550  名前:  名無し三等兵  2006/02/09(木)  23:41:23  ID:???  

流れも見ずに投入  

「なるほど。確かに何らかの精霊の力が働いた形跡があります」  
白いローブに身を包んだ年齢不詳の女が囁いた。  
「本当ですか、ストラッツさん?  それはどんな術なのかわかりますか?」  
驚きと安堵の感情が篭った声で紺のスーツに身を包んだ男が聞き返す。  
乱雑な部屋では鑑識のフラッシュが光っている。  
「私の持っている知識で一番近いのは『呪殺』と呼ばれる術です、サイグーケーシー」  
ストラッツ、警視庁鑑識課特別顧問に任命されている魔術師ストラッツはそう答えた。  
「『呪殺』?  相手を呪い殺すということですか?」  
警視庁捜査一課第一係主任、三枝警視は聞き返した。  
ストラッツは流暢に日本語を話せるのに、何故か三枝の名前と役職だけは  
おかしな発音になる。  




551  名前:  550  2006/02/09(木)  23:42:18  ID:???  

「でも藁人形も魔方陣も見当たりませんね」  
やや着慣れていない感じの紺のスーツを着た朴訥とした長身の男が  
部屋を見渡しながら声をかける。  
「そうです。私もそれが不思議なのです。ここには『場』がないのですよ、キムー」  
ストラッツは戸惑ったような声で答える。ローブに隠れているが彼の眉間には皺が寄っていた。  
何か府に落ちないらしい。  
「君村くん、この現場の管轄は私にあるのだから、余計な発言は謹んで欲しいな」  
三枝は君村に硬い声で注意する。  
(ストラッツは君村の名前がうまく発音できないのでキムーと呼んでいる)  
それから少し小声で  
「頼むから余計なことを言わんでくれよ。うちは魔術系の事件を専門に  
扱ってるから色眼鏡で見られてんだ。  
この上自衛隊の連中に口出しされたなんて噂されたら溜まったもんじゃないん」  
と懇願した。  
自衛隊からの出向で、現在「警視庁鑑識課特別顧問補佐」というわけのわからない  
身分の君村も小声  
「悪かった。つい思ったことを口にしちまう性質でね」  
と囁き返して  
「もうしわけありません、三枝警視殿。出すぎた真似をしました」  
と同じく硬い声で返した。  



557  名前:  550  2006/02/09(木)  23:51:10  ID:???  

世界情勢が一段落し、移民の流入などが進むにつれて  
これまでにない形で治安が悪化した。  
すなわち「魔術」である。  
何時の時代でも、人間が新しい技術を手に入れると、  
まず悪いことに試そうとする。  

しかし、実際には魔術で行う犯罪というのはそれほど大した  
影響はなかった。  
理由は2つ。  
1つは、魔術自体がオカルト、すなわち秘される技術であるということから、  
まともに術を使いこなせる人間がいなかったからだ。  
無論、真似をしようとする人間は多かったが、大抵は失敗し自滅していた。  
もう一つは、魔術を使うにはある程度の準備が必要であった。  
それは魔方陣であったり、秘薬であったり触媒であったり。  
しかし、科学に比べるとその苦労の割には得られるリターンが少ないのが  
実情であった。むろん、科学の及ばない恐るべき結果を得られる魔術も存在したが、  
失敗したときのリスクの大きさを考えると、あまりにも危険な博打であった。  



559  名前:  550  2006/02/09(木)  23:59:43  ID:???  

また、政府も魔術師との戦闘での教訓から魔術を無効化する技術の研究を進めていた。  
その結果、ルーン文字や梵字などによるお札や結界などの解析が行われ、  
各家庭に仏壇や神棚が復活した。  
公共施設に神棚などが導入されるときは「政教分離」を危ぶむ党もあったが、  
党本部に魔術を利用したテロが行われた後は反対の声は聞こえなくなった。  

人的犯罪については一時的に緊張が高まったものの、  
このような対抗策の提供により人々の不安は沈静化した。  

しかし、本当の問題は、別のところにあった。  


560  名前:  名無し三等兵  2006/02/10(金)  00:06:46  ID:???  

転移の影響のためか、日本全体が所謂「精霊」の影響を受けやすくなっていた。  
それは、特異な自然災害という大きな形から、日常生活のちょっとした不思議という小さな形まで  
様々な形で現れた。  
「白いワニが二本足で新宿を歩いている」  
「雨が空に向かって降っている」  
「家に帰るたびに家具の配置が変わっている」  
etc・・・。  

これに対処する役所、特に警察は通報の山でパンク状態になっていた。  
そこで、日本が友好条約を結んだ某王国に対して、魔術関係についての  
専門家の派遣を要請した。  
当初は特別捜査官としての役職も考えられたが、どちらかというと  
犯罪捜査というよりは、状況調査のような仕事が多かったため、  
「鑑識課の顧問」という線で落ち着いた。  
司法解剖をする医者などと同じような扱いである。  



563  名前:  550  2006/02/10(金)  00:15:19  ID:???  

ストラッツは王国から派遣された3人の魔術師の一人であるが、  
妙齢の女性らしいということ以外はほとんどが秘密になっていた。  
これは魔術師自体が王国の最重要機密の一つであるため  
やむをえないことであるが、日本側としても名前と性別しかわからない人間を  
受け入れるわけにはいかない。  
さまざまな交渉が行われた結果、お目付け役をつけることで妥協が図られた。  
それが、「補佐」の君村の役割である。  

実は、君村は王国・日本の連合軍と帝国との戦闘においてストラッツと縁浅からぬ  
間柄であり、それは王国、日本とも公知の事実であった。  
(それについては今回は述べない)  
日本としてはスパイ監視の意味合いもあるが、同時に魔術師とコミニュケーションを図って  
魔術に関する対処を円滑に行ってもらう必要がある。  
王国にしても、スパイ的な任務もさせたいが、高度な技術をもつ友好国日本との  
関係を崩したくなかった。  
双方の政治的背景の結果、双方に顔の通じる君村に白羽の矢が立ったのだ。  



565  名前:  名無し三等兵  2006/02/10(金)  00:26:06  ID:???  

三枝警視はエリートコースを進んでいた。  
東大卒のキャリアで自他共に認める有能な男である。  
何か悟ったようなところがあって多少野心に欠ける面はあるが、  
担当した事件は確実にこなしていた。  
三枝当人も、出世レースに勝ち抜くには多少潔癖なところがあったため、  
最優勝者は難しいだろうとは思っていたが、今のところ出世コースには  
乗っているつもりだった。  
少なくとも、魔術関係の事件が多発するまでは。  
いや、正確には実家が寺の三枝が、魔術が原因と思われる現場で  
思わず読経を唱えたところ、ピタリと怪現象が止まるまでは。  

魔術関係の事件で頭を悩ませていた上層部は、この報告を聞くと  
よくわからない事件を全て三枝に回すようになってしまった。  
お陰で三枝は  
「二本足で歩くワニの捕獲」  
だの  
「会社から帰ると必ず家具の配置が変わっている原因の調査」  
だの、訳のわからない事件の解決に振り回される毎日となってしまった。  
だが、生来真面目な性格である三枝はこれらの事件もコツコツと  
解決(というよりはお祓い?)していって実績を積んだため、  
更に「魔術系事件に強い男」と評価され、更に訳の分からない事件を  
回されるスパイラルに陥ってしまった。  




590  名前:  550  2006/02/10(金)  21:48:51  ID:???  

再度投下ー。  

現場検証が終わって、捜査員は所轄の地元署へ引き上げを始めていた。  
現場には立ち入り禁止の看板と、風水に従った盛塩が行われていた。  
何の効果があるかは誰も知らないが、この手の魔術系の事件の後は  
各署で習慣的に行われていた。  
年配の刑事にはゲンを担ぐ人間も多く、経理部も  
「盛塩代  ○○円」  
の領収書を認めていることから、あえてこの習慣に異を唱える人間はいなかった。  


591  名前:  550  2006/02/10(金)  21:50:01  ID:???  

ストラッツはしばらく右手にもった杖を使って気配を探っていたが  
「おそらく問題はないと思いますが、一応精霊の鎮撫の術を施しておきます。  
よろしいでしょうか?」  
と三枝に同意を求めた。  
協定により、何らかの魔術行為を行うときは必ず現場責任者(この場合は三枝)の  
同意が必要だった。  
「了解です。8:40、術式の実施を認めます」  
これはストラッツへの許可と共に、携帯しているレコーダでの記録のための台詞である。  
日本政府は国内での魔術の使用について異常に神経を使っていた。  
最近は緩和しつつあるが、当初はすぐに「対応」できように補佐である君村には  
常に懐のSIGを握っているように命令が出ていたほどだ。  
「では」  
何かワイングラスをスプーンで叩いたような澄み切った呪文詠唱の声がわずかに響くと、  
辺りは一瞬穏やかな光に包まれ、静寂が訪れた。  


592  名前:  550  2006/02/10(金)  21:51:32  ID:???  

魔術が使われると、それが成功しようと失敗しようと『場』が乱れ、  
さまざまな精霊の『暴走』が起こることがある。  
ストラッツが行った術式は、そのような『場』の乱れを整えるための術である。  
「終わりました」  
何の乱れもない声でストラッツが三枝に伝えた。  
「8:41、術式の完了を確認。お疲れ様です」  
三枝はストラッツには敬語で対応している。何といっても友好国からの派遣であるから  
気を使わざるを得ない。  
それでも派遣された3人の魔術師のうち、陸自に配属になったのは  
貴族出身でかなり尊大な男らしいという噂を聞くと、  
三枝はつくづく警視庁に配属されたのがストラッツでよかったと思う。  



607  名前:  550  2006/02/10(金)  23:27:51  ID:???  

再々投下ー。  

「三枝警視。捜査本部が設置されました。9:30より第一回の会議が行われます」  
中年のやや盛りを過ぎたくらいの男が三枝に声をかけてきた。  
「ああ、太田さん、雑用を押し付けちゃってすいません。こちらも移動します」  
「ストラッツさんもご苦労様ですなー。しかし、あの魔術って奴は何時見ても  
見とれちまいますな」  
太田警部はニコニコしながらストラッツに話しかけた。  
「いえ、まだまだ私などは未熟です」  
「それはそうと、この前のケーキはどうでしたか?    
 うちの娘がストラッツさんの口に合うか心配してましてね」  
「はい。大変おいしかったです。あのような菓子は国でも食べたことがありません」  
「ほう、そりゃよかった。娘も喜びますよ。さっそくメイルしてやらないと」  
魔術事件の増加に伴い、三枝のところには山のように事件が回ってきたが、  
事件以上にやっかいなのが組織内の調整であった。  
この手のわけのわからない事件は、各担当部署を横断するような対応が必要な場合が多く、  
三枝は事件以上にそのような部内調整でオーバーワークになりかけていた。  
そこで抜擢されたのが  
「仏の太田」  
と呼ばれる太田警部だった。  


608  名前:  550  2006/02/10(金)  23:28:37  ID:???  

その人格と人当たりの良さと顔の広さは警視庁内でも右に出るものがなく、  
部内調整の手腕と交渉能力は神業と呼ばれていた。  
何しろ、警視総監ですら、この人に頼みごとをされると  
嫌とは言えないという噂が流れているほどだ。  

三枝のオーバーワークの件に加え、政府レベルで決まった魔術師(ストラッツ)の配属が  
現場に無関係に決定したとき、三枝は「死んだ」と思った。  
ストラッツの対応を魔術関係に強い(と勝手にされている)自分に任せられるのは目に見えていたし、  
今の激務に加えて友好国の国賓の対応まで加わったら、胃袋に穴が空くどころか、  
胃袋自体がなくなるほどのストレスに見舞われるだろう。  
三枝は真剣にホルダーのベレッタで頭を打ち抜こうと考えたほどだ。  

上層部としても、三枝がオーバーワークなのは把握していたし、  
(何故なら、自分達がその状況に追い込んでいるから)  
魔術事件に対応できる貴重な人材を失いたくなかったので、  
せめてもの対策として雑用を専門に片付ける人間を抜擢したのである。  
それが太田警部だった。  


609  名前:  550  2006/02/10(金)  23:29:51  ID:???  

太田自身は、実は引退を考えていた。  
元々は犯人を捕まえたりするよりは、皆が仲良くできるように仲裁を行う方が好きだった。  
若い頃から「田舎の駐在になってのんびりと暮らしたい」などと言っては同僚に笑われていた。  
それが出来なかったのは、太田自身の実務能力の高さ故である。  
同僚達も「有能な奴の引退をネタにした冗談」と思って笑っていたが、  
太田自身は真面目に考えていた。  

捜査がうまくいかない理由の半分は、面子の問題や縦割り社会の弊害などで、  
個々の捜査員の連携がうまくとれないためである。  
太田はそういう調整が抜群にうまく、いつでも所属するチームの能力を  
最大限に発揮させることができた。  
太田自身は、「自分には捜査官としては三流だ」と自分を評価していたが、  
チームの力を最大限に発揮させるマネージメント能力は、  
単に優秀な捜査官が一人いるだけよりも重要である。  
上層部は言を左右にして引退を認めなかった。  


610  名前:  550  2006/02/10(金)  23:32:46  ID:???  

ストラッツの配属時期が決まったときに、上層部は決断した。  
こんな重要な仕事を任せられるのは太田警部しかいないと。  
そこで引退の交換条件、三枝の補佐役をもちかけた。  
『最後の奉公として、2年間面倒を見てくれ。そうしたら引退を認める』  
上層部との駆け引きにより、太田は三枝のフォローにまわることになった。  
上層部が危惧した、ストラッツに対する風当たりも太田がうまくフォローすることで  
最小限で済んだ。  

当初は、フードを決して外さず素顔を明かさないストラッツに反発もあったが、  
君村と太田の巧妙な情報戦略により『ストラッツ15歳説』と、『素顔に近い似顔絵』が出回ると  
『地下支援組織(要するにファンクラブ)』が密かに結成され、  
陽に暗に彼女をフォローする人間が増加していった。  

なお、彼女の素顔や年齢は、戦闘中に目撃した君村以外は警視総監や  
外務省ですら知るものがいない。そのため、『15歳説』や『似顔絵』が正しいかどうかは  
本人と君村以外は誰も知るものがいない。  
情報操作をした太田自身も見たことがないにも関わらず、強力な支援組織を作り上げた手腕は  
さすがとしか言いようがない。  





677  名前:  550  2006/02/13(月)  21:37:21  ID:???  

所用で間が開いてしまいましたが、再度投稿します。  



「太田さん、所轄の連中はどんな具合でしたか?」  
所轄の巡査が運転する車内ですべきではない話だが、  
捜査会議が始まるまで余裕がないので仕方がない。  
捜査本部が設置された地元署へ向かうパトカーの中で、三枝は小声で太田に話しかけた。  
「ここの署の課長が私と同期でしてね。下のほうにはそれとなく話を通してくれると言ってます」  
太田も小声で答える。  
「そうですか。そりゃ助かります」  
僅かに三枝の緊張が緩む。縄張り意識の強い現場では、魔術師の参加はあまり喜ばれない。  
「若手の連中は歓迎する人間が多いようですよ。  
まあ、最近は魔術系の事件に皆手を焼いていますからな。  
昔ほどは邪険には扱われなくなってますし・・・おっと、失礼」  
携帯電話のメイル着信を知らせるコールが鳴った太田は、懐から携帯を取り出してメイルを確認する。  
『  差出人:君村  
 件名:代表より連絡  
 ファンクラブは彼女の来訪を心より歓迎するとのこと。非公式な協力体制も取り付けた。  
 以上』  
太田は抜かりのない男だった。  



678  名前:  550  2006/02/13(月)  21:38:44  ID:???  

「それでは捜査会議を始める。まず、現場の状況と被害者について説明を行う」  
所轄の捜査課長が進行役で会議が始まった。  

「事件の発見は本日7:00。被害者のアパートの隣の住人である。  
この住人は陸上自衛隊員で、先の戦闘での負傷で除隊している。  
そのため、血の匂いなどには敏感で、朝の置きぬけに  
 『忘れようとしても忘れられない匂い』  
を感じ取り、発見につながった」  

課長がページを捲った。  
「すぐに大家に連絡を取り、マスターキーで中にはいったところ、被害者が顔から血を流して  
倒れているのが見えたため、すぐに110番通報を行っている。  
これは警視庁の記録とも符号している。まあ、諸君も見ての通りの惨状だっため、  
救急措置はとらなかったらしい」  

君村は配られた現場の写真のうち、まるで頭部が内部から爆発したような遺体を見ていた。  
前線では頭部が吹っ飛ばされた死体などは珍しくはなかったが、しかし、この惨状は・・・  
 『わからん・・・』  


679  名前:  550  2006/02/13(月)  21:41:17  ID:???  

三枝は、その後行われた報告の結果を頭の中で整理しながら手持ちのノートパソコンに  
入力していた。  
『被害者は27歳男性。近くの工場に勤める。  
前日は同じ工場の同僚と飲みに行き、22時に帰宅。  
その後出かけた形跡なし。部屋の鍵は内部から閉まっていた。  
鍵は1本は被害者のポケットに、もう一本(スペア)は机の引き出しに入っていた。  
窓は4箇所にあるが、いずれも施錠されていて外部からは開けられない構造になっている』  
そこまで入力して三枝は眉をしかめた。出来の悪いミステリーを読んでいるような気がしたからだ。  

『被害者の死因は頭部の破裂(?)。鑑識では毒殺されてから頭部が破裂した(させた)可能性も  
指摘しているが、いずれにせよ、どうやった破裂させたかは不明。  
現場での簡易検査では硝煙反応などが見られなかったため、銃や爆発物の可能性は低いと  
見られる』  



680  名前:  550  2006/02/13(月)  21:44:19  ID:???  

三枝はそっとストラッツの様子をうかがった。  
当人は「慣れている」と言っていたが、あんな酷い遺体を見て平気なのだろうか?  
しかし、白いフードは彼女の表情を深く隠していた。  

『なお、”破裂”と表現したが、正確には内部から顔面に向けて指向性をもった爆発という方が  
正しい。その証拠に後頭部、および即頭部や耳の付近には遺体の損傷は特に見られない。  
(後頭部に裂傷が見られるが、これは遺体が倒れたときのものと考えられている)。  
鑑識、および君村の私見では、このような指向性をもった損傷は通常考えられないとのこと。  
例えば、散弾銃を口に突っ込んで引き金を引くとこれに似たような損傷になるが、  
その場合は後頭部が吹き飛ぶはずである。顔面が破壊するには、後頭部から顔の前面に向けて  
撃つ必要があるが、頭部の後面にはそのような弾が入射した形跡は見つからない。  
また、手榴弾などの場合、全方位に飛び散るため顔面しか破壊されない状態は考えにくい。  
仮に、対人地雷のような指向性をもつものを利用したとしても、  
遺体に金属片などが見つかるはずである。そもそも、人一人殺すのに何故そんな方法を取ったのか  
説明がつかない』  


681  名前:  550  2006/02/13(月)  21:45:26  ID:???  

三枝は、一旦データを警視庁のデータベースに転送した。  
この手の魔術系の事件について、各所轄が参照して判断を行えるように警視庁では  
事件のデータベース化を進めていた。  
最初の登録は現場指揮者が行うが、詳細なデータ登録は若手の連中が行うことになっている。  
ただ、三枝はいつも頭を整理するために、ある程度までの入力は自分で行っていた。  

「では、最後に本事件が王国の特異な技術について行われた可能性について、  
特別顧問のストラッツさんに意見を述べていただく」  
君村は皆にバレないようにそっと笑った。年配の人間はどうしても「魔術」というのを嫌がって  
あれこれを彼らにとって常識的と思われる表現に言いかえをしようとする。  
毎回君村と三枝はそのセリフを賭けの対象にするのだ。  
『三枝、今日のランチはおまえのおごりだな』  
ストラッツは静かに立ち上がった。  





719  名前:  550  2006/02/15(水)  20:50:14  ID:???  

間が空きましたが投下します。  



「このようなフードをつけたままで発言することをお許しください。  
王の命により、これを外すことは許されていないのです」  
ストラッツは小さいがよく透る声で頭を下げた。  
これは三枝と太田の入れ知恵である。最初に下手に出ておいて余計な反発をなくすのが目的だ。  
「今回の住宅での出来事は、大変恐ろしいことです。魔術で行われた可能性があると思います。  
しかし、魔術で行われたと考えるにはいくつのかの疑問点があります」  
「それは何ですか?」  
後方の座席から若手の刑事が質問をした。ストラッツは少し三枝を見つめる。  
三枝はうなづきながら立ち上がって、所轄の捜査課長に発言した。  
「私は今回の件は魔術によるものである可能性が高いと考える。  
だから、ここで魔術というものがどういうものか簡単に説明を受けた方が、  
今後の捜査に役に立つと思うがどうだろうか?」  
捜査課長は一瞬渋い顔をしたが、  
「警視が必要だと考えるならば、した方がよいでしょう」  
と、巧妙に責任を転嫁するような形で発言を認めた。  
以前に比べればまだましだが、現場にはまだまだ魔術アレルギーとでもいうものが残っていた。  
ストラッツは捜査課長と三枝に軽く会釈をしてから話始めた。  



720  名前:  550  2006/02/15(水)  20:51:05  ID:???  

「魔術というものは、簡単に言うと精霊に働きかけて様々な事象を顕現させることを指します」  
ストラッツは母親が小さい子供に噛んで含めるような口調だ。  
「魔術はでたらめに行って結果は得られません。それは皆さんの『科学』と同じで、  
正当な手続きが必要です。  
例えば、皆様がそばの出前を頼むとき、そば屋に電話をかけるとそばを持ってきてくれますね?  
そば屋を精霊に、電話を魔力に置き換えてもらえれば少しはイメージできますでしょうか?」  
君村は椅子の上で尻をもぞもぞさせた。この例えを考えたのは君村ではあるが、  
ストラッツの口から説明されると、おそろしく違和感がある。  
案の定、会議室に参加している刑事達はポカンとした顔になっていた。  
ストラッツは穏やかな声で説明を続ける。  


721  名前:  550  2006/02/15(水)  20:52:41  ID:???  

「そば屋の電話番号が違えばそばを頼むことができません。またそば屋に寿司を  
お願いしてもその望みは叶えられないでしょう。魔術も一緒です。正しいやり方を行わなければ  
精霊に働きかけることはできませんし、願いに応じた精霊に働きかけなければ  
それが叶うことはありません」  
「違和感」という空気に押しつぶされそうになった捜査課長が何とか口をはさんだ。  
「そ、それと今回の事件と、その、関係はあるんですか?」  
「今の説明は、魔術というものがデタラメに行われているものではないことを  
分かって欲しかったのですが、わかりにくかったでしょうか?」  
ストラッツはやや首を傾げるようにして捜査課長に尋ねた。  
「い、いや、実にわかりやすい比喩だったと思います」  
すっかり調子を狂わされたような口調だった。  
ストラッツは口元に僅かに笑みを浮かべて説明を続けた。  
どうやらストラッツ当人はこの反応を楽しんでいるようだ。  


722  名前:  550  2006/02/15(水)  20:56:53  ID:???  

「精霊に働きかけるには魔力と呼ばれる力が必要です。魔力自体は誰でも持っていますが、  
魔力だけでは何かを行う力は持っていません。  
電話は願いを伝えるだけで、それ自身がそばを作るわけではないのと同じです。  
・・・私の言っていることはわかりますでしょうか?」  
「ええ、よくわかります」  
三枝はわざと声に出して相槌を打った。年配の刑事達が  
『自分達はひょっとしてからかわれているのでは?』  
と疑惑の面持ちになってきたからだ。  
「精霊自身は霊力と呼ばれる力で、人からの働きかけに応えます。  
我々は「神秘を顕現化する力」のことを霊力と呼んではいますが  
これがどんなものなのかは誰にもわかりません。  
ただわかっていることは、この力は事象の過程を経ずに結果のみを  
与えることができるものだということです」  
「過程を経ずに、とはどういうことです?」  
三枝は、既にその答えは知っていたが、敢えて聞いた。  
これはむしろ、この会議室の他の刑事達のためだった。  
一体何人がこの話について来ているのか?  


723  名前:  550  2006/02/15(水)  21:03:40  ID:???  

「詳細にお話しすると、7つの日の出を過ぎても語りきれませんが、そば屋でのお話をすると、  
電話で注文を受けただけで、お店の主人がそばを作らなくても既にできているようなものでしょうか?」  
「”作る”という過程がないということ?」  
「うまく例えられているかわかりませんが、霊力がおこなうのは”そばを作る”ことではなく、  
”そばがそこにある状態にする”ことなのです。私にもこれ以上は説明できません」  
皆がちょっと黙り込む  
「そばの話は何となくわかりましたが、それと今回の事件との関係は?」  
一瞬停滞した空気を破るように太田がストラッツに質問する。  
「話が長くてごめんなさい。つまり魔術の源は霊力に行き着くというのが前提なのです。  
霊力というのは神秘の力であり、現界の常識に反した事象を引き起こすため、  
我々の世界に乱れや歪が生じます。その一つが魔力の乱れなのです。  
みなさまも、徹夜などの無理をすればどこかに歪が現れるでしょう?    
霊力を行使する場合にも同じことが言えるのです」  


724  名前:  550  2006/02/15(水)  21:08:08  ID:???  

「はあ、はあ、するとさきほど仰っていた魔術が使われたことに対する疑問というのは」  
「ええ、先ほど魔術の流れを探ってみましたが、あの事象を起こすに足る霊力の行使に伴う  
魔力の乱れは感じられませんでした」  
会議室の後ろで質問を求める手が上がった。  
「あ、あの、でも、被害者の死亡推定時刻が0:00前後ですから、  
顧問殿(ストラッツのこと)が現場に来たときには、その、乱れが消えている可能性はありませんか?」  
若手の刑事が戸惑いつつも質問をした。  
「よい質問ですね」  
ストラッツはフードから僅かに見える口に微笑を浮かべた。  
若手の刑事は照れたように笑った。  
太田はふと思った。  
『君村くんからのメイルにあった”ファンクラブの支援”というのは彼のことかな?』  


725  名前:  550  2006/02/15(水)  21:09:19  ID:???  

「霊力で乱れた魔力は簡単には元に戻りません。少なくとも3つの日の出を過ぎなければ  
落ち着きません。時間の経ち方については・・・」  
ストラッツが助けを求めるように三枝に顔を向けた。  
「王国風に言うならば、事件が起きてからストラッツさんが検証するまで一昼夜も経っていないから、  
魔力に乱れは残っているはずですね」  
「ありがとうございます。私の国ではそれほど厳密に時間を考えませんので・・・」  
「先ほど、ストラッツさんが現場の「場」を鎮めていましたが、それが行われた可能性はありませんか?」  
三枝は、ふと思いついた疑問を口にする。  
「あれは、無秩序な流れにとなった魔力に秩序を与えただけです。  
通常の状態であれば魔力は湖の水面が凪いで入るような状態で、流れ自体が存在しないのです。  
私は早く流れが静まるように僅かな秩序を与えただけです。  
流れ自体を消し去ることはできません。術を行使しても魔力が乱れた痕跡を消すことはできません」