931名前: 翡翠(星砂) ◆6.ZE8NIG3A 投稿日: 2008/03/31(月) 00:22:33 ID:k/La6Amf
「 F、F、頑張れ、すぐにチヌークが来るぞ、頑張れ」
F2曹は、バディが見おろされながら、生死の境を彷徨っていた。
骸骨の群れに切り刻まれ、芋虫のように地面に転がっていた。
殺すだけ無駄だった。彼らは死んだ直後にはゾンビとなり、
骨だけになっても襲い掛かってきた。
頼みのエルフ族とも喧嘩別れしてしまった今、止める術はなかった。
空自の生き残り機が、戦場に聖水と塩を呆れるほど投下するまでは。
そんな塩と聖水でドロドロになった泥濘の地で、転げたまま動かないFに
小隊の全員が駆け寄って涙を流しながら声も枯れよと励ます。
「死ぬな!F!いっしょにまたソー○に行くって約束したじゃないか!」
バディが男泣きに絶叫したその時!大の字になってノビていたハズのFがカッツ!と目を見開いた。
そして普段の謹厳な彼からは信じがたい生命の叫びを全力で連呼しだした!
「生きて帰れば(記載自粛!)とセッ○スできる!」
「生きて帰れば競泳水着姿の(記載自粛!)とセッ○スできる!」
「生きて帰れば魔法少女姿の(記載自粛!)とセッ○スできる!」
「生きて帰ればメイドさんの(以下自粛!)!!!!!!」
白目をむきつつ、生きて帰れば(記載自粛!)とセッ○ス!を全身全霊で連呼するFに、
「こいつ、死にそうなときに2ちゃんねるのコピペかよ〜!」
小隊一同はFの狂態に一瞬呆けた後、一斉にドッと笑い出した。
後方からチヌーク(CH−47JA)の頼もしいローター音が、近づいてくる。
「F、チヌークだ、チヌークが着たぞ!頑張れ!(記載自粛!)と(自粛!)するんだろ!」
そして歓喜に沸く彼らの遥かむこうでは、ロケットの雨(MLRS)が降り注いでいた。

932名前: 翡翠(星砂) ◆6.ZE8NIG3A 投稿日: 2008/03/31(月) 00:27:18 ID:k/La6Amf
「何が未来の可能性だ!」
一方、国内では規制が解かれた報道各社の逆襲が始まっていた。
凄まじい数のフラッシュ砲列と怒号が吹き荒れる中、
国内最大部数を誇る某新聞社のTが先頭を切った。
「総理!貴方は幹事長時代に言いましたよね?!これは緊急措置だと!!」
場を埋め尽くした人間の海に、怜悧なN総理も脂汗が滲む。
選択は正しかったハズだった。平成の日米安保だったのだ。
霞ヶ関を生き抜き、永田町の政争をも制した。…だが。
今まで意識した事もなかった昭和の英才達の“よろめき”。
Nはそれを理解したような気がした。
何か、何か良い言葉はないかとNが汗をぬぐった時、
不意に…側近たちが妖気を帯びて黙りこくっている事にも気が付いた。
そうだった。利に聡いNの元には利に聡い者ばかりが集っていた。
甘かった。解っていたハズだ。総てを見越して使ってきたハズだ。
今まで妄想に取り憑かれた事の無いNは、それゆえに自分が、
今までそうしてきたように、彼らから切り捨てられた事を、悟った。

933名前: 翡翠(星砂) ◆6.ZE8NIG3A 投稿日: 2008/03/31(月) 00:29:18 ID:k/La6Amf
「死ぬ気なのですか」 「もちろんだ」
「国民に総てをブチ撒けるべきべきです」「それは出来ない」
幕僚長の森(陸将)は部長の江田(陸将補)に向けて笑いを浮かべていた。
「国民は理解してくれます。これは緊急回避だったのだと」
「ふん…。前職が前職なら、総理も総理だ」
森は、江田の切実な説得に背を向け、愛用のイスにその身を沈めた。
「(どの面下げて今更、国民に言い訳が出来よう)…」
前職…正確に訳せば先の総理大臣の、W。
彼が今回の“緊急回避”と“国防省”設立の黒幕だったのだが、
それを知る者は、陸海空の3幕僚長と江田だけ。
内局すら知らない完璧な作戦であった。そして
海上幕僚長と航空幕僚長が殉職した今は、2人だけの秘密だった。
黒幕のWは「国民に多大な痛みが降りかかるのを防げなかった」
を錦の御旗に、誰にも怪しまれないタイミングで惜しまれつつ辞職、
未曾有の難局を最大の政敵であったNにそれとは気付かずに飛びつかせて。
そして今では「悲運の総理大臣」として人気沸騰、次期総理の最有力候補になっていた。


935名前: 翡翠(星砂) ◆6.ZE8NIG3A 投稿日: 2008/03/31(月) 00:41:07 ID:k/La6Amf
斎藤と民間が報告していた通り、“大悪魔”は実在した。

曰く、新設・久留米戦車連隊(派遣は中隊)がなすすべなく氷漬けにされてしまったと。
新設・千葉海兵師団(派遣は小隊)の最精鋭を率いたS2尉
― 今は小隊全滅の責をとらされた後、行方不明 ―
が生きているのが不思議な重篤の姿で報告した通りに。

国民は知らない。日本が現代兵器が全く通用しない脅威に直面していた事を。

更に、深刻なレベルで食糧難、エネルギー難に苦慮していた日本は、
無意識のレベルで救世主を欲していた。戦前のドイツのように。
自衛隊も間近に迫る国難に、武力と権限の整備を強力に欲した。

後は、誰かが背中を押すだけであった。

絵を描く“誰か”が。そして“緊急回避”は瓦解した。

防衛省から国防省になって全身で雀躍した制服組は、
最大まで権限を強められ高揚した後に、“梯子を外された”
総ての失点は国防省に向けられ、防衛庁時代に蹴落とされてしまった。

“緊急回避”と“国防省設立”の舞台裏は、

近日中に白日の下に晒される。生贄を求める“空気”の下に。

今更、総ての絵を描いていた黒幕がWだと告白したところで、何になろう。

936名前: 翡翠(星砂) ◆6.ZE8NIG3A 投稿日: 2008/03/31(月) 00:52:01 ID:k/La6Amf
「誰も信じやしないさ…書類もメモも存在していないのだしね」

夕刻、肩を落として帰宅の車に乗り込んだ森を待っていたのは

「お疲れ様です」

大悪魔の存在を報告した生き証人x2が、しゃあしゃあと公用車に乗り込んでいた。
「木偶を用意したので…このまま某所へ御同行願えませんでしょうか」
「木偶?」「はい、幕僚長の木偶です」
「私の、木偶…?」「後は、木偶にお任せして、ちょっと」
「…?」言われるまま某所へ案内される森。
森は誠実なのが取り柄で、それを彼自身も自負もしていた。
「最近はなかなか補給にもありつけませんが、皆、いつも貴方方の無事を祈っています」
「久留米戦車連隊(派遣中隊)が避難民の盾とならねば、王国20万の民は全滅していました」
「千葉の海兵師団(派遣小隊)が次元の割れ目を閉じてくれねば日本もどうなった事か」

道すがら、大陸の親日の民の感謝の思いと自衛隊の真実を伝える2人。
はんば余所者の言葉だけに、素直に嬉しい。

「(どうやら)先に進み過ぎたようですね?」…それには、答えない。

「少し(あの時に)、戻ってみませんか??」…今更、何所に戻るというのだ…。


ソレからの事を森は覚えていない。

目が覚めた時、何時ものように朝刊に目を通すと、日付は“あの日”に戻っていた。(終わり☆)




251 :翡翠(星砂) ◆.D5NC8ZYfE :2008/04/01(火) 23:13:23 ID:???
ネタ談義している時に気が引けるが、落としておく。
どうせ期待していたんだろうし。

・・・

「由良2士、あれはタテマエなのだよ」
「納得できません。1尉は僧院に約束をしたじゃないですか」
「ああ、あの不平等条約ね」
青空の下、長閑な農村風景が広がっている。
収穫前の麦が風になびき、飛蝗がキチキチと鳴きながら飛んだ。
その中で、苦味ばしった中年男と、高校生のような顔をした若者が言い争っている。
少し離れた所では骨太の男達が2人を遠巻きにして眺めている。
「あのクチだけで何もしない坊主共との、有り難い約束ね」
若者から外戸1尉、と言われた男が軽い嫌悪を込めて言った。
「それでも約束は約束です」「おい、坊主、好い加減にしろ」
苦味男から由良2士、と言われた若者の長抗議にウンザリしたのか、
日焼けした逞しい男が1人、2人の間に割って入った。
「本来なら1尉とは口も聞けない立場なんだぞ」
と、日焼け男が言いかけたのを、苦味男が押さえた。
「いいじゃないか菊地」「しかし1尉、由良は生意気です」
「生き残り同士で争って何になる」「しかし…」
「とにかく由良2士、これは命令だ。従いなさい」
「イヤです」「坊主!」「よし、解った…由良2士、君はここを守りなさい」

255 :翡翠(星砂) ◆.D5NC8ZYfE :2008/04/01(火) 23:19:54 ID:???
仕事が終われば消えるよ。ってやれやれ、
いそいで打ち込んだから1尉の候補名を消し忘れている。
・・
苦味男は笑顔で若者に鉄砲一式
― 自衛隊では89式小銃と言われる銃と弾薬 ― を渡し、
後ろに控えている男に号令を発し、幾つかの車両と共に、
麦の海の向こうへと行ってしまった。
1人取り残された若者は呆然としながらも、
これは自分に任された事なのだと、悪びれもなく踵を返した。
新人類と言われる世代は何時の世にもいるものだが。
やがて、麦の穂のざわめきの中から飛蝗達が一斉に飛んだ。
「ユラ!イチイ達は何所へ行ったの??」
なんとも古風なボロを着ている少女が丘の向こうから走ってやってくる。
「行ってしまったよ!約束を破ってね!」
まだ少し向こうの少女に聞こえるようにと大声で叫ぶ由良。
「そんな!」
太陽と土の風の匂いがしそうな少女が、親に捨てられた子供のように叫んだ。
「大丈夫!撲がいるよ、ほら、コレもあるしね!」
若者は得意げに鉄砲 ― 89式小銃 ― を構えたと思うと、
ダダダダダッ!と大声で叫んでみせた。「僕が皆を守ってみせるよ!」
若者の口鉄砲に思わず耳と目を塞いでしゃがみ込んだ少女が怒りの抗議を挙げる前に、
若者はアハハと笑って歩きなれた麦畑の道を少女に向かって歩き始めた。



261 :翡翠(星砂) ◆.D5NC8ZYfE :2008/04/01(火) 23:26:28 ID:???
しっかし、北風と太陽、と言ったのに理解しない連中である。
翡翠や某S氏みたいなタマは、高飛車にはムキになるけど、
逆にはとことん弱いのにねえ > まさにナメクジに塩状態☆w

・・・

「ねえ、ユラ、どうして貴方1人だけが残ったの?」
若者と少女が前後して歩いている。こうしているとまるで仲の良い恋人同士のようだ。
「僕らと僧院との約束があったからさ」
「イチイ達は行ってしまったじゃなない。イチイって偉いんでしょ?」
「1尉は偉いよ。本当なら僕は口も訊けない。僕は1番下っぱだから」
「イチイは、お坊様たちより偉いの?」「僕や僕らにとってはね」
自衛隊の階級で言うと2士と言う階級は下っ端も下っ端である。
逆に1尉と言えば昔の軍隊で言えば大尉という地位で、これは偉い。
何と言っても何百人という部下を任されるのだから、ちょっとした中堅会社の社長と言った所。
そんな立場の差があるのに由良が悪びれもないのには訳がある。
由良は、自衛隊に入って、まだ入隊式も終えていなかった、のである。
当然、自衛隊ならではの厳しい洗礼を受けていないままだった。
そして入隊式の朝、何かが起きた。


266 :翡翠(星砂) ◆.D5NC8ZYfE :2008/04/01(火) 23:30:32 ID:tS1btjD1

不幸中の幸いは、入隊式にやってくる父兄が巻き込まれていない事だった。

あれから色々あった。武装していない彼らは、
突然現れたヨーロッパの甲冑を身に付けた騎馬兵に蹴散らされて散り散りとなった。

入隊式の準備に忙しかった隊員たちは、

なんとパイプイスで装甲騎馬兵に立ち向かったのである。

ズタズタに切り刻まれる手作りの花と万国旗が宙を舞った。

官舎の扉や窓と言う窓が無骨な斧や戦槌で破壊されてゆく異常な光景。
「入隊式に何の映画の撮影だ?」最初に装甲騎馬兵の群れを見た隊員は思った。
「(俺らの庭で)春にしては悪ふざけがすぎるな?」余裕を持って誰何した隊員。
その彼からランスと呼ばれる長大な槍に串刺しにされた。

誰何した隊員を穂先に串刺しにしたまま装甲騎兵が突っ込んでくる。



524 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/18(水) 21:22:49 ID:???
>>521 即興なのでそれなりなんで;
( というか美麗な文は翡翠には無理 )

001・

自衛隊がこの世界に飛ばされたのは何時の頃だっただろうか。

始めの頃は何がなにやら訳が解らなかった。
幸いだったのは、
極東の動乱への対処に政府が本気になって、結果、
それなりの装備を有した状態で彼らはこの世界に出現した、と言う事。

「 木銃とパイプイス装備で飛ばされなくてヨカッタな 」

などと、面白くも無い冗談を飛ばす隊員もいたが、
それに応えて冗談を返せる者は1人もいなかった。
彼らが飛ばされたこの世界には、
なにやら物騒で強力な集団が存在するらしかったから。

偵察に出た隊員が行くところ、行くところが、
いや、大地のいたる所が廃墟になっていた。
最近、否、つい先日滅ぼされたらしい町や村々。

なかでも、ヘリで飛んだ隊員らが発見した城と城下町の惨状は、
言葉にするのもおぞましい状態であった。

――それは、明らかに何ものかに食われた人間の、残骸。


526 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/18(水) 21:25:07 ID:???

002

この異世界に「 人食い 」の風習があるのかどうかは、解らなかった。

が、いずれにせよ、廃墟となったいたる所に残された馬の足跡や、
獣のような足跡は、少なく見積もっても数千から数万。
隊員らが報告した光景の中には、
明らかに、怪物じみた姿、を有する死体の存在が複数、確認された。
もっとも、明らかに人間の蛮行の犠牲者、と思われる人々の遺体の方が多かったけど。

それらの報告を受けた本部も震撼したが、
実際に異様な姿の死体や凄惨な現場を発見した隊員のショックは更に大きかった。

指揮官は「 怪物の死体を回収してこい 」と指示しようとして、思いとどまった。
誰も見たことが無い奇怪な姿をしている死体など、
どんな病原体をその身に秘めているのか想像もできなかったから。

実際、戻れ、と言われて戻ってきた偵察隊の誰もが高熱を発し、行動不能となった。
――凄惨な現場を直接目撃したから?
そんなハズはなかった。隊員らは極東の戦場に立った者たちばかりだったのだから。

大まかな状況は、深刻。国にも米軍にも連絡が取れない。

こうして全体の状況が不明のまま、第1日目が過ぎていった。


529 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/18(水) 21:30:14 ID:???

003

第2日目以降は、

伝染病の可能性を警戒して、現所在地を放棄。
自衛隊は廃墟の風上へ向けて移動を開始した。

ヘリや車両で偵察に出た隊員が高熱を発しているため、
折角のヘリも宝の持ち腐れ状態となっていた。

で、とりあえず第1日目の偵察で、

正体不明かつ危険で強大な勢力が存在している事は、わかった。
不慣れな土地で、恐らく敵対的な勢力が存在している状況で、
比較的安全と思われる空からの偵察による状況把握
が充分に出来ない以上は、
まず、目に付く範囲で最も最適と思われる環境を確保、
その後に偵察範囲を拡大するべきと思われた。
と言うより何より、原因不明の高熱=伝染病??が、怖かった。

そして彼らは、仮の本拠地を、人里離れた風上の山地に求めた。

山地を選んだのは、廃墟を埋めていた馬の足跡が念頭にあった。
馬が主力と思われる正体不明の勢力に対して守り易い場所、

それはつまり、馬がまったく役に立たない地形な訳だ。

馬を用いた正体不明の勢力が数万とも思われる以上、平野での正面衝突は避けたかった。


530 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/18(水) 21:39:04 ID:???
004

そんな訳で彼らは、第2日目を費やして、

まず安全!と思われた山を仮の所在地と定め、
手持ちの食料や物資を山上の適所に運び込む作業に、
相当な時間と労力を費やすことになった。

彼らが元いた世界にあり、かつ、
世界一豊かな米軍のように補給に苦労しないのなら、
何もこんな不便な高所に頼らなくてもいいのだが。

「 仕方あるまい…先のアテが無いんだから 」

転移3日目には、誰もがこの異常な状況に達観のムードであった。
今の彼らに「 無限 」にあるのは、日々の訓練で鍛え上げた体力だけ。
先のアテが無い以上、無駄な弾は使えないし、
無駄なリスクも極力避けたかった。

しかし、こんな山の中、人が歩く所が即ち道、そんな場所での人力作業。

ヘリが先の心配もなく縦横無尽に使えるのならば、
空から物資をほいほいと下ろすだけで済むものを。

現代の装備に身を固めた最新の戦術を知る自衛隊(員)が、
こんな不便な場所、

手を伸ばせば雲がつかめそうな、こんな山の高い所まで、

食料や物資を背負って1歩1歩…。

531 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/18(水) 21:49:00 ID:???

005

汗をダラダラ流しながら、中年のベテラン隊員が、
ヒイヒイ、ハアハアと、
声もない部下達を背にしてやり場の無い怒りを持て余していた。

これが日々、足腰の鍛錬が自慢の彼らでなければ、
1人として足をくじく事もなく、
荷物を残らず山上に上げる事など出来ただろうか。

…まったく、有難くない状況だった。

いや、地味ながら仮の所在地を築ける状況は、
何ものにも代え難い幸福なのかもしれない。
とりあえず、右も左もわからぬまま、いきなり
生存戦争をする羽目にならなかっただけでも幸いと思わねば。

そうして何度も何度も、同じ作業を1から繰り返す。

…ああ!

見渡す限りの平野に陣取って、蟻の様に湧いてくる見知らぬ敵を、
現代の砲火で思う様にバタバタと薙ぎ倒す…!
そんな現代の組織にのみ許された贅沢な戦術、
いや、戦術と言うのもおこがましい本能、腕力、を、
思うままに奮う事が出来るのなら!!

「 誰だよ、戦争がTVゲームのようだ、とほざいた馬鹿は 」


534 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/18(水) 21:59:36 ID:???
006

…先がどれだけ長くなるかは、誰にも解らなかった。

第4日目。

「 昨日、xxxxxの夢を見ちまってヨオ 」

明け方前から鳥達が歌い始める爽やかな冷気の中で、
重度のパチンコファンの1曹が、
不寝番ならではの夜露に濡れた姿でしょんぼりと語った。

しかし、彼はまだまだマシな部類だった。

競馬が趣味の万馬券2曹は、

ラジオ中継も紙媒体も完全に絶たれて、禁断症状気味であった。
その彼の禁断症状に、山ならではの虫の襲来があり、
御蔭で罪の無い監視所の板塀が真っ二つに割られる所であった。

「 蚊取り線香はどこだ! フマキラーはどこだ!! 」

そんな便利なモノは、とっくの昔に
要領のいいヤツに使い切られてしまっていた。

なのに、余程、万馬券2曹の体臭が気に入ったのか、
虫の襲来は彼に集中。
小さな虫の前には、長い暮らしになるかも、で作った板張りも無意味だった。

そして彼の怒りの平手が監視所の板塀に炸裂し、

昨日夕方に完成したばかりの監視所の板塀が1枚、轟音と共に裏返ったのだった。





766 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/19(木) 21:33:34 ID:???

007

5日目のこと。

移転から 第5日目 を迎えた彼らは、
前日までに最低限の防備と拠り所を確保した事もあり、
5日目からは手近な環境から、
1升1キロの戦術地図の升目を1つ1つ塗り潰すように、
丹念なる偵察と調査を開始した。
そんな日のことである。
庶民士長と空挺士長が、本部から見て、北側、つまり、
風下の離れ峰の裾野で歩哨をしていた時だ。
カサカサ、と言う音がしたと思うと、
ひょこり、と可愛らしい顔が木立から現れて、
そのまま、おずおず、と、こちらを見ているに、気が付いた。
ほぼ同時刻、万馬券2曹の監視所や他でも同様の事が起きた。
もっとも万馬券2曹は何時もの癖で、
競馬のラジオ中継顔負けの緊迫した報告を本部に送ってきたが、
――何のことはない。
非常に粗末なボロを着ている者が多かったが、
ついでに中にはチョイと耳が異様に長くて、
体が華奢で、見た目が美しい――者もいた、が、
これと言ってオカシイ所のない、ただの避難民――
残念ながら言葉は通じなかったが、
「 ただの人間 」が迷い込んできただけの事だった。

767 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/19(木) 21:35:00 ID:???

008

どうやら、

野外炊具から漏れ出す美味しそうな匂いに釣られて、
廃墟の生き残り達がバラバラにやってきたらしかったのだった。

――さあて、対処に困ったのは本部である。

・第1日目の調査で、原因不明の高熱を発した隊員がいる。
・そうでなくても、見知らぬ土地の住人に迂闊に接するのは、
 未知の風土病に感染するリスクを伴うので、避けたい。
・その上、土地の情報を得ようにも、言葉がまるで通じない。
・つまり、彼らを保護する事は、余計な無駄飯食らいを抱える事。
・しかし、避難民をむげに扱うのは、国民の代表者としては、避けたい。

プロの公務員でもある彼らは、こういう時、ちょっと困る、のである。

が、結局、本部は、折れた。

と言うのも、全体の指揮官までが、
怪我をして動けなくなった避難民の家族を発見してしまったから――。
「 ひと 」として、水筒の水まで与えてしまった。
「 ひと 」として、担架にまで抱き上げてしまった。

「 おじいさん、大丈夫ですか 」

そんな経緯があり、結局、自衛隊は、
見知らぬ土地の、正体不明の避難民を受け入れる事となった。
移転から第5日目の事であった。

768 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/19(木) 21:37:53 ID:???
009

第5日目に

避難民を受け入れてしまった自衛隊、であったが、
彼らも、言ってしまえば「 組織 」である。
決して、リスク上等!な「 慈善団体 」では、ない。
当然、自組織を崩壊させるリスクを伴なう事は、回避する。
そんな訳で、避難民は、城で言えば、本丸でも、2の丸でも、3の丸でもない、
要するに「 宿営地の外 」に放置される事になった。
自衛隊が組織である以上、下手に人道主義を発動しすぎて、
伝染性の風土病であっさり全滅、そんなリスクは背負えなかった。
そのかわり最低限の温かな食事と医療と兵員を無償で提供した。
もっとも、それだけで
避難民から神のように感謝されて、幕僚たちは心苦しかったが。

010

で、実際の任務に割り当てられたのは、最初に避難民に接触した者たち。
やがて、移転から最初の1週間がすぎ、2週間がすぎ、
恐れていた「 双方の伝染病の交換と自滅 」そんな悲劇に出会う事もなく、
何時しか、自衛隊と避難民は一体となっていった。
避難民は意外に文明的であり、性格は朗らかであった。
お互い、言葉こそ通じないが、身振り手振りで十分、
意思疎通が出来るようになった。
今では、炊事洗濯は自ら買って出た避難民の役割であり、
自衛隊は自衛隊で、避難民の男手を道案内に、かなりの奥地まで、
馬の足跡の追跡を行うようになっていた。
同時に、偵察範囲は相当な広さを消化しており、
イザ、戦闘ともなれば、
車両部隊で何時でも敵の後背を取れる、そんな自信を得るまでになっていた。

769 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/06/19(木) 21:40:56 ID:???

011

ただ、偵察隊にも泣き所は、あった。

基本的に自衛隊が廃墟後に侵入できない状況は、変わってなかった。
彼らが廃墟に入れば、ほぼ間違いなく、高熱を発して寝込んでしまうのだった。
また、偵察範囲が拡大するにつれ、温かな食事は食べれなくなってしまった。
これが元いた世界の米軍なら、ベトナム戦当時ですら、
氷とともにコーラやセブンアップまでもがヘリで宅配されてくるのだが。

そのかわり、偵察隊ならではの、役得があった。
偵察から帰った後、身体検査が終わるまでの間、
避難民の女子と、公然とノンビリ談笑できる事だ。
たしかに避難民の男手は、軍事的には大変、役に立っていた。
しかし、スペックに現れない、
心理的な数値では、女子の存在に勝るものは無かった。
――女子の避難民を得た事は、本当に良い出来事だった。
異常な状況と戦場心理も手伝ってか、男性隊員にとって、
女性が側にいる事は、
それだけで、楽しくて楽しくて仕方が無かったから。

もっとも、輸送隊ほかの女子隊員たちは、
そんな男性隊員たちを、
なんとも、なんとも居心地の悪くなる視線で、見つめていたのだが。

「 いいじゃねえか、あんたらは赤ん坊にキスまでしているんだから 」

偵察隊がこうなのだから、仮の宿営地の食事風景は、押して知るべし、だった。




448 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/14(月) 22:31:32 ID:???
012

「 困るよ南三尉 」銀眼鏡の厳しい顔をした男が語気を強めた。

「 …… 」それを受けて、正面の制服姿の娘が畏まっている。

「 君の指導はどこか足りないんじゃないか?? 」
「 ………… 」
「 まあまあ、杉下君、彼女も反省しているんだから…… 」

駐屯地奥の院に呼び出されたオスカル三尉……もとい、南三尉は、

部下の婦人自衛官たちが避難民とのスキンシップが過ぎる事、を、
上司の杉下から直接口頭で、厳重に注意をされていた。

「 しかし、南の隊は弛んでおります! しめしがつきません 」
「 まあまあ、ほら、このように反省しているじゃないか…… 」
「 …… 」

「 まあ、いいじゃないか、じゃ、わかったね? 南三尉? 」

相手の申し開きなど最初から聞く気の無い杉下の厳重注意も、
御本尊の鶴の一声で、ようやく終了。時間にして…

どれだけ経ったか。

南三尉が、形だけしょんぼりとして輸送隊本部から出て来た時だった。

車両前で南を待っていられず、部下の婦人自衛官たちがワッと駆け寄ってきた。


449 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/14(月) 22:40:48 ID:???
013

「 オスカル姉様、大丈夫ですか! 」

「 お願いだから、その寒い仇名、やめろ 」

「 南三尉は悪くありません! 私達が悪いんです!! 」
「 いいんだよ、チャコ? チャコ達はナンにも悪くない 」

「 オスカル姉様!!!! 」

南三尉を部下の婦人自衛官が取り巻いて、歓声を上げた。

……南は才色兼備の隊随一の看板娘であった。
それだけにこの光景は映画の1場面の様に良く映えた。
……通常、どう考えてもありえない光景だが、ごく稀に、
圧倒的な人間的魅力で部下を心酔・陶酔させる天才がいる。

南三尉も、その手の 人物 なのだろう。

それを奥の院のテントから遠望し、杉下が深いため息を吐いた。
要するに彼にとって南は有能すぎて、邪魔物以外の何者でもなかった。

ここは黄色い土砂で覆われた見渡す限りの 荒野 だった。

その上、無辜の住民を殺戮する、凶暴な大勢力が存在していた。
杉下が小人なのではない。南が異例すぎた。
組織の枠の中の歯車としてガッチリ嵌っている杉下にとり、

南三尉とその部下達は、彼の理想とする組織運営の邪魔であった。


450 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/14(月) 22:44:58 ID:???
014

ここは黄色い土砂で覆われた見渡す限りの荒野だった。

しかし川沿いには緑が映え、

小規模ながら農業や牧畜が可能な大地だった。
そして大地に皺がよったような現在位置の山地のふもとは、
南側斜面にそれなりに広大な森が形成されており、鳥獣の豊富であった。
恐らく 熊や、豹、虎も、気ままに闊歩しているのだろう。

夜には北の荒野に野生の狼の遠吠えを聞いたが、
北海道や本州の森林に詳しい隊員は熊の爪跡を南の木々に見出していたし、
アフリカや南アジア帰りの出戻り隊員や元バックパッカーは、
正面北方に点在する廃墟の側からも豹や虎の足跡を報告していた。

偵察と調査の結果、被災地全域で、人口は2万から4万と推定された。

もっともこれは第1日目に上空から撮影された家屋の数や、
第1日目以降に、遠巻きに観測した町や村の規模からの概算で、
正確な数字は今もって不明であった。そして、
いまだ回復せぬ第1日目の偵察隊員の報告を信じるのなら、
人口の全てが殺戮された、と言う訳では無さそうだった。
第1日目の偵察では女性の亡骸が極端に少なかった点から、

おそらく、奴隷として少なくない数が連れ去られたのだろう。


451 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/14(月) 22:49:46 ID:???
015

……それは置き、当初、

皆が懐いていた危機感より、意外なほど平和な時間が、流れていた。

なにしろ、避難民の誰もが隊に反感を懐いていなかった。
むしろ、心なしか畏敬や憧憬を感じる程、懐かれていた。
そして正面の北の荒野は、呆れるばかりの地平線が続いていた。

そんな訳で、班長や組長らは警戒任務を士に丸投げして、

車両の影でリラックスと言う名の高いびきであった。
もっとも、士もそこは心得たもので、
それぞれに自分なりの快適な場所を探し出したり構築して、
長くなるかもしれない状況下の生活に、体を慣らしていった。

……そんな弛緩してゆく現場とは逆に、

幕僚達は、

次の段階の決意を静かに固めつつあった。

幕僚達の目は、北の荒野のをひたすらに見つめていた。

……あそこには、誰の物でもない 食料 で 満ち溢れている。

当初は戦闘を避けていた自衛隊だが、それは自前の食料あっての、事……。


452 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/14(月) 23:07:49 ID:???
016
そんな内心の決意を秘匿しつつ幕僚たちは、当座の名目として、
「 風下の廃墟周辺に残る家畜の集積へ向けた道路整備 」に着手した。
しかし、ここは黄色い土砂で覆われた見渡す限りの荒野だった。
つまり、通常とは逆に、築城と避難民への対応を受け持つ班がもっとも楽で、
次に警備を担当する班と偵察を担当する班。
結局、1番難儀だったのは、道路整備担当班、であった。
なにしろ、平地に風が吹けば、たちまち砂塗れになるのだから……。

「 元気にやっとるかあ? 」「 …… 」

現場は、たま〜に来る幹部の視察に、一番むかついていた。
基本的に幹部の視察は車両で行われ、
彼らが来る方角は、風上 。
つまり幹部が視察に来るたびに、砂塗れになる道路整備班。

……幹部が来るたびに、じゃりじゃりとする口の中。
……幹部が来るたびに、砂埃で涙目を砂塗れの指で押える男達。

「 早く帰れ! 唾が吐けねえじゃねえかッ!!! 」

そんな曹士の心知らず、桂首相よろしく、ニコニコと肩を叩く幹部。
そして道路整備を終え、不機嫌の塊になって帰ってくる班に、
砂塗れの有様が余程おかしいのか不謹慎にもニヤニヤとする顔なじみの古兵。
そんな、ニヤニヤと笑いながら慰労の言葉をかける古兵の顔なじみに、
「 次はテメエラの番なんだよ、楽しみにしてやがれッ……! 」

と、道路整備班が
その貴重な体験と呪いを語る事はついに無く、そして、

コントの小麦粉塗れ同然になって帰隊する班が量産されていくのであった。(〆)




555 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/24(木) 00:08:04 ID:???

017

移転から3週間目が過ぎた。

この頃になると、荒野にまともな道ができ、
敵の襲来とともに追い散らされて逃げ延びた家畜の殆どが、
その道の上を自衛隊の庇護下にある避難民たちに追われ、
仮の宿営地たる山地のふもとに、集結し終えつつあった。


556 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/24(木) 00:12:57 ID:???

018

移転第1日目の偵察では、

偵察に出た隊員が行くところ、行くところが、

滅ぼされ、廃墟になっている状態が、確認された。

そう、つい先日滅ぼされたばかりらしい、町や村々。

もっとも、それらの町や村々は、
城と城下町の惨状に比べれば、比較的、軽症であった。

城と城下町は、言葉にするのもおぞましい状態であったに比べ、
町村の廃墟は、どちらかというと、老人の死体ばかりであった。

見たところ……

なんとなく、邪魔だから処理されただけで、
特に、残虐な行為がしたかった、と言う訳でもなかった、ような。

だいたい、老人たちの死体は1ヶ所に集中しており、

服装も特に乱れてはおらず、整然と並んだ状態で発見され、

次々と端から、ほぼ、1突き、1刀で、命を絶たれた、そんな痕……だった。


557 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/24(木) 00:18:08 ID:???

019

その凶行の手段は、刀剣に槍と、推定された。

しかし、
人間の命を、ただの1突き1刀で絶つ技量は、
老人たちが状況的に見て無抵抗だったとしても、
偵察に従事した隊員たちに、
尋常ではない経験と手練を、印象づけていた。

それに比べて、城や城下町は、悲惨だった……。

そこにあったのは、何ものかに食われた人間の、残骸。

そして、明らかに、人間の蛮行の犠牲者、と思われる人々の数々。
さらに異常だったのは、怪物じみた姿を有する死体の、存在。

――この差は、なんだ……?

司令部の幕僚たちは、この3週間、その事を考え、悩んだ。

幕僚たちは、ふもとの避難民区で、

避難民とほがらかな空気を育みつつある曹士を眼下に見つつ、

今や貴重品の紙をケチった幕僚たちが地面と言うノートに、

それぞれの思考を、自作の杖で、1つ1つ刻み込んでいった……。


558 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/24(木) 00:27:48 ID:???

020

人間の歴史上、このようなケースは、珍しくもない。

町や村は比較的、無抵抗だったのだろうか。
それとも単純に、
武力や男手がなかった所を襲撃されたのだろうか。

それに対し、
城や城下町は、降伏などを拒んで抵抗、それで
徹底的に殺戮・略奪・破壊の憂き目を見たのであろうか。

……そこまでは、思いついた。

では、隊員たちが見た、怪物の死体?は、何所から来たのであろう。
そして、第1日目の偵察に従事した隊員たちの原因不明の高熱の理由は、
いったい何なのであろう……解らない事が、多すぎた……。

第一、ここまでの破壊=勝利を成した集団は、
何故にこの地を捨てたのだろうか。

この地の人口と家畜と財宝を略奪する事が目的だったにせよ、
それならば何故、この膨大な数の家畜が残されたのだろう。

めえめえ、と鳴く羊たちの声、

カランコロンと鳴る、鐘の音を前に、幕僚たちは、途方にくれていた……。


559 :翡翠(星砂) ◆ntzrt5Dq3U :2008/07/24(木) 00:36:44 ID:???

021

そんな3週目の夜だった。

ここは、内陸性の気候なのか、昼と夜の温度差が、激しかった。
その上、高所ゆえの冷え込みは、酷いものであった。
なのに、パレードでは精一杯、精強な面構えをする隊員らも人の子であった。
匿った避難民の窮状を見かね、自分の私物の衣服をそっと手渡す者も…いた。
そんな、冷え込む異界の夜の中、荒野に響く狼の遠吠えを子守唄に、
故国に帰る日を諦めきれぬまま、明日の作業に備えて眠る彼ら。

天には、怪しいほど光り輝く三日月があり、

そして、呆れるほどの星の海であった。

その天が下、風雨や埃、日差しを嫌い、厳重に覆いを被った車両どもが、
重く、暗く、闇の中に沈んでいた。

「 虎や豹がさらいにくるかもしれん、気をつけろ 」

「 へッ、虎がナンボの物かシラネエが、この中に入ってこれるかよ 」

眠気と激しく戦いながら夜明けを待つ不寝番の声が微かに聞こえる場所で、
見回りに起きた佐官が、
ゴロリと車両の陰に隠れて寝っころがりながら、呟いた。

「 こんな美しい空をボウズと見上げながら、ビールを煽るのが夢だったが…… 」

男の瞳から、一筋の光が静かに流れ落ちたが、それに気がつく者は、いなかった…。



817 :翡翠 ◆ntzrt5Dq3U :2008/08/30(土) 00:32:55 ID:???

022

●旅の男達の鋼鉄の鍬と竪琴

むかしむかし、若い夫婦がこの土地で一生懸命、生きていました。
でも、どんなに頑張っても、
大地がゴツゴツ・サラサラと荒れ果てているので、
夫婦の暮らしはちっとも楽になりませんでした。
そんな生活に疲れ果てた夫婦のもとへ、
ある日の晩、数え切れない程の男達がやってきました。
「 どうか食事を恵んでください 」
夫婦は貧しくても、この者達を精一杯にもてなしました。
そんな夫婦に男達は、
お礼として、鋼鉄で出来た鍬と竪琴 を置いていきました。
鋼鉄で出来た鍬と竪琴は、魔法の力に満ちた神秘の道具でした。
鋼鉄で出来た鍬はひとりでにゴツゴツとした大地を耕し、
鋼鉄で出来た竪琴は、あらゆる精霊を魅了しました。そんな
鋼鉄で出来た竪琴の素晴らしい音色を聞くために、
世界の彼方此方から、沢山の精霊達がやってきました。
「 こんな美しい音色が聞けるのに、美しい景色が無いなんて 」
精霊たちは踊りました。
精霊たちが踊った後は、草や木が見る見る間に生えてきました。
それで、この土地に、人が豊かに暮らせる広大な畑が出来上がったのです。

( 古文書・クマラーヤ・ドランの書の序章より )


818 :翡翠 ◆ntzrt5Dq3U :2008/08/30(土) 00:36:02 ID:???
023

4週間目の第1日目の朝。

本来なら、自衛隊最初の死者が佐官、
と言う前代未聞の惨事が起こる所であった。

が、
天佑により、佐官は命を失う所を、骨折で済んだ。

自前の食料確保のために幕僚たちは、
心ひそかに北方の脅威の討伐を決心していたのだが、
足元の脅威の存在の顕現に改めて仰天し、

予定していた北伐計画の日程をずらし、
仮の居住区周辺の環境調査の徹底と、
隊員の安全確保の点から1部兵力による害獣の駆除に乗り出した。

が、この計画の遅延が結果として、隊の食料事情の改善へと繋がった。


819 :翡翠 ◆ntzrt5Dq3U :2008/08/30(土) 00:40:36 ID:???

024

「 …… …… 」

ぼんやり、とした光の中、
佐官の目の前で、司令に意見を具申する者がいる。
本部伝令の庶民士長…もとい今井陸士長の細い目。
その細い目が、連日の
不寝番担当で眠そうにしょぼしょぼしている。
その今井陸士長の隣りに並んで、
剛勇無双の仁王像のように直立不動の空挺士長…もとい、
斎藤陸士長も、
しれっとした顔をしている…が、相当に、、眠そう、だ。
「 ……鉄条網が足りないです 」
「 そんな事は判りきっておる 」
眠そうにボソボソと、なんとも力なく語る今井陸士長に、
本来、雲の上の( 通称アジア平和維持隊 の )司令が、
仕方が無いな、とばかりに笑っている。
…この2人、どうやら、外の世界での、司令の知り合い、らしい。
「 このままだと、対人はともかく、猛獣への備えに、不安です 」
「 そこは自衛隊式でなんとか創意工夫して欲しい…わかるな? 」


820 :翡翠 ◆ntzrt5Dq3U :2008/08/30(土) 00:43:59 ID:???

025

出戻りの斎藤陸士長と、
退職隊員の数合わせで入隊したような今井陸士長は、
何かと、謹厳な部内で白眼視の対称であった。
とにかく、何から何まで、扱いに困る、ので、ある。
基本的に自衛隊は、常に「 同じ釜の飯を食った仲間 」
なのに、彼らは、何から何まで…浮いていた。
斎藤はどこか…警察犬の群れの中に迷い込んだ猛獣のよう、で、
今井は誰の目から見ても、落第隊員の見本もいい所、だった。
とは言え、人手不足の実戦部隊の常、猫の手も借りたい忙しさ。
内面の禍禍しさはともかく年季が入りすぎていて扱い難い斎藤と、
世間の垢の塊が部内に迷い込んできたような場違いを覚える今井は、
まるで、それが当初からの予定だったかのように、
司令付の伝令として真面目な普通の隊員の前から…隔離されていった。
彼らの役目はもっぱら部内の盆暮れ正月など休日調整の穴埋め役にして、
靴磨きと洗濯当番であった。……要するに雑用・兼・補欠要員である。
そんな「 異物 」を見る目で、
単身赴任の子煩悩佐官もとい、田中3佐は、彼らを見ていた。
しかしこの光景、1月前の光景じゃなかったか???


821 :翡翠 ◆ntzrt5Dq3U :2008/08/30(土) 00:50:13 ID:???

026

突然、音が途絶えた。
「 ……? 」
不穏な気配に、田中3佐の目が覚める。
夜の世界は、意外に、五月蝿い。
山を愛する男達の醍醐味の1つに、夜の山のざわめきの堪能、
というのがある。
田中3佐は幼少の頃、脆弱だった体を鍛えるために、
両親の故郷の山里に預けられて以来、
都会ッ子のくせに山に入り浸って祖父祖母を心配させる毎日であった。
「 ……? 」
そんな彼だから、音のない暗闇ほど落ち着かない世界はない。
幼少から培った本能で勢いよく目を覚まし、身を起こした。
その彼の視線の先の闇に、ギラリと光る眼が、2つ。
暫くして、雲間から、幽かに三日月の光が刺した。
闇の向こうで光る目は、物凄い生命力を秘めた野獣の眼であった。
「 虎!!! 」
彼が叫ぶより速く、3佐の反応に呼応して虎が踊りかかった。
本能で虎に背を向ける。半身から背を向けきった瞬間、噛み倒される。
1月前の大陸では、殆ど問題視されなかった虎の襲撃の瞬間だった。


822 :翡翠 ◆ntzrt5Dq3U :2008/08/30(土) 00:56:30 ID:???

027

虎は田中3佐が羽織っていた私物のジャンパーに喰らい付いていた。
が、虎に振り回されている田中3佐にはそんな事はわからない。
自衛隊に入隊する前はラグビー部で心身を鍛えていた彼にして、
初めて経験する、どうしようもない、絶望的な暴力。
虎の咆哮と、田中3佐の叫びに、近場の不寝番たちが駆けつけた。
その気配に脱兎の如く駆け出す虎。田中3佐を加えたまま、風のように。
田中は右腰に9ミリ拳銃を装備していた。が、
虎に振り回されて抜く事が出来ない。
拳銃を握るはずの鈍い緑色の手袋は、
地面と木々に叩きつけられるうちに失われていた。
最も近場にいた者達は、
文字通り横向きに飛んで行く田中3佐を発見するも、どうしようもなかった。
が、そんな不寝番たちの声に追われ、虎は山の方ではなく、
風下のふもと、つまり、
身を隠すもののない北正面の荒野に向けて駆け出していた。
その際も、筋骨逞しい田中3佐を咥えているのにまるで苦にしていない。
そんな虎に振り回されながら、なぜか頭は冷静だった。
ただ、このまま妻や息子に会えないまま異世界に果てるのは、嫌だった。

(〆切