気に入った。同時に彼らを召喚してしまったことに気まずさを覚える。  
 エルフ流のあいさつ、両手を身体の前で交差させてひざに触れる、をするとその場を立ち去った。  
 最後にかけられた言葉が耳に残り、発音を真似てみる。  
「マイターリーン、か」  
 お礼の言葉だろうか。いつか誰かに言ってみたいと、なんとなく思った。  

次回に続く  



209  名前:  間違った世界史  04/02/20  23:07  ID:???  

../1076/1076745722.html#270の続き  

 自国の通貨が受け取ってもらえて、彼女は少し自信をつけた。  
 市を開いていた人たちと別れ、島の奥に歩みを進めれば、左右に伸びる石畳のような道に出た。幅は広い。ドラゴンの片翼くらいある。  
 皮製の編上靴で踏んだ感覚は固い。どこも均一に舗装されている。人間らしい、いい仕事だ。砂浜よりもずっと歩きやすい。  
 勘で左に足を進めると、向かって右には家屋や畑が点在し、左は防風林だろうか、木々の向こうに海が見える。  
 人の往来は少ない。誰にも出会わない。今は食事時なのだろうか。煮炊きの煙が上がっている様子もないが。  
 道の真ん中には白い線が引いてある。なんとなくそれに沿って歩いていると、背後から奇妙な音が近づいてきた。耳鳴りを大きくしたような音だ。  
 唐突にけたたましく不快な音が響いて、ステアリンは驚き空へと飛んだ。  
 騒音とともに彼女の下を通り過ぎて行ったのは、白い荷車のようだったが、引き馬はいない。  
 それが金属が擦れ合うような不快な音を立てて止まる。  
 側面が開いて降りてきたのは御者だろうか。あたりを見回し、見下ろす彼女には気づかぬまま、再び箱車を走らせる。  
 すぐに曲がり角の向こうに消えた。かなり速い。エルフの全力疾走よりも速いのではないだろうか。  
 その角から人間が現れた。滑るように走ってくる。いや、何かにまたがっている。輪っかが二つ前後についた、何か。  
 それが近づき去っていくのをながめて、彼女は滞空したまま器用に肩を落として、つぶやいた。  
「ここって魔境だわ」  
 次々と遭遇する未知の世界に、つけたばかりの自信を失う。  
 左の林を飛び越えればすぐに海だ。待っているドラゴンと合流できるだろう。  
 音もなく着地すると歩き出す。せめてあの角の向こうに何があるか見てから戻ろうと。  
 視界が開けた先は左右に建物が並び、人通りもあってにぎやかだった。  
 どの建物もどこかしらに文字が書かれた色とりどりの板が架かっている。おそらく何かを商う店だ。  
 思い切って通りに足を踏み入れ、一つめの軒先に並べられた箱とも板ともつかない何かを手に取った。  


210  名前:  間違った世界史  04/02/20  23:08  ID:???  

「これは、すごい」  
 思わず感嘆の声が漏れる。  
 それは数百枚の紙が綴じられた書物だった。中身は絵物語のようだったが、ごちゃごちゃして彼女には内容が読み取り難い。  
 それでも文字や描画の緻密さから、高度な技術で作られたものだということは知れた。  
 ステアリンは首都暮らしが長い。退屈な日常の中で、ふとした思いつきを叶えるために工房街に出歩くことがある。  
 そのため人間の職人にも知り合いが多く、彼らの工房を見学させてもらう機会も多々あった。  
 本に使われるような上質の紙がどう作られるか。文字や絵がどう刷られるか。製本の過程がどんなに人手を要するか知っていた。  
 絵画に劣らず多彩な表紙、写実という言葉では足りないほど現物そっくりな絵。しかも寸分たがわず同じ本がいくつも並んでいる。  
 こんな日や雨風の当たる所にあって紙が劣化していないのは、真新しいからだ。  
 この島の人間たちは、文化教養の産物である本を大量に消費しているのだ。すごい、興奮でめまいがする。  
 ガラスで遮られた店内をのぞくと、書棚が壁を埋め尽くしている。  
 ステアリンは誘われるようにふらふらと歩き出す。唐突に引き戸が開いた。誰が触っているわけでもないのに。  
 中に入ると、机に囲われて座っていた若い女性が声をかけてくる。いぶかしげな目をしているが、気にならない。  
 視線を巡らせると、見覚えのある図表が見えた。実験計画の初期に測量された列島の形だ。  
 手に取ったそれは地図だった。彼女らの持つそれよりもはるかに詳細で精巧だ。おそらくそれだけの精度もあるに違いない。  
 ため息をついて他を見やれば、さらなる衝撃が彼女を襲う。  
 見えたのは世界の形を模したらしい図表。おそらく世界地図。  
 この列島の形が彼女らの世界のそれと同じなら、世界の形も近似しているに違いない。  
 持つ者が持てば世界を制する、伝説級の発見だ。数多の軍勢に守られた地下迷宮にあってもおかしくない物が、手元にある。手が震える。  
 二つの地図を持って行き、売り子と思われる若い女性の手前に置いた。黄金色の硬貨をあるだけ積む。  
 女性は硬貨を手に取り眺める。指先で重さを測っているところを見ると、それなりに価値が理解できているのだろう。  
 しかし納得したようすはない。その視線はステアリンの持つ財布に注がれている。  


211  名前:  間違った世界史  04/02/20  23:09  ID:???  

 これは人間の職人に作らせた財布で、革に細工が施されており、鋲で補強してある。エルフである彼女の生に合わせて長持ちさせるためだ。  
 彼女の名「アルマ家に連なるアシトの地に生を受けた手綱取るもの(ステアリン)」が刻まれている。  
 悩んだが、思い切って財布も差し出す。  
 売り子の女性は微笑み、自分の財布を取り出し、中身を入れ替えステアリンに返した。  
 この人間は硬貨より財布の方に価値を見出したらしい。地図も紙袋に入れてこちらに差し出す。いっしょに何か入れてくれたようだ。  
 これで交渉成立ということだろう。笑顔で礼をする売り子に見送られ、ステアリンは店の出口に向かう。  
 野菜の袋と地図の紙袋で両手がふさがっている、困った。すると扉が勝手に開いた。なるほど、これは便利だ。  
 陽光の下で、彼女はかつてない充実感に包まれていた。  
 その耳に爆音が響く。2発。  
 緊急集合信号かも知れない。その場で大気干渉場を展開、浮上する。  
 確認した、白煙が2本。そのまま飛翔しドラゴンと合流、荷物を網で鞍に固定し、仲間の所を目指して飛んだ。  

次回に続く  




269  名前:  間違った世界史  04/02/21  22:44  ID:???  

>>209-211の続き  

 この時、日本の海外と接触している部署は、どこも混乱状態にあった。  
 通信の途絶、レーダーから一定範囲外の反応の消滅。  
 どの現象についても原因不明な中で、福岡県にある空自の春日基地、西部航空方面隊司令部に具体的な変化が報告された。  
 日本列島の海外に最も近い土地の一つ、対馬。その沿岸、市街にてアンノウンが出現したと。  
 照会したところ、対馬の海栗島第19警戒群のレーダー基地に記録が残っていた。  
 半島から南下する8つの影が、かすかながら映っていたと。  
 時を置かずに市街上空で謎の爆発があり、そこに次々集結するアンノウンがレーダーに捕らえられる。  
 この時点でようやく、空自の築城基地、第8航空団のF−15要撃戦闘機が2機、離陸した。  
 彼らが対馬に到着した頃には、7つの影はひとかたまりになって元来たコースを150km/hで北上している。  
 アンノウンは海面ぎりぎりを移動しているうえにレーダー有効反射面積が小さいらしく、地上のレーダーでは捕捉し続けることが困難。  
 洋上で追いつくであろうF−15からの報告が待たれることとなった。  
 レーダー上で2つの編隊が接触する。  
 パイロットによると、高空からでは目視確認は困難とのこと。  
 アンノウンはなんらかの火力を有しているらしいが、可能な限り接近するよう指示が下る。  
 目標を追い越したF−15は高度と速度を落としつつ旋回し、再び接触を試みる。  
 しかし彼らがその行動を終える前に、アンノウンに変化が見られた。  
 一群は加速し、一群は上昇を始める。  
 こちらに対し何らかの意図を持っての行動だろうが、目視するなら対象の高度が高い方がやりやすい。  
 人類世界の空で最も強力な機体を信じ、上昇するアンノウンの後ろに取りつくコースを選択するよう、F−15は進路を調整する。  
 彼方の空を知覚しうる空自、空港管制塔が見守る中、異界生物と現代戦闘機のファーストコンタクトが幕を開けた。  

短いですが、次回に続く  




956  名前:  間違った世界史  04/02/25  23:28  ID:???  

>>269の続き  

 七騎のドラゴンは直列編隊を組み、海面すれすれをすべるように飛行していた。  
 集団で一つの大気整流圏を形成し、地面効果も利用して個々の負担を減らすため。傷ついたドラゴンへの配慮である。  
 この低い視点から見えるは、海と空と水平線。外洋に目印などないし、携帯できる時間を計る手段はないので太陽から知れる方角も信頼性は低い。  
 それでも編隊を誘導するステアリンに進路への確信を与えていたのは、中空のガラス球に封じられたちっぽけな針だった。  
 常に南北を示すこれのおかげで、道無き広大な土地に点在するエルフの所領が一つの政体の下に連絡し合い、同盟を結べるのだ。  
 このような金属を利用する技術や文化は、たいてい人間の文明に由来する。  
 まだエルフとドラゴンが森林や山岳地帯に閉じこもっていたころ、その力を利用すべく連れ出した人間たちがいた。  
 大地の形を知ろうという意欲、南北を正しく示す指針。これらを持った彼らと世界を巡り、距離の精度は低いが、大陸の地図を作り上げた。  
 それによってどこにどれだけ同族がいるか知ったエルフたちは一つにまとまり、大陸を制したのである。  
 そんなエルフたちも海を越えることは好まなかった。  
 休む場所もマナや食料を調達できる森も存在しないからだ。  
 ドラゴンの上昇限度、高度八千mから目視できる大地なら行ってみる気にもなれようが、それ以遠は未知の領域だった。  
 それを覆す物が手の中にあるというのに、ステアリンの気は晴れない。  
 一つには、緊急集合信号の下、人間の街の真ん中で火災が発生していたこと。彼女の仲間がやったのだ。  
 同盟の法では同盟隷下にない人間に何をしても罪には問われないが、彼女の個人的倫理観はそれをよしとしない。  
 もう一つは、信号を出した者は乗騎を喪失し、そこに先着していた一名も人間に攻撃したあげくドラゴンを傷つけられていたこと。  
 エルフ種族の最も親しい友人の不幸は、だれにとっても悲しむべきことだ。ことわざにもある。エルフを怒らせたければ親と乗騎をけなせ、と。  
 最後の懸念は、人間による追撃の可能性があることだった。  



957  名前:  間違った世界史  04/02/25  23:29  ID:???  

 彼女の見るところ、あの島の人間は身体能力の限界を超えて移動する手段を持っていた。  
 彼らの街に被害を与えた以上、何らかの手段で報復があるかもしれない。後方への監視を密にするよう最後尾には指示してある。  
 その監視が無意味になるほど追跡者の足が速いことを知るのは、すぐのことだった。  
 徐々に近づく耳鳴りに似た音。  
 ステアリンはこれが人間の使う移動装置の発するものだと学習していた。どこから聞こえてくるのか、聴覚に意識を集中する。  
 ドラゴンの作る大気整流圏は外部からの衝撃や音をある程度遮断する。  
 この音の大きさならかなり近いだろうと目星をつけるが、前後左右、見当たらない。  
 後ろでだれかの声が響く。上だ、と。  
 見上げれば晴天の青空に二つ、銀の翼を持った何かが彼女たちを追い越して行くところだった。  
 音の聞こえてくる方向と移動物体の方向に大きなずれがある。  
 正確な数値は諸説あるが、エルフにも音速という概念はある。経験則と照らし合わせても、あれが凄まじい速度を持つことが知れた。  
 この大海原でよくも彼女たちを見つけだしたものだ。よほど目がいいのか、それとも遠くを知るなんらかの手段を持っているのか。  
 一つの大気整流圏の中でなら声は通る。ステアリンは全員に話しかけた。  
「聞いて。私達は何者かの追跡を受けている。左直上、見えるかしら?」  
 言うまでもなく気づいていたようだ。混乱はない。皆が状況を飲み込んだところで指示を下す。  
 乗騎を失ったラクトンと採取した資料を乗せた二騎、トルオールの負傷した一騎を全速で先行させ、残りの四騎で追跡者を阻止する、と。  
 聞いて、先走ってドラゴンを負傷させた娘が顔を歪める。くやしいのだろう。  
 こんな時のために連れてきた優速のプロト種ドラゴンを喪失した若造といい、身のほど知らずだ。  
 なんとしても生還させて、いろいろ教えてやらなければ。  

次回に続く  



358  名前:  間違った世界史  04/02/28  23:38  ID:???  

前スレ  
../1077/1077128299.html#956の続き  

 エルフは生活形態の違いなどから複数の勢力に分かれており、時には争うこともあるが、使役されるドラゴンどうしの空戦はまず行われない。  
 ドラゴン自身が同族との空戦を拒否するのだ。彼らは飛翔には長けるが、墜落の衝撃に耐えるほど頑丈ではない。  
 火球やソリトンリングの撃ち合いなら従うが、大気干渉場の展開能力を防御に集中すれば、効果はない。  
 何より、対気速度が大きいとリングを形成、維持するだけで手一杯で、前方に投射する余力がないのだ。  
 十分な高度があれば急降下しつつソリトンリングをフライホイールとし、ドラゴンの防御を破るだけの運動エネルギーを蓄積することはできる。  
 これを加速減速の道具として一時的に生成するならともかく、攻撃のために維持制御し続けることは困難だ。  
 訓練で自爆する者が続出し禁じ手とされ、使いこなす者は伝説の中に消えた。  
 結果、最終的な決着はエルフどうしの白兵戦でつけられることになる。  
 同盟の標準装備である七本の刺突剣は、空中剣劇で剣を取り落とすことを視野にいれて指定されたのだ。  
 だが今度の相手はこれまでの戦法は通用しないだろう。それが何なのかすら不明な現状では、対処法すらわからない。  
 彼女らの上を通過していった銀の飛翔体は左に旋回、こちらの背後を取りに来ると見える。  
 今しばらく時間を稼ぐため、彼らの描く旋回円の中心に向けて進路をとった。同時に上昇して位置エネルギーを稼ぐ。  
 相手は速い分、旋回半径が大きい。ここにつけこむ。  
 最低限の指示を言い渡し、直列編隊を解いた。ステアリンのドラゴンを最左翼とする並列編隊に組み変わる。  
 ここからは音声会話はできない。マナによるエルフの能力を利用する。  
 大気干渉場による発光現象。  
 空回りする歯車が火花を散らすがごとく、大気中のアルゴン原子にベクトルを与えるかわりに励起し、赤く発光するリングを形成する。  
 ドラゴンより高い出力密度を持つエルフならではの能力だ。  
 こちらを捕捉し損なった銀翼の者は、はるか右を通過していった。また左旋回に入るようだ。今度は小手先の機動ではかわせまい。  


359  名前:  間違った世界史  04/02/28  23:39  ID:???  

 ステアリンは右手をのばす。自分の目を焼かないよう背中に回したその指先に、昼間ですらくっきりわかる輝きが、一瞬、はじけた。  
 それを合図に、編隊右翼の三騎が飛び出す。  
 先行したドラゴンは揚力とともに抵抗も生む翼をたたみ、大気干渉場の推進力のみで飛翔する。  
 海面に軌跡を残しながら加速し、最終的には440km/hに達した。ドラゴンの海面最大水平速度だ。  
 トルオールのドラゴンは出遅れている。いくらか回復しても、不十分な視界での全速飛行は怖いのだ。  
 それを見送る四騎はステアリンに従い、戦速で上昇する。相手と高度を合わせ、罠を張るためだ。  
 銀翼の者たちの描く円は大きい。一つは真後ろに、もう一つは上で、相方を援護しようというのか。  
 これまで一切の攻撃行動を受けていない。接触、観察が目的なのかもしれない。  
 こちらも彼らを観察したいところだが、まず脅威度を下げてからだ。動きを崩してから追い抜かせて、目視する。  
 ドラゴンの編隊は間隔をとって、無動力滑空に移行する。推進に使っていた全力でソリトンリングを形成、後方に投射した。  
 二秒に一つの割合で放たれるそれは、数十秒間、大気中に留まり、何かに触れるとエネルギーを開放する。  
 空を飛ぶものならバランスくらい崩すだろう。  
 銀翼の者は彼女らの罠に気づくことなく突っ込み、予想以上の影響を受けた。  
 F−15の片翼に触れたソリトンリングはエネルギーを開放、一部で音速を超え、翼面気流を乱し引き剥がす。結果、片翼が失速した。  
 左右の揚力バランスが崩れて機体が回転を始める。きりもみ状態になって堕ち始めた。  
 高速に適応した現用戦闘機。翼面荷重の小さいF−15といえど低速では安定に欠く。  
 ステアリンは相手の意外な脆さに驚いたが、好機と見てドラゴンに翼を畳ませ、急降下に移り追った。  
 他の者は追随させない、無秩序機動でもう一つの飛翔体を撹乱させる。  
 高空に位置していたそれは迷うことなく加速しステアリン騎を追うが、まだ活きていたソリトンリングに触れてきりもみ状態におちいる。  
 同時に耳障な音とともに多数の光弾を放ったが、それは何者にも触れることなく海面に吸い込まれた。  
 これを見てエルフたちは、彼らは前方に投射する武器を持っていると知った。  


360  名前:  間違った世界史  04/02/28  23:39  ID:???  

 こちらの機体は速度を得ていたこともあってすぐに姿勢を回復したが、その時には僚機もドラゴンも追い越している。  
 もうステアリンの行動に干渉できない。  
 誰にも邪魔されることなく追う彼女の前で、それはようやく姿勢を回復した。海面が近い、危ないところだった。  
 銀翼の者は凄まじい音とともに炎の尾を引いて加速、上昇に移る。  
 その上から近づくステアリン騎。位置エネルギーを速度に変えつつソリトンフライホイールに蓄えている。  
 これを攻撃に使っていたら、いくら音速に耐える機体といえどフラップなどを破損し、堕ちただろう。  
 しかし彼女はドラゴンを銀翼の者の真横につけて追随しようとした。だが相手のほうが早い。  
 ソリトンフライホイールに蓄積された運動量も使ってF−15の加速に追いすがると、邂逅を数秒長くする。  
 その数秒の間にステアリンは見た。  
 流線型の頭部に透明な窓が張り出し、中に人影があることに。  
 それはこちらを向いた。なにやら被って目を隠しているが、おそらく目が合った。  
 極短い接触は終わり、耐え難い騒音とともにそれは去っていく。  
 彼女が仲間と合流するころには、銀翼の者たちも編隊を組んでいる。  
 彼らはもう近づいては来ない。もと来た方向へ去っていった。  
 何のために来たのだろう。その疑問に深く考える間もなく、彼女たちは帰還を果たした。  
   



次回に続く  




601  名前:  間違った世界史  04/03/01  23:38  ID:???  

>>358-360の続き  

 エルフの政体の一つ、判定者同盟が兄弟地球の半島につくった実験前進基地は、こちらで言うところの韓国、ウルサン付近にある。  
 必要な物資は現地調達が基本だが、一部は人間の船団によって運ばれ、建造も人間の手を借りて行われた。  
 建築物の多くはドーム状か球状で、竹を骨組みとし河川敷に堆積した粘土にドラゴンの繊維糞を混ぜて壁材とする。  
 恒久的に使用する前提なので乾性油による防水も施されている。  
 ここに約400人のエルフと2000人ほどの人間技術者が派遣され、活動していた。  
 今は多くのエルフが駆けまわり、召喚された列島への先行偵察から持ち帰られた試料や情報の処理に追われている。  
 人間たちは平静を保っている。政策には関われず、運搬や工作を担う彼らの出番はまだ先だ。  
 先に帰還したトルオールは連絡や報告を済ませ、半球状の竜舎の外壁によりかかり、自分の相棒の診察が終わるのを待っていた。  
 手には帰還時に渇きを癒せと渡された西瓜を一切れ持っているが、堅く引き結ばれたくちには無用のものだ。  
 表情は堅い。不安で診察に同席する勇気が出ない。ただ、竜医の足音がいつ出てくるかと注意を払っている。  
 追跡者阻止に残った仲間のこともそうだが、かの島の人間に何かをかけられ、目を傷めた大事な相棒が気にかかる。  
 地面を擦る音とともに竜医が出てきた。普段から優雅なたたずまいで知られるエルフ女性だ。  
 髪は一束に編まれて、先端が腰のあたりでゆれている。  
 いつも疑問に思う。なぜ長い髪を邪魔に感じないでいられるのか。あれはあれでマナの整流効果を担っているらしいが。  
 髪の長さは年齢の証し。重要な部署には彼女のような経験豊富な年長者が配置されていた。  
 それが今は眉根を寄せて、目は赤く充血し、くちを押さえている。不安に駆られ、つっかえながらも声をかけた。  
「パっ、パルミチン竜医士、わたしのドラゴンの具合は、どっ、どうなんでしかっ。ですか」  
「問題ないわ。薬用油と温水で目を洗浄したから、刺激物の除去とともに視力も回復している」  



603  名前:  間違った世界史  04/03/01  23:39  ID:???  

 ほっとするが、だったらなぜ顔をしかめていたのか、疑問をぶつける。  
「目の周りに付着していた液体を舐めてみたの。これが刺激的でね、まだ舌に沁みるのよ」  
 挑戦者だ。性格に問題ありとうわさされるだけはあると、あきれ半分に感心した。  
 具体的には妹と不適切な関係を持っているらしいが、よくあることだし、エルフ社会的にも許容範囲内ではあった。  
 ともあれ、彼女の言葉に安心する。  
 エルフが一線を退く理由の多くは愛騎との離別だ。  
 体力的に問題なくとも所領に引きこもり、一族の指導に努める。  
 たいてい新たなドラゴンを持つが、騎乗するより世話を焼くことに喜びを見いだすことが多い。  
 トルオールと相棒は十の誕生日に渡された卵からのつきあいだ。まだ四百年は現役でいるはずなのに、別れるなど考えたくもない。  
 竜舎に踏み込む。初夏の日の下から入った日陰は暗いがすぐに慣れ、漆黒のドラゴンが目に入った。  
 それはトルオールに気づき、あいさつ程度の大気干渉場を展開する。  
 こちらも同様に展開し、ゆっくり近づきながら双方の力がつりあう状態を保つ。  
 彼女の手がドラゴンの鼻先に触れると同時に干渉場は対消滅した。  
 エルフとドラゴンが互いを確認する儀式だ。たとえ暗闇でも間違えるなどありえない。気を許せる距離を測る行為でもある。  
 これまでよりずっと抵抗が少なかった。ドラゴンがこちらに合わせてくれたのだ。  
 あんな目に遭わせたのに、前より信頼してくれたことが何よりうれしい。  
 ふと、手に持つ西瓜のことを思い出す。  
 西瓜はドラゴンの好物だ。水分の多い植物質は下痢を起こすので避けるべきだが、一切れくらいなら問題ない。  
 ふだんは皮しかやらないのだが、今回は赤い身もつけたまま鼻先に差し出すと、ひとくちで吸い込む。  
 咀嚼するくちの端から果汁が漏れるが、竜舎に常備してある布で拭いてやる。  
 行儀悪いと怒る気にもなれない。本当に無事でよかった。  

次回に続く  



510  名前:  間違った世界史  04/03/11  21:47  ID:???  

../1077/1077724125.html#601の続き  

 安堵したトルオールの耳に外の喧噪が届いてくる。状況の変化を伝える声だ。  
 竜舎からそう離れていないところに降着場がある。後続が帰還したのかもしれない。  
 愛騎に別れを告げ、まぶしい陽の下へと歩きだした。  
 土埃が舞わないよう芝で舗装された平地に、並ぶ四騎のドラゴン。無事に戻ったようだ。奇妙な行動をとる一人を除いて。  
 皆が困惑しながら遠巻きにしている中で、一人のエルフ女性が目を泣き腫らしながら西瓜にむしゃぶりついている。  
 まさか自分には関係あるまいと思うが気になり、勇気を出して声をかけた。  
「ステアリン直属騎士、なにかあったんですか?」  
 応えて彼女が差し出した指先に、歯形のついた濃緑の実がひとつ。かの列島から持ち帰ったものだろうか。だとしたら提出義務があるはずだが。  
「私が個人的に人間からもらったものなんだけど、帰る途中でかじったらくちの中が焼けるように熱くて、ずっと辛かったのよ」  
 香辛料の類いなのか。薬物ならともかく植物でそこまで刺激的とは。触れることすらためらわれる。  
「これを触った手で目をこすったら、もう涙が止まらなくて、帰るまで大変だったわ」  
 無言で一歩引く。彼女が別の『敏感なところ』を手で触ってしまわないよう祈りながら。  
 帰還したドラゴンを診ていたパルミチン竜医士が寄ってくる。かの実に興味を引かれたのか、まっすぐステアリン直属騎士のところへ。  
 関わりたくないと背を向けた背後がなにやらうるさくなったが、もうどうでもよかった。  
 皆が帰還したのなら、判定会が招集されるだろう。  
 その場に留まるうちに伝令がきた。南南西時(13:30)に大会議棟に集まれと。  
 同盟領は広い地域にまたがっており、世界が球形な惑星上にあり、時差が存在することも知られていた。  
 結果、生活時間は地域ごとの太陽の方向を基準に定められる。  
 朝が東時、真昼が南時、夕方が西時、あいだをさらに四等分する。一日を十六等分。それ以上細かく活動時間を区切ることはなかった。  
 度量衡のための、心臓の鼓動を基準にした「秒」という単位はあったが。  


511  名前:  間違った世界史  04/03/11  21:48  ID:???  

 各所に備えつけられた日時計では、今は南南東時半(11:15)頃だ。  
 汗を流して着替えに食事、報告内容の整理をするには足りるだろう。  
 最低でも戦装は外さなくてはならない。支給された武装を返却すると自室へ向かった。  
 基地や境界砦など同盟が運営する施設では、個々のエルフは所領の代表として扱われ、個室を与えられている。  
 ささやかではあるが領土を与えられ、治める器量を試されるのだ。  
 トルオールの部屋は個室としては最小のもので、円柱を縦に半割りしたような、蒲鉾形の長屋を区切った一角にあった。  
 エルフにとって長さの単位はいくつかあるが、建築物などを測る場合は成体ドラゴンの翼幅(約12m)を基準にすることが多い。  
 翼幅の二倍(24m)なら二頭翼、二分の一(6m)なら片翼、四分の一なら四分翼。  
 個室の大きさをこれで表現するなら、直径片翼(6m)、厚さ四分翼(3m)の円筒を90度分、切り取ったような形だ。  
 隣室との壁の間は砂で埋めてあり、音が漏れる心配はない。個人の秘密は守られている。  
 入口の木戸に手を触れ、大気干渉場を展開する。障害物の向こうへ力場が届き、手応えがあって鍵が外れた  
 簡単なかんぬきだが、木戸の向こうがとうなっているか知らねば解除できるものではない。  
 扉を開けば彼女の個人領域。エルフの標準的な生活空間があらわれる。  
 天井には開閉可能な丸い天窓。透明度は低いがガラスがはめ込まれ、昼間なら生活に充分な明るさで室内を照らす。  
 夜の照明には照明筒を利用する。  
 これはガラスの筒にマナを光に変換する菌類を植えつけた木材が封入されたもので、エルフだけでなく人間にも幅広く利用されている。  
 マナの無駄遣いではとの声もあるが、火を使った照明とは違い、火災を起こさないという大きな利点があった。  
 この発光菌類は木材中のマナの定量分析にも利用される。今頃は技官たちが試料と取っ組み合っているだろう。  
 室内に収納のための家具はあまり置かれていない。  
 エルフは部屋を一本の樹に見立て、三次元的な空間の使い方をするからだ。  
 枝葉に見立てて壁にロープや網を張り、服でも小物でも、そこから吊り下げることが多い。  


512  名前:  間違った世界史  04/03/11  21:49  ID:???  

 床は踏み固められた土だが、竹を編んだスノコが敷かれて、その上では靴を脱ぐ。  
 室温は外より低く過ごしやすい。  
 伝声管の役も果たす換気口か床近くに開き、内側に水を滴らせた空冷塔を通した、気化熱で冷却された空気を送り込んできている。  
 冬ならこれが温風に変わる。  
 睡眠は天井から吊った竹かごのようなベッドでとる。ハンモックとは違い三点以上で支持するから、揺れは少ない。  
 中には端布や古着が詰め込まれ、さながら小動物の巣のようだ。  
 この下の空間が布で囲われ、容積を取る装備の収納場所になっていた。  
 竜鱗鎧は外すといくつかの部分に別れる。風通しのよい網袋に入れて吊るした。  

入浴については以下のURLへ  
../../bbspink2_eroparo/1067/1067243766.html#289  

 汗を吸った活動着は浴場棟の洗濯物カゴに放りこんで、洗いたてのものに着替える。  
 本来の活動着は上下がそろいで、下は丈の短いスカートのようになって、縦に切り込みが入っている。  
 腰の前後に下がる布地を股の下で留めて、下着のかわりに陰部を覆い隠していた。ボディスーツのようなしくみだ。  
 オリモノや尿漏れを吸わせる、吸収体を固定するためのポケットや帯は、この股布ついている。  
 最低限の身だしなみを整え、サンダルを履くと食堂に向かった。  


次回に続く  



826  名前:  間違った世界史  04/03/13  23:31  ID:???  

>>510-512の続き  

 実験基地に供給される食料のうち、生鮮品は水源であり輸送水路になっている川の上流、耕作に適した土地で栽培される。  
 主食の豆類や穀類は、首都プタンの水源であり運輸水路である、黄土に染まった大河の下流、広大で肥沃な三角州が主な生産地だ。  
 この地に原種が自生していた大豆が、同盟の生活基盤を安定させた。  
 一部は基地周辺で自給できるようにしているが、多くは大陸の生産地から、川と沿岸海運を経て供給されている。  
 同じ沿岸経路で南方から運ばれる、保存性のよい果実なども楽しみのひとつだ。  
 実験基地も首都と同じく、食に関しては地方の所領よりもはるかに恵まれていた。  
 エルフの食事は基本的に一日三回。消耗の具合に応じて間食も摂る。  
 朝は水分と糖質に富む果実や果菜で体調を整える。  
 昼は熱量の多い豆類、穀類が主。  
 夜には豆穀に加えてマナの供給源となる茸類の熱いすまし汁が出る。干した近海の小魚や発酵した大豆の調味料で味が調えられ、美味だ。  
 食事は手で持って食べることが多いが、羹(あつもの)の具は先の割れた竹串で食す。  
 基地での食事は、有料で個室へ配達する奉仕業者もあるが、計画参画者には無料の食堂が開放されていた。  
 他の火を扱う施設と同じく、人間風の方形の建物だ。気象条件がよければ屋外に日除けを張って、外の空気を吸いながら食事する。  
 今日は申し分のない青空が広がり、そよ風がはためかせる天幕の下、三本足の円卓と小枝を組んだ椅子が並べられていた。  
 先客は少なくないが、席にはまだ余裕がある。  
 食事の配給は、自分が食べるものを自分の分だけ、取り集める形式になっている。自己管理のできないエルフなど居ない。  
 屋外に仮設された配給所の端には、両てのひらを広げたほどの取りカゴが積んである。ひとつ取ると視線を巡らし、並ぶ食材を値踏みする。  
 両手で抱えるほどの大きさのざるに盛られた、葉野菜や、蒸して冷ました豆類、果菜類に果実。  
 動物性の食材は置かれていない。  
 死ぬほどではないが、エルフの身体に母乳以外の獣脂は毒で、消化不良を起こして腹を下す。魚か、せいぜいで鳥が限度だった。  


827  名前:  間違った世界史  04/03/13  23:32  ID:???  

 人間たちは、この獣肉を平気で食べる。  
 豆や肉や根菜芋類を鍋で煮込んで、どろどろのスープにして食べているのを見たことがある。匂いだけで胸焼けがした。  
 先の割れたさじを使って、すくったり刺したり、器用に食べていたのを覚えている。  
 匂いのきつい、獣乳を発酵させた塊もそうだが、剥いても皮ばかりで涙腺を刺激する変な球根など、食べ物とは思えない。  
 これが束ねて軒先に吊るされているのを見てからしばらくのあいだ、エルフ避けの呪いだと信じていたくらいだ。  
 春の芽吹きの元となる地下茎はあまり食用としないのが、森林起源種族の習慣だった。  
 幸い、ここにあるのはエルフの好みに合ったものばかり。  
 昼の献立を決めると少女は手を伸ばす。  
 取りカゴの底に濃緑で柔らかい落葵(ツルムラサキ)の葉を幾重かに敷いて、蒸した豆類を大さじですくって盛っていく。  
 葉野菜はひとくち分の豆穀を包んで、くちに運ぶためのものだ。多めに取って、余ればそのまま食べればよい。  
 豆類は水を吸わせて発芽しかけたものを蒸す。柔らかくなり、栄養価も上がる。先人の知恵だ。  
 香味つけとして、塩とオリーブ油で炒った木の実、はじけた米穀が用意され、見栄えのしない食事を飾る。  
 炒ることで引き出された香り成分とオリーブの芳香が、蒸し豆の青臭さを消してくれる。  
 ひよこ豆は青臭さがなく美味だが早い者勝ちで、すぐになくなってしまう。今日はありつけなかった。  
 何種類かの野草を乾燥させて湯で煎じたお茶が、竹を削った軽量の椀で出されて、食後の舌先に清涼感を与えてくれた。  
 取りカゴと竹椀を返しに配給所に戻れば、受けカゴの隣に木苺の盛られたざるがある。  
 食堂に従事する人間が野生種を採取して来てくれたのだろう。いい関係を築けている証拠だ。  
 もらっていいかと尋ね、了解を得てから二つ三つ、くちに運ぶ。  
 酸味は強いが、栽培種に慣れた舌には、この野趣が心地よい。森への回帰願望が刺激される。  
 礼を言って立ち去る道すがら、ある思考が頭をよぎる。エルフと人間は別々に生活したほうがよいのではないかと。  
 彼らとの関係は表面上は良好だ。エルフの社会においても人間の果たす役割は大きい。  
 首都はもちろん、地方の所領に住む人間たちも行動の自由は保障されている。  


828  名前:  間違った世界史  04/03/13  23:33  ID:???  

 首都では人間が住むのに制限はないし、地方領主も、入ってくる者は拒否できるが、出て行く者を留めることはできない。  
 だからといって皆が幸せなわけではない。  
 最低の仕事で食いつなぐ人間を、同盟法の庇護の隙間にいる不幸な存在を、トルオールは知っていた。  
 彼女の祖母が掌握している所領にも人間は多い。さまざまな技術で領地を支えている。  
 そんな技術者の一家族が、首都の工房街への出立を願ったことがあった。自分の技がどこまで通じるか試してみたいのだと。  
 祖母は目をかけていた相手だけに残念がったが、これを許した。  
 しかし、この家族は失敗し、少女の住む所領へ戻ってきたのだ。  
 夢破れて戻ってきた彼らを見る祖母の目を、少女はいまだに忘れられない。何の関心も持たない、どうでもいい物を見る目。  
 結局、その家族は所領を追い出され、元住んでいた家はドラゴンの火球の標的として粉砕された。  
 その後に聞いた人間たちの噂話から、彼らの消息を知ることになる。  
 首都に引き返し住むことになったが、なんの技能も持たない、他所から紛れ込む難民と同じ扱いを受けていると。  
 難民とは、能職者として正規登録されていない人間のことをいう。この認定にエルフは関わらず、人間たちの自治に任されていた。  
 最低の仕事にしか従事できない彼らに同盟は厳しく、最低限の権利しか認めていない。  
 それでも同盟領に留まることは、野生動物や他国のエルフからの保護を、奪われない殺されない権利を、人間に約束するのだ。  
 この出来事のあった晩、トルオールは一睡もできなかった。あの目で見られたらと思うと、背筋が凍るほどに怖かった。  
 所領を出て、首都で同盟直属業務に就いている母は後継として認められておらず、彼女に期待がかけられていた。  
 父は知らない。母親の血を引いていること以外は重要でないからと、教えられていない。  
 ひょっとしたら、当の本人にもわからないのかもしれない。  
 それでも祖母の血を引くことに違いはなく、いろんなことを教えられ、大事にされてきた。  
 それが簡単な理由で崩壊するかもしれないのだ。  
 娘より同盟をとった母、孫より所領を大事にする祖母。  
 少女を無条件に慕うのは、八十年近くを共に生きた、ドラゴンのみだった。  

次回に続く  



784  名前:  間違った世界史  04/04/02  22:15  ID:???  

../1078/1078588258.html#826の続き  

 大陸の南半分を支配するエルフの政体、判定者同盟。その名は政治形態に由来する。  
 世界を制した自分たちの力を信奉し、強い者が主導権を主張できるエルフ社会で、最も尊敬を受けるのが、各々の強さを見定める判定者だ。  
 彼らによる大陸支配が成立すると点在する住処は翼で結ばれ、利害の処理単位は各家族内から所領間に拡大された。  
 衝突を力で解決しようと、自分の力を信じるあまり死ぬまで戦う者があらわれ、数百年を生きる命が数多く失われる。  
 この事態を憂いた者たちが、争う当事者が命を落とす前に、誰が何ゆえに勝者か宣言して、争いの場を収める体系を創りあげた。  
 理論的な思考で種族の未来を考え、正しい決断を下すことを追求する彼らは、判定者と呼ばれるようになる。  
 平等公正をつらぬき尊敬信頼され、やがて、争う前に問題を解決することを頼まれる存在へと、役割を変えていった。  
 権を集め、判例と知識を集積し、どこの所領にも属さない集団をつくると同盟首都「プタン」を建設する。  
 位置は黄土に染まる大河が山地を抜けて平原へと出る場所。こちらの世界でいう中国の、洛陽の辺りだ。  
 首都が建てられて最初の仕事は、大陸に散らばるエルフの意志疎通を確実にするための、文字や言語の統一だった。  
 これが紛糾し、北方狩猟者連合をはじめとするいくつかの集合体や多くの所領が抜け落ち、現在の同盟が形作られる。  
 現在でも辺境では所領の統廃合が起こり、同盟北部では首都プタンを「フタン」と発音しているのが、その名残だ。  
 同盟発足当初からこれまで、判定者は推薦により選出されてきた。  
 試合により選ばれた同盟十六強が、順位に応じた権限で、公正と認められる判定を下した者を選び出す。  
 判定者は同盟政策に関わる第一判定者を筆頭に部門ごとに組織化されて、専門分野にそれぞれ就けられている。  
 召喚実験計画は同盟政策の中でも極めて重要な位置にあり、計画を束ねる長は、第一判定者に次ぐ権を与えられていた。  
 各領主への協力要請権を持ち、計画投入資源の使い道を自由に決定し、事後報告だけで済ますことが許される。  


785  名前:  間違った世界史  04/04/02  22:16  ID:???  

 ついに始まった召喚計画の第一段階は成功し、先行偵察隊のもたらした情報、試料の分析は、ほぼ終了した。  
 文官、技官や偵察帰還者が集結し、開示された情報を元に是非を判定する場が、大会議棟で開かれる。  
 参加者の一人、入浴、食事と、生理的な調整を終えて自室に戻ったトルオールは、判定会に備えて同盟制装を身にまとう。  
 特殊な行事以外でなら、どこに出しても恥ずかしくない制服だ。他の衣服と同じく、飛翔、運動を妨げない構造になっている。  
 胸には少女の立場を示す、漆黒の正六角に金線で紋様が描かれた記章がふたつ。  
 ひとつは下向きの矢印にも似た三本の葉脈が描かれて、招集騎士であることを意味している。  
 ひとつは交差する刺突剣と曲刃刀の紋様。辺境境界で実戦を経験した者に与えられるもので、トルオールが招集された理由のひとつだ。  
 制装は身体だけでなく心も引き締める。そうなるように教育されてきた。  
 32万のエルフ、50万のドラゴン、5000万の人間を擁する大陸最大勢力、判定者同盟の一員である自覚を湧かせる。  
 個人には持ち得ない巨大な力の象徴であり、それを統率する第一判定者は、常に正しき道を示してくれる。  
 そう信じることは、ある種の快感、高揚感を少女にもたらした。  
 判定会までの時間に報告内容をまとめようと、支給されている筆記用具を取り出す。  
 先細の金属板を重ねて染料を吸わせ、少量ずつ出して線を描く筆。珪藻土などを塗布して染料液をにじまなくした上質紙。  
 柳の小枝を炭化させた、安価でにじまず紙質を問わない炭筆もあるが、筆記密度や文字の美しさでは金板筆に及ばなかった。  
 小物棚のついた机に向かって、記憶をたどり、文字に変える。  
 エルフ文字は自然物由来の表意文字だが、これは地方ごとの差異が大きい。他所との連絡や記録に使える文字は同盟法で決められていた。  
 もう一つ、人間由来の表音文字も使われている。  
 蛇にも似た、主に丸と曲線で形作られた文字はスネーカと呼ばれて、同盟でも正式に採用されていた。  
 エルフ文字の完全な統一がなくても同盟を成立させられたのは、スネーカ文字による間隙の補完が大きい。  
 同盟のエルフはみな汎同盟教育を受けるし、首都など工房街の人間も、他所の知識に飢える各所領に封じられた人間たちも、識字率は高かった。  


786  名前:  間違った世界史  04/04/02  22:17  ID:???  

 少女は白紙を前に、かの島についての記憶をたどり、見聞したことを整理する作業に集中する。  
 エルフの記憶力は高い。寿命の尽きる数年前まで、過去が薄れることはない。  
 この時を迎えると記憶は混乱して魔術も使えなくなるが、身体能力の衰えはない。  
 記憶の枝葉から順に失われていくが、特に強烈な出来事は最後まで残る。それはしばしば年老いたエルフを混乱させた。  
 少女の場合なら、ついさっき出会い闘った人間がそれだ。  
 呆けてしまった自分は人間の若者を見るたび暴れるのだなと想像して、寂しさを含んだ苦笑を漏らす。  
 もう会うこともあるまい、とっくに死んでいるであろう相手に怒るのかと思うと、奇妙におかしい。  
 記憶と感情か絡みあって、思い出をかたちづくる。  
 それを心の引き出しにしまいこみ、報告のための、客観的な事実の整理に没頭した。  
 いくつか書き連ねた項目に注釈を加える作業にも飽きたころ、少女の耳に旋律が届く。  
 同盟では時刻を知らせる手段として音を利用している。剛性の高い、節を抜いた竹の管に空気を吹き込み、遠くまで届く音を出す。  
 高音と低音の組み合わせで時を表し、これを三回繰り返す。  
 重要な時刻は、換気口も兼ねた伝声管から直接知らされることになっていた。  
 すぐさま反応したトルオールは最低限のものを腰帯に吊った物入れに移して、大会議棟の控え室に向かう。  
 道すがら空を見やれば高空に黒い翼が四騎。普段は一組二騎なのに、さらに上空にもう一組配置している。  
 哨戒を強化しているのは、かの列島からの追跡者を警戒しているからだろうか。  
 偵察帰還者の、最後の打ち合わせのために用意された控え室には、円卓に、椅子が人数分。まだ誰も来ていない。  
 入り口近くの椅子に腰掛けると書き付けを取り出し推敲を加えつつ、かの列島への偵察行を共有した仲間の到着を待つことにした。  



次回に続く  



106  名前:  間違った世界史  04/04/09  22:35  ID:???  

../1080/1080118526.html#784の続き  

 少女が背を向ける、控え室の入口から風が吹いて、円卓に置いた書き付けがふわりと逃げ出す。  
 追って伸ばした指先は間に合わず、とっさに展開した大気干渉場で引きよせ捕まえたところで、背後から声がかかった。  
「またあなたに先を越されたわね」  
 よく知る声に立ち上がり、さっと回れ右して姿勢を正し、胸に置いた右手の先は記章を指す。  
 見本のような敬礼とともに少女は声を返した。  
「はいっ、トルオール招集騎士、先行しておりました」  
 目の前の女性は同盟正装に身を包んだ、先行偵察隊の長。ステアリン正規騎士。その胸に記章は三つ。  
 七本の刺突剣を意味する葉脈紋は正規騎士を、交差する剣は実戦経験を、縦に二つの逆三角は二編隊十六騎を指揮する能力を示している。  
 二重翼章はドラゴン騎乗戦闘の実戦指揮官では最高位のもので、高度な空間把握能力や状況予測能力を必須としていた。  
 飛んできたのだろうか、かすかに渦巻く風をまとった彼女は歩幅も大きく少女の横を通り過ぎて、最奥の椅子に腰掛ける。  
 取り出した紙束は文字と挿絵で埋めつくされて、観察力の差を見せつけられた少女は感嘆と微鬱のため息を漏らした。  
 時を置かずに皆が集まる。  
 乗騎を失い落ち込んでいた少年ラクトンは、なぜか笑顔をつくってトルオールへの関心を見せた。  
 耳をつかんで怒鳴りつけたことへの、遠回しな嫌がらせだろうか。軽くあしらい、ステアリン正規騎士に注意を向ける。  
 彼女は最低限の確認だけ済ますと、皆を引き連れ大会議棟へ向かうという。  
 何人かが提する疑問に応えた言葉はこうだった。  
「判定者にとってはね、口裏をあわせた証言よりも、率直な言葉の方が都合がいいのよ」  
 直属騎士は、人間とエルフの、または人間同士の衝突を調停するための、限定的な判定者権限を持っている。  
 その彼女が言うのなら、そうなのかもしれない。  


107  名前:  間違った世界史  04/04/09  22:36  ID:???  

 大会議棟はエルフらしからぬ地下建築物だ。  
 掘り下げた地面に建てた本体半球を埋設し、その上に緩衝材として竹束や土を積んで、さらに地上建築物まで重ねてある。  
 中空多重の隔壁は、高空からの投石に、まずあり得ないがドラゴンの急降下体当たりにすら耐える強度が与えられていた。  
 一人が手を広げてふさげるほどの狭い地下通路には、途中の何箇所か床板の下に、配備された竹のスパイクを設置する穴が設けてある。  
 空を翔る能力を持つがゆえに、えげつない地上罠を平気で設置する。同盟にとっての仮想敵は、飛翔する者だけではないのだ。  
 歩哨の装備は頭部も覆う重戦装。肌を隠してあるていどの火にも耐える。  
 武装は長槍。狭い通路で槍ぶすまをつくり、長さゆえに奪われても切っ先の向きを変えることはできない。  
 明りは燃焼によらない照明筒が使われ、換気設備も整い、ささやかな涼風が流れていた。  
 このような四本の通路がつながる大会議棟の内部は半球になって、天井には天体に見立てた照明筒が配置されている。  
 中央に6人掛けの円卓。かこむのは、実験判定者とその補佐二名、書記とその補佐二名の六人。  
 この場で最上位の実験判定者は、年齢312歳のエルフ男性、ハイト・リイ・ウルキサイト・ポータス。  
 第三名音の「ウルキサイト」は「ひとつの環」と訳され、閉鎖領域出身者を意味している。  
 たいていの所領は川の流域に位置し、海を通じて首都とつながる。その川の名を第二名音に付けるのが同盟での習わしだった。  
 だが内陸には海へ達する河川を持たない所領も多い。同盟は地上に道を作らせないため、首都との人間の行き来が極端に制限される。  
 このような場所を閉鎖領域と呼び、そこに住む人間たちは、他所領とは異なる独自の文化や風習を持っている。  
 地理的に隔離された所領出身のエルフは異文化への許容力があり、これは判定者として優れた素質であるとされていた。  
 事実、閉鎖領域から首都に上ってくる者は少なくない。  


108  名前:  間違った世界史  04/04/09  22:37  ID:???  

 また、彼ら判定者階級には男性が多かった。  
 個体戦闘力を左右する、大気干渉場の展開能力に性差はなく、体格は女性がわずかに優勢。  
 ドラゴン騎乗能力も腰の座りがよい分、相性の差で女性の方が高い。  
 加えて所領を継ぐのも女性であるため、彼女らは強さを求め習練する意欲が強く、騎士階級の8割を女性が占めていた。  
 もっともエルフ社会において、階級には役割分担以上の意味はなかったが。  
 書記は同盟成立時に文字統一のために設立された階級で、情報の管理配布を担う重要な役割だ。知識だけなら判定者以上のものを要求される。  
 何事にも没頭する癖のある者が多く、技官たちと並んで、知の探求者としての側面を多分に持っていた。  
 彼らが囲む円卓のまわりには、同心六角形に数列の椅子が並べられ、最内列には偵察帰還者と技官たちが、報告のために座り控えている。  
 全員の手元には急造された小冊子が配られていた。判定会が終われば破棄されるものだ、文字は荒く紙質もよくない。  
 最初の数枚はあらかじめ草稿がつくられていたのか、きれいに刷り上がっているが、後ろの方は荒い。緊急につけ足した分だろう。  
 意外に分厚い冊子に目を通した者たちは、深刻、苦渋、不安、興奮、それぞれの表情を見せる。  
 いつもなら静寂な場が、交わされるささやき声で満ちて、彼らの内心の混沌を表していた。  
 それでも議事の進行をつかさどる判定者補佐が起立すると、一同はくちをつぐんで静まりかえる。  
 静寂の中で開会が宣言されて、同盟の未来を決定するかもしれない判定会が始まった。  
 名を呼ばれた者が席を立って実験判定者の正面まで歩み、判定者補佐の質問に答える。  
 最初は召喚した列島から持ち帰られた試料についての報告。想定していた通りに、こちらの樹木の三倍以上のマナを含有していた。  
 ドラゴンは体内のマナを使い切ると、完全回復まで14日の休憩を要する。この時間を3分の1に短縮できるのだ。  
 かの列島の樹木資源を確保できればドラゴンの稼働率が3倍に上がり、同時投入戦力も相応のものになるだろう。  
 植生については、置換前の島との地形差異について、ほぼ予想範囲にあったが、列島全土についての調査が待たれるところだ。  


109  名前:  間違った世界史  04/04/09  22:37  ID:???  

 次に、今回の本題の前触れとして、先行偵察隊の損害について偵察隊の長から報告がされた。  
 事故によるドラゴンの喪失が一騎、人間との交戦による軽負傷が一騎。  
 不用意な交戦についての責任は問わない。ここは叱責の場ではないし、調査活動の一環として評価できるからだ。  
 喪失との言葉に場の空気が熱みを増す。緊張をはらんで、視線が報告者に集まる。  
 マナ資源が手つかずな土地に、それだけの力を持つ者が住むとは想定されていなかったのだ。  
 失われたドラゴンは、人間の市街に打たれた杭に張り巡らされた綱にからめ捕られて落ちたという。  
 かつて人間が使った竜阻止柵に似ているが、かの列島のものは配置が乱雑で、ドラゴンに対処するためとは考え難い。それでも危険には違いないが。  
 列島原住民についての詳しい報告が続く。  
 農耕を営み、船を持ち、通貨を利用した交易を行い、道を張り巡らせ、石とガラスの大型建築を造りあげる。  
 持ち帰られた農作物の内容は、数種の葉野菜、果菜、茸類で、大豆の未熟莢も含まれていた。  
 全般に甘く、柔らかく、試しにくちにした者の証言では、食味に優れていたという。これも有望な資源であると思われる。  
 このあたりは既知の人間の延長線上にある。文明の方向性についても大幅な違いはないだろうと思われた。  
 次に、エルフの知る人間にはないものについての報告。  
 馬よりも速い箱車、ドラゴンよりも速く飛翔する何かとそれの放つ光弾状の武器。大量生産される書物、詳細な地図。  
 直接の脅威になりうる、ドラゴンよりも速く大きな銀色の飛翔体には人間が乗っており、後ろから炎を吹いて推進していたという。  
 燃料を混合した空気が爆発的に膨張することはドラゴンの火球を見ても明らかだ。これを応用した物と思われた。  
 武器らしき物として、正面に向けて凄まじい速度で飛翔する光弾を投射したところが目撃されている。  
 これが彼ら自身を破壊しうるなら、ドラゴンなどひとたまりもあるまい。  
 他にも、先行偵察隊にたいして目視圏外からぴたりと接触してみせるなど、得体の知れない相手だ。  
 そのわりにドラゴンの投射した孤立気流リングであっさり飛翔安定性を失ったのは、大気干渉場を持たないからだろう。  
 旋回能力など機動性も劣り、このあたりがつけいる隙と思われた。  


110  名前:  間違った世界史  04/04/09  22:38  ID:???  

 幸いにも入手できた人間の地図によれば、偵察を行った島など、人間勢力のほんのちっぽけな一部に過ぎないらしい。  
 その総力がどれほどの物かは想像もつかず、張り巡らされた道路と輸送能力を利用すれば、容易に力を結集できるだろうと思われた。  
 一人の人間が、素手でエルフと互角に戦ったという証言もある。  
 彼らと戦うことになるならば、かつての弩弓戦争のごとく殲滅戦になるだろう。  
 魔術防御をも撃ち抜く武器をもって国土からエルフの排斥を求めた人間の国があり、この武器の名をもって弩弓戦争と呼びばれる戦いがあった。  
 エルフにとって危険となる文明を残せぬよう、技術を伝えられぬよう、徹底的に焼き払わなければならない。  
 そのための情報は著しく不足していた。  
 かつての焼滅戦では冬に食料と住居を焼き払い、雪で他所への逃亡を妨げ、暗くなれば暖を取る火の明かりにドラゴンの火球を撃ち込んだ。  
 滅びの冬も利用して、一つの国を住人ごと消滅させたのだ。  
 どこにどれだけ住み、どこに何を蓄えているか、事前の精密な調査が成功の鍵となる。  
 列島原住民については、人口やその分布どころか、言語すらわかっていない。  
 書物に打たれた文字が十進数の数字だろうと推測されるくらいだ。  
 手元の限定的な資料だけでは、調査は困難を極めるだろうと思われた。  
 最後に、既知の他勢力による計画への干渉の有無について報告がなされる。  
 おそらく北方狩猟者連合の斥候と思われるドラゴンが数騎、目撃されたという。  
 北方狩猟者連合はエルフと人間が共存する集合体だが、同盟とは形態が異なる。  
 道を開くことを制限されない連合領に点在する人間の小集落はドラゴンの餌や宿泊施設を提供し、巡回するエルフは荷役流通の役を担う。  
 このため雪に閉ざされる厳寒期でも餓死者は出さないらしい。  
 それでも厳しい気候が人口を制限しているので、南方の同盟に対して領土的野心を見せて、狩猟部隊が境界を侵犯することが度々あった。  


111  名前:  間違った世界史  04/04/09  22:39  ID:???  

 一部では交易も行われているので、召喚計画については連合にもある程度知られている。  
 彼らの基地が大陸と、列島のいくつかの島に建設されていると、計画発動直前に彼らが大陸に退避したとも、報告を受けている。  
 かの列島に戦力を送って、連合の勢力下に切り取るつもりであることは間違いあるまい。  
 すべての報告が終わると、いよいよ実験判定者による判定が下される。  
 事前の協議でいくつかの草案がつくられ、判定会参加者の反応も見てから、結論が出すのが常だった。  
 判定者は会議中は一言も話さない。建前上、個人の意見を持ってはならないとされている。客観的な公正さが求められるのだ。  
 報告終了の合図を受けて、先への期待が満ちる沈黙の中、その彼が席を立つ。  
 すみずみまで声が届くよう、正面やや上を向いて、彼はいくつかの宣言を行った。  
「召喚した列島に豊饒なマナの存在は確認された。実験は成功である」  
「されど人間の先住も確認された。これとは意思疎通の確立を第一義とする。彼ら自身が敵対せざるかぎり、交戦は回避せよ」  
「彼らを、最も警戒すべき仮想敵、制限なしに技術を発達させた人間であると認める」  
 場がざわめく。嘆息、舌打ち、興奮、のどを鳴らす音。言葉にはならない感情が気配となって、参加者から湧き上がる。  
 一拍おいて、実験判定者の言葉は続く。  
「北方狩猟連合については放置する。彼らが列島先住民と交戦した場合は静観せよ。先住民の脅威がどれほどか、観察する」  
「これより先、列島への進駐計画は一時停止する。早急に使者をたてて、接触を図れ」  
「以上である。計画を続行する」  
 最後の定例語句を受けて、判定会に参加していた全員が頭を垂れて唱和した。  
「「我らに、常に正しき道を」」  

次回に続く  


39  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:11  ID:???  

../1081/1081338122.html#106の続き  

 判定会は終了し、日常業務を抱える多くの者は退席した。それでも実験判定者、書記、偵察帰還者、飛翔任務にたずさわる者は残っている。  
 かの列島へ派遣する使者の人選を行うため、非公式な会合が開かれるのだ。  
 このような場では判定者も積極的にくちを開く。まとめ役として司会進行を行い、参加者の意見を求める。  
「原住民と意志の疎通が可能なことはすでに証明されている。そこで、使者には誰がよいか推薦はあるか?」  
 彼の呼びかけに、招集騎士の少女がひとり、挙手で応えて発言する。  
「わたし自身を自薦します」  
 前髪は眉のあたりで切りそろえ、左右と後ろは頭の形に沿って肩のすぐ下に届かせる彼女は、クリセル・フタケット・アニリン。  
 パルミチン竜医師の妹で、姉との異常な仲睦まじさが噂話に乗ることもあり、実験判定者の記憶にも名を残している。  
 下がり気味のまなじりに細い眉、血縁者に似て柔らかい顔立ちは引き締められ、真剣さのほどをうかがわせた。  
 場を見回したが、姉の方の姿はない。帰還した偵察隊や派遣する使節団のドラゴンを調整するため、竜医師団は作業に忙殺されているはずだ。  
 姉の居ぬ間に自立を求め溺愛から逃れたいなら、決意の強さは何かをやりとげる助けになるだろう。  
 少女に手を下ろさせ一同を見渡すが、他に意見は出てこない。実行する意思のある者がいるなら、その者に任せるのがエルフのやり方だ。  
 候補者として彼の脳裏にあった有能な者は、全体を見渡せる傍観者の位置につけた方が実力を発揮できるだろう。  
「汝に任せる。判定補佐と書記補佐もつけよう。それでは、護衛はどれほどがよいか、意見はあるか?」  
 応えて、実際に交戦を経験したステアリン正規騎士が発言する。  


40  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:12  ID:???  

「あまり人間たちを刺激しない方がよいでしょう。16騎ではどうでしょうか」  
「2隊か、弱気だな。原住民の飛翔体なら、一度は叩き落とした聞いたが」  
「相手は油断してか速度を落としていましたし、傷一つ与えられませんでした。あの銀翼の者に本来の速さで飛び回られては対処できません」  
「16対1でも勝てないというのか?」  
「相手の射線から逃れるだけなら容易でしょうが、反撃は無理でしょう」  
 勝てぬと言われて納得いかない者たちの、集中する険しい視線を浴びながらも、実力から来る自信ゆえか、彼女は平然と胸を張る。  
 強力な騎士の言葉だ。この意見を容れないのは判定者として名折れ。  
 だが発言には責任を取らせよう。後で対銀翼飛翔体戦術の役を与えねばなるまい。  
「ではそのようにしよう。選出は汝らで行うがよい。使者は武装を禁ずる。護衛の者は竜鱗剣を持て」  
 最後に上げた魔術武器の名に反応して、小さくだが歓声が漏れる。拳を握りしめ、力余って大気干渉場を発現させる者さえいる。  
 竜鱗剣とは、多数の竜鱗薄片を樹脂で貼り合わせて整形し、数十年かけて硬化処理したものだ。  
 ドラゴンの成長は体重を支えられる翼幅12m程度でおおよそ止まるが、鱗は積層し大きくなり続ける。  
 古い表層から順にはがれ落ちて、常に新しい欠損のない表面を見せるのだ。この剥離した薄片を回収し利用する。  
 金属の刺突剣と比べて重く刃もにぶいが、磁界に浮かぶ鉄心のごとく、展開する大気干渉場中で自在に操ることができた。  
 魔術によってエルフの弱腕を補い、使い手の熟達しだいで高速回転なども可能。刃先の切削は肉も骨も関係なく飛沫に変える。  
 大気干渉場を感じ取れるエルフが、ある法則のもとに組み上げる必要があり、製造に大変な手間を要する。使用時間とともに劣化する消耗品でもある。  
 ゆえに高価で誰にでも所有できる物ではなく、それだけに非常に興をそそる玩具でもあった。  
 相手がエルフなら逆操作される恐れもあるが、対人用としてこれほど強力な個人装備はない。  


41  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:12  ID:???  

「さて、かの原住民と接触するに、どこを目指そうか」  
 これも重要な課題だ。地図によれば道や海上航路の集中する都市らしきものがいくつか見られるのだが。  
 皆を円卓のそばまで寄らせて考えを求める。  
 列島の政治的中心については、これを構成する最も大きな島の、大洋側にある平原だということで意見は一致した。  
 だが、そこに達するまでには原住民の都市も多く、発見迎撃される可能性を考慮しないわけにはいかない。  
 未知の土地では航路の修正も困難であると思われ、訪問候補地から外される。  
 最も手近な大都市は、列島を構成する主な四島の最南に位置する島の北側、偵察を実行した小群島のすぐ向こう側にあった。  
 地図をめくって詳しい図表を調べれば、人工的な海岸線で構成された港があり、少し内陸には道らしき線が集中している場所が確認できた。  
 これだけ特徴的な地形の港なら見分けることは難しくあるまい。そこから目的地までは人間のつくった道が案内してくれる。  
 実験判定者は地図上のある場所を指し、宣言した。  
「ここを彼らの重要拠点と判断する。原住民の深部に迫り、我らの力と意志を知らしめよ」  
 天然の防波地形に恵まれた港から続く太い道と、これも道かと思われる、列島中に張り巡らされた、白と黒で交互に塗りつぶされた線の交差するところ。  
 地図に記された比較的に大きな長方形を、政治的か、それに準ずる重要拠点と解釈したのだ。  
 地理的な目標は決定されたが、どのように意志の疎通を図るかが、まだ解決していない。  
 ステアリン直属騎士は身振り手振りだけで売買交渉したそうだが、国家間の折衝がそれで済むはずもない。  
 少しでも原住民への理解を深めようと、列島地図、世界地図を入手した際、頼みもしないのに渡されたという書物を取り出し開く。  
 二百数十枚の紙を束ね、どの面にも現し絵が刷られたそれには数多の衣類や家具が描かれ、数字の羅列がふってある。  
 商品とその金銭的価値を示しているのだろうと推測された。  


42  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:13  ID:???  

 品々は女性向けと思われる衣類が多く、半裸の人間女性が乳房と股だけを小さな布切れで隠している絵も多く見られる。  
 そこにある人間たちの姿は、よく知る金髪碧眼の者と、見たことも聞いたこともない黒髪黒目の者。  
 先行偵察隊が目撃した人間像は黒髪黒目。目鼻立ちには比較的に幼形成熟の傾向が見られたという。  
 老化せず、漆黒を高貴な色とするエルフにとって、彼らの容姿には親しみが感じられる。  
 円卓をかこんでのぞき見る者の中でも、女性は特に好奇心を刺激されるのか、熱心に見入って言葉を交わす。  
 人間の文化についてよりも、品々に対する即物的な考察が話題の過半を占めるにいたって、実験判定者は手を出し冊子を閉じた。  
 とたんに彼女らから文句があふれ出す。筆頭はステアリン正規騎士。  
「これは私が個人的に譲り受けた物です。閲覧を制限されるいわれはありません」  
「しかし、資料には提出義務があるぞ」  
「かの地が同盟直轄領ならそうでしょうが、正当な権利者がいたのです。これの所有権が誰にあるか、元の持ち主に聞いたら何と答えるでしょうか」  
 引かない彼女に、彼は話題を変えて対抗した。  
「聞くには言葉を知らねばなるまい。その分析に集中してはどうか」  
 数回、目をしばたかせた彼女は、視線を逸らし沈思する。  
 一拍おいて向けた面はいつも以上に明るい笑みで、語る口調も少し速い。  
「そうですね、了解しました。正しい指針に従いましょう」  
 これを虚勢と見た彼は勝利を確信し、ささやかな満足感を得て面に出さずに微笑する。  
 内心を悟られないよう表情を隠すことは判定者階級の特技だ。指導者は冷静沈着でなくてはならない。  
 彼女らの会話が建設的なものになっていくのを眺めながら、実験判定者は安堵の息をつく。  


43  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:14  ID:???  

 彼を助ける判定補佐のひとりは女性で、左右の髪を、まるで開きかけのつぼみのごとく結い上げて、垂らした余りが肩に流れている。  
 彼の右腕ともいえる、ランタ・ノート・エルピア判定補佐だ。普段は見せない笑顔で、かしましく会話に参加している。  
 その横顔を眺め、使節に加えてやろうと考えつつ、いまだ一言もくちをきいていない、かたわらに座る書記を見やる。  
「君の補佐は男ばかりで楽そうだねえ」  
 彼は振り向きもせずに応えた。  
「聞き取り中です。気が散りますので、話しかけないでください」  
 すでに彼女らの話について行くことをあきらめた実験判定者とは違い、真面目なものだ。余裕がないゆえのそっけなさだろう。  
 原住民との具体的な接触方法についてはエルピア判定補佐たちに任せるとしても、彼のするべきことはまだ多い。  
 これからの時間配分について思考を巡らせる。まずは首都の第一判定者に伝えなければならないことが山ほどあった。  
 召喚の成功と予定外事象を伝え、情報処理に必要となる書記団の派遣と戦力の増強を要請、使節派遣への確たる承認も得たい。  
 首都へ連絡騎を飛ばすとして、夜間飛行を可能とする今の快晴が続けば、翌朝の出発前には返事が来よう。  
 どこぞの部署から手隙の書記を呼び出し、口述筆記させる。  
 十数枚の書類が書き上がり署名を入れ終わると、エルピア判定補佐に方針の提出を求め、渡された数枚の書類を確認してゆく。  
 原住民にエルフ語を理解させるために人間用の教育素材を利用したいというが、そんなものが前線基地にあるわけがない。  
 近場の所領に提供させるため、彼の署名を入れた書類を持たせて使者を送り出す。  
 他にも、かの列島に持ち込みたい物品の箇条書きを確認しながら、承認を与えつつ自分の脳裏に刻み込む。  
 一連の作業が終わると今度こそ解散し、残った補佐とともに職務室に戻って、起こり得る事象についての考察を重ねることにした。  


44  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:15  ID:???  

 エルフの長距離単位はドラゴンの能力を基準に定められている。  
 飛翔中の敵襲など緊急に高速飛行に移行するさい、ドラゴンは回避加速しながら翼をたたむ。  
 一連の行動を安全に行える速度として、指定巡航速度(185km/h)が設定された。  
 エルフの感覚は厳密な速度を知れるほど鋭くないが、対気速度はドラゴン自身に覚えさせるので、騎乗する者は指示するだけでよい。  
 一日分の餌と休息で回復し得るマナによって、この速度で翔べる距離を1「オリカ(要休日)」と呼び、290kmに相当する。  
 飛行距離に合わせ、ドラゴンに何日休息を与えるか判断するためにつくられた単位で、約16分の1日で翔べる距離でもある。  
 前進基地から首都までは、真西に約5.3オリカ(1550km)。  
 1オリカの半島陸地、1.5オリカの内海、1.5オリカの大陸平原を越えてたどり着いた、黄土に染まる大河をさかのぼり首都にいたる。  
 小数点という概念ができたのは比較的最近のことだ。召喚計画で必要となった精密な地図のためにつくられ、同盟領全土が測量し直された。  
 昼間なら地形の照会も容易で、夜でも一定距離ごとに照明船が浮かべられた、大河プタンさえ見つければ迷いはしない。  
 今日の天候は晴れて星が瞬き、夜間飛行も難しくない。南西時(15時)に連絡騎を出せば、北々西時(23時半)には首都に着ける。  
 このような空路が縦横に張り巡らされて、同盟領のどこからでも、2日以内に首都に連絡することができた。  
 翌朝の東南東時(7時半)、実験計画中枢の者が見守る中で、使者3騎と護衛の8騎編隊2個、計19騎のドラゴンは飛び立った。  
 いずれも充分な餌と休憩で万全に調整されたドラゴンを持つ実力者たち。  
 出発に間に合った第一判定者からの連絡騎は、かの列島への使者派遣承認の報をもたらしている。  
 その一節「汝らの行いを同盟の正しき道と認める」との言葉と署名は、使節団の士気を著しく向上させた。  


45  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:16  ID:???  

 騎士たちは朝の低い太陽に向かって翔ぶことになるので、直射日光から目を守るため、それなりの遮光装備を身につけている。  
 薄く円盤状に加工した琥珀板2枚を、つる草で編んだ環状の枠に固定して、頭に被り耳と鼻に乗せればちょうど目を隠せる物だ。  
 木などの薄板に切り込みを入れた安物もあるが、そんな物を身につけて相手に侮られるわけにはいかない。  
 上空を警戒する彼らは海面近くを磁石の指針に従って飛翔し、目視発見される可能性を少しでも減らして、原住民都市への直接到達をねらう。  
 前日の先行偵察隊とは違い、使節団の装備に金属はほとんど使われていない。  
 レーダー波を吸収する、炭素単結晶繊維で構築された鱗を持つドラゴンの助けもあって、不可視の電磁波がつくる、幾重もの哨戒網をすり抜ける。  
 予定航路の7割を消化するころ、進路右の水平線に緑の小島が見えてくる。最初の照会地形だ。  
 地図を基にした航路が正確なら左に見えて来るはずだが、これは誤差範囲だろう。磁針を基準に、わずかに右に進路を修正する。  
 遠からずぽつぽつと島影が姿を見せて、やがて前方を遮るような陸地が、水平線の色を緑に変える。  
 約70分の飛行を終えて、草木に覆われた最初の陸地に到達した。  
 空から地形を確かめようと高度を上げて、それが細く突き出した半島であることが知れる。  
 湾を囲む半島は重要な照会地形。予定通りの位置に着いたと確認できた。原住民の地図が彼らにも正しく読めた証拠だ。  
 正面に開けた視界には、輝く水面の向こう、海岸線を埋め尽くす白亜の建築群。  
 どこもかしこも大型建築が林立し、見ただけでは都市中枢が判別できない。  
 立ちはだかる建築群に圧倒された誘導編隊の指揮騎は何をすべきか失念、都市上空に入る手前で我にかえると旋回、後続もこれにならう。  
 海岸線に沿って飛行する下には、彼らが見たこともない大型船が停泊し、これまた巨大な荷役機械が轟音をたてて稼働している。  


46  名前:  間違った世界史  04/04/23  21:17  ID:???  

 気を取り直すと地形の照合に専念する。目指すは都市中枢のみ。  
 海面上に目的のものを発見した。折れ曲がった、防波のためと思われる石堤。ふたつ並んだ間に航路がひかれ、たどれば重要な港湾のはず。  
 正面にまわってから低速で進入し、前方を確認すれば、奥まで見渡せる狭く長い空間が市街に開けた。  
 おそらく目的の建物へと続く道だ。  
 長距離航法を担当し先導してきた護衛編隊の1個は防御円陣を組んで、1個は上空からの哨戒に移る。  
 先頭についた3騎は事前に与えられた情報通りの内地地形を捜し当て、速度を落とすと市街を縦横に走る道筋の確認を急ぐ。  
 進行方向を微調整し、真っすぐ正面に大通りを捉える位置で進路を固定した。  
 方形に突き出した、人工と思われる陸地の間を抜けて、大型船が停泊する埠頭を越える。  
 近づいて来る大地。石柱に支えられ橋のごとく宙に敷かれた、高速の箱車が往来する道路を飛び越し、ついに原住民の都市へ上陸した。  
 大通りの左右に立ち並ぶ大型建築の向こう、目的の建物は目視圏内に捉えている。  
 赤銅色の壁面に数列の窓を並べた、これといった特徴はないが他に負けない大きな建造物だ。  
 興奮する使者たちの、速い鼓動が100を数える間もなく到達する。  
 上空哨戒に半個編隊4騎を残した彼らは、大型建築物手前に開けた空間、黒髪の人間が多くたむろする広場めがけて、次々と降下を開始した。  



次回に続く  



116  名前:  間違った世界史  04/04/25  01:36  ID:???  

>>39-46の続き  

 一連の異変が最初に観測されたのは、日本時間の5月2日10時08分。  
 この日は大潮で、駿河トラフ(海溝)での、1回目の干潮時刻とほぼ一致する。  
 数百年かけて蓄えられた、地殻を引き裂き開放されるはずだったエネルギーは、列島住人の知らぬうちに、何者かの意思によって消費され尽くす。  
 地殻にわずかな揺れすら起こさせず、代わりに列島以外の世界を大きく変化させた。  
 ゴールデンウイークの長期休暇で観光地や娯楽施設はにぎわい、幹線道路には帰省する者やUターンする者による渋滞の列ができている。  
 人々の多くは事態に気づかず、目先の楽しみに思いをはせ、あるいは歓楽にふけっていた。  
 特殊な業務に就く者以外でまっ先に異変を知ったのは、衛星放送を視聴していた者、インターネットにアクセスしていた者。  
 宇宙からの電波は途絶え、海外のサーバーからはエラーしか帰ってこない。  
 地上波のテレビ局は海外中継が切れてもこれを巧妙に隠蔽した。放送事故にしないための処置だが、視聴者は真実から遠ざかる。  
 異常の原因を求めてネットの掲示板群にはアクセスが集中。ほとんどのサーバーがダウンし、公共機関のウェブサイトへも飛び火する。  
 渋滞に巻き込まれている者はすぐには気づかなかったが、衛星を利用するカーナビゲーションシステムも機能を停止し迷走を始めた。  
 ジャイロによる補正も時とともに誤差を増して、機械の助言を失った者たちは携帯電話に助けを求めたが、これも用をなさない。  
 異変に気づいた者が情報を求めて、加速度的に携帯電話やネットワーク端末の使用が集中し、双方向情報インフラが次々と機能停止。  
 テレビやラジオで、通話やアクセスを控えるようアナウンスが流れるまでにいたった。  
 管理者の努力やアクセス規制によってネットの掲示板群が回復したのは、正午を大幅にまわったころ。  
 通信速度の遅さに耐えて情報収集を図る者たちは、ある事件に関係するいくつかの証言と画像を発見する。  
 それらの情報は対馬から発信されていた。  
 巨大な漆黒の飛翔体、人に似てもどこか違う者、爆発、火災、焼け跡をを封鎖する自衛隊員。  
 パソコンのモニターにかじりつく彼らが理解に苦しむそれらについて、さらに苦悩して事態への理解を図る場が、公の機関に林立していた。  


117  名前:  間違った世界史  04/04/25  01:37  ID:???  

 その中で最も政府中枢に近い場所には、長期休暇中の日曜日でありながら、多くの者が集まっている。  
 日本が、少なくとも情報的には孤立していることへの不安が、彼らに肩を寄せ合うことを選択させたのだ。  
 災害対策本部の名が与えられた場では、集められる限りの情報をもって、いくつかの課題についての議論が交わされていた。  
 第一の課題は、海外との連絡の途絶について。  
 本土からの呼びかけに対して、全ての外国、硫黄島や沖縄の米軍基地、その他、離島のいくつかから返事が帰ってこない。  
 衛星回線はつながらないどころか、低高度から静止衛星軌道まで、全ての人工衛星の反応そのものが消失している。  
 沖縄に向かっていた民間の航空機は、空港はおろか市街すら発見できず、次々引き返したという。  
 ある理由から対馬海峡を飛行したF−15戦闘要撃機がレーダーで朝鮮半島を地上走査した際、本来在るべき都市群の消失を確認している。  
 ほとんどの異変は、海を隔てた彼方で起きたという共通点を持っていた。  
 船舶も含めて連絡のつく便はすべて呼び戻し、海を越える航路は運航休止とする。  
 これに関して、現在の情報だけでは呼びかけを続ける以外の手は打てそうにない。  
 次の課題は、国外と一切の連絡がつかない中で、海の向こうから襲来したアンノウン。  
 現場で一部始終を目撃した対馬住人、スクランブルしたF−15のパイロット、彼らの目撃情報を元に、襲来者が何者かについての考察がなされた。  
 確認されただけで二種類。人の形をした3体と、大きな鳥の形を持つ8体。  
 そのうちの、住人に攻撃を加え、あるいは会話を試みた人型知的存在にたいして「オーバーマン」という仮称が与えられた。  
 剣のような物を持ち黒い甲冑のような物を身につけていたというが、姿形はたいした問題ではない。  
 特筆すべきは、彼らが宙を自在に飛翔し、手を向けただけで触れもせずに人間を突き飛ばしたらしいこと。  
 道具も使わず飛翔し不可視の力場を放つ、人間を超える能力を持った、既知の何者とも異なる彼ら。  
 警鐘と同時に「海の向こうから来た者」という意味も含んだ命名である。  


118  名前:  間違った世界史  04/04/25  01:38  ID:???  

 「オーバーマン」と行動をともにしていた飛翔体は、鳥に似た外見と長い尾を持ち、市街に落ちて停電を起こしたことから、「カチガラス」と仮称された。  
 数多の神話に登場し、電柱に巣を掛けては停電を引き起こす、かつて朝鮮半島から渡来した鳥、カササギの別名からつけた名である。  
 翼幅は12m。これだけの大きさでありながら、地上に設置されたレーダーサイトには、ノイズにまぎれる程度の微弱な反応しか返さなかった。  
 20km以遠でこれを発見することは難しく、一度捉えても50km以遠まで補足し続けることは困難。  
 数kmの距離に捉えたF−15戦闘機のレーダーには、少なくとも機関砲の火器管制を可能にする程度の反応はあったという。  
 もっとも、高速で遠ざかっていった方の編隊は早々に失探し、どこへ帰還したのかは確認されなかった。  
 これらの情報からレーダー反射面積を推測し各方面に連絡、警戒活動の参考にされる。  
 証言によればカチガラスは常識を越えた空中機動を行い、くちとおぼしき器官からは炎を吐いて自動車などを熔解炎上させ、死傷者まで出したという。  
 外見からは滑空性能の高さが推測されたが、翼を推進器官として使わずに、なぜ飛行できたかは判っていない。  
 追跡した戦闘機が原因不明の失速を起こしていることと何か関係があるのではと疑われたが、呼び出した専門家の意見は参考にならなかった。  
 市街に落ちたカチガラスの一個体は、炎上した自動車の爆発に焼かれて活動を停止し、周辺は化学防護服を身につけた陸自隊員によって封鎖されている。  
 事態の重要性をかんがみて、陸自第4師団直轄の対馬駐屯地から派遣されたのだ。  
 同じ第4師団、福岡駐屯地の第4化学防護隊の派遣も決まり、輸送手段として呉からおおすみ型輸送艦がまわされた。  
 招集が間に合わず定員に欠けるが、警備目的の普通科3個中隊に後方支援部隊も同行させ、今夜中には到着するだろう。  
 未知への恐れか保身からか、政府の対応は速い。  
 幸いなことに市民からは健康異常などの問題は報告されず、被害は物理的な破壊のみに留まっている。  
 これを行った彼らオーバーマンの行動を解析した結果、なんらかの調査に来ていたものと推測された。  
 住民との接触が確認された3個体のうち、破壊活動を行ったものが2体。  


119  名前:  間違った世界史  04/04/25  01:39  ID:???  

 いくつかの情報から、これは自己防衛的行動である可能性が示唆されている。  
 少なくとも、電線にからまり墜ちたカチガラスと行動していたオーバーマンの攻撃は、一定範囲内の人間を排除するための、防衛の意志が見て取れた。  
 港湾にあらわれた片方は、その場で男性と激しく争っていたという証言があり、事情を聞くためその人物の特定が急がれているが成果はない。  
 のこりの1体は通貨のようなものを所持して、購買交渉を成立させたという。  
 彼らの言語についてはまったく不明。  
 カチガラスが吐いた炎がのろしのように使われ、謎の発光を合図に編隊が散ったなど、視覚的な情報伝達手段は利用しているらしい。  
 いくつかの遺留品の解析では文字のような刻印が確認されているが、これだけでは解読のしようがない。  
 混乱を避けるため関係者には緘口令が敷かれていたが、インターネット上に画像や証言が流れることは制限できなかった。  
 普及していたカメラ付き携帯電話により、多くの画像、動画が撮影されたためだ。  
 流出した比較的正確な情報が、かえって流言飛語のたぐいを抑制しているのは、報道管制への皮肉ともいえる。  
 政治家たちと同様、語り合える隣人の存在が、彼らの理性を保たせているのかもしれない。  
 それでも時間とともに、日本政府の正式な見解を求める、現状に対する説明を望む声が、そこかしこの大勢を占めるようになる。  
 つのる不安が爆発することを懸念して、日本政府は持てる情報の一部公開に踏み切った。  
 16時ちょうどに開かれた記者会見は、ほとんどすべてのテレビ局によって中継されている。  
 まず、現在では連絡がつかない地域などについて読み上げられる。  
 すべての外国、沖縄を含む離島の一部、一定範囲外にいた船舶、航空機。  
 ゴールデンウィーク中だったこともあって、海外に出ていた日本人は50万人に達する。彼らの安否を知る術がないことは多くの人々に不安を与えた。  
 次に、対馬に襲来したアンノウンについて。  
 数、外見、どのような行動をとったか、どのように対処したか。インターネットで流れた以上は開示せず、確定情報のみを伝える。  


120  名前:  間違った世界史  04/04/25  01:40  ID:???  

 言葉の通じない武装した人型存在が、謎の飛翔体に乗って対馬に飛来。住民と接触し、一部は火を放ち死傷者を出した。  
 これを要撃機が追跡し、韓国領海で見失ったと。  
 もっとも追跡した要撃機に起こったトラブルについては隠したが。  
 再来に備え対馬海峡に護衛艦を派遣し、全国で海岸線の警戒を密にしたと伝え、国民の不安を取り除く努力が払われる。  
 同時に「オーバーマン」、「カチガラス」の仮称が発表された。  
 これを発見したなら決して近づかず、警察に通報すること。むやみに刺激するような行動をとらないこと。  
 結果的に、この発表は混乱を助長する。  
 警察の電話は鳴り止まず、カチガラスを見たという通報は、未確認な一部を除いて、すべてが鳥などとの誤認。  
 オーバーマンがいたとの通報は、ほとんどが中東やアジアの、褐色の肌をもつ外国人との誤認だった。  
 この事態を収拾するには国民の目の前に本物のオーバーマンやカチガラスを出すしかないと思われ、政府を焦燥させる。  
 人々が騒ぎ疲れて混乱も収束しかけた翌日の早朝、状況を転変させる、皮肉な吉報が届く。  
 護衛艦まで出して警戒していたにもかかわらず、今度もレーダーに捕らえられなかったカチガラスの編隊が、博多に上陸したという。  
 数は19。おそらく、オーバーマンも対で行動していると思われた。  


次回に続く