172  名前:  158  02/12/06  01:52  ID:???  

「こちらダイハチ03、ダイハチ03、クラ21応答されたし、クラ21応答されたし、送れ」  

何か極めて小さいものが無数に切れ目なくはじけるような音。  
時間にすればほんの数十秒ではあったが、無線機のスピーカーからはそれだけがぶつぶつと吐き出されていた。  
無線機のマイクを握った自衛官は、望んだものがスピーカーから聞こえてこないことに舌打ちをし、眉をひそめて  
再びマイクを口元に近づける。  
その口から先ほどと同じフレーズが飛び出そうとした時、深みのある声が遮った。  

「もういいだろう、高寺」  

その声は、どこまでも穏やかな口調ではあったが、それを耳にした自衛官-高寺三曹は、稲妻にでも打たれたか  
のように全身を硬直させた。  
高寺の脇に立っていた男は、気にするなと言いたげに首を振り、高寺の肩に手を置いて続けた。  

「これだけやっても応答がないってことは、少なくともこの無線機で交信が可能な範囲に味方はいないって  
ことだろう」  
少し間をおき、続ける。  
「俺は無線機のことには余り詳しくないんだが、無線機の電波というのは無限大に届くものではないんだろう?  
だったら、ここで呼び出しを続けてバッテリを使い切るよりも、まず味方のいそうなところにあたりをつけるべき  
じゃないかと思うんだが、どうだ?」  



173  名前:  158  02/12/06  01:53  ID:???  

高寺は、脇に立っていた男-今時珍しい紋付袴の、まるで人間国宝のようないでたちの男に向き直り、  
太ももに両手を添えて深々と頭を下げた。  
「申し訳ありません、征司郎親分・・・・・・・」  
その声は、まるで自らが全世界の業罪、その根源であることを認識しているかのような恥辱と憤怒に  
溢れたものだった。  
高寺の周囲に展開していた部下の自衛官たちは、そんな高寺の姿に衝撃を隠せないでいた。  
普段の高寺は、絵に描いたようなヴェテランの陸曹、たとえ相手が佐官や将であってもまったく  
物怖じせずにずけずけ発言する、まさしく軍の背骨であったからだ。  

あの高寺三曹が、幹部でもないただの民間人を相手にどうしてここまで・・・・・?  

そうした廻りの空気を敏感に察したらしく、紋付袴の男は少し決まり悪げに空咳をした。  
「出すぎたまねをして悪かった、高寺。ここの指揮官はお前だったな・・・・。民間の俺があれこれ  
口出しすべきではなかったと思う。すまない」  
「いいえ!」  
高寺は、びっくりするほどの大声で遮った。  
身長1メートル90センチ、体重100キロにも及ぼうかという巨漢の彼が叫ぶと、それだけで相手の  
戦意を根こそぎ吹き飛ばしてしまいかねない程の迫力であり(事実、彼は今までこの怒鳴り声  
だけで両手の指に余るほどの窮地を切り抜けたことがある)、  
それはあたりの空気を一変させるのに十分であった。  
「自分は、いえ、わしは自衛官であると同時に立花征司郎親分の弟分です!」  



174  名前:  158  02/12/06  01:54  ID:???  

だが、紋付袴の男は-高寺と同じく、まだ30代の初めであったが、そんな彼の大音声に全く動じた様子はなかった。  
おだやかに、諭すように高寺に告げる。  

「いいか、お前はここにいる自衛官のなかで最も階級が高いんだ。お前がここにいる20人の自衛官を率いて、  
この異常な状況を切り抜けていかねばならんのだぞ。俺はたまたま、そう、たまたまお前達ととも富士に行こう  
としていた一民間人に過ぎん。俺がお前と兄弟分だったのはもう15年以上も前だ。お前は俺の言うことに盲従  
すべき立場ではないんだ。それを忘れていた俺も悪かったがな・・・・・」  

「ですが、親分!」  
征司郎は、それでもなお納得しようとしない高寺の肩をぐいとつかみ、自衛官達を指差した。  

「彼等を見ろ!」  
その叱咤は剃刀のように鋭く、高寺は鞭打たれたかのように飛び上がった。  

「彼等は、お前の命令を待っている!こんなおかしな世界に来ても、まだお前のことを信じているんだ!  
お前のために逃げ出すことなく、お前がいつものように堂々と振舞うのを待ちかねてるんだ!  
なのにお前がおたおたしててどうする、彼等を死なせたいのか!」  
高寺は、その叱咤に何も言えず、ただ荒い息をついていた。  
征司郎は、うずくまってしまった高寺を見下ろし、打って変わって優しい声で告げた。  

「いいか高寺、お前が思うようにやれ。俺は立花組組長では有るが、彼等を指揮する立場にはない。  
さっきやってみせたように、お前が本来なすべきことをやれ」  
高寺はうずくまったまま、征司郎を見上げた。  
征司郎は、大きく頷いた。  

「俺も、そしてここにいる立花組の生き残り10人も、お前を信じてどこまでもついていくから」  
高寺は、ゆっくりと立ち上がった。  
そして、あたりをゆっくりと見回す。  




175  名前:  158  02/12/06  01:58  ID:???  

廻りは、高寺達が富士へ行こうとしていたときの車輌-軽装甲車とトラック数台、加えて高寺が演習見物に  
招待した彼のかつての兄貴分-征司郎達が乗ってきた乗用車が5台。  

そして、さらにその外周には今まで高寺たちが見たこともないような奇怪な生物の死体が山をなしていた。  
翼の生えた馬。  
生きながら腐臭を放つどろどろした不定形の生物。  
全身が苔で覆われた、身の丈3メートルはあろうかという巨人。  
腰までしか背丈がない、人間に似た何か。  
その他、その他。  
この生物は、全く何の前触れもなしに高寺たちを襲ったのだ。  
そして、辛うじて撃退に成功した。  
ほんの、5分前に。  

高寺は、大きく息を吐いた。  
まず、ここを離れて安全な場所に移動しなければ。  
さっきはいきなり襲われたが、なんとか親分の親衛隊が体をはって防いでくれたお陰で殲滅する時間を稼げた。  
だが、次はどうなるかわからん。  

「全員乗車しろ!ただちに有利な地形まで移動する!」  



261  名前:  158  02/12/07  15:17  ID:???  

>>172-175  
「ひとまず、今夜はここで野営だな」  
両手を後ろに組んだ高寺は、天幕のなかに居並ぶ自衛官や組員を前に告げた。  
73式トラックの幌を利用して作り上げた、いかにもやっつけな出来栄えの天幕は、  
高寺の目にはひどくみすぼらしく見えたが、他に手がないとあってはいかんともしがたい。  
指揮官の言葉をまって沈黙を保つ彼等の顔は、天幕を支えるスチールパイプから  
垂れ下がる電灯のもと、陰影を奇妙に強調したものになっていた。  
電灯に電力を供給する発電機の単調な音が、言葉を切った高寺に次の言葉を繰り出せと  
催促しているかのようだった。  

彼等が現在隊列を止めているのは、あの凄惨な戦いがあった場所から10キロほど離れた  
平原の、廻りをよく見渡せる丘陵部の頂上だった。  
高寺達自衛官の受けた教育カリキュラムに拠れば、こんな見晴らしのよすぎる遮蔽物ゼロ  
の地点で野営することは最上級の悪夢であるはずではあったが、つい数時間前の経験を  
思い出せば、例えば森林線の内側で高いびきをかこうなどとは間違っても結論付けられない。  
その点については、ここにいる誰も文句をつけようがなかった。  

「だが、問題は」  
天幕の中にいる20人の男達-残りは、天幕の外で銃をいつでも撃てるようにして立哨に当たっている-  
の気持ちを代弁するかのように、高寺は続けた。  

「明日の朝、いや、これからどうするか、何を目的として行動するかだ」  
その言葉を聞いた男達の表情についた陰影が、いっそう濃くなったように高寺には思えた。  
とりあえずの窮地を脱したのはいいが、これからどうすべきか、誰にもわからないからだ。  

いや、  

高寺は内心で否定した。一人だけ、それがわかる人間がいる。  





263  名前:  158  02/12/07  15:37  ID:???  

>>261  
「親分」  
高寺は、さっと体を右に向けた。あわせて、天幕の中の男達の視線も知らず一点に集中する。  

視線の先には、立花征司郎がいた。  
5.56mm弾用の木箱に腰掛け、懐手をしてじっと瞑目していた征司郎は、その声にゆっくりと目を開いた。  

「親分、今後の行動について何かお考えはありますか?」  

征司郎は、しばらく無言だった。  
しかし、名のある職人が作り上げた彫像のようなたたずまいで沈黙を続けていたので、征司郎の無言が、  
彼の不安や恐怖によるものだとは、誰も思わなかった。  
そう、高寺を初めとする自衛官達も、征司郎の言葉を待っていたのだ。  
それは決して、征司郎が暴力団の長という社会的立場にある(あった、とすべきかもしれない)からでは  
なく、彼の発散する「生まれながらの統率者」に独特の雰囲気が、その場にいる全員に一縷の望みを  
与えていたのだ。  

言葉を捜していたらしい征司郎は、5分ほどして穏やかに口火を切った。  
「まず確認しておきたい」  



264  名前:  158  02/12/07  15:58  ID:???  

>>263  
「なんなりと」  
高寺はすかさず答えた。  
その強面というほかない面構えをじっと見つめながら、征司郎はとつとつと言葉を重ねる。  
発電機の音が、言葉の流れのリズムをとるかのように響いていた。  
「俺は、あくまでも立花征司郎という一個人として今から思うところを言う。  
ここにいる自衛官を指揮するのはあくまでお前であって俺ではない。いいな?」  

「わかっております。私も、紋付袴の小隊長を上に頂きたいとは思っておりません」  
高寺は、わざとおどけたように返して見せた。  
雰囲気がいくらか和らいだのを見てとった高寺は、すかさず続ける。  

「その格好に88式鉄帽を被せて三等陸尉の階級章をつけちゃあ、先代が草葉の陰で  
怒り狂うでしょうからね」  
先代とは、征司郎の父親、初代立花組組長征蔵のことを指していた。  
彼は自分の生活面に対してのみ極端な伝統主義者、保守主義者であり、パンとミルクを  
見かけただけで顔をしかめるような人物だった。  
征司郎はそこまで極端ではなかったが、成人してから和服以外身につけたことがなく、  
その点では先代の血をく受け継いでいると言えた。  

高価な紋付袴にヘルメット姿という征司郎を想像して、天幕の一同が失笑した。  
本来はそうした発言に激怒すべき立場の組員ですら、思わず釣り込まれて笑ってしまった。  

がははと豪快に笑いながらも、高寺は征司郎の配慮に内心感謝していた。  
つまり、指揮統制の基本原則を捨て去るな、ということですね、親分。  




275  名前:  158  02/12/07  20:19  ID:???  

>>264  
気分転換はこれくらいでよかろう。  

ひとしきり笑いが続いたところで、高寺がさっと右手を挙げた。  
同時に、スイッチを切り替えたかのような速さで自衛官達が真面目な表情に戻る。  
やや遅れて、組員達も口を閉じて姿勢を正した。  

だが、全体の雰囲気は先ほどに比べて明らかに強張りがとけたものになっていた。  
ほんの数分前までは、この異常な状況に対する恐怖と不安で全員が張り詰めた面持ちに  
-肩に力が入りっぱなしであったことを思えば、いい兆候である。  
今の男達は、少し前までのネガティブな感情を捨て去り、起こった出来事を受け入れ、  
そしてその中で最善を尽くすにもっとも具合のいいコンディションに有るといえた。  

高寺は、ちらりと征司郎のほうを見やった。  
口元に苦笑の名残をとどめた征司郎は、それでいいんだと言いたげにうなずいた。  

全員が心構えを正したことを確認した高寺は、男達に向き直った。  
ややあって、征司郎が腰掛けていた弾薬箱からゆっくり立ち上がり、男達を見渡す。  
「今後の行動についてだが、今考えられる選択肢は2つある」  
征司郎は、意図的に勢いを殺いだ口調で切り出した。  




276  名前:  158  02/12/07  20:20  ID:???  

>>275  
「ここに留まるか、活路を求めて移動するかだが・・・・そのどちらかしかないことは皆も  
わかってると思う。となれば、そのどちらを選ぶかになるが、俺としては移動する方を選びたい。  
というのも、我々は今いる場所がどこで、いったいどうしてこんなところにいるのか、まったく  
わからないからだ。  
ここが地球上のどこかで、我々の置かれている状況が、たとえば航空機事故で砂漠に不時着  
したようなものであれば、留まる方がいいとは思う。  
だが、現状は、おそらく・・・・」  

征司郎は、珍しく口ごもった。  
天幕の男達は、身じろぎもせずに次の言葉を待っている。  

「・・・・・おそらく、ここは地球上のどこか、ではない。それは、先ほどの珍妙な生き物をみても  
明らかだ。地球は大きいといっても、翼の生えた馬がいままで生息していたのなら、確実に  
それは何らかの形で明らかになっていたはずだからな」  
誰もが、数時間前の惨劇を思い出し、無言のうちに同意した。  
みな、ここが自分達の元いた(というのも妙な表現だが)世界とは違うどこかではないかとうすうす  
感じており、征司郎の言葉は、彼等にとっては自分達の危惧を裏付けたに過ぎなかったのだった。  

「どうして俺達がこんなところに飛ばされてしまったのか、それはわからない。だが、今、そう、  
今俺達がこの奇怪な世界にいるのは事実だ。だから」  
そこで、今度は意図的に言葉を切って、征司郎は男達をきっと見据えた。  
「  
俺達はまずここがどういうところなのかを把握する必要がある。そのためには、ここに留まっていても  
何も分からないんだ。だから、移動する必要がある」  



349  名前:  158  02/12/10  01:05  ID:???  

>>276  
見知らぬ異世界で、ともすれば不安と重圧に押しつぶされかけていた男達は、  
征司郎がこの言葉を発した瞬間に目的を与えられた。  
その目的は、とくに奇異なものでも斬新なものでもない、ごく普通のものではあったが、  
それを征司郎という男がキッパリと言い切った点が、男達にとっての絶対的な指標  
足りえたのである。  

「俺からは以上だ。具体的な段取りは・・・・・高寺、任せたぞ」  
なすべきことを見出した男達の顔を満足そうに見やった征司郎は、高寺に告げた。  
「はい」  
うなずいた高寺は、次の瞬間号令をかけた。  

「総員、立花征司郎親分に対し礼!」  

その号令は、さほどの声量ではなかったが、その緩急、その切れ味は、おそらくかつての  
日本軍古参下士官ですら思わず真似したくなるような、"美しい"号令だった。  
天幕の中にいた自衛官達は、その号令のもつ美しさにそむくことなく、一斉に腰を30度きっかり  
折り曲げた礼を征司郎に対して捧げた。  
そしておかしなことに、本来高寺の指揮下にはないはずの組員ですら、彼等なりの作法に  
したがった礼を、征司郎に対して捧げていた。  

征司郎は、天幕の男達に対して大きくうなずき、さっと身を翻して天幕を出た。  




350  名前:  158  02/12/10  01:06  ID:???  

>>349  
天幕を出た征司郎は、深々と息を吸い込み、きっと夜空を見上げた。  

幼いころ、未だ世界の全てが彼にとってみずみずしかったころ、征司郎はいつも夜になれば  
飽くことなく夜空を見上げ、何万光年もの彼方に思いを馳せていた。  
そのときは、いつか光り輝く宇宙船に乗ってあの夜空を訪れるつもりでいたが、  
現実世界の汚辱にまみれた今となっては、色あせた写真のような儚い思い出でしかない。  

そして、今征司郎が見上げた夜空は、征司郎の記憶にあるあの切なくも美しい夜空とは全く  
異なる何かでしかなかった。  

『俺達のいるところは、いったいどこなんだろうか・・・・・・』  

夜空を2つに分断する、絶望的なまでに神々しい光の帯を見つめたまま、征司郎はひとりごちた。  

『俺達は、いったいどうしてここにいるんだろうか?』  
『俺達をここに連れてきた某かの力は、いったい何をもくろんでいるのか?』  




351  名前:  158  02/12/10  01:06  ID:???  

>>350  
征司郎は、光の帯に、赤色の点光に、薄紫の靄に問い掛けた。  
背後からは、偵察ティームの編成と行動計画を指示する高寺の声が響いてくる。  
普段は力強さ以外何も感じたことのないその大音声だったが、今この瞬間に限っては、なぜか  
ひどく頼りなく聞こえてきた。  
そして、征司郎はその瞬間に腹を決めた。  

今、彼等を導くのは俺だ。命令するんじゃない。導くのだ。  
高寺に実務の一切を任せ、俺は助言という形で方針を決める。  
それを・・・・・・それをなしとげて、俺は俺達のなすべきことを見定めるんだ。  
彼は、大きく息を吐き出した。これから何が起ころうと、俺達は生き延びる。  
生き延びて、その先にある何かを見定めようじゃないか!  

征司郎は踵を返し、天幕に戻ろうと足を一歩踏み出した。  

その時だった。  

意外なほど近くから、草ずれの音が小さく沸き立った。  




353  名前:  158  02/12/10  01:46  ID:???  

>>351  

!!  

征司郎は、全く反射的な動作で身を翻し、その音がした方向に向き直った。  
その身のこなしは、30代とはとても思えないほどの俊敏さで、彼がもといた世界で  
普段多忙を極めている中、どれほど自らを鍛えていたかを思わせるものだった。  

だが、征司郎の内心は緊張に満ちていた。  

まさか、こんな近くに・・・・・!  

征司郎の背中に、冷たい汗がどっと湧き出る。  
音のしたあたりをぎっと睨みつけ、そこに何か小さな影が確かに存在していることを確認した  
征司郎は、わずかに右足を後ろに引き、懐手をしたままの両手をすっと体にひきつけた。  

征司郎は今、身に寸鉄をも帯びていない。  
もしあの影が数時間前に襲い掛かった奇怪な生物の仲間であれば、彼が持つ身体的能力では  
いかなる抵抗も無意味で、あっというまに八つ裂きにされてしまうだろう。  
御堂流柔術及び一双流居合術の免許皆伝であっても、何の役にもたたないに違いない。  

かといって大声を出して助力をもとめることも、うかつにはできない。  
いかなる罠が待ち構えているか、計り知れないからだ。  

ぬかったわ・・・・・っ!  

征司郎は、己の不注意を激しく内心でなじった。  




354  名前:  158  02/12/10  01:47  ID:???  

>>353  
そうした征司郎の葛藤にかまうことなく、小さな影が、ゆらりと近づいてくる。  
足元の雑草は、まるで影が王者か何かであるかのように、音もなく左右にわかれて  
影に道を作っていた。  
・・・・・・やむをえんか・・・・・・  
征司郎は覚悟を決め、蟷螂の斧をその影に振りかぶろうとぐっと腰を落とした。  

影がさらにちかづいてくる。  

征司郎が全身に蓄えた力を一気に振り絞ろうとしたとき、影がいきなり言葉を発した。  

「待ってくれ、そこの人。私はあんたをどうこうするつもりはない」  




355  名前:  158  02/12/10  01:47  ID:???  

>>354  
征司郎は、まさしく電撃を受けたかのように全身を硬直させた。  
その影が言葉を、征司郎たちの世界で通じる言葉を喋ったというだけではない。  
その言葉は、征司郎がかつて旅をした国の言葉-ドイツ語であったからだ。  

な・・・・・・ドイツ語?  
それに端を発した無数の疑問符が征司郎の脳裏を駆け巡るより早く、影がさらに言葉を重ねた。  

「あんたと話をしたいんだ、そこの人。あんたは、異世界からきたんだろ?」  

毒気を抜かれたかのように、征司郎は己の強張りを解いた。  
それに勢いを得たかのように、影が速度を増して征司郎に近づく。  
天幕から漏れる明かりと、夜空の光とがあいまって、影の姿かたちが征司郎にもはっきりと見て取れた。  




356  名前:  158  02/12/10  01:47  ID:???  

>>355  
その影は、ひどく太ったまま年老いた男のような外見をしていた。  
背丈-と表現するのがふさわしいかどうかは分からないけれども、それは征司郎の腰までしかなく、  
どうにも悪趣味な老人のディフォルメに見えた。  
服装は、いかにも丈夫そうな布でできた粗末なもので、それは彼の生業が机に向かうことではなく自然を  
相手にするものであることを何よりも雄弁に物語っていた。  
そして老人は、長い棒にくくりつけた白い布きれを左右に振り回し始めた。  

「こうすれば、危害を加えないという証になるんだろ、あんたの世界では?」  

昔、英介と遊びに行ったディズニーランドにこんな感じのキャラクターがいたかな。  
未だ内心に緊張を抱えたまま、征司郎は場違いな思いを抱いた。  
あれは、シンデレラの・・・・・・なんだったかな?ああそう、7人の小人だ。  
その小人が、いったい何の用だ?  



363  名前:  158  02/12/11  00:43  ID:???  

>>356  
征司郎の迷いは、高寺によって断ち切られた。  

「親分、先ほどのご指示に関する件ですが・・・・」  
偵察ティームの編成と行動計画について一応の骨子がまとまったため、征司郎の意見を  
聞くべく(というよりは、征司郎に報告するべく)天幕の外を出た高寺は、幻想的な夜光の元、  
草原の只中で征司郎と小人が対峙している場面に出くわした。  
小人は何か棒のようなものを振り回しながら、呆然と立ち尽くしている征司郎に近づいている  
ようだった。  

「うぬぅっ!?」  
高寺は、昼間の経験から、征司郎が尋常ならざる危地に立たされていると咄嗟に見て取り、  
野獣の轟叫に似た叫びを喉の奥からほとばしらせた。  
同時に、駆け寄りながら流れるような動きで腰のホルスターからシグ・ザウェルを抜き放ち、  
小人に狙いをつける。  
「親分、伏せてください!」  

高寺が人差し指にかけた力をほんの少し、あとわずかで引き金を引くに足るだけの物にする直前、  
征司郎は高寺にも負けない大音声で叫んだ。  

「待  て  い  高  寺  !  撃  つ  な  !」  

高寺は、見えない壁にぶち当たったかのように動きを止めた。  
彼の人差し指は、反射神経のレベルでありながら、征司郎の命令を実に忠実に果たし、トリガーから  
離れていた。  
だが、高寺の内心は、混乱の一歩手前に差し掛かっていた。  

なんだと・・・・・撃つなだと?  



367  名前:  158  02/12/11  01:16  ID:???  

>>363  
数分後、征司郎と小人は、軽装甲車のキャビンの中にいた。  

さほど厚くない装甲の向こうでは、何かにひどくいらだっているらしい高寺が  
指揮下の自衛官や征司郎の命により指示に従うこととなった組員を大声で  
警戒配置につけている。  
自衛官達も、念入りに形成したはずの警戒線を苦もなく「突破」されたことに衝撃を  
隠せないのか、必要以上に機敏な動きであちこち駆けずり回っていた。  

あれから、騒ぎを聞きつけて天幕を飛び出してきた自衛官達にむやみな発砲を  
現に慎むよう高寺に命じさせた征司郎は、小人と膝を交えて話すべく、軽装甲車を  
臨時に会合の場所としてつかうことにした。  

万が一、小人が害を成す存在であった場合に備え、征司郎は高寺に同席することを  
許さなかった(つまり、征司郎はその場合指揮中枢が一挙に消滅することを危惧した)  
ため、征司郎の隣には自衛官-井江城という陸士長がただ一人つけられることとなった。  

黒ふちの眼鏡をかけた井江城は、自衛官というよりはいくらか太った学者のような  
風貌の男で、常識を超越した状況の只中に置かれている今も、恐怖や不安のほかに、  
何かどこかで怯えながら面白がっているような雰囲気を漂わせていた。  

「こいつは、腕っ節のほうはさっぱりあれですが」  
と、軽装甲車に征司郎を案内する少し前、高寺は井江城を示して言った。  
「度胸と頭はなかなかのもんです」  


368  名前:  158  02/12/11  01:29  ID:???  

>>367  
井江城は、さっきから穴のあくほど小人を眺め回し、独り言を呟くかのように唇を動かしながら  
忙しく手元のノートにシャープペンシルを走らせていた。  
小人はそうした井江城を面白そうに見つめながら、しきりに首や手足を狭いキャビンの中で  
ばたつかせていた。  

この2人が水入らずで会話できるようになれば、さぞかし盛り上がるだろうて・・・・・  
征司郎はそう思いながら、どう切り出すべきか言葉を捜していた。  

よし、まずは様子見でいくか。  

征司郎はそっと息を吸い込み、必要以上に大きくなりすぎないよう気をつけながら、数年前に  
大童で詰め込んだドイツ語の知識をフルに回転させ始めた。  

「まず、自己紹介から始めよう。俺はタチバナ・セイジロウ。ここの人間達の・・・・そうだな、  
相談役といったところだ」  
井江城を、なにか珍しい動物であるかのような視線で見つめていた小人は、征司郎の言葉にぐるん  
と頭を巡らせた。  
「あんた、タチバナか。おいら・・・・あー、私はアディパティ。アディパティという」  
「アディパティ、か。それが名前か?」  
小人は、ぶんぶんと頭を縦に振った。  
征司郎は、もしかするとこの小人は子供なのかもしれないな、とふと思った。  



394  名前:  158  02/12/12  01:25  ID:???  

>>390続き  

一方、自衛隊側としては、如何にして武器弾薬の消耗を押さえつつ、目的を達成してゆくかが  
頭の使いどころになるのではないかと思います。  
(ちなみに私の妄想では、この部分を主要なポイントにしたいと考えてました)  

となれば、目的は>>390にも挙げたように、2つに大別できると思います  

1  もといた世界への帰還  
2  異世界の統一  

例えば1であれば、帰還するための魔法(?)をかけるためのアイテム収集か、あるいは"次元の扉"  
がある地域の制圧が目標になるでしょう。  
そのアイテムが異世界の全域に散らばっていて、その世界が春秋戦国ばりの混乱状態にあれば、  
効率よくアイテムを集めるためにいかにして知恵を絞るか、の話になろうかと思います。  
次元の扉を奪取することであれば、そこを扼しているのが"敵"であるとして、その地域を押さえるための  
戦いということになるでしょう。  



399  名前:  158  02/12/12  01:37  ID:???  

>>394続き  
2である場合は、1よりもさらにその達成が困難かもしれません。  
なにせ、1は経過がどうあれ、最終的に目標が達成できればもといた世界に帰れる=  
異世界とは縁を切ることができるのに対し、2は自衛官たちが生きて異世界にいる限り、  
永遠にその世界とかかわりをもたねばならない=武器弾薬を使い切った後のことを  
常に考えねばならないからです。  

と、ここまで書いたところで>>395及び>>397のレスを拝読しました。  
うーん、3分間で、歩兵が最大3000人ですか・・・・・。  
となると、手持ちの弾がある限り、自衛隊は異世界においてまさしく悪魔の軍勢ですな(笑)  
いや、"敵"にしてみればの話なんですが。  

私は、名無し土方さんが指摘されておられるような、こうした物理的な事実というのは、  
たとえ妄想を書き連ねるに当たっても、守るべきルール(世界観の一部?)であると考えております。  
従いまして、私はむしろこのような指摘があればこそ、どのような話を作っていくかを考える  
いい契機になるかと思っております。  

というわけで、私はこれからも時間の許す限り妄想をあれこれ書き連ねていきたいと思いますが、  
これはと思うところがあれば皆さん、ビシビシご指摘をお願いします  
(とはいえ、高寺や征司郎のキャラクターに突っ込みを入れるのはなにとぞご容赦ください・・・  
元ネタあってのものですので(笑))  


400  名前:  158  02/12/12  01:43  ID:???  

ちなみに、私の妄想における自衛隊&暴力団員の陣容というものは、  

自衛隊=富士総合火力演習に使用する武器弾薬の輸送中、異世界に飛ばされてきた輸送隊&その  
   警備に当たっていた一個小隊(の一部)  
暴力団=火力演習を見物にきた組長及びその親衛隊  

武装については、自衛隊は小銃、軽機関銃、対戦車ロケット程度、  
暴力団は組長護衛のための拳銃、散弾銃(←普段からそんなもの持ち歩いてるわけがないじゃないか  
というツッコミを自ら先にしておきます)  

弾薬については、トラック3〜5台程度に詰めるだけ、と考えております・・・・・・。  



248  名前:  前スレ158  03/01/11  21:02  ID:???  

http://shizuoka.cool.ne.jp/fantasure/2-3.html続き(保存してくださった方に感謝します)  

「おいら、あー、私のことは、アディと読んでくれてかまわないよ」  
小人-アディは、征司郎たちを等分に見つめて続けた。  
忙しくメモを取っていた井江城がふと手を止め、2,3度大きく頷く。  

「わかった。アディだね」  
井江城がドイツ語を解すると思っていなかった征司郎は、彼の口からいきなりそこそこ流暢なドイツ語が  
飛び足したことにいくらか驚くこととなった。  
その驚きは井江城にも伝わったらしく、彼は少しはにかんだような表情で征司郎のほうを見た。  
「大学時代、ドイツ語が第2外国語だったんです。日常会話くらいなら、なんとか」  
井江城は、そこで言葉を切り、伺うようにアディの方に目をやった。  

征司郎は、高寺が井江城を自分の下につけた時に見せた複雑な表情を思い返していた。  
井江城ならば、アディと腹蔵なく話せるのではないか。征司郎はそう考えた。  
少なくとも、アディはこの私と話すときほど言葉に気をつけなくてもよくなるだろう。  
「井江城君」  
「なんでしょうか」  
「すまないが、アディ君との話を続けてみてくれないか?」  





265  名前:  前スレ158  03/01/12  01:07  ID:???  

>>248  
「俺はイエシロ。アディ、俺と話す時は口の聞き方に気をつけなくてもいいよ」  
アディは、井江城の言葉に目を大きく見開いた。  
そして、しばらくの間ぴくりとも体を動かさずに井江城を見つめる。  
先ほどまでの落ち着きのなさを目の当たりにしていた征司郎は、アディのあまりの態度の変貌に、  
一瞬己の判断が誤りであったかと思いかけた。  

ありゃ、まずったかな?  

征司郎と同じ事を思ったらしく、井江城も眉根のあたりにわずかな懸念を浮かべた。  
時間にすればほんの10秒ばかり、軽装甲車の中になんとも間の悪い沈黙が落ちる。  
事態をフォローしようと、征司郎が口を開きかけたとき、先ほどまでとは打って変わって落ち着いた  
口調で、アディが口を開いた。  

「そうか、イエシロ。ありがとう」  
見れば、アディの顔つきから、躁病患者を思わせる軽薄さが掻き消えていた。  
「おいら、堅苦しい言葉遣いは苦手なんだ。真面目にやろうとすると、おいらがおいらでなくなるような気がしてさ」  
井江城は、肩をすくめて応じた。  
「それは俺もだ。真面目な顔をしていると、どうにも尻のあたりが落ち着かない」  
アディは、その言い回しがよほど面白かったらしく、クスクス笑い出した。  
どうも、リラックスしているときのほうがよほど大人びて見える。  

「俺にいわせれば、そうして普通にしているときのほうがよっぽどそれらしく見えるよ」  
井江城は、苦笑を浮かべて続けた。  
この小人の世界では、畏まっているときに全身がゼンマイじかけの人形のようにせわしなく動くのかな、  
という思いはさすがに口にしない。  

「でも、異世界の客と会うときはふさわしい言葉と態度で、って長老さまがきつく言うからね」  
「長老さま?」  
井江城は思わず聞き返した。  


384  名前:  前スレ158  03/01/17  01:57  ID:???  

>>377自己レス。  
黙考小一時間。とりあえず、今までの話を全面的に見直すことにしました。  
今までやろうと思っていたクライマックスが、重装甲に身を固めた龍兵団vsドイツ国防軍(ver.1945)  
1個戦車小隊&陸上自衛隊1個普通科小隊&暴力団でしたが、これを改める予定です。  

(アオリ文)  
錬鉄製の甲冑に身を固め、戦意を天井知らずに高めて迫り来る無数のドラゴン。  
それに立ちはだかるは満身創痍のパンターG型3両と10人足らずの勇者。  
残り少ない弾薬を、壊れかけた武器を手に、最後の戦いに臨む異世界の男達。  
もはやその胸に帰還の望みは寸毫たりとも残ってはいないが、それでも彼らはなお立ち上がり、  
冥王の繰り出す最強の兵団に挑みかかる。  

勝利を得るためではなく。  
名声を誇るためでもなく。  
利益を貪るだめでもなく。  
己の守るべき矜持のために。  
小さな、あまりに小さな意地のために。  

・・・・・なぁんてね(w  


385  名前:  前スレ158  03/01/17  02:33  ID:???  

ついでと申し上げては何ですが、以下はクライマックス直前で立花征司郎に言わせる予定だった台詞です。  
このままオクラ入りにしようかとも思いましたが、>>383さんに感謝とともに。  

「この次が俺たちにできる最後の戦いになるだろう。  
今までいろいろない知恵を絞って切り抜けてきたが、もうそれもタネ切れだ。  
この次は、ここにいるうちの何人が生き残るか、それすらわからないのが正直なところだ。  

だが、おかしな話かもしれないが、俺は今心から満足している。  
それは、世間に顔向けできない俺たちヤクザが、こんなおかしな場所とはいえ、初めて  
誰はばかることなく、胸を張って死んでいけるからだ。  

任侠は本来、弱きを助け強きをくじくもの。それが当たり前だったはずだ。  
けれども、あっちの世界-もといた世界では、そんなのは単なる絵空事だった。  
日々の飯にありつくためには、そんな奇麗事に囚われている暇なんてなかったからな。  
毎日が銭勘定で、裏切りと泥沼の只中だった。今思えば馬鹿馬鹿しいがな。  

だけどここにきて、ドイツの兄弟分と、自衛隊の兄弟分と肩を並べているうちに、ようやく俺には  
自分の本来あるべき姿って奴が見えてきた。  
ここで初めて、俺は自分が何をしたかったのか、それがくっきりと手に取るように分かった。  

だから俺は、今心から次の戦いを臨んでいる。  
一心不乱の修羅場を、世界中の誰よりも心を躍らせて待ち望んでいる。  
もう元の世界には帰れないが、それは今となってはどうでもいい。  

子分達を生きて帰してやれないことだけが、唯一の心残りなのだがね・・・・・・」  



521  名前:  前スレ158  03/01/25  22:50  ID:???  

>>265  
「うん。長老さまのいうことはいつも間違ってないからね」  
アディは、目をくりくりと見開いて井江城に答えた。  

会話がかみ合ってないな、と井江城は内心でひとりごちながら質問を続ける。  
「長老さまって、どんな人なの?」  
「どんな人って・・・・・・、そうだなあ、とっても物知りで、長生きしてて、優しい人。  
おいらの村で、長老さまの言うことを聞かない奴はいないよ」  

「つまり、アディ君はその長老さまに言いつけられてここに来たのかな?」  
頃合とみてとった征司郎が、すばやく会話に割り込んだ。  
アディが大きく頷くのを確認した征司郎は、続けざまに質問する。  

「長老さまは、我々がここにいることを知ってたのかい?」  
「うん」  
「・・・・・それは、どうしてかな?」  
「え?」  
「ああ、どうして、というのは、どうやって、ということだ。誰か、我々がここにいることを  
長老さまに知らせた、とかそういうことかな?」  

「ううん、あんた達が"やってくる"前に長老さまがお告げをみんなに伝えたんだ。  
"空の門"が開かれたって。閂の開けられる時が来たって」  


522  名前:  前スレ158  03/01/25  22:51  ID:???  

>>521  
一時、キャビンの中に沈黙が落ち、外の物音が遠慮なくキャビンの中に進入してきた。  
沈黙の中、征司郎はアディの言葉の内容を考えていた。  
傍らでは井江城が、アディの言葉をメモにしたためている。  
ノートにペンの走る軽快な音が、キャビンの中の空気をどこかよそよそしいものにしていた。  

「どうしたの?」  
沈黙を不思議に思ったらしいアディが、征司郎と井江城を交互に見比べて訪ねた。  

「アディ君」  
沈黙を作り出した征司郎が、やや唐突とも思えるタイミングで切り出した。  
「君は、長老さまからどのようにいいつかってきたのかな?」  

「あんた達に会って、話をしろって。で、いい人だったら村に連れて来いって」  
アディの返事を聞いた井江城は、征司郎の後を受けるような間合いで続けて尋ねた。  

「俺たちは、君の目からみてどう見える?」  
アディは、あっさりと即答した。  

「いい人だよ」  



523  名前:  前スレ158  03/01/25  23:31  ID:???  

>>522  
軽装甲車のドアから、短いノックが3度鳴った。  
"会談は成功した"の合図に、眉間に皺をよせて腰のホルスターに手を当てながら  
微動だにせずドアを見つめていた高寺の口から、太く長い吐息が漏れる。  

やれやれ、どうやらあのチビは化物のお仲間じゃなかったか。  

ほどなくして軽装甲車のドアが開き、3人が姿をあらわした。  
井江城、アディに続き軽装甲車から出てきた征司郎の、普段と何の変わりもなく落ち着いた  
たたずまいに大きく安堵した高寺は、そのとき初めて己の全身が汗で塗りこめられたように  
なっていたことに気づいた。  
合図があったとはいえ、実際にこの目で確認するまではやはり緊張を解けるものではなかったのだ。  

そんな高寺の様子に頓着することもなく、征司郎は高寺に告げた。  
「部下に、支度するように告げてくれ。移動する」  
「移動・・・・ですか?」  
高寺は、面食らったような表情で尋ね返した。  
征司郎は小さく頷いた。  
「うむ。このアディ君が言うには」  
と、征司郎は傍らのアディを手で示した。  


524  名前:  前スレ158  03/01/25  23:32  ID:???  

>>523  
「彼の言う長老・・・・村長のようなものだと思うが、その長老が、我々の置かれた状況を  
説明できるかもしれない、とのことなのだ」  
そのアディは、征司郎の傍らで、軽装甲車のボディをコツコツもの珍しそうに叩いていた。  
アディを怪訝そうにみやった高寺が征司郎に尋ねる。  
「ということは、このチビの村に移動すると?」  
「うむ」  
「しかし・・・・大丈夫ですかね?」  
罠の可能性はないのか、高寺は視線の強弱だけでそう征司郎に無言のまま問い掛けた。  

征司郎は、高寺の無言の問いを無視しなかった。  
「正直な話、どこまで彼らを信用していいものかは分からん」  
だが、と征司郎は続ける。  
「ここにこのまま留まっていても、いずれ立ち枯れることは目に見えている。それに、  
長老とやらは我々がここに"来る"ことを前もって知っていた」  
「・・・・・・・・」  
「だから、少なくとも会って話を聞いてみる価値はあると思う。それに」  
「それに?」  
「万が一罠であれば、そのときは吹き飛ばして先に進むだけだ」  
征司郎はきっぱりと言い切った。それは、このような異常な環境下にあっても  
全く変わることのない、どこまでも豪胆な男にだけ可能な話し方だった。  

高寺は、大きく頷いた。  
やおら振り返り、鬼神をも首を竦めさせかねない勢いで号令をかける。  
「総員撤収、これより、移動を開始する!」  



525  名前:  前スレ158  03/01/26  00:52  ID:???  

>>524  
撤収作業は、全く無駄なく流れるように手順を踏んで進められた。  
天幕が取り片付けられ、発動機が梱包され、簡単な警戒線を構築していた  
有刺鉄線がまとめられていく。  
そうした諸々の作業の様子は、あたかもコマ送りの映像をみているかのような軽やかさだった。  
しかしながら、甲羅に苔の生えたヴェテランである高寺にはそれでもなお満足の行かない  
部分が多々あるらしく、間断なく隊員達の間を歩き回りながら野卑と謹厳の境界線にある  
大音声で、あれはそこだこれはこっちじゃないと指示を出しつづけていた。  

自衛隊側の、機械的な能率と(主に高寺が醸し出す)喧騒とは対照的に、立花組側の  
撤収作業はいたって静かに行われていた。  
いや、撤収作業というよりは、むしろ合戦用意とでもいうべきだろう。  
昼間の惨劇から、自衛隊員たちの盾として生き残った組員達は、征司郎の  
「支度しろ」  
という一言のもと、無言のまま頷いて準備に取り掛かった。  
全員が作戦会議の間に点検と整備を済ませた拳銃の状態を素早くチェックし、続いてそれぞれの  
準備に取り掛かる。  
各車輌のドライヴァーは、運転席に滑り込むとイグニッションを捻り、トランクのオープナーを引いた。  
残りの組員が取った行動はさまざまだった。  
あるものはトランクに取り付き、トランクルームの床板を引っぺがす。  
あるものはドアを開いて後部座席に乗り込み、前部座席のヘッドレスト脇にある隠しスイッチに  
手をかける。  
またあるものは、服が汚れることもいとわず、地面に仰向けになって車輌の下にもぐりこんだ。  
そして数十秒後には、どこからこんなに、と思わせるほどの銃器が極道達の車から現れることと  
なり、同時に、アメリカ製の大型ヴァンに取り付いた組員が、両腕に抱えきれないほどの荷物を  
持って車輌の間を駆け廻りだした。  


526  名前:  前スレ158  03/01/26  00:54  ID:???  

>>525  
その様子に気づいた自衛隊員の一人が、思わず作業の手を止めて呟いた。  
「すげえな・・・・・さすがは立花組だ」  
彼の言葉を耳に留めた同僚が、同じく作業の手を止める。  
「散弾銃だの短機関銃だの、小火器の見本市じゃないか。よくもまあ・・・・・って、  
グレネードランチャーまで!」  
「あいつら、戦争でもするつもりだったのかよ・・・・」  
彼らの近くでテーブルを折りたたんでいたもう一人の隊員が、呆然とした表情で口にした。  
「やっぱり噂は本当だったんだ」  
最初に言葉を発した自衛隊員が、訳知り顔で一人頷いた。  
「噂?」  
2人が、絶妙な唱和を彼に投げつける。  
「ああ、立花組は、ここしばらく台湾や中国のマフィアと戦争状態にあったらしい。  
あっちの連中、立花組に歌舞伎町からたたき出されたことをよほど根に持ってたんだと。  
だから、襲われたときは徹底的にやり返す用意をしてた、とね」  
「警察に見つかったら、ただじゃすまないだろうに。・・・・・・暴対法適用であっというまに  
立花組は壊滅だぞ」  
テーブルをたたんでいた隊員が首を振りながら言う。  
「警察は実質見て見ぬ振りだ。立花組にちょっかいをかけるとただじゃすまないことを  
分かってるからな。それに、警察にしてもその上の政治家にしても、近頃わけのわからん  
理屈で動き、通訳ですら理解困難な外国語を話す連中がのさばりすぎて治安が乱れる  
一方だったから、まだ話のわかる人間が仕切ってるほうがやりやすいという判断が  
あるんだろう」  
「暴対法も、現実の前では形無し、か」  
「まあ、この世界では暴対法なんざ気にしなくてもいいんだろうがな」  
彼らの取り留めもない会話は、高寺の大喝が直撃するまで続けられた。  



528  名前:  前スレ158  03/01/26  02:48  ID:???  

>>526  
高寺の怒号を背中に感じながら、征司郎はアディとの会話を反芻していた。  

アディは、長老とやらの指示に従って俺達の前に現れた・・・・。  
奴がいうところに拠れば、長老は俺達がこの異世界にある日突然放り込まれることを  
前もって知っていたらしい。  
となれば、何らかの前触れが、少なくとも、長老には理解できる前触れがあったはずであり、  
それは俺達がこの世界にやってくることとなった原因と密接に関連しているはずだ。  

そう、確かアディは『"空の門"が開かれた』といってたな。『閂が開けられた』とも。  
この言葉が正しければ、俺達は空の門がどうかしてしまったか、誰かがどうかしたから  
ここに来ていることになる。  
となれば、元いた世界に帰るには、空の門を再び開くほかないということだろう。  
そのためには、空の門、ならびにそれを封じ込めておく閂について知悉しているであろう長老に  
あわねばならない。  

征司郎は、そこでふと視線を上げた。  
その先には、元の世界では滅多に見ることの出来ない風景、すなわちいかなる人工物も存在  
しないまま延々と広がる草原と、それをとりまく山地と森林が、夜空を切り裂く光帯のもと、朧に  
浮かび上がっていた。  



529  名前:  前スレ158  03/01/26  02:49  ID:???  

>>528  
これから俺達は、この風景を突っ切ってアディの村へと赴く。  
道中、敵に-昼間遭遇した敵と再びまみえることはない、と言い切れるだろうか?  
アディが、何の妨害も受けることなくここまでこれたところを見ると、一応の安全は確保されていると  
考えたいところだが、それはもしかすると楽観的に過ぎる見方ではないのか?  
俺は先を急ぎすぎているのではないか?  
昼間、出くわしたあの化物どもの、あの禍禍しい姿と猛禽さながらの凶暴性にどこかで怯えている  
のではないか?  
夜が明けるまで待っても、取り立てて問題はないのではないか?  

「うぬ・・・・・・」  
征司郎は我知らず唸った。いまさらながら、己が余りに軽率な判断を下したのではないかと  
疑心暗鬼にかられてしまったのだ。  
思わず、後ろを振り返る。  
撤収作業は、まもなく完了しようとしていた。  
手すきの人間は、手持ちの装具を調え、車輌の脇に整列し始めている。  
自衛隊員は89式小銃やミニミ分隊支援機関銃を、立花組組員はレミントンやスパス、H&KMP5やウージー、あるいはM79等を抱えて"その時"を待っていた。  
彼らの顔はいずれも硬く強張り、先の見えない現状に不安を抱いていることをうかがわせはした  
ものの、彼らのリーダーである征司郎や高寺を疑うようなそぶりはかけらほども見せてはいなかった。  
「親分」  
高寺と、征司郎の側近である飯野が、控えめな声で呼びかけた。  
「第1分隊、出動準備完了。いつでもいけますぜ」  
「立花組親衛隊、支度整いました」  



530  名前:  前スレ158  03/01/26  02:50  ID:???  

>>529  
「うむ」  
頷く征司郎に、そっと飯野は歩み寄る。  
そして、懐から拳銃を取り出し、銃把を征司郎に向けて差し出した。  
「これをお持ちください。いざという時のために」  
征司郎は、受け取った拳銃-コルト・ローマンのずっしりした感触をしばし味わい、するりと懐に  
滑らせた。  
征司郎がローマンを懐にしまうのを見届けた飯野は、続いて彼の脇に控えていた組員に  
合図を送る。  
組員は細長い物体を両手に捧げ持ち、征司郎に差し出した。  
征司郎はそれを受け取り、包みとなっていた高価な羅紗をさっと剥ぎ取る。  
包みの下からは、地味な拵えの日本刀が現れた。  
その刀は無銘だが、日本刀にしては珍しく頑丈な拵えになっており、切れ味も申し分ない。  
なによりも、未だ一介の組員であったころからこの刀は征司郎とともにあり、ともにくぐった修羅場  
の数は、片手では効かなかった。  
「こいつをもう一度使うような羽目にだけは、陥りたくないもんだな」  
それを手にし、にいいようのない高揚と安堵が同時に広まっていった征司郎は思わず軽口を  
叩いた。  
「親分にそんな真似はさせません!」  
高寺と飯野が思わず同時に叫び、はっとお互いの顔を見合った。  
「期待してるぜ」  
ニヤリと笑った征司郎は、2人を等分にみやって答えた。  

「それじゃ、行こうか」  




565  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/28  00:27  ID:???  

>>530  
「出発!」  
高寺が右手を振り下ろすと、草むす高地の只中にあった車輌の縦列は静かに走り出した。  
光帯の優しく青白い光を受け、風にざわめく草原は、あたかも夜光虫が敷き詰められた海原を  
思わせた。  
そして、踝の高さまで生育した草原をかきわけて進む軽装甲車、トラック、メルセデスやダッジなど  
十数台の車輌もまた、光帯に彩られて陰影を明らかにしながらゆっくり、ゆっくりと海原を踏み渡る  
-まるで、その車輌群がこの世に生まれ出でたときからそうあるべき存在であったかのように。  
もしこの風景を客観的な視点で鳥瞰しうるものがいたならば、あたかも一幅の絵画のような、  
と表現したであろう。  
機械文明の存在しなかった大地にその申し子が列をなす。それは、かくも異常で、ありうべからざる  
風景で、何よりも幻想的であった。  

だが、その中にいる者たちは、そうした贅沢を味わうことを許されなかった。  
彼らは、形而下的な、もっと切実な問題に向き合わなければならなかったからである。  

「この調子だと、何台か途中で乗り捨てなければいけませんよ」  
縦列の中央に位置をしめていたメルセデス、その助手席に腰を落ち着けていた  
井江城は、うんざりしたような口調で誰にともなくぼやいた。  
ドイツ最高峰の、すなわち世界最高峰のサスペンションをもってしても吸収しきれない振動に、  
先ほどからどうにも落ち着かない気分にさせられていたのだ。  
「ベンツの最高級でこれだと、他の立花組さんの車はもっとひどいことになってるんじゃないですかね」  
「言われるまでもねえや」  
運転席でハンドルを握っていた飯野が不機嫌な口調で吐き捨てた。  
「だが、うちの親衛隊はそこらのヤクザと鍛え方が違う。これしきのガタガタでネを上げる奴ぁいねえよ」  


566  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/28  00:28  ID:???  

>>565  
「ああ、問題はそういうことじゃないんです」  
話が通じなかったかな。内心でだけそう思いながら井江城は返した。  
「んだあ?」  
「もともと、立花組さんの車は乗用車だ。こんな不整地を長時間走った日には、  
人は耐えられても車が持たないかもしれない」  
「・・・・・・・」  
「それに、燃費の問題もある。このままだと、車が持ってもガスがなくなるおそれが」  
「ガスなら、お前さんたちの持ってきたトラックにあるじゃないか」  
井江城の長広舌を遮り、飯野は顎で後ろを指した。  
見れば、数台後にトラックに牽引されたタンクローリーががったんごっとん揺れている。  
なんとはなし、玩具を思わせるユーモラスな動きだ。  
「あれを使い切ったら御仕舞いですから」  
その、余りにも無責任な物言いに、思わず飯野は激昂した。  
「だったらどうしろってんだ!おお!」  
「やめねえか、お前達」  
不毛な言い合いを見かねて、思わず後部座席にいた征司郎が2人を制した。  
穏やかながら、その有無を言わせぬ威圧感に、飯野はあっさりと矛先を納める。  
「すいやせん。親分」  
「申し訳ありません。立花さん」  
てめえ、うちの親分にそんななれなれしい口を利きやがって!  
飯野は、そういいたげに、あっという間に顔を朱に染めた。  
「まあ落ち着け、飯野」  
征司郎は、愛すべき子分に頷きかけた。  
「アディ君によれば、あと少しで街道に出るという。アスファルトで舗装されてはいないだろうが、  
少なくとも草原をずっと走ってるよりはだいぶ楽になるだろう」  



575  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/29  00:13  ID:???  

>>566  
「あっ、もうすぐ街道に出るよ」  
それまで、一言も口を利かずにメルセデスの内装をじろじろ見回したりあれこれいじって  
いたアディが、唐突に声をあげた。  
短いとはいえない時間、それこそ無限に続くかと思われたぼやきと罵声とそれらに対する  
叱咤にいいかげんうんざりしていた3人は、アディの指差す方向を一斉に注視した。  

どこまでも続くかと思われた青白くほの光る草原、その只中に一本の木がひょろりと伸びていた。  
位置からする限り、その木の存在にはもっと早く気づいてしかるべきではあったが、存在そのものが  
余りにも唐突であった-少なくとも、この異邦人たちにとってはそうであったため、指摘されるまで  
却って誰も気づかなかったのだ。  
しばらく沈黙を続けていた異世界の男達は、無線で短い言葉のやり取りをかわし、隊列の方向を  
幾分変えることにした。  
隊列が進むに連れ、その木の輪郭が夜目にもはっきりと見えてくる。  

「あれが目印なんだ。とってもよく目立つから」  
その木の全貌があらわになったとき、3人には、アディの言葉が耳に入っていなかった。  

「な・・・・・なんだありゃ?」  
思わず、飯野と井江城が間の抜けた声で合唱した。  
征司郎は、さすがにそれに加わらないだけの自制を己に課してはいたものの、心情は  
まったく彼らに同調していた。  



576  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/29  00:13  ID:???  

>>575  
その木は、なかなかの巨木ではあったものの、幹や枝ぶりを見る限り、彼らの世界では枯木に  
分類されるべき存在-いかなる意味においても生命を感じさせないはずの存在であった。  
だが、生命を失って久しいはずの枝からは無数の果実がまったく無秩序に垂れ下がっている。  
しかもその実は、バスケットボールほどもあろうかという直径の、夜目にも鮮やかな毒々しい緑色  
-見るものの心をすさませる緑色に染まっていた。  
花も葉もなく、ただ果実だけがいらだたしい緑に彩られた葡萄のように"吊られている"樹木の  
ありさまは、まるで極限までリアリズムに徹した精神病患者の夢だった。  

「あれは-ええと、あんたたちの世界の言葉でいえばサラシの木だよ」  
先ほどまでよりはるかに重苦しい沈黙に満ちた車内に、それだけがやけに明るいアディの声が  
響いた。  
「この"草海"ではあれがところどころに立っている。あれを見て、自分のいるところを判断するんだ」  
「・・・・・冥土の旅の一里塚ってわけかい・・・・・・」  
搾り出すような声音で、飯野が応じる。  
井江城はそれをまぜっかえすこともせず、征司郎はそれをたしなめるつもりもなかった。  
誰もが、反射的に同じ事を考えたからである。  

「でも、おかしいなあ」  
そんな3人の心根に頓着することもなく、アディが心底不思議そうに言った。  
「何がだい?」  
どうにか平静に聞こえますように、と内心で呟きながら井江城が応じる。  
「うーんとね、おいら、あんた達のところに来るときもここをとおったんだけど・・・・・・」  
「それで?」  
「サラシの実のね、数がなんだか多いような気がするんだ。来たときよりも・・・・・・なんでだろ?」  



579  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/29  02:01  ID:???  

>>576  
アディの言葉にいち早く反応したのは、征司郎だった。  
「それは本当かね?」  
彼らの基準に照らせば畸形と言うほかない枯木を目の当たりにし、なおかつアディから何かしら  
不吉の予兆をうかがわせる言葉を耳にしたため、こころなしか、声がわずかに硬くなっている。  
「うーん、なんとなく、なんだけど・・・・・でも、大丈夫だと思う」  
「なぜ、そう思うのかね?」  
アディに対する言葉がきつくならないよう、征司郎は慎重に言葉を重ねた。  
下手に焦りを見せて、アディを怯えさせても始まらない。  
「おいら、"敵"を感じることが出来るんだ」  

感じる・・・・・?  

3人は同時に疑問を抱き、怪訝そうな表情になった。それを知ってか知らずか、アディはあくまでも  
快活に話しつづける。  
「おいら達に悪さするやつらは、その狙いをこっちにぶつけて来るんだ。それを、おいらは感じ取る  
ことが出来る。もしあのサラシの木がおいら達を狙ってるなら、この距離でそれがわからないわけ  
がないんだ」  

だから、この小人は化物だらけの世界を平然と歩いてこれるのか・・・・。  
アディの説明は、にわかには信じがたいものであったにもかかわらず、3人は納得してしまった。  
昼間に経験した化物どもとの壮絶な戦闘、そして小人の余りにもみすぼらしい外見が、  
その特殊能力イコールこの世界における小人の生存理由であると結びつけたのだ。  




580  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/29  02:02  ID:???  

>>579  
しかし、念のためだ。  
アディの言葉にいくらか安堵しつつも、征司郎は傍らに置いた携帯無線機を取り上げた。  
「高寺、こちら征司郎」  
先頭を走る軽装甲車に座乗する高寺からは、すぐさま返事が届いた。  
『こちら高寺、どうぞ』  
「隊員達に、警戒をさらに厳重にするよう伝えてくれないか」  
『了解。すでに命令は出してます。銃をいつでも撃てるようにしておけ、と』  
理由は一言も言わなかったにもかかわらず、高寺は征司郎の言いたかったことをすぐに察した。  
「そうか、余計な差し出口をしたな。すまない」  
『いいえ。・・・・それと、まもなく先頭は街道に差し掛かります。左に曲がりますので』  
やはり高寺も、サラシの木がもたらす不吉な歪みを感じ取っていたに違いない。  
高寺との交信を終えた征司郎は、そこで初めて安堵した。  
なんと言うことはなしに、ウィンドウの外に目をやる。  

その時、征司郎ははっきりと目の当たりにした。  

サラシの実が一つ、風もないのにゆっくりと揺れるのを。  



586  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/30  00:04  ID:???  

>>580  
あれは・・・・・・!  

征司郎は、己が目の当たりにしたものを確かめようと、反射的に身を乗り出してウィンドウに  
顔を近づけた。  
だが、征司郎がそこに注意を向けたとき、メルセデスはサラシの木の傍らを通り過ぎ、  
そのまますぐ脇に伸びていた街道に、その巨体を乗り入れた。  

がったん。  

路肩に乗り上げた衝撃で、メルセデスがゆっくりと揺れる。  
征司郎は首を捻じ曲げて、いまやリアウィンドウの向こう側の風景と化したサラシの木と、  
そこから垂れ下がる無数の果実を食い入るように見つめていた。  
「どうしたんですか、立花さん?」  
助手席のヘッドレストから、顔だけをのぞかせて井江城が声をかける。  
それから数秒、征司郎はまるでその声が聞こえなかったかのように、小さくなっていく  
サラシの木を睨みつけていた。  
「立花さん?」  
声音に訝しげな響きを含ませながら井江城が再度問い掛け、ようやく征司郎は我に返った。  
首を振りながら、ゆっくりと征司郎は視線を前に戻す。  
心配そうにこちらを見つめる井江城と、その井江城をルームミラー越しに鋭く睨みつける  
飯野の姿が目に入る。  
「ああ、何でもない。目の錯覚だろう」  
征司郎は、小さく息を吐いて井江城に応じた。しばし目を閉じ、先ほどまでの情景を頭に  
思い浮かべる。  
あれから、どれだけ注視しても、再びサラシの実が動くところを見ることは出来なかった。  
気のせいか、風のしわざだろう・・・・神経過敏になっているのだな。  
瞑目したまま、征司郎がそう結論付けようとした時だった。  

傍らの無線機が耳障りなノイズを立てる。  

『こちら高寺。全車停止せよ。前方に人影』  



599  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/31  00:53  ID:???  

>>586  
ぎぎいぃぃっ・・・・・・・。  

軽装甲車が徐々に速度を落とし、こころもち乗員の体が前のめりになる。  
車体からわずかに首だけを出して後ろを振り返った高寺は、後続の車輌が己の命令  
どおりに制動をかけたことを確認した。  
完全に停止したところで高寺は正面に向き直り、運転席の一等陸士に命じる。  
「ライトつけろ」  
これまで、周囲を確認するには必要最低限の光量が得られていたことと、もっとも  
基本的な戦術原則-"敵"に対して与える情報は少なければ少ないほどいいという  
セオリーに従って前照灯のスイッチをオフにさせていたが、前方数十メートルに蹲る  
人のような影は、裸眼ではいささか確認しづらかった。  
命令に従い、一等陸士は軽装甲車のライトを点灯させる。  
軽装甲車のフロントから伸びる2本の太い光線が末広がりに、ちょうど人影のあたりで  
境界線を滲ませながら交錯し、その姿が露になった。  

幅員5メートルほどの街道、その中央に跪いて蹲るその人影は、ゆったりした衣服を身にまとい、  
頭からすっぽりとフードを被っていた。  
両腕を胸の前で組み、左肩と額を地面につけて何かに耐えるようなそぶりを見せていたその  
人影は、すぐ自分に向けられた太くて広い光に気づき、ほんのすこしだけ顔を持ち上げる。  
途端に、その光源が思ったよりよほど強烈だったのか、慌てて両手を顔の前にかざして光を  
遮ろうとした。  
そのはずみで、フードがはらりと頭から滑り落ちる。  
フードの下から現れたものは、たっぷりとした綺麗な金髪だった。  
注意してみれば、その容姿も男-この世界で、彼らの性別に関する基準がそっくり当てはまれば  
の話だが-にしてはあまりに華奢であった。  
「女・・・・・・?」  
一等陸士が、語尾を上げ気味にして独語した。  



600  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/31  00:54  ID:???  

>>599  
その言葉に、軽装甲車のキャビンに陣取っていた数名の自衛官が顔をのぞかせる。  
彼らも、先ほどの一等陸士と同様の言葉を思わず口にしていた。  
「女だ」  
「おい、ありゃ女じゃないか」  
「うわ、女がいるよ」  
「ほんとだ。何で女が、こんな夜にたった一人で・・・・?」  
助手席にどっかりと腰を落ち着けた高寺は、そうした部下の発言を聞き流し、ライトアップ  
された"女"を険しい視線で凝視していた。  
少しして、彼が"女"を睨みつけながら口を開こうとしたとき、唐突ともいえるタイミングで車載  
無線機がノイズをたてる。  
『高寺、こちら征司郎だ。人影とはなんだ?』  
"女"から視線を外さず、高寺は無線のマイクを手にした。  
「こちら高寺。人影はどうも女性のようです。街道のど真ん中にうずくまってます」  
さらに、今しがた気づいた事実をそのまま口にする。  
「怪我をしているかもしれません。動きが緩慢です。それに、血のようなものが周囲に広がってます」  
『わかった。処置は任せる』  
無線機の向こうの征司郎は、短く答えた。  
『こちらは、アディ君の様子に気をつける。彼は"敵"の存在をキャッチすることができるようだ』  
「願います。これから自分は、"女"の状態を確認に行きます」  
『気をつけろよ、高寺』  
「ありがとうございます」  
自衛隊で教育された無線交信の符牒や手順を全く無視したやり取りを終えた高寺は、マイクを  
所定の位置に戻した。  
キャビンにいた自衛官が、高寺を伺うように申し出る。  
「自分が様子をみてきます」  
高寺は、その自衛官を振り返ろうともせずかぶりを振った。  
「いや、俺がいく。何があるかわからん」  




601  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/31  00:54  ID:???  

>>600  
軽装甲車の車体をわずかに揺らしながら、高寺は地面に降り立った。  
途端に、夜の異世界が醸し出す雰囲気が彼にまとわりつく。  
静謐、というよりは、何かしら作り物のような落ち着かない静けさを感じつつも、  
高寺は腰のホルスターに手をやり、カバーを外しながらゆっくりと歩き出した。  
つい先ほどまでは喧騒というほかなかった隊列の車輌が生み出すエグゾーストが、  
たった数メートル離れただけで心細くなるまでに小さく聞こえるのは、気のせいだろうか。  

全身を緊張に浸しながら、高寺は慎重に"女"の方へと歩を進める。  
"女"は、近づいてくる高寺の足音に、おどおどと顔を上げる。  
高寺の巨体がちょうど遮蔽として役立ったのか、"女"は両手を顔から外した。  

う、美しい・・・・・・。  

あれほど警戒していたにもかかわらず、その顔を一目見た高寺は、思わず心からそう唸って  
しまった。  
服装こそあの妙ちきりんな小人と同じように粗末な布地で織られているものの、その肢体や  
顔つきは、明らかに彼らの世界でも十二分に美女としての基準に達するものであった。  

ほんのわずか、自身にも知覚できないほどの小さなレベルで警戒を緩めてしまった高寺は、  
こころもち急ぎ足に"女"に近づき、その傍らに跪く。  
そして、自分でもびっくりするほどの穏やかな声音で恐怖と警戒を満面に貼り付けた"女"に  
話し掛けた。  
「大丈夫ですか、お嬢さん?」  



602  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/31  00:55  ID:???  

>>601  
『うっわー、めちゃくちゃ美人じゃないか、あの女・・・・・』  
『おいおい、三曹駆け出してったぜ』  
『ちきしょう、うまいことやりやがったよなあ』  
『ってーか、"鬼寺"のあんなところ、初めて見たぜ・・・・』  
スイッチが入りっぱなしになっている無線機からは、軽装甲車に残った自衛官達の羨望とも  
嫉妬とも、感嘆ともつかない会話が筒抜けに聞こえてきた。  

まったく、高寺も人の子だったか。  
征司郎はその会話から想像される車内と車外の情景を想像し、我知らず苦笑を浮かべた。  
だが、高寺から危機の知らせが入ってこないのはいいことだ。  
となれば、あれは本当に害のない存在かもしれない。  
女、それも飛び切りの美女という話だが、明るいとはいえこんな夜中に、どうしてたった一人で  
いたのだろうか?  
怪我をしたとなると、よんどころない事情で移動中に事故にあったのだろう。  
そこにたまたま我々が通りかかったというところか。  
いや、化物に襲われたということも考えられる。  
となれば・・・・・・。  

「アディ君」  
苦笑を貼り付けたまま、征司郎は右を向いた。  
何か感じないか?  
あくまでも念のために、征司郎はそう尋ねようとした。  



603  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/01/31  00:56  ID:???  

>>602  
アディは、リアシートの上でガタガタ震えながら丸く蹲っていた。  
その横顔は脂汗がびっしりと張り付き、真っ青に色を失ってしまっている。  
額を膝にぴったり押し付けたまま、何か口を開こうと必死に努力しているようだが、思ったように  
言葉が出てこないのか、ガチガチ歯を鳴らしていた。  
「あ・・・・・・あ・・・・あああ・・・・・あ・・・・・」  
「どうしたね?」  
征司郎は、思わずアディにかがみこんだ。  
「あ・・・・・ああああいつ・・・あいつ・・・・冥王の手下・・・・ああ・・・・」  
「おい、アディ君。どうした!」  
助手席から、井江城が緊張した声で問い掛ける。  
アディのあまりの変わりように驚いたのか、飯野も目を丸くして後ろを振り返った。  

「あ・・・・・ててて敵・・・・今今今まで心を眠らせてだからだからだからおいらにもわからなくて」  
そこまで聞いたとき、征司郎の表情から苦笑が拭い去られたかのように消え去った。  
反射的に車外へと飛び出した征司郎は、聞こえるかどうかなど一切顧慮することなく、前方に  
向かって大声で叫ぶ。  

「  高  寺  ァ  !  離  れ  ろ  !  そ  い  つ  は  敵  だ  !  」  

その絶叫に答えるかのように、前方から空気を切り裂く音、野太い絶叫、そして銃声が  
立て続けに鳴り響いた。  



627  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/01  02:52  ID:???  

>>603  
高寺のいた世界では20歳前後にみえる"女"は顔を少し上げ、彼の顔に視線を合わせた。  
ほっそりした顔の輪郭にきれいな鋭角を描いた頤、そしてわずかな外力でポキンと折れそうなか細いうなじ。  
大きな瞳は不安に震え、苦痛と恐怖をこらえているのか眉根はきゅっと寄せられていたが、  
それは決して"女"の美しさを損なうものではなく、却って宗教絵画にありがちなモチーフ  
"受難"を具現するかのような曰く言いがたい倒錯的な魅力を"女"に与えていた。  

おそらくは生まれて初めて目の当たりにするであろう異世界の巨漢が眼前に現れたにも  
かかわらず、"女"はあちこちに傷を負っている四肢を操り、救いを求めるような色を双眸に-  
信じがたいことに、安堵の笑みのような表情すら浮かべて高寺に両腕を差し伸べる。  
だが、10センチも距離を取れないうちに"女"の両腕から力が抜け、そのままうつぶせに  
地面へとへたりこんでしまった。  
「お嬢さん!」  
高寺は、それまで抱いていた緊張を完全にかなぐり捨て、その傍らに跪いた"女"に手を差し伸べた。  
両腕を"女"と地面の間に差し入れ、そのまま抱え起こそうと力を入れる。  

「・・・・・・・!」  
傷口にふれたのか、"女"は高寺に理解できない言語で鋭く叫んだ。  
"女"の反応にあわてた高寺は、力をゆるめて再び"女"を地面に寝かそうとする。  
だが、今度は恐怖と警戒の色を貼り付けた"女"は、信じがたいことに、高寺の胸板を  
思い切り突き飛ばし、その反動で高寺から転がって遠ざかってしまった。  
高寺の顔を凝視しながら、"女"は高寺に両腕を突き出し、さらに何か小さく叫びつづける。  
まるで近寄るなと言っているかのように。  
四肢から流れる血は、一向に止まる気配を見せない。  

いかん、よほどの怪我のようだ・・早く手当てを・・畜生、こいつの言っていることが分かれば!  
中腰になった高寺は、女に再び向き直った。  
今度は、有無を言わさず抱え込んで、軽装甲車に連れてゆくつもりだった。一刻の猶予もない。  
決意した高寺が、足腰に力をこめた時だった。  

"女"の表情が一瞬に凍りつき、全身がバネ仕掛けか電撃をうけたかのようにびくんと硬直する。  
硬直はほどなく溶けたが、"女"は再び高寺に向けて叫びだした。  


628  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/01  02:54  ID:???  

>>627  
だが、"女"はマネキンのような微笑を顔に貼り付けたままだった。  

美しいが、それゆえに余りにも空虚な微笑を浮かべたまま、"女"はあいも変わらず両腕を突き出して  
高寺に何か叫びつづけている。  
微笑を浮かべ、抱擁を求めるように両腕を差し出しながら、魂を削ぎ取られるような絶叫を上げつづけている。  

高寺は、あまりにも異常な眼前の情景に、一瞬言葉を失ってしまった。  

微笑み、叫びつづける"女"は、次第にゆっくりと首を左右にふり始めた。  
その角度は徐々に大きくなり、それにつれて速度も上がる。  
いや、首だけではなく、腕も、足も、およそ全身の可動部位のありとあらゆるところが、筋肉と関節に  
恐るべき負荷をかけながら、てんでばらばらに激しく揺れ動いていた。  

いかん!  

"女"がついさきほどまで見せた崇高なまでの美しさ、それによって生じた言葉を要さない何かに  
突き動かされた高寺は、一気に"女"との距離を縮める。  
再び、高寺が"女"を抱きかかえたときだった。  

高寺のすぐそばにあった"女"の顔がいきなり水風船のように膨れ上がった。  
水死体のようにおぞましくなった顔の、額の中央にいきなり罅が入る。  
罅は亀裂となり、"女"の額から顎の先まで一気に縦断し、それは瞬きするほどの間に体を貫いた。  

もこり。  

縦に真っ二つとなった"女"、その鼻があったあたりから何か粘液にまみれたものがゆっくりと突き出してくる。  
円盤を縦にしたような、何かを縦に丸めたようなそれは、紫とも黒ともつかぬ色を呈し、  
外界の様子を探るかのように2、3度蠕動した。  

コンマ数秒後、ゼンマイにも似たそれは、高寺の顔目掛けて一気に丸められた管を伸ばし、  
鋭い風切り音と共に襲い掛かった。  




638  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/01  21:46  ID:???  

>>628  
おそらく、眼前の異常に理性が半ば麻痺しかけていたことがよかったのだろう。  
その物体-彼らの世界で言えば、常識外れに巨大な蝶の口吻-が襲い掛かってきたとき、  
高寺の行動は、まったくの本能と長期にわたる訓練が齎す反射によって支配されてしまっていた。  

高寺は、自分でも何をしているか全く理性のレベルでは知覚し得ない短時間に、体を開き、首を  
関節の限界まで傾け、強靭な脚力にものを言わせて大地を蹴り飛ばした。  
右手はフラップを外したホルスターにまっすぐ伸び、左手は仰向けのままジャンプする身体を  
コントロールしようとするかのごとく、曲げられたまま身体に引きつけられていた。  
しゃがんだ姿勢から驚くほどの距離を飛び退った高寺は、ホルスターから引き抜いた9ミリ拳銃を  
眼前にある"女"だった生物に向け、さながら機関銃のような勢いで9ミリ弾を叩き込んだ。  

"女"は、仰向けの姿勢から、9ミリ弾を浴びつつ、出し抜けに膝立ちで起き上がった。  
バネ仕掛けというべきか、釣り糸の見えないパペットというべきか、その動きは人間の骨格や  
筋肉ではあまりにも敏捷すぎる素早さだった。  

引き金を機械的な速度で引き続けながら、高寺は絶叫した。  

ぶちゅん。ぶちゅぶちゅぶちゅぶちゅ。ぶちゅん。  

9ミリ弾は、不安定極まりない姿勢から発砲されたにしては感嘆すべき命中率-いかなる射撃術の  
専門家であっても賛辞を惜しまない命中率で"女"だった生物を襲った。  
着弾するたび、その生物-今のところは頭部以外辛うじて"女"である肉体に小さな穴があき、  
肉片と衣服の布片が飛び、血液がしぶく。  


639  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/01  21:46  ID:???  

>>638  
人間であればとうに息の根を止められていたであろう命中弾を浴びても、物体の動きは止まる  
気配を見せない。  
左右真っ二つに割れた仮面のような顔が、さらに膨れ上がり、その中から伸びきった口吻は  
一旦元通りに丸めて納められる。  
衣服のボタンがはじけとび、磁器のように白い肌と、こんなときでなければ劣情を催したであろう  
豊かな乳房が露になる。  
だがその乳房は、露になると同時に、均整の取れた形状を内部から突き上げる棒状の何かに  
よってかき乱されていた。  
まるでアメーバのように、その美しい肉体の表面に滑らかな瘤が現れたり引っ込んだりする。  
肉体の深奥で"何か"が荒れ狂っているのだ。  

その"何か"はようやく自分のなすべきことを思い出したらしい。  
棒状の瘤は、しばらく肉体のあちこちに出たり入ったりを繰り返した後、  
乳房と、水月と、腹部に、斉一的なタイミングで棒状の瘤が6本、にゅっと現れた。  
同時に、未だ衣服の切れ端を引っ付けている背中の、肩甲骨のあたりに屏風状の瘤が二つ、  
こちらはぼこりと現れた。  

合計8つの瘤は、コマ送り画像を具現化したかのような速度で見る間にその大きさをます。  
まるでゴムでできているかのように、"女"の白い肉体に生えた瘤が膨張する。  

瘤の膨張に"女"の肉体が耐えられる限界は、あっさりと訪れた。  

ぶち。ぶちぶちぶちぶちぶぶぶぶぶぶ--------ばつん。  

重く、大きな水風船がはじけるような音を立てて、8つの瘤が一斉にはじける。  
その下から現れたものは―昆虫の脚と羽だった。  



647  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/02  19:14  ID:???  

>>639  
がちん。  

9ミリ拳銃のスライドが後退して止まり、高寺に弾切れを告げる。  
それを理性が認識するよりはるかに早く、高寺の左手はガンベルトに吊るしたパウチに納められた  
予備マガジンにするりと伸びる。  
小指でパウチのフラップを跳ね上げ、薬指と中指でパウチに納められたマガジンを引き抜くや、  
拳銃を構えた右手をすっと後ろに引いた。  
引き抜いた左手首を返し、拳銃のグリップエンドからちょこんと姿をのぞかせるマガジン・  
リリース・ボタンを親指ではじくように操作する。  
高寺は、自衛隊をはじめいかなる教範にも記載されていないやり方ながら、その恐るべき握力と  
瞬発力に物を言わせ、まったくもって無茶ではあるが滑らかな動作でマガジンを交換した。  

スライドストップを解除し、再び銃口をむける。  
だが、その時には"女"-いや、その中に巣食っていた何かは、準備を終えようとしていた。  
6本の脚が、外界の空気を味わうかのように蠢き、やがてゆっくりと地面に降ろされる。  
背中の瘤を打ち破って現れた羽は、一旦植物が生育するかのように天を目指してまっすぐ  
大きく伸び、伸びきったところで皺くちゃに折りたたまれたそれを一杯に開いた。  
羽も脚も、口吻と同じようにグロテスクな色合いに染まり、宿主の体液や己の粘液でヌラヌラと  
気味悪く光帯の夜光を反射していた。  

ずるり。  

左右に割れていた宿主の顔が、ついに内側からの圧力に耐え切れなくなったか、そのまま皮と  
筋繊維だけで胴体と繋ぎとめられながら、ゆっくりと地面へぶら下がる。  
宿主の顔があった場所からは、半ば予想通り、粘液にまみれた巨大な蝶の顔が現れた。  

ピンポン・ラケットほどもある複眼が高寺を睨み据えると同時に、異世界から来た巨漢は  
すばやく起き上がり、全ての感情を殺した無表情で9ミリ拳銃の引き金を絞る。  
頭部目掛けて2発。一般にダブル・タップと呼ばれるそのうち方は、正確な照準だった。  
しかし、蝶の行動は、高寺の予想をはるかに上回る素早さだった。  

ばさっ。  

蝶は、瞬きする間に乾燥した羽を大きく広げ、地面に振り下ろす。  
2発の9ミリ・パラベラム弾が蝶の顔があった空間を通り過ぎたとき、蝶は勢いよく虚空に舞い上がった。  


648  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/02  19:14  ID:???  

>>647  
あっと思ったときには、蝶は高寺の斜め上5メートルほどの位置から彼を見下ろしていた。  
宿主であった美しい肉体を、いまだ貼り付けたまま、蝶は虻か蜂のようなせわしなさで上下二つ、  
左右二つの羽をせわしなく動かし、宙に留まっている。  
いまや生命を完全に失ってしまった宿主の手足が、だらんと垂れ下がったまま、蝶の動きに  
合わせて右に左にだらしなく揺れていた。  

「野郎!」  
短くはき捨て、高寺は9ミリ拳銃を構えなおす。  
ようやくのことで状況を把握したのか、高寺の背後から、軽装甲車に装備した7.62o機銃の  
発射音が木霊した。  

9ミリ・パラベラム弾、そして7.62oNATO弾の曳光弾が夜空を切り裂き、蝶に襲い掛かるものの、  
その予測しがたい飛び方に幻惑され、なかなか蝶に当てることが出来ない。  
たまに高寺が命中の手ごたえを感じても、その弾は宿主の肉体にめりこむばかりで、内側に  
巣食っている"本体"にはほとんどダメージにはなっていないようだ。  
もちろんというべきか、慌てふためきながら乱射している機銃のほうでは一発の命中弾も出して  
いない。  

舌打ちしながら高寺が二つ目のマガジンを空にしたとき、ふいに蝶が静止した。  

「好機!」  
マガジンの交換を終えた高寺が、無意識のうちに短く叫び、蝶の頭部に狙いをつける。  
引き金を絞る直前、蝶の胴体-つまり、宿主の腹部がいきなり胎児を孕んだかのようにぼこり  
と膨れ上がる。  

ついで、腹部が体積を減じながら、高周波のような奇怪な高音をあたりに撒き散らし始めた。  



687  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/03  23:27  ID:???  

>>648  
征司郎は、あまりにも信じがたい風景に、高寺に呼びかけることも忘れてしばし見入っていた。  
拳銃のものと思しき乾いた空ろな発射音が立て続けに鳴り響き、こればかりは見間違えようのない  
マズルフラッシュがストロボのごとく車輌を夜の薄闇から引きずり出し、色濃い陰影を刻んでいた。  

「高寺ァ!」  
もう一度大声で叫びながら、征司郎は我知らず駆け出していた。  
左手には、無意識のうちにメルセデスから持ち出した日本刀をわしづかみにしている。  
止まったままの隊列、その脇をすり抜けて軽装甲車の後ろについたとき、エンジンのアイドリング  
音とは明らかに異なる連続した轟音が、征司郎の耳朶を直撃した。  

反射的に見上げると、軽装甲車のキャビンからは一人の自衛官がルーフに身を乗り出し、  
引きつった形相で7.62ミリ機関銃を発砲している。  
だが、銃身は射撃の反動でじゃじゃ馬のように跳ね回っており、まともに命中させているようには窺えない。  
よく見れば、その機銃は元来軽装甲車に装備されていたものではなく、つい昨日には木箱の中に  
放り込まれていたものを引っ張り出してルーフの機銃座に据え付けた-というよりは機銃座を台座  
がわりにしているだけのようだ。  
わざわざ機銃座に乗せるくらいならば、二脚を展開してルーフに直置きしたほうがよほどましで  
あろうに、よほど慌てているのか、自衛官はそのことに気づく風もなくひたすら7.62ミリ弾を  
ばら撒いていた。  

あれでは、弾の無駄遣いではないか。  
眉をしかめ、征司郎は足早に軽装甲車の脇を通り過ぎた。  

軽装甲車のフロントグリル脇に立った征司郎は、大きく息を吸い込み、そこで凍りついた。  
高寺の名を呼ぼうと大きく開かれた口は、しばし痙攣し、ややあってうめくような声を吐き出した。  



688  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/03  23:28  ID:???  

>>687  
「な・・・・・・なんだあれは?」  

目の前には、女性の肉体を襦袢のように纏った巨大でグロテスクな色彩の蝶-少なくとも、  
征司郎の知っている生物で一番近い形状のものはそれだった-が、左右それぞれ畳一つ分は  
ありそうな羽をはばたかせて虚空に舞い上がっている。  
その斜め下、高寺は仁王像のように大地に屹立し、右手をまっすぐ伸ばして9ミリ拳銃を連射していた。  

ふわり、と舞い上がった蝶は、不規則な動きで襲い掛かる弾丸をかわしつづけていた。  
ぐるりと首を巡らせて地面にへばりつく征司郎たちを見下ろしている。  
その複眼に宿った色が、軽蔑と憐憫をこめていたように見えたのは、征司郎の錯覚だろうか。  

その動きが一瞬静止し、マガジンを交換した高寺が何か短く叫びながら銃口を向けたときだった。  

蝶が腹部を膨張させ、奇怪な高音を征司郎たち-いや、あたり一面に叩きつけた。  
鼓膜を素通りし、脳髄を抉るような不愉快な音に、征司郎たち-高寺も含めて-は一瞬完全に戦意を奪われ、  
耳を押さえて顔をしかめた。  

結果、唐突に発砲が止む。  

蝶は、虚空に静止したまま、かっきり5秒間、奇怪な高音を発し続けた。  
断ち切るように蝶が高音を収め、発砲の轟音と極度に不快な高音にいくらか聴覚がおかしくなりかけた全員が  
耳鳴りを聴いた時だった。  

泡立つ音。大地が鳴動する音。何かが揺れ動く音。  

街道の脇、軽装甲車の両翼数メートルの草原が、不意に振動を始めた。  



689  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/03  23:38  ID:???  


えー。158でございます。  
やっと書き溜めていた分の半分くらいをアップし終えました。  

>>687の冒頭がちょっとおかしいと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、  
これはまあ、結論を先に持ってくるアレだと思っていただければ幸いでございます。  
(ええ、1行目と2行目の行間を開け忘れていたのは確かですが)  

とりあえず、このシーンを書き終わればどうにか魔法やエルフを舞台にあげることができそうなので、  
ほっと一安心というところでもあります。  
(今後も、2レス/日のペースを守ることが出来れば、と思っております。  
書き溜めていた分の見直しや推敲を行うと、だいたいそのペースになりそうですので)  

また、あまり凄惨な場面ばかりを書きつづけているとなんだかなあ、という気分になったりもします  
ので、もう少ししたら気楽で外伝的な短い文章を書きたいなと思っております。  
ただ、その文章は私の脳内設定から引っ張ってくるのは大変に困難ですので、よろしければ他の職人  
さんの舞台設定を少しお借りしたいなあ、と考えております。  
もちろん、ネタの剽窃を目的としたわけではなく、純粋に他の職人さんが作り上げる世界で  
"ありそうな話"にさせていただければ、という趣旨ですので、どうか許可を賜りたくお願いいたします。  



702  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/05  01:14  ID:???  

>>688  
揺れ動いていた草原が不意にごぼりと持ち上がり、いくつもの隆起が不意に軽装甲車の廻りに発生する。  
草の塊にも見えなくはない隆起は、膝のあたりまで高さを伸ばしたところで、内側から突き上げて  
きた"もの"に殻を破られるかのように、ぐずぐずと大地に還っていった。  
そして、その"もの"は、体にこびりついた土くれや雑草を払い落としながら、なおもその高さを増す。  

目に見えない無数の人間が一斉に足元の草を踏みしだく音は、次第に数と大きさを増しながら、  
征司郎たちの眼前にその正体を表した。  

その外見は-おおかた、あの化物蝶の手下か何かなのだろうが、なんとはなし爬虫類を思わせる  
外見をしていた。  

高校生ほどの体格の人間が腰を上げ、手足を伸ばして地面にたっているかのような姿勢に、  
黒を濃く混ぜた緑の表皮は、いかにも爬虫類らしく、鱗で覆われているかのような、彫刻刀で粘土に  
筋彫りを施したかのような方眼で覆われている。  
だが、それはボディペインティングを施した人類でもなければ、蜥蜴の類でもなさそうだった。  
人間でいえば頭が存在するであろう部位には何もなく、肩の付け根からいきなり牙をそろえた口が  
ぱっくり開いている。  
そして、背中にはノートルダムの鐘楼守もかくやと思われるほどの瘤が隆起し、その先端には  
感情のこもらない大きな目が一つ、ぱっちりと見開かれていた。  

蜘蛛人間-もしも何らかの名前を付すならばもっともそれがふさわしいと思われる奇怪な蜥蜴もどきは、  
その背中に一つだけ開いている濁った眼をぎょろりと動かし、軽装甲車とその廻りにいた人間達に視線を  
合わせた。  



703  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/05  01:15  ID:???  

>>702  
やはり、伏兵が居たか!  

ざっと見積もっても50はくだらない視線を一斉に浴びた征司郎は、なかば予想されていた展開に、  
大きく息を吸い込んだ。  
腰を落し、左手に携えた日本刀の柄に手をかける。  
征司郎の視界の端に、状況のさらなる急変を見て取った高寺が後ろを警戒しつつ駈け戻ってくる  
ところが見えた。  

その頭上では、例の化物蝶が大きな円を描いて旋回し、蜘蛛人間と自衛隊、そして立花組の  
間合いを計っている。  
旋回の輪を閉じた化物蝶は、状況を見極めたのか、再びあの奇怪な高音を短く発した。  

それを聞いた蜘蛛人間は、ヌラヌラ光る涎を口一杯に溢れさせ、伸ばした手足をぐっと縮めた。  

来る!  

征司郎が、懐のコルト・ローマンの存在をすっかり失念したまま抜刀しようとしたときだった。  

征司郎の背後から、突如として大排気量独特の殴りつけるようなエンジン音が沸きあがる。  
そのエンジン音は急速に征司郎に迫り、あわやというところで方向を転じると、街道の脇-  
征司郎と蜘蛛人間達との間に生じた空間に無理やり割って入った。  

「親分、乗ってください」  
征司郎からみて奥のほう-左の座席から落ち着いた声がする。  
エンジン音の正体-フロントグリルにRV車のようなごつごつしたカンガルーバーを装備した  
つや消し黒のキャデラックを操る征司郎の懐刀-徳田だった。  




715  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/06  00:16  ID:???  

>>703  
征司郎がキャデラックのドアを開くと同時に、街道の左右両翼から、一個中隊をゆうに上回る  
蜘蛛人間の群れが突撃を開始した。  
隊列の先頭に位置する軽装甲車、そして左にならぶ格好で路肩へと半身を街道からはみ出させた  
キャデラックを目掛け、4本の手足を忙しく運びながら、ざわざわと距離を詰めるその様は、さながら  
緑の平たい塊がただ2つ、不動の決意に基づいて迫ってくるかのようだった。  

「下がれ!一旦、下がるんだ!」  
ようやくのことで軽装甲車にたどり着いた高寺が助手席に飛び込み、必要以上の力でドアを  
たたきつけるように締め、それを合図とするかのような見事な呼吸で、軽装甲車が猛然とバックを開始する。  
いつの間に高寺の怒号が命令に置き換えられたのか、相互に10メートル前後の距離をおいて  
停止していたトラックが、軽装甲車にあわせるように後退を開始した。  

「親分」  
クラッチを切ったままアクセルを踏み込み、ギアをリバースに押し込んだ徳田が、征司郎を窺う。  
無言で頷いた征司郎は、ダッシュボードの下に取り付けられた無線機のマイクを手に取った。  
「親衛隊全車、すぐにバックしろ。以後の指示は高寺から受けるように」  
呼吸を整え、それだけ命じると、マイクを握ったまま運転席側のサイドウィンドウに目をやった。  
あの高台を出発する前に、高寺の指揮下に入ることを親衛隊には言ってあったものの、ことここ  
に至って、それを忘れ去っているものが居まいかと案じたのだ。  
このような状況で、それだけの判断を咄嗟になしえたのは、征司郎個人の人間としての底知れ  
なさと、彼が徳田に寄せる信頼あってのことであろう。  

再度念を押したことが功を奏したのか、親衛隊の車輌はさしてとまどうこともなく自衛隊と共に  
今来た道を戻り始めた。  

『親分!』  
踏みとどまったかのように見える征司郎たちに今ごろ気づいたのか、悲鳴のような高寺の  
呼びかけが無線機から飛び出してきた。  




716  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/06  00:20  ID:???  

>>715  
無事だったか、高寺。  
その声に征司郎は微笑を浮かべ、ことさらにゆったりとした口調を保ってマイクに語りかけた。  
「高寺、援護してやる。そのまま後退を続けろ」  
『馬鹿な!親分を置いて!』  
無線機を叩き壊しかねない勢いで、高寺が抗議する。だが、征司郎は高寺に長広舌を許さなかった。  
「心配するな。すぐそっちに向かう。お前はそいつらをしっかりとまとめろ。蜘蛛人間どもと距離を  
置いたら、一旦停止して周囲の安全を確認するんだ」  

どしん。  

そこまで征司郎が告げたとき、ふいにキャデラックが大きく揺れた。  
確認するまでもない。わずか数メートルの距離を押し渡った蜘蛛人間どもが、キャデラックの周囲に  
密集したまま、その黒塗りのアメリカ車を攻撃し始めたのだ。  
蜘蛛人間のあるものは口を大きく開き、そのボディに勢いよく牙を突き立てる。  
また、あるものは人のそれほどもあろうかと思われる腕-前脚というべきか-を振り上げ、ボンネットと  
いわずルーフといわず、滅多打ちに殴りかかる。  
また、あるものは詰め寄った勢いをそのまま利して、100キログラムは在りそうなその体躯を砲丸の  
ことくキャデラックのドアに叩きつける。  
キャデラックはいまや、蜘蛛人間どもの緑が織り成す絨毯の下に沈もうとしていた。  

『親分!今行きます!・・・・・おい!』  
高寺の声は、いまや悲鳴といっても差し支えのないものになろうとしていた。  
魂の深い部分が傷を負っているかのようなその絶叫の最後は、おそらく軽装甲車の運転手である  
一等陸士に向けられたものだろう。  
その声を聴いた征司郎は、悪鬼のごとき形相を貼り付けながら、一等陸士の胸倉を掴まんばかりに  
詰め寄る高寺の姿が手にとるように浮かんできた。  


717  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/06  00:21  ID:???  

>>716  
しかし。  

「高寺。余計なことはするな。お前は兄弟分の命令を聞けないのか?」  
征司郎は、まったく平静な声で、つい先ほどまで心がけていた指揮統制の原則を捨て去ったかの  
ような内容を告げた。  
『・・・・・・・・・なっ!』  

絶句する高寺。征司郎はさらに押し被せるように、  

「  も  し  、今  こ  こ  へ  き  て  み  ろ  。  お  前  は  そ  の  瞬  間  か  ら  絶  縁  だ  」  

絶縁-ヤクザの社会では極刑にも等しい処分を予告された高寺は、絶句してしまった。  
無線機からカタカタ音がするのは、あまりの内容に思考停止に陥った高寺の、マイクを持つ手が  
震えているためかもしれない。  
己の言葉が、高寺の勝手を封じたことを確認した征司郎は、諭すような口調で告げた。  
「いいか高寺。俺が合図したら前に向けて思い切り撃ちまくれ」  
『・・・・・・・・・』  
高寺は、うまく言葉が出てこないようだった。  




718  名前:  158  ◆m5ZHmaAJG2  03/02/06  00:22  ID:???  

>>717  
「俺達はここで死ぬつもりなどさらさらない。こいつらを叩き潰して、アディの村へ行くんだ。いいな?」  

高寺の返事を待たず、征司郎は無線のマイクをフックにかけた。  
そして、助手席側のサイドウィンドウに目をやる。  
窓の外は、蜘蛛人間のあらゆる部位-腕、脚、胴体そして瘤がびっしり張り付いていた。  
風景などどこにも見えないほど、みっちりと蜘蛛人間どもはキャデラックを取り巻いていた。  

馬鹿どもが。己の愚行を地獄で後悔させてやる。  

内心で吐き捨てた征司郎は、徳田の方を見やった。  
驚くべきことに-いや、征司郎は当然のこととして受け止めていたが-徳田は、こんな状況下に  
おいても、平然と煙草を吹かして、ハンドルとシフトレバーに手をやったままだった。  
「トク」  
征司郎は徳田に、彼だけが使うことを許されている徳田の愛称で呼びかけた。  
「なんです?」  
「やるぞ」  
徳田は、その丸い顔立ちに夢魔のような酷薄な笑みを浮かべた。  

「待ってました」