488  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  00:40:00  ID:???  

 「陸曹!敵第一波が向かってきます!」  
 「よーし、全員良く引きつけろよ。距離200で撃つ」  

 敵さんの攻撃も随分久しぶりだな、と陸曹は命令を下しつつ思った。緒戦で  
重騎兵軍と歩兵隊の突撃をほぼ完全に撃滅して(そして残りは捕虜にして)以来、  
まともに帝国軍が攻勢に出ることは少なかったからだ。  

 少数民族を上手く使っての暗殺やら、執拗なまでのゲリラ戦が帝国の攻撃の  
ほとんどだった。時折火力が使われたかと思えば、それは召喚魔獣と重ゴレムを  
使った小規模基地への破壊工作。魔法による放火に、精神攻撃や魅了を使った  
誘拐事件まで起こったが、正面決戦は発生しない。  

 それでも政治的要求によるものか、それとも作戦的な物かは分からないが  
軍団規模の攻勢が有った時には、自衛隊はこれを逃さず殲滅していった。  

 陸曹はそこまで戦況を思い返して、今回の攻撃を異常だと考えていた。  
部隊規模は二個中隊程度だから、プレハブ小屋に毛が生えた基地相手には  
十分な規模と言えるだろう。−まともな装備であれば、だが−  

 敵の今までの大攻勢は、確実に進化を見いだせる物だった。ゴレムは集中して  
機動運用(これが一番の謎であるが)するようになっていたし、魔法による  
支援砲火や塹壕の構築など、着実に敵として進歩しつつあった。  

 それは軍人としては嬉しくもあり辛くもあった。戦力差が極端に大きい相手を  
一方的になぶり殺すのは、どうにも気が乗らないからだ。面白くないと言えば  
嘘になるし、マスコミが虐殺とまで言い立てるのもうるさかった。  



491  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  01:08:00  ID:???  

 しかし今回の攻勢は、どう見てもそうとうな退化を見せていた。確かに敵兵は  
塹壕などを利用していたが、最後の最後で突撃を掛けてきたからだ。  

 ゴレムを使った移動トーチカ戦法も、サンドワームによる塹壕の延長も、  
あまつさえ魔法による支援砲火すらない。ただ丸腰の歩兵が、手に粗末な剣や  
槍を持って、走ってくるだけだからだ。槍などの中には、折れている物もある。  

 装備すら満足に与えられず、ただひたすら無言で向かってくる軽装歩兵には  
一種の不気味な空気が備わっていた。足音もまるで濡れたように響いており、  
晴天だと言うのに沼地を走るような音が響いてくる。  

 表情も無く、鬨の声も無く、装備も戦術も何もない。ただただ死兵のごとく  
突き進んで来るその姿は、何かに突き動かされているようだった。顔も土気色を  
しており、ひどく薄っぺらな印象を陸曹に持たせた。  

 緒戦で学んだはずの敗北を、なぜ繰り返そうとしているのだろうか?  
陸曹はそう思いながらも、ミニミと64式を各隊員に構えさせた。  

 今回は中隊本部からの通達により、砲撃はしない事になっている。大規模な  
正規部隊が来た場合に備えて、無駄弾は撃たないという事だった。本部の判断は  
正面敵は懲罰隊の囮か何かで、本隊は別にいるというもので、それには陸曹も  
納得しかかっていた。  

 しかし、何かがおかしい。陸曹の中に言いようのない違和感が芽生えていた。  
 いくら懲罰隊とはいえ、あそこまで装備を削るなどするのだろうか?生存できる  
確率も低すぎる。自分が兵なら絶対に叛乱を起こすだろう状況で、何故彼らは  
無言で突撃することができるんだ?敵前降伏でもするつもりか?  


492  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  01:27:48  ID:???  

 そんなことを考えている内に、敵との距離は220まで詰まっていた。しかし  
そこでも陸曹は驚いた。突撃開始距離は800近く有ったのに、後方に脱落者が  
一人も居ないのだ。しかも隊形すら大きく崩さずに突き進んでくるなど、  
懲罰隊では有り得ない。  

 やはりおかしい、これは何か確実にある!陸曹はそう思ったのだが、  
既に敵は攻撃圏に入っていた。  
 「打ち方よーい!テェッ!」  

 陸曹が命令を下した瞬間、分隊支援火器と小銃は一斉に火を吐いた。目の前が  
眩むほどの閃光がほとばしると共に、落ちた薬莢と硝煙が辺りに満ちていく。  

 64式は確実に敵兵の頭を打ち砕き、ミニミの豪撃は胴体すら消し飛ばした。  
WW1からの銃器の進化は、中隊など一分に満たない時間で打ち砕くほどの  
速射を可能にしていた。文字通り崩れ落ちる兵士の体は、ほとんど粘土細工の  
人形のようであった。  

 しかし兵士達は、それでも突撃を止めなかった。仲間の死体を踏みつけにして、  
表情どころか動作にすら怯えを見せず、ひたすら進んできたのだ。  

 それだけではない。地面に倒れた原形の残っている兵士達も、未だに動き  
回っていた。上半身を喪った足も、下半身を消し飛ばされた胴体も、首無し死体  
でさえも、自衛隊めがけて前進していた。  

 「うわっ、ああああ」  
 射撃中にその事に気付いた隊員の一人は、射撃の陶酔から醒めてしまった。  
 血を流して這い回る兵士を見た隊員は、振動の影響と射撃の興奮で震える手を  
押さえながら、必死に目標へ集弾することに努めようとした。  


493  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  01:51:51  ID:???  

 しかし目標に弾が当たることは無かった。何故なら隊員の持っている銃は、  
既に弾切れを起こしていたからだ。何度か撃鉄が空を打つ音を聞いてから、  
隊員はようやくその事に気付いた。  

 隊員はサイドポケットからクリップを引き出すと、空弾倉を下に落として  
再装填を行った。金属同士のぶつかる音と共に装填は終わり、隊員は目標を  
もう一度捉え直そうとし、そして愕然とした。  

 敵の数が全く減っていないのだ。もうほとんど立っている者はいなかったが、  
腹這いや匍匐前進のような動きで近付いてくる兵士は、むしろ増えていた。  
 つまり立っていたのが倒れただけで、当てにくくなった分事態が悪化している  
とも言えた。速度こそ遅くなったが、敵との距離は最前列で100mも無い。  

 「班長!こいつら銃が効きません!」  
 分隊の中でも古参の陸士が、恐怖とも哀願とも付かない声で叫びを上げた。  
 哀願の部分に含まれるのは、もちろん何とか打開策を練って欲しいという  
要望の現れだった。  

 陸士が叫びを上げたのも、無理はなかった。どれほど撃っても兵士たちは全く  
停まらず、完全に消し飛ばさなければ効果が無いのだ。小銃では効率が悪すぎ、  
ミニミも間違いなく赤字を出している。このままでは弾切れになっても敵は  
残り続ける危険性があった。  

 陸士の叫びの意味を理解し、陸曹は意を決して叫んだ。  
 「これより中隊に砲撃支援を要請する!各員手榴弾の用意!遠投で手前の  
奴らを吹き飛ばすぞ!」  
 二個分の中隊が突撃して来ているため、陸曹は後方を中隊に任せる事にした。  
しかし手前は距離が100mも無くなっているため、支援を受けるには危険すぎた。  
そこで陸曹は、隊員の投擲で片を付けようと考えたのだ。  


494  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  02:11:36  ID:???  

 陸曹が直接中隊に申請を行う間に、隊員たちは手榴弾を用意した。敵の性質上  
破片手榴弾は効果が薄いと見込まれたため、手にしているのは爆発や熱・火炎で  
敵を殺すタイプの手榴弾である。上部に付いたピンを抜くと、隊員達は素早く  
方向を別々に定めて構えを取った。  

 「せぇのっ!」  
 全身を思い切り使った遠投フォームで、隊員達は手榴弾を数発放り投げた。  
 敵が飛び道具を使って来ないため、全力の投球が可能なのだ。高く山なりに  
放たれた手榴弾は、手前の兵士たちの中に適当な間隔を置いて着弾した。  

 一瞬の間を置いて、小規模な爆風と火炎が兵士達を吹き飛ばした。爆風で後方に  
弾き飛ばされたり、手足が砕けて動けなくなる兵士が続出する。しかし動ける兵士は、  
火が付いたまま匍匐前進を続けていた。  

 手榴弾による攻撃が数度行われた後、中隊からの支援がようやく始まった。空から  
甲高い音が聞こえたかと思うと、敵中隊の後方から手榴弾とは比較にならないほど  
大きな爆発が発生し、ちぎれ飛んだ手足や首が空中に放り上げられた。  

 数秒後には隊員達の方にも爆音が聞こえ、それを合図に隊員達は手前の兵士に  
止めを刺していった。動けなくなるまで打ち砕き、そして粉砕していったのだ。  
 戦闘終結まで約1時間半、中隊相手としては恐ろしいまでの火力と時間を  
費やした戦いは、こうして終わりを告げた。  

 「しかしあの敵は、一体なんだったんでしょうね」  
 不安げな隊員の一人が、陸曹に話しかけた。隊員は恐怖と混乱に歪んだ  
顔つきで、兵士達の死体を見つめている。血と内臓と汚物にまみれ、はらわたを  
引きずりだされた哀れな者達が、そこには横たわっていた。  


495  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  02:33:20  ID:???  

 「さあな。こいつらは単なる懲罰部隊じゃなくて、一種の化け物だったのかもな」  
 陸曹もまた死体を見つめながら、小さな声で呟いた。そこにあるのは自分たちの  
作り上げた状況とはいえ、余りにもむごたらしい光景だった。  

 普通の戦闘ならば、ここまで徹底して攻撃することはない。死体を弄ぶなど  
意味がないし、第一愚劣極まりない行為だとしか言えないからだ。  

 しかし今回は仕方がなかった、そう言い訳したくなるような攻撃を受けたのだ。  
 恐らくこれも魔法なのだろうが、まさかブードゥまで使えるとは。陸曹は  
そう考えると、気分がひどく悪くなってきた。死体と死者を弄び、しかも執拗な  
攻撃を行うだけの、醜い化け物に成り下がらせるとは。  

 帝国の連中には慈悲も容赦も無いのか、陸曹はそんな怒りに駆られながら  
もう一度死体を見つめようとしたが、そこで異常な事態が起きていることに  
気が付いた。  

 死体が全部無くなっているのだ。血だまりは池のようになり、はらわたも一面に  
ぶち撒けられている。しかし周囲に千切れ飛んでいるのは、人間の手足ではなかった。  
 皮、それも生皮ではなく動物のなめし革であった。さっきまでは確かに無表情な  
顔だったそれらは、変な落書きのあるカカシの顔のようになっていた。  

 「は、班長、何が起きているんでしょうか」  
 「わからん。訳が分からないというより、なんなんだこれは?」  

 隊員達にも同じ物が見えているらしく、全員が呆然と死体の原だった所を見つめて  
いた。キツネにつままれたような顔つきになりながら、隊員達は取り残された気分に  
なり、しばらく後に気を取り直すまで、放心していた。  



497  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  02:54:57  ID:???  

 「今回の作戦は一応成功したな。全滅しちまったが。まあ、俺の力があれば  
作戦成功は当然だがな!」  

 戦場となった野原近くの森で、黒いローブを着た男たちが喋っていた。フードの  
留め金にはグリフォンの紋があしらわれており、見る者が見れば帝国軍の特殊  
魔法戦部隊の所属員だと分かる出で立ちだった。  

 「連中の間抜け面ったら無かったよな!今まで散々殺しまくって来たくせに、  
死体見て泣いてる野郎までいやがったしな。まああの連中には良いクスリだ」  
   
 最初に喋った男に比べると、二番目の男はフードの位置が高かった。二人の座る  
梢の高さは同じだから、後者の方が背が高い事になる。高い方は身長に見合った  
低い声で、侮蔑と嘲笑の言葉を吐き出した。  

 「しっかしあのゴレム、どこがどうなったらサンドゴレムなんだ?動物の血やら  
内臓やら、泥なんかも詰めてたのに」  

 高い方はふとした疑問を口にするように、低い方に話しかけた。高い方は割合  
細かいことを気にする性格らしかった。  

 「あのゴレムは、本当は砂漠の要塞防備に使う道具なんだよ。食料や水の維持が  
大変だから、砂詰めた袋に殴り合いを肩代わりさせようってんだ」  

 低い方は少しバカにしたような口調で、さも自分が専門家であるように道具の  
使い道を話した。相手によって豹変するというよりも、誰に対しても傲慢である  
類の人間らしい話し方だ。  


498  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/17  03:09:50  ID:???  

 「でもそれだったら、別に砂漠用魔獣でもいいじゃねえか。普通のゴレムでも  
事足りるはずだし、何であんな袋を使うんだ?」  

 「魔獣やゴレムだと、要塞内まで手が回らないからな。だからああいうのを  
使うんだ。なまくら刀でも文句は言わないし、中身が中身だから殴り合っても強い」  

 「でも刺されたら砂が漏れないか?泥よりも溢れやすいし・・・」  

 低い方の説明に対し、高い方は更に質問を続けようとした。  
 しかし低い方はそれを遮り、出していた道具を片付けると立ち上がった。  

 「異人どもがこの辺を見回りに来るかもしれないから、とっとと帰るぞ!  
こんな所に長居は無用だ」  
 低い方はそう言うと、さっさと木から降りていってしまった。高い方は質問したい  
ことがまだまだあったが、敵が来るのはまずいとも分かっていた。  

 「まあ後で聞くことにする!」  
 高い方の男も木からすぐに降りると、低い方の後を追って走り去っていった。  
*****************************************************  
>>489>>490>>496氏、失礼しました。遅筆でスレを止めてしまうとは。  
人いないと思って狙ったのですが、0:00以降とかは人も来るんですねえ。  

取り敢えず「ぼく、わたしのかんがえる死兵」はこんな感じですかね?  
アイデアの元ネタは、20スレ目辺りで展開した『ウォーターゴーレム』計画が  
基本です。型くずれしちゃう素材なら、何かに詰ちゃえばいいじゃない。ってことで。  
G氏や他の名無しさん方のネタも、この中には詰まっておりますね。  

戦闘描写とかは正しくない部分多そうですが、大丈夫でしょうか。  





523  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  05/01/21  00:29:11  ID:???  

>>520氏、どうもすいません・・・自分の行動もアホすぎましたね。  
コテ名遊びとかについては、まあ自分も良い物とは思いません。自己満足に過ぎないし。  

無能な働き者とは分かっていますが、過疎よりはましだと思うので  
ちょっとしたSSでも。  

某国の王族を招いての閲兵式  

「あの空飛ぶ銀の鳥は、何というのかね?」  
「F−15J、イーグルとも呼ばれます。鷹の名を持つ飛行機械です」  
「飛行機械には乗ってきたが、それともまた違うな。随分と尖っている」  
「戦うために生まれてきた物ですからね。正しく鋼鉄の鷹です」  
「ほう!ならばあれは親子鷹だな」  
「親子鷹、成る程確かに・・・」  

基地司令が相づちを打った瞬間、客席前をイーグルは低空でフライパスしていく。  
コンビを組んだ二機が、それぞれが付かず離れず息を合わせて動くその様は、  
正しく鷹の親子と呼ぶに相応しいものであった。  





719  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  皇紀2665/04/02(土)  00:49:21  ID:???  

 「ぐろらららあぁ」  
 恐ろしい叫び声を上げながら、『森』が迫ってくる。文字通り生きている  
岩石と樹木が連合を組んで、突撃行軍を行ってくるのだ。  

 「全車弾種徹甲!連射3回、テェッ!」  
 中隊長の叫びがレシーバーに響くと、俺は砲手に指示を送った。一瞬後には  
砲手が引き金を引き、猛烈な火薬の爆裂音と振動が車体に響く。  

 森林そのものとも言われている、岩石と森林の精霊たち。入植地での自然破壊と  
耕地面積の異常なまでの高速拡大が災いし、彼らとの望まざる戦争は開幕した。  
 しかしこちらも生きなければならないのだ。食糧生産高の早急な向上は  
日本にとっての急務だったし、また国民への義務でもあった。(現地農産物の  
急速栽培・伝播から、実験的複数種の作付けまで行ったのだ)  

 戦争の理由を俺が思いだしている内に、第一斉射が前列の岩石群を打ち砕いた。  
命中目標の大半はそのまま動かなかったが、半身の相手はまだ片腕で這って進んでくる。  
 結局俺達の戦車隊にお鉢が回って来たのも、この相手の無闇な頑丈さのせいなのだ。  

 「弾種焼夷徹甲弾、上げ2、連射5回、テッ!」  
 2回目の射撃命令と共に、僅かに持ち上げられた砲身が鳴動する。弾種と  
角度から想定すると、今度は恐らく樹木の群を狙っているのだろう。  

 元々榴弾の類は一切無効(効くには効くが、コストが無駄なレベル)な  
連中な上に、こちらにはナパームのような便利な兵器が何一つ無い。そもそも  
航空機の運用が極端に制限されるため、兎に角地面で殴れる奴は殴り倒すのが  
現在の自衛隊の方針になっている。  


720  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  皇紀2665/04/02(土)  01:27:15  ID:???  

 火砲使用の意見も有るにはあったが、大口径砲以外では効き目がほとんど無い。  
しかも直撃以外の全てが無駄に近いのだから、効率は悲惨な物だった。  

 それに見た目に反して樹木や岩石の足は速かった。コンパスがまるで違うため、  
人間の速歩と同じくらいの速さで動かれれば、時速50q以上の速度で突っ込まれる  
事になるのだ。しかも二足や四足歩行が基本だから、不整地走破能力も非常に高い。  

 この恐るべき敵に対して、最適の対抗手段として選ばれたのが戦車だった。  
ちょうど相手との特性も近く、火力と高度な命中率を誇る武装もしているからだ。  
 最高の対戦車兵器は、やはり戦車であると言うことらしい。  

 「これより中隊は二手に別れ、左右から敵を殲滅する。全車移動開始!」  
 5回の斉射が終わった頃、中隊長の新たな命令が下された。俺達の小隊は右側に  
移動するため、無限軌道を唸らせながら敵の前へと進んでいく。  

 さっきの斉射で燃え出した樹木の炎が赤く見える。停止射撃をしていたため  
こちらとの距離はだいぶ詰まっていたらしい。そしてこちらが加速に乗り始めた  
頃になって、装甲が鍋をぶん殴ったような音を立てて震えた。何度も何度も  
それが続く内に、車内の空気が微妙に狂ってくる。  
   
 「怯えるな!ただの石ころだ!」  
 恐らくほとんど聞こえていないだろうが、とりあえず俺は車内に叫ぶことにした。  
 装甲を何度も叩いているのは、弾丸でもなんでもない単なる石だ。樹木共が  
長い腕と怪力で投げつけて来てはいるが、戦車の装甲はビクともしない。  

 この攻撃もまた、戦車が使われる理由の一つだった。火炎放射器をどこからか  
ほじくり返して吶喊しようとしても、人間が一撃で死ぬような石を投げられては  
堪らない。無装甲なら下手をすればやられるし、装甲車両は大半が火力不足なのだ。  


721  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  皇紀2665/04/02(土)  01:39:10  ID:???  

 戦車自体は全くの無傷だが、振動は非常に頭に響く。車体の揺れと装甲の振動、  
そして砲煙の残り香が気分を悪くさせていく。子供の頃に経験した、掃除ロッカー  
幽閉のイジメが、フラッシュバックしそうな気分だった。  

 そしてその気分を更に悪化させる命令が、俺のレシーバーに響く。  
 「態勢が整った、射撃再開する」  
 今度響いて来た声は、小隊長の声だった。中隊は別れた状態にあるため、  
ここでは小隊長が射撃命令を下すことになっているのである。  

 そして俺達は、戦車流鏑馬さえ出来る素敵な射撃装置を信頼しつつ  
移動間射撃を開始した。戦車でさえ打撃を受ける石を投げられないように、  
直接組み付かれて横倒しにされないように祈りつつ。  

:::::::::::::::::::::::  
LORのエントなんかや、岩石の猿みたいのをイメージしつつこんなんでました。  
実際の所どうなんでしょうね?ガソリン爆弾でも喰らわして、MRLSとか  
成形炸薬弾でジューっとやっちゃった方がいいんでしょうか。  



67  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  16:18:45  ID:???  

まあ揚げ足取りばかりでもなんなので、自分でもちょっと書いてみますか。  

 僕は班員の中でも老練な陸曹を引き連れて、隣のテーブルで飲んでいる男に声を掛けた。  
 「あのう、ちょっと宜しいでしょうか」  
 頭を剃っているらしい髭面の男は、無言で僕の方を睨み付けてきた。  

 男の顔は怖い。顔中に刃物傷があるせいもあるが、それだけで出せる表情では  
無かった。第一そんな面構えの連中なら、駐屯地付近のバーでもよく見かけるからだ。  
 パンチパーマにそり込み、そしてどう見てもカミソリの当て間違いではない傷を  
持った男とケンカしたこともあるが、そんなヤクザやちんぴらとは明らかに違う。  

 こいつの顔は、人殺しをしたことがある奴の顔だ。間違いなく。  

 後ろに控える陸曹の反応でもそれは分かった。表情こそ変えていないだろうが、  
僕の足に微かな震えが伝わったからだ。この男に怯えているとも思えないので  
何か身構えを取ったのだろうが。  

 僕は少し口許を動かすと、思い切って男に話しかける。  
 「ネイヴァー商店のガンツさんですね?マスル商店のモールさんから紹介して  
いただきました」  
 疑念をもたれる前に紹介者の名前を出す。すると男の表情が変わった。  
あくどいのは相変わらずだが、顔は人殺しから見慣れた闇金のちんぴら風になる。  
 「そうだが、あんたは?」  
 「申し遅れました、私はチバ商会のマエジマです。こちらは部下のミクニです。  
ここで商談というのも不躾ですので、飲みましょう。奢りますよ」  
 僕は自分と陸曹を男に紹介し、酒を注文した。  


68  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  16:41:18  ID:???  

木の器に注がれた酒を傾けながら、僕と男は『商談』の前相談を始めた。  
 言うまでもないがまともな商取引ではない。僕と陸曹は偽装身分だし、男も  
真っ当な商人などでは有り得ないからだ。  

 「で、話ってのは?まあ喰いながら話そうじゃないか」  
 男は上機嫌だった。酒を奢られたからなのか、金に意地汚い相手では  
決してないと判断したからなのかは分からなかったが。  

 「実は買って頂きたいのです、我々を。もちろん後ろの穴じゃありませんよ」  
 僕の冗談に男は口から食べ滓を散らして大笑いした。陸曹も調子を合わせて  
くれるものの、目が笑っていないのでかなり微妙だ。  
 一通り笑いが収まった所で、僕は表情を真面目に戻しながら話を進める。  
 「正確に申し上げますと、我々というのは此処にいる二人ではありません。  
そして純粋な身柄取引という意味でも」  

 男の頬はまだゆるんでいたが、目は人殺しそのものに戻っていた。僕の言いたい  
ことを理解したからだろう。予想通りではあったが、阿呆ではないようだ。  
 「つまり力貸しますって事だな?ふーむ」  
 男は椅子を立つと、僕の体を眺め回して手足や太股に触りながら  
ひとしきり唸っている。と、いきなり男は尻の下に手を突っ込んできた。  
 「何するんですか!」  
 僕は反射的に足を動かしたので、テーブルにぶつかってしまった。しかし  
男は悪びれもせずに笑いながら返事をする。  
 「冗談だ冗談。後ろは売らねぇんだろ?」  
 そのあと男は陸曹にも同じ行動を取ったが、陸曹は無言で触られるままだった。  
 男は僕の時と違って羨望を含むような声を上げ、何度も何度も腕を触っていた。  
 陸曹の表情が怖い。帰ったら何を言われるかな?まあいい、交渉は上手く行きそうだ。  


69  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  16:54:40  ID:???  

 男は自分の席に再び腰掛けると、僕の方に向き直った。目は殺人者と金貸しの  
中間のような色をしていたが、表情は真剣そのものだ。  
 「他の連中もあんたらと同じ位か?何人くらいいるんだ?」  
 「およそ10名ほど。少なくとも全員僕より上を行きます。もう一人くらいは、  
そこの  ミクニと同じ程度の男もいますよ」  
   
 僕の言葉を聞いた時、男の目は一瞬だけ純粋な羨望に溢れた。人殺しでも  
金貸しでもない、表して良ければ少年のような目をしながら頷いた。  
 もっとも少年は少年でも、強い手下を捜すガキ大将の目だったが。  

 「よし、あんたらの話に乗ってやろう。細かい話はうちの店でやる事に  
するが良いかな?都合のいい日に全員連れて来てくれ」  
 男が口早に話を進めようとしたので、僕は慌てて男を制止した。  
 「ちょっと待って下さい、まだ話が」  
 「何だ?細かい話は後ですると言ったろう」  
 男は少し機嫌を損ねたようだ。折角上手くまとまった筈が、何か面倒な  
条件を付けられそうだと思ったからだろう。  
 「いえ、契約の事ではありません。我々は10名ではありますが、ちょっとした  
魔法具を扱えるのです」  

 男は少し驚いたような顔をしたあと、すぐに話を聞く姿勢に戻った。  
 「魔法具って事は、あんたら僧兵崩れかなにかかい?」  
 男は随分驚いているようだったので、僕は少し微笑みながら答えた。  
 「まあ兵隊崩れではあるかも知れません、どこのとは申しませんが。  
なのでその事も多少は考えに入れておいて頂ければ」  
 僕の言葉に陸曹は少し眉をひそめたが、それは見ないふりをした。  


70  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  17:15:53  ID:???  

 そして男との約束の日、僕の率いる班は全員が完全装備で郊外の草原に立っていた。  
 「ほー、こりゃあすげえ!」  
 例の男は完全に子供に戻ったような顔つきで、僕らを見つめた。良く訓練された  
軍隊に特有の空気すら、今のこの男には頼もしく面白いのだろう。  

 周囲の見渡す限りには人が居ない。一応この野原は男の持ち物となっているし  
監視員(むろんのこと刺青と刀傷が社員証の)が周りを固めているから  
下手な闖入者の心配はなかった。  

 「今から相当大きな音が響きますので、耳に綿で栓をしてください。それと  
驚いても動き回らないでください、死人が出ますので」  
 僕の口調は大分命令的だったが、男やその手下どもは素直に従った。恐らく  
強い者に対する脊髄反射のような物なのだろう。  

 「総員撃ち方用意、目標前方の馬!三点射一回!」  
 班員たちは僕の命令で、すぐさま膝射姿勢になる。銃口の先には、事前に  
用意しておいた軟目標があった。小型だが良く動き回る仔馬のような動物は、  
今も約200m先を元気良く走り回っている。予算の都合で小さいものしか  
買えなかったものの、的当てと考えればむしろいい宣伝になるだろう。  

 「撃てぇっ!」  
 僕の命令と共に、各小銃がほぼ同時に三回づつ吼える。マズルフラッシュが  
目を焼き、続いて轟音が響く。嗅ぎ慣れた硝煙の臭いが顔を覆う頃には、  
宣伝用の軟目標は横倒しになって赤黒く染まっていた。  

 「総員撃ち方止め!戦果を確認に向かう!」  
 僕が射撃姿勢を解くと、班員たちも構えを解いて立ち上がった。呆然と  
立ちつくしている男を呼び寄せると、僕たちは仔馬の死骸を見に行った。  


71  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  17:33:30  ID:???  

 「一応これが、僕たちの魔法具の力です」  
 男は少し歩いている内に、平静を取り戻したようだった。さっきの態度は  
音に驚いていただけなのか分からなかったが、足取りはしっかりしていた。  

 仔馬の周りは既に血だまりと化しており、生臭い香りと妙な暖かさが  
辺りの空気に漂っていた。数カ所に穴を開けられた仔馬は、黒目を少し  
濁らせながらこちらを見つめている。ひどく気味の悪い表情だったが、  
今はそれを気にしてもいられない。  

 「火の力で鉄の棘を飛ばして、相手の体を打ち抜く術です。魔法としては  
威力が低めですが、その分素早く敵を破壊できます。堅すぎたり柔らかすぎると  
効き目は薄いですが、普通の兵隊相手ならこれで圧倒できます」  

 僕は男の顔を見ながら、何かの紹介文のような口調で説明する。実際あまり  
まともに話してはいない。自分の理解と常識を交えて、ぼんやり喋って  
いるだけだからだ。  

 男の方も多少気を呑まれているようだったが、特に震えもない声で返してきた。  
 「ふむ、ま、いいな。うん。あんたらの『力』を借りるとしよう」  
 これで商談は成立した。明日から暫くは食糧に不自由しないだろう。  


72  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  17:47:36  ID:???  

 僕たちが今いるここは、今さらながら言うが日本ではない。言葉が通じ  
(ているというよりは、魔法とやらの翻訳効果だろうが)、中世のヨーロッパに  
どこか似ていると言うだけの、全く見知らぬ異常な土地だ。  

 魔法という超常現象が存在して、見慣れない生物も多数生息し、そして時代も  
空間も間違いなく地球ではないどこかなのだ。  

 そして僕たちは、そこに迷い込んだ。漫画の主人公ならば愛と勇気と知恵と  
幾分かのご都合で生き延びられるだろうが、僕たちはそうじゃなかった。生きる為には  
職が要り、そしてそれは異国人に易々と明け渡されない。  

 怪物の腹を捌いても、金貨が出てくる訳じゃない。夜盗を殴り倒しても  
改心して宝物をくれる訳でもない。そんな世界で僕たちが生きて行くには、そう、  
この手しかなかったんだ。  

 どこかの軍隊に仕官するという選択肢も、無いではなかった。僕たちは  
軍事のプロなのだから、能力的には無理はなかった。しかし結局それはやめにした。  

 この世界の軍隊は未成熟で、傭兵などは盗賊とイコールかもっと悪い。各国軍の  
精鋭は軍事的に多少まともだったが、政治的には貴族社会の、つまりは肉欲と謀殺と  
権謀術数の吹き荒れる伏魔殿でしかなかった。そんな所にいても、安息は絶対に  
得られる筈がなかった。  


73  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/04/10(日)  18:01:33  ID:???  

 それに、僕には娘と息子がいた。もちろん肉親も、友人も知人も職場も仲間も。  
全てに満足はしていないが、自殺したいとは思わない程度の世界ではあった。  
 僕以外の班員たちにも、孫を可愛がる祖父母もいれば、婚約者や兄弟もいた。  
一生涯付き合いたいと思える人間もいただろう。  

 向こうに殺したい相手や恐ろしい敵もいないでは無かったが、それにしても  
ここでは手出しも何も出来ない。陰謀をもってそいつを陥れ、敵が悔しがり  
悶えながら死んでいく様すら拝めないし嗤えないのだ。  

 つまり僕らは、帰りたい。形や質や度合いこそ違えど、まだこの土地に  
骨を埋めたがっている奴はいないのだ。そして帰るためには生きねばならず、  
生存の手段は血塗られている。ならば自分たちで職場程度は選びたい。  

 こうして僕たちは汚れ仕事をする流れ者になったのだ。無宿や無頼や根無し草と  
呼ばれるような集団に。  
 それにこうしていれば、それなりに広い範囲を動き回れるし情報も入るという  
思惑もあった。城勤めでは拘束が厳しすぎて、帰還手段を探すどころではない。  

 まあ何を言ったとしても、今は薄汚い雇われ殺人者に過ぎない。しかし  
そんなことを気にする気分も僕には無かった。今のところ日本に帰る  
その日までの、全ては通過点でしかないのだから。  
*******************************************  
 えー、何か長くなりました。すいません。  
一応人殺すんだったら、それなりに後ろ盾無いと厳しそうだったので。  

 描写への細かいツッコミや、文法や言葉への指摘等大歓迎です。  
今後の参考になりますので。でも嘘ネタだけは勘弁な!  




261  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/05/13(金)  22:46:43  ID:???  

人間が死ぬとか、人間の肉体では銃弾は防げないともめているようですが・・・  
「人間が文明築いてなきゃいいじゃない」  
蟹がベースの甲殻ワールドに、人間が迷い込んだっいいじゃない。  

その世界のある時期、生物は巨大化の道を歩んだ。地球で言う  
ムカシトンボや恐竜、氷河期の終わりごろの哺乳類のように、  
全ての生物が超巨大。  

大半の巨大化は一時的な現象に過ぎず、肉体の維持コストに  
耐え切れなくなって絶滅や縮小化をたどるか、環境変化に  
ついていけず滅びる。  

が、一部種族はレアメタル(オリハルコンやらミスリルの類)を  
骨格に取り込む能力を得て、肉体に占める骨格量を減少や軽量骨格の  
獲得による高度な運動能力を得たり、外骨格生物は多種族に数倍する  
外部強度などを獲得するに至る。  

巨大化のメリットと恐るべき能力によって強大な生物となった彼らは、  
レアメタルを産出・含有する土地を中心に大繁殖、更にその一部は  
高度な知能を有するようになり、文明を築くに至る・・・  

とまあこんな設定もアリかな?と思うのですが。  

銃弾さえ弾く蟹人類や甲虫人間、骨格の軽量化で飛行翼と強靭な前肢を  
両立するに至ったドラゴン、頑丈な骨格と分厚い脂肪や筋肉を纏った  
オーク類などが暴れ狂うとかはどうでしょう?  


353  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/05/24(火)  04:41:06  ID:???  

無能な働き者として、久しぶりに働いてみますか・・・  

 F−15Jの編隊から投下された誘導爆弾は、美しいまでの軌道を描きながら  
敵の隊列の中へと吸い込まれていく。今までやられ通しだった大隊は  
感極まったように歓喜の罵り声を上げ始める。  

 日本が世界から取り残されて-いや、吹き飛ばされてから、実に半年以上が  
過ぎていた。航空支援も最近ではまともに来なくなっていたため、みんなの  
喜びもひとしおなのだろう。  
 俺も実際、あの腐れた海産物共やクソトカゲやら肉片になっていくのは、諸手を挙げて  
歓迎したい。師団の糧秣も不足気味だったところだし、蛋白質の補給は久しぶりだ。  

 しかし俺たちの感激も、そう長くは続かなかった。  
 「コンボイ3、バシリクス4生存!リザードマン大隊規模で健在!」  
 観測員の通報を伝えた小隊軍曹の声は、悲壮さと毒気に満ちていた。  
 それが即座に伝わったのか、陣地内の全員が小銃や機関銃を構えなおす。  
   
 「支援砲撃は10分間、それ以上は支援不能だそうです!」  
 無、そんな言葉だけが俺の頭をよぎった。本当にこの戦争には何も無い。  
 希望や未来から、物資、弾薬、食料に至るあらゆるものが不足している。  
 兵力も支援も余りにも足りていない!これで何にどう勝てというんだ!  

 「了!小隊総員は射線の集中を厳守!単一目標のみに的を絞ることを  
忘れるな!効率は生き残ってから考えればいい!」  
 俺は腹立たしさを押し殺しつつ、小隊に対して命令を徹底する。今戦っている敵は  
途方も無く硬く、そしてタフで、数が恐ろしく多い。人間の数倍から数十倍の耐久力を  
誇る化け物どもが相手なのだ。弾薬の損耗が激しい一因もそこにある。  


354  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/05/24(火)  04:41:37  ID:???  

 俺たちが飛ばされた異次元だか別世界は、哺乳類以外の種が主勢力となって社会を構築していた。  
 人に似た生物を使役する恐竜帝国と、数的優位で他を圧倒し、前出の帝国と同盟を組む  
甲殻王国が主な勢力だ。その他の種族も存在はしていたが、文明レベルや知能レベル、数などが  
ネックとなり、完全なマイノリティとして細々と生きていたようだ。  
 そんな社会に俺たちは「召還」された。召還主はマイノリティの中で最も文明と技術に  
優れた高等種族、エルフだ。彼らは日本を古代遺跡と魔法によって呼び出し、我々に対し  
助けを求めてきたのだ。  

 まともに考えて国内事情が許すはずもないと思われたが、事態は異常な方向へ傾いた。  
あるいはこれも含めて、相手の魔法という奴だったのかもしれない。  

 日本の政治家と財界人、特に有能な若手は新世界の権益を得ようと駈けずり回り始めた。  
転移そのものは不可抗力として甘受し、逆に政治力の拡大やビジネスチャンスとして利用  
しようという、現実的かつえげつない考え方のためだ。  
 古参保守派の大物にしても、世界との断絶で基盤を失ったものは多かった。そしてそれ故に  
「新世界開拓」を標榜し、異世界への進出を積極推進するという立場を取るものが後を  
絶たなかった。狂信的国内派も食糧危機という現実の前では、全く力を失った。  

 こうして日本は国外での食料および生産地域・資源確保に乗り出し、協力種族たる  
エルフ等の要請、現地邦人や協力原住民の保護という名目の元に自衛隊を進出させた。  
   
 そして最終的に衝突は起こった。恐竜帝国は自種族の繁栄のため、鉱山を確保し  
高純度のオリハルコン(超金属)を採取し、頑健な肉体と文明を築き上げてきたからだ。  
 日本が目をつけた有望なレアメタル鉱脈−そして、オリハルコンそのもの−を巡り  
日本と恐竜帝国は対立し、その溝を深めていった。というよりそもそも、ヒューマノイドを  
奴隷か劣等種族としてしか見ていない連中と、対等な交渉ができるはずもなかったのだ。  


355  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/05/24(火)  04:42:30  ID:???  

 指揮を執りつつ嫌な事を思い出す、この脳味噌が憎たらしい。何度反芻しても嫌になる。  
 政治家の思惑やエルフの事はどうでもいいが、あのトカゲどもだけは皆殺しにしてやるという  
気分がまた蘇った。  
 鱗だらけのど畜生どもは、捕虜を奴隷か食料にする。それで俺は何人の同期を喪ったか知れない。  
 山川、佐藤、吉住、宮元。他にも原隊の頃から知っていた顔が幾つも肉塊になった。  
   
 腹立ち紛れに地平の向こうを眺めると、支援砲撃の土煙に光る何かが混ざっている。  
 いいぞ、もっとだ、もっとやれ。どうせ殺し合いしか出来ないなら、一方的に勝つほうがいいに決まってる。  
 といっても、もうそろそろそれも終わりだが。  
   
 「距離1400、1200、1000…」  
 「総員射撃用意!400で一斉射撃」  
 敵との間隔を測る声が聞こえてくる。敵は強度と耐久力が高すぎるため、できる限り  
引き付けて打つ必要がある。その一方で機動力は速い部隊で時速km以上と装甲車の機動打撃じみた  
速度を持つため、タイミングを間違うとこちらが即座に蹂躙されかねない。  

 報告開始のあたりから、中隊の迫撃砲と各所の重機関銃の十字砲火も加わった。といっても、撃破より  
嫌がらせの意味が大きかったが。衝撃による内部破壊や転倒、疲労による貫通を除けば、目玉や関節に破片が  
刺さるという幸運か、爆風による感覚麻痺で脱落してくれるという少数のケースを祈るしかない。  

 「400!」  
 「テェッ!」  
 砲弾の炸裂音とは違った意味で暴力的な音が、塹壕の中から響いてくる。連続した小規模な破裂音が  
耳をつんざき、小さな鉛弾と間に挟まれた曳光弾が恐竜どもに叩き込まれていく。しかし目立って血を流す  
敵は少なく、脱落する原因の大半は気絶もしくは衝撃による転倒だった。その数にしても、大隊規模での  
全力射撃とは思えないほど少ない。  


356  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/05/24(火)  04:45:33  ID:???  

 ほとんど銃撃する暇もなく、ヴェロギラプトルのシルエットに似た恐竜たちが頭上を跳び抜けていく。  
社会階級上位者で構成された竜騎兵、すなわち貴族の騎兵隊だ。奴らは恐らく後方にいる特科を叩くのだろう。  
 無論他の隊が待ち受ける縦深陣地と、ブービートラップの平原を抜けられればの話だが。  

 一時的に射撃が止むと、土煙の向こうに俺たちの処理すべき敵が徐々に近づいてくるのが見えた。  
 二足歩行型の雑兵竜リザードマンと、下級の戦士がまたがる不細工なサンショウウオ系のオオトカゲによる  
連合部隊だ。面制圧の主戦力であり、つまりは俺たち普通科のような連中というわけだ。  

 速度は遅いが頑丈なので、塹壕に踊りこまれると面倒になる。そしてこいつらにもたついていると、  
バジリクス−怪物トカゲを利用した化学戦重装甲車−と、巨大蟹の移動輸送トーチカ「コンボイ」が突っ込んできて、  
悲惨というより地獄絵図に近い状況しか展開されなくなる。細胞の石化か爪による圧殺か、運ばれてきた海老か  
小蟹たちの昼飯にされるか、なんにせよ碌な死に方はしない。  

 「奴らが本番だ!食われる前に殺して食っちまうぞ!」  
 『オォー!』  
 威勢のいい声は上げてみたものの、手前で倒せなければ敗北することは間違いない。生きながらに食われるの  
だけは、絶対にごめんだった。  
 「再射撃に備えろ!距離は同じく400!」  
 熱気の伝わってくる小銃を構えなおしながら、俺はここで生き延びられることを祈った。後は戦車隊が  
最高のタイミングで横腹を殴りつけてくれることを、ひたすら待つのみだ。  
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::  

今回はこれにて終了!内容に関する厳正なる評価を、メール欄等にて  
望みたい。まあ無言が一番の評価ではありますけれども。  
戦術上これはねーだろ、というのは文章力とはまた別にあるでしょうし。  





473  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/06/02(木)  16:10:17  ID:???  

472  
というわけでこんにちわ、無能な働き者がやってきましたよ。  

 その日の東京の空は、曇天の如く黒かった。しかし空には雲一つ無い。  
空を薄暗く染めているのは、煙だ。町から家から工場から立ち上る  
大量の黒煙が、空を埋める様に吹き上げていた。  

 「酷いもんだな、こりゃあ」  
 鉄帽を被った陸上自衛官は、マスクの紐を少し直しながら同僚に  
呟いた。彼の眉間に深く刻まれた皴には、煙と粉塵が染み付いて  
まるで仁王像の彫りのようになっている。  

 「天災と人災の二段攻撃ですからね」  
 傍に居た男は、話しかけた方よりもいくらか若く、髪の毛に  
白いものも混じっていない。男は眼鏡の汚れを拭きながら、近くの  
惨状に目を通していた。  

 東京都庁は、鬼の角のように天を突き刺していた二つの塔部分を  
ねじ曲げられて、巨大な胴部は手前に折れ曲がっている。  
 その姿はまるでバベルの塔か、テロ直後の貿易センタービルのような  
完全な崩壊を二人の目の前に見せ付けている。  

 都庁の周辺には、他の崩れ落ちた高層ビルも横たわっている。  
 新宿住友ビル、京王プラザホテルは倒壊こそしなかったものの  
その半分近くはえぐり取られるように崩れており、窓ガラスはひび割れるか  
砕け散って抜け落ちており、半ば幽霊屋敷のようである。  


474  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/06/02(木)  16:32:48  ID:???  

 周辺で一番悲惨な被害を被っていたのは、JR新宿駅である。商店と  
駅舎の融合により、白い要塞のような威容を誇っていた駅も、黒く  
焼け焦げた大穴をいくつも開けられており、駅の周りには羽の生えた恐竜の  
ような生き物が、バラバラにされて何体も転がっていた。  

 「このまま行くと、駅のあたりから病気が発生するな」  
 自衛官のしわがれた声に、同僚の男は無言でうなずいた。  
 「あのデカブツ相手じゃあ、やはり重機を持ち込むしか撤去手段は無いな。  
だが、重機を持ち込む手段と状況を整備するには、かなり時間がかかる」  
 「となるとやはり、焼却処理しかありませんか」  
 「だな。また空が汚れるが、煤煙の方が疫病よりいくらかはマシだ」  

 男は都民からの苦情を想像して、頭が痛くなった。今でさえ死体や  
保存も食用も不能になった食品類の処理で手一杯だというのに、その上  
桁違いの量の肉を焼き払わなければならないとは、面倒で仕方が無い。  

 しかも生ゴミや死骸の類は、ある程度は人力や軽車両・ヘリコプター輸送で  
処理場へ運んでいるが、全長10m以上の肉塊どもは移動も利かないから  
駅前で処分するしかない。盛大な焚き火と肉の焼ける臭いは、確実に  
中央公園の避難民たちの精神を刺激するだろう。  
 後はとにかく、東風が吹いてくれるのを祈るしかない。  

 「まったく、連中もとんでもない物を捨てて行ってくれたな」  
 自衛官は、駅前に転がる恐竜−というより、幻想動物の竜に酷似した  
生物の所有者たちに毒づいた。  


475  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/06/02(木)  16:54:35  ID:???  

 ある日突然発生した大震災は、日本を混乱の極みへと叩き込んだ。  
 計測不能レベルのマグニチュードを持った(というより観測機械が  
異常反応しか示さなかった)大地震が、日本全土を襲ったのだ。  

 突発的なその地震は、東海地震の予測値よりも震度とエネルギーは  
低かった。が、同時多発的に発生したというのが最悪だった。  
 日本という島そのものが、突如として持ち上げられて叩きつけられた  
かのように、全土を震度6弱〜7以上の直下型地震が襲ったのだ。  

 これにより、札幌、盛岡、東京、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡  
そのほかの日本主要都市は、全てが自分たちの自治体を救うことで  
手一杯になった。当然ながら自衛隊の方面隊も、管内で一番被害が  
大きいところを助けはしても、他からの支援を望むことが出来なかった。  

 日本の災害対策システムにとって、これは全く予想外の出来事だったのだ。  
 東海地震は同時多発的広範囲地震ではあったが、所詮一地域の破壊を  
招くに過ぎないものだった。しかしこの地震は、日本そのものを揺さぶる  
大きな一撃となって、混乱と破壊を撒き散らしたのだ。  
 不幸中の幸いといえば、巨大津波が発生しなかった事だろうか。  

 そしてこの混乱に追い討ちをかけるようにして、日本本土に  
新たな敵が襲い掛かってきたのだった。  
 彼らは幻想の世界にしか住まうはずのない「ドラゴン」に運ばれ、  
炎と瓦礫の中に喘ぐ人々を殺し、犯し、略奪の限りを尽くそうとした。  

 自衛隊もそれに対して果敢に応戦したものの、地震そのものによる  
レーダーその他の損失とその復旧、そして救助部隊への支援で混乱  
しきっていたため、その実力は完全に発揮されることが無かった。  


476  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/06/02(木)  17:10:41  ID:???  

 そして自衛隊の立て直しが成功するまでに、人々はどんどんと  
蹂躙されて行った。原因は、相手がまるで日本の混乱を見通していた  
かのように大群で攻めて来たことと、彼ら自身や彼らの使役する  
生物が異常な能力を持っていたことが、自衛隊を翻弄したためだった。  
 (反自衛隊活動を行った市民団体もあったが、彼らの活動は  
無視してよいレベルに過ぎなかった)  
   
 駅前広場に死骸を晒している竜も、はらわたを対空砲火で掻き出される  
までは、炎を吐き散らして散々に周辺家屋を燃やしていたのだ。  

 「彼らとは戦争になりますね、間違いなく」  
 同僚の男は小さく呟いた。相手は略奪に味を占めると同時に、仲間の  
復讐戦にも打って出てくるだろう。そして、日本が壊滅的打撃を受けている  
事は、逃げ帰った敵の報告で相手にも知れ渡っているはずだ。  
 つまり、敵は確実に急速な侵攻を仕掛けてくる。  

 「死体処理にはうんざりしてるが、死体を増やすのはもっとごめんだな」  
 自衛官は煙に曇った空を見上げながら、怒りとも悲しみともつかないような  
表情で、そう答えた。  




586  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/06/09(木)  23:34:07  ID:???  

ぶった切ってしまいました、すみません。  
お詫び代わりといえばなんですが、流れネタを一つ。  

 「お前の所の駒どもは、本当に出来が悪いな」  
 人には認識できない空間に、その<声>は響いた。声のするあたりには  
巨大な地図が置かれた台があり、左右にはうすぼんやりとした姿の  
白黒の塊が存在している。  

 「ええいうるさい!今日こそは貴様に復仇してやる!」  
 黒い塊がざわめくように動いた。それが振り回した黒い棒は、台の上から  
余り出来がいいとは言えない、何かから削りだした人形や、物を組み合わせて  
作り上げた、島や城をいくつも払い落とした。  
 宝石のようなその玩具たちは台から落ちて行き、そして見えなくなる。  
 白い塊は、何を示すのか僅かに頂上部を震わせる。  

 この瞬間『世界』のいくつかの国が滅んだ。天災、疫病、戦争に地殻変動  
といったあらゆる災厄がもたらされ、虫けらの如く人が消え去っていく。  
 世界では時折起こるこういった状況を「死神の鎌が振るわれる」と呼んでいた。  

 「こんな出来の悪い模型など、自分でも愛想が尽きていたところよ。  
私には物など作る趣味は無い!代わりに、もっといい駒を用意した」  
 黒い塊の中から湧き出て来たのは、緑色をした竜だった。まるで首を  
もたげるような格好をしており、胸元から腹にかけてと体の各所には  
白い模様が線のように張り付いている。  

 「お前という奴は、本当に呆れたものだ。他の台座から駒を持ち込んだ  
ところで、自身が間抜けならば勝ち目もなかろうに」  
 白い塊の心底馬鹿にしたような声に、黒い塊は全体がぼやけるほどに  
大きく震えた。  
 「この駒は私が選んだ、貴様の駒を叩き潰す最強の竜だ!この駒の  
強さは並みではない。今までのお遊びとは訳が違うぞ!」  


587  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/06/09(木)  23:40:57  ID:???  

 白い塊は先ほどと同じような調子で、黒い塊に問いかけた。  
 「新たな駒を使うのならば、その名は?何と呼べばいいのだ」  
 黒い塊は勝ち誇ったように叫んだ。  
 「『アキツシマ』だ。こいつらの世界で言えば、竜虫の島というらしい。  
見た目に相応しい、雄雄しい名だろう」  
 黒い塊は自信に震えているのか、輪郭がぼやけている。  

 白い塊は羽のない竜虫とは何たるか、と馬鹿にしたように考えながら  
三度同じような調子で黒い塊に話しかけた。  
 「まあ、なんでもよかろう。遊戯を再会するぞ」  
 この宣言とともに、世界は数百度目の混乱と破滅と戦乱の世界へと  
引きずり戻されていく。  

 『アキツシマ』とは、古い言葉で『日本』を意味する。  





919  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/03(日)  03:38:01  ID:???  

>>916  
まるで「地球連邦の興亡」の冒頭みたいですねw  

 あのニヤニヤ笑いの後に来るのは、決まって連中の大攻勢だ。さっさと  
迎撃準備をしないと、また面倒なことになる。  
 「総員配置に付け!おそらく敵ここまで来てる!」  

 空中に浮かぶ馬鹿でかい猫の口睨みながら、俺は部下に命令した。全員が  
設置した地雷や小銃の安全装置を確認し、それぞれが篭るべき塹壕に入り込む。  
 しばらくして陣地のある丘のふもとから聞こえてきたのは、規則正しい  
軍靴の音と、打ち合わされる槍の音、そして異常にヒステリックな女の声だった。  
 「やつらの首を刎ねよ!兵隊ども、かかれぇっ!」  

 木々も地面も空でさえも異常な姿形をしているこの世界は、その住人も  
思う存分神様がいじり倒したらしい。俺たちの常識では考えられないような  


920  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/03(日)  03:51:29  ID:???  

滅茶苦茶な生き物たちがうようよしている。口を利くドードー鳥、海亀みたいな  
何者かに、豚の母親に気まぐれな猫。  

 こんな連中の世界に迷い込んで数週間、糧食が切れて帰還方法も分からないと  
くれば…やることは一つだ。そして俺たちはその罪で軍隊に追われている。  
 ご馳走を平らげた俺たちと対象的に、相手は酷く薄っぺらい。というよりは  
厚みと呼べるものがほぼ存在しないのだが。  

 トランプに手足と頭が生えたような奇天烈なカード人間が、この世界における  
兵隊らしかった。そしてそれを指揮するのは、赤いドレスを身に纏った女王らしき  
ヒス女。こいつが全く面倒なことに、死刑以外の何物をも考えない暗君と  
来ていた。  

 食料分与の交渉を全く無視し、こちらの使者を死刑にしようとする。その上  
脱出時に倒した兵の敵と言い張って討伐軍を差し向けられるのだからたまった  
物ではない。そして結局戦うことになり、俺たちはこの丘に陣取っているのだ。  

 ゆっくりと規則正しく近寄ってくる兵団は、まるで愚鈍な亀のように見える。  
近代戦訓練を積んで来た身としては、余りのスローペースに苛立ちすらしてしまう。  
 しかし固まってくれるのは好都合でもある。一撃で大損害を与えられるからだ。  


921  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/03(日)  04:16:16  ID:???  

 目論見どおり敵が密集して進んできたところで、タイミングを見計らって  
地雷爆破の指示を下す。すると集団のど真ん中で地雷は轟爆し、文字通り  
紙切れのように数人をずたずたに引き裂く。  

 「よーしいいぞ、どんどんやれ!」  
 命令とともに爆発音が連続し、破片に貫かれたり爆風で燃え上がったりする  
敵兵が続出する。しかし連中に中身などないから、血が吹き出たり内臓が  
はみ出したりするでもない。ただマネキンのような手足や頭と、土砂と紙切れが  
入り乱れて吹き飛んでいくという、純粋なまでに破壊的な光景が目の前に  
広がっていく。  

 大打撃にヒステリーを起こしたのか、女王の叫び声はより大きく、  
大気をつんざくようにがなられ始める。  
 「進めー!死んだものは首をはねさせるぞ!進めぇー!」  
 ソ連の督戦隊ばりな事を叫びながら、女王はそれでもトランプどもを前へと  
進ませていく。そして彼らは、こちらのキルゾーンへと侵入した。  

 「射撃開始!」  
 俺の号令を以って、今回も殺戮なのか破壊なのか分からない宴が幕を開けた。  
 丘の上からやや見下ろしつつ打っているので、面白いようによく当たる。  


922  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/03(日)  04:19:10  ID:???  

 MINIMIをモロに浴びて穴で切断されるもの、小銃を全身に受けてマークを  
全身に増やすもの、頭部や手足を削ぎとられて、文字通りのトランプになるもの。  
 紙っぺらの兵隊どもは、考えられる限りのパターンでバラバラになっている。  
 血の臭いも漂わない醜悪な光景は広がりつづけ、後にはインクと紙が  
焦げていくような臭いだけが漂っている。  

 「全員引き上げ!逃げるのじゃ!」  
 損害が許容できなくなったのか、ヒステリーの女王は引き上げていった。  
 結局無駄弾を消費して得られたものは、巨大な穴だらけのカードだけだった。  


 「まったく、いつになったら帰れるのかねえ」  
 陣地の撤去作業を見つめながら、俺は呟いた。結局あの兎がいけないんだ。  
俺と俺の部下を、なぜあいつはこんなところに…  

 異次元から帰る方法をぼんやり考えていると、目の前に兎が飛び出した。  
 勿論単なる兎ではなく、タキシードを着こんで懐中時計を持っている、  
忙しいとしか喋らない兎だ。  
   
 「でたぞー!捕まえろ!抵抗したら殴り倒せ!」  
 こうして何度目かのトランプ生産の後に、俺たちはいつもどおりの追いかけっこを  
展開した。この兎をさっさと捕まえないと、どんな所に送られるか分からないからだ。  

 砂漠で青い魔神と戦ったり、茨の城でドラゴン退治なぞは真っ平ごめんだ。  
いい加減腹も減ってきたところだし、出来れば鯨の腹の中がうまいかもしれない。  


自衛隊in出銭ワールド。最強のボスは著作権法かアノねずみ。  
「ふぁんたじあ」マークをつけたB-29の大群…はファンタジーじゃないか。  




944  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/05(火)  20:36:48  ID:???  

銭ゲバネタをちょっとやってしまったので、お詫びに。  

 樹木とは植物、つまりは動かない生物である。ハエトリソウやウツボカズラ  
といった一部が動く種類でも、所詮は受動的に反射で動くだけなのだ。  
 しかし今自衛官たちの目の前に展開されている光景は、その考えを文字通り  
根こそぎ逆転させてしまっている。  

 巨大な数多の根の塊は、地面を打ち鳴らす巨竜の足音にも等しい轟音を  
立てながら、破城槌で地面を打ち据えたかのように抉り取り、削り倒して  
粉々にしていく。枝葉の擦れる音は、低くざわめく風の日の森を何重にも  
山彦で反響させたかのような大きさだった。  

 人間の胴回りに数倍する太い幹には、これまた人間よりもずっと大きい  
尖った刃物と虎鋏を組み合わせたかのような形の顔が現れている。  
 緑の海の上を鳥たちが黒雲のように群れを成して飛ぶ姿は、まるで  
この世の果てが動いているかのようであった。  

 「随分と凄い事をするねー!」  
 禿げ上がった頭にヘルメットを被った自衛官が、軽装甲車の上から  
見上げるように木々に拡声器で話しかける。すると、緑の塊から金色をした  
毛玉が現れる。それは、尖り耳を持つ高貴な種族-エルフの頭だった。  

 「なんですかー?」  
 鳴り響く地面と葉の音に掻き乱されない声は、風の精霊に守られた  
耳心地よい高さの男声である。その綺麗過ぎる音に奇妙な感覚を覚えつつも、  
自衛官は拡声器の割れた声で呼び返す。  
 「通り道が畑みたいになってるけど、いつもこんな事してるのー!」  


945  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/05(火)  20:58:47  ID:???  

 質問の意図を理解したのか、返答の声には苦笑が入り混じっていた。  
 「まさか!こんな大地を傷つけるような真似は、普段は絶対にやりませんよ」  
 「じゃあ今回は、特別ってことかい?」  
 「もちろん!我々と森はただ敵を待つものではありません。倒すべき相手を  
倒してこそ、真の平穏は存ると考えているのですよ」  

 エンジン音さえ無視する自信と僅かな怒りに満ちた声は、自衛官たちに  
さまざまな意味で微妙な感覚をもたらした。  
 エルフは森とともに生きる保守的種族、というイメージを打ち砕いてくれる  
強烈な言葉と、それを更に裏打ちする行軍は恐るべき光景だった。  
 しかも非戦の勝利と専守防衛を旨とする自衛官にとっては、ここまで  
攻撃的な行動というものはひどく極端に映るのだ。それに対する感情もまた  
理性的嫌悪と本能的な羨望という相反するものだったが。  

 「もちろん我々が通った後は、この道に種を植え森の元にします。山火事の後で  
木々が芽吹くように、我々もまた新たな命をはぐくむ事を忘れません」  
 自衛官たちの微妙な表情を勘違いしたのか、男は笑いながら善後策を話した。  
 そもそも勝てるのか?そんなことをしている余裕はあるのか。そんな問いかけなど  
無意味だというほどに、声は自信と諧謔のような感情に満ち溢れていた。  

 「そうですかー」  
 自衛官はただ相槌を打つことしか出来なかった。男の声の響きには、これから  
決戦を行う者に特有の恐怖感が感じられず、あっけに取られたからだ。  

 明るい、余りにも明るい。巨大な竜や城塞を相手取るにしては、恐ろしいまでに  
ゆったりとして余裕がある。彼らはこんなことに慣れっこなのだろうか?弱弱しく  
守りばかりの種族というイメージは、結局のところヒロイックサーガの中にしか  
ないものなんだろうか。  

 息子とともにRPGを嗜んだ自衛官は、そんなことを考えながら森の行軍に  
付き合っていくのだった。  




970  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/08(金)  23:55:40  ID:???  

 日本では眼にすることのない大河を、爆発的な量の水が流れている。  
 巨大な河の濁流と閉ざされた空の色によって、辺りは薄気味の悪い暗さが  
漂っている。雨は降り止んでから三日が経っていたが、ぬかるみが取れない上に  
流れはこれから数日間のうちにピークへと向かっていくのである。  
   
 「最悪だな、全く。化け物退治の後は災害出動とはな」  
 現地産の刻み葉を噛み締めながら、二佐の肩章を付けた自衛官は  
毒づくように呟いた。異世界に部隊が呼び出されて右往左往し、集落からの  
依頼で流域の主であった魔物を撃滅したのが数日前のことである。  

 結局現代兵器の火力は敵を撃破できたものの、相手もまた単なる  
怪物ではなかった。地域の天候を左右する、支配力の源であった強力な  
エネルギーを、敵は死の間際に開放したのだ。  
 それによって急速に天候は悪化し、正しく天地が逆転したかのような  
大雨に見舞われたのだった。  
 そのために行軍は遅れ、駐留地へ帰還した頃には対策が取れるほどの  
時間が残されていなかったのである。  

 「とにかく避難誘導、応急手当、炊き出し、防疫指導と  
やることは山ほどあります。ヘリは負担を考えると使えませんから、  
ワイバーンを使える諸侯へも手を回しませんと」  

 傍に居た副官の言葉に、二佐は小さく頷いた。河中の島に取り残された  
住民を救出するのは、もはや現在の部隊の状況では不可能だったのだ。  
 取り合えずラジオでもライターでも魔法と偽って押し付けて、さっさと  
協力を得なければ話にならなかった。  

 「一月くらいしたら、復興計画と護岸工事も考えなきゃならんな。まったく  
頭の痛いことだ」  
 葉の残骸を紙に吐き出しながら、二佐は大木の流れる河を見つめた。  



180  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/15(金)  18:57:13  ID:???  

人も増えてきたので、自分も一つ。  

 コンパスが狂う針葉樹林に、光る鱗粉を撒き散らす昆虫人間が現れる  
富士山麓というのは、現実には存在しない。少なくとも、場所か環境が  
確実に間違っていると言えるだろう。  
 つまり昆虫人間が現れる森は、間違いなく富士山麓ではありえないと  
言うことだ。  

 「ったく、なんなんだこの薄気味悪い虫けらどもは」  
 腰掛ける自衛官の足元には、羽をもがれ、腕や手足をへし折られて  
潰れる小さな人間たちが転がっている。この小さな人間は、見る人が見れば  
こう呼ぶ存在だっただろう-妖精と。  
 ただし口許から牙が生え、切り裂いた人間の皮膚を喰らう種類の、だが。  

 レンジャー肩章の付いた緑斑の服はあちこちが牙に切り裂かれていた。  
もっとも分厚く強靭な繊維のおかげで、皮膚に傷を負ってはいない。しかし  
その傍に横たわる老人は、全身の筋肉を剥き出しにして息絶えていた。  

 「どうしてやるべきかなあ」  
 老人は、妖精に襲われていた犠牲者だった。そして妖精たちは悲鳴を聞いて  
駆けつけた彼をも殺そうとして、逆に叩き潰されたのだ。そして彼は十分ほど  
立ち回った後、休息のために近くの倒木に腰掛けていたというわけだった。  

 しかしそんな休息も思慮も、長くは許されないようだった。近くの茂みの  
中から、低いうなり声が聞こえてきたからだ。  
 普段ならここで拳銃のセイフティを外すところだが、見知らぬ土地に  
吹き飛ばされた時のショックか、彼は装備の大半を失っていた。  



182  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/15(金)  19:48:09  ID:???  

 近くにあるのは枯れ枝や、背嚢程度しかない。勿論こんなものでは、  
投げつけたところで野犬すら追い払えるわけが無い。もっとも相手が大型獣  
だった場合、拳銃ですら無意味なのだが。  

 そして茂みから出てきたのは、その大型獣だった。枝葉を掻き分けて  
進み出てくるその腕は、人間の腕の数倍はある。涎を垂れる口許は、頭を  
一かじりで粉々にするだろう大きさだ。虎に似た瞳と顔を持つその獣は  
ゆったりとした足取りで進んでくる。  

 狙いは間違いなく死体だろう。血の臭いをかぎつけた大きな鼻は  
絶えず湿ってひくついている。全身を黒い毛皮に覆われたその猛獣は、  
男ではなく傍の地面に体を向けていたからだ。  

 「ルルルルゥウーゥ」  
 低い唸り声は警告なのだと、自衛官にも即座に判断が付いた。こちらが死体  
から離れなければ、殺してやるというのだろう。だが自衛官もそのまま死体を  
見捨てる気にはなれなかった。義侠心的な気分もあったし、きちんと埋葬して  
おいてやれば、人里に連絡が付いたときに有利だという打算もあった。  

 目をそらさずににらみ合う内に、自衛官は何かを思いついたらしい。獣を  
刺激しないためか、そろりと背嚢に両手を入れた。  
 「せぇの」  
 自衛官は僅かに口の中で呟くと、静かに、だが全力で息を吸い込む。緊張を  
ほぐすためか、口許を嘗め回しつばを飲み込んだ。  


183  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/15(金)  20:08:58  ID:???  

 「グウゥウゥウウ」  
 獣は自衛官が動く間に、一歩足を進めながら大きく喉を鳴らした。空腹の  
苛立ちのためか、先ほどよりもうなりは大きくなっている。もう僅かでも  
待たされれば、暴発するかもしれない。  

 しかしそれよりも速く、自衛官は覚悟を決めて背嚢から銀色の塊を取り  
出した。そして獣に決然と向き直る。  

 「がああぁああぁああ!!ああぁあああららららああ!!」  
 手に持った塊同士を打ち合わせながら、力の限り自衛官は吼え猛った。  

 苛烈な訓練で鍛え上げた肺活量と筋力を、全て傾けた命懸けの雄叫びだ。  
手元からも金属同士が叩きつけられる猛烈な音が鳴り響く。もはやどんな音を  
出しているのかすら分からないほど、自衛官は叫んで叫んで叫び抜いた。  

 「はーっはーっはーッ」  
 いい加減疲れて気付いた頃には、獣は何処かに行ってしまっていた。音に  
驚いたのか警戒したのか、とにかく襲撃を諦めたようだった。  
 「あーあー、勿体ねえ」  
 男の両手には、歪んでしまった野戦糧秣の缶が握られていた。結局のところ  
争っても勝てないのなら、驚かせて追い払うしかなかったのである。  
   
 男は背嚢から固形燃料を取り出すと、とりあえず火を焚くことにした。  
 猛獣よけに松明は必要だったし、歪んでしまった缶は保存が利かないから  
さっさと食べてしまうに限るからだ。  


184  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/15(金)  20:09:09  ID:???  

「ったく、なんなんだこの森は」  
 ポンチョを被せてあるとはいえ、皮膚の無い死体を横にしながら  
自衛官は缶飯と暖めたスープを飲んでいた。これくらいの胆力がなければ、  
レンジャーなどつとまらない。  

 夜空に見える星を眺めながら、男は天測すら出来ない事実に嫌気を覚えつつ  
残った缶飯を掻きこんだ。今日はもう火を維持しつつ眠って、明日に備えなければ  
ならない。人間が居たということは、何処かに人家なりがあるはずだからだ。  

 訳の分からない見知らぬ土地にあっても、死ぬ気も諦める気も  
自衛官にはさらさら無いのだった。  





204  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  03:13:47  ID:???  

このスレはエロを張るところではござらぬ。  

 魔法、それは人の操る超常の力である。その力は古来より、神秘とされ  
人々から崇められて来た力である。  

 「もうこれからは、魔道士の時代じゃねえ!俺たちがその証明をする  
最初の人間になるんだ」  
 みすぼらしい布の服を着た男が、気勢を高めるように声を張り上げる。  
 すると同じような格好の男たちは、みな一斉にそれに答えた。その声には  
どこか憎しみのような、悪意のようなものが込められている。  

 彼らの傍にはまともな装備が殆どないが、唯一奇妙な形をした大筒だけが  
異様に丹念に手入れされ、また、その素材自体も質の良いものであると  
一目で分かるほどに綺麗だった。  

 彼らが意気を高めているところに、伝令の馬が駆け込んで来た。血相を変えた  
男はすぐさまその背から飛び降りると、力いっぱいあたりに叫んだ。  
 「来たぞー!攻撃点まであと20里だ!馬の並足程度だから、日が暮れる前には  
こっちに来るぞ!」  
 男たちは伝令を大歓声で迎えると、すぐさま戦の準備を始めた。彼らは自分たちが  
これから行う歴史的偉業に、興奮を隠し切れなかったのだ。  

 大筒が決められた角度に精密に調整され、筒の中に円盤のようなものがこめられた。  
 筒自体も普通のそれとは違っていたが、込めるものもまた火薬とは全く違っている。  
この円盤状のものこそが、今回の戦を左右すると言っても過言ではない代物なのだ。  


205  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  03:53:30  ID:???  

 敵の位置が丘からでも確認できるようになると、彼らは筒の中に  
弾を込め始めた。この弾丸もまた、単なる石弾ではない。表面にさまざまな  
紋様や意匠を施してある上、数箇所に宝石があしらわれている。まるで  
芸術品かなにかのような弾だった。  

 「敵、攻撃点まであと8里!編成は馬車10、装甲馬車5、鉄象が2頭  
陣形は鉄象と装甲馬車による円陣」  
 隊で一番目の利く男が、一つしかない望遠鏡を眺めながら報告する。  
 攻撃開始点の街道は、丘から数十里は離れたところにあったから  
監視にも金と手間がかかるのである。  

 相手は異世界軍としては小規模だったが、それでも初仕事の獲物としては  
十分に近い大きさといえる。男たちの興奮は、その頂点に達し始めた。  

 「敵、攻撃点まで3里半」  
 「発射用意!」  
 射撃準備が開始点到達より著しく早いのは、距離がありすぎてどうしても  
砲弾が届くまでに時間がかかってしまうためだ。事前に射撃実験は行って  
いたものの、そもそもこれだけの大遠距離砲自体が王国でも初めての試みで  
あったがゆえに、砲術的学問的知識は圧倒的に不足していた。  
 あとは実験時の天候と風向が現在とできるだけ同じである事を、祈るしかない。  

 「残り距離、2里半…2里!」  
 「撃てえっ!」  
 発射の号令とともに砲尾の紐が引かれ、一門だけの大砲がうなりを上げた。  
しかし筒先からは弾丸と猛烈な突風だけが吹き出され、火炎も閃光も上がらない。  
 天高くにぐんぐんと小さくなっていく点を、男たちは黙って見送った。  


206  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  04:39:39  ID:???  

 「やった!」  
 「まだ着弾前だ、浮かれるな。砲の修正と再装填急げ!二発目  
以降は向こうも待たないぞ!第二弾以降連続射撃!」  

 一発目が完全な奇襲になることは、男たちも事前に理解していた。何せ  
異世界軍との戦闘において、ここまでの遠距離戦は一度も無かったからだ。  
 だが到達速度と射撃速度の問題点は、それとは全くの別問題であり  
そこに気付かれればこの攻撃の効果も大きく薄れる。  

 この弱点をどうにかするために、隊は砲弾の連続使用を決め込んでいた。  
 弾丸の値段や生産数を考えれば高くつきかねない賭けだったが、戦果を  
上げれば予算が付く可能性は高まる。出し惜しみで結果を出せないことのほうが  
隊にとっては危険度いと判断されたのだ。  
 「第二弾準備完了!」  
 「撃てぇっ!」  
 一発目も着弾しないうちから、二発目が後を追うような軌道で空に突き刺さる。  
 休む暇もなくぶれた砲の角度を調整するために、砲員たちが駆け寄った。  
   
 「しかし、良いんですかねえ?この弾高いし、外したら懲罰物ですよ」  
 「勝てば官軍だ!それに役立たずの騎士や魔道士に金を回してもしょうがないと  
連中もこれで分かるだろう」  
 副官をこなす男の言葉に、隊の指揮官は悪辣な笑みで切り返した。異世界軍の  
異常なまでの遠距離戦能力は、宮廷魔道団と王国近衛騎兵すら全く寄せ付けて  
いなかったのだ。  
 それ故に計画されたのがこの砲であり、この実験部隊なのである。  


207  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  05:52:02  ID:???  

 「第一弾敵陣上空!落下、今!」  
 二人が言葉を交わすうちに、第一弾はようやく地上に到達する。一瞬ののち  
白いもやが地面に広がっていき、着弾点付近は見えなくなった。  
 「第一弾、遠!右に一度流れた!」  
 「第三弾発射待て!修正急げ!」  

 第三弾の修正命令が発令されるうちに、風でもやが僅かに晴れる。すると  
地上には、放射状に広がる白い星のような模様が現れていた。その星の腕の  
端に、異世界軍の一部が黒い染みになってはまり込んでいる。  
 「敵の拘束に成功!敵の一部は動作せず!」  
 報告の声が戦果を伝えた瞬間、隊の中からは歓声が沸き起こる。第一弾は  
敵の撃破ではなく行動制限を狙ったものであったから、この攻撃は成功だった。  
   
 しかし数秒すると、その熱も醒めてしまう。戦果を拡張すべき第二弾第三弾の  
着弾が余りにも遅いせいだ。砲撃準備に追われる要員以外が無聊感と焦燥に  
身を焼かれる程に、その攻撃速度は遅いのだった。  

 この余りにも鈍くさい初速の原因は、砲の発射方式にある。この大筒は火薬の  
爆発の代わりに、風の魔法による暴風を利用して弾を飛ばしているのだ。  
 魔法による風はかなり強い指向性を持たせることに成功しており、  
力を余すところなく弾に伝えている。だから初速は低いものの、遠距離への  
砲撃が可能なのである。しかしやはり爆風の速度とは雲泥の差であり、着弾が  
異常に遅いのである。  

 もちろんこんな方式で通常弾を飛ばせば、絶対に当たらない。速度という  
目標への優位性を完全に放棄しているのだから、当然といえば当然なのだが。  


208  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  06:19:55  ID:???  

 そこでこの隊は、砲弾までも魔法化されたものを使用している。強力な魔法を  
最初から詰め込んで打ち込むことで、敵付近で大規模な魔法を使用したのと  
同じ結果を得ようという発想だ。命中しなくても巻き込んでしまえば結局は  
勝てる、そういった威力を求めたのである。  

 これは術者による目視や意思的制御を要する通常魔法では不可能な、  
大遠距離へ大破壊力を送り込む豪快な攻撃である。もっともこれは裏を  
返せば、手数を威力でしか補えない、貧しい攻撃ともいえるのだが。  

 彼らの放った第一弾の攻撃は、氷の魔法弾である。周辺の地面を凍結する  
ことで行動の拘束を行う、いわば冷気の投網だ。  

 「第三弾修正完了!」  
 「撃てぇっ!」  
 ようやくのことで第三弾が発射される。そしていい加減苛立ちも募った  
ところで、第二弾がようやく着弾する。  
 今度は地面と空に閃光が走り、くねり曲がった竜のような残像が男たちの  
目に焼きついた。電撃の魔法弾による、広範囲の電撃である。光の範囲が広く  
破壊力もあるように見える攻撃だが、一弾目で拘束しきれなかった相手を  
足止めする、時間稼ぎ用の広範囲攻撃である。  

 足止めに魔法弾二発を費やしているものの、これは隊の側としては過少な  
攻撃だと考えていた。異世界軍は雷や吹雪に耐え抜く馬車や建物を保有している  
事が少なくないので、足止めとしてはどうしても不安が残るのだ。  



210  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  06:49:21  ID:???  

 彼らの耳元に雷鳴が届いた頃、ようやく第四弾の修正と準備が完了し  
 発射が行われた。  

 「ちょっと、間隔が短すぎやしませんか?このまま行くとまずいことに  
なりかねませんよ」  
 突然喋った副官の囁くような声に、指揮官の男は不思議そうに尋ね返す。  
 「砲の強度上はもっと速く打てるはずだし、今のところ危険な兆候も  
ないぞ。何か不審な点でもあるのか」  

 「確かに砲の信頼性は我々が一番良く知っています。ですが、王都の  
お偉いさん方はどうでしょうかね?」  
   副官は眉をしかめながら、遠い後方に居る敵対者たちの事を思い  
浮かべた。言葉の意味を察したのか、指揮官も同じような表情になる。  
 「過剰な速度で発砲した挙句、不慮の事故が起こって全滅か。生き残っても  
予算をつぎ込んだ道具を壊したって事で、詰め腹切らされるだろうな」  
 男は口の端を軽く吊り上げると、次に取るべき行動を考えた。  

 大規模魔法を砲弾にすると言うことは、要するに魔法というものを詰め物にして  
売り出すようなものだ。神が与えた奇跡ではなく、何かの現象を巻き起こす  
便利な道具として、使い勝手の良い暴力としてそれを使いこなすということだ。  

 そこには奇跡を起こす超人、神に選ばれた御子などという存在はなく、ただ  
火薬の入った樽のように、モノがそこにあるだけである。魔道とは人のなせる最高の  
技ではなく、道具が起こす凄まじい何かとしてしか捕らえられなくなるだろう。  

 部隊を送り出した王都には、それを良く思わない人間が居る。彼らはいわゆる  
神の御子であり、奇跡の再現者であり、敬うべき存在とされている。  


211  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  07:25:33  ID:???  

 彼らとはつまり、魔道士の事だ。選ばれた者にのみ扱える奇跡の力、魔道を  
操る事を売り者とする彼らにとって、詰め物道具で手軽に起こせる奇跡など  
反逆以外の何物でもないのだった。  
 当然のことながら、彼らは保身のためには実力行使をも厭わなかった。  

 実際に計画段階から猛反対が宮廷魔道団によって行われており、実験時にも  
何度か不審な事故は起きていた。が、それでも成功にこぎつけたのは  
実験が王都に近すぎたためだった。  

 計画の推進によって利益を得る勢力も当然存在し、彼らもまた王宮に巣食う  
獣であったからだ。それ故に近すぎる勢力同士が睨みあい、膠着した状況の  
隙間を縫うように計画が進んで行ったのだ。  

 だから王宮魔道団が何かを仕掛けるならば、前線へと離れたこの時期に  
来る可能性が高い。副官はそれを察知したのだった。  

 「敵の行動はどうだ!」  
 「第二弾着弾後、全車に動作なし!第三弾…今!馬車全体に引火を確認!」  
 着弾点付近に火炎が吹き荒れ、馬車群を炎に巻き込んでいく。どうやら  
勝敗は決したようだった。  
 「よし!砲撃中止!撤退用意!」  
 勝利が確定した現状では、もはやこの地域に残る意味はない。時間とともに  
ただ危険だけが増していく可能性が高まる。ならば逃げるにしかずという所だ。  
 「まだ鉄象と装甲馬車の撃破が確認できていません!」  
 砲撃手と観測員が食い下がるが、指揮官はそれをあえて無視するように撤収の  
指示を下し始めた。  


212  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  08:04:28  ID:???  

 「なぜ撤退するのですか!」  
 「砲手!俺たちは何だ!言って見ろ!」  
 「は?何、ですか?」  
 他のものが一瞬手を止めるが、指揮官の一睨みですぐに作業に戻った。  
聞き耳こそ立てているものの、動き自体を止めることはない。  
 完全に砲手と指揮官は孤立して視線を交わしあい、騒音の中で  
彼らだけが沈黙に包まれる。  

 「我々は新編の遠距離砲撃部隊であり…」  
 「我々は実験部隊であり!徴用第三身分である!国王陛下の武器を預かる  
ものであり、その管理を任されるものである!」  
 ざわめく話し声も止まるほどの大声で、指揮官は叫んだ。そして静けさが  
続いているうちに、低く通る声で告げる。  

 「陛下から預かった貴重な武器を、無茶して壊すわけにはいかんだろ?  
それにだ、魔道士の方々の見せ場を奪っちゃあいかんよ。な!」  
 指揮官はそういうと、さっさと自分の私物をまとめ始めた。  
 砲撃手はあっけにとられたのか、もはや食い下がる気力を失って  
さっさと撤収にとりかかった。  
 *********************************************  
 「しかし危なかったですねー。魔法弾の制御魔法陣にスペルミスがあった  
なんて。事前にチェックはしてたはずなのに」  
 陣取っていた丘からしばらく離れた郊外で、大休止をとりながら彼らは  
雑談していた。恐ろしいことに、本当に撤退後に致命的な危険因子が  
発見され、撤退の正しさが証明されてしまっていた。  


213  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/16(土)  08:13:07  ID:???  

 「ま、それが連中のやり方なんだろう。とりあえず確定戦果もあった  
事だし問題にゃならんよ」  
 「それにしても魔法技術研究班は、何をやってたんでしょうね。こんな  
不良砲弾を突っ込むなんて」  
 「彼らもまだ若いからなあ、懐柔されるなって方が無理でしょう」  

 魔法の砲弾化は宮廷魔道団と別の組織が担当するもので、彼らもまた  
魔道団に真正面から反抗する存在だった。魔法の技術化と外部制御により、  
万民に力を授けようというのが彼らの目論見であり、主に平民富裕層の指示を  
協力に集めている新興組織である。  

 新興組織ゆえに腐敗部分も少なく熱意はあるが、平均年齢が若く権力への  
パイプが少ないために、どうしても旧権力や金に転ぶ者も出てくる。今回の件は  
そういった連中の仕業だろう、と指揮官たちは結論した。  

 「しかしあそこも信用できないとなると、この先の運用は大丈夫ですかね?」  
 「洗い出しは近いうちにやるさ、鼠なんてのはどこにでも潜むもんだ。連中の  
中にもね」  
   
 どんな理由であれ、大抵の組織には裏切り者が確実に存在する。そして組織が  
巨大であればあるほど、それに比例してその数も力も増大する傾向にある。旧い  
組織そのものである宮廷魔道団ともなれば、鼠は丸々と肥えているという訳だった。  

 「誰が味方で誰が敵か、本当に分からない気分ですよ」  
 「誰が敵かは問題じゃないさ、何を倒すべきかを分かってれば良いんだから」  

 魔法とは神秘、魔法とは超常、そして人に崇められる権力そのものである。  





322  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/07/18(月)  00:17:50  ID:???  

無能な働き者参上!  

重量50t、高さ2m幅3mを超える巨大な質量の群れが荒野を疾走していく。  
これだけでも十二分に恐ろしい存在とは言えるが、この物体は単なる装甲馬車の  
ような防御的存在ではない。機動力と攻撃力を目的とした、MBT  
(メインバトルタンク)90式主力戦車なのである。  

ラインメタル社で作られた、44口径120mm砲が長大な爆炎とともに  
吐き出すのは、タングステンを使った硬質の弾芯で作られたAPFSDS  
(装弾筒付翼安定徹甲弾)である。  
コンピュータ制御で正確に誘導され、マッハ5の速さで撃ち出される  
この砲弾の前では、鋼鉄製のゴーレムといえども瞬時に荒れ狂う流体化  
金属に体を打ち抜かれるしかない。  

超高出力のディーゼルエンジンは、黒煙を吹き上げ1500馬力の出力を  
発揮する。すなわち戦車の一台一台が、下手な騎兵隊よりも多くの馬を  
使っているようなエネルギーを発しているのだ。  
これによって、全装備を合わせて50tに達するこの巨大兵器は  
数十センチの鋼鉄に等しい鎧を身に纏いながら、軽騎兵よりも遥かに早い  
時速70kmの最高速を叩きだせるのである。  

万一人間に接近されたとしても、車体に据えられたM2重機関銃がそれを  
瞬時に排除する。直径12.7mmの銃弾は、人体に突入すれば即座に暴れ  
回り、直径に数倍する穴を人間に開けることが出来る。これを一分間に  
400発以上、つまり一秒間で七発以上撃てるのだ。  
一瞬のうちに数十cm四方の肉を抉られれば、人間などぼろきれのように  
なってしまう。神話の時代の鎧でもなければ耐えられすらしないだろう。  

この兵器こそ、正に日本国自衛隊の誇る鋼鉄の騎兵といえるだろう。  





844  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/08/01(月)  23:01:05  ID:???  

「この村は一体、どうなってるんだ?」  
「人っ子一人いませんね」  

平原で中規模程度の傭兵団を撃破した自衛隊の中隊は、近くの村へと  
移動した。街道が村を通っていること、補給の必要があることから  
その村を通る必要性があったからだ。  

移動がてら食料などの調達を考えていたのだが、村には人どころか  
家畜の一匹すら見かけない。野良猫や野鼠が僅かに走り抜ける以外は、  
動物の姿は殆ど無いと言ってよかった。  

「廃村になったのかな?」  
「その割には家は綺麗ですし、道や柵なんかもまともですよ。あの風車なんか  
羽根を張りなおしたばかりみたいですし、廃村という事は無いでしょう」  

村は街道沿いで規模も小さくは無かったし、共同設備の水車や風車も  
まともに稼動する新しいものだった。つまり、人が居なくなったのは昨日今日  
と言うことになる。  

「全く訳が分からんな。死体一つも無いとなると疫病でもなかろうし」  
「荒廃した様子はないし、家財も貴重品と小物ばかりがなくなっています。  
引越しとも違う様子ですよ」  
「奇妙な村だな、全く…」  
「どうします?ここじゃ補給のしようがないですよ」  
「そうだな。大休止を取った後で移動するか」  

結局補給活動は行われないまま、自衛隊は村を後にした。  



846  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/08/01(月)  23:12:34  ID:???  

「やれやれ、ようやく行ってくれたか」  
牛の手綱を引きながら、中年の農夫が道を歩いていた。そこは街道とも  
村の中の連絡路とも違う、山へと向かう隠れた道だった。  

「しかしあの爆発には驚いたなあ。なんだったんだろう」  
同じような格好の男が、大きな袋を担ぎながら歩いている。金物や木の板が  
ぶつかる音が響き、まるで泥棒のような風体である。  

「傭兵の中に魔法使いでもいたんじゃない?」  
「それにしては同じような音がしていたし、そもそもあんなに間隔が  
早いなんておかしいよ。あれだけの速さで魔法が撃てるなんて、伝説の  
大魔道士の…」  
「はいはい、もうそれはいいから。荷物持って!」  

長い金髪を三つ編みにした女の子と、茶色の髪をした男の子が  
道すがら喋っている。二人は先ほどの男よりも小さな袋を抱えており、  
その袋からはお手玉の小豆が擦れるような音がしている。どうやら中身は  
豆か何からしかった。  

牛を運ぶ男たちの後ろにも似たような格好の、いかにも農民といったふうな  
格好の男女や老人が続いている。荷馬車に横たわる年寄りや、片足の無い男が  
女に支えられて歩いている姿なども見受けられる。長い長い農民の列は、  
山のふもとからしばらく続いていた。  

「しかしあの緑の連中、何が目的だったんだろうな。家の一軒も燃えて  
いないし、戸板一つ外されてない。しかも居座った時間が短すぎる。  
木箱一つ持ち去っちゃいないんじゃないか?」  


847  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/08/01(月)  23:20:48  ID:???  

若くて聡明そうな男の問いかけに、顔中傷だらけのがっしりとした男が  
答えた。  

「傭兵じゃありえないぐらいお行儀がいい連中だが、どこかの軍でも  
無いだろうな。騎士団や僧兵団なんかにしちゃ身なりが変だし、あんな  
連中がいるなんて聞いた事も無い。大体爆発をあれだけ起こせるような  
魔法使いなんざ、大陸全部探したって中々いないはずだぜ」  

「となると、あれは人間じゃなかったのかもな」  
「戦場を駆ける死神って奴か?兵隊の命を刈り取るだけが目的の」  
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」  
「じゃ、悪魔の類か?」  
「分からない。とにかく分かるのは、連中がひたすら変だってことだ」  

村人たちは各々の家に戻り、豚や牛たちを寝床に帰すと、またいつもと  
変わらない生活を始めた。戦場を見に行った子供たちが、鎧や宝剣を掘り出して  
持ち帰ったときに『奇妙な緑の軍勢』のことが僅かに口に上ったが、それも  
すぐに忘れ去られていった。  

戦乱の時代において、農民はただ搾取される存在でもない。敵が来れば  
時には戦うし、時には逃げるのである。ただそこにいて、殺されるだけの  
虫けらなどでは、決してないのだ。  





425  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/09/07(水)  14:31:08  ID:???  

前に書いた自衛官単独物の続き、行きます。  

 小さな焚き火の前で、一人の男が苔むした倒木に座っていた。その男は  
全身を周囲の森と同じような緑や茶のまだらに塗り分けてある服を着込み、  
頭には丸い緑色の鉄帽子を被っている。揺れ動く炎を見つめながら、何かを  
思案するように眉を僅かに寄せていた。  

 「如何なる状況においても冷静な判断を失うな。常に場を理解し行動しろ」  
 男は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。その声は、三十路男にふさわしい  
渋みを含んでいたが、どこか疲れたようにか細かった。しかしそれも無理からぬ  
事であったかも知れない。なぜなら男は、猛獣を追い払うためについ先ほど  
満身の力を込めて絶叫したばかりなのだから。  

 円筒形の器二つを手で揺らしながら、男は思案顔で周囲を見渡した。男のすぐそばには  
全身の皮という皮を剥がれた小さな死体と、その側に潰れる小さな昆虫の死骸が山と転がっていた。  
手足が4本の、羽の生えた人間型内骨格生物を虫と呼ぶのならだが。  

 男の服に張り付いた虫の手足と小さな液体の染みは、その昆虫が如何なる物であったかを物語る  
ようだった。僅かに鉤裂きになった服の端には、虫の顎と小さくとも鋭い牙がめり込んでいる。  

 「よし」  
 男は少し力を入れて立ち上がると、器を持ったまま死体のほうへ近づいていった。僅かに歪んだ  
銀色の器が、炎を反射して鈍く光る。立ち上がった瞬間、背中に引っかかっていた虫の手と爪が一つ  
剥がれ落ちて倒木の側に落ちていった。  


426  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/09/07(水)  14:58:19  ID:???  

 死体は全身の皮をやられていると言っても、完全な剥き身にされたでもなければ、周囲に何も残って  
いない綺麗な死体という訳でもなかった。皮の下まで虫に食い荒らされている部分もあれば、皮が繋がって  
だらりと垂れ下がったようになっている所もある。もちろん、ごく一部は原型をとどめている。  

 男は死体の頭のほうへ回ると、ズボンの物入れから小さな鉄片を取り出した。と言っても単なる鉄の  
塊ではなく、何かの細工物のように直線や曲線が表面に掘り込まれている。鉄片の一隅には小さな刃が  
付いている事から、どうやらこれは何かの作業道具のようだった。  

 「仏さん、勘弁してくれよ。これもあんたと俺のためだ。南無釈迦無二仏」  
 男は掌を合わせて目をつぶると、口の中で僅かに呪文のようなものを唱える。  
 声の響きはただただ無機質な、どこか言い訳がましい響きを含んでいた。  

 男は死体の頭の皮を慎重に手で探る。いくつか触るうち、頭の横から垂れた  
皮の一つを手に乗せ、小さな刃を繋がっている端の部分に押し当てた。少し刃を引くと、  
頭皮はまるで名刀に切りつけられたかのように、鮮やかな切り口で頭から切り離された。  

 血が固まっても肉が乾いていない頭皮をつまむと、男はそれを銀色の器の一つに入れた。元々は食料を  
入れていたものだったが、食べ終わってから拭き取ってあったので汚れてはいない。  
 男はその後も死体の服などを少し眺めたが、特に目を引かれる物もなかったのかすぐにやめた。  
   
 「あんたの教義は分からんから、とりあえず埋めないで放っておく。すまん」  
 男は死体に詫びると、側に積もっていた葉や土の塊を上から被せていった。大雑把に姿が隠れると、男は  
そこに大きなや石をいくつか並べた。それは配置をある程度考えて置かれた、目印か宗教モニュメントの  
ようであった。  

 小さな死者の塔を作り上げた男は倒木に座ると、服と似たような地味な色の背負い袋に銀色の器を二つ詰め込む。  
そしてひどく重そうなそれを両肩の帯で背に掛けて、湿った葉や土を焚き火に掛けて立ち上がる。  
 「さて、と。まずは現状復帰…というか現在位置の把握か」  
 男は最後に盛り上がった土の山に頭を下げると、その場を去っていった。  


427  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/09/07(水)  15:25:15  ID:???  

 「現在の状況および原因、不明!現在位置、不明!所有武器、なし!本部との  
連絡、完全に途絶!位置測定システム、全機能不全!…何だこの無い無いづくしは」  

 ひとりごとだと分かっていても、男はどうしてもこれをやらずにはおれなかった。  
長年染み付いた習慣というよりは、心理的恐怖を紛らわすための現状確認という  
意味合いが強いが。  

 「官姓名、日本国陸上自衛隊所属、藤崎雅彦一等陸曹!」  
 男は最後に自分の名前を絶叫すると、その余りの馬鹿馬鹿しさに顔を歪めて苦笑した。  

 自嘲というのなら、これほど馬鹿らしい絶叫もない。日本かどこかも分からない場所で、  
日本国所属と叫ぶ無意味−いや、むしろそれしか意味がないのか。どちらにしろ馬鹿らしいな。  

 藤崎は顔を引きつらせるような笑いを収めると、とにかく現在までの状況を整理した。  

 いつ何が起きたのか部隊からはぐれ、いきなり日本ですらない−だけならまだいい−ような  
土地に飛ばされ、武器の類も自分以外は何一つ無い。そしてとどめに見たことも聞いたことも  
ないような、奇妙な虫との殺し合い。映画なら面白いシーンかもしれないが、自分が巻き  
込まれてみれば何よりも味わいたくない、真っ平ごめんと言うような滅茶苦茶さだ。  

 思い出しても機械的に整理できない状況が多すぎて、半ば愚痴のようになっていることに気づいた  
藤崎はかぶりを振った。これは一体なんの冗談なんだろうか。神隠しか?SFか?とにかく現在  
分かっていることは、ここがどこか日本ではないだろう土地で、自分は完璧なまでの迷子で、  
この森には人を襲う生き物がいると言う事だけだった。  

 叩き潰した虫の他にも、死体のにおいを嗅ぎ付けた黒い虎のような獣もやってきていた。少なくとも  
おちおち休止しているのは危険だった。動き回っているほうが、死体の番をするよりは安全だろうとも思えた。  
   


429  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/09/07(水)  15:43:09  ID:???  

 少し周りを見回して歩き出したとき、背中から空き缶のぶつかり合う音がした。  
その音は否応なしに、藤崎に死体の事を思い出させる。缶の中には、切り取った  
頭の皮が入っているからだ。  

 こんな手を使ってよかったのだろうか?藤崎は頭の中で少し後ろめたさに  
迷いながら、自分のしていることの意味を考えた。  
   
 死体の体格・骨格から判断して、死体が老人かそれに類するような虚弱な  
人間なのは間違いない。そんな者がこれほど物騒な森の中にいた以上は、間違いなく  
近くに家か集落の類があると見た方がいい。ならば、それを探すのが安全確保には  
一番だろう。上手くいけば、どこかと連絡が取れるかもしれない。  

 しかし奇怪な虫が湧いていた以上、ここが日本以外の国−というより全く知らない  
「どこか」である可能性は高い。兵隊の格好をしていれば、間違いなく警戒されるか、  
最悪突然攻撃されかねない。ならば自分の安全を確保して話をつける手段は限られている−  
脅すか、危険ではないと示すか、恩人になるかだ。  

 そして側には、森で獣にやられた可哀想な誰かがいる。ならばその遺骸の一部を持ち帰り、  
どこに死体が有るかを示せば、少なくとも遺族や知り合いにとって自分は恩のある人間になれる。  
しかし言葉が通じる地域や人種とも限らないから、死体の一部を持っていく。言ってみれば  
遺骨を渡す市役所の人間のようなものだ。  

 全くひどい手だと思いながら、藤崎は薄く笑った。ついでに缶に入れた『虫』の死骸を  
セットにすれば、現地住民なら即座に理解してくれるはずだ。最初に見つかったのが死者の一人  
暮らしていた家ならば、そこに遺物を持ち帰り墓でも作ってやればいい。  

 頭の皮を選んだのは単なる気分の問題だった。骨を断ち切り指などを持ち帰るのは難しかったし、  
自分自身もその作業をやる気が起きなかった。そして遺物の一般的イメージとして、遺髪というものが  
あったので、髪の毛が残っている頭皮を切り取ってきた、という訳だった。  


430  名前:  S・F  ◆Pf7jLusqrY  2005/09/07(水)  15:47:32  ID:???  

 周囲を有る程度捜索したが、死者の家やそれに続くような道は無かった。  
どうやら近くには暮らしていないらしい。  

 「出来るだけ近くにあってくれよ…」  
 藤崎は僅かにつぶやくと、視界の開けそうな所を探して坂道を登り始めた。  
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 前にやった、ステゴロ自衛官召還記の続きをなんとなく書いてみました。  
描写や階級・年齢上おかしい所があったら突っ込んでやってください。  
次にいつ書くか分かりませんが…反響があれば。