301 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 02:55:28 ID:???

「 音威子府 」 >>66-72
「 終戦内閣 」 >>79-83
「 復興の灯 」 >>91-94


若者の枕元に美しい女性が座っていった。

“ 若者よ、私はこの世の者では無い “

私は地上の人間達が腹をすかしているのを見かねて、
地上の人間達が腹いっぱい食べれるようになるようにと、
こうして天からささげ豆をどっさりと持ってきた。
だがこの地上は何処に行っても悪い心の持ち主ばかり。
本当に悪い心の持ち主ばかりでもう天に帰ろうと思っていた。
しかし今、やっと御前に会えた。御前の魂は綺麗だ。
だから私は御前にこのささげ豆を山のように与えよう。
御前たちの一族がとこしえに栄えるように。
( 御前を介して )地上の者が腹いっぱい物を食べれるようになるように。
私はこの豆を託す者をずっとずっと探していたのだから。

ウェペケレ( エーレン地方のアイヌとコロポックルの昔語り より )

302 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 02:58:12 ID:???

「 雪…? 」

斎藤の鼻に、白く冷たい物が降りてきた。
満天の星空の下、
軽トラの荷台で肌寒さを感じていたが、
北の超大国が侵攻してきたこの時、
北海道は雪の季節では無かった。

「 ほう… 」

星空を背にした男も天を仰ぎ見た。
天を仰ぎ見た男の顔にも冷たい雪の粉が舞い降りたのか、
男が天を見上げながら、はは、と
笑い出したのを視界の隅で見たような気がした。

303 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 03:06:26 ID:???

…不思議だった。

この男といる空間は、心底、落ち着く。

…音威子府で俺は死んだ筈。

その瀕死の自分を背負ってきた部下達は全滅したという。
戦車砲に吹き飛ばされても何故まだ俺は生きている?
俺の隊は本当に全滅したのか?
道北はどうなった?原隊(第2師団)は?道民はどうなった??
月夜でも無いのに男の顔の細部まで見える事といい、
雲1つ無い夜空なのに粉雪が舞い降りてくる事といい。
…判らぬ事ばかりだった。
本来なら男に殴り倒されてでも起き上がる所だろう。
…だが。
この男の傍では驚くほど、迷わない。
自分で自分が信じ難い程、心が安定している。

「 あんた、名前は? 」
「 斎藤。あんたは? 」

お互い、あんたと呼びあって、同時に苦笑いを浮かべた。
礼儀にうるさい自衛官が市民にむけてアンタなどと。

( ありえんよ、なあ … )

鼻先やまぶたに舞い降りる白い粉雪に目を細めながら、
総ての事が何か暖かいものに溶かされてゆくよう、な。

304 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 03:22:40 ID:???

そのとき。

2人の側に舞い降りるものがあった。

それは1羽の巨大なフクロウであった。

「 シロフクロウ? 」

軽トラの屋根に音も無く舞い降りたフクロウは、
神々しいまでに白かった。
そして威風を放って2人を睥睨していた。
これが野鳥とはとても思えぬ智恵を秘めた目。

それが2人を見つめている。

「 いや、北海道と言えどシロフクロウがそうそう見れる訳が 」

斎藤に自分の名を今まさに名乗ろうとした男が、
この突然の来訪者に驚嘆の視線を送り、賛美の声を呟いている。

そんな男を見ていると昔の相棒を思い出す。
彼も脳内の考えを脳内に留める事の出来ない男だった。
始終、辞書を開いては1人ブツブツと言いながら狭い部屋をグルグルと回っていた。

そんな男の驚嘆の目を、信じ難い程の動じなさで受け止めているフクロウ。
天から舞い降りる雪のように真っ白な彼は、羽根を広げればおよそ2mにもなろうか。

305 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 03:41:55 ID:???

「 いや…シマフクロウだろう 」

斎藤が仰向けのまま、答える。
冬の北海道で訓練に励む斎藤たちを、森の奥からそっと見つめている1羽のフクロウ。
一面銀世界の森の中で1人、ピンと背筋を伸ばして佇む鳥の中の鳥。
そんな、何処か自分たちに似ているフクロウが、好きだった。
だから見間違う事はない。このフクロウはシマフクロウで間違いない。
アイヌ民族の神謡(ユーカラ)に格調高く歌われる神の中の神。
…少々、シマフクロウらしからぬ体躯、だが。
それが2人を誘うように道の向こうへと飛び、戻って、また飛んだ。
雲1つない満天の星空に舞う粉雪と闇の向こうで2人を見つめている神の鳥。

「 どうやら、早くここに来い、と言っているらしい 」

不思議な縁を感じた2人は、超大国の事も忘れて軽トラのキーを回した。

深夜の山の中で軽トラを走らす暴挙。
普通ならありえぬ事であった。
ましてや戦争中のプロと軍隊に追われる民間人であった。
だが、何かの神託を感じて2人は軽トラを走らせた。
その時になってようやく2人はあることに気がついた。
エンジンを吹かし始めた軽トラの周囲に、何か炎のような物が漂い集まっていた事に。
空中にユラユラと燃え上がるそれは、青白い炎の中に人の顔を浮かべた“ 何か ”であった。
明らかに、軽トラの中の、まだ生きている2人を呪っている顔、顔、顔。
「 −! 」声も無く息を奪われる2人。「 走れ! 」映画の中の主人公のように斎藤が絶叫する。
自衛隊は、緊急時でも法で定められた速度しか出さぬという。

その自衛隊よりも安全運転第一であった男がキレた。

306 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 03:49:48 ID:???

恐怖映画なら間違いなくエンジンがかからぬ場面。

だが幸いな事に現実はそこらの幽霊話のように酷いアクシデント
ーエンジンがかからぬ、という事は無く、
軽トラは闇の中を吹き飛ぶように疾走していった。



何処まで走ったのだろうか。

男は巨大な白フクロウの導くまま軽トラを走らせていた。
斎藤は軽トラの全速力に追いすがってくる怪異とまともに向き合っていた。
斎藤はこの時、真に理解した。

弱者が、圧倒的武力を持つ陵辱者に組み敷かれる恐怖を。

307 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/06(金) 04:02:14 ID:???

しかし、

永遠と思われた責め苦もついに終わる。

東の空を駆け上ってくる夜明けの気配。

太陽の光が刺し貫いたその時、指輪物語の人食い巨人(トロール)が石になったように、
軽トラを何処までも執念深く追い駆けてきた怪異たちも霧のように消えていった。
2人にとり憑いて、思う存分呪い殺せなかった妖魔たちの無念の叫びが上がる。

その妖魔の断末魔の声が2人の鼓膜に何時までも木霊して離れなかった。

斉藤は、炎の中で苦悶する顔に、自分が倒した超大国の兵の顔を認めたような気がした。
( …音威子府からここまで追ってきたのか? )
斉藤の背中に嫌な汗が流れる。異国の地で倒れた兵士の無念の、なんという執念深さ。

それともアレは斎藤の部下が屠った兵士達の怨念火であったのだろうか。

だが、あの妖魔の正体を確かめる術は、今の2人には、無い。

そして怪異が終わると同時に、フクロウが軽トラの屋根に舞い降りて、1声鳴いた。
それは「 危機は去った 」とフクロウが高らかに宣言しているようであった。

そしてフクロウは羽ばたき、大空へと帰っていった。

フクロウと怪異が去った跡、2人は木々に挟まれた光景が終わりに近づいた事を悟った。

そこは、人っ子1人いない、最果ての( 死の )世界であった。


349 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/09(月) 06:33:35 ID:???

「 帰る道が無くなったな 」

斎藤の第一声が、それだった。

日に良く焼けた色の黒い男が、斎藤の背を支える。
この世のモノならぬ、異常な夜を過ごした2人。
朝日の訪れが即、正常な世界への復帰の筈であった。
しかし背後では、道が消えてしまっていた。

怪異が消え、フクロウが大空へ帰って暫くした後、

不意に、トラックが止まった。
ゆるゆるとした揺り籠は止まり、木々が固定された。
そして男が如何にも不味いな、という顔で荷台に乗り込んできた。

男は荷台の上に立ち、しばらく辺りを見回していた。

350 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/09(月) 06:35:45 ID:???

結論が出たらしい。

男は面白くないな、と言わんばかりに腕を組んで、

それからゆっくりと時間をかけて、斎藤の背を起こしていった。
… 男の視線の先を見る。
男の視線の先で森が狭まり、獣道が藪の中に消えていた。
軽トラのタイヤの後はその上に残されていた。

藪のむこうは、文字通りの「 森 」であった。

「 あの中を走った、という事なのかな? 」

斎藤が素直に問うと、男は上出来なジョークを聞いたように微笑んだ。

「 らしいですね 」

男はそれだけ言うと、
斎藤をケーキの山にもたれさせて、運転席に戻った。
そして、恐ろしく丁寧に軽トラが動き出し、ゆっくりと弧を描いた。

斎藤の視界に、一種異様な世界が展開されてゆく。

斎藤の視界一面に広がる、枯れた巨木の残骸ばかりの世界。

351 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/09(月) 06:40:11 ID:???

男が再び荷台に乗り込んできた。

「 どう思います? 」
斎藤が思案していると、日に良く焼けた男は言った。

「 どうやら、今だ我々は怪異の中の様ですね 」
縁起でもない事をアッサリと言う。

背後は道を閉ざした森。
前は恐竜の白骨死体のような巨木の残骸が地平線の果てまで。
それが朝早い時間の冷気と相まって、物凄い光景に見える。

( …いや、そうでも、ない、か… )

フクロウの「危険は去った」と言わんばかりの鳴き声が象徴するように、
特別、危険な気配は感じない。

まあ、それを言うなら2人して、
空中に燃え盛る“ 何か ”の接近に気が付かなかったのだが。

352 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/09(月) 06:44:33 ID:???

「 野付(半島)のトドワラに似ているな… 」

朝の柔らかい光と冷気。
斎藤はソレに包まれながら、思わず野付半島の名を挙げていた。
だが口には野付をあげたもの、これっぽちもそうは思わない。
( 以前、確かに見た筈だが、この風景… )
人間は正体不明の存在に対してありのままに対峙など、出来ない。
人間は正体不明の存在に対しては、
何らかの名称を被せて“ わかった気 ”にならずにはいられない。

( 以前、確かに見た筈だが、この風景… )

斎藤の記憶の片隅で何かが囁いている。

凄絶で、果てしなく寂しい、「 凶 」。
残骸だけで、何も無い世界、全てが失われた世界。
人間的な感動がまるで湧き上がってこない奇怪な風景。

「 野付(半島)のトドワラなら、最果ての旅情に涙が溢れる所でしょうね 」

― それだ。

野付(半島)と決定的に違うのは、ソコだ。
この世界には何かが決定的に欠落している。

それが何なのか全く形容できないのが、もどかしい。

353 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/09(月) 06:48:21 ID:???

「 あまり長居は…無用な様ですね 」

2人は、

森の世界と枯れ木の世界の境界線に沿って移動を始めた。
荒涼とした死の世界。
斎藤は荷台に揺られながら、勤めて森の方ばかりを見ていた。

枯れ木の世界を見ていると、何か、恐ろしい事が起きる、ような。



528 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/20(金) 04:39:11 ID:???

君の夢が連隊長になって戦場に立つ事だというのはわかっている。
だが、あきらめてくれ。君は私の幕僚長としてこの国を守らねばならないのだ。

― 連合国最高司令官総司令部民事局長 ―

人類が生み出した最大最高の理念。そして我々が生んだ、まだ幼い子供たち。
総監と私は、来る日も来る日もやりきれない思いを泣き笑いで吹き飛ばした。

― 在日米軍軍事顧問団初代幕僚長 ―

我々の根本理念は、同胞の幸せを願う同胞愛の精神に求めたい。
我々は、国民の予備隊である。

― 国家警察予備隊( ナショナル ポリス リザーブ )初代最高指揮官 ―

529 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/20(金) 04:46:32 ID:???

軽トラが進んでゆく。

右手は鬱蒼とした森、左手は荒涼とした世界。
奇妙な事に、軽トラの腸(はらわた)の音しか聞こえない。
不快であった。
なぜ、鳥の声が聞こえない?
なぜ、虫の鳴き声が聞こえない?

( 俺達は本当にあの森を走り抜けてきたのか? )

鬱蒼とした森と荒涼とした死の世界。
尋常ならざる世界。
身体に伝わる軽トラの揺らぎだけが理性の崩壊を食い止めていた。
2人は瞬きする事すら危ぶんで1点だけを見つめていた。
まるで柵の中で生まれて初めて「鬼」に出会った新兵のように。

530 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/20(金) 05:03:25 ID:???

軽トラが止まった。

男が能面のように物憂げな表情で荷台に上がってきた。
男が右手の森の方向から荷台に躍り上がる動作に合わせて
軽トラがひとしきりユラリと揺れた。

身動きできぬ斎藤がその揺らぎに呑み込まれる。

しかし男はその事を予測して右手から躍り上がったらしい。
男のそっと差し出した片手が、
斎藤の体に僅かな痛みが走るのも許さなかった。

( ……… )

男が荷台に躍り上がる際の身のこなしは、極ありふれた一般人のソレであった。
そして男は斎藤の田舎の友人達の如く無造作にケーキの箱を開け始めた。
重苦しい空気の中に、チョコ・ケーキの甘い香りが満ちてゆく…。


斎藤に差し出された1口大のチョコ・ケーキの切れ端は、
出される側から煙のようにこの世から消えていった。
その時、なぜか斎藤は
冬の北海道の雪洞の中で皆と食った豚汁の旨さを……思い出していた。

冬季戦技教育隊。

通称「冬戦教」。
在道4個師団から選び抜かれた男達の物語…。
日本の低温最高記録を誇る北海道の大地で戦い抜く男達の物語…。

531 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/20(金) 05:26:35 ID:???

斉藤の夢路は不意に断たれた。

何時の間にか斉藤の正面に、
北海道名物「 ホルスタイン( 乳牛 ) 」が「 いた 」
まさしく「 いた 」としか言えない状態で。

つぶらな瞳を潤ませて、佇んでいた。
カランコロンと長閑(のどか)に鈴の音を鳴らしながら。

何時の間に?
何時の間に?
何時の間に?

チョコ・ケーキを食いかけた口を薄く開け、
目を大きく開き気味にした顔を見せる斉藤。

その斉藤の様子に男が反応した。

男が振り返る。

そして男は斉藤に後頭部を見せながら硬直した。

それから男はそのままの姿勢でピクリとも動かなかった。

532 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/20(金) 05:28:33 ID:???

ホルスタインはうるんだ瞳で斉藤を見つめている。
まるで良く慣れた飼い犬や飼い猫の様に。
そして如何にも人懐っこい風で荷台に首を突っ込んできた。

その時、男が息を止めたまま、

全力で身体を弾け飛ばして斉藤の前に立ちはだかった。
斉藤めがけて首を伸ばすホルスタインの首は構わず伸びてきた。

( 今日はここまで )

570 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:05:47 ID:???

特殊部隊隊員だって、酒が入ればへべれけになるんだよ
― 元某国特殊部隊 ―

俺らはな、恩師の葬式にも出れんのだ。
― そんな馬鹿なって?
だからアカは何もわかっちゃおらんのだ…。
原発だって何だって、人が居ない時が危ないんだ。
1人1人が我慢して国を守っておるのだ。それが理解されていないのが、悔しい…。
― ある男達の詩 ―

外国に占領された住民に人権なんていうのは無いんだ。
爺様は縄で縛られて引き摺り出されたよ。
そして家はブルドーザーでぺしゃんこさ。
そして来る日も来る日も残飯漁りさ。
隣の家の姉ちゃんは体を売っていたよ。
国の補償?金でどうこうできる記憶じゃない
― 昭和10年代生まれ ―

僕は大陸で「負けた国の惨めさ」を思い知ったんだ。
だから自衛隊に入ったんだ。
「負けた国の惨めさ」を思い知ったからこそ入ったんだ。
― ある男達の詩 ―

571 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:11:12 ID:???

ホルスタインはうるんだ瞳で斉藤を見つめていた。

そして、

まるで良く慣れた飼い犬や飼い猫の様に、
無邪気にこちらへと首を突っ込んできた。

日に良く焼けた男が
驚愕の表情を顔面に貼り付けてホルスタインを制止しようとしていた。
― それこそ全力で身体を弾け飛ばすように。

だが、ホルスタインは男の必死の制止も意に介せず、首を伸ばしてきた。

そして斎藤の顔を…ベロンと舐めた。
子供や馬に好かれるのには慣れている。
しかし牛にも好かれるとは意外だった。

意外と言えば、牛に舐められたのにもかかわらず、別段、不快ではなかった。
奇妙なことだが、牛の舌というより、人の手の平ような感じだった。

日に良く焼けた男は、荷台の上でたたらを踏んで、
そのまま荷台の外に転げ落ちていった。

572 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:18:05 ID:???

ひとしきり斎藤の顔を舐めたホルスタインは、

何か、心から満足するものがあったらしい…。
そしてひとしきり斎藤の顔を見つめて…荒地の奥へと、歩みだした。

荷台の外に転げ落ちた男が、
斎藤と牛との間に割って入ってきた。

しかし、男の様子は、どこか、異常…。

「 牛( を見るの )は初めてか? 興奮させなければ何も怖くないぞ? 」
「 あ、ああ、牛ですか…、あれが牛、ね…、なるほど…、ね… 」

???
まるで牛の様にギョロ目になって…妙な男だ。
アレはただの( 可愛い )牛じゃないか。

…まあ、男はどこぞのシティ・ボーイなんだろう。
そしておそらく、牛という生き物を、初めて間近に見たのだろう。
それもあんな特大サイズじゃあ…おびえるのも当然だろう。

そして牛の方は、

巨竜の白骨死体の如き、巨大な枯れ木ばかりの荒野の中で、こちらを見つめていた。
牛は斎藤を待っているようであった。

573 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:21:06 ID:???

「 すまないが…あの牛について行ってみるのは…駄目かな? 」

斎藤が珍しく馬鹿丁寧に他人に依頼事をしている。

もっとも、本来なら斎藤といえど背筋を伸ばして、
これ以上に無い丁寧語で市民に話し掛けている所なのだが、
なぜかこの男に対してだけは、
余計な垣根は不要どころか気が悪い、そんな気がした。

牛が斎藤を見つめている。
斎藤に早く来なよ、と催促するように、尻尾を左右に揺らしている。

「 …え、ええ、ま…まあ、別に、大丈夫、なんでしょう… 」

・・・大丈夫も何も、ただの牛じゃないか。

男は斎藤の申し出にしばし意味不明な態度を取り続けたが、
結局、斎藤の望み通りに歩を進める決心をしたらしい。

そして軽トラが地面の強度を確かめるように、ソロソロと荒野へと押し入ってゆく。

ホルスタインと軽トラの、ゆるゆるとした行進が始まった。

574 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:23:41 ID:???

やがて…。

風が吹き始めた。

雲が動き始めた。
潮の匂いが満ちてきた。

そして、世界に鳥の鳴き声が戻ってきた。

最後に、潮騒の歌と光の粒子がやってきた。
それは、北海道の眩しい初夏の光景であった。

……
軽トラをゆったりと振り返っては、
ユラユラと歩んでいたホルスタインが歩むのを…やめた。

そして、「 そのままの方向を行け 」とでも言うように、
軽トラの尻にゴツゴツと角を合わせだした。

575 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:30:21 ID:???

再び、動き出す軽トラ。

巨体のホルスタインが、少しづつ、小さくなってゆく。

軽トラの荷台の中にまで首を伸ばしてきた、大きな牛であった。
その巨牛が、豆粒のように小さくなってゆく。
カランコロンと長閑(のどか)な鈴の音が遠ざかってゆく。
牛は、何時までも斉藤を見つめているようであった。
そして最後に、眩しい日差しの中に、見えなくなっていった。

気が付けば…あれほど不吉な空気をまとっていた世界が、
よく知られた野付半島のトドワラのような光に満ちた空気に…包まれていた。

その時になってようやく、荷台の上に男が戻ってきた。

「 …アレ、牛に見えたんですよね? 」
「 そうだが 」

「 アレ、私の目には冬戦教の人にしか見えませんでしたよ? 」
「 そんな馬鹿な 」

「 アレは貴方の師匠か先輩に間違いない…立派になったな、と言って微笑んでいたんですよ! 」

576 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 06:35:37 ID:???

こんな白い枯れ木の倒木ばかりの世界のいったい何処に潜んでいたのだろう?
驚愕する斉藤の周りで、
幾百もの蝉( セミ )が、一斉に鳴き始めた。

「時の彼方」〆

( 今朝はここまで )



693 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/28(土) 00:02:58 ID:???

幾百という蝉(せみ)の鳴き声の中。

泣きを知らぬ斎藤の目から再び溢れ出る涙。

男は男の涙を見てはならぬもの。
既に荷台の上から日に良く焼けた男は消えていた。

見えない。

見えない。

何も見えない。

涙で前が―、何も、何も、見えない…。

694 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/28(土) 00:04:04 ID:???

モノトーンの世界の中で、斎藤に笑いかける男。

斎藤が唯1人、心底からの敬礼を捧げた男。

氷点下の世界の中で繰り返す。
雪の中に潜み、必殺の動きを体得する。

匍匐―突撃。

匍匐―迂回―突撃。

何度も、何度も。そう、何度、でも。

695 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/28(土) 00:05:22 ID:???

高度成長期をひた走る昭和日本の空の下、
粉雪を舞い上げて走る男達の“北海道死守”の詩。

誰がために。

誰がために。

雪山に轟く助教達の怒声と、
無言のまま走る兵士達の物語。

「 立派になったな 」

何時までも斎藤を見送っていたホルスタイン。

気が付かなかった。

気が付かなかった。

貴方の葬儀に出れなかった雪の夜、凍てつく闇の中で、
涙を幾重にも凍らせ虚空を幾万にも引き裂いておきながら!!!

轟音。

軽トラの荷台が斎藤の鉄槌で打ち据えられ、
ビリビリと何時までも震えていた。

そして、初夏の北海道の空を、ただ、白い雲だけが流れていった。

696 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/28(土) 00:08:52 ID:???

軽トラの向こうの白い枯れ木にもたれるように寝っ転がる。

日に良く焼けた男は、斎藤の慟哭に背を向けて瞑目。

やがて荷台のへりに1羽の可愛い小鳥が止まった。
日に良く焼けた男が小鳥の鳴き声を気にして起き上がる頃には、
その数、9から10羽。
斎藤を取り囲むように、荷台のヘリで鳴くのは― シマアオジだった。
シマアオジ ― 腹の黄色い小鳥 ― が、見目美しく囀っている。

「 行こう、斎藤さん。 」

日に良く焼けた男が荷台の中の斎藤に声をかけてから、車上の人となる。
再び動き出す軽トラ。

そして景色は
優美なタンチョウの親子も舞う水辺、
ひょうきんなヒバリの鳴き声も賑やかな草場と、生命の溢れる園へと変化していった。

697 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/07/28(土) 00:10:53 ID:???

一方。

「 そろそろ始まるぞ 」

全北海道に張り巡らされた地下要塞の中で、
今日この日まで屈辱に耐えていた
在道師団総ての首脳部の目が光りだした。

相次ぐ全道主要都市の無防備都市宣言。

そして首相命令による徹底した兵力温存策により、
全道を超大国の跳梁跋扈のなすがままに甘んじていた彼ら。

― その彼らの反撃が、今、始まる ―。


209名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA 投稿日: 2007/09/14(金) 06:44:45 ID:8X2ViSSU

0645

自衛隊は日の出と同時に攻撃を開始した。
街道一帯に煙る朝靄の中を、
迷彩服の男達が戦車の小隊を先頭にして進んでゆく。
後方の丘陵地帯の反射面に布陣した特科の砲撃がこれを援護。
歩を進める男達の前方遠くに特科の巨弾が次々に着弾。
その爆炎を目指すように男達と戦車が進んでゆく。

が、目指す峡谷に敵の姿は、無かった。

先日まであれほどの抵抗を示したというのに。
頭上を行くヘリですら敵影を見つけ出す事が出来なかった。

0820

自衛隊は峡谷を見下ろす高地を占領。

自衛隊は目指す平原への進出路を、確保した。

210 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/14(金) 06:47:26 ID:???

1000

大休止の声のかかる中、迷彩服の指揮官達に喜びの色は無かった。
彼らは、燃料と弾薬の総てを使い切ってしまった。
前日まで激しい抵抗を示した峡谷の無血占領は、
この世界が自衛隊と正面から激突する愚を悟った事を意味していた。

敵は去った。

しかし、勝機も共に去ってしまった。

1200

自衛隊を主力とする現代日本の勢力は、占領したばかりの高地を後にした。

211 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/14(金) 06:51:09 ID:???

事の起こりは何時の事だっただろう。

ある者は海外のボランティアの現場で、
ある者は大災害の現場で、
ある者は製薬会社の研究所から、
それぞれスカウトマンに見出され、
個々に、この世界へと送り込まれていった。

スカウトマンに見出された者には、幾つかの共通点があった。

1)緊急の場面で率先して動く者。
2)困難な状況で人間性や能力を発揮する者。
3)金に困っている者。
4)行方不明になってもOKな者。

人民の海から慎重に精査されて集められた人材は、数百とも言われている。

そしてその殆どが、帰って来なかった。

212 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/14(金) 06:54:35 ID:???

苦労して集められた人材は、

自衛隊から選抜された隊員達によって警護された。

彼らに妻帯者は1人もいなかった。
隊から惜しまれて職を辞した者達ばかりで構成されていた。
彼らが職を辞した真の理由は、恐らく、彼らの上司も知らないだろう。

異界と日本をつなぐ術( すべ )は不明。

皆皆、厳重に管理されたコンテナに梱包されて異界に送られていった。
守る側も、守られる側も、使命遂行のエキスパートばかりであった。

・・・

街道のそこここに、装甲歩兵の残骸が散らばっている。
それが正午の日差しを浴びてキラキラと光り輝いていた。

その残骸の1欠片1欠片を、

演習場の薬莢拾いと同じ様に、

何時までも何時までも黙々と拾い続ける迷彩服の男達。

213 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/14(金) 06:58:03 ID:???

・・・再び、時間( 補給 )との戦いが始まる。

次の戦いが始まるまでに、
自衛隊はどこまで補給を完了させられるのだろう。

敵も必死だった。

戦場に彼らの決戦兵器“ アレス ”“ ダイダロス ”の姿は無く、
切り札を欠いたまま、自衛隊に人海戦術を挑んできた。

今度は勝てるだろうか。

自衛隊は燃料弾薬の総てを失ってしまったというのに。

381 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 05:47:40 ID:???

18:00

自衛隊が帰ってきた。

帰るなり、鉄帽が地面に叩きつけられた。
ある者はドタ靴を外の洗い場の壁に投げ捨てて、1言も無かった。
彼らのあまりの悲しみの深さに、
普段は遠くまで聞こえる「飯上げ」の声も、小さくなっていた。
ガンッ…!カララコロロ……。
飯上げ班の者達の足元まで勢い良く転がってきた鉄帽。
不吉な予感のする禍禍しい爪痕が、深く、刻まれていた。

23:00

先々日までの昼夜を問わぬ狂瀾怒涛が不思議な程、静かな夜だった。
現代日本人を恐怖のドン底に叩き落した“ 闇に巣くう者 ”の襲撃も無かった。
ただ、無人の廃墟となった村の方向に、時々、鬼火が、舞った。

01:00

外周で不寝番をしている者達に、従軍中の研究者達からの差し入れがあった。
不寝番の者達は、彼らの配慮を有り難く頂戴した。
“ 暖かい珈琲のような味、見た目、香り ”だったが、何かが、違う。
研究者達によると、この地のハーブの1種らしい。

それは極限まで神経が尖っていた迷彩服の男達に、限り無い落ち着きを与えた…。

382 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 06:06:11 ID:???

02:00

自衛隊の幹部達とスカウトマンは、まだ、起きていた。
煌煌と照らされた野営テントの中は、外以上に平和な空気が漂っていた。
ただ、中に居る者達の顔は、一様に沈んでいた。
彼らの沈痛な表情の理由の第一は、今作戦において余りにも多くの犠牲が出た事だった。

自衛隊に心を寄せる王国の王女が拉致されたのでなければ、許容できない損害であった。
3人の王女のうち1人は、無残な陵辱死体で発見された。
それは現代日本のある世界で、凶悪な犯罪組織が見せる、“ 警告 ”であった。
それは、この地における“ 自衛隊の権威 ”に対する挑戦であった。

…即座に自衛隊は行動を開始。

王宮魔道士の探査により、残る2人の王女のうちの1人の居場所を特定した自衛隊は、
ヘリと空挺出身者で敵地奥深く侵入し、ドラゴンが守る城砦を、ただの瓦礫の山にしてしまった。
だがドラゴンを地獄から召喚した敵の魔法使いは、恐ろしく邪悪な魔法の使い手であった。
彼は王女を奪還されたかわりに自衛隊のへりを鉄屑にしてしまったのだから。

……弓矢の攻撃に対し殆ど無敵を誇ったヘリが落ちた。

決して、この弱肉強食の、暴力と魔法の満ちた世界を甘く見た訳では、無かった。

だが、自衛隊関係者の衝撃は甚大であった。

それはゲリラや民兵にヘリを落とされた超大国の衝撃よりも深刻な衝撃だった。

383 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 06:22:16 ID:???

この世界の戦闘力を、

掛け替えのない人材と装備の喪失で学んだ自衛隊は、
第1次世界大戦以前の古式ゆかしい戦術を採用した。

…… 特科が耕し、戦車が蹂躙、普通科が占領 ……

…… それで最初のうちは…、上手くいった ……

特科の巨弾が戦場に炸裂すれば、野蛮なオーク族は壊乱して自然消滅してしまうし、
戦車小隊が進めば、いかなる障害も( 町も村も )意味を無くした。
高射特科は爆撃機ならぬ生身の騎兵を片端から地面に叩き付けていた。
普通科の銃弾は、あらゆる種類の騎士・戦士の屍で、大地を埋め尽くしていた。

自衛隊は、自身の築いた屍山血河に恐怖した。

しかし、腹の中の物を総て吐き戻し吐瀉物で両手被服を染め上げても、彼らは前進した。
彼らは日本から持ち込んだ車両により、驚くべき距離を稼いだ。
それは、敵の魔法使いにより、正確かつ早急に配兵される敵地にあって、
まさに初期のドイツ軍の電撃作戦を彷彿とさせる姿であった。

だが、それも最初のうちだけであった。

自衛隊の隊員が所謂“ 戦場慣れ ”する前に、死神は、やってきた。



594 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/13(火) 22:28:24 ID:???

その日、王が死んだという報告が届いた。

隊の誰もが、王の死を、悼んだ。

我等にとって、冬の太陽のようなsonzaiであった王の、死。
この、我等に友好的であった王の死によって、
今までも「自衛隊」を悩ましてきた数多の茶飯事が、
流すに流せない重大な問題として、立ちはだかるだろう。

まず、真っ先に直面するのは、王の死による国内の混乱。
彼ら「北の民」は生来、独立独歩の民であり、
自衛隊が王を失った今、彼らの連合は、絶望的であった。

「俺達が独立愚連隊なら」

何気ない同僚の言葉に、生真面目な1選抜組がキツイ目を向ける。

「我等が愚連隊でない以上」

睨まれた幕僚に、横から「市民」のスカウトマンが助け舟を出した。

「これからは騒音や排煙の問題のレベルから」

595 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/13(火) 22:31:41 ID:???

(今まで我々は軍事行動にだけ意識を傾注していればよかった)

スカウトマンの言葉を聞きながら、老将が人知れず、肩を、落とした。

「行軍手段や水資源の確保まで困難になるでしょう」

(結局、我々は、自衛隊でしかないのだ)

世界一の平和主義、世界一の国連主義、世界一の先進文明国。
その日本の憲法と国内法、ソレを本心から目指した日本国の、“国民性”。
その国内法では戦争が不可能であった自衛隊は、異界にあって、その現実に直面していた。


その夜、1選抜は夢を見ていた。

防弾仕様を、謎の光線に射貫かれて膝を付く、名も知らぬ傭兵。
歯を磨く習慣を持たぬ、その魚臭いドワーフ野郎が、大嫌いだった。
ドワーフ野郎が、血を吐いて崩れ落ちる。

大嫌いだったドワーフ野郎が、彼の盾になって、崩れ落ちる。
その間にも、無数の光線が、彼の周辺に突き刺る。

音も立てず打ち込まれてゆく、ソレ。

596 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/13(火) 22:39:05 ID:???

1選抜は、誰よりも職務に熱心だった。

それで、何時しか、誰よりも熱心で勇敢な気に、なっていた。

動かない。

動けない。

足も、脳も、心も。

ただ、スローモーションで彼の脳漿に焼き付けられる、ドワーフ野郎の、死。
エルフの戦士が撤退を開始したのを横目に見た気がした。
逃走じゃなかった。
間違いなく、冷静な判断での撤退、だった。
観測班が吸血鬼の夜襲を食らって壊走したという報告は聞いていた。
自衛隊自慢の、いや、現代科学の粋である電子機器が、なぜ、作動しないのか。
「松田さンは信じないでしょうけど…」
1選抜の部下に配属された者達が、1選抜の目を覗き込んでいた。
「触りもしないカメラでさえ、ヒトリデニ誤作動を起こすので」
触りもしないカメラでさえ誤作動? のオカルトに、苦笑するしかなかった。
「(原始的には見えても)決してこの世界を甘く見ないでください」
心を覗き込むような目で、心配そうに忠告する、この世界の手駒達。

絶叫を上げて起きた1選抜。

その彼の枕元で、ドワーフ野郎が作った木彫りのイルカが、静かに眠っていた。

ガラスの大量生産の土産物より、滑らかで、精巧な、ソレ。

1選抜は、この時初めて、部下の死に、泣いた。( 本日はここまで〆



604 名前: ◆rZb05aQI/2 [sage] 投稿日: 2007/11/16(金) 01:58:09 ID:???
デルタ番外編。私の戦争はこんな感じになるはず1号

或る戦場の光景

遠雷に似た音。遠くで時折光が炸裂する。戦場独特の物が燃える匂いがする。
崩れかかった塀にもたれる二人と、多目的に使われるハンヴィーが一台。。
彼らの周りには極度の緊張の間隙に見られる、けだるい雰囲気が感じられる。
「なぁおい、火ぃ貸してくれ」
「いいよ」
塀にもたれかかった迷彩服、金髪の男が火のついていない
タバコをくわえながら言う。
迷彩服の男に頼まれた女は物々しい甲冑を着ている。
現代戦に似合わぬその格好の女が手をタバコに近づけると、指先から
小さな炎が揺らめき出た。
驚くべき光景なのだが、最早迷彩の男は慣れているのか、驚いた様子は無い。
小さく息を吸い込み、先に火がついたのを確認すると煙を吐き出し、
「あんがと」
「ん。それなんての?」
「マルボロ。赤ね」
「前吸ってたのと違うね」
「ありゃラッキーだ。前召還した時にタバコのカートンも一緒に飛んで来たから好きなの選べるようになったんだよ。」
「へぇ〜。どう違うの?」
「そりゃ味が微妙に違うんだよ。いや、結構違うな。」
「どんな感じ?」

605 名前: ◆rZb05aQI/2 [sage] 投稿日: 2007/11/16(金) 01:59:19 ID:???
火を出した女が聞くと、迷彩の男は眉をひそめた。
「そりゃもう…マイルドさってか…苦味?うーん…吸ってみりゃわかるぞ?」
「結構。煙吸い込んで喜ぶ趣味はないよ。うちのじいさんはキセルで吸ってたみたいだけど」
肩をすくめて首を振る。
「ハン。ガキにはこの味はわからんよ。このまったりとした渋さというか…」
「ガキ?」
子供、という言葉に反応して迷彩服の男を見る。
「そそそ、20歳以下は吸っちゃダメなんすよ、ウチの国では」
おどけて迷彩の男が言う。と、同時に女が吹き出した。
「な…んだよ。そりゃ俺も若く見えるみたいだけどな、コレでも一応25だぞ」
迷彩の男が言う。
「君ね、僕がいくつか知ってるかい?」
「さぁな。14、5だろ、どうせ。見た感じそんなもんだ」
じろじろと眺めてから、迷彩の男が言う。女の顔はまだ幼く、ティーンエイジ独特の雰囲気が有る。
「ふぅ…無学なるは生者の性、生くる為に学べ若人とは僕の先生の言葉なんだけどね…。
 あんまり自分の尺度で計るのもどうかと思うよ」
「何ぃ?ってことは」
「そぉそ。ハイエルフ長命なんですよ」
「お前、じつはすっげーババ…」
男は最後まで言う事が出来なかった。太ももに痛烈な膝蹴りが入ったからだ。ボディーアーマーで守れない
その部位に、金属製のグリーブを付けた状態でクリーンヒットしたその痛みに男は悶絶する。
「これでも女だからね。失礼な事をいっちゃダメ。って…あ…そんなに痛かった?」
「…」
腿を押さえてのたうち回る男を見て気まずそうに頭をぽりぽりと掻く。

606 名前: ◆rZb05aQI/2 [sage] 投稿日: 2007/11/16(金) 02:00:04 ID:???
と、女の背後立てかけてあったにある無線から空電まじりの通信が聞こえた。
「こちらブラボー3、大型魔法陣を発見した!大分詠唱を終えている様だ!ポイントフォックストロットから
 北西に300メートル!多分危険度はAに分類される魔法陣だ!恐らく方向はラトの部隊に向いている!
 現在攻撃中だ!東からの支援が欲しい!急いでくれ!どうした!?」
「…ありゃま」
何故か女は無線を取らない。
「ねね、大丈夫?空話かかってるよ?君じゃなきゃ答えられないんだから」
「っくぅ…」
「ねぇねぇ、やばいって〜」
焦った声で倒れている男の周りを心配そうに見ながらぐるぐると回る。
すると更に無線ががなり立ててきた。
「っつーかコラァ!マイクお前聞いてんだろボケ!さっさと応答しやがれ!そっちにゃ敵いってねーのは把握してんだ!
 さっさとでねーとてめーの口にクソつっこんでセイウチのマ○○に頭突っ込…っておいおいおい!
 ありゃベヘモスじゃ…ちょ、待て待て待てあーくそ!アホタレそこは射線だ遮るな!ぼさっと…のわーー!」
なにやら無線の向こうではえらいことになっているようだ。
その空気を感じ取った女は空を仰ぎ見てためいきをついた。
「と…とりあえず、みんな呼んでくるね、あはははは…」
白々しい笑いとともに気まずそうに走り去る女。
「待て…このクソアマ…」
弱々しく手を伸ばす迷彩の男だが、その手は力なく地面に落ちた。
「クソ…」
ごろりと仰向けになり、空を仰ぎ見る。
「戦争って…つれぇ…」
どんよりとした空の下、無線から罵詈雑言が鳴り響く中ずきずきと痛む腿は、この世の理不尽を全て表しているようだった。

ーおしまいー





611 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/17(土) 03:41:57 ID:???

1選抜組の松田が叫び声を上げて起きた頃、

昇進( 出世 )の最後尾組に属していた村井は、
壊滅させられていた輸送部隊の再編制に追われていた。

「 御苦労様です 」
真夜中だというのに眩しいばかりの照明。
そこへ馬から降りて旧軍式の挨拶をしたスカウトマンに
「 眠れないのか? 」
と、贅肉の無い怖い顔が、チラとだけ振り向いた。

好ましき男( おのこ )。
スカウトマンが精勤する村井の背を目を細めてみている。
吸血鬼や妖魔の類が出没する異界の夜をモノともせず任務を勤め上げる男。

自衛隊も、世間の大企業や霞ヶ関と同様である。
出世する/出世しない、は、基本的に「 学歴 」で読める。
出世するコースで自衛隊に入隊し、
勤務内容も抜群であれば、トントン拍子に昇進する。

松田は防衛大学出身で、世間の垢に染まる前に、もう上を目指していた。
彼が同期で最も早く上へと選抜されるのは、至極当たり前のことであった。

いわゆる、「 第1選抜 」組である。

612 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/17(土) 03:45:43 ID:???

松田が職務に邁進する模範的な自衛官―いわゆる第1選抜組―であるとするのなら、
村井は世間受けしない時代遅れの体育会系―勤め上げてもドン尻組―であった。
ハッキリ言って、愛想は良くない。
かつ、どちらかと言えば、手が早くて危ない男であった。
本来なら士長や曹で止まるはずの男。
だが上は彼を幹部候補生の門へと送り込んだ。
それだけでも彼が、部内でどう目されていたのかがワカルというモノだった。
実際、彼がスカウトされたのは、
裏表の無い、竹のような性格が見込まれての事だった。

村井の指揮する輸送部隊は、「 巨神兵 」の襲撃を食らって、壊滅した。

だが、「 巨神兵 」は、伝説どおり、人馬を殺戮すること無く、
ゴンゴンゴンと異様な機械音を掻き鳴らしながら、風のように去っていったという。
「 戦車小隊は召還できるんだろうな? 」
照明の逆光で、怖い顔がもっと怖い顔になっていた。
そして闇夜に光る白い眼でジロリ、と一瞥(べつ)だけをくれて、2度と振り返らなかった。




いっぽう、松田の方は、彼こそ本当に眠れなかった。

エルフの戦士は、明らかに冷静な判断で、後退していった。

ようするに彼は、見捨てられたのである。

613 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/17(土) 03:54:32 ID:???
エルフは、神にも等しい存在であると。説明されていた。
曰く、不老不死。曰く、北方の神の后の氏族、と。
その彼らは編成の日に開口1番、松田に言った。

「 我等の世界に騒音と排煙を撒き散らす貴方達とは同じ空気も吸いたくないです。不愉快です 」

…?

…? …?? …???

( いきなり、彼らは何を言っているのだ? )

自分の聞き間違いではないか、と、通訳のスカウトマンに、
「 もう1度、訳してくださいますか? 」
と腰低く確認してみたが、
「 文字1つ余さず正確に訳しましたが… 」
と、スカウトマンは答えた。

「 …… 」

内心、ぽかん、とした顔の松田の目の前に立つ、

日本人の美的感覚とは少々外れるもの、間違いなく美麗な種族。
受験戦争を、昇進試験を、苦も無く乗り切り、
身も心も自衛隊色に染まっていた松田には、理解できない人種。

国家の未来のために、約束された将官への道も諦め、裸一貫でこの世界に着たというのに。
( 沖縄に配属された桑名先輩も、こんな連中と対峙していたから禿たんだろうか )
巨大な覇権主義国家が目の前で領海を侵しているのに無邪気に平和主義を唱えるような。
余人( 松田 )には理解できぬ四次元じみた主張。

松田ならずとも、軽い軽蔑を覚えても仕方の無い人種であった。

615 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/17(土) 04:06:27 ID:???
松田は、模範的な自衛官である。

国内法が適用されない異界にあっても、彼は自衛官であった。
異界にあっても、古巣に恥じることの無いように心してきた。
そんな彼がドワーフ族と組まされたのは、彼の強運を物語る逸話であると言えよう。
この世界のドワーフ族は、エルフ族ほどではないが長命な妖精出身の種族として知られていた。

もう少し邪気( 人間社会 )に汚染され、守銭奴と化したドワーフ族ならともかく、

この、黒く広大な森と、何処までも続く草原の間に点在する彼らは、
この世界の伝説に伝えられる性根を色濃く残す、単純明快で信用に足る部族であった。
ただ、松田には、この世界の北方の民は、いささか、原始的にすぎた。
歯を磨くことはしないし、手のギトギト油も第三世界の民よろしく革のベルトになすりつけたり、と、
身だしなみを維持する事には定評のある松田にとって、天敵に等しい存在でもあった。
自然、部下の掌握、という、指揮官にとって、もっとも重要なポイントが怪しくなってくる。

それでも本来、気難しくて手におえないドワーフ族が、彼をよくたてた。
この地のドワーフ族は先祖代々の宿敵・邪龍・ファファニールを自衛隊に退治して貰って以来、
自衛隊に対して強烈な恩義を感じていた。
だから、自分の孫のような松田にも、よく仕えたのだった。

しかし、ハナから現代日本の勢力に嫌悪感のあるエルフ族( ハーフエルフ )は違う。
彼らにとってはドワーフ族の宿敵・邪龍・ファファニールも所詮はこの世界の天然の生物であり、
暗黒の排煙を撒き散らし、
万雷の炸裂音より凄まじい轟音を轟かす自衛隊に比べれば、可愛い存在であった。
ゆえに、快進撃を続ける自衛隊に、
「戦車を止めろ!ヘリを飛ばすな!砲兵を黙らせろ!火炎放射器を使うな!」

などと、同盟軍とは思えぬクレーマーぶりを発揮したエルフ族は、

連合軍の中にあって、最も浮いた存在となってゆく。( 今日はここまで〆


629 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/22(木) 05:45:59 ID:???

「ああ、もう!我慢ならぬ!」

まるで、飴のような透明感のある美しい兜 が、ガンッとばかりに投げつけられた。

「誇り高きエルフ族の王女よ、我々も引くに引けぬのです」

その投げつけられた美しい兜を、ハシと両手でアメフト宜しく受けたスカウトマンが、
さも高貴な宝物を扱うように捧げ返す。
それを黙って受け取るも、少しも怒りの収まらぬ彼女は、
まるで彼氏の浮気に激怒する純真な少女のように、何時までも何時までも怒り狂っていた。

「(まあ、王女相手の方が、男衆を相手にするより千兆倍はマシだ)」

そんな本音を悟られぬよう、また、その美しい顔を直視して失礼の無きよう、
慎重に慎重に目線を彼女の踏みしめる床に落とした彼は、

この荒れ狂う戦乙女(ヴァルキリー)に
兜を投げつけられ、それをただ黙って頬に受け、
唇から血を流しながら、その美しい宝物を拾い上げた

ある1人の自衛官の顔を、思い出していた。

「なぜJIEITAIは退かぬ!」

あの自衛官は、王女の叫びを、血を流しながら、聞いていた。

「我ら、誇りある太古の種族を軽くみたか??!」

630 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/22(木) 05:50:08 ID:???

見かねて、割って入った。

自衛官は戦うのが仕事である。

口舌の徒ではないのである。

だから彼はただ黙って、頬に兜を受けたまま、耐えていた。

自衛隊を矢面に出すから、
何の罪も無い自衛官が、耐えねばならぬ。

斎藤と2人だけの時代は、良かった。

「(組織といい国といい、なんと煩わしいことか)」

「なぜJIEITAIは我々の要求を聞かぬ?草原や森の精霊の嘆きが聞こえぬのか!」

「( 聞こえてりゃ発狂しているわ )」

誇り高きエルフの王女よ、などと言いながら、
世界を切り裂く彼女らのむせび泣きを相手するのは、
武官でも文官でもなく、1人の全権交渉人だけで十分だ。

武官にしろ文官にしろ、究極的には、

たんなるメッセンジャーボーイ、使い走り、に、すぎないのに。

631 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/22(木) 06:01:57 ID:???
そんな無力な彼に投げ付けられた美しい兜。

その我慢は、誰のため。

「(まあ、聞こえたところで、いまさら原始時代に戻れる訳もないが)」

戦車砲は数キロ先の拠点を、集団を、木っ端微塵にしてのけた。
特科の砲列は、視界の外の敵の姿を見るまでもなく消し飛ばした。
そしてヘリは、必要最低限の破壊と処理で1国をひれ伏せさせもした。
…覚悟を決め、現世の保証された生活と未来を捨て、裸ひとつでやってきた。
そんな彼らを1人も失う訳にはいかなかったし、
また、これらの軍事行動を実行するために、彼らは来たのだった。
…その彼らの行動をサポートするために、
スカウトマンが募った現地人の諜報従事者は、当初、数十を数える程度だった。
それがやがて国家の内密の支援を受けるようになり、
主導権が国家の代弁者である自衛隊に移ってからは、現地人の諜報従事者は、数百を数えただろうか。
しかし、吸血鬼や妖魔も跋扈するこの世界では、人の寿命は驚くほど短かった。
雇う側から、彼らは倒れていった。
そしてとどのつまり、現代軍事組織経験者が、たとえ異世界とはいえ、
1国の王宮魔道士の探査力ごときに遅れをとることになろうとは。

その上、道路の整備、宿場町の新設、治安の充実、衛生知識の普及、など、
軍事行動以前の環境整備面でするべきことが山の様にあった。

第一、雨が降れば全土が泥濘に化ける大地など、機甲科ですらお手上げだった。

埋めれぬ穴は、とどのつまり、現地勢力の協力を仰ぐしかなかった。

交渉が必要だった。

現世にヒタヒタと浸透してくる闇。一刻の猶予も無かった。〆

651 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/28(水) 03:13:42 ID:???

「美空ちゃん、パパでちゅよ〜」

ガチャリ、と、玄関から顔を出す渋めな男。

「あ!パパだ!」扉の開く音に即座に反応して、
白い小さな靴下を履いた足でドタドタと駆け寄ってくる幼い娘。
日本ではごくありふれた幸せな家族の1コマ。
そんな、どこにでもある幸せな父娘の図、に、
「芹沢さん、美空ちゃんの前ではホンット、別人になりますよね」
と、芹沢の背後に立つ福島士長が苦笑しながら感嘆する。
「どうだ福島!可愛いだろう?俺の娘は可愛いだろう?」
生意気にも浮いた話1つ生産しないイマドキの好青年に、
説教したがり年代の年長者が、これでもかこれでもか!と
“家族持ちの男のSIAWASE!”を見せつける図。

今、“この世で1番!幸せな人コンテスト”を開催すれば、

間違いなく芹沢さんが1番だろうな、と思いつつ苦笑する福島士長。

「おう?さては福島、俺の美空にホレたな??」
福島の苦笑の図に得意満面の芹沢1曹。
「やらんぞ?ウチの美空は絶っっ対にやらんぞ!」
ムッチュウ、と、愛娘の頬に熱烈なキスする芹沢1曹。
キャア、と嬌声を上げる美空ちゃんは可愛すぎる…けど、
美空ちゃんが成人するのは10年以上も未来のことですよ??

心中、持ち帰るには無限大すぎる幸せビームにお手上げの福島士長。

652 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/28(水) 03:18:40 ID:???

芹沢1曹も昔は率先して若い者を集めて、“飲む・打つ・買う”まで
積極的に指南するタイプだったのだが、
5年前にベタ惚れのカミさんを迎えて、続いて目に入れても痛くない愛娘ができて、と、
今では筋金入りのマイホーム・パパに化けてしまった。
柵の中ではスペシャリスト、柵の外では銀行マン顔負けのジェントルマン。
可愛いニョーボと美空のために、しかし、
自衛隊業●十年のベテランの余裕で、
イケイケ時代の最後の弟子である福島の指導も決して忘れない。
何でもソツなくこなすけど、今ひとつ、しつこさの無いイマドキの代表・福島。
“出来の悪い子ほど可愛い”の弁で、
課業が終わっても柵の外に出ようとしない福島を何くれと可愛がっている。
そのため、頭で納得しないと、決して動こうとしないイマドキの福島も、
今ではすっかり芹沢に“ココロの垣根”を下ろしてしまっている。

そんな芹沢の邸宅から退出した時だった。

地方に根付いた芹沢の城は、

車の往来はあっても、人気の少ない地区の外れにあった。

そこから福島の実家までは、

車で30分ほど、同じく人気の少ない地区を走らなければならない。

653 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/28(水) 03:23:36 ID:???

あれから20分ほども走ったか。

背後から強烈なハイビームが福島を襲った。
ミラーに反射した強烈な光。面食らう福島。
自衛隊員として安全運転を心がける福島の車が、殆ど止まりかける。
その横を最新のスポーツ・カーが猛然と走り去っていった。
この辺りでは珍しくもない暴走族の類であろうか。
その傍若無人の走法に思わずカッとなる福島。
だが自衛隊員は道交法を死守するのが鉄のオキテである。
せいぜい「警●は何をやっているんだ!」と、
同じく人手不足で沈没している同業者に毒づきながら、
罪の無いハンドルに怒りの掌底を食らわすのが、せいぜい。

車中で1人、降って湧いた怒りをぶつける対象もなく、
ブツブツブツと文句を垂れている福島を乗せ、
道交法を守りながらノロノロと進む気の毒な車。

……全く、絵に描いたような安全運転だった……。

そして……行く手の遥か先に……

この辺りでは珍しいヒッチハイカーの姿が……浮かび上てきた。
ヘッドライトに朧に照らし出されたソレを目のイイ福島が見たところ、
都会から遊びにきた若い女のように見えた。………こんな時間に?
そして、その前に止まっていたのは、あのスポーツ・カーだった。
何やら、交渉中のように、見えた。
女が助手席に乗った。スポーツ・カーが猛然と走り去る。

654 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/28(水) 03:33:10 ID:???

そこまではよかった。

不味いのは、スポーツ・カーが、

右手の林に曲がってゆくのが見えた事だ。

福島にとっては、そのまま直進すれば5分で実家だ。
右手の林は、たしかに駅のある中心街への近道なのだが…悪い予感が走った。
…見てしまった以上、知らぬフリは、できない。
女が心配になった彼は、やむなく右の林へと、ハンドルを回した。

杞憂なら、いい。

寂しい林道を、福島の車のヘッドライトだけが走っていた。

買ったばかりの新車を、福島が初めて持て余した瞬間だった。
しかし、それでも、鉄のオキテを守らなければならない。
腹立たしい程の速度で、福島の愛車が、暗い林の中を、緩やかな上り坂を、進んでゆく。
やがて……、何事もなく、街の中心を見下ろす稜線に、出た。
ここからは人家も多く、犯罪が行われるとは考えにくい。

(案外、ちゃんと駅まで送っていく人だったのだろうか)

街の明かりを見て、安堵する福島。

しかし。

なにかが、欠け落ちているような気がする。

655 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/28(水) 03:38:31 ID:???

陸士として日々を律する習性が、

もしくは、演習で草叢(くさむら)に化け、化けられる生業が、
福島にかすかな気付きを与えたのかも…しれない。
用意周到・頑迷固陋とは誰の言葉か。
彼は陸自で得た第2の天性に導かれて、今来たばかりの道を引き返した。
やがて…幾つかある脇道の1つにかすかに痕跡を残す個所を見出した。
道に覆い被さるような木の枝の先端が何者かに消し飛ばされたような。
車から降りてじかに触ると、じくり、と水気を含んでいた。

辺りは藪を含む闇。

本当に最新のスポーツ・カーが、こんなところへ?

もし…林の中で女が乱暴されているのなら、
1刻も速く車で現場に乗り付けて、強襲をかけるべきだろうか?
1瞬しか見ていないが、スポーツ・カーの中の人間は、運転手1人だけのはず。
だが、相手の性格と武装までは…解らない。

こちらの突然の乱入に驚いて逃げてくれる相手ならいいけれど、
逆上されて女を人質に取られたり、負傷させられたりしたら。

リスクを考えれば女の自己責任という事で関わらない方がいいんじゃないか?
いや、国民の血税で養われている以上、そんな真似が出来る訳が無い。

なら、車を置いて、闇に紛れて奇襲をしたらどうだろうか?

……野外プレイ中なら、ソッと立ち去ればいい……。

656 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/11/28(水) 03:41:40 ID:???

……闇の中、

車から下車してソロソロと中腰で歩を進めた福島が、

行けども先の見えぬ展開…に、
軽い後悔を覚えた時、
行く手に車が姿を表した。
車内には…誰もいない。
もう少し先に進む。
やがて…遠くに立ち姿で抱き合う男女の姿が…見えてきた。
馬鹿馬鹿しい結果に、
しかし心から安堵しつつ、引き返そうとした。
が…何か、様子が、おかしい。
女は、ぽかんと、空を見上げているように、見えた。
男は、女の喉に、噛み付いているように見えた。
その状態が数分間、続いた。

不意に心臓が走り出した。

理由はわからない。

福島が静かに脇の藪深くに身を隠すのと、
2人の行為が終わったのは同時だった。

ドサリ、と、女が倒れた。



668 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/07(金) 01:12:09 ID:???

雷鳴が轟き、稲光が走った。

そして、大粒の雨が、世界に満ちた。
「 毎度の事ながら、戦場に降る雨、というヤツは 」
稲光に人影が浮かび上がる。
稲光が照らし出す顔は皺が深く、年月の重みを感じさせる。
「 前進観測班が壊滅した今、恨みの雨ですな 」
天幕の入口に立つ彼に、背後から声がかけられた。
天幕の奥では魔獣から取った油( で作った固形燃料 )がチロチロと燃えている。

その燃料の灯りに浮かび上がる老人達。

「 ……国は何時まで事態を隠し通すのか? 」
「 何でも現場に押し付ければいいってもんじゃない 」
「 若い者たちが可愛そうだ 」
「 まあワシ等が入隊した頃はもっと酷かったがな 」

「 ……言うな。我々は、政治に関与せず……、だ 」

そんな彼らの目の前を、

歩哨を下番した福島士長がずぶ濡れで駆けていった。

669 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/07(金) 01:20:57 ID:???

「 心臓が口から飛び出すって、ああいう時を言うんでしょうね 」

「 野外手術システム 」を模した民間の大型車両群。

その車両群に付属する「 第7隔離治療車 」の中で、
民間の病院出身の看護婦からホットレモンを入れてもらった福島が呟く。
聞き役は「 第7隔離治療車 」担当看護婦の夏樹さん。
( 福島は奥ゆかしい自衛官のため、夏樹の上の名前を知らない )
天井を雨が激しく叩き、会話の聞き取りは難しい。

……まず、盗聴されていても大丈夫、

という状況で若い男女が2人きりだった。

柵の中で自由もプライバシーの無い隊員生活を送る自衛官と、
想像を絶する過酷な人手不足に耐える看護婦の組み合わせは、
実は、結構、イイ線いったりするもの…なのか。

お互い不規則な勤務にも徹夜にも慣れている似た者( 職 )同士。
寝る間を惜しんでストレス解消の( 勤務外 )のおしゃべり相手。

その外で雨風に煽られてバタバタとはためく業務用天幕( 病院用 )群。

672 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/07(金) 01:51:11 ID:???

あの夜、福島士長は、極限の恐怖と戦っていた。

ヒッチハイクの若い女を殺した?何者かは、女を藪に引きずり込むと、
世にもおぞましい音を福島の脳髄に叩き込んでくれた。

福島にとって幸いだったのは、途中で食事済みだったのか、
それとも彼が人間(大)らしい小食だったのか、
その恐怖の咀嚼音を自衛隊の速飯並みの短時間で切り上げてくれた事だった。
その間、福島は息を殺して凍り付いている事しか出来なかった。
もっとも、それだけでも、実は、大変な偉業、だったのけれど。
……福島が動けたのは、何者かが車で走り去った後だった。
弾かれたように食事場??に駆け寄る。
そして福島は演習で見つけた首吊り死体よりも凄まじいモノを見て、息を呑む。
が、ここで福島の理性が回り始めた。

― 50%の確立でアイツは( 愛 )車の方向に走る。
― なら、車が無人な事に気が付くと考えるべき。
― なら、覗き見された事にも気が付くと考えるべき。
― ココから離れなければ不味い。
― ココと愛車の直線上にいるのもヤバイ。

福島が走った。

673 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/07(金) 02:02:02 ID:???
考えてみれば最初の暴走も、得物を見つけた猛禽のソレだったのだ。
福島が高校の時、彼女と見たホラー映画。
今、その恐怖に対峙しているのは、劇中の人間ではなく福島自身だった。
全速で林の中を大きく迂回し愛車に向かう。
途中で、向かう方向から耳障りな疾走音と急停車音がした。
本能から咄嗟に身を硬直させる。
やや間があって、再びスポーツ・カーの急速発進音と疾走音がした。
ここぞと愛車の方向へ突っ走る。
…夜の林の中の薮漕ぎだったため、全身傷だらけだった。
…何度も足を取られてたたらを踏んだが、幸い、捻挫1つしていない。
そしてパニック映画の犠牲者のように鍵を出す事すらもたつきながら、車内に雪崩れ込む。
同時に福島は1計を案じ、
盛大にエンジンを吹かせて自分の存在を強烈にアピールした後、中心街へ愛車を走らせた。
福島の狙いは、こちらのアクションを印象付けて、相手の行動を縛る事にあった。
これで相手は一目散に現場から逃げ出すか…おそらく、猛然と追いかけて、くる。
相手が女を薮の中に引きずり込んだのは、後で食べるつもりなのと、隠したいからだろう。
それが見られてしまった上に、あの暴走癖…まず、間違いなく、消しにくる、と読んだ。
――なれば。
福島は待ち伏せに都合の良い場所に待機し、捨て身で神風するつもりだった。
福島は残念ながら自衛官だった。
自衛官としての第2の天性が、極限の場面でも逃げる事を拒否させたのだった。
一般人なら街中に逃げ込み、後の処理は警察に任せればよかった。
だが、それは、「 人を食う 」殺人鬼を、永遠に取り逃がす可能性が大であった。
自衛隊は日陰者である。否、日陰者を強いられる職業である。
だが、だからこそ、逃げれなかったし、逃げる気も無かった。
それとは別に……、最悪の事も考えるなら、1歩でも警察が近い方向がいい。

そして、これは1個人の本音として、

1歩でも、半歩でも、1秒でも、奴を実家や芹沢家から遠ざけなければ……。

677 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/11(火) 00:40:45 ID:???

福島の愛車は稜線に到着。

街の明かりが見えてきた。

― ここだ。

ここしかないという場所を見つけた。
下り坂手前では奴も減速するだろう。
その時、右手から車ごと突進すれば。

限りなく世代の平均値を体現していた福島が見せる豹変の理由。

相手が人間であるはずが無かった。

福島は部内でも相当に目が良い隊員だったのである。
その福島が気が付く先にヒッチハイカーを見つけて殺到するなど。
そして福島が不運なヒッチハイカーに駆け寄った時には…。

木の根元に、女の頭部が転がっていた。

胴体は異様な形で凹み、物凄い手形と爪痕がついていた。

― 殺すしかない。

内心の恐怖を押し殺しながら――待つ。

678 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/11(火) 00:45:17 ID:???

だが、不思議と……神風への恐怖感は無い。

実家や芹沢家への思いのためだろうか。

神風よりも、倒せなかった時の恐怖のが強かった。
「( 僕も食われるのだろうか )」

生きながら食われるのだけは勘弁して欲しかった。
「( それよりも実家や芹沢さん達は )」

携帯は使えなかった。
芹沢家に避難を勧告する手間と気配りも惜しかった。
相手の目の良さを考えればチャンスは1度しか無い。

ミスは許されない。

たった1人で、ただの1度で、成功させるしかない。
第一本能の奥底では車の神風でも勝てる気がしない。

死角に潜み、闇をまとう。

ともすると目を閉じ、

ハンドルに額を押し付けて、高位なる存在に祈りたくなる。

679 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/11(火) 00:50:40 ID:???

だが無情にも、

スポーツ・カーの轟音は、郊外へと向かった。

福島は相手の知能と性格を見誤った事を思い知った。
相手は典型的な暴走族や異常者の類ではなかった。

状況から判断するに( 要するに )
福島は位置アピールの作為を見破られていた。

運が良くても郊外に逃げられてしまう事は確実。
それどころか今度は、福島が未知の目に怯える番に回ったのだ。

相手は福島の今夜の行動パターンを手がかりに、
任意の日時と場所で待ち伏せし、福島を確認次第、追尾。

そしていずれ、決定的な急所( 実家や芹沢家や駐屯所 )を突き止める。
最悪、福島は、芹沢家から出る所を見られていたのかもしれない。
状況の最悪を悟った福島は、口から心臓が飛び出しそうな恐怖に打ちのめされた。

ほんの少しの、当たり前の善意、当たり前の責務が、

福島から自分の命より大事な人々を、奪い去ろうとしていた。

684 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 00:52:28 ID:???

後手に回った衝撃が、福島を押し潰す。

動くも死、動かぬも、死。

待ち伏せされた場合、今宵の内に弱点を晒しかねない。
それどころか奇襲される可能性も十分にある。
― 電 話 !
しかし電話で警察に説明している暇はない。
福島の平均時速は30〜40km/時。
殺人鬼は軽く100km/時以上を出している。
だが、この時ほど、
この文明の利器の真価を、福島が思い知った事は、ない。

距離と時間を考えれば 実家→芹沢家→警察 の順。

まず実家に電話。出ない。出ない。出ない。
母親の携帯!出た!
今、( 父と )市街のレストラン?OK!即切!
芹沢家に電話!まず芹沢夫人が出、美空をあやしていた芹沢が代わる。
「 福島かぁ?どお ブ ッ 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

685 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 00:58:03 ID:???

この後の福島の記憶は、定かではない。

・・・・・・

・・・・・・

ただ確実なのは、芹沢家に向かった事だけ、だった。

686 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 01:04:44 ID:???

ひときわ、強烈な稲光が走った。

「 それで…どうしたの? 」

何時の間にか夏樹は、
自分で炒れたホットレモンを飲むのも忘れて硬直していた。
逆に、真ん丸になった夏樹の瞳を覗き込む福島の方は、
夏樹に炒れて貰ったホットレモンを、さも美味そうに流し込んでいた。
天井を激しく叩く雨も、車両群、天幕群を震撼させ続ける雷鳴も、どこ吹く風。

「 月光仮面に助けて貰ったんだ 」

「 げっ、げっこうかめん??? 」

「 ほんとほんと。月光仮面が走ってきてさあ 」

・ ・ ・ ここらへんの「 おとぼけ 」は、芹沢さんに習った。

自衛隊員は、以外に冗談が上手いと言う。

福島も目と話で夏樹を怒らしたり笑わせたりしてのけたけど、
そこから先は、とても他人に言える事ではなかったから……。

687 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 01:11:32 ID:???

福島はアクセルを全開にしていた。

速度は覚えていない。

ヘッドライトに人影が浮かんだ。

フラリ、と現れたそれは、真一文字に飛び込んできた。

福島は迷わずハネ飛ばした。

衝撃。後方に“ 盛大に地面を転がっている人体 ”

が、ムクリと起き上がる。

同時に、信じがたい速度で追尾してきた。

急ブレーキ。

2度、衝撃が走り、ボンネットの上を転がってゆく人体。

迷わず、その人体を轢く。

……。

轢いたはず、だった。

688 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 01:16:02 ID:???

左サイドミラーに何かが映っている。

人体がへばりついていた。

ここから先は、本当に覚えていない。

・・・・・

気が付けば、目の前で拍手が1つ打たれ、目を覗き込まれていた。
目の前には、何処と言って普通のサラリーマンが立っていた。

「 大丈夫かい? 」
― えっと…?
「 君、何を道の真中で、ぼ〜っとしているのさ? 」
― えええ?
「 あ…そういやアレ、君の車かね? 」
― 車?…く…る…ま…?
「 さっき何台かレッカーされていったけど? 」
― ない!愛車が、ない!
「 呑気な人だなあ……財布はあるかい? 」
― 財布は…ある。
「 よかったら送っていこうか?君の家は何処だい? 」

サラリーマンが近づいてきた。

目の前で拍手が1つ打たれ、福島の意識は、途切れた。

690 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 01:30:40 ID:???
●次回からの主軸

「 パターンから奴等の習性を読むのさ 」

陸幕を名乗る男は、そう紫煙をくゆらせながら、言った。

「 君が痕跡を見逃さなかったようにね 」

興味の無い話題に答えるような軽さ、だった。
振る舞いも装いもこの土地に溶け込んでいた。
「 イマドキ 」「 フツー 」が良く馴染む、
そんな福島が初めて経験するもう1つの、戦慄。
男の見せる異様な無個性。
街の光と闇の狭間を歩む、人の姿をした影。

「 こちらも事態が深刻なのは承知しているのだがね 」

1瞬だけ言葉が詰まった。

「 本来業務も極めて厳重な人選が必要でね、手が回らないのだよ 」

ウソだとは思えなかった。

言葉の端々に、幽かな焦りと、謝罪の気配を…感じた。

〆切

697 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/23(日) 16:30:27 ID:???

あれから数週間が立った。

福島士長はというと、

隊員生活は何事もなかった。

だがその他は散々だった。

車はレッカーされたというが、
警察に問い合わせた所、そんな事実はないと言う。

それじゃ車は何処に消えたと言うんだ?

百歩譲って車は、まだ、いい。

不味い事に「 芹沢家から出た後の記憶 」が消えていた。

記憶は、芹沢家から出た所から、いきなりサラリーマン。

698 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/23(日) 16:32:36 ID:???

「 記憶 」も「 車 」も無いのは何故?

幾ら考えても、答えは見つからなかった。

何度思い出そうとしても、駄目。

そんな訳で傍目はともかく福島は混乱していた。

芹沢1曹からも「 昨夜はどうしたんだ? 」
と怪訝な顔をされて、なんともしどろもどろな対応になる始末。

が、まあ、福島がしどろもどろになるのは、今に始まった事じゃなかったから、

「 まだ昔の彼女のTEL、消していないのか? 」

と、妙な同情をされる始末。

699 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/23(日) 16:43:37 ID:???

何度目かの休日の朝。

特別外出( 外泊 )の日だった。

この日も芹沢1曹にお誘いされていたが、
流石にそんな気にもなれず、丁重に辞退して実家へ。
したらば実家の手前に、
なんとも冴えない車が、止まっていた。
大分流行遅れの、なんとも冴えない車種。
あのサラリーマン?の車だった。
……いる。
車の中で、何となく…暇そうにしていた。
ここで会ったが百年目。
今更何の用だ?と疑念が湧かない訳でもなかったが。
早速、車の右手に自転車を止め、
自転車から降りないまま、窓をノックする。
サラリーマン?は、それでようやく気が付いた、という風で窓を開け、

「 やあ、元気かね? 」と、きた。

まるで遠い親戚のように気兼ねが無い。

福島はそれには応えず、不審の目を向け続ける。

700 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/23(日) 16:46:34 ID:???

「 元気かね? 」

と問われれば、あの夜以来
「 奇妙な不快感 」に悩まされている。
―― 魂が眠らされているような。
それに、
自分の愛車の行方について騙されている気配 が、気に食わない。
そんな福島の内心を知ってか知らずか、
「 ちょっとそこまで乗らないかい? 」と、きた。
「 … 」
言いたい事、聞きたい事は山程ある。
しかし人目につくのは御免だ。
まさに渡りに船。
1度騙されている気はあったが、福島は誘いに乗った。

念のため芹沢1曹に、時刻、場所、ナンバー等を、手短に伝える。
芹沢は福島の言葉を聞くだけ聞いて、すぐに携帯を切った。
目的と理由は述べなかった。

以心伝心だった。

相手は携帯の意味を知ってから知らずか、特に気にしている様子も無い。

701 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/23(日) 17:29:11 ID:???

15分後、

最初の記憶の場所に立っていた。

日本国、何処にでもある、昼なお寂しい道。

夜は満天の星空が見え、忘れた頃にやってくるヘッドライト以外は、何も無い。

そんな場所だった。

男が車を降りたので、福島も続いて降りた。

「 タバコは吸うかい? 」男がタバコを勧めてきた。
「 いえ 」必要最低限の単語で断りながら、男に注目する。
福島の目の前で、ボッ、と音を放って炎が膨れ上がる。
その、ジッポの炎の赤越しに見た男の眼差しを、福島は一生、忘れまい。

「 合格だよ、福島士長 」

福島を優しげに見つめた男が、宣言とともに拍手を1つ、打った。

702 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/23(日) 17:35:27 ID:???

・・・・・

「 本当に大丈夫なのか? 」

首相官邸で現首相が、盟友の元首相に、

「 ぬりかべ 」のような顔を向ける。

「 何かあればワシが責任をもつ 」

分厚い唇の男が澱みなく無く答える。

2人の目の前に、

現地からの報告が、小さな冊子になって鎮座していた。

「 もう公表するべき時が来ているのではないのか? 」
敬虔なクリスチャンで、隠し事ができない首相が、

腹を割れる数少ない人間を前にして、うなだれている。

「 お前さんは顔に似合わず善人だが… 」
肉厚の顔に巨大なへの字唇を盛大に伸ばして、男が肩を落とす。

「 もう少し、その、なんだ… 」

らしくなく言葉を濁したへの字唇が、冊子に火を灯した。

クリスタルの灰皿の上で、冊子は静かに燃え…やがて、ただの燃えカスになって、消えた。

708 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/31(月) 18:33:15 ID:???

>>696   ( まとめ )
>>697-702 ( 前 回 )

「 内調に限らず何処も手一杯だ。本当に大丈夫なのか? 」
「 だから陸幕の方で現役からも引き抜きをかけておると言うておる 」
「 警察畑は駄目なのか?どうしても自衛隊畑なのか? 」
「 自衛隊畑しかない 」「 なぜ? 」「 冊子の通りだ 」
「 警察畑ばかりなら国際紛争を起こさずに済んだのでは無いのか? 」
「 犯罪者予備軍の検挙だけなら、警察畑のメンバーで十分過ぎるが 」

への字唇が、葉巻に手を伸ばしつつ、言った。
「 ゴジラが闊歩しているような世界だ。警察畑には荷が重すぎる 」

ぬりかべが、その葉巻を没収しながら、問う。
「 情報漏洩の恐れは無いのか? 」

「 人選は担当幹部自らの内偵で成されておる 」
「 しかし100人が100人バグ無しと言うのは無理では? 」
「 大丈夫だ。派遣員の多くは、自ら命を賭けて志願してくる 」
「 冊子によれば事件に巻き込まれた人間が多数だが、本当か 」
「 本当だ 」

709 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/31(月) 19:01:39 ID:???
・・・・・・・

「 ―! ここは!? 」

「 合格だよ、福島士長 」

男の宣言と拍手と同時に、本当の正気に戻る福島。
眩しい日差しの世界が一瞬にして、あの夜に戻った。
ジッポの炎が消えるとともに、男の顔が闇に消えた。
そんな、世界の急変に激しく動揺する福島。
それを気遣うように、真っ黒な人型のシルエットが、
「 君を眠らせている間に、総ての確認を終えた 」
と、穏やに、ゆっくりと、語りかけてくる。
優しく、暖かな声。まるで、子守唄のような。

「 私は陸幕に身を置く者として 」
子守唄のような言葉が1度区切られた。
「 君のような素晴らしい後輩を確認できた事を、誇りに思う 」
雲1つも無い満天の星空の下、万感の思いを込めて、男は言った。

「 眠らされていたって…それでは、せ、芹沢1曹は!? 」
「 芹沢は我が社の病院に収監されていると答えれば、満足かな? 」
男が悠然と答えた…明らかに嬉しそうな気配を込めて。
「 君の捨て身の活躍が無ければ、当然、そうなっていただろうね 」

「 それじゃあ!? 」

「 芹沢も芹沢家も君の御両親も、無事だよ 」

710 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/31(月) 19:09:18 ID:???

「 本当ですか!? 」

「 君は我が社の星だ。その君をこれ以上試してどうする? 」

男の説明によると、当時、福島は、恐怖で焼き切れていたらしい。
「 要するに福島君は、半分、発狂しかけていたんだよ 」
「 それで眠って貰って、仮の記憶を、ね? 」
「 まあ、発狂せずに済んで良かったよ 」
と、男は福島の両肩に、労わるように手を置きながら、言った。

「 携帯通話が切れたのは? 」

「 必要 最低限 の処理だけを、されたのさ 」

男の説明によると、
彼ら存在が露見する事を非常に恐れているらしい、と。
今回のケースは、彼らがたまたま、芹沢家周辺を下調べしている最中に、
芹沢家から周辺の住人では無い若い男が出てきて…と言う事だろう、と。
それで、芹沢家の電話線だけを、何らかの方法で切断したのだろう、と。

「 現場には不審な石が1つ転がっていたが… 」
「 流石にこれで切断したとは、考えにくいが 」

芹沢家の電話線だけを切ったのは、
余計な「 仕事 」を増やしたくなかったからだろう、と。

711 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/31(月) 19:15:55 ID:???

その後、福島ないし証拠を消しに戻った、と。

ヒッチハイカ―は、単純に福島よりも、

「 襲い慣れた 」食べ物だったから、選ばれただけだ、と。
「 彼らは消えても不思議でない人間を好むからね 」

なお、福島は福島で
不死身じみた鬼、または吸血鬼の類と死闘しつつ、
半狂乱の態で、実はキッチリ「 110番 」を入れていたらしい。
その福島の通報を受けた通信司令本部は、
福島の半狂乱の様子に、
極めて、極めて、異常な事件が発生、と判断。
そのため、無線ではなく有線で「 担当部署 」に連絡が入った。

その「 担当部署 」の1人が、陸幕を名乗る彼だと言う。

「 まあ、逃げられてしまったが、無事でよかったよ 」
「 …アイツはまたこの周辺を徘徊するのでしょうか 」
「 NightStalker( 闇に這い寄る者 )の高級種のようだが 」

陸幕を名乗る男は少し、考えてから答えた。

「 考えにくいな。彼らはリスクを犯す事を徹底的に嫌う 」
「 そんなに頭が良いのですか 」
「 ああ。しかし、芹沢の家と福島君は、例外だ 」
「 1度、接触してしまったからな…奴らのシツコサはヒグマや自縛霊以上だ 」

712 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2007/12/31(月) 19:27:15 ID:???

・・・・・・

後日、福島が隊を去る時、

芹沢が、大いに悲しみ、大いに惜しんでくれた。

その様子を見て福島は、

芹沢の家族を守れた事が、心の底から誇らしく思えてきた。
桜散る卒業式の思いは…、嬉しいやら、寂しいやら。
「 ( 自分は隊を離れる訳では無いのです、芹沢さん… ) 」
そんな福島の内心の「 決意 」からくる余裕が余程癪だったのか、
「 畜生、何時の間にか大人になりやがって 」と額を小突く芹沢。
その芹沢1曹の振る舞いが、
福島士長に、もう1層の自信と決意を、身につけさせた。

そして、数ヶ月が過ぎ ―

福島の見る夢は、隊の夢ばかりになった。
現役の頃は気が付かなかった本当の自分。
「 俺、あそこが大好きだったんだな 」
離れて解る本心。日々の起床時間まで、同じままに。

しかし、経験をつみ、異界に派遣された福島を待っていたのは、
「 遅いぞ、福島! 」「 せ、芹沢さん、なぜ、ここに?? 」
「 疎開だよ疎開!美空のためなら新築の家も惜しくないぞ! 」

嬉しさの余り絶句する福島。

その時、奇しくも異界の空も、新春の花嵐が風に乗って舞い狂う季節だった。

721 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/11(金) 02:02:33 ID:???
>>708-712( 前回ほか )

への字唇が何時もの豪気な調子で立ち上がる。

「 もう帰るのかね? 」
「 ああ、真子が待っているからな 」
「 アンタに弱みがあるとするなら真子ちゃんだけだな 」
「 俺にはまだ真子がいるからな 」

ぬりかべが何時もの温和な細目に戻って立ち上がる。
命よりも大事な長男を無くしているぬりかべ。
その日以来、ぬりかべに恐れるものは何一つ無い。
その温和な顔の下の悲しみを誰が気付くだろう。
豪気なへの字唇が背中で労わる事しか出来なかった。
その温和な顔の下の悲しみを誰が気付くだろう、
その温和な顔の下の悲しみを誰が気付くだろう、と。

・・・・・・

同時刻・事件地区。

懐中の携帯が震え、男が電話に出る。

「 そうですか。はい、はい、場所は… 」

右手に携帯電話をとり、左手で手帳にペンを走らす。
書斎から立ち上がり、側に吊るしてあった背広に腕を通す。
速い。もう家の中に姿が無い。

通話が入って1分以内で、男の乗る車が夜の街に消えた。
722 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/11(金) 02:08:59 ID:???
音も無く闇の中を滑走してゆく1台の車。

その車中で、何度も後進達に語った言葉。
「 パターンから奴等の習性を読むのさ 」
余りに特異な事件のために未だに公表できぬ、闇のまた闇。
なのに既存の闇への対応で手一杯の日本諜報組織。

その狭間に点点と染み出した闇。

「 君が痕跡を見逃さなかったようにね 」

悲しい言い訳だった。

「 こちらも事態が深刻なのは承知しているのだがね 」
「 本来業務も極めて厳重な人選が必要でね、手が回らないのだよ 」

民間の手など借りたくなかった。

バタン、と車のドアが閉まり、闇の中に立つ。

陸幕の姿を認めたのか周囲から御苦労様です、と、
同業の「OB」や警察庁の特殊係「OB」が声をかける。

( 今夜は長くなる )

闇に走る1匹の猟犬となって、もうどれだけの月日が立っただろう。

・・・・・・
723 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/11(金) 02:16:55 ID:???
雲間から差し込むおだやかな日の光。

ゆるやかに続く草原を背景に、北の民の素朴な家々が点在してる。
勇壮な古代の城砦後。白い鳥が舞い降りる静かな川辺。

「 おい、そこのノコギリとってくれ 」

トンカン、トンカン、作業服の男達から流れてくる平和の息吹。

「 戸沢〜、ドワーフの連中に負けってぞ〜、もっとスピードを上げんか〜 」

「 中隊長〜、戸沢小隊、ただ今全力奮闘中であります〜 」

最前線で垢と染料と塵芥に塗れていた。目だけがギラギラしていた。
そんな彼らも、戦雲が遠のいた今、何時もの調子を取り戻してきた。
友の死に泣き、ドタ靴を蹴散らした日から、何週が立っただろう。

空には山岳地帯の偵察を終えたらしいヘリが、
ローター音を長閑に打ち鳴らしながら、ソロソロと下降してきている。
「 OH−6D 」や「 OH−1 」とはいかない、
なんともボロい民間ヘリではあるが…まあ、無いよりは、マシ、だ。

「 中隊長〜、最新式はいつ来るんでしょうかね〜? 」
「 今、国民は格差社会に喘いでおる!贅沢を言うなバカモノ! 」
「 でも中隊長〜も、ヘリコの足は欲しいでしょ〜? 」
「 ま、そりゃ、な〜 」

トンカン、トンカン。復興支援の足音が、平和な北の世界に木霊する。

724 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/11(金) 02:23:20 ID:???
「 さて諸君、良い知らせだ…今回、ドーザーが4台追加だ 」

司令部で、司令部付きの老人…もとい、壮年一同がニコリと笑った。

「 火力増強よりも、街道整備と復興支援の方が急務ですし 」
「 しかし毎回、雀の涙の物資だねえ 」
「 余り派手に購入すると、マスコミに嗅ぎつかれるからね 」
「 しかしなんですな、ジープが主戦力とは…やはり装甲車が欲しい 」
「 いや、今回の戦役で装甲は余り意味を成さないのはハッキリした訳ですし 」
「 魔法ですか 」「 調達費の無駄ですね 」「 人だけを殺す兵器ですか 」
「 機動力ですが民間ヘリでいいですから、ヘリがもっと欲しいですね 」
「 しかし、これ以上、貴重なヘリパイを失う訳には 」
「 ヘリは後方輸送専門しかないですね 」
「 偵察も重要なのですが 」「 天秤にかければ仕方ない 」
「 スカウトマンは鳥人族を探す旅に出たがっているようですが 」
「 信用できるのかね?エルフ族とやらも五月蝿いだけで扱いにくい 」
「 スカウトマンがいなければ、誰が日本から物資を転送するのだね 」
「 聞かなかった事にしよう 」「 物資補給が急務ですからね 」
「 ドーザー到着により、当初の予定どおり街道の整備が進む訳ですが 」
「 戦乱に疲弊した町や村の復興も急がねばならないが、まずは道だ 」
「 しかし驚きましたな…この地方はまだアブミを知らない、とは 」
「 王様やら修道士やら騎士がいるから中世世界だと思っていれば 」
「 王城から離れれば、まるで古代の蛮族の世界なんですからね 」
「 そのうち、裸のスパルタ兵モドキと戦う事になるかもしれませんな 」
「 古代の裸族を現代火器で薙ぎ払うなんぞ、ゾッとしませんの 」

725 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/11(金) 02:29:53 ID:???
老人達が天幕の中で今後の事について方針を煮詰めている頃、
恐怖の魔城に突入した空挺や選抜隊員たちは、
後方でしびれ薬を投与されて、
森の中の清流の中で水の妖精たちをあてがわれていた。
何かの拍子に襲ってくるフラッシュバック。
こればかりはどの国の、どの精鋭であっても免れない。
そのフラッシュバックから逃れるには家族の愛が特効薬だった。
だが極秘でやってきた彼らを癒す家族はココにはいない。
だからこそのしびれ薬だった。
「 おまえ、あいかわらずこの手の事は得意だよな 」
斎藤が後ろ手ならぬ前腕組みでスカウトマンの作業を見ている。
「 仕方ないだろ?医官も民間の医者も看護婦も超超超レアでよ 」
スカウトマンが不満そうにぼやく。
「 国許でも彼らが不足しているんじゃあどうしようもない 」
「 平成大不況…らしいな 」
「 昭和の極楽時代でも定数割れだったろ?どうにもならん 」
「 いないのか?ホレ、漫画みたいに美少女魔法使いがキンキラキンってな 」
「 んなオイシイハナシがありゃ、いいんだがヨ 」
「 そのかわり、水も滴る美人にありつけた、と 」
「 幻想なんだけど、でも今の彼らには幻想の中の癒しがベストさね 」
「 うらやましいハナシだな 」「 惚れられると、連れていかれるけれどね 」
「 天国にか? 」「 極楽には違いない 」「 目え醒めない方が幸せかもな 」
「 でも帰ってくるさ。そういう星の元に生まれて自衛官になったのだから 」
「 よせよ、照れるじゃねえか 」「 今日はイヤにゴキゲンだな?何があったんだか 」
馬鹿話をする2人に守られて、水の中で光に包まれている彼ら。
その彼らの帰還に備えて、近隣の村娘達の製作した暖かな毛皮着が、
2人の後ろにうず高く山となっていた。
その山よりも高い、感謝と回復への祈りとともに。


761 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/18(金) 12:14:27 ID:???
>544 スカッドの3倍 ◆MXX.xG0F5E 氏

高速船が原因不明の衝突事故。
船体に残った衝突跡に残されたのは未知の生物の肉片だった。
その報道を冷笑で迎えた日本。
だが、それは実在した。

国境の島・対馬の最北端に巨大生物が上陸。
巨大生物は三島灯台を上回る怪物であった。
第七管区の対馬海上保安部所属の
むらくも・やえぐも・たつぐも・なみぐも
ら巡視艇群はどうする事も出来なかった。

三島灯台に迫る巨大生物。

その巨体と不死身に呆然とする対馬警備隊。
対馬はこのまま滅びるのか?
― その時!
築城基地の第8航空団と佐世保の第2護衛隊群が到着。

結果、対馬は救われ、怪物は海に没した。

767 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/18(金) 13:22:38 ID:???
>765-766 そこらへんの経緯は私もよーわからん。
で、続き。規制に引っかかったら続きはこれで打ち止め。

<現代兵器で倒せぬ怪物の出現>

対馬警備隊からの報告を受け色を失う官邸と防衛省。

国の命運を背負い、第4師団(19普連)を先頭に、
全国の戦闘部隊が九州を目指す。

一方、空自と海自の追撃により怪物は、壱岐沖で再び撃退されたかに見えた。
だが、不死身の怪物は自衛隊の包囲網を突破、本土へと迫る!!
九州と中国の総力を挙げた戦いが始まる。

怪物は猛攻を受け、福岡沖から海浜沿いに北へ追い上げられる。
しかし。
「そんな…馬鹿な!」怪物が関門海峡に侵入!
狭い海峡は怪物の巻き起こす高波で大混乱。
対岸への流れ弾を恐れて自衛隊の手が弱まり、
怪物は関門海峡を突破!
狭い海峡と瀬戸内海で操艦に苦しむ海上自衛隊。

海上自衛隊の護衛隊群が疾走する美しい瀬戸内を背景に、

全国から集結した航空自衛隊の必死の迎撃が始まった。

768 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/18(金) 14:55:17 ID:???
最後に駄目元でトライ!

<決戦>
そして、死闘の夜を向かえ、九十九里浜に夜明けの太陽が昇る。

海上自衛隊と航空自衛隊が弾薬を総て吐き出したその時、

怪物の位置は・・・東京湾!!

西部方面隊・中部方面隊は怪物の移動スピードについていけない!
というか怪物の進路上は怪物の肉片から生まれた幼体で一杯だっ!
北部方面隊と東北方面隊は豪雪に歯噛みしている!
東部方面隊は、大混乱の関東の治安で手詰まりだ!

どうする!自衛隊!

「この状況を打開できるのは鉄道連隊のあの男しかいないでしょう。。。」

鉄道連隊とは何だ!?
あの男とは何者だ!?

陸自の切り札・装甲列車「スーパーX4」発車オーライ!!!

協力 :陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊

劇場版:「深海からの逆襲」

原案 :2ちゃんねる軍事板( 雑スレ・自Fスレ合作 )
今日はこれにて打ち止め〜 m( )m


868 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/28(月) 11:13:33 ID:???
「 目が覚めました? 」

「 ここは? 」

「 貴方が還ろうとして還ってきた場所ですよ 」

最初に目に飛び込んだのは、光煌く水面。

7色と金色の光に満ちた水の中から上半身を起こした時、
太古の森の濃密なマイナスイオンが男たちを包んだ。

深い深い森。しかし場違いに爽やで快い世界。
日本各地にある本物の神社の空気にも似た森。

目の前に透けるような白い肌と金の髪の村娘達。
その後ろで後ろ手組みで後ろを向いている斎藤とスカウトマン。

空挺隊員、選抜隊員らを村娘の微笑が取り巻いている。

広く浅い清流がサラサラと流れゆく。― 水に浸された、森。
869 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/28(月) 11:16:08 ID:???
手の平から流れ落ちる水。

誰からともなくお互いに顔を見合わせる。

「 どこか、極楽のような所にいたような気がする 」

隊員達は水の妖精の世界に居た事を覚えていない。
それは人の身では憶えていてはイケナイコトだから。
可愛い村娘たちが男たちをぬぐう。
日本から運ばれてきた柔らかな白地のタオル。
己の裸身を拭いてくれている村娘達。
その彼女らの言葉も解らぬまま、自身の裸身に恥じ入る隊員たち。
思いっきりの身振り手振りで遠慮するが娘たちの手は止まらない。
彼らがどんな決意をもってこの世に戻ってきたかを知っているから。
後ろ手組みで後ろを向いている斎藤とスカウトマンも何も言わない。

自分の意志で還ってきた彼らの魂に言葉は不要。

ただただ彼らが村娘たち持参の清潔な毛皮の衣服に包まれるのを、待っていた。

871 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/28(月) 11:22:13 ID:???
一方、司令部。
戦乱で荒れ果てた王国の復旧・復興の指揮に追われている。
森と草原を主な光景とするこの北の世界は、
一説には数千万の人間が様々な部族に分かれて暮らしているという。
噂に聞く南方の見渡すばかり切り開かれた先進的な世界と違い、
熊や虎や狼といった見慣れた生物以外にも、
巨人や鬼、竜なる幻想生物までもが繁栄している生命豊かな世界。
つまり早い話が膨大な人口を孕みつつも未開の大地であった。
日本を遥かに凌駕する広大な大地。その極わずかを版図とする王国。
戦車どころかジープ(73式小型トラック)ですら通れぬ場所ばかり。
元・施設隊が最初に道路整備に着手したが、
各所でさまざまな縄張り問題が発生して頓挫気味であった。
王城や街道沿いの町や村以外の草原の民、森の民からすれば、
道路整備による環境の破壊は食糧源確保の点から見て死活問題だったのだ。
地上が駄目なら・・と、ヘリを希望しても、
CH−47JAなど高価な装備は望むべくもなく、
代用で買い叩いてきた中古ヘリですらエルフら環境保全派から、
「 森の鳥や獣たちの悲鳴が聞こえないの!? 」と、
これまた猛反対を受け、なかなか希望通りには進まなかった。
しかしそれでも現場の隊員たちは黙々と街道整備に着手。
ヘリの隊員たちもまた、エルフの悲鳴と罵声を浴びつつも、
ただただ黙って僻地の方々に援助の手を差し伸べていた…。
872 名前: 翡翠(星砂) ◆X9uEcr1WoA [sage] 投稿日: 2008/01/28(月) 11:24:10 ID:???
・・・ m()m ・・・

本日は以上です・・・。
翡翠は翡翠で黙って裁定を受けましょう。
彼らの日々の努力が1コマでも報われますように。〆切