255  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:40:32  ID:???  

World  All  Another  

これは本編と物語りも時間軸も全然違う、別のパラレルなお話。  


私にとっての世界というのは修道会の寮と中庭しか知らないごく狭い範囲のもので、  
私は長いこと外の世界というモノがあるのを上手く理解できないでいた。  
物心付いた頃から私の周りには魔女とか魔法使いとか呼ばれる女の人たちと、  
何人か数えるほどの男の魔法使いと、アーシルという生き物の司祭とか司教とか  
いう人たちしかいなくて、その人たちと暮らしていた。  
時々灰色の服を着た小さな子供達がやってきて、私たちの暮らしに加わる事はあったけど  
その子達がどこから来たのかなんて事は、何故だか全然疑問にも思わないでいた。  
私もその子達と全く同じ灰色のみすぼらしい服を着ながら、他の魔法使い達の  
着ている6色の服にとても憧れて、いつかその服を着たいと思いながら過ごしていた。  
人間の司祭たちはいつもいかめしい顔をして硬い雰囲気をしていたけれど、  
魔法使いの人たちはとても優しくて、神様の勉強を教えてくれて、それなりに幸せにすごした。  
11歳になったときに私はついにその服を着る機会に恵まれた。  
本当は青か白が良かったのだけれど私にはその色の素質があるからとか  
よくわからない事を言われて黄色の服を着せられた。  
少し不満ではあったけれども、ずっとずっと着たかった服だったから、嬉しかった。  
ただし、その色を着る代わりに、今まで優しかった青や赤や白や黒や緑の魔法使いたちは  
あんまり口を利いてくれなくなったし、同じ灰色の服だった子たちも、違う色になった子は  
あんまり会えなくなった。  



256  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:41:07  ID:???  

寂しくて悲しかったけれども、神学や魔法やこの世界の成り立ちの勉強をしているときは  
気がまぎれたし、同じ黄色の服の魔法使い達は仲良くしてくれた。  
司祭たちは相変わらずいかめしい顔で、時々私を部屋に呼び出してはあれこれと  
何をしろだの何をやって見せろだの指示を出して、やっているときはどんな感じだとか  
どんな風に行っているとか質問して、答えたことにやっぱり難しい硬い顔をして  
ああでもないこうでもないとか、あれはそうだとか、そうではないああではないのか、  
とか全くよくわからない話し合いを繰り返していた。  

13歳になって、その日私は生まれて初めて外の世界というモノに連れて行かれることになった。  
その頃にはなんとなく、修道会以外にも世界というモノがあるらしいことはなんとなく  
気が付いていたけれども、それがどんな風な世界なのかは想像が及ばなかった。  
私以外の魔法使いもアーシルたちも、みんな外の世界から修道会にやってきたり  
連れてこられたりして、修道会以外の世界がどんなものか知っている。  
でも私は、生まれたときから賛美歌と祈りと聖典の暗唱とステンドグラスから差し込む  
光しか知らないで育った私には、外の世界というのは死者の赴く館や地下の女王の治める国  
と同じくらい遠すぎて解りにくい世界だったのだ。  

だから、それは私にとって生まれてはじめての、とても大きな冒険になったのだ。  




257  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:41:48  ID:???  

「敵歩兵、正面方向、距離400歩!  前進中!」  

「マスケッター(銃士)整列!  構え!  装填!」  

長剣と丸楯を構えて横列を組み、雄たけびを上げつつ駆け足で接近してくるのは  
筋骨たくましき勇敢無比なヴァニール(巨人)の戦士たち。  
背はアーシルたちが見上げるほど高く、腕は樹の幹のようにがっしりとして、脚は丸太のように太い。  
髪結いの紐を解いて長い漆黒の美髪をざんばらに振り乱し、上半身は上着を脱ぎ捨てて厚い  
胸板を太陽にさらし、顔には幾何学模様のペイントを施して、いざヴァルハラへ招かれんと死地に飛び込む。  
彼らにあるのは勇猛さと誇りのみ。  戦うことこそ名誉の極み。  
いずれも精悍な顔つきの醜き巨人の子らは生まれたときより恐れを知らぬ。  

迎え撃つは、知恵ある者と自らを呼ぶ、美しき鼻梁と澄んだ青い瞳、黄金の髪を王冠に戴いた  
賢きアーシル、ヴォーダン神の子供達。  
蛮勇が巨人の武器ならば、アーシルの武器はミーミルの泉より賜りし悟し理性と無限の可能性。  
無から有を生み出すならば、彼らの父がそうしたように樹に身を吊るすこともいとわぬ努力と  
忍耐、そして工夫こそが彼らの力。  
今、彼らが己よりはるかに力の強い巨人達に対抗するために作り上げた技と知恵とを持って  
完全と恐るべき戦士たちに立ち向かう。  
臆病者と罵るなかれ、これぞ我らアーシルの勇気なり。  
卑怯者とそしるなかれ、敗者の言い訳は死者の国で聞く。  



258  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:42:23  ID:???  

「装填よし!」  

「照準!」  

「照準よし!」  

「敵距離300歩まで待機!!  350………325………撃(はな)てーーーーーーっ!!」  

轟音とともに炎と煙がアーシルたちの戦列を包み、覆い隠す。  
空気を切り裂く無数の音とともに巨人達の最前列の疾走が止まり、胸から赤い血潮を噴出して  
次々と大地に倒れ付した。  
哀れなるかな、巨人の子らは己の身に何が起きたのかさえ知らぬまま、ヴァルハラへと旅立った。  

「再装填!  照準いそげ!」  

「再装填よし、照準よし!」  

「撃てーーーーーーーっ!!」  

アーシルの指揮官が指揮杖を振り下ろすと同時に、再度戦列がおびただしい煙と炎に包まれ、  
何も見えなくなる。  
そのはるか彼方では、何人ものヴァニールたちが腕や脚、胸や腹などから血を流して苦悶にのた打ち回っていた。  
自分の体に開けられた穴を見て驚愕する者、丸楯で防ごうとしたものの貫通されて死んだ者、  
叫び声を上げて突進を敢行しようとし、3度目の轟音で崩れ落ちる者。  
巨漢ぞろいのヴァニールたちのなかでも巨人という異名にふさわしい堂々たる体格を持った  
指揮官が呪詛をこめて罵るように叫んだ。  



259  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:43:12  ID:???  

「呪われろアーシル、貧弱な片目の陰気な老人の息子ら!  醜きドヴェルグの作った武器などを  
使いおって!!  巨人殺しの忌むべき武器を!!」  

その指揮官も体中に開いた傷穴から血を大地に滴らせ、瀕死の様相であったが、屈強な2本の足で  
立つことと自らの分厚く鋭い大剣を手放すことはしなかった。  
彼の周りでは多くの巨人の子らが倒れあるいは苦鳴を漏らし、満足に戦えるものは殆ど残っていない。  
それでも彼は自らと部下達を奮い立たせ、最後の突撃を敢行しようとしていた。  
彼を守護するヴァルキューレよご照覧あれ。  
戦女神の愛したこの地上でもっとも勇敢な戦士の一人が、今最後の時を迎えようとしている。  
願わくばこの戦士に誇りある死を賜りたもう。  

果たせるかな、4度目の轟音の後、立ち込める煙の中にあって巨人の戦士たちの姿はなおもそびえ立っていた。  
連続の一斉射撃でアーシルたちの武器は自らの吐き出したもうもうとした煙によって巨人の姿を  
彼らの目から隠してしまい、射撃のごとに命中率が格段に落ちていたのだ。  
そして、悪いことに武器の矢玉は4度目分でほぼ尽きた。  
このただ一度の戦いにおいて無数の巨人を葬り去ったドヴェルグたちの作りし武器も、その殆どが  
ただの鉄の筒に成り下がった。  

そして、焦り始めるアーシルの指揮官と兵士達。  
残りわずかになったとはいえ、巨人の戦士たちの恐ろしさは彼らは身に沁みて知り尽くしている。  
アーシルの男が10人束になってかかったとしても、ヴァニールの戦士一人を倒すのは用意ではない。  
ヴァニールとアーシルの違いは単に体格の差だけではない。  
持って生まれた生物としての能力自体が、アーシルとヴァニールの間に厳然として存在するのだ。  
圧倒的な力の差に、蹂躙され追い回され一方的に虐殺されるその恐怖を想像する。  



260  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:43:51  ID:???  

アーシルの指揮官は自分の見通しが甘かったのを悔いた。  
ドヴェルグから輸入した武器は本体も弾薬もひどく高価で、数を揃えられなかったのは確かだが、  
これだけの量のマスケットを並べて4連射して、ヴァニールたちがわずかでも生き残れるなどと  
想像することが誰に出来ただろう。  
そのこと自体は責められまい。  ただアーシルの軍隊でも運用が始まって間もないこの武器は  
未だに各種の欠点や改良すべき点が多く残っている。  
射撃の砲煙で視界がふさがれ、敵の姿が隠れてしまったのは明らかな失策だった。  

獣のような雄たけびを上げ、疾駆してくる十数人のヴァニールの戦士たち。  
その先頭にはあの勇猛なる指揮官が、アーシルたちにとって畏怖の対照で知られた男がいる。  
指揮官は部下のマスケッター達に抜剣を命じた。  やりたくはなかったが、白兵戦だ。  
数ではこちらが遥かに上回っているというのに、勝てる気がしない。  
賞賛すべき勇敢な巨人どもは最後の力を振り絞って獅子奮迅のごとく暴れまわり、アーシルを  
大勢殺して壊滅させた後ヴァルハラへ迎えられるだろう。  
死の予感に恐怖した最前列の兵士の一人が言葉にならない悲鳴をあげて、列を離れて逃げ出そうとした。  
一人の恐怖は全体に伝播し、隊列を乱すものが次々と出始めるが、指揮官にそれを止める術はない。  
むしろ彼自身が今すぐ逃げ出したいぐらいだ。  


その既に潰走を起こし始めた兵士達の並を割って、蒲公英の花の色で染めたような外套を  
着た数名の背の低い者達が前に進み出た。  
剣も帯びぬその者達を気にする余裕のある兵士達は誰もいない。  
なけなしの勇気を振り絞って列を維持する者たちでさえ、その外套の女たちに気付いたのは希だった。  



261  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:45:16  ID:???  

女たちの中で最も背の低く幼い顔立ちをした者が、先頭に立った。  
少女といっていいような年齢の彼女の目前には巨人達の戦士の剣先が迫っている。  
しかし、少女にもその後ろの同じ色の外套を着た女たちにも恐れる様子は無かった。  
これから起こる事が全てわかりきっているかのように。  
それがすぐに終わることであるかのように。  
簡単な片付け物をするかのように、酷く落ち着いた雰囲気で少女は右手を戦士たちの指揮官に  
向かって差し伸べるように突き出した。  

次の瞬間。  少女の前方に陽炎のようなもやと一陣の突風が吹き、それまでそこに存在して  
いなかったはずの物体が質量と実体を持って出現した。  
箱を組み合わせたような巨大な形に、長い筒状の物体がくっついている。  
濃い緑と茶色の2色で塗装され、金属の質感を持つそれは明らかに人工的な創造物であった。  
物体の足元にはいくつもの車輪が金属の帯に包まれて並んでおり、箱の最上部には  
細い筒状の物体がちょこん、とくっついていた。  
そして箱の上部側面には天馬の紋章が描かれている。  
それが何を指し示すのか、目の前に突如現れた謎の大きな物体に目を見開く巨人の戦士にも、  
物体の後ろにいる少女にも、知る手がかりはなかった。  

アーシルの兵士達の潰走が止まる。  逃げ出していたものも振り返ってその物体を凝視した。  


262  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/08/02(水)  21:48:41  ID:???  

アーシルとヴァニール、双方の戦士と兵士達が驚愕あるいは困惑の瞳で物体に注視する。  
その戦場にいたほぼ全員が、前触れもなく出現した謎の物体に意識をうばわれて、  
そして戦場の空気がその一瞬止まった。  
まるでその時を見計らったかのように、さっきまでのマスケットの砲声も発砲炎も比較に  
ならぬほどの轟音と閃光がほとばしり、辺りを包み、戦場を揺るがす。  
空気が震え、その場にいた誰もが両手で耳を塞いで本能的に地面にうずくまった。  





しばらくの間、無音が世界を支配していた。  
あまりの音量に耳が一時的におかしくなったのだと、アーシルの指揮官は思った。  
そして彼が恐る恐る目を開けると、ヴァニールの戦士たちの姿はどこにもなく、  
大地に抉ったような痕がくっきりと残り、そして  

緑と茶色の箱型の物体が幻のように少しずつ姿を薄れさせ、消えてゆくところであった。  



(気が向いたら続く)