798 名前: 798 03/12/08 01:51 ID:???
「えーと、そういうわけでですね。今回はちょっとおおめに1万年前くらい
まで行ってみようというのが、実験の趣旨なわけです。」
眼鏡をかけた青年がホワイトボードを前にして説明している。制服が窮屈そうだ。
ここは茨城県つくば市、もともと田舎でもさらにその外れに位置する日本政府
の実験施設である。遠くからコンプレッサーの音だろうか、ブーンといううなる
ような音が聞こえている。その音が耳に心地よい。うっかりするとこのまま眠って
しまいそうだ。
「で、ですね。そもそも現代は最もポテンシャルが高い時代なのです。時間のポテンシャル
です。何故かというと現代が一番人間、つまり知的生命体の数が多いからです。なぜ人間の
数が多いと時間のポテンシャルが大きくなるかというと時間のポテンシャルはエヴァレット
解釈の知的生命体が観測による世界分岐の数とほぼ比例級数的な関係にあるわけだからでし
て・・・・あ、秋葉ニ佐はもうご存知ですよね。」
退屈そうに見えたのだろう。青年はこちらに話を振ってきた。
「ええ、跳躍の度に同じ説明を受けています。ところで田辺一佐、当初は1000年
と聞いていたのですが、1万年前まで行ってみようというのは初耳であります。」
799 名前: 798 03/12/08 01:51 ID:???
田辺とよばれた青年は、眼鏡をちょっといじるといたずらがばれた子供のように
言い訳がましく、
「え、ええ、政府からのお達しなんですよ。ちまちま1000年やそこらでは面白くないよ。
一気にどーんといきましょうよ君ぃ。というわけなのです。あ、勿論原理的にも技術的にも
なんの問題もありません。目的地はおよそ15万年前になります。そこらでちょろっと
人々を遠くから眺めたり、標本でももってかえろうかなという感じです。なんていうか
うちの国はこーんなに過去までいけるんだぞということを周りに見せ付けたいというか、
ロケットではあんまりうまくいってないし、ここらで景気付けにというかまあそのなんとい
うか・・・。そういうわけでして今回もいつものように護衛をお願いします。」
そういうと、田辺はぴょこんと頭を下げた。そういうものかと秋葉は思った。1万年前の
世界など面白くもなんともないと秋葉には思える。秋葉はこれまでも過去へ跳躍し研究者の
護衛をしてきた。過去に行くのは主に歴史や文学などの人文系の学者が中心だ。学者先生
たちは、遠くからみる農民や武士の格好や、現地民の言葉遣いなどでいちいち狂喜せんばか
りだが、秋葉にとってはそんなものは面白くもなんともなかった。秋葉にとって興味がある
のはなんといっても戦争だ。首を取られる武士や、焼け落ちる城郭は一大スペクタクルだ。
なんといっても本物であり、テレビや映画のような作り物ではないのだから。これまでの主
な跳躍先は戦国時代のような動乱の時代であり、秋葉はこのタイムマシンの護衛任務をいつも
楽しみにしていたが、1万年前のような何もないところでは面白みと言うものがない。
退屈な仕事かもなと、不謹慎な考えをめぐらせる秋葉をよそに田辺はさらに話を続ける。
800 名前: 798 03/12/08 01:51 ID:???
「1万年前だとおそらく人口密度もかなり少なく、現地民に発見される可能性も少ないで
しょう。また人類に滅ぼされていない危険な動物も多々いると思われますので、今回
はかなり多めの部隊でいきます。また装甲車やトラックも持っていけます。今回は大型の
タイムマシンを使いますからペイロードには十分な余裕がありますので。」
タイムマシンの実用化に成功した国家はまだ少ない。日本、アメリカ、EUの3つだ。
最も最初に実用化に成功したのはアメリカであるが、事故で多くの部隊を行方不明にしてしま
い、現在は研究が停滞中である。いまのところEUと日本がタイムマシン研究では世界の先端
にある。後発の中国やインドなども実用化目前にまで迫っており、大規模な予算をつけた
政府としては国民を納得させるためにも、1万年という途方もない距離を跳躍してみよう
と考えたのだろう。また、誰しも興味を持つ問題である「過去に干渉すればどうなるか」と
いう父殺しのパラドックス問題ついては、タイムマシン所有国の協定で過去への干渉はしない
というルールができあがっており、今のところ守られてはいる。だが実際過去に干渉できる
ならやってみようと考えるものはいるものだ。アメリカ部隊の事故はこっそり過去に干渉した
ため、別の未来にいってしまい戻ってこれなくなったのだろうと噂されている。
1万年前ならそういった心配はない。過去に干渉しようにもどこをどういじればどう
未来が変わるのかまったく想像できないため、恐ろしくて干渉しようがない。最近は、歴史
時代への跳躍を禁止する国際条約も議論されているそうだ。
801 名前: 798 03/12/08 01:52 ID:???
タイムマシンの原理は難しく秋葉の理解を超えているが、以前田辺にアナロジーで説明し
てもらった。田辺の説明はこうだ。現代の時間ポテンシャルは最も大きい。時間ポテンシャル
エネルギーの大きさは知的生命体の多さに比例する。つまりポテンシャルは現代が最も大きく
過去にいくに従って比例級数的に小さくなっていく。300万年も遡ればほとんど0に近い
だろうと予想されているらしい。現代は時間ポテンシャル曲線の坂道にあるわけで、
我々がその坂道で滑り落ちずにいるのは摩擦があるからだ。その摩擦を0にしてやれば当然
坂道を転がり落ちるように過去へと滑り落ちていく。戻る場合には逆にエネルギーを与えなけ
ればいけない。しかし中学で習うように過去に滑って落ちた場合、その物体には十分な時間
のエネルギーが蓄積されている。それを利用することで、現代に帰還することが可能となる
わけだ。だからタイムマシンでは原理的に今自分のいる現在から未来にいくことは絶対にで
きないそうだ。帰還は自動的に行われる。跳躍時にいつ帰還するかセットしておく。
1日なら1日後としておけば、跳躍先で1日過ごせばどこでなにをしていようが自動的に
連れ戻される仕組みだ。いいかえれば帰還時間がくるまでは絶対に戻れない仕組みらしい。
秋葉はタイムマシンについて知っていることをおさらいしてみた。理論についてはお手上
げだが、坂道にたとえられると要領はわかる。
「今回は調査団は20名です。今回は時代が時代なので人文系でなく、生物学や考古学や
地球科学の専門家を中心に構成しました。それと護衛の自衛官の皆様方であわせて200名
です。滞在は一ヶ月になります。これまでにない長期間になります。」
802 名前: 798 03/12/08 01:53 ID:???
一ヶ月か。秋葉は心の中で舌打ちした。野獣に襲われる前に退屈で死んでしまうかもな。
後ろをちらりとみると部下たちは全員げぇーといった顔をしていた。無理もない。
今まではせいぜい3日、長くても一週間以内だものな。わかったわかった、
俺が理由を聞いてやるよ。
「田辺一佐。質問があります。なぜ今回はそのような長期間なのでしょうか?」
みんなの意見を代表してやる。みなの視線の集中を感じて、田辺はちょっと気まずそうに
銀縁眼鏡をいじる。この男は困ると眼鏡に触る癖があるようだ。
「え、えーとですね。秋葉ニ佐の疑問は最もなのです。タイムマシンは過去への跳躍の際に
今現在のポテンシャルエネルギーの坂道を転げ落ちていって、ある任意の時点で止まる
わけです。そこなのですが、摩擦0の坂道はないわけで実際は坂を下る際にもいくらか
エネルギーを無駄にしてるわけで。その無駄にした分のエネルギーを補充するために
過去でいくらか滞在しなきゃいけないわけです。つまり過去に行けば行くほどそのロスも
大きいので現代に戻るためにはそこに長ーく滞在してなきゃいけないんです。1万年前
だとそれがおおよそ一ヶ月であるわけでして。え、他にご質問は。あ、ではこれで。
皆様護衛よろしくお願いします。」
質問が他にないことを確認すると、田辺は頭を下げ、そそくさと退席していった。
803 名前: 798 03/12/08 01:53 ID:???
タイムマシンのドーム内で調査団と自衛隊は跳躍の時を待っていた。
タイムマシンは半球型のドームのような構造をしている。半径はおよそ100m。今まで
秋葉が経験したものよりも遥かに大きい。調査団も自衛隊も田辺以外は見るのは初めて
らしく、そこかしこで驚嘆の声が聞こえる。ドーム中心にドラム缶や弾薬などが集積され
ている。なんと89式装甲車や多用途ヘリまであった。いくらなんでもと訝しげに見る
秋葉に対し調査団の一人が心を読んだように話し掛けてきた。
「あれは田辺さんが無理やり交渉して持ち込んだんですよ。かなーり頑張ったみたい
です。なにせあの時代ですし、道路なんかあるわけないんで道なき道をも走行するには
キャタピラ付きが適当。観測するにはヘリが適当だろうって。歴史時代と違って仮に
ヘリが見つかっても、現地民にとっては大きくうるさい鳥だなーくらいにしか思わない
だろうってとこですか。」
吉田となのる男と取り留めもなく話をする。田辺と違って専門は生物学らしい。
装甲車を持ち込む際にはさすがにかなり揉めたようだ。文部科学省にはそもそも学術研究の
場に自衛隊を連れて行くことが納得できない奴らもいる。何度目かの跳躍までは護衛は
警察官が行っていた。15世紀に行った調査団とその護衛が、田辺以外全員死体となって
帰還して以来護衛には自衛隊をつけることになったそうだ。田辺は処刑間際に帰還時間
が来てぎりぎりで助かったらしい。その経験からだろう、田辺が戦車やヘリまで持ち出
すのは。吉田と話をしていると間延びした田辺の声が聞こえる。
804 名前: 798 03/12/08 01:54 ID:???
「では、液体ヘリウムの注入を開始します。注入終了後すぐに跳躍が始まりますので、
自衛官の皆様はドームに沿って配置願います。調査団はドーム中央部に集まってくだ
さい。」
上官殿の命令だ。吉田と別れて配置につく。別れるときに一応敬礼をするが俄か自衛官の
吉田の敬礼はまったく様になっていない。調査団は跳躍中に自衛官の階級がつくことに
なっている。幹部待遇だ。そのためこの調査団で一番偉いのは一佐である田辺になる。
吉田は三佐だ。部下にはいきなり自分に命令する奴がどっと増えることに心配するの
もいるが、その点は問題ない。あくまでも一時的な階級である。自衛官に対する命令は
もともとの自衛官を通じて出ることになっている。自衛官が調査団を軽んじたり暴力を
振るったりしないようにとの配慮らしい。文部科学省と国防省の協定事項だ。
ドームに沿って無機質な壁を眺める。跳躍先でいきなり襲われでもした場合、盾になれ
ということだ。ドームの構造は二重隔壁になっている。田辺に説明してもらったところで
は隔壁内部は真空、液体窒素、真空、液体ヘリウムの順番となっているらしい。
液体ヘリウム層には超伝導コイルがしこまれていて、強力な磁場を発生する。
俺たちは一度素粒子レベルにばらばらにされて、時間を遡ったあと目的地で再構成
されるとのことだ。『要するに一回死んでますね。』田辺が平然と言ったことを覚えている。
805 名前: 798 03/12/08 01:57 ID:???
「跳躍開始、カウントダウン」
アナウンスは合成の女の声に変わった。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、跳躍開始。」
その声が聞こえた瞬間、俺たちの目の前がいきなり開けた。
「首相、破壊工作は成功したようです。日本の跳躍装置が始動開始と同時に交換研究員
に化けた工作員の仕込んでおいた回路が起動しました。」
「で、彼らはどこに行ったのかね?」
「工作員の話しだと仕込んだ回路はタイムマシンの目的地と帰還時間を設定する回路を
破壊するそうです。 なんでも、アクセル踏みっぱなしの車のようにはるかな過去へと
吹っ飛んでいき、宇宙創生に巻き込まれて消滅するとか。仮にどこかの時間に不時着
しても帰還は不可能です。今後日本のタイムマシン研究が遅れるとこは確実でしょう。」
デスクに座った首相は言った
「よくやった。日本政府から、事故発生の発表がなされるだろう。コメントを用意しておけ。」
806 名前: 798 03/12/08 01:58 ID:???
日差しがさんさんと降り注いでいる。季節は真夏のようだ。目が痛むような日光の
下で、今まで見たこともないような植物が繁茂している。昆虫の音がうるさい。
田辺によると今はヴュルム氷河期とやらの終わりごろらしいが、とても氷河期とは
思えない。氷河期には日本が大陸と繋がっているため、固有の種と大陸から来た種の
交じり合いがあり、学者さんにとっては面白い時代らしい。
我々は森林の中にある広場のような場所に転移した。周囲の森の濃さはすさまじい。
それに湿気が酷く立っているだけなのに、汗がにじみ出てくる。しかし、不快感を
除けばまあまあの滑り出しだ。地底や空中に転移しないようにはなっているらしいが、
いつもいつもこんないい場所に転移できるとは限らない。このまえは岩場に転移して
しまい、何人か足を挫いた。しかし、何度も跳躍の経験はあるがこれほどまでに異様
な光景をみたのは初めてだ。1万年で、植生がこれほど変化してしまうものなのか。
ドームの中心だった方をみやると、調査団の連中が口々に叫んでいる。
何を叫んでいるのかは分からないが、骨や化石でしか見れないような自分の研究対象を生
で間近に見れて感動しているのだろう。学者でない秋葉にもその感慨は理解できる。
円周上に配置している自衛官も、ぼうっとしているようだ。何度も跳躍経験がある自
分はそうでもないが、初めて経験する人間にとってはやはり常識を超えた世界だろう。
とはいえやや弛んでいるようだ。
807 名前: 798 03/12/08 02:04 ID:???
F世界ではないが、ソビエト崩壊後数年間、一般市民は西側諸国との生活隔差が
すごかった。当時、フランス人と結婚して国を出たロシア娘が親戚の少女に
電話したとき話題がペットの猫の話になったとき少女がぽつりと
「その猫、私より良いもの食べてるのね」と言った話を見たことがある。
同様に、国土が荒廃した国に進駐した部隊がペットにした犬に肉を食わせると
現地の人間が「我々はそんなもの食えない」と文句をつけるそうだ
で、この世界でも似たようなことをやって無言の反感を買ってる可能性が高いと
思うのだがどうだろう?
浮浪児たちが自衛隊の残飯をあさってるのを発見してショックを受ける自衛官とか。
「うちの子どもより年下に見えるな・・・・」
TVの生放送で、残飯をあさるっているところを見つかり声も出ないほど怯える
幼い姉妹の姿が日本全国に放映されるとか
統治政策が主人公とは無関係なところで練り直され、結果的に主人公の追い風に
なればいいですね。
808 名前: 798 03/12/08 02:15 ID:???
「警戒を怠るな。いつ獣が襲ってくるかわからんぞ。原始人に捕まったらバーベキュー
にされるからな。」
石田一尉が部隊に注意を促す。自衛官といっても我々に戦闘経験はない。やはりどこかに
甘さはあるだろう。その甘さがいつ命取りになるかもわからない。実際これまで跳躍先では
結構死人が出ている。田辺の時もそうだし、よその部隊ではいきなり侍に切りつ
けられたそうだ。とはいえ、これまでは跳躍先でなんとか日本語は通じるわけで、妙な格好だ
が敵意はない連中だなと向こうが理解してくれるときもある。ここでは大違いだ。
日本語が通じるとは思えない。それに獣の危険性はたかだか数百年前とは大違いだ。
人類はこれほどまでに繁栄する過程で多くの生き物を絶滅させている。マンモスはその代表格だ。
おとなしい動物らしいが、万一あんなのが突進してきたら命がいくつあってもたりない。
他にも発見されてないだけでどんな恐ろしい獣がいるかわからない。うかうかしてると
本当に命がないだろう。そう考え秋葉は神経を張り詰める。
「あのーすいません。秋葉二佐。ちょっとよろしいでしょうか。」
と、背後からその緊張感を奪う声が聞こえる。脱力しかけながらも
「は、田辺一佐。」
振り向いて、敬礼しながら答える。田辺はみようみまねで答えるがなんだかへんちくり
んだ。部隊がたるむ原因はほとんどこいつにあると思われる。以前死にかけたくせに全く
こりていない。便宜上とはいえ上官であり、この調査の責任者なんだからもう少し威厳が
欲しいものだ。
809 名前: 798 03/12/08 02:16 ID:???
「あのーちょっとなんか妙なんで周りを調査したいと思うのですが、部隊から手が開いてい
る方に護衛を頼めないでしょうか。調査団を5名ずつの3チームに分けますので、護衛には
10名くらいずつお願いできますか。」
なにが妙なのか気になるが、自衛官である我々には特に関係ないだろう。そう考え命令を
下す。
「石田一尉。君の部隊から各10名ずつで調査団の護衛だ。林田一尉は設営の指揮をとれ。」
各員に命令を下す。田辺の方も調査団を集めてなにやら説明している。心なしか顔色
がよくないようだ。調査団もかなり真剣な表情だ。一ヶ月もあるんだから何も最初から
そこまで必死にならなくてもよさそうなものだ。試料収集の時間ならいくらでもあるのに。
842 名前: 798 03/12/09 03:45 ID:???
「田崎二尉。気づいておりますか?」
数メートル離れて歩いている、野上一士が声をかけた。突然声をかけられたため、
一瞬返答につまる。
「い、いや。なんのことだ。」
「俺たち、見られてますよ。」
野上一士は、不安そうにあたりを見回す。俺たちの隊は3つにわかれた調査隊の一つで
南方面を調査中だ。護衛は10人。調査団の幹部様方は4人だ。2列に並んで先頭と後を
護衛で固めながら、植物や鉱物やできれば動物などを調査する役目だ。
森に入って50mも進むと、鬱蒼と茂る植物のせいで、もときた広場が見えなくなってしまう。
広場では設営だのなんだので結構大きな音がしているはずだが、その音も昆虫の鳴き声に
紛れて聞こえなくなってしまった。学者たちはいちいち立ち止まり、真剣な表情でなにやら
議論するため、その歩みは遅い。学者の議論に聞き耳を立てるが、正直よく分からない。
しかし何かが起きていることが彼らの表情から読み取れる。
「この暑さは・・・」「これは・・キカデオイデア・・・」「鳥が・・・一匹も・・・」
彼らの議論から拾い聞きするとこんな感じだ。そして2〜3kmもいったところだろうか、
野上が声をかけてきたのは。
「野上、考えすぎだ。初めての跳躍で不安になるのはわかるが、この時代に人間なんて
いるわけないんだ。」
俺は不安を打ち消すように言った。跳躍で人間の精神に影響が出ることはないと説明は
受けている。
「いえ、視線がべとつくようにへばりついています。これは・・・」
「どうした、続けろよ。」
途中で口ごもる野上に先を促す。
843 名前: 798 03/12/09 03:45 ID:???
「爺さんが猟をするんで、ついていったことがあります。猟師は、獲物を見つけるとすぐに
は撃たないんです。確実に仕止められる距離まで近づきます。気づかれないように気づかれ
ないように、近づくんです。その間じーっとじーっと見てるんです。決して目を離しません。
いま俺たちが受けてるのはその視線です。獲物を狙うハンターの・・・」
野上はその先を続けることができなかった。突然頭部に強烈な一撃を受けて10mは
吹っ飛ばされたからだ。野上の首はあらぬ方向に曲がっていた。あまりにもいきなりで
何が起きたのか理解できず、戸惑う俺の耳をつんざく叫び声が響く。俺の目の前に茂み
を音もなくかきわけ、巨大な竜が姿を現した。その異様に体が麻痺して動かなかった。
竜の大きさはおよそ10数メートル、小さなビルほどの大きさがあった。体は周りの
植物に同化してしまうような緑色の模様である。巨大な尻尾が体の後ろについている。
どうやら野上はその尻尾による一撃を頭部に受けたようだ。
竜はそれも一匹ではなかった。背後にもう一匹いた。こいつらは俺たちをずっとつけて
いたんだ。どうして、こんなでかいのが気づかれずにこれほどまで近づいてこられたのか。
俺たちはこれでも軍人なのに・・・訓練を受けてきたのに・・・だが、竜がこちらを
感情のこもらない目で俺をと見たときに、俺たちの今までのすべてが甘かったことに気付いた。
俺たちは・・・豚なんだ・・・こいつらからみれば・・・弱くて・・・とろくて・・・
ただの昼飯なんだ・・・のろまな俺たちを嘲りながら後をつけてきたに違いない・・・
仲間から離れたところで・・・挟み撃ちで・・・確実に始末できるまで。
『確実に仕止められる距離まで近づきます。気づかれないように気づかれないように、
近づくんです。その間じーっとじーっと見てるんです。』野上の声が頭で反響する。
確実に迫る死の恐怖に怯えながらも、必死で体をうごかそうとした。いつもなら一瞬
で外せる安全装置がなかなか外れない。手が何度もすべった。時間にしては二秒もなかっ
ただろうがその二秒が永遠に続くように感じられた。やっとのことで銃の安全装置を
外し、目前の一匹めがけて発砲する。これだけでかいと的をはずしようがなかった。
844 名前: 798 03/12/09 03:45 ID:???
「くたばれえええええ」
恐怖を打ち消すようにわめきながら発砲する。小銃弾がぷすぷすと竜にささる。
だが発砲してるのは俺だけで、他の隊員も調査団もあまりのことに動けないようだった。
背後の一匹は体をかがめて、凍りついたように直立したまま動かない調査団の一人
にかみついた。古生物学専攻の女の上半身が口の中に消えた。がりっという鈍い音が
したかと思う。竜がかがんだ体をあげると、その女の下半身だけが、生い茂る草の
中で立っていた。女の股がじとーっと小便でぬれていく。やがて、どさっという
音とともに女の下半身が倒れた。皆はその音で我に帰ったように悲鳴をあげた。
「なにしてる。撃て撃て撃て撃て。」
必死に命令を下す。ようやく隊員達も撃ち始めたようだ。しかし、いくら撃っても効果が
ない。対人用の小銃で、あんな化け物がそうやすやすと死ぬもんか。竜はダメージもかま
わず突進してきた。俺はなんとかかわしたが、隣で発砲していた横田二士は逃げそこない
竜の足に踏まれた。数トンはあろうかという竜に勢いよく踏まれた横田二士は、内臓を
口と肛門からひねりだして絶命した。俺の横を抜けた竜は、腰を抜かしながらはいずり逃げよ
うとしている調査団を一人ずつ胃袋に収めていく。俺は背を向けている竜に対して引き金
を引き続けた。何発当てたかわからない。だが、竜はまったく堪える様子もない。やがて、
うざったくなったのだろう、竜ははえでも追っ払うように尻尾をふった。竜にとっては
軽い一振りであったことが幸いし、俺は野上のようになることは避けられた。
しかし地面にしたたかに叩きつけられて頭がくらくらする。飛ばされた拍子に銃は茂みの中
に消えてしまった。
845 名前: 798 03/12/09 03:51 ID:???
俺の部隊は二匹の竜にはさまれた形になっていた。何発うっても効果がないため、
恐慌状態になった隊員が逃げようとすると、巨体に見合わない素早さで回り込み、尻尾で薙
いだり足で踏みつけたりして片付けてゆく。まさに屠殺だった。まずは殺しておいてから後
でゆっくり食おうって腹なのだ。隊員たちがなすすべもなく殺されていく様を俺はただ朦朧
とした頭で見ていることしかできなかった。
やがて、始末を終えた竜は振り向いた。俺が生きているのを見ると、こいつは生きたまま
食らおうとでもいうのか、体をかがめながらゆっくりと近づいてきた。俺はすっかり観念して
せめて、一発で死ねますようにと願った。
しかし、突然竜は叫んだ。竜の皮膚に矢が刺さっていた。状況が理解できず、呆然とする
俺の前で矢がとすとすと刺さっていった。いったいどこから撃っているのか見当もつかない。
矢は雨のように竜に降り注いでいた。だが小銃でも効果がないのだからいくら雨のような矢
でもそう簡単にくたばる竜ではなかった。二匹の竜は怒りの雄叫びをあげた。
と、茂みから小さな竜たちが飛び出してきた。大きさはおよそ大柄な人間と同じ程度だ。
皮膚の色は様々であった。小さなとさかがあるものもいた。手に手に弓や剣や槍などの武器
を持っている。それらは小さな体を生かしながら竜に切りつけていった。竜も尻尾で薙いだり
踏み潰そうとするが、動きはすべて小さい竜に読まれているようだった。小さい竜は
巨大な竜の攻撃をひょいひょいとかわしながら確実にダメージを与えていった。それは
ガリバーと小人の童話を思わせる光景だった。やがて足元に大きなダメージを負った一匹の竜は
重い体を支えきれなくなりどうっと横倒しに倒れた。それを見たもう一匹の方は振り向き
逃げ去ろうとした。しかし小さい竜はそれでも切りつけることをやめなかった。
この竜にとって生き延びる最善の策は小さいのに構わずひたすら逃げ去ることだろうが、生まれ
持った闘争本能がこの竜に逃げるという選択肢を選ばせなかった。竜は不幸にも留まり反撃
すること選択した。
846 名前: 798 03/12/09 03:52 ID:???
俺は横たわったまま唖然として目の前の光景を眺めていた。朦朧とした頭もやがて
はっきりしてくると、一度はあきらめた生命にしがみつこうとする気力がわいてきた。
これはチャンスだ。いまなら巨大な竜も小さいほうも俺に注意を払っていない。俺は
そろそろと起き上がり、脱兎のごとく駆け出す。もときた広場の方へ見当をつけ、ただ
ひたすら走った。小さい竜は俺の動きには気付いたようだが、特においかけようとは
しなかった。仮に追いかけてこられたらとてもではないが逃げ切れなかっただろう。
逃げ去る前にちらりと、小さい竜の群れの一匹と目があった。とさかのない奴だ。
大きなくりくりした目で俺のことを見つめていた。
847 名前: 798 03/12/09 05:34 ID:???
「田崎さん。今のことは本当ですか。」
田辺が田崎に質問している。こいつはすぐ階級をつけることを忘れる。南に向かった
調査団だけ戻ってこないため捜索を出そうと思っていたところ、ふらふらと歩いて
くる田崎を見つけたのだ。随分消耗しているようですぐにも休ませてやりたいが、
調査団の安否が気がかりなため休息は後回しにせざるを得ない。その田崎の口から
驚くようなことが飛び出している。俄かには信じがたい。一万年前までそんな恐ろしい
奴がいたっていうのか。
「嘘だっていうのかよ。」
田崎もつられてぞんざいな口調になっている。無理もない。田崎の言ったことが本当
だとすれば、どれほどの恐怖だったか。多少は多めにみてやろう。
「いえ、そんなことはないです。ただあなたの遭遇した竜がタルボサウルスだとすると
あれはモンゴル地方の砂漠地帯にしかいないはずで、森林地帯にいるなんてことは・・・」
それを聞いた田崎は田辺につかみかかった。
「てめえ、知ってやがったな!!あんなのがいるかもしれないと思ってたら、なんで
調査にいかせんだよ。」
田崎は田辺の首をつかみ締め付ける。首をしめられて本当に苦しいらしくどんどん顔が
ピンクに紅潮していく。こりゃいかん。死んでしまう。
848 名前: 798 03/12/09 05:37 ID:???
「まて、まつんだ。田崎二尉。気持ちは分かるが落ち着け。俺も同じ気持ちだ。」
見ていた隊員が、田辺から田崎を引き離す。田崎は田辺の首に回した手を緩めながら
ぼつぼつとつぶやく。
「みんな死んじまったよ。野上も、岡崎も、横田も・・・学者のねーちゃんも。爺さんも。」
ここは自衛官側の責任者として俺が田辺に聞かねばならない。危険と知りつつむざむざ
といかせたとあらば、到底許せない。
「田辺一佐。私も先ほどの言葉について聞きたいであります。危険があると知りつつろくな
警告もせずに部下を行かせたのですありますか?」
詰問口調だ。本来このような口調は許されないが、こいつのせいで部下も学者も
殺されたとあっては、話が違う。田辺は眼鏡をいじくりまわしながら、答える。
「あ、秋葉二佐。ち、違います。その、手違いがありまして。あの・・・えっと・・・」
周囲を凶悪な顔をした男たちに取り囲まれて、田辺はすっかり恐縮している。形では
俺たちの上官だが、もともとこの男には人の上に立つ素質は皆無だ。無論知識は抜群で
その点では実に頼りになる。16世紀で厄介ごとに巻き込まれたことがあるがそれを
無事にしのいだのはこのおかげと言っても過言ではない。
849 名前: 798 03/12/09 05:39 ID:???
しかし、これほど怯えさせてしまってはろくに話もできまい。俺は懐柔作戦にでる。
「なあ、田辺さん。長いつきあいじゃないですか。本当のことを言ってくださいよ。
お互い一蓮托生じゃないですか。指揮官のあなたの肩に我々の運命が掛かっているん
ですよ。」
本来こんな口を上官に聞いたらただでは済まないだろうが非常時だ。田辺はしばらく
眼鏡をいじっていたが、やがて思い切ったように言った。
「わかりました。順に説明しましょう。そもそもこの時代は当初の目的にあった、
一万年前ではありません。」
周りからは特に驚きの声はあがらない。いくら自衛官が自然科学の専門家ではないと
いっても馬鹿ではない。皆なにかがおかしいことに薄々気付いてはいた。
「この時代はおそらく、中生代白亜紀後期。およそ6500万年前にあたります。」
今度は驚きの声があがる。悲鳴に近いといってもいい。一体どういう手違いで一万年が
6500万年になるのだ。桁がはるかに違うではないか。実際これまでの跳躍でも時間の
ずれはいくらかあったが、それはせいぜい10年かそこらでまさか6500万年とは・・・
俺も悲鳴をあげたいが、立場上そうするわけにもいかず、質問を続ける。
「一体それはどういうことなのですか、田辺一佐。」
上官に対する口調に戻る。長い付き合いから、一回しゃきっと喋りだせば心配いらない
ことが分かっている。
850 名前: 798 03/12/09 05:44 ID:???
「わかりません。タイムマシンは何度も何度も確認しましたし、我々を送るまえ一月前
に無人機を送り、現地調査をしました。無人機のカメラには不思議そうに眺める縄文人
の姿が写っていました。同じ設定で我々を送り出したのです。設定、調整ミスはありえま
せん。」
「しかし、実際に我々はここに・・・」
「わかりません。全くわかりません。」
田辺はわからないの一点張りだ。田辺がわからないんだから本当に分からないんだろう。
こうなった時の田辺は嘘をつくようなことはしない。俺はもう一つの大事なことを聞く。
「田辺一佐。我々はここでどのくらい滞在しなければならないのでありますか。」
これが大事だ。田辺はしばらく考えた後、悲しそうに首を振りながら言った。
「時間エネルギーのロスを取り返すには相当長く滞在する必要があります。一万年に対して
およそ一ヶ月の割合でロスが出るという計算です。つまり・・・6500ヶ月滞在しなければ
なりません。」
今度は本物の悲鳴が聞こえる。俺も悲鳴をあげてしまった。500年以上も
滞在しなければならないなんて・・・俺たちの骨だけは現代に戻れるかもしれ
ないがそれでは・・・呆けていた田崎は田辺に取りすがる。
「頼むよ。俺たちを日本に返してくれよ。頼むよ。あんた偉い先生なんだろ。
ノーベル賞も取ってるんだろ、返してくれよぉぉぉぉぉ・・・なんとかしてくれよぉぉ・・・」
泣きじゃくりながら、田辺に取りすがる田崎を俺たちは呆然と見つめていた。
851 名前: 798 03/12/09 08:06 ID:???
俺たちは大型テントの中で今後のことについて話し合っていた。帰る見込みがなく、
周りには大型恐竜がうろつくという最悪の状況だ。自衛官の幹部と調査団とが深刻な
表情で席についている。他の隊員にもこの絶望的な状況は知れ渡ったが、だからといって
警備の手を抜けば全員恐竜どもの夜食になりかねない。俺は隊員たちを叱咤激励して
なんとか奮い立たせた。装甲車はいつでも稼動できるようにしている。また、とにかく火
をたやすなと命令した。燃料がもったいない為、そこらの木を切って使っているが実に
良く燃える。だから野営地のそこかしこで大きな焚火が行われていてまるで昼間の
ように明るい。古生物学の吉田(こいつは恐竜の犠牲者になった女の知り合いらしい)
は恐竜が炎を恐れるか懐疑的だった。しかしやらないよりはましだろう。俺の部下を食いや
がった奴の仲間がきたら、ガソリンをかけて焼肉にしてやる。
「こんなこともあろうかと。私は今回日本と通信できる設備を用意してきましたぁ。」
死人が10人以上出てるんだぞ。嬉しそうに言うんじゃない。だが、田辺が多少明る
くなったのはいい兆候だ。いままでは、こいつなりに責任を感じて暗くなっていたらしい。
こいつはなかなかどうして頼れる男だ。時間を超える通信設備を用意するなんてたいした
もんだ。
「我々を過去に送る際には・・・一回ビームによってばらばらにされて・・・量子コンピュータに
よってすべての素粒子の情報・・・・先進波にのせて目的の時代の・・・時間ポテンシャルの
推定は化石から推測する・・・知的生命体の脳容量によって・・・帰還時間は・・・
・・・・・・ というわけなのです。よって加速器で人工的に作った原子番号162の
超重原子の安定同位体のEPR相関を利用して、未来への通信が可能となるわけです。」
日本語を話してくれ。一気に不安になるが、この現状を打開するには田辺に頼るしかない
852 名前: 798 03/12/09 08:07 ID:???
「では未来への通信回線を開きます。」
田辺は装置に向いなにやらダイヤルをいじくる。通信装置とはいっても俺がみなれた無線装置
のようではなく、まるで実験装置だ。隣の化学が専門とか言う奴に聞くと、まるでクライオスタット
のようだと言っている。こいつも理論はわからないらしいが、液体ヘリウム温度まで冷凍機で冷却する必要
があるからクライオスタットとやらを使うらしい。なんでも通信するときは超重原子とやらを磁場中で振動
させるらしい。それによって生じた電磁波は時間を超えていく成分を持つそうだ。EPR相関とやら
のおかげで受信側にある対になる超重原子が共鳴して同じように振動する。
その振動をレーザーで受け取って解析するらしい。率直に言ってよくわからない。
「もともと、今回が初試験です。一万年前くらいなら簡単なのですが、流石に6500万年とも
なると、感度が・・・」
田辺は、ぶつぶついいながらダイヤルをいじくっている。それをみな固唾をのんで見守っている。
ロックインアンプを通して増幅された信号がオシロメータに表示される。滅茶苦茶な波形がやがて、
素人目にも意味を持ち始めているようにも見えたとき、
「ここが限界です。ぎりぎりですが、なんとか回線がつながりました。」
853 名前: 798 03/12/09 08:09 ID:???
田辺は額に浮かんだ汗を拭いながら言った。周りからおおおおおおと歓声が上がる。これは
グッドニュースだ。連絡が取れるだけで随分士気も上がる。
「何を連絡しましょうか。あまり長い時間は無理なので、手短に。」
振り向いて当然のように俺に聞いた。指揮官はお前だよ。お前が決めるんだよ。
だが、いつのまにか実質的指揮官は俺と言うことになってしまっているらしい。手短に、か。
「事故発生、本第一跳躍部隊は白亜紀後期およそ6500万年前に漂着。恐竜に襲われ隊員に
死亡者あり。対恐竜用の装備不足。帰還には6500ヶ月必要。支援求む。支援求む。」
俺が読み上げる文章を田辺はてきぱきと送信していく。簡潔にまとめるとこんなものだろう。
送信を終えたとき、ちょうどコンタクトも途絶えたようだ。
「あ、返事が来てますよ。」
田辺が飄々とした風に言った。それにしても返事が来るのが早すぎる。疑問に思っていると
さっきの化学が専門の奴が6500万年後に受け取ってから、10年後に送っても100年後に
送っても受け取るこちらは今なんです。そもそも送信するまえに返事は来ていたんですよと教え
てくれた。頭が混乱してしまう。そのためか、
「読み上げてくれ。」
思わず部下に言う調子で言ってしまう。上官に言ったならここで怒号が来るが、田辺は気を悪
くした風もなく、読み上げる。
854 名前: 798 03/12/09 08:11 ID:???
「ええと、事故はこちらでも確認。調査の結果、事故原因は中国工作員による破壊工作。
工作員への尋問の結果、帰還時間の設定回路と目的地の設定回路を破壊したと判明。
貴部隊への帰還を支援する手段無し。援助物資として、恐竜用の各種装備を送る。
健闘を祈る。」
田辺が淡々と言った。いいニュースと悪いニュースだ。いいニュースは連絡が取れ事故原因も
判明したこと。それに恐竜用の装備も来ること。悪いニュースはやっぱり帰還不可能であることだ。
それに田辺にとってもグッドニュースだ。若い隊員にはそもそもの原因が田辺の実験ミスにあると
して、田辺をリンチにかけようというものもいるほどだ。原因が破壊工作員ならば、田辺のミス
ではないため、隊員を納得させやすい。しかし、装備を送るといっても一体どうするんだ。
867 名前: 798 03/12/09 23:03 ID:???
「装備の回収は以下のような手順で行います。未来から送られる支援物資はこちらの時代の
大まかな見当をつけて、マイナス1万年程度の誤差で送られます。1万年の間に
地面に埋まっても回収できるように、半減期の十分長い放射性原子、例えばプルトニウム239
などをトレーサーに仕込んであります。つまり回収したい場合、地質調査のために持ってきた
ガイガーカウンターでこの一帯で一番放射線強度の強い場所を調べて、そこを掘り返せばいい
というわけです。」
田辺はすらすらと語った。テントの中の自衛官は全員はあという顔をしている。つまり俺たち
が来る前から地面には、支援物資が埋まってたってわけか?同じような疑問を感じた学者の一人
からおずおずと手が挙がる。
「あの、田辺さん。実際この時代に未来の日本から見当をつけるといってもいったいどうやって。
およそ6500万年前とはわかっていますが、6400万年かも知れないし、6600万年かも
しれない。前後に相当な幅があります。1万年ではうまく回収できるかどうか・・・・・・」
もっともな疑問だ。せっかく回収しても装備が全部風化しちまっていてはなんにもならない。
「ああ、それは大丈夫です。こんなこともあろうかと、私は様々な半減期の放射性原子
を持ってきました。跳躍前に正確な量を測定した後、プラチナ製のカプセルにそれぞれ封印して
あります。」
869 名前: 798 03/12/09 23:05 ID:???
田辺はそういうと、テントの中のカーテンで仕切られた部屋をみせた。カーテンには薄い金属が
裏打ちされている。以前原発警備の任務のときに良く見たマークとともに取り扱い注意とかかれた
紙が貼り付けられた、30センチくらいのきらきらするボールが鉛のつい立で仕切られていくつ
も机の上に載っている。
「いまからこれらをそこらへんに埋めます。6500万年後にこれを掘り返して放射性原子の量を
計測すれば、およそ数十万年以内の誤差でいつこれが埋められたかわかるって寸法です。あとは
おおよそ、目処をつけた時代にたいして一万年くらいの幅をとってぽんぽんぽんと物資を送れば、
ちょうど我々のいまいる時点に来る物資もあるわけです。」
理解を超えている。仮に今俺がそのボールを破壊したら、埋められた物資はどうなるんだろうか。
心の中でふと思う。田辺はそれを読んだかのように、
「もし仮に、例えば秋葉二佐がこのカプセルを破壊したとすると、物資は受け取れなくなります。
なぜなら未来でカプセルを受け取れないため、我々の時間がわからないからです。」
やらなくてよかった。
「なお、カプセルを埋める前に物資を探そうとしても駄目です。カプセルを埋めてない
ということは、現代では我々が過去のどこにいるかわからないから物資を送れないということです。
そのような状態であるときに、そこらで穴をほじくり返しても何も見つからなかった場合、
その後でたとえ我々がカプセルを埋めても、なんらかの問題でカプセルが届かないか、
物資が送れないかという未来が我々の行為によって確定してしまうため・・・・・・」
よくわからないが、あまり周りをほじくり返さないほうがいいらしい。トイレは穴を掘って
いるがこれは止めた方がいいのだろうか?
870 名前: 798 03/12/09 23:06 ID:???
ボールを埋めた。『どの程度の深さがよろしいのでありますか。』と田辺に聞くと、
『あ、深さとか場所は適当でいいです。埋めたと言う事実が大事なんです。』と返事が返ってきた。
埋める時は、わざわざ隊員を一人一人呼んで全員に少しずつ土をかけさせた。なんのおまじないだと
怪しむ俺に対し、吉田は『”カプセルがなにごともなく埋まったという事実”を観測した人数が
多ければ多いほど、カプセルが未来に無事届く世界が確定する可能性が少しだけアップするんです。』
と言った。こいつらは狂っている。
871 名前: 798 03/12/09 23:09 ID:???
「さて、物資を探しましょう。」
朝日が昇ったころ田辺は言った。危険だがやむをえない。それに、犠牲者の死体を埋めてやりたい。
田崎の言った小さい竜に食われてしまっているかもしれないが、それでもせめて遺品だけでも持ちかえって
やりたい。だが、みんなしり込みしている。無理もない。田崎は森に入るくらいなら、いまここで殺し
てくれとまで言った。まずい、恐怖がみんなに伝染してしまう。せっかく、昨日未来への通信と
カプセル埋葬の儀式で希望が生まれかけたというのに。しかし、なんとしても物資は回収しなければ
ならない。やむをえまい。ここは俺がいかねばならない。みんなの恐怖を少しでも減らすには
指揮官である俺が毅然としたところをみせるしかない。たとえ死んでも、俺は代わりになる部下が
いくらでも要る。戻ってこなくてもうまくやってくれるだろう。
手持ちの大型武器は対戦車用の無反動砲が二つだ。小さい竜には小銃でいいだろうが、
大きいのがきたら、無反動砲も使うことになるかも知れない。思ったよりも恐竜の動きは素早いが
こないだは不意打ちだったからで、予測していればある程度はなんとかなるだろう。
それにやつらはどうやら温血動物らしいとの話を吉田から聞いた。そのため撮影用に持ってきた
赤外線カメラを部隊に装備させた。皮膚が緑基調の迷彩色で肉眼では森に紛れてしまうからだ。
不意打ちさえ防げればどうにかなる。遠くから頭部を狙って撃ちまくれば、無反動砲などいらず
とも倒せると吉田は言う。
「恐竜は軽量化のために頭部の骨は結構もろいんです。無論必要十分の強度はありますが、
結構すかすかなんです。脳に何発もくらえば流石に死ぬでしょう。でも、恐竜には腰の辺りに
もうひとつ神経があって、後ろ足や尻尾はこっちで制御しています。だから突進してきた恐竜が
たとえ死んでも、腰の方が生きてる限りなかなか動きは止まりません。背後に回る必要がありますが、
この神経を先に狙って動きを止めるのも手かもしれません。至近距離で体を狙っていては
タルボサウルスを倒すのは小銃ではまず無理でしょう。」
872 名前: 798 03/12/09 23:11 ID:???
「吼え声にも注意してください。我々人類の先祖はかつて恐竜の足元をうろつく哀れな小動物で
した。恐ろしい恐竜が吼えるたび、我々の先祖は小さくなって隠れていたんです。ぶるぶる怯え
ながら、恐ろしい敵が通り過ぎるのをじっと動かずに隠れていたんです。その記憶が遺伝子に
残っているのでしょう。調査団が吼え声を聞いたら体が麻痺したように動かなくなったというの
は、原始本能が揺さぶられたんです。自分が小さい動物だったころを体が勝手に思い出して
動きをとめたんです。」
実に恐ろしい敵である。タルボサウルスというのはあのティラノサウルスのアジア版らしい。
化石は中国やモンゴルなどの内陸部の砂漠やステップでしか見つかってないが、どうやら森林
に適応した奴も日本にいたということか。
もう一つの疑問である田崎の言った小さい竜について、吉田は
「ありえません。幻覚でしょう。」
と一言で否定した。
「確かに恐竜の中でも脳が大きいやつはいました。例えば、映画にも出てきたヴェロキラプトル、
これはモンゴルにいました。北米には近縁種のドロマエオサウルスというのもいます。
他にオーストラリアと南極にいたラエリナサウラという奴もかなり大きな脳を持っていました。
しかし、道具の使用などはありえません。あと1000万年も立てばどうかわかりませんが。」
調査にはできれば装甲車を持っていきたいが、広場の護衛をしなければならないため動かせない。
89式の機関砲ならさすがにタルボサウルスといえども挽肉だ。ヘリは論外だ。上空からでは
ガイガーカウンターは使えない。
874 名前: 798 03/12/09 23:12 ID:???
「捜索範囲はカプセルを埋めた場所から半径2キロです。タイムマシンの誤差はその程度です。」
田辺の指示を受け俺たちは円を描きながら放射線強度の強い場所を探すことになった。調査団の
遺体回収を最優先にしたいが、やはり物資の方が優先だ。調査団が犠牲になった南を向き、
心の中ですまんと手を合わせる。
半径200mの円をつくり広場の周りをぐるっとまわる。次は300m、次は400mだ。
こうやって捜索半径を少しずつ広げていく。最終的には半径2キロの円になる。結構な距離だ。
田辺の話ではかなり強い放射線がでているから、十分気をつけるようにとのことである。
要は放射線強度の強い場所を探して、見つけたらそこを掘り返せばいいわけである。
早速300mの周囲上で放射線強度の強い地点があった。少しずつカウンターのメモリを見ながら
移動していく。50メートルも歩くと、カウンターの目盛りが振り切れるかのごとく上昇した。
意外と早く見つかったと、喜び勇んで穴を掘り返す。作業は早く済ませねば。かなり放射線が
強いから、のろのろしていると全員禿になっちまう。数十センチも掘り返すと、テフロンが表面に
コーティングされた人工物が見つかった。どうやらこれもカプセルのような形状らしい。かなり
ぼろぼろだ。果たして中の物資は無事だろうか。かなり大きいため穴から持ち上げることもできず、
やむなくその場で穴をあける。持ってきたカッターでがりがりと削りカプセルを割る。期待しながら
中を見るが・・・・・・すべて腐食していた。
長い年月でカプセルに穴があき、入り込んだ空気が腐食させたのだろう・・・・・・
875 名前: 798 03/12/09 23:16 ID:???
落胆しながら本部へと戻る。部下たちは何もいわないが、その表情は暗い。無理もない、死刑宣告
を受けたのと同じだ。本部へ帰ると、空気を読めないアホが陽気に言った。
「お、秋葉二佐。はやいですね。さすがぁ、もう見つけましたか?」
「田辺一佐・・・・・・残念ですが、全て腐食していました。」
そういいながら、回収してきた銃らしきものの一部を机の上に置く。ぼろぼろに錆びてほとんど
元の形状をとどめていない。田辺はそれを見ると、こともなげに言った。
「あ、これは時間が結構ずれた奴ですね。もう一回捜索お願いします。」
「は?」
思わず聞き返す。
「だからぁ。いってるでしょ。現代から一万年おきに物資がきてるんですって。カプセルの腐食
から伺うに、おそらく10万年かそこらは立ってますよ。さすがに腐食しますって。
いくらなんでもそんなに時間たったら。」
田辺は続ける
「仮に我々がジャスト6500万年前にいるとしても、現代からは6470万年前から
6530万年前くらいのどこかにいるんだろうとしかわからないんです。だから、そういう
場合現代日本は6470、6471、6472、6500、6501・・・・・・6530万年前の
それぞれに物資を送るんです。こうすればどっかでいいタイミングの奴があるわけでしょ。」
タイムマシンが話に絡んでくると、常識は捨てなければならないらしい。もう一度捜索に出
ることになった。腐食したカプセルのせいで、落胆していた部下達もまだチャンスはあると知り、
いくらか元気が出たようだ。今度は吉田も一緒に行きたいらしい。危険があるのは承知らしいが、
古生物学者としての好奇心が勝るようだ。
876 名前: 798 03/12/09 23:20 ID:???
半径2キロの円内で10数個のカプセルを見つけた。残念ながら全てが腐食していた。
まだまだ次のカプセルがあるさと楽観視していたが、外れが続いてくるとさすがに堪える。
やがて、2キロの円内の捜索範囲が終わりかけてきた。南の調査団が壊滅したのもこのあたり
のため、全身の神経を張り詰める。周囲に油断なく気を配る。タルボサウルスは恐ろしい敵だ。
跳躍部隊の護衛任務につく前、侵入してきた北朝鮮ゲリラと現代の山中でやりあったことが
あるが、今の状況に比べれば天国だ。北のゲリラなどタルボサウルスに比べれば赤ん坊も
同じだ。
赤外線で監視している部下に尋ねる。
「タルボサウルスの影はあるか。」
「ありません。でも、あ、ほらそこに草食の奴がいます。」
モニターを見ながら、部下は答える。部下の指差す方向を見るが、肉眼ではなかなか分からない。
じーっと見ていると、生い茂る木や羊歯の模様に隠れて、3mはあろうかという草食恐竜が怯えた
ようにこちらを見ているのがわかった。
「ハドロサウルスですね。」
吉田が言った。赤外線で見るとここは生物の宝庫だ。保護色に身をつつんだ、様々な動物たちが
いるのがわかる。これらの動物は、人間の足音がするとあっという間に隠れてしまって肉眼では
なかなか捕らえられない。赤外線で見るまでは、これほど多くの動物がいることに気が付かなか
った。鈍重そうにみえる草食恐竜でさえ俺たちの足音を聞くとさっとどこかへいってしまう。
でかい図体をしているのに、なにかに怯えているような動物たちをモニター越しに観察してい
た吉田は言った。
「おかしいですね。」
「なにがだ。」
「なぜ人間を見て隠れる必要があるんです?」
877 名前: 798 03/12/09 23:22 ID:???
そういえば、そうだ。ここに来た人間など俺たちがはじめてのはず。恐れる理由はないはずだ。
むしろここでは俺たちが狩られる立場なのに・・・・・・つらつら考えていると、調査団が壊滅したと
思しき場所が近づいている。腐臭がすごくなってくる。周りの木に銃弾がめり込み、地面もかな
り踏み荒らされ小さな広場のようになっている。そこに、殆ど骨だけになっているタルボサウルス
の死体が二つあった。腐肉をくらう生物たちが大活躍したのだろう、巨大なタルボサウルスの肉も
内臓も殆どなくなり残った骨にこびりついた肉片と髄を食らうべく、現代ではありえない大きさの
昆虫たちが真っ白い骨に張り付いている。たとえ骨だけになっても、そのすごさはわかる。
でかい・・・・・・確かにこんなのに襲われたらひとたまりもない・・・・・・
「秋葉二佐。あそこを。」
部下に促された方向を見ると、小さく盛られた土山がいくつもあった。まるで墓のようだ。
「掘ってみましょう。」
吉田の言葉を受けた俺が命令すると、部下たちがスコップで掘り返す。少し掘っただけで、
スコップがかちんと金属にあたる。あたったところで、スコップを捨て今度は手で掘り返す。
死の匂いが濃くなってくる。肌色の部分が見えてきた。部下に任せるのももどかしく、自ら土を
払う。そこには、犠牲になった部下がいた。横田だ・・・・・・仰向けに寝かされていた。死体の上に、
小銃をかぶせるような形で埋められていた。背中側には羊歯の葉がマットのように敷いてある。
これは、田崎のいった小さい竜の仕業に違いない。やはり奴は幻覚を見たわけではないらしい。
しかし、なんのためにわざわざこんなことを。
「保存食にするつもりなのかも・・・・・・地面に埋めて昆虫や死肉喰らいに食われないように・・・・・・」
俺の部下が呟く。その言葉を耳にしたのか吉田はぼそりと答えた。
「違う・・・・・・これは・・・・・・弔ってくれたんだ・・・・・・」
889 名前: 798 03/12/10 20:36 ID:???
調査団の遺体はそのままにせざるを得なかった。すさまじい湿気に腐り始めていたし
回収する余裕もない。だが、せめてもと墓は掘り返し回収できるかぎりの認識票は回収した。
墓のない奴もいる。食われてしまったであろう人間の墓はさすがにみつからなかった。
死体には用意してきた日の丸をかぶせた。回収すべきだと思ったが、小銃はそのままに
しておいた。いじってはいけない気がしたからだ。何者かは知れないが、自分とは似ても
似つかないような生き物の死を悼んでくれた連中の尊い気持ちを邪魔するのは無粋な気が
した。墓を戻した後、全員で君が代を歌う。伴奏はなにもない。
田崎の証言を信じる限り弔ってくれた連中は人間とは似ても似つかないようだが、
もしかしたら精神は通じ合えるかもしれない。だが、吉田は言う。
「埋葬してくれたものはいるようですが、それがディノサウロイド、いわゆる恐竜人類である
可能性は絶対にありえません。」
「じゃあ、何だ。彼らは死者に敬意を払って我々の武器である銃も一緒に葬ってくれたんだぞ。
動物にそんなことができるのか。」
俺も負けじと意見を言う。姿は見えないが、墓を作ってくれたことを考えるとなんだか好感が
わく。
「さあ、もしかしたら行方不明になったアメリカの部隊かも。」
と、吉田が汗でべとつく髪をいじりながら言う。なるほど。その可能性は考えもしなかった。
だが、すぐにそれはありえないことに気付く。
890 名前: 798 03/12/10 20:36 ID:???
「いや、それはない。たとえ事故でアメリカがこの時代に来たとしても、奴らはアメリカ大陸
にいる。わざわざ日本にまで来るとは思えない。」
周囲に気を配りながら俺が答える。驚くことばかり続くからって警戒をおろそかにしては
いけない。油断すれば次に墓に入るのは俺たちだ。それより、物資の回収を早く進めなければ。
だが、半径2キロ圏内にはもうカプセルはないようだ。結局3日間で20個近くのカプセルを
見つけたが全て腐食していた。捜索圏を広げるかあるいはもう一度同じところを探すか田辺と
議論するため本部に戻る。
891 名前: 798 03/12/10 20:37 ID:???
「あ、秋葉二佐。おかえりなさい。どうでした。」
田辺は野戦服の上に白衣を着込んでいる。その格好はおかしいと思わないのだろうか。
銀縁眼鏡がきらきら光を反射する。典型的なオタクだ。部下がこいつのことを陰でのび太とか
キテレツとか呼んでいるが、それはもっともなことだと思う。何の因果でのび太を上官とせね
ばならないのか。
「田辺一佐。半径2キロ圏内をくまなく捜索いたしましたが、未来から送られたと思わしき
カプセルは全て腐食していました。」
田辺は少し落胆した表情を見せた。
「ふむぅ。おかしいですね。相当強度の強い放射線が出ているので、見落とすとも思えませんし・・・・・・
日本と連絡を取ろうにも、再コンタクトにはあれから一度も成功してないし・・・・・・」
「田辺一佐。なにか放射線の他に捜索の手がかりはありませんか。」
「そうですねぇ。こちらに到着してから一万年以内の場合はかなりの強度の放射線が出てる
はずなんで、その一帯はおそらく植物の生息条件が少し違うかもしれません。森の中で
空き地のようになってたりとか。被子植物よりも裸子植物の方が放射線には弱いので
カプセルがある場所の周りは木があまり生えないと予測できます。」
なるほど、しかし、今までの場所はそういう場所ではなかったな。
そこで俺はふと気付いた。まさかと思いながら田辺に尋ねる。
「田辺一佐。この広場は捜索いたしましたか?」
892 名前: 798 03/12/10 20:37 ID:???
奴の説明不足のせいでとんだ無駄足を踏んだものだ。なるほど、俺たちと一番近い時間に来た
カプセルの放射線のせいで、この広場ができたってわけか。結局おくられたカプセルは足元に
あった。奴の寝床の真下だ。奴は数日間高強度の放射線下で寝泊りしていたことになる。
ざまあみろ。
さっそくカプセルの解体だ。かなりの濃度の放射性元素が仕込んであるから、
長時間の作業は危険だ。田辺が言うには、危険性がないようにすぐに排泄されるタイプの
人工元素にしてあるはずだから、それほど心配することはないとのことだ。だが、実際作業するのは
お前ではない。交代で作業するように指示する。作業終了の度にシャワーを浴びて放射能を洗い流
す。
「大丈夫ですってば。厚生省の定めた安全基準を少々上回るくらいですよ。」
じゃあお前がやれよ。
893 名前: 798 03/12/10 20:38 ID:???
大きさ数メートルのカプセルの中には、鉛の薄片に包まれた荷物が入っていた。
恐竜用の武器もあった。12.7ミリ重機関銃や自動てき弾銃それに勿論弾薬だ。スペースの
問題もあり、それほど多くはない。それよりもむしろこういう形でも未来と連絡が取れた
という事実の方がうれしい。隊員それぞれにあてた手紙も真空パックされていた。材質は紙で
はなくプラスチックだ。文字が浮き彫りにしてある。インクが変質することを恐れたのだろう。
手紙を一人一人の名前を呼びながら手渡してやる。みんな泣き笑いながら受け取った。田辺宛
に政府からの手紙もあった。無論田辺と書いてあるわけでなく、指揮官宛になっている。
向こうでは誰が生きてるのか死んでるのか分からないだからそうするのが当然だ。
田辺は調査団と真剣な表情で話し合っている。何か学術的なことだろう。生きて帰れる見込み
もないのに、いまさら学問もない。そんな暇があるなら俺の部下からサバイバルの知識でも学べ
よと思う。
894 名前: 798 03/12/10 20:39 ID:???
ここにきてもう何日目の夜だろう。一週間とたってないはずだが一年にも感じられる。
昼間はうるさい昆虫どもも夜には静かになる。焚火のせいで昼のように明るい。それにしても
よく燃える木だと思っていたが、調査団の一人が『さっき調査でわかりました。木に油分が多い
のも勿論なんですが、そもそもこの時代の酸素濃度が高いんですよ。』と教えてくれた。
危ない。早速部下に火の扱いに注意するよう厳命する。森を火事にしたら俺たちまで焼け死ん
じまう。そろそろ寝るかと思っていると、
「秋葉二佐。田崎二尉が逃げました。」
部下から驚くことを報告された。言葉が出ない。
「に、逃げただと。どこへだ。どこへ逃げるんだ。」
「わかりません。赤外線ゴーグルと対物ライフルも持っていきました。」
俺はピンときた。逃げたんじゃない。復讐だ。なんてばかなことを。お前が復讐するべき奴は
もう白骨だってことは知ってるはずなのに。
「すぐ捜索に向かえ。いや。待て。夜が明けてからだ。」
すぐにも捜索してやりたいが、無理だ。残念だが、田崎は生きられまい。
895 名前: 798 03/12/10 20:39 ID:???
田崎は対物ライフルを抱え赤外線で森をみながら歩いていた。獲物は肉を食う奴ならなんでも
いいが、できればタルボサウルスだ。殺された仲間の仇だ。別のタルボサウルスだろうとかまや
しない。奴らの頭蓋骨でも墓に供えてやらなければ気持ちが収まらない。奴を倒した小さい奴ら
は余計なことをしてくれたもんだ。田崎はその小さい奴のおかげで命が助かったことも忘れて、
勝手なことを考えていた。
支援物資にあった田崎宛の手紙の内容は、素晴らしい任務についていて誇らしいと喜ぶ母から
の手紙だった。事故に遭って帰れないことを知っているにもかかわらず、嘆く調子は一切なく、
ただただ田崎の体を気遣っていた。それを読んだ田崎は恐慌状態から回復した。そして、もう
手紙を読むこともできなくなった仲間の仇は、その上官だった俺がなんとしても討たねばなら
ないと考えた。人間が餌じゃないことを奴らにみせてやる。それは俺の役目だ。と田崎は思う。
人間の誇りと強さをみせるのは俺じゃなきゃいけない。一度は猫の前の鼠のように怯えた俺が
タイマンで倒してこそ意味があるんだ。
田崎は既に倒し方を吉田から聞いていた。頭だ。口の中なら最高だ。一発あたれば脳を
吹っ飛ばす。
896 名前: 798 03/12/10 20:40 ID:???
もう数キロはあるいただろうか。歩きつかれた田崎は小休止を取った。無論地べたに座り込む
ような休み方はしない。大木を背にし、寄りかかるように休む。ゴーグルは絶対に外さない。
ゴーグル越しに様々な小生物がうろついているのがわかる。足元を小さいのがちょこちょこ
走り抜けていく。田崎に知識があれば、その生物が自分の遠い先祖だと言うことがわかっただろう。
一休みし、歩き出そうとした田崎の耳に肉食生物の鳴き声が響いた。忘れようがない、
これはタルボサウルスだ。しかし、どうも獲物は田崎ではないらしい。声がやや遠いように感
じられる。
田崎は声のほうへと、羊歯や蘇鉄の葉をかきわけていく。今度は俺が狩る番だと思いながら。
田崎の耳にタルボサウルスのでかい声のほかに、小さい鳴き声も聞こえてくる。助けを求めている
ようにも思えるが、明らかに人類のものではない鳥の鳴き声のような悲鳴だった。
田崎は一歩一歩声のほうに近づく。覚悟はしていたが、恐怖が心の中でどんどん大きくなっていく。
だが、田崎は無残に殺された仲間のことを思い出し、復讐心でもって恐怖を追い払った。
茂みを抜けた田崎は眼前の光景に息を呑んだ。20メートル先にタルボサウルスがいる。この前の
奴と同じくらいだ。相手にとって不足はない。他にこないだの小さい奴もいた。二匹だ。
一匹はとさかのある奴だが、もうすでに死んでいるようだ。とさかのないもう一匹は、鳴き声を
あげながら逃げようとしているが、どこか痛めているらしく動けないようだ。田崎に気付いた
小さい奴は、丸い大きな目でこちらを見つめた。『助けて。』と言っているように田崎には思えた。
ああ助けてやるとも。と、田崎はゆっくりと対物ライフルを構える。照準をタルボサウルスに向ける。
目の前の獲物に夢中だったタルボサウルスもようやく田崎に気付いたらしい。
田崎に向かって突進の態勢を取る。突進の前に威嚇の吼え声をあげた。
前に田崎たちを動けなくさせた、王者の一喝だ。だが、今度の田崎は動けなくなることはなかった。
タルボサウルスたち巨大肉食獣がこの時代の王者なら現代の王者は田崎たち人間なのである。
王者と王者のぶつかりあいだ。負けじと田崎も叫んだ。
897 名前: 798 03/12/10 20:41 ID:???
「ぐわああああああああああああああああ。」
田崎も腹の底からあらん限りの大声をあげた。タルボサウルスは大口を開けながら突進してくる。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、田崎はタルボサウスの頭に向かって引き金を
引いた。狙いは外れず、飛び出した銃弾は巨大生物の頭蓋を粉砕し、脳をかきむしった。
だが、突進はとまらない。これも予測済みだと、田崎はさっと避ける。田崎のいた所から
数十メートルも走ったところでタルボサウルスは倒れた。だが、腰の神経はまだ生きいるらしく
巨大な尻尾がぶんぶんとむなしく地面をたたいていた。
田崎はもうタルボサウルスの方を見向きもしなかった。ゆっくりと小さい奴に近寄る。
小さい奴は逃げようともせず、興味深そうに田崎を見つめていた。
923 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:39 ID:???
ぐっすり寝ていたが、テントの外の騒がしさに目がさめた。眠い目をこすっていると報告が来た。
「田崎二尉が戻ってきました。女連れで。」
衝撃的だ。どこで女なんか見つけやがった。羨ましい。これは仔細を聞かねばなるまい。
ここに連れてくるよう指示を出す。
田崎が女連れでテントの中に入ってきた。さっき羨ましいとか思ったことは取り消しだ。
まあ、脱柵に関しては不問にしてやろう。精神錯乱していたからだとでも言えば、周りも納得するだろう。
「田崎二尉。脱走とその知的生命体に関して言うことはあるか。」
なんか間抜けだが、今のところ知的生命体としか表現できない。報告では女だそうだが、確かに
どことなく女を感じさせる。全身は淡い緑色だ。身長は田崎と同じくらいでおよそ1.8メートル
といったところか。体は細くかなりスリムだ。目がかなり大きい。鼻の穴は二つだがほとんど
穴だけだ。皮膚はうろこではなく白く薄い体毛に覆われている。指は3本だ。服をちゃんと着ている。
以前の任務でいったときにみた古代日本の貫頭衣に似ている。素材はわからない。なにかこの時代の
植物だろう。田崎の横でちょこんと立っている。珍しいのか時折きょろきょろあたりを見回して
いる。
「タルボサウルスに襲われていたところを助けました・・・・・・」
憔悴しきった様子で田崎が答える。相当疲れてるようだ。無理もなかろう。
「怪我をしているようなので、手当てをお願いします。」
みたところどこにも怪我はないようだが、
「いえ、自分ではなくて彼女であります。」
924 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:39 ID:???
田崎はもうこの生物を人間として扱っているようだ。怪我か・・・・・・確かによくみると足を引きずっ
ている。森の中では田崎がずっとおんぶしていたらしい。よくわからないが、人間の医者でいいの
だろうか?とりあえず医者をよんでやる。連れられてきた医者は息をのんだ。
何とかしてやってくれと俺が言うと、おそるおそる近づいてきた。とりあえず田崎にはまだ聞きた
いことがあるため医療用のテントで先に治療してやってくれと言う。田崎から離されそうになった
その生き物はきゅんきゅんと鳴いて田崎の体にしがみついた。なるほどなるほど早くもそういう
関係になったか。
まあしょうがない、埋葬してくれたのはこの生き物の仲間に違いない。
この生き物に免じて田崎も解放してやろう。明日また質問すればよかろう。
田崎と一緒だとわかるとその生き物はおとなしく、医療用のテントに向かっていった。
925 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:42 ID:???
田辺がのそのそ起き出して来た。事の顛末をかいつまんで説明してやる。さぞや驚くかと
思ったがあまり驚かない。それどころか、
「ここにある程度の知的生命体がいることは予想してました。」
と言い放った。なぜそんなことが分かるんだ。説明を求める俺に
「いいですか、よく考えてください。そもそも中国の工作員によってタイムマシンの目的地の設定
はできなくなりました。本来我々ははるか過去に向かって突っ走り宇宙の始まりまでいって
そこで消滅するか、あるいは始まりをもこえて前の宇宙に行くかのどっちかだったんです。」
そうだったのか。知らなかった。
「でも、我々はここにいます。タイムマシンは坂道を下るのにたとえられることは以前
から言ってますよね。そしてその坂道の高さは知的生命体の多さに比例するとも。つまり
同じくらいの高さの坂が過去にあれば、その坂を登るためにエネルギーを使い果たして、
ちょうど止まってくれるんです。中国の工作員が設定を破壊したといった通信を未来から
受け取ったとき妙だと思いました。知性体がいなければ止まるはずのない場所にいる。
なぜかというと、つまりはここに知性体がいるだろうってことです。」
そういうものか。まあ、このあたりのことは田辺に任せておこう。
「そういえば・・・・・・」
なんだかもごもごしている。こないだ届いた支援物資の自分宛の手紙が変だという。
手紙をみせてもらう。プラスチックに文字が浮き彫りにされている。インクは消えかかっていた。
手で探りながら読もうとすると、田辺がトモグラフで手紙をスキャンした画像をくれた。
926 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:42 ID:???
「部隊の指揮権は空間自衛隊第一大隊ネイアゲイラ一佐に委譲された。」
なんだこりゃ。わけがわからん。空間自衛隊ってなんだ。それに指揮権が委譲もくそも未来から
俺たちに命令などしようがない。なにかのいたずらかとも思うが、内閣総理大臣の印がある。
どうやら本気らしい。なにがあったのかしらないが、未来もかなりいかれてる。
「ほっときましょう。ネイアゲイラ一佐とやらがいないんですからなんともなりません。」
意見を言う。
「ですね。」
奴も同意した。
927 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:43 ID:???
夜が明けた。田崎は恐竜の女にすっかり感情移入したようだ。とうとう恐竜の女のことをマヒロ
とか呼び出した。女の名前に発音が近いそうだ。恐竜の女はといえば、田崎にくっついている。
足には副木がされ、包帯が巻かれている。医者に聞くと、折れてはいないだろうがひびが入って
いるらしい。薬をやりたいが下手に投与すると毒物かもしれないので、怖くてできないそうだ。
医者に聞くと、元の群れに連れていった方がいいという。
女を連れて行くことにする。何キロもあるくのは大変そうだから装甲車で行く。田崎がいないと
女が泣くので一緒に連れて行く。装甲車はなくなるが、未来から来た武器があるし
野営地の守りは問題あるまい。途中で田崎がタルボサウルスを倒した場所をとおった。よくこんなの
を一人で殺した者だ。近くに墓があった。女の連れの墓のようだ。田崎が埋めてやったらしい。
女は墓が近づくと悲しそうな鳴き声をあげた。同行していた学者は墓を掘り返して死体を解剖したい
といった。許可してやりたいが、今はやめておく。下手なことをして女の仲間の恨みを買うようなこ
とはしたくない。
女の案内に従い5キロも行っただろうか、目の前に海が見えた。翼竜が魚をあさっているのが
遠めに見える。かなり遠浅になっている。その砂浜にいくつも住居があるのがわかった。
そこかしこで、女の仲間がわらわら動いている。そのうちの一匹が装甲車に気付くと甲高い声を
あげた。おそらく警告の叫びだろう。たちまち手に武器らしきものを持っている戦士があつまっ
てきて住居を守るように展開した。色とりどりの服を着ている。デザインは女と同じだ。
928 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:44 ID:???
女と田崎が装甲車から降りる。ゆっくりと群れに近づいていった。女がきゅいきゅいきゅんきゅん
と鳴き声をあげると、群れのでかい奴も同じように答える。きゅーんきゅーんと何やら
会話しているようだ。さっぱり分からない。学者はマイクで音声を録音していて、その弟子が
フーリエ解析とかで音声をスペクトルに分解している。翻訳できるようになるんかいな。
と、田崎だけこちらに戻ってきていった。
「我々を歓迎するそうです。」
わかるのか。
929 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:45 ID:???
野営地に戻り、指揮官の田辺も連れてくる。野営地の守りを石田一尉に任せる。これより
彼ら先人類と呼ぼうと田辺が提案した。特に反対はしない。砂浜では先人類が食事の準備を
していた。肉の焼けるうまそうな匂いがする。指揮官の田辺を先頭に並んで砂浜に向かう。
田辺を出迎えたのは、3メートルはあるかというでかい先人類だった。この群れのリーダー
だろう。3本足の中指の爪は20cm近くある。敵を倒すときはこれで飛びげりを食らわせ
るらしい。田辺にはボディアーマーをこっそり着させてたが、まあ食らったら即死だろう。
俺が指揮官でなくてよかったと心から思う。言葉がわからないため、何を言っているのか
さっぱりだが礼を言っているようだ。こちらもどうせわからないんだからいっそ潔く日本語
で話す。
リーダー「きゅいきゅいきゅんきゅーん、くいー。」
田辺「田崎二尉を助けていただいたことを心より感謝いたします。」
リーダー「きゅるきゅるきゅいーん。」
田辺「犠牲になった隊員に対する敬意ある扱いを心より感謝いたします。」
リーダー「くーん。きゅーん。きゅいきゅい。」
田辺「今後とも良い関係を築いてお互いに助け合いたいと・・・・・・」
930 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:46 ID:???
それなりに話が通じているのだろうか。まあいい。食事にしよう。向こうから頂くだけなのも
なんなので、こちらも用意する。とりあえず、糧食をやるとしよう。貴重品なのでもったいないが
ここで先人類といい関係を築けると、これから生き延びられる可能性もあがるだろう。
帰れないことには変わりないが、だからといって生き延びる努力を放棄するのもおかしい。
先人類はもう火まで知っているようだ。火を囲みながら食事をしていると気持ちが落ち着く。
小さな先人類が珍しいのか纏わりつく。目をくりくりさせた小さいのがぺたぺたとやってきては、
戦闘糧食をこわごわとつまんで口に入れる。缶詰もあたえてみたが、あけ方が分かるわけもなく
ちょいちょいと可愛い指で格闘している。あけてやると、うれしそうにこっちを見つめてちょこんと
頷いてから食べ始めた。
子供の可愛さは人間と変わらない。ちなみに向こうが用意した食事は草食竜の肉だ。草食竜が
我々を見ると隠れたのはなるほどそういうわけだ。我々も先人類も同じように見えるのだろう。
小型哺乳類の肉もあった。吉田は複雑な表情だ。
「未来で何十万人も消えたかも・・・・・・」
931 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:47 ID:???
「我々は神の使いだそうです。」
田崎が言った。女は田崎によりかかって眠っている。我々は小屋を一つあてがわれた。
今夜はここで泊まっていくことになったからだ。とはいえ、無論歩哨は立てる。
いつ彼らの気が変わるかしれない。
「タルボサウルスを一撃で倒したんだ。そりゃ神にもみえるさ。」
「いえ、神の卵の上に突然現れたからだそうです。」
「神の卵?」
なんのことだかわからない。
「おそらく、未来から送られた支援物資のはいったカプセルですよ。」
田辺が口を挟んだ。卵はタングステン/白金/テフロンの三重層がさらに二重になったものだ。
一番外側はテフロンで、色は白かったから確かに卵にも見える。田崎が頷いてから続ける。
「彼らはあれを神の卵と呼んでいたそうです。近づくと原因不明の体の不調に襲われたり、その周
りには木が生えないからだそうです。」
「トレースできるように仕込まれた放射線のせいですね。」
932 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:48 ID:???
「彼らの伝説によれば、彼らがこの地に現れる以前から卵はそこにあり、一万年ごとに
新しいのが突然現れるそうです。」
「一万年おきに届くように未来から送ってたわけですから、確かにこちらの住人にはそう
見えるでしょう。」
「彼らはたたりを恐れて新しいのが来ると地面に埋めるそうです。その埋めた地面の上に
我々が突然現れたんです。彼らにとっては神の使いに見えたわけです。気付かれないように
ずっと監視してたそうです。攻撃するか歓迎するか決めかねて。彼らにとっても敵である
タルボサウルスに調査団がやられたとき、少なくとも敵の敵であるとは思ったようです。
マヒロが助けられたことで、こちらを味方だと信用してくれました。」
「なるほど。」
いろいろ話の種は尽きない。一緒にきていた吉田は疑問を呈する。
「ありえないんですってば。進化の速度がはやすぎるんですよ。ほんとに。進化を促進させる
何かがない限りありえないんです。」
933 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:48 ID:???
そうはいっても、実際いるんだから仕方あるまい。小さい奴らが来客に興奮して練られないのか
小屋にはいってくっると、ちょろちょろ駆け回り始めた。あぐらで座り込む俺のひざにも一匹くると
居心地がいいのかくるりんと丸くなってしまった。よしよしと頭をなでてやると嬉しそうに頭の方をすり寄せ
てくる。田辺のくしゃくしゃ髪が気に入った奴もいて、肩によいしょと登って3本指で髪をいじって
いる。ここにきてはじめてののんびりした夜だった。
934 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:50 ID:???
一ヶ月たった。本来なら自動的に転移がおきて帰還できるはずだ。駄目とは知りつつ期待してい
たが、やはり何も起きなかった。
一ヶ月以上たつと、こっちの生活にも慣れてしまった。ときおり、肉食恐竜を狩るときもあ
るがそれ以外では銃などはほとんど使わない。先人類ともかなり打ち解けた。魚が食いたくな
ると先人類の浜の近くにいって魚を取る。みたこともない魚ばかりだが、焼けば結構うまい。
淡白な味だ。彼らに釣りを教えてやった。金属は知らないらしいため、針には木を削って尖ら
せたものを使う。入れ食い状態だ。一度でかい鮫がかかってしまい、あやうく噛まれそうになって
いた。他にはフタバスズキリュウがうまいそうだ。砂浜に産卵に来たとこを捕まえるらしい。
海亀のようだ。
彼らとの会話だが、学者が頑張ってくれているせいもあり合成音できゅいきゅいと会話できる。
だがいつもマヒロと一緒の田崎にいたってはもはやネイティブレベルだ。どうやって出すのか彼らと
同じようにきゅいきゅいと声を出す。英語もろくにできないくせに。
935 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:51 ID:???
マヒロが卵を産んだらしい。まさか・・・・・・一瞬驚愕する。無論そんなわけはない。
マヒロと一緒にタルボサウルスに襲われたのはマヒロの旦那だったらしい。そのときの卵のようだ。
田崎にちょっと同情する。しかし奴はこちらの想像を超えていた。
卵を温めたいからしばらく育児休暇をくれと言われたときは腰が抜けた。
確かに男にも育児休暇の制度はあるが、卵を温めたいからというのは初めてだ。
田辺に言うと
「まあいいんじゃないですか。おめでたいことだし。」
なんでも彼らは夫婦で交代で卵を温めるらしい。ペンギンに似
ている。そうか・・・・・・夫婦か。
一度田崎の所に見舞いに行った。小さな卵を3つ抱えてわらのベッドの上に横になっていた。
936 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:53 ID:???
田辺はあれから一度もコンタクトに成功していない。毎日そればかりに取り組んでいるが
どうにもならないらしい。
「駄目です。完全に交信途絶です。まるで妨害されてるかのようですよ。
理論的には絶対ありえないレベルのノイズで、いくらアンプしても駄目なんです。」
なにやら野営地が騒がしいと思って外を見ると、隊員たちが集まってわいわい騒いでいる
田崎の子供が生まれたらしい。正確には義理の子供だ。小さくて本当に愛らしい。田崎の後を
ちょこちょこついてくる。名前は”まぴろ”、”まはま”、”でぃろまと”というらしい。
田崎は尋常ではない可愛がりようだ。口移しで食べ物を与えている。先人類は卵を生んで
生まれた子供を育てるらしい。
マヒロとその子供はもう我々の一員も同然だった。隊員たちも子供がいるのはうれしいらしく
いろいろかまったりしている。
937 名前: 798 ◆3ZDL4KXwfY 03/12/12 05:55 ID:???
このまま帰還できないままここで土になるんだろうか・・・・・・じゃれる子供を眺めていると
突然広場の一部に電撃が走る。ものすごい電撃が荒れ狂う。空気がオゾン臭くなってきた。
田崎とマヒロは子供を抱えるとさっと避難した。田辺がテントから出てきて言う
「これは・・・・・・跳躍です。なにかが来ますよ・・・・・・。」
今まで、跳躍するほうで、跳躍してくるのを見たことがなかったが、こういうものなのか。
突然電撃が止まるとそこには一人の人間が立っていた。ゆっくり辺りを見回すとその人間は
厳格な声で、
「私は空間自衛隊第一大隊所属ネイアゲイラ一佐だ。この部隊の指揮権は私にある。
部隊が所属している21世紀時点の自衛隊最高指揮官である内閣総理大臣の承認済だ。」
また、おかしな奴が一人増えたようだ・・・・・・
54 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:45 ID:???
「部隊は全火力で持って、この地の小型恐竜全てを殲滅させること。これは諸君の時代の
内閣総理大臣の命令でもある。」
ネイアゲイラ一佐の目元はバイザーのようなもので隠れているため表情が読めない。声は
どこかに仕込まれたマイクかなにかで変調増幅されているようで男か女かもわからない。
「殲滅を確認した後、私の所持する抗エントロピー杖で部隊を停滞力場に包む。我々は6500万年
後に解凍される予定だ。喜べ。未来に帰れるぞ。」
矢継ぎ早の命令を下される。その場の全員はぽかんとしている。あまりにもいきなりだ。それに
もしかして、殲滅する小型恐竜にはマヒロの仲間も含まれてるのか・・・・・・
「どうした。さっさと武装を始めないか。」
いきなり言われても状況がつかめない。それに彼らを殲滅だと。冗談じゃない。俺たちは日本国民
を守る自衛隊だ。ここは6500万年とはいえ日本だし、彼らは日本国民であるともいえる。
そんな無茶な命令にはいそうですかと従えるものか。
55 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:46 ID:???
電撃が去って安心したのか、子供たちがちょろちょろ駆け出してきた。好奇心が抑えられないのだろう。
その後を追うようにマヒロと田崎もその場に出てきた。
ネイアゲイラ一佐とか名乗る人間は、それを見ると
「やはり・・・・・・既にここまで知性化していたか・・・・・・」
呟くと、腰のホルダーから右手で妙な武器を取り出して子供たちに向ける。
銃器のようだが、デザインはまるでおもちゃの光線銃だ。ためらいもなく引き金をひくと、
音も光もないのに子供たちの中の一匹がいきなり炎に包まれた。一番大きくて、好奇心の強い、
体に青と緑のぶちぶちの模様のある”でぃろまと”だった。辺りに肉の焼ける匂いが漂ってくる。
周囲の時間が停止した。
「キイイイイイイイイイイ。」
マヒロが鳴き声をあげことで時間が動き出した。田崎は逆上して掴みかかろうとうとした。
残った二匹の子供は何が起きたのか理解できないようだ。
掴みかかろうとした田崎が、はじかれたように吹っ飛んだ。地面に体をしたたかに打ち付け
たようだ。神経が麻痺したように手足がひくひくと動いている。
ネイアゲイラ一佐は左手になわとびの柄のようなものを持っている。手元のボタンを押すと
伸縮自在の鞭が飛び出すようだ。
「教育用の懲罰鞭だ。出力は抑えておいた。2時間ほどで回復するだろう。」
56 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:47 ID:???
こともなげにいうと、鳴き声あげつづけているマヒロとその子供たちに先ほどの光線銃の
ような武器を向けた。危ない。ええい、こうなったらやむをえん。
「そこまでだ。ネイアゲイラ一佐とやら。」
俺は言うと手持ちの9mm拳銃を向ける。部下たちもそれを見て、武器でネイアゲイラ一佐に
狙いをつける。
「彼らに手を出せば、こちらも発砲はためらわない。」
いくら変な武器で武装していても、これほどの銃口に狙われてはどうしようもない。
ネイアゲイラ一佐はおとなしく光線銃をホルダーに納めた。
「上官の命令に従えないというのか。」
ふんと鼻で笑うような傲慢な調子だ。
「こちらはあなたをネイアゲイラ一佐と確認していません。今のあなたはこの場に
乱入してきただけの人間です。」
「早く奴らを殲滅せねば、大変なことになるのだぞ。」
「詳しいことは後ほど伺いましょう。」
泣き叫ぶマヒロとその子供たちとぴくぴくしている田崎を部下に任せて俺たちはネイアゲイラ一佐
を連行していった
57 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:48 ID:???
ネイアゲイラ一佐の武装を解除する、変なものがいっぱい出てきた。こういうのは自衛官でなくて
学者に任せよう。服もすごい。グラスファイバー製で回りの光景を完全に写しこんで見えなくなってしまう。
ものすごい進化した迷彩服だ。ネイアゲイラ一佐が女性だったということはこのときにようやく分かった。
女性らしく胸に小さなペンダントをしている。
「それに触るな。大したものじゃない。」
私物らしい。一応検査の後で返してやろう。しかし、女の癖に平気で子供を殺すとは・・・・・・
「私は訓練を受けている。任務とあらばためらいはしない。」
子供を殺す訓練をかと皮肉ると、少し怒った。バイザーも試しにつけてみたが、ELでいろんな表示
がちかちかしていてなにがなんだかわからない。しかし、明らかに日本語らしいことだけはわかる。
これも学者に任せる。どこから来たのかは知れないが、技術は俺たちより進んでいる。
ネイアゲイラ一佐の顔は明らかに日本人とは違う。人種は何人なのか想像もつかない。我々が
顔つきに興味を持っていることに気付いたネイアゲイラ一佐は
「300年も経つんだ、混血もすすむさ。」
58 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:49 ID:???
野営地では動揺が走っていた。隊員たちはみなネイアゲイラ一佐の言葉を聞いて戸惑っていた。
帰還不可能であるとあきらめていたところ、帰れる見込みもできた。
しかし、その代償としてせっかく仲良くなったマヒロたちを皆殺しにせねばならないという。隊員
たちの意見も二つに割れていた。皆殺しもやむを得ないという一派とそんなことはとてもできない
という一派である。皆殺し派の方が数としては明らかに優勢だ。仲良くなったと言っても所詮
マヒロたちは人間とは姿形がまるで違う。人間はかつて肌の色が違うだけで、虐殺もした生き物
である。皆殺し派が優勢になるのも当然と言えた。皆殺し派のリーダーは自衛官の石田一尉と
学者では数少ない地質学者の田中三佐である。二人は共謀して、仮に田辺や秋葉が皆殺しを躊躇した
ときはクーデターを起こそうと計画していた。
クーデターといってもそれほど大それたものではない。数に勝る皆殺し派が反対派を捕らえて
武装解除する。その後はどこかへ監禁しておくつもりだった。その後マヒロたちを皆殺しにする。
油断しているようだし、装甲車とヘリからの掃射で事足りる。後は反対派を解放し、一緒に帰れば
いい。帰った後、反乱で処罰されるかもしれないがこんなとこで死ぬよりはよほどいいと彼らは
考えていた。
59 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:50 ID:???
「すると、あなたは24世紀から来たんですか?」
田辺が質問する。
「何度も同じことを言わせるな。」
銃口に睨まれているにもかかわらず。ネイアゲイラ一佐が倣岸に答える。この度胸は
たいしたもんだ。ネイアゲイラ一佐は24世紀から来たらしい。技術が相当進んでいるよう
で、我々の時間を確かめて寸分の誤差もなくやってきた。しかし、おかしい。恐竜の絶滅
なら自分らでやればいい、一人で来ないで大部隊でくればいいじゃないか。それなのに、
何故我々にやらせようとするんだ?それだけの技術があれば小さい集落程度なら絶滅など
容易だろうに。
「大部隊の跳躍は不可能だった。未来が揺れている。そのためもっと未来からくることもできない。
私のいた24世紀がここまで跳躍できるぎりぎりの時点だった。この時代で使える兵力
は諸君らしかいない。ゆえに私は21世紀で君らの時代の総理大臣から許可を得たのだ。
支援物資にあった手紙は既に読んでいるのなら、私の正当性がわかるはずだ。
いまなら、上官への反逆も大目に見てやらんこともない。」
未来が揺れていると?
「諸君らの要請した支援物資に仕込まれていたトレーサーが奴らの進化を促進した。本来は恐竜は
知性を獲得する前に絶滅する予定だったのだ。奴らはやがて世界を支配した。その世界では
哺乳類の出番はない。この時代は二つの世界の分岐点にあたっている。諸君らの行動が人類の
命運を握っている。情にほだされて奴らを生かしておけば、人類の未来そのものが消滅して
しまうのだぞ。」
それでマヒロたちを皆殺しか・・・・・・
60 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:51 ID:???
「それは変ですよ。」
と吉田が言う。
「だって、私たちが送る支援物資に指揮権を譲れって手紙が入ってたんでしょ。その手紙を
入れさせたのはあなたです。支援物資のトレーサーのせいで恐竜が進化したっていうんなら、
私たちを見殺しにしても手紙も支援物資も送らなきゃいいじゃないですか。」
そういやそうだな。
「無駄だ。タイムマシンにそういった因果関係は通用しない。仮に私が支援物資を送らないよう
にしたとしよう。奴らは進化しない。未来は揺れず、支援物資を止めに私が来ることもない。
ゆえに、物資は送られる。どうどう巡りになってしまう。原因と結果が複雑に絡み合って
いまの状況がある。それに仮に支援物資をとめてもなにがしかのきっかけで進化はおきるだろう。
一旦ある事象が発生すると、その未来が確定しやすくなる傾向があるからだ。
空間自衛隊が24世紀で6500万年前の時点が揺らいでいると報告を受けたときには
もう遅かったのだ。24世紀の空間自衛隊にできることは、ただ支援物資に手紙を入れさせ、
指揮官である私だけを跳躍させる以外に手はなかったのだ。そもそもタイムマシンにつきもののこ
の手のパラドックスは24世紀では解明できていない。
もっと未来でも解明できているかどうか
怪しいものだ。その場その場でできる限り最善と思われることをするしかない。」
「それならもっとほかに手があるんじゃないですか。皆殺しにすればいいのは勿論
わかりますが、ほかにもっといい解決法が。」
と吉田。ネイアゲイラ一佐は少し迷ったあと、
「わからん。皆殺し以外の解決法があるかもしれんが・・・・・・」
61 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:52 ID:???
田辺は吉田を始めとする学者たちと話し合っていたが、学者たちは少数の例外を除いては
皆殺し以外の解決法を探そうという意見に固まりつつあった。
「秋葉二佐。如何に思われますか。」
と田辺は俺に話を振る。俺は基本的に田辺たちに賛成だ。じっくり考えればいい解決法も
あるかもしれないしな。
62 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:53 ID:???
野営地に夜が来た。マヒロの鳴き声が聞こえる。子供の死を悼んでいるらしい。悲しい鳴き声だった。
麻痺から回復した田崎はネイアゲイラを殺してやると息巻いたが何とかとめた。奴が未来への帰還の
鍵であることは確かだ。
夜も大分ふけたところで、部下に起こされた。
「秋葉二佐。あなたを逮捕します。」
なんの冗談だ。おかしな事ばかり続いて疲れてるんだ。寝かせてくれ。だが、冗談で
はないようだ。しかも俺に銃口を突きつけているのは信頼していた石田一尉だ・・・・・・
「田辺一佐と吉田三佐も既に拘束しました。」
「石田一尉。冗談もほどほどにせんか。」
「冗談とお思いですか?」
と、ネイアゲイラ一佐がやってきた。石田一尉はさっと敬礼して、
「ネイアゲイラ一佐。反乱の首謀者である田辺一佐、秋葉二佐、吉田三佐を始め、
ほか30名を逮捕しました。」
ネイアゲイラ一佐はご苦労と答える。いつのまにか、自分の装備を身につけている。
「石田一尉。命令だ。夜が明け次第、奴らを自衛隊の全火力を持って殲滅すること。その後、
未来に帰還だ。」
「了解しました。」
63 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:54 ID:???
野営地ではマヒロとその子供達が殺されようとしていた。銃殺役を申し渡された隊員達は気が
重そうだ。やりたくないに決まっている。炎であかあかと照らされた広場に出されたマヒロと
その子供達は怯えていた。きゅうきゅうと鳴いている。いままで、優しかった人間達がどうして
こんなことをするのか理解できないのだろう。
「ごめんな・・・・・・」
銃殺役の隊員の一人が呟く。引き金が引かれようとした瞬間、
「動くな。」
田崎がいつのまにか拘束から抜け出して、銃で隊員達に狙いをつけていた。
「お前たちも射殺するぞ。」
「田崎。馬鹿なことはやめろ。所詮獣じゃないか。何故そこまで。」
石田一尉が言う。田崎はそれには答えず。マヒロを向いてきいいいいいいいと鳴いた。
逃げろと言う意味なのだろう。マヒロ達はそれを受けてさっと逃げ出す。夜の暗く深い森に
飛び込むとあっという間に見えなくなってしまった。それを見ている銃殺役の隊員達は
むしろほっとした様子だ。
「動くな、動くなよ。」
田崎はいいながら、自分も森の方に移動していく。そして、銃を向けたまま森に入って
しまった。
64 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 01:56 ID:???
「誰だ。田崎を解放したのは。」
石田一尉が怒鳴る。おずおずと一人の隊員がでてきた。
「申し訳ありません。せめてマヒロの死を見守ってやりたいというので、連れてこようと
したらいきなり殴られ銃を奪われました。」
ネイアゲイラ一佐はその報告を受けてもほとんど動揺しない。追跡隊を出そうとする石田一尉
に対し、
「その必要はないだろう。2、3の個体が逃げ延びたところで、遺伝的多様性を確保できず絶滅
するだけだ。それより明朝からの作戦に向け、よく休息しておけ。」
「そういうものでありますか?」
「そういうものだ。」
65 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:23 ID:???
テントの中でネイアゲイラ一佐が眠っている。ネイアゲイラ一佐は空間自衛隊に入った
いきさつを夢に見ていた。
「生まれたのは、日本人が開拓した植民惑星だ。デルタパボニスという恒星系の第2惑星だ。
地質学的年代は地球の白亜紀に近い。そこにもその惑星で進化したディノサウロイドがいた。
人類と仲が良かった。ディノサウロイドの村へ遊びに行ったり、向こうがこっちの村に遊び
に来たりだ。」
「あるとき、ディノサウロイドの友人の誕生日に贈るプレゼントを買いに近くの町まで行った。
小さな安物のペンダントだ。一所懸命両親のお手伝いをしてもらった小遣いで買ったものだ。
帰るときには、友人の喜ぶ顔が目に浮かんでいた。」
「家に帰ってみると、誰もいない。近くを見るとディノサウロイドの連中がパーティーを
やっていた。なんだみんなこれに参加してるのかと思って近づくと、奴らの食ってるのは
5歳になる弟だった。」
「父も母も近所のおじさんもみんな食われていた。何故そうなったかはわからない。始まりは
つまらないことだったのだろう。逃げる私に気づいたディノサウロイドが追っかけてきた。
私は押し倒され体中を生きたまま食われていた。貪ってる奴にはプレゼントを贈る筈だった
友人もいた。死にかけてたとき、人間の自衛隊が来て奴らを追い払った。私は両手足と内臓と
顔まで半分食われていた。わざと苦しませようと心臓は後回しにされていた。なんとか生きて
いた私を自衛隊は機械化して助けてくれたのだ。人間と爬虫類の共存などは無理だということを
思い知った。機械化した体を鏡で見ながら奴らを皆殺しにしてやると誓った。」
「そのまま自衛隊に入った。初仕事はディノサウロイドの皆殺し作戦だ。ためらう同僚を
よそに嬉々として奴らを皆殺しにしていった。かつて友人だったディノサウロイドを殺す
ときは最高に気分が良かった。ハッピバースデートゥーユーと歌いながら手足を打ち抜き動きを
止め、思い切り苦しませてやった。何か言いたそうだったが、黙って死んでいった。」
66 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:23 ID:???
夜が明けた。
「この作戦はカルネアデス作戦と呼称する。」
朝焼けの中でネイアゲイラ一佐が隊員達を前に説明していた。要は皆殺しだ。
虐殺派の隊員達を2手に分ける。一方は秋葉たちの監視に残して、残り一方は装甲車やヘリまで
持ちだして集落を襲いマヒロの仲間たちを殲滅させるというものだ。
「いいか、確実に殲滅させるのだ。子供や卵も見逃すな。」
気が重そうな隊員達もいる。いざ実行するとなると・・・・・・
「21世紀に戻ったら諸君らは英雄になるだろう。何しろ人類の未来を救ったのだからな。」
67 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:23 ID:???
具体的なやり方は石田一尉に一任されていた。ネイアゲイラ一佐は21世紀の自衛隊について
一応の知識はあるものの詳細まではさすがに分からない。仮に自衛隊員に戦国時代で指揮をしろと
いわれてもよくわからないのと同じだ。石田一尉はてきぱきと指示を下す。装甲車のエンジンが
暖まり、ヘリのローターが回りだす。
作戦は、装甲車で集落に突入後機関砲を撃ちまくって動揺をさそう、森に逃げ出すのは散開して
包囲した隊員の銃が片付け、ヘリは上空から先人類の逃げる方向を無線で逐次伝えるというものだ。
散開する隊員はおよそ100名だ。10名ずつにわけて、浜辺の集落をぐるりと包囲するつもりだ。
これだけ技術の差があるのに、作戦も何もあるものかと石田は思う。しかし、作戦と言う形にしな
ければならない。虐殺ではなく戦争という形式にすることで、罪の意識が少々薄れる。隊員達は
俺の命令に従っているだけだと思っててくれれば、ためらいも少なくなるだろう。
ネイアゲイラ一佐は広場で秋葉二佐達の監視組だ。まかり間違って先人類の流れ矢にでもあ
たって命を落とせば、帰還できなくなるからだ。
68 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:24 ID:???
装甲車の中で石田はずっと日本に残した家族のことを考えていた。上の女の子は今年幼稚園だ。
妻は三人目を身篭っている。ごめんな、と先人類に心の中で手を合わせる。俺はこんなとこで
死ぬわけにはいかないんだよ。お前らに恨みも憎しみもないんだ。俺達はただ帰りたいだけなん
だ・・・・・・
田中三佐は帰ったら自分にもたらされる名声のことを考えていた。6500万年前で相当の
標本を手にした。帰ったら何本も論文を書けるだろうな。教授のポストは確実だ。ゆくゆくは
学部長も・・・・・・
と、二人の思考は中断した。目の前がぐらぐら揺れている。なんだこりゃ、と思う間もなく
意識が途切れた。胴体と離れ離れになった二人の首がぽとりと膝の上に落ちる。
離れ離れになったのは二人の首だけではない。装甲車そのものが乗員全てを含めて上下で
真っ二つになっていた。カーボン=カーボン単分子繊維のトラップに引っかかったのだ。
装甲車はしばらく惰性で森をかきわけ走っていたが、やがて燃料に引火して炎上した。
上空の多用途ヘリは突然あがった火の手に驚いた。まだ、散開して包囲するにはいたってない。
攻撃ならタイミングが早すぎる。まさか、先人類に気付かれて先制を受けたのかと無線で連絡
しようとするが、無線もなかなか通じない。、まさかこの時代にジャミングでもあるまいしと
無線機にかかっていた隊員は思った。とにかく火の手の上空に急行しようとしたところ、朝焼け
の赤い光の中に一筋の光条がきらめいた。その光は狙いをあやまたず、ヘリに命中する。ヘリの
外壁の光があたった部分が沸騰し、乗員は数千度の熱にさらされ黒焦げになり即死した。
ヘリも空中で爆発する。
69 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:27 ID:???
散開包囲の自衛隊員は混乱の真っ只中だ。装甲車は炎上し、ヘリは爆発した。指揮官を
いきなり失い右往左往する。広場の監視部隊に連絡しようにも無線は調子が悪くなかなかつながらない。
と、隊員の一人の頭がはじけとんだ。脳が一気に沸騰蒸発し、その内圧に頭蓋骨が耐えられなくなっ
たのだ。頭を失った体は奇妙な彫刻のようだ。噴水の用に鮮血がぴゅーぴゅーと首からあふれている。
その彫刻はしばらくそのまま立っていたが、やがてバランスが崩れて草むらにばたんと倒れた。
「石崎三尉。これは一体?」
手練の曹長が年若の部隊長に尋ねている。
「し、知らない、知らないよ。」
防大出の若者は経験不足らしく、おろおろしている。曹長は防大出はいざとなると駄目だなと内心
舌打ちした。おそらく先人類の投石器か何かだろうと曹長は見当をつけた。やっぱりマヒロ達を
逃がしたせいだな。田崎二尉ももしかしたら奴らの味方をしてるかもしれない。こっちの
装備を知ってるんだからそりゃ迎え討つ気ならトラップの一つや二つは仕掛けるだろうぜ。
それにしても、待ち伏せだとすりゃたいしたもんだ。低空飛行とはいえヘリにうまく石をあてるし、
どうやったか知らんが装甲車までやっつけちまった。おまけに人間みたいな小さな目標にも当て
ちまう。しかしそうそう連射できるもんではないし、さっきのみたく油断してぼさっと
突っ立ってなきゃあたりはしないさ。経験豊富な曹長ならではの判断である。
「も、もういやだよ。帰ろうよ。広場へ戻ろう。」
石崎三尉はおろおろしている。やれやれ、まったく使えない指揮官様だと曹長は思った。
「全員伏せろ。油断するなよ。奴らはただのトカゲじゃねーんだぞ。」
70 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:28 ID:???
曹長が代わりに命令する。全員がさっと伏せるが、石崎三尉はまだふらふらしている。
まったくもう、と曹長が石崎三尉の頭をつかんで地面に叩きつけるように伏せさせた。
「ど、どうしよう。」
腹ばいになって顔をくっつけてきた石崎三尉が曹長に尋ねる。
「そうですね、まずはこの場を離れましょう。おそらく投石器で狙われてます。」
「そ、そうしよう。」
態勢を伏せたままそろそろと移動する。と、先頭の石崎三尉の動きが止まった。
まったく何やってんだよ。しょうがねーなーと曹長が横に回ると、石崎三尉の首は胴体から切断されていた。
地面におちている首はあれ?とでもいうようにきょろきょろと目を動かしていた。
「ひいいいいいいいいいい。」
北のゲリラと実戦の経験がある曹長さえ、恐怖のあまり叫ぶ。曹長の前に全身を光学迷彩
で包んだ戦士達が姿を現した。赤外線で警戒していたが、可視から赤外までの波長の反射率を服の
あらゆる場所で自由に制御できるらしく、完璧に森に溶け込んでしまう。その戦士達は日本刀のように
反り返った大きな剣と銃で武装している。銃はビームのようなもので、頭が吹き飛んだ隊員はこれ
にやられたのだ。また、剣の刃の部分は高周波で振動しているらしく、キーンと音がして
いた。石崎三尉はその剣で首をはねられたのだ。曹長は思った。これは・・・・・・俺達で相手できるよう
な奴らじゃないぞ。
71 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:29 ID:???
「に、逃げるんだ。」
とても勝てないと見た曹長は銃を乱射しながら逃走しようとした。しかし、いつのまにか真後ろに
回っていた戦士の一人がぶんと剣をふると、ころんと曹長の首が地面に落ちた。パニックに陥った
自衛隊員を神出鬼没の戦士達がまるで農作物を収穫するかのようにひょいひょいと切り刻んでいく。
1分とかからずに殺戮は終わった。あたりには自衛隊員の死体が転がっていた。
他の散開部隊も全て同様に殺戮されていた。100名からの自衛隊員は戦士達に傷一つ負わせる
こともできなく壊滅した。戦士達は死体を全て拾い集めると、死体に武器を抱かせた格好にして
地面に埋めていった。
72 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:32 ID:???
「秋葉二佐、そう怖い顔をしなくてもいいじゃありませんか。」
ネイアゲイラ一佐を睨みつけていると奴は言った。余裕が出てきたからか、口調が倣岸
なものではなく女性らしくなっている。こちらが本当のネイアゲイラ一佐なんだろうか?
バイザーは外しているため、表情が見て取れる。エキゾチックだが意外と整った顔だ。
21世紀でならモデルにでもなれるだろうか。
俺と田辺を含む虐殺反対派は常に監視されている。妙な真似をすれば即射殺してもよいとの
許可がネイアゲイラ一佐からでているため、睨むことくらいしかできない。
「なんでそんなに奴らにこだわるの?所詮爬虫類でしょ?」
子供をたしなめるような調子だ。
「彼らはあきらかに知性があります。皆殺しなんて絶対できません。」
と、田辺。
あきれたようにネイアゲイラ一佐が答える。
「人間同士は平気で殺してるじゃないの。ネイティブアメリカン、南米のインディオ、黒人奴隷、
タスマニア、アボリジニ、南京、広島、チベット、ユーゴ、ウォルフ3、イプシロンインディ2。
数え上げたらきりがないわ。」
そして肩をすくめながら、
「リストに項目が一つ増えた。ただそれだけのことよ。」
73 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:33 ID:???
本来彼らは知性化しなければ、今からほんの数ヵ月後に起きるという隕石の衝突と造山活動の
活発化があわさった結果起こった氷期に耐えられず絶滅するらしい。しかし、俺達の支援物資の
せいで知性化した彼らはその危機をなんとかのりこえるようだ。
「知性があれば例え地球が寒冷化しても衣服をまとってしのげるし、食料不足に備えて計画的に
備蓄もできる。今から一万年もすれば全地球を覆うほど奴らディノサウロイドは繁栄する。さらに
我々が来た6500万年後にはどこまで生存圏が発展しているか想像もつかないわ。おそらく
この銀河系全体、もしかするとよその銀河系までいっているかもね。」
「だから今のうちに絶滅させるの。さもないと・・・・・・」
ばたばたと、部下が駆け込んできた。
「どうした。何事か。」
ネイアゲイラ一佐の口調が厳しくなる。青ざめた表情の部下が報告した。
「それが・・・・・・実行部隊が全滅した模様です。」
74 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:35 ID:???
ネイアゲイラ一佐はやや驚いた表情を見せたが、すぐ平静に戻った。
「分かった。ここの守りを固めろ。」
実行部隊の生き残りがいるかもしれないから救出をという部下だが、
「無駄だ。誰も生きてはいまい。それより、反対派の監視を解いて原隊に復帰させろ。
これからは一人でも多くの戦力が必要になる。」
命令を受けた部下があたふたと出て行った。俺達の監視も解かれた。
「ネイアゲイラ一佐。どういうことですか。全滅したっていうのは・・・・・・」
「こうなる前に奴らを殲滅したかった。一歩遅かったか・・・・・・」
ネイアゲイラ一佐は残念そうに言った。
「説明してください。ネイアゲイラ一佐にはその義務があります。」
田辺がいつにない厳しい口調である。
「簡単だ。奴らとてタイムマシンはいずれ発明するだろう。つまり、我々が未来から来たように
奴らの未来からも部隊が来たのだ。向こうにとって正しい歴史とはディノサウロイドが進化する
歴史だ。それを妨げようとする我々は奴らにとっては敵以外の何者でもない。奴らの文明は
今のところクロマニヨン人程度だ。本来なら装甲車を破壊したり、ヘリを落とすなどという芸当
はできようはずもない。奴らの未来から強力な軍隊がやってきたという解釈以外にありえない。」
75 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:36 ID:???
ネイアゲイラ一佐は、全員を前に仔細を説明していた。敵は未来から来た軍隊であること。
実行部隊は壊滅したこと。なんとしてもこの戦いに勝利しなければ人類が消えうせることなど
である。しかし、こちらから攻勢にでるには戦力が少なすぎるので当座はこの野営地の守りを
しっかりと固めるようにといい、説明は終わった。
ネイアゲイラ一佐は実行部隊の全滅は油断していたところを不意打ちでやられたためで、
守りをしっかり固めればそうそうやられることはないと、部下を安心させようとしていた。
しかしそれが嘘であろうことは口には出さないが皆気付いていた。
76 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:38 ID:???
佐官を集めたテントで対策会議が行われていた。このような状況になるにいたってはもはや
ネイアゲイラ一佐と意見の違いで対立している場合ではない。
吉田三佐
「敵の科学力は我々を上回るのでは?。我々も未来から援軍が必要です。」
ネイアゲイラ一佐
「無理だ。実行部隊の全滅で彼らの未来が確定する可能性が高くなってしまった。我々の未来からは
もはや素粒子の一かけらも送れまい。そもそも私一人が転移するだけで精一杯だったのだ。」
太田三佐
「でも彼らは実行部隊が全滅して、彼らの未来が確定する可能性が高くなる前に部隊を送ってきた
ようですが?」
ネイアゲイラ一佐
「我々は6500万年という距離を隔てている。奴らはおそらく・・・・・そうだな・・・・・・多めに見積もっても
この時代から10万年以内というとこだろう。向こうの方がこの時代にはるかに近い。奴らにはそういう
アドバンテージがあるのだ。」
77 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:39 ID:???
俺
「そういえば・・・・・・なんで我々を今殺さないんです。そんなことぐらい簡単なはずだ。
ここに爆弾でも落とせばいい。」
ネイアゲイラ一佐
「あまり大規模な攻撃で環境を破壊したくないのだろう。かなり確定したとはいえ彼らの未来は
まだ100%とはいえない。大規模な破壊は、せっかく進化させた未来を逆戻りさせる。
奴らがここを襲わない理由は我々が核や破壊力の大きい爆弾で自爆するかもしれない事を
恐れているのだろう。」
田辺一佐
「そんなの持ってる訳ないじゃないですか。」
ネイアゲイラ一佐
「そのことは知っている。しかし奴らからは分からない。こちらが奴らの正確な装備を知らない
ようにな。こちらの実行部隊を全滅させるときも奴らは、内心はびくびくしていたに違いない。
自爆されるんじゃないかとな。こちらの正確な装備を知られたら攻撃が来るだろう。
悟られないようにしなくてはな。」
78 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:45 ID:???
現在我々は膠着状態に陥っていた。こちらから先人類を攻撃するなどとてもできない。実行部隊の
ように全滅するのは火を見るよりも明らかだ。とはいえ、向こうもこちらを攻撃できない。こちらに
核があるかもしれないと思っている以上うかつには動けないのだ。
ぴりぴりしたまま、一週間が過ぎた・・・・・・そして、この膠着状態を破る一手が野営地にやってきた。
「白旗をあげてます。交戦する気はないようです。」
報告を受けて出迎える。二人の人影が森からゆっくりと現れた。素手だ。白旗を
振ってるのは、なんてこった・・・・・・田崎だ。もう一人は明らかに人間ではない。マヒロにそっくりだ。
おそらく実行部隊を全滅させたディノサウロイドだろう。ゆっくりと田崎と並んで歩きながら
こちらに向かって来る。田崎が叫んでいる。
「撃つな。話し合いに来た。」
そのディノサウロイドは流暢にこちらの言葉を喋った。言葉は、胸についている丸い機械のような
ものから出ている。おそらく翻訳機だろう。全身をメタリックな輝きの服でしっかり覆っている。
「こちらの、田崎さんから、言葉は教わった。」
そのディノサウロイドをテントの中に案内させ椅子に座ってもらう。田崎も隣に座った。
この野郎、恐竜側に座りやがった。あっちの人間になっちまったのかよ。
一応客なので彼に飲み物も出してやる。キカデオイデアの球果を絞って水で薄めたジュースだ。
やっこさんは暑くてかなわんからこれはありがたいとぐいっと一飲みだ。そういう様を見ていると、
とても憎しみは感じない。実行部隊を全滅はさせたが、それはこちらが彼らの先祖を殺そうとし
たからで・・・・・・
79 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:47 ID:???
「私は、第654派遣隊長のヴェルバキスだ。今から85000年後から来た。」
そのディノサウロイドは自己紹介をした。こちらもそれぞれ自分の名前を名乗る。
「まずは君達の部隊を全滅させたことのお詫びを言いたい。」
ヴェルバキスは頭を下げた。
「あのときは、我々も過去に跳躍したばかりで情報が不足していた。君達と話合いをする余裕
もなかったのだ。」
「単刀直入に言う。」
田崎め。ことわざまで教えたようだ。ちなみにネイアゲイラ一佐には引っ込んでてもらう。
まさかとは思うが、田崎が怒りのあまり、ネイアゲイラ一佐を殺しでもしたら面倒だ。
「我々に協力して欲しい。」
どういうことだ。
「何かが起きている。実は我々も未来と連絡がとれなくなった。そちらも連絡できないのは
田崎さんから聞いて知っている。」
まったくなんでもかんでもぺらぺらと・・・・・・
「未来は我々も人類も発生しないという可能性に向けて進んでいるようだ。何が起きたのか
調査中だ。同じ地球人として協力して欲しい。」
80 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:48 ID:???
ネイアゲイラ一佐が出てきた。田崎がちらっとネイアゲイラ一佐の方を見た。
田崎も詳細は分かっているのだ。ネイアゲイラ一佐が”でぃろまと”を殺したのもいわば人類の
未来のためで、別に憎しみがあったわけではない。田崎はたまたま感情をディノサウロイドに
移入する機会が多かっただけで、仮に立場がネイアゲイラ一佐と同じだったら田崎も同じよう
に行動しただろう。
「お初にお目にかかる。」
慇懃無礼な恐竜だ。
「我々が攻撃を控えていたのは、爆弾があるからではなく一重に善意からに過ぎない。」
「爆弾?なんのことだ。」
ネイアゲイラ一佐はとぼける。
「隠しても無駄だ。田崎さんからここに核がないことは聞いた。」
しかし、ネイアゲイラ一佐は切り札が消えたというのに平然としている。
「未来が消えたといったな。」
「そうだ。」
「私の作戦は成功したようだ。」
ネイアゲイラ一佐はにやりと笑った。
81 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:52 ID:???
「君達人類の未来まで消えたのだぞ。」
ヴェルバキスは問い詰めるように言った。しかしネイアゲイラ一佐はあくまでふてぶてしく、
挑発するように、
「やむをえんさ。最終手段だよ。人類もいなくなるが、爬虫類ごときがふんぞりかえる世の中
よりはよほどいいさ。こちらの部隊が全滅したとき既に実行済さ。」
ネイアゲイラ一佐はけたけた笑う。
「隕石の軌道に干渉した。私に搭載されている30阿僧祇フロップスの量子コンピュータが、
少しずつ隕石の軌道を変えていた。一週間の余裕のおかげさ。隕石は月ほどの大きさだ。
本来なら火星軌道を通ったときに潮汐力でばらけて、そのうちのごく小さな破片だけがユカタン半島
に衝突する予定だった。ばらけさせない軌道になるように量子コンピュータで世界を再設計した。
設計はさっき終了したところだ。」
「こちらも、ただちに量子コンピュータで世界を再設計する。」
ヴェルバキスはあわてて言った。
「無駄さ。みたとこそっちの技術力はこっちの21世紀よりは大分上だが24世紀よりは下だ。大よそ
22、3世紀程度ってとこかな?演算能力が段違いだ。今から始めたとこで間に合いやしない。」
「衝突する隕石の熱量と温室効果で地球は深さ1キロのマグマオーシャンに覆われる計算だ。
細菌もウイルスも生きられない。生き残れるのは・・・・・・せいぜいマントル近くで生きてる
耐熱耐圧性の古細菌くらいのもんだろう。ま、心配するには及ばない。また地球に緑が蘇るさ。
冥王代からやりなおし、何億年も後にな。」
82 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:55 ID:???
ヴェルバキスが理解できないといった調子で、
「何故そこまで我々を嫌うのだ。我々は努力の結果敗北し、哺乳類人が進化する未来が来たら
それはそれでいいと思っている。君達は立派な生き物だ。地球の代表として我々と同様ふさわしい。」
確かにそうかもしれん。俺達哺乳類人にとっても、ディノサウロイドが進化する方がみんな消えちまう
よりはましかもな。
「じゃあ、今すぐご先祖どもを皆殺しにしてみなよ。」
「それはできない。」
「ほら、結局そうじゃないか。」
話は平行線を辿っていた。膠着状態はなおさらひどくなったようだ。部下になんと説明すれば
いいんだろうか。埒があかないと見たヴェルバキスは帰っていった。田崎も一緒だ。短い余生は
せめて妻と子と一緒に過ごすんだろう。
83 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:57 ID:???
ヴェルバキスが帰った後、ネイアゲイラ一佐と田辺は皆を集めて説明した。泣き出すものもいる。
確実な死が宣告されたのだ。部隊は皆生きる気力を無くしていた。夜になっても野営地の焚火は
ほとんどない。みんなあきらめきっているのだ。
その一週間後ヴェルバキスと田崎がまた訪れた。
「協力して欲しい。」
こちらには協力できるものなんてないと言った。
「大規模な火力が欲しい。こちらにあるのは、ビームと高周波ブレードぐらいだ。隕石
を破壊するには爆薬がいる。そちらにあるはずだ。田崎さんから未来から相当量の爆薬が
送られたと聞いている。」
あるにはあるが、とてもとても月ほどの隕石なんか破壊できない。
「それでいいのだ。量子コンピュータによる未来の再設計はそれほど完璧にはいかない。
彼女の演算力を持ってしてもほんの少しだけ世界を変えられる程度だ。だからこちらも
ほんの少しの爆薬でいい。もともと壊れるはずの隕石だ。ほんの小さなショックでも
バタフライ効果が起きて、隕石を破壊できる可能性もある。」
「無論こちらも少しは爆薬があるし、ビームの照射もやらないよりははるかにましだ。
なんでもいい。とにかくありったけのものをぶつける。それ以外に方法はない。まさに焼け石に水
かもしれないが、なにもせずに全滅するよりはよほどいい。地球の全生命の危機だ。団結しよう。」
どうやって隕石にぶつけるつもりだ。こっちにはそんな装備はないというと、彼らの持っている
宇宙船を使うと言う。軌道上に待機しているそうだ。こっちの動きは軌道から全部筒抜け
だったらしい。フェアじゃねえよなあ。
84 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 02:58 ID:???
部隊を選抜する。爆薬の取り扱いにたけた5名を選抜した。いざとなったら
神風もあるらしいから嫌なものは抜けろといったが、誰も抜けるものはいなかった。
「宇宙に行くのは初めてですよ。楽しみだなあ。」
田辺は相変わらずのん気だ。お前、状況分かってるよな?
自衛隊にも宇宙に行く奴は最近増えたが、まだまだ少数だ。本格的な宇宙戦力を日本が整備する
のはまだ先だろう。もっとも、未来があればの話だが。
「私は何度も経験がある。」
ネイアゲイラ一佐が答えた。あんた何でここにいるの?
「爬虫類どもの無駄なあがきをみたい。奴らがむなしい遠吠えをあげるのが見たくてな。」
性格の悪い女だ。ヴェルバキスはネイアゲイラ一佐を見ると眉をしかめた、ように見える。
一応我々の上官なので・・・・・・と答えるとしぶしぶながら同意した。勿論妙な態度をとればすぐにでも
射殺すると警告は受けた。一応体内の量子コンピュータは停止させた。
85 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 03:10 ID:???
火星軌道で隕石を見つけた。隕石と言うよりは惑星じゃないか・・・・・・。流石に月と同じ大きさ
というのは誇張だが1000キロはありそうだ。こんなのがおっこってきたら確かにただでは
すむまいな。ちゃちな爆薬で壊せるだろうか?
「あ、でも見てください。結構亀裂が入ってますよ。」
と、田辺。確かに。本来は分裂する予定と言うのは本当だろう。分裂してその小片の一つが地球に
落ちるはずなのか。亀裂に向かってヴェルバキスの部下達がビームを照射している。宇宙服を着込
んで格納庫から撃ちまくっていた。命中している部分が蒸発しつづけているのが見えるが、
まったく何の変化もない。まあ当然だろうな。やがてビームが細ってくると、消えてしまった。
「やはり、熱量が少なすぎる・・・・・・」
「無駄だな。あきらめて念仏でも唱えたほうがいいさ。」
ネイアゲイラ一佐は嘲るように言う。
次は爆薬をしかけるつもりのようだ。軌道速度を一致させた船からヴェルバキスの部下達が降りていく。
こちらの爆薬も一緒に持っていく。時限装置の操作手順はヴェルバキスの通訳の元で彼らにしっかり
教え込んでいる。
「彼らはどうやって帰還するんだ?」
何気なく聞いた。
「帰還はしない。片道だ。大したことじゃない、ほんの数名だ。」
86 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 03:12 ID:???
こともなげにヴェルバキスが答えた。卵から生まれるからその辺りの感覚が人間とは異質のようだ。
亀裂にもぐりこんでしばらくすると、土砂が吹き上がった。
「駄目だ。やはり爆薬が少ない。せめて核があれば・・・・・・」
「さあさあ、次はどうするんだい。この船でもぶつけてみようか。」
ネイアゲイラ一佐は楽しそうに言う。いくらなんでもそれは酷い言い草だ。冷静だった
ヴェルバキスも遂に切れたらしい。ネイアゲイラ一佐につかみかかると、殴り倒した。
馬乗りになったままネイアゲイラ一佐を殴りつけようとする。とネイアゲイラ一佐が泣き出した。
子供のように泣いている。信じられん。あの冷血動物が。
ヴェルバキスも自分のこぶしを見つめると、恥ずかしそうにネイアゲイラ一佐の上から降りた。
泣きじゃくりながらネイアゲイラ一佐は自分の過去を話した。植民惑星でのことから全てだ。
なるほど、それで刺し違えてもディノサウロイドを消そうとまでしたのか。
「そのような過去があるとは知らなかった。それならば、我々のことを忌み嫌っていた理由も
納得できる。しかし、その惑星の者と我々とはまったく違う。」
「分かっている。しかし頭では分かっていても心では別だ。お前の手で殴られた瞬間あのときの
ことを思い出した。友人と思っていた者に押し倒されて噛みつかれて・・・・・・」
そこでネイアゲイラ一佐はっとして言葉を止めた。ネイアゲイラ一佐は放心したままぶつぶつ
呟いていた。何を言っているのか良く聞こえない。
87 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 03:13 ID:???
「違う。違う。違う。違う。違う。彼は・・・・・・私を守ろうとしてくれてたんだ・・・・・・」
食われそうになっていた彼女を守るため、彼は大人達を止めようとしていた。
人間の自衛隊を呼んだのも彼に違いない。タイミングよく自衛隊が現れたのはそういうわけだ。
あまりの恐怖に正確な記憶を追いやってしまっていた。そのあと彼がどこかへいったのは、
あわせる顔がなかったからに違いない。それを私は嬉々として殺してしまった・・・・・・
最後に彼は何をいいかけたんだろうか・・・・・・悲しそうに私を見ていたな・・・・・・
88 名前:798 ◆3ZDL4KXwfY :03/12/15 03:17 ID:???
泣きじゃくっていたネイアゲイラ一佐は何事かを決心したようにすくっと立ち上がった。
「核は・・・・・・ある。」