956  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:43:49  ID:???  

4−1  


公爵軍と我ら自衛隊はヴェンド市に退却した貴族軍を追撃する途中ヴィンという村に立ち寄った。  
牧畜と農耕を営む人口500人ほどの村は武装した軍隊の訪問を受け、静かな農村はにわかに騒然となる。  
その村の一画で騒動は起こっていた。  

機の板を釘で打ち付けて作った粗末な小屋から女性のくぐもった悲鳴が聞こえてくる。  
僕は迷彩色の背嚢を抱えて、朽ちかけた木戸をノック、すぐに「入って」という声が内部から聞こえてくる。  
小屋の中では数人の迷彩服が一人の女性の手足を押さえつけて、猿轡をかませていた。  

「早く中身を出して!  ほら!」  

女性の膨らんだ大きなお腹を診ながら医務官の土方さんが急かす。  

「ここで切開するんですか!?」  

「無菌室なんて設置してる時間は無いの!  ほら早くしなさい!」  

30代後半の女性医務官は僕の手から手術道具一式の詰まった背嚢をひったくると自分で用意をし始めた。  
他の衛生科の人が上着を丸めて女性の頭の下に入れる。  
よくみると女性と言うより、17〜18ぐらいの少女だった。  
土方さんと見比べると丁度娘と母親ぐらいの差が  

「あーもう、余計なものまで持ってきて!  言われたものだけ持ってきなさいといったでしょ!」  

「…どれがどれだかわかんないですし」  

「他の衛生班の誰かに聞けって言わなかった?」  

「みんな手一杯で、そこら辺あるのがそれだから、としか」  


957  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:45:20  ID:???  

そういうやり取りの後、役に立たないから出て行ってといわれた。  
…自分で勝手に手伝いと言うか雑用を押し付けたくせに。  
それと、軽症とはいえ負傷者をこき使うのってどうかと思うんですが。  
まあ普段から自衛隊の医者と言うのは風邪引いても薬すらくれないから、隊員にはすげー薄情だけど。  

しばらく小屋の外で突っ立っていると、中から元気のいい赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。  
帝王切開の緊急手術は上手くいったらしい。  
さらに10分ぐらいして、両手を赤く染めた土方さんが「やれやれ」という表情で、後を衛生班の2人に任せて小屋から出てきた。  

「櫛屋くん、煙草持ってない?」  

「酒も煙草もやらねーですし」  

「あっそう。  …村に医者も看護士もいないなんてヘビーだわよ。  盲腸で人が死ぬような世界なんて、信じられる?」  

「アフリカあたりには一杯あると思いますよ、そんな国」  

土方さんの目の下にはくま。  肌も荒れに荒れている。  かなり深刻だ、年齢もあわせて色々と。  
医者も薬も消毒液も乏しいこの世界に漂流してからこの人はずっとこんな調子なんだろう。  
今日も、駐屯した村に医者がいないと聞けば、病人のところにすっ飛んでいって出来るだけの治療を行っている。  
さっきまでやってたのは、妊婦が急に産気づいたという住民の訴えを聞いて、来てみればなんと逆子で、  
すぐに帝王切開に踏み切り、僕は衛生班のテントに必要な道具を取りに行かされたというわけだ。  



958  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:46:27  ID:???  

彼女だけでなく、衛生班はみんな忙しい。  彼女ほど積極的に患者を診に行きはしないけど。  
なぜなら行く先々の村や町で医者が不足しているからだ。  
一つの村で治療を行えば、近隣の集落から一気に病人怪我人が押しかけてくる。  
医薬品には限りがあるし、全部を診ることは出来ないけど、「正統な王権の継承者である公爵の勢力」と  
同盟を結んでいる立場の自衛隊としては、むげに断る事が出来ないでいるのだ。  
そもそもが、自衛隊が高い医療技術や土木技術をもっている事を見せ付けてしまったのが間違いの始まり…  
と彼女のほかにもう一人いる医務官の言。  
民衆を味方につけ、占領地の治安を安定させるためには食料や物資の配布など、支配者としての度量の広さを  
見せ付けることが必要だから、と公爵様直々に要請されてはオヤジ(群長、この部隊の指揮官だ)も断れない。  

あと、自衛隊の医者の腕や薬の効き目は凄い、とかが村人の口コミで近隣に広まりきってしまっているらしいのも  
状況に拍車をかけている…  

あ、僕?  僕は陸上自衛隊の櫛屋真実1士。  一週間前の戦闘で流れ矢に刺さって負傷。  
かすり傷だと思って、傷口に水だけかけて洗って放置してたら破傷風になりかけてるとか言われて、  
土方さんに診てもらったら、「手が足りないから、臨時看護士決定」とか言われて衛生班と一緒に連れまわされている…  
元いた班の班長も小隊長も先任陸曹も何も言ってくれない。  
多分忘れられているか、元々お荷物扱いだったからコレ幸いと厄介払いされたのか。  
まあほら、班での自分のあだ名が「中村」だったから。  言っておくけど顔が似ているわけじゃない。  絶対に。  

ついでにいうと、特定の「佐藤」役の人はいない。  


「櫛屋くーん、タオル持ってきて」  


959  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:47:29  ID:???  

手桶に汲んだ水で手を洗いながら土方さんが言う。  今の「佐藤」はある意味この人かもしれない。  
彼女や衛生班が忙しい分だけ僕も付き合わされる。  基本的には荷物持ちと雑用しかしていない。  
なにか薬品が足りないと走って取りに行かされるし、他に出来る事は少ないから  
呼びつけられる時以外は邪魔にされてる。  
まあどっちみち、班でも自分のする役割って似たようなものなんだけどさ。  

戦闘でも大抵榴弾砲と迫撃砲と戦車の投入で終わるし、拠点征圧や残敵掃討ぐらいしか小銃班の出番は無い。  
火力が圧倒的なんで、自衛隊に負傷者なんて滅多に出ない。  
だから、僕が流れ矢に当たったのは凄い偶然と言うか不運と言うか、ある意味間抜けと言うか。  

夕方になってとりあえず、本日の自衛隊野戦病院の診察は終了した。  
帰っていいよ、と言われたので、僕が本来いるべき班のテントへ戻る。  
食事はそっちで受け取るからだ。  寝るときは、駐屯した町や村で適当に空いている家とか宿とか探して泊まっている。  
時々馬小屋とかに勝手に入って寝たりもする。  ヤミ外とか言うな。  
え、なんでか?  …なんというか、元の班に居辛いというか、追い出されたっぽいような気もしないでも無いというか。  
前々から虐められているような気はしないでも無いんだけどね。  
あれですか、ジュージャンに参加しなかったのが原因ですか、とは思いたくない。  

班の同僚先輩達のところへ行くと、糧食は既に配り終えて僕の分はないといわれた。  
…もはや虐めと言うレベルを超えてませんか、班長。  
先任陸曹の西岡がニヤニヤしながらこっちを見ている。  いつか殺す。  
無反動砲で背後から吹っ飛ばしてやる。  MOS持ってないけど。  


960  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:48:51  ID:???  

こういう時は、装備から私物を売って手に入れた現地のお金で、村の人から何か食べ物を調達する。  
官品は流石に売れないけど、いつか売るときが来るんだろうか。  
迷彩服(ノーアイロンの奴な)や雨衣の1枚ですら、生地が違う!と驚かれて結構な値段になったし。  

今のところ、現地住民との自衛隊の関係は良好であることが多い。  
公爵の軍隊と現地民のはどうだか知らない。  
自衛隊が来たと聞けば遠方からでも病人抱えてやってくるし、愛想もよい。  
ただ、異世界兵と呼ばれて恐れられてもいるらしく、住民は最初、森の中とかに避難している。  
村や町に駐屯してから2、3日してから、略奪などが無いと見て住民が戻ってくる…  

最初は原住民との会話が困難だった。  
身振り手振り交えながら買い物の交渉していたんだけど、段々彼らの話す言葉が英語に似ていることに  
気がついてからは、高卒程度の英会話でなんとか意思疎通が出来るようになっている。  
ただまあ、発音がいくらか違うし知らない単語とかも出てくるしで、半分程度しかわからないけど。  

買い物の時も、じつは結構ぼったくられてしまっているのかもしれない。  相場とかわかんないし。  

そんなわけでどこか食料を売ってくれる民家を探しに行こうかと思いながらウロウロしてたら、  
テントと詰まれた木箱の角を曲がろうとした時に誰かの背中に突き当たった。  
新迷彩となんか貴族っぽい服装の二人。  群長と公爵さまだった。  
何でかわから無いけど、戻ってさっと隠れる。  いや、後ろとか横とか通っていくのははばかられるし。  
で、二人とも何か英語と現地語で会話している。  


961  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:50:11  ID:???  

『もう少し進軍速度が速ければ、砦に立て篭もらせることなく、橋を落とされる事も無かったでしょうに』  

『そりゃ仕方なかんべ。  わしらはジエイタイほど早く動けんよ。  占領地の安全確保もあるよって。  
第一後方の輜重輸送隊が追いつかんもん』  

公爵さまの言葉は日本語に直すとこんな風に訛っているような感じだ。  
彼らから見ると、僕らの英語が逆にそういう風に訛って聞こえているんだろうけど。  

『まあ砦は前みとうにあんたらの大砲でふっ飛ばせばええがな』  

『そうして公爵殿の兵は温存、というわけですか?』  

『わしの兵は対して役に立たんから、ジエイタイさんが頼りなんよ。  まあ制圧だけはわしらでやるよってに』  

…輸送艦と護衛艦の数隻、そして特別編成の陸自1個群だけで漂流した僕ら自衛隊は補給の目処もなく、  
救助や応援は絶望的で、弾薬物資と燃料は無駄に出来ない。  
公爵と群長や幹部の交渉では、公爵群に力を貸せば元の世界に帰る方法を教えてくれると言う事で  
協力する事が決定したけど、実際のところどうなるのかわからない。  
公爵は約束を守る気があるのか。  帰る方法なんてものが本当にあるのか。  
群長がどう考えているのか知らないけど、なるべく早期に決着をつけて、余力…弾薬を温存した状態で次の  
交渉に臨みたいはずだ。  

『でも、そろそろ講和の使者が来てもええ頃だがや。  もう貴族どもにゃあ大した兵力も残ってへん。  
常備軍持ち出したんはええけど、銃士隊だけやし、近衛騎士団は流石に動かせへん。  ま、マスケット銃も  
充分脅威ゆうたら脅威なんは…ああ、ジエイタイさんの銃や火砲には適わんけどな。  こないだも尻尾を巻いて逃げ出しよったから』  


962  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:50:51  ID:???  

公爵さまは大笑いした後、急に真面目な面持ちになった。  

『問題はgondlir(魔法使い、という意味らしい。  どうも)やがな。  今までは修道会に裏で話つけて、貴族どもに  
力を貸さんよう言いつけてきた。  が、貴族になにか取引でも持ちかけられたんやろな、何人かのgondlirを貴族軍  
に派遣したよう、密偵が報告してきた。  あの魔女どもは厄介やで。  もしかしたら、講和の前にこちらに一泡吹かそ思うとるかも知れん』  

『…奇襲か何かですかな。  どの程度の戦力なのかわかりませんが』  

『陣地の中に刺客を送って首掻き切って帰って行くぐらい、魔女どもは造作も無い。  使い方次第では10万の  
大軍より強力な戦力になる事もあるんよ。  せやから、本当ならこちらの味方にしたかった。  ま、ともかく  
気をつけた方がええ。  あいつらは呪われた生き物やから、行動が読めんし神出鬼没…』  

そこまで聞いて僕は足音を立てないようにその場を離れた。  
あんまり聞くべきでないことを聞いてしまったような気がしたので。  

魔法使いというのは噂で聞いたことがある。  
部隊の中ではちょっとした話題になっているし、群長にも報告は上がっているかもしれない。  
偵察小隊の連中がそれっぽいのに遭遇した、という。  
買い物の時に村の人にそれとなく聞いてみたのだけれど、どうやら御伽噺でなくそういうものが実在するらしい。  
化け物とか悪魔とか、とにかく何か凄いもののようで僕ら異世界兵よりずっと恐れられているようだった。  


963  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/06(火)  21:52:57  ID:???  

とりあえずその日は親切な村の人に納屋に泊めてもらえた。  
代価として硬貨を数枚支払ったけど、やはり相場がよく解らない。  
先ほど買っておいた黒パン(やたら不味い。  缶飯といい勝負)や生野菜を齧っていたら、  
迷彩服に興味を持ったのか、その家の子供二人が母屋のほうからこっちをじっと見ていた。  
手招きしたら、最初はかなり警戒していたのだけれど、近寄って来た。  
で、持っていた、残り少なくなった菓子類を上げたら、喜ばれた。  

僕よりはるかに早く、二十歳になる前に結婚した従姉妹の産んだ、小さな子を思い出した。  




いつ元の世界に、日本に戻れるだろうか。  
今夜もそんなことを考えながら眠って、好きだった従姉弟の夢を見た。  




24  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:21:15  ID:???  

4−2  

20XX年8月14日(現地時間10月3日)現在、異世界アルヘイム国に漂流した我々陸上自衛隊及び海上自衛隊の  
「日米共同揚陸演習派遣部隊」は、先月7月28日よりニューラーズ公に同行、彼の軍勢に協力している。  

本来他勢力との武力衝突を制限されている自衛隊だが、救援の見込みも無い上に派遣部隊全隊員(陸自400名余、  
海自620名余)の生死がかかっている緊急事態とあれば、やむを得ない。  
海自護衛艦隊の各艦長と陸自の指令官は派遣部隊指令の不在(指令の乗った護衛艦は行方不明)のまま  
協議をおこない、公爵と食料物資の供与および我々の帰還の手段を教えると言う交換条件つきで手を結んだ。  
7月30日、「しもきた」「くにさき」2隻より90式戦車8両と偵察小隊からなる機甲部隊、付随する野戦整備班と、  
96式WAPCとLAV(軽装甲機動車)・高機動車からなる普通科一個中隊、そして輸送隊が揚陸。  
8月2日には「あかぎ(16DDH)」にてCH−47JA2機とUH−60JA1機の点検整備が完了、翌3日には残る  
UH−60JA1機とOH−1が整備完了した。  
8月4日、ソレイ領から内陸地のグリステル領へと、公爵の軍に同行する形で出発。  
8月5日、ヴァーグリーズ平原にて公の敵対勢力であるところの貴族連合軍と衝突、これを撃破。  
翌日未明、グリステル領の主要都市アウルヴァング市を占領。  
ここまでで、わが陸自に死傷者なし。  都市制圧戦時の小競り合いで公爵軍に負傷者が多少。  
7日にはベルソル領フロールリディ市に到着、包囲。  CH−47JAに空輸されてFH70榴弾砲2門が到着。  
海自のSH−60Kも支援のために飛来。  砲撃および爆撃の後、開城。  



25  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:23:55  ID:???  

翌8日、フロールリディ市奪回のための公爵軍が到着するも、これを撃退。  
この2日間での陸自の損害は、隊員に負傷者1名のみ。  
UH−60JAの片方が、不具合のためソレイ領の港湾に停泊している「あかぎ」に戻る。  
10日から11日にかけて、ホッドミルル領ストレンド市攻略戦。  
この後、90式戦車1両に不具合が発生したため、整備班数名を同市に置いて部隊は公爵軍に同行。  
オーコールニル領へと向かう。  
12日、領鏡にて公爵軍のストレンド市急援軍と思しき集団と接触したとの偵察小隊から報告。  
翌日早朝、砲撃を加え、撤退する部隊に対する追撃を開始。  
しかし、降伏してきた多数の捕虜の処分と、延びきった補給線、そして「我々の進軍速度にあわせた行動を」  
と公爵の強い要望のため、撤退する部隊の本隊をたたく事はかなわず。  
部隊はヴェンド市に隣接する砦に篭城、市につながる橋を落とされ、防備を固められてしまった。  
内陸部に進出する事およそ180キロ。  大した距離じゃないのに移動に2週間近くかかってしまっているのは、  
一つには、現地が街道は一応整備されているものの森林が多く道が蛇のように曲がりくねっている事と、不整地が多いこと。  
もう一つは同行している公爵軍の大半が徒歩による移動で、しかも午前中しか行軍しないのでやたら歩みが遅い事。  
さらに、占領地の後方治安を預かる兵の数が足りず、輸送も同様である…つまり安全な補給戦が確保できていない事にあった。  



26  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:26:18  ID:???  

陸自だけなら、ヘリでこの国の王都に人員を輸送し強襲を行うことも可能なのだが、公爵はどこまでも  
「連携・協調した行動を」と固執するので自衛隊はせっかくの機動力を活かしきれていない。  
それでも通常1月はかかる都市戦を1日で攻略し、たった2週間で王都まで120キロのまで近づいたのは驚異的な記録だそうだ。  
「比べる相手が間違っている」とは先任陸曹(小隊陸曹)であるところの西岡さんの言。  
確かに騎兵や馬車・徒歩で移動し、白兵戦闘が中心で弓や投石のほか、少数の前装式火縄銃や原始的迫撃砲  
しか持たない中世レベルの軍隊の戦争と、近代化された自衛隊では子供とプロレスラーぐらいの差がある。  
これまでの戦闘も、戦闘というより一方的な虐殺に近かった。  
最初は部下達も多くが武器を使用して「生きた標的」を撃つ事に躊躇や不快感、または怖れを抱いていたが、  
案外彼らの適応力と言うのは早いもので、今は誰しも平然と言うより淡々と、命令を出し引き金を引いている。  
人を撃つ事に思ったより現実感がなかったと語る部下もいる。  
銃声とともにパタパタと倒れる、鎖帷子を着た敵兵。  無反動砲で隠れた石壁ごと粉砕される、フルプレートの騎士。  
自分だって「殺している」という実感が湧かない。  一瞬ゲーム脳を疑う。  
だが、実際に自分達が殺した敵兵を間近で確認した時、湯気を立てている地の水溜りとこぼれた内蔵や脳漿の  
酷い匂いに吐き気を催した。  流石に部下の前で吐きはしなかったが。  



28  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:27:33  ID:???  

死体処理を部下には命じず、もっぱら公爵軍の兵士達に任せた。  
それよりもっと反吐が出ることがあったからで、そっちの対応に追われたからだ。  
都市を制圧した後に起こった、略奪と放火。  そして誘拐。  
公爵軍の兵士は、占領地は略奪してそれが当然という認識なのだろう。  まさしく中世時代の認識だ。  
現代人であるこちらはこちらで、当然のごとく制止しようとした人道主義あふれる部下数名とトラブルを起こした。  
公爵は兵士達に対し一切の略奪行為を禁止するよう申し渡し、違反するものは容赦なく処罰した。  
が、公爵軍は傭兵…普段は盗賊なんかをしているような輩がかなりの割合でいるらしく、焼け石に水であまり効果はない。  
むしろ、この世界のこの時代でも、昔の西洋や日本と同じく戦闘後の略奪行為は日常茶飯事とされる風潮だった。  
彼らは勝てば官軍、勝者には当然の権利と口をそろえて主張する。  そういう時代だろう、とはいえ人間なら  
1グラムばかりでも善や道徳心ぐらい持ってるだろうに。  
なので、我ら陸自派遣部隊、普通科第2小隊は群長の指示と許可を受けて自発的に略奪を取り締まることになった。  
大抵のは小銃をちらつかせれば大人しく従った。  
相手のほうの数が多い場合は強気に出てくることもあったが、近くを通ったLAVのエンジン音を聞いただけで尻尾を巻いた。  
それはそうだ。  戦っているのは殆ど自衛隊だし、立場は強い。  
それに弓矢を跳ね返す車両と、銃座で唸り声を上げて騎兵を蹂躙するミニミを彼らは自分の目で見ている。  
犬でも力の差は知っていると言うわけだ。  



29  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:28:18  ID:???  

戦闘の直後は奴隷商人による誘拐事件もあった。  
捕虜は身分の高いものは身代金目的のために生かされる。  貴族や上級氏族は裕福だから、首を取るより  
生け捕りにして敵と交渉する材料にしたほうがいいらしい。  
身分の低い平民や農民の兵士は、殺されるか、奴隷として売られる。  
運がよければ味方に身代金(騎士よりはるかに安い)を払ってもらって解放されることもある。  
奴隷商人はそれらを買い取るわけだが、時には捕虜だけじゃなく占領地の住民を誘拐することもある。  
とくに城や街が陥落した後は、非戦闘員などが略奪から逃れようと大勢が城外へ脱出するため、そのときの混乱を  
狙って、特に女子供が拐される。  
酷い場合は誘拐したその都市で、そのまま奴隷市が開かれる。  
信じられない。  自分らの世界史でもかつては似たようなことはあって、知識としては知っているが。  

身分の高い家や商家の子は、運がよければ家族に買い戻してもらえるとはいえ…  
もちろん黙って見ていられる訳ではない。  本来警察権がないので略奪者や誘拐犯を逮捕することは出来ないが、  
PKF派遣の時の法律を根拠に「現地の治安を維持する」名目でそういう誘拐された人たちを解放した。  

公爵軍のなかで我々に好意的な傭兵の隊長が一人いて、「後で(奴隷商に)報復されないよう気をつけな」と  
忠告してくれたので、その後部下に一人で外出することのないよう申し渡した。  

そして、そんな事は戦闘が終わるたび、街を占領するたびに何度も起こった。  



30  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:29:14  ID:???  

ヴィン村のような小さな村や町に駐留する時は略奪に頭を悩ませないで済む。  
何度も繰り返される強盗・傷害・強姦・放火。  取り締まりに狩り出される部下たちもいい加減疲れてきていたので、  
こういう「何もない田舎の町村」では安心して体を休めることが出来る。  
実を言えば、取り締まりと住民保護に積極的なのは「人道主義」に燃える有志数名のみ。  
若い部下に多い。  西岡さんは「あまり文化の違うこの国の社会と人間に干渉するのは良いとは言えない」  
と言ったあとは何も言わない。  
目の前で行われる犯罪行為に不愉快じゃない思いをしているのは多分全員だろうが、しかしいくら自分らが  
制止したところで価値観も認識も法律も違うこの世界の現地人には、やっても意味があることなのかどうかわからない。  
もういい加減うんざりしている部下も多いだろう。  
西岡さんの言うとおり、どうやっても理解できない、自分らも彼らには理解できないものとして、不干渉を貫く  
のが良いのかもしれないとすら思う。  

だが、衛生班が近隣から集まってくる、医者がいなくて困っている住民に対して治療を施したり、部下が個人的に  
やせ細って貧しそうな身なりをしている子供に同情して糧食を分けてやったりした時に、  
我々が現地人と意思疎通のために使って(使えて)いる英語に近い発音の現地語で「ありがとう」と笑顔で返してくれる  
のを見ると、どうにも見捨てられない気持ちが湧き上がって来るのだ。  



31  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:31:59  ID:???  

中隊、いや派遣群のほぼ全員や部下たちには家族がいるし、恋人持ちや妻帯者も少なくない。  
3歳と4歳の子供がいる藤谷1曹はアウルヴァング市で孤児を拾って野営地に連れ帰ってきたが、連れて行けない  
と西岡さんが説得して結局手放すことになり泣きながらその子に別れを告げていた。  
1曹の下の子と同じくらいの年齢の、栗色の毛をした男の子は翌日市外の集落にある現地宗教の教会に預けられ、  
帰り道、彼はLAVの車内であの子が幸せになれますように、と祈っていた。  




他の小隊長たちとも相談はする。  

田沢2尉の第1小隊では、部下が住民を支援・保護するのを制止したりはしていない、むしろ正当な行為  
なんだから遠慮なくやれ、と言っているそうだし、  
刈場3尉の第3小隊は目の前で略奪が起こって住民が助けを求めてくるなら応じるとしている。  

機甲科の久間2尉は、略奪している兵士の上官に話をつけるそうだ。  
隊員と貴族軍兵士の衝突を回避するのには有効な手だろう。  


32  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:33:30  ID:???  

「市川、おまえさんのやってることは別に間違いじゃあない。  あいつらに俺達の価値観や法意識は通用しないが、  
俺達もあいつらに何をどんな風に恨まれようと、知ったこっちゃねえ。  ここは日本でも俺達がいた世界でも無いんだ、  
治外法権と割り切って好きなようにやろうぜ、自衛隊流によ」  

この間報告に言った時に、群長の隣に座っていた的場1尉に言われた言葉だ。  
治外法権…そういう事か。  ここには日本の法律も国際法も存在しない。  自分らは体や意識に染み付いて離れないが、  
実質的に自分達を制限したり処罰したりするようなモノがこの世界に存在しない。  
うるさい人権屋や護憲派の左翼もいない。  帰還してから行動したことを報告しなくてはならないだろうが、  
これまでの戦闘行為など大抵の事は緊急避難措置として許されると解釈してよいだろう(だいぶ拡大解釈かもしれないが)。  

なら、好きにさせてもらおう。  余力があるうちは、可能な限り現地の非武装住民を支援し、保護する。  
そうすれば…もしかしたら、自分達が窮地に陥った時に彼らは恩返しに助けてくれるようなことがあるかもしれない。  
燃料弾薬を持ってこいとは言わないが、何か目に見える形で援助をしてくれるだろう、と…昼間、村の住民が  
差し入れしてくれた瓜に似た果実(野菜かも)を齧りながらテントの中で寝っころがった。  



33  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:34:47  ID:???  

「市川小隊長、おはようございます!」  

翌朝、村の中を歩いていると陸自の戦闘服を着てい青年と出会った。  はて、目の前で挨拶している彼は誰だったか。  
20代半ばってところか。  まあ背も普通、体格も普通、特に目立つ特徴が無い…部下にいただろうか?  

「櫛屋1士です。  部下の顔と名前ぐらい、いい加減憶えなさい」  

隣にいる西岡さんが教えてくれたので、ようやく思い出した。  たしか、先週から衛生班に貸し出している人員だ。  
新米3尉というのは部下の名前をちゃんと把握できていないことが多い。  
しかもこの櫛屋とかいう部下、小隊では影が薄い。  確か昨日も糧食を彼の分だけ忘れられていたはずだ。  
ならば、自分が顔を忘れていたとしても仕方が無い。  という事にする。  

「もう新米というわけでも無いでしょうに。  しっかりしてください。  それともまだ目が覚めていませんか?  
ちょうどいいので2キロほどランニングにしますか」  

西岡さんの突っ込みは冷静だけど厳しい。  ごめんなさい、朝からハイポートだけは勘弁してください。  

「櫛屋1士、外出の申請を出していませんね」  

「いや、村の中にいましたよ!!」  

「村の中だろうと、どこだろうと、駐屯場所以外のどこかの家に泊まったなら無断外泊です。  4キロランニング」  

忘れられていた仕返しのつもりか微妙にニヤついていた櫛屋が一転して顔を引きつらせた。  
ボソっと「いつか殺す」と呟いたのも耳にした。  今日も変わらず「中村」のようだ。  


34  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/08(木)  18:35:59  ID:???  

「1!」  

「「はい」」  

「2!」  

「「はい」」  

「3!」  

「「はい」」  

「4!」  

「「はい」」  

「1・2・3・4・1・2・3・4!」  

「小隊長ーなんで櫛屋と走ってんですかー?」  

「中村、またいびられてんの、だっせー」  

村の外、牛や羊を囲う柵に沿って走る自衛官3名。  西岡さんの掛け声に合わせて歩調をあわせる。  
遠くからそれを見かけた部下達が野次を飛ばしてきた。  …少し恥ずかしい。  

「このところ実戦ばかりで基礎練成やってなかったからな!  お前らもやるか!?」  

「いい案です。  はい、小隊全員で6キロランニング!」  

自分の言葉を受けた西岡さんの宣言で部下達全員がうめき声を上げた。  
我らの小隊は何時もこんな感じだった。  




73  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/09(金)  19:45:05  ID:???  

4−3  


「ぜってーこんなの状況外だ」  

誰かが呟いた。  演習中には突然ランニングが始まるなんて事はないはずだ。  
牧場の柵沿いに走って小川に架かる石橋を渡って粉引き小屋で折り返してまた戻ってきて  
柵沿いに走って…を何十往復。  
もういい加減、当初の6キロは走り終えているはずなのだが、そろそろ終わりかという頃になると西岡曹長が  

「あと5キロ追加!」  

と宣言するのでいつまで経っても終わらない。  もう何キロ走ったのか解らなくなってきている。  
かつては第1狂ってる団に所属という経歴の先任陸曹が嫌われている理由は此処にある。  

『いつまで経ってもランニングが終わらない』  

朝から始まれば、日が落ちるまで延々と続のだ。  
走りながらもニヤリ、という擬音が似合いそうな感じで笑っている西岡曹長は一人の脱落者も許さない。  
小隊の誰もが「早く終わらせて飯にしたい」と思い、うんざりした表情をしているのだが、彼だけは全然疲れたそぶりを見せない。  
というか、こんな時まで体力練成して欲しくない。  体力的によりも精神的に参ってくる。  
唯でさえ、言葉も風土も違う異世界に漂流すると言う仮想戦記みたいな異常な状況下にさらされて、  
命の危険に晒される実戦を経験し、戦闘中以外も神経をすり減らす事の多い今現在は、休めるときにはできるだけきちんと休んでおきたい。  

結局、ちょっと軽く走るつもりが終わった頃にはお昼前になっていた。  
ゆうに5時間は走っていたことになる。  


74  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/09(金)  19:45:49  ID:???  

柵をはさんで牛や羊たちが草を食んでいるのを前に、地面に両手を突いてちくしょうめ、と俺は吐き捨てた。  
西岡は結構歳食ってる(40半ば)はずだが一日中ランニングしてたり一日中腕立て伏せしてたり一日中スクワットしてたり、  
2階から階段を使わず窓から飛び降りて1階に移動するという無茶苦茶ぶりは今でも健在ってわけだ。  
大体、俺の横で死んだようにぶっ倒れている櫛屋(根性なし)と隊長(貧弱)はなんで走らされてたんだ。  
つーか普段からだけど無意味に走らすな。  暇を見つけては「走るぞ」とか言い出すな。  
隊長もなんか言えよ。  つーかやめさせろ。  幾らなんでもレンジャーに付き合ってられるかよ。  

「櫛屋」  

「…………………」  

「中村」  

「違う」  

仇名のほうで呼んだらすぐに返事しやがった。  
喘息持ちみたいな呼吸の仕方してやがる。  ヘタレめ。  

「お前、先任のこと嫌いだろ」  

「…………」  

「俺も先任は嫌いだ。  ありゃ性格が悪い。  だがお前はもっと性格が悪い、どころか捻じ曲がってやがる」  

「……………そうですか」  

こいつから返ってくる言葉は常に投げやりな口調で癇に障る。  
おまえは反抗期の中学生か。  



75  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/09(金)  19:46:43  ID:???  

「態度だけじゃなく、口の利き方もなってねえ。  ろくに返事もしやがらねえ」  

「桐山班長も人の事は言えねーかと」  

さすがにムカついたので、櫛屋の額にデコピンを食らわす。  仏頂面がのけぞった。  
グーで殴らなかったのは疲れているうえに朝飯食ってないので、力を使いたくないからだ。  

「先輩や上官には敬語ぐらい使ってる!  だがお前はそれすらしねえ。  教育隊で何習ってきた」  

「…………………………」  

「和を乱して厄介者にされてんのは、おまえ自身に原因があるからだって自覚しろ。  お前のせいで俺たちまで余計なことに付き合わされる。  俺はお前の尻拭いするために班長やってんじゃねえんだ」  

「実は装備や部品なくして全員で探させるのはわざとやってます」  

今度は殴った。  ふざけんじゃねえ、冗談にすらならねえ。  
一体お前何がやりたいんだ!?  阿呆か!?  何でこんな奴が自衛官やってんだ!?  
前期教育の時にへたばって脱落するだろ、こんな奴。  根性はねえし何かやらせりゃすぐトチる。  
勤務態度は投げやりで不真面目、班のお荷物、全員からウザがられて虐められてるようなのが…  
なんでこいつが残ってるのか不思議でならない。  
最初の出発地ソレイから今までの道程でどっかで置いてきぼりにされても不思議じゃなかった。  


76  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/09(金)  19:47:24  ID:???  

「…何処行ってもこんなもんですし」  

膝や腹の土を叩いて落としながら櫛屋が立ち上がった。  
さっきまで死にそうにゼイゼイ言ってやがったくせに、俺より回復が早い!?    
つーかまだ、立てるようになってんのが隊の3分の1しかいない時間しか経ってない。  
慌てて立ち上がって、テントのほうに歩いていこうとする櫛屋を追いかけた。  

「オイ待て、話は終わってねえ。  勝手に行くな」  

「………………そうですか。    ところで僕は先任のこと嫌いだけど尊敬はしてます。  あと物方さんや広瀬さんも。  班長はどーだか」  

尊敬しているだ?  アレを?  脳味噌まで筋肉の体力馬鹿を?  意外を通り越して唖然とする。  
物方と広瀬は3曹で俺と同期同階級、同じように班長をやっている。  

「…それと飯は自分で確保しているので、取っとかなくていーです。  これからも」  

昨日の事を相当恨んでいるな。  まあ一度二度のことじゃないが。  
そのままどこかへ歩いていこうとするので、すかさず奴の肩を掴んで逃がさないようにする。  
つーか無視すんな。  これ以上話を聞く気がないならぶん殴る。  

「飯はお前がそういう態度だからわざと忘れた振りされて渡されなくなるんだろうが。  あとな、お前今日から班にもどれ。  
衛生の連中にとっても何の役にも立ってねえだろ。  だから前までも今からも、そんな調子じゃ困るんだよ!」  

そう言ったら露骨に嫌な顔しやがった。  お前そんなに土方のセンセに引っ張りまわされるのがいいのか?  
それともお前フケ専か。  

「んなわけねーです」  

「んじゃ来い。  飯はみんなで食うものだ」  


77  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/09(金)  19:47:58  ID:???  

そう言って櫛屋の背中をどついて歩き出す。  奴はものすげー不承不承って感じで付いて来た。  
こいつと班、いや小隊全員とのそりの合わなさは何処から来るのか。  
わざと反抗的にしているんじゃないかと思える節すらある。  自衛隊は個人の勝手な我侭が通る場所じゃない。  
個性の強い奴らが多い環境ではあるが、思春期の男子中学生じゃないんだ。  
集団行動が出来ないのはやっていけない。  自衛隊だけじゃなく社会でも何処でもそうだろう。  

その後も櫛屋はどこか居心地が悪そうにしながらも大人しくしていた。  
ところで俺はこいつが中村というあだ名で呼ばれる理由を知らない。  
あとで広瀬に聞いてみる事にした。  

「ああ、なんか漫画のキャラらしいよ」  

「そいつが櫛屋に似てるのか?」  

俺がさらに尋ねると、広瀬は性格とか顔じゃなくて立場がだろうね、と答えた。  

「ドラえもんにでてくるのび太がそのまんま大人になったようなもんかな、要するに」  

さらにいうには、中村には佐藤、のび太にはジャイアンというように格上でそいつをいびる関係の奴がいるらしく、  
櫛屋にとっては西岡先任陸曹がそれに当たるんじゃないか、という話だった。  
そう言われてみれば、そう思えなくも無い。  何となく得心が行った。  
ついでにもう一つ、聞いてみる。  

「先任と物方と俺…?  ああ、多分レンジャー資格じゃないかな。  隊で持ってるのは俺達だけだし。  あと、櫛屋の叔父貴だかが元レンジャーだとかで」  

奴は親戚に自衛官がいるのか。  初めて聞いた。  

「弟は空自だそうだよ。  兄弟で叔父貴に影響されて自衛隊入ったそうだ」  


78  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/09(金)  19:48:33  ID:???  

「お前そういうこと、櫛屋から聞いたのか?」  

「ああ。  前に話したことがあったな。  話してるときはあいつ仏頂面でも無いし素直だったよ」  

…広瀬には話して俺にはそういう会話どころか、ろくな返事すらしないってどういうことだ。  
何か無性に腹が立った。  俺はそんなに信用されてないのか。  
自分の班長としての意義を否定されたようで納得がいかない。  
とはいえ。  奴にレンジャーへの憧れの様な物があるとはかなり意外だった。  
そういえばあいつは、配属されてきたばかりの頃は、確かに馬鹿もやってたが今ほどひねくれても問題を起こしてもいなかった気はする。  
他の連中にからかわれたりしているのもその頃からだったが。  
まあ、第1印象が「痛い奴」だったからな。  

戻ってから、櫛屋の頭を軽く殴っておいた。  なんとなく。  
奴はむすっとしてこっちを睨んできたが。  ま、そういうわけで小隊は久しぶりに全員がそろった。  



156  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  18:10:10  ID:???  

5  

「黒・赤の姉妹はゲプル村方面から街道へ。  部隊の転送後、ニュト川の渡し場にて帰還の転送口を設営、待機。  
青と黄はスュン村方向から、異世界兵の砲撃陣地を攻撃し、霍乱。  白はこのまま街道に出て、ヴィン村へ。  
緑は黒赤隊と青黄隊、白隊に分かれて同行。  手はずどおりに」  

街道と脇道の入り組む交差路。  立てられた木の標識がそれぞれの道の行く先を告げる。  
最後の打ち合わせを終え、姉妹達は此処から3隊に分かれて別行動になる。  
白の姉妹2名は緑1名を連れて修道会の尼僧服に着替え、公爵軍とジエイタイの駐留している村へ。  
潜入工作を目的とする。  

黒と赤は敵後方に、公爵軍の部隊を転送するためもっと置くに浸透する。  
私たち青は黄の1名を加えて、一番の重要目標であるジエイタイの大砲を先に潰し、同時に本命である  
転送されてくる部隊から彼らの目をそらす。  

「砲撃陣地の位置がわからないから、潜入する白隊が頼り。  最も可能性が高いのは、村に砲兵も  
一緒にいることだけど、異世界の大砲の射程距離の異常な長さから考えて、もっと後方に陣地を構えている  
可能性も充分ある」  

「出来るだけ、指揮官か参謀クラスの異世界兵を捕獲して聞き出して欲しいわあ。  ついでに有用な情報も  
可能な限り手に入れられたらあ、もっと良いけどお」  



157  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  18:10:47  ID:???  

白の二人の表情は見るからに緊張して、気の毒だ。  
魔法による捕虜の尋問が彼女達の仕事とはいえ、自ら敵を捕獲しに行く、それも敵地に潜入して、などは  
彼女達には経験が少ない故に大変な苦労を伴うことになるだろう。  
本当なら青か黒から護衛か捕獲の実行役を1名付けたいところなのだけど、どちらも手が足りない。  
大本命である、部隊の転送を行う赤の護衛も黒の姉妹達だけでは頭数が少なすぎるくらいなのだ。  

それに、貴族軍も此処に来て貴族の私兵(上級氏族で構成された騎士団)と常備軍(下級氏族による銃士)  
との間で、防備に関する会議においての些細ないさかいから、士族同士の階級差による確執に発展し  
常備軍が王都へ勝手に撤退してしまったため、砲撃陣地の攻撃に魔法使いを割かねばならなくなった。  

「魔法使い数人いれば、人間の兵士100人分に匹敵するという触れ込みだもの。  便利に使われるよね、私たち」  

「この期に及んで人間って…身分差とか指揮権の優位がどちらにあるかとか、どうしてそういう事に  
固執するのかしら?」  

姉妹達それぞれからため息と呆れ声が聞こえてくる。  
どうして人間達は私たちにこういう負担ばかり押し付けてくるのだろう。  
所属や生まれの確執自体は私たち魔法使いも色ごとの姉妹同士であることだ。    
でも、こういう重要な時には少なくとも表面には出さないで理性を優先させる。  




159  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  18:11:26  ID:???  

感情のコントロールは魔法を習得する上で重要な課題の一つだし、自分が何をすべきで、何を優先し、何を  
切り捨てるべきかは寮での集団生活でみんな学んでいる。  

そしてその一部は、ついこの間私が大姉さまに聞かされたとおりだ。  


厚手の戦闘用外套から乳白色の尼僧服に着替えた3人がまず先に発った。  
彼女達の無事と幸運をトール神に祈る。  修道会は本当はヴォーダン神を主神として崇めるけれど、農民の  
子である私はいつも農耕神でもある雷の神に祈っている。  
黒赤の隊も出発する。  私たちはこの場で待機。  この交差路からなら近隣の村々の何処にも行けるので、  
近くの森の中に潜んで白隊の連絡を待ち、同時にこの道を利用する公爵軍の輜重兵を監視する。  


スケルグやミストとは最後まで話すことが許されなかった。  
アルヴィトも此処にいない。  彼女達と話がしたい。  アルヴィトだけなら、遠くで私の心を覗いて私の気持ちを  
知ってくれていると思う。  
悩みを打ち明けたい。  相談して3人に答えを聞きたい。  スケルグならなんて答える?  
私たち魔法使いを、姉妹達を守るために、一部の友達を見捨てることもしなきゃいけない、なんて。  





167  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:37:40  ID:???  

5−1  

「黒・赤の姉妹はゲプル村方面から街道へ。  部隊の転送後、ニュト川の渡し場にて帰還の転送口を設営、待機。  
青と黄は異世界兵の砲撃陣地を攻撃し、霍乱。  白はこのまま街道に出て、スュン村へ。  緑は黒赤隊と青黄隊、  
白隊に分かれて同行。  手はずどおりに」  

街道と脇道の入り組む交差路。  立てられた木の標識がそれぞれの道の行く先を告げる。  
最後の打ち合わせを終え、姉妹達は此処から3隊に分かれて別行動になる。  
白の姉妹2名は緑1名を連れて修道会の尼僧服に着替え、公爵軍とジエイタイの駐留している村へ。  
潜入工作を目的とする。  

黒と赤は敵後方に、公爵軍の部隊を転送するためもっと置くに浸透する。  
私たち青は黄の1名を加えて、一番の重要目標であるジエイタイの大砲を先に潰し、同時に本命である  
転送されてくる部隊から彼らの目をそらす。  

「砲撃陣地の位置がわからないから、潜入する白隊が頼り。  最も可能性が高いのは、村に砲兵も  
一緒にいることだけど、異世界の大砲の射程距離の異常な長さから考えて、もっと後方に陣地を構えている  
可能性も充分ある」  

「出来るだけ、指揮官か参謀クラスの異世界兵を捕獲して聞き出して欲しいわあ。  ついでに有用な情報も  
可能な限り手に入れられたらあ、もっと良いけどお」  



168  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:38:15  ID:???  

白の二人の表情は見るからに緊張して、気の毒だ。  
魔法による捕虜の尋問が彼女達の仕事とはいえ、自ら敵を捕獲しに行く、それも敵地に潜入して、などは  
彼女達には経験が少ない故に大変な苦労を伴うことになるだろう。  
本当なら青か黒から護衛か捕獲の実行役を1名付けたいところなのだけど、どちらも手が足りない。  
大本命である、部隊の転送を行う赤の護衛も黒の姉妹達だけでは頭数が少なすぎるくらいなのだ。  

それに、貴族軍も此処に来て貴族の私兵(上級氏族で構成された騎士団)と常備軍(下級氏族による銃士)  
との間で、防備に関する会議においての些細ないさかいから、士族同士の階級差による確執に発展し  
常備軍が王都へ勝手に撤退してしまったため、砲撃陣地の攻撃に魔法使いを割かねばならなくなった。  

「魔法使い数人いれば、人間の兵士100人分に匹敵するという触れ込みだもの。  便利に使われるよね、私たち」  

「この期に及んで人間って…身分差とか指揮権の優位がどちらにあるかとか、どうしてそういう事に  
固執するのかしら?」  

姉妹達それぞれからため息と呆れ声が聞こえてくる。  
どうして人間達は私たちにこういう負担ばかり押し付けてくるのだろう。  
所属や生まれの確執自体は私たち魔法使いも色ごとの姉妹同士であることだ。    
でも、こういう重要な時には少なくとも表面には出さないで理性を優先させる。  



169  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:38:51  ID:???  

感情のコントロールは魔法を習得する上で重要な課題の一つだし、自分が何をすべきで、何を優先し、何を  
切り捨てるべきかは寮での集団生活でみんな学んでいる。  

そしてその一部は、ついこの間私が大姉さまに聞かされたとおりだ。  


厚手の戦闘用外套から乳白色の尼僧服に着替えた3人がまず先に発った。  
彼女達の無事と幸運をトール神に祈る。  修道会は本当はヴォーダン神を主神として崇めるけれど、農民の  
子である私はいつも農耕神でもある雷の神に祈っている。  
黒赤の隊も出発する。  私たちはこの場で待機。  この交差路からなら近隣の村々の何処にも行けるので、  
近くの森の中に潜んで白隊の連絡を待ち、同時にこの道を利用する公爵軍の輜重兵を監視する。  


スケルグやミストとは最後まで話すことが許されなかった。  
アルヴィトも此処にいない。  彼女達と話がしたい。  アルヴィトだけなら、遠くで私の心を覗いて私の気持ちを  
知ってくれていると思う。  
悩みを打ち明けたい。  相談して3人に答えを聞きたい。  スケルグならなんて答える?  
私たち魔法使いを、姉妹達を守るために、一部の友達を見捨てることもしなきゃいけない、なんて。  



170  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:39:37  ID:???  

自衛隊の駐屯しているヴィン村に、3人の尼僧が4キロ離れたスュンという村から助けを求めて駆け込んできた。  
グンスロー川の上流にある人口200人ほどのスュン村には小さい教会がある。  
その村を、渡河してきた貴族軍の兵が襲撃して食料を略奪したというのだ。  
篭城している貴族軍が周辺の村々から食料を集めていることは偵察の報告があり、充分ありえることでもあった。  
これ位はまかせられよ、と公爵軍の騎兵が1隊、村へと救援に向かう。  
尼僧の一人が怪我をしているので衛生班が呼ばれ、彼女を連れて行き、残る二人は指揮所のテントで事情聴取  
を続けられた。  

「…この程度だったら3針くらい縫うぐらいでいいわよ。  大したことなくて良かった」  

土方は負傷した尼僧の右腕を診察しながら消毒と縫合の準備をし始めた。  
念のため、化膿止めも注射しておいたほうが良いかもしれない。  雑菌が入っているといけないし…  
まだ何かに怯えているような様子の、年端もいかぬ少女尼僧の真っ白な腕は震えいて、刃物傷と思われる  
切り口からは薔薇のように赤い血が流れ落ちている。  
心配しなくて良いから、とあまり通じないだろう日本語で話しかけてから、土方はふと違和感に気がついた。  
腕の傷の形が、おかしい。  
正面・側方・あるいは後方から切りつけられた傷の形にしては、歪だ。  
どちらかといえば、自分自身で、利き手で刃物を握って反対側の腕を自傷した時の様な特徴がある。  
近くに立っていた衛生隊員を呼ぼうとして、彼女は唐突に尼僧の少女に腕を掴まれた。  



171  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:40:15  ID:???  

『貴女は、もう動けない。  声も出せない。  貴女を支配した』  

尼僧が現地語で話した言葉の意味を土方は理解できなかった。  
が、目の前で自分の右腕を掴んでいる少女の表情は先ほどまでの、襲撃から避難してきた怯えた弱者のもの  
ではなくなっていたのを知る事はできた。  
全身の筋肉が硬直したように、金縛りにあって動けず、声も出ない。  
衛生隊員がこっちをどうしたのか?  と不審に思って振り返り、近づいてくる。  
今の異常な状況を説明して助けを求めようと思ったが、唇はピクリとも動かなかった。  
呼吸さえ出来ない。  苦しい。  腕を掴まれた姿勢のまま、全く動けない。  

少女が衛生隊員に手を伸ばす。  彼は奇妙に思いながらも反射的に差し出された手を…  

やがて、その衛生隊員も表情を凍りつかせたまま動かなくなった。  

「…殺したの?」  

「呼吸を妨害して窒息させただけ。  もう神経伝達は解放しているから、手当てすれば息を吹き返す」  

背後からかけられたフサルク語に、白の姉妹フリストは腕に清潔な布を巻きつけながら答えた。  
すでに自らの体内の血しょう板の機能を調整して、出血は止めてある。    

「異世界兵の言葉は凄くわかりにくい。  そっちは上手くいったの?」  

「何人か脳を支配して情報を聞き出したわ。  言語はイメージと結びつけると翻訳しやすいから、スルーズの手を  
借りるまでもなかった」  



172  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:40:58  ID:???  

白のレギンレイヴと緑のスルーズも首尾よく目的を果たしたようだ。  
幹部数名の脳を支配して情報を聞き出し、眠らせたのであとは騒ぎになる前に脱出するだけだ。  

「大収穫。  異世界兵の火力は無限じゃない。  むしろ、底を突き始めている。  勝てるよ!」  

「はしゃがないで、レギン。  スルーズは青隊に連絡を?」  

「…さっき、しました」  

予想外の戦果を手に入れたらしいレギンレイヴは嬉しさのあまり大きな声を出そうとしたので叱り付けられた。  
対照的にスルーズは大人しくて返事も短く、ぼそぼそとしか話さない。  
フリストはもう一つ、レギンレイヴに確認することがあった。  

「ところで、殺したの?  指揮官クラスなら重要目標でしょ?」  

「あ………忘れてた。  大丈夫、脳の血管切れて死んでるよ、きっと。  案外抵抗強かったし、でなきゃ負荷で精神壊れてるかも」  

「きっとじゃ駄目なの。  確実に殺しなさいと教えたでしょう?  レギン、いつまでも子供じゃ困るの」  

フリストは呆れた声でため息を突きながらレギンレイヴを叱った。  
二人は一見、レギンのほうが背も高く年上のようにも見えるが白の姉妹内での立場はフリストが上のようだ。  
年齢が上でも修道会に入った時期が遅ければ、姉妹関係は下のほうに位置づけられる。  



173  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:41:38  ID:???  

「でも…フリストだって殺してない」  

「私のは殺す必要ないでしょう?  あなたは自分の任務の重要性を…」  

「あの…」  

フリストよりもさらに幼く見えるスルーズが彼女の尼僧服の袖を引っ張った。  

「彼らのGroup  leader…指揮官は死んでません」  

異世界兵の使うフサルク語もどきの発音を正確に真似てスルーズが告げる。  
とたんに表情を変えてフリストが問う。  

「…何故?」  

「…途中で他の兵士に呼ばれて出て行きました。  兵士たちを捕獲したのはその後です」  

舌打ちをしてレギンを睨む。  という事は、殺したかもしれないのは良くて参謀クラス。  
それさえ不確実では、画竜点睛を欠くというものだ。  

「仕方ない、このままここを脱出。  グンスロー川下流に向かって、来た橋を通って砦に戻りましょう。  
スルーズ、兵士の思考を読んで、鉢合わせしないように案内して。  うまく村をを出ましょう」  



174  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:42:12  ID:???  

「砲撃陣地の位置は4里も先。  砦からは8里も離れている。  恐ろしく遠くから届くものね」  

「位置は?  …赤黒隊と一緒に行った方がまだ近いし」  

潜入した白隊からのテレパスによる報告を受け、私たちも行動を開始した。  
既に転送された貴族軍の部隊は2隊に分かれて、後方の輜重兵の輸送列と、ヴィン村を襲撃するため移動を開始している。  
ジエイタイと公爵軍も川を渡河し砦に攻勢をかけると報告にあった。  
一刻も早く彼らの大砲を潰さないといけない。  

「いい?  大砲そのものは必ずしも破壊しなくて良いわ。  どうせ2門しかないし。  ただ、砲兵は必ず全員殺すこと。  
使える人間さえ殺せば、鉄くずと同じ。  そして、全員無理はしないこと。  必ず生きて帰還する」  

ヘルフィヨトゥル大姉さまの指示はあくまでも堅実に、重要目標以外は深追いしないというものだ。  
無理かつ無駄な戦果は追い求めない。  最低限の目的さえ果たせば、それでいい。  
兵器はそれそのものよりも、扱いに習熟した人間がいて恐ろしい存在となりうる。  
でも、戦い方に習熟した人間を養成するのは並大抵じゃない。  時間はかかるし、教える人間も高い技術が必要だ。  
だから、熟練した兵士は何よりも重要な目標になる。  
銃や大砲は扱いが難しいゆえに、使う人間さえ殺せばあとは恐れるに足りない。  

青黄対の姉妹は私とヘルフィヨトゥル大姉さま、ゲイレルル、「約1名」ことシャールヴィ。  
そして黄の姉妹フレック。  彼女は私たちの中で一番年長。  彼女みたいな姉妹の古株は大ババさまとか言われている。  
もちろん、本人の目の前では呼ばない。  青の姉妹の大ババさまなんか特に耳が良いから少しでも…  



175  名前:  「WORLD  ALL」  ◆YXzbg2XOTI  2005/12/12(月)  20:42:45  ID:???  

「スヴァン、異世界兵の銃を避けるのにあなたの意見を聞かせてくれない?」  

大姉さまに発言を求められたので思考を中断。  
この中で異世界兵と実際に戦ったのは私だけ。  全員が私に注目する。  

「…彼らの銃弾は速いから、銃を向けられたらすぐに『見えない手』で銃弾を捕まえないといけないと思います。  
止められなくても、横に慣性を少し加えて軌道を逸らせば、大体は当たりません。  それと、異世界の銃は  
マスケットと違って連発できるから…」  

あの日の夜を思い出すと、まだ体が震える。  
またあの鉄馬車と戦うことになるんだろうか?  
今度は勝てるだろうか?  どうやって勝てばよいだろうか?  
まだら色の異世界兵と戦うのは怖い。  でも、彼らとて人間のはず。  
私たちの世界の人間とは違う種族かもしれない。  でもアーシル人とヴァニール人が髪と瞳の色以外は  
そんなに変わらないのを考えれば、そんなに差は無いのかもしれない。  

赤い血が出る人間なら。  傷つけば血が出るなら。  
血が流れるなら殺すことも出来る。  喉を切り裂き、心臓を抉り、息の根を止める。  
鋭い私の短剣が空中を舞って異世界兵の胸を刺す。  


必ず殺す。  そして、私は生きて帰るんだ。  




427  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/01(月)  23:10:45  ID:???  

『WORLD  ALL』  

あらすじ  
・異世界に召喚された自衛隊は現地の国家の後継者問題に  
 巻き込まれて戦うことになりました。  
・自衛隊を味方につけた公爵軍は連戦連勝、貴族連合軍は  
 王都の少し手前まで後退させられました。  
・貴族軍と共同して魔法使いたちが自衛隊を襲撃します。  
・魔法使いと人間は忌み嫌いあいながらも利用しあってる関係です。  
あとは過去スレを読み返してください。  


外伝  1−1    タイムテーブル上では本編よりすこし進んだ時点の話。  

「クシヤ。  それは食べ物?」  

「糧食。  本当は温めて食べる」  

キャンプ中。  僕が冷たいトリメシを食べていると、同行中の魔女が興味をおぼえたのか訊いて来た。  
簡潔に答えると、魔女が無言でパチパチ燃え続ける焚き火を指差す。  
温めれば?というつもりか。  悪いけど、火にくべたら外側が溶けて中身のメシが焦げるだけだから。  
レンジとか、せめて鍋とかがないとレーション類は温められませんから。  


429  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/01(月)  23:11:32  ID:???  

「手に持ったまま炙れば?」  

「…僕の手が火傷する」  

「………………」  

「熱っ!!  超能力で加熱するな!!  熱ぢっ!!」  

魔女が視線を向けて集中するとレーションが独りでに温まってゆき、数秒で手に持っていられない温度に急上昇する。  
あまりの熱さに思わず落っことし、たった一つ残っていた戦闘糧食U型、トリメシは地面に中身の何割かをこぼす事になった。  

「つーか別に冷たくても食えるんですけど!」  

恨みのこもった視線を返してやりながら、僕はレーションの袋を拾い上げた。  
部隊とはぐれるわ、携行糧食は少ないわ、小銃の弾丸は残り1発しかないわ、何日も森の中を彷徨い続けているわ、  
その上本来は敵…貴族軍側の人間である魔女と同行中だわでさんざんだ。  

「親切でやったのに」  

絶対わざとだ。  その証拠にあからさまにニヤニヤしている。  
この女、西岡よりムカツク…性格が悪いっつーか、言動の一つ一つが嫌がらせでやっているとしか思えない。  



431  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/01(月)  23:13:01  ID:???  

「ほら、異世界兵の使う道具とかはよくわからないから。  あと私、テンネンケイとかいうのだから」  

よくわかんないなら余計なことはしなくていいよ!  
天然系って自分で言うなよ!  僕にそんな萌え属性は無い!!  
好きなのはツンデレ系!  それから僕の頭の中をテレパスで探って変な情報を引き出さないで!!  

「…ギャルゲーという単語の意味がイマイチ解らないのだけど。  映像の記憶イメージじゃなく  
クシヤが言語で説明して。  ニホン語でいいから」  

そんなのは理解しなくていいから!  というか僕が一瞬心の中で思った事や連想した事まで読み取れるの!?  
いや、獣耳なんて人種は架空の存在だから、頭蓋骨がどうなってるのとか気にしなくていいよ!!  
だーかーらー僕の頭の中を覗くのは止めろーーーーっ!!  

「…しょうがないでしょ、あなたのフサルク語は(現地語だ)訛りが酷くて聞き取りづらいんだから。  
わたしがテレパスで思考の読み取りと送信をしないと、こうやって話す事もできないのよ?」  

…そう、実は今までの会話で魔女は一言も唇を動かしてない。  
僕は声に出して喋っているけど、魔女のほうは思ったことをテレパシーで僕の脳に直接送ってくる。  
しかも、翻訳機能つきで。  原理が全然不明なのだが、それで意思疎通を行っている。  
これが、この世界の魔法使いの「魔法」らしい。  
テレキネシスとかパイロキネシス(発火能力)とかも見せてもらったけど、魔法というよりなんか…超能力だ。  


434  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/01(月)  23:14:47  ID:???  


火を起こしたり野生動物(狼とか猪)を追い払ったり方向を把握したりと  
結構便利な超能力の、困った点は僕が何か考えるたびに魔女が頭の中を覗いて、説明を求め、  
上手く説明できない場合は勝手に僕の脳の中に侵入してきて記憶を引っ掻き回す事だ。  
一つのイメージから連想したものを、さらに連想したものを…とどんどん結びつけて記憶の深いところまで潜って  
行かれるのは、脳味噌を直接手でこねくり回されているようで物凄い不快感と嘔吐感を催す。  
おかげで今の僕はすこぶる気分が悪い。  
スパイウェアとかに自分のパソコンが感染して個人情報が流出しているのに似ていると思う。  
頼むから、あんまり人に知られたくないような部類の記憶は除かないでくれ。  
厳重に鍵をかけて立ち入り禁止の立て札をかけておこう。  

「ねえクシヤ、異世界人ってこういう事を考えながらひと…」  

「だからそういうのに踏み入るなーーーーっ!!」  

頭痛が酷くて食欲がわかない。  僕は早々に食事を切り上げた。  







511  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/05(金)  23:34:45  ID:???  

「WORLD  OLL」    5−2  

スュン村へ向かった貴族軍が襲撃の報はかく乱のための陽動と気付いたのとほぼ同じ頃。  
自衛隊の駐屯しているヴィン村の自衛隊指揮所で副群長、第1・2係長と第3係長他幹部自衛官  
数名さらに医務官・衛生班もが意識不明状態で発見され、にわかに騒然となった。  
ただちに警戒態勢がしかれ、破壊工作員侵入の可能性と不審者の捜索が行われた。  
その結果スュン村から来たはずの尼僧3名が所在不明であり、これが容疑者と目された。  
幸運は群長である金輪良助1佐他数名の幹部が偶然、指揮所を一時離れていたため  
指揮系統の麻痺という最悪の事態には至らなかった事だ。  

所在不明の尼僧の捜索と周辺警戒は続けられたが、やがて後方の榴弾砲陣地より不明勢力の  
襲撃を受けたとの報が入り、一個小隊をUH-60JAヘリ2機で向かわせる。  
軽装甲機動車は道路状況が悪くヘリで行ったほうが早いためで、これは後からCH-47で輸送する。  
これが自分こと市川始2尉率いる第2小隊、であった。  

「櫛屋ー、余計な世話かけさせんじゃねえぞっ!?  誰もお前の面倒見てる暇はないんだからな!」  

ヘリの中で「ナカムラ」こと櫛屋1士が桐山3曹にテッパチを小突かれている。  
珍しい事に、西岡先任はそれを見てもニヤニヤ笑いをしてなかった。  
いつもはいびる役の先任に代わって、班長である桐山3曹が直接櫛屋を叱り付ける様になったからかもしれない。  
というか、なんとなくだけど桐山が櫛屋をどついたり叱ったりする事で、結果的に先任から櫛屋を庇っている  
ような状態になっていると見えなくも無い。  
まあ何かというとすぐ鉄拳や「10キロ走りなさい」の宣言が飛ぶ先任よりは桐山3曹の方が櫛屋も  
マシだろう、とは思う。  
その櫛屋はむすっとした顔で桐山3曹の顔を睨み返していた。  
彼のこういうところも、どうにか治らないものかな、と思う。  



512  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/05(金)  23:36:09  ID:???  

時間は遡り、自衛隊榴弾砲陣地。  
小高い山の上に野戦特科の隊員20名前後によって2門のFH70、155ミリ榴弾砲が設置されている。  
この場所は見晴らしがよく、目標の砦が視認できる絶好の地形である。  
しかも今の所、相手からはこちらに打ち返してこれる射程距離を持つ大砲は存在しない事がわかっているので  
陣地転換の必要性も無いとあって砲班は全員表情にゆとりがあった。  
このまま一方的に目標を攻撃して、次の標的に向かう時だけ移動してを繰り返すのだから、  
演習なんかよりも遥かに楽だった。  

その余裕が甘いものであったのを、この直後砲班だけでなく自衛隊員全員が直視する事になる。  

紺色と橙色のローブあるいは外套のような服を着た現地民らしき数名が陣地に近づいてきたのを発見した時、  
班長は舌打ちして歩哨に立っているはずの部下を「何やってんだ」と罵った。  
自分たちを異世界兵と呼ぶ現地民達には時々珍しがって遠巻きに見物しに来たり近づいてくる者がいる。  
非武装の一般人とはいえあまり付近をウロウロされると困るし、なにより保安上陣地の場所を敵に  
教えられると不味い。  例え、撃ち返される心配は無いとしても、だ。  
何度か現地民との会話をして現地語に馴れていた班長は自ら彼らのほうへ歩いていって、ここには  
近づかないように、できれば帰ってもらうようにと説得に向かった。  
が、その班長が彼らの数m手前まで歩いていった時、後姿が硬直したのを部下達は見ていた。  
なんとなく予感めいた不安を覚え、64式小銃の安全装置を解除する。  
前は用心のためだったが、この異世界に漂流してきてからというもの実戦の連続で緊張感は日本に  
いたころよりも研ぎ澄まされつつある。  
それは自衛隊員の誰もがそうだろう。  そしてその直感が、何かの警告を彼らに告げていた。  

「…どうしたんだ、班長」  

「もう少し待て。  動きがあったら班長を救出に行くぞ。  栄州と椎家はここで援護たのむ」  

小声で会話する彼らの目の前で、班長の体がぐらりと揺れて仰向けに倒れる。  
その顔が何故か、真後ろであるはずの彼らのほうを見ていたという事に気付いたのは班長の屈強な体が  
短い草の中に沈んだ後であった。  
班長の首は、180度後ろ方向に無理やり向かされていたのだ。  


513  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/05(金)  23:37:36  ID:???  


「はんちょおおおおーーーーーっ!!?」  

叫ぶ部下の一人の口の中に、10mは離れた先にいるはずの紺色の服のやや小柄な人影が投擲した  
短剣がその長い距離を到達して突き刺さり、喉の奥を滅茶苦茶に切り刻んで左頬を貫いて外に飛び出した。  
口腔を内側から滅多切りにされた彼はゴボゴボというような異音をうめきながら倒れる。  
一瞬、何が起こったのかわからなかった砲班員たちは、いずれも小柄な紺色の不審者たちが走って  
こちらに向かってくるのを見て、ようやく攻撃を受けたのだ、と判断する。  

「敵襲、敵襲!  班長と椎家がやられたーっ!  撃て、各個に撃て!!」  

小銃を撃ち始める隊員の隣で、同僚の一人が突然身の毛もよだつ悲鳴をあげて全身を炎に包まれ、転げまわる。  
別の一人は突如独りでに自分の鞘から飛び出した銃剣に自分の胸を刺されて絶命した。  
一葉の同じデザインの紺色あるいは橙色の服を着た5人くらいの人物達は、殆ど飛び道具らしきものを所持  
しておらず、素手かよくて短剣ぐらいの物しか持っていない。  
さらに、近づいてくるとはいえ応戦する自衛隊員たちとの間には距離がある。  
彼らは指先をこちらに向けたり、指を組んで祈るように何かを呟いているのみでその行動はなにか奇妙だ。  
とても彼らが何かをやっているようには見えない。  
しかしついさっき班長と仲間の一人が彼らに殺傷されたのは現実であるし、今なお隊員に死傷者が出続けているのも現実だ。  
残りの者達は困惑し、狂乱しながらも小銃を彼らに向けて撃った。  
が、倒れない。  撃っているのに全然当たっている気配が無いのだ。  
点射で何発も撃ちこんでいるのに、走るのを止めた彼らはゆっくりこちらに近づいてきている。  

「なんなんだよ、なんなんだよあいつら!  何で死なないんだ!」  

「知るかっ!  とにかく砲を守れ!!  誰か本隊に応援を呼べっ!」  

怒鳴りあいながら応戦する間にも、砲班員は一人、また一人と犠牲者を出していった。  
相手が近づいてくるにつれ、撃った銃弾が相手の数歩手前で空中に何発も停止したまま浮かんでいるのが視認できた。  
化け物、そんな言葉が誰かの口から漏れた。  
絶叫しつつ、彼らに向かって闇雲に突進していく者が一人いた。  



514  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/05(金)  23:39:24  ID:???  


「戻れ、栄州!!」  

士長の階級章をつけた若者は、目の前に立ちふさがった橙色の服を着た老婆に銃弾を何発か撃った直後、  
まるで自分が銃弾で撃たれたような衝撃を体に受けた。  
見ると、老婆の体には衣服に銃弾の穴一つ空いておらず、代わりに自分の迷彩服に数発の穴があいて  
おびただしい量の血が噴出している。  
何が起こったのかわからないまま、栄州士長は膝をついて倒れた。  

その後も悪夢のような出来事は続いた。  
砲班員は何が起こっているのか把握しきれないまま突然仲間が火達磨になったり宙を自在に動き回る短剣に  
切り刻まれるという超常的で非現実な方法で一人ずつ殺されていき、やがて弾丸も切れ始め誰もが  
全滅を覚悟しながら最後の応戦を行っていた。  
自衛隊員たちを支えていたのは、自分たちの榴弾砲を守るという野戦特科の隊員としての誇りであった。  
そして、10分にも1時間にも感じられる時間が過ぎ、ようやく彼らは救援のヘリが来たことを知る。  
近づいてくるりヘリの爆音に気付いた襲撃者達の一人が空のほうに注意を逸らした瞬間、それを狙って  
放たれた一発の7.62ミリ普通弾が、今までかすりもしなかった銃弾が確かに命中し、小柄な人物が倒れたのだ。  
それが、反撃の合図だった。  


続く  



529  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:50:28  ID:???  


「WORLD  ALL」  5−3  

『フジ、こちらサクラ20、おくれ』  

『こちらフジ1、おくれ!』  

『フジ1、そちらの状況を教えよ、おくれ』  

『フジ2が全滅、フジ1は死亡4、重傷1だ!  早く来てくれっ!』  

砲班はそれぞれの榴弾砲ごとにフジ1・フジ2と名づけられている。  
一方小銃小隊はサクラ1〜4で、各小隊を10、20と呼び、小隊の班ごとに呼ぶときは11、12等としている。  
(余談ながら戦車隊はキクで偵察隊はアザミ)  
通信の向こうの砲班員はかなり切迫した様子で答えてきた。  
必死さの伝わる怒鳴り声の背後で銃声が絶え間なく続いているのがわかる。  



530  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:51:06  ID:???  

サクラ21を陣地に到着する少し前でヘリから降ろし、もう一つのヘリに乗るサクラ22はそのままヘリで先行させた。    
上空からミニミで掃射させるためであるが、これは本来なら対戦車ヘリコプターか銃機関銃を搭載したUH等がすべき仕事だ。  
そんなわけで僕らは徒歩機動。  ススキに良く似た植物を掻き分けて砲陣地へ向かう。  
先頭は藤谷1曹、その次に西岡先任。  珍しく先任の背中が緊張しているのがわかった。  
「笑顔の般若」とか言われているヒトだけどいざ戦闘となると人が変わる。    
いかにもベテラン古参兵、頼れるおっさんという精悍な顔つきになる。  レンジャー徽章と空挺徽章は伊達じゃない。  
この救援任務に当たっての心配の種は櫛屋1士。  チラ、と振り向いて見ると桐山3曹の後ろにぴったりくっついている。  
今朝以来、彼に対する虐めらしい虐めは起きてないし、彼自身随分大人しくしている。  
とりあえず、何かのトラブルだけは起きて欲しくない。  特にここ一番という大事な場面では。  
自衛隊が直接襲撃を受けるような事態は、公爵軍とともに戦ってきたこの2週間でほぼ初めての事なのだ。  
それも、駐屯地への破壊工作員の侵入、無防備な後方砲班陣地への奇襲といった誰も予想もしてこなかったような出来事で。  
もしかしたら、自分たち自衛隊の今までの敵に対する認識と見通しは甘すぎたのかもしれない。  
これまでの戦いが一方的過ぎて中世、良くて16〜17世紀程度の装備しか持たない相手と見くびりすぎた油断が合ったのは確かだ。  
近代装備に頼った戦いは圧倒的過ぎて、それが警戒の緩みを生んだ。  
もしかしたら、この先取り返しのつかない失敗に繋がるような事を、自分たちは既にやってしまっているんではなかろうか?  
ふと浮かんだ不安を胸中から追い払うように、市川小隊長は部下を率いて陣地へと急いだ。  



531  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:52:19  ID:???  

銃弾を受けたゲイレルルが倒れ、防御に空いた穴がを埋めるためにヘルフィヨトゥル大姉さまが攻撃に使っていた『見えない手』を念動力の壁の生成に回す。  
その分私の負担が大きくなり、銃弾を止める距離が今までの4歩先から2歩手前というギリギリの距離になる。  
物質の分子や原子に働きかけて物体操作を行う事を得意とする青の姉妹は、攻撃と防御のバランスにもっとも優れている魔法使いだ。  
でも、攻撃と防御を同時に行う事は出来ないし、意識の集中していない方向には力を働かせる事が出来ない。  
だから青の姉妹は必ず二人以上で組んで行動し、交代で防御・休息・攻撃のローテーションを行って戦うのだけど、  
誰かがいきなり戦列を離れれば一人足りなくなるだけでも各自の負担はかなり増えてしまう。  
剣も矢も届かない念動の壁はうまく使えば相手の攻撃は完全に防ぎ、『見えない手』による物体操作で手を触れずに  
一方的に相手を殺傷できる完璧な布陣なだけに、ペースを乱されたときのリスクは相当なものだ。  
特に、相手が大多数で包囲してきたり挟み撃ちを仕掛けてくるようなことがあれば、防御に専念しなければならなくなった私達は消耗戦で負けることすらありうる。  
そしてその最悪の事態は今まさにやって来ようとしていた。  

空気を叩く異様な唸り声とともに、鉄トンボが飛来してくる。  
以前見たものよりも胴体が太っていて、その体の両脇に大きな袋のようなものをぶら下げていた。  
鉄トンボが嵐のような強風を地面に吹きつけながらゆっくり降りてきて、私たちに対して横を向く。  
胴体に開いた窓と扉から、体内に乗り込んだ異世界兵たちが銃を向けているのが見えた。  
連発銃の発砲音!  大姉さまがくぐもった声をもらす。  
その左わき腹に血が滲んでいるのを見て注意のそれた私は、一瞬念動防壁を消してしまいそうになった。  
銃弾が多すぎて何発か止め切れなかったみたいだ。  
断続的に連発銃を打ち込んでくる異世界兵に、シャールヴィが意識を指向させて「発火」の魔法を発動させる。  
しかし、鉄トンボが火を吹き上げる事は無かった。  対象が大きすぎて加熱させるのに時間がかかっているのだ。  


532  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:53:03  ID:???  

代わりにフレックが前に出て、大姉さまの代わりに銃弾を受ける。  
いったんフレックの体に吸い込まれていった何発もの銃弾は、フレックの黄色の姉妹の魔法で因果を反転させられ、  
時間と空間を飛び越えて事象だけが発生して異世界兵の体に突き刺さった。  
連発銃の銃声が止む。  反撃されて怯えたのか、鉄トンボは唸り声を上げて離脱して行った。  

「後退する!  スヴァンは殿(しんがり)、シャールヴィはゲイレルルを背負って下がりなさい!」  

大姉さまの指示が飛ぶ。  重傷のゲイレルルを守ったままこれ以上戦うのは無理だ。  
それに、敵を倒す事よりも生き残る事の方が優先。  砲兵は半数以上を殺したのだから、当初の目的はほぼ果たした。  
もう一度鉄トンボが飛来しないとも限らない。  私達は応戦しつつ撤収体勢に入った。  
その時、別方向からの連発音の銃声とともにフレックが倒れた。  
背中にいくつもの穴が空き、苦悶のうめき声を上げて老魔女はうつ伏せの姿勢でもがく。  
意識の集中していない方向からの攻撃に、彼女の魔法もゲイレルル同様発動できなかったのだ。  
かろうじて大姉さまが防壁を展開し、シャールヴィと重態のゲイレルルを守る。  
茂みの向こうから現れた異世界兵の増援が狙撃してきたのだと気付いた時には彼らに激しい銃火を浴びせられている最中だった。  
いくら大姉さまでも、一人でこれだけの銃弾を防ぎきるのは無理だ。  
援護に行きたいけど、私は異世界兵の砲兵側からの攻撃を防がなければいけないし、シャールヴィは発火と加熱の魔法は得意だけれど、念動は不得手。  
加熱した高温の空気の層で自身を守ることは出来るけど、それで銃弾は防げないから相手が白兵戦を挑んで来る以外には使えない。  

防戦一方となった私たちは、林に向かってじりじりと後退していった。  



533  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:54:43  ID:???  

林の中は木立が障害物になって銃弾からある程度守ってくれる。  
異世界兵も見通しの悪い場所での不意打ちによる反撃を警戒したのか、無闇に銃を撃ってこなくなった。    
シャールヴィが背負っていたゲイレルルを降ろして地面に横たえる。  その間、周囲を警戒するのは私の役目だ。  
彼女の青の修士服はすっかり血に染まっていた。  

「この出血では、助からない…」  

呟いたヘルフィヨトゥル大姉さまが唇を噛んだ。  その顔が苦渋に満ちている。  
ゲイレルルはヒュ、ヒュという掠れた吸音を繰り返していて、両目は虚空を見つめたままだ。  
大姉さまは彼女の手を握って、呼びかけて意識のある事を確認する。  

「大姉さ、ま、わたし、死ぬん、です、か」  

赤茶色の巻き毛を額に張り付かせたゲイレルルは今にも息絶えそうな弱々しい声で大姉さまに問うた。  
大姉さまはゲイレルルの頭を子供をあやすように優しくなでつけて  

「大丈夫、怖くない。  みんながついているから」  

と言う。  ゲイレルルは両目に涙を滲ませて、大姉さまに訴えた。  

「いや、です、わたし、まだ、死にたくない。  まだ、生きた、い。  いや、だ、やりたい、こと、たくさんあったのに。  
まだ、なんにも、していな、い。  役に、たっても、いない。  大姉さま、わたし、  
約束した、のに、もう一度、みんなに、スノリ、ユシヤ、フリョーズ、フェイマ、スノート、ヤルル……………」  

ゲイレルルが青の姉妹たちの名前を順番に一人ずつ呼ぶ。  頬を零れた涙が伝って筋を作った。  
掠れた声は途中で途切れた。  ゲイレルルが呼ぼうとした友達の名前は最後まで言い切られることは無かった。  
大姉さまは、事切れたゲイレルルの瞼をそっと閉じさせ「青の姉妹ゲイレルルにヴォーダン神の加護がありますように」  
と修道会の祈りの言葉を捧げると、手を離して立ち上がった。  
反対にシャールヴィはゲイレルルの側にしゃがみこんで、泣きながら彼女の体を揺さぶっている。  
ゲイレルルがもう目を開く事なんて無いってわかっているだろうに、止めようとしない。  


534  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:56:05  ID:???  

「スヴァン、シャールヴィ。  あなた達は先に合流地点に向かいなさい。  ここは私が足止めします」  

そう告げた大姉さまの顔はうつむくように横たわるゲイレルルを見つめたままで、よく見えなかった。  
私もシャールヴィもあっけにとられたような表情で大姉さまを凝視する。  
大姉さまが何を考えてそんな事を言い出したのか、解らなかったからだ。  
無理をしないで、生きて生還する事を優先する、最初にそう宣言したのは大姉さま自身のはず。  
それとも大姉さまはゲイレルルやフレックを失って自棄をおこしたのだろうか?  

「私も既に負傷しています。  このまま3人で逃げ切る事は難しいけど、あなた達二人だけなら生き延びられる。  
それに、誰かが報告に戻らなければこの襲撃が成功したのかどうかさえもわからない」  

その時初めて気付いた。  大姉さまのわき腹から血が滲んで、修士服の裾まで広がっている。  
かすり傷じゃなかったんだ。  大姉さまも、重傷を負っていた。  
大姉さまはわき腹の傷を手で押さえながら、今まで苦痛に耐えて平然とした顔をしていたのだ。  
その大姉さまのうつむき加減の顔も、あぶら汗が浮かんでいる。  余裕が無いのだ。  

「そんな…そんなのいけません、大姉さま!!」  

詰め寄る私に大姉さまは傷の痛みをこらえながら優しく微笑んで言った。  
かなり無理をしているとわかる。  

「大丈夫、充分な時間は稼いでみせるから」  

「そうじゃ、そうじゃありません、大姉さまはそんな傷で…大姉さまこそ、青の姉妹たちにとって大事な存在です、  
大姉さまこそが生き残るべきです!!」  

そう、姉妹をまとめる立場である大姉さまは私たちにとって無くてはならない存在のはずだ。  
でも私の訴えに大姉さまは首を振って、頑として受け入れてくれない。  
逆に私に諭すような言葉をかけてきた。  



535  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/06(土)  21:56:57  ID:???  

「合理的に考えなさい、スヴァン。  大姉なんて姉妹の中の役職の一つに過ぎないの。  代わりはいるし、  
あなたたちに課せられた役目は私の命なんかよりもずっと重要。  それに、あなたの援護で私が逃げ切るより、  
私の援護であなた達が生き残る方が公算が高いだけ。  …私情を挟む余地は無いの」  

ヘルフィヨトゥル大姉さまがここで死ぬつもりなのだろうという事ははっきりわかった。  
でも、私にはどうしても納得がいかない。  ゲイレルルが死んで、多くの姉妹達が傷ついて、その上  
大姉さままで見捨てていけだなんて。  

「…絶対に嫌です。  私もここに残ります。  報告だけなら、シャールヴィ一人でも充分でしょう?」  

「聞き分けなさいスヴァンフヴィード。  伝書鳩は何故二羽を放つか知っている?  その方が手紙が  
たどり着く可能性が高いから。  足止め役は一人で充分なの。  もう時間が無いわ、行きなさい。  使命を果たして」  

ヘルフィヨトゥル大姉さまは駄々っ子をあやすような表情で私の頭にそっと手を伸ばし、撫でた。  
シャールヴィにも同じようにそうすると、「エルルーンやランドグリーズによろしくね」と私に囁いた。  
それが、大姉さまの別れの合図だった。  
私は2秒か3秒逡巡した後、迷いを振り切るとまだゲイレルルの側で呆然としゃがんだままのシャールヴィの  
腕を引っ張って立たせ、大姉さまに最後の挨拶をした。  

「青の姉妹ヘルフィヨトゥルにヴォーダン神の加護がありますように」  

「青の姉妹スヴァンフヴィードとシャールヴィにヴォーダン神の加護がありますように」  

大姉さまも修道会で教えられたとおりの祝福の言葉を述べ、それで挨拶は終わった。  
あとは、私達は大姉さまに背を向けて走った。  一度だけ振り返った時、大姉さまは優しい顔で私達を見送っていた。  
大姉さまと会うことは、その後永遠に無かった。  

続く  
674  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  22:56:38  ID:???  

「WORLD  ALL」    5−3  



ゆっくり接近してくる生体…10、足音ともほぼ一致。  こちらを警戒してか、かなり慎重になっている。  
それぞれの間隔は約6歩でほぼ均等、2名ずつで組んだ横隊で包囲してくるつもりと思われる。  
多分私は、まだ位置を把握されていない。  気配を殺して木陰に隠れていれば、直前まで見つからないだろう。  
一方こちらは『見えない手』で彼我の距離と位置を正確に知ることが出来る。  
異世界兵たちの鼓動や汗、呼吸、緊張感、恐怖、敵意、脳や体を流れる微弱な神経電流まで読み取れる。  
広範囲の空間把握能力に優れた緑の姉妹の魔法の才能も持っていたことは青の姉妹の中で私の立場  
を強くし、大姉の役職を手に入れることに随分役立ったけれど、肝心のテレパスは受信のみでこちらから  
思念や情報のやり取りが出来ないのだけが口惜しい。  
スヴァンたちはちゃんと私の言いつけどおり、合流に向かっただろうか?  
あの子達が戻ってきたりしたら、全ては水の泡だ。  
折角後方補給地への奇襲は上手く行った報がエルルーンから送られてきたのに、こちらは大砲を潰せた  
かどうかすら伝える手段を持たない。  
正確には、今の私たちの距離だとエルルーンは私の思考を読めるかどうかわからない。  
エルルーンの『見えない手』の範囲から少し遠いからだ。  ギリギリ向こうからの送信が届くという距離。  
もしかしたら、エルルーンの方で私の思考を読み取ってくれているかもしれないけれど、魔法使いの『見  
えない手』には届く距離の個人差がありすぎる。  
確認のとれないような不確実な状態では、結局魔法使いといえども人の足による伝令に頼る。  
今にして思えばアルヴィトを修道会に戻らせたのは痛手だったかもしれない。  
あの子ならどれだけ離れていてもスヴァンの思考を読めるから…。  


675  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  22:57:35  ID:???  

異世界兵が私が「罠」として選んだ地点に近づく。  
エルルーン、ランドグリーズ。  あなた達が今ここにいてくれたら。  
もう少しだけ色の違う姉妹同士で隊を組んでお互いに連携し補い合う事が出来たなら。  
死んでいった姉達、死なせてしまった妹達、これから死ぬ沢山の姉妹達を助けられたかもしれないのに。  
ゲイレルル、私もあなたと同じように、やりたいことが沢山あったの。  
スヴァン、あなたが言うように、あなたが望むようにスケルグやアルヴィトたちと力を合わせられるように  
修道会の体制を変えられたら。  
もう、友達を、仲間を、姉妹達を、見殺しにしないで済むような、魔法使いが人間に迫害されないように  
確実に保護できるような、そしてできれば魔法使いが自分たちで人間に対抗できるような世界を作れたら…  
それが私の、心残り。  

私は出血で薄らいできた意識を、全力で広げた『見えない手』に集中させる。  
生木のへし折れる複数の音。  人間の動の太さと同じくらいの木々がめいめいの方向に向かって倒れ始めた。  

「おい、なんだっ!?」  

「逃げろーーーーっ!!」  

『見えない手』に力を加えられて、樹木が悲鳴を上げながら枝葉を揺らし、こすれ合わせながら異世界兵に向かってなぎ倒される。  
ドスン、ドスンという音を鳴らして何本もの木が倒れ、林の中に小さな空が顔を見せた。  
地面に立っている生体の影、無し。  みんな倒木の下敷きになったのだろうか。  
あっけないものね。  異世界兵とは言っても、恐ろしいのは連発銃だけであとは只の人間…  

そう思いながら潜んでいた木の後ろから出てきたとき、乾いた一発の銃声がして、そこで私の意識は途絶えた。  




677  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  22:58:45  ID:???  


「…トラップを仕掛けたときは、作動を確認したらすぐにその場を離れるもんだ」  

西岡さんがクールに呟いて89式の安全装置をかけ、木と木の組み合わさった隙間に挟まれている自分、  
小隊長市川を引っ張り出してくれた。  
運良く出来てたわずかな隙間に入ってたから助かったものの、押しつぶされてても不思議じゃなかったな。  
運がよかった何人かの部下が木のしたからはいずり出てくるが、全員が運がよかったわけじゃなさそうだ。  

「藤谷ーっ!  しっかりしろ、俺を見ろ、見るんだ!!」  

「おい櫛屋、なにぼーっとしてんだ、桐山さん助けんの手伝えよ!」  

確認と報告が入る。  2名が重傷。  1名死亡。  4名が打撲や打ち身による軽傷。  
無傷なのは自分と西岡先任と櫛屋だけか。  かなりの痛手だ。  
通信機が潰れたんで砲班の陣地まで戻ってヘリの救援を要請する必要がある。  
まだ木の下敷きになってる部下がいるのでこれを救出しないといけないし…  
それにしても、いきなり木が倒れてくるとは思わなかった。  
幾ら撃っても弾が当たってないようなそぶりといい、変だとは思っていたけど、まさかこんな仕掛けを用意してくるとはね。  

「射殺した奴の他に、1名の死体を20m先で見つけてきました。  数が合いませんね。  残り二人がまだどこかにいます」  

西岡さんの報告。  さすが元空挺はやることが素早いね、頼りになる。  
それはともかく、そいつも女?  

「はい。  特科の連中を襲撃したのはどいつも女ってことになります。  …話には聞いていましたが、魔女、というやつですか」  



678  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  23:00:18  ID:???  

だろうな。  どんなもんかこうして会うまでわからなかったけど、厄介だ。  
特科(砲班のこと、野戦特科。  高射特科は高射とか高特)と、普通科1個班がほぼ全滅。  
部隊全体に油断もあったとはいえ、女が数名で武装した成人男性30名近くを殺傷してのけてる。  
死体を調べてみたけど武器らしい武器は殆ど所持してない。  ほぼ素手、だ。  
種か仕掛けがあるんでなければ、これで呪いだか超能力みたいな事が出来るって言う話も本当のようだという事がハッキリした。  
仮にこんな奴らが一個中隊でも出てきたらとか考えたりするとゾッとする。  
改めて自分が地球ではない異世界にいるってことを確認する。  御伽話の魔女の実在とは。  
こうして先任と周囲を警戒しながら話してるときに、残りの2名(と目されている)が戻って再襲撃でも  
きたりしたら確実に死ねるね。  

ところで、下敷きになってる桐山を助け出すのに櫛屋を連絡に行かせようとして、さっきからどこにも姿が無いのに気がついた。  
比較的軽傷の連中は桐山をどうにか引っ張り出そうと苦戦してる最中で誰も見てないし、何処に行った。  
影が薄いからなあ………ここで凄い悪い予感。    西岡さんと顔を見合わせる。  

「隊長は少しここを見ててください。  とっ捕まえてぶん殴って連れ戻してきます」  

うん、頼む。  いや、流石に一人で「残り二人の魔女」を探しに行ったなんて、考えたくも無いが。  
いくら櫛屋でも。  

「隊長、櫛屋だからこそです。  あれは私たちの予想の斜め上を行くアホですから」  

それ言っちゃうと身も蓋も無いよ、先任。  
あとなるべく急いでくれ、自分ひとりで軽傷重傷の部下達を救援が来るまで守りきる自信、無いんだ。  



679  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  23:01:21  ID:???  



…太い木が次々と倒れてきたあの時、僕は一瞬呆然として全く動けなかった。  
その時、誰かが僕の名前を呼んで、横から力が加わって横向きに転がされた。  
気付いた時には僕は倒木のすぐ隣で小銃を抱えて倒れていて、立ち上がったときに桐山班長が  
気の下敷きになってうめいているのを見つけた。  
ああ、そうか。  側にいた班長が僕をとっさにかばって避けさせたんだ。  
その代わり、班長は自分が避ける事まではできなかった。  
桐山班長がでくの棒のように突っ立った僕の体を突き飛ばして助けてなかったら、今頃僕は死んでいた。  

なんで助けたんだ。  西岡と同じで嫌な奴だと思ってた。  
言わなくていいような余計なことをわざわざ言うし、何かというと小突くし。  
向こうも僕を嫌ってると思ってたんだ。  だからわざと反抗的にした。  
どうせ僕は小隊の誰とも気が合わない。  虐めみたいな待遇は受けるし、隊長には名前も憶えてもらえない。  
居てもいなくても同じような存在だと思ってたんだ。  

「何やってんだ櫛屋!  班長が死んじまうじゃねーか!」  

「あーもうほんとに使えない奴だな!  どけ!」  

班長を助けようとしている同僚に突き飛ばされ、数歩後ろによろめく。  
必死に木を持ち上げて引っ張り出そうとしている彼らを見ても、体が動かない。  
何でだろう。  班長の事なんか助ける気がないっていうのか、僕は。  
それとも、さっき死ぬかも、と思ったショックでまだ頭が状況を整理できてないのか。  
でも、一方でそんな自分を幽体離脱したみたいに見下ろして冷静に観察している自分がいる。  
何だかよくわからない。  ただ、小銃を抱え持ったままの手が妙に震えていた。  


680  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  23:02:07  ID:???  

気がついたら、歩幅の違う真新しい足跡が二つ続いているのを見つけてそれを追跡している自分を見下ろしていた。  
昔、叔父貴に山に連れて行ってもらって、熊の足跡を見つけた事を思い出す。  
あの時は、怖がる僕に「大分前の足跡だから平気だ」と叔父貴は笑ってくれた。  
そして、足跡の見分け方とかどっちに歩いて行ったかとかを教えてもらった。  
その叔父貴も訓練中の事故がもとで自衛隊を退職し、原因となった事故で体を壊していた事もあって何年か前に亡くなった。  
高校卒業後の進路に自衛隊を選んだと、報告に行く直前の訃報だった。  
もっと幼い頃、叔父貴が休暇で帰ってくるたび制服に輝いているレンジャー徽章をやたら気に入って  
欲しがる僕に、叔父貴は内緒だぞ、といって徽章をくれたことがあった。  
PXかどこかで買ったものだったんだろうか。  かっこいい勲章だとかしか思ってなかった当時の僕は  
宝物みたいに大切にして、弟以外には絶対に見せたり自慢する事はなかった。  

…なんで今叔父貴の事がでてくるんだろう?  

別に桐山班長は尊敬してない。  嫌いだ。  というか隊の全員が嫌いだ。  
物方さんと広瀬さんは尊敬している。  叔父貴と同じレンジャーだから。  正確にはレンジャーであるという事を尊敬している。  
西岡は嫌いだけど尊敬している。  レンジャーのさらに上を行く空挺レンジャーだったから。  
なんで西岡が空挺辞めてうちの小隊に転属になったのかは誰も知らない。  
先任より前から居る隊員は誰も居ないからで、だから西岡は最古参で先任陸曹をやってる。  
西岡はそういう事を絶対喋らない。  叔父貴も自分の事故については、退職に至った経緯も何も教えてくれなかった。  

それらも、班長とは全然関わり無い事だ。  
なのになんで…こんなにも、腹立たしいんだ!    



682  名前:  ◆YXzbg2XOTI  2006/05/10(水)  23:03:33  ID:???  

小枝が頬を打つ。  藪を掻き分ける。  木の間をすり抜けて、僕は足跡を追う。  
何が気に食わないのか。  何も動けなかった事か。  班長がうめいていても呆然とするしか出来なかった事か。  
叔父貴が、レンジャーで僕の誇りだった叔父貴が事故で自衛隊を辞めなきゃならなかった事か。  
西岡が昔に空挺から転属になった事に関して飛び交う様々な噂に対してか。  

レンジャーに憧れて入隊したのに、現実の厳しさに絶望して挫折していじけているままの自分に対してか。  

憤慨でもなく、復讐心でもない。  何かの衝動としか説明できないものに僕は突き動かされていた。  



見つけた。  100m先の斜面を降りている二人の紺色のローブを着た小柄な人影。  
フードを被っているので顔は良く判別できない。  
片膝をつく姿勢で小銃を肩付けして構え、サイトを覗き込む。  確か、射撃は班長が得意だった。  
僕は思いっきり下手クソだとさんざんに言われた。  関係ないか、この際。  

ゆっくり息を吐く。  引き金にかける指が震える。  
頼むからぶれるな。  保持しろ、僕の腕。  そして今は射撃検定の成績は忘れろ、頼むから。  

ゆっくり指に力を込める。  セレクターがバーストになってたのを思い出したのは、撃った後だった。  


5−4に続く