10  名前:  名無し三等兵  02/12/02  17:18  ID:???  

レンジャー隊員である山川は一人で雪の降りしきる迷いの森を彷徨っていた。  
仲間とはぐれてから既に五時間は経つ。もはや日は暮れて、辺りには積もり上がった白銀と夜の闇が広がっていた。  
「畜生、何処なんだココは」  
手にしたコンパスに目をやるも、針はあらぬ方向へ回転を続けている。磁場が狂っているのだ。  
「もうだめか…」  
雪の降り積もりが浅い松の根元に座り込んでため息のように呟く。腕の時計を見ると既に夜中の三時を回っていた。  
(どうせもう死ぬ。日本には帰れずに、この訳の分からない場所で凍え死ぬくらいなら・・・)  
言いえぬ衝動に駆られて腰のホルスターから拳銃を抜き、自分の頭に銃口を突き立てたその時。  
「キャァァァァァ!!・・・」  
夜の静寂を破り女の悲鳴が木々に木霊する。はっと我に返った山川は拳銃を手にしたまま、反射的にその方向へ走り出した。  
雪を掻き分け夜の闇を百メートルほど進んだ所に悲鳴の発生源がいた。いったい何事だ?目を凝らしてみる。  
ゴブリンにローブを纏った女性が掴み上げられているようだ。まだ此方の存在には気づいていない。  
ここから撃ち殺すのは簡単だ。しかし音を立てて他の敵に見つかる可能性がある。  
山川はナイフを手に構え、ゴブリンの後ろにゆっくりと、静かに回り込んだ。  



13  名前:  10の続き  02/12/02  18:47  ID:???  

「グヘヘ…観念しろ」  
両手で相手の胸座を掴み上げたゴブリンが得意げに声を上げた。  
しかしローブを纏った女性は相変わらず抵抗を続けている。両者の身長差は歴然で、女性のほうは既に足が地に付いていない。  
それでも足をバタ付かせるなりして精一杯の抵抗をしていた。  
「くそうっ!!離せこの化け物め!!」  
バタつかせた足でゴブリンの腹をけり続けるものの、効果は皆無に等しかった。  
しかも暴れればそれだけ敵の締め付ける力が強くなっていき、呼吸も難しくなっていく。  
「クッ…!!」  
だんだん意識が遠のいて足を動かす力も無くなって来た。もうだめかと思って薄れ行く意識の中で最後の一睨みを利かせようと前を見る。  
そして気づいた。ゴブリンの後ろに誰かいる。  
「ウガあッ!?」  
その誰かは目にも留まらぬ速さでゴブリンの口を塞ぎ、手にした短剣の様な物をその咽喉に走らせた。  
ほんの数秒の内にゴブリンの口から血が溢れ出し、咽喉がザクロの様にパックリ開いていく。  
ゴブリンは声を出す事さえ出来ずに周りの雪を真っ赤に染めその場に突っ伏した。  
「いっ…!」  
突然宙吊り状態から開放された女性は着地に失敗しその場に尻餅を突いてしまった。言葉にならない声を上げる。  
「大丈夫か?」  
ゴブリンを殺した張本人、山川が少しなだめる様に問いかけた。  
だが女性の方はその場に座り込んだまま警戒する様に山川を睨み付ける。  
相手の状況を察した山川は取り敢えずナイフをしまい自分に攻撃の意志が無い事を伝えようとしたが、その必要は無かったようだ。  
女性は無言のままローブを上げて、今まで隠れていた顔を露にした。  

 

121  名前:  10・13  02/12/05  03:00  ID:???  

「ダークエルフ…」  
そう、山川が見たその女性は闇の住人であるダークエルフに違いなかった。  
笹のように大きく尖った耳。端正で凛々しい顔立ちに、周りの雪とは余りにも対照的な美しい褐色の肌。そして流れるような銀色の髪の毛。  
歳は山川と同じ位に見えるが、実際は五十年も百年も生きているかも知れない。美女と言う言葉が相応しい。  
その美貌に思わず息を呑む山川。  
「…ありがとう」  
ダークエルフが透き通った、ハッキリとした発音で礼の言葉を述べる。  
「あ、ああ…」  
あまりハッキリしない返事をしてしまう。それから暫くの間両者に無言の間が流れた。  
最初に静寂を破って言葉を口にしたのはダークエルフの方だった。  
「麓の守備隊の人なの?」  
「守備隊?」  
山川には何の事だか分からなかったがダークエルフは更に言葉を進めた。  



167  名前:  10・13  少し訂正です。  02/12/06  01:29  ID:???  

撲殺、ゴブリン編@迷いの森  

レンジャー隊員である山川は一人で雪の降りしきる森を彷徨っていた。  
米軍との合同演習を行うために乗り込んだヘリが墜落して只一人生き延び、炎上する機体から命からがら抜け出してきたのだ。  
「畜生、何処なんだココは」  
手にしたコンパスに目をやるも、針はあらぬ方向へ回転を続けている。磁場が狂っているのだ。GPSもエラー表示のままである。  
辺りは夜の闇と降り積もった雪が広がり、獣の遠吠えだけが山々にこだましている。本来あるべき装備は殆ど無い。  
今の心の拠り所は腰の拳銃と9m機関けん銃のみだ。  

雪の降り積もりが浅い松の根元に座り込んでため息のように呟く。  
「もうだめか…」  
腕の時計を見ると既に夜中の三時を回っていた。腹が減ったし咽喉も渇いたが、携行食料は全てヘリと一緒に燃えてしまった。  
個人携帯用の無線機も何の音沙汰も無く、ラジオ波すら入らない。  
(どうせもう死ぬ。この訳の分からない場所で凍え死ぬくらいなら・・・)  
言いえぬ衝動に駆られて腰のホルスターから拳銃を抜き、自分の頭に銃口を突き立てたその時。  
「キャァァァァァ!!・・・」  
夜の静寂を破り女の悲鳴が木々に木霊する。はっと我に返った山川は拳銃を手にしたまま、反射的にその方向へ走り出した。  
雪を掻き分け夜の闇を百メートルほど進んだ所に悲鳴の発生源がいた。いったい何事だ?目を凝らしてみる。  
B級映画に出て来そうなモンスターのカッコをした奴にローブを纏った女性が掴み上げられているのだ。まだ此方の存在には気づいていない。  
「何だありゃ…」  
こんな山奥で何をやっているのか。少なくとも映画の撮影では無いようだ。  
取り敢えず注意を促す事だけはして置こう。それにこの山奥であの軽装だ、この辺の住人に違いない。うまく行けば助かるかも…。  
特にタイミングを見計らうわけでもなく、大声で声を掛けてみた。  


168  名前:  10・13  少し訂正です。  02/12/06  01:43  ID:???  

「おい、何やってるんだ」  
声を聞いて振り向いたのは変なヌイグルミを着込んだほうだった。そいつは今まで掴んでいた女性をほっぽりだすと、何と腰から下げていた  
剣を抜き出し、予告も何も無しに此方へ切りかかって来たのだ。  
「おい!何だよ!?」  
寸での所で振りかぶられた剣をかわす。剣先が山川の右頬をかすって傷を残した。しかし相手は一向に攻撃の手を緩めない。  
どうやら本気で殺しに掛かっているらしい。  
山川は手にした拳銃で素早く相手に狙いをつけた。だが…。  
(女が邪魔だ!)  
射線上に先ほどまで締め上げられていたローブの女が倒れこんでいる。この騒ぎで逃げない所を見ると、恐らく気絶しているのだろう。  
山川が錯誤をしている内にモンスターが剣を水平に振りかざした。あわててその場にしゃがみ込んで事なきを得たが、この動作が  
功を奏したらしい。  
モンスターの剣が山川の背後に立っていた松の幹に刺さり込んで抜けなくなったのだ。  
ここぞとばかりにモンスターの腹にパンチを入れる。相手は少しよろめいた後、次の攻撃を繰り出そうとした山川の腹部にタックルを食らわせた。  
衝撃で拳銃が手元から離れ、両者が粉雪をあたりに舞わせて倒れこむ。それから2、3分間。両者の間からは肉のぶつかり合う低い音と唸り声がひっきりなしに流れ  
続けた。  
殴り、殴られ、殴り返す。両者の疲労がピークに達した時、その場を制していたのは山川の方だった。  
倒れた化け物に馬乗りになり何度も顔面を殴りつけた。化け物も最初は腕をバタつかせて抵抗を試みていたが終に力尽きたようだ。  
静かになった化け物を仰向けにした後、首と頭を羽交い絞めにして山川が渾身の力を込める。鈍い音がして化け物は一度全身を痙攣させ動かなくなった。  



170  名前:  10・13  少し訂正です。  02/12/06  01:49  ID:???  

「何だこいつは!?」  
息も荒々しく、倒れこんだ死骸を見上げて声を上げた。  
殴りあった時の感触で分かった。これはヌイグルミじゃないし、中に人間が入っている訳でもない。  
間違いない。こいつは生き物だ。こう言う生き物なのだ。ざらざらした灰色の肌に生え揃っていない醜い歯。禿げた絶壁頭に長い鼻と耳。  
そして極め付けが山川の拳に付いた緑色の血だった。  
ベトベトに汚れたグローブを外してローブの女性へ向き直る。  
「大丈夫か?」  
手を地面についてその場に座り込んだままの女性に声を掛けた。どうやら血生臭い場面の一部始終を見てしまったらしい。  
ローブの中から少しだけ覗く目は明らかに警戒の色を浮かべていた。  



230  名前:  10・13  02/12/07  02:21  ID:???  

長々と失礼します。「撲殺、ゴブリン編@迷いの森」の続きです。  

先程までついぞ言葉も発しなかった女性が自ら立ち上がり、そのローブの奥に隠れた顔を露にした。  
山川は息を呑んだ。  
世界中のどの人種にも当てはまらない褐色の美しい肌と、端麗で繊細な顔立ち。流れるような銀色の髪。  
そして笹の様に尖った耳。年齢は山川と同じ位だろう。美女と言う呼称が相応しい。とても人間とは思えなかった。  
その女性が何かを言おうと口を開いたその時。急に強烈な白い光が両者を照らし出した。思わず口ごもる。  
「おい、山川じゃねえか!」  
光源であるフラッシュライトを手にした男が声を上げた。それは山川にとって聞き覚えのある声だった。  
「吉岡か…?」  
「ああ、同期の吉岡だよ!お前生きてたのか!」  
「眩しいよ、ライトを消してくれ」  
吉岡と言う名の自衛官がライトを消して駆け寄ってきた。装備から見て救出に来てくれたのだろう。  
吉岡は駆け寄るなり山川の汚れた姿を見て悪声を吐く。  
「何だよ山川、汚ねえ」  
「色々あってな…、水を持ってないか?」  
吉岡が無言で水筒を山川に放り投げた。それを受け止めて開けたキャップから水を口に含む。  
傷で一杯だった口の中に水が入り込んで酷く染みるが、咽喉の渇きに比べたらどうと言うことはない。  
吉岡は今まで手にしていた89式を肩に掛け、腰にぶら下げていた無線機を取り出した。  
「昨日からだいぶゴタゴタしててな。驚くぞ。今の状況を知ったら」  
状況?ゴタゴタ?何の事だろう?先程殴り伏せたあの怪物と関係あるのだろうか。吉岡なら何か知っているかもしれない。  
「おい吉岡」  
「あ?」  
吉岡が無愛想な返事を繰り出して此方に顔を向けた。  
「さっき変な奴に襲われていたご婦人を助けたんだ」  
「あん?ご婦人?誰だよ」  
山川が自分の後ろに立っている美女を空になった水筒で指し示す。  
「彼女はどうする?一緒に連れてくか?」  
「彼女?……!!!」  


231  名前:  10・13  02/12/07  02:24  ID:???  

山川のに背後に立つ女性の顔を見た吉岡の顔色が急変する。急に手にした無線を放り投げて小銃の銃口を女性の方に向けた。  
とっさの出来事に唖然とする山川を尻目に吉岡は小銃のボルトをコックしてセレクターを連発に切り替える。  
「どけ山川!!そいつをぶっ殺してやる!!」  
「何だと?」  
「危険なんだよ!!さっさと退け!!」  
どうやら彼女を撃ち殺すつもりらしい。鬼気迫る表情から見ても、何かの冗談とは思えない。  
女性の方は肩をすくめてその場から後ずさりをしようとしている。一連の行動には警戒心と共に恐怖の色が  
表れていた。  
彼女が少しでも動いたら吉岡は躊躇せずトリガーを引くだろう。不味い状況だ。  
「そこから動くな」  
なだめるような声で山川が自分の後ろに立っている女性に警告を促した。それから吉岡に向き直る。  
「やめろ吉岡、民間人を撃ち殺そうなんて正気の沙汰じゃない」  
「とっとと退けよ!!その悪魔を撃ち殺してやる!!」  
山川の忠告など耳に入っていないらしい。やけに慌てている様にも見える。  
「悪魔?一体何の話だ?」  
「悪魔だよ悪魔!!妖魔、化け物、ダークエルフ…おい、ちょっと待て」  
吉岡がダークエルフと呼称した人物と、それを守る様に立ちふさがっている山川から銃をそらす。  
「お前さあ…そいつを助けたとかほざいたよな?」  
「ああ、さっきも言ったろう。さっさと銃を下ろせ」  
言い終わるのが早いか。銃口の狙う先が女性から山川の方へ移った。  
「てぇ事はだ…」  
吉岡が銃を腰だめに構える。それが何を意味するか、山川には分かった。  
「クソッ!!」  
素早く後ろを振り返った山川がその場で立ちすくんでいた女性、もといダークエルフとやらを抱きかかえた。  
「ひっ…!」  
抱きかかえられた彼女が驚きの為にか細い声を上げた。そんな事はお構い無しに山川は銃を構える吉岡に背を  
向ける。彼女が被弾しないためだ。そのまま近くに生えていた一番幹の太い松の陰に飛び込んだ。  
それに呼応するかのように乾いた銃声が響く。  


232  名前:  10・13  02/12/07  02:35  ID:???  

ダダダダダッ。  
連続して発射された高速弾が先程まで山川の居た場所の雪を大きく舞い上がらせた。白い飛沫があがる。  
それに混ざって真っ赤な血が山川の左肩から吹き出た。  
「…ッ!!」  
奥歯を噛み締めて苦痛と悲鳴を押し殺す。  
松の幹の影に座り込むと、腰にぶら下げていた9m機関拳銃を抜き出して安全装置を解除した。  
女性の方はどうやら無事らしく、不安げな表情で山川の撃たれた肩を見ている。  
「逃げろ!」  
山川は言った。同時に松の陰から9mを乱射した。  
「うおっ?!」  
吉岡のあせり声が聞こえる。  
「今だ!走れ!」  
もう一度強く言う。  
こちらの意志が伝わったのか、女性は山川の顔をしばし見つめた後に立ち上がり、ローブをはためかせながら  
走り始める。途中で何度か山川の方を振り返ったが、やがて夜の闇に消えていった。  
「逃がしたな山川ぁ!!!」  
怒号が木霊する。音の具合から吉岡も何処かに身を隠しているらしい。  
「あの悪魔に魅入られたか、くそったれめ!!てめえを殺した次はあのアバズレも見つけて殺してやる!!」  
「そんな馬鹿な事が出来るか、気違いめ!」  
山川は今まで被っていたヘルメットを脱ぐとそれを松の陰から左の方へ投げ飛ばした。  
それに反応した吉岡が木々の間から飛び出して地面に落ちたヘルメットに銃を乱射し続ける。  
反対方向に飛び出した山川には気づいていない。  
パララララッ。  
9m機関拳銃の軽い連射音が響き渡る。狙いは正確だった。吉岡の首から顔にかけて掻き回されたような穴が開く。  
「ぶっ、べっ」  
そこから何かを吹き出すような音を立てて吉岡が崩れ落ちた。  




458  名前:  10・13  02/12/14  05:37  ID:???  

続>>232  

血生臭い時間から小一時間ほど過ぎた迷いの森。  
夜が明けて朝日が差し込む木々の間には血と硝煙の臭いに塗れた七つの死体と一人の重症者  
が地面に倒れていた。  
首が折れたゴブリン、顔に穴が開いた自衛官吉岡、傷が比較的新しい中世の騎士に似た格好の  
五人、そして唯一の重症者が山川だ。  
死体となった騎士たちの胸甲には蜂の巣の如く焦げた穴が開いており、その直ぐそばでボルトが  
開いたままの9mm機関拳銃を手にしてうつ伏せに倒れている山川がいた。  
その山川の背中には刀剣による切傷が幾つか見られたがどれも致命傷に到るほどではない。  
その山川を取り囲む様にして乗馬した騎士が数人、議論を交し合っていた。  
「私の部下が五人も殺されてしまった」  
「見たかこの異人の武器を。火を吹く毎に君の部下が死んでいった」  
「鋼の胸甲に穴を開けるとは、さすがダークエルフが召喚しただけはある」  
「しかしあの女、捕まると分かっててノコノコ戻ってくるとはな」  
「それほどこの異世界人が重要なのだろう」  
騎士の一人が振返って、自分の後ろに居る者に声を上げた。  
「妖魔め、この異世界人を召喚して何をするつもりだったのだ?」  
騎士の視線の先にはサーベルを構えた兵士が数人。それらに剣を突き立てられているダークエルフ  
の女性。そう、山川がゴブリンと吉岡から助け出した女性が両手を縛られて拘束されていた。  
押さえ付けられ地に膝を着ける様に強制されても、見上げた凛々しい顔からは威厳と意志の強さは  
消えず、透き通った瞳で目前の騎士達を睨み付けている。  


459  名前:  10・13  02/12/14  05:42  ID:???  

「いつまでその男を放っておく気だ!!」  
ダークエルフが大声で騎士を怒鳴りつけた。そしてもう一度強く言う。  
「早くその男を手当てしてやれ!!そのままでは死んでしまう!!」  
彼女は視線を騎士達から地面に倒れている山川に向けた。  
虚ろに目を開いたまま地面に倒れている山川は既に虫の息に近く、傷口はこの寒気の中で湯気を  
立てながら血を流し続けている。  
「安心しろ。”ジエイタイ”との交渉に使うからな、死なせはせん」  
馬から下りた騎士が一人、剣を抜き出してダークエルフに歩み寄る。そして手にした剣の先を  
彼女の咽喉元に向けた。  
「自分の心配をしたらどうだ?ルナフレアとやら」  
騎士は彼女に向けた剣先を咽喉から長く尖った耳へとゆっくりと移動させながら言葉を続ける。  
「ダークエルフの魔女は耳を切り落とされた後に磔にされるんだぞ?ん?」  
「私は魔女なんかじゃない!!」  
ルナフレアと呼ばれたこのダークエルフが自分に剣を突きたてている騎士を睨み付けた。  
だが騎士は全く動じることなく剣を腰の鞘に戻す。  
「こいつを馬車に放り込んでおけ、ついでにあの異世界人も一緒にな」  



665  名前:  10・13  02/12/20  03:23  ID:???  

駄作うpしまふ  

「気をつけろよ、ゴブリンを殴り殺した奴だ」  

ルナフレアと別々にされた山川は見張りの兵につれられて石造りの城の中を歩いていた。  
背中の傷は馬車に揺られる途中で彼女が何らかの手段で治療してくれたらしく  
、殆どの傷はすでに塞がっていた。一体どうやったらここまで早く回復するのか。  
残念ながら彼女が治療を行っている間に気絶していたので何が起こったのかはわからない。  
「寒いよ」  
自分の後ろについて監視を行っていた兵士に声を掛けたが、返事は剣先を突き  
つけるだけだった。  
山川は迷彩柄の陸自標準装備のズボンと半長靴、そして上半身はシャツ一枚と  
言う格好で歩かされていた。周りの兵士達はこのレンジャー隊員が相当恐ろしい  
らしく、安全を確保する為に上着を脱がしたのだった。  

城に連れて来られてからどの位立っただろうか。中庭に出た所で意外な物が目  
に入った。  
迷彩柄のハンビィーとボンネットが凹んだ73式小型トラック、その直ぐ傍に  
自衛官の死体が横たわっていた。死体には布が掛けられていて顔までは判  
別できない。  


666  名前:  10・13  02/12/20  03:24  ID:???  

「あれはどうしたんだ?」  
自分の隣で歩いていた兵士に問いかける。  
「だまって歩け」  
ぶっきらぼうな返事だ。恐らくは自分以外の自衛隊員がこの兵士達と揉め事  
を起こしたらしい。  
何にせよこんな状況だ。現に自分だってこいつ等を数人殺している。特に  
驚きが沸くことも無く横を通り過ぎた。  

それから暫くした後に城内の薄暗い監獄に放り込まれてしまった。  
内部を見渡してみたが、出口はここに入った時の鉄扉だけらしい。  
それでもまず頭に浮かんだのが逃げる事だ。  
それからルナフレアさん…あれ?ルナフレア“さん”?…まあ良いか…。  
兎にも角にもこの城から逃げなければならない。  
何故だかは山川自身も分からないが、常に非常時の行動の念頭に、あのルナフレア  
と言う女性の安全確保が置かれる様に成ってきていた。それは何時からなのか、自分  
でも分からない。少なくとも吉岡を撃ち殺した時にはそうだった。  
確かに吉岡は嫌な奴だったが、撃ち殺した時に罪悪感も何も感じなかったのはその  
証明になり得るだろう。自分の考え方が変わってきているのだ。  
(どうしようかな…)  
監獄の覗き窓がついた鉄扉を見て一人呟いた。  


667  名前:  10・13  02/12/20  03:32  ID:???  

まずこの監獄から抜け出して直ぐに中庭まで走れば73式がある。荷台には防寒戦闘服  
と防弾チョッキ、それに武器弾薬が積まれているはずだ。それらを失敬した後にルナ  
フレアさんを助け出してハンビィーで逃げれば良い。だがここから逃げ出せたらの話だ。  
C4かダイナマイトがあればこの程度の扉、やすやすと吹き飛ばす事ができるのだが、  
生憎持ち合わせが無かった。それにこの狭い空間だ。仮に爆破できたとしても自分  
も一緒に木端微塵になるのがオチだろう。  
特に良い考えが浮かんだ訳でもなく監獄内のベッドに寝転がった。見ると枕元に  
トレイに載せられたパンとまだ暖かいスープが置いてある。  
丁度良い。腹が減っていた所だ。食べてから考えよう…。  




773  名前:  10・13  02/12/26  04:58  ID:???  

>>667続き  

「まったく、何で俺らが異世界人の見張り役なんだよ」  
中年の衛兵がふてくされた声を上げた。  
「いいじゃねえか、槍兵になって前線の人柱にされるよりは数倍マシだろ」  
「ま、確かにそうだけどよ」  
「そんな事より、今夜の公開処刑は見物だぜ。なんせ滅多にお目にかかれない  
ダークエルフの死刑なんだからな。磔の時に売られる生き血にはきっとご利益  
があるぜ」  
監獄前のテーブルを挟んで向かい側に座っていた衛兵が酒瓶片手にカードを切った。  
「ああ、エルフとダークエルフの血を飲むとどんな病気も治るって言うしな。  
畜生、看守なんかやめて俺も見に行きたいよ」  
「へへ、俺はもう直ぐ交代だ」  
衛兵はせせら笑って手にしたカードをテーブルに開けた。  
それを見たもう片方の衛兵が舌打してポケットの銀貨を投げ出す。  
「ちぇ!また俺の負けかよ、いったい週に幾ら稼いでやがる」  
勝って上機嫌の男がテーブルに散らばった銀貨数枚を集めて自分の懐に入れる。  
「そんな事教えられるかよ、へへ…これで国外に行っても生計を立てられるな」  
「はあ?国外だ?」  
「おうよ、最近はエルフィールに味方した異世界人どものおかげで軍は連戦連敗  
いつ国内に攻め込まれても可笑しくない状況だ。戦争が終わったら金持ってる奴が  
強いだろ」  
「ちげえねえや、そろそろこの国も終わりだしな。とっとと逃げ出しちまうか」  
衛兵が片手の持った酒瓶のエール酒を口に持っていったその矢先。  
監獄内から突如として陶器類の割れる音が響いた。  


774  名前:  10・13  02/12/26  04:59  ID:???  

「ぶっ!!」  
突然の出来事で、思わず口に含んだ酒を噴水の如く噴出す。  
「な、なんだなんだ!?」  
鉄扉の覗き窓から独房内を見る。  
衛兵の目には独房内でうつ伏せになって倒れている山川の姿が目に入った。  
周りにはスープの入っていた皿の破片が散らばり、かなりもがいた後が見  
受けられる。  
「異世界人め!!食事を咽喉に詰まらせたか!?」  
急いで扉の鍵を開けて中に入る。  
「おい、どうした!?」  
衛兵の一人がうつ伏せになって倒れている山川の肩に手をかけた。その刹那。  
その顔めがけて山川の振向き様の裏拳が飛んできた。  
「うぐおっ!」  
それはモロに衛兵の鼻をへし折り、その場に立ち尽くさせるに十分な打撃だった。  
だがそれだけでは終わるはずがない。  
折れた鼻を押さえようとした衛兵の腕を掴んで自分の方へと思いっきり引き倒す。  
山川はうつ伏せにした衛兵の腰から短剣を抜き取ると、それを逆手に持ち衛兵の  
首に打ち込んで大きく抉った。  
「う、うわあー!!」  
それを見たもう一人の衛兵が独房の外へと逃げ出そうとする。  
山川に背を見せて逃げようとするが既に遅い。口元を塞がれ、咽喉仏をパックリと  
切られてしまった。  
懐の銀貨と噴出す血を床にぶちまけてそいつも倒れた。  


775  名前:  10・13  02/12/26  05:04  ID:???  

「意外とうまく行くもんだな…」  
ナイフ片手に、返り血を浴びまくった山川が独房から出て来た。  
例の如く、罪悪感や後ろめたさも感じない。  
頭でおかしいと分かっていても、その疑いは直ぐに別の思考と置き換えられてしまう。  
ああ、俺も異常者の仲間入りか。精神病院行きなんて…冗談じゃないぞ…。  

まあ何にせよ脱出成功に変わりはない。次は中庭まで走らなければいけない。  
しかし腹が減っている。  
パンとスープは演技の為に駄目にしてしまった。  
何となく看守用のテーブルに目をやると、そこには酒とカードとパンが置いてある。  
衛兵の血でベトベトに汚れた手をズボンで拭いてテーブル上のパンを一掴み、口に  
銜えて走り出した。  



816  名前:  10・13  02/12/28  16:10  ID:???  

>>775の続き。またまた自衛隊不活躍。  

夜も深けたというのに、町の広場はやけに賑やかだった。  
所々に屋台が立ち並び、道化師が菊を死刑囚に見立てて  
芸をしている。  
まったく悪趣味な祭り。  
長引く戦で民衆に積もり積もった不平、不満を別の方向に逸らす  
刺激的な見世物。それが公開処刑なのだ。  
処刑が始まるのを今か今かと待ち侘びてたむろする群集を退けて  
騎兵団が広場に入る。それに続いて黒装束の死刑執行人が入場する。  
そして最後にこの祭りの主役が近衛兵に引き立てられた。  
待ち侘びた民衆が、熱狂的な叫びを上げる。  
捕らえられた闇の住人。誇り高きダークエルフ。  
鎖と縄でがんじがらめに縛られても、その美しくも気高い顔を上げて  
辺りを睨み付けている。  
潔白なルナフレアの瞳に一片の曇りは無い。  
「罪状!!忌まわしき地獄の力持ってその方は…」  
死刑執行人が高らかに嘘八百を宣言する。  
その間に、他の執行人たちが良く研ぎ澄まされた剃刀を手に持って  
ゆっくりと、ルナフレアに近づいてきた。  
それと同時に近衛兵がルナフレアの肩を抑えて無理やり跪かせ、徐に  
彼女の長い流動的な銀髪を掴み上げた。  


817  名前:  10・13  02/12/28  16:12  ID:???  

「いっ!!…」  
彼女が痛みの声を上げたが、執行人そんな事はお構いなしとばかりに  
手にした剃刀を彼女の長く尖った特徴的な耳に添えた。  
「ウワァァァァ!!殺せェ!!」  
「耳をくれ!!ダークエルフの耳をォ!!」  
「血を!!そいつの血を!!」  
民衆が狂喜する。  
冷たい刃の感触が耳元に伝わってきた  
「く、くそっ!…やめ…ろ…!!」  
必死の抵抗を試みるが両手を吊るし上げられている上に、男の力に敵うはずが  
無い。もがいた腕が繋がれた鎖を気味悪く鳴らすだけだった。  
エルフやダークエルフの長耳に集まっている神経の量は人間の耳の比では無い。刃先  
があたるだけで、それは激痛として脳に記憶される。また、その特徴的な耳を失う  
と言う事はアイデンティの喪失と共に死よりも辛い苦しみとなるのだ。  
触れた刃先が皮膚を裂いたらしい。頬に血が微量ながら伝わる。  
「…以上!!これよりこの忌まわしき者を…」  
執行人が宣言文を読み終わって、いよいよ刑務実行の号令をかけ  
ようとした矢先だった。  
奇妙な唸りが響いてきた。  
それは家々の間に木霊して広場へと近づいてくる。  
動物の鳴き声でなく、ましてや人の声でもない。自然界では在り得ぬ音だ。  
「な、なんだなんだ…」  
民衆が静まり返り、ルナフレアを抑えていた近衛兵達も不安に駆られた  
様に辺りを見回していた。  
彼女の耳に剃刀を当てていた執行人もその手を離す。  
今なら逃げられる。  



819  名前:  10・13  02/12/28  16:20  ID:???  

「あ、にっ、逃げたぞ!!」  
余所見をしていた近衛兵達を振り切り、ルナフレアがお立ち台から飛び降りた。  
「何してる!!追え!!捕まえろ!!殺せェェ!!」  
支離滅裂な怒号が飛ぶ。  
慌てふためく民衆を尻目に、彼女は走った。  
走りながら開錠の呪文を唱える。身を拘束していた鎖と縄がずり落ちる様に解けた。  
両腕が自由になり、行動の制約も解かれる。  
エルフ。ダークエルフ特有の身軽さを活かして民衆の間を飛ぶように跳ね回った。  
「ゴーレムだ!!ゴーレムを奴の行く方向に出せ!!」  
近衛隊長の指示で近衛兵数人が地面に手を付く。そして呪文を唱えた。  
瞬く間に、土くれの体を鉄板で覆った巨人が地面より這い出てきた。  
そいつは手に巨大な鉄槌を構えてルナフレアを追いかけ始めた。民衆を追いたて、  
逃げ遅れた者達を容赦なく踏み潰しながら。  
「なんてことを…!」  
驚異的な跳躍力で飛ぶように逃げていたルナフレアが後ろを振返って呟く。  
民衆を犠牲にしてまで自分を追う、信じられない光景が広がっていた。  
だが感傷に浸っていたその刹那…。  
「おおっと!!捕まえた!!」  
「あっ…!!」  
振向いて足を止めたのが悪かったか、男数人に足を捕まれてしまった。  


次辺りにはちゃんと山川が出て来ます。  

>青木原精神病院  
小人イイ!!格闘イイ!!スーパーヒトシくん萌え…?  
それに比べて漏れは…床屋に行って坊主頭に成って来ます。  


827  名前:  10・13  02/12/29  04:17  ID:???  

>>819続き。人気の無い時にうp  

「やった!!捕まえたぜ!!」  
「ああ、賞金が出るかもしれねえぞ!!」  
地面に倒れたルナフレアを囲んで男達がはしゃぎ回る。  
「おおーい!!こっちだ、つかまえ…」  
バキョッ  
ゴーレムの大槌に打たれて一人が吹き飛ばされた。  
「おい!!待てよ!!ダークエルフを捕まえたんだ…」  
言い終わったか終わらないか、そいつも潰れた蛙の様になって宙を舞う。  
「う、うわあああ!!」  
それを見た他の男数人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。  
ゴーレムが地響きを立てながら一人になったルナフレアに歩み寄る。  
月明かりに照らされた巨人の体が赤黒く光っていた。  
駄目だ。体が動かない。頭の中真っ白。  
「あ、ああ…」  
鉄の巨人が手にした大槌を掲げる。振り下ろすつもりだ。殺される。  
視界が涙で曇ってきた。ゴーレムの関節が立てる金属音が辺りに鳴り響く。  
お仕舞いだ。  
死ぬ。死ぬ。死…  

「こっちだデクノ坊!!」  

ゴーレムの背後から聞き覚えのある声。  
タタタタタタッ  
9ミリ機関拳銃の音が響き渡り、ゴーレムの体に火花を立てた。  


828  名前:  10・13  02/12/29  04:18  ID:???  

着弾の衝撃波と火花と音でルナフレアは思わずうずくまった。  
1100発/分で打ち出される9ミリ弾のシャワーが、普段から薄のろい  
ゴーレムの動きを更に緩慢にする。  
絶え間ない着弾で火花が飛び散り、鉄の巨体が小刻みに震えている。  
まるでクリスマスツリーの様だ。  
蜂の巣になったゴーレムの右手が大槌を掴んだまま崩れ落ち、ルナフレア  
の足元に落下した。  
銃声が止み、先刻から響き渡っていた奇妙な唸りが更に強くなる。  
それが一層強く響いた後、立ち込める煙を割って二輪車が飛び出した。  
自然界では有り得ない車輪付きのスタイル。無骨なフォルムに剥き出しの  
エンジンが映える。陸自の偵察用オートバイだった。  
そいつはゴーレムの周囲を回り込む様にしてルナフレアの元へと近づくと  
物凄い勢いで後輪をスピンさせ停車する。  
ルナフレアが上半身を置き上げて、自分の隣に停車したバイクとその  
運転手をを見上げた。  
「あなたは…」  
見覚えのある顔に背格好。黒い目、黒い髪。  
やや新しい迷彩服と厚手の防弾チョッキ。首に下げたゴーグル。左手に  
銃、右手にハンドルを握ってバイクにまたがったその男は陸自の空挺  
レンジャー、山川三曹に違いなかった。  
「乗れ!」  
山川が叫ぶ。その間にも左手に構えた9ミリ機関拳銃をゴーレム目掛けて  
連射し続けている。  
「乗るって何処に!?」  
「俺の後ろだ」  
バイクの上から手が差し伸べられた。まるで天から伸びた救いの様に見える。  
その手をしっかりと掴む、と同時に軽々と引っ張られてバイクの後ろに乗せられた。  


829  名前:  10・13  02/12/29  04:21  ID:???  

「しっかり捕まってろ」  
9ミリ機関拳銃をスリング越しに肩へ掛けて両手でハンドルを握ると、アクセルを  
全開にして急発進した。  
「きゃっ!!」  
可愛い声が漏れて、山川に回したルナフレアの腕がきつくしまる。  
だが今の山川にこの様な些細な幸せを楽しめる余地は残っていない。  
「そ、そんな!?走ってる!何でこんな物が!?」  
山川の背後でルナフレアが過ぎ行く町の景色と、自分の真下で高速回転する  
タイヤを驚愕の眼差しで見回していた。  
「生憎、車は全部バッテリーが上がっててね。73式の荷台に投げ込まれていた  
こいつだけが動かせる状態だったんだ」  
全く見当違いな回答。切羽詰まった状況では珍しくない会話だった。  


今から寝ます。朝方にはもう一回書けそうです。多分。  


830  名前:  10・13  02/12/29  07:48  ID:???  

>>829続き。  

「どうして?」  
いたって落ち着いた声が山川の背後より響く。  
「何故ここまでして私のことを?」  
ルナフレアの問いかけに頷くように山川が首を動かす。  
「…何でかな。だがこうしなければいけない気がする」  
「それだけで?自分が死ぬかも知れないのにわざわざ私みたいなダークエルフ  
を助けてくれると言うの?気は確か?」  
少し自嘲的な彼女の問い掛けにも、山川は私情を露にせず答えた。  
「何故だかは自分でも分からないが俺は貴女の名前を覚えてるし、貴女が今  
何処に居るかさえ分かるんだ。人を殺したのも初めてなのに罪悪感も何も  
感じない。それに…」  
タメ口に敬語が混ざったあやふやな回答。しかし山川が何を言いたいのかは  
しっかりと伝わってくる。  
「貴女の危険には否応無しに体が動くんだ、ルナフレアさん」  
山川が彼女の名「ルナフレア」を口にした。  
少なくともこの男に自己紹介した覚えは無いし、された覚えも無い。なのに  
何故私の名を?  
彼女自身、今、自分が両腕を回してつかまっているこの男の名さえ知らないのに。  


831  名前:  10・13  02/12/29  07:48  ID:???  

「…あなたの名前は?」  
「名前は山川正輝。階級は三曹。陸上自衛隊の空挺レンジャー隊員だ」  
「ヤマカワマサキ?ジエイタイ?」  
「陸上自衛隊は俺の所属する組織の名前だ。一般で言う"軍隊”だよ」  
「軍人なの?ヤマカワマサキさん」  
「まあね、やる事は大体同じさ。それとフルネームで呼ばなくていい。好きな  
呼び方にして下さい」  
好きな呼び方。確かに聞きなれない発音が多い名前を長々と口にするのは面倒  
だ。  
発音から推測するに、ヤマカワが姓、名がマサキなのだろう。マサキと言うのも  
しっくり来ない。  
「ヤマカワ、はどうかしら?」  
「…どうぞご自由に」  
「じゃあこの名で呼ぶことにするわ。よろしくヤマカワ」  
妙に親しげに呼ばれた事が原因か、ルナフレアが背後より覗いた山川の顔が少し照  
れくさそうな表情をしていた。  



936  名前:  10・13  03/01/04  05:31  ID:???  

>>831の続き。  

「どうしたのヤマカワ?」  
「何でもない…」  
少し照れ気味の顔を隠してみる。  
親しげに呼ばれて照れ臭くなってしまいました、等と悟られる訳には行かない。  
それにバイクの二人乗りだ。当然の如く、後ろに座っているルナフレアの豊かな胸の  
感触が背中に伝わって…来ない。  
全て防弾チョッキ内の抗弾プレートに遮られている。  
トラック内の着替えを拝借する時に偶然見つけたU.S.M.Cと焼印の入った木箱。  
そこに入っていた米軍御用達の防弾ベストを着てきたのがいけなかったか。  
(何考えてるんだ俺は…)  
心の中で自らに鞭を入れてみる。  
そうだ、こんな事考えていたらルナフレアさんに失礼だ。  
幾ら俺が工業高校出で、ロクに女性と接していなかったと言っても考えて良い事と  
悪い事がある。  
あくまで今の目標は彼女の安全確保とこの異常な町からの脱出。これに尽きる。  
他の隊員達との合流は…止めた方が良いだろう。理由は何であれ同じ自衛官だった吉岡を  
この手で殺してしまったのだから。  
それにサイドミラーで後ろを見ると…。  


937  名前:  10・13  03/01/04  05:33  ID:???  

「何か飛んで来る…」  
夜空に浮かぶ月をバックに何かが飛んでいる。  
蝙蝠のような羽を広げて滑空するトカゲみたいな奴だ。  
「ワイバーンみたいね」  
「ワイバーン?」  
「騎士団が乗り回すドラゴンモドキの化物、空飛ぶトカゲよ。このままじゃ追いつかれるわ」  
「…ファンタスティックだな」  
「何?」  
「なんでもない」  
山川のアクセル操作に合わせて250cc4サイクル単気筒のオフロードタイプが唸る。  
「森で追っ手を巻く。スピードを上げるからしっかり掴まっていろ」  
「ちょ、ちょっと…っ!!」  

自衛官とダークエルフ。この異質な組み合わせとも言える二人を乗せたバイクが  
より一層、速度を上げて中世ヨーロッパ風の町並みを走り抜けていった。  

所変わって城の中。ここでは先程の脱走騒ぎと公開処刑の失敗が相まって、兵士や小姓  
達が慌てふためき混乱の様相を呈していた。  
「兵卒長!兵卒様はおらぬか!」  
兵士達が自らの責務を果たす為に走り回る城内の中庭。その中心での騎兵を従えた  
老練の武将が部下を呼ぶ。  
「は!ここに」  
すぐさまサーベルを携えた兵卒長が近衛隊長の前に駆け寄って来た。  


938  名前:  10・13  03/01/04  05:34  ID:???  

「この騒ぎは何事か!」  
近衛隊長が兵卒長を怒鳴りつけた。  
兵卒長が上司の機嫌を伺うかの如く、恐る恐る顔を上げる。  
「実は城内に監禁していた筈の異世界人が何時の間にか脱走したのであります…。  
監獄内には奴の監視に当たっていた衛兵の死体が見つかり、その後の脱走経路と思しき  
場所から次々と衛兵の死体が見つかる始末。死体は皆、咽喉を一撃で抉られており、中には  
首の骨を折られていた者も数人。それと異様なものが城内の彼方此方に」  
「異様なもの?一体何か?」  
「は、こちらに一つ、回収した物があります」  
そう言って兵卒長が一つの布の包まれた何かを差し出した。  
近衛隊長がそれを手に持って布をはぐって見る。  
「何だこれは?」  
布越しに持ったそれは、彼らにも少しは見覚えのある物だった。  
「どうやら粘土のようです。魔導兵に調べさせましたが、魔法の兆候は無いとの事」  
「残りはどこに在る?」  
「城の武器庫にそれがまだ幾つも在ります。恐らくあの異世界人が小細工した物  
でしょう」  
「ふむ…」  
近衛隊長が粘土のような物を頭上に掲げてみる。  


939  名前:  10・13  03/01/04  05:38  ID:???  

普通の粘土と違い、かなり固めになっている。色も淡い黄色だ。  
「この月明かりじゃ良く分からんな。松明を貸せ」  
「は、ここに」  
手際良く兵卒長が松明を渡す。  
それを掴み取ると、近衛隊長は手にした粘土状の物質に松明の火を近づけた。  
「やたらと油臭いな。鼻を突くようだ」  
「隊長殿。あまり火を近づけない方が良いのでは?」  
兵卒長が不安に駆られた目で近衛隊長の手にある粘土を見た。  
それは松明の熱に当てられてか、先程よりもギラギラと気味悪い光を放っている。  
「なに、只の粘土だ…待て、何か書いてあるぞ…」  




294  名前:  10・13  03/01/13  02:03  ID:???  

「あの異世界人がいますぜ」  
ワイバーン騎手の一人が興奮気味に大声を上げた。  
「よっしゃ!!とっとと奴を殺して引き上げるぞ。この辺は国境線が  
近いからな。絶対に逃がすな!!」  
先頭を切って飛んでいた隊長と思しき人物が短槍を構えて不敵な笑み  
を浮かべた。  
それに続いて他の騎手達も各々の得物を握り締める。  
現時点で山川達を追跡しているワイバーンライダー達は五人。装備に  
統一性は皆無で、彼等が傭兵である事を物語っていた。  
「頭ァ、あのダークエルフはどうしやすか?」  
抜け落ちた歯が覗く、非常に不健康な面構えな傭兵が隊長の元へと近づいた。  
「なあに、どうせ処刑される奴だったんだ。遊ぶだけ遊んだらそこら辺に  
捨てときゃいいさ」  
「えへへ、ごもっとも」  
「それよりも異世界人の持ち物だ。アイツをぶっ殺した後に奪うだけ奪っ  
ちまうぞ」  
「そんなことしたら後ろの監視が五月蝿いですぜ」  
傭兵が自らの後方を指差した。  
指し示した先にはワイバーンが一騎、傭兵達と距離を置いて飛んでいる。  
「どうせガキだろ?心配ねーよ。向こうが五月蝿く言って来たらこれだ」  
隊長は分厚い掌を自分の首まで持ち上げると、楽しげな表情で掌をぐい、  
と横に薙いだ。  
「へへ、それなら大丈夫だ」  
「全員に伝えとけ。俺が突っ込んだらお前らも攻撃を始めろとな」  


295  名前:  10・13  03/01/13  02:04  ID:???  


残雪が疎らに目立つ巨木の森。そこで爆音を響かせる  
陸自のバイクが木々の間を疾走していた。  
「凄い木だな。隠れる場所がない」  
運転の傍ら、山川が通り過ぎていく木々を見て感嘆の声を  
漏らした。  
幹周り数十mに高さ100m近くと言った所だろうか。縄文杉など  
目では無い巨木がそこら中に生えている。  
一畳程の大きさの葉が空高くに密生し、その隙間より漏れる月明かり  
が随分と幻想的だ。  
その薄暗い宙を飛ぶ影が数個。  
(しぶとい奴らだ…)  
サイドミラーにはあのトカゲ、ルナフレアが言う「ワイバーン」なる  
化物が5匹映っている。  
「どうするのヤマカワ?」  
「もうそろそろ城の方で爆発が起こる。それで奴らも追跡をやめるだろ」  
「何故そんな事が?」  
「トラックの荷台にC4…つまり爆薬が在ったんだ。少しでも追跡の手が減れば  
良いと思って城内に仕掛けて来た」  
「爆薬?…良く分からないけど、それが爆発を起こすのね」  
「そうだ。大体、後三十分位で…」  


296  名前:  10・13  03/01/13  02:05  ID:???  

山川が喋り終わった矢先。  
ドーンと城の在るの方角から轟音が鳴り響いた。木々に遮られて城の状態まで  
は見れなかったが、距離に隔てられた爆発音が随分と呆気ない。  
「…速いな」  
「あれがそう?」  
「うん」  
「ワイバーンはまだ追って来るわ」  
バイクの後方、100m付近を飛行し続けるワイバーン達に追跡の手を緩める  
兆候が見られない。  
「どうなってるんだ一体?」  
山川の顔が歪んだ。  
「自分達の帰る場所が無くなったって言うのに、何故奴らは追って来る?」  
「傭兵じゃないのかしら、大方、金に困っていた所を傭兵として雇われたんでしょう」  
「傭兵?…成る程ね、金さえ貰えれば後はどうなったって良い訳か」  
バイクの運転の傍ら、山川がアクセル片手に前輪横の鞘から64式小銃を引き抜く。  
それを首に掛けて、次に腰の雑納からスプレー缶らしき物を取り出した。  
「これから狭い場所へ行く。そこで合図したら耳を塞いで目を瞑るんだ。理由は  
後で分かる」  

 


315  名前:  10・13  03/01/14  01:20  ID:???  

「お、おい。城の方を見ろよ」  
「ありゃ火事じゃねえのか!?」  
「お頭ァ、城が燃えてますぜ」  
傭兵共が皆、後方へと振返った。  
「馬鹿野郎!!つまんねえ事でいちいち騒ぐな!!」  
隊長が部下の忠告を一蹴する。  
「もう金は貰ったんだ。後はあの異世界人をぶっ殺すだけだろうが!!」  
「ああ、そういやそうだ」  
「…!!このアホタレ共がっ…と、おい見ろ!」  
隊長の短槍が指し示す先。山川のバイクが徐々に失速しているのが  
確認できる。  
「しめたぞあの野郎!!鉄の馬もついにバテタか」  
彼等の言う鉄の馬とはつまり陸自のオートバイの事なのだが、その乗り方  
が乗馬方法と似ていなくも無い為にこう呼ばれていた。  
隊長が短槍を掲げて部下を鼓舞する。  
「よっしゃ!!一撃で決めるぞ!!お前らの実力を見せてやれ!!」  
「オオッッッーー!!!」  
雄叫びも高らかに、傭兵達のワイバーンが山川目掛けて一斉降下を始めた。  
敵は二人でロクな武器も持っていない。おまけに此方へと背を向けている。  
手にした武器の切先には、直ぐに肉の裂ける感触と骨の砕ける振動が伝わ  
って来る筈だった。  


316  名前:  10・13  03/01/14  01:20  ID:???  

「お頭!!見てくださいよ!!あのダークエルフ、耳を両手で塞いでらあ!!」  
「へへ、どうせ怖くて震えてんだろ。楽勝よ!!」  
彼等が地上の二人へと近づいて行く。もう50mと距離が無かった。  
しかしその矢先。  
山川の手元でバシュッ!!と何かが噴き出る音がする。  
それから間髪入れずに何かが空中高く放り投げられた。  
「な、なんだありゃあ!?」  
「缶みたいだ…うおおっつ!!」  

瞬時、傭兵達の目前で爆発が起こった。  
夜に慣れた目には太陽よりも明るく映った事だろう。そして耳を裂かん  
ばかりの大音響。  
これで平静を保ってられる人間などいる筈が無い。  
信号用の白燐弾が炸裂したのだ。  
「目、目がああ!!」  
「うわあああ!!」  
傭兵達の慌てふためく声が聞こえる。  
「お、落ち着けてめえら!!まず着地しろ!!」  
隊長の一喝で皆が地上へ降り立った。  
ワイバーンはすっかり怯えきって、直ぐに飛び立てる状態ではない。  
刺激の少ない夜の闇に守られ、彼等の視力が徐々に回復して行った。  
その間にもバイクの唸りが遠のいて行く。  


317  名前:  10・13  03/01/14  01:21  ID:???  

「畜生が!!あの異世界人め!!どんな魔法を使いやがった!!!」  
「た、隊長」  
「ああ、っんだあ!?」  
「耳の奥で鐘が鳴ってます…」  
「皆そうだ!!この役立たず共!!あの異世界人はどうした?」  
傭兵達がまだ不完全な視力を振り絞って辺りを見回した。だが山川達はおろか  
バイクの唸り、即ちエンジン音すら聞き取る事ができない。  
「あの野郎、何処へ逃げやがった」  
「ちょっと頭!見てくださいよこれ、異世界人の持ち物ですぜ」  
皆が声の方へと注目する。そこには傭兵の一人が迷彩柄のバックを持って  
立ち尽くしていた。  
「なんだ、奴の落し物か?」  
「おい、何が入ってる?」  
バックの周りに皆が集まった。  
「…なんだこりゃあ?」  
バックの中には灰緑色の楕円が詰まっていた。  
ピン、と金属の擦れる音と共に、その一つがバックより転がり落ちる。  
「あ、落ちた」  
「落ちたじゃねえ、アホ!!」  
「煙が出てますぜ…」  



445  名前:  10・13  03/01/22  03:31  ID:???  

傭兵達より幾分離れた丘の上。  
ここでは山川達がバイクを停めて「戦果」を確認  
している最中だった。  
山川は双眼鏡越しに傭兵達の挙動を監視していた。  
傭兵達は落ちた手榴弾をただ唖然と見ているだけで  
逃げようともしない。  
そして光が走る。  
続け様に轟音が響いて、赤い肉片が跳ね回った。  
煙が立ち昇る。  
「豚箱入りかな…」  
双眼鏡より視線を離してボソリと呟いた。  
また殺しちまった。これで何人目だろう?  
懲戒免職じゃすまない。  

「…凄い」  
ルナフレアが溜息まじりに感嘆の声を漏らした。  
「呪文詠唱も無しに此処まで出来るなんて信じられない。  
しかも人間が…」  
「おいおい、ちょっと待ってくれ」  


446  名前:  10・13  03/01/22  03:32  ID:???  

山川が横槍を入れる。  
「此処が日本じゃ無いって事は大体分かった。だが  
魔法だの魔導だの…一体どうなってるんだ?」  
「どうなってる?」  
ルナフレアが山川へと振返る。  
「今更だが…、俺が一体、何故こんな場所に居るのかを知りたい。  
少なくとも、世界中の何処を捜しても空飛ぶトカゲなんていない  
し、君の様な耳と肌の色を持った人種も存在しない筈だ。だが  
現実にいた。それも俺の目の前にいる」  
「ああ、そうだった。分からなくて当然よね」  
彼女はそう言うと、自らの胸に左腕を当て、慇懃に頭を下げ、  
礼を現した  
「私の名はルナフレア。血の氏族の頭領にして闇の狩人、  
ヴァンダールの娘です。古より継がれし魔の契約と貴君の…」  
意外な動作に戸惑う山川。  
「は?お、おい…」  


447  名前:  10・13  03/01/22  03:32  ID:???  

困惑気味の山川を鎮めるかのごとく、ルナフレアが右手の  
人差し指をその艶やかな唇に当てて、少々申し訳無さそうな  
目で山川を見た。  
言葉は無くとも、彼女の目が伝えて来る。  
──ごめんなさい、最後まで言わせて──と。  
そこはかとなく、それを悟った山川が口を閉じた。  
合点の行かぬ表情のまま腕を組み、ルナフレアのスピーチに  
聞き入る。  
満月が照らし出す森に優しい夜風が吹く。  
先程まで蔓延していた血と硝煙の臭いは、森の緑に呑まれて行った。  




551  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/27  03:00  ID:???  

158氏に見習って(猿真似をして)トリップ付けてみました。  

──同時刻──  

山川達より数十キロ離れた所に、石壁と結界に  
守られた砦が存在する。その砦付近に配備された  
戦車郡。それが異世界における自衛隊中、最も戦場  
より離れた場所にいる混成団だった。  
最初の派遣隊が到着して既に三ヶ月は経つ。  
何時になったら撤収できるのか、それは誰にも  
分からなかった。  

砦内の迎賓室では、この混成団の事実上最高指揮官  
である大久保三佐がマルボロを吸いつつ、机上に散ら  
ばった地形図、写真、指令書に目を通していた。  


552  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/27  03:00  ID:???  

金属で縁取りされたドアより乾いたノック音が響く。  
「誰か?」  
「小野三尉です。三佐、写真を持って来ました」  
「よし、入れ」  
古びたドアが悲鳴を上げながら開く。  
迷彩服に身を包んだ若手三尉が書類袋を手に、部屋  
の中へと入ってきた。  
「全く、とんでもない化物ですよ」  
不満を漏らしつつ、書類袋に入った写真を机の上へと  
広げていく。  
「これが赤外線、次に白黒、カラー、ポラロイドと  
ビデオからのキャプチャー画像…全てに映っています」  
「ふむ…」  
三佐が煙草を灰皿に擦り付け、カラー写真を一枚手に  
持った。  
写真に写っていたのは、陸自の誇る最新鋭戦車である90式  
と薙ぎ倒された木々。そして普通化の隊員達に囲まれて  
いる「悪魔」の死体だった。  
90式の全長と同程度の身長を有し、背中に生えた羽は蝙蝠  
のそれに良く似通っている。  
頭部からは山羊の角が生え、脚部も動物と同じ逆関節。  
空間その物に穴が開いたような黒い肌色で、実態その物  
は判別できない。正に悪魔だった。  


553  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/27  03:01  ID:???  

「96式をひっくり返し、パジェロのボンネットを叩き潰した  
奴です。胸に風穴が開いても生きていたらしいですよ」  
「…名前は?」  
「は?」  
「この悪魔の名前だよ、確かダークエルフのヴァ何とか…」  
「ヴァンダールです」  
「そう、ヴァンダールだ。それと娘がいるんだよな、確か  
…ルナフレアだ。その事について、向こうさんは何か言って  
いるか?」  
「はい、明日にでも討伐隊を組織して捕獲に乗り出すそうです。  
我々の助けは不要だとか」  
「ふん、娘一人にご大層なこった」  
胸ポケットからマルボロを一本抜いて口にくわえる。  
それを見計らった三尉が素早く、自分のライターで三佐の  
煙草に火を点けた。  
「ん、ありがと」  
「いえいえ」  
三佐が肺一杯に煙を吸い込む。そして吐き出した。  
「最初は人間みたいな背格好だったんだよな。それが  
どうしてこんな姿に成るんだか…」  
「死ぬ間際に何か喋ってましたね」  
「ああ、まだ耳の奥に残ってるよ。確か娘を守れだの  
何だの…仮にも、娘さんのいるパパを殺しちまったんだ  
なあ」  


554  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/27  03:05  ID:???  

「戦闘から死ぬ間際までを録画してありますよ。ハンディカム  
で撮ったので映りは悪いですが…ご覧になります?」  
「いや、いい。そんな物見なくとも頭の中に…ん?」  
「?」  
三佐が書類袋の奥に詰まっていた封筒を取り出した。  
「何だこれは?」  
「は?ああ、吉岡陸士長の殺害現場に落ちていたモノです。  
ビデオ屋の会員証と手帳ですよ。恐らく加害者の落し物  
でしょう」  
「ふーん…」  
ビデオ屋の会員証を手に持つ。  
そして裏面の記名欄を見た時、大久保三佐は我が目を疑った。  
「山川正輝…山川三曹か…」  
「三佐のお知り合いですか?」  
小野三尉の問い掛けに答えず、三佐は煙草を灰皿に捨てると  
椅子から立ち上がった。  
「小野三尉。つい二年前に起きたカンボジアでのPKO部隊  
襲撃事件は知っているか?」  



589  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/30  02:54  ID:???  

てさりすと氏と158氏。がんばってまふね〜  
流れに乗って漏れも続>>554  

「は、基地に移動中の自衛隊PKO部隊が地元ゲリラに襲撃された  
事件ですね。それと山川なる人物に何か関係が?」  
小野三尉の問い掛けに答えず、三佐は煙草を灰皿に捨てると  
椅子から立ち上がった。  
「山川はな、その時のPKO部隊に参加していたんだ」  
「ええ!?」  
小野三尉が驚きを露にした。  
「それだけじゃ無い。その際にゲリラの捕虜となったPKO隊員の中に  
山川がいた。そして奴一人がゲリラ村から逃げ出してきたんだ」  
「ほ、他の隊員はどうなったんです?」  
「山川と一緒に脱走する途中で全員、撃ち殺されたらしい。マスコ  
ミの報道ではトラックが襲撃された際に死亡したと伝えられていたがな」  
三佐は窓辺に立ち寄ると、夜空のに浮かんだ月を見上げて  
一度溜息をついた。  
「俺のデスクにPKO部隊襲撃の通達があったのは事件発生から五時間も  
経った後だった。直ぐに基地へと行ったが、事態は何も進展していなか  
ったよ。役人共は電話相手にへコへコしてるばかりで何もしちゃいない  
し、大使館の職員共は額に脂汗を浮かせて扇子を扇いでいるだけ。  
結局議論も何も交されないまま、事件発生から三日後に全身傷だらけ  
の山川が基地近くの農村に辿り着いたと報告があった」  
大久保三佐は手を後ろ手に組むと、しみじみとした口調で  
言葉を進めた。  



590  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/30  02:55  ID:???  

「基地に連れて来られたばかりのアイツを見たんだが、随分と疲れた  
顔をしていたよ。装備もゲリラのAK47とマチェットを携えてい  
ただけで水筒も何も持っていなかった。あの暑苦しいジャングルの  
中でどう水を調達したのか俺が聞いてみたんだ」  
「で、どうやって水を?」  
「飲める水は飲んだが、それすら確保できなかった時は動物の血を  
飲んで渇きをやり過ごしたんだと。成る程、確かに奴の口元には  
血がこびり付いていたよ。雨期だったからジャングルの水は  
マラリアに熱病だらけで迂闊に飲めなかったんだろうなあ」  
「ううっ…血を飲んだって…」  
三尉の顔が青ざめた。  
「その他にも、ゲリラ村から脱出する際に地図を盗んで来たんだそうだ。  
周辺地域一帯のゲリラの拠点と麻薬工場の位置を示した地図だったらしく、  
それを聞いた米軍だか傭兵部隊だかの対ゲリラ部隊が山川をオブザーバー  
として迎え入れたいと言ってきた。当然の如く日本政府は首を横に振った  
が山川は違った。自ら進んで志願していたよ。"頼む、もう一度行かせて  
くれ”ってな」  
「それで、山川はゲリラ戦に?」  
「いいや、志願云々の前に山川は日本に強制送還された。それから  
東京か何処かの精神病院でカウンセリングを受けた後にカンボジア  
での出来事を硬く口止めされて原隊に復帰したらしい。それ以降  
の事は俺も…」  
三佐の話が終わるのが速いか、ドアよりノック音が発せられた。  


591  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/30  02:56  ID:???  

「何だ、誰か?」  
「藤巻陸士長です」  
やや高い男の声。  
「入れ」  
「失礼します」  
迷彩服にキャップ。小太りの陸士長が間延びした声を響かせた。  
こころなしか、陸士長の顔には焦りの兆候が見られる。  
「どうした?」  
「はい、敵地に潜入している偵察隊より連絡です」  
「ああ、またか」  
三佐が悪態をつく。  
「あのアホタレ共、一時間おきに通信を入れてくるな。最初は  
トカゲが空を飛んでいるとかで凄い凄い騒ぎ立てて、五分後には耳の  
長い女の子がいるだの何だの…無線機を電話か何かと勘違いしてるん  
じゃあないのか」  
「まだ敵に見つかっていないんですし、良いじゃないですか」  
不服そうに煙草を噴かす三佐をなだめる小野三尉。  
だが大久保三佐は更に不満一杯に煙草の煙を吐き出した。  
「それで済めば良いんだけどな。それで、陸士長。あの馬鹿共の  
用件はなんだ?」  
「は、此処より二十キロ西方の敵城砦にて爆発です」  
「何?」  
三佐の表情が途端に厳しくなった。  
「爆発は城砦の内部より発生し、数秒後に城砦は崩壊したとの事。  
なお、城砦の爆発より数分前に西方の森を走りぬける…二人乗り  
バイクを確認。その様を写真に収めたらしいです。なんですかね?」  
「バイク?…何だろうな、他には?」  
「はい、場外における敵騎兵の動きが活発化したため、本隊はこれより  
撤退行動に移る、です。三十分後に到着予定」  
「ふむ…」  


592  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/01/30  03:00  ID:???  

あらかた報告の旨を理解した三佐は、腕組みを解かずに木椅子へと  
重い腰を落とした。  
眉間にしわを寄せて煙草の煙を蒸かし続ける。  
「爆発事件にバイクの二人乗りか…そのバイクには誰が乗っていたんだ?」  
「ええっと、自衛官らしき男と銀髪の女を確認したと言っていましたが、  
詳しい事は不明です」  
「…どうしますか三佐殿」  
小野三尉が三佐の顔を見た。  
「直ぐにでも軍団長以下を起こすべきでしょうか」  
三尉の手にトランシーバーが握られた。  
この砦内にて要人の警護に当たっている隊員達と連絡を取る為の物だった。  
非常時にはこのトランシーバーを通じて砦内の要人達を呼ぶことができる  
のだ。  
「…よし」  
大久保三佐が顔を上げた。  
すぐさま煙草を灰皿へと投げ入れると、三佐は自分の目前に立ち尽くしている  
部下二人に目を配らせた。  
「直ぐにジャロ軍団長とその部下達を叩き起こせ。軍議室に来いと伝えろ。  
それから陸士長」  
「は、なんでしょうか」  
「偵察隊にはあと十分で帰還しろと伝えとけ。会議に遅れさすな」  



678  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/03  18:25  ID:???  

続>>592  

弱々しい星の光が夜空より消えて行く。  
丘の上から見下ろす森の果てより光が昇り始めた。  
朝が来た。  
「…して汝は至れり、遠き淵なる現世の如きに。汝の  
血、肉、魂を持って我の所業を…」  
ルナフレアのスピーチは未だに続いていた。  
かれこれ四時間は経ったであろう。山川は忍耐強くそれ  
を聞き続けていた。  
「…我等の主、暗き冥府の深遠に在らせられる闇の王の  
名において、汝が我が永遠なる隣人にならん事を…」  
言葉を止めた彼女が顔を上げた。  
「はー…。やっと終わったわ。一度言ってみたいと  
思っていたけど、もうこれっきりで十分ね…」  
「…終わり?」  
「ええ」  
目の下に熊が出来た山川が溜息を吐いた。  
「…つまりだ、君の父親が死…ああ、ごめん。君の父親  
が今わの際にショウカンマホウとやらを作動させて俺を  
違う世界に呼び出したわけか」  
「ええ、その通り」  
「空飛ぶトカゲに土塊の巨人まで見たんだ。今更驚かない。  
だがな、君の父親は俺を君の…そう、その、つまりだ、な  
んて言えば良いか…」  


679  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/03  18:26  ID:???  

山川の言葉が詰まる。何処か震えた声でまた呟く。  
「…有り得ない。こんな事…」  
「父がアナタを選んだのよ。アナタの仲間に殺された  
父が唯一、希望を託したのが…」  
「俺か」  
「ご名答」  
「だから君の名前が頭に浮かんだ訳か。全くもって…。それ  
でその扱いは無いんじゃないのか?公務員の副業は禁止されて  
いるんだぜ」  
「フフッ、だったら好都合ね。副業じゃないんですもの」  
ルナフレアはその繊細な顔立ちに微笑みを浮かべると、自分の  
後ろに立ててあったバイクに手を乗せた。  
「コレ、倒れない?」  
そう言ってスタンドを立ててあるバイクを見下ろす。  
「ああ」  
山川の言葉を聞いた彼女は、その軽い体を持ち上げてバイクの  
シートに腰掛けた。  
スラリと細い足を組み、また山川を見る。  
「…で、分かって貰えたかしら?」  
「いいや、納得行かない」  
相変わらず真剣な面持ちの山川。  
「そう、もう少し物分りの良い人かと思ったけど。でも私には  
どうする事も出来ないわ。父は死んでしまったし、私の召喚術  
で解決できる事ではない。アナタはもう私の…」  

「下僕?」  

石壁に大久保三佐の声が響いた。  
「はい、非常に残念な事ですが…」  
胸甲姿の騎士が申し訳なさそうな声で答える。  


680  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/03  18:27  ID:???  

此処、砦の軍議室では大久保三佐以下、五名の混成団幹部  
と遠征軍の将校等が長テーブルを挟んで軍議の真っ最中だ  
った。  
「つまりですな、ジャロ軍団長。山川があのルナフレアと  
いう名の女のしもべとなった、こう言いたいのですかな?」  
相変わらず煙草を銜えた大久保三佐がジャロ軍団長と呼ば  
れる人物に目をやった。  
青いビロードの上着にスエードのカラーを着けた金髪碧眼  
の男性で、おおよそ女性の望むロマンスを体現したような  
美青年のエルフが遠征軍軍団長ジャロその人である。  
「その通りです、オオクボ殿」  
「分からんですな。我々が自分の意思で行動できるのに、  
何故山川だけが個人の支配下に入ってしまうのです?」  
「ええ、つまりですね。あなた方、つまりジエイタイの  
諸兄は大陸北西部に残る遺跡の力によってこの世界に、  
偶然来てしまったのです。遺跡は召喚を行うのみですから  
被召喚対象を支配下に置くことがありません。この事は  
あなた方の魔王軍討伐にて十分実証されたと存じています」  
ややおっとりとした口調で話を進めるジャロ。しかし大久  
保はそんなに待っていられないと言った表情だ。  
「それで、何故山川がしもべなどに?」  
「簡単な事です。本来、地獄の魔物共を召喚するダークエル  
フの召喚術には強力な…なんと言いましょうか、隷属効果が  
含まれています。獰猛極まりない地獄の住人を服従させる為  
の力です」  
「それが山川に使われた…と言う事ですか?」  
「その通りです。それにこのヤマカワと言う男の経歴。あの  
悪魔の眷属ヴァンダールが最も好むタイプの人間だと言える  
でしょう」  


681  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/03  18:28  ID:???  

ジャロはそう言うと手に持っていた写真を手離した。  
暗視ゴーグル越しに取った写真は緑かかっていささか見にく  
いものの、バイクを飛ばす山川とそれにしっかりつかまって  
いるルナフレアの姿が写っていた。  
「…それで、どうするつもりですかなオオクボ殿」  
ジャロが大久保の顔を見た。  
「先程のピシア連合軍城砦を爆破したのが彼だとしても、ダ  
ークエルフの側に付いている以上、この先何らかの形で我々  
に危害を加えてくるやもしれません。ここは長く戦乱の続く  
大陸の果ての地、あの魔王軍ですら手を出せなかった地です。  
我が遠征軍のみならず、あなた方鉄の兵団をもってしてもこの  
地に渦巻く歴史の怨念をとり払う事が出来ませんでした。そ  
の中でダークエルフの怒りと憎悪の赴くままに彼が行動した  
ら一体どうなるでしょう?あなた方の歴史が作り出した戦い  
の知識ですら千の騎士達を屈服させる力が在るのです。生来  
より戦いと暗殺に長けるダークエルフ達がその知識を持って  
しまったら…」  
「わかった。わかりました」  
大久保が立ち上がった。  
「山川正輝三等陸曹の処分については我々が責任を持ってあた  
ります。幸い、双子海に展開していた本隊が現地の遺跡を使っ  
て元の世界に帰る方法を発見したとの報告がありました。日本  
に戻ればアイツも隷属効果とやらが解けて正常に戻るでしょう」  
「そうですか…なら良いのですが」  
大久保三佐以下、五名はめいめい立ち上がると軍団長と騎士達に  
一度敬礼をして部屋を出て行った。  

そして廊下にて。  
「くそう、山川が悪役扱いだ」  
廊下を早足で歩いていた大久保が眉をひそめた。  


682  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/03  18:33  ID:???  

その隣で小野三尉が怪訝そうな顔をしていた。  
「まるでテロリストみたいな言い草でしたね」  
「ああ、本当にそうなっちまうかもな」  
「どう言う事です?」  
三佐は煙草を石床に捨てると、それをブーツの底ですり潰した。  
「山川に戦略級の知識は無い。だがあいつはレンジャーだ。それ  
にカンボジアでの挫折と屈辱の中で、ゲリラ達の憎悪と復讐心を直に  
感じたジャングル戦のエキスパートだぞ。そんな奴が教えられる知  
識と言ったら…」  
「テロリズムの概念…ですか」  
小野三尉が息を呑む。  
「そうだ、この世界には絶対に持ち込んではいけない概念だ。我々  
の世界の二の舞になる」  
「なら直ぐにでも山狩り隊を組織して山川の捕縛に」  
「駄目だ、何処にいるのかわからんし、第一あの軍団長の言う  
通り本当に山川が悪者になっちまってたらブービ−トラップの  
一つでも仕掛けられて死傷者が出る。あいつを甘く見るなよ」  
「ではどうするので?」  
「わからん。しばらく様子を見よう」  




783  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/09  18:50  ID:???  

族>>682  

「良いんですか、それで?」  
「他に有効な手立てが無いんだ、こうするしか無い  
だろう」  
「それはまあ…、そうですけど」  
やや不安気な表情を浮かべる小野を尻目に、大久保  
はオフィスのドアノブに手を掛けた。  
「今日はもう寝ろ。明日には最後の作戦があるんだ  
からな」  
「はあ…」  
小野の表情は何処か暗い。  
戦闘へ参加する事への抵抗か、それとも隊内に脱柵者  
が出た事への苛立ちかも分からない。  
大久保程の部下思いがそれに気付かない筈が無かった。  
「ん?何か心配事でも有るのか?」  
「いえ…やはり自分は納得できません」  
「何がだ?」  
「この世界での戦闘行為にです」  
まだあどけない小野の目には、自らの行為に対する苦  
脳と悲哀がまじまじと表されていた。  


784  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/09  18:50  ID:???  

「我々が行っているのは虐殺行為です。剣で立ち向か  
ってくる相手に銃を使うなど…、敵には子供もいるん  
ですよ。何キロも離れた場所からMLRSを撃ち込む戦法  
など、自分は理解できません」  
最もらしい意見。  
だが大久保は何処か鼻で笑う様な態度でそれを聞き流  
した。  
「まだそんな事で悩んでいたか。もうそんな考えは捨  
てろ、殺らなきゃこっちが殺されるんだ」  
「ですが…」  
「なら銃もロケットも使わずに剣で相手を殺せば良い  
のか?」  
大久保の声が一段と音量を増す。  
「いえ、そう言う訳では…」  
「ならもう考えるな。ここは日本じゃないし、地球でも  
ない。平和憲法など此処には無いんだ」  
ドアを開けた大久保がオフィスへと足を踏み入れる。  
それを引き止める様にまた小野の声  
「日本に戻ったら我々はどうなるのですか?」  
大久保がまた足を停めた。今度は振返らずにその場へ立ち  
尽くしたままで。  
「此処での行為を国が知ったら我々の、いえ、自衛隊その  
物の存在が危うくなるかも知れないんですよ?そうなったら  
我々は一体どうすれば良いんです?」  


785  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/09  18:53  ID:???  

しばしの沈黙。小野は身じろぎ一つしない大久保の背中を  
見ていた。  
「…さあな」  
「さあって…」  
「貴様は大丈夫だ。始末書を書かされるだけで済む。責任  
は俺達、幹部が負うよ」  
「そんな、大久保三佐!」  
「大丈夫だ」  
振向かずに言葉を進める大久保。  
その背中を見つめる小野には上官の気持ちが痛いほど伝わ  
って来る。  
一度大きな溜息の後、大久保の口が再び開いた。  
「俺はもう疲れた。だがこの世界での行動は、自衛隊の名に  
泥を塗るような事が無かったと断言できる。明日の最後の作  
戦でもそうなるだろう。お前達は良くやってくれた。日本国  
自衛隊の名に恥じぬ程にな」  
大久保はオフィスに立ち入り、静かにドアを閉める。  
まだ納得の行かぬままにそれを見届けた小野が踵を返して振  
返った時、ドアの向こう側より声が響いた。  
幾分と弱々しくも聞こえ、また悲しみを含んでいる様にも聞  
こえる声が。  
「政治は俺に任せろ。戦場は頼むぞ」  




869  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/13  03:00  ID:???  

俗>>785  
────────────────  
「下僕か…」  
山川の口よりボソリと一言漏れた。  
「そう、下僕」  
ルナフレアは何やら悪戯っぽい目で此方を見ている。  
むんずと口を結んで硬く腕組みをして突っ立っている山川とは対照的  
に、彼女が見せる余裕のオーラは確かに上下関係を感じさせるに十分  
な程だった。  

(素晴らしい…)  
目前で腕組みをしている男を見て、ルナフレアは内心溜息を漏らした。  
異世界の人間らしい変わった名前に、見たことも無い程黒い髪に黒い  
眼。20代後半と思しき精悍な顔つきには独特の戦士のオーラを感じられる。  
鋭い目はまるで歳以上の物を見すぎたかの様に疲れていて、この男がどれ程  
の修羅場を潜り抜けてきたかを窺い知る事ができた。  
だがルナフレアの興味は別の所にあった。  

ダークエルフの彼女ですら肌に寒気を覚えるほどのそれ。即ち山川の内に燃え  
る殺しの本能に彼女は最も興味を引かれていた。  
鋭い眼、黒炭の様な髪、雰囲気、それら全てから伝わるそれを考えただけで体  
中に何かが駆け巡るような感覚に襲われる。  
恍惚。そう表現しても良いかもしれない。  

闇に生きるダークエルフがより邪なる力を求める際に味わう、この物欲にも似た  
強きに対する慕情。  
父、ヴァンダールが死ぬ間際に残した最高のしもべが今、目の前にいる。  


870  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/13  03:05  ID:???  

召喚者である父が死んでしまった為か、まだ制御が不完全だがあと一つ、あと一  
つの儀式を終えればこのしもべが手に入るのだ。  
そう、あと一つ…  

「…大丈夫かい?」  
山川の声でルナフレアは夢想の世界から叩き起こされた。  
「はっ!?…え、ええ。何でも無いわ…」  
素っ頓狂な返事を返す。少し悦に浸り過ぎていた様だ。  
「とり合えず此処から離れましょう。またワイバーン隊の追撃があるかもしれない  
し。この馬車道を真っ直ぐ行けば私の里に繋がる道が…?」  
思わず山川の顔に見入る。  
「顔色が悪いわね?」  
「あ、ああ…急に頭が痛くなって…」  
先程まで元気に振舞っていた山川の表情が暗い。  
急激に具合が悪くなったみたいだ。  
「何だろう…首が痛い…何か刺さっているみ…た…」  
「ちょ、ちょっとヤマカワ!?」  
ルナフレアの見ている目前で、山川はゆっくりとうつ伏せに倒れた。  




178  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/28  17:22  ID:???  

学年末終了しますた。  
もうね、なんというかね、赤い数字がね、四十切ってて…。  

前スレ>870の続  

…見たことのある風景だった。  
乱れ咲く南国の花々に、毒々しいまでの緑を湛える密林。露出した皮膚を切り裂く  
シダ類に枯れ木、毒虫、蛭。  
以上なまでに暑苦しい空気が水分をたっぷり吸って体中に纏わり付く。  
衣服は血と汗に汚れ、胃は焼けるようにむかつく。  
最悪のコンディションでジャングルを走り抜ける自分の姿だった。  
吐きたい。  
足を止めて木にもたれ掛かる。  
そして吐いた。  
血反吐交じりの吐瀉物が地面に叩きつけられる。  
(クソッタレが…)  
心の中で吐き捨てた。  
意識は朦朧とし、全身の筋肉はズキズキと痛む。死への恐怖も生への執着も無い。ただ  
自分を此処まで追い詰めた敵に対する憎悪だけが沸々と込み上げてきた。  

パン、  

一瞬、図太い銃声が響く。  


179  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/28  17:22  ID:???  

激痛と衝撃。  
間髪入れずに右大腿で真っ赤な花が咲いた。  
「!!」  
爆発的に吹き上がった血が着衣を真っ赤に染め、裂けた肉から煙が昇る。  
ぎょっとなった山川は痛みも忘れて傷口を押さえつけた。だが止まらない。あらん限り  
の力で押さえつけても指の間から血の塊がはみ出す。  
凄まじい血の噴水は彼を圧倒して、彼は…  

…ベッドから飛び起きた。ベッドの上に半身を起こしている。山川は部屋の中に一人で  
居た。  
暖炉の炎が仄かに輝き、木の壁を優しく照らし出している。寝汗を手で拭い、早まった  
呼吸を落ち着かせる努力をした。  
またあの夢…。  
忌々しいカンボジアでの記憶が、まるで街路に滲み出る汚水の様に夢となる。馴れた事と  
言えば確かに馴れた事だった。  


180  名前:  10・13  ◆YlfFTVBogg  03/02/28  17:24  ID:???  

そう言えば此処は何処だ?  
まだ重い頭を動かして、自らの周りを注意深く見回す。  
木製の簡素なベッドに清潔なシーツ。六畳程の部屋の隅には暖炉が在り、その横に立てら  
れた衣服掛けには自分の迷彩服が掛けてあった。  
窓より差し込む月光が木目の壁に反射し、何となく中世ヨーロッパの家屋的な雰囲気が  
する。  
取り合えず危険は無い様だったので、ベッドより降りることにした。  
丁寧にベッド横へ並べられた半長靴へ足を通していざ立ち上がる。だが力が入らずに  
直ぐ壁に手を着いてしまった。  
それでも何とかドアを開け、ゆっくりと、不安を抱えながらも、外へと踏み出していった。