140 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/05/29 20:21 ID:???
いいだろう、ならばSS投下だ。
誰の突っ込みも受け付けん。 SSの方向性上ファンタジー側の描写が主軸になるがそこら辺は許容しろ。
自衛隊は状況に流される狂言回しでしかないと断っておく。

『異郷流転』 1

魔法使いとは「魔法」を行使する事のできる者の総称である。
しかし、人間の社会では同時に魔法を使えない人間が、魔法を使うことの出来る人間を指して使用する侮蔑の言葉でもある。
そして同時に上位の魔法使いが、下位の魔法使いを指して使う言葉でもある。
上位の魔法使いは自らの事を「魔術師」とか「魔道士」とか称する。
それらの名称の違いは、「魔法の仕組みを理解しているかいないか」であるとされる。
魔法とは、技術であり、神々がこの世界を創造する時に使用した御技であるという。
その魔法の力をもって栄えた魔法王国アールヘイムは、高度な魔法文明を発達させた。
が、王国の衰退とともに魔法も廃れつつあった。 双方の原因は、魔法に必要なエネルギー資源、「魔力」の枯渇にあった。
魔法王国アールヘイムは、魔力資源枯渇についてなんら有効な打開策を見出せないまま、日に日に翳りを増していった。
そんな折、時に西方暦1214年。 アールヘイムにとって最大の危機が訪れる。
エルプ山脈のオーク族が群れの数を異常に増し、大群となって押し寄せてきたのである。

142 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/05/29 20:45 ID:???


アールヘイムはエルプ山脈の裾、スードと呼ばれる半島地域に居を構える。
エルプ山脈を越えた北にトイト、西にケルト、東にポレ。 ポレの北にツンド、そしてさらに北のフィヨルド地帯をノルドと呼ぶ。
これらを全てあわせて西方と呼ぶ。 西方より東に向かえばアナト、オリエント、シンド、そしてセリカ、オルドと言った東方地域にたどり着く。
西方は人間と、前述のオーク族の他、エルフ族、ドワーフ族、リリパット族、獣人諸族、ハーピー族、ドレイク族、クボルト族、ゴブリン族、トロル族、ヴァンパイア族といった亜人・異種族が混在する。
人間の諸王国はそれらの異種族と、やや優勢を保ちつつ、あるいは拮抗し、時に劣勢に経たされながら…表面上は共存してきた。
人間と敵対関係にある種族との戦も珍しくなく、今回のような事も西方暦、そして魔法王国の歴史の中で何度も繰り返されてきた事だった。
しかし…今回、決定的にこれまでと違う異常性を目立たせていたのは、エルプ山脈よりあふれ出したオークの群れが、10万を越す大群であったという事である。

オーク族はエルプ山脈を根城にし、人間をはじめ西方の多くの種族と敵対関係にある凶暴な亜人種である。
種族の特徴として、強靭で生命力の高い肉体を持っていることと、繁殖力が旺盛である事、そして武器を製造し使う知恵はあるが、理性は無いということ、最後に、度々豚に例えられる醜悪な外見をしていると言う事が挙げられる。
彼らは主に異種族の町や村や集落を襲い、略奪する事で生計を立てている。
奪うのは、食料と、命。 そして女である。


143 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/05/29 20:50 ID:???


というのも、彼らは繁殖力が強いが雌が存在しない種族なため、異種族の女を攫って子を孕ませるのだ。
だが、それ故にかれらは慢性的な女不足に見舞われ、それによってある程度数を増やすのが抑制されて来た。
オークが数を増やすと言う事は、略奪をしやすくなると言う事、ひいては女を獲得しやすくなると言う事であり、それは人間を始めとする諸種族にとって脅威となる。
よって、オークが数を増やすたびにその都度討伐が頻繁に行なわれてきたのだ。
つまり此度のような、オークが10万もの数を増やし生息域である山脈からあふれ出すと言う事態は本来ならば在り得ざる事であり、そうなる前に見つかって討伐を受けるのが常とされてきた。
しかし、現にオーク族は大群となってアールヘイムへと押し寄せてきたのである。
直ちに王国は討伐軍を組織し鎮定に向かわせた。 その数約3万。
数の上では3倍以上の差が開いていたが、これが現在の魔法王国の絞りだせる兵力の限界であった。

続きはいずれ。



443 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/01 22:19 ID:???
異郷流転

オーク軍とアールヘイム軍はエルプ山脈の麓を流れるイヴィング川を超えた野で対決した。
戦いの始まりは射撃戦、矢の嵐の応酬から始まる。
アールヘイム軍は歩兵の放つロングボウの矢、オーク軍はクロスボウのクォレルが空を黒く覆うような密度で勢いよく放たれ、互いの陣に降り注ぐ。
両軍の歩兵は身体を覆い隠す大楯を持ちながら、じりじりと矢の雨の中を進む。 木で出来た大楯に鏃が突き刺さり、時折楯と楯の隙間から叫び声が聞こえた。
やがて、双方の距離がある程度まで縮まると矢も尽きて、人間とオークの歩兵達は楯を捨てて剣や槍、戦斧を振りかざして白兵戦に移行した。
黒い甲冑を着込んだ、人間よりも背が高く体格のいいオークの群れが、雄たけびを上げて襲い掛かる。
それに対し、体格と筋力で劣る人間の歩兵は隊伍を組み、槍の穂先をそろえてオーク一匹に対し5〜6人の歩兵で同時に突きかかった。
槍の鋭い先端がオークの鎧の隙間や継ぎ目を破り、深く突き刺さる。 人間ならば、確実に致命傷となる深手を負ったはずである。
しかし、オークは痛みと苦しみの充分に混じった叫び声をあげたものの、殆どひるむことなく人間なら両手で持つような大剣を振るって槍をなぎ払い、人間たちの頭に振り落とした。
頭を西瓜か柘榴のように打ち割られ、脳漿を撒き散らしながら隊列を崩してゆくアールヘイム軍の前列。 オーク軍はアールヘイム軍を圧倒し始めた。
オークは身の丈2メートルに届くかと言うような優れた体格に加え、強靭な生命力と筋力を誇る。
その点は、しばしば豚に例えられる彼らだが、むしろ熊に近いといえるだろう。
彼らは人間の武器程度では、酒樽一杯に満たすほどの血を流すくらい傷を与えなければ、殺すことは出来ないのだ。

故に、人間はオーク一匹に対し常に複数で持って戦いに当たる。
いかに他を寄せ付けない運動能力を持ち強靭な生命力を誇ろうとも、大勢で同時に攻撃すれば負傷を避ける事は出来ないし何度も傷つけられればついには死ぬ。
それは戦術として正しいし、これまで何度もその戦法で人間たちはオークとの戦争に勝利してきた。
時に、挟撃し、分断し、包囲し、各個撃破し、罠に落としいれ、策を持ってオークを撃滅した。
しかし今回は、数が違いすぎた。 オーク軍は、人間の軍を逆に挟撃し包囲できるほどの数の優勢にあるのだ。

444 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/01 22:22 ID:???
>>442
衛生の間違い。('A`)

兜ごと頭が割れ爆ぜ、口が絶叫の形に開いた首や、武器を持ったままの腕が宙を飛び、鮮血が紅い虹を作り出す。
アールヘイム軍の兵士達はなおも懸命に、陣形を崩れさせまいと押し留まり必死に戦ったが、抵抗は空しく残虐なオークたちの剣や斧によってたかって切り刻まれ、嬲られ、肉塊へと変じていった。
一方的ともいえる殺戮の返り血に酔い、遥か東方に住むという悪鬼のような形相でオークたちが叫ぶ。
否、それは雄たけびではなく笑い声だった。 オークたちは、武器をかなぐり捨てて逃げ惑う人間たちを追い掛け回し、虐殺しながら愉しそうに笑い声を上げていたのだ。
まるで地獄絵図のような光景が繰り広げられ、風に乗って流れてくるむせ返るような血の匂いと、叫び声と、笑い声にアールヘイム軍の本陣で武将達が顔をしかめた。
「騎士団、前進」
華美な装飾を施したかぶとの面頬を引き降ろし、将軍と思われる騎士が馬上で槍を構える。
同時に、縦列を組んだ騎士たちが槍を真っ直ぐに構え、馬を進め始めた。

騎士は、最下級の貴族であり、領地や爵位ではなく俸禄によって雇われる職業軍人である。
彼らは王や、貴族たちに俸禄を支払われて忠誠を尽くす。 戦場で武勲を立てれば、爵位と小さな領地が与えられる事もある。
彼らが集まって軍事訓練を受けたものを、騎士団と呼ぶ。 王に仕える騎士団は直轄騎士団、親衛騎士団などと呼ばれ、貴族に仕えるものは私騎士団という。
そして、いくつかの騎士団と、農民や平民からなる歩兵、そして傭兵を合わせたものが軍になる。
それぞれの指揮系統は使える主君に寄るので、騎士団同士が連携して作戦行動を行なう場合は王と貴族、あるいは貴族同士の関係が密でなければならない。
普段から合同訓練や演習を行なっている騎士団同士は統制も取れているが、そうでない場合は反目しあうのが常である。
そして、アールヘイム軍の騎士たちは貴族同士の関係が緊密にあるためどの騎士団に所属する騎士も常時より連携・統制のとれた作戦行動が可能なように訓練されていた。

446 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/01 22:24 ID:???
突撃槍の穂先をそろえ、縦列に並んだ騎士団が足並みをそろえて前進する。
騎乗する馬の歩幅、ひづめの足跡までそろうかのような徹底振りだ。 余程訓練されている。
騎士のランスチャージを止められるものなどこの世に存在しない。
フルプレートの甲冑を着込んだ騎士と、馬の体重が合わさった質量の一斉突撃。 
これを地上の一体何者が阻む事が出来るだろうか? 立ちはだかる者は槍の先端に胴を貫かれ、馬蹄に踏み潰されるだけである。
騎士の突撃は戦の勝敗を決する時に、最も重要なその時に行なわれる。 戦場での最後の最後、勝ちに決まった戦を確実に勝利に確定すべく行なわれるとどめの一撃である。
敵の戦列を粉々に打ち砕き、崩壊させ、押し流す蹂躙戦。
だが今回は、趣が違った。 戦列が崩れ圧倒されているのは味方の歩兵であり、敵は勢いに乗って押し寄せてくる。
これをどうにかして押し戻さねば、敗北は決まったようなものだ。 勝利を確実なものにするのではなく、戦況を覆し反撃するために突撃しなければならない。
不満ではあったが、元より名誉を重んじる騎士の事、黙って敗北を受け入れたとあらば名折れである。
馬の走る速度が加速してゆく。 味方の歩兵を蹴散らし、剣を振りかざし向かってくるオークが目の前に迫る。
敵は10万に届く大群。 しかし、強大な敵を目の前にして逃げようとする騎士は一人としていなかった。
「突撃(チャージ)!!」
「「「突撃!!」」」
最前列に馬を走らせる将軍の号令一過、勇敢な騎士の戦列は質量と速度の巨大な鎚となってオークの歩兵集団に突入した。
槍の穂先がオークの着込む甲冑を貫き、兜の面頬を突き破り、轟く馬蹄がオークたちをなぎ倒し踏み潰した。
一度の突撃で殆どの騎士が槍を折るか手放すかして失い、騎士たちは腰から剣を抜いて鞍上からオークの兜めがけて刃を撃ち下し戦い始める。
一瞬、そのまま勢いに乗ってオーク軍の陣形を崩し、突き抜けるかに思えたが3分の1も進めぬまま進撃は止まり、阻まれ、混戦へと変じた。
騎士たちは皆勇敢であり、気迫は槍先に宿ってオークの甲冑を貫いたが、オークたちを蹴散らすにはその陣容は厚く、数が多すぎた。


447 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/01 22:28 ID:???
オークたちは騎士たちを個別に囲み、馬上に向けて剣や槍を突き上げ、騎士たちを地面に引き降ろして斧やメイスで滅多打ちにして鎧ごと血みどろの肉と鉄の塊に変えて行く。
オークたちの哄笑と、無残に殺されてゆく騎士や歩兵達の悲鳴が入り混じり、本格的に戦場をこの世の地獄へと変貌させていった。
「やれやれ、やっぱり私たちの出番かね?」
それまで本陣で歩兵達の無力な戦いと、騎士たちの無謀な突撃を観戦していた灰色や茶色の衣を着た一団が動き出す。 その数わずか20名ほどか。
「そもそもが、数の上で優位に立つ相手に正面切って戦いを挑むのが間違いの始まり。 もっとも、此度は十分な策を練るほどの時間的余裕がなかったのも事実だが」
一団の先頭に立つ、淡い灰色の衣を着た青年がすぐ右後ろを歩く赤茶色の衣を着た中年女性を振り返って呟いた。
「既に大勢は決し、兵は浮き足立ち、戦列は崩れ、各所で逃亡するものも出始めた。 なれど、ここで何もせず黙って見ていたとなれば我らを派遣したフレック師の立場がない。 将軍も戦死して、退却の命を出すことも出来ぬ。 兵が逃げる時間ぐらいは稼いでおかないと、な」

支援終了

しばらく自衛隊の出てこないF世界側の舞台世界と背景と召喚までの経緯の描写が続くのでじれったく待ってろ。

484 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/02 21:12 ID:???
続き
オークは本来は魔法王国の最盛期にエルフを戦闘用に、こちらの世界で言う遺伝子改造をして創造した生き物。
勝手に繁殖しないよう雄しか存在しないように作ったはずだったが何故か異種族と交わって子を産ませる能力を持っている。
そしてどのような異種族と交わっても必ず生まれてくるのはオークになる。 受精の際に卵子側の遺伝子を書き換えている可能性もある。
遺伝子設計のミスなのかそれとも後天的に手に入れた能力なのかは不明。
本編中の世界ではそこまで解明する科学力が無いので結局真偽の程は定かでない。
何故エルフを母体に作ったかと言うと、エルフの高い魔力キャパシティを利用して、魔力を生命力(未分化細胞による治癒能力)と筋力に変換し利用するため。
生物兵器として攻撃的で獰猛に精神改造したはいいが、逆に制御が難しくなったので廃棄。 脱走した一部が野生化して現在に至る。
兵科について補足。 馬は乗れない事も無いが、むしろオークは騎乗用に使うより食料として食う。
武器を扱う知恵は充分にあるので、与えれば砲兵とか空挺団とか組織するかもしれない。 ちゃんと戦術運用できるかは別として。

ああ、確かにこりゃあSSの描写で全部説明しようとしたら長い。 いちいち種族やら魔法やら描写してたら自衛隊が出てくるまでどのくらいかかるやら。 


246 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/18 19:26 ID:???
んじゃ、短く行きましょう。 オブラートに包まず。
「仲間が腐った時に決別も断絶も出来ないのか?」
「仲間と自分の価値観がどう変わってしまっても仲間は仲間だから自分も腐った行為に手を染めるのか?」
「自衛隊は仲間意識だけ優先して組織内の腐敗も正せないそんな連中の集まりか?」
「自分達仲間同士の絆とか信頼とかは特別で他所とは違うものだと教え込む事は結束を強めるための方法、信じ思い込ませるための物でしかなくその程度の事はその辺の族やカルト宗教でもやっていることだがそれに気付いていないのか?」
「信頼とか絆とかはあくまで価値観の共有に依存するもので、それが共有できなきゃいくら苦労や生活や生死の境をともにしても永遠に理解しあえませんが?」
「血を分けた肉親や長年連れ添った夫婦でも断絶があるというのにましてや他人どうしで何故決定的断絶がありえないと言い切れますか?」
「そして決定的断絶が成立すれば、かつての仲間は単なる他人でしかなく、それを悲しむ事と、情を挟む事は別ですが?」
「葛藤なんぞするならそもそも銃は向けませんし銃を向けると決意したから葛藤しないと思うのですが?」
「価値観を共有できなくなった仲間を裏切っても本来守るべきものを遵守しようとする気概のある奴は自衛隊にはいないのか?」
「あと最初にスルーすると言っておきながら次にスルーせずに構って今度はまた「宣言したからスルーだ」、答えたくない時だけスルーにするというのは実に都合がいいですな?」
「仲間同士の信頼は絶対だと主張したい、信じたいのは分かりますし戦友同士の強い絆は自分も燃えるものがありますが、絶対に断絶のない人間関係の主張など自分にはチャンチャラおかしいのですが」

248 名前:愚者・魔術師 ◆YXzbg2XOTI :04/06/18 19:42 ID:???
軍国主義云々について
「軍国主義や独裁支配体制は支配者が支配権を確立するために、弾圧や統制を行い反乱分子を封殺する手段として、
国民から搾取しやすいようにするためだけに使うもので大多数の国民に利益を与えるものにはなりえませんが何か」
「役立たずとか爪弾きとか、国家の敵対者だけ始末とか、国家にとっての不利益と言うよりその政権にとって都合が悪い連中だから処分しただけにしか思えませんが」
「役に立つ人間だけ生かすと言ってもそいつらが政権を支持しなければ邪魔者にしかなりませんがそいつらも処分するので? なら結局システムを生かすために機能はしても国民を生かすためには機能しませんが」
「本当に国家の敵対者を処分するんなら在日半島人を真っ先に処分したほうがいいと思いますが」
「一部の役に立つ人間だけ、とか不利益や害悪になる存在だけ始末、と言うのは選民思想でありどうみても偏っていますが。 つーかそんなの役に立つとか立たないとかいくらでも都合よく基準変えられますが」
「軍国主義が大多数の国民を幸せにするために機能したような事は有史以来稀でありますが。 つーか誰もがヒトラーみたいな基地外じみた理想主義者じゃない以上私欲に走りますが」
「はっきり行って軍国主義は公正など生みはしないし支配者がいくらでも都合がいいように操作できますし国民は幸せにはなりえませんが。 そんなの支持する国民は阿呆だ」
「つーか自衛隊を悪者にするためだけに設定したとしか思えませんが。 ラノベ厨に対する嫌がらせですか? 不特定多数を不愉快にする以上荒らしと変わりませんな」


163 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:31:25 ID:???

真正暦1029年 イーシア大陸極東

 貧民階級の救済と解放を教義に唱えた一大宗教組織、紅旗教が正光輪教から邪教と認定されて
11年、大陸全土で行われた邪教鎮圧の戦争は大陸と蓬莱海で隔てられた複数の列島からなる国、
フソウ国でも行われていた。
 大陸における邪教討伐の戦いが収束に向かうのと入れ替わるように、島国に浸透してきた紅旗教
残党は勢力を拡大するとともに民衆を扇動し一揆を多発させたが、徐々に鎮圧の一途をたどり
ついにはフソウ国内の活動拠点である寺院一つを残すのみとなった。
 信徒たちの布施によって建立された”救世院”の大伽藍に立てこもる信徒たちは頑強に抵抗していたが、
既にフソウ軍武士団2万余名によって完全に包囲され、残る未来は降伏か全員自決しかない。
 篭城を続け3ヶ月、糧食も尽きる頃だ。 しかし信徒たちに士気の衰える様子は無い。
 降伏しても邪教徒は全員火あぶりと決まっているからだ。

元々の背景には貴族階級からの圧制と搾取への長期にわたる不満と反発があるとはいえ、
最初に弱者の救済を目的とした宗教、信仰というものがいつしか組織を維持するための集金システム
と化し、指導者層が営利追求と拝金主義に変貌してゆくのは歴史の常だった。
 大陸の多くの国家で国教に定められていた正光輪教は多神教から単一神教へと変遷した経緯から
他宗教や新興の精霊信仰などに対して慣用的ではあったが、紅旗教の勢力拡大による既得利権の
侵食に危機感を増し、ついに政治影響力を駆使して紅旗教への弾圧を開始する。
 これに対して紅旗教は激しく抵抗し、教義である「平等な理想世界の実現」を掲げてさらなる信者獲得と
勢力の拡大活動に力を入れた。


164 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:32:41 ID:???
 しかし、この時代の大陸諸国の多くは封建主義的社会、貴族が平民を支配する構造の社会体制を
とっており、階級社会の支配者層にとって紅旗教の信徒はこの制度を破壊しようとする、自分たちに
対するあきらかな反逆者でしかなかったし、すでにその活動が認知されるほどに勢力の大きくなった
紅旗教は弾圧によって一時的に勢力を衰退させる。
 それでも純朴で、愚かで、ただ日々の生活に救いを求めただけの信徒たちは指導者層の唱える
紅旗教の「救済」を信じてかたくなに抵抗を続け、ついに政権に対し武力蜂起するに至った。
 この乱に乗じ大陸中に浸透していた紅旗教信徒も次々と蜂起、さらに火種があちこちへと飛び火し
大陸全土が麻のように乱れた。
 そして3年後の真正暦1018年、正光輪教は紅旗教を正式に邪教と認定し、光輪教圏諸国に
討伐の聖勅を出す。
 直後に各国は連合した邪教討伐軍を編成、10年余りの年月を経てようやく紅旗教勢力の大部分を
鎮圧するに至る。
 しかし、この戦いで犠牲となった人命は邪教徒として処刑された信徒を含み数百万人と言われた。

 そして、なおも少数の紅旗教は辺境に逃れるなどして活動を続けていた。
 フソウ国もそのひとつだった。


165 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:33:46 ID:???
 現在フソウ軍武士団のなかで侍大将の位を授けられている伊庭正良(いば まさよし)は腰に太刀を
佩き、この島国では僧侶以外では珍しい部類に入る短く刈り込んだ髪を寒風にさらして信徒たちの篭る
伽藍を見上げていた。
 荘厳なつくりの大伽藍は、この寺院でもっとも大きい建物で、その威容はまさしく小型の要塞と
いうにふさわしい。
 寺院の大部分が制圧され多くの信徒が掃討されてもなお、数十人の信徒を抱え込んで頑強に
抵抗を続けていた。
 今日の午前中も小銃隊が何十発となく銃弾を撃ち込んだのだが逆に反撃で12人の損害を出した。
 信徒の中には下層階級の武士(半農民)や食えなくて傭兵に転向した貧民が混じっているのだろう、
その狙撃は恐ろしく的確だった。
 これまでの篭城で彼らも疲弊しきっているはずなのにこれでは、まだまだ生半可な事では落ちそうにない。
 もしかしたら信徒たちが持ち込んだ武器弾薬や糧食はこちらの予想より多いのかもしれない。
 だが、そうだとしても春まで持ちこたえる事は無いだろう。
 来週にはシン国製の大砲がようやく陸路で到着するはずだ。
 本当は海路経由で先月末までに到着していなければならなかったのだが、冬の海の悪天候で舟が
使えず陸路に切り替えた所為で予定が大幅に狂う事になったのだ。
 山地の多いこの島国では大砲の運搬は困難を極める。
 伊庭は馬で牽引しやすい騎兵砲あるいは山砲の調達を幕僚部に相当する年寄衆に上申していたのだが、
『そのような軽くて小さな大砲なぞ役に立つものか』と一蹴されてしまった。
 その結果としてフソウ武士団は砲の配備も運用も不合理かつ支障をきたしているのだが…


166 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:35:08 ID:???
 彼らに近代火力戦の効果と重要性を力説しても、理解できないだろうから仕方の無いことと既に諦めた。
 新しい概念は得てして古い世代の人間にはしっくりこないことが多いのだ。
 伊庭はしばしばこの島国の兵法の基準からすれば奇抜に見える発想を持ち込み、それによって得た
戦功で現在の地位を手に入れたが、まだ彼の全てが認められたわけでもない。
 多くの人間からすれば彼は非凡な知恵者だが、出自の怪しい傭兵あがり、後ろ盾も血筋もない。
 ただ彼を拾い、家臣に取り立てて何かと目をかけてくれる主君、黒田憲正(くろだ のりまさ)だけが
かれの庇護者にして理解者だ。
 それ以外では彼自身が立案して編成した手持ちの部隊、”鉄騎馬隊”200名余と、妻という事になって
いる女が一人いるだけで、あとは心を許せるものを数えても片手に足りなかった。
 
 伊庭はフソウの生まれではない。 故郷はこの島国に似た、遠い異郷だった。
 たどり着いたときには、故郷を同じくする仲間が大勢いたが、伊庭自身を除いて生きている者は
一人もいない。
 そして今は故郷に帰る手段すら見つからない。 この国に根を下ろす事になるかもしれないと、
伊庭は考えていた。



167 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:36:01 ID:???
 「殿」

 伊庭を呼ぶ声がした。 振り返らなくても、部下である光吉(みつよし)だと気がついた。
 光吉の声は声変わりをして無い少年のようだから、その特徴で暗闇で声をかけられても光吉とわかる。
 若年とはいえ変声期をとうに過ぎているはずの光吉の声は、いつになっても低くなる様子がなかった。
 本人も少し気にしているようで、それをからかわれると真っ赤になって怒る。
 その姿が猿に似ている、と口の悪いものは言う。 伊庭も似ているとは思ったが口にする事はなかった。

 「日が暮れて寒うなってきました。 冷えるとお体にさわりまする。 わしゃ寒いの苦手じゃ」

 「うん」

 肩をすくめ足踏みしながら伊庭の隣に立った光吉に短く返事をした。
 この季節の風は夜ともなれば肌を凍らかすかのように冷たい。 雪が降らないだけまだましだった。
 伊庭は何度か『懐炉』に類するものを作ろうと思ったことがあった。
 袋に入れた砂鉄と塩を混ぜて急速酸化するときの熱で暖まろうと再現を試みたが、温度調節が上手く
いかず、失敗が多かったので早々に諦めてしまった。
 光吉がいかにも寒そうな顔をしてガチガチ歯を鳴らしているのを見て、もう一度試してみようか、
そんな事を思った。


168 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:36:57 ID:???
 「殿は寒うござらんのか」

 光吉の問いに、伊庭は自分は北国生まれだからな、このくらいじゃ暖かいくらいさ、と答えた。

 「殿はさすがに豪傑じゃのう…鎧もその胴当てしか付けんでこんな前まで出てくるし、敵の弾でも
当たったらどうしようかと、わしゃ気が気じゃないわい」

 はは、と笑う。 光吉のその台詞はもう何回も言われた。
 伊庭は他の武士たちのように甲冑を身につけず、傭兵時代から使い続けている奇抜なまだら色に染めた
衣の上に、衣と同じ柄で金属の板を仕込んでいる胴鎧、やはり同じ柄で統一した鉄の兜しかつけない。
確かに流れ弾にでも当たったら防ぎきれるとは思わない。
 だが怖いのはそれが腕や脚に当たった時ぐらいのもので、それは篭手なり脛当てなり付けていたとしても
大して変わらないものだし、付けている胴鎧は見た目よりも遥かに頑丈で刃物も弾丸も容易には通さない。
 ただその奇妙で異様な風体で戦に出て、侍大将だというのに兜にはいっさい飾りの類をつけない伊庭を
諸将は距離を置きつつ『傾奇者』として扱っていた。



169 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:37:44 ID:???
 「ところで殿」

 光吉が珍しく真面目くさった顔で伊庭を見つめたので、伊庭も光吉のほうを向いた。

 「三日前に制圧した五宝塔じゃが。 ありゃあ悲惨じゃった。 もう助からんとみて、最上階に
立てこもっとった信徒が次々身投げしてなあ。 子供もおった」

 ああ、と答えつつ、伊庭もその時の光景を思い出していた。
 救世院の建物の中には信徒がバラバラに立てこもって抵抗を続けた場所もいくつかあったのだ。
 大伽藍よりは陥落させるのに困難で無いものが殆どで、大部分はすぐに制圧したが五宝塔は大伽藍と
並んで最後まで残った場所だった。
 だが最後には矢も弾丸も尽きて、それ以上抵抗する事が出来なくなった。
 彼らのとった道は、自決であった。

 伊庭も、自分たちがそうさせた事とはいえ胸の締め付けられる思いがした。
 彼らをここまで追い詰めたものは何だったのだろう。
 邪教にすらすがらねば、救いを求めなければならなかった苦しみとは何なのだろう。
 伊庭自身、黒田憲正を主君として仕えるまでの傭兵時代は何度も辛酸を舐めた。
 一つの統一された国としての体裁を整えているとはいえ、フソウは必ずしも政情の安定した国とはいえない。
 20年ほど前までは国中が分裂して内乱状態にあったし、いまだ中央の政権に従わない地方勢力や
政権から地方統治を任された守護領主同士の衝突はよくある。
 夜盗や人攫いも横行し、蝦夷地と呼ばれる北方では異民族との外交問題を抱えている。
 だからこそ、この国には紅旗教の入り込む隙があったのだ。
 伊庭はこの国がそんな時代だったから、傭兵として自分の力を活かし、糧を得るすべを見つけることが出来た。


170 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:38:46 ID:???
 だが、自分のあずかり知らぬところでは自分の見てきたことよりももっともっと悲惨な事があったに
違いないし、自分のように幸運なり神仏の加護なり運命なりが味方しなかった人間も多数いるはずなのだ。
 伊庭は時々、”運良く”生き残れた自分に罪悪感のようなものを憶えるときがある。
 自分は苦労して今の地位と身分と生活を手に入れたつもりだった。
 ささやかな幸福を手に入れたつもりだった。 だが、そうで無い人間のほうがこの国には多いのだ。
 自分は搾取される側から搾取する立場の階級に変わっただけだ。
 伊庭が日々口にする糧食も、身に着ける衣服も、佩いている太刀も、部下たちの装備も、糧秣も、
それら全て農民たちから奪ったもので賄い…そして、結果の一つとして彼らをこうやって追い詰めている。

 故郷にいたときは、頭では解っていたつもりだった。
 社会や支配体制の違いはあれど、この国では事実がダイレクトに伊庭の目に入ってくる。
 武士団は国を、領地を守る軍隊だ。 しかし、民衆を守る軍隊じゃない。
 彼ら紅旗教信徒はある意味被害者だ。 だが、彼らを助ける事は出来ない。
 そんな力は自分に無い。 主君に助命を嘆願しても受け入れられないだろうし、受け入れられたとして
彼らの生活の糧を誰が面倒を見るというのだろう。
 第一、貧しさから信仰に救済を求めた彼らは、信仰以外に頼るものが無い。
 殺されると解っているから、最後まで戦って死ぬのだ。
 方向性は違えど自爆テロと同じようなものだ。 彼らには現世に何も無いから、来世での救世を求める。

171 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/10(土) 00:39:29 ID:???
 光吉は再び大伽藍の方向を見上げながら硬い表情で何事か思索にふけっている主君を黙って見つめていた。
 伊庭は先日塔から飛び降りた信徒たちの亡骸に、両の掌を合わせて眼を瞑っている仕草をしていたのを見た。
 伊庭がこの国の生まれで無いと聞かされていた光吉は、光輪教式のものとは違うそれを伊庭の故郷
での死者への祈り方なのだろう、と推察した。
 やがて、この大伽藍も陥落するときが来る。 その時はまた、大勢の信徒を殺し、大勢が自決する様を
この眼に焼き付ける事になるのだ。
 伊庭も光吉も、殺す事を楽しむ人間ではない。 戦う必要があるから戦うだけだ。

 「…やりきれんのう」

 光吉の呟きは、冷たい夜風に流れて誰の耳に入る事もなかった。



(一応、続く)



323 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/11(日) 00:28:35 ID:???
>>163-171続き。

 翌日大伽藍攻略に、伊庭と同じく侍大将の一人である越智和久(おち かずひさ)が築城隊の
業隷武(ゴーレム)を使う事を主君、黒田憲正に進言した。
 元々は荷駄を運ばせたり野戦築城を行うために魔技(マギ=魔法。 大陸では魔法使い自身を
指すこともある)で作り出した操り人形で、単純な命令を反復する事しか出来ないが人間の
人夫と違って賃金も要らず不平も言わない、重宝な存在だ。
 普通は人間より一回り背が大きい「力士型」として製造されるが、伊庭はより大きく「巨人型」に
したものを目をつけて、腕をドーザーやショベル状に改造したものを使っていた。
 そして伊庭の故郷での軍にあったような施設科大隊に相当するような部隊を新設し、一定の
成果をあげていた。
 越智はその巨人型業隷武を、陣前に押し出して攻城兵器として使おうというのだった。
 伊庭はもちろん反対した。
 業隷武が作業人足としてならともかく雑兵の代替として使われなかった最大の理由は、
業隷武は本当に単純な、一度に一つか二つの命令しか理解できない知能の低さにある。
 業隷武に作業をさせるときには制御を行う魔技術士が傍について、いちいち命令を業隷武の霊子脳
に入力してやらないと、業隷武は最初に与えられた命令を延々繰り返し続ける。 
 これが単純な動作だけに特化した業隷武ならまだよい(粉引き石臼を業隷武化したもの等)が、
汎用な目的で複雑な動作を必要とする物に使うには業隷武はまだ改良の余地があった。
 大陸でなら複数の単純命令を組み合わせて一定のルーチンワークを行わせるという、プログラミング
に近い技術が確立されつつあったが、島国フソウではまだそこまでには業隷武の技術は発展していない。

324 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/11(日) 00:29:21 ID:???
 
 「業隷武は突撃させて、正門を破壊するだけでよろしゅうござる。 その業隷武を楯にしつつ、
兵たちが後から続く。 さすれば大砲の到着を待たずとも、邪教徒どもを討ち取れましょうぞ」

 これが越智の主張だった。
 伊庭もそれは使える案だとは思った。 何しろ問題なのは、天守閣のような大伽藍からつるべ打ち
に発射される信徒たちの銃撃で、それで寄せ手の兵士たちは近づけずに居るのだ。
 ようするに、この案における業隷武は装甲車だ。 業隷武が大伽藍を破壊できるかどうかは関係ない。
 兵たちを銃撃から守りつつ、取り付かせられればいいのであり、そうすれば投擲爆弾を使うなり、
あるいは火焔瓶を投げつけて火責めにするなり、手はいくらでもある。
 特に火焔瓶は伊庭の考案でモロトフカクテル(に近いもの。 原材料は全て同じとはいえず、
フソウ国内に灯油に近い精度の原油が産していたのが幸い)と化していたので威力だけはあった。

 作戦は正午に決行され、準備もそこそもに築城隊から徴発された二体の業隷武たちは腕が
作業用のままで、時間があれば破城鎚型や棍棒型にでも換装できたのだが、伊庭もこの作戦が
成功する確率は半々と見ていたから築城隊奉行に無理して腕を付け替えさせるという事はしなかった。
 今回は業隷武に守られて進む兵も、援護する小銃隊も全員越智の兵だ。
 伊庭は越智に功を立てさせてやろうと思ったわけでもないが、功を取られて悔しいと思うわけでもない。
 失敗しても損害を出すのは越智の手勢であって、自分ではない。
 ただそれだけの話だ。



325 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/11(日) 00:30:01 ID:???

 惜しいといえば、この作戦に借り出される事で少なからず損傷するだろう業隷武二体が、損傷の規模
にもよるがおそらく修復まで使い物にならないだろうことと、業隷武制御のために兵に混じって
突撃する魔技術者二名をもしかしたら失うかもしれない、その事についてだった。
 伊庭は故郷にいたときの知識や技術を駆使してフソウ武士団の装備や編成、用兵においていくつかの
改良や進言を行っていたが、故郷でも一兵士に過ぎなかった伊庭には高度な専門技術が備わって
いたわけではない。
 多くが「知識」に過ぎないものだ。
 小銃のストックを改良し、照門・照星の追加を行うとか火焔瓶の改良を行うとか、土木工事専門の
部隊を新設するとか兵站を重視するとか、そういったことは出来ても知識や技術を持ってないものは
再現できなかった。
 小銃を連発式に改良するにはこの国の技術力が追いついていなかったし、迫撃砲をこの国の技術で
再現しようと試みたが着発信管の仕組みがどうしてもわからなかった。
 原始的な曳火信管すらまだなかったのだ。 大陸の先進国家にはあるかも知れなかったが、入手
となると難題が多かった。
 故に、伊庭の多くの「発明」は伊庭の知識を元にした発想をこの世界の技術や制度を基礎にして
伊庭の知っている形に近いように再現するしかなく、伊庭は武士団内の専門技術や能力を持った
人材に頼ることで現実のものにするしかなかったのだ。
 


327 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/11(日) 00:30:51 ID:???
 伊庭は何を置いてもそれら技術と能力を持った人間と友好な関係を作る事を重視した。
 相手とは地位を利用して命令する事が出来る立場にあっても、要請するという形や助言・提案と
いう方向でなるだけ協力をあおぐような関係を築こうとした。
 同格の者たちにも時には功をゆずるなり助けるなりして、協力が欲しい時はこちらから頭を下げ、
後でしっかり礼や借りを返し、悪い印象を持たれない様にした。
 そうしつつ伊庭は自分の能力を示し認められ、周囲の支持を受けて、自身の構想するフソウ武士団の
体制の改編と装備の改良を少しずつ進めていった。
 しかし、そうそう簡単に事が進んだわけではない。
 フソウ武士団にある程度の下地、土壌があったとはいえ武士団に大勢居る侍大将の一人に過ぎない
伊庭がいくら主君に上申したからといって、武士団が一昼夜で近代軍隊化するわけではない。
 主君黒田憲正が伊庭の能力と知恵とを、厚く信頼しているからこそ「まあ、やってみよ」と容認して
くれているその範囲で動けているに過ぎないのだ。
 伊庭の地位は近代軍隊で言うならば中隊長程度、本来はそのくらいでしかない。
 伊庭が編成した「鉄騎馬隊」も実験部隊としての色合いが濃い。
 そして鉄騎馬隊は伊庭の好きなように編成を行う事が許された部隊であり、この国の旧来の軍制度
からすればかなり異色と映る近代軍隊に近い編成と運用を行う部隊だが、それを可能としたのは
伊庭を信頼し彼の言う事の内容を理解しうる「人材」で主要な部分を固めているからだ。
 それは伊庭が苦心して新設を認めさせた築城隊や、これから実現させようとしている新部隊も同様である。
 伊庭にとっては「人材」こそが、彼らが持っている能力こそが自分の構想実現に必要であり、彼らとの
信頼や協力体制があることこそが最も重要で、ほかの事はどうでもいいとさえ考えていた。
 
 だから、築城隊の要とも言える業隷武を制御する術士を失ったりしたら、それは重大な損失となるのだった。


377 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/23(金) 22:10:41 ID:???
 20名の兵を引き連れて、魔技術士に操られた業隷武はゆっくりとした足取りで大伽藍へと向かっていった。
 兵は火焔瓶を投げつける隊と小銃と弾丸除けの楯を持った隊にわかれ、それぞれ業隷武の影に隠れながら進む。
 竹でできた楯は持つ兵の体を隠すには充分だが、手持ち用なので弾丸を防ぐには心もとない。
 どちらかといえば、無いよりマシで、心理的に安心するためのものだった。
 また、兵の姿を直接視認させない事で敵にこちらの意図を察知されにくくする効果もある。
 彼らの目的は突破口をつくることだ。 要は足元に取り付けてしまえばどうにでもなる。
 焼き討ちと業隷武によって堂内に入る正面扉を破壊できてしまえば、内部への突入と制圧が可能。
 内部に立て篭もる邪教徒の数はそう多くない以上、そこまで辿り着くのが問題でしかない。
 
 「台車に大楯を付けたものを押しながら進んでは?」

 光吉は伊庭にそう提案した事があったが、上手くいかないだろう、と退けた。
 業隷武を使わなくてもそれで同じ事はできるが・・・

 大伽藍を包囲する陣列の真ん前に立って伊庭と光吉は突撃する業隷武の後姿を見つめていた。
 銃撃から業隷武に守られて、兵たちは目論見どおり正面扉前に辿り着いた。
 しかし火焔瓶隊が火縄や火打石を取り出し、点火して投擲しようとしたその時。


378 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/23(金) 22:11:52 ID:???
 『ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ
センダマカロシャダ ケン ギャキギャキ サラバビキンナンウン タラタ カンマン』

 突如として空に雷火が走り、青白い稲妻を伴って衝撃が業隷武の1体を撃った。
 業隷武の周囲にぱっと炎が広がり、兵たちを包み込む。 兵の持っていた火焔瓶が引火して炸裂、
さらに被害は拡大した。

 「火界呪!? なんとっ信徒どもに魔技を使う者がおったか!!」

 驚愕し声をあげる光吉の隣で伊庭は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
 この攻撃を提案した越智和久も今頃同じような顔をしているだろう。
 越智は自分の家臣である兵たちを焼き殺され、伊庭は業隷武を失った。

 『全方位の一切如来に礼したてまつる。一切時一切処に残害破障したまえ。
最悪大忿怒尊よ。一切障難を滅尽に滅尽したまえ。残害破障したまえ』

 2度目の魔技による攻撃はフソウ語で発せられた。
 少なくとも立て篭もる紅旗教徒には大陸真言を使える者とフソウ語の者と2人の魔技術士がいる。
 もう1体の業隷武が稲妻を受けて膝をつく。 
 重度の火傷を負いながらも生き残った魔技術士は業隷武を立て直そうと業隷武操作の真言を唱えた。
 
 『オン カカカ ビサンマ エイ ソワカ! ナマ サンマンダナン…』


380 愚者・魔術師 ◆XdgIHnFrK. sage 2007/02/23(金) 22:12:36 ID:???
 後退するしかない。 まだ命のある兵には比較的軽傷で動けるものもいる、来たときと同じように
業隷武を楯にしつつなんとか味方の陣かせめて銃撃のとどかない距離まで…
 タン、という乾いた音とともに、大伽藍からの狙撃を受けて彼は倒れた。
 間をおかず、全身を炎に巻かれた兵たちの阿鼻叫喚の地獄となった正面扉前に、同様の銃弾が降り注ぐ。
 無慈悲な…ある意味では慈悲とも思える凄惨な光景が伊庭の目に焼き写された。

 「殿が…わしや越智さまの提案に反対なすったのはこれを知っとったからか」

 「いや。 小銃と弾薬を持ち込んで立て篭もるくらいだ、火焔瓶か手投げ爆弾ぐらいは、とは思っていたが」

 他にも油壺やら溜めた糞尿、城攻め砦攻めで防御側が使う手段は当然のごとく用意しているだろう。
 これでますますはっきりした。
 あの大伽藍に篭城している敵は、飢えと貧しさから救いを求めて入信した貧民、戦の素人などではなく
火器と魔技を扱い、軍隊と戦う術をもった戦闘者集団なのだ。
 拠点の最重要箇所に篭っているだけあって、彼らこそがフソウ国に浸透した紅旗教の中核である人員
なのだと確信する。
 彼らが信徒を指導し、訓練し、一揆を扇動し、指揮をとる。
 おそらくは指導者層と宣教役も担当しているのだろう。
 かれらをここで逃がしてしまうような事があったら、全ては元の木阿弥だ。
 必ず殲滅させなくてはならない。

 結局、この攻撃失敗を受けて再度の攻撃開始は大砲の到着を待ち、それまで包囲を固めて兵糧攻めに
徹するよう陣布れが出される事になった。



347 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:08:58 ID:???
フソウ戦記(仮)の続き。
前回までの話はまとめサイトを読んでね。

って何故か見れる時と見れない時がある…
サーバーが重いのか?


最初に解説とお詫び。
普通、戦車射撃競技会に第7偵察隊は参加しないはず。
偵察警戒車を登場させたかったので特別に参加させた。
もちろん反省していない。

前回までの投下で自衛隊装備が殆ど出てこないのもあまりにアレなので
主人公・伊庭がフソウ国に召喚された時に時間を遡ってみた。
良ければここから前の投下した話につながるまでの自衛隊の戦いを
書くように路線転換してみるがどうだろう。
ついでに幾つか設定変更したい…特に魔法やゴーレム付近の設定は
かなり適当に間に合わせだったので。

ではよろしければ効力射開始。

348 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:10:26 ID:???
200X年 8月某日 北海道大演習場島松地区 戦車射場

北海道に展開する北部方面隊第7師団では前日からこの日にかけて、恒例の戦車射撃競技会が実施されていた。
今回の競技には第71・72・73各連隊から90式戦車100両に加え、第7偵察隊の74式戦車と偵察警戒車が参加している。
今回の競技会では小隊戦闘射撃を合計22回実施、最終日となる本日は練度射撃(戦車による行進射撃)が実施される予定だった。
どの戦車小隊も所属連隊・中隊と自分達の威信を賭け、協議開始予定時刻が近づくにつれ隊員たちの周囲の空気は熱気を帯びていた。
異変は各戦車小隊が連絡幹部の指示に従い弾薬交付所へと進入し始めた時に起こった。

「第1・第3小隊応答なし! 中隊本部、出ません!」

「統裁部ともか! 他の中隊は?」

「さっきから呼びかけていますが…」

「どういう事なんだ。 あれだけの戦車がどこに消えた」

突如として晴天だった空が暗転し、次の瞬間には弾薬交付所内にひしめいていた戦車たちは彼ら第2小隊と偵察隊の74式戦車2両を除いて全くいなくなっていたのだ。
その他に車両と言えば、中型トラック数両と偵察警戒車2両のみで、交付所内にいるはずの係員の姿も見えなくなっている。

それだけではない。 周囲の景色が明らかに一変していた。
広々とした北海道の原野にいた筈が、が、青々とした草木に囲まれたどことも知れぬ山中の開けた場所にぽつんと戦車を初めとした数両の車両が駐車しているのだ。
地面にはここまで入ってきたような轍もない。
ただ交付所を囲うロープと、テントがいくつか、そして整然と積まれた各小隊配布分の弾薬木箱と、その上にまた丁寧に並べられた戦車砲弾が鎮座しているのみだ。

349 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:11:33 ID:???
「ともかく、だ。 まずやるべき事はやろう」

第2小隊の小隊長、佐野3尉は動揺しつつもすぐに偵察隊の小隊長鹿嶋3尉と協議、指揮系統の確認を行い、佐野3尉が先任ということで隊員はその指示に従う事になった。
その後、隊員たちは戦車を降りて周囲の状況把握、そして行方不明になったと思われる他の戦車小隊の人員を探すため班ごとに分担して付近の捜索にはいった。
偵察隊の1班、小川曹長と伊庭1曹、矢野3曹も捜索に出ていた。

雑草を掻き分けて行けども行けども、人の気配一つしない。
鳥のさえずりと蝉らしき虫の鳴き声の穏やかさが今は逆に不気味だった。
自分達は人里はなれた奥深い山の中にいるのでは、という思いさえしてくる。

「熊、でるかな」

「ヒグマですかっ?」

小川曹長がぽつりと漏らした一言に矢野3曹がぎょっとして声を上げる。
伊庭1曹はちょっと呆れた声で矢野に「クマは自分から人間に近寄って来ないよ」と言った。

「そうでも無いかもな。 ばったり出くわすってことはある。 まあ、ここは北海道じゃ無さそうだから出るのはヒグマじゃなくてツキノワだろうけどな」

「なんでここが北海道じゃないって言えるんですか?」

伊庭の問いに小川曹長はちょうど頭上に張り出した針葉樹の細い枝を引きちぎって、指でくるくると弄りながら答えた。

「クロマツだ。 北海道にはアカマツか、植樹されたカラマツしか生えてない。 まあここが内陸部だとしてだ、山の中に生えてるのは珍しいがな。 誰かが植えたんでなけりゃ」

「んじゃ…どういうことですか」

矢野は上手く話を飲み込めてい無いらしい。
小川曹長は歩きながら話を続けた。

350 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:13:26 ID:???
「ここはもしかしたら海が近いのかもしれない。 案外な。 そうで無いにしても、少なくとも俺たちがいたはずの北海道の演習場では無い場所に、今来ていると言う事になる。
俺はクロマツが北海道に自生してないって事ぐらいしかわかんねえけどな。 辺りの他の木とか、今鳴いてるセミとかも、もしかしたら道産のものじゃ無いのかも知れない。
どうだ、その辺の景色とか、違って見えないか」

伊庭も矢野も自分達の周囲をぐるりと見回す。
そう言われて見れば、周囲の山の植生や生き物の鳴き声は見慣れた印象と随分違う気がしないでもない。
自分達以外の全ての部隊が消えたことを含め、周囲の地形・植生がそっくりどこかの場所と入れ替わってしまったかのような、奇妙な違和感と不安がある。

「曹長…」

違和感を拭いきれないまま伊庭が何か口にしようとした時、小川曹長が手でをそれを制した。
彼の視線は前方、短い草むらの向こうに向けられている。
伊庭たちがそれをおうと、草木に溶け込みそうなOD色に塗装された1両の見慣れた中型トラックが止まっているのを見つけた。
彼らは曹長を先頭に、身を屈めながら慎重に近づいてゆく。
人の気配や物音はしない。 自分達が草を踏みつける音だけが耳に届いていた。

運転席側の窓から内部を覗いた小川曹長が、「誰も乗っていない」のサインを送ってきた。
矢野が周囲を警戒し、曹長と伊庭は荷台の側に回る。 車体と同じOD色の幌を持ち上げて荷台を確かめると、燃料が入っていると思しきドラム缶が一杯に積まれていた。
結局、その付近に彼ら以外の人間の姿を見つけることはできず、草を踏みつけた後すら残されていなかった。
中型トラックの車体の汚れ具合はピカピカに磨き抜かれていてまだ新しい。
タイヤに泥すら付いていない。 まるでどこかの駐屯地から持ってきて、ここに置いたかのようだ。
それにしては、トラック自身が草むらに入ってきたような後も無い。
だいいち誰からここにトラックを運転してきたのなら、その人間はここからどこに行ったのか。

351 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:14:40 ID:???
動かなくなって置き去りにされたのかとも思ったが、試してみたところエンジンはかかった。
走行に問題はないようだ。
小川曹長はとりあえず中型トラック発見のむねを交付所で待つ本隊に報告する事にした。
矢野が背負っていた通信機を下ろす。
その時伊庭は、ふと気が付いて自分の携帯電話を取り出してみた。
表示は、圏外。 山の中にいるとすればおかしくは無いことかも知れなかったが、何故だか異様な心細さが伊庭の胸に残った。

周囲約1キロに渡る捜索の結果、発見されたのは伊庭たちの遭遇した中型トラック1両と、別班が見つけた小型トラック1両、そしてその車内に置かれていた小銃2丁と弾薬だけだった。
人の居る形跡なし、現在地不明。 他の部隊との連絡は途絶したまま。
便宜上彼らを行方不明という扱いにしているが、行方不明になったのは自分たちのほうなのではないかと言う感も大きい。
捜索結果を踏まえて今後どうするべきかを話し合った佐野3尉と鹿嶋3尉は意見が割れた。
捜索範囲を広げるか、直接移動して最寄の駐屯地を目指すべきとする鹿嶋3尉に対して、佐野3尉は不用意に移動するよりここにのこって通信機での連絡回復を待つべきと主張した。
何より、移動するにしても付近の地形も景色も全く変わってしまっているのに移動の仕様が無いという佐野3尉の言には一応の説得力があった。
なにしろ地図すらないのだ。
幸いにして方向は太陽の向きで把握する事はできたが、太陽の高さも変わっているため元々部隊のいた夏の北海道を基準にしてはやや正確ではない。
気温も2度か3度ほど、違うようだった。
木の色草の色を見れば、今が春か初夏の季節だろうことは推測できたが、それはここが北海道などではないという感触を強くしただけで、穏やかな日差しはこの時あまりありがたいものとはならなかった。

「本隊はこのままここで待機するにしても、やはり捜索範囲を広げない事には、今のままでは何も掴めてい無いのと同じです。 とにかく情報が足りな過ぎる」

352 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:15:37 ID:???
鹿嶋3尉は佐野3尉にそう強く訴え出、偵察小隊から継続して捜索班を出す事になった。
捜索命令を受け取ったのは伊庭たちの班だったので、小川曹長は今度は車両の番をしていた班員2名を加え全員で偵察警戒車による捜索に出た。

「尾根伝いに回ってみよう、山の反対側に向かえば何か見つかるかもしれない」

途中、偵察警戒車で通れそうなところを降車して探しながら、捜索班は山中をひたすら進んでいった。
誰か人間に出会いたい、何でもいいから見つかって欲しい。 班員は誰しもそのような思いを胸に抱いていた。
既に彼らは十分すぎるほど常軌を逸した不可解な事態に見舞われている。
特に、他の部隊といっさい連絡が取れないということが、彼らだけがこの世界で孤立して存在しているかのような漠然とした不安となって圧し掛かってくるのだ。
集団から切り離されると人間はいかに脆いか…

「おい、野球の試合みたいな歓声聞こえないか?」

道なき道を走破し、途中で倒木に出くわしてそれをどけている最中、伊庭の耳に入ってきたのは大勢の人間がいっせいに叫んでいる、そんな印象の声だった。
その声は小川曹長以下、班員も聞いた。 彼らは偵察警戒車に乗り込むと急いで声の聞こえる方向へと急いだ。
そして、とうとう山の反対側に出た時、彼らが斜面から見下ろしたのは信じがたい光景だった。
山の裾野に広がる平地に数千人の人間と旗がひしめき、ぶつかり合うように激しく動き回っている。
時折太陽光に何かが反射するのがいくつも見え、小集団と小集団がぶつかり合うたびにその中の多数の人間が互いに倒れ、押し合い、押し返し、また下がってぶつかり合う、と繰り替えす。
風になびく旗には多種多様な家紋が描かれ、よく目を凝らせばその集団たちは甲冑のような物を身につけ、刀や槍といった武器のような物を一様に手にしていた。


353 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:16:33 ID:???

「まるで映画のロケだ…」

「撮影かなんかじゃないのか?」

誰かが口にするまでもなく、それは映画か歴史大河ドラマの合戦のシーンとしか思えないような、壮大で勇壮な光景だった。
ただそれがテレビの画面を通した、演出やCGによる「リアルっぽさ」ではなく、現実としてその存在を伊庭たちに強く印象付けるのは、
鬼気迫るというべき圧倒的な迫力の篭る、集団が突撃する時に発する大歓声と、なにより彼らのいる山の斜面にまで届いてくる血なまぐさい戦場の空気だ。

戦争をしている。

幾本もの槍が人間の身体に突き刺さり、刀が腕や足を切り落とし、一人の兵士が別の兵士を押し倒して互いに殺し合い、集団がもう一方の集団を圧倒し、突破し、押しつぶし、追いすがり、容赦なく止めを刺してゆく。
小川曹長も本隊に通信を入れるのも忘れ、全員がその非現実的ながらも現実としてそこに存在する光景に取り付かれたようにただ見入っていた。
ある者は偵察装甲車のハッチを開けて身を乗り出し、別の誰かは装甲車から降りて立ち尽くしている。
伊庭は呆然としながらも、それはその目の前の光景を自分の頭がうまく処理できていないからだと妙に冷静に自覚していた。
全体を俯瞰して、落ち着いて観察すれば、戦局が一進一退を繰り返していることもわかる。
対峙する二つの軍勢は小集団ごとにまとまって、相手側の同じような小集団とぶつかり合い、激しく動き回るが、ただ突撃するだけでなく時折自分の陣営まで交代しては休憩する、と言った動きも見ることができた。
小集団の間をせわしなく動き回る騎乗した人間は、伝令だろうか。
そこで、馬に乗っている人間は集団の指揮官とその周囲にわずかな数いるばかりで、大河ドラマでみるような騎馬隊のような物が全く見えないのに気が付いた。
馬の数が少ないからなのだろうか。 それとも、騎兵を集団で運用するという事が無いのだろうか。
伊庭がそんな思索にふけりかけた時、小川曹長の通信機のインカムに本隊からの連絡が入ってきた。
正気を取り戻した曹長は一喝、「急ぎ本隊に戻る」と告げ、伊庭たちに偵察警戒車に乗れ、と怒鳴った。
ハッチを閉める曹長の顔は、青ざめていた。

354 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:17:27 ID:???
偵察班が戻った時には、本隊を襲った事態は既に終息していた。
待機場所となっていた弾薬交付所の周囲には十数名の甲冑を着た人間達の遺骸が転がり、その中に混じるように迷彩服を着た数人の冷たい体があった。
生きている者達も、わき腹から血を流してうめく隊員、それに止血処置を施す隊員。
小銃を抱きかかえて車両の影でガタガタと振るえ顔を酷く青ざめさせている者の足元には顔を弾丸で砕かれた兵士の死体。
親友の亡骸の傍に立ち尽くして呆然と涙を流す若い1士。
それは惨憺たるありさまだった。

「殉職3名、重軽傷者4名ってとこだ。 歩哨に立ってた野川が真っ先にやられたよ」

偵察警戒車を降りた伊庭を出迎えたのは同じ偵察隊の菊池2曹だった。
彼は伊庭とは同期ながら、昇進は伊庭の方が先だった。
菊池はそんな事で友情にひびは入らない、と普段から笑っていたが、二人のもう一人の共通の友人である野川2曹が死んだ事は彼の表情に暗い影を落としていた。
他の殉職者とともに並べられ、布をかけられていく野川の死体…顔を刀らしき刃物でざっくりと切られたその無残な姿を、菊池と伊庭はなんともいえない顔で見送る。
90式戦車の横で、佐野3尉と鹿嶋3尉が報告であろう小川曹長を加えて何か話している。
鹿嶋3尉の口調が、興奮でもしているかのように何時になく強いようなのは、気のせいだろうか。
そちらの会話はやや遠い所為か民間人の殺傷がどうの、凶器を持って襲ってきたのだから正当防衛が同の、現に部下が死んでどうの、と断片的にしか聞こえない。

「サムライが、襲ってきたんですか」

「侍じゃねーよ。 ここは日本でもない」

矢野の問いに、菊池2曹がはき捨てるように答える。
彼はその辺に転がっていた、誰かの落とした日本刀に酷似した刀を拾い上げて、矢野と伊庭に見せた。

「よく見てみろよ。 日本刀はグリップに鮫の皮を巻いているもんだが、こいつはグリップが金属製で、網目状の滑り止めが刻まれてる。 こんな日本刀はねえよ」

355 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:18:40 ID:???
菊池は伊庭に刀を押し付け、次に片付けられつつある鎧を着た兵士達の遺骸の傍に歩いていった。
そして、ひとつの以外のわき腹を足先で小突く。 ジャラ、と音が鳴った。
伊庭は死んだ人間に対するそんな菊池の行為を咎めようとしたが、菊池は無視して続けた。

「こいつは格好から行って足軽っつー下っ端の兵士だが、鎖帷子なんか着込んでる。 こんな贅沢な足軽はいない。 さらにだ、こっちの指揮官っぽい奴みてみな?」

菊池が指差すそれは、胴体の真ん中に小銃で撃ちぬかれた穴がある鎧を着た、侍のような立派な作りの甲冑を着た人間だった。
彼の死因がなんであるかは説明の必要も無いくらいよく分かる。
菊池は「なんか気づかないか?」と尋ねてきた。

「一見時代劇なんかに出てくる侍の鎧っぽいデザインしてるだろ。 でもな、これ全部、頭っから足の先までガッチリ関節までカバーした金属の鎧だ。
侍っつーより西洋の騎士だよ。  ついでにな、兜も頭全体をすっぽり覆う作りでできてる。 ひさしまで開閉できる」

そういって、菊池は屈んでその人物のフルフェイスメットのひさしをカシャリ、と上部方向に持ち上げて見せた。
が、その下の死に顔が目を見開いたすさまじい形相をしていたので、不愉快になったのかすぐに下ろして隠した。
矢野が立ち上がる菊池に問いかける。

「詳しいですね、2曹」

「詳しかねーよ。 俺は時代劇とか映画とか見た程度だけどな、こんなん中学生でもわかる。 こいつらが色々おかしいのはな」


356 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/29(土) 23:19:31 ID:???
ただ友人を殺されたというだけではない、怒りとも苛立ちともつかない複雑な表情をして菊池は答えた。
この数時間内に急激に起こったすべての事が、何もかもが非現実的で、そして理不尽で、だが夢でも幻でもない。
どこかもわからない場所に突然放り込まれ、事態を把握する前に仲間に死傷者が出て、そして誰一人として何も分からないまま、状況に振り回されている。
不安と苛立ちだけが、小隊長たちにも、隊員の一人一人にも、伊庭たちにも、全体を支配する空気として取り巻き絡み付いていた。

「つまり」

「つまり、ここは戦国時代の日本でもない。 襲ってきたのが基地外でなおかつコスプレ趣味の暴徒集団で無い限り、現代日本でもない。 俺たちの知る世界じゃない」

菊池が言い出す前に、伊庭は言った。
その伊庭を見て、菊池は「ああ」と力なく答えた。
その時伊庭がどんな顔をしていたか、彼自身は知らない。

だが、この先に待ち受ける過酷な運命を予感したものだったろう、と伊庭はこの時の事を思い出すたび、考える。
その予感は、外れる事は無かった、とも。


(投下終了)

371 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:14:30 ID:???
「ハクバ3よりハクバ1へ、移動中の武装した集団を発見、数は200〜300。 先の襲撃勢力の本隊と思われる。 オクレ」

「ハクバ1よりハクバ3へ、引き続き警戒活動を継続せよ。 オクレ」

「ハクバ3、警戒活動を継続する。 オワリ」

殉職者・負傷者の出た戦車一個小隊と、一個小隊に相当する偵察隊は佐野3尉の指揮下、再編成を行い隊を戦車隊と偵察班2つに分けた。
90式戦車4両からなる本隊がハクバ1、偵察隊の74式戦車2両がハクバ2、87式偵察警戒車2両がハクバ3である。
弾薬と燃料車両を積んだ中型トラック各1台、小型トラック1台は負傷者含む数名が配置されハクバ1と行動を共にする。
ハクバ、とは戦車隊と偵察隊のそれぞれの連隊旗にちなんだものだ。
隊が襲撃を受けてから既に1時間が経過。
再度の襲撃を警戒して佐野3尉はハクバ3による偵察活動を命令していた。
急勾配なうえに狭く薄暗い山道を、甲冑の音を響かせながら武装した集団が登ってくる。
伊庭たち偵察車から降車した隊員は茂みの中に潜みながら、彼らの様子を窺っていた。

「1曹…」

矢野が伊庭に、小声で何事か告げる。
そっと指差す先には、山道の下のほうから上ってくるもう一つの集団があった。

「ハクバ3よりハクバ1、後続の集団を発見。 数は先とほぼ同数。 オクレ」

伊庭は舌打ちしたい気分だった。 近代軍隊でいうなら2〜3個中隊に相当しそうな人数だ。
火器の類は携行していない様だが、集団のほぼ全員が槍などの武器を装備している。
比べて自分達は負傷した者を含めて30人未満。
これでさっきの様に襲撃されでもしたら、今度は仲間にどれだけ被害者がでるかわからない。
威嚇射撃でどうにかなるとは思えないし、正当防衛が適用されるとしても生きた人間に銃を発砲するのには躊躇いが起こる。
戦車で轢き潰すなんてなおさらの事。


372 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:16:15 ID:???
これが、相手に明確な敵対の意思があり、こちらも命令が出た状態ならば、戦車6両で圧倒するのはあまりにも簡単だ。
だが、今はまだ自分達の置かれた状況すら把握しきれてい無いのだ。
何もかもが不明で、判断材料も何も少なすぎる。
正当防衛以上の武力行使は、できない。 というより、したくない。
その点は全体指揮官である佐野3尉と偵察隊の指揮官である鹿嶋3尉はほぼ同意していたし、指揮官がそうである以上伊庭たち部下もそれに倣う。
もし、彼ら武装した正体不明の勢力がまた襲撃してきたらどうするのか。
おそらくは警告を加え、それでもこちらに向かってくるようなら威嚇を行い、それでも制止できないなら発砲、という事になるのだろう。
いや、警告を呼びかけたとして、そもそも言葉が通じるかどうかもわからない。
ここは、もしかしなくとも自分達の知る日本ではない場所なのかもしれないのだから…

「ハクバ3よりハクバ1、さらに後続の集団を発見。 数は先と同数。 当該勢力の規模拡大中。 指示を請う。 オクレ」

最初の集団が伊庭の潜む位置を通り過ぎて5分としないうちに次々と新しい集団が山を登ってくる。
1個大隊規模はいるのかもしれない。
山の中では戦車といえど、性能を発揮し切れない。
木立や狭い道幅が邪魔をし、平地戦のように縦横無尽に動き回るなんてことは出来ないからだ。
主砲や機銃を使えば防ぎきる事はできるだろう。
しかし、それはもはや正当防衛の範囲を逸脱している。
相手は対戦車火器も持っていない徒歩の集団だ。
それに、戦車は自分を守れるとして、非装甲車両とそれに乗っている負傷者はどう守る?
彼らを中央に配置して戦車で囲む、それが定石だろう、しかし、相手は大勢で、殆ど歩兵だ。
こちらにはそれに対抗する歩兵があまりにも少ない。

373 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:17:14 ID:???
機甲科隊員にとって戦車の弱点を補い支援してくれる普通科隊員は、ここに居ない。
戦車乗員に降車戦闘を強要するのは心もとないし、偵察隊でもそれを本分としていない。
なによりも、戦車砲弾と車載機銃弾は弾薬交付所に置かれていたものが十分にあるが、隊員一人一人に持たせる小銃と弾薬が不足している。
もともと戦車競技会には保安警備用の最低限の小火器類しか持ってきていないのだ。
(ただ、発見した小型トラックに置かれていた64式小銃2丁は車載74式機関銃の弾薬を転用すれば継続して使えないことも無い。 が、それだけである)
どうするのか。
伊庭も、矢野も、他の偵察隊員も同じような不安に取り巻かれつつ、なおも増大する武装勢力の警戒を続けていた時、ハクバ1より「後退せよ」との命令が下った。

部隊を移動する。
武装勢力との衝突を避ける為に佐野3尉が下した決断はこれであった。

その後、部隊は戦車の通れそうな道を徒歩で捜索しながらなんとか武装勢力と接触することなく下山を行った。
先導はもう1両の偵察警戒車の班員であり、伊庭たちの班は後備を担った。
途中、地盤のゆるい斜面で戦車1両が横滑りをおこしかけるなど、冷や汗をかく場面もあった。
麓の平野部に出た彼らは、伊庭たちの見た合戦が行われている方向を避けて、西へと向かった。
その方向に未整備の粗末な物ながらも道らしき物が開けていたからだ。
それは遅れた田舎にある、砂利も敷かれて居ないような古い農道のような道路だったが、当てもなく荒地を進むよりはまだ安心できるというのがその道を選んだ理由だった。

374 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:18:15 ID:???
しかし、その道も安全というわけでも無かった。
方向の確認と野営地の打ち合わせのため、全車停止して小休止を行っていた時のことである。
休止前に周辺を偵察隊が周囲に誰も潜んで居ないことを確認していたにもかかわらず、突如として周囲の草むらから現れた武装集団に部隊は一瞬にして取り囲まれた。
半数以上が車両から降りた状態だったために、四方から槍を突きつけられて身動きできなくなる者が続出した。
佐野3尉も鹿嶋3尉も甲冑を着た兵士に刀を突きつけられ、反撃の指示を出す暇もあたえられなかった。
そして、小銃を構えた自衛隊員と侍と騎士の合いの子の様な武装をした集団は至近距離でお互い武器を突きつけあったまま硬直する。
奇妙な事に、彼らは自衛隊員を取り囲んだまま、殺傷するでも無くそれ以上の何かの行動を進める気配が無かった。
そして、一触即発に似た緊張感があたりを支配する中、騎乗したひときわ立派な装飾を鎧に施した人物が包囲の中から進み出てきた。

自衛隊員が山中に出現してより2日後。

イーシア大陸極東 八州列島フソウ国 尾張の国・黒田陣営 大山城

この地を支配する黒田家の現当主、黒田正憲と領地を隣接する浅野家の浅野幸成はここ数年領地の境界線とそれに平行して東西に伸びる街道の経営権を巡って対立状態にあった。
つい先日も双方の私兵による武力衝突が起こり、戦線は今の所こう着状態にある。
数の上では浅野方がやや有利で、迂回による側背攻撃を仕掛けてくる浅野軍に対して、黒田軍は斥候を駆使したすばやい察知と対応でよく防いでいた。
しかし、今のところお互い決め手に欠けるのも事実である。

正憲には頭痛の種が一つあった。
嫡男、上総介憲長の処遇である。
黒田家の正室の唯一の子として生まれた憲長は跡継ぎとして家中の期待を一心に受けて育ったものの、幼少時より乱暴なふるまいや奇行が目立ち、家臣の一部には黒田の後継者としては不適格ではと危ぶむ声すらあった。
正憲には、側室で憲長の異母兄弟となる子が数人居る。
その中には憲長より安心できる性格の子供もおり、そちらを跡継ぎにしては、という家中の意見もあったのだ。

375 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:19:16 ID:???
しかし、正憲自身は憲長にかなりの期待と信頼を寄せている。
乱暴者と言われて入るが、同時に利発さと非凡な才も兼ね備えた子なのだ。
今の奇行や性格的な問題も、大人になるにつれ落ち着いてくれるようになれば、と思っていた。

が、当の本人はというと。

「父上! 約束の騎兵1千騎はいつになったら俺にくれる! 元服して初陣の暁には騎兵1千騎で持って華を添えてくれると申したではないか!」

部屋で静かに軍略を思案している所にずかずかと入ってきて、口を開くなりこうである。
時候の挨拶も親子の礼儀も無い。

「憲長。 おまえな…もう少し礼節というものを」

「それともあれは嘘か、父上。 父上は俺に身内に嘘をつくような人間だけにはなるなと申したではないか。 言った父上がそれを守らぬのか」

正憲が机の上に雑然と並べて見ていた書類をたたみながら諌めようとするが、憲長は意に介せずそのままどっかりと腰を下ろしてあぐらをかいた。
憲長が父に要求しているのは、大昔、憲長も幼い頃に正憲が口約束した憲長に与える兵の事である。
当主の息子は初陣の際には一定の兵を貸し与えられて、先陣を務めるというのがこの辺り一帯の武家の慣わしである。
が、憲長が言っている兵の規模は到底実現不可能なものであった。
そもそも騎兵1千騎という要求がどだい無茶である。
騎兵は維持にかかる費用もあってそうそうそろえる事ができない上に、騎兵の調練にも時間がかかる。
全軍からかき集めればそれなりの数にはなるが、100騎そろえるだけでも難しい。

376 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:20:15 ID:???
もちろん、憲長とてそれが無理な要求である事は承知している。
承知した上で、要求を飲むか、あるいは代わりに別の要求(それとて普通は無理がある類のもの)を承服するかという選択を父に突きつけているのだ。
憲長のこうしたやり方を行わせる性格を正憲は正直持て余しているのだが、我が子かわいさに結局は何も言わず憲長の言うとおりにしてやっている。
それを憲長もわかっているから、ますます調子に乗る。
正憲は大きなため息をひとつ、ついた。

「それで、1千騎を諦める代わりになにをくれと申すのだ」

「さすが父上、話が早い。 2日前、浅野の兵に追われて我が方に迷い込んできた一党があったろう。 奇妙な格好で箱車に乗ったアレじゃ」

「捕虜にして狩川砦に置いてある者達か。 あんなものを貰ってなんとする」

憲長は父、正憲の顔を見てニヤリと笑った。
その言葉でほぼ、自分の要求は通ると確信したので会心の笑み、と言える。

「俺の見たところ、あの者達は1千騎に勝る兵になる」


377 : ◆XdgIHnFrK. :2007/09/30(日) 18:21:18 ID:???
憲長のその言葉に正憲は何をたわけた事を、と呆れ顔になりかけたが、まあ好きにせよ、と承服し下がらせた。
要求の通った憲長は挨拶もそこそこに喜び勇んで部屋を出ていった。
おそらくそのまま狩川の砦に馬を走らせに行ったのだろう。
しかし、格好から何から得体の知れない者たちを自分の兵にくれなどと、突拍子もない事を考えたものだ、と正憲は思った。
どこの手とも知れぬ、もしかしたら浅野の兵であるかもしれない怪しい者たちを手勢にして、なんの役に立つのだろうか。
それとも憲長の頭の中では、彼らを味方につける算段でも付いているのだろうか。
味方につけたとして、どれほどの働きをしてくれるのか。

「まったく、困ったものだが…」

黒田憲長15歳。
父は、急に息子の将来が不安になってきた。
変わった事を好むのは若気の至り、誰でも通過する道だが、『かぶき者』になられては困る。
黒田の跡継ぎとして、武将として道を踏み外しては欲しくない、と願った。

(投下終了)

412 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 19:58:37 ID:???
黒田軍の捕虜となった自衛隊員たちは石垣の基礎の上に木造の建造物を置いた小規模な城に監禁されていた。
頑丈そうな木材で壁や格子の作られた地下牢は、窓なども無く明かりは蝋燭だけと薄暗い。
が、湿度も温度も不快というわけではなく、床も畳が敷かれてどちらかといえば座敷牢に近い物になっている。
この地下牢に自衛隊員たちは数名ずつに分けてそれぞれの牢に入れられていた。
食事は質素ながら一日二回出ている…とはいえ、牢といい食事といい、これが最低基準以下なのかどうか正確な判断は付かない。
ただ分かるのは、麦飯が茶碗一杯と味噌汁のようなものと、副菜に焼いた魚か野菜の煮た物がどちらか一品という献立からすると食べ物は日本と似た文化であるらしい。
一部の詳しい隊員をして驚かせたのは、出された味噌汁にどうみてもじゃが芋やタマネギとしか思えないような物が入っていた時だ。
日本史ではじゃが芋が日本に入ってきたのは1600年代、タマネギは江戸時代に入ってからとなっている。
番兵にこれはなんだ、と尋ねると馬鈴薯と葱頭(タマネギの古い呼び方)だと答えたので、じゃがいも・タマネギと見て
間違いはないだろうが、そうだとするとこの日本の戦国時代風の奇妙な世界は少なくとも史実の日本でいう16〜17世紀ぐらいに相当する状態と思われる。
が、もっと昔から輸入されていたり元々この世界の”日本”では自生していた可能性も一概に否定できない。
また、自分達の知る日本の歴史よりももっと長く戦国時代が続いているのかもしれない。

何にせよ、この世界には謎ばかりが多かった。


413 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 19:59:38 ID:???
情報不足は自分達のおかれた状況と、これから先の展望を不透明にさせ、彼ら一人一人を不安にさせた。
佐野3尉や鹿嶋3尉は既に自分達が指揮官と補佐だと名乗っているので、ここ二日ほど何度か侍たちに呼ばれ取調べを受けている。
今のところは拷問などの危害を加えられそうな様子は無い。
負傷者も必要な手当てなどは施されている。
だが、武器を取り上げられ行動の自由もままならない状態では、明日にも殺されかねないという恐怖は牢内全体に蔓延していた。
既に、この昔の日本に似た奇妙な世界に迷い込んだ直後に殉職者を出している。
家族の写真などを取り出しては見つめ、声を殺して涙を流す者も少なくなかった。

伊庭1曹もこの二日間、膝を抱えて家族や恋人の事ばかりを考えていた。
伊庭は3人兄弟の次男として生まれ、我がままで暴君的な兄と勉学のできて優秀な弟に挟まれて育った。
腕力では兄に、頭の出来では弟に適わず、自分に取り立てて長所といえるものはない、そう思い込んで幼少期を凄した伊庭は、内向的でで無口な少年に成長する。
高校の3年生の夏ごろになっても自分の未来というものに自信をもてず、兄は既に就職し、弟は有名大学の付属高校に入学したのと対照的に伊庭はいまだ進路すら決めかねていた。
自分はどうせ兄にも弟にも適わない。
自分に良いところは何もなく、何かをしたくても、挑んだところで兄弟に差を見せ付けられるし、両親は常に自分と兄弟を比較して「お前も頑張りなさい」と言う。
自分が存在している意義が見出せない。 自分がいなくても、両親には兄と弟がいるからそれでいいんじゃないかと思う。
兄と弟という超えられない壁、挑む前に見えている結果と実らない努力。
思春期らしく迷い、逡巡していた伊庭に未来を指し示したのは、ふとしたことで出会った地連の主任広報官だった。


414 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:00:39 ID:???
強く誘われて入った自衛隊で、伊庭は自分の居場所らしきものを見つけた。
ここには誰にも比較されない自分がある。
ありのままの自分が試され、そして必要とされる。
一人一人が自分の果たすべき事を要求され、それを果たし、そして一種の結束、連帯感がそこにある。
厳しい訓練の毎日だったが、充実した生き方がそこにあった。

入隊して1年後には恋人もできた。
飲食店でウェイトレスをやっている千春という、いかにも今風といった感じの娘だった。
隊の先輩や同僚達と行った店でたまたま千春が働いていたのが知り合ったきっかけだった。
付き合ってもう何年にもなるが、そろそろ結婚しようかという話が出たことは無い。
ただ、指輪を贈った事があった。 そして千春はそれを婚約指輪だと思っている節はあった。

ふと伊庭は、自分の携帯のメールの着信音が鳴った様な幻聴にとらわれた。
ポケットから取り出してみてみるが、当然の如く着信などない。 圏外表示のままだ。
千春は、心配しているだろうか。
演習などで連絡が取れない時などは事前にそれを伝えるようにしているから、まる二日何の予定も断りも無しにメールのやり取りをしていないから当然、千春は自分に何かあったのかと思っているだろう。

すまない。 もう帰れないかも知れない。

伊庭は待ち受け画像の中の二人でとった写真のなかの千春を見つめ、目頭が熱くなるのを感じた。
その時、ちょうど地下牢に下りてくる階段の方で複数の足音が聞こえた。
牢の前にやって来た侍はいつもと違う人間だった。

415 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:01:39 ID:???
「ジエイタイの大将、若殿がおよびじゃ、でませい」

いつもの取調べの時間ではないはずなのをいぶかしがりながら、佐野3尉が牢から出される。
侍は付いてまいられよ若殿が話があると申される、とだけ言って階段へ向かう。
佐野3尉も素直にそれに従い、後に続いた。
なにか、事態に変化があったのか。 勘の良い隊員の数名は空気の変化を微妙に感じ取った者もいた。
牢に再び鍵がかけられ、侍たちが去った後も一部の隊員は格子にすがり付いて体調の安否を気遣うように薄暗い通路の向こう側を見つめていた。


佐野が通された部屋は屏風など室内の模様が今まで取調べを受けていた部屋よりも幾分か豪華で、客間のような雰囲気があった。
部屋の中に先にいて座っていたのは身なりの良さそうな10代半ばに見える少年で、両脇に近侍の者を座らせている。
若殿、というところから佐野は身分の高い人物の子息だろうかと推測した。

「佐野、と申したか。 俺は黒田家の跡取りで、黒田上総介憲長という。 まあ座られよ」

胡坐をかいて座りふてぶてしく頬杖をつく少年の口から発せられた声は澄んだよく通る声だった。
声の調子からすればだいぶ活発で物怖じしない性格という印象を受ける。
少年の表情も明るく、自信に満ち溢れたものとなっていた。
佐野は勧められるままに、一礼してから少年と向き合うように正座で座った。

「柴田が問いただしたところによると…お主らはニホンという国の兵だそうじゃな」

「兵士、兵隊という呼び方はしておりませんが、そうなります」

416 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:02:40 ID:???
ふむ、と少年は頷いた。
少年の言葉の中に出てきた柴田というのはここ二日ほど佐野たちを取り調べていた侍で、彼らを待ち伏せして捉えたのも柴田である。
あの時、佐野たち部隊は黒田と浅野(と、それぞれ後に分かった)の両勢力の合戦場を避けて道を選んだつもりだったが、それは合戦場から黒田領内の後方基地のある城へと続く道だったのだ。
加えて黒田勢は斥候を放って浅野の部隊の動向をいちいち掴んでおり、浅野の偵察部隊と自衛隊が接触した事も、自衛隊が追われる様に黒田領内に入ってきた事も斥候を通じて監視済みだったのである。
そして、追跡と待ち伏せをした上で黒田の兵士は自衛隊に気づかれないように周囲を包囲し、奇襲で持って彼らを制圧し捕虜にしたのだった。
ちなみに、自衛隊が浅野の部隊に襲撃を受けた理由は浅野勢が戦場を迂回して黒田の後方に奇襲をかけようとして、その先行偵察隊とたまたまそこにいた自衛隊が遭遇してしまったからという事らしかった。
まったく不運と、選択の迂闊さが重なったものである。
少年は続けて問うた。

「兵ではあるが、軍ではないそうじゃな」

「わが国の法制度上、軍隊ではないということになっています。」

今度は少年は上手く理解出来ていなさそうな、奇妙だ、というような表情で、ふうん、と答えた。

「…つまりは百姓農民が身を守る為に武器を持って集まったのと同じか」

「民間の組織する自警団、のようなものとは少し違います。 我々は国家によって正式に組織された特別国家公務員です」

少年はますますわからないという顔を露骨にしだした。
これは佐野の説明のしかたがあまりにも型通りすぎるし、少年やこの世界の人間には「時代的に無い言葉」は特にわかりづらいからというのもある。
こういうのは鹿嶋3尉の方が、かいつまんで分かり易く説明するのが得意なのだが、と佐野は思った。
つまり佐野は不得手なのである。 現代日本的な言い方をどう言い直して彼らに説明すればいいかわからない。

417 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:03:42 ID:???

「まあそれは置いておくとして、お主らの主君は何年かごとに代わるそうじゃな」

「制度上の最高指揮官は任期が過ぎれば退任します。 それ以前に辞職することもありますが」

「つまり特定の主君がいるわけではないのじゃな」

少年は特定のはない、の部分を強く確認するように言った。
佐野がはい、と答えると我が意を得たり、というように笑顔を浮かべた。

「どこかの譜代の家臣でもなく、主君が代わればそれに従う軍…なるほどなるほど」

少年はどこか面白そうに笑った。
佐野はなんとなく、答えを誘導されたような、あるいは相手の都合よく解釈できる解答を引き出されたような気がしたが、他に答えようも無い、と思ったのでそのままにした。
訂正を重ねたところで、正確に自衛隊や日本の法制度の仕組みを相手に理解させる自信もなかったからだ。
なにより、民主主義という概念からして少年や他の侍たちに理解できるものなのかどうか。
この世界が日本とほぼ同じような歴史をたどり、同じような社会制度の変遷をなぞっているならば、戦国期の日本はつまり封建制度であり、そんな時代の人間に平成日本という世界は随分特殊に写るだろうことは想像だに難くない。
会話にある程度の齟齬や誤解が生じる事になるだろうが、どうしようもない。
せめて自衛隊の不利にならないように都合よく誤解してくれる事を祈るばかりだ。

「ところで、話は変わるが…折り入ってお主らに相談がある」




418 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:04:47 ID:???
少年は部屋を移し、武器蔵へと佐野を案内した。
近侍の者も下がらせ、人払いをした上である。
武器蔵には黒田勢に取り上げられた自衛隊の装備や戦車を始めとした車両が全て安置されている。
佐野は寸鉄一つ身につけていないが、特に拘束されてもいない。
ここに置いてある装備や車両を使って脱走、あるいは重要人物の子息らしい少年に危害を加えたり人質にとって部下の解放を要求したりという疑いは抱かないのか?と疑念に感じたが、隠れた監視ぐらいは残しているのだろう、と結論付けた。

「お主らの乗ってきた、車のような物…牛や馬に牽かせずとも動くそうじゃな。 ”業隷武”の一種か?」

ごうれいむ、と聞こえた。 この世界の独自の言葉なのか、昔の日本にもあった古語なのか、佐野にはわからない。
黙ったままでいると、答えたくないなら良い、と少年は言って、話を続けた。

「お主らの使っておる武器らしきもの、これは噂にのみ耳にしたことがある。 鉄砲というものであろう?」

そういって少年は床に並べられてある89式小銃の一丁を手に取った。
佐野が目で確認すると、安全装置はかけられている。
武装解除の際に自衛隊員自らの手で弾倉は取りはずされ弾丸も入っていないはずだが、もし万が一弾丸が装填されたまま残っていても暴発の危険性は無いだろう。
それにしても、少年が鉄砲の存在を知っていて、自衛隊の装備を鉄砲であると理解するとは。
いや、戦国期の日本にも鉄砲はあり、後に当時で世界有数の鉄砲保有国となったこともあるそうだから、こちらの世界でも同じように鉄砲は存在しててもおかしくは無いのだろう。

419 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:06:32 ID:???
「鉄砲は大陸で作られた”火槍”という武器を基に改良されてこの国で作られた。 だが…お主らの鉄砲は伝え聞くわが国の鉄砲とは随分違う」

「鉄砲がこの国で?」

意外そうな佐野の驚きを他所に、少年は続ける。

「火縄も火蓋もない。 握るところと肩に付ける所が別々にある。 使っている鉄は随分上質なものじゃ。 加えて…何で作っておるのか皆目見当もつかん部分がある」

少年が言ったのは、89式小銃のプラスチックでできている部分の事だ。
樹脂製の部品はいくらなんでもこの世界の文明レベルでは存在しないだろう。
未知の材質とわかっただけでも相当な物だが。

「なによりじゃ。 鉄砲は一発撃つたびに弾込めをせんといかん。 もう一度撃てるまでに時間がかかるという。
だが斥候の見たお主らの鉄砲は、何発でも撃てるそうじゃな。 このフソウにそのような鉄砲を作れる人間も作ったという話も聞かぬ。 恐ろしい事よ、お主らのニホンという国は」

少年は小銃を抱えながらあちこち触って見回しながら、微妙に畏怖の混じった声で言った。
彼は自分達の世界と現代日本との間に横たわるいくつもの技術の世代の差を感じ取り、それが意味するところをほぼ正確に理解したのだ。
15歳、現代日本なら中学から高校に上がるくらいでしかない年若い身にしては随分と発達した理解力である。
そして、黒田憲長の理解力はそれで留まらなかった。

420 : ◆XdgIHnFrK. :2007/10/03(水) 20:07:33 ID:???
「真に恐ろしいのは…これだけの物を作れる鉄砲鍛冶がおる国ならば、これだけの武器を使って戦をすることにも長けておるじゃろうのう?」

そう、武器の発達はつまりは戦術の発達である。
自動小銃ひとつにさえ、それまでの技術の発展と共に蓄積してきた戦術、戦争の積み重ねがある。
武器は一世代違えば、それだけ発展し洗練された戦いの技術を習得しているという証明になるのだ。
それを理解できるのは、この静かな武器蔵という狭い場の中にはたった二人。
佐野と、自衛隊の装備を見て触っただけで尋常ならざる理解力を示したこの少年だけである。
少年は佐野の方を、その内心を窺うような視線でねめつけてきている。
佐野は背中を冷たいものが流れ落ちるような感覚に囚われた。

そして、憲長がこれから切り出そうとする話の本題に、とても不安な予感がするのを強く自覚していた。



(投下終了)