869 名前: ◆YXzbg2XOTI 2006/11/06(月) 21:54:44 ID:???
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5−2までの あらすじ
中世欧州に類似したミッドガルド世界の南部、アルヘイム(鯰の故郷)国に
召喚された海上自衛隊のLST2隻とDDH1隻、ならびに陸上自衛隊2個中隊相当は
現地での王位継承問題から発展した内乱にいやおうなしに巻き込まれた。
王弟ニューラーズ公の軍との共同戦線により、自衛隊は機甲中隊の圧倒的火力と
機械化部隊の機動力をもって公爵軍に対立する貴族連合軍を圧倒し、王都まで
あと一歩の距離まで追い詰める。
アルヘイム国の宗教組織「修道会」は内乱に対し静観の構えだったが、
貴族軍の度重なる参戦要請により魔法使いの小部隊を派遣。
自衛隊・公爵軍の後輩に浸透した魔法使いたちの「青の姉妹」数名により
自衛隊の特科班(155ミリ榴弾砲2門装備)への襲撃が行われた。
この襲撃により砲の操作人員の過半数を殺害、砲は事実上運用不可能となるも、
救援の普通科小隊の到着・応戦によって青の姉妹も壊滅的打撃を受ける。
そして陸自小銃小隊に所属する櫛屋真実(くしや まみ)1士は戦闘中に独断先行、
撤退する青の姉妹の一人、スヴァンフヴィードの背中を89式小銃の照準に捉えた。
870 名前: ◆YXzbg2XOTI 2006/11/06(月) 21:55:18 ID:???
5−3 (前半)
木の幹に三つの穴がうがたれて濃紺の外套を着た二つの人影が立ち止まり、こっちを振り返った。
普通科では射撃は200〜300mを撃つが、僕は300mでさえ3点圏以内に当てたことがない。
要するにド下手糞と言うことだ。 今の目標までの距離は100m無いだろう。
が、見事に外した。 班長の罵声が空耳で聞こえたような気がして、
思わず「腕が震えたんだ」と小さく言い訳を呟いていた。
バースト射撃は自衛隊では点射と呼ぶが、3連射の全部を標的に当てるのは難しい。
1発目は当たるが2発目以降当たらないなんてこと自体はそんなに珍しくない。
銃の反動で銃口が少しぶれるからで、普通は射撃姿勢の矯正の仕方で初弾と次弾を
当てられるぐらいまでには、誰でもなれる。
が、初弾を外せば以降の弾丸もまず当たることは無い。
(ごく稀に初弾だけ外してあとは命中、とか2発目だけ外すとか、射撃の仕方に変な癖の
ついている奴はいる)
しかし、だ。 100mなんて近距離で外した僕は、そんなのとは論外の…
最低のド下手糞って事だ、畜生。
871 名前: ◆YXzbg2XOTI 2006/11/06(月) 21:56:03 ID:???
心臓が馬鹿みたいにバクバク鳴っていやがる。
興奮状態なのか緊張なのか恐怖なのか、アル中みたいに手が震えてどうしようもない。
精神も身体もこんな状態で撃ったって当たるわけは無い。
片膝ついてしゃがんだ姿勢から立ち上がって、着剣しようとするが、それもおぼつかないくらいだ。
頼むから足腰だけは震えるなよ。 肝心なときに役に立たない、せめて今くらい
根性見せてみろよ、僕!?
邪魔する木の枝を掻き分けて斜面を駆け下りる。
二人の「魔法使い」のうち一人がもう一人に何か告げて、尻を叩いて先に走らせる。
逃がすかよ。 再び銃を構えようとして、今度も当たらない、との考えが頭をよぎる。
逡巡するその一瞬の隙を突いたかのように、何かが体に突き刺さった。
まるで自らの意思で防弾ベストに先端をめり込ませて捻るように、僕の体に
刺さっていこうとするのは銃剣と同じくらいの長さの雑なつくりの短剣。
が、ケブラー素材を何枚も重ね合わせた防弾ベストには容易に刺さっていかない。
当たり前だ、軍事雑誌の知識だけど、現代の金属製法で作ったチタン製の軍用ナイフで
大の男が力を込めてようやっと貫通するのがボディアーマーというものなんだ。
チェインメイル着て弓矢で戦ってる時代の粗悪な鉄で簡単に破れる物じゃない。
872 名前: ◆YXzbg2XOTI 2006/11/06(月) 21:56:38 ID:???
が、肉に刺さってないとはいえ腹を突かれ続けるのは地味に痛い。 むしろ凄く痛い。
短剣の柄を握って引き離そうとするが、僕の腕力が貧弱なのか全然動かせない。
離れた場所にいる紺色の外套の「魔法使い」がこっちを凝視している。
お前の仕業か。 さっきの魔法使いは木を倒したりしたし、魔法っつーか、やってる事は超能力だろコレ。
魔法使いがもう一本短剣を取り出した。 こっちに投げつける。
投擲なんかで届くような距離じゃないのに、短剣は物理的にありえない変な軌道を描きながら
僕のほうに飛んでくる。 やばい、防弾ベストじゃない所刺されたら死ぬ!
当たるわけないと思いつつも、腹をぐりぐり突付かれている痛みをこらえて
飛んでくる短剣、というよりその向こうにいる魔法使いに向けて小銃の引き金を引いた。
あ、またバーストのまま。 「レ」にしておくべきだった。
当たった様子は無いが魔法使いがひるんで、そのせいか腹に突き立ってる方も
飛んできた方も、短剣はどちらも地面に落ちた。
好機! 着剣状態の小銃を抱えて突進する。 一気に距離を詰めて白兵で仕留めてやる。
魔法使いがこっちを睨み付けて指差すように腕を上げた。
とっさに勘が働いて、当てずっぽうながらも後ろを振り返りつつ小銃を振ると、背後から
飛んできていた、さっき地面に落ちた短剣が再び飛んできて、ちょうど銃身に当たって跳ね返った。
が、一度跳ね返った短剣は木々を縫うように一周して別方向から戻ってくる。
飛んでくる速度自体はそんなに速くないので、ハエ叩きみたいにもう一回打ち返した。
これが、「魔法使い」ってわけだ。 でも地味だ。 地味だけど厄介だ。
アニメみたく火の玉投げつけてくるのと違って、これって下手するとその辺に転がっている
石とか岩とか倒木とか何でも武器になるって事だぞ!
873 名前: ◆YXzbg2XOTI 2006/11/06(月) 21:58:10 ID:???
その後、何回叩き落しても飛んで戻ってくる短剣を相手に5〜10分ばかり苦闘が続く。
僕が息を切らせつつ紺色の「魔法使い」にちらりと視線を向けると、余裕のつもりか
ニヤニヤ笑いやがった。
持久戦で勝つつもりかよ。 お前に近づけなきゃ僕の負けってわけだ。
でもこっちには… セレクターを「レ 連射」に変える。 銃ってものがあるんだよ!
何度も繰り返した動作、短剣を小銃で打ち返すと見せかけて、振り向きざまに
奴に向けてフルオートで弾丸を浴びせかける。
単射やバーストは当てられないが、これならそんなの関係ない。
が、奴は倒れなかった。 そうだった、こいつら銃弾も空中に停止できるんだった。
その代わり、短剣はこっちに刺さってこない。
集中できないと一度に沢山のことはできないみたいだな!
全力で走って、距離を詰める。 奴は間抜けなことに、自分が有利な間に僕との距離を
引き離したりしていなかった。
小銃を抱えた両腕を振り上げ、銃床で頭を思いっきり殴りつける。
華奢な体格だった魔法使いは頭部を覆っていたフードから長い黒髪をこぼれさせながら
あっけなく枯葉の上に倒れた。
「…女、の子!?」
急に頭が冷静になり、愕然とする。
こめかみから血を流し、横たわるそいつは紛れも無く20歳前後くらいの女の子だった。
426 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 19:55:22 ID:???
5−4 後半
石鹸の匂いがする。 まだ少し肌寒い春の初旬、山ほどの洗濯物を抱えて笑いさざめきながら
列なして洗濯場に向かう青の姉妹の仲間たち。
籠を下ろし、井戸から水を汲み、一度に複数が行水できそうな大きさの桶に張って全員で
いっせいに洗い出す。
おしゃべりを始めるフェイマやヤルルを尻目に黙々と洗濯物をこすり続けるスノートに、泡をひと掬い
手のひらに載せてふっ、と息で吹きかけて飛ばすフリョーズ。
スノートが小さく叫んで嫌がるのを見て自分もフリョーズと同じ事をスノリにやりはじめるユシヤ。
それを見ながら笑いあうゲイレルルと私。
ふざけてないで真面目にやりなさい、姉妹たちを優しく叱るヘルフィヨトゥル大姉さま…
私はこのときとても幸せだったのだ。
朝早く起きてヴォーダン神に祈りをささげ、神学の勉強をして、魔法の訓練を行い、掃除や洗濯をして、
姉妹たちと笑いあって…
そんな日々が永遠に続いたならば、私はずっと幸せなままでいられたのだ。
特別な何かがあるわけじゃない、楽しいことばかりでもない、でもこのまま姉妹たちと、そして
スケルグとミストとアルヴィトと一緒にいられたら、私はそれだけで充分だったのだ。
でももう戻らない。 床に落として砕けてしまったティーカップも、欠片の一つを失くしてしまえば
永遠に元の形に戻ることは出来ない。
そうでしょう? ゲイレルル。 大姉さま。
427 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 19:55:57 ID:???
頭の横から頬にかけて何かの液体が伝い落ちてゆく。
同時に鈍い痛み。 夢を見ていたのだと気付いた私は覚醒しながらシャールヴィは言いつけどおり
合流地点にまっすぐ向かっただろうか?と考えていた。
間抜けでそそっかしい彼が途中で戻ってくるとか、道に迷うなんて事になれば最悪。
でもシャールヴィは臆病なところはあるけれど指示には素直に従う子だから、そんなことはないと信じる。
彼だけでも味方との合流地点にたどり着くことが出来なければ、大姉さまたちは何のために死んだのかわからない…
目を開くとそこはまだ、気を失う前の森の中だった。
私が夢を見ていたのは何分? 何秒? 私が戦っていた異世界兵はどうしたのだろう。
シャールヴィを追っていったのか。
違った。 彼は私の視界内にいた。
先端に刃物を取り付けた状態の銃を持って、顔を覗き込んでくる。
私の意識が戻っているのには気付いているのだろうか。
目を動かして睨み付けてみる。
彼がぎょっとして飛びのく前に左手の袖口から短剣を取り出して切りつけた。
でもそれは彼のまだら色の服を少し切り裂く程度の効果しかなく、私は急いで起き上がって体制を整える。
私が死んでいると思っていたのだろうか、異世界兵は悲鳴を上げつつ、やや過剰に驚いて後ずさりした。
428 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 19:56:31 ID:???
短剣を構え、腰を少し落として威嚇の戦闘態勢をとる。
男女の体格差に加えて相手の小刀ぐらいの大きさの刃物が付いた小銃と小ぶりの短剣とじゃこっちが不利だけど。
私には青の系統、念動の魔法がある。
短剣を宙に放り投げ物体の分子やその運動に干渉できる『見えない手』で掴む。
空中に保持された短剣に運動エネルギーを与えて回転運動をさせる。
魔法を使えないただの人間から見れば短剣が自分の意思を持って空中に浮かび、車輪のように
高速回転しているように見えるのだろう。
これが私たち魔法使いの力。
意識を集中さえ出来ればこの世界のあらゆる物質を制御下におくことのでき、人間たちが最も忌み嫌う魔女たちの技。
目の前の人間、異世界の兵士、ジエイタイも例外なく顔をこわばらせて私と私の制御する短剣を凝視している。
さあ、退くの? それとも向かってくる? 銃は撃とうとすれば構える一動作の隙を突いて、鎧…には
見えないけれど、刃物は通さないから胴当てか何かを仕込んでいるのだろう、その上着の襟首か
わきの下に短剣を突っ込ませればいい。
さっきは意識を失っていたけれど、その間に殺されていなかった幸運、そして相手には失敗のおかげで
状況は振り出しに戻った。
429 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 19:57:38 ID:???
魔法を使っている限り私は相手に近づかずに殺すことが出来るし、一方相手は短剣に刺される危険を
冒して私に接近しないと私に触れることも出来ない。
連発可能なこの銃は持っている兵士の腕が良くないようだし、いくらなんでもそろそろ弾丸はなくなるはず。
私のほうが優位。 負傷した側頭部からは血が頬から首筋へと伝い続けているけど意識が覚醒して
脳が興奮状態にあるのか痛みを余り感じないし、気にならないから戦闘に支障なし。
これで他に追っ手が来てこの場に加勢でもしない限り、大きなミスをしない限り私は負けることが無い。
焦らなければいい。 反対に相手を焦らせて先に動いてもらえば後の先をついて勝てる!
でもその時、私は相手の口から信じられない言葉が発せられるのを聞いた。
『…gondlir』
短く呟いたその一言は、異世界兵の使う訛りの混じっていない正確な発音で、確かに私たちのフサルク語だった。
魔女(gondlir)。 ゲンドリル。 魔法使いという言葉とは別に、私たちに対する蔑称として使われる言葉。
今まで何度も人間たちに言われた言葉。 両親にはじめて魔法を見せたときに、恐怖と憎しみの混じった
顔で叫ばれたその言葉。
何故、どうして、異世界の人間なんかが、魔女なんて言葉を知っているの!?
魔女! 魔女だと! よりによって、私たちの言葉でその忌み名を使うのか!!
430 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 19:59:29 ID:???
激昂した私は自分でも意識しないうちに短剣を自分の手の中に戻し、両手で硬く握り締めて相手に突進していた。
その言葉の意味なんか知らないはずの、異世界の人間なんかに魔女と呼ばれたことがどうしても許せなかったのだ。
本当に相手は魔女という言葉の意味を知らずにただ口にしたのかも知れない。
それならなおさら許せなかった。
両親にも友達だった子にも、任務で接触した人間たち、貴族や士族や一般の平民たち、数え切れない
くらいの人間たちに沢山の悪意とともに投げつけられても耐えてきたその言葉を、
その言葉に含められた百万の茨と針と刃と毒とを知らない、この世界の存在でない人間が、
不用意に軽々しく口にする、その事が私にはどうしても許せないと思った。
そしてそれは冷静さを失った私の敗北を招くことになった。
突き出した短剣は相手の銃の先端で払われ、そのまま半回転した銃は銃床を私の右頬に叩きつけた。
異世界兵の銃は彼の両手の間で自在に操られ、息をつく暇も無く私は肩を打たれ体制を崩したところに
腹部に鋭い痛みを感じてうめき声を上げた。
私の体のほぼ真ん中に、銃先に取り付けられた短刀が深く突き刺さっていたのだ。
彼が、ゆっくりと引き抜く。 私は急に体の力を失って落ち葉の上にゆっくり倒れこんだ。
431 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 20:00:09 ID:???
見上げる異世界の兵士は青ざめた表情で荒く呼吸を繰り返していた。
彼の抱えている銃の銃身部と銃床の結合部分が曲がっている。
乱暴な使い方をしたので、部品が歪むか外れるかしたんだろう。
私はもう、指一本、小石一つ動かす力が全身から失われていた。
ああ、私は負けたんだ。 意識はまだはっきりとしていて、その事実がわかるだけにとても悔しかった。
私はここで終わるんだ。 ここで死ぬんだ。
私を見下ろすこの異世界兵に殺されて。
無力さをどうしようもないくらい感じた。
どうしてもっと上手く出来なかったんだろう、とも思った。
どこで間違ったんだろう。 スケルグとゲンドゥルと偵察に行ったときだろうか。
ゲイレルルが撃たれて、優位な状況から逆転されたときだろうか。
ヘルフィヨトゥル大姉さまだけ残してきてしまった時だろうか。
魔法の力を使えるのに、どうしてこんなに無力なんだろう。
どうして人間たちに忌み嫌われて、使われるだけの存在なんだろう。
どうして魔法使いになんか生まれてきてしまったんだろう。
魔法使いに生まれていなかったら
あの故郷の村で 両親と 友達と あの子と
春の野原や
夏の小川や
秋の木陰や
冬の白い丘で
無邪気に笑ってはしゃいでいられたあの日々が ずっと続いていたんだろうか。
その代わり、スケルグにもミストにもアルヴィトにも
ゲイレルルにも 大姉さまにも 青の姉妹たちにも 出会えることは無かったのだけれど
432 ◆YXzbg2XOTI sage 2006/11/27(月) 20:00:43 ID:???
「…そっか。 死んだらゲイレルルと大姉さまの所に行けるんだ」
私が行くのは 神々と英霊の住まうヴァルハラだろうか。 黄泉の女王の支配する地下の国だろうか。
でもきっと、そこには二人もいるんだろう。 魔女の私が行く場所なのだから。
きっと、今まで死んでいった多くの魔法使いの姉妹たちが行く場所に、私も行けるんだ。
立ちつくして見下ろし続ける異世界兵が複雑な表情をしている。
今の私は、どんな顔をして死のうとしているんだろうか?
尋ねてみたい。 見下ろす彼は、すこしだけ故郷の優しいあの男の子に似ている気がした。
次の瞬間、唐突に彼が横に顔を向け、
そのままの姿勢で見えない力で思い切り吹き飛ばされたように空中に放り投げられた。
どすん、と木の幹に何かが打ち付けられ、地面に重いものが落ちる音が連続して起こる。
何が起こったんだろう。 身動きどころか頭を動かす力も無い私はそのままじっと、体から命が流れ出てゆくのに任せていた。
やがて、誰かが落ち葉を踏んで近づいてくる足音がした。
正体のわからないその足音が私の顔の横で立ち止まった頃、私の意識はゆっくり暗闇の底に落ちるように
途切れていった。
西岡が幹の太い針葉樹の根元に倒れている櫛屋を発見し、息をしているのを確認したのは
そのわずか数分後の事だったが、乱れた足跡による戦いの跡の他には誰の姿も発見することが出来なかった。
次回6−1に続く。